2017/05/19

ハイキョ から

 ハイキョ から

 ハラ タミキ

 ヤハタ ムラ へ うつった トウショ、 ワタシ は まだ ゲンキ で、 フショウシャ を クルマ に のせて ビョウイン へ つれて いったり、 ハイキュウモノ を ウケトリ に であるいたり、 ハツカイチ チョウ の チョウケイ と レンラク を とったり して いた。 そこ は ノウカ の ハナレ を ジケイ が かりた の だった が、 ワタシ と イモウト とは ヒナンサキ から つい ミナ と イッショ に ころがりこんだ カタチ で あった。 ウシゴヤ の ハエ は エンリョ なく ヘヤジュウ に むれて きた。 ちいさな メイ の クビ の ヤケド に ハエ は すいついた まま うごかない。 メイ は ハシ を なげだして ヒ の ついた よう に なきわめく。 ハエ を ふせぐ ため に ヒルマ でも カヤ が つられた。 カオ と セ を ヤケド して いる ジケイ は インウツ な カオ を して カヤ の ナカ に ねころんで いた。 ニワ を へだてて オモヤ の ほう の エンガワ に、 ひどく カオ の はれあがった オトコ の スガタ ――そんな ふう な カオ は もう みあきる ほど みせられた―― が うかがわれた し、 オク の ほう には もっと ジュウショウシャ が いる らしく、 トコ が のべて あった。 ユウガタ、 その ヘン から ミョウ な ウワゴト を いう コエ が きこえて きた。 あれ は もう しぬる な、 と ワタシ は おもった。 それから まもなく、 もう ネンブツ の コエ が して いる の で あった。 なくなった の は、 そこ の イエ の チョウジョ の ハイグウ で、 ヒロシマ で ソウナン し あるいて ここ まで もどって きた の だ が、 トコ に ついて から ヤケド の カワ を ムイシキ に ひっかく と、 たちまち ノウショウ を おこした の だ そう だ。
 ビョウイン は いつ いって も フショウシャ で たてこんで いた。 3 ニン-ガカリ で はこばれて くる、 ゼンシン ガラス の ハヘン で ひきさかれて いる チュウネン の フジン、 ――その フジン の テアテ には 1 ジカン も ヒマ が かかる ので、 ワタシタチ は ヒルスギ まで またされる の で あった。―― テオシグルマ で はこばれて くる、 ロウジン の ジュウショウシャ、 カオ と テ を ヤケド して いる チュウガクセイ、 ――カレ は ヒガシ レンペイジョウ で ソウナン した の だ そう だ。―― など、 いつも でくわす カオ が あった。 ちいさな メイ は ガーゼ を とりかえられる とき、 キョウキ の よう に なきわめく。
「いたい、 いたい よ、 ヨウカン を おくれ」
「ヨウカン を くれ とは こまる な」 と イシャ は クショウ した。 シンサツシツ の トナリ の ザシキ の ほう には、 そこ にも イシャ の ミウチ の ソウナンシャ が かつぎこまれて いる と みえて、 あやしげ な ダンマツマ の ウメキ を はなって いた。 フショウシャ を はこぶ トジョウ でも クウシュウ ケイホウ は ひんぴん と でた し、 ズジョウ を ゆく バクオン も して いた。 その ヒ も、 ワタシ の ところ の ジュンバン は なかなか やって こない ので、 クルマ を ビョウイン の ゲンカンサキ に はなった まま、 ワタシ は ひとまず イエ へ かえって やすもう と おもった。 ダイドコロ に いた イモウト が もどって きた ワタシ の スガタ を みる と、
「サッキ から 『キミガヨ』 が して いる の だ が、 どうした の かしら」 と フシギ そう に たずねる の で あった。 ワタシ は はっと して、 オモヤ の ほう の ラジオ の ソバ へ つかつか と ちかづいて いった。 ホウソウ の コエ は メイカク には ききとれなかった が、 キュウセン と いう コトバ は もう うたがえなかった。 ワタシ は じっと して いられない ショウドウ の まま、 ふたたび ソト へ でて、 ビョウイン の ほう へ でかけた。 ビョウイン の ゲンカンサキ には ジケイ が まだ ぼうぜん と またされて いた。 ワタシ は その スガタ を みる と、
「おしかった ね、 センソウ は おわった のに……」 と コエ を かけた。 もうすこし はやく センソウ が おわって くれたら―― この コトバ は、 ソノゴ ミンナ で くりかえされた。 カレ は スエ の ムスコ を うしなって いた し、 ここ へ ソカイ する つもり で ジュンビ して いた ニモツ も すっかり やかれて いた の だった。
 ワタシ は ユウガタ、 アオタ の ナカ の ミチ を よこぎって、 ヤハタガワ の ツツミ の ほう へ おりて いった。 あさい ナガレ の オガワ で あった が、 ミズ は すんで いて、 イワ の ウエ には クロトンボ が ハネ を やすめて いた。 ワタシ は シャツ の まま ミズ に ひたる と、 おおきな イキ を ついた。 アタマ を めぐらせば、 ひくい サンミャク が しずか に タソガレ の イロ を キュウシュウ して いる し、 トオク の ヤマ の イタダキ は ヒ の ヒカリ に いられて きらきら と かがやいて いる。 これ は まるで ウソ の よう な ケシキ で あった。 もう クウシュウ の オソレ も なかった し、 イマ こそ オオゾラ は ふかい セイヒツ を たたえて いる の だ。 ふと、 ワタシ は あの ゲンシ バクダン の イチゲキ から この チジョウ に あたらしく ツイラク して きた ニンゲン の よう な キモチ が する の で あった。 それにしても、 あの ヒ、 ニギツ の カワラ や、 センテイ の カワギシ で しにくるって いた ニンゲン たち は、 ――この しずか な ナガメ に ひきかえて、 あの ヤケアト は いったい イマ どう なって いる の だろう。 シンブン に よれば、 75 ネン-カン は シ の チュウオウ には キョジュウ できない と ほうじて いる し、 ヒト の ハナシ では まだ セイリ の つかない シガイ が 1 マン も あって、 ヨゴト ヤケアト には ヒトダマ が もえて いる と いう。 カワ の サカナ も あの アト 2~3 ニチ して シガイ を うかべて いた が、 それ を とって くった ニンゲン は まもなく しんで しまった と いう。 あの とき、 ゲンキ で ワタシタチ の ソバ に スガタ を みせて いた ヒトタチ も、 ソノゴ ハイケツショウ で たおれて ゆく し、 ナニ か まだ、 さん と して わりきれない フアン が つきまとう の で あった。

 ショクリョウ は ヒビ に キュウボウ して いた。 ここ では、 リサイシャ に たいして なんの あたたかい テ も さしのべられなかった。 マイニチ マイニチ、 かすか な カユ を すすって くらさねば ならなかった ので、 ワタシ は だんだん セイコン が つきて ショクゴ は むしょうに ねむく なった。 2 カイ から みわたせば、 ひくい サンミャク の フモト から ずっと ここ まで イナダ は つづいて いる。 あおく のびた イネ は エンテン に そよいで いる の だ。 あれ は チ の カテ で あろう か、 それとも ニンゲン を うえさす ため の もの で あろう か。 ソラ も ヤマ も あおい タ も、 うえて いる モノ の メ には むなしく うつった。
 ヨル は トモシビ が ヤマ の フモト から タ の あちこち に みえだした。 ヒサシブリ に みる トモシビ は やさしく、 タビサキ に でも いる よう な カンジ が した。 ショクジ の アトカタヅケ を すます と、 イモウト は くたくた に つかれて 2 カイ へ のぼって くる。 カノジョ は まだ あの とき の アクム から さめきらない もの の よう に、 こまごま と あの シュンカン の こと を カイソウ して は、 ぶるぶる と ミブルイ を する の で あった。 あの すこし マエ、 カノジョ は ドゾウ へ いって ニモツ を セイリ しよう か と おもって いた の だ が、 もし ドゾウ に はいって いたら、 おそらく たすからなかった だろう。 ワタシ も グウゼン に たすかった の だ が、 ワタシ が ソウナン した ところ と カキ ヒトエ へだてて リンカ の 2 カイ に いた セイネン は ソクシ して いる の で あった。 ――イマ も カノジョ は キンジョ の コドモ で カオク の シタジキ に なって いた スガタ を まざまざ と おもいうかべて おののく の で あった。 それ は イモウト の コドモ と ドウキュウ の コドモ で、 マエ には シュウダン ソカイ に くわわって イナカ に いって いた の だ が、 そこ の セイカツ に どうしても なじめない ので リョウシン の モト へ ひきとられて いた。 いつも イモウト は その コドモ が ロジョウ で あそんで いる の を みる と、 ジブン の ムスコ も しばらく で いい から よびもどしたい と おもう の で あった。 ヒノテ が みえだした とき、 イモウト は その コドモ が ザイモク の シタジキ に なり、 クビ を もちあげながら、 「オバサン、 たすけて」 と アイガン する の を みた。 しかし、 あの サイ カノジョ の チカラ では どう する こと も できなかった の だ。
 こういう ハナシ なら イクツ も ころがって いた。 チョウケイ も あの とき、 カオク の シタジキ から ミ を はいだして たちあがる と、 ドウロ を へだてて ムコウ の イエ の バアサン が シタジキ に なって いる カオ を みとめた。 シュンカン、 それ を たすけ に ゆこう とは おもった が、 コウジョウ の ほう で なきわめく ガクト の コエ を ふりきる わけ には ゆかなかった。
 もっと いたましい の は アニヨメ の ミウチ で あった。 マキ シ の イエ は オオテマチ の カワ に のぞんだ カンセイ な スマイ で、 ワタシ も この ハル ヒロシマ へ もどって くる と イチド アイサツ に いった こと が ある。 オオテマチ は ゲンシ バクダン の チュウシン と いって も よかった。 ダイドコロ で スクイ を もとめて いる フジン の コエ を ききながら も、 マキ シ は ミヒトツ で とびださねば ならなかった の だ。 マキ シ の チョウジョ は ヒナンサキ で ブンベン する と、 キュウ に ヘンチョウ を きたし、 ユケツ の ハリアト から カノウ して ついに たすからなかった。 ナガレカワ-チョウ の マキ シ も、 これ は シュジン は シュッセイチュウ で フザイ だった が、 フジン と コドモ の ユクエ が わからなかった。
 ワタシ が ヒロシマ で くらした の は ハントシ-たらず で カオミシリ も すくなかった が、 アニヨメ や イモウト など は、 キンジョ の ダレカレ の ソノゴ の ショウソク を たえず どこ か から よせあつめて、 イッキ イチユウ して いた。
 コウジョウ では ガクト が 3 メイ しんで いた。 2 カイ が その 3 ニン の ウエ に ツイラク して きた らしく、 3 ニン が クビ を そろえて、 シャシン か ナニ か に みいって いる シセイ で、 ハッコツ が のこされて いた と いう。 わずか の メジルシ で、 それら の セイメイ も ハンメイ して いた。 が、 T センセイ の ショウソク は フメイ で あった。 センセイ は その アサ まだ コウジョウ には スガタ を あらわして いなかった。 しかし、 センセイ の イエ は サイクマチ の オテラ で、 ジタク に いた に しろ、 トジョウ だった に しろ、 おそらく たすかって は いそう に なかった。
 その センセイ の セイソ な スガタ は まだ ワタシ の メサキ に はっきり と えがかれた。 ヨウケン が あって、 センセイ の ところ へ ゆく と、 カノジョ は かすか に コンラン して いる よう な カオ で、 ランボウ な ジ を かいて ワタシ に わたした。 コウジョウ の 2 カイ で、 ワタシ は ガクト に ヒルヤスミ の ジカン エイゴ を おしえて いた が、 しだいに ケイホウ は ヒンパン に なって いた。 バクオン が して ヒロシマ ジョウクウ に キエイ を みとめる と ラジオ は ホウコク して いながら、 クウシュウ ケイホウ も はっせられない こと が あった。 「どう します か」 と ワタシ は センセイ に たずねた。 「キケン そう でしたら おしらせ します から、 それまで は ジュギョウ して いて ください」 と センセイ は いった。 だが、 ハクチュウ ヒロシマ ジョウクウ を センカイチュウ と いう ジタイ は もう ヨウイ ならぬ こと では あった。 ある ヒ、 ワタシ が ジュギョウ を おえて、 2 カイ から おりて くる と、 センセイ は がらん と した コウジョウ の スミ に ヒトリ こしかけて いた。 その ソバ で ナニ か しきり に ナキゴエ が した。 ボール-バコ を のぞく と、 ヒナ が いっぱい うごめいて いた。 「どうした の です」 と たずねる と、 「セイト が もって きた の です」 と センセイ は にっこり わらった。
 オンナ の コ は ときどき、 ハナ など もって くる こと が あった。 ジムシツ の ツクエ にも いけられた し、 センセイ の タクジョウ にも おかれた。 コウジョウ が ひけて セイト たち が ぞろぞろ オモテ の ほう へ ひきあげ、 ロジョウ に セイレツ する と、 T センセイ は いつも すこし はなれた ところ から カントク して いた。 センセイ の テ には ハナ の ツツミ が あり、 ミダシナミ の いい、 コガラ な スガタ は りん と した もの が あった。 もし カノジョ が トチュウ で ソウナン して いる と すれば、 あの タクサン の ジュウショウシャ の カオ と おなじ よう に、 おもって も、 ぞっと する よう な スガタ に かわりはてた こと だろう。
 ワタシ は ガクト や コウイン の テイキケン の こと で、 よく トウア コウツウ コウシャ へ いった が、 この ハル から タテモノ ソカイ の ため コウツウ コウシャ は すでに 2 ド も イテン して いた。 サイゴ の イテン した バショ も あの サンカ の チュウシン に あった。 そこ には ワタシ の カオ を みおぼえて しまった イロ の あさぐろい、 シタタラズ で モノ を いう、 しかし、 かしこそう な ショウジョ が いた。 カノジョ も おそらく たすかって は いない で あろう。 センショウ ホケン の こと で、 よく ジムシツ に スガタ を あらわして いた、 70-スギ の ロウジン が あった。 この ロウジン は ハツカイチ チョウ に いる アニ が、 ソノゴ ゲンキ そう な スガタ を みかけた と いう こと で あった。

 どうか する と、 ワタシ の ミミ は なんでも ない ヒトゴエ に おどかされる こと が あった。 ウシゴヤ の ほう で、 ダレ か が トンキョウ な ワメキ を はっして いる、 と、 すぐ その ワメキゴエ が あの ヨル カワラ で ゴウキュウ して いる ダンマツマ の コエ を レンソウ させた。 ハラワタ を しぼる よう な コエ と、 トンキョウ な ジョウダン の コエ は、 まるで カミヒトエ の ところ に ある よう で あった。 ワタシ は ヒダリガワ の メ の スミ に イジョウ な ゲンショウ の しょうずる の を イシキ する よう に なった。 ここ へ うつって から、 4~5 ニチ-メ の こと だ が、 ヒザカリ の ミチ を あるいて いる と ヒダリ の メ の スミ に ハムシ か ナニ か、 ふわり と ひかる もの を かんじた。 コウセン の ハンシャ か と おもった が、 ヒカゲ を あるいて いって も、 ときどき ひかる もの は メ に えいじた。 それから ユウグレ に なって も、 ヨル に なって も、 どうか する たび に ひかる もの が ちらついた。 これ は あまり おびただしい ホノオ を みた せい で あろう か、 それとも ズジョウ に イチゲキ を うけた ため で あろう か。 あの アサ、 ワタシ は ベンジョ に いた ので、 ミナ が みた と いう コウセン は みなかった し、 いきなり アンコク が すべりおち、 アタマ を ナニ か で なぐりつけられた の だ。 ヒダリガワ の マブタ の ウエ に シュッケツ が あった が、 ほとんど ムキズ と いって いい くらい、 ケガ は かるかった。 あの とき の キョウガク が やはり シンケイ に ひびいて いる の で あろう か、 しかし、 キョウガク とも いえない くらい、 あれ は ほんの スウビョウ-カン の デキゴト で あった の だ。

 ワタシ は ひどい ゲリ に なやまされだした。 ユウコク から アレモヨウ に なって いた ソラ が、 ヨル に なる と、 ひどい フウウ と なった。 イナダ の ウエ を とびちる カゼ の ウナリ が、 デントウ の つかない 2 カイ に いて はっきり と きこえる。 イエ が ふきとばされる かも しれない と いう ので、 カイカ に いる ジケイ たち や イモウト は オモヤ の ほう へ ヒナン して いった。 ワタシ は ヒトリ 2 カイ に ねて、 カゼ の オト を うとうと と きいた。 イエ が くずれる まで には、 アマド が とび、 カワラ が ちる だろう、 ミンナ あの イジョウ な タイケン の ため シンケイ カビン に なって いる よう で あった。 ときたま カゼ が ぴったり やむ と、 カエル の ナキゴエ が ミミ に ついた。 それから また おもいきり、 ヒトモミ カゼ は シュウゲキ して くる。 ワタシ も マンイチ の とき の こと を ねた まま かんがえて みた。 もって にげる もの と いったら、 すぐ ソバ に ある カバン ぐらい で あった。 カイカ の ベンジョ に ゆく たび に ソラ を ながめる と、 マックラ な ソラ は なかなか しらみそう に ない。 ぱりぱり と ナニ か さける オト が した。 テンジョウ の ほう から ざらざら の スナ が おちて きた。
 ヨクアサ、 カゼ は ぴったり やんだ が、 ワタシ の ゲリ は ヨウイ に とまらなかった。 コシ の ほう の チカラ が ぬけ、 アシモト は よろよろ と した。 タテモノ ソカイ に いって ソウナン した のに、 キセキテキ に イノチビロイ を した チュウガクセイ の オイ は、 ソノゴ モウハツ が すっかり ぬけおち しだいに ゲンキ を うしなって いた。 そして、 シシ には ちいさな ハンテン が できだした。 ワタシ も カラダ を しらべて みる と、 ごく わずか だ が、 ハンテン が あった。 ネン の ため、 とにかく イチド みて もらう ため ビョウイン を おとずれる と、 ニワサキ まで カンジャ が あふれて いた。 オノミチ から ヒロシマ へ ひきあげ、 オオテマチ で ソウナン した と いう フジン が いた。 カミノケ は ぬけて いなかった が、 ケサ から チ の カタマリ が でる と いう。 みごもって いる らしく、 だるそう な カオ に、 そこしれぬ フアン と、 シ の ちかづいて いる キザシ を たたえて いる の で あった。

 フナイリ カワグチ-チョウ に ある アネ の イッカ は たすかって いる と いう シラセ が、 ハツカイチ の アニ から つたわって いた。 ギケイ は この ハル から ビョウガチュウ だし、 とても すくわれまい と ミナ ソウゾウ して いた の だ が、 イエ は くずれて も そこ は カサイ を まぬがれた の だ そう だ。 ムスコ が セキリ で とても イマ くるしんで いる から、 と イモウト に オウエン を もとめて きた。 イモウト も あまり ゲンキ では なかった が、 とにかく ミマイ に ゆく こと に して でかけた。 そして、 ヨクジツ ヒロシマ から かえって きた イモウト は、 デンシャ の ナカ で イガイ にも ニシダ と であった イキサツ を ワタシ に かたった。
 ニシダ は 20 ネン-ライ、 ミセ に やとわれて いる オトコ だ が、 あの アサ は まだ シュッキン して いなかった ので、 トチュウ で コウセン に やられた と すれば、 とても ダメ だろう と おもわれて いた。 イモウト は デンシャ の ナカ で、 カオ の くちゃくちゃ に はれあがった クロコゲ の オトコ を みた。 ジョウキャク の シセン も ミンナ その ほう へ そそがれて いた が、 その オトコ は わりと ヘイキ で シャショウ に ナニ か たずねて いた。 コエ が どうも ニシダ に よく にて いる と おもって、 ちかよって ゆく と、 アイテ も イモウト の スガタ を みとめて オオゴエ で よびかけた。 その ヒ シュウヨウジョ から はじめて でて きた ところ だ と いう こと で あった。 ……ワタシ が ニシダ を みた の は、 それから 1 カゲツ あまり アト の こと で、 その とき は もう カオ の ヤケド も かわいて いた。 ジテンシャ もろとも はねとばされ、 シュウヨウジョ に かつぎこまれて から も、 ニシダ は ひどい シンサン を なめた。 シュウイ の フショウシャ は ほとんど しんで ゆく し、 ニシダ の ミミ には ウジ が わいた。 「ミミ の アナ の ほう へ ウジ が はいろう と する ので、 やりきれません でした」 と カレ は くすぐったそう に クビ を かたむけて かたった。

 9 ガツ に はいる と、 アメ ばかり ふりつづいた。 トウハツ が ぬけ ゲンキ を うしなって いた オイ が ふと ヘンチョウ を きたした。 ハナヂ が ぬけ、 ノド から も チ の カタマリ を ごくごく はいた。 コンヤ が あぶなかろう と いう ので、 ハツカイチ の アニ たち も マクラモト に あつまった。 ツルツル ボウズ の ソウハク の カオ に、 ちいさな シマ の キヌ の キモノ を きせられて、 ぐったり よこたわって いる スガタ は ブンラク か ナニ か の インサン な ニンギョウ の よう で あった。 ビコウ には ワタ の セン が チ に にじんで おり、 センメンキ は はきだす もの で マッカ に そまって いた。 「がんばれ よ」 と、 ジケイ は チカラ の こもった ひくい コエ で はげました。 カレ は ジブン の ヤケド の まだ いえて いない の も わすれて、 ムチュウ で カンゴ する の で あった。 フアン な イチヤ が あける と、 オイ は そのまま キセキテキ に もちこたえて いった。
 オイ と イッショ に にげて たすかって いた キュウユウ の オヤ から、 その トモダチ は シボウ した と いう ツウチ が きた。 アニ が ハツカイチ で みかけた と いう ホケン-ガイシャ の ゲンキ な ロウジン も、 ソノゴ ハグキ から シュッケツ しだし まもなく しんで しまった。 その ロウジン が ソウナン した バショ と ワタシ の いた チテン とは 2 チョウ と はなれて は いなかった。
 しぶとかった ワタシ の ゲリ は ようやく カンワ されて いた が、 カラダ の スイジャク して ゆく こと は どうにも ならなかった。 トウハツ も メ に みえて うすく なった。 すぐ チカク に みえる ひくい ヤマ が すっかり しろい モヤ に つつまれて いて、 イナダ は ざわざわ と ゆれた。
 ワタシ は こんこん と ねむりながら、 トリトメ も ない ユメ を みて いた。 ヨル の アカリ が アメ に ぬれた タノモ へ もれて いる の を みる と しきり に ツマ の リンジュウ を おもいだす の で あった。 ツマ の イッシュウキ も ちかづいて いた が、 どうか する と、 まだ ワタシ は あの すみなれた チバ の シャクヤ で、 カノジョ と イッショ に アメ に とじこめられて くらして いる よう な キモチ が する の で ある。 カイジン に きした ヒロシマ の イエ の アリサマ は、 ワタシ には ほとんど おもいだす こと が なかった。 が、 ヨアケ の ユメ では よく ホウカイ チョクゴ の カオク が あらわれた。 そこ には サンラン しながら も、 いろんな キチョウヒン が あった。 ショモツ も カミ も ツクエ も ハイ に なって しまった の だ が、 ワタシ は ナイシン の コウヨウ を かんじた。 ナニ か かいて ちからいっぱい ぶつかって みたかった。
 ある アサ、 アメ が あがる と、 イッテン の クモ も ない アオゾラ が ひくい ヤマ の ウエ に ひろがって いた が、 ナガアメ に なやまされとおした モノ の メ には、 その アオゾラ は まるで キョギ の よう に おもわれた。 はたして、 カイセイ は 1 ニチ しか もたず、 ヨクジツ から また インサン な アマグモ が キョライ した。 ボウサイ の キョウリ から ギケイ の シボウ ツウチ が ソクタツ で トオカ-メ に とどいた。 カレ は キシャ で ヒロシマ へ ツウキン して いた の だ が、 あの とき は ビショウ だに うけず、 ソノゴ も ゲンキ で カツヤク して いる と いう ツウチ が あった ヤサキ、 この シボウ ツウチ は、 ワタシ を ぼうぜん と させた。
 ナニ か ヒロシマ には まだ ユウガイ な ブッシツ が ある らしく、 イナカ から ゲンキ で でかけて いった ヒト も カエリ には ふらふら に なって もどって くる と いう こと で あった。 フナイリ カワグチ-チョウ の アネ は、 オット と ムスコ の リョウホウ の カンビョウ に ほとほと つかれ、 カノジョ も ねこんで しまった ので、 ふたたび こちら の イモウト に オウエン を もとめて きた。 その イモウト が ヒロシマ へ でかけた ヨクジツ の こと で あった。 ラジオ は ヒルマ から タイフウ を ケイコク して いた が、 ユウグレ と ともに カゼ が つのって きた。 カゼ は ひどい アメ を ともない マックラ な ヨル の ドゴウ と かした。 ワタシ が 2 カイ で うとうと ねむって いる と、 シタ の ほう では けたたましく アマド を あける オト が して、 タ の ほう に ヒトゴエ が しきり で あった。 ざざざ と ミズ の きしる よう な オト が する。 ツツミ が くずれた の で ある。 その うち に ジケイ たち は オモヤ の ほう へ ヒナン する ため、 ワタシ を よびおこした。 まだ アシコシ の たたない オイ を ヤグ の まま かかえて、 くらい ロウカ を つたって、 オモヤ の ほう へ はこんで いった。 そこ には ミンナ おきて いて フアン な オモモチ で あった。 その カワ の ツツミ が くずれる など、 たえて ひさしく なかった こと らしい。
「センソウ に まける と、 こんな こと に なる の でしょう か」 と ノウカ の シュフ は タンソク した。 カゼ は オモヤ の オモテド を はげしく ゆすぶった。 ふとい ツッカイボウ が そこ に ささえられた。
 ヨクアサ、 アラシ は けろり と さって いた。 その タイフウ の さった ホウコウ に イネ の ホ は ことごとく なびき、 ヤマノハ には あかく にごった クモ が ただよって いた。 ――テツドウ が フツウ に なった とか、 ヒロシマ の キョウリョウ が ほとんど ながされた とか いう こと を きいた の は、 それから 2~3 ニチ-ゴ の こと で あった。

 ワタシ は ツマ の イッシュウキ も ちかづいて いた ので、 ホンゴウ チョウ の ほう へ ゆきたい と おもった。 ヒロシマ の テラ は やけて しまった が、 ツマ の キョウリ には、 カノジョ を サイゴ まで みとって くれた ハハ が いる の で あった。 が、 テツドウ は フツウ に なった と いう し、 その ヒガイ の テイド も フメイ で あった。 とにかく ジジョウ を もっと たしかめる ため に ハツカイチ エキ へ いって みた。 エキ の カベ には キョウドウ シンブン が はりだされ、 それ に ヒガイ ジョウキョウ が かいて あった。 レッシャ は イマ の ところ、 オオタケ-アキ ナカノ-カン を オリカエシ ウンテン して いる らしく、 ゼンブ の カイツウ ミコミ は フメイ だ が、 ハチホンマツ-アキ ナカノ-カン の カイツウ ミコミ が 10 ガツ トオカ と なって いる ので、 これ だけ でも ハンツキ は キシャ が つうじない こと に なる。 その シンブン には ケンカ の スイガイ の スウジ も ケイサイ して あった が、 ハンツキ も レッシャ が うごかない など と いう こと は ハテンコウ の こと で あった。
 ヒロシマ まで の キップ が かえた ので、 ふと ワタシ は ヒロシマ エキ へ いって みる こと に した。 あの ソウナン イライ、 ヒサシブリ に おとずれる ところ で あった。 イツカイチ まで は ナニゴト も ない が、 キシャ が コイ エキ に はいる コロ から、 マド の ソト に もう センカ の アト が すこし ずつ テンボウ される。 ヤマ の ケイシャ に マツ の キ が ごろごろ と なぎたおされて いる の も、 あの とき の シンガイ を ものがたって いる よう だ。 ヤネ や カキ が さっと テンプク した イキオイ を そのまま とどめ、 くろぐろ と つづいて いる し、 コンクリート の クウドウ や アカサビ の テッキン が ところどころ いりみだれて いる。 ヨコガワ エキ は わずか に ノリオリ の ホーム を のこして いる だけ で あった。 そして、 キシャ は さらに はげしい カイメツ クイキ に はいって いった。 はじめて ここ を ツウカ する リョカク は ただただ オドロキ の メ を みはる の で あった が、 ワタシ に とって は あの ヒ の ヨジン が まだ すぐ そこ に かんじられる の で あった。 キシャ は テッキョウ に かかり、 トキワバシ が みえて きた。 やけただれた キシ を めぐって、 クロコゲ の キョボク は テン を ひっかこう と して いる し、 ハテシ も ない モエガラ の カタマリ は えんえん と キフク して いる。 ワタシ は あの ヒ、 ここ の カワラ で、 ゲンゴ に ぜっする ニンゲン の クノウ を みせつけられた の だ が、 だが、 イマ、 カワ の ミズ は しずか に すんで ながれて いる の だ。 そして、 ランカン の ふきとばされた ハシ の ウエ を、 いきのびた ヒトビト が イマ ぞろぞろ と あるいて いる。 ニギツ コウエン を すぎて、 ヒガシ レンペイジョウ の ヤケノ が みえ、 こだかい ところ に トウショウグウ の イシ の カイダン が、 ナニ か ぞっと する アクム の ダンペン の よう に ひらめいて みえた。 つぎつぎ に しんで ゆく おびただしい フショウシャ の ナカ に まじって、 ワタシ は あの ケイダイ で ノジュク した の だった。 あの、 マックロ の キオク は ムコウ に みえる イシダン に まざまざ と きざみつけられて ある よう だ。
 ヒロシマ エキ で ゲシャ する と、 ワタシ は ウジナ-ユキ の バス の ギョウレツ に くわわって いた。 ウジナ から キセン で オノミチ へ でれば、 オノミチ から キシャ で ホンゴウ に ゆける の だ が、 キセン が ある もの か どう か も ウジナ まで いって たしかめて みなければ わからない。 この バス は 2 ジカン-オキ に でる のに、 これ に のろう と する ヒト は スウチョウ も つづいて いた。 あつい ヒ が ズジョウ に てり、 ヒカゲ の ない ヒロバ に ヒト の レツ は うごかなかった。 イマ から ウジナ まで いって きた の では、 カエリ の キシャ に まにあわなく なる。 そこで ワタシ は ダンネン して、 ギョウレツ を はなれた。
 イエ の アト を みて こよう と おもって、 ワタシ は エンコウバシ を わたり、 ノボリチョウ の ほう へ マッスグ に ミチ を すすんだ。 サユウ に ある ハイキョ が、 なんだか まだ あの とき の にげのびて ゆく キモチ を よびおこす の だった。 キョウバシ に かかる と、 なにも ない ヤケアト の ツツミ が ヒトメ に みわたせ、 モノ の キョリ が イゼン より はるか に タンシュク されて いる の で あった。 そう いえば るいるい たる ハイキョ の かなた に サンミャク の スガタ が はっきり うかびでて いる の も、 サキホド から きづいて いた。 どこ まで いって も おなじ よう な ヤケアト ながら、 おびただしい ガラスビン が きみわるく のこって いる ところ や、 テツカブト ばかり が ヒトトコロ に ふきよせられて いる ところ も あった。
 ワタシ は ぼんやり と イエ の アト に たたずみ、 あの とき にげて いった ホウガク を かんがえて みた。 ニワイシ や イケ が あざやか に のこって いて、 やけた ジュモク は ほとんど なんの キ で あった か ミワケ も つかない。 ダイドコロ の ナガシバ の タイル は こわれない で のこって いた。 セン は とびちって いた が、 しきり に その テッカン から イマ も ミズ が ながれて いる の だ。 あの とき、 イエ が ホウカイ した チョクゴ、 ワタシ は この ミズ で カオ の チ を あらった の だった。 イマ ワタシ が たたずんで いる ミチ には、 ときおり ヒトドオリ も あった が、 ワタシ は しばらく モノ に つかれた よう な キブン で いた。 それから ふたたび エキ の ほう へ ひきかえして ゆく と、 どこ から とも なく、 ヤドナシイヌ が あらわれて きた。 その モノ に おびえた よう な もえる メ は、 キイ な ヒョウジョウ を たたえて いて、 マエ に なり ウシロ に なり まよいながら ついて くる の で あった。
 キシャ の ジカン まで 1 ジカン あった が、 ヒカゲ の ない ヒロバ には あかあか と ニシビ が あふれて いた。 ガイカク だけ のこって いる エキ の タテモノ は くろく クウドウ で、 いまにも くずれそう な インショウ を あたえる の だ が、 ハリガネ を はりめぐらし、 「キケン に つき はいる べからず」 と ハリガミ が かかげて ある。 キップ ウリバ の、 テント-バリ の ヤネ は イシクレ で とめて ある。 あちこち に ぼろぼろ の フクソウ を した ダンジョ が うずくまって いた が、 どの ニンゲン の マワリ にも ハエ が うるさく つきまとって いた。 ハエ は センジツ の ゴウウ で かなり ゲンショウ した はず だ が、 まだまだ モウイ を ふるって いる の で あった。 が、 ジベタ に リョウアシ を なげだして、 くろい もの を ぱくついて いる オトコ たち は もう スベテ の コトガラ に ムトンジャク に なって いる らしく、 「キノウ は 5 リ あるいた」 「コンヤ は どこ で ノジュク する やら」 と ヒトゴト の よう に はなしあって いた。 ワタシ の メノマエ に きょとん と した カオツキ の ロウバ が ちかづいて きて、
「キシャ は まだ でません か、 キップ は どこ で きる の です か」 と ヒョウキン な チョウシ で たずねる。 ワタシ が おしえて やる マエ に、 ロウバ は 「あ、 そう です か」 と レイ を いって たちさって しまった。 これ も チョウシ が くるって いる に ちがいない。 ゲタバキ の アシ を ひどく はらした ロウジン が、 ツレ の ロウジン に むかって ナニ か ちからなく はなしかけて いた。

 ワタシ は その ヒ、 カエリ の キシャ の ナカ で ふと、 クレ セン は アス から シウンテン を する と いう こと を ミミ に した ので、 その ヨクヨクジツ、 クレ セン ケイユ で ホンゴウ へ ゆく つもり で ふたたび ハツカイチ の ほう へ でかけた。 が、 キシャ の ジカン を とりはずして いた ので、 デンシャ で コイ へ でた。 ここ まで くる と、 いっそ ウジナ へ でよう と おもった が、 ここ から サキ、 デンシャ は テッキョウ が おちて いる ので、 ワタシブネ に よって レンラク して いて、 その ワタシ に のる には ものの 1 ジカン は ひまどる と いう こと を きいた。 そこで ワタシ は また ヒロシマ エキ に ゆく こと に して、 コイ エキ の ベンチ に コシ を おろした。
 その せまい バショ は シュジュ ザッタ の ヒト で ザットウ して いた。 ケサ オノミチ から キセン で やって きた と いう ヒト も いた し、 ヤナイツ で フネ を おろされ トホ で ここ まで きた と いう ヒト も いた。 ヒト の いう こと は マチマチ で わからない、 けっきょく いって みなければ どこ が どう なって いる の やら わからない、 と いいながら ヒトビト は おたがいに ユクサキ の こと を たずねあって いる の で あった。 その ナカ に おおきな ニ を かかえた フクインヘイ が 5~6 ニン いた が、 ぎろり と した メツキ の オトコ が フクロ を ひらいて、 クツシタ に いれた ハクマイ を ソバ に いる オカミサン に むりやり に てわたした。
「キノドク だ から な、 これから イコツ を むかえ に いく と きいて は みすてて は おけない」 と カレ は ヒトリゴト を いった。 すると、
「ワタシ にも コメ を うって くれません か」 と いう オトコ が あらわれた。 ぎろり と した メツキ の オトコ は、
「とんでもない、 オレタチ は チョウセン から かえって きて、 まだ トウキョウ まで いく の だぜ、 みちみち 10 リ も 20 リ も あるかねば ならない の だ」 と いいながら、 モウフ を とりだして、 「これ でも うる かな」 と つぶやく の で あった。
 ヒロシマ エキ に きて みる と、 クレ セン カイツウ は キョホウ で ある こと が わかった。 ワタシ は ぼうぜん と した が、 ふと フナイリ カワグチ-チョウ の アネ の イエ を みまおう と おもいついた。 ハッチョウボリ から ドバシ まで タンセン の デンシャ が あった。 ドバシ から エバ の ほう へ ワタシ は ヤケアト を たどった。 ヤケノコリ の デンシャ が 1 ダイ ホウチ して ある ホカ は、 なかなか イエ らしい もの は みあたらなかった。 ようやく ハタケ が みえ、 ムコウ に ヤケノコリ の イッカク が みえて きた。 ヒ は すぐ ハタケ の ソバ まで おそって きて いた もの らしく、 きわどい ところ で、 アネ の イエ は たすかって いる。 が、 ヘイ は ゆがみ、 ヤネ は さけ、 オモテ ゲンカン は サンラン して いた。 ワタシ は ウラグチ から まわって、 エンガワ の ところ へ でた。 すると、 カヤ の ナカ に、 アネ と オイ と イモウト と その 3 ニン が マクラ を ならべて ビョウガ して いる の で あった。 テダスケ に いってた イモウト も ここ で ヘンチョウ を きたし、 2~3 ニチ マエ から ねこんで いる の だった。 アネ は ワタシ の きた こと を しる と、
「どんな カオ を してる の か、 こちら へ きて みせて ちょうだい、 アンタ も ビョウキ だった そう だ が」 と カヤ の ナカ から コエ を かけた。
 ハナシ は あの とき の こと に なった。 あの とき、 アネ たち は ウン よく ケガ も なかった が、 オイ は ちょっと フショウ した ので、 テアテ を うけ に エバ まで でかけた。 ところが、 それ が かえって いけなかった の だ。 みちみち、 ものすごい カショウシャ を みる に つけ、 オイ は すっかり キブン が わるく なって しまい、 それ イライ ゲンキ が なくなった の で ある。 あの ヨル、 ヒノテ は すぐ チカク まで おそって くる ので、 ビョウキ の ギケイ は うごかせなかった が、 アネ たち は ゴウ の ナカ で おののきつづけた。 それから また、 センジツ の タイフウ も ここ では タイヘン だった。 こわれて いる ヤネ が いまにも ふきとばされそう で、 ミズ は もり、 カゼ は カシャク なく スキマ から とびこんで き、 いきた キモチ は しなかった と いう。 イマ も みあげる と、 テンジョウ の おちて ロシュツ して いる ヤネウラ に おおきな スキマ が ある の で あった。 まだ ここ では スイドウ も でず、 デントウ も つかず、 ヨル も ヒル も ブッソウ で ならない と いう。
 ワタシ は ギケイ に ミマイ を いおう と おもって リンシツ へ ゆく と、 カベ の おち、 ハシラ の ゆがんだ ヘヤ の カタスミ に ちいさな カヤ が つられて、 そこ に カレ は ねて いた。 みる と ネツ が ある の か、 あかく むくんだ カオ を ぼうぜん と させ、 ワタシ が コエ を かけて も、 ただ 「つらい、 つらい」 と ギケイ は あえいで いる の で あった。
 ワタシ は アネ の イエ で 2~3 ジカン やすむ と、 ヒロシマ エキ に ひきかえし、 ユウガタ ハツカイチ へ もどる と、 チョウケイ の イエ に たちよった。 おもいがけなく も、 イモウト の ムスコ の シロウ が ここ へ きて いる の で あった。 カレ が ソカイ して いた ところ も、 センジツ の スイガイ で コウツウ は シャダン されて いた が、 センセイ に つれられて ミッカ-ガカリ で ここ まで もどって きた の で ある。 ヒザ から カカト の ヘン まで、 ノミ に やられた キズアト が ムスウ に あった が、 わりと ゲンキ そう な カオツキ で あった。 アス カレ を ヤハタ ムラ に つれて ゆく こと に して、 ワタシ は その バン チョウケイ の イエ に とめて もらった。 が、 どういう もの か ねぐるしい ヨル で あった。 ヤケアト の こまごま した コウケイ や、 ぼうぜん と した ヒトビト の スガタ が ねむれない アタマ に よみがえって くる。 ハッチョウボリ から エキ まで バス に のった とき、 ふと バス の マド に ふきこんで くる カゼ に、 ミョウ な ニオイ が あった の を ワタシ は おもいだした。 あれ は シシュウ に ちがいなかった。 アケガタ から アメ の オト が して いた。 ヨクジツ、 ワタシ は オイ を つれて アメ の ナカ を ヤハタ ムラ へ かえって いった。 ワタシ に ついて とぼとぼ あるいて ゆく オイ は ハダシ で あった。

 アニヨメ は マイニチ たえまなく、 なくした ムスコ の こと を なげいた。 びしょびしょ の せまい ダイドコロ で、 ナニ か しながら つぶやいて いる こと は その こと で あった。 もうすこし はやく ソカイ して いたら ニモツ だって やく の では なかった のに、 と ほとんど クチグセ に なって いた。 だまって きいて いる ジケイ は ときどき おもいあまって どなる こと が ある。 イモウト の ムスコ は ウエ に おののきながら、 イナゴ など とって くった。 ジケイ の ムスコ も フタリ、 ガクドウ ソカイ に いって いた が、 キシャ が フツウ の ため まだ もどって こなかった。 ながい わるい テンキ が ようやく カイフク する と、 アキバレ の ヒ が おとずれた。 イネ の ホ が ゆれ、 ムラマツリ の タイコ の オト が ひびいた。 ツツミ の ミチ を ムラ の ヒトタチ は ムチュウ で コシ を かつぎまわった が、 クウフク の ワタシタチ は ぼうぜん と みおくる の で あった。 ある アサ、 フナイリ カワグチ-チョウ の ギケイ が しんだ と ツウチ が あった。
 ワタシ と ジケイ は カオ を みあわせ、 ソウシキ へ でかけて ゆく シタク を した。 デンシャ エキ まで の 1 リ あまり の ミチ を カワ に そって フタリ は すたすた あるいて いった。 とうとう なくなった か、 と、 やはり カンガイ に うたれない では いられなかった。
 ワタシ が この ハル キキョウ して ギケイ の ジムショ を おとずれた とき の こと が まず メサキ に うかんだ。 カレ は ふるびた オーバー を きこんで、 「さむい、 さむい」 と ふるえながら、 ナマキ の くすぶる ヒバチ に しがみついて いた。 コトバ も タイド も ひどく よわよわしく なって いて、 めっきり おいこんで いた。 それから まもなく ねつく よう に なった の だ。 イシ の シンダン では ハイ を おかされて いる と いう こと で あった が、 カレ の イゼン を しって いる ヒト には とても しんじられない こと では あった。 ある ヒ、 ワタシ が ミマイ に ゆく と、 キュウ に ハクハツ の ふえた アタマ を もちあげ、 いろんな こと を しゃべった。 カレ は もう この センソウ が ザンパイ に ちかづいて いる こと を ヨソウ し、 コクミン は グンブ に あざむかれて いた の だ と かすか に ヒフン の コエ を もらす の で あった。 そんな コトバ を この ヒト の クチ から きこう とは おもいがけぬ こと で あった。 ニッカ ジヘン の はじまった コロ、 この ヒト は よっぱらって、 ひどく ワタシ に からんで きた こと が ある。 ながい アイダ リクグン ギシ を して いた カレ には、 ワタシ の よう な モノ は いつも キ に くわぬ ソンザイ と おもえた の で あろう。 ワタシ は この ヒト の ハンセイ を、 サマザマ の こと を おぼえて いる。 この ヒト の こと に ついて かけば キリ が ない の で あった。
 ワタシタチ は コイ に でる と、 シデン に のりかえた。 シデン は テンマ-チョウ まで つうじて いて、 そこ から カリバシ を わたって ムコウギシ へ トホ で レンラク する の で あった。 この カリバシ も やっと キノウ アタリ から とおれる よう に なった もの と みえて、 3 ジャク ハバ の ヒトリ しか あるけない ザイモク の ウエ を ヒト は おそるおそる あるいて ゆく の で あった。 (ソノゴ も テッキョウ は なかなか フッキュウ せず、 トホ レンラク の この チイキ には ヤミイチ が さかえる よう に なった の で ある。) ワタシタチ が アネ の イエ に ついた の は ヒルマエ で あった。
 テンジョウ の おち、 カベ の さけて いる キャクマ に シンセキ の モノ が 4~5 ニン あつまって いた。 アネ は ミナ の カオ を みる と、 「あれ も コドモ たち に たべさせたい ばっかし に、 ジブン は ベントウ を もって いかず、 ゾウスイ ショクドウ を あるいて ヒルゲ を すませて いた の です」 と ないた。 ギケイ は ツギノマ に ハクフ で おおわれて いた。 その シニガオ は ヒバチ の ナカ に のこって いる しろい スミ を レンソウ さす の で あった。
 おそく なる と デンシャ も なくなる ので、 カソウ は あかるい うち に すまさねば ならなかった。 キンジョ の ヒト が シガイ を はこび、 ジュンビ を ととのえた。 やがて ミナ は アネ の イエ を でて、 そこ から 4~5 チョウ サキ の ハタケ の ほう へ あるいて いった。 ハタケ の ハズレ に ある アキチ に ギケイ は カン も なく シーツ に くるまれた まま はこばれて いた。 ここ は ゲンシ バクダン イライ、 オオク の シタイ が やかれる バショ で、 タキツケ は カオク の こわれた ハヘン が つみかさねて あった。 ミナ が ギケイ を チュウシン に エンジン を つくる と、 コクミンフク の ソウ が ドキョウ を あげ、 ワラ に ヒ が つけられた。 すると 10 サイ に なる ギケイ の ムスコ が この とき わーっと なきだした。 ヒ は しめやか に ザイモク に もえうつって いった。 アマモヨイ の ソラ は もう こっこく と うすぐらく なって いた。 ワタシタチ は そこ で ワカレ を つげる と、 カエリ を いそいだ。
 ワタシ と ジケイ とは カワ の ツツミ に でて、 テンマ-チョウ の カリバシ の ほう へ ミチ を いそいだ。 アシモト の カワ は すっかり くらく なって いた し、 カタホウ に ひろがって いる ヤケアト には アカリ ヒトツ も みえなかった。 くらい こさむい ミチ が ながかった。 どこ から とも なし に シシュウ の ただよって くる の が かんじられた。 この アタリ イエ の シタジキ に なった まま とりかたづけて ない シタイ が まだ ムスウ に あり、 ウジ の ハッセイチ と なって いる と いう こと を きいた の は もう だいぶ イゼン の こと で あった が、 マックロ な ヤケアト は イマ も いんいん と ヒト を おびやかす よう で あった。 ふと、 ワタシ は かすか に アカンボウ の ナキゴエ を きいた。 ミミ の マヨイ でも なく、 だんだん その コエ は あるいて ゆく に したがって はっきり して きた。 イキオイ の いい、 かなしげ な、 しかし、 これ は なんと いう ういういしい コエ で あろう。 この アタリ に もう ニンゲン は セイカツ を いとなみ、 アカンボウ さえ ないて いる の で あろう か。 なんとも いいしれぬ カンジョウ が ワタシ の ハラワタ を えぐる の で あった。

 マキ シ は チカゴロ シャンハイ から フクイン して かえって きた の です が、 かえって みる と、 イエ も サイシ も なくなって いました。 で、 ハツカイチ チョウ の イモウト の ところ へ ミ を よせ、 ときどき、 ヒロシマ へ でかけて ゆく の でした。 あの トウジ から かぞえて もう 4 カゲツ も たって いる コンニチ、 イマ まで ユクエ フメイ の ヒト が あらわれない と すれば、 もう しんだ と あきらめる より ホカ は ありません。 マキ シ に して みて も、 サイクン の キョウリ を ハジメ ココロアタリ を まわって は みました が、 どこ でも クヤミ を いわれる だけ でした。 ナガレカワ の イエ の ヤケアト へも 2 ド ばかり いって みました。 リサイシャ の タイケンダン も あちこち で きかされました。
 じっさい、 ヒロシマ では イマ でも どこ か で ダレ か が たえず 8 ガツ ムイカ の デキゴト を くりかえし くりかえし しゃべって いる の でした。 ユクエ フメイ の ツマ を さがす ため に スウヒャクニン の オンナ の シタイ を だきおこして クビジッケン して みた ところ、 どの オンナ も ヒトリ と して ウデドケイ を して いなかった と いう ハナシ や、 ナガレカワ ホウソウキョク の マエ に ふさって しんで いた フジン は アカンボウ に ヒ の つく の を ふせぐ よう な シセイ で ウツブセ に なって いた と いう ハナシ や、 そう か と おもう と セト ナイカイ の ある シマ では トウジツ、 タテモノ ソカイ の キンロウ ホウシ に ムラ の ダンシ が ゼンブ ドウイン されて いた ので、 イッソン こぞって カフ と なり、 ソノゴ ニョウボウ たち は ソンチョウ の ところ へ ねじこんで いった と いう ハナシ も ありました。 マキ シ は デンシャ の ナカ や エキ の カタスミ で、 そんな ハナシ を きく の が すき でした が、 ヒロシマ へ たびたび でかけて ゆく の も、 いつのまにか シュウカン の よう に なりました。 しぜん、 コイ エキ や ヒロシマ エキ マエ の ヤミイチ にも たちよりました。 が、 それ より も、 ヤケアト を あるきまわる の が イッシュ の ナグサメ に なりました。 イゼン は よほど たかい タテモノ に でも のぼらない かぎり みわたせなかった、 チュウゴク サンミャク が どこ を あるいて いて も ヒトメ に みえます し、 セト ナイカイ の シマヤマ の スガタ も すぐ メノマエ に みえる の です。 それら の ヤマヤマ は ヤケアト の ニンゲン たち を みおろし、 いったい どうした の だ? と いわん ばかり の カオツキ です。 しかし、 ヤケアト には キ の はやい ニンゲン が もう ソマツ ながら バラック を たてはじめて いました。 グント と して さかえた、 この マチ が、 コンゴ どんな スガタ で コウセイ する だろう か と、 マキ シ は ソウゾウ して みる の でした。 すると リョクジュ に とりかこまれた、 ヘイワ な、 マチ の スガタ が ぼんやり と うかぶ の でした。 あれ を おもい、 これ を おもい、 ぼんやり と あるいて いる と、 マキ シ は よく みしらぬ ヒト から アイサツ されました。 ずっと イゼン、 マキ シ は カイギョウイ を して いた ので、 もしか したら カンジャ が カオ を おぼえて いて くれた の では あるまい か とも おもわれました が、 それにしても なんだか ヘン なの です。
 サイショ、 こういう こと に きづいた の は、 たしか、 コイ から テンマバシ へ でる ヌカルミ を あるいて いる とき でした。 ちょうど、 アメ が ふりしきって いました が、 ムコウ から あかさびた トタン の キレッパシ を アタマ に かぶり、 ぼろぼろ の キモノ を まとった コジキ らしい オトコ が、 アマガサ の カワリ に かざして いる トタン の キレ から、 ぬっと カオ を あらわしました。 その ぎろぎろ と ひかる メ は フシンゲ に、 マキ シ の カオ を まじまじ と ながめ、 いまにも ナノリ を あげたい よう な ヒョウジョウ でした。 が、 やがて、 さっと ゼツボウ の イロ に かわり、 トタン で カオ を かくして しまいました。
 こみあう デンシャ に のって いて も、 ムコウ から しきり に マキ シ に むかって うなずく カオ が あります。 つい うっかり マキ シ も うなずきかえす と、 「アナタ は たしか ヤマダ さん では ありません でした か」 など と ヒトチガイ の こと が ある の です。 この ハナシ を ホカ の ヒト に はなした ところ、 みしらぬ ヒト から アイサツ される の は、 なにも マキ シ に かぎった こと で ない こと が わかりました。 じっさい、 ヒロシマ では ダレ か が たえず、 イマ でも ヒト を さがしだそう と して いる の でした。

2017/05/11

ワタシ は ウミ を だきしめて いたい

 ワタシ は ウミ を だきしめて いたい

 サカグチ アンゴ

 ワタシ は いつも カミサマ の クニ へ いこう と しながら ジゴク の モン を くぐって しまう ニンゲン だ。 ともかく ワタシ は ハジメ から ジゴク の モン を めざして でかける とき でも、 カミサマ の クニ へ いこう と いう こと を わすれた こと の ない あまったるい ニンゲン だった。 ワタシ は けっきょく ジゴク と いう もの に センリツ した ためし は なく、 バカ の よう に タワイ も なく おちついて いられる くせ に、 カミサマ の クニ を わすれる こと が できない と いう ニンゲン だ。 ワタシ は かならず、 いまに ナニ か に ひどい メ に やっつけられて、 たたきのめされて、 あまったるい ウヌボレ の ぐう の ネ も でなく なる まで、 そして ホント に アシ すべらして マッサカサマ に おとされて しまう とき が ある と かんがえて いた。
 ワタシ は ずるい の だ。 アクマ の ウラガワ に カミサマ を わすれず、 カミサマ の カゲ で アクマ と すんで いる の だ から。 いまに、 アクマ にも カミサマ にも フクシュウ される と しんじて いた。 けれども、 ワタシ だって、 バカ は バカ なり に、 ここ まで ナンジュウネン か いきて きた の だ から、 タダ は まけない。 その とき こそ、 カタナ おれ、 ヤ つきる まで、 アクマ と カミサマ を アイテ に クミウチ も する し、 けとばし も する し、 めったやたら に ランセン ラントウ して やろう と ヒソウ な カクゴ を かためて、 いきつづけて きた の だ。 ずいぶん あまったれて いる けれども、 ともかく、 いつか、 バケ の カワ が はげて、 ハダカ に され、 ケ を むしられて、 つきおとされる とき を わすれた こと だけ は なかった の だ。
 リコウ な ヒト は、 それ も オマエ の ズルサ の せい だ と いう だろう。 ワタシ は アクニン です、 と いう の は、 ワタシ は ゼンニン です と いう こと より も ずるい。 ワタシ も そう おもう。 でも、 なんと でも いう が いい や。 ワタシ は、 ワタシ ジシン の かんがえる こと も いっこう に シンヨウ して は いない の だ から。

     *

 ワタシ は しかし、 チカゴロ ミョウ に アンシン する よう に なって きた。 うっかり する と、 ワタシ は アクマ にも カミサマ にも けとばされず、 ハダカ に されず、 ケ を むしられず、 ブジ アンノン に すむ の じゃ ない か と、 へんに おもいつく とき が ある よう に なった。
 そういう アンシン を ワタシ に あたえる の は、 ヒトリ の オンナ で あった。 この オンナ は ウヌボレ の つよい オンナ で、 アタマ が わるくて、 テイソウ の カンネン が ない の で ある。 ワタシ は この オンナ の ホカ の どこ も すき では ない。 ただ ニクタイ が すき な だけ だ。
 ぜんぜん テイソウ の カンネン が かけて いた。 いらいら する と ジテンシャ に のって とびだして、 カエリ には ヒザコゾウ だの ウデ の アタリ から チ を ながして くる こと が あった。 がさつ な アワテモノ だ から、 ショウトツ したり、 ひっくりかえったり する の で ある。 その こと は チ を みれば わかる けれども、 しかし、 チ の ながれぬ よう な イタズラ を ダレ と どこ で して きた か は、 ワタシ には わからない。 わからぬ けれども、 ソウゾウ は できる し、 また、 ジジツ なの だ。
 この オンナ は ムカシ は ジョロウ で あった。 それから サカバ の マダム と なって、 やがて ワタシ と セイカツ する よう に なった が、 ワタシ ジシン も テイソウ の ネン は キハク なので、 ハジメ から、 イッテイ の キカン だけ の アソビ の つもり で あった。 この オンナ は ショウフ の セイカツ の ため に、 フカンショウ で あった。 ニクタイ の カンドウ と いう もの が、 ない の で ある。
 ニクタイ の カンドウ を しらない オンナ が、 ニクタイテキ に あそばず に いられぬ と いう の が、 ワタシ には わからなかった。 セイシンテキ に あそばず に いられぬ と いう なら、 ハナシ は おおいに わかる。 ところが、 この オンナ と きて は、 てんで セイシンテキ な レンアイ など は かんがえて おらぬ ので、 この オンナ の ウワキ と いう の は、 フカンショウ の ニクタイ を オモチャ に する だけ の こと なの で ある。
「どうして キミ は カラダ を オモチャ に する の だろう ね」
「ジョロウ だった せい よ」
 オンナ は さすが に あんぜん と して そう いった。 しばらく して ワタシ の クチビル を もとめる ので、 オンナ の ホオ に ふれる と、 ないて いる の だ。 ワタシ は オンナ の ナミダ など は うるさい ばかり で いっこう に カンドウ しない タチ で ある から、
「だって、 キミ、 ヘン じゃ ない か、 フカンショウ の くせ に……」
 ワタシ が いいかける と、 オンナ は ワタシ の コトバ を うばう よう に はげしく ワタシ に かじりついて、
「くるしめないで よ。 ねえ、 ゆるして ちょうだい。 ワタシ の カコ が わるい のよ」
 オンナ は キョウキ の よう に ワタシ の クチビル を もとめ、 ワタシ の アイブ を もとめた。 オンナ は オエツ し、 すがりつき、 みもだえた が、 しかし、 それ は ゲキジョウ の コウフン だけ で、 ニクタイ の シンジツ の ヨロコビ は、 その とき も なかった の で ある。
 ワタシ の つめたい ココロ が、 オンナ の むなしい ゲキジョウ を れいぜん と みすくめて いた。 すると オンナ が とつぜん メ を みひらいた。 その メ は ニクシミ に みちて いた。 ヒ の よう な ニクシミ だった。

     *

 ワタシ は しかし、 この オンナ の フグ な ニクタイ が へんに すき に なって きた。 シンジツ と いう もの から みすてられた ニクタイ は、 なまじい シンジツ な もの より も、 つめたい アイジョウ を ハンエイ する こと が できる よう な、 ゲンソウテキ な シュウチャク を もちだした の で ある。 ワタシ は オンナ の ニクタイ を だきしめて いる の で なし に、 オンナ の ニクタイ の カタチ を した ミズ を だきしめて いる よう な キモチ に なる こと が あった。
「ワタシ なんか、 どうせ へんちくりん な デキソコナイ よ。 ワタシ の イッショウ なんか、 どう に でも、 カッテ に なる が いい や」
 オンナ は アソビ の アト には、 とくべつ ジチョウテキ に なる こと が おおかった。
 オンナ の カラダ は、 うつくしい カラダ で あった。 ウデ も アシ も、 ムネ も コシ も、 やせて いる よう で ニクヅキ の ゆたか な、 そして ニクヅキ の みずみずしく やわらか な、 みあきない ウツクシサ が こもって いた。 ワタシ の あいして いる の は、 ただ その ニクタイ だけ だ と いう こと を オンナ は しって いた。
 オンナ は ときどき ワタシ の アイブ を うるさがった が、 ワタシ は そんな こと は コリョ しなかった。 ワタシ は オンナ の ウデ や アシ を オモチャ に して その ウツクシサ を ぼんやり ながめて いる こと が おおかった。 オンナ も ぼんやり して いたり、 わらいだしたり、 おこったり、 にくんだり した。
「おこる こと と にくむ こと を やめて くれない か。 ぼんやり して いられない の か」
「だって、 うるさい の だ もの」
「そう かな。 やっぱり キミ は ニンゲン か」
「じゃあ、 ナニ よ」
 ワタシ は オンナ を おだてる と つけあがる こと を しって いた から だまって いた。 ヤマ の オクソコ の モリ に かこまれた しずか な ヌマ の よう な、 ワタシ は そんな なつかしい キ が する こと が あった。 ただ つめたい、 うつくしい、 むなしい もの を だきしめて いる こと は、 ニクヨク の フマン は ベツ に、 せつない カナシサ が ある の で あった。
オンナ の むなしい ニクタイ は、 フマン で あって も、 フシギ に、 むしろ、 セイケツ を おぼえた。 ワタシ は ワタシ の みだら な タマシイ が それ に よって しずか に ゆるされて いる よう な おさない ナツカシサ を おぼえる こと が できた。
 ただ、 ワタシ の クツウ は、 こんな むなしい セイケツ な ニクタイ が、 どうして、 ケダモノ の よう な つかれた ウワキ を せず に いられない の だろう か、 と いう こと だけ だった。 ワタシ は オンナ の イントウ の チ を にくんだ が、 その チ すら も、 ときには セイケツ に おもわれて くる とき が あった。

     *

 ワタシ ジシン が ヒトリ の オンナ に マンゾク できる ニンゲン では なかった。 ワタシ は むしろ いかなる もの にも マンゾク できない ニンゲン で あった。 ワタシ は つねに あこがれて いる ニンゲン だ。
 ワタシ は コイ を する ニンゲン では ない。 ワタシ は もはや こいする こと が できない の だ。 なぜなら、 あらゆる もの が 「タカ の しれた もの」 だ と いう こと を しって しまった から だった。
 ただ ワタシ には アダゴコロ が あり、 タカ の しれた ナニモノ か と あそばず に いられなく なる。 その アソビ は、 ワタシ に とって は、 つねに チンプ で、 タイクツ だった。 マンゾク も なく、 コウカイ も なかった。
 オンナ も ワタシ と おなじ だろう か、 と ワタシ は ときどき かんがえた。 ワタシ ジシン の イントウ の チ と、 この オンナ の イントウ の チ と おなじ もの で あろう か。 ワタシ は そのくせ、 オンナ の イントウ の チ を ときどき のろった。
 オンナ の イントウ の チ が ワタシ の チ と ちがう ところ は、 オンナ は ジブン で ねらう こと も ある けれども、 ウケミ の こと が おおかった。 ヒト に シンセツ に されたり、 ヒト から モノ を もらったり する と、 その ヘンレイ に カラダ を あたえず に いられぬ よう な キモチ に なって しまう の だった。 ワタシ は、 その タヨリナサ が フユカイ で あった。 しかし ワタシ は そういう ワタシ ジシン の カンガエ に ついて も、 うたぐらず に いられなかった。 ワタシ は オンナ の フテイ を のろって いる の か、 フテイ の コンテイ が たよりない と いう こと を のろって いる の だろう か。 もしも オンナ が たよりない ウワキ の シカタ を しなく なれば、 オンナ の フテイ を のろわず に いられる で あろう か、 と。 ワタシ は しかし オンナ の ウワキ の コンテイ が たよりない と いう こと で おこる イガイ に シカタ が なかった。 なぜなら、 ワタシ ジシン が ゴドウヨウ、 ウワキ の ムシ に つかれた オトコ で あった から。
「しんで ちょうだい。 イッショ に」
 ワタシ に おこられる と、 オンナ は いう の が ツネ で あった。 しぬ イガイ に、 ジブン の ウワキ は どうにも する こと が できない の だ と いう こと を ホンノウテキ に さけんで いる コエ で あった。 オンナ は しにたがって は いない の だ。 しかし、 しぬ イガイ に ウワキ は どうにも ならない と いう サケビ には、 セツジツ な シンジツ が あった。 この オンナ の カラダ は ウソ の カラダ、 むなしい ムクロ で ある よう に、 この オンナ の サケビ は ウソッパチ でも、 ウソ ジタイ が シンジツ より も シンジツ だ と いう こと を、 ワタシ は ミョウ に かんがえる よう に なった。
「アナタ は ウソツキ で ない から、 いけない ヒト なの よ」
「いや、 ボク は ウソツキ だよ。 ただ、 ホントウ と ウソ と が ベツベツ だ から、 いけない の だ」
「もっと、 スレッカラシ に なりなさい よ」
 オンナ は ニクシミ を こめて ワタシ を みつめた。 けれども、 うなだれた。 それから、 また、 カオ を あげて、 くいつく よう な、 こわばった カオ に なった。
「アナタ が ワタシ の タマシイ を たかめて くれなければ、 ダレ が たかめて くれる の」
「ムシ の いい こと を いう もの じゃ ない よ」
「ムシ の いい こと って、 ナニ よ」
「ジブン の こと は、 ジブン で する イガイ に シカタ が ない もの だ。 ボク は ボク の こと だけ で、 いっぱい だよ。 キミ は キミ の こと だけ で、 いっぱい に なる が いい じゃ ない か」
「じゃ、 アナタ は、 ワタシ の ロボウ の ヒト なの ね」
「ダレ でも、 さ。 ダレ の タマシイ でも、 ロボウ で ない タマシイ なんて、 ある もの か。 フウフ は イッシン ドウタイ だ なんて、 バカ も やすみやすみ いう が いい や」
「ナニ よ。 ワタシ の カラダ に なぜ さわる のよ。 あっち へ いって よ」
「いや だ。 フウフ とは、 こういう もの なん だ。 タマシイ が ベツベツ でも、 ニクタイ の アソビ だけ が ある の だ から」
「いや。 ナニ を する のよ。 もう、 いや。 ゼッタイ に、 いや」
「そう は いわせぬ」
「いや だったら」
 オンナ は ふんぜん と して ワタシ の ウデ の ナカ から とびだした。 イフク が さけて、 だらしなく、 カタ が あらわれて いた。 オンナ の カオ は イカリ の ため に、 コメカミ に あおい スジ が びくびく して いた。
「アナタ は ワタシ の カラダ を カネ で かって いる のね。 わずか ばかり の カネ で、 ショウフ を かう カネ の 10 ブン の 1 にも あたらない やすい カネ で」
「その とおり さ。 キミ には それ が わかる だけ、 まだ、 まし なん だ」

     *

 ワタシ が ニクヨクテキ に なれば なる ほど、 オンナ の カラダ が トウメイ に なる よう な キ が した。 それ は オンナ が ニクタイ の ヨロコビ を しらない から だ。 ワタシ は ニクヨク に コウフン し、 ある とき は ギャクジョウ し、 ある とき は オンナ を にくみ、 ある とき は こよなく あいした。 しかし、 くるいたつ もの は ワタシ のみ で、 おうずる コタエ が なく、 ワタシ は ただ むなしい カゲ を だいて いる その コドクサ を むしろ あいした。
 ワタシ は オンナ が モノ を いわない ニンギョウ で あれば いい と かんがえた。 メ も みえず、 コエ も きこえず、 ただ、 ワタシ の コドク な ニクヨク に おうずる ムゲン の カゲエ で あって ほしい と ねがって いた。
 そして ワタシ は、 ワタシ ジシン の ホントウ の ヨロコビ は ナン だろう か と いう こと に ついて、 ふと、 おもいつく よう に なった。 ワタシ の ホントウ の ヨロコビ は、 ある とき は トリ と なって ソラ を とび、 ある とき は サカナ と なって ヌマ の ミナソコ を くぐり、 ある とき は ケモノ と なって ノ を はしる こと では ない だろう か。
 ワタシ の ホントウ の ヨロコビ は コイ を する こと では ない。 ニクヨク に ふける こと では ない。 ただ、 コイ に つかれ、 コイ に うみ、 ニクヨク に つかれて、 ニクヨク を いむ こと が つねに ヒツヨウ な だけ だ。
 ワタシ は、 ニクヨク ジタイ が ワタシ の ヨロコビ では ない こと に きづいた こと を、 よろこぶ べき か、 かなしむ べき か、 しんず べき か、 うたがう べき か、 まよった。
 トリ と なって ソラ を とび、 サカナ と なって ミズ を くぐり、 ケモノ と なって ヤマ を はしりたい とは、 どういう イミ だろう? ワタシ は また、 ヘタクソ な ウソ を つきすぎて いる よう で いや でも あった が、 ワタシ は たぶん、 ワタシ は コドク と いう もの を、 みつめ、 ねらって いる の では ない か と かんがえた。
 オンナ の ニクタイ が トウメイ と なり、 ワタシ が コドク の ニクヨク に むしろ みたされて いく こと を、 ワタシ は それ が シゼン で ある と しんじる よう に なって いた。

     *

 オンナ は リョウリ を つくる こと が すき で あった。 ジブン が うまい もの を たべたい せい で あった。 また、 シンペン の セイケツ を このんだ。 ナツ に なる と、 センメンキ に ミズ を いれ、 それ に アシ を ひたして、 カベ に もたれて いる こと が あった。 ヨル、 ワタシ が ねよう と する と、 ワタシ の ヒタイ に つめたい タオル を のせて くれる こと が あった。 キマグレ だ から、 マイニチ の シュウカン と いう わけ では ない ので、 ワタシ は むしろ、 その キマグレ が すき だった。
 ワタシ は つねに はじめて せっする この オンナ の シタイ の ウツクシサ に メ を うたれて いた。 たとえば、 ホオヅエ を つきながら チャブダイ を ふく シタイ だの、 センメンキ に アシ を つっこんで カベ に もたれて いる シタイ だの、 そして また、 ときには なにも みえない クラヤミ で とつぜん ヒタイ に つめたい タオル を のせて くれる みょうちきりん な その タマシイ の シタイ など。
 ワタシ は ワタシ の オンナ への アイチャク が、 そういう もの に ゲンテイ されて いる こと を、 ある とき は みたされ も した が、 ある とき は かなしんだ。 みたされた ココロ は、 いつも、 ちいさい。 ちいさくて、 かなしい の だ。
 オンナ は クダモノ が すき で あった。 キセツ キセツ の クダモノ を サラ に のせて、 まるで、 つねに クダモノ を たべつづけて いる よう な カンジ で あった。 ショクヨク を そそられる ヨウス でも あった が、 ミョウ に ドンショク を かんじさせない あっさり した タベカタ で、 この オンナ の イントウ の アリカタ を ヒジョウ に かんじさせる の で あった。 それ も ワタシ には うつくしかった。
 この オンナ から イントウ を とりのぞく と、 この オンナ は ワタシ に とって ナニモノ でも なくなる の だ と いう こと が、 だんだん わかりかけて きた。 この オンナ が うつくしい の は イントウ の せい だ。 すべて キマグレ な ウツクシサ だった。
 しかし、 オンナ は ジブン の イントウ を おそれて も いた。 それ に くらべれば、 ワタシ は ワタシ の イントウ を おそれて は いなかった。 ただ、 ワタシ は、 オンナ ほど、 ジッサイ の イントウ に ふけらなかった だけ の こと だ。
「ワタシ は わるい オンナ ね」
「そう おもって いる の か」
「よい オンナ に なりたい のよ」
「よい オンナ とは、 どういう オンナ の こと だえ」
 オンナ の カオ に イカリ が はしった。 そして、 なきそう に なった。
「アナタ は どう おもって いる のよ。 ワタシ が にくい の? ワタシ と わかれる つもり? そして、 アタリマエ の オクサン を もらいたい の でしょう」
「キミ ジシン は、 どう なん だ」
「アナタ の こと を、 おっしゃい よ」
「ボク は、 アタリマエ の オクサン を もらいたい とは おもって いない。 それ だけ だ」
「ウソツキ」
 ワタシ に とって、 モンダイ は、 ベツ の ところ に あった。 ワタシ は ただ、 この オンナ の ニクタイ に、 ミレン が ある の だ。 それ だけ だった。

     *

 ワタシ は、 どうして オンナ が ワタシ から はなれない か を しって いた。 ホカ の オトコ は ワタシ の よう に ともかく オンナ の ウワキ を ゆるして へいぜん と して いない から だ。 また、 その うえ に、 ワタシ ほど ふかく、 オンナ の ニクタイ を あいする オトコ も なかった から だ。
 ワタシ は、 ニクタイ の カイカン を しらない オンナ の ニクタイ に、 ヒミツ の ヨロコビ を かんじて いる ワタシ の タマシイ が、 フグ では ない か と うたぐらねば ならなかった。 ワタシ ジシン の セイシン が、 オンナ の ニクタイ に ソウオウ して、 フグ で あり、 キケイ で あり、 ビョウキ では ない か と おもった。
 ワタシ は しかし、 カンギブツ の よう な ニクヨク の ニクヨクテキ な マンゾク の スガタ に ジブン の セイ を たくす だけ の ユウキ が ない。 ワタシ は モノ ソノモノ が モノ ソノモノ で ある よう な、 ドウブツテキ な シンジツ の セカイ を しんじる こと が できない の で ある。 ニクヨク の ウエ にも、 セイシン と コウサク した キョモウ の カゲ に いろどられて いなければ、 ワタシ は それ を にくまず に いられない。 ワタシ は もっとも コウショク で ある から、 タンジュン に ニクヨクテキ では ありえない の だ。
 ワタシ は オンナ が ニクタイ の マンゾク を しらない と いう こと の ウチ に、 ワタシ ジシン の フルサト を みいだして いた。 みちたる こと の カゲ だに ない ムナシサ は、 ワタシ の ココロ を いつも あらって くれる の だ。 ワタシ は やすんじて、 ワタシ ジシン の インヨク に くるう こと が できた。 ナニモノ も ワタシ の インヨク に こたえる もの が ない から だった。 その セイケツ と コドクサ が、 オンナ の アシ や ウデ や コシ を いっそう うつくしく みせる の だった。
 ニクヨク すら も コドク で ありうる こと を みいだした ワタシ は、 もう これから は、 コウフク を さがす ヒツヨウ は なかった。 ワタシ は あまんじて、 フコウ を さがしもとめれば よかった。
 ワタシ は ムカシ から、 コウフク を うたがい、 その チイササ を かなしみながら、 あこがれる ココロ を どう する こと も できなかった。 ワタシ は ようやく コウフク と テ を きる こと が できた よう な キ が した の で ある。
 ワタシ は ハジメ から フコウ や クルシミ を さがす の だ。 もう、 コウフク など は ねがわない。 コウフク など と いう もの は、 ヒト の ココロ を しんじつ なぐさめて くれる もの では ない から で ある。 かりそめにも コウフク に なろう など とは おもって は いけない ので、 ヒト の タマシイ は エイエン に コドク なの だ から。 そして ワタシ は きわめて イセイ よく、 そういう ネンブツ の よう な こと を かんがえはじめた。
 ところが ワタシ は、 フコウ とか クルシミ とか が、 どんな もの だ か、 そのじつ、 しって いない の だ。 おまけに、 コウフク が どんな もの だ か、 それ も しらない。 どう に でも なれ。 ワタシ は ただ ワタシ の タマシイ が ナニモノ に よって も みちたる こと が ない こと を カクシン した と いう の だろう。 ワタシ は つまり、 ワタシ の タマシイ が みちたる こと を ほっしない タテマエ と なった だけ だ。
 そんな こと を かんがえながら、 ワタシ は しかし、 イヌコロ の よう に オンナ の ニクタイ を したう の だった。 ワタシ の ココロ は ただ ドンヨク な オニ で あった。 いつも、 ただ、 こう つぶやいて いた。 どうして、 なにもかも、 こう、 タイクツ なん だ。 なんて、 やりきれない ムナシサ だろう。
 ワタシ は ある とき オンナ と オンセン へ いった。
 カイガン へ サンポ に でる と、 その ヒ は ものすごい アレウミ だった。 オンナ は ハダシ に なり、 ナミ の ひく マ を くぐって カイガラ を ひろって いる。 オンナ は ダイタン で、 ビンカツ だった。 ナミ の コキュウ を のみこんで、 ウミ を セイフク して いる よう な ホンポウ な ウゴキ で あった。 ワタシ は その シンセンサ に メ を うたれ、 どこ か で、 ときどき、 おもいがけなく あらわれて くる みしらぬ シタイ の アザヤカサ を むさぼりながめて いた が、 ワタシ は ふと、 おおきな、 ミノタケ の ナンバイ も ある ナミ が おこって、 やにわに オンナ の スガタ が のみこまれ、 きえて しまった の を みた。 ワタシ は その シュンカン、 やにわに おこった ナミ が ウミ を かくし、 ソラ の ハンブン を かくした よう な、 くらい、 おおきな ウネリ を みた。 ワタシ は おもわず、 ココロ に サケビ を あげた。
 それ は ワタシ の イッシュン の ゲンカク だった。 ソラ は もう、 はれて いた。 オンナ は まだ ナミ の ひく マ を くぐって、 かけまわって いる。 ワタシ は しかし その イッシュン の ゲンカク の あまり の ウツクシサ に、 さめやらぬ オモイ で あった。 ワタシ は オンナ の スガタ の きえて なくなる こと を ほっして いる の では ない。 ワタシ は ワタシ の ニクヨク に おぼれ、 オンナ の ニクタイ を あいして いた から、 オンナ の きえて なくなる こと を ねがった ためし は なかった。
 ワタシ は タニソコ の よう な おおきな アンリョクショク の クボミ を ふかめて わきおこり、 イッシュン に シブキ の オク に オンナ を かくした ミズ の タワムレ の オオキサ に メ を うたれた。 オンナ の ムカンドウ な、 ただ ジュウナン な ニクタイ より も、 もっと ムジヒ な、 もっと ムカンドウ な、 もっと ジュウナン な ニクタイ を みた。 ウミ と いう ニクタイ だった。 ひろびろ と、 なんと ソウダイ な タワムレ だろう と ワタシ は おもった。
 ワタシ の ニクヨク も、 あの ウミ の くらい ウネリ に まかれたい。 あの ナミ に うたれて、 くぐりたい と おもった。 ワタシ は ウミ を だきしめて、 ワタシ の ニクヨク が みたされて くれれば よい と おもった。 ワタシ は ニクヨク の チイササ が かなしかった。

2017/05/03

シセイ

 シセイ

 タニザキ ジュンイチロウ

それ は まだ ヒトビト が 「おろか」 と いう とうとい トク を もって いて、 ヨノナカ が イマ の よう に はげしく きしみあわない ジブン で あった。 トノサマ や ワカダンナ の のどか な カオ が くもらぬ よう に、 ゴテン ジョチュウ や オイラン の ワライ の タネ が つきぬ よう に と、 ジョウゼツ を うる オチャボウズ だの ホウカン だの と いう ショクギョウ が、 リッパ に ソンザイ して ゆけた ほど、 セケン が のんびり して いた ジブン で あった。 オンナ サダクロウ、 オンナ ジライヤ、 オンナ ナルカミ、 ―――トウジ の シバイ でも クサゾウシ でも、 すべて うつくしい モノ は キョウシャ で あり、 みにくい モノ は ジャクシャ で あった。 ダレ も カレ も こぞって うつくしからん と つとめた アゲク は、 テンピン の カラダ へ エノグ を つぎこむ まで に なった。 ホウレツ な、 あるいは ケンラン な、 セン と イロ と が その コロ の ヒトビト の ハダ に おどった。
ウマミチ を かよう オキャク は、 みごと な ホリモノ の ある カゴカキ を えらんで のった。 ヨシワラ、 タツミ の オンナ も うつくしい ホリモノ の オトコ に ほれた。 バクト、 トビ の モノ は もとより、 チョウニン から まれ には サムライ など も イレズミ を した。 ときどき リョウゴク で もよおされる ホリモノカイ では サンカイシャ おのおの ハダ を たたいて、 たがいに キバツ な イショウ を ほこりあい、 ひょうしあった。
セイキチ と いう わかい ホリモノシ の ウデキキ が あった。 アサクサ の チャリブン、 マツシマ-チョウ の ヤツヘイ、 コンコンジロウ など にも おとらぬ メイシュ で ある と もてはやされて、 ナンジュウニン の ヒト の ハダ は、 カレ の エフデ の モト に ヌメジ と なって ひろげられた。 ホリモノカイ で コウヒョウ を はくす ホリモノ の オオク は カレ の テ に なった もの で あった。 ダルマキン は ボカシボリ が トクイ と いわれ、 カラクサゴンタ は シュボリ の メイシュ と たたえられ、 セイキチ は また キケイ な コウズ と ヨウエン な セン と で ナ を しられた。
もと トヨクニ クニサダ の フウ を したって、 ウキヨエシ の トセイ を して いた だけ に、 ホリモノシ に ダラク して から の セイキチ にも さすが エカキ-らしい リョウシン と、 エイカン と が のこって いた。 カレ の ココロ を ひきつける ほど の ヒフ と ホネグミ と を もつ ヒト で なければ、 カレ の ホリモノ を あがなう わけ には ゆかなかった。 たまたま かいて もらえる と して も、 イッサイ の コウズ と ヒヨウ と を カレ の のぞむ が まま に して、 そのうえ たえがたい ハリサキ の クツウ を、 ヒトツキ も フタツキ も こらえねば ならなかった。
この わかい ホリモノシ の ココロ には、 ヒト しらぬ カイラク と シュクガン と が ひそんで いた。 カレ が ヒトビト の ハダ を ハリ で つきさす とき、 シンク に チ を ふくんで ふくれあがる ニク の ウズキ に たえかねて、 タイテイ の オトコ は くるしき ウメキゴエ を はっした が、 その ウメキゴエ が はげしければ はげしい ほど、 カレ は フシギ に いいがたき ユカイ を かんじる の で あった。 ホリモノ の ウチ でも ことに いたい と いわれる シュボリ、 ボカシボリ、 ―――それ を もちうる こと を カレ は ことさら よろこんだ。 1 ニチ ヘイキン 500~600 ポン の ハリ に さされて、 イロアゲ を よく する ため ユ へ つかって でて くる ヒト は、 ミナ ハンシ ハンショウ の テイ で セイキチ の アシモト に うちたおれた まま、 しばらく は ミウゴキ さえ も できなかった。 その ムザン な スガタ を いつも セイキチ は ひややか に ながめて、
「さぞ オイタミ で がしょう なあ」
と いいながら、 こころよさそう に わらって いる。
イクジ の ない オトコ など が、 まるで チシゴ の クルシミ の よう に クチ を ゆがめ ハ を くいしばり、 ひいひい と ヒメイ を あげる こと が ある と、 カレ は、
「オマエサン も エドッコ だ。 シンボウ しなさい。 ―――この セイキチ の ハリ は トビキリ に いてえ の だ から」
こう いって、 ナミダ に うるむ オトコ の カオ を ヨコメ で みながら、 かまわず ほって いった。 また ガマン-づよい モノ が ぐっと キモ を すえて、 マユ ヒトツ しかめず こらえて いる と、
「ふむ、 オマエサン は ミカケ に よらねえ ツッパリモノ だ。 ―――だが みなさい、 いまに そろそろ うずきだして、 どうにも こうにも たまらない よう に なろう から」
と、 しろい ハ を みせて わらった。

カレ の ネンライ の シュクガン は、 コウキ ある ビジョ の ハダ を えて、 それ へ オノレ の タマシイ を ほりこむ こと で あった。 その オンナ の ソシツ と ヨウボウ と に ついて は、 イロイロ の チュウモン が あった。 ただに うつくしい カオ、 うつくしい ハダ と のみ では、 カレ は なかなか マンゾク する こと が できなかった。 エド-ジュウ の イロマチ に ナ を ひびかせた オンナ と いう オンナ を しらべて も、 カレ の キブン に かなった アジワイ と チョウシ とは ヨウイ に みつからなかった。 まだ みぬ ヒト の スガタカタチ を ココロ に えがいて、 3 ネン 4 ネン は むなしく あこがれながら も、 カレ は なお その ネガイ を すてず に いた。
ちょうど 4 ネン-メ の ナツ の とある ユウベ、 フカガワ の リョウリヤ ヒラセイ の マエ を とおりかかった とき、 カレ は ふと カドグチ に まって いる カゴ の スダレ の カゲ から、 マッシロ な オンナ の スアシ の こぼれて いる の に キ が ついた。 するどい カレ の メ には、 ニンゲン の アシ は その カオ と おなじ よう に フクザツ な ヒョウジョウ を もって うつった。 その オンナ の アシ は、 カレ に とって は とうとき ニク の ホウギョク で あった。 オヤユビ から おこって コユビ に おわる センサイ な 5 ホン の ユビ の トトノイカタ、 エノシマ の ウミベ で とれる ウスベニイロ の カイ にも おとらぬ ツメ の イロアイ、 タマ の よう な キビス の マルミ、 セイレツ な イワマ の ミズ が たえず アシモト を あらう か と うたがわれる ヒフ の ジュンタク。 この アシ こそ は、 やがて オトコ の イキチ に こえふとり、 オトコ の ムクロ を ふみつける アシ で あった。 この アシ を もつ オンナ こそ は、 カレ が ナガネン たずねあぐんだ、 オンナ の ナカ の オンナ で あろう と おもわれた。 セイキチ は おどりたつ ムネ を おさえて、 その ヒト の カオ が ミタサ に カゴ の アト を おいかけた が、 2~3 チョウ ゆく と、 もう その カゲ は みえなかった。
セイキチ の アコガレゴコチ が、 はげしき コイ に かわって その トシ も くれ、 5 ネン-メ の ハル も なかば おいこんだ ある ヒ の アサ で あった。 カレ は フカガワ サガ-チョウ の グウキョ で、 フサヨウジ を くわえながら、 サビタケ の ヌレエン に オモト の ハチ を ながめて いる と、 ニワ の ウラキド を おとなう ケハイ が して、 ソデガキ の カゲ から、 ついぞ みなれぬ コムスメ が はいって きた。
それ は セイキチ が ナジミ の タツミ の ハオリ から よこされた ツカイ の モノ で あった。
「ネエサン から この ハオリ を オヤカタ へ オテワタシ して、 ナニ か ウラジ へ エモヨウ を かいて くださる よう に おたのみ もうせ って………」
と、 ムスメ は ウコン の フロシキ を ほどいて、 ナカ から イワイ トジャク の ニガオエ の タトウ に つつまれた オンナバオリ と、 1 ツウ の テガミ と を とりだした。
その テガミ には ハオリ の こと を くれぐれも たのんだ スエ に、 ツカイ の ムスメ は きんきん に ワタシ の イモウトブン と して オザシキ へ でる はず ゆえ、 ワタシ の こと も わすれず に、 この コ も ひきたてて やって ください と したためて あった。
「どうも ミオボエ の ない カオ だ と おもった が、 それじゃ オマエ は コノゴロ こっち へ きなすった の か」
こう いって セイキチ は、 しげしげ と ムスメ の スガタ を みまもった。 トシゴロ は ようよう 16 か 7 か と おもわれた が、 その ムスメ の カオ は、 フシギ にも ながい ツキヒ を イロザト に くらして、 イクジュウニン の オトコ の タマシイ を もてあそんだ トシマ の よう に ものすごく ととのって いた。 それ は クニジュウ の ツミ と タカラ との ながれこむ ミヤコ の ナカ で、 ナンジュウネン の ムカシ から いきかわり しにかわった みめうるわしい オオク の ダンジョ の、 ユメ の カズカズ から うまれいず べき キリョウ で あった。
「オマエ は キョネン の 6 ガツ-ゴロ、 ヒラセイ から カゴ で かえった こと が あろう がな」
こう たずねながら、 セイキチ は ムスメ を エン へ かけさせて、 ビンゴオモテ の ダイ に のった コウチ な スアシ を シサイ に ながめた。
「ええ、 あの ジブン なら、 まだ オトウサン が いきて いた から、 ヒラセイ へも たびたび まいりました のさ」
と、 ムスメ は キミョウ な シツモン に わらって こたえた。
「ちょうど これ で アシカケ 5 ネン、 オレ は オマエ を まって いた。 カオ を みる の は はじめて だ が、 オマエ の アシ には オボエ が ある。 ―――オマエ に みせて やりたい もの が ある から、 あがって ゆっくり あそんで いく が いい」
と、 セイキチ は イトマ を つげて かえろう と する ムスメ の テ を とって、 オオカワ の ミズ に のぞむ ニカイ ザシキ へ アンナイ した ノチ、 マキモノ を 2 ホン とりだして、 まず その ヒトツ を ムスメ の マエ に くりひろげた。
それ は イニシエ の ボウクン チュウオウ の チョウヒ、 バッキ を えがいた エ で あった。 ルリ サンゴ を ちりばめた キンカン の オモサ に え たえぬ なよやか な カラダ を、 ぐったり コウラン に もたれて、 ラリョウ の モスソ を キザハシ の チュウダン に ひるがえし、 ミギテ に タイハイ を かたむけながら、 いましも テイゼン に けいせられん と する イケニエ の オトコ を ながめて いる キサキ の フゼイ と いい、 テツ の クサリ で シシ を ドウチュウ へ ゆいつけられ、 サイゴ の ウンメイ を まちかまえつつ、 キサキ の マエ に コウベ を うなだれ、 メ を とじた オトコ の カオイロ と いい、 ものすごい まで に たくみ に えがかれて いた。
ムスメ は しばらく この キカイ な エ の オモテ を みいって いた が、 しらずしらず その ヒトミ は かがやき その クチビル は ふるえた。 あやしく も その カオ は だんだん と キサキ の カオ に にかよって きた。 ムスメ は そこ に かくれたる シン の 「オノレ」 を みいだした。
「この エ には オマエ の ココロ が うつって いる ぞ」
こう いって、 セイキチ は こころよげ に わらいながら、 ムスメ の カオ を のぞきこんだ。
「どうして こんな おそろしい もの を、 ワタシ に おみせ なさる の です」
と、 ムスメ は あおざめた ヒタイ を もたげて いった。
「この エ の オンナ は オマエ なの だ。 この オンナ の チ が オマエ の カラダ に まじって いる はず だ」
と、 カレ は さらに ホカ の 1 ポン の ガフク を ひろげた。
それ は 「ヒリョウ」 と いう ガダイ で あった。 ガメン の チュウオウ に、 わかい オンナ が サクラ の ミキ へ ミ を よせて、 アシモト に るいるい と たおれて いる オオク の オトコ たち の ムクロ を みつめて いる。 オンナ の シンペン を まいつつ カチドキ を うたう コトリ の ムレ、 オンナ の ヒトミ に あふれたる おさえがたき ホコリ と ヨロコビ の イロ。 それ は タタカイ の アト の ケシキ か、 ハナゾノ の ハル の ケシキ か。 それ を みせられた ムスメ は、 ワレ と わが ココロ の ソコ に ひそんで いた ナニモノ か を、 さぐりあてたる ココチ で あった。
「これ は オマエ の ミライ を エ に あらわした の だ。 ここ に たおれて いる ヒトタチ は、 ミナ これから オマエ の ため に イノチ を すてる の だ」
こう いって、 セイキチ は ムスメ の カオ と スンブン たがわぬ ガメン の オンナ を ゆびさした。
「ゴショウ だ から、 はやく その エ を しまって ください」
と、 ムスメ は ユウワク を さける が ごとく、 ガメン に そむいて タタミ の ウエ へ つっぷした が、 やがて ふたたび クチビル を わななかした。
「オヤカタ、 ハクジョウ します。 ワタシ は オマエサン の オサッシドオリ、 その エ の オンナ の よう な ショウブン を もって います のさ。 ―――だから もう カンニン して、 それ を ひっこめて おくんなさい」
「そんな ヒキョウ な こと を いわず と、 もっと よく この エ を みる が いい。 それ を おそろしがる の も、 まあ イマ の うち だろう よ」
こう いった セイキチ の カオ には、 イツモ の イジ の わるい ワライ が ただよって いた。
しかし ムスメ の ツムリ は ヨウイ に あがらなかった。 ジュバン の ソデ に カオ を おおうて いつまでも つっぷした まま、
「オヤカタ、 どうか ワタシ を かえして おくれ。 オマエサン の ソバ に いる の は おそろしい から」
と、 イクド か くりかえした。
「まあ まちなさい。 オレ が オマエ を リッパ な キリョウ の オンナ に して やる から」
と いいながら、 セイキチ は なにげなく ムスメ の ソバ に ちかよった。 カレ の フトコロ には かつて オランダ-イ から もらった マスイザイ の ビン が しのばせて あった。

ヒ は うららか に カワモ を いて、 8 ジョウ の ザシキ は もえる よう に てった。 スイメン から ハンシャ する コウセン が、 ムシン に ねむる ムスメ の カオ や、 ショウジ の カミ に コンジキ の ハモン を えがいて ふるえて いた。 ヘヤ の シキリ を たてきって ホリモノ の ドウグ を テ に した セイキチ は、 しばらく は ただ うっとり と して すわって いる ばかり で あった。 カレ は イマ はじめて オンナ の ミョウソウ を しみじみ あじわう こと が できた。 その うごかぬ カオ に あいたいして、 10 ネン 100 ネン この イッシツ に セイザ する とも、 なお あく こと を しるまい と おもわれた。 イニシエ の メムフィス の タミ が、 ソウゴン なる エジプト の テンチ を、 ピラミッド と スフィンクス と で かざった よう に、 セイキチ は セイジョウ な ニンゲン の ヒフ を、 ジブン の コイ で いろどろう と する の で あった。
やがて カレ は ヒダリテ の コユビ と クスリユビ と オヤユビ の アイダ に はさんだ エフデ の ホ を、 ムスメ の セ に ねかせ、 その ウエ から ミギテ で ハリ を さして いった。 わかい ホリモノシ の ココロ は ボクジュウ の ナカ に とけて、 ヒフ に にじんだ。 ショウチュウ に まぜて ほりこむ リュウキュウシュ の イッテキ イッテキ は、 カレ の イノチ の シタタリ で あった。 カレ は そこ に わが タマシイ の イロ を みた。
いつしか ヒル も すぎて、 のどか な ハル の ヒ は ようやく くれかかった が、 セイキチ の テ は すこしも やすまず、 オンナ の ネムリ も やぶれなかった。 ムスメ の カエリ の おそき を あんじて むかい に でた ハコヤ まで が、
「あの コ なら もう とうに かえって いきました よ」
と いわれて おいかえされた。 ツキ が タイガン の トシュウ ヤシキ の ウエ に かかって、 ユメ の よう な ヒカリ が エンガン イッタイ の イエイエ の ザシキ に ながれこむ コロ には、 ホリモノ は まだ ハンブン も できあがらず、 セイキチ は イッシン に ロウソク の シン を かきたてて いた。
イッテン の イロ を つぎこむ の も、 カレ に とって は ヨウイ な ワザ で なかった。 さす ハリ、 ぬく ハリ の たび ごと に ふかい トイキ を ついて、 ジブン の ココロ が さされる よう に かんじた。 ハリ の アト は しだいしだい に キョダイ な ジョロウグモ の カタチ を そなえはじめて、 ふたたび ヨ が しらしら と しらみそめた ジブン には、 この フシギ な マショウ の ドウブツ は、 8 ホン の アシ を のばしつつ、 セ イチメン に わだかまった。
ハル の ヨ は、 ノボリクダリ の カワフネ の ロゴエ に あけはなたれて、 アサカゼ を はらんで くだる シラホ の イタダキ から うすらぎはじめる カスミ の ナカ に、 ナカス、 ハコザキ、 レイガンジマ の イエイエ の イラカ が きらめく コロ、 セイキチ は ようやく エフデ を おいて、 ムスメ の セ に ほりこまれた クモ の カタチ を ながめて いた。 その ホリモノ こそ は カレ が セイメイ の スベテ で あった。 その シゴト を なしおえた アト の カレ の ココロ は うつろ で あった。
フタツ の ヒトカゲ は そのまま やや しばらく うごかなかった。 そうして、 ひくく、 かすれた コエ が ヘヤ の シヘキ に ふるえて きこえた。
「オレ は オマエ を ホントウ の うつくしい オンナ に する ため に、 ホリモノ の ナカ へ オレ の タマシイ を うちこんだ の だ。 もう イマ から は ニホンコク-ジュウ に、 オマエ に まさる オンナ は いない。 オマエ は もう イマ まで の よう な オクビョウ な ココロ は もって いない の だ。 オトコ と いう オトコ は、 ミンナ オマエ の コヤシ に なる の だ。………」
その コトバ が つうじた か、 かすか に、 イト の よう な ウメキゴエ が オンナ の クチビル に のぼった。 ムスメ は しだいしだい に チカク を カイフク して きた。 おもく ひきいれて は、 おもく ひきだす カタイキ に、 クモ の アシ は いける が ごとく ゼンドウ した。
「くるしかろう。 カラダ を クモ が だきしめて いる の だ から」
こう いわれて ムスメ は ほそく ムイミ な メ を ひらいた。 その ヒトミ は ユウヅキ の ヒカリ を ます よう に、 だんだん と かがやいて オトコ の カオ に てった。
「オヤカタ、 はやく ワタシ に セナカ の ホリモノ を みせて おくれ、 オマエサン の イノチ を もらった カワリ に、 ワタシ は さぞ うつくしく なったろう ねえ」
ムスメ の コトバ は ユメ の よう で あった が、 しかし その チョウシ には どこ か するどい チカラ が こもって いた。
「まあ、 これから ユドノ へ いって イロアゲ を する の だ。 くるしかろう が ちっと ガマン を しな」
と、 セイキチ は ミミモト へ クチ を よせて、 いたわる よう に ささやいた。
「うつくしく さえ なる の なら、 どんな に でも シンボウ して みせましょう よ」
と、 ムスメ は ミウチ の イタミ を おさえて、 しいて ほほえんだ。

「ああ、 ユ が しみて くるしい こと。 ………オヤカタ、 ゴショウ だ から ワタシ を うっちゃって、 2 カイ へ いって まって いて おくれ、 ワタシ は こんな みじめ な ザマ を オトコ に みられる の が くやしい から」
ムスメ は ユアガリ の カラダ を ぬぐい も あえず、 いたわる セイキチ の テ を つきのけて、 はげしい クツウ に ナガシ の イタノマ へ ミ を なげた まま、 うなされる ごとく に うめいた。 キチガイ-じみた カミ が なやましげ に その ホオ へ みだれた。 オンナ の ハイゴ には キョウダイ が たてかけて あった。 マッシロ な アシ の ウラ が フタツ、 その メン へ うつって いた。
キノウ とは うってかわった オンナ の タイド に、 セイキチ は ヒトカタ ならず おどろいた が、 いわれる まま に ヒトリ 2 カイ に まって いる と、 およそ ハントキ ばかり たって、 オンナ は アライガミ を リョウカタ へ すべらせ、 ミジマイ を ととのえて あがって きた。 そうして クルシミ の カゲ も とまらぬ はれやか な マユ を はって、 ランカン に もたれながら おぼろ に かすむ オオゾラ を あおいだ。
「この エ は ホリモノ と イッショ に オマエ に やる から、 それ を もって もう かえる が いい」
こう いって セイキチ は マキモノ を オンナ の マエ に さしおいた。
「オヤカタ、 ワタシ は もう イマ まで の よう な オクビョウ な ココロ を、 さらり と すてて しまいました。 ―――オマエサン は マッサキ に ワタシ の コヤシ に なった ん だねえ」
と、 オンナ は ツルギ の よう な ヒトミ を かがやかした。 その ミミ には ガイカ の コエ が ひびいて いた。
「かえる マエ に もう イッペン、 その ホリモノ を みせて くれ」
セイキチ は こう いった。
オンナ は だまって うなずいて ハダ を ぬいだ。 おりから アサヒ が ホリモノ の オモテ に さして、 オンナ の セナカ は さんらん と した。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...