2014/10/30

ヨアケマエ (ジョ の ショウ)

 ヨアケマエ

 シマザキ トウソン

 ジョ の ショウ

 1

 キソジ は すべて ヤマ の ナカ で ある。 ある ところ は ソバヅタイ に ゆく ガケ の ミチ で あり、 ある ところ は スウジッケン の フカサ に のぞむ キソガワ の キシ で あり、 ある ところ は ヤマノオ を めぐる タニ の イリグチ で ある。 ヒトスジ の カイドウ は この ふかい シンリン チタイ を つらぬいて いた。
 ヒガシザカイ の サクラザワ から、 ニシ の ジッキョク トウゲ まで、 キソ 11 シュク は この カイドウ に そうて、 22 リ-ヨ に わたる ながい ケイコク の アイダ に サンザイ して いた。 ドウロ の イチ も イクタビ か あらたまった もの で、 コドウ は いつのまにか ふかい ヤマアイ に うずもれた。 なだかい カケハシ も、 ツタ の カズラ を タノミ に した よう な あぶない バショ では なくなって、 トクガワ ジダイ の スエ には すでに わたる こと の できる ハシ で あった。 シンキ に シンキ に と できた ミチ は だんだん タニ の シタ の ほう の イチ へ と くだって きた。 ミチ の せまい ところ には、 キ を きって ならべ、 フジヅル で からめ、 それ で カイドウ の せまい の を おぎなった。 ながい アイダ に この キソジ に おこって きた ヘンカ は、 いくらか ずつ でも ケンソ な ヤマサカ の おおい ところ を あるきよく した。 そのかわり、 オオアメ ごと に やって くる カスイ の ハンラン が リョコウ を コンナン に する。 その たび に タビビト は モヨリ モヨリ の シュクバ に トウリュウ して、 ドウロ の カイツウ を まつ こと も めずらしく ない。
 この カイドウ の ヘンセン は イク-セイキ に わたる ホウケン ジダイ の ハッタツ をも、 その セイド ソシキ の ヨウジン-ブカサ をも かたって いた。 テッポウ を あらため オンナ を あらためる ほど リョコウシャ の トリシマリ を ゲンジュウ に した ジダイ に、 これほど よい ヨウガイ の チセイ も ない から で ある。 この ケイコク の もっとも ふかい ところ には キソ フクシマ の セキショ も かくれて いた。
 トウサンドウ とも いい、 キソ カイドウ ロクジュウキュウツギ とも いった エキロ の イチブ が ここ だ。 この ミチ は ヒガシ は イタバシ を へて エド に つづき、 ニシ は オオツ を へて キョウト に まで つづいて いって いる。 トウカイドウ ホウメン を まわらない ほど の タビビト は、 いや でも オウ でも この ミチ を ふまねば ならぬ。 1 リ ごと に ツカ を きずき、 エノキ を うえて、 リテイ を しる タヨリ と した ムカシ は、 タビビト は いずれ も ドウチュウキ を フトコロ に して、 シュクバ から シュクバ へ と かかりながら、 この カイドウスジ を オウライ した。
 マゴメ は キソ 11 シュク の ヒトツ で、 この ながい ケイコク の つきた ところ に ある。 ニシ より する キソジ の サイショ の イリグチ に あたる。 そこ は ミノ-ザカイ にも ちかい。 ミノ ホウメン から ジッキョク トウゲ に そうて、 まがりくねった ヤマサカ を よじのぼって くる モノ は、 たかい トウゲ の ウエ の イチ に この シュク を みつける。 カイドウ の リョウガワ には 1 ダン ずつ イシガキ を きずいて その ウエ に ミンカ を たてた よう な ところ で、 フウセツ を しのぐ ため の イシ を のせた イタヤネ が その サユウ に ならんで いる。 シュクバ-らしい コウサツ の たつ ところ を チュウシン に、 ホンジン、 トイヤ、 トシヨリ、 テンマヤク、 ジョウホコウヤク、 ミズヤク、 シチリヤク (ヒキャク) など より なる 100 ケン ばかり の イエイエ が おも な ブブン で、 まだ その ホカ に シュクナイ の ヒカエ と なって いる コナ の ヤカズ を くわえる と 60 ケン ばかり の ミンカ を かぞえる。 アラマチ、 ミツヤ、 ヨコテ、 ナカノカヤ、 イワタ、 トウゲ など の ブラク が それ だ。 そこ の シュクハズレ では タヌキ の コウヤク を うる。 メイブツ クリコワメシ の カンバン を ノキ に かけて、 オウライ の キャク を まつ オヤスミドコロ も ある。 ヤマ の ナカ とは いいながら、 ひろい ソラ は エナ-サン の フモト の ほう に ひらけて、 ミノ の ヘイヤ を のぞむ こと の できる よう な イチ にも ある。 なんとなく ニシ の クウキ も かよって くる よう な ところ だ。
 ホンジン の トウシュ キチザエモン と、 トシヨリヤク の キンベエ とは この ムラ に うまれた。 キチザエモン は アオヤマ の イエ を つぎ、 キンベエ は、 コタケ の イエ を ついだ。 この ヒトタチ が シュクヤクニン と して、 エキロ イッサイ の セワ に なれた コロ は、 フタリ とも すでに 50 の サカ を こして いた。 キチザエモン 55 サイ、 キンベエ の ほう は 57 サイ にも なった。 これ は トウジ と して めずらしい こと でも ない。 キチザエモン の チチ に あたる センダイ の ハンロク など は 66 サイ まで シュクヤクニン を つとめた。 それから カトク を ゆずって、 ようやく インキョ した くらい の ヒト だ。 キチザエモン には すでに ハンゾウ と いう アトツギ が ある。 しかし カトク を ゆずって インキョ しよう なぞ とは かんがえて いない。 フクシマ の ヤクショ から でも その サタ が あって、 いよいよ インタイ の ジキ が くる まで は、 まだまだ つとめられる だけ つとめよう と して いる。 キンベエ とて も、 この ヒト に まけて は いなかった。

 2

 ヤマザト へは ハル の くる こと も おそい。 マイネン キュウレキ の 3 ガツ に、 エナ サンミャク の ユキ も とけはじめる コロ に なる と、 にわか に ヒト の オウライ も おおい。 ナカツガワ の ショウニン は オクスジ (ミドノ、 アゲマツ、 フクシマ から ナライ ヘン まで を さす) への ショ-カンジョウ を かねて、 ぽつぽつ トナリ の クニ から のぼって くる。 イナ の タニ の ほう から は イイダ の ザイ の モノ が サイレイ の イショウ なぞ を かり に やって くる。 ダイカグラ も はいりこむ。 イセ へ、 ツシマ へ、 コンピラ へ、 あるいは ゼンコウジ への サンケイ も その コロ から はじまって、 それら の ダンタイ を つくって とおる タビビト の ムレ の ウゴキ が この カイドウ に カッキ を そそぎいれる。
 ニシ の リョウチ より する サンキン コウタイ の ダイショウ の ショ-ダイミョウ、 ニッコウ への レイヘイシ、 オオサカ の ブギョウ や オカバンシュウ など は ここ を ツウコウ した。 キチザエモン なり キンベエ なり は タ の シュクヤクニン を さそいあわせ、 ハオリ に ムトウ、 センス を さして、 ニシ の シュクザカイ まで それら の イッコウ を うやうやしく でむかえる。 そして ヒガシ は ジンバ か、 トウゲ の ウエ まで みおくる。 シュク から シュク への ツギタテ と いえば、 ニンソク や ウマ の セワ から ニモツ の アツカイ まで、 ヒトツウコウ ある ごと に シュクヤクニン と して の ココロヅカイ も かなり おおい。 タニンズウ の シュクハク、 もしくは オコヤスミ の ヨウイ も わすれて は ならなかった。 ミト の オチャツボ、 コウギ の オタカカタ をも、 こんな ふう に して むかえる。 しかし それら は フツウ の バアイ で ある。 ムラカタ の ザイセイ や サンリン デンチ の こと なぞ に カンショウ されない で すむ ツウコウ で ある。 フクシマ カンジョウショ の ブギョウ を むかえる とか、 キソヤマ イッタイ を シハイ する オワリ ハン の ザイモクカタ を むかえる とか いう ヒ に なる と、 タダ の オクリムカエ や ツギタテ だけ では なかなか すまされなかった。
 タカン な コウケイ が カイドウ に ひらける こと も ある。 ブンセイ 9 ネン の 12 ガツ に、 クロカワ ムラ の ヒャクショウ が ロウヤ ゴメン と いう こと で、 ミノ-ザカイ まで ツイホウ を めいぜられた こと が ある。 22 ニン の ニンズウ が シュクカゴ で、 アサ の イツツドキ に マゴメ へ ついた。 シワス も もう トシ の クレ に ちかい フユ の ヒ だ。 その とき も、 キチザエモン は キンベエ と イッショ に ユキ の ナカ を ホンソウ して、 ムラ の 2 ケン の ハタゴヤ で ヒルジタク を させる から クニザカイ へ みおくる まで の セワ を した。 もっとも、 フクシマ から は 4 ニン の アシガル が つきそって きた が、 22 ニン ともに のこらず コシナワ テジョウ で あった。
 50 ヨネン の ショウガイ の うち で、 この キチザエモン ら が キオク に のこる ダイツウコウ と いえば、 オワリ ハンシュ の イガイ が この カイドウ を とおった とき の こと に トドメ を さす。 ハンシュ は エド で なくなって、 その リョウチ に あたる キソダニ を コシ で はこばれて いった。 フクシマ の ダイカン、 ヤマムラ シ から いえば、 キソダニ-ジュウ の ギョウセイジョウ の シハイケン だけ を この ナゴヤ の ダイリョウシュ から たくされて いる わけ だ。 キチザエモン ら は フタリ の シュジン を いただいて いる こと に なる ので、 ナゴヤ-ジョウ の ハンシュ を ビシュウ の トノサマ と よび、 その ハイカ に ある ヤマムラ シ を フクシマ の ダンナサマ と よんで、 「トノサマ」 と 「ダンナサマ」 で クベツ して いた。
「あれ は テンポウ 10 ネン の こと でした。 まったく、 あの とき の ゴツウコウ は ゼンダイ ミモン でした わい」
 この キンベエ の ハナシ が でる たび に、 キチザエモン は ヒゴロ から 「ホンジン-バナ」 と いわれる ほど おおきく ニクアツ な ハナ の サキ へ シワ を よせる。 そして、 「また キンベエ さん の ゼンダイ ミモン が でた」 と いわない ばかり に、 トシ の ワリアイ には つやつや と した イロ の しろい アイテ の カオ を ながめる。 しかし キンベエ の いう とおり、 あの とき の ダイツウコウ は まったく モジドオリ ゼンダイ ミモン の こと と いって よかった。 ドウゼイ およそ 1670 ニン ほど の ニンズウ が この シュク に あふれた。 トイヤ の クダユウ、 トシヨリヤク の ギスケ、 ドウヤク の シンシチ、 おなじく ヨジエモン、 これら の シュクヤクニン ナカマ から クミガシラ の モノ は おろか、 ほとんど ムラジュウ ソウガカリ で コト に あたった。 キソダニ-ジュウ から よせた 730 ニン の ニンソク だけ では、 まだ それでも テ が たりなくて、 1000 ニン あまり も の イナ の スケゴウ が でた の も あの とき だ。 ショホウ から あつめた ウマ の カズ は 220 ピキ にも のぼった。 キチザエモン の イエ は ムラ でも いちばん おおきい ホンジン の こと だ から いう まで も ない が、 キンベエ の スマイ に すら フタリ の ゴヨウニン の ホカ に ジョウゲ あわせて 80 ニン の ニンズウ を とめ、 ウマ も 2 ヒキ ひきうけた。
 キソ は タニ の ナカ が せまくて、 タハタ も すくない。 カギリ の ある コメ で この タニンズウ の ツウコウ を どう する こと も できない。 イナ の タニ から の ツウロ に あたる ゴンベエ カイドウ の ほう には、 ウマ の ふる スズオト に チョウシ を あわせる よう な マゴウタ が おこって、 コメ を つけた バヒツ の ムレ が この キソ カイドウ に つづく の も、 そういう とき だ。

 3

 ヤマ の ナカ の フカサ を おもわせる よう な もの が、 この ムラ の シュウイ には かずしれず あった。 ハヤシ には シカ も すんで いた。 あの ヨウジン-ぶかい ケモノ は ムラ の トウナン を ながれる ほそい オリサカガワ に ついて、 よく そこ へ ミズ を のみ に おりて きた。
 ふるい レキシ の ある ミサカゴエ をも、 ここ から エナ サンミャク の ほう に のぞむ こと が できる。 タイホウ の ムカシ に はじめて ひらかれた キソジ とは、 じつは その ミサカ を こえた もの で ある と いう。 その ミサカゴエ から イクツ か の タニ を へだてた エナ-サン の スソ の ほう には、 キリガハラ の コウゲン も ひらけて いて、 そこ には また コダイ の マキバ の アト が とおく かすか に ひかって いる。
 この ヤマ の ナカ だ。 ときには あらくれた イノシシ が ジンカ の ならぶ カイドウ に まで とびだす。 シオザワ と いう ところ から でて きた イノシシ は、 シュクハズレ の ジンバ から ヤクシドウ の マエ を とおり、 それから ムラ の ブタイ の ほう を あばれまわって、 ババ へ トッシン した こと が ある。 それ イノシシ だ と いって、 ミナミナ テッポウ など を もちだして さわいだ が、 ヒグレ に なって その ユクエ も わからなかった。 この イキオイ の いい ケモノ に くらべる と、 ムコウヤマ から シカ の とびだした とき は、 イシヤ の サカ の ほう へ ゆき、 シチマワリ の ヤブ へ はいった。 オオゼイ の ムラ の ヒト が あつまって、 とうとう ヒトヤ で その シカ を いとめた。 ところが トナリムラ の ユブネザワ の ほう から コウギ が でて、 シマイ には コウロン に まで なった こと が ある。
「シカ より も、 ケンカ の ほう が よっぽど おもしろかった」
 と キチザエモン は キンベエ に いって みせて わらった。 ナニ か と いう と フタリ は ムラ の こと に ひっぱりだされる が、 そんな ケンカ は とりあわなかった。
 ヒノキ、 サワラ、 アスヒ、 コウヤマキ、 ネズコ―― これ を キソ では ゴボク と いう。 そういう ジュモク の セイチョウ する シンリン の ほう は ことに ヤマ も ふかい。 この チホウ には スヤマ、 トメヤマ、 アキヤマ の クベツ が あって、 スヤマ と トメヤマ とは ゼッタイ に ソンミン の たちいる こと を ゆるされない シンリン チタイ で あり、 アキヤマ のみ が ジユウリン と されて いた。 その アキヤマ でも、 ゴボク ばかり は キョカ なし に バッサイ する こと を きんじられて いた。 これ は シンリン ホゴ の セイシン より でた こと は あきらか で、 キソヤマ を カンリ する オワリ ハン が それほど この チホウ から うまれて くる よい ザイモク を おもく みて いた の で ある。 トリシマリ は やかましい。 すこし の オコタリ でも ある と、 キソダニ-ジュウ 33 カソン の ショウヤ は アゲマツ の ジンヤ へ よびだされる。 キチザエモン の イエ は ダイダイ ホンジン ショウヤ トイヤ の サンヤク を かねた から、 その たび に ショウヤ と して、 セギリ の ゲンキン を おかした ソンミン の ため イイヒラキ を しなければ ならなかった。 どうして ヒノキ 1 ポン でも バカ に ならない。 ジンヤ の ヤクニン の メ には、 どうか する と ニンゲン の イノチ より も おもかった。
「ムカシ は この キソヤマ の キ 1 ポン きる と、 クビ ヒトツ なかった もの だぞ」
 ジンヤ の ヤクニン の オドシモンク だ。
 この ヤクニン が ギンミ の ため に ムラ へ はいりこむ と いう ウワサ でも つたわる と、 イノシシ や シカ どころ の サワギ で なかった。 あわてて フヨウ の ザイモク を やきすてる モノ が ある。 かこって おいた ヒノキイタ を ヨソ へ うつす モノ が ある。 タブン の キ を ぬすんで おいて、 イタ に へいだり、 うりさばいたり した ムラ の ヒト など は ことに ロウバイ する。 セギリ の ギンミ と いえば、 ムラジュウ ヤサガシ の ヒョウバン が たつ ほど ゲンジュウ を きわめた もの だ。
 メアカシ の ヤヘイ は もう ながい こと ムラ に タイザイ して、 バクフ ジダイ の ひくい 「オカッピキ」 の ヤクメ を つとめて いた。 ヤヘイ の アンナイ で、 フクシマ の ヤクショ から の ヤクニン を むかえた ヒ の こと は、 イッショウ わすれられない デキゴト の ヒトツ と して、 まだ キチザエモン の キオク には あたらしくて ある。 その ギンミ は ホンジン の イエ の モンナイ で おこなわれた。 のみならず、 そんな に タクサン な ケガニン を だした こと も、 ムラ の レキシ と して かつて きかなかった こと だ。 マエニワ の ジョウダン には、 フクシマ から きた ヤクニン の トシヨリ、 ヨウニン、 カキヤク など が いならんで、 その ワキ には アシガル が 4 ニン も ひかえた。 それから ムラジュウ の モノ が よびだされた。 その トガ に よって コシナワ テジョウ で シュクヤクニン の ウチ へ あずけられる こと に なった。 もっとも、 ロウネン で 70 サイ イジョウ の モノ は テジョウ を めんぜられ、 すでに シボウ した モノ は 「オシカリ」 と いう だけ に とどめて トクベツ な レンビン を くわえられた。
 この コウケイ を のぞきみよう と して、 ニワ の スミ の ナシ の キ の カゲ に かくれて いた モノ も ある。 その ナカ に キチザエモン が セガレ の ハンゾウ も いる。 トウジ 18 サイ の ハンゾウ は、 メ を すえて、 ヤクニン の する こと や、 コシナワ に つながれた ムラ の ヒトタチ の サマ を みて いる。 それ に キチザエモン は キ が ついて、
「さあ、 いった、 いった―― ここ は オマエタチ なぞ の たってる ところ じゃ ない」
 と しかった。
 61 ニン も の ソンミン が シュクヤクニン へ あずけられる こと に なった の も、 その とき だ。 その ウチ の 10 ニン は キンベエ が あずかった。 マゴメ の シュクヤクニン や クミガシラ と して これ が みて いられる もの でも ない。 フクシマ の ヤクニン たち が ユブネザワ ムラ の ほう へ ひきあげて いった アト で、 「オシカリ」 の モノ の シャメン せられる よう に と、 フコウ な ソンミン の ため に イチドウ オヒマチ を つとめた。 その とき の オフダ は 1 マイ ずつ ムラジュウ へ ハイトウ した。
 この デキゴト が あって から ハツカ ばかり-スギ に、 「オシカリ」 の モノ の のこらず テジョウ を めんぜられる ヒ が ようやく きた。 フクシマ から は 3 ニン の ヤクニン が シュッチョウ して それ を つたえた。
 テジョウ を とかれた コマエ の モノ の ヒトリ は、 ヤクニン の マエ に すすみでて、 おずおず と した チョウシ で いった。
「おそれながら もうしあげます。 キソ は ゴショウチ の とおり な ヤマ の ナカ で ございます。 こんな タハタ も すくない よう な トチ で ございます。 オヤクニン サマ の マエ です が、 ヤマ の ハヤシ に でも すがる より ホカ に、 ワタクシドモ の タツセ は ございません」

 4

 シン チャヤ に、 マゴメ の シュク の いちばん ニシ の ハズレ の ところ に、 その ミチバタ に バショウ の クヅカ の たてられた コロ は、 なんと いって も トクガワ の ヨ は まだ ヘイワ で あった。
 キソジ の イリグチ に あたらしい メイショ を ヒトツ つくる、 シナノ と ミノ の クニザカイ に あたる イチリヅカ に ちかい イチ を えらんで カイドウ を オウライ する タビビト の メ にも よく つく よう な なだらか な オカ の スソ に オキナヅカ を たてる、 ヤマイシ や ツツジ や ラン など を はこんで いって シュウイ に キュウソク の オモイ を あたえる、 ツチ を もりあげた ツカ の ウエ に オキナ の クヒ を おく―― その たのしい カンガエ が、 ヒゴロ ハイカイ なぞ に あそぶ と きいた こと も ない キンベエ の ムネ に うかんだ と いう こと は、 それ だけ でも キチザエモン を おどろかした。 そういう キチザエモン は いくらか フウガ の ミチ に タシナミ も あって、 ホンジン や ショウヤ の シゴト の かたわら、 ミノ-ハ の ハイカイ の ナガレ を くんだ クサク に ふける こと も あった から で。
 あれほど ヤマザト に すむ ココロモチ を ひきだされた こと も、 キチザエモン ら には めずらしかった。 キンベエ は また イシヤ に わたした シゴト も ほぼ できた と いって、 その つど クヒ の コウジ を み に キチザエモン を さそった。 フタリ とも ヤマガフウ な カルサン (チホウ に より、 モンペイ と いう もの) を はいて でかけた もの だ。
「オヤジ も ハイカイ は すき でした。 ジブン の いきて いる うち に オキナヅカ の ヒトツ も たてて おきたい と、 クチグセ の よう に そう いって いました。 まあ、 あの オヤジ の クヨウ に と おもって、 ワタシ も こんな こと を おもいたちました よ」
 そう いって みせる キンベエ の アンナイ で、 キチザエモン も コウサク された イシ の ソバ に よって みた。 ヒ の ヒョウメン には、 ヒダリ の モジ が よまれた。

  おくられつ おくりつ ハテ は キソ の アキ   ハセヲ

「これ は タッシャ に かいて ある」
「でも、 この アキ と いう ジ が ワタシ は すこし キ に いらん。 ノギヘン が くずして かいて あって、 それに ツクリ が カメ でしょう」
「こういう カキカタ も あります さ」
「どうも これ では キソ の ハエ と しか よめない」
 こんな ハナシ の でた の も、 ヒトムカシ マエ だ。
 あれ は テンポウ 14 ネン に あたる。 いわゆる テンポウ の カイカク の コロ で、 ヨノナカ タテナオシ と いう こと が しきり に ふれだされる。 ムラカタ イッサイ の ショ-チョウボ の トリシラベ が はじまる。 フクシマ の ヤクショ から は コウエキ、 フシンヤク が のぼって くる。 オワリ ハン の ジシャ ブギョウ、 または ザイモクカタ の ツウコウ も つづく。 マゴメ の アラマチ に ある ソンシャ の トリイ の ため に ヒノキ を セギリ した と いって、 その シマツショ を とられる よう な こまかい カンショウ が やって くる。 ソンミン の シヨウ する タバコイレ、 カミイレ から、 オンナ の カンザシ まで、 およそ ギン と いう ギン を もちいた タグイ の もの は、 すべて ひきあげられ、 フウイン を つけられ、 メカタ まで あらためられて、 ショウヤ アズケ と いう こと に なる。 それほど セイジ は こまかく なって、 クヒ ヒトツ も うっかり たてられない よう な ジセイ では あった が、 まだまだ それでも シャカイ に ユトリ が あった。
 オキナヅカ の クヨウ は その トシ の 4 ガツ の ハジメ に おこなわれた。 あいにく と くもった ヒ で、 ヤツハンドキ より アメ も ふりだした。 マネキ を うけた キャク は、 おもに ミノ の レンジュウ で、 テミヤゲ も イナカ-らしく、 センス に ヨウカン を そえて くる モノ、 ナマジイタケ を さげて くる モノ、 センダイ の すき な カシ を ブツゼン へ と いって わざわざ タマアラレ ヒトハコ ヨウイ して くる モノ、 それら の ヒトタチ が キンベエ-カタ へ あつまって みた とき は、 クニ も フタツ、 コトバ の ナマリ も また フタツ に いれまじった。 その ナカ には、 トウゲ ヒトツ おりた ところ に すむ リンシュク オチアイ の ソウショウ、 スサボウ も まねかれて きた。 この ヒト の セワ で、 ミノ-ハ の ハイセキ-らしい シコウ の 『サンチョウ の ズ』 なぞ の カベ に かけられた ところ で、 やがて レンジュウ の ツケアイ が あった。
 シュジンヤク の キンベエ は、 ジブン で ゴジュウイン、 ないし ヒャクイン の ナカマイリ は できない まで も、
「これ で、 さぞ オヤジ も よろこびましょう よ」
 と いって、 ベントウ に サケサカナ など ジュウヅメ に して だし、 まねいた ヒトタチ の アイダ を アッセン した。
 その ヒ は あらた に できた ツカ の モト に イチドウ あつまって、 そこ で ギンセイ クヨウ を すます はず で あった。 ところが、 キネン の イッカン を まきおわる の に ヒグレガタ まで かかって、 ギンセイ は キンベエ の タク で すました。 クヨウ の シキ だけ を シン チャヤ の ほう で おこなった。
 ムカシカタギ の キンベエ は ボウフ の カタミ だ と いって、 その ヒ の ソウショウ スサボウ へ チャジマ の ワタイレ ハオリ なぞ を おくる ため に、 わざわざ ジブン で オチアイ まで でかけて ゆく ヒト で ある。
 キチザエモン は キンベエ に いった。
「やっぱり キミ は ワタシ の よい トモダチ だ」

 5

 あつい ナツ が きた。 キュウレキ 5 ガツ の ヒ の あたった カイドウ を ふんで、 イナ の ホウメン まで マユカイ に と でかける ナカツガワ の ショウニン も とおる。 その クサイキレ の する あつい クウキ の ナカ で、 ノボリクダリ の ショ-ダイミョウ の ツウコウ も ある。 ツキ の スエ には マイネン フクシマ の ほう に たつ ケヅケ (ウマイチ) も ちかづき、 カクソン の コマアラタメ と いう こと も あらた に カイシ された。 トウジ バクフ に セイリョク の ある ヒコネ の ハンシュ (イイ カモン ノ カミ) も、 ヒサシブリ の キコク と みえ、 スハラ-ジュク-ドマリ、 ツマゴ シュク チュウジキ、 マゴメ は オコヤスミ で、 キソジ を とおった。
 6 ガツ に はいって みる と、 うちつづいた カイセイ で、 ひにまし テリ も つよく、 ムラジュウ で アマゴイ でも はじめなければ ならない ほど の はげしい ショキ に なった。 アラマチ の ブラク では すでに それ を はじめた。
 ちょうど、 トウゲ の ウエ の ほう から ウマ を ひいて カイドウ を おりて くる ムラ の コマエ の モノ が ある。 フクシマ の ウマイチ から の モドリ と みえて、 アオゲ の オヤウマ の ホカ に、 トウサイ らしい 1 ピキ の コウマ をも その アト に つれて いる。 キ の みじかい トイヤ の クダユウ が それ を みつけて、 どなった。
「おい、 どこ へ いって いた ん だい」
「ウマカイ よ なし」
「この ヒデリ を しらん の か。 オマエ の ルス に、 タンボ は かわいて しまう。 アラマチ アタリ じゃ ボンデンヤマ へ のぼって、 アマゴイ を はじめて いる。 ウジガミサマ へ いって ごらん、 オセンドマイリ の サワギ だ」
「そう いわれる と、 イチゴン も ない」
「さあ、 この オテンキ ツヅキ では、 イセギ を ださず に すむまい ぞ」
 イセギ とは、 イセ ダイジングウ へ キガン を こめる ため の シンボク を さす。 こうした ふかい ヤマ の ナカ に ふるく から おこなわれる アマゴイ の シュウカン で ある。 よくよく の トシ で なければ この イセギ を ひきだす と いう こと も なかった。
 6 ガツ の ムイカ、 ソンミン イチドウ は カマドメ を もうしあわせ、 アラマチ に ある ウジガミ の ケイダイ に あつまった。 ホンジン、 トイヤ を ハジメ、 シュクヤクニン から クミガシラ まで のこらず そこ に サンシュウ して、 ウジガミ ケイダイ の ミヤバヤシ から モミ の キ 1 ポン を モトギリ に する ソウダン を した。
「1 ポン じゃ、 イセギ も たりまい」
 と キチザエモン が いいだす と、 キンベエ は すかさず こたえた。
「や、 そいつ は ワタシ に キフ させて もらいましょう。 ちょうど よい モミ が 1 ポン、 ウチ の ハヤシ にも あります から」
 モトギリ に した 2 ホン の モミ には シメ なぞ が かけられて、 その マエ で ネギ の キトウ が あった。 この セイジョウ な シンボク が ヒグレガタ に なって ようやく トリイ の マエ に ひきだされる と、 サユウ に わかれた ソンミン は コエ を あげ、 ふとい ツナ で それ を ひきあいはじめた。
「よいよ。 よいよ」
 たがいに きそいあう ムラ の ヒトタチ の コエ は、 アラマチ の ハズレ から マゴメ の チュウオウ に ある コウサツバ アタリ まで ひびけた。 こう なる と、 ショウヤ と して の キチザエモン も ホネ が おれる。 キンベエ は ジブン から すすんで シンボク の モミ を キフ した カンケイ も あり、 ユウハン の シタク も そこそこ に また マゴメ の チョウナイ の モノ を ひきつれて いって みる と、 イセギ は ずっと シン チャヤ の ほう まで アラマチ の ヒャクショウ の チカラ に ひかれて ゆく。 それ を とりもどそう と して、 ミツヤ オモテ から タタミイシ の ヘン で ソウホウ の モミアイ が はじまる。 とうとう その バン は イセギ を アラマチ に とめて おいて、 イチドウ つかれて イエ に かえった コロ は イチバンドリ が ないた。

「どうも コトシ は トシマワリ が よく ない」
「そう いえば、 ショウガツ の ハジメ から フシギ な こと も ありました よ。 ショウガツ の ミッカ の バン です、 この ヤマ の ヒガシ の ほう から ひかった もの が でて、 それ が ニシミナミ の ホウガク へ とんだ と いいます。 みた モノ は ミナ おどろいた そう です よ。 マゴメ ばかり じゃ ない、 ツマゴ でも、 ヤマグチ でも、 ナカツガワ でも みた モノ が ある」
 キチザエモン と キンベエ とは フタリ で こんな ハナシ を して、 イセギ の シマツ を する ため に、 ソンミン の あつまって いる ところ へ いそいだ。 ヤマザト に すむ モノ は、 すこし かわった こと でも みたり きいたり する と、 すぐ それ を ナニ か の アンジ に むすびつけた。
 ミッカ-ガカリ で ムラジュウ の モノ が ひきあった イセギ を オチアイガワ の ほう へ ながした アト に なって も、 まだ ゴリショウ は みえなかった。 トウゲ の モノ は クマノ ダイゴンゲン に、 アラマチ の モノ は アタゴヤマ に、 いずれ も 108 の タイマツ を とぼして、 おもいおもい の キガン を こめる。 シュクナイ では フタクミ に わかれて の オヒマチ も はじまる。 アマゴイ の キトウ、 それに ミズ の ハイシャク と いって、 ムラ から は スワ タイシャ へ フタリ の ダイサン まで も おくった。 シンゼン への オハツホリョウ と して キン 100 ピキ、 ドウチュウ の ロヨウ と して ヒトリ に つき 1 ブ 2 シュ ずつ、 160 ケン の ムラジュウ の モノ が 19 モン ずつ だしあって それ を ブンタン した。
 トウカイドウ ウラガ の シュク、 クリガハマ の オキアイ に、 クロフネ の おびただしく あらわれた と いう ウワサ が つたわって きた の も、 ムラ では この アマゴイ の サイチュウ で ある。
 トイヤ の クダユウ が まず それ を ヒコネ の ハヤビキャク から ききつけて、 キチザエモン にも つげ、 キンベエ にも つげた。 その クロフネ の あらわれた ため、 にわか に ヒコネ の ハンシュ は バクフ から ゲンバ の ツメヤク を めいぜられた との こと。
 カエイ 6 ネン 6 ガツ トオカ の バン で、 ちょうど スワ タイシャ から の フタリ の ダイサン が ムラ を さして オオイソギ に かえって きた コロ は、 その かわききった ヨル の クウキ の ナカ を ヒコネ の シシャ が ニシ へ いそいだ。 エド から の タヨリ は、 ナカセンドウ を へて、 この ヤマ の ナカ へ とどく まで に、 ハヤビキャク でも ソウオウ ニッスウ は かかる。 クロフネ とか、 トウジンブネ とか が おびただしく あの オキアイ に あらわれた と いう こと イガイ に、 くわしい こと は ダレ にも わからない。 まして アメリカ の スイシ テイトク ペリー が 4 ソウ の グンカン を ひきいて、 はじめて ニホン に トウチャク した なぞ とは、 シリヨウ も ない。
「エド は タイヘン だ と いう こと です よ」
 キンベエ は ただ それ だけ を キチザエモン の ミミ に ささやいた。

2014/10/01

ウンメイロンシャ

 ウンメイロンシャ

 クニキダ ドッポ

 1

 アキ の ナカバスギ、 フユ-ぢかく なる と いずれ の カイヒン を とわず、 オオカタ は さぴれて くる。 カマクラ も その とおり で、 ジブン の よう に ネンジュウ すんで いる モノ の ホカ は、 ハマ へ でて みて も、 サト の コ、 ウラ の コ、 ジビキアミ の オトコ、 あるいは ハマヅタイ に ゆきかよう アキンド を みる ばかり、 トジンシ らしい モノ の スガタ を みる は まれ なの で ある。
 ある ヒ ジブン は イツモ の よう に ナメリガワ の ホトリ まで サンポ して、 さて スナヤマ に のぼる と、 おもいのほか、 キタカゼ が ミ に しむ ので すぐ フモト に おりて そこら ヒアタリ の よい ところ、 カラダ を のばして ラク に ホン の よめそう な ところ と アタリ を みまわした が、 おもう よう な ところ が ない ので、 あちらこちら と さがしあるいた。 すると 1 カショ、 おもしろい バショ を みつけた。
 スナヤマ が キュウ に ほげて クサ の ネ で わずか に それ を ささえ、 その シタ が ガケ の よう に なって いる、 その ネカタ に すわって リョウアシ を なげだす と、 セ は ウシロ の スナヤマ に もたれ、 ミギ の ヒジ は カタワラ の こだかい ところ に かかり、 ちょうど ソハ に よった よう で、 まことに ココロモチ の よい バショ で ある。
 ジブン は もって きた ショウセツ を フトコロ から だして、 こころのどか に よんで いる と、 ヒ は あたたか に てり ソラ は たかく はれ ここ より は ウミ も みえず、 ヒトゴエ も きこえず、 ナギサ に ころがる ナミオト の おだやか に おもおもしく きこえる ホカ は アタリ ひっそり と して いる ので、 いつしか ココロ を すっかり ホン に とられて しまった。
 しかるに ふと モノオト の した よう で ある から なにごころなく アタマ を あげる と、 ジブン から 4~5 ケン はなれた ところ に ヒト が たって いた の で ある。 いつ ここ へ きて、 どこ から あらわれた の か すこしも キ が つかなかった ので、 あたかも チ の ソコ から わきでた か の よう に おもわれ、 ジブン は おどろいて よく みる と、 トシ は 30 ばかり、 オモナガ の ハナ の たかい オトコ、 セ は すらり と した ヤサガタ、 ミナリ と いい ヒン と いい、 イッケン して ベッソウ に きて いる ヒト か、 それとも ヤド を とって タイリュウ して いる シンシ と しれた。
 カレ は そこ に つったって ジブン の ほう を じっと みて いる その メツキ を みて、 ジブン は さらに おどろき かつ あやしんだ。 カタキ を みる イカリ の メ か、 それにしては チカラ うすし。 ヒト を うたがう サイギ の メ か、 それにしては ヒカリ にぶし。 ただ なにごころなく ヒト を ながむる メ に して は はなはだ スゴミ を おぶ。
 ミョウ な ヤツ だ と ジブン も みかえして いる こと しばし、 カレ は たちまち メ を スナ の ウエ に てんじて、 イッポ イッポ、 しずか に あるきだした。 されども この クボチ の ソト に でよう とは しない で、 ただ そこら を ぶらぶら あるいて いる。 そして ときどき すごい メ で ジブン の ほう を みる。 イッタイ の ヨウス が ジンジョウ で ない ので、 ジブン は ココロモチ が わるく なり、 バショ を かえる つもり で そこ を たち、 スナヤマ の ウエ まで きて、 ウシロ を かえりみる と、 どう だろう あやし の オトコ は はやくも ジブン の すわって いた バショ に カラダ を なげて いた! そして ジブン を みおくって いる はず が、 そう で なく たてた ヒザ の ウエ に ウデグミ を して つっぷして カオ を ウデ の アイダ に うずめて いた。
 あまり の フシギサ に ジブン は ヨウス を みて やる キ に なって、 とある コカゲ に カレクサ を しいて はいつくばい、 ホン を みながら、 おりおり アタマ を あげて かの オトコ を うかがって いた。
 カレ は やや しばらく カオ を あげなかった。 けれども 10 プン とは ジブン を またさなかった。 カレ の たちあがる や ビョウニン の ごとく、 なんとなく ちからなげ で あった が、 たった と おもう と そのまま くるり と ウシロムキ に なって、 スナヤマ の ガケ に メン と むき、 ミギ の テ で その フモト を ほりはじめた。
 とりだした もの は おおきな ビン、 カレ は タモト から ハンケチ を だして ビン の スナ を はらい、 さらに ちいさな コップ-ヨウ の もの を だして、 ビン の セン を ぬく や、 1 パイ 1 パイ、 3~4 ハイ ツヅケサマ に のんだ が、 ビン を しずか に シタ に おき、 テ に サカズキ を もった まま、 こうぜん と コウベ を あげて オオゾラ を ながめて いた。
 そして また 1 パイ のんだ。 そして はしなく マナコ を ジブン の ほう へ てんじた と おもう と、 コップ を テ に した まま ジブン の ほう へ オオマタ で あるいて くる。 その ホブ の キリョク ある サマ は イゼン の ヨウス と まるで ちごうて いた。
 ジブン は おどろいて にげだそう か と おもった。 しかし すぐ おもいかえして そのまま ヨコ に なって いる と、 カレ は まもなく ジブン の ソバ まで きて、 あやしげ な エミ を うかべながら、
「アナタ は ボク が イマ ナニ を した か みて いた でしょう?」
と いった コエ は すこし しわがれて いた。
「みて いました」 と ジブン は はっきり こたえた。
「アナタ は ヒト の ヒミツ を うかごうて よい と おもいます か」 と カレ は ますます あやしげ な エミ を ふかく する。
「よい とは おもいません」
「それなら なぜ ボク の ヒミツ を うかがいました」
「ボク は ここ で ホン を よむ の ジユウ を もって います」
「それ は ベツモンダイ です」 と カレ は ちょっと メ を ジブン の ホン の ウエ に そそいだ。
「ベツモンダイ では ありません。 アナタ が ナニ を しよう と ボク が ナニ を しよう と、 それ が ヒト に ガイ を およぼさぬ カギリ は オタガイ の ジユウ です。 もし アナタ に ヒミツ が ある なら みずから まず ヒミツ に したら よい でしょう」
 カレ は キュウ に そわそわ して ヒダリ の テ で アタマ の ケ を むしる よう に かきながら、
「そう です、 そう です。 けれども あれ が ボク の なしうる カギリ の ヒミツ なん です」 と いって しばらく コトバ を とぎらし、 キ を つめて いた が、
「ボク が アナタ を せめた の は わるう ございました。 けれども どうか イマ ゴラン に なった こと を ヒミツ に して くださいません か、 オネガイ です が」
「オタノミ と あれば ヒミツ に します。 べつに ボク の かんした こと では ありません から」
「ありがとう ございます。 それ で ボク も アンシン しました。 いや まことに シツレイ しました、 いきなり アナタ を とがめまして……」 と カレ は ヒト を おしつけよう と する サイショ の キセイ とは うってかわり、 いかにも ちからなげ に わびた の を みて、 ジブン も キノドク に なり、
「なにも そう あやまる には およびません。 ボク も じつは アナタ が センコク ボク の マエ に つったって、 ボク ばかり みて いた とき の フウ が なんとなく あやしかった から、 それで ここ へ きて アナタ の する こと を うかごうて いた の です。 やはり アナタ を うかがった の です。 けれども あの こと が アナタ の ヒミツ と あれば、 かたく ボク は その ヒミツ を まもります から ゴアンシン なさい」
 カレ は だまって ジブン の カオ を みて いた が、
「アナタ は きっと まもって くださる カタ です」 と コエ を ふるわし、
「どう でしょう、 ひとつ ボク の サカズキ を うけて くださいません か」
「サケ です か、 サケ なら ボク は のまない ほう が よい の です」
「のまない ほう が! のまない ほう が! むろん そう です。 もう のまない で すむ こと なら ボク とて も のまない ほう が よい の です。 けれども ボク は のむ の です。 それ が ボク の ヒミツ なん です。 どう でしょう、 ボク と アナタ と こう やって ハナシ を する の も ナニ か の ウンメイ です、 あやしい ウンメイ です から、 フシギ な エン です から ひとつ ボク の ヒミツ の サカズキ を うけて くださいません か、 え、 どう でしょう、 うけて くださいません か」 と いう コトバ の フシブシ、 その コワネ、 その メモト、 その カオイロ は げに おおいなる ヒミツ、 いたましい ヒミツ を つつんで いる よう に おもわれた。
「よろしゅう ございます。 それでは ひとつ いただきましょう」 と ジブン の こたうる や すぐ カレ は サキ に たって モト の バショ へ と ひきかえす ので、 ジブン も その アト に したがった。

 2

「これ は ジョウトウ の ブランデー です。 ジブン で ジョウトウ も ない もん です が、 センジツ ジョウキョウ した とき、 ギンザ の カメヤ へ いって サイジョウ の を くれろ と ナイショウ で 3 ボン かって きて ここ へ かくして おいた の です。 1 ポン は もう たいらげて アキビン は ナメリガワ に なげこみました。 これ が 2 ホン-メ です。 まだ 1 ポン この スナ の ナカ に うずめて あります。 なくなれば また かって きます」
 ジブン は カレ の さした サカズキ を うけ、 すこし ずつ すすりながら カレ の いう ところ を きいて いた が、 きく に つれて ジブン は カレ を あやしむ ネン の ますます たかまる を きんじえなかった。 けれども けっして カレ の ヒミツ に たちいろう とは おもわなかった。
「それで センコク ボク が ここ へ きて みる と、 イガイ にも アナタ が すでに この バショ を センリョウ して いた の です。 おどろきました ね。 けしからん ヒト も ある もの だ、 ボク の シュコ を おかし、 ボク の シュエン の ムシロ を うばいながら ヘイキ で ホン を よんで いる なんて と、 ボク は それで アナタ を みつめながら ここ を さらなかった の です」 と カレ は ビショウ して いった。 その メモト には ココロ の ソコ に ひそんで いる カレ の やさしい、 ショウジキ な ヒトガラ の ヒカリ さえ ほのめいて、 ジブン には さらに それ が いたましげ に みえた。 そこで ジブン も ワライ を ふくみ、
「そう でしょう、 それ で なければ あんな メツキ で ボク を ゴラン に なる わけ は ございません。 さも うらめしそう でした」
「いや うらめしく は ございません、 なさけなかった の です。 おやおや オレ は かくして おいた サケ さえ も いつか ヒト の シリ の シタ に しかれて しまう の か、 と ジブン の ウンメイ を のろった の です。 のろう と いえば すごく きこえます が、 じつは ボク には そんな すごい リョウケン も また キリョク も ありません。 ウンメイ が ボク を のろうて いる の です―― アナタ は ウンメイ と いう こと を しんじます か? え、 ウンメイ と いう こと を。 どう です、 も ヒトツ」 と カレ は ビン を あげた ので、
「いや ボク は もう いただきますまい」 と サカズキ を カレ に かえし、 「ボク は ウンメイロンシャ では ありません」
 カレ は テシャク で のみ、 シュキ を はいて、
「それでは グウゼンロンシャ です か」
「ゲンイン ケッカ の リホウ を しんずる ばかり です」
「けれども その ゲンイン は ニンゲン の チカラ より はっし、 そして その ケッカ が ニンゲン の ズジョウ に おちきたる ばかり で なく、 ニンゲン の チカラ イジョウ に ゲンイン したる ケッカ を ニンゲン が うける バアイ が たくさん ある。 その とき、 アナタ は ウンメイ と いう ニンゲン の チカラ イジョウ の もの を かんじません か」
「かんじます。 けれども それ は シゼン の チカラ です。 そして シゼンカイ は ゲンイン ケッカ の リホウ イガイ には はたらかない もの と ボク は しんじて います から、 ウンメイ と いう ごとき シンピ-らしい メイモク を その チカラ に くわえる こと は できません」
「そう です か、 そう です か、 わかりました。 それでは アナタ は ウチュウ に シンピ なし と いう オカンガエ なの です。 つまり、 アナタ には この ウチュウ に よする この ジンセイ の イギ が、 ごく ヘイイ メイリョウ なので、 アナタ の アタマ は ニニン が 4 で、 イッサイ が まにあう の です。 アナタ の ウチュウ は リッタイ で なく ヘイメン です。 ムキュウ ムゲン と いう ジジツ も アナタ には なんら、 カンキョウ と イク と チンシ と を よびおこす トウメン の おおいなる ジジツ では なく、 スウ の レンゾク を もって インフィニテー (ムゲン) を シキ で しめそう と する スウガクシャ の オナカマ でしょう」 と いって くるしそう な タンソク を もらし、 ひややか な、 あざける よう な ゴキ で、
「けれども、 じつは その ほう が シアワセ なの です。 ボク の コトバ で いえば アナタ は ウンメイ に シュクフク されて いる カタ、 アナタ の コトバ で いえば ボク は フコウ な ケッカ を ミ に うけて いる オトコ です」
「それでは これ で シツレイ します」 と ジブン は たちあがった。 すると カレ は あわてて ジブン を ひきとめ、
「ま、 ま、 アナタ おこった の です か、 もし ボク の いった こと が オキ に さわったら ゴカンベン を ねがいます。 つい その ジブン で カッテ に くるしんで カッテ に イロイロ な こと を、 バカ な ヤク にも たたん こと を かんがえて おる もん です から、 つい ミサカイ も なく しゃべる の です。 いいえ、 ダレ にも そんな こと を いった こと は ない の です。 けれども なんだか アナタ には いって みとう かんじました から エンリョ も なく カッテ な ネツ を ふいた ので、 アナタ には わらわれる かも しれません が、 ボク には やはり あやし の ウンメイ が ボク と アナタ を ひきつけた よう に かんぜられる の です。 フシアワセ な オトコ と おもって、 もすこし おはなし くださいません か、 もすこし……」
「けれども べつに おはなし する よう な こと も ボク には ありません が……」
「そう いわない で どうか もすこし ここ に いて ください な、 もすこし……。 ああ! どうして こう ボク は ムリ ばかり いう の でしょう! よった の でしょう か。 ウンメイ です、 ウンメイ です、 よう ございます、 アナタ に オハナシ が ない なら ボク が はなします。 ボク が はなす から きいて ください、 せめて きいて ください、 ボク の フシアワセ な ウンメイ を!」
 この クツウ の サケビ を きいて ナンビト が ココロ を うごかさざらん。 ジブン は そのまま とどまって、
「ききましょう とも。 ボク が きいて オサシツカエ が なければ ナニゴト でも うけたまわりましょう」
「きいて くださいます か。 それなら おはなし しましょう。 けれども ボク は ウンメイ の あやしき チカラ に まどうて いる モノ です から、 その つもり で きいて ください。 もし ゲンイン ケッカ の リホウ と アナタ が いう なら、 それでも よう ございます。 ただ その ゲンイン ケッカ の ハッテン が あまり に ジンイ の ソト に でて いて、 その ため に ヒトリ の わかい オトコ が ムゲン の クノウ に しずんで いる ジジツ を アナタ が しりました なら、 それ を ボク が あやしき ウンメイ の チカラ と おもう の も ムリ の ない こと だけ は ショウチ くださる だろう と おもいます。 で アナタ に ききます が、 ここ に ヒトリ の オトコ が あって、 その オトコ が なにごころなく ミチ を あるいて いる と、 どこ から とも しれず ヒトツ の イシ が とんで きて その オトコ の アタマ に あたり、 ソクシ する、 その ため に その オトコ の サイシ は ウエ に しずみ、 その ため に ハハ と コ は あらそい、 その ため に オヤコ は チ を ながす ほど の サンゲキ を えんずる と いう ジジツ が、 コノヨ に ありうる こと と アナタ は しんずる でしょう か」
「じっさい ある こと か ない こと か は しりません が、 ありうる こと とは しんじます、 それ は」
「そう でしょう。 それなら アナタ は ヒト の イヒョウ に でた ゲンイン の ため に、 ふとした ゲンイン の ため に、 ヒジョウ なる ヒサン が ややもすれば、 ヒト の ズジョウ に おちて くる と いう ジジツ を みとむる の です。 ボク の ミノウエ の ごとき、 まったく それ なので、 ほとんど しんず べからざる あやしい ウンメイ が ボク を もてあそんで いる の です。 ボク は ウンメイ と いいます。 ボク には その ホカ には しんじられん です から」 と いって カレ は ほっと タメイキ を つき、
「けれども アナタ きいて くれます か」
「ききます とも! どうか おはなしなさい」
「それなら まず テヂカ な サケ の こと から はなしましょう。 アナタ は さだめし フシギ な こと と おもって いる でしょう が、 じつは セケン に ありふれた こと で、 クルシミ を ワスレタサ の マスイザイ に もちいて おる の です。 スナ の ナカ に かくして おく の は かくして のまなければ ならない タク の ジジョウ が ある から なので、 そのうえ、 この バショ は いかにも しずか で かつ カイカツ で、 いかな どくどくしい ウンメイ の マ も ミ を かくして ヒト を うかがう くらい カゲ の ない の が ボク の キ に いった から です。 ここ へ ミ を よこたえて アルコール の チカラ に ミ を たくし たかい オオゾラ を あおいで いる アイダ は、 ボク の ココロ が いくらか ジユウ を うる とき です。 その うち には この ゲキレツ な アルコール が さなきだに よわりはてた ボク の シンゾウ を しだいに やぶって、 ついには シュビ よく ボク も ジメツ する だろう と おもって います」
「そんなら アナタ は、 ジサツ を ねごうて いる の です か」 と ジブン は おどろいて とうた。
「ジサツ じゃあ ない、 ジメツ です。 ウンメイ は ボク の ジサツ すら ゆるさない の です。 アナタ、 ウンメイ の オニ が もっとも たくみ に つかう ドウグ の ヒトツ は 『マドイ』 です よ。 『マドイ』 は カナシミ を クルシミ に かえます。 クルシミ を さらに ジジョウ させます。 ジサツ は ケッシン です。 しじゅう マドイ の ため に くるしんで いる モノ に、 どうして この ケッシン が おこりましょう。 だから 『マドイ』 と いう にぶい、 おもおもしい クルシミ から のがれる には やはり、 ジメツ と いう チドン な ホウホウ しか サク が ない の です」
と しみじみ いう カレ の カオ には あきらか に ゼツボウ の カゲ が うごいて いた。
「どういう ワケ が ある の か しりません が、 ボク は タニン の ジサツ を しって これ を ボウカン する わけ には ゆきません。 ジメツ と いう も ジサツ に ちがいない の です から」 と ジブン が いう や、
「けれども ジサツ は ヒトビト の ジユウ でしょう」 と カレ は エミ を ふくんで いった。
「そう かも しれません。 しかし これ を とめうる ならば、 とめる の が また ヒトビト の ジユウ なり ギム です」
「よう ございます。 ボク も けっして ジメツ したく は ありません。 もし アナタ が ボク の ハナシ を すっかり きいて、 その うえ で ボク を すくう の サク を たてて くださる の なら ボク は コノウエ も ない シアワセ です」
 こう きいて は ジブン も だまって いられない。
「よろしい! どうか すっかり きかして もらいましょう。 コンド は ボク の ほう から おねがい します」

 3

 ボク は タカハシ シンゾウ と いう セイメイ です が、 タカハシ の セイ は ヨウカ の を おかした ので、 ボク の モト の セイ は オオツカ と いう の です。
 オオツカ シンゾウ と いった とき の こと から はなします が、 チチ は オオツカ ゴウゾウ と いって ゴゾンジ でも ございます か、 トウキョウ コウソイン の ハンジ と して は ちょっと セケン でも ナ の しれた オトコ で、 ゴウゾウ の ナ の しめす ごとく ゴウチョク イッペン の ジンブツ。 ずいぶん ボク を キョウイク する うえ には クシン した よう でした。 けれども どういう もの か ボク は コドモ の ジブン から ガクモン が きらい で、 ただ モノカゲ に ヒトリ ひっこんで、 ナニ を かんがえる とも なく ぼんやり して いる こと が ナニ より すき でした。 12 サイ の ジブン と おぼえて います、 コロ は ハル の スエ と いう こと は ニワ の サクラ が ほとんど ちりつくして、 いろあせた ハナビラ の まだ コズエ に のこって いた の が、 ワカバ の ヒマ から ほろほろ と ヒトヒラ ミヒラ おつる サマ を イマ も はっきり と おもいだす こと が できる ので しれます。 ボク は クラ の イシダン に こしかけて イツモ の ごとく ぼんやり と ニワ の オモテ を ながめて います と、 ユウヒ が ナナメ に ニワ の コノマ に さしこんで、 さなきだに しずか な ニワ が、 ひとしお ひっそり して、 じっと して、 ながめて いる と コドモゴコロ にも かなしい よう な たのしい よう な、 いわゆる シュンシュウ でしょう、 そんな ココロモチ に なりました。
 ヒト の ココロ の フシギ を しって いる モノ は、 コドモ の ムネ にも ハル の しずか な ユウベ を かんずる こと の、 じっさい ありうる こと を いなまぬ だろう と おもいます。
 ともかくも ボク は そういう ショウネン でした。 チチ の ゴウゾウ は この こと を たいへん ク に して、 ボク の こと を ぼうずくさい コ だ と しばしば コゴト を いい、 ボウズ なら テラ へ やって しまう など どなった こと も あります。 それ に ひきかえ ボク の オトウト の ヒデスケ は ワンパク コゾウ で、 ボク より フタツ トシ が シタ でした が、 コッカク も チチ に にて たくましく、 キショウ も まるで ボク とは ちがって いた の です。
 チチ が ボク を しかる とき、 ハハ と オトウト とは いつも わらって ハタ で みて いた もの です。 ハハ と いう は オトヨ と いい、 コトバ の すくない、 ニュウワ-らしく みえて しっかり した キショウ の オンナ でした が、 ボク を しかった こと も なく、 さりとて あまやかす ほど に かあいがり も せず、 いわば よらず さわらず に して いた よう です。
 それで ボク の キショウ が セイライ イマ いった よう なの で ある か、 あるいは そう で なく、 ボク は コドモ の とき、 はやく フシゼン な サカイ に おかれて、 われしらず の コドク な セイカツ を おくった ゆえ かも しれない の です。
 なるほど チチ は ボク の こと を ク に しました。 けれども その シンパイ は ただ フツウ の オヤ が その コ の ウエ を うれうる の とは ちがって いた の です。 それで チチ が、 「せっかく オトコ に うまれた の なら おとこらしく なれ、 オンナ の よう な オトコ は ソダテガイ が ない」 と グチ-めいた コゴト を いう、 その コトバ の ウチ にも ボク の あやしい ウンメイ の ホサキ が みえて いた の です が、 コドモ の ボク には まだ キ が つきません でした。
 いう こと を わすれて いました が、 その コロ は チチ が オカヤマ チホウ サイバンショチョウ の ヤク で、 オオツカ の イッケ は オカヤマ の シチュウ に すんで いた ので、 イッカ が トウキョウ に うつった の は まだ よほど ノチ の こと です。
 ある ヒ の こと でした。 ボク が イツモ の よう に ニワ へ でて マツ の ネ に コシ を かけ ぼんやり して いる と、 いつのまにか チチ が ソバ に きて、
「オマエ は ナニ を かんがえて いる の だ。 もって うまれた キショウ なら シカタ も ない が、 オレ は オマエ の よう な キショウ は だいきらい だ。 もすこし しっかり しろ」 と マジメ の カオ で いいます から、 ボク は カオ も あげえない で だまって いました。 すると チチ は ボク の ソバ に コシ を おろして、
「おい シンゾウ」 と いって キュウ に コエ を ひそめ、 「オマエ は ダレ か に ナニ か きき は しなかった か」
 ボク には なんの こと か さっぱり わからない から、 おどろいて チチ の カオ を あおぎました が、 フシギ にも われしらず なみだぐみました。 それ を みて チチ の カオイロ は にわか に かわり、 ますます コエ を ひそめて、
「かくす には およばん ぞ、 きいたら きいた と いう が ええ。 そんなら オレ には カンガエ が ある から。 さあ かくさず に いう が ええ。 ナニ か きいたろう?」
 この とき の チチ の ヨウス は よほど ロウバイ して いる よう でした。 それで コエ さえ イツモ と かわり、 ボク は こわく なりました から、 しくしく なきだす と、 チチ は ますます うろたえ、
「さあ いえ! きいたら きいた と いえ! かくす か オマエ は」 と ボク の カオ を にらみつけました から、 ボク も ますます こわく なり、
「ごめんなさい、 ごめんなさい」 と ただ あやまりました。
「あやまれ と いう ん じゃ ない。 もし ナニ か オマエ が ミョウ な こと を きいて、 それで ぼんやり かんがえて いる じゃ ない か と おもう から、 それで きく の だ。 なんにも きかん の なら それ で ええ。 さあ ショウジキ に いえ!」 と コンド は ホント に おこって いいます から、 ボク は なんの こと か わからず、 ただ ヒジョウ な わるい こと でも した の か と、 オロオロゴエ で、
「ごめんなさい、 ごめんなさい」
「バカ! オオバカモノ! ダレ が あやまれ と いった。 12 にも なって オトコ の くせ に すぐ なく」
 どなられた ので ボク は びっくり して なきながら チチ の カオ を みて いる と、 チチ も しばらく は だまって じっと ボク の カオ を みて いました が、 キュウ に なみだぐんで、
「なかん でも ええ、 もう オレ も とわん から、 さあ オク へ かえる が ええ」 と やさしく いった その コトバ は すくない が、 ジアイ に みちて いた の です。
 ソノゴ でした、 チチ が ボク の こと を あまり いわなく なった の は。 けれども また ソノゴ でした、 ボク の ココロ の ソコ に イッペン の ウンエイ の しずんだ の は。 ウンメイ の あやしき オニ が その ツメ を ボク の ココロ に うちこんだ の は じつに この とき です。
 ボク は チチ の コトバ が キ に なって たまりません でした。 これ も フツウ の コドモ なら まもなく わすれて しまった だろう と おもいます が、 ボク は わすれる どころ か、 まがなすきがな、 なぜ チチ は あのよう な こと を とうた の か、 チチ が かくまで に ロウバイ した ところ を みる と、 よほど の ダイジ で あろう と、 コドモゴコロ に いろいろ と かんがえて、 そして その ダイジ は ボク の ミノウエ に かんする こと だ と しんずる よう に なりました。
 なぜ でしょう。 ボク は イマ でも フシギ に おもって いる の です。 なぜ チチ の とうた こと が ボク の ミノウエ の こと と ジブン で しんずる に いたった でしょう。
 くらき に すみなれた モノ は、 よく くらき に モノ を みる と おなじ こと で、 フシゼン なる サカイ に おかれたる ショウネン は いつしか その くらき フシゼン の ソコ に ひそんで いる コクテン を みとめる こと が できた の だろう と おもいます。
 けれども ボク の その コクテン の シンソウ を とらええた の は ずっと ノチ の こと です。 ボク は キ に かかりながら も、 これ を チチ に といかえす こと は できず、 また ハハ には なおさら できず、 ちいさな ココロ を いためながら も ツキヒ を おくって いました。 そして 15 の トシ に チュウガッコウ の キシュクシャ に いれられました が、 その マエ に ヒトツ おはなし して おく こと が ある の です。
 オオツカ の トナリヤシキ に ひろい クワバタケ が あって その ヨコ に ソギブキ の ちいさな イエ が ある。 それ に トシヨリ フウフ と その コロ 16~17 に なる ムスメ が すんで いました。 イゼン は リッパ な シゾク で、 クワバタケ は すなわち その ヤシキアト だ そう です。 この トシヨリ が ボク の ナカヨシ でした が、 ある ヒ ボク に イゴ の アソビ を おしえて くれました。 2~3 ニチ たって ヤショク の とき、 この こと を フボ に はなしました ところ、 いつも アソビ の こと は あまり キ に しない チチ が メ に カド を たてて しかり、 ハハ すら おどろいた メ を はって ボク の カオ を みつめました。 そして フボ が カオ を みあわした とき の ヨウス の ジンジョウ で なかった ので、 ボク は はなはだ ミョウ に かんじました。
 なぜ ボク が イゴ を テキ と しなければ ならぬ か、 それ も ノチ に わかりました が、 それ が わかった とき こそ、 ボク が まったく ウンメイ の オニ に アットウ せられ、 ボク が イマ の クノウ を なめつくす ハジメ で ございました。

 4

 ボク の 16 の とき、 チチ は トウキョウ に テンニン した ので オオツカ イッケ は チチ と ともに イテン しました が、 ボク だけ は オカヤマ チュウガッコウ の キシュクシャ に のこされました。
 ボク は ソノゴ 3 ネン-カン の セイカツ を おもう と、 ボク の コノヨ に おける マコト の セイカツ は ただ あの ガッコウ ジダイ だけ で あった の を しります。
 ガクセイ は ミナ ボク に シンセツ でした。 ボク は ココロ の ジユウ を カイフク し、 アクウン の テ より のがれ、 ミノウエ の ギワク を いだく こと しだいに うすく なり、 チンウツ の キショウ まで が いつしか ユキ の とける ごとく きえて、 カイカツ な セイネン の キ を おびて きました。
 しかるに 18 の アキ、 とつぜん トウキョウ の チチ から テガミ が きて ボク に ジョウキョウ を めいじた の です。 おだやか な ボク の ココロ は キュウ に かきみだされ、 ボク は ほとんど チチ の シンイ を しる に くるしみ、 ヘンショ を だして せめて いま 1 ネン、 ソツギョウ の ヒ まで コノママ に して おいて もらおう か と おもいました が、 おもいかえして すぐ ジョウキョウ しました。 コウジマチ の タク に つく や、 チチ は ヒトマ に ボク を よんで、 「サッソク だ が オマエ と よく ソウダン したい こと が ある の だ。 オマエ これから ホウリツ を まなぶ キ は ない かね」
 おもい も かけぬ コトバ です。 ボク は おどろいて チチ の カオ を みつめた きり ヨウイ に クチ を ひらく こと が できない。
「じつは テガミ で くわしく いって やろう か とも おもった が、 まわりくどい から よんだ の だ。 オマエ も ソツギョウ まで と おもったろう し、 また ダイガク まで とも こころざして いたろう けれど、 ヒト は 1 ニチ も はやく ドクリツ の セイカツ を いとなむ ほう が ええ こと は オマエ も しって いる だろう。 それで オマエ これから すぐ シリツ の ホウリツ ガッコウ に はいる の じゃ。 3 ネン で ソツギョウ する。 ベンゴシ の シケン を うける。 そした アカツキ は ワシ と コンイ な ベンゴシ の ジムショ に セワ して やる から、 そこ で 4~5 ネン も ジッチ の ベンキョウ を する の じゃ。 その うち に ドクリツ して ジムショ を ひらけば、 それこそ リッパ な もの、 オマエ も 30 に ならん うち、 どうどう たる シンシ と なる こと が できる。 どう じゃ な、 その ほう が チカミチ じゃ ぞ」 と いう チチ の コトバ を きいて いる ボク の ココロ の まったく テンドウ した の も ムリ は ない でしょう。
 これ じつに タニン の コトバ です。 タニン の シンセツ です。 イソウロウ の ショセイ に シュジン の センセイ が しめす オンアイ です。
 オオツカ ゴウゾウ は いつしか その シゼン に かえって いた の です。 しらずしらず その シゼン を しめす に いたった の です。 ボク を ソト に おく こと 3 ネン、 その ジッシ なる ヒデスケ のみ を カタワラ に アイブ する こと 3 ネン、 ニンゲン が その テンシン に かえる べき モン、 フンボ に ちかづく こと 3 ネン、 この 3 ネン の ツキヒ は カレ を して シゼン に かえらした の です。 けれども カレ は まだ その シゼン を ジニン する こと が できず、 どこまでも ジブン を イゼン の チチ の ごとく、 ボク を イゼン の コ の ごとく みよう と して いる の です。
 そこで ボク は もはや すすんで ボク の ノゾミ を のべる どころ では ありません。 ただ これ メイ これ したがう だけ の こと を てみじか に こたえて チチ の ヘヤ を でて しまいました。
 チチ ばかり で なく ハハ の ヨウス も イッペン して いた の です。 ヒ の たつ に したごうて ボク は ボク の ミノウエ に イチダイ ヒミツ の ある こと を ますます しんずる よう に なり、 フボ の キョドウ に キ を つければ つける ほど ギワク の ます ばかり なの です。
 イチド は ボク も ジブン の ヒガミ だろう か と おもいました が、 あいにく と おもいおこす は 12 の とき、 ニワ で チチ から といつめられた こと で、 あれ を おもい、 これ を おもえば、 もはや ジブン の ミ の ヒミツ を うたがう こと は できない の です。
 オウノウ の ウチ に カンダ の ホウリツ ガッコウ に かよって ミツキ も たちましたろう か。 ボク は キョウ こそ チチ に むかい、 だんぜん こっち から いいだして ヒミツ の ウム を ただそう と ケッシン し、 ガッコウ から ヒ の クレガタ に かえって ヤショク を すます や、 チチ の イマ に ゆきました。 チチ は ランプ の モト で テガミ を したためて いました が、 ボク を みて、 「なんぞ ヨウ か」 と とい、 やはり フデ を とって います。 ボク は チチ の ワキ の ヒバチ の ソバ に すわって しばらく だまって いました が、 この とき ふりかけて いた ソラ が いよいよ しぐれて きた と みえ、 ヒサシ を うつ ミゾレ の オト が ぱらぱら きこえました。 チチ は フデ を おいて やおら こちら に むき、
「なんぞ ヨウ でも ある か」 と やさしく といました。
「すこし たずねたい こと が あります ので」 と わずか に クチ を きる や、 チチ は はやくも ヨウス を みてとった か、
「ナン じゃ」 と おごそか に ヒザ を すすめました。
「トウサマ、 ワタクシ は ホント に トウサマ の コ なの でしょう か」 と かねて おもいさだめて おいた とおり、 タントウ チョクニュウ に といました。
「ナン じゃ と」 と チチ の イチゴン、 その ガンコウ の スルドサ! けれども すぐ チチ は カオ を やわらげて、
「なぜ オマエ は そんな こと を ワシ に きく の じゃ。 ナニ か ワシドモ が オマエ に オヤ-らしく ない こと でも して、 それで そう いう の か」
「そういう わけ では ございません が、 ワタクシ には ムカシ から どういう もの か この ウタガイ が ある ので、 しじゅう ムネ を いためて おる の で ございます。 しらして エキ の ない ヒミツ だ から オトウサマ も だまって おいで に なる の でしょう けれど、 ワタクシ は ぜひ それ が しりたい の で ございます」 と ボク は しずか に、 けつぜん と いいはなちました。
 チチ は しばらく ウデグミ を して かんがえて いました が、 おもむろに カオ を あげて、
「オマエ が うたがって おる こと も ワシ は しって いた の じゃ。 ワシ の ほう から いうた ほう が と おもった こと も コノゴロ ある。 それで もはや オマエ から きかれて みる と なお いうて しまう が ええ から いう こと に しよう」 と それから チチ は ながなが と ものがたりました。
 けれども チチ の しらして くれた ジジツ は これ だけ なの です。 スオウ ヤマグチ の チホウ サイバンショ に チチ が ホウショク して いた ジブン、 ババ キンノスケ と いう ゴカク が いて、 チチ と ヒジョウ に コンシン を むすび、 つねに キョウダイ の ごとく オウライ して いた そう です。 その ババ と いう ジンブツ は イッシュ ヒボン な ところ が あって、 ゴ イガイ に チチ は その ジンブツ を ソンケイ して いた と いう こと です。 その イッシ が すなわち ボク で あった の です。
 チチ は その コロ 38、 ハハ は 34 で もはや コ は できない もの と あきらめて いる と、 ババ が ヤマイ で ぼっし、 その ツマ も まもなく オット の アト を おうて コノヨ を さり、 のこった の は フタツ に なる オトコ の コ、 これ サイワイ と チチ が ひきとって ジブン の コ と して やしなった ので、 チチ から いう と ハンブン は コジ を すくう ギキョウ でしたろう。
 ボク の ウミ の フボ は まだ トシ が わかく、 チチ は 32、 ハハ は 25 で あった そう です。 けれども ハハ の セキ が まだ ババ の セキ に はいらん うち に ボク が うまれ、 その ため でしょう、 ボク の シュッサン トドケ が まだ して なかった ので、 オオツカ の チチ は ボク を ひきとる や ただちに ジブン の コ と して とどけた の だ そう です。
 イジョウ の こと を はなして オオツカ の チチ の いう には、
「ソノゴ ワシ は まもなく ヤマグチ を さった から、 オマエ を ワシ の ジッシ で ない と しる モノ は おおく ない の じゃ。 ワタシタチ フウフ は あくまで ジッシ の つもり で これまで そだてて きた の じゃ。 コノサキ も おなじ こと だ から オマエ も けっして ヒガミ コンジョウ を おこさず、 どこまでも ワタシタチ を フボ と おもって オイサキ を みとどけて くれ。 ヒデスケ は ジッシ じゃ が オマエ の こと は けっして しらさん から、 オマエ も シンジツ の アニ と なって ショウガイ あれ の チカラ とも なって くれ」 と、 オイ の メ に ナミダ を みる より サキ に ボク は もう ないて いた の です。
 そこで ヨウフ と ボク とは これら の ヒミツ を あくまで ヒト に もらさぬ ヤクソク を し、 また ボク が このさき ナニ か の ヨウジ で ヤマグチ に ゆく とも、 ただ よそながら フボ の ハカ に もうで、 けっして オオヤケ には せぬ と いう こと を ボク は ヨウフ に やくしました。
 ソノゴ の ツキヒ は イゼン より も かえって おだやか に すぎた の です。 ヨウフ も ヒミツ を あけて かえって アンシン した ヨウス、 ボク も ヨウフボ の コウオン を おもう に つけて、 ココロ を かたむけて ケイアイ する よう に なり、 ベンガク をも はげむ よう に なりました。
 そして 1 ニチ も はやく ドクリツ の セイカツ を いとなみうる よう に なり、 ジブン は オオツカ の イエ から わかれ、 ギテイ の ヒデスケ に カトク を ゆずりたい もの と ふかく ココロ に けっする ところ が あった の です。
 3 ネン の ツキヒ は たちまち ゆき、 ボク は シュビ よく ガッコウ を ソツギョウ しました が、 なお ヨウフ の コトバ に したがい、 1 ネン-カン さらに ベンキョウ して、 さて ベンゴシ の シケン を うけました ところ、 イガイ の ジョウシュビ、 ヨウフ も オオヨロコビ で さっそく その トモ なる イノウエ ハカセ の ホウリツ ジムショ に シュウセン して くれました。
 ともかくも イチニンマエ の ベンゴシ と なって ヒビ キョウバシ ク なる ジムショ に かようて いました が、 もし アノママ で コンニチ に なったら、 ヨウフ も その モクテキ-どおり に ボク を シマツ し、 ボク も ヘイオン な ツキヒ を おくって、 ますます ゼント の コウフク を たのしんで いた でしょう。
 けれども、 ボク は どうしても アクウン の コ で あった の です。 ほとんど ナンビト も ソウゾウ する こと の できない オトシアナ が ボク の マエ に できて いて、 アクウン の オニ は ザンコク にも ボク を つきおとしました。

 5

 イノウエ ハカセ は ヨコハマ にも 1 カショ ジムショ を もって いました が、 ボク は 25 の ハル、 この ジムショ に つめる こと と なり、 ナ は イノウエ の ブカ で あって も そのじつ は ボク が ドクリツ で やる の と おなじ こと でした。 トシ の ワリアイ には はやい リッシン と いって も よい だろう と おもいます。
 ところが ヨコハマ に タカハシ と いう ザッカショウ が あって、 ずいぶん セイダイ に やって いました が、 その アルジ は オンナ で ナ は ウメ、 ツレアイ は 2~3 ネン マエ に なくなって ヒトリムスメ の サトコ と いう を アイテ に、 まず ゼイタク な クラシ を して いた の です。
 ソショウ ヨウ から ボク は この イエ に シュツニュウ する こと と なり、 ボク と サトコ は コイナカ に なりました。 てみじか に いいます が、 ハンネン たたぬ うち に フタリ は はなれる こと の できない ほど、 のぼせあげた の です。
 そして その ケッカ は イノウエ ハカセ が バイシャク と なり、 ついに ボク は オオツカ の イエ を インキョ し タカハシ の ヨウシ と なりました。
 ボク の クチ から いう も ヘン です が、 サトコ は ビジン と いう ほど で なく とも ずいぶん ヒトメ を ひく ほど の キリョウ で、 マルガオ の アイキョウ の ある オンナ です。 そして エンリョ なく いいます が まったく ボク を あいして くれます。 けれども この アイ は かえって イマ では ボク を くるしめる イチダイ ヨウソ に なって いる ので、 もし サトコ が かくまで に ボク を あいし、 ボク が また こう まで サトコ を あいしない ならば、 ボク は これほど まで に くるしみ は しない の です。
 ヨウボ の ウメ は イマ 50 サイ です が、 みた ところ、 40 ぐらい に しか みえず、 コガラ の オンナ で ビジン の ソウ を そなえ、 なかなか リッパ な フジン です。 そして ジョウ の はげしい ショウジキ な ヒトガラ と いえば、 チエ の ほう は やや うすい と いう こと は すぐ わかる でしょう。 カイカツ で よく わらい よく かたります が、 どうか する と おそろしい ほど チンウツ な カオ を して、 ハンニチ ナンビト とも クチ を まじえない こと が あります。 ボク は ヨウシ と ならぬ イゼン から この ヒトガラ に キ を つけて いました が、 サトコ と ケッコン して タカハシ の ウチ に ネオキ する こと と なりて まもなく、 ミョウ な こと を ハッケン した の です。
 それ は ヨ の 9 ジ-ゴロ に なる と、 ヨウボ は その イマ に こもって しまい、 フドウ ミョウオウ を イッシン フラン に おがむ こと で、 クチ に ナニゴト か ねんじつつ トコノマ に かけた カエン の ゾウ の マエ に レイハイ して 10 ジ と なり 11 ジ と なり、 ときには ヨナカスギ に およぶ の です。 ヒルマ の うち、 ふさいで いた バン は ことに これ が はげしい よう でした。
 ボク も ハジメ は だまって いました が、 あまり ミョウ なので ある ヒ この こと を サトコ に たずねる と、 サトコ は テ を ふって コエ を ひそめ、 「だまって いらっしゃい よ。 あれ は 2 ネン マエ から はじめた ので、 あの こと を ハハ に はなす と ハハ は たいへん キゲン を わるく します から、 なるべく しらん カオ を して いた ほう が いい ん です よ。 ごらんなさい まるで キチガイ でしょう」 と べつに キ にも かけぬ サマ なので、 ボク も しいて は とい も しなかった の です。
 けれども ソノゴ ヒトツキ も して ある ヒ、 ボク は ジムショ から かえり、 ヤショク を おえて ザツダン して いる と、 ヨウボ は とつぜん、
「オンリョウ と いう もの は ナンネン たって も きえない もの だろう か」 と といました。 すると サトコ は ヘイキ で、
「オンリョウ なんて ある もん じゃあ ない わ」 と イチゴン で うちけそう と する と、 ハハ は ムキ に なって、
「ナマイキ を いいなさんな。 オマエ みた こと は あるまい。 だから そんな こと を いう の だ」
「そんなら オッカサン は みて?」
「みました とも」
「おや そう、 どんな カオ を して いて? ワタシ も みたい もの だ」 と サトコ は どこまでも ひやかして かかった。 すると ハハ は すごい ほど カオイロ を かえて、
「オマエ オンリョウ が みたい の、 オンリョウ が みたい の。 ホント に ナマイキ な こと いう よ この ヒト は!」 と いいはなち、 つっと たって ジブン の ヘヤ に ひっこんで しまった。 ボク は おもわず、
「オッカサン どうか して いなさる よ。 キ を つけん と……」
 サトコ は フアンシン な カオ を して、
「ワタシ ホント に キミ が わるい わ。 オッカサン は きっと ナニ か ミョウ な こと を おもって いる の です よ」
「ちっと シンケイ を いためて いなさる よう だね」 と ボク も いいました が、 さて ヨクジツ に なる と べつに かわった こと は ない の です。 かわって いる の は ただ イツモ の とおり ヨ に なる と フドウサマ を おがむ こと だけ で、 ボクラ も これ は もはや みなれて いる から しいて キ にも かかりません でした。
 ところが コトシ の 5 ガツ です。 ボク は イツモ より か 2 ジカン も はやく ジムショ を ひいて ウチ へ かえります と、 その ヒ は くもって いた ので イエ の ウチ は うすぐらい ウチ にも ハハ の ヘヤ は ことに くらい の です。 ハハ に すこし ヨウジ が あった ので べつに アンナイ も せず フスマ を あけて ナカ に はいる と、 ハハ は ヒバチ の ソバ に ぽつねん と すわって いました が、 ボク の カオ を みる や、
「あ、 あ、 あっ、 あっ!」 と さけんで つったった か と おもう と、 また シリモチ を ついて じっと ボク を みた とき の カオイロ! ボク は ハハ が キゼツ した の か と びっくり して ソバ に かけよりました。
「どう しました、 どう しました」 と さけんだ ボク の コエ を きいて ハハ は わずか に すわりなおし、
「オマエ だった か、 ワタシ は、 ワタシ は……」 と ムネ を さすって いました が、 その アイダ も フシギ そう に ボク の カオ を みて いた の です。 ボク は おどろいて、
「オッカサン どう なさいました」 と きく と、
「オマエ が だしぬけ に はいって きた ので、 ワタシ は ダレ か と おもった。 おお びっくり した」 と すぐ トコ を しかして やすんで しまいました。
 この こと の あった ノチ は ハハ の シンケイ に ますます イジョウ を おこし、 フドウ ミョウオウ を おがむ ばかり で なく、 ボク など は ナ も しらぬ オフダ を イクマイ と なく どこ から か もらって きて、 ジブン の イマ の ショショ に はりつけた もの です。 そして さらに ミョウ なの は、 これまで ジブン だけ で カッテ に しんじて いた の が、 ボク を みて おどろいた ノチ は、 ボク に むかって も フドウ を しんじろ と いう ので、 ボク が なぜ しんじなければ ならぬ か と きく と、
「ただ だまって しんじて おくれ。 それ で ない と ワタシ が こころぼそい」
「オッカサン の キ が やすまる の なら シンコウ も しましょう が、 それなら ワタクシ より も オサト の ほう が いい でしょう」
「オサト では いけません。 あれ には カンケイ の ない こと だ から」
「それでは ワタクシ には カンケイ が ある の です か」
「まあ そんな こと を いわない で シンコウ して おくれ、 ゴショウ だ から」 と いう ハハ の コトバ を サトコ も ソバ で きいて いました が、 あきれて、
「ミョウ ねえ オッカサン、 フドウサマ が どうして オッカサン と シンゾウ さん と には カンケイ が あって、 ワタシ には ない の でしょう」
「だから ワタシ が たのむ の じゃあ ありません か、 ワケ が いわれる くらい なら たのみ は しません」
「だって ムリ だわ、 シンゾウ さん に フドウサマ を シンコウ しろ なんて、 イマドキ の ヒト に そんな こと を すすめたって……」
「そんなら たのみません!」 と ハハ は おこって しまった ので、 ボク は コトバ を やわらげ、
「いや ワタクシ だって フドウサマ を しんじない とは かぎりません。 だから オッカサン まあ その イワレ を はなして ください な。 どんな こと か しりません が、 オヤコ の アイダ だ から すこしも あかされない よう な こと は ない でしょう」 と もとめました。 これ は ハハ の いう ところ に よって メイシン を おさえ シンケイ を しずめる ホウホウ も あろう か と おもった から です。 すると ハハ は しばらく かんがえて いました が、 トイキ を して コエ を ひそめ、
「これぎり の ハナシ だよ、 ダレ にも しらして は なりません よ。 ワタシ が まだ わかい ジブン、 オサト の オトウサマ に えんづかない マエ に ある オトコ に いいよられて しゅうねく おいまわされた の だよ。 けれども ワタシ は どうしても その オトコ の ココロ に したがわなかった の。 そう する と その オトコ が ビョウキ に なって しぬ マギワ に たいへん ワタシ を うらんで イロイロ な こと を いった そう です。 それで ワタシ も いい ココロモチ は しなかった が、 ここ へ えんづいて から は べつに キ にも せん で くらして いました。 ところが ツレアイ が なくなって から と いう もの は、 その オトコ の オンリョウ が どうか する と あらわれて、 こわい カオ を して ワタシ を にらみ、 いまにも ワタシ を とりころそう と する の です。 それで ワタシ が フドウサマ を イッシン に ねんずる と その オンリョウ が だんだん きえて なくなります。 それに ね」 と、 ハハ は ひとしお コエ を ひそめ、 「コノゴロ は その オンリョウ が シンゾウ に とっついた らしい よ」
「まあ いや な!」 サトコ は マユ を ひそめました。
「だって ね、 どうか する と シンゾウ の カオ が ワタシ には オンリョウ そっくり に みえる のよ」
 それで ボク に フドウサマ を しんじろ と すすめる の です。 けれども ボク には そんな マネ は できない から、 サトコ と ともに いろいろ と オンリョウ など いう もの の ある べき で ない こと を といた けれど ムエキ でした。 ハハ は かたく しんじて うたがわない ので、 ボクラ も もてあまし、 この カマクラ へ でも きて いて セイシン を しずめたら と、 ムリ に すすめて ついに ここ の ベッソウ に いれた の は コトシ の 5 ガツ の こと です。

 6

 タカハシ シンゾウ は ここ まで はなして きて たちまち カシラ を あげ、 ニシ に かたむく ヒカゲ を しゅうぜん と みおくって クノウ に たえぬ サマ で あった が、 てばやく サカズキ を あげて 1 パイ のみほし、
「コノサキ を くわしく はなす ユウキ は ボク に ありません。 ジジツ を ロコツ に てみじか に はなします から、 それ イジョウ は アナタ の スイサツ を ねがう だけ です」
 タカハシ ウメ、 すなわち ボク の ヨウボ は ボク の シンジツ の ハハ、 ウミ の ハハ で あった の です。 サイ の サトコ は チチ を コト に した ボク の イモウト で あった の です。 どう です、 これ が あやしい ウンメイ で なくて なんと しましょう。 かく の ごとき をも ゲンイン ケッカ の リホウ と いえば それまで です。 けれども、 かかる リホウ の モト に しらずしらず この ミ を おかれた ボク から いえば、 この テンチカン に かかる ザンコク なる リホウ すら おこなわるる を うらみます。
 まず どうして これら の ジジツ が ボク に しれた か、 その テツヅキ を カンタン に いえば、 ハハ が カマクラ に きて から ヒトツキ ノチ、 ボク は ソショウ ヨウ で ナガサキ に ゆく こと と なり、 その トチュウ ヤマグチ、 ヒロシマ など へ たちよる ココログミ で いました から、 ミマイ-かたがた カマクラ へ きて ハハ に この こと を はなします と、 ハハ は メ の イロ を かえて、 ヤマグチ など へ よるな と いいます。 けれども ボク の ココロ には ウミ の フボ の ハカ に まいる つもり が あります から、 ハハ には ヨイカゲン に いって おいて、 ついに ヤマグチ に よった の です。
 かねて オオツカ の チチ から きいて いた から テラ は すぐ わかりました。 けれども ボク は ババ キンノスケ の ハカ のみ みいだして、 しんだ と きいた ハハ の ハカ を みない ので、 フシン に おもって ロウソウ に あい、 ミギ の こと を たずねました。 もっとも ただ ユカリ の モノ と のみ、 ボク の ミノウエ は うちあけない の です。
 すると ロウソウ は ババ キンノスケ の ツマ オノブ の ハカ の ある べき はず は ない。 あの オンナ は キンノスケ の ビョウチュウ に、 ゴ の デシ で、 マチ の ゴウショウ ナニガシ の オトウト と あやしい ナカ に なり、 キンノスケ の ビョウキ は その ため さらに おもく なった の を キノドク とも おもわず、 ついに チノミゴ を オキザリ に して カケオチ して しまった の だ と はなしました。
 ロウソウ は なおも チチ が ビョウチュウ ハハ を ののしった こと、 シニギワ に オオツカ ゴウゾウ に その イッシ を たくした こと まで かたりました。
 その オノブ が タカハシ ウメ で ある と いう こと は、 ダレ も しらない の です。 ボク も ショウコ は もって いません。 けれども ロウソウ が オノブ の こと を かたる うち に はやくも ボク は イマ の ヨウボ が すなわち それ で ある こと を カクシン した の です。
 ボク は ヤマグチ で すぐ しんで しまおう か と おもいました。 あの とき、 じつに あの とき、 ボク が おもいきって ジサツ して しまったら、 むしろ ボク は サイワイ で あった の です。
 けれども ボク は かえって きました。 ヒトツ は なんとか して たしか な ショウコ を えたい ため、 ヒトツ は サトコ に ひきよせられた の です。 サトコ は ともかくも イモウト です から、 ボク の ケッコン の フリン で ある こと は いう まで も ない が、 ボク は イモウト と して サトコ を かんがえる こと は どうしても できない の です。
 ヒト の ココロ ほど フシギ な もの は ありません。 フリン と いう コトバ は アイ と いう ジジツ には かてない の です。 ボク と サトコ の アイ が かえって ボク を くるしめる と さきほど いった の は この こと です。
 ボク は サトコ を ようして なきました、 イクド も なきました。 ボク も また ハハ と おなじく ものぐるおしく なりました。 あわれ なる は サトコ です。 スベテ の こと が サトコ には あやしき ナゾ で、 カレ は ただ まどい に まどう ばかり、 ついには ハハ と おなじく オンリョウ を しんずる よう に なり、 イマ も ヨコハマ の タク で ハハ と ともに フドウ ミョウオウ に キネン を こらして いる の です。 サトコ は オンリョウ の ホンタイ を しらず、 ただ ハハ も ボク も この オンリョウ に くるしめられて いる もの と しんじ、 キネン の マコト を もって ハハ と オット を すくおう と して いる の です。
 ボク は なるべく ハハ を みない よう に して います。 ハハ も ボク に あう こと を このみません。 ハハ の メ には なるほど ボク が オンリョウ の カオ と おなじく みえる でしょう よ。 ボク は オンリョウ の コ です もの!
 ボク には ハハ を ハハ と して あいさなければ ならん はず です。 しかし ボク は ハハ が ボク の チチ を ヒンシ の キワ に すて、 ボク を ヒンシ の チチ の ビョウショウ に すてて、 ミップ と はしった こと を おもう と、 いう べからざる エンコン の ジョウ が おこる の です。 ボク の ミミ には なき チチ の ドバ の コエ が きこえる の です。 ボク の メ には つかれはてた カラダ を おこして、 なにも しらない ムシン の コ を いだき、 オトコナキ に なきたもうた サマ が みえる の です。 そして この コエ を きき この サマ を みる ボク には、 じつに オンリョウ の キ が のりうつる の です。
 ユウグレ の ソラ ほのぐらい とき に、 ハシラ に もたれて いた ボク が とつぜん、 マナコ を はり イキ を こらして テン の イッポウ を にらむ サマ を みた モノ は ハハ で なく とも にげだす でしょう。 ハハ ならば キゼツ する でしょう。
 けれども ボク は サトコ の こと を おもう と、 ウラミ も イカリ も きえて、 ただ かぎりなき カナシミ に しずみ、 この カナシミ の ソコ には アイ と ゼツボウ が たたこうて いる の です。
 ところが この 9 ガツ でした。 ボク は あまり の クルシサ に ヘイゼイ ほとんど サカズキ を テ に せぬ ボク が、 サトコ の とめる の も きかず のめる だけ のみ、 イマ の マンナカ に ダイ の ジ に なって いる と、 なんと おもった か、 ハハ が とつぜん カマクラ から かえって きて サトコ だけ を その イマ に よびつけました。 そして ボク は よって いながら も すぐ その ワケ の ジンジョウ で ない こと を さとった の です。
 1 ジカン ばかり たつ と サトコ は メ を なきはらして ボク の イマ に かえって きました から、
「どうした の だ」 と きく と サトコ は ボク の ソバ に つっぷして なきだしました。
「オッカサン が ボク を リコン する と いった の だろう」 と ボク は おもわず どなりました。 すると サトコ は あわてて、
「だから ね、 ハハ が なんと いって も アナタ けっして キ に しない で ください な。 キチガイ だ と おもって うっちゃって おいて ください な。 ね、 ゴショウ です から」 と ナキゴエ を ふるわして いいます から、 「そういう こと なら うっちゃって おく わけ に ゆかない」 と ボク は いきなり ハハ の イマ に トツニュウ しました。 サトコ は とめる ヒマ も なかった ので、 ボク に つづいて ヘヤ に はいった の です。 ボク は ハハ の マエ に すわる や、
「アナタ は ワタクシ を リコン する と サトコ に いった そう です が、 その ワケ を ききましょう。 リコン する なら して も ワタクシ は ヘイキ です。 あるいは むしろ ワタクシ の のぞむ ところ で ございます。 けれども ワケ を おっしゃい。 ぜひ その ワケ を ききましょう」 と ヨイ に まかせて つめよりました。 すると ハハ は ボク の ケンマク の あまり するどい ので びっくり して ボク の カオ を みて いる ばかり、 イチゴン も はっしません。
「さあ ワケ を ききましょう。 オンリョウ が ワタクシ に のりうつって いる から キミ が わるい と いう の でしょう。 それ は キミ が わるい でしょう よ。 ワタクシ は オンリョウ の コ です もの」 と いいはなちました。 みるみる ハハ の カオイロ は かわり、 モノ をも いわず ヘヤ の ソト へ かけでて しまいました。
 ボク は そのまま ハハ の イマ に ねて しまった の です。 メ が さめる や サケ の ヨイ も さめ、 アタマ の ウエ には サトコ が シンパイ そう に ボク の カオ を みて すわって いました。 ハハ は すぐ カマクラ に ひきかえした の でした。
 ソノゴ ボク と ハハ とは あわない の です。 ボク は ハハ に かわって こちら に きて、 ハハ は イマ、 ヨコハマ の タク に います が、 サトコ は リョウホウ を かわるがわる カイホウ して、 フタリ の フコウ をば ヒトリ で ショウジキ に カイシャク し、 ただただ オンリョウ の ワザ と のみ しんじて、 フタリ の ムネ の ウチ の マコト の クルシミ を まるきり しらない の です。
 ボク は サケ を のむ こと を サトコ から も イシ から も きんじられて います。 けれども どう でしょう、 このよう な メ に あって いる ボク が ブランデイ の カクシノミ を やる の は、 はたして ムリ でしょう か。
 いまや ボク の チカラ は まったく アクウン の オニ に ひしがれて しまいました。 ジサツ の チカラ も なく、 ジメツ を まつ ほど の イクジ の ない もの と なりはてて いる の です。
「どう でしょう、 イジョウ ざっと はなしました ボク の コンニチ まで の ショウガイ の ケイカ を かんがえて みて、 ボク の ココロモチ に なって もらいたい もの です。 これ が ただ ゲンイン ケッカ の リホウ に すぎない と スウガク の シキ に たいする よう な ひややか な ココロモチ で おられる もの でしょう か。 ウミ の ハハ は チチ の アダ です、 サイアイ の ツマ は キョウダイ です。 これ が ひややか なる ジジツ です。 そして ボク の ウンメイ です」
「もし この ウンメイ から ボク を すくいうる ヒト が ある なら、 ボク は つつしんで オシエ を ほうじます。 その ヒト は ボク の スクイヌシ です」

 7

 ジブン は イチゴン を まじえない で イジョウ の モノガタリ を きいた。 ききおわって しばらく は イチゴン も はっしえなかった。 なるほど ヒサン なる キョウグウ に おちいった ヒト で ある と つくづく キノドク に おもった の で ある。 けれども やむなくんば と、
「だんぜん リコン なさったら どう です」
「それ は あたらしき ジジツ を つくる ばかり です。 すでに ある ジジツ は その ため に きえません」
「けれども それ は やむ を えない でしょう」
「だから ウンメイ です。 リコン した ところ で ウミ の ハハ が チチ の アダ で ある ジジツ は きえません。 リコン した ところ で イモウト を ツマ と して あいする ボク の アイ は かわりません。 ヒト の チカラ を もって カコ の ジジツ を けす こと の できない かぎり、 ヒト は とうてい ウンメイ の チカラ より のがるる こと は できない でしょう」
 ジブン は アクシュ して、 モクレイ して、 この フコウ なる セイネン シンシ と わかれた。 ヒ は すでに おちて ヨコウ はなやか に ユウベ の クモ を そめ、 かえりみれば わが ウンメイロンシャ は さびしき スナヤマ の イタダキ に たって オキ を はるか に ながめて いた。
 ソノゴ ジブン は この オトコ に あわない の で ある。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...