2013/07/23

ゲカシツ

 ゲカシツ

 イズミ キョウカ

 ジョウ

 じつは コウキシン の ゆえ に、 しかれども ヨ は ヨ が エシ たる を リキ と して、 ともかくも コウジツ を もうけつつ、 ヨ と キョウダイ も ただならざる イガクシ タカミネ を しいて、 それ の ヒ トウキョウ フカ の ある ビョウイン に おいて、 カレ が トウ を くだす べき、 キフネ ハクシャク フジン の シュジュツ をば ヨ を して みせしむる こと を よぎなく したり。
 その ヒ ゴゼン 9 ジ すぐる コロ イエ を いでて ビョウイン に ワンシャ を とばしつ。 ただちに ゲカシツ の カタ に おもむく とき、 ムコウ より ト を はいして すらすら と いできたれる カゾク の コマヅカイ とも みゆる みめよき オンナ 2~3 ニン と、 ロウカ の ナカバ に ゆきちがえり。
 みれば カレラ の アイダ には、 ヒフ きたる イッコ 7~8 サイ の ムスメ を ようしつ、 みおくる ほど に みえず なれり。 これ のみ ならず ゲンカン より ゲカシツ、 ゲカシツ より 2 カイ なる ビョウシツ に かよう アイダ の ながき ロウカ には、 フロック コート きたる シンシ、 セイフク つけたる ブカン、 あるいは ハオリハカマ の イデタチ の ジンブツ、 ソノタ、 キフジン レイジョウ-トウ いずれ も ただならず けだかき が、 あなた に ゆきちがい、 こなた に おちあい、 あるいは ほし、 あるいは ていし、 オウフク あたかも おる が ごとし。 ヨ は イマ モンゼン に おいて みたる スダイ の バシャ に おもいあわせて、 ひそか に ココロ に うなずけり。 カレラ の ある モノ は チンツウ に、 ある モノ は きづかわしげ に、 はた ある モノ は あわただしげ に、 いずれ も カオイロ おだやか ならで、 せわしげ なる コキザミ の クツ の オト、 ゾウリ の ヒビキ、 イッシュ せきばく たる ビョウイン の たかき テンジョウ と、 ひろき タテグ と、 ながき ロウカ との アイダ にて、 イヨウ の キョウオン を ひびかしつつ、 うたた インサン の オモムキ を なせり。
 ヨ は しばらく して ゲカシツ に いりぬ。
 ときに ヨ と あいもくして、 シンペン に ビショウ を うかべたる イガクシ は、 リョウテ を くみて やや アオムケ に イス に よれり。 イマ に はじめぬ こと ながら、 ほとんど ワガクニ の ジョウリュウ シャカイ ゼンタイ の キユウ に かんす べき、 この おおいなる セキニン を になえる ミ の、 あたかも バンサン の ムシロ に のぞみたる ごとく、 へいぜん と して ひややか なる こと、 おそらく カレ の ごとき は まれ なる べし。 ジョシュ 3 ニン と、 タチアイ の イハカセ 1 ニン と、 ベツ に セキジュウジ の カンゴフ 5 メイ あり。 カンゴフ その モノ に して、 ムネ に クンショウ おびたる も みうけたる が、 ある やんごとなき アタリ より とくに くだしたまえる も あり ぞ と おもわる。 タ に ニョショウ とて は あらざりし。 ナニガシ-コウ と、 ナニガシ-コウ と、 ナニガシ-ハク と、 ミナ タチアイ の シンゾク なり。 しかして イッシュ ケイヨウ す べからざる オモモチ にて、 しゅうぜん と して たちたる こそ、 ビョウシャ の オット の ハクシャク なれ。
 シツナイ の この ヒトビト に みまもられ、 シツガイ の かの カタガタ に きづかわれて、 チリ をも かぞう べく、 あかるく して、 しかも なんとなく すさまじく おかす べからざる ごとき カン ある ところ の ゲカシツ の チュウオウ に すえられたる、 シュジュツダイ なる ハクシャク フジン は、 ジュンケツ なる ビャクエ を まといて、 シガイ の ごとく よこたわれる、 カオ の イロ あくまで しろく、 ハナ たかく、 オトガイ ほそりて テアシ は リョウラ に だも たえざる べし。 クチビル の イロ すこしく あせたる に、 タマ の ごとき マエバ かすか に みえ、 メ は かたく とざしたる が、 マユ は オモイナシ か ひそみて みられつ。 わずか に つかねたる トウハツ は、 ふさふさ と マクラ に みだれて、 ダイ の ウエ に こぼれたり。
 その かよわげ に、 かつ けだかく、 きよく、 とうとく、 うるわしき ビョウシャ の オモカゲ を ヒトメ みる より、 ヨ は りつぜん と して サムサ を かんじぬ。
 イガクシ は と、 ふと みれば、 カレ は ツユ ほど の カンジョウ をも うごかしおらざる モノ の ごとく、 キョシン に へいぜん たる サマ あらわれて、 イス に すわりたる は シツナイ に ただ カレ のみ なり。 その いたく おちつきたる、 これ を たのもし と いわば いえ、 ハクシャク フジン の しかき ヨウダイ を みたる ヨ が メ より は むしろ こころにくき ばかり なりし なり。
 おりから しとやか に ト を はいして、 しずか に ここ に いりきたれる は、 さきに ロウカ にて ゆきあいたりし 3 ニン の コシモト の ナカ に、 ひときわ めだちし オンナ なり。
 そと キフネ-ハク に うちむかいて、 しずみたる オンチョウ もて、
「ゴゼン、 ヒイサマ は ようよう おなきやみ あそばして、 ベッシツ に おとなしゅう いらっしゃいます」
 ハク は モノ いわで うなずけり。
 カンゴフ は わが イガクシ の マエ に すすみて、
「それでは、 アナタ」
「よろしい」
 と ヒトコト こたえたる イガクシ の コエ は、 この とき すこしく フルイ を おびて ぞ ヨ が ミミ には たっしたる。 その カオイロ は いかに しけん、 にわか に すこしく かわりたり。
 さては いかなる イガクシ も、 すわ と いう バアイ に のぞみて は、 さすが に ケネン の なからん や と、 ヨ は ドウジョウ を ひょうしたりき。
 カンゴフ は イガクシ の ムネ を りょうして ノチ、 かの コシモト に たちむかいて、
「もう、 ナン です から、 あの こと を、 ちょっと、 アナタ から」
 コシモト は その イ を えて、 シュジュツダイ に すりよりつ。 ゆうに ヒザ の アタリ まで リョウテ を さげて、 しとやか に リツレイ し、
「オクサマ、 ただいま、 オクスリ を さしあげます。 どうぞ それ を、 おきき あそばして、 イロハ でも、 スウジ でも、 おかぞえ あそばします よう に」
 ハクシャク フジン は コタエ なし。
 コシモト は おそるおそる くりかえして、
「オキキズミ で ございましょう か」
「ああ」 と ばかり こたえたまう。
 ネン を おして、
「それでは よろしゅう ございます ね」
「ナニ かい、 ネムリグスリ を かい」
「はい、 シュジュツ の すみます まで、 ちょっと の アイダ で ございます が、 げしなりません と、 いけません そう です」
 フジン は もくして かんがえたる が、
「いや、 よそう よ」 と いえる コエ は はんぜん と して きこえたり。 イチドウ カオ を みあわせぬ。
 コシモト は さとす が ごとく、
「それ では オクサマ、 ゴリョウジ が できません」
「はあ、 できなくって も いい よ」
 コシモト は コトバ は なくて、 かえりみて ハクシャク の イロ を うかがえり。 ハクシャク は マエ に すすみ、
「オク、 そんな ムリ を いって は いけません。 できなくって も いい と いう こと が ある もの か。 ワガママ を いって は なりません」
 コウシャク は また カタワラ より クチ を はさめり。
「あまり、 ムリ を おいやったら、 ヒイ を つれて きて みせる が いい の。 はやく よく ならん で どう する もの か」
「はい」
「それでは ゴトクシン で ございます か」
 コシモト は その アイダ に シュウセン せり。 フジン は おもげ なる カブリ を ふりぬ。 カンゴフ の 1 ニン は やさしき コエ にて、
「なぜ、 そんな に おきらい あそばす の、 ちっとも いや な もん じゃ ございません よ。 うとうと あそばす と、 すぐ すんで しまいます」
 この とき フジン の マユ は うごき、 クチ は ゆがみて、 シュンカン クツウ に たえざる ごとく なりし。 なかば メ を みひらきて、
「そんな に しいる なら シカタ が ない。 ワタシ は ね、 ココロ に ヒトツ ヒミツ が ある。 ネムリグスリ は ウワゴト を いう と もうす から、 それ が こわくって なりません。 どうぞ もう、 ねむらず に オリョウジ が できない よう なら、 もうもう なおらん でも いい、 よして ください」
 きく が ごとくんば、 ハクシャク フジン は、 イチュウ の ヒミツ を ユメウツツ の アイダ に ヒト に つぶやかん こと を おそれて、 シ を もて これ を まもろう と する なり。 オット たる モノ が これ を きける キョウチュウ いかん。 この コトバ を して もし ヘイゼイ に あらしめば かならず イチジョウ の フンヌン を ひきおこす に ソウイ なき も、 ビョウシャ に たいして カンゴ の チイ に たてる モノ は なんら の こと も これ を フモン に きせざる べからず。 しかも わが クチ より して、 あからさま に ヒミツ ありて ヒト に きかしむる こと を えず と、 だんこ と して いいいだせる、 フジン の キョウチュウ を すいすれば。
 ハクシャク は おんこ と して、
「ワシ にも、 きかされぬ こと なん か。 え、 オク」
「はい、 ダレ にも きかす こと は なりません」
 フジン は けつぜん たる もの ありき。
「なにも マスイザイ を かいだ から って、 ウワゴト を いう と いう、 きまった こと も なさそう じゃ の」
「いいえ、 この くらい おもって いれば、 きっと いいます に チガイ ありません」
「そんな、 また、 ムリ を いう」
「もう、 ごめん くださいまし」
 なげすつる が ごとく かく いいつつ、 ハクシャク フジン は ネガエリ して、 ヨコ に そむかん と したりし が、 やめる ミ の ままならで、 ハ を ならす オト きこえたり。
 ために カオ の イロ の うごかざる モノ は、 ただ かの イガクシ 1 ニン ある のみ。 カレ は さきに いかに しけん、 ヒトタビ その ヘイゼイ を しっせし が、 いまや また じじゃく と なりたり。
 コウシャク は ジュウメン つくりて、
「キフネ、 こりゃ なんでも ヒイ を つれて きて、 みせる こと じゃ の、 なんぼでも コ の カワイサ には ガ おれよう」
 ハクシャク は うなずきて、
「これ、 アヤ」
「は」 と コシモト は ふりかえる。
「ナニ を、 ヒイ を つれて こい」
 フジン は たまらず さえぎりて、
「アヤ、 つれて こん でも いい。 なぜ、 ねむらなけりゃ、 リョウジ は できない か」
 カンゴフ は きゅうしたる エミ を ふくみて、
「オムネ を すこし きります ので、 おうごき あそばしちゃあ、 けんのん で ございます」
「なに、 ワタシャ、 じっと して いる。 うごきゃあ しない から、 きって おくれ」
 ヨ は その あまり の ムジャキサ に、 おぼえず シンカン を きんじえざりき。 おそらく キョウ の セッカイジュツ は、 マナコ を ひらきて これ を みる モノ あらじ とぞ おもえる をや。
 カンゴフ は また いえり。
「それ は オクサマ、 いくら なんでも ちっと は おいたみ あそばしましょう から、 ツメ を おとり あそばす とは ちがいます よ」
 フジン は ここ に おいて ぱっちり と メ を ひらけり。 キ も たしか に なりけん、 コエ は りん と して、
「トウ を とる センセイ は、 タカミネ サマ だろう ね!」
「はい、 ゲカ カチョウ です。 いくら タカミネ サマ でも いたく なく おきり もうす こと は できません」
「いい よ、 いたかあ ない よ」
「フジン、 アナタ の ゴビョウキ は そんな てがるい の では ありません。 ニク を そいで、 ホネ を けずる の です。 ちっと の アイダ ゴシンボウ なさい」
 リンケン の イハカセ は イマ はじめて かく いえり。 これ とうてい カン ウンチョウ に あらざる より は、 たえう べき こと に あらず。 しかるに フジン は おどろく イロ なし。
「その こと は ぞんじて おります。 でも ちっとも かまいません」
「あんまり タイビョウ なんで、 どうか しおった と おもわれる」
 と ハクシャク は しゅうぜん たり。 コウシャク は カタワラ より、
「ともかく、 キョウ は まあ みあわす と したら どう じゃ の。 アト で ゆっくり と いいきかす が よかろう」
 ハクシャク は イチギ も なく、 シュウ ミナ これ に どうずる を みて、 かの イハカセ は さえぎりぬ。
「ヒトトキ おくれて は、 トリカエシ が なりません。 いったい、 アナタガタ は ヤマイ を ケイベツ して おらるる から ラチ あかん。 カンジョウ を とやかく いう の は コソク です。 カンゴフ ちょっと おおさえ もうせ」
 いと おごそか なる メイ の モト に 5 メイ の カンゴフ は ばらばら と フジン を かこみて、 その テ と アシ と を おさえん と せり。 カレラ は フクジュウ を もって セキニン と す。 たんに、 イシ の メイ を だに ほうずれば よし、 あえて タ の カンジョウ を かえりみる こと を ようせざる なり。
「アヤ! きて おくれ。 あれ!」
 と フジン は たえいる イキ にて、 コシモト を よびたまえば、 あわてて カンゴフ を さえぎりて、
「まあ、 ちょっと まって ください。 オクサマ、 どうぞ、 ゴカンニン あそばして」 と やさしき コシモト は オロオロゴエ。
 フジン の オモテ は そうぜん と して、
「どうしても ききません か。 それじゃ なおって も しんで しまいます。 いい から コノママ で シュジュツ を なさい と もうす のに」
 と ましろく ほそき テ を うごかし、 かろうじて エモン を すこし くつろげつつ、 タマ の ごとき キョウブ を あらわし、
「さ、 ころされて も いたかあ ない。 ちっとも うごき や しない から、 だいじょうぶ だよ。 きって も いい」
 けつぜん と して いいはなてる、 ジショク とも に うごかす べからず。 さすが コウイ の オンミ とて、 イゲン アタリ を はらう にぞ、 マンドウ ひとしく コエ を のみ、 たかき シワブキ をも もらさず して、 せきぜん たりし その シュンカン、 サキ より ちと の ミウゴキ だも せで、 シカイ の ごとく、 みえたる タカミネ、 かるく ミ を おこして イス を はなれ、
「カンゴフ、 メス を」
「ええ」 と カンゴフ の 1 ニン は、 メ を みはりて ためらえり。 イチドウ ひとしく がくぜん と して、 イガクシ の オモテ を みまもる とき、 タ の 1 ニン の カンゴフ は すこしく ふるえながら、 ショウドク したる メス を とりて これ を タカミネ に わたしたり。
 イガクシ は とる と そのまま、 クツオト かるく ホ を うつして、 つと シュジュツダイ に キンセツ せり。
 カンゴフ は おどおど しながら、
「センセイ、 コノママ で いい ん です か」
「ああ、 いい だろう」
「じゃあ、 おおさえ もうしましょう」
 イガクシ は ちょっと テ を あげて、 かるく おしとめ、
「なに、 それ にも およぶまい」
 いう とき はやく その テ は すでに ビョウシャ の ムネ を かきあけたり。 フジン は リョウテ を カタ に くみて ミウゴキ だも せず。
 かかりし とき イガクシ は、 ちかう が ごとく、 シンチョウ ゲンシュク なる オンチョウ もて、
「フジン、 セキニン を おって シュジュツ します」
 ときに タカミネ の フウサイ は イッシュ シンセイ に して おかす べからざる イヨウ の もの にて ありし なり。
「どうぞ」 と ヒトコト いらえたる、 フジン が ソウハク なる リョウ の ホオ に はける が ごとき クレナイ を ちょうしつ。 じっと タカミネ を みつめたる まま、 ムネ に のぞめる ナイフ にも マナコ を ふさがん とは なさざりき。
 と みれば ユキ の カンコウバイ、 チシオ は ムネ より つと ながれて、 さと ビャクエ を そむる と ともに、 フジン の カオ は モト の ごとく、 いと あおじろく なりける が、 はたせるかな じじゃく と して、 アシ の ユビ をも うごかさざりき。
 コト の ここ に およべる まで、 イガクシ の キョドウ ダット の ごとく シンソク に して いささか カン なく、 ハクシャク フジン の ムネ を さく や、 イチドウ は もとより かの イハカセ に いたる まで、 コトバ を さしはさむ べき スンゲキ とて も なかりし なる が、 ここ に おいて か、 わななく あり、 オモテ を おおう あり、 ソガイ に なる あり、 あるいは コウベ を たるる あり、 ヨ の ごとき、 ワレ を わすれて、 ほとんど シンゾウ まで さむく なりぬ。
 3 セコンド に して カレ が シュジュツ は、 はや その カキョウ に すすみつつ、 メス ホネ に たっす と おぼしき とき、
「あ」 と シンコク なる コエ を しぼりて、 ハツカ イライ ネガエリ さえ も え せず と ききたる、 フジン は がぜん キカイ の ごとく、 その ハンシン を はねおきつつ、 トウ とれる タカミネ が メテ の カイナ に リョウテ を しかと とりすがりぬ。
「いたみます か」
「いいえ、 アナタ だ から、 アナタ だ から」
 かく いいかけて ハクシャク フジン は、 がっくり と あおむきつつ、 セイレイ きわまりなき サイゴ の マナコ に、 コクシュ を じっと みまもりて、
「でも、 アナタ は、 アナタ は、 ワタクシ を しりますまい!」
 いう とき おそし、 タカミネ が テ に せる メス に カタテ を そえて、 チ の シタ ふかく かききりぬ。 イガクシ は マッサオ に なりて おののきつつ、
「わすれません」
 その コエ、 その イキ、 その スガタ、 その コエ、 その イキ、 その スガタ。 ハクシャク フジン は うれしげ に、 いと あどけなき エミ を ふくみて タカミネ の テ より テ を はなし、 ばったり、 マクラ に ふす とぞ みえし、 クチビル の イロ かわりたり。
 その とき の フタリ が サマ、 あたかも フタリ の シンペン には、 テン なく、 チ なく、 シャカイ なく、 まったく ヒト なき が ごとく なりし。

 ゲ

 かぞうれば、 はや 9 ネン-ゼン なり。 タカミネ が その コロ は いまだ イカ ダイガク に ガクセイ なりし ミギリ なりき。 ある ヒ ヨ は カレ と ともに、 コイシカワ なる ショクブツエン に サンサク しつ。 5 ガツ イツカ ツツジ の ハナ さかん なりし。 カレ と ともに テ を たずさえ、 ホウソウ の アイダ を でつ、 いりつ、 エンナイ の コウエン なる イケ を めぐりて、 さきそろいたる フジ を みつ。
 ホ を てんじて かしこ なる ツツジ の オカ に のぼらん とて、 イケ に そいつつ あゆめる とき、 かなた より きたりたる、 ヒトムレ の カンカク あり。
 ヒトリ ヨウフク の イデタチ にて エントツボウ を いただきたる チクゼン の オトコ ゼンエイ して、 ナカ に 3 ニン の フジン を かこみて、 アト より も また おなじ サマ なる オトコ きたれり。 カレラ は キゾク の ギョシャ なりし。 ナカ なる 3 ニン の オンナ たち は、 イチヨウ に フカバリ の ヒガサ を さしかざして、 スソサバキ の オト いと さやか に、 するする と ねりきたれる、 と ユキチガイザマ タカミネ は、 おもわず アト を みかえりたり。
「みた か」
 タカミネ は うなずきぬ。 「むむ」
 かくて オカ に のぼりて ツツジ を みたり。 ツツジ は ビ なりし なり。 されど ただ あかかりし のみ。
 カタワラ の ベンチ に こしかけたる、 アキュウド-テイ の ワカモノ あり。
「キッサン、 キョウ は いい こと を した ぜなあ」
「そう さね、 たまにゃ オマエ の いう こと を きく も いい かな、 アサクサ へ いって ここ へ こなかったろう もん なら、 おがまれる ん じゃ なかったっけ」
「なにしろ、 3 ニン とも そろってらあ、 どれ が モモ やら サクラ やら だ」
「ヒトリ は マルマゲ じゃあ ない か」
「どのみち はや ゴソウダン に なる ん じゃ なし、 マルマゲ でも、 ソクハツ でも、 ないし シャグマ でも なんでも いい」
「ところで と、 あの ふう じゃあ、 ぜひ、 ブンキン と くる ところ を、 イチョウ と でた なあ どういう キ だろう」
「イチョウ、 ガテン が いかぬ かい」
「ええ、 わりい シャレ だ」
「なんでも、 アナタガタ が オシノビ で、 めだたぬ よう に と いう ハラ だ。 ね、 それ、 マンナカ の に ミズギワ が たってたろう。 いま ヒトリ が カゲムシャ と いう の だ」
「そこで オメシモノ は なんと ふんだ」
「フジイロ と ふんだ よ」
「え、 フジイロ と ばかり じゃ、 ホンヨミ が おさまらねえ ぜ。 ソコ の よう でも ない じゃ ない か」
「まばゆくって うなだれた ね、 おのずと アタマ が あがらなかった」
「そこで オビ から シタ へ メ を つけたろう」
「バカ を いわっし、 もったいない。 みし や それ とも わかぬ マ だった よ。 ああ のこりおしい」
「あの また、 アルキブリ と いったら なかった よ。 ただ もう、 すうっと こう カスミ に のって ゆく よう だっけ。 スソサバキ、 ツマハズレ なんと いう こと を、 なるほど と みた は キョウ が はじめて よ。 どうも オソダチガラ は また かくべつ ちがった もん だ。 ありゃ もう しぜん、 てんねん と ウンジョウ に なった ん だな。 どうして ゲカイ の ヤツバラ が まねよう たって できる もの か」
「ひどく いう な」
「ホン の こった が ワッシャ それ ゴゾンジ の とおり、 ナカ を 3 ネン が アイダ、 コンピラサマ に たった と いう もん だ。 ところが、 なんの こたあ ない。 ハダマモリ を かけて、 ヨナカ に ドテ を とおろう じゃあ ない か。 バチ の あたらない の が フシギ さね。 もうもう キョウ と いう キョウ は ホッシン きった。 あの スベッタ ども どう する もの か。 みなさい、 あれあれ ちらほら と こう そこいら に、 あかい もの が ちらつく が、 どう だ。 まるで そら、 ゴミ か、 ウジ が うごめいて いる よう に みえる じゃあ ない か。 ばかばかしい」
「これ は きびしい ね」
「ジョウダン じゃあ ない。 あれ みな、 やっぱり それ、 テ が あって、 アシ で たって、 キモノ も ハオリ も ぞろり と オメシ で、 おんなじ よう な コウモリガサ で たってる ところ は、 はばかりながら これ ニンゲン の オンナ だ、 しかも オンナ の シンゾ だ。 オンナ の シンゾ に チガイ は ない が、 イマ おがんだ の と くらべて、 どう だい。 まるで もって、 くすぶって、 なんと いって いい か よごれきって いらあ。 あれ でも おんなじ オンナ だっさ、 へん、 きいて あきれらい」
「おやおや、 どうした タイヘン な こと を いいだした ぜ。 しかし まったく だよ。 ワッシ も さ、 イマ まで は こう、 ちょいと した オンナ を みる と、 つい その ナン だ。 イッショ に あるく オメエ にも、 ずいぶん メイワク を かけたっけ が、 イマ の を みて から もうもう ムネ が すっきり した。 なんだか せいせい と する、 イライ オンナ は ふっつり だ」
「それ じゃあ ショウガイ ありつけまい ぜ。 ゲンキチ と やら、 ミズカラ は、 と あの ヒイサマ が、 いいそう も ない から ね」
「バチ が あたらあ、 アテコト も ない」
「でも、 アナタ やあ、 と きたら どう する」
「ショウジキ な ところ、 ワッシ は にげる よ」
「ソコ も か」
「え、 キミ は」
「ワッシ も にげる よ」 と メ を あわせつ。 しばらく コトバ とだえたり。
「タカミネ、 ちっと あるこう か」
 ヨ は タカミネ と ともに たちあがりて、 とおく かの ワカモノ を はなれし とき、 タカミネ は さも かんじたる オモモチ にて、
「ああ、 シン の ビ の ヒト を うごかす こと あの とおり さ、 キミ は オテノモノ だ、 ベンキョウ したまえ」
 ヨ は エシ たる が ゆえ に うごかされぬ。 ゆく こと スヒャッポ、 かの クス の タイジュ の うつおう たる コノシタカゲ の、 やや うすぐらき アタリ を ゆく フジイロ の キヌ の ハシ を トオク より ちらと ぞ みたる。
 エン を いずれば タケ たかく こえたる ウマ 2 トウ たちて、 スリガラス いりたる バシャ に、 ミタリ の ベットウ やすらいたりき。 その ノチ 9 ネン を へて ビョウイン の かの こと ありし まで、 タカミネ は かの フジン の こと に つきて、 ヨ に すら ヒトコト をも かたらざりしかど、 ネンレイ に おいて も、 チイ に おいて も、 タカミネ は シツ あらざる べからざる ミ なる にも かかわらず、 イエ を おさむる フジン なく、 しかも カレ は ガクセイ たりし ジダイ より ヒンコウ いっそう キンゲン にて ありし なり。 ヨ は オオク を いわざる べし。
 アオヤマ の ボチ と、 ヤナカ の ボチ と トコロ こそ は かわりたれ、 おなじ ヒ に ゼンゴ して あいゆけり。
 ゴ を よす、 テンカ の シュウキョウカ、 カレラ フタリ は ザイアク ありて、 テン に ゆく こと を えざる べき か。

2013/07/14

コウフク の かなた

 コウフク の かなた

 ハヤシ フミコ

 1

 ニシビ の さして いる センタクヤ の せまい 2 カイ で、 キヌコ は はじめて シンイチ に あった。
 12 ガツ に はいって から、 めずらしく ヒバチ も いらない よう な あたたかい ヒ で あった。 シンイチ は しじゅう ハンカチ で ヒタイ を ふいて いた。
 キヌコ は ときどき そっと シンイチ の ヒョウジョウ を ながめて いる。
 ながらく の ビョウイン セイカツ で、 イロ は しろかった けれども すこしも クッタク の ない よう な カオ を して いて、 ミミタブ の ゆたか な ヒト で あった。 アゴ が シカク な カンジ だった けれども、 ニシビ を まぶしそう に して、 ときどき カベ の ほう へ むける シンイチ の ヨコガオ が、 キヌコ には なんだか ムカシ から しって いる ヒト で でも ある か の よう に シタシミ の ある ヒョウジョウ だった。
 シンイチ は きちんと セビロ を きて マド の ところ へ すわって いた。 ナコウド カク の ヨシオ が、 はげた アタマ を ふりながら ブキヨウ な テツキ で スシ や チャ を はこんで きた。
「キヌコ さん、 スシ を ヒトツ、 シンイチ さん に つけて あげて ください」
 そう いって、 ヨシオ は ヨウジ でも ある の か、 また シタ へ おりて いって しまった。 スシ の ウエ を にぶい ハオト を たてて おおきい ハエ が 1 ピキ とんで いる。 キヌコ は そっと その ハエ を おいながら、 すなお に スシザラ の ソバ へ にじりよって いって コザラ へ スシ を つける と、 その サラ を そっと シンイチ の ヒザ の ウエ へ のせた。 シンイチ は サラ を リョウテ に とって あかく なって いる。 キヌコ は また ワリバシ を わって それ を だまった まま シンイチ の テ へ にぎらせた の だ けれども、 シンイチ は あわてて その ハシ を おしいただいて いた。
 ふっと ふれあった ユビ の カンショク に、 キヌコ は ムネ に やける よう な アツサ を かんじて いた。
 シンイチ を すき だ と おもった。
 ナニ が どう だ と いう よう な、 きちんと した セツメイ の シヨウ の ない、 みなぎる よう な つよい アイジョウ の ココロ が わいて きた。
 シンイチ は サラ を ヒザ に おいた まま だまって いる。
 ガラスド-ゴシ に ビール-ガイシャ の たかい エントツ が みえた。 キヌコ は だまって いる の が くるしかった ので、 コザラ へ ショウユ を すこし ばかり ついで、 シンイチ の もって いる スシザラ の スシ の ヒトツヒトツ へ テイネイ に ショウユ を ぬった。
「いや、 どうも ありがとう……」
 ショウユ の カオリ で、 ちょっと シタ を むいた シンイチ は また あかく なって もじもじ して いた。 キヌコ は シンチイ を いい ヒト だ と おもって いる。 ナニ か いい ハナシ を しなければ ならない と おもった。 そうして ココロ の ナカ には イロイロ な こと を かんがえる の だ けれども、 ナニ を はなして よい の か、 すこしも ワダイ が まとまらない。
 シンイチ は うすい イロメガネ を かけて いた ので、 ちょっと メ の わるい ヒト とは おもえない ほど ゲンキ そう だった。 キヌコ は イッショウ ケンメイ で、
「ムライ さん は ナニ が おすき です か?」
 と きいて みた。
「ナン です か? たべる もの なら、 ボク は なんでも たべます」
「そう です か、 でも、 いちばん、 おすき な もの は ナン です の?」
「さあ、 いちばん すき な もの…… ボク は ウドン が すき だな……」
キヌコ は、
「まあ」
 と いって くすくす わらった。 ジブン も ウドン は だいすき だった し、 ニノミヤ の イエ に いた コロ は、 オジョウサマ も ウドン が すき で、 キヌコ が ほとんど マイニチ の よう に ウドン を ウスアジ で にた もの で あった。
 ウドン と いわれて、 キュウ に オマエザキ の しろい ナミ の オト が ミミモト へ ちかぢか と きこえて くる よう で あった。 キヌコ と シンイチ は ドウキョウジン で、 シンイチ は キヌコ とは ナナツ チガイ の 28 で ある。 キョネン センジョウ から カタメ を うしなって もどって きた の で あった。

 2

 ささやか な ミアイ が すむ と、 1 シュウカン も たたない で フタリ は ケッコン の シキ を あげた。 チクサ-チョウ の エキ に ちかい ところ に イエ を もった。 イエ を もつ と すぐ、 ルス を ヨシオ に たのんで フタリ は オマエザキ の キョウリ へ かえって いった。
 シンイチ の イエ は ハンノウ ハンギョ の イエ で まずしい クラシ では あった が、 チチ も アニフウフ も ヒジョウ に よい ヒト で あった。 シンイチ の ハハ は シンイチ の おさない とき に なくなった の だ そう で ある。
 ある バン、 シンイチ は キヌコ へ こんな こと を いった。
「ボク は ね、 イエ が まずしかった から、 チュウガク を でたら イチグン に ひいでた カネモチ に なりたい と いう の が リソウ だった ん だよ。 ――だけど、 とうとう ガクシ も つづかず チュウガク を チュウト で やめて しまって ナゴヤ の トウキ-ガイシャ へ トウコウ に はいって しまった。 そして、 コンド の センソウ に ゆき カタメ を うしなって もどって きた…… ウンメイ だ とは おもう が、 まあ、 イノチビロイ を した の も フシギ な ウンメイ だし、 キミ と イッショ に なった の も これ も フシギ な ウンメイ だね……」
 シンイチ は とおい ムカシ を おもいだした よう に コタツ に カオ を ふせて いた。 ナミ の オト が ごうごう と ひびいて きこえた。
 シンイチ の ジッカ では コダクサン で イエ が せまい ので、 キンジョ の トウダイ の ソバ の チャミセ の イッシツ を かりて おいて くれた ので、 シンイチ たち は ここ で キガネ の ない ヒ を すごした。
 ヨル に なる と トウダイ の ヒ が トオク の カイメン を コガネイロ に そめて いる。 ぎらぎら する よう な しろい コウボウ が くらい ソラ の ウエ で ススキ の ホ の よう に ゆらめく とき が ある。 アメ の バン の トウダイ の ヒ も きれい だった。

 キヌコ は ムラ の コウトウ ショウガク を でる と、 すぐ ナゴヤ へ でて、 シンルイ の ヨシオ の セワ で メンプ-ドンヤ の ニノミヤ-ケ へ ジョチュウ-ボウコウ に すみこんで いた の で あった。
 オジョウサマ-ヅキ だった ので、 キヌコ は なんの クロウ も なし に 21 まで くらして きた の だ けれども、 オジョウサン が、 コトシ の ハル トウキョウ へ えんづいて いって しまう と、 キヌコ は ニノミヤ-ケ を さって シンルイ の ヨシオ の イエ へ ヤッカイ に なって いた の で あった。
 キヌコ は うつくしく は なかった けれども、 アイキョウ の いい ムスメ で、 オオガラ で のんびり して いる の が ヒト に コウイ を もたれた。 キヌコ は ニノミヤ-ケ に いた アイダ に、 2 ド ほど エンダン が あり、 イチド は むりやり に ミアイ を させられた こと が あった けれども、 キヌコ は その オトコ を すかなかった。 アイテ は メリヤス ショウニン で、 もう そうとう オンナアソビ も した オトコ らしく、 キヌコ に むかって も、 ハジメ から いやらしい こと を いって きいろく なった ハ を だして タバコ ばかり すって いた。
 キヌコ は いや だった ので すぐ その エンダン は ことわって もらった。
 キヌコ は ケッコン と いう もの が、 こんな に センパク な もの なの か と いや で いや で ならなかった。 そのくせ なにかしら、 ジブン の カラダ は あつく もえさかる よう な クルシサ に おちて ゆく ヒ も ある。
 ヨシオ から シンイチ の ハナシ を もって こられた とき には、 キヌコ は ホントウ は あまり キノリ が して いなかった と いって いい。 イチド ミアイ を して こりて も いた し、 ショウニン とか ショッコウ とか は キヌコ は あまり すき では なかった の だ。 カイシャイン の よう な ところ へ ヨメ に ゆきたい の が キヌコ の リソウ だった の だ けれども センジョウ から カタメ を うしなって きて いる ヒト と いう こと に なんとなく ココロ を さそわれて、 キヌコ は シンイチ に あって みた の で ある。
 はじめて あった とき も いい ヒト だ とは おもった けれども、 ケッコン を して みる と、 シンイチ は オモイヤリ の ふかい よい ヒト で あった。
 キヌコ は、 アサ、 メ が さめる と すぐ おおきい コエ で ウタ を うたう シンイチ が おかしくて シカタ が なかった。
 シンイチ は きまって コドモ の うたう よう な ウタ を マイアサ うたった。

 3

 キョウ も ヒル の ゴハン が すむ と、 トウダイ の ヨコ から フタリ は コンクリート の ダンダン を おりて ナギサ の ほう へ あるいて いった。 さむい ヒ では あった けれども あまり カゼ も なく マワリ は しんかん と して いる。 エビ を とり に ゆく フネ が、 オキ へ アミ を はり に いって いった。
 キフク の ゆるい スナ の ウエ には しろい アミ が ほして ある。 シンイチ と キヌコ は アミ を しまう ワラゴヤ の カベ へ もたれて スナ の ウエ へ すわった。 マワリ が しずか なので ナミ の オト が ハラ の ソコ に ひびく よう だった。 ナマリイロ の ウミ を ふいて くる クウキ には くすりくさい よう な シオ の ニオイ が して いた。
「うんと、 この クウキ を すって かえりましょう ね」
 キヌコ が こどもらしい こと を いった。 シンイチ は ナミ の オト でも きいて いる の か しばらく だまって いた が、 ふっと おもいだした よう に、 マユ を うごかして キヌコ の ほう へ むいた。
「タバコ を つけて あげましょう か?」
 キヌコ が ハンカチ の ツツミ の ナカ から タバコ と マッチ を だして、 タバコ を シンイチ の ヒザ へ おいた。
「ねえ、 ボク は イチド、 キミ に たずねて みよう と おもった けれど、 ――ヨシオ さん は、 いったい ボク の こと を どんな ふう に いった の かねえ?」
「どんな ふう って……」
「いや、 ボク の ミノウエ の こと に ついて さ……」
「ミノウエ って、 どんな こと でしょう……」
「ヨシオ さん は、 なんだか、 ボク の こと を かばって、 キミ には なんにも はなして いない よう だね……」
「だって、 どんな こと を きく ん です の…… べつに、 アナタ の ミノウエ の こと なんか、 いまさら どうでも いい じゃ ありません か……」
「いや、 きいて いない と する と よく は ない さ……」
 キヌコ は なんの こと だろう と おもいながら マッチ を すった。 あおい ヒ が ユビサキ に あつかった。 シンイチ は うまそう に タバコ を すった。 しろい ケムリ が すぐ ウミ の ほう へ きえて ゆく。
「ボク に コドモ が ある こと を ヨシオ さん は はなした かな」
 キヌコ は、
「えっ」
 と イキ を のんで シンイチ の カオ を みつめた。
「それ ごらん、 ――ヨシオ さん は、 その こと を キミ に はなさなかった ん だね?」
 シンイチ は そう いって、 だまって たちあがる と、 ヒトリ で ナギサ の ほう へ ゆっくり ゆっくり あるいて いった。 キヌコ は しばらく その ウシロスガタ を ながめて いた けれども、 なんだか シンイチ が ウソ を ついて いる よう で シカタ が なかった。 でも、 コドモ が ある と いえば、 シンイチ の ヘヤ には たしか に コドモ の シャシン が あった と おもえる。 ツクエ の ウエ だった かしら、 カベ だった かしら、 キヌコ は シンイチ が イチド ケッコン した ヒト だ とは かんがえて も いなかった ので、 そんな シャシン には フチュウイ だった の かも しれない。 ちらと メ を かすめた コドモ の シャシン は、 オンナ の コ の カオ の よう だった。
 キヌコ は シンイチ の アト を おって、 すぐ はしって ゆきたかった の だ けれども、 なんとなく シンイチ を そのまま ほうって おきたい キモチ に なって いた。
 あの ヒト に コドモ が ある…… どうしても キヌコ には しんじられなかった。 ドテラ を きて インバネス を きて ツエ を ついて いる ウシロスガタ が たよりなく ふらふら して いた。
 キヌコ は タバコ や マッチ を ハンカチ に つつんで たちあがる と、 さむい ウミカゼ の ナカ を よろよろ と シンイチ の ほう へ あるいて いった。 シンイチ は ちいさい コエ で クチブエ を ふいて いた。
「いや よ、 そんな に ヒトリ で あるいて いったり して……」
 ワラゴヤ の ソバ に いる とき は、 そんな に さむい とも おもわなかった けれども、 ナギサ の ほう へ でて みる と はっと イキ が とまりそう な さむい カゼ が ふいて いた。
「カゼ を ひく と いけない から もどりましょう」
 キヌコ が シンイチ の インバネス の ソデ を つかんで ちいさい コエ で いった。 ダレ も いない ハマベ は サバク の よう に こうりょう と して いる。 ハマベ ちかく そそりたって いる オカ の ウエ には しろい トウダイ が くもった ソラ へ くっきり と うきたって いる。 キヌコ は、 シンイチ に たとえ コドモ が あった ところ で、 それ が ナン だろう と おもった。
 シンイチ も、 キヌコ に ソデ を にぎられた まま すなお に モト の ワラゴヤ の ほう へ もどって きて くれた。

 4

 シンイチ は 22 の とき に ナゴヤ へ でて、 トウキ-ガイシャ の ジムイン に つとめて いた の だ。 ユシュツムキ の トウキ を セイゾウ する ところ で、 ヒジョウ に いそがしい カイシャ だった が、 シンイチ は 1 ネン ばかり も する と すこし ばかり の チョキン も できた ので、 キョウリ から ツマ を もらった。 コガラ な オシャベリ な オンナ だった が、 コドモ が うまれる と まもなく、 この ツマ は コドモ を おいて シンイチ の トモダチ と マンシュウ へ にげて いって しまった の だ。
 シンイチ は ツマ に さられて、 コドモ を かかえて こまって しまった。 アサ おきる と すぐ コドモ の セワ を して キンジョ へ あずけて カイシャ へ かよわなければ ならない。 ユウガタ は アズケサキ から コドモ を うけとって かえる、 この ニッカ が 1 ネン ちかく も つづいた で あろう。 シンイチ は コドモ が かわいくて シカタ が なかった。 ギュウニュウ だけ で、 そだてる コドモ の ニクタイ は、 イッタイ に よわい の が おおい と いう シンブン キジ を みる と、 シンイチ は、 ニンジン や ホウレンソウ を うでて、 それ を ウラゴシ で こして は ギュウニュウ と まぜて のまして みた。 ときには ランボウ にも、 ニボシ を スリバチ で すって、 ギュウニュウ に まぜて のましたり する こと も ある。 だけど コドモ は フシギ に ぐんぐん おおきく なり、 キンジョ の ヒト から は ムライ さん の とこ の ユウリョウジ さん と いう よう な アダナ が ついたり して きた。
 ムツキ の セワ から、 キモノ の ツクロイ まで シンイチ は ヒトリ で しなければ ならなかった。 コウフク な こと には イチド も イシャイラズ な コドモ で、 ちょっと ハラグアイ を わるく して も、 シンイチ が かえって みて やれば すぐ コドモ の ビョウキ は よく なる の で ある。
 シュッセイ する ジブン には コドモ は もうはや はう よう に なって いた けれど、 コンド だけ は キンジョ へ あずけて ゆく わけ にも ゆかない ので、 シンイチ は コドモ を サトゴ に だす こと に して シュッセイ した の で あった。
 サトゴ に だして しまえば、 あるいは もう このまま コドモ とは イキワカレ に なる かも しれない と シンイチ は おもって いた。 ひょいと して、 ジブン は イノチ ながらえて もどって くる と して も、 コドモ は いきて は いない だろう と おもわれる の で あった。 ギュウニュウ や、 オモユ で そだてる こと さえ も タイヘン な テカズ で ある ところ へ、 シンイチ の コドモ は セケン イッパン の イクジホウ と ちがって、 ニンジン や、 ホウレンソウ や、 リンゴ の シボリジル を たべさせなければ ならない。 シンイチ は チョキン を ゼンブ おろして それ を コドモ へ つけて やった。 オマエザキ の イナカ へ あずける クフウ も かんがえない では なかった けれども、 アニ は 4 ニン も コドモ を もって いた ので シンイチ は かえって タニン の ウチ へ サトゴ に だす こと に した の で ある。

 3 ネン-メ に センソウ から もどって きて も、 コドモ は ジョウブ に そだって いた。 シンイチ が あい に いって も、 コドモ は シンイチ の くろい メガネ を こわがって なかなか なついて は こない の で ある。 ――サトゴ の ウチ でも、 シンイチ の コドモ を ジブン の コドモ の よう に かわいがって いて くれた せい か、 コドモ を かえして くれ と いわれる の が つらい と いって オカミサン が ないて シンイチ に うったえる の で あった。
 シンイチ は キヌコ と ケッコン して から も コドモ の こと が わすれられなかった。 わすれよう と おもえば おもう ほど、 コドモ と たった フタリ で つらい セイカツ を した かつて の ヒ の こと を おもいだす の で ある。 さった ツマ の こと は すこしも おもいださない のに、 わかれた コドモ の こと だけ は、 ユメ の ナカ でも ナミダ を こぼす くらい に こいしくて ならなかった。
 ニンジン を かって きて、 ヨル おそく それ を うでながら、 コドモ と フタリ で あそんだ。 コドモ は すこしも なかない ジョウブサ で、 タタミ に ほうって おいて も もぐもぐ と クチビル を うごかして ヒトリ で ねころんだ まま あそんで いて くれた。
 うでた ニンジン を スリバチ で すって、 ギュウニュウ で どろどろ に のばして、 その ビン を アカンボウ の ソバ へ もって いって やる と、 アカンボウ は かわいい アシ を ぱたぱた させて よろこんだ もの だ。
 シンイチ は、 きゃっきゃっ と ヒトリ で わらって いる アカンボウ の ソバ で すこし ばかり サケ を のむ の が ムジョウ の タノシミ で あった。 ウデノコリ の ニンジン に ショウユ を つけて サケ の サカナ に したり した。
 センジョウ へ でて いて も、 シンイチ は コドモ の シャシン を みる と、 オエツ が でる ほど かなしく せつなかった。 めめしい ほど コドモ に あいたくて シカタ が なかった の だ。 オウバイ の はげしい タタカイ の とき で あった、 シンイチ は ショウガッコウ の マド から そっと テキ の ジョウセイ を ながめて いた。 たって いて は いまに あぶない よ。 オトウサン あぶない です よっ と、 さかん に、 クウチュウ で アカンボウ の やわらかい テ が ジブン の ほう へ およいで くる よう に みえた。 センソウ サナカ には アカンボウ の こと なぞ は わすれて しまって いる はず だ のに、 さかん に アカンボウ の スガタ が はげしく タマ の とんで くる クウチュウ に うかんで いる。
 シンイチ は どんどん うった。
 コドモ の テ なぞ は はらいのけながら、 マド へ カオ を だして どんどん うった が、 キュウ に アタマ の ウエ へ ナニ か どかん と おちかかる オト が した か と おもう と、 シンイチ は ガンメン を あつい カタナ で きられた よう な カンジ が した。
 くらい アナ の ナカ へ カラダ が めりこむ よう だった。
 アカンボウ の ナキゴエ が はげしく ミミ に ついて いる よう で あった が、 そのまま シンイチ は キ が とおく なって しまって いた の だ。
 コドモ の やわらかい コエ が ウズ の よう に チ の ソコ から ひびいて くる。 その オト に さそわれる よう に シンイチ は ぐんぐん チ の ソコ へ おちこんで いった。
 ナイチ の ビョウイン へ もどって くる と、 マンシュウ へ いって いた はず の ツマ が ひょっこり ビョウイン へ たずねて きた。 シンイチ は ハラダチ で クチ も きけなかった。 シンイチ が だまって いる ので、 ツマ は サイゴ に コドモ の いる ところ を おしえて くれ と いった。 シンイチ は ツマ に たいして は もう なんの キモチ も なかった けれども、 コドモ の こと を いわれる と ミョウ に ハラ が たって きて シカタ が なかった。

 5

「ブツモン の コトバ に、 ボンノウ は ムジン なり、 ちかって これ を たたん こと を ねがう と いう コトバ が ある が、 ボク は イマ、 この コドモ の こと だけ は どうしても ボンノウ を たちがたい の だ…… これ を しっかり と キヌコ さん に はなして、 よかったら きて もらって ください と、 ボク は くれぐれも ヨシオ さん へ いって おいた ん だ…… セケン の ヒト は、 きずついて もどって きた ウワベ の ボク だけ に ドウジョウ を して くれて、 なにもかも ホントウ の もの を かくして イチジ を とりつくろって くれる ん だ けれど、 ――ボク は、 そんな こと は ショウライ に いたって、 オタガイ の フコウ だ と おもう……。 と いって、 キミ と ケッコン して しまって いまさら、 こんな こと で どうにも ならない けれど…… それにしても、 ケッコン の ハジメ に、 ボク は ホントウ は、 キミ に この ハナシ を、 ボク の クチ から もう イチド して おこう と おもった。 ヨシオ さん が、 ひょいと したら、 キミ に いわない かも しれない とは おもわない でも なかった ん だ けど…… でも、 ボク も なんだか よわい キモチ に なって いて、 キミ が ほしくて シカタ が なかった ん だろう……。 キミ は この キモチ を わらう だろう が、 これ が ニンゲン の ココロ と いう もの さ…… スシ に ショウユ を つけて くれた の が、 ボク は とても うれしかった。 ショウユ の ニオイ が ナミダ の でる ほど なつかしかった……」
 シンイチ は はなして しまう と ほっと した よう に、 スナ を つかんで いた テ から、 しめって あつく なった スナ を ヒザ の ウエ へ こぼして いる。
 キヌコ は ウミ の ウエ へ いっぱい くろい カラス が まいおりて いる よう な サッカク に とらわれて いた。 ワタシ の オット には かつて ツマ が あり コドモ が ある……。 シンイチ の イエ へ ついた バン に、 シンイチ と アニ が ナニ か ひそひそ はなしあって いた こと が あった けれども…… キヌコ は、 ジブン の ゼント が うすぐらく なった よう な キ が しない でも ない。
 キヌコ は しばらく ウミ の ムコウ を みつめて いた。
 コドモ と フタリ で ニカイズマイ を して、 ニンジン や ホウレンソウ で アカンボウ を そだてて いた と いう シンイチ の わびしい セイカツ の クラサ は、 ゲンザイ メノマエ に いる シンイチ には すこしも うかがえなかった。
「ねえ……」
「うん……」
 うん と こたえて くれた シンイチ の コトバ の ナカ には にじみでる よう な あたたかい もの が ある。 キヌコ は どう すれば いい の か わからなかった。 16 の トシ から ホウコウ を して いて、 タイケ の おくふかい ところ に つとめて いた せい か、 キヌコ は ジブン が イッソクトビ に フコウ な フチ へ たった よう な キ が しない でも ない の で ある。
「アカチャン は イクツ なの?」
「もう ヨッツ だ。 ウタ を うたう よ」
「あいたい でしょう?」
「うん……」
「オクサマ は こっち なん でしょう?」
「さあ、 どこ に いる ん だ か しらない ねえ…… そんな もの は どうでも いい さ……」
「だって……」
「キミ は、 ボク と ケッコン した こと を コウカイ してる ん じゃ ない だろう ね……」
「……」
 キヌコ は そっと ハンカチ を といて、 また タバコ と マッチ を だした。 「ヒカリ」 の ハコ から チョーク の よう な タバコ を 1 ポン だして シンイチ の クチビル に くわえさして やる と、 シンイチ は キュウ に あつい テ で キヌコ の ユビ を つかんで、 ヒトサシユビ だの、 ナカユビ、 クスリユビ、 コユビ と じゅんじゅん に キヌコ の ツメ を ジブン の ハ で かんで いった。
 キヌコ は あふれる よう な ナミダ で、 ノド が ぐうっと おされそう だった。

 6

 フタリ が オマエザキ から ナゴヤ へ かえって きた の は 1 シュウカン-ぶり で ある。
 クレ ちかい マチ の スガタ は センジ と いえど も さすが に いそがしそう な ケハイ を みせて いた。
 フタリ の シンキョ は ヨンケン ナガヤ の いちばん ハジ の イエ で、 まだ たった ばかり なので キ の カ が マワリ に ただようて いた。 シン の やわらかい タタミ だった けれども、 それでも タタミ が ぎゅうぎゅう と なった。
 フタリ は まるで ながい アイダ つれそった フウフ の よう に、 なにもかも うちとけあって いる。
 シンイチ は ムカシ の トウキ-ガイシャ へ ツトメ を もつ よう に なった。 そして カイシャ では うすぼんやり した カタメ の シリョク を タヨリ に マイニチ ロクロ を まわして はたらいて いた。
 キヌコ が ケッコン を した シラセ を ニノミヤ へ しらせて やる と、 トウキョウ の オジョウサン から うつくしい ちいさい キョウダイ が おくりとどけられた。 そうして そえられた テガミ の ナカ には、 キヌ さん の よう な コウフク な ヒト は ない と おもう、 ジブン は ケッコン して はじめて、 ジッカ に いた とき の ナンジュウバイ と いう クロウ を して います。 もう、 ふたたび ムスメ に もどる こと は できない けれども、 あの とき が なつかしい と おもいます と いう こと が かいて あった。 うつくしい オジョウサン では あった けれども、 ケッコン した アイテ の ヒト は、 なかなか の ドウラクカ で、 オジョウサン も やつれて しまわれた と ミセ の ヒト が キヌコ に はなして いた。
 2 カイ が 6 ジョウ ヒトマ に、 シタ が 6 ジョウ に 4 ジョウ ハン に 3 ジョウ。 それに ちいさい フロバ も ついて いた し、 せまい ながら も コギク の さいて いる ニワ も ある。
 チクサ-チョウ の エキ も ちかかった し、 この ヘン は わりあい ブッカ も やすかった。
 キヌコ は ジブン ヒトリ で シンイチ の コドモ に あい に いって みよう と おもった。 シンイチ が なにも いわない だけ に シンイチ の サビシサ が ジブン の ムネ に ひびいて きた し、 オマエザキ の スナハマ での こと が はっきり と ムネ に うかんで くる の で ある。
 コドモ は オオゾネ と いう ところ の ザッカヤ に あずけて あった。
 キヌコ が ヒトリ で オオゾネ まで コドモ に あい に いって みたい と いう と、 シンイチ も イッショ に いこう と いいだして、 フタリ は クレ の せまった ある ニチヨウビ に、 デンシャ へ のって オオゾネ-チョウ へ いった。 デンシャ の ナカ は わりあい すいて いた。 キヌコ と シンイチ の コシ を かけて いる マエ には、 3 ニン の コドモ を つれた フウフ が コシ を かけて いた。 いちばん ウエ の コ は チュウガクセイ らしく、 ムネ に キンボタン の いっぱい ついた ガイトウ を きて いる。 ナカ は ショウガッコウ 6 ネンセイ ぐらい、 シタ は 2 ネンセイ ぐらい で でも あろう か、 3 ニン の オトコ の コ たち は、 チチ と ハハ の アイダ に コシ を かけて アツタ ジングウ へ オマイリ を した ハナシ を して いた。 チチオヤ は 45~46 サイ ぐらい の ネンパイ で、 カタ から シャシンキ を ぶらさげた まま ウデグミ を して ねむりこけて いた。 ハハオヤ は よく こえた ガラ の おおきい フジン で、 マタ を ひらいた よう に して マド へ ソリミ に なって もたれて いる。 ちいさい コドモ が、 ツリカワ へ ぶらさがったり する の を、 ときどき たしなめて は しかって いた が、 コドモ たち は ときどき ハハオヤ の クビ へ テ を かけて は ナニ か ムコウ へ ついて から の こと を ねだって いる ふう で ある。 みて いて、 ほほえましく なる フウケイ で あった。 キヌコ は、 セナカ に アセ が にじむ よう な、 くすぐったい もの を かんじた。 ジブン たち の ショウライ も、 あの ヒトタチ の よう に コウフク に うまく ゆく かしら と かんがえる の で ある。
 シンイチ は、 ソウガイ の ほう へ カオ を むけて うつらうつら して いた。
 キヌコ は マエ の オヤコ を ながめて いる の は たのしかった。
 ねむって いた オット は、 メ を つぶった まま の スガタ で、 ポケット から ハナガミ を だす と、 おおきい オト を させて ハナ を かんだ。 ハナ を かんで から も、 テイネイ に ハナ を ふいて、 その ハナガミ を メ を つぶった まま ジブン の ヒザ の ところ へ もって ゆく と、 ヨコアイ から こえた サイクン が たくましい ウデ を コドモ の ヒザゴシ に にゅっと つきだして その ハナガミ を とって ジブン の タモト へ いれて しまった。
 キヌコ は まるで、 ジブン が した こと を ヒト に みられて でも いる か の よう に あかく なりながら ビショウ して いた。 ゴシュジン は、 ハナガミ を サイクン に わたして しまう と、 また、 テ を ヒザ の ウエ へ だらり と さげて よく ねむって いる。 コドモ たち は はしって ゆく ソウガイ を ながめながら、 きゃっきゃっ と ふざけあって いた。
 ふとった サイクン は マタ を ひらいた まま の シセイ で、 いかにも、 3 ニン の コドモ の ハハ-らしい カンロク を みせて ゆうゆう と して いた。
 キヌコ は ふっと、 シンイチ の ほう へ クビ を むけた。 あかるい セケン へ でる と、 ナニ か に ヒゲ して しまって いる、 そんな さびしげ な シンイチ の スガタ を みる と、 キヌコ は、 ジブン の メノマエ に いる オクサン の よう に、 おおしく シンイチ を かばって、 これから も すえながく セイカツ して ゆかなければ ならない と おもう の で あった。 この シンイチ を すてて いって しまった オンナ の ヒト へ はげしく むくいる ため にも……。
 キヌコ は ジブン も やがて イクニン か の コドモ を うんで、 あの オンナ の ヒト の よう に マタ を ひろげて コシ を かける ヒ の こと を かんがえる と ほほえましい キモチ で あった。 その スガタ が すこしも いやらしく は みえなかった し かえって 3 ニン の ハハ と して たのもし さえ みえた。 キヌコ は ジブン も そっと ゲタ を はなして ソリミ に なって みた けれども、 わかい キヌコ には それ は なんだか ミョウ な もの で ある。 キヌコ は、 むしょうに おかしく なって きて、 カタ で シンイチ の カラダ を 2~3 ド つよく おしつけた。 なにも しらない シンイチ は ソウガイ の ほう を むいた まま クチモト で くすくす わらって いる よう で あった。

2013/07/04

ノビジタク

 ノビジタク

 シマザキ トウソン

 14~15 に なる タイガイ の イエ の ムスメ が そう で ある よう に、 ソデコ も その トシゴロ に なって みたら、 ニンギョウ の こと なぞ は しだいに わすれた よう に なった。
 ニンギョウ に きせる キモノ だ ジュバン だ と いって オオサワギ した コロ の ソデコ は、 イクツ その ため に ちいさな キモノ を つくり、 イクツ ちいさな ズキン なぞ を つくって、 それ を おさない ヒ の タノシミ と して きた か しれない。 マチ の オモチャヤ から ヤスモノ を かって きて すぐに クビ の とれた もの、 カオ が よごれ ハナ が かけ する うち に オバケ の よう に きみわるく なって すてて しまった もの―― ソデコ の ふるい ニンギョウ にも いろいろ あった。 その ナカ でも、 トウサン に つれられて シンサイ マエ の マルゼン へ いった とき に かって もらって きた ニンギョウ は、 いちばん ながく あった。 あれ は ドイツ の ほう から シンニ が ついた ばかり だ と いう イロイロ な オモチャ と イッショ に、 あの マルゼン の 2 カイ に ならべて あった もの で、 イコク の コドモ の ナリ ながら に あいらしく、 カクヤス で、 しかも ジョウブ に できて いた。 チャイロ な カミ を かぶった よう な オトコ の コ の ニンギョウ で、 それ を ねかせば メ を つぶり、 おこせば ぱっちり と かわいい メ を みひらいた。 ソデコ が あの ニンギョウ に はなしかける の は、 いきて いる コドモ に はなしかける の と ほとんど カワリ が ない くらい で あった。 それほど に すき で、 だき、 かかえ、 なで、 もちあるき、 マイニチ の よう に キモノ を きせなおし など して、 あの ニンギョウ の ため には ちいさな フトン や ちいさな マクラ まで も つくった。 ソデコ が カゼ でも ひいて ガッコウ を やすむ よう な ヒ には、 カノジョ の マクラモト に アシ を なげだし、 いつでも わらった よう な カオ を しながら オトギバナシ の アイテ に なって いた の も、 あの ニンギョウ だった。
「ソデコ さん、 おあそびなさい な」
と いって、 ヒトコロ は よく カノジョ の ところ へ あそび に かよって きた キンジョ の コムスメ も ある。 ミツコ さん と いって、 ヨウチエン へ でも あがろう と いう トシゴロ の コムスメ の よう に、 ヒタイ の ところ へ カミ を きりさげて いる コ だ。 ソデコ の ほう でも よく その ミツコ さん を み に いって、 ヒマ さえ あれば イッショ に オリガミ を たたんだり、 オテダマ を ついたり して あそんだ もの だ。 そういう とき の フタリ の アイテ は、 いつでも あの ニンギョウ だった。 そんな に ホウアイ の マト で あった もの が、 しだいに ソデコ から わすれられた よう に なって いった。 それ ばかり で なく、 ソデコ が ニンギョウ の こと なぞ を イゼン の よう に オオサワギ しなく なった コロ には、 ミツコ さん とも そう あそばなく なった。
 しかし、 ソデコ は まだ ようやく コウトウ ショウガク の 1 ガクネン を おわる か おわらない ぐらい の トシゴロ で あった。 カノジョ とて も ナニ か なし には いられなかった。 コドモ の すき な ソデコ は、 いつのまにか キンジョ の イエ から ベツ の コドモ を だいて きて、 ジブン の ヘヤ で あそばせる よう に なった。 カゾエドシ の フタツ に しか ならない オトコ の コ で ある が、 あの きかない キ の ミツコ さん に くらべたら、 これ は また なんと いう おとなしい もの だろう。 キンノスケ さん と いう ナマエ から して オトコ の コ-らしく、 シモブクレ の した その カオ に エミ の うかぶ とき は、 ちいさな エクボ が あらわれて、 あいらしかった。 それに、 この コ の よい こと には、 ソデコ の イウナリ に なった。 どうして あの すこしも じっと して いない で、 どうか する と ソデコ の テ に おえない こと が おおかった ミツコ さん を あそばせる とは オオチガイ だ。 ソデコ は ニンギョウ を だく よう に キンノスケ さん を だいて、 どこ へ でも すき な ところ へ つれて ゆく こと が できた。 ジブン の ソバ に おいて あそばせたければ、 それ も できた。
 この キンノスケ さん は ショウガツ ウマレ の フタツ でも、 まだ いくらも ヒト の コトバ を しらない。 ツボミ の よう な その クチビル から は 「ウマウマ」 ぐらい しか もれて こない。 ハハオヤ イガイ の したしい モノ を よぶ にも、 「チャアチャン」 と しか まだ いいえなかった。 こんな おさない コドモ が ソデコ の イエ へ つれられて きて みる と、 ソデコ の トウサン が いる、 フタリ ある ニイサン たち も いる、 しかし キンノスケ さん は そういう ヒトタチ まで も 「チャアチャン」 と いって よぶ わけ では なかった。 やはり この おさない コドモ の よびかける コトバ は したしい モノ に かぎられて いた。 もともと キンノスケ さん を ソデコ の イエ へ、 はじめて だいて きて みせた の は ゲジョ の オハツ で、 オハツ の コボンノウ と きたら、 ソデコ に おとらなかった。
「チャアチャン」
 それ が チャノマ へ ソデコ を さがし に ゆく とき の コドモ の コエ だ。
「チャアチャン」
 それ が また ダイドコロ で はたらいて いる オハツ を さがす とき の コドモ の コエ でも ある の だ。 キンノスケ さん は、 まだ よちよち した おぼつかない アシモト で、 チャノマ と ダイドコロ の アイダ を いったり きたり して、 ソデコ や オハツ の カタ に つかまったり、 フタリ の スソ に まといついたり して たわむれた。
 3 ガツ の ユキ が ワタ の よう に マチ へ きて、 ヒトバン の うち に みごと に とけて ゆく コロ には、 ソデコ の イエ では もう ミツコ さん を よぶ コエ が おこらなかった。 それ が 「キンノスケ さん、 キンノスケ さん」 に かわった。
「ソデコ さん、 どうして おあそび に ならない ん です か。 ワタシ を おわすれ に なった ん です か」
 キンジョ の イエ の 2 カイ の マド から、 ミツコ さん の コエ が きこえて いた。 その ませた、 コムスメ-らしい コエ は、 ハルサキ の マチ の クウキ に たかく ひびけて きこえて いた。 ちょうど ソデコ は ある コウトウ ジョガッコウ への ジュケン の ジュンビ に いそがしい コロ で、 おそく なって イマ まで の ガッコウ から かえって きた とき に、 その ミツコ さん の コエ を きいた。 カノジョ は べつに わるい カオ も せず、 ただ それ を ききながした まま で イエ へ もどって みる と、 チャノマ の ショウジ の ワキ には オハツ が ハリシゴト しながら キンノスケ さん を あそばせて いた。
 どうした ハズミ から か、 その ヒ、 ソデコ は キンノスケ さん を おこらして しまった。 コドモ は ソデコ の ほう へ こない で、 オハツ の ほう へ ばかり いった。
「チャアチャン」
「はあい―― キンノスケ さん」
 オハツ と コドモ は、 ソデコ の マエ で、 こんな コトバ を かわして いた。 コドモ から よびかけられる たび に、 オハツ は 「まあ、 かわいい」 と いう ヨウス を して、 おなじ こと を ナンド も ナンド も くりかえした。
「チャアチャン」
「はあい―― キンノスケ さん」
「チャアチャン」
「はあい―― キンノスケ さん」
 あまり オハツ の コエ が たかかった ので、 そこ へ ソデコ の トウサン が エガオ を みせた。
「えらい サワギ だなあ。 オレ は ジブン の ヘヤ で きいて いた が、 まるで、 オマエタチ の は カケアイ じゃ ない か」
「ダンナサン」 と オハツ は ジブン でも おかしい よう に わらって、 やがて ソデコ と キンノスケ さん の カオ を みくらべながら、 「こんな に キンノスケ さん は ワタシ に ばかり ついて しまって…… ソデコ さん と キンノスケ さん とは、 キョウ は ケンカ です」
 この 「ケンカ」 が トウサン を わらわせた。
 ソデコ は テモチ ブサタ で、 オハツ の ソバ を はなれない で いる コドモ の カオ を みまもった。 オンナ にも して みたい ほど の イロ の しろい コ で、 やさしい マユ、 すこし ひらいた クチビル、 みじかい ウブゲ の まま の カミ、 こどもらしい オデコ―― すべて あいらしかった。 なんとなく ソデコ に むかって すねて いる よう な ムジャキサ は、 いっそう その こどもらしい ヨウス を あいらしく みせた。 こんな イジラシサ は、 あの セイメイ の ない ニンギョウ には なかった もの だ。
「なんと いって も、 キンノスケ さん は ソデ ちゃん の オニンギョウ さん だね」
と いって トウサン は わらった。
 そういう ソデコ の トウサン は ヤモメ で、 チュウネン で ツレアイ に しにわかれた ヒト に ある よう に、 オトコ の テ ヒトツ で どうにか こうにか ソデコ たち を おおきく して きた。 この トウサン は、 キンノスケ さん を ニンギョウ アツカイ に する ソデコ の こと を わらえなかった。 なぜかなら、 そういう ソデコ が、 じつは トウサン の ニンギョウ ムスメ で あった から で。 トウサン は、 ソデコ の ため に ニンギョウ まで も ジブン で みたて、 おなじ マルゼン の 2 カイ に あった ドイツ-デキ の ニンギョウ の ナカ でも ジブン の キ に いった よう な もの を もとめて、 それ を ソデコ に あてがった。 ちょうど ソデコ が あの ニンギョウ の ため に イクツ か の ちいさな キモノ を つくって きせた よう に、 トウサン は また ソデコ の ため に ジブン の コノミ に よった もの を えらんで きせて いた。
「ソデコ さん は かわいそう です。 イマ の うち に あかい ハデ な もの でも きせなかったら、 いつ きせる とき が ある ん です」
 こんな こと を いって ソデコ を かばう よう に する フジン の キャク なぞ が ない でも なかった が、 しかし トウサン は ききいれなかった。 ムスメ の ナリ は なるべく セイソ に。 その ジブン の コノミ から トウサン は わりだして、 ソデコ の きる もの でも、 モチモノ でも、 すべて ジブン で みたてて やった。 そして、 いつまでも ジブン の ニンギョウ ムスメ に して おきたかった。 いつまでも コドモ で、 ジブン の イウナリ に、 ジユウ に なる もの の よう に……
 ある アサ、 オハツ は ダイドコロ の ナガシモト に はたらいて いた。 そこ へ ソデコ が きて たった。 ソデコ は シキフ を かかえた まま モノ も いわない で、 あおざめた カオ を して いた。
「ソデコ さん、 どうした の」
 サイショ の うち こそ オハツ も フシギ そう に して いた が、 ソデコ から シキフ を うけとって みて、 すぐに その イミ を よんだ。 オハツ は タイカク も おおきく、 チカラ も ある オンナ で あった から、 ソデコ の ふるえる カラダ へ ウシロ から テ を かけて、 ハンブン だきかかえる よう に チャノマ の ほう へ つれて いった。 その ヘヤ の カタスミ に ソデコ を ねかした。
「そんな に シンパイ しない でも いい ん です よ。 ワタシ が よい よう に して あげる から―― ダレ でも ある こと なん だ から―― キョウ は ガッコウ を おやすみなさい ね」
と オハツ は ソデコ の マクラモト で いった。
 オバアサン も なく、 カアサン も なく、 ダレ も いって きかせる モノ の ない よう な カテイ で、 うまれて はじめて ソデコ の ケイケン する よう な こと が、 おもいがけない とき に やって きた。 めった に ガッコウ を やすんだ こと の ない ムスメ が、 しかも ジュケン マエ で いそがしがって いる とき で あった。 3 ガツ-らしい ハル の アサヒ が チャノマ の ショウジ に さして くる コロ には、 トウサン は ソデコ を み に きた。 その ヨウス を オハツ に といたずねた。
「ええ、 すこし……」
と オハツ は アイマイ な ヘンジ ばかり した。
 ソデコ は モノ も いわず に ねぐるしがって いた。 そこ へ トウサン が シンパイ して のぞき に くる たび に、 シマイ には オハツ の ほう でも かくしきれなかった。
「ダンナサン、 ソデコ さん の は ビョウキ では ありません」
 それ を きく と、 トウサン は ハンシン ハンギ の まま で、 ムスメ の ソバ を はなれた。 ヒゴロ カアサン の ヤク まで かねて キモノ の セワ から ナニ から イッサイ を ひきうけて いる トウサン でも、 その ヒ ばかり は まったく トウサン の ハタケ に ない こと で あった。 オトコオヤ の カナシサ には、 トウサン は それ イジョウ の こと を オハツ に たずねる こと も できなかった。
「もう ナンジ だろう」
と いって トウサン が チャノマ に かかって いる ハシラドケイ を み に きた コロ は、 その トケイ の ハリ が 10 ジ を さして いた。
「オヒル には ニイサン たち も かえって くる な」 と トウサン は チャノマ の ナカ を みまわして いった。 「オハツ、 オマエ に たのんで おく がね、 ミンナ ガッコウ から かえって きて きいたら、 そう いって おくれ―― キョウ は トウサン が ソデ ちゃん を やすませた から って―― もしか したら、 すこし アタマ が いたい から って」
 トウサン は ソデコ の ニイサン たち が ガッコウ から かえって くる バアイ を ヨソウ して、 ムスメ の ため に いろいろ コウジツ を かんがえた。
 ヒル すこし マエ には もう フタリ の ニイサン が ゼンゴ して イセイ よく かえって きた。 ヒトリ の ニイサン の ほう は ソデコ の ねて いる の を みる と だまって いなかった。
「おい、 どうした ん だい」
 その ケンマク に おそれて、 ソデコ は なきだしたい ばかり に なった。 そこ へ オハツ が とんで きて、 いろいろ イイワケ を した が、 なにも しらない ニイサン は ワケ の わからない と いう カオツキ で、 しきり に ソデコ を せめた。
「アタマ が いたい ぐらい で ガッコウ を やすむ なんて、 そんな ヤツ が ある かい。 ヨワムシ め」
「まあ、 そんな ひどい こと を いって、」 と オハツ は ニイサン を なだめる よう に した。 「ソデコ さん は ワタシ が やすませた ん です よ―― キョウ は ワタシ が やすませた ん です よ」
 フシギ な チンモク が つづいた。 トウサン で さえ それ を ときあかす こと が できなかった。 ただただ トウサン は だまって、 ソデコ の ねて いる ヘヤ の ソト の ロウカ を いったり きたり した。 あだかも ソデコ の コドモ の ヒ が もはや オワリ を つげた か の よう に―― いつまでも そう トウサン の ニンギョウ ムスメ では いない よう な、 ある まちうけた ヒ が、 とうとう トウサン の メノマエ へ やって きた か の よう に。
「オハツ、 ソデ ちゃん の こと は オマエ に よく たのんだ ぜ」
 トウサン は それ だけ の こと を いいにくそう に いって、 また ジブン の ヘヤ の ほう へ もどって いった。 こんな なやましい、 いう に いわれぬ イチニチ を ソデコ は トコ の ウエ に おくった。 ユウガタ には オオゼイ の ちいさな コドモ の コエ に まじって レイ の ミツコ さん の かんだかい コエ も イエ の ソト に ひびいた が、 ソデコ は それ を ねながら きいて いた。 ニワ の ワカクサ の メ も ヒトバン の うち に のびる よう な あたたかい ハル の ヨイ ながら に かなしい オモイ は、 ちょうど ソノママ の よう に ソデコ の ちいさな ムネ を なやましく した。
 ヨクジツ から ソデコ は オハツ に おしえられた とおり に して、 レイ の よう に ガッコウ へ でかけよう と した。 その トシ の 3 ガツ に うけそこなったら また 1 ネン またねば ならない よう な、 ダイジ な ジュケン の ジュンビ が カノジョ を まって いた。 その とき、 オハツ は ジブン が オンナ に なった とき の こと を いいだして、
「ワタシ は 17 の とき でした よ。 そんな に ジブン が おそかった もの です から ね。 もっと はやく アナタ に はなして あげる と よかった。 そのくせ ワタシ は はなそう はなそう と おもいながら、 まだ ソデコ さん には はやかろう と おもって、 イマ まで いわず に あった ん です よ…… つい、 ジブン が おそかった もの です から ね…… ガッコウ の タイソウ や なんか は、 その アイダ、 やすんだ ほう が いい ん です よ」
 こんな ハナシ を ソデコ に して きかせた。
 フアン やら、 シンパイ やら、 おもいだした ばかり でも キマリ の わるく、 カオ の あかく なる よう な オモイ で、 ソデコ は ガッコウ への ミチ を たどった。 この キュウゲキ な ヘンカ―― それ を しって しまえば、 シンパイ も なにも なく、 ありふれた こと だ と いう この ヘンカ を、 なんの ユエ で ある の か、 なんの ため で ある の か、 それ を ソデコ は しりたかった。 ジジツジョウ の こまかい チュウイ を のこりなく オハツ から おしえられた に して も、 こんな とき に カアサン でも いきて いて、 その ヒザ に だかれたら、 と しきり に こいしく おもった。 イツモ の よう に ガッコウ へ いって みる と、 ソデコ は もう イゼン の ジブン では なかった。 ことごとに ジユウ を うしなった よう で、 アタリ が せまかった。 キノウ まで の アソビ の トモダチ から は にわか に とおのいて、 オオゼイ の トモダチ が センセイ たち と ナワトビ に マリナゲ に キギ する サマ を ウンドウジョウ の スミ に さびしく ながめつくした。
 それから 1 シュウカン ばかり アト に なって、 ようやく ソデコ は アタリマエ の カラダ に かえる こと が できた。 あふれて くる もの は、 すべて きよい。 あだかも ハル の ユキ に ぬれて かえって のびる チカラ を ます ワカクサ の よう に、 シトナリザカリ の ソデコ は いっそう いきいき と した ケンコウ を カイフク した。
「まあ、 よかった」
と いって、 アタリ を みまわした とき の ソデコ は なにがなし に かなしい オモイ に うたれた。 その カナシミ は おさない ヒ に ワカレ を つげて ゆく カナシミ で あった。 カノジョ は もはや イマ まで の よう な メ で もって、 キンジョ の コドモ たち を みる こと も できなかった。 あの ミツコ さん なぞ が くろい ふさふさ した カミノケ を ふって、 さも ムジャキ に、 イエ の マワリ を かけまわって いる の を みる と、 ソデコ は ジブン でも、 もう イチド なにも しらず に ねむって みたい と おもった。
 オトコ と オンナ の ソウイ が、 イマ は あきらか に ソデコ に みえて きた。 さも ノンキ そう な ニイサン たち と ちがって、 カノジョ は ジブン を まもらねば ならなかった。 オトナ の セカイ の こと は すっかり わかって しまった とは いえない まで も、 すくなくも それ を のぞいて みた。 その ココロ から、 ソデコ は いいあらわしがたい オドロキ をも さそわれた。
 ソデコ の カアサン は、 カノジョ が うまれる と まもなく はげしい サンゴ の シュッケツ で なくなった ヒト だ。 その カアサン が なくなる とき には、 ヒト の カラダ に さしたり ひいたり する シオ が 3 マイ も 4 マイ も の カアサン の ヒトエ を シズク の よう に した。 それほど おそろしい イキオイ で カアサン から ひいて いった シオ が ――15 ネン の ノチ に なって―― あの カアサン と セイメイ の トリカエッコ を した よう な ニンギョウ ムスメ に さして きた。 ソラ に ある ツキ が みちたり かけたり する たび に、 それ と コキュウ を あわせる よう な、 キセキ で ない キセキ は、 まだ ソデコ には よく のみこめなかった。 それ が ヒト の いう よう に キソクテキ に あふれて こよう とは、 しんじられ も しなかった。 ユエ も ない フアン は まだ つづいて いて、 たえず カノジョ を おびやかした。 ソデコ は、 その シンパイ から、 コドモ と オトナ の フタツ の セカイ の トチュウ の ミチバタ に いきづき ふるえて いた。
 コドモ の すき な オハツ は あいかわらず キンジョ の イエ から キンノスケ さん を だいて きた。 がんぜない コドモ は、 イゼン にも まさる かわいげ な ヒョウジョウ を みせて、 ソデコ の カタ に すがったり、 その アト を おったり した。
「チャアチャン」
 したしげ に よぶ キンノスケ さん の コエ に カワリ は なかった。 しかし ソデコ は もう イゼン と おなじ よう には この オトコ の コ を だけなかった。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...