2018/03/22

ニジュウシ の ヒトミ

 ニジュウシ の ヒトミ

 ツボイ サカエ

 1、 コイシ センセイ

 10 ネン を ヒトムカシ と いう ならば、 この モノガタリ の ホッタン は イマ から フタムカシ ハン も マエ の こと に なる。 ヨノナカ の デキゴト は と いえば、 センキョ の キソク が あらたまって、 フツウ センキョ ホウ と いう の が うまれ、 2 ガツ に その ダイ 1 カイ の センキョ が おこなわれた、 2 カゲツ-ゴ の こと に なる。 ショウワ 3 ネン 4 ガツ ヨッカ、 ノウサンギョソン の ナ が ゼンブ あてはまる よう な、 セト ナイカイ-ベリ の イチ カンソン へ、 わかい オンナ の センセイ が フニン して きた。
 100 コ あまり の ちいさな その ムラ は、 イリエ の ウミ を ミズウミ の よう な カタチ に みせる ヤク を して いる ほそながい ミサキ の、 その トッパナ に あった ので、 タイガン の マチ や ムラ へ ゆく には コブネ で わたったり、 うねうね と まがりながら つづく ミサキ の ヤマミチ を てくてく あるいたり せねば ならない。 コウツウ が すごく フベン なので、 ショウガッコウ の セイト は 4 ネン まで が ムラ の ブンキョウジョウ に ゆき、 5 ネン に なって はじめて、 カタミチ 5 キロ の ホンソン の ショウガッコウ へ かよう の で ある。 テヅクリ の ワラゾウリ は 1 ニチ で きれた。 それ が ミンナ は ジマン で あった。 マイアサ、 あたらしい ゾウリ を おろす の は、 うれしかった に ちがいない。 ジブン の ゾウリ を ジブン の テ で つくる の も、 5 ネンセイ に なって から の シゴト で ある。 ニチヨウビ に、 ダレ か の イエ へ あつまって ゾウリ を つくる の は たのしかった。 ちいさな コドモ ら は、 うらやましそう に それ を ながめて、 しらずしらず の うち に ゾウリヅクリ を おぼえて ゆく。 ちいさい コドモ たち に とって、 5 ネンセイ に なる と いう こと は、 ヒトリダチ を イミ する ほど の こと で あった。 しかし、 ブンキョウジョウ も たのしかった。
 ブンキョウジョウ の センセイ は フタリ で、 うんと トシヨリ の オトコ センセイ と、 コドモ の よう に わかい オンナ センセイ が くる の に きまって いた。 それ は まるで、 そういう キソク が ある か の よう に、 オオムカシ から そう だった。 ショクインシツ の トナリ の シュクチョクシツ に オトコ センセイ は すみつき、 オンナ センセイ は とおい ミチ を かよって くる の も、 オトコ センセイ が 3、 4 ネン を うけもち、 オンナ センセイ が 1、 2 ネン と ゼンブ の ショウカ と 4 ネン ジョセイ の サイホウ を おしえる、 それ も ムカシ から の キマリ で あった。 セイト たち は センセイ を よぶ の に ナ を いわず、 オトコ センセイ、 オナゴ センセイ と いった。 トシヨリ の オトコ センセイ が オンキュウ を タノシミ に コシ を すえて いる の と ハンタイ に、 オンナ センセイ の ほう は、 1 ネン か せいぜい 2 ネン する と テンニン した。 なんでも、 コウチョウ に なれない オトコ センセイ の キョウシ と して の サイゴ の ツトメ と、 シンマイ の オンナ センセイ が クロウ の シハジメ を、 この ミサキ の ムラ の ブンキョウジョウ で つとめる の だ と いう ウワサ も ある が、 ウソ か ホント か は わからない。 だが、 だいたい ホントウ の よう でも ある。
 そうして、 ショウワ 3 ネン の 4 ガツ ヨッカ に もどろう。 その アサ、 ミサキ の ムラ の 5 ネンセイ イジョウ の セイト たち は、 ホンコウ まで 5 キロ の ミチ を いそいそ と あるいて いた。 ミンナ、 それぞれ ヒトツ ずつ シンキュウ した こと が ココロ を はずませ、 アシモト も かるかった の だ。 カバン の ナカ は あたらしい キョウカショ に かわって いる し、 キョウ から あたらしい キョウシツ で、 あたらしい センセイ に おしえて もらう タノシミ は、 いつも とおる ミチ まで が あたらしく かんじられた。 それ と いう の も、 キョウ は、 あたらしく ブンキョウジョウ へ フニン して くる オンナ センセイ に、 この ミチ で であう と いう こと も あった。
「コンド の オナゴ センセイ、 どんな ヤツ じゃろ な」
 わざと ぞんざい に、 ヤツ ヨバワリ を する の は、 コウトウカ―― イマ の シンセイ チュウガクセイ に あたる オトコ の コドモ たち だ。
「コンド の も また、 ジョガッコウ デエデエ の タマゴ じゃ いよった ぞ」
「そんなら、 また ハンニンマエ センセイ か」
「どうせ、 ミサキ は いつでも ハンニンマエ じゃ ない か」
「ビンボウムラ なら、 ハンニンマエ でも しょうがない」
 セイキ の シハンデ では なく、 ジョガッコウ-デ の ジュンキョウイン (イマ では ジョキョウ と いう の だろう か) の こと を、 クチ の わるい オトナ たち が、 ハンニンマエ など と いう の を まねて、 ジブン たち も、 もう オトナ に なった よう な つもり で いって いる の だ が、 たいして ワルギ は なかった。 しかし、 キョウ はじめて この ミチ を あるく こと に なった 5 ネンセイ たち は、 メ を ぱちくり させながら、 キョウ ナカマイリ を した ばかり の エンリョサ で、 きいて いる。 だが、 ゼンポウ から ちかづいて くる ヒト の スガタ を みとめる と、 マッサキ に カンセイ を あげた の は 5 ネンセイ だった。
「わあ、 オナゴ センセイェ」
 それ は、 つい コナイダ まで おしえて もらって いた コバヤシ センセイ で ある。 イツモ は さっさと すれちがいながら オジギ を かえす だけ の コバヤシ センセイ も、 キョウ は たちどまって、 なつかしそう に ミンナ の カオ を かわるがわる みまわした。
「キョウ で、 ホント に オワカレ ね。 もう この ミチ で、 ミンナ に であう こと は ない わね。 よく ベンキョウ して ね」
 その しんみり した クチョウ に なみだぐんだ オンナ の コ も いた。 この コバヤシ センセイ だけ は、 これまで の オンナ センセイ の レイ を やぶって、 マエ の センセイ が ビョウキ で やめた アト、 3 ネン ハン も ミサキ の ムラ を うごかなかった センセイ で あった。 だから、 ここ で であった セイト たち は、 イチド は コバヤシ センセイ に おそわった こと の ある モノ ばかり だ。 センセイ が かわる と いう よう な こと は、 ホンライ ならば シンガッキ の その ヒ に なって はじめて わかる の だ が、 コバヤシ センセイ は、 カタヤブリ に トオカ も マエ に セイト に はなした の で ある。 3 ガツ 25 ニチ の シュウギョウシキ に ホンコウ へ いった カエリ、 ちょうど、 イマ、 たって いる この ヘン で、 ワカレ の コトバ を いい、 ミンナ に、 キャラメル の コバコ を ヒトハコ ずつ くれた。 だから ミンナ は、 キョウ この ミチ を あたらしい オンナ センセイ が あるいて くる と ばかり おもって いた のに、 それ を むかえる マエ に コバヤシ センセイ に あって しまった の で ある。 コバヤシ センセイ も、 キョウ は ブンキョウジョウ に いる コドモ たち に、 ワカレ の アイサツ に ゆく ところ なの で あろう。
「センセイ、 コンド くる センセイ は?」
「さあ、 もう そろそろ みえる でしょう」
「コンド の センセイ、 どんな センセイ?」
「しらん のよ、 まだ」
「また ジョガッコウ デエデエ?」
「さあ、 ホント に しらん の。 でも ミンナ、 ショウワル したら、 ダメ よ」
 そう いって コバヤシ センセイ は わらった。 センセイ も ハジメ の 1 ネン は トチュウ の ミチ で ひどく こまらされて、 セイト の マエ も かまわず ないた こと も あった。 なかした セイト は もう ここ には いない けれど、 ここ に いる コ の アニ や アネ で ある。 わかい の と、 なれない の と で、 ミサキ へ くる タイテイ の オンナ センセイ が、 イチド は なかされる の を、 ホンコウ-ガヨイ の コドモ ら は デンセツ と して しって いた。 4 ネン も いた コバヤシ センセイ の アト なので、 コドモ たち の コウキシン は わくわく して いた。 コバヤシ センセイ と わかれて から も、 ミンナ は また、 コンド くる センセイ の スガタ を ゼンポウ に キタイ しながら、 サクセン を こらした。
「イモジョォ って、 どなる か」
「イモジョ で なかったら、 どう する」
「イモジョ に、 きまっとる と おもう がな」
 クチグチ に イモジョ イモジョ と いって いる の は、 この チホウ が サツマイモ の ホンバ で あり、 その イモバタケ の マンナカ に ある ジョガッコウ なので、 こんな イタズラ な ヨビカタ も うまれた わけ だ。 コバヤシ センセイ も その イモジョ シュッシン だった。 コドモ たち は、 コンド くる オンナ センセイ をも イモジョ-デ と きめて、 もう くる か、 もう みえる か と、 ミチ が まがる たび に ゼンポウ を みわたした が、 カレラ の キタイ する イモジョ デエデエ の わかい センセイ の スガタ には ついに であわず、 ホンソン の ひろい ケンドウ に でて しまった。 と ドウジ に、 もう オナゴ センセイ の こと など かなぐりすてて、 コバシリ に なった。 いつも みる クセ に なって いる ケンドウゾイ の ヤドヤ の ゲンカン の オオドケイ が、 イツモ より 10 プン ほど すすんで いた から だ。 トケイ が すすんだ の では なく、 コバヤシ センセイ と タチバナシ を した だけ おそく なった の だ。 セナカ や ワキノシタ で フデバコ を ならしながら、 ホコリ を たてて ミンナ は はしりつづけた。
 そうして、 その ヒ の カエリミチ、 ふたたび オンナ センセイ の こと を おもいだした の は ケンドウ から、 ミサキ の ほう へ わかれた ヤマミチ に さしかかって から で ある。 しかも また、 ムコウ から コバヤシ センセイ が あるいて くる の だ。 ながい タモト の キモノ を きた コバヤシ センセイ は、 その タモト を ひらひら させながら、 ミョウ に リョウテ を うごかして いる。
「センセエ」
「オナゴ センセエ」
 オンナ の コ は ミンナ はしりだした。 センセイ の エガオ が だんだん はっきり と ちかづいて くる と、 センセイ の リョウテ が みえない ツナ を ひっぱって いる こと が わかって、 ミンナ わらった。 センセイ は まるで、 ホント に ツナ でも ひきよせて いる よう に、 リョウテ を かわるがわる うごかし、 とうとう たちどまって ミンナ を ひきよせて しまった。
「センセイ、 コンド の オナゴ センセイ、 きた?」
「きた わ。 どうして?」
「まだ ガッコウ に いる ん?」
「ああ、 その こと。 フネ で きた のよ、 キョウ は」
「ふうん。 そいで また、 フネ で いんだ ん?」
「そう、 ワタシ にも イッショ に フネ で かえろう と すすめて くれた けど、 センセイ、 も イッペン アンタラ の カオ みたかった から、 やめた」
「わぁ」
 オンナ の コ たち が よろこんで カンセイ を あげる の を、 オトコ の コ は にやにや して みて いる。 やがて ヒトリ が たずねた。
「コンド の センセイ、 どんな センセイ ぞな?」
「いーい センセイ らしい。 かわいらしい」
 コバヤシ センセイ は ふっと おもいだした よう な エガオ を した。
「イモジョ?」
「ちがう、 ちがう。 えらい センセイ よ、 コンド の センセイ」
「でも、 シンマイ じゃろ」
 コバヤシ センセイ は キュウ に おこった よう な カオ を して、
「アンタラ、 ジブン で おしえて もらう センセイ でも ない のに、 どうして そんな こと いう の。 ハジメ っから シンマイ で ない センセイ て、 ない のよ。 また ワタシ の とき みたい に、 なかす つもり でしょう」
 その ケンマク に、 ココロ の ナカ を みすかされた と おもって メ を そらす モノ も あった。 コバヤシ センセイ が ブンキョウジョウ に かよいだした コロ の セイト は、 わざと イチレツ オウタイ に なって オジギ を したり、 イモジョッ と さけんだり、 アナ が あく ほど みつめたり、 ニヤニヤワライ を したり と、 いろんな ホウホウ で シンマイ の センセイ を いやがらせた もの だった。 しかし、 3 ネン ハン の うち には もう どんな こと を して も センセイ の ほう で こまらなく なり、 かえって センセイ が テダシ を して ふざけたり した。 5 キロ の ミチノリ では、 ナニ か なくて は やりきれなかった の だろう。 コロ を みて、 また ヒトリ の セイト が たずねた。
「コンド の センセイ、 ナニ いう ナマエ?」
「オオイシ センセイ。 でも カラダ は、 ちっちゃあい ヒト。 コバヤシ でも ワタシ は ノッポ だ けど、 ホント に、 ちっちゃあい ヒト よ。 ワタシ の カタ ぐらい」
「わあ!」
 まるで よろこぶ よう な その ワライゴエ を きく と、 コバヤシ センセイ は また きっと なって、
「だけど、 ワタシラ より、 ずっと ずっと えらい センセイ よ。 ワタシ の よう に ハンニンマエ では ない のよ」
「ふうん。 そいで センセイ、 フネ で かよう ん かな?」
 ここ が ダイモンダイ だ と いう よう に きく の へ、 センセイ の ほう も、 ここ だな と いう カオ を して、
「フネ は キョウ だけ よ。 アシタ から ミンナ あえる わ。 でも、 コンド の センセイ は なかん よ。 ワタシ、 ちゃんと いっといた もの。 ホンコウ の セイト と イキシモドリ に であう けど、 もしも イタズラ したら、 サル が あそんでる と おもっときなさい。 もしも なんか いって なぶったら、 カラス が ないた と おもっときなさい って」
「わあ」
「わあ」
 ミンナ イッセイ に わらった。 イッショ に わらって、 それで わかれて かえって ゆく、 コバヤシ センセイ の ウシロスガタ が、 ツギ の マガリカド に きえさる まで、 セイト たち は クチグチ に さけんだ。
「センセエ」
「さよならあ」
「ヨメサーン」
「さよならあ」
 コバヤシ センセイ は オヨメ に ゆく ため に やめた の を、 ミンナ は もう しって いた の だ。 センセイ が サイゴ に ふりかえって テ を ふって、 それで みえなく なる と、 さすが に ミンナ の ムネ には、 ヘン な、 モノガナシサ が のこり、 イチニチ の ツカレ も でて きて、 もっそり と あるいた。 かえる と、 ムラ は オオサワギ だった。
「コンド の オナゴ センセイ は、 ヨウフク きとる ど」
「コンド の オナゴ センセイ は、 イモジョ と ちがう ど」
「コンド の オナゴ センセイ は、 こんまい ヒト じゃ ど」
 そして ツギ の ヒ で ある。 イモジョ-デ で ない、 ちいさな センセイ に たいして、 どきどき する よう な サクセン が こらされた。

  こそこそ、 こそこそ
  こそこそ、 こそこそ

 みちみち ささやきながら あるいて ゆく カレラ は、 いきなり ドギモ を ぬかれた の で ある。 バショ も わるかった。 ミトオシ の きかぬ マガリカド の チカク で、 この ミチ に めずらしい ジテンシャ が みえた の だ。 ジテンシャ は すうっと トリ の よう に ちかづいて きた と おもう と、 ヨウフク を きた オンナ が、 ミンナ の ほう へ にこっと わらいかけて、
「おはよう!」
と、 カゼ の よう に ゆきすぎた。 どうしたって それ は オンナ センセイ に ちがいなかった。 あるいて くる と ばっかり おもって いた オンナ センセイ は ジテンシャ を とばして きた の だ。 ジテンシャ に のった オンナ センセイ は はじめて で ある。 ヨウフク を きた オンナ センセイ も はじめて みる。 はじめて の ヒ に、 おはよう! と アイサツ を した センセイ も はじめて だ。 ミンナ、 しばらく は ぽかん と して その ウシロスガタ を みおくって いた。 ぜんぜん これ は セイト の マケ で ある。 どうも これ は、 イツモ の シンニン センセイ とは だいぶ ヨウス が ちがう。 ショウショウ の イタズラ では、 なきそう も ない と おもった。
「ごつい な」
「オナゴ の くせ に、 ジテンシャ に のったり して」
「ナマイキ じゃ な、 ちっと」
 オトコ の コ たち が こんな ふう に ヒヒョウ して いる イッポウ では、 オンナ の コ は また オンナ の コ-らしく、 すこし ちがった ミカタ で、 ハナシ が はずみだして いる。
「ほら、 モダン ガール いう の、 あれ かも しれん な」
「でも、 モダン ガール いう の は、 オトコ の よう に カミ を ここ の とこ で、 サンパツ しとる こと じゃろ」
 そう いって ミミ の ウシロ で 2 ホン の ユビ を ハサミ に して みせて から、
「あの センセイ は、 ちゃんと カミ ゆうとった もん」
「それでも、 ヨウフク きとる もん」
「ひょっと したら、 ジテンシャヤ の コ かも しれん な。 あんな きれい な ジテンシャ に のる の は。 ぴかぴか ひかっとった もん」
「ウチラ も ジテンシャ に のれたら ええ な。 この ミチ を すうっと はしりる、 キショク が ええ じゃろ」
 なんと して も ジテンシャ では タチウチ できない。 ショイナゲ を くわされた よう に、 ミンナ がっかり して いる こと だけ は マチガイ なかった。 なんとか ハナ を あかして やる ホウホウ を かんがえだしたい と、 めいめい おもって いる の だ が、 なにひとつ おもいつかない うち に ミサキ の ミチ を ではずれて いた。 ヤドヤ の ゲンカン の ハシラドケイ は キョウ も また、 ミンナ の アシドリ を ショウジキ に しめして 8 プン ほど すぎて いる。 それ、 と ばかり セナカ と ワキノシタ の フデイレ は イッセイ に なりだし、 ゾウリ は ホコリ を まいあがらせた。
 ところが、 ちょうど その おなじ コロ、 ミサキ の ムラ でも オオサワギ だった。 キノウ は フネ に のって きた とか で、 キ が つかぬ うち に また フネ で かえった の を きいた ムラ の オカミサン たち は、 キョウ こそ、 どんな カオ を して ミチ を とおる か と、 その ヨウフク を きて いる と いう オンナ センセイ を みたがって いた。 ことに ムラ の イリグチ の セキショ と アダナ の ある ヨロズヤ の オカミサン と きたら、 ミサキ の ムラ へ くる ほど の ヒト は、 ダレ より も サキ に ジブン が みる ケンリ が ある、 と でも いう よう に、 アサ の オキヌケ から トオリ の ほう へ キ を くばって いた。 だいぶ ながらく アメ が なかった ので、 かわいた オモテドオリ に ミズ を まいて おく の も、 あたらしい センセイ を むかえる には よかろう と、 ゾウキン バケツ を もって でて きた とき、 ムコウ から、 さあっと ジテンシャ が はしって きた の だ。 おやっ と おもう マ も なく、
「おはよう ございます」
 アイソ よく アタマ を さげて とおりすぎた オンナ が ある。
「おはよう ございます」
 ヘンジ を した トタン に、 はっと キ が ついた が、 ちょうど クダリザカ に なった ミチ を ジテンシャ は もう はしりさって いた。 ヨロズヤ の オカミサン は あわてて、 トナリ の ダイク さん とこ へ はしりこみ、 イドバタ で センタクモノ を つけて いる オカミサン に オオゴエ で いった。
「ちょっと、 ちょっと、 イマ、 ヨウフク きた オンナ が ジテンシャ に のって とおった の、 あれ が オナゴ センセイ かいの?」
「しろい シャツ きて、 オトコ みた よう な クロ の ウワギ きとった かいの」
「うん、 そう じゃ」
「なんと、 ジテンシャ で かいの」
 キノウ ニュウガクシキ に チョウジョ の マツエ を つれて ガッコウ へ いった ダイク の オカミサン は、 センタクモノ を わすれて、 あきれた コエ で いった。 ヨロズヤ の オカミサン は、 わが イ を えた と いう カオ で、
「ほんに ヨ も かわった のう。 オナゴ センセイ が ジテンシャ に のる。 オテンバ と いわれせん かいな」
 クチ では シンパイ そう に いった が、 その カオ は もう オテンバ と きめて いる メツキ を して いた。 ヨロズヤ の マエ から ガッコウ まで は ジテンシャ では 2~3 プン で あろう が、 すうっと カゼ を きって はしって いって 15 フン も たたぬ うち に、 オンナ センセイ の ウワサ は もう ムラジュウ に ひろまって いた。 ガッコウ でも セイト たち は オオサワギ だった。 ショクインシツ の イリグチ の ワキ に おいた ジテンシャ を とりまいて、 50 ニン-たらず の セイト は、 がやがや、 わやわや、 まるで スズメ の ケンカ だった。 そのくせ オンナ センセイ が はなしかけよう と して ちかづく と、 やっぱり スズメ の よう に ぱあっと ちって しまう。 しかたなく ショクインシツ に もどる と、 たった ヒトリ の ドウリョウ の オトコ センセイ は、 じつに そっけない カオ で だまって いる。 まるで それ は、 はなしかけられる の は こまります と でも いって いる ふう に、 ツクエ の ウエ の タントウバコ の カゲ に うつむきこんで、 ナニ か ショルイ を みて いる の だ。 ジュギョウ の ウチアワセ など は、 キノウ コバヤシ センセイ との ジム ヒキツギ で すんで いる ので、 もう ことさら ヨウジ は ない の だ が、 それにしても あんまり、 そっけなさすぎる と、 オンナ センセイ は フヘイ だった らしい。 しかし、 オトコ センセイ は オトコ センセイ で、 こまって いた の だ。
 ――こまった な。 ジョガッコウ の シハンカ を でた セイキョウイン の パリパリ は、 イモジョ デエデエ の ハンニンマエ の センセイ とは、 だいぶ ヨウス が ちがう ぞ。 カラダ こそ ちいさい が、 アタマ も よい らしい。 ハナシ が あう かな。 キノウ、 ヨウフク を きて きた ので、 だいぶ ハイカラ さん だ とは おもって いた が、 ジテンシャ に のって くる とは おもわなんだ。 こまった な。 なんで コトシ に かぎって、 こんな ジョウトウ を ミサキ へ よこした ん だろう。 コウチョウ も、 どうか しとる。――
と、 こんな こと を おもって キ を おもく して いた の だ。 この オトコ センセイ は、 ヒャクショウ の ムスコ が、 10 ネン-ガカリ で ケンテイ シケン を うけ、 やっと 4~5 ネン マエ に イチニンマエ の センセイ に なった と いう、 ドリョクガタ の ニンゲン だった。 いつも ゲタバキ で、 イチマイ カンバン の ヨウフク は カタ の ところ が やけて、 ヨウカンイロ に かわって いた。 コドモ も なく としとった オクサン と フタリ で、 チョキン だけ を タノシミ に、 ケンヤク に くらして いる よう な ヒト だ から、 ヒト の いやがる この フベン な ミサキ の ムラ へ きた の も、 ツキアイ が なくて よい と、 ジブン から の キボウ で あった と いう カワリダネ だった。 クツ を はく の は ショクイン カイギ など で ホンコウ へ でむいて ゆく とき だけ、 ジテンシャ など は、 まだ さわった こと も なかった の だ。 しかし、 ムラ では けっこう キ に いられて、 サカナ や ヤサイ に フジユウ は しなかった。 ムラ の ヒト と おなじ よう に、 アカ を つけて、 ムラ の ヒト と おなじ もの を たべて、 ムラ の コトバ を つかって いる この オトコ センセイ に、 シンニン の オンナ センセイ の ヨウフク と ジテンシャ は ひどく キヅマリ な オモイ を させて しまった。
 しかし、 オンナ センセイ は それ を しらない。 ゼンニン の コバヤシ センセイ から、 ホンコウ ツウガク の セイト の イタズラ に ついて は きいて いた の だ が、 オトコ センセイ に ついて は ただ、 「ヘンコツ よ、 キ に しないで」 と ささやかれた だけ だった。 だが、 ヘンコツ と いう より も、 まるで イジワル でも されそう な キ が して、 たった フツカ-メ だ と いう のに、 うっかり して いる と、 タメイキ が でそう に なる。 オンナ センセイ の ナ は オオイシ ヒサコ。 ミズウミ の よう な イリエ の ムコウギシ の、 おおきな イッポンマツ の ある ムラ の ウマレ で ある。 ミサキ の ムラ から みる イッポンマツ は ボンサイ の キ の よう に ちいさく みえた が、 その イッポンマツ の ソバ に ある イエ では オカアサン が ヒトリ、 ムスメ の ツトメブリ を あんじて くれて いる。 ――と おもう と、 オオイシ センセイ の ちいさな カラダ は おもわず ムネ を はって、 おおきく イキ を すいこみ、
「オカアサン!」
と、 ココロ の ソコ から よびかけたく なる。 つい コノアイダ の こと、
「ミサキ は とおくて キノドク だ けど、 1 ネン だけ ガマン して ください。 1 ネン たったら ホンコウ へ もどします から な。 ブンキョウジョウ の クロウ は、 サキ しといた ほう が いい です よ」
 なくなった チチオヤ と トモダチ の コウチョウ センセイ に そう いわれて、 1 ネン の シンボウ だ と おもって やって きた オオイシ センセイ で ある。 あるいて かよう には あまり に とおい から、 ゲシュク を して は と すすめられた の を、 オヤコ イッショ に くらせる の を ただ ヒトツ の タノシミ に して、 シ の ジョガッコウ の シハンカ の 2 ネン を はなれて くらして いた ハハオヤ の こと を おもい、 カタミチ 8 キロ を ジテンシャ で かよう ケッシン を した オオイシ センセイ で ある。 ジテンシャ は ヒサコ と したしかった ジテンシャヤ の ムスメ の テヅル で、 5 カゲツ ゲップ で テ に いれた の だ。 キモノ が ない ので、 ハハオヤ の セル の キモノ を くろく そめ、 ヘタ でも ジブン で ぬった。 それ とも しらぬ ヒトビト は、 オテンバ で ジテンシャ に のり、 ハイカラ-ぶって ヨウフク を きて いる と おもった かも しれぬ。 なにしろ ショウワ 3 ネン で ある。 フツウ センキョ が おこなわれて も、 それ を ヨソゴト に おもって いる ヘンピ な ムラ の こと で ある。 その ジテンシャ が あたらしく ひかって いた から、 その くろい テヌイ の スーツ に アカ が ついて いなかった から、 その しろい ブラウス が マッシロ で あった から、 ミサキ の ムラ の ヒト には ひどく ゼイタク に みえ、 オテンバ に みえ、 よりつきがたい オンナ に みえた の で あろう。 しかし それ も、 オオイシ センセイ には まだ ナットク の ゆかぬ、 フニン フツカ-メ で ある。 コトバ の つうじない ガイコク へ でも やって きた よう な ココロボソサ で、 イッポンマツ の ワガヤ の アタリ ばかり を みやって いた。

  かっ かっ かっ かっ

 シギョウ を ほうじる バンギ が なりひびいて、 オオイシ センセイ は おどろいて ワレ に かえった。 ここ では サイコウ の 4 ネンセイ の キュウチョウ に キノウ えらばれた ばかり の オトコ の コ が、 セノビ を して バンギ を たたいて いた。 コウテイ に でる と、 キョウ はじめて オヤ の テ を はなれ、 ヒトリ で ガッコウ へ きた キオイ と イッシュ の フアン を みせて、 1 ネンセイ の カタマリ だけ は、 ドクトク な、 ムゴン の ザワメキ を みせて いる。 3、 4 ネン の クミ が さっさと キョウシツ へ はいって いった アト、 オオイシ センセイ は しばらく リョウテ を たたきながら、 それ に あわせて アシブミ を させ、 ウシロムキ の まま キョウシツ へ みちびいた。 はじめて ジブン に かえった よう な ユトリ が ココロ に わいて きた。 セキ に おさまる と、 シュッセキボ を もった まま キョウダン を おり、
「さ、 ミンナ、 ジブン の ナマエ を よばれたら、 おおきな コエ で ヘンジ する ん です よ。 ――オカダ イソキチ くん!」
 セ の ジュン に ならんだ ので いちばん マエ の セキ に いた チビ の オカダ イソキチ は、 マッサキ に ジブン が よばれた の も キオクレ の した モト で あった が、 うまれて はじめて くん と いわれた こと でも びっくり して、 ヘンジ が ノド に つかえて しまった。
「オカダ イソキチ くん、 いない ん です か」
 みまわす と、 いちばん ウシロ の セキ の、 ずぬけて おおきな オトコ の コ が、 びっくり する ほど オオゴエ で、 こたえた。
「いる」
「じゃあ、 はい って ヘンジ する のよ。 オカダ イソキチ くん」
 ヘンジ した コ の カオ を みながら、 その コ の セキ へ ちかづいて ゆく と、 2 ネンセイ が どっと わらいだした。 ホンモノ の オカダ イソキチ は こまって つったって いる。
「ソンキ よ、 ヘンジ せえ」
 キョウダイ らしく、 よく にた カオ を した 2 ネンセイ の オンナ の コ が、 イソキチ に むかって、 コゴエ で けしかけて いる。
「ミンナ ソンキ って いう の?」
 センセイ に きかれて、 ミンナ は イチヨウ に うなずいた。
「そう、 そんなら イソキチ の ソンキ さん」
 また、 どっと わらう ナカ で、 センセイ も イッショ に わらいだしながら エンピツ を うごかし、 その ヨビナ をも シュッセキボ に ちいさく つけこんだ。
「ツギ は、 タケシタ タケイチ くん」
「はい」 リコウ そう な オトコ の コ で ある。
「そうそう、 はっきり と、 よく オヘンジ できた わ。 ――その ツギ は、 トクダ キチジ くん」
 トクダ キチジ が イキ を すいこんで、 ちょっと マ を おいた ところ を、 さっき、 オカダ イソキチ の とき 「いる」 と いった コ が、 すこし イイキ に なった カオツキ で、 すかさず、
「キッチン」
と、 さけんだ。 ミンナ が また わらいだした こと で アイザワ ニタ と いう その コ は ますます イイキ に なり、 ツギ に よんだ モリオカ タダシ の とき も、 「タンコ」 と どなった。 そして、 ジブン の バン に なる と、 いっそう オオゴエ で、
「はーい」
 センセイ は エガオ の ナカ で、 すこし たしなめる よう に、
「アイザワ ニタ くん は、 すこし オセッカイ ね。 コエ も おおきすぎる わ。 コンド は、 よばれた ヒト が、 ちゃんと ヘンジ して ね。 ――カワモト マツエ さん」
「はい」
「アンタ の こと、 ミンナ は どう いう の?」
「マッチャン」
「そう、 アンタ の オトウサン、 ダイク さん?」
 マツエ は コックリ を した。
「ニシグチ ミサコ さん」
「はい」
「ミサ ちゃん て いう ん でしょ」
 カノジョ も また、 カブリ を ふり、 ちいさな コエ で、
「ミイ さん、 いう ん」
「あら、 ミイ さん いう の。 かわいらしい のね。 ――ツギ は、 カガワ マスノ さん」
「へい」
 おもわず ふきだしそう に なる の を こらえこらえ、 センセイ は おさえた よう な コエ で、
「へい は、 すこし おかしい わ。 はい って いいましょう ね、 マスノ さん」
 すると、 オセッカイ の ニタ が また クチ を いれた。
「マア ちゃん じゃ」
 センセイ は もう それ を ムシ して、 つぎつぎ と ナマエ を よんだ。
「キノシタ フジコ さん」
「はい」
「ヤマイシ サナエ さん」
「はい」
 ヘンジ の たび に その コ の カオ に ビショウ を おくりながら、
「カベ コツル さん」
 キュウ に ミンナ が わいわい さわぎだした。 ナニゴト か と おどろいた センセイ も、 クチグチ に いって いる こと が わかる と、 カガワ マスノ の へい より も、 もっと おかしく、 わかい センセイ は とうとう わらいだして しまった。 ミンナ は いって いる の だった。 カベ こっつる、 カベ こっつる、 カベ に アタマ を カベ こっつる。
 カチキ らしい カベ コツル は なき も せず、 しかし あかい カオ を して うつむいて いた。 その サワギ も やっと おさまって、 オシマイ の カタギリ コトエ の シュッセキ を とった とき には もう、 45 フン の ジュギョウ ジカン は たって しまって いた。 カベ コツル が チリリンヤ (コシ に リン を つけて、 ヨウタシ を する ベンリヤ) の ムスメ で あり、 キノシタ フジコ が キュウカ の コドモ で あり、 へい と ヘンジ を した カガワ マスノ が マチ の リョウリヤ の ムスメ で あり、 ソンキ の オカダ イソキチ の イエ が トウフヤ で、 タンコ の モリオカ タダシ が アミモト の ムスコ と、 センセイ の ココロ の メモ には その ヒ の うち に かきこまれた。 ソレゾレ の カギョウ は トウフヤ と よばれ、 コメヤ と よばれ、 アミヤ と よばれて は いて も、 その どの イエ も メイメイ の ショウバイ だけ では クラシ が たたず、 ヒャクショウ も して いれば、 カタテマ には リョウシ も やって いる。 そういう ジョウタイ は オオイシ センセイ の ムラ と おなじ で ある。 ダレ も カレ も スンカ を おしんで はたらかねば クラシ の たたぬ ムラ、 だが、 ダレ も カレ も はたらく こと を いとわぬ ヒトタチ で ある こと は、 その カオ を みれば わかる。
 この、 キョウ はじめて ヒトツ の カズ から おしえこまれよう と して いる ちいさな コドモ が、 ガッコウ から かえれば すぐに コモリ に なり、 ムギツキ を てつだわされ、 アミヒキ に ゆく と いう の だ。 はたらく こと しか モクテキ が ない よう な この カンソン の コドモ たち と、 どのよう に して つながって ゆく か を おもう とき、 イッポンマツ を ながめて なみだぐんだ カンショウ は、 ハズカシサ で しか かんがえられない。 キョウ はじめて キョウダン に たった オオイシ センセイ の ココロ に、 キョウ はじめて シュウダン セイカツ に つながった 12 ニン の 1 ネンセイ の ヒトミ は、 ソレゾレ の コセイ に かがやいて ことさら インショウ-ぶかく うつった の で ある。
 この ヒトミ を、 どうして にごして よい もの か!
 その ヒ、 ペダル を ふんで 8 キロ の ミチ を イッポンマツ の ムラ へ と かえって ゆく オオイシ センセイ の はつらつ と した スガタ は、 アサ より も いっそう オテンバ-らしく、 ムラビト の メ に うつった。
「さよなら」
「さよなら」
「さよなら」
 であう ヒト ミンナ に アイサツ を しながら はしった が、 ヘンジ を かえす ヒト は すくなかった。 ときたま あって も、 だまって うなずく だけ で ある。 その はず で、 ムラ では もう オオイシ センセイ ヒハン の コエ が あがって いた の だ。
 ――ミンナ の アダナ まで チョウメン に つけこんだ そう な。
 ――ニシグチヤ の ミイ さん の こと を、 かわいらしい と いうた そう な。
 ――もう、 はやのこめ から、 ヒイキ しよる。 ニシグチヤ じゃ、 なんぞ もって いって オジョウズ した ん かも しれん。
 なんにも しらぬ オオイシ センセイ は、 コガラ な カラダ を かろやか に のせて、 ムラハズレ の サカミチ に さしかかる と、 すこし マエコゴミ に なって アシ に チカラ を くわえ、 この はりきった オモイ を イッコク も はやく ハハ に かたろう と、 ペダル を ふみつづけた。 あるけば たいして かんじない ほど の ゆるやか な サカミチ は、 ユキ には こころよく すべりこんだ の だ が、 その ココロヨサ が カエリ には おもい ニモツ と なる。 そんな こと さえ、 カエリ で よかった と ありがたがる ほど すなお な キモチ で あった。
 やがて ヘイタン な ミチ に さしかかる と、 アサガタ であった セイト の イチダン も かえって きた。
 ――オオイシ、 コイシ
 ――オオイシ、 コイシ
 イクニン も の コエ の タバ が、 ジテンシャ の ソクド に つれ おおきく きこえて くる。 なんの こと か、 ハジメ は わからなかった センセイ も、 それ が ジブン の こと と わかる と おもわず コエ を だして わらった。 それ が アダナ に なった と、 さとった から だ。 わざと、 りりりりり と ベル を ならし、 すれちがいながら、 たかい コエ で いった。
「さよならぁ」
 わあっと カンセイ が あがり、 また、 オオイシ コイシ! と よびかける コエ が とおのいて ゆく。
 オナゴ センセイ の ホカ に、 コイシ センセイ と いう ナ が その ヒ うまれた の で ある。 カラダ が コツブ な から でも ある だろう。 あたらしい ジテンシャ に ユウヒ が まぶしく うつり、 きらきら させながら コイシ センセイ の スガタ は ミサキ の ミチ を はしって いった。

 2、 マホウ の ハシ

 トッパナ まで 4 キロ の ほそながい ミサキ の マンナカ アタリ にも ちいさな ブラク が ある。 イリウミ に そった しろい ミチ は、 この ショウブラク に さしかかる と ともに、 シゼン に ミサキ を よこぎって、 やがて ソトウミゾイ に、 ウミ を みおろしながら コイシ センセイ の ガッコウ の ある ミサキムラ へ と のびて いる。 この ソトウミゾイ の ミチ に さしかかる ゼンゴ に、 ホンコウ へ かよう セイト たち と であう の が、 マイニチ の キマリ の よう に なって いて、 もしも、 すこし でも バショ が ちがう と、 どちら か が あわてねば ならぬ。
「わあ、 コイシ センセイ きた ぞう」
 キュウ に アシバヤ に なる の は たいてい セイト の ほう だ が、 たまに は センセイ の ほう でも、 イリウミゾイ の ミチ で ユクテ に セイト の スガタ を みつけ、 あわてて ペダル に チカラ を いれる こと も ある。 そんな とき、 セイト の ほう の、 よろこぶまい こと か。 カオ を マッカ に して はしる センセイ に むかって、 はやしたてた。
「やあい、 センセイ の くせ に、 おくれた ぞぉ」
「ゲッキュウ、 ひく ぞぉ」
 そして、 わざと ジテンシャ の マエ に ハット する コドモ さえ あった。 そんな こと が たびかさなる と、 その ヒ イエ へ かえった とき の センセイ は、 オカアサン に こぼした。
「コドモ の くせ に、 ゲッキュウ ひく ぞぉ だって。 カンジョウ-だかい のよ。 いや ん なる」
 オカアサン は わらいながら、
「そんな こと、 オマエ、 キ に する バカ が ある かいな。 でも まあ、 1 ネン の シンボウ じゃ。 シンボウ、 シンボウ」
 だが、 そう いって なぐさめられる ほど、 クツウ は かんじて いなかった。 なれて くる と、 アサ はやく ジテンシャ を とばす 8 キロ の ミチノリ は あんがい たのしく、 ミサキ を よこぎる コロ には スピード が でて きて、 いつのまにか キョウソウ を して いた。 それ が また セイト の ココロ へ ひびかぬ はず が なく、 まけず に アシ が はやく なった。 シーソー ゲーム の よう に おしつ おされつ、 1 ガッキ も おわった ある ヒ、 ヨウジ で ホンコウ へ でむいて いった オトコ センセイ は ミョウ な こと を きいて かえった。 この 1 ガッキ-カン、 ミサキ の セイト は イチド も チコク しない と いう の だ。 カタミチ 5 キロ を あるいて かよう クロウ は ダレ にも わかって いる こと で、 ムカシ から、 ミサキ の コドモ の チコク だけ は オオメ に みられて いた の だ が、 ギャク に イチド も チコク が ない と なる と、 これ は とうぜん ほめられねば ならぬ。 もちろん、 イチダイ ジケン と して ほめられた の だ。 オトコ センセイ は それ を、 ジブン の テガラ の よう に おもって よろこび、
「なんしろ、 コトシ の セイト ん ナカ には、 タチ の よい の が おる から なあ」
 5 ネンセイ の ナカ に たった ヒトリ、 ホンコウ の オオゼイ の ナカ でも グン を ぬいて デキ の よい オンナ の コ が いる こと で、 ミサキ から かよって いる 30 ニン の ダンジョ セイト が チコク しなかった よう に いった。 だが それ は、 じつは オンナ センセイ の ジテンシャ の ため だった の だ。 しかし、 オンナ センセイ だ とて、 そう とは キ が つかなかった。 そして、 たびたび、 この ミサキ の ムラ の コドモ ら の キンベンサ に カンシン し、 イタズラ ぐらい は シンボウ す べき こと だ と おもった。 そう おもいながら、 ココロ の ナカ では ジブン の キンベンサ をも、 ひそか に ほめて やった。
 ――ワタシ だって、 トチュウ で パンク した とき に チコク した だけ だわ。 ワタシ は 8 キロ だ もの―― など と。 そして マド の ソト に メ を やり、 ジブン を いつも はげまして くれる オカアサン の こと を おもった。 おだやか な イリウミ は いかにも ナツ-らしく ぎらぎら ひかって、 ハハ の いる イッポンマツ の ムラ は しろい ナツグモ の シタ に かすんで みえた。 アケッピロゲ の マド から、 ウミカゼ が ながれこんで きて、 もう あと フツカ で ナツヤスミ に なる ヨロコビ が、 カラダジュウ に しみこむ よう な キ が した。 だが、 すこし かなしい の は、 なんと して も キ を ゆるさぬ よう な ムラ の ヒトタチ の こと だ。 それ を オトコ センセイ に こぼす と、 オトコ センセイ は オクバ の ない クチ を おおきく あけて わらい、
「そりゃあ ムリ な チュウモン じゃ。 アンタ が、 なんぼ ネッシン に カテイ ホウモン して も です な、 ヨウフク と ジテンシャ が ジャマ しとります わ。 ちっと ばかり まぶしくて、 キ が おける ん です。 そんな ムラ です から な」
 オンナ センセイ は びっくり して しまった。 カオ を あからめ、 うつむいて かんがえこんだ。
 ――キモノ きて、 あるいて かよえ と いう の かしら。 オウフク 4 リ (16 キロ) の ミチ を……。
 ナツヤスミ-チュウ にも ナンド か それ に ついて かんがえた が、 ケッシン の つかぬ うち に 2 ガッキ が きた。 コヨミ の ウエ では 9 ガツ と いって も、 ながい ヤスミ の アト だけ に アツサ は アツサ イジョウ に こたえ、 オンナ センセイ の ちいさな カラダ は すこし やせて、 カオイロ も よく なかった。 その アサ イエ を でかける とき、 センセイ の オカアサン は いった の で ある。
「ナン じゃ カン じゃ と いうて も、 3 ブン の 1 は すぎた で ない か。 シンボウ、 シンボウ。 もう ちょっと の シンボウ」
 てつだって ジテンシャ を だして くれながら、 なぐさめて くれた。 しかし、 センセイ でも オカアサン の マエ では、 ちょっと ワガママ を いって みたく なる こと は、 フツウ の ニンゲン と おなじ で ある。
「あーあ。 シンボ、 シンボ か」
 ハラ でも たてて いる よう に、 さあっと ジテンシャ を とばした。 シバラクブリ に カゼ を きって はしる ココロヨサ が ミ に しみる よう だった が、 キョウ から また、 ジテンシャ で かよう こと を おもう と キ が おもく なった。 ヤスミチュウ ナンド か ハナシ が でて、 ミサキ で ヘヤ でも かりよう か と いって も みた が、 けっきょく は ジテンシャ を つづける こと に なった の で ある。 ジテンシャ も、 アサ は よい けれど、 やけつく よう な、 ショネツ の てりかえす ミチ を、 セナカ に ユウヒ を うけて もどって くる とき の ツラサ は、 ときに イキ も とまる か と おもう こと も ある。 ミサキ の ムラ は メノマエ なのに、 ひがな マイニチ バカネン を いれて、 イリウミ を ぐるり と まわって かよう こと を かんがえる と、 くやしくて たまらない。 しかも ジテンシャ は ミサキ の ヒトタチ の キ に いらない と いう の だ。
 アンチキショ!
 クチ に だして は いわない が、 メノマエ に よこたわる ミサキ を にらまえる と、 おもわず アシ に チカラ が はいる。 めずらしく ナミ の ざわめく イリエ の ウミ を ミギ に へだてて、 ミサキ に ギャッコウ して はしりながら、 ああ、 と おもった。 キョウ は ニヒャク トオカ なの だ。 そう と キ が つく と、 なんとなく アラシ を ふくんだ カゼ が、 ジャケン に ホオ を なぐり、 しおっぽい カオリ を ぞんぶん に ただよわせて いる。 ミサキ の ヤマ の テッペン が かすか に ゆれうごいて いる よう なの は、 ソトウミ の ナミ の アラサ を おもわせて、 ちょっと フアン にも なった。 トチュウ で ジテンシャ を おりねば ならない かも しれぬ から なの だ。 そう なる と ジテンシャ ほど ジャマ な もの は ない。 しかし、 だから と いって イマ おりる わけ には もう ゆかない の だ と かんがえながら、 いつしか、 クウソウ は ハネ の ある トリ の よう に とびまわって いた。

……カゼ よ なげ! アリババ の よう に ワタシ が メイレイ を くだす と、 カゼ は たちまち チカラ を ぬいて、 ウミ は ウソ の よう に しずまりかえる。 まるで、 イマ、 ネムリ から さめた ばかり の ミズウミ の よう な シズカサ です。 ハシ よ かかれ! さっと ワタシ が ヒトサシユビ を マエ に のばす と、 ウミ の ウエ には たちまち ハシ が かかる。 リッパ な、 ニジ の よう に きれい な ハシ です。 ワタシ だけ に みえる、 そして、 ワタシ だけ が とおれる ハシ なの です。 ワタシ の ジテンシャ は、 そっと その ハシ の ウエ に さしかかります。 ワタシ は ゆっくり と ペダル を ふみます。 あわてて ウミ に おちこむ と タイヘン です から。 こうして ナナイロ の ソリハシ を ゆっくり と わたりました が、 イツモ より 45 フン も はやく ミサキ の ムラ へ つきました。 さあ タイヘン です。 ワタシ の スガタ を みた ムラ の ヒトタチ は、 いそいで トケイ の ハリ を 45 フン ほど すすめる し、 コドモ たち と きたら、 みる も キノドク な ほど あわてふためいて、 タベカケ の アサメシ を ノド に つめ、 アト は ろくに たべず に イエ を とびだしました。 ワタシ が ガッコウ に つく と、 イマ おきだした ばかり の オトコ センセイ は おどろいて イドバタ に かけつけ、 チョウズ を つかいはじめる し、 としとった オクサン は オクサン で、 ネマキ も きかえる マ が なく シチリン を やけに あおぎながら、 カタテ で エリモト を あわせあわせ、 きまりわるそう な テイサイ ワライ を し、 そっと メモト や クチモト を こすりました。 メ の わるい オクサン は、 アサ おきる と いつも メヤニ が たまって いる の です……。

 ここ だけ は ホントウ の こと なので、 おもわず くすっと わらった とき、 クウソウ は キリ の よう に きえて しまった。 ユクテ から、 カゼ に みだされながら イツモ の コエ が きこえた の で ある。
「コイシ センセエ」
 ヒトツキ-ぶり の コエ を きく と、 ぐっと カラダ に チカラ が はいり、 「はーい」 と こたえた ものの、 カゼ は その コエ を ウシロ の ほう へ もって いった よう だ。 おもった とおり、 ソトウミ の ガワ は おおきく ナミ が たちさわいで いて、 いかにも ヤクビ-らしい サマ を みせて いる。
「おそい のね、 キョウ は。 45 フン ぐらい おくれて いる かも しれない わよ」
 それ を きく と、 なつかしそう に たちどまって、 ナニ か はなしかけそう に した コドモ たち は、 ホンキ に して はしりだした。 センセイ の ほう も、 カゼ に さからって、 いっそう アシ に チカラ を いれた。 ときどき ホウコウ の きまらぬ よう な マイマイカゼ が ふいて きて、 ナンド も ジテンシャ を おりねば ならなく なったり した。 まったく、 45 フン ほど おくれそう だ。 ウミベ の ムラ でも イッポンマツ は いつも ミサキ に まもられて いる カタチ で、 ヤクビ にも たいした こと は ない の に くらべる と、 ほそながい ミサキ の ムラ は、 ソトウミ-ガワ の ハンブン が いつも ソウトウ の ガイ を うける らしい。 キギ の コエダ の ちぎれて とびちった ミチ を、 ジテンシャ も ナンジュウ しながら すすんだ。 おして あるく ほう が おおかった かも しれぬ。 こうして、 ホントウ に ずいぶん おくれて ムラ に さしかかった の で あった が、 ムラジュウ が ヒトメ で みえる ところ まで きて、 センセイ は おもわず たちどまって さけんだ。
「あらっ」
 ムラ の トッツキ の ちいさな ハトバ では、 ハトバ の すぐ イリグチ で ギョセン が テンプク して、 クジラ の セ の よう な フナゾコ を みせて いる し、 ハトバ に はいれなかった の か、 ドウロ の ウエ にも イクセキ か の フネ が あげられて いた。 ウミ から うちあげられた ジャリ で ミチ は うずまり、 とうてい ジテンシャ など とおれそう も ない ほど あれて いる の だ。 まるで、 ヨソ の ムラ へ きた よう な カワリカタ だった。 ウミベリ の イエ では どこ も みな、 ヤネガワラ を はがされた らしく、 ヤネ の ウエ に ヒト が あがって いた。 ダレヒトリ センセイ に アイサツ を する ユトリ も ない らしい ナカ を、 センセイ も また、 ミチ に うちあげられた イシ を よけながら、 ジテンシャ を おして やっと ガッコウ に たどりついた。 モン を はいって ゆく と、 どっと 1 ネンセイ が はしって きて、 とりまいた。 その どの カオ にも、 いきいき と した メ の ヒカリ が あった。 それ は、 サクヤ の アラシ の オトズレ を、 よろこんで でも いる よう に ゲンキ なの だ。 うわずった コエ の チョウシ で、 クチグチ に はなしかけよう と する の を、 すこし デシャバリ の カガワ マスノ が、 ワタシ が ホウコク の ヤク だ と でも いう ふう に、 その コエ の タカサ で ミンナ を おさえ、
「センセ、 ソンキ の ウチ、 ぺっちゃんこ に つぶれた ん。 カニ を たたきつけた よう に」
 マスノ の うすい クチビル から でた コトバ に おどろき、 だんだん おおきく メ を みひらいた センセイ は、 カオイロ さえ も すこし かえて、
「まあ、 ソンキ さん、 ウチ の ヒトタチ、 ケガ しなかった の?」
 みまわす と、 ソンキ の オカダ イソキチ は、 びっくり した の が まだ さめない ヨウス で、 コックリ を した。
「センセ、 ワタシ の ウチ は、 イド の ハネツルベ の サオ が マップタツ に おれて、 イドバタ の ミズガメ が われた ん」
 やっぱり マスノ が そう いった。
「タイヘン だった のね。 ホカ の ウチ、 どう だった の?」
「ヨロズヤ の オジサン が、 ヤネ の カコイ を しよって、 ヤネ から おちた ん」
「まあ」
「ミイ さん とこ で さえ、 アマド を とばした んで。 なあ ミイ さん」
 キ が つく と、 マスノ が ヒトリ で しゃべって いる。
「ホカ の ヒト どうした の。 なんでも なかった の?」
 ヤマイシ サナエ と メ が あう と、 ウチキ な サナエ は あかい カオ を して こっくり した。 マスノ は センセイ の スカート を ひっぱって、 ジブン の ほう へ チュウイ を ひき、
「センセ センセ、 それ より も まだ オオソウドウ なん よ。 コメヤ の タケイチ ん ク は、 ヌスット に はいられた のに、 なあ タケイチ。 コメ 1 ピョウ、 とられた んなあ」
 ドウイ を もとめられて タケイチ は、 うん と うなずき、
「ユダン しとった ん じゃ。 こんな アメカゼ の ヒ は だいじょうぶ と おもうたら、 ケサ ん なって みて みたら、 ちゃんと ナヤ の ト が あいとった ん。 ヌスット の ウチ まで、 コメツブ が こぼれとる かも しれん いうて、 オトッツァン が さがした けんど、 こぼれとらなんだ ん」
「まあ、 いろんな こと が あった のね。 ――ちょっと まって、 ジテンシャ おいて くる から、 また アト で ね」
 イツモ の とおり ショクインシツ の ほう へ あるいて ゆきながら、 ふっと、 イツモ と ちがった アカルサ を かんじて たちどまった センセイ は、 そこ で また おどろかされて しまった。 イド の ヤネ が ふっとんで、 ミオボエ の トタン ヤネ の アタリ が クウハク に なり、 その アタリ の ソラ に しろい クモ が とんで いた。 はしりまわって いた らしい ウシロ ハチマキ の オトコ センセイ が、 イツモ に にあわず アイソ の よい カオ で、
「やあ、 オナゴ センセイ、 どう です。 ユウベ は、 だいぶ あばれました な」
 タスキガケ の オクサン も でて きて、 アタマ の テヌグイ を ぬぎながら ヒサシブリ の アイサツ を し、
「イッポンマツ が、 おれました な」
「え、 ホント です か」
 センセイ は とびあがる ほど おどろき、 ジブン の ムラ の ほう に メ を やった。 イッポンマツ は イツモ の ところ に ちゃんと たって いる が、 よく みる と すこし ちがった スガタ を して いる。 たいした ボウフウ でも なかった のに、 トシ を へた ロウショウ は、 エダ を はった その ミキ の イチブ を カゼ に うばわれた もの らしい。 それにしても、 イリウミ を とりかこんだ ムラムラ に とって、 オオムカシ から ナニカ に つけて メジルシ に されて きた メイブツ の ロウショウ が ナン に あった の を、 ジモト の ジブン が きづかず に いた の が はずかしかった。 しかも ケサガタ は、 ゴウマン にも イイキ に なって、 イッポンマツ の シタ から ヒトサシユビ 1 ポン で マホウ の ハシ を かけ、 ナミ を しずめた の だ。 ムラ の トケイ を 45 フン も すすめさせる こと で、 ムラジュウ の ヒト を オオサワギ させた のに、 きて みれば それ どころ で ない オオサワギ なの だ。 オトコ センセイ は あわてて チョウズ を つかって いる どころ で なく、 ハダシ に なって はたらいて いる。 オクサン は シチリン など とっく に すまして、 きりり と した タスキガケ で はたらいて いる では ない か。
 ああ、 2 ガッキ ダイ 1 ニチ は シュッパツ から まちがって いた、 と オンナ センセイ は ひそか に かんがえた。 イエ を でる とき の、 オカアサン に たいして の ブアイソ を くいた の で ある。 3 ジカン-メ の ショウカ の とき、 オンナ センセイ は おもいついて、 セイト を つれ、 サイナン を うけた イエ へ オミマイ に ゆく こと に した。 いちばん ガッコウ に ちかい ニシグチ ミサコ の イエ へ より、 ミマイ の コトバ を のべた。 なんと いって も イエ が ぺっちゃんこ に なった ソンキ の イエ が ヒガイ の ダイイチバン だ と ミンナ が いう ので、 ツギ には コウジンサマ の ウエ に ある ソンキ の イエ へ むかった。 マスノ が ケサ いった、 カニ を たたきつけた よう だ と いう の を おもいだし、 それ は オトナ の クチマネ だろう と おもいながら、 へんに ジッカン を ともなって ソウゾウ された。 だが イエ は もう キンジョ の ヒトタチ の テダスケ で あらかた かたづいて いた。 ベツムネ の トウフ ナヤ の ほう が たすかった ので、 そこ の ドマ に じかに タタミ を いれて、 そこ へ カザイ ドウグ を はこんで いた。 イッカ 7 ニン が コンヤ から そこ に ねる の か と おもう と、 キノドクサ で すぐに は コトバ も でない で いる の を、 テツダイニン の ナカ から カワモト マツエ の チチオヤ が クチ を だし、 ダイク-らしい ヒョウキンサ で、 しかし イクブン か の ヒニク を まじえて いった。
「あ、 これ は これ は センセイ、 センセイ まで テツダイ に きて おくれた ん かな。 そんなら ひとつ、 その オオゼイ の デシ を つこうて ドウロ の イシ でも ハマ へ ころがして つかあさらん か (くださいません か)。 ここ は ダイク で ない と ツゴウ が わるい です わい。 それとも、 チョウナ でも もちます かな」
 よい ナグサミモノ と いわん ばかり に、 そこら の ヒトタチ が わらう。 センセイ は はっと し、 ノンキ-らしく みられた こと を はじた。 その とおり だ と おもった。 しかし、 せっかく きた の だ から、 ヒトコト でも ソンキ の イエ の ヒトタチ に ミマイ を いおう と おもい、 なんとなく ぐずぐず して いた が、 ダレ も とりあって くれない。 しかたなく もどりかけながら、 テレカクシ に コドモ たち に はかった。
「ね、 ミンナ で、 これから ドウロ の ジャリ ソウジ を しよう か」
「うん、 うん」
「しよう、 しよう」
 コドモ たち は オオヨロコビ で、 クモ の コ が ちる よう に かけだした。 アラシ の アト-らしい、 スガスガシサ を ともなった アツサ に つつまれて、 ムラ は スミズミ まで はっきり と みえた。
「よいしょっ と!」
「こいつめ!」
「コンチキィ!」
 メイメイ の チカラ に おうじた イシ を かかえて は、 ドウロ の ハジ から 2 メートル ばかり シタ の ハマ へ おとす の で ある。 フタリガカリ で やっと うごく よう な おおきな イシコロ も まじえて、 まるで アライソ の よう に イシ-だらけ の ミチ だった。 イマ は もう、 ただ しずか に たたえて いる だけ の よう な ウミ の ミズ が、 サクヤ は この たかい ドウロ の イシガキ を のりこえて、 こんな イシ まで うちあげる ほど あれくるった の か と おもう と、 その フシギ な シゼン の チカラ に おどろきあきれる ばかり だった。 ナミ は イシ を はこび、 カゼ は イエ を たおし、 ミサキ の ムラ は まったく オオソウドウ の イチヤ で あった の だ。 おなじ ニヒャク トオカ も、 ミサキ の ウチ と ソト では こう も ちがう の か と おもいながら、 センセイ は かかえた イシ を どしん と ハマ に なげ、 すぐ ソバ で、 なれた シグサ で イシ を けとばして いる 3 ネンセイ の オトコ の コ に きいた。
「シケ の とき、 いつも こんな ふう に なる の?」
「はい」
「そして、 ミンナ で イシ ソウジ する の?」
「はい」
 ちょうど、 そこ を カガワ マスノ の ハハオヤ が とおりかかり、
「まあま センセイ、 ゴクロウ で ござんす な。 でも、 キョウ は ざっと に した ほう が よろしい です わ。 どうせ また、 ウシロナノカ や ニヒャク ハツカ が ひかえとります から な」
 ホンソン の ほう で リョウリヤ と ヤドヤ を して いる マスノ の ハハ は、 ワガコ の いる ミサキ へ ヨウス を み に きた と いう こと で あった。 マスノ が とんで きて、 ハハオヤ の コシ に かじりつき、
「オカアサン、 おそろしかった んで、 ユウベ。 ウチ、 ごつげ な オト が して、 オバアサン に かじりついて ねた ん。 アサ おきたら、 ハネツルベ の サオ が おれとった んで。 ミズガメ が われて しもた ん」
 ケサ きいた こと を マスノ は くりかえして ハハ に かたって いた。 ふんふん と いちいち うなずいて いた マスノ の ハハオヤ は、 ハンブン は センセイ に むかって、
「ミサキ じゃあ フネ が ながされたり、 ヤネ が つぶれたり、 ごっそり カベ が おちて ウチ の ナカ が ミトオシ に なった ウチ も ある と きいた もん です から な、 びっくり して きた ん です けど、 ツルベ の サオ ぐらい で よかった、 よかった」
 マスノ の ハハオヤ が いって から、
「マア ちゃん、 ごっそり カベ が おちた って、 ダレ の ウチ?」
 マスノ は かかえて いた イシ を、 すてる の を わすれた よう に、 トクイ の ヒョウジョウ に なって、
「ニタ ん とこ よ センセイ。 カベ が おちて オシイレ ん ナカ ズブヌレ に なって しもた ん。 み に いったら、 ナカ が マルミエ じゃった。 バアヤン が オシイレ ん ナカ で こない して テンジョウ みよった」
 カオ を しかめて バアヤン の マネ を した ので、 センセイ は おもわず ふきだした の で ある。
「オシイレ が、 まあ」
 そう いった アト で、 ワライ は こみあげて きて、 ころころ と コエ に でて しまった。 なぜ そんな に センセイ が わらいだす の か セイト たち には わからなかった が、 マスノ は ヒトリ、 ジブン が センセイ を よろこばした よう な キ に なって、 キゲン の よい カオ を した。 ミンナ は いつか ヨロズヤ の ソバ まで きて いた。 ヨロズヤ の オカミサン は すごい ケンマク を カオ に だして はしりよって きて、 センセイ の マエ に たった。 カタ で イキ を しながら、 すぐに は モノ も いえない よう だ。 キュウ に ワライ を けした センセイ は、 すぐ オジギ を しながら、
「あら、 シツレイ いたしました。 シケ で タイヘン でした なあ。 キョウ は イシコロ ソウジ の オテツダイ を して います の」
 しかし、 オカミサン は まるで きこえない よう な ヨウス で、
「オナゴ センセイ、 アンタ イマ、 ナニ が おかしいて わろうた ん です か?」
「…………」
「ヒト が サイナン に おうた の が、 そんな おかしい ん です か。 ウチ の オトウサン は ヤネ から おちました が、 それ も おかしい でしょう。 みんごと たいした ケガ は、 しませなんだ けんど、 オオケガ でも したら、 なお、 おかしい でしょう」
「すみません。 そんな つもり は ちっとも――」
「いいえ、 そんなら なんで ヒト の サイナン を わろうた ん です。 オテイサイ に、 ミチ ソウジ など して もらいますまい。 とにかく、 ワタシ の ウチ の マエ は ほっといて もらいます。 ――ナン じゃ、 ジブン の ジテンシャ が はしれん から やってる ん じゃ ない か、 あほくさい。 そんなら、 ジブン だけ で やりゃあ よい……」
 アト の ほう は ヒトリゴト の よう に つぶやきながら、 びっくり して ニノク も つげない で いる センセイ を のこして、 ぷりぷり しながら ひきかえす と、 トナリ の カワモト ダイク の オカミサン に、 わざとらしい オオゴエ で はなしかけた。
「あきれた ヒト も ある もん じゃ な。 ヒト の サイナン を きいて、 けらけら わらう センセイ が あろう か。 ひとつ、 ねじこんで きた」
 やがて それ は、 また オヒレ が ついて ムラジュウ に つたわって ゆく に ちがいない。 じっと つったって、 2 フン-カン ほど かんがえこんで いた センセイ は、 シンパイ そう に とりまいて いる セイト たち に キ が つく と、 なきそう な カオ で わらって、 しかし コエ だけ は カイカツ に、
「さ、 もう やめましょう。 コイシ センセイ シッパイ の マキ だ。 ハマ で、 ウタ でも うたおう か」
 くるっと キビス を かえして サキ に たった。 その クチモト は わらって いる が、 ぽろん と ナミダ を こぼした の を、 コドモ たち が みのがす わけ は ない。
「センセイ が、 なきよる」
「ヨロズヤ の バアヤン が、 なかした んど」
 そんな ササヤキ が きこえて、 アト は ひっそり と、 ゾウリ の アシオト だけ に なった。 ふりかえって、 ないて なんか いない よう、 と わらって みせよう か と おもった トタン、 また ナミダ が こぼれそう に なった ので、 だまった。 この サイ わらう の は よく ない とも おもった。 さっき わらった の も、 ヨロズヤ の オカミサン が いう よう に、 ヒト の サイナン を わらった と いう より も、 ホントウ の ところ は、 マスノ の ミブリ が おかしく、 それ に つづいて、 オシイレ の レンソウ は、 1 ガッキ の ある ヒ の、 ニタ を おもいだして わらわせた の で あった。

「テンノウ ヘイカ は どこ に いらっしゃいます か?」
 はい、 はい と テ が あがった ナカ で、 めずらしく ニタ が さされ、
「はい、 ニタ くん」
 ニタ は カラダジュウ から しぼりだす よう な、 レイ の オオゴエ で、
「テンノウ ヘイカ は、 オシイレ の ナカ に おります」
 あんまり キバツ な コタエ に、 センセイ は ナミダ を だして わらった。 センセイ だけ で なく、 ホカ の セイト も わらった の だ。 ワライ は キョウシツ を ゆるがし、 ガッコウ の ソト まで ひびいて いった ほど だった。 トウキョウ、 キュウジョウ、 など と いう コエ が きこえて も、 ニタ は ガテン の ゆかぬ カオ を して いた。
「どうして、 オシイレ に テンノウ ヘイカ が いる の?」
 ワライ が やまって から きく と、 ニタ は しょうしょう ジシン を なくした コエ で、
「ガッコウ の、 オシイレ ん ナカ に かくして ある ん じゃ ない ん かい や」
 それ で わかった。 ニタ が いう の は テンノウ ヘイカ の シャシン だった の だ。 ホウアンデン の なかった ガッコウ では、 テンノウ ヘイカ の シャシン は オシイレ に カギ を かけて しまって あった の だ。

 ニタ の イエ の オシイレ の カベ が おちた こと は、 それ を おもいださせた の で あった。 わかい オンナ センセイ は、 おもいだす たび に わらわず に いられなかった の で ある が、 そんな イイワケ を ヨロズヤ の オカミサン に きいて も もらえず、 だまって あるいた。 ナミダ が こぼれて いる イマ で さえ、 その ハナシ は おかしい。 しかし その オカシサ を、 ヨロズヤ の オカミサン の コトバ は、 サシヒキ して ツリ を とった の で ある。 ハマ に でて ウタ でも うたわぬ こと には、 センセイ も セイト も キモチ の ヤリバ が なかった。 ハマ に おりる と センセイ は すぐ、 リョウテ を タクト に して、 うたいだした。

  ハル は はよ から カワベ の アシ に

「アワテ トコヤ」 で ある。 ミンナ が とりまいて、 ついて うたう。

  カニ が、 ミセ だし、 トコヤ で ござる
  ちょっきん、 ちょっきん、 ちょっきん な

 うたって いる うち に、 ミンナ の キモチ は、 いつのまにか はれて きて いた。

  ウサギャ おこる し、 カニャ ハジョ かく し
  しかたなくなく、 アナ へ と にげる

 オシマイ まで うたって いる うち に、 シッパイ した カニ の アワテブリ が、 ジブン たち の ナカマ が できた よう な オモシロサ で おもいだされ、 いつか また、 ココロ から わらって いる センセイ だった。 「この ミチ」 だの 「ちんちん チドリ」 だの、 1 ガッキ-チュウ に おぼえた ウタ を みんな うたい、 「オヤマ の タイショウ」 で ヒトヤスミ に なる と、 セイト たち は てんでに はしりまわり、 おとなしく センセイ を とりまいて いる の は 1 ネンセイ の 5~6 ニン だけ だった。 テイレ など めった に しない みだれた カミノケ を、 ウシロ で ダンゴ に して いる オンナ の コ も いる し、 イガグリ が ミミ の ウエ まで ノビホウダイ の オトコ の コ も あった。 トコヤ の ない ムラ では ガッコウ の バリカン が ひどく ヤク に たち、 それ は オトコ センセイ の ウケモチ だった。 カミノケ を ダンゴ に して いる オンナ の コ の ほう は、 オンナ センセイ が キ を くばって、 スイギン ナンコウ を ぬりこんで やらねば ならない。 さっそく、 アシタ は それ を やろう と おもいながら センセイ は たちあがり、
「さ、 キョウ は これ で オシマイ。 かえりましょう」
 はたはた と スカート の ヒザ を はらい、 ヒトアシ ウシロ に さがった トタン、 きゃあっ と ヒメイ を あげて たおれた。 オトシアナ に おちこんだ の だ。 イッショ に ヒメイ を あげた モノ、 げらげら わらいながら ちかよって くる モノ、 テ を たたいて よろこぶ モノ、 おどろいて コエ を のんで いる モノ、 その サワギ の ナカ から、 センセイ は なかなか たちあがろう と しなかった。 ヨコナリ に、 く の ジ に ねた まま、 スナ の ウエ に カミノケ を じかに くっつけて いる。 わらった モノ も、 テ を たたいた モノ も、 だまりこんで しまった。 イヨウ な もの を かんじた の だ。 つぶった リョウ の メ から ナミダ が ながれて いる の を みる と、 ヤマイシ サナエ が キュウ に なきだした。 その ナキゴエ に はげまされ でも した よう に、 「だいじょうぶ」 と いいながら やっと ハンシン を おこした センセイ は、 そうっと アナ の ナカ の アシ を うごかし、 こわい もの に さわる よう な ヨウス で、 クツ の ボタン を はずし ミギ の アシクビ に ふれた と おもう と、 そのまま また ヨコ に なって しまった。 もう おきあがろう とは しない。 やがて、 メ を つぶった まま、
「ダレ か、 オトコ センセイ、 よんで きて。 オナゴ センセイ が アシ の ホネ おって、 あるかれん て」
 ハチノス を つついた よう な オオサワギ に なった。 おおきな コドモ たち が どたばた かけだして いった アト で、 オンナ の コ は わあわあ なきだした。 まるで ハンショウ でも なりだした よう に、 ムラジュウ の ヒト が とびだして、 ミンナ そこ へ かけつけて きた。 マッサキ に きた タケイチ の チチオヤ は、 うつむいて ねて いる オンナ センセイ に ちかよって、 スナ の ウエ に ヒザ を つき、
「どう しました、 センセイ」
と、 のぞきこんだ。 しかし、 センセイ は カオ を しかめた まま、 モノ が いえない らしい。 コドモ たち から きかされて、 アシ の ケガ だ と わかる と、 すこし アンシン した ヨウス で、
「くじいた ん でしょう。 どれどれ」
 アシモト の ほう に まわり、 クツ を ぬがせ に かかる と、 センセイ は、 うっ と コエ を だして ますます カオ を しかめた。 クツ の アト を くっきり と つけて、 センセイ の アシクビ は、 2 バイ も の フトサ に なった か と おもう ほど はれて いた。 チ は でて いなかった。
「ひやす と、 よかろう がな」
 もう オオゼイ あつまって きて いる ヒトタチ に いう と、 トクダ キチジ の オトッツァン が、 いそいで よごれた コシ の テヌグイ を シオミズ に ぬらして きた。
「いたい ん です かい、 ひどく?」
 かけつけた オトコ センセイ に きかれて、 オンナ センセイ は だまって うなずいた。
「あるけそう に ない です かい?」
 また、 うなずいた。
「イッペン、 たって みたら?」
 だまって いる。 ニシグチ ミサコ の イエ から ミサコ の ハハオヤ が、 ウドンコ と タマゴ を ねった ハリグスリ を ヌノ に のばして もって きた。
「ホネ は、 おれとらん と おもいます が、 はやく イシャ に かかる か、 モミリョウジ した ほう が よろしい で」
「モミイシャ なら ナカマチ の クサカ が よかろう。 ホネツギ も する し」
「クサカ より、 ハシモト ゲカ の ほう が、 そりゃあ よかろう」
 クチグチ に いろんな こと を いった が、 ナニ を どう する にも ミサキ の ムラ では ゲカ の イシャ も、 モミリョウジ も なかった。 たった ヒトツ はっきり して いる こと は、 どうしても センセイ は あるけない と いう こと だった。 あれこれ ソウダン の ケッカ、 フネ で ナカマチ まで つれて ゆく こと に なった。 リョウシ の モリオカ タダシ の イエ の フネ で、 カベ コツル の オトウサン と タケイチ の アニ が こいで ゆく こと に ハナシ が きまった。 オトコ センセイ は ついて ゆく こと に なり、 オンナ センセイ を オンブ して フネ に のった。 すわらせたり、 おぶったり、 ねかせたり する たび に、 オンナ センセイ の ガマン した クチ から おもわず ウナリゴエ が でた。
 フネ が ナギサ を はなれだす と、 わあっと、 オンナ の コ の ナキゴエ が かたまって とんで きた。
「センセエ」
「オナゴ センセエ」
 コエ を カギリ に さけぶ モノ も いる。 コイシ センセイ は ミウゴキ も できず、 メ を つぶった まま、 だまって その コエ に おくられた。
「センセエ」
 コエ は しだいに とおざかり、 フネ は イリウミ の マンナカ に でた。 アサ、 マホウ の ハシ を かけた ウミ を、 センセイ は イマ、 イタサ を こらえながら、 かえって ゆく。

 3、 コメ 5ン ゴウ マメ 1 ショウ

 トオカ すぎて も、 ハンツキ たって も オンナ センセイ は スガタ を みせなかった。 ショクインシツ の ソト の カベ に もたせて ある ジテンシャ に ホコリ が たまり、 コドモ たち は それ を とりまいて、 しょんぼり して いた。 もう コイシ センセイ は こない の では ない か と かんがえる モノ も あった。 ホンコウ-ガヨイ の セイト に して も そう だ。 センセイ の ジテンシャ が どれほど マイニチ の ハゲミ に なって いた か、 メイメイ が、 ながい ドウチュウ どれほど コイシ センセイ の スガタ を まって いた か、 コイシ センセイ に あわなく なって から、 そう おもった。 ムラ の ヒト に して も おなじ だった。 ダレ が どう と いう の では なく、 フトウ に つらく あたって いた こと を、 ひそか に くいて いる よう だった。 なぜなら、 コイシ センセイ の ヒョウバン が キュウ に よく なった の だ。
「あの センセイ ほど、 ハジメ から コドモ に うけた センセイ は、 これまで に なかったろう な」
「はよう なおって もらわん と、 こまる。 ミサキ の コドモ が、 センセイ を チンバ に して、 てな こと に なる と、 こまる もん。 アト へ キテ が なかったり する と、 なお こまる」
「チンバ に なんぞ、 ならにゃ えい がなぁ。 わかい ミソラ で、 チンバ じゃ、 なおって も、 かよう に こまる じゃろ な」
 こんな ふう に オンナ センセイ の ウワサ を した。 どうしても もう イチド ミサキ の ガッコウ へ きて もらいたい キモチ が ふくまれて いた。 きて もらわない と、 ホント に こまる の だ。 チョクセツ に、 もっとも こまった の は オトコ センセイ だった。 ちいさな ムラ の ショウガッコウ では、 ショウカ は 1 シュウ 1 ド だった。 その 1 ジカン を、 オトコ センセイ は もてあました の だ。 オンナ センセイ が やすみだして から、 ハジメ の うち は、 ならった ウタ を ガッショウ させたり、 ジョウズ-らしい コドモ に ドクショウ させたり した。 そうして ヒトツキ ほど は すんだ が、 いつまでも ごまかす わけ にも ゆかず、 そこで オトコ センセイ は とうとう オルガン の ケイコ を はじめ、 その ため に アセ を ながした。 センセイ は コエ を あげて うたう の で ある。

  ヒヒヒフミミミ イイイムイ――

 ドドドレミミミ ソソソラソ―― と ハツオン する ところ を、 トシヨリ の オトコ センセイ は ヒヒヒフミミミ―― と いう。 それ は ムカシ、 オトコ センセイ が ショウガッコウ の とき に ならった もの で あった。

  ミミミミフフフ ヒヒフミヒ――

 ショウカ は ドヨウビ の 3 ジカン-メ と きまって いる。 うれしく たのしく うたって わかれて、 ニチヨウビ を むかえる と いう スンポウ の ジカンワリ で あった の が、 コドモ に とって も センセイ に とって も、 キュウ に おもしろく ない ドヨウビ の 3 ジカン-メ に なって しまった。 オトコ センセイ に とって は、 なお の こと で ある。 モクヨウビ-ゴロ に なる と、 もう オトコ センセイ は ドヨウビ の 3 ジカン-メ が キ に なりだし、 その ため に、 キュウ に キミジカ に なって、 ちょっと の こと で セイト に あたりちらした。 ワキミ を した と いって は しかりつけ、 ワスレモノ を して きた セイト を ウシロ に たたせた。
「オトコ センセイ、 コノゴロ、 オコリ ばっかり する よう に なった な」
「すかん よう に なった な。 どうした ん じゃろ な」
 コドモ たち が フシギ-がる その ワケ を、 いちばん よく しって いる オトコ センセイ の オクサン は、 ひそか に シンパイ して、 それとなく オトコ センセイ を たすけよう と した。 キンヨウビ の ヨル に なる と、 オクサン は ナイショク の バッカン サナダ を やめて オルガン の ソバ に たち、 センセイ を はげました。
「ワタシ が セイト に なります わ」
「うん、 なって くれ」
 マメ-ランプ が ちろちろ ゆらぎながら、 オルガン と、 フタリ の トシヨリ フウフ の スガタ を てらして いる ところ は、 もしも オンナ の コ が これ を みたら、 ふるえあがりそう な コウケイ で ある。 ヤミ と ヒカリ の コウサク の ナカ で センセイ と オクサン は うたいかわして いた。

  ヒヒヒフ ミミミ イイイムイ

 オクサン だけ が うたい、 それ に オルガン の チョウシ が あう まで には だいぶ ヨ も ふけた。 ムラ は もう 1 ケン のこらず ねしずまって いる こと で、 かえって キガネ でも して いる よう に、 オクサン は マメ-ランプ を けして から アシサグリ で ヘヤ に もどりながら、 ほうっと タメイキ を し、 ひそやか に はなしかけた。
「オナゴ センセイ も、 えらい クロウ かけます な」
「うん。 しかし、 ムコウ に すりゃあ、 もっと クロウ じゃろう て」
「そう です とも。 アンタ の オルガン どころ じゃ ありません わ。 アシ 1 ポン おられた ん です もん」
「もしか したら、 オオイシ センセイ は もう、 もどって こん かも しれん ぞ。 センセイ より も、 あの ハハオヤ の ほう が、 えらい ケンマク だった もん な。 カケガエ の ない ムスメ です さかい、 ニド と ふたたび、 そんな ショウワル の ムラ へは、 もう やりとう ありません、 いうて な」
「そう でしょう な。 しかし、 こられん なら こられん で、 カワリ の センセイ が きて くれん と こまります な」
 ヒト に きかれたら こまる と でも いう よう に ナイショゴエ で いって、 うらめしそう に、 ちらり と ウミ の ムコウ を みた。 イッポンマツ の ムラ も しずか に ねむって いる らしく、 ホシクズ の よう な とおい ヒ が かすか に またたいて いる。 こんな ヨフケ に、 こんな クロウ を して いる の は ジブン たち だけ だ と おもう と、 オンナ センセイ が うらめしかった。
 あれ イライ、 オクサン も また ヒトヤク かって、 4 ネンセイ 5 ニン の サイホウ を うけもって いた の だ。 しかし、 ゾウキンサシ の サイホウ は ちっとも クロウ では なかった。 まるで テマリ でも かがる よう に、 テイネイ に さす の を、 1 ジカン の アイダ、 かわるがわる に みて やれば それ で すむ。 だが、 ショウカ だけ は、 なんと して も オルガン が むつかしい。 オルガン は、 サイホウ する よう には テ が うごかない から だ。 それ を イッショウ ケンメイ、 ひきこなそう と する オトコ センセイ の ベンキョウブリ は、 オクサン に とって は、 こうごうしい よう で さえ あった。 10 ガツ だ と いう のに、 オトコ センセイ は、 たらたら アセ を ながして いた。 ソト へ きこえる の を はばかって、 キョウシツ の マド は いつも しめて あった から、 アセ は よけい ながれた。
 センセイ ならば オルガン ぐらい ひける の が アタリマエ なの だ が、 なにしろ、 ショウガッコウ を でた きり、 ドリョク ヒトツ で キョウシ に なった オトコ センセイ と して は、 ナニ より も オルガン が ニガテ で あった。 イナカ の こと とて、 どこ の ガッコウ にも オンガク センニン の センセイ は いなかった。 どの センセイ も ジブン の ウケモチ の セイト に、 タイソウ も ショウカ も おしえねば ならない。 そんな こと も いや で、 ジブン から たのんで、 こんな ヘンピ な ミサキ へ きた の で あった のに、 イマ に なって オルガン の マエ で アセ を ながす など、 オルガン を たたきつけたい ほど ハラ が たった。
 しかし、 コンヤ は そう では なかった。 オクサン ヒトリ の セイト に しろ、 ヒキテ と ウタイテ の チョウシ が あう ところ まで いった の だ。 そんな ワケ で、 オトコ センセイ の ほう は、 わりと ゴキゲン だった。 そこで オクサン に むかって、 すこし ハナ を たかく した。
「オレ だって、 ひく キ に なれば オルガン ぐらい、 すぐ ひける ん だよ」
 オクサン も すなお に うなずいた。
「そう です とも、 そう です とも」
 オオイシ センセイ が やすみだして から、 アス は 6 カイ-メ ぐらい の ショウカ の ジカン に なる。 オトコ センセイ に とって は、 アス の ショウカ の ジカン が タノシミ に さえ なって きた。
「きっと セイト が、 びっくり する ぞ」
「そう です ね。 オトコ センセイ も オルガン が ひける と おもうて、 みなおす でしょう ね」
「そう だよ。 ひとつ、 しゃんと した ウタ を おしえる の も ヒツヨウ だ から な。 オオイシ センセイ と きたら、 あほらしもない ウタ ばっかり おしえとる から な。 『ちんちん チドリ』、 だ こと の、 『ちょっきん ちょっきん ちょっきん な』、 だ こと の、 まるで ボンオドリ の ウタ みた よな やおい ウタ ばっかり で ない か」
「それでも、 コドモ は よろこんどります わ」
「ふん。 しかし オンナ の コ なら それ も よかろう が、 オトコ の コ には ふさわしからぬ ウタ だな。 ここら で ひとつ、 ワシ が、 ヤマトダマシイ を ふるいおこす よう な ウタ を おしえる の も ヒツヨウ だろ。 セイト は オンナ ばっかり で ない ん だ から な」
 オクサン の マエ で ムネ を はる よう に して、 コト の ツイデ の よう に、 イマ の サッキ まで フタリ で ケイコ を した ショウカ を うたった。
「チンビキ の イワ は、 おんもからずぅ――」
「しっ、 ヒト が きいたら、 キチガイ と おもう」
 オクサン は びっくり して テ を ふった。
 そして、 いよいよ あくる ヒ、 ショウカ の ジカン が きて も、 セイト は のろのろ と キョウシツ に はいった。 どうせ、 キョウ も また、 オルガン なし に うたわされる の だ と おもって、 はこぶ アシ も かるく なかった の だろう。 コイシ センセイ だ と、 ドヨウビ の 2 ジカン-メ が おわる と、 そのまま ヒトリ キョウシツ に のこって、 オルガン を ならして いた し、 3 ジカン-メ の バンギ が なる と ともに コウシンキョク に かわり、 ミンナ の アシドリ を ひとりでに うきたたせて、 シゼン に キョウシツ へ みちびいて いた。 どんな に それ が たのしかった こと か、 ミンナ、 ココロ の どこ か に それ を しって いた。 クチ では いえない、 それ は ウレシサ で あった。 だから、 コイシ センセイ が こなく なった イマ、 クチ では いえない モノタリナサ が、 ミンナ の ココロ の どっか に あった。 それ を、 きづく と いう ほど で なく、 ミンナ は きづいて いた の だ。
「センセイ は キキヤク しとる から、 ミンナ すき な ウタ うたえ」
 オルガン など ミムキ も せず に、 オトコ センセイ は そう いう の だ。 うたえ と いわれて も、 オルガン が ならぬ と ウタ は すぐに は でて こなかった。 でて きて も チョウシッパズレ だったり する。
 ところが、 キョウ は すこし ちがう。 キョウシツ に はいる と オトコ センセイ は もう、 オルガン の マエ に ちゃんと こしかけて まって いた。 オンナ センセイ とは すこし チョウシ が ちがう が、 ぶぶー と、 オジギ の アイズ も なった。 ミンナ の カオ に、 おや? と いう イロ が みえた。 2 マイ の コクバン には、 いつも オンナ センセイ が して いた よう に、 ミギガワ には ガクフ が、 ヒダリガワ には キョウ ならう ウタ が タテガキ に かかれて いた。

    チビキ の イワ
  チビキ の イワ は おもからず
  コッカ に つくす ギ は おもし
  コト ある その ヒ、 テキ ある その ヒ
  ふりくる ヤダマ の タダナカ を
  おかして すすみて クニ の ため
  つくせ や ダンジ の ホンブン を、 セキシン を

 カンジ には ゼンブ フリガナ が うって ある。 オトコ センセイ は オルガン の マエ から キョウダン に きて、 イツモ の ジュギョウ の とき の よう に、 ヒッチクダケ の ボウ の サキ で、 イチゴ イチゴ を さししめしながら、 この ウタ の イミ を セツメイ しはじめた。 まるで シュウシン の ジカン の よう だった。 いくら くりかえして、 この ウタ の ふかい イミ を とききかして も、 のみこめる コドモ は イクニン も いなかった。 1 ネンセイ が マッサキ に、 2 ネンセイ が つづいて、 がやがや、 がやがや。 3 ネンセイ と 4 ネンセイ の ナカ にも、 こそこそ、 こそこそ、 ササヤキゴエ が おこった。 と、 とつぜん、 ぴしっ! と ヒッチクダケ が なった。 キョウダン の ウエ の ツクエ を はげしく たたいた の で ある。 トタン に、 ザワメキ は やみ、 ハト の よう な メ が イッセイ に オトコ センセイ の カオ を みつめた。 オトコ センセイ は きびしく、 しかし イッシュ の ヤサシサ を こめて、
「オオイシ センセイ は、 まだ とうぶん ガッコウ へ でられん ちゅう こと だ から、 これから、 オトコ センセイ が ショウカ も おしえる。 よく おぼえる よう に」
 そう いった か と おもう と、 オルガン の ほう へ ゆき、 うつむきこんで しまった。 まるで それ は はずかしがって でも いる よう に みえた。 しかも その シセイ で オトコ センセイ は うたいだした の で ある。
「ヒヒヒフミミミ イイイムイ はいっ」
 セイト たち は キュウ に わらいだして しまった。 ドレミハ を、 オトコ センセイ は ムカシリュウ に うたった の で ある。 しかし、 いくら わらわれて も、 いまさら ドレミハ に して うたう ジシン が オトコ センセイ には なかった。 そこで とうとう、 ヒフミヨイムナヒ (ドレミハ の オンカイ) から はじめて、 オトコ センセイ-リュウ に おしえた。 そう なる と なった で、 セイト たち は すっかり よろこんだ。
 ――ミミミミフフフ ヒヒフミヒー フーフフフヒミイ イイイイムイミ……
 これ では、 まるで キチガイ が わらったり おこったり して いる よう だ。 たちまち おぼえて しまって、 その ヒ から オオハヤリ に なって しまった。 ダレヒトリ、 その ユウソウ カッパツ な カシ を うたって オトコ センセイ の イト に そおう と する モノ は なく、 イイイイムイミー と うたう の だった。
 それから また、 ナンド-メ か の ドヨウビ、 やっぱり 「チビキ の イワ」 を うたわされて の カエリミチ で あった。 1 ネンセイ の カガワ マスノ は、 ませた クチブリ で、 イッショ に あるいて いた ヤマイシ サナエ に ささやいた。
「オトコ センセイ の ショウカ、 ほん すかん。 やっぱり オナゴ センセイ の ウタ の ほう が すき じゃ」
 そう いって から すぐ、 オンナ センセイ に おそわった の を うたいだした。

  ヤマ の、 カーラースゥ が、 もってぇ きぃたぁ――

 サナエ も、 コツル も イッショ に つづけて うたった。

  あかい、 ちいさーな、 ジョウブクロ……

 オヒル きり の 1 ネンセイ の オンナ の コ ばかり が かたまって いた。
「オナゴ センセイ、 いつ ん なったら、 くる ん じゃろ なあ」
 マスノ の メ が イッポンマツ の ほう へ むく と、 それ に さそわれて ミンナ の メ が イッポンマツ の ムラ へ そそがれた。
「オナゴ センセイ の カオ、 みたい な」
 そう いった の は コツヤン の カベ コツル で ある。 とおりかかった ソンキ の オカダ イソキチ と、 キッチン の トクダ キチジ が ナカマ に はいって きて、 クチマネ で、
「オナゴ センセイ の カオ、 みたい な」
 いつしか、 それ は ジッカン に なって しまった らしく、 たちどまって イッショ に イッポンマツ の ほう を みた。
「オナゴ センセイ、 ニュウイン しとる んど」
 ソンキ が きいた こと を きいた とおり に いう と、 コツヤン が ヨコドリ して、
「ニュウイン した の は、 ハジメ の こと じゃ。 もう タイイン した んど。 ウチ の オトッツァン、 キノウ ミチ で センセイ に おうた いよった もん」
 それで コツル は、 ダレ より も サキ に カオ が みたい と おもいついた らしい。 チリリンヤ の カノジョ の チチオヤ は、 フネ と リク と リョウホウ の ベンリヤ だった。 キノウ は ダイハチグルマ を ひいて マチ まで いった の で ある。 すくなくも 1 ニチ-オキ ぐらい に、 イリエ を とりまく マチ や ムラ を たのまれた ヨウタシ で ぐるぐる まわって くる チリリンヤ は、 フネ や クルマ に いろんな ウワサバナシ も イッショ に つみこんで もどって きた。 オオイシ センセイ の ケガ が アキレス ケン が きれた と いう こと も、 2~3 カゲツ は よく あるけまい と いう こと も、 それら は みんな、 コシ に スズ を つけて あるきまわって いる チリリンヤ が きいて きた もの だった。
「そんなら、 もう すぐに、 センセイ くる かしらん。 はよう くる と ええ けんど な」
 サナエ が メ を かがやかす と、 コツル は また それ を ヨコドリ して、
「こられる もん か。 まだ アシ が たたん のに」
 そして コツル は、 すこし チョウシ に のって、
「オナゴ センセイ ん ク へ、 いって みる か、 ミンナ で」
 いって おいて、 ぐるっと、 ヒトリヒトリ の カオ を みまわした。 タケイチ も、 タンコ の モリオカ タダシ も、 ニタ も いつのまにか ナカマイリ して いた。 しかし、 ダレヒトリ、 すぐに は コツル の オモイツキ に サンセイ する モノ は なかった。 ただ だまって イッポンマツ の ほう を みて いる の は、 そこ まで の キョリ が、 ジブン たち の ケイサン では ケントウ が つかなかった から だ。 カタミチ 8 キロ、 オトナ の コトバ で 2 リ と いう ミチノリ は、 1 ネンセイ の アシ の ケイケン では はかりしれなかった。 トホウ も ない トオサ で あり、 ウミ の ウエ から は イッシュン で みわたす チカサ でも ある。 ただ ウジガミサマ より とおい と いう こと は、 すこし こわかった。 カレラ は まだ、 ダレヒトリ イッポンマツ まで あるいて いった モノ が ない の だ。 その トチュウ に ある ホンソン の ウジガミサマ へは、 マイトシ の マツリ に、 あるいたり、 フネ に のったり して ゆく の だ が、 そこ から サキ が どの くらい なの か、 ダレ も しらない。 たった ヒトリ ニタ が、 つい こないだ イッポンマツ より ヒトツ サキ の マチ へ いった こと が ある。 しかし それ は、 ウジガミサマ の シタ から バス に のって、 イッポンマツ の ソバ を とおった と いう だけ の こと だった。 それでも ミンナ は、 ニタ を とりまいた。
「ニタ、 ウジガミサマ から イッポンマツ まで、 ナン-ジカン ぐらい かかった?」
 すると ニタ は、 トクイ に なって、 アオバナ を すすり も せず に、
「ウジガミサマ から なら、 すぐ じゃった。 バス が な、 ぶぶう って ラッパ ならしよって、 イッポンマツ の とこ つっぱしった もん。 マンジュウ ヒトツ くうて しまわん うち じゃった ど」
「ウソ つけえ、 マンジュウ ヒトツ なら、 1 プン-カン で くえらぁ」
 タケイチ が そう いう と、 カワモト マツエ が ニシグチ ミサコ に、 「なあ」 と ドウイ を もとめながら、
「なんぼ バス が はようて も、 1 プン-カン の はず が ない わ、 なぁ」
 ミンナ の ハンタイ に あう と、 ニタ は ムキ に なり、
「そやって ボク、 ウジガミサマ の とこ で くいかけた マンジュウ が、 バス を おりて も まだ、 ちゃんと テ に もっとった もん」
「ホンマ か?」
「ホンマ じゃ」
「ユビキリ じゃ、 こい」
「よし、 ユビキリ する がい」
 それで、 ミンナ は アンシン を した。 ニタ が うまれて はじめて のった バス の メズラシサ に、 マンジュウ を たべる の も わすれて、 ウンテンシュ の テモト を みて いた など、 ダレ も かんがえなかった。 ただ、 ともかくも ニタ だけ が バス に のった こと と、 イッポンマツ の まだ ツギ の マチ で おりる まで、 マンジュウ ヒトツ を たべる マ が なかった こと と、 この フタツ から わりだして、 ウジガミサマ から イッポンマツ まで の トオサ を、 たいした こと では ない と おもった。 たとえ ジテンシャ に のって とは いえ、 オンナ センセイ は マイニチ、 あんな に アサ はやく、 イッポンマツ から かよって いた では ない か。 と、 そんな こと も トオサ と して より、 チカサ と して ミンナ の アタマ に うかんだ らしい。 そんな キモチ の うごいて いる とき に、 タイガン の ウミゾイミチ に バス が はしって いる の が みえた から たまらない。 ちいさく ちいさく みえる バス は、 まったく、 あっ と いう ほど の マ に はしって ハヤシ の ナカ へ スガタ を けした。
「ああ、 いきた!」
 マスノ が トンキョウ に さけんだ。 なんと いう こと なく オトコ の コ に さえ チカラ を もって いる マスノ の ヒトコエ で ある。
「いこう や」
「うん、 いこう」
 タダシ と タケイチ が サンセイ した。
「いこう、 いこう。 はしって いって、 はしって もどろ」
「そう じゃ、 そう じゃ」
 コツル と マツエ が とびとび して いさみたった。 だまって いる の は サナエ と、 カタギリ コトエ だけ で ある。 サナエ は モチマエ の ムクチ から で あった が、 コトエ の ほう は フクザツ な カオ を して いた。 イエ の こと を おもいだして いた の で あろう。
「コトヤン、 いかん の?」
 コツル が とがめだてる よう に いう と、 コトヤン は ますます フアン な ヒョウジョウ に なり、
「オバン に、 とうて から」
 その ちいさな コエ には ジシン が なかった。 1 ネンセイ の コトエ を カシラ に 5 ニン キョウダイ の カノジョ は、 セナカ に いつも コドモ の いない こと が なかった。 カゾエドシ イツツ ぐらい から カノジョ は コモリヤク を ひきうけさせられて いた の だ。 イエ へ かえって ソウダン すれば、 とても ゆるされる ミコミ は なかった。 そして また、 それ は サナエ や マツエ や コツル も おなじ で あった。 ミンナ、 しゅんと して カオ を みあった。 カゾエドシ 10 サイ に なる まで は あそんで も よい と いう の が、 ムカシ から の コドモ の オキテ の よう に なって いた が、 あそぶ と いって も、 それ は ホントウ に ジユウ に あそぶ の では なく、 いつも オトウト や イモウト を つれたり、 アカンボウ を オンブ して の うえ での こと だった。 ホント に、 スキカッテ に あそんで よい の は ヒトリッコ の マスノ と ミサコ だけ だ。
 コトエ の ヒトコト は ミンナ に それ を おもいださせた が、 しかし、 おもいとどまる こと は できない クウキ だった。
「メシ たべたら、 そうっと ぬけだして こう や」
 コツル が、 のりかかった フネ だ と でも いう よう に、 ミンナ を けしかけた。
「そう じゃ、 ミンナ ウチ の ヒト に いうたら、 いかして くれん かも しれん。 だまって いこう や」
 タケイチ が チエ を めぐらして そう ケツダン した。 こう なる と もう、 ダレヒトリ ハンタイ する モノ は なく、 ヒミツ で でかける こと が かえって ミンナ を うきうき させた。
「そうっと ぬけだして な、 ハト の ウエ ぐらい から イッショ に なろう」
 タダシ が そう いう と、 ソウスイ カク の マスノ は いっそう こまかく アタマ を つかい、
「ハト の ウエ は、 ヨロズヤ の バアヤン に みつかる と うるさい から、 ヤブ の とこ ぐらい に しよう や」
「それ が えい。 ミンナ、 ハタケ の ミチ とおって ぬけて いこう」
 めいめい、 キュウ に いそがしく なった。
「ホンマ に、 はしって いって、 はしって もどらん かな」
 ネン を おした の は コトエ で ある。 ミンナ が はしって かえって ゆく アト から、 コトエ は かんがえ かんがえ あるいた。 どう かんがえて も、 だまって ぬけだす クフウ は ない よう に おもえた。 ジブン だけ は やめよう か。 しかし それ は できない。 そんな こと を したら、 アシタ から ダレ も あそんで くれない かも しれぬ と おもった。 ノケモノ に なる の は いや だ。 だまって ぬけだせた と して も、 アト で オバン や オカアサン に しかられる の も いや だ。
 アカンボ なんぞ、 なければ よかった。
 そう おもう と、 イツモ は かわいい アカンボウ の タケシ の カオ が にくらしく なり、 1 ニチ ぐらい、 ほったらかしたく なった。 カノジョ の アシ は キュウ に アトモドリ を し、 ハタケ の ほう へ あるいて いった。 ヤブ が みえだす と はしった。 ダレ か に みつかりそう で、 どきどき した。

 2 ジカン-ゴ の こと で ある。 コドモ に ついて マッサキ に シンパイ しだした の は コトエ の オバン で あった。
「ハラ も へろう のに、 ナニ こそ しよる やら」
 ハジメ は ヒトリゴト を いった。 もどれば タケシ を コトエ の セナカ に くくりつけて おいて、 オバン は ハタケ へ ニバン ササゲ を つみ に ゆく テハズ に なって いる のに、 コトエ は かえらない の だ。 ガッコウ へ み に いった ところ で、 イマゴロ いる はず も ない と おもい、 アカンボウ と ユワイヒモ を もって、 いちばん ナカヨシ の サナエ の ところ へ のぞき に いった。 てっきり そこ で あそびほうけて いる と おもった の だ。
「こんにちわ。 ウチ の コト は、 きとらん かいの?」
 もちろん いる わけ が ない。 それ どころ か サナエ も まだ かえらない と いう の だ。 カエリ に コウジンサマ を のぞいて みた が、 スギ の コカゲ に あそんで いた の は コトエ より すこし おおきい コ や、 ちいさい コ ばかり だった。 ダレ に とも なく オオゴエ で、
「オマエラ、 ウチ の コト、 しらん かいの?」
「しらん で」
「イッペン も、 キョウ は みん で」
「サナエ さん ク と ちがう か」
 いろんな ヘンジ が ヤツギバヤ に とんで きた。 それ は みな ハラ の たつ ヘンジ ばかり だった。
「しょうのない ヤツ じゃ、 ホンマ に。 みつけたら、 すぐ もどれ いよった と、 いうて おくれ」
 オバン は、 ひょいと なげる よう に して アカンボウ を セナカ に やり、 まだ わかり も しない アカンボウ に はなしかけた。
「ネエヤン は、 どこ へ うせやがった ん じゃろ な。 コト の ヤツメ、 もどって きたら、 どやしつけて やらん ならん」
 しかし、 ヒルメシ も まだ なの を おもう と、 すこし シンパイ に なった。 シンパイ しいしい ドマ で ゾウリ を つくって いる と、 カワモト ダイク の オカミサン が、 きぜわしそう な アシドリ で やって きた。
「こんちわ、 えい オテンキ で。 ウチ の マツ を み に きた ん じゃ けんど、 みえん なあ」
 それ を きく と、 コトエ の オバン は ゾウリヅクリ の テ を おいて、
「マッチャン も かいな。 ヒルメシ も たべん と、 どこ を ほっつきあるきよん の かしらん」
「ウチ の マツ は ヒルメシ は たべ に もどった がい な。 ハシ おいて、 ヨウ ありげ に たって いって、 すぐ もどる か と おも や、 もどって き や せん」
 コトエ の オバン は キュウ に シンパイ に なって きた。 もう ゾウリ どころ で なかった。 ダイク の オカミサン が、 さがして くる と いって かえった アト も、 シンパイ は だんだん ひろがって くる ばかり だった。 でたり はいったり、 たったり すわったり、 おちつかなかった。
 ――ムリ も ない。 あそびたい サカリ じゃ もん。 マイニチ コモリ ばっかり じゃあ、 ムホン も おこしたかろう……。
 ぽとん と ナミダ が おちた。 その ナミダ で かすんだ メ に、 ちいさい とき から コモリ ばかり させた ため か、 デッチリ に なって しまった おさない コトエ の かわいそう な スガタ が うかんで きて きえなかった。
 ――それにしても、 どこ で、 ナニ を して いる の かしらん。 キョウ は わかい モン まで が おそい なあ……。
 ソト に でて オキ を ながめた。 アジ リョウ に でて いる コトエ の リョウシン たち の カエリ まで が、 キョウ は とくべつ おそい よう に、 オバン には おもえた。
「まだ、 もどって こん かえ」
 ダイク の オカミサン の 3 ド-メ の コエ が かかる まで に、 コツル の アネ と、 サナエ の オトウト と、 フジコ の ハハオヤ と が、 メイメイ の イエ の ムスメ を あんじて み に きた。 まもなく 1 ネンセイ の ゼンブ が いない と わかり、 やがて ホンコウ-ガエリ の セイト の ヒトリ が、 ハチマンドウ と いう ブンボウグヤ の ソバ で ミンナ を みかけた と いう の を きいて、 やっと シンパイ は ハンブン に なった。 それ だけ に ウワサ は ムラジュウ に ひろがり、 てんでに カッテ な こと を いいあった。
「シバイ が きた と いう から、 いった ん じゃ ない かな」
「ゼニ も ない のに、 どうして」
「ノボリ や カンバン でも、 クチ あけて みよる かも しれん」
「コドモ っちゃ、 モノズキ な こと やの」
 1 ネンセイ の イエ の モノ も イマ は ハンブン エガオ で はなしあった。
「いんま、 ハラ へらして、 アシ に マメ こしらえて、 もどって くる わいの」
「どんな カオ して、 もどって くる かしらん。 アホクライ が」
「もどったら、 おこった もん かいの、 おこらん ほう が よかろう か」
「ほめる わけ にゃ、 いくまい がのう」
 こんな ノンキ そう な こと が いえた の も、 ソンキ の アニ や、 ニタ や フジコ の チチオヤ たち が むかえ に でむいた アンシン から で あった。 それにしても、 ダレヒトリ オオイシ センセイ を おもいださなかった とは、 なんと した ウカツサ だったろう。
 3 ニン の デムカエニン は、 ホンソン に さしかかる と、 これ は と おもう ヒト に ゆきあう たび に たずねた。
「ちょっと オタズネ です がな、 オヒルスギ-ゴロ に、 ナナ、 ヤッツ ぐらい の コドモ ら が 10 ニン ほど とおった の を、 みませなんだ かいな」
 おなじ こと を ナンベン くりかえしたろう。

 そこで、 コドモ たち は どうして いたろう。
 ヤブ の ウエ へ マッサキ に ついた の は、 いう まで も なく コトエ だった。 コトエ は そこ で、 クサムラ に ガッコウ の ツツミ を かくして、 ミンナ を まった。 キチジ と ソンキ が サキ を あらそう よう に はしって きた。 つづいて タケイチ と タダシ と。 いちばん おくれて きた の は フジコ と ニタ で あった。 ニタ は ヨウジン-ぶかく、 シャツ や ズボン の ヨッツ の ポケット を、 ソラマメ の いった の で ふくらまして いた。 イエ に あった だけ みんな もって きた の だ と いう。 それ を キマエ よく ミンナ に すこし ずつ わけて やりながら、 いちばん うれしそう な カオ を して いた。 ぽりぽり イリマメ を かみながら イッコウ は シュッパツ した。
「オナゴ センセイ、 びっくり する ど」
「おう、 よろこぶ ど」
 コトエ ヒトリ は セントウ に たって ミンナ を ふりかえった。 はしって いって はしって かえる はず なのに、 ダレ も カレ も のんびり あるいて いる と おもった。 ゆけば わかる のに、 ミンナ クチグチ に オンナ センセイ の こと ばかり いって いる。
「オナゴ センセイ、 チンバ ひいて あるく んど」
「オナゴ センセイ の アシ、 まだ いたい ん かしらん」
「そりゃ いたい から、 チンバ ひく ん じゃ ない か」
 すると ソンキ は、 ちょこちょこ と マエ に すすみ、
「な、 ミンナ。 アキレス は ここ じゃ ど。 この ふとい スジ が、 きれた んど」
 ジブン の アキレス ケン の アタリ を さすって みせ、
「こんな とこ が きれた ん じゃ もん、 いとう のうて」
 ようやく ミンナ の アシ は はやく なって いった。 コドモ たち だけ で この ミチ を あるく の は、 はじめて だった。 ヤマヒダ を ヒトツ すぎる ごと に あたらしい ナガメ が あらわれて、 あきなかった。 ミサキ を よこぎり、 イリウミゾイ の ミチ に かかる と、 イッポンマツ の ムラ は ナナメウシロ に とおのく。 それだけ ちかく なって いる の が、 ウソ の よう な キ が して こころぼそく なった が、 ダレ も クチ には ださない。 やがて、 はるか かなた に ホンコウ-ガエリ の セイト の カタマリ が みえた。 ミンナ、 はっと して カオ を みあわせた。
「かくれ、 かくれ。 オオイソギ で」
 マスノ の ヒトコエ は、 アト の 11 ニン を サル の よう に すばしこく させ、 カヤヤマ の ナカ へ はしりこませた。 がさがさ と オト が して カヤ が ゆれた。
「じっと して! オト さしたら いかん」
 マスノ が うすい クチビル を そらして、 すこし つった キレナガ の メ に モノ を いわせる と、 タケイチ や タダシ まで が コエ も カラダ も ひそめて しまった。 ミンナ の セ の バイ も ありそう な ササガヤ の ヤマ は、 12 ニン の コドモ を かくして さやさや と なった。 しかし きづかれず に おおきな セイト たち を やりすごせた の は、 じつに マスノ の キテン で あった。 カノジョ に にらまれる と、 ミンナ は ネコ の よう に おとなしく なる の だ。
 ミサキ の ミチ を でて、 いよいよ ホンソン に はいる コロ から、 ミンナ は しぜん と コゴエ に しゃべって いた。 イッポンマツ の ムラ まで には イクツ か の マチ や ムラ の、 タクサン の ブラク が あった。 ダイショウ の その ムラムラ を すぎて は むかえ、 すぎて は また むかえ、 あきる ほど それ を くりかえして も、 イッポンマツ は なかなか こなかった。 ミサキ の ムラ から みれば、 あんな に ちかかった イッポンマツ、 メノマエ に みえて いた イッポンマツ、 それ が イマ は スガタ さえ も みせない。 8 キロ、 オトナ の いう 2 リ の トオサ を アシ の ウラ から かんじだして、 だんだん だまりこんで いった。 ゆきあう ヒト の カオ も、 ミオボエ が なかった。 まるで とおい クニ へ きた よう な ココロボソサ が、 ミンナ の ムネ の ナカ に だんだん、 オモシ の よう に しずんで ゆく。
 もう ヒトツ、 ハナ を まわれば イッポンマツ は メノマエ に ながめられる こと を、 ダレ も しらない の だ。 きいて も ラチ の あかぬ ニタ に きく こと も、 もう あきらめて しまって、 ただ マエ へ マエ へ と ヒトアシ でも すすむ より ほか なかった。 タケイチ と ミサコ は マッサキ に ゾウリ を きらし、 きれぬ カタホウ を ミサコ に やって、 タケイチ は ハダシ に なって いた。 キチジ も タダシ も あやしかった。 ダレ も 1 セン も もって いない の だ。 ゾウリ は かえる わけ が ない。 ハダシ で かえらねば ならない だろう こと は、 あるいて きた ミチ の トオサ と かんがえあわせて、 ゾウリ の きれかけた モノ の キモチ は よけい みじめ だった。
 とつぜん、 コトエ が なきだして しまった。 ヒルメシ-ヌキ の カノジョ は、 ツカレカタ も また はやかったろう し、 ガマン できなく なった の だろう。 ミチバタ に しゃがんで、 ええん、 ええん と コエ を だして ないた。 すると、 ミサコ と フジコ が さそわれて、 しくしく やりだした。 ミンナ は たちどまって、 ぽかん と した カオ で ないて いる 3 ニン を みて いた。 ジブン たち も なきたい ほど なの だ。 ゲンキ-づけて やる コトバ など、 でて こなかった。 キビス を かえせば よい の だ。 もう かえろう や、 と ダレ か が いえば よい の だ。 しかし ダレ も、 それ さえ いいだす チカラ が なかった。 マスノ や コツル さえ、 コンワク の イロ を うかべて いた。 カノジョ たち に して も、 なきだしたかった の だ。 しかし なけなかった。 いっそ、 ミンナ で なきだせば、 どこ から か スクイ の テ が さしのべられる だろう が、 それ にも キ が つかなかった。
 ショシュウ の ソラ は はれわたって、 ゴゴ の ヒザシ は この おさない イチダン を、 しろく かわいた ミチ の マンナカ に、 イヨウサ を みせて ウシロ から てらして いた。 イエ へ かえりたい キモチ は シゼン に あらわれて、 しらずしらず あるいて きた ミチ の ほう を むいて たって いた の で ある。 その ゼンポウ から、 ケイテキ と ともに、 ギンイロ の ノリアイ バス が はしって きた。 シュンカン、 12 ニン は ヒトツ の キモチ に むすばれ、 せまい ミチバタ の クサムラ の ナカ に イチレツ に よけて バス を むかえた。 コトエ さえ も もう ないて は いず、 イッシン に バス を みまもって いた。 もうもう と、 ケムリ の よう に しろい スナボコリ を たてて、 バス は メノマエ を とおりすぎよう と した。 と、 その マド から、 おもいがけぬ カオ が みえ、
「あら、 あら!」
と いった と おもう と、 バス は はしりぬけた。 オオイシ センセイ なの だ。
 わあっ!
 おもわず ミチ へ とびだす と、 カンセイ を あげながら バス の アト を おって はしった。 あたらしい チカラ が どこ から わいた の か、 ミンナ の アシ は はやかった。
「センセエ」
「オナゴ センセエ」
 トチュウ で バス が とまり、 オンナ センセイ を おろす と また はしって いった。 マツバヅエ に よりかかって、 ミンナ を まって いた センセイ は、 ソバ まで くる の を またず に、 おおきな コエ で いった。
「どうした の、 いったい」
 はしりよって その テ に スガリツキ も ならず、 ナツカシサ と、 イッシュ の オソロシサ に、 ソバ まで ゆけず たちどまった モノ も あった。
「センセイ の、 カオ み に きた ん。 とおかったあ」
 ニタ が クチビ を きった ので、 それで ミンナ も クチグチ に いいだした。
「ミンナ で ヤクソク して、 だまって きた ん、 なあ」
「イッポンマツ が、 なかなか こん ので、 コトヤン が なきだした ところ じゃった」
「センセ、 イッポンマツ、 どこ? まだまだ?」
「アシ まだ いたい ん?」
 わらって いる センセイ の ホオ を ナミダ が トメド なく ながれて いた。 なんの こと は ない、 イッポンマツ も センセイ の イエ も、 すぐ そこ だ と わかる と、 また カンセイ が あがった。
「ほたって、 イッポンマツ、 なかなか じゃった もん なあ」
「もう いのう か と おもた ぐらい とおかった な」
 マツバヅエ を とりまいて あるきながら センセイ の イエ へ ゆく と、 センセイ の オカアサン も すっかり おどろいて、 キュウ に テンテコマイ に なった。 カマド の シタ を たきつける やら、 ナンド も ソト に はしりだす やら、 そうして 1 ジカン ほど も センセイ の イエ に いた だろう か。 その アイダ に キツネウドン を ゴチソウ に なり、 オカワリ まで する モノ も いた。 センセイ は よろこんで、 キネン の シャシン を とろう と いい、 キンジョ の シャシンヤ さん を たのんで、 イッポンマツ まで でかけた。
「もっと、 ミンナ の カオ みて いたい けど、 もう すぐ ヒ が くれる から ね。 ウチ の ヒト、 シンパイ してる わよ」
 かえりたがらぬ コドモ ら を なだめて、 やっと フネ に のせた の は 4 ジ を すぎて いた。 みじかい アキ の ヒ は かたむいて、 ミサキ の ムラ は、 ナニゴト も なかった か の よう に、 ユウグレ の イロ の ナカ に つつまれよう と して いた。
「さよならぁ」
「さよならぁ」
 マツバヅエ で ハマ に たって みおくって いる センセイ に、 フネ の ウエ から は たえまなく コエ が かかった。
 3 ニン の オトナ たち が マチ から ムラ を さがしまわって いる とき、 12 ニン の コドモ は、 おもいがけぬ ミチ を とおって ムラ へ もどった。
 わあい!
 わあい!
 ときならぬ オキアイ から の サケビ に、 ミサキ の ムラ の ヒトタチ は、 ドギモ を ぬかれた の で ある。 しかって は みて も、 けっきょく は オオワライ に なって、 オオイシ センセイ の ニンキ は あがった。
 その ヨクヨクジツ、 チリリンヤ の ダイハチグルマ には、 めずらしい ニモツ が つみこまれた。 あんまり こまかい ので、 チリリンヤ は それ を リンゴ の アキバコ に まとめて ムラ を でて いった。 みちみち、 いろんな ヨウタシ を しながら イッポンマツ まで くる と、 リンゴ の ハコ を そのまま かついで あるきだした。 コシ の スズ が りりん りりん と、 アシ を かわす ごと に なりつづけ、 やがて、 りっ と なりやんだ の が、 オオイシ センセイ の イエ の エンサキ で ある。 チリリンヤ の リン の ネ は、 どこ か から、 ナニ か が とどけられる とき の アイサツ で ある。 イイワケ は、 あまり ヒツヨウ で なかった。
「はーい。 コメ 5ン ゴウ の マメ 1 ショウ。 こいつ は かるい ぞ ニボシ かな。 ほい、 も ヒトツ コメ 1 ショウ の マメ 5ン ゴウ――」
 ちいさな フクロ を イクツ も とりだして エンガワ の イタノマ に つみかさねた。 フクロ には ナマエ が かいて ある。 それ は みな、 ギリ-がたい ミサキ の ムラ から、 オオイシ センセイ への ミマイ の コメ や マメ だった。

 4、 ワカレ

 シャシン が できて きた。 イッポンマツ を ハイケイ に して、 マツバヅエ に よりかかった センセイ を 12 ニン の コドモ たち が、 たったり、 しゃがんだり して とりまいて いる。 イソキチ、 タケイチ、 マツエ、 ミサコ、 マスノ、 じゅんじゅん に みて いって ニタ の ところ へ くる と、 おもわず ふきだした。 あんまり ニタ が きばりすぎて いる から だった。 つめて いる イキ が、 いまにも、 ううう と もれて、 うなりだしそう に かたく なって いる。 キヲツケ の その シセイ は、 ダレ が みたって わらわず に いられる もの では なかった。 マスノ と ミサコ の ホカ は、 うまれて はじめて シャシン を とった と いう こと で、 だいたい、 ミンナ かたく なって いる。 その ナカ で ニタ と キチジ は トクベツ で あった。 ニタ とは ハンタイ に、 ミ を すくめ、 カオ を そむけ、 おまけに メ を つぶって いる キチジ は、 フダン の ショウキサ を そのまま うつしだされて いる よう で、 かわいそう に さえ おもえた。
 かわいそう に キッチン、 こわかった ん だろう。 シャシンキ の ナカ から、 ナニ が とびだす か と おもった ん だろう……。
 ヒトリ シャシン を ながめて わらって いる ところ へ、 ホンコウ の コウチョウ センセイ が きた。 その コエ を きく と、 コンド は オオイシ センセイ の ほう が、 おもわず キヲツケ の よう に なって ゲンカン に でて いった。 マツバヅエ は はなれて いた が、 まだまだ ビッコ の アルキブリ を みる と、 コウチョウ センセイ は ちょっと マユ を よせ、 キノドク-がった カオ で みて いた。
「ひどい メ に あいました な」
「はあ、 でも、 ずいぶん よく なりました」
「いたい です か、 まだ?」
 ヘンジ に こまって こたえられない で いる と、 コウチョウ センセイ が サイソク に きた と でも おもった らしく、 オカアサン が かわって こたえた。
「いつまでも ゴメイワク を かけまして、 すみません。 もう ずいぶん ラク に なった よう です けど、 なんしろ、 ジテンシャ に のれない もの です から、 いつまでも ぐずぐず して おりまして、 はい」
 しかし コウチョウ センセイ の ほう は そんな つもり では なく、 ミマイ-がてら キッポウ を もって きた の で あった。 ユウジン の ムスメ で ある オオイシ センセイ の こと も、 キョウ は ナマエ で よんで、
「ヒサコ さん も カタアシ ギセイ に した ん だ から、 ミサキ-ヅトメ は もう よい でしょう。 ホンコウ へ もどって もらう こと に した ん じゃ がな、 その アシ じゃあ、 ホンコウ へも まだ でられん でしょう な」
 オカアサン は キュウ に なみだぐんで、
「それ は、 まあ」
と いった ぎり、 しばらく アト が でなかった。 おもいがけない ヨロコビ で あり、 キュウ には レイ の コトバ も でて こなかった の だ。 それ を ごまかし でも する よう に、 サッキ から、 やっぱり だまって いる ムスメ の オオイシ センセイ に キ が つく と、
「ヒサコ、 ヒサコ、 ナン です。 ぼんやり して。 オレイ を いいなさい よ」
 しかし、 オオイシ センセイ と して は、 せっかく の この コウチョウ センセイ の ハカライ が、 あんまり うれしく なかった の だ。 これ が もし、 ハントシ マエ の こと ならば、 とびとび して よろこんだろう が、 イマ では もう、 そう カンタン に、 いかない ジジョウ が うまれて きて いた。 だから、 クチ を ついて でた コトバ は、 オレイ では なかった。
「あのう、 もう その こと、 きまった ん でしょう か。 コウニン の センセイ の こと も」
 まるで それ は、 とんでもない と いわぬ ばかり の クチョウ で ある。
「きまりました。 キノウ の ショクイン カイギ で。 いけません かい」
「いけない なんて、 それ は、 そんな こと いう ケンリ ありません けど、 でも ワタシ、 やっぱり こまった わ」
 そこ に オカアサン でも いたら、 オオイシ センセイ は しかりつけられた かも しれぬ。 しかし オカアサン は、 チャガシ でも かい に いった らしく、 でて いった アト だった。 コウチョウ センセイ は にこにこ わらって、
「ナニ が こまる ん です か?」
「あの、 セイト と ヤクソク した ん です。 また ミサキ へ もどる って」
「こりゃ おどろいた。 しかし、 どうして かよいます かね。 オカアサン の オハナシ だ と、 とうぶん ジテンシャ にも のれん と いう こと だった ので、 そう はからった ん です がね」
 もう、 イイヨウ が なかった。 すると、 ミサキ の ムラ が いっそう なつかしく なり、 おもわず みれんがましく いった。
「コウニン の センセイ は、 ドナタ でしょう」
「ゴトウ センセイ です」
「あら!」
 オキノドク と いいそう に なって あわてて やめた。 ゴトウ センセイ こそ、 どうして かよう だろう と あんじられた の だ。 もう すぐ 40 で、 しかも バンコン の ゴトウ センセイ には チノミゴ が あった。 ジブン より は すこし ミサキ へ ちかい ムラ の ヒト とは いえ、 1 リ ハン (6 キロ) は ある で あろう ミサキ へ、 サムサ に むかって どうして かよう だろう か と おもう と、 その キノドクサ と、 ジブン の ココロノコリ と が ごっちゃ に なって、 キュウ に マユ を あげた。
「では、 コウチョウ センセイ、 こうして いただけません でしょう か。 ワタシ の アシ が すっかり なおりましたら、 いつでも かわります から。 それまで ゴトウ センセイ に おねがい する こと に して……」
 いかにも よい オモイツキ だ と おもった の だ が、 コウチョウ センセイ の ヘンジ は おもいがけなかった。
「ギリ-がたい こと いう なあ、 ヒサコ さん。 アンタ が そない に キ を つかわん でも、 ちょうど よかった ん だ から。 ゴトウ センセイ は、 すすんで ミサキ を キボウ した ん だ から」
「あら、 どうして です の?」
「いろいろ、 あって ね。 ロウキュウ で ライネン は やめて もらう バン に なって いた ところ を、 ミサキ へ いけば、 3 ネン ぐらい のびる から ね。 そう いったら、 よろこんで、 ショウチ しました よ」
「まあ、 ロウキュウ!」
 38 や 9 で ロウキュウ とは? まだ チノミゴ を かかえて いる オンナ が ロウキュウ とは。 あきれた よう な カオ を して コトバ を きった オオイシ センセイ を、 いつのまにか ソト から かえって きた オカアサン は、 クダモノ など もった ボン を さしだしながら、 ムスメ の ブエンリョサ に キ が キ で なく、
「ヒサコ、 ナン です か、 せっかく の コウチョウ センセイ の ゴコウイ に、 ろくろく オレイ も いわない で。 だまって きいてりゃ、 サッキ から オマエ、 ヘソマガリ な こと ばっかり いうて……」
 そして コウチョウ センセイ の マエ に テ を つき、
「どうも ホント に、 ワタシ が ゆきとどきません でな。 つい、 ヒトリッコ で あまえさせた らしく、 シツレイ な こと ばっかり もうしまして。 これ でも、 ガッコウ の こと だけ は アナタ、 ねて も さめて も かんがえとります ふう で、 はやく でたい でたい と もうしとりました ん です。 おかげさま で、 ホンコウ の ほう に かわらして いただけました から、 もう トオカ も したら、 バス に のって、 かよえる と おもいます。 こんな、 キママモノ です けど、 どうぞ もう、 よろしゅう おねがい いたします」
 ムスメ に いわせたい こと を、 ヒトリ で ならべたてて、 ナンド も ぺこぺこ アタマ を さげた。 そして、 それとなく メガオ で アイズ を した が、 オオイシ センセイ は そしらぬ カオ で、 まだ ゴトウ センセイ に こだわって いた。
「それで、 もう ゴトウ センセイ は、 ミサキ へ かよってる ん でしょう か?」
 コウチョウ センセイ も また、 この すこし フウガワリ の、 アマノジャク みたい な ムスメ を アイテ に して、 おもしろがって いる ヨウス で、
「そいつ は、 まだ です がね。 なんなら、 もう イチド ショクイン カイギ を ひらいて とりけして も よろしい。 ゴトウ センセイ は、 がっかり する でしょう がなあ」
 オカアサン ヒトリ は、 キ を もみつづけ、 はらはら して いた。 その オカアサン に むかって、 コウチョウ センセイ は、
「オオイシ クン に、 にた とこ が あります な。 イッテツ コジ な ところ。 なにしろ カレ は、 ショウガクセイ で ストライキ を やった ん だ から、 ゼンダイ ミモン です よ」
 あっはっは と わらった。 その ハナシ は、 マエ にも きいた こと が あった。 なんでも、 ショウガッコウ 4 ネンセイ の チチ が、 ウケモチ の センセイ に ゴカイ された こと を おこって、 キュウユウ を そそのかして 1 ニチ スト を やった と いう の だ。 ドウキュウセイ だった コウチョウ センセイ も、 ドウジョウ して、 ミンナ で イッショ に ムラヤクバ へ おしかけて いって、 センセイ を とりかえて くれ と いった の だ と いう。 コトシ の ハル、 シュウショク を たのみ に いった とき、 はじめて チチ の ショウネン ジダイ の こと を きいて、 ハハ と コ は イッショ に わらった の で ある。 ただ オモイデバナシ と して わらって かたられる チチ の こと が、 イマ の オオイシ センセイ には、 ふしぎ と、 マジメ に ひびいた。
 コウチョウ センセイ が かえった アト も、 ヒトリ で かんがえこんで いる オオイシ センセイ を、 オカアサン は いたわる よう に、
「でも まあ、 よかった で ない か、 ヒサコ」
 しかし オオイシ センセイ は だまって いた。 そして バン の ゴハン も イツモ より たべなかった。 ヨル おそく まで かんがえつづけた アゲク、 やっと オカアサン に いった。
「よかった の かも しれない わ。 ワタシ にも、 ゴトウ センセイ にも」
 それ は 「よかった で ない か、 ヒサコ」 と いわれて から 4 ジカン も アト の こと で あった。 オカアサン は ほっと した カオ で、
「そう とも、 そう とも オマエ、 バンジ ツゴウ よく いった と いう もの よ、 ヒサコ」
 すると センセイ は また、 やや しばらく かんがえて から、 はっきり いった。
「そんな こと、 ゼッタイ に ない わ。 バンジ ツゴウ なんか よく ならない。 すくなくも ゴトウ センセイ の ため には よ。 だって、 ロウキュウ なんて、 シツレイ よ」
 この ムスメ は キ が たって いる の だ と いう ふう に、 オカアサン は もう それ に さからおう とは しない で、 やさしく いった。
「とにかく、 もう ねよう で ない の。 だいぶ ふけた よう じゃ」

 その ヨクアサ、 おもいたった オオイシ センセイ は、 ミサキ の ムラ へ フネ で でかけた。 センドウ は コツル の チチオヤ と おなじく、 ワタシブネ を したり、 クルマ を ひいたり する の が トセイ の、 イッポンマツ の ムラ の チリリンヤ で あった。 10 ガツ スエ の カゼ の ない アサ だ。 ソラ も ウミ も あおあお と して、 ひきしまる よう な ウミ の クウキ は、 リョウソデ で おもわず ムネ を だく ほど の ヒヤッコサ で ある。
「おお さぶ。 もう アワセ じゃ のう、 オッサン」
「なに、 ヒ が あがりゃ、 そう でも ない。 イマ が、 いちばん えい キセツ じゃ。 あつう なし、 さむう なし」
 めずらしく カスリ の セル の キモノ に、 シコン の ハカマ を つけて いる オオイシ センセイ だった。 ゴザ を しいた フネ の ドウノマ に ヨコイザリ に すわった アシ を、 ハカマ は うまく かくして、 ふかい コンジョウ の ウミ の ウエ を、 フネ は センセイ の ココロ ヒトツ を のせて、 ロオト も キソク ただしく、 マッスグ に すすんだ。 2 カゲツ マエ に なきながら わたった ウミ を、 イマ は また、 きおいたつ ココロ で わたって いる。
「なんせ、 ひどい メ を みた のう」
「はあ」
「わかい モン は、 ホネ が やらこい (やわらかい) から、 おれて も ナオリ が はやい」
「ホネ じゃ ない んで。 スジ とも ちがう。 アキレス ケン、 いう ん じゃ がのう。 ホネ より も、 むつかしい とこ で」
「ほう、 そんなら、 なお いかん」
「でも、 ひどい メ に あわす つもり で した ん じゃ ない さかい。 ケガ じゃ もん、 しょうがない」
「そんな メ に、 おうて も、 ワカレ の、 アイサツ とは、 キ の えい、 こっちゃい。 ゆんとん、 さんじゃい」
 センドウ さん は ロ に あわせて みじかく コトバ を くぎりながら、 「ゆんとん、 さんじゃい」 で、 いっそう チカラ を いれて こいだ。 オオイシ センセイ も くつくつ わらいながら、 それ に あわせて、
「そんな こと、 いうて も、 たった の、 1 ネンセイ が、 オヤ にも、 ナイショ で、 ミマイ に、 きた ん じゃ もん、 いかん と、 おれる かい、 ゆんとん、 さんじゃい」
 オオイシ センセイ が きゃっきゃっ と わらう と、 センドウ さん も いい キモチ らしく、
「ギリ と、 フンドシャ、 かかねば、 なるまい、 そういう、 もん じゃ よ、 ゆんとん、 さんかよ」
 もう オオイシ センセイ は ハラ を かかえて、 おもうぞんぶん わらった。 ウミ の ウエ では ダレ も キ に する モノ は なく、 その ワライゴエ まで ロ の オト で くぎられながら、 フネ は しだいに オキ に すすみ、 やがて タイガン の ムラ へ と ちかづいて ゆく。 まだ アサゲ の モヤ の きえきらぬ ミサキ の ハナ は、 もう とっく に キョウ の シュッパツ が はじまった らしく、 ちいさな モノオト が しきり に ひびいて きた。 イマゴロ、 あの コドモ たち は どうして いる だろう か。 ジテンシャ で かよって いた とき、 ヨロズヤ の マエ に さしかかる と、 あわてて はしりだして きて いた マツエ、 よく、 ハトバ の ウエ まで でて きて まちうけて いた ソンキ、 ミッカ に イチド は チコク する ニタ、 オシャマ の マスノ、 エンリョヤ の サナエ、 1 ガッキ に 2 ド も キョウシツ で ショウベン を もらした キチジ、 と、 ヒトリヒトリ の ウエ に オモイ を めぐらしながら、 よくぞ あの チビ ども が、 おもいきって イッポンマツ まで こられた もの だ と おもう と、 あの ヒ の、 ホコリ に まみれた アシモト など、 おもいだされて、 イトシサ に、 カラダ が ふるえる ほど だった。
 あの とき は、 ワタシ の ほう が おどろかされた から、 キョウ は ひとつ、 ミンナ を びっくり させて やる……。 ダレ に マッサキ に みつかる だろう か と、 たのしい クウソウ を のせて フネ は すすみ、 ミドリ の コダチ や くろい ちいさな ヤネ を のせて ミサキ は すべる よう に ちかづいて きた。 フタリ の オンナ の コ が スナハマ に たって こちら を みて いる。 1 ネンセイ では ない らしい。 フシギ そう に こちら から メ を はなさない。 ヘンカ に とぼしい ミサキ の ムラ では、 ウミ から の キャク も、 リク から の キャク も みつける に はやく、 コウキ の メ は またたく マ に シュウダン を つくる の だった。 たちどまって いる コドモ たち が 5 ニン に なり、 7 ニン に ふえた と おもう と、 その スガタ は しだいに おおきく なり、 ガヤガヤ サワギ と ともに、 ヒトリヒトリ の カオ の ミワケ も つきだした。 しかし、 コドモ の ほう では ダレ も まだ キモノ の センセイ に ケントウ が つかぬ らしく、 マガオ で みつめて いる。 わらいかけて も わからぬ らしい。 シビレ を きらして おもわず カタテ が あがる と、 がやがや は キュウ に おおきく なって、 さけびだした。
「やっぱり、 オナゴ センセイ じゃあ」
「オナゴ、 センセエ」
「オナゴ センセ が、 きた どぉ」
 ハマベ は もう いつのまにか オトナ まで が まじって の ダイカンゲイ に なった。 センドウ さん の なげた トモヅナ は カンコ の コエ で たぐりよせられ、 チカラ あまって フネ は スナハマ まで ひきあげられる サワギ だった。 ひとしきり わらいさざめいた アゲク、 ともかく ガッコウ へ むかった。 トチュウ で であう ヒトタチ は、 いちいち ミマイ の コトバ を おくった。
「ケガ は どない で ござんす。 あんじよりました」
 センセイ の ほう も いちいち アイサツ を かえした。
「ありがとう ございます。 その セツ は、 オコメ を いただいたり しまして、 すみません でした」
「いいえ、 メッソウ な。 ほんの ココロモチ で」
 すこし ゆく と クワ を かついだ ヒト が、 ハチマキ を はずしかかって いる。 おなじ よう な ミマイ を きいた アト、
「コナイダ は どうも、 きれい な ソラマメ を ありがとう ございました」
 すると、 その ヒト は すこし わらって、
「いやぁ、 ウチ は、 ゴマ を あげました ん じゃ」
 ジブン の バカショウジキサ に キ が つき、 これから は コメ とも マメ とも いわない こと に きめた。 わずか 1 ガッキ だけ の こと だった ので、 1 ネンセイ の フケイ の ホカ は よく カオ も おぼえて いなかった の だ。 その ツギ に であった、 リョウシ らしい フウテイ の ヒト を みる と、 サカナ を くれた の は この ヒト か と おもい、 ヨウジン しいしい、 アタマ を さげた。
「コナイダ は、 ケッコウ な オミマイ を ありがとう ございました」
 すると その ヒト は、 キュウ に あわてだし、
「いや、 なに、 ことづけよう と おもとった ん です が、 つい、 おくれて しもて、 まにあいませなんだ」
 センセイ の ほう も おなじ よう に あわてて、 あかい カオ に なり、
「あら、 どうも シツレイ しました。 オモイチガイ しました の」
 これ が イゼン だったら、 オンナ センセイ は ミマイ を サイソク した と いわれる ところ だったろう。 ゆきすぎる と コドモ たち が わらいだし、 その ナカ の オトコ の コ が、
「センセイ、 セイロク さん ク は、 ヒト に モノ やった ためし が ない のに。 もらう だけ じゃ。 ヤマ へ シゴト に いとって ションベン しとう なったら、 どんな とおうて も、 わが ウチ の ハタケ まで し に いく ヒト じゃ もん」
 わあ と ミンナ が わらった。 その ハナシ は マエ にも イチド きいた こと が あった。 4 ネンセイ に いる その ムスコ が、 クミ で ヒトリ だけ、 どうしても オンガクチョウ を もって こなかった。 その とき で ある。 いつも わすれて くる の か と おもって ただす と、 なきそう に なって うつむいた。 すると ならんで いた セイト が、 かわって こたえた。
「ウタ を なろうて も ゼニモウケ の タシ には ならん いうて、 こうて くれん の じゃ」
 ツギ の ショウカ の とき、 セイイチ と いう その コ に オンガクチョウ を やる と、 うれしそう に うけとった こと を おもいだした。 カレ は、 キョウカショ まで ゼンブ、 タニン の ツカイフルシ を もらって いた。 しかも ムラ で 2 バンメ の シンショモチ だ と いう の だ。 そこ に セイイチ の いない こと で、 ほっと して いる センセイ へ、
「センセ アシ、 まだ いたい ん?」
 マッサキ に きいた の は ニタ で ある。 もう マツバヅエ では なかった に しろ、 やっぱり ビッコ を ひいて いる の を みる と、 ニタ は うたてかった の で あろう。
「センセ、 まだ ジテンシャ に のれん の?」
 コンド は コツル だった。
「そう、 ハントシ ぐらい したら、 のれる かも しれん」
「そんなら、 これから、 フネ で くる ん?」
 ソンキ の シツモン に だまって カオ を ふる と、 コトエ が おどろいて、
「へえ、 そんなら、 あるいて? あんな とおい ミチ、 あるいてぇ?」
 コトエ に とって は わすれられない 2 リ の ミチ だった の だろう。 クウフク と シンパイ で マッサキ に なきだした コトエ で ある。 ナカマハズレ に なりたく ない ばかり に、 ホン の ツツミ を ヤブ に かくして でかけた コトエ は、 フネ で おくりとどけられた とき にも、 ヒトリ キ が ふさいで いた。 どんな に しかられる か と、 びくびく して いた の だ。 しかし、 むかえ に でて いた オバン は、 どこ の オヤ たち より も マッサキ に、 フネ に アユミ の かかる の も まちきれず、 じゃぶじゃぶ と ウミ の ナカ へ はいって ゆき、 どの コ より も マッサキ に コトエ を フネ から だきおろした の で ある。 まるで ガイセン ショウグン の よう に はれがましく アユミ を わたる コドモ ら と それ を むかえる オヤ たち の ナカ で、 コトエ と オバン だけ は ないて いた。 ヤブ へ まわって ホンヅツミ を とって もどりながら、 もう その とき は フタリ とも フダン の カオ に なって はなしあった。
「これから は、 だまって やこい いったら いかん で。 ちゃんと、 そう いうて いかにゃ」
「そう いうたら、 いかして くれへん もん」
「そう じゃ なぁ、 ほんに その とおり じゃ。 ちがいない」
 オバン は ふるえる よう な チカラ の ない ワライゴエ で わらい、
「でも な、 ナニ が なんでも メシ だけ は たべて いかん と、 カラダ に ドク じゃ」
 そう いわれて コトエ は、 センセイ の イエ で ゴチソウ に なった キツネウドン を おもいだした。 おもいだした だけ でも ツバ が でて くる ほど うまかった キツネウドン。 クウフク は キツネウドン の アジ を スウバイ に して コトエ の ミカク に やきついて いた。
 ソノゴ も カノジョ は、 ナンド か キツネウドン の ハナシ を して は、 オオイシ センセイ を おもいだし、 センセイ を おもいだして は キツネウドン を おもいうかべた。 おもいがけず センセイ が やって きた イマ、 カノジョ は また、 あの とおい ミチ と キツネウドン を おもいだしながら、 きいた の で ある。 あんな とおい ミチ を、 あるいてぇ? と。 しかし、 コトエ で なく とも、 コドモ ら は、 キョウ の センセイ を、 ふたたび ガッコウ へ むかえた もの と かんがえて いた。 ダレ も うたがおう と しない タイド を みる と、 センセイ は、 ジョウリク ダイイッポ で キョウ の モクテキ を はっきり させる べき だった と おもった。
 オワカレ に きた のよう……。
 そう さけびながら フネ を おりたら、 ソクザ に そのよう な フンイキ が うまれたろう に と、 くやみながら、 コトエ の コトバ に しがみつく よう に して、 ゆっくり と いった。
「ね、 とおい とおい ミチ でしょ。 そこ を、 ひょこたん、 ひょこたん と、 チンバ ひいて あるいて くる と、 ヒ が くれる でしょ。 それで ね、 だから ね、 ダメ なの」
 それでも コドモ たち には サッシ が つかなかった。 アミモト の モリオカ タダシ が、 タダシ-らしい カンガエ で、
「そんなら センセイ、 フネ で きたら。 ボク、 マイニチ むかえ に いって やる。 イッポンマツ ぐらい、 ヘノカッパ じゃ」
 タダシ は チカゴロ ロ が こげる よう に なり、 それ が ジマン なの で あった。 センセイ も おもわず にこにこ して、
「そうお、 それで ユウガタ は また、 おくって くれる の?」
「うん、 なあ」
 アト を ソンキ に いった の は、 すこし フアン で ソンキ に カセイ を もとめた もの らしい。 ソンキ も、 うなずいた。
「そう、 ありがとう、 でも、 こまった わ。 もっと はやく それ が わかってたら よかった のに、 センセイ もう、 ガッコウ やめた の」
「…………」
「キョウ は、 だから オワカレ に きた の。 さよなら、 いい に」
「…………」
 ミンナ だまって いた。
「ベツ の オナゴ センセイ が、 すぐ きます から ね、 ミナ、 よく ベンキョウ して ね。 センセイ、 とっても ミサキ を すき なん だ けど、 この アシ じゃあ シカタ が ない でしょ。 また、 よく なったら、 くる わね」
 ミンナ イッセイ に うつむいて センセイ の アシモト を みた。 サナエ が メ に いっぱい ナミダ を ため、 それ を こぼすまい と して、 メ を みひらいた まま きらきら さして いる。 カンジョウ を なかなか コトバ に しない サナエ の その ナミダ を みた トタン、 センセイ の メ にも おなじ よう に ナミダ が もりあがって きた。 と おもう と、 キュウ に ハチノス に でも さわった よう に、 わあっと なきだした の は マスノ だった。 すると コトエ や ミサコ や、 キ の つよい コツル まで が、 しくしく やりだした。 ナキゴエ の ガッショウ で ある。 ミサキ ブンキョウジョウ の ふるびた モンサツ の かかった イシ の モン の リョウガワ に、 おおきな ヤナギ と マツ の キ が ある。 その ヤナギ の キ の シタ で、 34~35 ニン の セイト に とりまかれて、 オンナ センセイ も また かまう こと なく ナミダ を こぼした。 マスノ の オンド が あんまり おおげさ だった ので、 キチジ や ニタ まで なきそう に なり、 それ を ガマン して いる ふう だった。 おおきな セイト の ナカ には おもしろそう に みて いる モノ も いた。 ショクインシツ の マド から その コウケイ を みて いた オトコ センセイ は、 フルグツ の サキガワ だけ を のこした ウワバキ を つっかけて とんで きた が、 ワケ を きく と、
「ナン じゃあ、 オナゴ センセイ が せっかく おいでた ん だ から、 わろうて むかえん ならん のに、 ミンナ ハデ に なく じゃ ない か。 さ、 どいた どいた。 オナゴ センセイ、 はやく ナカ へ おはいりなさい」
 しかし ダレヒトリ うごこう とは せず、 しくしく つづけた。
「やれやれ、 ジョシ と ショウジン は なんとか じゃ。 なきたい だけ ないて もらお。 なきたい モノ は、 なんぼでも なけ なけ」
 フルグツ の ウワバキ を ぱっく、 ぱっく オト させて オトコ センセイ が さりかける と、 はじめて ミンナ は わらいだした。 なけ なけ と いわれた の が おかしかった の だ。
 シギョウ の バンギ が なりわたり、 いよいよ キョウ の ベンキョウ も はじまる わけ だ。 その ハジメ に ワカレ の アイサツ を して かえる はず の オオイシ センセイ で あった が、 ワカレ の コトバ を いった アト、 ナニ か に ひっぱられる よう に して、 1、 2 ネン の キョウシツ へ はいった。 ヒサシブリ の オンナ センセイ に、 ミンナ うきうき した。
「じゃあ、 この ジカン だけ、 イッショ に ベンキョウ して オワカレ に しましょう ね。 サンスウ だ けど、 ホカ の こと でも いい わ。 ナニ しよう?」
 はい、 はい と テ が あがり、 まだ ナザシ を しない うち に マスノ が、
「ショウカ」
と さけんだ。 カンセイ と ハクシュ が おこった。 ミンナ サンセイ らしい。
「ハマ で ウタ うたう」
 わあっと、 また、 トキ の コエ が あがる。
「センセ、 ハマ で ウタ うたう」
 マスノ が ヒトリ で オンド を とって いる。
「じゃあ、 オトコ センセイ に そ いって、 ハマ まで おくって きて ね。 フネ が まってる から」
 ぱちぱち と ハクシュ が おこり、 ツクエ が がたがた なった。 オトコ センセイ に ソウダン する と、 それなら ミンナ で おくろう と いう こと に なった。 ビッコ の オオイシ センセイ を とりまく よう に して 12 ニン の 1 ネンセイ が セントウ を あるいた。 いちばん シンガリ の オトコ センセイ は、 ケガ の ヒ イライ ホコリ を かぶって いる オンナ センセイ の ジテンシャ を おして いった。 ミチ で であった ムラ の ヒト も ハマ まで ついて きた。
「コンド は、 ナキッコ なし よ」
 オオイシ センセイ は ヒトリヒトリ の カオ を のぞきながら、
「さ、 ユビキリ、 マア ちゃん も なかないで ね」
「はい」
「コトヤン も」
「はい」
「サナエ さん も」
「はい」
 これ だけ が いちばん ナキムシ だ から、 これだけ ユビキリ した から、 もう だいじょうぶ――。
 ヒトリヒトリ の ちいさな ユビ に ちかいながら、 ハマ へ くる と、 ニタ が オオゴエ で、
「ナニ、 うたう ん?」
と、 マスノ の カオ を みた。
「ホタル の ヒカリ だ、 そりゃあ」
 オトコ センセイ が そう いった が、 1 ネンセイ は まだ ホタル の ヒカリ を ならって いなかった。
「そんなら 1 ネンセイ も しっとる ウタ、 『まなべ や まなべ』 でも うたう かい」
 オトコ センセイ は ジブン の おしえた ウタ を きいて もらいたかった。 しかし マスノ が いちはやく さけんだ。
「ヤマ の カラス」
 カノジョ は よほど 「ヤマ の カラス」 が オキニイリ らしかった。 そして もう、 マッサキ に、 うたいだした の だ。

  ヤマ の カラス が、 もって きた
  あかい ちいさな、 ジョウブクロ

 まだ やっと 1 ネンセイ なのに、 カノジョ の オンドトリ は なれきって いた。 テンサイ と でも いう よう な もの で あろう か。 ちゃんと、 ミンナ を アト に ついて うたわせる チカラ が あった。

  あけて みたらば、 ツキ の ヨ に
  ヤマ が やけそろ、 こわく そろ

 ムラ の ヒト も オオゼイ あつまって きて、 アイサツ を した。 オオイシ センセイ も イッショ に うたいながら、 フネ に のりこんだ。

  ヘンジ かこう と、 メ が さめりゃ
  なんの モミジ の、 ハ が ヒトツ

 くりかえし うたって、 いつか それ も やみ、 しだいに とおざかる フネ に むかって よびかける コエ も ほそりながら、 いつまでも つづいた。
「センセエ――」
「また、 おいでえ」
「アシ が なおったら、 また おいでえ」
「ヤクソク、 した ぞぉ」
「ヤ ク ソ ク し た どぉ」
 サイゴ は ニタ の コエ で、 アト は もう、 コトバ の アヤ も わからなく なった。
「かわいらしい もん じゃ のう」
 センドウ さん に はなしかけられて、 はじめて ワレ に かえりながら、 しかし メ だけ は、 まだ たちさりかねて いる ハマベ の ヒトタチ から はなさず に、
「ホンマ に、 ミンナ、 それぞれ、 えい ヒト ばっかり で のう」
「ムカシ から、 ひちむつかしい ムラ じゃ と いう けんど のう」
「そう よの。 そんな ムラ は、 キゴコロ が わかった と なる と、 むちゃくちゃ に ヒト が ようて のう」
「そんな もん じゃ」
 つよい ヒザシ と ウミカゼ に カオ を さらした まま、 もう ゴマツブ ほど に しか みえない ヒト の スガタ と ともに、 ミサキ の ムラ を ココロ の ナカ に しみこませる よう に、 いつまでも メ を はなさなかった。 ロ の オト だけ の ウミ の ウエ で、 コドモ たち の ウタゴエ は ミミ に よみがえり、 つぶら な メ の カガヤキ は マブタ の オク に きえなかった。

 5、 ハナ の エ

 ウミ の イロ も、 ヤマ の スガタ も、 そっくり そのまま キノウ に つづく キョウ で あった。 ほそながい ミサキ の ミチ を あるいて ホンコウ に かよう コドモ の ムレ も、 おなじ ジコク に おなじ バショ を うごいて いる の だ が、 よく みる と カオブレ の イクニン か が かわり、 その せい で か、 ミンナ の ヒョウジョウ も アタリ の キギ の シンメ の よう に シンセン なの に キ が つく。 タケイチ が いる。 ソンキ の イソキチ も キッチン の トクダ キチジ も いる。 マスノ や サナエ も アト から きて いる。
 この あたらしい カオブレ に よって、 モノガタリ の ハジメ から、 4 ネン の ネンゲツ が ながれさった こと を しらねば ならない。 4 ネン。 その 4 ネン-カン に 「イチオク ドウホウ」 の ナカ の カレラ の セイカツ は、 カレラ の ムラ の ヤマ の スガタ や、 ウミ の イロ と おなじ よう に、 キノウ に つづく キョウ で あったろう か。
 カレラ は、 そんな こと を かんがえて は いない。 ただ カレラ ジシン の ヨロコビ や、 カレラ ジシン の カナシミ の ナカ から カレラ は のびて いった。 ジブン たち が おおきな レキシ の ナガレ の ナカ に おかれて いる とも かんがえず、 ただ のびる まま に のびて いた。 それ は、 はげしい 4 ネン-カン で あった が、 カレラ の ナカ の ダレ が それ に ついて かんがえて いたろう か。 あまり に おさない カレラ で ある。 しかも この おさない モノ の かんがえおよばぬ ところ に、 レキシ は つくられて いた の だ。 4 ネン マエ、 ミサキ の ムラ の ブンキョウジョウ へ ニュウガク した その すこし マエ の 3 ガツ 15 ニチ、 その ヨクトシ カレラ が 2 ネンセイ に シンガク した ばかり の 4 ガツ 16 ニチ、 ニンゲン の カイホウ を さけび、 ニッポン の カイカク を かんがえる あたらしい シソウ に セイフ の アッパク が くわえられ、 おなじ ニッポン の タクサン の ヒトビト が ロウゴク に ふうじこめられた、 そんな こと を、 ミサキ の コドモ ら は ダレ も しらない。 ただ カレラ の アタマ に こびりついて いる の は、 フキョウ と いう こと だけ で あった。 それ が セカイ に つながる もの とは しらず、 ただ ダレ の せい でも なく ヨノナカ が フケイキ に なり、 ケンヤク しなければ ならぬ、 と いう こと だけ が はっきり わかって いた。 その フケイキ の ナカ で トウホク や ホッカイドウ の キキン を しり、 ヒトリ 1 セン ずつ の キフキン を ガッコウ へ もって いった。 そうした ナカ で マンシュウ ジヘン、 シャンハイ ジヘン は つづいて おこり、 イクニン か の ヘイタイ が ミサキ から も おくりだされた。
 そういう はげしい ウゴキ の ナカ で、 おさない コドモ ら は ムギメシ を たべて、 いきいき と そだった。 ゼント に ナニ が まちかまえて いる か を しらず、 ただ セイチョウ する こと が うれしかった。
 5 ネンセイ に なって も、 ハヤリ の ウンドウグツ を かって もらえない こと を、 ニンゲン の チカラ では なんとも できぬ フキョウ の せい と あきらめて、 むかしながら の ワラゾウリ に マンゾク し、 それ が あたらしい こと で カレラ の キモチ は うきうき した。 だから ただ ヒトリ、 モリオカ タダシ の ズック を みつける と、 ミンナ の メ は そこ に そそがれて さわいだ。
「わぁ、 タンコ、 アシ が ひかりよる。 ああ ばば (まぶしい こと)」
 いわれる マエ から タダシ は キ が ひけて いた。 はいて こなければ よかった と コウカイ する ほど はずかしかった。 オンナ の ほう では コツル が ヒトリ だった。 クツ は、 アシ を かわす たび に ぶかぶか と ぬげそう に なった。 コツル は とうとう ズック を テ に もって、 ハダシ に なり、 うらめしそう に クツ を ながめた。 6 ネンセイ の オンナ の コ が ジブン の ゾウリ と とりかえて やりながら、 オオゴエ で、
「わぁ、 トモン ハン じゃ もん、 ワタシ に でも おおきい わ」
 おそらく 3 ネン ほど もたせる つもり で かって やった の だろう が、 コツル は もう こりごり して いた。 ゾウリ の ほう が よっぽど あるきよかった の だ。 ほっと して いる コツル に、 マツエ は わらいかけ、
「な、 コツヤン、 ベント が、 まだ、 ここ で、 ぬくい ぬくい」
 そう いって コシ の アタリ を たたいて みせた。
「ユリ の ハナ の ベントウバコ?」
 コツル が、 いつ かった の だ、 と いう カオ で とう の を、 マツエ は きよわく うけ、
「ううん、 それ は アシタ オトッツァン が こうて きて くれる ん」
 そう いって しまって、 マツエ は はっと した。 ミッカ マエ の こと を おもいだした の だ。 ミサコ も マスノ も、 フタ に ユリ の ハナ の エ の ある アルマイト の ベントウバコ を かった と きいて、 マツエ は ハハ に ねだった。
「マア ちゃん も、 ミイ さん も、 ユリ の ハナ の ベントウバコ こうた のに、 ウチ にも はよ こうて おくれ いの」
「よしよし」
「ホンマ に、 こうて よ」
「よしよし、 こうて やる とも」
「ユリ の ハナ の ど」
「おお、 ユリ なと キク なと」
「そんなら、 はよ チリリンヤ へ たのんで おくれ いの」
「よしよし、 そう あわてるない」
「ほたって、 よしよし ばっかり いう ん じゃ もん。 マッチャン、 チリリンヤ へ いって こう か」
 それで はじめて カノジョ の ハハ は シンケン に なり、 コンド は よしよし と いわず に、 すこし ハヤクチ で、
「ま、 ちょっと まって くれ、 ダレ が ゼニ はらう ん じゃ。 オトッツァン に もうけて もろて から で ない と、 アカハジ かかん ならん。 それ よか、 オカアサン が な、 アルマイト より も、 もっと ジョウトウ の を みつけて やる」
 そう いって その バ を ながされた の だ が、 マツエ の ため に さがしだして くれた の が、 ふるい ムカシ の ヤナギゴウリ の ベントウイレ と わかる と、 マツエ は がっかり して なきだした。 いまどき ヤナギゴウリ の ベントウイレ など、 ダレ も もって いない こと を、 マツエ は しって いた の だ。 ヨノナカ の フキョウ は チチ の シゴト にも たたって、 ダイク の チチ が、 シゴト の ない ヒ は、 クサトリ の ヒヨウ に まで いって いる ほど だ から、 ベントウバコ ヒトツ でも なかなか かえない こと も わかって いた。 しかし マツエ は、 どうしても ほしかった の だ。 ここ で ヤナギゴウリ を うけいれたら、 いつまで たって も ユリ の ハナ の ベントウバコ は かって もらえまい と いう こと を、 マツエ は かんじて、 ごねつづけ、 とうとう なきだした の で ある。 しかし ハハオヤ も なかなか まけなかった。
「フケイキ なん だ から、 ちっと ガマン しい。 ライゲツ に なって、 ケイキ が よかったら、 ホンマ に かおう じゃ ない か。 なあ、 マツ は いちばん おおきい から、 もっと ききわけいで どう すりゃ」
 それでも マツエ は しくしく ないて いた。 いつ やむ とも しれない ほど、 しんねり なきつづける の は、 よほど の オモイ に ちがいない。 そのまま つづけば いつ やむ とも しれぬ ナキブリ で あった が、 やがて、 なく どころ で ない こと が おこった。 カノジョ の ハハ は、 きりっと した コエ で いった。
「マツ、 ベントウバコ は きっと こうて やる。 ユビキリ して も ええ。 そのかわり オマエ、 サンバ さん とこ へ、 ヒトッパシリ いって きて くれ や。 オオイソギ で きて つかあされ、 いうて な。 イキシナ に、 ヨロズヤ の バアヤン にも、 ちょっと きて もろて くれ。 こんな はず ない ん じゃ けんど、 おかしい な」
 アト の ほう は ヒトリゴト の よう に いって、 ナンド に フトン を しきだした ハハオヤ を みる と、 さすが に マツエ も なきやみ あわてて イエ を とびだした。 ちいさい カラダ を ツブテ の よう に はしらせながら、 カノジョ の ココロ には ヒトツ の タノシミ が ふくらんで きた。 それ は ユビキリ して も よい と いった ハハ の コトバ だった。 サンバ さん の イエ は ホンソン の トッツキ に あった。 カエリ は トチュウ まで ジテンシャ に のせて くれ、 すこし ノボリザカ の ところ まで くる と、 としとった サンバ さん は ジテンシャ を とめ、
「オマエ は、 ここ で おりて くれ、 イッコク も はよう いかん ならん」
 マツエ は こっくり して、 ジテンシャ の アト から はしった。 ジテンシャ は みるみる とおざかり、 すぐ ヤマ の ナカ へ きえて いった。 オオイシ センセイ の ジテンシャ イライ、 オンナ の ジテンシャ も ようやく はやりだして、 イマ では もう めずらしく なかった が、 それ だけ に はしりさった サンバ さん の ジテンシャ を みて、 マイニチ アサ はやく おきて、 てくてく、 マチ まで あるいて シゴト に ゆく チチオヤ にも、 ジテンシャ が あれば、 どれほど たすかる か と、 ふと おもった。
 はしって かえる と、 もう アカンボウ は うまれて いた。 いそがしそう に タスキガケ で ミズ を くんで いた ヨロズヤ の オバサン は、 マツエ を みる なり いった。
「マッチャン よ、 オマエ、 えらかろう が、 オオイソギ で カマ の シタ たいて おくれ」
 バケツ の まま カマ に ミズ を あけて おいて から、 コゴエ で、
「こんまい オンナ の コ じゃ。 ツキタラズ じゃ と いな。 でも、 ええ じゃ ない か、 なあ マッチャン。 また オンナ で オトッツァン は うんざり しよう けんど、 オンナ の コ は ええ。 チュウギ は できん けんど、 10 ネン も たったら、 マッチャン じゃって、 どない シュッセ する か しれた もん じゃ ない」
 なんの イミ か よく わからぬ まま、 マツエ は カマ の シタ を たきつづけた。 ハハオヤ に ナニ か コト が ある と、 トシヨリ の いない マツエ の イエ では、 ちいさい とき から マツエ が カマド に たたねば ならなかった。
 それから ミッカ-メ、 はじめて ベントウ を もって ホンコウ へ ゆく マツエ は、 ナンド に ねて いる ハハオヤ に チュウイ されながら、 ユゲ の でて いる ゴハン を カマ から ベントウバコ に つめた。
「オトッツァン の は、 リョウ-ゴウリ ぎゅうぎゅう に つめこんで あげよ。 オマエ の は かるく いれて な、 なにせ、 おおきい ベントウバコ じゃ もん。 ウメボシ は みえん ほど ゴハン の ナカ に おしこまにゃ、 フタ に アナ が あく さかい」
 チノミチ が おこりそう だ と いって、 シカメガオ に、 テヌグイ で ハチマキ を して ねて いる ハハ を、 おさない マツエ は キ にも かけず、
「オカアサン、 ユリ の ハナ の ベントウバコ、 ホンマ に こうて よ。 いつ こうて くれる ん?」
「オカアサン が、 おきれたら」
「おきれたら、 その ヒ に、 すぐに?」
「ああ、 その ヒ に」
 マツエ は うれしくて、 キョウ かりて もって ゆく チチオヤ の アルミ の ベントウバコ の オオキサ も キ に かからなかった。 マツエ ぐらい の オンナ の コ なら、 3 ニン ブン は ゆうに はいる おおきな、 ふかい ベントウバコ が、 ショウガッコウ の キョウシツ では どれほど コッケイ に みえる か を、 カノジョ は かんがえなかった。 ヤナギゴウリ より は その ほう が よい と おもった の だ。 それ どころ か、 カラダ に つたわって くる ベントウ の ヌクミ は、 カノジョ の ココロ を ほかほか と あたためつづけて いた。 コツル の トイ に、 おもわず、 アシタ と こたえた けれど、 アシタ は かって もらえない。 しかし、 アサッテ は かって もらえる かも しれない と かんがえる と、 カノジョ は ヒトリ わらえて きた。 こんな、 あたたかい キモチ で でかけて いった マツエ で あった。 マツエ に かぎらず、 ミンナ なにかしら うれしがって いた。 マスノ は あたらしい セーラー フク を きて ジマン らしかった し、 コトエ は オバン の つくって おいて くれた ゾウリ の ハナオ に あかい キレ の ないこんで いる の が うれしそう だった。 まるで ダイガクセイ の きる よう な こまかい サツマガスリ の アワセ を きせられて いる サナエ は、 あかい ハッカケ (スソマワシ) を キ に して、 ときどき うつむいて みて いる。 ジミ な その キモノ を ヒト に わらわれない うち に、 サナエ の ハハ は いった の で ある。
「なんと、 ジミ-すぎて おかしい か と おもうたら、 あかい ハッカケ で ひきたつ こと。 そんで また、 これ が サナエ に にあう と いうたら。 この キモノ きたら、 かしこげ に みえる わ。 スソ に ちろちろ あかい の も みえて、 みごとい、 みごとい。 よかったぁ」
 これだけ ほめられる と、 サナエ は ショウジキ に それ を しんじこんだ。 キモノ を きて いる の は コトエ と フタリ だけ で、 コトエ も また ハハオヤ の だった らしい くろっぽい、 トビモヨウ の ある メンメイセン を きて いた。 ホンダチ ソノママ らしく、 コシアゲ も カタアゲ も もりあがって いる。 しかし カノジョ の ジマン は、 サキバナオ に あかい キレ の ついた ゾウリ の ほう だった。 ヤブ の ソバ の クサムラ を とおる とき、 コトエ だけ は、 ふっと、 オオイシ センセイ を おもいだし、 イッポンマツ の ほう を みた。
「コイシ センセイ!」
 したしく、 ココロ の ナカ で よびかけた つもり なのに、 まるで それ が きこえた か の よう に、 コツル が よって きた。
「コイシ センセイ の こと、 しっとん?」
「ナニ?」
 しらない と わかる と、 コンド は サナエ に、
「しっとん? サナエ さん」
「ナニ を?」
 コツル は オオゴエ で、 ぐるぐる と みまわし、
「ミンナ、 コイシ センセイ の こと、 しっとる か?」
 ニュース は、 いつだって コツル から で ある。 ミンナ は おもわず コツル を とりまいた。 トクイ の コツル は、 レイ の とおり シノ で きった よう な ほそい メ を みはり、 みはって も いっこう ひろがらない メ で ミンナ を みまわし、
「コイシ センセイ な、 あのな、 えい こと ことこと コンペイト」
 そして マスノ の ミミ に くしゃくしゃ と ささやいた。 フタリ だけ の ジマン に しよう と した のに、 マスノ は すっとんきょう に さけんだ。
「わあ、 ヨメサン に いった ん!」
 コツル は、 まだ ある ん だ と ばかり に、
「な、 ほて な、 あのな」 と わざと ゆうゆう に なり、
「シンコン レンコン (シンコン リョコウ) なあ、 おしえて やろう か」
「うん」
「うん」
「コ が つく とこ。 ン が つく とこ。 ピ が つく とこ。 ラ が つく とこ」
「わかった、 コンピラ マイリ」
「そう」
 わあっと コエ が あがった。 100 メートル ほど も サキ に なった ジョウキュウセイ の オトコ の コ たち が ふりかえった が、 そのまま いって しまう と、 ミンナ も とっとと、 その アト を おいながら、 クチ だけ は やかましく コイシ センセイ の ウワサ を した。 それ は オトトイ の こと で、 キノウ コツル の チチ が きいて きた ハナシ だ と いう こと も わかった。 ヨメ に いった と すれば、 コイシ センセイ は もう ガッコウ を やめる の では なかろう か と いう の が マスノ の イケン だった。 コツル が それ に サンセイ し、 コバヤシ センセイ も、 ヨメ に いく ので やめた と、 キオク の よい ところ を みせた。 そして また、 やめて もらいたく ない と いう キボウ を いちはやく クチ に だした の も マスノ で あった。 めずらしく サナエ と コトエ が サンセイ した。 サナエ が コトエ に、
「コイシ センセイ、 も イッペン あいたい もん なあ」
「うーん。 いつ かしらん、 ウドン、 うまかった なあ」
 コトエ が いった。 ミンナ は それで、 4 ネン マエ の こと を はっきり おもいだした。 その コイシ センセイ が、 キョウ ガッコウ に きて いる か どう か は、 ミンナ に とって ダイモンダイ に なって きた。 ミンナ の アシ は、 しらずしらず はやく なった。 なかば はしりながら マスノ は、
「カケ しよう か、 コイシ センセイ きとる か、 きとらん か」
「しよう、 ナニ かける ん?」
 うてば ひびく ハヤサ で、 コツル が おうじた。
「まけたら、 ええと、 ええと、 スッペ (シッペイ) イツツ」
 モリオカ タダシ が そう いう と、 マスノ は ミギテ を たかく あげながら、
「スッペ イツツ なら、 まけて も ええ わ。 ウチ、 センセイ きーとる」
「ウチ も」
「ウチ も」
 なんの こと は ない、 ミンナ コイシ センセイ が きて いる と いう の だ。 とうとう カケ は ながれた まま、 ガッコウ へ ちかづいた。 さすが に シンニュウセイ の 5 ネンセイ は キマジメ な カオ を して コウモン を くぐった。 ひょいと みる と ショクインシツ の マド から コイシ センセイ が こちら を みて いる。 おいで おいで と テ を ふられる と、 ミンナ は その ほう へ はしって いった。
「もう くる か、 もう くる か と おもって、 まってた のよ。 ちょっと まって」
 そう いって でて きた コイシ センセイ は、 あるきながら ミンナ を ドテ の ほう へ つれて いった。
 ヒトリヒトリ の カオ を みながら、
「おおきく なった じゃ ない の。 いまに センセイ に おいつく わ。 あら、 コツヤン なんか、 おいこしそう だ」
 コツル に カタ を ならべ、
「へえ、 まけた。 でも しょうがない、 コイシ センセイ だ もん ね」
 ミンナ わらった。
「アンタラ が コイシ センセイ と いった もん で、 いつまで たって も オオイシ センセイ に なれない じゃ ない の」
 また わらった。 わらい は する が、 ダレ も まだ、 なんとも いわない。
「いやに、 おとなしい のね。 5 ネンセイ に なったら、 こんな、 おとなしく なった の」
 それでも にこにこ して いる だけ なの は、 コイシ センセイ が、 なんだか マエ と すこし かわって みえた から だった。 イロ も しろく なって いる し、 ソバ に くる と、 スミレ の ハナ の よう に いい ニオイ が した。 それ は ヨメサン の ニオイ だ と いう の を、 ミンナ は しって いた。
「センセ」
 マスノ が やっと クチ を きった。
「センセイ、 ショウカ おしえて くれる ん?」
「そう。 ショウカ だけ じゃ ない わ。 アンタタチ の ウケモチ よ、 コンド」
 わあっと カンセイ が あがり、 キュウ に うちとけて しゃべりだした。 センセイ、 センセイ と ダレ か が よびつづける。 よびつづけながら ミサキ の ムラ の いろんな デキゴト が、 その ウミ の イロ や カゼ の オト まで つたわって くる よう に わかった。 コトエ の ウチ では サイキン、 オバアサン が ソッチュウ で なくなり、 ソンキ の オカアサン は リョウマチ で ねこんで いる と いう。 サナエ の オデコ の カスリキズ は、 つい こないだ、 ミサコ と フタリ で カタ を くんで スキップ で はしって いて、 ドウロ から ハマ に おちた とき の ケガ だ と わかった し、 キッチン の イエ では ブタ が 3 ビキ も トン-コレラ で しんで しまい、 オカアサン が ねこんだ、 など と ハナシ は つきなかった。
 コツル は、 センセイ の カラダ を つかまえて、 ゆすぶり、
「センセイ、 ニタ、 どうして こなんだ か?」
「あ、 それ きこう きこう と おもってた の。 どうした の、 ビョウキ?」
 すぐに は こたえず、 ミンナ カオ みあわせて わらって いる。 センセイ も つられて わらいながら、 これ は きっと ニタ が、 トッピョウシ も ない こと を しでかした に ちがいない と、 ふと おもった。
「どうした のよ。 ビョウキ じゃ ない の?」
 サナエ の カオ を みて いう と、 サナエ は だまって カブリ を ふり、 メ を ふせた。
「ラクダイ」
 ミサコ が こたえた。
「あら、 ホント?」
 おどろいて いる センセイ を、 わらわせよう と でも する よう に コツル は、
「いつも、 ハナ、 たらしとる さかい」
 ミンナ は わらった が、 センセイ は わらわなかった。
「そんな こと ウソ よ。 ハナ たらして ラクダイ なら、 ミンナ 1 ネンセイ の とき ラクダイ した わ。 ビョウキ か なんか で、 たくさん やすんだ ん でしょ」
「でも、 オトコ センセイ が そう いう た。 ハナタレ も シダイオクリ と いう のに、 ニタ は 4 ネンセイ に なって も ハナタレ が なおらん から、 も イッペン 4 ネンセイ だ って」
 コツル の ハナシ に、 ミンナ が つんつん ハナ を すすった。 それ には センセイ も ちょっと わらった が、 すぐ、 シンパイ そう な カオ に なった。 シギョウ の カネ が なった ので、 ミンナ と わかれた センセイ は、 ショクインシツ に もどりながら、 ニタ の こと きり かんがえて いなかった。 かわいそう に と つぶやいた。 ラクダイ した ニタ が、 オトウト の サンキチ と ドウキュウセイ に なって もう イチド やりなおす 4 ネンセイ を おもう と、 キモチ が くもって きた。 ハナタレ も シダイオクリ と、 ホント に オトコ センセイ が いった と したら、 ニタ を 4 ネンセイ に とどめる こと こそ、 ハナ を タレッパナシ に させて おく こと の よう に おもった の だ。 あの カラダ の おおきな ニタ の ムジャキサ が、 それ で うしなわれる と したら、 ニタ の イッショウ に ついて まわる フコウ の よう に おもえて、 キョウ、 ヒトリ とりのこされた ニタ の サビシサ が、 ひしひし と せまって きて、 また くりかえした。

  ハナタレ も、 シダイオクリ
  ハナタレ も、 シダイオクリ

 ニタ は どうして とりのこされたろう。
 それ を タケイチ に でも もう イチド きこう と おもった オオイシ センセイ は、 オヒルヤスミ の ジカン を まって、 ソト へ でた。 ウンドウジョウ の みわたせる ドテ の ヤナギ の シタ に たつ と、 タケイチ は みあたらず、 マッサキ に とらえた の は マツエ だった。 マツエ は なぜか ヒトリ コウシャ の カベ に もたれて しょんぼり して いた。 まねく と ドテ の シタ まで はしって きて、 そっくり そのまま ハハオヤ に つうじる メ で わらった。 テ を のばす と、 ますます ハハオヤニ の カオ を して、 きまりわるそう に ひっぱりあげられた。 ニタ の こと を きこう と する センセイ とも しらず、 マツエ は、 ジブン ヒトリ の キヅマリサ から のがれよう と でも する よう に、 せっぱつまった コエ で よびかけた。
「センセ」
「ナアニ」
「あの、 あの、 ウチ の オカアサン、 オンナ の コ うんだ」
「あら そう、 おめでとう。 なんて ナマエ?」
「あの、 まだ ナマエ ない ん。 オトツイ うまれた ん じゃ もん。 アシタ、 アサッテ、 シアサッテ」
と、 マツエ は 3 ボン の ユビ を ゆっくり と おり、
「ムイカザリ (ナヅケビ)。 コンド、 ワタシ が すき な ナマエ、 かんがえる ん」
「そう、 もう かんがえついた の?」
「まだ。 さっき かんがえよった ん」
 マツエ は うれしそう に ふっと わらい、
「センセ」
と、 いかにも コンド は ベツ の ハナシ だ と いう ふう に よびかけた。
「はいはい。 なんだか うれしそう ね。 ナアニ」
「あの、 オカアサン が おきられる よう に なったら、 アルマイト の ベントウバコ、 こうて くれる ん。 フタ に ユリ の ハナ の エ が ついとる、 ベントバコ」
 すうっ と かすか な オト を させて イキ を すい、 マツエ は カオ いっぱい に ヨロコビ を みなぎらせた。
「あーら、 いい こと。 ユリ の ハナ の エ が ついとる の。 ああ、 アカチャン の ナマエ も それ なの?」
 すると マツエ は、 ハジライ と ヨロコビ を、 コンド は カラダジュウ で しめす か の よう に カタ を くねらせて、
「まだ、 わからん の」
「ふーん。 わかりなさい よ。 ユリ ちゃん に しなさい。 ユリコ? ユリエ? センセイ、 ユリエ の ほう が すき だわ。 ユリコ は コノゴロ たくさん ある から」
 マツエ は こっくり うなずいて、 うれしそう に センセイ の カオ を みあげた。 マツエ の メ が こんな にも やさしい の を、 はじめて みた よう な キ が して、 センセイ は その ながい マツゲ に おおわれた くろい メ に、 ジブン の カンジョウ を そそいだ。 ニタ の こと は もう、 ひとまず ながして、 ココロ は いつか なごんで いた。 マツエ に とって も また、 その スウバイ の ヨロコビ だった。 センセイ に いわなかった けれど、 オヒル の ベントウ の とき、 マツエ は おおきな チチ の ベントウバコ を、 コツル や ミサコ から わらわれた の で ある。 それで、 カノジョ は ヒトリ ミンナ から はなれて いた の だ。 しかし イマ は、 その しょげた キモチ も アサツユ を うけた ナツクサ の よう に、 ゲンキ を もりかえした。 ジブン だけ が、 トクベツ に センセイ に かまわれた よう な ウレシサ で、 これ は ナイショ に して おこう と おもった。 だのに その ヒ、 カエリミチ で カノジョ は つい クチ に だして しまった。
「ウチ の ネネ、 ユリエ って ナマエ つける ん」
「ユリエ? ふうん、 ユリコ の ほう が キ が きいとら」
 はねかえす よう に コツル が いった。 マツエ は ムネ を はって、
「それでも、 コイシ センセイ、 ユリエ の ほう が めずらして、 ええ って いうた」
 コツル は わざと とびあがって、
「へえ、 なんで コイシ センセイ が。 へえ!」
 ナニ か を さぐりあてよう と でも する よう な メ で マツエ の カオ を のぞきこみ、
「あ、 わかった」
 ならんで いた ミサコ を ウシロ の ほう へ ひっぱって いって、 こそこそ ささやいた。 フジコ、 サナエ、 コトエ と じゅんじゅん に その ミミ に クチ を よせ、
「なあ、 そう じゃ な」
 オトナシグミ の 3 ニン は コツル の イイブン に サンセイ できない こと を、 キヨワ な ムゴン で あらわす ばかり で、 マツエ を コリツ させよう と した コツル の タクラミ は くずれて しまった。 よく キ の あう マスノ が、 キョウ は ハハ の ミセ に よって、 ここ に いない の が コツル の ヨワサ に なって いた。 カノジョ は ミンナ に、 マツエ が ヒイキ して もらう ため に、 ヒトリ コイシ センセイ に へつらった と いった の で ある。 その ため に かえって ジブン から コリツ した コツル は、 ヒトリ フキゲン に だまりこんで、 とっとと サキ を あるいて いった。 ミンナ も その アト から だまって ついて いった。
 ヒトツ ハナ を まがった とき で ある。 マエ の コツル が キュウ に たちどまって ウミ の ほう を ながめた。 サキ に たつ もの に ならう ガン の よう に、 ミンナ も おなじ ほう を みた。 コツル が あるきだす と また あるく。 やがて、 いつのまにか ミンナ の シセン は ヒトツ に なって ウミ の ウエ に そそがれ、 あるく の を わすれて しまった。
 ハジメ から コツル は しって いた の で あろう か。 それとも たったいま、ミンナ と イッショ に きづいた の で あろう か。 しずか な ハル の ウミ を、 1 ソウ の ギョセン が ハヤロ で こぎわたって いた。 テヌグイ で、 ハチマキ を した ハダカ の オトコ が フタリ、 ちからいっぱい の カッコウ で ロ を おして いる。 ニチョウロ の アト が、 はばひろい ロアシ を ひいて、 はしる よう に タイガン の マチ を さして とおざかって ゆく の だ。 もう ケンカ どころ で なかった。
 ナン じゃろ?
 ダレ の ウチ の デキゴト じゃろう?
 ミンナ メ を みあわした。 きえさりつつ あたらしく ひかれて ゆく ロアシ から、 ミサキ の ムラ に ダイジケン が トッパツ した こと だけ が わかった。 キュウビョウニン に ちがいない。 フネ の ドウノマ に ひろげた フトン が みられ、 そこ に ダレ か が ねかされて いる と さっした。 しかし、 またたく マ に フネ は とおざかり、 のりこんで いる ヒト の ハンベツ も つかなかった。 まるで それ は、 シュンカン の ユメ の よう に、 とぶ トリ の カゲ の よう に すぎた。 だが、 ダレヒトリ ユメ と かんがえる モノ は いなかった。 1 ネン に イチド か 2 ネン に イチド、 キュウビョウニン を マチ の ビョウイン へ はこんで ゆく ミサキ の ムラ の ダイジケン を、 さかのぼって コドモ たち は かんがえて いた。 かつて コイシ センセイ も こうして はこばれた の だ。 ケガ を した か、 キュウセイ の モウチョウエン か。
 ナン じゃろう?
 ダレ ぞ モウチョウ の ヒト、 おった かい や?
 アト から おいついて きた オトコ の コ も イッショ に かたまって ヒョウジョウ した。 オンナ は ダレ も コエ を たてず、 オトコ の コ が ナニ か いう たび に その カオ に メ を そそいだ。 そんな ナカ で マツエ は ふと、 ケサ イエ を でかける とき の ハハ の カオ を おもいうかべた。 シュンカン、 くろい カゲ の さした よう な フアン に とらわれた が、 そんな はず は ない の だ と、 つよく うちけした。 しかし、 ズツウ が する とて カオ を しかめ、 テヌグイ で きつく きつく ハチマキ を した、 その ムスビメ の ところ の ヒタイ に よって いた、 もりあがった シワ を おもいだす と、 なんとなく はらいきれぬ フアン が せまって きた。 ハジメ に、 キョウ は チチ に やすんで もらいたい と いった ハハ、 しかし チチ は シゴト を やすむ わけ には いかなかった。
「マツエ を やすませりゃ、 ええ」
 チチ が、 そう いう と、 そんなら ええ と いい、 マツエ に むかって、
「ガッコウ、 はじめて なのに なぁ。 だけんど、 あそばん と もどって くれ なあ」
 おもいだして マツエ は どきどき して きた。 すると いつのまにか アシ は、 ミンナ の サキ を はしりだして いた。 ホカ の コドモ も ついて はしった。 アシ が もつれる ほど はしりつづけて、 ようやく ミサキ の ヤナミ を みた とき には、 マツエ の ヒザ は がくがく ふるえ、 カタ と クチ と で イキ を して いた。 ムラ の トッツキ が ヨロズヤ で あり、 その トナリ の ワガヤ に、 オシメ が ひらひら して いる の を みて、 アンシン した の で ある。 しかし、 その アンシン で なきそう に なった カノジョ は、 コンド は シンゾウ が とまりそう に なった。 イドバタ に いる の が ハハ では なく、 ヨロズヤ の オバサン だ と キ が ついた から だ。 はずんだ イシコロ の よう に サカミチ を かけおりた マツエ は、 ワガヤ の シキイ を またぐ なり、 はしって きた ソノママ の アシ の ハコビ で、 ハハ の ねて いる ナンド に とびこんだ。 ハハ は いなかった。
「オカアサン……」
 ひっそり と して いた。
「オカア、 サン……」
 ナキゴエ に なった。 ヨロズヤ の ほう から アカンボウ の なく の が きこえた。
「うわあ、 わあ、 オカアサーン」
 チカラ の かぎり オオゴエ で なきさけぶ マツエ の コエ は、 ソラ にも ウミ にも ひびけ と ばかり ひろがって いった。

 6、 ツキヨ の カニ

 5 ネンセイ の キョウシツ は カワップチ に あたらしく たった コウシャ の トッツキ で あった。 カワ に むかった マド から のぞく と、 オクミ の よう な カタチ の、 せまい サンカクチ を はさんで、 たかい イシガキ は カワドコ まで チョッカク に きずかれて いた。 キケン ボウシ の ドテ は ジメン から 3 ジャク ほど の タカサ で めぐらして あった が、 ドテ は あまり ヨウ を なさず、 コドモ ら は わずか な アソビジカン をも カッテ に イシガキ を つたって、 カワ の ナカ へ おりて いった。 おもに オトコ の コ だった。 カワカミ に イエ は 1 ケン も なく、 ちろちろ の ミズ は きれい だった。 ヤマ から ながれて きて はじめて、 ここ で ヒト の ハダ に ふれる ミズ は、 おどろく ほど、 つめたく すみきって いた。 コドモ ら に とって は、 ただ テアシ を ふれて いる だけ で、 じゅうぶん マンゾク の できる、 こころよい カンショク で あった。 ミズ は ここ で はじめて ヒト の テ に ふれ、 せきとめられて にごった。 ダレ が いいだした の か ウナギ が いる と いう ウワサ が たって から、 コドモ たち の ネツイ は カワゾコ に あつまり、 マイニチ ドテ の ケンブツ と カワ の リョウシ との アイダ で ときならぬ ヤリトリ が つづいた。 カワドコ の イシ を めくって は、 まだ イチド も とれた こと の ない ウナギ を さがして いる の だ が、 でて くる の は カニ ばかり で ある。 それでも けっこう おもしろい らしく、 リョウシ も ケンブツ も ふえる ばかり だった。 クルブシ を かくしかねる ほど の スイリョウ は、 アソビバ と して も キケン は なく、 だから コイシ センセイ も だまって ながめて いた。
「センセ、 ズガニ、 あげよ か」
 ホゴショク なの か ドロイロ を して、 アシ に あらい ケ の ある カニ を つかまえて、 ウデ いっぱい さしだした の は モリオカ タダシ だった。
「いらん、 そんな もん」
「たべられる のに、 センセ」
「いや だ、 そんな もん たべたら、 アシ や テ に ヒゲ が はえる もの」
 カワゾコ と ドテ から どっと ワライゴエ が おこった。 マドギワ の センセイ も もちろん わらいころげた の だ が、 つい サッキ まで の センセイ は、 そんな ワライ とは とおい キモチ で、 マド の ソト に くりひろげられた フウケイ を ながめて いた の で あった。 カワ の ナカ でも ドテ の ウエ でも、 ミサキ の コドモ ら は しらずしらず かたまって いた。 だが、 そこ に マツエ の スガタ は みる こと が できない。 その メ に みえぬ スガタ が、 ときどき センセイ の ココロ を センリョウ して しまう の だ。
 ハハオヤ が なくなって から、 マツエ は イチド も この キョウシツ に スガタ を あらわさなかった。 マドギワ の、 マエ から 3 バンメ の マツエ の セキ は、 もう 2 カゲツ も カラッポ の まま で ある。 ニュウガク の ヒ の こと を おもいだして、 ユリ の ハナ の エ の ついた ベントウバコ を ミヤゲ に マツエ の イエ を たずねた の は、 カノジョ の ハハオヤ が なくなって から ヒトツキ ぐらい たって いた。 ちょうど カワモト ダイク も イエ に いて、 オトコナキ に なきながら、 アカンボウ が しなない かぎり、 マツエ を ガッコウ には やれぬ と いった。 あまり に ジジョウ が メイハク なので、 それでも マツエ を ガッコウ に よこせ とは いえず、 だまって マツエ の カオ を みた。 ちいさな アカンボウ を おぶった まま、 チチオヤ の ワキ に ちょこんと すわって マツエ も だまって いた。 へんに マブタ の はれて みえる カオ は、 アタマ の ハタラキ を うしなった よう に ぼんやり して いた。 その ヒザ の ウエ へ、
「マッチャン、 これ、 ユリ の ハナ の ベントウバコ よ。 アンタ が ガッコウ に こられる よう に なったら、 つかいなさい ね」
 あまり うれしそう にも せず、 マツエ は コックリ を した。
「はやく、 ガッコウ へ こられる と いい わね」
 いって しまって、 はっと した。 それ は アカンボウ に はやく しね と いう こと に なる の だ。 おもわず あかく なった が、 マツエ たち オヤコ には、 はっきり ひびかなかった らしく、 ただ カンシャ の マナザシ で うけとられた。
 まもなく アカンボウ が なくなった と きき、 マツエ の ため に ほっと した の だ が、 マツエ は なかなか スガタ を みせなかった。 マスノ や コトエ たち に ヨウス を きいて も ラチ が あかず、 センセイ は とうとう テガミ を かいた。 トオカ ほど マエ に なる。

――マツエ さん、 アカチャン の ユリエ ちゃん は、 ホント に かわいそう な こと を しました ね。 でも もう、 それ は シカタ が ありません から、 ココロ の ナカ で かわいがって あげる こと に して、 アナタ は ゲンキ を だしなさい ね。 ガッコウ へは、 いつから こられます か。 センセイ は、 マイニチ マッチャン の カラッポ の セキ を みて は、 マッチャン の こと を かんがえて います。
はやく こい、 こい、 マッチャン。 はやく きて、 ミンナ と イッショ に、 ベンキョウ しましょう。――

 テガミ は マツエ の イエ と いちばん ちかい コトエ に ことづけた。 しかし その テガミ が、 マツエ に とって どれほど ムリ な チュウモン で ある か を センセイ は しって いた。 アカンボウ の ユリエ が いなく なって も、 マツエ には まだ テイマイ が フタリ あった。 5 ネンセイ に なった ばかり の カノジョ は、 おさない ズノウ と ちいさな カラダ で、 むりやり イッカ の シュフ の ヤク を うけもたされて いる の だ。 どんな に それ が いや でも、 ぬけだす こと は できない。 チチオヤ を ハタラキ に だす ため には、 ちいさな マツエ が カマド の シタ を たき、 ススギ センタク も せねば ならぬ。 ヒヨコ の よう に キョウダイ 3 ニン よりあって、 チチオヤ の カエリ を まって いる だろう あわれ な スガタ が メノマエ に ちらつく。 ホウリツ は この おさない コドモ を ガッコウ に かよわせる こと を ギム-づけて は いる が、 その ため に コドモ を まもる セイド は ない の だ。
 ヨクジツ、 コトエ は センセイ の カオ を みる なり ホウコク した。
「センセイ、 キノウ マッチャン ク へ テガミ を もって いったら、 しらん ヨソ の オバサン が きとった。 マッチャン おります か、 いうたら、 おりません いうた ん。 シカタ が ない から、 これ マッチャン に わたして、 いうて、 その オバサン に たのんで きた ん」
「そう、 どうも ありがとう。 マッチャン の オトウサン は?」
「しらん。 みえなんだ。 ――その オバサン、 オシロイ つけて、 きれい キモノ きとった。 マッチャン ク へ ヨメ に きた ん と ちがう か って、 コツル さん が いう んで」
 コトエ は ちょっと ハニカミワライ を した。
「そう だ と、 マッチャン も ガッコウ へ こられて いい けど ね」
 それから また トオカ イジョウ たった が、 マツエ は スガタ を みせない。 テガミ は よんだろう か と、 ふと ココロ に カゲ の さす オモイ で、 マド の シタ を みて いた の だった。 ズガニ を 3 ビキ とった タダシ は、 それ を アキカン に いれて とくとく と して イシガキ を のぼって きた。 サンカクケイ の アキチ に ある アンズ の キ は ナツ に むかって あおあお と しげり、 くろい カゲ を ドテ の ウエ に おとして いる。 その マシタ に かたまって、 ミサキグミ の ジョセイト たち は ズガニ の ユウシ を むかえ、 ワレガチ に いった。
「タンコ、 1 ピキ くれ なぁ」
「ウチ にも、 くれ なぁ」
「ワタシ も な」
「ヤクソク ど」
 カニ は 3 ビキ なのに キボウシャ は 4 ニン なの だ。 タダシ は かんがえながら あがって きて、
「くう か、 くわん の か?」
 ミンナ の カオ を みまわした。 くう モノ に やろう と おもった の だ。 いちはやく コツル が、
「くう くう。 ツキヨ の カニ は、 うまい もん」
 それ を きく と、 タダシ は にやり と し、
「ウソ つけえ、 カニ が うまい ん は、 ヤミヨ の こっちゃ」
「ウソ つけえ、 ツキヨ じゃ ない か」
「ああ きいた、 あ きいた。 ツキヨ の カニ は やせて、 うも (うまく) ない のに」
 タダシ が カクシン を もって いう と、 コツル も まけよう と しない。 おなじ よう に タダシ の クチマネ で、
「ああ きいた、 あ きいた。 ツキヨ の カニ が うまい のに。 ためしに くうて みる。 みんな くれ」
「いや、 こんな カワ の カニ で わかる かい。 ウミ の カニ じゃ のうて」
 それ を きく と オンナグミ が わあわあ さわぎたて、 マド の センセイ に むかって クチグチ に きいた。
「センセ、 ツキヨ の カニ と ヤミヨ の カニ と、 どっち が おいしい ん?」
「センセ ツキヨ じゃ なあ」
 マスノ や コツル や ミサコ たち だった。
「さあ、 ねえ。 ヤミヨ の よう に おもう けど……」
 オトコグミ が わあっと きた。
「ほら みい、 ほら みい」
 コンド は センセイ は わらいながら、
「でも、 ツキヨ の よう な キ も する……」
 オンナグミ が リョウテ を あげ、 とびとび して よろこんだ。 そうして さわぐ こと が おもしろく、 ダレ も それ を ホンキ に して かんがえて は いなかった の だ が、 タダシ だけ は ネッシン に センセイ を みあげ、
「バカ いうな センセイ!」
 すると オンナグミ が また、 わあっと きた。
「センセイ を バカ じゃ とい」
「ほう、 タンコ は センセイ を バカ じゃ とい」
 タダシ は アタマ を かき、 ミンナ の しずまる の を まって、 やっぱり シンケン に いった。
「ほたって センセイ、 それ にゃ ワケ が ある ん じゃ もん。 ツキヨ に なる と な、 カニ は バカ じゃ せに、 ワガ の カゲボウシ を オバケ か と おもって びっくり して、 やせる ん じゃ。 ヤミヨ に なる と、 カゲボウシ が うつらん さかい、 アンシン して ミ が つく ん じゃ ど。 だから、 ツキヨ は カニ が アミ に かかって も にがして やる ん じゃ ない か。 かすかす で、 うも ない もん。 ヤミヨ まで おく と、 しこしこ の ミ が ついて、 うまい ん じゃ。 ホンマ じゃ のに、 センセ。 ウソ じゃ おもう なら、 ためして みる と ええ」
「じゃあ、 ミンナ で ためしましょう ね」
 ジョウダン に そう いって、 その ヒ は すんだ の だ が、 ヨクヨクジツ、 モリオカ タダシ は ホント に ツキヨ の カニ を もって きた。 1 ジカン-メ の サンスウ が はじまる マエ、 ヒョウタンカゴ を つきだした の で ある。
「センセ、 カニ。 ツキヨ の カニ。 やせて、 うも ない ツキヨ の カニ」
 それ は ケサ とれた ばかり で、 まだ いきて いた。 がさごそ と オト が して いる。 ミンナ わらった。
「ホント に もって きた の。 タンコ さん」
 センセイ も わらって、 しかたなさそう に うけとった。 カニ は、 この ゴ に なって も まだ ジブン の ウンメイ を なんとか して ダカイ しよう と でも いう よう に、 せまい カゴ の ナカ を がさごそ はいまわって いた。 どういう ワケ か、 2 ヒキ とも、 おおきな ハサミ を カタホウ だけ もぎとられた あわれ な スガタ で、 のこった カタホウ の ハサミ を ウエ に むけ、 よらば はさむ カマエ で アワ を ふいて いる。
「かわいそう に、 これ センセイ が たべる の?」
「うん、 ヤクソク じゃ もん」
「にがして やりましょう よ」
「いや、 ヤクソク じゃ もん」
 タダシ は ウシロ を ふりむいて 「なあ」 と ミンナ の サンセイ を もとめた。 オトコ の コ は テ を たたいて よろこんだ。
「じゃあ こう しましょう。 アト で コヅカイ さん に これ を にて もらい、 キョウ の リカ の ジカン に ケンキュウ しよう じゃ ない の。 それから、 カニ って いう ダイ で ツヅリカタ も かいて くる の」
「はーい」
「はーい」
 ダイサンセイ だった。 カゴ は マドベリ の ハシラ の クギ に かけられ、 その ジカンチュウ カニ は がさごそ オト を たてつづけて ミンナ を わらわせた。
 ジカン が すむ と、 センセイ は ヒョウタンカゴ を はずし、 ジブン で コヅカイシツ の ほう へ あるいて いった。 コツル と コトエ が ヨウ ありげ に ついて きて、
「センセ」 と よびかけ、 ふりむく の を まって、
「マッチャン の こと」 と いった。
「マッチャン?」
「はい。 マッチャン、 ユウベ の フネ で、 オオサカ へ いった ん」
「ええっ」
 おもわず たちどまった センセイ の カオ を みあげながら、 コトエ が、 イッショウ ケンメイ の カオ で、
「シンルイ の イエ へ、 コ に いった ん」
「まあ」
「そいで、 マッチャン ク、 オッサン と オトコ の コ と のこった ん」
「そう、 マッチャン、 うれしそう だった?」
 コトエ は こたえず に、 カブリ を ふった。 コツル が かわって、
「マッチャン、 いかん いうて、 はじめ、 ニワ の クチ の ハシラ に かかえついて ないた ん。 マッチャン ク の オトウサン が よわって、 ハジメ は やさしげ に すかした けんど、 なかなか マッチャン が はなれん ので、 アト は アタマ に ゲンコツ かましたり、 セナカ を どづいたり した ん。 マッチャン、 おいおい ないて ミンナ が よわっとった。 ヨロズヤ の バアヤン が、 ようやっと すかして、 トクシン さした けんど、 ミンナ モライナキ しよった。 ワタシ も ナミダ が でて きて よわった。 トチュウ まで、 ミンナ と おくって いった けんど、 マッチャン ヒトクチ も モノ いわなんだ。 なあ コトヤン。 そいで……」
 キュウ に ハンカチ を カオ に あてて、 くっくっ と なきだした センセイ に おどろいて、 コツル は だまった。 いつのまにか サナエ や マスノ も よって きて、 カタテ に ヒョウタンカゴ を もった まま、 うつむいて ハンカチ を メ に あてて いる センセイ を、 うたてげ に みて いた。 ミンナ の メ にも、 さそわれた ナミダ が もりあがって いた。
 その アト も しばらく は、 マドギワ の マエ から 3 バンメ の マツエ の セキ は あいた まま おかれて あった が、 ある とき、 その、 マツエ の たった 1 ニチ すわった セキ に センセイ は だまって こしかけて いた。 その アト すぐ セキ の クミカエ が あって、 その レツ は オトコ の コ に なった。 それきり マツエ の ウワサ は でなかった。 センセイ も きかず、 セイト も いわず、 マツエ から の タヨリ も なかった。 もう ミンナ の ココロ から、 マツエ の スガタ は おいだされた の で あろう か。 ワカレ の アイサツ にも こず に、 どこ か へ いって しまった 5 ネンセイ の オンナ の コ。……

 そして、 もう すぐ 6 ネンセイ に シンキュウ する と いう 3 ガツ ハジメ で あった。 ハル は メノマエ に きて いながら めずらしく ユキ の ふる ナカ を、 ヒト-バス おくれた オオイシ センセイ は、 ガッコウ マエ の テイリュウジョ から カサ も ささず に はしって、 ショクインシツ に とびこんだ トタン、 イヨウ な シツナイ の クウキ に おもわず たちどまり、 ダレ に はなしかけよう か と いう ふう に 15 ニン の センセイ たち を みまわした。 ミンナ シンパイ そう な、 こわばった カオ を して いた。
「どうした の?」
 ドウリョウ の タムラ センセイ に きく と、 しっ と いう よう な カオ で タムラ センセイ は おくまった コウチョウシツ に、 アゴ を ふった。 そして ちいさな コエ で、
「カタオカ センセイ が、 ケイサツ へ ひっぱられた」
「えっ!」
 タムラ センセイ は また、 しずか に、 と いう ふう に こまかく カオ を ふりながら、
「イマ、 ケイサツ が きてる の」
 また コウチョウシツ を メガオ で おしえ、 つい イマ の サッキ まで カタオカ センセイ の ツクエ を しらべて いた の だ と ささやいた。 ぜんぜん、 ダレ にも まだ コト の シンソウ は わかって いない らしく、 ヒバチ に よりあって、 だまって いた が、 シギョウ の ベル で ようやく いきかえった よう に、 ロウカ へ でた。 タムラ センセイ と カタ を ならべる と、
「どうした の」
 マッサキ に オオイシ センセイ は きいた。
「アカ だ って いう の」
「アカ? どうして?」
「どうして か、 しらん」
「だって、 カタオカ センセイ が アカ? どうして?」
「しらん わよ。 ワタシ に きいたって」
 ちょうど キョウシツ の マエ へ きて いた。 わらって わかれ は した が、 フタリ とも ココロ に シコリ は のこって いた。 まだ なんにも しらない らしい セイト は、 ユキ に いきおいづいた の か、 イツモ より ゲンキ に みえた。 ここ に たつ と、 スベテ の ザツネン を すてねば ならない の だ が、 キョウダン に たって 5 ネン-カン、 オオイシ センセイ に とって この ジカン ほど、 ながく かんじた こと は なかった。 1 ジカン たって ショクインシツ に もどる と、 ミンナ、 ほっと した カオ を して いた。
「ケイサツ、 かえった よ」
 わらいながら いった の は、 わかい ドクシン の シハンデ の オトコ センセイ で ある。 カレ は つづけて、
「ショウジキ に やる と バカ みる っちゅう こと だ」
「なんの こと、 それ。 もっと センセイ-らしく……」
 つっつかれて オオイシ センセイ は いう の を やめた。 つっついた の は タムラ センセイ だった。
 キョウトウ が でて きて の セツメイ では、 カタオカ センセイ の は、 ただ サンコウニン と いう だけ の こと で、 イマ コウチョウ が モライサゲ に いった から、 すぐ かえって くる だろう と いった。 モンダイ の チュウシン は カタオカ センセイ では なく、 チカク の マチ の ショウガッコウ の イナガワ と いう キョウシ が、 ウケモチ の セイト に ハンセン シソウ を ふきこんだ と いう、 それ だった。 イナガワ センセイ が カタオカ センセイ とは シハン ガッコウ の ドウキュウセイ だ と いう ので、 いちおう しらべられた の だ が、 なんの カンケイ も ない こと が わかった と いう の で ある。 つまり、 ショウコ に なる もの が でて こなかった の だ。 その さがして いる ショウコヒン と いう の は、 イナガワ センセイ が うけもって いる 6 ネンセイ の ブンシュウ 『クサ の ミ』 だ と いう の で ある。 それ が、 カタオカ センセイ の ジタク にも、 ガッコウ の ツクエ にも なかった の だ。
「あら、 『クサ の ミ』 なら みた こと ある わ、 ワタシ。 でも、 どうして あれ が、 アカ の ショウコ」
 オオイシ センセイ は フシギ に おもって きいた の だった が、 キョウトウ は わらって、
「だから、 ショウジキモノ が バカ みる ん です よ。 そんな こと ケイサツ に きかれたら、 オオイシ センセイ だって アカ に せられる よ」
「あら、 ヘン なの。 だって ワタシ、 『クサ の ミ』 の ナカ の ツヅリカタ を、 カンシン して、 ウチ の クミ に よんで きかしたり した わ。 『ムギカリ』 だの、 『ショウユヤ の エントツ』 なんて いう の、 うまかった」
「あぶない、 あぶない。 アンタ それ (『クサ の ミ』) イナガワ クン に もらった の」
「ちがう。 ガッコウ-アテ おくって きた の を みた のよ」
 キョウトウ は キュウ に あわてた コエ で、
「それ、 イマ どこ に ある?」
「ワタシ の キョウシツ に」
「とって きて ください」
 トウシャバン の 『クサ の ミ』 は、 すぐ ヒバチ に くべられた。 まるで、 ペスト キン でも まぶれついて いる か の よう に、 あわてて やかれた。 ちゃいろっぽい ケムリ が テンジョウ に のぼり、 ほそく あけた ガラスド の アイダ から にげて いった。
「あ、 やかず に ケイサツ へ わたせば よかった かな。 しかし、 そしたら オオイシ センセイ が ひっぱられる な。 ま、 とにかく、 ワレワレ は チュウクン アイコク で いこう」
 キョウトウ の コトバ が きこえなかった よう に、 オオイシ センセイ は だまって ケムリ の ユクエ を みて いた。
 ヨクジツ の シンブン は、 イナガワ センセイ の こと を おおきな ミダシ で、 「ジュンシン なる タマシイ を むしばむ あかい キョウシ」 と ほうじて いた。 それ は イナカ の ヒトビト の アタマ を ゲンノウ で どやした ほど の オドロキ で あった。 セイト の シンボウ を あつめて いた と いう イナガワ センセイ は、 イッチョウ に して コクゾク に テンラク させられた の で ある。
「あ、 こわい、 こわい。 ジンコウ も たかず、 ヘ も こかず に いる ん だな」
 つぶやいた の は としとった ジセキ クンドウ だった。 ホカ の センセイ は ミナ、 イケン も カンソウ も のべよう とは しなかった。 そんな ナカ で ヒトリ オオイシ センセイ は、 おおげさ な シンブン キジ の ナカ の、 わずか 4~5 ギョウ の ところ から メ が はなれなかった。 そこ には、 イナガワ センセイ の オシエゴ たち が、 ヒトリ ヒトツ ずつ の タマゴ を もちよって、 さむい リュウチジョウ の センセイ に サシイレ して くれ と、 ケイサツ へ おしかけた こと が かかれて いた の だ。
 キョウ は もう シュッキン した カタオカ センセイ は キュウ に エイユウ に でも なった よう に、 ヒッパリダコ だった。 どう だった? の シツモン に こたえて、 1 ニチ で げっそり ホオ の おちた カレ は、 あおい ヒゲアト を なでながら、
「いや、 どうも こうも、 イマ かんがえる と あほらしい ん じゃ けど な、 すんでのこと に アカ に ならされる とこ じゃった。 イナガワ は、 キミ が カイゴウ に でた の は 4~5 カイ じゃ と いう が だの、 コバヤシ タキジ の ホン を よんだろう とか って。 ボク は コバヤシ タキジ なんて ナマエ も しらん、 いうたら、 この ヤロウ、 こないだ シンブン に でた じゃ ない か って。 いわれて みりゃあ、 ほら、 つい こないだ、 そんな こと が でました な。 ショウセツカ で、 ケイサツ で しんだ ヒト の こと が」 (ホントウ は ゴウモン で ころされた の だ が、 シンブン には シンゾウ マヒ で しんだ と ほうじられた。)
「ああ、 いた いた。 あかい ショウセツカ だ」
 わかい ドクシン の センセイ が いった。
「その プロレタリヤ なんとか いう ホン を、 たくさん とられとりました。 あの イナガワ は シハン に いる とき から ホンズキ でした から な」
 その ヒ コクゴ の ジカン に、 オオイシ センセイ は ボウケン を こころみて みた。 セイト たち は もう 『クサ の ミ』 と その センセイ の こと を しって いた から だ。
「ウチ で、 シンブン とってる ヒト?」
 42 ニン の ウチ 3 ブン の 1 ほど の テ が あがった。
「シンブン を よんで いる ヒト?」
 2~3 ニン だった。
「アカ って、 なんの こと か しってる ヒト?」
 ダレ も テ を あげない。 カオ を みあわせて いる の は、 なんとなく しって いる が、 はっきり セツメイ できない と いう カオ だ。
「プロレタリヤ って、 しってる ヒト?」
 ダレ も しらない。
「シホンカ は?」
「はーい」
 ヒトリ テ が あがった。 その コ を さす と、
「カネモチ の こと」
「ふーん。 ま、 それ で いい と して、 じゃあ ね、 ロウドウシャ は?」
「はい」
「はい」
「はーい」
 ほとんど ミンナ の テ が あがった、 ミ を もって しって おり、 ジシン を もって テ が あがる の は、 ロウドウシャ だけ なの だ。 オオイシ センセイ に して も、 そう で あった。 もしも セイト の ダレ か に、 コタエ を もとめられた と したら、 センセイ は いったろう。
「センセイ にも、 よく わからん のよ」 と。
 まだ 5 ネンセイ には それ だけ の チカラ が なかった の だ。 ところが すぐ その アト、 この こと に ついて は、 クチ に する こと を とめられた。 ただ あれ だけ の こと が どこ から もれた の か、 オオイシ センセイ は コウチョウ に よばれて チュウイ された の で ある。
「キ を つけん と、 こまりまっそ。 ウカツ に モノ が いえん とき じゃ から」
 コウチョウ とは、 チチ の ユウジン と いう トクベツ の カンケイ だ から、 それ だけ で すんだ らしい。 だが この こと は、 あかるい オオイシ センセイ の カオ を いつ と なく かげらす モト に なった。 たいして キ にも とめて いなかった 『クサ の ミ』 の こと と おなじく、 けしがたい カゲリ を だんだん こく して いった。

 6 ネンセイ の アキ の シュウガク リョコウ は、 ジセツガラ イツモ の イセ マイリ を とりやめて、 チカク の コンピラ と いう こと に きまった。 それでも ゆけない セイト が だいぶ いた。 ハタラキ に くらべて ケンヤク な イナカ の こと で ある。 ヤドヤ には とまらず、 3 ショク ブン の ベントウ を もって ゆく と いう こと で、 ようやく フケイ の サンセイ を えた。 それでも フタクミ あわせて 80 ニン の セイト の ウチ、 ゆける と いう の は 6 ワリ だった。 ことに ミサキ の ムラ の コドモ ら と きたら、 ぎりぎり の ヒ まで きまらず、 その ワケ を、 おたがいに あばきだして は、 ナイジョウ を ぶちまけた。
「センセイ、 ソンキ は な、 ネションベン が でる さかい、 リョコウ に いけん ので」
 マスノ が いう。
「だって、 ヤドヤ には とまらん の です よ。 アサ の フネ で でて、 バン の フネ で もどって くる のに」
「でも、 アサ の フネ 4 ジ だ もん、 フネ ん ナカ で ねる でしょう」
「ねる かしら、 たった 2 ジカン よ。 ミナ、 ねる どころ で ない でしょう に。 それ より マスノ さん は どうして ゆかん の」
「カゼ ひく と いかん さかい」
「あれあれ、 ダイジ な ヒトリムスメ」
「そのかわり、 リョコウ の オカネ、 バイ に して チョキン して もらう ん」
「そうお、 チョキン は また できる から、 リョコウ に やって って、 いいなさい よ」
「でも、 ケガ する と いかん さかい」
「あら、 どうして。 リョコウ する と カゼ ひいたり ケガ したり する ん なら、 ダレ も いけない わ」
「ミンナ、 やめたら ええ」
「わあ、 オハナシ に ならん」
 センセイ は ニガワライ を した。
「センセイ、 ボク は もう、 コンピラサン やこい、 ウチ の アミブネ で、 3 ベン も いった から、 いきません」
 モリオカ タダシ が そう いって きた。
「あら そう。 でも ミンナ と いく の、 はじめて でしょう。 いきなさい よ。 アンタ は アミモト だ から これから だって マイトシ いく でしょう がね。 センセイ いっとく から。 シュウガク リョコウ の コンピラ マイリ が いちばん おもしろかった、 と アト で きっと おもいます から ね」
 カベ コツル は、 ジブン も いかない と いいながら、 やはり ゆかない キノシタ フジコ の こと を、 こんな ふう に いった。
「センセ、 フジコ さん ク、 シャクセン が ヤマ の よう に あって リョコウ どころ じゃ ない ん。 あんな おおきな ウチ でも、 もう すぐ シャクセン の カタ に とられて しまう ん。 ウチ ん ナカ、 もう、 なんちゃ うる もん ない んで」
「そんな こと、 いわん もの よ」
 かるく セナカ を たたく と、 コツル は ぺろっと シタ を だす。
「いや な コ!」
 そう いいながら おもいだす の は フジコ の イエ だった。 はじめて ミサキ へ フニン した とき でも、 もう アス にも ヒトデ に わたりそう な ウワサ だった その イエ は、 クラ の シラカベ が キタガワ だけ ごっそり はげて いた。 ふるい イエ に うまれた フジコ は、 いかにも その イエガラ を せおった よう に おちつきはらって いて、 めった に なかず、 めった に わらわない ショウジョ だった。 コツル など から あからさま な こと を いわれて も、 じろり と つめたい メ で にらみかえす ドキョウ は、 ダレ にも マネ の できない もの だ。 「くさって も タイ」 と いう カノジョ の アダナ は、 カノジョ の チチ の クチグセ から きて おり、 カノジョ は それ に マンゾク して いる ところ が みえた。
 そこ へ ゆく と コツル など は さっぱり した もの で、 ヒト の こと も いう が、 ジブン の こと を いわれて も、 べつに キ に とめない ふう だった。 イッカ そろって はたらき、 その ハタラキ を オモテ カンバン に して ウラ も オモテ も なかった。 たとえば コツル の アダナ は 「メッツリ」 と いわれて いる。 たいした キズ では ない が、 マブタ の ウエ の オデキ の アト が ひっつれて いる から だ。 フツウ なら、 ことに オンナ の コ は 「メッツリ」 など と なぶられれば なきたく なる だろう が、 コツル は ちがって いた。 まるで ヒトゴト の よう に ワダカマリ の ない ヨウス で、
「メッツリ メッツリ と、 やすやす いうて くれるな。 メッツリ も、 なろう と おもうて なれる メッツリ と ちがう ぞ」
 それ は カノジョ の ハハ たち が そう いって いた から で あろう。 リョコウ に ゆけない ワケ をも、 カノジョ は ざっくばらん に いう の だ。
「ワタシ ん ク なあ センセイ、 こないだ タノモシコウ を おとして、 おおきい フネ を こうた ん。 だから、 ケンヤク せん ならん の。 コンピラ マイリ は、 ジブン で カネモウケ する よう に なって から、 いく こと に きめた」
 それで タニン の フトコロ も エンリョ なく のぞきこんで、 ヒト の こと は いうな と いって も ヘイキ で いう。 ミサコ が いかない の は ヨクバリ だ から だの、 コトエ や サナエ は キョウダイ が おおくて、 リョコウ どころ で なかろう とか と。
 ところが ゼンゼンジツ に なる と、 リョコウ シボウシャ は キュウ に ふえて、 ミサキ では マスノ を のけて ミンナ が ゆく と いう こと に なった。
 その キッカケ は、 ダマリヤ の キチジ が、 ヤマダシ を して もうけた チョキン を おろして モウシコミ を した こと に ある よう だった。 キチジ が ゆけば、 どうしたって だまって いられない の が ソンキ で あった。 イソキチ は、 ジブン も トウフ や アブラアゲ を うりあるいて もらった ブキン を チョキン して いた の だ。 ソンキ さえ も ゆく と なる と、 どうしたって タダシ や タケイチ が やめる わけ には ゆかない。 タダシ も アミヒキ で、 もうけた チョキン を おもいだす し、 タケイチ も タマゴ を うって ためた カネ で ゆく と いいだした。 ケンヤク な ミサキ の ムラ の コドモ ら は、 こんな こと で チョキン を おろす こと を おもいつかなかった の だ。 タダシ など、 おろさなくて も よい と いわれながら、 どうしても おろす の だ と いって、 タケイチ と イッショ に わざわざ ユウビンキョク へ いったり した。
 オトコ の コ の ほう が そう なる と、 オンナ の コ の ほう も だまって いられない。 いちばん シンパイ の ない ミサコ は、 フジコ を さそった。 フタリ の ハハオヤ たち が ナカ が よかった から だ。 ラデン の スズリバコ が フジコ には しらせず に ミサコ の イエ へ ゆき、 それ で フジコ は ゆける こと に なった。 フタリ の こと が わかる と、 じっと して いられなく なった の は コツル で ある。 カノジョ は さっそく さわぎだした。
「ミイ さん も フジコ さん も リョコウ に いくう。 ウチ も ビンボウ シチ に おいて、 やって くれえ」
 コツル は ホントウ に そう いって、 ジダンダ ふんで ないた。 その ため に カノジョ の ほそい メ は よけい ほそく、 はれぼったく なった。 コツル の ハハオヤ は、 コツル と そっくり の メ を イト の よう に して わらいだし、 むつかしい モンダイ を だした。
「ミイ さん とこ は カネモチ じゃ し、 フジコ さん とこ は オマエ、 なんと いうたって ショウヤ じゃ もん。 あんな ダンナシュウ の マネ は できん。 じゃが な、 もしも コトヤン が いく ん なら、 コツ も やって やる。 イッペン コトヤン と ソウダン して こい」
 とうてい コトエ は ゆくまい と おもって そう いった の で あろう。 ところが、 はしって いった コツル は にこにこ して もどって きた。 はあはあ カタ で イキ を しながら、
「コトヤン、 いく いうた」
「ホンマ かい や」
「ホンマ、 バアヤン が おって、 そう いうた もん」
 あんまり の カンタンサ に コツル の ハハオヤ は ウタガイ を もち、 きき に いった。 デシャバリ の コツル が そんな ふう に もって いった の では ない か と おもった の で ある。
「ウチ の コツ が、 しゃしゃりでた こと いい に きた ん じゃ ない かえ」
 さぐる よう に いう と、 リョウシ-ナミ に ヒヤケ した コトエ の ハハ は、 まっしろく みえる ハ を みせて わらい、
「イッショウ に イッペン の こと じゃ、 やって やりましょい な、 こんな とき こそ。 いつも シタコ の コモリ ばっかり さして、 クロウ さしとる もん」
「そりゃ、 ウチ の コツ も おなじ こっちゃ。 しかし、 ナニ きせて やる ん ぞな?」
「ウチ じゃあ、 おもいきって、 セーラー こうて やろう と おもう」
「ハシタガネ じゃ、 かえまい がの」
「ま、 そんな こと いわん と、 こうて やんなされ、 シタコ も きる がい の」
「ふーん」
「サナエ さん も、 そう する こと に した ぞな。 コツヤン にも ひとつ、 フンパツ して あげる ん じゃ な」
「そう かいの。 サナエ さん も、 のう。 そう なる と、 コツ も じっと して おれん はず じゃ。 やれやれ。 そんなら ひとつ、 ビンボウ シチ に おこう か」
 こんな イキサツ が あった の だ。 ところが、 トウジツ に なる と、 サナエ は、 カゼギミ で ゆけない と いった。 しかし サナエ は ノド が いたい の でも、 ハナ が つまって いた の でも ない。 いたかったり、 つまったり した の は、 オカアサン の サイフ の クチ の ほう で、 サナエ の ため に うり に いった サンゴ の タマ の ついた カンザシ は おもう ネ で うれず、 ヨウフク を かう こと が できなかった の だ。 ヒト の アシモト を みて から に と、 サナエ の ハハ は、 その フルテヤ (コブツショウ) の こと を いつまでも おこりながら、 サナエ には やさしく、
「キモノ きて、 いく か」
 サナエ が なきそう な カオ を する と、
「ネエヤン の、 きれい な キモノ に コシアゲ して きて いく か」
「…………」
「オマエ だけ キモノ きて いく の が いや なら、 やめとけ。 そのかわり、 ヨウフク を かおう や。 どう する?」
「…………」
 サナエ は ぽろっと ナミダ を こぼし、 くいしばった クチモト を こまかく ふるわせて いた。 フタツ の ウチ どちら を とって よい か ハンダン が つかなかった の だ。 しかし ハハオヤ の こまって なきそう な カオ に きづく と、 キュウ に サナエ の ケッシン は ついた。
「リョコウ、 やめる」
 こんな イキサツ が あった とは、 ダレ も しらず、 シュウガク リョコウ は 63 ニン の イチダン で シュッパツ した。 オトコ と オンナ の センセイ が フタリ ずつ で、 もちろん オオイシ センセイ も くわわって いた。 ゴゼン 4 ジ に のりこんだ フネ の ナカ では ダレ も ねむろう と する モノ は なく、 がやがや の サワギ の ナカ で、 「コンピラ フネフネ」 を うたう モノ も いた。
 そんな ナカ で、 オオイシ センセイ は ひとり かんがえこんで いた。 その カンガエ から、 いつも はなれない の が サナエ だった。
 ホント に、 カゼケ だった の かしら?
 サナエ の ホカ にも、 10 イクニン か の コドモ が ソレゾレ の リユウ で リョコウ に こられなかった の だ が、 トクベツ に サナエ が キ に なる の は、 ミサキ の セイト で、 カノジョ ヒトリ が フサンカ だ から かも しれぬ。 6 ネン に なって から、 マスノ は すっかり ハハ たち の イエ へ うつって いた ので、 もう ミサキ の ナカマ では なくなって いた。 たった ヒトリ、 あの ミサキ の ミチ を ガッコウ へ ゆく キョウ の サナエ を おもう と、 キョウ は ヤスミ に しなかった こと が、 かわいそう に おもえた。 センセイ も いない キョウシツ で しょんぼり と ジシュウ して いる セイト たち を おもう と サナエ ばかり で なく、 かわいそう だった。
 コンピラ は タドツ から イチバン の キシャ で アサマイリ を した。 また 「コンピラ フネフネ」 を うたい、 ながい、 イシダン を のぼって ゆきながら アセ を ながして いる モノ も ある。 そんな ナカ で オオイシ センセイ は ぞくり と ふるえた。 ヤシマ への デンシャ の ナカ でも、 ケーブル に のって から も、 それ は ときどき ゼンシン を おそった。 ヒザ の アタリ に ミズ を かけられる よう な ブキミサ は、 アタリ の シュウショク を たのしむ ココロ の ユトリ も わかず、 のろのろ と ミヤゲモノヤ に はいり、 おなじ エハガキ を イククミ も かった。 せめて のこって いる コドモ たち への ミヤゲ に と おもった の で ある。
 ヤシマ を アト に、 サイゴ の スケジュール に なって いる タカマツ に で、 リツリン コウエン で 3 ド-メ の ベントウ を つかった とき、 オオイシ センセイ は、 おおかた のこって いる ベントウ を キボウシャ に わけて たべて もらったり した。 ベントウ まで が ココロ の オモニ に なって いた こと に きづき、 それ で ほっと した。 ユウヤミ の せまる タカマツ の マチ を、 チッコウ の ほう へ と、 ぞろぞろ あるきながら、 はやく かえって おもうさま アシ を のばしたい と、 しみじみ かんがえて いる と、
「オオイシ センセイ、 あおい カオ よ」
 タムラ センセイ に チュウイ される と、 よけい ぞくり と した。
「なんだか、 つかれました の。 ぞくぞく してる の」
「あら、 こまりました ね。 オクスリ は?」
「サッキ から セイリョウタン を のんで ます けど」 と いいさして おもわず ふっと わらい、
「セイリョウ で ない ほう が いい のね。 あつうい ウドン でも たべる と……」
「そう よ。 おつきあい する わ」
 そう は いった が マエ にも ウシロ にも セイト が いる。 それ を サンバシ の マチアイジョ まで おくって から の こと に した。 オトコ センセイ たち に ジジョウ を いって、 ヒトリ ずつ そっと ぬけだし、 めだたぬ よう オオドオリ を すぐ ヨコチョウ に はいった。 そこ でも ミヤゲモノ や タベモノ の ミセ が ならんで いた。 ノキ の ひくい ヤナミ に、 オオヂョウチン が ヒトツ ずつ ぶらさがって いて、 どれ にも みな、 ウドン、 スシ、 サケ、 サカナ など と、 ふとい ジ で かいて あった。 せまい ドマ の テンジョウ を キセツ の ゾウカ モミジ で かざって ある ミセ を ヨコメ で みながら、
「オオイシ センセイ、 ウドン や カゼグスリ と いう の が ある でしょ、 あれ もらったら?」
 そう ね、 と ヘンジ を しよう と した トタン、
「テンプラ イッチョウッ!」
 イセイ の よい ショウジョ の、 よく ひびく コエ が オオイシ センセイ を はっと させた。 あっ と さけびそう に なった ほど、 ココロ に ひびく コエ で あった。 この アタリ には めずらしい、 ナワノレン の ミセ の ナカ から それ は ひびいて きた の だった。 おもわず のぞく と、 カミ を モモワレ に ゆった ヒトリ の ショウジョ が、 ビラビラ カンザシ と イッショ に ゾウカ の モミジ を アタマ に かざり、 あかい マエカケ に リョウテ を くるむ よう に して、 ムシン な カオ で オウライ の ほう を むいて たって いた。 それ は どうしても、 オオイシ センセイ と して みのがせぬ スガタ で あった。 たちどまった センセイ たち を キャク と みた の か、 ショウジョ は サッキ と おなじ コエ で さけんだ。
「いらっしゃーい」
 それ は もう、 ジブン の コエ に さえ、 いささかも ギモン を もたない サケビ で あった。 ニホンガミ に、 ませた ヌキエモン の かわった スガタ とは いえ、 ながい マツゲ は もう うたがう ヨチ も なかった。
「マツエ さん、 アンタ、 マッチャン でしょ」
 はいって きた キャク に、 いきなり はなしかけられ、 モモワレ の ショウジョ は イキ を のんで ヒトアシ さがった。
「オオサカ へ いった ん じゃ なかった の。 マッチャン、 ずっと ここ に いた の?」
 のぞきこまれて マツエ は やっと おもいだし でも した よう に、 しくしく なきだした。 おもわず その カタ を かかえる よう に して ナワノレン の ソト に つれだす と、 オク から あわただしい ゲタ の オト と イッショ に、 オカミサン も とびだして きた。
「ドナタ です か。 だまって つれだされたら、 こまります が」
 うさんくさそう に いう の へ、 マツエ は はじめて クチ を きき、 オカミサン の ウタガイ を うちけす よう に コゴエ で いった。
「オオイシ センセイ や ない か、 オカアハン」
 ウドン は とうとう たべる ヒマ が なかった。

 7、 ハバタキ

 シュウガク リョコウ から オオイシ センセイ の ケンコウ は つまずいた よう だった。 3 ガッキ に はいって まもなく の こと、 ハツカ ちかく ガッコウ を やすんで いる オオイシ センセイ の マクラモト へ、 ある アサ 1 ツウ の ハガキ が とどいた。

ハイケイ、 センセイ の ゴビョウキ は いかが です か。 ワタシ は マイニチ、 チョウレイ の とき に なる と、 シンパイ に なります。 オオイシ センセイ が いない と セエ が ない と、 コツル さん や フジコ さん も いって います。 ダンシ も そう いって います。 センセイ、 はやく よく なって、 はやく きて ください。 ミサキグミ は ミンナ シンパイ して います。 さよなら。

 ミサキグミ の セイト たち の シンジョウ に ふれた オモイ で、 ふと なみだぐんだ センセイ も、 サイゴ の さよなら で、 おもわず ふきだした。 サナエ から だった。
「さよなら を、 ほら、 こんな アテジ が はやってる んよ、 オカアサン」
 チョウショク を はこんで きた ハハオヤ に みせる と、
「ジ も うまい で ない か、 6 ネンセイ に しちゃあ」
「そう、 いちばん よく できる の。 シハン へ いく つもり の よう だ けど、 すこし おとなしすぎる。 あれ で センセイ つとまる かな」
 クチ では なかなか イシ ヒョウジ を しない サナエ の こと を シンパイ して いう と、
「だけど、 オマエ、 ヒサコ だって 6 ネンセイ ぐらい まで は クチカズ の すくない、 アイキョウ の ない コ だった よ。 それ が まあ、 この セツ は どうして、 クチマメ-らしい もの」
「そう かしら、 ワタシ、 そんな に クチハッチョウ?」
「だって、 キョウシ が クチ が おもたかったら こまる で ない か」
「そう よ。 だから ワタシ、 この ヤマイシ サナエ と いう コ が、 キョウダン に たって モノ が いえる かしら と、 シンパイ なの」
「ジブン の こと わすれて。 ヒサコ だって ヒト の マエ じゃ ろくに ショウカ も うたえなかった じゃ ない か。 それでも ちゃんと、 イチニンマエ に なった もの」
「ふーん。 そう だった わ。 イマ ショウカ すき なの、 もしか したら コドモ の とき の ハンドウ かな」
「ヒトリッコ の ハニカミ も あったろう がね。 その ハガキ の コ も ヒトリッコ かい」
「ううん。 6 ニン ぐらい の マンナカ よ。 ネエサン は セキジュウジ の カンゴフ だ そう よ。 ジブン は センセイ に なりたい って、 それ も ツヅリカタ に かいて ある の。 きいたって クチ では いわない くせ に、 ツヅリカタ だ と、 すごい こと かく のよ。 これから は オンナ も ショクギョウ を もたなくて は、 ウチ の オカアサン の よう に、 つらい メ を する、 なんて。 よっぽど つらい メ を みてる らしい の」
「オマエ と おなじ じゃ ない か」
「でも ワタシ は、 ちいさい とき から ちゃんと ヒト にも いってた わ。 センセイ に なる、 センセイ に なる って。 ヤマイシ サナエ と きたら、 なんにも い や しない。 いつでも ミンナ の ウシロ に かくれて いる みたい な くせ に、 かかせる と ちゃんと してる の」
「いろいろ、 タチ が ある よ。 こうして ハガキ を よこしたり する ところ、 なかなか ウシロ に かくれちゃ いない から」
「そう なの。 そして、 さよなら なん だ もの、 おもしろい」
 ハガキ 1 マイ に つりこまれて おもわず すすんだ チョウショク だった。 その アト も、 まるで カガミ に でも みいる よう に その ハガキ を みつめ、 やがて は コドモ たち の こと が つぎつぎ と うかんで きた。 カワモト マツエ は どうした で あろう か。
 ――テンプラ イッチョウッ!
 かんだか に さけんで いた モモワレ の ムスメ。 サンバシ マエ 「シマヤ」 と いう カンバン を おぼえて かえり、 テガミ を だして みた が、 ヘンジ は こなかった。 ショウガッコウ 4 ネンセイ しか おさめて いない コドモ には テガミ を かく スベ も わからなかった の だろう か。 それとも ホンニン の テ に わたった か どう か も あやしい……。 あの ヨ、 うさんくさそう に でて きた オカミサン も、 ジジョウ が わかる と さすが に アイソ よく、
「まあま、 それ は それ は。 よう きて おくれました な。 さ、 センセイ、 どうぞ おかけ なさんせ」
 ナカ へ しょうじいれ、 せまい タタミ の エンダイ に ちいさな ザブトン を だして すすめたり した。 しかし ハナシ を する の は オカミサン ばかり で、 マツエ は だまって つったって いた。 いつのまにか オトコ の セイト が 5~6 ニン やって きて、 ナワノレン の ムコウ に カオ を ならべて いる の を みる と、 オオイシ センセイ は たちあがらず に いられなかった の だ。
「じゃあ また ね。 もう すぐ フネ が くる でしょう から」
 イトマ を つげた が、 べつに ミオクリ にも こなかった。 ゆるされなかった の で あろう。 わざと ふりむき も せず、 さっさと あるきだす と、 ぞろぞろ ついて きた セイト たち は おもいおもい の こと を いった。
「センセイ、 ダレ かな、 あの コ?」
「センセイ、 あの ウドンヤ と、 イッケ (シンルイ) かな?」
 ホンコウ には たった 1 ニチ しか カオ を ださなかった マツエ を、 ダレ も マツエ と きづいて いない の は、 その ナカ に ミサキ の コドモ が まじって いなかった から で あろう。 ヘタ に さそいだしたり しなかった こと を、 マツエ の ため に よろこびながら、 イマ でも イッシュ の モドカシサ で おもいだされる マツエ で あった。 おなじ トシ に うまれ、 おなじ トチ に そだち、 おなじ ガッコウ に ニュウガク した オナイドシ の コドモ が、 こんな に せまい ワ の ナカ で さえ、 もう その キョウグウ は カクダン の サ が ある の だ。 ハハ に しなれた と いう こと で、 はかりしれぬ キョウグウ の ナカ に ほうりだされた マツエ の ユクスエ は どう なる の で あろう か。 カノジョ と イッショ に すだった サナエ たち は、 もう ミライ への ハバタキ を、 ソレゾレ の カンキョウ の ナカ で シタク して いる。 ショウライ への キボウ に ついて かかせた とき、 サナエ は キョウシ と かいて いた。 こどもらしく センセイ と かかず に、 キョウシ と かいた ところ に サナエ の セイイッパイサ が あり、 あまっちょろい アコガレ など では ない もの を かんじさせた。 6 ネンセイ とも なれば、 ミンナ もう エンゼル の よう に ちいさな ハネ を セナカ に つけて、 ちからいっぱい に はばたいて いる の だ。
 かわって いる の は、 マスノ の シボウ で あった。 ガクゲイカイ に 「コウジョウ の ツキ」 を ドクショウ して ゼンコウ を うならせた マスノ は、 ヒマ さえ あれば ウタ を うたい、 ますます うまく なって いた。 ウタ に むかう とき カノジョ の ズノウ は トクベツ の ハタラキ を みせ、 ガクフ を みて ヒトリ で うたった。 イナカ の コドモ と して は、 それ は じつに めずらしい こと だった。 カノジョ の ユメ の ゆきつく ところ は オンガク ガッコウ で あり、 その ため に カノジョ は ジョガッコウ へ ゆく と いった。
 ジョガッコウ-グミ は マスノ の ホカ に ミサコ が いた。 あまり デキ の よく ない ミサコ は、 ジュケン の ため の イノコリ ベンキョウ に インウツ な カオ を して いた。 カノジョ の アタマ は サンスウ の ゲンリ を リカイ する チカラ も、 ウノミ に する キオクリョク にも かけて いた。 しかも それ を ジブン で よく しって いて、 ムシケン の サイホウ ガッコウ に ゆきたがった。 だが カノジョ の ハハ は、 それ を ショウチ せず、 マイニチ、 カノジョ に インウツ な カオ を させた。 なんとか して ケンリツ コウジョ に いれたい カノジョ の ハハ は、 ネッシン に ガッコウ へ きて いた。 その ネツイ で ムスメ の ノウミソ の コウゾウ が かわり でも する よう に。 それでも ミサコ は ヘイキ だった。
「ワタシ な、 スウジ みた だけ で アタマ が いとう なる んで。 ケンリツ の シケン やこい、 ダレ が うけりゃ。 その ヒ に なったら、 ワタシ、 ビョウキ に なって やる」
 カノジョ は サンスウ の ため に ラクダイ する こと を みこして いる の だ。 そこ へ ゆく と、 コトエ は まるで ハンタイ で ある。 イエ で ダレ に みて もらう と いう こと でも ない のに、 カズ の カンカク は マスノ の ガクフ と おなじ だった。 いつも コトエ は マンテン で あった。 ソノタ の ガッカ も サナエ に ついで よく できた。 カノジョ ならば ジョガッコウ も なんなく はいれる で あろう に、 コトエ は 6 ネン きり で やめる と いう。 あきらめて いる の か、 うらやましそう でも ない コトエ に、 たずねた こと が ある。
「どうしても 6 ネン で やめる の?」
 カノジョ は コックリ を した。
「ガッコウ、 すき でしょ」
 また うなずく。
「そんなら、 コウトウカ へ 1 ネン でも きたら?」
 だまって うつむいて いる。
「センセイ が、 ウチ の ヒト に たのんで あげよう か?」
 すると コトエ は はじめて クチ を ひらき、
「でも、 もう、 きまっとる ん。 ヤクソク した ん」
 さびしそう な ビショウ を うかべて いう。
「どんな ヤクソク? ダレ と した の?」
「オカアサン と。 6 ネン で やめる から、 シュウガク リョコウ も やって くれた ん」
「あら、 こまった わね。 センセイ が たのみ に いって も、 その ヤクソク、 やぶれん」
 コトエ は うなずき、
「やぶれん」 と つぶやいた。 そして、 マエバ を みせて ナキワライ の よう な カオ を し、
「コンド は トシエ が ホンコウ に くる ん です。 ワタシ が コウトウカ へ きたら、 バンゴハン たく モン が ない から、 コンド は ワタシ が メシタキバン に なる ん です」
「まあ、 そんなら イマゴロ は 4 ネンセイ の トシエ さん が ゴハンタキ?」
「はい」
「オカアサン、 やっぱり リョウ に いく の、 マイニチ?」
「はい、 おおかた マイニチ」
 いつか コトエ は ツヅリカタ に かいて いた。

ワタシ は オンナ に うまれて ザンネン です。 ワタシ が オトコ の コ で ない ので、 オトウサン は いつも くやみます。 ワタシ が オトコ の コ で ない ので、 リョウ に ついて いけません から、 オカアサン が カワリ に ゆきます。 だから オカアサン は、 ワタシ の カワリ に フユ の さむい ヒ も、 ナツ の あつい ヒ も オキ に はたらき に いきます。 ワタシ は おおきく なったら オカアサン に コウコウ つくしたい と おもって います。

 これ なの だ と、 オオイシ センセイ は さっした。 まるで オンナ に うまれた こと を ジブン の セキニン で でも ある よう に かんがえて いる コトエ。 それ が コトエ を、 ナニゴト にも エンリョ-ぶかく させて いる の だ。 ダレ が そう おもわせた の か と いって みて も まにあわぬ。 コトエ は もう 6 ネンセイ で やめる こと を、 ワガミ の ウンメイ の よう に うけいれて いる の だ。
「でも ね コトエ さん――」
 それ は まちがって いる の だ と いおう と して やめた。 カンシン ね、 と いおう と して それ も やめた。 キノドク ね と いう の も クチ を でなかった。
「ザンネン です ね」
 それ は いかにも テキセツ な コトバ で あった が、 コトエ は それ で なぐさめられ、 キモチ が あかるく なった らしい。 すこし ソッパ の おおきな マエバ を よけい むきだして、
「そのかわり、 えい こと も ある ん。 サライネン トシエ が 6 ネン を ソツギョウ したら、 コンド は ワタシ を オハリヤ へ やって くれる ん。 そして 18 に なったら オオサカ へ ホウコウ に いって、 ゲッキュウ みんな、 ジブン の キモノ かう ん。 ウチ の オカアサン も そうした ん」
「そして オヨメ に ゆく の?」
 コトエ は イッシュ の ハニカミ を みせて、 ふふっと わらった。 それ は もう わが テ では うごかす こと の できぬ ウンメイ で でも ある よう に、 カノジョ は それ に フクジュウ しよう と して いる。 そこ には もう、 あたえられる ウンメイ を さらり と うけよう と する オンナ の スガタ が あった。 ハタチ にも なれば、 カノジョ は ある ヒ ハハ キトク の ニセ-デンポウ 1 ポン で ホウコウサキ から よびかえされ、 キトク の はず の ハハ たち の ゼンダテ の まま、 よく はたらく ヒャクショウ か リョウシ の ツマ に なる かも しれぬ。
 カノジョ の ハハ も そう で あった。 そして 6 ニン の コ を うんだ。 5 ニン まで オンナ で あった ため に、 それ が ジブン ヒトリ の セキニン で ある か の よう に オット の マエ で キガネ して いた。 その キガネ が コトエ にも うつって、 カノジョ も エンリョ-ぶかい オンナ に なって いた。 オット に したがって マイニチ オキ に でて いる リョウシ の ツマ は、 オンナ とは おもえぬ ほど ヒ に やけた カオ を し、 シオカゼ に さらされて カミノケ は あかちゃけて ぼうぼう と して いた。 しかも それ で フヘイ フマン は なかった か の よう に、 ジブン の あるいた ミチ を また ムスメ に あるかせよう と し、 ムスメ も それ を アタリマエ の オンナ の ミチ と こころえて いる。 そこ には よどんだ ミズ が ナガレ の セイレツサ を しらない よう な、 フルサ だけ が あった。 ショウジキ イチズ な まずしい リョウシ の イッカ に とって は、 それ が エンマン グソク の カギリ なの だろう か と、 ヒトリ もどかしがる オオイシ センセイ だった。 さりとて コトエ を コウトウカ に シンガク させる こと で、 まずしい リョウシ イッカ の カンガエ が イッシン される もの では ない と おもう と、 ソラ を ながめて タメイキ を する より なかった。
 キョウシ と セイト の カンケイ が、 これ で よい の か と ギモン を もつ と、 そこ に でて くる コタエ は、 『クサ の ミ』 の イナガワ センセイ で あった。 コクゾク に され、 ケイムショ に つながれた イナガワ センセイ は、 ときどき ゴクチュウ から、 アリ の よう に こまかい ジ の テガミ を オシエゴ に よせる と いう こと だった が、 なんの かわった こと も ない アリキタリ の テガミ も、 セイト には よんで きかされない と いう ウワサ だった。 そんな もの で あろう か。 キョウシツ の ナカ で、 コクテイ キョウカショ を とおして しか むすびつく こと を ゆるされない そらぞらしい キョウシ と セイト の カンケイ、 たとえ セイト の ほう で カッテ に セキ を のりこえて こよう とも、 ジョウズ に カタスカシ を くわさねば、 おもいがけない オトシアナ が ある こと を しらねば ならなかった。 ミンナ の ミミ と メ が しらずしらず ヒト の ヒミツ を うかがいさぐる よう に なって いる の だ。 しかし また ときには、 ベツ の こと で おもいがけない イタズラ に ひきずりこまれたり も する。 ビョウキ の ため しばらく やすむ と いった とき、 コツル など、 ムナモト に テ を いれる よう な ブエンリョサ で、 ぬけぬけ と いった。
「センセイ の ビョウキ、 ツワリ です か?」
 おもわず あかく なる と、 やんや と はやす モノ も いた。 コドモ の くせ に、 と おもった が、 カタ を すかさず に こたえた。
「そう なの。 ごめんなさい。 ゴハン たべられない から、 こんな に やせた ん だ もん、 すこし ゲンキ に なって から くる わ」
 その とき から の ケッキン だった。 やすむ と センゲン した とき、 ダレ より も シンパイ そう な カオ を した の が やはり サナエ だった こと など おもいだし、 6 ネン マエ の シャシン を とりだして みた。 13 マイ ヤキマシ を して おきながら、 なんとなく わたしそびれて ソノママ に なって いる シャシン は、 フクロ の まま シャシン ブック の アイダ に はさまって いた。 あどけない カオ を ならべて いる ナカ で、 コツル は やはり いちばん おとなっぽかった。 この とき から ずぬけて セ も たかい コツル は、 イマ では ミンナ より フタツ ほど も トシウエ に みえた。 オカッパ か ヨコワケ に して いる ナカ で、 カノジョ ヒトリ は シナ の ショウジョ の よう に マエガミ を さげて、 ヒトリ おとなぶって いる の だ。 マスノ が ミサキ の ミチヅレ で なくなって から、 カノジョ は ヒトリ いばって いる ふう で あった。 コウトウカ を おえる と サンバ ガッコウ に ゆく の が モクテキ なの も、 オマセ な カノジョ に ツワリ の キョウミ を もたせた の かも しれない。
 ミサキ の ジョシグミ では、 アト に フジコ が ヒトリ いる が、 カノジョ の ホウコウ だけ は きまって いなかった。 いよいよ、 コンド こそ イエヤシキ が ヒトデ に わたる と いう ウワサ も、 ソツギョウ の さしせまった フジコ の ウゴキ を きめられなく して いる の だろう と おもう と、 コトエ と ドウヨウ、 アナタマカセ の ウンメイ が カノジョ を まちうけて いそう で あわれ だった。 やせて チノケ の ない、 しろく コ の ふいた よう な カオ を した フジコ は、 いつも ソデグチ に テ を ひっこめて、 ふるえて いる よう に みえた。 イン に こもった よう な つめたい ヒトエマブタ の メ と、 ムクチサ だけ が、 かろうじて カノジョ の タイメン を たもって でも いる よう だ。
 そこ へ ゆく と、 オトコ の コ は いかにも はつらつ と して いる。
「ボク は、 チュウガク だ」
 タケイチ が カタ を はる よう に して いう と、 タダシ も まけず に、
「ボク は コウトウカ で、 ソツギョウ したら ヘイタイ に いく まで リョウシ だ。 ヘイタイ に いったら、 カシカン に なって、 ソウチョウ ぐらい に なる から、 おぼえとけ」
「あら、 カシカン……」
 フシゼン に コトバ を きった が、 センセイ の キモチ の ウゴキ には ダレ も キ が つかなかった。 ツキヨ の カニ と ヤミヨ の カニ を わざわざ もって きた よう な タダシ が カシカン シボウ は おもいがけなかった の だ が、 カレ に とって は おおいに ワケ が あった。 チョウヘイ の 3 ネン を チョウセン の ヘイエイ で すごし、 ジョタイ に ならず に そのまま マンシュウ ジヘン に シュッセイ した カレ の チョウケイ が、 サイキン ゴチョウ に なって かえった こと が タダシ を そそのかした の だ。
「カシカン を シボウ したら な、 ソウチョウ まで は へいちゃら で なられる いう もん。 カシカン は ゲッキュウ もらえる んど」
 そこ に シュッセ の ミチ を タダシ は みつけた らしい。 すると タケイチ も、 まけず に コエ を はげまして、
「ボク は カンブ コウホセイ に なる もん。 タンコ に まける かい。 すぐに ショウイ じゃ ど」
 キチジ や イソキチ が うらやましげ な カオ を して いた。 タケイチ や タダシ の よう に、 さして その ヒ の クラシ には こまらぬ カテイ の ムスコ とは ちがう キチジ や イソキチ が、 センソウ に ついて、 イエ で どんな コトバ を かわして いる か しる ヨシ も ない が、 だまって いて も、 やがて は カレラ も おなじ よう に ヘイタイ に とられて ゆく の だ。 その ハル (ショウワ 8 ネン) ニッポン が コクサイ レンメイ を ダッタイ して、 セカイ の ナカマハズレ に なった と いう こと に どんな イミ が ある か、 チカク の マチ の ガッコウ の センセイ が ロウゴク に つながれた こと と、 それ が どんな ツナガリ を もって いる の か、 それら の イッサイ の こと を しる ジユウ を うばわれ、 その うばわれて いる ジジツ さえ しらず に、 イナカ の スミズミ まで ゆきわたった コウセンテキ な クウキ に つつまれて、 ショウネン たち は エイユウ の ユメ を みて いた。
「どうして そんな、 グンジン に なりたい の?」
 タダシ に きく と、 カレ は ソッチョク に こたえた。
「ボク、 アトトリ じゃ ない もん。 それに リョウシ より よっぽど カシカン の ほう が えい もん」
「ふーん。 タケイチ さん は?」
「ボク は アトトリ じゃ けんど、 ボク じゃって グンジン の ほう が コメヤ より えい もん」
「そうお、 そう かな。 ま、 よく かんがえなさい ね」
 ウカツ に モノ の いえない キュウクツサ を かんじ、 アト は だまって オトコ の コ の カオ を みつめて いた。 タダシ が、 ナニ か かんじた らしく、
「センセイ、 グンジン すかん の?」 と きいた。
「うん、 リョウシ や コメヤ の ほう が すき」
「へえーん。 どうして?」
「しぬ の、 おしい もん」
「ヨワムシ じゃ なあ」
「そう、 ヨワムシ」
 その とき の こと を おもいだす と、 イマ も むしゃくしゃ して きた。 これ だけ の ハナシ を とりかわした こと で、 もう キョウトウ に チュウイ された の で ある。
「オオイシ センセイ、 アカ じゃ と ヒョウバン に なっとります よ。 キ を つけん と」
 ――ああ、 アカ とは、 いったい どんな こと で あろう か。 この、 なんにも しらない ジブン が アカ とは――。
 ネドコ の ナカ で いろいろ かんがえつづけて いた オオイシ センセイ は、 チャノマ に むかって よびかけた。
「オカア、 サン、 ちょっと」
「はいよ」
 たって は こず に フスマゴシ の ヘンジ は、 ヒバチ の ワキ に うつむいた コエ で あった。
「ちょっと ソウダン。 きて よ」
 アシオト に つづいて フスマ が あく と、 ユビヌキ を はめた テ を みながら、
「ワタシ、 つくづく センセイ いや ん なった。 3 ガツ で やめよ かしら」
「やめる? なんで また」
「やめて イチモンガシヤ でも する ほう が まし よ。 マイニチ マイニチ チュウクン アイコク……」
「これっ」
「なんで オカアサン は、 ワタシ を キョウシ なんぞ に ならした の、 ホント に」
「ま、 ヒト の こと に して。 オマエ だって すすんで なった じゃ ない か。 オカアサン の ニノマイ ふみたく ない って。 まったく ロウガンキョウ かけて まで、 ヒトサマ の サイホウ は したく ない よ」
「その ほう が まだ まし よ。 1 ネン から 6 ネン まで、 ワタシ は ワタシ なり に イッショウ ケンメイ やった つもり よ。 ところが どう でしょう。 オトコ の コ ったら ハンブン イジョウ グンジン シボウ なん だ もの、 いや ん なった」
「トキヨ ジセツ じゃ ない か。 オマエ が イチモンガシヤ に なって、 センソウ が おわる なら よかろう がなあ」
「よけい、 いや だ ワタシ。 しかも、 オカアサン に こり も せず、 フナノリ の オムコサン もらったり して、 ソン した。 コノゴロ みたい に ボウクウ エンシュウ ばっかり ある と、 フナノリ の ヨメサン、 イノチ ちぢめる わ。 アラシ でも ない のに、 どかーん と やられて ミボウジン なんて、 ゴメン だ。 そ いって、 イマ の うち に フナノリ やめて もらお かしら。 フタリ で ヒャクショウ でも なんでも して みせる。 せっかく コドモ が うまれる のに、 ワタシ は ワタシ の コ に ワタシ の ニノマイ ふませたく ない もん。 やめて も いい わね」
 ハヤクチ に ならべたてる の を、 にこにこ わらいながら オカアサン は きいて いた が、 やがて、 おさない コドモ でも たしなめる よう に いった。
「まるで、 なんもかも ヒト の せい の よう に いう コ だよ、 オマエ は。 すき で きて もらった ムコドノ で ない か。 オカアサン こそ、 モンク いいたかった のに、 あの とき。 ワタシ の ニノマイ ふんだら どう しよう と おもって。 でも、 ヒサコ が キニイリ の ヒト なら シカタ が ない と あきらめた。 それ を、 ナン じゃ、 いまさら」
「すき と フナノリ は ベツ よ。 とにかく ワタシ、 センセイ は もう いや です から ね」
「ま、 すき に しなされ。 イマ は キ が たってる ん だ から」
「キ なんか たって いない わ」
 ガッコウ で とは だいぶ ちがう センセイ で ある。 しかし その ワガママ な イイカタ の ナカ には、 ヒト の イノチ を いとおしむ キモチ が あふれて いた。
 やがて おちついて ふたたび ガッコウ へ かよう よう には なった が、 シンガッキ の フタ を あける と オオイシ センセイ は もう おくりだされる ヒト で あった。 おしんだり うらやましがる ドウリョウ も いた が、 とくに ひきとめよう と しない の は、 オオイシ センセイ の こと が なんとなく めだち、 モンダイ に なって も いた から だ。 それなら、 どこ に モンダイ が ある か と きかれたら、 ダレヒトリ はっきり いえ は しなかった。 オオイシ センセイ ジシン は もちろん しらなかった。 しいて いえば、 セイト が よく なつく と いう よう な こと に あった かも しれぬ。
 その アサ 700 ニン の ゼンコウ セイト の マエ に たった オオイシ センセイ は、 しばらく だまって ミンナ の カオ を みまわした。 だんだん ぼやけて くる メ に、 あたらしい 6 ネンセイ の いちばん ウシロ に たって、 イッシン に こちら を みて いる、 セ の たかい ニタ の カオ が それ と わかる と、 おもわず ナミダ が あふれ、 ヨウイ して いた ワカレ の アイサツ が でて こなかった。 まるで ニタ が ソウダイ で でも ある よう に、 ニタ の カオ に むかって オジギ を した よう な カタチ で、 ダン を おりた。 コウトウカ の レツ の ナカ から タダシ や キチジ や、 コツル や サナエ の うるんだ マナザシ が イッシン に こちら を みつめて いる の を しった の は、 ダン を おりて から だった。 オヒル の ヤスミ に ベツムネ に ある サナエ たち の キョウシツ の ほう へ ゆく と、 いちはやく コツル が みつけて はしって きた。
「センセ、 どうして やめた ん?」
 めずらしく なきそう に いう コツル の ウシロ から、 サナエ の メ が ぬれて ひかって いた。 あんな に ジョガッコウ ジョガッコウ と、 マッサキ に なって さわいで いた マスノ が、 けっきょく は コウトウカ へ のこった と いう のに、 その スガタ が みえない こと に ついて、 コツル は レイ に よって オヒレ を つけて いった。
「マア ちゃん な センセイ、 オバアサン と オトウサン が ハンタイ して ジョガッコウ いく の、 やめた ん。 リョウリヤ の ムスメ が シャミセン と いう なら きこえる (わかる) が、 ガッコウ の ウタウタイ に なって も はじまらん いわれて。 マア ちゃん ヤケ おこして、 ゴハン も たべず に なきよる。 ――それから な センセイ、 ミサコ さん の ガッコウ は ジョガッコウ と ちがう んで。 ガクエン で。 ミドリ ガクエン いうたら、 セイト は 30 ニン ぐらい で、 シタテヤ に ケ が はえた よう な ガッコウ じゃ と。 そんなら コウトウカ の ほう が よかった のに な、 センセイ」
 おもわず わらわせられた センセイ は、 わらった アト で たしなめた。
「そんな ふう に いう もん じゃ ない わ、 コツヤン。 それ より、 マア ちゃん どうした の?」
「フ が わるい いうて、 やすんどん」
「フ なんか わる ない いうて、 なぐさめて あげなさい、 コツヤン も サナエ さん も。 それ より、 フジコ さん どうした?」
「あ、 それ が なぁ、 ビックリ ギョウテン、 タヌキ の チョウチン じゃ」
 コツル は コエ を おおきく し、 みひらいて も おおきく なりっこ の ない ほそい メ を、 ムリ に ひらこう と して マユ を つりあげ、
「ヒョウゴ へ いった んで。 シケン ヤスミ の とき、 ウチ の フネ で ニモツ と イッショ に オヤコ 5 ニン つんで いった ん。 フトン と、 アト は ナベ や カマ や ばっかり の ニモツ。 タンス も オオムカシ の ヌリ の はげた ん ヒトツ だけ で、 アト は コウリ じゃった。 フジコ さん とこ の ヒト、 ミンナ アラバタラキ した こと ない さかい、 いまに コジキ に でも ならにゃ よかろ が って、 ミナ シンパイ しよった。 いんま、 フジコ さん ら も ゲイシャ ぐらい に うられにゃ よかろ が って――」
 ジブン とこ の ウンチン、 ハンブン は ウレノコリ の ドウグ で はらった こと まで しゃべりつづける コツル の カタ を かるく たたいて、
「コツル さん、 アンタ は ね、 いらん こと を、 すこし、 しゃべりすぎない? アンタ サンバ さん に なる ん でしょ。 いい サンバ さん は、 あんまり ヒト の こと を いわない ほう が、 いい こと よ、 きっと。 これ ね、 センセイ の センベツ の コトバ。 いい サンバ さん に なって ね」
 さすが に コツル は ちょこんと カタ を すくめ、
「はい、 わかりました」
 ミカヅキ の メ で わらった。
「サナエ さん も、 いい センセイ に なって ね。 サナエ さん は もっと、 オシャベリ の ほう が いい な。 これ も センセイ の オセンベツ」
 カタ を たたく と、 サナエ は こっくり して だまって わらった。
「コトヤン に あったら、 よろしく いって ね。 カラダ ダイジ に して、 いい ヨメサン に なりなさい って。 これ オセンベツ だ って」
 コツル は すかさず、
「センセイ も、 よい オカアサン に なります よう に、 これ オセンベツ です」
 ふざけて センセイ の カタ を たたいた。 コツル は もう ほとんど センセイ と おなじ セ の タカサ に なって いた。
「はい、 ありがとう」
 おもいきり コエ を あげて わらった。
 コウトウカ に なって、 はじめて ダンジョ ベツグミ に なった キョウシツ には、 タダシ たち は いなかった。 オトコ の コ の ほう へ いって、 トクベツ に ミサキ の セイト だけ に ワカレ の アイサツ を する の も キ が すすまず、 かえる こと に した。
「タンコ さん ソンキ さん、 キッチン くん ら に、 よろしく ね。 キ が むいたら、 あそび に きなさい って いって ね」
「センセイ、 ワタシラ は?」
 コツル は すぐ アゲアシ を とる。
「もちろん、 きて ちょうだい。 こい って いわなくて も、 ムカシ から アンタタチ くる でしょう。 あ、 そうそう」
 シャシン を だして 1 マイ ずつ わたす と、 コツル は きゃっきゃっ と ひびきわたる コエ で わらい、 とびとび して よろこんだ。
 その ヨクジツ、 ときはなたれた ヨロコビ より も、 ダイジ な もの を ぬきとられた よう な サビシサ に がっかり して、 ヒルネ を して いる ところ へ、 おもいがけず タケイチ と イソキチ が つれだって やって きた。 あまり に はやい コトヅケ の キキメ に おどろきながら、 みだれた カミ も ゆい も せず に むかえた。
「ま、 よく きて くれた わね。 さ、 おあがんなさい」
 フタリ は カオ みあわせ、 やがて タケイチ が いった。
「ツギ の バス で かえる ん です。 あと 10 プン か 15 フン ぐらい だ から、 あがられん の です」
「あら そう。 その ツギ の に したら?」
「そしたら、 ミサキ へ つく の が くろう なる」
 イソキチ が きっぱり いった。 どうやら みちみち そういう ソウダン を した らしい。
「あ、 そう か。 じゃあ まってて。 センセイ おくって いく から、 あるきながら はなしましょう」
 いそいで カミ を なおしながら、
「タケイチ さん、 チュウガク いつから?」
「アサッテ です」
 その タイド は もう、 チュウガクセイ だぞ と いわん ばかり で、 テ には あたらしい ボウシ を もって いた。 イソキチ の ほう も みなれぬ トリウチボウ を ミギテ に もち、 テオリジマ の キモノ の ヒザ の ところ を ギョウギ よく おさえて いた。
「イソキチ さん、 キノウ ガッコウ やすんだ の?」
「いいえ、 ボク もう、 ガッコウ へ いかん の です」
 そして イソキチ は キュウ に しゃちこばり、
「センセイ、 ながなが オセワ に なりました。 そんなら、 ごきげん よろしゅ」
 ヒザ を まげて オジギ を した。
「あら、 まだ よ。 イマ、 イッショ に いきます よ」
 ナキワライ しそう に なる の を こらえながら、 つれだって でかけた。 バス の ノリバ まで は 6 プン かかる。 マンナカ に なって あるきだす と、 イソキチ は すっぽり と アタマ を つつんだ おおきな トリウチボウ の シタ から ちいさな カオ を あおのけ、
「センセイ、 ボク、 アシタ の バン、 オオサカ へ ホウコウ に いきます。 ガッコウ は シュジン が ヤガク へ やって くれます」
「あらま、 ちっとも しらなかった。 キュウ に きまった の?」
「はい」
「ナニヤ さん?」
「シチヤ です」
「おやまあ、 アンタ シチヤ さん に なる の?」
「いえ、 シチヤ の バントウ です。 ヘイタイ まで つとめたら、 バントウ に なれる と いいました」
 サッキ から イソキチ は ずっと、 ヨソユキ の コトバ で かたく なって いる。 それ を ほぐす よう に、
「いい バントウ さん に なりなさい ね。 ときどき センセイ に オテガミ ください ね。 キノウ、 コツヤン に シャシン ことづけた でしょ。 あの とき の こと おもいだして」
 タケイチ も イソキチ も わらった。
「これ、 オセンベツ、 ハガキ と キッテ なの」
 モライモノ の キッテチョウ と ハガキ を あたらしい タオル に そえて つつんだ の を イソキチ に わたし、 タケイチ には ノート 2 サツ と エンピツ 1 ダース を いわった。
「ヤブイリ なんか で もどった とき には、 きっと いらっしゃい ね。 センセイ、 ミンナ の おおきく なる の が みたい ん だ から。 なんしろ、 アンタタチ は センセイ の オシエハジメ の、 そして オシエジマイ の セイト だ もん。 なかよく しましょう ね」
「はい」
 イソキチ だけ が ヘンジ を した。
「タケイチ さん も よ」
「はい」
 ムラ の ハズレ の マガリカド に バス の スガタ が みえる と、 イソキチ は もう イチド ボウシ を とって いった。
「センセ、 ながなが オセワ に なりました。 そんなら、 ごきげん よろしゅ」
 いかにも、 それ は オウム の よう な ギゴチナサ だった。 いいおわる と すぐ ボウシ を かぶった。 オトナモノ らしい トリウチボウ は マンガ の コドモ の よう では あった が、 にあって いた。 あたらしい ガクセイボウ と フタツ ならんで、 バス の ウシロ の マド から テ を ふって いた フタリ を、 みえなく なる まで おくる と、 ゆっくり と ウミベ に おりて みた。 しずか な ウチウミ を へだてて、 ほそながい ミサキ の ムラ は イツモ の とおり よこたわって いる。 そこ に ヒト の コ は そだち、 はばたいて いる。
 ――ながなが オセワ に なりました。 そんなら ごきげん よろしゅ……。
 ミサキ に むかって つぶやいて みた。 それ は オカシサ と カナシサ と、 アタタカサ が ドウジ に こみあげて くる よう な、 そして もっと ガンチク の ある コトバ で あった。

 8、 ナナエ ヤエ

 ハル とは いえ、 サムサ は まだ アサ の クウキ の ナカ に、 カマイタチ の よう な スルドサ で ひそんで いて、 ヒカゲ に いる と アシモト から ふるえあがって くる。
 K マチ の バス の テイリュウジョ には、 この はやい のに もう ヨウタシ を すまして きた キャク が フタリ、 クダリ バス を まって いた。 60 を フタツ ミッツ すぎた らしく みえる オジイサン と、 30 ゼンゴ の オンナキャク と。
「ううっ、 さぶい!」
 おもわず でた ウメキゴエ の よう に つぶやく オジイサン に、
「ホント に」
と、 オンナキャク は はなしかけられ も しない のに ドウイ した。 サムサ は ニンゲン の ココロ を よりあわせる らしく、 どちら から と なく シタシサ を みせあった。
「ホント に、 いつまでも さむい こと です な」
「そう です。 もう ヒガン じゃ と いう のに」
 はなしかけた わかい オンナ は、 しかくい ツツミ を ムネ に かかえこむ よう に しながら、 オジイサン の、 ムキダシ の まま カタウデ に ひっかけて いる ソマツ な ランドセル に、 したしい マナザシ を おくり、
「オマゴサン の です か?」
「はいな」
「ワタシ も、 ムスコ の を こうて きました」
 ムネ の ツツミ を みやりながら、
「キョウ うりだす と いう の を きいて イチバン の バス で でかけた ん です けど、 ムカシ の よう な シナ は もう ヒトツ も ありませなんだ。 こんな カミ の じゃあ、 1 ネン こっきり でしょう」
 オタガイ の シナモノ を なげく よう に いう と、 そう だ と いう よう に オジイサン は クビ を ふり、
「ヤミ なら、 なんぼでも ある と いな」
 そして、 はっはっ と わらった。 オクバ の ない らしい クチ の ナカ が マックラ に みえた。 オンナ は メ を そらしながら、
「キョウビ の よう に、 なんでも かでも ヤミ ヤミ と、 ガッコウ の カバン まで ヤミ じゃあ、 こまります な」
「ゼニ さえ ありゃあ なんでも かでも ある そう な。 あまい ゼンザイ でも、 ヨウカン でも、 ある とこ にゃ ヤマ の よう に ある そう な」
 そう いって ハ の ない クチモト から、 ホント に ヨダレ を こぼしかけた ところ は、 アマトウ らしい。 クチモト を テノヒラ で なでながら、 テレカクシ の よう に、 ムコウガワ を アゴ で しゃくり、
「ネエサン、 あっち で まとう じゃ ない か。 ヒナタ だけ は タダ じゃ」
 そう いって さっさと ハンタイガワ ノリバ の ほう へ ミチ を よこぎった。 ネエサン と よばれて おもわず にやり と しながら、 オンナキャク も アト を おった。 ――ネエサン、 か。 と オンナキャク は ココロ の ナカ で いって みて、 セ の たかい オジイサン を ふりあおぎ、 わらいながら たずねた。
「オジイサン、 どちら です か?」
「ワシ か。 ワシャ イワガハナ でさ」
「そう です か。 ワタシ は イッポンマツ」
「ああ イッポンマツ なあ。 あっこ にゃ、 ワシ の フナノリ ホウバイ が あって な。 もう とうの ムカシ に しんだ けんど、 オオイシ カキチ と いう ナマエ じゃ が、 アンタラ もう、 しるまい」
 それ を きいた トタン に、 オンナキャク は とびあがる ほど おどろいて、
「あら、 それ、 ワタシ の チチ です が」
 コンド は、 オジイサン が、 ひらきなおる よう な カッコウ で、
「ほう、 こいつ は めずらしい。 そう かいな。 イマゴロ カキッツァン の ムスメ さん に あう とは なあ。 そう いや にた ところ が ある」
「そう です か。 チチ は ワタシ が ミッツ の とき しにました から、 なんにも おぼえとりません けど、 オジサン、 イツゴロ チチ と イッショ でした の?」
 オジイサン を オジサン と あらためて よんだ の も、 いきて いれば チチ も この くらい の ネンパイ か と おもった から だ。
 いう まで も なく、 オオイシ センセイ の、 あれ から 8 ネン-メ の スガタ で ある。 フナノリ の ツマ と して すごした 8 ネン-カン には、 ハラ を たてて キョウショク を ひいた あの とき とは くらべる こと も できない ほど、 ヨノナカ は いっそう はげしく かわって いた。 ニッカ ジヘン が おこり、 ニチ-ドク-イ ボウキョウ キョウテイ が むすばれ、 コクミン セイシン ソウドウイン と いう ナ で おこなわれた ウンドウ は、 ネゴト にも クニ の セイジ に クチ を だして は ならぬ こと を かんじさせた。 センソウ だけ を みつめ、 センソウ だけ を しんじ、 ミ も ココロ も センソウ の ナカ へ なげこめ と おしえた。 そして そのよう に したがわされた。 フヘイ や フマン は ハラ の ソコ へ かくして、 そしらぬ カオ を して いない かぎり、 ヨワタリ は できなかった。
 そんな ナカ で オオイシ センセイ は 3 ニン の コ の ハハ と なって いた。 チョウナン の ダイキチ、 ジナン の ナミキ、 スエッコ の ヤツ。 すっかり ヨ の ツネ の ハハオヤ に なって いる ショウコ に、 ネエサン と よばれた。 だが よく みる と、 メ の カガヤキ の オク に、 タダ の ネエサン で ない もの が かくれて いる。
「オジサン、 もし よろしかったら、 オチャ でも のみません か」
 テイリュウジョ の ワキ の チャミセ を さして いった。 この トシヨリ から、 チチオヤ を かぎだそう と した の で ある。 しかし トシヨリ は、 ガンコ に クビ を ふり、
「いや、 もう すぐに バス が きまっそ。 ここ で よろしい わい」
 トシヨリ の ほう も なんとなく、 あらたまった タイド を みせて いた。
「それで、 カキッツァン の ヨメサン は、 オタッシャ かな」
「はあ、 おかげさま で」
と、 いった が、 としとった ハハ が、 ヨメサン と よばれた こと で おもわず エガオ に なった。 かえれば まず それ を ハハ に いおう と おもった。 ちょうど ノボリ バス が ケイテキ と ともに ちかづいて きた。 ノボリキャク で ない こと を しめす よう に、 いそいで ヒョウシキ から はなれた が、 バス は とまった。 チャミセ の ノキシタ に たって、 おりる キャク の カオ を、 みる とも なく みて いた。 バス は スシヅメ の マンイン で、 おりて くる の は わかい オトコ ばかり だった。 ほとんど ミナ、 ここ で おりる か と おもう ばかり、 ツギ から ツギ へ と デグチ に あらわれる わかい カオ を みて いる うち、 ふと おもいだした の は、 キョウ この マチ の コウカイドウ で チョウヘイ ケンサ が とりおこなわれる こと だった。 ああ、 それ か と おもいながら、 ワカサ に みちた ココ の カオ に ツギ から ツギ へ と メ を うつして いた。
「あっ、 コイシ センセイ!」
 おもわず とびあがる ほど の オオゴエ だった。 ほとんど ドウジ に センセイ も さけんだ。 さそわれる よう な オオゴエ で、
「あらっ、 ニタ さん!」
 そして、 アト から アト から と つづいて でて くる カオ に むかって、
「あら、 あら、 あら、 ミンナ いる の、 まあ」
 ニタ に つづいて イソキチ、 タケイチ、 タダシ、 キチジ と、 かつて の ミサキ の ショウネン たち は ミンナ そろった。
「センセイ、 しばらく です」
 トウキョウ の ダイガク を あと 1 ネン と いう タケイチ は、 ほそながく なった カオ を、 いかにも トカイ の カゼ に ふかれて きた と いう よう な ヨウス で、 マッサキ に アイサツ した。 つづいて コウベ の ゾウセンジョ で はたらいて いる タダシ が、 これ は いかにも ロウドウシャ-らしく きたえられた ツラダマシイ ながら、 ヒト の よい エガオ で アタマ を さげ、 きまりわるげ に ミミ の ウシロ を かいた。 まって いた よう に イソキチ が マエ に でて きて、
「センセイ、 ゴブサタ いたしまして」
 すこし シンパイ な ほど あおじろい カオ に、 じょさいない ワライ を うかべた。 どこ へも ゆかず に ミサキ の ムラ で ヤマキリ や リョウシ を して いる キチジ は、 あいかわらず カリネコ の よう な オトナシサ で、 ミンナ の ウシロ に ひかえ、 ミズバナ を すすりあげながら だまって アタマ を さげた。 ニタ ばかり は レイ の とおり の ブエンリョサ で、 アイサツヌキ だった。 カレ は チチオヤ を てつだって セッケン セイゾウ を して いる と いう。 ケイザイテキ には いちばん ユトリ が ある らしい ニタ は、 シンチョウ の コクミンフク を きて いた。
「センセイ、 こないだ フジコ に おうた、 フジコ に」
 ジマン-らしく フジコ を かさねて いう。 しかし センセイ は わざと それ に のらず、 とりまかれた セイネン の スガタ を あおぐ よう に して ながめまわした。 8 ネン の サイゲツ は、 ちいさな ショウネン を みあげる ばかり の タクマシサ に そだてて いる。
「そう、 ケンサ だった の。 もう ね」
 ナミダ の しぜん と にじみだす メ に 5 ニン の スガタ は ぼやけた。 いつまで そう も して おられぬ と きづく と、 キュウ に ムカシ の センセイ-ブリ に もどり、
「さ、 いって らっしゃい。 そのうち、 ミンナ で イチド、 センセイ とこ へ きて くれない」
 それで いかにも オトコ の コ-らしく あっさり と はなれて ゆく ウシロスガタ を、 サマザマ の オモイ で みおくりながら、 ヒサシブリ に ジブン の クチ で 「センセイ」 と いった の が、 なんとなく シンセン な カンジ で、 うれしかった。
 ふりかえる と、 トシヨリ は チャミセ の ヨコ の ヒダマリ に チリ を よけて まって いた。 ヒアタリ の よい イケガキ の 1 カショ に ツボミ を つけた ヤマブキ が むらがり、 ほそい エダ は ツボミ の オモサ で しなって いる。 その ヒトエダ を ムゾウサ に おりとり、 トシヨリ も また ワカモノ たち を みおくりながら、 ちいさい コエ で、
「えらい こっちゃ。 あ やって にこにこ しよる わかい モン を、 わざわざ テッポウ の タマ の マト に する ん じゃ もん なあ」
「ホント に」
「こんな こと、 おおきい コエ じゃ いう こと も できん。 いうたら これ じゃ」
 ランドセル を もった まま リョウテ を ウシロ に まわし、 さらに コゴエ で、
「ほれ、 チアン イジ ホウ じゃ、 ぶちこまれる」
 ハ の ない クチ に キュウ に オクバ が はえた よう な キ が する ほど わかがえった クチョウ だった。 チアン イジ ホウ と いう もの を、 カノジョ は よく しらない。 ただ 『クサ の ミ』 の イナガワ センセイ が、 その チアン イジ ホウ と いう ホウリツ に イハン した コウドウ の ため に、 ロウゴク に つながれ、 まもなく でて きて から も フクショク は おろか、 セイトウ な アツカイ も うけて いない と いう こと だけ が、 その ホウリツ と つないで かんがえられた。 イナガワ センセイ の ハハオヤ は、 まるで キチガイ の よう に ムスコ を かばい、 イマ では カレ が ゼンピ を くいあらためて いる と、 あう ヒト ごと に フイチョウ して まわる の に いそがしい と いう ウワサ を きいた。 どこ まで が ホントウ なの か、 ただ イナガワ センセイ は ヒトリ ヨウケイ を しながら セケンバナレ の セイカツ を して いた。 カレ が セケン を はなれた の では なく、 セケン が カレ を よせつけない の だ。 カレ の タマゴ は、 ドク でも はいって いる か の よう に きらわれ、 ヒトコロ は カイテ も なかった。 ジダイ は ヒト を 3 ビキ の サル に ならえ と しいる の だ。 クチ を ふさぎ、 メ を つむり、 ミミ を おさえて いれば よい と いう の だ。 ところが イマ、 メノマエ に いる トシヨリ は メ や ミミ を ふたした サル の テ を はぎとる よう な こと を いう。 ホウバイ の ムスメ だ とは いえ、 はじめて あった オンナ に、 なぜ ココロ の オク を みせる よう な こと を いう の だろう か。
 ハンブン は ケイカイシン も おきて、 カノジョ は、 それとなく ワダイ を そらせた。
「ところで オジサン、 ワタシ の チチ とは、 イツゴロ の ホウバイ でした の?」
 にこっと わらった トシヨリ は また オクバ の ない モト の ヒョウジョウ に もどり、
「そう よなあ、 18 か、 9 かな。 フタリ とも タイモウ を もって な。 あわよくば ガイコクセン に のりこんで、 メリケン へ わたろう と いう ん じゃ。 シアトル に でも いった とき、 ウミ に とびこんで およぎわたろう と いう サンダン よ」
「まあ。 でも、 ムカシ は よく あった そう です ね」
「あった とも。 メリケン で ヒトモウケ して と いう ん じゃ が、 ジツ を いう と、 チョウヘイ が いや で なあ。 ――イマ なら これ じゃ」
 また テ を ウシロ に まわして わらった。
「とうとう モクテキ ジョウジュ しなかった わけ です か?」
「そういう ワケ じゃ。 もっとも その コロ は、 フネ に のっとり さえ したら ヘイタイ には いかいで も すんだ から な。 そのうち フタリ とも フナノリ が すき に なって な。 おなじ フナノリ なら メンジョウモチ に なろう と いう んで、 これ でも ベンキョウ した もん じゃ。 ガッコウ へ いっとらん もん で、 ワシラ は 5 ネン-ガカリ で やっと オツイチ の ウンテンシュ に なった なあ。 カキッツァン の ほう が 1 ネン はよう シケン に とおって な。 ワシ も、 なにくそ と おもうて、 あくる トシ に とった のに――」
 その とき ホウバイ は ナンセン して ユクエ フメイ と なり、 ついに よろこんで もらえなかった と いう の だ。 チチ の ツマ と して の ハハ から きく の とは ちがった チチ の スガタ、 ナミダ どころ か ビショウ さえ うかんで ソウゾウ される わかい ヒ の チチ の スガタ、 かたる ヒト の シンアイカン から で あろう か、 チチ は はつらつ と した このもしい セイネン で あった と しった。 その チチ が チョウヘイ を きらった と いう こと は ハツミミ で ある。 それ に ついて イチゴン も しない ハハ は、 チチ から それ を きかなかった の で あろう か。 それとも レイ の サル に なって いた の か、 「ヨメサン」 と よばれた こと と ともに ハハ に きいて みよう と かんがえながら、 ハナシ は つきなかった。
「そして オジサン、 イツゴロ まで フネ に のって おいでた ん?」
「10 ネン ほど マエ よ。 ようやっと こんまい フネ の センチョウ に なって な。 ――ムスコ は ガッコウ へ やって クロウ させず に フナノリ に して やろう と おもうたら、 フナノリ は いや じゃ と きやがる。 ショウギョウ ガッコウ に やって、 ギンコウ の シテン に でとった けんど、 とられて、 しんだ」
「とられて って、 センソウ です か?」
「そう いな」
「まあ」
「ノモンハン でさあ。 これ は、 ソイツ の セガレ の で」
 ランドセル は トシヨリ の テ で つよく ふられ、 ナカ の ボール-ガミ が かさこそ と オト を たてた。
 ――おたがいに、 セガレ を もつ の は シンパイ の タネ です ね。 と いおう と して のみこんだ。
 バス では キャク が たてこんで いて ならぶ こと は できなかった。 ウシロ の ショウメン に セキ を とった オオイシ センセイ は、 じっと メ を つぶって いた。 おもいだす の は、 イマ の さっき わかれた オシエゴ の ウシロスガタ で ある。 ケモノ の よう に スッパダカ に されて ケンサカン の マエ に たつ ワカモノ たち。 ヘイタイハカ に シラキ の ボヒョウ が ふえる ばかり の コノゴロ、 ワカモノ たち は それ を、 ジジ や ババ の ハカ より も カンシン を もって は ならない。 いや、 そう では ない。 おおきな カンシン を よせて ほめたたえ、 そこ へ つづく こと を メイヨ と せねば ならない の だ。 なんの ため に タケイチ は ベンキョウ し、 ダレ の ため に イソキチ は ショウニン に なろう と して いる の か。 コドモ の コロ カシカン を シボウ した タダシ は、 グンカン と ハカバ を むすびつけて かんがえて いる だろう か。 にこやか な ヒョウジョウ の ウラガワ を みせて は ならぬ ココロ ゆるせぬ ジセイ を、 ニタ ばかり は ノンキ そう に オオゴエ を あげて いた が、 ニタ だ とて、 その ココロ の オク に なにも ない とは いえない。
 あんな ちいさな ミサキ の ムラ から でた コトシ チョウヘイ テキレイ の 5 ニン の オトコ の コ、 おそらく ミンナ ヘイタイ と なって どこ か の ハテ へ やられる こと だけ は マチガイ ない の だ。 ブジ で かえって くる モノ は イクニン ある だろう。 ――もう ヒトリ ジンテキ シゲン を つくって こい…… そう いって 1 シュウカン の キュウカ を だす グンタイ と いう ところ。 うまされる オンナ も、 コドモ の ショウライ が、 たとえ シラキ の ボヒョウ に つづこう とも、 あんじて は ならない の だ。 オトコ も オンナ も ナム アミダブツ で くらせ と いう こと だろう か。 どうしても のがれる こと の できない オトコ の たどる ミチ。 そして オンナ は どう なる の か。 あの クミ の 7 ニン の オンナ の コ の ナカ で、 ミサコ ヒトリ は クロウ を して いなかった。 ミドリ ガクエン から トウキョウ の ハナヨメ ガッコウ に はいり、 ザイガクチュウ に ヨウシ を むかえて すぐ コドモ を うんだ。 クロウ の おおい ジダイ に、 これ は ベッカク で ある。 カゼ の つよい フユ の ヒ に、 ヒトリ ニッコウシツ で ヒナタボッコ を して いる よう な ソンザイ で ある。
 そこ へ ゆく と ウタ の すき な マスノ は、 キリキリマイ を する よう な クロウ を した。 ただ うたいたい ため に ウチョウテン に なり、 オヤ に そむいて イクド か イエデ を した。 ムダン で おうじた チホウ シンブン の コンクール に イットウ ニュウセン し、 それ が シンブン に でた とき が イエデ の ハジメ だった。 その たび に さがしだされ、 つれもどされて は、 また でる。 いつも ウタ が モト だった。 ウタ を うたいたい ウタ の ジョウズ な ムスメ が、 なぜ ウタ を うたって は いけない の だろう。 3 ド-メ の イエデ の とき、 カノジョ は ゲイシャ に なって でよう と して いた と いう。 つれ に いった ハハオヤ に カノジョ は ないて しがみつき、
「シャミセン なら、 きこえる と いうた じゃ ない かあ」
 カノジョ の オンガク への ハケグチ は いつのまにか シャミセン の ほう へ ながれて いって いた の だ。 しかし、 カノジョ の オヤ たち は、 その ヨシアシ は ともかく と して、 ワガミ は リョウリヤ で ゲイシャ と ちかづきながら、 ムスメ を ゲイシャ に する わけ には ゆかなかった。 マスノ は イマ、 その イエデチュウ に しりあった としとった オトコ と ケッコン し、 ようやく オチツキ を みせて いた。 イマ では もう、 としとった ハハ に かわって、 リョウリヤ を キリモリ して いる と いう。 たまに ミチ で であう と、 なつかしがって とびついて き、
「センセ、 ワタシ、 いつも センセイ の こと、 あいたくてぇ」
 ナミダ まで ためて よろこぶ こどもっぽい シグサ なのに、 ジミヅクリ な カノジョ は ハタチ や そこら とは みえなかった。
 コウトウカ へも すすめず、 ヨメ に もらわれる こと を ショウライ の モクテキ と して ジョチュウ-ボウコウ に でた コトエ は どう なった で あろう か。 カノジョ は ヨメ に モライテ が つく マエ に、 ビョウキ に なって かえって きた。 ハイビョウ で あった。 ホネ と カワ に やせて、 ただ ヒトリ モノオキ に ねて いる と きいて から、 だいぶ たつ。
 コウトウカ に すすめなかった もう ヒトリ の フジコ に ついて は、 いや な ウワサ が たって いた。 ニタ が、 フジコ に おうた、 と いう の は、 アソビオンナ と して の フジコ との デアイ に ちがいなかった。 ニタ の カオ に あらわれた もの で そう と さとって、 わざと ききかえさなかった が、 ウワサ は とうの ムカシ に コツル から きいて いた。 フジコ は オヤ に うられた と いう の だ。 カグ や イルイ と おなじ よう に、 キョウ の イッカ の イノチ を つなぐ ため に、 フジコ は うりはらわれた の だ。 はたらく と いう こと を しらず に そだった カノジョ が、 たとえ いやしい ショウバイ オンナ に しろ、 うられて そこ で はじめて ジンセイ と いう もの を しった と したら、 それ は フジコ の ため に よろこばねば なるまい。 しかし ヒト は フジコ を さげすみ、 おもしろおかしく ウワサ を した。
 イマ では もう ヒト の キオク から きえさった か に みえる マツエ と いい、 イマ また フジコ と いい、 どうして カノジョ たち が わらわれねば ならない の か。 しかし、 オオイシ センセイ の ココロ の ナカ で だけ は、 カノジョ たち も ムカシ-どおり いたわられ、 あたためられて いた。
 ――マッチャン どうしてる? フジコ さん どうしてる? ホント に どうしてる?……
 ときどき センセイ は よびかけて いた。
 まっとう な ミチ とは どうしても おもえぬ フジコ たち に くらべる と、 コツル や サナエ は ケンコウ ソノモノ に みえた。 ユウシュウ な セイセキ で シハン を でた サナエ は、 ボコウ に のこる エイヨ を えて その ヒトミ は ますます かがやき、 オオサカ の サンバ ガッコウ を、 これ も ユウトウ で ソツギョウ した コツル とは、 オオイシ センセイ を マンナカ に して の ナカヨシ に なって いた。 ジッチ の ベンキョウ を かさねた うえ で、 コツル は キョウリ に かえる の が モクテキ で あった。 わざと か うっかり か、 テガミ の アテナ を オオイシ コイシ センセイ と かいて きたり する の だ が、 ニンゲン の セイチョウ の カテイ の オモシロサ は、 ハハ の ヨゲンドオリ オシャベリ の コツル を いくぶん ヒカエメ に、 ムクチ な サナエ を テキパキヤ に そだてて いた。
 フタリ は すくなくも ネン に 2 ド、 さそいあって おとずれて くる。 たいてい ナツ の キュウカ と ショウガツ で、 もって くる ミヤゲ も おなじ だった。 フタリ とも おなじ もの と いう の では ない。 オオサカ の コツル は アワオコシ だし、 サナエ は タカマツ で カワラ センベイ と きまって いた。 トシゴロ で、 ますます ふとる イッポウ の コツル の メ は、 まったく イト の よう に ほそく なって いた。 どちら か と いえば きつい カノジョ の セイカク は、 この メ で やわらげられ、 えへ、 と わらう と、 こちら も イッショ に コエ を あげて わらいたく なった。 えへ、 と いう とき、 アト へ ドサン (ミヤゲ) と いって ミヤゲ を おく の が コツル の クセ で あった。
 ある とき コツル は いった。
「いつも おなじ ドサン で ゲイ が なさすぎる と おもう こと あります けど ね、 ジブン の コドモ の とき の こと おもう と、 この ドサン で とびとび する ほど うれしかった から」
 サナエ も おなじ よう に カワラ センベイ の ツツミ を さしだし、
「アホウ の ヒトツオボエ と いう こと が あります から ね」
 ダイキチ は ドサン の ネエチャン と よんで カンゲイ し、 その ヒ は、 イチニチ わらいくらして わかれる の が オキマリ に なって いた。 それら の ドサン も センソウ が ながびく に つれ、 テ に はいりにくく なった らしく、 サッコン は ショウバイモノ らしい ガーゼ を くれたり、 サナエ の ほう は ノート や エンピツ を、 まだ ガッコウ でも ない ダイキチ の ため に もって きたり する よう に なった。 ようやく ガクレイ に たっした ダイキチ の ため に ランドセル を かい に いって の カエリ、 はからずも であった オシエゴ に シゲキ されて か、 モロモロ の オモイデ は ムネ に あふれた。
 イッポンマツ で ございます。 オオリ の カタ は……。
 シャショウ の コエ に おもわず たちあがり、 あわてて シャナイ を はしった。 レイ の トシヨリ に エシャク も そこそこ、 ステップ に アシ を おろす と、 いきなり ダイキチ の コエ だった。
「カアチャン」
 ニゴリ に そまぬ かんだかい その コエ は、 スベテ の ザツネン を かなた に おしやって しまおう と する。
「カアチャン、 ボク もう、 サッキ から むかえ に きとった ん」
 イツモ ならば、 ひとりでに わらえて くる、 きれい に すんだ その コエ が、 キョウ は すこし かなしかった。 わらって みせる と ダイキチ は すぐ あまえかかり、
「カアチャン、 なかなか、 もどらん さかい、 ボク なきそう に なった」
「そう かい」
「もう なく か と おもったら、 ぶぶー って なって、 みたら カアチャン が みえた ん。 テエ ふった のに、 カアチャン こっち みない ん だ もん」
「そう かい。 ごめん。 カアチャン うっかり しとった。 おおかた、 イッポンマツ わすれて、 つっぱしる とこ じゃった」
「ふーん。 ナニ うっかり しとった ん?」
 それ には こたえず ツツミ を わたす と、 それ が モクテキ だ と いわぬ ばかり に、
「わあ、 これ、 ランドセルウ? ちっちゃい な」
「ちっちゃく ない よ。 しょって ごらん」
 ちょうど よかった。 むしろ おおきい ぐらい だった。 ダイキチ は ヒトリ で かけだした。
「オバア、 チャーン、 ランド、 セルウ」
 すっとんで ゆきながら アシモト の モドカシサ を クチ に たすけて もらう か の よう に、 ユクテ の ワガヤ へ むかって さけんだ。
 カタ を ふって はしって ゆく その ウシロスガタ には、 ムシン に アス へ のびよう と する ケンメイサ が かんじられる。 その カレン な ウシロスガタ の ユクテ に まちうけて いる もの が、 やはり センソウ で しか ない と すれば、 ヒト は なんの ため に コ を うみ、 あいし、 そだてる の だろう。 ホウダン に うたれ、 さけて くだけて ちる ヒト の イノチ と いう もの を、 おしみ かなしみ とどめる こと が、 どうして、 して は ならない こと なの だろう。 チアン を イジ する とは、 ヒト の イノチ を おしみ まもる こと では なく、 ニンゲン の セイシン の ジユウ を さえ、 しばる と いう の か……。
 はしりさる ダイキチ の ウシロスガタ は、 タケイチ や ニタ や、 タダシ や キチジ や、 そして あの とき おなじ バス を おりて コウカイドウ へ と あるいて いった オオゼイ の ワカモノ たち の ウシロスガタ に かさなり ひろがって ゆく よう に おもえて、 めいった。 コトシ ショウガッコウ に あがる ばかり の コ の ハハ で さえ それ なのに と おもう と、 ナンジュウマン ナンビャクマン の ニッポン の ハハ たち の ココロ と いう もの が、 どこ か の ハキダメ に、 チリアクタ の よう に すてられ、 マッチ 1 ポン で ハイ に されて いる よう な オモイ が した。

  オウマ に のった ヘイタイ さん
  テッポウ かついで あるいてる
  とっとこ、 とっとこ あるいてる
  ヘイタイ さん は、 だいすき だ

 きばりすぎて チョウシッパズレ に なった ウタ が イエ の ナカ から きこえて くる。 シキイ を またぐ と、 ランドセル の ダイキチ を セントウ に、 ナミキ と ヤツ が したがって、 ウチジュウ を ぐるぐる まわって いた。 マゴ の そんな スガタ を、 ただ うれしそう に みて いる ハハ に、 なんとなく あてつけがましく、 オオイシ センセイ は フキゲン に いった。
「ああ、 ああ、 ミンナ ヘイタイ すき なん だね。 ホント に。 オバアチャン には わからん の かしら。 オトコ の コ が ない から。 ――でも、 そんな こっちゃ ない と おもう……」
 そして、
「ダイキチィ!」 と、 きつい コエ で よんだ。 クチ の ナカ を かわかした よう な カオ を して ダイキチ は つったち、 きょとん と して いる。 ハタキ と ハゴイタ を テッポウ に して いる ナミキ と ヤツ が やめず に うたいつづけ、 はしりまわって いる ナカ で、 ダイキチ の フシン-がって いる キモチ を うずめて やる よう に、 いきなり セナカ に テ を まわす と、 ランドセル は ロボット の よう な カンショク で、 しかし キュウゲキ な ヨロコビ で うごいた。 チョウナン の ゆえ に めった に うける こと の ない ハハ の アイブ は、 マン 6 サイ の オトコ の コ を ショウリカン に よわせた。 にこっと わらって ナニ か いおう と する と、 ナミキ と ヤツ に みつかった。
「わあっ」
 おしよせて くる の を、 おなじ よう に わあっ と さけびかえしながら、 ひっくるめて かかえこみ、
「こんな、 かわいい、 ヤツドモ を、 どうして、 ころして、 よい もの か、 わあっ、 わあっ」
 チョウシ を とって ゆさぶる と、 ミッツ の クチ は おなじ よう に、 わあっ、 わああ と あわせた。 そこ に どんな キモチ が ひそんで いる か を しる には あまり に おさない コドモ たち だった。

 ハル の チョウヘイ テキレイシャ たち は、 ホウコクショ と てらしあわされて、 ヒンピョウカイ の ナッパ や ダイコン の よう に その バ で ヘイシュ が きめられ、 やがて トシノセ が せまる コロ、 カンコ の コエ に おくられて ニュウエイ する の が ふるい コロ から の ナラワシ で あった。 しかし、 ヒゴト に ひろがって ゆく センセン の ヒッパク は、 その わずか な ジカンテキ ユトリ さえ も なくなり、 ニュウエイ は すぐに センセン に つながって いた。 フナツキバ の サンバシ に たてられた アーチ は、 カンソウゲイモン の ガク を かかげた まま、 ミドリ の スギ の ハ は コゲチャイロ に かわって しまった。 カンソウ カンゲイ の ドヨメキ は ネンジュウ たえまなく、 その スキマ を コエ なき 「ガイセン ヘイシ」 の シカク な、 しろい スガタ も また シオカゼ と ともに この アーチ を くぐって もどって きた。
 ニッポンジュウ、 いたる ところ に たてられた この ミドリ の モン を、 かぞえきれぬ ほど タクサン の ワカモノ たち が くぐりつづけて、 やむ こと を しらぬ よう な ショウワ 16 ネン、 センセン が タイヘイヨウ に ひろがった こと で、 カンコ の コエ は いっそう はげしく なる ばかり だった。 テンノウ の ナ に よって センセン フコク された 12 ガツ ヨウカ の その ずっと マエ に、 その トシ の ニュウエイシャ で ある ニタ や キチジ や イソキチ たち は、 もう すでに ムラ には いなかった。 シュッパツ の ヒ、 いくばく か の センベツ に そえて オオイシ センセイ は、 かつて の ヒ の シャシン を ハガキ-ダイ に サイセイ して もらって おくった。 もう ゲンバン は なくなって いた。 タケイチ の ホカ は ミナ なくして いた ので、 よろこばれた。
「カラダ を、 ダイジ に して ね」
 そして、 いちだん と コエ を ひそめ、
「メイヨ の センシ など、 しなさんな。 いきて もどって くる のよ」
 すると、 きいた モノ は まるで シャシン の ムカシ に もどった よう な スナオサ に なり、 イソキチ など ひそか に なみだぐんで いた。 タケイチ は そっと ヨコ を むいて アタマ を さげた。 キチジ は だまって うつむいた。 タダシ は カゲ の ある エガオ を みせて うなずいた。 ニタ が ヒトリ コエ に だして、
「センセイ だいじょうぶ、 かって もどって くる」
 それ とて、 ニタ と して は ひそめた コエ で 「もどって くる」 と いう の を アタリ を はばかる よう に いった。 もどる など と いう こと は、 もう かんがえて は ならなく なって いた の だ。 ニタ は しかし、 ホントウ に そう おもって いた の だろう か。 マッショウジキ な カレ には、 オテイサイ や、 コトバ の フクミ は ツウヨウ しなかった から だ。 ニタ だ とて イノチ の オシサ に ついて は、 ジンゴ に おちる はず が ない。 それ を ニタ ほど ショウジキ に いった モノ は、 なかった かも しれぬ。 カレ は かつて の ヒ、 チョウヘイ ケンサ の カカリカン の マエ で、 コウシュ ゴウカク! と センゲン された セツナ、 おもわず さけんだ と いう。
「しもたぁ!」
 ミンナ が ふきだし、 ウワサ は その ヒ の うち に ひろまった。 しかし ニタ は、 ふしぎ と ビンタ も くわなかった と いう。 ニタ の その カン ハツ を いれぬ コトバ は、 あまり にも ヒジョウシキ だった ため に、 カカリカン に セイトウ に きこえなかった と したら、 おもった こと を その とおり いった ニタ は よほど の カホウモノ だ。 ミンナ に かわって リュウイン を さげた よう な この ジケン は、 チカゴロ の チンダン と して オオイシ センセイ の ミミ にも はいった。
 その ニタ は、 ホント に かって もどれる と おもった の だろう か。
 ともあれ、 でて いった まま 1 ポン の タヨリ も なく、 その ヨクトシ も ナカバ を すぎた。 ミッドウェー の カイセン は、 ウミゾイ の ムラ の ヒトタチ を コトバ の ない フアン と アキラメ の ウチ に おいこんで、 ひそか に 「オヒャクド」 を ふむ ハハ など を だした。 ニタ や タダシ は カイグン に ハイチ されて いた。 ヘイジ ならば ビショウ で しか おもいだせない ニタ の スイヘイ も、 いった まま タヨリ が なかった。
 ニタ は イマ、 どこ で あの あいす べき オオゴエ を あげて いる だろう か――。
 ヒトリ を おもう とき、 かならず つづいて おもいだす の は、 いつも あの K マチ の バス の テイリュウジョ で みた ワカモノ たち で ある。 わらう と クチ の オク が くらく みえた トシヨリ の こと で ある。 ハルサム の ミチバタ に、 タダ の ニッコウ を うけて ツボミ を ふくらませて いた ヤマブキ で ある。 そうして、 さらに さらに おおきな カゲ で つつんで しまう の は、 いつのまにか グンヨウセン と なって、 どこ の ウミ を はしって いる か さえ わからぬ ダイキチ たち の チチオヤ の こと で ある。 その フアン を かたりあう さえ ゆるされぬ グンコク の ツマ や ハハ たち、 ジブン だけ では ない と いう こと で、 ニンゲン の セイカツ は こわされて も よい と いう の だろう か。 ジブン だけ では ない こと で、 ハツゲンケン を なげすてさせられて いる タクサン の ヒトタチ が、 もしも コエ を そろえたら。 ああ、 そんな こと が できる もの か。 たった ヒトリ で クチ を だして も、 あの オクバ の ない トシヨリ が いった よう に、 ウシロ に テ が まわる。
 タダ の ニッコウ を うけて、 ハルサム の ミチバタ に ふくらむ ヤマブキ は、 それでも、 ハナ だけ は さかせたろう に。……

 9、 ナキミソ センセイ

 ウミ も ソラ も チ の ウエ も センカ から カイホウ された シュウセン ヨクトシ の 4 ガツ ヨッカ、 この ヒ アサ はやく、 イッポンマツ の ムラ を こぎだした 1 セキ の テンマセン は、 コンガスリ の モンペスガタ の ヒトリ の やせて としとった ちいさな オンナ を のせて ミサキ の ムラ の ほう へ すすんで いった。 しずか な ウミ に モヤ は ふかく たちこめて いて、 ミサキ の ムラ は ユメ の ナカ に うかんで いる よう に みえた が、 やがて のぼりはじめた タイヨウ に さまされる よう に、 その ほそながい スガタ を、 しだいに くっきり と、 あらわしはじめた。
「あ、 ようやっと はれだした」
 まだ 12~13 と みえる センドウ は、 ちいさな カラダ ゼンタイ を うごかして ロ を おしすすめながら、 まだ とおい ミサキ の ムラ に ながめいった。 メ ばかり かがやいて いる よう な その オトコ の コ に、 おなじ よう に ミサキ の ムラ に メ を みはって いた オンナ は、 いとおしむ よう な コエ で はなしかけた。
「ミサキ、 はじめて かい、 ダイキチ?」
 ミカケ に よらず、 わかい コエ で ある。
「うん、 ミサキ なんぞ、 ヨウ が なかった もん」
 ふりかえり も せず に こたえた。
「そう じゃ な。 オカアサン で さえ、 ずっと くる こと なかった もん なあ。 ミサキ と いう ところ は、 そんな とこ じゃ。 あれ から 18 ネン! ほう、 フタムカシ に なる。 オカアサン も としよせた はず かいな」
 なんと それ は、 オオイシ センセイ の、 ヒサシブリ の コエ と スガタ で ある。 キョウ、 カノジョ は 13 ネン-ぶり の キョウショク に かえり、 しかも イマ、 ふたたび ミサキ の ムラ へ フニン する ところ なの だ。 マエ には ジテンシャ に のって さっそう と かよって いた センセイ も、 イマ では そんな ワカサ が なくなった の で あろう か。 ところが、 そう ばかり では なかった の だ。 センソウ は ジテンシャ まで も コクミン の セイカツ から うばいさって、 ハイセンゴ ハントシ の イマ、 ジテンシャ は かう に かえなかった。 ミサキ へ フニン と きまった とき、 はたと トウワク した の は それ だった。 トチュウ まで あった バス さえ も、 センソウチュウ に なくなった まま、 いまだに カイツウ して いない。 ムカシ で さえ も、 ジテンシャ で かよった 8 キロ の ミチ は、 あるいて かよう しか なかった。 とうてい、 カラダ の つづく はず が ない と かんがえて、 オヤコ 3 ニン ミサキ へ うつろう か と いいだした とき、 イチゴン で ハンタイ した の が ダイキチ だった。 フネ で オクリムカエ を する と いう の だ。 フネ だ とて かりる と すれば、 ソウトウ の レイ も しなければ ならない。
「アメ が ふったら、 どう する?」
「そしたら、 オトウサン の カッパ きる」
「カゼ の つよい ヒ は、 こまる で ない か」
「…………」
「あ、 シンパイ しなさんな。 カゼ の ヒ は あるいて いく よ」
 ヘンジ に つまった ダイキチ を、 いそいで たすけた もの だ。 アシタ は アシタ の カゼ が ふく。 アシタ の こと まで かんがえて は いられなかった ながい ネンゲツ は、 アメ や カゼ ぐらい で へこたれぬ こと だけ は、 おしえて くれた。 センソウ は 6 ニン の カゾク を 3 ニン に して しまった けれど、 だから なお、 のこった 3 ニン は どうでも いきねば ならない の だ。 ダイキチ は 6 ネンセイ に なって いる。 ナミキ は 4 ネン だった。 デガケ に ナギサ に たって ハハ の ハツシュッキン を みおくって くれた ナミキ も、 もう そろそろ ガッコウ へ でかける ジブン だ と おもって イッポンマツ を ふりかえった。 ヒサシブリ に オキ から ながめる イッポンマツ も、 ムカシ の まま に みえる。 なんの ヘンカ も みられぬ その ムラ に さえ、 おおきな ヘンカ を きたした センソウ の ハテ の ハイセン。
「ダイキチ、 つかれない かい。 テ に マメ が できる かも しれん な」
「マメ が できたって、 すぐに かたまらぁ、 ボク、 ヘイキ だ」
「ありがたい な。 でも、 アシタ から もっと ハヤメ に でかけよう か」
「どうして?」
「センセイ の ムスコ が、 マイニチ チコク じゃあ、 ナニ が なんでも フ が わるい。 そのうち オカアサン も、 また ジテンシャ を テ に いれる サンダン する けども」
「へっちゃら だあ。 ちゃんと リユウ が ある と、 しかられん もん。 フネ で、 おくったげる」
 ゆっくり と、 ロ に ついて カラダ を ゼンゴ に うごかしながら、 トクイ の カオ で わらった。
「うまい な、 ロ おす の。 やっぱり ウミベ の コ じゃ な。 いつのまに おぼえた ん」
「ヒトリ で、 おぼえる もん。 6 ネンセイ なら、 ダレ じゃって おせる」
「そう かね。 オカアサン も おぼえよ かな」
「そんな こと、 ボク が おくって あげる」
「そうそう、 モリオカ タダシ と いう コ が いて な、 1 ネンセイ なのに オカアサン を フネ で おくって あげる って いった こと が あった。 ムカシ――。 もう センシ した けんど」
「ふーん。 オシエゴ?」
「そう」
 ふっと ナミダ が でた。 いきて いれば、 もう よい ワカモノ に なったろう と、 5 ネン マエ、 サンバシ で わかれた きり の タダシ を おもいだし、 それ が おさない ヒ の オモカゲ と かさなって うかんで きた。 あれきり ついに あう こと の なかった タダシ。 そして もう エイキュウ に あう こと の できなく なった オシエゴ たち。 はげしい タタカイ に たおれた イマ、 イクニン が ふたたび コキョウ の ツチ を ふみ、 ふたたび あえる か と おもう と、 ココロ は くらく しずむ。
 アクム の よう に すぎた ここ 5 ネン-カン は、 オオイシ センセイ をも ヒトナミ の イタデ と クツウ の スエ に、 ちいさな ムスコ に いたわられながら、 この ヘンピ な ムラ へ フニン して こなければ ならぬ キョウグウ に おいこんで いた。 ワガミ に ショク の ある こと を、 はじめて カノジョ は ミ に しみて ありがたがった。 オシエゴ の サナエ に すすめられて ガンショ は だして みた ものの、 きて ゆく キモノ さえ も ない ほど、 セイカツ は キュウハク の ソコ を ついて いた。 フニョイ な ヒビ の クラシ は ヒト を おいさせ、 カノジョ も また 40 と いう トシ より も ナナ、 ヤッツ も ふけて みえる。 50 と いって も、 ダレ が うたがおう。
 イッサイ の ニンゲン-ラシサ を ギセイ に して ヒトビト は いき、 そして しんで いった。 オドロキ に みはった メ は なかなか に とじられず、 とじれば マナジリ を ながれて やまぬ ナミダ を かくして、 ナニモノ か に おいまわされて いる よう な マイニチ だった。 しかも ニンゲン は その こと に さえ いつしか なれて しまって、 たちどまり、 ふりかえる こと を わすれ、 ココロ の オク まで ざらざら に あらされた の だ。 あれまい と すれば、 それ は いきる こと を こばむ こと に さえ なった。 その アワタダシサ は、 タタカイ の おわった キョウ から まだ アス へも つづいて いる こと を おもわせた。 センソウ は けっして おわった とは おもえぬ こと が おおかった。
 ゲンバク の ザンギャクサ が、 その コトバ と して の イミ だけ で つたえられて は いた が、 まだ ホントウ の サンジョウ を しらされて いなかった あの トシ の 8 ガツ 15 ニチ、 ラジオ の ホウソウ を きく ため に ガッコウ へ ショウシュウ された コクミン ガッコウ 5 ネンセイ の ダイキチ は、 ハイセン の セキニン を ちいさな ジブン の カタ に しょわされ でも した よう に、 しょげかえって、 うつむきがち に かえって きた。
 あれ から たった ハントシ、 イマ メノマエ に ロ を こぐ カレン な スガタ は、 ふかい カンガイ を そそる もの が ある。 ジダイ に ジュンノウ する コドモ と いう もの。 ハントシ マエ の カレ の こと を、 いえば イマ は はずかしがる ダイキチ なの を しって いる。 クチ には ださず、 ヒトリ おもいだす だけ で ある。 あの ヒ、 しょげて いる ダイキチ の ココロ を ひったてて やる よう に エガオ で カタ を だいて やり、
「ナニ を しょげてる ん だよ。 これから こそ コドモ は こどもらしく ベンキョウ できる ん じゃ ない か。 さ、 ゴハン に しよ」
 だが、 イツモ なら オオサワギ の ショクタク を ミムキ も せず に ダイキチ は いった の だ。
「オカアサン、 センソウ、 まけた んで。 ラジオ きかなんだ ん?」
 カレ は コエ まで ヒソウ に くもらして いった。
「きいた よ。 でも、 とにかく センソウ が すんで よかった じゃ ない の」
「まけて も」
「うん、 まけて も。 もう これから は センシ する ヒト は ない もの。 いきてる ヒト は もどって くる」
「イチオク ギョクサイ で なかった!」
「そう。 なかって、 よかった な」
「オカアサン、 なかん の、 まけて も?」
「うん」
「オカアサン は うれしい ん?」
 なじる よう に いった。
「バカ いわん と! ダイキチ は どう なん じゃい。 ウチ の オトウサン は センシ した ん じゃ ない か。 もう もどって こん のよ、 ダイキチ」
 その はげしい コエ に とびあがり、 はじめて キ が ついた よう に ダイキチ は マトモ に ハハ を みつめた。 しかし カレ の ココロ の メ も それ で さめた わけ では なかった。 カレ と して は、 この イチダイジ の とき に、 なおかつ、 ゴハン を たべよう と いった ハハ を なじりたかった の だ。 ヘイワ の ヒ を しらぬ ダイキチ、 うまれた その ヨル も ボウクウ エンシュウ で マックラ だった と きいて いる。 トウカ カンセイ の ナカ で そだち、 サイレン の オト に なれて そだち、 マナツ に ワタイレ の ズキン を もって ツウガク した カレ には、 ハハ が どうして こう まで センソウ を にくまねば ならない の か、 よく のみこめて いなかった。 どこ の イエ にも、 ダレ か が センソウ に いって いて、 わかい モノ と いう わかい モノ は ほとんど いない ムラ、 それ を アタリマエ の こと と かんがえて いた の だ。 ガクト は ドウイン され、 オンナコドモ も キンロウ ホウシ に でる。 あらゆる ジンジャ の ケイダイ は カレハ 1 マイ も のこさず セイソウ されて いた。 それ が コクミン セイカツ だ と ダイキチ たち は しんじた。 しかし、 ヤマ へ ドングリ を ひろい に ゆき、 にがい パン を たべた こと だけ は、 いや だった。 ちいさな ダイキチ の ムラ から も イクニン か の ショウネン コウクウヘイ が でた。
 ――コウクウヘイ に なったら、 ゼンザイ が ハライッパイ くえる。
 かわいそう に、 トシハ も いかぬ ショウネン の ココロ を、 ハライッパイ の ゼンザイ で とらえ、 コウクウヘイ を こころざした まずしい イエ の ショウネン も いた。 しかも それ で ショウネン は もう エイユウ なの だ。 まずしかろう と、 そう で なかろう と、 そこ へ ココロ を かたむけない モノ は ヒコクミン で さえ あった ジセイ の ウゴキ は、 オヤ に ムダン で ガクトヘイ を こころざせば、 そして それ が ヒトリムスコ で あったり すれば エイユウ の カチ は いっそう たかく なった。 マチ の チュウガク では、 タクサン の ショウネン シガンヘイ の ナカ に オヤ に ムダン の ヒトリムスコ が 3 ニン も でて、 それ が ガッコウ の エイヨ と なり、 オヤ たち の ココロ を さむがらせた。 その とき、 ちいさかった ダイキチ は、 ジブン の トシ の オサナサ を なげく よう に、
「ああ、 はやく ボク、 チュウガクセイ に なりたい な」
 そして うたった。

  ナーナツ、 ボータン は、 サクラ に イカーリー……

 ヒト の イノチ を ハナ に なぞらえて、 ちる こと だけ が ワコウド の キュウキョク の モクテキ で あり、 つきぬ メイヨ で ある と おしえられ、 しんじさせられて いた コドモ たち で ある。 ニッポンジュウ の オトコ の コ を、 すくなくも その カンガエ に ちかづけ、 しんじさせよう と ホウコウ-づけられた キョウイク で あった。 コウテイ の スミ で ホン を よむ ニノミヤ キンジロウ まで が、 カンコ の コエ で おくりだされて しまった。 ナンビャクネン-ライ、 アサユウ を しらせ、 ヒジョウ を つげた オテラ の カネ さえ ショウロウ から おろされて センソウ に いった。 ダイキチ たち が やたら ヒソウ-がり、 イノチ を おしまなく なった こと も やむ を えなかった の かも しれぬ。 しかし ダイキチ の ハハ は、 イチド も それ に サンセイ は しなかった。
「なああ ダイキチ、 オカアサン は やっぱり ダイキチ を タダ の ニンゲン に なって もらいたい と おもう な。 メイヨ の センシ なんて、 1 ケン に ヒトリ で タクサン じゃ ない か。 しんだら、 モト も コ も ありゃ しない もん。 オカアサン が イッショウ ケンメイ に そだてて きた のに、 ダイキチ あ そない センシ したい の。 オカアサン が マイニチ ナキ の ナミダ で くらして も えい の?」
 のぼせた カオ に ヌレテヌグイ を あてて でも やる よう に いった が、 ネツ の ハゲシサ は ヌレテヌグイ では キキメ が なかった。 かえって ダイキチ は ハハ を さとし でも する よう に、
「そしたら オカアサン、 ヤスクニ の ハハ に なれん じゃ ない か」
 これ こそ キミ に チュウ で あり オヤ には コウ だ と しんじて いる の だ。 それ では ハナシ に ならなかった。
「あああ、 このうえ まだ ヤスクニ の ハハ に したい の、 この オカアサン を。 『ヤスクニ』 は ツマ だけ で タクサン で ない か」
 しかし ダイキチ は、 そう いう ハハ を ひそか に はじて さえ いた の だ。 グンコク の ショウネン には メンツ が あった。 カレ は ハハ の こと を きょくりょく セケン に かくした。 ダイキチ に すれば、 ハハ の ゲンドウ は なんとなく キ に なった。 ずっと マエ にも こんな こと が あった。 ビョウキ キュウカ で かえって いた チチ に、 ふたたび ジョウセン メイレイ が でた とき、 ダイキチ が マッサキ に いきおいづいて、 ナミキ たち と さわぎたてる と、 ハハ は マユネ を よせ、 おさえた コエ で いった。
「ナン でしょう、 この コ。 バカ かしら、 ヒト の キ も しらず に」
 そう いって ヒタイ を つんと ユビサキ で おした。 ひょろひょろ と たおれかかった ダイキチ は、 ハラ を たてて むしゃぶりついて きた。 しかし、 ハハ の メ に ナミダ が こぼれそう なの を みる と、 さすが に しゅんと して しまった。 チチ は わらって ダイキチ を なぐさめた。
「いい よ、 なあ ダイキチ。 まだ ヤッツ や ココノツ の オマエラ まで が めそめそ したら、 オトウサン も たすからん よ。 さわげ さわげ」
 しかし、 そう いわれる と もう さわげなかった。 すると、 チチ は 3 ニン の コドモ を イッショクタ に かかえて、
「ミンナ ゲンキ で、 おおきく なれ よ。 ダイキチ も ナミキ も ヤツ も。 おおきく なって、 オバアサン や オカアサン を ダイジ に して あげる ん だよ。 それまで には センソウ も すむ だろう さ」
「えっ、 センソウ すむ の。 どうして?」
「こんな、 ビョウニン まで ひっぱりださにゃ ならん とこ みる と――」
 だが、 ダイキチ たち には その イミ は わからなかった。 ただ、 ジブン の イエ でも チチ が センソウ に ゆく と いう こと で カタミ が ひろかった の だ。 イッカ そろって いる と いう こと が、 コドモ に カタミ せまい オモイ を させる ほど、 どこ の カテイ も ハカイ されて いた わけ で ある。
 センシ の コウホウ が はいった の は、 サイパン を うしなう すこし マエ だった。 さすが の ダイキチ も その とき は ないた。 ヒジ を ムネ の ほう に まげて、 テクビ の ところ で ナミダ を ふいて いる ダイキチ の カタ を、 ハハ は だきよせる よう に して、
「しっかり しよう ね ダイキチ、 ホント に しっかり して よ ダイキチ」
 ジブン をも はげます よう に いい、 その アト、 ちいさな コエ で、 どんな に チチ が イエ に いたがった か を かたった。
「いったら サイゴ もう かえれない こと、 わかってた ん だ もん。 それなのに ダイキチ たち、 オオサワギ したろう。 キノドク で、 つらくて オカアサン……」
 しかし ダイキチ は その とき で さえ、 なぜ ハハ は そんな こと を いう の だろう と おもった。 チチ は よろこびいさんで でて いった の だ と いって もらいたかった。 センシ は かなしい けれど、 それ だ とて、 チチ の ない コ は ジブン だけ では ない のに と、 その こと の ほう を アタリマエ に かんがえて いた。 トナリムラ の ある イエ など では、 4 ニン あった ムスコ が 4 ニン とも センシ して、 ヨッツ の メイヨ の シルシ は その イエ の モン に ずらり と ならんで いた。 ダイキチ たち は、 どんな に か ソンケイ の メ で それ を あおぎみた こと だろう。 それ は イッシュ の センボウ で さえ あった。
 その 「センシ」 の 2 ジ を うかした ほそながく ちいさな モンピョウ は、 やがて ダイキチ の イエ へも とどけられて きた。 ちいさな 2 ホン の クギ と イッショ に ジョウブクロ に いれて ある の を テノヒラ に あけて、 しばらく ながめて いた ハハ は、 そのまま ジョウブクロ に もどして、 ヒバチ の ヒキダシ に しまった。
「こんな もの、 モン に ぶちつけて、 なんの マジナイ に なる。 あほらしい」
 おこった よう な カオ を して つぶやき、 しょきしょき と コメ を つきはじめた。 コメ は ビール ビン の ナカ で つく の で ある。 ビョウキ で ねて いた オバアサン の オカユ の ため で、 ダイキチ たち の クチ には はいらなかった。 ボウクウ エンシュウ で ころんで、 それ が ヤミツキ に なった オバアサン は、 もう とうてい なおる ミコミ も なく、 ねて いる だけ だった。 ころんだ の が モト で やみついた の では なく、 やみついて いた から ころんだ の だろう、 と イシャ は いった。 80 すぎて、 カミ も ヒゲ も マッシロ な トナリムラ の イシャ は、 なおる ミコミ の ない ビョウニン の ところ へは、 なかなか きて くれなかった。 ホカ に たのむ イシャ は なく、 せめて うまい もの でも と こころがけた が、 なかなか テ に はいらなかった。 ウミベ に いて、 サカナ さえ テ に はいらない の だ。 サカナ は ありません か、 タマゴ は ありません か と、 1 ピキ の メバル、 ヒトツ の タマゴ に 3 ド も 5 ド も アタマ を さげねば テ に はいらなかった。 その ため に ハハ が ヒトリ で かけまわった。
 そして ある ヒ、 メイヨ の モンピョウ は いつのまにか ヒバチ の ヒキダシ から、 モン の カモイ の ショウメン に うつって いた。 ハハ の ルス に ダイキチ が そこ へ うちつけた の で ある。 ちいさな 「メイヨ の モンピョウ」 は、 しかるべき イチ に ひかって いた。 「モンピョウ」 の ツマ は、 しばし たちどまって それ を ながめた。 ヒトリ の オトコ の イノチ と すりかえられた ちいさな 「メイヨ」 を。 その メイヨ は どこ の イエ の カドグチ をも かざって、 ハジ を しらぬ よう に ふえて いった。 それ を もっとも ほしがって いた の は、 おさない コドモ だった の で あろう か。
 そうして、 ついに むかえた 8 ガツ 15 ニチ で ある。 ダクリュウ が、 どんな イナカ の スミズミ まで も おしよせた よう な サワギ の ナカ で、 ダイキチ たち の メ が ようやく さめかけた と して も、 どうして それ を わらう こと が できよう。 わらわれる ケ ほど の ゲンイン も コドモ には ない。
 センソウ の ザンパン を あさる ヒトタチ も おおい ナカ へ、 いきのこった ヘイタイ が マイニチ の よう に もどって きた。 いきて は いて も もどれぬ ヘイタイ、 エイキュウ に もどる こと の ない チチ や オット や ムスコ や キョウダイ たち の、 かつて の メイヨ の モンピョウ は イエイエ の モン から、 イッセイ に スガタ を けし、 ふたたび ユクエ フメイ に なった。 それ で センソウ の セキニン を のがれられ でも した か の よう に。
 おなじ よう に それ の なくなった イエ で、 おもいがけなく ダイキチ は、 イモウト の ヤツ の トツゼン の シ を むかえねば ならなかった。 オバアサン が なくなって から 1 ネン-メ の こと で ある。 わずか 1 ネン そこそこ の うち に、 3 ニン の シ を むかえた わけ だった。 チチ の よう に タイカイ の ホウマツ の ナカ に きえて スガタ を みせない シ、 オバアサン の よう に やみほうけて カレキ の よう に なって たおれた ショウガイ、 キノウ まで ゲンキ だった の が イチヤ の うち に ユメ の よう に きえて しまった、 はかない ヤツ の シ。 その ナカ で ヤツ の シ は いちばん ミンナ を かなしませた。 キュウセイ チョウ カタル だった。 イエ の モノ に だまって、 ヤツ は あおい カキ の ミ を たべた の で ある。 もう ヒトツキ も すれば うれる のに、 しぶく は ない と いう こと で ヤツ は それ を たべた の で ある。 イッショ に たべた コ も ある のに、 ヤツ だけ が イノチ を うばわれた。
 センソウ は すんで いる けれど、 ヤツ は やっぱり センソウ で ころされた の だ。――
 ハハ が そう いった とき、 ダイキチ は キュウ には イミ が のみこめなかった が、 だんだん わかって きた。 キンネン、 ムラ の カキ の キ も、 クリ の キ も、 うれる まで ミ が なって いた こと が なかった。 ミンナ まちきれなかった の だ。
 コドモ ら は いつも ノ に でて、 ツバナ を たべ、 イタドリ を たべ、 スイバ を かじった。 ツチ の ついた サツマ を ナマ で たべた。 ミンナ カイチュウ が いる らしく、 カオイロ が わるかった。 そんな ナカ で ビョウキ に なって も ムラ に イシャ は いなかった。 よく きく クスリ も なかった。 イシャ も クスリ も センソウ に いって いた の だ。 オバアサン の なくなった とき には、 ムラ の ゼンポウジ さん まで が シュッセイ して ルス だった。 キンソン の テラ の ボウサン は、 センシシャ で いそがしかった。 シュウセン の ちょっと マエ に かえった ゼンポウジ さん は、 かえる と すぐ クヨウ に きて くれた が、 イマ また、 つづけて ヤツ の ため に オキョウ を あげて もらう こと に なる など、 どうして かんがえられたろう。
 オバアサン は しぬ マエ、 ボダイジ に オボウサン も いない こと を くやんだ が、 ちいさな ヤツ は ボウサン の こと など かんがえた こと も なかったろう と おもう と、 ダイキチ は、 コエ はりあげて キョウ を よむ ボウサン まで が うらめしかった。 オカアサン の ハナシ では、 ヤツ が うまれた とき に オトウサン は もう、 カラダ の グアイ が すこし わるく なりかけて いて、 フネ を おりて ヨウジョウ する つもり だった と いう。 ナガネン、 セカイ の ナナツ の ウミ を わたりあるいた オトウサン は、 イマ は もう イエ に かえって やすみたい と いい、 ヤッツメ の ミナト を ワガヤ に たとえて、 その とき うまれた オンナ の コ に ヤツ と いう ナ を つけた。 しかし、 ビョウキ の オトウサン も ワガヤ の ミナト に ビョウキ を やしなう こと が できず、 キボウ を かけた ヤツ も また しんで しまった。……
 モノ が とぼしく、 ヤツ の ナキガラ を おさめる ハコ も、 ザイリョウ を もって ゆかねば つくれない と いわれ、 すこし こわれかけて いた ムカシ の タンス で つくる こと に した。 ハナ まで が ニンゲン の セイカツ の ナカ から おいだされて いた。 ダイキチ は ナミキ と フタリ で ハカバ へ ゆき、 ジャノメソウ や オシロイバナ を とって きて ヤツ を まつった。 モト は ハナ も たくさん つくって いた と いう ニワ は、 ダイキチ たち の キオク の かぎり、 ダイコン や カボチャバタケ で、 せまい ノキサキ に まで カボチャ は うえられて、 ヤネ に はわせて いた。 ヤツ が なくなる と オカアサン は、 なきながら ノキ の カボチャ を ひきちぎる よう に して ぬきとった。 ウラナリ の ミ が ミッツ ヨッツ、 ながい ツル に ひきずられて おちて きた。 その ナカ の まるい の を ボン に のせて ブツダン に そなえた の だった が、 エキリ と いう ウワサ が たって、 ダレ も きて くれぬ ツヤ の マクラモト に すわって、 イツモ の テイデン が すんだ アト、 オカアサン は ふと キ が ついた よう に、 マクラガタナ に した ちいさな ゾーリンゲン の ホウチョウ を とりあげ、 いきなり、 ぐさり と カボチャ の ヨコハラ に つきたてて、 ダイキチ たち を おどろかした。 ゾーリンゲン は オトウサン が かって きた もの だった。 もしも、 オカアサン が わらって いなかった なら、 ヒゴロ、 こわい と おしえられて いる ゾーリンゲン で ある。 ダイキチ たち は ヒメイ を あげた かも しれない。 しかし オカアサン は わらって いた の だ。 なきはらした カオ の エガオ は、 ちがった ヒト の よう に みえた が、 なんでも ない、 なんでも ない と いう メ の イロ は ダイキチ たち を シュンカン で アンシン させた。
「いい もの、 ヤツ に こしらえて やろう。 こんな こと、 オマエタチ、 しらない だろ。 ヤツ は とうとう しらず-ジマイ じゃ。 カボチャ は ウラナリ でも たべる もの と、 ダイキチ ら、 そう おもってる だろう。 オカアサン ら の コドモ の とき は、 カボチャ の ウラナリ は、 コドモ の オモチャ。 ほら、 これ が マド――」
 カボチャ の ヨコハラ は シカク に きりぬかれた。
「こっち は、 マルマド と いたしましょう。 しょうしょう むつかしい な。 テシオザラ もって きて ダイキチ、 カタ を とる から。 それ と オボン も な。 ワタ だす から」
 ダイキチ と ナミキ は メ を まるく して みて いた。 できた の は チョウチン だった。 マド に カミ を はり、 ソコ に クギ を さす と ロウソク の ザ も できた。 ハイキュウ の ロウソク を ともす と、 いかにも それ は、 ヤツ の よろこびそう な チョウチン で あった。 カナシミ を わすれて ダイキチ は いった。
「オカアサン、 コウサク、 マンテン じゃ」
 ちいさな カン が できて くる と、 チョウチン は ヤツ の カオ の ソバ に いれて やった。 ヤツ が もって あそんで いた カイガラ や カミニンギョウ も ソバ に おいた。 カナシミ が キュウ に おしよせて きて、 ダイキチ も ナミキ も コエ を あげて ないた。 おんおん なきながら ダイキチ は、 ヤツ が いつも ほしがって いた チエノワ を おもいだし、 かして やらなかった ジブン の フシンセツ を ジブン で せめながら、 イマ あらためて、 それ を ヤツ に やろう と おもった。 ムネ に くみあわせた テ に もたせよう と した が、 つめたい テ は もう それ を うけとって は くれず、 チエノワ は すべって カン の ソコ に おちた。 ナミキ も なきながら、 カレ も また ヤツ の メ に ふれぬ よう に しまいこんで あった ダイジ な イロガミ を もって きて、 ツル や ヤッコ や フウセン を おって いれた。 そんな もの を もって、 ヤツ は シデ の タビジ に ついた の で ある。
 こういう こと が あって、 オオイシ センセイ は キュウ に ふけた の で ある。 シラガ さえ も ふえた。 ちいさな カラダ は やせる と よけい ちいさく なり、 コシ でも まげる と、 オバアサン そっくり に なった。 ちいさい ながら も ダイキチ は どきん と し、 コンド は オカアサン が、 どうか なる か と あんじた。 ヒト の イノチ の トウトサ を、 しみじみ と あじわえる トシ に なって きた。
 オカアサン を ダイジ に して あげる ん だぞ――。
 オトウサン の コトバ が いきて きた。
「オカアサン、 マキ は ボク が とって くる」
 そう いって ナミキ と イッショ に ヤマ へ ゆく。
「オカアサン、 ハイキュウ は、 ボク、 ガッコウ の カエリ に とって くる から」
 とおい ハイキュウジョ へ ゆく の も カレ の ヤク に なった。 ナミキ も まけて は いられなかった。
「オカアサン、 ミズ やこい、 みんな ボク が くんで あげる」
 なみだもろく なった オカアサン は、
「キュウ に まあ、 フタリ とも オヤコウコウ に なった なあ」
 これほど よわり、 いたわられて いる カノジョ が、 ふたたび キョウショク に もどれた の は、 カゲ に サナエ の ジンリョク が あった の だ。 サナエ は イマ、 ミサキ の ホンソン の ボコウ に いた。
「40 じゃあ ね。 ゲンショク に いて も ロウキュウ で やめて もらう ところ じゃ ない か」
 クビ を かしげる コウチョウ へ、 さいさん たのんで、 ようやく、 ミサキ ならば と いう こと で ハナシ が きまった。 しかも それ は オオイシ センセイ の もって いる キョウイン と して の シカク で では なく、 コウチョウ イチゾン で サイケツ できる ジョキョウ で あった。 リンジ キョウシ なの だ。 カワリ が あれば、 いつ やめさせられる かも しれない の だ。 サナエ は、 キノドクサ に しおれて、 それ を ホウコク した。 だが、 オオイシ センセイ の メ は、 イヨウ に かがやいた の で ある。
「ミサキ なら、 ねがったり、 かなったり よ。 マエ の カリ が ある から」
 ジョウケン の ワルサ など キ にも かけず、 ココロ の ソコ から つきあげて くる よう な エガオ を した。 その とき オオイシ センセイ の ココロ には、 わすれて いた キオク が、 イマ ひらく ハナ の よう な シンセンサ で よみがえって いた の だ。

  センセエ、 また おいでぇ……
  アシ が なおったら、 また おいでぇ……
  ヤクソク、 した ぞぉ……

 あの とき、 ジブン の アト へ フニン して いった ロウキュウ の ゴトウ センセイ と おなじ よう に、 ジブン も また ヒト に あわれまれて いる とも しらず、 いや、 オオイシ センセイ が それ を しらぬ はず は なかった。 しかし おさない フタリ の コ を かかえた ミボウジン の カノジョ も また、 やはり ゴトウ センセイ と おなじく、 よろこんで ミサキ へ ゆかねば ならなかった の だ。 しかし カノジョ は イマ、 ちかづいて くる ミサキ の ムラ の ヤマヤマ の、 ヤキ に あらわれた ミドリ の ツヤヤカサ を みる と、 ジブン も また わかがえって くる よう な キ が した。 ムカシ、 ヨウフク も ジテンシャ も ヒト に さきがけた カノジョ も、 イマ では シラガマジリ の カミノケ を ムゾウサ に ひっつめ、 オット の キモノ の コンガスリ で つくった モンペ を つけ、 ちいさな ムスコ に フネ で おくられて いる。 ムカシ の オモカゲ を しいて さがせば、 キュウ に かがやきだした ヒトミ の イロ と、 わかわかしい コエ で ある かも しれぬ。 ナマイキ と いわれて けなされた カノジョ の ヨウフク や ジテンシャ は、 それ が キッカケ に なって はやりだし、 イマ では ムラ に ジテンシャ に のれぬ オンナ は ない ほど だ。 だが 20 ネン ちかい サイゲツ は、 もう ダレ も わかい ヒ の カノジョ を おぼえて は いまい。
 リクチ が すうっと すべる よう に ちかづいた と おもう と、 フネ は もう ナギサ ちかく よって いた。 フナレ な テツキ で ミサオ を おす ダイキチ と、 みなれぬ オオイシ センセイ に、 ムカシ-どおり ムラ の コドモ は ぞろぞろ あつまって きた。 しかし、 その どの カオ にも オボエ は なかった。 ながい ネンゲツ の イリョウ の フソク は、 シッソ な ミサキ の コドモ ら の ウエ に いっそう あわれ に あらわれて いて、 ワカメ の よう に さけた パンツ を はき、 その スキマ から ヒフ の みえる オトコ の コ も いた。 わらいかける と おびえた よう な メ を したり、 ムカンドウ な ヒョウジョウ の まま ふかい カンシン を みせて ミチ を ひらいた。 めずらしげ に じろじろ みる の は ムカシ の まま で あった。 その コウキ の メ に とりかこまれながら、 オオイシ センセイ は ハズミ を つけて とびおりた。 イシコロ ヒトツ に さえ ムカシ の オモカゲ が のこって いる よう な ナツカシサ。 すこし フネ に よった らしく、 アタマ が ふらついた。 ゆっくり あるいて いる と、 ウシロ に ささやく コエ が した。
「たいがい、 センセ ど、 あれ」
「ほんな、 オジギ して みる か、 そしたら わかる」
 おもわず にっと した カオ の マエ へ、 ばたばた と 3~4 ニン の ちいさな コドモ が たちふさがり、 ぴょこん と アタマ を さげた。 シンガッキ に ちかづいて シンニュウセイ に オジギ が とりいれられた の を シオ に、 まだ ガッコウ では ない らしい ちいさな コ ら も、 まねて いる の で あろう。 エシャク を かえしながら、 オオイシ センセイ は なみだぐんで いた。 まず、 おさない コ ら に カンゲイ された よう な キ が して うれしかった の だ。 そっと メガシラ を おさえ、 エガオ を みせた。 あらためて みた が、 すぐに おもいだす カオ は なかった。 ミチ ゆく ヒト も そう だった。 むかしながら の ムラ の ミチ を、 なんと かわった ヒト の スガタ で あろう。 とはいえ、 その ナカ で もっとも かわって いる の が ジブン だ とは、 キ が つかなかった。 その オオイシ センセイ を おいぬき おいぬき、 さんさんごご と はしって ゆく セイト たち も たえなかった。 ちらり ちらり と、 こちら を ヌスミミ して は はしりさって ゆく。 それら の スガタ から、 わざと メ を そらした の は、 みられたく ない もの が ひかって こぼれそう だった から だ。
 ヒトリ かえって ゆく ダイキチ の ほう へ テ を ふって みせて から コウモン を くぐった。 ふるびて しまった コウシャ の、 8 ブ-ドオリ こわれた ガラスマド を みた とき、 シュンカン、 ゼツボウテキ な もの が ミチシオ の よう に おしよせて きた が、 ムカシ の まま の キョウシツ に、 ムカシ-どおり に ツクエ と イス を マドベリ に おき、 ソト を みて いる うち に、 セボネ は しゃんと して きた。 なにもかも ふるい この ガッコウ へ、 あたらしい もの が やって きはじめた から だ。 ふるい オビシン らしい しろい ヌノ で つくった あたらしい カバン。 マンナカ に 1 ポン ヌイメ の ある らしい メイセン の フロシキ、 その ナカ には、 シンブンシ を おりたたんだ だけ の よう な、 ヒョウシ の ない ソマツ な キョウカショ が はいって いる だけ でも、 コドモ たち は キボウ に もえる カオ を して いた。 ムカシ-どおり の ミサキ の コ の ヒョウジョウ で ある。 18 ネン と いう サイゲツ を キノウ の こと の よう に おもい、 キノウ に つづく キョウ の よう な サッカク に さえ とらわれた。 おおげさ な シギョウシキ も なく キョウシツ に はいる と、 さすが に かあっと カオ に チ が のぼる の を かんじた。 それでも、 なれた タイド で シュッセキ を とった。 わかく、 ハリ の ある コエ で、 「ナマエ を よべば、 おおきな コエ で はい と ヘンジ を する のよ」 と マエオキ を して、
「カワサキ カク さん」
「はい」
「カベ ヨシオ さん」
「はーい」
「ゲンキ ね。 ミンナ、 はっきり オヘンジ が できそう です ね。 カベ ヨシオ さん は、 カベ コツル さん の キョウダイ?」
 イマ、 ヘンジ を ほめた ばかり なのに、 もう カベ ヨシオ は だまって カブリ を ふる。 ナマエ を よばれた とき で なければ、 はい とは いえない もの の よう に。 しかし センセイ は エガオ を くずさず に、
「オカダ ブンキチ さん」
 それ は あきらか に イソキチ の アニ の コドモ と さっしられた が、 メクラ に なって ジョタイ された イソキチ に つらい アニ で ある と きいて、 ふれず に ツギ に うつった。
「ヤマモト カツヒコ さん」
「はい」
「モリオカ ゴロウ さん」
「はい」
 タダシ の カオ が おおきく うかんで きえた。
「カタギリ マコト さん」
「はい」
「アンタ、 コトエ さん の ウチ の コ」
 マコト は ぽかん と して いた。 カノジョ は ちいさい とき なくなった アネ の こと など おぼえて いなかった の だ。 それで もう、 ふるい こと は きく の は やめた。 ニシグチ ミサコ の ムスメ は、 カツコ と いった。 その ホカ 3 ニン の オンナ の コ の ナカ に、 あかい あたらしい ヨウフク を きた カワモト チサト と いう コドモ が いた。 ガマン できず、 ヤスミ ジカン の とき、 それとなく きいて みた。
「チサト さん の オトウサン、 ダイク さん ね」
 すると チサト は、 マツエ そっくり の くろい メ を みはって、
「ううん、 ダイク さん は、 オジイサン」
「あら、 そう だった の」
 しかし カノジョ の ガクセキボ には、 カノジョ の チチ は ダイク と あった。
「マツエ さん て、 ダアレ、 ネエサン?」
「ううん、 オカアサン。 オオサカ に おる ん。 ヨウフク おくって くれた ん」
 どきん と した。 そして、 この クミ に ニタ や マスノ が いない こと に ほっと し、 また それ で、 さびしく も なった。 ニタ が いれば イマゴロ は もう、 10 ニン の シンニュウセイ の カテイ ジジョウ は さらけだされ、 メイメイ の ヨビナ や アダナ まで わかって いる だろう。 その ニタ や タケイチ や タダシ は、 そして、 イソキチ や マツエ や フジコ は、 と おもう と、 カレラ の とき と ドウヨウ、 イチズ な シンライ を みせて キョウ あたらしい モン を くぐって きた 10 ニン の 1 ネンセイ の カオ が、 イッポンマツ の シタ に あつまった こと の ある 12 ニン の コドモ の スガタ に かわった。 おもわず マド の ソト を みる と、 イッポンマツ は、 ムカシ の まま の スガタ で たって いる。 その ソバ に、 フタリ の オトコ の コ が、 じっと ミサキ を みて いる かも しれぬ、 そんな こと も しらぬげ な スガタ で ある。
 オオイシ センセイ は そっと ウンドウジョウ の スミ に ゆき、 ひそか に カオ を ととのえねば ならなかった。 そういう カノジョ に、 はやくも アダナ が できて いた の を、 カノジョ は まだ しらず に いた。 ミサキ の ムラ に ニタ は やっぱり いた の で ある。 ダレ が センセイ の ユビ イッポン の ウゴキ から メ を はなそう。
 カノジョ の アダナ は、 ナキミソ センセイ で あった。

 10、 ある はれた ヒ に

 4 ガツ とは いって も まだ サムサ の ナゴリ は ゴゴ の ハマベ に みちて いた。 スナ の ウエ に アシ を なげだして いた オオイシ センセイ は、 おもわず たちあがって、 はたはた と モンペ の ヒザ を はたいた。 その ウシロスガタ へ よびかける モノ が あった。
「センセイ、 そんな とこ で、 ナニ して おいでます か?」
 ニシグチ ミサコ で あった。
「まあ、 ミサコ さん」
 ハデ な ハナモヨウ の メイセン の アワセ に きちんと オビツキ で、 ミサコ は これから どこ か へ でかけそう な カッコウ に みえた。 あらたまった アイサツ の アト、 キュウ に シタシサ を みせて、
「センセイ に オメ に かかりたくて、 イマ、 ガッコウ へ ゆく ところ でした の」
 そう いって から、 もう イチド あらためて コシ を こごめ、
「センセイ、 コノタビ は また、 フシギ な ゴエン で カツコ が オセワ に なる こと に なりまして、 どうぞ よろしく おねがい もうします」
 その ゆっくり と した モノイイブリ や、 テイネイ な モノゴシ は、 20 ネン マエ の カノジョ の ハハオヤ に そっくり で あった。 しかし ミサコ の ほう は、 さすが に あっさり と キジ を みせ、 なつかしそう に いった。
「センセイ が また ミサキ へ おいでる と いう の を きいて、 ワタシ、 うれしくて ナミダ が でました の。 オヤコ 2 ダイ です もの。 こんな こと、 めずらしい です わ、 ホント に。 でも センセイ、 オタッシャ で、 よろしかった こと」
「おかげさま で。 でも、 ミンナ、 いろんな クロウ を くぐりました ね」
 それ には こたえず、 アタリ を みまわしながら、 ミサコ は、
「センセイ が ケガ を した ところ、 ここら ヘン でした かしらん?」
 なつかしそう な メ を して いった。
「そう、 でした ね。 よく おもいだして くれた こと」
「そりゃあ わすれません わ。 ときどき おもいだして は サナエ さん と はなして いた ん です もの。 ワタシラ の クラス は、 ミサキ に ガッコウ が ひらかれて イライ の カワリモノ の ヨリアツマリ らしい って。 ほら、 あの とき、 センセイ とこ まで あるいて いったり して」
 そう いいながら、 はるか な イッポンマツ に メ を やり、 ちょうど ちかづいて きた ダイキチ の フネ を、 ケゲン な カオ で ながめた。 フネ は もう メノマエ に その スガタ を みせて いた の だ。 その ほう を、 カオ を ふって しめしながら、 オオイシ センセイ は エガオ で いった。
「ミサコ さん、 あれ、 ワタシ の ムスコ です よ。 ああして マイニチ、 ワタシ を むかえ に きて くれます の」
 それ を きく と ミサコ は オドロキ を コエ に だし、
「まあ、 そう です の。 それで センセイ、 ハマ に おいでた ん です か」
 もう ミッカ つづいて いる ダイキチ の デムカエ を、 ミサコ は まだ しらなかった の だろう か。 ムカシ から あまり ヒト と まじわらない カフウ を ミサコ も うけついで いる よう に みえた。 しかし ジダイ の カゼ は ミサコ の イエ の たかい ドベイ をも わすれず に のりこえて、 カノジョ の オット をも さらって いった まま、 まだ かえらぬ ヘイタイ の ヒトリ に くわえて いた。 だが メノマエ に みる ミサコ は、 クッタク の ない ムスメ の よう に おおらか に、 むかしながら の ヒト の よい カオツキ で にこにこ して いた。 ソマツ な モンペ から アシ を ぬく こと が できない で いる ムラビト の ナカ で、 カノジョ ヒトリ は タイケ の ワカオクサマ なの だ。 ながい ネンゲツ の キノウ から キョウ に つづく サマザマ な クロウ を、 どのよう に して ミサコ は くぐって きた の で あろう か。 シュウセン の とき には、 ニシグチ-ケ の ソウコ にも、 グン の ブッシ が テンジョウ まで つみあげて ある と いう ウワサ も あった が、 ホントウ か ウソ か さえ も わからず に すぎて いる。 その ブッシ で ミサコ の イエ は ふとって いる と いう ウワサ も きいた が、 ミサコ の カオツキ には、 そんな アク の カゲリ は みえなかった。
 イマ も カノジョ は オオイシ センセイ と カタ を ならべ、 ダイキチ の フネ の ヒトユレ ごと に ホンキ な シンパイ を みせた。
「この カゼ では、 コドモ には すこし ムリ です わ、 センセイ。 あ、 あぶない!」
 ダイキチ の ちいさな カラダ は ロ と イッショ に、 ウミ に のめりこみそう に みえたり する。 その ケンメイサ は、 コブネ と ともに ダイキチ の ちいさな カラダ に あふれて いて、 みて いる こちら も シゼン に りきんで きた。 オカ では さむく さえ ある のに、 ダイキチ は アセミズク に ちがいなかった。
「ジテンシャ は、 もう おのり に ならない ん です か、 センセイ」
 ミサコ から コエ を かけられて も それ に ミミ を かす ユトリ も なく、 オオイシ センセイ は、 ナミ に もまれる ダイキチ を コブネ もろとも たぐりよせたい キモチ で みて いた。 ミサコ は かさねて、
「アメ や カゼ の ヒ は、 フネ は ムリ でしょう。 ジテンシャ の ほう が、 かえって はやい でしょう に」
「ええ、 でも ね ミサコ さん、 ジテンシャ なんて、 キョウビ は、 かう に かえない でしょ。 もしも かえる と して も、 フトコロ が ショウチ しない」
 フネ から メ を はなさず に いいながら、 イゼン で さえ も ゲップ で かった こと を おもいだした。 それ を して くれた トミコ と いう ジテンシャヤ の ムスメ は、 その アト ケッコン して トウキョウ で くらして いた の だ が、 ハガキ さえ も シナギレ-がち の センソウチュウ に ショウソク も たえ、 ソノママ に なって いる。 トウキョウ の ホンジョ で、 やはり ジテンシャヤ を して いた カノジョ イッカ が、 イマ どこ に どうして いる か、 おそらくは 3 ガツ ココノカ の クウシュウ で イッカ ゼンメツ した の では なかろう か と かんがえだした の は、 センソウ も おわる コロ だった。 ワガミ の あわただしい テンペン に ココロ を うばわれ、 ヒト の こと どころ では なかった の だ。
 K マチ の トミコ の チチ たち の すんで いた イエ は イマ も ジテンシャヤ で ある が、 どんな イキサツ から か センソウチュウ に テンシュ が かわって、 イマ では、 いつ みて も ヒンソウ な カンジ の としとった オトコ が ヒトリ、 きたない フル-ジテンシャ を いじくって いる だけ だった。 そこ でも、 アトトリ ムスコ が センシ した の だ。 あたらしい ジテンシャ など、 どこ に ある の だろう。 だのに ミサコ は、 しごく カンタン に いった。
「センセイ、 もしも ジテンシャ を おかい に なる ん でしたら、 ゴソウダン に のります から」
 それ が どういう イミ なの か といかえす ヒマ も なく、 ダイキチ の フネ は キュウ に ソクリョク を まして ちかよって きた。 リクチ の カゲ に はいって、 カゼ が なくなった の で あろう。 ダイキチ は ハハオヤ に だけ にっと わらって、 ソッポ を むいて すまして いた。 ミサオ を おして いつも する よう に ヘサキ を スナハマ に よせ、 ハハオヤ の のりこむ の を まって いる ダイキチ の ヨコガオ に、 イツモ と ちがった コトバ が いちはやく とんで きた。
「さ、 ボッチャン、 つかまえて ます から、 あがって らっしゃい」
 おどろいて ふりかえる ダイキチ に、 コンド は オオイシ センセイ が わらいかけ、
「ダイキチ、 ヒトヤスミ したら?」
 だまって カブリ を ふる ダイキチ へ、 かさねて、
「ちょっと オカアサン、 この カタ に、 オハナシ が ある の。 だから、 その アイダ だけ まって」
 ダイキチ は おこった よう な カオ を して、 だまって ハマ に とびおりた。 おおきな イシ に トモヅナ を とる の を まって、
「ダイキチ も、 ここ へ おいで」
 ダイキチ も いる マエ で、 ミサコ に ジテンシャ の ハナシ を ききたい と かんがえた の だ が、 もう その こと は わすれた よう な カオ を して いる ミサコ と、 おとなっぽく ヒザ を だいて オキ を みて いる ダイキチ と に はさまれて すわる と、 どうした の か ジテンシャ の こと は クチ に だしたく なくなった。 どんな ホウホウ が ミサコ に ある と いう の か。 いずれ は、 オタガイ の ココロ を よごす ホカ に ミチ が ない こと が わかる よう に おもえた から だ。 おもくるしく だまって いる と、 それ を ほごす よう に、 ミサコ は キガル に はなしだした。
「サナエ さん と、 こないだ はなした ん です けど、 ワタシラ の クラス だけ で、 センセイ の カンゲイカイ を しよう か って」
「まあ うれしい こと。 でも、 カンゲイ して いただく ほど、 ワタシ が やくだちます か どう か。 ここ へ くる まで は、 ムカシ の まま ゲンキ な つもり でした のに ね、 きて みる と なけて なけて。 なける こと ばかり が おもいだされまして ね……」
 そう いって もう なみだぐんで いる センセイ だった。 それ を いそいで ぬぐい、 おもいさだめた ヨウス を コエ の ヒビキ にも こめて、
「しかし まあ、 うれしい こと です わ。 クラス の ヒト、 ナンニン います の」
「オトコ が フタリ、 オンナ が 3 ニン。 でも オンナ の ほう は コツル さん や マッチャン も よぼう と、 いって ます の」
「マッチャン て、 カワモト マッチャン?」
「え、 ながい こと、 どこ に いた やら わからなかった の が、 センソウチュウ に ひょっこり、 もどって きた ん です の。 ほんの ちょっと いた だけ で、 また どこ か へ でて ゆきました けど、 マスノ さん が トコロ を しってる そう です。 マッチャン、 きれい に なって センセイ、 みちがえそう でした わ」
 そう いいながら、 ミサコ の カオ に イヨウ な ヒョウジョウ が はしった の を、 わざと きづかぬ カオ で オオイシ センセイ は、 オトトイ の キョウシツ を おもいだして いた。
 ――チサト さん は、 オトウサン も オジイサン も ダイク さん?
 ――ううん、 ダイク さん は、 オジイサン。
 ――マツエ さん て、 オネエサン でしょ?
 ――ううん、 オカアサン。 オオサカ に おる ん。 ヨウフク おくって くれた ん。
 マツエ そっくり の くろい メ を かがやかせた カワモト チサト で あった。 それ に ついて、 ミサコ に きく キ は おこらなかった。 しかし、 ベツ の こと で きかず に いられない こと が あった。
「それ より か、 フジコ さん は どうしてる か、 わかんない の?」
 ミサコ は マツエ の とき の ヒョウジョウ を いっそう つよめて いった。
「あの ヒト こそ センセイ、 かいもく ユクエ フメイ です わ。 なんでも センジチュウ、 ナリキン さん に うけだされて シュッセ した と いう ウワサ も ありました けど、 どうせ グンジュ-ガイシャ でしょう から、 イマ は どう なりました か……」
 しらずしらず カオイロ に でた ミサコ の ユウエツカン にも、 ジンセイ の ウラミチ を あるいて いる らしい マツエ や フジコ の こと にも、 わざと メ を そらす か の よう に オオイシ センセイ は うつむいて、 ジブン に でも いって きかせる よう に コゴエ で つぶやいた。
「いきて いれば、 また あう こと も ある けれど、 しんで しまっちゃあ ね」
 ミサコ も しんみり と コエ を おとし、
「ホント です わ。 しんで ハナミ が さく もの か……。 コトヤン が しんだ の は、 ゴゾンジ です か?」
 だまって うなずく センセイ に、 ミサコ は たてつづけて、
「ソンキ さん の こと は?」
 おなじ よう に うなずく センセイ の メ に、 またも ナミダ は あふれて いた。 イソキチ が シツメイ して ジョタイ に なった と サナエ から きかされた とき、 サナエ と イッショ に コエ を あげて ないた センセイ で あった が、 あの とき の カナシミ は イマ も ココロ の ソコ に しずもって いる。 サナエ が ミマイ に ゆく と、 イソキチ は ガンタイ を した カオ を ヒザ に つく ほど うつむきこんで、 いっそ しんだ ほう が よかった と しょげきって いた と いう。 シチヤ の バントウ を こころざして いた カレ が、 まずしい ジッカ に かえって の タチバ を おもう と しにたかった イソキチ の キモチ も さっしられて、 ないた の だ が、 イマ は もう ちがって きて いる。 ソノゴ の イソキチ が、 マチ の アンマ の デシイリ を した と きいて、 カレ の その オソガケ の シュッパツ に ほっと して いた から だ。 たった ヒトツ の いきる ミチ、 その アンコク の セカイ を イソキチ は どのよう に いきぬく で あろう か。 しかし ミサコ は、 ジブン の ココロ の マズシサ を さらけだす よう な こと を いった。
「いきて もどって も、 メクラ では こまります わ。 いっそ しねば よかった のに」
 ダレ が イソキチ を メクラ に した か、 そんな こと は ちっとも かんがえて は いない よう な ミサコ の コトバ に、 もう にげて は いられない と ばかり に、 オオイシ センセイ は いった。
「そんな こと、 ミサコ さん、 そんな こと どうして いえる の。 せっかく たちあがろう と して いる のに。 ことに アナタ は ドウキュウセイ よ」
 しかられた セイト の よう に ミサコ は あわてて、
「でも、 でも、 ソンキ さん は、 ヒト に あう と しんだ ほう が、 まし じゃ、 まし じゃ と いう そう です もの」
 ジブン の カンガエ の アササ に メ が さめた よう に、 あかい カオ を して ミサコ は いった。
「それ を、 キノドク だ と おもわない の。 しにたい と いう こと は、 いきる ミチ が ホカ に ない と いう こと よ。 かわいそう に。 そう おもわない の」
「そりゃ、 おもいます とも。 かわいそう です わ。 なんと いったって ドウキュウセイ です もの。 でも、 だいたい、 ワタシタチ の クミ は フシアワセモノ が おおい です ね、 センセイ。 5 ニン の ダンシ の ウチ 3 ニン も センシ なんて、 ある でしょう か」
 ならんで いる ダイキチ に ヒジ を つつかれて、 オオイシ センセイ は キュウ に キ が ついて ふりかえった。 6~7 ニン の コドモ が、 3 ニン の すぐ ウシロ を、 みだれた ハンエンケイ に とりまき、 めずらしそう に ながめて いた。 キュウ に ふりむかれて コドモ ら は、 とびたつ トリ の よう に はしりだした が、 はしりながら さけんだ。

  ナキミソ、 センセ
  ナキミソ、 センセ

 すぐ ウシロ の オカ の キョウドウ ボチ の ほう へ にげて ゆく の を みる と、
「ちょっと、 オハカ へ まいりましょう か、 ミサコ さん」
「え、 ミズ もらって いきましょう」
 ミサコ は すばやく たって コバシリ に、 ミチバタ の イエ へ はいって いった。 まもなく テオケ を もって でて くる の を みる と、 オオイシ センセイ は アゴ を しゃくって ボチ の ほう を しめしながら、
「すぐ そこ、 ほんの 10 プン か そこら だ から、 まってて ね。 オカアサン の オシエゴ の ハカマイリ なん だ から。 イッショ に、 きて も いい けど」
 なんとなく フフク らしい ダイキチ を のこして、 フタリ は ならんで あるきだした。
「まあ、 ノッポ に なった こと ミサコ さん。 アンタ いちばん ちっちゃかった でしょう」
「いいえ、 コトヤン です。 その ツギ が ワタシ でした わ。 ……センセイ、 コトヤン の ハカ」
 ミチバタ から フタアシ ミアシ はいった ところ に、 その コトエ の ハカ は あった。 アメカゼ に さらされ、 くろく なった ちいさな イタヤネ の シタ に、 やはり くろっぽく よごれた ちいさな イハイ が ヒトツ、 まるで ヨコ に なって ねて いる よう に たおれて いた。 セイゼン の コトエ が つかって いた の で あろう か、 あさい チャワン に チャイロ の ミズ が なかば ひからびて いた。 それ に なみなみ と ミズ を そそぐ その ワキ で、 オオイシ センセイ は イハイ を とって ムネ に だいた。 これ だけ が、 かつて の コトエ の ソンザイ を ショウメイ する もの なの だ。 ゾクミョウ コトエ、 ギョウネン 22 サイ、 ああ、 ここ に こうして きえた イノチ も ある。 イシャ も クスリ も、 ニクシン の ミトリ さえ も あきらめきって、 たった ヒトリ モノオキ の スミ で、 いつのまにか しんで いた と いう コトエ。 ――もしも ワタシ が オトコ の コ だったら ヤク に たつ のに と いうて、 オトウサン が くやむ ん です。 ワタシ が オトコ の コ で なかった から、 オカアサン は クロウ する ん……。
 オトコ に うまれなかった こと を まるで ジブン や ハハオヤ の セキニン で ある か の よう に いった 6 ネンセイ の コトエ の カオ が うかんで くる。 キボウドオリ カノジョ が オトコ に うまれて いた と して も、 イマゴロ は ヘイタイハカ に いる かも しれない この わかい イノチ を、 エンリョ も なく うばった の は ダレ だ。 また ナミダ で ある。
「いに。 めずらしげ に つきまわらん と」
 そう いった ミサコ の シカリゴエ で、 コドモ たち に みられて いる こと に キ が ついた。
「ホント に、 いよいよ ナキミソ センセイ と、 おもう でしょう」
 そう いって わらう と、 ミサコ も イッショ に わらいながら、 うながす よう に ヒシャク を さしだし、
「センセイ、 さ、 オミズ」
 いつのまに まつった の か、 ツミバナ の マユミ の ハ が チャワン に あおく もりあがって いた。 ヘイタイハカ は オカ の テッペン に あった。 ニッシン、 ニチロ、 ニッカ と ジュン を おって ふるびた セキヒ に つづいて、 あたらしい の は ほとんど シラキ の まま の くちたり、 たおれて いる の も あった。 その ナカ で ニタ や タケイチ や タダシ の は まだ あたらしく ならんで いた。 コンラン した セソウ は ここ にも あらわれて、 ツミ も なく わかい イノチ を うばわれた カレラ の ボゼン に、 ハナ を まつる さえ わすれて いる こと が わかった。 ハナタテ の ツバキ は がらがら に かれて ゴゴ の ヒ を うけて いる。 きちんと クカク した ボチ に、 ボヒョウ だけ が ならんで いる あたらしい ヘイタイハカ。 ヒトビト の クラシ は そこ へ イシ の ハカ を つくって、 せめても の ナグサメ と する チカラ も イマ は なくなって いる こと を、 ボチ は かたって いた。
 それ は オオイシ センセイ の ココロ にも ひびく こと で あった。 おなじ よう な オット の ハカ を おもいながら、 あちこち と ハルクサ の もえだした ナカ から タンポポ や スミレ を つんで そなえる と、 フタリ は だまって ボチ を でた。 もう ないて は いなかった が、 ウシロ から ぞろぞろ ついて くる コドモ たち は、 あいかわらず よびかけた。
「ナキミソ、 センセエ」
 すると、 うてば ひびく よう に、 オオイシ センセイ は フリカエリザマ こたえた。
「はぁいぃ」
 おどろいた の は ミサコ だけ では なかった。 コドモ たち の やんや と わらう コエ を ウシロ に、 センセイ も わらいながら、 まだ しらぬ らしい ミサコ に いった。
「どうも、 ヘン な アダナ よ。 コンド は ナキミソ センセイ らしい」

 ワカバ の におう よう な 5 ガツ ハジメ の ある アサ、 オオイシ センセイ は コウモン を くぐる なり、 1 ネンセイ の ニシグチ カツコ の まちかまえて いた らしい スガタ に であった。
「センセ、 ユウビン」
 ほこらしげ に カツコ は、 1 ツウ の テガミ を つきだした。

――たま の ニチヨウビ、 センセイ も ゴヨウ の おおい こと と おさっし いたします が、 どうぞ どうぞ おでかけ くださいませ。 イチド ゴソウダン して から と おもって います うち に、 だんだん ムギ も いろづきだしました し、 ムギカリ が ちかづく に つれ、 しだいに むつかしく なりそう でした ので、 オオイソギ ワタシタチ で とりきめました。 この ヒ です と、 タイテイ の カオ が そろう はず です から、 どうぞ おでかけ くださいます よう……。

 レイ の カンゲイカイ の アンナイ で ある。 ミサコ や マスノ の ナ も かいて あった が、 サナエ の ジ なの は、 ハジメ から わかって いた。 よみおわった センセイ は、 カツコ に むかって、
「オカアサン に、 センセイ が、 はい って いってた と いって ね。 わかった。 ただ ね、 はい って いえば いい の」
 だが、 ヒトリ ジブン の ツクエ の マエ に こしかける と、 さて こまった、 と つぶやいた。 と いう の は、 ちょうど その ヒ に あたる アサッテ の ニチヨウビ には、 すこし はやい が ヤツ の ネンキ を しよう と、 サクヤ ダイキチ たち と ヤクソク を した ばかり なの で あった。 イナリズシ でも つくろう と いう と、
「わあっ!」
と、 ナミキ は カラダ-ごと カンセイ を あげ、 ダイキチ は ダイキチ で アニ-らしい シリョ を めぐらして いった の で ある。
「オカアサン オカアサン。 ヤツ の ハカ にも イナリズシ もってって やろう。 ボク、 アシタ ガッコウ の カエリ に K マチ の ヤミイチ で アブラゲ かって きとく。 オカアサン オカアサン、 アブラゲ ナンマイ たのむ ん? オカアサン オカアサン、 ヤミイチ でも ダイズ もって いく ん? ナンゴウ もって いく ん? オカアサン オカアサン、 ボクタチ、 キョウ から ビン で コメ つこう か――」
 こんな とき やたら オカアサン オカアサン と かさねて いう の が ダイキチ の クセ で あった。 よほど うれしかった の だ。 それ を のばす と いったら、 どんな に か がっかり する だろう。 ネンキ とは いって も、 ジセツガラ キャク を まねいたり、 ボウサン を よんだり する の では ない。 いわば、 いつも ルスバン を したり、 オクリムカエ を して くれる フタリ の ムスコ を なぐさめる ため の ケイカク で あり、 ヒサシブリ に ゲッキュウ を もらった ひそか な ココロイワイ でも あった。 それ を ヤツ に むすびつけた の は、 ヤツ と オナイドシ の 1 ネンセイ を みる に つけ、 ヤツ が おもいだされた の でも あった し、 ミサコ と イッショ に ニタ や タケイチ たち の ハカ へ まいったり した こと から の オモイツキ でも あったろう。
 その ヒ センセイ は イエ へ かえって から、 フタリ の コドモ の マエ で はなしだした。
「なあ、 キミタチ、 こまった こと が できた ん だ けど、 アサッテ の ニチヨウビ、 オカアサン ヨウジ が できた の。 ヤツ の ネンキ、 1 シュウカン のばそう よ」
「いやっ」
「いや だっ」
 フタリ は マショウメン から ハンタイ した。
「そう。 こまった な。 オカアサン の ムカシ の オシエゴ が ね、 カンゲイカイ を して くれる と いう のよ。 カンゲイカイ って、 よろこんで むかえて くれる カイ よ。 それ を ことわる わけ には、 いかん だろ」
「いやっ。 ヤクソク した もん」
 いつも ルスバン の ジカン の おおい ナミキ は ひるまず そう いった が、 ダイキチ は さすが に だまって いた。 しかし その カオ には、 シツボウ の イロ が はっきり あらわれて いた。
「そう よ。 オマエタチ と ヤクソク した から、 オカアサン こまった のよ。 イッショ に かんがえて よ、 ナミキ も ダイキチ も。 オカアサン、 カンゲイカイ に いかない で、 ウチ に いた ほう が いい?」
 そして、 テガミ を よんで きかせた。 フタリ とも だまりこんで、 カオ を みあわして いた が、 やがて ナミキ は、 ぶつぶつ と つぶやいた。
「ヤクソク した もん。 ボクラ の ヤクソク の ほう が、 サキ だ もん。 ミンシュ シュギ だ もん」
 ミンシュ シュギ に おもわず ふきだした オカアサン は、 それ と ドウジ に ヒトツ の カンガエ が うかんだ。
「じゃあ ね、 これ は どう。 ヤツ の ネンキ は のばす のよ。 そして、 アサッテ は ホンソン へ ピクニック と しよう や。 オカアサン の カイ は スイゲツロウ よ。 ほら、 カガワ マスノ って セイト の やってる リョウリヤ。 そこ で、 カンゲイカイ が すむ まで、 オマエタチ、 ホンソン の ハチマンサマ や カンノンサン で あそぶ と いい。 オベントウ は、 ハトバ で でも たべなさい よ。 そう だ、 ツリザオ もってって ハトバ で ツリ したって おもしろい よ。 どう?」
「わあっ、 うまい、 うまい」
 ナミキ が また サキ に カンセイ を あげ、 ダイキチ も サンセイ-らしい エガオ で うなずいた。
 ニチヨウビ は アサ から くもって いた。 ふり さえ しなければ、 イッポンマツ から 1 リ の ミチ を あるく には かえって ツゴウ が よかった。 カンゲイカイ は 1 ジ から と いう ので、 12 ジ には もう イエ を でた。 イゼン ならば 15 フン ほど バス に のれば ゆけた ミチ を オヤコ は てくてく と あるきだした。 めずらしい こと なので、 であう ヒト が きいた。
「オソロイ で、 どちら へ?」
 ヘンジ を する の は ナミキ と きまって いた。 ナミキ は すこし ふざけて、
「ピク に いく ん だよ」
 それ は ピクニック と いう の を わざと そう いった の で ある が、 ダレ にも つうじなかった。 ききかえす モノ も なかった。 それ が また、 フタリ には おもしろくて たまらなかった。 ムコウ から しった ヒト の スガタ が あらわれる たび に、
 オソロイ で どちら へ、
と フタリ は、 オヤコ 3 ニン だけ に きこえる コエ で いう。 すると、 かならず それ は あたった。
「オソロイ で どちら へ?」
「ピク に いく ん です」
 ナミキ は すごく ハヤクチ で いって、 とっとと ゆきすぎた。 ダイキチ が おっかけて いって、 フタリ は しゃがみこんで わらう。 こんな こと は うまれて はじめて なので、 フタリ は うきうき して いた。 ナンド も おなじ こと を くりかえして いる うち、 もう たずねる ヒト も なくなった コロ には、 トナリ の ムラ に さしかかって いた。 ホンソン に さしかかり、 オカアサン と わかれねば ならぬ バショ が ちかづく と、 さすが の キョウダイ も すこし フアン に なった らしく、 かわるがわる きいた。
「オカアサン、 ボクラ の ピクニック の ほう が はやく すんだら どう しよう」
「そしたら スイゲツ の シタ の ハマ で、 イシ でも なげて あそんどれば いい」
「ホンソン の コ が、 いじめ に きたら」
「ふん、 ナミキ も いじめかえして やりゃあ いい」
「ボクラ より つよかったら」
「カイショウ の ない、 おおきな コエ で わあわあ なく と いい」
「わらわれらぁ」
「そう だ、 わらわれらぁ。 ナキゴエ が きこえたら、 オカアサン も スイゲツ の 2 カイ から テ たたいて わらって やらぁ」
「オカアサン の カンゲイカイ、 ハマ の みえる ヘヤ?」
「たぶん そう だろう?」
「そんなら ときどき カオ だして みて なあ」
「よしよし、 みて、 テ を ふって あげる」
「そしたら、 オオイシ センセイ とこ の コ じゃ と おもうて、 いじめん かも しれん」
 ナミキ に オオイシ センセイ と いわれた こと で、 オオイシ センセイ は おもわず にやり と なり、
「へえ、 オオイシ センセイ か、 この オカアサン が……」
 ミサキ では ナキミソ センセイ と いわれて いる と いおう と して やめた。 ワカレミチ へ きて いた。 そこ から フタリ は ハチマンヤマ へ のぼる の だった。 10 ケン ほど も いって から、 ダイキチ が さけんだ。
「オカアサン、 もしも、 アメ ふって きたら、 どう しよう か?」
「アンポンタン。 フタリ で かんがえなさい」
 スイゲツ まで は もう あと 10 プン-たらず だった。 マッスグ に あるいて ゆく と、 ムコウ から サナエ と ミサコ が コドモ の よう に はしって きた。
「センセエ」
 ろくに アイサツ も しない で、 リョウガワ から とびついて きた。
「センセイ、 めずらしい カオ、 ダレ だ と おもいます?」
 サナエ が いった。
「めずらしい カオ?」
「イッペン に あてたら、 センセイ を シンヨウ する わ。 な、 ミサコ さん」
 フタリ は いたずらっぽく うなずきあって わらった。
「ああ こわい。 シンヨウ される か されない か、 フタツ に ヒトツ の ワカレミチ ね。 さてと、 めずらしい と いわれる と、 さしずめ、 ああ、 フタリ でしょう、 フジコ さん に マッチャン?」
「わあ、 どう しよう!」
 サナエ は コドモ の よう に オオゴエ を あげた。
「あたった の? フタリ とも きた の?」
「いいえ、 ヒトリ です。 ヒトリ。 あてて? わあ、 もう わかった わ。 いる ん だ もん」
 3 ニン は もう スイゲツ の マエ に きて いた。 みて いた の か ゲンカン には コツル や マスノ を マンナカ に して、 ずらり と ならんで いた の だ。 クロメガネ の イソキチ に どきん と して いる オオイシ センセイ の カタ へ、 いきなり しがみついて なきだした の は、 マスノ の ヨコ に たって いた、 どことなく イキ な ツクリ の キモノ を きた オンナ だった。
「センセ、 ワタシ、 マツエ です」
 なのられる マエ に、 センセイ も すぐ キ が ついた。
「まあ、 ホント に めずらしい カオ。 よく きた わね マッチャン、 ホント に、 よく。 ありがとう マッチャン」
 マツエ は しゃくりあげながら、
「マスノ さん から テガミ もらいまして な、 こんな とき を はずしたら、 もう イッショウ ナカマハズレ じゃ と おもうて、 ハジ も ガイブン も、 かなぐりすてて とんで きました。 センセイ、 カンニン して ください」
 それこそ ハジ も ガイブン も なく なきだす の を みる と、 マスノ は わざと エリガミ を つかんで ひきもどしながら、
「これ、 マッチャン ヒトリ の センセイ じゃ ありません ぞ。 さ、 イイカゲン で、 ウエ へ いこう、 いこう」
 やっぱり ウミ に むかった ザシキ だった。
「ソンキ さん、 こんにちわ」
 センセイ は イソキチ の テ を とって イッショ に カイダン を あがろう と した。
「あ、 センセイ、 しばらく でした」
「7 ネン-ぶり よ」
「そう です な。 こんな ザマ に なりまして な」
 イソキチ は ちょっと たちどまって うつむいた が、 ひかれる まま に センセイ と ならんで カイダン を あがった。 くもって いた ソラ は すこし ずつ ハレマ を みせ、 マヒル の タイヨウ は ウミ の ウエ に ぎらぎら して いた。 2 カイ は まぶしい ほど の アカルサ なのに、 ヤマ に めんした キタマド の ほう は いまにも ふって きそう な、 キミョウ な ソラモヨウ で ある。 しかし、 8 ジョウ を フタツ ぶっとおした ヘヤ に、 さわやか な カゼ は みちわたり、 ハダ に こころよく しみとおる よう だった。
「ああら、 ナガメ の いい こと、 ちょっとぉ……」
 テスリ の ソバ から ダレ に とも なく ふりかえった コツル は、 キュウ に クチ を おさえて アト を いわなかった。 イソキチ を みた から だ。 その マ の ワルサ を すぐに、 ふっけす よう に、 マスノ は レイ の ゆたか な コエ で、
「さ、 センセイ は ここ。 ソンキ さん と ならんで ください。 コッチガワ が マッチャン。 フタリ で センセイ を はさんで、 タンノウ する だけ しゃべりなさい。 アト は めいめい カッテ に すわって」
 なげだす よう に いって は いる が、 それ は じつに オモイヤリ の ある マスノ の ハカライ で ある こと を、 センセイ は ひそか に かんじた。
「センセイ を、 1 ネンセイ ミンナ で おむかえ した つもり です の。 ですから……」
 ちらり と イソキチ を みて、 マスノ も やはり アト を いわず に トコノマ を さした。 そこ には ハガキガタ の ちいさな ガクブチ に いれた イッポンマツ の シタ の シャシン が、 キボリ の ウシ の オキモノ に もたせかけて あった。 サナエ が カンタン では ある が、 あらたまった アイサツ を すます と、 マスノ は また マ を おかず に いった。
「さ、 アト は ブレイコウ で いきましょう や。 ムカシ の 1 ネンセイ に なった つもり で、 なあ、 ソンキ」
 きちんと かしこまった イソキチ は にこにこ しながら ヒザ を さすった。 サッキ から、 キッカケ を つかもう と あせって いた マツエ は、 センセイ に すりよって いって、 その カオ を のぞきこむ よう に しながら、
「センセ、 チサト が オセワ に なりまして。 それ きいた とき ワタシ、 うれしいて うれしいて。 ワタシ は もう センセイ の マエ に でられる よう な ニンゲン では ありません けど、 でも、 たとえ どんな に ケイベツ されて も、 ワタシ は センセイ の こと わすれません でした の。 あの ベントウバコ、 イマ だって もって ます から、 ダイジ に」
 そう いって、 ハンカチーフ を メ に あてる の を みる と、 マスノ は まぜかえす よう な チョウシ で、
「ナーニ を マッチャン が また、 サケ も のまん うち に ヒトリ で クダ まいてる の。 やめた、 やめた そんな グチ。 センセイ の マエ で いう こっちゃ ない わ。 ムカシ に かえって!」
 ぽんと マツエ の カタ を たたく と、 マツエ は ムキ に なり、 しかし ヨウキサ を くわえて いった。
「だから ムカシバナシ してん のに。 なあ センセイ。 ワタシ、 あの ベントウバコ、 センソウチュウ は ボウクウゴウ に まで いれて まもった ん です よ。 あの ベントウバコ だけ は、 ムスメ にも やりたく ない ん です。 ワタシ の タカラ でした の。 キョウ も オコメ いれて もって きた ん です よ、 センセイ」
 それ を きく と キチジ が、 あ、 そう じゃ、 と いいながら、 コクボウフク の ワキ ポケット から ちいさな ヌノブクロ を とりだし、
「はい、 ウラ (ワタシ) の クイブニ」
と、 マスノ の ほう へ さしだした。
「ええ じゃ ない か キッチン、 オマエ、 サカナ もって きて くれた もん」
 どうやら キョウ の カイ は モチヨリ で ある らしい と おもいながら、 オオイシ センセイ は しきり に マツエ の ハナシ を きこう と した。 マツエ の いう ベントウバコ とは いったい ナン だろう と おもった から だ。 ボウクウゴウ に まで いれた タカラ の ベントウバコ とは。
 センセイ は あの ユリ の ハナ の ベントウバコ の こと を すっかり わすれて いた の だった。
「マッチャン、 ベントウバコ って、 ナアニ?」
 コゴエ で きく と、 マツエ は トンキョウ な コエ を だし、
「あら、 センセイ、 わすれた ん です か。 そんなら もって くる」
 とんとん オト たてて カイダン を はしりおりて いった と おもう と、 やがて また とんとん かけあがって きた マツエ は、 ミンナ の マエ に、 カラ の ベントウバコ を、 アカンボウ の する あるまい あるまい で して みせ、
「どう です これ、 ワタシ が 5 ネンセイ に なった とき センセイ に もらった ん です よ ミナサン。 どう です、 どう です」
 わあ と カンセイ が あがり、
「センセイ、 みそこないました。 センセイ が マッチャン だけ に そんな ヒイキ を した の、 しらなんだ、 しらなんだ」
 マスノ の コウギ に また ワライゴエ が あがった。 しかし、 センセイ は なみだぐんで それ を みて いた。
 みせられて おもいだした その ベントウバコ に、 イチド も ベントウ を つめて ガッコウ へは こなかった マツエ の こと が、 シュウガク リョコウ の とき、 サンバシ マエ の コリョウリヤ で、 テンプラ ウドン イッチョウッ と さけんで いた マツエ の スガタ が、 ヒサシブリ に いきて うごいて、 イマ メノマエ に いる マツエ と むすびつこう と して いる。 かわいそう だった マツエ、 その カワイソウサ を くぐって きた こと を ジブン の ハジ の よう に ヒゲ して いる よう な マツエ……。
 ぼつぼつ リョウリ が はこばれだす と、 マツエ は いちはやく たちあがった。 ビール と サイダー を リョウテ に もって、 なれた テツキ で ついで まわる と、 それ を みさだめて から マスノ が いった。
「さ、 センセイ の ため に、 カンパイ!」
 マスノ は マッサキ に コップ を ほした。 マツエ が つぐ の を つづけて ほして から、 おおきな タメイキ を し、
「ああ、 ここ に ニタ や タンコ が おったら なあ。 そしたら もう いう こと ない です な センセイ。 ソンキ に タンコ に キッチン に ニタ と、 ヒト の いい の が そろとった のに。 タケイチ じゃ とて、 ウエ の ガッコウ へ いきだして から は すこし すましとった けど、 ニンゲン は よかった。 ワタシラ の クミ、 オヒトヨシ ばっかり じゃ ない です か。 それ が、 オトコ は ミンナ ろく でも ない メ に あい、 オンナ は ウミセン ヤマセン に なって しもた。 コツヤン や サナエ さん じゃ とて、 やっぱり ウミセン ヤマセン よ。 ただ その ヒットウ が、 ワタシ と マッチャン かな。 でも やっぱり、 ヒト は わるう ない です よ。 クロウ した だけ、 モノワカリ も ええ つもり です。 ミイ さん の よう な ケンプジン や、 コツヤン や サナエ さん の オールド ミス の オエラガタ には できん こと も、 ワタシラ は する もん。 なあ マッチャン、 おおいに やろう」
 そう いって マツエ の コップ に ビール を ついだ。 ビール を のんで いる の は フタリ だけ なの だ。 コツル は ハジメ から イソキチ の ソバ に すわりこんで、 いちいち たべる もの の セワヤク を して いる し、 マツエ は マツエ で、 ここ が ジブン の モチバ だ と いう よう に、 こまめ に たったり すわったり して リョウリ を はこんで いた。 むかしながら の オトナシサ で、 だまって のんだり くったり して いる キチジ と ならんで、 サナエ は ふきだしながら、 センセイ の ほう を み、
「な センセイ、 そう おもいません か。 こういう ところ に でる と いちばん ヤク に たたん の は ガッコウ の センセイ だ と」
 カタ を すくめて わらう と、
「ワタシ こそ」
と、 ミサコ が もじもじ した ので、 そこ で ワライ が うずまいた。 だいぶ よって きた マスノ は、 イソキチ の ソバ に よって きて、 コップ を テ に にぎらせ、
「さあ、 ソンキ、 アンマ に なる オマエ の ため に、 も 1 パイ いこう」
 キ が つく と、 イソキチ は ハジメ から ヒザ も くずさず、 キチョウメン に かしこまって いた。
「ソンキ さん、 ミンナ ギョウギ わるい のよ。 アンタ も もっと ラク に すわったら」
 オオイシ センセイ に そう いわれる と、 イソキチ は すこし ナナメ に まげた クビ の ウシロ に テ を やり、
「いやあ センセイ、 この ほう が じつは、 ラク なん です」
 シチヤ の バントウ が モクテキ だった カレ の 10 ダイ の ヒ の ヒザ の クギョウ は もう ミ に ついて しまって いる と いう の だ。 カレ は イマ、 30 に ちかく なって、 コンド は ウデ を かためねば ならない の だ。 もう すでに かたまった カレ の ウデ が どこ まで、 アンマ と して ジョウジュ できる か。 しかも それ より ホカ に いきる ミチ は ない の で ある。 アンマ の シショウ は、 そういう デシ を とりたがらない の だ が、 マスノ の ホネオリ で、 カレ の バアイ は シュビ よく すみこめた と いう。 その イソキチ に、 マスノ は まるで オトウト アツカイ の クチ を きき、
「オマエ が メクラ に なんぞ なって、 もどって くる から、 ミンナ が あわれがって、 みえない オマエ の メ に キガネ しとる ん だぞ、 ソンキ。 そんな こと に オマエ、 まけたら いかん ぞ、 ソンキ。 メクラ メクラ と いわれて も、 ヘイキ の ヘイザ で おられる よう に なれえ よ、 ソンキ」
 ビール は イソキチ の ヒザ に こぼれた。 それ を てばやく イソキチ は のみほし、 マスノ に かえしながら、
「マア ちゃん よ、 そない メクラ メクラ いうない や。 ウラァ、 ちゃんと しっとる で。 ミナ キガネ せん と、 シャシン の ハナシ でも メクラ の こと でも、 おおっぴら に して おくれ」
 おもわず イチザ は メ を みあわせて、 そして わらった。 ソンキ に そう いわれる と、 いまさら シャシン に ふれぬ わけ にも ゆかなく なった よう に、 シャシン は はじめて テ から テ へ わたって いった。 ヒトリヒトリ が メイメイ に ヒヒョウ しながら コツル の テ に わたった アト、 コツル は まよう こと なく それ を イソキチ に まわした。
「はい、 イッポンマツ の シャシン!」
 ヨイ も てつだって か、 いかにも みえそう な カッコウ で シャシン に カオ を むけて いる イソキチ の スガタ に、 トナリ の キチジ は あたらしい ハッケン でも した よう な オドロキ で いった。
「ちっと は みえる ん かい や、 ソンキ」
 イソキチ は わらいだし、
「メダマ が ない ん じゃ で、 キッチン。 それでも な、 この シャシン は みえる ん じゃ。 な、 ほら、 マンナカ の これ が センセイ じゃろ。 その マエ に ウラ と タケイチ と ニタ が ならんどる。 センセイ の ミギ の これ が マア ちゃん で、 こっち が フジコ じゃ。 マッチャン が ヒダリ の コユビ を 1 ポン にぎりのこして、 テ を くんどる。 それから――」
 イソキチ は カクシン を もって、 その ならんで いる キュウユウ の ヒトリヒトリ を、 ヒトサシユビ で おさえて みせる の だった が、 すこし ずつ それ は、 ずれた ところ を さして いた。 アイヅチ の うてない キチジ に かわって オオイシ センセイ は こたえた。
「そう、 そう、 そう だわ、 そう だ」
 あかるい コエ で イキ を あわせて いる センセイ の ホオ を、 ナミダ の スジ が はしった。 ミンナ しんと した ナカ で、 サナエ は つと たちあがった。 よった マスノ は ヒトリ テスリ に よりかかって うたって いた。

  ハル コウロウ の ハナ の エン
  めぐる サカズキ カゲ さして

 ジブン の ビセイ に ききほれて いる か の よう に マスノ は メ を つぶって うたった。 それ は、 6 ネンセイ の とき の ガクゲイカイ に、 サイゴ の バングミ と して カノジョ が ドクショウ し、 それ に よって カノジョ の ニンキ を あげた ショウカ だった。 サナエ は いきなり、 マスノ の セ に しがみついて むせびないた。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...