2018/01/25

サクラ の モリ の マンカイ の シタ

 サクラ の モリ の マンカイ の シタ

 サカグチ アンゴ

 サクラ の ハナ が さく と ヒトビト は サケ を ぶらさげたり ダンゴ を たべて ハナ の シタ を あるいて ゼッケイ だの ハル らんまん だの と うかれて ヨウキ に なります が、 これ は ウソ です。 なぜ ウソ か と もうします と、 サクラ の ハナ の シタ へ ヒト が よりあつまって よっぱらって ゲロ を はいて ケンカ して、 これ は エド ジダイ から の ハナシ で、 オオムカシ は サクラ の ハナ の シタ は おそろしい と おもって も、 ゼッケイ だ など とは ダレ も おもいません でした。 チカゴロ は サクラ の ハナ の シタ と いえば ニンゲン が よりあつまって サケ を のんで ケンカ して います から ヨウキ で にぎやか だ と おもいこんで います が、 サクラ の ハナ の シタ から ニンゲン を とりさる と おそろしい ケシキ に なります ので、 ノウ にも、 さる ハハオヤ が アイジ を ヒトサライ に さらわれて コドモ を さがして ハッキョウ して サクラ の ハナ の マンカイ の ハヤシ の シタ へ きかかり みわたす ハナビラ の カゲ に コドモ の マボロシ を えがいて クルイジニ して ハナビラ に うまって しまう (この ところ ショウセイ の ダソク) と いう ハナシ も あり、 サクラ の ハヤシ の ハナ の シタ に ヒト の スガタ が なければ おそろしい ばかり です。
 ムカシ、 スズカ トウゲ にも タビビト が サクラ の モリ の ハナ の シタ を とおらなければ ならない よう な ミチ に なって いました。 ハナ の さかない コロ は よろしい の です が、 ハナ の キセツ に なる と、 タビビト は ミンナ モリ の ハナ の シタ で キ が ヘン に なりました。 できる だけ はやく ハナ の シタ から にげよう と おもって、 あおい キ や カレキ の ある ほう へ イチモクサン に はしりだした もの です。 ヒトリ だ と まだ よい ので、 なぜか と いう と、 ハナ の シタ を イチモクサン に にげて、 アタリマエ の キ の シタ へ くる と ほっと して やれやれ と おもって、 すむ から です が、 フタリヅレ は ツゴウ が わるい。 なぜなら ニンゲン の アシ の ハヤサ は カクジン カクヨウ で、 ヒトリ が おくれます から、 おい まって くれ、 ウシロ から ヒッシ に さけんで も、 ミンナ キチガイ で、 トモダチ を すてて はしります。 それで スズカ トウゲ の サクラ の モリ の ハナ の シタ を ツウカ した トタン に イマ まで ナカ の よかった タビビト が ナカ が わるく なり、 アイテ の ユウジョウ を シンヨウ しなく なります。 そんな こと から タビビト も シゼン に サクラ の モリ の シタ を とおらない で、 わざわざ トオマワリ の ベツ の ヤマミチ を あるく よう に なり、 やがて サクラ の モリ は カイドウ を はずれて ヒト の コ ヒトリ とおらない ヤマ の セイジャク へ とりのこされて しまいました。
 そう なって ナンネン か アト に、 この ヤマ に ヒトリ の サンゾク が すみはじめました が、 この サンゾク は ずいぶん むごたらしい オトコ で、 カイドウ へ でて ナサケヨウシャ なく キモノ を はぎ ヒト の イノチ も たちました が、 こんな オトコ でも サクラ の モリ の ハナ の シタ へ くる と やっぱり おそろしく なって キ が ヘン に なりました。 そこで サンゾク は それ イライ ハナ が きらい で、 ハナ と いう もの は おそろしい もの だな、 なんだか いや な もの だ、 そういう ふう に ハラ の ナカ では つぶやいて いました。 ハナ の シタ では カゼ が ない のに ごうごう カゼ が なって いる よう な キ が しました。 そのくせ カゼ が ちっとも なく、 ヒトツ も モノオト が ありません。 ジブン の スガタ と アシオト ばかり で、 それ が ひっそり つめたい そして うごかない カゼ の ナカ に つつまれて いました。 ハナビラ が ぽそぽそ ちる よう に タマシイ が ちって イノチ が だんだん おとろえて いく よう に おもわれます。 それで メ を つぶって ナニ か さけんで にげたく なります が、 メ を つぶる と サクラ の キ に ぶつかる ので メ を つぶる わけ にも いきません から、 いっそう キチガイ に なる の でした。
 けれども サンゾク は おちついた オトコ で、 コウカイ と いう こと を しらない オトコ です から、 これ は おかしい と かんがえた の です。 ひとつ、 ライネン、 かんがえて やろう。 そう おもいました。 コトシ は かんがえる キ が しなかった の です。 そして、 ライネン、 ハナ が さいたら、 その とき じっくり かんがえよう と おもいました。 マイトシ そう かんがえて、 もう 10 ナンネン も たち、 コトシ も また、 ライネン に なったら かんがえて やろう と おもって、 また、 トシ が くれて しまいました。
 そう かんがえて いる うち に、 ハジメ は ヒトリ だった ニョウボウ が もう 7 ニン にも なり、 8 ニン-メ の ニョウボウ を また カイドウ から オンナ の テイシュ の キモノ と イッショ に さらって きました。 オンナ の テイシュ は ころして きました。
 サンゾク は オンナ の テイシュ を ころす とき から、 どうも ヘン だ と おもって いました。 イツモ と カッテ が ちがう の です。 どこ と いう こと は わからぬ けれども、 へんてこ で、 けれども カレ の ココロ は モノ に こだわる こと に なれません ので、 その とき も かくべつ ふかく ココロ に とめません でした。
 サンゾク は ハジメ は オトコ を ころす キ は なかった ので、 ミグルミ ぬがせて、 いつも する よう に とっとと うせろ と けとばして やる つもり でした が、 オンナ が うつくしすぎた ので、 ふと、 オトコ を きりすてて いました。 カレ ジシン に おもいがけない デキゴト で あった ばかり で なく、 オンナ に とって も おもいがけない デキゴト だった シルシ に、 サンゾク が ふりむく と オンナ は コシ を ぬかして カレ の カオ を ぼんやり みつめました。 キョウ から オマエ は オレ の ニョウボウ だ と いう と、 オンナ は うなずきました。 テ を とって オンナ を ひきおこす と、 オンナ は あるけない から おぶって おくれ と いいます。 サンゾク は ショウチ ショウチ と オンナ を かるがる と せおって あるきました が、 けわしい ノボリザカ へ きて、 ここ は あぶない から おりて あるいて もらおう と いって も、 オンナ は しがみついて いや いや、 いや よ、 と いって おりません。
「オマエ の よう な ヤマオトコ が くるしがる ほど の サカミチ を どうして ワタシ が あるける もの か、 かんがえて ごらん よ」
「そう か、 そう か、 よしよし」 と オトコ は つかれて くるしくて も コウキゲン でした。 「でも、 イチド だけ おりて おくれ。 ワタシ は つよい の だ から、 くるしくて、 ヒトヤスミ したい と いう わけ じゃ ない ぜ。 メノタマ が アタマ の ウシロガワ に ある と いう ワケ の もの じゃ ない から、 サッキ から オマエサン を おぶって いて も なんとなく もどかしくて シカタ が ない の だよ。 イチド だけ シタ へ おりて かわいい カオ を おがまして もらいたい もの だ」
「いや よ、 いや よ」 と、 また、 オンナ は やけに クビッタマ に しがみつきました。 「ワタシ は こんな さびしい ところ に イットキ も じっと して いられない よ。 オマエ の ウチ の ある ところ まで イットキ も やすまず いそいで おくれ。 さも ない と、 ワタシ は オマエ の ニョウボウ に なって やらない よ。 ワタシ に こんな さびしい オモイ を させる なら、 ワタシ は シタ を かんで しんで しまう から」
「よしよし。 わかった。 オマエ の タノミ は なんでも きいて やろう」
 サンゾク は この うつくしい ニョウボウ を アイテ に ミライ の タノシミ を かんがえて、 とける よう な コウフク を かんじました。 カレ は いばりかえって カタ を はって、 マエ の ヤマ、 ウシロ の ヤマ、 ミギ の ヤマ、 ヒダリ の ヤマ、 ぐるり と イッカイテン して オンナ に みせて、
「これ だけ の ヤマ と いう ヤマ が みんな オレ の もの なん だぜ」
 と いいました が、 オンナ は そんな こと には てんで とりあいません。 カレ は イガイ に また ザンネン で、
「いい かい。 オマエ の メ に みえる ヤマ と いう ヤマ、 キ と いう キ、 タニ と いう タニ、 その タニ から わく クモ まで、 みんな オレ の もの なん だぜ」
「はやく あるいて おくれ。 ワタシ は こんな イワコブ-だらけ の ガケ の シタ に いたく ない の だ から」
「よし、 よし。 いまに ウチ に つく と トビキリ の ゴチソウ を こしらえて やる よ」
「オマエ は もっと いそげない の かえ。 はしって おくれ」
「なかなか この サカミチ は オレ が ヒトリ でも そう は かけられない ナンショ だよ」
「オマエ も ミカケ に よらない イクジナシ だねえ。 ワタシ と した こと が、 とんだ カイショウナシ の ニョウボウ に なって しまった。 ああ、 ああ。 これから ナニ を タヨリ に くらしたら いい の だろう」
「ナニ を バカ な。 これ ぐらい の サカミチ が」
「ああ、 もどかしい ねえ。 オマエ は もう つかれた の かえ」
「バカ な こと を。 この サカミチ を つきぬける と、 シカ も かなわぬ よう に はしって みせる から」
「でも オマエ の イキ は くるしそう だよ。 カオイロ が あおい じゃ ない か」
「なんでも モノゴト の ハジメ の うち は そういう もの さ。 いまに イキオイ の ハズミ が つけば、 オマエ が セナカ で メ を まわす ぐらい はやく はしる よ」
 けれども サンゾク は カラダ が フシブシ から ばらばら に わかれて しまった よう に つかれて いました。 そして ワガヤ の マエ へ たどりついた とき には メ も くらみ ミミ も なり シワガレゴエ の ヒトキレ を ふりしぼる チカラ も ありません。 イエ の ナカ から 7 ニン の ニョウボウ が むかえ に でて きました が、 サンゾク は イシ の よう に こわばった カラダ を ほぐして セナカ の オンナ を おろす だけ で せいいっぱい でした。
 7 ニン の ニョウボウ は イマ まで に みかけた こと も ない オンナ の ウツクシサ に うたれました が、 オンナ は 7 ニン の ニョウボウ の キタナサ に おどろきました。 7 ニン の ニョウボウ の ナカ には ムカシ は かなり きれい な オンナ も いた の です が イマ は みる カゲ も ありません。 オンナ は うすきみわるがって オトコ の セ へ しりぞいて、
「この ヤマオンナ は ナン なの よ」
「これ は オレ の ムカシ の ニョウボウ なん だよ」
 と オトコ は こまって 「ムカシ の」 と いう モンク を かんがえついて くわえた の は トッサ の ヘンジ に して は よく できて いました が、 オンナ は ヨウシャ が ありません。
「まあ、 これ が オマエ の ニョウボウ かえ」
「それ は、 オマエ、 オレ は オマエ の よう な かわいい オンナ が いよう とは しらなかった の だ から ね」
「あの オンナ を きりころして おくれ」
 オンナ は いちばん カオカタチ の ととのった ヒトリ を さして さけびました。
「だって、 オマエ、 ころさなく っとも、 ジョチュウ だ と おもえば いい じゃ ない か」
「オマエ は ワタシ の テイシュ を ころした くせ に、 ジブン の ニョウボウ が ころせない の かえ。 オマエ は それでも ワタシ を ニョウボウ に する つもり なの かえ」
 オトコ の むすばれた クチ から ウメキ が もれました。 オトコ は とびあがる よう に ヒトオドリ して さされた オンナ を きりたおして いました。 しかし、 イキ つく ヒマ も ありません。
「この オンナ よ。 コンド は、 それ、 この オンナ よ」
 オトコ は ためらいました が、 すぐ ずかずか あるいて いって、 オンナ の クビ へ ざくり と ダンビラ を きりこみました。 クビ が まだ ころころ と とまらぬ うち に、 オンナ の ふっくら ツヤ の ある すきとおる コエ は ツギ の オンナ を さして うつくしく ひびいて いました。
「この オンナ よ、 コンド は」
 ゆびさされた オンナ は リョウテ に カオ を かくして きゃー と いう サケビゴエ を はりあげました。 その サケビ に ふりかぶって、 ダンビラ は チュウ を ひらめいて はしりました。 のこる オンナ たち は にわか に いちどきに たちあがって シホウ に ちりました。
「ヒトリ でも にがしたら ショウチ しない よ。 ヤブ の カゲ にも ヒトリ いる よ。 カミテ へ ヒトリ にげて いく よ」
 オトコ は チガタナ を ふりあげて ヤマ の ハヤシ を かけくるいました。 たった ヒトリ にげおくれて コシ を ぬかした オンナ が いました。 それ は いちばん みにくくて、 ビッコ の オンナ でした が、 オトコ が にげた オンナ を ヒトリ あまさず きりすてて もどって きて、 ムゾウサ に ダンビラ を ふりあげます と、
「いい のよ。 この オンナ だけ は。 これ は ワタシ が ジョチュウ に つかう から」
「ツイデ だ から、 やって しまう よ」
「バカ だね。 ワタシ が ころさない で おくれ と いう の だよ」
「ああ、 そう か。 ホント だ」
 オトコ は チガタナ を なげすてて シリモチ を つきました。 ツカレ が どっと こみあげて メ が くらみ、 ツチ から はえた シリ の よう に オモミ が わかって きました。 ふと セイジャク に キ が つきました。 とびたつ よう な オソロシサ が こみあげ、 ぎょっと して ふりむく と、 オンナ は そこ に いくらか やるせない フゼイ で たたずんで います。 オトコ は アクム から さめた よう な キ が しました。 そして、 メ も タマシイ も シゼン に オンナ の ウツクシサ に すいよせられて うごかなく なって しまいました。 けれども オトコ は フアン でした。 どういう フアン だ か、 なぜ、 フアン だ か、 ナニ が、 フアン だ か、 カレ には わからぬ の です。 オンナ が うつくしすぎて、 カレ の タマシイ が それ に すいよせられて いた ので、 ムネ の フアン の ナミダチ を さして キ に せず に いられた だけ です。
 なんだか、 にて いる よう だな、 と カレ は おもいました。 にた こと が、 いつか、 あった、 それ は、 と カレ は かんがえました。 ああ、 そう だ、 あれ だ。 キ が つく と カレ は びっくり しました。
 サクラ の モリ の マンカイ の シタ です。 あの シタ を とおる とき に にて いました。 どこ が、 ナニ が、 どんな ふう に にて いる の だ か わかりません。 けれども、 ナニ か、 にて いる こと は、 たしか でした。 カレ には いつも それ ぐらい の こと しか わからず、 それから サキ は わからなくて も キ に ならぬ タチ の オトコ でした。
 ヤマ の ながい フユ が おわり、 ヤマ の テッペン の ほう や タニ の クボミ に キ の カゲ に ユキ は ぽつぽつ のこって いました が、 やがて ハナ の キセツ が おとずれよう と して ハル の キザシ が ソラ イチメン に かがやいて いました。
 コトシ、 サクラ の ハナ が さいたら、 と、 カレ は かんがえました。 ハナ の シタ に さしかかる とき は まだ それほど では ありません。 それで おもいきって ハナ の シタ へ あるいて みます。 だんだん あるく うち に キ が ヘン に なり、 マエ も ウシロ も ミギ も ヒダリ も、 どっち を みて も ウエ に かぶさる ハナ ばかり、 モリ の マンナカ に ちかづく と オソロシサ に メクラメッポウ たまらなく なる の でした。 コトシ は ひとつ、 あの ハナザカリ の ハヤシ の マンナカ で、 じっと うごかず に、 いや、 おもいきって ジベタ へ すわって やろう、 と カレ は かんがえました。 その とき、 この オンナ も つれて いこう か、 カレ は ふと かんがえて、 オンナ の カオ を ちらと みる と、 ムナサワギ が して あわてて メ を そらしました。 ジブン の ハラ が オンナ に しれて は タイヘン だ と いう キモチ が、 なぜ だ か ムネ に やけのこりました。

     *

 オンナ は タイヘン な ワガママモノ でした。 どんな に ココロ を こめた ゴチソウ を こしらえて やって も、 かならず フフク を いいました。 カレ は コトリ や シカ を とり に ヤマ を はしりました。 イノシシ も クマ も とりました。 ビッコ の オンナ は キ の メ や クサ の ネ を さがして ひねもす リンカン を さまよいました。 しかし オンナ は マンゾク を しめした こと は ありません。
「マイニチ こんな もの を ワタシ に くえ と いう の かえ」
「だって、 トビキリ の ゴチソウ なん だぜ。 オマエ が ここ へ くる まで は、 トオカ に イチド ぐらい しか これ だけ の もの は くわなかった もの だ」
「オマエ は ヤマオトコ だ から それ で いい の だろう さ。 ワタシ の ノド は とおらない よ。 こんな さびしい ヤマオク で、 ヨル の ヨナガ に きく もの と いえば フクロウ の コエ ばかり、 せめて たべる もの でも ミヤコ に おとらぬ おいしい もの が たべられない もの かねえ。 ミヤコ の カゼ が どんな もの か、 その ミヤコ の カゼ を せきとめられた ワタシ の オモイ の セツナサ が どんな もの か、 オマエ には さっしる こと も できない の だね。 オマエ は ワタシ から ミヤコ の カゼ を もぎとって、 その カワリ に オマエ の くれた もの と いえば カラス や フクロウ の なく コエ ばかり。 オマエ は それ を はずかしい とも、 むごたらしい とも おもわない の だよ」
 オンナ の えんじる コトバ の ドウリ が オトコ には のみこめなかった の です。 なぜなら オトコ は ミヤコ の カゼ が どんな もの だ か しりません。 ケントウ も つかない の です。 この セイカツ この コウフク に たりない もの が ある と いう ジジツ に ついて おもいあたる もの が ない。 カレ は ただ オンナ の えんじる フゼイ の セツナサ に トウワク し、 それ を どのよう に ショチ して よい か メアテ に ついて なんの ジジツ も しらない ので、 モドカシサ に くるしみました。
 イマ まで には ミヤコ から の タビビト を ナンニン ころした か しれません。 ミヤコ から の タビビト は カネモチ で ショジヒン も ゴウカ です から、 ミヤコ は カレ の よい カモ で、 せっかく ショジヒン を うばって みて も ナカミ が つまらなかったり する と ちぇっ この イナカモノ め、 とか ドビャクショウ め とか ののしった もの で、 つまり カレ は ミヤコ に ついて は それ だけ が チシキ の ゼンブ で、 ゴウカ な ショジヒン を もつ ヒトタチ の いる ところ で あり、 カレ は それ を まきあげる と いう カンガエ イガイ に ヨネン は ありません でした。 ミヤコ の ソラ が どっち の ホウガク だ と いう こと すら も かんがえて みる ヒツヨウ が なかった の です。
 オンナ は クシ だの コウガイ だの カンザシ だの ベニ だの を ダイジ に しました。 カレ が ドロ の テ や ヤマ の ケモノ の チ に ぬれた テ で かすか に キモノ に ふれた だけ でも オンナ は カレ を しかりました。 まるで キモノ が オンナ の イノチ で ある よう に、 そして それ を まもる こと が ジブン の ツトメ で ある よう に、 ミノマワリ を セイケツ に させ、 イエ の テイレ を めいじます。 その キモノ は 1 マイ の コソデ と ホソヒモ だけ では ことたりず、 ナンマイ か の キモノ と イクツ も の ヒモ と、 そして その ヒモ は ミョウ な カタチ に むすばれ フヒツヨウ に たれながされて、 イロイロ の カザリモノ を つけたす こと に よって ヒトツ の スガタ が カンセイ されて いく の でした。 オトコ は メ を みはりました。 そして タンセイ を もらしました。 カレ は ナットク させられた の です。 かくして ヒトツ の ビ が なりたち、 その ビ に カレ が みたされて いる、 それ は うたぐる ヨチ が ない、 コ と して は イミ を もたない フカンゼン かつ フカカイ な ダンペン が あつまる こと に よって ヒトツ の もの を カンセイ する、 その もの を ブンカイ すれば ムイミ なる ダンペン に きする、 それ を カレ は カレ-らしく ヒトツ の たえなる マジュツ と して ナットク させられた の でした。
 オトコ は ヤマ の キ を きりだして オンナ の めいじる もの を つくります。 ナニモノ が、 そして ナニヨウ に つくられる の か、 カレ ジシン それ を つくりつつ ある うち は しる こと が できない の でした。 それ は コショウ と ヒジカケ でした。 コショウ は つまり イス です。 オテンキ の ヒ、 オンナ は これ を ソト へ ださせて、 ヒナタ に、 また、 コカゲ に、 こしかけて メ を つぶります。 ヘヤ の ナカ では ヒジカケ に もたれて モノオモイ に ふける よう な、 そして それ は、 それ を みる オトコ の メ には スベテ が イヨウ な、 なまめかしく、 なやましい スガタ に ほかならぬ の でした。 マジュツ は ゲンジツ に おこなわれて おり、 カレ ミズカラ が その マジュツ の ジョシュ で ありながら、 その おこなわれる マジュツ の ケッカ に つねに いぶかり そして タンショウ する の でした。
 ビッコ の オンナ は アサ ごと に オンナ の ながい クロカミ を くしけずります。 その ため に もちいる ミズ を、 オトコ は タニガワ の とくに とおい シミズ から くみとり、 そして とくべつ そのよう に チュウイ を はらう ジブン の ロウク を なつかしみました。 ジブン ジシン が マジュツ の ヒトツ の チカラ に なりたい と いう こと が オトコ の ネガイ に なって いました。 そして カレ ジシン くしけずられる クロカミ に わが テ を くわえて みたい もの だ と おもいます。 いや よ、 そんな テ は、 と オンナ は オトコ を はらいのけて しかります。 オトコ は コドモ の よう に テ を ひっこめて、 てれながら、 クロカミ に ツヤ が たち、 むすばれ、 そして カオ が あらわれ、 ヒトツ の ビ が えがかれ うまれて くる こと を みはてぬ ユメ に おもう の でした。
「こんな もの が なあ」
 カレ は モヨウ の ある クシ や カザリ の ある コウガイ を いじりまわしました。 それ は カレ が イマ まで は イミ も ネウチ も みとめる こと の できなかった もの でした が、 イマ も なお、 モノ と モノ との チョウワ や カンケイ、 カザリ と いう イミ の ヒハン は ありません。 けれども マリョク が わかります。 マリョク は モノ の イノチ でした。 モノ の ナカ にも イノチ が あります。
「オマエ が いじって は いけない よ。 なぜ マイニチ きまった よう に テ を だす の だろう ね」
「フシギ な もの だなあ」
「ナニ が フシギ なの さ」
「ナニ が って こと も ない けど さ」
 と オトコ は てれました。 カレ には オドロキ が ありました が、 その タイショウ は わからぬ の です。
 そして オトコ に ミヤコ を おそれる ココロ が うまれて いました。 その オソレ は キョウフ では なく、 しらない と いう こと に たいする シュウチ と フアン で、 モノシリ が ミチ の コトガラ に いだく フアン と シュウチ に にて いました。 オンナ が 「ミヤコ」 と いう たび に カレ の ココロ は おびえおののきました。 けれども カレ は メ に みえる ナニモノ も おそれた こと が なかった ので、 オソレ の ココロ に ナジミ が なく、 はじる ココロ にも なれて いません。 そして カレ は ミヤコ に たいして テキイ だけ を もちました。
 ナンビャク ナンゼン の ミヤコ から の タビビト を おそった が テ に たつ モノ が なかった の だ から、 と カレ は マンゾク して かんがえました。 どんな カコ を おもいだして も、 うらぎられ きずつけられる フアン が ありません。 それ に きづく と、 カレ は つねに ユカイ で また ほこりやか でした。 カレ は オンナ の ビ に たいして ジブン の ツヨサ を タイヒ しました。 そして ツヨサ の ジカク の ウエ で タショウ の ニガテ と みられる もの は イノシシ だけ でした。 その イノシシ も ジッサイ は さして おそる べき テキ でも ない ので、 カレ は ユトリ が ありました。
「ミヤコ には キバ の ある ニンゲン が いる かい」
「ユミ を もった サムライ が いる よ」
「はっはっはっ。 ユミ なら オレ は タニ の ムコウ の スズメ の コ でも おとす の だ から な。 ミヤコ には カタナ が おれて しまう よう な カワ の かたい ニンゲン は いない だろう」
「ヨロイ を きた サムライ が いる よ」
「ヨロイ は カタナ が おれる の か」
「おれる よ」
「オレ は クマ も イノシシ も くみふせて しまう の だ から な」
「オマエ が ホントウ に つよい オトコ なら、 ワタシ を ミヤコ へ つれて いって おくれ。 オマエ の チカラ で、 ワタシ の ほしい もの、 ミヤコ の スイ を ワタシ の ミノマワリ へ かざって おくれ。 そして ワタシ に しんから たのしい オモイ を さずけて くれる こと が できる なら、 オマエ は ホントウ に つよい オトコ なの さ」
「ワケ の ない こと だ」
 オトコ は ミヤコ へ いく こと に ココロ を きめました。 カレ は ミヤコ に あり と ある クシ や コウガイ や カンザシ や キモノ や カガミ や ベニ を ミッカ ミバン と たたない うち に オンナ の マワリ へ つみあげて みせる つもり でした。 なんの キガカリ も ありません。 ヒトツ だけ キ に かかる こと は、 まったく ミヤコ に カンケイ の ない ベツ な こと でした。
 それ は サクラ の モリ でした。
 フツカ か ミッカ の ノチ に モリ の マンカイ が おとずれよう と して いました。 コトシ こそ、 カレ は ケツイ して いました。 サクラ の モリ の ハナザカリ の マンナカ で、 ミウゴキ も せず じっと すわって いて みせる。 カレ は マイニチ ひそか に サクラ の モリ へ でかけて ツボミ の フクラミ を はかって いました。 あと ミッカ、 カレ は シュッパツ を いそぐ オンナ に いいました。
「オマエ に シタク の メンドウ が ある もの かね」 と オンナ は マユ を よせました。 「じらさない で おくれ。 ミヤコ が ワタシ を よんで いる の だよ」
「それでも ヤクソク が ある から ね」
「オマエ が かえ。 この ヤマオク に ヤクソク した ダレ が いる のさ」
「それ は ダレ も いない けれども、 ね。 けれども、 ヤクソク が ある の だよ」
「それ は まあ めずらしい こと が ある もの だねえ。 ダレ も いなくって ダレ と ヤクソク する の だえ」
 オトコ は ウソ が つけなく なりました。
「サクラ の ハナ が さく の だよ」
「サクラ の ハナ と ヤクソク した の かえ」
「サクラ の ハナ が さく から、 それ を みて から でかけなければ ならない の だよ」
「どういう ワケ で」
「サクラ の モリ の シタ へ いって みなければ ならない から だよ」
「だから、 なぜ いって みなければ ならない のよ」
「ハナ が さく から だよ」
「ハナ が さく から、 なぜ さ」
「ハナ の シタ は つめたい カゼ が はりつめて いる から だよ」
「ハナ の シタ に かえ」
「ハナ の シタ は ハテ が ない から だよ」
「ハナ の シタ が かえ」
 オトコ は わからなく なって くしゃくしゃ しました。
「ワタシ も ハナ の シタ へ つれて いって おくれ」
「それ は、 ダメ だ」
 オトコ は きっぱり いいました。
「ヒトリ で なくちゃ、 ダメ なん だ」
 オンナ は クショウ しました。
 オトコ は クショウ と いう もの を はじめて みました。 そんな イジ の わるい ワライ を カレ は イマ まで しらなかった の でした。 そして それ を カレ は 「イジ の わるい」 と いう ふう には ハンダン せず に、 カタナ で きって も きれない よう に、 と ハンダン しました。 その ショウコ には、 クショウ は カレ の アタマ に ハン を おした よう に きざみつけられて しまった から です。 それ は カタナ の ハ の よう に おもいだす たび に ちくちく アタマ を きりました。 そして カレ が それ を きる こと は できない の でした。
 ミッカ-メ が きました。
 カレ は ひそか に でかけました。 サクラ の モリ は マンカイ でした。 ヒトアシ ふみこむ とき、 カレ は オンナ の クショウ を おもいだしました。 それ は イマ まで に オボエ の ない スルドサ で アタマ を きりました。 それ だけ で もう カレ は コンラン して いました。 ハナ の シタ の ツメタサ は ハテ の ない シホウ から どっと おしよせて きました。 カレ の カラダ は たちまち その カゼ に ふきさらされて トウメイ に なり、 シホウ の カゼ は ごうごう と ふきとおり、 すでに カゼ だけ が はりつめて いる の でした。 カレ の コエ のみ が さけびました。 カレ は はしりました。 なんと いう コクウ でしょう。 カレ は なき、 いのり、 もがき、 ただ にげさろう と して いました。 そして、 ハナ の シタ を ぬけだした こと が わかった とき、 ユメ の ナカ から ワレ に かえった おなじ キモチ を みいだしました。 ユメ と ちがって いる こと は、 ホントウ に イキ も たえだえ に なって いる ミ の クルシサ で ありました。

     *

 オトコ と オンナ と ビッコ の オンナ は ミヤコ に すみはじめました。
 オトコ は ヨゴト に オンナ の めいじる テイタク へ しのびいりました。 キモノ や ホウセキ や ソウシング も もちだしました が、 それ のみ が オンナ の ココロ を みたす もの では ありません でした。 オンナ の ナニ より ほしがる もの は、 その イエ に すむ ヒト の クビ でした。
 カレラ の イエ には すでに ナンジュウ の テイタク の クビ が あつめられて いました。 ヘヤ の シホウ の ツイタテ に しきられて クビ は ならべられ、 ある クビ は つるされ、 オトコ には クビ の カズ が おおすぎて どれ が どれ やら わからなく とも、 オンナ は いちいち おぼえて おり、 すでに ケ が ぬけ、 ニク が くさり、 ハッコツ に なって も、 どこ の タレ と いう こと を おぼえて いました。 オトコ や ビッコ の オンナ が クビ の バショ を かえる と おこり、 ここ は どこ の カゾク、 ここ は ダレ の カゾク と やかましく いいました。
 オンナ は マイニチ クビアソビ を しました。 クビ は ケライ を つれて サンポ に でます。 クビ の カゾク へ ベツ の クビ の カゾク が あそび に きます。 クビ が コイ を します。 オンナ の クビ が オトコ の クビ を ふり、 また、 オトコ の クビ が オンナ の クビ を すてて オンナ の クビ を なかせる こと も ありました。
 ヒメギミ の クビ は ダイナゴン の クビ に だまされました。 ダイナゴン の クビ は ツキ の ない ヨル、 ヒメギミ の クビ の こいする ヒト の クビ の フリ を して しのんで いって チギリ を むすびます。 チギリ の ノチ に ヒメギミ の クビ が キ が つきます。 ヒメギミ の クビ は ダイナゴン の クビ を にくむ こと が できず ワガミ の サダメ の カナシサ に ないて、 アマ に なる の でした。 すると ダイナゴン の クビ は アマデラ へ いって、 アマ に なった ヒメギミ の クビ を おかします。 ヒメギミ の クビ は しのう と します が ダイナゴン の ササヤキ に まけて アマデラ を にげて ヤマシナ の サト へ かくれて ダイナゴン の クビ の カコイモノ と なって カミノケ を はやします。 ヒメギミ の クビ も ダイナゴン の クビ も もはや ケ が ぬけ ニク が くさり ウジムシ が わき ホネ が のぞけて いました。 フタリ の クビ は サカモリ を して コイ に たわぶれ、 ハ の ホネ と かみあって かちかち なり、 くさった ニク が ぺちゃぺちゃ くっつきあい ハナ も つぶれ メノタマ も くりぬけて いました。
 ぺちゃぺちゃ と くっつき フタリ の カオ の カタチ が くずれる たび に オンナ は オオヨロコビ で、 けたたましく わらいさざめきました。
「ほれ、 ホッペタ を たべて やりなさい。 ああ おいしい。 ヒメギミ の ノド も たべて やりましょう。 はい、 メノタマ も かじりましょう。 すすって やりましょう ね。 はい、 ぺろぺろ。 あら、 おいしい ね。 もう、 たまらない のよ、 ねえ、 ほら、 うんと かじりついて やれ」
 オンナ は からから わらいます。 きれい な すんだ ワライゴエ です。 うすい トウキ が なる よう な さわやか な コエ でした。
 ボウズ の クビ も ありました。 ボウズ の クビ は オンナ に にくがられて いました。 いつも わるい ヤク を ふられ、 にくまれて、 ナブリゴロシ に されたり、 ヤクニン に ショケイ されたり しました。 ボウズ の クビ は クビ に なって ノチ に かえって ケ が はえ、 やがて その ケ も ぬけて くさりはて、 ハッコツ に なりました。 ハッコツ に なる と、 オンナ は ベツ の ボウズ の クビ を もって くる よう に めいじました。 あたらしい ボウズ の クビ は まだ うらわかい みずみずしい チゴ の ウツクシサ が のこって いました。 オンナ は よろこんで ツクエ に のせ サケ を ふくませ ホオズリ して なめたり くすぐったり しました が、 じき あきました。
「もっと ふとった にくたらしい クビ よ」
 オンナ は めいじました。 オトコ は メンドウ に なって イツツ ほど ぶらさげて きました。 よぼよぼ の ロウソウ の クビ も、 マユ の ふとい ホッペタ の あつい、 カエル が しがみついて いる よう な ハナ の カタチ の カオ も ありました。 ミミ の とがった ウマ の よう な ボウズ の クビ も、 ひどく シンミョウ な クビ の ボウズ も あります。 けれども オンナ の キ に いった の は ヒトツ でした。 それ は 50 ぐらい の オオボウズ の クビ で、 ブオトコ で メジリ が たれ、 ホオ が たるみ、 クチビル が あつくて、 その オモサ で クチ が あいて いる よう な ダラシ の ない クビ でした。 オンナ は たれた メジリ の リョウハシ を リョウテ の ユビ の サキ で おさえて、 くりくり と つりあげて まわしたり、 シシバナ の アナ へ 2 ホン の ボウ を さしこんだり、 サカサ に たてて ころがしたり、 だきしめて ジブン の オチチ を あつい クチビル の アイダ へ おしこんで しゃぶらせたり して オオワライ しました。 けれども じきに あきました。
 うつくしい ムスメ の クビ が ありました。 きよらか な しずか な コウキ な クビ でした。 こどもっぽくて、 そのくせ しんだ カオ です から ミョウ に おとなびた ウレイ が あり、 とじられた マブタ の オク に たのしい オモイ も かなしい オモイ も ませた オモイ も イチド に ごっちゃ に かくされて いる よう でした。 オンナ は その クビ を ジブン の ムスメ か イモウト の よう に かわいがりました。 くろい カミノケ を すいて やり、 カオ に オケショウ して やりました。 ああ でも ない、 こう でも ない と ネン を いれて、 ハナ の カオリ の むらだつ よう な やさしい カオ が うきあがりました。
 ムスメ の クビ の ため に、 ヒトリ の わかい キコウシ の クビ が ヒツヨウ でした。 キコウシ の クビ も ネンイリ に オケショウ され、 フタリ の ワカモノ の クビ は もえくるう よう な コイ の アソビ に ふけります。 すねたり、 おこったり、 にくんだり、 ウソ を ついたり、 だましたり、 かなしい カオ を して みせたり、 けれども フタリ の ジョウネツ が イチド に もえあがる とき は ヒトリ の ヒ が めいめい タ の ヒトリ を やきこがして どっち も やかれて まいあがる カエン と なって もえまじりました。 けれども まもなく ワルザムライ だの イロゴノミ の オトナ だの アクソウ だの きたない クビ が ジャマ に でて、 キコウシ の クビ は けられて うたれた アゲク に ころされて、 ミギ から ヒダリ から マエ から ウシロ から きたない クビ が ごちゃごちゃ ムスメ に いどみかかって、 ムスメ の クビ には きたない クビ の くさった ニク が へばりつき、 キバ の よう な ハ に くいつかれ、 ハナ の サキ が かけたり、 ケ が むしられたり します。 すると オンナ は ムスメ の クビ を ハリ で つついて アナ を あけ、 コガタナ で きったり、 えぐったり、 ダレ の クビ より も きたならしい メ も あてられない クビ に して なげだす の でした。
 オトコ は ミヤコ を きらいました。 ミヤコ の メズラシサ も なれて しまう と、 なじめない キモチ ばかり が のこりました。 カレ も ミヤコ では ヒトナミ に スイカン を きて も スネ を だして あるいて いました。 ハクチュウ は カタナ を さす こと も できません。 イチ へ カイモノ に いかなければ なりません し、 シロクビ の いる イザカヤ で サケ を のんで も カネ を はらわねば なりません。 イチ の ショウニン は カレ を なぶりました。 ヤサイ を つんで うり に くる イナカオンナ も コドモ まで なぶりました。 シロクビ も カレ を わらいました。 ミヤコ では キゾク は ギッシャ で ミチ の マンナカ を とおります。 スイカン を きた ハダシ の ケライ は たいがい フルマイザケ に カオ を あかく して いばりちらして あるいて いきました。 カレ は マヌケ だの バカ だの ノロマ だの と イチ でも ロジョウ でも オテラ の ニワ でも どなられました。 それで もう それ ぐらい の こと には ハラ が たたなく なって いました。
 オトコ は ナニ より も タイクツ に くるしみました。 ニンゲン ども と いう もの は タイクツ な もの だ、 と カレ は つくづく おもいました。 カレ は つまり ニンゲン が うるさい の でした。 おおきな イヌ が あるいて いる と、 ちいさな イヌ が ほえます。 オトコ は ほえられる イヌ の よう な もの でした。 カレ は ひがんだり ねたんだり すねたり かんがえたり する こと が きらい でした。 ヤマ の ケモノ や キ や カワ や トリ は うるさく は なかった がな、 と カレ は おもいました。
「ミヤコ は タイクツ な ところ だなあ」 と カレ は ビッコ の オンナ に いいました。 「オマエ は ヤマ へ かえりたい と おもわない か」
「ワタシ は ミヤコ は タイクツ では ない から ね」
 と ビッコ の オンナ は こたえました。 ビッコ の オンナ は イチニチジュウ リョウリ を こしらえ センタク し キンジョ の ヒトタチ と オシャベリ して いました。
「ミヤコ では オシャベリ が できる から タイクツ しない よ。 ワタシ は ヤマ は タイクツ で きらい さ」
「オマエ は オシャベリ が タイクツ で ない の か」
「アタリマエ さ。 ダレ だって しゃべって いれば タイクツ しない もの だよ」
「オレ は しゃべれば しゃべる ほど タイクツ する のに なあ」
「オマエ は しゃべらない から タイクツ なの さ」
「そんな こと が ある もの か。 しゃべる と タイクツ する から しゃべらない の だ」
「でも しゃべって ごらん よ。 きっと タイクツ を わすれる から」
「ナニ を」
「なんでも しゃべりたい こと を さ」
「しゃべりたい こと なんか ある もの か」
 オトコ は いまいましがって アクビ を しました。
 ミヤコ にも ヤマ が ありました。 しかし、 ヤマ の ウエ には テラ が あったり イオリ が あったり、 そして、 そこ には かえって オオク の ヒト の オウライ が ありました。 ヤマ から ミヤコ が ヒトメ に みえます。 なんと いう タクサン の イエ だろう。 そして、 なんと いう きたない ナガメ だろう、 と おもいました。
 カレ は マイバン ヒト を ころして いる こと を ヒル は ほとんど わすれて いました。 なぜなら カレ は ヒト を ころす こと にも タイクツ して いる から でした。 なにも キョウミ は ありません。 カタナ で たたく と クビ が ぽろり と おちて いる だけ でした。 クビ は やわらかい もの でした。 ホネ の テゴタエ は まったく かんじる こと が ない もの で、 ダイコン を きる の と おなじ よう な もの でした。 その クビ の オモサ の ほう が カレ には よほど イガイ でした。
 カレ には オンナ の キモチ が わかる よう な キ が しました。 カネツキドウ では ヒトリ の ボウズ が ヤケ に なって カネ を ついて います。 なんと いう ばかげた こと を やる の だろう と カレ は おもいました。 ナニ を やりだす か わかりません。 こういう ヤツラ と カオ を みあって くらす と したら、 オレ でも ヤツラ を クビ に して イッショ に くらす こと を えらぶ だろう さ、 と おもう の でした。
 けれども カレ は オンナ の ヨクボウ に キリ が ない ので、 その こと にも タイクツ して いた の でした。 オンナ の ヨクボウ は、 いわば つねに キリ も なく ソラ を チョクセン に とびつづけて いる トリ の よう な もの でした。 やすむ ヒマ なく つねに チョクセン に とびつづけて いる の です。 その トリ は つかれません。 つねに ソウカイ に カゼ を きり、 すいすい と こきみよく ムゲン に とびつづけて いる の でした。
 けれども カレ は タダ の トリ でした。 エダ から エダ を とびまわり、 たまに タニ を わたる ぐらい が せいぜい で、 エダ に とまって ウタタネ して いる フクロウ にも にて いました。 カレ は ビンショウ でした。 ゼンシン が よく うごき、 よく あるき、 ドウサ は いきいき して いました。 カレ の ココロ は しかし シリ の おもたい トリ なの でした。 カレ は ムゲン に チョクセン に とぶ こと など は おもい も よらない の です。
 オトコ は ヤマ の ウエ から ミヤコ の ソラ を ながめて います。 その ソラ を 1 ワ の トリ が チョクセン に とんで いきます。 ソラ は ヒル から ヨル に なり、 ヨル から ヒル に なり、 ムゲン の メイアン が くりかえし つづきます。 その ハテ に なにも なく いつまで たって も ただ ムゲン の メイアン が ある だけ、 オトコ は ムゲン を ジジツ に おいて ナットク する こと が できません。 その サキ の ヒ、 その サキ の ヒ、 その また サキ の ヒ、 メイアン の ムゲン の クリカエシ を かんがえます。 カレ の アタマ は われそう に なりました。 それ は カンガエ の ツカレ で なし に、 カンガエ の クルシサ の ため でした。
 イエ へ かえる と、 オンナ は イツモ の よう に クビアソビ に ふけって いました。 カレ の スガタ を みる と、 オンナ は まちかまえて いた の でした。
「コンヤ は シラビョウシ の クビ を もって きて おくれ。 とびきり うつくしい シラビョウシ の クビ だよ。 マイ を まわせる の だ から。 ワタシ が イマヨウ を うたって きかせて あげる よ」
 オトコ は さっき ヤマ の ウエ から みつめて いた ムゲン の メイアン を おもいだそう と しました。 この ヘヤ が あの いつまでも ハテ の ない ムゲン の メイアン の クリカエシ の ソラ の はず です が、 それ は もう おもいだす こと が できません。 そして オンナ は トリ では なし に、 やっぱり うつくしい イツモ の オンナ で ありました。 けれども カレ は こたえました。
「オレ は いや だよ」
 オンナ は びっくり しました。 その アゲク に わらいだしました。
「おやおや。 オマエ も オクビョウカゼ に ふかれた の。 オマエ も タダ の ヨワムシ ね」
「そんな ヨワムシ じゃ ない の だ」
「じゃ、 ナニ さ」
「キリ が ない から いや に なった のさ」
「あら、 おかしい ね。 なんでも キリ が ない もの よ。 マイニチ マイニチ ゴハン を たべて、 キリ が ない じゃ ない か。 マイニチ マイニチ ねむって、 キリ が ない じゃ ない か」
「それ と ちがう の だ」
「どんな ふう に ちがう のよ」
 オトコ は ヘンジ に つまりました。 けれども ちがう と おもいました。 それで いいくるめられる クルシサ を のがれて ソト へ でました。
「シラビョウシ の クビ を もって おいで」
 オンナ の コエ が ウシロ から よびかけました が、 カレ は こたえません でした。
 カレ は なぜ、 どんな ふう に ちがう の だろう と かんがえました が わかりません。 だんだん ヨル に なりました。 カレ は また ヤマ の ウエ へ のぼりました。 もう ソラ も みえなく なって いました。
 カレ は キ が つく と、 ソラ が おちて くる こと を かんがえて いました。 ソラ が おちて きます。 カレ は クビ を しめつけられる よう に くるしんで いました。 それ は オンナ を ころす こと でした。
 ソラ の ムゲン の メイアン を はしりつづける こと は、 オンナ を ころす こと に よって、 とめる こと が できます。 そして、 ソラ は おちて きます。 カレ は ほっと する こと が できます。 しかし、 カレ の シンゾウ には アナ が あいて いる の でした。 カレ の ムネ から トリ の スガタ が とびさり、 かききえて いる の でした。
 あの オンナ が オレ なん だろう か? そして ソラ を ムゲン に チョクセン に とぶ トリ が オレ ジシン だった の だろう か? と カレ は うたぐりました。 オンナ を ころす と、 オレ を ころして しまう の だろう か。 オレ は ナニ を かんがえて いる の だろう?
 なぜ ソラ を おとさねば ならない の だ か、 それ も わからなく なって いました。 あらゆる ソウネン が とらえがたい もの で ありました。 そして ソウネン の ひいた アト に のこる もの は クツウ のみ でした。 ヨ が あけました。 カレ は オンナ の いる イエ へ もどる ユウキ が うしなわれて いました。 そして スウジツ、 サンチュウ を さまよいました。
 ある アサ、 メ が さめる と、 カレ は サクラ の ハナ の シタ に ねて いました。 その サクラ の キ は 1 ポン でした。 サクラ の キ は マンカイ でした。 カレ は おどろいて とびおきました が、 それ は にげだす ため では ありません。 なぜなら、 たった 1 ポン の サクラ の キ でした から。 カレ は スズカ の ヤマ の サクラ の モリ の こと を とつぜん おもいだして いた の でした。 あの ヤマ の サクラ の モリ も ハナザカリ に チガイ ありません。 カレ は ナツカシサ に ワレ を わすれ、 ふかい モノオモイ に しずみました。
 ヤマ へ かえろう。 ヤマ へ かえる の だ。 なぜ この タンジュン な こと を わすれて いた の だろう? そして、 なぜ ソラ を おとす こと など を かんがえふけって いた の だろう? カレ は アクム の さめた オモイ が しました。 すくわれた オモイ が しました。 イマ まで その チカク まで うしなって いた ヤマ の ソウシュン の ニオイ が ミ に せまって つよく つめたく わかる の でした。
 オトコ は イエ へ かえりました。
 オンナ は うれしげ に カレ を むかえました。
「どこ へ いって いた のさ。 ムリ な こと を いって オマエ を くるしめて すまなかった わね。 でも、 オマエ が いなく なって から の ワタシ の サビシサ を さっして おくれ な」
 オンナ が こんな に やさしい こと は イマ まで に ない こと でした。 オトコ の ムネ は いたみました。 もうすこし で カレ の ケツイ は とけて きえて しまいそう です。 けれども カレ は おもいけっしました。
「オレ は ヤマ へ かえる こと に した よ」
「ワタシ を のこして かえ。 そんな むごたらしい こと が どうして オマエ の ココロ に すむ よう に なった の だろう」
 オンナ の メ は イカリ に もえました。 その カオ は うらぎられた クヤシサ で いっぱい でした。
「オマエ は いつから そんな ハクジョウモノ に なった のよ」
「だから さ。 オレ は ミヤコ が きらい なん だ」
「ワタシ と いう モノ が いて も かえ」
「オレ は ミヤコ に すんで いたく ない だけ なん だ」
「でも、 ワタシ が いる じゃ ない か。 オマエ は ワタシ が きらい に なった の かえ。 ワタシ は オマエ の いない ルス は オマエ の こと ばかり かんがえて いた の だよ」
 オンナ の メ に ナミダ の シズク が やどりました。 オンナ の メ に ナミダ の やどった の は はじめて の こと でした。 オンナ の カオ には もはや イカリ は きえて いました。 ツレナサ を うらむ セツナサ のみ が あふれて いました。
「だって オマエ は ミヤコ で なきゃ すむ こと が できない の だろう。 オレ は ヤマ で なきゃ すんで いられない の だ」
「ワタシ は オマエ と イッショ で なきゃ いきて いられない の だよ。 ワタシ の オモイ が オマエ には わからない の かねえ」
「でも オレ は ヤマ で なきゃ すんで いられない の だぜ」
「だから、 オマエ が ヤマ へ かえる なら、 ワタシ も イッショ に ヤマ へ かえる よ。 ワタシ は たとえ 1 ニチ でも オマエ と はなれて いきて いられない の だ もの」
 オンナ の メ は ナミダ に ぬれて いました。 オトコ の ムネ に カオ を おしあてて あつい ナミダ を ながしました。 ナミダ の アツサ は オトコ の ムネ に しみました。
 たしか に、 オンナ は オトコ なし では いきられなく なって いました。 あたらしい クビ は オンナ の イノチ でした。 そして その クビ を オンナ の ため に もたらす モノ は カレ の ホカ には なかった から です。 カレ は オンナ の イチブ でした。 オンナ は それ を はなす わけ に いきません。 オトコ の ノスタルジー が みたされた とき、 ふたたび ミヤコ へ つれもどす カクシン が オンナ には ある の でした。
「でも オマエ は ヤマ で くらせる かえ」
「オマエ と イッショ なら どこ で でも くらす こと が できる よ」
「ヤマ には オマエ の ほしがる よう な クビ が ない の だぜ」
「オマエ と クビ と、 どっち か ヒトツ を えらばなければ ならない なら、 ワタシ は クビ を あきらめる よ」
 ユメ では ない か と オトコ は うたぐりました。 あまり うれしすぎて しんじられない から でした。 ユメ に すら こんな ねがって も ない こと は かんがえる こと が できなかった の でした。
 カレ の ムネ は あらた な キボウ で いっぱい でした。 その オトズレ は トウトツ で ランボウ で、 イマ の サッキ まで の くるしい オモイ が、 もはや とらえがたい かなた へ へだてられて いました。 カレ は こんな に やさしく は なかった キノウ まで の オンナ の こと も わすれました。 イマ と アス が ある だけ でした。
 フタリ は ただちに シュッパツ しました。 ビッコ の オンナ は のこす こと に しました。 そして シュッパツ の とき、 オンナ は ビッコ の オンナ に むかって、 じき かえって くる から まって おいで、 と ひそか に いいのこしました。

     *

 メノマエ に ムカシ の ヤマヤマ の スガタ が あらわれました。 よべば こたえる よう でした。 キュウドウ を とる こと に しました。 その ミチ は もう ふむ ヒト が なく、 ミチ の スガタ は きえうせて、 タダ の ハヤシ、 タダ の ヤマサカ に なって いました。 その ミチ を いく と、 サクラ の モリ の シタ を とおる こと に なる の でした。
「せおって おくれ。 こんな ミチ の ない ヤマサカ は ワタシ は あるく こと が できない よ」
「ああ、 いい とも」
 オトコ は かるがる と オンナ を せおいました。
 オトコ は はじめて オンナ を えた ヒ の こと を おもいだしました。 その ヒ も カレ は オンナ を せおって トウゲ の アチラガワ の ヤマミチ を のぼった の でした。 その ヒ も シアワセ で いっぱい でした が、 キョウ の シアワセ は さらに ゆたか な もの でした。
「はじめて オマエ に あった ヒ も オンブ して もらった わね」
 と、 オンナ も おもいだして、 いいました。
「オレ も それ を おもいだして いた の だぜ」
 オトコ は うれしそう に わらいました。
「ほら、 みえる だろう。 あれ が みんな オレ の ヤマ だ。 タニ も キ も トリ も クモ まで オレ の ヤマ さ。 ヤマ は いい なあ。 はしって みたく なる じゃ ない か。 ミヤコ では そんな こと は なかった から な」
「はじめて の ヒ は オンブ して オマエ を はしらせた もの だった わね」
「ホント だ。 ずいぶん つかれて、 メ が まわった もの さ」
 オトコ は サクラ の モリ の ハナザカリ を わすれて は いません でした。 しかし、 この コウフク な ヒ に、 あの モリ の ハナザカリ の シタ が ナニホド の もの でしょう か。 カレ は おそれて いません でした。
 そして サクラ の モリ が カレ の ガンゼン に あらわれて きました。 まさしく イチメン の マンカイ でした。 カゼ に ふかれた ハナビラ が ぱらぱら と おちて います。 ツチハダ の ウエ は イチメン に ハナビラ が しかれて いました。 この ハナビラ は どこ から おちて きた の だろう? なぜなら、 ハナビラ の ヒトヒラ が おちた とも おもわれぬ マンカイ の ハナ の フサ が みはるかす ズジョウ に ひろがって いる から でした。
 オトコ は マンカイ の ハナ の シタ へ あるきこみました。 アタリ は ひっそり と、 だんだん つめたく なる よう でした。 カレ は ふと オンナ の テ が つめたく なって いる の に キ が つきました。 にわか に フアン に なりました。 トッサ に カレ は わかりました。 オンナ が オニ で ある こと を。 とつぜん どっ と いう つめたい カゼ が ハナ の シタ の シホウ の ハテ から ふきよせて いました。
 オトコ の セナカ に しがみついて いる の は、 ゼンシン が ムラサキイロ の カオ の おおきな ロウバ でした。 その クチ は ミミ まで さけ、 ちぢくれた カミノケ は ミドリ でした。 オトコ は はしりました。 ふりおとそう と しました。 オニ の テ に チカラ が こもり カレ の ノド に くいこみました。 カレ の メ は みえなく なろう と しました。 カレ は ムチュウ でした。 ゼンシン の チカラ を こめて オニ の テ を ゆるめました。 その テ の スキマ から クビ を ぬく と、 セナカ を すべって、 どさり と オニ は おちました。 コンド は カレ が オニ に くみつく バン でした。 オニ の クビ を しめました。 そして カレ が ふと きづいた とき、 カレ は ゼンシン の チカラ を こめて オンナ の クビ を しめつけ、 そして オンナ は すでに いきたえて いました。
 カレ の メ は かすんで いました。 カレ は より おおきく メ を みひらく こと を こころみました が、 それ に よって シカク が もどって きた よう に かんじる こと が できません でした。 なぜなら、 カレ の しめころした の は サッキ と かわらず やはり オンナ で、 おなじ オンナ の シタイ が そこ に ある ばかり だ から で ありました。
 カレ の コキュウ は とまりました。 カレ の チカラ も、 カレ の シネン も、 スベテ が ドウジ に とまりました。 オンナ の シタイ の ウエ には、 すでに イクツ か の サクラ の ハナビラ が おちて きました。 カレ は オンナ を ゆさぶりました。 よびました。 だきました。 トロウ でした。 カレ は わっと なきふしました。 たぶん カレ が この ヤマ に すみついて から、 この ヒ まで、 ないた こと は なかった でしょう。 そして カレ が シゼン に ワレ に かえった とき、 カレ の セ には しろい ハナビラ が つもって いました。
 そこ は サクラ の モリ の ちょうど マンナカ の アタリ でした。 シホウ の ハテ は ハナ に かくれて オク が みえません でした。 ヒゴロ の よう な オソレ や フアン は きえて いました。 ハナ の ハテ から ふきよせる つめたい カゼ も ありません。 ただ ひっそり と、 そして ひそひそ と、 ハナビラ が ちりつづけて いる ばかり でした。 カレ は はじめて サクラ の モリ の マンカイ の シタ に すわって いました。 いつまでも そこ に すわって いる こと が できます。 カレ は もう かえる ところ が ない の です から。
 サクラ の モリ の マンカイ の シタ の ヒミツ は ダレ にも イマ も わかりません。 あるいは 「コドク」 と いう もの で あった かも しれません。 なぜなら、 オトコ は もはや コドク を おそれる ヒツヨウ が なかった の です。 カレ ミズカラ が コドク ジタイ で ありました。
 カレ は はじめて シホウ を みまわしました。 ズジョウ に ハナ が ありました。 その シタ に ひっそり と ムゲン の コクウ が みちて いました。 ひそひそ と ハナ が ふります。 それ だけ の こと です。 ホカ には なんの ヒミツ も ない の でした。
 ほどへて カレ は ただ ヒトツ の なまあたたか な ナニモノ か を かんじました。 そして それ が カレ ジシン の ムネ の カナシミ で ある こと に キ が つきました。 ハナ と コクウ の さえた ツメタサ に つつまれて、 ほのあたたかい フクラミ が、 すこし ずつ わかりかけて くる の でした。
 カレ は オンナ の カオ の ウエ の ハナビラ を とって やろう と しました。 カレ の テ が オンナ の カオ に とどこう と した とき に、 ナニ か かわった こと が おこった よう に おもわれました。 すると、 カレ の テ の シタ には ふりつもった ハナビラ ばかり で、 オンナ の スガタ は かききえて ただ イクツ か の ハナビラ に なって いました。 そして、 その ハナビラ を かきわけよう と した カレ の テ も カレ の カラダ も のばした とき には もはや きえて いました。 アト に ハナビラ と、 つめたい コクウ が はりつめて いる ばかり でした。

2018/01/19

もゆる ホオ

 もゆる ホオ

 ホリ タツオ

 ワタシ は 17 に なった。 そして チュウガッコウ から コウトウ ガッコウ へ はいった ばかり の ジブン で あった。
 ワタシ の リョウシン は、 ワタシ が カレラ の モト で あんまり シンケイシツ に そだつ こと を おそれて、 ワタシ を そこ の キシュクシャ に いれた。 そういう カンキョウ の ヘンカ は、 ワタシ の セイカク に いちじるしい エイキョウ を あたえず には おかなかった。 それ に よって、 ワタシ の ショウネンジ から の ダッピ は、 きみわるい まで に うながされつつ あった。
 キシュクシャ は、 あたかも ハチノス の よう に、 イクツ も の ちいさい ヘヤ に わかれて いた。 そして その ヒトツヒトツ の ヘヤ には、 それぞれ 10 ニン あまり の セイト ら が イッショクタ に いきて いた。 それに ヘヤ とは いう ものの、 ナカ には ただ、 アナ-だらけ の、 おおきな ツクエ が フタツ ミッツ おいて ある きり だった。 そして その ツクエ の ウエ には ダレ の もの とも つかず、 シロスジ の はいった セイボウ とか、 ジショ とか、 ノートブック とか、 インク ツボ とか、 タバコ の フクロ とか、 それら の もの が ごっちゃ に なって つまれて あった。 そんな もの の ナカ で、 ある モノ は ドイツ-ゴ の ベンキョウ を して いたり、 ある モノ は アシ の こわれかかった フルイス に あぶなっかしそう に ウマノリ に なって タバコ ばかり ふかして いた。 ワタシ は カレラ の ナカ で いちばん ちいさかった。 ワタシ は カレラ から ナカマハズレ に されない よう に、 くるしげ に タバコ を ふかし、 まだ ヒゲ の はえて いない ホオ に こわごわ カミソリ を あてたり した。
 2 カイ の シンシツ は へんに くさかった。 その よごれた シタギルイ の ニオイ は ワタシ を むかつかせた。 ワタシ が ねむる と、 その ニオイ は ワタシ の ユメ の ナカ に まで はいって きて、 まだ ゲンジツ では ワタシ の みしらない カンカク を、 その ユメ に あたえた。 ワタシ は しかし、 その ニオイ にも だんだん なれて いった。
 こうして ワタシ の ダッピ は すでに ヨウイ されつつ あった。 そして ただ サイゴ の イチゲキ だけ が のこされて いた……

 ある ヒ の ヒルヤスミ に、 ワタシ は ヒトリ で ぶらぶら と、 ショクブツ ジッケンシツ の ミナミガワ に ある、 ひっそり した カダン の ナカ を あるいて いた。 その うち に、 ワタシ は ふと アシ を とめた。 そこ の イチグウ に むらがりながら さいて いる、 ワタシ の ナマエ を しらない マッシロ な ハナ から、 カフン マミレ に なって、 1 ピキ の ミツバチ の とびたつ の を みつけた の だ。 そこで、 その ミツバチ が その アシ に くっついて いる カフン の カタマリ を、 コンド は どの ハナ へ もって いく か、 みて いて やろう と おもった の で ある。 しかし、 そいつ は どの ハナ にも なかなか とまりそう も なかった。 そして あたかも それら の ハナ の どれ を えらんだら いい か と まよって いる よう にも みえた。 ……その シュンカン だった。 ワタシ は それら の みしらない ハナ が イッセイ に、 その ミツバチ を ジブン の ところ へ さそおう と して、 なんだか メイメイ の メシベ を ミョウ な シタイ に くねらせる の を みとめた よう な キ が した。
 ……その うち に、 とうとう その ミツバチ は ある ハナ を えらんで、 それ に ぶらさがる よう に して とまった。 その カフン マミレ の アシ で その ちいさな チュウトウ に しがみつきながら、 やがて その ミツバチ は それ から も とびたって いった。 ワタシ は それ を みる と、 なんだか キュウ に コドモ の よう な ザンコク な キモチ に なって、 イマ ジュセイ を おわった ばかり の、 その ハナ を いきなり むしりとった。 そして じいっと、 ホカ の ハナ の カフン を あびて いる、 その チュウトウ に みいって いた が、 シマイ には ワタシ は それ を ワタシ の テ で モミクチャ に して しまった。 それから ワタシ は なおも、 サマザマ な もえる よう な クレナイ や ムラサキ の ハナ の さいて いる カダン の ナカ を ぶらついて いた。 その とき、 その カダン に T ジ-ケイ を なして めんして いる ショクブツ ジッケンシツ の ナカ から、 ガラスド-ゴシ に ワタシ の ナマエ を よぶ モノ が あった。 みる と、 それ は ウオズミ と いう ジョウキュウセイ で あった。
「きて みたまえ。 ケンビキョウ を みせて やろう……」
 その ウオズミ と いう ジョウキュウセイ は、 ワタシ の バイ も ある よう な オオオトコ で、 エンバンナゲ の センシュ を して いた。 グラウンド に でて いる とき の カレ は、 その コロ ワタシタチ の アイダ に リュウコウ して いた ギリシャ チョウコク の ドイツ-セイ の エハガキ の ヒトツ の、 「ディスカスヴェルフェル」 と いう の に すこし にて いた。 そして それ が カキュウセイ たち に カレ を グウゾウカ させて いた。 が、 カレ は ダレ に むかって も、 いつも ヒト を バカ に した よう な ヒョウジョウ を うかべて いた。 ワタシ は そういう カレ の キ に いりたい と おもった。 ワタシ は その ショクブツ ジッケンシツ の ナカ へ はいって いった。
 そこ には ウオズミ ヒトリ しか いなかった。 カレ は けぶかい テ で、 ブキヨウ そう に ナニ か の プレパラート を つくって いた。 そして ときどき ツァイス の ケンビキョウ で それ を のぞいて いた。 それから それ を ワタシ にも のぞかせた。 ワタシ は それ を みる ため には、 カラダ を エビ の よう に おりまげて いなければ ならなかった。
「みえる か?」
「ええ……」
 ワタシ は そういう ぎごちない シセイ を つづけながら、 しかし もう イッポウ の、 ケンビキョウ を みて いない メ で もって、 そっと ウオズミ の ドウサ を うかがって いた。 すこし マエ から ワタシ は カレ の カオ が イヨウ に ヘンカ しだした の に きづいて いた。 そこ の ジッケンシツ の ナカ の あかるい コウセン の せい か、 それとも カレ が イツモ の カメン を ぬいで いる せい か、 カレ の ホオ の ニク は ミョウ に たるんで いて、 その メ は マッカ に ジュウケツ して いた。 そして クチモト には たえず ショウジョ の よう な よわよわしい ビショウ を ちらつかせて いた。 ワタシ は なんとはなし に、 イマ の さっき みた ばかり の 1 ピキ の ミツバチ と みしらない マッシロ な ハナ の こと を おもいだした。 カレ の あつい コキュウ が ワタシ の ホオ に かかって きた……
 ワタシ は ついと ケンビキョウ から カオ を あげた。
「もう、 ボク……」 と ウデドケイ を みながら、 ワタシ は くちごもる よう に いった。
「キョウシツ へ いかなくっちゃ……」
「そう か」
 いつのまにか ウオズミ は コウミョウ に あたらしい カメン を つけて いた。 そして いくぶん あおく なって いる ワタシ の カオ を みおろしながら、 カレ は ヘイゼイ の、 ヒト を バカ に した よう な ヒョウジョウ を うかべて いた。

     ⁂

 5 ガツ に なって から、 ワタシタチ の ヘヤ に サイグサ と いう ワタシ の ドウキュウセイ が ホカ から テンシツ して きた。 カレ は ワタシ より ヒトツ だけ トシウエ だった。 カレ が ジョウキュウセイ たち から ショウネン-シ されて いた こと は かなり ユウメイ だった。 カレ は やせた、 ジョウミャク の すいて みえる よう な うつくしい ヒフ の ショウネン だった。 まだ バライロ の ホオ の ショユウシャ、 ワタシ は カレ の そういう ヒンケツセイ の ウツクシサ を うらやんだ。 ワタシ は キョウシツ で、 しばしば、 キョウカショ の カゲ から、 カレ の ほっそり した クビ を ぬすみみて いる よう な こと さえ あった。
 ヨル、 サイグサ は ダレ より も サキ に、 2 カイ の シンシツ へ いった。
 シンシツ は マイヨ、 キテイ の シュウミン ジカン の 10 ジ に ならなければ デントウ が つかなかった。 それだのに カレ は 9 ジ-ゴロ から シンシツ へ いって しまう の だった。 ワタシ は そんな ヤミ の ナカ で ねむって いる カレ の ネガオ を、 いろんな ふう に ゆめみた。
 しかし ワタシ は シュウカン から 12 ジ-ゴロ に ならなければ シンシツ へは ゆかなかった。
 ある ヨ、 ワタシ は ノド が いたかった。 ワタシ は すこし ネツ が ある よう に おもった。 ワタシ は サイグサ が シンシツ へ いって から まもなく、 セイヨウ ロウソク を テ に して カイダン を のぼって いった。 そして なんの キ なし に ジブン の シンシツ の ドア を あけた。 その ナカ は マックラ だった が、 ワタシ の テ に して いた ロウソク が、 とつぜん、 おおきな トリ の よう な カッコウ を した イヨウ な カゲ を、 その テンジョウ に なげた。 それ は カクトウ か なんか して いる よう に、 ブキミ に、 ゆれうごいて いた。 ワタシ の シンゾウ は どきどき した。 ……が、 それ は イッシュンカン に すぎなかった。 ワタシ が その テンジョウ に みいだした ゲンエイ は、 ただ ロウソク の ヒカリ の キマグレ な ドウヨウ の せい らしかった。 なぜなら、 ワタシ の ロウソク の ヒカリ が それほど ゆれなく なった ジブン には、 ただ、 サイグサ が カベギワ の ネドコ に ねて いる ホカ、 その マクラモト に、 もう ヒトリ の おおきな オトコ が、 マント を かぶった まま、 むっつり と フキゲン そう に すわって いる の を みた きり で あった から……
「ダレ だ?」 と その マント を かぶった オトコ が ワタシ の ほう を ふりむいた。
 ワタシ は あわてて ワタシ の ロウソク を けした。 それ が ウオズミ らしい の を みとめた から だった。 ワタシ は いつか の ショクブツ ジッケンシツ の とき から、 カレ が ワタシ を にくんで いる に ちがいない と しんじて いた。 ワタシ は だまった まま、 サイグサ の トナリ の、 ジブン の うすよごれた フトン の ナカ に もぐりこんだ。
 サイグサ も サッキ から だまって いる らしかった。
 ワタシ の わるい ノド を しめつける よう な スウフン-カン が すぎた。 その ウオズミ らしい オトコ は とうとう たちあがった。 そして なにも いわず に クラガリ の ナカ で あらあらしい オト を たてながら、 シンシツ を でて いった。 その アシオト が とおのく と、 ワタシ は サイグサ に、
「ボク は ノド が いたい ん だ……」 と すこし グアイ が わるそう に いった。
「ネツ は ない の?」 カレ が きいた。
「すこし ある らしい ん だ」
「どれ、 みせたまえ……」
 そう いいながら サイグサ は ジブン の フトン から すこし カラダ を のりだして、 ワタシ の ずきずき する コメカミ の ウエ に カレ の つめたい テ を あてがった。 ワタシ は イキ を つめて いた。 それから カレ は ワタシ の テクビ を にぎった。 ワタシ の ミャク を みる の に して は、 それ は すこし へんてこ な ニギリカタ だった。 それだのに ワタシ は、 ジブン の ミャクハク の キュウ に たかく なった の を カレ に きづかれ は しまい か と、 それ ばかり シンパイ して いた……
 ヨクジツ、 ワタシ は イチニチジュウ ネドコ の ナカ に もぐりながら、 これから も マイバン はやく シンシツ へ こられる ため、 ワタシ の ノド の イタミ が いつまでも なおらなければ いい と さえ おもって いた。

 スウジツ-ゴ、 ユウガタ から ワタシ の ノド が また いたみだした。 ワタシ は わざと セキ を しながら、 サイグサ の すぐ アト から シンシツ に いった。 しかし、 カレ の トコ は カラッポ だった。 どこ へ いって しまった の か、 カレ は なかなか かえって こなかった。
 1 ジカン ばかり すぎた。 ワタシ は ヒトリ で くるしがって いた。 ワタシ は ジブン の ノド が ひどく わるい よう に おもい、 ひょっと したら ジブン は この ビョウキ で しんで しまう かも しれない なぞ と かんがえたり して いた。
 カレ は やっと かえって きた。 ワタシ は サッキ から ジブン の マクラモト に ロウソク を ツケパナシ に して おいた。 その ヒカリ が、 フク を ぬごう と して ミモダエ して いる カレ の スガタ を、 テンジョウ に ブキミ に うつした。 ワタシ は いつか の バン の マボロシ を おもいうかべた。 ワタシ は カレ に イマ まで どこ へ いって いた の か と きいた。 カレ は ねむれそう も なかった から グラウンド を ヒトリ で サンポ して きた の だ と こたえた。 それ は いかにも うそらしい イイカタ だった。 が、 ワタシ は なんにも いわず に いた。
「ロウソク は つけて おく の かい?」 カレ が きいた。
「どっち でも いい よ」
「じゃ、 けす よ……」
 そう いいながら、 カレ は ワタシ の マクラモト の ロウソク を けす ため に、 カレ の カオ を ワタシ の カオ に ちかづけて きた。 ワタシ は、 その ながい マツゲ の カゲ が ロウソク の ヒカリ で ちらちら して いる カレ の ホオ を、 じっと みあげて いた。 ワタシ の ヒ の よう に ほてった ホオ には、 それ が こうごうしい くらい つめたそう に かんぜられた。

 ワタシ と サイグサ との カンケイ は、 いつしか ユウジョウ の ゲンカイ を こえだした よう に みえた。 しかし そのよう に サイグサ が ワタシ に ちかづいて くる に つれ、 その イッポウ では、 ウオズミ が ますます キシュクセイ たち に たいして ランボウ に なり、 ときどき グラウンド に でて は、 ヒトリ で キョウジン の よう に エンバンナゲ を して いる の が、 みかけられる よう に なった。
 その うち に ガッキ シケン が ちかづいて きた。 キシュクセイ たち は その ジュンビ を しだした。 ウオズミ が その シケン を マエ に して、 キシュクシャ から スガタ を けして しまった こと を ワタシタチ は しった。 しかし ワタシタチ は、 それ に ついて は クチ を つぐんで いた。

     ⁂

 ナツヤスミ に なった。
 ワタシ は サイグサ と 1 シュウカン ばかり の ヨテイ で、 ある ハントウ へ リョコウ しよう と して いた。
 ある どんより と くもった ゴゼン、 ワタシタチ は まるで リョウシン を だまして イタズラ か なんか しよう と して いる コドモ ら の よう に、 いくぶん インキ に なりながら、 シュッパツ した。
 ワタシタチ は その ハントウ の ある エキ で おり、 そこ から 1 リ ばかり カイガン に そうた ミチ を あるいた ノチ、 ノコギリ の よう な カタチ を した ヤマ に いだかれた、 ある ちいさな ギョソン に トウチャク した。 ヤドヤ は ものがなしかった。 くらく なる と、 どこ から とも なく カイソウ の カオリ が して きた。 コオンナ が ランプ を もって はいって きた。 ワタシ は その うすぐらい ランプ の ヒカリ で、 ネドコ へ はいろう と して シャツ を ぬいで いる、 サイグサ の ハダカ に なった セナカ に、 ヒトトコロ だけ セボネ が ミョウ な グアイ に トッキ して いる の を みつけた。 ワタシ は なんだか それ が いじって みたく なった。 そして ワタシ は そこ の ところ へ ユビ を つけながら、
「これ は ナン だい?」 と きいて みた。
「それ かい……」 カレ は すこし カオ を あからめながら いった。 「それ は セキツイ カリエス の アト なん だ」
「ちょっと いじらせない?」
 そう いって、 ワタシ は カレ を ハダカ に させた まま、 その セボネ の ヘン な トッキ を、 ゾウゲ でも いじる よう に、 ナンド も なでて みた。 カレ は メ を つぶりながら、 なんだか くすぐったそう に して いた。

 ヨクジツ も また どんより と くもって いた。 それでも ワタシタチ は シュッパツ した。 そして ふたたび カイガン に そうた コイシ の おおい ミチ を あるきだした。 イクツ か ちいさい ムラ を とおりすぎた。 だが、 ショウゴ-ゴロ、 それら の ムラ の ヒトツ に ちかづこう と した ジブン に なる と、 いまにも アメ が ふって きそう な くらい ソラアイ に なった。 それに ワタシタチ は もう あるきつかれ、 たがいに すこし フキゲン に なって いた。 ワタシタチ は その ムラ へ はいったら、 イツゴロ ノリアイ バシャ が その ムラ を とおる か を、 たずねて みよう と おもって いた。
 その ムラ へ はいろう と する ところ に、 ヒトツ の ちいさな イタバシ が かかって いた。 そして その イタバシ の ウエ には、 5~6 ニン の ムラ の ムスメ たち が、 メイメイ に ビク を さげながら、 たった まま で、 ナニ か しゃべって いた。 ワタシタチ が ちかづく の を みる と、 カノジョ たち は しゃべる の を やめた。 そして ワタシタチ の ほう を めずらしそう に みつめて いた。 ワタシ は それら の ショウジョ たち の ナカ から、 ヒトリ の メツキ の うつくしい ショウジョ を えらびだす と、 その ショウジョ ばかり じっと みつめた。 カノジョ は ショウジョ たち の ナカ では いちばん トシウエ らしかった。 そして カノジョ は ワタシ が いくら ブサホウ に みつめて も、 ヘイキ で ワタシ に みられる が まま に なって いた。 そんな バアイ に あらゆる ワカモノ が する で あろう よう に、 ワタシ は みじかい ジカン の うち に できる だけ ジブン を つよく その ショウジョ に インショウ させよう と して、 サマザマ な ドウサ を クフウ した。 そして ワタシ は カノジョ と ヒトコト でも いい から ナニ か コトバ を かわしたい と おもいながら、 しかし それ も できず に、 カノジョ の ソバ を はなれよう と して いた。 その とき とつぜん、 サイグサ が アユミ を ゆるめた。 そして カレ は その ショウジョ の ほう へ ずかずか と ちかづいて いった。 ワタシ も おもわず たちどまりながら、 カレ が ワタシ に サキマワリ して その ショウジョ に バシャ の こと を たずねよう と して いる らしい の を みとめた。
 ワタシ は そういう カレ の キビン な コウイ に よって その ショウジョ の ココロ に カレ の ほう が ワタシ より も いっそう つよく インショウ され は すまい か と きづかった。 そこで ワタシ も また、 その ショウジョ に ちかづいて ゆきながら、 カレ が シツモン して いる アイダ、 カノジョ の ビク の ナカ を のぞいて いた。
 ショウジョ は すこしも はにかまず に カレ に こたえて いた。 カノジョ の コエ は、 カノジョ の うつくしい メツキ を うらぎる よう な、 ミョウ に しゃがれた コエ だった。 が、 その コエガワリ の して いる らしい ショウジョ の コエ は、 かえって ワタシ を フシギ に ミワク した。
 コンド は ワタシ が シツモン する バン だった。 ワタシ は サッキ から のぞきこんで いた ビク を ゆびさしながら、 おずおず と、 その ちいさな サカナ は なんと いう サカナ か と たずねた。
「ふふふ……」
 ショウジョ は さも おかしくって たまらない よう に わらった。 それ に つれて、 ホカ の ショウジョ たち も どっと わらった。 よほど ワタシ の トイカタ が おかしかった もの と みえる。 ワタシ は おもわず カオ を あからめた。 その とき ワタシ は、 サイグサ の カオ にも、 ちらり と イジワル そう な ビショウ の うかんだ の を みとめた。
 ワタシ は とつぜん、 カレ に イッシュ の テキイ の よう な もの を かんじだした。

 ワタシタチ は だまりあって、 その ムラハズレ に ある と いう ノリアイ バシャ の ハッチャクジョ へ むかった。 そこ へ ついて から も バシャ は なかなか こなかった。 その うち に アメ が ふって きた。
 すいて いた バシャ の ナカ でも、 ワタシタチ は ほとんど ムゴン だった。 そして たがいに アイテ を フキゲン に させあって いた。 ユウガタ、 やっと キリ の よう な アメ の ナカ を、 ヤドヤ の ある と いう ある カイガンマチ に ついた。 そこ の ヤドヤ も ゼンジツ の うすぎたない ヤドヤ に にて いた。 おなじ よう な カイソウ の かすか な カオリ、 おなじ よう な ランプ の ホノアカリ が、 わずか に ワタシタチ の ナカ に ゼンヤ の ワタシタチ を よみがえらせた。 ワタシタチ は ようやく うちとけだした。 ワタシタチ は ワタシタチ の フキゲン を、 タビサキ で アクテンコウ ばかり を キ に して いる せい に しよう と した。 そして シマイ に ワタシ は、 アス キシャ の でる マチ まで バシャ で イッチョクセン に いって、 ひとまず トウキョウ に かえろう では ない か と いいだした。 カレ も しかたなさそう に それ に ドウイ した。
 その ヨル は つかれて いた ので、 ワタシタチ は すぐに ねいった。 ……アケガタ ちかく、 ワタシ は ふと メ を さました。 サイグサ は ワタシ の ほう に セナカ を むけて ねむって いた。 ワタシ は ネマキ の ウエ から その セボネ の ちいさな トッキ を たしかめる と、 サクヤ の よう に それ を そっと なでて みた。 ワタシ は そんな こと を しながら、 ふと キノウ ハシ の ウエ で みかけた、 ビク を さげた ショウジョ の うつくしい メツキ を おもいうかべた。 その イヨウ な コエ は まだ ワタシ の ミミ に ついて いた。 サイグサ が かすか に ハギシリ を した。 ワタシ は それ を ききながら、 また うとうと と ねむりだした……
 ヨクジツ も アメ が ふって いた。 それ は キノウ より いっそう キリ に にて いた。 それ が ワタシタチ に リョコウ を チュウシ する こと を イヤオウ なく ケッシン させた。
 アメ の ナカ を さわがしい ヒビキ を たてて はしって ゆく ノリアイ バシャ の ナカ で、 それから ワタシタチ の のりこんだ サントウ キャクシャ の コンザツ の ナカ で、 ワタシタチ は できる だけ アイテ を くるしめまい と ドリョク しあって いた。 それ は もはや アイ の キュウシフ だ。 そして ワタシ は なぜかしら サイグサ には もう これっきり あえぬ よう に かんじて いた。 カレ は ナンド も ワタシ の テ を にぎった。 ワタシ は ワタシ の テ を カレ の ジユウ に させて いた。 しかし ワタシ の ミミ は、 ときどき、 どこ から とも なく、 ちぎれちぎれ に なって とんで くる、 レイ の ショウジョ の イヨウ な コエ ばかり きいて いた。
 ワカレ の とき は もっとも かなしかった。 ワタシ は、 ジブン の イエ へ かえる には その ほう が ベンリ な コウガイ デンシャ に のりかえる ため に、 ある トチュウ の エキ で キシャ から おりた。 ワタシ は コンザツ した プラットフォーム の ウエ を あるきだしながら、 ナンド も ふりかえって キシャ の ナカ に いる カレ の ほう を みた。 カレ は アメ で ぐっしょり ぬれた ガラスマド に カオ を くっつけて、 ワタシ の ほう を よく みよう と しながら、 かえって ジブン の コキュウ で その ガラス を しろく くもらせ、 そして ますます ワタシ の ほう を みえなく させて いた。

     ⁂

 8 ガツ に なる と、 ワタシ は ワタシ の チチ と イッショ に シンシュウ の ある コハン へ リョコウ した。 そして ワタシ は ソノゴ、 サイグサ には あわなかった。 カレ は しばしば、 その コハン に タイザイチュウ の ワタシ に、 まるで ラヴ レター の よう な テガミ を よこした。 しかし ワタシ は だんだん それ に ヘンジ を ださなく なった。 すでに ショウジョ ら の イヨウ な コエ が ワタシ の アイ を かえて いた。 ワタシ は カレ の サイキン の テガミ に よって カレ が ビョウキ に なった こと を しった。 セキツイ カリエス が サイハツ した らしかった。 が、 それ にも ワタシ は ついに テガミ を ださず に しまった。
 アキ の シンガッキ に なった。 コハン から かえって くる と、 ワタシ は ふたたび キシュクシャ に うつった。 しかし そこ では スベテ が かわって いた。 サイグサ は どこ か の カイガン へ テンチ して いた。 ウオズミ は もはや ワタシ を クウキ を みる よう に しか みなかった。 ……フユ に なった。 ある ウスゴオリ の はって いる アサ、 ワタシ は コウナイ の ケイジバン に サイグサ の シ が ほうじられて ある の を みいだした。 ワタシ は それ を ミチ の ヒト でも ある か の よう に、 ぼんやり と みつめて いた。

     ⁂

 それから スウネン が すぎた。
 その スウネン の アイダ に ワタシ は ときどき その キシュクシャ の こと を おもいだした。 そして ワタシ は そこ に、 ワタシ の ショウネンジ の うつくしい ヒフ を、 ちょうど カンボク の エダ に ひっかかって いる ヘビ の トウメイ な カワ の よう に、 オシゲ も なく ぬいで きた よう な キ が して ならなかった。 ――そして その スウネン の アイダ に、 ワタシ は まあ なんと オオク の イヨウ な コエ を した ショウジョ ら に であった こと か! が、 それら の ショウジョ ら は ヒトリ と して ワタシ を くるしめない モノ は なく、 それに ワタシ は カノジョ ら の ため に くるしむ こと を あまり にも あいして いた ので、 その ため に ワタシ は とうとう トリカエシ の つかない ダゲキ を うけた。
 ワタシ は はげしい カッケツゴ、 かつて ワタシ の チチ と リョコウ した こと の ある おおきな コハン に ちかい、 ある コウゲン の サナトリウム に いれられた。 イシャ は ワタシ を ハイケッカク だ と シンダン した。 が、 そんな こと は どうでも いい。 ただ バラ が ほろり と その ハナビラ を おとす よう に、 ワタシ も また、 ワタシ の バライロ の ホオ を エイキュウ に うしなった まで の こと だ。
 ワタシ の いれられた その サナトリウム の 「シラカバ」 と いう ビョウトウ には、 ワタシ の ホカ には ヒトリ の 15~16 の ショウネン しか シュウヨウ されて いなかった。
 その ショウネン は セキツイ カリエス カンジャ だった が、 もう すっかり カイフクキ に あって、 マイニチ スウ-ジカン ずつ ヴェランダ に でて は、 せっせと ニッコウヨク を やって いた。 ワタシ が ワタシ の ベッド に ネタキリ で おきられない こと を しる と、 その ショウネン は ときどき ワタシ の ビョウシツ に ミマイ に くる よう に なった。 ある とき、 ワタシ は その ショウネン の ヒ に くろく やけた、 そして クチビル だけ が ほのか に あかい イロ を して いる ホソオモテ の カオ の シタ から、 しんだ サイグサ の カオ が スカシ の よう に あらわれて いる の に キ が ついた。 その とき から、 ワタシ は なるべく その ショウネン の カオ を みない よう に した。
 ある アサ、 ワタシ は ふと ベッド から おきあがって、 こわごわ ヒトリ で、 マドギワ まで あるいて いって みたい キ に なった。 それほど それ は キモチ の いい アサ だった。 ワタシ は その とき ジブン の ビョウシツ の マド から、 ムコウ の ヴェランダ に、 その ショウネン が サルマタ も はかず に スッパダカ に なって ニッコウヨク を して いる の を みつけた。 カレ は すこし マエコゴミ に なりながら、 ジブン の カラダ の ある ブブン を じっと みいって いた。 カレ は ダレ にも みられて いない と しんじて いる らしかった。 ワタシ の シンゾウ は はげしく うった。 そして それ を もっと よく みよう と して、 キンガン の ワタシ が メ を ほそく して みる と、 カレ の マックロ な セナカ にも、 サイグサ の と おなじ よう な トクユウ な トッキ の ある らしい の が、 ワタシ の メ に はいった。
 ワタシ は フイ に メマイ を かんじながら、 やっと の こと で ベッド まで かえり、 そして その ウエ へ ウツブセ に なった。

 ショウネン は スウジツ-ゴ、 カレ が ワタシ に あたえた おおきな ダゲキ に ついて は すこしも キ が つかず に、 タイイン した。

2018/01/08

キナダ ムラ

 キナダ ムラ

 マキノ シンイチ

 1

 モズ の コエ が するどく けたたましい。 カズトヨ の クリバヤシ から だ が、 まるで すぐ の マドウエ の ソラ で でも ある か の よう に ちかぢか と すんで ミミ を つく。 キョウ は はれる か と つぶやきながら、 ワタシ は マド を あけて みた。 マド の シタ は まだ アサギリ が たちこめて いた が、 イモバタケ の ムコウガワ に あたる クリバヤシ の ウエ には もう みずみずしい ヒカリ が さして、 クリヒロイ に かけて ゆく コドモ たち の カゲ が あざやか だった。 そして、 みるみる うち に ヒカリ の ツバサ は ひろい ハタケ を こえて マドシタ に たっしそう だった。 イモ の シュウカク は もう よほど マエ に すんで ハタケ は イチメン に ハイイロ の ヌマ の カン で、 ヒカリ が ながれる に したがって しろい ケムリ が ゆれた。 カズトヨ は そこ で コヤガケ の シバイ を うちたい ハラ だ が、 セイネンダン から の モウシコミ で きたる べき オンド コウタ タイカイ の カイジョウ に と キボウ されて ふしょうぶしょう に ふくれて いる そう だった。
 ワタシ と ドウキョ の オメンシ は、 とっく に テンキ を みさだめて シタボリ の メンガタ を トリゴヤ の ヤネ に ならべて いた。 ワタシ は オガクズ を ニカワ で ねって いた の だ。 カズトヨ の キリバタケ から しいれた ザイリョウ は、 ズイドウムシ や コブアナ の アト が おびただしくて、 シタボリ の アナウメ に よほど の テマ が かかった。 オメンシ は ヤマムコウ の ムラ へ シイレ に ゆく と、 つい フカク の サケ に まいって ヒガエリ も かなわなかった から、 よんどころなく カズトヨ の キリ で シンボウ しよう と する の だ が、 こう アナ や フシコブ-だらけ では ムダボネ が おれる ばかり で テマ が 3 バイ だ と こぼしぬいた。 コンゴ は もう けっして サケ には みむかず に と カレ は ワタシ に ユビキリ した が、 キュウ に シゴト の ほう が いそがしくて ザイリョウ の ギンミ に ヤマ を こえる ヒマ も なかった。 カズトヨ は ゲタ-ザイ の ハンパモノ を ゆずった。 ネダン を きく と その つど は、 まあまあ と オウヨウ そう に わらって いながら、 シゴト の シュウキン を みずから ひきうけ、 ニットウ とも ザイリョウ-ダイ とも つけず に シュウニュウ の ハンブン を とって しまう と オメンシ は グチ を こぼした。 カズトヨ は スベテ に はっきり した こと を クチ に する の が きらい で、 ヒトリ で あるいて いる とき も ナニ が おかしい の か いつも わらって いる よう な ヒョウジョウ だった。 では もともと そういう オンガン なの か と おもう と オオチガイ で、 ヤシキ の カキネ を こえる コドモ ら を おって とびだして くる とき の スガタ は まったく の オオカミ で、 フダン は レウマチス だ と しょうして ミチブシン や ハシ の カケカエ コウジ を ケッセキ して いる にも かかわらず、 カキ も ミゾ も サンダンガマエ で チュウ を とんだ。
 その うち にも、 サッキ の コドモ たち が ばらばら と カキネ を くぐりでて イモバタケ を ハッポウ に にげだして きた か と みる と、 おいて ゆけ おいて ゆけ ヤロウ ども、 たしか に カオ は しれてる ぞ など と さけびながら、 どっち を おって いい の やら と とまどうた カズトヨ が ハッポウ に むかって ムチュウ で コクウ を つかみながら あばれでた。 カズトヨ の クリヒロイ に ゆく には メン を もって ゆく に かぎる と コドモ たち が ソウダン して いた が、 なるほど にげて ゆく カレラ は たちまち メン を かむって あちこち から カズトヨ を レイショウ した。 オニ、 ヒョットコ、 キツネ、 テング、 ショウグン たち が、 メン を かむって いなくて も オニ の メン と かした オオオニ を、 トオマキ に して、 イッポウ を おえば イッポウ から イシ を なげ して、 やがて イモバタケ は よにも キミョウ な センジョウ と かした。
「やあ、 おもしろい ぞ おもしろい ぞ」
 ワタシ は おもい マブタ を あげて おもわず テ を たたいた。 ワタシ の ムネ は いつも イヨウ な サケ の ヨイ で とうぜん と して いる みたい だった から、 そんな コウケイ が いっそう フシギ な ユメ の よう に うつった。 ワタシタチ の シゴトベヤ は サカグラ の 2 カイ だった ので、 それに ワタシ は トウジ イカスイ の ショウジョウ で ジジツ は イッテキ の サケ も クチ に しなかった にも かかわらず、 ヒル と なく、 ヨル と なく、 イッポ も ソト へは でよう とは せず に、 メンツクリ の テツダイ に ボットウ して いる うち には、 いつか カンダン も ない サケ の カオリ だけ で デイスイ する の が しばしば だった。 かなう シギ なら ノド を ならして とびつきたい ウエット-ハ の カラステング が、 ショクヨク フシン の カラハラ を かかえて、 トオカ ハツカ と ヌマ の よう な オオダル に ゆれる もったいぶった アワダチ の オト を きき、 ふつふつ たる カオリ に ばかり あおられて いる と よった とも よわぬ とも メイジョウ も なしがたい、 ゼンセ に でも いただいた カラテンジク の オミキ の ヨイ が イマゴロ に なって きいて きた か の よう な、 まことに ありがたい よう な、 なさけない よう な、 げにも トリトメ の ない ジイシキ の ソウシツ に おそわれた。 ねむい よう な アタマ から、 サケ に よった タマシイ だけ が おもしろそう に ぬけだして ふわり ふわり と あちこち を とびまわって いる の を ながめて いる よう な ココロモチ だった。 その うち には シンシュ の フタアケ の コロ とも なって アキ の フカサ は こっこく に ムナソコ へ にじんだ。 クラ いっぱい に あふれる じゅんじゅん たる サケ の モヤ は、 うければ あわや さんさん と して したたらん ばかり の ミカク に みちよどんで いた。 ――トリゴヤ の カタワラ では オメンシ が しきり と リョウウデ を ひろげて ハライッパイ の シンコキュウ を くりかえして いた。 カレ も 「サケ の ヨイ」 を さまそう と して タイソウ に ヨネン が ない の だ。 ――カズトヨ が ジダンダ を ふみながら ひきかえして ゆく ウシロスガタ が クリバヤシ の ナカ で マダラ な ヒカリ を あびて いた。 センロ の ツツミ に、 アオオニ、 アカオニ、 テング、 キツネ、 ヒョットコ、 ショウグン など の コビト-レン が ならんで カチドキ を あげて いた。 ――もともと それら は ワタシタチ が つくった オトナヨウ の オメン なので、 ゴタイ に くらべて カオ ばかり が タイヘン に フツリアイ なの が キバツ に うつった。 オンド タイカイ の ヒドリ は まだ きまらない が、 シュツジョウシャ の オオク は メン を かむろう と いう こと に なって、 ヒビ に チュウモン が たえなかった。 たとえ これ が いまや ゼンコクテキ の リュウコウ で オドリ と なれば ロウニャク の ベツ も ない とは いう ものの、 まさか スメン では―― と たじろいて ニノアシ を ふむ モノ も おおかった が、 カメン を かむって、 ――と いう チエ が つく と、 ワレ も ワレ も と いさみたった。 メイヨショク も ブゲンシャ も キョウショクイン も みずから ノリキ に なって シュツエン の ケッシン を つけた。 どんな カシ か は しらぬ が キナダ オンド なる コウタ も できて 「トウキョウ オンド」 の フシ で うたわれる と いう こと で あった。
「メン を かむって いれば、 かつがれる と いう サワギ も なくなる だろう―― やがて は、 あの ナガネン の ヘイフウ が ネ を たつ こと に でも なれば イッキョ リョウトク とも なる では ない か」
 イッポウ では こういう ウワサ が たかかった。 ゆらい、 この アタリ では ムラビト の ハンカン を かった ジンブツ は しばしば この 「かつがれる」 なる メイショウ の モト に、 よにも さんたん たる リンチ に しょせられた。
 …… 「おいおい、 ツル クン、 はやく あがって こない か」
 ワタシ は、 いつまでも ガイキ に カオ を さらして いる こと に 「ある キグ」 を おぼえた ので、 まだ ヨイ を さまして も いなかった の だ が、 オメンシ に コエ を かけた。 それに ホシバ の メンガタ を かぞえて みる と かろうじて 12~13 の カズ で、 あれ が キノウ まで の ミッカ-ガカリ の シゴト では コンヤ アタリ は テッショウ でも しなければ おいつくまい と シンパイ した。 ワタシ は、 ウシロ の タナ から オニ の アカ、 アオ、 キツネ の ゴフン、 テング の ベニ の ツボ など を とりおろし、 ヌリバケ で マド を たたきながら もう イッペン よぶ の だ が、 カレ は ふりむき も しなかった。
「きこえない の か――」
 ワタシ は どなって から、 そう だ クチ に しない ヤクソク だった カレ の ナマエ を おもわず よんで しまった と きづいた。 カレ は ジブン の セイメイ を ヒジョウ に きらう と いう キヘキ の モチヌシ で、 うっかり その ナ を よばれる と トキ と バショ の サベツ も なく マッカ に なって、 あわや なきだしそう に しおれる の で あった。
「いや だ いや だ いや だ、 たまらない……」 と カレ は ミブルイ して リョウミミ を おおった。 それゆえ カレ は、 めった な こと には ヒト に ジブン の セイメイ を あかしたがらず、
「ええ、 もう ワタシ なんぞ の ナマエ なんて どうでも よろしい よう な もの で……」 と コトバタクミ に ごまかした が、 それ は いたずら な ケンソン と いう わけ でも なく、 じつは それ が シンケイテキ に、 そして さらに メイシンテキ に かなわぬ と いう の で あった。 それで ワタシ も ひさしい アイダ カレ の ナマエ を しらなかった し、 また ふとした キカイ から カレ と シリアイ に なり、 どうして セイカツ まで を ともに する まで に いたった か の スジミチ を タンペン ショウセツ に かいた こと も あり、 ジッサイ の ケイケン を とりあげる バアイ には いつも ワタシ は ジンブツ の ナマエ をも アリノママ を もちいる の が シュウカン なの だ が、 その とき も しゅうし カレ の ダイメイシ は たんに 「オメンシ」 と のみ キニュウ して いた。 ワタシ は その コロ 「オメンシ」 なる メイショウ の ソンザイ を カレ に よって はじめて しり、 やや キイ な カン も あって、 ジツメイ の トンジャク も なかった まで なの だった が、 ノチ に グウゼン の こと から カレ の ナマエ は ツル フナジロウ と よぶ の だ と しらされた。 ワタシ は ミズナガレ と よんだ が、 それ は ツル と よむ の だ そう だった。
「この ミョウジ は ワタシ の ムラ (ナラ ケンカ) では のきなみ なん です が――」 と カレ は その とき も、 フトコロ の ナカ に カオ を うずめる よう に して つぶやいた。 「ミョウジ と ナマエ と が まるで コシラエモノ の ジョウダン の よう に きわどく つりあって いる の が、 ワタシ は むしょうに はずかしい ん です。 それに どうも それ は ワタシ に とって は いろいろ と エンギ でも ない、 これまで の こと が……」
 カレ は ワケ も なく キョウシュク して ぜひとも わすれて ほしい など と テ を あわせたり する シマツ だった の で ある。 そんな オモイ など は ソウゾウ も つかなかった が、 ワタシ は なんなく わすれて クチ に した ためし も なかった のに、 つまらぬ レンソウ から ふいと その とき、 ヒト の ナマエ と いう ほど の イミ も なく、 その モジヅラ を おもいうかべた らしかった の で ある。
 それ は そう と、 その コロ ワタシ の ミ には とんだ サイナン が ふりかかろう と して いる らしい アタリ の クモユキ で あった。
「コンド、 オドリ の バン に、 かつがれる ヤツ は、 おそらく あの サカグラ の イソウロウ だろう」
「ひっきょう する に、 ヤロウ の ジュンバン だな」
 ワタシ を めざして、 この おそる べき フウヒョウ が しばしば あからさま の コエ と かして ワタシ の ミミ を うつ に いたって いた。 あの センリツ す べき リンチ は、 キ が じゅくした と なれば マツリ の バン を またず とも、 ヤミ に じょうじて ネクビ を かかれる サワギ も めずらしく は ない。 ワタシタチ が ここ に きた ハル イライ から で さえ も、 3 ド も ケッコウ されて いる。
 げんに ワタシ も モクゲキ した。 ハナミ の オリカラ で 「サクラ オンド」 なる ハヤシ が リュウセイ を きわめて いた。 ヨゴト ヨゴト、 チンジュ の モリ から は、 ヨウキ な ウタ や すばらしい ハヤシ の ヒビキ が なりわたって、 ムラビト は ヨ の ふける の も わすれた。 あまり おもしろそう なので ワタシ も おりおり オクレバセ に でかけて は イシドウロウ の ダイ に のぼったり して、 ナナエ ヤエ の ケンブツニン の ウエ から じっと エンブシャ-レン の スガタ を みまもって いた。 エンジン の チュウオウ には ヤグラ が しつらわれ、 はじめて はこびこまれた と いう、 カクセイキ から は レコード の オンドウタ が なり も やまず に くりかえされて コズエ から コズエ へ こだました。 それ と イッショ に ヤグラ の ウエ に じんどって いる オハヤシ-レン の フエ、 タイコ、 アタリガネ、 ヒョウシギ が フシ おもしろく チョウシ を あわせる と、 それっ と ばかり に クモ の よう な ケンブツ の ムレ が アイノテ を ガッショウ する ダイランチキ に うかされて、 ワレ も ワレ も と オドリテ の カズ を ます ばかり で、 ついには エンジン まで も が ミウゴキ も ならぬ ほど に たちこみ、 タイハン の モノ は アシブミ の まま に うかれほうけ、 おどりほうけて いた。 ――その うち に ムコウ の シャデン の アタリ から、 ミョウ に フチョウワ な ワライゴエ とも トキ の コエ とも つかぬ ドヨメキ が おこって、 とつぜん 20 ニン ちかい イチダン が わっと カゼ を まいて モリ を つきはしりでた。 でも、 オドリ の ほう は まったく そっち の ジケン には そしらぬ ケシキ で あいかわらず うかれつづけ ケンブツ の モノ も また、 ダレヒトリ メ も くれよう とも せず、 しって そらとぼけて いる ふう だった。 ヤジウマ の おう スキ も なさそう な、 まったく シップウ ジンライ の ハヤワザ で、 ダレ しも コト の シダイ を みとどけた モノ も あるまい が、 それにしても、 グンシュウ の ケハイ が あまり にも バジ トウフウ なの が むしろ ワタシ は キタイ だった。
「いったい、 イマ の あれ は なんの ソウドウ なん だろう。 ケンカ に して は どうも おかしい が……」 と ワタシ は クビ を かしげた。 すると ダレ やら が コゴエ で、
「カズトヨ が かつがれた ん だよ」 と いとも フシギ なさげ に ささやいた。
 オボロヅキヨ で あった。 あの イチダン が ムコウ の カイドウ を キョダイ な イノシシ の よう な モノスゴサ で まっしぐら に かけだして ゆく の が うかがわれた。 ダレヒトリ そっち を ふりむいて いる モノ さえ なかった が、 ワタシ の コウキシン は いっそう ふかまった ので、 ともかく ショウタイ を みさだめて こよう と ケッシン して なにげなさげ に その バ を ぬけて から、 ムギバタケ へ とびおりる や いなや キツネ の よう に マエ へ のめる と、 やにわに ミチ も えらばず イッチョクセン に ハタケ を つきぬいて、 カレラ の ユクテ を めざした。 カイドウ は しろく ユミナリ に ウカイ して いる ので たちまち ワタシ は カレラ の はるか ユクテ の バトウ カンノン の ホコラ の カタワラ に たっし、 じっと イキ を ころして うずくまった まま モノオト の ちかづく の を マチブセ した。 トツゲキ の グンバ が おしよせる か の よう な ジヒビキ を たてて、 まもなく ヒミツ ケッシャ の イチダン は、 スナ を まいて ワタシ の ガンカイ に オオウツシ と なった。 ヒジョウ な ハヤサ で、 ダレ も カケゴエ ヒトツ はっする モノ とて も なく、 ただ ブキミ な イキヅカイ の アラアラシサ が ヒトカタマリ と なって、 ちょうど キカンシャ の エントツ の オト と まちがう ばかり の ソウレツ なる ソクオン-チョウ を ひびかせながら、 イチジン の トップウ と ともに ワタシ の メ の サキ を かすめた。 みる と レンチュウ は こぞって オニ や テング、 ムシャ、 キツネ、 シオフキ-トウ の オメン を かむって まったく どこ の ダレ とも ミサカイ も つかぬ コウミョウ ムゾウサ な ヘンソウブリ だった。 ただ ヒトリ カレラ の ズジョウ に ささげあげられて コイ の よう に よこたわった まま、 ヒタン の クルシミ に もがきかえり、 めちゃくちゃ に コクウ を つかんで いる ジンブツ だけ が スメン で、 しかと は ミサダメ も つかなかった が、 やはり ショウメイ な カズトヨ の オモカゲ だった。 その イフク は おそらく トチュウ の アラシ で ふきとんで しまった の で あろう か、 カレ は みる も あさましい ラギョウ の ナリ で、 イノチカギリ の ヒメイ を あげて いた。 たしか に ナニ か の コトバ を はいて いる の だ が、 シナ か アフリカ の ヤバンジン の よう な オモムキ で、 まるきり イミ は つうじなかった。 ただ ドウブツテキ な ダンマツマ の ワメキ で キチガイ と なり、 スクイ を よぶ の か、 アワレミ を こう の か ハンダン も つかぬ が、 おりおり ひときわ するどく ゴイサギ の よう な ノド を ふりしぼって ヨイン も ながく さけびあげる コエ が オボロヨ の カスミ を やぶって セイサン コノウエ も なかった。 と、 その たび ごと に カツギテ の ウデ が イッセイ に たかく ウエ へ のびきる と、 たくましい カズトヨ の タイク は おもいきり ソラ たかく ほうりあげられて、 その つど クウチュウ に サマザマ なる ポーズ を えがきだした。 テッテイテキ な ギャクジョウ で コウチョク した カレ の シタイ は、 イチド は シャチホコ の よう な イサマシサ で ソラ を けって はねあがった か と おもう と、 ツギ には カッポレ の イキニンギョウ の よう な ヒョウイツ な スガタ で おどりあがり、 また 3 ド-メ には エビ の よう に コシ を まげて、 やおら みごと な チュウガエリ を うった。 そして ふたたび ウデ の ダイ に テンラク する と、 またもや ゲキリュウ に のった コブネ の イセイ で みる カゲ も なく、 らっしさられた。 ――ワタシ は たまらぬ ギフン に かられて、 ムチュウ で アト を おいはじめた が たちまち リョウアシ は ツララ の カン で すくみあがり、 むなしく この ザンコク なる ショケイ の アリサマ を みのがさねばならなかった。 クウチュウ に とびあがる あわれ な ジンブツ の スガタ が トリ の よう に ちいさく とおざかって ゆく まで、 ワタシ は クチビル を かみ、 ハテ は ナミダ を ながして みおくる より ホカ は スベ も なかった。 ――それにしても ワタシ は、 こんな キカイ な コウケイ を マノアタリ に みれば みる ほど、 みしらぬ バンチ の ユメ の よう で ならなかった。
 ノチ に きく ところ に よる と、 あの はげしい ドウアゲ を 10 ナンベン くりかえして も キゼツ を せぬ と、 ムラザカイ の カワ まで はこんで、 ナガレ の ウエ へ マッサカサマ に なげこむ の だ そう で ある。 ケッシャ の レンチュウ は かならず フクメン を して もくもく と ケイ を スイコウ する から、 ヒガイシャ は ダレ を コクソ する と いう ホウホウ も なく、 ヒトビト は いっさい しらぬ カオ を よそおう の が フウシュウ で あり、 なんと して も ナキネイリ より ホカ は なかった。
 あの とき の カズトヨ の サイゴ は、 あれなり ワタシ は みとどけそこなった が、 ねらわれた と なれば マツリ や ヤミ の バン に かぎった と いう の でも なく、 ホタル の ではじめた コロ の ある ユウグレドキ に、 ソンカイ ギイン の J シ が ヤクバ-ガエリ の トチュウ を まちぶせられて、 かつがれた ところ を、 ワタシ は フナツリ の カエリ に モクゲキ した。 カレ は タッシャ な オヨギテ で、 なんなく ムコウギシ へ ヌキテ を きって およぎついた が、 とぼとぼ と テブラ で ひきあげて いった オリ の スガタ は、 おもいだす も ムザン な コウケイ で ワタシ は メ を おおわず には いられなかった。
 モズ の コエ など を ミミ に して、 あの とき の こと を おもいだす と、 ワタシ には ありあり と カズトヨ の サケビ や ギイン の こと が レンソウ された。 やがて は しだいに ワタシ も メイシンテキ に でも おちいった せい か、 ツル フナジロウ など と いう モジ を かんがえた だけ でも、 オクビョウゲ な ヨカン に おびやかされた。 あの ドウアゲ も さる こと ながら、 この サムサ に むかって の ミズゾウスイ と きて は おもう だに ミノケ の よだつ ジゴク の フチ だ。 ワタシ は、 ミズ だの、 ナガレ だの と いう カワ に エン の ある モジ を かんじて も、 フキツ な クウソウ に ふるえた。 サダメ とて も ない ヒョウハク の タビ に てんてん と して ウキヨ を かこちがち な オメンシ が、 しだいに ジブン の ナマエ に まで も ジュソ を おぼえた と いう の が、 ばくぜん ながら ワタシ も ドウカン されて みる と、 ワタシ は カレ との アクエン が いまさら の ごとく サタン されたり した。
 すみわたった アオゾラ に、 モズ の コエ が するどかった。 オウライ の ヒトビト が、 ナニ か うさんくさい メツキ で こちら を ながめる キ が して ワタシ は、 いつまでも マド から カオ を だして いる こと も できなかった。
「そんな イロ に ぬられて は……」
 もどって きた オメンシ が、 あわてて ワタシ の ウデ を おさえた。 なるほど ワタシ は うかうか と アオ の ドロエノグ を、 ベニ を ぬる べき テング の メン に なぞって いる の に キ が ついた。

 2

 カズトヨ や J シ が どんな リユウ で かつがれた もの か、 ワタシ は しらなかった が、 ヒトビト が ワタシ への ハンカン の サイショ の ドウキ は、 J シ の サイナン の とき に、 ワタシ が みぬ フリ を よそおって その バ を たちさらなかった ばかり か、 カレ に カタ を かして ともども に ひきあげて いった と いう の が オコリ で あった。 もっとも それ が ムラ の フブンリツ を うらぎった コウイ で ある と いう の を しらなかった モノ で ある ゆえ、 アタリマエ なら ひとまず みのがさる べき はず だった が、 ヒゴロ から ワタシ の タイド を もくして 「オオフウ で ナマイキ だ」 と にらんで いた オリカラ だった ので、 これ が ジョウケン と して とりあげられ、 やがて リンチ の コウホシャ に シテキ される に いたった らしい の で ある が、 ワタシ と して みる と それ くらい の こと で ねらわれる リユウ にも ならぬ とも おもわれた。
「いいえ、 そりゃ、 タダ の オドカシ だ と いう こと です ぜ。 コンド から、 そんな バアイ を みたら そしらぬ カオ で ワキ さえ みて いれば いい の だ、 キ を つけろ と いう トオマワシ の チュウコク ですって さ。 やる と なれば マエブレ なんて する はず も ない じゃ ありません か」
 オメンシ は それとなく フキン の モヨウ を さぐって きて、 ワタシ に つたえた。 ―― 「コンド の アキ の オドリ まで には シュツエンシャ は ミナ メン を、 そろえよう と いう こと に なって いる ん だ から、 ワタシタチ が いなく なったら ダイナシ でしょう がな。 それに チカゴロ また ヒマシ に チュウモン が ふえる と いう の は、 なにも レンチュウ は テイサイ を つくる シギ ばかり じゃ なくって、 スネ に キズ もつ カタガタ が イガイ の カズ だ と いう ん です。 メン さえ かむって いれば かつがれる シンパイ が ない と いう ところ から……」
「でも、 いつか の J さん の バアイ など が ある ところ を みる と、 なにも オドリ の バン ばかり が――」
「いいえ、 あれ は、 タダ の ケンカ だった ん ですって さ。 かつぐ の は、 オドリ の バン に かぎられた シキタリ なんで」
「それなら なにも ボク は あの とき の こと を ヒナン される には あたらなかったろう に」
 そう も かんがえられた が、 ソンセイジョウ の こと で ムラビト の キュウテキ に なって いる J シ だった ので おもわぬ トバッチリ が ワタシ にも ふりかかった の で あろう、 と おもわれる だけ だった。
 サッキ から オメンシ は、 しきり と ワタシ を ソト へ さそいたがる の だ が、 ワタシ は どうも ヤミ が こわくて たじろいで いた ところ、 そんな ふう に はなされて みる と、 たとえ ジブン が ブラックリスト の ジンブツ と されて いよう とも、 トウブン は だいじょうぶ だ と いう ジシン も わいた。 それに オドリ の コロ に なった に しろ、 そんな に オオゼイ の コウホシャ が ある と おもえば、 なにも ジブン が かならず つかまる と いう わけ でも なかろう し、 そんな ケネン は むしろ すてる べき だ、 おまけに オオク の コウホシャ の ウチ では おそらく ジブン など は ツミ の かるい ブ では なかろう か―― など と ツゴウ の よさそう な ウヌボレ を もったり した。
 デアルキ を こわがって、 カズトヨ など に ツカイ を たのむ の は ムダ だ から、 これから フタリガカリ で ソレゾレ の チュウモンヌシ へ おさめ、 シバラクブリ で クラ の ソト で バンメシ を とろう では ない か と オメンシ が うながす の で あった。
「ひとおもいに、 ケイキ よく サケ でも のんだら あんがい ゲンキ が つく でしょう が」
「……ボク も そんな キ が する よ」 と ワタシ は ケッシン した。 シアゲ の すんだ メン を、 カレ が それぞれ カミ に つつんで、 ワタシ に わたす に したがって、 ワタシ は フデ を とって アテナ を しるした。
「ええ、 アカオニ、 アオオニ―― これ は ハシバ の ヤギシタ スギジュウロウ と マツジロウ。 オツギ は キツネ が ヒトツ、 トリイ マエ の ホッタ チュウキチ。 ――いい です か、 オツギ は テング が ダイショウ、 ヨウギョジョウ の ウサミ キンゾウ……」
 オメンシ は フシ を つけて ソレゾレ の アテナ を ワタシ に つげる の で あった。 ワタシ は アテナ を しるしながら、 つぎつぎ の チュウモンヌシ の カオ を おもいうかべ、 あの 4~5 ニン が まず サイキン の チマツリ に あげられる と いう もっぱら の ウワサ だ が と おもった。
 ナンジュウニチ も クラ の ナカ に こもった きり で、 たまたま ガイキ に あたって みる と クモ を ふんで いる よう な オモイ も した が、 さすが に ムネ の ソコ には いきかえった イズミ を おぼえた。 ――ずいぶん と みごと に メン の カズカズ が そちこち の イエ ごと に ゆきわたった もの で、 イエイエ の マエ に さしかかる たび に ふりかえって みる と、 ユウゲ の ショクタク を かこんだ アカリ の シタ で、 メン を もてあそんで いる コウケイ が ツヅケサマ に うかがわれた。 どこ の イエ も のどか な ダンラン の バンケイ で、 バンシャク に すわった オヤジ が ショウグン の メン を かむって みて カゾク の モノ を わらわせたり、 ヒトツ の メン を ミナ で じゅんじゅん に テ に とりあげて デキバエ を ヒヒョウ したり、 コドモ が テング の メン を かむって いばったり して いる バメン が みえた。 ソロイ の キモノ など も できあがり、 カベ には ハナガサ や ダシ の ハナ が かかって、 マツリ の ちかづいて いる ケシキ は どの イエ を ながめて も あらわ で あった。
「ミナ メン を もって よろこんで いる ね。 カズトヨ の クリヒロイ たち が、 よくも あんな に そろって メン を もちだした と おもった が―― とんだ ヤク に たてた もの だな」
「なにしろ オモチャ なんて もの を ふだん もちあつかわない ので、 コドモ の サワギ は タイヘン だ そう です よ」
 うっかり と ヨミチ を もどって きた ヨッパライ など が とつぜん キツネ や アカオニ に おどかされて キモ を つぶしたり ムスメ たち が ヒョットコ に おいかけられたり する サワギ が ヒンパン に おこったり する ので、 トウブン の アイダ は コドモ の ヨアソビ は ゲンキン しよう と カッコ で もうしあわせた そう だった。

 3

「ツル さん や、 オメエ も よっぽど ヨウジン しねえ と あぶねえ ぞ。 マルジュウ の シゲ から オレ は きいた ん だ が、 オメエ は とんだ エコ ヒイキ の シゴト を して いる って ハナシ じゃ ない か、 イエ に よって シゴト の シブリ が ちがう って こと だよ」
 スギジュウロウ は ジブン に わたされた メン を とって、 ウラガワ の フシアナ を キ に した。
「オレ あ べつだん どうとも おも や しない ん だ が、 ヒト の クチ は うるさい から な」
 カレ は イチド ソンチョウ を つとめた こと も ある そう だ が、 ニチジョウ の どんな バアイ に でも ジブン の イケン を ちょくせつ アイテ に つたえる と いう の では なくて、 ダレ が オマエ の こと を どう いって いた ぞ と いう ふう に ばかり フイチョウ して タニン と タニン との カンジョウ を そこなわせた。 そして、 その アイダ で ジブン だけ が ナニ か シンセツ な ジンブツ で ある と いう タイド を しめしたがった。 カレ も レイ の コクヒョウ の 1 メイ だ が、 おそらく その ゲンイン は、 その 「シンセツゴカシ」 なる アダナ に よった もの に ちがいなかった。 セガレ の マツジロウ が また セイシツ も ヨウボウ も チチ に イキウツシ で 「ショウジ の アナ」 と いう アダナ で あった。
 メ の カタチ が ショウジ の アナ の よう に ミョウ に ちいさく ムゾウサ で、 ツメ の サキ で ひっかいた よう だ から と いう セツ と、 ショウジ の アナ から のぞく よう に タニン の ウワサ を ひろいあつめて フイチョウ する から だ と いう セツ が あった が、 カレラ に たいする ヒトビト の ハンカン は セキネン の もの で、 イチド は どちら か が かつがれる だろう、 オヤ と コ と まちがえそう だ が、 まちがった ところ で ゴブ ゴブ だ と いわれた。
「シゲ ヒトリ が いって いる ん じゃ ない よ、 オトウサン――」 と マツ は なにやら にやり と ワライ を うかべながら チチオヤ へ ミミウチ した。
「ふふん、 サカグラ の イハチ や デン まで も―― だって オレタチ は べつに この ヒトタチ を かばう わけ でも ない ん だ が、 そんな に きいて みる と…… な、 つい キノドク に なって……」
「やめない か。 ボクラ は なにも ヒト の ウワサ を きき に きた わけ じゃ ない ぞ。 もし、 この ヒト の シゴト に ついて キミタチ ジシン が フマン を おぼえる と いう なら、 ソノママ の イケン は いちおう きこう ぜ」
 ワタシ は フタリ の カオ を トウブン に みつめた。 コウベン を しよう と して オメンシ は ヒトヒザ のりだした の だ が、 ジブン も やはり かつがれる ブ の ホケツ に なって いる の か と きづく と、 シタ が つって コトバ が だせぬ らしかった。 いまさら ここ で コウベン した ところ で ヤク にも たたぬ と カレ は あきらめよう と する の だ が クチビル が ふるえて、 おもわず うなだれて いた。
「ワシラ には なにも べつだん いう こと は ない よ。 だが、 だね……」
「いう こと が ない ん なら、 だが、 も、 しかし、 も あるまい」
「せっかく、 メン が できあがった と いう バン に いまさら コウロン も ない もの さ。 ハシバ の オジゴ の クチ も おおい が、 サカグラ の センセイ の リクツ は セケン には とおりません や、 だが、 も、 しかし も ない で すめば ウキヨ は タイヘイラク だろう じゃ ない か。 あははは」
 ホッタ チュウキチ は ジュウイ の 「ホラチュウ」 と いう アダナ だった。 ワタシタチ と して は なにも これら の ヒトビト の チュウモン を とくに おくらせた と いう わけ でも なく、 ただ ホウメン が ヒトカタマリ だった から、 つとめて とりまとめて とどけ に きた まで の こと で ある。 ちょうど、 ヨウギョジョウ の キンゾウ など も ヤギシタ の イエ に あつまって サケ を のみながら ナニ か ひそひそ と ヒタイ を あつめて ハカリゴト に ふけって いる ところ だった。 ――まあ イッパイ、 まあ イッパイ と むりやり に フタリ を とらえて ナカマ に いれた が、 カレラ の いう こと が いちいち ワタシタチ の カン に さわった。 「そんな の なら、 ええ、 もう、 よう ござんす、 シナモノ は もって かえりましょう。 ナンクセ を つけられる オボエ は ない ん です もの」
 オメンシ は ツツミ を なおして イクド も たちあがった が、 チュウキチ と キンゾウ が たくみ に なだめた。
「イナカ の ヒト は、 ホントウ に ヒト が わるい。 うっかり いう こと など を しんじられ や しない」
 ワタシ も そんな こと を いった。
「そ、 それ が、 オマエサン の サイナン の モト だよ。 せっかく ヒト の いう こと に カド を たてて、 むずかしい リクツ を くっつけたがる。 もともと、 オマエサン が ねらわれ、 ツル さん に まで ホコサキ が むいて きた と いう の は、 オマエサン の その タンキ な オオフウ が たたった と いう こと を かんがえて もらわなければ ならん の だ が、 イマ が イマ どう ショウネ を いれかえて くれ と いう ハナシ じゃ ない。 ヒト の いう こと を よく きいて もらいたい と いう もの だ―― オレタチ は イマ、 ムラ の モノ でも ない オマエサンタチ が かつがれて は キノドク だ と おもって、 タイサク を こうじて いる ところ なん じゃ ない か」
 スギジュウロウ が こんこん と さとしはじめる ので ワタシタチ も コシ を すえた が、 カレラ の いう こと は どうも うかうか とは しんぜられぬ の で あった。 その ハナシ を きく と、 ワタシタチ ばかり が、 ヤオモテ の ギセイシャ と みえた が、 ヤギシタ オヤコ を ハジメ と して、 ホラチュウ や キンゾウ の アクヒョウ は、 サクラ の ジブン に ここ に ワタシタチ が あらわれる と すぐに も きいた ハナシ で、 カレラ が ヨアルキ や オドリ ケンブツ に あらわれる の を みいだす モノ は なかった。
「ボクタチ と したって、 もしも ここ の セイネン だったら、 やはり カレラ を ねらう だろう な」
「それ あ、 もう ダレ に しろ トウゼン で、 ワタシ なら まず サイショ に ホラチュウ を――」
「カレラ は ジブン たち が ねらわれて いる の を かくそう と して、 オレ など を マキゾエ に する よう だよ。 どう かんがえて も オレ は ジブン が カレラ より サキ に かつがれよう など とは おもわれない よ」
「むろん その とおり です とも。 ヤツラ の いう こと なんて キ に する こと は ありません さ」
 ワタシ と オメンシ は、 そんな こと を はなしあい、 むしろ カズトヨ や J シ が サキ に ナン を こうむった の を フシギ と した こと も あった。
 ワタシ は、 イロリ の マワリ に、 グウゼン にも ヨウギシャ ばかり が あつまった の を、 あらためて みまわした。 そして、 ヒト の ハンカン や ゾウネン を あがなう ジンブツ と いう もの は、 その コウイ や ジンカク を ベツ に して、 ガイケイ を イチベツ した のみ で、 ただちに たまらぬ イヤミ を おぼえさせられる もの だ と おもった。 ヒト の ツウユウセイ など と いう もの は ヘイボン で、 そして テキカク だ。 ワタシ に しろ、 もしも スベテ の ムラビト を イチレツ に ならべて、 その ナカ から まったく リユウ も なく 「にくむ べき ジンブツ」 を シテキ せよ と めいぜられた ならば、 やはり これら の モノドモ と、 そして カズトヨ と J を えらんだ で あろう と おもわれた。
 スギジュウロウ と マツ は オヤコ の くせ に、 まるで ナカマ ドウシ の クチ を ききあい、 オリ に ふれて は たがいに ひそひそ と ミミウチ を かわして うなずいたり レイショウ を うかべて どうか する と タガイ の カタ を うつ マネ を した。 シンミツ の グアイ が サル の よう だ。 チチ と コ で ある から には よほど の ネンレイ が ソウイ する だろう にも かかわらず、 フタリ とも 40 くらい に みえ、 ゲンゴ は ききなおさない と いかにも ハンベツ も かなわぬ フメイリョウサ で、 タエマ も なく もぐもぐ と しゃべりつづける に つれて クチ の ハシ に しろい アワ が あふれた。 そして、 テノコウ で クチビル と シタ と を ヨコナデ して、 おまけに その テノコウ を ナニ で ぬぐおう と する でも なく、 そのまま アタマ を かいたり サカナ を つまんだり した。 ユビ の サキ は しじゅう こせこせ と して サラ や コバチ を タニン の もの も ジブン の もの も ちょっちょっ と イチ を うごかしたり、 イロイロ の クイモノ を ほんの マメ の ハシ ほど かんで ゼン の ヘリ に おきならべたり、 その アイマ には コヨウジ の サキ を サカズキ に ひたして ゼン の ウエ に モジ を かいた。 クセ まで が まったく おなじ よう で、 マツ が ときどき さしはさむ 「オトウサン」 と いう コエ に きづかなければ、 フタゴ の よう だった。
 ホラチュウ は ナニ か ヒトコト いう と、 あはは と ウマ の よう に おおきな キイロ の ハ を むきだして わらい、 それ に つれて げーっ、 げーっ と ハラ の ソコ から こみあげる ジョウキ の よう な ゲップ を エンリョ エシャク も なく ホウシュツ して 「どうも イサン カタ の よう だ」 と つぶやきながら オクバ の アタリ を オヤユビ の ハラ で ぐいぐい と なでた。 ハナ は いわゆる ザクロバナ と いう やつ だ が、 ただ あかい ばかり で なく アブラビカリ に ぬらついて フキデモノ が めだち、 クチ を あく ごと に フタツ の コバナ が ゲンコツ の よう に いかり ビコウ が ショウメン を むいた。 そして わらった か と おもう と、 その シュンカン に ワライ の ヒョウジョウ は きえうせて、 アイテ の カオイロ を ウワメヅカイ に にくにくしげ に ヌスミミ して いる の だ。
「よろしい、 オレ が ひきうけた ぞ」
 カレ は おりおり トツゼン に ひらきなおって、 いとも しかつめらしく うなりだす と オオギョウ な ミエ を きって ナナメ の コクウ を ねめつくした が、 おそらく その ヨウス は ダレ の メ にも そらぞらしく 「ホラチュウ」 と うつる に ちがいない の だ。
「チュウ さん が ひきうけた と なれば、 それ は もう オレタチ は アンシン だ けど、 だが――」 と マツ は シンミョウ に メ を ふせて ヨウジ の サキ を ろうしながら、 ダレダレ を だきこんで ひとまず ハイスイ の ジン を しき、 など と クビ を ひねって いた。 ホラチュウ の そんな オオギョウ な ミエ に せっして も しごく シゼン な アイヅチ を うてる マツ ども も、 また シゼン そう で あれば ある だけ シンソコ は フマジメ と さっせられる の だ。 カレラ は、 ナニ か センキョ ウンドウ に かんする オモワク でも ある らしかった。 ヤギシタ スギジュウロウ が サイド ソンカイ へ のりだそう と いう ケイカク で、 ホラチュウ や スッポン が ウンドウイン を もうしでた もの らしかった。 ジブン たち が トウコン ムラビト たち から、 あらぬ ハンカン を かって いる の は ハンタイトウ の シリオシ に よる もの で ある ゆえ、 トウメン の クモユキ を 「ある ホウホウ で」 のりきり さえ すれば、 ほんぜん と して イチジ に シンヨウ は うばいかえせる はず だ と いう ごとき ジフ に あんじて いる カタムキ で ある が、 カレラ へ よせる ムラビト ら の ハンカン は むしろ カレラ への シュクメイテキ な ゾウネン に はっする もの に ちがいなかった。 スッポン と いう の は ヨウギョジョウ の ウサミ キンゾウ の アダナ で、 カレ は みずから そらとぼける こと の タクミサ と くいついたら ヨウイ に はなさない と いう シツヨウブリ を ほこって いた。 カレ は マツ の いう こと を、 え? え? え? と シサイ-らしく ききなおして、 アイテ の ハナサキ へ ヨコガオ を のばし、 たしか に ききいれた と いう ハズミ に キュウ に クビ を ちぢめて、
「いったい それ は、 ホントウ の こと かね」 と ぎょうさん に あきれる の だ。 ―― 「だが、 しかし カズトヨ の イモバタケ を オドリブタイ に ナットク させる の は れっき と した コウキョウ ジギョウ だ。 ホッタ クン と ボク は、 まず この テン で テキ の キョ を つき……」 と カレ は ふと ワタシタチ に きかれて は こまる と いう らしく クチ を きって、 ホラチュウ や ショウジ の アナ へ じゅんじゅん と ナニゴト か を ささやいたり した。 そして、 うつらうつら と クビ を ふって いた。 カレ の メダマ は くぼんだ ガンカ の オク で ツネヅネ は ちいさく まるく ひかって いる が、 ヒト が ナニ か いう の を きく たび に、 いちいち ヒジョウ に おどろいた と いう ふう に ギョウテン する と、 たしか に それ は ぬっと マエ へ とびだして ギガン の よう に ひかった。 その ヨウス だけ は いかにも キモ に めいじて おどろいた と いう カッコウ だ が、 ホンシン は どんな こと にも おどろいて は いない ごとく、 メサキ は あらぬ ほう を きょとん と ながめて いる の だ。 たぶん カレ は、 シンジツ の オドロキ と いう カンジョウ は ケイケン した ためし は ない の では なかろう か。 ――アゴボネ が ぎっくり と ヒジ の よう に つきでて、 イロツヤ は ヌリモノ の よう な なめらかげ な ツヤ に とみ、 ノウカッショク で あった。 ヒタイ が モクギョ の よう な フクラミ を もって はりだし、 ミミ は ショウメン から でも シテキ も あたわぬ ほど ぴったり と コウトウブ へ すいつき、 クビ の フトサ に ヒカク して カオ ゼンタイ が ちいさく しかくばって、 どこ でも が こんこん と かたい オト を たてそう だった。 また クビ の グアイ が いかにも カメ の ごとく に、 のばしたり ちぢめたり する ドウサ に てきして ながく ぬらくら と して、 ノド の チュウオウ には ふかい ヨコジワ が イクスジ も きざまれて いた。 え? え? え? と ヨコガオ を のばして くる とき に、 ふと マヂカ に みる と マユゲ も マツゲ も はえて いない よう だった。
 むろん カレラ が ムラビト に ねらわれる の は、 サマザマ な ショギョウ の フセイジツサ から だった が、 ワタシ は ホカ の あらゆる ヒトビト の スガタ を おもいうかべて も、 カレラ ほど その ミブリ フウテイ まで が、 かつがれる の に テキトウ な もの を みいだせなかった。 カレラ の ショギョウ の ゼンアク は ニノツギ に して、 ただ まんぜん と カレラ に せっした だけ で、 もはや ジュウブン な ハンカン と ニクシミ を おぼえさせられる の は、 なにも ワタシ ヒトリ に かぎった ハナシ では ない の だ、 など と うなずかれた。 いつか の カズトヨ の よう に、 スッポン や ホラチュウ が かつぎだされて、 シニモノグルイ で わめきたてる コウケイ を ながめたら、 どんな に おもしろい こと だろう、 シンセツゴカシ や ショウジ の アナ の サル ども が ぽんぽん と テダマ に とられて チュウ に はねあがる ところ を みたら、 さぞかし ムネ の すく オモイ が する だろう―― ワタシ は、 カレラ の ワダイ など には ミミ も かさず、 ひたすら そんな ばかばかしい クウソウ に ふけって いる のみ だった。
「……オレ あ もう ちゃんと この メ で、 この ミミ で、 シゲ や クラ が オレタチ の わるい ウワサ を ふりまいて いる ところ を ミキキ して いる ん だ」
「ほほう、 それ あ また ホントウ の こと かね」
「ヤツラ の シリオシ が ヤブヅカ の オヌキ リンパチ だ って こと の タネ まで あがって いる ん だぜ」
「リンパチ を かつがせる テ に でれば ウム は ない ん だ がな」
 カレラ は クチ を つきだし、 おどろいたり、 ハガミ したり して カクサク に ムチュウ だった。 ――まれ に のまされた サケ なので、 イイカゲン に よって きそう だ と おもわれる のに いっこう ワタシ は しらじら と して いる のみ で、 アタマ の ナカ には あの ソウレツ な サワギ の キオク が つぎつぎ と はなばなしく よみがえって いる ばかり だった。
「どう でしょう ね。 ダイキン の こと は きりだす わけ には ゆかない もん でしょう かな。 まさか フルマイザケ で さしひこう って ハラ じゃ ない でしょう ね」
 オメンシ が そっと ワタシ に ささやいた。
「そんな こと かも しれない よ」 と ワタシ は ウワノソラ で こたえた。 それ より ワタシ は、 よくも こう ニクテイ な レンチュウ だけ が よりあつまって ウヌボレゴト を しゃべりあって いる もの だ、 こんな ところ に あの イチダン が ふみこんだら それこそ イチモウ ダジン の スバラシサ で アトクサレ が なくなる だろう に―― など と おもって、 カレラ の ヨウス ばかり を みまもる こと に あきなかった。 その とき スッポン が ワタシタチ の ササヤキ を キ に して、 え? え? え? と クビ を のばし、 オメンシ の カオイロ で ナニ か を さっする と 「まあまあ オマエガタ も ゆっくり のんで おいで よ。 うっかり ヨアルキ は あぶねえ から、 ひきあげる とき には オレタチ と ドウドウ で メン でも かむって……」
「あははは。 ためしに そのまま かえって みる の も よかろう ぜ」 と ホラチュウ は わらい、 ワタシ と オメンシ の カオ を トウブン に じっと にらめて いた。 ワタシ は なにげなく その シセン を だっして、 スッポン の ウシロ に かかって いる ハシラカガミ を みて いる と、 まもなく ハイゴ から ミズ を あびる よう な ツメタサ を おぼえて、 そのまま そこ に ギョウコ して しまいそう だった。 カガミ の ナカ に うつって いる ジブン の スガタ は、 せっかく ヒト が はなしかけて も むっと して、 ジブン ヒトリ が セイギテキ な こと でも かんがえて いる と でも いう ふう な カラステング-じみた ひとりよがりげ な カオ で、 ぼっと マエ を みつめて いた。 カオ の リンカク が シタツボミ に ちいさい わり に、 メ とか ハナ とか クチ とか が いやに どぎつく フツリアイ で、 けっして クビ は うごかぬ のに、 メダマ だけ が いかにも ヒト を うたぐる と でも いう ふう に サユウ に うごき、 おりおり イッポウ の メ だけ が ケイレンテキ に ほそく さがって、 それ に つれて クチ の ハシ が つりあがった。 ショウ トックリ の よう に シモブクレ の ハナ から は ハナゲ が つんつん と つきでて ドテ の よう に もりあがった ウワクチビル を つき、 そして シタクチビル は ウワクチビル に おおわれて ちぢみあがって いる の を むりやり に ぶばろう と して たえまなく ゴム の よう に のばしたがって いた。 ホラチュウ が サッキ から オリ に ふれて は こちら の カオ を にくにくしそう に ぬすみみる の は、 べつだん それ は カレ の クセ では なく、 ヒト を コバカ に する みたい な ワタシ の ツラツキ に たえられぬ ハンカン を しいられて いた もの と みえた。 そして ワタシ の モノ の イイカタ は、 ヒト の いう こと には ミミ も かさぬ と いう よう な つっぱなした テイ で、 ふとい よう な ほそい よう な カン の ちがった ウラゴエ だった。 ――ワタシ は つぎつぎ と ジブン の ヨウス を いまさら カガミ に うつして みる に つけ、 ヒト の ハンカン や ゾウネン を さそう と なれば、 スッポン や ホラチュウ に くらぶ べく も なく、 ワタシ ジシン と して も、 まず、 コヤツ を ねらう べき が ジュントウ だった と ガテン された。 コヤツ が かつがれて さんたん たる ヒメイ を あげる テイ を ソウゾウ する と、 そこ に いならぶ ダレ を クウソウ した とき より も いい キミ な、 ハラ の ソコ から の スガスガシサ に あおられた。 それ に つけて ワタシ は また カガミ の ナカ で トナリ の オメンシ を みる と、 キツネ の よう な フヘイガオ で、 はやく カネ を とりたい もの だ が ジブン が いいだす の は いや で、 ワタシ を せきたてよう と いらいら して はげしい ビンボウ ユスリ を たてたり、 きょろきょろ と ワタシ の ヨコガオ を うかがったり して いる の が オカン を もって ながめられた。 カレ は この ヒキョウ インジュン な タイド で ついに ヒトビト から ねらわれる に いたった の か と ワタシ は きづいた が、 フダン の よう に あえて ダイベン の ヤク を かって でよう とは しなかった。 そして ワタシ は わざと はっきり と、
「ミズナガレ フナジロウ クン、 ボク は もう しばらく ここ で あそんで ゆく から、 もし おちつかない なら サキ へ かえりたまえ な」 と いった。
「ミナガレ フナジロウ か―― こいつ は どうも ウッテツケ の ナマエ だな。 あはは」 と ホラチュウ が わらう と、 スッポン が たちまち キキミミ を たてて、 え? え? え? と クビ を のばした。 すると ホラチュウ は、 コウカ へ でも はしる らしく、 やおら たちあがる と、
「アイツ は いったい ナマイキ だよ。 ろくろく ヒト の いう こと も きかない で えらそう な ツラ ばかり して やがら、 よっぽど ヒト を バカ に して やがる ん だろう。 ナン だい、 ヒトリ で おつ に すまして、 ナニ を のびたり ちぢんだり して やがる ん だい。 ウヌボレ カガミ が みたかったら、 さっさと テメエ の ウチ へ かえる が いい ぞ。 チクショウ、 まごまご して やがる と、 オレラ が ヒトリ で ひっかついで ネ を あげさせて やる ぞ」 など と つぶやき、 たいそう カン の たかぶった アシドリ で あった。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...