2013/03/17

ユメ ジュウヤ

 ユメ ジュウヤ

 ナツメ ソウセキ

 ダイ 1 ヤ

 こんな ユメ を みた。
 ウデグミ を して マクラモト に すわって いる と、 アオムキ に ねた オンナ が、 しずか な コエ で もう しにます と いう。 オンナ は ながい カミ を マクラ に しいて、 リンカク の やわらか な ウリザネガオ を その ナカ に よこたえて いる。 マッシロ な ホオ の ソコ に あたたかい チ の イロ が ほどよく さして、 クチビル の イロ は むろん あかい。 とうてい しにそう には みえない。 しかし オンナ は しずか な コエ で、 もう しにます と はっきり いった。 ジブン も たしか に これ は しぬ な と おもった。 そこで、 そう かね、 もう しぬ の かね、 と ウエ から のぞきこむ よう に して きいて みた。 しにます とも、 と いいながら、 オンナ は ぱっちり と メ を あけた。 おおきな ウルオイ の ある メ で、 ながい マツゲ に つつまれた ナカ は、 ただ イチメン に マックロ で あった。 その マックロ な ヒトミ の オク に、 ジブン の スガタ が あざやか に うかんで いる。
 ジブン は すきとおる ほど ふかく みえる この クロメ の ツヤ を ながめて、 これ でも しぬ の か と おもった。 それで、 ねんごろ に マクラ の ソバ へ クチ を つけて、 しぬ ん じゃ なかろう ね、 だいじょうぶ だろう ね、 と また ききかえした。 すると オンナ は くろい メ を ねむそう に みはった まま、 やっぱり しずか な コエ で、 でも、 しぬ ん です もの、 シカタ が ない わ と いった。
 じゃ、 ワタシ の カオ が みえる かい と イッシン に きく と、 みえる かい って、 そら、 そこ に、 うつってる じゃ ありません か と、 にこり と わらって みせた。 ジブン は だまって、 カオ を マクラ から はなした。 ウデグミ を しながら、 どうしても しぬ の かな と おもった。
 しばらく して、 オンナ が また こう いった。
「しんだら、 うめて ください。 おおきな シンジュガイ で アナ を ほって。 そうして テン から おちて くる ホシ の カケ を ハカジルシ に おいて ください。 そうして ハカ の ソバ に まって いて ください。 また あい に きます から」
 ジブン は、 いつ あい に くる かね と きいた。
「ヒ が でる でしょう。 それから ヒ が しずむ でしょう。 それから また でる でしょう、 そうして また しずむ でしょう。 ――あかい ヒ が ヒガシ から ニシ へ、 ヒガシ から ニシ へ と おちて ゆく うち に、 ――アナタ、 まって いられます か」
 ジブン は だまって うなずいた。 オンナ は しずか な チョウシ を イチダン はりあげて、
「100 ネン まって いて ください」 と おもいきった コエ で いった。
「100 ネン、 ワタクシ の ハカ の ソバ に すわって まって いて ください。 きっと あい に きます から」
 ジブン は ただ まって いる と こたえた。 すると、 くろい ヒトミ の ナカ に あざやか に みえた ジブン の スガタ が、 ぼうっと くずれて きた。 しずか な ミズ が うごいて うつる カゲ を みだした よう に、 ながれだした と おもったら、 オンナ の メ が ぱちり と とじた。 ながい マツゲ の アイダ から ナミダ が ホオ へ たれた。 ――もう しんで いた。
 ジブン は それから ニワ へ おりて、 シンジュガイ で アナ を ほった。 シンジュガイ は おおきな なめらか な フチ の するどい カイ で あった。 ツチ を すくう たび に、 カイ の ウラ に ツキ の ヒカリ が さして きらきら した。 しめった ツチ の ニオイ も した。 アナ は しばらく して ほれた。 オンナ を その ナカ に いれた。 そうして やわらかい ツチ を、 ウエ から そっと かけた。 かける たび に シンジュガイ の ウラ に ツキ の ヒカリ が さした。
 それから ホシ の カケ の おちた の を ひろって きて、 かろく ツチ の ウエ へ のせた。 ホシ の カケ は まるかった。 ながい アイダ オオゾラ を おちて いる マ に、 カド が とれて なめらか に なった ん だろう と おもった。 だきあげて ツチ の ウエ へ おく うち に、 ジブン の ムネ と テ が すこし あたたかく なった。
 ジブン は コケ の ウエ に すわった。 これから 100 ネン の アイダ こうして まって いる ん だな と かんがえながら、 ウデグミ を して、 まるい ハカイシ を ながめて いた。 その うち に、 オンナ の いった とおり ヒ が ヒガシ から でた。 おおきな あかい ヒ で あった。 それ が また オンナ の いった とおり、 やがて ニシ へ おちた。 あかい まんま で のっと おちて いった。 ヒトツ と ジブン は カンジョウ した。
 しばらく する と また カラクレナイ の テントウ が のそり と のぼって きた。 そうして だまって しずんで しまった。 フタツ と また カンジョウ した。
 ジブン は こういう ふう に ヒトツ フタツ と カンジョウ して ゆく うち に、 あかい ヒ を イクツ みた か わからない。 カンジョウ して も、 カンジョウ して も、 しつくせない ほど あかい ヒ が アタマ の ウエ を とおりこして いった。 それでも 100 ネン が まだ こない。 シマイ には、 コケ の はえた まるい イシ を ながめて、 ジブン は オンナ に だまされた の では なかろう か と おもいだした。
 すると イシ の シタ から ハス に ジブン の ほう へ むいて あおい クキ が のびて きた。 みるまに ながく なって ちょうど ジブン の ムネ の アタリ まで きて とまった。 と おもう と、 すらり と ゆらぐ クキ の イタダキ に、 こころもち クビ を かたぶけて いた ほそながい イチリン の ツボミ が、 ふっくら と ハナビラ を ひらいた。 マッシロ な ユリ が ハナ の サキ で ホネ に こたえる ほど におった。 そこ へ はるか の ウエ から、 ぽたり と ツユ が おちた ので、 ハナ は ジブン の オモミ で ふらふら と うごいた。 ジブン は クビ を マエ へ だして つめたい ツユ の したたる、 しろい ハナビラ に セップン した。 ジブン が ユリ から カオ を はなす ヒョウシ に おもわず、 とおい ソラ を みたら、 アカツキ の ホシ が たった ヒトツ またたいて いた。
「100 ネン は もう きて いた ん だな」 と この とき はじめて キ が ついた。

 ダイ 2 ヤ

 こんな ユメ を みた。
 オショウ の シツ を さがって、 ロウカヅタイ に ジブン の ヘヤ へ かえる と アンドウ が ぼんやり ともって いる。 カタヒザ を ザブトン の ウエ に ついて、 トウシン を かきたてた とき、 ハナ の よう な チョウジ が ぱたり と シュヌリ の ダイ に おちた。 ドウジ に ヘヤ が ぱっと あかるく なった。
 フスマ の エ は ブソン の フデ で ある。 くろい ヤナギ を こく うすく、 オチコチ と かいて、 さむそう な ギョフ が カサ を かたぶけて ドテ の ウエ を とおる。 トコ には カイチュウ モンジュ の ジク が かかって いる。 たきのこした センコウ が くらい ほう で いまだに におって いる。 ひろい テラ だ から しんかん と して、 ヒトケ が ない。 くろい テンジョウ に さす マルアンドウ の まるい カゲ が、 あおむく トタン に いきてる よう に みえた。
 タテヒザ を した まま、 ヒダリ の テ で ザブトン を めくって、 ミギ を さしこんで みる と、 おもった ところ に、 ちゃんと あった。 あれば アンシン だ から、 フトン を モト の ごとく なおして、 その ウエ に どっかり すわった。
 オマエ は サムライ で ある。 サムライ なら さとれぬ はず は なかろう と オショウ が いった。 そう いつまでも さとれぬ ところ を もって みる と、 オマエ は サムライ では あるまい と いった。 ニンゲン の クズ じゃ と いった。 ははあ おこった な と いって わらった。 くやしければ さとった ショウコ を もって こい と いって ぷいと ムコウ を むいた。 けしからん。
 トナリ の ヒロマ の トコ に すえて ある オキドケイ が ツギ の トキ を うつ まで には、 きっと さとって みせる。 さとった うえ で、 コンヤ また ニュウシツ する。 そうして オショウ の クビ と サトリ と ヒキカエ に して やる。 さとらなければ、 オショウ の イノチ が とれない。 どうしても さとらなければ ならない。 ジブン は サムライ で ある。
 もし さとれなければ ジジン する。 サムライ が はずかしめられて、 いきて いる わけ には ゆかない。 きれい に しんで しまう。
 こう かんがえた とき、 ジブン の テ は また おもわず フトン の シタ へ はいった。 そうして シュザヤ の タントウ を ひきずりだした。 ぐっと ツカ を にぎって、 あかい サヤ を ムコウ へ はらったら、 つめたい ハ が イチド に くらい ヘヤ で ひかった。 すごい もの が テモト から、 すうすう と にげて ゆく よう に おもわれる。 そうして、 ことごとく キッサキ へ あつまって、 サッキ を イッテン に こめて いる。 ジブン は この するどい ハ が、 ムネン にも ハリ の アタマ の よう に ちぢめられて、 クスン ゴブ の サキ へ きて やむ を えず とがってる の を みて、 たちまち ぐさり と やりたく なった。 カラダ の チ が ミギ の テクビ の ほう へ ながれて きて、 にぎって いる ツカ が にちゃにちゃ する。 クチビル が ふるえた。
 タントウ を サヤ へ おさめて ミギワキ へ ひきつけて おいて、 それから ゼンガ を くんだ。 ――ジョウシュウ いわく ム と。 ム とは ナン だ。 クソボウズ め と ハガミ を した。
 オクバ を つよく かみしめた ので、 ハナ から あつい イキ が あらく でる。 コメカミ が つって いたい。 メ は フツウ の バイ も おおきく あけて やった。
 カケモノ が みえる。 アンドウ が みえる。 タタミ が みえる。 オショウ の ヤカンアタマ が ありあり と みえる。 ワニグチ を あいて あざわらった コエ まで きこえる。 けしからん ボウズ だ。 どうしても あの ヤカン を クビ に しなくて は ならん。 さとって やる。 ム だ、 ム だ と シタ の ネ で ねんじた。 ム だ と いう のに やっぱり センコウ の ニオイ が した。 ナン だ センコウ の くせ に。
 ジブン は いきなり ゲンコツ を かためて ジブン の アタマ を いや と いう ほど なぐった。 そうして オクバ を ぎりぎり と かんだ。 リョウワキ から アセ が でる。 セナカ が ボウ の よう に なった。 ヒザ の ツギメ が キュウ に いたく なった。 ヒザ が おれたって どう ある もの か と おもった。 けれども いたい。 くるしい。 ム は なかなか でて こない。 でて くる と おもう と すぐ いたく なる。 ハラ が たつ。 ムネン に なる。 ヒジョウ に くやしく なる。 ナミダ が ほろほろ でる。 ひとおもいに ミ を オオイワ の ウエ に ぶつけて、 ホネ も ニク も めちゃめちゃ に くだいて しまいたく なる。
 それでも ガマン して じっと すわって いた。 たえがたい ほど せつない もの を ムネ に いれて しのんで いた。 その せつない もの が カラダジュウ の キンニク を シタ から もちあげて、 ケアナ から ソト へ ふきでよう ふきでよう と あせる けれども、 どこ も イチメン に ふさがって、 まるで デグチ が ない よう な ザンコク きわまる ジョウタイ で あった。
 その うち に アタマ が ヘン に なった。 アンドウ も ブソン の エ も、 タタミ も、 チガイダナ も あって ない よう な、 なくって ある よう に みえた。 と いって ム は ちっとも ゲンゼン しない。 ただ イイカゲン に すわって いた よう で ある。 ところへ こつぜん トナリザシキ の トケイ が ちーん と なりはじめた。
 はっと おもった。 ミギ の テ を すぐ タントウ に かけた。 トケイ が フタツメ を ちーん と うった。

 ダイ 3 ヤ

 こんな ユメ を みた。
 ムッツ に なる コドモ を おぶってる。 たしか に ジブン の コ で ある。 ただ フシギ な こと には いつのまにか メ が つぶれて、 アオボウズ に なって いる。 ジブン が オマエ の メ は いつ つぶれた の かい と きく と、 なに ムカシ から さ と こたえた。 コエ は コドモ の コエ に ソウイ ない が、 コトバツキ は まるで オトナ で ある。 しかも タイトウ だ。
 サユウ は アオタ で ある。 ミチ は ほそい。 サギ の カゲ が ときどき ヤミ に さす。
「タンボ へ かかった ね」 と セナカ で いった。
「どうして わかる」 と カオ を ウシロ へ ふりむける よう に して きいたら、
「だって サギ が なく じゃ ない か」 と こたえた。
 すると サギ が はたして フタコエ ほど ないた。
 ジブン は ワガコ ながら すこし こわく なった。 こんな もの を しょって いて は、 このさき どう なる か わからない。 どこ か うっちゃる ところ は なかろう か と ムコウ を みる と ヤミ の ナカ に おおきな モリ が みえた。 あすこ ならば と かんがえだす トタン に、 セナカ で、
「ふふん」 と いう コエ が した。
「ナニ を わらう ん だ」
 コドモ は ヘンジ を しなかった。 ただ、
「オトッサン、 おもい かい」 と きいた。
「おもかあ ない」 と こたえる と、
「いまに おもく なる よ」 と いった。
 ジブン は だまって モリ を メジルシ に あるいて いった。 タ の ナカ の ミチ が フキソク に うねって なかなか おもう よう に でられない。 しばらく する と フタマタ に なった。 ジブン は マタ の ネ に たって、 ちょっと やすんだ。
「イシ が たってる はず だ がな」 と コゾウ が いった。
 なるほど 8 スン カク の イシ が コシ ほど の タカサ に たって いる。 オモテ には ヒダリ ヒガクボ、 ミギ ホッタハラ と ある。 ヤミ だ のに あかい ジ が あきらか に みえた。 あかい ジ は イモリ の ハラ の よう な イロ で あった。
「ヒダリ が いい だろう」 と コゾウ が メイレイ した。 ヒダリ を みる と サッキ の モリ が ヤミ の カゲ を、 たかい ソラ から ジブン ら の アタマ の ウエ へ なげかけて いた。 ジブン は ちょっと チュウチョ した。
「エンリョ しない でも いい」 と コゾウ が また いった。 ジブン は しかたなし に モリ の ほう へ あるきだした。 ハラ の ナカ では、 よく メクラ の くせ に なんでも しってる な と かんがえながら ヒトスジミチ を モリ へ ちかづいて くる と、 セナカ で、 「どうも メクラ は フジユウ で いけない ね」 と いった。
「だから おぶって やる から いい じゃ ない か」
「おぶって もらって すまない が、 どうも ヒト に バカ に されて いけない。 オヤ に まで バカ に される から いけない」
 なんだか いや に なった。 はやく モリ へ いって すてて しまおう と おもって いそいだ。
「もうすこし ゆく と わかる。 ――ちょうど こんな バン だった な」 と セナカ で ヒトリゴト の よう に いって いる。
「ナニ が」 と きわどい コエ を だして きいた。
「ナニ が って、 しってる じゃ ない か」 と コドモ は あざける よう に こたえた。 すると なんだか しってる よう な キ が しだした。 けれども はっきり とは わからない。 ただ こんな バン で あった よう に おもえる。 そうして もうすこし ゆけば わかる よう に おもえる。 わかって は タイヘン だ から、 わからない うち に はやく すてて しまって、 アンシン しなくって は ならない よう に おもえる。 ジブン は ますます アシ を はやめた。
 アメ は サッキ から ふって いる。 ミチ は だんだん くらく なる。 ほとんど ムチュウ で ある。 ただ セナカ に ちいさい コゾウ が くっついて いて、 その コゾウ が ジブン の カコ、 ゲンザイ、 ミライ を ことごとく てらして、 スンブン の ジジツ も もらさない カガミ の よう に ひかって いる。 しかも それ が ジブン の コ で ある。 そうして メクラ で ある。 ジブン は たまらなく なった。
「ここ だ、 ここ だ。 ちょうど その スギ の ネ の ところ だ」
 アメ の ナカ で コゾウ の コエ は はっきり きこえた。 ジブン は おぼえず とまった。 いつしか モリ の ナカ へ はいって いた。 1 ケン ばかり サキ に ある くろい もの は たしか に コゾウ の いう とおり スギ の キ と みえた。
「オトッサン、 その スギ の ネ の ところ だった ね」
「うん、 そう だ」 と おもわず こたえて しまった。
「ブンカ 5 ネン タツドシ だろう」
 なるほど ブンカ 5 ネン タツドシ らしく おもわれた。
「オマエ が オレ を ころした の は イマ から ちょうど 100 ネン マエ だね」
 ジブン は この コトバ を きく や いなや、 イマ から 100 ネン マエ ブンカ 5 ネン の タツドシ の こんな ヤミ の バン に、 この スギ の ネ で、 ヒトリ の メクラ を ころした と いう ジカク が、 こつぜん と して アタマ の ナカ に おこった。 オレ は ヒトゴロシ で あった ん だな と はじめて キ が ついた トタン に、 セナカ の コ が キュウ に イシジゾウ の よう に おもく なった。

 ダイ 4 ヤ

 ひろい ドマ の マンナカ に スズミダイ の よう な もの を すえて、 その マワリ に ちいさい ショウギ が ならべて ある。 ダイ は クロビカリ に ひかって いる。 カタスミ には シカク な ゼン を マエ に おいて ジイサン が ヒトリ で サケ を のんで いる。 サカナ は ニシメ らしい。
 ジイサン は サケ の カゲン で なかなか あかく なって いる。 そのうえ カオジュウ つやつや して シワ と いう ほど の もの は どこ にも みあたらない。 ただ しろい ヒゲ を ありたけ はやして いる から トシヨリ と いう こと だけ は わかる。 ジブン は コドモ ながら、 この ジイサン の トシ は イクツ なん だろう と おもった。 ところへ ウラ の カケヒ から テオケ に ミズ を くんで きた カミサン が、 マエダレ で テ を ふきながら、
「オジイサン は イクツ かね」 と きいた。 ジイサン は ほおばった ニシメ を のみこんで、
「イクツ か わすれた よ」 と すまして いた。 カミサン は ふいた テ を、 ほそい オビ の アイダ に はさんで ヨコ から ジイサン の カオ を みて たって いた。 ジイサン は チャワン の よう な おおきな もの で サケ を ぐいと のんで、 そうして、 ふう と ながい イキ を しろい ヒゲ の アイダ から ふきだした。 すると カミサン が、
「オジイサン の ウチ は どこ かね」 と きいた。 ジイサン は ながい イキ を トチュウ で きって、
「ヘソ の オク だよ」 と いった。 カミサン は テ を ほそい オビ の アイダ に つっこんだ まま、
「どこ へ ゆく かね」 と また きいた。 すると ジイサン が、 また チャワン の よう な おおきな もの で あつい サケ を ぐいと のんで マエ の よう な イキ を ふう と ふいて、
「あっち へ いく よ」 と いった。
「マッスグ かい」 と カミサン が きいた とき、 ふう と ふいた イキ が、 ショウジ を とおりこして ヤナギ の シタ を ぬけて、 カワラ の ほう へ マッスグ に いった。
 ジイサン が オモテ へ でた。 ジブン も アト から でた。 ジイサン の コシ に ちいさい ヒョウタン が ぶらさがって いる。 カタ から シカク な ハコ を ワキノシタ へ つるして いる。 アサギ の モモヒキ を はいて、 アサギ の ソデナシ を きて いる。 タビ だけ が きいろい。 なんだか カワ で つくった タビ の よう に みえた。
 ジイサン が マッスグ に ヤナギ の シタ まで きた。 ヤナギ の シタ に コドモ が 3~4 ニン いた。 ジイサン は わらいながら コシ から アサギ の テヌグイ を だした。 それ を カンジンヨリ の よう に ほそながく よった。 そうして ジビタ の マンナカ に おいた。 それから テヌグイ の マワリ に、 おおきな まるい ワ を かいた。 シマイ に カタ に かけた ハコ の ナカ から シンチュウ で こしらえた アメヤ の フエ を だした。
「いまに その テヌグイ が ヘビ に なる から、 みて おろう。 みて おろう」 と くりかえして いった。
 コドモ は イッショウ ケンメイ に テヌグイ を みて いた。 ジブン も みて いた。
「みて おろう、 みて おろう、 よい か」 と いいながら ジイサン が フエ を ふいて、 ワ の ウエ を ぐるぐる まわりだした。 ジブン は テヌグイ ばかり みて いた。 けれども テヌグイ は いっこう うごかなかった。
 ジイサン は フエ を ぴいぴい ふいた。 そうして ワ の ウエ を ナンベン も まわった。 ワラジ を つまだてる よう に、 ヌキアシ を する よう に、 テヌグイ に エンリョ を する よう に、 まわった。 こわそう にも みえた。 おもしろそう にも あった。
 やがて ジイサン は フエ を ぴたり と やめた。 そうして、 カタ に かけた ハコ の クチ を あけて、 テヌグイ の クビ を、 ちょいと つまんで、 ぽっと ほうりこんだ。
「こうして おく と、 ハコ の ナカ で ヘビ に なる。 いまに みせて やる。 いまに みせて やる」 と いいながら、 ジイサン が マッスグ に あるきだした。 ヤナギ の シタ を ぬけて、 ほそい ミチ を マッスグ に おりて いった。 ジブン は ヘビ が みたい から、 ほそい ミチ を どこまでも ついて いった。 ジイサン は ときどき 「いまに なる」 と いったり、 「ヘビ に なる」 と いったり して あるいて ゆく。 シマイ には、
 「いまに なる、 ヘビ に なる、
  きっと なる、 フエ が なる、」
と うたいながら、 とうとう カワ の キシ へ でた。 ハシ も フネ も ない から、 ここ で やすんで ハコ の ナカ の ヘビ を みせる だろう と おもって いる と、 ジイサン は ざぶざぶ カワ の ナカ へ はいりだした。 ハジメ は ヒザ ぐらい の フカサ で あった が、 だんだん コシ から、 ムネ の ほう まで ミズ に つかって みえなく なる。 それでも ジイサン は、
 「ふかく なる、 ヨル に なる、
  マッスグ に なる」
と うたいながら、 どこまでも マッスグ に あるいて いった。 そうして ヒゲ も カオ も アタマ も ズキン も まるで みえなく なって しまった。
 ジブン は ジイサン が ムコウギシ へ あがった とき に、 ヘビ を みせる だろう と おもって、 アシ の なる ところ に たって、 たった ヒトリ いつまでも まって いた。 けれども ジイサン は、 とうとう あがって こなかった。

 ダイ 5 ヤ

 こんな ユメ を みた。
 なんでも よほど ふるい こと で、 カミヨ に ちかい ムカシ と おもわれる が、 ジブン が イクサ を して ウン わるく まけた ため に、 イケドリ に なって、 テキ の タイショウ の マエ に ひきすえられた。
 その コロ の ヒト は ミンナ セ が たかかった。 そうして、 ミンナ ながい ヒゲ を はやして いた。 カワ の オビ を しめて、 それ へ ボウ の よう な ツルギ を つるして いた。 ユミ は フジヅル の ふとい の を そのまま もちいた よう に みえた。 ウルシ も ぬって なければ ミガキ も かけて ない。 きわめて ソボク な もの で あった。
 テキ の タイショウ は、 ユミ の マンナカ を ミギ の テ で にぎって、 その ユミ を クサ の ウエ へ ついて、 サカガメ を ふせた よう な もの の ウエ に コシ を かけて いた。 その カオ を みる と、 ハナ の ウエ で、 サユウ の マユ が ふとく つながって いる。 その コロ カミソリ と いう もの は むろん なかった。
 ジブン は トリコ だ から、 コシ を かける わけ に ゆかない。 クサ の ウエ に アグラ を かいて いた。 アシ には おおきな ワラグツ を はいて いた。 この ジダイ の ワラグツ は ふかい もの で あった。 たつ と ヒザガシラ まで きた。 その ハシ の ところ は ワラ を すこし あみのこして、 フサ の よう に さげて、 あるく と ばらばら うごく よう に して、 カザリ と して いた。
 タイショウ は カガリビ で ジブン の カオ を みて、 しぬ か いきる か と きいた。 これ は その コロ の シュウカン で、 トリコ には ダレ でも いちおう は こう きいた もの で ある。 いきる と こたえる と コウサン した イミ で、 しぬ と いう と クップク しない と いう こと に なる。 ジブン は ヒトコト しぬ と こたえた。 タイショウ は クサ の ウエ に ついて いた ユミ を ムコウ へ なげて、 コシ に つるした ボウ の よう な ケン を するり と ぬきかけた。 それ へ カゼ に なびいた カガリビ が ヨコ から ふきつけた。 ジブン は ミギ の テ を カエデ の よう に ひらいて、 タナゴコロ を タイショウ の ほう へ むけて、 メ の ウエ へ さしあげた。 まて と いう アイズ で ある。 タイショウ は ふとい ケン を かちゃり と サヤ に おさめた。
 その コロ でも コイ は あった。 ジブン は しぬ マエ に ヒトメ おもう オンナ に あいたい と いった。 タイショウ は ヨ が あけて トリ が なく まで なら まつ と いった。 トリ が なく まで に オンナ を ここ へ よばなければ ならない。 トリ が ないて も オンナ が こなければ、 ジブン は あわず に ころされて しまう。
 タイショウ は コシ を かけた まま、 カガリビ を ながめて いる。 ジブン は おおきな ワラグツ を くみあわした まま、 クサ の ウエ で オンナ を まって いる。 ヨ は だんだん ふける。
 ときどき カガリビ が くずれる オト が する。 くずれる たび に うろたえた よう に ホノオ が タイショウ に なだれかかる。 マックロ な マユ の シタ で、 タイショウ の メ が ぴかぴか と ひかって いる。 すると タレ やら きて、 あたらしい エダ を たくさん ヒ の ナカ へ なげこんで ゆく。 しばらく する と、 ヒ が ぱちぱち と なる。 クラヤミ を はじきかえす よう な いさましい オト で あった。
 この とき オンナ は、 ウラ の ナラ の キ に つないで ある、 しろい ウマ を ひきだした。 タテガミ を 3 ド なでて たかい セ に ひらり と とびのった。 クラ も ない アブミ も ない ハダカウマ で あった。 ながく しろい アシ で、 フトバラ を ける と、 ウマ は イッサン に かけだした。 ダレ か が カガリ を つぎたした ので、 トオク の ソラ が うすあかるく みえる。 ウマ は この あかるい もの を めがけて ヤミ の ナカ を とんで くる。 ハナ から ヒ の ハシラ の よう な イキ を 2 ホン だして とんで くる。 それでも オンナ は ほそい アシ で しきりなし に ウマ の ハラ を けって いる。 ウマ は ヒヅメ の オト が チュウ で なる ほど はやく とんで くる。 オンナ の カミ は フキナガシ の よう に ヤミ の ナカ に オ を ひいた。 それでも まだ カガリ の ある ところ まで こられない。
 すると マックラ な ミチ の ハタ で、 たちまち こけこっこう と いう トリ の コエ が した。 オンナ は ミ を ソラザマ に、 リョウテ に にぎった タヅナ を うんと ひかえた。 ウマ は マエアシ の ヒヅメ を かたい イワ の ウエ に はっし と きざみこんだ。
 こけこっこう と ニワトリ が また ヒトコエ ないた。
 オンナ は あっ と いって、 しめた タヅナ を イチド に ゆるめた。 ウマ は モロヒザ を おる。 のった ヒト と ともに マトモ へ マエ へ のめった。 イワ の シタ は ふかい フチ で あった。
 ヒヅメ の アト は いまだに イワ の ウエ に のこって いる。 トリ の なく マネ を した もの は アマノジャク で ある。 この ヒヅメ の アト の イワ に きざみつけられて いる アイダ、 アマノジャク は ジブン の カタキ で ある。

 ダイ 6 ヤ

 ウンケイ が ゴコクジ の サンモン で ニオウ を きざんで いる と いう ヒョウバン だ から、 サンポ ながら いって みる と、 ジブン より サキ に もう オオゼイ あつまって、 しきり に ゲバヒョウ を やって いた。
 サンモン の マエ 5~6 ケン の ところ には、 おおきな アカマツ が あって、 その ミキ が ナナメ に サンモン の イラカ を かくして、 とおい アオゾラ まで のびて いる。 マツ の ミドリ と シュヌリ の モン が たがいに うつりあって みごと に みえる。 そのうえ マツ の イチ が いい。 モン の ヒダリ の ハシ を メザワリ に ならない よう に、 ハス に きって いって、 ウエ に なる ほど ハバ を ひろく ヤネ まで つきだして いる の が なんとなく コフウ で ある。 カマクラ ジダイ とも おもわれる。
 ところが みて いる モノ は、 ミンナ ジブン と おなじく、 メイジ の ニンゲン で ある。 その ウチ でも シャフ が いちばん おおい。 ツジマチ を して タイクツ だ から たって いる に ソウイ ない。
「おおきな もん だなあ」 と いって いる。
「ニンゲン を こしらえる より も よっぽと ホネ が おれる だろう」 とも いって いる。
 そう か と おもう と、 「へえ ニオウ だね。 イマ でも ニオウ を ほる の かね。 へえ そう かね。 ワッシャ また ニオウ は みんな ふるい の ばかり か と おもってた」 と いった オトコ が ある。
「どうも つよそう です ね。 なんだってえます ぜ。 ムカシ から ダレ が つよい って、 ニオウ ほど つよい ヒト あ ない って いいます ぜ。 なんでも ヤマトダケ ノ ミコト より も つよい ん だ ってえ から ね」 と はなしかけた オトコ も ある。 この オトコ は シリ を はしょって、 ボウシ を かぶらず に いた。 よほど ムキョウイク な オトコ と みえる。
 ウンケイ は ケンブツニン の ヒョウバン には イサイ トンジャク なく ノミ と ツチ を うごかして いる。 いっこう ふりむき も しない。 たかい ところ に のって、 ニオウ の カオ の アタリ を しきり に ほりぬいて ゆく。
 ウンケイ は アタマ に ちいさい エボシ の よう な もの を のせて、 スオウ だ か なんだか わからない おおきな ソデ を セナカ で くくって いる。 その ヨウス が いかにも ふるくさい。 わいわい いってる ケナブツニン とは まるで ツリアイ が とれない よう で ある。 ジブン は どうして イマジブン まで ウンケイ が いきて いる の かな と おもった。 どうも フシギ な こと が ある もの だ と かんがえながら、 やはり たって みて いた。
 しかし ウンケイ の ほう では フシギ とも キタイ とも とんと かんじえない ヨウス で イッショウ ケンメイ に ほって いる。 あおむいて この タイド を ながめて いた ヒトリ の わかい オトコ が、 ジブン の ほう を ふりむいて、
「さすが は ウンケイ だな。 ガンチュウ に ワレワレ なし だ。 テンカ の エイユウ は ただ ニオウ と ワレ と ある のみ と いう タイド だ。 あっぱれ だ」 と いって ほめだした。
 ジブン は この コトバ を おもしろい と おもった。 それで ちょっと わかい オトコ の ほう を みる と、 わかい オトコ は、 すかさず、
「あの ノミ と ツチ の ツカイカタ を みたまえ。 ダイジザイ の ミョウキョウ に たっして いる」 と いった。
 ウンケイ は イマ ふとい マユ を 1 スン の タカサ に ヨコ へ ほりぬいて、 ノミ の ハ を タテ に かえす や いなや ハス に、 ウエ から ツチ を うちおろした。 かたい キ を ヒトキザミ に けずって、 あつい キクズ が ツチ の コエ に おうじて とんだ と おもったら、 コバナ の おっぴらいた イカリバナ の ソクメン が たちまち うきあがって きた。 その トウ の イレカタ が いかにも ブエンリョ で あった。 そうして すこしも ギネン を さしはさんで おらん よう に みえた。
「よく ああ ムゾウサ に ノミ を つかって、 おもう よう な マミエ や ハナ が できる もの だな」 と ジブン は あんまり カンシン した から ヒトリゴト の よう に いった。 すると サッキ の わかい オトコ が、
「なに、 あれ は マミエ や ハナ を ノミ で つくる ん じゃ ない。 あの とおり の マミエ や ハナ が キ の ナカ に うまって いる の を、 ノミ と ツチ の チカラ で ほりだす まで だ。 まるで ツチ の ナカ から イシ を ほりだす よう な もの だ から けっして まちがう はず は ない」 と いった。
 ジブン は この とき はじめて チョウコク とは そんな もの か と おもいだした。 はたして そう なら ダレ に でも できる こと だ と おもいだした。 それで キュウ に ジブン も ニオウ が ほって みたく なった から ケンブツ を やめて さっそく ウチ へ かえった。
 ドウグバコ から ノミ と カナヅチ を もちだして、 ウラ へ でて みる と、 センダッテ の アラシ で たおれた カシ を、 マキ に する つもり で、 コビキ に ひかせた テゴロ な やつ が、 たくさん つんで あった。
 ジブン は いちばん おおきい の を えらんで、 イキオイ よく ほりはじめて みた が、 フコウ に して、 ニオウ は みあたらなかった。 その ツギ の にも ウン わるく ほりあてる こと が できなかった。 3 バンメ の にも ニオウ は いなかった。 ジブン は つんで ある マキ を カタッパシ から ほって みた が、 どれ も これ も ニオウ を かくして いる の は なかった。 ついに メイジ の キ には とうてい ニオウ は うまって いない もの だ と さとった。 それで ウンケイ が キョウ まで いきて いる リユウ も ほぼ わかった。

 ダイ 7 ヤ

 なんでも おおきな フネ に のって いる。
 この フネ が マイニチ マイヨ すこし の たえまなく くろい ケブリ を はいて ナミ を きって すすんで ゆく。 すさまじい オト で ある。 けれども どこ へ ゆく ん だ か わからない。 ただ ナミ の ソコ から ヤケヒバシ の よう な タイヨウ が でる。 それ が たかい ホバシラ の マウエ まで きて しばらく かかって いる か と おもう と、 いつのまにか おおきな フネ を おいこして、 サキ へ いって しまう。 そうして、 シマイ には ヤケヒバシ の よう に じゅっ と いって また ナミ の ソコ に しずんで ゆく。 その たんび に あおい ナミ が トオク の ムコウ で、 スオウ の イロ に わきかえる。 すると フネ は すさまじい オト を たてて その アト を おっかけて ゆく。 けれども けっして おっつかない。
 ある とき ジブン は、 フネ の オトコ を つらまえて きいて みた。
「この フネ は ニシ へ ゆく ん です か」
 フネ の オトコ は ケゲン な カオ を して、 しばらく ジブン を みて いた が、 やがて、
「なぜ」 と といかえした。
「おちて ゆく ヒ を おっかける よう だ から」
 フネ の オトコ は からから と わらった。 そうして ムコウ の ほう へ いって しまった。
「ニシ へ ゆく ヒ の、 ハテ は ヒガシ か。 それ は ホンマ か。 ヒガシ でる ヒ の、 オサト は ニシ か。 それ も ホンマ か。 ミ は ナミ の ウエ。 カジマクラ。 ながせ ながせ」 と はやして いる。 ヘサキ へ いって みたら、 スイフ が オオゼイ よって、 ふとい ホヅナ を たぐって いた。
 ジブン は たいへん こころぼそく なった。 いつ オカ へ あがれる こと か わからない。 そうして どこ へ ゆく の だ か しれない。 ただ くろい ケブリ を はいて ナミ を きって ゆく こと だけ は たしか で ある。 その ナミ は すこぶる ひろい もの で あった。 サイゲン も なく あおく みえる。 ときには ムラサキ にも なった。 ただ フネ の うごく マワリ だけ は いつでも マッシロ に アワ を ふいて いた。 ジブン は たいへん こころぼそかった。 こんな フネ に いる より いっそ ミ を なげて しんで しまおう か と おもった。
 ノリアイ は たくさん いた。 タイテイ は イジン の よう で あった。 しかし イロイロ な カオ を して いた。 ソラ が くもって フネ が ゆれた とき、 ヒトリ の オンナ が テスリ に よりかかって、 しきり に ないて いた。 メ を ふく ハンケチ の イロ が しろく みえた。 しかし カラダ には サラサ の よう な ヨウフク を きて いた。 この オンナ を みた とき に、 かなしい の は ジブン ばかり では ない の だ と キ が ついた。
 ある バン カンパン の ウエ に でて、 ヒトリ で ホシ を ながめて いたら、 ヒトリ の イジン が きて、 テンモンガク を しってる か と たずねた。 ジブン は つまらない から しのう と さえ おもって いる。 テンモンガク など を しる ヒツヨウ が ない。 だまって いた。 すると その イジン が キンギュウキュウ の イタダキ に ある シチセイ の ハナシ を して きかせた。 そうして ホシ も ウミ も みんな カミ の つくった もの だ と いった。 サイゴ に ジブン に カミ を シンコウ する か と たずねた。 ジブン は ソラ を みて だまって いた。
 ある とき サローン に はいったら ハデ な イショウ を きた わかい オンナ が ムコウムキ に なって、 ピアノ を ひいて いた。 その ソバ に セイ の たかい リッパ な オトコ が たって、 ショウカ を うたって いる。 その クチ が たいへん おおきく みえた。 けれども フタリ は フタリ イガイ の こと には まるで トンジャク して いない ヨウス で あった。 フネ に のって いる こと さえ わすれて いる よう で あった。
 ジブン は ますます つまらなく なった。 とうとう しぬ こと に ケッシン した。 それで ある バン、 アタリ に ヒト の いない ジブン、 おもいきって ウミ の ナカ へ とびこんだ。 ところが―― ジブン の アシ が カンパン を はなれて、 フネ と エン が きれた その セツナ に、 キュウ に イノチ が おしく なった。 ココロ の ソコ から よせば よかった と おもった。 けれども、 もう おそい。 ジブン は いや でも オウ でも ウミ の ナカ へ はいらなければ ならない。 ただ たいへん たかく できて いた フネ と みえて、 カラダ は フネ を はなれた けれども、 アシ は ヨウイ に ミズ に つかない。 しかし つかまえる もの が ない から、 しだいしだい に ミズ に ちかづいて くる。 いくら アシ を ちぢめて も ちかづいて くる。 ミズ の イロ は くろかった。
 そのうち フネ は レイ の とおり くろい ケブリ を はいて、 とおりすぎて しまった。 ジブン は どこ へ ゆく ん だ か わからない フネ でも、 やっぱり のって いる ほう が よかった と はじめて さとりながら、 しかも その サトリ を リヨウ する こと が できず に、 ムゲン の コウカイ と キョウフ と を いだいて くろい ナミ の ほう へ しずか に おちて いった。

 ダイ 8 ヤ

 トコヤ の シキイ を またいだら、 しろい キモノ を きて かたまって いた 3~4 ニン が、 イチド に いらっしゃい と いった。
 マンナカ に たって みまわす と、 シカク な ヘヤ で ある。 マド が ニホウ に あいて、 のこる ニホウ に カガミ が かかって いる。 カガミ の カズ を カンジョウ したら ムッツ あった。
 ジブン は その ヒトツ の マエ へ きて コシ を おろした。 すると オシリ が ぶくり と いった。 よほど スワリゴコチ が よく できた イス で ある。 カガミ には ジブン の カオ が リッパ に うつった。 カオ の ウシロ には マド が みえた。 それから チョウバ-ゴウシ が ハス に みえた。 コウシ の ナカ には ヒト が いなかった。 マド の ソト を とおる オウライ の ヒト の コシ から ウエ が よく みえた。
 ショウタロウ が オンナ を つれて とおる。 ショウタロウ は いつのまにか パナマ の ボウシ を かって かぶって いる。 オンナ も いつのまに こしらえた もの やら。 ちょっと わからない。 ソウホウ とも トクイ の よう で あった。 よく オンナ の カオ を みよう と おもう うち に とおりすぎて しまった。
 トウフヤ が ラッパ を ふいて とおった。 ラッパ を クチ へ あてがって いる んで、 ホッペタ が ハチ に さされた よう に ふくれて いた。 ふくれた まんま で とおりこした もの だ から、 キガカリ で たまらない。 ショウガイ ハチ に さされて いる よう に おもう。
 ゲイシャ が でた。 まだ オツクリ を して いない。 シマダ の ネ が ゆるんで、 なんだか アタマ に シマリ が ない。 カオ も ねぼけて いる。 イロツヤ が キノドク な ほど わるい。 それで オジギ を して、 どうも なんとか です と いった が、 アイテ は どうしても カガミ の ナカ へ でて こない。
 すると しろい キモノ を きた おおきな オトコ が、 ジブン の ウシロ へ きて、 ハサミ と クシ を もって ジブン の アタマ を ながめだした。 ジブン は うすい ヒゲ を ひねって、 どう だろう モノ に なる だろう か と たずねた。 しろい オトコ は、 なにも いわず に、 テ に もった コハクイロ の クシ で かるく ジブン の アタマ を たたいた。
「さあ、 アタマ も だ が、 どう だろう、 モノ に なる だろう か」 と ジブン は しろい オトコ に きいた。 しろい オトコ は やはり なにも こたえず に、 ちゃきちゃき と ハサミ を ならしはじめた。
 カガミ に うつる カゲ を ヒトツ のこらず みる つもり で メ を みはって いた が、 ハサミ の なる たんび に くろい ケ が とんで くる ので、 おそろしく なって、 やがて メ を とじた。 すると しろい オトコ が、 こう いった。
「ダンナ は オモテ の キンギョウリ を ゴラン なすった か」
 ジブン は みない と いった。 しろい オトコ は それぎり で、 しきり と ハサミ を ならして いた。 すると とつぜん おおきな コエ で あぶねえ と いった モノ が ある。 はっと メ を あける と、 しろい オトコ の ソデ の シタ に ジテンシャ の ワ が みえた。 ジンリキ の カジボウ が みえた。 と おもう と、 しろい オトコ が リョウテ で ジブン の アタマ を おさえて うんと ヨコ へ むけた。 ジテンシャ と ジンリキシャ は まるで みえなく なった。 ハサミ の オト が ちゃきちゃき する。
 やがて、 しろい オトコ は ジブン の ヨコ へ まわって、 ミミ の ところ を かりはじめた。 ケ が マエ の ほう へ とばなく なった から、 アンシン して メ を あけた。 アワモチ や、 モチ やあ、 モチ や、 と いう コエ が すぐ、 そこ で する。 ちいさい キネ を わざと ウス へ あてて、 ヒョウシ を とって モチ を ついて いる。 アワモチヤ は コドモ の とき に みた ばかり だ から、 ちょっと ヨウス が みたい。 けれども アワモチヤ は けっして カガミ の ナカ に でて こない。 ただ モチ を つく オト だけ する。
 ジブン は アルタケ の シリョク で カガミ の カド を のぞきこむ よう に して みた。 すると チョウバ-ゴウシ の ウチ に、 いつのまにか ヒトリ の オンナ が すわって いる。 イロ の あさぐろい マミエ の こい オオガラ な オンナ で、 カミ を イチョウガエシ に ゆって、 クロジュス の ハンエリ の かかった スアワセ で、 タテヒザ の まま、 サツ の カンジョウ を して いる。 サツ は 10 エン サツ らしい。 オンナ は ながい マツゲ を ふせて うすい クチビル を むすんで イッショウ ケンメイ に、 サツ の カズ を よんで いる が、 その ヨミカタ が いかにも はやい。 しかも サツ の カズ は どこ まで いって も つきる ヨウス が ない。 ヒザ の ウエ に のって いる の は たかだか 100 マイ ぐらい だ が、 その 100 マイ が いつまで カンジョウ して も 100 マイ で ある。
 ジブン は ぼうぜん と して この オンナ の カオ と 10 エン サツ を みつめて いた。 すると ミミ の モト で しろい オトコ が おおきな コエ で 「あらいましょう」 と いった。 ちょうど うまい オリ だ から、 イス から たちあがる や いなや、 チョウバ-ゴウシ の ほう を ふりかえって みた。 けれども コウシ の ウチ には オンナ も サツ も なんにも みえなかった。
 ダイ を はらって オモテ へ でる と、 カドグチ の ヒダリガワ に、 コバンナリ の オケ が イツツ ばかり ならべて あって、 その ナカ に あかい キンギョ や、 フイリ の キンギョ や、 やせた キンギョ や、 ふとった キンギョ が たくさん いれて あった。 そうして キンギョウリ が その ウシロ に いた。 キンギョウリ は ジブン の マエ に ならべた キンギョ を みつめた まま、 ホオヅエ を ついて、 じっと して いる。 さわがしい オウライ の カツドウ には ほとんど ココロ を とめて いない。 ジブン は しばらく たって この キンギョウリ を ながめて いた。 けれども ジブン が ながめて いる アイダ、 キンギョウリ は ちっとも うごかなかった。

 ダイ 9 ヤ

 ヨノナカ が なんとなく ざわつきはじめた。 いまにも イクサ が おこりそう に みえる。 やけだされた ハダカウマ が、 ヨルヒル と なく、 ヤシキ の マワリ を あれまわる と、 それ を ヨルヒル と なく アシガル ども が ひしめきながら おっかけて いる よう な ココロモチ が する。 それでいて イエ の ウチ は しんと して しずか で ある。
 イエ には わかい ハハ と ミッツ に なる コドモ が いる。 チチ は どこ か へ いった。 チチ が どこ か へ いった の は、 ツキ の でて いない ヨナカ で あった。 トコ の ウエ で ワラジ を はいて、 くろい ズキン を かぶって、 カッテグチ から でて いった。 その とき ハハ の もって いた ボンボリ の ヒ が くらい ヤミ に ほそながく さして、 イケガキ の テマエ に ある ふるい ヒノキ を てらした。
 チチ は それきり かえって こなかった。 ハハ は マイニチ ミッツ に なる コドモ に 「オトウサマ は」 と きいて いる。 コドモ は なんとも いわなかった。 しばらく して から 「あっち」 と こたえる よう に なった。 ハハ が 「いつ オカエリ」 と きいて も やはり 「あっち」 と こたえて わらって いた。 その とき は ハハ も わらった。 そうして 「いまに オカエリ」 と いう コトバ を ナンベン と なく くりかえして おしえた。 けれども コドモ は 「いまに」 だけ を おぼえた のみ で ある。 ときどき は 「オトウサマ は どこ」 と きかれて 「いまに」 と こたえる こと も あった。
 ヨル に なって、 アタリ が しずまる と、 ハハ は オビ を しめなおして、 サメザヤ の タントウ を オビ の アイダ へ さして、 コドモ を ホソオビ で セナカ へ しょって、 そっと クグリ から でて ゆく。 ハハ は いつでも ゾウリ を はいて いた。 コドモ は この ゾウリ の オト を ききながら ハハ の セナカ で ねて しまう こと も あった。
 ツチベイ の つづいて いる ヤシキマチ を ニシ へ くだって、 ダラダラザカ を おりつくす と、 おおきな イチョウ が ある。 この イチョウ を メジルシ に ミギ に きれる と、 1 チョウ ばかり オク に イシ の トリイ が ある。 カタガワ は タンボ で、 カタガワ は クマザサ ばかり の ナカ を トリイ まで きて、 それ を くぐりぬける と、 くらい スギ の コダチ に なる。 それから 20 ケン ばかり シキイシヅタイ に つきあたる と、 ふるい ハイデン の カイダン の シタ に でる。 ネズミイロ に あらいだされた サイセンバコ の ウエ に、 おおきな スズ の ヒモ が ぶらさがって ヒルマ みる と、 その スズ の ソバ に ハチマングウ と いう ガク が かかって いる。 ハチ の ジ が、 ハト が 2 ワ むかいあった よう な ショタイ に できて いる の が おもしろい。 その ホカ にも イロイロ の ガク が ある。 タイテイ は カチュウ の モノ の いぬいた キンテキ を、 いぬいた モノ の ナマエ に そえた の が おおい。 たまに は タチ を おさめた の も ある。
 トリイ を くぐる と スギ の コズエ で いつでも フクロウ が ないて いる。 そうして、 ヒヤメシ ゾウリ の オト が ぴちゃぴちゃ する。 それ が ハイデン の マエ で やむ と、 ハハ は まず スズ を ならして おいて、 すぐに しゃがんで カシワデ を うつ。 タイテイ は この とき フクロウ が キュウ に なかなく なる。 それから ハハ は イッシン フラン に オット の ブジ を いのる。 ハハ の カンガエ では、 オット が サムライ で ある から、 ユミヤ の カミ の ハチマン へ、 こう やって ぜひない ガン を かけたら、 よもや きかれぬ ドウリ は なかろう と イチズ に おもいつめて いる。
 コドモ は よく この スズ の オト で メ を さまして、 アタリ を みる と マックラ だ もの だ から、 キュウ に セナカ で なきだす こと が ある。 その とき ハハ は クチ の ウチ で ナニ か いのりながら、 セ を ふって あやそう と する。 すると うまく なきやむ こと も ある。 また ますます はげしく なきたてる こと も ある。 いずれ に して も ハハ は ヨウイ に たたない。
 ひととおり オット の ミノウエ を いのって しまう と、 コンド は ホソオビ を といて、 セナカ の コ を ずりおろす よう に、 セナカ から マエ へ まわして、 リョウテ に だきながら ハイデン を のぼって いって、 「いい コ だ から、 すこし の マ、 まって おいで よ」 と きっと ジブン の ホオ を コドモ の ホオ へ すりつける。 そうして ホソオビ を ながく して、 コドモ を しばって おいて、 その カタハシ を ハイデン の ランカン に くくりつける。 それから ダンダン を おりて きて 20 ケン の シキイシ を いったり きたり オヒャクド を ふむ。
 ハイデン に くくりつけられた コ は、 クラヤミ の ナカ で、 ホソオビ の タケ の ゆるす かぎり、 ヒロエン の ウエ を はいまわって いる。 そういう とき は ハハ に とって、 はなはだ ラク な ヨル で ある。 けれども しばった コ に ひいひい なかれる と、 ハハ は キ が キ で ない。 オヒャクド の アシ が ヒジョウ に はやく なる。 たいへん イキ が きれる。 シカタ の ない とき は、 チュウト で ハイデン へ あがって きて、 いろいろ すかして おいて、 また オヒャクド を ふみなおす こと も ある。
 こういう ふう に、 イクバン と なく ハハ が キ を もんで、 ヨノメ も ねず に シンパイ して いた チチ は、 とく の ムカシ に ロウシ の ため に ころされて いた の で ある。
 こんな かなしい ハナシ を、 ユメ の ナカ で ハハ から きいた。

 ダイ 10 ヤ

 ショウタロウ が オンナ に さらわれて から ナノカ-メ の バン に ふらり と かえって きて、 キュウ に ネツ が でて どっと、 トコ に ついて いる と いって ケン さん が しらせ に きた。
 ショウタロウ は チョウナイ イチ の コウダンシ で、 しごく ゼンリョウ な ショウジキモノ で ある。 ただ ヒトツ の ドウラク が ある。 パナマ の ボウシ を かぶって、 ユウガタ に なる と ミズガシヤ の ミセサキ へ コシ を かけて、 オウライ の オンナ の カオ を ながめて いる。 そうして しきり に カンシン して いる。 その ホカ には これ と いう ほど の トクショク も ない。
 あまり オンナ が とおらない とき は、 オウライ を みない で ミズガシ を みて いる。 ミズガシ には いろいろ ある。 スイミツトウ や、 リンゴ や、 ビワ や、 バナナ を きれい に カゴ に もって、 すぐ ミヤゲモノ に もって ゆける よう に 2 レツ に ならべて ある。 ショウタロウ は この カゴ を みて は きれい だ と いって いる。 ショウバイ を する なら ミズガシヤ に かぎる と いって いる。 そのくせ ジブン は パナマ の ボウシ を かぶって ぶらぶら あそんで いる。
 この イロ が いい と いって、 ナツミカン など を ヒンピョウ する こと も ある。 けれども、 かつて ゼニ を だして ミズガシ を かった こと が ない。 タダ では むろん くわない。 イロ ばかり ほめて いる。
 ある ユウガタ ヒトリ の オンナ が、 フイ に ミセサキ に たった。 ミブン の ある ヒト と みえて リッパ な フクソウ を して いる。 その キモノ の イロ が ひどく ショウタロウ の キ に いった。 そのうえ ショウタロウ は たいへん オンナ の カオ に カンシン して しまった。 そこで ダイジ な パナマ の ボウシ を とって テイネイ に アイサツ を したら、 オンナ は カゴヅメ の いちばん おおきい の を さして、 これ を ください と いう んで、 ショウタロウ は すぐ その カゴ を とって わたした。 すると オンナ は それ を ちょっと さげて みて、 たいへん おもい こと と いった。
 ショウタロウ は がんらい ヒマジン の うえ に、 すこぶる きさく な オトコ だ から、 では オタク まで もって まいりましょう と いって、 オンナ と イッショ に ミズガシヤ を でた。 それぎり かえって こなかった。
 いかな ショウタロウ でも、 あんまり ノンキ-すぎる。 タダゴト じゃ なかろう と いって、 シンルイ や トモダチ が さわぎだして いる と、 ナノカ-メ の バン に なって、 ふらり と かえって きた。 そこで オオゼイ よって たかって、 ショウ さん どこ へ いって いた ん だい と きく と、 ショウタロウ は デンシャ へ のって ヤマ へ いった ん だ と こたえた。
 なんでも よほど ながい デンシャ に ちがいない。 ショウタロウ の いう ところ に よる と、 デンシャ を おりる と すぐと ハラ へ でた そう で ある。 ヒジョウ に ひろい ハラ で、 どこ を みまわして も あおい クサ ばかり はえて いた。 オンナ と イッショ に クサ の ウエ を あるいて ゆく と、 キュウ に キリギシ の テッペン へ でた、 その とき オンナ が ショウタロウ に、 ここ から とびこんで ごらんなさい と いった。 ソコ を のぞいて みる と、 キリギシ は みえる が ソコ は みえない。 ショウタロウ は また パナマ の ボウシ を ぬいで さいさん ジタイ した。 すると オンナ が、 もし おもいきって とびこまなければ、 ブタ に なめられます が よう ござんす か と きいた。 ショウタロウ は ブタ と クモエモン が だいきらい だった。 けれども イノチ には かえられない と おもって、 やっぱり とびこむ の を みあわせて いた。 ところへ ブタ が 1 ピキ ハナ を ならして きた。 ショウタロウ は しかたなし に、 もって いた ほそい ビンロウジュ の ステッキ で、 ブタ の ハナヅラ を ぶった。 ブタ は ぐう と いいながら、 ころり と ひっくりかえって、 キリギシ の シタ へ おちて いった。 ショウタロウ は ほっと ヒトイキ ついで いる と また 1 ピキ の ブタ が おおきな ハナ を ショウタロウ に スリツケ に きた。 ショウタロウ は やむ を えず また ステッキ を ふりあげた。 ブタ は ぐう と ないて また マッサカサマ に アナ の ソコ へ ころげこんだ。 すると また 1 ピキ あらわれた。 この とき ショウタロウ は ふと キ が ついて、 ムコウ を みる と、 はるか の アオクサバラ の つきる アタリ から イクマンビキ か かぞえきれぬ ブタ が、 ムレ を なして イッチョクセン に、 この キリギシ の ウエ に たって いる ショウタロウ を めがけて ハナ を ならして くる。 ショウタロウ は しんから キョウシュク した。 けれども シカタ が ない から、 ちかよって くる ブタ の ハナヅラ を、 ヒトツヒトツ テイネイ に ビンロウジュ の ステッキ で ぶって いった。 フシギ な こと に ステッキ が ハナ へ さわり さえ すれば ブタ は ころり と タニ の ソコ へ おちて ゆく。 のぞいて みる と ソコ の みえない キリギシ を、 サカサ に なった ブタ が ギョウレツ して おちて ゆく。 ジブン が この くらい オオク の ブタ を タニ へ おとした か と おもう と、 ショウタロウ は われながら こわく なった。 けれども ブタ は ぞくぞく くる。 クロクモ に アシ が はえて、 アオクサ を ふみわける よう な イキオイ で ムジンゾウ に ハナ を ならして くる。
 ショウタロウ は ヒッシ の ユウ を ふるって、 ブタ の ハナヅラ を ナノカ ムバン たたいた。 けれども、 とうとう セイコン が つきて、 テ が コンニャク の よう に よわって、 シマイ に ブタ に なめられて しまった。 そうして キリギシ の ウエ へ たおれた。
 ケン さん は、 ショウタロウ の ハナシ を ここ まで して、 だから あんまり オンナ を みる の は よく ない よ と いった。 ジブン も もっとも だ と おもった。 けれども ケン さん は ショウタロウ の パナマ の ボウシ が もらいたい と いって いた。
 ショウタロウ は たすかるまい。 パナマ は ケン さん の もの だろう。

2013/03/11

クモ の イト

 クモ の イト

 アクタガワ リュウノスケ

 1

 ある ヒ の こと で ございます。 オシャカサマ は ゴクラク の ハスイケ の フチ を、 ヒトリ で ぶらぶら おあるき に なって いらっしゃいました。 イケ の ナカ に さいて いる ハス の ハナ は、 みんな タマ の よう に マッシロ で、 その マンナカ に ある キンイロ の ズイ から は、 なんとも いえない よい ニオイ が、 たえまなく アタリ へ あふれて おります。 ゴクラク は ちょうど アサ なの で ございましょう。
 やがて オシャカサマ は その イケ の フチ に おたたずみ に なって、 ミズ の オモテ を おおって いる ハス の ハ の アイダ から、 ふと シタ の ヨウス を ゴラン に なりました。 この ゴクラク の ハスイケ の シタ は、 ちょうど ジゴク の ソコ に あたって おります から、 スイショウ の よう な ミズ を すきとおして、 サンズ の カワ や ハリ の ヤマ の ケシキ が、 ちょうど ノゾキメガネ を みる よう に、 はっきり と みえる の で ございます。
 すると その ジゴク の ソコ に、 カンダタ と いう オトコ が ヒトリ、 ホカ の ザイニン と イッショ に うごめいて いる スガタ が、 オメ に とまりました。 この カンダタ と いう オトコ は、 ヒト を ころしたり イエ に ヒ を つけたり、 いろいろ アクジ を はたらいた オオドロボウ で ございます が、 それでも たった ヒトツ、 よい こと を いたした オボエ が ございます。 と もうします の は、 ある とき この オトコ が ふかい ハヤシ の ナカ を とおります と、 ちいさな クモ が 1 ピキ、 ミチバタ を はって ゆく の が みえました。 そこで カンダタ は さっそく アシ を あげて、 ふみころそう と いたしました が、 「いや、 いや、 これ も ちいさい ながら、 イノチ の ある もの に ちがいない。 その イノチ を むやみ に とる と いう こと は、 いくら なんでも かわいそう だ」 と、 こう キュウ に おもいかえして、 とうとう その クモ を ころさず に たすけて やった から で ございます。
 オシャカサマ は ジゴク の ヨウス を ゴラン に なりながら、 この カンダタ には クモ を たすけた こと が ある の を おおもいだし に なりました。 そうして それ だけ の よい こと を した ムクイ には、 できる なら、 この オトコ を ジゴク から すくいだして やろう と おかんがえ に なりました。 さいわい、 ソバ を みます と、 ヒスイ の よう な イロ を した ハス の ハ の ウエ に、 ゴクラク の クモ が 1 ピキ、 うつくしい ギンイロ の イト を かけて おります。 オシャカサマ は その クモ の イト を そっと オテ に おとり に なって、 タマ の よう な シラハス の アイダ から、 はるか シタ に ある ジゴク の ソコ へ、 マッスグ に それ を おおろし なさいました。

 2

 こちら は ジゴク の ソコ の チ の イケ で、 ホカ の ザイニン と イッショ に、 ういたり しずんだり して いた カンダタ で ございます。 なにしろ どちら を みて も、 マックラ で、 たまに その クラヤミ から ぼんやり うきあがって いる もの が ある と おもいます と、 それ は おそろしい ハリ の ヤマ の ハリ が ひかる の で ございます から、 その ココロボソサ と いったら ございません。 そのうえ アタリ は ハカ の ナカ の よう に しんと しずまりかえって、 たまに きこえる もの と いって は、 ただ ザイニン が つく かすか な タメイキ ばかり で ございます。 これ は ここ へ おちて くる ほど の ニンゲン は、 もう サマザマ な ジゴク の セメク に つかれはてて、 ナキゴエ を だす チカラ さえ なくなって いる の で ございましょう。 ですから さすが オオドロボウ の カンダタ も、 やはり チ の イケ の チ に むせびながら、 まるで しにかかった カワズ の よう に、 ただ もがいて ばかり おりました。
 ところが ある とき の こと で ございます。 なにげなく カンダタ が アタマ を あげて、 チ の イケ の ソラ を ながめます と、 その ひっそり と した ヤミ の ナカ を、 とおい とおい テンジョウ から、 ギンイロ の クモ の イト が、 まるで ヒトメ に かかる の を おそれる よう に、 ヒトスジ ほそく ひかりながら、 するする と ジブン の ウエ へ たれて まいる では ございません か。 カンダタ は これ を みる と、 おもわず テ を うって よろこびました。 この イト に すがりついて、 どこまでも のぼって ゆけば、 きっと ジゴク から ぬけだせる の に ソウイ ございません。 いや、 うまく ゆく と、 ゴクラク へ はいる こと さえ も できましょう。 そう すれば、 もう ハリ の ヤマ へ おいあげられる こと も なくなれば、 チ の イケ に しずめられる こと も ある はず は ございません。
 こう おもいました から カンダタ は、 さっそく その クモ の イト を リョウテ で しっかり と つかみながら、 イッショウ ケンメイ に ウエ へ ウエ へ と たぐりのぼりはじめました。 もとより オオドロボウ の こと で ございます から、 こういう こと には ムカシ から、 なれきって いる の で ございます。
 しかし ジゴク と ゴクラク との アイダ は、 ナンマンリ と なく ございます から、 いくら あせって みた ところ で、 ヨウイ に ウエ へは でられません。 やや しばらく のぼる うち に、 とうとう カンダタ も くたびれて、 もう ヒトタグリ も ウエ の ほう へは のぼれなく なって しまいました。 そこで シカタ が ございません から、 まず ヒトヤスミ やすむ つもり で、 イト の チュウト に ぶらさがりながら、 はるか に メノシタ を みおろしました。
 すると、 イッショウ ケンメイ に のぼった カイ が あって、 サッキ まで ジブン が いた チ の イケ は、 イマ では もう ヤミ の ソコ に いつのまにか かくれて おります。 それから あの ぼんやり ひかって いる おそろしい ハリ の ヤマ も、 アシ の シタ に なって しまいました。 この ブン で のぼって ゆけば、 ジゴク から ぬけだす の も、 ぞんがい ワケ が ない かも しれません。 カンダタ は リョウテ を クモ の イト に からみながら、 ここ へ きて から ナンネン にも だした こと の ない コエ で、 「しめた。 しめた」 と わらいました。 ところが ふと キ が つきます と、 クモ の イト の シタ の ほう には、 カズ カギリ も ない ザイニン たち が、 ジブン の のぼった アト を つけて、 まるで アリ の ギョウレツ の よう に、 やはり ウエ へ ウエ へ イッシン に よじのぼって くる では ございません か。 カンダタ は これ を みる と、 おどろいた の と おそろしい の と で、 しばらく は ただ、 バカ の よう に おおきな クチ を あいた まま、 メ ばかり うごかして おりました。 ジブン ヒトリ で さえ きれそう な、 この ほそい クモ の イト が、 どうして あれ だけ の ニンズ の オモミ に たえる こと が できましょう。 もし まんいち トチュウ で きれた と いたしましたら、 せっかく ここ へ まで のぼって きた この カンジン な ジブン まで も、 モト の ジゴク へ サカオトシ に おちて しまわなければ なりません。 そんな こと が あったら、 タイヘン で ございます。 が、 そういう うち にも、 ザイニン たち は ナンビャク と なく ナンゼン と なく、 マックラ な チ の イケ の ソコ から、 うようよ と はいあがって、 ほそく ひかって いる クモ の イト を、 イチレツ に なりながら、 せっせと のぼって まいります。 イマ の うち に どうか しなければ、 イト は マンナカ から フタツ に きれて、 おちて しまう の に チガイ ありません。
 そこで カンダタ は おおきな コエ を だして、 「こら、 ザイニン ども。 この クモ の イト は オレ の もの だぞ。 オマエタチ は いったい ダレ に きいて、 のぼって きた。 おりろ。 おりろ」 と わめきました。
 その トタン で ございます。 イマ まで なんとも なかった クモ の イト が、 キュウ に カンダタ の ぶらさがって いる ところ から、 ぷつり と オト を たてて きれました。 ですから、 カンダタ も たまりません。 あっ と いう マ も なく、 カゼ を きって、 コマ の よう に くるくる まわりながら、 みるみる うち に ヤミ の ソコ へ、 マッサカサマ に おちて しまいました。
 アト には ただ ゴクラク の クモ の イト が、 きらきら と ほそく ひかりながら、 ツキ も ホシ も ない ソラ の チュウト に、 みじかく たれて いる ばかり で ございます。

 3

 オシャカサマ は ゴクラク の ハスイケ の フチ に たって、 この イチブ シジュウ を じっと みて いらっしゃいました が、 やがて カンダタ が チ の イケ の ソコ へ イシ の よう に しずんで しまいます と、 かなしそう な オカオ を なさりながら、 また ぶらぶら おあるき に なりはじめました。 ジブン ばかり ジゴク から ぬけだそう と する、 カンダタ の ムジヒ な ココロ が、 そうして その ココロ ソウトウ な バチ を うけて、 モト の ジゴク へ おちて しまった の が、 オシャカサマ の オメ から みる と、 あさましく おぼしめされた の で ございましょう。
 しかし ゴクラク の ハスイケ の ハス は、 すこしも そんな こと には トンジャク いたしません。 その タマ の よう な しろい ハナ は、 オシャカサマ の オミアシ の マワリ に、 ゆらゆら ウテナ を うごかして、 その マンナカ に ある キンイロ の ズイ から は、 なんとも いえない よい ニオイ が、 たえまなく アタリ へ あふれて おります。 ゴクラク も もう ヒル に ちかく なった の で ございましょう。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...