2016/08/07

セイカゾク

 セイカゾク

 ホリ タツオ

 シ が あたかも ヒトツ の キセツ を ひらいた か の よう だった。
 シニン の イエ への ミチ には、 ジドウシャ の コンザツ が しだいに ゾウカ して いった。 そして それ は、 その ミチハバ が せまい ため に、 オノオノ の クルマ は うごいて いる アイダ より も、 テイシ して いる アイダ の ほう が ながい くらい に まで なって いた。
 それ は 3 ガツ だった。 クウキ は まだ つめたかった が、 もう そんな に コキュウ しにくく は なかった。 いつのまにか、 モノズキ な グンシュウ が それら の ジドウシャ を とりかこんで、 その ナカ の ヒトタチ を よく みよう と しながら、 ガラスマド に ハナ を くっつけた。 それ が ガラスマド を しろく くもらせた。 そして その ナカ では、 その モチヌシ ら が フアン そう な、 しかし ブトウカイ に でも ゆく とき の よう な ビショウ を うかべて、 カレラ を みかえして いた。
 そういう ガラスマド の ヒトツ の ナカ に、 ヒトリ の キフジン らしい の が、 メ を とじた きり、 アタマ を おもたそう に クッション に もたせながら、 シニン の よう に なって いる の を みる と、
「あれ は ダレ だろう?」
 そう ヒトビト は ささやきあった。
 それ は サイキ と いう ミボウジン だった。 ――それまで の どれ より ながい よう に おもわれた ジドウシャ の テイシ が、 その フジン を そういう カシ から よみがえらせた よう に みえた。 すると その フジン は ジブン の ウンテンシュ に ナニ か いいながら、 ヒトリ で ドア を あけて、 クルマ から おりて しまった。 ちょうど その とき ゼンポウ の クルマ が うごきだした ため、 カノジョ の クルマ は そこ に ジブン の モチヌシ を おいた まま、 ふたたび うごきだして いった。
 それ と ほとんど ドウジ に ヒトビト は みた の だった。 ボウシ も かぶらず に モウハツ を くしゃくしゃ に させた ヒトリ の セイネン が、 グンシュウ を おしわける よう に して、 そこ に ヒョウリュウブツ の よう に ういたり しずんだり して みえる その フジン に ちかづいて ゆきながら、 そして いかにも したしげ に わらいかけながら、 カノジョ の ウデ を つかまえた の を――
 その フタリ が やっと の こと で グンシュウ の ソト に でた とき、 サイキ フジン は ジブン が ヒトリ の みしらない セイネン の ウデ に ほとんど もたれかかって いる の に、 はじめて きづいた よう だった。 カノジョ は その セイネン から ウデ を はなす と、 ナニ か といたげ な マナザシ を カレ の ウエ に なげながら、
「ありがとう ございました」
 と いった。 セイネン は、 アイテ が ジブン を おぼえて いない らしい こと に キ が つく と、 すこし カオ を あからめながら こたえた。
「ボク、 コウノ です」
 その ナマエ を きいて も フジン には どうしても おもいだされない らしい その セイネン の カオ は、 しかし その ジョウヒン な カオダチ に よって いくらか フジン を アンシン させた らしかった。
「クキ さん の オタク は もう チカク で ございます か」 と フジン が きいた。
「ええ、 すぐ そこ です」
 そう こたえながら セイネン は おどろいた よう に アイテ を ふりむいた。 とつぜん、 カノジョ が そこ に たちどまって しまった の だ。
「あの、 どこ か この ヘン に やすむ ところ は ございません かしら。 なんだか すこし キブン が わるい もの です から……」
 セイネン は すぐ その チカク に ヒトツ の ちいさな カッフェ を みつけた。 ――その ナカ に カレラ が はいって みる と、 しかし テーブル は ホコリ の ニオイ が し、 ウエキバチ は コノハ が すっかり ハイイロ に なって いた。 それ を いまさら の よう に セイネン は フジン の ため に キ に する よう に みえた けれど、 フジン の ほう では それ を それほど キ には して いない らしかった。 ハチウエ の コノハ の ハイイロ なの は ジブン の カナシミ の ため の よう に おもって いる の かも しれぬ と セイネン は かんがえた。
 セイネン は フジン の カオイロ が いくらか よく なった の を みる と、 すこし どもりながら いった。
「ボク、 ちょっと まだ ヨウジ が あります ので…… すぐ また まいります から……」
 そうして カレ は たちあがった。

 そこ に ヒトリ ぎり に なる と、 サイキ フジン は また メ を とじて シニン の マネ を した。
 ――まるで ブトウカイ か なんぞ の よう な あの サワギ は なんと いう こと だろう。 ワタシ には とても あの ヒトタチ の ナカ へ はいって ゆけそう も ない。 ワタシ は このまま かえって しまった ほう が いい……
 それにしても フジン は イマ の セイネン の かえって くる まで まって いよう と おもった。 なんだか その セイネン に イチド どこ か で あった こと も ある よう な キ が しだした から。 そう いえば どこかしら しんだ クキ に にて いる ところ が ある と カノジョ は おもった。 そして その ルイジ が カノジョ に ヒトツ の キオク を よびおこした。
 スウネン マエ の こと だった。 カルイザワ の マンペイ ホテル で ぐうぜん、 カノジョ は クキ に であった こと が あった。 その とき クキ は ヒトリ の 15 ぐらい の ショウネン を つれて いた が、 カレ は その ショウネン に ちがいない と おもいだした。 ――その カイカツ そう な ショウネン を みながら、 カノジョ が すこし イジワル そう に、
「アナタ に よく にて います わ。 アナタ の オコサン じゃ ありません の?」 そう いう と、 クキ は ナニ か ハンパツ する よう な ビショウ を した きり だまりこんで しまった。 その とき くらい クキ が ジブン を にくんで いる よう に おもわれた こと は ない……

 コウノ ヘンリ は じじつ、 その フジン の オモイデ の ナカ の ショウネン なの だ。
 ヘンリ の ほう では、 もちろん、 スウネン マエ、 カルイザワ で クキ と イッショ に であった その フジン の こと を わすれて いる はず は ない。
 その とき、 カレ は 15 で あった。
 カレ は まだ カイカツ で、 ムジャキ な ショウネン だった。
 クキ が フジン を よほど すき なの では ない かしら と おもいだした の は、 ずっと ノチ の こと だ。 その トウジ は、 ただ クキ が フジン を ココロ から ソンケイ して いる らしい の だけ が わかった。 それ が いつしか フジン を カレ の おかしがたい グウゾウ に させて いた。 ホテル では、 フジン の ヘヤ は 2 カイ に あって、 ヒマワリ の さいて いる ナカニワ に めんして いた。 そして その ヘヤ の ナカ に、 ほとんど イチニチジュウ とじこもって いた。 そこ へ イチド も はいる キカイ の なかった カレ は、 ヒマワリ の シタ から、 よく その ヘヤ を みあげた。 それ は ヒジョウ に シンセイ な、 うつくしい、 そして ナニ か ヒゲンジツ な もの の よう に おもわれた。
 その ホテル の ヘヤ は、 ソノゴ、 カレ の ユメ の ナカ に しばしば あらわれた。 カレ は ユメ の ナカ では とぶ こと が できた。 その おかげ で、 カレ は その ヘヤ の ナカ を マドガラス-ゴシ に みる こと が できた。 それ は ユメ ごと に かならず ソウショク を かえて いた。 ある とき は イギリス-フウ に、 ある とき は パリ-フウ に。
 カレ は コトシ ハタチ に なった。 おなじ ユメ を いだいて、 マエ より は すこし かなしそう に、 すこし やせて。
 そして サッキ も、 グンシュウ の アイダ から、 ジドウシャ の ナカ に しんだ よう に なって いる フジン を ガラスゴシ に みた とき は、 カレ は ジブン が あるきながら ユメ を みて いる の では ない か と しんじた くらい だった……

 コクベツシキ の コンザツ に よって すっかり シ の カンジョウ を わすれさせられながら、 その シキジョウ から かえって きた ヘンリ は、 ホコリダラケ の カッフェ の ナカ に、 ふたたび その シ の カンジョウ を フジン と ともに ハッケン した。
 カレ には それら の もの が ちかづきがたい よう に おもわれた。 そこで それら に ちかづく ため に カレ は できる だけ カナシミ を よそおおう と した。 だが、 ジブン で キ の ついて いる より ずっと ふかい もの だった、 カレ ジシン の カナシミ が それ を カレ に うまく させなかった。 そして おろか そう に、 カレ は そこ に つったって いた。
「どう でした か?」 フジン が カレ の ほう に カオ を あげた。
「え、 まだ タイヘン な コンザツ です」 カレ は どぎまぎ しながら こたえた。
「では、 ワタシ、 もう あちら へ おうかがい しない で、 このまま かえります わ……」
 そう いいながら フジン は ジブン の オビ の アイダ から ちいさな メイシ を だして それ を カレ に わたした。
「すっかり オミソレ して おりました の…… コンド オヒマ でしたら、 タク へも オアソビ に いらしって くださいませ」
 ヘンリ は、 ジブン が フジン に おもいだされた こと を しり、 そのうえ そういう フジン から の モウシデ を きく と、 いっそう どぎまぎ しながら、 ナニ か しきり に ジブン も ポケット の ナカ を さがしだした。 そうして やっと 1 マイ の メイシ を とりだした。 それ は クキ の メイシ だった。
「ジブン の メイシ が ありません ので……」 そう いって、 ものおじた コドモ の よう に ビショウ しながら、 カレ は その メイシ を うらがえし、 そこ に
   コウノ ヘンリ
と いう ジ を ブカッコウ に かいた。
 それ を みながら、 サッキ から この セイネン と クキ とは どこ が こんな に にて いる の だろう と かんがえて いた サイキ フジン は、 やっと その ルイジテン を カノジョ ドクトク の ホウホウ で ハッケン した。
 ――まるで クキ を ウラガエシ に した よう な セイネン だ。
 このよう に、 カレラ が ぐうぜん であい、 そして カレラ ジシン すら おもい も よらない ハヤサ で アイテ を たがいに リカイ しあった の は、 その みえない バイカイシャ が あるいは シ で あった から かも しれない の だ。

     ⁂

 コウノ ヘンリ には、 サイキ フジン の ハッケン した よう に、 どこ か に クキ を ウラガエシ に した と いう フウ が ある。
 ヨウボウ の テン から いう と カレ には あまり クキ に にた ところ が ない。 むしろ タイセキテキ と いって いい くらい な もの だ。 だが、 その タイセキ が かえって ある ヒトビト には カレラ の セイシンテキ ルイジ を めだたせる の だ。
 クキ は この ショウネン を ヒジョウ に すき だった らしい。 それ が この ショウネン を して カレ の ジャクテン を すみやか に リカイ させた の で あろう。 クキ は ジブン の キヨワサ を セケン に みせまい と して それ を ドクトク な ヒニク で なければ あらわすまい と した ヒト だった。 クキ は それ に なかば セイコウ した と いって いい。 だが、 カレ ジシン の ココロ の ナカ に かくす こと が できれば できる ほど、 その キヨワサ は カレ には ますます たえがたい もの に なって いった。 ヘンリ は そういう フコウ を メノマエ に みて いた。 そして クキ と おなじ よう な キヨワサ を もって いた ヘンリ は、 そこで カレ とは ハンタイ に、 そういう キヨワサ を できる だけ ジブン の ヒョウメン に もちだそう と して いた。 カレ が それ に どれだけ セイコウ する か は、 これから の モンダイ だ が。――
 クキ の トツゼン の シ は、 もちろん、 この セイネン の ココロ を めちゃくちゃ に させた。 しかし、 クキ の フシゼン な シ をも カレ には きわめて シゼン に おもわせる よう な ザンコク な ホウホウ で。
 クキ の シゴ、 ヘンリ は その イゾク の モノ から たのまれて カレ の ゾウショ の セイリ を しだした。
 マイニチ、 かびくさい ショコ の ナカ に はいった きり、 カレ は コンキ よく その シゴト を して いた。 この シゴト は カレ の カナシミ に キ に いって いる よう だった。
 ある ヒ、 カレ は 1 サツ の ふるびた ヨウショ の アイダ に、 ナニ か ふるい テガミ の キレッパシ の よう な もの の はさまって ある の を ハッケン した。 カレ は それ を オンナ の ヒッセキ らしい と おもった。 そして それ を なにげなく よんだ。 もう イチド よみかえした。 それから それ を チュウイ-ぶかく モト の バショ に はさんで、 なるたけ オク の ほう に その ホン を いれて おいた。 おぼえて おく ため に その ヒョウシ を みたら、 それ は メリメ の ショカンシュウ だった。
 それから しばらく、 カレ は クチグセ の よう に くりかえして いた。
 ――どちら が アイテ を より おおく くるします こと が できる か、 ワタシタチ は ためして みましょう……

 ユウガタ に なる と、 ヘンリ は ジブン の アパートメント に かえる。
 カレ の ヘヤ は じつに よく ちらかって いる。 それ は カレ が マイニチ クキ の ショコ を セイリ する の と おなじ よう な コンキ ヨサ で、 ちらかした もの の よう に みえる。 ――ある ヒ、 カレ が その ヘヤ へ はいって ゆく と、 シンブン とか ザッシ とか ネクタイ とか バラ とか パイプ など の タイセキ の ウエ に、 ちょうど ミズタマリ の ウエ に うかんだ セキユ の よう に、 ニジイロ に なって ナニ か が うかんで いる の を カレ は ハッケン した。
 それ は、 よく みる と、 ヒトツ の うつくしい フウトウ だった。 うらがえす と サイキ と かいて あった。 そして その ヒッセキ は カレ に すぐ コノアイダ の メリメ ショカンシュウ の ナカ に ハッケン した フルテガミ の それ を おもいださせた。
 カレ は テイネイ に フウトウ を きりながら、 ひょいと ロウジン の よう な ビショウ を うかべた。 なにもかも しって いる ん だ と いった ふう な……
 ――ヘンリ は そんな ふう に フタトオリ の ビショウ を つかいわける の だ。 コドモ の よう な ビショウ と ロウジン の よう な ビショウ と。 つまり、 タニン に むかって する の と ジブン に むかって する の と を クベツ して いた の だ。
 そして そういう ビショウ の ため に、 カレ は ジブン の ココロ を フクザツ なの だ と しんじて いた。

 ヘンリ に とって、 サイキ フジン との 2 ド-メ の メンカイ が、 その マエ の とき より も ずっと ふかい ココロ の ジョウタイ に おいて なされた の は、 そういう エピソード の ため だった。 サイキ フジン の ヘヤ は、 カレ の ユメ とは ちがって、 ソウショク など も すこぶる シッソ だった。 けっして イギリス-フウ でも、 パリ-フウ でも なかった。 そして それ は カレ に なんとなく イットウ センシツ の サロン を おもわせた。
 ときどき カレ が フナヨイ を かんじて いる ヒト の よう な マナザシ を フジン の ウエ に なげる の に チュウイ する が いい。
 だが ヘンリ の シンリ を そんな に フアン に させて いる の は、 そういう カンキョウ の ため ばかり では なし に、 サイキ フジン と ともに コジン の オモイデ を かたりながら、 たえず アイテ の キモチ に ついて ゆこう と して、 できる だけ ジブン の ネンレイ の ウエ に セノビ を して いる ため でも あった の だ。
 ――この ヒト も また クキ を あいして いた の に ちがいない、 クキ が この ヒト を あいして いた よう に。 と ヘンリ は かんがえた。 しかし この ヒト の かたい ココロ は カレ の よわい ココロ を きずつけず に それ に ふれる こと が できなかった の だ。 ちょうど ダイアモンド が ガラス に ふれる と それ を きずつけず には おかない よう に。 そして この ヒト も また ジブン で アイテ に つけた キズ の ため に くるしんで いる……
 そういう カンガエ が たえず ヘンリ を カレ の ネンレイ の たっする こと の できない ところ に もちあげよう と して いた の だ。
 ――やがて、 ヒトリ の 17~18 の ショウジョ が キャクマ の ナカ に はいって くる の を カレ は みた。
 カレ は それ が フジン の ムスメ の キヌコ で ある こと を しった。 その ショウジョ は カノジョ の ハハ に まだ あんまり にて いなかった。 それ が カレ に なんとなく その ショウジョ を キ に いらなく おもわせた。
 カレ は ジブン の イマ の キモチ から は 17~18 の ショウジョ は あんまり はなれすぎて いる よう に おもった。 カレ は その ショウジョ の カオ より も カノジョ の ハハ の それ の ほう を もっと シンセン に みいだした。
 キヌコ の ほう でも また、 ショウジョ トクユウ の ビンカンサ に よって、 ヘンリ の キモチ が カノジョ から トオク に ある こと を みぬいた らしかった。 カノジョ は だまった まま、 フタリ の カイワ に はいろう と しなかった。
 カノジョ の ハハ は すぐ それ に きづいた。 そして カノジョ の ビミョウ な ココロヅカイ が それ を ソノママ に して おく こと を ゆるさなかった。 カノジョ は ハハ-らしい チュウイ を しながら、 その フタリ を もっと ちかづけよう と した。
 カノジョ は それとなく ヘンリ に ムスメ の ハナシ を しだした。 ――ある ヒ、 キヌコ は ガッコウ トモダチ に さそわれる まま に はじめて ホンゴウ の フルホンヤ と いう もの に はいって みた と いう。 カノジョ が ふと そこ に あった ラファエロ の ガシュウ を テ に とって みる と、 その トビラ には クキ と いう ゾウショイン が して あった。 そして カノジョ は それ を ヒジョウ に ほしがって いた……
 とつぜん、 ヘンリ が さえぎった。
「それ は ボク の うった もの かも しれません」
 フジン たち は おどろいて カレ を みあげた。 すると カレ は レイ の トクユウ の ムジャキ な ビショウ を みせながら つけくわえた。
「クキ さん に ずっと マエ に もらった の を、 あの カタ の なくなられる 4~5 ニチ マエ に、 どうにも シヨウ が なくなって うって しまった ん です。 イマ に なって たいへん コウカイ して いる ん です けれども……」
 そういう ジブン の マズシサ を どうして こういう ゆたか な フジン たち の マエ で コクハク する よう な キ に なった の か、 ヘンリ ジシン にも よく わからなかった。 だが、 この コクハク は なんとなく カレ の キ に いった。 カレ は ジブン の おもいがけない ソッチョク な コトバ に よって、 フジン たち が ひどく おどろいて いる らしい の を、 むしろ マンゾク そう に ながめた。
 そうして ヘンリ ジシン も また、 ジブン ジシン の こどもらしい ソッチョクサ に いつか おどろきだした……

     ⁂

 それまで カレ の ユメ に しか すぎなかった サイキ-ケ と いう もの が、 キュウ に ヒトツ の ゲンジツ と なって ヘンリ の セイカツ の ナカ に はいって きた。
 ヘンリ は それ を クキ や なんか の オモイデ と イッショクタ に、 シンブン、 ザッシ、 ネクタイ、 バラ、 パイプ など の コンザツ の ナカ に、 ムゾウサ に ほうりこんで おいた。
 そういう ランザツサ を すこしも カレ は キ に しなかった。 むしろ それ に、 カレ ジシン に もっとも ふさわしい セイカツ ヨウシキ を みいだして いた の だ。
 ある バン、 カレ の ユメ の ナカ で、 クキ が おおきな ガシュウ を カレ に わたした。 その ナカ の 1 マイ の エ を さしつけながら、
「この エ を しって いる か?」
「ラファエロ の セイカゾク でしょう」
 と カレ は きまりわるそう に こたえた。 それ が どうやら ジブン の うりとばした ガシュウ らしい キ が した の だ。
「もう イチド、 よく みて みたまえ」 と クキ が いった。
 そこで カレ は もう イッペン その エ を みなおした。 すると、 どうも ラファエロ の フデ に にて は いる が、 その エ の ナカ の セイボ の カオ は サイキ フジン の よう でも ある し、 オサナゴ の それ は キヌコ の よう でも ある ので、 ヘン な キ が しながら、 なお よく ホカ の テンシ たち を みよう と して いる と、
「わからない の かい?」 と クキ は ヒニク な ワライカタ を した……
 ヘンリ は メ を さました。 みる と、 ちらかった ジブン の マクラモト に、 ミオボエ の ある、 リッパ な フウトウ が ヒトツ おちて いる の だ。
 おや、 まだ ユメ の ツヅキ を みて いる の かしら…… と おもいながら、 それでも いそいで その フウ を きって みる と、 テガミ の ナカ の モンク は メイリョウ だった。 ラファエロ の ガシュウ を かいもどしなさい と いう の だ。 そして それ と イッショ に なって 1 マイ の カワセ が はいって いた。
 カレ は ベッド の ナカ で ふたたび メ を つぶった。 ジブン は まだ ユメ の ツヅキ を みて いる の だ と ジブン ジシン に いって きかせる か の よう に。

 その ヒ の ゴゴ、 サイキ-ケ を おとずれた ヘンリ は おおきな ラファエロ の ガシュウ を かかえて いた。
「まあ、 わざわざ もって いらっしった ん です か。 アナタ の ところ に おいて おけば およろしかった のに」
 そう いいながら も、 フジン は それ を すぐ うけとった。 そうして トウイス に こしかけながら、 しずか に それ を 1 マイ 1 マイ めくって いった…… と おもう と、 とつぜん、 それ を あらあらしい ドウサ で ジブン の カオ の ところ に もちあげた。 そして その ホン の ニオイ でも かいで いる らしい。
「なんだか タバコ の ニオイ が いたします わ」
 ヘンリ は おどろいて フジン を みあげた。 トッサ に クキ が ヒジョウ に タバコズキ だった こと を おもいだしながら。 そうして カレ は フジン の カオ が きみわるい くらい に あおざめて いる の に きづいた。
「この ヒト の ヨウス には どこかしら ツミビト と いった フウ が ある な」 と ヘンリ は かんがえた。
 その とき、 ニワ の ナカ から キヌコ が カレ に コエ を かけた。
「ニワ を ゴラン に なりません?」
 カレ は フジン を そのまま ヒトリ きり に させて おく ほう が カノジョ の キ に いる だろう と かんがえながら、 ひっそり と した ニワ の ナカ へ キヌコ の アト に ついて いった。
 ショウジョ は、 ヘンリ を ジブン の ウシロ に したがえながら、 ニワ の オク の ほう へ はいって ゆけば ゆく ほど、 へんに あるきにくく なりだした。 カノジョ は それ を ジブン の ウシロ に いる ヘンリ の ため だ とは きづかなかった。 そして ショウジョ のみ が おもいつきうる よう な タンジュン な リユウ を ハッケン した。 カノジョ は ヘンリ を ふりかえりながら いった。
「この ヘン に ノバラ が あります から、 ふむ と あぶのう ございます わ」
 ノバラ に ハナ が さいて いる には キセツ が あまり はやすぎた。 そして ヘンリ には、 どれ が ノバラ だ か、 その ハ だけ では みわけられない の だ。 カレ も また、 いつのまにか ブキヨウ に あるきだして いた。

 キヌコ は、 ジブン では すこしも きづかなかった が、 ヘンリ に はじめて あった ジブン から、 すこし ずつ ココロ が ドウヨウ しだして いた。 ――ヘンリ に はじめて あった ジブン から では すこし セイカク では ない。 それ は むしろ クキ の しんだ ジブン から と いいなおす べき かも しれない。
 それまで キヌコ は もう 17 で ある のに、 いまだに しんだ チチ の エイキョウ の モト に いきる こと を このんで いた。 そして カノジョ は ジブン の ハハ の ダイアモンド-ゾク の ウツクシサ を ショユウ しよう とは せず に、 それ を ながめ、 そして それ を あいする ガワ に ばかり なって いた。
 ところが、 クキ の シ に よって ジブン の ハハ が あんまり かなしそう に して いる の を、 サイショ は ただ おもいがけなく おもって いた に すぎなかった が、 いつか その ハハ の おんならしい カンジョウ が カノジョ の ナカ に まだ ねむって いた ある ソウ を めざめさせた。 その とき から カノジョ は ヒトツ の ヒミツ を もつ よう に なった。 しかし、 それ が ナン で ある か を しろう とは せず に。 ――そして、 それから と いう もの、 カノジョ は しらずしらず ジブン の ハハ の メ を とおして モノゴト を みる よう な ケイコウ に かたむいて ゆきつつ あった。
 そして カノジョ は いつしか ジブン の ハハ の メ を とおして ヘンリ を みつめだした。 もっと セイカク に いう ならば、 カレ の ナカ に、 ハハ が みて いる よう に、 ウラガエシ に した クキ を。
 しかし カノジョ ジシン は、 そういう スベテ を ほとんど イシキ して いなかった と いって いい。

 そのうち イチド、 ヘンリ が カノジョ の ハハ の ルス に たずねて きた こと が ある。
 ヘンリ は ちょっと こまった よう な カオ を して いた が、 それでも キヌコ に すすめられる まま、 キャクマ に コシ を おろして しまった。
 あいにく アメ が ふって いた。 それで コノマエ の よう に ニワ へ でる こと も できない の だ。
 フタリ は むかいあって すわって いた が、 べつに はなす こと も なかった し、 それに フタリ は おたがいに、 アイテ が タイクツ して いる だろう と ソウゾウ する こと に よって、 ジブン ジシン まで も タイクツ して いる か の よう に かんじて いた。
 そうして フタリ は ながい アイダ、 へんに いきぐるしい チンモク の ナカ に すわって いた。
 しかし フタリ は シツナイ の くらく なった こと にも キ の つかない くらい だった。 ――そんな に くらく なって いる こと に はじめて キ が つく と、 おどろいて ヘンリ は かえって いった。
 キヌコ は その アト で、 なんだか ズツウ が する よう な キ が した。 カノジョ は それ を ヘンリ との タイクツ な ジカン の せい に した。 だが、 じつは、 それ は バラ の ソバ に あんまり ながく いすぎた ため の ズツウ の よう な もの だった の だ。

     ⁂

 そういう アイ の サイショ の チョウコウ は、 キヌコ と おなじ よう に、 ヘンリ にも あらわれだした。
 ジブン の ランザツ な イキカタ の おかげ で、 ヘンリ は その チョウコウ をば たんなる ケンタイ の それ と まちがえながら、 それ を オンナ たち の かたい セイシツ と ジブン の よわい セイシツ との サイ の せい に した。 そして 「ダイアモンド は ガラス を きずつける」 と いう ゲンリ を おもいだして、 ジブン も また クキ の よう に きずつけられない うち に、 カノジョ たち から はやく とおざかって しまった ほう が いい と かんがえた。 そして カレ は カレ ドクトク の イイカタ で ジブン に むかって いった。 ――ジブン を カノジョ たち に ちかづけさせた ところ の クキ の シ ソノモノ が、 コンド は ギャク に ジブン を カノジョ たち から とおざけさせる の だ と。
 そして そういう おどろく ほど カンタン な カンガエカタ で カノジョ たち から とおざかりながら、 ヘンリ は ふたたび ジブン の ちらかった ヘヤ の ナカ に とじこもって、 ジブン ヒトリ きり で いきよう と した。 すると コンド は、 その とじきった ヘヤ の ナカ から、 ホントウ の ケンタイ が うまれだした。 しかし ヘンリ ジシン は その ホンモノ も ニセモノ も ごっちゃ に しながら、 ただ、 そういう もの から ジブン を すくいだして くれる よう な ヒトツ の アイズ しか まって いなかった。
 ヒトツ の アイズ。 それ は カジノ の オドリコ たち に ムチュウ に なって いる カレ の ユウジン たち から きた。
 ある バン、 ヘンリ は ユウジン たち と イッショ に コック-バ の よう な ニオイ の する カジノ の ガクヤ ロウカ に たちながら、 オドリコ たち を まって いた。
 カレ は すぐ ヒトリ の オドリコ を しった。
 その オドリコ は ちいさくて、 そんな に うつくしく なかった。 そして 1 ニチ 10 イクカイ の オドリ に すっかり つかれて いた。 だが、 その ヤケギミ で、 ヨウキ そう な ところ が、 ヘンリ の ココロ を ひきつけた。 カレ は その オドリコ に キ に いる ため に できる だけ ジブン も ヨウキ に なろう と した。
 しかし オドリコ の ヨウキ そう なの は、 カノジョ の わるい ギコウ に すぎなかった。 カノジョ も また カレ と おなじ くらい に オクビョウ だった。 が、 カノジョ の オクビョウ は、 ヒト に あざむかれまい と する あまり に ヒト を あざむこう と する シュルイ の それ だった。
 カノジョ は ヘンリ の ココロ を うばおう と して、 ホカ の スベテ の オトコ たち と ふざけあった。 そして カレ を ジブン から はなすまい と して、 カレ と ヤクソク して おきながら、 わざと カレ を マチボウケ させた。
 イチド、 ヘンリ が オドリコ の カタ に テ を かけよう と した こと が ある。 すると オドリコ は すばやく その テ から ジブン の カタ を ひいて しまった。 そして カノジョ は、 ヘンリ が カオ を あからめて いる の を みながら、 カレ の ココロ を うばいつつ ある と しんじた。
 こういう フタリ の キ の ちいさな コイビト ドウシ が どうして いつまでも うまく やって ゆける だろう か?
 ある ヒ、 カレ は コウエン の フンスイ の ホトリ で オドリコ を まって いた。 カノジョ は なかなか やって こない。 それ には なれて いる から カレ は それ を それほど クツウ には かんじない。 が、 そのうち ふと、 オドリコ とは ベツ の ショウジョ―― キヌコ の こと を カレ は かんがえだした。 そして もし イマ ジブン の まって いる の が その オドリコ では なくて、 あの キヌコ だったら どんな だろう と クウソウ した。 ……が、 その ばかげた クウソウ に すぐ ジブン で キ が ついて、 カレ は それ を オドリコ の ため の ゲンザイ の クツウ から カイヒ しよう と して いる ジブン ジシン の せい に した。

 ヘンリ の ランザツ な セイカツ の ナカ に うもれながら、 なお たえず セイチョウ しつつ あった ヒトツ の ジュンケツ な アイ が、 こうして ひょっくり その ヒョウメン に カオ を だした の だ。 だが、 それ は カレ に きづかれず に ふたたび ひっこんで いった……

 キヌコ は と いえば、 ヘンリ が ジブン たち から とおざかって ゆく の を、 サイショ の うち は ナニ か ほっと した キモチ で みおくって いた。 が、 それ が ある ゲンド を こえだす と、 コンド は ギャク に それ が カノジョ を くるしめだした。 しかし、 それ が ヘンリ に たいする アイ から で ある こと を みとめる には、 ショウジョ の ココロ は あまり に かたすぎた。
 サイキ フジン の ほう は、 ヘンリ が こうして とおざかって ゆく の を、 むしろ、 カレ に ホウモン の キカイ を あたえて やらない ジブン ジシン の カシツ の よう に かんがえて いた。 しかし フジン には ヘンリ を みる こと は たのしい こと より も、 むしろ くるしい こと の ほう が おおかった。 そうして ツキヒ が クキ の シ を とおざければ とおざける ほど、 カノジョ に ほしい の は ヘイセイサ だけ で あった。 だから、 カノジョ は ヘンリ が だんだん とおざかって ゆく の を みて も、 それ を ソノママ に して おいた の だ。
 ある アサ、 フタリ は コウエン の ナカ に ジドウシャ を ドライヴ させて いた。
 フンスイ の ホトリ に、 ヘンリ が ヒトリ の ちいさい オンナ と あるいて いる の を、 カノジョ たち が みつけた の は ほとんど ドウジ だった。 その ちいさい オンナ は キ と クロ の シマ の ガイトウ を きて いて、 ナニ か カイカツ そう に わらって いた。 それ と ならんで ヘンリ は かんがえぶかそう に うつむきながら あるいて いた。
「あら!」 と キヌコ が クルマ の ナカ で かすか に コエ を たてた。
 と ドウジ に カノジョ は、 カノジョ の ハハ が もしか したら ヘンリ たち に きづかなかった かも しれない と おもった。 そうして カノジョ ジシン も それ に きづかなかった よう な フウ を しよう と した。
「なんだか メ の ナカ に ゴミ が はいっちゃった わ……」
 フジン は フジン で また、 キヌコ が ヘンリ たち を みなかった こと を、 ひそか に ほっして いた。 そうして、 ホントウ に メ の ナカ に ゴミ か なんか はいって カレラ を みなかった の かも しれない と おもった。
「びっくり した じゃ ない の……」
 そう いって、 フジン は ジブン の こころもち あおく なって いる カオ を ごまかした。

     ⁂

 その チンモク は しかし、 フタリ の アイダ に ながく オ を ひいた。
 それから と いう もの、 キヌコ は よく ヒトリ で マチ へ サンポ に でかけた。 カノジョ は ココロ の ナカ の ウットウシサ を ウンドウ-ブソク の せい に して いた の だ。 そうして ハハ から も はなれて ヒトリ きり に なりたい キモチ や、 こうして あるいて いる うち に また ひょっと したら ヘンリ に あえる かも しれない と いう カンガエ など の カノジョ に あった こと は、 すこしも ジブン で みとめよう とは しなかった。
 カノジョ は ヘンリ と その コイビト らしい モノ の スガタ を、 ヘタ な シャシンシ の よう に シュウセイ して いた。 その シャシン の ナカ では、 レイ の ちいさい オドリコ は カノジョ と おなじ よう な ジョウリュウ シャカイ の リッパ な レイジョウ に しあげられて いた。
 カノジョ は そういう ヘンリ たち に たいして なんとも いえない ニガサ を あじわった。 しかし、 それ が ヘンリ の ため の シット で ある こと には、 もちろん、 カノジョ は きづかなかった。 なぜなら、 カノジョ は ヘンリ たち の よう な ネンパイ の どういう フタリヅレ を みて も その おなじ よう な ニガサ を あじわった から だ。 そして カノジョ は それ を セケン イッパン の コイビト たち に たいする ニガサ で ある と しんじた。 ――じつは、 カノジョ は どういう フタリヅレ を みて も しらずしらず ヘンリ たち を おもいだして いた の だ が……
 カノジョ は あるきながら、 ショウ ウィンドウ に うつる ジブン の スガタ を みつめた。 そうして カノジョ は、 イマ すれちがった ばかり の フタリヅレ に ジブン を ヒカク した。 ときどき ガラス の ナカ の カノジョ は ミョウ に カオ を ゆがめて いた。 カノジョ は それ を わるい ガラス の せい に した。

 ある ヒ、 そういう サンポ から かえって くる と、 キヌコ は ゲンカン に どこ か ミオボエ の ある オトコ の ボウシ と クツ と を みいだした。
 そうして それ が ダレ の だ か はっきり おもいだせない こと が、 カノジョ を ちょっと フアン に させた。
「ダレ かしら」
 と おもいながら、 カノジョ が キャクマ に ちかづいて いって みる と、 その ナカ から、 こわれた ギター の よう な コエ が きこえて きた。
 それ は シバ と いう オトコ の コエ で あった。
 シバ と いう オトコ は、 ―― 「アイツ は まるで カベ の ハナ みたい な ヤツ です よ。 そら、 ブトウカイ で おどれない もん だ から、 カベ に ばかり くっついて いる ヤツ が よく ある でしょう。 そういう ヤツ の こと を エイゴ で ウォールフラワー と いう ん だ そう だ けれど…… シバ の ジンセイ に おける タチバ なんか まったく それ です ね」 ――そんな こと を いつか ヘンリ が いって いた の を おもいだしながら、 それから カノジョ は ふと ヘンリ の こと を かんがえた……
 カノジョ が キャクマ に はいって ゆく と、 シバ は キュウ に はなす の を やめた。
 が、 すぐ、 シバ は、 レイ の こわれた ギター の よう な コエ で、 カノジョ に むかって いいだした。
「イマ、 ヘンリ の ワルクチ を いって いた ところ なん です よ。 アイツ は コノゴロ まったく テ が つけられなく なった ん です。 くだらない オドリコ か なんか に ひっかかって いて……」
「あら、 そう です の」
 キヌコ は それ を きく と ドウジ に にっこり と わらった。 いかにも ほがらか そう に。 そして ジブン でも わらいながら、 こんな ふう に わらった の は じつに ヒサシブリ で ある よう な キ が した。
 この ながく ねむって いた バラ を ひらかせる ため には、 たった ヒトツ の コトバ で ジュウブン だった の だ。 それ は オドリコ の イチゴ だ。 ――ヘンリ と イッショ に いた ヒト は そんな ヒト だった の か、 と カノジョ は かんがえだした。 ワタシ は それ を ワタシ と おなじ よう な ミブン の ヒト と ばかり かんがえて いた のに。 そして そういう ヒト だけ しか ヘンリ の アイテ には なれない と おもって いた のに。 ……そう だわ、 きっと ヘンリ は そんな ヒト なんか あいして いない の かも しれない。 もしか する と、 あの ヒト の あいして いる の は やっぱし ワタシ なの かも しれない。 それだのに ワタシ が あの ヒト を あいして いない と おもって いる ので、 ワタシ から とおざかろう と して いる の では ない かしら。 そうして ジブン を ごまかす ため に きっと そんな オドリコ など と イッショ に くらして いる の だ。 そんな ヒト なんか あの ヒト には にあわない のに……
 それ は ショウジョ-らしい キョウマン な ロンリ だった。 しかし、 タイテイ の バアイ、 ショウジョ は ジブン ジシン の カンジョウ は その ケイサン の ナカ に いれない もの だ。 そして キヌコ の バアイ も そう だった。

 ときどき なり も しない のに ベル の オト を きいた よう な キ が して ジブン で ゲンカン に でて いったり、 キカイ が こわれて いて ベル が ならない の かしら と しじゅう おもったり しながら、 キヌコ は たえず ナニ か を まって いた。
「ヘンリ を まって いる の かしら?」 ふと カノジョ は そんな こと を かんがえる こと も あった が、 そんな カンガエ は すぐ カノジョ の フシントウセイ の ココロ の ヒョウメン を すべって いった。
 ある バン、 ベル が なった。 ――その ホウモンシャ が ヘンリ で ある こと を しって も、 キヌコ は ヨウイ に ジブン の ヘヤ から でて ゆこう と しなかった。
 やっと カノジョ が キャクマ に はいって ゆく と、 ヘンリ は、 ボウシ も かぶらず に あるいて いた らしく、 モウハツ を くしゃくしゃ に させながら、 あおい カオ を して、 ちらり と カノジョ の ほう を にらんだ。 それきり カレ は カノジョ の ほう を ふりむき も しなかった。
 サイキ フジン は、 そういう ヘンリ を マエ に しながら、 テ に して いる ブドウ の サラ から、 その ちいさい ミ を タンネン に クチ の ナカ へ すべりこまして いた。 フジン は メノマエ の ヘンリ の ダラシ の ない ヨウス から、 ふと、 クキ の コクベツシキ の ヒ に トチュウ で カレ に であった とき の こと を おもいだし、 それ から それ へ と サマザマ な こと が かんがえられて ならない の だ が、 カノジョ は それ から できる だけ ココロ を そらそう と して、 いっそう タンネン に ジブン の ユビ を うごかして いた。
 とつぜん、 ヘンリ が いった――
「ボク、 しばらく リョコウ して こよう と おもいます」
「どちら へ?」 フジン は ブドウ の サラ から メ を あげた。
「まだ はっきり きめて ない ん です が……」
「ながく です の?」
「ええ、 1 ネン ぐらい……」
 フジン は ふと、 ヘンリ が、 レイ の オドリコ と イッショ に そんな ところ へ ゆく の では ない か と うたがいながら、
「さびしく は ありません か」 と きいた。
「さあ……」
 ヘンリ は いかにも キ の ない ヘンジ を した きり だった。
 キヌコ は と いえば、 その カン だまった まま、 カレ の ショウゾウ でも えがこう と する か の よう に、 ネッシン に カレ を みつめて いた。
 そうして カノジョ の ハハ が、 ヘンリ の、 くしけずらない モウハツ や ブカッコウ に むすんだ ネクタイ や わるい カオイロ など の ナカ に、 オドリコ の カンカ を みいだして いる アイダ、 キヌコ は その おなじ もの の ナカ に カノジョ ジシン の ため に くるしんで いる セイネン の イタイタシサ だけ しか みいださなかった。

 ヘンリ が かえった アト、 キヌコ は ジブン の ヘヤ に はいる なり、 おもわず メ を つぶった。 さっき あんまり ヘンリ の あかい シマ の ある ネクタイ を みつめすぎた ので、 メ が いたむ の だ。 すると その とじた メ の ナカ には、 いつまでも あかい シマ の よう な もの が ちらちら して いた……

     ⁂

 ヘンリ は シュッパツ した。
 トカイ が とおざかり、 そして それ が ちいさく なる の を みれば みる ほど、 カレ には シュッパツ マエ に みて きた ヒトツ の カオ だけ が しだいに おおきく なって ゆく よう に おもわれた。
 ヒトツ の ショウジョ の カオ。 ラファエロ の えがいた テンシ の よう に きよらか な カオ。 ジツブツ より も 10 バイ ぐらい の オオキサ の ヒトツ の シンピテキ な カオ。 ――そして イマ、 それ だけ が あらゆる もの から コリツ し、 ボウダイ し、 そして その ホカ の スベテ の もの を カレ の メ から おおいかくそう と して いる……
「オレ の ホントウ に あいして いる の は この ヒト かしら?」
 ヘンリ は メ を つぶった。
「……だが、 もう どうでも いい ん だ……」
 そんな に まで カレ は つかれ、 きずつき、 ゼツボウ して いた。
 ヘンリ。 ――この ランザツ の ギセイシャ には イマ まで ジブン の ホントウ の ココロ が すこしも みわけられなかった の だ。 そして なんの カンガエ も なし に ジブン の ホントウ に あいして いる モノ から とおざかる ため に、 ベツ の オンナ と いきよう と し、 しかも その オンナ の ため に、 もう どうして いい か わからない くらい、 つかれさせられて しまって いる の だ。
 そうして カレ は イマ どこ へ トウチャク しよう と して いる の か?
 どこ へ?……
 カレ は とつぜん、 キシャ が ヒトツ の テイシャバ に とまる と ドウジ に、 あわてて そこ へ とびおりて しまった。
 それ は ナニ か の ヤクヒン の ナ を おもいださせる よう な ナマエ の、 ちいさな ウミベ の マチ で あった。
 そして この 1 コ の トランク すら もたぬ かなしげ な リョコウシャ は、 テイシャバ を でる と、 すぐ その みしらない マチ の ナカ へ なんの モクテキ も なし に アシ を はこんで いった。
 カレ は しかし あるいて ゆく うち に、 ふと ヘン な キ が しだした。 ……ツウコウニン の カオ、 カゼ が きみわるく もちあげて いる ナニ か の ビラ、 なんとも いえず フカイ な カンジ の する カベ の ウエ の ラクガキ、 デンセン に ひっかかって いる カミクズ の よう な もの、 ――そういう もの が カレ に なにかしら フキツ な オモイデ を キョウセイ する の だ。 ヘンリ は ある ちいさな ホテル に はいり、 それから みしらない ヒトツ の ヘヤ に はいった。 あらゆる ホテル の ヘヤ に にて いる ヒトツ の ヘヤ。 しかし、 それ すら カレ に ナニ か を おもいださせよう と し、 カレ を くるしめだす の だ。 カレ は つかれて いて ヒジョウ に ねむかった。 そして カレ は その スベテ を ジブン の ツカレ と ネムタサ の せい に しよう と した。 カレ は すこし ねむった。 ……メ を さます と、 もう くらく なって いた。 マド から はいって くる、 しめっぽい カゼ が ヘンリ に、 ジブン が みしらない マチ に きて いる こと を しらせた。 カレ は おきあがり、 それから ふたたび ホテル を でた。
 そうして また、 さっき イチド あるいた こと の ある ミチ を あるきながら、 あの とき から すこしも うしなわれて いない ジブン の ナカ の フカカイ な カンジ を、 イヌ の よう に おいかけて いった。
 とつぜん、 ある カンガエ が ヘンリ に スベテ を リカイ させだした よう に みえる。 サッキ から ジブン を こうして くるしめて いる もの、 それ は シ の アンゴウ では ない の か。 ツウコウニン の カオ、 ビラ、 ラクガキ、 カミクズ の よう な もの、 それら は シ が カレ の ため に しるして いった アンゴウ では ない の か。 どこ へ いって も この マチ に こびりついて いる シ の シルシ。 ――それ は カレ には ドウジ に クキ の カゲ で あった。 そうして カレ には どうして だ か、 クキ が スウネン マエ に イチド この マチ へ やって きて、 イマ の ジブン と おなじ よう に ダレ にも しられず に あるきながら、 やはり イマ の ジブン と おなじ よう な クツウ を かんじて いた よう な キ が されて ならない の だ……
 そうして ヘンリ は ようやく リカイ しだした。 しんだ クキ が ジブン の ウラガワ に たえず いきて いて、 いまだに ジブン を ちからづよく シハイ して いる こと を、 そして それ に きづかなかった こと が ジブン の セイ の ランザツサ の ゲンイン で あった こと を。
 そうして こんな ふう に、 スベテ の もの から とおざかりながら、 そして ただ ヒトツ の シ を ジブン の セイ の ウラガワ に いきいき と、 ヒジョウ に ちかく しかも ヒジョウ に とおく かんじながら、 この みしらない マチ の ナカ を なんの モクテキ も なし に あるいて いる こと が、 ヘンリ には いつか なんとも いえず こころよい キュウソク の よう に おもわれだした。
 ――その うち に ヘンリ は、 つよい カオリ の する、 おびただしい ヒョウリュウブツ に とりかこまれながら、 うすぐらい カイガン に おろか そう に つったって いる ジブン ジシン を ハッケン した。 そうして ジブン の アシモト に ちらばって いる カイガラ や カイソウ や しんだ サカナ など が、 カレ に、 カレ ジシン の セイ の ランザツサ を おもいださせて いた。 ――その ヒョウリュウブツ の ナカ には、 1 ピキ の ちいさな イヌ の シガイ が まじって いた。 そうして それ が イジ の わるい ナミ に ときどき しろい ハ で かまれたり、 ウラガエシ に されたり する の を、 ヘンリ は じっと みいりながら、 しだいに いきいき と ジブン の シンゾウ の コドウ する の を かんじだして いた……

     ⁂

 ヘンリ の シュッパツゴ、 キヌコ は ビョウキ に なった。
 そうして ある ヒ、 カノジョ は とうとう はじめて ヘンリ への アイ を ジハク した。 カノジョ は シンダイ の ウエ で、 シーツ の よう に あおざめた カオ を しながら、 こんな こと を くりかえし くりかえし かんがえて いた。
 ――なぜ ワタシ は ああ だった の かしら。 なぜ ワタシ は あの ヒト の マエ で イジ の わるい カオ ばかり して いた の かしら。 それ が きっと あの ヒト を くるしめて いた の だわ。 そうして こんな ふう に ワタシタチ から とおざからせて しまった の に ちがいない。 それに、 あの ヒト は しじゅう ジブン の ビンボウ な こと を キ に して いた よう だ けれど…… (そんな カンガエ が さっと ショウジョ の ホオ を あからめた) ……それで、 あの ヒト は ワタシ の オカアサン に ユウワクシャ の よう に おもわれたく なかった の かも しれない。 あの ヒト が ワタシ の オカアサン を おそれて いた こと は それ は ホントウ だわ。 こんな ふう に あの ヒト を とおざからせて しまった の は オカアサン だって わるい ん だ。 ワタシ の せい ばかり では ない。 ひょっと したら なにもかも オカアサン の せい かも しれない……
 そんな ふう に こんぐらかった ドクゴ が、 ムスメ の カオ の ウエ に いつのまにか、 17 の ショウジョ に につかわしく ない よう な、 にがにがしげ な ヒョウジョウ を ほりつけて いた。 それ は じつに カノジョ ジシン への イジ で あった の だ けれども、 カノジョ には、 それ を カノジョ の ハハ への イジ で ある か の よう に あやまって しんじさせながら……

「はいって も よくって?」
 その とき ヘヤ の ソト で ハハ の コエ が した。
「いい わ」
 キヌコ は、 カノジョ の ハハ が はいって くる の を みる と、 いきなり ジブン の キョウボウ な カオ を カベ の ほう に ねじむけた。 サイキ フジン は それ を カノジョ が ナミダ を かくす ため に した の だ と しか おもわなかった。
「コウノ さん から エハガキ が きた のよ」 と フジン は おどおど しながら いった。
 その コトバ が キヌコ の カオ を フジン の ほう に ねじむけさせた。 コンド は フジン が それ から ジブン の カオ を そむかせる バン だった。
 ――コノゴロ、 サイキ フジン は すっかり ワカサ を うしなって いた。 そして カノジョ には、 ジブン の ムスメ が なんだか ジブン から トオク に はなれて しまった よう に おもわれて ならない の だった。 カノジョ は ときどき ジブン の ムスメ を、 まるで みしらない ショウジョ の よう に さえ おもう こと が あった。 そして イマ も、 そう だった……
 キヌコ は、 ウミ の エハガキ の ウラ に、 エンピツ で かかれた ヘンリ の シンケイシツ な ジ を よんだ。 カレ は、 その カイガン が キ に いった から しばらく タイザイ する つもり だ、 と かいて よこした きり だった。
 キヌコ は その エハガキ から、 カノジョ の キョウボウ な カオ を いきなり フジン の ほう に むけながら、
「コウノ さん は しぬ ん じゃ なくって?」 と だしぬけ に シツモン した。
 サイキ フジン は その シュンカン、 ジブン の ほう を にらんで いる、 ヒトリ の みしらぬ ショウジョ の そんな にも こわい メツキ に おどろいた よう だった。 が、 その ショウジョ の そんな メツキ は とつぜん、 フジン に、 カノジョ が その ショウジョ と おなじ くらい の ネンレイ で あった ジブン、 カノジョ の あいして いた ヒト に みせつけず には いられなかった ジブン の こわい メツキ を おもいださせた。 そうして フジン は、 その みしらない ショウジョ が その コロ の ジブン に ひどく にて いる こと に、 そして、 その ショウジョ が じつは ジブン の ムスメ で ある こと に、 なんだか はじめて きづいた か の よう に みえた。 フジン は タメイキ を しずか に もらした。 ――ムスメ は ダレ か を あいして いる。 ジブン が、 ムカシ、 あの ヒト を あいして いた よう に あいして いる。 そして それ は きっと ヘンリ に ちがいない……
 サイキ フジン は、 しかし ツギ の シュンカン、 ジブン の ナカ に ながい こと ねむって いた おんならしい カンジョウ が、 ふたたび めざめだした よう に かんじた。 クキ の シゴ、 カノジョ の くるしんで いた ヨウス が、 キヌコ の ナカ に それまで ねむって いた おんならしい カンジョウ を よびおこした の と まったく おなじ の シンリ サヨウ が、 コンド は、 その ハンサヨウ で でも ある か の よう に おこった の だ。 そして それ は、 フジン も また キヌコ と おなじ よう に ヘンリ を あいして いる か の よう に、 カノジョ に しんじさせた くらい の シンセンサ で。――
 フタリ は そのまま しばらく だまって いた。 そして その チンモク が、 キヌコ の いましがた いった おそろしい コトバ を、 そっくり そのまま コウテイ して いる か の よう に おもわれそう に なった とき、 サイキ フジン は ようやく ジブン の ハハ と して の ギム を とりもどした。
 そうして フジン は いかにも ジシン ありげ な ビショウ を うかべながら、 こたえた の で ある。
「……そんな こと は ない こと よ…… それ は あの カタ には クキ さん が ついて いなさる かも しれない わ。 けれども、 その ため に かえって あの カタ は すくわれる の じゃ なくって?」
 コウノ ヘンリ に はじめて あった とき から、 フジン に、 カレ の セイ の ナカ には クキ の シ が ヨコイト の よう に おりまざって いる こと を、 そして それ が カレ を して シ に みいる こと に よって セイ が ようやく わかる よう な フコウ な セイネン に させて いる こと を みぬかせた ところ の、 イッシュ の するどい チョッカク が、 イマ ふたたび カノジョ の ナカ に よみがえって きながら、 そういう ヘンリ の フコウ を キヌコ に リカイ させる ため には、 イマ いった よう な ごく カンタン な パラドックス だけ で ジュウブン で ある こと を カノジョ に しらせた の だ。
「そう かしら……」
 キヌコ は そう こたえながら、 ハジメ は まだ どこかしら クツウ を おびた ヒョウジョウ で、 カノジョ の ハハ の カオ を みあげて いた けれども、 その うち に じっと その ハハ の ふるびた こうごうしい カオ に みいりだした その ショウジョ の マナザシ は、 だんだん と コガ の ナカ で セイボ を みあげて いる オサナゴ の それ に にて ゆく よう に おもわれた。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...