2013/08/08

オンシュウ の かなた に

 オンシュウ の かなた に

 キクチ カン

 1

 イチクロウ は、 シュジン の きりこんで くる タチ を うけそんじて、 ヒダリ の ホオ から アゴ へ かけて、 ビショウ では ある が、 ヒトタチ うけた。 ジブン の ツミ を―― たとえ ムコウ から いどまれた とは いえ、 シュジン の チョウショウ と ヒドウ な コイ を した と いう、 ジブン の チメイテキ な ツミ を、 イシキ して いる イチクロウ は、 シュジン の ふりあげた タチ を、 ヒッシ な ケイバツ と して、 たとえ その キッサキ を さくる に つとむる まで も、 それ に ハンコウ する ココロモチ は、 すこしも もって は いなかった。 カレ は、 ただ こうした ジブン の マヨイ から、 イノチ を すてる こと が、 いかにも おしまれた ので、 できる だけ は のがれて みたい と おもって いた。 それで、 シュジン から フギ を いいたてられて きりつけられた とき、 ありあわせた ショクダイ を、 サッソク の エモノ と して シュジン の するどい タチサキ を さけて いた。 が、 50 に ちかい とは いえ、 まだ キンコツ の たくましい シュジン が たたみかけて きりこむ タチ を、 コウゲキ に でられない カナシサ には、 いつ と なく うけそんじて、 サイショ の ヒトタチ を、 ヒダリ の ホオ に うけた の で ある。 が、 いったん チ を みる と、 イチクロウ の ココロ は、 たちまち に かわって いた。 カレ の フンベツ の あった ココロ は、 トウギュウシャ の ヤリ を うけた オウシ の よう に すさんで しまった。 どうせ しぬ の だ と おもう と、 そこ に セケン も なければ シュジュウ も なかった。 イマ まで は、 シュジン だ と おもって いた アイテ の オトコ が、 ただ ジブン の セイメイ を、 おびやかそう と して いる イッコ の ドウブツ―― それ も キョウアク な ドウブツ と しか、 みえなかった。 カレ は ふんぜん と して、 コウゲキ に てんじた。 カレ は 「おう」 と おめきながら、 もって いた ショクダイ を、 アイテ の メンジョウ を めがけて なげうった。 イチクロウ が、 ボウギョ の ため の ボウギョ を して いる の を みて、 キ を ゆるして かかって いた シュジン の サブロベエ は、 フイ に なげつけられた ショクダイ を うけかねて、 その ロウウケ の イッカク が したたか に カレ の ミギメ を うった。 イチクロウ は、 アイテ の たじろぐ スキ に、 ワキザシ を ぬく より はやく とびかかった。
「おのれ、 テムカイ する か!」 と、 サブロベエ は ゲキド した。 イチクロウ は ムゴン で つけいった。 シュジン の 3 ジャク に ちかい タチ と、 イチクロウ の みじかい ワキザシ と が、 2~3 ド はげしく うちおうた。
 シュジュウ が ヒッシ に なって、 10 スウゴウ タチ を あわす アイダ に、 シュジン の タチサキ が、 2~3 ド ひくい テンジョウ を かすって、 しばしば タチ を あやつる ジユウ を うしなおう と した。 イチクロウ は そこ へ つけいった。 シュジン は、 その フリ に キ が つく と、 ジユウ な コガイ へ でよう と して、 2~3 ポ アトズサリ して エン の ソト へ でた。 その スキ に イチクロウ が、 なおも つけいろう と する の を、 シュジン は 「えい」 と、 いらだって きりおろした。 が、 いらだった あまり その タチ は、 エンガワ と、 ザシキ との アイダ に たれさがって いる カモイ に、 フカク にも 2~3 ズン きりこまれた。
「しまった」 と、 サブロベエ が タチ を ひこう と する スキ に、 イチクロウ は ふみこんで、 シュジン の ワキバラ を おもうさま ヨコ に ないだ の で あった。
 アイテ が たおれて しまった シュンカン に、 イチクロウ は ワレ に かえった。 イマ まで コウフン して もうろう と して いた イシキ が、 ようやく おちつく と、 カレ は、 ジブン が シュウゴロシ の タイザイ を おかした こと に キ が ついて、 コウカイ と キョウフ との ため に、 そこ に へたばって しまった。
 ヨ は ショコウ を すぎて いた。 オモヤ と、 チュウゲンベヤ とは、 とおく へだたって いる ので、 シュジュウ の おそろしい カクトウ は、 オモヤ に すんで いる ジョチュウ イガイ、 まだ ダレ にも しられなかった らしい。 その ジョチュウ たち は、 この はげしい カクトウ に キ を うしない、 ヒトマ の ウチ に あつまって、 ただ ミ を ふるわせて いる だけ で あった。
 イチクロウ は、 ふかい カイコン に とらわれて いた。 イッコ の トウジ で あり、 ブライ の ワカザムライ では あった けれども、 まだ アクジ と ナ の つく こと は、 なにも して いなかった。 まして ハチギャク の ダイイチ なる シュウゴロシ の タイザイ を おかそう とは、 カレ の おもい も つかぬ こと だった。 カレ は、 チ の ついた ワキザシ を とりなおした。 シュジン の メカケ と インギン を つうじて、 その ため に セイバイ を うけよう と した とき、 かえって その シュジン を ころす と いう こと は、 どう かんがえて も、 カレ に いい ところ は なかった。 カレ は、 まだ びくびく と うごいて いる シュジン の シタイ を シリメ に かけながら、 しずか に ジサツ の カクゴ を かためて いた。 すると その とき、 ツギノマ から、 イマ まで の おおきい アッパク から のがれでた よう な コエ が した。
「ホント に まあ、 どう なる こと か と おもって シンパイ した わ。 オマエ が マップタツ に やられた アト は、 ワタシ の バン じゃ あるまい か と、 サッキ から、 ビョウブ の ウシロ で イキ を こらして みて いた のさ。 が、 ホントウ に いい アンバイ だった ね。 こう なっちゃ、 イッコク も ユウヨ は して いられない から、 アリガネ を さらって にげる と しよう。 まだ チュウゲン たち は キ が ついて いない よう だ から、 にげる なら イマ の うち さ。 ウバ や ジョチュウ など は、 ダイドコロ の ほう で がたがた ふるえて いる らしい から、 ワタシ が いって、 じたばた さわがない よう に いって こよう よ。 さあ! オマエ は アリガネ を さがして ください よ」 と いう その コエ は、 たしか に フルエ を おびて いた。 が、 そうした フルエ を、 ジョセイ と して の つよい イジ で ヨクセイ して、 つとめて ヘイキ を よそおって いる らしかった。
 イチクロウ は―― ジブン トクユウ の ドウキ を、 すっかり なくして いた イチクロウ は、 オンナ の コエ を きく と、 よみがえった よう に カッキ-づいた。 カレ は、 ジブン の イシ で はたらく と いう より も、 オンナ の イシ に よって うごく カイライ の よう に たちあがる と、 ザシキ に おいて ある キリ の チャダンス に テ を かけた。 そして、 その まっしろい モクメ に、 チ に よごれた テガタ を つけながら、 ヒキダシ を あちらこちら と さがしはじめた。 が、 オンナ―― シュジン の メカケ の オユミ が かえって くる まで に、 イチクロウ は、 ニシュギン の 5 リョウ-ヅツミ を ただ ヒトツ みつけた ばかり で あった。 オユミ は、 ダイドコロ から ひきかえして きて、 その カネ を みる と、
「そんな ハシタガネ が、 どう なる もの かね」 と、 いいながら、 コンド は ジブン で、 やけに ヒキダシ を ひっかきまわした。 シマイ には ヨロイビツ の ナカ まで さがした が、 コバン は 1 マイ も でて き は しなかった。
「ナウテ の シマツヤ だ から、 カメ に でも いれて、 ツチ の ナカ へ でも うめて ある の かも しれない」 そう いまいましそう に いいきる と、 カネメ の ありそう な イルイ や、 インロウ を、 てばやく フロシキヅツミ に した。
 こうして、 この カンプ カンプ が、 アサクサ タワラマチ の ハタモト、 ナカガワ サブロベエ の イエ を でた の は、 アンエイ 3 ネン の アキ の ハジメ で あった。 アト には、 トウネン 3 サイ に なる サブロベエ の イッシ ジツノスケ が、 チチ の ヒゴウ の シ も しらず、 ウバ の フトコロ に すやすや ねむって いる ばかり で あった。

 2

 イチクロウ と オユミ とは、 エド を チクデン して から、 トウカイドウ は わざと さけて、 ヒトメ を しのびながら、 トウサンドウ を カミガタ へ と こころざした。 イチクロウ は、 シュウゴロシ の ツミ から、 たえず リョウシン の カシャク を うけて いた。 が、 ケンペキ-ヂャヤ の ジョチュウ アガリ の、 バクレンモノ の オユミ は、 イチクロウ が すこし でも しずんだ ヨウス を みせる と、
「どうせ キョウジョウモチ に なった から には、 いくら くよくよ して も シヨウ が ない じゃ ない か。 ドキョウ を すえて ヨノナカ を おもしろく くらす の が ジョウフンベツ さ」 と、 イチクロウ の ココロ に、 あけくれ アク の ハクシャ を くわえた。 が、 シンシュウ から キソ の ヤブハラ の シュク まで きた とき には、 フタリ の ロヨウ の カネ は、 100 も のこって いなかった。 フタリ は、 きゅうする に つれて、 アクジ を はたらかねば ならなかった。 サイショ は こうした ダンジョ の クミアワセ と して は、 もっとも なしやすい ツツモタセ を カギョウ と した。 そうして シンシュウ から ビシュウ へ かけて の シュクジュク で、 オウライ の チョウニン ヒャクショウ の ロヨウ の カネ を うばって いた。 ハジメ の ほど は、 オンナ から の はげしい キョウサ で、 つい アクジ を おかしはじめて いた イチクロウ も、 ついには アクジ の オモシロサ を あじわいはじめた。 ロウニン スガタ を した イチクロウ に たいして、 ヒガイシャ の チョウニン や ヒャクショウ は、 カネ を とられながら、 すこぶる ジュウジュン で あった。
 アクジ が だんだん シンポ して いった イチクロウ は、 ツツモタセ から もっと タンジュン な、 テスウ の いらぬ ユスリ を やり、 サイゴ には、 キリトリ ゴウトウ を セイトウ な カギョウ と さえ こころえる よう に なった。
 カレ は、 いつ と なし に シナノ から キソ へ かかる トリイ トウゲ に ドチャク した。 そして ヒル は チャミセ を ひらき、 ヨル は ゴウトウ を はたらいた。
 カレ は もう そうした セイカツ に、 なんの チュウチョ をも、 フアン をも かんじない よう に なって いた。 カネ の ありそう な タビビト を ねらって、 ころす と たくみ に その シタイ を かたづけた。 1 ネン に 3~4 ド、 そうした ツミ を おかす と、 カレ は ゆうに イチネン の セイカツ を ささえる こと が できた。
 それ は、 カレラ が エド を でて から、 3 ネン-メ に なる ハル の コロ で あった。 サンキン コウタイ の ホッコク ダイミョウ の ギョウレツ が、 フタツ ばかり つづいて とおった ため、 キソ カイドウ の シュクジュク は、 チカゴロ に なく にぎわった。 ことに コノゴロ は、 シンシュウ を ハジメ、 エチゴ や エッチュウ から の イセ サングウ の キャク が カイドウ に つづいた。 その ナカ には、 キョウ から オオサカ へ と、 ユサン の タビ を のばす の が おおかった。 イチクロウ は、 カレラ の 2~3 ニン を たおして、 その トシ の セイカツヒ を えたい と おもって いた。 キソ カイドウ にも、 スギ や ヒノキ に まじって さいた ヤマザクラ が ちりはじめる ユウグレ の こと で あった。 イチクロウ の ミセ に ダンジョ フタリ の タビビト が たちよった。 それ は あきらか に フウフ で あった。 オトコ は 30 を こして いた。 オンナ は 23~24 で あった だろう。 トモ を つれない キラク な タビ に でた シンシュウ の ゴウノウ の ワカフウフ らしかった。
 イチクロウ は、 フタリ の ミナリ を みる と、 カレ は この フタリ を コトシ の ギセイシャ に しよう か と、 おもって いた。
「もう ヤブハラ の シュク まで は、 いくらも あるまい な」 こう いいながら、 オトコ の ほう は、 イチクロウ の ミセ の マエ で、 ワラジ の ヒモ を むすびなおそう と した。 イチクロウ が、 ヘンジ を しよう と する マエ に、 オユミ が、 ダイドコロ から でて きながら、
「さよう で ございます、 もう この トウゲ を おりますれば ハンミチ も ございません。 まあ、 ゆっくり やすんで から に なさいませ」 と、 いった。 イチクロウ は、 オユミ の この コトバ を きく と、 オユミ が すでに おそろしい ケイカク を、 ジブン に すすめよう と して いる の を おぼえた。 ヤブハラ の シュク まで には まだ 2 リ に あまる ミチ を、 もう ナニホド も ない よう に いいくるめて、 タビビト に キ を ゆるさせ、 カレラ の コウテイ が ヨ に いる の に じょうじて、 カンドウ を はしって、 シュク の イリグチ で おそう の が、 イチクロウ の ジョウトウ の シュダン で あった。 その オトコ は、 オユミ の コトバ を きく と、
「それならば、 チャ なと 1 パイ ショモウ しよう か」 と いいながら、 もう カレラ の ダイイチ の ワナ に おちいって しまった。 オンナ は あかい ヒモ の ついた タビ の スゲガサ を とりはずしながら、 オット の ソバ に よりそうて、 コシ を かけた。
 カレラ は、 ここ で コハントキ も、 トウゲ を のぼりきった ツカレ を やすめる と、 チョウモク を おいて、 ムラサキ に くれかかって いる オギソ の タニ に むかって、 トリイ トウゲ を おりて いった。
 フタリ の スガタ が みえなく なる と、 オユミ は、 それ と ばかり アイズ を した。 イチクロウ は、 エモノ を おう リョウシ の よう に、 ワキザシ を コシ に する と、 イッサン に フタリ の アト を おうた。 ホンカイドウ を ミギ に おれて、 キソガワ の ナガレ に そうて、 けわしい カンドウ を いそいだ。
 イチクロウ が、 ヤブハラ の シュク テマエ の ナミキミチ に きた とき は、 ハル の ながい ヒ が まったく くれて、 トオカ ばかり の ツキ が キソ の ヤマ の かなた に のぼろう と して、 ほのじろい ツキシロ のみ が、 キソ の ヤマヤマ を かすか に うかばせて いた。
 イチクロウ は、 カイドウ に そうて はえて いる、 ヒトムラ の マルバヤナギ の シタ に ミ を かくしながら、 フウフ の ちかづく の を、 おもむろに まって いた。 カレ も ココロ の ソコ では、 コウフク な タビ を して いる フタリ の ダンジョ の セイメイ を、 フトウ に うばう と いう こと が、 どんな に つみぶかい か と いう こと を、 かんがえず には いなかった。 が、 いったん なしかかった シゴト を チュウシ して かえる こと は、 オユミ の テマエ、 カレ の ココロ に まかせぬ こと で あった。
 カレ は、 この フウフ の チ を ながしたく は なかった。 なるべく アイテ が、 ジブン の キョウハク に ニゴン も なく フクジュウ して くれれば いい と、 おもって いた。 もし カレラ が ロヨウ の カネ と イショウ と を だす ならば、 けっして セッショウ は しまい と おもって いた。
 カレ の ケッシン が ようやく かたまった コロ に、 カイドウ の かなた から、 イソギアシ に ちかづいて くる ダンジョ の スガタ が みえた。
 フタリ は、 トウゲ から の ミチ が、 カクゴ の ホカ に とおかった ため、 つかれきった と みえ、 おたがいに たすけあいながら、 ムゴン の まま に いそいで きた。
 フタリ が、 マルバヤナギ の シゲミ に ちかづく と、 イチクロウ は、 フイ に カイドウ の マンナカ に つったった。 そして、 イマ まで に イクド も クチ に しなれて いる キョウハク の コトバ を あびせかけた。 すると、 オトコ は ヒッシ に なった らしく、 ドウチュウザシ を ぬく と、 ツマ を ウシロ に かばいながら ミガマエ した。 イチクロウ は、 ちょっと デバナ を おられた。 が、 カレ は コエ を はげまして、 「いやさ、 タビ の ヒト、 テムカイ して あたら イノチ を おとすまい ぞ。 イノチ まで は とろう と いわぬ の じゃ。 アリガネ と イルイ と を おとなしく だして いけ!」 と、 さけんだ。 その カオ を、 アイテ の オトコ は、 じいっと みて いた が、
「やあ! サキホド の トウゲ の チャヤ の アルジ では ない か」 と、 その オトコ は、 ヒッシ に なって とびかかって きた。 イチクロウ は、 もう これまで と おもった。 ジブン の カオ を みおぼえられた イジョウ、 ジブン たち の アンゼン の ため、 もう この ダンジョ を いかす こと は できない と おもった。
 アイテ が ヒッシ に きりこむ の を、 たくみ に ひきはずしながら、 イットウ を アイテ の クビスジ に あびせた。 みる と ツレ の オンナ は、 キ を うしなった よう に ミチ の カタワラ に うずくまりながら、 ぶるぶる と ふるえて いた。
 イチクロウ は、 オンナ を ころす に しのびなかった。 が、 カレ は ジブン の キキュウ には かえられぬ と おもった。 オトコ の ほう を ころして サッキ-だって いる マ に と おもって、 チガタナ を ふりかざしながら、 カレ は オンナ に ちかづいた。 オンナ は、 リョウテ を あわして、 イチクロウ に イノチ を こうた。 イチクロウ は、 その ヒトミ に みつめられる と、 どうしても カタナ を おろせなかった。 が、 カレ は ころさねば ならぬ と おもった。 この とき イチクロウ の ヨクシン は、 この オンナ を きって オンナ の イショウ を ダイナシ に して は つまらない と おもった。 そう おもう と、 カレ は コシ に さげて いた テヌグイ を はずして オンナ の クビ を くくった。
 イチクロウ は、 フタリ を ころして しまう と、 キュウ に ヒト を ころした キョウフ を かんじて、 イッコク も いたたまらない よう に おもった。 カレ は、 フタリ の ドウマキ と イルイ と を うばう と、 あたふた と して その バ から イッサン に のがれた。 カレ は、 イマ まで 10 ニン に あまる ヒトゴロシ を した ものの、 それ は ハンパク の ロウジン とか、 ショウニン とか、 そうした カイキュウ の モノ ばかり で、 わかわかしい フウフヅレ を フタリ まで ジブン の テ に かけた こと は なかった。
 カレ は、 ふかい リョウシン の カシャク に とらわれながら、 かえって きた。 そして イエ に はいる と、 すぐさま、 ダンジョ の イショウ と カネ と を、 けがらわしい もの の よう に、 オユミ の ほう へ なげやった。 オンナ は、 ゆうぜん と して まず カネ の ほう を しらべて みた。 カネ は おもった より すくなく、 20 リョウ を わずか に こして いる ばかり で あった。
 オユミ は ころされた オンナ の キモノ を テ に とる と、 「まあ、 キハチジョウ の キモノ に モンチリメン の ジュバン だね。 だが、 オマエサン、 この オンナ の アタマ の モノ は、 どう おし だい」 と、 カノジョ は キツモン する よう に、 イチクロウ を かえりみた。
「アタマ の モノ?」 と、 イチクロウ は ナマヘンジ を した。
「そう だよ。 アタマ の モノ だよ。 キハチジョウ に モンチリメン の キツケ じゃ、 アタマ の モノ だって、 マガイモノ の クシ や コウガイ じゃ あるまい じゃ ない か。 ワタシ は、 さっき あの オンナ が スゲガサ を とった とき に、 ちらと にらんで おいた のさ。 タイマイ の ソロイ に ソウイ なかった よ」 と、 オユミ は のしかかる よう に いった。 ころした オンナ の アタマ の モノ の こと など は、 ゆめにも おもって いなかった イチクロウ は、 なんとも こたえる スベ が なかった。
「オマエサン! まさか、 とる の を わすれた の じゃ あるまい ね。 タイマイ だ と すれば、 7 リョウ や 8 リョウ は たしか だよ。 カケダシ の ドロボウ じゃ あるまい し、 なんの ため に セッショウ を する の だよ。 あれ だけ の イショウ を きた オンナ を、 ころして おきながら、 アタマ の モノ に キ が つかない とは、 オマエ は、 いつから ドロボウ カギョウ に オナリ なの だえ。 なんと いう ドジ を やる ドロボウ だろう。 なんとか、 いって ごらん!」 と、 オユミ は、 いたけだか に なって、 イチクロウ に くって かかって きた。
 フタリ の わかい ダンジョ を ころして しまった クイ に、 ココロ の ソコ まで おかされかけて いた イチクロウ は、 オンナ の コトバ から ふかく きずつけられた。 カレ は アタマ の モノ を とる こと を、 わすれた と いう トウゾク と して の シッサク を、 あるいは ムノウ を、 くゆる ココロ は すこしも なかった。 ジブン は、 フタリ を ころした こと を、 わるい こと と おもえば こそ、 ころす こと に キ も テンドウ して、 オンナ が その アタマ に 10 リョウ にも ちかい ソウショク を つけて いる こと を まったく わすれて いた。 イチクロウ は、 イマ でも わすれて いた こと を コウカイ する ココロ は おこらなかった。 ゴウトウ に ミ を おとして、 リヨク の ため に ヒト を ころして いる ものの、 アッキ の よう に アイテ の ホネ まで は しゃぶらなかった こと を かんがえる と、 イチクロウ は わるい キモチ は しなかった。 それ にも かかわらず、 オユミ は ジブン の ドウセイ が ムザン にも ころされて、 その ミ に つけた シタギ まで が、 サツリクシャ に たいする ミツギモノ と して、 ジブン の メノマエ に さらされて いる の を みながら、 なお その あきたらない ヨクシン は、 さすが アクニン の イチクロウ の メ を こぼれた アタマ の モノ に まで およんで いる、 そう かんがえる と、 イチクロウ は オユミ に たいして、 いたたまらない よう な アサマシサ を かんじた。
 オユミ は、 イチクロウ の ココロ に、 こうした ゲキヘン が おこって いる の を まったく しらない で、
「さあ! オマエサン! ヒトッパシリ いって おくれ。 せっかく、 こっち の テ に はいって いる もの を エンリョ する には、 あたらない じゃ ない か」 と、 ジブン の イイブン に ジュウブン な ジョウリ が ある こと を しんずる よう に、 かちほこった ヒョウジョウ を した。
 が、 イチクロウ は もくもく と して おうじなかった。
「おや! オマエサン の シゴト の アラ を ひろった ので、 オキ に さわった と みえる ね。 ホントウ に、 オマエサン は いく キ は ない の かい。 10 リョウ に ちかい モウケモノ を、 みすみす フイ に して しまう つもり かい」 と、 オユミ は イクド も イチクロウ に せまった。
 イツモ は、 オユミ の いう こと を、 いい と して きく イチクロウ では あった が、 イマ カレ の ココロ は はげしい ドウラン の ナカ に あって、 オユミ の コトバ など は ミミ に はいらない ほど、 かんがえこんで いた の で ある。
「いくら いって も、 いかない の だね。 それじゃ、 ワタシ が ヒトッパシリ いって こよう よ。 バショ は どこ なの。 やっぱり イツモ の ところ なの かい」 と、 オユミ が いった。
 オユミ に たいして、 おさえがたい ケンオ を かんじはじめて いた イチクロウ は、 オユミ が イッコク でも ジブン の ソバ に いなく なる こと を、 むしろ よろこんだ。
「しれた こと よ。 イツモ の とおり、 ヤブハラ の シュク の テマエ の マツナミキ さ」 と、 イチクロウ は はきだす よう に いった。
「じゃ、 ヒトッパシリ いって くる から。 さいわい ツキ の ヨ で ソト は あかるい し……。 ホントウ に、 ヘマ な シゴト を する ったら、 ありゃ しない」 と、 いいながら、 オユミ は スソ を はしょって、 ゾウリ を つっかける と かけだした。
 イチクロウ は、 オユミ の ウシロスガタ を みて いる と、 アサマシサ で、 ココロ が いっぱい に なって きた。 シニン の カミ の モノ を はぐ ため に、 チマナコ に なって かけだして ゆく オンナ の スガタ を みる と、 イチクロウ は その オンナ に、 かつて アイジョウ を もって いた だけ に、 ココロ の ソコ から あさましく おもわず には いられなかった。 そのうえ、 ジブン が アクジ を して いる とき、 たとい ムザン にも ヒト を ころして いる とき でも、 カネ を ぬすんで いる とき でも、 ジブン が して いる と いう こと が、 つねに フシギ な イイワケ に なって、 その アサマシサ を かんずる こと が すくなかった が、 いったん ヒト が アクジ を なして いる の を、 しずか に ボウカン する と なる と、 その オソロシサ、 アサマシサ が、 あくまで あきらか に、 イチクロウ の メ に うつらず には いなかった。 ジブン が、 イノチ を として まで えた オンナ が、 わずか 5 リョウ か 10 リョウ の タイマイ の ため に、 ジョセイ の ヤサシサ の スベテ を すてて、 シガイ に つく オオカミ の よう に、 ころされた オンナ の シガイ を しとうて かけて ゆく の を みる と、 イチクロウ は、 もう この ザイアク の スミカ に、 この オンナ と イッショ に イッコク も いたたまれなく なった。 そう かんがえだす と、 ジブン の イマ まで に おかした アクジ が いちいち よみがえって、 ジブン の ココロ を くいさいた。 しめころした オンナ の ヒトミ や、 チミドロ に なった マユ ショウニン の ウメキゴエ や、 ヒトタチ あびせかけた シラガ の ロウジン の ヒメイ など が、 イチダン に なって イチクロウ の リョウシン を おそうて きた。 カレ は、 イッコク も はやく ジブン の カコ から のがれたかった。 カレ は、 ジブン ジシン から さえ も、 のがれたかった。 まして ジブン の スベテ の ザイアク の ホウガ で あった オンナ から、 きょくりょく のがれたかった。 カレ は、 けつぜん と して たちあがった。 カレ は、 2~3 マイ の イルイ を フロシキ に つつんだ。 サッキ の オトコ から とった ドウマキ を、 トウザ の ロヨウ と して フトコロ に いれた まま で、 シタク も ととのえず に、 コガイ に とびだした。 が、 10 ケン ばかり はしりだした とき、 ふと ジブン の もって いる カネ も、 イルイ も、 ことごとく ぬすんだ もの で ある の に キ が つく と、 はねかえされた よう に たちもどって、 ジブン の イエ の アガリガマチ へ、 イルイ と カネ と を、 ちからいっぱい なげつけた。
 カレ は、 オユミ に あわない よう に、 ミチ で ない ミチ を キソガワ に そうて イッサン に はしった。 どこ へ ゆく と いう アテ も なかった。 ただ ジブン の ザイアク の コンキョチ から、 イッスン でも、 イチブ でも とおい ところ へ のがれたかった。

 3

 20 リ に あまる ミチ を、 イチクロウ は、 サンヤ の ベツ なく ただ ヒトイキ に はせて、 あくる ヒ の ヒルサガリ、 ミノ ノ クニ の オオガキ-ザイ の ジョウガンジ に かけこんだ。 カレ は、 サイショ から この テラ を こころざして きた の では ない。 カレ の トンソウ の チュウト、 ぐうぜん この テラ の マエ に でた とき、 カレ の ワクラン した ザンゲ の ココロ は、 ふと シュウキョウテキ な コウミョウ に すがって みたい と いう キ に なった の で ある。
 ジョウガンジ は、 ミノ イチエン シンゴンシュウ の ソウロク で あった。 イチクロウ は、 ゲンオウ ミョウヘン ダイトクノウ の ソデ に すがって、 ザンゲ の マコト を いたした。 ショウニン は さすが に、 この ゴクジュウ アクニン をも すてなかった。 イチクロウ が ユウシ の モト に ジシュ しよう か と いう の を とめて、
「かさねがさね の アクゴウ を かさねた ナンジ じゃ から、 ユウシ の テ に よって ミ を キョウボク に さらされ、 ゲンザイ の ムクイ を みずから うくる の も イッポウ じゃ が、 それ では ミライ エイゴウ、 ショウネツ ジゴク の クゲン を うけて おらねば ならぬ ぞよ。 それ より も、 ブツドウ に キエ し、 シュジョウ サイド の ため に、 シンメイ を すてて ヒト を すくう と ともに、 ナンジ ジシン を すくう の が カンジン じゃ」 と、 キョウカ した。
 イチクロウ は、 ショウニン の コトバ を きいて、 また さらに ザンゲ の ヒ に ココロ を ただらせて、 トウザ に シュッケ の ココロザシ を さだめた。 カレ は、 ショウニン の テ に よって トクド して、 リョウカイ と ホウミョウ を よばれ、 ひたすら ブツドウ シュギョウ に カンタン を くだいた が、 ドウシン ユウモウ の ため に、 わずか ハントシ に たらぬ シュギョウ に、 ギョウゴウ は ヒョウソウ より も きよく、 アシタ には サンミツ の ギョウホウ を こらし、 ユウベ には ヒミツ ネンブツ の アンザ を はなれず、 ニギョウ ひんぴん と して かつぜん チド の ココロ きざし、 あっぱれ の チシキ と なりすました。 カレ は ジブン の ドウシン が さだまって、 もう うごかない の を ジカク する と、 シ の ボウ の ユルシ を えて、 ショニン キュウサイ の タイガン を おこし、 ショコク ウンスイ の タビ に でた の で あった。
 ミノ ノ クニ を アト に して、 まず キョウラク の チ を こころざした。 カレ は、 イクニン も の ヒト を ころしながら、 たとい ソウギョウ の スガタ なり とも、 ジブン が いきながらえて いる の が こころぐるしかった。 ショニン の ため、 ミ を こなごな に くだいて、 ジブン の ザイショウ の マンブン の イチ をも つぐないたい と おもって いた。 ことに ジブン が、 キソ サンチュウ に あって、 コウジン を なやませた こと を おもう と、 ドウチュウ の ヒトビト に たいして、 つぐないきれぬ フタン を もって いる よう に おもわれた。
 ギョウジュウ ザガ にも、 ヒト の ため を おもわぬ こと は なかった。 ドウロ に ナンジュウ の ヒト を みる と、 カレ は、 テ を ひき、 コシ を おして、 その ドウチュウ を たすけた。 ヤマイ に くるしむ ロウヨウ を おうて、 スウリ に あまる ミチ を とおし と しなかった こと も あった。 ホンカイドウ を はなれた ソンドウ の ハシ でも、 ハカイ されて いる とき は、 カレ は みずから ヤマ に はいって、 キ を きり、 イシ を はこんで シュウゼン した。 ミチ の くずれた の を みれば、 ドシャ を はこびきたって つくろうた。 かくして、 キナイ から、 チュウゴク を とおして、 ひたすら ゼンコン を つむ こと に フシン した が、 ミ に かさなれる ツミ は、 ソラ より も たかく、 つむ ゼンコン は トチ より も ひくき を おもう と、 カレ は いまさら に、 ハンセイ の アクゴウ の ふかき を かなしんだ。 イチクロウ は、 ササイ な ゼンコン に よって、 ジブン の ゴクアク が つぐないきれぬ こと を しって、 ココロ を くろう した。 ゲキリョ の ヤド の ネザメ には かかる たのもしからぬ ホウショウ を しながら、 なお セイ を むさぼって いる こと が、 はなはだ ふがいない よう に おもわれて、 みずから ころしたい と おもった こと さえ あった。 が、 その たび ごと に、 フタイテン の ユウ を ひるがえし、 ショニン キュウサイ の タイギョウ を なす べき キエン の いたらん こと を キネン した。
 キョウホウ 9 ネン の アキ で あった。 カレ は、 アカマガセキ から コクラ に わたり、 ブゼン ノ クニ、 ウサ ハチマングウ を はいし、 ヤマクニガワ を さかのぼって キシャクツセン ラカンジ に もうでん もの と、 ヨッカイチ から ミナミ に アカツチ の ぼうぼう たる ノハラ を すぎ、 ミチ を ヤマクニガワ の ケイコク に そうて たどった。
 ツクシ の アキ は、 エキロ の ヤドリ ごと に ふけて、 ゾウキ の モリ には ハジ あかく ただれ、 ノ には イネ きいろく みのり、 ノウカ の ノキ には、 この ヘン の メイブツ の カキ が シンク の タマ を つらねて いた。
 それ は 8 ガツ に はいって マ の ない ある ヒ で あった。 カレ は アキ の アサ の ヒカリ に かがやく、 ヤマクニガワ の セイレツ な ナガレ を ミギ に みながら、 ミクチ から ホトケザカ の ヤマミチ を こえて、 ヒル ちかき コロ ヒダ の エキ に ついた。 さびしい エキ で チュウジキ の トキ に ありついた ノチ、 ふたたび ヤマクニダニ に そうて ミナミ を さした。 ヒダ エキ から ではずれる と、 ミチ は また ヤマクニガワ に そうて、 カザンガン の カシ を つとうて はしって いた。
 あゆみがたい イシダカミチ を、 イチクロウ は、 ツエ を タヨリ に たどって いた とき、 ふと ミチ の ソバ に、 この ヘン の ノウフ で あろう、 4~5 ニン の ヒトビト が ののしりさわいで いる の を みた。
 イチクロウ が ちかづく と、 その ナカ の ヒトリ は、 はやくも イチクロウ の スガタ を みつけて、
「これ は、 よい ところ へ こられた。 ヒゴウ の シ を とげた、 あわれ な モウジャ じゃ。 とおりかかられた エン に、 イッペン の エコウ を して くだされ」 と、 いった。
 ヒゴウ の シ だ と きいた とき、 ヒョウゾク の ため に あやめられた タビビト の シガイ では あるまい か と おもうて、 イチクロウ は カコ の アクゴウ を おもいおこして、 セツナ に わく カイコン の ココロ に、 リョウアシ の すくむ の を おぼえた。
「みれば スイシニン の よう じゃ が、 ところどころ ヒニク の やぶれて いる の は、 いかが した シサイ じゃ」 と、 イチクロウ は、 おそるおそる きいた。
「ゴシュッケ は、 タビ の ヒト と みえて ゴゾンジ あるまい が、 この カワ を ハンチョウ も のぼれば、 クサリワタシ と いう ナンショ が ある。 ヤマクニダニ ダイイチ の セッショ で、 ナンボク オウライ の ジンバ が、 ことごとく ナンギ する ところ じゃ が、 この オトコ は この カワカミ カキサカ ゴウ に すんで いる マゴ じゃ が、 ケサ クサリワタシ の チュウト で、 ウマ が くるうた ため、 5 ジョウ に ちかい ところ を マッサカサマ に おちて、 みられる とおり の ムザン な サイゴ じゃ」 と、 その ナカ の ヒトリ が いった。
「クサリワタシ と もうせば、 かねがね ナンショ とは きいて いた が、 かよう な アワレ を みる こと は、 たびたび ござる の か」 と、 イチクロウ は、 シガイ を みまもりながら、 うちしめって きいた。
「1 ネン に 3~4 ニン、 おおければ 10 ニン も、 おもわぬ ウキメ を みる こと が ある。 ムソウ の ナンショ ゆえ に、 アメカゼ に カケハシ が くちて も、 シュウゼン も おもう に まかせぬ の じゃ」 と、 こたえながら、 ヒャクショウ たち は シガイ の シマツ に かかって いた。
 イチクロウ は、 この フコウ な ソウナンシャ に イッペン の キョウ を よむ と、 アシ を はやめて その クサリワタシ へ と いそいだ。
 そこ まで は、 もう 1 チョウ も なかった。 みる と、 カワ の ヒダリ に そびえる アラケズリ された よう な ヤマ が、 ヤマクニガワ に のぞむ ところ で、 10 ジョウ に ちかい ゼッペキ に きりたたれて、 そこ に カイハクショク の ぎざぎざ した ヒダ の おおい ハダ を ロシュツ して いる の で あった。 ヤマクニガワ の ミズ は、 その ゼッペキ に すいよせられた よう に、 ここ に したいよって、 ゼッペキ の スソ を あらいながら、 ノウリョク の イロ を たたえて、 うずまいて いる。
 サトビト ら が、 クサリワタシ と いった の は これ だろう と、 カレ は おもった。 ミチ は、 その ゼッペキ に たたれ、 その ゼッペキ の チュウフク を、 マツ、 スギ など の マルタ を クサリ で つらねた サンドウ が、 あやうげ に つたって いる。 かよわい フジョシ で なく とも、 ふして 5 ジョウ に あまる スイメン を み、 あおいで アタマ を あっする 10 ジョウ に ちかい ゼッペキ を みる とき は、 たまぎえ、 ココロ おののく も コトワリ で あった。
 イチクロウ は、 ガンペキ に すがりながら、 おののく アシ を ふみしめて、 ようやく わたりおわって その ゼッペキ を ふりむいた セツナ、 カレ の ココロ には トッサ に ダイセイガン が、 ぼつぜん と して きざした。
 つむ べき ショクザイ の あまり に ちいさかった カレ は、 ジブン が ショウジン ユウモウ の キ を ためす べき ナンギョウ に あう こと を いのって いた。 イマ モクゼン に コウジン が カンナン し、 1 ネン に トオ に ちかい ヒト の イノチ を うばう ナンショ を みた とき、 カレ は、 ジブン の シンメイ を すてて この ナンショ を のぞこう と いう オモイツキ が おうぜん と して おこった の も ムリ では なかった。 200 ヨケン に あまる ゼッペキ を ほりつらぬいて ミチ を つうじよう と いう、 フテキ な セイガン が、 カレ の ココロ に うかんで きた の で ある。
 イチクロウ は、 ジブン が もとめあるいた もの が、 ようやく ここ で みつかった と おもった。 1 ネン に 10 ニン を すくえば、 10 ネン には 100 ニン、 100 ネン、 1000 ネン と たつ うち には、 センマン の ヒト の イノチ を すくう こと が できる と おもった の で ある。
 こう ケッシン する と、 カレ は、 イチズ に ジッコウ に チャクシュ した。 その ヒ から、 ラカンジ の シュクボウ に やどりながら、 ヤマクニガワ に そうた ムラムラ を カンゲ して、 ズイドウ カイサク の タイギョウ の キシン を もとめた。
 が、 ナンビト も この フウライソウ の コトバ に、 ミミ を かたむける モノ は なかった。
「3 チョウ をも こえる ダイバンジャク を ほりつらぬこう と いう フウキョウジン じゃ、 はははは」 と、 わらう モノ は、 まだ よかった。
「オオカタリ じゃ、 ハリ の ミゾ から テン を のぞく よう な こと を イイマエ に して、 カネ を あつめよう と いう、 オオカタリ じゃ」 と、 ナカ には イチクロウ の カンゼイ に、 ハクガイ を くわうる モノ さえ あった。
 イチクロウ は、 トオカ の アイダ、 いたずら な カンジン に つとめた が、 ナンビト も が ミミ を かたむけぬ の を しる と、 ふんぜん と して、 ドクリョク、 この タイギョウ に あたる こと を ケッシン した。 カレ は、 イシク の もつ ツチ と ノミ と を テ に いれて、 この ダイゼッペキ の イッタン に たった。 それ は、 イッコ の カリカチュア で あった。 けずりおとしやすい カザンガン で ある とは いえ、 カワ を あっして そびえたつ えんえん たる ダイゼッペキ を、 イチクロウ は、 オノレ ヒトリ の チカラ で ほりつらぬこう と する の で あった。
「とうとう キ が くるった!」 と、 コウジン は、 イチクロウ の スガタ を ゆびさしながら わらった。
 が、 イチクロウ は くっしなかった。 ヤマクニガワ の セイリュウ に モクヨク して、 カンゼオン ボサツ を いのりながら、 コンシン の チカラ を こめて ダイイチ の ツチ を おろした。
 それ に おうじて、 ただ 2~3 ペン の サイヘン が、 とびちった ばかり で あった。 が、 ふたたび チカラ を こめて ダイニ の ツチ を おろした。 さらに 2~3 ペン の ショウカイ が、 キョダイ なる ムゲンダイ の タイカイ から、 ブンリ した ばかり で あった。 ダイサン、 ダイシ、 ダイゴ と、 イチクロウ は ケンメイ に ツチ を おろした。 クウフク を かんずれば、 キンゴウ を タクハツ し、 ハラ みつれば ゼッペキ に むかって ツチ を おろした。 ケタイ の ココロ を しょうずれば、 ただ シンゴン を となえて、 ユウモウ の ココロ を ふるいおこした。 1 ニチ、 フツカ、 ミッカ、 イチクロウ の ドリョク は カンダン なく つづいた。 タビビト は、 その ソバ を とおる たび に、 チョウショウ の コエ を おくった。 が、 イチクロウ の ココロ は、 その ため に シュユ も たゆむ こと は なかった。 シショウ の コエ を きけば、 カレ は さらに ツチ を もつ テ に チカラ を こめた。
 やがて、 イチクロウ は、 アメツユ を しのぐ ため に、 ゼッペキ に ちかく キゴヤ を たてた。 アシタ は、 ヤマクニガワ の ナガレ が ホシ の ヒカリ を うつす コロ から おきいで、 ユウベ は、 セナリ の オト が セイジャク の テンチ に すみかえる コロ まで も、 やめなかった。 が、 コウロ の ヒトビト は、 なお シショウ の コトバ を やめなかった。
「ミノホド を しらぬ タワケ じゃ」 と、 イチクロウ の ドリョク を ガンチュウ に おかなかった。
 が、 イチクロウ は イッシン フラン に ツチ を ふるった。 ツチ を ふるって い さえ すれば、 カレ の ココロ には なんの ザツネン も おこらなかった。 ヒト を ころした カイコン も、 そこ に なかった。 ゴクラク に うまれよう と いう、 ゴング も なかった。 ただ そこ に、 はればれ した ショウジン の ココロ が ある ばかり で あった。 カレ は シュッケ して イライ、 ヨゴト の ネザメ に、 ミ を くるしめた ジブン の アクゴウ の キオク が、 ひに うすらいで ゆく の を かんじた。 カレ は ますます ユウモウ の ココロ を ふるいおこして、 イッコウ センネン に ツチ を ふるった。
 あたらしい トシ が きた。 ハル が きて、 ナツ が きて、 はやくも 1 ネン が たった。 イチクロウ の ドリョク は、 むなしく は なかった。 ダイゼッペキ の イッタン に、 フカサ 1 ジョウ に ちかい ドウクツ が うがたれて いた。 それ は、 ほんの ちいさい ドウクツ では あった が、 イチクロウ の つよい イシ は、 サイショ の ソウコン を あきらか に とどめて いた。
 が、 キンゴウ の ヒトビト は また イチクロウ を わらった。
「あれ みられい! キチガイ ボウズ が、 あれだけ ほりおった。 1 ネン の アイダ もがいて、 たった あれ だけ じゃ……」 と、 わらった。 が、 イチクロウ は ジブン の ほりうがった アナ を みる と、 ナミダ の でる ほど うれしかった。 それ は いかに あさく とも、 ジブン が ショウジン の チカラ の ニョジツ に あらわれて いる もの に、 ソウイ なかった。 イチクロウ は トシ を かさねて、 また さらに ふるいたった。 ヨル は ニョホウ の ヤミ に、 ヒル も なお うすぐらい ドウクツ の ウチ に タンザ して、 ただ ミギ の ウデ のみ を、 キョウキ の ごとく に ふるって いた。 イチクロウ に とって、 ミギ の ウデ を ふる こと のみ が、 カレ の シュウキョウテキ セイカツ の スベテ に なって しまった。
 ドウクツ の ソト には、 ヒ が かがやき ツキ が てり、 アメ が ふり アラシ が すさんだ。 が、 ドウクツ の ナカ には、 カンダン なき ツチ の オト のみ が あった。
 2 ネン の オワリ にも、 サトビト は なお シショウ を やめなかった。 が、 それ は もう、 コエ に まで は でて こなかった。 ただ、 イチクロウ の スガタ を みた ノチ、 カオ を みあわせて、 たがいに わらいあう だけ で あった。 が、 さらに 1 ネン たった。 イチクロウ の ツチ の オト は ヤマクニガワ の スイセイ と おなじく、 フダン に ひびいて いた。 ムラ の ヒトタチ は、 もう なんとも いわなかった。 カレラ が シショウ の ヒョウジョウ は、 いつのまにか キョウイ の それ に かわって いた。 イチクロウ は くしけずらざれば、 トウハツ は いつのまにか のびて ソウケン を おおい、 ユアミ せざれば、 あかづきて ニンゲン とも みえなかった。 が、 カレ は ジブン が ほりうがった ドウクツ の ウチ に、 ケモノ の ごとく うごめきながら、 キョウキ の ごとく その ツチ を ふるいつづけて いた の で ある。
 サトビト の キョウイ は、 いつのまにか ドウジョウ に かわって いた。 イチクロウ が しばし の ヒマ を ぬすんで、 タクハツ の アンギャ に でかけよう と する と、 ドウクツ の デグチ に、 おもいがけなく 1 ワン の トキ を みいだす こと が おおく なった。 イチクロウ は その ため に、 タクハツ に ついやす べき ジカン を、 さらに ゼッペキ に むかう こと が できた。
 4 ネン-メ の オワリ が きた。 イチクロウ の ほりうがった ドウクツ は、 もはや 5 ジョウ の フカサ に たっして いた。 が、 その 3 チョウ を こゆる ゼッペキ に くらぶれば、 そこ に なお、 ボウヨウ の タン が あった。 サトビト は イチクロウ の ネッシン に おどろいた ものの、 いまだ、 かくばかり みえすいた トロウ に ゴウリキ する モノ は、 ヒトリ も なかった。 イチクロウ は、 ただ ヒトリ その ドリョク を つづけねば ならなかった。 が、 もう ほりうがつ シゴト に おいて、 サンマイ に いった イチクロウ は、 ただ ツチ を ふるう ホカ は なんの ゾンネン も なかった。 ただ モグラ の よう に、 イノチ の ある かぎり、 ほりうがって ゆく ホカ には、 なんの タネン も なかった。 カレ は ただ ヒトリ きつきつ と して ほりすすんだ。 ドウクツ の ソト には ハル さって アキ きたり、 シジ の フウブツ が うつりかわった が、 ドウクツ の ナカ には フダン の ツチ の オト のみ が ひびいた。
「かわいそう な ボウサマ じゃ。 モノ に くるった と みえ、 あの ダイバンジャク を うがって いく わ。 10 の 1 も うがちえない で、 オノレ が イノチ を おわろう もの を」 と、 コウロ の ヒトビト は、 イチクロウ の むなしい ドリョク を、 かなしみはじめた。 が、 1 ネン たち 2 ネン たち、 ちょうど 9 ネン-メ の オワリ に、 アナ の イリグチ より オク まで、 22 ケン を はかる まで に ほりうがった。
 ヒダ ノ ゴウ の サトビト は、 はじめて イチクロウ の ジギョウ の カノウセイ に キ が ついた。 ヒトリ の やせた コジキソウ が、 9 ネン の チカラ で これまで ほりうがちうる もの ならば、 ヒト を まし サイゲツ を かさねた ならば、 この ダイゼッペキ を うがちつらぬく こと も、 かならずしも フシギ な こと では ない と いう カンガエ が、 サトビト ら の ムネ の ウチ に めいぜられて きた。 9 ネン マエ、 イチクロウ の カンジン を こぞって しりぞけた ヤマクニガワ に そう 7 ゴウ の サトビト は、 コンド は ジハツテキ に カイサク の キシン に ついた。 スウニン の イシク が イチクロウ の ジギョウ を たすける ため に やとわれた。 もう、 イチクロウ は コドク では なかった。 ガンペキ に おろす タスウ の ツチ の オト は、 いさましく にぎやか に、 ドウクツ の ナカ から もれはじめた。
 が、 ヨクネン に なって、 サトビト たち が コウジ の ススミカタ を はかった とき、 それ が まだ ゼッペキ の 4 ブン の 1 にも たっして いない の を ハッケン する と、 サトビト たち は ふたたび ラクタン ギワク の コエ を もらした。
「ヒト を まして も、 とても ジョウジュ は せぬ こと じゃ。 あたら、 リョウカイ ドノ に たぶらかされて いらぬ モノイリ を した」 と、 カレラ は はかどらぬ コウジ に、 いつのまにか あききって おった。 イチクロウ は、 また ヒトリ とりのこされねば ならなかった。 カレ は、 ジブン の ソバ に ツチ を ふる モノ が、 ヒトリ へり フタリ へり、 ついには ヒトリ も いなく なった の に キ が ついた。 が、 カレ は けっして さる モノ を おわなかった。 もくもく と して、 ジブン ヒトリ その ツチ を ふるいつづけた のみ で ある。
 サトビト の チュウイ は、 まったく イチクロウ の シンペン から はなれて しまった。 ことに ドウクツ が、 ふかく うがたれれば うがたれる ほど、 その おくふかく ツチ を ふるう イチクロウ の スガタ は、 コウジン の メ から とおざかって いった。 ヒトビト は、 ヤミ の ウチ に とざされた ドウクツ の ナカ を すかしみながら、
「リョウカイ さん は、 まだ やって いる の かなあ」 と、 うたがった。 が、 そうした チュウイ も、 シマイ には だんだん うすれて しまって、 イチクロウ の ソンザイ は、 サトビト の ネントウ から しばしば ショウシツ せん と した。 が、 イチクロウ の ソンザイ が、 サトビト に たいして ボッコウショウ で ある が ごとく、 サトビト の ソンザイ も また イチクロウ に ボッコウショウ で あった。 カレ には ただ、 ガンゼン の ダイガンペキ のみ が ソンザイ する ばかり で あった。
 しかし、 イチクロウ は、 ドウクツ の ナカ に タンザ して から、 もはや 10 ネン にも あまる アイダ、 あんたん たる つめたい イシ の ウエ に すわりつづけて いた ため に、 カオ は イロ あおざめ ソウ の マナコ が くぼんで、 ニク は おち ホネ あらわれ、 コノヨ に いける ヒト とも みえなかった。 が、 イチクロウ の ココロ には フタイテン の ユウモウシン が しきり に もえさかって、 ただ イチネン に うがちすすむ ホカ は、 ナニモノ も なかった。 イチブ でも イッスン でも、 ガンペキ の けずりとられる ごと に、 カレ は カンキ の コエ を あげた。
 イチクロウ は、 ただ ヒトリ とりのこされた まま に、 また 3 ネン を へた。 すると、 サトビト たち の チュウイ は、 ふたたび イチクロウ の ウエ に かえりかけて いた。 カレラ が、 ほんの コウキシン から、 ドウクツ の フカサ を はかって みる と、 ゼンチョウ 65 ケン、 カワ に めんする ガンペキ には、 サイコウ の マド が ヒトツ うがたれ、 もはや、 この ダイガンペキ の 3 ブン の 1 は、 しゅとして イチクロウ の ヤセウデ に よって、 つらぬかれて いる こと が わかった。
 カレラ は、 ふたたび キョウイ の メ を みひらいた。 カレラ は、 カコ の ムチ を はじた。 イチクロウ に たいする ソンスウ の ココロ は、 ふたたび カレラ の ココロ に フッカツ した。 やがて、 キシン された 10 ニン に ちかい イシク の ツチ の オト が、 ふたたび イチクロウ の それ に わした。
 また 1 ネン たった。 1 ネン の ツキヒ が たつ うち に、 サトビト たち は、 いつかしら メサキ の とおい シュッピ を、 くいはじめて いた。
 キシン の ニンプ は、 いつのまにか、 ヒトリ へり フタリ へって、 オシマイ には、 イチクロウ の ツチ の オト のみ が、 ドウクツ の ヤミ を、 うちふるわして いた。 が、 ソバ に ヒト が いて も、 いなくて も、 イチクロウ の ツチ の チカラ は かわらなかった。 カレ は、 ただ キカイ の ごとく、 コンシン の チカラ を いれて ツチ を あげ、 コンシン の チカラ を もって これ を ふりおろした。 カレ は、 ジブン の イッシン を さえ わすれて いた。 アルジ を ころした こと も、 オイハギ を はたらいた こと も、 ヒト を ころした こと も、 スベテ は カレ の キオク の ホカ に うすれて しまって いた。
 1 ネン たち、 2 ネン たった。 イチネン の うごく ところ、 カレ の やせた ウデ は、 テツ の ごとく くっしなかった。 ちょうど、 18 ネン-メ の オワリ で あった。 カレ は、 いつのまにか、 ガンペキ の 2 ブン の 1 を うがって いた。
 サトビト は、 この おそろしき キセキ を みる と、 もはや イチクロウ の シゴト を、 すこしも うたがわなかった。 カレラ は、 ゼン-2 カイ の ケタイ を ココロ から はじ、 7 ゴウ の ヒトビト ゴウリキ の マコト を つくし、 こぞって イチクロウ を たすけはじめた。 その トシ、 ナカツ ハン の コオリ ブギョウ が ジュンシ して、 イチクロウ に たいして、 キトク の コトバ を くだした。 キンゴウ キンザイ から、 30 ニン に ちかい イシク が あつめられた。 コウジ は、 カレハ を やく ヒ の よう に すすんだ。
 ヒトビト は、 スイザン の スガタ いたいたしい イチクロウ に、
「もはや、 ソナタ は イシク ども の タバネ を なさりませ。 みずから ツチ を ふるう には およびませぬ」 と、 すすめた が、 イチクロウ は がん と して おうじなかった。 カレ は、 たおるれば ツチ を にぎった まま と、 おもって いる らしかった。 カレ は、 30 の イシク が ソバ に はたらく の も しらぬ よう に、 シンショク を わすれ、 ケンメイ の チカラ を つくす こと、 すこしも マエ と かわらなかった。
 が、 ヒトビト が イチクロウ に キュウソク を すすめた の も、 ムリ では なかった。 20 ネン にも ちかい アイダ、 ヒ の ヒカリ も ささぬ ガンペキ の おくふかく、 すわりつづけた ため で あろう、 カレ の リョウアシ は ながい タンザ に いたみ、 いつのまにか クッシン の ジザイ を かいて いた。 カレ は、 わずか の ホコウ にも ツエ に すがらねば ならなかった。
 そのうえ、 ながい アイダ、 ヤミ に ざして、 ニッコウ を みなかった ため でも あろう、 また フダン に、 カレ の シンペン に とびちる くだけた イシ の カケラ が、 その メ を きずつけた ため でも あろう、 カレ の リョウガン は、 もうろう と して ヒカリ を うしない、 モノ の アイロ も わきまえかねる よう に なって いた。
 さすが に、 フタイテン の イチクロウ も、 ミ に せまる ロウスイ を いたむ ココロ は あった。 シンメイ に たいする シュウチャク は なかった けれど、 チュウドウ に して たおれる こと を、 ナニ より も ムネン と おもった から で あった。
「もう 2 ネン の シンボウ じゃ」 と、 カレ は ココロ の ウチ に さけんで、 ミ の ロウスイ を わすれよう と、 ケンメイ に ツチ を ふるう の で あった。

 おかしがたき ダイシゼン の イゲン を しめして、 イチクロウ の マエ に たちふさがって いた ガンペキ は、 いつのまにか スイザン の コジキソウ ヒトリ の ウデ に つらぬかれて、 その チュウフク を うがつ ドウクツ は、 イノチ ある モノ の ごとく、 イチロ その カクシン を つらぬかん と して いる の で あった。

 4

 イチクロウ の ケンコウ は、 カド の ロウドウ に よって、 いたましく きずつけられて いた が、 カレ に とって、 それ より も もっと おそろしい テキ が、 カレ の セイメイ を ねらって いる の で あった。

 イチクロウ の ため に ヒゴウ の オウシ を とげた ナカガワ サブロベエ は、 カシン の ため に サツガイ された ため、 カジ フトリシマリ と あって、 イエ は とりつぶされ、 その とき 3 サイ で あった イッシ ジツノスケ は、 エンジャ の ため に やしないそだてられる こと に なった。
 ジツノスケ は、 13 に なった とき、 はじめて ジブン の チチ が ヒゴウ の シ を とげた こと を きいた。 ことに、 アイテ が タイトウ の シジン で なく して、 ジブン の イエ に やしなわれた ヌボク で ある こと を しる と、 ショウネン の ココロ は、 ムネン の イキドオリ に もえた。 カレ は ソクザ に フクシュウ の イチギ を、 キモ ふかく めいじた。 カレ は、 はせて ヤギュウ の ドウジョウ に はいった。 19 の トシ に、 メンキョ カイデン を ゆるされる と、 カレ は ただちに ホウフク の タビ に のぼった の で ある。 もし、 シュビ よく ホンカイ を たっして かえれば、 イッカ サイコウ の キモイリ も しよう と いう、 シンルイ イチドウ の ゲキレイ の コトバ に おくられながら。
 ジツノスケ は、 なれぬ タビジ に、 オオク の カンナン を くるしみながら、 ショコク を ヘンレキ して、 ひたすら カタキ イチクロウ の アリカ を もとめた。 イチクロウ を ただ イチド さえ みた こと も ない ジツノスケ に とって は、 それ は クモ を つかむ が ごとき おぼつかなき ソウサク で あった。 ゴキナイ、 トウカイ、 トウサン、 サンイン、 サンヨウ、 ホクリク、 ナンカイ と、 カレ は サスライ の タビジ に トシ を おくり トシ を むかえ、 27 の トシ まで クウキョ な ヘンレキ の タビ を つづけた。 カタキ に たいする ウラミ も イキドオリ も、 タビジ の カンナン に ショウマ せん と する こと たびたび で あった。 が、 ヒゴウ に たおれた チチ の ムネン を おもい、 ナカガワ-ケ サイコウ の ジュウニン を かんがえる と、 ふんぜん と ココロザシ を ふるいおこす の で あった。
 エド を たって から ちょうど 9 ネン-メ の ハル を、 カレ は フクオカ の ジョウカ に むかえた。 ホンド を むなしく たずねあるいた ノチ に、 ヘンスイ の キュウシュウ をも さぐって みる キ に なった の で ある。
 フクオカ の ジョウカ から ナカツ の ジョウカ に うつった カレ は、 2 ガツ に はいった イチジツ、 ウサ ハチマングウ に さいして、 ホンカイ の 1 ニチ も はやく たっせられん こと を キネン した。 ジツノスケ は、 サンパイ を おえて から ケイダイ の チャミセ に いこうた。 その とき に、 ふと カレ は ソバ の ヒャクショウ-テイ の オトコ が、 いあわせた サンケイキャク に、
「その ゴシュッケ は、 モト は エド から きた オヒト じゃ げな。 わかい とき に ヒト を ころした の を ザンゲ して、 ショニン サイド の タイガン を おこした そう じゃ が、 イマ いうた ヒダ の コウカン は、 この ゴシュッケ ヒトリ の チカラ で できた もの じゃ」 と かたる の を ミミ に した。
 この ハナシ を きいた ジツノスケ は、 9 ネン コノカタ いまだ かんじなかった よう な キョウミ を おぼえた。 カレ は やや せきこみながら、
「ソツジ ながら、 しょうしょう モノ を たずねる が、 その シュッケ と もうす は、 トシ の コロ は どれ ぐらい じゃ」 と、 きいた。 その オトコ は、 ジブン の ダンワ が ブシ の チュウイ を ひいた こと を、 コウエイ で ある と おもった らしく、
「さよう で ございます な。 ワタクシ は その ゴシュッケ を おがんだ こと は ございませぬ が、 ヒト の ウワサ では、 もう 60 に ちかい と もうします」
「タケ は たかい か、 ひくい か」 と、 ジツノスケ は たたみかけて きいた。
「それ も しかと は、 わかりませぬ。 なにさま、 ドウクツ の おくふかく おられる ゆえ、 しかと は わかりませぬ」
「その モノ の ゾクミョウ は、 なんと もうした か ぞんぜぬ か」
「それ も、 とんと わかりません が、 オウマレ は エチゴ の カシワザキ で、 わかい とき に エド へ でられた そう で ござります」 と、 ヒャクショウ は こたえた。
 ここ まで きいた ジツノスケ は、 おどりあがって よろこんだ。 カレ が、 エド を たつ とき に、 シンルイ の ヒトリ は、 カタキ は エチゴ カシワザキ の ウマレ ゆえ、 コキョウ へ たちまわる かも はかりがたい、 エチゴ は ひとしお ココロ を いれて タンサク せよ と いう、 チュウイ を うけて いた の で あった。
 ジツノスケ は、 これ ぞ まさしく ウサ ハチマングウ の シンタク なり と いさみたった。 カレ は その ロウソウ の ナ と、 ヤマクニダニ に むかう ミチ を きく と、 もはや ヤツドキ を すぎて いた にも かかわらず、 ヒッシ の チカラ を ソウキャク に こめて、 カタキ の アリカ へ と いそいだ。 その ヒ の ショコウ ちかく、 ヒダ ムラ に ついた ジツノスケ は、 ただちに ドウクツ へ たちむかおう か と おもった が、 あせって は ならぬ と おもいかえして、 その ヨ は ヒダ エキ の シュク に ショウリョ の イチヤ を あかす と、 ヨクジツ は はやく おきいでて、 ケイソウ して ヒダ の コウカン へ と むかった。
 コウカン の イリグチ に ついた とき、 カレ は そこ に、 イシ の カケラ を はこびだして いる イシク に たずねた。
「この ドウクツ の ナカ に、 リョウカイ と いわるる ゴシュッケ が おわす そう じゃ が、 それ に ソウイ ない か」
「おわさない で なんと しょう。 リョウカイ サマ は、 この ホコラ の ヌシ も ドウヨウ な カタ じゃ、 はははは」 と、 イシク は こころなげ に わらった。
 ジツノスケ は、 ホンカイ を たっする こと、 はや ガンゼン に あり と、 よろこびいさんだ。 が、 カレ は あわてて は ならぬ と おもった。
「して、 デイリ の クチ は ここ 1 カショ か」 と、 きいた。 カタキ に にげられて は ならぬ と おもった から で ある。
「それ は しれた こと じゃ。 ムコウ へ クチ を あける ため に、 リョウカイ サマ は トタン の クルシミ を なさって いる の じゃ」 と、 イシク が こたえた。
 ジツノスケ は、 タネン の オンテキ が、 ノウチュウ の ネズミ の ごとく、 モクゼン に おかれて ある の を よろこんだ。 たとい、 その シタ に つかわるる イシク が イクニン いよう とも、 きりころす に なんの ゾウサ も ある べき と、 いさみたった。
「ソチ に すこし タノミ が ある。 リョウカイ ドノ に ギョイ えたい ため、 はるばる と たずねて まいった モノ じゃ と、 つたえて くれ」 と、 いった。 イシク が、 ドウクツ の ナカ へ はいった アト で、 ジツノスケ は イットウ の メクギ を しめした。 カレ は、 ココロ の ウチ で、 セイライ はじめて めぐりあう カタキ の ヨウボウ を ソウゾウ した。 ドウモン の カイサク を トウリョウ して いる と いえば、 50 は すぎて いる とは いえ、 キンコツ たくましき オトコ で あろう。 ことに ジャクネン の コロ には、 ヘイホウ に うとからざりし と いう の で ある から、 ゆめ ユダン は ならぬ と おもって いた。
 が、 しばらく して ジツノスケ の メンゼン へ と、 ドウモン から でて きた ヒトリ の コジキソウ が あった。 それ は、 でて くる と いう より も、 ガマ の ごとく はいでて きた と いう ほう が、 テキトウ で あった。 それ は、 ニンゲン と いう より も、 むしろ、 ニンゲン の ザンガイ と いう べき で あった。 ニク ことごとく おちて ホネ あらわれ、 アシ の カンセツ イカ は ところどころ ただれて、 ながく セイシ する に たえなかった。 やぶれた コロモ に よって、 ソウギョウ とは しれる ものの、 トウハツ は ながく のびて シワダラケ の ヒタイ を おおうて いた。 ロウソウ は、 ハイイロ を なした メ を しばたたきながら、 ジツノスケ を みあげて、
「ロウガン おとろえはてまして、 いずれ の カタ とも わきまえかねまする」 と、 いった。
 ジツノスケ の、 キョクド に まで、 はりつめて きた ココロ は、 この ロウソウ を ヒトメ みた セツナ たじたじ と なって しまって いた。 カレ は、 ココロ の ソコ から ゾウオ を かんじうる よう な アクソウ を ほっして いた。 しかるに カレ の マエ には、 ニンゲン とも シガイ とも つかぬ、 ハンシ の ロウソウ が うずくまって いる の で ある。 ジツノスケ は、 シツボウ しはじめた ジブン の ココロ を はげまして、
「ソノモト が、 リョウカイ と いわるる か」 と、 いきごんで きいた。
「いかにも、 さよう で ござります。 して ソノモト は」 と、 ロウソウ は いぶかしげ に ジツノスケ を みあげた。
「リョウカイ と やら、 いかに ソウギョウ に ミ を やつす とも、 よも わすれ は いたすまい。 ナンジ、 イチクロウ と よばれし ジャクネン の ミギリ、 シュジン ナカガワ サブロベエ を うって たちのいた オボエ が あろう。 ソレガシ は、 サブロベエ の イッシ ジツノスケ と もうす モノ じゃ。 もはや、 のがれぬ ところ と カクゴ せよ」
 と、 ジツノスケ の コトバ は、 あくまで おちついて いた が、 そこ に イッポ も、 ゆるす まじき ゲンセイサ が あった。
 が、 イチクロウ は ジツノスケ の コトバ を きいて、 すこしも おどろかなかった。
「いかさま、 ナカガワ サマ の ゴシソク、 ジツノスケ サマ か。 いや オチチウエ を うって たちのいた モノ、 この リョウカイ に ソウイ ござりませぬ」 と、 カレ は ジブン を カタキ と ねらう モノ に あった と いう より も、 キュウシュ の ワスレゴ に あった シタシサ を もって こたえた が、 ジツノスケ は、 イチクロウ の コワネ に あざむかれて は ならぬ と おもった。
「シュ を うって たちのいた ヒドウ の ナンジ を うつ ため に、 10 ネン に ちかい トシツキ を カンナン の ウチ に すごした わ。 ここ で あう から は、 もはや のがれぬ ところ と ジンジョウ に ショウブ せよ」 と、 いった。
 イチクロウ は、 すこしも わるびれなかった。 もはや キネン の うち に ジョウジュ す べき タイガン を みはてず して しぬ こと が、 やや かなしまれた が、 それ も オノレ が アクゴウ の ムクイ で ある と おもう と、 カレ は しす べき ココロ を きめた。
「ジツノスケ サマ、 いざ おきり なされい。 オキキオヨビ も なされたろう が、 これ は リョウカイ め が、 ツミホロボシ に ほりうがとう と ぞんじた ドウモン で ござる が、 19 ネン の サイゲツ を ついやして、 9 ブ まで は シュンコウ いたした。 リョウカイ、 ミ を はつる とも、 もはや トシ を かさねず して なりもうそう。 オンミ の テ に かかり、 この ドウモン の イリグチ に チ を ながして ヒトバシラ と なりもうさば、 はや おもいのこす こと も ござりませぬ」 と、 いいながら、 カレ は みえぬ メ を しばたたいた の で ある。
 ジツノスケ は、 この ハンシ の ロウソウ に せっして いる と、 オヤ の カタキ に たいして いだいて いた ニクシミ が、 いつのまにか、 きえうせて いる の を おぼえた。 カタキ は、 チチ を ころした ツミ の ザンゲ に、 シンシン を コ に くだいて、 ハンセイ を くるしみぬいて いる。 しかも、 ジブン が イチド なのりかける と、 いい と して イノチ を すてよう と して いる の で ある。 かかる ハンシ の ロウソウ の イノチ を とる こと が、 なんの フクシュウ で ある か と、 ジツノスケ は かんがえた の で ある。 が、 しかし この カタキ を うたざる カギリ は、 タネン の ホウロウ を きりあげて、 エド へ かえる べき ヨスガ は なかった。 まして カメイ の サイコウ など は、 おもい も およばぬ こと で あった の で ある。 ジツノスケ は、 ゾウオ より も、 むしろ ダサン の ココロ から この ロウソウ の イノチ を ちぢめよう か と おもった。 が、 はげしい もゆる が ごとき ゾウオ を かんぜず して、 ダサン から ニンゲン を ころす こと は、 ジツノスケ に とって しのびがたい こと で あった。 カレ は、 きえかかろう と する ゾウオ の ココロ を はげましながら、 ウチガイ なき カタキ を うとう と した の で ある。
 その とき で あった。 ドウクツ の ナカ から はしりでて きた 5~6 ニン の イシク は、 イチクロウ の キキュウ を みる と、 テイシン して カレ を かばいながら、
「リョウカイ サマ を なんと する の じゃ」 と、 ジツノスケ を とがめた。 カレラ の オモテ には、 シギ に よって は ゆるす まじき イロ が ありあり と みえた。
「シサイ あって、 その ロウソウ を カタキ と ねらい、 はしなくも コンニチ めぐりおうて、 ホンカイ を たっする もの じゃ。 サマタゲ いたす と、 ヨジン なり とも ヨウシャ は いたさぬ ぞ」 と、 ジツノスケ は りんぜん と いった。
 が、 その うち に、 イシク の カズ は ふえ、 コウロ の ヒトビト が イクニン と なく たちどまって、 カレラ は ジツノスケ を とりまきながら、 イチクロウ の カラダ に ユビ の 1 ポン も ふれさせまい と、 メイメイ に いきまきはじめた。
「カタキ を うつ うたぬ など は、 それ は まだ ヨ に ある うち の こと じゃ。 みらるる とおり、 リョウカイ ドノ は、 センイ チハツ の ミ で ある うえ に、 この ヤマクニダニ 7 ゴウ の モノ に とって は、 ジジ ボサツ の サイライ とも あおがれる カタ じゃ」 と、 その ウチ の ある モノ は、 ジツノスケ の カタキウチ を、 かなわぬ ヒボウ で ある か の よう に いいはった。
 が、 こう シュウイ の モノ から さまたげられる と、 ジツノスケ の カタキ に たいする イカリ は いつのまにか よみがえって いた。 カレ は ブシ の イジ と して、 テ を こまねいて たちさる べき では なかった。
「たとい シャモン の ミ なり とも、 シュウゴロシ の タイザイ は まぬかれぬ ぞ。 オヤ の カタキ を うつ モノ を サマタゲ いたす モノ は、 ヒトリ も ヨウシャ は ない」 と、 ジツノスケ は イットウ の サヤ を はらった。 ジツノスケ を かこう グンシュウ も、 ミナ ことごとく みがまえた。 すると、 その とき、 イチクロウ は しわがれた コエ を はりあげた。
「ミナノシュウ、 おひかえ なされい。 リョウカイ、 うたる べき オボエ じゅうぶん ござる。 この ドウモン を うがつ こと も、 ただ その ツミホロボシ の ため じゃ。 イマ かかる コウシ の オテ に かかり、 ハンシ の ミ を おわる こと、 リョウカイ が イチゴ の ネガイ じゃ。 ミナノシュウ サマタゲ ムヨウ じゃ」
 こう いいながら イチクロウ は、 ミ を ていして、 ジツノスケ の ソバ に いざりよろう と した。 かねがね、 イチクロウ の キョウゴウ なる イシ を しりぬいて いる シュウイ の ヒトビト は、 カレ の ケッシン を ひるがえす べき ヨシ も ない の を しった。 イチクロウ の イノチ、 ここ に おわる か と おもわれた。 その とき に、 イシク の トウリョウ が、 ジツノスケ の マエ に すすみいでながら、
「オブケ サマ も、 オキキオヨビ でも ござろう が、 この コウカン は リョウカイ サマ、 イッショウ の ダイセイガン にて、 20 ネン に ちかき ゴシンク に シンシン を くだかれた の じゃ。 いかに、 ゴジシン の アクゴウ とは いえ、 タイガン ジョウジュ を メノマエ に おきながら、 おはて なさるる こと、 いかばかり ムネン で あろう。 ワレラ の こぞって の オネガイ は、 ながく とは もうさぬ、 この コウカン の つうじもうす アイダ、 リョウカイ サマ の オイノチ を、 ワレラ に あずけて は くださらぬ か。 コウカン さえ つうじた セツ は、 ソクザ に リョウカイ サマ を ぞんぶん に なさりませ」 と、 カレ は マコト を あらわして アイガン した。 グンシュウ は、 クチグチ に、
「コトワリ じゃ、 コトワリ じゃ」 と、 サンセイ した。
 ジツノスケ も、 そう いわれて みる と、 その アイガン を きかぬ わけ には ゆかなかった。 イマ ここ で カタキ を うとう と して、 グンシュウ の ボウガイ を うけて フカク を とる より も、 コウカン の シュンコウ を まった ならば、 イマ で さえ みずから すすんで うたれよう と いう イチクロウ が、 ギリ に かんじて クビ を さずける の は、 ヒツジョウ で ある と おもった。 また そうした ダサン から はなれて も、 カタキ とは いいながら この ロウソウ の ダイセイガン を とげさして やる の も、 けっして フカイ な こと では なかった。 ジツノスケ は、 イチクロウ と グンシュウ と を トウブン に みながら、
「リョカイ の ソウギョウ に めでて その ネガイ ゆるして とらそう。 つがえた コトバ は わすれまい ぞ」 と、 いった。
「ネン も ない こと で ござる。 イチブ の アナ でも、 イッスン の アナ でも、 この コウカン が ムコウガワ へ つうじた セツ は、 その バ を さらず リョウカイ サマ を うたさせもうそう。 それまで は ゆるゆる と、 この アタリ に ゴタイザイ なされませ」 と、 イシク の トウリョウ は、 おだやか な クチョウ で いった。
 イチクロウ は、 この フンジョウ が ブジ に カイケツ が つく と、 それ に よって トヒ した ジカン が いかにも おしまれる よう に、 にじりながら ドウクツ の ナカ へ はいって いった。
 ジツノスケ は、 タイセツ の バアイ に おもわぬ ジャマ が はいって、 モクテキ が たっしえなかった こと を いきどおった。 カレ は いかんとも しがたい ウップン を おさえながら、 イシク の ヒトリ に アンナイ せられて、 キゴヤ の ウチ へ はいった。 ジブン ヒトリ に なって かんがえる と、 カタキ を モクゼン に おきながら、 うちえなかった ジブン の フガイナサ を、 ムネン と おもわず には いられなかった。 カレ の ココロ は いつのまにか いらだたしい イキドオリ で いっぱい に なって いた。 カレ は、 もう コウカン の シュンセイ を まつ と いった よう な、 カタキ に たいする ゆるやか な ココロ を まったく うしなって しまった。 カレ は コヨイ にも ドウクツ の ナカ へ しのびいって、 イチクロウ を うって たちのこう と いう ケッシン の ホゾ を かためた。 が、 ジツノスケ が イチクロウ の ハリバン を して いる よう に、 イシク たち は ジツノスケ を みはって いた。
 サイショ の 2~3 ニチ を、 ココロ にも なく ムイ に すごした が、 ちょうど イツカ-メ の バン で あった。 マイヨ の こと なので、 イシク たち も ケイカイ の メ を ゆるめた と みえ、 ウシ に ちかい コロ には ナンビト も いぎたない ネムリ に いって いた。 ジツノスケ は、 コヨイ こそ と おもいたった。 カレ は、 がばと おきあがる と、 マクラモト の イットウ を ひきよせて、 しずか に キゴヤ の ソト に でた。 それ は ソウシュン の ヨ の ツキ が さえた バン で あった。 ヤマクニガワ の ミズ は ゲッコウ の モト に あおく うずまきながら ながれて いた。 が、 シュウイ の フウブツ には メ も くれず、 ジツノスケ は、 アシ を しのばせて ひそか に ドウモン に ちかづいた。 けずりとった セッカイ が、 トコロドコロ に ちらばって、 ホ を はこぶ たび ごと に アシ を いためた。
 ドウクツ の ナカ は、 イリグチ から くる ゲッコウ と、 トコロドコロ に くりあけられた マド から さしいる ゲッコウ と で、 ところどころ ほのじろく ひかって いる ばかり で あった。 カレ は ウホウ の ガンペキ を たぐりたぐり オク へ オク へ と すすんだ。
 イリグチ から、 2 チョウ ばかり すすんだ コロ、 ふと カレ は ドウクツ の ソコ から、 かっかっ と マ を おいて ひびいて くる オト を ミミ に した。 カレ は サイショ それ が ナン で ある か わからなかった。 が、 イッポ すすむ に したがって、 その オト は カクダイ して いって、 オシマイ には ドウクツ の ナカ の ヨル の ジャクジョウ の ウチ に、 こだまする まで に なった。 それ は、 あきらか に ガンペキ に むかって テッツイ を おろす オト に ソウイ なかった。 ジツノスケ は、 その ヒソウ な、 スゴミ を おびた オト に よって、 ジブン の ムネ が はげしく うたれる の を かんじた。 オク に ちかづく に したがって、 タマ を くだく よう な するどい オト は、 ドウヘキ の シュウイ に こだまして、 ジツノスケ の チョウカク を、 もうぜん と おそって くる の で あった。 カレ は、 この オト を タヨリ に はいながら ちかづいて いった。 この ツチ の オト の ヌシ こそ、 カタキ リョウカイ に ソウイ あるまい と おもった。 ひそか に イットウ の コイグチ を しめしながら、 イキ を ひそめて よりそうた。 その とき、 ふと カレ は ツチ の オト の アイダアイダ に ささやく が ごとく、 うめく が ごとく、 リョウカイ が キョウモン を じゅする コエ を きいた の で ある。
 その しわがれた ヒソウ な コエ が、 ミズ を あびせる よう に ジツノスケ に てっして きた。 シンヤ、 ヒト さり、 クサキ ねむって いる ナカ に、 ただ アンチュウ に タンザ して テッツイ を ふるって いる リョウカイ の スガタ が、 スミ の ごとき ヤミ に あって なお、 ジツノスケ の シンガン に、 ありあり と して うつって きた。 それ は、 もはや ニンゲン の ココロ では なかった。 キド アイラク の ジョウ の ウエ に あって、 ただ テッツイ を ふるって いる ユウモウ ショウジン の ボサツシン で あった。 ジツノスケ は、 にぎりしめた タチ の ツカ が、 いつのまにか ゆるんで いる の を おぼえた。 カレ は ふと、 ワレ に かえった。 すでに ブッシン を えて、 シュジョウ の ため に、 サイシン の クルシミ を なめて いる コウトク の ヒジリ に たいし、 シンヤ の ヤミ に じょうじて、 ヒハギ の ごとく、 ケモノ の ごとく、 シンイ の ケン を ぬきそばめて いる ジブン を かえりみる と、 カレ は つよい センリツ が カラダ を つとうて ながれる の を かんじた。
 ドウクツ を ゆるがせる その ちからづよい ツチ の オト と、 ヒソウ な ネンブツ の コエ とは、 ジツノスケ の ココロ を サンザン に うちくだいて しまった。 カレ は、 いさぎよく シュンセイ の ヒ を まち、 その ヤクソク の はたさるる の を まつ より ホカ は ない と おもった。
 ジツノスケ は、 ふかい カンゲキ を いだきながら、 ドウガイ の ゲッコウ を めざし、 ドウクツ の ソト に はいでた の で ある。

 その こと が あって から まもなく、 コウカン の コウジ に したがう イシク の ウチ に、 ブケ スガタ の ジツノスケ の スガタ が みられた。 カレ は もう、 ロウソウ を ヤミウチ に して たちのこう と いう よう な けわしい ココロ は、 すこしも もって いなかった。 リョウカイ が ニゲカクレ も せぬ こと を しる と、 カレ は コウイ を もって、 リョウカイ が その イッショウ の タイガン を ジョウジュ する ヒ を、 まって やろう と おもって いた。
 が、 それにしても、 ぼうぜん と まって いる より も、 ジブン も この タイギョウ に イッピ の チカラ を つくす こと に よって、 いくばく か でも フクシュウ の キジツ が タンシュク せられる はず で ある こと を さとる と、 ジツノスケ は みずから イシク に ごして、 ツチ を ふるいはじめた の で ある。
 カタキ と カタキ と が、 あいならんで ツチ を おろした。 ジツノスケ は、 ホンカイ を たっする ヒ の 1 ニチ も はやかれ と、 ケンメイ に ツチ を ふるった。 リョウカイ は ジツノスケ が シュツゲン して から は、 1 ニチ も はやく タイガン を ジョウジュ して コウシ の ネガイ を かなえて やりたい と おもった の で あろう、 カレ は、 また さらに ショウジン の ユウ を ふるって、 キョウジン の よう に ガンペキ を うちくだいて いた。
 その うち に、 ツキ が さり ツキ が きた。 ジツノスケ の ココロ は、 リョウカイ の ダイ ユウモウシン に うごかされて、 カレ みずから コウカン の タイギョウ に シュウテキ の ウラミ を わすれよう と しがち で あった。
 イシク ども が、 ヒル の ツカレ を やすめて いる マヨナカ にも、 カタキ と カタキ とは あいならんで、 もくもく と して ツチ を ふるって いた。
 それ は、 リョウカイ が ヒダ の コウカン に ダイイチ の ツチ を おろして から 21 ネン-メ、 ジツノスケ が リョウカイ に めぐりあって から 1 ネン 6 カゲツ を へた、 エンキョウ 3 ネン 9 ガツ トオカ の ヨ で あった。 この ヨ も、 イシク ども は ことごとく コヤ に しりぞいて、 リョウカイ と ジツノスケ のみ、 シュウジツ の ヒロウ に めげず ケンメイ に ツチ を ふるって いた。 その ヨ ココノツ に ちかき コロ、 リョウカイ が チカラ を こめて ふりおろした ツチ が、 クチキ を うつ が ごとく なんの テゴタエ も なく チカラ あまって、 ツチ を もった ミギ の テノヒラ が イワ に あたった ので、 カレ は 「あっ」 と、 おもわず コエ を あげた。 その とき で あった。 リョウカイ の もうろう たる ロウガン にも、 まぎれなく その ツチ に やぶられたる ちいさき アナ から、 ツキ の ヒカリ に てらされたる ヤマクニガワ の スガタ が、 ありあり と うつった の で ある。 リョウカイ は 「おう」 と、 ゼンシン を ふるわせる よう な メイジョウ しがたき サケビゴエ を あげた か と おもう と、 それ に つづいて、 きょうした か と おもわれる よう な カンキ の ナキワライ が、 ドウクツ を ものすごく うごめかした の で ある。
「ジツノスケ ドノ、 ゴラン なされい。 21 ネン の ダイセイガン、 はしなくも コヨイ ジョウジュ いたした」 こう いいながら、 リョウカイ は ジツノスケ の テ を とって、 ちいさい アナ から ヤマクニガワ の ナガレ を みせた。 その アナ の マシタ に くろずんだ ツチ の みえる の は、 キシ に そう カイドウ に マギレ も なかった。 カタキ と カタキ とは、 そこ に テ を とりおうて、 ダイカンキ の ナミダ に むせんだ の で ある。 が、 しばらく する と リョウカイ は ミ を すさって、
「いざ、 ジツノスケ ドノ、 ヤクソク の ヒ じゃ。 おきり なされい。 かかる ホウエツ の マンナカ に オウジョウ いたす なれば、 ゴクラク ジョウド に うまるる こと、 ひつじょう ウタガイ なし じゃ。 いざ おきり なされい。 アス とも なれば、 イシク ども が、 サマタゲ を いたそう、 いざ おきり なされい」 と、 カレ の しわがれた コエ が ドウクツ の ヨル の クウキ に ひびいた。 が、 ジツノスケ は、 リョウカイ の マエ に テ を こまねいて すわった まま、 ナミダ に むせんで いる ばかり で あった。 ココロ の ソコ から わきいずる カンキ に なく しなびた ロウソウ の カオ を みて いる と、 カレ を カタキ と して ころす こと など は、 おもいおよばぬ こと で あった。 カタキ を うつ など と いう ココロ より も、 この かよわい ニンゲン の ソウ の カイナ に よって なしとげられた イギョウ に たいする キョウイ と カンゲキ の ココロ と で、 ムネ が いっぱい で あった。 カレ は いざりよりながら、 ふたたび ロウソウ の テ を とった。 フタリ は そこ に スベテ を わすれて、 カンゲキ の ナミダ に むせびおうた の で あった。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...