2015/05/04

トウジュウロウ の コイ

 トウジュウロウ の コイ

 キクチ カン

 1

 ゲンロク と いう ネンゴウ が、 いつのまにか トオ あまり を かさねた ある トシ の 2 ガツ の スエ で ある。
 ミヤコ では、 ハル の ニオイ が スベテ の もの を つつんで いた。 つい コノアイダ まで は、 チョウジョウ の ところ だけ は、 マダラ に きえのこって いた エイザン の ユキ が、 ハル の やわらかい ヒカリ の シタ に とけて しまって、 アト には ウスムラサキ を おびた キイロ の ヤマハダ が、 くっきり と オオゾラ に うかんで いる。 その ソラ の イロ まで が、 フユ の アイダ に くさった よう な ハイイロ を、 あらいながして ヒイチニチ ミドリ に さえて いった。
 カモ の カワラ には、 マルバヤナギ が めぐんで いた。 その コイシ の アイダ には、 シゼンザキ の スミレ や、 レンゲ が カクジ の ちいさい ハル を りょうして いた。 カワミズ は、 ヒマシ に スイリョウ を くわえて、 かるい アイイロ の ミズ が、 トコロドコロ の カワセ に せかれて、 ソウソウ の ヒビキ を あげた。
 クロキ を うる オハラメ の のびやか な コエ まで が ハル-らしい ココロ を そそった。 エド へ くだる サイゴク ダイミョウ の ギョウレツ が、 マイニチ の よう に ミヤコ の マチマチ を すぎた。 カレラ は サンジョウ の リョシュク に 2~3 ニチ の トウリュウ を して、 ミヤコ の ハル を ジュウブン に たのしむ と、 また オオトリゲ の ヤリ を ものものしげ に ふりたてて、 サンジョウ オオハシ の ハシイタ を、 ふみとどろかしながら、 はるか な アズマジ へ と くだる の で あった。
 トウゴク から、 キュウシュウ シコク から、 また コシジ の ハシ から も、 ホンザン マイリ の ゼンナン ゼンニョ の ムレ が、 ぞろぞろ と ミヤコ を さして つづいた。 そして カレラ も ハル の ミヤコ の ウズマキ の ナカ に、 イクニチ か を すごす の で あった。
 その うち に、 ハナ が さいた と いう ショウソク が、 ミヤコ の ヒトビト の ココロ を さわがしはじめた。 ギオン キヨミズ ヒガシヤマ イッタイ の ハナ が まず ひらく、 サガ や キタヤマ の ハナ が これ に つづく。 こうして ミヤコ の ハル は、 いよいよ ランジュク の イロ を なす の で あった。
 が、 その トシ の ミヤコ の ヒトタチ の ココロ を、 いちばん はげしく くるわせて いた の は、 シジョウ ナカジマ ミヤコ マンダユウ-ザ の サカタ トウジュウロウ と ヤマシタ ハンザエモン-ザ の ナカムラ シチサブロウ との、 キョネン から モチコシ の キョウソウ で あった。
 サンガツ の ソウゲイガシラ と まで、 たたえられた サカタ トウジュウロウ は ケイセイカイ の ジョウズ と して、 ヤツシ の メイジン と して は テンカ ムテキ の ナ を ほしいまま に して いた。 が、 キョネン シモツキ、 ハンザエモン の カオミセ キョウゲン に、 ヒガシ から のぼった ショウチョウ ナカムラ シチサブロウ は、 エド カブキ の トウリョウ と して、 トウジュウロウ と おなじく ヤツシ の メイジン で あった。 フタリ は おなじ ヤツシ の メイジン と して、 エド と キョウ との カブキ の ため にも、 はげしく あいあらそわねば ならぬ シュクエン を、 もって いる の で あった。
 キョウ の カブキ の ヤクシャ たち は、 ナカムラ シチサブロウ の ミヤコノボリ を きいて、 ミナ イジョウ な キンチョウ を しめした。 が、 その ヒトタチ の キタイ や キョウフ を うらぎって シチサブロウ の カオミセ キョウゲン は、 イガイ な フヒョウ で あった。 ケンブツ は クチグチ に、
「エド の メイジン じゃ、 と いう ほど に、 なんぞ めずらしい ゲイ でも する の か と おもって いた に、 ミヤコ の トウジュウロウ には およびつかぬ ウデ じゃ」 と ののしった。 シチサブロウ を そしる モノ は、 ただ シロウト の ケンブツ だけ では なかった。 カレ の ブタイ を みた ヤクシャ たち まで も、
「エド の ショウチョウ は、 ヒョウバンダオレ の ゴジン じゃ、 もっとも エド と キョウ と では ヒョウバン の メヤス も ちがう ほど に エド の メイジン は、 キョウ の ジョウズ にも およばぬ もの じゃ。 しょせん モノマネ キョウゲン は ミヤコ の もの と きわまった」 と、 かちほこる よう に いいふれた。 が、 シチサブロウ を そしる ウワサ が、 トウジュウロウ の ミミ に はいる と、 カレ は マユ を ひそめながら、
「ワレラ の みる ところ は、 また ベツ じゃ。 ショウチョウ ドノ は、 まことに シゲイ の オヒト じゃ。 ワレラ には、 おそろしい タイテキ じゃ」 と、 ただ ヒトリ セヒョウ を しりぞけた の で あった。

 2

 はたして トウジュウロウ の ヒョウカ は、 くるって いなかった。 カオミセ キョウゲン に ひどい フヒョウ を まねいた ナカムラ シチサブロウ は、 トシ が あらたまる と ハツハル の キョウゲン に、 『ケイセイ アサマガダケ』 を だして、 トモノジョウ の ヤク に ふんした。 シチサブロウ の トモノジョウ の ヒョウバン は、 すさまじい ばかり で あった。
 トウジュウロウ は、 トクイ の ユウギリ イザエモン を だして、 これ に タイコウ した。 フタリ の メイユウ が、 ブタイ の ウエ の キョウソウ は、 ミヤコ の ヒトビト の ココロ を わきたたせる に ジュウブン で あった。 が あたらしき もの を おう の は、 ジンシン の ツネ で ある。 くちさがなき キョウワラベ は、
「トウジュウロウ ドノ の イザエモン は、 いかにも みごと じゃ、 が、 ワレラ は イクド みた か かぞえられぬ ほど じゃ。 キョネン の ヤヨイ キョウゲン も たしか イザエモン じゃ。 もう イザエモン には タンノウ いたして おる わ。 それ に くらぶれば、 シチサブロウ ドノ の トモノジョウ は、 ミヤコ にて はじめて の キョウゲン じゃ。 キョウ の ヌレゴトシ とは また ちごうて、 やさしい ウチ にも、 アズマオトコ の きつい ところ が ある の が、 てんと たまらぬ ところ じゃ」 と クチグチ に いいはやした。
 うごきやすい ミヤコ の ジンシン は、 10 ネン サンタン しつづけた トウジュウロウ の オウザ から、 ともすれば はなれはじめそう な ケハイ を しめした。 マンダユウ-ザ の キド より も、 ハンザエモン-ザ の キド の ほう へ と、 より タクサン の グンシュウ が、 ながれはじめて いた。
 ハルキョウゲン の キジツ が つきる と、 マンダユウ-ザ は すぐ センシュウラク に なった にも かかわらず、 ハンザエモン-ザ は なお うちつづけた。 2 ガツ に はいって も、 キャクアシ は すこしも おちなかった。 2 ガツ が オワリ に なって、 いよいよ ヤヨイ キョウゲン の キセツ が、 ちかづいて きた の にも かかわらず、 シチサブロウ は なお トモノジョウ の ヤク に ふんして、 ミヤコオオジ の ニンキ を いっぱい に せおうて いた。
「ハンザエモン-ザ では、 ヤヨイ キョウゲン も 『ケイセイ アサマガダケ』 を うちとおす そう じゃ が、 かよう な レイ は、 タマムラ センノジョウ カワチ-ガヨイ の キョウゲン に、 150 ニチ うちつづけて イライ、 たえて きかぬ こと じゃ。 シチサブロウ ドノ の ニンキ は、 ゼンダイ ミモン じゃ」 と、 チマタ の ウワサ は、 ただ この サタ ばかり の よう で あった。
 こうした ウワサ が、 かまびすしく なる に つれ、 ひそか に ウデ を こまねいて かんがえはじめた の は、 サカタ トウジュウロウ で あった。
 サンガツ ソウゲイガシラ と いう ビショウ を、 ながい アイダ キョウジュ して きた トウジュウロウ は、 ジブン の ゲイ に ついて は、 なんら の フアン も ない と ともに、 ジュウブン な ジシン を もって いた。 すぐる ヒツジドシ に サイギュウ イチカワ ダンジュウロウ が、 ニッポン ズイイチカワ の かまびすしい メイセイ を にのうて、 アズマ から はるばる と、 ミヤコ の ハヤグモ チョウキチ-ザ に のぼって きた とき も、 トウジュウロウ の ジシン は びくとも しなかった。 『オエド ダンジュウロウ みしゃい な』 と、 エド の ヒトビト が ほこる この チンキャク を みる ため に、 ミヤコ の ヒトビト が ナダレ を なして、 チョウキチ-ザ に おしよせて いった とき も、 トウジュウロウ は すこしも さわがなかった。 ことに、 カレ が はじめて ダンジュウロウ の ブタイ を みた とき に、 カレ は ココロ の ナカ で ひそか に エド の カブキ を ケイベツ した。 カレ は、 ダンジュウロウ が イチリュウ あみだした と いう アラゴト を みて、 なんと いう ソヤ な きょうざめた ゲイ だろう と おもって、 カレ の フクシン の デシ の ヤマシタ キョウエモン が、
「タユウ サマ、 ダンジュウロウ の ゲイ を いかが おぼしめさる、 エド ジマン の アラゴト と やら を どう おぼしめさる」 と きいた とき、 カレ は つつましやか な クショウ を もらしながら 「ジツゴト の オウギ の げせぬ ヒトタチ の する こと じゃ。 また ジツゴト の オモシロサ の げせぬ ヒトタチ の みる シバイ じゃ」 と、 イチゴン の モト に けなしさった。 が コンド の シチサブロウ に たいして は、 サイギュウ を あしろうた よう には ゆかなかった。

 3

 と、 いって トウジュウロウ は、 むげに シチサブロウ を おそれて いる の では ない。 もとより、 ダンジュウロウ の ヨウチ な チゴダマシ にも にた アラゴト とは ちごうて、 ニンゲン の シンジツ な シウチ を さながら に、 うつして いる シチサブロウ の ゲイ を ジュウブン に ソンケイ も すれば、 おそれ も した。 が、 トウジュウロウ は ゲイノウ と いう テン から だけ では、 ジブン が シチサブロウ に ミジン も おとらない ばかり で なく、 むしろ ミギワマサリ で ある こと を ジュウブン に しんじた。 したがって、 イマ まで たりみちて いた トウジュウロウ の ココロ に フアン な クウキョ と フカイ な ドウヨウ と を うえつけた の は、 シチサブロウ との タイコウ など と いう こと より も、 もっと ふかい もっと ホンシツテキ な ある もの で あった。
 カレ は、 ハタチ の トシ から 40 イクツ と いう イマ まで、 なんの フアン も なし に、 ヌレゴトシ に ふんして きた。 そして、 トウジュウロウ の ケイセイカイ と いえば、 リュウコツシャ に たよる サト の ワラベ に さえ も、 きこえて いる。 また キョウ の サンザ ケンブツ たち も トウジュウロウ の ケイセイカイ の キョウゲン と いえば、 いつもながら オシゲ も ない カッサイ を おくって いた。 カレ が、 イザエモン の カミコスガタ に なり さえ すれば、 ケンブツ は タワイ も なく カッサイ した。 すこし でも キャクアシ が うすく なる と、 カレ は きまって、 イザエモン に ふんした。 しかも、 カレ の イザエモン ヤク は、 トラムプ の キリフダ か ナニ か の よう に、 オオク の ケンブツ と カッサイ と を、 トウジュウロウ に ホショウ する の で あった。
 が、 カレ は ココロ の ウチ で、 いつ と なし に、 ジブン の ゲイ に たいする フアン を かんじて いた。 いつも、 おなじ よう な ヤク に ふんして、 したたるい ケイセイ を アイテ の セリフ を いう こと が、 カレ の ココロ の ナカ に、 ぼんやり と した フカイ を おこす こと が たびかさなる よう に なって いた。 が、 カレ は まだ いい だろう、 まだ いい だろう と おもいながら イチニチ ノバシ の よう に、 ジブン の しなれた カッサイ を うる に きまった キョウゲン から、 ぬけだそう と いう キ を おこさなかった の で ある。
 こうした トウジュウロウ の ココロ に、 おそろしい ケイショウ は とうとう つたえられた の だ。 「また いつもながら イザエモン か、 トウジュウロウ ドノ の カミコスガタ は、 もう イクド みた か、 かぞえきれぬ ほど じゃ」 と、 いう チマタ の ヒョウバン は、 トウジュウロウ に とって は チメイテキ な コトバ で あった。 カレ が、 おそれた の は シチサブロウ と いう テキ では なかった。 カレ の タイテキ は、 カレ ジシン の ゲイ が ゆきづまって いる こと で ある。 イマ まで は、 ヒカク される もの の ない ため に、 カレ の ゲイ が ゆきづまって いる こと が、 ムチ な ケンブツ には わからなかった の で ある。 カレ は、 シチサブロウ の トモノジョウ を みた とき に、 ケイセイカイ の セカイ とは、 まるきり ちがった あたらしい セカイ が、 ブタイ の ウエ に、 うきだされて いる こと を かんじない わけ には、 ゆかなかった。 ただ うわついた ネ も ハ も ない よう な ケイセイカイ の キョウゲン とは ちごうて、 イッポ ふかく ヒト の ココロ の ウチ に ふみいった セカイ が、 ブタイ の ウエ に テンカイ されて くる の を みとめない わけ には ゆかなかった。 ケンブツ は、 ケイセイカイ の キョウゲン から、 タワイ も なく シチサブロウ の ブタイ へ、 ひきつけられて いった。 が、 トウジュウロウ は、 ケンブツ の タワイ も ない モウドウ の ウチ に、 ふかい もっとも な リユウ の ある の を、 カンシュ しない わけ には ゆかなかった の で ある。
 コテサキ の ゲイ の モンダイ では なかった。 カレ は、 もっと ふかい タイセツ な ところ で、 ジャクハイ の シチサブロウ に ヒトアシ とりのこされよう と した の で ある。 シチサブロウ の トモノジョウ が、 ラクチュウ ラクガイ の ニンキ を そそって、 ヤヨイ キョウゲン をも、 おなじ ダシモノ で うちつづける と いう ウワサ を ききながら、 トウジュウロウ は はげしい ショウソウ と フアン の ムネ を おさえて、 じっと シアン の テ を こまねいた の で ある。 その とき に、 ふと カレ の ココロ に うかんだ の は、 ナニワ に すんで いる チカマツ モンザエモン の こと で あった。

 4

 それ は、 2 ガツ の ある ヨイ で あった。 シジョウ チュウトウ の キョウ の ハシ、 カモガワ の ナガレ ちかく セナリ の オト が、 テ に とって きこえる よう な チャヤ ムネセイ の オオヒロマ で、 マンダユウ-ザ の ヤヨイ キョウゲン の カオツナギ の エン が ひらかれて いた。
 ヒロマ の チュウオウ、 トコバシラ を セ に して、 ギンショク の ヒカリ を マッコウ に あびながら、 ドンス の カガミブトン の ウエ に、 ゆったり と すわり、 こころもち キョウソク に ミ を もたせて いる の は、 サカタ トウジュウロウ で あった。 チャセン に ゆった イロジロ の オモテ は、 40 を こした オトコ とは、 おもわれぬ ほど の ウツクシサ に かがやいて みえた。 シタ には ネズミ チリメン の ヒッカエシ を き、 ウエ には クロハブタエ の フタツメン ケシニンギョウ の カガモン の ハオリ を うちかけ、 ソウデン カラチャ の タタミオビ を しめて いた。 トウジュウロウ の ミギ に すわって いる の は、 イチザ の ワカオヤマ の キリナミ センジュ で あった。 シロコソデ の ウエ に、 ムラサキ チリメン の フタツガサネ を き、 トラフ ビロウド の ハオリ に、 ムラサキ の ヤロウ を いただいた フゼイ は、 さながら オンナ の ごとく なまめかしい。 この フタリ を かこんで、 イチザ の ドウケガタ、 カシャガタ、 ワカシュガタ など の ヒトビト が、 それぞれ カビ な フウゾク の カギリ を つくして いならんで いた。 その ナカ に、 ただ ヒトリ センスジ の ハオリ を きた シッソ な フウゾク を した 25~26 の オトコ は、 マンダユウ-ザ の ワカタユウ で あった。 カレ は、 センコク から シュセキ の アイダ を、 あっちこっち と まわって、 シュエン の キョウ を とりもって いた が、 ようやく メイテイ した らしい カオ に マンメン の ビショウ を たたえながら、 トウジュウロウ の マエ に あらためて かしこまる と、 おそるおそる サカズキ を マエ に だした。
「さあ、 もう ヒトツ おうけ くだされませ。 コンド の ヤヨイ キョウゲン は、 チカマツ サマ の シュコウ で、 カブキ はじまって の めずらしい キョウゲン じゃ と、 ミヤコ の ウチ は ただ この ウワサ ばかり じゃ げに ござります。 ケイセイカイ の ショサ は ニホン ムソウ と いわれた オミサマ じゃ が、 みちならぬ コイ の イキカタ は、 また カクベツ の ゴシアン が ござりましょう な はははは」 と、 たくみ な ツイショウ ワライ に ゴビ を にごした。 と、 トウジュウロウ と いならんで いる キリナミ センジュ は、 キュウ に うつくしい ビショウ を もらしながら、
「ほんに ワカタユウ ドノ の いう とおり じゃ。 トウジュウロウ サマ には、 その アタリ の ゴシアン が、 もう ちゃんと ついて いる はず じゃ。 ワレ など は、 ただ トウジュウロウ サマ に あやつられて クグツ の よう に うごけば よい の じゃ」 と、 アイヅチ を うった。
 トウジュウロウ は、 ワカタユウ の さした サカズキ を、 うけとり は した ものの、 カレ の コトバ にも、 センジュ の コトバ にも、 イチゴン も カエシ を しなかった。 カレ は、 サケ の アジ が、 キュウ に にがく なった よう に、 こころもち カオ を しかめながら、 ぐっと イッキ に その サカズキ を のみほした ばかり で あった。
 カレ は、 コヨイ の シュエン が、 はじまって イライ、 なにげない ふう に サカズキ を かさねて は いた ものの、 ココロ の ウチ には、 かなり はげしい ゲイジュツテキ な クモン が、 うずまいて いる の で あった。
 カレ が、 チカマツ モンザエモン に、 キュウビキャク を とばして、 わりなく たのんだ こと は、 ソクザ に かなえられた の で あった。 イマ まで の ケイセイカイ とは、 ウラ と オモテ の よう に、 うちかわった キョウゲン と して、 モンザエモン が トウジュウロウ に かきあたえた キョウゲン は、 うわついた ヨウキ な タワイ も ない ケイセイカイ の ヌレゴト とは ちごうて、 イノチ を として の イロゴト で あった。 うちしずんだ インキ な、 ケンメイ な イノチ を すてて する ヌレゴト で あった。 ゲイダイ は 『ダイキョウジ ムカシゴヨミ』 と いって、 キョウ の ヒトビト の、 キオク には まだ あたらしい ムロマチ-ドオリ の ダイキョウジ の ニョウボウ オサン が、 テダイ モエモン と フギ を して、 アワタグチ に ケイシ する まで の、 のろわれた イノチガケ の コイ の キョウゲン で あった。
 トウジュウロウ の ゲイ に とって、 そこ に あたらしい セカイ が ひらかれた。 が それ と ドウジ に、 ゼンダイ ミモン の キョウゲン に たいする フアン と ショウリョ とは、 ジシン の つよい カレ の ココロ にも きざさない わけ には ゆかなかった。

 5

 トウジュウロウ の ココロ に、 そうした クッタク が あろう とは、 ゆめにも きづかない ワカタユウ は、 シバイコク の コクオウ たる トウジュウロウ の キゲン を、 いかにも して とりむすぼう と おもった らしく、
「この キョウゲン に くらべまして は、 シチサブロウ ドノ の 『アサマガダケ』 の キョウゲン も ワラベタラシ の よう に、 キョク も のう みえまする わ。 ゼンダイ ミモン の ミソカオ の キョウゲン とは、 さすが に モンザエモン サマ の ゴシュコウ じゃ。 それ に つけまして も、 サカタ サマ には こうした かわった コイ の オオボエ も ござりましょう な はははは」 と、 トキ に とって の ザキョウ の よう に たかだか と わらった。
 イマ まで、 おしだまって いた トウジュウロウ の かたい クチビル が、 ほころびた か と おもう と、 「さよう な こと、 なんの あって よい もの か」 と、 にがりきって はきだす よう に いった。 「トウジュウロウ は、 うまれながら の イロゴノミ じゃ が、 まだ ヒト の ニョウボウ と ネンゴロ した オボエ は ござらぬ わ」 と、 つめたい クショウ を もらしながら つけくわえた。 ワカタユウ は、 ザキョウ の つもり で いった タワムレ を、 マッコウ から つきとばされて、 キョウザメガオ に だまって しまった。
 ソバ に すわって いた キリナミ センジュ は、 イチザ が しらける の を おそれた の で あろう。 トリナシガオ に、 ビショウ を ふくみながら、
「ほんに、 サカタ サマ の いわれる とおり じゃ。 この センジュ とて も、 アルジ ある ニョウボウ と、 ネンゴロ した こと は ない わいな」 と、 いいながら オンナ の よう に うつくしい クチ を おおうた。
 が、 トウジュウロウ は、 マエ より も ひときわ、 にがりきった まま で あった。 カレ は イマ ココロ の ウチ で、 わずか ミッカ の ノチ に せまった ショニチ を ひかえて、 ゲイ の クシン に カンタン を くだいて いた の で ある。 カレ に とって、 そこ に かなり キケン な シキンセキ が よこたわって いる。 『あれ みよ、 ミソカオ の キョウゲン とは、 ナバカリ で あいもかわらぬ トウジュウロウ じゃ』 と、 いわれて は、 ジブン の ゲイ は エイキュウ に すたれる の だ と、 カレ は ココロ の ウチ に、 カクゴ の ホゾ を かためて いた。 ただ、 アイテ の ケイセイ が、 ヒトヅマ に かわった ばかり で、 むかしながら の トウジュウロウ だ とは、 ゆめにも いわせて は ならない と、 ココロ の ウチ に おもいさだめて いた。
 が、 それ か と いって、 トウジュウロウ は、 ジブン で クチ に だして いった とおり、 みちならぬ コイ を した オボエ は さらさら なかった の で ある。 もとより、 カブキ ヤクシャ の ツネ と して、 イロコ と して ブタイ を ふんだ 12~13 の コロ から、 かずおおく の イロイロ の シキジョウ セイカツ を けみして いる。 40 を こえた コンニチ まで には イクジュウニン の オンナ を しった か わからない。 カレ の スガタエ を、 トコ の シタ に しきながら、 こがれしんだ ムスメ や、 カレ に たいする コイ の かなわぬ カナシミ から、 キヨミズ の ブタイ から ミ を なげた オンナ さえ ない こと は ない。 が、 こうした セイカツ にも かかわらず、 テンセイ リチギ な トウジュウロウ は、 わかい とき から、 フギ ヒドウ な イロゴト には、 イッシ を だに そめる こと を しなかった。 そうした ユウワク に せっする ごと に、 カレ は もうぜん と して、 これ と たたかって きて いる。 カレ が、 ヤクシャ にも にあわず 『トウジュウロウ ドノ は、 ものがたい ゴジン じゃ』 と、 いわれて、 シバイコク の チョウジャ と して、 シュウイ から、 ソンケイ されて いる の も、 ヒトツ には こうした ワケ から でも あった。
 したがって、 カレ は、 カコ の ケイケン から、 ヒトヅマ を ぬすむ よう な ヒッシ な、 そらおそろしい、 それ と ドウジ に ミ を やく よう に はげしい コイ に ちかい バアイ を、 いろいろ と たずねて みた が、 カレ の どの コイ も どの コイ も きわめて セイトウ な、 ものやわらか な コイ で あって、 フユ の ウミ の よう に おそろしい コイ や、 ナツ の タイヨウ の よう な はげしい コイ の バアイ は、 どう かんがえて も アタマ に うかんで は こなかった。

 6

 ケイセイカイ の イキサツ なれば、 どんな に ビミョウ に でも、 えんじうる と いう ジシン を もった トウジュウロウ も、 ヒトヅマ との のろわれた アクマテキ な、 みちならぬ しかし ケンメイ な ヒッシ の コイ を、 ブタイ の ウエ に どう しいかして よい か は、 ほとほと シアン の およばぬ ところ で あった。 これまで の カブキ キョウゲン と いえば、 ケイセイカイ の タワイ も ない タワムレ か、 で なければ モノマネ の ドウケ に つきて いた ため に、 こうした ミソカオ の キョウゲン など に、 たのまれる よう な ゼンダイ の メイユウ の しのこした カタ など は、 ミジン も のこって いなかった。 それ か と いって、 カレ は こうした バアイ に、 うちあけて チエ を かりる べき、 ソウダン アイテ を もって いなかった。 カレ の モエモン に、 オサン を つとめる キリナミ センジュ は、 テンセイ の ビボウ ヒトツ が、 カレ の ブタイ の スベテ で あった。 ただ、 トウジュウロウ の サシズ の まま に、 クグツ の ごとく うごく の が、 カレ の エンギ の スベテ で あった の だ。
 トウジュウロウ は、 ジブン ジシン の アタマ を しぼる より ホカ には、 クフウ の シカタ も なかった の で ある。
 トウジュウロウ の フキゲン の ハイゴ に、 そうした コンポンテキ な クッタク が、 ひそんで いる とは キ の つかない イチザ の ヒトビト は、 しらけはじめよう と する シュエン の ザ を、 どうか して ひきたたせよう と、 おもった の だろう、 50 に テ の とどきそう な ドウケガタ の ロウユウ は、 ソバ に すわって いた ハタチ を でた ばかり の、 ヤロウ を きた うつくしい ワカシュガタ を うながしたてながら、 おどけた ツレマイ を まいはじめた。
 トウジュウロウ は、 フタリ の マイ を ふりむき も しない で、 ヒゴロ には にず、 タイハイ を かさねて 4 ド ばかり、 したたか に のみほす と、 にわか に はっして きた ヨイ に、 ザ には え たえられぬ よう に、 つと セキ を たちながら、 カワラ に のぞんだ ひろい エン に でた。
 カワラ の ヤミ の ソコ を ながれる カワミズ が、 ほのか な ヒカリ を はなって いる ホカ は、 ミソカ に ちかい ヨル の ソラ は くもって、 ホシ ヒトツ さえ みえなかった。 コエ ばかり とびこうて いる か の よう に、 ヤミ の ナカ に チドリ が、 ちち と なきしきって いた。
 カブキ の チョウジャ と して、 オウジャ の よう に ホコリ を、 もって いた トウジュウロウ の ココロ も、 ケアワセ に まけた トリ の よう に しょげきって しまって いた。 カレ が、 ザ を たった ため に、 ウエ から の アッパク の とれた よう に、 キュウ に はずみかけた シュエン の セキ の さわがしい ドヨメキ を、 アト に しながら、 カレ は しらずしらず セイジャク な バショ を もとめて、 カッテ を しった ムネセイ の ヘヤベヤ を とおりぬけながら、 オク の ハナレザシキ を こころざした。
 オモヤ から は いちだん と、 カワラ の ナカ に つきでて いる ハナレザシキ には、 ヒト の ケハイ も なかった。 ただ ほんのり と ともって いる、 キヌアンドン の ヒカリ の ウチ に、 うつくしい チョウド など が、 ハル の ヨ に ふさわしい なまめいた シズケサ を たもって いた。 トウジュウロウ は、 ヒトカゲ の みえぬ の を ココロ の ウチ に よろこんだ。 カレ は、 トコノマ に おいて あった キョウソク を、 とりおろす と、 それ に ミギ の ヒジ を もたせながら、 ミ を ヨコザマ に のばした の で ある。
 が、 そうぞうしい シュエン の セキ から、 ミ を のがれた ヨロコビ は、 すぐ きえて しまって、 ゲイ の クシン が ふたたび ひしひし と ムネ に せまって くる。 アス から は ケイコ が はじまる。 カンジンカナメ の モエモン の ユキカタ が、 きまらいで は アイテ の オサン も、 その ホカ の ヒトビト も どう うごいて よい か、 シアン の シヨウ も ない こと に なる。 オノ が クフウ が まずうて は、 チカマツ モンザ が ココロ を くだいた ゼンダイ ミモン の キョウゲン も、 あたら キョウワラベ の ワライグサ に ならぬ とも かぎらない。 こう おもいながら、 トウジュウロウ は ムネ の ナカ に うずまいて いる、 モドカシサ を おさえながら、 イチズ に ココロ を その ほう へ ふりむけよう と あせった。
 その とき で ある。 オモヤ の ほう から、 とんとん と ハナレザシキ を さして くる ヒト の アシオト が、 きこえて きた。

 7

 せっかく、 さわがしい シュセキ を のがれて、 もとめえた しずか な バショ で、 ゲイ の クシン を こらそう と おもって いた トウジュウロウ は、 ジブン の ほう へ ちかづいて くる ヒト の アシオト を きいて、 こころもち マユ を しかめぬ わけ には ゆかなかった。
 が、 ちかづいて くる アシオト の ヌシ は、 ここ に トウジュウロウ が いよう など とは、 ゆめにも きづかない らしく、 アシバヤ に ながい ロウカ を とおりぬけて、 この ヘヤ に ちかづく まま に、 ジョセイ らしい キヌズレ の オト を させた か と おもう と、 エシャク も なく ヘヤ の ショウジ を おしひらいた。 が、 そこ に よこたわって いた トウジュウロウ の スガタ を みる と、 びっくり して シキイギワ に たちすくんで しまった。
「あれ、 トウ サマ は ここ に おわした の か。 これ は これ は いかい ソソウ を」 と、 いいながら、 オンナ は すぐ ショウジ を とざして、 さろう と した が、 また たちなおって、 「ほんに、 このよう に ひえる ところ で、 そうして ござって、 オカゼ など めす と わるい。 どれ、 ワタシ が ヨル の モノ を かけて しんぜましょう」 と、 いいながら、 ヘヤ の カタスミ の オシイレ から、 ヤグ を とりおろそう と して いる。
 トウジュウロウ は、 サイショ アシオト を きいた とき、 メシツカイ の モノ で あろう と おもった ので、 カレ は ねそべった まま、 おきなおろう とは しなかった。 が、 それ が イガイ にも、 ムネセイ の シュジン ムネヤマ セイベエ の ニョウボウ オカジ で ある と しる と、 カレ は おきあがって、 ちょっと イズマイ を ただしながら、
「いや これ は、 いかい ゴゾウサ じゃ のう」 と、 エシャク を した。
 オカジ は、 もう 40 に ちかかった が、 ミヤガワ-チョウ の ウタイメ と して、 わかい コロ に キョウメイ を うたわれた オモカゲ が、 そっくり と しろい ホソオモテ の カオ に、 ありあり と のこって いる。 アサギヌメ の ヒキカエシ に オリビロウド の オビ を しめ、 ウスイロ の キヌタビ を はいた トシマスガタ は、 またなく エン に うつくしかった。 トウジュウロウ は、 ムカシ から、 オカジ を しって いる。 ワカシュガタ の ズイイチ の ビケイ と いわれた トウジュウロウ が うつくしい か、 ウタイメ の オカジ が うつくしい か と いう モノアラソイ は、 20 ネン の ムカシ には、 シジョウ の チャヤ に あそぶ ダイジン たち の クチ に のぼった こと さえ ある。 その コロ から の ナジミ で ある。 が、 トウジュウロウ は、 イマ まで に、 オカジ の スガタ を ココロ に とめて、 みた こと も ない。 ただ ロボウ の ハナ に たいする よう な、 たんたん たる イチベツ を あたえて いた に すぎなかった。
 が、 コヨイ は、 この ヒトヅマ の スガタ が、 いいしれぬ ミリョク を もって、 ぐんぐん と カレ の メ の ナカ に、 せまって くる の を おぼえた。 ミソカオ と いう カレ に とって は、 いまだ ふんで みた こと の ない コイ の リョウイキ の こと を、 この 4~5 ニチ、 イッシン に おもいつめて いた ため だろう。 イマ まで は あまり カレ の ネントウ に なかった ヒトヅマ と いう ジョセイ の トクベツ な シュルイ が、 カレ の ココロ に フシギ な ミリョク を もちはじめて、 イマ オカジ の スガタ と なって、 ぐんぐん せまって くる よう に おぼえた。
 トウジュウロウ の オカジ を みつめる ヒトミ が、 イジョウ な コウフン で、 もえはじめた の は むろん で ある。 ヒトヅマ で ある と いう ドウトクテキ な シガラミ が とりはらわれて、 その フルキ が かえって、 カレ の ヨクジョウ を つちかう、 タキギ と して とうぜられた よう で ある。 カレ は、 ムスメ や ゴケ や ウタイメ や ユウジョ など に、 あいたいした とき には、 かつふつ いだいた こと の ない よう な、 フシギ な ものぐるわしい ジョウネツ が、 カレ の ココロ と カラダ と を、 ふつふつ もやしはじめた の で ある。

 8

 トウジュウロウ の ココロ に そうした、 ものぐるわしい ヒョウフウ が おこって いよう とは、 ゆめにも きづかない らしい オカジ は オシイレ から シロヌメ の ヨギ を とりだす と、 トウジュウロウ の ハイゴ に まわりながら、 ふうわり と きせかけた。
 シラトリ の ムナゲ か ナニ か の よう に、 あたたかい やわらかい、 ヨギ の カンショク を カラダ イチメン に あじわった とき、 トウジュウロウ の オカジ に たいする イジョウ な コウフン は、 あやうく バクハツ しよう と した。 が、 カレ の リチギ な ジンカク は、 トッサ に カレ の ヨクジョウ の モウドウ を きっぱり と、 せいしえた の で ある。 トウジュウロウ は、 ムネヤマ セイベエ の こと を かんがえた。 また、 テイシュク と いう ウワサ の たかい オカジ の こと を かんがえた。 そして ジブン が、 イマ まで イロゴト を しながら も、 ただしい ミチ を ふみはずさなかった と いう ジブン ジシン の ホコリ を かんがえた。 カレ の オカジ に たいして いだいた アラシ の よう な ゲキドウ は、 たちまち なぎはじめた の で ある。
 オカジ は、 イツモ の とおり の オカジ で あった。 カノジョ は ヨギ を きせて しまう と 「さあ、 おやすみ なされませ。 あちら へ いったら オンナ ども に、 ミズ など はこばせましょう わいな」 と、 アイソワライ を のこして アシバヤ に ヘヤ を でよう と した。 その セツナ で ある。 トウジュウロウ の ココロ に ある アクマテキ な オモイツキ が むらむら と わいて きた。 それ は コイ では なかった。 それ は はげしい ヨクジョウ では なかった。 それ は、 おそろしい ほど つめたい リセイ の オモイツキ で あった。 コイ の バアイ には かなり オクビョウ で あった トウジュウロウ は、 あたかも ベツジン の よう に、 センコク の コウフン は、 まるきり ウソ で あった か の よう に、 レイセイ に、
「オカジ ドノ、 ちと またせられい」 と、 よびとめた。
「なんぞ、 ホカ に ゴヨウ が あって か」 と、 オカジ は ムジャキ に、 ふりかえった。 そりおとした マユゲ の アト が あおあお と うかんで みえる イロジロ の ビガン は、 キヌアンドン の ホカゲ を あびて、 ほんのり と なまめかしかった。
「ちと、 ギョイ を えたい こと が ある ほど に、 すわって たもらぬ か」 こう いいながら、 トウジュウロウ は、 こころもち オンナ の ほう へ ヒザ を すすませた。
 オカジ は、 トウジュウロウ の イキゴミカタ に、 すこし フアン を、 かんじた の で あろう。 トウジュウロウ には、 あまり ちかよらない で、 そこ に おいて ある キヌアンドン の カゲ に、 うずくまる よう に すわった。
「あらたまって なんの ヨウ ぞい のう おほほほ」 と、 なにげなく わらいながら も、 やや おもはゆげ に トウジュウロウ の カオ を うちあおいだ。 トウジュウロウ の コワネ は、 イマ まで とは うってかわって、 ひくい けれども、 しかしながら ちからづよい ヒビキ を もって いた。
「オカジ ドノ。 ベツギ では ござらぬ が、 この トウジュウロウ は、 ソナタ に 20 ネン-ライ かくして いた こと が ある。 それ を コヨイ は ぜひにも、 きいて もらいたい の じゃ。 おもいだせば、 ふるい こと じゃ が、 ソナタ が 16 で、 ワレラ が ハタチ の アキ じゃった が、 ギオン マツリ の オリ に、 カワラ の カケゴヤ で フタリ イッショ に、 ツレマイ を もうた こと を、 よもや わすれ は しやるまい なあ。 ワレラ が、 ソナタ を みた の は、 あの とき が はじめて じゃ。 ミヤガワ-チョウ の オカジ ドノ と いえば、 いかに うつくしい ワカオヤマ でも、 アシモト にも およぶまい と、 かねがね ヒト の ウワサ に きいて いた が、 ソナタ の ウツクシサ が よも あれほど で あろう とは、 ゆめにも おもいおよばなかった の じゃ」 と、 こう いいながら、 トウジュウロウ は その おおきい メ を ハンガン に とじながら、 うつくしかった セイシュン の ユメ を、 うっとり と おうて いる よう な メツキ を する の で あった。

 9

「その とき から じゃ。 ソナタ を、 よにも まれ な うつくしい ヒト じゃ と、 おもいそめた の は」 と、 トウジュウロウ は、 オカジ の ほう へ モロヒザ を すすませながら、 ヒッシ の イロ を ヒトミ に うかべて、 こう いいきった。
 トウジュウロウ に よびとめられた とき から、 ある フアン な キタイ に、 ムネ を とどろかせて いた オカジ は サイショ は この うつくしい オトコ の クチ から、 ジブン たち の はなやか な セイシュン の ヒ の、 オモイデバナシ を きかされて、 みせられた よう に、 ほのぼの と フタツ の ホオ を ウスクレナイ に そめて いた が、 アイテ の コトバ が、 キュウ な テンカイ を しめして から は、 その カオ の イロ は セツナ に あおざめて、 うずくまって いる きゃしゃ な カラダ は、 わなわな と おののきはじめて いた。
 トウジュウロウ は、 コイ を する オトコ とは、 どうしても うけとれぬ ほど の、 すんだ つめたい メツキ で、 カオ さえ もたげえぬ オンナ を さしとおす ほど に、 するどく みつめて いながら、 コエ だけ には、 はげしい ネツジョウ に ふるえて いる よう な ヒビキ を もたせて、
「ソナタ を みそめた トウザ は、 オリ が あらば いいよろう と、 しじゅう ねんじて は いた ものの、 ワカシュガタ の ミ は オヤカタ の オキテ が きびしゅうて、 スンジ も ココロ には まかせぬ カラダ じゃ。 ただ ココロ は、 やく よう に おもいこがれて も、 しょせん は オリ を まつ より ホカ は ない と、 あきらめて いる うち に、 ハタチ の コエ を きく や きかず に、 ソナタ は セイベエ ドノ の オモワレビト と なって しまわれた。 その オリ の ワレラ が ムネン は、 イマ おもいだして も、 この ムネ が はりさくる よう で おじゃる わ」 こう いいながら、 トウジュウロウ は ザ にも え たえぬ よう な、 たくみ な ミモダエ を して みせた が、 そうした コイ を かたりながら も、 カレ の フタツ の ヒトミ だけ は、 あいかわらず らんらん たる つめたい ヒカリ を はなって、 オンナ の イキヅカイ から ヨウス まで を、 おそろしき まで に みつめて いる。
 オカジ の カオ の イロ は、 カノジョ の ココロ の おそろしい ゲキドウ を さながら に、 うつしだして いた。 いったん あおざめきって しまった イロ が、 ハンドウテキ に だんだん うすあかく なる と ともに、 その フタツ の メ には、 ネツビョウ カンジャ に みる よう な、 すぐに も ヒ が つきそう な すさまじい イロ を たたえはじめた。
「ヒトヅマ に なった ソナタ を こいしたう の は ニンゲン の する こと では ない と、 ココロ で きつう セイトウ して も、 とまらぬ は ボンプ の オモイ じゃ。 ソナタ の ウワサ を きく に つけ、 オモカゲ を みる に つけ、 20 ネン の その アイダ、 ソナタ の こと を わすれた ヒ は、 ただ 1 ニチ も おじゃらぬ わ」 カレ は、 イチゴ イチゴ に、 イック イック に たくみ な、 イマ まで の カレ の ブタイ-ジョウ の スベテ の エンギ にも、 うちまさった ほど の シウチ を みせながら、 しかも ヒトヅマ を かきくどく、 オソレ と フアン と を まじえながら、 コトリ の よう に すくんで いる オンナ の ほう へ、 つめよせる の で あった。
「が、 この トウジュウロウ も、 ヒトヅマ に コイ を しかける よう な ヒドウ な こと は、 なす まじい と、 あけくれ もえさかる ココロ を じっと おさえて きた の じゃ が、 ワレラ も コトシ 45 じゃ、 ニンゲン の ジョウミョウ は もう ちかい。 これほど の コイ を―― 20 ネン-ライ しのび に しのんだ これほど の オモイ を、 コノヨ で ヒトコト も うちあけいで、 いつ の ヨ ダレ に か かたる べき と、 おもう に つけて も、 ものぐるわしゅう なる まで に、 ココロ が みだれもうして、 かく の アリサマ じゃ。 のう、 オカジ ドノ、 トウジュウロウ を あわれ と おぼしめさば、 たった ヒトコト ナサケ ある コトバ を、 なあ……」 と、 トウジュウロウ は くるう ばかり に ミモダエ しながら、 オンナ の チカク へ ミ を すりよせて いる。 ただ コイ に くるうて いる はず の、 カレ の ヒトミ ばかり は、 ヤイバ の よう に すみきって いた。
 あまり の ゲキドウ に たえかねた の で あろう、 オカジ は、
「わっ」 と、 なきふして しまった。

 10

 おそろしい マジョ が、 その ミリョク の ギセイシャ を、 みつめる よう に、 トウジュウロウ は なきふした オカジ を、 じっと みつめて いた。 カレ の クチビル の アタリ には、 すさまじい ほど の つめたい ヒョウジョウ が うかんで いた。 が、 それ にも かかわらず、 コエ と ドウサ とは、 コイ に くるうた オトコ に ふさわしい ネツジョウ を、 もって いる。
「のう、 オカジ ドノ。 ソナタ は、 この トウジュウロウ の コイ を、 あわれ とは おぼさぬ か。 20 ネン-ライ、 たえしのんで きた コイ を、 あわれ とは おぼさぬ か。 さても、 きつい オヒト じゃ のう」 こう いいながら、 トウジュウロウ は、 アイテ の ヘンジ を まった。 が、 オンナ は よよと、 すすりないて いる ばかり で あった。
 ヒ を したって きた チドリ だろう。 ギン の ハサミ を つかう よう な すんだ コエ が、 セオト にも まぎれず、 テ に とる よう に きこえて くる。 オンナ も トウジュウロウ も、 おしだまった まま、 しばらく は トキ が うつった。
「トウジュウロウ の せつない コイ を、 つれなく する とは、 さても きづよい オヒト じゃ のう、 ブタイ の ウエ の イロゴト では ニホン ムソウ の トウジュウロウ も、 ソナタ に かかって は、 タワイ も のう ふられもうした わ」 と トウジュウロウ は、 さびしげ な クショウ を もらした。
 と、 イマ まで なきふして いた オンナ は、 ふと オモテ を あげた。
「トウ サマ、 イマ おっしゃった こと は、 みな ホンシン かいな」
 オンナ の コエ は、 きえいる よう で あった。 その クチビル が かすか に ケイレン した。
「なんの、 テンゴウ を いうて なる もの か、 ヒトヅマ に いいよる から は、 イノチ を なげだして の コイ じゃ」 と、 いう か と おもう と、 トウジュウロウ の カオ も、 さっと ソウハク に へんじて しまった。 ウキゴシ に なって いる カレ の ヒザ が、 かすか に フルイ を おびはじめた。
 ヒッシ の カクゴ を きめた らしい オカジ は、 ヒ の よう な ヒトミ で、 オトコ の カオ を ヒトメ みる と、 いきなり ソバ の キヌアンドン の ヒ を、 ふっと ふきけして しまった。
 おそろしい チンモク が、 そこ に あった。
 オカジ は、 カラダジュウ の モウハツ が ことごとく さかだつ よう な オソロシサ と、 カラダジュウ の チシオ が ことごとく わきたつ よう な ジョウネツ と で、 オトコ の ちかよる の を まって いた。 が、 オトコ の くるしそう な イキヅカイ が、 きこえる ばかり で、 アイテ は ミウゴキ も しない よう で あった。 オカジ も いすくんだ まま、 カラダ を わなわな と ふるわせて いる ばかり で あった。
 とつじょ、 トウジュウロウ の たちあがる ケハイ が した。 オカジ は、 イマ こそ と カクゴ を きめて いた。 が、 オトコ は オカジ の ソバ を、 カゲ の よう に すりぬける と、 ヒ の ない ヤミ を、 テサグリ に ロウカ へ でた か と おもう と、 オモヤ の ホカゲ を メアテ に ケモノ の よう に、 あしばやく はしりさって しまった の で ある。

 ヤミ の ナカ に とりのこされた オカジ は、 ニンゲン の ジョセイ が うけた もっとも ヒニク な ザンコク な ハズカシメ を うけて、 ヤミ の ナカ に イシ の よう に、 つったって いた。
 イタズラ と して は、 イノチトリ の イタズラ で あった。 ブジョク と して は、 コノヨ に フタツ とは ある まじい ブジョク で あった。 が、 オカジ は、 トウジュウロウ から これほど の イタズラ や ブジョク を うくる イワレ を、 どうしても かんがえだせない の に くるしんだ。 それ と ともに、 この おそろしい ユウワク の ため に、 ジブン の ミサオ を すてよう と した―― いな、 ほとんど すてて しまった ツミ の オソロシサ に、 カノジョ は ハラワタ を ずたずた に きられる よう で あった。

 11

 シュエン の セキ に かえった トウジュウロウ は、 ニンゲン の カオ とは おもえない ほど の、 すさまじい カオ を して いた。 が、 カレ は、 すすめられる まま に タイハイ を イツツ ムッツ ばかり のみほす と、 ちばしった メ に、 キリナミ センジュ の ほう を むきながら、
「センジュ ドノ アンド めされい。 トウジュウロウ、 コノタビ の キョウゲン の クフウ が ことごとく なりもうした わ」 と いいながら、 こわだか に わらって みせた。 が、 その コエ は、 ジゴク の モウジャ の ワライゴエ の よう に しわがれた カラッポ な、 キミ の わるい コエ で あった。

 ヤヨイ ツイタチ から、 マンダユウ-ザ では いよいよ チカマツ モンザ が カキオロシ の キョウゲン の フタ が ひらかれた。 トウジュウロウ の モエモン と キリナミ センジュ の オサン との ミソカオ の キョウゲン は、 おそろしき まで シン に せまって、 ラクチュウ ラクガイ の ヒョウバン かまびすしく、 ショウガツ から うちつづけて かちほこって いた ヤマシタ-ザ の ナカムラ シチサブロウ の ヒョウバン も、 ツキ の マエ の ホタルビ の よう に、 みる カゲ も なく けされて しまった。
 が、 この コウギョウ の ヒョウバン に つれて、 キョウワラベ の クチ に こうした ソウワ が つたえられた。 それ は、 『トウジュウロウ ドノ は、 コノタビ の キョウゲン の クフウ には、 ある チャヤ の ニョウボウ に いつわって コイ を しかけ、 オンナ が なびいて ヒ を ふきけす とき、 いそいで のがれた との こと じゃ が、 さすが は サンゴクイチ の メイジン の ココロガケ だけ ある』 と いう ウワサ で あった。
『イツワリ にも せよ、 トウジュウロウ ドノ から コイ を しかけられた ニョウボウ も、 サンゴクイチ の カホウモノ じゃ』 と、 なまめいた キョウ の オンナ たち は、 こう いいそえた。
 こうした ウワサ まで が、 いやがうえに、 この キョウゲン の ニンキ を そそった。
 くる ヒ も、 くる ヒ も、 ウシオ の よう な ケンブツ が アケガタ から マンダユウ-ザ の シュウイ に ウズ を まいて いた。
 ヤヨイ の ナカバ で あったろう。 ある アサ、 マンダユウ-ザ の ドウグカタ が、 ガクヤ の カタスミ の ハリ に、 くびれて しんだ チュウネン の オンナ を みいだした。 それ は、 マギレ も なく ムネセイ の ニョウボウ オカジ で あった。 オカジ は、 ムネセイ とは ヤツヅキ の マンダユウ-ザ に しのびいって、 そこ を サイゴ の シニバショ と さだめた の で ある。 その シイン に ついて も、 キョウワラベ は イロイロ に、 くちさがない ウワサ を たてた。 が タレ も トウジュウロウ の イツワリ の コイ の アイテ が、 テイシュク の キコエ たかい オカジ だ とは おもい も およばなかった。
 ただ、 オカジ の シ を きいた トウジュウロウ は、 カミナリ に うたれた よう に イロ を かえた。 が カレ は ココロ の ウチ で、
『トウジュウロウ の ゲイ の ため には、 ヒトリ や フタリ の オンナ の イノチ は』 と、 イクド も ちからづよく くりかえした。 が、 そう くりかえして みた ものの、 カレ の ココロ に できた メ に みえぬ フカデ は、 オリ に ふれ、 トキ に ふれ カレ を さいなまず には いなかった。
 オカジ が、 ガクヤ で くびれた こと まで が、 マンダユウ-ザ の ニンキ を つちかった。
 オカジ が、 しんで イライ、 トウジュウロウ の モエモン の ゲイ は、 いよいよ さえて いった。 カレ の ヒトミ は、 ヒトヅマ を うばう つみぶかい オトコ の クノウ を、 ありあり と きざんで いた。 カレ が オサン と クラヤミ で テ を ひきあう とき、 ミソカオ の キョウフ と フアン と、 ツミ の オソロシサ と が、 カラダ いっぱい に あふれて いた。
 そこ には、 トウジュウロウ が モエモン か、 モエモン が トウジュウロウ か、 なんの サベツ も ない よう で あった。 おそらく トウジュウロウ ジシン、 ヒト の ニョウボウ に いいよる オソロシサ を、 キモ に めいじて いた ため で あろう。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...