2019/12/25

ビショウ

 ビショウ

 ヨコミツ リイチ

 ツギ の ニチヨウ には カイ へ いこう。 シンリョク は それ は うつくしい。 そんな カイワ が すれちがう コエ の ナカ から ふと きこえた。 そう だ。 もう シンリョク に なって いる と カジ は おもった。 キセツ を わすれる など と いう こと は、 ここ しばらく の カレ には ない こと だった。 サクヤ も ラジオ を きいて いる と、 マチ の タンボウ ホウソウ で、 ノウビョウイン から セイシンビョウ カンジャ との イチモン イットウ が きこえて きた。 そして、 オワリ に セイシンカ の イシャ の キシャ に いう には、
「まあ、 こんな カンジャ は、 イマ は めずらしい こと では ありません。 ニンゲン が 10 ニン あつまれば、 ヒトリ ぐらい は、 キョウジン が まじって いる と おもって も、 よろしい でしょう」
「そう する と、 イマ の ニホン には、 すこし おかしい の が、 500 マン-ニン ぐらい は いる と おもって も、 サシツカエ ありません ね、 あはははははは――」
 わらう コエ が うすきみわるく ヨル の トウカ の ソコ で ゆらめいて いた。 500 マン-ニン の キョウジン の ムレ が、 あるいは イマ イッセイ に こうして わらって いる の か しれない。 ジンジョウ では ない コエ だった。
「あははははは……」
 ながく オ を ひく この ワライゴエ を、 カジ は ジブン も しばらく キョウチュウ に えがいて みて いた。 すると、 しだいに あははは が げらげら に かわって きて、 ニンゲン の コエ では もう なかった。 ナニモノ か ニンゲン の ナカ に まじって いる コエ だった。
 ジブン を キョウジン と おもう こと は、 なかなか ヒト には これ は むずかしい こと で ある。 そう では ない と おもう より は、 むずかしい こと で ある と カジ は おもった。 それにしても、 イマ も カジ には わからぬ こと が ヒトツ あった。 ニンゲン は ダレ でも すこし は キョウジン を ジブン の ナカ に もって いる もの だ と いう メイゲン は、 わすれられない こと の ヒトツ だ が、 なかでも これ は、 かききえて いく オオク の キオク の ナカ で、 ますます センメイ に ふくれあがって くる イッシュ イヨウ な キオク で あった。
 それ も シンリョク の ふきでて きた バンシュン の ある ヒ の こと だ。
「シキシ を 1 マイ アナタ に かいて ほしい と いう セイネン が いる ん です が、 よろしければ、 ひとつ――」
 チジン の タカダ が カジ の ところ へ きて、 よく いわれる そんな チュウモン を カジ に だした。 べつに まれ な デキゴト では なかった が、 この とき に かぎって、 イツモ と ちがう トクベツ な キョウミ を おぼえて カジ は フデ を とった。 それ と いう の も、 まだ しらぬ その セイネン に ついて、 タカダ の セツメイ が イガイ な キョウミ を よびおこさせる もの だった から で ある。 セイネン は セイホウ と いって ハイゴウ を もちいて いる。 セイホウ は ハイジン の タカダ の デシ で、 まだ 21 サイ に なる テイダイ の ガクセイ で あった。 センコウ は スウガク で、 イジョウ な スウガク の テンサイ だ と いう セツメイ も あり、 ゲンザイ は ヨコスカ の カイグン へ ケンキュウセイ と して ひきぬかれて つめて いる と いう。
「もう シュウイ が カイグン の グンジン と ケンペイ ばかり で、 イキ が できない らしい の です よ。 だもんだから、 こっそり ぬけだして あそび に くる にも、 ハイゴウ で くる ので、 ホンミョウ は ダレ にも いえない の です。 まあ、 サイトウ と いって おきます が、 これ も カメイ です から、 その おつもり で」
 タカダ は そう カジ に いって から、 この セイホウ は、 トクシュ な ブキ の ハツメイ を 3 シュルイ も カンセイ させ、 イマ サイゴ の ヒトツ の、 これ さえ できれば、 ショウリ は ゼッタイテキ カクジツ だ と いわれる サクヒン の シアゲ に かかって いる、 とも いったり した。 このよう な ハナシ の シンジツセイ は、 カンカク の トクシュ に エイビン な タカダ と して も カクショウ の シヨウ も ない、 ただ ウワサ の テイド を ショウジキ に カジ に つたえて いる だけ で ある こと は わかって いた。 しかし、 センキョク は ゼンメンテキ に ニホン の ハイショク に かたむいて いる クウシュウ チョクゼン の、 シンリョク の コロ で ある。 ウワサ に して も、 ダレ も あかるい ウワサ に うえかつえて いる とき だった。 こまやか な ニンジョウカ の タカダ の ひきしまった ヨロコビ は、 もちろん カジ をも ゆりうごかした。
「どんな ブキ です かね」
「さあ、 それ は タイヘン な もの らしい の です が、 2~3 ニチ したら オタク へ ホンニン が うかがう と いって ました から、 その とき でも きいて ください」
「ナン だろう。 ウワサ の ゲンシ バクダン と いう やつ かな」
「そう でも ない らしい です。 なんでも、 すごい コウセン らしい ハナシ でした よ。 よく ワタシ も しりません が、――」
 まけかたむいて きて いる ダイシャメン を、 ふたたび ぐっと はねおきかえす ある ヒトツ の みえない チカラ、 と いう もの が、 もし ある の なら ダレ しも ほしかった。 しかし、 そういう もの の ヒトツ も みえない スイヘイセン の かなた に、 ぽっと さしあらわれて きた イチル の コウセン に にた ウスビカリ が、 あるいは それ か とも カジ は おもった。 それ は ユメ の よう な ゲンエイ と して も、 まけくるしむ ゲンエイ より よろこび かちたい ゲンエイ の ほう が キョウリョク に カジ を シハイ して いた。 ソコク ギリシャ の ハイセン の とき、 シラクサ の ジョウヘキ に せまる ローマ の ダイカンタイ を、 イカリ で つりあげ なげつける キジュウキ や、 テキ センタイ を やきつける カガミ の ハツメイ に ムチュウ に なった アルキメデス の スガタ を カジ は その セイネン セイホウ の スガタ に にせて クウソウ した。
「それ には また、 ものすごい セイネン が でて きた もの だなあ」 と カジ は いって カンタン した。
「それ も かわいい ところ の ある ヒト です よ。 ハツメイ は ヨナカ に する らしくて、 おおきな オト を たてる もの だ から、 どこ の ゲシュクヤ から も ほうりだされまして ね。 コンド の ゲシュク には ムスメ が いる から、 コンド だけ は よさそう だ、 なんて いって ました。 ガクイ ロンブン も とおった らしい です」
「じゃ、 21 サイ の ハカセ か。 そんな わかい ハカセ は はじめて でしょう」
「そんな こと も いって ました。 とおった ロンブン も、 アインシュタイン の ソウタイセイ ゲンリ の マチガイ を シテキ した もの だ と いって ました がね」
 イサイ の デシ の ノウリョク に タカダ も ケンソン した ヒョウジョウ で、 コチョウ を さけよう と つとめて いる クシン を カジ は かんじ、 まず そこ に シンヨウ が おかれた キモチ よい イチニチ と なって きた。
「ときどき は そんな ハナシ も なくて は こまる ね。 もう わるい こと ばかり だ から なあ。 たった 1 ニチ でも よい から、 アタマ の はれた ヒ が ほしい もの だ」
 カジ の ゲンエイ は ウタガイ なく そのよう な キモチ から しのびこみ、 ひろがりはじめた よう だった。 とにかく、 ソコク を ハイボウ から すくう かも しれない ヒトリ の キョジン が、 イマ、 カジ の シンペン に うろうろ しはじめた と いう こと は、 カレ の ショウガイ の ダイジケン だ と おもえば おもえた。 それ も、 イマ の タカダ の ハナシ ソノモノ だけ を ジジツ と して みれば、 キボウ と ゲンエイ は おなじ もの だった。
「しかし、 そんな セイネン が イマゴロ ボク の シキシ を ほしがる なんて、 おかしい ね。 そんな もの じゃ ない だろう」
 と カジ は いった。 そして、 そう おもい も した。
「けれども、 なんと いって も、 まだ コドモ です よ。 アナタ の シキシ を もらって くれ と いう の は、 なんでも スウガク を やる ユウジン の ナカ に、 アナタ の イエ の ヒョウサツ を ぬすんで もってる モノ が いる ので、 よし、 オレ は シキシ を もらって みせる と、 つい そう いって しまった らしい の です」
 カジ は 10 ネン も マエ、 ジタク の ヒョウサツ を かけて も かけて も はずされた コロ の ヒ の こと を おもいだした。 ながくて ヒョウサツ は ミッカ と もたなかった。 その ヒ の うち に とられた の も 2~3 あった。 ユウビン ハイタツ から は コゴト の クイヅメ に あった。 それから は かたく クギ で うちつけた が、 それでも モンピョウ は すぐ はがされた。 この ショウジケン は トウジ カジ イッカ の シンケイ を なやまして いた。 それだけ、 イマゴロ ヒョウサツ の カワリ に シキシ を ほしがる セイネン の タワムレ に ジッカン が こもり、 カジ には、 ヒトゴト では ない チョクセツテキ な ツナガリ を ミ に かんじた。 トウジ の ナヤミ の タネ が イガイ な ところ へ おちて いて、 いつのまにか そこ で ハ を のばして いた の で ある。 カレ は 1 ニチ も はやく セイホウ に あって みたく なった。 おそる べき セイネン たち の イッカイ を さしのぞいて、 カレラ の ナヤミ、 ――それ も ミナ スウガクシャ の サナギ が ハネ を のばす に ヒツヨウ な、 ナニ か くいちらす ハ の 1 マイ と なって いた ジブン の ヒョウサツ を おもう と、 サナギ の カオ の ナヤミ を みたかった。 そして、 カジ ジシン の ウレイ の イロ を それ と くらべて みる こと は、 うしなわれた モンピョウ の、 カレ を うつしかえして みせて くれる グウゼン の イギ でも あった。

 ある ヒ の ゴゴ、 カジ の イエ の モン から ゲンカン まで の イシダタミ が クツ を ひびかせて きた。 イシ に なる クツオト の カゲン で、 カジ は くる ヒト の ヨウケン の オヨソ の ハンテイ を つける クセ が あった。 イシ は イシ を あらわす、 と そんな ジョウダン を いう ほど まで に、 カレ は、 ナガネン の セイカツ の うち この イシ から サマザマ な オンキョウ の シュルイ を おしえられた が、 これ は まことに おそる べき イシダタミ の シンピ な ノウリョク だ と おもう よう に なって きた の も サイキン の こと で ある。 ナニ か そこ には デンジ サヨウ が おこなわれる もの らしい イシ の ナリカタ は、 その ヒ は、 イッシュ イヨウ な ヒビキ を カジ に つたえた。 ひどく カクチョウ の ある セイカク な ヒビキ で あった。 それ は フタリヅレ の オンキョウ で あった が、 ヨッツ の アシオト の ヒビキグアイ は ぴたり と あい、 みだれた フアン や カイギ の オモサ、 コドク な テイメイ の サマ など いつも ききつける アシオト とは ちがって いる。 ゼンシン に あふれた チカラ が みなぎりつつ、 チョウテン で カイテン して いる トウメイ な ヒビキ で あった。
 カジ は たった。 が、 また すぐ すわりなおし、 ゲンカン の ト を アケカゲン の オト を きいて いた。 この ト の オト と アシオト と イッチ して いない とき は、 カジ は ジブン から でて いかない シュウカン が あった から で ある。 まもなく ト が あけられた。
「ごめん ください」
 ハジメ から コエ まで キョウ の キャク は、 すべて イッカン した リズム が あった。 カジ が でて いって みる と、 そこ に タカダ が たって いて、 そして その アト に テイダイ の ガクボウ を かぶった セイネン が、 これ も タカダ と にた ビショウ を フタツ かさねて たって いた。
「どうぞ」
 とうとう モンピョウ が もどって きた。 どこ を イマ まで うろつきまわって きた もの やら、 と、 カジ は オウセツシツ で ある なつかしい アカルサ に みたされた キモチ で、 セイネン と むかいあった。 タカダ は カジ に セイホウ の ナ を いって ショタイメン の ショウカイ を した。
 ガクボウ を ぬいだ セイホウ は まだ ショウネン の オモカゲ を もって いた。 マチマチ の イチグウ を かけまわって いる、 いくら イタズラ を して も しかれない スミ を カオ に つけた ワンパク な ショウネン が いる もの だ が、 セイホウ は そんな ショウネン の スガタ を して いる。 コウガイ デンシャ の カイサツグチ で、 ジョウキャク を ほったらかし、 ハサミ を かちかち ならしながら ドウリョウ を おっかけまわして いる キップキリ、 と いった セイネン で あった。
「オハナシ を きく と マイニチ が タイヘン らしい よう です ね」
 まず そんな こと から カジ は いった。 セイホウ は だまった まま わらった。 ぱっ と オト たてて アサ ひらく ハナ の われさく よう な エガオ だった。 アカゴ が はじめて わらいだす エクボ の よう な、 きえやすい ワライ だ。 この ショウネン が ハカセ に なった とは、 どう おもって みて も カジ には うなずけない こと だった が、 エガオ に あらわれて かききえる シュンカン の ウツクシサ は、 その ホカ の ウタガイ など どうでも よく なる、 マネテ の ない ムジャキ な エガオ だった。 カジ は ガクモンジョウ の カレ の クルシミ や ハツメイ の シンク の コウテイ など、 セイホウ から ききだす キモチ は なくなった。 また、 そんな こと は たずねて も カジ には わかりそう にも おもえなかった。
「オクニ は どちら です」
「A ケン です」
 ぱっと わらう。
「ボク の カナイ も そちら には ちかい ほう です よ」
「どちら です」 と セイホウ は たずねた。
 T シ だ と カジ が こたえる と、 それでは Y オンセン の マツヤ を しって いる か と また セイホウ は たずねた。 しって いる ばかり では ない、 その ヤドヤ は カジ たち イッカ が いく たび に よく とまった ヤド で あった。 それ を いう と、 セイホウ は、
「あれ は オジ の ウチ です」
 と いって、 また ぱっと わらった。 チャ を いれて きた カジ の ツマ は、 セイホウ の オジ の マツヤ の ハナシ が でて から は たちまち フタリ は トクベツ に したしく なった。 その チホウ の こまかい ソウホウ の ワダイ が しばらく タカダ と カジ と を すてて にぎやか に なって いく うち に、 とうとう セイホウ は ジブン の こと を、 イナカ コトバ マルダシ で、 「オレ のう」 と カジ の ツマ に いいだしたり した。
「もう すぐ クウシュウ が はじまる そう です が、 こわい です わね」 と カジ の ツマ が いう と、 「1 キ も いれない」 と セイホウ は いって また ぱっと わらった。 このよう な ダンショウ の ハナシ と、 センジツ タカダ が きた とき の ハナシ と を ソウゴウ して みた カレ の ケイレキ は、 21 サイ の セイネン に して は フクザツ で あった。 チュウガク は シュセキ で ジュウドウ は ショダン、 スウガク の ケンテイ を 4 ネン の とき に とった カレ は、 すぐ また イチコウ の リカ に ニュウガク した。 2 ネン の とき スウガクジョウ の イケン の チガイ で キョウシ と あらそい タイコウ させられて から、 チョウヨウ で ラバァウル の ほう へ やられた。 そして、 ふたたび かえって テイダイ に ニュウガク した が、 この ニュウガク には カレ の サイノウ を おしんだ ある ユウリョクシャ の チカラ が はたらいて いた よう だった。 この カン、 セイホウ の カテイジョウ には この ワカモノ を なやまして いる ヒトツ の ヒゲキ が あった。 それ は、 ハハ の ジッカ が ダイダイ の キンノウカ で ある ところ へ、 チチ が サヨク で ゴク に はいった ため、 セキ もろとも ジッカ の ほう が セイホウ ハハコ フタリ を うばいかえして しまった こと で ある。 フボ の わかれて いる こと は たちがたい セイホウ の ひそか な ナヤミ で あった。 しかし、 カジ は この セイホウ の カテイジョウ の ナヤミ には ワダイ を ふれさせたく は なかった。 キンノウ と サヨク の アラソイ は、 ニホン の チュウシン モンダイ で、 ふれれば、 たちまち ものぐるわしい ウズマキ に まきおそわれる から で ある。 それ は スウガク の ハイチュウリツ に にた カイケツ コンナン な モンダイ だった。 セイホウ は、 その チュウシン の カチュウ に ミ を ひそめて コキュウ を して きた の で あって みれば、 チチ と ハハ との アラソイ の どちら に オモイ を めぐらせる べき か、 と いう あいはんする フボ フタツ の シソウ タイケイ に もみぬかれた、 カレ の わかわかしい セイシン の クルシミ は、 ソウゾウ に かたく ない。 ドウイツ の モンダイ に シンリ が フタツ あり、 イッポウ を シンリ と すれば タ の ほう が あやしく くずれ、 フタツ を ドウジ に シンリ と すれば、 ドウジ に フタツ が ウソ と なる。 そして、 この フタツ の チュウカン の シンリ と いう もの は ありえない と いう スウガクジョウ の ハイチュウリツ の クルシミ は、 セイホウ に とって は、 チチ と ハハ と コ との アイダ の モンダイ に かわって いた。
 しかし、 キンノウ と サヨク の こと は ベツ に して も、 ヒト の アタマ を つらぬく ハイチュウリツ の ふくんだ この カクリツ だけ は、 ただ たんに セイホウ ヒトリ に とって の モンダイ でも ない。 じつは、 チジョウ で あらそう モノ の、 ダレ の ズジョウ にも ふりかかって きて いる セイシン に かんした モンダイ で あった。 これ から アタマ を そらし、 そしらぬ ヒョウジョウ を とる こと は、 ようするに、 それ は スベテ が ニセモノ たる べき ソシツ を もつ こと を ショウメイ して いる が ごとき もの だった。 じつに しずしず と した ウツクシサ で、 そして、 いつのまにか スベテ を ずりおとして さって いく、 おそる べき マ の よう な ナンダイ-チュウ の この ナンダイ を、 カジ とて イマ、 この わかい セイホウ の アタマ に つめより うちおろす こと は しのびなかった。 いや、 カジ ジシン と して みて も ジブン の アタマ を うちわる こと だ。 いや、 セカイ も また―― しかし、 げんに セカイ は ある の だ。 そして、 あらそって いる の だった。 シンリ は どこ か に なければ ならぬ はず にも かかわらず、 アラソイ だけ が シンリ の ソウボウ を ていして いる と いう ときがたい ナゾ の ナカ で、 クンレン を もった ボウリョク が、 ただ その クンレン の ため に カガヤキ を はなって ハクネツ して いる。
「いったい、 それ は、 メ に する スベテ が ユウレイ だ と いう こと か。 ――テ に ふれる カンカク まで も、 これ は ユウレイ では ない と どうして それ を ショウメイ する こと が できる の だ」
 ときには、 きりおとされた クビ が、 ただ そのまま ひっついて いる だけ で、 しらず に うごいて いる ニンゲン の よう な、 こんな あやしげ な ゲンエイ も、 カジ には うかんで くる こと が あったり した。 ワレ ある に あらざれど、 この イタミ どこ より きたる か。 コジン の なやんだ こんな ナヤマシサ も、 10 スウネン-ライ まだ カジ から とりさられて いなかった。 そして、 センソウ が ハイボク に おわろう と、 ショウリ に なろう と、 ドウヨウ に つづいて かわらぬ ハイチュウリツ の うみつづけて いく ナンモン たる こと に カワリ は ない。
「アナタ の コウセン は、 イリョク は どれほど の もの です か」
 カジ が セイホウ に たずねて みよう か と おもった の も、 ナニ か この とき、 ふと キガカリ な こと が あって、 おもいとまった。
「ドイツ の つかいはじめた V 1 ゴウ と いう の も、 ハジメ は ショウネン が ハツメイ した とか いう こと です ね。 なんでも ボク の きいた ところ では、 セカイ の スウガクカイ の ジツリョク は、 ネンレイ が 20 サイ から 23~24 サイ まで の セイネン が にぎって いて、 それ も、 ハントシ ごと に チュウシン の ジツリョク が ツギ の もの に かわって いく、 と いう ハナシ を、 ある スウガクシャ から きいた こと が あります が、 ニホン の スウガク も、 ジッサイ は そんな ところ に あります かね。 どう です」
 キミ ジシン が イマ それ か、 と あんに たずねた つもり の カジ の シツモン に、 セイホウ は、 ぱっと ひらく ビショウ で だまって こたえた だけ だった。 カジ は また すぐ、 シン ブキ の こと に ついて ききたい ユウワク を かんじた が、 コッカ の ヒミツ に セイホウ を さそいこみ、 クチ を わらせて カレ を キケン に さらす こと は、 あくまで さけて とおらねば ならぬ。 せまい カンドウ を くぐる オモイ で、 カジ は シツモン の クチ を さがしつづけた。
「ハイク は ふるく から です か」
 これ なら ブジ だ、 と おもわれる アンゼン な ミチ が、 とつぜん フタリ の マエ に ひらけて きた。
「いえ、 サイキン です」
「すき なん です ね」
「オレ のう、 アタマ の やすまる ホウ は ない もの か と、 いつも かんがえて いた とき です が、 タカダ さん の ハイク を ある ザッシ で みつけて、 さっそく ニュウモン した の です。 もう ボク を たすけて くれて いる の は、 ハイク だけ です。 ホカ の こと は、 ナニ を して も くるしめる ばかり です ね。 もう、 ほっと して」
 アオバ に さしこもって いる ヒカリ を みながら、 やすらか に わらって いる セイホウ の マエ で、 カジ は、 もう この セイネン に ジュウヨウ な こと は なにひとつ きけない の だ と おもった。 ウゾウ ムゾウ の ダイグンシュウ を いかす か ころす か カレ ヒトリ の アタマ に かかって いる。 これ は ガンゼン の ジジツ で あろう か、 ユメ で あろう か。 とにかく、 コト は あまり に ジュウダイ-すぎて ソウゾウ に ともなう ジッカン が カジ には おこらなかった。
「しかし、 キミ が そうして ジユウ に ガイシュツ できる ところ を みる と、 まだ カンシ は それほど きびしく ない の です ね」 と カジ は たずねた。
「きびしい です よ。 ハイク の こと で でる と いう とき だけ、 キョカ して くれる の です。 ゲシュクヤ ゼンブ の ヘヤ が ケンペイ ばかり で、 ぐるり と ボク ヒトリ の ヘヤ を とりかこんで いる もの です から、 カッテ な こと の できる の は、 ハイク だけ です。 もう たまらない。 キョウ も ケンペイ が ついて きた の です が、 クカイ が ある から と いって、 シナガワ で まいちゃいました」
 かえって から ケンペイ への コウジツ と なる シキシ の ヒツヨウ な こと も、 それ で わかった。 カジ は、 ジブン の シキシ が セイホウ の キケン を すくう だけ、 ジブン へ ギワク の かかる の も かんじた が、 モンピョウ に つながる エン も あって カレ は セイホウ に シキシ を かいた。
「カガクジョウ の こと は よく ボク には わからなくて、 ザンネン だ が、 イマ は ヒミツ の ウバイアイ だ から、 キミ も ソウトウ に あぶない です ね、 キ を つけなくちゃ」
「そう です。 センジツ も ユウシュウ な ギシ が ピストル で やられました。 それ は ユウシュウ な ヒト でした がね。 イチド ヨコスカ へ きて みて ください。 ボクラ の コウジョウ を おみせ します から」
「いや、 そんな ところ を みせて もらって も、 ボク には わからない し、 しらない ほう が いい です よ。 アナタ に これ で おたずね したい こと が たくさん ある が、 もう ゼンブ ヤメ です。 それ より、 アインシュタイン の マチガイ って、 それ は ナン です か」
「あれ は カセツ が まちがって いる の です よ。 カセツ から カセツ へ わたって いる の が アインシュタイン の ゲンリ です から、 サイショ の カセツ を たたいて みたら、 ホカ が みな ゆるんで しまって――」
 クウチュウ ロウカク を えがく ユメ は アインシュタイン とて もった で あろう が、 イマ それ が、 この セイホウ の ケンエツ に あって ソセキ を くつがえされて いる とは、 これ も あまり に ダイジケン で ある。 カジ には もはや ハナシ が つづかなかった。 セイホウ を キョウジン と みる には、 まだ セイホウ の オウトウ の どこ ヒトツ にも クルイ は なかった。
「キミ の スウガク は ドクソウ ばかり の よう な カンジ が する が、 キミ は ゼロ の カンネン を どんな ふう に おもう ん です。 キミ の スウガク では。 ボク は ゼロ が カンジン だ と おもう ん だ が、 どう です か」
「そこ です よ」 セイホウ は ひどく のりだす ふう に ハヤクチ に なって わらった。 「オレ の は、 みんな そこ から です。 ダレヒトリ わかって くれない。 コノアイダ も、 それ で ケンカ を した の です が、 ニホン の グンカン も フネ も、 みな まちがって いる の です。 センタイ の ケイサン に ゴサン が ある ので、 オレ は それ を なおして みた の です が、 オレ の いう よう に すれば、 6 ノット ソクリョク が はやく なる、 そう いくら いって も、 ダレ も きいて は くれない の です よ。 あの センタイ の マガリグアイ の ところ です。 そこ の ゼロ の オキドコロ が まちがって いる の です」
 ダレ も ハンテイ の つきかねる ところ で、 セイホウ は ただ ヒトリ コドク な タタカイ を つづけて いる よう だった。 ことに、 レイテン の オキドコロ を カイカク する と いう よう な、 いわば、 キセイ の カセツ や タンイツセイ を マッサツ して いく ムボウサ には、 いまさら ダレ も おうじる わけ には いくまい と おもわれる。 しかし、 すでに、 それ だけ でも セイホウ の ハッソウ には テンサイ の シカク が あった。 21 サイ の セイネン で、 ゼロ の オキドコロ に イシキ を さしいれた と いう こと は、 あらゆる キセイ の カンネン に ギモン を いだいた ショウコ で あった。 おそらく、 カレ を みとめる モノ は いなかろう と カジ は おもった。
「とおる こと が あります か。 アナタ の シュチョウ は」 と カジ は たずねた。
「なかなか とおりません ね。 それでも、 フネ の こと は とうとう かって とおりました。 ガクシャ は ミンナ ボク を やっつける ん だ けれども、 オレ は、 ショウメイ して みせて いう ん です から、 シカタ が ない でしょう。 これから の フネ は ソクド が はやく なります よ」
 どうでも よい こと ばかり ウンシュウ して いる ヨノナカ で、 これ だけ は と おもう イッテン を、 さしうごかして シンコウ して いる するどい ズノウ の マエ で、 オトナ たち の えいえい と した まぬけた ムダ-ボネオリ が、 ヤマ の よう に カジ には みえた。
「イッペン コウジョウ を み に きて ください。 ゴアンナイ します から。 おもしろい です よ。 ハイク の センセイ が きた ん だ から と いえば、 キョカ して くれます」 セイホウ は、 カジ が ブキ に かんする シツモン を しない の が フフク らしく、 カジ の だまって いる ヒョウジョウ に チュウイ して いった。
「いや、 それ だけ は みたく ない なあ」 と カジ は コタエ を しぶった。
 セイホウ は いっそう フマン-らしく だまって いた。 ゼンゴ を つうじて セイホウ が カジ に フマン な ヒョウジョウ を しめした の は、 この とき だけ だった。
「そんな ところ を みせて もらって も、 ボク には なんの エキ にも ならん から ね。 みたって わからない ん だ もの」
 これ は すこし ザンコク だ と カジ は おもい も した。 しかし、 カジ には、 モノ の コンテイ を うごかしつづけて いる セイホウ の セカイ に たいする、 いいがたい クツウ を かんじた から で ある。 この カジ の イッシュン の カンジョウ には、 キド アイラク の スベテ が こもって いた よう だった。 べんべん と して なす ところ なき カジ ジシン の ムリョクサ に たいする ケンオ や、 セイホウ の セカイ に はむかう テキイ や、 サツジンキ の セイゾウ を モクゲキ する サビシサ や、 ショウリ への ヨソウ に コウフン する ヒロウ や、 ――いや、 みない に こした こと は ない、 と カジ は おもった。 そして、 セイホウ の いう まま には うごけぬ ジブン の シット が さびしかった。 なんとなく、 カジ は セイホウ の ドリョク の スベテ を ヒテイ して いる ジブン の タイド が さびしかった。
「キミ、 ハイチュウリツ を どう おもいます かね、 ボク の シゴト で、 イマ これ が いちばん モンダイ なん だ が」
 カジ は、 とうまい と おもって いた こと も、 つい こんな に、 ワダイ を そらせたく なって カレ を みた。 すると、 セイホウ は、 「あっ」 と コゴエ の サケビ を あげて、 ゼンポウ の タナ の ウエ に カイテン して いる センプウキ を ゆびさした。
「レイテン 5 だっ」
 ひらめく よう な セイホウ の コタエ は、 もちろん、 この とき カジ には わからなかった。 しかし、 カジ は、 ききかえす こと は しなかった。 その シュンカン の セイホウ の ドウサ は、 たしか に ナニ か に オドロキ を かんじた らしかった が、 そっと そのまま カジ は セイホウ を そこ に しずめて おきたかった。
「あの センプウキ の チュウシン は ゼロ でしょう。 ナカ の ハネ は まわって いて みえません が、 ちょっと メ を はずして みた シュンカン だけ、 ちらり と みえます ね。 あの ゼロ から、 みえる ところ まで の キョリ の リツ です よ」
 カン ハツ を いれぬ セイホウ の セツメイ は、 カジ の シツモン の ツボ には おちこんで は こなかった が、 いきなり、 カイテン して いる ガンゼン の センプウキ を ひっつかんで、 なげつけた よう な この セイホウ の ハヤワザ には、 カジ も ミ を ひるがえす スベ が なかった。
「その テ で キミ は ハツメイ を する ん だな」
「オレ のう、 マチ を あるいて いる と、 イシ に つまずいて ぶったおれた ん です。 そしたら、 ヨコ を とおって いた デンシャ の シタッパラ から、 ヒ の ふいてる の が みえた ん です よ。 それから、 ウチ へ かえって、 ラジオ を つけよう と おもって、 スイッチ を ひねった ところ が、 ぼっ と なって、 そのまま なんの オト も きこえない ん です。 それで、 デンシャ の ヒ と、 ラジオ の ぼっ と いった だけ の オト と を むすびつけて みて、 かんがえだした の です よ。 それ が ボク の コウセン です」
 この ハッソウ も ヒボン だった。 しかし、 カジ は そこ で、 いそいで セイホウ の クチ を しめさせたかった。 それ イジョウ の ハツゲン は セイホウ の イノチ に かかわる こと で ある。 セイネン は キケン の ゲンカイ を しらぬ もの だ。 セイホウ も カジ の しらぬ ところ で、 その ゲンカイ を ふみぬいて いる ヨウス が あった が、 チュウイ する には はや おそすぎる ウタガイ も カジ には おこった。
「たおれた の が ハッソウ か。 たおれなかったら、 なんにも ない わけ だな」
 これ も スベテ が ゼロ から だ と カジ は おもって いった。 カレ は セイホウ が キノドク で たまらなかった。

 その ヒ から カジ は セイホウ の コウセン が キ に かかった。 それにしても、 カレ の いった こと が ジジツ だ と すれば、 セイホウ の イノチ は フウゼン の トモシビ だ と カジ は おもった。 いったい、 どこ か ヒトツ と して キケン で ない ところ が ある だろう か、 カジ は そんな に ハンタイ の アンゼンリツ の メン から さがして みた。 たえず スキマ を ねらう キョウキ の ムレ や、 シッシ チュウショウ の おこす ホノオ は ナニ を たくらむ か しれた もの でも ない。 もし センソウ が まけた と すれば、 その ヒ の うち に ジュウサツ される こと も ヒツジョウ で ある。 もし かった と して も、 ヨウ が すめば、 そんな キケン な ジンブツ を ヒト は いかして おく もの だろう か。 いや、 あぶない。 と カジ は また おもった。 この キケン から ミ を ふせぐ ため には、 ――カジ は その ホウホウ をも かんがえて みた が、 スベテ の ニンゲン を ゼンニン と かいさぬ かぎり、 なにも なかった。
 しかし、 このよう な あんたん と した クウキ に かかわらず、 セイホウ の エガオ を おもいだす と、 ヒカリ が ぽっと さしひらいて いる よう で あかるかった。 カレ の ヒョウジョウ の どこ イッテン にも ウレイ の カゲ は なかった。 ナニモノ か みえない もの に シュゴ されて いる トウトサ が あふれて いた。
 ある ヒ、 また セイホウ は タカダ と イッショ に カジ の イエ へ たずねて きた。 この ヒ は しろい カイグン チュウイ の フクソウ で タンケン を つけて いる カレ の スガタ は、 マエ より いくらか オトナ に みえた が、 それでも チュウイ の ケンショウ は まだ セイホウ に にあって は いなかった。
「キミ は イマ まで、 あぶない こと が たびたび あった でしょう。 たとえば、 イマ おもって も ぞっと する と いう よう な こと で、 ウン よく イノチ が たすかった と いう よう な こと です がね」 と、 カジ は、 あの オモワク から ハナシナカバ に セイホウ に たずねて みた。
「それ は もう、 ずいぶん ありました。 サイショ に カイグン の ケンキュウジョ へ つれられて きた その ヒ にも、 ありました」
 セイホウ は そう こたえて その ヒ の こと を てみじか に はなした。 ケンキュウジョ へ つく なり セイホウ は あたらしい セントウキ の シケン ヒコウ に のせられ、 キュウチョッカ する その トチュウ で、 キ の セイノウ ケイサン を めいぜられた こと が あった。 すると、 キュウ に その とき フクツウ が おこり、 どうしても キョウ だけ は ゆるして もらいたい と セイホウ は タンガン した。 グン では ジジツ を ヘンコウ する こと は できない。 そこで、 その ヒ は セイホウ を のぞいた モノ だけ で シケン ヒコウ を ジッコウ した。 みて いる と、 オオゾラ から キュウコウカ バクゲキ で スイチョク に くだって きた シン ヒコウキ は、 セイホウ の ガンゼン で、 クウチュウ ブンカイ を し、 ずぼり と カイチュウ へ つきこんだ そのまま、 ことごとく しんで しまった。
 また ベツ の ハナシ で、 ラバァウル へ いく ヒコウチュウ、 ソウジュウセキ から サンドウィッチ を さしだして くれた とき の こと、 セイホウ は ミ を ナナメ に かたむけて テ を のばした その シュンカン、 テキダン が とんで きた。 そして、 カレ に あたらず、 ウシロ の モノ が ムネ を うちつらぬかれて ソクシ した。
 また ベツ の ダイサン の グウゼンジ、 これ は いちばん セイホウ-らしく カジ には キョウミ が あった が、 ――ショウネン の ヒ の こと、 まだ セイホウ は ショウガッコウ の セイト で、 アサ ガッコウ へ いく トチュウ、 その ヒ は ハハ が セイホウ と イッショ で あった。 ユキ の ふかく ふりつもって いる ミチ を あるいて いる とき、 1 ワ の コトリ が とんで きて カレ の シュウイ を まいあるいた。 ショウネン の セイホウ は それ が おもしろかった。 リョウテ で コトリ を つかもう と して おっかける たび に、 コトリ は ミ を ひるがえして、 いつまでも とびまわった。
「オレ のう、 もう つかまる か、 もう つかまる か と おもって、 リョウテ で トリ を おさえる と、 ひょいひょい と、 うまい グアイ に トリ は にげる ん です。 それで、 とうとう ガッコウ が おくれて、 ついて みたら、 オオユキ を かぶった オレ の キョウシツ は、 ナダレ で ぺちゃんこ に つぶれて、 ナカ の セイト は ミナ しんで いました。 もうすこし ボク が はやかったら、 ボク も イッショ でした」
 セイホウ は アト で ハハ に その コトリ の ハナシ を する と、 そんな トリ なんか どこ にも いなかった と ハハ は いった そう で ある。 カジ は きいて いて、 この セイホウ の サイゴ の ハナシ は たとい ツクリバナシ と して も、 すっきり ぬけあがった カサク だ と おもった。
「トリ とんで トリ に にたり、 と いう シ が ドウゲン に ある が、 キミ の ハナシ も ドウゲン に にて ます ね」
 カジ は アンシン した キモチ で そんな ジョウダン を いったり した。 ニシビ の さしこみはじめた マド の ソト で、 1 マイ の モクセイ の スダレ が たれて いた。 セイホウ は それ を みながら、
「センジツ オタク から かえって から、 どうしても ねむれない の です よ。 あの スダレ が メ に ついて」 と いって、 なお カレ は マド の ソト を みつづけた。 「ボク は あの スダレ の ヨコイタ が イクツ あった か わすれた ので、 それ を おもいだそう と して も、 いくら かんがえて も わからない の です よ。 もう キ が くるいそう に なりました が、 とうとう わかった。 やっぱり あってた。 22 マイ だ」 セイホウ は うれしそう に エガオ だった。
「そんな こと に キ が つきだしちゃ、 そりゃ、 たまらない なあ」 ヒトリ いる とき の セイホウ の クツウ は、 もう ジブン には わからぬ もの だ と カジ は おもって いった。
「ユメ の ナカ で スウガク の モンダイ を とく と いう よう な こと は、 よく ある ん でしょう ね。 センジツ も クロネッカー と いう スウガクシャ が ユメ の ナカ で かんがえついた と いう、 セイシュン の ロンリ とか いう テイリ の ハナシ を きいた が、――」
「もう しょっちゅう です。 コノアイダ も アサ おきて みたら、 ツクエ の ウエ に むつかしい ケイサン が いっぱい かいて ある ので、 ゲシュク の バアサン に これ ダレ が かいた ん だ と きいたら、 アナタ が ユウベ かいてた じゃ ありません か と いう ん です。 ボク は ちっとも しらない ん です がね」
「じゃ、 キチガイ アツカイ に される でしょう」
「どうも、 そう おもってる らしい です よ」 セイホウ は また メ を あげて、 ぱっと わらった。
 それでは キョウ は セイホウ の キュウジツ に しよう と いう こと に なって、 それから カジ たち 3 ニン は ク を つくった。 アオバ の イロ の にじむ ほう に カオ を むけた セイホウ は、 「わが カゲ を おいゆく トリ や ヤマナナメ」 と いう キカガクテキ な ムキ の ク を すぐ つくった。 そして、 ハヤマ の ヤマ の シャメン に トリ の せまって いった 4 ガツ の ショクモク だ と セツメイ した。 タカダ の するどく ひかる マナザシ が、 この ヒ も デシ を マエ へ おしだす ケンヨク な タイド で、 クカイ の バカズ を ふんだ カレ の ココロヅカイ も よく うかがわれた。
「ミタビ チャ を いただく キク の カオリ かな」
 タカダ の つくった この ク も、 キャクジン の コフウ に たかまる カンジョウ を しめおさえた セイシュウ な キブン が あった。 カジ は よい ヒ の ゴゴ だ と よろこんだ。 でて きた カジ の ツマ も タベモノ の なくなった ヒ の ワビ を いって から、 キュウリモミ を だした。 セイホウ は、 カジ の ツマ と チホウ の コトバ で はなす の が、 ナニ より なぐさまる ふう らしかった。 そして、 さっそく シキシ へ、
「ホウゲン の ナマリ なつかし キュウリモミ」 と いう ク を かきつけたり した。

 セイホウ たち が かえって いって から 10 スウニチ たった ある ヒ、 また タカダ ヒトリ が カジ の ところ へ きた。 この ヒ の タカダ は しおれて いた。 そして、 カジ に、 キノウ ケンペイ が きて いう には、 セイホウ は ハッキョウ して いる から カレ の いいふらして あるく こと イッサイ を シンヨウ しない で くれ と、 そんな チュウイ を あたえて かえった と いう こと だった。
「それで、 セイホウ の あるいた ところ へは、 ミナ に そう いう よう、 と いう ハナシ でした から、 オタク へも ちょっと その こと を おつたえ したい と おもいまして ね」
 イチゲキ を くらった カンジ で カジ は タカダ と イッショ に しばらく しずんだ。 みな セイホウ の いった こと は ウソ だった の だろう か。 それとも、 ――カレ を キョウジン に して おかねば ならぬ ケンペイ たち の サクリャク の クシン は、 セイホウ の ため かも しれない とも おもった。
「キミ、 あの セイネン を ボクラ も キョウジン と して おこう じゃ ない です か。 その ほう が ホンニン の ため には いい」 と カジ は いった。
「そう です ね」 タカダ は たれさがって いく よう な ゲンキ の うせた コエ を だした。
「そう しとこう。 その ほう が いい よ」
 タカダ は セイホウ を ショウカイ した セキニン を かんじて わびる ふう に、 カジ に ついて あがって は こなかった。 カジ も、 ともすると しずもう と する ジブン が あやしまれて くる の だった。
「だって キミ、 あの セイネン は キョウジン に みえる よ。 また そう かも しれない が、 とにかく、 もし キョウジン に みえなかった なら、 セイホウ クン は あぶない よ。 あるいは そう みえる よう に、 ボク なら する かも しれない ね。 キミ だって そう でしょう」
「そう です ね。 でも、 なんだか、 みな あれ は、 カガクシャ の ユメ なん じゃ ない か と おもいます よ」 タカダ は あくまで よろこぶ ヨウス も なく、 その ヒ は イチニチ おもく だまりとおした。
 タカダ が かえって から も、 カジ は、 イマ まで ジジツ ムコン の こと を しんじて いた の は、 タカダ を シンヨウ して いた ケッカ タダイ だ と おもった が、 それにしても、 カジ、 タカダ、 ケンペイ たち、 それぞれ 3 ヨウ の シタイ で セイホウ を みて いる の は、 ミッツ の ゼロ の オキドコロ を たがえて いる カンサツ の よう だった。
 イッサイ が クウキョ だった。 そう おもう と、 にわか に、 そのよう に みえて くる むなしかった 1 カゲツ の キンチョウ の とけくずれた ケダルサ で、 いつか カレ は ソラ を みあげて いた。
 ザンネン でも あり、 ほっと した アンシン も あり、 すべりおちて いく クラサ も あった。 アス から また こうして タヨリ も ない ヒ を むかえねば ならぬ―― しかし、 ふと、 どうして こんな とき ヒト は ソラ を みあげる もの だろう か、 と カジ は おもった。 それ は セイリテキ に じつに シゼン に ソラ を みあげて いる の だった。 まるい、 なにも ない、 ふかぶか と した ソラ を。――

 タカダ の きた ヒ から フツカ-メ に、 セイホウ から カジ へ テガミ が きた。 それ には、 ただいま テンノウ ヘイカ から ハイエツ の ゴサタ が あって サンダイ して きました ばかり です。 ナミダ が ながれて ワタシ は なにも もうしあげられません でした が、 ワタシ に かわって トウダイ ソウチョウ が みな おこたえ して くださいました。 キンジツチュウ ゴホウコク に ぜひ おうかがい したい と おもって おります。 と それ だけ かいて あった。 セイホウ の こと は とうぶん わすれて いたい と おもって いた オリ、 カジ は たしょう この セイホウ の テガミ に ウシロ へ もどる ワズラワシサ を かんじ、 いそがしそう な カレ の ジタイ を ながめて いた。 すると、 その ヨクジツ セイホウ は ヒトリ で カジ の ところ へ きた。
「サンダイ した ん です か」
「ええ、 なにも おこたえ できない ん です よ。 コトバ が でて こない の です。 イチド ボク の ソバ まで こられて、 それから ジブン の オセキ へ もどられました が、 アシカズ だけ かぞえて います と、 11 ポ でした。 5 メータ です。 そう する と、 ミス が さがりまして、 その ムコウ から ゴシツモン に なる の です」
 ぱっと イツモ の うつくしい ビショウ が ひらいた。 この セイホウ の ムジャキ な ビショウ に あう と、 カジ は ホカ の イッサイ の こと など どうでも よく なる の だった。 セイホウ の コウイ や シゴト や、 また、 カレ が キョウジン で あろう と ニセモノ で あろう と、 そんな こと より、 セイホウ の ホオ に うかぶ ツギ の ビショウ を カジ は まちのぞむ キモチ で ハナシ を すすめた。 ナニ より その ビショウ だけ を みたかった。
「ヘイカ は キミ の ナ を なんと および に なる の」
「チュウイ は、 と おっしゃいました よ。 それから おって サタ する、 と サイゴ に おっしゃいました。 オレ のう、 もう アタマ が ぼっと して きて、 キチガイ に なる ん じゃ ない か と おもいました よ。 どうも、 あれ から ちょっと おかしい です よ」
 セイホウ は メ を ぱちぱち させ、 いう こと を きかなく なった ジブン の アタマ を なでながら、 フシギ そう に いった。
「それ は おめでたい こと だった な。 ヨウジン を しない と、 キチガイ に なる かも しれない ね」
 カジ は そう いう ジブン が セイホウ を キョウジン と おもって はなして いる の か どう か、 それ が どうにも わからなかった。 すべて シンジツ だ と おもえば シンジツ で あった。 ウソ だ と おもえば また ことごとく ウソ に みえた。 そして、 この あやしむ べき こと が なんの あやしむ べき こと でも ない、 さっぱり した この バ の ただ ヒトツ の シンジツ だった。 ハイチュウリツ の マッタダナカ に うかんだ、 ただ ヒトツ の チョッカン の シンジツ は、 こうして イマ カジ に みごと な ジツレイ を しめして くれて いて、 「さあ、 どう だ、 どう だ。 ヘントウ しろ」 と カジ に せまって きて いる よう な もの だった。 それ にも かかわらず、 まだ カジ は だまって いる の で ある。 「みた まま の こと さ、 オレ は ビショウ を しんじる だけ だ」 と、 こう カジ は ブショウ に こたえて みた ものの、 ナニモノ に か、 たくみ に ころがされ ころころ ホンロウ されて いる の も ドウヨウ だった。
「キョウ おうかがい した の は、 イチド ゴチソウ したい の です よ。 イッショ に これから いって くれません か。 ジドウシャ を シブヤ の エキ に またせて ある の です」 と、 セイホウ は いった。
「イマゴロ ゴチソウ を たべさす よう な ところ、 ある ん です か」
「スイコウシャ です」
「なるほど、 キミ は カイグン だった ん です ね」 と、 カジ は、 キョウ は ガクセイフク では ない セイホウ の カイキンフク の ケンショウ を みて わらった。
「キョウ は オレ、 タイイ の ケンショウ を つけてる けれど、 ホントウ は もう ショウサ なん です よ。 あんまり わかく みえる ので、 さげてる ん です」
 ショウネン に みえる セイホウ の まだ ケンショウ の ホシカズ を よろこぶ ヨウス が、 フシゼン では なかった。 それにしても、 この ショウネン が ソコク の キキュウ を すくう ユイイツ の ジンブツ だ とは、 ――じっさい、 イマ さしせまって きて いる センキョク を ユウリ に みちびく もの が あり と すれば、 セイホウ の ブキ イガイ に ありそう に おもえない とき だった。 しかし、 それにしても、 この セイホウ が―― イクド も かんじた ギモン が また ちょっと カジ に おこった が、 なにひとつ カジ は セイホウ の いう ジケン の ジジツ を みた わけ では ない。 また しらべる ホウホウ とて も ない ユメ だ。 カレ の いう スイコウシャ への デイリ も セイホウ ヒトリ の ユメ か どう か、 ふと カジ は この とき ミ を おこす キモチ に なった。
「キミ と いう ヒト は フシギ な ヒト だな。 ハジメ に キミ の きた とき には、 なんだか アシオト が フツウ の キャク と どこ か ちがって いた よう に おもった ん だ が。――」 と カジ は つぶやく よう に いった。
「あ、 あの とき は、 オレ、 エキ から オタク の ゲンカン まで アシカズ を はかって きた の です よ。 652 ホ」 セイホウ は すぐ こたえた。
 なるほど、 カレ の セイカク な アシオト の ナゾ は それ で わかった、 と カジ は おもった。 カジ は セイホウ の コキョウ を A ケン のみ を しって いて、 その ケン の どこ か は しらなかった が、 はじめ きた とき カジ は セイホウ に、 キミ の セイカ の チカク に ヒラタ アツタネ の セイカ が ありそう な キ が する が、 と ヒトコト きく と、 この とき も 「100 メータ」 と メイリョウ に すぐ こたえた。 また、 カイグン との カンケイ の セイリツ した ヒ の フクツウ の ヨクジツ、 シン ヒコウキ の セイノウ ジッケン を やらされた とき、 セイホウ は、 スイチョク に ラッカ して くる キタイ の ナカ で、 その とき で なければ できない ケイサン を ヨタビ くりかえした ハナシ も した。 そして、 ビヨク に ケッテン の ある こと を ハッケン して、 「よく なります よ、 あの ヒコウキ は」 と いったり した が、 ハンラン しつつ カレ の アタマ に おそいかかって くる スウシキ の ウンドウ に テイシ を あたえる こと が できない なら、 セイホウ の アタマ も くるわざる を えない で あろう と カジ は おもった。
 セイカク だ から くるう の だ、 と いう ギャクセツ は、 カレ には たしか に ツウヨウ する キンダイ の みごと な ウツクシサ をも かたって いる。
「キミ は キョウ は、 スイコウシャ から きた ん です か。 ケンペイ は ついて きて いない の」 と カジ は セイホウ に イエ を でる マエ たずねて みた。
「キョウ は チチジマ から かえった ばかり です よ。 その アシ で きた の です」
 セイホウ の ハツオン では チチジマ が チシマ と きこえる ので、 チシマ へ どうして と カジ が たずねかえす と、 チチジマ と セイホウ は いいなおした。
「ジッケン を すませて きた の です よ。 セイコウ しました。 いちばん はやく しぬ の は ネコ です ね。 あれ は もう、 ちょっと コウセン を あてる と、 ころり と いく。 その ツギ が イヌ です。 サル は どういう もの か すこし ジカン を とります ね」
 と セイホウ は ひくく わらいながら、 ヒタイ に ヒヤケ の スジ の はいった アタマ を かいた。 キョウジン の ネゴト の よう に ムゾウサ に そう いう の も、 よく ききわけて みる と、 おそる べき コウセン の ヒミツ を つぶやいて いる の だった。
「ボク は ドウブツ の シンゾウ と いう もの に キョウミ が でて きました よ。 どうも、 いろいろ シンゾウ に シュルイ が ある よう な キ が して きて、 これ を みな しらべたら おもしろい だろう なあ と おもいました」
 セイホウ の ブキ は、 じじつ それなら シンコウ して いる の だろう か、 と カジ は おもった。 しかし、 なぜ だ か カジ は、 ここ まで カレ と したしく なって きて いて も、 それ が ジジツ か どう か を セイホウ に ききかえす キ は しなかった。 あまり に メンドウ で おこって いる ジケン は イヨウ-すぎて、 かえって カジ に ハクリョク を あたえない。 のみならず、 どこ か で セイホウ を まだ キョウジン と おもって いる ところ が あって、 ナニ を いって も カレ を ゆるして おける の だった。
「チチジマ まで は どれほど かかる の です」
「2 ジカン です。 あそこ の デンリョク は よわい から、 ジッケン は おもう よう には できない ん です よ。 それでも、 1 マン フィート ぐらい まで なら、 コウリョク が あります ね。 ハジメ は カイチュウ では ダメ だろう と おもって いた ん です が、 カイスイ は シオ だ から、 クウキ-チュウ より カイチュウ の ほう が、 コウリョク の ある こと が わかりました よ」
「へえ。 1 マン フィート なら ソウトウ な もの だな。 うまく いきます か、 ヒコウキ だ と おちます ね」
「おちました。 はじめ ソウジュウシ と アイズ しといて ラッカサン で とびおりて から、 その アト の カラ の ヒコウキ へ コウセン を あてた の です。 うまく いきました よ。 ソウジュウシ と ユウベ は アクシュ して、 ウィスキー を フタリ で のみました。 ユカイ でした よ その とき は」
 ジシン に みちた セイホウ の エガオ は、 ニチジョウ メ に する グンシュウ の ユウウツ な カオ とは およそ かけはなれて はれて いた。
「センスイカン にも かけて みました が、 これ は、 うっかり して、 コウビ へ あたっちゃった もの だ から、 うきあがる はず の やつ が、 いつまでも うかない ん です よ。 キノドク な こと を した。 でも、 まあ、 しょうがない、 クニ の ため だ から、 ガマン を して もらわなきゃあ」
 ちょっと セイホウ は かなしげ な ヒョウジョウ に なった が、 それ も たちまち はれあがった。
「ニホン の センスイカン?」 と カジ は おどろいて たずねた。
「そう です。 いや だった なあ、 あの とき は。 もう ジッケン は こりごり だ と おもいました ね。 あれ だ から いや に なる」
 イヨウ な ジケン が ふしぎ と シンジツ の ソウ を おびて カジ に せまって きはじめた。 では、 みな ジジツ か。 この セイネン の くちばしって いる こと は――
「しかし、 そんな ブキ を アクニン に もたした ヒ には、 コト だなあ」 と カジ は おもわず つぶやいた。
「そう です よ。 カンリ が タイヘン です」
「ジンルイ が ほろんじまう よ」
「その ブキ を つんだ フネ が 6 パイ あれば、 ロンドン の テキゼン ジョウリク が できます よ。 アメリカ なら、 この ゲツマツ に だって ジョウリク は できます ね」
 もう ジョウダンゴト では なかった。 どこ から どこ まで ジュウジツ した ハナシ か いぜん ギモン は のこりながら も、 ヒトコト ごと に セイホウ の イイカタ は、 クウキョ な もの を ジュウテン しつつ たんたん と すすんで いる。 カジ は ジブン が おどろいて いる の か どう か、 もはや それ も わからなかった。 しかし、 どうして こんな バアイ に、 フイ に アクニン の こと を ジブン は かんがえた の だろう か。 たしか に、 コト は センソウ の カチマケ の こと だけ では すみそう に ない と カジ は おもった。 もちろん、 カレ は ジブン が クニ を あいして いる こと は うたがわなかった。 まける こと を のぞむ など とは かんがえる こと さえ できない こと だった。 かって もらいたかった。 しかし、 かって いる アイダ は、 こんな に かちつづけて よい もの だろう か と いう ウレイ が あった。 それ が マケイロ が つづいて おそって きて みる と、 ウレイ どころ の サワギ では おさまらなかった。 センソウ と いう もの の ゼンアク イカン に かかわらず ソコク の メツボウ する こと は たえられる こと では なかった。 そこ へ シュツゲン して きた セイホウ の シン ブキ は、 きいた だけ でも ムネ の おどる こと で ある。 それに なにゆえ また ジブン は その ブキ を テ に した アクニン の こと など かんがえる の だろう か。 ひやり と イチマツ の フアン を おぼえる の は どうした こと だろう か。 ――カジ は ジブン の シンチュウ に おこって きた この フタツ の シンジツ の どちら に ジブン の ホンシン が ある もの か、 しばらく じっと ジブン を みる の だった。 ここ にも ハイチュウリツ の つめよって くる ナヤマシサ が うすうす と もみおこって ココロ を さして くる の だった。 センジツ まで は、 まだ セイホウ の シン ブキ が ユメ だ と おもって いた センジツ まで、 セイホウ の イノチ の アンキ が シンパイ だった のに、 それ が ジジツ に ちかづいて きて みる と、 カレ の こと など もはや どうでも よく なって、 アクマ の ショザイ を かぎつけよう と して いる ジブン だ と いう こと は―― アクマ、 たしか に いる の だ コイツ は、 と カジ は おもった。
「その キミ の ブキ は、 ゼンニン に てわたさなきゃあ、 クニ は ほろぶ ね。 もし アクニン に わたした ヒ には、 そりゃ、 マケ だ」 と、 なぜ とも なく カジ は つぶやいて たちあがった。 カミ います、 と カレ は モンク なく そう おもった の で ある。

 セイホウ と カジ とは ソト へ でた。 ニシビ の さす ヒケドキ の シブヤ の プラット は、 シャナイ から ながれでる キャク と のりこむ キャク と で うずまいて いた。 その グンシュウ の ナカ に まじって、 のる でも ない、 おり も しない ヒトリ の せだかい、 あおざめた テイダイ の カクボウ スガタ の セイネン が カジ の メ に とまった。 ユウシュウ を たたえた きよらか な マナザシ は、 ほそく カガヤキ を おびて クウチュウ を みて いた が、 セイホウ を みる と、 つと うつくしい シセン を さけて ソッポ を むいた まま うごかなかった。
「あそこ に テイダイ の セイト が いる でしょう」
 と セイホウ は カジ に いった。
「ふむ。 いる」
「あれ は ボク の ドウリョウ です よ。 やはり カイグン-ヅメ です がね」
 グンシュウ の ナガレ の まま に フタリ は、 カイグン と リカ との フタツ の エリショウ を つけた その セイネン の ほう へ ちかづいた。
「あっ、 だまって いる な。 テキガイシン を かんじた かな」 と セイホウ は いう と、 ヨコ を むいた セイネン の ハイゴ を、 これ も そのまま カジ と イッショ に すぎて いった。
「もう ボク は、 にくまれる にくまれる。 ダレ も わかって くれ や しない」 と セイホウ は また つぶやいた が、 ホチョウ は いっそう カッパツ に かつかつ と ひびいた。 ならんだ カジ は セイホウ の ホチョウ に そまって リズミカル に なりながら、 われて いる の は グンシュウ だけ では ない と おもった。 ニホン で もっとも ユウシュウ な ジッケンシツ の チュウカク が われて いる の だ。
 セイホウ が またせて ある と いった ジドウシャ は、 シブヤ の ヒロバ には いなかった。 そこで フタリ は トデン で ロッポンギ まで いく こと に した が、 セイホウ は、 ジドウシャ の バンゴウ を カジ に つげ、 マチナカ で みかけた とき は その バンゴウ を よびとめて いつでも のって くれ と いったり した。 デンシャ の ナカ でも セイホウ は、 21 サイ の ジブン が 30-スギ の カリョウ を ヨビツケ に する クツウ を かたって から、 こう も いった。
「ボク が イマ いちばん ソンケイ して いる の は、 ボク の つかって いる 35 の イズ と いう カキュウ ショッコウ です よ。 これ を しかる の は、 ボク には いちばん つらい こと です が、 カゲ では、 どうか ナニ を いって も ゆるして もらいたい、 コウジョウ の ナカ だ から、 キミ を ヨビステ に しない と ホカ の モノ が、 いう こと を きいて は くれない、 クニ の ため だ と おもって、 トウブン は ゆるして ほしい と たのんで ある ん です。 これ は えらい オトコ です よ。 ジンカク も リッパ です。 そこ へ いく と、 ボク なんか、 イズ を ヨビステ に できた もん じゃ ありません がね」
 この セイホウ の どこ が キョウジン なの だろう か、 と カジ は また おもった。 21 サイ で ハカセ に なり、 ショウサ の シカク で、 トシウエ の タクサン な カリョウ を ヨビステ に テアシ の ごとく つかい、 ニホンジン と して サイコウ の エイヨ を うけよう と して いる セイネン の キョドウ は、 セイホウ を みのがして ホカ に レイ の あった ためし は ない。 それなら、 これから ユクサキ の ながい トシツキ、 セイホウ は イマ ある より も ただ くだる ばかり で ある。 なんと いう フコウ な こと だろう、 カジ は この うつくしい エガオ を する セイネン が キノドク で ならなかった。
 ロッポンギ で フタリ は おりた。 トチノキ の ならんだ マミアナ の トオリ を あるいた とき、 ユウグレ の せまった マチ に ヒトカゲ は なかった。 そこ を サカシタ から こちら へ 10 ニン ばかり の リクグン の ヘイタイ が、 おもい テツザイ を つんだ クルマ を ひいて のぼって くる と、 セイホウ の タイイ の エリショウ を みて、 タイチョウ の カシ が ケイレイッ と ゴウレイ した。 ぴたっと とまった 1 タイ に トウレイ する セイホウ の キョシュ は、 スキ なく しっかり イタ に ついた もの だった。 グンタイ-ナイ の セイホウ の スガタ を カジ は はじめて みた と おもった。
「もう キミ には、 ガクセイ-シュウ は なくなりました ね」 と カジ は いった。
「ボク は カイグン より リクグン の ほう が すき です よ。 カイグン は カイキュウ セイド が だらしなくって、 その テン リクグン の ほう が はっきり して います から ね。 ボク は イマ リクグン から ヒッパリ に きて いる ん です が、 カイグン が ゆるさない の です」
 スイコウシャ が みえて きた。 この カイグン ショウコウ の シュウカイジョ へ はいる の は、 カジ には はじめて で あった。 どこ の エントウ から も ケムリ の でない コロ だった が、 ここ の たかい エントウ だけ 1 ポン もうもう と ケムリ を ふきあげて いた。 ケイタイヒン アズケジョ の ダイ の ウエ へ タンケン を はずして だした セイホウ は、 ケン の ツカ の ところ に キク の モン の ほられて いる こと を カジ に いって、
「これ ボク ん じゃ ない の です が、 オンシ の グントウ です よ。 ヒト の を かりて きた ん です。 もう じき、 ボク も もらう もん です から」
 こどもらしく そう いいながら、 ヘヤ の イリグチ へ アンナイ した。 そこ には サカン イジョウ の ヘヤ の ヒョウサツ が かかって いた。 アブラ の ミガキ で くろぐろ と した コウタク の ある カワバリ の ソファ や イス の ナカ で、 タイイ の セイホウ は わかわかしい と いう より、 ショウネン に みえる フニアイ な ドウガン を にこにこ させ、 カジ に ナグサメ を あたえよう と して ほねおって いる らしかった。 ショクジ の とき も、 あつまって いる ショウコウ たち の どの カオ も チンウツ な ヒョウジョウ だった が、 セイホウ だけ ヒトリ いきいき と した エガオ で、 ヒジ を たかく ビール の ビン を カジ の コップ に かたむけた。 フライ や サラダ の サラ が でた とき、
「そんな キミ の イカン の エリショウ で、 ここ に いて も いい の です か」 と カジ は たずねて みた。
「ミナ ここ の ヒト は ボク の こと を しって ます よ」
 セイホウ は わるびれず に こたえた。 その とき、 また ヒトリ の サカン が カジ の ソバ へ きて すわった。 そして、 セイホウ に アイサツ して もくもく と フォーク を もった が、 この サカン も ひどく この ユウ は しずんで いた。 もう カイグンリョク は どこ の カイメン の も ゼンメツ して いる ウワサ の ひろがって いる とき だった。 レイテ-セン は ソウハイボク、 カイグン の ダイホンザン、 センカン ヤマト も ゲキチン された フウセツ が ながれて いた。
 めずらしい パン-ツキ の ショクジ を おわって から、 カジ と セイホウ は、 ナカニワ の ひろい シバフ へ おりて トウゴウ ジンジャ と ショウガク の ある ホコラ の マエ の シバフ へ ヨコ に なった。 ナカニワ から みた スイコウシャ は 7 カイ の カンビ した ホテル に みえた。 フタリ の よこたわって いる ゼンポウ の ユウゾラ に ソヴィエット の タイシカン が タカサ を スイコウシャ と きそって いた。 トウゴウ ショウシ の ハイゴ の ほう へ、 おれまがって いる ひろい トクベツシツ に ヒ が はいった。 セイホウ は ツゲ の ハ の スキ から みえる ウシロ の その ヘヤ を さして、
「あれ は ショウショウ イジョウ の ショクドウ です が、 ナニ か カイギ が ある らしい です よ」 と セツメイ した。 おおきな タテモノ ゼンタイ の ナカ で その イッシツ だけ こうこう と あかるかった。 さわやか な しろい テーブルクロス の アイダ を しろい ナツフク の ショウカン たち が イリグチ から ながれこんで きた。 カジ は、 ハイセン の ショウ たち の トウカ を うけた ムネ の ナガレ が、 サザナミ の よう な いそがしい シロサ で チャクセキ して いく スガタ と、 ジブン の ヨコ の シバフ に イマ ねそべって、 ハンシン を ねじまげた まま ヒ の ナカ を さしのぞいて いる セイホウ を みくらべ、 タイカ の くずれん と する とき、 ヒトミナ この イチボク に たよる ばかり で あろう か と、 アタリ の フウケイ を うたがった。 ヒトリ の メイセキ ハンダン の ない クルイ と いう もの の もつ キョウフ は、 もはや ニチジョウ サハンジ の ヘイセイサ さえ ともなって いる しずか な ユウグレ だった。
「ここ へ くる ニンゲン は、 ミナ あの ヘヤ へ はいりたい の だろう が、 コンヤ の あの ヒ の シタ には アイシュウ が ある ね。 マエ には ソヴィエット が みて いる し」
「ボク は、 ホントウ は ショウセツ を かいて みたい ん です よ。 テイダイ シンブン に ヒトツ だした こと が ある ん です が、 ソウタイセイ ゲンリ を たたいて みた ショウセツ で、 カサヤ の ムスメ と いう ん です」
 どういう セイホウ の クウソウ から か、 とつぜん、 セイホウ は テマクラ を して カジ の ほう を むきかえって いった。
「ふむ」 カジ は まことに イガイ で あった。
「チョウヘン なん です よ。 スウガク の キョウジュ たち は おもしろい おもしろい と いって くれました が、 ボク は これから、 スウガク を ショウセツ の よう に して かいて みたい ん です。 アナタ の かかれた リョシュウ と いう の、 4 ド よみました が、 あそこ に でて くる スウガク の こと は おもしろかった なあ」
 かんがえれば、 ねて も たって も おられぬ とき だ のに、 タイカ を ささえる イチボク が ショウセツ の こと を いう の で ある。 あわただしい ショウカン たち の ユキキ と ソヴィエット に はさまれた ユウヤミ の ソコ に よこたわりながら、 ここ にも フカカイ な シンジダイ は もう きて いる の か しれぬ と カジ は おもった。
「それ より、 キミ の コウセン の イロ は どんな イロ です」 と カジ は ハナシ を そらせて たずねた。
「ボク の コウセン は ヒルマ は みえない けども、 ヨル だ と シュウイ が ぽっと あおくて、 ナカ が きいろい フツウ の ヒカリ です。 ソラ に あがったら みて いて ください」
「あそこ で やってる コンヤ の カイギ も、 キミ の ヒカリ の カイギ かも しれない な。 どうも それ より しょうがない」
 くらく なって から フタリ は カエリジタク を した。 ケイタイヒン アズケジョ で セイホウ は、 うけとった タンケン を コシ に つりつつ カジ に、 「ボク は コウ 1 キュウ を もらう かも しれません よ」 と いって、 ゲンキ よく ウワギ を まくしあげた。
 ソト へ でて マックラ な ロッポンギ の ほう へ、 あるいて いく とき だった。 また セイホウ は カジ に すりよって くる と、 とつぜん コエ を ひそめ、 イマ まで おさえて いた こと を キュウ に はきだす よう に、
「ジュンヨウカン 4 セキ と、 クチクカン 4 セキ を しずめました よ。 コウセン を あてて、 ボク は トケイ を じっと はかって みて いたら、 4 フン-カン だった。 たちまち でした よ」
 アタリ には ダレ も いなかった。 アンチュウ アイクチ を さぐって ぐっと ヨコバラ を つく よう に、 セイホウ は コシ の ズボン の トケイ を すばやく はかる テツキ を しめして カジ に いった。
「しかし、 それなら ハッピョウ する でしょう」
「そりゃ、 しません よ。 すぐ テキ に わかって しまう」
「それにしても――」
 フタリ は また だまって あるきつづけた。 キンパク した イシガキ の ツメタサ が こみさえて とおった。 くらい マミアナ の ガイロ は しずか な ノボリザカ に なって いて、 ひびきかえる クツオト だけ ききつつ カジ は、 センジツ から おどろかされた チョウテン は コンヤ だった と おもった。 そして、 セイホウ の いう こと を ウソ と して しりぞけて しまう には、 あまり に ムリョク な ジブン を かんじて さみしかった。 いや、 それ より、 ジブン の ナカ から はげおちよう と して いる セイホウ の ゲンエイ を、 むしろ ささえよう と して いる イマ の ジブン の コウイ の ゲンイン は、 みな ひとえに セイホウ の ビショウ に ケンイン されて いた から だ と おもった。 カレ は それ が くやしく、 ひとおもいに カレ を キョウジン と して はらいおとして しまいたかった。 カジ は れいぜん と して いく ジブン に ミョウ に フアン な センリツ を おぼえ、 くろぐろ と した コダチ の チンモク に ミ を よせかけて いく よう に あるいた。
「ボク は ね、 センセイ」 と また しばらく して、 セイホウ は カジ に すりよって きて いった。 「イマ ボク は ヒトツ、 なやんで いる こと が ある ん です よ」
「ナン です」
「ボク は イマ まで イチド も、 しぬ と いう こと を こわい と おもった こと は なかった ん です が、 どういう もの だ か、 センジツ から しぬ こと が こわく なって きた ん です」
 セイホウ の ホンシン が めざめて きて いる。 カジ は そう おもって、 「ふむ」 と いった。
「なぜ でしょう かね。 ボク は もう ちょっと いきて いたい の です よ。 ボク は コノゴロ、 それで ねむれない の です」
 シンブ の ニンゲン が ゆれうごいて きて いる コエ で ある。 きづいた な と カジ は おもった。 そして、 ミミ を よせて ツギ の セイホウ の コトバ を まつ の だった。 また フタリ は だまって しばらく あるいた。
「ボク は もう、 ダレ か に すがりつきたくって、 しょうがない。 ダレ も ない の です」
 イマ まで ムジャキ に テンクウ で たわむれて いた ショウネン が ヒト の いない シュウイ を みまわし、 ふと シタ を のぞいた とき の、 なきだしそう な コドク な キョウフ が もれて いた。
「そう だろう な」
 コタエヨウ の ない ジブン が うすらかなしく、 カジ は、 ガイロジュ の ミキ の カワ の アツサ を みすごして ただ あるく ばかり だった。 カレ は はやく トウカ の みえる ツジ へ でたかった。 ちょうど、 そうして ユウグレ テツザイ を つんだ 1 タイ の ヘイシ と であった バショ まで きた とき、 はつらつ と して いた ヒルマ の セイホウ を おもいだし、 やっと カジ は いった。
「しかし、 キミ、 そういう ところ から ニンゲン の セイカツ は はじまる の だ から、 アナタ も そろそろ はじまって きた の です よ。 なんでも ない の だ、 それ は」
「そう でしょう か」
「ダレ にも すがれない ところ へ キミ は でた のさ。 ゼロ を みた ん です よ。 この トオリ は マミアナ と いって、 タヌキ ばかり すんで いた らしい ん だ が、 それ が いつのまにか、 ニンゲン も すむ よう に なって、 この とおり です から ね。 ボクラ の イッショウ も いろんな ところ を とおらねば ならん です よ。 これ だけ は どう シヨウ も ない。 まあ、 いつも ヒト は、 はじまり はじまり と いって、 タイコ でも たたいて いく の だな。 しぬ とき だって、 ボクラ は そう しよう じゃ ない です か」
「そう だな」
 ようやく なきどまった よう な セイホウ の ただしい クツオト が、 また カジ に きこえて きた。 ロッポンギ の テイリュウジョ の ヒ が フタリ の マエ へ さして きて、 その シタ に かたまって いる 2~3 の ヒトカゲ の ナカ へ フタリ は たつ と、 デンシャ が まもなく サカ を のぼって きた。

 アキカゼ が たって 9 ガツ ちかく なった コロ、 タカダ が カジ の ところ へ きた。 セイホウ の ガクイ ロンブン ツウカ の シュクガカイ を アス もよおしたい から、 カジ に ぜひ シュッセキ して ほしい、 バショ は ヨコスカ で すこし エンポウ だ が、 セイホウ から ぜひとも カジ だけ は つれて きて もらいたい と イライ された と いう こと で、 カイ を クカイ に したい と いう。 クカイ の シュクガカイ なら シュッセキ する こと に して、 カジ は タカダ の サソイ に でて くる アス を まった。
「どういう ヒト が キョウ は でる の です」
 と、 カジ は ツギ の ヒ、 ヨコスカ-ユキ の レッシャ の ナカ で タカダ に たずねた。 タイイ キュウ の カイグン の ショウコウ スウメイ と ハイク に キョウミ を もつ ヒトタチ ばかり で、 ヤマ の ウエ に ある ヒコウキ セイサク ギシ の ジタク で もよおす の だ と、 タカダ の コタエ で あった。
「この ギシ は ハイク も うまい が、 ユウシュウ な えらい ギシ です よ。 ボク と ハイク トモダチ です から、 エンリョ の いらない アイダガラ なん です」 と タカダ は フカ して いった。
「しかし、 ケンペイ に こられちゃ ね」
「さあ、 しかし、 そこ は クカイ です から、 なんとか うまく やる でしょう」
 トチュウ の アイダ も、 カジ と タカダ は セイホウ が キョウジン か イナ か の ギモン に ついて は、 どちら から も ふれなかった。 それにしても、 セイホウ を キョウジン だ と ハンテイ して カジ に いった タカダ が、 その セイホウ の シュクガカイ に、 カジ を グンコウ まで ひきずりだそう と する の で ある。 ギシ の タク は エキ から も とおかった。 ウミ の みえる ヤマ の ノボリ も キュウ な カタムキ で、 たかい イシダン の イクマガリ に カジ は コキュウ が きれぎれ で あった。 クズ の ハナ の なだれさがった シャメン から ミズ が もれて いて、 ひくまって いく ヒ の みちた タニマ の ソコ を、 ヒグラシ の コエ が つらぬきとおって いた。
 チョウジョウ まで きた とき、 あおい ダイダイ の ミ に うまった イエ の モン を はいった。 そこ が ギシ の ジタク で クカイ は もう はじまって いた。 トコマエ に すわらせられた ショウキャク の セイホウ の アタマ の ウエ に、 ガクイ ロンブン ツウカ シュクガ ハイクカイ と かかれて、 その ヒ の ケンダイ も ならび、 20 ニン ばかり の イチザ は コエ も なく クサク の サイチュウ で あった。 カジ と タカダ は マガリエン の イッタン の ところ で すぐ ケンダイ の クズ の ハナ の サック に とりかかった。 カジ は ヒザ の ウエ に テチョウ を ひらいた まま、 ナカ の ザシキ の ほう に セ を むけ、 ハシラ に もたれて いた。 エダ を しなわせた ダイダイ の ミ の ふれあう アオサ が、 カジ の ヒロウ を すいとる よう で あった。 まだ あかるく ウミ の ハンシャ を あげて いる ユウゾラ に、 ヒグラシ の コエ が たえず ひびきとおって いた。
「これ は ボク の アニ でして。 キョウ、 でて きて くれた の です」
 セイホウ は コウホウ から コゴエ で カジ に ショウカイ した。 トウホク ナマリ で、 レイ を のべる コガラ な セイホウ の アニ の アタマ の ウエ の タケヅツ から、 クズ の ハナ が たれて いた。 クカイ に キョウミ の なさそう な その アニ は、 まもなく、 キシャ の ジカン が きれる から と アイサツ を して、 ダレ より サキ に でて いった。
「トウ あおき オカ の ワカレ や クズ の ハナ」
 カジ は すぐ ハジメ の イック を テチョウ に かきつけた。 セミ の コエ は まだ ふる よう で あった。 ふと カジ は、 スベテ を うたがう なら、 この セイホウ の ガクイ ロンブン ツウカ も また うたがう べき こと の よう に おもわれた。 それら セイホウ の して いる コトゴト が、 たんに セイホウ コジン の ムユウチュウ の ゲンエイ と して のみ の ジジツ で、 シンジツ で ない かも しれない。 いわば、 その ゼロ の ごとき クウキョ な ジジツ を しんじて ダレ も あつまり いわって いる この サンジョウ の ショウカイ は、 イマ こうして ハナ の よう な ウツクシサ と なり さいて いる の かも しれない。 そう おもって も、 カジ は フマン でも なければ、 むなしい カンジ も おこらなかった。
「ヒグラシ や シュカク に みえし クズ の ハナ」 と、 また カジ は イック かきつけた シヘン を ボン に なげた。
 ヒ が おちて ヘヤ の ヒ が ニワ に さす コロ、 カイ の ヒトリ が リンセキ の モノ と ささやきかわしながら、 ニワ の マガキ の ソト を みつめて いた。 カキスソ へ しのびよる ケンペイ の アシオト を ききつけた から だった。 シュサイシャ が ケンペイ を ナカ へ しょうじいれた もの か、 どうした もの か と セイホウ に ソウダン した。
「いや、 いれちゃ いかん。 クセ に なる」
 トコマエ に タンザ した セイホウ は、 イツモ の カレ には みられぬ ジョウカン-らしい イゲン で クビ を ヨコ に ふった。 だんこ と した カレ の ソッケツ で、 クカイ は そのまま ゾッコウ された。 タカダ の ヒコウ で イチザ の サック が よみあげられて いく に したがい、 カジ と タカダ の 2 サク が しばらく コウテン を せりあいつつ、 しだいに また タカダ が のりこえて カイ は おわった。 オカ を くだって いく モノ が ハンスウ で、 セイホウ と したしい アト の ハンスウ の のこった モノ の ユウショク と なった が、 シノビアシ の ケンペイ は まだ カキ の ソト を まわって いた。 サケ が でて ザ が くつろぎかかった コロ、 セイホウ は カジ に、
「この ヒト は いつか おはなし した イズ さん です。 ボク の いちばん オセワ に なって いる ヒト です」
 と ショウカイ した。
 ロウドウフク の ムクチ で ケンゴ な イズ に カジ は レイ を のべる キモチ に なった。 セイホウ は サケ を つぐ テツダイ の チジン の ムスメ に かるい ジョウダン を いった とき、 したしい オウシュウ を しながら も、 ムスメ は 21 サイ の ハカセ の セイホウ の マエ では カオ を あからめ、 タチイ に オチツキ を なくして いた。 いつも リョウウデ を くんだ シュサイシャ の ギシ は、 しずか な ヒタイ に トクボウ の ある キヒン を たたえて いて、 ヒトリ なごやか に しずむ クセ が あった。
 トウキョウ から の キャク は ショウリョウ の サケ でも マワリ が はやかった。 ヒタイ の そまった タカダ は アオムキ に たおれて ソラ を あおいだ とき だった。 ヒ を つけた テイクウ ヒコウ の スイジョウキ が 1 キ、 オカ スレスレ に バクオン を たてて まって きた。
「おい、 セイホウ の コウセン、 あいつ なら おとせる かい」 と タカダ は テマクラ の まま セイホウ の ほう を みて いった。 イッシュン どよめいて いた ザ は しんと しずまった。 と、 タカダ は はっと ワレ に かえって おきあがった。 そして、 きびしく ジブン を シッセキ する メツキ で タンザ し、 カン ハツ を いれぬ ハヤサ で ふたたび シズマリ を ギャクテン させた。 みて いて カジ は、 あざやか な タカダ の シュワン に ヒッシ の サギョウ が あった と おもった。 シャツ 1 マイ の セイホウ は たちまち おどる よう に たのしげ だった。
 その ヨル は カジ と タカダ と セイホウ の 3 ニン が ギシ の イエ の 2 カイ で とまった。 タカダ が カジ の ミギテ に ねて、 セイホウ が ヒダリテ で、 すぐ ネムリ に おちた フタリ の アイダ に はさまれた カジ は、 ネツキ が わるく おそく まで さめて いた。 ジョウハンシン を ラタイ に した セイホウ は フトン を かけて いなかった。 ウワブトン の 1 マイ を ヨッツ に おって カオ の ウエ に のせた まま、 リョウテ で だきかかえて いる ので、 カレ の ネスガタ は ザブトン を 4~5 マイ カオ の ウエ に つみかさねて いる よう に みえて コッケイ だった。 どういう ユメ を みて いる もの だろう か と、 ヨナカ ときどき カジ は セイホウ を のぞきこんだ。 ゆるい コキュウ の キフク を つづけて いる ヘソ の シュウイ の うすい シボウ に、 にぶく デントウ の ヒカリ が さして いた。 フトン で セイホウ の カオ が かくれて いる ので、 クビナシ の よう に みえる わかい ドウ の ウエ から その ヘソ が、
「ボク、 しぬ の が なんだか こわく なりました」 と カジ に つぶやく ふう だった。 カジ は セイホウ の ヘソ も みた と おもって ネムリ に ついた。

 カジ と セイホウ は ソノゴ イチド も あって いない。 その アキ から はげしく なった クウシュウ の オリ も、 カジ は トウキョウ から イッポ も でず ソラ を みて いた が、 セイホウ の コウセン は ついに あらわれた ヨウス が なかった。 カジ は タカダ と よく あう たび に セイホウ の こと を たずねて も、 イエ が やけ スミカ の なくなった タカダ は、 セイホウ に ついて は もう キョウミ の うせた コタエ を する だけ で、 なにも しらなかった。 ただ イチド、 セイホウ と わかれて 1 カゲツ も した とき、 クカイ の ヒ の ギシ から タカダ に あてて、 セイホウ は エリショウ の ホシ を ヒトツ フカ して いた リユウ を ツミ と して、 グン の ケイムショ へ いれられて しまった と いう ホウコク の あった こと と、 クウシュウチュウ、 ギシ は ケッコン し、 その ヨクジツ キュウビョウ で シボウ した と いう フタツ の ハナシ を、 カジ は タカダ から きいた だけ で ある。 セイホウ と おなじ ところ に キンム して いた ギシ に しなれて は、 タカダ も そこ から セイホウ の こと を きく イガイ に、 ホウホウ の なかった それまで の ミチ は たちきれた わけ で あった。 したがって カジ も また なかった。
 センソウ は おわった。 セイホウ は しんで いる に ちがいない と カジ は おもった。 どんな シニカタ か、 とにかく カレ は もう コノヨ には いない と おもわれた。 ある ヒ、 カジ は トウホク の ソカイサキ に いる ツマ と サンチュウ の ムラ で シンブン を よんで いる とき、 ギジュツイン ソウサイ-ダン と して、 ワガクニ にも シン ブキ と して サツジン コウセン が カンセイ されよう と して いた こと、 その イリョク は 3000 メートル に まで たっする こと が できた が、 ハツメイシャ の イチ セイネン は ハイセン の ホウ を きく と ドウジ に、 クヤシサ の あまり ハッキョウ シボウ した と いう タンブン が ケイサイ されて いた。 ウタガイ も なく セイホウ の こと だ と カジ は おもった。
「セイホウ しんだ ぞ」
 カジ は そう ヒトコト ツマ に いって シンブン を てわたした。 イチメン に つまった くろい カツジ の ナカ から、 あおい ホノオ の コウセン が イチジョウ ぶっと ふきあがり、 ばらばらっ と くだけちって なくなる の を みる よう な ハヤサ で、 カジ の カンジョウ も はなひらいた か と おもう と まもなく しずか に なって いった。 みな ゼロ に なった と カジ は おもった。
「あら、 これ は セイホウ さん だわ。 とうとう なくなった のね。 1 キ も いれない って、 アタシ に いって らした のに。 ホント に、 まけた と きいて、 くらくらっ と した ん だわ。 どう でしょう」
 ツマ の そう いう ソバ で、 カジ は、 セイホウ の ハッキョウ は もう すでに あの とき から はじまって いた の だ と おもわれた。 カレ の いったり したり した こと は、 ある こと は ジジツ、 ある こと は ユメ だった の だ と おもった。 そして、 カジ は ジブン も すこし は カレ に デンセン して、 ハッキョウ の キザシ が あった の かも しれない と うたがわれた。 カジ は タマテバコ の フタ を とった ウラシマ の よう に、 ぼうっと たつ ハクエン を みる オモイ で しばらく ソラ を みあげて いた。 ギシ も しに、 セイホウ も しんだ イマ みる ソラ に カレラ フタリ と わかれた ヨコスカ の サイゴ の ヒ が えいじて くる。 ギシ の イエ で イッパク した ヨクアサ、 カジ は セイホウ と ギシ と タカダ と 4 ニン で オカ を おりて いった とき、 カイメン に テイハク して いた センスイカン に チョクゲキ を あたえる レンシュウキ を みおろしながら、 ギシ が、
「ボク の は いくら つくって も つくって も、 おとされる ほう だ が、 セイホウ の は おとす ほう だ から な、 ボクラ は かないません よ」
 しょうぜん と して つぶやく コン セビロ の ギシ の イッポ マエ で、 これ は また はつらつ と した セイホウ の サカミチ を おりて いく ワニアシ が、 ゆるんだ オダワラ-ヂョウチン の マキ-ゲートル スガタ で うかんで くる。 それから ミカサ-カン を ケンブツ して、 ヨコスカ の エキ で わかれる とき、
「では、 もう ボク は オメ に かかれない と おもいます から、 オゲンキ で」
 はっきり した メツキ で、 セイホウ は そう いいながら、 カジ に つよく ケイレイ した。 どういう イミ か、 カジ は わかれて あるく うち、 ふと セイホウ の ある カクゴ が セ に しみつたわり サミシサ を かんじて きた が、――
 ソカイサキ から トウキョウ へ もどって きて カジ は キュウ に ビョウキ に なった。 ときどき カレ を ミマイ に くる タカダ と あった とき、 カジ は セイホウ の こと を いいだして みたり した が、 タカダ は シジ の ヨワイ を かぞえる ツマラナサ で、 ただ アイマイ な ワライ を もらす のみ だった。
「けれども、 キミ、 あの セイホウ の ビショウ だけ は、 うつくしかった よ。 あれ に あう と、 ダレ でも ボクラ は やられる よ。 あれ だけ は――」
 ビショウ と いう もの は ヒト の ココロ を ころす コウセン だ と いう イミ も、 カジ は ふくめて いって みた の だった。 それにしても、 ナニ より うつくしかった セイホウ の あの ショシュン の よう な ビショウ を おもいだす と、 みあげて いる ソラ から おちて くる もの を まつ ココロ が おのずから さだまって くる の が、 カジ には フシギ な こと だった。 それ は イマ の ヨ の ヒト タレ も が まちのぞむ ヒトツ の メイセキ ハンダン に にた キボウ で あった。 それ にも かかわらず、 レイショウ する が ごとく セカイ は ますます フタツ に わかれて おしあう ハイチュウリツ の サナカ に あって ただよいゆく ばかり で ある。 カジ は、 カイテン して いる センプウキ の ハネ を ゆびさし ぱっと あかるく わらった セイホウ が、 イマ も まだ ヒトビト に いいつづけて いる よう に おもわれる。
「ほら、 ハネ から シセン を はずした シュンカン、 まわって いる こと が わかる でしょう。 ボク も イマ とびだした ばかり です よ。 ほら」

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...