2019/06/10

タデ くう ムシ

 タデ くう ムシ

 タニザキ ジュンイチロウ

 その 1

 ミサコ は ケサ から ときどき オット に 「どう なさる? やっぱり いらっしゃる?」 と きいて みる の だ が、 オット は レイ の ドッチツカズ な アイマイ な ヘンジ を する ばかり だし、 カノジョ ジシン も それなら どう と いう ココロモチ も きまらない ので、 つい ぐずぐず と ヒルスギ に なって しまった。 1 ジ-ゴロ に カノジョ は サキ へ フロ に はいって、 どっち に なって も いい よう に ミジタク だけ は して おいて から、 まだ ねころんで シンブン を よんで いる オット の ソバ へ 「さあ」 と いう よう に すわって みた けれど、 それでも オット は なんとも いいださない の で ある。
「とにかく オフロ へ おはいり に ならない?」
「うむ、………」
 ザブトン を 2 マイ ハラ の シタ へ しいて タタミ の ウエ に ホオヅエ を ついて いた カナメ は、 きかざった ツマ の ケショウ の ニオイ が ミヂカ に ただよう の を かんじる と、 それ を さける よう な ふう に かすか に カオ を ウシロ へ ひきながら、 カノジョ の スガタ を、 と いう より も イショウ の コノミ を、 なるべく シセン を あわせない よう に して ながめた。 カレ は ツマ が どんな キモノ を センタク した か、 その グアイ で ジブン の キモチ も さだまる だろう と おもった の だ が、 あいにく な こと には コノゴロ ツマ の モチモノ や イルイ など に チュウイ した こと が ない の だ から、 ―――ずいぶん イショウ ドウラク の ほう で、 ツキヅキ なんの かの と こしらえる らしい の だ けれども、 いつも ソウダン に あずかった こと も なければ、 ナニ を かった か キ を つけた こと も ない の だ から、 ―――キョウ の ヨソオイ も、 ただ はなやか な、 ある ヒトリ の トウセイフウ の オクサマ と いう カンジ より ホカ には なんとも ハンダン の クダシヨウ も なかった。
「オマエ は、 しかし、 どう する キ なん だ」
「アタシ は どっち でも、 ………アナタ が いらっしゃれば いきます し、 ………で なければ スマ へ いって も いい ん です」
「スマ の ほう にも ヤクソク が ある の かね?」
「いいえ、 べつに。 ………あっち は アシタ だって いい ん です から」
 ミサコ は いつのまにか マニキュール の ドウグ を だして、 ヒザ の ウエ で せっせと ツメ を みがきながら、 クビ は マッスグ に、 オット の カオ から わざと 1~2 シャク ウエ の ほう の クウカン に メ を すえて いた。
 でかける とか でかけない とか、 なかなか ハナシ が つかない の は キョウ に かぎった こと では ない の だ が、 そういう とき に オット も ツマ も すすんで ケッテイ しよう とは せず、 アイテ の ココロ の ウゴキヨウ で ジブン の ココロ を きめよう と いう ウケミ な タイド を まもる ので、 ちょうど フウフ が リョウホウ から スイバン の フチ を ささえて、 たいら な ミズ が しぜん と どっち か へ かたむく の を まって いる よう な もの で あった。 そんな ふう に して とうとう なにも きまらない うち に ヒ が くれて しまう こと も あり、 ある ジカン が くる と キュウ に フウフ の ココロモチ が ぴったり あう こと も ある の だ けれど、 カナメ には キョウ は ヨカク が あって、 けっきょく フタリ で でかける よう に なる だろう こと は わかって いた。 が、 わかって いながら やはり ジュドウテキ に、 ある グウゼン が そうして くれる の を まって いる と いう の は、 あながち カレ が オウチャク な せい ばかり では なかった。 ダイイチ に カレ は ツマ と フタリ きり で ソト を あるく バアイ の、 ―――ここ から ドウトンボリ まで の ほんの 1 ジカン ばかり では ある が、 オタガイ の キヅマリ な ドウチュウ が おもいやられた。 それに、 「スマ へ いく の は アシタ でも いい」 と ツマ は そう いって いる ものの、 たぶん ヤクソク が して ある の で あろう し、 そう で ない まで も、 カノジョ に とって は おもしろく も ない ニンギョウ シバイ を みせられる より、 アソ の ところ へ いった ほう が いい に きまって いる こと を さっして やらない の も キ が すまなかった。
 ユウベ キョウト の ツマ の チチ から、 「アシタ ツゴウ が よかったら フウフ で ベンテンザ へ くる よう に」 と いう デンワ が あった とき、 いちおう ツマ に ソウダン す べき で あった の だ が、 おりあしく カノジョ が ルス だった ので、 「タイガイ ならば おうかがい いたします」 と、 カナメ は うっかり こたえて しまった。 それ と いう の が、 「ボク は ながい こと ブンラク の ニンギョウ を みた こと が ありません ので、 コンド おいで に なる とき には ぜひ さそって いただきたい」 と、 いつぞや ロウジン の キゲン を とる ため に ココロ にも ない オアイソ を いった の を、 ロウジン の ほう では よく おぼえて いて わざわざ しらして くれた の で ある から、 カレ と して は ことわりにくい バアイ でも あった し、 それに ニンギョウ シバイ は とにかく、 あの ロウジン に つきあって ゆっくり ハナシ を する よう な キカイ が、 ひょっと したら もう これっきり こない で あろう とも おもえた から だった。 シシガタニ の ほう に インキョジョ を つくって チャジン-じみた セイカツ を して いる 60 ちかい トシヨリ とは、 もちろん シュミ が あう わけ も なし、 ナニカ に つけて うるさく ツウ を ふりまかれる の には いつも ヘイコウ する の だ けれど、 わかい とき に さんざん あそんだ ヒト だけ あって どこ か シャラク な、 からっと した ところ の ある の が、 もう その ヒト とも オヤコ の エン が きれる か と おもえば さすが に なつかしく、 すこし ヒニク な イイカタ を すれば、 ツマ より も むしろ この ロウジン に ナゴリ が おしまれて、 せめて フウフ で いる アイダ に イッペン ぐらい は オヤコウコウ を して おいて も と、 ガラ に ない こと を かんがえた の だ が、 しかし ドクダン で ショウチ した の は テオチ と いえば テオチ で ある。 イツモ の カレ なら ツマ の ツゴウ と いう こと に キ が まわらない はず は ない の で ある。 ユウベ も もちろん それ を おもい は した けれども、 じつは ユウガタ、 「ちょっと コウベ まで カイモノ に」 と いって カノジョ が でかけて いった の を、 おそらく アソ に あい に いった もの と すいして いた。 ちょうど ロウジン から デンワ が かかった ジブン には、 ツマ と アソ と が ウデ を くみあって スマ の カイガン を ぶらついて いる カゲエ が カレ の ノウリ に えがかれて いた ので、 「コンヤ あって いる の なら アシタ は さしつかえない で あろう」 と、 ふと そう おもった わけ なの で あった。 ツマ は じゅうらい カクシダテ を した こと は なかった から、 ユウベ は じじつ カイモノ に いった の かも しれない。 それ を そう で なく とった の は カレ の ジャスイ で あった かも しれない。 カノジョ は ウソ を つく こと は きらい で ある し、 また ウソ を つく ヒツヨウ は ない に きまって いる の だ から。 が、 オット に とって けっして ユカイ で ない はず の こと を そう はっきり と いう まで も ない から、 「コウベ へ カイモノ に いく」 と いう コトバ の ウラ に 「アソ に あい に いく」 と いう イミ が ふくまれて いた もの と カイシャク した の は、 カレ の タチバ から は シゼン で あって、 わるく かんぐった わけ では なかった。 ツマ の ほう でも カナメ が ジャスイ や イジワル を した の で ない こと は わかって いる に ちがいなかった。 あるいは カノジョ は、 ユウベ も あう こと は あって いる の だ が、 キョウ も あいたい の で ある かも しれない。 サイショ は トオカ-オキ、 1 シュウカン-オキ ぐらい だった の が、 チカゴロ は だいぶ ヒンパン に なって、 フツカ も ミッカ も つづけて あう こと が めずらしく ない の で ある から。
「アナタ は どう なの、 ゴラン に なりたい の?」
 カナメ は ツマ が はいった アト の フロ へ つかって、 ユアガリ の ハダ へ バスローブ を ひっかけながら 10 プン ばかり で もどって きた が、 ミサコ は その とき も ぼんやり クウ を みはった まま キカイテキ に ツメ を こすって いた。 カノジョ は エンガワ に たちながら テカガミ で カミ を さばいて いる オット の ほう へは メ を やらず に、 サンカク に きられた ヒダリ の オヤユビ の ツメ の、 ぴかぴか ひかる センタン を まぢかく ハナサキ へ よせながら いった。
「ボク も あんまり みたく は ない ん だ が、 みたい って いっちまった んで ね。………」
「いつ?」
「いつ だった か、 そう いった こと が ある ん だよ。 ひどく ネッシン に ニンギョウ シバイ を サンビ する もん だ から、 つい ロウジン を よろこばす つもり で アイヅチ を うって しまった ん だ」
「ふふ」
 と カノジョ は、 アカ の タニン に たいする よう な アイソワライ を わらった。
「そんな こと を おっしゃる から わるい ん じゃ ない の。 いつも オトウサン に つきあった こと なんか ない くせ に」
「まあ とにかく、 ちょっと だけ でも いった ほう が いい ん だ けれど な」
「ブンラクザ って いったい どこ なの?」
「ブンラクザ じゃあ ない ん だよ。 ブンラクザ は やけちまった んで、 ドウトンボリ の ベンテンザ と いう コヤ なん だ そう だ」
「それじゃ どうせ すわる ん でしょう? かなわない わ、 アタシ、 ―――アト で ヒザ が いたく なっちまう わ」
「そりゃあ チャジン の いく ところ だ から シカタ が ない やね。 ―――オマエ の オトウサン も せんに は あんな じゃあ なかった し、 カツドウ シャシン が すき だった ジダイ も あった ん だ が、 だんだん トシ を とる に つれて シュミ が ヒニク に なって いく ん だね。 このあいだ ある ところ で きいた ん だ が、 わかい ジブン に オンナアソビ を した ニンゲン ほど、 ロウジン に なる と きまって コットウズキ に なる。 ショガ だの チャキ だの を いじくる の は つまり セイヨク の ヘンケイ だ と いう ん だ」
「でも オトウサン は セイヨク の ほう も まだ ヘンケイ して いない ん じゃ ない の。 キョウ だって オヒサ が ついて いる でしょう」
「ああいう オンナ を すく と いう の が やっぱり いくらか コットウ シュミ だよ。 あれ は まるで ニンギョウ の よう な オンナ だ から な」
「いけば きっと あてられて よ」
「シカタ が ない、 それ も オヤコウコウ だ と おもって、 1 ジカン か 2 ジカン あてられ に いく さ」
 ふと カナメ は、 ツマ が なんとなく でしぶる の は ホカ に リユウ が ある ん じゃ ない の かな、 と その とき かんじた が、
「では キョウ は ワフク に なさる?」
 と、 カノジョ は たって、 タンス の ヒキダシ から、 タトウ に くるまった イククミ か の オット の イルイ を とりだす の で あった。
 キモノ に かけて は カナメ も ツマ に まけない ほど の ゼイタクヤ で、 この ハオリ には この キモノ に この オビ と いう ふう に イクトオリ と なく そろえて あって、 それ が こまかい もの に まで も、 ―――トケイ とか、 クサリ とか、 ハオリ の ヒモ とか、 シガー ケース とか、 サイフ とか、 そんな もの に まで およんで いた。 それ を いちいち のみこんで いて、 「あれ」 と いえば すぐ その ヒトクミ を そろえる こと の できる モノ は ミサコ より ホカ に ない の で ある から、 コノゴロ の よう に オット を おいて ヒトリ で ソト へ でがち の カノジョ は、 でかける とき に オット の ため に イルイ を そろえて ゆく こと が おおかった。 カナメ に とって ゲンザイ の ツマ が じっさい ツマ-らしい ヤクメ を し、 カノジョ で なければ ならない ヒツヨウ を おぼえる の は、 ただ この バアイ だけ で ある ので、 そういう とき に いつでも カレ は へんに ちぐはぐ な オモイ を した。 ことに キョウ の よう に、 ウシロ から ジュバン を きせて くれたり、 エリ を なおして くれたり される と、 ジブン たち フウフ と いう もの の ずいぶん フシギ な ムジュン した カンケイ が、 はっきり かんぜられる の で あった。 ダレ が こういう バメン を みたら、 ジブン たち を フウフ で ない と おもう で あろう。 げんに イエ に いる コマヅカイ に して も ゲジョ に して も、 ゆめにも うたがって は いない で あろう。 カレ ジシン で すら、 こうして シタギ や タビ の メンドウ まで も みて もらって いる ジブン を かえりみれば、 これ で どうして フウフ で ない の か と いう よう な キ が する。 なにも ケイボウ の カタライ ばかり が フウフ を なりたたせて いる の では ない。 イチヤヅマ ならば カナメ は カコ に オオク の オンナ を しって いる。 が、 こういう こまかい ミノマワリ の セワ や ココロヅクシ の アイダ に こそ フウフ-ラシサ が そんする の では ない か。 これ が フウフ の ホンライ の スガタ では ない の か。 そうして みれば、 カレ は カノジョ に フソク を かんずる ナニモノ も ない の で ある。………
 リョウテ を コシ の ウエ へ まわして ツヅレ の オビ を むすびながら、 カレ は しゃがんで いる ツマ の エリアシ を みた。 ツマ の ヒザ の ウエ には カレ が このんで きる ところ の クロハチジョウ の ムソウ の ハオリ が ひろがって いた。 ツマ は その ハオリ へ カタナ の サゲオ の モヨウ に そめた ヒラウチ の ヒモ を つけよう と して、 ケピン の アシ を チ へ とおして いる の で ある。 カノジョ の しろい テノヒラ は、 それ が にぎって いる ほそい ケピン を ヒトスジ の クロサ に くっきり と きわだたせて いた。 ミガキタテ の ツヤ の いい ツメ が、 ユビサキ と ユビサキ の かちあう ごと に とがった サキ を きき と カイキ の よう に ならした。 ながい アイダ の シュウカン で オット の キモチ を するどく ハンシャ する カノジョ は、 ジブン も おなじ カンショウ に ひきこまれる の を おそれる か の よう に ことさら スキマ なく ミ を うごかして、 ツマ たる モノ の なす べき シゴト を さっさと テギワ よく、 ジムテキ に はこんで いる の で ある が、 それ だけ に カナメ は、 カノジョ と シセン を あわせる こと なく よそながら ナゴリ を おしむ ココロ で ぬすみみる こと が できる の で あった。 たって いる カレ には エリアシ の オク の セスジ が みえた。 ハダジュバン の カゲ に つつまれて いる ゆたか な カタ の フクラミ が みえた。 タタミ の ウエ を ヒザ で ずって いる スソサバキ の フキ の シタ から、 トウキョウ-ゴノミ の、 キガタ の よう な かたい シロタビ を ぴちり と はめた アシクビ が 1 スン ばかり みえた。 そういう ふう に ちらと メ に ふれる ニクタイ の トコロドコロ は、 30 に ちかい トシ の わり には わかく も あり みずみずしく も あり、 これ が タニン の ツマ で あったら カレ とて も うつくしい と かんずる で あろう。 イマ でも カレ は この ニクタイ を かつて よなよな そうした よう に だきしめて やりたい シンセツ は ある。 ただ かなしい の は、 カレ に とって は それ が ほとんど ケッコン の サイショ から セイヨクテキ に なんら の ミリョク も ない こと だった。 そうして イマ の ミズミズシサ も ワカワカシサ も、 じつは カノジョ に スウネン の アイダ ゴケ と おなじ セイカツ を させた ヒツゼン の ケッカ で ある こと を おもう と、 あわれ と いう より は フシギ な サムケ を おぼえる の で あった。
「ホントウ に キョウ は―――」
 そう いいながら ミサコ は たって、 ハオリ を きせる ため に オット の セナカ の ほう へ まわった。
「―――いい オテンキ じゃ ありません か。 シバイ なんぞ には もったいない くらい だわ」
 カナメ は 2~3 ド カノジョ の ユビ が ウナジ の アタリ を かすめた の を かんじた が、 その ハダザワリ には まるで リハツシ の ユビ の よう な ショクギョウテキ な ツメタサ しか なかった。
「オマエ、 デンワ を かけて おかなくって も いい の かね?」
 と、 カレ は ツマ の コトバ の ウラ を たずねた。
「ええ、………」
「かけて おおき よ、 で ない と ボク も キ が すまない から、………」
「それ にも およばない ん だ けれど、………」
「しかし、 ………まって いる と わるい じゃ ない か」
「そう ね、―――」
 カノジョ は ちょっと ためらって から いった。
「―――ナンジ-ゴロ に かえれます かしら?」
「イマ から いけば、 かりに ヒトマク だけ と して も 5 ジ か 6 ジ には なる だろう な」
「それから じゃ あんまり おそい でしょう か?」
「そんな こと は さしつかえない が、 なにしろ キョウ は オトウサン の ツゴウ で どう なる か わかりゃ しない ぜ。 イッショ に バンメシ を つきあえ と でも いわれたら ことわる わけ にも いかない し、 ………ま、 アシタ に した ほう が マチガイ が ない よ」
 そう いって いる とき、 コマヅカイ の オサヨ が フスマ を あけた。
「あのう、 スマ から オクサマ に オデンワ で ございます」

 その 2

 デンワグチ の ハナシ は 30 プン も かかった けれども、 それでも ようやく スマ の ほう は アス に する と いう こと に なって、 いっそう うかぬ カオツキ を しながら、 カノジョ が オット と めずらしく つれだって でた の は、 もう 2 ジ ハン を すぎた コロ だった。
 たまに ニチヨウ の オリ など に、 ショウガッコウ の 4 ネン へ いって いる ヒロシ を ナカ に はさみながら、 オヤコ 3 ニン で でかける こと は ない でも ない が、 それ は チカゴロ、 うすうす チチ と ハハ との アイダ に ナニゴト か が かもされつつ ある の を かんづいた らしい コドモ の キョウフ を とりのける ため で、 キョウ の よう に フウフ が フタリ で であるく こと は ホントウ に もう イクツキ-ぶり か わからなかった。 ヒロシ が ガッコウ から かえって きて、 チチ と ハハ と が テ を たずさえて でた こと を きいたら、 ジブン が おいて ゆかれた の を さびしがる より も、 じつは どんな に よろこぶ で あろう。 ―――しかし カナメ は、 それ が コドモ に いい こと だ か わるい こと だ か ハンダン に まよった。 ぜんたい 「コドモ コドモ」 と いう が、 すでに 10 サイ イジョウ に なれば、 キ の マワリカタ は かくべつ オトナ と かわった こと は ない の で ある。 カレ は ミサコ が、 「ホカ の モノ は キ が つかない のに、 ヒロシ は しって いる らしい ん です よ、 とても ビンカン なん です から」 と いったり する の を、 「そんな こと は コドモ と して は アタリマエ だよ。 それ を カンシン する なんか は オヤバカ と いう もん だ」 と、 そう いって わらう の が ツネ で あった。 それゆえ カレ は、 いざ と いう とき は オトナ に たいする と おなじ よう に、 スベテ の ジジョウ を コドモ に うちあける カクゴ を して いた。 チチ も ハハ も、 どっち が わるい と いう の では ない、 もしも わるい と いう モノ が あれば、 それ は ゲンダイ に ツウヨウ しない ふるい ドウトク に とらわれた ミカタ だ、 これから の コドモ は そんな こと を はじて は いけない、 チチ と ハハ と が どう なろう とも オマエ は エイキュウ に フタリ の コ だ、 そうして いつでも すき な とき に チチ の イエ へも ハハ の イエ へも いく こと が できる、 ―――カレ は そういう ふう に はなして コドモ の リセイ に うったえる つもり で いた。 それ を コドモ が ききわけない はず は ない と おもった。 コドモ だ から と いって イイカゲン な ウソ を つく の は、 オトナ を あざむく の と おなじ ザイアク だ と かんがえて いた。 ただ マンイチ にも わかれない で すむ バアイ が ソウゾウ せられる し、 わかれる と して も まだ その ジキ が きまった と いう わけ では ない ので、 なるべく ならば ヨケイ な シンパイ を させたく ない、 ハナシ は いつでも できる の だ から と、 そう おもいおもい つい ノビノビ に なって いる ケッカ は、 やはり コドモ を アンシン サセタサ に ひきずられて、 よろこぶ カオ が みたい ため に ツマ と ナレアイ で むつましい フウ を よそおう こと も ある の で ある。 しかし コドモ は コドモ の ほう で、 フタリ が ナレアイ で シバイ を して いる こと まで も かんづいて いて、 なかなか キ を ゆるして は いない らしい。 ウワベ は いかにも うれしそう に して みせる けれども、 それ も コト に よる と オヤ たち の クリョ を さっして、 コドモ の ほう が アベコベ に フタリ を アンシン させよう と つとめて いる の かも しれない。 コドモ の ホンノウ と いう もの は そういう とき に あんがい ふかい ドウサツリョク を はたらかす もの の よう に おもえる。 だから カナメ は オヤコ 3 ニン で サンサク に でる と、 チチ は チチ、 ハハ は ハハ、 コ は コ と いう ふう に、 3 ニン が 3 ニン ながら ばらばら な キモチ を かくしつつ ココロ にも ない エガオ を つくって いる ジョウタイ に、 われから りつぜん と する こと が あった。 つまり 3 ニン は もう おたがいに あざむかれない、 フウフ の ナレアイ が イマ では オヤコ の ナレアイ に なり、 3 ニン で セケン を あざむいて いる。 ―――なんで コドモ に まで そんな マネ を させなければ ならない の か、 それ が カレ には ひとしお つみぶかく、 フビン に かんぜられる の で あった。
 カレ は もちろん ジブン たち の フウフ カンケイ を シン ドウトク の センクシャ の よう な タイド を もって シャカイ へ ふれまわる ユウキ は なかった。 ジブン の おこなって いる こと には タショウ の たのむ ところ も あり、 リョウシン に はじる テン は ない の で ある から、 まさか の バアイ は かんぜん と して ハンコウ しない もの でも ない が、 そう か と いって、 しいて ジブン を フリ な タチバ に おきたく は なかった。 チチ の ダイ ほど では ない にも せよ まだ いくらか の シサン も あり、 メイギ だけ でも カイシャ の ジュウヤク と いう チイ も あり、 かつかつ ながら ユウカン カイキュウ の イチイン と して くらして ゆく こと の できる ミ と して、 なるべく ならば シャカイ の スミ に ちいさく、 つつましく、 あまり ヒトメ に たたない よう に、 そして センゾ の イハイ にも キズ を つけない よう に して アンノン に いきて ゆきたかった。 かりに ジブン は シンセキ なぞ の カンショウ を おそれる ところ は ない に して も、 ジブン より いっそう ゴカイ されやすい ツマ の タチバ を かばって やらなければ、 けっきょく フウフ は ミウゴキ が とれなく なる。 たとえば コノゴロ の ツマ の コウイ が アリノママ に キョウト の チチオヤ に でも しれたら、 いかに モノワカリ の いい ロウジン でも セケン の テマエ ムスメ の フラチ を ゆるして は おけない で あろう。 もし そう なれば カノジョ は カナメ と わかれた と して も、 オモイドオリ に アソ の ところ へ ゆける か どう か も ギモン で ある。 「オヤ や シンルイ の アッパク なんか アタシ ちっとも こわく は ない わ、 ミンナ に ギゼツ されたって かまわない つもり で いる ん です から」 と、 イツモ は そう いって いる けれども、 じじつ そんな こと が できる か どう か。 カノジョ に ついて ジゼン に わるい ウワサ が たてば、 アソ の ほう にも オヤ や キョウダイ が ある イジョウ、 そういう ホウメン から の コショウ も ヨソウ せられた。 それ ばかり で なく、 ハハ が ヒカゲモノ の よう に なって は、 それ が コドモ の ショウライ に およぼす エイキョウ も かんがえなければ ならない。 カナメ は イロイロ の ジジョウ を おもう と、 わかれた アト にも タガイ が コウフク に ゆける よう に する には、 よほど ジョウズ に シュウイ の ヒトタチ の リカイ を もとめる ヒツヨウ が ある ので、 ヘイソ から ヨウジン-ぶかく セケン に けどられない よう に して いた。 フウフ は その ため に すこし ずつ コウサイ の ハンイ を せまく し、 つとめて カキ の ウチ を のぞかれない よう に さえ した。 が、 それでも やはり タイ-シャカイテキ に フウフ-ラシサ を よそおわなければ ならない バアイ が しょうじて くる と、 いつも あんまり いい ココロモチ は しない の で あった。
 おもう に ミサコ が サッキ から へんに でしぶって いた の も、 ヒトツ は それ が いや なの で あろう。 キ の よわい セイシツ なの では ある が、 どこ か オク の ほう に かちり と かたい シン を もって いる カノジョ は、 ふるい シュウカン とか、 ギリ とか、 ジョウジツ とか、 そういう もの に たいして は むしろ カナメ より も ユウカン で あった。 カノジョ は オット と コドモ の ため に できる だけ つつしんで は いる ものの、 しかも キョウ の よう な とき に すすんで ヒト の マエ へ でて まで シバイ を する には およばない と いう ふう な、 かすか な フヘイ を いだいて いる に ちがいなかった。 なぜなら カノジョ に して みれば オノレ を あざむき ヨ を あざむく の が フユカイ で ある ばかり で なく、 アソ の カンジョウ をも かんがえなければ ならない から だった。 アソ も ジジョウ は みとめて いる に しろ、 カノジョ が オット と ドウトンボリ へ でかけた と きいたら とにかく ユカイ で ある はず は ない。 しんに やむ を えない バアイ の ホカ は、 そういう こと は エンリョ して ほしい に ちがいない。 オット は そこ まで の オモイヤリ が ない の か、 さっして いて も そんな こと に まで キガネ を して は いられない と いう ハラ なの か、 そう と はっきり クチ へ だして は いえない だけ に カノジョ は もどかしく かんずる の で あった。 オット は なにゆえに イマゴロ に なって ロウジン の キゲン を とろう と する の か。 カノジョ の チチ が オット に とって も エイキュウ に チチ で ありうる ならば しらぬ こと、 もう ちかぢか に 「チチ」 と よぶ こと も できなく なる のに、 それ を いまさら つきあった ところ で ムエキ では ない か。 なまじ コウコウ の マネ など を すれば アト で ジジツ が しれた とき に いっそう おこらせる よう な もの では ない か。
 フウフ は そんな ふう に ベツベツ の ココロ を いだいて ハンキュウ の トヨナカ から ウメダ-ユキ の デンシャ に のった。 3 ガツ スエ の ヒガンザクラ が ほころびそめる ジブン の こと で、 きらきらしい ヒザシ の ソコ に まだ どことなく ハダサムサ が かんぜられた が、 カナメ は うすい ハルガイトウ の タモト の ソト へ こぼれて いる クロハチジョウ の ハオリ の キジ が、 マド の アカリ で ヒガタ の スナ の よう に ひかる の を みた。 ワフク の とき は カンチュウ でも シャツ を つけない の を ミダシナミ の ヒトツ に して いる カレ は、 ナガジュバン の ウラ と ヒフ との アワイ に セイリョウ な カゼ の はらむ の を おぼえながら ウチブトコロ へ リョウテ を いれて いた。 クルマ の ナカ は ジカン が ハンパ で ある せい か まばら な キャク が めいめい ゆっくり と セキ を とり、 まあたらしい シロ ペンキ の テンジョウ の シタ は クウキ が スミ まで すきとおって いて、 ならんで いる ヒトタチ の カオ まで が ミナ ケンコウ そう に、 ほがらか に あかるい。 ミサコ は それら の カオ の ナカ に わざと オット と ムカイガワ に かけて ハナ の アタマ を ケガワ の エリマキ の ふかふか と した ナカ へ うずめる ほど に して、 シュクサツボン の ミナワ-シュウ を よんで いる の で ある。 カイタテ の シロ クロース の、 ブリキ の よう に ぴんと とがった ヒョウシ の セ を つかんで いる ユビ には アミメ に あんだ サファイア イロ の キヌ の テブクロ が はまって いて、 こまかい アミノメ の スキマ から、 みがかれた ツメ が ちらちら と のぞいて いた。
 デンシャ の ナカ で カノジョ が こういう イチ を とる の は、 それ が ほとんど フタリ で ガイシュツ する とき の シュウカン の よう に なって いた。 コドモ が いれば その ミギヒダリ へ かける けれども、 そう で なかったら タイガイ の バアイ、 ヒトリ が コシ を おろす の を まって ヒトリ が ハンタイ の ガワ の ほう へ セキ を もとめる。 フウフ は たがいに キヌ を へだてて タイオン を かんじあう こと が キュウクツ で ある ばかり で なく、 イマ では むしろ して は ならない こと の よう に、 フドウトク な よう に さえ おもう の で ある。 そして ヒトツ の シャシツ の ウチ に むかいあって おかれる だけ でも アイテ の カオ が ジャマ に なる ので、 ミサコ は いつも メ の ムケドコロ を つくる ため に なにかしら よむ もの を ヨウイ して いて、 セキ が きまる と すぐに ジブン の ハナサキ へ ビョウブ を たてて しまう の で ある。 フタリ は ウメダ の シュウテン で おりて ベツベツ に もって いる カイスウケン を わたして、 もうしあわせた よう に 2~3 ポ はなれて あるきながら エキ の マエ の ヒロバ へ でる と、 オット が サキ に、 ツマ が その アト から だまって タキシー の ハコ の ナカ へ おさまって、 はじめて フウフ-らしく カタ を ならべた。 もし ダイサンシャ が ヨッツ の ガラスマド の ナカ に とじこめられた カレラ を みた なら、 フタツ の ヨコガオ が ヒタイ と ヒタイ と、 ハナ と ハナ と、 アゴ と アゴ と を オシエ の よう に かさなりあわせて ソウホウ が ワキメ を ふる こと なく、 じっと ショウメン を きった まま で クルマ に ゆられつつ ゆく サマ に きづいた で あろう。
「ナニ を やって いる ん です の、 いったい?」
「ユウベ の デンワ では コハル ジヘエ と、 それから ナン だ とか いって いたっけ が、………」
 たがいに ながい チンモク に おしだされた よう な グアイ に、 ヒトコト ずつ クチ を きいた。 けれども やはり ショウメン を きった まま だった。 ツマ には オット の、 オット には ツマ の、 ハナ の アタマ だけ が ほのじろく うつった。
 ベンテンザ の アリカ を しらない ミサコ は、 エビスバシ で ノリモノ を すてて から ふたたび だまって ついて ゆく より ホカ は なかった が、 オット は デンワ で くわしく おそわった もの と みえて、 ドウトンボリ の とある シバイ-ヂャヤ を たずねて、 そこ から ナカイ に おくられて ゆく の で ある。 いよいよ チチ の マエ へ でて ツマ の ヤクメ を しなければ ならない、 そう おもう と カノジョ は いっそう キ が おもく なった。 ドマ へ じんどって ムスメ より も わかい オヒサ を アイテ に、 サカズキ の フチ を なめて は ブタイ の ほう を みいって いる トシヨリ の スガタ が メ に うかんだ。 チチ も うっとうしい けれども、 それ より オヒサ が いや で あった。 キョウト ウマレ の、 おっとり と した、 ナニ を いわれて も 「へいへい」 いって いる タマシイ の ない よう な オンナ で ある の が、 トウキョウッコ の カノジョ と ハダ が あわない せい も ある で あろう。 が、 オヒサ と いう モノ を ソバ へ おく とき、 チチ が なんだか チチ-らしく なく、 あさましい ジジイ の よう に みえて くる の が コノウエ も なく フユカイ なの で ある。
「アタシ ヒトマク だけ みたら かえる わよ」
 と、 カノジョ は キドグチ を はいりながら、 そこ まで びんびん と ひびいて くる ジダイオクレ な フトザオ の ヨイン に ハンコウ する よう な キモチ で いった。
 チャヤ の オンナ に おくられて シバイゴヤ へ くる と いう こと が、 すでに ナンネン-ぶり で あろう。 カナメ は ゲタ を ぬぎすてて タビ の ソコ に つめたい ロウカ の すべすべ した イタ を ふんだ とき、 イッシュンカン とおい ムカシ の ハハ の オモカゲ が ココロ を かすめた。 クラマエ の イエ から クルマ の ウエ を ハハ の ヒザ に のせられて コビキ-チョウ へ いった イツツ か ムッツ の コロ、 チャヤ から ハハ に テ を ひかれて フクゾウリ を つっかけながら、 カブキザ の ロウカ へ あがる とき が ちょうど こんな グアイ で あった。 コドモ の カレ は やはり タビ の ソコ に つめたい イタノマ を ふんだ。 そう いえば キュウシキ の シバイゴヤ は キドグチ を くぐった とき の クウキ が ミョウ に はださむい。 いつも ハレギ の スソ や タモト から すうっと カゼ が ハッカ の よう に カラダ へ しみた の を いまだに キオク して いる が、 その ハダサムサ は あたかも ウメミ-ゴロ の ヨウキ の サワヤカサ に にて ぞくぞく しながら も ここちよく、 「もう マク が あいて いる ん です よ」 と ハハ に うながされて ちいさな ムネ を ときめかせつつ はしって いった もの で あった。
 けれども キョウ の サムサ ばかり は ロウカ より も キャクセキ の ほう が ひとしお で、 フウフ は ハナミチ を つたって ゆく とき に ナニ とは しらず に テアシ が ひきしまる よう な キ が した。 みわたした ところ、 コヤ は ソウトウ の ヒロサ で ある のに 4 ブ-ドオリ しか イリ が ない ので、 ジョウナイ の クウキ は ガイトウ を ながれる すうすう した カゼ と カワリ が なく、 ブタイ に うごいて いる ニンギョウ まで が クビ を ちぢめて、 さびしく、 あじきなく、 みるから あわれ に、 それ が タユウ の しずんだ コエ と サンゲン の ネイロ と に フシギ な チョウワ を たもって いた。 ほとんど ヒラドマ の 3 ブン の 2 まで は ガラアキ に なって いて ほんの ブタイ に ちかい ほう に ヒト が かたまって いる ナカ に、 ロチョウブ の はげた ロウジン の アタマ と つやつやしい オヒサ の マルマゲ と が トオク の ほう から メ に ついて いた が、 ワタリ を わたって おりて くる フタリ に オヒサ は それ と こころづく と、
「おこしやす」
 と コゴエ で いいながら イズマイ を なおして、 バ を ふさいで いる マキエ の サゲジュウ を、 ヒトツヒトツ テイネイ に つみかさねて ジブン の ヒザ の マエ に よせた。
「おこしやした え」
 ミサコ の ため に ロウジン の ミギ の セキ を あけて、 ジブン は ウシロ に かしこまって いる オヒサ は、 そう いって ミミウチ を した けれども、 ロウジン は ちょっと ふりかえって、
「やあ」
 と いった きり、 イッシン に ブタイ の ほう へ クビ を のべて いた。 なんと いう イロ か、 ミドリ ケイトウ には ちがいない が、 ちょうど ニンギョウ の イショウ の よう に ハデ で しぶい ところ の ある イロアイ の、 ムカシ の ヒト が ジットク に でも きそう な イシズリ の ハオリ を ぼってり と きこんで、 フウツウ オオシマ の アワセ の シタ に キハチジョウ の シタギ を みせ、 タモト の ナカ から マス の シキリ へ ヒジ を ついて いる ヒダリ の ウデ を そのまま セナカ へ まわして いる ので、 しぜん と ヌキエモン に なって いる ため か ネコゼ が いっそう まるまる と みえる、 ―――キツケ と いい、 シセイ と いい、 そういう じじくさい フウ を する の が この ロウジン の コノミ で あって、 「ロウジン は ロウジン-らしく」 と いう の を クチグセ の よう に して いる の で ある。 おもう に この ハオリ の イロアイ など も 「50 を すぎたら ハデ な もの を きる ほう が かえって ふけて みえる」 と いう シンジョウ を、 ジッコウ して いる つもり なの で あろう。 カナメ が つねに コッケイ に かんじる の は、 「ロウジン ロウジン」 と いう ものの この チチオヤ は まだ それほど の トシ では ない、 25 とか に ケッコン して、 イマ は なくなった その ツレアイ が チョウジョ の ミサコ を うんだ と する と、 おそらく 55~56 より とって は いない はず で ある。 チチ の セイヨク は まだ ヘンケイ して いない と いう ミサコ の カンサツ は それ を ウラガキ する もの で、 「オマエ の オトウサン の ロウジン-ぶる の は、 あれ は ヒトツ の シュミ なん だよ」 と、 カレ も かねがね いって いる の で ある。
「オクサン、 オミア が いたい こと おへん か? どうぞ こっち へ おだしやして、………」
 キ の いい オヒサ は キュウクツ な マス の ナカ で まめまめしく チャ を いれたり、 カシ を すすめたり、 ナニ を いって も ふりむき も しない ミサコ を アイテ に ときどき はなしかけたり して、 その アイマ には、 ウシロ へ ミギ の ウデ を のばして タバコボン の カド に のせられた サカズキ の フチ へ テ を かけて いる ロウジン に、 なくなる コロ を みはからって は そうっと サケ を ついで やって いる。 ロウジン は チカゴロ 「サケ は ヌリモノ に かぎる」 と いいだして、 その サカズキ も シュヌリ に トウカイドウ ゴジュウサンツギ の マキエ の ある ミツグミ の ウチ の ヒトツ で あった。 ゴテン ジョチュウ が ハナミ に でも ゆく よう に こういう もの を トギダシ の サゲジュウ の ヒキダシ へ いれて、 ノミモノ から ツマミモノ まで わざわざ キョウト から はこんで くる の では、 チャヤ に とって も ありがたく ない キャク で あろう が、 オヒサ も ずいぶん キボネ が おれる に チガイ あるまい。
「おひとつ どう どす?」
 そう いって カノジョ は、 あらた に ヒキダシ から だした サカズキ を カナメ に さした。
「ありがとう、 ボク は ヒルマ は のまない ん だ が、 ………ガイトウ を ぬいだら なんだか うすらさむい から、 すこうし ばかり いただきましょう」
 カミ の アブラ か、 ナニ か わからない が、 しのびやか な チョウジ の ニオイ に にた もの が、 カノジョ の ビン の ケ と ともに かすか に カレ の ホオ に さわった。 カレ は オノレ の テ の ナカ に ある サカズキ の、 なみなみ と たたえた エキタイ の ソコ に キンイロ に もりあがって いる フジ の エ を みつめた。 フジ の シタ には ヒロシゲ-フウ の マチ の ケシキ の ミツガ が あって、 ヨコ に 「ヌマヅ」 と しるして ある。
「これ で のんだら、 ヒン が よすぎて たよりない よう な キ が します ね」
「そう どす やろ」
 カノジョ が わらう と、 キョウト の オンナ が あいらしい もの の ヒトツ に かぞえる ナスビバ が みえた。 2 マイ の モンシ の ネ の ほう が カネ を そめた よう に くろく、 ミギ の ケンシ の ウエ に ヤエバ が ヒトツ、 ウワクチビル の ウラ へ ひっかかる ほど に とがって いて、 それ を あどけない と いう ヒト も あろう が、 コウヘイ に いえば けっして うつくしい クチモト では ない。 フケツ で ヤバン な カンジ が する と いう ミサコ の ヒヒョウ も コク だ けれども、 そういう ヒ-エイセイテキ な ハ を チリョウ しよう とも しない ところ に ムチ な オンナ の アワレサ が あった。
「この ゴチソウ は イエ から こしらえて くる ん です か」
 カナメ は カノジョ が コザラ の ウエ へ とって くれる タマゴヤキ の ノリマキ を つまみながら いった。
「そう どす」
「こんな ジュウバコ を さげて くる ん じゃ タイヘン だな、 また カエリ には こいつ を もって いく ん です か」
「そう どす、 シバイ の もの は あじのうて よう たべん おいやす よって、………」
 ミサコ が ちらと フタリ の ほう を ふりかえった が、 すぐ また カオ を ブタイ に むけた。
 カナメ は サッキ から、 カノジョ が ときどき アシ を のばして は、 タビ の サキ が オット の ヒザガシラ に ふれる と いそいで それ を ひっこめる の に キ が ついて、 こういう せまい マス の ナカ に いれられた ジブン たち フウフ の ヒトメ を しのぶ ココロヅカイ を、 ひそか に みずから クショウ しない では いられなかった。 カレ は その キモチ を まぎらす ため に、
「どう だい、 おもしろい かい?」
 と、 ウシロ から ツマ に コエ を かけた。
「いっつも おもしろい もの を たんと みて おいでやす よって、 たまに は ニンギョウ も よろし おす やろ」
「アタシ サッキ から ギダユウ カタリ の カオツキ ばかり みて いる の、 あの ほう が よっぽど おもしろい わ」
 その ハナシゴエ が ミミ に つく らしく、
「えへん」
 と、 ロウジン が セキバライ した。 そして メ だけ は ブタイ から はなさず に、 テサグリ で ヒザ の シタジキ に なった サルデ の キンカラカワ の タバコイレ を さがしあてた が、 キセル の アリカ が わからない で しきり に その ヘン を まさぐって いる の を、 キ が ついた オヒサ が ザブトン の シタ から みつけだして、 ヒ を つけて から テノヒラ の ウエ へ のせて やって、 ジブン も おもいだした よう に オビ の アイダ に ある あかい コハク の カマス を ぬきとる と、 コハゼ の ついた フタ の シタ へ しろい ちいさな テノコウ を いれた。
 なるほど、 ニンギョウ ジョウルリ と いう もの は メカケ の ソバ で サケ を のみながら みる もん だな。 ―――カナメ は ミンナ が だまりこんで しまった アト、 ヒトリ そんな こと を かんがえながら しょうことなし に ブタイ の ウエ の 「カワショウ」 の バ へ、 ほんのり と ビクン を おびた メ を むけて いた。 フツウ の チョク より やや オオブリ な サカズキ に イッパイ かたむけた の が きいて きて、 すこし ちらちら する せい か、 ブタイ が ずっと とおい ところ に ある よう に かんぜられ、 ニンギョウ の カオ や イショウ の ガラ を みさだめる の に ホネ が おれる。 カレ は じいっと ヒトミ を こらして、 カミテ に すわって いる コハル を ながめた。 ジヘエ の カオ にも ノウ の メン に にた イッシュ の アジワイ は ある けれども、 たって うごいて いる ニンギョウ は、 ながい ドウ の シタ に リョウアシ が ぶらん ぶらん して いる の が みなれない モノ には したしみにくく、 なにも しない で うつむいて いる コハル の スガタ が いちばん うつくしい。 フツリアイ に ふとい キモノ の フキ が、 すわって いながら ヒザ の マエ へ たれて いる の が フシゼン で ある が、 それ は まもなく わすれられた。 ロウジン は この ニンギョウ を ダーク の アヤツリ に ヒカク して、 セイヨウ の ヤリカタ は チュウ に つって いる の だ から コシ が きまらない、 テアシ が うごく こと は うごいて も いきた ニンゲン の それ-らしい ダンリョク や ネバリ が なく、 したがって キモノ の シタ に キンニク が はりきって いる カンジ が ない。 ブンラク の ほう の は、 ニンギョウ ツカイ の テ が そのまま ニンギョウ の ドウ へ はいって いる ので、 しんに ニンゲン の キンニク が イショウ の ナカ で いきて なみうって いる の で ある。 これ は ニホン の キモノ の ヨウシキ を たくみ に リヨウ した もの で、 セイヨウ で この ヤリカタ を まねよう にも ヨウフク の ニンギョウ では オウヨウ の ミチ が ない。 だから ブンラク の は ドクトク で あって、 この くらい よく かんがえて ある もの は ない と いう の だ が、 そう いえば そう に ちがいない。 たって はげしく カツドウ を する ニンギョウ が へんに ブカッコウ なの は、 そう する と カハンシン が チュウ に うく こと を ふせぎきれない で、 いくらか ダーク の アヤツリ の ヘイ に おちいる から で あろう。 ロウジン の ギロン を おしつめて ゆく と、 やはり すわって いる とき の ほう が ネバリ の カンジ が あらわせる わけ で、 うごく と して も カタ で かすか な イキ を する とか、 ほのか な シナ を つくる とか、 ほんの わずか に うごく シグサ が かえって ブキミ な くらい に まで いきいき と して いる。 カナメ は バンヅケ を テ に とって、 コハル を つかって いる ニンギョウ ツカイ の ナ を さがした。 そうして これ が その ミチ の ヒト に メイジン と いわれて いる ブンゴロウ で ある の を しった。 そう おもって みる と、 いかにも ニュウワ な、 ヒン の いい、 メイジン-らしい ソウ を して いる。 たえず オチツキ の ある ホホエミ を うかべて、 ワガコ を いつくしむ よう な ジアイ の こもった マナザシ を テ に だいて いる ニンギョウ の カミカタチ に おくりながら、 ジブン の ゲイ を たのしんで いる フウ が ある の は、 そぞろ に この ロウゲイニン の キョウガイ の ウラヤマシサ を おぼえさせる。 カナメ は ふと ピーター パン の エイガ の ナカ で みた フェアリー を おもいだした。 コハル は ちょうど、 ニンゲン の スガタ を そなえて ニンゲン より は ずっと ちいさい あの フェアリー の イッシュ で、 それ が カタギヌ を きた ブンゴロウ の ウデ に とまって いる の で あった。
「ボク には ギダユウ は わからない が、 コハル の カタチ は いい です な」
 ―――ハンブン ヒトリゴト の よう に いった の が、 オヒサ には きこえた はず だ けれど、 ダレ も アイヅチ を うつ モノ も ない。 シリョク を はっきり させる ため に カナメ は たびたび マバタキ を した が、 ひとしきり ミ の ウチ の ぬくまった ヨイ が だんだん さめて くる に つれて、 コハル の カオ が しだいに コクメイ な リンカク を とって うつった。 カノジョ は ヒダリ の テ を ウチブトコロ へ、 ミギ の テ を ヒバチ に かざしながら、 エリ の アイダ へ オトガイ を おとして モノオモイ に しずんだ スガタ の まま、 もう サッキ から かなり の ジカン を じっと ミウゴキ も しない の で ある。 それ を コンキ よく みつめて いる と、 ニンギョウ ツカイ も シマイ には メ に はいらなく なって、 コハル は いまや ブンゴロウ の テ に だかれて いる フェアリー では なく、 しっかり タタミ に コシ を すえて いきて いた。 だが それにしても、 ハイユウ が ふんする カンジ とも ちがう。 バイコウ や フクスケ の は いくら うまくて も 「バイコウ だな」 「フクスケ だな」 と いう キ が する のに、 この コハル は ジュンスイ に コハル イガイ の ナニモノ でも ない。 ハイユウ の よう な ヒョウジョウ の ない の が ものたりない と いえば いう ものの、 おもう に ムカシ の ユウリ の オンナ は シバイ で やる よう な いちじるしい キド アイラク を イロ に だし は しなかった で あろう。 ゲンロク の ジダイ に いきて いた コハル は おそらく 「ニンギョウ の よう な オンナ」 で あったろう。 ジジツ は そう で ない と して も、 とにかく ジョウルリ を きき に くる ヒトタチ の ゆめみる コハル は バイコウ や フクスケ の それ では なくて、 この ニンギョウ の スガタ で ある。 ムカシ の ヒト の リソウ と する ビジン は、 ヨウイ に コセイ を あらわさない、 つつしみぶかい オンナ で あった の に ちがいない から、 この ニンギョウ で いい わけ なの で、 これ イジョウ に トクチョウ が あって は むしろ サマタゲ に なる かも しれない。 ムカシ の ヒト は コハル も ウメガワ も サンカツ も オシュン も ミナ おなじ カオ に かんがえて いた かも しれない。 つまり この ニンギョウ の コハル こそ ニホンジン の デントウ の ナカ に ある 「エイエン ジョセイ」 の オモカゲ では ない の か。………
 10 ネン ほど マエ に ゴリョウ の ブンラクザ を のぞいた とき には なんの キョウミ も わかなかった カナメ は、 ただ その オリ に ひどく タイクツ した キオク ばかり が のこって いた ので、 キョウ は ハジメ から キタイ する ところ も なく ギリ で ケンブツ に きた の で ある のに、 しらずしらず ブタイ の セカイ へ ひきこまれて ゆく ジブン を みる こと は イガイ で あった。 10 ネン の アイダ に やっぱり トシ を とった ん だな と、 おもわず には いられなかった。 この チョウシ だ と キョウト の ロウジン の チャジン-ブリ も バカ には できない。 さらに 10 ネン も たつ うち には ジブン も そっくり この ロウジン の あゆんだ ミチ を たどる よう に なる の では ない か。 そして オヒサ の よう な メカケ を おいて、 コシ に キンカラカワ の タバコイレ を さげ、 マキエ の ベントウバコ を もって シバイ ケンブツ に くる よう な ふう に、 ………いや コト に よる と 10 ネン を またない かも しれない。 ジブン は わかい ジブン から ロウセイ-ぶる クセ が あった から、 ヒトイチバイ はやく トシ を とる ケイコウ が ある の だ。 ―――カナメ は シモブクレ の ホオ を みせて いる オヒサ の ヨコビン と、 ブタイ の コハル と を トウブン に ながめた。 イツモ は ねむい よう な、 ものうげ な カオ の モチヌシ で ある オヒサ の どこやら に コハル と キョウツウ な もの の ある の が かんぜられた。 ドウジ に カレ の ムネ の ウチ に ムジュン した フタツ の ジョウチョ が せめいだ、 ―――ロウキョウ に いる こと は かならずしも かなしく は ない、 ロウキョウ には ロウキョウ で おのずから なる タノシミ が ある、 と いう キモチ と、 そんな こと を かんがえる の が すでに ロウキョウ に いろう と する キザシ だ、 フウフワカレ を しよう と いう の は、 ジブン も ミサコ も もう イチド ジユウ に かえって、 セイシュン を いきよう ため では ない の か、 イマ の ジブン は ツマ への イジ でも トシ を とって は ならない バアイ だ、 と いう キモチ と。―――

 その 3

「ユウベ は わざわざ デンワ を いただきまして ありがとう ぞんじました。………」
 マクアイ に なる と ぐるり と こっち へ ムキ を かえた ロウジン に、 カナメ は あらためて アイサツ しながら、
「おかげさま で キョウ は まことに おもしろう ございます。 まったく オセジ で なく、 いい ところ が あります な」
「ワタシ が ニンギョウ ツカイ じゃあ ない から オセジ を いわれる こと は ない がね」
 と、 ロウジン は オンナモノ の コギレ で つくった イロ の さめた オナンド チリメン の エリマキ の ナカ へ さむそう に クビ を ちぢめて、 やにさがった カタチ で いった。
「まあ、 アナタガタ を さそって も どうせ タイクツ だろう けれど、 しかし イッペン は みて おく と いい と おもった んで、………」
「いいえ、 なかなか おもしろい です よ、 このまえ みた とき とは まるで カンジ が ちがう んで、 ヒジョウ に おもいのほか なん です」
「もう オマエサン、 イマ あの ジヘエ だの コハル だの を つかった オオアタマカブ の ニンギョウ ツカイ が いなく なったら、 どう なる か わかりゃ しない ん だ から、………」
 ミサコ は そろそろ オダンギ が はじまった と いう よう に シタクチビル で ウスワライ を かみしめながら、 テノヒラ の アイダ に コンパクト を かくして パッフ で ハナ を たたいて いた。
「こう イリ が ない の は キノドク な よう です が、 ニチヨウ や ドヨウ には まさか こんな でも ない ん でしょう か」
「なあに、 いつでも こんな もん、 ………これ で キョウラ は きて いる ほう です。 ぜんたい この コヤ じゃあ ひろすぎる んで、 セン の ブンラクザ ぐらい の ほう が、 こぢんまり して いい ん だ けれど、………」
「あれ は サイチク を キョカ されない らしい です ね、 シンブン で みます と」
「それ より ナニ より、 この キャクアシ じゃあ ひきあわない から ショウチク が カネ を だしゃあ しない。 こんな もの こそ むずかしく いう と オオサカ の キョウド ゲイジュツ なん だ から、 ダレ か トクシカ が でて こなけりゃあ ならない ん だ が」
「どう、 オトウサン が おだし に なったら?」
 と、 ヨコアイ から ミサコ が まぜっかえした。 ロウジン は マガオ で うけながら、
「ワタシ は オオサカジン じゃあ ない から、 ………これ は やっぱり オオサカジン の ギム だ と おもう よ」
「でも オオサカ の ゲイジュツ に カンシン して いらっしゃる ん じゃ ない の? まあ オオサカ に コウサン しちゃった よう な もん だわ」
「オマエ は そう する と セイヨウ オンガク に コウサン の クチ かね?」
「そう とも かぎらない ん だ けれど、 アタシ ギダユウ と いう もの は いや なの、 そうぞうしくって。―――」
「そうぞうしい と いやあ このあいだ ある ところ で きいた ん だ が、 あの ジャズ バンド と いう もの は、 ありゃあ ナン だい? まるで セイヨウ の バカバヤシ だ が、 あんな もの が はやる なんて、 あれ なら ムカシ から ニホン にも ある。 ―――てけれって、 てっとんどん と いう、 つまり あれ だ」
「きっと テイキュウ な カツドウゴヤ の ジャズ でも おきき に なった ん じゃ ない の」
「あれ にも コウキュウ が ある の かい?」
「ある わ、 そりゃあ、 ………ジャズ だって バカ に なり や しない わ」
「どうも イマドキ の わかい モノ の する こと は わからん よ。 だいいち オンナ が ミダシナミ の ホウ を しらない。 たとえば オマエ の その テ の ナカ に ある の は、 そりゃあ なんと いう もん だね」
「これ? これ は コンパクト と いう もん よ」
「チカゴロ それ が はやる の は いい が、 ヒトナカ でも なんでも かまわず それ を あけて みて は カオ を なおす ん だ から、 ちっとも オクユカシサ と いう もの が ない、 オヒサ も そいつ を もって いた んで このあいだ しかって やった ん だ がね」
「でも これ は ベンリ な もん よ」
 と ミサコ は わざと ゆうゆう と あかるい ほう へ ちいさな カガミ を むけながら、 キッスプルーフ を クチビル へ あてて タンネン に ベニ を ひいた。
「それ、 その カッコウ が よく ない よ。 カタギ な ムスメ や ニョウボウ は そういう ナリ を ヒトマエ で みせなかった もん だ がね」
「イマ は ダレ でも みせる ん だ から シカタ が ない わ。 ワタシ の しって いる オクサマ で、 カイ の とき に テーブル へ ついて から きっと コンパクト を もちだす ん で ユウメイ な ヒト が ある くらい だわ。 オサラ が メノマエ に でて いる の を ソッチノケ に して カオ を なおして いる もん だ から、 その ヒト の おかげ で コース が ちっとも はかどらない の、 ああ なられて も キョクタン だ けれど」
「ダレ だい、 それ は?」
 と、 カナメ が きいた。
「ナカガワ さん の オクサマ、 ―――アナタ の しらない カタ」
「オヒサ、 ちょっと この ヒ を みて おくれ。―――」
 と、 ロウジン は シタハラ から カイロ の ツツミ を とりだして、
「コヤ が ひろい のに イリ が ない せい か、 どうも ひえて かなわない」
 と、 つぶやく よう に いった。 オヒサ が カイロバイ の ヒ を なおす の で、 テ が ふさがって いる スキ に、 カナメ は キ を きかして、
「いかが です、 イブクロ の ほう へ もうすこし カイロ を おいれ に なったら」
 と、 これ も ゴジサン の スズ の チョウシ を とりあげて いった。
 ブタイ の ほう では もう ツギ の マク が あきそう な ケハイ なのに、 オット が ノンキ-らしく、 キッカケ を つくって くれない ので、 ミサコ は サッキ から じりじり して いた。 デガケ に スマ から デンワ が あった とき、 カノジョ は じつは 「ジブン は ちっとも キ が すすまない の だ から、 シバイ の ほう は なるたけ はやく きりあげる。 そして できたら 7 ジ-ゴロ まで に あい に いく よう に する」 と いって おいた の で ある。 もっとも ツゴウ で わからない から、 アテ に しない で いて くれろ とは いった けれども、………
「アシタ イチニチ、 きっと ここ が いたい だろう と おもう わ」
 カノジョ は ヒザガシラ を もんで みせた。
「マク が あく まで そこ に こしかけて いたら いい」
 そう いいながら オット が メマゼ で、 「まあ、 イマ すぐ かえる とも いいかねる から」 と うったえて いる らしい の が わかる と、 それ が なにがなし に カン に ふれて ならなかった。
「ロウカ を ヒトマワリ ウンドウ して きたら どう かね」
 と、 ロウジン が いった。
「ロウカ に ナニ か おもしろい もの でも あって?」
 ハンブン ヒニク に いいかけて から、 カノジョ は ジョウダン に まぎらしながら、
「アタシ も オオサカ の ゲイジュツ には コウサン しちゃった わ。 たった ヒトマク だけ で オトウサン イジョウ に コウサン した わ」
「ふふ」
 と、 オヒサ が ハナ の オク で わらった。
「どう なさる? アナタ、―――」
「さあ、 ボク は どっち でも いい ん だ が、………」
 カナメ の ほう は カナメ の ほう で、 レイ の アイマイ な ヘンジ を しながら、 キョウ に かぎって そう しつっこく 「かえる かえらない」 を モンダイ に する ツマ の タイド に、 あわい フマン を おおいかくす こと が できなかった。 ジブン も カノジョ が ナガイ を したく ない こと は しって いる、 いわれない でも シオドキ を みて キヨウ に きりあげる つもり だ けれども、 せっかく よばれて きて いる もの を、 せめて チチオヤ の テマエ だけ は キゲン よく して、 オット の ショチ に まかせて くれたら、 ―――それ くらい は フウフ-らしく、 キ を そろえて くれたら いい のに。
「イマ から だ と、 ちょうど ジカン の ツゴウ も いい し、―――」
 カノジョ は オット の カオイロ には トンジャク なく、 シッポウ-イリ の リョウブタ の トケイ を きらり と ムネ の ところ で ひらいた。
「きた ツイデ だ から、 ショウチク へ いって ゴラン に ならない?」
「まあ オマエ、 カナメ さん は おもしろい と いう ん だ から、―――」
 と、 ロウジン は どこ か ダダッコ-じみた カンジ の あらわれる キミジカ そう な マユ を よせた。
「―――そう いわない で もうすこし つきあったら いい だろう に。 ショウチク なんか また でなおして も すむ ん だ から」
「ええ、 カナメ が みたい って いう の なら みて も いい ん です けれど」
「それに オマエ、 オヒサ が ユウベ から かかって ベントウ を こしらえて きた ん だ から、 そいつ を たべて いって おくれ。 こんな に あっちゃあ ワタシタチ じゃあ たべきれ や しない」
「ナニ おいやす、 わざわざ あがって いただく ほど おいしい こと おへん え」
 3 ニン の コトバ の トリヤリ を コドモ が オトナ の ソバ に いる よう に ムカンケイ に ききすごして いた オヒサ は、 そう いって きまりわるそう に、 ハスカイ に のって いた クミジュウ の フタ を なおして、 シカク な イレモノ へ モザイク の よう に つまって いる イロドリ を かくした。 が、 コウヤ-ドウフ を ヒトツ にる の にも なかなか メンドウ な コウシャク を する ロウジン は、 この トシ の わかい メカケ を しこむ の に ニタキ の ミチ を やかましく いって、 イマ では オヒサ の リョウリ で なければ クチ に あわない と いう ほど なので、 それ を フタリ に ぜひとも たべさせたい の で あった。
「ショウチク は もう おそい だろう。 アシタ に おし よ」
 と、 カナメ は 「ショウチク」 と いう ナカ へ 「スマ」 を ふくませて いった。
「まあ もう ヒトマク みて、 オヒサ さん の ココロヅクシ を いただいて から の ツゴウ に しよう よ」
 けれども ミョウ に マ が あわなく なった フウフ の キモチ は、 フタマク-メ の 「ジヘエ ウチ の バ」 を みて いる うち に いっそう ヘン に させられて しまった。 たとい ニンギョウ の えんずる ゲキ で あり、 キカイ な コチョウ に みちて いる ジョウルリ の モノガタリ で ある とは いえ、 ジヘエ と オサン との フウフ カンケイ には、 フタリ が そっと あいかえりみて クショウ を よぎなく する もの が あった。 カナメ は、 「ニョウボウ の フトコロ には オニ が すむ か ジャ が すむ か」 と いう モンク を きく と、 それ が いかにも セイヨクテキ に かけはなれて しまった メオト の ヒジ を エンキョク ながら テキセツ に あらわして いる の に きづいて、 しばらく ムネ の オク の ほう が うずく の を かんじた。 カレ は ギダユウ の 「テン の アミジマ」 は ソウリンシ の ゲンサク で なく、 ハンジ か ダレ か の カイサク で ある の を ぼんやり キオク して いた が、 きっと この モンク は ゲンサク の ほう に ある の だろう、 ロウジン が ジョウルリ の ブンショウ を ほめて 「イマ の ショウセツ なんか とても およばない」 と いって いる の は、 こういう ところ を さす の だろう と おもう と、 ふと また キガカリ な こと が うかんだ。 いまに この マク が すんだ アト で、 ロウジン が この モンク を もちだし は しない か。 「オニ が すむ か ジャ が すむ か とは、 ムカシ の ヒト は じつに うまい こと を いった もん だね」 と、 レイ の クチョウ で ミナ に ドウカン を もとめ は しない か。 この バアイ を ソウゾウ する と いたたまらない よう な キ が して、 やっぱり ツマ の いう こと を きいて おけば よかった と おもった。
 しかし イッポウ、 ややともすると その フユカイ を うちわすれて、 ふたたび ブタイ の ヒョウゲン に うっとり させられる シュンカン が あった。 マエ の マク では ヒトリ コハル の スガタ に ばかり ココロ を ひかれた のに、 コンド の マク では ジヘエ も よし、 オサン も いい。 ベニガラヌリ の カマチ を みせた ニジュウ の ウエ で ジョウギ を マクラ に コタツ に アシ を いれながら、 オサン の クドキ を じっと ききいって いる アイダ の ジヘエ。 ―――わかい オトコ には ダレ しも ある、 タソガレドキ の イロマチ の ヒ を こいしたう そこはかとない ココロモチ。 ―――タユウ の かたる モンク の ナカ に ユウグレ の ビョウシャ は ない よう だ けれども、 カナメ は なにがなし に ユウグレ に ちがいない よう な キ が して、 コウシ の ソト の ヨイヤミ に コウモリ の とぶ マチ の アリサマ を、 ―――ムカシ の オオサカ の アキウドマチ を ムネ に えがいた。 フウツウ か コモン チリメン の よう な もの らしい キツケ を きて いる オサン の カオダチ が、 ニンギョウ ながら どこ か コハル に くらべる と サビシミ が かって アデヤカサ に とぼしい の も、 そういう オトコ に うとまれる カタギ な マチニョウボウ の カンジ が ある。 その ホカ ブタイ いっぱい に あばれまわる タヘエ も ゼンロク も、 みなれた せい か リョウアシ の ぶらん ぶらん する の が マエ の マク ほど メザワリ で なく、 だんだん シゼン に みえて くる の も フシギ で あった。 そして これ だけ の ニンゲン が、 ののしり、 わめき、 いがみ、 あざける の が、 ―――タヘエ の ごとき は オオゴエ を あげて わいわい と ないたり する の が、――― みんな ヒトリ の コハル を チュウシン に して いる ところ に、 その オンナ の ウツクシサ が イヨウ に たかめられて いた。 なるほど ギダユウ の ソウゾウシサ も ツカイカタ に よって ゲヒン では ない。 そうぞうしい の が かえって ヒゲキ を コウヨウ させる コウカ を あげて いる。………
 カナメ が ギダユウ を このまない の は、 ナニ を おいて も その カタリクチ の ゲヒン なの が いや なの で あった。 ギダユウ を つうじて あらわれる オオサカジン の、 へんに ずうずうしい、 オクメン の ない、 モクテキ の ため には おもうぞんぶん な こと を する リュウギ が、 ツマ と おなじく トウキョウ の ウマレ で ある カレ には、 ハナモチ が ならない キ が して いた。 ぜんたい トウキョウ の ニンゲン は ミナ すこし ずつ ハニカミヤ で ある。 デンシャ や キシャ の ナカ など で しらない ヒト に ブエンリョ に はなしかけ、 はなはだしき は その ヒト の モチモノ の ネダン を きいたり、 かった ミセ を たずねたり する よう な オオサカジン の ココロヤスサ を、 トウキョウジン は もちあわせない。 トウキョウ の ニンゲン は そういう ヤリカタ を ブサホウ で あり、 ブシツケ で ある と する。 それだけ トウキョウジン の ほう が よく いえば ジョウシキ が エンマン に ハッタツ して いる の だ が、 しかし あまり エンマン に すぎて ミエ とか ガイブン とか に とらわれる ケッカ は、 いきおい ヒッコミ-ジアン に なり ショウキョクテキ に なる こと は まぬかれられない。 とにかく ギダユウ の カタリクチ には、 この トウキョウジン の もっとも いとう ブシツケ な ところ が ロコツ に ハッキ されて いる。 いかに カンジョウ の ゲキエツ を ヒョウゲン する の でも、 ああ まで ブザマ に カオ を ひきゆがめたり、 クチビル を まげたり、 のけぞったり、 もがいたり しない でも いい。 ああ まで に しない と あらわす こと が できない よう な カンジョウ なら、 トウキョウジン は むしろ そんな もの は あらわさない で、 あっさり シャレ に して しまう。 カナメ は ツマ が ナガウタ-ジコミ で、 コノゴロ も よく ひとしれぬ ウサ を まぎらす ため に ひいて いる の が ミミ に ある せい か、 まだ あの さえた バチ の ネ の ほう が あわい ながら も なつかしく きいて いられた。 ロウジン に いわせる と ナガウタ の シャミセン は よほど の メイジン が ひかない かぎり、 バチ が カワ に ぶつかる オト ばかり かちゃかちゃ ひびいて、 カンジン の ゲン の ネイロ が けされて しまう。 そこ へ ゆく と カミガタ の ほう は ジョウルリ でも ジウタ でも トウキョウ の よう に バチ を はげしく ぶつけない。 だから ヨイン と マルミ が ある と いう の だ が、 カナメ も ミサコ も これ には ハンタイ で、 ニホン の ガッキ は どうせ タンジュン なの だ から、 ケイカイ を シュ と する エド-リュウ の ほう が わるく どくどくしい チカラ が ない だけ、 ジャマ に ならない と いう の で あった。 そして フウフ は オンギョク の こと で ロウジン を ムコウ へ まわす とき は、 いつでも シュミ が イッチ して いた。
 ロウジン は フタコトメ には 「イマ の わかい モノ は」 を クチ に して、 セイヨウ カブレ の した モノ は ナン に かぎらず ダーク の アヤツリ と おなじ よう に コシ が きまらない、 うすっぺら だ と いって しまう。 もっとも ロウジン の イイグサ には つねに タショウ の カケネ が あって、 ヒトムカシ マエ は そう いう ゴジシン が ハ の うく よう な ハイカラ-ブリ に ミ を やつして いた ジダイ も ある の だ が、 ニホン の ガッキ は タンジュン だ など と いおう もの なら ヤッキ に なって トクイ の オダンギ が はじまる の で ある。 そう なる と カナメ は つい メンドウ で イイカゲン に ひきさがって しまう けれども、 ココロ の ウチ では イチガイ に うすっぺら アツカイ される の に たいらか で ない もの が あった。 カレ は ジブン の ハイカラ は、 イマ の ニホン シュミ の ダイブブン を しめて いる トクガワ ジダイ の シュミ と いう もの が なんとなく キ に くわない で、 その ハンカン から きて いる こと は ジブン には よく わかって いながら、 それ を ロウジン に ナットク させる ダン に なる と、 なんと セツメイ したら いい か イイアラワシヨウ に こまる の で あった。 カレ の アタマ の ナカ に ある ばくぜん と した モノタラナサ は、 つづめて いえば トクガワ ジダイ の ブンメイ は チョウシ が ひくい、 チョウニン が うんだ もの で ある から、 どこ まで いって も シタマチ ジョウチョウ が ぬけきれない、 と いう ところ に ある かも しれない。 トウキョウ の シタマチ に そだった カレ が シタマチ の キブン を きらう はず は なく、 オモイデ と して は なつかしい もの に ちがいない が、 イチメン には また、 シタマチッコ で ある が ゆえ に トチ の クウキ が ハナ に ついて ヒゾク な カンジ が する わけ でも ある。 そういう カレ は ハンドウテキ に、 シタマチ シュミ とは とおく かけはなれた シュウキョウテキ な もの、 リソウテキ な もの を シボ する クセ が ついて いた。 うつくしい もの、 あいらしい もの、 カレン な もの で ある イジョウ に、 なにかしら ひかりかがやかしい セイシン、 スウコウ な カンゲキ を あたえられる もの で なければ、 ―――ジブン が その マエ に ひざまずいて レイハイ する よう な ココロモチ に なれる か、 たかく ソラ の ウエ へ ひきあげられる よう な コウフン を おぼえる もの で なければ あきたらなかった。 これ は ゲイジュツ ばかり で なく、 イセイ に たいして も そう で あって、 その テン に おいて カレ は イッシュ の ジョセイ スウハイシャ で ある と いえる。 もちろん カレ は イマ まで に そういう レンアイ なり ゲイジュツテキ カンキョウ なり を あじわった こと は なく、 ただ ぼんやり した ユメ を いだいて いる だけ だ けれども、 それだけ ひとしお メ に みえぬ もの に アコガレ の ココロ を よせて いた。 そして セイヨウ の ショウセツ や オンガク や エイガ など に せっする と、 まだ いくらか は その アコガレ が みたされる よう な キ が した。 と いう の は セイヨウ には ムカシ から ジョセイ スウハイ の セイシン が ある。 セイヨウ の オトコ は オノレ の こいする ニョニン の スガタ に ギリシャ シンワ の メガミ を み、 セイボ の ゾウ を クウソウ する。 この ココロモチ が ひろく イロイロ な シュウカン に つきまとって、 ゲイジュツ の ナカ にも ハンエイ して いる せい で あろう と、 カナメ は そんな ふう に かんがえ、 その ココロモチ の かけて いる ニホンジン の ニンジョウ フウゾク に イイヨウ の ない サビシサ を おぼえた。 それでも ブッキョウ を ハイケイ に して いた チュウコ の もの や ノウガク など には コテンテキ な イカメシサ に ともなう スウコウ な カンジ が ない でも ない が、 トクガワ ジダイ に くだって きて ブッキョウ の エイキョウ を はなれれば はなれる ほど、 だんだん テイチョウ に なる ばかり で ある。 サイカク や チカマツ の えがく ジョセイ は、 いじらしく、 やさしく、 オトコ の ヒザ に なきくずおれる オンナ で あって も、 オトコ の ほう から ヒザ を くっして あおぎみる よう な オンナ では ない。 だから カナメ は カブキ シバイ を みる より も、 ロス アンジェルス で こしらえる フイルム の ほう が すき で あった。 たえず あたらしい ジョセイ の ビ を ソウゾウ し、 ジョセイ に こびる こと ばかり を かんがえて いる アメリカ の エ の セカイ の ほう が、 ゾクアク ながら カレ の ユメ に ちかかった。 そして きらい な もの の ナカ でも、 トウキョウ の シバイ や オンギョク には さすが エドジン の きびきび と した スマート な キフウ が でて いる のに、 ギダユウ は あくまで ふてぶてしく トクガワ ジダイ シュミ に シュウチャク して いる ところ が、 とうてい ソバ へも よりつけない よう に おもえた の で あった。
 それ が キョウ は どういう ワケ か サイショ に ブタイ を みいった とき から そう ハンカン を おこす でも なく、 シゼン に すらすら と ジョウキョク の セカイ へ いざなわれて、 あの おもくるしい サンゲン の オト まで が いつ とは なし に ココロ の ウチ へ くいいって ゆく よう なの で ある。 そして おちついて あじわって みる と、 カレ の きらい な チョウニン シャカイ の チジョウ の ナカ にも ヒゴロ の アコガレ を みたす に たる もの が ない でも ない。 ノレン を たらした ガトウグチ に ベニガラヌリ の アガリガマチ、 ―――セワ-ゴウシ で シモテ を しきった オサダマリ の ブタイ ソウチ を みる と、 くらく じめじめ した シタマチ の ニオイ に イヤケ を もよおした もの で あった が、 その じめじめ した クラサ の ナカ に ナニ か オテラ の ナイジン に にた オクブカサ が あり、 ズシ に いれられた ふるい ブツゾウ の エンコウ の よう に くすんだ ソコビカリ を はなつ もの が ある。 しかし アメリカ の エイガ の よう な はればれしい アカルサ とは ちがって、 うっかり して いれば みすごして しまう ほど、 ナンビャクネン も の デントウ の ホコリ の ナカ に うずまって わびしく ふるえて いる ヒカリ だ けれども。………
「さあ、 どう どす、 オナカ すいて ましたら たべと おくれやす、 ホンマ に あじのう おす けれど、………」
 マク が おわる と オヒサ が そう いって ジュウバコ の もの を メイメイ に とって くれた が、 カナメ は まだ メ に ちらついて いる コハル や オサン の オモカゲ に ナゴリ を おしまれる イッポウ、 ロウジン の オダンギ が じきに レイ の 「オニ が すむ か ジャ が すむ か」 へ おちて ゆきそう な ケイセイ なので、 マクノウチ を つまむ アイダ も キ が キ で なかった。
「それでは あの、 イタダキダチ で はなはだ カッテ なん です が、………」
「もう、 おかえりやす か、 ホンマ に」
「ボク は もっと みて いて も いい ん です が、 やっぱり ちょっと ショウチクザ へ いって みたい ん だ そう です から。………」
「そら なあ、 オクサン」
 と、 とりなす よう に オヒサ は いって、 ロウジン と ミサコ と を ハンハン に みた。
 フタリ は それ を いい シオ に、 ツギ の マク の コウジョウ が はじまりかけた の を ききながら、 ロウカ まで オヒサ に おくられて でた。
「あんまり オヤコウコウ にも ならなかった わね」
 ドウトンボリ の ヨル の ヒ の マチ へ はきだされた とき、 ミサコ は ほっと した よう に いって、 それ には こたえず エビスバシ の ほう へ アシ を むけかけた オット を よんだ。
「アナタ、 そっち じゃあ ない こと よ」
「そう か」
 と、 カナメ は ひっかえして ニッポンバシ の ほう へ、 こころもち イソギアシ で ゆく カノジョ の アト に おいつきながら、
「いや、 あっち へ いった ほう が いい クルマ が ひろえる と おもった ん だ」
「もう ナンジ?」
「6 ジ ハン だよ」
「どう しよう かしら、………」
 ツマ は タモト から テブクロ を だして、 それ を はめながら あるいて いた。
「いく なら おいで な。 いって いけない と いう ジカン でも ない。………」
「ここ から だ と、 ウメダ から キシャ で いった ほう が はやい でしょう か」
「はやい こと を いやあ、 ハンキュウ で いって カミツツイ から ジドウシャ の ほう が いい だろう。 ―――しかし そう する と、 ここ で わかれて も いい わけ なん だな」
「アナタ は?」
「ボク は シンサイバシスジ を ぶらついて かえる」
「じゃあ、 ………もしか サキ に おかえり に なったら、 11 ジ に むかえ に でて いる よう に おっしゃって くださらない? デンワ を かける つもり だ けれど」
「うむ」
 カナメ は ツマ の ため に トオリカカリ の ニュー フォード を とめた。 そして ガラス の マド の ナカ に カノジョ の ヨコガオ が おさまる の を みとどけて から、 ふたたび ドウトンボリ の ヒトナミ の ナカ へ ひっかえして いった。

 その 4

ヒロシ さん
ガッコウ は いつから ヤスミ です か、 もう シケン は すみました か、 ボク は ちょうど キミ の ガッコウ が ヤスミ の ジブン に そちら へ ゆきます。
オミヤゲ は ナニ に しよう。 ゴチュウモン の カントン-ケン は コノアイダ から さがして います が なかなか みつからない。 おなじ シナ でも シャンハイ と カントン とは まるで クニ が ちがう よう に はなれて います、 モッカ トウチ では 「グレイハウンド」 が リュウコウ です、 それ で よければ もって ゆきます、 どういう イヌ か キミ は たぶん しって いる でしょう が、 サンコウ の ため 「グレイハウンド」 の シャシン を ここ に いれて おきます。
シャシン で おもいついた が シャシンキ が ほしく は ない です か、 「パテー ベビー」 は いかが? イヌ と どっち が いい か、 ヘンジ を ください。 オトウサン には ヤクソク の 「アラビアン ナイト」 が 「ケリー ウォルシュ」 に あった から もって ゆく と いって ください、 これ は オトナ の よむ 「アラビアン ナイト」 です。 コドモ の よむ 「アラビアン ナイト」 では ありません。
オカアサン には ドンス と ゴロウ の オビジ を もって ゆく と いって ください、 どうせ ボク の オミタテ だ から レイ に よって ワルクチ を いわれる かも しれない、 キミ の イヌ より この ほう が シンパイ だ と いって ください。
ニモツ が たくさん もちきれない ほど あります、 イヌ を つれて いたら デンポウ を うつ から ダレ か フネ まで ウケトリ に きて ください。
たいがい 26 ニチ の シャンハイ-マル の ヨテイ です。
                                タカナツ ヒデオ
 シバ ヒロシ サマ

 その 26 ニチ の ヒルゴロ、 チチ に つれられて デムカエ に いった ヒロシ は、 フネ の ロウカ を たずねまわって いちはやく センシツ を さがしあてる と、
「オジサン、 イヌ は?」
 と、 マッサキ に きいた。
「イヌ か、 ―――イヌ は あっち に おいて ある よ」
 しろっぽい ホームスパン の ウワギ の シタ に ネズミ の スウェーター を みせて、 おなじ ネズミ の フランネル の パンツ を はいた タカナツ は、 せまい シツナイ で あっちこっち ニマトメ を する アイダ も たえず ハマキ を テ から クチ へ、 クチ から テ へ と もちかえながら、 その ため に いっそう きぜわしそう に はたらいて いた。
「だいぶ ニモツ が おおい じゃ ない か、 コンド は イクニチ ぐらい いる ん だ」
「コンド は すこし トウキョウ に ヨウ が ある ん だ、 キミ ん ところ にも 5~6 ニチ は いる つもり だ が」
「これ は ナン だ」
「それ は サケ だ。 ―――ヒジョウ に ふるい ショウコウシュ だ と いう ん だ が、 ほしければ ヒトビン わけて も いい」
「その ヘン に ある こまかい もの を よこしたら どう だい、 ジイヤ が シタ で まって いる から、 あれ を よんで もたして やろう」
「イヌ は、 オトウサン? イヌ は どう する の?」
 と、 ヒロシ が いった。
「―――ジイヤ は イヌ を つれて いく ん です よ、 オトウサン」
「なあに、 おとなしい イヌ だ から だいじょうぶ だよ、 ヒロシ くん でも つれて いかれる よ」
「かまない? オジサン」
「ゼッタイ に かまない、 どんな こと を したって ヘイキ な もん だ。 キミ が いったら すぐ とびついて オセジ を つかう よ」
「なんと いう ナ?」
「リンディー。 ―――リンドバーク の こと だよ、 ハイカラ な ナ だろう?」
「オジサン が おつけ に なった の?」
「セイヨウジン が もって いた んで、 マエ から そんな ナ が ついて いた のさ」
「ヒロシ」
 カナメ は、 イヌ の ハナシ で ムチュウ に なって いる コドモ を よんだ。
「オマエ は ちょっと シタ へ いって ジイヤ を つれて おいで。 ボーイ だけ では テ が たりない から」
「ゲンキ じゃ ない か、 みた ところ では。―――」
 ナニ か かさばった おもそう な ツツミ を シンダイ の シタ から ずるずる ひきずりだしながら、 でて ゆく ヒロシ の ウシロカゲ へ メ を やって タカナツ は いった。
「そりゃ コドモ だ から、 ゲンキ は ゲンキ だ が、 あれ で なかなか シンケイシツ に なって いる ん だ。 テガミ に そんな ところ は なかった かね」
「なかった ね、 べつに」
「もっとも そりゃあ、 まだ どう と いって カタチ を とった シンパイ が ある わけ では なし、 コドモ と して は なんとも カキヨウ は ない はず だ けれど、………」
「ただ サイキン、 マエ より ヒンパン に テガミ を よこす よう に なって は いた。 やっぱり なにかしら さびしい キモチ が した の かも しれない。 ………さて、 これ で よし と」
 ほっと した よう に タカナツ は シンダイ の ハシ に コシ を おろして、 ハマキ の ケムリ を はじめて ふかふか と あじわう の で あった。
「じゃ、 まだ コドモ には なにも はなして ない ん だね?―――」
「うむ」
「そういう テン が キミ と ボク とは カンガエ が ちがう な、 いつも いう こと なん だ けれど」
「もしも コドモ に たずねられたら、 ボク は ショウジキ に いう だろう」
「だって、 オヤ の ほう から いわなかったら、 コドモ が そんな こと を きりだせる わけ が ない じゃ ない か」
「だから つまり はなさない と いう ケッカ に なる のさ」
「よく ない がなあ、 ホントウ に。 ………いよいよ と いう とき に とつぜん うちあける より も、 マエ から ぽつぽつ インガ を ふくめて おく ほう が、 かえって その アイダ に カクゴ が できて いい ん だ がなあ」
「しかし、 もう うすうす は キ が ついて いる ん だよ。 ボクラ も ハナシ こそ しない が、 キ が つかれる だけ の こと は コドモ の マエ で みせて いる ん だ から、 こういう こと が ある かも しれない――― ぐらい な カクゴ は あんがい ついて いる か とも おもう」
「それなら なおさら はなす の に ラク じゃ ない か。 だまって いられる と イロイロ な ふう に キ を まわして、 サイアク な バアイ を ソウゾウ したり する もん だ から、 それで シンケイシツ に なる ん だ。 ―――もしも キミ、 もう オカアサン に あえなく なる ん じゃ ない か と いう よう な ヨケイ な シンパイ を して いた と したら、 ハナシ を する と かえって アンシン する かも しれん ぜ」
「ボク も そう かんがえなく も ない ん だ がね、 ………ただ どうも、 オヤ の ミ に なる と コドモ に ダゲキ を あたえる の が いや だ もん だ から、 つい ぐずぐず に のばして しまって、………」
「キミ が おそれる ほど ダゲキ を うけ は しない ん だ がなあ。 ―――コドモ と いう もの は つよい もん だぜ。 オトナ の ココロ で コドモ を おしはかる もん だ から かわいそう に おもえる ん だ が、 コドモ ジシン は これから セイチョウ する の だ から、 その くらい な ダゲキ に たえる チカラ は もって いる ん だぜ。 ようく わかる よう に いって きかしたら あきらめる ところ は ちゃんと あきらめて、 リカイ する に ちがいない ん だ が、………」
「それ は ボク にも わかって いる ん だよ。 キミ の かんがえる とおり の こと を ボク も ヒトトオリ は かんがえた ん だ」
 アリテイ に いう と、 カナメ は この イトコ が シャンハイ から きて くれる ヒ を、 ナカバ は ココロマチ にも し、 ナカバ は ニヤッカイ にも して いた。 フユカイ な こと は イチニチ ノバシ に サキ へ のばして ドタンバ へ おいつめられる まで は いいだしえない ジブン の よわい セイシツ を おもう と、 イトコ が はやく きて くれたら しぜん いやいや ながら でも まえのめり おしだされて カタ が つきそう な キ が して いた の だ が、 メン と むかって その モンダイ を もちだされて みる と、 とおい ところ に おいて あった もの が キュウ に メノマエ へ せまった カンジ で、 はげまされる より は オジケ が ついて、 シリゴミ する よう に なる の で あった。
「で、 どう する キョウ は? まっすぐ ボク の ウチ へ くる か」
 と、 カレ は ベツ な こと を たずねた。
「どうして も いい。 オオサカ に ヨウ が ある ん だ けれど、 キョウ で なくって も さしつかえない」
「じゃ、 ひとまず おちついたら どう かね」
「ミサコ さん は?」
「さあ、 ………ボク が でかける とき まで は いた が、………」
「キョウ は、 ボク を まって い や しない か」
「あるいは わざと キ を きかして でた かも しれん ね、 ジブン が いない ほう が いい と いう ふう に、 ―――すくなくとも それ を コウジツ に して」
「うん、 まあ、 それ は、 ―――ミサコ さん にも いろいろ きいて みたい ん だ けれど、 その マエ に よく キミ の ほう の ハラ を たしかめて おく ヒツヨウ が ある ん だ。 いったい、 いくら ちかしい アイダガラ でも フウフ の ワカレバナシ の ナカ へ タニン が はいる の は まちがってる ん だ が、 キミタチ ばかり は ジブン で ジブン の シマツ が つかない フウフ なん だ から、………」
「キミ、 ヒルメシ は すんで いる の か」
 と、 カナメ は もう イチド ベツ な こと を たずねた。
「いいや、 まだ だ」
「コウベ で メシ を くって いこう か、 コドモ は イヌ が いる ん だ から サキ へ かえる よ」
「オジサン、 イヌ を みて きました よ」
 そう いいながら、 そこ へ ヒロシ が もどって きた。
「すてき だなあ、 あれ は。 まるで シカ みたい な カンジ だなあ」
「うん、 はしらしたら ヒジョウ に はやい ぞ。 キシャ より はやい と いう くらい で、 あれ を ウンドウ させる には ジテンシャ へ のって ひっぱる の が いちばん いい ん だ。 なにしろ ケイバ に でる イヌ だ から」
「ケイバ じゃあ ない でしょ、 ケイケン でしょ オジサン」
「やられた ね、 イッポン」
「けれど あの イヌ、 ディステンパー は すんでる かしら?」
「すんでる よ もちろん、 もう あの イヌ は 1 ネン と 7 カゲツ に なる ん だ。 ―――それ より あれ を どうして ウチ へ つれて いく か が モンダイ だな、 オオサカ まで キシャ で、 それから ジドウシャ で でも いく か」
「そんな こと を しない だって ハンキュウ は ヘイキ なん です よ。 ちょっと アタマ から フロシキ か ナニ か かぶせて やれば、 ニンゲン と イッショ に のせて くれる ん です」
「へえ、 そりゃ ハイカラ だなあ、 ニホン にも そんな デンシャ が ある の か」
「ニホン だって バカ に できない でしょう、 どう だす、 オジサン?」
「そう だっか」
「おかしい や、 オジサン の オオサカ ベン は。 それ じゃ アクセント が ちがってらあ」
「ヒロシ の ヤツ は オオサカ ベン が うまく なっちゃって こまる ん だよ、 ガッコウ と ウチ と で ツカイワケ を やる ん だ から、―――」
「そら なあ、 ボク かって ヒョウジュンゴ つかえ いうたら つかわん こと ない けど、 ガッコウ やったら ダレ かって ミンナ オオサカ ベン ばっかり や さかい………」
「ヒロシ」
 と、 カナメ は ズ に のって しゃべりつづけよう と する コドモ を せいした。
「オマエ、 イヌ を うけとったら ジイヤ を つれて サキ へ おかえり、 オジサン は コウベ に ヨウ が ある そう だし、………」
「オトウサン は?」
「オトウサン も オジサン と イッショ だ。 オジサン は じつは、 ヒサシブリ で コウベ の スキヤキ が たべたい と いう んで、 これから ミツワ へ でかける ん だよ。 オマエ は アサ が おそかった から そんな に へって や しない だろう? それに オトウサン は すこし オジサン と ハナシ も ある し、………」
「ああ、 そう」
 コドモ は イミ を さとった らしく、 カオ を あげて おそるおそる チチ の メ の イロ を みた。

 その 5

「とにかく ヒロシ くん の イッケン は どう する キ なん だ。 はなした ほう が いい には いい が、 はなしにくい と いう の だったら、 ボク が はなして やって も いい ぜ」
 セッカチ と いう ほど でも ない が、 てきぱき ジム を はこんで ゆく シュウカン の ついて いる タカナツ は、 ミツワ の ザシキ に アシ を のばす と スキヤキ の ナベ の にえる アイダ も ムダ に ほうって は おけない の で あった。
「それ は いかん、 やっぱり ボク から はなす ほう が ホントウ じゃ ない かな」
「そりゃあ そう に ちがいない さ、 ただ その ホントウ の こと を キミ が なかなか ジッコウ しそう も ない から さ」
「まあ いい、 そう いわん で コドモ の こと は ボク の カッテ に させて くれたまえ。 なんと いって も アイツ の セイシツ は ボク が いちばん よく しって いる ん だ から。 ―――キョウ だって キミ は キ が つくまい が、 ヒロシ の タイド は よほど イツモ と ちがってる ん だよ」
「どういう ふう に?」
「フダン は あんな ふう に ヒト の マエ で オオサカ ベン を つかって みせたり、 アゲアシ を とったり する よう な こと は めった に ない ん だ。 いくら キミ と したしい から って、 あんな に はしゃぐ はず は ない ん だ」
「ボク も すこうし ゲンキ-すぎる とは おもった ん だ が、 ………じゃ、 わざと はしゃいで いた の かね」
「そう だよ、 きっと」
「どうして だろう? ムリ にも はしゃいで みせなければ ボク に わるい と いう ふう に おもった の かしら?」
「それ も タショウ は ある かも しれない、 が、 ヒロシ は じつは キミ を おそれて いる ん だよ。 キミ が すき では ある ん だ が、 ドウジ に いくらか おそろしく も ある ん だ」
「なぜ?」
「コドモ は ボクラ の フウフ カンケイ が どこ まで セッパク して いる の か は しる ヨシ も ない が、 キミ が きた と いう こと は なにかしら ケイセイ に ヘンカ が おこる ゼンチョウ だ と おもって いる ん だ。 キミ が こなければ ヨウイ に ワレワレ は カタ が つかない、 そこ へ キミ が カタ を つけ に きた と、 そう おもって いる ん だよ」
「なるほど、 じゃあ ボク が くる の は あまり ありがたく ない わけ なん だな」
「そりゃあ いろいろ ミヤゲモノ を もらう の は うれしい し、 キミ に あいたい には あいたい ん だ。 つまり キミ は すき なん だ が、 キミ の くる と いう こと が おそろしい ん だよ。 そういう ところ は ボク も ヒロシ も まったく おなじ キモチ なんで、 サッキ の はなす はなさない の イッケン なんぞ も、 ボク が はなす の を いやがる よう に コドモ の ほう でも きかされる の を いやがって いる の は、 あれ の ヨウス に みえて いる ん だ。 ヒロシ に して みる と、 キミ と いう ヒト は ナニ を いいだす か わからない、 オトウサン が いわない で いる こと を、 いまに キミ から センコク され や しない か と、 そんな ところ まで かんぐって いる ん じゃ ない か と おもう」
「そう か、 それで その オソロシサ を ごまかす ため に はしゃいで いた の か」
「ようするに、 ボク も、 ミサコ も、 ヒロシ も、 3 ニン ながら おなじ よう に キ が よわい ん だ。 そうして イマ では 3 ニン ともに おなじ ジョウタイ に とどまって いる ん だ。 ―――ショウジキ を いう と、 ボク に したって キミ の くる の が おそろしく ない こと は ない ん だ から」
「じゃ、 ほうって おいたら どう なる ん だ」
「ほうって おかれたら なお こまる ん だ。 おそろしい こと は おそろしい が、 なんとか カタ が ついた ほう が いい には ちがいない ん だ から」
「よわった な、 どうも。 ―――アソ と いう オトコ は なんと いって いる ん だ。 キミラ が ダメ なら、 その オトコ に セッキョクテキ に でて もらったら、 かえって カイケツ が はやく は ない かな」
「ところが その オトコ も やっぱり おなじ らしい ん だよ。 ミサコ の ほう から きめて くれなければ、 ジブン は どうとも する わけ に いかない と いう ん だ そう だ」
「まあ、 オトコ の タチバ と して は そう いう の が トウゼン では ある。 で なけりゃ ジブン が ヒト の カテイ を ハカイ する こと に なる ん だ から」
「それに もともと この ハナシ は どこまでも 3 ニン が ゴウイ の うえ の こと に しよう、 アソ にも、 ミサコ にも、 ボク にも、 ミンナ に ツゴウ の いい とき を まとう と、 そういう ヤクソク なん だ から ね」
「けれども ツゴウ の いい とき なんて、 いったい いつ に なったら くる ん だ。 ダレ か ヒトリ が けつぜん たる ショチ を とらなかったら、 そんな とき は エイキュウ に くる もん じゃ ない」
「いや、 そう で ない よ、 ―――たとえば この 3 ガツ の ガッコウ の ヤスミ なんか も、 じつは ヒトツ の キカイ では あった。 と いう の は、 ボク は コドモ が ムネイッパイ に かなしい オモイ を つつみながら、 ガッコウ の キョウシツ なんぞ で フイ に はらはら と ナミダ を こぼしたり する こと を おもう と、 そいつ が とても たまらない ん だ。 だから ガッコウ が ヤスミ で さえ あれば、 リョコウ に でも つれて いって やる とか、 カツドウ シャシン でも み に いく とか、 なんと でも して まぎらして やる こと が できる だろう し、 その うち には すこし ずつ わすれて いく よう に なる と おもう ん だ」
「じゃあ、 なぜ そう しない ん だ」
「コンゲツ は アソ が こまる と いう ん だ。 アソ の アニ が ライゲツ ショジュン に ヨウコウ する んで、 デサキ に ゴタゴタ を おこす の も いや だし、 アニ が ニホン に いない ほう が コショウ が すくない と いう わけ なん だ」
「すると コンド は ナツ の ヤスミ まで キカイ が ない ん だね」
「うん、 ナツ だ と ずっと ヤスミ の キカン も ながい し する から、………」
「そういう こと を いって いる ん じゃ、 じっさい サイゲン が ない ん だ がなあ。 ナツ に なったら また どんな ジジョウ が わく かも しれん し、………」
 ニク は ない けれども ホネブト の うえ に ジョウミャク の ぐりぐり して いる、 ダンセイテキ に やせた タカナツ の テ が、 サケ の せい か おもい もの を じっと もちこたえて いる とき の よう に ふるえて いた。 カレ は その テ を ナベ の シタ へ のばして、 ハボタン の よう に かさなった ハマキ の ハイ の ソウ を どさり と コンロ の ミズ に おとした。
 こうして たまに、 フタツキ に イチド か ミツキ に イチド ずつ かえって くる イトコ を むかえる たび に、 つねに かんじる こと と いう の は、 カナメ は クチ で こそ 「いつ わかれる」 を モンダイ に して いる よう な ものの、 まだ ホントウ は 「わかれる か わかれない か」 さえ しっかり ケツダン が ついて いる の では ない の で ある。 それ を イトコ が わかれる こと に きめて しまって、 ひたすら ジキ ばかり を コウリョ の ウチ に いれて いる の は、 イトコ ジシン が 「わかれて しまえ」 と いう キョウコウ な イケン だ から では なく、 わかれる こと は もはや うごかす べからざる ケッテイ で ある と して、 ただ その シュダン に ついて のみ ソウダン を うける から なの で ある。 カナメ は けっして ココロ にも ない ツヨガリ を いう の では ない の だ が、 いつも イトコ の カオ を みる と その おとこらしい カカン な キフウ に かぶれる せい か、 しぜん と ジブン にも ユウキ が でて きて、 すでに カクゴ が ついて いる よう な ハナシブリ に なる の で あった。 それ ばかり で なく、 カレ が イトコ の くる の を むかえる キモチ の ナカ には ジブン で ジブン の ウンメイ を もてあそぶ こと を たのしむ ココロ も てつだって いた。 もっと うちあけて いえば、 ジッコウ する には あまり に イシ の よわい カレ は、 わかれた バアイ の クウソウ に ばかり ふけって いる ので、 その クウソウ が イトコ に あう と ヒジョウ に カッパツ に、 ジッカン を おびて くる こと が ユカイ なの で ある。 が、 そう か と いって、 ぜんぜん イトコ を クウソウ の ドウグ に つかう つもり では なく、 あわよくば その クウソウ から しだいに ゲンジツ を ユウドウ したく も ある の で あった。
 ダレ しも リベツ は かなしい もの に きまって いる。 それ は アイテ が ナニモノ で あろう とも、 リベツ と いう こと ジシン の ウチ に カナシミ が ある の で ある。 わかれる の に ツゴウ の いい とき を、 テ を こまぬいて まって いた とて そんな とき が くる もの で ない と いう タカナツ の コトバ は、 その とおり に チガイ あるまい。 さすが に タカナツ は かつて カレ ジシン が マエ の ツマ を リベツ した とき は、 カナメ の よう に ぐずぐず して は いなかった。 わかれる こと に ケッシン する と、 ある アサ カレ は ツマ を ヒトマ の ウチ へ よんで、 バン まで かかって ことこまか に リユウ を のべた。 そうして リエン を いいわたして おいて から、 サイゴ の ワカレ を おしむ ため に その バンジュウ ツマ と あいだいて ないた。 「ニョウボウ も ないた し、 ボク も おいおい コエ を はなって ないた よ」 と、 カレ は その アト で カナメ に かたった。 コンド の ジケン で カナメ が カレ を タヨリ に する の は、 ヒトツ には カレ に そういう ケイケン が あり、 その とき の カレ の ヤリカタ を ソバ で みて いて うらやましく おもった から では ある が、 ―――なるほど、 タカナツ の よう に ヒゲキ に チョクメン する こと が でき、 なきたい とき には おもうさま なける セイシツ だったら、 さだめし アト が さっぱり する だろう、 あれ で なければ リベツ は できない と つくづく おもった から では ある が、 しかし カナメ に その マネ は やれない の で ある。 トウキョウジン の ミエ や ガイブン を キ に する クセ が そういう ところ へ まで ついて まわって、 ギダユウ カタリ の タイド を みにくい と かんずる カレ は、 カオ を ゆがめて なきわめく セワバ の ナカ へ ジブン を おく こと に おなじ ミニクサ を かんずる の で ある。 カレ は どこまでも ナミダ で カオ を よごさず に、 きれい に コト を はこびたかった。 ツマ の シンショ と ジブン の シンショ と が ヒトツ の ノウズイ の サヨウ の よう に リカイ しあって わかれたかった。 それ が かならずしも フカノウ な こと で なく おもえる の は、 カレ の バアイ は タカナツ の バアイ と ちがう から で ある。 カレ は さって ゆく ツマ に たいして なんの わるい カンジョウ も もたない。 フタリ は たがいに セイテキ には あいしあう こと が できない けれども、 その ホカ の テン では、 シュミ も、 シソウ も、 あわない ところ は ない の で ある。 オット には ツマ が 「オンナ」 で なく、 ツマ には オット が 「オトコ」 で ない と いう カンケイ、 ―――フウフ で ない モノ が フウフ に なって いる と いう イシキ が キヅマリ な オモイ を させる の で あって、 もし フタリ が トモダチ で あったら かえって なかよく いった かも しれない。 それゆえ カナメ は さって から でも ツキアイ を しない と いう の では ない。 ソウトウ の ネンショ を さえ へた なら、 カコ の キオク に ワズライ される ところ なく、 アソ の ツマ と して、 ヒロシ の ハハ なる ヒト と して、 ずいぶん こころやすく オウフク されそう にも かんずる の で ある。 もっとも その とき に なって みる と アソ の テマエ や セケン の メ も あって そう は できにくい に して から が、 すくなくとも フタリ が そういう ミトオシ を もって わかれられたら、 「わかれる」 と いう カナシミ を どんな に かるく する か しれない。 「ヒロシ が おもい ビョウキ に でも なったら、 きっと しらして くださる でしょう ね。 そんな とき には ミマイ に いって も いい こと に して くださらない じゃ こまる わ。 アソ も ショウチ なん です から」 と ミサコ が いう の は、 ヒロシ の チチ の ビョウキ の バアイ をも ふくめて いる に ちがいない し、 カナメ の ほう でも カノジョ の ミ に ついて のぞむ ところ は おなじ で あった。 フウフ と して は フシアワセ な オタガイ で あった にも せよ、 とにも かくにも 10 ネン に あまる サイゲツ の アイダ オキフシ を ともに し、 コ を まで もうけた フタリ では ない か。 それ が いったん わかれた から と いって、 ロボウ の ヒト を みる よう に しなければ ならない とは、 ―――オタガイ の ミ に マンイチ の こと が あった バアイ に リンジュウ に さえ あって ならない とは、 ―――そんな リユウ は どこ に あろう。 カナメ も ミサコ も、 わかれる とき は その ココロモチ で ありたかった。 やがて メイメイ が あたらしい ハイグウシャ を もち、 あたらしい コ を もうける と したら、 その ココロモチ が いつまで つづく か わからない に して も、 さしあたって は それ が いちばん キ を ラク に させる ホウホウ だ と おもった。
「じつは ナン だよ、 こんな こと を いう と わらわれる かも しれない が、 この 3 ガツ に しよう か と いった の は コドモ の ため ばかり では なかった ん だよ」
「ふむ?」
 と いって タカナツ は、 ナベ の ナカ へ メ を おとして きまりわるそう に クチビル で ビショウ して いる カナメ を みつめた。
「ツゴウ の いい とき と いう ナカ には キコウ の こと も コウリョ して いる ん だよ。 つまり その とき の キコウ の グアイ で カナシミ の テイド が よほど ちがう。 なんと いって も アキ に わかれる の は いちばん いけない、 いちばん カナシミ の ド が つよい。 いよいよ わかれる と いう とき に、 『これから だんだん さむく も なります し………』 と、 なきながら ニョウボウ が そう いった んで キュウ に わかれる の を やめて しまった オトコ が ある ん だ が、 じっさい そんな こと は ありうる と おもう」
「ダレ だい、 その オトコ は?」
「いや、 そんな ハナシ も ある と いう こと を きいた だけ なん だ が」
「は、 は、 キミ は いろいろ そういう レイ を ホウボウ で きいて くる と みえる ね」
「こういう とき に ヒト は どう する か と おもう もん だ から、 きく つもり は なくって も ミミ に はいる よう に なる ん だよ。 もっとも ボクラ の よう な バアイ は あまり セケン に レイ が ない んで、 サンコウ に なる の は すくない ん だ けれど」
「で、 わかれる の には イマゴロ の あたたかい ヨウキ が いちばん いい と いう の かい?」
「うん、 まあ そう なん だ。 まだ コノゴロ は うすらさむい こと は さむい けれども、 しかし だんだん あたたかく なる イッポウ だし、 その うち には サクラ が さきはじめる し、 じきに シンリョク の キセツ にも なる し、 ………そういう コンディション が あったら、 ヒカクテキ カナシミ が かるい だろう と おもう ん だ」
「と いう の は、 キミ の イケン なの か?」
「ミサコ も ボク と ドウイケン なん だよ、 『わかれる の なら ハル が いい わね』 って、―――」
「そりゃ タイヘン だ、 すると ライネン の ハル まで またなきゃ ならない の か」
「ナツ だって そりゃあ わるく は ない がね、 ………ただ ボク の ハハオヤ が なくなった の が、 あれ が 7 ガツ だったろう? ボク は あの とき に オボエ が ある ん だ が、 ナツ の ケシキ と いう もの は スベテ が あかるく いきいき と して いて、 メ に ふれる もの が みんな はれやか な はず なん だ けれど、 あの トシ ぐらい ナツ を かなしい と おもった こと は なかった。 ボク は アオバ の むしむし と しげって いる の を ながめた だけ でも なみだぐまれて シカタ が なかった。………」
「それ みたまえ。 だから ハル だって おなじ こと なん だ。 かなしい とき には サクラ の ハナ の さく の を みたって ナミダ が でる ん だ」
「おそらく ボク も そう なん だろう とは おもってる ん だ が、 そう かんがえる と いよいよ ジキ が なくなって しまって、 ミウゴキ が できなく なる もん だ から、………」
「けっきょく こいつ は、 わかれない で すむ こと に なる ん じゃ ない かな」
「キミ は そういう キ が する かね?」
「ボク より キミ は どう なん だ?」
「ボク には どう なる か まったく わからない。 わかって いる の は、 わかれなければ ならない リユウ は あまり に あきらか に そなわって いる、 これまで で さえ うまく いかなかった もの が、 アソ との カンケイ が できて しまった イマ と なって、 ―――それ も ボク から むしろ すすめて それ を ゆるした イマ と なって、 ―――フウフ で いられる わけ は ない し、 すでに フウフ では なくなって いる、 と いう ジジツ だ。 ボク も ミサコ も この ジジツ を マエ に おいて、 イットキ の カナシミ を しのぶ か エイキュウ の クツウ に たえる か、 どっち とも ケツダン が つかず に いる、 ―――ケツダン は ついて いる ん だ が、 それ を ジッコウ する ユウキ が ない ので まよって いる ん だ」
「キミ、 こういう ふう に かんがえる こと は できない かしらん? ―――すでに フウフ で ない もの なら、 わかれる わかれない と いう こと は、 いいかえる と イッショ の イエ に すむ か すまない か と いう だけ の こと だ、 ―――そう かんがえたら よっぽど ラク に なり は しない か」
「もちろん ボク は できる だけ そう かんがえて いる ん だよ、 そう かんがえて いて やっぱり なかなか ラク で ない ん だよ」
「もっとも コドモ と いう もの も ある から なん だ が、 コドモ に したって チチ と ハハ と が ベツベツ に すむ よう に なる だけ で、 ハハ を ハハ と よべなく なる と いう ん じゃ ない ん だ から、………」
「そりゃあ ね、 いくらも セケン には ある こと なんで、 ガイコウカン や チホウ チョウカン なら オット だけ が ガイコク へ いって いたり、 コドモ を トウキョウ の シンセキ へ あずけたり する の が ざら に ある ん だし、 そう で なくったって チュウガッコウ も ない よう な イナカ の コドモ は ミンナ オヤ の ソバ を はなれてる ん だ から、 それ を かんがえたら なんでも ない、 ………と、 そう おもう こと は おもう ん だ けれど、………」
「つまり キミ の は ただ キミ ジシン の ココロモチ が かなしい ん だよ。 ジジツ は キミ が かんじる ほど に かなしく は ない ん だ」
「だって、 カナシミ と いう もの は けっきょく みんな そう なん じゃ ない か、 どうせ シュカンテキ な もの なん だ から。 ………ボクラ の は おたがいに にくみあう こと の できない の が いけない ん だね。 にくみあえたら ラク なん だろう が、 リョウホウ が リョウホウ を もっとも だ と おもってる ん だ から シマツ に わるい」
「なまじ キミ に ソウダン しない で、 フタリ が カケオチ しちまう と いちばん メンドウ が なかった ん だな」
「まだ こう ならない マエ の こと だ が、 いっそ そう しよう か って アソ が いった こと が ある そう だよ。 しかし ミサコ は、 アタシ に そんな マネ は とても できない、 ナニ か マスイザイ でも かがして もらって ねて いる アイダ に かつぎだして でも くれなかったら ダメ だ と いって わらった そう だ が、………」
「わざと ケンカ を ふっかけて みたら どんな もん だ」
「そいつ も ダメ だね。 おたがいに シバイ を してる の が わかってる ん じゃ、 『でて いけ』 『でて いきます』 と いう よう な こと を クチサキ で ばかり いいあったって、 いざ と いう とき キュウ に なきだしちまう だろう ね」
「なにしろ テスウ の かかる フウフ だよ、 わかれる の に まで いろいろ ゼイタク を いう ん だ から。………」
「ナニ か こう、 シンリテキ に マスイザイ の ヤク を する もの が あれば いい ん だ が、 ………キミ は あの ジブン に ヨシコ さん を ココロ から にくむ こと が できた ん だろう ね」
「にくく も あった が あわれ でも あった さ。 テッテイテキ に にくみとおす と いう よう な こと は オトコ ドウシ の アイダ で なけりゃ ない こと だ から な」
「しかし、 こう いう と ヘン だ が、 クロウト の オンナ は わかれる の に わかれやすく は ない かな。 ああいう ぱっぱっ と した セイシツ の ヒト だし、 カコ にも キミ イガイ に イクニン か の オトコ を しって いる ん だし、 ヒトリ に なれば キラク に マエ の ショウバイ に かえって いける ん だし、………」
「やっぱり わかれる ミ に なって みる と そう も いかん ね」
 マユ の アイダ を かすか に くもらせた タカナツ は、 すぐ また モト の チョウシ で いった。
「それ も キコウ と おんなじ こと だよ、 わかれる の に ツゴウ の いい オンナ だの わるい オンナ だの って ある もん じゃ ない よ」
「そう かしらん? ボク には どうも ショウフ-ガタ の オンナ は わかれやすくって、 ボフ-ガタ の オンナ は わかれにくい よう な キ が する ん だ が、 そう おもう の は ミガッテ かしらん?」
「ショウフ-ガタ は あんがい ホンニン が ヘイキ な だけ に、 いっそう あわれ な ところ も ある。 リッパ な ところ へ えんづいて でも くれる ん なら いい が、 また のこのこ と カリュウカイ へ もどって いかれちゃ、 それだけ こっち も セケン が せまく なる から な。 ボク は そんな こと は チョウエツ してる が、 そういう ふう に かんがえたら テイジョ も インプ も かなしく ない なんて オンナ は ない さ」
 ひとしきり どっち も だまりこんで ナベ の もの を つっついて いた。 サケ は フタリ で 2 ホン と のんで は いなかった が、 その あさい ヨイ が かえって いつまでも カオ に ほてって、 へんに ハル-らしい ドンジュウ な キブン だった。
「そろそろ メシ に しよう じゃ ない か」
「うむ」
 カナメ は むっつり して ベル を おした。
「いったい しかし、―――」
 と、 タカナツ が いった。
「―――キンダイ の オンナ は ミンナ いくらか ずつ ショウフ-ガタ に なりつつ ある ん じゃ ない の かな。 ミサコ さん なんぞ も ぜんぜん ボフ-ガタ とは いいにくい な」
「あれ は ガンライ は ボフ-ガタ なん だよ、 ボフ-ガタ の タマシイ を ショウフ-ガタ の ケショウ で つつんで いる ん だ」
「そう かも しれない。 ―――ヒトツ には たしか に ケショウ の せい だ。 コノゴロ の オンナ の カオ の ツクリ は タショウ とも アメリカ の エイガ ジョユウ の エイキョウ を うけて いる ん だ から、 どうしたって ショウフ-ガタ に なる。 シャンハイ なんぞ でも やっぱり そう だ が」
「それに ミサコ の は、 ボク が なるべく ショウフ-ガタ に させる よう に しむけた カタムキ も ない こと は ない ん だ」
「そりゃあ キミ が フェミニスト の せい なん だろう、 フェミニスト と いう モノ は ボフ-ガタ より も ショウフ-ガタ を よろこぶ ん だ から」
「いいや、 そう じゃ ない ん だよ。 つまり ナン なん だ、 ―――また モンダイ が マエ に もどる が、 ショウフ-ガタ に させた ほう が わかれる の に ラク だ と おもった ん だ。 しかし そいつ が オオチガイ で、 ハラ から なりきれちまえば いい ん だ が、 ツケヤキバ だ から カンジン な とき に ボフ の ジガネ が でて くる んで、 なお フシゼン な いや な キ が する ん だ」
「ミサコ さん ジシン は どう おもって いる だろう?」
「ジブン は たしか に わるく なった、 ムカシ の よう に ジュンスイ で なくなった と いって いる。 ―――それ は そう に ちがいない ん だ が、 イッパン の セキニン は ボク に ある ん だ」
 なんの こと は ない、 カノジョ と ケッコン して から の この サイゲツ と いう もの を、 ジブン は いかに して リエン す べき か と いう こと ばかり かんがえつづけて くらして きた の だ、 わかれよう わかれよう の イチネン しか ない オット だった の だ。 ―――ふと そう おもう と、 カナメ は ジブン の レイコク な スガタ が ありあり と ジブン に みえる の で あった。 ジブン は ツマ を あいしえない カワリ には、 けっして ブジョク を あたえない よう に こころがけて いた つもり だ けれど、 オンナ に とって これ が もっとも おおいなる ブジョク で なくて ナン で あろう。 こういう オット を もたされた ツマ の サビシサ は、 ショウフ にも ボフ にも、 カチキ な モノ にも ウチキ な モノ にも、 なんと して たえる こと が できよう。………
「じっさい あれ が ホントウ の ショウフ-ガタ だったら、 ボク には モンク は ない ん だ がな」
「どう だ か、 それ も アテ には ならん な。 ヨシコ の よう な マネ を されたら キミ だって ガマン が でき や しない ぜ」
「そりゃあ、 そう いっちゃあ わるい が、 ホントウ に ショウバイ を した こと の ある オンナ は いかん な。 それに ボク は ゲイシャ タイプ は すかない ん だ。 ハイカラ な、 チテキ な ショウフ-ガタ が いい ん だ」
「それ に したって、 ニョウボウ に なって から ショウフ-テキ コウイ を ジッコウ されたら こまる じゃ ない か」
「チテキ な ヤツ なら、 そこ は ジセイリョク を もってる だろう」
「キミ の いう こと は どこまでも カッテ だよ。 そんな ムシ の いい チュウモン に はまる よう な オンナ が ある もん か。 ―――フェミニスト と いう モノ は けっきょく ドクシン で とおす より ほか シカタ が ない ん だ、 どんな オンナ を もった ところ で キ に いる はず は ない ん だ から」
「ボク も じっさい ケッコン には こりた よ。 コンド わかれたら まあ トウブン は、 ―――あるいは イッショウ もらわない で しまう かも しれない」
「そう いいながら、 また もらって は シッパイ する の が フェミニスト でも ある ん だ がね」
 フタリ の カイワ は、 ナカイ が キュウジ に はいって きた ので それきり とぎれた。

 その 6

 アサ も 10 ジ ちかく に なって フトン の ナカ で メ を ひらいた ミサコ は、 ニワ の ほう で コドモ と イヌ と が たわむれて いる コエ を、 いつ に なく のんびり と した ココロモチ で きいて いた。 「リンディー! リンディー!」 「ピオニー! ピオニー!」 と、 コドモ は しきり に イヌ を よんで いる。 ピオニー と いう の は マエ から かって いる コリー-シュ の メス で、 キョネン の 5 ガツ に コウベ の イヌヤ から かった とき に ちょうど カダン に さいて いた ボタン に ちなんで ナ を つけた の だ が、 ヒロシ は さっそく ミヤゲ の グレイハウンド を ひきだして、 その ピオニー と トモダチ に させよう と して いる らしい。
「いかん、 いかん、 そう キミ の よう に キュウ に なかよく させよう ったって ダメ だ。 ほうって おけば シゼン に よく なる よ」
 そう いって いる の は タカナツ で ある。
「だって オジサン、 メスオス ならば ケンカ しない って いう じゃ ありません か」
「それ に したって まだ キノウ きた ばかり だ から ダメ だ」
「ケンカ したら どっち が つよい かしら?」
「そう だな、 ホント に。 ―――ちょうど リョウホウ おなじ くらい な オオキサ なんで いけない ん だな。 どっち か ちいさい と おおきい ほう が アイテ に しない んで すぐに なかよく なる ん だ がな」
 その アイダ も 2 トウ の イヌ は かわるがわる ほえて いた。 ユウベ カエリ が おそかった ミサコ は、 タビ の ツカレ で ねむそう に して いた タカナツ と 20~30 プン しゃべった ばかり で、 ミヤゲ の イヌ は まだ みて いない の だ が、 あの ひいひい と カザゴエ の よう な かすれた コエ で ないて いる ほう が ピオニー で あろう。 カノジョ は オット や ヒロシ ほど に イヌズキ では ない の だ けれど、 この ピオニー は いつも カエリ が 10 ジ-スギ に なる とき には、 ジイヤ と イッショ に テイリュウジョ まで むかえ に でて いて くれる の で ある。 そして カノジョ が カイサツグチ から あらわれる と、 クサリ の オト を ちゃりん! と いわして、 いきなり とびつこう と する の で ある。 カノジョ は そんな とき、 ジイヤ を しかって キモノ に ついた ドロアシ の アト を はらいながら も、 だんだん イヌ が マエ ほど は きらい で なく、 コノゴロ では キ が むく と なでて やったり、 ミルク を あたえたり なぞ して いた。 ユウベ デンシャ を おりた とき にも、 「ピオニー や、 キョウ は オマエ の オトモダチ が きた ん じゃ ない の」 と、 そう いって とびついて くる アタマ を さすった。 どうか する と、 ダレ より サキ に ジブン の カエリ を よろこんで むかえる この ピオニー が、 オット の イエ の ダイヒョウシャ の よう に おもえ も した。
 アマド は キ を きかして しめて ある の だ が、 ランマ の ショウジ に ぎらぎら して いる ヒザシ の ヨウス では、 ソト は モモ の ハナ の さきそう な うららか な テンキ に なって いる らしい。 そう いえば コトシ の オセック には ヒナニンギョウ を かざった もの か どう で あろう。 カノジョ は ハツゼック の イワイ に ニンギョウズキ の チチオヤ が トクベツ に キョウト の マルヘイ で こしらえて くれた コフウ な ヒナ を、 ケッコン の とき ドウグ と イッショ に シバ-ケ へ もって きて いる の で ある。 そして カンサイ へ うつって から は トチ の フウシュウ に したがって ヒトツキ オクレ の 4 ガツ の ミッカ を セック に して いた。 オンナ の コ の ない カテイ では あり、 カノジョ ジシン は そんな もの に イマ では たいした アイチャク も ない の で ある から、 そう ムカシフウ な シキタリ を コシュ する まで も ない の だ けれど、 ジツ を いう と、 キョウト が ちかく なった ため に マイトシ チチオヤ が セック に なる と その ニンギョウ を なつかしがって、 わざわざ み に やって くる の で ある。 げんに キョネン も オトトシ も そう で あった から、 コトシ も たぶん わすれて は いない で あろう。 それ を おもう と、 モノオキ の オク から 1 ネン-カン の ホコリ の たまった イクツ も の ハコ を ひきずりだす メンドウ は しのぶ と して も、 また コノアイダ の ベンテンザ の とき の よう な キュウクツ な バメン が ソウゾウ せられて キ が おもく なって くる の で あった。 どうか して コトシ は かざらない で すませる ホウ は ない かしらん? オット に ソウダン して みよう かしらん? いったい あの ヒナ を ジブン は この イエ を でる とき に ふたたび もって いった もの か どう で あろう? のこして おかれたら オット は メイワク する の では なかろう か?………
 イマ に なって キュウ に そんな こと が キ に かかりだした と いう の は、 たぶん コトシ の モモ の セック には もう この イエ に いない で あろう と ぼんやり おもって いた から なの だ が、 それ が こうして シンシツ の ナカ に こもって いて さえ そぞろ に ハル が かんぜられる あたたかい ヨウキ に なって しまった。 ミサコ は アオムキ に マクラ へ ツムリ を のせた まま、 しばらく ランマ に うつって いる あかるい ヒカゲ へ メ を やって いた。 ヒサシブリ に ジュウブン な ネムリ を むさぼった ので ネムケ は のこって いない の だ けれど、 テアシ を のびのび と させて いる の が いつまでも いい ココロモチ で、 ちょっと は シトネ の ヌクモリ を すてる こと が できない。 カノジョ の トナリ には ヒロシ の シトネ が、 もう ヒトツ トナリ の トコノマ-ヨリ には オット の シトネ が しいて ありながら、 その フタツ とも とうに カラッポ に なって いて、 ルリイロ の コイマリ の ツボ に ツバキ の ハナ が いけて ある の が、 オット の マクラ の ムコウ に みえる。 キョウ は タカナツ と いう キャク も ある の だし、 もう おきなければ わるい の で ある が、 しかし カノジョ が こんな に ゆっくり アサネボウ を して いられる こと は めった に ない の で ある。 なぜなら フウフ は ヒロシ を ナカ に はさんで ねむる シュウカン を、 その コ が うまれた ジブン から キョウ まで ずるずる に あらためず に いて、 コドモ が おきる と かならず どっち か が おきない では いなかった。 そして タイガイ の バアイ には、 オット を ねかして おく ため に カノジョ が サキ に おきる から だった。 ニチヨウ の アサ なぞ すこし は ゆっくり ねかして おいて もらいたい のに、 ガッコウ が なくて も やはり ヒロシ は 7 ジ に おきて しまう ので、 カノジョ も イッタン は おきなければ ならない。 もっとも 2~3 ネン コノカタ、 だんだん カラダ が こえて くる カタムキ が ある ので、 スイミン ジカン を へらした ほう が いい と おもって いる の だし、 メ に カリ の できる の は そう まで クツウ に かんじて いない よう な ものの、 アサネ の カイカン は また おのずから ベツ で ある。 あまり ネムリ が たりなすぎる の も フアン に なって、 たまに は スイミンザイ の チカラ で ヒルネ を しよう と する こと も ある けれども、 かえって アタマ が さえて しまって おちおち と ねむれない。 1 シュウ に イチド オオサカ の ジムショ へ カオ を だす ヒ に、 オット が わざと キ を きかして コドモ と イッショ に でかけて くれる よう な こと は、 ツキ に 2~3 ド ある か ない か で ある。 とにかく ねて も ねられない でも、 こうして ヒトリ シンシツ を センリョウ して いられる の は、 チカゴロ めずらしい の で ある。
 イヌ の ナキゴエ は まだ きこえて いる。 「リンディー」 「ピオニー」 と、 ヒロシ は あいかわらず よんで いる。 その そうぞうしい の が、 いかにも ハル-らしく のどか に ひびいて、 この 5~6 ニチ コウセイ を つづけて いる ソラ の イロ が おもいやられた。 いずれ キョウ の うち には タカナツ を アイテ に はなさなければ ならない の だ が、 それ さえ イマ の カノジョ には ヒナニンギョウ の テイド イジョウ には キグロウ の タネ に ならなかった。 シンパイ を すれば サイゲン が ない から、 スベテ の こと を ヒナニンギョウ を あつかう よう に あつかって、 いつでも キョウ の オテンキ の よう に うららか な キブン で ありたい。 カノジョ は ふと、 リンディー と いう の は どんな イヌ かしら と、 コドモ の よう な コウキシン を かんじた。 そして ようよう、 その コウキシン に めんじて おきよう と いう キ に なった。
「おはよう!」
 と、 ヒジカケマド の アマド を 1 マイ だけ あけて、 カノジョ は コドモ に まけない ほど の コエ で さけんだ。
「おはよう、 ―――いつまで ねてる ん です?」
「ナンジ、 もう?」
「12 ジ」
「ウソ よ、 そんな じゃあ ない こと よ、 まだ やっと 10 ジ-ゴロ よ」
「おどろいた なあ、 この オテンキ に よく イマジブン まで ねて いられる なあ」
「ふ、 ふ、 ―――ネボウ を する の にも いい オテンキ よ」
「だいいち オキャクサマ に たいして シツレイ じゃ ない です か」
「オキャクサマ だ と おもって いない から だいじょうぶ だわ」
「いい から はやく カオ を あらって おりて いらっしゃい。 アナタ にも オミヤゲ が ある ん だ から」
 マド を みあげて いる タカナツ の カオ は、 ウメ の エダ に さえぎられて いた。
「その イヌ?」
「うん、 コイツ が モッカ シャンハイ で ダイリュウコウ の ヤツ なん だ」
「すてき でしょ、 オカアサン、 この イヌ は ホントウ は オカアサン が つれて あるく と いい ん ですって」
「どうして?」
「グレイハウンド と いう ヤツ は、 セイヨウ では フジン の ソウショクケン に なって いる ん だ。 つまり コイツ を ひっぱって あるく と いっそう ビジン に みえる ん だな」
「アタシ でも ビジン に みえて?」
「もちろん みえます、 うけあいます」
「だけど ずいぶん きゃしゃ な イヌ ねえ。 そんな の を つれて あるいたら、 なおさら こっち が フトッチョ に みえちまう わ」
「イヌ の ほう で そう いう だろう、 この オクサマ は ワガハイ の ソウショク に なる って」
「おぼえて らっしゃい」
「あはははは」
 と、 ヒロシ も イッショ に なって わらった。
 ニワ には ウメ の キ が 5~6 カブ あった。 イゼン この ヘン が ヒャクショウヤ の ニワ で あった コロ から の もの で、 はやい の は 2 ガツ の ハジメ から じゅんじゅん に ハナ を もちつづけて 3 ガツ-ジュウ は ツギ から ツギ へ さいて いた の が、 イマ では あらかた ちりはてた ナカ に まだ 2~3 リン は マッシロ な ツブ を ひからして いた。 2 トウ の イヌ は カミアイ を しない テイド の ヘダタリ を おいて、 その ウメ の ミキ へ それぞれ つながれて いる の で ある。 ピオニー の ほう も リンディー の ほう も ほえつかれた と いう カタチ で、 スフィンクス の よう な シセイ で シタバラ を ぺったり ツチ へ つけた まま、 むかいあって ニラメクラ を して いた。 ウメ の エダ が イクツ も コウサク して いる ので はっきり みさだめにくい けれど、 オット は ヨウカン の ヴェランダ に いる らしい。 コウチャ の チャワン を マエ に して トウイス に よりながら オオガタ の ヨウショ の ページ を めくって いる の が わかる。 ネマキ の ウエ に オオシマ の ハオリ を まとって、 メリヤス の パッチ の ハシ を ブカッコウ に スアシ の カカト まで ひっぱって いる タカナツ は、 ニワサキ へ イス を もちだして いた。
「そこ に つないで おいて ちょうだい、 イマ すぐ シタ へ み に いきます から」
 カノジョ は ざっと アサ の フロ に つかって から ヴェランダ へ でた。
「どう なすった の、 もう ゴハン は おすみ に なった の?」
「すんじまった よ。 まってた ん だ が なかなか おきそう も ない もん だ から」
 オット は カタテ で チャワン を クウ に ささげながら、 ヒザ の ウエ に ある ホン を みいみい チャ を すすった。
「オクサマ、 オフロ が わいて います ぜ」
 と、 タカナツ が いった。
「ここ の ウチ じゃあ、 オクサマ は いっこう アイソ が ない が、 ジョチュウ の ほう は カンシン だ、 ワガハイ の ため に アサ はやく から フロ を たきつけて くれる ん だ から。 ボク の はいった アト でも よけりゃあ はいって らっしゃい」
「はいって きた のよ、 イマ、 ―――アナタ の アト だ と しらなかった もん だ から」
「へえ、 それにしちゃあ はやかった な」
「だいじょうぶ? タカナツ さん?―――」
「ナニ が?」
「アナタ の アト でも シナ の ビョウキ が うつらない こと?」
「ジョウダン でしょう、 そりゃあ ボク より か シバ クン の ほう だ」
「ボク の は ナイチ-ジコミ だ から な、 キミ の やつ ほど キケン じゃあ ない よ」
「オカアサン、 オカアサン」
 と、 ニワ で ヒロシ の よぶ コエ が した。
「リンディー を み に いらっしゃい よ」
「みる の は いい けど、 ケサ は オマエ と イヌ の おかげ で メ が さめちゃった のよ、 オカアサン は。 ―――アサッパラ から、 タカナツ さん まで イッショ に なって おおきな コエ で どなる ん だ もの」
「ボク は こう みえて も ビジネスマン だ から ね。 シャンハイ に いる と アサ は 5 ジ に おきて、 オフィス へ でる まで に キタ シセンロ から キャンワン の ほう まで ギャロップ して くる ん だよ」
「イマ でも ウマ を やって いる の かい?」
「うん、 どんな さむい ヒ でも イッペン ぐるっと まわって こない と キモチ が わるい ね」
「イヌ を こっち へ つれて こさせたら いい じゃ ない か」
 カナメ は ヴェランダ の ヒダマリ を うごく の が いや だ と いう カタチ で、 ウメ の キ の ほう へ たって ゆく フタリ に いった。
「ヒロシ や、 オトウサン が リンディー を つれて いらっしゃい って」
「リンディー!」
 シゲミ の ムコウ の ウメ の エダ が ざわざわ と ゆらいで、 ピオニー の ほう が とつぜん ひいひい シャガレゴエ を たてた。
「これ! ピオニー、 これ! ―――オジサン、 オジサン、 ピオニー が ジャマ を して シヨウ が ない から、 つれ に きて ください よ」
「いや だよ、 ピオニー! ま、 そう とびついちゃ……… いや だったら!」
 ホオ を なめられそう に なった ミサコ は、 ニワゲタ の まま あわてて ヴェランダ へ かけあがりながら いった。
「オマエ は しつっこい から いや さ、 ホント に。 ―――ピオニー なんか つれて こない でも よかった のに」
「だって オカアサン、 さわいで シヨウ が ない ん です よ」
「イヌ と いう ヤツ は ひどく ヤキモチヤキ だ から ね。―――」
 カイダン の シタ に たって いる リンディー の ソバ に しゃがんで、 タカナツ は ヒラテ で しきり に イヌ の ノドクビ を なでて いた。
「ナニ を してる ん だ。 ダニ でも いる の か?」
「いや、 ここ を こうして さすって みたまえ、 じつに ミョウ だよ」
「ナニ が ミョウ なん だ」
「こうして いる と ね、 この ノドクビ の ところ の テザワリ が、 ぜんぜん ニンゲン の ここ と おなじ なん だよ」
 タカナツ は ジブン の ノド を なでて みて は、 また イヌ の ノド を なでた。
「ミサコ さん、 ちょいと さわって ごらんなさい よ、 ウソ じゃ ない から」
「ボク さわって みよう」
 と、 ハハオヤ より サキ に ヒロシ が しゃがんだ。
「やあ、 ホントウ だあ、 ―――ちょいと オカアサン の ノド に さわらして、―――」
「ナン だよ、 ヒロシ、 イヌ と オカアサン と イッショ に する ヒト が あります か」
「あります か って、 キミ の オカアサン の ハダ なんぞ とても こんな に すべすべ しちゃ いない ぜ。 この イヌ に にてたら たいした もん だぜ」
「じゃあ タカナツ さん、 ワタシ の ノド に さわって みて ちょうだい」
「まあ、 まあ、 イッペン この イヌ を ためして ごらんなさい。 ―――どう です? ほら? フシギ でしょう?」
「ふーん、 フシギ ね、 まったく。 ウソ じゃ ない こと ね。 ―――アナタ さわって ゴラン に ならない?」
「どれ、 どれ」
 と いって カナメ も おりて きた。
「なるほど、 こりゃあ ミョウ だな、 ニンゲン に そっくり で ヘン な キ が する な」
「ね、 シンハッケン だろう?」
「ケ が みじかくって シュス の よう だ もん だ から、 ほとんど ケ の カンジ が しない ん だね」
「それに クビ の フトサ が ちょうど ニンゲン ぐらい なの ね。 アタシ の クビ と どっち かしら?」
 ミサコ は リョウホウ の テ で ワ を つくって、 イヌ の クビ と ジブン の クビ と を はかりくらべた。
「でも アタシ より ふとい ん だわ。 ながくって きゃしゃ だ もん だ から、 ほそい よう に みえる けれど」
「や、 ボク と おなじ だ」
 と、 タカナツ が いった。
「カラー だったら、 14 ハン だな」
「じゃ、 タカナツ さん に あいたく なったら この イヌ の ノド を なでたら いい のね」
「オジサン、 オジサン」
 ヒロシ が わざと そう よびながら、 もう イチド イヌ の ソバ に しゃがんだ。
「あはははは、 『リンディー』 を やめて 『オジサン』 に する か。 なあ、 ヒロシ」
「そう しましょう よ、 オトウサン。 ―――オジサン オジサン!」
「タカナツ さん、 この イヌ は アタシ の ところ より、 どこ か ホカ へ もって いったら よろこぶ ヒト が ありそう だ わね」
「なぜ?」
「おわかり に ならない? アタシ ちゃあんと しって いる のよ。 きっと この ノド を なでて ばっかり いる ヒト が あり は しなくって?」
「おい、 おい、 マチガイ じゃあ ない の かい、 ボク の ところ へ もって きた の は?」
「どうも キミタチ は けしからん。 コドモ の マエ で そういう こと を いう もん じゃ ない よ。 だから コドモ が ナマイキ に なって シヨウ が ない」
「あ、 そう いえば オトウサン、 キノウ コウベ から つれて くる とき に、 この イヌ を みて おかしな こと を いった ヒト が ある ん です よ」
 と、 ヒロシ が ハナシ の カザムキ を かえた。
「へえ、 なんだって?」
「ジイヤ と フタリ で カイガンドオリ を あるいて いたら、 ヨッパライ の よう な ヒト が めずらしそう に ついて きて、 ナン や、 けったい な イヌ やなあ、 ハモ みたい な イヌ やなあ って、―――」
「あはははは」
「あはははは」
「かんがえた ねえ、 ハモ とは。 ―――なるほど ハモ の カンジ だよ。 リンディー、 オマエ は ハモ だ とよ」
「ハモ の おかげ で オジサン の ほう は たすかった らしい ね」
 カナメ が コゴエ で まぜっかえした。
「だけど、 カオ の ながい ところ は ピオニー も リンディー も よく にて いる のね」
「コリー と グレイハウンド とは カオ も カラダツキ も だいたい おなじ もの なん だ。 ただ コリー の ほう は バラゲ で グレイハウンド の ほう は タンモウ なん だ。 イヌ の チシキ の ない ヒト に ちょっと セツメイ して おきます がね」
「ノド は どう なの?」
「ノド の ハナシ は もう やめます、 あまり ユカイ な ハッケン で なかった から」
「こうして 2 ヒキ が イシダン の シタ に ならんで いる ところ は ミツコシ の よう ね」
「ミツコシ に こんな もの が ある ん です か、 オカアサン」
「こまる なあ、 キミ は。 エドッコ の くせ に トウキョウ の ミツコシ を しらない なんて。 それだから オオサカ ベン が うまい わけ だよ」
「だって オジサン、 トウキョウ に いた の は ボク が ムッツ の とき です もの」
「へえ、 もう そう なる かねえ、 はやい もん だね。 それきり キミ は トウキョウ へ いかない の か」
「ええ。 いきたい ん だ けれど、 いつも オトウサン ヒトリ だけ で、 オカアサン と ボク は オイテキボリ なん です」
「オジサン と イッショ に いかない か、 ちょうど ガッコウ は オヤスミ だし、 ………ミツコシ を みせて やる ぜ」
「いつ?」
「アシタ か アサッテ アタリ」
「さあ、 どう しよう かなあ」
 それまで ユカイ に しゃべって いた コドモ の カオ に、 ひょいと フアン の カゲ が さした。
「いったら いい じゃ ない か、 ヒロシ」
「いきたい こと は いきたい ん だ けれど、 まだ シュクダイ が やって ない し なあ。………」
「だから シュクダイ を はやく すまして おしまいなさい って、 コノアイダ から オカアサン が いってる じゃ ない の。 1 ニチ かかったら できる だろう から キョウジュウ に せっせと やって おしまい。 そして オジサン に つれて いって おいただき。 よ、 そう おし、 そう おし」
「なあに、 シュクダイ なんか キシャ の ナカ だって やれる、 オジサン が てつだって やる よ」
「イクニチ ムコウ に いる ん です? オジサン」
「キミ の ガッコウ が はじまる まで に かえる」
「どこ へ とまる の?」
「テイコク ホテル」
「でも オジサン は いろいろ ヨウ が おあり に なる ん じゃ ない ん です か」
「まあ、 いや だ、 この コ は。 ―――せっかく つれて いって くださる って いう のに、 なんの かんの って モンク を いう こと は ない じゃ ない か。 ホント に、 タカナツ さん、 ゴメイワク でも つれて いって やって ください よ。 2~3 ニチ いない で くれた ほう が うるさく なくって いい ん です よ」
 そう いう ハハ の メ の ウチ を みながら、 ヒロシ は すこし あおざめた カオ で にやにや して いた。 トウキョウ へ つれて ゆく と いう ハナシ は、 ぐうぜん ここ で もちあがった に すぎない の で ある が、 それ を ヒロシ は そう とらない で、 あらかじめ しめしあわせて おかれた よう に かんじて いる の に ちがいなかった。 ホントウ に ジブン を よろこばして くれる ため なら、 むろん ゆきたく ない こと は ない。 が、 トウキョウ から かえる キシャ の ナカ で この オジサン が ナニ を いいだす かも しれない。 「ヒロシ くん、 キョウ かえって も もう オカアサン は ウチ に いない の だよ。 オジサン は キミ に その こと を はなす よう に オトウサン から たのまれて きた の だ。………」 と、 そう いわれる の じゃ ない かしらん? ―――なんだか それ が おそろしく も あり、 と いって あまり こどもらしい ばかげた ソウゾウ の よう でも あり、 オトナ の ココロ を はかりかねて ミョウ に うじうじ して いる の で あった。
「オジサン は どうしても トウキョウ へ いらっしゃる ヨウ が ある ん です か?」
「なぜ?」
「ヨウ が なかったら、 ウチ に いつまでも とまって いらっしゃる と いい ん だ がなあ。 その ほう が ミンナ が おもしろい じゃ ありません か、 オトウサン だって オカアサン だって」
「ウチ の ほう には リンディー が いる から いい じゃ ない か。 オトウサン と オカアサン は マイニチ ノド を なでて いる とさ」
「リンディー じゃあ クチ を きかない から ダメ だあ。 ねえ、 リンディー、 リンディー! オマエ には オジサン の カワリ は できない ねえ」
 ヒロシ は テレカクシ に また イヌ の マエ に しゃがんで、 ノド を さすって やりながら その ヨコバラ へ カオ を あてて ホオズリ を した。 コエ の チョウシ と その ヨウス と が すこし ヘン だった。 ないて いる の かも しれない と オトナ たち は おもった。
 カテイ の ナカ に どういう ジケン が さしせまって いる にも せよ、 タカナツ が いる と ミンナ が ノンキ に ジョウダン を いえる ココロモチ に なる の は ジジツ で あった。 それ は タカナツ が そういう ふう に しむけて くれる せい も ある の だ が、 ヒトツ には タカナツ だけ が スベテ の ジジョウ を しって いて くれる、 この ヒト の マエ では シバイ を する には およばない と いう こと が、 フウフ の ムネ を かるく して くれる せい でも あった。 ミサコ は ホントウ に イクツキ-ぶり で オット の タカワライ を きく の で あろう。 ミナミ を うけた ヴェランダ に サシムカイ の イス に よりかかり、 コドモ と イヌ との たわむれる の を ながめながら ヒ を あびて いる この ヘイワサ、 ―――オット が かたり、 ツマ が おうじて、 エンライ の キャク を むかえつつ ある この マドカサ は、 セケン を あざむく と いう ヒツヨウ が のぞかれた ため に、 かえって シゼン の フウフ-ラシサ が まだ いくらか は のこって いる こと を しめして いた。 そして フウフ は、 これ が いつまで つづく もの では ない に して も、 こういう バメン に しばらく ジブン たち を やすらわせて、 ほっと ヒトイキ いれたい の で あった。
「おもしろい の かい、 その ホン は? だいぶ ネッシン じゃ ない か」
「おもしろい よ、 なかなか、………」
 カナメ は いったん テーブル の ウエ に ふせた ヨウショ を とりだして、 それ を ジブン に だけ みえる よう に カオ の マエ へ たてて いた。 ひらいた ところ の イッポウ の ページ に ラタイ の ジョグン が あそんで いる ハレム か ナニ か の ドウバン の サシエ が ある の で ある。
「なにしろ そいつ を テ に いれる にゃあ ケリー ウォルシュ へ ナンド カケアイ に いった か しれん ぜ。 ようよう イギリス から とりよせた と いう んで でかけて いく と、 サキ は アシモト を みやがった の か 200 ドル が ビタイチモン も まからない、 この ホン は モッカ ロンドン に だって 2 ブ とは ない、 それ を まけろ なんて オマエ が ムリ だ と ぬかす ん だ。 こっち は ホン の ソウバ なんて もの は いっこう しらん の だし、 まあまあ それ も そう だろう が と いう わけ で、 さんざ オシモンドウ を した アゲク、 やっと 1 ワリ ひかした ん だ が、 カネ は そのかわり キャッシュ で ソクザ に はらえ と いう ん だ」
「まあ、 そんな に たかい ホン なの?」
「だって オマエ、 これ 1 サツ じゃあ ない ん だぜ、 ゼンブ で 17 サツ ある ん だぜ」
「その 17 サツ も ある やつ を、 もって くる の が また ヒトクロウ だった ん だよ。 オブシーン ブック だ と いう ハナシ だし、 イラストレーション も ある と いう んで、 ゼイカン に みつかったら ヤッカイ だ と おもって、 トランク の ナカ へ おしこんで きた の は いい ん だ が、 そいつ が バカ に おもい もん だ から モチハコビ が タイヘン で、 どの くらい ホネ を おった か しれん ね。 よっぽど ダチン を もらわなけりゃあ あわん シゴト だよ」
「オトナ の よむ アラビアン ナイト って、 コドモ の と まるきり ちがう ん です か、 オトウサン」
 タカナツ の コトバ に おぼろげ ながら コウキシン を かんじた らしい ヒロシ は、 サッキ から チチ の テ の カゲ に なった サシエ の ほう へ さぐる よう な メ を ひからして いた。
「ちがう ところ も ある し、 おなじ ところ も ある。 ―――アラビアン ナイト と いう もの は ぜんたい オトナ の よむ ホン なん だよ。 その ナカ から コドモ が よんで も いい よう な ハナシ だけ を あつめた の が、 オマエタチ の もって いる やつ さ」
「じゃあ、 アリババ の ハナシ は ある?」
「ある」
「アラディン と フシギ な ランプ は?」
「ある」
「『ひらけ、 ゴマ』 は?」
「ある。 ―――オマエ の しって いる ハナシ は みんな ある」
「エイゴ だ と むずかしく は ない? オトウサン は それ を およみ に なる の に イクニチ ぐらい かかる ん です」
「オトウサン だって こいつ を みんな よみ は しない よ。 おもしろそう な ところ だけ を さがして よむ ん だ」
「しかし よむ から カンシン だよ。 ボク なんか とんと わすれちまった ね。 エイゴ なんて もの は ショウバイ の ホカ には つかう とき が ない ん だ から」
「それ が キミ、 こういう ホン だ と ダレ でも よむ キ に なる から キミョウ だよ、 こつこつ ジビキ を ひきながら でも。………」
「いずれ キミ の よう な ヒマジン の やる こと だな。 ボク みたい な ビンボウニン には とても そんな ジカン は ない よ」
「だって、 タカナツ さん は ナリキン だ って いう ハナシ じゃ ない の?」
「ところが せっかく もうけた と おもったら、 また ソン を しちゃった」
「どうして?」
「ドル の ソウバ で」
「そう、 そう、 180 ドル は いくら に なる ん だい? わすれない うち に はらって おこう か」
「いい ん でしょう? これ は オミヤゲ なん でしょう?」
「バカ いっちゃ いけない! そんな たかい オミヤゲ が ある もん か。 これ は そもそも たのまれて かって きた ん です よ」
「じゃあ、 アタシ の オミヤゲ は? タカナツ さん」
「や、 そいつ を すっかり わすれて いたっけ。 ちょっと あっち へ み に きません か。 どれ でも あの ナカ で いい の を あげます」
 フタリ は タカナツ の ヘヤ に あてられた ヨウカン の 2 カイ へ あがった。

 その 7

「まあ、 くさい!」
 ヘヤ へ はいる と、 ミサコ は ばたばた と タモト で その ヘン の クウキ を はたいた。 そして その ソデ で カオ を おさえて いそいで ある だけ の マド を ひらいた。
「くさい わ、 ホントウ に、 タカナツ さん は。 ―――イマ でも あれ を めしあがる の?」
「ええ、 たべます よ。 そのかわり しじゅう この とおり ジョウトウ の ハマキ を すって いる ん だ」
「ハマキ の ニオイ が ごっちゃ に なってる から なお ヘン なん だわ。 まあ、 ホントウ に、 ヘヤジュウ に こもっちまって、 なんて いう クササ だろう。 こんな ニオイ を させる ん なら、 ウチ の ネマキ を きない で ちょうだい よ」
「なあに、 センタク を すりゃあ すぐに おちます よ。 きて しまった もの を いまさら ぬいだって おんなじ こと さ」
 ニワ では べつだん キ が つく ほど では なかった の だ が、 しめきって あった ヨウシツ の ナカ には ヒトバンジュウ よどんで いた ハマキ の ニオイ と ニンニク の ニオイ と が、 むっと ハナ を さす ばかり に まじって いた。 「シナ に すんだら シナジン と おなじ よう に さかん に ニンニク を たべる に かぎる。 ニンニク さえ たべて いたら フウドビョウ に かかる シンパイ は ない」 ―――と、 そう いう の が タカナツ の ジロン で、 シャンハイ の カレ の チュウボウ では、 マイニチ かならず ニンニク-イリ の シナ リョウリ を かかした こと が ない の で ある。 「シナジン だったら きっと リョウリ に ニンニク を つかう。 ニンニク の におわない シナ リョウリ なんて シナ リョウリ の よう な キ が しない」 と いって、 カレ は ナイチ へ かえる の にも ほした ニンニク を もって あるいて、 ときどき それ を ナイフ で けずって は オブラート へ つつんだり して、 ジヤク の よう に のんで いた。 イチョウ を つよく する ばかり で なく、 エネルギッシュ に なる ん だ から やめられない と いう の で あった が、 「タカナツ が セン の ニョウボウ に にげられた の は、 あんまり ニンニク-くさかった せい だぜ」 と、 カナメ は ジョウダン に そう いいいい した。
「ゴショウ です から、 もうすこし ムコウ へ いって いて ちょうだい」
「くさかったら、 ハナ を つまんで いらっしゃい よ」
 そう いって カタテ で ぱっぱっ と ケムリ を はきながら、 もう いいかげん クズヤ へ うって も おしく なさそう な リョコウズレ の した スーツケース を、 シンダイ の ウエ へ いっぱい に ひろげた。
「まあ、 ずいぶん かいこんで いらしった のね、 まるで ゴフクヤ の バントウ みたい に。―――」
「ええ、 コンド は トウキョウ へ いく もん だ から ね。 ………オキ に めした の が あれば いい ん だ が、 どうせ また ワルクチ じゃあ ない の かな」
「アタシ に イクツ くださる の?」
「2 ホン か 3 ボン に ねがいたい ね。 ………どう です、 これ は?」
「ジミ だわ、 そんな の」
「これ が ジミ かなあ。 ―――いったい イクツ に なる ん です よ。 ロウキュウショウ の バントウ の セツ じゃ、 22~23 の オジョウサマ か ワカオクサマ-ムキ だ って いってた ん だ が」
「そんな、 シナジン の バントウ の いう こと なんか アテ に なり や しない わ」
「シナジン て いう けれど、 ニホンジン が オオゼイ かい に いく ミセ で、 ニホンジン の コノミ は よく しって いる ん です ぜ。 ボク ん ところ の ヤツ なんか いつでも ここ の バントウ に ソウダン する ん だ」
「でも、 アタシ、 そんな の は いや。 ―――だいいち それ は ゴロウ じゃあ ない の」
「よくばってる なあ。 ―――ゴロウ なら 3 ボン だ が、 ドンス なら 2 ホン しか あげられません よ」
「じゃあ ドンス を いただく わ、 まだ その ほう が いくらか トク だ から。 ―――どう? これ は?」
「それ か?」
「それ か? ―――って、 ナニ よ?」
「そいつ は アザブ の いちばん シタ の イモウト に やる つもり だった ん だ」
「まあ、 おどろいた、 そりゃ スズコ さん が おかわいそう だわ」
「おどろいた とは ボク の ほう で いう こってす よ。 こんな ハデ な オビ を しよう なんて、 イロキチガイ だな」
「ふ、 ふ、 どうせ アタシ は イロキチガイ よ」
 はっと タカナツ が おもった とき は もう おそかった が、 ミサコ は その バ を すくう ため に わざと ずうずうしく わらった。
「や、 シツゲン、 シツゲン。 イマ の は ホンイン の アヤマチ で ありました。 タダイマ の コトバ は とりけします から、 ソッキロク へは のせない よう に ねがいます」
「ダメ よ、 いまさら とりけしたって。 もう ソッキロク へ のって しまって よ」
「ホンイン は けっして アクイ で もうした の では ない。 しかし ゆえなく シュクジョ の メイヨ を きずつけたる のみ ならず、 みだり に ギジョウ を さわがしたる ツミ は つつしんで チンシャ いたします」
「ふ、 ふ、 あんまり シュクジョ でも ない ん だ けれど、………」
「では とりけさない でも いい です か」
「いい わ、 どうせ。 ―――いずれ キズ の つく メイヨ なん だ から」
「そう いった もん でも ない でしょう。 キズ を つけない よう に と いう んで、 いろいろ クシン してる ん でしょう」
「それ は カナメ は そう なん です けれど、 そんな こと を いったって ムリ だ と おもう わ。 ―――キノウ ナニ か おはなし に なった の?」
「うん」
「どう いう ん でしょう、 カナメ の ほう は?」
「レイ に よって いっこう ヨウリョウ を えない ん だ。………」
 フタリ は はなやか な オビジ の キレ が とりちらかされた スーツケース を ナカ に はさんで、 シンダイ の リョウハシ に コシ を かけた。
「アナタ の ほう は どう いう ん です?」
「どう って、 そりゃあ、 ………そう ヒトクチ には いえ や しない わ」
「だから ヒトクチ で なくて も いい、 フタクチ に でも ミクチ に でも して いって みたら」
「タカナツ さん は、 キョウ は オヒマ なの?」
「キョウ は イチニチ あけて ある ん です、 その つもり で キノウ の ゴゴ に オオサカ の ヨウ を すまして きた ん だ から」
「カナメ は キョウ は?」
「ヒル から ヒロシ くん を つれて タカラヅカ へ でも でかけよう か って いって ました ぜ」
「ヒロシ には シュクダイ を やらせましょう よ。 そうして トウキョウ へ つれて いって くださらない?」
「つれて いく の は かまわない が、 さっき ソブリ が おかしかった な、 ないて いた ん じゃ なかった の かな」
「そう よ、 きっと、 あれ は ああいう ふう なん です から。 ―――アタシ、 どういう キモチ に なる もの か、 2~3 ニチ の アイダ でも いい から イッペン コドモ と いう もの を ジブン の ソバ から はなして みたい の」
「それ も いい かも しれない な、 その アイダ に シバ クン とも じゅうぶん はなしあって みる こった な」
「カナメ の カンガエ は タカナツ さん から きかして くださる ほう が いい わ。 フタリ で ハナ を つきあわせる と、 どうしても おもう よう に クチ が きけない の、 ある テイド まで は いい けれど、 それ イジョウ に フカイリ する と ナミダ ばかり でて きちまって」
「いったい しかし、 アソ クン の ところ へ いける こと は たしか なん です か」
「そりゃ たしか だわ。 ケッキョク の ところ は フタリ の ケッシン-シダイ だ と おもう わ」
「ムコウ の オヤ や キョウダイ は なんにも しって いない の かしらん」
「うすうす は しって いる らしい の」
「どういう テイド に?」
「まあ、 カナメ が ショウチ で ときどき あって いる らしい と いう くらい な テイド に」
「みて みない フリ を してる ん です ね」
「そう なん でしょう。 それ より シカタ が ない ん でしょう」
「じゃ、 もし モンダイ が ゲンザイ イジョウ に すすんで きたら?」
「それ も、 まあ、 ―――こっち の ほう が エンマン に わかれた アト の こと ならば コショウ は いわない だろう、 オカアサン は ジブン の ココロモチ を わかって いて くれる から って、―――」
 ふたたび ニワ で 2 トウ の イヌ が イガミアイ を はじめた らしく、 きゃんきゃん と ないた。
「まあ、 また!」
 と ミサコ は ちょっと シタウチ を して、 ヒザ の ウエ で いじくって いた オビジ の マキモノ を だらり と なげる と、 たって マドギワ の ほう へ いった。
「ヒロシ や、 イヌ を あっち へ つれて いったら いい じゃ ない の。 うるさくって シヨウ が ありゃ しない」
「ええ、 イマ つれて いく ところ なん です よ」
「オトウサン は?」
「オトウサン は ヴェランダ。 ―――アラビアン ナイト を よんで いらっしゃいます」
「オマエ、 シュクダイ を はやく やって おしまい、 あそんで いない で」
「オジサン は まだ?」
「オジサン を まって いない だって よ ござんす。 オジサン オジサン て まるで ジブン の トモダチ の よう に こころえて いる ん だね、 オマエ は」
「だって、 シュクダイ を てつだって くださる って おっしゃった から―――」
「ダメ、 ダメ。 なんの ため の シュクダイ です、 ジブン で やらなけりゃ いけません!」
「はあい」
 と いって、 イヌ と イッショ に ぱたぱた かけて ゆく アシオト が きこえた。
「ヒロシ くん には オカアサン の ほう が こわい らしい な」
「ええ、 カナメ は なんにも いわない ん です もの。 ―――けど、 わかれる と なったら、 チチオヤ より も ハハオヤ の ほう に わかれづらく は ない かしら?」
「そりゃ オカアサン は オンナ の ミ ヒトツ で でて いく ん だ から、 それだけ ドウジョウ が よる かも しれん な」
「そう おもう? タカナツ さん は。 ―――ドウジョウ は アタシ、 カナメ の ほう に あつまる と おもう の。 カタチ の ウエ では アタシ が カナメ を すてた よう に みえる ん だ から、 セケン は アタシ を わるく いう でしょう し、 コドモ に して も そんな ウワサ が ミミ に はいれば アタシ を うらみ は しない でしょう か」
「しかし、 おおきく なれば シゼン に ただしい ハンダン を くだす よう に なります よ。 コドモ の キオク は たしか な もの だ から、 セイジン して から ちいさい とき の こと を もう イチド はっきり とりだして みて、 これ は こう だった、 あれ は ああ だった と いう ふう に、 その とき の チエ で カイシャク する。 だから コドモ は ユダン が ならない、 いずれ オトナ に なる とき が ある ん だ から」
 ミサコ は それ には こたえない で まだ マドギワ に たたずんだ まま ぼんやり ソト を ながめて いた。 ウメ の キ の アイダ を コトリ が 1 ワ、 エダ から エダ へ とびうつって いる。 ウグイス かしら? セキレイ かしら? と おもいながら、 しばらく それ を メ で おって いた。 ウメ の ムコウ の ヤサイバタケ で、 ジイヤ が フレーム の フタ を あけて、 ナニ か の ナエ を ハタケ へ うえて いる の が みえる。 2 カイ から は ウミ は のぞめなかった が、 あおあお と はれた ウミ の ホウガク の ソラ を みつめる と、 なにがなし に ほっと おもくるしい タメイキ が でた。
「キョウ は スマ へは いかなくって も いい ん です か」
「ふふ」
 と カノジョ は、 カオ は みせない で、 ニガワライ で こたえた。
「コノゴロ は ほとんど マイニチ だ そう じゃ ない です か」
「ええ」
「あいたい なら いって らっしゃい」
「アタシ、 そんな に スレッカラシ に みえて?」
「みえる と いった ほう が キ に いる の か、 どっち かな」
「ショウジキ の こと を いって ちょうだい」
「やはり いくらか ショウフ-ガタ だ、 だんだん そう なりつつ ある と いう こと に、 キノウ イケン が イッチ した ん だ」
「ジブン でも それ は みとめて いる の。 ―――でも キョウ は いい のよ、 タカナツ さん が いらっしゃる から って そう いって ある の。 ―――だいいち オキャクサマ を ほうって おいちゃ、 この オミヤゲ に たいして も シツレイ だわ」
「よく そんな こと が いえる なあ、 キノウ は イチニチ いなかった くせ に」
「キノウ は そりゃあ、 カナメ が ハナシ が ある だろう と おもった から。………」
「それじゃ キョウ は オクサマ デー か」
「とにかく あっち の ニホンマ の ほう へ いらっしゃらない? アタシ オナカ が へって いる のよ。 あがらない でも アナタ も ケンブツ に きて ちょうだい」
「オビ は どれ に きめる ん です」
「まだ きめて ない のよ。 アト で ゆっくり みせて いただく から、 ミセ を ひろげて おおきなさい よ。 ―――アナタガタ は ゴハン が すんだ ん だ から いい でしょう けれど、 アタシ は ぺこぺこ なん だ から。………」
 ハシゴダン を オリシナ に シタ の ヨウシツ を のぞいて みる と、 カナメ は いつか ヴェランダ から そこ へ うつって ソファ へ アオムケ に なりながら、 まだ ネッシン に サッキ の ホン を よみつづけて いた が、 ロウカヅタイ に ニホンマ の ほう へ ゆく アシオト に、
「どうしたい、 いい の が あった かい」
 と、 キ の なさそう な コエ を かけた。
「ダメ なの よ、 タカナツ さん は。 オミヤゲ オミヤゲ って フレコミ ばかり おおきくって、 そりゃあ シミッタレ なん だ から」
「シミッタレ な もん か、 アナタ が よくばりすぎる ん だよ」
「だって、 ゴロウ なら 3 ボン だ が、 ドンス なら 2 ホン だ なんて、―――」
「それ で いや なら、 たって さしあげよう とは もうしません。 こっち も おおきに たすかる わけ だ」
「ふ、 ふ」
 ハンブン は ウワノソラ-らしい アイソワライ を した だけ で、 しずか に ページ を くる オト が きこえた。
「トウブン は あれ に ムチュウ らしい な」
 と、 ロウカ を まがりながら タカナツ が いった。
「ええ、 なんでも めずらしい うち だけ で、 ナガツヅキ は しない のよ。 コドモ に オモチャ を あてがった よう な もの なん です から」
 ミサコ は 8 ジョウ の チャノマ へ はいる と、 オット の すわる ザブトン の ウエ へ キャク を しょうじて、 ジブン は シタン の チャブダイ の マエ に すわりながら、
「オサヨ や、 トースト を もって きて おくれ」
 と、 ダイドコロ の ほう へ いいつけて おいて、 ウシロ の クワ の チャダンス を あけた。
「コウチャ が いい? ニホンチャ が いい?」
「どっち でも いい。 ナニ か オカシ の うまい の は ない です か」
「セイヨウガシ なら、 ここ に ユーハイム の が ある わ」
「それ で ケッコウ。 ヒト の くう の を ただ みて いたって つまらん から な」
「ああ、 ここ へ きた んで せいせい した けれど、 でも まだ なんだか くさい よう ね」
「いくらか アナタ にも うつった か しれん ね。 まあ なんと いう か、 アシタ でかけて ごらんなさい」
「タカナツ さん と つきあって いる うち は きて くれるな って いわれそう ね」
「だが ホントウ に ほれあった ナカ なら、 ニンニク の ニオイ ぐらい なんでも ない はず だ がな。 それ で なけりゃあ ウソ です よ」
「ごちそうさま。 ナニ を おごって くださる の?」
「そう サキマワリ を されちゃあ こまる。 ま、 トースト でも あがって ください」
「だけど、 この ニオイ が すき に なった カタ が あって?」
「ありました とも。 ―――ヨシコ なんぞ は そう でした よ」
「へーえ、 じゃあ くさい んで にげられた って いう の は ウソ?」
「そりゃあ シバ クン の デタラメ だ。 イマ でも ニンニク の ニオイ を かぐ と、 ボク の こと を おもいだす って いう そう です よ」
「アナタ は おもいださない?」
「ださなく も ない が、 ありゃあ あそぶ には おもしろい けれど ニョウボウ に する オンナ じゃ ない」
「ショウフ-ガタ?」
「うん」
「じゃあ、 アタシ と おんなじ ね」
「アナタ の は ハラ から の ショウフ じゃあ ない。 ショウフ と みえる の は ウワッツラ で、 シン は リョウサイ ケンボ だ そう だ」
「そう かしらん?」
 そらっとぼけて いる の か どう か、 たべる ほう に ヨネン も ない と いう ヨウス で、 ソクセキ の サンドイッチ を こしらえる の に かまけて いる カノジョ は、 タテ に フタツ に きって ある スヅケ の キュウリ を こまか に きざんで は、 それ と チョウヅメ と を パン の アイダ へ はさみながら キヨウ な テツキ で クチ の ナカ へ はこんだ。
「うまそう だな、 それ は」
「ええ。 うまい わよ、 なかなか」
「その ちいさい の は ナン だろう」
「これ? これ は レヴァ の ソーセージ。 コウベ の ドイツジン の ミセ の よ」
「オキャクサマ には そんな ゴチソウ が でなかった ぜ」
「そりゃあ そう だわ。 いつも アタシ の アサ の オカズ に きまってる ん です もの」
「それ を ボク に ヒトキレ ください。 カシ より その ほう が ほしく なった」
「いじきたな ねえ。 さあ、 クチ を あーん と あいて。―――」
「あーん」
「ああ、 くさ! フォーク に さわらない よう に して、 パン だけ うまく とって ちょうだい。 ………どう?」
「うまい」
「もう あげない わよ、 アタシ の が なくなっちまう から」
「フォーク を もって こさせたら いい のに。 てずから ヒト の クチ の ナカ へ つっこむ なんか、 そういう ところ が ショウフ なん だな」
「モンク を いう なら、 ヒト の もの なんか たべない で ちょうだい よ」
「しかし ムカシ は こんな ブサホウ が やれる ヒト じゃあ なかった ん だ が、 ………ずいぶん しとやか で、 つつしみぶかくって、………」
「ええ、 ええ、 そう でしょう とも」
「アナタ の は つまり ハラ から じゃあ なくって、 イッシュ の キョエイシン なん だな?」
「キョエイシン?」
「ああ」
「わからない わ、 アタシ。………」
「シバ クン に いわせる と、 アナタ を ショウフ-ガタ に した の は ジブン が しむけた ん だ から、 ジブン に セキニン が ある と いう ん だ が、 ボク は そう ばかり も いえない と おもう。………」
「カナメ に そんな セキニン を おって もらいたく ない わ。 やっぱり ジブン の ウマレツキ に そういう ところ が ある ん だ と おもう わ」
「そりゃあ、 どんな リョウサイ ケンボ だって ぜんぜん ショウフ-テキ の セイシツ が ない こと は ない さ。 けど アナタ の は イマ の ケッコン セイカツ から きて い や しない か。 つまり ヒト から さびしい オンナ だ と おもわれる の が いや なんで、 つとめて はなやか に しよう と した ケッカ じゃあ ない の かな」
「それ が キョエイシン?」
「やっぱり キョエイシン の イッシュ さ。 オット に あいせられない の を ヒト に しられたく ない と いう……… そこ まで いっちゃあ わるい かも しれない けれど、………」
「いいえ、 ちっとも かまいません、 どうぞ エンリョ なく おっしゃって ちょうだい」
「アナタ は ヨワミ を みせまい と して しいて はなやか には して いる けれど、 ときどき キジ の さびしい ところ が でる こと が ある。 ホカ の ヒト は キ が つかない でも、 シバ クン には それ が わかる ん じゃ ない の かな」
「カナメ が いる と ミョウ に アタシ は フシゼン に なる のよ。 カナメ が いる とき と いない とき と で、 アタシ の タイド が いくらか ちがう と おおもい に ならない」
「シバ クン が いない と、 アナタ は むしろ すさんで みえる ね」
「タカナツ さん で さえ そう おかんじ に なる くらい だ から、 きっと いや な キ が する だろう と おもって、 カナメ の マエ では どうしても かたく なって しまう の。 それ は どうも シカタ が ない わ」
「アソ クン の マエ では むろん ショウフ-ガタ の ほう が でる ん だろう な」
「そう でしょう、 きっと」
「フウフ に なる と、 それ が あんがい そう で なくなり は しない かしらん?」
「アソ と だったら、 そんな こと は ない と おもう わ」
「けど、 ヒト の サイクン で ある うち は ミョウ に よく みえる もん なん だ。 イマ の アナタガタ は ユウギ の キブン で いる ん だ から な」
「ケッコン したって ユウギ の キブン で いられ や しない?」
「それ が そう いけば いい けれど ね」
「そう いく つもり よ、 アタシ は。 ―――ケッコン と いう もの を ヒジョウ に マジメ に かんがえすぎる から いけない ん じゃ ない?」
「じゃあ あきたらば また わかれる か」
「そう なる わけ ね、 リクツ の ウエ では」
「リクツ の ウエ で なく、 アナタ ジシン の バアイ には?―――」
 フォーク を うごかして いた カノジョ の テ が、 キュウリ の ヒトキレ を つきさした まま キュウ に サラ の ウエ で とまった。
「―――あきる とき が ある と おもう ん です か?」
「アタシ は あきない つもり なの」
「アソ クン は?」
「あきない とは おもう けれど、 『あきない』 と いう ヤクソク を する の は こまる と いう の」
「それでも いい ん です か、 アナタ は?」
「アタシ には その キモチ は よく わかる のよ。 そりゃ 『あきない』 って いって しまえば いい ん だ けれど、 ジブン は レンアイ の ケイケン は コンド が はじめて なん だ から、 イマ の ところ では エイキュウ に かわらない よう な キ が して いて も、 じっさい それ が どう なる もの か、 サキ の こと は ジブン にも わかって いない。 ジブン に わからない こと を ヤクソク したって ムイミ だし、 ウソ を つく の は フユカイ だ から って いう ん です の」
「しかし そういう もん じゃ ない がな。 サキ の こと なんか かんがえない で、 イチズ に 『あきない』 と いいきれる だけ の シンケンサ が なけりゃ、………」
「それ は セイシツ じゃあ ない かしら。 いくら シンケン でも、 ジブン を カイボウ する タチ の ヒト だったら、 なかなか そう は いえない ん じゃ ない?」
「ボク だったら、 ケッカ は ウソ を つく こと に なって も その とき は ちゃんと ヤクソク する な」
「アソ は また、 なまじ ヤクソク なんか する と、 それ が ある ため に かえって いつも、 『あき や しない か、 あき や しない か』 と いう キ が する に ちがいない。 ジブン の セイシツ では きっと そう なる から って、 それ を おそれて いる ん です の。 だから おたがいに ヤクソク を しない で ゲンザイ の まま で イッショ に なる の が いちばん いい。 ジブン の キモチ を しばらない で くれた ほう が けっきょく ながく つづく から って―――」
「そう かも しれない が、 どうも すこし………」
「ナン なの?」
「ユウギ キブン が すぎる よう だな」
「アタシ には セイカク が わかって いる から、 そう いわれた ほう が アンシン なん だ けれど」
「シバ クン には それ を はなした ん です か」
「はなさない わ。 キョウ まで こんな ハナシ が でる キカイ も なかった し、 はなしたって ムダ なん です から。………」
「だけども、 そりゃあ ランボウ だなあ、 ショウライ の ホショウ も なし に わかれる と いう の は。………」
 しぜん と コエ が げきして くる の を こらえながら そう いいかけた タカナツ は、 その とき リョウテ を ヒザ に おいて しずか に リョウメ を しばだたいて いる ミサコ に きづいた。
「………ボク は そんな ん じゃあ ない と おもった。 ………そう いっちゃあ シツレイ だ が、 オット を すてて いく と いう イジョウ は、 もうすこし マジメ なん だろう と おもって いた ん だ」
「フマジメ じゃあ ない こと よ、 アタシ。 ………どっち に したって わかれた ほう が いい ん です から。………」
「だから こう なる マエ に もっと よく かんがえりゃあ よかった ん だ」
「かんがえたって おんなじ こと だわ。 フウフ でも ない のに ここ に いる の は つらい ん です もの。………」
 リョウカタ を はって、 ウナジ を たれて、 ナミダ を とめる の に イッショウ ケンメイ に なって は いた けれど、 ひかった もの が イッテキ ヒザ の ウエ に おちた。

 その 8

 カナメ は サッキ から オブシーン ブック の オブシーン で ある ユエン の ところ を みつけだそう と して いる の だ が、 カレ の テ に して いる 1 カン の ウチ には ダイ 1 ヤ から ダイ 34 ヤ まで が おさめて あって、 キクバン で 360 ページ も ある の だ から、 なかなか さがす の に テマ が かかる。 サシエ で つられて も ナカミ は あんがい ヘイボン な ハナシ が たくさん ある。 「ユーナン オウ と ドウバン セイジャ の ハナシ」、 「ミッツ の リンゴ の ハナシ」、 「ナザレ の ナカガイニン の ハナシ」、 「くろき シマ に すむ わかき オウ の ハナシ」、 ―――と、 そういう ふう に いちいち ヒョウダイ を あさった だけ では、 どれ が いちばん コウキシン を みたす に たる もの か ケントウ が つかない。 もともと この ホン は イマ まで カンゼン な オウシュウゴ ヤク が なかった と いわれる アラビア の モノガタリ を、 リチャード バートン が はじめて チクジテキ に エイゴ に うつして、 バートン クラブ から カイイン ソシキ で シュッパン した ゲンテイバン で あって、 ほとんど カク-ページ ごと に ついて いる シンセツ な キャクチュウ を ヒロイヨミ して ゆく と、 カレ には なんの キョウミ も ない ゴガクジョウ の ケンキュウ も ある けれども、 ナカ には アラビア の フウゾク シュウカン に かんする カイセツ や、 たしょう ハナシ の ナイヨウ の うかがわれる キサイ が ない こと も ない。 たとえば 「おおきく ウツロ に なって いる ヘソ は うつくしい もの と されて いる ばかり で なく、 ヨウジ に あって は すこやか に おいたつ シルシ で ある と おもわれて いる」 と いう の が ある。 「2 マイ の モンシ ―――ただし ジョウガクブ に かぎる、――― の アイダ に ほんの かすか な スキマ の ある の を、 アラビアジン は うつくしい と かんずる の で ある。 どういう ワケ か わからない が ヘンカ に たいする この シュゾク トクユウ の アイジョウ で あろう」 と いう の も ある。―――
「オウサマ オカカエ の リハツシ は コウイ コウカン の ニンゲン で ある の が フツウ で あって、 それ は シュケンシャ の セイメイ を ユビ の アイダ に あずかる モノ だ から と いう しごく もっとも な リユウ に よる。 かつて ある エイコク の シュクジョ で、 そういう インド の キゾクテキ フィガロ の ヒトリ と ケッコン した モノ が あった が、 カノジョ は オット の カンショク が ナン で ある か を しる に およんで、 がっかり して キョウ が さめた と いう ハナシ が ある」
「トウホウ の カイキョウコク では、 キコンシャ と ミコンシャ と を とわず わかい フジン の ヒトリアルキ を きんじて いて、 おかす モノ が あれば ジュンサ は それ を ホバク して いい ケンリ が ある。 これ は ミッツウ を ふせぐ の に ユウコウ な シュダン で あって、 かつて クリミア センソウ の ジブン に、 イギリス、 フランス、 イタリア-トウ の シカン が スウヒャクニン コンスタンチノープル に チュウトン して いた こと が あり、 カレラ の ウチ には トルコ の フジン を テ に いれた と いって トクイ に なった モノ も すくなく なかった が、 じつは その ナカ に ヒトリ の トルコジン も いなかった に ちがいない と ワタシ (バートン) は しんじる。 カレラ に セイフク された オンナ は ことごとく ギリシアジン か、 ワラキアジン か、 アルメニアジン か、 さも なければ ユダヤジン で ある」
「この ところ は この うつくしく ものがたられた うつくしい モノガタリ-チュウ での ユイイツ の オテン で、 レーン が ここ を やくした ため に ヒンセキ された の は いちおう トウゼン な こと で ある。………」
 カナメ は はっと して、 とうとう みつけた な と おもいながら、 いそいで その チュウ を よみくだした。―――
「………レーン が ここ を やくした ため に……… いちおう トウゼン な こと で ある。 しかし ここ でも その ワイザツサ は、 ワレワレ の ふるい ジダイ の ブタイ の ため に かかれた ギキョク (たとえば シェークスピア の ヘンリー ゴセイ の ごとき) に くらべて みて たいした ソウイ は ない で あろう。 まして この ヤワ の よう な モノガタリ は、 ダンジョ の セキ で ロウドク されたり アンショウ されたり する もの では ない の で ある」
 カナメ は この チュウ の ついて いる 「バグダッド の サンニン の キフジン と モンバン の ハナシ」 と いう の を すぐ よみかけた が、 ものの 5~6 ギョウ も すすんだ ジブン に チャノマ の ほう から アシオト が きこえて、 そこ へ タカナツ が はいって きた。
「キミ、 アラビアン ナイト は アト に しない か」
「どうした ん だい?」
 と いいながら、 カナメ は ソファ から おきよう とも せず、 のこりおしそう に ひらいた まま の ホン を アシ の ウエ に ふせた。
「イガイ な こと を きいて きた ん だよ」
「イガイ な こと って?………」
 2~3 プン-カン、 だまって タカナツ は テーブル の マワリ を いったり きたり した。 ハマキ の ケムリ が、 その あるいた アト に カスミ の よう な スジ を ひいた。
「ミサコ さん には なにも ショウライ の ホショウ が ない ん だ そう じゃ ない か」
「ショウライ の ホショウ が?………」
「キミ も ノンキ だ が、 ミサコ さん も ノンキ-すぎる。………」
「ナン だよ いったい? ヤブ から ボウ で ちょっと わかりかねる ん だ が、………」
「アソ との アイダ に、 いつまでも アイジョウ が かわらない と いう ヤクソク は して ない。 アソ は レンアイ と いう もの は あきる とき も ありうる ん だ から、 ショウライ の こと は ヤクソク できない と いって いる し、 ミサコ さん も それ を ショウチ だ と いう ん だ」
「ふうむ、 ………そういう こと を いいそう な オトコ では ある ん だ がね。………」
 カナメ は とうとう アラビアン ナイト を おもいきって、 やっと ソファ から ミ を おこした。
「しかし、 ………ボク は ちょくせつ しらん の だ から どうとも いえない が、 ………そんな こと を いう オトコ は フユカイ だな。 ミヨウ に よって は ずいぶん わるく とれなく も ない」
「けども キミ、 わるい ヤツ なら オンナ の キゲン を とる よう な こと を いう だろう が、 それ を そう いわない ところ に ショウジキサ が あり は しない か」
「ボク は そういう ショウジキ は きらい だ。 ショウジキ じゃあ ない、 フマジメ なん だ」
「キミ の セイシツ では そう だろう。 しかし どんな に おもいあった ナカ だって いつかは あきる とき が くる。 エイキュウ に おなじ アイジョウ で とおそう と いう の は ムリ なん だ から、 ヤクソク できない と いう の にも リクツ は ある よ。 ボク が アソ でも やっぱり そう いう かも しれん ね」
「それじゃ あきたらば また わかれる で いい の かい?」
「あきる と いう こと と、 わかれる と いう こと とは ベツ さ。 あきた から って、 また おのずから レンアイ では ない フウフ の ジョウアイ が しょうずる と おもう。 タイガイ の フウフ は それ で つながって いる ん じゃ ない か」
「アソ と いう オトコ が リッパ な ニンゲン で あり さえ すれば それ で よかろう。 けども あきた から と いって ほうりだされたら どう なる ん だ。 そこ の ホショウ が ついて いない ん じゃ あんまり こころぼそい じゃ ない か」
「まさか、 そんな わるい ニンゲン じゃあ ない だろう よ。………」
「いったい、 こう なる マエ に ヒミツ タンテイ に でも たのんで しらべた こと が ある の かね?」
「ヒミツ タンテイ に たのんだ こと は ない」
「じゃ ホカ の ホウホウ で でも しらべた かね」
「べつに とくに しらべる と いう よう な こと は しなかった。 ………そういう こと は ボク は きらい だし、 つい メンドウ だ もん だ から、………」
「キミ と いう ヒト にも あきれる な」
 タカナツ は はきだす よう に いった。
「―――アイテ は たしか な ニンゲン だ と いう から、 むろん ひととおり しらべて ある ん だ と おもった ん だ が、 それ じゃ あんまり ムセキニン じゃ ない か。 もしも シキマ の よう な ヤツ で、 ミサコ さん を だまして いる ん だったら どう する ん だい?」
「そう いわれる と なんだか フアン に なる けれど ね。 ………しかし あった とき の カンジ では、 だいじょうぶ そういう ヤツ じゃあ ない よ。 それに ボク は、 アソ より も じつは ミサコ を しんじて いる ん だ。 ミサコ は コドモ じゃあ ない ん だ から、 よい ニンゲン か わるい ニンゲン か みわける ぐらい の フンベツ は ある だろう。 ミサコ が たしか だ と いう ん だ から、 それで アンシン して いる ん だ」
「そいつ は あまり アテ には ならん ね。 オンナ と いう もの は リコウ な よう でも バカ だ から な」
「まあ、 そう いうな よ、 ボク は なるべく わるい バアイ を かんがえない よう に して いる ん だ から」
「そういう ところ が キミ は じつに ヤリッパナシ で、 ヘン な ヒト だな。 そういう テン を アイマイ に して おく から わかれる の にも オモイキリ が わるく なる ん だ」
「けど、 ………サイショ に しらべりゃあ よかった ん だ が、 イマ に なっちゃあ シカタ が ない な」
 カナメ は まるで ヒトゴト の よう に いいすてながら、 ふたたび ものうげ に ソファ へ たおれた。
 いったい アソ と ミサコ との アイダ に どれほど の ジョウネツ が もえて いる もの か、 カナメ には ソウゾウ が つかない の で ある。 それ を ソウゾウ する こと は いくら ひややか な オット で あって も おもしろかろう はず は ない ので、 ときどき コウキシン の うごく こと は ありながら、 カレ は つとめて その オクソク から メ を とじて いた。 ソモソモ の オコリ は ざっと 2 ネン も マエ の こと で ある。 ある ヒ オオサカ から かえって くる と、 ヴェランダ で ツマ と あいたいして いる みなれない ヒトリ の キャク が あって、 「アソ さん と いう カタ」 と ミサコ が カンタン に ひきあわせた。 と いう の は、 オット は オット、 ツマ は ツマ で、 めいめい コウサイ の ハンイ を つくって ジユウ な コウドウ を とる こと が いつしか ナラワシ に なって いた ので、 べつに それ イジョウ の セツメイ は ヒツヨウ で なかった から だ けれども、 その コロ カノジョ は タイクツ シノギ に コウベ へ フランス-ゴ の ケイコ に いって いて、 そこ で トモダチ に なった らしい ハナシブリ で あった。 カナメ には トウジ ただ それ だけ が わかった だけ で、 ソノゴ ツマ の ミダシナミ が マエ より は ネンイリ に なり、 カガミ の マエ に ヒビ あたらしい ケショウ ドウグ が ふえて ゆく よう に なった こと など は、 まったく みおとして いた くらい ムトンジャク な オット だった の で ある。 カレ が はじめて ツマ の ソブリ に キ が ついた の は、 それから 1 ネン ちかく も すぎて から だった。 ある バン カレ は、 ヒタイ の ウエ まで ヨギ を かぶって ねて いる ツマ が、 かすか に すすりなく の を きく と、 ながい こと その ススリナキ を ミミ に しながら アカリ の きえた シンシツ の ヤミ を みつめて いた。 ツマ が ヨナカ に オエツ の コエ を もらす こと は、 それまで にも レイ が なかった わけ では ない。 ケッコン して から 1~2 ネン の ノチ、 しだいに セイテキ に カノジョ を すてかけて いた トウザ、 カレ は しばしば オンナゴコロ の ヤルセナサ を うったえて いる この コエ に おびやかされた。 そうして コエ の イミ が わかれば わかる ほど、 かわいそう だ と おもえば おもう ほど、 なおさら ジブン と ツマ との キョリ の とおざかる の が かんぜられ、 なぐさめる コトバ も ない まま に だまって それ を ききすごした もの で あった。 カレ は これから ショウガイ の アイダ、 ナンネン と なく よなよな この コエ に おびやかされる こと を おもう と、 もう それ だけ でも ヒトリミ に なりたかった の で ある が、 いい アンバイ に ツマ は だんだん あきらめて しまって、 それから スウネン-ライ と いう もの は ついぞ きかず に すんで いた のに それ を その バン は ヒサシブリ で きいた の で ある。 カレ は サイショ は ジブン の ミミ を うたがい、 ツギ には ツマ の ココロ を あやしんだ。 いまさら に なって ナニ を カノジョ は うったえよう と する の で あろう。 あきらめた よう に みえた の は じつは あきらめた の では なく、 いつかは オット の ナサケ の かかる オリ も あろう か と ながい サイゲツ を こらえて いた の が、 とうとう まちきれなく なった の で あろう か。 カレ は 「なんと いう バカ な オンナ だ」 と はらだたしく さえ かんじながら、 やはり ムカシ の よう に だまって それ を ききすごした。 が、 その ノチ マイバン の よう に すすりなく の を やめない の が あまり にも フシギ なので、 「うるさい じゃ ない か」 と、 イッペン しかって みた こと が あった。 すると ミサコ は カレ の シッタ を キッカケ に して いっそう コエ を はなって ないた。 「カニ して ください、 アタシ アナタ に キョウ まで かくして いた こと が ある のよ」 ―――と、 その コエ の シタ から カノジョ は いった。 それ は カナメ には イガイ で ない こと は なかった けれども、 ドウジ に ケイバク を とかれた よう な、 フイ に カタ の ニ が のぞかれた よう な キヤスサ を あたえない でも なかった。 ジブン は やっと ひろびろ と した ノハラ の クウキ を ムネイッパイ に すう こと が できる、 ―――カレ は そう おもった ばかり で なく、 その とき シトネ に アオムケ に なって、 じっさい ふかぶか と ハイ の ソコ まで イキ を すった。
 カノジョ の アイ は、 イマ まで の ところ では シンゾウ だけ の もの で あって、 それ イジョウ には すすんで いない と いう こと だった し、 カレ も その コクハク を うたがい は しなかった けれども、 しかし それにしても ドウトクテキ に カレ の オイメ を ソウサイ する には コト が たりた。 カノジョ に そういう もの が できた の は、 ジブン が しむけた から では ない か、 ―――そう かんがえる と オノレ の ヒレツサ を とがめない わけ には ゆかなかった が、 ショウジキ の ところ、 いつかは こういう とき の くる の を ひそか に のぞんで いた だけ で あって、 そんな ノゾミ を クチ へ だした こと も なければ、 すすんで キカイ を つくって やった オボエ も ない。 ただ どうしても ツマ を ツマ と して あいしえられない クルシサ の あまり には、 この キノドク な、 カレン な オンナ を ジブン の カワリ に あいして くれる ヒト でも あったらば と、 ユメ の よう な ネガイ を いだきつつ あった に すぎない。 しかも ミサコ の セイシツ を おもう と、 よもや その ユメ が ジジツ に なろう とは ヨキ して いなかった の で あった。 ツマ も アソ の こと を うちあけて から、 「アナタ にも コイビト が ある ん じゃ ない の?」 と きいた。 イマ では カノジョ も カレ が のぞむ と おなじ よう に それ を のぞんで いた の で あろう。 けれど カナメ は、 「ボク には そんな モノ は ない」 と こたえた。 カレ が カノジョ に すまない こと を して いる の は、 ツマ には テイソウ を まもらせながら ジブン は まもって いない と いう こと、 ――― 「そんな モノ は ない」 にも かかわらず、 ほんの イチジ の モノズキ と ニクタイテキ の ヨウキュウ と から、 いかがわしい オンナ を もとめ に ゆく と いう こと だけ だった。 カナメ に とって オンナ と いう もの は カミ で ある か ガング で ある か の いずれ か で あって、 ツマ との オリアイ が うまく ゆかない の は、 カレ から みる と、 ツマ が それら の いずれ にも ぞくして いない から で あった。 カレ は ミサコ が ツマ で なかったら、 あるいは ガング に なしえた で あろう。 ツマ で ある が ゆえ に そういう キョウミ が かんぜられなかった の でも あろう。 「ボク は それだけ、 まだ オマエ を ソンケイ して いる ん だ と おもう。 あいする こと は できない まで も ナグサミモノ には しなかった つもり だ」 と、 カナメ は その バン ツマ に かたった。 「そりゃ アタシ だって よく わかって いる わ。 ありがたい と さえ おもって いる わ。 ………だけど アタシ は、 ナグサミモノ に されて でも もっと あいされたかった ん です」 ツマ は そう いって はげしく ないた。
 カナメ は ツマ の その コクハク を きいて から でも、 けっして カノジョ を アソ の ほう へ と そそのかす よう には しなかった。 ただ ジブン には ツマ の レイアイ を 「みちならぬ コイ」 で ある と する ケンリ は ない、 ジブン は それ が どこ まで シンテン しよう とも、 ゼニン する より シカタ が ない と いう イミ を いった。 が、 そういう カレ の タイド が カンセツ に ミサコ を そそのかす ハタラキ を した こと は たしか で あろう。 カノジョ の もとめて いた もの は、 そういう オット の モノワカリ の ヨサ、 オモイヤリ の フカサ、 カンダイサ では ない の で あった。 「アタシ ジブン でも どうして いい か わからない で、 まよって いる のよ。 アナタ が よせ と いって くだされば イマ の うち なら よせる ん です」 と カノジョ は いった。 もし その とき に アッセイテキ に でも、 「そんな バカ な こと は よせ」 と いって くれたらば、 その ほう が どんな に うれしかった で あろう。 「みちならぬ コイ」 だ とは いわれない まで も、 せめて 「タメ に ならない から」 と でも いって くれたら、 それ だけ で アソ を おもいきり も した で あろう。 カノジョ の のぞんで いた もの は それ で あった。 ジブン を こう まで うとんじて いる オット から、 あいされよう とは ねがって いなかった ものの、 どう に でも して ジブン の コイ を おさえつけて もらいたい の が ホンシン で あった。 しかし オット は 「どう したら いい でしょう?」 と つめよって ゆく と、 「どうして いい か ボク にも わからない」 と、 タメイキ を つく ばかり で あった。 そうして アソ の デイリ する こと にも、 カノジョ の ソトデ が ヒンパン に なり カエリ が おそく なる こと にも、 なにひとつ カンショウ も しなければ いや な カオ も みせなかった。 カノジョ は うまれて はじめて しった コイ と いう もの を、 ジブン で どうにか シマツ する より ミチ が なかった。
 ススリナキ の コエ が その ヨル の コクハク の あった ノチ にも なお おりおり は シンシツ の ヤミ に ひびいた こと が あった の は、 この イシ の よう に つめたい オット から つきはなされながら、 さすが イチズ に アイヨク の セカイ へ ミ を おとしこむ ユウキ も なくて、 おもいあまった ケッカ で あった。 ことに オトコ から テガミ が きたり、 どこ ぞ で あって きたり した バン なぞ には、 ヨジュウ しくしく と シノビネ に なく の が ヤグ の エリ から もれつづけて、 アケガタ に なる まで やまなかった。 そして ある アサ、 「ちょいと オマエ に ハナシ が ある」 と カナメ が カノジョ を ヨウカン の シタ の ヘヤ へ よんだ の は、 それから ハントシ ばかり も すぎた ジブン だった で あろう か。 テーブル の ウエ の スイバン に シナ スイセン が いけて あって、 デンキ ストーヴ に あたって いた の を おぼえて いる から、 なんでも フユ の、 うつくしく はれた ヒ の こと だった。 その マエ の バン も やはり よどおし なきつづけて、 カノジョ も カナメ も ほとんど ねられなかった ので、 サシムカイ に なった フウフ は どっち も はれぼったい メ を して いた。 じつは カナメ は ユウベ の うち にも クチ を きろう か と おもった の だ が、 ヒロシ が メ を さます シンパイ も あり、 くらい バショ だ と それ で なくて も ナミダ を ヨウイ して いる ツマ が いっそう カンショウテキ に なりそう なので、 わざと さわやか な アサ の ジカン を えらんだ の で あった。 「コノアイダ から かんがえて いた ん だ が オマエ に すこし ソウダン が ある ん だ」 と、 カレ が できる だけ ケイカイ な、 ピクニック に でも さそう よう な キラク な クチョウ で きりだした とき、 「アタシ も アナタ に ソウダン したい こと が ある のよ」 と、 オウムガエシ に ミサコ も そう いって、 スイミン-ブソク の メ の フチ で ビショウ しながら ダンロ の マエ へ イス を よせた。 そして たがいに その ムネ の ウチ を うちあけて みる と、 フタリ は だいたい おなじ よう な ケイカ を たどって おなじ よう な ケツロン に たっして いた。 とても ジブン たち は あいあいしあう こと は できない、 タガイ の ビテン は みとめて いる し、 セイカク も リカイ して いる の だ から、 これから 10 ネン 20 ネン を すぎ、 ロウキョウ に でも いったらば あるいは ハダ が あう よう に なる かも しれない けれども、 そんな アテ にも ならぬ とき を まった ところ で シヨウ が ない と オット が いえば、 「アタシ も そう おもう」 と ツマ が こたえた。 コドモ の アイ に ひかされて ジブン たち の ミ を ウモレギ に する の が おろかしい と いう カンガエ にも フタリ ながら ゆきついて いた。 けれど そこ まで は きて いながら、 「わかれたい の か」 と イッポウ が とえば、 「アナタ は どう?」 と イッポウ が といかえす。 つまり どっち も わかれた ほう が いい の を しりつつ それ だけ の ユウキ が なく、 ただ ジブン たち の よわい キシツ を のろって は トウワク して いる ジョウタイ に あった。
 オット の ハラ の ナカ を いえば ジブン の ほう から ツマ を おいだす リユウ は ない し、 セッキョクテキ に でれば でる だけ ネザメ が わるい に ちがいない から、 なるべく ならば ウケミ で ありたい。 ジブン は さしあたり ダレ と ケッコン したい と いう アイテ が ある の でも ない の だ が、 ツマ には それ が ある の だ から、 ツマ の ほう から カクゴ を きめて もらいたかった。 ところが ツマ の イイブン は、 オット に そういう アイテ が なく、 ジブン ばかり が コウフク に なる の では わかれづらい。 ジブン は オット に あいして もらえなかった とは いえ、 オット を ムジョウ な ヒト だ とは おもって いない。 ウエ を のぞめば キリ の ない ハナシ だ が、 ずいぶん セケン には フシアワセ な ツマ も おおい こと だし、 それ から みれば ジブン など は あいせられない と いう だけ で ホカ に フソク は ない の で ありながら、 その オット を すて コ を すてて まで も と いう ほど の キ には なりきれない。 ようするに オット も ツマ も、 わかれる ならば ジブン の ほう が すてられる ガワ に なる こと を ねがい、 どっち も ジブン が ラク な ほう へ と まわりたかった。 しかし ジブン たち は コドモ でも ない のに、 ナニ が そんな に つらい の だろう。 リセイ の よし と する もの を ジッコウ する こと が できない の は、 ナニ を おそれて いる の だろう。 ケッキョク の ところ は カコ の キズナ を たちきる だけ の こと では ない か。 その カナシミ は ただ その セツナ の もの で あって、 オオク の ヒト の レイ を みれば、 ながい アイダ には だんだん うすらいで ゆく の で ある。 「ボクタチ は サキ の こと より も メサキ の ワカレ が こわい の だね」 と、 フウフ は かたりあって わらった。
 カナメ は サイゴ に、 「では ボクタチ は ジブン たち にも わからない よう に ごく すこし ずつ わかれる シュダン を とろう では ない か」 と いう テイギ を した。 ムカシ の ヒト は リベツ の カナシミ に うちかてない の は ジジョ の ジョウ だ と いう かも しれない。 けれども イマ の ニンゲン は たとい わずか な クツウ にも せよ、 もし そんな もの を あじわわない で おなじ ケッカ が えられる ならば、 その ミチ を とる の を かしこい と する。 ジブン たち は ジブン たち の オクビョウ を はじる には あたらない。 オクビョウ ならば オクビョウ の よう に それ に テキオウ した ホウサク に よって コウフク を もとめる が いい。 そこで カナメ は あらかじめ アタマ の ナカ へ カジョウガキ に して おいた シモ の よう な ジョウケン を だして、 「こうして みたら どう か」 と いった。―――

ヒトツ、 ミサコ は とうぶん セケンテキ には カナメ の ツマ で ある べき こと。
ヒトツ、 ドウヨウ に アソ は、 とうぶん セケンテキ には カノジョ の ユウジン で ある べき こと。
ヒトツ、 セケンテキ に ウタガイ を まねかない ハンイ で、 カノジョ が アソ を あいする こと は セイシンテキ にも ニクタイテキ にも ジユウ で ある こと。
ヒトツ、 かくして 1~2 ネン の ケイカ を み、 あいしあう フタリ が フウフ に なって うまく ゆきそう な ミコミ が つけば、 カナメ が シュ と なって カノジョ の ジッカ の リョウカイ を うる よう に し、 セケンテキ にも カノジョ を アソ に ゆずる こと。
ヒトツ、 それゆえ ここ 1~2 ネン の アイダ を カノジョ と アソ の アイ の シケン ジダイ と する。 もし その シケン が シッパイ し、 リョウシャ の アイダ に セイカク の ソゴ が ハッケン され、 ケッコン して も とうてい エンマン に ゆかない こと が みとめられたら、 カノジョ は やはり ジュウライ の とおり カナメ の イエ に とどまる こと。
ヒトツ、 サイワイ に して シケン の ケッカ が セイコウ し、 フタリ が ケッコン した バアイ には、 カナメ は フタリ の ユウジン と して ながく コウサイ を つづける こと。

 カレ は それ を いいおわった とき、 ツマ の カオイロ が ちょうど その アサ の ソラ の よう に カガヤキ に みちて くる の を みた。 カノジョ は ヒトコト 「ありがとう」 と いった。 その マブタ から は ぽたり と ウレシナミダ が おちた。 ホントウ に それ は ナンネン-ぶり か で ココロ の ソコ から ワダカマリ が とれ、 はじめて ほっと テンジツ を あおいだ と いう ふう で あった。 ツマ の ヨロコビ を しった オット も おなじ よう に ムネ の ツカエ が さがった キ が した。 つれそうて から ながの トシツキ オクバ に モノ の はさまった よう な ココチ で ばかり すごして きた フウフ は、 ヒニク にも ワカレバナシ の ダン に なって ようよう たがいに コダワリ が なく うちとける こと が できた の で ある。
 いう まで も なく それ は イッシュ の ボウケン では ある けれども、 しかし そういう ふう に して メ を つぶりながら しだいに ヌキサシ の ならない ハメ へ ミ を おとしこんで ゆく の で なければ、 オット も ツマ も わかれる ミチ は ない の で あった。 アソ も それ には イゾン の あろう はず は なかった。 カナメ は カレ に その カンガエ を うちあけた とき、 「セイヨウ ならば こういう こと は そう やかましい モンダイ にも ならない クニ が ある でしょう。 けれど ニホン の イマ の シャカイ では なかなか そう は いきにくい から、 この ケイカク を ジッコウ する には よほど ジョウズ に たちまわらなければ ならない と おもいます。 それ には ナニ より も ワレワレ 3 ニン が たがいに かたく しんじあう こと が ダイイチ だ。 どんな に したしい トモダチ の ナカ でも この モンダイ では とかく ゴカイ が おこりやすい。 ワレワレ は めいめい ずいぶん デリケート な カンケイ に たって いる の だ から、 タガイ の カンジョウ を きずつけない よう に、 そして ヒトリ の フチュウイ の ため に ホカ の フタリ が キュウチ に おちいったり しない よう に、 よくよく キ を つけて いかなければ ならない。 どうか アナタ も その つもり で いて くださる よう に」 と ネン を おした が、 その ソウダン の ケッカ と して アソ は なるべく カナメ の カテイ へは スガタ を みせない よう に なり、 ミサコ の ほう から 「スマ へ ゆく」 こと に なった の で あった。
 その とき イライ カナメ は フタリ の カンケイ に モジドオリ 「メ を つぶって」 しまった。 もう これ で いい、 このまま じっと して いれば ジブン の ウンメイ は ひとりでに きまる。 ―――カレ は ナガレ に ミ を まかせて、 コト の ナリユキ が はこんで くれる ところ まで、 すなお に、 モウモク に、 くっついて ゆく よう に つとめる イガイ に、 ジブン の イシ を はたらかせよう と しなかった。 ただ そう なって も なお おそろしい の は シケン ジダイ の キカン が すぎて、 いよいよ と いう サイゴ の とき が せまりつつ ある こと だった。 いかに なだらか に、 ずるずるべったり に おしながされて ゆこう と して も、 イチド は ベツリ の バメン を カイヒ する こと は できない。 みわたした ところ おだやか な よう な フナジ にも、 ある 1 カショ で ボウフウタイ を くぐらなければ ならない の で ある。 そこ へ きた とき は つぶって いる メ を どうしても あけさせられる の で ある。 そういう ヨカン は オクビョウ な カレ を ますます イチジノガレ に させ、 ヤリッパナシ に させ、 オウチャク に させる ケッカ と なった。
「キミ は イッポウ では わかれる の が つらい つらい と いう、 そして イッポウ では そんな ムセキニン な こと を して いる、 それ じゃあ ダラシ が なさすぎる な」
「ダラシ が ない の は イマ に はじまった こと じゃあ ない さ。 ―――しかし ボク は おもう ん だ が、 ドウトク と いう もの は コジン コジン で ミナ いくらか ずつ ちがって いて いい。 ヒト は ダレ でも その セイシツ に てきする よう な ドウトク を つくって、 それ を ジッコウ する より ホカ に シカタ が ない ね」
「そりゃあ その とおり に ちがいない が、 ―――で、 キミ の ドウトク では ダラシ の ない の が ゼン だ と いう こと に なる の かね?」
「ゼン では ない かも しれない が、 うまれつき ケツダンリョク の とぼしい モノ は しいて セイシツ に さからって まで も ケツダン する ヒツヨウ は ない。 そういう こと を しよう と する と、 いたずらに ギセイ が おおきく なって、 シュウキョク に おいて かえって わるい こと が おこる。 ダラシ の ない ニンゲン は やはり ダラシ の ない セイシツ に おうじて シンタイ する ミチ を かんがえる べき だ。 そこで ボク の ドウトク を イマ の バアイ に あてはめる と、 わかれる と いう こと が シュウキョク の ゼン なん だ から、 サイゴ に そこ へ いけ さえ すれば カテイ は どんな に まわりくどくって も さしつかえない、 ボク は じつは もっと ダラシ が なくって も かまわない と おもって いる ん だ」
「そんな こと を いって いる と、 シュウキョク の ゼン に たっする まで に イッショウ かかって しまう かも しれん ぜ」
「ああ、 ボク は マジメ に それ を かんがえた こと が ある ん だよ。 セイヨウ の キゾク の アイダ では カンツウ は めずらしく ない と いう。 しかし カレラ の カンツウ と いう の は フウフ が たがいに あざむきあって いる の では なく、 アンモク の ウチ に みとめあって いる バアイ、 ―――つまり ゲンザイ の ボク の バアイ と おなじ よう なの が おおい ん じゃ ない か。 ニホン の シャカイ が ゆるし さえ すれば ボク は イッショウ この ジョウタイ を つづけて いたって いい ん だ けれど な」
「セイヨウ だって そんな リュウギ は ジセイオクレ だよ、 シュウキョウ の イリョク が なくなって しまって いる ん だ から」
「シュウキョウ に しばられて いる ばかり じゃあ ない、 やっぱり セイヨウジン に して も カコ の キズナ を あまり に はんぜん と たちきる の が おそろしい ん じゃ ない の かな」
「どう しよう と キミ の カッテ だ が、 ボク は もう ゴメン を こうむる ぜ」
 そう ニベ も なく いいはなちながら、 ユカ に おちた アラビアン ナイト を、 コンド は タカナツ が ひろった。
「なぜ?」
「なぜ って、 わかりきってる じゃ ない か。 そんな アイマイ な リエンバナシ に タニン が クチ を ハサミヨウ は ない じゃ ない か」
「そりゃあ こまる」
「こまる の は シカタ が なかろう」
「シカタ が なくって も とにかく キミ に にげられちゃあ こまる。 すてて おかれる と なお アイマイ に なる ばかり だ。 ね、 ゴショウ だ から たのむ よ」
「まあ、 まあ、 コンヤ ヒロシ くん を つれて トウキョウ へ いって くる よ」
 タカナツ は とりあわない で、 そっけなく ページ を くった。

 その 9

「ウグイス も、 ミヤコ の ハル に アイタケ と、 キ は ヨドガワ へ ノボリブネ、………」
 オヒサ は イト を サンサガリ に して ジウタ の 「アヤギヌ」 を うたって いた。 ロウジン は この ウタ が すき なの で ある。 ジウタ と いう もの は がいして ヤボ な もの で ある のに、 この ウタ には どこ か エド の ハウタ の よう な イキ な ところ の ある の が、 カミガタ に コウサン した よう でも ホンライ は エド ソダチ で ある ロウジン の シュミ に あう の かも しれない。 そして 「ノボリブネ、………」 の アト の アイノテ が いい。 ヘイボン な よう だ が、 じっと ミ に しみて きいて いる と ヨドガワ の ミズ の オト が ひびく よう だ と いう。
「………キ は ヨドガワ へ ノボリブネ、 ささえられたる キタカゼ に、 ミ は ままならぬ マルタブネ、 キシ の ヤナギ に ひきとめられて、 アユミ ならわぬ リクチ をも、 のぼりつ もどり イクタビ か、 ヒトヨ を あかす ハチケンヤ、 ザコネ を おこす アミジマ の、 つぐる カラス か カンザンジ、………」
 あけはなたれた 2 カイ の エン から は フナツキバ に そうた ヒトスジ の ミチ を へだてて もう クレガタ の ウミ の ケシキ が ひらけて いた。 タンノワ-ガヨイ の フネ で あろう、 「キタンマル」 と しるした キセン が サンバシ を はなれて ゆく の だ が、 400~500 トン にも たらない ほど の センタイ が ぐるり と センシュ を むきかえる とき、 イリエ の キシ が センビ と スレスレ に なる くらい にも そこ の ミナト は ちいさい の で ある。 カナメ は エンガワ に ザブトン を しいて、 ミナト の デグチ を ふさいで いる サトウガシ の よう に かわいい コンクリート の ボウハテイ を ながめた。 ツツミ の ウエ の おなじ よう に かわいい トウロウ には もう ヒ が ともって いる らしい けれど、 ミズ の オモテ は まだ アサギイロ に あかるく、 2~3 ニン の オトコ の トウロウ の ネモト に しゃがんで ツリ を たれて いる の が みえる。 べつに ゼッケイ と いう の では ない が、 しかし こういう ナンゴクテキ な ウミベ の マチ の オモムキ は、 けっして カントウ の イナカ には ない。 そう いえば いつぞや ヒタチ ノ クニ の ヒラカタ の ミナト に あそんだ とき、 イリエ を かこむ リョウホウ の ヤマ の デバナ に トウロウ が あって キシ には ずっと ユウジョ の イエ が ならんで いた の を、 いかにも ムカシ の フナツキバ-らしい カンジ だ と おもった こと が ある の は、 かれこれ 20 ネン も マエ だったろう か。 が、 ヒラカタ の ハイタイテキ なの に くらべたら、 ここ は さすが に はれやか で、 キョウラクテキ で ある。 オオク の トウキョウジン が そう で ある よう に どちら か と いえば デブショウ の ほう で、 めった に リョコウ など した こと の ない カナメ は、 ヒトフロ あびて ヤドヤ の ランカン に よって いる ユカタガケ の ジブン の スガタ を かえりみる と、 ほんの ウミ を ヒトツ こえた セトウチ の シマ へ わたった ばかり で、 なんだか バカ に はるばる と きた よう な ココチ が する。 ジツ を いう と、 デガケ に ロウジン が さそった オリ には カレ は そんな に キ が すすんで は いなかった。 なにしろ ロウジン の ケイカク と いう の は、 オヒサ を つれて アワジ の サンジュウサン カショ を ジュンレイ しよう と いう の で ある から、 またしても あてられる こと で あろう し、 せっかく の ロウジン の タノシミ を ジャマ する でも なし、 エンリョ した ほう が いい と おもった のに、 「なに、 そんな キガネ には およばない、 ワタシタチ は スモト に 1 ニチ フツカ とまって、 ニンギョウ シバイ の ガンソ で ある アワジ ジョウルリ を ケンブツ する。 それから ジュンレイ の イデタチ に なって レイジョウ マワリ を する の だ から、 せめて スモト まで つきあいなさい」 と、 ロウジン も すすめれば オヒサ も クチ を そえた ので、 コノアイダ の ブンラクザ の インショウ も あり、 その アワジ ジョウルリ に つい コウキシン が うごいた の で あった。 「まあ、 スイキョウ ね、 それじゃ アナタ も ジュンレイ の シタク を なすったら どう」 と、 ミサコ は マユ を ひそめた が、 カレン な オヒサ が イガゴエ の シバイ の オタニ の よう な いじらしい スガタ に なる サマ を おもう と、 それ と イッショ に ゴエイカ を うたって スズ を ふりながら タビ を しよう と いう ロウジン の ドウラク が、 ちょっと うらやましく ない こと も なかった。 きけば オオサカ の ツウジン なぞ の アイダ では、 すき な ゲイシャ を ミチヅレ に したてて、 マイトシ アワジ の シマメグリ を する モノ が めずらしく ない と いう。 そして ロウジン も コトシ を カワキリ に これから ネンネン つづける と いって、 ヒ に やける の を おそれて いる オヒサ とは ハンタイ に ひどく ノリキ に なって いる の で あった。
「なんとか いいました ね、 イマ の モンク は? 『ヒトヨ を あかす ハチケンヤ』 か。 ―――その ハチケンヤ と いう の は どこ に ある ん です」
 ベッコウイロ の スイギュウ の バチ を タタミ の ウエ に オヒサ が おいた とき、 ロウジン は ヤド の ユカタ の ウエ へ、 5 ガツ と いう のに アイミジン の クズオリ の アワセバオリ を ひっかけて、 トロビ に かけて ある スズ の トックリ に さわって みて は、 レイ の シュヌリ の サカズキ を マエ に、 キナガ に サケ の あたたまる の を まって いた が、
「なるほど、 カナメ さん は エドッコ だ から ハチケンヤ は しらない だろう」
 と いいながら、 ヒバチ の ウエ の チョウシ を とった。
「ムカシ は オオサカ の テンマバシ の ハシヅメ から ヨドガワ-ガヨイ の フネ が でた。 その フナヤド の あった ところ なん だね」
「はあ、 そう なん です か、 それで 『ヒトヨ を あかす ハチケンヤ、 ザコネ を おこす アミジマ』 です か」
「ジウタ と いう やつ は ながい の は ねむく なる ばかり で あまり カンシン しない もん だ。 やっぱり きいて いて おもしろい の は、 この くらい の ナガサ の ウタモノ に かぎる」
「どう です、 オヒサ さん、 ナニ か イマ の よう なの を もう ヒトツ、………」
「なあに、 これ の は いっこう ダメ なんで ね」
 と、 ロウジン は ソバ から ひきとって、
「トシ の わかい オンナ が やる と、 ウタ が きれい に なりすぎて いけない。 シャミセン に して も もっと きたなく ひく よう に って、 いつも いう こと なん だ けれど、 その ココロモチ が のみこめない で、 まるで ナガウタ でも ひく よう な キ で いる ん だ から、………」
「そない おいやす なら、 アンタ ひいて おあげやす な」
「まあ、 いい。 もう ヒトツ オマエ が やって ごらん」
「かなわん わ、 ワテェ。………」
 オヒサ は あまえる コドモ の よう に カオ を しかめて、 つぶやきながら サン の イト を あげた。
 まったく カノジョ の ミ に なったらば くちやかましい この ロウジン の トギ を する の も タイガイ では なかろう。 ロウジン の ほう では メ にも いれたい ほど かわいがって、 ユウゲイ の こと、 カッポウ の こと、 ミダシナミ の こと、 ナニ から ナニ まで ミガキ を かけて、 ジブン が しんだら どこ へ なり と リッパ な ところ へ えんづけられる よう に タンセイ を こめて いる の だ けれど、 そういう ジダイオクレ の シツケ が わかい ミソラ の オンナ に とって どれほど の ヤク に たつ で あろう。 みる もの と いえば ニンギョウ シバイ、 たべる もの と いえば ワラビ や ゼンマイ の ニツケ では、 オヒサ も イノチ が つづくまい。 たまに は カツドウ も みたかろう し、 ヨウショク の ビフテキ も たべたい で あろう に、 それ を シンボウ して いる の は さすが に キョウト ウマレ で ある と、 カナメ は ときどき カンシン も すれば、 この オンナ の ココロ の サヨウ を フシギ に おもう こと も ある。 そう いえば ロウジン は、 ヒトコロ ナゲイレ の イケバナ を おぼえこませる の に ムチュウ で あった が、 それ が コノゴロ は ジウタ に なって、 シュウ に イチド ずつ、 わざわざ オオサカ の ミナミ の ほう に すんで いる ある モウジン の ケンギョウ の モト まで フタリ で ケイコ に ゆく の で ある。 キョウト にも ソウトウ の シショウ は ある のに オオサカ-リュウ を ならう と いう の は、 それ にも ロウジン の ミソ が あって、 ヒコネ ビョウブ の エスガタ など から ひねりだした リクツ で でも あろう か、 ジウタ の シャミセン と いう もの は、 オオサカ-フウ に、 ヒザ へ のせない で ひく の が いい。 どうせ イマ から ならった の では ジョウズ に なろう はず も ない から、 せめて ひく カタチ の ウツクシサ に ジョウシュ を くみたい。 わかい オンナ が タタミ の ウエ へ ドウ を おいて、 カラダ を すこし ねじらせながら ひいて いる スガタ には アジワイ が ある、 と そう いって は、 オヒサ の シャミセン を きく と いう より も ながめて たのしもう と いう の で あった。
「さあ、 そう いわない で もう ヒトツ どうぞ、………」
「ナン に しましょ」
「なんでも いい が、 なるべく ボク の しって いる もの に して ください」
「そんなら 『ユキ』 が いい だろう」
 と、 ロウジン は サカズキ を カナメ に さした。
「『ユキ』 なら カナメ さん も きいた こと が ある だろう」
「ええ、 ええ、 ボク の しって いる の は 『ユキ』 と 『クロカミ』 ぐらい な もん です」
 カナメ は その ウタ を きいて いる うち に、 ふと おもいだした こと が あった。 コドモ の ジブン、 その コロ の クラマエ の ジュウキョ と いう の は、 イマ の キョウト の ニシジン アタリ の ミセ の カマエ と おなじ よう に、 オモテドオリ は マグチ の せまい コウシヅクリ に なって いて、 オク の ほう が ソト から みた より は ずっと ふかく、 イクマ も イクマ も ほそながく つづいて いる サキ に ちょっと した ナカニワ が あり、 ロウカヅタイ に そこ を こえて ゆく と、 いちばん オク の ドンヅマリ に また ソウトウ な ハナレ が あって、 そこ が カゾク の ヘヤ に なって いた の で ある が、 そういう おなじ マドリ の イエ が ミギ にも ヒダリ にも ならんで いた ので、 2 カイ に あがる と、 イタベイ の シノビガエシ の ムコウ に、 トナリ の イエ の ナカニワ が みえ、 ハナレザシキ の エンガワ が みえた。 ………だが、 その ジブン の トウキョウ の シタマチ は、 イマ から おもう と なんと いう シズカサ だった で あろう。 おぼろげ な キオク で はっきり した こと は いえない けれども、 あの コロ ついぞ トナリ の イエ の ハナシゴエ らしい もの を きいた オボエ が ない。 シノビガエシ の ヘイ の ムコウ は、 まるで ヒト なぞ すんで いない よう に、 いつも しーん と して かたり と いう モノオト ヒトツ する では なく、 ちょうど さびれた イナカ の マチ の シゾク ヤシキ へ でも いった よう な ワビシサ で あった。 ただ イツゴロ の こと で あった か、 そこ から おりおり コト の ネ に つれて かすか に うたう コエ が もれた。 その コエ の ヌシ は 「フウ ちゃん」 と いう コ で、 キリョウヨシ と いう ヒョウバン が たかかった から カナメ も マエ から ミミ に して は いた ものの、 それまで イチド も カオ を みた こと は なかった し、 みたい と いう キ も なかった の を、 ある ヒ ぐうぜん 2 カイ から のぞいた とき、 たぶん ナツ の タソガレ で あった の だろう、 エンガワ の シキイギワ に ザブトン を しいて あけはなされた ヨシズ に セナカ を もたれながら、 カバシラ の たつ ユウヤミ の ソラ を みあげて いる ほのじろい カオ が、 ちらと こっち を むいた。 オサナゴコロ にも その ウツクシサ に ムネ を つかれて すごい もの でも みた よう に あわてて クビ を ひっこめて しまった から、 どういう メハナダチ で あった か まとまった インショウ は のこらない ながら、 ハツコイ と いう には あまり に あわい アコガレ に にた カイカン が、 その ノチ しばらく コドモ の ユメ の セカイ を りょうした。 それ は すくなくとも カナメ の ナカ に ある フェミニズム の サイショ の ホウガ だった で あろう。 カレ は イマ でも その とき の カノジョ が イクツ ぐらい の トシゴロ で あった か ケントウ が つかない。 ナナツ ヤッツ の オトコ の コ に とって は、 14~15 の ムスメ も ハタチ ゼンゴ の オトナ と カワリ なく みえる もの だし、 まして ヤセギス の トシマ の よう な スガタ を して いた その コ の ヨウス は、 ずっと ジブン より アネ に おもえた。 それ ばかり で なく、 たしか カノジョ の ヒザ の マエ には タバコボン が おいて あって、 テ に ナガギセル を もって いた よう な キ が する の で ある。 もっとも その コロ は エド マッキ の イナセ な フウ が シタマチ の オンナ に のこって いて、 カナメ の ハハ なぞ も あつい ジブン は ウデマクリ なぞ を した もの だ から、 タバコ を すって いた こと が オトナ で あった と いう ショウコ には ならない かも しれない。 カナメ の イエ は 4~5 ネン して から ニホンバシ の ほう へ うつった ので、 カレ が カノジョ を かいまみた の は アト にも サキ にも たった イチド だった けれど、 でも それから は コト の シラベ と ウタ の コエ と に ひとしお ミミ を そばだてる よう に なって、 カノジョ が このんで くりかえす の が 「ユキ」 と いう キョク で ある こと を、 ハハ から きいた オリ が あった。 それ は コトウタ では ある が、 ときには シャミセン に あわせて も うたう。 トウキョウ では あの ウタ の こと を カミガタウタ と いう の だ と、 ハハ が おしえた。
 その ノチ カレ は その 「ユキ」 の ウタ を ふっつり ミミ に しなかった ので、 わすれる とも なく わすれる まま に 10 ナンネン か を すごして から、 ヒトトセ カミガタ ケンブツ に きて ギオン の チャヤ で マイコ の マイ を みた オリ の こと、 ヒサシブリ に また その ウタ を きく こと が できて いいしれぬ ナツカシサ を おぼえた。 マイ の ジ を うたった の は 50 を こえた ロウギ だった から、 コエ にも ひととおり サビ が あった し、 シャミセン の ネイロ も にぶく、 ものうく、 ぼんぼん と いう しぶい ヒビキ で、 ロウジン が きたなく うたえ と いう の は ああいう アジ を もとめる の で あろう。 あの ロウギ の に くらべれば なるほど オヒサ の は キレイゴト に すぎて ガンチク が ない。 けれど ムカシ の 「フク ちゃん」 も やはり うつくしい スズ の よう な コエ で うたった の だ から、 カナメ に とって は わかい オンナ の ニクセイ の ほう が ひとしお オモイデ を そそる の で ある。 それに あの ぼんぼん と いう キョウフウ の シャミセン より は、 オヒサ が ひいて いる オオサカ-フウ の シャミセン の、 チョウシ の たかい ヒビキ の ほう が いくらか コト の ネ を しのばせる ヨスガ にも なる。 ぜんたい この シャミセン は サオ が ココノツ に おれて ドウ の ナカ へ はいって しまう ベッセイ の もの で、 オヒサ と イッショ に ユサン に ゆく とき、 ロウジン は これ を かかさず もって あるく の で ある が、 ヤドヤ の ザシキ で なら まだしも、 キョウ に じょうじる と カイドウ の チャミセ の コシカケ でも、 マンカイ の ハナ の シタ でも、 いやがる オヒサ を ムリ に うながして ひかせる と いう ふう で、 キョネン の ジュウサンヤ の ツキミ の バン なぞ ウジガワ を くだる フネ の ナカ で やらせた の は いい が、 その ため に オヒサ より も ロウジン の ほう が カゼ を ひいて、 アト で ヒジョウ な ネツ を だしたり した こと が あった。
「さあ、 コンド は アンタ おうたいやしたら、………」
 そう いって オヒサ は ロウジン の マエ へ シャミセン を おいた。
「カナメ さん は 『ユキ』 の モンク の イミ が よく わかる かね」
 と、 なにげない テイ で シャミセン を とって チョウシ を ひくく なおしながら、 ないない ロウジン は トクイ の イロ を つつむ こと が できない の で ある。 トウキョウ ジダイ に イッチュウブシ の ソヨウ が ある せい か、 ジウタ の ケイコ は ほんの キンネン の こと だ けれども、 わりに コウシャ に ひき も すれば、 うたい も して、 シロウト が きけば、 とにかく イッシュ の アジワイ が あった。 そして トウニン も それ を すくなからず ジマン に して いて、 イッパシ の シショウ の よう に コゴト を いう の が、 なおさら オヒサ は たすからなかった。
「さあ、 いったい ムカシ の ウタ の モンク と いう もの は、 ぼんやり ココロモチ は わかる よう な キ が します けれど、 ブンポウテキ に いったらば ほとんど デタラメ じゃあ ない ん です かな」
「そう だよ、 まったく。 ………ムカシ の ヒト は ブンポウ なんか は かんがえない。 ぼんやり ココロモチ が わかる、 ―――その テイド で タクサン なん だね。 その ぼんやり と して いる ところ に かえって ヨイン が ある ん だね。 たとえば こんな モンク が ある、―――」
 と、 ロウジン は すぐ うたいだしながら、 「……… 『イマ は ノザワ の ヒトツミズ、 すまぬ ココロ の ヌシ にも しばし、 すむ は ユカリ の ツキ の カゲ、 しのびて うつす マド の ウチ』 ………それから アト が 『ひろい セカイ に すみながら』 と なる ん だ が、 これ は オトコ が オンナ の モト へ しのんで くる ところ なん だ。 そいつ を ロコツ に いわない で、 『すむ は ユカリ の ツキ の カゲ、 しのびて うつす マド の ウチ』 と、 わざと ヨジョウ を もたせて ある の が いい じゃ ない か。 オヒサ なんぞ は こういう イミ を かんがえない で うたって いる から ココロモチ が あらわれない」
「なるほど、 うかがって みる と そういう イミ に なる かも しれません が、 それ を わかって うたって いる ヒト は イクニン も あり は しない でしょう」
「わからない ヒト には わからない で いい、 わかる ヒト だけ が わかって くれる、 と いった タイド で つくって ある の が ゆかしい と おもう ね。 なにしろ ムカシ は たいがい モウジン が つくった ん だ から、 それ だけ に ひねくれた、 インキ な ところ が ある ん だよ」
 よわない と うたう キ に なれない と いう ロウジン は、 イマ が ちょうど ウタイゴロ の ヨイゴコチ で ある らしく、 ジブン も モウジン の よう に メ を つぶって アト を つづけた。
 トシヨリ の クセ の ハヤネ ハヤオキ で、 まだ ヨイ の クチ の 8 ジ と いう のに もう ロウジン は トコ を しかせて オヒサ に カタ を もませながら ネムリ に ついた が、 ロウカ を ヒトツ へだてた ヘヤ に ひきとった カナメ は、 サケ の イキオイ で ムリ にも ねいろう と フトン を かぶって みた ものの、 イツモ の ヨイッパリ に ならされた メ が そう ヨウイ には まどろまない で、 ながい アイダ うとうと して いた。 ホンライ ならば カレ は このよう に ヒトリ で イッシツ を カンゼン に センリョウ して ねむる の が すき で あった。 せっかく やすらか に ねよう と おもって も おなじ ザシキ に ツマ が マクラ を ならべて いて、 レイ の しくしく と しゃくりあげたり する と、 せめて キガネ の ない ところ で ぐっすり ネムリ を ムサボリタサ に、 ヒトバンドマリ で ハコネ や カマクラ へ でかけて いって は、 それこそ ホントウ に こころおきなく、 ヒゴロ の ツカレ を ジュウブン に のばして カラダ を やすませた もの で あった。 それ が コノゴロ は フウフ が ムカンシン に なりきって しまって タガイ の ソンザイ を イ に かいしなく なった ケッカ、 おなじ ヘヤ でも ヘイキ で メイメイ が アンミン する よう な シュギョウ が でき、 しぜん イッパク リョコウ に でかける ヒツヨウ も なくなった の で ある が、 シバラクブリ で ヒトリ で ねて みる と、 ロウカ を こえて きこえて くる ロウジン フウフ の しのびやか な ハナシゴエ の ほう が、 イマ の ツマ より は ずっと ネムリ の サマタゲ に なった。 と いう の は、 サシムカイ に なる と オヒサ に モノ を いう ロウジン の チョウシ が、 まるで ベツジン の よう に やさしく、 コワネ まで が かわって しまって、 ―――それ も はっきり いう なら いい けれど、 ムコウ では また カナメ に エンリョ が ある の で あろう、 ひそひそ と アタリ を はばかる よう に、 さも ねむたそう に、 ハンブン クチ の ウチ で、 「ふんふん」 と あまえる よう に いう の で ある。 そこ へ もって きて、 ぱたん、 ぱたん と、 オヒサ が アシコシ を もんで いる オト が マクラモト へ ひびいて きて、 それ が なかなか やみそう も ない。 ロウジン が ナニ か くどくど いう の に たいして、 オヒサ の ほう は コトバズクナ に 「へえへえ」 と きいて いる らしく、 ときどき 「ナニナニ どす」 と こたえる その どす と いう ゴビ だけ が ぼんやり ききとれる。 カナメ は タニン の フウフナカ の むつまじい の を みる と、 ジブン たち の ミ に ひきくらべて その コウフク が うらやましく も あり、 ヒトゴト ながら うれしく も あって、 けっして いや な キ は おこさない の が ツネ だ けれど、 この ロウジン の バアイ の よう に 30 イジョウ も トシ の ちがった クミアワセ の こういう ヨウス を みせられる の は、 あらかじめ カクゴ して いた とは いえ、 やっぱり たしょう メイワク で ない こと は ない。 まして ロウジン が ジブン の ニクシン の オヤ で あったら、 さぞかし あさましい キ が する で あろう と、 ミサコ が オヒサ を にくむ カンジョウ が いまさら わかって くる の で あった。 こっち は ねられない まま に そんな こと を かんがえて いる うち、 ロウジン は まもなく ねむりついた らしく、 すうすう と いう ネイキ が きこえた が、 チュウジツ な オヒサ は それから も まだ アンマ の テ を やすめない で、 ぱたん、 ぱたん と いう オト が ようよう やんだ の は 10 ジ ちかく で あった だろう か。 カレ は ショザイナサ に、 ムコウ の ヘヤ の デントウ が きえた コロ に ジブン の ヘヤ へ アカリ を つけた。 そして ねながら ハガキ を かいた。 1 マイ は ヒロシ に あてて、 エハガキ へ カンタン な モンク を しるした もの。 1 マイ は シャンハイ の タカナツ へ あてて、 これ も できる だけ カンタン に、 ナルト の ウミ の ケシキ の ヨコ へ ホソジ で 7~8 ギョウ に したためた もの。―――

ソノゴ そちら の ゴキキョ いかが。
こちら は キミ に にげられて しまって、 あのまま いまもって アイマイ もこ。 ミサコ は あいかわらず スマ へ でかける。 ボク は キョウト の ロウジン の オトモ で アワジ へ きて いる。 そして おおいに みせつけられて いる。 ミサコ は オヒサ さん を わるく いう が、 しかし なかなか シンセツ な もん だ と あてられながら カンシン して いる。
 カタ が ついたら しらせる が、 イマ の ところ いつ に なる やら まったく フメイ。

 その 10

ナイム ショウ メンキョ  アワジ ゲンノジョウ オオシバイ
                    スモト チョウ モノベ トキワバシ-ヅメ
     ミッカ-メ デモノ
   ショウウツシ アサガオ ニッキ
□ショマク ウジ の サト ホタルガリ の ダン
□アカシ フナワカレ の ダン
□ユミノスケ ヤシキ の ダン
□オオイソ アゲヤ の ダン
□マヤガタケ の ダン
□ハママツ コヤ の ダン
□エビスヤ トクエモン ヤドヤ の ダン
□ミチユキ の ダン
タイコウキ ジュウダンメ (オイダキ)
オシュン デンベエ (オイダキ)
(オイダキ)
ドモ の マタヘイ
  オオサカ ブンラク   トヨタケ ロタユウ
 1 ニン-マエ 50 セン キンイツ、 ただし
 ツウケン ゴジサン の カタ は 30 セン

「おはよう ございます、 よろしゅう ございます か、―――」
 と、 ロウカ に たちどまって コエ を かける と、
「ええ、 かまいません、 さあさあ」
 と いう ので、 オモテ の ザシキ へ はいって みる と、 ヤド の ユカタ に イチマツ の ダテマキ スガタ で カガミ の マエ に すわりながら、 マゲ の アタマ を スキグシ で なでて いる オヒサ の ソバ に、 ロウジン は ビラ を ヒザ の ウエ に のせて、 ロウガンキョウ の ケース を あけた ところ で ある。 はれわたった ウミ は じーっと みつめる と ヒトミ の マエ が くろずんで くる ほど マッサオ に ないで、 フネ の ケムリ さえ うごかない よう な カンジ で ある が、 それでも ときたま ソヨカゼ を はこんで くる らしく、 ショウジ の ヤブレ が タコ の ウナリ の よう に なって、 ヒザ の ウエ の ビラ が かすか に あおられる。
「オマエ、 『オオイソ アゲヤ の ダン』 と いう の を みた こと が ある かい?」
「なんの キョウゲン どす、 それ は?」
「アサガオ ニッキ だよ」
「みた こと おへん。 ―――そんな とこ おす やろ か」
「だから さ、 こういう ところ は ブンラク アタリ じゃあ めった に ださない ん だ と みえる ね。 ツギ には 『マヤガタケ の ダン』 と いう の が ある」
「そら、 ミユキ が かどわかされる とこ と ちがいます か」
「ふん、 そう か そう か、 かどわかされて、 それから ハママツ の コヤ に なる。 ―――と する と 『マクズガハラ の ダン』 と いう の が ありゃ しなかった かい?……… ねえ、 オマエ、………」
「………」
 ヒカリ の ハンシャ が ザシキ の シホウ を きらり と ヒトマワリ した。 オヒサ が スキグシ を クチ に くわえて、 イッポウ の テ の オヤユビ を ミギ の ビン の フクラミ の ナカ へ いれながら、 アワセカガミ を した の で ある。
 カナメ は じつは まだ この オンナ の ホントウ の トシ を しらなかった。 ロウジン の コノミ で、 フウツウ だ とか、 イチラク だ とか、 ごりごり した クサリ の よう に おもい チリメン の コモン だ とか、 もう イマ の ヨ では はやらなく なって しまった もの を ゴジョウ アタリ の フルギヤ だの キタノ ジンジャ の アサイチ など から さがして きて は、 その ほこりくさい ボロ の よう なの を いやいや ながら きせられて、 ジミ に ジミ に と つくって いる ので、 いつも 26~27 に みえる の だ けれど、 ―――そして ロウジン との ツリアイジョウ、 きかれれば その くらい に こたえる よう に いいふくめられて いる らしい けれど、 ―――カガミ を ささえた ヒダリ の テ の、 シモン が ぎらぎら ういて いる サクライロ の ユビサキ の ツヤツヤシサ は、 あながち カミ の アブラ の せい ばかり では なかろう。 カナメ は カノジョ の こういう スガタ を みせられる の は はじめて で ある が、 ウスギ の シタ に ほぼ アリドコロ が うかがわれる カタ や シリ の むっちり と した シシオキ は、 この ジョウヒン な キョウ ウマレ の オンナ には キノドク な くらい ワカサ に はりきって、 22~23――― と いう トシゴロ を はっきり かたって いる の で ある。
「それから 『ヤドヤ の ダン』 の アト に 『ミチユキ の ダン』 が あります ね。―――」
「ふん、 ふん」
「アサガオ ニッキ の ミチユキ と いう の は ハツミミ です が、 シマイ に ミユキ の オモイ が かなって、 コマザワ と タビ でも する ん です か」
「いや、 そう じゃ ない、 ワタシ は こりゃあ みた こと が ある。 ―――ほれ、 『ヤドヤ』 の ツギ が オオイガワ の カワドメ で、 あれ から ミユキ が カワ を わたって、 コマザワ の アト を おいながら トウカイドウ を くだる ん だよ」
「ミチユキ の アイテ は いない ん です か」
「いや、 それ が ほら、 カワドメ の ところ へ クニモト から かけつけて くる ナニスケ とか いう ワカトウ が あった ね、―――」
「セキスケ どす やろ」
 もう イチド カガミ が きらり と ひかって、 クセナオシ の ユ を いれた カナダライ を カタテ に、 オヒサ は たって ロウカ へ でた。
「そうそう セキスケ、 ―――あれ が ついて いく こと に なる、 つまり シュジュウ の ミチユキ だな」
「もう その とき は ミユキ は メクラ じゃあ ない ん です ね」
「メ が あいちまって、 モト の サムライ の ムスメ に なって、 きれい な ナリ を して いく んで ね。 センボンザクラ の ミチユキ に にて いる ちょっと はなやか な いい もん だよ」
 シバイ は この マチハズレ の アキチ に コヤガケ を こしらえて、 そこ で アサ の 10 ジ-ゴロ から バン の 11 ジ、 ―――どうか する と 12 ジ-スギ まで やって いる。 とても ハジメ から ゴラン に なる の は タイヘン だ から、 ヒノクレ から が ちょうど よろしゅう ございます と ヤド の バントウ が そう いう の を、 いいえ、 ワタシ は これ が モクテキ で きた ん だ から、 アサゴハン を すましたら じきに でかけます、 オヒル と バン は この ジュウバコ に ヨウイ して もらいましょう と、 それ を タノシミ の ヒトツ に して いる ロウジン は レイ の マキエ の ベントウバコ を あずけて、 マクノウチ に、 タマゴヤキ に、 アナゴ に、 ゴボウ に、 ナニナニ の ニシメ に、 ………と、 オカズ の チュウモン まで やかましく いって、 それ が できて くる と、
「さあ、 オヒサ や、 シタク を しな」
 と、 せきたてる の で あった。
「ちょっと、 ここ を きつう に しめと おくれやす」
 ごわごわ した、 オリメ から きれて ゆきそう な ジ の しっかり した ハッタン の アワセ の ウエ に、 これ も ソウトウ に こわばった もの らしく ケサ の よう に ざくざく する オビ を、 いわれない うち に シメナオシ に かかって いた オヒサ は、 そう いいながら ロウジン の ほう へ ムスビメ を むけた。
「どう だね、 この くらい かね?」
「へえ、 もう ちょっと、………」
 マエノメリ に なろう と する の を コシ で ねばって うけとめて いる オヒサ の ウシロ で、 ロウジン は ヒタイ に アセ を うかした。
「どうも こいつ は つっぱって いる んで、 しめにくい ったら ない。………」
「そない おいやした かて、 アンタ が こうて おいでた ん や おへん か。 ワテェ かて かなわん わ、 しんどうて。………」
「だが いい イロ を して います な」
 と、 おなじ よう に ウシロ に たちながら、 カナメ は カンタン の コエ を はっした。
「なんと いう イロ だ か、 コノゴロ の もの には あんまり みない じゃ ありません か」
「なあに、 やっぱり モエギ の ケイトウ なんで、 イマ の もの にも ない こと は ない ん だ が、 こう イロ が さめて ふるく なった んで アジ が でた のさ」
「ナン です か、 モノ は?」
「シュチン だろう ね。 ムカシ の オリモノ は なんでも この とおり ごりごり して いる、 イマ の は どんな もの だって たいがい ジンケン が はいってる ん だ から、………」
 ノリモノ で ゆく ほど でも ない ので メイメイ が ジュウバコ や オリヅメ の ツツミ を さげながら でかけた が、
「もう ヒガサ が いります なあ」
 と、 オヒサ は てりつけられる の を おそれて テ を かざした。 ヒ は その うすい テノヒラ の バチダコ の ある コユビ の ニク を カサ の カミ ほど に あかく とおして、 くらく かげって いる カオ が ヒ の あたって いる アゴ の サキ より も いっそう しろい。 どうせ コンド は マックロ に やける、 カサ なぞ もって こない が いい と いわれながら、 テサゲ の ソコ へ しのばせて きた アンチソラチン を デガケ に そっと、 カオ、 エリ、 テクビ、 アシクビ に まで ぬって いる の を みた カナメ は、 この キョウオンナ が キヌゴシ の ハダ を いたわる クシン を いじらしく も ショウシ にも かんじた が、 ドウラク の つよい ロウジン は こまかい こと に キ が まわる よう で いて、 ジブン が こう と いいだしたら あんがい そういう オモイヤリ が とぼしい の で ある。
「アンタ、 はよう いかん と 11 ジ どす え」
「ふん、 まあ ちょっと まちな」
 と、 ときどき ロウジン は コットウヤ の マエ で たちどまる。
「ホンマ に キョウ は ええ オテンキ どす な」
 と、 カナメ と イッショ に そろり そろり サキ へ ゆきながら、 オヒサ は はれわたった ソラ を あおいで、
「こういう ヒ には ツミクサ が しとうて、………」
 と、 フヘイ-らしく クチ の ウチ で いった。
「まったく、 シバイ より は ツミクサ に もってこい と いう ヒ だ」
「どこ ぞ ここら ヘン に ワラビ や ツクシ の はえてる とこ おす やろ か」
「さあ、 この ヘン は しらない が、 シシガタニ の キンジョ の ヤマ に いくらだって ある でしょう」
「へえ、 へえ、 たあんと はえて ます。 センゲツ は ヤセ の ほう まで つみ に いて、 フキノトウ を ぎょうさん とって かえりました」
「フキノトウ を?」
「へえ、 ―――フキノトウ が たべたい おいやす けど、 キョウト では イチバ へ いた かて おへん、 ダアレ も あの にがい もん よう たべる ヒト おへん よって」
「トウキョウ だって ミンナ が ミンナ たべる わけ じゃあ ありません がね。 ―――それで わざわざ そいつ を つみ に いった ん です か」
「へえ、 これ ぐらい の カゴ に いっぱい、―――」
「ツミクサ も いい が、 イナカ の マチ を ぶらぶら あるく の も わるく ない です な」
 アオゾラ の シタ を まっすぐ のびて いる ヒトスジミチ の マチドオリ は、 オウライ の ヒトカゲ が サキ の サキ まで かぞえられる ほど ほがらか に、 たまに すれちがう ジテンシャ の ベル の オト さえ のどか で ある。 べつに トクチョウ の ある マチ では ない が、 カンサイ は どこ へ いって も カベ の イロ が うつくしい。 ロウジン の セツ だ と、 カントウ は ヨコナグリ の フウウ が つよい ので、 イエ の ソトガワ は みな イタガコイ の シタミ に する。 しかも その イタ が どんな ジョウトウ な キ を つかって も じきに くろく よごれて しまう から ゼンタイ が ヒジョウ に きたない。 トタン ヤネ に バラック の イマ の トウキョウ は ロンガイ と して、 キンケン の ショウトカイ など、 ふるければ ふるい なり に イッシュ の サビ が つく はず で ある のに、 ただ もう すすけて インキ な ばかり だ。 そこ へ もって きて たびたび の ジシン や カジ で、 やけた アト に たてられる の は ホッカイマツ や ベイザイ の ツケギ の よう に しらっちゃけた イエ か、 アメリカ の バスエ へ いった よう な ヒンジャク な ビルディング で ある。 たとえば カマクラ の よう な マチ が カンサイ に あった と したら、 ナラ ほど には ゆかない と して も、 もっと おちついた、 しっとり と した オモムキ が あろう。 キョウト から ニシ の クニグニ の フウド は シゼン の メグミ を さずかる こと が ふかく、 テン の ワザワイ を うける ド が すくない ので、 ナ も ない マチヤ や ヒャクショウヤ の カワラ や ドベイ の イロ に まで、 タビビト の ツエ を とどめさせる に たる フゼイ が ある。 ことに ダイトカイ より も ムカシ の ジョウカマチ くらい な ちいさな トシ が いい。 オオサカ は もちろん、 キョウト で さえ も シジョウ の カワラ が あんな ふう に かわって ゆく ヨノナカ に、 ヒメジ、 ワカヤマ、 サカイ、 ニシノミヤ、 と いった よう な マチ は、 いまだに ホウケン ジダイ の オモカゲ を こく のこして いる。………
「ハコネ や シオバラ が いい なんて いったって、 ニホン は シマグニ の ジシンコク なん だ から、 あんな ケシキ は どこ に でも ある。 ダイマイ が シン ハッケイ を つのった とき に 『シシイワ』 と いう の が ニホンジュウ に イクツ あった か しれない そう だ が、 じっさい そんな もの だろう よ。 やっぱり タビ を して おもしろい の は、 カミガタ から シコク、 チュウゴク、 ―――あの ヘン の マチ や ミナト を あるく こと だね」
 とある ヨツツジ を カギノテ に まがって いる わびた アラカベ の ヘイ の ヤネ の、 マルガワラ の ウエ から のぞいて いる ウツギ の ハナ を ながめた とき、 カナメ は ロウジン の この コトバ を おもいだした。 アワジ と いえば チズ の ウエ では ちいさい シマ だし、 そこ の ミナト の こと だ から、 たぶん この マチ は イマ あるいて いる イッポンミチ で つきる の で あろう。 ここ を どこまでも マッスグ に ゆく と カワ の ナガレ へ でる、 ニンギョウ シバイ は その ムコウガシ の カワラ で やって いる の だ と、 バントウ は いって いた から、 カワ まで ゆけば ヤナミ が おわって しまう の だろう。 キュウバク の コロ には なんと いう ダイミョウ の リョウチ で あった か、 むろん ジョウカ と いう ほど の もの では なかった だろう が、 マチ は その ジブン の アリサマ と そう かわって も いない よう に おもえる。 いったい トシ の ヨソオイ が キンダイテキ に なりつつ ある と いう こと は、 クニ の ドウミャク を なす よう な ダイトカイ に おける ゲンショウ で あって、 そんな トカイ は ヒトツ の コッカ に そう タクサン は ある もの では ない。 アメリカ の よう な あたらしい トチ は ベツ と して、 ふるい レキシ を もつ クニグニ の イナカ の マチ は、 シナ でも ヨーロッパ でも、 テンサイ チヘン に みまわれない かぎり ブンカ の ナガレ に とりのこされつつ、 ホウケン の ヨ の ニオイ を つたえて いる の で ある。 たとえば この マチ に して も、 デンセン と、 デンシンバシラ と、 ペンキヌリ の カンバン と、 トコロドコロ の カザリマド と を キ に しなければ、 サイカク の ウキヨ-ゾウシ の サシエ に ある よう な マチヤ を いたる ところ に みる こと が できる。 ノキ の タルキ まで も シックイ で つつんだ ドゾウヅクリ の ミセ の カマエ、 ふとい カクザイ を オシゲ も なく つかった ガンジョウ な デゴウシ、 おもい マルガワラ で どっしり と おさえた ホンブキ の イラカ、 「ウルシ」 「ショウユ」 「アブラ」 など と しるした モジ の きえかかって いる ケヤキ の カンバン、 ドマ の ツキアタリ に つって ある ヤゴウ を そめぬいた コンノレン、 ―――ロウジン の イイグサ では ない けれども、 そういう もの は どんな に ニホン の ふるい マチ に ジョウシュ を あたえて いる か しれない。 カナメ は アオゾラ を ウシロ に して しろく さえて いる カベ の イロ に、 しみじみ ココロ が すいとられる よう な キ が した。 それ は あたかも オヒサ の コシ に まかれて いる シュチン の オビ と おなじ こと だ。 すんだ ウミベ の クウキ の ナカ で ながい アイダ フウウ に さらされ、 シゼン に ツヤ を けされた イロ で ある。 ほっかり と あかるく、 はなやか で ありながら シブミ が あって、 じっと みて いる と ムネ が やすまる よう に なる。
「こういう ムカシフウ の イエ は オク が マックラ で、 コウシ の ムコウ に ナニ が ある やら まるで わかりません ね」
「ヒトツ は オウライ が あかるすぎる ん だね、 この ヘン の ツチ は この とおり しらっちゃけて いる から。………」
 ふと カナメ は、 ああいう くらい イエ の オク の ノレン の カゲ で ヒ を くらして いた ムカシ の ヒト の オモザシ を しのんだ。 そう いえば ああいう ところ に こそ、 ブンラク の ニンギョウ の よう な カオダチ を もった ヒトタチ が すみ、 あの ニンギョウ シバイ の よう な セイカツ を して いた の で あろう。 ドンドロ の シバイ に でて くる オユミ、 アワ の ジュウロベエ、 ジュンレイ の オツル、 ―――など と いう の が いきて いた セカイ は きっと こういう マチ だった で あろう。 げんに イマ ここ を あるいて いる オヒサ なんか も その ヒトリ では ない か。 イマ から 50 ネン も 100 ネン も マエ に、 ちょうど オヒサ の よう な オンナ が、 あの キモノ で あの オビ で、 ハル の ヒナカ を ベントウヅツミ を さげながら、 やはり この ミチ を カワラ の シバイ へ とおった かも しれない。 それとも また あの コウシ の ナカ で 「ユキ」 を ひいて いた かも しれない。 まことに オヒサ こそ は ホウケン の ヨ から ぬけだして きた ゲンエイ で あった。

 その 11

 アワジ の ヒト に いわせる と ニンギョウ ジョウルリ は この シマ が ガンソ で ある と いう。 イマ でも スモト から フクラ へ かよう カイドウ の ホトリ の イチ ムラ と いう ムラ へ ゆけば、 ニンギョウ の ザ が 7 ザ ほど ある。 ムカシ は そこ に 36 ザ も あった くらい で、 ぞくに その ムラ を ニンギョウムラ と よんで いる。 いつ の ジダイ の こと で あった か、 ミヤコ を おちて きて この ムラ に キョ を かまえた クゲ が、 アリノスサビ に クグツ を つくり それ を うごかした の が ハジメ で、 ユウメイ な アワジ ゲンノジョウ と いう の は その クゲ の シソン で ある そう な。 その イッカ は コンニチ でも ムラ の キュウカ と して とおり、 リッパ な ヤシキ に すんで いて、 この シマ だけ で なく、 シコクジ や チュウゴクジ まで コウギョウ に でかける の で ある が、 しかし ザ を もって いる の は ゲンノジョウ の イチゾク ばかり では ない。 おおげさ に いえば イッソン ことごとく ギダユウ カタリ か、 シャミセンヒキ か、 ニンギョウ ツカイ か、 タユウモト か で ない モノ は なく、 それら の ヒトビト は ノウハンキ には ハタケ へ でて はたらき、 ヒャクショウ の シゴト が ヒマ に なる キセツ に それぞれ イチザ を ソシキ して シマ の ここかしこ を うって まわる。 だから これ こそ ホントウ の イミ での、 ジュンスイ に キョウド の デントウ から うまれた ノウミン ゲイジュツ で ある と いえよう。 シバイ は たいがい ネン に 2 カイ、 5 ガツ と ショウガツ と に もよおされる ので、 その ジブン に この シマ へ わたれば、 スモト、 フクラ、 ユラ、 シヅキ など の マチ を ハジメ、 いたる ところ の ザイショ で やって いる。 おおきな マチ では ジョウセツ の コヤ を かりる こと も ある けれど、 フツウ は ノテン に マルタ を くんで ムシロ で カコイ を する の で ある から、 アメ が ふれば イリカケ に なる。 そういう ワケ で アワジ には ずいぶん ネッシン な ニンギョウ キチガイ が めずらしく なく、 その ドウラク が こうじる と、 ヒトリ で つかう こと の できる ちいさな ユビニンギョウ を もって マチ から マチ を カドヅケ して あるき、 よびこまれれば ザシキ へ あがって サワリ の ヒトクサリ を かたりながら おどらせて みせる と いう よう なの も あり、 ニンギョウ を あいする あまり には カサン を トウジン する の は おろか、 ホントウ に ハッキョウ する モノ さえ も ある。 ただ おしい こと に それほど の キョウド の ホコリ も だんだん ジセイ の アッパク を うけて スイビ に むかいつつ ある ケッカ、 ふるい ニンギョウ が しだいに シヨウ に たえなく なる のに、 あたらしい カシラ を うって くれる サイクニン が いなく なった。 イマ ニンギョウシ と ナ の つく モノ は アワ の トクシマ-ザイ に すんで いる テングヒサ と、 その デシ の テングベン と、 ユラ の ミナト に いる ユラカメ との 3 ニン しか ない が、 その ウチ ホントウ に ウデ の できて いる テングヒサ は、 もう 60 か 70 に なる ジイサン で、 もし この ヒト が しんで しまえば エイキュウ に この ギジュツ は ほろびる で あろう。 テングベン は オオサカ へ でて ブンラク の ガクヤ を てつだって いる けれど、 シゴト と いう の は ムカシ から ある ニンギョウ の ナオシ を したり、 ゴフン を ぬりかえたり する くらい に すぎない。 ユラカメ も センダイ の オトコ は いい もの を つくった が、 イマ の ダイ と なって から は リハツシ か ナニ か を ホンギョウ と して、 その カタテマ に やはり ツクロイ を する だけ で ある。 シバイ の ほう では あたらしい もの が えられない から、 ふるい カシラ を できる だけ テイレ を して つかう。 それで マイトシ、 ボン と クレ と には、 ホウボウ の ザ の ハソン した ニンギョウ が シュウゼン の ため に ニンギョウシ の ところ へ イクジュウ と なく あつまって くる ので、 そういう とき に ゆきあわせれば、 こわれた カシラ の ヒトツ や フタツ は やすく ゆずって もらえる と いう。
 そんな ハナシ を どこ から か くわしく しらべて きた ロウジン は、 「コンド は どうしても ニンギョウ を テ に いれる」 と りきんで いた。 じつは このあいだ ブンラク で つかいふるした もの を ゆずりうける よう に いろいろ テ を まわした の が うまく ゆかない で、 「アワジ へ いけば かえます よ」 と、 ヒト に おしえられた の だ そう で ある。 そして ジュンレイ の みちすがら には、 シバイ を みて まわる ばかり で なく、 ユラ の ミナト の ユラカメ を おとない、 ニンギョウムラ の ゲンノジョウ の イエ に ゆき、 カエリミチ には フクラ から フネ で、 ナルト の シオ を みて トクシマ へ わたり、 テングヒサ にも あって こよう と いう の で ある。
「カナメ さん、 なんと のどか な もん じゃあ ない か」
「のどか です ねえ、 じつに。―――」
 カナメ は コヤガケ の ナカ へ はいる と そう いって ロウジン と メ を みあわせた。 のどか、 ―――まったく ここ の カンジ は 「のどか」 の コトバ で つきて いる。 いつ で あった か 4 ガツ の スエ の あたたかい ヒ に ミブ キョウゲン を み に いった とき、 オテラ の ケイダイ の うらうら と した ハル の キブン が サジキ に いて も うっとり ネムケ を もよおして、 あそんで いる コドモ たち の がやがや いう ハナシゴエ や、 ロテン で ダガシ や オメン を うって いる エンニチ アキンド の テント-バリ が ビイドロ の よう に ヒ に ひかる の や、 その ホカ イロイロ の ザツオン が ブタイ で えんぜられて いる キョウゲン の、 マノビ の した ユウチョウ な ハヤシ と ヒトツ に とけて きこえて くる ナカ で、 つい とろとろ と いい ココロモチ に ねむりこけて は、 また はっと して メ を さます。 2 ド も 3 ド も、 とろとろ と して は はっと メ を さます。 ………その おなじ こと を ナンド か くりかえす の で ある が、 メ を さます ごと に ブタイ を みる と、 サッキ の キョウゲン が まだ つづいて いて、 ユウチョウ な ハヤシ が いぜん と して きこえ、 サジキ の ソト は あいかわらず ヒ が うらうら と テント-バリ に ひかって いて コドモ たち が がやがや あそんで おり、 ながい ハル の イチニチ は いつ に なって も くれる こと は しらない か の よう に、 ………ヒルネ を しながら マトマリ の ない ユメ の カズカズ を イクツ とも なく ゆめみて は さめ、 ゆめみて は さめ した か の よう に、 ………タイヘイ の ミヨ の アリガタサ と いおう か、 トウゲン の クニ と いおう か、 ヒサシブリ に ウキヨ を はなれた のんびり と した ココロモチ に なって、 こんな こと は おさない ジブン に ニンギョウ-チョウ の スイテングウ で 75 ザ の オカグラ を みた イライ で ある と おもった が、 この コヤガケ の ナカ の キブン は ちょうど あれ と おなじ で ある。 ヤネ にも シホウ にも ムシロ が はって ある とは いう ものの、 ムシロ と ムシロ との アワセメ が スキマ-だらけ で、 ケンブツセキ に ニッコウ の ハンテン が でき、 トコロドコロ に アオゾラ が みえたり カワラ の クサ の すいすい と のびた の が のぞいて いたり して、 アタリマエ なら タバコ の ケムリ で にごって いる はず の ジョウナイ の クウキ が、 ゲンゲ や タンポポ や ナノハナ の ウエ を わたって くる カゼ で ノテン の よう に からり と して いる。 バセキ の ヒラドマ に あたる ところ は ジベタ へ ゴザ を しいた ウエ に ザブトン が ならべて あって、 ムラ の コドモ たち が ダガシ や ミカン を たべながら シバイ の ほう は ソッチノケ に、 そこ を ヨウチエン の ウンドウジョウ の よう に して さわいで いる ヨウス は、 やはり サトカグラ の ジョウシュ と カワリ は ない。
「なるほど、 これ は また ブンラク とは だいぶ ちがう ね」
 3 ニン は ベントウ の ツツミ を テ に もった まま しばらく アシ も ふみこめない で、 コドモ たち の チョウリョウ する の を ぼんやり たって ながめて いた。
「とにかく はじまって は いる ん です な、 ニンギョウ が うごいて います から。―――」
 カナメ の メ には、 その ヨウチエン サワギ の ムコウ に ちらちら して いる コウケイ が、 ベンテンザ で みた ジョウルリゲキ とは シュルイ の ちがった、 ヒトツ の オトギバナシ の クニ ―――ナニ か ドウワテキ な タンジュンサ と アカルサ と を もつ ゲンソウ の セカイ――― で ある よう に うつった。 ブタイ には イチメン に アサガオ の モヨウ の ついた ユウゼン の マク が たれて いて、 たぶん ジョマク の ホタルガリ の ところ で あろう、 コマザワ らしい わかい サムライ の ニンギョウ と、 ミユキ らしい うつくしい オヒメサマ の ニンギョウ と が、 フネ の ウエ で オウギ を かざしながら ヒザ を すりよせて うなずきあったり、 ささやいたり して いる。 バメン から いえば エン な ところ で ある けれども、 タユウ の コエ も シャミセン の ヒビキ も いっこう ジョウナイ に とおらない ので、 ただ その かわいい フタリ の ダンジョ の うごく の ばかり を みて いる と、 ブンゴロウ など が つかう よう な シャジツテキ な カンジ では なく、 ニンギョウ たち も ムラ の コドモ と イッショ に なって、 ムジャキ に、 あどけなく、 あそんで いる か の よう で ある。
 オヒサ は サジキ に しよう と いう の を、 ニンギョウ シバイ は シタ から みる に かぎる と いう イケン の ロウジン は 「ここ が いい ね」 と ことさら ドマ へ セキ を とった ので、 ワカバ の もえる コロ では ある が、 すわって いる と うすい ザブトン を へだてて ジベタ の シッケ と ソコビエ と が かんぜられる。
「オイド が ちみとうて かなわん わ」
 と、 オヒサ は シリ の シタ に フトン を 3 マイ も いれながら、
「なあへ、 こない な とこ に おいやしたら ドク どす え」
 と、 しきり に サジキ に かわる こと を すすめる けれど、
「まあまあ、 こういう ところ へ きて そんな ゼイタク を いう もん じゃあ ない。 ここ で みなけりゃ やっぱり ジョウ が うつらない から、 つめたい の は シンボウ する さ。 これ も ハナシ の タネ だあね」
 と、 ロウジン は とりあげる ケシキ も ない。 しかし そう いう トウニン も ひえて くる の が こたえる と みえて、 スズ の チョウシ を アルコール の ロ で あたためながら、 すぐ もう サケ を はじめる の で あった。
「ごらん、 この ヘン の ヒトタチ は ミンナ ワレワレ の オナカマ だね、 ああして ジュウバコ を もって きて いる。―――」
「なかなか リッパ な マキエ の が あります ね。 ナカ に はいって いる もの も、 タマゴヤキ だの ノリマキ だの にた よう な もの ばかり じゃ ない です か。 この ヘン では しじゅう こういう シバイ が ある んで、 ベントウ の オカズ も しぜん と イッテイ して いる ん でしょう な」
「この ヘン に かぎった こと じゃあ ない さ。 ムカシ は みんな ああ だった んで、 オオサカ アタリ じゃ つい キンネン まで その シュウカン が のこって いたあ ね。 イマ でも キョウト の キュウカ なぞ だ と、 オハナミ なんか には コゾウ に ベントウ と サケ を さげさして でかけて いく の が たくさん ある。 そうして ムコウ で チロリ を かりて オカン を つけて、 あまった サケ は また ビン に いれて もって かえって サカシオ に つかう と いう ん だ が、 じっさい ありゃあ いい カンガエ だね。 エドッコ に いわせる と キョウト の ヒト は シミッタレ だ と いう けれど、 デサキ で まずい もの を くう より その ほう が いくら リコウ だ か しれない。 だいいち ザイリョウ が わかって いる から アンシン して たべられる」
 みわたした ところ、 おいおい キャク が つまって きた ドマ の あちこち には、 おもいおもい に ワ を つくって ちいさな エンカイ が はじまって いた。 ヒ が たかい ので オトコ の キャク は すくない けれど、 マチ の ニョウボウ らしい の や ムスメ らしい の が めいめい コドモ たち を つれて、 ナカ には チノミゴ を だいたり して、 あそこ に ヒトカタマリ、 ここ に ヒトカタマリ と いう ふう に、 トコロドコロ に ジン を とって は、 ブタイ の シバイ には トンジャク なく、 ジュウバコ の グルリ に マドイ しながら たべて いる ので、 その ニギヤカサ、 ソウゾウシサ と いったら ない。 ここ の コヤ でも ニコミ の オデン と マサムネ ぐらい は うって いて、 それ で サカモリ を ひらく の も ある が、 ダイブブン の ヒト は ミナ ソウトウ に カサ の ある フロシキヅツミ を ジサン して いる。 メイジ ショネン の アスカヤマ へ でも いった ならば、 ハナミドキ には さだめし こんな コウケイ が みられた で あろう。 カナメ は マキエ の クミジュウ など と いう もの を ジダイオクレ の ゼイタクヒン だ と おもって いた のに、 ここ へ きて みて はじめて それ が さかん に ジッサイ に もちいられて いる の を しった。 なるほど ウルシ の ウツワ の カンジ は、 タマゴヤキ や ニギリメシ の イロドリ と いかにも うつくしく チョウワ して いる。 ナカ に つまって いる ゴチソウ が さも おいしそう で ある。 ニホン リョウリ は たべる もの で なく みる もの だ と いった の は、 ニ の ゼン-ツキ の ケイシキ-ばった エンカイ を ののしった コトバ で あろう が、 この はなやか な、 コウハク サマザマ な ベントウ の ナガメ は、 ただ きれい で ある ばかり で なく、 なんでも ない タクアン や コメ の イロ まで が へんに うまそう で、 たしか に ヒト の ショクヨク を そそる。
「ひえる ところ へ もって きて、 サケ が はいった もん だ から、………」
 と、 ロウジン は サッキ から 2 ド も 3 ド も コヨウ を たし に たって いった。 が、 ダレ より も こまって いる の は オヒサ で、 じつは バショガラ が バショガラ だ から、 なるべく そんな こと が ない よう に デガケ に すまして きた の だ けれど、 キ に する と なお もよおす もの だし、 ムシロ の シタ から セスジ の ほう へ ツメタサ が はいあがって くる の に くわえて、 いけぬ クチ ながら フタツ ミッツ ロウジン の アイテ を したり、 ジュウバコ の もの を つまんだり した の が テキメン に きいて きた の で ある。
「どこ どす?………」
 と いって、 イチド カノジョ は たちあがった が、
「オヒサ さん には とても ダメ です よ」
 と、 カナメ が もどって きて カオ を しかめた。 きけば カコイ の して ない ところ へ コエオケ が フタツ ミッツ ならべて あって、 オトコ も オンナ も たちながら ヨウ を たす の だ と いう。
「ワテェ……… どう しょう?………」
「いい やな、 オマエ、 みられる の は オタガイサマ だあな」
「それ かて、 たった なり で できます かいな」
「キョウト では よく オンナ が そうして いる じゃ ない か」
「あほらしい。 まだ そんな こと した こと おへん え」
 どこ か その ヘン まで いったら ウドンヤ か ナニ か ある だろう と いわれて でて いった オヒサ は、 それから コイチ ジカン も して かえって きた。 マチ まで いって、 ウドンヤ の マエ も、 メシヤ の マエ も とおりすぎて みた けれど、 なんだか はいりにくく も あり、 どこ の ミセ も ウスキミ が わるそう なので、 とうとう ヤドヤ まで あるいて しまって、 カエリ は クルマ で もどって きた と いう の で ある。 それにしても ここ に きて いる わかい ムスメ や ニョウボウ たち は どう する の だろう、 ミンナ あの オケ へ ゆく の だろう か と、 ヨケイ な シンパイ を して いる うち に、 やがて 3 ニン の ウシロ の ほう で メイワク な こと が はじまった。 ―――コドモ を だいた カミサン が、 ドマ の トオリミチ で キモノ の マエ を ひらけさせて、 スイドウ の セン を ぬいた よう な オト を させて いる の で ある。
「こいつ は ちっと ヤバン-すぎる。 ベントウ を たべて いる ハナサキ は ひどい」
 と、 ロウジン も これ には まいった と いう カオツキ で ある。
 ブタイ の ほう では ケンブツセキ の ラッカ ロウゼキ を そしらぬ ふう で、 ナンニン-メ か の タユウ が ユカ へ あがって いた。 カナメ は ヒル の サケ が きいた の と、 マワリ の ソウオン が はげしい の と で ジョウキ した せい か、 ただ ちらちら と メ に うつる もの を かんじて いる だけ に すぎない の だ が、 それでいて けっして タイクツ でも なければ ミミザワリ でも ない。 この カイカン は あたかも あかるい ユブネ の ナカ で、 ハダ は こころよい ヌルマユ に つかって いる の に にて いる。 あたたかい ヒ に フトン に くるまって うとうと と アサネボウ を する、 ―――その のんびり した、 ものうい よう な、 あまい よう な キブン にも にて いる。 ぼんやり ながめて いた アイダ に、 いつのまにか アカシ の フナワカレ の ダン が すみ、 ユミノスケ の ヤシキ も、 オオイソ の アゲヤ も、 マヤガタケ の ダン も すんで しまった らしく、 イマ やって いる の は ハママツ の コヤ の よう だ けれど、 ヒ は まだ ヨウイ に かげりそう な ケハイ も なく、 テンジョウ を あおぐ と ムシロ の スキマ から ケサ きた とき と おなじ アオゾラ が キゲン の よい イロ を のぞかせて いる。 こういう オリ には シバイ の スジ なぞ そう キ に とめる ヒツヨウ は ない。 ただ うっとり と ニンギョウ の うごく の を みつめて いれば タクサン で ある。 そして ケンブツニン たち の がやがや いう の が、 いっこう ジャマ に ならない のみ か、 イロイロ の オト、 イロイロ の シキサイ が、 マンゲキョウ を みる よう に、 はなやか に、 メ も あや に いりみだれながら、 こんぜん と した チョウワ を たもって いる の で ある。
「のどか です なあ。―――」
 と、 カナメ は もう イッペン その コトバ を くりかえした。
「しかし ニンギョウ も おもいのほか だよ、 ミユキ を つかって いる の なんぞ は そう ヘタ でも ない じゃ ない か」
「そう です ねえ、 もうすこし ゲンシテキ な ところ が あって も いい はず です ねえ」
「こういう もの は どこ で やって も だいたい カタ が きまってる ん だな、 ギダユウ の モンク に カワリ が ない イジョウ、 テジュン が おなじ に なる わけ だ から」
「アワジ トクユウ の カタリカタ、 と いう よう な もの は ない ん でしょう か」
「きく ヒト が きく と、 アワジ ジョウルリ と いって いくらか オオサカ とは ちがう ん だ そう だ が、 ワタシ なんか には わからない ね」
 いったい、 「カタ に はまる」 とか 「カタ に とらわれる」 とか いう こと を、 ゲイドウ の ダラク の よう に かんがえる ヒト も ある けれども、 たとえば この ノウミン ゲイジュツ の ショサン で ある ニンギョウ シバイ に して から が、 とにかく これ だけ に みられる と いう の は ひっきょう 「カタ」 が ある ため では ない か。 その テン で デンデンモノ の キュウゲキ は ミンシュウテキ で ある と いえる。 どの キョウゲン にも ダイダイ の メイユウ の クフウ に なる イッテイ の フンソウ、 イッテイ の ドウサ――― いわゆる 「カタ」 が つたえられて いる から、 その ヤクソク に したがい、 タユウ の かたる チョボ に のって うごき さえ すれば、 シロウト たち でも ある テイド まで は シバイ の マネゴト を する こと が でき、 ケンブツニン も その カタ に よって ヒノキブタイ の カブキ ヤクシャ を レンソウ しながら みて いられる。 イナカ の オンセンヤド なぞ で コドモ シバイ の ヨキョウ が あったり する とき、 おしえる ほう も よく おしえ、 おぼえる ほう も よく まあ これ だけ に おぼえた もの だ と カンシン する こと が ある けれど、 メイメイ が カッテ な カイシャク を する ゲンダイゲキ の エンシュツ と ちがって、 ジダイモノ は ヨリドコロ が ある だけ に かえって オンナコドモ にも おぼえやすい の かも しれない。 カツドウ シャシン など の なかった ムカシ は、 やはり それ に かわる よう な ベンリ な ホウホウ が あった の で ある。 とりわけ わずか な セツビ と ニンズウ と で テガル に ショショ を コウギョウ して あるける ニンギョウ シバイ は、 どれほど チホウ の ミンシュウ を なぐさめた で あろう。 こうして みる と キュウゲキ と いう もの は ずいぶん イナカ の スミズミ に まで も ゆきわたって、 ふかい コンテイ を すえて いる こと が さっせられる。―――
 カナメ は アサガオ ニッキ の ナカ では ダレ でも しって いる ヤドヤ の ダン と カワドメ の ダン と を みた こと が ある だけ で、 「ヒトトセ ウジ の ホタルガリ」 とか 「ないて アカシ の カザマチ」 とか いう モンク に キキオボエ は ある けれど、 その ホタルガリ や フナワカレ や この ハママツ の コヤ の ダン や を みる の は はじめて で あった。 しかし この モノガタリ は ジダイモノ の よう で あって、 ジダイモノ に トクユウ な フシゼン に いりくんだ スジ や、 ザンコク な ブシドウ の ギリゼメ など が すくなくって、 セワモノ の よう に すなお に あかるく、 かるい コッケイミ さえ も くわえて すらすら と はこんで ある の が いい。 イツゴロ を ハイケイ に した もの か、 ホントウ に あった コトガラ か どう か、 コマザワ と いう の は クマザワ バンザン を モデル に した の だ と いう よう な ハナシ を きいた こと も ある が、 なんだか トクガワ ジダイ より も ヒトジダイ マエ の センゴク か ムロマチ-ゴロ の モノガタリ を よむ よう な ところ が ある。 オトコ が オンナ に サイバラ を おくったり、 オンナ が それ を コト で うたったり、 アサカ と いう ウバ が オヒメサマ の アト を おって クロウ を したり する の なぞ は、 ヘイアンチョウ の よう でも ある。 それでいて ジッサイ に とおい か と いう の に、 イッポウ では かなり ツウゾクミ も あり シャジツミ も あって、 げんに この バ へ でる アサカ の ジュンレイ スガタ と いい、 カノジョ の となえる ゴエイカ と いい、 この ヘン の ヒト には きわめて したしみぶかい もの で、 イマ でも アサカ の よう な スガタ で あの ウタ を うたいながら ゆく オンナ を おうおう マチ で みかける こと が めずらしく ない の を おもえば、 カントウ の ヒト が ジョウルリゲキ を みる の と ちがって、 サイゴク の ヒト は あんがい ジブン の シンペン に ちかい ジジツ の よう に かんずる の で あろう。
「いや、 これ は アサガオ ニッキ なんで いけない ん だね」
 と、 ロウジン は ナニ を おもいだした の か とつぜん いった。
「タマモ ノ マエ とか、 イセ オンド とか、 ああいう もの は なかなか オオサカ とは ちがって いて おもしろい そう だよ」
 なんでも ブンラク アタリ では ザンニン で ある とか みだら で ある とか いう カド で きんぜられて いる モンク や シグサ を、 アワジ では コテン の スガタ を くずさず、 イマ でも ソノママ に やって いる、 それ が ヒジョウ に かわって いる と いう ハナシ を ロウジン は きいて きた の で あった。 たとえば タマモ ノ マエ なぞ は、 オオサカ では ふつう サンダンメ だけ しか ださない けれども、 ここ では ジョマク から とおして やる。 そう する と その ナカ に キュウビ ノ キツネ が あらわれて タマモ ノ マエ を くいころす バメン が あって、 キツネ が オンナ の ハラ を くいやぶって チダラケ な ハラワタ を くわえだす、 その ハラワタ には あかい マワタ を つかう の だ と いう。 イセ オンド では 10 ニン-ギリ の ところ で、 ちぎれた ドウ だの テ だの アシ だの が ブタイ イチメン に サンラン する。 キバツ な ほう では オオエヤマ の オニタイジ で、 ニンゲン の カシラ より も もっと おおきな オニ の カシラ が でる。
「そういう やつ を みなけりゃあ ハナシ に ならない、 アシタ の ダシモノ は イモセヤマ だ そう だ から、 こいつ は ちょっと ミモノ だろう よ」
「ですが アサガオ ニッキ だって、 トオシ で みる の は はじめて の せい か ボク には そうとう おもしろい です よ」
 カナメ には ニンギョウ ツカイ の コウセツ など こまかい ところ は わからない が、 ただ ブンラク の と ヒカク する と、 ツカイカタ が あらっぽく、 ヤワラカミ が なく、 なんと いって も ひなびた カンジ の ある こと は まぬかれられない。 それ は ヒトツ には ニンギョウ の カオ の ヒョウジョウ や、 イショウ の キセカタ にも よる の で あろう。 と いう の は、 オオサカ の に くらべて メハナ の セン が どこ か ニンゲンバナレ が して、 かたく、 ぎごちなく できて いる。 タテオヤマ の カオ が ブンラクザ の は ふっくら と マルミ が ある のに、 ここ の は フツウ の キョウニンギョウ や オヒナサマ の それ の よう に オモナガ で、 つめたい たかい ハナ を して いる。 そして オトコ の アクヤク に なる と、 イロ の アカサ と いい、 カオダチ の キミ の ワルサ と いい、 これ は また あまり に キカイ シゴク で、 ニンゲン の カオ と いう より は オニ か バケモノ の カオ に ちかい。 そこ へ もって きて ニンギョウ の ミノタケ が、 ―――ことに その カシラ が、 オオサカ の より も ひときわ おおきく、 タチヤク なぞ は ナナツ ヤッツ の コドモ ぐらい は ありそう に おもえる。 アワジ の ヒト は オオサカ の ニンギョウ は ちいさすぎる から、 ブタイ の ウエ で ヒョウジョウ が ひきたたない。 それに ゴフン を みがいて ない の が いけない と いう。 つまり オオサカ では、 なるべく ニンゲン の ケッショク に ちかく みせよう と して カオ の ゴフン を わざと ツヤケシ に する の だ が、 それ と ハンタイ に できる だけ とぎだして ぴかぴか に ひからせる アワジ の ほう では、 オオサカ の ヤリカタ を サイク が ぞんざい だ と いう の で ある。 そう いえば なるほど、 ここ の ニンギョウ は メダマ が さかん に カツヤク する、 タチヤク の なぞ は サユウ に うごく ばかり で なく、 ジョウゲ にも うごき、 アカメ を だしたり アオメ を つったり する。 オオサカ の は こんな セイコウ な シカケ は ありません、 オヤマ の メ なぞ は うごかない の が フツウ です が、 アワジ の は オヤマ でも マブタ が ひらいたり とじたり します と、 この シマ の ヒト は ジマン を する。 ようするに シバイ ゼンタイ の コウカ から いえば オオサカ の ほう が かしこい けれども、 この シマ の ヒトタチ は シバイ より も むしろ ニンギョウ ソノモノ に シュウチャク し、 ちょうど ワガコ を ブタイ に たたせる オヤ の よう な イツクシミ を もって、 ココ の スガタ を ながめる の で あろう。 ただ キノドク なの は、 イッポウ は ショウチク の コウギョウ で ある から ヒヨウ も ジュウブン に かけられる のに、 こっち は ヒャクショウ の カタテマ シゴト で、 カミ の カザリ や キツケ が いかにも みすぼらしい。 ミユキ でも コマザワ でも ずいぶん ふるぼけた イショウ を きて いる。 しかし フルギズキ の ロウジン は、
「いや、 イショウ は ここ の ほう が いい よ」
 と いって、 あの オビ は ムカシ の ゴロウ だ とか、 あの コソデ は キハチジョウ だ とか、 でて くる ニンギョウ の キモノ に ばかり メ を つけて、 サッキ から しきり に スイゼン して いる。
「ブンラク だって イゼン は こんな ふう だった の が、 チカゴロ ハデ に なった ん だよ。 コウギョウ の たび に イショウ を シンチョウ する の も いい が、 メリンス ユウゼン や キンシャ チリメン みたい な もの を つかわれる ん じゃ、 ブチコワシ だね。 ニンギョウ の キツケ は ノウイショウ の よう に ふるい ほど アリガタミ が ある」
 と、 そう ロウジン は いう の で ある。
 ミユキ と セキスケ との ミチユキ の アイダ に ながい イチニチ も とうとう くれて、 その マク が すんだ ジブン には カコイ の ソト は すっかり くらく なって いた。 ヒルマ の うち は サップウケイ だった コヤ の ナカ も いつしか ぎっしり キャク が つまって、 さすが に シバイ の ヨル-らしい キブン で ある。 ちょうど バンメシ の コクゲン なので、 いっそう さかん な ショウエンカイ が あっち でも こっち でも はじまって いる。 どぎつい デンキュウ が ハダカ の まま で トコロドコロ に つって ある から アカルサ も あかるい が、 まぶしい こと も ヒジョウ に まぶしい。 それに ブタイ の ショウメイ と いう の が、 キャッコウ も なければ トクベツ な ソウチ が ある の でも なく、 おなじ ハダカ デントウ が テンジョウ から たれて いる ばかり なので、 やがて タイコウキ ジュウダンメ が あく と、 ニンギョウ の カオ の ゴフン が イチド に きらきら と ハンシャ しだして、 ジュウジロウ も ハツギク も マトモ に みる こと が できない よう な キカン を ていした。 しかし タユウ は だんだん ホンショク に ちかい よう な ジョウズ なの が ユカ に あがる。 それ を イッポウ の サジキ から、 「どう だ、 ワシ の ムラ の タユウ は うまい もん だろう、 ミンナ しずか に きいて くれ」 と、 おなじ ムラ の ヒト らしい の が セイエン する と、 「オレ の ムラ の ナニナニ タユウ は もっと うまい ぞ、 イイカゲン に ひっこんで くれ」 と、 イッポウ の サジキ から バセイ を とばす。 よった イキオイ で ケンブツニン の タイハン が めいめい どっち か へ ミカタ を して ムラ と ムラ との キョウソウ が ヨ が ふける ほど はげしく なる。 サワリ の うつくしい モンク へ くる と、 ドウスルレン が イロイロ の コトバ で ハンジョウ を いれる。 そして シマイ には 「あんまり じゃ ぞえ!」 と、 ミンナ が イッショ に ナキゴエ を だして カンシン する。 おかしい の は ニンギョウ ツカイ で、 これ も バンシャク に イッパイ のんだ アト らしく ぼうっと メ の フチ を あかく しながら つかって いる の は いい の だ が、 オヤマ を つかう オトコ なぞ は カキョウ に はいる と ジブン も ニンギョウ に つりこまれて ヘン な ミブリ を する。 それ が、 ブンラク アタリ でも やる こと だ けれども、 ここ の は マイニチ ノラ で はたらく の が ホンギョウ の ヒトタチ だ から、 どすぐろく ヒ に やけた カオ に カタギヌ を つけた の が、 また その ウエ を ほんのり サクライロ に そめて、 さも いい キモチ そう に シナ を つくる ばかり で なく、 「あんまり じゃ ぞえ!」 を あびせられる と、 イト に のって ヒョウジョウ まで も して みせる。 ニンギョウ の カタ にも おいおい と キバツ な テ が でて、 アサガオ ニッキ に シツボウ した ロウジン を よろこばせる よう な シグサ が ある。 タイコウキ の ツギ の オシュン デンベエ では サルマワシ の ヨジロウ が ネドコ の ナカ へ はいろう と する とき、 いったん トジマリ を した コウシ を あけて イエ の マエ の ミチバタ に うずくまりながら ショウベン を する。 そこ へ どこ から か 1 ピキ の イヌ が あらわれて、 ヨジロウ の フンドシ を くわえて ぐいぐい ひっぱって ゆく の で ある。
 オオサカ クダリ と いう フレコミ で、 バンヅケ に おおきく ナ を だして いる ロタユウ の 「ドモマタ」 が はじまった の は 10 ジ-スギ だった が、 それから まもなく ケンブツセキ で えらい サワギ が もちあがった。 コン の ツメエリ の フク を きて 5~6 ニン の ナカマ と イッショ に クルマザ に なって のんで いた ドカタ の オヤブン-フウ の オトコ が、 いきなり ドマ に たちあがって サジキ の キャク に 「さあ こい」 と いいながら ケンカ を かって でた の で ある。 なんでも その マエ から、 ケンブツセキ が オオサカ の タユウ と いう こと に ハンカン を もつ らしい トチッコ と、 そう で ない もの との 2 ハ に わかれて ヤジ を とばしながら、 だいぶ おだやか で ない ケイセイ に なって いた ところ へ、 イッポウ の サジキ から ダレ か が ナニ か いった の が その オヤブン の シャク に さわった もの だ と みえる。 「さあ、 ヤロウ、 でて こい」 と いまにも サジキ へ とびかかろう と する ケンマク に、 「まあまあ」 と いって ナカマ の モノ が イチド に ミンナ たちあがって その オトコ を おさえつける。 オトコ は ますます いたけだか に、 ニオウダチ に なって ドゴウ しつづける。 ホカ の ケンブツ が あの オトコ を どうか しろ と さわぎだす。 おかげで せっかく の シンウチ の カタリモノ が とうとう めちゃめちゃ に されて しまった。

 その 12

「じゃあ カナメ さん、 いって くる から ね」
「ごきげん よろしゅう。 まあ、 まあ、 ホント に、 オテンキ の つづく の が ナニ より です。 ………オヒサ さん も ヒ に やけない よう に して、………」
「ふ、 ふ」
 と、 カサ の ウチ で ナスビバ が わらって、
「オクサン に よろしゅう いうと おくれやす」
 アサ の 8 ジ-ゴロ、 コウベ-ユキ の フネ が キャク を のせて いる サンバシ の ところ で、 カナメ は フタリ の ジュンレイ スガタ と タモト を わかつ こと に なった。
「どうぞ オキ を おつけ なすって。 ―――イツゴロ オタク へ おかえり に なります?」
「さあ、 ―――サンジュウサン カショ を のこらず まわっちゃあ タイヘン なんで、 イイカゲン に する つもり だ が、 ―――とにかく フクラ から トクシマ へ わたって、 それから かえります」
「オミヤゲ は アワジ ニンギョウ です な」
「うん、 そう。 その うち に ぜひ キョウト へ み に きて もらいましょう、 コンド こそ いい の を テ に いれる から」
「ええ、 ええ、 いずれ に して も ゲツマツ ジブン に イッペン オジャマ に でる かも しれません、 ちょっと あの ヘン に ツイデ も ある ん です」
 キシ を はなれて ゆく フネ の ウエ から、 カナメ は オカ に たって いる フタリ の ほう へ ボウシ を ふった。
  メイコ サンガイジョウ
  ゴコ ジッポウクウ
  ホンライ ムトウザイ
  カショ ウナンボク
 ―――カサ の シホウ に そう フデブト に しるして ある モジ が、 だんだん ちいさく よめない よう に なる。 オヒサ が しきり に ツエ を かざして ボウシ に こたえて いる の が みえる。 ああして カサ を かぶった スガタ を トオク から ながめた ところ では、 30 イジョウ トシ が ちがって も それこそ 「ほんらい トウザイ なし」 で、 いい メオトヅレ の ジュンレイ の よう では ない か。 ―――カナメ は そんな こと を かんがえながら、 やがて かすか な スズ の ネ を アト に たちさって ゆく フタリ の ウシロカゲ を みおくって いた。 「はるばる と はこぶ アユミ は たのもし や ノリ の ハナ さく テラ を たずねて」 と、 ユウベ ヤド の アルジ を シショウ に、 フタリ が イッショウ ケンメイ に ケイコ して いた ゴエイカ の モンク が おもいだされた。 ロウジン は キノウ、 これ と オキョウ の ヨミカタ と を ならう ため に おしい ところ で イモセヤマ の シバイ を きりあげて、 9 ジ から 12 ジ ちかく まで ネッシン に おそわって いた ので、 カナメ も オツキアイ に フシ を おぼえて しまった の で ある。 カレ には その ウタ の フシマワシ と、 シロハブタエ の テッコウ に おなじ キャハン を はいて、 アガリガマチ で バントウ に ゾウリ の ヒモ を むすんで もらって いた オヒサ の ケサ の イデタチ と が、 かわるがわる ココロ に うかんだ。 サイショ は ほんの ヒトバン の つもり で ついて きた の が、 フタバン に なり ミバン に なった の は、 ニンギョウ シバイ が おもしろかった から では ある が、 かたがた ロウジン と オヒサ の カンケイ に キョウミ を かんじた せい でも ある。 トシ を とる と、 なまじ リクツ が わかったり シンケイ が はたらいたり する よう な オンナ は、 うるさくて いや に なる の で あろう。 やはり ニンギョウ を あいする よう に カンタン に あいしえられる オンナ が いい の で あろう。 カナメ は ジブン に その マネ が できよう とは おもわない ながら、 なんの かの と モノ の わかった カオ を して ネンジュウ ゴタゴタ を つづけて いる ジブン の カテイ を かえりみる と、 ニンギョウ の よう な オンナ を つれて、 ニンギョウ シバイ の よう な フンソウ で、 わざわざ アワジ まで ふるい ニンギョウ を さがし に くる ロウジン の セイカツ に おのずから なる アンラクキョウ の ある こと が かんぜられて、 あんな ココロモチ に なれたらば とも おもう の で あった。
 キョウ も モウシブン の ない テンキ では ある が、 こんな ジブン に ユサン に でかける ヒマジン は あまり いない と みえて、 ユウランセン-フウ に ゆっくり と したてて ある トクトウ の キャクシツ は、 2 カイ の セイヨウマ の ほう も シタ の ニホンマ の ほう も がらん と して いる。 カナメ は テサゲカバン に もたれて タタミ に リョウアシ を なげだしながら、 ウミ の ヒカリ が ヒトケ の ない テンジョウ へ ぎらぎら ハモン を はしらせる の を ながめて いた が、 セトウチ の ハル の ナゴヤカサ は その うすあかるい センシツ に あおく うつって、 ときどき とおりすぎる シマカゲ から、 ハナ の ニオイ が シオ の カオリ と ともに しのびやか に おそって くる よう で ある。 オシャレ と たびなれない の と で 1 ニチ フツカ の リョコウ にも キガエ を ヨウイ して でた カレ は、 カエリ は ワフク で とおして いた の を、 ふと ある こと を おもいついて ダレ も いない の を サイワイ に いそいで グレイ フランネル の セビロ に きかえた。 そして、 それから ナン-ジカン か を すごした アト に アタマ の ウエ で がらがら イカリ を まきあげる オト が きこえる まで、 うとうと ねむりとおして しまった。
 フネ が ヒョウゴ の シマガミ へ ついた の は まだ ヒルマエ の 11 ジ-ゴロ で あった が、 カナメ は まっすぐ イエ へは かえらず に、 オリエンタル ホテル の ショクドウ で サン、 ヨッカ-ぶり に あぶらっこい もの を チュウショク に とり、 ショクゴ に ベネディクティン の 1 パイ を 20 プン も かかって ゆっくり と のんで から、 その あさい ヨイ の さめきれぬ うち に ヤマテ の ミセス ブレント の イエ の マエ で クルマ を おりて、 もって いた コウモリガサ の ニギリ の ハシ で モン の ヨビリン の ボタン を おした。
「いらっしゃいまし、 この カバン は?―――」
「イマ フネ から あがった ん だ」
「どちら へ?」
「2~3 ニチ アワジ へ いって きた。 ―――いる かい、 ルイズ は?」
「まだ ねてる かも しれません よ」
「オカミサン は?」
「おります、 あすこ に。―――」
 ボーイ の ゆびさす ロウカ の ツキアタリ の、 ウラニワ へ おりる カイダン の ところ に、 こっち へ セナカ を むけた まま ミセス ブレント は こしかけて いた。 イツモ は コエ を ききつける と、 23~24 カン は ありそう な ふとった カラダ を もてあつかいながら、 ずしり ずしり 2 カイ を おりて きて、 オアイソ の ヒトツ も いう の で ある のに、 キョウ は どうした の か ふりむき も しない で ニワ を みて いる。 カイコウ トウジ に たてられた か と おもわれる、 テンジョウ の たかい、 ひっそり と くらい、 マドリ の ゆったり した イエ で、 ムカシ は リッパ な ヨウカン だった の に ちがいない の が、 ひさしく テイレ を しない まま に バケモノ ヤシキ の よう に あれて いる けれど、 ロウカ から みる と その ザッソウ の おいしげった ウラニワ にも 5 ガツ の アオバ の アカルサ が みちて、 ギャッコウセン を うけて いる カミサン の ハイイロ の チヂレゲ を、 ヒトスジ フタスジ ギンイロ に すきとおらせて いる。
「どうした ん だい、 オカミサン は? あすこ で ナニ を みてる ん だい?」
「へえ、 キョウ は キゲン が わる ござんして ね、 サッキ から ないて いる ん です よ」
「ないて いる?」
「へえ、 ユウベ クニモト から オトウト が しんだ と いう デンポウ が はいった もん です から、 すっかり チカラ を おとしちまって、 ―――かわいそう に、 キョウ は アサ から すき な サケ も のみゃあ しません。 なんとか いって やって ください」
「こんにちわ」
 と、 カナメ は カノジョ の ウシロ に よって コエ を かけた。
「どうした の? マダム。 オトウト が しんだ と いう じゃ ない か」
 ニワ には ムラサキ の ハナ を つけた おおきな センダン の キ が あって、 その キ の カゲ の じめじめ した ところ に、 ザッソウ と まじって ハッカ が たくさん はえて いた。 ヒツジ の リョウリ を こしらえたり ポンチ-シュ を つくったり する とき に その ハ を つかう の だ から と いって、 はびこる まま に して ある の だ が、 しろい ジョウゼット の ハンケチ を カオ に あてながら だまって ジベタ を みつめて いる カノジョ は、 ハッカ の ニオイ が しみた か の よう に メ の フチ を あかく して いた。
「ねえ、 マダム、 ………たいへん アナタ を キノドク に おもいます」
「ありがとう」
 イクエ か の ふかい シワ に かこまれた、 カワ の たるんだ メ の ナカ から ナミダ が ヒカリ の テンセン に なって きらきら と おちた。 セイヨウ の オンナ は ナキムシ だ と いう こと を きいて いた ものの、 こんな ところ を みる の は はじめて の カナメ は、 かなしい ウタ の シラベ でも ミミ に なれない ガイコク の もの は その カナシサ が イヨウ に つよく かんぜられる の と おなじ よう に、 ミョウ に しみじみ と アワレサ が こたえた。
「オトウト は どこ で しんだ の かね?」
「カナダ で」
「イクツ に なる の?」
「48 か、 9 か、 それとも 50 か、 たぶん その くらい に なって いた でしょう」
「まだ しなない でも いい トシ だ のに。 ―――それじゃ アナタ は カナダ へ いかなけりゃ ならない ん だろう?」
「いいえ、 やめる、 いったって シヨウ が ない ん だ から」
「その オトウト と ナンネン あわなかった ん です」
「もう 20 ネン ばかり に なります、 ―――1909 ネン に、 ロンドン に いた とき あった の が サイゴ でした、 テガミ は しじゅう ヤリトリ を して いました けれど。………」
 オトウト の トシ が 50 だ と する と、 この カミサン は コトシ イクツ に なる の で あろう。 かんがえて みれば カナメ が カノジョ を しって から でも すでに 10 ネン イジョウ に なる。 まだ ヨコハマ が ジシン で イマ の よう に ならなかった ジブン、 カノジョ は ヤマテ と ネギシ と に ヤシキ を かまえて、 いつも リョウホウ に オンナ を 5~6 ニン ずつ は おいて いた。 コウベ の この イエ も その コロ から ベッソウ の よう に なって いた ばかり で なく、 そういう デミセ を シャンハイ や ホンコン アタリ にも もって、 ニホン と シナ と を マタ に かけて ときどき いったり きたり しながら、 ヒトシキリ は かなり てびろく やって いた のに、 それ が いつのまにか、 カノジョ の ニクタイ の おとろえる と ともに ショウバイ の ほう も だんだん ふるわなく なって しまった。 セカイ センソウ から こっち、 ニホン の ガイコク ショウカン は しだいに ナイチ の ボウエキショウ に シゴト を とられて ぽつぽつ ホンゴク へ ひきあげて しまう し、 カンコウキャク にも ムカシ の よう に バカ な オカネ を つかう よう なの が こなく なった の が わるい ん だ と、 トウニン は いう の だ が、 あながち それ ばかり が フシン の ゲンイン では ない で あろう。 カナメ が はじめて しった ジブン には、 カノジョ は イマ ほど モウロク して は いなかった。 ウマレ は イギリス の ヨークシャー で、 なんとか いう ジョガッコウ を でて、 リッパ な キョウイク を うけた と いう の を ジマン に して、 ニホン に 10 ナンネン も いながら どんな とき にも ニホンゴ は ヒトコト も しゃべった こと が なく、 タイガイ な オンナ たち が ショクミンチ エイゴ しか しゃべれない ナカ で カノジョ ヒトリ が セイカク な エイゴ を、 それ も ことさら むずかしい タンゴ や イイマワシ を つかい、 フランス-ゴ も ドイツ-ゴ も リュウチョウ に はなした。 そして さすが に オカミカブ の カンメ も あり、 カッキ も あり、 どこやら に まだ ウバザクラ の イロカ さえ も あって、 セイヨウジン と いう もの は イクツ に なって も わかい もの だ と カンシン させた のに、 その ノチ すこし ずつ キ が よわく なり、 キオクリョク が とぼしく なり、 オンナコドモ にも オシ が きかなく なって から、 キュウ に メ に みえて トシ を とる よう に なった の で ある。 イゼン は オキャク を つかまえて、 サクヤ は どこ の クニ の コウシャク が オシノビ で いらしった など と ホラ を ふいたり、 エイジ シンブン を ひろげながら ボコク の トウヨウ セイサク を ろんじて ケム に まいたり した もの だ けれど、 コノゴロ では とんと そういう ヤマケ は なく、 ただ ウソ を つく クセ だけ が ビョウキ の よう に なって しまって、 すぐに ソコ の われる よう な こと ばかり を いう。 あの イセイ の よかった カミサン が、 どうして こんな に なった の か フシギ な キ が する が、 おそらく サケ の せい なの だろう と、 カナメ は そう おもう こと が あった。 じっさい アタマ の ハタラキ が にぶく なって、 カラダ が ぶくぶく ふくれる の と イッショ に、 カノジョ の すごす ウイスキー の リョウ は ますます まして ゆく イッポウ で、 よって も ムカシ は シマリ が あった のに、 イマ では さらに タワイ が なく、 アサ から せいせい と イキ を きらせて いる し、 ボーイ の ハナシ では ツキ に 2~3 ド は ジンジ フセイ に なる と いう し、 ケツアツ の たかい ニンゲン の ヒョウホン の よう な カッコウ を して、 いつ ぼっくり と いって しまう かも しれない の で ある。 そんな ふう だ から、 セケン の ケイキ フケイキ に かかわらず、 ここ の イエ が ハンジョウ する はず は ない ので、 キ の きいた オンナ は シャッキン を ふみたおして にげて しまう、 コック や アマ は サケ の アガリダカ を くすねる、 イチジ は エイリョウ ショクミンチ アタリ から ジュンスイ の キンパツシュ が いれかわり たちかわり きて いた こと も あった の が、 この 2~3 ネン は アイノコ か ロシアジン ばかり に なって しまって、 それ も いちどきに 3 ニン イジョウ そろって いる こと は ない の で あった。
「マダム、 ………かなしい の は ムリ も ない が、 そう ないて ばかり いて カラダ に さわったら いけない じゃ ない か。 イツモ の アナタ にも にあわない、 ゲンキ を だして サケ でも のんで みる と いい。 ニンゲン は アキラメ と いう こと が カンジン だ から。………」
「ありがとう、 ホントウ に シンセツ に いって くだすって ありがとう。 だけども アタシ には ヒトリ しか ない オトウト なん です。 ………それ は ダレ だって イチド は しにます。 ………どうせ しぬ に きまって います。 ………それ は わかって います けれども、………」
「そう だ とも。 ………ホントウ に そう だ とも。 ………そう おもって あきらめる より シカタ が ない ん だ。………」
 トシ を とって ダレ にも アイテ に されなく なった シュクバ の チャヤ の ゲイシャ なぞ で、 ナジミ でも ない キャク を つかまえて くどくど と ミノウエ の フコウ を うったえ、 アンカ な カンショウ に トウスイ したがる よう なの が ある。 ここ の カミサン の も つまり は それ で、 かなしい の には ちがいなかろう が、 ヒト から やさしく イワレタサ に オモワセブリ な ポーズ を とったり、 しばいじみた セリフ を つかったり して いる ので、 ヘイソ の ウソ を つく クセ が こういう とき にも その カンガイ を コチョウ させず には おかない の で あろう。 しかし それ にも かかわらず、 この ゾウ の よう に オオガラ な ガイコク の ロウフジン の ナゲキ には なんだか ココロ が うごかされる。 イナカ ゲイシャ の やすっぽい ナミダ と おなじ もの で ありながら、 おろか にも その カンショウ に ひきこまれて ジブン まで が メガシラ の うるむ よう な カンジ に なる。
「すみません、 ホントウ に、 ………ヒトリ で ないて いれば いい のに、 アナタ まで かなしく させて しまって。………」
「なあに、 そんな こと は なんでも ない。 それ より アナタ こそ カラダ を ダイジ に しなければ いけない よ、 ヒトリ の オトウト が しんだ から と いって ジブン も ビョウキ に なって いい わけ は ない ん だ から。………」
 アイテ が ニホン の オンナ だったら こんな ハ の うく よう な コトバ が クチ から でる はず は ない と おもう と、 カナメ は われながら ばかばかしく も あり はずかしく も あった。 いったい どうした と いう の かしら? ルイズ の こと ばかり かんがえて きた のに フイ を うたれた せい かしらん? それとも ヨウキ の カゲン かしらん? ジブン は かつて イマ の コトバ の ハンブン も の ヤサシサ の ある ニホンゴ で、 ツマ を でも なくなった ハハオヤ を でも いたわった こと は なかった のに、 エイゴ と いう もの は かなしい コクゴ なの かしらん?………
「ナニ を してた の、 マダム に つかまってた ん じゃ ない の?」
 と、 2 カイ へ あがる と ルイズ が いった。
「うん、 よわった よ どうも。 ………ボク は ああいう しめっぽい ハナシ は きらい なん だ が、 なかれて みる と にげよう にも にげられない で、………」
「ふ、 ふ、 おおかた そんな こと だろう と おもってた のよ。 くる ヒト くる ヒト を つかまえて イッペン は なかない と すまない ん だ から」
「それでも まさか、 なく の は ウソ じゃ ない ん だろう な」
「そりゃあ オトウト が しんだ ん だ から、 かなしい の は かなしい でしょう。 ………アナタ、 アワジ へ いった ん だって?」
「うん」
「ダレ と?」
「ニョウボウ の オヤジ と、 オヤジ の メカケ と、 3 ニン-ヅレ で、………」
「ふん、 ダレ の メカケ だ か わかった もん じゃ ない」
「なあに、 ホントウ だよ、 もっとも その メカケ に しょうしょう ほれて いる こと は ジジツ なん だ が、………」
「そんなら なにしに ここ へ きた のよ?」
「ナカ の いい ところ を みせつけられた から、 いささか ウップン を はらし に きた のさ」
「ゴアイサツ だ わね、………」
 しらない モノ が もし この カイワ を ヘヤ の ソト に いて きいた と したら、 しゃべって いる オンナ が クリイロ の ダンパツ に チャイロ の ヒトミ を した シュゾク で あろう とは、 ダレ が ソウゾウ する で あろう。 それほど ルイズ は ニホンゴ を たくみ に はなす の で ある。 カナメ は コノゴロ でも、 しゃべりながら ふと メ を つぶって、 その コエ の チョウシ と、 アクセント と、 コトバヅカイ だけ を ミミ に して いる と、 ちょうど イナカ の コリョウリヤ で シャクフ を アイテ に して いる バメン が うかぶ の で ある。 ただ ガイコクジン の カナシサ には その ハツオン に どこ か トウホク ナマリ の よう な ヒビキ が あって、 それでいて いう こと が おそろしく コウシャ で ある だけ に、 ホウボウ を わたりあるいた スレッカラシ の ジョキュウ の コトバ に なって いる こと を、 トウニン は ゆめにも しらない らしい。 が、 ともかくも しばらく その コエ を きいた アト に ふたたび メ を ひらいて シツナイ を みる と、 なんと いう おもいがけない コウケイ で あろう、 カノジョ は ケショウダイ の マエ の イス に もたれて、 マンシュウチョウ の カンプク に にせた シシュウ の ある パジャマ の ウワギ だけ を、 ようよう シリ と スレスレ に きて いる シタ は パンツ の カワリ に スネ イチメン の オシロイ を はいた アシ の サキ へ、 フランス-ガタ の カカト の ついた アサギイロ の キヌ の パントゥフル を、 その ツマサキ を 2 ソウ の かわいい センコウテイ の ヘサキ の よう に とがらして いる の で ある。 そう いえば この オンナ は スネ ばかり で なく、 ほとんど ゼンシン へ うすく オシロイ を ひく らしい。 カナメ は ケサ も フロ から あがって それ だけ の シタク を する アイダ 30 プン イジョウ も まって いなければ ならなかった。 カノジョ ジシン に いわせれば ハハオヤ の ほう に トルコジン の チ が まじって いる と いう こと で、 その ハダ の イロ の ハクセキ で ない の を かくそう ため に して いる の だ が、 ジツ を いう と カナメ を サイショ に ひきつけた もの は その どこやら に ニゴリ を ふくんだ あさぐろい ヒフ の ツヤ で あった。 「キミ、 この オンナ なら パリ へ いったって ソウトウ に ふめる ぜ、 こんな オンナ が コウベ アタリ に うろついて いよう とは おもわなかった」 と、 ある とき カレ に アンナイ された フランス-ガエリ の トモダチ は いった。 その ジブン、 ―――と いう の は イマ から 2~3 ネン マエ、 カナメ は ニホンジン で ありながら トクベツ に デイリ を ゆるされて いた ヨコハマ ジダイ の ヨシミ を おもって ふと この イエ を たずねた オリ に、 カノジョ は ポーランド の ウマレ だ と いって ホカ の フタリ の オンナ と イッショ に シャンパン の フルマイ に あずかる べく アイサツ に でて きた の で ある。 カノジョ は まだ、 コウベ へ きて から ミツキ には ならない と いって いた。 センソウ で クニ を おわれて、 ロシア にも い、 マンシュウ にも い、 チョウセン にも い、 その アイダ に イロイロ の コトバ を おぼえた とか で、 ホカ の フタリ の ロシア ウマレ の オンナ とは ジユウ に ロシア-ゴ で はなした。 「パリ へ いけば ワタシ は ヒトツキ で フランスジン と おなじ よう に しゃべって みせる」 と ジマン を する だけ の もの は あって、 ゴガク は カノジョ の めぐまれた サイノウ で ある らしく、 3 ニン の ウチ で この オンナ のみ が カミサン の ブレント フジン や、 ヤンキー の ヨッパライ など を ムコウ に まわして、 エイゴ で てきぱき わたりあう こと が できた の で ある。 けれど カノジョ が ニホンゴ を まで それほど ジザイ に あやつろう とは! バラライカ や ギタルラ を バンソウ しながら スラヴ の ウタ を うたう クチ から、 ヤスギブシ や オウリョッコウブシ を ヨセゲイニン に おとらぬ フシマワシ で きかせる ほど、 それほど ワルダッシャ で あろう とは! いつも エイゴ で ばかり はなして いた カナメ が、 それ を しって おどろかされた の は つい サイキン の こと なの で ある。 どうせ こういう シュルイ の オンナ は ジブン の カコ を ショウジキ に いう もの で ない こと は ショウチ して いた が、 その ノチ カレ は カノジョ が ホントウ は チョウセンジン と ロシアジン との コンケツジ で ある こと を ボーイ から きいた。 カノジョ の ハハ は イマ でも ケイジョウ に すんで いて、 ときどき テガミ を よこす と いう。 なるほど それなら オウリョッコウブシ の ジョウズ な こと も、 ゴガク の シュウトク の はやい こと も うなずかれる。 ただ トウニン の はなした イロイロ の ウソ の ナカ で、 はじめて あった とき に トシ を 18 だ と いった の は、 あるいは それ だけ が ひょっと する と ホントウ に ちかい の かも しれない、 なぜなら ジッサイ に みた ところ でも コトシ で せいぜい ハタチ ぐらい の ワカサ に しか おもえない し、 ヨウボウ の わり に いう こと や する こと が ソウジュク なの は、 そういう サッキ な オイタチ を した オオク の ショウジョ に のがれられない ウンメイ で ある から。
 べつに どこ と いう きまった ス も なく かこって ある モノ も ない カナメ には、 ヒゴロ ツマ から えられない もの を みたして くれる と いう テン では ダレ より も いちばん コノミ に かなった せい か、 しりあって から キョウ まで の 2~3 ネン の アイダ と いう もの、 イツモ の ウツリギ な ショウブン にも にず この オンナ に よって もっとも おおく ヒトリネ の アジキナサ を なぐさめられて きた の だ が、 カレ は その リユウ と して、 ニホンジン を めった に いれない イエ で ある の が カクレアソビ に ツゴウ が よい こと、 チャヤ へ ゆく より も ジカン や ヒヨウ が ケイザイ で ある こと、 オンナ と ジブン ジシン と を ドウブツ と して あつかう とき に、 ガイコクジン ドウシ の ほう が たがいに ハジ を わすれやすく、 それだけ アト で キ が やめない こと――― など を、 もし ヒト に きかれれば あげた で あろう し、 ジブン でも つとめて そう しんじて きた の で ある。 しかし この オンナ を 「シシ と ケナミ の うつくしい ケモノ」 と して いやしみさろう と する イシ の シタ には、 その ジュウシン に ラマ-キョウ の ブツゾウ の ボサツ に みる よう な カンキ が あふれて いる ところ を なかなか すてがたく おもう ココロ が、 あんがい つよく ネ を おろして いる ジジツ を、 われながら にがにがしく さえ かんじて いた。 イチゴン に して いう と この オンナ は、 ホリーウッド の スター ども の シャシン と、 たまに は スズキ デンメイ や オカダ ヨシコ の ショウゾウ なぞ を トコロ きらわず ピン で とめて ある バライロ の カベガミ に かこまれた ナカ に すんで いて、 カレ の ミカク と キュウカク と を よろこばす ため に ペディキュール を した アシ の コウ へ そっと コウスイ を ふって おく だけ の、 ゲイシャ ガール には おもい も よらない ヨウイ と シンセツ と を つくす の で ある。 カレ は かならずしも ツラアテ に そうした わけ では ない が、 ミサコ が スマ へ でかけた ルス に 「ちょっと コウベ へ カイモノ に いって くる」 と、 ミガル な ウンドウフク の イデタチ で でて、 ユウガタ-ゴロ には モトマチ アタリ の ショウテン の ツツミ を さげながら もどって くる の を ツネ と して いた。 こういう アソビ は カイバラ エキケン の オシエ に したがって、 ―――しかしながら その オシエ とは ハンタイ な シュミ の ウエ から、 ―――ゴゴ の 1 ジ か 2 ジ-ゴロ の ヒ の たかい アイダ を えらんで、 カエリミチ に イッペン アオゾラ を みた ほう が アトアジ が さっぱり と する し、 まったく サンポ の キブン を もって シュウシ する こと が できる の を、 ケイケン に よって カナメ は しって いた の で ある。 ただ こまる の は この オンナ の オシロイ の ウツリガ が トクベツ に つよく、 カラダ に しみついて はなれない のみ か、 きて いた ヨウフク は もちろん の こと、 ジドウシャ へ のれば その ハコ の ナカ へ いっぱい に こもる し、 イエ へ かえる と ヘヤジュウ が くさく なる こと だった。 カレ は ジブン の ミソカゴト を ミサコ が うすうす きづいて いる と いない と に かかわらず、 アダシオンナ の ハダ の ニオイ を しらせる こと は、 たとい ナバカリ の フウフ にも せよ、 ツマ への レイギ に かけて いる と おもって いた。 アリテイ に いえば、 カレ の ほう でも ミサコ の クチ に する 「スマ」 と いう の が はたして ホントウ の スマ で ある の か、 それとも もっと ちかい ところ に テキトウ な バショ を みつけて ある の か、 ときどき コウキシン を かんずる こと は ある に して から が、 しいて しろう とは ほっしない し、 なるべく ならば しらない で すむ こと を ねがって いる の と おなじ よう に、 ジブン が いつ どこ へ ゆく と いう こと は アイマイ に して おきたかった。 そして そういう ココロヅカイ から、 オンナ の ヘヤ で フク を きる マエ に いつも ボーイ に フロ を たてさせた もの で あった が、 その オシロイ は べっとり ビンツケ アブラ の よう に ねばりつく タチ の もの だ と みえて、 よほど ごしごし こすらなければ、 あらって も あらって も おちない の で あった。 カレ は しばしば この オンナ の ゼンシン の アマカワ が、 ジブン の ハダ へ ニクジュバン の よう に すっぽり かぶさって しまった キ が して、 それ を のこらず あらいおとす の に タショウ の ミレン を かんじながら、 やっぱり ジブン が おもった より も カノジョ を あいして いる こと を イシキ しない では いられなかった。
「プロジット! ア ヴォートル サンテ!」
 と、 フタツ の クニ の コトバ で いいながら、 カノジョ は うすい メノウイロ に かがやく グラス へ クチビル を つける。 この オンナ は いつも こうして、 ここ の イエ には ろく な シャンパン は ない と いう コウジツ の モト に、 ジブン が こっそり かいこんで おく ドライ モノポール を 3 ワリ も たかく うりつける の で ある。
「アナタ、 あの ハナシ かんがえて くれた?」
「いいや、 まだ、………」
「でも どうして くれる のよ、 ホントウ に?………」
「だから さ、 そいつ が まだ だ と いってる ん だよ」
「ちょっ、 いや ん なっちまう なあ、 いつでも まだ だ まだ だ って。 ―――このあいだ アナタ に はなした でしょう? アタシ の ほう は 1000 エン でも いい のよ」
「きいた よ、 そいつ は」
「じゃあ なんとか して くれない? 1000 エン ぐらい なら かんがえて みる って いった じゃ ない の」
「いった かしらん、 そんな こと を」
「ウソッツキ! だから ニホンジン は きらい だ って いう ん だ」
「おきのどくさま、 どうも ニホンジン で あいすみません。 いつか の あの、 ニッコウ へ つれて いって くれた アメリカ の オカネモチ は どうした ん だい?」
「そんな ハナシ を して いる ん じゃ ない わよ。 アナタ ホントウ に おもった より も シミッタレ ねえ! ゲイシャ ガール に なら いくらだって だす くせ に」
「ジョウダン じゃあ ない、 ボク を そんな オカネモチ だ と おもってる の が マチガイ なん だよ、 1000 エン と いえば タイキン だ から な」
 カノジョ は ケイボウ の クゼツ に いつも この テ を だす の で ある。 ハジメ は マダム に 2000 エン の カリ が ある から、 それ を たてかえて イッケンヤ を もたして くれろ と いって いた の が、 コノゴロ は すこし ヨウス を かえて、 さしあたり 1000 エン だして くれ さえ すれば ノコリ は ショウモン に して おく から と いう よう に なった。
「ねえ、 アナタ アタシ が すき なん じゃ ない の?」
「うん、………」
「ちょっと! そんな キ の ない ヘンジ を しない で、 もっと マジメ に きいて ちょうだい! ホントウ に ほれてる?」
「ホントウ に ほれてる」
「ほれてる なら 1000 エン ぐらい だしたら いい わよ。 で なけりゃ ユウタイ して あげない わよ。 ………さあ、 どっち?……… だす か ださない か?………」
「だす、 だす、 だす と いったら いい じゃ ない か、 おこるな よ そんな に、………」
「いつ だす?」
「コンド もって くる」
「コンド こそ きっと か? ウソ じゃ ない か?」
「ボク は ニホンジン だ から なあ」
「ふん、 チクショウ! おぼえてる が いい! コンド オカネ を もって こなけりゃ ゼッコウ して やる から!……… アタシ いつまでも こんな いやしい ショウバイ を してる の が いや だ から たのむ ん じゃ ない の。 ああ、 ああ、 ホント に、 なんて アタシ は フシアワセ なん だろう。………」
 それから カノジョ は シンパ の ハイユウ そっくり の クチョウ に なって、 さも あわれっぽく なみだぐんだ メ に モノ を いわせて、 いかに この カギョウ が ジブン の よう な ニンゲン には たえられない か と いう こと を セツメイ したり、 1 ニチ も はやく ムスメ が ジユウ の ミ に なれる の を まちこがれて いる ハハオヤ の キョウガイ を うったえたり、 とうとう と して テン を うらみ ヨ を のろう コトバ を つらねる。 カノジョ は ここ へ くる マエ には ジョユウ を して いた こと が ある から、 ステージ ダンス なら エリアナ パヴロヴァ アタリ には まけない くらい な ウデ が ある、 ようするに こんな ところ に いる オンナ とは タチ が ちがう、 ジブン の よう な サイノウ の ある モノ を こうして おく の は もったいない ハナシ だ、 パリ や ロス アンジェルス へ いって も リッパ に イッポンダチ が できる し、 カタギ な ホウメン なら これだけ ゴガク の テンブン が あったら ジュウヤク の ヒショ に でも タイピスト に でも なれる、 だから ジブン を すくいだして ニッカツ の サツエイジョ か、 ガイコク の ショウカン へ ショウカイ して くれろ、 そうして もらえれば ツキヅキ の もの は 100 エン か 150 エン も ホジョ して くれたら タクサン だ と いう の で ある。
「アナタ イマ だって イッペン くれば 50 エン や 60 エン は つかう じゃ ない の。 それ を かんがえたら いくら トク だ か しれ や しない のに」
「だって、 セイヨウジン を ニョウボウ に もつ と、 ツキ 1000 エン は かかる と いう ぜ。 キミ の よう な ゼイタク な オンナ が 100 エン や 150 エン で やって いける と おもう の かい」
「ええ、 いける、 きっと アタシ なら やって いける。 カイシャ へ でたら ジブン で 100 エン は かせげる ん だ から、 そう したら 250 エン に なる じゃ ない の。 まあ、 みてて ごらん よ、 リッパ に やってって みせる から。 ―――アタシ だって もう そう なったら ヨケイ な オコヅカイ を ねだったり、 キモノ を こしらえたり し や しない ん だ から。 こんな ショウバイ を して いる から だ けど、 アタシ を ゼイタク な オンナ だ と おもったら たいした マチガイ なん だ から ね。 はばかりながら イエ を もたしたら アタシ ぐらい キチョウメン で、 ムダヅカイ を しない オンナ は ない ん だ から ね」
「だけども、 シャッキン は たてかえた、 そのまま ぷいと シベリア へ でも にげて いかれたら それっきり だぜ」
 そう いう と オンナ は シンガイ な ヒョウジョウ を して みせて、 クヤシマギレ に シンダイ の ウエ で ジダンダ を ふむ。 カナメ は それ が オモシロサ に まぜっかえして いる よう な ものの、 イチジ は タショウ の コウキシン を うごかした こと も ない では なかった。 どうせ この オンナ の こと だ から かこった ところ で ナガツヅキ は しない で あろう し、 ジョウダン では なく ハルピン アタリ へ ドロン を する の が オチ で あろう が、 こっち も むしろ その ほう が ショイコミ に ならない で いい かも しれない。 カレ には そんな こと より も、 じつは ショウタク を かまえる テツヅキ が ジムテキ に ひどく オックウ な キ が した。 オンナ は フツウ の ニホンダテ の シャクヤ で いい、 カグ さえ ヨウフウ に して くれたら と いう の だ けれども、 タテツケ の がたぴし する せまくるしい ヘヤ に はいって、 あるく たび ごと に もくもく ふくれあがる タタミ を ふみながら、 ザンギリ アタマ に ユカタガケ で いられたり したら、 ―――そして ウワベ だけ にも せよ、 イマ まで の ゼイタク が うってかわって、 キュウ に キチョウメン に、 ミョウ な ところ で ショタイモチ を よく されたり したら、 ―――と、 そう おもう と なんだか オザ が さめる の で あった。 しかし オンナ の クドキグアイ で、 イイカゲン に あしらって いる うち に いつか ジョウダン が ホントウ に ならない もの でも なく、 そう なれば それ で、 ずるずる に ひきずられて ゆきかねない の だ が、 カノジョ の シュウソ は あまり シバイ が おおすぎて、 じれたり おこったり すれば する ほど ますます コッケイ に なる の で ある。 マド と いう マド には ヨロイド が おろして ある けれど、 その スキマ から さしこんで くる ショカ-らしい マヒル の アカリ が、 イロガラス を とおして きた よう な アカミ を おびて どんより モノ の リンカク を ふちどって いる ヘヤ の ナカ で、 この マンシン に オシロイ を ぬった カンギテン の ニクタイ が ウスモモイロ に そめかえられ、 トウホク ナマリ の セリフ を いう ごと に テ を あげ シリ を ふる ヨウス は、 まことに あわれ と いう より も にぎやか に いさましく、 カナメ は その オドリ を みたい ため に わざと いつまでも キ を もたせて いる の で あった。 そして どうか する と、 ダンパツ に あかい カラダ で あばれて いる スガタ を ながめながら、 この カッコウ で コン の ハラガケ を かけさせたら とんと キンタロウ ソノママ だ と おもう と、 ぷっと ふきだしたく なったり した。
 ボーイ は カレ の いいつけた とおり きっちり 4 ジ ハン に フロ を わかした。
「コンド は いつ?」
「たぶん ライシュウ の スイヨウ アタリ、………」
「じゃ、 ホントウ に オカネ を もって きて くれる?」
「わかった、 わかった」
 センプウキ の カゼ を ユアガリ の セナカ へ あびながら、 カレ は ジブン でも その ゲンキンサ に あきれる くらい、 へんに レイタン に、 そそくさ と パンツ へ アシ を とおした。
「きっと だ わね?」
「きっと もって くる」
 そう いいながら アクシュ を する とき、 「きっと もう こない ぞ」 と ココロ の ナカ では いう の で あった。
 きっと もう こない、 ―――ボーイ に モン を あけさせて、 オモテ に まって いる クルマ の ナカ へ ミ を ひそめながら、 いつでも カレ は カエリガケ に この ケツイ を かためて、 トビラ の スキマ から セップン を おくって いる オンナ の カオ へ こころひそか に エイキュウ の 「さよなら」 を なげる の で ある が、 キミョウ な こと に それ が ミッカ と つづく こと は なかった。 ミッカ が やがて イツカ と なり、 1 シュウカン と なる アイダ に、 ふたたび この オンナ に あいたい オモイ が ばかばかしい くらい きざして きて、 ずいぶん ムリ な クリアワセ を して まで イチズ に とんで くる の で ある。 あう マエ の コイシサ と あって の ノチ の ムナグルシサ、 ―――そういう ココロ の カワリカタ は この オンナ の バアイ に かぎった こと では なく、 ゲイシャ と なじんで いた ジブン にも すこし は オボエ の ある こと だ けれども、 しかし こんな に レイネツ の ド が はげしい と いう の は、 ひっきょう セイリテキ の ゲンイン に よる から なので、 それだけ ルイズ は ヨワセカタ の つよい サケ なの で あろう。 カナメ は はじめ、 カノジョ の コトバ を しんじさせられて いた コロ には、 イマ の ニホン の セイネン たち が たいがい そう で ある よう に、 その セイオウ の ウマレ で ある と いう こと に ある トクベツ な ゲンソウ と アコガレ と を いだいて いた。 おもう に この オンナ の いい ところ は、 そんな オキャク の シンリ を こころえて、 つねに チュウイ して その ハダ の キジ を みせない こと と、 そうして いれば カノジョ の ウソ が ホントウ と して ツウヨウ する テイド の シタイ を もって いる こと に ある ので、 カナメ も じつは、 その あさぐろい ヒフ の イロ には いまもって ミリョク を かんじながら、 たとい ジンコウテキ で あって も やはり ハクセキ の ニクタイ が かもす ゲンソウ を やぶりたく ない よう な キ が して、 ついぞ イチド も その オシロイ を はがさせた こと は なかった の で ある。 カレ の アタマ には 「パリ へ いって も この オンナ なら ソウトウ に ふめる」 と いった トモダチ の ヒョウカ が あんがい ふかく キオク されて いた。 カレ は クルマ に ゆられながら まだ ウツリガ が かすか に のこって いる ミギ の テノヒラ の ニオイ を かいだ。 その タナゴコロ に しみついた の は、 どういう ワケ か フロ から あがった サイゴ まで も におって いる ので、 コノゴロ は わざと そこ だけ あらわない よう に して、 なまめかしい ヒミツ を テ の ナカ へ にぎって かえる の で あった。
「コンド こそ ホントウ に これっきり だろう か、 もう ニド と いかず に いられる だろう か」
 と、 カレ は そんな こと を かんがえて も みた。 イマ の ジブン は ダレ に エンリョ を する ヒツヨウ も ない の で ある が、 カレ には へんに ドウトクテキ な、 リチギ な ところ が ある せい で あろう か、 セイネン ジダイ から モチコシ の、 「たった ヒトリ の オンナ を まもって いきたい」 と いう ユメ が、 ホウトウ と いえば いえなく も ない モッカ の セイカツ を して いながら、 いまだに さめきれない の で ある。 ツマ を うとみつつ ツマ ならぬ モノ に ナグサメ を もとめて ゆける ニンゲン は いい、 もしも カナメ に その マネ が できたら ミサコ との アイダ にも イマ の よう な ハタン を おこさず、 どうにか ビホウ して ゆけた で あろう。 カレ は ジブン の そういう セイシツ に ホコリ も ヒケメ も かんじて は いない が、 ショウジキ な ところ それ は ギリ-がたい と いう より も むしろ キョクタン な ワガママ と ケッペキ なの だ と、 ジブン では カイシャク して いた。 クニ を コト に し、 シュゾク を コト に し、 ながい ジンセイ の コウロ の トチュウ で たまたま ゆきあった に すぎない ルイズ の よう な オンナ に さえ も ハダ を ゆるす のに、 その ワクデキ の ハンブン を すら、 かんずる こと の できない ヒト を ショウガイ の ハンリョ に して いる と いう の は、 どう おもって も たえられない ムジュン では ない か。

 その 13

ハイフク
センジツ は シツレイ いたしそうろう。 あれ より ヨテイ の とおり アワ ノ ナルト トクシマ を へて キョゲツ 25 ニチ キラク、 29 ニチ オンサシタテ の キサツ サクヤ ヒケン いたしそうろう。 まことに まことに おもいのほか の ギ、 ミサ こと もとより ふつつか ながら ヒゴロ さよう なる フショゾンモノ の よう には ヨウイク いたさず そうろう ところ、 ぞくに マ が さした と もうす にや、 セツロウ この トシ に および かかる うき こと を ミミ に いたしそうろう は なんの インガ か と ヒタン やるかたなく そうろう。 だいいち オヤ の ミ と して ソコモト に たいして も オワビ の モウシヨウ も これ なく、 ふかく はじいりもうしそうろう。
すでに オンモウシコシ の ごとき ジタイ に さしせまりそうろうて は、 いまさら とかく の トリナシ は オンキキイレ も これ なかる べく、 じゅうじゅう ゴリップク の ダン さっしいりそうらえど も、 いささか ゾンジヨリ の ギ も これ あり、 キンジツ ミサコ ドウドウ ゴジュライ くだされまじく そうろう や、 しかる うえ は セツロウ より とくと ホンニン へ もうしきかせ なにとぞ して リョウケン を いれかえさせたく、 まんいち カイシュン いたさず そうらわば いかよう にも セイバイ つかまつる べく、 もし また ホンニン に おいて キョウコウ を きっと あいつつしみそうろう セツ は、 イクエ にも ゴカンベン ねがいあげそうろう。
じつは シュウシン の ニンギョウ ようよう テ に いりもうし、 キライ さっそく ゴアンナイ もうしあげたく と ぞんじながら カタ の コリ を やすめおりそうろう おりから、 ゴジョウ に せっし ボウゼン ジシツ、 とんと きょうざめもうしそうろう。 せっかく ジュンレイ の ゴリヤク も これ なく、 かえって ブツバチ を こうむりそうろう こと か と ロウジン の グチ のみ いでそうろう。
なおなお ミョウニチ にも ゴジュラク まちあげそうろう。 まず それまで は ゲンジョウ を イジ なされそうろうよう、 この ギ くれぐれも おねがい もうしあげそうろう。

「……… 『かかる うき こと を ミミ に いたしそうろう は なんの インガ か と ヒタン やるかたなく』 か、 こまった な どうも、………」
「なんと いって おやり に なった の?」
「できる だけ カンリャク には かいた ん だ けれど、 ジュウヨウ な テン は もらさなかった つもり だ。 この こと は ボク にも セキニン が あり、 ボク ジシン の キボウ でも ある、 つまり ゴブ ゴブ だ と いう テン に よくよく ネン を おした ん だ が、………」
「こう いって くる の は アタシ には わかって いた ん だ けれど、………」
 でも カナメ には イガイ で あった。 テガミ で リョウカイ を もとめる べき セイシツ の もの では ない し、 それ では ゴカイ が おこりやすい から、 ちょくせつ いって はなして くれたら と いう ミサコ の キボウ は もっとも で あり、 ジブン も それ に こした こと は なかった の だ が、 ひとまず アラマシ を いって やって、 ヒ を おいて から と いう キ に なった の は、 フイ に ロウジン を おどろかす こと の いかにも しのびがたい の と、 つい コノアイダ も イッショ に ノンキ な タビ を しながら オクビ にも ださず に いた こと を、 なんと して も メン と むかって きりだす カオ が ない から で あった。 ことに この ヘンジ にも ある よう に、 サキ は イチズ に ニンギョウ を み に きた と おもって、 すぐ その テガラバナシ に なる で あろう。 そう したら いよいよ デバナ を くじかれる。 それに カナメ は、 ロウジン の カコ の ケイレキ から みて じつは もうすこし わかって くれる よう に ヨソウ して いた。 クチ では キュウシキ な シソウ の モチヌシ の よう な こと ばかり いう ものの、 それ は ああいう ヒト に ありがち な イッシュ の キドリ、 シュミ なの で あって、 ホントウ は もっと ユウズウ も きく し、 チカゴロ の セソウ や フウチョウ にも フウバギュウ では ない はず で ある。 それ が こっち から いって やった こと を その とおり に よんで くれない のみ か、 「じゅうじゅう ゴリップク の ダン さっしいりそうらえど も」 とか 「オワビ の モウシヨウ も これ なく」 など と かいて くる と いう の は、 あんまり ケントウ が ちがいすぎる。 あの モンゴン を そのまま すなお に とって くれたら 「ふかく はじいる」 スジ は ない の だし、 なるたけ キノドク な オモイ を させまい と チュウイ して かいた つもり で ある のに、 やはり いちおう は キョウシュク した アイサツ を する の が レイギ と いう もの で あろう か。
「ボク は この テガミ には だいぶ カケネ が ある と おもう ね。 こういう ムカシフウ な ブンタイ を つかえば ナイヨウ だって キュウシキ に しなければ ウツリ が わるい から、 こいつ も シュミ で かいて いる んで、 オナカ の ナカ は これほど ヒタン やるかたない ん でも ない と おもう よ。 せっかく ニンギョウ を かざって うれしがろう と して いた ヤサキ を、 シャク に さわった ぐらい なん じゃ ない か」
 ミサコ は そんな こと は どうでも いい、 とうに チョウエツ して いる と いう ふう に、 やや あおざめた カオ を、 まったく ムヒョウジョウ に おちつかして いた。
「どう する、 オマエ は?」
「どう する と いって………」
「イッショ に いく か」
「アタシ いや だわ」
 その 「いや」 と いう コトバ を さも いや-らしく カノジョ は いった。
「アナタ が いって はなして きて ちょうだい よ」
「けども こう いって きてる ん だ から、 とにかく オマエ も いかない じゃ なるまい。 ボク は、 あって さえ しまえば あんずる より は うむ が やすい と おもって いる ん だ」
「ハナシ が わかって から いく わよ。 オヒサ なんぞ の いる ところ で オダンギ を きかされる の は まっぴら だ から」
 フタリ は めずらしく も メン と むかって タガイ の メ の ナカ を みつめながら はなして いる の で ある が、 その ギゴチナサ を かくそう と して ことさら つけつけ と モノ を いいながら ホソマキ の キンクチ を ワ に ふいて いる ツマ の ヨウス を、 オット は いささか モテアマシギミ に ながめて いた。 ツマ は ジブン では イシキ して いない よう だ けれども、 いつ とは なし に カオ や コトバ で する カンジョウ の アラワシカタ が ムカシ と かわって きて いる の は、 たしょう アソ との タイワ の クセ が でる の で あろう。 カナメ は それ を みせられる とき、 カノジョ が もはや ここ の カテイ の モノ で ない こと を ナニ より ツウセツ に かんじない わけ には ゆかなかった。 カノジョ の クチ に する ヒトツ の タンゴ、 ヒトツ の ゴビ にも 「シバ」 と いう イエ の モチアジ が こびりついて いない もの は ない のに、 それ が オット の メノマエ で あたらしい イイマワシ に とりかえられて ゆきつつ ある、 ―――カナメ は ベツリ の カナシミ が こういう ホウメン から おそって こよう とは おもいもうけて も いなかった ので、 もう すぐ アト に せまって きて いる サイゴ の バメン の クルシサ が イマ から ヨソウ される の で あった。 だが かんがえれば、 かつて ジブン の ツマ たりし オンナ は すでに コノヨ には いない の では ない か。 イマ サシムカイ に すわって いる 「ミサコ」 は まったく ベツ な ニンゲン に なって いる の では ない か。 ヒトリ の オンナ が いつしか カノジョ の カコ に まつわる インネン を リダツ して しまった こと、 ―――カレ には それ が かなしい ので、 その ココロモチ は ミレン と いう の とは ちがう かも しれない。 そう だ と すれば ク に やんで いた サイゴ の トウゲ は キ が つかない うち に とおりこして しまった の かも しれない。………
「タカナツ は なんと いって きた ん だ」
「ちかぢか に また オオサカ に ヨウ が ある ん だ けれど、 こっち が なんとか きまる まで は いきたく ない、 いって も オタク へは うかがわない で かえる って、………」
「べつに イケン は いって こない の か」
「ええ、 ………それから あの、………」
 ミサコ は エンガワ に ザブトン を しいて イッポウ の テ で アシ の コユビ の マタ を わりながら、 タバコ を もった ほう を のばして サツキ の さいて いる ニワ の オモテ へ ハイ を おとした。
「………アナタ には ナイショ に して おいて も よし、 いう なら いって も かまわない って かいて ある ん だ けれど、………」
「ふん?」
「じつは ジブン の ドクダン で、 ヒロシ には はなして しまった って いう の」
「タカナツ が かい?」
「ええ、………」
「いつ の こと なん だ」
「ハル の ヤスミ に イッショ に トウキョウ へ いった でしょう、 あの とき に」
「なんだって また ヨケイ な こと を しゃべった ん だろう」
 わざわざ キョウト の ロウジン に まで しらせて やった イマ に なって も、 まだ コドモ には いいそびれつつ すごして いた カナメ は、 さては そう だった の か と おもう と、 それ を キョウ まで ウノケ ほど も かんづかれない よう に して いた おさない モノ の ココロヅカイ が、 いじらしく も フビン でも ある イッポウ、 あまり の こと に こづらにくい ココチ さえ した。
「しゃべる つもり では なかった ん だ けれど、 ホテル へ とまった バン に ベッド を ならべて ねて いる と、 ヨナカ に しくしく ないて いる もん だ から、 どうした の か と おもって きいて みた の が ハジマリ なん ですって。………」
「そう したら?」
「テガミ だ から くわしい こと は かいて ない けれど、 オトウサン と オカアサン とは コト に よる と ベツベツ に すむ よう に なる、 そして オカアサン は アソ さん の ウチ に いく かも しれない と いったら 『そんなら ボク は どう なる ん です』 って きかれた んで、 『キミ は どうにも なり は しない、 いつでも オカアサン に あえる ん だ から、 ウチ が 2 ケン に なった つもり で いたら いい ん だ。 どうして そう する の か と いう ワケ は、 オトナ に なれば しぜん と わかる とき が くる』 って、 それ だけ いった だけ なん ですって」
「それで ヒロシ は ナットク した の か」
「なんにも いわない で なきながら ねて しまった んで、 あくる ヒ どう か と おもいながら ミツコシ へ つれて いって やる と、 マエ の バン の こと は わすれた よう に ナニ を かって くれ あれ を かって くれ と いう もん だ から、 コドモ と いう もの は じつに ムジャキ だ、 これ なら アンシン だ と おもった と いう ん です の」
「だが、 タカナツ が はなす の と ボク が はなす の とは ちがう から な。―――」
「そうそう、 それから、 ―――そんな に コドモ に はなす の が つらければ もう その ヒツヨウ は ない じゃ ない か、 ドクダン で すまなかった けれど、 キミラ の ため に ボク が その ナンカン を トッパ して おいて やった から って、―――」
「そう は いかん さ、 ボク は ズベラ じゃあ ある けれども、 そんな キマリ の つかない こと は きらい なん だ」
 しかし カナメ が その ナンカン を のりこえる シゴト を サイゴ の サイゴ まで のばして いる の は、 この バ に なって さすが に それ を クチ に だして は いえない けれども、 いまだに コト の ナリユキ が どう ヘンカ する か わからない と いう イチル の ノゾミ を イッスン サキ の ミライ に たくして いる の でも あった。 ツマ は ツヨキ で いる よう な ものの、 その ひたむき な カンジョウ の ウラ には ひとしお もろい ヨワキ が ココロ の ネ を くって いて、 ほんの ちょっと した モノ の ハズミ に なきくずおれて しまいそう に おもえる。 そう なる こと を どっち も おそれて いれば こそ、 そんな キカイ を つくらない よう に たがいに さけて いる の では ある が、 げんに こうして あいたいして いる イマ の バアイ でも、 ハナシ の もって ユキヨウ-シダイ で センリ の かなた に とびさった もの が イッシュン の うち に かえって こない もの でも ない。 カナメ は カノジョ が キョウ に なって ロウジン の サイダン に まかせる だろう とは ゆめにも ヨキ して いない ながら、 もし そう なったら ジブン も それ に したがう より ホカ に ない と いう よう な、 キボウ とも アキラメ とも つかない もの が どこ か ムネ の オク の ほう に ひそんで いる の を、 われから フシギ にも うとましく も かんじた。
「それでは アタシ、―――」
 ツマ は これ イジョウ むかいあって いる こと に フアン を おぼえた の で あろう、 イツモ の ジカン が きた こと を それ と さっして もらう ため に チャダンス の ウエ の トケイ に メ を やって、 おそわれた よう に たって キモノ を きかえはじめた。
「あれきり ゴブサタ して いる が、 ちかい うち に ボク も イッペン あって おく かな」
「ええ、 ―――キョウト へ いく マエ に なさる? アト に なさる?」
「ムコウ の ツゴウ は どう なん だ」
「ミョウニチ にも ゴジュラク まちあげそうろう と いう ん だ から、 キョウト を サキ に なすったら どう? こっち へ やって こられる と メンドウ だし、 それに その ほう が きまって から なら、 ジブン ばかり で なく ハハ にも あって いただく と いって いる ん です から」
「オマエ、 そこ に タカナツ の テガミ は ない の か」
 コイビト の モト へ いそぐ べく ミジタク を して いる 「ヒトリ の オンナ」 を、 むしろ カレン な メ を もって ながめて いた カナメ は、 ロウカ へ でて ゆく その ウシロカゲ を よびとめて いった。
「あれ を アナタ に みせる つもり で どこ か へ おきわすれて しまった のよ、 かえって きて から で よく は なくって? ―――もっとも さっき はなした よう な こと なん だ けれど」
「いや、 みつからなければ どうでも いい ん だ」
 ツマ が でかけて しまった アト、 カナメ は ビスケット を ヒトニギリ つかんで イヌゴヤ の ほう へ おりて いって、 2 トウ の イヌ に かわるがわる エサ を あたえたり、 ジイヤ と フタリ で ブラシ を かけて やったり した が、 しばらく する と チャノマ へ もどって ぼんやり タタミ に ねそべって いた。
「おい、 ダレ か いない か」
 と、 オチャ を いれさせよう と して ジョチュウ を よんで みた けれど、 ヘヤ に ひっこんで いる と みえて ヘンジ を しない。 ヒロシ も まだ ガッコウ から かえらない し、 イエ の ナカ は しんかん と して なんだか ヒトリ とりのこされた よう に しずか で ある。 シカタ が ない、 また ルイズ に でも あい に ゆこう か。 ―――カレ は そう おもって みて、 こういう とき に いつも きまって そんな キ に なる ジブン ジシン が、 なぜ だ か キョウ は あわれ な オトコ に かんぜられた。 たかが アイテ は ヒトリ の ショウフ に すぎない のに、 もう ニド と ゆかない の なんの と いう むずかしい ケッシン を して、 それ に とらわれる の も ばかばかしい と いう ふう に おもいなおして は、 けっきょく あい に ゆく こと に なる の が ツネ で あった が、 じつは そんな こと にも まして、 ツマ が でかけて いった アト の ヤシキ の ナカ の がらん と した カンジ、 ―――ショウジ や、 フスマ や、 トコノマ の カザリ や、 ニワ の タチキ や、 そういう もの が ある が まま に ありながら、 にわか に カテイ が クウキョ に されて しまった よう な ウラサビシサ、 ―――それ が ナニ より たえがたかった。 いったい この イエ は マエ の モチヌシ が たてて 1~2 ネン に しか ならない もの を、 カンサイ へ うつって きた トシ に かいとった ので、 この 8 ジョウ の ニホンマ は その とき たてました の で ある が、 マイニチ みなれて キ が つかない で いる うち に、 そう ネン を いれて ふきこみ も しなかった キタヤマ の スギ や トガ の ハシラ が トシソウオウ の ツヤ を もちだして、 これから そろそろ キョウト の ロウジン の キ に いりそう な ジダイ が ついて くる の で ある。 カナメ は ねころびながら いまさら の よう に それら の ハシラ の コウタク を み、 ヤエ ヤマブキ の ハナ が たれて いる トコノマ の カスガジョク を み、 シキイ の ムコウ に、 コガイ の アカリ を ミズ の よう に うつして いる エンガワ の イタ を みた。 ツマ が コノゴロ の アワタダシサ の ナカ に ありながら なお ときどき は シキ の フゼイ を ザシキ に そえる ココロヅカイ を わすれない の は、 いくらか ダセイ で くりかえして いる の だ と して も、 やがて この ヘヤ に あの ハナ まで が なくなって しまう ヒ を おもう と、 ナバカリ の フウフ と いう もの にも、 アサユウ メ に しみる ハシラ の イロ と おなじ よう な ナツカシサ が ある。………
「オサヨ、 タオル を あつく して しぼって きて くれ」
 と、 カナメ は たって ジョチュウベヤ の ほう へ きこえる よう に いった。 そして その バ で セル の ヒトエ の リョウハダ を ぬいで、 あせばんだ セナカ を きゅっきゅっ と こすって、 デシナ に ツマ が そろえて おいた セビロフク に きかえて から、 キモノ と イッショ に フトコロ から おちた キョウト の ロウジン から の テガミ を ひろって ウワギ の ウチカクシ へ おさめた。 が、 カミイレ の ナカ を みたがったり、 「これ は ゲイシャ から きた ん じゃ ない の」 など と ポッケット の もの を ひったくる ルイズ の クセ を おもいだして、 キョウダイ の ヒキダシ の、 ソコ に しいて ある シンブンガミ の シタ へ いれよう と する と、 ナニ か が がさがさ と テ に さわった。 ミサコ が そこ へ タカナツ の テガミ を さしこんで おいた の で ある。
「よんで も いい の かしらん?」
 テ には とった ものの、 フウトウ の ナカ を すぐに ひきぬく の は チュウチョ せられた。 こう ネンイリ に かくして ある の を ツマ が おきわすれる はず は ない。 コトバ に きゅうして ああ いった ので、 よまれる こと を このんで いない に ちがいない の だ。 よんだ ところ で ツマ への イイワケ は たつ の で ある が、 くだらぬ カクシダテ を した こと の ない カノジョ が それ を ジブン に よませまい と した こと に、 なにかしら ナカミ の フキツサ が ヨソウ された。―――

オテガミ ハイケン しました。
もう いいかげん キマリ が ついた ジブン だ と おもって いた のに、 せんだって アワジ から エハガキ を もらって まだ そんな こと か と おどろいた シダイ です。 だから コンド の アナタ の オテガミ では おどろきません。………

 そこ まで みる と カナメ は ヨウカン の 2 カイ へ あがって、 ゆっくり アト を よみつづけた。

………けれど アナタ の ケッシン が しんに サイゴ の もの で ある なら、 1 ニチ も はやい ほう が よく は ない です か。 じっさい ここ まで きて しまって は ホカ に ミチ は なさそう です。 ボク は つくづく、 シバ クン も ワガママ だ が アナタ も ワガママ だ、 コンニチ の こと は フタリ の ワガママ が とうぜん まねいた ムクイ だ と いう カン を ふかく して います。 アナタ が ボク に ナキゴト を いう の は いい、 しかし その ナキゴト を、 ―――アナタ ジシン は ナキゴト の つもり では ない かも しれない が、――― なぜ ボク に いう カワリ に オット に むかって いわない の か、 それ が アナタ に できない と いう の は、 よにも フコウ な ヒト が あれば ある もの だ と おもって アナタ の ため に イッキク の ナミダ なき を えません。 じじつ それなら フウフ では いられない。 「オット が あまり ジユウ を あたえて くれた の が うらめしい」 とか、 「アソ と いう ヒト を しらなければ よかった、 しった の を コウカイ して いる」 とか、 もし その ココロモチ の イクブン を でも アナタ が ちょくせつ シバ クン に ヒョウハク する こと が できたら、 ―――フウフ の アイダ に せめて それ だけ の スナオサ が あったら、 ―――と、 そう いった ところ で いまさら グチ に きこえます から、 もはや ナニゴト も もうしますまい。 オテガミ の こと は もちろん シバ クン には いいません から アンシン して いらっしゃい。 いたずらに カナシミ を ふやさせる に すぎない の なら しらせる の は ムダ なの だ から。 ボク こう みえて も かならずしも ボクセキカン に あらず、 ヨシコ の こと など おもいだして カンガイ ムリョウ なる もの あり、 ただ どこまでも そういう カンジョウ を アト に のこして シバ の イエ を さらなければ ならなく なった アナタ の フシアワセ を なげく のみ です。 なにとぞ コノウエ は あたらしい コイビト と コウフク な カテイ を もって カコ の カナシミ を わすれる よう に、 そして ふたたび おなじ アヤマチ を くりかえさぬ よう に して ください。 そう すれば シバ クン だって 「キ が ラク に なる」 では ない です か。
アナタ は ゴカイ して いる よう だ が ボク は けっして おこって いる の では ない の です。 ただ ボク の よう な アタマ の おおざっぱ な モノ が、 アナタガタ の フクザツ な フウフ カンケイ の カチュウ へ とびこむ の は その ニン に あらず と かんがえ、 アナタガタ ジシン で カタ を つける まで とおざかって いる の を ケンメイ だ と しんじた の です。 じつは オオサカ へ ゆく ヨウ も ある の だ が、 それで シュッパツ を さしひかえて います。 いって も コンド は よらない で かえる かも しれない から わるく おもわない で ください。
それから、 ボク は アナタガタ に かくして いた こと が あります。 と いう の は、 いつぞや トウキョウ へ いった とき ヒロシ くん に はなして しまった の です。 ………そういう ワケ で、 ケッカ は あんがい よかった と おもう の です が、 ソノゴ ヒロシ くん の ヨウス に かわった テン が ある か どう です か。 ボク の ところ へは ときどき テガミ を くれる けれども あの バン の こと には ヒトコト も ふれて ない。 なかなか リコウ な コドモ です。 など と ごまかす の では ない が、 ヨケイ な オセッカイ を して わるかったら あやまります。 しかし ひそか に おもう の に、 かえって ボク が そうした ほう が 「キ が ラク に なり」 は しない です か。 ………アナタ の イマ の オット の こと、 および ヒロシ くん の こと は、 ゴイライ が なく とも シンセキ の ヒトリ と して、 オヤコ の セイシツ を もっとも よく リカイ して いる ユウジン と して、 およばずながら できる だけ の こと は する つもり です から、 けっして シンパイ しない で ください。 たぶん フタリ とも ダゲキ に たえて やって ゆける と おもいます。 どうせ ジンセイ は ヘイタン な ミチ ばかり では ない。 オトコ の コ には クロウ が クスリ です。 シバ クン に したって イマ まで クロウ が なさすぎた ん だ から、 イッペン ぐらい あって も いい。 そう したら ワガママ が なおる かも しれない。
では さようなら。 とうぶん オメ に かかりません が、 いずれ アナタ が シン フジン と なられた アカツキ に あらためて ハイガン の キカイ の ある こと を のぞみます。
  5 ガツ 27 ニチ
                                タカナツ ヒデオ
 シバ ミサコ サマ
          ジジョ

 タカナツ と して は めずらしく ながい テガミ で あった。 カナメ は それ を よんで しまう と、 ヒトケ の ない ヘヤ で ココロ に ユダン が あった せい か、 しらずしらず ナミダ が ホオ を ぬらして いた。

 その 14

 キョウ は オキャク が オキャク なので トコノマ に いけた ヒメユリ の ハナ の ムキ を キ に しながら、 オヒサ は ケサ から ときどき それ を なおして いた が、 4 ジ が すこし まわった ジブン に モン の アオバ を くぐって くる パラソル の カゲ を、 フタマ を へだてた イヨ スダレ の こっち から メ に とめる と、 そのまま たって エンガワ を おりた。
「みえた かえ」
 と、 ヒルネ の アト を ニワ で ミノムシ を タイジ して いた ロウジン は、 ウシロ に ニワゲタ の オト を ききつけて いった。
「へえ、 おこし に なりました」
「ミサコ も イッショ か」
「そう らし おす」
「よし、 よし、 オマエ は チャ を いれな」
 そう いいすてて トビイシヅタイ に シオリド から オモテ へ まわる と、
「やあ」
 と、 キガル に コエ を かけた。
「さあ、 まあ、 おあがり。 あつかった だろう、 さぞ、………」
「ええ、 アサ の うち に でれば よかった ん です が、 ちょうど ニッチュウ に なって しまって、………」
「そう だろう とも、 たまに テンキ に なった と おもう と、 まるで キョウ アタリ は ドヨウ の よう だ。 さあ、 さあ」
 と いって サキ へ たって ゆく ロウジン の アト から ゲンカン を あがった フウフ は、 シンメ の ミドリ を ハンシャ して いる トウ の アジロ の ひいやり と した の を タビ の ソコ に ふみながら、 ウチジュウ に たきしめて ある らしい ほのか な ソウジツ の ニオイ を かいだ。
「そうそう、 オチャ より も サキ に テヌグイ だった。 つめたい の を ヒトツ しぼって おいで」
 ワカバ の シゲミ で ドビサシ の ソト が こぐらい ばかり に なって いる ザシキ の、 わざと すずしい ハシヂカ な ほう へ セキ を とって ほっと ヒトイキ いれて いる フウフ の ケハイ から、 それとなく ナニ か を みてとろう と した ロウジン は、 あせばんだ カオ に ニワ の アオバ を うつして いる カナメ の ヨウス に キ が ついて いった。
「つめたい の より あつい オユウ で しぼった ほう が ええ こと おへん か」
「うん、 そう だった な。 ………カナメ さん、 まあ ハオリ でも おとり」
「ええ、 ありがと。 この ヘン は ヒルマ から カ が います な」
「ええ、 ええ、 『ホンジョウ に カ が なくなれば オオミソカ』 と いう が、 ここ の は ヤブッカ なん だ から なかなか ホンジョウ どころ じゃあ ない。 カヤリ センコウ を たく と いい ん だ が、 ウチ では ジョチュウギク を ホウロク へ いれて くすべる こと に して いる んで ね」
 カナメ が ヨソウ して いた とおり ロウジン は コノアイダ の テガミ の よう でも なく、 イツモ に かわらない キゲン の ヨサ で、 ここ へ くる なり ふさいで いる ミサコ の カオイロ には トンジャク なく かたる の で あった。 オヒサ も コト の アラマシ は きいて いる の に ちがいなかろう が、 レイ の おっとり と、 オト も たてず に はこぶ もの を はこんで しまう と、 どこ へ いった の か、 スダレゴシ に すかされる ヘヤ と いう ヘヤ には スガタ も みえない。
「ところで キョウ は、 とまって いって も いい ん だろう ね」
「ええ、 ………どうとも きめず に きた ん です けれど。………」
 カナメ は はじめて ツマ の ほう へ メ を むけた が、 ツマ は その コトバ を はねかえす ごとく に いった。
「アタシ かえる わ、 はやく はなして くださらなくって?」
「ミサコ、 オマエ は あっち へ いって おいで」
 しずか な ヘヤ に、 ぽん と ハイフキ の オト が なった。 そして ロウジン が 2 フク-メ の キザミ を つめて、 ガンクビ の シリ で タバコボン の ヒ を さぐって いる アイダ に、 ミサコ は だまって セキ を はずして、 2 カイ の ハシゴダン を あがって いった。 シタ で オヒサ と カオ を あわす の が いや だった の で ある。
「こまった こと に なりました ね、 どうも、………」
「ゴシンパイ を かけて あいすみません。 じつは イマ まで は、 こういう こと に ならない でも あるいは すむ か と おもって おりました もん です から、………」
「イマ に なって は すまない ん です か」
「ええ、 だいたい テガミ で もうしあげた よう な ワケ なん です。 ………もちろん あれ だけ では おわかり に ならない ところ も あろう か と ぞんじます けれど、………」
「なあに オオヨソ は わかって います。 しかし こりゃあ カナメ さん、 ワタシ に いわせる と、 いったい アナタ が わるい ん だね」
 はっと した カナメ が ナニ か いおう と する ハナ を おさえて、 ロウジン は すぐに アト を かぶせた。
「いや、 わるい と いう と おだやか で ない が、 つまり ワタシ の カンガエ じゃあ、 アナタ が あんまり モノ を リヅメ に もって いきすぎた ん じゃ ない か。 なにも トウセツ の こと だ から、 ニョウボウ を イチニンマエ の オトコナミ に あつかう の も よう がしょう が、 なかなか それ が オモイドオリ には いかない もん で ね。 はやい ハナシ が、 アナタ は ジブン に シカク が ない から と いう わけ で、 シケンテキ に ホカ の オット を えらばせた。 こりゃあ どうして できない こと だ。 クチ で なんの かの と アタラシガリ を いったって それだけ コウヘイ には やれる もん じゃ ない。………」
「そう おっしゃられる と、 なんとも ボク は モウシアゲヨウ も………」
「いや、 カナメ さん、 ワタシ は ヒニク を いって いる ん じゃ ない ん です よ。 ホントウ に かんじいって いる ん です よ。 これ が ヒトムカシ マエ だったら、 アナタガタ の よう な フウフ は セケン に いくらも あった んで、 ワタシ なんぞ が げんに その とおり だった ん だ が、 ………いやもう、 1 ネン や 2 ネン どころ じゃあ ない、 5 ネン も ニョウボウ の ソバ へ よりつかなかった くらい な もん だ が、 それでも そういう もの だ と おもって すんで いた んで、 かんがえて みりゃあ イマ の ヨノナカ は たいそう むずかしく なって います よ。 しかし オンナ と いう もの は、 シケンテキ にも せよ、 イチド ワキ へ それて しまう と、 トチュウ で 『こいつ は しまった』 と キ が ついて も、 イジ にも アト へ ひっかえす こと が できない よう な ハメ に なる んで、 ジユウ の センタク と いう こと が、 じつは ジユウ の センタク に ならない。 ―――ま、 これから の オンナ は どう か しれない が、 ミサコ なんか は チュウト ハンパ な ジセイ の キョウイク を うけた ん だ から、 アタラシガリ は ツケヤキバ なんで ね」
「その ツケヤキバ は じつは ボク も ゴドウヨウ なんで、 おたがいに それ が わかって いる もん です から、 わかれる こと を いそいで いる よう な わけ なん です。 とにかく イマ の ドウトク が ただしい と めいずる こと なん です から」
「カナメ さん、 こりゃあ ここ だけ の ハナシ だ が、 ミサコ の こと は ワタシ に まかせて くださる と して、 アナタ の ほう には もう イチド かんがえなおして くださる ヨチ は ない ん です かい? ―――なんとも ワタシ には リクツ は いえない、 トシ を とる と コトナカレ シュギ に なる せい だろう が、 ショウ が あわなければ あわない で いい、 ながい アイダ には あう よう に なる。 オヒサ なんか も ワタシ とは トシ が ちがう んで、 けっして あう わけ は ない ん だ が、 イッショ に いれば しぜん ジョウアイ も でて くる し、 そうして いる うち には なんとか なる、 それ が フウフ と いう もの だ と かんがえる わけ には いかん もん かね。 もっとも そりゃあ、 いったん フギ を した の だ から と、 そう いわれりゃあ ゼヒ も ない が、………」
「そんな こと は モンダイ に して い や しません、 ボク が ゆるした ん です から、 『フギ』 と おっしゃって くだすって は、 ミサコ が かわいそう なん です」
「けれども フギ は やっぱり フギ だね、 そう なる マエ に ちょっと ワタシ に こたえて くれたら よかった ん だ が、………」
 カナメ は ロウジン の エンキョク な ヒナン に ムゴン で むくいる より ホカ は なかった。 モウシヒラキ の ミチ は いくらも ある が、 その ドウリ の わからない ロウジン では ない、 わかって いながら それ を クチ に した コトバ の ウラ に、 オヤ と して の かなしい グチ の ふくまれて いる の が、 はむかえない よう な キ が した。
「いろいろ ボク も テ を つくさなかった ところ は ある と ぞんじます。 ああ も すれば よかった と おもう こと も ない では ない ん です けれど、 イマ では アト の マツリ です し、 それに ナニ より ミサコ の ケッシン が かたい ん です から、………」
 いつのまにか ドビサシ の ソト から さして いる ヒ の ヒカリ が よわく なって、 ヘヤ の スミズミ に くらい カゲ が つくられて いた。 ロウジン は ウエダ ツムギ の マンスジ の ヒトエ の シタ に ナツヤセ の した ヒザガシラ を そろえて、 ウチワ で カヤリ の ケムリ を おいながら、 オモイナシ か マブタ を しばだたいて いる の は、 ジョチュウギク に むせんだ の かも しれない。………
「これ は なるほど、 アナタ の ほう を サキ に した の は ワタシ の デヨウ が まずかった。 ―――カナメ さん、 とにかく なんにも いわない で、 ワタシ に ミサコ を 2~3 ジカン あずけて は くださるまい か」
「おあずけ して も とても ムダ だ と おもう ん です が、 ………じつは トウニン に して みます と、 オハナシ が ある の が つらい と いう ので、 ボク だけ で オネガイ に でる よう に と いって、 そんな こと から、 とうに も おうかがい する はず の ところ が だんだん に おくれて おった ん です が、 キョウ でも つれて きます の に ずいぶん ホネ を おらせた ん です。 いく こと は いく が、 ジブン の ケッシン は もはや うごかない もの と して、 もうしあげる こと は ゼンブ ボク から もうしあげ、 オハナシ が あれば うかがって くれろ と いう よう な わけ なん でして、………」
「しかし カナメ さん、 かりにも ムスメ が フエン に なろう と いう バアイ だ、 ワタシ と したら そう カンタン に すませる はず の もん じゃあ ない がな」
「それ は ボク から も さいさん いいきかせて おる ん です。 ただ なんと して も コウフン して おります サイ では あり、 オトウサン と ショウトツ したく ない から して、 ボク が ホンニン の ダイリ と して ゴショウチ を ねがう よう に はからって くれろ と もうす の が ホンイ なの です。 が、 いかが でしょう、 なんなら ここ へ よびました ん では?」
「いや、 ナニ か シタク も して ある よう だ が、 ワタシ は これから あれ を つれて ヒョウテイ へ でも いって きましょう。 ねえ、 アナタ には べつに、 イゾン が おあり じゃあ ない ん でしょう」
「ですが、 あれ が すなお に ショウチ します か どう です か。………」
「ええ、 わかって ます。 ワタシ が ホンニン に そう いいます。 いや だ と いやあ それまで だ けれども、 ここ の ところ は トシヨリ の カオ を たてて おもらい もうしたい ね」
 カナメ が もじもじ して いる ヒマ に ロウジン は テ を ならして オヒサ を よんだ。
「あのうな、 ナンゼンジ へ デンワ を かけて おくれ で ない か、 ―――フタリ で いく から、 しずか な ザシキ を とって おいて くれる よう に」
「オフタリサン で おいきやす の?」
「せっかく ウデ に ヨリ を かけた ん だろう から、 オキャク を のこらず さらって いっちゃあ キノドク だ と おもって な」
「そしたら のこって おいやす オカタ が キノドク や おへん か、 いっそ の こと ミンナ で おいきやす な」
「ゴチソウ は ナニ が できる ん だい?」
「なにも おへん え」
「アマゴ は どうした?」
「カラアゲ に しょう おもて ます けど、………」
「それから?」
「ワカアユ の シオヤキ」
「それから?」
「ゴボウ の シラアエ」
「まあ、 カナメ さん、 サカナ が わるい が、 ゆっくり のんで いて もらいましょう」
「ビンボウクジ おひきやした なあ」
「なあに、 イタマエ が ヒョウテイ イジョウ です から、 たんと ゴチソウ に なります よ」
「じゃあ、 おい、 キモノ を だしといと くれ」
 そう いって ロウジン は 2 カイ へ あがった。
 どう ときつけられた の か、 「トシヨリ の キ に さからって は ブジ に マトマリ の つく べき もの も こわれて しまう から」 と みちみち たしなめられて きた の が ハラ に あった の でも あろう か、 ミサコ は 15 フン も する と ふしょうぶしょう に チチオヤ と イッショ に おりて きて、 ロウカ に たちながら そっと カオ を なおして から、 ヒトアシ サキ に オモテ へ でた。
「さあ、 じゃあ ちょいと いって きます よ」
 と、 シャ の ソウショウ ズキン を かぶった、 タカライ キカク と いう イデタチ で オク から あらわれた ロウジン は、 ゲンカン まで おくって でた オヒサ と カナメ と に そう いいのこす と、 シロタビ の アシ に リキュウ を はいた。
「おはよう おかえり」
「いや、 おはやく も ない かも しれない。 ―――カナメ さん、 ミサコ にも いって おいた ん だ が、 コンヤ は とまって もらいます よ」
「いろいろ と どうも ゴヤッカイ に なります、 ボク は どっち に なりまして も サシツカエ は ありません」
「ヤヒサ や、 ワタシ の コウモリ を だして もらおう、 だいぶ むして きた よう だ が、 この アンバイ じゃあ また アメ だな」
「そしたら、 クルマ で おゆきやしたら?」
「なあに、 じき そこ だ、 あるいたって ワケ あ ない さ」
「いと おいでやす」
 と、 オヒサ は おくりだして おいて、 すぐに テヌグイ ユカタ を もって カナメ の アト から ザシキ へ いった。
「オフロ が わいて ます よって、 イマ の アイダ に ヒトアビ おしやしたら?」
「ありがとう、 せっかく だ けれど、 どう しよう かな、 フロ へ はいる と シリ が おちついちまう んで ね」
「どうせ おとまりやす のん やろ?」
「さあ、 それ が どう なる か わからない ん です」
「そう いわん と まあ おはいりやす。 おいしい もの おへん よって、 せいぜい オナカ へらしといと おくれやす」
 カナメ は ここ の フロ へ はいる の は ヒサシブリ だった。 カミガタ に フツウ な チョウシュウブロ と いう やつ で、 ヒトリ の カラダ が マンゾク には つからない くらい ちいさな カマ の、 マワリ の テツ の やけて くる の が トウキョウ-フウ の ゆっくり と した モクセイ の ユブネ に なれた モノ には ハダザワリ が きみわるく、 なんだか 「フロ へ はいった」 と いう ココロモチ が しない のに、 まして ユドノ が おそろしく インキ な タテカタ で、 たかい ところ に ムソウマド が ある だけ だ から ヒルマ でも いやに うすぐらい。 ジブン の イエ で タイル-バリ の ヨクシツ に ばかり はいりつけて いる せい か アナグラ へ でも いれられた よう で、 そのうえ チョウジ を せんじて ある の が、 アカダラケ に にごった クスリユ の よう な レンソウ を おこさせる の で ある。 ミサコ なぞ は、 あの オユ は チョウジ の ニオイ で ごまかして ある ので イクニチ-メ に かえる の だ か わからない と いって、 すすめられる と ていよく にげた もの で あった が、 アルジ の ほう は また 「ウチ の チョウジブロ」 と いう の を ジマン に して、 キャク への ゴチソウ と こころえて いる らしかった。 ロウジン の 「セツイン テツガク」 に よる と、 「ユドノ や セツイン を マッシロ に する の は セイヨウジン の バカ な カンガエ だ、 ダレ も みて いない バショ だ から と いって ジブン で ジブン の ハイセツブツ が メ に つく よう な セツビ を する の は ムシンケイ も はなはだしい、 すべて カラダ から ながれでる オブツ は、 どこまでも つつしみぶかく ヤミ に かくして しまう の が レイギ で ある」 と いう の で あって、 いつも スギ の ハ の あおあお と した の を オサガオ に つめる の は いい と して、 「ジュン-ニホンシキ の、 テイレ の とどいた カワヤ には かならず イッシュ トクユウ な、 ジョウヒン な ニオイ が する、 それ が いう に いわれない オクユカシサ を おぼえさせる」 と いう よう な キバツ な イケン さえ ある の だ が、 セツイン の ほう は ともかくも、 フロバ の くらい の には オヒサ も ナイショウ で フベン を かこつ こと が あった。 カノジョ の ハナシ だ と、 チョウジ も チカゴロ は エッセンス を うって いる から、 その 1~2 テキ を たらし さえ すれば すむ もの を、 やはり ムカシフウ に ミ の ほした の を フクロ に いれて、 ユ の ナカ へ つけて おかなければ ロウジン が おさまらない の だ と いう。
「カタ ながして おくれやす ん や けど、 あんまり くろ おす ので、 マエ と ウシロ と まちがえたり おしやして なあ」
 カナメ は オヒサ の そんな コトバ を おもいだしながら、 ハシラ に かけて ある ヌカブクロ を みた。
「オカゲン は どう どす?」
 と、 タキグチ の ほう で オヒサ らしい コエ が いった。
「ケッコウ です。 それ より まことに すみません が デンキ を つけて もらえません か」
「ほんに、 そう どした なあ」
 しかし ともされた デントウ と いう の が、 それ も ことさら そうして ある の に ちがいない マメ-ランプ ほど の タマ で ある から、 ひとしお インキ で クラサ が ました よう な キ が する。 カナメ は ナガシ に でて いる と カラダジュウ を ヤブカ が くう ので、 ざっと シャボン も つかわず に アセ を あらいおとして から チョウジ の ユ の ナカ に ひたりきって いた が、 そうして いて も カ は あいかわらず クビ の マワリ へ おそって くる。 ナカ は そんな に くらい の だ けれど、 ムソウマド の レンジ の ソト は まだ うすあかるく、 カエデ の アオバ が ニッチュウ より は かえって さえて オリモノ の よう な あざやか な イロ を のぞかせて いる。 なんだか ヘンピ な ヤマ の ユ に でも きた よう で、 ロウジン が よく 「ウチ の ニワ では ホトトギス が きける」 と いって いた の を おもう に つけ、 こういう とき に なかない もの かな と ミミ を すました が、 きこえる もの は どこ か トオク の タンボ の ほう で アメ を よんで いる カワズ の コエ と、 わーん と いう カ の ナキゴエ ばかり で ある。 それにしても イマゴロ ヒョウテイ の ザシキ に いる オヤコ は、 ナニ を はなして いる だろう。 ロウジン は ムコ に たいして こそ エンリョ が ある ものの、 あの クチブリ から さっする と おそらく ムスメ には アッセイテキ に でる の では ない の か。 カナメ は そんな こと が タショウ は ココロ に かかりながら、 どういう もの か フタリ を おくりだして しまって から は なんとなく キ が かるく なって、 こうして フロ に つかって いる ここ の イエ が、 すでに ダイニ の ツマ を むかえた ジブン の シンキョ で ある よう な おろかしい クウソウ が わく の で あった。 おもえば この ハル から しきり に キカイ を もとめて は ロウジン に セッキン したがった の は、 ジブン では イシキ しなかった ところ の ホカ の リユウ が あった の かも しれない。 そういう トホウ も ない ユメ を アタマ の オク に ひとしれず つつんで いながら、 それ で オノレ を せめよう とも いましめよう とも しなかった の は、 たぶん オヒサ と いう もの が ある トクテイ な ヒトリ の オンナ で なく、 むしろ ヒトツ の タイプ で ある よう に かんがえられて いた から で あった。 じじつ カナメ は ロウジン に つかえて いる オヒサ で なく とも 「オヒサ」 で さえ あれば いい で あろう。 カレ の ひそか に オモイ を よせて いる 「オヒサ」 は、 あるいは ここ に いる オヒサ より も いっそう オヒサ-らしい 「オヒサ」 でも あろう。 コト に よったら そういう 「オヒサ」 は ニンギョウ より ホカ には ない かも しれない。 カノジョ は ブンラクザ の ニジュウ ブタイ の、 ガトウグチ の オク の くらい ナンド に いる の かも しれない。 もう そう ならば カレ は ニンギョウ でも マンゾク で あろう。
「ああ、 おかげさま で さっぱり しました」
 と、 カナメ は その コエ で ジブン の モウソウ を ふりおとす よう に いいながら、 カリモノ の ユカタ を ユアガリ の ハダ へ ひっかけて もどった。
「きたのうて こころわる おした やろ」
「なあに、 チョウジブロ も たまに は かわって いて いい です よ」
「けど、 オタク の オフロバ みたい に あこう したら、 アテエラ よう はいりまへん」
「どうして です」
「あない に どこ も かしこ も しろ おしたら はれがまし おして なあ。 ………アンサン とこ の オクサン みたい きれ おしたら よろし おす けど。………」
「へえ、 そんな に ウチ の ニョウボウ は きれい かしらん?」
 カナメ は メノマエ に いない ヒト に かるい ハンカン と アザケリ の ココロモチ を ふくめて いいながら、 すすめられる まま に サカズキ を うけて キヨウ に ほした。
「さ、 ひとつ さしあげましょう、………」
「そう どす か、 そんなら いただきます」
「アマゴ が なかなか ケッコウ です。 ………ところで コノゴロ は ジウタ は どう です?」
「あんな もん、 しんきくそ おして なあ。………」
「コノゴロ は やって いない ん です か」
「してる こと は して ます けど、 ………オクサン は ナガウタ どす やろ」
「さあ、 ナガウタ なんか とうに ソツギョウ しちまって、 ジャズ オンガク の ほう かも しれない」
 シュンケイヌリ の ゼン の ウエ に くる ガ を おいながら オヒサ が あおいで いて くれる ウチワ の カゼ を ユカタ に うけて、 カナメ は スイモノワン の ナカ に ういて いる ほのか な サマツダケ の ニオイ を かいだ。 ニワ の オモテ は まったく くらく なりきって、 アマガエル の なく の が マエ より も しげく、 かしがましく きこえる。
「アタシ も ナガウタ ケイコ して みと おす」
「そんな フリョウケン を おこす と、 しかられます ぜ。 オヒサ さん の よう な ヒト には ジウタ の ほう が どの くらい いい か しれ や しません」
「そら、 ジウタ ならう の も よろし おす けど、 オシショウ はん が やかまし おして」
「たしか オオサカ の、 なんとか いう ケンギョウ さん じゃあ なかった ん です か」
「へえ、 ―――それ より も ウチ の オシショウ はん の ほう が なあ、………」
「あははは」
「かなしまへん どす、 コウシャク ばっかり おお おして、………」
「あははは、 ………トシ を とる と ダレ しも ミンナ ああ なる ん です よ。 そう いえば さっき フロバ に あった んで おもいだした ん だ が、 あいかわらず ヌカブクロ を つかう ん です ね」
「へえ、 ゴジブン は シャボン おつかいやす けど、 オンナ は ハダ が あれて いかん おいやして、 つかわしと おくなはれしません」
「ウグイス の フン は どうして ます?」
「つこて ます、 いっこう に イロ は しろう なれしまへん どす けど」
 2 ホン-メ の チョウシ を ハンブン ほど に して、 アト は あっさり チャヅケ に して から、 ショクゴ に ビワ を はこんで きた オヒサ は、 ゲンカン の ほう で デンワ の ベル が なる の を きく と、 むきかけた ミ を ギヤマン の サラ の ウエ へ おいて たった が、
「へえ、 ………へえ、 ………よろし おす、 そない もうしときます。………」
 と、 デンワグチ で うなずいて いた の が、 じきに もどって、
「オクサン も とまる いうと おいやす さかい、 もう ちょっと ゆっくり して いく いうて どす え」
「そう です か、 かえる と いって いた ん だ けれど、 ………とめて いただく の は ヒサシブリ の よう な キ が します ね」
「ほんに、 あれ から ながい こと どす なあ」
 しかし カナメ が ミサコ と フタリ で ヒトツ フシド に ねる と いう の も ずいぶん 「ながい こと」 では あった。 もっとも 2~3 カゲツ マエ に ヒロシ が トウキョウ へ いって いた オリ、 ナンネン-ぶり か に フタリ ぎり で フタバン か ミバン を すごした こと が ある には ある けれど、 その とき の ケイケン では、 まったく アイヤド の リョカク の よう に ヘイキ で マクラ を ならべながら、 たがいに なんの カカワリ も なく アンミン する こと が できた ほど にも、 およそ フウフ-らしい シンケイ が マヒ して しまって いる の で ある。 ロウジン が キョウ は しきり に とめる こと を シュチョウ した の は、 おそらく それ が ヨテイ の ケイカク だった の で あろう が、 その せっかく の ココロヅカイ を カナメ は たしょう メイワク には かんずる ものの、 ことさら それ を さけよう と する ほど キ が おもく なり も しない カワリ には、 いまさら なんの タシ に なろう とも おもえなかった。
「えらく むします ね。 カゼ が ぱったり なくなって しまった。………」
 カナメ は きえかかった カヤリ の ケムリ の マッスグ に たちのぼる ドビサシ の ソト を あおいだ。 やんだ の は ニワ の オモテ の カゼ ばかり では ない、 オヒサ も あおぐ の を わすれた よう に、 テ に ある ウチワ を じっと うごかさず に いる の で ある。
「うっとし おす なあ、 アメ どす やろ か?」
「そう かも しれない、 ………さっと ヒトフリ くる と いい ん だ が、………」
 そよ とも しない アオバ の ウエ には、 クモギレ の した トコロドコロ に ホシ の にじんで いる の が みえる。 ムシ が しらせる と でも いう の か、 ちょうど イマゴロ、 チチオヤ の セツユ に ハンコウ して いる ツマ の イチズ な コトバ の ハシハシ が きこえて くる よう な ココチ が する。 カナメ は その とき、 ツマ より いっそう ツヨキ な ケツイ が いつしか ジブン の ムネ の オク にも やどって いる こと を はっきり かんじた。
「ナンジ でしょう」
「8 ジ ハン-ゴロ どす」
「まだ そんな もん です か。 しずか です ねえ、 この キンペン は」
「はよ おす けど、 ヨコ に おなりやしたら どう どす? その うち に おかえりやす やろ さかい、………」
「デンワ の モヨウ じゃあ ハナシ が なかなか テマ が かかる ん じゃ ない ん です かね」
 カナメ は ひそか に ロウジン より も オヒサ の イケン を ききたい キ が した。
「なんぞ ホン でも もって きまひょ か」
「ありがとう、 ………オヒサ さん は どんな もの を よむ ん です?」
「なんやかや クサゾウシ みたい な もん もって おいでて これ よめ おいやす けど、 そんな ふるくさい もん よまれしません」
「フジン ザッシ は いけない ん です か」
「あんな もん よむ ヒマ あったら テナライ せえ て おいやす」
「オテホン は?」
「リュウシュンジョウ」
「リュウシュンジョウ?」
「それから チトウジョウ、 ―――オイエリュウ の ホン どす」
「なるほど。 ―――それでは ナニ か、 その クサゾウシ でも ハイシャク しましょう」
「メイショ ズエ は どう どす?」
「そんな もの が いい かも しれない」
「そしたら あっち へ おいでやす な、 ハナレ の ほう に もう ちゃんと シタク しと おす え」
 ロウカヅタイ に、 オヒサ は サキ へ たって いって、 チャノマ の ミズヤ の マエ を とおる と、 トナリ の 6 ジョウ の マ の ほう の フスマ を あけた。 くらい ので よく わからない が、 ナカ には カヤ が つって ある らしく、 まだ トジマリ の して ない ニワ から すうっと ながれこむ つめたい クウキ に モエギ の アサ の ゆられる ケハイ が さっせられる。
「カゼ が でて きた よう や おへん か」
「キュウ に ひいやり して きました ね、 もう じき ユウダチ が やって きます ぜ」
 カヤ の スソ が さらさら と なった の は、 カゼ では なくて オヒサ が ナカ へ はいった の だった。 そして テサグリ で スイッチ を さがして、 マクラモト の アンドン の ナカ に しこんで ある タマ を ともした。
「もう ちょっと あかい タマ もって きまひょ か」
「なあに、 ムカシ の ホン は ジ が おおきい から、 これ でも けっこう よめる でしょう」
「アマド あけといて も よろし おす やろ、 あんまり あつくるし おす さかい、………」
「ええ、 どうぞ。 いい ジブン に ボク が しめます」
 カナメ は オヒサ が でて いって しまう と ともかくも カヤ の ナカ に はいった。 ひろく も あらぬ ヘヤ では ある し、 アサ の トバリ で しきられて いる ので、 フタツ の シトネ が ほとんど スレスレ に しいて ある。 ジブン の イエ では、 ナツ には いつも できる だけ おおきな カヤ を つって、 できる だけ はなれて ねる シュウカン が ある こと を おもう と、 この コウケイ は イヨウ に かんぜられなく も ない。 ショザイナサ に カレ は タバコ に ヒ を つけて ハラバイ に なりながら、 モエギ の マク の ムコウ に ある トコノマ の ジク を はんじよう と した けれど、 ナニ か ナンガ の サンスイ の ヨコモノ らしい とは おもえて も、 アンドン が ナカ に ある せい か ソト は もやもや と かげって いて、 ズガラ も ラッカン も よく わからない。 カケジク の マエ の コウボン に ソメツケ の ヒイレ が おいて ある ので、 はじめて それ と キ が ついた の だ が、 サッキ から かすか に かおって いる の は おおかた あれ に 「ウメガカ」 が くんじて ある の で あろう。 ふと、 カナメ は トコワキ の ほう の くらい スミ に ほのじろく うかんで いる オヒサ の カオ を みた よう に おぼえた。 が、 はっと した の は イッシュンカン で、 それ は ロウジン の アワジ ミヤゲ の、 コモン の コクモチ の コソデ を きた オヤマ の ニンギョウ が かざって あった の で ある。
 すずしい カゼ が ふきこむ の と イッショ に その とき ユウダチ が やって きた。 はやくも クサバ の ウエ を たたく オオツブ の アメ の オト が きこえる。 カナメ は クビ を あげて おくぶかい ニワ の キ の アイダ を みつめた。 いつしか にげこんで きた アオガエル が 1 ピキ、 しきり に ゆらぐ カヤ の チュウト に とびついた まま ひかった ハラ を アンドン の ヒ に てらされて いる。
「いよいよ ふって きました なあ」
 フスマ が あいて、 5~6 サツ の ワホン を かかえた ヒト の、 ニンギョウ ならぬ ほのじろい カオ が モエギ の ヤミ の あなた に すわった。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...