2015/01/19

イッペイソツ

 イッペイソツ

 タヤマ カタイ

 カレ は あるきだした。
 ジュウ が おもい、 ハイノウ が おもい、 アシ が おもい、 アルミニウム-セイ の カナワン が コシ の ケン に あたって かたかた と なる。 その オト が コウフン した シンケイ を おびただしく シゲキ する ので、 イクタビ か それ を なおして みた が、 どうしても なる、 かたかた と なる。 もう いや に なって しまった。
 ビョウキ は ホントウ に なおった の で ない から、 イキ が ヒジョウ に きれる。 ゼンシン には アクネツ オカン が たえず オウライ する。 アタマ が ヒ の よう に ねっして、 コメカミ が はげしい ミャク を うつ。 なぜ、 ビョウイン を でた? グンイ が アト が タイセツ だ と いって あれほど とめた のに、 なぜ ビョウイン を でた? こう おもった が、 カレ は それ を くい は しなかった。 テキ の すてて にげた きたない ヨウカン の イタジキ、 8 ジョウ ぐらい の ヘヤ に、 ビョウヘイ、 フショウヘイ が 15 ニン、 オトロエ と フケツ と ウメキ と おもくるしい クウキ と、 それに すさまじい ハエ の グンシュウ、 よく ハツカ も シンボウ して いた。 ムギメシ の カユ に すこし ばかり の ショクエン、 よく あれ で ウエ を しのいだ。 カレ は ビョウイン の ウシロ の ベンジョ を おもいだして ぞっと した。 キュウゴシラエ の アナ の ホリヨウ が あさい ので、 シュウキ が ハナ と メ と を はげしく うつ。 ハエ が わんと とぶ。 イシバイ の ハイイロ に よごれた の が ムネ を むかむか させる。
 あれ より は…… あそこ に いる より は、 この ひろびろ と した ノ の ほう が いい。 どれほど いい か しれぬ。 マンシュウ の ノ は こうばく と して なにも ない。 ハタ には もう じゅくしかけた コーリャン が つらなって いる ばかり だ。 けれど シンセン な クウキ が ある、 ヒ の ヒカリ が ある、 クモ が ある、 ヤマ が ある、 ――すさまじい コエ が キュウ に ミミ に はいった ので、 たちどまって カレ は そっち を みた。 サッキ の キシャ が まだ あそこ に いる。 カマ の ない エントツ の ない ながい キシャ を、 シナ クーリー が イクヒャクニン と なく よって たかって、 ちょうど アリ が おおきな エモノ を はこんで ゆく よう に、 えっさら おっさら おして ゆく。
 ユウヒ が エ の よう に ナナメ に さしわたった。
 サッキ の カシ が あそこ に のって いる。 あの イチダン たかい コメ の カマス の ツミニ の ウエ に つったって いる の が キャツ だ。 くるしくって とても あるけん から、 アンザン テン まで のせて いって くれ と たのんだ。 すると キャツメ、 ヘイ を のせる クルマ では ない、 ホヘイ が クルマ に のる と いう ホウ が ある か と どなった。 ビョウキ だ、 ゴラン の とおり の ビョウキ で、 カッケ を わずらって いる。 アンザン テン の サキ まで ゆけば タイ が いる に ソウイ ない。 ブシ は アイミタガイ と いう こと が ある、 どうか のせて くれ って、 たって たのんで も、 いう こと を きいて くれなかった。 ヘイ、 ヘイ と いって、 スジ が すくない と バカ に しやがる。 キンシュウ でも、 トクリジ でも ヘイ の おかげ で センソウ に かった の だ。 バカ め、 アクマ め!
 アリ だ、 アリ だ、 ホントウ に アリ だ。 まだ あそこ に いやがる。 キシャ も ああ なって は オシマイ だ。 ふと キシャ―― トヨハシ を たって きた とき の キシャ が メノマエ を とおりすぎる。 テイシャジョウ は コッキ で うずめられて いる。 バンザイ の コエ が ながく ながく つづく。 と こつぜん サイアイ の ツマ の カオ が メ に うかぶ。 それ は カドデ の とき の ナキガオ では なく、 どうした バアイ で あった か わすれた が ココロ から かわいい と おもった とき の うつくしい ワライガオ だ。 ハハオヤ が オマエ もう おおき よ、 ガッコウ が おそく なる よ と ゆりおこす。 カレ の アタマ は いつか コドモ の ジダイ に とびかえって いる。 ウラ の イリエ の フネ の センドウ が ハゲアタマ を ユウヒ に てかてか と ひからせながら、 コドモ の ヒトムレ に むかって どなって いる。 その コドモ の ムレ の ナカ に カレ も いた。
 カコ の オモカゲ と ゲンザイ の クツウ フアン と が、 はっきり と クカク を たてて おりながら、 しかも それ が スレスレ に すりよった。 ジュウ が おもい、 ハイノウ が おもい、 アシ が おもい。 コシ から シタ は タニン の よう で、 ジブン で あるいて いる の か いない の か、 それ すら はっきり とは わからぬ。
 カツイロ の ドウロ―― ホウシャ の ワダチ や クツ の アト や ワラジ の アト が ふかく いんした まま に イシ の よう に かわいて かたく なった ミチ が マエ に ながく つうじて いる。 こういう マンシュウ の ドウロ には カレ は ほとんど アイソ を つかして しまった。 どこ まで いったら この ミチ は なくなる の か。 どこ まで いったら こんな ミチ は あるかなくって も よく なる の か。 フルサト の イサゴミチ、 アメアガリ の しめった カイガン の イサゴミチ、 あの なめらか な ココチ の いい ミチ が なつかしい。 ひろい おおきい ミチ では ある が、 ヒトツ と して なめらか な たいらか な ところ が ない。 これ が アメ が 1 ニチ ふる と、 カベツチ の よう に やわらかく なって、 クツ どころ か、 ながい スネ も その ナカバ を ぼっして しまう の だ。 ダイセッキョウ の センソウ の マエ の バン、 くらい ヤミ の デイネイ を 3 リ も こねまわした。 セ の ウエ から アタマ の カミ まで ハネ が あがった。 あの とき は ホウシャ の エンゴ が ニンム だった。 ホウシャ が デイネイ の ナカ に おちいって すこしも うごかぬ の を おして おして おしとおした。 ダイ 3 レンタイ の ホウシャ が サキ に でて ジンチ を センリョウ して しまわなければ アシタ の タタカイ は できなかった の だ。 そして シュウヤ はたらいて、 ヨクジツ は あの センソウ。 テキ の ホウダン、 ミカタ の ホウダン が ぐんぐん と いや な オト を たてて アタマ の ウエ を なって とおった。 90 ド ちかい あつい ヒ が ノウテン から じりじり と てりつけた。 4 ジ-スギ に、 テキミカタ の ホヘイ は ともに セッキン した。 ショウジュウ の オト が マメ を いる よう に きこえる。 ときどき しゅっしゅっ と ミミ の ソバ を かすめて ゆく。 レツ の ウチ で あっ と いった モノ が ある。 はっと おもって みる と、 チ が だらだら と あつい ユウヒ に いろどられて、 その ヘイシ は がっくり マエ に のめった。 ムネ に タマ が あたった の だ。 その ヘイシ は よい オトコ だった。 カイカツ で、 シャダツ で、 ナニゴト にも キ が おけなかった。 シンシロ マチ の モノ で、 わかい カカア が あった はず だ。 ジョウリク トウザ は イッショ に よく チョウハツ に いったっけ。 ブタ を おいまわしたっけ。 けれど あの オトコ は もはや この ヨノナカ に いない の だ。 いない とは どうしても おもえん。 おもえん が いない の だ。
 カツイロ の ドウロ を、 ヒョウロウ を マンサイ した クルマ が ぞろぞろ ゆく。 ラシャ、 ロシャ、 シナジン の オヤジ の うおうお ういうい が きこえる。 ながい ムチ が ユウヒ に ひかって、 イッシュ の オト を クウキ に つたえる。 ミチ の デコボコ が はげしい ので、 クルマ は ナミ を うつ よう に して がたがた うごいて ゆく。 くるしい、 イキ が くるしい。 こう くるしくって は シカタ が ない。 たのんで のせて もらおう と おもって カレ は かけだした。
 カナワン が かたかた なる。 はげしく なる。 ハイノウ の ナカ の ザッピン や タマブクロ の タマ が けたたましく おどりあがる。 ジュウ の ダイ が ときどき スネ を うって とびあがる ほど いたい。
「おーい、 おーい」
 コエ が たたない。
「おーい、 おーい」
 ゼンシン の チカラ を しぼって よんだ。 きこえた に ソウイ ない が ふりむいて も みない。 どうせ ろく な こと では ない と しって いる の だろう。 イチジ おもいとまった が、 また かけだした。 そして コンド は その サイゴ の 1 リョウ に ようやく おいついた。
 コメ の カマス が ヤマ の よう に つんで ある。 シナジン の オヤジ が ふりむいた。 マルガオ の いや な カオ だ。 ウム を いわせず その クルマ に とびのった。 そして カマス と カマス との アイダ に ミ を よこたえた。 シナジン は シカタ が ない と いう ふう で うおー うおー と ウマ を すすめた。 がたがた と クルマ は ゆく。
 アタマ が ぐらぐら して テンチ が カイテン する よう だ。 ムネ が くるしい。 アタマ が いたい。 アシ の フクラハギ の ところ が おしつけられる よう で、 フユカイ で フユカイ で シカタ が ない。 ややともすると ムネ が むかつきそう に なる。 フアン の ネン が すさまじい チカラ で ゼンシン を おそった。 と ドウジ に、 おそろしい ドウヨウ が また はじまって、 ミミ から も アタマ から も、 シュジュ の コエ が ささやいて くる。 コノマエ にも こうした フアン は あった が、 これほど では なかった。 テン にも チ にも ミ の オキドコロ が ない よう な キ が する。
 ノ から ムラ に はいった らしい。 こんもり と した ヤナギ の ミドリ が カレ の ウエ に なびいた。 ヤナギ に さしいった ユウヒ の ヒカリ が こまか な ハ を ヒトハ ヒトハ あきらか に みせて いる。 ブカッコウ な ひくい ヤネ が ジシン でも ある か の よう に ドウヨウ しながら すぎて ゆく。 ふと キ が つく と、 クルマ は とまって いた。 カレ は クビ を あげて みた。
 ヤナギ の カゲ を なして いる ところ だ。 クルマ が 5 ダイ ほど つづいて いる の を みた。
 とつぜん カタ を おさえる モノ が ある。
 ニホンジン だ、 わが ドウホウ だ、 カシ だ。
「キサマ は ナン だ?」
 カレ は くるしい ミ を おこした。
「どうして この クルマ に のった?」
 リユウ を セツメイ する の が つらかった。 いや クチ を きく の も いや なの だ。
「この クルマ に のっちゃ いかん。 そう で なくって さえ、 ニ が おもすぎる ん だ。 オマエ は 18 レンタイ だな。 トヨハシ だな」
 うなずいて みせる。
「どうか した の か」
「ビョウキ で、 キノウ まで ダイセッキョウ の ビョウイン に いた もの です から」
「ビョウキ が もう なおった の か」
 ムイミ に うなずいた。
「ビョウキ で つらい だろう が、 おりて くれ。 いそいで ゆかんけりゃ ならん の だ から。 リョウヨウ が はじまった でな」
「リョウヨウ!」
 この イチゴ は カレ の シンケイ を ジュウブン に シゲキ した。
「もう はじまった です か」
「きこえん か あの ホウ が……」
 サキホド から、 テンマツ に イッシュ の トドロキ が はじまった そう な とは おもった が、 まだ リョウヨウ では ない と おもって いた。
「アンザン テン は おちた です か」
「オトトイ おちた。 テキ は リョウヨウ の テマエ で ヒトフセギ やる らしい。 キョウ の 6 ジ から はじまった と いう ウワサ だ!」
 イッシュ の とおい かすか なる トドロキ、 シサイ に きけば なるほど ホウセイ だ。 レイ の いや な オト が ズジョウ を とぶ の だ。 ホヘイタイ が その アイダ を ぬって シンゲキ する の だ。 チシオ が ながれる の だ。 こう おもった カレ は イッシュ の キョウフ と ドウケイ と を おぼえた。 センユウ は たたかって いる。 ニホン テイコク の ため に チシオ を ながして いる。
 シュラ の チマタ が ソウゾウ される。 サクダン の ソウカン も ガンゼン に うかぶ。 けれど 7~8 リ を へだてた この マンシュウ の ノ は、 さびしい アキカゼ が ユウヒ を ふいて いる ばかり、 タイグン の ウシオ の ごとく すぎさった ムラ の ヘイワ は イツモ に ことならぬ。
「コンド の センソウ は おおきい だろう」
「そう さ」
「1 ニチ では カチマケ が つくまい」
「むろん だ」
 イマ の カシ は ナカマ の ヘイシ と ホウセイ を ミミ に しつつ しきり に かたりあって いる。 ヒョウロウ を マンサイ した クルマ 5 リョウ、 シナ クーリー の オヤジ-レン も ワ を なして ナニゴト を か しゃべりたてて いる。 ロバ の ながい ミミ に ヒ が さして、 おりおり けたたましい ナキゴエ が ミミ を つんざく。 ヤナギ の かなた に しろい カベ の シナ ミンカ が 5~6 ケン つづいて、 ニワ の ナカ に エンジュ の キ が たかく みえる。 イド が ある。 ナヤ が ある。 アシ の ちいさい としおいた オンナ が おぼつかなく あるいて ゆく。 ヤナギ を すかして ムコウ に、 ひろい こうばく たる ノ が みえる。 カッショク した オカ の レンゾク が ゆびさされる。 その ムコウ には むらさきがかった たかい ヤマ が えんえん と して いる。 ホウセイ は そこ から くる。

 5 リョウ の クルマ は いって しまった。
 カレ は また ヒトリ とりのこされた。 カイジョウ から ヒガシ エンダイ、 カンセンホ、 この ツギ の ヘイタンブ ショザイチ は シンタイシ と いって、 まだ 1 リ ぐらい ある。 そこ まで ゆかなければ やどる べき イエ も ない。
 ゆく こと に して あるきだした。
 つかれきって いる から ナンギ だ が、 クルマ より は かえって いい。 ムネ は いぜん と して くるしい が、 どうも イタシカタ が ない。
 また おなじ カツイロ の ミチ、 おなじ コーリャン の ハタケ、 おなじ ユウヒ の ヒカリ、 レール には レイ の キシャ が また とおった。 コンド は クダリザカ で、 ソクリョク が ヒジョウ に はやい。 カマ の ついた キシャ より も はやい くらい に めまぐろしく タニ を こえて はしった。 サイゴ の シャリョウ に ひるがえった コッキ が コーリャン-バタケ の タエマ タエマ に みえたり かくれたり して、 ついに それ が みえなく なって も、 その シャリョウ の トドロキ は きこえる。 その トドロキ と まじって、 ホウセイ が しっきりなし に ひびく。
 カイドウ には ひさしく ソンラク が ない が、 セイホウ には ヤナギ の やや くらい シゲリ が いたる ところ に かたまって、 その アイダ から ちらちら ハクショク カッショク の ミンカ が みえる。 ヒト の カゲ は アタリ を みまわして も ない が、 あおい ほそい スイエン は イト の よう に さびしく たちあがる。
 ユウヒ は モノ の カゲ を すべて ながく ひく よう に なった。 コーリャン の たかい カゲ は 2 ケン ハバ の ひろい ミチ を おおって、 さらに ムコウガワ の コーリャン の ウエ に おおいかさなった。 ミチバタ の ちいさな クサ の カゲ も おびただしく ながく、 トウホウ の オカ は うきだす よう に はっきり と みえる。 さびしい かなしい ユウグレ は たとえがたい イッシュ の カゲ の チカラ を もって せまって きた。
 コーリャン の たえた ところ に きた。 こつぜん、 カレ は その マエ に おどろく べき チョウダイ なる ジコ の カゲ を みた。 カタ の ジュウ の カゲ は とおい ノ の クサ の ウエ に あった。 カレ は キュウ に ふかい ヒアイ に うたれた。
 クサムラ には ムシ の コエ が する。 フルサト の ノ で きく ムシ の コエ とは に も つかぬ。 この につかぬ こと と ひろい ノハラ と が なんとなく その ムネ を いためた。 イチジ とだえた ツイカイ の ジョウ が ながるる よう に みなぎって きた。
 ハハ の カオ、 わかい ツマ の カオ、 オトウト の カオ、 オンナ の カオ が ソウマトウ の ごとく センカイ する。 ケヤキ の キ で かこまれた ムラ の キュウカ、 ダンラン せる ヘイワ な カテイ、 つづいて その ミ が トウキョウ に シュウギョウ に いった オリ の ワカワカシサ が おもいだされる。 カグラザカ の ヨル の ニギワイ が メ に みえる。 うるわしい クサバナ、 ザッシテン、 シンカン の ホン、 カド を まがる と にぎやか な ヨセ、 マチアイ、 シャミセン の オト、 あだめいた オンナ の コエ、 あの コロ は たのしかった。 こいした オンナ が ナカチョウ に いて、 よく あそび に いった。 マルガオ の かわいい ムスメ で、 イマ でも こいしい。 この ミ は イナカ の ゴウカ の ワカダンナ で、 カネ には フジユウ を かんじなかった から、 ずいぶん おもしろい こと を した。 それに あの コロ の ユウジン は ミナ ヨ に でて いる。 コノアイダ も ガイヘイ で ダイ 6 シダン の タイイ に なって いばって いる ヤツ に でっくわした。
 グンタイ セイカツ の ソクバク ほど ザンコク な もの は ない と とつぜん おもった。 と、 キョウ は フシギ にも ヒゴロ の よう に ハンコウ とか ギセイ とか いう ネン は おこらず に、 キョウフ の ネン が さかん に もえた。 シュッパツ の とき、 この ミ は クニ に ささげ キミ に ささげて イカン が ない と ちかった。 フタタビ は かえって くる キ は ない と、 ムラ の ガッコウ で おおしい エンゼツ を した。 トウジ は ゲンキ オウセイ、 シンタイ ソウケン で あった。 で、 そう いって も もちろん しぬ キ は なかった。 ココロ の ソコ には はなばなしい ガイセン を ゆめみて いた。 で ある のに、 イマ こつぜん おこった の は シ に たいする フアン で ある。 ジブン は とても いきて かえる こと は おぼつかない と いう キ が はげしく ムネ を ついた。 この ヤマイ、 この カッケ、 たとえ この ヤマイ は なおった に して も センジョウ は おおいなる ロウゴク で ある。 いかに もがいて も あせって も この おおいなる ロウゴク から だっする こと は できぬ。 トクリジ で センシ した ヘイシ が その イゼン カレ に むかって、
「どうせ のがれられぬ アナ だ。 おもいきり よく しぬ さ」 と いった こと を おもいだした。
 カレ は ヒロウ と ビョウキ と キョウフ と に おそわれて、 いかに して この おそろしい サイヤク を のがる べき か を かんがえた。 ダッソウ? それ も いい、 けれど とらえられた アカツキ には、 コノウエ も ない オメイ を こうむった うえ に おなじく シ! されば とて ゼンシン すれば かならず センソウ の チマタ の ヒト と ならなければ ならぬ。 センソウ の チマタ に いれば シ を カクゴ しなければ ならぬ。 カレ は イマ はじめて、 ビョウイン を タイイン した こと の グ を ひしと ムネ に おもいあたった。 ビョウイン から コウソウ される よう に すれば よかった…… と おもった。
 もう ダメ だ、 バンジ きゅうす、 のがれる に ミチ が ない。 ショウキョクテキ の ヒカン が おそろしい チカラ で その ムネ を おそった。 と、 あるく ユウキ も なにも なくなって しまった。 トメド なく ナミダ が ながれた。 カミ が コノヨ に います なら、 どうか たすけて ください、 どうか ニゲミチ を おしえて ください。 これから は どんな ナンギ も する! どんな ゼンジ も する! どんな こと にも そむかぬ。
 カレ は おいおい コエ を あげて なきだした。
 ムネ が しっきりなし に こみあげて くる。 ナミダ は コドモ でも ある よう に ホオ を ながれる。 ジブン の カラダ が この ヨノナカ に なくなる と いう こと が ツウセツ に かなしい の だ。 カレ の ムネ には これまで イクタビ も ソコク を おもう の ネン が もえた。 カイジョウ の カンパン で、 グンカ を うたった とき には ヒソウ の ネン が ゼンシン に みちわたった。 テキ の グンカン が とつぜん でて きて、 イチ ホウダン の ため に しずめられて、 カイテイ の モクズ と なって も イカン が ない と おもった。 キンシュウ の センジョウ では、 キカンジュウ の シ の サケビ の タダナカ を チ に ふしつつ、 いさましく すすんだ。 センユウ の チ に まみれた スガタ に ムネ を うった こと も ない では ない が、 これ も クニ の ため だ、 メイヨ だ と おもった。 けれど ヒト の チ の ながれた の は ジブン の チ の ながれた の では ない。 シ と あいめんして は、 いかなる ユウシャ も センリツ する。
 アシ が おもい、 けだるい、 ムネ が むかつく。 ダイセッキョウ から 10 リ、 フツカ の ミチ、 ヨツユ、 オカン、 たしか に ジビョウ の カッケ が コウシン した の だ。 リュウコウ チョウイネツ は なおった が、 キュウセイ の カッケ が おそって きた の だ。 カッケ ショウシン の おそろしい こと を ジカク して カレ は センリツ した。 どうしても まぬかれる こと が できぬ の か と おもった。 と、 いて も たって も いられなく なって、 カラダ が しびれて アシ が すくんだ。 ――おいおい なきながら あるく。
 ノ は ヘイワ で ある。 あかい おおきい ヒ は チヘイセン-ジョウ に おちん と して、 ソラ は なかば コンジキ なかば アンペキショク に なって いる。 コンジキ の トリ の ツバサ の よう な クモ が ヒトヒラ うごいて ゆく。 コーリャン の カゲ は カゲ と おおいかさなって、 こうりょう たる ノ には アキカゼ が わたった。 リョウヨウ ホウメン の ホウセイ も イマ まで さかん に きこえて いた が、 いつか まったく とだえて しまった。
 フタリヅレ の ジョウトウヘイ が おいこした。
 すれちがって、 5~6 ケン サキ に でた が、 ヒトリ が もどって きた。
「おい、 キミ、 どうした?」
 カレ は キ が ついた。 コエ を あげて ないて あるいて いた の が きはずかしかった。
「おい、 キミ?」
 ふたたび コエ は かかった。
「カッケ な もん です から」
「カッケ?」
「はあ」
「それ は こまる だろう。 よほど わるい の か」
「くるしい です」
「それ あ こまった な、 カッケ では ショウシン でも する と タイヘン だ。 どこ まで ゆく ん だ」
「タイ が アンザン テン の ムコウ に いる だろう と おもう ん です」
「だって、 キョウ そこ まで ゆけ は せん」
「はあ」
「まあ、 シンタイシ まで ゆく さ。 そこ に ヘイタンブ が ある から いって イシャ に みて もらう さ」
「まだ とおい です か?」
「もう すぐ そこ だ。 それ ムコウ に オカ が みえる だろう。 オカ の テマエ に テツドウ センロ が ある だろう。 そこ に コッキ が たって いる、 あれ が シンタイシ の ヘイタンブ だ」
「そこ に イシャ が いる でしょう か」
「グンイ が ヒトリ いる」
 ソセイ した よう な キ が する。
 で、 フタリ に ついて あるいた。 フタリ は キノドク-がって、 ジュウ と ハイノウ と を もって くれた。
 フタリ は マエ に たって はなしながら ゆく。 リョウヨウ の キョウ の センソウ の ハナシ で ある。
「ヨウス は わからん かな」
「まだ やってる ん だろう。 エンダイ で きいた が、 テキ は リョウヨウ の 1 リ テマエ で ヒトササエ して いる そう だ。 なんでも シュザンポ とか いった」
「コウビ が たくさん ゆく な」
「ヘイ が たりん の だ。 テキ の ボウギョ ジンチ は すばらしい もの だ そう だ」
「おおきな センソウ に なりそう だな」
「イチニチ ホウセイ が した から な」
「かてる かしらん」
「まけちゃ タイヘン だ」
「ダイ 1 グン も でた ん だろう な」
「もちろん さ」
「ひとつ うまく ハイゴ を たって やりたい」
「コンド は きっと うまく やる よ」
 と いって ミミ を かたむけた。 ホウセイ が また さかん に きこえだした。

 シンタイシ の ヘイタンブ は イマ ザットウ を きわめて いた。 コウビ リョダン の 1 コ レンタイ が ついた ので、 レール の ウエ、 カオク の カゲ、 ヒョウロウ の ソバ など に グンボウ と ジュウケン と が みちみちて いた。 レール を はさんで テキ の テツドウ エンゴ の エイシャ が イツムネ ほど たって いる が、 コッキ の ひるがえった ヘイタン ホンブ は、 ザットウ を かさねて、 ヘイシ が クロヤマ の よう に あつまって、 ながい ケン を さげた シカン が イクニン と なく でたり はいったり して いる。 ヘイタンブ の 3 コ の オオガマ には ヒ が さかん に もえて、 ケムリ が ハクボ の ソラ に こく なびいて いた。 1 コ の カマ は メシ が すでに たけた ので、 スイジ グンソウ が おおきな コエ を あげて、 ブカ を シッタ して、 あつまる ヘイシ に しきり に メシ の ブンパイ を やって いる。 けれど この 3 コ の カマ は とうてい この タスウ の ヘイシ に ユウメシ を ブンパイ する こと が できぬ ので、 その ダイブブン は ハクマイ を ハンゴウ に もらって、 カクジ に メシ を つくる べく ノ に ちった。 やがて ノ の トコロドコロ に コーリャン の ヒ が イクツ と なく もやされた。
 イエ の かなた では、 テツヤ して センジョウ に おくる べき ダンヤク ダンガン の ハコ を キシャ の カシャ に つみこんで いる。 ヘイシ、 ユソツ の ムレ が イッショウ ケンメイ に ホンソウ して いる サマ が ハクボ の かすか な ヒカリ に たえだえ に みえる。 ヒトリ の カシ が カシャ の ニモツ の ウエ に たかく たって、 しきり に その シキ を して いた。
 ヒ が くれて も センソウ は やまぬ。 アンザン テン の バアン の よう な ヤマ が くらく なって、 その ムコウ から ホウセイ が ダンゾク する。
 カレ は ここ に きて グンイ を もとめた。 けれど グンイ どころ の サワギ では なかった。 イッペイソツ が しのう が いきよう が そんな こと を とう バアイ では なかった。 カレ は フタリ の ヘイシ の ジンリョク の モト に、 わずか に 1 ゴウ の メシ を えた ばかり で あった。 シカタ が ない、 すこし まて。 この レンタイ の ヘイ が ゼンシン して しまったら、 グンイ を さがして、 つれて いって やる から、 まず おちついて おれ。 ここ から マッスグ に 3~4 チョウ ゆく と ヒトムネ の ヨウカン が ある。 その ヨウカン の イリグチ には、 シュホ が ケサ から ミセ を ひらいて いる から すぐ わかる。 その オク に はいって、 ねて おれ との こと だ。
 カレ は もう あるく ユウキ は なかった。 ジュウ と ハイノウ と を フタリ から うけとった が、 それ を せおう と あぶなく たおれそう に なった。 メ が ぐらぐら する。 ムネ が むかつく。 アシ が けだるい。 アタマ は はげしく センカイ する。
 けれど ここ に たおれる わけ には ゆかない。 しぬ にも カクレガ を もとめなければ ならぬ。 そう だ、 カクレガ……。 どんな ところ でも いい。 しずか な ところ に はいって ねたい、 キュウソク したい。
 ヤミ の ミチ が ながく つづく。 トコロドコロ に ヘイシ が ムレ を なして いる。 ふと トヨハシ の ヘイエイ を おもいだした。 シュホ に いって かくれて よく サケ を のんだ。 サケ を のんで、 グンソウ を なぐって、 ジュウエイソウ に しょせられた こと が あった。 ミチ が いかにも とおい。 いって も いって も ヨウカン らしい もの が みえぬ。 3~4 チョウ と いった。 3~4 チョウ どころ か、 もう 10 チョウ も きた。 まちがった の か と おもって ふりかえる―― ヘイタンブ は トモシビ の ヒカリ、 カガリビ の ヒカリ、 ヤミ の ナカ を ゆきちがう ヘイシ の くろい ムレ、 ダンヤクバコ を はこぶ カケゴエ が ヨル の クウキ を つんざいて ひびく。
 ここら は もう しずか だ。 アタリ に ヒト の カゲ も みえない。 にわか に くるしく ムネ が せまって きた。 カクレガ が なければ、 ここ で しぬ の だ と おもって、 がっくり たおれた。 けれども フシギ にも マエ の よう に かなしく も ない、 オモイデ も ない。 ソラ の ホシ の ヒラメキ が メ に はいった。 クビ を あげて それとなく アタリ を みまわした。
 イマ まで みえなかった ヒトムネ の ヨウカン が すぐ その マエ に ある の に おどろいた。 イエ の ナカ には トモシビ が みえる。 まるい あかい チョウチン が みえる。 ヒト の コエ が ミミ に はいる。
 ジュウ を チカラ に かろうじて たちあがった。
 なるほど、 その イエ の イリグチ に シュホ らしい もの が ある。 くらい から わからぬ が、 ナニ か カマ らしい もの が コガイ の カタスミ に あって、 マキ の モエサシ が あかく みえた。 うすい ケムリ が チョウチン を かすめて あわく なびいて いる。 チョウチン に、 シルコ 1 パイ 5 セン と かいて ある の が、 ムネ が くるしくって くるしくって シカタ が ない にも かかわらず はっきり と メ に えいじた。
「シルコ は もう オシマイ か」
 と いった の は、 その マエ に たって いる ヒトリ の ヘイシ で あった。
「もう オシマイ です」
 と いう コエ が ウチ から きこえる。
 ウチ を のぞく と、 あきらか なる ヒカリ、 セイヨウ ロウソク が 2 ホン ハダカ で ともって いて、 ビンヅメ や コマモノ など の ヤマ の よう に つまれて ある マンナカ の イチダン たかい ところ に、 ふとった、 クチヒゲ の こい、 にこにこ した サンジュウ オトコ が すわって いた。 ミセ では ヒトリ の ヘイシ が タオル を ひろげて みて いた。
 ソバ を みる と、 くらい ながら、 ひくい イシダン が メ に はいった。 ここ だな と カレ は おもった。 とにかく キュウソク する こと が できる と おもう と、 いう に いわれぬ マンゾク を まず ココロ に かんじた。 しずか に ヌキアシ して その イシダン を のぼった。 ナカ は くらい。 よく わからぬ が ロウカ に なって いる らしい。 サイショ の ト と おぼしき ところ を おして みた が あかない。 2 ホ 3 ポ すすんで ツギ の ト を おした が やはり あかない。 ヒダリ の ト を おして も ダメ だ。
 なお オク へ すすむ。
 ロウカ は つきあたって しまった。 ミギ にも ヒダリ にも ミチ が ない。 こまって ミギ を おす と、 とつぜん、 ヤミ が やぶれて ト が あいた。 シツナイ が みえる と いう ほど では ない が、 そこ と なく ホシアカリ が して、 マエ に ガラスマド が ある の が わかる。
 ジュウ を おき、 ハイノウ を おろし、 いきなり カレ は ヨコ に たおれた。 そして おもくるしい イキ を ついた。 まあ これ で アンソクジョ を えた と おもった。
 マンゾク と ともに あたらしい フアン が アタマ を もたげて きた。 ケンタイ、 ヒロウ、 ゼツボウ に ちかい カンジョウ が ナマリ の ごとく おもくるしく ゼンシン を あっした。 オモイデ が みな きれぎれ で、 デンコウ の よう に はやい か と おもう と ウシ の アエギ の よう に おそい。 しっきりなし に ムネ が さわぐ。
 おもい、 けだるい アシ が イッシュ の アッパク を うけて トウツウ を かんじて きた の は、 カレ ミズカラ にも よく わかった。 フクラハギ の トコロドコロ が ずきずき と いたむ。 フツウ の イタミ では なく、 ちょうど コムラ が かえった とき の よう で ある。
 しぜん と カラダ を もがかず には いられなく なった。 ワタ の よう に つかれはてた ミ でも、 この アッパク には かなわない。
 ムイシキ に テンテン ハンソク した。
 コキョウ の こと を おもわぬ では ない、 ハハ や ツマ の こと を かなしまぬ では ない。 この ミ が こうして しななければ ならぬ か と なげかぬ では ない。 けれど ヒタン や、 ツイオク や、 クウソウ や、 そんな もの は どうでも よい。 トウツウ、 トウツウ、 その ゼツダイ な チカラ と たたかわねば ならぬ。
 ウシオ の よう に おしよせる。 アラシ の よう に あれわたる。 アシ を かたい イタ の ウエ に たてて たおして、 カラダ を ミギ に ヒダリ に もがいた。 「くるしい……」 と おもわず しらず さけんだ。
 けれど ジッサイ は また そう くるしい とは かんじて いなかった。 くるしい には ちがいない が、 さらに おおいなる クツウ に たえなければ ならぬ と おもう ドリョク が すくなくとも その クツウ を かるく した。 イッシュ の チカラ は ナミ の よう に ゼンシン に みなぎった。
 しぬ の は かなしい と いう ネン より も この クツウ に うちかとう と いう ネン の ほう が キョウレツ で あった。 イッポウ には きわめて ショウキョクテキ な なみだもろい イクジ ない ゼツボウ が みなぎる と ともに、 イッポウ には ニンゲン の セイゾン に たいする ケンリ と いう よう な セッキョクテキ な チカラ が つよく よこたわった。
 イタミ は ナミ の よう に おしよせて は ひき、 ひいて は おしよせる。 おしよせる たび に クチビル を かみ、 ハ を くいしばり、 アシ を リョウテ で つかんだ。
 ゴカン の ホカ に ある ベッシュ の カンノウ の チカラ が くわわった か と おもった。 くらかった ヘヤ が それ と はっきり みえる。 アンショク の カベ に そうて たかい テーブル が おいて ある。 ウエ に しろい の は たしか に カミ だ。 ガラスマド の ハンブン が やぶれて いて、 ホシ が きらきら と オオゾラ に きらめいて いる の が みとめられた。 ミギ の カタスミ には、 ナニ か ごたごた おかれて あった。
 ジカン の たって ゆく の など は もう カレ には わからなく なった。 グンイ が きて くれれば いい と おもった が、 それ を つづけて かんがえる ヒマ は なかった。 あたらしい クツウ が ました。
 ユカ ちかく コオロギ が ないて いた。 クツウ に もだえながら、 「あ、 コオロギ が ないて いる……」 と カレ は おもった。 その アイセツ な ムシ の シラベ が なんだか ゼンシン に しみいる よう に おぼえた。
 トウツウ、 トウツウ、 カレ は さらに テンテン ハンソク した。

「くるしい! くるしい! くるしい!」
 ツヅケザマ に けたたましく さけんだ。
「くるしい、 ダレ か…… ダレ か おらん か」
 と しばらく して また さけんだ。
 キョウレツ なる セイゾン の チカラ も もう よほど おとろえて しまった。 イシキテキ に タスケ を もとめる と いう より は、 イマ は ほとんど ムチュウ で ある。 シゼンリョク に おそわれた コノハ の ソヨギ、 ナミ の サケビ、 ニンゲン の ヒメイ!
「くるしい! くるしい!」
 その コエ が しんと した ヘヤ に すさまじく ただよいわたる。 この ヘヤ には ヒトツキ マエ まで ロコク の テツドウ エンゴ の シカン が キガ して いた。 ニホン ヘイ が はじめて はいった とき、 カベ には くろく すすけた キリスト の ゾウ が かけて あった。 サクネン の フユ は、 マンシュウ の ノ に ふりしきる フウセツ を この ガラスマド から ながめて、 その シカン は ウオッカ を のんだ。 ケガワ の ボウカンフク を きて、 コガイ に ヘイシ が たって いた。 ニホン ヘイ の なす に たらざる を いって、 ニジ の ごとき キエン を はいた。 その ヘヤ に、 イマ、 スイシ の ヘイシ の ウメキ が ひびきわたる。
「くるしい、 くるしい、 くるしい!」
 せき と して いる。 コオロギ は おなじ やさしい さびしい チョウシ で ないて いる。 マンシュウ の こうばく たる ノ には、 おそい ツキ が のぼった と みえて、 アタリ が あかるく なって、 ガラスマド の ソト は すでに その ヒカリ を うけて いた。
 キョウカン、 ヒメイ、 ゼツボウ、 カレ は ヘヤ の ナカ を のたうちまわった。 グンプク の ボタン は はずれ、 ムネ の アタリ は かきむしられ、 グンボウ は アゴヒモ を かけた まま おしつぶされ、 カオ から ホオ に かけて は、 オウト した オブツ が イチメン に フチャク した。
 とつぜん あきらか な コウセン が ヘヤ に さした と おもう と、 トビラ の ところ に、 セイヨウ ロウソク を もった ヒトリ の オトコ の スガタ が ウキボリ の よう に あらわれた。 その カオ だ。 ふとった クチヒゲ の ある シュホ の カオ だ。 けれど その カオ には にこにこ した サキホド の アイキョウ は なく、 マジメ な あおい くらい イロ が のぼって いた。 だまって ヘヤ の ナカ に はいって きた が、 そこ に うなって ころがって いる ビョウヘイ を ロウソク で てらした。 ビョウヘイ の カオ は あおざめて、 シニン の よう に みえた。 オウト した オブツ が そこ に ちらばって いた。
「どうした? ビョウキ か?」
「ああ くるしい、 くるしい……」
 と はげしく さけんで テンテン した。
 シュホ の オトコ は テ を つけかねて しばし たって みて いた が、 そのまま、 ロウソク の ロウ を たらして、 テーブル の ウエ に それ を たてて、 そそくさ と ト の ソト へ でて いった。 ロウソク の ヒカリ で ヘヤ は ヒル の よう に あかるく なった。 スミ に おいた ジブン の ハイノウ と ジュウ と が カレ の メ に はいった。
 ロウソク の ヒ が ちらちら する。 ロウ が ナミダ の よう に だらだら ながれる。
 しばらく して サキ の シュホ の オトコ は ヒトリ の ヘイシ を ともなって はいって きた。 この ムコウ の イエ に ねて いた コウグンチュウ の ヘイシ を おこして きた の だ。 ヘイシ は ビョウヘイ の カオ と アタリ の サマ と を みまわした が、 コンド は ケンショウ を シサイ に けんした。
 フタリ の タイワ が あきらか に ビョウヘイ の ミミ に はいる。
「18 レンタイ の ヘイ だな」
「そう です か」
「いつから ここ に きてる ん だ?」
「すこしも しらん かった です。 いつから きた ん です か。 ワタシ は 10 ジ-ゴロ ぐっすり ねこんだ ん です が、 ふと メ を さます と、 ウナリゴエ が する、 くるしい くるしい と いう コエ が する。 どうした ん だろう、 オク には ダレ も いぬ はず だ が と おもって、 フシン に して しばらく きいて いた です。 すると、 その サケビゴエ は いよいよ たかく なります し、 ダレ か きて くれ! と いう コエ が きこえます から、 きて みた ん です。 カッケ です な、 カッケ ショウシン です な」
「ショウシン?」
「とても たすからん です な」
「それ あ、 キノドク だ。 ヘイタンブ に グンイ が いる だろう?」
「います がな…… こんな おそく、 きて くれ や しません よ」
「ナンジ だ」
 みずから トケイ を だして みて、 「もっとも だ」 と いう カオ を して、 そのまま ポケット に おさめた。
「ナンジ です?」
「2 ジ 15 フン」
 フタリ は だまって たって いる。
 クツウ が また おしよせて きた。 ウナリゴエ、 サケビゴエ が たえがたい ヒメイ に つづく。
「キノドク だな」
「ホントウ に かわいそう です。 どこ の モノ でしょう」
 ヘイシ が カレ の ポケット を さぐった。 グンタイ テチョウ を ひきだす の が わかる。 カレ の メ には その ヘイシ の くろく たくましい カオ と グンタイ テチョウ を よむ ため に タクジョウ の ロウソク に ちかく あゆみよった サマ が うつった。 ミカワ ノ クニ アツミ-ゴオリ フクエ ムラ カトウ ヘイサク…… と よむ コエ が つづいて きこえた。 フルサト の サマ が いま イチド その ガンゼン に うかぶ。 ハハ の カオ、 ツマ の カオ、 ケヤキ で かこんだ おおきな イエ、 ウラ から つづいた なめらか な イソ、 あおい ウミ、 ナジミ の ギョフ の カオ……。
 フタリ は だまって たって いる。 その カオ は あおく くらい。 おりおり その ミ に たいする ドウジョウ の コトバ が かわされる。 カレ は すでに シ を あきらか に ジカク して いた。 けれど それ が べつだん くるしく も かなしく も かんじない。 フタリ の モンダイ に して いる の は カレ ジシン の こと では なくて、 ホカ に ブッタイ が ある よう に おもわれる。 ただ、 この クツウ、 たえがたい この クツウ から のがれたい と おもった。
 ロウソク が ちらちら する。 コオロギ が おなじく さびしく ないて いる。

 アケガタ に ヘイタンブ の グンイ が きた。 けれど その 1 ジカン マエ に、 カレ は すでに しんで いた。 イチバン の キシャ が カイロ カイロ の カケゴエ と ともに、 アンザン テン に むかって ハッシャ した コロ は、 その ザンゲツ が うすく しらけて、 さびしく ソラ に かかって いた。
 しばらく して ホウセイ が さかん に きこえだした。 9 ガツ イチジツ の リョウヨウ コウゲキ は はじまった。

2015/01/04

ハル は バシャ に のって

 ハル は バシャ に のって

 ヨコミツ リイチ

 カイヒン の マツ が コガラシ に なりはじめた。 ニワ の カタスミ で ヒトムラ の ちいさな ダリヤ が ちぢんで いった。
 カレ は ツマ の ねて いる シンダイ の ソバ から、 センスイ の ナカ の にぶい カメ の スガタ を ながめて いた。 カメ が およぐ と、 スイメン から てりかえされた あかるい ミズカゲ が、 かわいた イシ の ウエ で ゆれて いた。
「まあ ね、 アナタ、 あの マツ の ハ が コノゴロ それ は きれい に ひかる のよ」 と ツマ は いった。
「オマエ は マツ の キ を みて いた ん だな」
「ええ」
「オレ は カメ を みてた ん だ」
 フタリ は また そのまま だまりだそう と した。
「オマエ は そこ で ながい アイダ ねて いて、 オマエ の カンソウ は、 たった マツ の ハ が うつくしく ひかる と いう こと だけ なの か」
「ええ。 だって、 アタシ、 もう なにも かんがえない こと に して いる の」
「ニンゲン は なにも かんがえない で ねて いられる はず が ない」
「そりゃ かんがえる こと は かんがえる わ。 アタシ、 はやく よく なって、 しゃっしゃっ と イド で センタク したくって ならない の」
「センタク が したい?」
 カレ は この イソウガイ の ツマ の ヨクボウ に わらいだした。
「オマエ は おかしな ヤツ だね。 オレ に ながい アイダ クロウ を かけて おいて、 センタク が したい とは かわった ヤツ だ」
「でも、 あんな に ジョウブ な とき が うらやましい の。 アナタ は フコウ な カタ だ わね」
「うむ」 と カレ は いった。
 カレ は ツマ を もらう まで の 4~5 ネン に わたる カノジョ の カテイ との ながい ソウトウ を かんがえた。 それから ツマ と ケッコン して から、 ハハ と ツマ との アイダ に はさまれた 2 ネン-カン の クツウ な ジカン を かんがえた。 カレ は ハハ が しに、 ツマ と フタリ に なる と、 キュウ に ツマ が ムネ の ビョウキ で ねて しまった この 1 ネン-カン の カンナン を おもいだした。
「なるほど、 オレ も もう センタク が したく なった」
「アタシ、 イマ しんだって もう いい わ。 だけど ね、 アタシ、 アナタ に もっと オン を かえして から しにたい の。 コノゴロ アタシ、 それ ばっかり ク に なって」
「オレ に オン を かえす って、 どんな こと を する ん だね」
「そりゃ、 アタシ、 アナタ を タイセツ に して、……」
「それから」
「もっと いろいろ する こと が ある わ」
 ――しかし、 もう この オンナ は たすからない、 と カレ は おもった。
「オレ は そういう こと は どうだって いい ん だ。 ただ オレ は、 そう だね。 オレ は、 ただ、 ドイツ の ミュンヘン アタリ へ イッペン いって、 それ も、 アメ の ふって いる ところ じゃ なくちゃ いく キ が しない」
「アタシ も いきたい」 と ツマ は いう と、 キュウ に シンダイ の ウエ で ハラ を ナミ の よう に うねらせた。
「オマエ は ゼッタイ アンセイ だ」
「いや、 いや、 アタシ、 あるきたい。 おこして よ、 ね、 ね」
「ダメ だ」
「アタシ、 しんだって いい から」
「しんだって、 はじまらない」
「いい わよ、 いい わよ」
「まあ、 じっと してる ん だ。 それから、 イッショウ の シゴト に、 マツ の ハ が どんな に うつくしく ひかる か って いう ケイヨウシ を、 たった ヒトツ かんがえだす の だね」
 ツマ は だまって しまった。 カレ は ツマ の キモチ を テンカン さす ため に、 やわらか な ワダイ を センタク しよう と して たちあがった。
 ウミ では ゴゴ の ナミ が とおく イワ に あたって ちって いた。 1 ソウ の フネ が かたむきながら するどい ミサキ の センタン を まわって いった。 ナギサ では さかまく ノウランショク の ハイケイ の ウエ で、 コドモ が フタリ ユゲ の たった イモ を もって カミクズ の よう に すわって いた。
 カレ は ジブン に むかって つぎつぎ に くる クツウ の ナミ を さけよう と おもった こと は まだ なかった。 この ソレゾレ に シツ を たがえて おそって くる クツウ の ナミ の ゲンイン は、 ジブン の ニクタイ の ソンザイ の サイショ に おいて はたらいて いた よう に おもわれた から で ある。 カレ は クツウ を、 たとえば サトウ を なめる シタ の よう に、 あらゆる カンカク の メ を ひからせて ギンミ しながら なめつくして やろう と ケッシン した。 そうして サイゴ に、 どの アジ が うまかった か。 ――オレ の カラダ は 1 ポン の フラスコ だ。 ナニモノ より も、 まず トウメイ で なければ ならぬ。 と、 カレ は かんがえた。

 ダリヤ の クキ が ひからびた ナワ の よう に チ の ウエ で むすぼれだした。 シオカゼ が スイヘイセン の ウエ から シュウジツ ふきつけて きて フユ に なった。
 カレ は スナカゼ の まきあがる ナカ を、 1 ニチ に 2 ド ずつ ツマ の たべたがる シンセン な トリ の ゾウモツ を さがし に でかけて いった。 カレ は カイガンマチ の トリヤ と いう トリヤ を カタハシ から たずねて いって、 そこ の きいろい マナイタ の ウエ から いちおう ニワ の ナカ を ながめまわして から きく の で ある。
「ゾウモツ は ない か、 ゾウモツ は」
 カレ は ウン よく メノウ の よう な ゾウモツ を コオリ の ナカ から だされる と、 ユウカン な アシドリ で イエ に かえって ツマ の マクラモト に ならべる の だ。
「この マガタマ の よう なの は ハト の ジンゾウ だ。 この コウタク の ある カンゾウ は、 これ は アヒル の イキギモ だ。 これ は まるで、 かみきった イッペン の クチビル の よう で、 この ちいさな あおい タマゴ は、 これ は コンロンザン の ヒスイ の よう で」
 すると、 カレ の ジョウゼツ に センドウ させられた カレ の ツマ は、 サイショ の セップン を せまる よう に、 はなやか に トコ の ナカ で ショクヨク の ため に ミモダエ した。 カレ は ザンコク に ゾウモツ を うばいあげる と、 すぐ ナベ の ナカ へ なげこんで しまう の が ツネ で あった。
 ツマ は オリ の よう な シンダイ の コウシ の ナカ から、 ビショウ しながら たえず わきたつ ナベ の ナカ を ながめて いた。
「オマエ を ここ から みて いる と、 じつに フシギ な ケモノ だね」 と カレ は いった。
「まあ、 ケモノ だって。 アタシ、 これ でも オクサン よ」
「うむ、 ゾウモツ を たべたがって いる オリ の ナカ の オクサン だ。 オマエ は、 いつ の バアイ に おいて も、 どこ か、 ほのか に ザンニンセイ を たたえて いる」
「それ は アナタ よ。 アナタ は リチテキ で、 ザンニンセイ を もって いて、 いつでも ワタシ の ソバ から はなれたがろう と ばかり かんがえて いらしって」
「それ は、 オリ の ナカ の リロン で ある」
 カレ は カレ の ヒタイ に けむりだす ヘンエイ の よう な シワ さえ も、 ビンカン に みのがさない ツマ の カンカク を ごまかす ため に、 コノゴロ いつも この ケツロン を ヨウイ して いなければ ならなかった。 それでも ときには、 ツマ の リロン は キュウゲキ に かたむきながら、 カレ の キュウショ を つきとおして センカイ する こと が たびたび あった。
「じっさい、 オレ は オマエ の ソバ に すわって いる の は、 そりゃ いや だ。 ハイビョウ と いう もの は、 けっして コウフク な もの では ない から だ」
 カレ は そう ちょくせつ ツマ に むかって ギャクシュウ する こと が あった。
「そう では ない か。 オレ は オマエ から はなれた と して も、 この ニワ を ぐるぐる まわって いる だけ だ。 オレ は いつでも、 オマエ の ねて いる シンダイ から ツナ を つけられて いて、 その ツナ の えがく エンシュウ の ナカ で まわって いる より シカタ が ない。 これ は あわれ な ジョウタイ で ある イガイ の、 ナニモノ でも ない では ない か」
「アナタ は、 アナタ は、 あそびたい から よ」 と ツマ は くやしそう に いった。
「オマエ は あそびたか ない の かね」
「アナタ は、 ホカ の オンナ の カタ と あそびたい のよ」
「しかし、 そういう こと を いいだして、 もし、 そう だったら どう する ん だ」
 そこ で、 ツマ が なきだして しまう の が レイ で あった。 カレ は、 はっと して、 また ギャク に リロン を きわめて ものやわらか に ときほぐして いかねば ならなかった。
「なるほど、 オレ は、 アサ から バン まで、 オマエ の マクラモト に いなければ ならない と いう の は いや なの だ。 それで オレ は、 イッコク も はやく、 オマエ を よく して やる ため に、 こうして ぐるぐる おなじ ニワ の ナカ を まわって いる の では ない か。 これ には オレ とて ヒトトオリ の こと じゃ ない さ」
「それ は アナタ の ため だ から よ。 ワタシ の こと を、 ちょっとも よく おもって して くださる ん じゃ ない ん だわ」
 カレ は ここ まで ツマ から ニクハク されて くる と、 とうぜん カノジョ の オリ の ナカ の リロン に とりひしがれた。 だが、 はたして、 ジブン は ジブン の ため に のみ、 この クツウ を かみころして いる の だろう か。
「それ は そう だ、 オレ は オマエ の いう よう に、 オレ の ため に ナニゴト も ニンタイ して いる の に ちがいない。 しかし だ、 オレ が オレ の ため に ニンタイ して いる と いう こと は、 いったい ダレ ゆえ に こんな こと を して いなければ ならない ん だ。 オレ は オマエ さえ いなければ、 こんな バカ な ドウブツエン の マネ は して いたく ない ん だ。 そこ を して いる と いう の は、 ダレ の ため だ。 オマエ イガイ の オレ の ため だ と でも いう の か、 ばかばかしい」
 こういう ヨル に なる と、 ツマ の ネツ は きまって 9 ド ちかく まで のぼりだした。 カレ は 1 ポン の リロン を センメイ に した ため に、 ヒョウノウ の クチ を、 あけたり しめたり、 よどおし しなければ ならなかった。
 しかし、 なお カレ は ジブン の キュウソク する リユウ の セツメイ を メイリョウ に する ため に、 この こりる べき リユウ の セイリ を、 ほとんど ヒビ しつづけなければ ならなかった。 カレ は くう ため と、 ビョウニン を やしなう ため と に ベッシツ で シゴト を した。 すると、 カノジョ は、 また オリ の ナカ の リロン を もちだして カレ を せめたてて くる の で ある。
「アナタ は、 ワタシ の ソバ を どうして そう はなれたい ん でしょう。 キョウ は たった 3 ド より この ヘヤ へ きて くださらない ん です もの。 わかって いて よ。 アナタ は、 そういう ヒト なん です もの」
「オマエ と いう ヤツ は、 オレ が どう すれば いい と いう ん だ。 オレ は、 オマエ の ビョウキ を よく する ため に、 クスリ と タベモノ と を かわなければ ならない ん だ。 ダレ が じっと して いて カネ を くれる ヤツ が ある もの か。 オマエ は オレ に テジナ でも つかえ と いう ん だね」
「だって、 シゴト なら、 ここ でも できる でしょう」 と ツマ は いった。
「いや、 ここ では できない。 オレ は ほんの すこし でも、 オマエ の こと を わすれて いる とき で なければ できない ん だ」
「そりゃ そう です わ。 アナタ は、 24 ジカン シゴト の こと より なにも かんがえない ヒト なん です もの、 アタシ なんか、 どうだって いい ん です わ」
「オマエ の テキ は オレ の シゴト だ。 しかし、 オマエ の テキ は、 じつは たえず オマエ を たすけて いる ん だよ」
「アタシ、 さびしい の」
「いずれ、 ダレ だって さびしい に ちがいない」
「アナタ は いい わ。 シゴト が ある ん です もの。 アタシ は なにも ない ん だわ」
「さがせば いい じゃ ない か」
「アタシ は、 アナタ イガイ に さがせない ん です。 アタシ は、 じっと テンジョウ を みて ねて ばかり いる ん です」
「もう、 そこら で やめて くれ。 どっち も さびしい と して おこう。 オレ には シメキリ が ある。 キョウ かきあげない と、 ムコウ が どんな に こまる か しれない ん だ」
「どうせ、 アナタ は そう よ。 アタシ より、 シメキリ の ほう が タイセツ なん です から」
「いや、 シメキリ と いう こと は、 アイテ の いかなる ジジョウ をも しりぞける と いう ハリフダ なん だ。 オレ は この ハリフダ を みて ひきうけて しまった イジョウ、 ジブン の ジジョウ なんか かんがえて は いられない」
「そう よ、 アナタ は それほど リチテキ なの よ。 いつでも そう なの、 アタシ、 そういう リチテキ な ヒト は、 だいきらい」
「オマエ は オレ の ウチ の モノ で ある イジョウ、 ホカ から きた ハリフダ に たいして は、 オレ と おなじ セキニン を もたなければ ならない ん だ」
「そんな もの、 ひきうけなければ いい じゃ ありません か」
「しかし、 オレ と オマエ の セイカツ は どう なる ん だ」
「アタシ、 アナタ が そんな に レイタン に なる くらい なら、 しんだ ほう が いい の」
 すると、 カレ は だまって ニワ へ とびおりて シンコキュウ を した。 それから、 カレ は また フロシキ を もって、 その ヒ の ゾウモツ を かい に こっそり と マチ の ナカ へ でかけて いった。
 しかし、 この カノジョ の 「オリ の ナカ の リロン」 は、 その オリ に つながれて まわって いる カレ の リロン を、 たえず ゼンシンテキ な コウフン を もって、 ほとんど カンパツ の スキマ を さえ も もらさず に おっかけて くる の で ある。 この ため カノジョ は、 カノジョ の オリ の ナカ で セイゾウ する ビョウテキ な リロン の エイリサ の ため に、 ジシン の ハイ の ソシキ を ヒビ カソクドテキ に ハカイ して いった。
 カノジョ の かつて の まるく はった なめらか な アシ と テ は、 タケ の よう に やせて きた。 ムネ は たたけば、 かるい ハリコ の よう な オト を たてた。 そうして、 カノジョ は カノジョ の すき な トリ の ゾウモツ さえ も、 もう ふりむき も しなく なった。
 カレ は カノジョ の ショクヨク を すすめる ため に、 ウミ から とれた シンセン な サカナ の カズカズ を エンガワ に ならべて セツメイ した。
「これ は アンコ で おどりつかれた ウミ の ピエロ。 これ は エビ で クルマエビ、 エビ は カッチュウ を つけて たおれた ウミ の ムシャ。 この アジ は ボウフウ で ふきあげられた コノハ で ある」
「アタシ、 それ より セイショ を よんで ほしい」 と カノジョ は いった。
 カレ は ポウロ の よう に サカナ を もった まま、 フキツ な ヨカン に うたれて ツマ の カオ を みた。
「アタシ、 もう なにも たべたか ない の、 アタシ、 1 ニチ に イチド ずつ セイショ を よんで もらいたい の」
 そこで、 カレ は しかたなく その ヒ から よごれた バイブル を とりだして よむ こと に した。
「エホバ よ わが イノリ を ききたまえ。 ねがわくば わが サケビ の コエ の ミマエ に いたらん こと を。 わが ナヤミ の ヒ、 ミカオ を おおいたもう なかれ。 ナンジ の ミミ を ワレ に かたぶけ、 わが よぶ ヒ に すみやか に ワレ に こたえたまえ。 わが モロモロ の ヒ は ケムリ の ごとく きえ、 わが ホネ は タキギ の ごとく やかるる なり。 わが ココロ は クサ の ごとく うたれて しおれたり。 ワレ カテ を くらう を わすれし に よる」
 しかし、 フキツ な こと は また つづいた。 ある ヒ、 ボウフウ の ヨル が あけた ヨクジツ、 ニワ の イケ の ナカ から あの にぶい カメ が にげて しまって いた。
 カレ は ツマ の ビョウセイ が すすむ に つれて、 カノジョ の シンダイ の ソバ から ますます はなれる こと が できなく なった。 カノジョ の クチ から、 タン が 1 プン ごと に ではじめた。 カノジョ は ジブン で それ を とる こと が できない イジョウ、 カレ が とって やる より とる モノ が なかった。 また カノジョ は はげしい フクツウ を うったえだした。 セキ の おおきな ホッサ が、 チュウヤ を わかたず 5 カイ ほど トッパツ した。 その たび に、 カノジョ は ジブン の ムネ を ひっかきまわして くるしんだ。 カレ は ビョウニン とは ハンタイ に おちつかなければ ならない と かんがえた。 しかし、 カノジョ は、 カレ が レイセイ に なれば なる ほど、 その クモン の サイチュウ に セキ を つづけながら カレ を ののしった。
「ヒト の くるしんで いる とき に、 アナタ は、 アナタ は、 ホカ の こと を かんがえて」
「まあ、 しずまれ、 イマ どなっちゃ」
「アナタ が、 おちついて いる から、 にくらしい のよ」
「オレ が、 イマ あわてて は」
「やかましい」
 カノジョ は カレ の もって いる カミ を ひったくる と、 ジブン の タン を ヨコナグリ に ふきとって カレ に なげつけた。
 カレ は カタテ で カノジョ の ゼンシン から ながれだす アセ を トコロ を えらばず ふきながら、 カタテ で カノジョ の クチ から せきだす タン を たえず ふきとって いなければ ならなかった。 カレ の かがんだ コシ は しびれて きた。 カノジョ は クルシマギレ に、 テンジョウ を にらんだ まま、 リョウテ を ふって カレ の ムネ を たたきだした。 アセ を ふきとる カレ の タオル が、 カノジョ の ネマキ に ひっかかった。 すると、 カノジョ は、 フトン を けりつけ、 カラダ を ばたばた なみうたせて おきあがろう と した。
「ダメ だ、 ダメ だ。 うごいちゃ」
「くるしい、 くるしい」
「おちつけ」
「くるしい」
「やられる ぞ」
「うるさい」
 カレ は タテ の よう に うたれながら、 カノジョ の ざらざら した ムネ を なでさすった。
 しかし、 カレ は この クツウ な チョウテン に おいて さえ、 ツマ の ケンコウ な とき に カノジョ から あたえられた ジブン の シット の クルシミ より も、 むしろ スウダン の ヤワラカサ が ある と おもった。 してみると カレ は、 ツマ の ケンコウ な ニクタイ より も、 この くさった ハイゾウ を もちだした カノジョ の ビョウタイ の ほう が、 ジブン に とって は より コウフク を あたえられて いる と いう こと に キ が ついた。
 ――これ は シンセン だ。 オレ は もう この シンセン な カイシャク に よりすがって いる より シカタ が ない。
 カレ は この カイシャク を おもいだす たび に、 ウミ を ながめながら、 とつぜん あはあは と おおきな コエ で わらいだした。
 すると、 ツマ は また、 オリ の ナカ の リロン を ひきずりだして にがにがしそう に カレ を みた。
「いい わ、 アタシ、 アナタ が なぜ わらった の か ちゃんと しってる ん です もの」
「いや、 オレ は オマエ が よく なって、 ヨウソウ を したがって、 ぴんぴん はしゃがれる より は、 しずか に ねて いられる ほう が どんな に ありがたい か しれない ん だ。 だいいち、 オマエ は そうして いる と、 あおざめて いて キヒン が ある。 まあ、 ゆっくり ねて いて くれ」
「アナタ は、 そういう ヒト なん だ から」
「そういう ヒト なれば こそ、 ありがたがって カンビョウ が できる の だ」
「カンビョウ カンビョウ って、 アナタ は フタコトメ には カンビョウ を もちだす のね」
「これ は オレ の ホコリ だよ」
「アタシ、 こんな カンビョウ なら、 して ほしか ない の」
「ところが、 オレ が たとえば 3 プン-カン ムコウ の ヘヤ へ いって いた と する。 すると、 オマエ は ミッカ も ほったらかされた よう に いう では ない か、 さあ、 なんとか ヘントウ して くれ」
「アタシ は、 なにも モンク を いわず に、 カンビョウ が して もらいたい の。 いや な カオ を されたり、 うるさがられたり して カンビョウ されたって、 ちっとも ありがたい と おもわない わ」
「しかし、 カンビョウ と いう の は、 ほんらい うるさい セイシツ の もの と して できあがって いる ん だぜ」
「そりゃ わかって いる わ。 そこ を アタシ、 だまって して もらいたい の」
「そう だ、 まあ、 オマエ の カンビョウ を する ため には、 イチゾク ロウトウ を ひきつれて きて おいて、 カネ を 100 マン エン ほど つみあげて、 それから、 ハカセ を 10 ニン ほど と、 カンゴフ を 100 ニン ほど と」
「アタシ は、 そんな こと なんか して もらいたか ない の、 アタシ、 アナタ ヒトリ に して もらいたい の」
「つまり、 オレ が ヒトリ で、 10 ニン の ハカセ の マネ と、 100 ニン の カンゴフ と、 100 マン エン の トウドリ の マネ を しろ って いう ん だね」
「アタシ、 そんな こと なんか いって や しない。 アタシ、 アナタ に じっと ソバ に いて もらえば アンシン できる の」
「そら みろ、 だから、 ショウショウ は オレ の カオ が ゆがんだり、 モンク を いったり する くらい は ガマン を しろ」
「アタシ、 しんだら、 アナタ を うらんで うらんで うらんで、 そして、 しぬ の」
「それ くらい の こと なら、 ヘイキ だね」
 ツマ は だまって しまった。 しかし、 ツマ は まだ ナニ か カレ に きりつけたくて ならない よう に、 だまって ヒッシ に アタマ を とぎすまして いる の を カレ は かんじた。
 しかし カレ は、 カノジョ の ビョウセイ を すすます カレ ジシン の シゴト と セイカツ の こと も かんがえねば ならなかった。 だが、 カレ は ツマ の カンビョウ と スイミン の フソク から、 だんだん と つかれて きた。 カレ が つかれれば つかれる ほど、 カレ の シゴト が できなく なる の は わかって いた。 カレ の シゴト が できなければ できない ほど、 カレ の セイカツ が こまりだす の も きまって いた。 それ にも かかわらず、 コウシン して くる ビョウニン の ヒヨウ は、 カレ の セイカツ の こまりだす の に ヒレイ して まして くる の は あきらか な こと で あった。 しかも、 なお、 いかなる こと が あろう とも、 カレ が ますます ヒロウ して いく こと だけ は ジジツ で ある。
 ――それなら オレ は、 どう すれば よい の か。
 ――もう ここら で オレ も やられたい。 そう したら、 オレ は、 なに フソク なく しんで みせる。
 カレ は そう おもう こと も ときどき あった。 しかし、 また カレ は、 この セイカツ の ナンキョク を いかに して きりぬける か、 その ジブン の シュワン を イチド はっきり みたく も あった。 カレ は ヨナカ おこされて ツマ の いたむ ハラ を さすりながら、
「なお、 うき こと の つもれ かし、 なお うき こと の つもれ かし」
 と つぶやく の が クセ に なった。 ふと カレ は そういう とき、 ぼうぼう と した あおい ラシャ の ウエ を、 つかれた タマ が ひとり ひょうひょう と して ころがって いく の が メ に うかんだ。
 ――あれ は オレ の タマ だ、 しかし、 あの オレ の タマ を、 ダレ が こんな に デタラメ に ついた の か。
「アナタ、 もっと、 つよく さすって よ、 アナタ は、 どうして そう メンドウクサガリ に なった の でしょう。 モト は そう じゃ なかった わ。 もっと シンセツ に、 アタシ の オナカ を さすって くださった わ。 それだのに、 コノゴロ は、 ああ いた、 ああ いた」 と カノジョ は いった。
「オレ も だんだん つかれて きた。 もう すぐ、 オレ も まいる だろう。 そう したら、 フタリ が ここ で ノンキ に ねころんで いよう じゃ ない か」
 すると、 カノジョ は キュウ に しずか に なって、 ユカ の シタ から なきだした ムシ の よう な あわれ な コエ で つぶやいた。
「アタシ、 もう アナタ に さんざ ワガママ を いった わね。 もう アタシ、 これ で いつ しんだって いい わ。 アタシ マンゾク よ。 アナタ、 もう ねて ちょうだい な。 アタシ ガマン を して いる から」
 カレ は そう いわれる と、 フカク にも ナミダ が でて きて、 なでて いる ハラ の テ を やすめる キ が しなく なった。

 ニワ の シバフ が フユ の シオカゼ に かれて きた。 ガラスド は シュウジツ ツジバシャ の トビラ の よう に がたがた と ふるえて いた。 もう カレ は イエ の マエ に、 おおきな ウミ の ひかえて いる の を ながい アイダ わすれて いた。
 ある ヒ カレ は イシャ の ところ へ ツマ の クスリ を もらい に いった。
「そうそう もっと マエ から アナタ に いおう いおう と おもって いた ん です が」
 と イシャ は いった。
「アナタ の オクサン は、 もう ダメ です よ」
「はあ」
 カレ は ジブン の カオ が だんだん あおざめて いく の を はっきり と かんじた。
「もう ヒダリ の ハイ が ありません し、 それに ミギ も、 もう よほど すすんで おります」
 カレ は カイヒン に そって、 クルマ に ゆられながら ニモツ の よう に かえって きた。 はれわたった あかるい ウミ が、 カレ の カオ の マエ で シ を かくまって いる タンチョウ な マク の よう に、 だらり と して いた。 カレ は もう このまま、 いつまでも ツマ を みたく は ない と おもった。 もし みなければ、 いつまでも ツマ が いきて いる の を かんじて いられる に ちがいない の だ。
 カレ は かえる と すぐ ジブン の ヘヤ へ はいった。 そこ で カレ は、 どう すれば ツマ の カオ を みなくて すまされる か を かんがえた。 カレ は それから ニワ へ でる と シバフ の ウエ へ ねころんだ。 カラダ が おもく ぐったり と つかれて いた。
 ナミダ が ちからなく ながれて くる と、 カレ は かれた シバフ の ハ を タンネン に むしって いた。
「シ とは ナン だ」
 ただ みえなく なる だけ だ、 と カレ は おもった。 しばらく して、 カレ は みだれた ココロ を ととのえて ツマ の ビョウシツ へ はいって いった。
 ツマ は だまって カレ の カオ を みつめて いた。
「ナニ か フユ の ハナ でも いらない か」
「アナタ、 ないて いた のね」 と ツマ は いった。
「いや」
「そう よ」
「なく リユウ が ない じゃ ない か」
「もう わかって いて よ。 オイシャ さん が ナニ か いった のね」
 ツマ は そう ヒトリ きめて かかる と、 べつに かなしそう な カオ も せず だまって テンジョウ を ながめだした。 カレ は ツマ の マクラモト の トウイス に コシ を おろす と、 カノジョ の カオ を あらためて みおぼえて おく よう に じっと みた。
 ――もう すぐ、 フタリ の アイダ の トビラ は しめられる の だ。
 ――しかし、 カノジョ も オレ も、 もう どちら も おたがいに あたえる もの は あたえて しまった。 イマ は のこって いる もの は ナニモノ も ない。
 その ヒ から、 カレ は カノジョ の いう まま に キカイ の よう に うごきだした。 そうして、 カレ は、 それ が カノジョ に あたえる サイゴ の センベツ だ と おもって いた。
 ある ヒ、 ツマ は ひどく くるしんだ アト で カレ に いった。
「ね、 アナタ、 コンド モルヒネ を かって きて よ」
「どう する ん だね」
「アタシ、 のむ の。 モルヒネ を のむ と、 もう メ が さめず に このまま ずっと ねむって しまう ん ですって」
「つまり、 しぬ こと かい?」
「ええ、 アタシ、 しぬ こと なんか ちょっとも こわか ない わ。 もう しんだら、 どんな に いい か しれない わ」
「オマエ も、 いつのまにか えらく なった もの だね。 そこ まで いけば、 もう ニンゲン も いつ しんだって だいじょうぶ だ」
「でも、 アタシ ね、 アナタ に すまない と おもう のよ。 アナタ を くるしめて ばかり いた ん です もの。 ごめんなさい な」
「うむ」 と カレ は いった。
「アタシ、 アナタ の オココロ は そりゃ よく わかって いる の。 だけど、 アタシ、 こんな に ワガママ を いった の も、 アタシ が いう ん じゃ ない わ。 ビョウキ が いわす ん だ から」
「そう だ。 ビョウキ だ」
「アタシ ね、 もう ユイゴン も なにも かいて ある の。 だけど、 イマ は みせない わ。 アタシ の トコ の シタ に ある から、 しんだら みて ちょうだい」
 カレ は だまって しまった。 ――ジジツ は かなしむ べき こと なの だ。 それに、 まだ かなしむ べき こと を いう の は、 やめて もらいたい と カレ は おもった。

 カダン の イシ の ソバ で、 ダリヤ の キュウコン が ほりだされた まま シモ に くさって いった。 カメ に かわって どこ から か きた ノ の ネコ が、 カレ の あいた ショサイ の ナカ を のびやか に あるきだした。 ツマ は ほとんど シュウジツ クルシサ の ため に なにも いわず に だまって いた。 カノジョ は たえず、 スイヘイセン を ねらって カイメン に トッシュツ して いる トオク の ひかった ミサキ ばかり を ながめて いた。
 カレ は ツマ の ソバ で、 カノジョ に かせられた セイショ を ときどき よみあげた。
「エホバ よ、 ねがわくば イキドオリ を もて ワレ を せめ、 はげしき イカリ を もて ワレ を こらしめたもう なかれ。 エホバ よ、 ワレ を あわれみたまえ、 ワレ しぼみおとろう なり。 エホバ よ ワレ を いやしたまえ。 わが ホネ わななきふるう。 わが タマシイ さえ も いたく ふるいわななく。 エホバ よ、 かくて イク-その トキ を へたもう や。 シ に ありて は ナンジ を おもいいずる こと も なし」
 カレ は ツマ の すすりなく の を きいた。 カレ は セイショ を よむ の を やめて ツマ を みた。
「オマエ は、 イマ ナニ を かんがえて いた ん だね」
「アタシ の ホネ は どこ へ いく ん でしょう。 アタシ、 それ が キ に なる の」
 ――カノジョ の ココロ は、 イマ、 ジブン の ホネ を キ に して いる。 ――カレ は こたえる こと が できなかった。
 ――もう ダメ だ。
 カレ は コウベ を たれる よう に ココロ を たれた。 すると、 ツマ の メ から ナミダ が いっそう はげしく ながれて きた。
「どうした ん だ」
「アタシ の ホネ の イキバ が ない ん だわ。 アタシ、 どう すれば いい ん でしょう」
 カレ は コタエ の カワリ に また セイショ を いそいで よみあげた。
「カミ よ、 ねがわくば ワレ を すくいたまえ。 オオミズ ながれきたりて わが タマシイ に まで およべり。 ワレ タチド なき ふかき ヒジ の ナカ に しずめり。 ワレ フカミズ に おちいる。 オオミズ わが ウエ を あふれすぐ。 ワレ ナゲキ に よりて つかれたり。 わが ノド は かわき、 わが メ は わが カミ を まちわびて おとろえぬ」

 カレ と ツマ とは、 もう しおれた イッツイ の クキ の よう に、 ヒビ だまって ならんで いた。 しかし、 イマ は、 フタリ は カンゼン に シ の ジュンビ を して しまった。 もう ナニゴト が おころう とも こわがる もの は なくなった。 そうして、 カレ の くらく おちついた イエ の ナカ では、 ヤマ から はこばれて くる ミズガメ の ミズ が、 いつも しずまった ココロ の よう に きよらか に みちて いた。
 カレ の ツマ の ねむって いる アサ は、 アサ ごと に、 カイメン から アタマ を もたげる あたらしい リクチ の ウエ を スアシ で あるいた。 ゼンヤ マンチョウ に うちあげられた カイソウ は つめたく カレ の アシ に からまりついた。 ときには、 カゼ に ふかれた よう に さまよいでて きた ウミベ の ドウジ が、 なまなましい ミドリ の ノリ に すべりながら イワカド を よじのぼって いた。
 カイメン には だんだん シラホ が まして いった。 ウミギワ の しろい ミチ が ヒマシ に にぎやか に なって きた。 ある ヒ、 カレ の ところ へ、 チジン から おもわぬ スウィート ピー の ハナタバ が ミサキ を まわって とどけられた。
 ながらく カンプウ に さびれつづけた カレ の イエ の ナカ に、 はじめて ソウシュン が におやか に おとずれて きた の で ある。
 カレ は カフン に まみれた テ で ハナタバ を ささげる よう に もちながら、 ツマ の ヘヤ へ はいって いった。
「とうとう、 ハル が やって きた」
「まあ、 きれい だ わね」 と ツマ は いう と、 ほほえみながら やせおとろえた テ を ハナ の ほう へ さしだした。
「これ は じつに きれい じゃ ない か」
「どこ から きた の」
「この ハナ は バシャ に のって、 ウミ の キシ を マッサキ に ハル を まきまき やって きた のさ」
 ツマ は カレ から ハナタバ を うける と リョウテ で ムネイッパイ に だきしめた。 そうして、 カノジョ は その あかるい ハナタバ の ナカ へ あおざめた カオ を うずめる と、 こうこつ と して メ を とじた。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...