2018/08/20

ゼーロン

 ゼーロン

 マキノ シンイチ

 さらに ワタシ は あたらしい ゲンシ セイカツ に むかう ため に、 イッサイ の ショセキ、 カグ、 フサイ ソノタ の セイリ を おわった が、 サイゴ に、 バイキャク する こと の あたわぬ 1 コ の ブロンズ-セイ の キョウゾウ の シマツ に まよった。 ――ショクン は、 2 ネン ほど マエ の アキ の ニホン ビジュツイン テンランカイ で、 ドウジン ツネカワ マキオ サク の キボリ 「ニワトリ」 「ウシ」 「ミミズク」 -トウ の サクヒン と ならんで 「マキノ シ ゾウ」 なる ブロンズ の トウシン キョウゾウ を カンラン なされた で あろう。 メイヒン と して シキシャ の コウヒョウ を はくした イッサク で ある。
 いろいろ と ワタシ は その シマツ に ついて シアン した が、 けっきょく タツマキ ムラ の フジヤ シ の モト に はこんで ホゾン を こう より ホカ は ミチ は なかった。 かねがね フジヤ シ は ツネカワ の ロウサク 「マキノ シ ゾウ」 の ため に キネン の ウタゲ を はりたい イコウ を もって いた が、 ワタシ の テンテン セイカツ と ともに その サクヒン も もちまわられて いた ので、 ソノママ に なって いた ところ で ある から ワタシ の ケッシン ヒトツ で おりよき キカイ にも なる の で あった。
 ワタシ は トクベツ に ガンジョウ な オオガタ の トザンブクロ に それ を おさめて、 ふとい ツエ を つき、 ヒトフリ の ヤマガタナ を たばさんで シュッパツ した。 あたらしく ケイカク した セイカツジョウ の プロット が すでに モクショウ に せまって いる オリカラ だった ので、 この コウテイ は もっとも すみやか に ショチ して こなければ ならなかった。 で ワタシ は、 ソウチョウ に シンジュク を キテン と する キュウコウ デンシャ に セイキュウ な トザン スガタ の ミ を とうじ、 シュウテン の 4 エキ ほど テマエ の カシワ エキ で おりる と イキ を つく マ も なく ミチ を ホッポウ に ヤク 1 リ さかのぼった ツカダ ムラ に かけのぼって、 ヨテイ の ごとく シリアイ の スイシャゴヤ から バシャヒキウマ の ゼーロン を かりださなければ ならなかった。 チカミチ のみ を えらんで も トホ では ニチボツ まで に ゆきつく こと が コンナン で ある ばかり で なく、 トチュウ の サマザマ な ナンショ は ワタシ の シンライ する ゼーロン の ユウキ を かりなければ、 あまり に ダイタン-すぎる コウテイ だった から で ある。
 この デンシャ の この アタリ の エンセン から、 あるいは アタミ セン の オダワラ エキ に ゲシャ した ヒトビト が、 コウベ を めぐらせて メ を セイホッポウ の ソラ に あげる ならば ヒトビト は、 あたかも ハコネ レンザン と アシガラ レンザン の キョウカイセン に あたる ミョウジンガタケ の ヤマスソ と ドウリョウ の モリ の ハイゴ に くらいして、 むっくり と アタマ を もちあげて いる ダルマ の スガタ に にた ひょうぜん たる ミネ を みいだす で あろう。 ヤグラダケ と よばれて、 カイバツ およそ 3000 ジャク、 そして カイガン まで の キョリ が およそ 10 リ に あまり、 サンチュウ の イッカク から は ゲンザイ ホタテガイ や マホガイ の カセキ が サンシュツ する と いう ので イチブ の チシツ ガクシャ や コウコ ガクト から タショウ の キョウミ を もって カンサツ され、 また ウラガレ の キセツ に なる と フモト の ムラムラ を おそって しばしば ミンカ に キガイ を くわえる オオカミ や キツネ や または イノシシ の カクレガ なり と して、 キンザイ の ジンミン には こよなく おそれられ、 ボウケンズキ の シュリョウカ には アコガレ の マナコ を もって ながめられて いる ところ の ブロッケン で ある。
 ワタシ の ソンケイ する センパイ の フジヤ ハチロウ シ は、 ギリシャ コテン から オウシュウ チュウセイキ キシドウ ブンガク まで の、 もっとも かくれたる ケンキュウカ で その ジュウキョ を みずから ピエルフォン と よんで いる。 その ヤマカイ の モリカゲ に ある ヤシキウチ には、 イクムネ か の きわめて カンソ な マルキゴヤ が テンザイ して いて、 それら には それぞれ 「シャルルマーニュ の タイソウジョウ」 「ラ マンチア の トショシツ」 「P.R.B (プレ-ラファエレ ブラザフッド) の アトリエ」 「イデア の タテ」 「エンタク の ヤカタ」 ソノタ の メイショウ の モト に、 ゲイジュツ の ミチ に ショウジン する もっとも まずしい トモダチ の ため に キシュクシャ と して あたえられる こと に なって いた。 ワタシ は ひさしい アイダ 「イデア の タテ」 の ショッカク と なって フジヤ シ の クンイク を うけた ストア-ハ の ギンユウ サッカ で あり、 この キョウゾウ は その カン に おなじく 「P.R.B」 の チョウコクカ で ある ツネカワ が 2 ネン も の アイダ ワタシ を モデル に して つくった の で ある。 ワタシ が ツネカワ の モデル に なる と きまった とき には、 キンリン の ソンミン たち は ことごとく まずしい ツネカワ の ため に カンシャク の シタウチ を して なぜ もっと ベツヨウ の 「ウマ」 とか 「ウシ」 とか、 さよう な もの を ダイザイ に えらばぬ の だろう と、 その ムクチ な チョウコクカ の ため に ドウジョウ を おしまなかった。 なぜならば ツネカワ の かよう な サクヒン ならば、 ソクザ に バクダイ な カカク を もって バイヤク を もうしこむ キボウシャ が むらがって いた から で ある。 ジンブツ を えらむ ならば、 なぜ ソンチョウ や ジヌシ を モデル に しなかった の だろう。 ソンチョウ の ゾウ ならば ソンピ を もって キネンゾウ を つくる ギ が カケツ されて いる し、 ジヌシ ならば カレ ミズカラ が ミズカラ の ジントク を コウセイ の ソンミン に のこす ため の シルシ と して、 ヒヨウ を おしまず オノレ の ゾウ を ケンセツ して おきたい ノゾミ を もらして いる。 また この チ に エンコ の ふかい サカタ ノ キントキ や ニノミヤ キンジロウ の ゾウ ならば、 ジンジャ や ガッコウ で うやうやしく かいあげる テハズ に なって いる では ない か! それ を まあ、 より にも よって! ――と ワタシ は、 その とき ゲイジュツカ の カンキョウ を わきまえぬ ムラビト たち から、 もっとも フメイヨ な ケイヨウシ を あびせられた こと で あった。
「あんな!」 と カレラ は トジョウ で ワタシ に であう と、 おとなしい ワタシ に あたかも にくむ べき ツミ が ある か の よう に ケイベツ の ウシロユビ を さして、
「あんな ロクデナシ の、 バカヤロウ の ゾウ を つくる なんて!」
 さよう な ヒナン の コエ が ますます たかく なって、 ついには ワタシタチ が シゴトチュウ の アトリエ の マド に むかって イシ を なげつける モノ (それ は ツネカワ の サイケンシャ たち で あった) さえ あらわれる に いたった ので ワタシ は、 ゾウ の メイダイ を たんに 「オトコ の ゾウ」 とか、 ないしは イクブン の センセイショナル な イミ で 「アホウ の クビ」 とか 「ある シジン」 と でも かえた ならば この ナン を まぬかれうる で あろう と ツネカワ に はかった の で ある が、 シュッピン の とき に なる と カレ は ワタシ にも ムダン で やはり 「マキノ シ ゾウ」 ツネカワ マキオ サク と ほりつけた の で ある。 そして カレ は ワタシ の テ を とって、 カイシン の サク を えた こと を よろこび、 ワタシタチ の ピエルフォン セイカツ の キネン と して ワタシ に おくった。 その コロ ワタシ は ジシン の カゲ に のみ おびやかされて おもに ミズカラ を あざける ウタ を つくって いた コロ で あった。 ふたたび カイソウ したく ない ジブン の スガタ で あった。 この ゾウ に 「シジン の ゾウ」 あるいは 「オトコ の カオ」 と でも いう ダイ が ふせられて、 ツネカワ の サクヒン の ヨウゴシャ の テ に わたった ならば ワタシ は サイワイ だった の だ。 しかし フジヤ シ は、 もしも ワタシ が コンゴ の セイカツジョウ で この ゾウ の ショチ に まよった バアイ には、 ツネカワ の ジシン を きずつける こと なし に いつでも ひきとる こと を ワタシ に やくした ヒト で あった。
 フジヤ シ の ピエルフォン は、 ドウリョウ と サルヤマ の モリ を わかつ ノコギリガタ の ケイコク に したがって ミチ を みいだし、 のぼる こと 3 リ、 ヤグラダケ の フモト に うずくまる シンヨウジュ の ミツリン に かこまれた ヤマカイ の タツマキ と よばるる、 50 コ から なる ショウブラク で、 ユウスイ な キナダヌマ の ホトリ に ホウケン の ユメ を のこして いる。 カナガワ ケン アシガラカミ グン に ぞくし、 カシワ エキ から 9 リ の ゼンテイ で ある。
 ワタシ が キョウ の モクテキ に ついて スイシャゴヤ の アルジ に かたった アト に、 ツエ を すて、 ゼーロン を ひきだそう と する と カレ は、 その ツエ を ムチ に する ヨウ が ある だろう――
「コイツ とんでもない ロバ に なって しまった んで……」 と エンセイテキ な オモモチ を うかべた。 そして、 カレ は ワタシ が かよう な オモニ を もって クロウ しなければ ならない キョウ の コウテイ を シンソコ から ドウジョウ し、 それ が もし 「ウシ」 か 「ニワトリ」 で あった ならば イマ ここ で でも ソクザ に バイキャク して ヒサシブリ に ユカイ な サカズキ を あげる こと も できる の だ が 「マキノ シ ゾウ」 では どう する こと も できない、 はやく かたづけて きたまえ、 それから カエリ には チカゴロ ツネカワ が 「ウマ」 の ショウヒン を つくった そう だ から、 そいつ を ミヤゲ に もらって きて くれ、 シチ に でも あずけて のもう では ない か! など と いいながら、 ワタシ に あたらしい カンチク の ムチ を かそう と した。
「ゼーロン!」
 ワタシ は、 ムチ など おそろしい もの の よう に メ も くれず に アイバ の クビ に とりすがった。 「オマエ に ムチ が ヒツヨウ だ なんて どうして しんじられよう。 オマエ を うつ くらい ならば、 ボク は ジブン が うたれた ほう が まし だよ」
 アルジ の コトバ に よる と、 ゼーロン の もっとも カンダイ な アイブシャ で あった ワタシ が ムラズマイ を すてて ミヤコ へ さって から まもなく、 この クリゲ の オウマ は ずぶとい ロバ の セイシツ に かわり、 うたなければ けっして あゆまぬ モクバ の フリ を したり、 ことさら に ビッコ を ひいたり する よう な グブツ に なって しまった、 じつに フカカイ な デキゴト で ある、 キョウ はからずも ワタシ を みいだして ふたたび イゼン の ゼーロン に たちかえり でも したら サイワイ で ある が! との こと で あった。
「たちかえる とも たちかえる とも、 ボク の ゼーロン だ もの」
 ワタシ は むしろ トクイ と、 はかりしれない シンミツサ を いだいて ようよう と タヅナ を とった。
「1 ニチ でも アイツ の スガタ を みず に すむ か と おもえば かえって シアワセ だ」
 アルジ は ワタシ の ハイゴ から ゼーロン を ののしった。 ワタシ は、 ワタシ の たぐいなき ペット の ミミ を リョウテ で おおわず には いられなかった。 ――ゼーロン の ヒヅメ の オト は ワタシ の キライ を よろこんで いる が ごとく に ほがらか に なった。 ワタシ の セナカ では、 うすらおもい ニ が それ に つれて こころよく おどって いた。 ゼーロン の おかげ で ワタシ は、 ク も なく タツマキ ムラ へ ゆきつける で あろう と よろこんだ。 ――これまで スイシャゴヤ の アルジ は、 ツネカワ の サクヒン を バイキャク する ツカイ を さいさん みずから もうしでて、 マチ へ おもむく と それ を テイトウ に して あっちこっち の チャヤ や サカバ で ユウトウ に ふけって は、 ツネカワ に メンボク を つぶす の が ナライ だった が、 あいかわらず さよう な こと に ミ を もちくずして いる と みえる。 キョウ も ワタシ が、 ツネカワ の サクヒン を ジサン した と いう と、 コオドリ しながら フクロ の ナカ を のぞきこんだ が、 キタイ に はずれて ヒジョウ に ラクタン した。
「オマエ の アルジ が ツネカワ の サクヒン を たずさえて マチ へ いく とき には、 オマエ は いつも モクバ に なって やる が いい、 ビッコ を ひいて ふりおとして やって も かまわない さ」
 ワタシ は コキミヨサ を おぼえながら ゼーロン に むかって そんな ミミウチ を した。
 ところが わずか 2 リ ばかり の ツツミ を さかのぼった コロ に なる と、 ゼーロン の ビッコ は しだいに ロコツ の ド を まして ややともすると あやうく ワタシ に ワタシ の シタ を かませよう と したり、 テンラク を おそれる ワタシ を その タテガミ に しがみつかせたり する と いう よう な おそろしい ジョウタイ に なって きた。 そして ミチバタ の アオクサ を みいだす と、 ノリテ の ソンザイ も わすれて クサ を はみ、 どんな に ワタシ が いらだって も そしらぬ フウ を しめす に いたった。
 ワタシ は、 いぶかしく クビ を かたむけ カナシミ に あふれた ノド を ふりしぼって、
「ゼーロン!」 と さけんだ。 「オマエ は ボク を わすれた の か。 1 ネン マエ の ハル…… カワベリ の ネコヤナギ の メ が ふくらみ、 あの ムラザカイ の――」
 ワタシ は 1 ワ の トンビ が ラセン を えがきながら まいあがって いる はるか の チンジュ の モリ の カタワラ に ながめられる くろい モン の イエ を ゆびさして、 おなじ ホウガク に ゼーロン の クビ を もちあげて、
「ゴウヨクモノ の ヤシキ では モモ の ハナ が サカリ で あった コロ に、 オマエ に おくられて ミヤコ に のぼった ピエルフォン の ジャグラー だよ」 と カオ と カオ と を あらためて つきあわせながら うなった が、 ワタシ の ウデ の チカラ が ゆるむ と ドウジ に すぐ うなだれて クサ を はみつづける だけ で あった。 くろい モン は ワタシ の エンカサキ の ヤシキ で ワタシ は しばしば ゼーロン を かって そこ へ せめよせた こと が ある ので、 こう いって かなた を ゆびさした ならば さすが の ロバ も オウジ の はなやか な ユメ を おもいだして イキ を ふきかえす で あろう と かんがえた が ムダ に なった。 ワタシ は、 その うつろ な ミミ に じゅんじゅん と ささやく こと で ロバ の キオク を よびさまそう と した。
「ゼーロン。 オマエ は、 ゴウヨクモノ の サカグラ を おそって サカダル を ダツリャク する この ドロボウ シジン の、 ブセハラス では なかった か! あの とき の よう に もう イチド この タテガミ を ふりあげて かけだして くれ。 これ でも おもいだせぬ と いう ならば、 そう だ、 では あの コロ の ウタ を うたおう よ。 ボク が、 この バラッド を うたう と オマエ は ウタ の カンキュウ の ド に あわせて、 はやく も ゆるやか にも ジユウ に アシナミ を そろえた では ない か」
 サカズキ に ふれなば おもいおこせ よ、 かつて、 そ は、 キング ヒエロ の ウタゲ にて、 モリカゲ ふかき ジョウサイ の、 いと ふるびたる マル テーブル に、 ショウシ あまた まねかれにし―― ワタシ は、 カナシミ を こらえて ソウカイゲ な ミエ を きりながら ふるい ジサク の 「シン キャンタベリー」 と だいする ウマオイウタ を、 ロッキャクイン を ふんだ アイオン-チョウ で ロウギン しはじめた が いっこう キキメ が なかった。
「5 ガツ の アサマダキ に、 イッペン の はなやか なる クモ を おって、 この おろか な アルキメデス の コウハイ に ユレーカ! を さけばしめた オマエ は、 ボク の ペガサス では なかった か! ゼンノウ の アイ の ため に、 イシ の ウエ に サヨウ する ゼンビ の ため に、 クモン の トウスイ の ウチ に シンリ の ハナ を さがしもとめん が ため に、 エピクテート ガッコウ の タイイクジョウ へ はせさんずる ストア ガクセイ の、 オマエ は ユウカン な ロシナンテ では なかった か!」
 ワタシ は クラ を たたきながら、 ショウシ ミナ サカズキ と ツルギ を あげて オウ に ちかいたり、 ワレ こそ オウ の カンムリ の、 うしなわれたる ホウセキ を…… と、 うたいつづけて コブシ を ふりまわした が ガンキョウ な ロバ は びくとも しなかった。
 ワタシ は クラ から とびおりる と、 コンド は マンシン の チカラ を リョウウデ に こめて、 ボルガ の フナビト に にた ミガマエ で ウム なく タヅナ を えいや と ひっぱった が、 イシ に そわぬ ウマ の チカラ に ニンゲン の ワンリョク なんて およぶ べく も なかった。 たんに ワタシ の アシ が すべって、 いや と いう ほど ワタシ は ヒタイ を ジメン に うちつけた に すぎなかった。 ワタシ は、 ぽろぽろ と ナミダ を ながしながら ふたたび クラ に もどる と、
「あの コロ の オマエ は ムラ の イザカヤ で セイキ を うしなって いる ボク を――」 と ことさら に その とおり の オモイイレ で、 ぐったり と して、 あたかも ニンゲン に モノ いう が ごとく さめざめ と シンアイ の ジョウ を ふくめて、
「ちゃんと この セナカ に のせて、 シンヤ の ミチ を タヅナ を とる モノ も なく とも、 ボク の スミカ まで おくりとどけて くれた シンセツ な ゼーロン で あった じゃ ない かね!」 と かきくどきながら、 おお、 よいたりけり な、 ホシアカリ の ミチ に よいしれて、 ヤカタ へ かえる モノノフ の、 マボロシ の ウレイ を タレ ぞ しる、 ゆけ ルージャ の オナゴ たち…… ワタシ は ホメロス-チョウ の カンキュウイン で うたった が、 ゼーロン は あくまでも ふぬけた よう に しらじらしく ラチ も ない アリサマ で あった。 ドンジュウ な マブタ を ものうげ に ふせた まま、 マバタキ も せず しんじつ バジ トウフウ に そしらぬ スガタ を たもちつづける のみ だった。 そして、 ハオト を たてて まって いる メ の サキ の アブ を ながめて いた が、 ふと そいつ が ハナ の サキ に とまろう と する と、 この エイエン の モクバ は、 やにわに おそろしい ドウブルイ を あげて ウシロ の 2 キャク を もって はげしく ジメン を けり、 シニモノグルイ で ある か の よう な キョウフ の サケビ を あげた。 ワタシ も、 おもわず カレ の に ツイジュウ した ヒメイ を あげて、 その クビネ に カエル の よう に かじりつかず には いられなかった。 およそ イゼン の ゼーロン には みいだす こと の できなかった おどろく べき オクビョウサ で ある。
 これ に はじめて イキオイ を えた ゼーロン は、 ノバナ の さかん な カワヅツミ を まっしぐら に かけだした の で ある。 ワタシ は、 この とき と ばかり に つとめて、 クチブエ と コウゴ に カンキュウ な バラッド を ムチ に して、 「こわれかかった クルマ」 の スピード を あやつった。 ゼーロン の アシサバキ は ビッコ で あった から かければ かける ほど ランザツ な ヤバン な オンキョウ を まきおこし、 クチ を ダラシ も なく コクウ に むけて ハ を むきだし、 フタツ の ハナ から はきだす ふとい 2 ホン の ケムリ の ボウ で チョウメイ な ヒカリ を フンサイ した。 ワタシ は、 こんな モノオト ばかり すさまじい ボロ-キカンシャ を ソウジュウ して、 ユクテ の けわしい ヤマミチ を こえなければ ならない か と おもう と、 キュウ に セナカ の ニモツ が オモミ を まして きて、 ややともすると ソウチョウ な カレイ な セイチョウ を ようする はず の ショウカ が ふるえて たえいりそう に なった が、 そんな ケハイ を さとられて またもや ゼーロン の キセイ が くじけたら イチダイジ だ と うれえた から、 チ を はく オモイ の ヒソウ な ノド を しぼりあげて、 マ の すむ ヌマ も イバラ の ミチ も、 わが ゆく コマ の ヒヅメ に けられ…… と、 ランミャク な ヒクソス の シングンカ を わめきたてながら、 ワレ と わが ムネ を メッタウチ の ドラ と かきならす ランチキ サワギ の カゼ を まきおこして ここ を センド と トッシン した。 なぜなら ワタシ は、 ある リユウ で どんな ムラビト に であって も グアイ の わるい ジョウタイ で あった から、 ホンライ ならば もっとも すみやか な カゼ に なって ここら アタリ は かけぬけて しまわなければ ならなかった の で ある。 それゆえ ツカダ ムラ でも その ソンドウ を えらべば こんな カワラヅタイ を する より は バイ も チカミチ で あった が、 よぎなく かなた の チンジュ の モリ を ヒダリテ に アゼミチ を つたって ダイウカイ を しながら およそ 1 リ に ちかい コ を えがいた。 そして ツギ の イノハナ ムラ を めざして いる の で あった。 ワタシ は あちこち の ダンダンバタケ や ノラ の ナカ で たちはたらいて いる ヒトビト が、 この サワギ に カオ を あげよう と する の を おそれて、 ヒトビト の テンザイ の ウム に したがって、 コウゴ に あわただしく オノレ の ジョウタイ を コメツキ バッタ の よう に ゼーロン の タテガミ の カゲ に ひるがえしながら ソンダイ な ウタ を つづけて ヒヤアセ を しぼった。 この フキソク に ゲキレツ な ウンドウ に つれて セナカ の ニモツ は おもわず はねあがって ワタシ の コウトウブ に ごつん と つきあたったり、 セボネ いっぱい を イキ も とまれ と いわん ばかり に はたきつけたり した が ワタシ は、 やがて トウタツ す べき ピエルフォン の 「モリカゲ ふかき ジョウサイ の」 キョウエン の タク を マブタ の ウラ に えがきながら、 この モウレツ な クモン に じゅんじた。
 ようやく の オモイ で ツカダ ムラ を ブジ に とおりこす と、 コンド は、 オカ と いう より は むしろ コヤマ と いう べき ダンダン の ムギバタケ が つみかさなって ゆく サカ を のぼって、 イノハナ ムラ に おりる の で ある。 ワタシ は、 タテガミ の ナカ に カオ を うずめて その デコボコ の はげしい ジグザグ の サカ を のぼりながら、 ビッコウマ は ヘイタン な ミチ より も むしろ サカミチ の ほう が ノリテ に キラク を かんぜしめる と いう イチ ジジツ を みいだしたり など した。 オカ の イタダキ に たっする と ガンカ に イノハナ ムラ の ケシキ が イチボウ の モト に みおろせる が ワタシ は、 この イタダキ を ちょうど キョダイ な スリバチ の フチ を たどる よう に ハンシュウ して、 イッキ に ムラ の ムカイガワ へ とびこえる つもり で あった。 ――そう すれば、 その サキ は まったく ジンカ の とだえた モリ や ノ や タニマ の レンゾク で、 ジョウジン に とって は ナンショ で ある が ワタシ には むしろ キガル に なる はず だった。 しかし それら の ユクテ の ミチ を ソウゾウ する と ワタシ は もはや イッコク の ユウヨ も おしまねば ならなかった。 ヒ は すでに チュウテン を とおく はなれて、 ムラサキイロ の ヤグラダケ の ソラ を うすあかく そめて いた。 ミチ は まだ ナカバ にも たっして いない の だ。 ワタシ は、 ケンメイ に ゼーロン を あやつりながら ツナワタリ でも して いる か の よう な あやうい ココチ で スリバチ の フチ を たどりはじめた。 サキザキ の ミチ では どうしても ゼーロン の ジュウジュン な チカラ を かりなければ ならぬ こと を おもって ワタシ は クラ から おりて なるべく しずか な ヒトリアルキ を こころみせしめた。 サキ に たたせて あるかせて みる と ゼーロン の ビッコ は ワタシ に ヨウイ ならぬ フアン の ネン を いだかせた。 ワタシ は スイシャゴヤ で もらって きた スイトウ の サケ を ゼーロン の クチ に そそぎこんだり、 テイテツ を しらべたり、 キャクブ を サケ の シズク で シップ したり して ユクテ の ミチ の ため の ダイジ を とった。 なぜなら この スリバチ を のりこえて ツギ の ケイコク に さしかかる と そこ は まさしく ヒル なお くらい シンリン チタイ で、 この モリ ふかく にげこめば タイガイ の アクニン は オッテ の メ を くらませる こと が できる と いう ナンショ で ある。 ここ には フロウシャ の スガタ に ミ を やつした トウゾクダン の ケッキョ が あって、 ワタシ は その ダンチョウ で、 シガレット を ふかす の に ピストル を うって ライター の ヨウ に しなれて いる ケンジュウ ツカイ の メイジン と シリアイ だった が、 ワタシ が なんの コトバ も かけず に ミヤコ へ たちさった ヨシ を きいて カレ は フンゲキ の あまり、 ワタシ を みいだし-シダイ、 ぽん と 1 パツ アイツメ を シガレット の カワリ に ふかして やらず には おかない ぞ! と いきまいて いる との こと で あった から、 ワタシ は その おそろしい ライター の ツツサキ に みいだされぬ マ に ここ を オウダン しなければ ならない。 それ には ゼーロン の コンシン の シュンソク が ヒツヨウ だった から で ある。 それ で なく とも この モリ を タンドク で オウコウ した ジンブツ は コライ から キロク に のこされた キンショウ の ナマエ のみ で ある。 それ には この モリ を シンヤ に ヒトリ で ふみこえた ゴウタンモノ と して サカタ ノ キントキ や シンラ サブロウ の ナマエ が かぞえられて、 いまなお その キロク を やぶる ボウケンシャ は シュツゲン しない と リュウゲン されて いる。 ツウレイ は モリ を さけて、 イノハナ から、 オカミ、 ミタケ、 ヒリュウサン、 カラマツ、 サルヤマ など と いう ブラク-ヅタイ に タツマキ ムラ へ むかう の が ジュントウ なの で ある が、 ワタシ は すでに ツカダ ムラ で トオマワリ を した ばかり で なく ロバ ジケン の ため に おもわぬ ミチクサ を くって しまった アト で ある から ぜひとも この モリ を ふみこえなければ トチュウ で ヒグレ に であう オソレ が ある の だ。 たとい キロク に のこって カレラ ユウカン なる ツワモノ と カタ を ならべる ホマレ が あろう とも、 ワタシ は ヤコウ には ゼッタイ に ジシン は カイム で ある。 おもった だけ で ミノケ が よだつ――。 ワタシ は かつて トトウ を くんで この モリ を オウダン した ケイケン が ある から ヒルマ の ミチ には ジシン は ある が、 ガムシャラ に オク へ オク へ と ふみこんで タキ の ある ガケガワ に つきあたる と、 コンド は キュウ に ばかばかしく あかるい、 だが キフク の おびただしい シバクサ に おおわれた ノハラ に でる はず だ。 アンウツ な モリ を イキ を ころして ここ に いたった とき には おもわず ほっと して ミナミナ テ を とりあって カオ を みあわせた こと を おぼえて いる。 で、 ユメミ-ゴコチ で この ひろびろ と した ハラッパ を とおりすぎる と、 まもなく ものすごい ススキ の オオナミ が ほうほう と おいしげった しんに シバイ の ナンショ-めいた フルデラ の ある アレノ に ふみいる はず だ。 ここ では ノビ に おそわれて ムザン な オウシ を とげた タビビト の ハナシ が ナンケン とも なく いいつたえられて いる が、 まったく あの アレノ で ノビ に かこまれた ならば ダレ しも オウジョウ する の が トウゼン で あろう。 アキ から フユ に かけて は ムラムラ は いう まで も なく モリ の トウゾクダン でも ヒ に かんする オキテ が ゲンジュウ に まもられて いる の は ドウリ だ。
 さて これら の ブキミ な ミチ を とおりこして も さらに ワレワレ は やすむ ヒマ も なく、 コンド は ツマサキアガリ の アカツチ の とても すべりやすい インキ な サカ を よじのぼらなければ ならない。 この サカ は ぞくに ビンボウザカ と よばれて キンザイ の ヒトビト に コノウエ も なく いみきらわれて いる。 と いう の は この サカ に さしかかる と フトコロ の カネブクロ の オモミ で さえ も ニ に なって なげすてて しまいたく なる ほど の コンナン な わずらわしい キュウハン だ から で ある。 そのうえ この アタリ には ヒルマ でも ときとすると コリ の タグイ が シュツボツ する と いわれ、 その ガイ を こうむった みじめ な ハナシ が ムスウ に ルフ されて いる。 おそろしい ヤマミチ を たどった アト に ここ に さしかかる コロ には ダレ しも ヤマ の インキ に あてられて ヒンケツショウ に おそわれる ところ から かかる メイシンテキ な ソウワ が つたわって いる の だろう が、 じっさい ワタシタチ に しろ この サカ に たっした ジブン に なる と よほど ジブン では しっかり して いる つもり でも シンケイ が いらいら と して きて、 ヤブカゲ で コトリ が はばたいて も おもわず りつぜん と して クビ を ちぢめ、 いまどき キツネ など に ばかされて たまる もの か と りきみながら も、 イッパン の フウシュウ に したがって あわてて マユゲ を ツバ で ぬらさぬ モノ は なかった。
 ここ も かしこ も ワタシ は キョウ は ゼーロン の シュンソク に たよって イッキ に のりこえる カクゴ で、 かねて ケッシン の タヅナ を ひきしめて シュッパツ して きた の だ が、 こう それ から それ へ、 とぼとぼ と スリバチ の フチ を たどりながら ユクテ の ナンロ に オモイ を およぼす と おびただしい キグ の ネン に うたれず には いられなかった。 オリ も オリ、 ヤライ の アメ が ケサ はれて、 アタリ の フウケイ は みずみずしい キラビヤカサ に みちあふれ、 さんらん たる ヒカリ は げにも ゴウカ な ツバサ を ソラ いっぱい に のべひろげて うらうら と まどろんで いる が、 それ に ひきかえ、 ただでさえ ヒノメ に あたる こと なし に フダン に じめじめ と インケン な ジュウメン を つくって サイギ の メ ばかり を すえて いる あの にくたらしい サカミチ は、 どんな に か すべりやすい メンジョウ に、 イジワル な クショウ を たたえながら テグスネ ひいて キノドク な タビビト を まちかまえて いる こと だろう! ――ワタシ は、 この サカミチ と たたかう ため の ヨウイ に ジブン の と ゼーロン の と、 ヒトタバ に した ワラジ と イッポ イッポ ふみのぼる バアイ の アシバ を ほる ため の スコップ と を クラ の イッタン に むすびつけて きた の で ある が、 イマ、 それ が ワタシ の メ の サキ で、 ゼーロン の ビッコ の アシドリ に つれて ぶらん ぶらん と ゆれて いる の を ながめる と ムネ は ナマリ の よう な もの で いっぱい に なって しまった。
 ワタシ は ギヤマン モヨウ の よう に チョウメイ な イノハナ ムラ の パノラマ を とおく アシモト に ヨコメ で みおろしながら つとめて ノンキ そう に ウマオイウタ を うたって いった。 ムラ の イエイエ から たちのぼる ケムリ が、 おしめど も ハル の カギリ の キョウ の ヒ の ユウグレ に さえ なりにける かな―― と いいたげ な ウタ の フゼイ で カゲロウ と ミサカイ も つかず たなびきわたって いた。 ユウグレ まで には まだ よほど の マ が ある。 こんな ところ で ユウグレ に なったら オオゴト だ―― だが ワタシ は、 かすむ とも なく うらうら と はれわたった のどか な ムラ の ケシキ を ながめる と おもわず とうぜん と して、 コエ たからか に さよう な ウタ を フシ も ゆるやか に ロウエイ した。 そして さらに メ を こらして ながめる と ソンドウ を あるいて ゆく ヒトタチ の、 おお あれ は どこ の ダレ だ―― と いう こと まで が はっきり と わかった。 カレクサ を つんで ムラザカイ の ハシ を わたって ゆく バシャ は、 ツネカワ の 「ミミズク」 を バイシュウ した ボクジョウヌシ の ワカモノ だ。
「アイツ に さとられて は メンドウ だぞ!」
 ワタシ は つぶやいて ボウシ の ヒサシ を ふかく した。 ワタシ は、 その 「ミミズク」 を たんに カンショウ の リユウ で カレ から かりうけて おいた ところ が、 ドウキョ の R と いう ブンカ ダイガクセイ が ひそか に もちだして マチ の カフェー に ユウキョウヒ の ダイショウ に さしおさえられて いる。 カレ は ワタシ を みいだし-シダイ セキニン を とうて ワタシ の ムナグラ を とる に ソウイ ない の だ。 イチョウ の ある ジヌシ の イエ では イドガエ の モヨウ らしく、 イチダン の ヒトビト が ニワサキ に あつまって めまぐるしく たちはたらいて いる サマ が みえる。 この イチダン に きづかれたら、 やっぱり ワタシ は ツイセキ される で あろう、 なぜなら ジヌシ の イエ で バイシュウ した ツネカワ の 「ニワトリ」 を、 ワタシ は モリ の ピストル ツカイ の テサキ と なって ぬすみだした こと が ある。 「ニワトリ」 の ユクエ に かんして は ソノゴ ワタシ は しらなかった が、 ジヌシ の イットウ は ワタシ に よって それ の イトグチ を つかもう と して ワタシ の アリカ を くまなく ショホウ に もとめて いる そう だ。 ――また はるか ヒダリテ の ヤシロ の モンゼン に ある イザカヤ の ほう へ メ を てんじる と、 テイシュ が オウライ の ヒト を とらえて ナニ か しきり と げきした ミブリ で フンゲキ の ケムリ を あげて いる らしい。 カレ は じつに キミジカ な オトコ で、 ツネカワ と ワタシ が すこし ばかり の サカダイ の フサイ が できた ところ が、 いつか その シハライ メイレイ に ヤマ を こえて アトリエ に やって きた とき ちょうど ツネカワ の ロウサク の 「マキノ シ ゾウ」 が カンセイ して フタリ で それ を ながめて いる と、
「バカ に して いる、 こんな もの を つくりあがって!」 と ワタシタチ を ののしり、 おもわず カンシャク の コブシ を ふりあげて この ブロンズ ゾウ の アタマ を なぐりつけて、 ツキユビ の ヤク に あい、 ひさしい アイダ ツリウデ を して いた こと が ある。 キョウ も ヒト を とらえて ワタシタチ の ムセキニン を フイチョウ して いる の だろう。
 ―― 「おやっ イドガエ の レンチュウ が こっち を みあげて ナニ か ささやきあって いる ぞ!」
 ワタシ は ぎょっと して、 あわてて カオ を ハンタイ の ヤマ の ほう へ そむけた。 ようやく、 あの モリ が、 オカ の シタ に ヌマ の よう に みえる アタリ まで きて いた。 ユウエン ひょうびょう と して そこしれぬ カン で ある―― ふと ミミ を すます と、 モリ の ソコ から ときおり ジュウセイ が きこえた。 2~3 パツ ツヅケウチ に して、 やや しばらく たつ と、 また なる。
 ワタシ は さらに ブキミ に ムネ を うたれた。 あの ダンチョウ の キツエン では ない かしら? と おもわれた から で ある。 ワケ を しらぬ ムラビト は リョウシ の テッポウ の オト と おもって いる が、 ワタシ は しって いる―― あの ダンチョウ は かよう な コウテンキ の ヒ には かえって ミ を もちあつかって、 むやみ に シガレット を ふかす シュウカン で ある、 そんな とき には カレ は ヒジョウ に シンケイシツ な キツエンカ に なって、 1 パツ で テンカ しない と、 ワケ も ない コウフン に ウデ が ふるえて フシギ な イラダチ に かられる の で あった。 カレ は、 1 パツ の モト に テンカ しない シガレット は、 フキツ と しょうして ことごとく ふみにじって しまう の で ある。 カレ は、 それ で その ヒ の ウンメイ を みずから うらなう の だ と いう ゴヘイ を かついで いる。 だから サイショ の 1 パツ が うまく テンカ する と カレ は ヒジョウ な コウキゲン と なる が、 テモト が くるいはじめた と なる と セイゲン が なくなる。 がみがみ と トホウ も なく いらだって ツヅケザマ に ハッポウ する の だ が、 カンシャク を おこせば おこす ほど ウデ が ふるえて ラチ が あかず、 シマイ には ジンチク を そこねなければ リュウイン が さがらなく なって しまう と いう シマツ の わるい メイシンテキ ケッペキセイ に とんで いた。
 まだ それ と ハンメイ した わけ では なかった が、 なおも しきり に なりつづけて いる 「ライター の オト」 に チュウイ を むける と ワタシ は アシ が すくみそう に なった。 ヨユウ さえ あれば ここ で ワタシ は、 カレ の ハッカカン が タネギレ に なって イツモ の よう に カレ が フテネ を して しまう で あろう コロアイ を まって、 モリ に ふみいる の で あった が、 ヨウイ に ハッポウ の オト は たえなかった。 このうえ ここら で まごまご して いれば ムラ の レンチュウ に ホバク される オソレ が ある ばかり で なく、 もっとも おそろしい ユウグレ に せまられる キケン が ある。 ――カレ は ジンチク に ジュウショウ を おわせる ほど ドウモウ では ない が、 キミョウ な ネライ を もって、 その ミ チカク の クウキ を うって、 にげまどう ヒョウテキ の ロウバイ する アリサマ を ケンブツ する の が ドウラク で ある。 おそらく ワタシ を みいだした ならば カレ は カイシン の ビショウ を もらして もっとも ザンコク な ナブリウチ を あびせ、 はねて は ころび しながら にげまわる で あろう ワタシタチ の ヒサン な スガタ を ゲンシュツ させて ウックツ を はらす に ちがいない。 この オクビョウ な ロバ を ぎょし、 この キダイ な オモニ を せおって ワタシ は、 あの ライター の ヒブタ に ミ を ひるがえす コウケイ を ソウゾウ する と、 もう ヒタイ から は つめたい アブラアセ が にじみだした。 ジゴク の ゴウカ に やかるる セメク に ソウイ なかった。 ワタシ の アシ には たちまち おもい クサリ が つながれて しまった。 ワタシ は スリバチ の フチ で どちら を むいて も しんに シンタイ ここ に きわまった の カン で あった。 ワタシ は、 しかし、 ユウ を こして、 もう イチド ゆるやか に、 おしめど も キョウ を カギリ の―― と うたって、 ウマ を おいやろう と した が、 いたずらに クチ ばかり が ウタ の カタチ に カイヘイ する ばかり で けっして それ に オンセイ が ともなわない では ない か。
 その とき で あった、 ゼーロン が ふたたび ガンキョウ な ロバ に かして たちすくんで しまった の は――。 わーっ! と ワタシ は、 ゼッタイ ゼツメイ の ヒメイ を あげて、 ムチュウ で ゼーロン の シリッペタ を チカラマカセ に なぐりつけた。
 と カレ は、 おもしろそう に ぴょんぴょん と はねて、 ものの 10 ケン ばかり サキ へ いって、 ふたたび モクバ に なって いる。 まるで ワタシ を チョウロウ して いる みたい な カッコウ で、 ぼんやり こっち を ふりかえったり して いる の だ。
「これ だな!」
 と ワタシ は うなった。 「スイシャゴヤ の アルジ が、 アイツ は うたなければ あるかぬ ロバ と なった! と なげいた の は――」
 ワタシ は おいすがる と ドウジ に、 ムチ を すてて きた の を コウカイ しながら、 ミギウデ を コンボウ に ぎして ちからいっぱい の スウィング を あびせた。
「そう だ、 その イキ だよ、 もっと チカラ を こめて やって ごらん!」
 ゼーロン は そんな チョウシ で、 おどりだす と、 ユクテ の マツ の キ の ソバ まで すすんで、 また ふりかえって いる。 ちょうど、 くわえられた ツウヨウ が きえさる と ドウジ に たちどまる と いう ふう で あった。 ――ワタシ は、 こんな キキワケ を わすれた チクショウ に、 イゼン の シンアイ を もって、 ツイオク の ウタ を ムチ に して いた こと など を おもいだす と むしょうに ハラ が たって、
「バカ!」
 と さけびながら、 ふたたび おいつく と、 ワタシ は もう イキ も たえだえ の スガタ で あった が、 アシュラ に なって、 サユウ の ウデ で トコロ かまわず はりたおした。
 ゼーロン の ヒヅメ は、 うかれた よう に イシコロ を けって、 また すこし の サキ まで すすんだ。
「ジゴク の ロバ め!」
 ワタシ は ののしった。 もう リョウウデ は ぜんぜん カンカク を うしなって、 カタ から ぶらさがって いる エンピツ の よう に きかなく なって いた。 ワタシ は チ に はって、 にくい ゼーロン に おいつこう と した、 あまり の フンゲキ で もう アシコシ が たたなかった から――。 すると、 その とき、 イノハナ ムラ の ホウガク から、 にわか に けたたましい ハンショウ の オト が まきおこった。
「やあ! ヤツラ は とうとう オレ の スガタ を ハッケン して、 ドウイン の カネ を うちはじめた ぞ!」
 ハンショウ の オト は ものすごい ウナリ を ひいて ヤマヤマ に ハンキョウ し、 スリバチ の ソコ に トグロ を まきながら、 コクウ に むかって もうもう と うったえて いる。 ――ワタシ は、 メ を とじて、 ふるえる テノヒラ に イシ を つかんだ。 ワタシ は、 クチビル を かみ、
「この ゴリアテ の ウマ め!」
 と ドゴウ する と ドウジ に、 あわれ な ミキウデ を フウシャ の よう に カイテン して、 コントロール を つける と、 ダビデ が ガテ の ゴリアテ を ころした スリング モドキ の イキオイ で、 はっし と、 ゼーロン を めがけて なげつけた イシ は、 この ヒッシ の イットウ の ネライ たがわず、 ゼーロン の デンブ に、 めざましい デッド ボール と なった。
 ゼーロン は ウシロアシ で クウキ を けって とびだした。 ツヅケウチ に して、 かけぬけて しまわなければ ならない。 ワタシ は オモニ に おしつぶされそう に ぱくぱく と ヨツンバイ に なった まま、 ゼンソクリョク で おいすがる と、 もう しだいに アシナミ を ゆるめはじめた ゼーロン の アゴ の シタ に くぐりぬけて いきなり、 えいっ! と いう カケゴエ と イッショ に、 ヒチョウ の ハヤワザ で はねあがる や、 ムカシ、 ダイリキ サムソン が ロバ の アゴボネ を ひきぬいた ヨウリョウ に タン を はっする モハンテキ アッパーカット の イチゲキ を くらわした。 おしい かな、 それ は、 ゼーロン が クビ を ハンショウ の ほう に ふりむけた シュンカン で、 ワタシ の コブシ は むなしく クウ を つきあげて しまった。 ヨセイ を くらって、 ワタシ は アザミ の ハナ の ナカ に モンドリ を うった。 しかし ひるまず ワタシ は イキ も つかず に とびあがる と、 ムカシ、 シャムガル が ウシ を ころした チョクヅキ の ウデ を、 ゼーロン の ワキバラ めがけて つきおとした。 ゼーロン は、 ハ を むきだして いななく と、 ハードル を とびこす みたい な カケカタ で ぴょんぴょん と ナミガタ に とびだした。 ワタシ は チ を すって ゆく タヅナ を ひろう と ドウジ に、 2~3 ゲン の キョリ を ひきずられながら はしった アト に きれい に クラ の ウエ に とびのった。 そして、 トツゲキ の ジンダイコ の よう に ランミャク に その ハラ を けり、 タテガミ に むしゃぶりついて、 すすめ、 すすめ…… と レンコ した。
 ようやく ゼーロン も ヒッシ と なった ごとく、 さらに ハイ ハードル を とびこえる とおり な カッコウ で、 ユミナリ に スリバチ の フチ を かけつづけて、 いよいよ クダリザカ の デグチ に さしかかった。 ――ふりかえって みる と ムラ の ハンショウ は シュッカ の アイズ だった の で ある。 ジヌシ の ナヤ の アタリ に ヒノテ が あがって、 ハタ を セントウ に おしたてた ショホウ の ショウボウタイ が テオシ ポンプ を ひいて、 ハッポウ から よりあつまろう と して いる サイチュウ だった。 ラッパ が なる。 ワメキゴエ が きこえて くる。 おりあしく イドガエ の サイチュウ だった ので、 ミズ が つかえない ので、 ヒケシタイ の メンメン は ヒジョウ に ロウバイ して、 アゼミチ の オガワ まで ホース を のばそう と して いる らしい。 1 タイ の ショユウ する ホース では ナガサ が フソク して、 コガシラ らしい イチイン が ヒノミ の ハシゴ を のぼって ゆく と、 ボウシ を ふりながら エンポウ の 1 タイ に むかって、
「ホース…… ホース……」 と さけんで いる の が きこえた。 ヒノテ は ナヤ から オモヤ に せめよせた らしく、 ケムリ が しばし ソラ に たえた か と おもう と、 まもなく マッシロ に なって ノキ の アイダ から むくむく と ふきだした。
「ホース…… ホース…… ゼーロン……」
 ハシゴ の オトコ の コエ が ふと そう ワタシ に きこえた。 みる と もう、 ホース は アゼミチ の オガワ まで のびて、 それ に ツナヒキ の よう に ヒト が たかって いる。 そして まもなく ほそい ミズケムリ が ノキサキ を めがけて、 ほとばしって いた。 ポンプ を あおる ケッシ の タイイン の カケゴエ が ひびいて きた。
「オレ に オウエン に こい と でも いう の かしら?」
 …… 「おうい、 ゼーロン の ノリテ…… こっち を むいて くれ、 タノミ が ある ぞ!」
 と きこえた。 ワタシ は、 タテガミ の ナカ に カオ を ふせながら ウスメ で、 そっち を のぞいた。 ――よくよく みる と、 ハシゴ の オトコ は、 モリ の、 あの キツエンカ だった。 たくみ に ショウボウタイ の イチイン に ミ を やつして いる。 そして、 カレ は ハンショウウチ に かわって、 カネ を たたいて いる が、 ヒトビト は ショウボウ に ネッチュウ して いる ので、 その カネ の ウチカタ が、 カレ が ハイカ の モノ と レンラク を とる ため の アンゴウホウ に よって いる の に きづこう とも しない。
 カネ の アイマ を みて は カレ は、 しきり と ウデ を ふって ワタシ を よんで いる。 また、 デンポウシキ に たたく カネ の アンゴウホウ を ハンダン する と、 それ は ワタシ に、 よく オマエ は かえって きた な、 オレ は コノゴロ たいへん さびしく くらして いる から、 これ を キカイ に して もう イッペン ナカマ に なって くれ、 まず キョウ の エモノ を ヤマワケ に しよう ぜ―― と ツウシン して いる の で あった。
「ヨロイ を とりもどした ぞ」 と カレ は つげた。 それ は ある フサイ の ダイショウ に ワタシ が ジヌシ の イエ に あずけた ワタシ の ソセン の イブツ で ある。 ワタシ の ロウボ は、 ワタシ が かよう な もの まで インシュ の ため に ヒトデ に わたした こと を しって、 ワタシ に セップク を せまって いる。 ワタシ が もし この タカラモノ を とりもどして キタク した ならば、 ナガネン の カンドウ を ゆるす と いう ショ を よせて いる。 ハンショウ は さらに、
「クウフク を かかえて シ を つくる グ を やめよ」
 と うながした。
 ワタシ は、 あの ヒオドシ の ヨロイ を きて セイカ に ガイセン する サマ の ユウワク にも かられた が、 あの、 ぎょろり と まるく みはって は いる ものの およそ どこ にも ケントウ の つかぬ と いう よう な マヌケ な フゼイ の メ と、 クチビル を こころもち ツツガタ に して ニガサ を みせた オモムキ が、 かえって みる モノ の ムネ に コッケイカン を さそう か の よう な、 おおきな しかつめらしい ブアクメン に ちがいない ワタシ の チチ の ショウゾウガ の かかって いる、 あの うすぐらい ショサイ に かえって、 のろわれた ザゼン を くむ こと を おもう と あんたん と した。 チチオヤ の スガタ に せっする とき ほど ワタシ は インキ な キョムカン に さそわれる とき は ない。 ワタシ は しばしば その ショウゾウガ を ハキ しよう と はかって、 いまだに はたしえない の で ある が、 やがて は きっと ケッコウ する つもり で いる。 ――シ は、 キガ に めんした メイロウ な ヤ から より ホカ に ワタシ には うまれぬ。
「オマエ の、 その セナカ の オモニ の バイキャクホウ を おしえて やろう よ」
 と ハンショウ は シンゴウ した。
「それ は?」
 ワタシ は おもわず、 メ を みはって、 サンイ の うごいた オモムキ を コリント-シキ の タイソウ シンゴウホウ に したがって ハンモン した。
「セイカ に うれ、 R. マキノ の ゾウ と して――。 スンブン たがわぬ から うたがう モノ は なかろう」
 R と いう の は 10 ネン も マエ に なくなった あの ショウゾウガ の トウニン で ある。 ワタシ の ホウロウ も 10 ネン-メ で ある。
「なるほど!」
 メイアン だ! と ワタシ は きづいた が、 ドウジ に えも いわれぬ おそろしい インガ の イナズマ に うたれて、 ワタシ は おそらく ジブン の と まちがえた の で あろう、 ゼーロン の ミミ を ちからいっぱい つかんだ。 そして クラ から テンラク した。
「はしれ!」
 と ワタシ は さけんだ。
 ワタシ は、 ゼーロン の デンブ を テキ に ゲキレツ な ヒッシ の ケントウ を つづけて、 クダリザカ に さしかかった。 ロバ の シッポ は スイシャ の シブキ の よう に ワタシ の カオ に ふりかかった。 その スキマ から ちらちら と ユクテ を ながめる と、 クニザカイ の ダイサンミャク は マムラサキ に さえて、 ヤグラダケ の イタダキ が わずか に アカネイロ に ひかって いた。 ヤマスソ イチメン の モリ は しんかん と して、 もう うすぐらく、 つきとばされる ごと に バッタ の よう に おどろいて ハードル-トビ を つづけて ゆく キタイ な ビッコウマ と、 その ザンコク な ギョシャ との チョッカ の ガンカ から シンタン の よう に こうばく と した ムマ を たたえて いた。 ――セナカ の ゾウ が セイ を えて、 そして また、 あの ショウゾウガ の ヌシ が クウ に ぬけでて、 ヌマ を わたり、 ヤマ へ とび、 ひるがえって は ワタシ の ウデ を とり、 ゼーロン が ウシロアシ で たちあがり―― チュウ に まい、 カスミ を くらいながら、 へんてこ な ミブリ で おもしろそう に ロココ-フウ の 「カドリール」 を おどって いた。 きれい な ナガメ だ! と おもって ワタシ は ふるえながら ソウゴン な ケシキ に みとれた。
 ハンショウ が かすか に きこえて いた が、 もう イミ の ハンベツ は つかなかった。 しかし それ は ワタシタチ の カドリール の たえざる バンソウ に なって いた。
「こいつ は――」
 ふと ワタシ は ワレ に かえって、 セナカ の オモニ を、 コモリ が する よう に キュウ に ゆすりあげながら つぶやいた。 ―― 「キナダヌマ の ソコ へ なげこんで しまう より ホカ に テダテ は ない ぞ」
 タエマ も ない トツゲキ を ゼーロン の デンブ に くわえながら、 ヌマ の ソコ に にた モリ に さしかかった。 キギ の コズエ が ミナソコ の モ に みえ、 「ミナモ」 を あおぐ と ネグラ へ かえる カラス の ムレ が サカナ に みえ、 ゼーロン にも ワタシ にも エラ が ある らしかった。 ――それにしても オモニ の ため に セナカ の ヒフ が やぶれて、 びりびり と やかるる よう に ミズ が しみる! チ でも ながれて い は しない か? と ワタシ は おもった。

(フキ―― ツネカワ マキオ サク 「マキノ シ ゾウ」 は ゲンザイ ソウシュウ アシガラカミ グン ツカハラ ムラ フルヤ サタロウ の ショゾウ に まかして ある。 カレ の ジュウライ の サクヒン モクロク-チュウ の ダイヒョウサク の ヨシ で あり、 カレ ジシン は もはや ブロンズ に さえ なって いれば ヌマ の ソコ へ ホゾン さるる も いとわぬ と いって いた が、 ユウジン たち の ホッキ で かく ホゾン さる こと と なり、 キボウシャ の カンラン には ズイジ テイキョウ されて いる。 1929 ネンド の ニホン ビジュツイン の モクロク を ひらけば シャシン も ケイサイ されて いる ヨシ で ある。 ツネカワ は コトシ ゼーロン の ゾウ を 「ゼーロン」 と だいして サクセイチュウ との こと で ある。 ワタシ は ミガル な きわめて まずしい ホウロウ セイカツ に ある。)

2018/08/07

バンギク

 バンギク

 ハヤシ フミコ

 ユウガタ、 5 ジ-ゴロ うかがいます と いう デンワ で あった ので、 キン は、 1 ネン-ぶり に ねえ、 まあ、 そんな もの です か と いった ココロモチ で、 デンワ を はなれて トケイ を みる と、 まだ 5 ジ には 2 ジカン ばかり マ が ある。 まず その アイダ に、 ナニ より も フロ へ いって おかなければ ならない と、 ジョチュウ に ハヤメ な、 ユウショク の ヨウイ を させて おいて、 キン は いそいで フロ へ いった。 わかれた あの とき より も わかやいで いなければ ならない。 けっして ジブン の オイ を かんじさせて は ハイボク だ と、 キン は ゆっくり と ユ に はいり、 かえって くる なり、 レイゾウコ の コオリ を だして、 こまかく くだいた の を、 ニジュウ に なった ガーゼ に つつんで、 カガミ の マエ で 10 プン ばかり も まんべんなく コオリ で カオ を マッサージ した。 ヒフ の カンカク が なくなる ほど、 カオ が あかく しびれて きた。 56 サイ と いう オンナ の ネンレイ が ムネ の ナカ で キバ を むいて いる けれども、 キン は オンナ の トシ なんか、 ナガネン の シュギョウ で どう に でも ごまかして みせる と いった キビシサ で、 トッテオキ の ハクライ の クリーム で つめたい カオ を ふいた。 カガミ の ナカ には シビト の よう に あおずんだ オンナ の ふけた カオ が おおきく メ を みはって いる。 ケショウ の トチュウ で ふっと ジブン の カオ に イヤケ が さして きた が、 ムカシ は エハガキ にも なった あでやか な うつくしい ジブン の スガタ が マブタ に うかび、 キン は ヒザ を まくって、 フトモモ の ハダ を みつめた。 むっくり と ムカシ の よう に もりあがった フトリカタ では なく、 ほそい ジョウミャク の モウカン が うきたって いる。 ただ、 そう やせて も いない と いう こと が ココロヤスメ には なる。 ぴっちり と フトモモ が あって いる。 フロ では、 キン は、 きまって、 きちんと すわった フトモモ の クボミ へ ユ を そそぎこんで みる の で あった。 ユ は、 フトモモ の ミゾ へ じっと たまって いる。 ほっと した ヤスラギ が キン の オイ を なぐさめて くれた。 まだ、 オトコ は できる。 それ だけ が ジンセイ の チカラダノミ の よう な キ が した。 キン は、 マタ を ひらいて、 そっと、 ウチモモ の ハダ を ヒトゴト の よう に なでて みる。 すべすべ と して アブラ に なじんだ シカガワ の よう な ヤワラカサ が ある。 サイカク の 「ショコク を みしる は イセ モノガタリ」 の ナカ に、 イセ の ケンブツ の ナカ に、 シャミ を ひく オスギ、 タマ、 と いう フタリ の うつくしい オンナ が いて、 シャミ を ひきならす マエ に、 シンク の アミ を はりめぐらせて、 その アミノメ から フタリ の オンナ の カオ を ねらって は ゼニ を なげる アソビ が あった と いう の を、 キン は おもいだして、 クレナイ の アミ を はった と いう、 その ニシキエ の よう な ウツクシサ が、 イマ の ジブン には もう とおい カコ の こと に なりはてた よう な キ が して ならなかった。 わかい コロ は ホネミ に しみて キンヨク に メ が くれて いた もの だ けれども、 トシ を とる に つれて、 しかも、 ひどい センソウ の ナミ を くぐりぬけて みる と、 キン は、 オトコ の ない セイカツ は クウキョ で たよりない キ が して ならない。 ネンレイ に よって、 ジブン の ウツクシサ も すこし ずつ は ヘンカ して きて いた し、 その トシドシ で ジブン の ウツクシサ の フウカク が ちがって きて いた。 キン は トシ を とる に したがって ハデ な もの を ミ に つける グ は しなかった。 50 を すぎた フンベツ の ある オンナ が、 うすい ムネ に クビカザリ を して みたり、 ユモジ に でも いい よう な あかい コウシジマ の スカート を はいて、 シロ サティン の おおだぶだぶ の ブラウス を きて、 ツバビロ の ボウシ で ヒタイ の シワ を かくす よう な ミョウ な コザイク は キン は きらい だった。 それ か と いって、 キモノ の エリウラ から ベニイロ を のぞかせる よう な ジョロウ の よう な いやらしい コノミ も きらい で あった。
 キン は、 ヨウフク は この ジダイ に なる まで イチド も きた こと は ない。 すっきり と した まっしろい チリメン の エリ に、 アイオオシマ の カスリ の アワセ、 オビ は うすい クリーム イロ の シロスジ ハカタ。 ミズイロ の オビアゲ は ゼッタイ に ムナモト に みせない こと。 たっぷり と した ムネ の フクラミ を つくり、 コシ は ほそく、 ジバラ は ダテマキ で しめる だけ しめて、 オシリ には うっすり と マワタ を しのばせた コシブトン を あてて セイヨウ の オンナ の イキ な キツケ を ジブン で かんがえだして いた。 カミノケ は、 ムカシ から チャイロ だった ので、 イロ の しろい カオ には、 その カミノケ が 50 を すぎた オンナ の カミ とも おもわれなかった。 オオガラ なので、 スソミジカ に キモノ を きる せい か、 スソモト が きりっと して、 さっぱり して いた。 オトコ に あう マエ は、 かならず こうした クロウト-っぽい ジミ な ツクリカタ を して、 カガミ の マエ で、 ヒヤザケ を 5 シャク ほど きゅう と あおる。 その アト は ハミガキ で ハ を みがき、 さけくさい イキ を ころして おく こと も ヌカリ は ない。 ほんの ショウリョウ の サケ は、 どんな ケショウヒン を つかった より も キン の ニクタイ には コウカ が あった。 うっすり と ヨイ が はっしる と、 メモト が あかく そまり、 おおきい メ が うるんで くる。 あおっぽい ケショウ を して、 リスリン で といた クリーム で おさえた カオ の ツヤ が、 イキ を ふきかえした よう に さえざえ して くる。 ベニ だけ は ジョウトウ の ダーク を こく ぬって おく。 あかい もの と いえば クチビル だけ で ある。 キン は、 ツメ を そめる と いう こと も ショウガイ した こと が ない。 ロウネン に なって から の テ は なおさら、 そうした ケショウ は ものほしげ で ヒンジャク で おかしい の で ある。 ニュウエキ で まんべんなく テノコウ を たたいて おく だけ で、 ツメ は カンショウ な ほど みじかく きって ラシャ の キレ で みがいて おく。 ナガジュバン の ソデグチ に かいまみえる シキサイ は、 すべて あわい イロアイ を このみ、 ミズイロ と モモイロ の ぼかした タヅナ なぞ を ミ に つけて いた。 コウスイ は あまったるい ニオイ を、 カタ と ぼってり した ニノウデ に こすりつけて おく。 ミミタブ なぞ へは まちがって も つける よう な こと は しない の で ある。 キン は オンナ で ある こと を わすれたく ない の だ。 セケン の ロウバ の ウスギタナサ に なる の ならば しんだ ほう が まし なの で ある。 ――ヒト の ミ に ある まじき まで たわわ なる、 バラ と おもえど わが ココチ する。 キン は ユウメイ な オンナ の うたった と いう この ウタ が すき で あった。 オトコ から はなれて しまった セイカツ は かんがえて も ぞっと する。 イタヤ の もって きた、 バラ の うすい ピンク の ハナビラ を みて いる と、 その ハナ の ゴウカサ に キン は ムカシ を ゆめみる。 とおい ムカシ の フウゾク や ジブン の シュミ や カイラク が すこし ずつ ヘンカ して きて いる こと も キン には たのしかった。 ヒトリネ の オリ、 キン は マヨナカ に メ が さめる と、 ムスメジダイ から の オトコ の カズ を ユビ で ひそか に おりかぞえて みた。 あの ヒト と あの ヒト、 それに あの ヒト、 ああ、 あの ヒト も ある…… でも、 あの ヒト は、 あの ヒト より も サキ に あって いた の かしら…… それとも、 アト だった かしら…… キン は、 まるで カゾエウタ の よう に、 オトコ の オモイデ に ココロ が けむたく むせて くる。 おもいだす オトコ の ワカレカタ に よって ナミダ の でて くる よう な ヒト も あった。 キン は ヒトリヒトリ の オトコ に ついて は、 デアイ の とき のみ を かんがえる の が すき で あった。 イゼン よんだ こと の ある イセ モノガタリ-フウ に、 ムカシ オトコ ありけり と いう オモイデ を いっぱい ココロ に ためて いる せい か、 キン は ヒトリネ の ネドコ の ナカ で、 うつらうつら と ムカシ の オトコ の こと を かんがえる の は タノシミ で あった。 ――タベ から の デンワ は キン に とって は おもいがけなかった し、 ジョウトウ の ブドウシュ に でも オメ に かかった よう な キ が した。 タベ は、 オモイデ に つられて くる だけ だ。 ムカシ の ナゴリ が すこし は のこって いる で あろう か と いった カンショウ で、 コイ の ヤケアト を ギンミ し に くる よう な もの なの だ。 クサ ぼうぼう の ガレキ の アト に たって、 ただ、 ああ と タメイキ だけ を つかせて は ならない の だ。 ネンレイ や カンキョウ に いささか の マズシサ も あって は ならない の だ。 つつしみぶかい ヒョウジョウ が ナニ より で あり、 フンイキ は フタリ で しみじみ と ボットウ できる よう な タダヨイ で なくて は ならない。 ジブン の オンナ は あいかわらず うつくしい オンナ だった と いう アトアジ の ナゴリ を わすれさせて は ならない の だ。 キン は トドコオリ なく ミジタク が すむ と、 カガミ の マエ に たって ジブン の ブタイスガタ を たしかめる。 バンジ ヌカリ は ない か と……。 チャノマ へ ゆく と、 もう、 ユウショク の ゼン が でて いる。 うすい ミソシル と、 シオコンブ に ムギメシ を ジョチュウ と サシムカイ で たべる と、 アト は タマゴ を やぶって キミ を ぐっと のんで おく。 キン は オトコ が たずねて きて も、 ムカシ から ジブン の ほう で ショクジ を だす と いう こと は あまり しなかった。 こまごま と チャブダイ を つくって、 テリョウリ なん です よ と ならべたてて オトコ に あいらしい オンナ と おもわれたい なぞ とは ツユ ほど も かんがえない の で ある。 カテイテキ な オンナ と いう こと は キン には なんの キョウミ も ない の だ。 ケッコン を しよう なぞ と おもい も しない オトコ に、 カテイテキ な オンナ と して こびて ゆく イワレ は ない の だ。 こうした キン に むかって くる オトコ は、 キン の ため に、 イロイロ な ミヤゲモノ を もって きた。 キン に とって は それ が アタリマエ なの で ある。 キン は カネ の ない オトコ を アイテ に する よう な こと は けっして しなかった。 カネ の ない オトコ ほど ミリョク の ない もの は ない。 コイ を する オトコ が、 ブラッシュ も かけない ヨウフク を きたり、 ハダギ の ボタン の はずれた の なぞ ヘイキ で きて いる よう な オトコ は ふっと いや に なって しまう。 コイ を する、 その こと ジタイ が、 キン には ヒトツヒトツ ゲイジュツヒン を つくりだす よう な キ が した。 キン は ムスメジダイ に アカサカ の マンリュウ に にて いる と いわれた。 ヒトヅマ に なった マンリュウ を イチド みかけた こと が あった が、 ほれぼれ と する よう な うつくしい オンナ で あった。 キン は その みごと な ウツクシサ に うなって しまった。 オンナ が いつまでも ウツクシサ を たもつ と いう こと は、 カネ が なくて は どうにも ならない こと なの だ と さとった。 キン が ゲイシャ に なった の は、 19 の とき で あった。 たいした ゲイゴト も ミ に つけて は いなかった が、 ただ、 うつくしい と いう こと で ゲイシャ に なりえた。 その コロ、 フランスジン で トウヨウ ケンブツ に きて いた もう かなり な ネンレイ の シンシ の ザシキ に よばれて、 キン は シンシ から ニホン の マルグリット ゴーチェ と して あいされる よう に なり、 キン ジシン も、 ツバキヒメ キドリ で いた こと も ある。 ニクタイテキ には あんがい つまらない ヒト で あった が、 キン には なんとなく わすれがたい ヒト で あった。 ミッシェル さん と いって、 もう、 フランス の キタ の どこ か で しんで いる に ちがいない ネンレイ で ある。 フランス へ かえった ミッシェル から、 オパール と こまかい ダイヤ を ちりばめた ウデワ を おくって きた が、 それ だけ は センソウ サナカ にも てばなさなかった。 ――キン の カンケイ した オトコ たち は、 ミンナ ソレゾレ に えらく なって いった が、 この シュウセンゴ は、 その オトコ たち の オオカタ は ショウソク も わからなく なって しまった。 アイザワ キン は ソウトウ の ザイサン を ためこんで いる だろう と いう フウヒョウ で あった が、 キン は かつて マチアイ を しよう とか、 リョウリヤ を しよう なぞ とは イチド も かんがえた こと が なかった。 もって いる もの と いえば、 やけなかった ジブン の イエ と、 アタミ の ベッソウ を 1 ケン もって いる きり で、 ヒト の いう ほど の カネ は なかった。 ベッソウ は ギマイ の ナマエ に なって いた の を、 シュウセンゴ、 オリ を みて てばなして しまった。 まったく の ムイ トショク で あった が、 ジョチュウ の キヌ は ギマイ の セワ で あった が オシ の オンナ で ある。 キン は、 クラシ も あんがい つつましく して いた。 エイガ や シバイ を みたい と いう キ も なかった し、 キン は なんの モクテキ も なく うろうろ と ガイシュツ する こと は きらい で あった。 テンピ に さらされた とき の ジブン の オイ を ヒトメ に みられる の は いや で あった。 あかるい タイヨウ の シタ では、 ロウネン の オンナ の ミジメサ を ヨウシャ なく みせつけられる。 いかなる カネ の かかった フクショク も テンピ の マエ では なんの ヤク にも たたない。 ヒカゲ の ハナ で くらす こと に マンゾク で あった し、 キン は シュミ と して ショウセツボン を よむ こと が すき で あった。 ヨウジョ を もらって ロウゴ の タノシミ を かんがえて は と いわれる こと が あって も、 キン は ロウゴ なぞ と いう オモイ が フカイ で あった し、 キョウ まで コドク で きた こと も、 キン には ヒトツ の リユウ が ある の だった。 ――キン は リョウシン が なかった。 アキタ の ホンジョウ チカク の コサガワ の ウマレ だ と いう こと だけ が キオク に あって、 イツツ ぐらい の とき に トウキョウ に もらわれて、 アイザワ の セイ を なのり、 アイザワ-ケ の ムスメ と して そだった。 アイザワ キュウジロウ と いう の が ヨウフ で あった が、 ドボク ジギョウ で ダイレン に わたって ゆき、 キン が ショウガッコウ の コロ から、 この ヨウフ は ダイレン へ ユキッパナシ で ショウソク は ない の で ある。 ヨウボ の リツ は なかなか の リザイカ で、 カブ を やったり シャクヤ を たてたり して、 その コロ は ウシゴメ の ワラダナ に すんで いた が、 ワラダナ の アイザワ と いえば、 ウシゴメ でも ソウトウ の カネモチ と して みられて いた。 その コロ カグラザカ に タツイ と いう ふるい タビヤ が あって、 そこ に、 マチコ と いう うつくしい ムスメ が いた。 この タビヤ は ニンギョウ-チョウ の ミョウガヤ と おなじ よう に レキシ の ある イエ で、 タツイ の タビ と いえば、 ヤマノテ の ヤシキマチ でも ソウトウ の シンヨウ が あった もの で ある。 コン の ノレン を はった ひろい ミセサキ に ミシン を おいて、 モモワレ に ゆった マチコ の クロジュス の エリ を かけて ミシン を ふんで いる ところ は、 ワセダ の ガクセイ たち にも ヒョウバン だった と みえて、 ガクセイ たち が タビ を あつらえ に きて は、 チップ を おいて ゆく モノ も ある と いう フウヒョウ だった が、 この マチコ より イツツ ムッツ も わかい キン も、 チョウナイ では うつくしい ショウジョ と して ヒョウバン だった。 カグラザカ には フタリ の コマチムスメ と して ヒトビト に いいふらされて いた。 ――キン が 19 の コロ、 アイザワ の イエ も、 ゴウヒャク の トリゴエ と いう オトコ が デイリ する よう に なって から、 イエ が なんとなく かたむきはじめ、 ヨウボ の リツ は シュラン の よう な クセ が ついて、 ながい こと くらい セイカツ が つづいて いた が、 キン は ふっと した ジョウダン から トリゴエ に おかされて しまった。 キン は その コロ、 やぶれかぶれ な キモチ で イエ を とびだして、 アカサカ の スズモト と いう イエ から ゲイシャ に なって でた。 タツイ の マチコ は、 ちょうど その コロ、 はじめて できた ヒコウキ に フリソデ スガタ で のせて もらって スサキ の ハラ に ツイラク した と いう こと が シンブンダネ に なり、 そうとう ヒョウバン を つくった。 キン は、 キンヤ と いう ナマエ で ゲイシャ に でた が、 すぐ、 コウダン ザッシ なんか に シャシン が のったり して、 シマイ には、 その コロ リュウコウ の エハガキ に なったり した もの で ある。
 イマ から おもえば、 こうした こと も、 みんな とおい カコ の こと に なって しまった けれども、 キン は ジブン が ゲンザイ 50 サイ を すぎた オンナ だ とは どうしても ガテン が ゆかなかった。 ながく いきて きた もの だ と おもう とき も あった が、 また みじかい セイシュン だった と おもう とき も ある。 ヨウボ が なくなった アト、 いくらも ない カザイ は、 キン の もらわれて きた アト に うまれた スミコ と いう ギマイ に あっさり つがれて しまって いた ので、 キン は ヨウカ に たいして なんの セキニン も ない カラダ に なって いた。
 キン が タベ を しった の は、 スミコ フウフ が トツカ に ガクセイ アイテ の クロウト ゲシュク を して いる コロ で、 キン は、 3 ネン ばかり つづいて いた ダンナ と わかれて、 スミコ の ゲシュク に ヒトヘヤ を かりて キラク に くらして いた。 タイヘイヨウ センソウ が はじまった コロ で ある。 キン は スミコ の チャノマ で ゆきあう ガクセイ の タベ と しりあい、 オヤコ ほど も トシ の ちがう タベ と、 いつか ヒトメ を しのぶ ナカ に なって いた。 50 サイ の キン は、 しらない ヒト の メ には 37~38 ぐらい に しか みえない ワカワカシサ で、 マユ の こい の が におう よう で あった。 ダイガク を ソツギョウ した タベ は すぐ リクグン ショウイ で シュッセイ した の だ けれども、 タベ の ブタイ は しばらく ヒロシマ に チュウザイ して いた。 キン は、 タベ を たずねて 2 ド ほど ヒロシマ へ いった。
 ヒロシマ へ つく なり、 リョカン へ グンプク スガタ の タベ が たずねて きた。 カワ-くさい タベ の タイシュウ に キン は ヘキエキ しながら も、 フタバン を タベ と ヒロシマ の リョカン で くらした。 はるばる と とおい チ を たずねて、 くたくた に つかれて いた キン は、 タベ の たくましい チカラ に ホンロウ されて、 あの とき は しぬ よう な オモイ だった と ヒト に コクハク して いった。 2 ド ほど タベ を たずねて ヒロシマ に ゆき、 ソノゴ タベ から イクド デンポウ が きて も、 キン は ヒロシマ へは ゆかなかった。 ショウワ 17 ネン に タベ は ビルマ へ ゆき、 シュウセン の ヨクトシ の 5 ガツ に フクイン して きた。 すぐ ジョウキョウ して きて、 タベ は ヌマブクロ の キン の イエ を たずねて きた が、 タベ は ひどく ふけこんで、 マエバ の ぬけて いる の を みた キン は ムカシ の ユメ も きえて シツボウ して しまった。 タベ は ヒロシマ の ウマレ で あった が、 チョウケイ が ダイギシ に なった とか で、 アニ の セワ で ジドウシャ-ガイシャ を おこして、 トウキョウ で 1 ネン も たたない アイダ に、 みちがえる ばかり リッパ な シンシ に なって キン の マエ に あらわれ、 きんきん に サイクン を もらう の だ と はなした。 それから また 1 ネン あまり、 キン は タベ に あう こと も なかった。 ――キン は、 クウシュウ の はげしい コロ、 ステネ ドウヨウ の ネダン で、 ゲンザイ の ヌマブクロ の デンワ-ツキ の イエ を かい、 トツカ から ヌマブクロ へ ソカイ して いた。 トツカ とは メ と ハナ の チカサ で ありながら、 ヌマブクロ の キン の イエ は のこり、 トツカ の スミコ の イエ は やけた。 スミコ たち が、 キン の ところ へ にげて きた けれども、 キン は、 シュウセン と ドウジ に スミコ たち を おいだして しまった。 もっとも おいだされた スミコ も、 トツカ の ヤケアト に はやばや と イエ を たてた ので、 かえって イマ では キン に カンシャ して いる アリサマ でも あった。 イマ から おもえば、 シュウセン チョクゴ だった ので、 やすい カネ で イエ を たてる こと が できた の で ある。
 キン も アタミ の ベッソウ を うった。 テドリ 30 マン ちかい カネ が はいる と、 その カネ で ボロヤ を かって は テイレ を して 3~4 バイ には うった。 キン は、 カネ に あわてる と いう こと を しなかった。 キンセン と いう もの は、 あわて さえ しなければ すくすく と ユキダルマ の よう に ふくらんで くれる リトク の ある もの だ と いう こと を ナガネン の シュギョウ で こころえて いた。 コウリ より は やすい リマワリ で かたい タンポ を とって ヒト にも かした。 センソウ イライ、 ギンコウ を あまり シンヨウ しなく なった キン は、 なるべく カネ を ソト へ まわした。 ノウカ の よう に イエ へ つんで おく グ も しなかった。 その ツカイ には スミコ の オット の ヒロヨシ を つかった。 イクワリ か の シャレイ を はらえば、 ヒト は こきみよく はたらいて くれる もの だ と いう こと も キン は しって いた。 ジョチュウ との フタリズマイ で、 4 マ ばかり の イエウチ は、 ガイケン には さびしかった の だ けれども、 キン は すこしも さびしく も なかった し、 ガイシュツギライ で あって みれば、 フタリグラシ を フジユウ とも おもわなかった。 ドロボウ の ヨウジン には イヌ を かう こと より も、 トジマリ を かたく する と いう こと を シンヨウ して いて、 どこ の イエ より も キン の イエ は トジマリ が よかった。 ジョチュウ は オシ なので、 どんな オトコ が たずねて きて も タニン に きかれる シンパイ は ない。 そのくせ キン は、 ときどき、 むごたらしい コロサレカタ を しそう な ジブン の ウンメイ を ときどき クウソウ する とき が あった。 イキ を ころして ひっそり と しずまりかえった イエ と いう もの を フアン に おもわない でも ない。 キン は、 アサ から バン まで ラジオ を かける こと を わすれなかった。 キン は その コロ、 チバ の マツド で カダン を つくって いる オトコ と しりあって いた。 アタミ の ベッソウ を かった ヒト の オトウト だ とか で、 センソウチュウ は ハノイ で ボウエキ の ショウシャ を おこして いた の だ けれども、 シュウセンゴ ひきあげて きて、 アニ の シホン で マツド で ハナ の サイバイ を はじめた。 トシ は まだ 40 サイ そこそこ で あった が、 トウハツ が つるり と はげて、 トシ より は ふけて みえた。 イタヤ セイジ と いった。 2~3 ド イエ の こと で キン を たずねて きた けれども、 イタヤ は いつのまにか キン の ところ へ シュウ に イチド は たずねて くる よう に なって いた。 イタヤ が きはじめて から、 キン の イエ は うつくしい ハナバナ の ミヤゲ で にぎわった。 ――キョウ も カスタニアン と いう きいろい バラ が ざくり と トコノマ の カビン に さされて いる。 イチョウ の ハ、 すこし こぼれて なつかしき、 バラ の ソノウ の シモジメリ かな。 きいろい バラ は トシマザカリ の ウツクシサ を おもわせた。 ダレ か の ウタ に ある。 シモジメリ した アサ の バラ の ニオイ が、 つうん と キン の ムネ に オモイデ を さそう。 タベ から デンワ が かかって みる と、 イタヤ より も、 キン は わかい タベ の ほう に ひかれて いる こと を さとる。 ヒロシマ では つらかった けれども、 あの コロ の タベ は グンジン で あった し、 あの あらあらしい ワカサ も イマ に なれば ムリ も なかった こと だ と つまされて うれしい オモイデ で ある。 はげしい オモイデ ほど、 トキ が たてば なんとなく なつかしい もの だ。 ――タベ が たずねて きた の は 5 ジ を だいぶ すぎて から で あった が、 おおきな ツツミ を さげて きた。 ツツミ の ナカ から、 ウイスキー や、 ハム や、 チーズ なぞ を だして、 ナガヒバチ の マエ に どっかと すわった。 もう ムカシ の セイネン-ラシサ は オモカゲ も ない。 ハイイロ の コウシ の セビロ に、 くろっぽい グリン の ズボン を はいて いる の は いかにも この ジダイ の キカイヤ さん と いった カンジ だった。 「あいかわらず きれい だな」 「そう、 ありがとう、 でも、 もう ダメ ね」 「いや、 ウチ の サイクン より いろっぽい」 「オクサマ おわかい ん でしょう?」 「わかくて も、 イナカモノ だよ」 キン は、 タベ の ギン の タバコ ケース から 1 ポン タバコ を ぬいて ヒ を つけて もらった。 ジョチュウ が ウイスキー の グラス と、 サッキ の ハム や チーズ を もりあわせた サラ を もって きた。 「いい コ だね……」 タベ が にやにや わらいながら いった。 「ええ、 でも オシ なの よ」 ほほう と いった ヒョウジョウ で、 タベ は じいっと ジョチュウ の スガタ を みつめて いた。 ニュウワ な メモト で、 ジョチュウ は テイネイ に タベ に アタマ を さげた。 キン は、 ふっと、 キ にも かけなかった ジョチュウ の ワカサ が メザワリ に なった。 「ゴエンマン なの でしょう?」 タベ は ぷう と ケムリ を ふきながら、 ああ ボク ん とこ かい と いった カオ で、 「もう ライゲツ コドモ が うまれる ん だ」 と いった。 へえ、 そう なの と、 キン は ウイスキー の ビン を もって、 タベ の グラス に すすめた。 タベ は うまそう に きゅう と グラス を あけて、 ジブン も キン の グラス に ウイスキー を ついで やった。 「いい セイカツ だな」 「あら、 どうして?」 「ソト は アラシ が ごうごう と ふきすさんで いる のに さ、 キミ ばかり は いつまで たって も かわらない…… フシギ な ヒト だよ。 どうせ、 キミ の こと だ から、 いい パトロン が いる ん だろう けど、 オンナ は いい な」 「それ、 ヒニク です か? でも、 ワタシ、 べつに、 タベ さん に、 そんな ふう な こと いわれる ほど、 アナタ に ゴヤッカイ かけた って こと ない わね?」 「おこった の? そう じゃ ない ん だよ。 そう じゃ ない ん だ。 アンタ は シアワセ な ヒト だ って いう ん だよ。 オトコ の シゴト って つらい もん だ から、 つい、 そんな こと を いった のさ。 イマ の ヨ は、 あだ や おろそか には くらせない。 くう か くわれる か だ。 ボク なんか、 マイニチ バクチ を して くらして いる よう な もん だ から ね」 「だって、 ケイキ は いい ん でしょう?」 「よか ない さ…… あぶない ツナワタリ、 ミミナリ が する くらい つらい カネ を つかって いる ん だぜ」 キン は だまって ウイスキー を なめた。 カベギワ で コオロギ が ないて いる の が いやに しめっぽい。 タベ は、 2 ハイ-メ の ウイスキー を のむ と、 あらあらしく キン の テ を ヒバチ-ゴシ に つかんだ。 ユビワ を はめて いない テ が キヌ ハンカチ の よう に たよりない ほど やわらかい。 キン は テ の サキ に ある チカラ を じっと ぬいて、 イキ を ころして いた。 チカラ の ぬけて いる テ は むしょうに つめたくて ぼってり と やわらかい。 タベ の よった メ には、 ムカシ の サマザマ が ウズ を なし ココロ に せまって くる。 ムカシ の まま の ウツクシサ で オンナ が すわって いる。 フシギ な キ が した。 たえず ながれる サイゲツ の ナカ に すこし ずつ ケイケン が つみかさなって ゆく。 その ナガレ の ナカ に、 ヒヤク も あれば ツイラク も ある。 だが、 ムカシ の オンナ は なんの ヘンカ も なく ふてぶてしく そこ に すわって いる。 タベ は じいっと キン の メ を みつめた。 メ を かこむ コジワ も ムカシ の まま だ。 リンカク も くずれて は いない。 この オンナ の セイカツ の ジョウタイ を しりたかった。 この オンナ には シャカイテキ の ハンシャ は なんの ハンノウ も なかった の かも しれない。 タンス を かざり ナガヒバチ を かざり、 ゴウカ に グンセイ した バラ の ハナ も かざり、 にっこり と わらって ジブン の マエ に すわって いる。 もう、 すでに 50 は こして いる はず だ のに、 におう ばかり の オンナラシサ で ある。 タベ は キン の ホントウ の ネンレイ を しらなかった。 アパート-ズマイ の タベ は、 25 サイ に なった ばかり の サイクン の そそけた つかれた スガタ を マブタ に うかべる。 キン は ヒバチ の ヒキダシ から、 ノベギン の ほそい キセル を だして、 ちいさく なった リョウギリ を さして ヒ を つけた。 タベ が、 ときどき ヒザガシラ を ぶるぶる と ゆすぶって いる の が、 キン には キ に かかった。 キンセンテキ に まいって いる こと でも ある の かも しれない と、 キン は じいっと タベ の ヒョウジョウ を カンサツ した。 ヒロシマ へ いった とき の よう な イチズ な オモイ は もう キン の ココロ から うすれさって いる。 フタリ の ながい クウハク が、 キン には ゲンジツ に あって みる と ちぐはぐ な キ が する。 そうした ちぐはぐ な オモイ が、 キン には もどかしく さびしかった。 どうにも ムカシ の よう に ココロ が もえて ゆかない の だ。 この オトコ の ニクタイ を よく しって いる と いう こと で、 ジブン には もう この オトコ の スベテ に ミリョク を うしなって いる の かしら とも かんがえる。 フンイキ は あった に して も、 カンジン の ココロ が もえて ゆかない と いう こと に、 キン は アセリ を おぼえる。 「ダレ か、 キミ の セワ で、 40 マン ほど かして くれる ヒト ない?」 「あら、 オカネ の こと? 40 マン なんて タイキン じゃ ない の?」 「うん、 イマ、 どうしても、 それだけ ほしい ん だよ。 ココロアタリ は ない?」 「ない わ、 だいいち、 こんな ムシュウニュウ な クラシ を して いる ワタシ に、 そんな ソウダン を したって ムリ じゃ ない の……」 「そう かなあ、 うんと、 リシ を つける が、 どう だろう?」 「ダメ! ワタシ に そんな こと おっしゃって も ムリ よ」 キン は、 キュウ に さむけだつ よう な キ が した。 イタヤ との のどか な アイダガラ が こいしく なって くる。 キン は、 がっかり した キモチ で、 しゅんしゅん と わきたって いる アラレ の テツビン を とって チャ を いれた。 「20 マン ぐらい でも どうにか ならない? オン に きる ん だ がなあ……」 「おかしな ヒト ね? ワタシ に オカネ の こと を おっしゃったって、 ワタシ には オカネ の ない こと よく わかって いらっしゃる じゃ ない の……。 ワタシ が ほしい くらい の もの だわ。 ワタシ に あいたい ため に きて くだすった ん じゃ なく、 オカネ の ハナシ で、 ワタシ の とこ へ いらっした の?」 「いや、 キミ に あいたい ため さ、 そりゃあ あいたい ため だ けど、 キミ に なら、 なんでも ソウダン が できる と おもった から なん だよ」 「オニイサマ に ソウダン なされば いい のよ」 「アニキ には はなせない カネ なん だ」 キン は ヘンジ も しない で、 ふっと、 ジブン の ワカサ も、 もう あと 1~2 ネン だな と おもう。 ムカシ の やきつく よう な フタリ の コイ が、 イマ に なって みる と、 オタガイ の ウエ に なんの エイキョウ も なかった こと に キ が ついて くる。 あれ は コイ では なく、 つよく ひきあう シユウ だけ の ツナガリ だった の かも しれない。 カゼ に ただよう オチバ の よう な もろい ダンジョ の ツナガリ だけ で、 ここ に すわって いる ジブン と タベ は、 ただ、 なんでも ない チジン の ツナガリ と して だけ の もの に なって いる。 キン の ムネ に ひややか な もの が ながれて きた。 タベ は おもいついた よう に、 にやり と して、 「とまって も いい?」 と ちいさい コエ で、 チャ を のんで いる キン に たずねた。 キン は びっくり した メ を して、 「ダメ よ。 こんな ワタシ を からかわない で ください」 と、 メジリ の シワ を わざと ちぢめる よう に して わらった。 うつくしい しろい イレバ が ひかる。 「いやに レイコク ムジョウ だな。 もう、 いっさい カネ の ハナシ は しない。 ちょっと、 ムカシ の キン さん に あまったれた ん だ。 でも、 ――ここ は ベッセカイ だ もの ね。 キミ は アクウン の つよい ヒト だよ。 どんな こと が あったって くたばらない の は えらい。 イマ の わかい オンナ なんか、 そりゃあ みじめ だ から ね。 キミ、 ダンス は しない の?」 キン は、 ふふん と ハナ の オク で わらった。 わかい オンナ が どう だ って いう ん だろう……。 ワタシ の しった こと じゃ ない わ。 「ダンス なんて しらない わ。 アナタ なさる の?」 「すこし は ね」 「そう、 いい カタ が ある ん でしょう? それで オカネ が いる ん じゃ ない の?」 「バカ だなあ、 オンナ に みつぐ ほど、 ぼろい カネモウケ は して いない」 「あら、 でも、 とても、 その ミダシナミ は シンシ じゃ ない のよ。 ソウトウ な オシゴト で なくちゃ、 できない ゲイ だわ」 「これ は ハッタリ なん だ。 フトコロ は ぴいぴい なん だぜ。 ナナコロビ ヤオキ も コノゴロ は あわただしくて ね……」 キン は ふふふ と フクミワライ を して、 タベ の ふさふさ と した クロカミ に みとれて いる。 まだ、 じゅうぶん ふさふさ と して ヒタイギワ に たれて いる。 カクボウ の コロ の におう ミズミズシサ は うせて いる けれども、 ホオ の アタリ が もう チュウネン の アダメカシサ を ただよわせて、 ヒン の いい ヒョウジョウ は ない ながら も、 たくましい ナニ か が ある。 モウジュウ が トオク から ニオイ を かぎあって いる よう な カンサツ の シカタ で、 キン は、 タベ にも チャ を いれて やった。 「ねえ、 ちかい うち に オカネ の キリサゲ って ある って ホントウ なの?」 キン は ジョウダン-めかして たずねた。 「シンパイ する ほど もってる ん だな?」 「まあ! すぐ、 それ だ から、 アナタ って かわった わね。 そんな フウヒョウ を ヒト が してる から なの よ」 「さあ、 そんな ムリ な こと は イマ の ニホン じゃ できない だろう ね。 カネ の ない モノ には、 まず、 そんな シンパイ は ない さ」 「ホントウ ね……」 キン は いそいそ と ウイスキー の ビン を タベ の グラス に さした。 「ああ、 ハコネ か どっか しずか な ところ へ いきたい な。 2~3 ニチ そんな ところ で ぐっすり ねて みたい」 「つかれてる の」 「うん、 カネ の シンパイ で ね」 「でも、 カネ の シンパイ なんて アナタ-らしくて いい じゃあ ありません の? なまじ、 オンナ の シンパイ じゃ ない だけ……」 タベ は、 キン の とりすまして いる の が にくにくしかった。 ジョウトウ の コブツ を みて いる よう で おかしく も ある。 イッショ に イチヤ を すごした ところ で、 ホドコシ を して やる よう な もの だ と、 タベ は、 キン の アゴ の アタリ を みつめた。 しっかり した アゴ の セン が イシ の ツヨサ を あらわして いる。 さっき みた オシ の ジョチュウ の みずみずしい ワカサ が ミョウ に マブタ に だぶって きた。 うつくしい オンナ では ない が、 わかい と いう こと が、 オンナ に メ の こえて きた タベ には シンセン で あった。 なまじ、 この デアイ が はじめて ならば、 こうした モドカシサ も ない の では ない か と、 タベ は、 サッキ より も ツカレ の みえて きた キン の カオ に オイ を かんじる。 キン は ナニ か を さっした の か、 さっと たちあがって、 リンシツ に ゆく と、 キョウダイ の マエ に ゆき、 ホルモン の チュウシャキ を とって、 ずぶり と ウデ に さした。 ハダ を ダッシメン で きつく こすりながら、 カガミ の ナカ を のぞいて、 パフ で ハナ の ウエ を おさえた。 いろめきたつ オモイ の ない ダンジョ が、 こうした つまらない デアイ を して いる と いう こと に、 キン は くやしく なって きて、 おもいがけ も しない トオリマ の よう な ナミダ を マブタ に うかべた。 イタヤ だったら、 ヒザ に なきふす こと も できる。 あまえる こと も できる。 ナガヒバチ の マエ に いる タベ が、 すき なの か きらい なの か すこしも わからない の だ。 かえって もらいたく も あり、 もうすこし、 ナニ か を アイテ の ココロ に のこしたい アセリ も ある。 タベ の メ は、 ジブン と わかれて イライ、 タクサン の オンナ を みて きて いる の だ。 カワヤ へ たって、 カエリ、 ジョチュウベヤ を ちょっと のぞく と、 キヌ は、 シンブンシ の カタガミ を つくって、 ヨウサイ の ベンキョウ を イッショウ ケンメイ に して いた。 おおきな オシリ を ぺったり と タタミ に つけて、 かがみこむ よう に して ハサミ を つかって いる。 きっちり まいた カミ の エリモト が、 つやつや と しろくて、 みほれる よう に たっぷり と した ニクヅキ で あった。 キン は そのまま また ナガヒバチ の マエ へ もどった。 タベ は ねころんで いた。 キン は チャダンス の ウエ の ラジオ を かけた。 おもいがけない おおきい ヒビキ で ダイク が ながれだした。 タベ は むっくり と おきた。 そして また ウイスキー の グラス を クチビル に つける。 「キミ と、 シバマタ の カワジン へ いった こと が あった ね。 えらい アメ に ふりこめられて、 メシ の ない ウナギ を くった こと が あった なあ」 「ええ、 そんな こと あった わね、 あの コロ は もう、 タベモノ が とても フジユウ な とき だった わ。 アナタ が ヘイタイ さん に なる マエ よ、 トコノマ に あかい カノコユリ が さいてて さあ、 フタリ で、 カビン を ひっくりかえした こと おぼえて いる?」 「そんな こと あった ね……」 キン の カオ が キュウ に ふくらみ、 わかわかしく ヒョウジョウ が かわった。 「いつか また いこう か?」 「ええ、 そう ね、 でも もう、 ワタシ、 オックウ だわ…… もう、 あそこ も、 なんでも たべさせる よう に なってる でしょう ね?」 キン は、 さっき ないた カンショウ を けさない よう に、 そっと、 ムカシ の オモイデ を たぐりよせよう と ドリョク して いる。 そのくせ、 タベ とは ちがう オトコ の カオ が ココロ に うかぶ。 タベ と シバマタ に いった アト、 シュウセン チョクゴ に、 ヤマザキ と いう オトコ と イチド、 シバマタ へ いった キオク が ある。 ヤマザキ は つい せんだって イ の シュジュツ で しんで しまった。 バンカ で むしあつい ヒ の エドガワ-ベリ の カワジン の うすぐらい ヘヤ の ケシキ が うかんで くる。 こっとん、 こっとん、 ミズアゲ を して いる ジドウ ポンプ の オト が ミミ に ついて いた。 カナカナ が なきたてて、 マドベ の たかい エドガワ-ヅツミ の ウエ を カイダシ の ジテンシャ が キョウソウ の よう に ギンリン を ひからせて はしって いた もの だ。 ヤマザキ とは 2 ド-メ の アイビキ で あった が、 オンナ に ウブ な ヤマザキ の ワカサ が、 キン には しみじみ と シンセイ に かんじられた。 タベモノ も ホウフ だった し、 シュウセン の アト の キ の ぬけた セソウ が、 あんがい シンクウ の ナカ に いる よう に しずか だった。 カエリ は ヨル で、 シン コイワ へ ひろい グンドウロ を バス で もどった の を おぼえて いる。 「あれ から、 おもしろい ヒト に めぐりあった?」 「ワタシ?」 「うん……」 「おもしろい ヒト って、 アナタ イガイ に なにも ありません わ」 「ウソ つけ!」 「あら、 どうして、 そう じゃ ない の? こんな ワタシ を、 ダレ が アイテ に する もの です か……」 「シンヨウ しない」 「そう…… でも、 ワタシ、 これから さきだす つもり、 いきて いる カイ に ね」 「まだ、 そうとう ナガイキ だろう から ね」 「ええ、 ナガイキ を して、 ぼろぼろ に おいさらばえる まで……」 「ウワキ は やめない?」 「まあ、 アナタ って いう ヒト は、 ムカシ の ジュン な とこ すこしも なくなった わね。 どうして、 そんな いや な こと を いう ヒト に なった ん でしょう? ムカシ の アナタ は きれい だった わ」 タベ は、 キン の ギン の キセル を とって すって みた。 じゅっと にがい ヤニ が シタ に くる。 タベ は ハンカチ を だして、 べっと ヤニ を はいた。 「ソウジ しない から つまってる のよ」 キン は わらいながら、 キセル を とりあげて、 チリガミ の ウエ に コキザミ に つよく ふった。 タベ は、 キン の セイカツ を フシギ に かんがえる。 セソウ の ザンコクサ が なにひとつ アト を とどめて は いない と いう こと だ。 20~30 マン の カネ は なんとか ツゴウ の つきそう な クラシムキ だ。 タベ は キン の ニクタイ に たいして は なんの ミレン も なかった が、 この クラシ の ソコ に かくれて いる オンナ の セイカツ の ユタカサ に おいすがる キモチ だった。 センソウ から もどって、 タダ の ケッキ だけ で ショウバイ を して みた が、 アニ から の シホン は ハントシ-たらず で すっかり つかいはたして いた し、 サイクン イガイ の オンナ にも カカワリ が あって、 その オンナ にも やがて コドモ が できる の だ。 ムカシ の キン を おもいだして、 もしや と いう キモチ で キン の ところ へ きた の だ けれども、 キン は、 ムカシ の よう な イチズ の ところ は なくなって いて、 いやに フンベツ を こころえて いた。 タベ との ひさびさ の デアイ にも いっこう に もえて は こなかった。 カラダ を くずさない、 きちんと した ヒョウジョウ が、 タベ には なかなか ちかよりがたい の で ある。 もう イチド、 タベ は キン の テ を とって かたく にぎって みた。 キン は される まま に なって いる だけ で ある。 ヒバチ に のりだして くる でも なく、 カタテ で キセル の ヤニ を とって いる。
 ながい サイゲツ に さらされた と いう こと が、 フクザツ な カンジョウ を オタガイ の ムネ の ナカ に たたみこんで しまった。 ムカシ の あの ナツカシサ は もう ニド と ふたたび もどって は こない ほど、 フタリ とも ヘイコウ して トシ を とって きた の だ。 フタリ は だまった まま ゲンザイ を ヒカク しあって いる。 ゲンメツ の ワ の ナカ に しずみこんで しまって いる。 フタリ は フクザツ な ツカレカタ で あって いる の だ。 ショウセツテキ な グウゼン は この ゲンジツ には ミジン も ない。 ショウセツ の ほう が はるか に あまい の かも しれない。 ビミョウ な ジンセイ の シンジツ。 フタリ は オタガイ を ここ で キョゼツ しあう ため に あって いる に すぎない。 タベ は、 キン を ころして しまう こと も クウソウ した。 だが、 こんな オンナ でも ころした と なる と ツミ に なる の だ と おもう と ミョウ な キ が した。 ダレ から も チュウイ されない オンナ を ヒトリ や フタリ ころした ところ で、 それ が ナン だろう と おもいながら も、 それ が ザイニン に なって しまう ケッカ の こと を かんがえる と ばかばかしく なって くる の だ。 たかが ムシケラ ドウゼン の ロウジョ では ない か と おもいながら も、 この オンナ は ナニゴト にも どうじない で ここ に いきて いる の だ。 フタツ の タンス の ナカ には、 50 ネン かけて つくった キモノ が ぎっしり と はいって いる に ちがいない。 ムカシ、 ミッシェル とか いった フランスジン に おくられた ウデワ を みせられた こと が あった けれども、 ああした ホウセキルイ も もって いる に ちがいない。 この イエ も カノジョ の もの で ある に きまって いる。 オシ の ジョチュウ を おいて いる オンナ の ヒトリ ぐらい を ころした ところ で たいした こと は あるまい と クウソウ を たくましく しながら も、 タベ は、 この オンナ に おもいつめて、 センソウ サナカ アイビキ を つづけて いた ガクセイ ジダイ の、 この オモイデ が いきぐるしく セイセン を はなって くる。 サケ の ヨイ が まわった せい か、 メノマエ に いる キン の オモカゲ が ジブン の ヒフ の ナカ に ミョウ に しびれこんで くる。 テ を ふれる キ も ない くせ に、 キン との ムカシ が リョウカン を もって ココロ に カゲ を つくる。
 キン は たって、 オシイレ の ナカ から、 タベ の ガクセイ ジダイ の シャシン を 1 マイ だして きた。 「ほほう、 ミョウ な もの もって いる ん だね」 「 ええ、 スミコ の ところ に あった のよ。 もらって きた の、 これ、 ワタシ と あう マエ の コロ の ね。 この コロ の アナタ って キコウシ みたい よ。 コンガスリ で いい じゃ ない? もって いらっしゃい よ。 オクサマ に おみせ に なる と いい わ。 きれい ね。 いやらしい こと を いう ヒト には みえません ね」 「こんな ジダイ も あった ん だね?」 「ええ、 そう よ。 コノママ で すくすく と そだって いったら、 タベ さん は たいした もの だった のね?」 「じゃあ、 すくすく と そだたなかった って いう の?」 「ええ、 そう」 「そりゃあ、 キミ の せい だし、 ながい センソウ も あった し ね」 「あら、 そんな こと、 コジツケ だわ。 そんな こと は ゲンイン に ならなくて よ。 アナタ って、 とても ゾク に なっちゃった……」 「へえ…… ゾク に ね。 これ が ニンゲン なん だよ」 「でも、 ながい こと、 この シャシン を もちあるいて いた ワタシ の ジュンジョウ も いい じゃあ ない の?」 「タショウ は オモイデ もん だろう から ね。 ボク には くれなかった ね?」 「ワタシ の シャシン?」 「うん」 「シャシン は こわい わ。 でも、 ムカシ の ワタシ の ゲイシャ ジダイ の シャシン、 センチ に おくって あげた でしょう?」 「どこ か へ おっことしちゃった なあ……」 「それ ごらんなさい。 ワタシ の ほう が、 ずっと ジュン だわ」
 ナガヒバチ の トリデ は、 なかなか くずれそう にも ない。 タベ は、 もう すっかり よっぱらって しまった。 キン の マエ に ある グラス は、 ハジメ の 1 パイ を ついだ まま の が、 まだ ハンブン イジョウ も のこって いる。 タベ は つめたい チャ を イッキ に のんで、 ジブン の シャシン を キョウミ も なく ヨコイタ の ウエ に おいた。 「デンシャ、 だいじょうぶ?」 「かえれ や しない よ。 このまま ヨッパライ を おいだす の かい」 「ええ、 そう、 ぽいと ほうりだしちゃう わ。 ここ は オンナ の ウチ で、 キンジョ が うるさい です から ね」 「キンジョ? へえ、 そんな もの キミ が キ に する とは おもわない な」 「キ に します」 「ダンナ が くる の?」 「まあ! いや な タベ さん、 ワタシ、 ぞっと して しまって よ。 そんな こと いう アナタ って きらいっ!」 「いい さ。 カネ が できなきゃ、 2~3 ニチ かえれない ん だ。 ここ へ おいて もらう かな……」 キン は、 リョウテ で ホオヅエ を ついて、 じいっと おおきい メ を みはって タベ の しろっぽい クチビル を みた。 ヒャクネン の コイ も さめはてる の だ。 だまって、 メノマエ に いる オトコ を ギンミ して いる。 ムカシ の よう な、 ココロ の イロドリ は もう おたがいに きえて しまって いる。 セイネンキ に あった オトコ の ハジライ が すこしも ない の だ。 キンイップウ を だして もどって もらいたい くらい だ。 だが、 キン は、 メノマエ に だらしなく よって いる オトコ に 1 セン の カネ も だす の は いや で あった。 ういういしい オトコ に だして やる ほう が まだ まし で ある。 ジソンシン の ない オトコ ほど いや な もの は ない。 ジブン に チミチ を あげて きた オトコ の ウイウイシサ を キン は イクド も ケイケン して いた。 キン は、 そうした オトコ の ウイウイシサ に ひかれて いた し、 コウショウ な もの にも おもって いた。 リソウテキ な アイテ を えらぶ こと イガイ に カノジョ の キョウミ は ない。 キン は、 ココロ の ナカ で、 タベ を つまらぬ オトコ に なりさがった もの だ と おもった。 センシ も しない で もどって きた ウン の ツヨサ が、 キン には ウンメイ を かんじさせる。 ヒロシマ まで タベ を おって いった、 あの とき の クロウ だけ で、 もう この オトコ とは マク に す べき だった と おもう の だった。 「ナニ を じろじろ ヒト の カオ みてる ん だ?」 「あら、 アナタ だって、 サッキ から、 ワタシ を じろじろ みてて ナニ か イイキ な こと かんがえて いた でしょう?」 「いや、 いつ あって も うつくしい キン さん だ と みほれて いた のさ……」 「そう、 ワタシ も、 そう なの。 タベ さん は リッパ に なった と おもって……」 「ギャクセツ だね」 タベ は、 ヒトゴロシ の クウソウ を して いた の だ と クチ まで でかけて いる の を ぐっと おさえて、 ギャクセツ だね と にげた。 「アナタ は これから オトコザカリ だ から タノシミ だ わね」 「キミ も まだまだ じゃ ない の?」 「ワタシ? ワタシ は もう ダメ。 このまま しぼんで ゆく きり。 2~3 ネン したら、 イナカ へ いって くらしたい のよ」 「ぼろぼろ に なる まで ナガイキ して、 ウワキ する って いった の は ウソ?」 「あら、 そんな こと、 ワタシ いいません よ。 ワタシ って、 オモイデ に いきてる オンナ なの よ。 ただ、 それ だけ。 いい オトモダチ に なりましょう ね」 「にげてる ね。 ジョガクセイ みたい な こと を いいなさんな よ。 ええ。 オモイデ だの って もの は どうでも いい な」 「そう かしら…… だって、 シバマタ へ いった の いいだした の アナタ よ」 タベ は また ヒザ を ぶるぶる と セッカチ に ゆすぶった。 カネ が ほしい。 カネ。 なんとか して、 ただ、 5 マン エン でも、 キン に かりたい の だ。 「ホントウ に ツゴウ つかない かねえ? ミセ を タンポ に おいて も ダメ?」 「あら、 また、 オカネ の ハナシ? そんな こと を ワタシ に おっしゃって も ダメ よ。 ワタシ、 1 セン も ない のよ。 そんな オカネモチ も しらない し、 ある よう で ない の が カネ じゃ ない の。 ワタシ、 アナタ に かりたい くらい だわ……」 「そりゃあ うまく ゆけば、 うんと キミ に もって くる さ。 キミ は、 わすれられない ヒト だ もの、……」 「もう タクサン よ、 そんな オセジ は…… オカネ の ハナシ しない って いった でしょう?」 わあっと アタリ イチメン みずっぽい アキ の ヨカゼ が ふきまくる よう で、 タベ は、 ナガヒバチ の ヒバシ を にぎった。 イッシュン、 すさまじい イカリ が マユ の アタリ に はう。 ナゾ の よう に ユウワク される ヒトツ の カゲ に むかって、 タベ は ヒバシ を かたく にぎった。 ライコウ の よう な トドロキ が ドウキ を うつ。 その ドウキ に シゲキ される。 キン は なんとない フアン な メ で タベ の テモト を みつめた。 いつか、 こんな バメン が ジブン の シュウイ に あった よう な ニジュウウツシ を みる よう な キ が した。 「アナタ、 よってる のね、 とまって いく と いい わ……」 タベ は とまって いく と いい と いわれて、 ふっと ヒバシ を もった テ を はなした。 ひどく メイテイ した カッコウ で、 タベ は よろめきながら カワヤ へ たって いった。 キン は タベ の ウシロスガタ に ヨカン を うけとり、 ココロ の ウチ で ふふん と ケイベツ して やる。 この センソウ で スベテ の ニンゲン の ココロ の カンキョウ が がらり と かわった の だ。 キン は、 チャダナ から ヒロポン の ツブ を だして すばやく のんだ。 ウイスキー は まだ 3 ブン の 1 は のこって いる。 これ を みんな のませて、 ドロ の よう に ねむらせて、 アス は おいかえして やる。 ジブン だけ は ねむって いられない の だ。 よく おこった ヒバチ の あおい ホノオ の ウエ に、 タベ の わかかりし コロ の シャシン を くべた。 もうもう と ケムリ が たちのぼる。 モノ の やける ニオイ が アタリ に こもる。 ジョチュウ の キヌ が そっと ひらいて いる フスマ から のぞいた。 キン は わらいながら テマネ で、 キャクマ に フトン を しく よう に いいつけた。 カミ の やける ニオイ を けす ため に、 キン は うすく きった チーズ の ヒトキレ を ヒ に くべた。 「わあ、 ナニ やいてる の」 カワヤ から もどって きた タベ が ジョチュウ の ゆたか な カタ に テ を かけて フスマ から のぞきこんだ。 「チーズ を やいて たべたら どんな アジ か と おもって、 ヒバシ で つまんだら ヒ に おっことしちまった のよ」 しろい ケムリ の ナカ に、 マッスグ な くろい ケムリ が すっと たちのぼって いる。 デンキ の まるい ガラスガサ が、 クモ の ナカ に ういた ツキ の よう に みえた。 アブラ の やける ニオイ が ハナ に つく。 キン は、 ケムリ に むせて、 アタリ の ショウジ や フスマ を あらあらしく あけて まわった。

2018/08/01

ヤブ の ナカ

 ヤブ の ナカ

 アクタガワ リュウノスケ

     ケビイシ に とわれたる キコリ の モノガタリ

 さよう で ございます。 あの シガイ を みつけた の は、 ワタシ に チガイ ございません。 ワタシ は ケサ イツモ の とおり、 ウラヤマ の スギ を きり に まいりました。 すると ヤマカゲ の ヤブ の ナカ に、 あの シガイ が あった の で ございます。 あった ところ で ございます か? それ は ヤマシナ の エキロ から は、 4~5 チョウ ほど へだたって おりましょう。 タケ の ナカ に ヤセスギ の まじった、 ヒトケ の ない ところ で ございます。
 シガイ は ハナダ の スイカン に、 ミヤコフウ の サビエボシ を かぶった まま、 アオムケ に たおれて おりました。 なにしろ ヒトカタナ とは もうす ものの、 ムナモト の ツキキズ で ございます から、 シガイ の マワリ の タケ の オチバ は、 スオウ に しみた よう で ございます。 いえ、 チ は もう ながれて は おりません。 キズグチ も かわいて おった よう で ございます。 おまけに そこ には、 ウマバエ が 1 ピキ、 ワタシ の アシオト も きこえない よう に、 べったり くいついて おりましたっけ。
 タチ か ナニ か は みえなかった か? いえ、 なにも ございません。 ただ その ソバ の スギ の ネガタ に、 ナワ が ヒトスジ おちて おりました。 それから、 ――そうそう、 ナワ の ホカ にも クシ が ヒトツ ございました。 シガイ の マワリ に あった もの は、 この フタツ ぎり で ございます。 が、 クサ や タケ の オチバ は、 イチメン に ふみあらされて おりました から、 きっと あの オトコ は ころされる マエ に、 よほど ていたい ハタラキ でも いたした の に チガイ ございません。 なに、 ウマ は いなかった か? あそこ は いったい ウマ なぞ には、 はいれない ところ で ございます。 なにしろ ウマ の かよう ミチ とは、 ヤブ ヒトツ へだたって おります から。

     ケビイシ に とわれたる タビホウシ の モノガタリ

 あの シガイ の オトコ には、 たしか に キノウ あって おります。 キノウ の、 ――さあ、 ヒルゴロ で ございましょう。 バショ は セキヤマ から ヤマシナ へ、 まいろう と いう トチュウ で ございます。 あの オトコ は ウマ に のった オンナ と イッショ に、 セキヤマ の ほう へ あるいて まいりました。 オンナ は ムシ を たれて おりました から、 カオ は ワタシ には わかりません。 みえた の は ただ ハギガサネ らしい、 キヌ の イロ ばかり で ございます。 ウマ は ツキゲ の、 ――たしか ホウシガミ の ウマ の よう で ございました。 タケ で ございます か? タケ は ヨキ も ございました か? ――なにしろ シャモン の こと で ございます から、 その ヘン は はっきり ぞんじません。 オトコ は、 ――いえ、 タチ も おびて おれば、 ユミヤ も たずさえて おりました。 ことに くろい ヌリエビラ へ、 20 あまり ソヤ を さした の は、 タダイマ でも はっきり おぼえて おります。
 あの オトコ が かよう に なろう とは、 ゆめにも おもわず に おりました が、 まことに ニンゲン の イノチ なぞ は、 ニョロ ヤク ニョデン に チガイ ございません。 やれやれ、 なんとも モウシヨウ の ない、 キノドク な こと を いたしました。

     ケビイシ に とわれたる ホウメン の モノガタリ

 ワタシ が からめとった オトコ で ございます か? これ は たしか に タジョウマル と いう、 なだかい ヌスビト で ございます。 もっとも ワタシ が からめとった とき には、 ウマ から おちた の で ございましょう、 アワタグチ の イシバシ の ウエ に、 うんうん うなって おりました。 ジコク で ございます か? ジコク は サクヤ の ショコウ-ゴロ で ございます。 いつぞや ワタシ が とらえそんじた とき にも、 やはり この コン の スイカン に、 ウチダシ の タチ を はいて おりました、 タダイマ は その ホカ にも ゴラン の とおり、 ユミヤ の タグイ さえ たずさえて おります。 さよう で ございます か? あの シガイ の オトコ が もって いた の も、 ――では ヒトゴロシ を はたらいた の は、 この タジョウマル に チガイ ございません。 カワ を まいた ユミ、 クロヌリ の エビラ、 タカ の ハネ の ソヤ が 17 ホン、 ――これ は みな、 あの オトコ が もって いた もの で ございましょう。 はい。 ウマ も おっしゃる とおり、 ホウシガミ の ツキゲ で ございます。 その チクショウ に おとされる とは、 ナニ か の インネン に チガイ ございません。 それ は イシバシ の すこし サキ に、 ながい ハヅナ を ひいた まま、 ミチバタ の アオススキ を くって おりました。
 この タジョウマル と いう ヤツ は、 ラクチュウ に ハイカイ する ヌスビト の ナカ でも、 オンナズキ の ヤツ で ございます。 サクネン の アキ トリベデラ の ビンズル の ウシロ の ヤマ に、 モノモウデ に きた らしい ニョウボウ が ヒトリ、 メノワラワ と イッショ に ころされて いた の は、 コイツ の シワザ だ とか もうして おりました。 その ツキゲ に のって いた オンナ も、 コイツ が あの オトコ を ころした と なれば、 どこ へ どうした か わかりません。 さしでがましゅう ございます が、 それ も ゴセンギ くださいまし。

     ケビイシ に とわれたる オウナ の モノガタリ

 はい、 あの シガイ は テマエ の ムスメ が、 かたづいた オトコ で ございます。 が、 ミヤコ の モノ では ございません。 ワカサ の コクフ の サムライ で ございます。 ナ は カナザワ ノ タケヒロ、 トシ は 26 サイ で ございました。 いえ、 やさしい キダテ で ございます から、 イコン なぞ うける はず は ございません。
 ムスメ で ございます か? ムスメ の ナ は マサゴ、 トシ は 19 サイ で ございます。 これ は オトコ にも おとらぬ くらい、 カチキ の オンナ で ございます が、 まだ イチド も タケヒロ の ホカ には、 オトコ を もった こと は ございません。 カオ は イロ の あさぐろい、 ヒダリ の メジリ に ホクロ の ある、 ちいさい ウリザネガオ で ございます。
 タケヒロ は キノウ ムスメ と イッショ に、 ワカサ へ たった の で ございます が、 こんな こと に なります とは、 なんと いう インガ で ございましょう。 しかし ムスメ は どう なりました やら、 ムコ の こと は あきらめまして も、 これ だけ は シンパイ で なりません。 どうか この ウバ が イッショウ の オネガイ で ございます から、 たとい クサキ を わけまして も、 ムスメ の ユクエ を おたずね くださいまし。 ナン に いたせ にくい の は、 その タジョウマル とか なんとか もうす、 ヌスビト の ヤツ で ございます。 ムコ ばかり か、 ムスメ まで も…… (アト は なきいりて コトバ なし)

     *     *     *     *     *

     タジョウマル の ハクジョウ

 あの オトコ を ころした の は ワタシ です。 しかし オンナ は ころし は しません。 では どこ へ いった の か? それ は ワタシ にも わからない の です。 まあ、 おまちなさい。 いくら ゴウモン に かけられて も、 しらない こと は もうされますまい。 そのうえ ワタシ も こう なれば、 ヒキョウ な カクシダテ は しない つもり です。
 ワタシ は キノウ の ヒル すこし-スギ、 あの フウフ に であいました。 その とき カゼ の ふいた ヒョウシ に、 ムシ の タレギヌ が あがった もの です から、 ちらり と オンナ の カオ が みえた の です。 ちらり と、 ――みえた と おもう シュンカン には、 もう みえなく なった の です が、 ヒトツ には その ため も あった の でしょう、 ワタシ には あの オンナ の カオ が、 ニョボサツ の よう に みえた の です。 ワタシ は その トッサ の アイダ に、 たとい オトコ は ころして も、 オンナ は うばおう と ケッシン しました。
 なに、 オトコ を ころす なぞ は、 アナタガタ の おもって いる よう に、 たいした こと では ありません。 どうせ オンナ を うばう と なれば、 かならず、 オトコ は ころされる の です。 ただ ワタシ は ころす とき に、 コシ の タチ を つかう の です が、 アナタガタ は タチ は つかわない、 ただ ケンリョク で ころす、 カネ で ころす、 どうか する と オタメゴカシ の コトバ だけ でも ころす でしょう。 なるほど チ は ながれない、 オトコ は リッパ に いきて いる、 ――しかし それでも ころした の です。 ツミ の フカサ を かんがえて みれば、 アナタガタ が わるい か、 ワタシ が わるい か、 どちら が わるい か わかりません。 (ヒニク なる ビショウ)
 しかし オトコ を ころさず とも、 オンナ を うばう こと が できれば、 べつに フソク は ない わけ です。 いや、 その とき の ココロモチ では、 できる だけ オトコ を ころさず に、 オンナ を うばおう と ケッシン した の です。 が、 あの ヤマシナ の エキロ では、 とても そんな こと は できません。 そこで ワタシ は ヤマ の ナカ へ、 あの フウフ を つれこむ クフウ を しました。
 これ も ゾウサ は ありません。 ワタシ は あの フウフ の ミチヅレ に なる と、 ムコウ の ヤマ には フルヅカ が ある、 この フルヅカ を あばいて みたら、 カガミ や タチ が たくさん でた、 ワタシ は タレ も しらない よう に、 ヤマ の カゲ の ヤブ の ナカ へ、 そういう もの を うずめて ある、 もし ノゾミテ が ある ならば、 どれ でも やすい ネ に うりわたしたい、 ――と いう ハナシ を した の です。 オトコ は いつか ワタシ の ハナシ に、 だんだん ココロ を うごかしはじめました。 それから、 ――どう です、 ヨク と いう もの は おそろしい では ありません か? それから ハントキ も たたない うち に、 あの フウフ は ワタシ と イッショ に、 ヤマミチ へ ウマ を むけて いた の です。
 ワタシ は ヤブ の マエ へ くる と、 タカラ は この ナカ に うずめて ある、 み に きて くれ と いいました。 オトコ は ヨク に かわいて います から、 イゾン の ある はず は ありません。 が、 オンナ は ウマ も おりず に、 まって いる と いう の です。 また あの ヤブ の しげって いる の を みて は、 そう いう の も ムリ は ありますまい。 ワタシ は これ も ジツ を いえば、 おもう ツボ に はまった の です から、 オンナ ヒトリ を のこした まま、 オトコ と ヤブ の ナカ へ はいりました。
 ヤブ は しばらく の アイダ は タケ ばかり です。 が、 ハンチョウ ほど いった ところ に、 やや ひらいた スギムラ が ある、 ――ワタシ の シゴト を しとげる の には、 これほど ツゴウ の いい バショ は ありません。 ワタシ は ヤブ を おしわけながら、 タカラ は スギ の シタ に うずめて ある と、 もっともらしい ウソ を つきました。 オトコ は ワタシ に そう いわれる と、 もう ヤセスギ が すいて みえる ほう へ、 イッショウ ケンメイ に すすんで ゆきます。 その うち に タケ が まばら に なる と、 ナンボン も スギ が ならんで いる、 ――ワタシ は そこ へ くる が はやい か、 いきなり アイテ を くみふせました。 オトコ も タチ を はいて いる だけ に、 チカラ は ソウトウ に あった よう です が、 フイ を うたれて は たまりません。 たちまち 1 ポン の スギ の ネガタ へ、 くくりつけられて しまいました。 ナワ です か? ナワ は ヌスビト の アリガタサ に、 いつ ヘイ を こえる か わかりません から、 ちゃんと コシ に つけて いた の です。 もちろん コエ を ださせない ため にも、 タケ の オチバ を ほおばらせれば、 ホカ に メンドウ は ありません。
 ワタシ は オトコ を かたづけて しまう と、 コンド は また オンナ の ところ へ、 オトコ が キュウビョウ を おこした らしい から、 み に きて くれ と いい に ゆきました。 これ も ズボシ に あたった の は、 もうしあげる まで も ありますまい。 オンナ は イチメガサ を ぬいだ まま、 ワタシ に テ を とられながら、 ヤブ の オク へ はいって きました。 ところが そこ へ きて みる と、 オトコ は スギ の ネ に しばられて いる、 ――オンナ は それ を ヒトメ みる なり、 いつのまに フトコロ から だして いた か、 きらり と サスガ を ひきぬきました。 ワタシ は まだ イマ まで に、 あの くらい キショウ の はげしい オンナ は、 ヒトリ も みた こと が ありません。 もし その とき でも ユダン して いたらば、 ヒトツキ に ヒバラ を つかれた でしょう。 いや、 それ は ミ を かわした ところ が、 ムニ ムサン に きりたてられる うち には、 どんな ケガ も しかねなかった の です。 が、 ワタシ も タジョウマル です から、 どうにか こうにか タチ も ぬかず に、 とうとう サスガ を うちおとしました。 いくら キ の かった オンナ でも、 エモノ が なければ シカタ が ありません。 ワタシ は とうとう オモイドオリ、 オトコ の イノチ は とらず とも、 オンナ を テ に いれる こと は できた の です。
 オトコ の イノチ は とらず とも、 ――そう です。 ワタシ は その うえ にも、 オトコ を ころす つもり は なかった の です。 ところが なきふした オンナ を アト に、 ヤブ の ソト へ にげよう と する と、 オンナ は とつぜん ワタシ の ウデ へ、 キチガイ の よう に すがりつきました。 しかも きれぎれ に さけぶ の を きけば、 アナタ が しぬ か オット が しぬ か、 どちら か ヒトリ しんで くれ、 フタリ の オトコ に ハジ を みせる の は、 しぬ より も つらい と いう の です。 いや、 その ウチ どちら に しろ、 いきのこった オトコ に つれそいたい、 ――そう も あえぎあえぎ いう の です。 ワタシ は その とき もうぜん と、 オトコ を ころしたい キ に なりました。 (インウツ なる コウフン)
 こんな こと を もうしあげる と、 きっと ワタシ は アナタガタ より、 ザンコク な ニンゲン に みえる でしょう。 しかし それ は アナタガタ が、 あの オンナ の カオ を みない から です。 ことに その イッシュンカン の、 もえる よう な ヒトミ を みない から です。 ワタシ は オンナ と メ を あわせた とき、 たとい カミナリ に うちころされて も、 この オンナ を ツマ に したい と おもいました。 ツマ に したい、 ――ワタシ の ネントウ に あった の は、 ただ こういう イチジ だけ です。 これ は アナタガタ の おもう よう に、 いやしい シキヨク では ありません。 もし その とき シキヨク の ホカ に、 なにも ノゾミ が なかった と すれば、 ワタシ は オンナ を けたおして も、 きっと にげて しまった でしょう。 オトコ も そう すれば ワタシ の タチ に、 チ を ぬる こと には ならなかった の です。 が、 うすぐらい ヤブ の ナカ に、 じっと オンナ の カオ を みた セツナ、 ワタシ は オトコ を ころさない かぎり、 ここ は さるまい と カクゴ しました。
 しかし オトコ を ころす に して も、 ヒキョウ な コロシカタ は したく ありません。 ワタシ は オトコ の ナワ を といた うえ、 タチウチ を しろ と いいました。 (スギ の ネガタ に おちて いた の は、 その とき すてわすれた ナワ なの です) オトコ は ケッソウ を かえた まま、 ふとい タチ を ひきぬきました。 と おもう と クチ も きかず に、 ふんぜん と ワタシ へ とびかかりました。 ――その タチウチ が どう なった か は、 もうしあげる まで も ありますまい。 ワタシ の タチ は 23 ゴウ-メ に、 アイテ の ムネ を つらぬきました。 23 ゴウ-メ に、 ――どうか それ を わすれず に ください。 ワタシ は イマ でも この こと だけ は、 カンシン だ と おもって いる の です。 ワタシ と 20 ゴウ きりむすんだ モノ は、 テンカ に あの オトコ ヒトリ だけ です から。 (カイカツ なる ビショウ)
 ワタシ は オトコ が たおれる と ドウジ に、 チ に そまった カタナ を さげた なり、 オンナ の ほう を ふりかえりました。 すると、 ――どう です、 あの オンナ は どこ にも いない では ありません か? ワタシ は オンナ が どちら へ にげた か、 スギムラ の アイダ を さがして みました。 が、 タケ の オチバ の ウエ には、 それ らしい アト も のこって いません。 また ミミ を すませて みて も、 きこえる の は ただ オトコ の ノド に、 ダンマツマ の オト が する だけ です。
 コト に よる と あの オンナ は、 ワタシ が タチウチ を はじめる が はやい か、 ヒト の タスケ でも よぶ ため に、 ヤブ を くぐって にげた の かも しれない。 ――ワタシ は そう かんがえる と、 コンド は ワタシ の イノチ です から、 タチ や ユミヤ を うばった なり、 すぐに また モト の ヤマミチ へ でました。 そこ には まだ オンナ の ウマ が、 しずか に クサ を くって います。 ソノゴ の こと は もうしあげる だけ、 ムヨウ の クチカズ に すぎますまい。 ただ、 ミヤコ へ はいる マエ に、 タチ だけ は もう てばなして いました。 ――ワタシ の ハクジョウ は これ だけ です。 どうせ イチド は オウチ の コズエ に、 かける クビ と おもって います から、 どうか ゴッケイ に あわせて ください。 (こうぜん たる タイド)

     キヨミズデラ に きたれる オンナ の ザンゲ

 ――その コン の スイカン を きた オトコ は、 ワタシ を テゴメ に して しまう と、 しばられた オット を ながめながら、 あざける よう に わらいました。 オット は どんな に ムネン だった でしょう。 が、 いくら ミモダエ を して も、 カラダジュウ に かかった ナワメ は、 いっそう ひしひし と くいいる だけ です。 ワタシ は おもわず オット の ソバ へ、 ころぶ よう に はしりよりました。 いえ、 はしりよろう と した の です。 しかし オトコ は トッサ の アイダ に、 ワタシ を そこ へ けたおしました。 ちょうど その トタン です。 ワタシ は オット の メ の ナカ に、 なんとも イイヨウ の ない カガヤキ が、 やどって いる の を さとりました。 なんとも イイヨウ の ない、 ――ワタシ は あの メ を おもいだす と、 イマ でも ミブルイ が でず には いられません。 クチ さえ イチゴン も きけない オット は、 その セツナ の メ の ナカ に、 イッサイ の ココロ を つたえた の です。 しかも そこ に ひらめいて いた の は、 イカリ でも なければ カナシミ でも ない、 ――ただ ワタシ を さげすんだ、 つめたい ヒカリ だった では ありません か? ワタシ は オトコ に けられた より も、 その メ の イロ に うたれた よう に、 われしらず ナニ か さけんだ ぎり、 とうとう キ を うしなって しまいました。
 その うち に やっと キ が ついて みる と、 あの コン の スイカン の オトコ は、 もう どこ か へ いって いました。 アト には ただ スギ の ネガタ に、 オット が しばられて いる だけ です。 ワタシ は タケ の オチバ の ウエ に、 やっと カラダ を おこした なり、 オット の カオ を みまもりました。 が、 オット の メ の イロ は、 すこしも サッキ と かわりません。 やはり つめたい サゲスミ の ソコ に、 ニクシミ の イロ を みせて いる の です。 ハズカシサ、 カナシサ、 ハラダタシサ、 ――その とき の ワタシ の ココロ の ウチ は、 なんと いえば よい か わかりません。 ワタシ は よろよろ たちあがりながら、 オット の ソバ へ ちかよりました。
「アナタ。 もう こう なった うえ は、 アナタ と ゴイッショ には おられません。 ワタシ は ひとおもいに しぬ カクゴ です。 しかし、 ――しかし アナタ も おしに なすって ください。 アナタ は ワタシ の ハジ を ゴラン に なりました。 ワタシ は このまま アナタ ヒトリ、 おのこし もうす わけ には まいりません」
 ワタシ は イッショウ ケンメイ に、 これ だけ の こと を いいました。 それでも オット は いまわしそう に、 ワタシ を みつめて いる ばかり なの です。 ワタシ は さけそう な ムネ を おさえながら、 オット の タチ を さがしました。 が、 あの ヌスビト に うばわれた の でしょう、 タチ は もちろん ユミヤ さえ も、 ヤブ の ナカ には みあたりません。 しかし さいわい サスガ だけ は、 ワタシ の アシモト に おちて いる の です。 ワタシ は その サスガ を ふりあげる と、 もう イチド オット に こう いいました。
「では オイノチ を いただかせて ください。 ワタシ も すぐに オトモ します」
 オット は この コトバ を きいた とき、 やっと クチビル を うごかしました。 もちろん クチ には ササ の オチバ が、 いっぱい に つまって います から、 コエ は すこしも きこえません。 が、 ワタシ は それ を みる と、 たちまち その コトバ を さとりました。 オット は ワタシ を さげすんだ まま、 「ころせ」 と ヒトコト いった の です。 ワタシ は ほとんど、 ユメウツツ の ウチ に、 オット の ハナダ の スイカン の ムネ へ、 ずぶり と サスガ を さしとおしました。
 ワタシ は また この とき も、 キ を うしなって しまった の でしょう。 やっと アタリ を みまわした とき には、 オット は もう しばられた まま、 とうに イキ が たえて いました。 その あおざめた カオ の ウエ には、 タケ に まじった スギムラ の ソラ から、 ニシビ が ヒトスジ おちて いる の です。 ワタシ は ナキゴエ を のみながら、 シガイ の ナワ を ときすてました。 そうして、 ――そうして ワタシ が どう なった か? それ だけ は もう ワタシ には、 もうしあげる チカラ も ありません。 とにかく ワタシ は どうしても、 しにきる チカラ が なかった の です。 サスガ を ノド に つきたてたり、 ヤマ の スソ の イケ へ ミ を なげたり、 イロイロ な こと も して みました が、 しにきれず に こうして いる かぎり、 これ も ジマン には なりますまい。 (さびしき ビショウ) ワタシ の よう に ふがいない モノ は、 ダイジ ダイヒ の カンゼオン ボサツ も、 おみはなし なすった もの かも しれません。 しかし オット を ころした ワタシ は、 ヌスビト の テゴメ に あった ワタシ は、 いったい どう すれば よい の でしょう? いったい ワタシ は、 ――ワタシ は、 ―― (とつぜん はげしき ススリナキ)

     ミコ の クチ を かりたる シリョウ の モノガタリ

 ――ヌスビト は ツマ を テゴメ に する と、 そこ へ コシ を おろした まま、 いろいろ ツマ を なぐさめだした。 オレ は もちろん クチ は きけない。 カラダ も スギ の ネ に しばられて いる。 が、 オレ は その アイダ に、 ナンド も ツマ へ メクバセ を した。 この オトコ の いう こと を マ に うけるな、 ナニ を いって も ウソ と おもえ、 ――オレ は そんな イミ を つたえたい と おもった。 しかし ツマ は しょうぜん と ササ の オチバ に すわった なり、 じっと ヒザ へ メ を やって いる。 それ が どうも ヌスビト の コトバ に、 ききいって いる よう に みえる では ない か? オレ は ネタマシサ に ミモダエ を した。 が、 ヌスビト は それ から それ へ と、 コウミョウ に ハナシ を すすめて いる。 イチド でも ハダミ を けがした と なれば、 オット との ナカ も おりあうまい。 そんな オット に つれそって いる より、 ジブン の ツマ に なる キ は ない か? ジブン は いとしい と おもえば こそ、 だいそれた マネ も はたらいた の だ、 ――ヌスビト は とうとう ダイタン にも、 そういう ハナシ さえ もちだした。
 ヌスビト に こう いわれる と、 ツマ は うっとり と カオ を もたげた。 オレ は まだ あの とき ほど、 うつくしい ツマ を みた こと が ない。 しかし その うつくしい ツマ は、 ゲンザイ しばられた オレ を マエ に、 なんと ヌスビト に ヘンジ を した か? オレ は チュウウ に まよって いて も、 ツマ の ヘンジ を おもいだす ごと に、 シンイ に もえなかった ためし は ない。 ツマ は たしか に こう いった、 ―― 「では どこ へ でも つれて いって ください」 (ながき チンモク)
 ツマ の ツミ は それ だけ では ない。 それ だけ ならば この ヤミ の ナカ に、 イマ ほど オレ も くるしみ は しまい。 しかし ツマ は ユメ の よう に、 ヌスビト に テ を とられながら、 ヤブ の ソト へ ゆこう と する と、 たちまち ガンショク を うしなった なり、 スギ の ネ の オレ を ゆびさした。 「あの ヒト を ころして ください。 ワタシ は あの ヒト が いきて いて は、 アナタ と イッショ には いられません」 ――ツマ は キ が くるった よう に、 ナンド も こう さけびたてた。 「あの ヒト を ころして ください」 ――この コトバ は アラシ の よう に、 イマ でも とおい ヤミ の ソコ へ、 マッサカサマ に オレ を ふきおとそう と する。 イチド でも この くらい にくむ べき コトバ が、 ニンゲン の クチ を でた こと が あろう か? イチド でも この くらい のろわしい コトバ が、 ニンゲン の ミミ に ふれた こと が あろう か? イチド でも この くらい、 ―― (とつぜん ほとばしる ごとき チョウショウ) その コトバ を きいた とき は、 ヌスビト さえ イロ を うしなって しまった。 「あの ヒト を ころして ください」 ――ツマ は そう さけびながら、 ヌスビト の ウデ に すがって いる。 ヌスビト は じっと ツマ を みた まま、 ころす とも ころさぬ とも ヘンジ を しない。 ――と おもう か おもわない うち に、 ツマ は タケ の オチバ の ウエ へ、 ただ ヒトケリ に けたおされた。 (ふたたび、 ほとばしる ごとき チョウショウ) ヌスビト は しずか に リョウウデ を くむ と、 オレ の スガタ へ メ を やった。 「あの オンナ は どう する つもり だ? ころす か、 それとも たすけて やる か? ヘンジ は ただ うなずけば よい。 ころす か?」 ――オレ は この コトバ だけ でも、 ヌスビト の ツミ は ゆるして やりたい。 (ふたたび、 ながき チンモク)
 ツマ は オレ が ためらう うち に、 ナニ か ヒトコエ さけぶ が はやい か、 たちまち ヤブ の オク へ はしりだした。 ヌスビト も トッサ に とびかかった が、 これ は ソデ さえ とらえなかった らしい。 オレ は ただ マボロシ の よう に、 そういう ケシキ を ながめて いた。
 ヌスビト は ツマ が にげさった ノチ、 タチ や ユミヤ を とりあげる と、 1 カショ だけ オレ の ナワ を きった。 「コンド は オレ の ミノウエ だ」 ――オレ は ヌスビト が ヤブ の ソト へ、 スガタ を かくして しまう とき に、 こう つぶやいた の を おぼえて いる。 その アト は どこ も しずか だった。 いや、 まだ タレ か の なく コエ が する。 オレ は ナワ を ときながら、 じっと ミミ を すませて みた。 が、 その コエ も キ が ついて みれば、 オレ ジシン の ないて いる コエ だった では ない か? (ミタビ、 ながき チンモク)
 オレ は やっと スギ の ネ から、 つかれはてた カラダ を おこした。 オレ の マエ には ツマ が おとした、 サスガ が ヒトツ ひかって いる。 オレ は それ を テ に とる と、 ヒトツキ に オレ の ムネ へ さした。 ナニ か なまぐさい カタマリ が オレ の クチ へ こみあげて くる。 が、 クルシミ は すこしも ない。 ただ ムネ が つめたく なる と、 いっそう アタリ が しんと して しまった。 ああ、 なんと いう シズカサ だろう。 この ヤマカゲ の ヤブ の ソラ には、 コトリ 1 ワ さえずり に こない。 ただ スギ や タケ の ウラ に、 さびしい ヒカゲ が ただよって いる。 ヒカゲ が、 ――それ も しだいに うすれて くる。 もう スギ や タケ も みえない。 オレ は そこ に たおれた まま、 ふかい シズカサ に つつまれて いる。
 その とき タレ か シノビアシ に、 オレ の ソバ へ きた モノ が ある。 オレ は そちら を みよう と した。 が、 オレ の マワリ には、 いつか ウスヤミ が たちこめて いる。 タレ か、 ――その タレ か は みえない テ に、 そっと ムネ の サスガ を ぬいた。 ドウジ に オレ の クチ の ナカ には、 もう イチド チシオ が あふれて くる。 オレ は それぎり エイキュウ に、 チュウウ の ヤミ へ しずんで しまった。…………

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...