2013/01/12

わらわれた コ

 わらわれた コ

 ヨコミツ リイチ

 キチ を どのよう な ニンゲン に したてる か と いう こと に ついて、 キチ の イエ では バンサン-ゴ マイヨ の よう に ロンギ せられた。 また その ハナシ が はじまった。 キチ は ウシ に やる ゾウスイ を たきながら、 ヒトリ シバ の キレメ から ぶくぶく でる アワ を おもしろそう に ながめて いた。
「やはり キチ を オオサカ へ やる ほう が いい。 15 ネン も シンポウ した なら、 ノレン が わけて もらえる し、 そう すりゃ あそこ だ から すぐに カネ も もうかる し」
 そう チチオヤ が いう の に ハハオヤ は こう いった。
「オオサカ は ミズ が わるい と いう から ダメ ダメ。 いくら オカネ を もうけて も、 はやく しんだら なにも ならない」
「ヒャクショウ を させば いい、 ヒャクショウ を」
 と アニ は いった。
「キチ は シュコウ が コウ だ から シガラキ へ オチャワン-ヅクリ に やる と いい のよ。 あの ショクニン さん ほど いい オカネモウケ を する ヒト は ない って いう し」
 そう クチ を いれた の は ませた アネ で ある。
「そう だ、 それ も いい な」
 と チチオヤ は いった。
 ハハオヤ だけ は いつまでも だまって いた。
 キチ は ナガシ の くらい タナ の ウエ に ひかって いる ガラス の サカビン が メ に つく と、 ニワ へ おりて いった。 そして ビン の クチ へ ジブン の クチ を つけて、 あおむいて たって いる と、 まもなく ヒトナガレ の サケ の シズク が シタ の ウエ で ひろがった。 キチ は クチ を ならして もう イチド おなじ こと を やって みた。 コンド は ダメ だった。 で、 ビン の クチ へ ハナ を つけた。
「またっ」 と ハハオヤ は キチ を にらんだ。
 キチ は 「へへへ」 と わらって ソデグチ で ハナ と クチ と を なでた。
「キチ を サカヤ の コゾウ に やる と いい わ」
 アネ が そう いう と、 チチ と アニ は おおきな コエ で わらった。
 その ヨル で ある。 キチ は マックラ な ハテシ の ない ノ の ナカ で、 クチ が ミミ まで さけた おおきな カオ に わらわれた。 その カオ は どこ か ショウガツ に みた シシマイ の シシ の カオ に にて いる ところ も あった が、 キチ を みて わらう とき の ホオ の ニク や ことに ハナ の フクラハギ まで が、 ヒト の よう に びくびく と うごいて いた。 キチ は ヒッシ に にげよう と する のに アシ が どちら へ でも おれまがって、 ただ アセ が ながれる ばかり で けっきょく カラダ は モト の ミチ の ウエ から うごいて いなかった。 けれども その おおきな カオ は、 だんだん キチ の ほう へ ちかよって くる の は くる が、 さて キチ を どう しよう とも せず、 いつまで たって も ただ にやり にやり と わらって いた。 ナニ を わらって いる の か キチ にも わからなかった。 が とにかく カレ を バカ に した よう な エガオ で あった。
 ヨクアサ、 フトン の ウエ に すわって うすぐらい カベ を みつめて いた キチ は、 サクヤ ユメ の ナカ で にげよう と して もがいた とき の アセ を、 まだ かいて いた。
 その ヒ、 キチ は ガッコウ で 3 ド キョウシ に しかられた。
 サイショ は サンジュツ の ジカン で、 カブンスウ を タイブンスウ に なおした ブンシ の カズ を きかれた とき に だまって いる と、
「そうれ みよ。 オマエ は サッキ から マド ばかり ながめて いた の だ」 と キョウシ に にらまれた。
 2 ド-メ の とき は シュウジ の ジカン で ある。 その とき の キチ の ソウシ の ウエ には、 ジ が 1 ジ も みあたらない で、 ミヤ の マエ の コマイヌ の カオ にも にて いれば、 また ニンゲン の カオ にも につかわしい ミッツ の カオ が かいて あった。 その どの カオ も、 ワライ を うかばせよう と ほねおった おおきな クチ の キョクセン が、 イクド も かきなおされて ある ため に、 まっくろく なって いた。
 3 ド-メ の とき は ガッコウ の ひける とき で、 ミナ の ガクドウ が ツツミ を しあげて レイ を して から でよう と する と、 キョウシ は キチ を よびとめた。 そして、 もう イチド レイ を しなおせ と しかった。
 イエ へ はしりかえる と すぐ キチ は、 キョウダイ の ヒキダシ から アブラガミ に つつんだ カミソリ を とりだして ヒトメ に つかない コヤ の ナカ で それ を といだ。 とぎおわる と ノキ へ まわって、 つみあげて ある ワリキ を ながめて いた。 それから また ニワ へ はいって、 モチツキ-ヨウ の キネ を なでて みた。 が、 また ぶらぶら ナガシモト まで もどって くる と マナイタ を うらがえして みた が キュウ に カレ は イドバタ の ハネツルベ の シタ へ かけだした。
「これ は うまい ぞ、 うまい ぞ」
 そう いいながら キチ は ツルベ の シリ の オモリ に しばりつけられた ケヤキ の マルタ を とりはずして、 そのかわり イシ を しばりつけた。
 しばらく して キチ は、 その マルタ を 3~4 スン も アツミ の ある はばひろい チョウホウケイ の もの に して から、 それ と イッショ に エンピツ と カミソリ と を もって ヤネウラ へ のぼって いった。
 ツギ の ヒ も また その ツギ の ヒ も、 そして それから ずっと キチ は マイニチ おなじ こと を した。
 ヒトツキ も たつ と 4 ガツ が きて、 キチ は ガッコウ を ソツギョウ した。
 しかし、 すこし カオイロ の あおく なった カレ は、 まだ カミソリ を といで は ヤネウラ へ かよいつづけた。 そして その アイダ も ときどき イエ の モノラ は バンメシ の アト の ハナシ の ツイデ に キチ の ショクギョウ を えらびあった。 が、 ハナシ は いっこう に まとまらなかった。
 ある ヒ、 ヒルゲ を おえる と オヤ は アゴ を なでながら カミソリ を とりだした。 キチ は ユ を のんで いた。
「ダレ だ、 この カミソリ を ぼろぼろ に した の は」
 チチオヤ は カミソリ の ハ を すかして みて から、 カミ の ハシ を フタツ に おって きって みた。 が、 すこし ひっかかった。 チチ の カオ は けわしく なった。
「ダレ だ、 この カミソリ を ぼろぼろ に した の は」
 チチ は カタソデ を まくって ウデ を なめる と カミソリ を そこ へ あてて みて、
「いかん」 と いった。
 キチ は のみかけた ユ を しばらく クチ へ ためて だまって いた。
「キチ が このあいだ といで いました よ」 と アネ は いった。
「キチ、 オマエ どうした」
 やはり キチ は だまって ユ を ごくり と ノド へ おとしこんだ。
「うむ、 どうした?」
 キチ が いつまでも だまって いる と、
「ははあ わかった。 キチ は ヤネウラ へ ばかり あがって いた から、 ナニ か して いた に きまってる」
 と アネ は いって ニワ へ おりた。
「いや だい」 と キチ は するどく さけんだ。
「いよいよ あやしい」
 アネ は ハリ の ハシ に つりさがって いる ハシゴ を のぼりかけた。 すると キチ は ハダシ の まま ニワ へ とびおりて ハシゴ を シタ から ゆすぶりだした。
「こわい よう、 これ、 キチ ってば」
 カタ を ちぢめて いる アネ は ちょっと だまる と、 クチ を とがらせて ツバ を はきかける マネ を した。
「キチッ!」 と チチオヤ は しかった。
 しばらく して ヤネウラ の オク の ほう で、
「まあ こんな ところ に メン が こしらえて ある わ」
 と いう アネ の コエ が した。
 キチ は アネ が メン を もって おりて くる の を まちかまえて いて とびかかった。 アネ は キチ を つきのけて すばやく メン を チチ に わたした。 チチ は それ を たかく ささげる よう に して しばらく だまって ながめて いた が、
「こりゃ よく できとる な」
 また ちょっと だまって、
「うむ、 こりゃ よく できとる」
 と いって から アタマ を ヒダリ へ かたむけかえた。
 メン は チチオヤ を みおろして バカ に した よう な カオ で にやり と わらって いた。
 その ヨル、 ナンド で チチオヤ と ハハオヤ とは ねながら ソウダン した。
「キチ を ゲタヤ に さそう」
 サイショ に そう チチオヤ が いいだした。 ハハオヤ は ただ だまって きいて いた。
「ドウロ に むいた コヤ の カベ を とって、 そこ で ミセ を ださそう、 それに ムラ には ゲタヤ が 1 ケン も ない し」
 ここ まで チチオヤ が いう と、 イマ まで シンパイ そう に だまって いた ハハオヤ は、
「それ が いい。 あの コ は カラダ が よわい から トオク へ やりたく ない」 と いった。
 まもなく キチ は ゲタヤ に なった。
 キチ の つくった メン は、 ソノゴ、 カレ の ミセ の カモイ の ウエ で たえず わらって いた。 むろん ナニ を わらって いる の か ダレ も しらなかった。
 キチ は 25 ネン メン の シタ で ゲタ を いじりつづけて ビンボウ した。 むろん、 チチ も ハハ も なくなって いた。
 ある ヒ、 キチ は ヒサシブリ で その メン を あおいで みた。 すると メン は、 カモイ の ウエ から バカ に した よう な カオ を して にやり と わらった。 キチ は ハラ が たった。 ツギ に かなしく なった。 が、 また ハラ が たって きた。
「キサマ の おかげ で オレ は ゲタヤ に なった の だ!」
 キチ は メン を ひきずりおろす と、 ナタ を ふるって その バ で メン を フタツ に わった。 しばらく して、 カレ は もちなれた ゲタ の ダイギ を ながめる よう に、 われた メン を テ に とって ながめて いた。 が、 ふと なんだか それ で リッパ な ゲタ が できそう な キ が して きた。 すると まもなく、 キチ の カオ は モト の よう に マンゾク そう に ぼんやり と やわらぎだした。

2013/01/07

ハナ

 ハナ

 アクタガワ リュウノスケ

 ゼンチ ナイグ の ハナ と いえば、 イケノオ で しらない モノ は ない。 ナガサ は 5~6 スン あって、 ウワクチビル の ウエ から アゴ の シタ まで さがって いる。 カタチ は モト も サキ も おなじ よう に ふとい。 いわば、 ほそながい チョウヅメ の よう な もの が、 ぶらり と カオ の マンナカ から ぶらさがって いる の で ある。
 50 サイ を こえた ナイグ は、 シャミ の ムカシ から ナイドウジョウ グブ の ショク に のぼった コンニチ まで、 ナイシン では しじゅう この ハナ を ク に やんで きた。 もちろん ヒョウメン では、 イマ でも さほど キ に ならない よう な カオ を して すまして いる。 これ は センネン に トウライ の ジョウド を カツゴウ す べき ソウリョ の ミ で、 ハナ の シンパイ を する の が わるい と おもった から ばかり では ない。 それ より むしろ、 ジブン で ハナ を キ に して いる と いう こと を、 ヒト に しられる の が いや だった から で ある。 ナイグ は ニチジョウ の ダンワ の ナカ に、 ハナ と いう ゴ が でて くる の を ナニ より も おそれて いた。
 ナイグ が ハナ を もてあました リユウ は フタツ ある。 ――ヒトツ は ジッサイテキ に、 ハナ の ながい の が フベン だった から で ある。 だいいち メシ を くう とき にも ヒトリ では くえない。 ヒトリ で くえば、 ハナ の サキ が カナマリ の ナカ の メシ へ とどいて しまう。 そこで ナイグ は デシ の ヒトリ を ゼン の ムコウ へ すわらせて、 メシ を くう アイダジュウ、 ヒロサ 1 スン ナガサ 2 シャク ばかり の イタ で、 ハナ を もちあげて いて もらう こと に した。 しかし こうして メシ を くう と いう こと は、 もちあげて いる デシ に とって も、 もちあげられて いる ナイグ に とって も、 けっして ヨウイ な こと では ない。 イチド この デシ の カワリ を した チュウドウジ が、 クサメ を した ヒョウシ に テ が ふるえて、 ハナ を カユ の ナカ へ おとした ハナシ は、 トウジ キョウト まで ケンデン された。 ――けれども これ は ナイグ に とって、 けっして ハナ を ク に やんだ おも な リユウ では ない。 ナイグ は じつに この ハナ に よって きずつけられる ジソンシン の ため に くるしんだ の で ある。
 イケノオ の マチ の モノ は、 こういう ハナ を して いる ゼンチ ナイグ の ため に、 ナイグ の ゾク で ない こと を シアワセ だ と いった。 あの ハナ では タレ も ツマ に なる オンナ が あるまい と おもった から で ある。 ナカ には また、 あの ハナ だ から シュッケ した の だろう と ヒヒョウ する モノ さえ あった。 しかし ナイグ は、 ジブン が ソウ で ある ため に、 イクブン でも この ハナ に わずらわされる こと が すくなく なった と おもって いない。 ナイグ の ジソンシン は、 サイタイ と いう よう な ケッカテキ な ジジツ に サユウ される ため には、 あまり に デリケイト に できて いた の で ある。 そこで ナイグ は、 セッキョクテキ にも ショウキョクテキ にも、 この ジソンシン の キソン を カイフク しよう と こころみた。
 ダイイチ に ナイグ の かんがえた の は、 この ながい ハナ を ジッサイ イジョウ に みじかく みせる ホウホウ で ある。 これ は ヒト の いない とき に、 カガミ へ むかって、 イロイロ な カクド から カオ を うつしながら、 ネッシン に クフウ を こらして みた。 どうか する と、 カオ の イチ を かえる だけ では、 アンシン が できなく なって、 ホオヅエ を ついたり アゴ の サキ へ ユビ を あてがったり して、 コンキ よく カガミ を のぞいて みる こと も あった。 しかし ジブン でも マンゾク する ほど、 ハナ が みじかく みえた こと は、 これまで に ただ の イチド も ない。 トキ に よる と、 クシン すれば する ほど、 かえって ながく みえる よう な キ さえ した。 ナイグ は、 こういう とき には、 カガミ を ハコ へ しまいながら、 いまさら の よう に タメイキ を ついて、 ふしょうぶしょう に また モト の キョウヅクエ へ、 カンノンギョウ を よみ に かえる の で ある。
 それから また ナイグ は、 たえず ヒト の ハナ を キ に して いた。 イケノオ の テラ は、 ソウグ コウセツ など の しばしば おこなわれる テラ で ある。 テラ の ウチ には、 ソウボウ が スキ なく たてつづいて、 ユヤ では テラ の ソウ が ヒゴト に ユ を わかして いる。 したがって ここ へ シュツニュウ する ソウゾク の タグイ も はなはだ おおい。 ナイグ は こういう ヒトビト の カオ を コンキ よく ブッショク した。 ヒトリ でも ジブン の よう な ハナ の ある ニンゲン を みつけて、 アンシン が したかった から で ある。 だから ナイグ の メ には、 コン の スイカン も シロ の カタビラ も はいらない。 まして コウジイロ の ボウシ や、 シイニビ の コロモ なぞ は、 みなれて いる だけ に、 あれど も なき が ごとく で ある。 ナイグ は ヒト を みず に、 ただ、 ハナ を みた。 ――しかし カギバナ は あって も、 ナイグ の よう な ハナ は ヒトツ も みあたらない。 その みあたらない こと が たびかさなる に しがって、 ナイグ の ココロ は しだいに また フカイ に なった。 ナイグ が ヒト と はなしながら、 おもわず ぶらり と さがって いる ハナ の サキ を つまんで みて、 トシガイ も なく カオ を あからめた の は、 まったく この フカイ に うごかされて の ショイ で ある。
 サイゴ に、 ナイグ は、 ナイテン ゲテン の ナカ に、 ジブン と おなじ よう な ハナ の ある ジンブツ を みいだして、 せめても イクブン の ココロヤリ に しよう と さえ おもった こと が ある。 けれども、 モクレン や、 シャリホツ の ハナ が ながかった とは、 どの キョウモン にも かいて ない。 もちろん リュウジュ や メミョウ も、 ヒトナミ の ハナ を そなえた ボサツ で ある。 ナイグ は、 シンタン の ハナシ の ツイデ に ショクカン の リュウ ゲントク の ミミ が ながかった と いう こと を きいた とき に、 それ が ハナ だったら、 どの くらい ジブン は こころぼそく なくなる だろう と おもった。
 ナイグ が こういう ショウキョクテキ な クシン を しながら も、 イッポウ では また、 セッキョクテキ に ハナ の みじかく なる ホウホウ を こころみた こと は、 わざわざ ここ に いう まで も ない。 ナイグ は この ホウメン でも ほとんど できる だけ の こと を した。 カラスウリ を せんじて のんで みた こと も ある、 ネズミ の イバリ を ハナ へ なすって みた こと も ある。 しかし ナニ を どうしても、 ハナ は いぜん と して、 5~6 スン の ナガサ を ぶらり と クチビル の ウエ に ぶらさげて いる では ない か。
 ところが ある トシ の アキ、 ナイグ の ヨウ を かねて、 キョウ へ のぼった デシ の ソウ が、 シルベ の イシャ から ながい ハナ を みじかく する ホウ を おそわって きた。 その イシャ と いう の は、 もと シンタン から わたって きた オトコ で、 トウジ は チョウラクジ の グソウ に なって いた の で ある。
 ナイグ は、 イツモ の よう に、 ハナ など は キ に かけない と いう フウ を して、 わざと その ホウ も すぐに やって みよう とは いわず に いた。 そうして イッポウ では、 キガル な クチョウ で、 ショクジ の たび ごと に、 デシ の テスウ を かける の が、 こころぐるしい と いう よう な こと を いった。 ナイシン では もちろん デシ の ソウ が、 ジブン を ときふせて、 この ホウ を こころみさせる の を まって いた の で ある。 デシ の ソウ にも、 ナイグ の この サクリャク が わからない はず は ない。 しかし それ に たいする ハンカン より は、 ナイグ の そういう サクリャク を とる ココロモチ の ほう が、 より つよく この デシ の ソウ の ドウジョウ を うごかした の で あろう。 デシ の ソウ は、 ナイグ の ヨキドオリ、 クチ を きわめて、 この ホウ を こころみる こと を すすめだした。 そうして、 ナイグ ジシン も また、 その ヨキドオリ、 けっきょく この ネッシン な カンコク に チョウジュウ する こと に なった。
 その ホウ と いう の は、 ただ、 ユ で ハナ を ゆでて、 その ハナ を ヒト に ふませる と いう、 きわめて カンタン な もの で あった。
 ユ は テラ の ユヤ で、 マイニチ わかして いる。 そこで デシ の ソウ は、 ユビ も いれられない よう な あつい ユ を、 すぐに ヒサゲ に いれて、 ユヤ から くんで きた。 しかし じかに この ヒサゲ へ ハナ を いれる と なる と、 ユゲ に ふかれて カオ を ヤケド する オソレ が ある。 そこで オシキ へ アナ を あけて、 それ を ヒサゲ の フタ に して、 その アナ から ハナ を ユ の ナカ へ いれる こと に した。 ハナ だけ は この あつい ユ の ナカ へ ひたして も、 すこしも あつく ない の で ある。 しばらく する と デシ の ソウ が いった。
 ――もう ゆだった ジブン で ござろう。
ナイグ は クショウ した。 これ だけ きいた の では、 タレ も ハナ の ハナシ とは キ が つかない だろう と おもった から で ある。 ハナ は ネットウ に むされて、 ノミ の くった よう に むずがゆい。
 デシ の ソウ は、 ナイグ が オシキ の アナ から ハナ を ぬく と、 その まだ ユゲ の たって いる ハナ を、 リョウアシ に チカラ を いれながら、 ふみはじめた。 ナイグ は ヨコ に なって、 ハナ を ユカイタ の ウエ へ のばしながら、 デシ の ソウ の アシ が ウエシタ に うごく の を メノマエ に みて いる の で ある。 デシ の ソウ は、 ときどき キノドク そう な カオ を して、 ナイグ の ハゲアタマ を みおろしながら、 こんな こと を いった。
 ――いとう は ごさらぬ かな。 イシ は せめて ふめ と もうした で。 じゃが、 いとう は ござらぬ かな。
 ナイグ は クビ を ふって、 いたく ない と いう イミ を しめそう と した。 ところが ハナ を ふまれて いる ので おもう よう に クビ が うごかない。 そこで、 ウワメ を つかって、 デシ の ソウ の アシ に アカギレ の きれて いる の を ながめながら、 ハラ を たてた よう な コエ で、
 ――いとう は ない て。
 と こたえた。 じっさい ハナ は むずがゆい ところ を ふまれる ので、 いたい より も かえって キモチ の いい くらい だった の で ある。
 しばらく ふんで いる と、 やがて、 アワツブ の よう な もの が、 ハナ へ できはじめた。 いわば ケ を むしった コトリ を そっくり マルヤキ に した よう な カタチ で ある。 デシ の ソウ は これ を みる と、 アシ を とめて ヒトリゴト の よう に こう いった。
 ――これ を ケヌキ で ぬけ と もうす こと で ござった。
 ナイグ は、 フソク-らしく ホオ を ふくらせて、 だまって デシ の ソウ の する なり に まかせて おいた。 もちろん デシ の ソウ の シンセツ が わからない わけ では ない。 それ は わかって も、 ジブン の ハナ を まるで ブッピン の よう に とりあつかう の が、 フユカイ に おもわれた から で ある。 ナイグ は、 シンヨウ しない イシャ の シュジュツ を うける カンジャ の よう な カオ を して、 ふしょうぶしょう に デシ の ソウ が、 ハナ の ケアナ から ケヌキ で アブラ を とる の を ながめて いた。 アブラ は、 トリ の ハネ の クキ の よう な カタチ を して、 4 ブ ばかり の ナガサ に ぬける の で ある。
 やがて これ が ひととおり すむ と、 デシ の ソウ は、 ほっと ヒトイキ ついた よう な カオ を して、
 ――もう イチド、 これ を ゆでれば よう ござる。
 と いった。
 ナイグ は やはり、 ハチ の ジ を よせた まま フフク-らしい カオ を して、 デシ の ソウ の イウナリ に なって いた。
 さて 2 ド-メ に ゆでた ハナ を だして みる と、 なるほど、 いつ に なく みじかく なって いる。 これ では アタリマエ の カギバナ と たいした カワリ は ない。 ナイグ は その みじかく なった ハナ を なでながら、 デシ の ソウ の だして くれる カガミ を、 キマリ が わるそう に おずおず のぞいて みた。
 ハナ は―― あの アゴ の シタ まで さがって いた ハナ は、 ほとんど ウソ の よう に イシュク して、 イマ は わずか に ウワクチビル の ウエ で イクジ なく ザンゼン を たもって いる。 ところどころ マダラ に あかく なって いる の は、 おそらく ふまれた とき の アト で あろう。 こう なれば、 もう タレ も わらう モノ は ない の に ちがいない。 ――カガミ の ナカ に ある ナイグ の カオ は、 カガミ の ソト に ある ナイグ の カオ を みて、 マンゾク そう に メ を しばたたいた。
 しかし、 その ヒ は まだ イチニチ、 ハナ が また ながく なり は しない か と いう フアン が あった。 そこで ナイグ は ズキョウ する とき にも、 ショクジ を する とき にも、 ヒマ さえ あれば テ を だして、 そっと ハナ の サキ に さわって みた。 が、 ハナ は ギョウギ よく クチビル の ウエ に おさまって いる だけ で、 かくべつ それ より シタ へ ぶらさがって くる ケシキ も ない。 それから ヒトバン ねて、 あくる ヒ はやく メ が さめる と ナイグ は まず、 ダイイチ に、 ジブン の ハナ を なでて みた。 ハナ は いぜん と して みじかい。 ナイグ は そこで、 イクネン にも なく、 ホケキョウ ショシャ の コウ を つんだ とき の よう な、 のびのび した キブン に なった。
 ところが 2~3 ニチ たつ うち に、 ナイグ は イガイ な ジジツ を ハッケン した。 それ は おりから、 ヨウジ が あって、 イケノオ の テラ を おとずれた サムライ が、 マエ より も いっそう おかしそう な カオ を して、 ハナシ も ろくろく せず に、 じろじろ ナイグ の ハナ ばかり ながめて いた こと で ある。 それ のみ ならず、 かつて、 ナイグ の ハナ を カユ の ナカ へ おとした こと の ある チュウドウジ なぞ は、 コウドウ の ソト で ナイグ と ゆきちがった とき に、 ハジメ は、 シタ を むいて オカシサ を こらえて いた が、 とうとう こらえかねた と みえて、 イチド に ふっと ふきだして しまった。 ヨウ を いいつかった シモホウシ たち が、 メン と むかって いる アイダ だけ は、 つつしんで きいて いて も、 ナイグ が ウシロ さえ むけば、 すぐに くすくす わらいだした の は、 1 ド や 2 ド の こと では ない。
 ナイグ は はじめ、 これ を ジブン の カオガワリ が した せい だ と カイシャク した。 しかし どうも この カイシャク だけ では ジュウブン に セツメイ が つかない よう で ある。 ――もちろん、 チュウドウジ や シモホウシ が わらう ゲンイン は、 そこ に ある の に ちがいない。 けれども おなじ わらう に して も、 ハナ の ながかった ムカシ とは、 わらう の に どことなく ヨウス が ちがう。 みなれた ながい ハナ より、 みなれない みじかい ハナ の ほう が コッケイ に みえる と いえば、 それまで で ある。 が、 そこ には まだ ナニ か ある らしい。
 ――マエ には あのよう に つけつけ とは わらわなんだ て。
 ナイグ は、 ずしかけた キョウモン を やめて、 ハゲアタマ を かたむけながら、 ときどき こう つぶやく こと が あった。 あいす べき ナイグ は、 そういう とき に なる と、 かならず ぼんやり、 カタワラ に かけた フゲン の ガゾウ を ながめながら、 ハナ の ながかった 4~5 ニチ マエ の こと を おもいだして、 「イマ は むげに いやしく なりさがれる ヒト の、 さかえたる ムカシ を しのぶ が ごとく」 ふさぎこんで しまう の で ある。 ――ナイグ には、 イカン ながら この トイ に コタエ を あたえる メイ が かけて いた。
 ――ニンゲン の ココロ には たがいに ムジュン した フタツ の カンジョウ が ある。 もちろん、 タレ でも タニン の フコウ に ドウジョウ しない モノ は ない。 ところが その ヒト が その フコウ を、 どうにか して きりぬける こと が できる と、 コンド は こっち で なんとなく ものたりない よう な ココロモチ が する。 すこし コチョウ して いえば、 もう イチド その ヒト を、 おなじ フコウ に おとしいれて みたい よう な キ に さえ なる。 そうして いつのまにか、 ショウキョクテキ では ある が、 ある テキイ を その ヒト に たいして いだく よう な こと に なる。 ――ナイグ が、 リユウ を しらない ながら も、 なんとなく フカイ に おもった の は、 イケノオ の ソウゾク の タイド に、 この ボウカンシャ の リコ シュギ を それとなく かんづいた から に ほかならない。
 そこで ナイグ は ヒゴト に キゲン が わるく なった。 フタコトメ には、 タレ でも いじわるく しかりつける。 シマイ には ハナ の リョウジ を した あの デシ の ソウ で さえ、 「ナイグ は ホウケンドン の ツミ を うけられる ぞ」 と カゲグチ を きく ほど に なった。 ことに ナイグ を おこらせた の は、 レイ の イタズラ な チュウドウジ で ある。 ある ヒ、 けたたましく イヌ の ほえる コエ が する ので、 ナイグ が なにげなく ソト へ でて みる と、 チュウドウジ は、 2 シャク ばかり の キ の キレ を ふりまわして、 ケ の ながい、 やせた ムクイヌ を おいまわして いる。 それ も ただ、 おいまわして いる の では ない。 「ハナ を うたれまい。 それ、 ハナ を うたれまい」 と はやしながら、 おいまわして いる の で ある。 ナイグ は、 チュウドウジ の テ から その キ の キレ を ひったくって、 したたか その カオ を うった。 キ の キレ は イゼン の ハナモタゲ の キ だった の で ある。
 ナイグ は なまじい に、 ハナ の みじかく なった の が、 かえって うらめしく なった。
 すると ある ヨ の こと で ある。 ヒ が くれて から キュウ に カゼ が でた と みえて、 トウ の フウタク の なる オト が、 うるさい ほど マクラ に かよって きた。 そのうえ、 サムサ も めっきり くわわった ので、 ロウネン の ナイグ は ねつこう と して も ねつかれない。 そこで トコ の ナカ で まじまじ して いる と、 ふと ハナ が いつ に なく、 むずかゆい の に キ が ついた。 テ を あてて みる と すこし スイキ が きた よう に むくんで いる。 どうやら そこ だけ、 ネツ さえ も ある らしい。
 ――ムリ に みじこう した で、 ヤマイ が おこった の かも しれぬ。
 ナイグ は、 ブツゼン に コウゲ を そなえる よう な うやうやしい テツキ で、 ハナ を おさえながら、 こう つぶやいた。
 ヨクチョウ、 ナイグ が イツモ の よう に はやく メ を さまして みる と、 ジナイ の イチョウ や トチ が、 ヒトバン の うち に ハ を おとした ので、 ニワ は キン を しいた よう に あかるい。 トウ の ヤネ には シモ が おりて いる せい で あろう。 まだ うすい アサヒ に、 クリン が まばゆく ひかって いる。 ゼンチ ナイグ は、 シトミ を あげた エン に たって、 ふかく イキ を すいこんだ。
 ほとんど、 わすれよう と して いた ある カンカク が、 ふたたび ナイグ に かえって きた の は この とき で ある。
 ナイグ は あわてて ハナ へ テ を やった。 テ に さわる もの は、 ユウベ の みじかい ハナ では ない。 ウワクチビル の ウエ から アゴ の シタ まで、 5~6 スン あまり も ぶらさがって いる、 ムカシ の ながい ハナ で ある。 ナイグ は ハナ が イチヤ の うち に、 また モト の とおり ながく なった の を しった。 そうして それ と ドウジ に、 ハナ が みじかく なった とき と おなじ よう な、 はればれ した ココロモチ が、 どこ から とも なく かえって くる の を かんじた。
 ――こう なれば、 もう タレ も わらう モノ は ない に ちがいない。
 ナイグ は ココロ の ナカ で こう ジブン に ささやいた。 ながい ハナ を アケガタ の アキカゼ に ぶらつかせながら。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...