2015/11/03

ココロ

 ココロ

 ナツメ ソウセキ

 ジョウ、 センセイ と ワタクシ

 1

 ワタクシ は その ヒト を つねに センセイ と よんで いた。 だから ここ でも ただ センセイ と かく だけ で ホンミョウ は うちあけない。 これ は セケン を はばかる エンリョ と いう より も、 その ほう が ワタクシ に とって シゼン だ から で ある。 ワタクシ は その ヒト の キオク を よびおこす ごと に、 すぐ 「センセイ」 と いいたく なる。 フデ を とって も ココロモチ は おなじ こと で ある。 よそよそしい カシラモジ など は とても つかう キ に ならない。
 ワタクシ が センセイ と シリアイ に なった の は カマクラ で ある。 その とき ワタクシ は まだ わかわかしい ショセイ で あった。 ショチュウ キュウカ を リヨウ して カイスイヨク に いった トモダチ から ぜひ こい と いう ハガキ を うけとった ので、 ワタクシ は タショウ の カネ を クメン して、 でかける こと に した。 ワタクシ は カネ の クメン に 2~3 チ を ついやした。 ところが ワタクシ が カマクラ に ついて ミッカ と たたない うち に、 ワタクシ を よびよせた トモダチ は、 キュウ に クニモト から かえれ と いう デンポウ を うけとった。 デンポウ には ハハ が ビョウキ だ から と ことわって あった けれども トモダチ は それ を しんじなかった。 トモダチ は かねて から クニモト に いる オヤ たち に すすまない ケッコン を しいられて いた。 カレ は ゲンダイ の シュウカン から いう と ケッコン する には あまり トシ が わかすぎた。 それに カンジン の トウニン が キ に いらなかった。 それで ナツヤスミ に とうぜん かえる べき ところ を、 わざと さけて トウキョウ の チカク で あそんで いた の で ある。 カレ は デンポウ を ワタクシ に みせて どう しよう と ソウダン を した。 ワタクシ には どうして いい か わからなかった。 けれども じっさい カレ の ハハ が ビョウキ で ある と すれば カレ は もとより かえる べき はず で あった。 それで カレ は とうとう かえる こと に なった。 せっかく きた ワタクシ は ヒトリ とりのこされた。
 ガッコウ の ジュギョウ が はじまる には まだ だいぶ ヒカズ が ある ので、 カマクラ に おって も よし、 かえって も よい と いう キョウグウ に いた ワタクシ は、 とうぶん モト の ヤド に とまる カクゴ を した。 トモダチ は チュウゴク の ある シサンカ の ムスコ で カネ に フジユウ の ない オトコ で あった けれども、 ガッコウ が ガッコウ なの と トシ が トシ なので、 セイカツ の テイド は ワタクシ と そう かわり も しなかった。 したがって ヒトリボッチ に なった ワタクシ は べつに カッコウ な ヤド を さがす メンドウ も もたなかった の で ある。
 ヤド は カマクラ でも ヘンピ な ホウガク に あった。 タマツキ だの アイス クリーム だの と いう ハイカラ な もの には ながい ナワテ を ヒトツ こさなければ テ が とどかなかった。 クルマ で いって も 20 セン は とられた。 けれども コジン の ベッソウ は そこここ に イクツ でも たてられて いた。 それに ウミ へは ごく ちかい ので カイスイヨク を やる には しごく ベンリ な チイ を しめて いた。
 ワタクシ は マイニチ ウミ へ はいり に でかけた。 ふるい くすぶりかえった ワラブキ の アイダ を とおりぬけて イソ へ おりる と、 この ヘン に これほど の トカイ ジンシュ が すんで いる か と おもう ほど、 ヒショ に きた オトコ や オンナ で スナ の ウエ が うごいて いた。 ある とき は ウミ の ナカ が セントウ の よう に くろい アタマ で ごちゃごちゃ して いる こと も あった。 その ナカ に しった ヒト を ヒトリ も もたない ワタクシ も、 こういう にぎやか な ケシキ の ナカ に つつまれて、 スナ の ウエ に ねそべって みたり、 ヒザガシラ を ナミ に うたして そこいら を はねまわる の は ユカイ で あった。
 ワタクシ は じつに センセイ を この ザットウ の アイダ に みつけだした の で ある。 その とき カイガン には カケヂャヤ が 2 ケン あった。 ワタクシ は ふとした ハズミ から その 1 ケン の ほう に ゆきなれて いた。 ハセ ヘン に おおきな ベッソウ を かまえて いる ヒト と ちがって、 メイメイ に センユウ の キガエバ を こしらえて いない ここいら の ヒショキャク には、 ぜひとも こうした キョウドウ キガエジョ と いった ふう な もの が ヒツヨウ なの で あった。 カレラ は ここ で チャ を のみ、 ここ で キュウソク する ホカ に、 ここ で カイスイギ を センタク させたり、 ここ で しおはゆい カラダ を きよめたり、 ここ へ ボウシ や カサ を あずけたり する の で ある。 カイスイギ を もたない ワタクシ にも モチモノ を ぬすまれる オソレ は あった ので、 ワタクシ は ウミ へ はいる たび に その チャヤ へ イッサイ を ぬぎすてる こと に して いた。

 2

 ワタクシ が その カケヂャヤ で センセイ を みた とき は、 センセイ が ちょうど キモノ を ぬいで これから ウミ へ はいろう と する ところ で あった。 ワタクシ は その とき ハンタイ に ぬれた カラダ を カゼ に ふかして ミズ から あがって きた。 フタリ の アイダ には メ を さえぎる イクタ の くろい アタマ が うごいて いた。 トクベツ の ジジョウ の ない かぎり、 ワタクシ は ついに センセイ を みのがした かも しれなかった。 それほど ハマベ が コンザツ し、 それほど ワタクシ の アタマ が ホウマン で あった にも かかわらず、 ワタクシ が すぐ センセイ を みつけだした の は、 センセイ が ヒトリ の セイヨウジン を つれて いた から で ある。
 その セイヨウジン の すぐれて しろい ヒフ の イロ が、 カケヂャヤ へ はいる や いなや、 すぐ ワタクシ の チュウイ を ひいた。 ジュンスイ の ニホン の ユカタ を きて いた カレ は、 それ を ショウギ の ウエ に すぽり と ほうりだした まま、 ウデグミ を して ウミ の ほう を むいて たって いた。 カレ は ワレワレ の はく サルマタ ヒトツ の ホカ ナニモノ も ハダ に つけて いなかった。 ワタクシ には それ が だいいち フシギ だった。 ワタクシ は その フツカ マエ に ユイガハマ まで いって、 スナ の ウエ に しゃがみながら、 ながい アイダ セイヨウジン の ウミ へ はいる ヨウス を ながめて いた。 ワタクシ の シリ を おろした ところ は すこし こだかい オカ の ウエ で、 その すぐ ワキ が ホテル の ウラグチ に なって いた ので、 ワタクシ の じっと して いる アイダ に、 だいぶ オオク の オトコ が シオ を あび に でて きた が、 いずれ も ドウ と ウデ と モモ は だして いなかった。 オンナ は ことさら ニク を かくしがち で あった。 タイテイ は アタマ に ゴム-セイ の ズキン を かぶって、 エビチャ や コン や アイ の イロ を ナミマ に うかして いた。 そういう アリサマ を モクゲキ した ばかり の ワタクシ の メ には、 サルマタ ヒトツ で すまして ミンナ の マエ に たって いる この セイヨウジン が いかにも めずらしく みえた。
 カレ は やがて ジブン の ワキ を かえりみて、 そこ に こごんで いる ニホンジン に、 ヒトコト フタコト ナニ か いった。 その ニホンジン は スナ の ウエ に おちた テヌグイ を ひろいあげて いる ところ で あった が、 それ を とりあげる や いなや、 すぐ アタマ を つつんで、 ウミ の ほう へ あるきだした。 その ヒト が すなわち センセイ で あった。
 ワタクシ は たんに コウキシン の ため に、 ならんで ハマベ を おりて ゆく フタリ の ウシロスガタ を みまもって いた。 すると カレラ は マッスグ に ナミ の ナカ に アシ を ふみこんだ。 そうして トオアサ の イソ-ヂカク に わいわい さわいで いる タニンズ の アイダ を とおりぬけて、 ヒカクテキ ひろびろ した ところ へ くる と、 フタリ とも およぎだした。 カレラ の アタマ が ちいさく みえる まで オキ の ほう へ むいて いった。 それから ひきかえして また イッチョクセン に ハマベ まで もどって きた。 カケヂャヤ へ かえる と、 イド の ミズ も あびず に、 すぐ カラダ を ふいて キモノ を きて、 さっさと どこ へ か いって しまった。
 カレラ の でて いった アト、 ワタクシ は やはり モト の ショウギ に コシ を おろして タバコ を ふかして いた。 その とき ワタクシ は ぽかん と しながら センセイ の こと を かんがえた。 どうも どこ か で みた こと の ある カオ の よう に おもわれて ならなかった。 しかし どうしても いつ どこ で あった ヒト か おもいだせず に しまった。
 その とき の ワタクシ は クッタク が ない と いう より むしろ ブリョウ に くるしんで いた。 それで あくる ヒ も また センセイ に あった ジコク を みはからって、 わざわざ カケヂャヤ まで でかけて みた。 すると セイヨウジン は こない で センセイ ヒトリ ムギワラボウ を かぶって やって きた。 センセイ は メガネ を とって ダイ の ウエ に おいて、 すぐ テヌグイ で アタマ を つつんで、 すたすた ハマ を おりて いった。 センセイ が キノウ の よう に さわがしい ヨッカク の ナカ を とおりぬけて、 ヒトリ で およぎだした とき、 ワタクシ は キュウ に その アト が おいかけたく なった。 ワタクシ は あさい ミズ を アタマ の ウエ まで はねかして ソウトウ の フカサ の ところ まで きて、 そこ から センセイ を メジルシ に ヌキデ を きった。 すると センセイ は キノウ と ちがって、 イッシュ の コセン を えがいて、 ミョウ な ホウコウ から キシ の ほう へ かえりはじめた。 それで ワタクシ の モクテキ は ついに たっせられなかった。 ワタクシ が オカ へ あがって シズク の たれる テ を ふりながら カケヂャヤ に はいる と、 センセイ は もう ちゃんと キモノ を きて イレチガイ に ソト へ でて いった。

 3

 ワタクシ は ツギ の ヒ も おなじ ジコク に ハマ へ いって センセイ の カオ を みた。 その ツギ の ヒ にも また おなじ こと を くりかえした。 けれども モノ を いいかける キカイ も、 アイサツ を する バアイ も、 フタリ の アイダ には おこらなかった。 そのうえ センセイ の タイド は むしろ ヒ-シャコウテキ で あった。 イッテイ の ジコク に ちょうぜん と して きて、 また ちょうぜん と かえって いった。 シュウイ が いくら にぎやか でも、 それ には ほとんど チュウイ を はらう ヨウス が みえなかった。 サイショ イッショ に きた セイヨウジン は ソノゴ まるで スガタ を みせなかった。 センセイ は いつでも ヒトリ で あった。
 ある とき センセイ が レイ の とおり さっさと ウミ から あがって きて、 イツモ の バショ に ぬぎすてた ユカタ を きよう と する と、 どうした ワケ か、 その ユカタ に スナ が いっぱい ついて いた。 センセイ は それ を おとす ため に、 ウシロムキ に なって、 ユカタ を 2~3 ド ふるった。 すると キモノ の シタ に おいて あった メガネ が イタ の スキマ から シタ へ おちた。 センセイ は シロガスリ の ウエ へ ヘコオビ を しめて から、 メガネ の なくなった の に キ が ついた と みえて、 キュウ に そこいら を さがしはじめた。 ワタクシ は すぐ コシカケ の シタ へ クビ と テ を つっこんで メガネ を ひろいだした。 センセイ は ありがとう と いって、 それ を ワタクシ の テ から うけとった。
 ツギ の ヒ ワタクシ は センセイ の アト に つづいて ウミ へ とびこんだ。 そうして センセイ と イッショ の ホウガク に およいで いった。 2 チョウ ほど オキ へ でる と、 センセイ は ウシロ を ふりかえって ワタクシ に はなしかけた。 ひろい あおい ウミ の ヒョウメン に ういて いる もの は、 その キンジョ に ワタクシラ フタリ より ホカ に なかった。 そうして つよい タイヨウ の ヒカリ が、 メ の とどく かぎり ミズ と ヤマ と を てらして いた。 ワタクシ は ジユウ と カンキ に みちた キンニク を うごかして ウミ の ナカ で おどりくるった。 センセイ は また ぱたり と テアシ の ウンドウ を やめて アオムケ に なった まま ナミ の ウエ に ねた。 ワタクシ も その マネ を した。 アオゾラ の イロ が ぎらぎら と メ を いる よう に ツウレツ な イロ を ワタクシ の カオ に なげつけた。 「ユカイ です ね」 と ワタクシ は おおきな コエ を だした。
 しばらく して ウミ の ナカ で おきあがる よう に シセイ を あらためた センセイ は、 「もう かえりません か」 と いって ワタクシ を うながした。 ヒカクテキ つよい タイシツ を もった ワタクシ は、 もっと ウミ の ナカ で あそんで いたかった。 しかし センセイ から さそわれた とき、 ワタクシ は すぐ 「ええ かえりましょう」 と こころよく こたえた。 そうして フタリ で また モト の ミチ を ハマベ へ ひきかえした。
 ワタクシ は これから センセイ と コンイ に なった。 しかし センセイ が どこ に いる か は まだ しらなかった。
 それから ナカ フツカ おいて ちょうど ミッカ-メ の ゴゴ だった と おもう。 センセイ と カケヂャヤ で であった とき、 センセイ は とつぜん ワタクシ に むかって、 「キミ は まだ だいぶ ながく ここ に いる つもり です か」 と きいた。 カンガエ の ない ワタクシ は こういう トイ に こたえる だけ の ヨウイ を アタマ の ナカ に たくわえて いなかった。 それで 「どう だ か わかりません」 と こたえた。 しかし にやにや わらって いる センセイ の カオ を みた とき、 ワタクシ は キュウ に キマリ が わるく なった。 「センセイ は?」 と ききかえさず には いられなかった。 これ が ワタクシ の クチ を でた センセイ と いう コトバ の ハジマリ で ある。
 ワタクシ は その バン センセイ の ヤド を たずねた。 ヤド と いって も フツウ の リョカン と ちがって、 ひろい テラ の ケイダイ に ある ベッソウ の よう な タテモノ で あった。 そこ に すんで いる ヒト の センセイ の カゾク で ない こと も わかった。 ワタクシ が センセイ センセイ と よびかける ので、 センセイ は ニガワライ を した。 ワタクシ は それ が ネンチョウシャ に たいする ワタクシ の クチグセ だ と いって ベンカイ した。 ワタクシ は コノアイダ の セイヨウジン の こと を きいて みた。 センセイ は カレ の フウガワリ の ところ や、 もう カマクラ に いない こと や、 イロイロ の ハナシ を した スエ、 ニホンジン に さえ あまり ツキアイ を もたない のに、 そういう ガイコクジン と チカヅキ に なった の は フシギ だ と いったり した。 ワタクシ は サイゴ に センセイ に むかって、 どこ か で センセイ を みた よう に おもう けれども、 どうしても おもいだせない と いった。 わかい ワタクシ は その とき あんに アイテ も ワタクシ と おなじ よう な カンジ を もって い は しまい か と うたがった。 そうして ハラ の ナカ で センセイ の ヘンジ を ヨキ して かかった。 ところが センセイ は しばらく チンギン した アト で、 「どうも キミ の カオ には ミオボエ が ありません ね。 ヒトチガイ じゃ ない です か」 と いった ので ワタクシ は へんに イッシュ の シツボウ を かんじた。

 4

 ワタクシ は ツキ の スエ に トウキョウ へ かえった。 センセイ の ヒショチ を ひきあげた の は それ より ずっと マエ で あった。 ワタクシ は センセイ と わかれる とき に、 「これから おりおり オタク へ うかがって も よ ござんす か」 と きいた。 センセイ は タンカン に ただ 「ええ いらっしゃい」 と いった だけ で あった。 その ジブン の ワタクシ は センセイ と よほど コンイ に なった つもり で いた ので、 センセイ から もうすこし こまやか な コトバ を ヨキ して かかった の で ある。 それで この ものたりない ヘンジ が すこし ワタクシ の ジシン を いためた。
 ワタクシ は こういう こと で よく センセイ から シツボウ させられた。 センセイ は それ に キ が ついて いる よう でも あり、 また まったく キ が つかない よう でも あった。 ワタクシ は また ケイビ な シツボウ を くりかえしながら、 それ が ため に センセイ から はなれて ゆく キ には なれなかった。 むしろ それ とは ハンタイ で、 フアン に うごかされる たび に、 もっと マエ へ すすみたく なった。 もっと マエ へ すすめば、 ワタクシ の ヨキ する ある もの が、 いつか メノマエ に マンゾク に あらわれて くる だろう と おもった。 ワタクシ は わかかった。 けれども スベテ の ニンゲン に たいして、 わかい チ が こう すなお に はたらこう とは おもわなかった。 ワタクシ は なぜ センセイ に たいして だけ こんな ココロモチ が おこる の か わからなかった。 それ が センセイ の なくなった コンニチ に なって、 はじめて わかって きた。 センセイ は ハジメ から ワタクシ を きらって いた の では なかった の で ある。 センセイ が ワタクシ に しめした トキドキ の そっけない アイサツ や レイタン に みえる ドウサ は、 ワタクシ を とおざけよう と する フカイ の ヒョウゲン では なかった の で ある。 いたましい センセイ は、 ジブン に ちかづこう と する ニンゲン に、 ちかづく ほど の カチ の ない もの だ から よせ と いう ケイコク を あたえた の で ある。 ヒト の ナツカシミ に おうじない センセイ は、 ヒト を ケイベツ する マエ に、 まず ジブン を ケイベツ して いた もの と みえる。
 ワタクシ は むろん センセイ を たずねる つもり で トウキョウ へ かえって きた。 かえって から ジュギョウ の はじまる まで には まだ 2 シュウカン の ヒカズ が ある ので、 その うち に イチド いって おこう と おもった。 しかし かえって フツカ ミッカ と たつ うち に、 カマクラ に いた とき の キブン が だんだん うすく なって きた。 そうして その ウエ に いろどられる ダイトカイ の クウキ が、 キオク の フッカツ に ともなう つよい シゲキ と ともに、 こく ワタクシ の ココロ を そめつけた。 ワタクシ は オウライ で ガクセイ の カオ を みる たび に あたらしい ガクネン に たいする キボウ と キンチョウ と を かんじた。 ワタクシ は しばらく センセイ の こと を わすれた。
 ジュギョウ が はじまって、 1 カゲツ ばかり する と ワタクシ の ココロ に、 また イッシュ の タルミ が できて きた。 ワタクシ は なんだか フソク な カオ を して オウライ を あるきはじめた。 ものほしそう に ジブン の ヘヤ の ナカ を みまわした。 ワタクシ の アタマ には ふたたび センセイ の カオ が ういて でた。 ワタクシ は また センセイ に あいたく なった。
 はじめて センセイ の ウチ を たずねた とき、 センセイ は ルス で あった。 2 ド-メ に いった の は ツギ の ニチヨウ だ と おぼえて いる。 はれた ソラ が ミ に しみこむ よう に かんぜられる いい ヒヨリ で あった。 その ヒ も センセイ は ルス で あった。 カマクラ に いた とき、 ワタクシ は センセイ ジシン の クチ から、 いつでも たいてい ウチ に いる と いう こと を きいた。 むしろ ガイシュツギライ だ と いう こと も きいた。 2 ド きて 2 ド とも あえなかった ワタクシ は、 その コトバ を おもいだして、 ワケ も ない フマン を どこ か に かんじた。 ワタクシ は すぐ ゲンカンサキ を さらなかった。 ゲジョ の カオ を みて すこし チュウチョ して そこ に たって いた。 このまえ メイシ を とりついだ キオク の ある ゲジョ は、 ワタクシ を またして おいて また ウチ へ はいった。 すると オクサン らしい ヒト が かわって でて きた。 うつくしい オクサン で あった。
 ワタクシ は その ヒト から テイネイ に センセイ の デサキ を おしえられた。 センセイ は レイゲツ その ヒ に なる と ゾウシガヤ の ボチ に ある ある ホトケ へ ハナ を タムケ に ゆく シュウカン なの だ そう で ある。 「たったいま でた ばかり で、 10 プン に なる か、 ならない か で ございます」 と オクサン は キノドク そう に いって くれた。 ワタクシ は エシャク して ソト へ でた。 にぎやか な マチ の ほう へ 1 チョウ ほど あるく と、 ワタクシ も サンポ-がてら ゾウシガヤ へ いって みる キ に なった。 センセイ に あえる か あえない か と いう コウキシン も うごいた。 それで すぐ キビス を めぐらした。

 5

 ワタクシ は ボチ の テマエ に ある ナエバタケ の ヒダリガワ から はいって、 リョウホウ に カエデ を うえつけた ひろい ミチ を オク の ほう へ すすんで いった。 すると その ハズレ に みえる チャミセ の ナカ から センセイ らしい ヒト が ふいと でて きた。 ワタクシ は その ヒト の メガネ の フチ が ヒ に ひかる まで ちかく よって いった。 そうして だしぬけ に 「センセイ」 と おおきな コエ を かけた。 センセイ は とつぜん たちどまって ワタクシ の カオ を みた。
「どうして……、 どうして……」
 センセイ は おなじ コトバ を 2 ヘン くりかえした。 その コトバ は しんかん と した ヒル の ウチ に イヨウ な チョウシ を もって くりかえされた。 ワタクシ は キュウ に なんとも こたえられなく なった。
「ワタクシ の アト を つけて きた の です か。 どうして……」
 センセイ の タイド は むしろ おちついて いた。 コエ は むしろ しずんで いた。 けれども その ヒョウジョウ の ウチ には はっきり いえない よう な イッシュ の クモリ が あった。
 ワタクシ は ワタクシ が どうして ここ へ きた か を センセイ に はなした。
「ダレ の ハカ へ まいり に いった か、 サイ が その ヒト の ナ を いいました か」
「いいえ、 そんな こと は なにも おっしゃいません」
「そう です か。 ――そう、 それ は いう はず が ありません ね、 はじめて あった アナタ に。 いう ヒツヨウ が ない ん だ から」
 センセイ は ようやく トクシン した らしい ヨウス で あった。 しかし ワタクシ には その イミ が まるで わからなかった。
 センセイ と ワタクシ は トオリ へ でよう と して ハカ の アイダ を ぬけた。 イサベラ ナニナニ の ハカ だの、 シンボク ロギン の ハカ だの と いう カタワラ に、 イッサイ シュジョウ シツウ ブッショウ と かいた トウバ など が たてて あった。 ゼンケン コウシ ナニナニ と いう の も あった。 ワタクシ は アントクレツ と ほりつけた ちいさい ハカ の マエ で、 「これ は なんと よむ ん でしょう」 と センセイ に きいた。 「アンドレ と でも よませる つもり でしょう ね」 と いって センセイ は クショウ した。
 センセイ は これら の ボヒョウ が あらわす ヒト サマザマ の ヨウシキ に たいして、 ワタクシ ほど に コッケイ も アイロニー も みとめて ない らしかった。 ワタクシ が まるい ハカイシ だの ほそながい ミカゲ の ヒ だの を さして、 しきり に かれこれ いいたがる の を、 ハジメ の うち は だまって きいて いた が、 シマイ に 「アナタ は シ と いう ジジツ を まだ マジメ に かんがえた こと が ありません ね」 と いった。 ワタクシ は だまった。 センセイ も それぎり なんとも いわなく なった。
 ボチ の クギリメ に、 おおきな イチョウ が 1 ポン ソラ を かくす よう に たって いた。 その シタ へ きた とき、 センセイ は たかい コズエ を みあげて、 「もうすこし する と、 きれい です よ。 この キ が すっかり コウヨウ して、 ここいら の ジメン は キンイロ の オチバ で うずまる よう に なります」 と いった。 センセイ は ツキ に イチド ずつ は かならず この キ の シタ を とおる の で あった。
 ムコウ の ほう で デコボコ の ジメン を ならして シン ボチ を つくって いる オトコ が、 クワ の テ を やすめて ワタクシタチ を みて いた。 ワタクシタチ は そこ から ヒダリ へ きれて すぐ カイドウ へ でた。
 これから どこ へ ゆく と いう アテ の ない ワタクシ は、 ただ センセイ の あるく ほう へ あるいて いった。 センセイ は イツモ より クチカズ を きかなかった。 それでも ワタクシ は さほど の キュウクツ を かんじなかった ので、 ぶらぶら イッショ に あるいて いった。
「すぐ オタク へ オカエリ です か」
「ええ べつに よる ところ も ありません から」
 フタリ は また だまって ミナミ の ほう へ サカ を おりた。
「センセイ の オタク の ボチ は あすこ に ある ん です か」 と ワタクシ が また クチ を ききだした。
「いいえ」
「ドナタ の オハカ が ある ん です か。 ――ゴシンルイ の オハカ です か」
「いいえ」
 センセイ は これ イガイ に なにも こたえなかった。 ワタクシ も その ハナシ は それぎり に して きりあげた。 すると 1 チョウ ほど あるいた アト で、 センセイ が フイ に そこ へ もどって きた。
「あすこ には ワタクシ の トモダチ の ハカ が ある ん です」
「オトモダチ の オハカ へ マイゲツ オマイリ を なさる ん です か」
「そう です」
 センセイ は その ヒ これ イガイ を かたらなかった。

 6

 ワタクシ は それから ときどき センセイ を ホウモン する よう に なった。 ゆく たび に センセイ は ザイタク で あった。 センセイ に あう ドスウ が かさなる に つれて、 ワタクシ は ますます しげく センセイ の ゲンカン へ アシ を はこんだ。
 けれども センセイ の ワタクシ に たいする タイド は はじめて アイサツ を した とき も、 コンイ に なった その ノチ も、 あまり カワリ は なかった。 センセイ は いつも しずか で あった。 ある とき は しずかすぎて さびしい くらい で あった。 ワタクシ は サイショ から センセイ には ちかづきがたい フシギ が ある よう に おもって いた。 それでいて、 どうしても ちかづかなければ いられない と いう カンジ が、 どこ か に つよく はたらいた。 こういう カンジ を センセイ に たいして もって いた モノ は、 オオク の ヒト の ウチ で あるいは ワタクシ だけ かも しれない。 しかし その ワタクシ だけ には この チョッカン が ノチ に なって ジジツ の ウエ に ショウコ-だてられた の だ から、 ワタクシ は わかわかしい と いわれて も、 ばかげて いる と わらわれて も、 それ を みこした ジブン の チョッカク を とにかく たのもしく また うれしく おもって いる。 ニンゲン を あいしうる ヒト、 あいせず には いられない ヒト、 それでいて ジブン の フトコロ に いろう と する モノ を、 テ を ひろげて だきしめる こと の できない ヒト、 ――これ が センセイ で あった。
 イマ いった とおり センセイ は しじゅう しずか で あった。 おちついて いた。 けれども ときとして ヘン な クモリ が その カオ を よこぎる こと が あった。 マド に くろい トリカゲ が さす よう に。 さす か と おもう と、 すぐ きえる には きえた が。 ワタクシ が はじめて その クモリ を センセイ の ミケン に みとめた の は、 ゾウシガヤ の ボチ で、 フイ に センセイ を よびかけた とき で あった。 ワタクシ は その イヨウ の シュンカン に、 イマ まで こころよく ながれて いた シンゾウ の チョウリュウ を ちょっと にぶらせた。 しかし それ は たんに イチジ の ケッタイ に すぎなかった。 ワタクシ の ココロ は 5 フン と たたない うち に ヘイソ の ダンリョク を カイフク した。 ワタクシ は それぎり くらそう な この クモ の カゲ を わすれて しまった。 ゆくりなく また それ を おもいださせられた の は、 コハル の つきる に マ の ない ある バン の こと で あった。
 センセイ と はなして いた ワタクシ は、 ふと センセイ が わざわざ チュウイ して くれた イチョウ の タイジュ を メノマエ に おもいうかべた。 カンジョウ して みる と、 センセイ が マイゲツレイ と して ボサン に ゆく ヒ が、 それから ちょうど ミッカ-メ に あたって いた。 その ミッカ-メ は ワタクシ の カギョウ が ヒル で おえる ラク な ヒ で あった。 ワタクシ は センセイ に むかって こう いった。
「センセイ ゾウシガヤ の イチョウ は もう ちって しまった でしょう か」
「まだ カラボウズ には ならない でしょう」
 センセイ は そう こたえながら ワタクシ の カオ を みまもった。 そうして そこ から しばし メ を はなさなかった。 ワタクシ は すぐ いった。
「コンド オハカマイリ に いらっしゃる とき に オトモ を して も よ ござんす か。 ワタクシ は センセイ と イッショ に あすこいら が サンポ して みたい」
「ワタクシ は ハカマイリ に ゆく んで、 サンポ に ゆく ん じゃ ない です よ」
「しかし ついでに サンポ を なすったら ちょうど いい じゃ ありません か」
 センセイ は なんとも こたえなかった。 しばらく して から、 「ワタクシ の は ホントウ の ハカマイリ だけ なん だ から」 と いって、 どこまでも ボサン と サンポ を きりはなそう と する ふう に みえた。 ワタクシ と ゆきたく ない コウジツ だ か なんだか、 ワタクシ には その とき の センセイ が、 いかにも こどもらしくて ヘン に おもわれた。 ワタクシ は なおと サキ へ でる キ に なった。
「じゃ オハカマイリ でも いい から イッショ に つれて いって ください。 ワタクシ も オハカマイリ を します から」
 じっさい ワタクシ には ボサン と サンポ との クベツ が ほとんど ムイミ の よう に おもわれた の で ある。 すると センセイ の マユ が ちょっと くもった。 メ の ウチ にも イヨウ の ヒカリ が でた。 それ は メイワク とも ケンオ とも イフ とも かたづけられない かすか な フアン らしい もの で あった。 ワタクシ は たちまち ゾウシガヤ で 「センセイ」 と よびかけた とき の キオク を つよく おもいおこした。 フタツ の ヒョウジョウ は まったく おなじ だった の で ある。
「ワタクシ は」 と センセイ が いった。 「ワタクシ は アナタ に はなす こと の できない ある リユウ が あって、 ヒト と イッショ に あすこ へ ハカマイリ には ゆきたく ない の です。 ジブン の サイ さえ まだ つれて いった こと が ない の です」

 7

 ワタクシ は フシギ に おもった。 しかし ワタクシ は センセイ を ケンキュウ する キ で その ウチ へ デイリ を する の では なかった。 ワタクシ は ただ ソノママ に して うちすぎた。 イマ かんがえる と その とき の ワタクシ の タイド は、 ワタクシ の セイカツ の ウチ で むしろ たっとむ べき もの の ヒトツ で あった。 ワタクシ は まったく その ため に センセイ と ニンゲン-らしい あたたかい ツキアイ が できた の だ と おもう。 もし ワタクシ の コウキシン が イクブン でも センセイ の ココロ に むかって、 ケンキュウテキ に はたらきかけた なら、 フタリ の アイダ を つなぐ ドウジョウ の イト は、 なんの ヨウシャ も なく その とき ふつり と きれて しまったろう。 わかい ワタクシ は まったく ジブン の タイド を ジカク して いなかった。 それだから たっとい の かも しれない が、 もし まちがえて ウラ へ でた と したら、 どんな ケッカ が フタリ の ナカ に おちて きたろう。 ワタクシ は ソウゾウ して も ぞっと する。 センセイ は それ で なくて も、 つめたい マナコ で ケンキュウ される の を たえず おそれて いた の で ある。
 ワタクシ は ツキ に 2 ド もしくは 3 ド ずつ かならず センセイ の ウチ へ ゆく よう に なった。 ワタクシ の アシ が だんだん しげく なった とき の ある ヒ、 センセイ は とつぜん ワタクシ に むかって きいた。
「アナタ は なんで そう たびたび ワタクシ の よう な モノ の ウチ へ やって くる の です か」
「なんで と いって、 そんな トクベツ な イミ は ありません。 ――しかし オジャマ なん です か」
「ジャマ だ とは いいません」
 なるほど メイワク と いう ヨウス は、 センセイ の どこ にも みえなかった。 ワタクシ は センセイ の コウサイ の ハンイ の きわめて せまい こと を しって いた。 センセイ の モト の ドウキュウセイ など で、 その コロ トウキョウ に いる モノ は ほとんど フタリ か 3 ニン しか ない と いう こと も しって いた。 センセイ と ドウキョウ の ガクセイ など には ときたま ザシキ で ドウザ する バアイ も あった が、 カレラ の いずれ も は ミンナ ワタクシ ほど センセイ に シタシミ を もって いない よう に みうけられた。
「ワタクシ は さびしい ニンゲン です」 と センセイ が いった。 「だから アナタ の きて くださる こと を よろこんで います。 だから なぜ そう たびたび くる の か と いって きいた の です」
「そりゃ また なぜ です」
 ワタクシ が こう ききかえした とき、 センセイ は なんとも こたえなかった。 ただ ワタクシ の カオ を みて 「アナタ は イクツ です か」 と いった。
 この モンドウ は ワタクシ に とって すこぶる フトク ヨウリョウ の もの で あった が、 ワタクシ は その とき ソコ まで おさず に かえって しまった。 しかも それから ヨッカ と たたない うち に また センセイ を ホウモン した。 センセイ は ザシキ へ でる や いなや わらいだした。
「また きました ね」 と いった。
「ええ きました」 と いって ジブン も わらった。
 ワタクシ は ホカ の ヒト から こう いわれたら きっと シャク に さわったろう と おもう。 しかし センセイ に こう いわれた とき は、 まるで ハンタイ で あった。 シャク に さわらない ばかり で なく かえって ユカイ だった。
「ワタクシ は さびしい ニンゲン です」 と センセイ は その バン また コノアイダ の コトバ を くりかえした。 「ワタクシ は さびしい ニンゲン です が、 コト に よる と アナタ も さびしい ニンゲン じゃ ない です か。 ワタクシ は さびしくって も トシ を とって いる から、 うごかず に いられる が、 わかい アナタ は そう は いかない の でしょう。 うごける だけ うごきたい の でしょう。 うごいて ナニ か に ぶつかりたい の でしょう。……」
「ワタクシ は ちっとも さむしく は ありません」
「わかい うち ほど さむしい もの は ありません。 そんなら なぜ アナタ は そう たびたび ワタクシ の ウチ へ くる の です か」
 ここ でも コノアイダ の コトバ が また センセイ の クチ から くりかえされた。
「アナタ は ワタクシ に あって も おそらく まだ さびしい キ が どこ か で して いる でしょう。 ワタクシ には アナタ の ため に その サビシサ を ネモト から ひきぬいて あげる だけ の チカラ が ない ん だ から。 アナタ は ホカ の ほう を むいて いまに テ を ひろげなければ ならなく なります。 いまに ワタクシ の ウチ の ほう へは アシ が むかなく なります」
 センセイ は こう いって さびしい ワライカタ を した。

 8

 サイワイ に して センセイ の ヨゲン は ジツゲン されず に すんだ。 ケイケン の ない トウジ の ワタクシ は、 この ヨゲン の ウチ に ふくまれて いる メイハク な イギ さえ リョウカイ しえなかった。 ワタクシ は いぜん と して センセイ に あい に いった。 そのうち いつのまにか センセイ の ショクタク で メシ を くう よう に なった。 シゼン の ケッカ オクサン とも クチ を きかなければ ならない よう に なった。
 フツウ の ニンゲン と して ワタクシ は オンナ に たいして レイタン では なかった。 けれども トシ の わかい ワタクシ の イマ まで ケイカ して きた キョウグウ から いって、 ワタクシ は ほとんど コウサイ-らしい コウサイ を オンナ に むすんだ こと が なかった。 それ が ゲンイン か どう か は ギモン だ が、 ワタクシ の キョウミ は オウライ で であう しり も しない オンナ に むかって おおく はたらく だけ で あった。 センセイ の オクサン には その マエ ゲンカン で あった とき、 うつくしい と いう インショウ を うけた。 それから あう たんび に おなじ インショウ を うけない こと は なかった。 しかし それ イガイ に ワタクシ は これ と いって とくに オクサン に ついて かたる べき ナニモノ も もたない よう な キ が した。
 これ は オクサン に トクショク が ない と いう より も、 トクショク を しめす キカイ が こなかった の だ と カイシャク する ほう が セイトウ かも しれない。 しかし ワタクシ は いつでも センセイ に フゾク した イチブブン の よう な ココロモチ で オクサン に たいして いた。 オクサン も ジブン の オット の ところ へ くる ショセイ だ から と いう コウイ で、 ワタクシ を ぐうして いた らしい。 だから チュウカン に たつ センセイ を とりのければ、 つまり フタリ は ばらばら に なって いた。 それで はじめて シリアイ に なった とき の オクサン に ついて は、 ただ うつくしい と いう ホカ に なんの カンジ も のこって いない。
 ある とき ワタクシ は センセイ の ウチ で サケ を のまされた。 その とき オクサン が でて きて ソバ で シャク を して くれた。 センセイ は イツモ より ユカイ そう に みえた。 オクサン に 「オマエ も ひとつ おあがり」 と いって、 ジブン の のみほした サカズキ を さした。 オクサン は 「ワタクシ は……」 と ジタイ しかけた アト、 メイワク そう に それ を うけとった。 オクサン は きれい な マユ を よせて、 ワタクシ の ハンブン ばかり ついで あげた サカズキ を、 クチビル の サキ へ もって いった。 オクサン と センセイ の アイダ に シモ の よう な カイワ が はじまった。
「めずらしい こと。 ワタクシ に のめ と おっしゃった こと は めった に ない のに ね」
「オマエ は きらい だ から さ。 しかし たまに は のむ と いい よ。 いい ココロモチ に なる よ」
「ちっとも ならない わ。 くるしい ぎり で。 でも アナタ は たいへん ゴユカイ そう ね、 すこし ゴシュ を めしあがる と」
「トキ に よる と たいへん ユカイ に なる。 しかし いつでも と いう わけ には いかない」
「コンヤ は いかが です」
「コンヤ は いい ココロモチ だね」
「これから マイバン すこし ずつ めしあがる と よ ござんす よ」
「そう は いかない」
「めしあがって ください よ。 その ほう が さむしく なくって いい から」
 センセイ の ウチ は フウフ と ゲジョ だけ で あった。 いく たび に タイテイ は ひそり と して いた。 たかい ワライゴエ など の きこえる ためし は まるで なかった。 ある とき は ウチ の ナカ に いる モノ は センセイ と ワタクシ だけ の よう な キ が した。
「コドモ でも ある と いい ん です がね」 と オクサン は ワタクシ の ほう を むいて いった。 ワタクシ は 「そう です な」 と こたえた。 しかし ワタクシ の ココロ には なんの ドウジョウ も おこらなかった。 コドモ を もった こと の ない その とき の ワタクシ は、 コドモ を ただ うるさい もの の よう に かんがえて いた。
「ヒトリ もらって やろう か」 と センセイ が いった。
「モライッコ じゃ、 ねえ アナタ」 と オクサン は また ワタクシ の ほう を むいた。
「コドモ は いつまで たったって できっこ ない よ」 と センセイ が いった。
 オクサン は だまって いた。 「なぜ です」 と ワタクシ が カワリ に きいた とき センセイ は 「テンバツ だ から さ」 と いって たかく わらった。

 9

 ワタクシ の しる かぎり センセイ と オクサン とは、 ナカ の いい フウフ の イッツイ で あった。 カテイ の イチイン と して くらした こと の ない ワタクシ の こと だ から、 ふかい ショウソク は むろん わからなかった けれども、 ザシキ で ワタクシ と タイザ して いる とき、 センセイ は ナニ か の ツイデ に、 ゲジョ を よばない で、 オクサン を よぶ こと が あった。 (オクサン の ナ は シズ と いった) センセイ は 「おい シズ」 と いつでも フスマ の ほう を ふりむいた。 その ヨビカタ が ワタクシ には やさしく きこえた。 ヘンジ を して でて くる オクサン の ヨウス も はなはだ すなお で あった。 ときたま ゴチソウ に なって、 オクサン が セキ へ あらわれる バアイ など には、 この カンケイ が いっそう あきらか に フタリ の アイダ に えがきだされる よう で あった。
 センセイ は ときどき オクサン を つれて、 オンガクカイ だの シバイ だの に いった。 それから フウフヅレ で 1 シュウカン イナイ の リョコウ を した こと も、 ワタクシ の キオク に よる と、 2~3 ド イジョウ あった。 ワタクシ は ハコネ から もらった エハガキ を まだ もって いる。 ニッコウ へ いった とき は モミジ の ハ を 1 マイ ふうじこめた ユウビン も もらった。
 トウジ の ワタクシ の メ に うつった センセイ と オクサン の アイダガラ は まず こんな もの で あった。 その ウチ に たった ヒトツ の レイガイ が あった。 ある ヒ ワタクシ が イツモ の とおり、 センセイ の ゲンカン から アンナイ を たのもう と する と、 ザシキ の ほう で ダレ か の ハナシゴエ が した。 よく きく と、 それ が ジンジョウ の ダンワ で なくって、 どうも イサカイ らしかった。 センセイ の ウチ は ゲンカン の ツギ が すぐ ザシキ に なって いる ので、 コウシ の マエ に たって いた ワタクシ の ミミ に その イサカイ の チョウシ だけ は ほぼ わかった。 そうして その ウチ の ヒトリ が センセイ だ と いう こと も、 ときどき たかまって くる オトコ の ほう の コエ で わかった。 アイテ は センセイ より も ひくい オン なので、 ダレ だ か はっきり しなかった が、 どうも オクサン らしく かんぜられた。 ないて いる よう でも あった。 ワタクシ は どうした もの だろう と おもって ゲンカンサキ で まよった が、 すぐ ケッシン を して そのまま ゲシュク へ かえった。
 ミョウ に フアン な ココロモチ が ワタクシ を おそって きた。 ワタクシ は ショモツ を よんで も のみこむ ノウリョク を うしなって しまった。 ヤク 1 ジカン ばかり する と センセイ が マド の シタ へ きて ワタクシ の ナ を よんだ。 ワタクシ は おどろいて マド を あけた。 センセイ は サンポ しよう と いって、 シタ から ワタクシ を さそった。 さっき オビ の アイダ へ くるんだ まま の トケイ を だして みる と、 もう 8 ジ-スギ で あった。 ワタクシ は かえった なり まだ ハカマ を つけて いた。 ワタクシ は それなり すぐ オモテ へ でた。
 その バン ワタクシ は センセイ と イッショ に ビール を のんだ。 センセイ は がんらい シュリョウ に とぼしい ヒト で あった。 ある テイド まで のんで、 それ で よえなければ、 よう まで のんで みる と いう ボウケン の できない ヒト で あった。
「キョウ は ダメ です」 と いって センセイ は クショウ した。
「ユカイ に なれません か」 と ワタクシ は キノドク そう に きいた。
 ワタクシ の ハラ の ナカ には しじゅう サッキ の こと が ひっかかって いた。 サカナ の ホネ が ノド に ささった とき の よう に、 ワタクシ は くるしんだ。 うちあけて みよう か と かんがえたり、 よした ほう が よかろう か と おもいなおしたり する ドウヨウ が、 ミョウ に ワタクシ の ヨウス を そわそわ させた。
「キミ、 コンヤ は どうか して います ね」 と センセイ の ほう から いいだした。 「じつは ワタクシ も すこし ヘン なの です よ。 キミ に わかります か」
 ワタクシ は なんの コタエ も しえなかった。
「じつは さっき サイ と すこし ケンカ を して ね。 それで くだらない シンケイ を コウフン させて しまった ん です」 と センセイ が また いった。
「どうして……」
 ワタクシ には ケンカ と いう コトバ が クチ へ でて こなかった。
「サイ が ワタクシ を ゴカイ する の です。 それ を ゴカイ だ と いって きかせて も ショウチ しない の です。 つい ハラ を たてた の です」
「どんな に センセイ を ゴカイ なさる ん です か」
 センセイ は ワタクシ の この トイ に こたえよう とは しなかった。
「サイ が かんがえて いる よう な ニンゲン なら、 ワタクシ だって こんな に くるしんで い や しない」
 センセイ が どんな に くるしんで いる か、 これ も ワタクシ には ソウゾウ の およばない モンダイ で あった。

 10

 フタリ が かえる とき あるきながら の チンモク が 1 チョウ も 2 チョウ も つづいた。 その アト で とつぜん センセイ が クチ を ききだした。
「わるい こと を した。 おこって でた から サイ は さぞ シンパイ を して いる だろう。 かんがえる と オンナ は かわいそう な もの です ね。 ワタクシ の サイ など は ワタクシ より ホカ に まるで タヨリ に する もの が ない ん だ から」
 センセイ の コトバ は ちょっと そこ で とぎれた が、 べつに ワタクシ の ヘンジ を キタイ する ヨウス も なく、 すぐ その ツヅキ へ うつって いった。
「そう いう と、 オット の ほう は いかにも ココロジョウブ の よう で すこし コッケイ だ が。 キミ、 ワタクシ は キミ の メ に どう うつります かね。 つよい ヒト に みえます か、 よわい ヒト に みえます か」
「チュウグライ に みえます」 と ワタクシ は こたえた。 この コタエ は センセイ に とって すこし アンガイ らしかった。 センセイ は また クチ を とじて、 ムゴン で あるきだした。
 センセイ の ウチ へ かえる には ワタクシ の ゲシュク の つい ソバ を とおる の が ジュンロ で あった。 ワタクシ は そこ まで きて、 マガリカド で わかれる の が センセイ に すまない よう な キ が した。 「ついでに オタク の マエ まで オトモ しましょう か」 と いった。 センセイ は たちまち テ で ワタクシ を さえぎった。
「もう おそい から はやく かえりたまえ。 ワタクシ も はやく かえって やる ん だ から、 サイクン の ため に」
 センセイ が サイゴ に つけくわえた 「サイクン の ため に」 と いう コトバ は ミョウ に その とき の ワタクシ の ココロ を あたたか に した。 ワタクシ は その コトバ の ため に、 かえって から アンシン して ねる こと が できた。 ワタクシ は ソノゴ も ながい アイダ この 「サイクン の ため に」 と いう コトバ を わすれなかった。
 センセイ と オクサン の アイダ に おこった ハラン が、 たいした もの で ない こと は これ でも わかった。 それ が また めった に おこる ゲンショウ で なかった こと も、 ソノゴ たえず デイリ を して きた ワタクシ には ほぼ スイサツ が できた。 それ どころ か センセイ は ある とき こんな カンソウ すら ワタクシ に もらした。
「ワタクシ は ヨノナカ で オンナ と いう もの を たった ヒトリ しか しらない。 サイ イガイ の オンナ は ほとんど オンナ と して ワタクシ に うったえない の です。 サイ の ほう でも、 ワタクシ を テンカ に ただ ヒトリ しか ない オトコ と おもって くれて います。 そういう イミ から いって、 ワタクシタチ は もっとも コウフク に うまれた ニンゲン の イッツイ で ある べき はず です」
 ワタクシ は イマ ゼンゴ の ユキガカリ を わすれて しまった から、 センセイ が なんの ため に こんな ジハク を ワタクシ に して きかせた の か、 はっきり いう こと が できない。 けれども センセイ の タイド の マジメ で あった の と、 チョウシ の しずんで いた の とは、 いまだに キオク に のこって いる。 その とき ただ ワタクシ の ミミ に イヨウ に ひびいた の は、 「もっとも コウフク に うまれた ニンゲン の イッツイ で ある べき はず です」 と いう サイゴ の イック で あった。 センセイ は なぜ コウフク な ニンゲン と いいきらない で、 ある べき はず で ある と ことわった の か。 ワタクシ には それ だけ が フシン で あった。 ことに そこ へ イッシュ の チカラ を いれた センセイ の ゴキ が フシン で あった。 センセイ は じじつ はたして コウフク なの だろう か、 また コウフク で ある べき はず で ありながら、 それほど コウフク で ない の だろう か。 ワタクシ は ココロ の ウチ で うたぐらざる を えなかった。 けれども その ウタガイ は イチジ かぎり どこ か へ ほうむられて しまった。
 ワタクシ は そのうち センセイ の ルス に いって、 オクサン と フタリ サシムカイ で ハナシ を する キカイ に であった。 センセイ は その ヒ ヨコハマ を シュッパン する キセン に のって ガイコク へ ゆく べき ユウジン を シンバシ へ おくり に いって ルス で あった。 ヨコハマ から フネ に のる ヒト が、 アサ 8 ジ ハン の キシャ で シンバシ を たつ の は その コロ の シュウカン で あった。 ワタクシ は ある ショモツ に ついて センセイ に はなして もらう ヒツヨウ が あった ので、 あらかじめ センセイ の ショウダク を えた とおり、 ヤクソク の 9 ジ に ホウモン した。 センセイ の シンバシ-ユキ は ゼンジツ わざわざ コクベツ に きた ユウジン に たいする レイギ と して その ヒ とつぜん おこった デキゴト で あった。 センセイ は すぐ かえる から ルス でも ワタクシ に まって いる よう に と いいのこして いった。 それで ワタクシ は ザシキ へ あがって、 センセイ を まつ アイダ、 オクサン と ハナシ を した。

 11

 その とき の ワタクシ は すでに ダイガクセイ で あった。 はじめて センセイ の ウチ へ きた コロ から みる と ずっと セイジン した キ で いた。 オクサン とも だいぶ コンイ に なった ノチ で あった。 ワタクシ は オクサン に たいして なんの キュウクツ も かんじなかった。 サシムカイ で イロイロ の ハナシ を した。 しかし それ は トクショク の ない タダ の ダンワ だ から、 イマ では まるで わすれて しまった。 その ウチ で たった ヒトツ ワタクシ の ミミ に とまった もの が ある。 しかし それ を はなす マエ に、 ちょっと ことわって おきたい こと が ある。
 センセイ は ダイガク シュッシン で あった。 これ は ハジメ から ワタクシ に しれて いた。 しかし センセイ の なにも しない で あそんで いる と いう こと は、 トウキョウ へ かえって すこし たって から はじめて わかった。 ワタクシ は その とき どうして あそんで いられる の か と おもった。
 センセイ は まるで セケン に ナマエ を しられて いない ヒト で あった。 だから センセイ の ガクモン や シソウ に ついて は、 センセイ と ミッセツ の カンケイ を もって いる ワタクシ より ホカ に ケイイ を はらう モノ の ある べき はず が なかった。 それ を ワタクシ は つねに おしい こと だ と いった。 センセイ は また 「ワタクシ の よう な モノ が ヨノナカ へ でて、 クチ を きいて は すまない」 と こたえる ぎり で、 とりあわなかった。 ワタクシ には その コタエ が ケンソン-すぎて かえって セケン を レイヒョウ する よう にも きこえた。 じっさい センセイ は ときどき ムカシ の ドウキュウセイ で イマ チョメイ に なって いる ダレカレ を とらえて、 ひどく ブエンリョ な ヒヒョウ を くわえる こと が あった。 それで ワタクシ は ロコツ に その ムジュン を あげて ウンヌン して みた。 ワタクシ の セイシン は ハンコウ の イミ と いう より も、 セケン が センセイ を しらない で ヘイキ で いる の が ザンネン だった から で ある。 その とき センセイ は しずんだ チョウシ で、 「どうしても ワタクシ は セケン に むかって はたらきかける シカク の ない オトコ だ から シカタ が ありません」 と いった。 センセイ の カオ には ふかい イッシュ の ヒョウジョウ が ありあり と きざまれた。 ワタクシ には それ が シツボウ だ か、 フヘイ だ か、 ヒアイ だ か、 わからなかった けれども、 なにしろ ニノク の つげない ほど に つよい もの だった ので、 ワタクシ は それぎり なにも いう ユウキ が でなかった。
 ワタクシ が オクサン と はなして いる アイダ に、 モンダイ が しぜん センセイ の こと から そこ へ おちて きた。
「センセイ は なぜ ああ やって、 ウチ で かんがえたり ベンキョウ したり なさる だけ で、 ヨノナカ へ でて シゴト を なさらない ん でしょう」
「あの ヒト は ダメ です よ。 そういう こと が きらい なん です から」
「つまり くだらない こと だ と さとって いらっしゃる ん でしょう か」
「さとる の さとらない の って、 ――そりゃ オンナ だ から ワタクシ には わかりません けれど、 おそらく そんな イミ じゃ ない でしょう。 やっぱり ナニ か やりたい の でしょう。 それでいて できない ん です。 だから キノドク です わ」
「しかし センセイ は ケンコウ から いって、 べつに どこ も わるい ところ は ない よう じゃ ありません か」
「ジョウブ です とも。 なんにも ジビョウ は ありません」
「それ で なぜ カツドウ が できない ん でしょう」
「それ が わからない のよ、 アナタ。 それ が わかる くらい なら ワタクシ だって、 こんな に シンパイ し や しません。 わからない から キノドク で たまらない ん です」
 オクサン の ゴキ には ヒジョウ に ドウジョウ が あった。 それでも クチモト だけ には ビショウ が みえた。 ソトガワ から いえば、 ワタクシ の ほう が むしろ マジメ だった。 ワタクシ は むずかしい カオ を して だまって いた。 すると オクサン が キュウ に おもいだした よう に また クチ を ひらいた。
「わかい とき は あんな ヒト じゃ なかった ん です よ。 わかい とき は まるで ちがって いました。 それ が まったく かわって しまった ん です」
「わかい とき って イツゴロ です か」 と ワタクシ が きいた。
「ショセイ ジダイ よ」
「ショセイ ジダイ から センセイ を しって いらっしゃった ん です か」
 オクサン は キュウ に うすあかい カオ を した。

 12

 オクサン は トウキョウ の ヒト で あった。 それ は かつて センセイ から も オクサン ジシン から も きいて しって いた。 オクサン は 「ホントウ いう と アイノコ なん です よ」 と いった。 オクサン の チチオヤ は たしか トットリ か どこ か の デ で ある のに、 オカアサン の ほう は まだ エド と いった ジブン の イチガヤ で うまれた オンナ なので、 オクサン は ジョウダン ハンブン そう いった の で ある。 ところが センセイ は まったく ホウガク チガイ の ニイガタ ケンジン で あった。 だから オクサン が もし センセイ の ショセイ ジダイ を しって いる と すれば、 キョウリ の カンケイ から で ない こと は あきらか で あった。 しかし うすあかい カオ を した オクサン は それ より イジョウ の ハナシ を したく ない よう だった ので、 ワタクシ の ほう でも ふかく は きかず に おいた。
 センセイ と シリアイ に なって から センセイ の なくなる まで に、 ワタクシ は ずいぶん イロイロ の モンダイ で センセイ の シソウ や ジョウソウ に ふれて みた が、 ケッコン トウジ の ジョウキョウ に ついて は、 ほとんど ナニモノ も ききえなかった。 ワタクシ は トキ に よる と、 それ を ゼンイ に カイシャク して も みた。 ネンパイ の センセイ の こと だ から、 なまめかしい カイソウ など を わかい モノ に きかせる の は わざと つつしんで いる の だろう と おもった。 トキ に よる と、 また それ を わるく も とった。 センセイ に かぎらず、 オクサン に かぎらず、 フタリ とも ワタクシ に くらべる と、 イチジダイ マエ の インシュウ の ウチ に セイジン した ため に、 そういう つやっぽい モンダイ に なる と、 ショウジキ に ジブン を カイホウ する だけ の ユウキ が ない の だろう と かんがえた。 もっとも どちら も スイソク に すぎなかった。 そうして どちら の スイソク の ウラ にも、 フタリ の ケッコン の オク に よこたわる はなやか な ロマンス の ソンザイ を カテイ して いた。
 ワタクシ の カテイ は はたして あやまらなかった。 けれども ワタクシ は ただ コイ の ハンメン だけ を ソウゾウ に えがきえた に すぎなかった。 センセイ は うつくしい レンアイ の ウラ に、 おそろしい ヒゲキ を もって いた。 そうして その ヒゲキ の どんな に センセイ に とって みじめ な もの で ある か は アイテ の オクサン に まるで しれて いなかった。 オクサン は イマ でも それ を しらず に いる。 センセイ は それ を オクサン に かくして しんだ。 センセイ は オクサン の コウフク を ハカイ する マエ に、 まず ジブン の セイメイ を ハカイ して しまった。
 ワタクシ は イマ この ヒゲキ に ついて ナニゴト も かたらない。 その ヒゲキ の ため に むしろ うまれでた とも いえる フタリ の レンアイ に ついて は、 さっき いった とおり で あった。 フタリ とも ワタクシ には ほとんど なにも はなして くれなかった。 オクサン は ツツシミ の ため に、 センセイ は また それ イジョウ の ふかい リユウ の ため に。
 ただ ヒトツ ワタクシ の キオク に のこって いる こと が ある。 ある とき ハナジブン に ワタクシ は センセイ と イッショ に ウエノ へ いった。 そうして そこ で うつくしい イッツイ の ナンニョ を みた。 カレラ は むつまじそう に よりそって ハナ の シタ を あるいて いた。 バショ が バショ なので、 ハナ より も そちら を むいて メ を そばだてて いる ヒト が たくさん あった。
「シンコン の フウフ の よう だね」 と センセイ が いった。
「ナカ が よさそう です ね」 と ワタクシ が こたえた。
 センセイ は クショウ さえ しなかった。 フタリ の ナンニョ を シセン の ホカ に おく よう な ホウガク へ アシ を むけた。 それから ワタクシ に こう きいた。
「キミ は コイ を した こと が あります か」
 ワタクシ は ない と こたえた。
「コイ を したく は ありません か」
 ワタクシ は こたえなかった。
「したく ない こと は ない でしょう」
「ええ」
「キミ は イマ あの オトコ と オンナ を みて、 ひやかしました ね。 あの ヒヤカシ の ウチ には キミ が コイ を もとめながら アイテ を えられない と いう フカイ の コエ が まじって いましょう」
「そんな ふう に きこえました か」
「きこえました。 コイ の マンゾク を あじわって いる ヒト は もっと あたたかい コエ を だす もの です。 しかし…… しかし キミ、 コイ は ザイアク です よ。 わかって います か」
 ワタクシ は キュウ に おどろかされた。 なんとも ヘンジ を しなかった。

 13

 ワレワレ は グンシュウ の ナカ に いた。 グンシュウ は いずれ も うれしそう な カオ を して いた。 そこ を とおりぬけて、 ハナ も ヒト も みえない モリ の ナカ へ くる まで は、 おなじ モンダイ を クチ に する キカイ が なかった。
「コイ は ザイアク です か」 と ワタクシ が その とき とつぜん きいた。
「ザイアク です。 たしか に」 と こたえた とき の センセイ の ゴキ は マエ と おなじ よう に つよかった。
「なぜ です か」
「なぜ だ か いまに わかります。 いまに じゃ ない、 もう わかって いる はず です。 アナタ の ココロ は とっく の ムカシ から すでに コイ で うごいて いる じゃ ありません か」
 ワタクシ は いちおう ジブン の ムネ の ナカ を しらべて みた。 けれども そこ は アンガイ に クウキョ で あった。 おもいあたる よう な もの は なんにも なかった。
「ワタクシ の ムネ の ナカ に これ と いう モクテキブツ は ヒトツ も ありません。 ワタクシ は センセイ に なにも かくして は いない つもり です」
「モクテキブツ が ない から うごく の です。 あれば おちつける だろう と おもって うごきたく なる の です」
「イマ それほど うごいちゃ いません」
「アナタ は ものたりない ケッカ ワタクシ の ところ に うごいて きた じゃ ありません か」
「それ は そう かも しれません。 しかし それ は コイ とは ちがいます」
「コイ に のぼる カイダン なん です。 イセイ と だきあう ジュンジョ と して、 まず ドウセイ の ワタクシ の ところ へ うごいて きた の です」
「ワタクシ には フタツ の もの が まったく セイシツ を コト に して いる よう に おもわれます」
「いや おなじ です。 ワタクシ は オトコ と して どうしても アナタ に マンゾク を あたえられない ニンゲン なの です。 それから、 ある トクベツ の ジジョウ が あって、 なおさら アナタ に マンゾク を あたえられない で いる の です。 ワタクシ は じっさい オキノドク に おもって います。 アナタ が ワタクシ から ヨソ へ うごいて いく の は シカタ が ない。 ワタクシ は むしろ それ を キボウ して いる の です。 しかし……」
 ワタクシ は へんに かなしく なった。
「ワタクシ が センセイ から はなれて ゆく よう に おおもい に なれば シカタ が ありません が、 ワタクシ に そんな キ の おこった こと は まだ ありません」
 センセイ は ワタクシ の コトバ に ミミ を かさなかった。
「しかし キ を つけない と いけない。 コイ は ザイアク なん だ から。 ワタクシ の ところ では マンゾク が えられない カワリ に キケン も ない が、 ――キミ、 くろい ながい カミ で しばられた とき の ココロモチ を しって います か」
 ワタクシ は ソウゾウ で しって いた。 しかし ジジツ と して は しらなかった。 いずれ に して も センセイ の いう ザイアク と いう イミ は もうろう と して よく わからなかった。 そのうえ ワタクシ は すこし フユカイ に なった。
「センセイ、 ザイアク と いう イミ を もっと はっきり いって きかして ください。 それ で なければ この モンダイ を ここ で きりあげて ください。 ワタクシ ジシン に ザイアク と いう イミ が はっきり わかる まで」
「わるい こと を した。 ワタクシ は アナタ に マコト を はなして いる キ で いた。 ところが ジッサイ は、 アナタ を じらして いた の だ。 ワタクシ は わるい こと を した」
 センセイ と ワタクシ とは ハクブツカン の ウラ から ウグイスダニ の ホウガク に しずか な ホチョウ で あるいて いった。 カキ の スキマ から ひろい ニワ の イチブ に しげる クマザサ が ユウスイ に みえた。
「キミ は ワタクシ が なぜ マイゲツ ゾウシガヤ の ボチ に うまって いる ユウジン の ハカ へ まいる の か しって います か」
 センセイ の この トイ は まったく トツゼン で あった。 しかも センセイ は ワタクシ が この トイ に たいして こたえられない と いう こと も よく ショウチ して いた。 ワタクシ は しばらく ヘンジ を しなかった。 すると センセイ は はじめて キ が ついた よう に こう いった。
「また わるい こと を いった。 じらせる の が わるい と おもって、 セツメイ しよう と する と、 その セツメイ が また アナタ を じらせる よう な ケッカ に なる。 どうも シカタ が ない。 この モンダイ は これ で やめましょう。 とにかく コイ は ザイアク です よ、 よ ござんす か。 そうして シンセイ な もの です よ」
 ワタクシ には センセイ の ハナシ が ますます わからなく なった。 しかし センセイ は それぎり コイ を クチ に しなかった。

 14

 トシ の わかい ワタクシ は ややともすると イチズ に なりやすかった。 すくなくとも センセイ の メ には そう うつって いた らしい。 ワタクシ には ガッコウ の コウギ より も センセイ の ダンワ の ほう が ユウエキ なの で あった。 キョウジュ の イケン より も センセイ の シソウ の ほう が ありがたい の で あった。 トド の ツマリ を いえば、 キョウダン に たって ワタクシ を シドウ して くれる えらい ヒトビト より も ただ ヒトリ を まもって オオク を かたらない センセイ の ほう が えらく みえた の で あった。
「あんまり のぼせちゃ いけません」 と センセイ が いった。
「さめた ケッカ と して そう おもう ん です」 と こたえた とき の ワタクシ には ジュウブン の ジシン が あった。 その ジシン を センセイ は うけがって くれなかった。
「アナタ は ネツ に うかされて いる の です。 ネツ が さめる と いや に なります。 ワタクシ は イマ の アナタ から それほど に おもわれる の を、 くるしく かんじて います。 しかし これから サキ の アナタ に おこる べき ヘンカ を ヨソウ して みる と、 なお くるしく なります」
「ワタクシ は それほど ケイハク に おもわれて いる ん です か。 それほど フシンヨウ なん です か」
「ワタクシ は オキノドク に おもう の です」
「キノドク だ が シンヨウ されない と おっしゃる ん です か」
 センセイ は メイワク そう に ニワ の ほう を むいた。 その ニワ に、 コノアイダ まで おもそう な あかい つよい イロ を ぽたぽた てんじて いた ツバキ の ハナ は もう ヒトツ も みえなかった。 センセイ は ザシキ から この ツバキ の ハナ を よく ながめる クセ が あった。
「シンヨウ しない って、 とくに アナタ を シンヨウ しない ん じゃ ない。 ニンゲン ゼンタイ を シンヨウ しない ん です」
 その とき イケガキ の ムコウ で キンギョウリ らしい コエ が した。 その ホカ には なんの きこえる もの も なかった。 オオドオリ から 2 チョウ も ふかく おれこんだ コウジ は ぞんがい しずか で あった。 ウチ の ナカ は イツモ の とおり ひっそり して いた。 ワタクシ は ツギノマ に オクサン の いる こと を しって いた。 だまって ハリシゴト か ナニ か して いる オクサン の ミミ に ワタクシ の ハナシゴエ が きこえる と いう こと も しって いた。 しかし ワタクシ は まったく それ を わすれて しまった。
「じゃ オクサン も シンヨウ なさらない ん です か」 と センセイ に きいた。
 センセイ は すこし フアン な カオ を した。 そうして チョクセツ の コタエ を さけた。
「ワタクシ は ワタクシ ジシン さえ シンヨウ して いない の です。 つまり ジブン で ジブン が シンヨウ できない から、 ヒト も シンヨウ できない よう に なって いる の です。 ジブン を のろう より ホカ に シカタ が ない の です」
「そう むずかしく かんがえれば、 ダレ だって たしか な もの は ない でしょう」
「いや かんがえた ん じゃ ない。 やった ん です。 やった アト で おどろいた ん です。 そうして ヒジョウ に こわく なった ん です」
 ワタクシ は もうすこし サキ まで おなじ ミチ を たどって ゆきたかった。 すると フスマ の カゲ で 「アナタ、 アナタ」 と いう オクサン の コエ が 2 ド きこえた。 センセイ は 2 ド-メ に 「ナン だい」 と いった。 オクサン は 「ちょっと」 と センセイ を ツギノマ へ よんだ。 フタリ の アイダ に どんな ヨウジ が おこった の か、 ワタクシ には わからなかった。 それ を ソウゾウ する ヨユウ を あたえない ほど はやく センセイ は また ザシキ へ かえって きた。
「とにかく あまり ワタクシ を シンヨウ して は いけません よ。 いまに コウカイ する から。 そうして ジブン が あざむかれた ヘンポウ に、 ザンコク な フクシュウ を する よう に なる もの だ から」
「そりゃ どういう イミ です か」
「かつて は その ヒト の ヒザ の マエ に ひざまずいた と いう キオク が、 コンド は その ヒト の アタマ の ウエ に アシ を のせさせよう と する の です。 ワタクシ は ミライ の ブジョク を うけない ため に、 イマ の ソンケイ を しりぞけたい と おもう の です。 ワタクシ は イマ より いっそう さびしい ミライ の ワタクシ を ガマン する カワリ に、 さびしい イマ の ワタクシ を ガマン したい の です。 ジユウ と ドクリツ と オノレ と に みちた ゲンダイ に うまれた ワレワレ は、 その ギセイ と して ミンナ この サビシミ を あじわわなくて は ならない でしょう」
 ワタクシ は こういう カクゴ を もって いる センセイ に たいして、 いう べき コトバ を しらなかった。

 15

 ソノゴ ワタクシ は オクサン の カオ を みる たび に キ に なった。 センセイ は オクサン に たいして も しじゅう こういう タイド に でる の だろう か。 もし そう だ と すれば、 オクサン は それ で マンゾク なの だろう か。
 オクサン の ヨウス は マンゾク とも フマンゾク とも キメヨウ が なかった。 ワタクシ は それほど ちかく オクサン に セッショク する キカイ が なかった から。 それから オクサン は ワタクシ に あう たび に ジンジョウ で あった から。 サイゴ に センセイ の いる セキ で なければ ワタクシ と オクサン とは めった に カオ を あわせなかった から。
 ワタクシ の ギワク は まだ その うえ にも あった。 センセイ の ニンゲン に たいする この カクゴ は どこ から くる の だろう か。 ただ つめたい メ で ジブン を ナイセイ したり ゲンダイ を カンサツ したり した ケッカ なの だろう か。 センセイ は すわって かんがえる タチ の ヒト で あった。 センセイ の アタマ さえ あれば、 こういう タイド は すわって ヨノナカ を かんがえて いて も しぜん と でて くる もの だろう か。 ワタクシ には そう ばかり とは おもえなかった。 センセイ の カクゴ は いきた カクゴ らしかった。 ヒ に やけて レイキャク しきった セキゾウ カオク の リンカク とは ちがって いた。 ワタクシ の メ に えいずる センセイ は たしか に シソウカ で あった。 けれども その シソウカ の まとめあげた シュギ の ウラ には、 つよい ジジツ が おりこまれて いる らしかった。 ジブン と きりはなされた タニン の ジジツ で なくって、 ジブン ジシン が ツウセツ に あじわった ジジツ、 チ が あつく なったり ミャク が とまったり する ほど の ジジツ が、 たたみこまれて いる らしかった。
 これ は ワタクシ の ムネ で スイソク する が もの は ない。 センセイ ジシン すでに そう だ と コクハク して いた。 ただ その コクハク が クモ の ミネ の よう で あった。 ワタクシ の アタマ の ウエ に ショウタイ の しれない おそろしい もの を おおいかぶせた。 そうして なぜ それ が おそろしい か ワタクシ にも わからなかった。 コクハク は ぼうと して いた。 それでいて あきらか に ワタクシ の シンケイ を ふるわせた。
 ワタクシ は センセイ の この ジンセイカン の キテン に、 ある キョウレツ な レンアイ ジケン を カテイ して みた。 (むろん センセイ と オクサン との アイダ に おこった)。 センセイ が かつて コイ は ザイアク だ と いった こと から てらしあわせて みる と、 たしょう それ が テガカリ にも なった。 しかし センセイ は げんに オクサン を あいして いる と ワタクシ に つげた。 すると フタリ の コイ から こんな エンセイ に ちかい カクゴ が でよう はず が なかった。 「かつて は その ヒト の マエ に ひざまずいた と いう キオク が、 コンド は その ヒト の アタマ の ウエ に アシ を のせさせよう と する」 と いった センセイ の コトバ は、 ゲンダイ イッパン の タレカレ に ついて もちいられる べき で、 センセイ と オクサン の アイダ には あてはまらない もの の よう でも あった。
 ゾウシガヤ に ある ダレ だ か わからない ヒト の ハカ、 ――これ も ワタクシ の キオク に ときどき うごいた。 ワタクシ は それ が センセイ と ふかい エンコ の ある ハカ だ と いう こと を しって いた。 センセイ の セイカツ に ちかづきつつ ありながら、 ちかづく こと の できない ワタクシ は、 センセイ の アタマ の ナカ に ある イノチ の ダンペン と して、 その ハカ を ワタクシ の アタマ の ナカ にも うけいれた。 けれども ワタクシ に とって その ハカ は まったく しんだ もの で あった。 フタリ の アイダ に ある イノチ の トビラ を あける カギ には ならなかった。 むしろ フタリ の アイダ に たって、 ジユウ の オウライ を さまたげる マモノ の よう で あった。
 そうこう して いる うち に、 ワタクシ は また オクサン と サシムカイ で ハナシ を しなければ ならない ジキ が きた。 その コロ は ヒ の つまって ゆく せわしない アキ に、 ダレ も チュウイ を ひかれる ハダサム の キセツ で あった。 センセイ の フキン で トウナン に かかった モノ が サン、 ヨッカ つづいて でた。 トウナン は いずれ も ヨイ の クチ で あった。 たいした もの を もって ゆかれた ウチ は ほとんど なかった けれども、 はいられた ところ では かならず ナニ か とられた。 オクサン は キミ を わるく した。 そこ へ センセイ が ある バン ウチ を あけなければ ならない ジジョウ が できて きた。 センセイ と ドウキョウ の ユウジン で チホウ の ビョウイン に ホウショク して いる モノ が ジョウキョウ した ため、 センセイ は ホカ の 2~3 メイ と ともに、 ある ところ で その ユウジン に メシ を くわせなければ ならなく なった。 センセイ は ワケ を はなして、 ワタクシ に かえって くる アイダ まで の ルスバン を たのんだ。 ワタクシ は すぐ ひきうけた。

 16

 ワタクシ の いった の は まだ ヒ の つく か つかない クレガタ で あった が、 キチョウメン な センセイ は もう ウチ に いなかった。 「ジカン に おくれる と わるい って、 つい いましがた でかけました」 と いった オクサン は、 ワタクシ を センセイ の ショサイ へ アンナイ した。
 ショサイ には テーブル と イス の ホカ に、 タクサン の ショモツ が うつくしい セガワ を ならべて、 ガラスゴシ に デントウ の ヒカリ で てらされて いた。 オクサン は ヒバチ の マエ に しいた ザブトン の ウエ へ ワタクシ を すわらせて、 「ちっと そこいら に ある ホン でも よんで いて ください」 と ことわって でて いった。 ワタクシ は ちょうど シュジン の カエリ を まちうける キャク の よう な キ が して すまなかった。 ワタクシ は かしこまった まま タバコ を のんで いた。 オクサン が チャノマ で ナニ か ゲジョ に はなして いる コエ が きこえた。 ショサイ は チャノマ の エンガワ を つきあたって おれまがった カド に ある ので、 ムネ の イチ から いう と、 ザシキ より も かえって かけはなれた シズカサ を りょうして いた。 ヒトシキリ で オクサン の ハナシゴエ が やむ と、 アト は しんと した。 ワタクシ は ドロボウ を まちうける よう な ココロモチ で、 じっと しながら キ を どこ か に くばった。
 30 プン ほど する と、 オクサン が また ショサイ の イリグチ へ カオ を だした。 「おや」 と いって、 かるく おどろいた とき の メ を ワタクシ に むけた。 そうして キャク に きた ヒト の よう に しかつめらしく ひかえて いる ワタクシ を おかしそう に みた。
「それ じゃ キュウクツ でしょう」
「いえ、 キュウクツ じゃ ありません」
「でも タイクツ でしょう」
「いいえ。 ドロボウ が くる か と おもって キンチョウ して いる から タイクツ でも ありません」
 オクサン は テ に コウチャ-ヂャワン を もった まま、 わらいながら そこ に たって いた。
「ここ は スミッコ だ から バン を する には よく ありません ね」 と ワタクシ が いった。
「じゃ シツレイ です が もっと マンナカ へ でて きて ちょうだい。 ゴタイクツ だろう と おもって、 オチャ を いれて もって きた ん です が、 チャノマ で よろしければ あちら で あげます から」
 ワタクシ は オクサン の アト に ついて ショサイ を でた。 チャノマ には きれい な ナガヒバチ に テツビン が なって いた。 ワタクシ は そこ で チャ と カシ の ゴチソウ に なった。 オクサン は ねられない と いけない と いって、 チャワン に テ を ふれなかった。
「センセイ は やっぱり ときどき こんな カイ へ おでかけ に なる ん です か」
「いいえ めった に でた こと は ありません。 チカゴロ は だんだん ヒト の カオ を みる の が きらい に なる よう です」
 こう いった オクサン の ヨウス に、 べつだん こまった もの だ と いう フウ も みえなかった ので、 ワタクシ は つい ダイタン に なった。
「それじゃ オクサン だけ が レイガイ なん です か」
「いいえ ワタクシ も きらわれて いる ヒトリ なん です」
「そりゃ ウソ です」 と ワタクシ が いった。 「オクサン ジシン ウソ と しりながら そう おっしゃる ん でしょう」
「なぜ」
「ワタクシ に いわせる と、 オクサン が すき に なった から セケン が きらい に なる ん です もの」
「アナタ は ガクモン を する カタ だけ あって、 なかなか オジョウズ ね。 カラッポ な リクツ を つかいこなす こと が。 ヨノナカ が きらい に なった から、 ワタクシ まで も きらい に なった ん だ とも いわれる じゃ ありません か。 それ と おんなじ リクツ で」
「リョウホウ とも いわれる こと は いわれます が、 この バアイ は ワタクシ の ほう が ただしい の です」
「ギロン は いや よ。 よく オトコ の カタ は ギロン だけ なさる のね、 おもしろそう に。 カラ の サカズキ で よく ああ あきず に ケンシュウ が できる と おもいます わ」
 オクサン の コトバ は すこし てひどかった。 しかし その コトバ の ミミザワリ から いう と、 けっして モウレツ な もの では なかった。 ジブン に ズノウ の ある こと を アイテ に みとめさせて、 そこ に イッシュ の ホコリ を みいだす ほど に オクサン は ゲンダイテキ で なかった。 オクサン は それ より もっと ソコ の ほう に しずんだ ココロ を ダイジ に して いる らしく みえた。

 17

 ワタクシ は まだ その アト に いう べき こと を もって いた。 けれども オクサン から いたずらに ギロン を しかける オトコ の よう に とられて は こまる と おもって エンリョ した。 オクサン は のみほした コウチャ-ヂャワン の ソコ を のぞいて だまって いる ワタクシ を そらさない よう に、 「もう 1 パイ あげましょう か」 と きいた。 ワタクシ は すぐ チャワン を オクサン の テ に わたした。
「イクツ? ヒトツ? フタッツ?」
 ミョウ な もの で カクザトウ を つまみあげた オクサン は、 ワタクシ の カオ を みて、 チャワン の ナカ へ いれる サトウ の カズ を きいた。 オクサン の タイド は ワタクシ に こびる と いう ほど では なかった けれども、 サッキ の つよい コトバ を つとめて うちけそう と する アイキョウ に みちて いた。
 ワタクシ は だまって チャ を のんだ。 のんで しまって も だまって いた。
「アナタ たいへん だまりこんじまった のね」 と オクサン が いった。
「ナニ か いう と また ギロン を しかける なんて、 しかりつけられそう です から」 と ワタクシ は こたえた。
「まさか」 と オクサン が ふたたび いった。
 フタリ は それ を イトグチ に また ハナシ を はじめた。 そうして また フタリ に キョウツウ な キョウミ の ある センセイ を モンダイ に した。
「オクサン、 サッキ の ツヅキ を もうすこし いわせて くださいません か。 オクサン には カラ な リクツ と きこえる かも しれません が、 ワタクシ は そんな ウワノソラ で いってる こと じゃ ない ん だ から」
「じゃ おっしゃい」
「イマ オクサン が キュウ に いなく なった と したら、 センセイ は ゲンザイ の とおり で いきて いられる でしょう か」
「そりゃ わからない わ、 アナタ。 そんな こと、 センセイ に きいて みる より ホカ に シカタ が ない じゃ ありません か。 ワタクシ の ところ へ もって くる モンダイ じゃ ない わ」
「オクサン、 ワタクシ は マジメ です よ。 だから にげちゃ いけません。 ショウジキ に こたえなくっちゃ」
「ショウジキ よ。 ショウジキ に いって ワタクシ には わからない のよ」
「じゃ オクサン は センセイ を どの くらい あいして いらっしゃる ん です か。 これ は センセイ に きく より むしろ オクサン に うかがって いい シツモン です から、 アナタ に うかがいます」
「なにも そんな こと を ひらきなおって きかなくって も いい じゃ ありません か」
「まじめくさって きく が もの は ない。 わかりきってる と おっしゃる ん です か」
「まあ そう よ」
「その くらい センセイ に チュウジツ な アナタ が キュウ に いなく なったら、 センセイ は どう なる ん でしょう。 ヨノナカ の どっち を むいて も おもしろそう で ない センセイ は、 アナタ が キュウ に いなく なったら アト で どう なる でしょう。 センセイ から みて じゃ ない。 アナタ から みて です よ。 アナタ から みて、 センセイ は コウフク に なる でしょう か、 フコウ に なる でしょう か」
「そりゃ ワタクシ から みれば わかって います。 (センセイ は そう おもって いない かも しれません が)。 センセイ は ワタクシ を はなれれば フコウ に なる だけ です。 あるいは いきて いられない かも しれません よ。 そう いう と、 オノボレ に なる よう です が、 ワタクシ は イマ センセイ を ニンゲン と して できる だけ コウフク に して いる ん だ と しんじて います わ。 どんな ヒト が あって も ワタクシ ほど センセイ を コウフク に できる モノ は ない と まで おもいこんで います わ。 それだから こうして おちついて いられる ん です」
「その シンネン が センセイ の ココロ に よく うつる はず だ と ワタクシ は おもいます が」
「それ は ベツモンダイ です わ」
「やっぱり センセイ から きらわれて いる と おっしゃる ん です か」
「ワタクシ は きらわれてる とは おもいません。 きらわれる ワケ が ない ん です もの。 しかし センセイ は セケン が きらい なん でしょう。 セケン と いう より チカゴロ では ニンゲン が きらい に なって いる ん でしょう。 だから その ニンゲン の 1 ニン と して、 ワタクシ も すかれる はず が ない じゃ ありません か」
 オクサン の きらわれて いる と いう イミ が やっと ワタクシ に のみこめた。

 18

 ワタクシ は オクサン の リカイリョク に カンシン した。 オクサン の タイド が キュウシキ の ニホン の オンナ-らしく ない ところ も ワタクシ の チュウイ に イッシュ の シゲキ を あたえた。 それ で オクサン は その コロ はやりはじめた いわゆる あたらしい コトバ など は ほとんど つかわなかった。
 ワタクシ は オンナ と いう もの に ふかい ツキアイ を した ケイケン の ない ウカツ な セイネン で あった。 オトコ と して の ワタクシ は、 イセイ に たいする ホンノウ から、 ドウケイ の モクテキブツ と して つねに オンナ を ゆめみて いた。 けれども それ は なつかしい ハル の クモ を ながめる よう な ココロモチ で、 ただ ばくぜん と ゆめみて いた に すぎなかった。 だから ジッサイ の オンナ の マエ へ でる と、 ワタクシ の カンジョウ が とつぜん かわる こと が ときどき あった。 ワタクシ は ジブン の マエ に あらわれた オンナ の ため に ひきつけられる カワリ に、 その バ に のぞんで かえって ヘン な ハンパツリョク を かんじた。 オクサン に たいした ワタクシ には そんな キ が まるで でなかった。 ふつう ナンニョ の アイダ に よこたわる シソウ の フヘイキン と いう カンガエ も ほとんど おこらなかった。 ワタクシ は オクサン の オンナ で ある と いう こと を わすれた。 ワタクシ は ただ セイジツ なる センセイ の ヒヒョウカ および ドウジョウカ と して オクサン を ながめた。
「オクサン、 ワタクシ が このまえ なぜ センセイ が セケンテキ に もっと カツドウ なさらない の だろう と いって、 アナタ に きいた とき に、 アナタ は おっしゃった こと が あります ね。 モト は ああ じゃ なかった ん だ って」
「ええ いいました。 じっさい あんな じゃ なかった ん です もの」
「どんな だった ん です か」
「アナタ の キボウ なさる よう な、 また ワタクシ の キボウ する よう な たのもしい ヒト だった ん です」
「それ が どうして キュウ に ヘンカ なすった ん です か」
「キュウ に じゃ ありません、 だんだん ああ なって きた のよ」
「オクサン は その アイダ しじゅう センセイ と イッショ に いらしった ん でしょう」
「むろん いました わ。 フウフ です もの」
「じゃ センセイ が そう かわって ゆかれる ゲンイン が ちゃんと わかる べき はず です がね」
「それだから こまる のよ。 アナタ から そう いわれる と じつに つらい ん です が、 ワタクシ には どう かんがえて も、 カンガエヨウ が ない ん です もの。 ワタクシ は イマ まで ナンベン あの ヒト に、 どうぞ うちあけて ください って たのんで みた か わかりゃ しません」
「センセイ は なんと おっしゃる ん です か」
「なんにも いう こと は ない、 なんにも シンパイ する こと は ない、 オレ は こういう セイシツ に なった ん だ から と いう だけ で、 とりあって くれない ん です」
 ワタクシ は だまって いた。 オクサン も コトバ を とぎらした。 ゲジョベヤ に いる ゲジョ は ことり とも オト を させなかった。 ワタクシ は まるで ドロボウ の こと を わすれて しまった。
「アナタ は ワタクシ に セキニン が ある ん だ と おもって や しません か」 と とつぜん オクサン が きいた。
「いいえ」 と ワタクシ が こたえた。
「どうぞ かくさず に いって ください。 そう おもわれる の は ミ を きられる より つらい ん だ から」 と オクサン が また いった。 「これ でも ワタクシ は センセイ の ため に できる だけ の こと は して いる つもり なん です」
「そりゃ センセイ も そう みとめて いられる ん だ から、 だいじょうぶ です。 ゴアンシン なさい、 ワタクシ が ホショウ します」
 オクサン は ヒバチ の ハイ を かきならした。 それから ミズサシ の ミズ を テツビン に さした。 テツビン は たちまち ナリ を しずめた。
「ワタクシ は とうとう シンボウ しきれなく なって、 センセイ に ききました。 ワタクシ に わるい ところ が ある なら エンリョ なく いって ください、 あらためられる ケッテン なら あらためる から って、 すると センセイ は、 オマエ に ケッテン なんか ありゃ しない、 ケッテン は オレ の ほう に ある だけ だ と いう ん です。 そう いわれる と、 ワタクシ かなしく なって シヨウ が ない ん です、 ナミダ が でて なお の こと ジブン の わるい ところ が ききたく なる ん です」
 オクサン は メ の ウチ に ナミダ を いっぱい ためた。

 19

 はじめ ワタクシ は リカイ の ある ニョショウ と して オクサン に たいして いた。 ワタクシ が その キ で はなして いる うち に、 オクサン の ヨウス が しだいに かわって きた。 オクサン は ワタクシ の ズノウ に うったえる カワリ に、 ワタクシ の ハート を うごかしはじめた。 ジブン と オット の アイダ には なんの ワダカマリ も ない、 また ない はず で ある のに、 やはり ナニ か ある。 それだのに メ を あけて みきわめよう と する と、 やはり なんにも ない。 オクサン の ク に する ヨウテン は ここ に あった。
 オクサン は サイショ ヨノナカ を みる センセイ の メ が エンセイテキ だ から、 その ケッカ と して ジブン も きらわれて いる の だ と ダンゲン した。 そう ダンゲン して おきながら、 ちっとも そこ に おちついて いられなかった。 ソコ を わる と、 かえって その ギャク を かんがえて いた。 センセイ は ジブン を きらう ケッカ、 とうとう ヨノナカ まで いや に なった の だろう と スイソク して いた。 けれども どう ホネ を おって も、 その スイソク を つきとめて ジジツ と する こと が できなかった。 センセイ の タイド は どこまでも オット-らしかった。 シンセツ で やさしかった。 ウタガイ の カタマリ を その ヒ その ヒ の ジョウアイ で つつんで、 そっと ムネ の オク に しまって おいた オクサン は、 その バン その ツツミ の ナカ を ワタクシ の マエ で あけて みせた。
「アナタ どう おもって?」 と きいた。 「ワタクシ から ああ なった の か、 それとも アナタ の いう ジンセイカン とか なんとか いう もの から、 ああ なった の か。 かくさず いって ちょうだい」
 ワタクシ は なにも かくす キ は なかった。 けれども ワタクシ の しらない ある もの が そこ に ソンザイ して いる と すれば、 ワタクシ の コタエ が ナン で あろう と、 それ が オクサン を マンゾク させる はず が なかった。 そうして ワタクシ は そこ に ワタクシ の しらない ある もの が ある と しんじて いた。
「ワタクシ には わかりません」
 オクサン は ヨキ の はずれた とき に みる あわれ な ヒョウジョウ を その トッサ に あらわした。 ワタクシ は すぐ ワタクシ の コトバ を つぎたした。
「しかし センセイ が オクサン を きらって いらっしゃらない こと だけ は ホショウ します。 ワタクシ は センセイ ジシン の クチ から きいた とおり を オクサン に つたえる だけ です。 センセイ は ウソ を つかない カタ でしょう」
 オクサン は なんとも こたえなかった。 しばらく して から こう いった。
「じつは ワタクシ すこし おもいあたる こと が ある ん です けれども……」
「センセイ が ああいう ふう に なった ゲンイン に ついて です か」
「ええ。 もし それ が ゲンイン だ と すれば、 ワタクシ の セキニン だけ は なくなる ん だ から、 それ だけ でも ワタクシ たいへん ラク に なれる ん です が、……」
「どんな こと です か」
 オクサン は いいしぶって ヒザ の ウエ に おいた ジブン の テ を ながめて いた。
「アナタ ハンダン して くだすって。 いう から」
「ワタクシ に できる ハンダン なら やります」
「ミンナ は いえない のよ。 みんな いう と しかられる から。 しかられない ところ だけ よ」
 ワタクシ は キンチョウ して ツバキ を のみこんだ。
「センセイ が まだ ダイガク に いる ジブン、 たいへん ナカ の いい オトモダチ が ヒトリ あった のよ。 その カタ が ちょうど ソツギョウ する すこし マエ に しんだ ん です。 キュウ に しんだ ん です」
 オクサン は ワタクシ の ミミ に ささやく よう な ちいさな コエ で、 「じつは ヘンシ した ん です」 と いった。 それ は 「どうして」 と ききかえさず には いられない よう な イイカタ で あった。
「それっきり しか いえない のよ。 けれども その こと が あって から ノチ なん です。 センセイ の セイシツ が だんだん かわって きた の は。 なぜ その カタ が しんだ の か、 ワタクシ には わからない の。 センセイ にも おそらく わかって いない でしょう。 けれども それから センセイ が かわって きた と おもえば、 そう おもわれない こと も ない のよ」
「その ヒト の ハカ です か、 ゾウシガヤ に ある の は」
「それ も いわない こと に なってる から いいません。 しかし ニンゲン は シンユウ を ヒトリ なくした だけ で、 そんな に ヘンカ できる もの でしょう か。 ワタクシ は それ が しりたくって たまらない ん です。 だから そこ を ひとつ アナタ に ハンダン して いただきたい と おもう の」
 ワタクシ の ハンダン は むしろ ヒテイ の ほう に かたむいて いた。

 20

 ワタクシ は ワタクシ の つらまえた ジジツ の ゆるす かぎり、 オクサン を なぐさめよう と した。 オクサン も また できる だけ ワタクシ に よって なぐさめられたそう に みえた。 それで フタリ は おなじ モンダイ を いつまでも はなしあった。 けれども ワタクシ は もともと コト の オオネ を つかんで いなかった。 オクサン の フアン も じつは そこ に ただよう うすい クモ に にた ギワク から でて きて いた。 ジケン の シンソウ に なる と、 オクサン ジシン にも オオク は しれて いなかった。 しれて いる ところ でも すっかり は ワタクシ に はなす こと が できなかった。 したがって なぐさめる ワタクシ も、 なぐさめられる オクサン も、 ともに ナミ に ういて、 ゆらゆら して いた。 ゆらゆら しながら、 オクサン は どこまでも テ を だして、 おぼつかない ワタクシ の ハンダン に すがりつこう と した。
 10 ジ-ゴロ に なって センセイ の クツ の オト が ゲンカン に きこえた とき、 オクサン は キュウ に イマ まで の スベテ を わすれた よう に、 マエ に すわって いる ワタクシ を ソッチノケ に して たちあがった。 そうして コウシ を あける センセイ を ほとんど デアイガシラ に むかえた。 ワタクシ は とりのこされながら、 アト から オクサン に ついて いった。 ゲジョ だけ は ウタタネ でも して いた と みえて、 ついに でて こなかった。
 センセイ は むしろ キゲン が よかった。 しかし オクサン の チョウシ は さらに よかった。 いましがた オクサン の うつくしい メ の ウチ に たまった ナミダ の ヒカリ と、 それから くろい マユゲ の ネ に よせられた ハチ の ジ を キオク して いた ワタクシ は、 その ヘンカ を イジョウ な もの と して チュウイ-ぶかく ながめた。 もし それ が イツワリ で なかった ならば、 (じっさい それ は イツワリ とは おもえなかった が)、 イマ まで の オクサン の ウッタエ は センチメント を もてあそぶ ため に とくに ワタクシ を アイテ に こしらえた、 いたずら な ジョセイ の ユウギ と とれない こと も なかった。 もっとも その とき の ワタクシ には オクサン を それほど ヒヒョウテキ に みる キ は おこらなかった。 ワタクシ は オクサン の タイド の キュウ に かがやいて きた の を みて、 むしろ アンシン した。 これ ならば そう シンパイ する ヒツヨウ も なかった ん だ と かんがえなおした。
 センセイ は わらいながら 「どうも ごくろうさま、 ドロボウ は きません でした か」 と ワタクシ に きいた。 それから 「こない んで ハリアイ が ぬけ や しません か」 と いった。
 かえる とき、 オクサン は 「どうも おきのどくさま」 と エシャク した。 その チョウシ は いそがしい ところ を ヒマ を つぶさせて キノドク だ と いう より も、 せっかく きた のに ドロボウ が はいらなくって キノドク だ と いう ジョウダン の よう に きこえた。 オクサン は そう いいながら、 さっき だした セイヨウガシ の ノコリ を、 カミ に つつんで ワタクシ の テ に もたせた。 ワタクシ は それ を タモト へ いれて、 ヒトドオリ の すくない ヨサム の コウジ を キョクセツ して にぎやか な マチ の ほう へ いそいだ。
 ワタクシ は その バン の こと を キオク の ウチ から ひきぬいて ここ へ くわしく かいた。 これ は かく だけ の ヒツヨウ が ある から かいた の だ が、 ジツ を いう と、 オクサン に カシ を もらって かえる とき の キブン では、 それほど トウヤ の カイワ を おもく みて いなかった。 ワタクシ は その ヨクジツ ヒルメシ を くい に ガッコウ から かえって きて、 ユウベ ツクエ の ウエ に のせて おいた カシ の ツツミ を みる と、 すぐ その ナカ から チョコレート を ぬった トビイロ の カステラ を だして ほおばった。 そうして それ を くう とき に、 ひっきょう この カシ を ワタクシ に くれた フタリ の ナンニョ は、 コウフク な イッツイ と して ヨノナカ に ソンザイ して いる の だ と ジカク しつつ あじわった。
 アキ が くれて フユ が くる まで カクベツ の こと も なかった。 ワタクシ は センセイ の ウチ へ デハイリ を する ツイデ に、 イフク の アライハリ や シタテカタ など を オクサン に たのんだ。 それまで ジュバン と いう もの を きた こと の ない ワタクシ が、 シャツ の ウエ に くろい エリ の かかった もの を かさねる よう に なった の は この とき から で あった。 コドモ の ない オクサン は、 そういう セワ を やく の が かえって タイクツ シノギ に なって、 けっく カラダ の クスリ だ ぐらい の こと を いって いた。
「こりゃ テオリ ね。 こんな ジ の いい キモノ は イマ まで ぬった こと が ない わ。 そのかわり ぬいにくい のよ そりゃあ。 まるで ハリ が たたない ん です もの。 おかげで ハリ を 2 ホン おりました わ」
 こんな クジョウ を いう とき で すら、 オクサン は べつに めんどうくさい と いう カオ を しなかった。

 21

 フユ が きた とき、 ワタクシ は ぐうぜん クニ へ かえらなければ ならない こと に なった。 ワタクシ の ハハ から うけとった テガミ の ナカ に、 チチ の ビョウキ の ケイカ が おもしろく ない ヨウス を かいて、 イマ が イマ と いう シンパイ も あるまい が、 トシ が トシ だ から、 できる なら ツゴウ して かえって きて くれ と たのむ よう に つけたして あった。
 チチ は かねて から ジンゾウ を やんで いた。 チュウネン イゴ の ヒト に しばしば みる とおり、 チチ の この ヤマイ は マンセイ で あった。 そのかわり ヨウジン さえ して いれば キュウヘン の ない もの と トウニン も カゾク の モノ も しんじて うたがわなかった。 げんに チチ は ヨウジョウ の おかげ ヒトツ で、 コンニチ まで どうか こうか しのいで きた よう に キャク が くる と フイチョウ して いた。 その チチ が、 ハハ の ショシン に よる と、 ニワ へ でて ナニ か して いる ハズミ に とつぜん メマイ が して ひっくりかえった。 カナイ の モノ は ケイショウ の ノウイッケツ と おもいちがえて、 すぐ その テアテ を した。 アト で イシャ から どうも そう では ない らしい、 やはり ジビョウ の ケッカ だろう と いう ハンダン を えて、 はじめて ソットウ と ジンゾウビョウ と を むすびつけて かんがえる よう に なった の で ある。
 フユヤスミ が くる には まだ すこし マ が あった。 ワタクシ は ガッキ の オワリ まで まって いて も サシツカエ あるまい と おもって 1 ニチ フツカ ソノママ に して おいた。 すると その 1 ニチ フツカ の アイダ に、 チチ の ねて いる ヨウス だの、 ハハ の シンパイ して いる カオ だの が ときどき メ に うかんだ。 その たび に イッシュ の ココログルシサ を なめた ワタクシ は、 とうとう かえる ケッシン を した。 クニ から リョヒ を おくらせる テカズ と ジカン を はぶく ため、 ワタクシ は イトマゴイ-かたがた センセイ の ところ へ いって、 いる だけ の カネ を イチジ たてかえて もらう こと に した。
 センセイ は すこし カゼ の キミ で、 ザシキ へ でる の が オックウ だ と いって、 ワタクシ を その ショサイ に とおした。 ショサイ の ガラスド から フユ に いって まれ に みる よう な なつかしい やわらか な ニッコウ が ツクエカケ の ウエ に さして いた。 センセイ は この ヒアタリ の いい ヘヤ の ナカ へ おおきな ヒバチ を おいて、 ゴトク の ウエ に かけた カナダライ から たちあがる ユゲ で、 イキ の くるしく なる の を ふせいで いた。
「タイビョウ は いい が、 ちょっと した カゼ など は かえって いや な もの です ね」 と いった センセイ は、 クショウ しながら ワタクシ の カオ を みた。
 センセイ は ビョウキ と いう ビョウキ を した こと の ない ヒト で あった。 センセイ の コトバ を きいた ワタクシ は わらいたく なった。
「ワタクシ は カゼ ぐらい なら ガマン します が、 それ イジョウ の ビョウキ は まっぴら です。 センセイ だって おなじ こと でしょう。 こころみに やって ゴラン に なる と よく わかります」
「そう かね。 ワタクシ は ビョウキ に なる くらい なら、 シビョウ に かかりたい と おもってる」
 ワタクシ は センセイ の いう こと に かくべつ チュウイ を はらわなかった。 すぐ ハハ の テガミ の ハナシ を して、 カネ の ムシン を もうしでた。
「そりゃ こまる でしょう。 その くらい なら イマ テモト に ある はず だ から もって ゆきたまえ」
 センセイ は オクサン を よんで、 ヒツヨウ の キンガク を ワタクシ の マエ に ならべさせて くれた。 それ を オク の チャダンス か ナニ か の ヒキダシ から だして きた オクサン は、 しろい ハンシ の ウエ へ テイネイ に かさねて、 「そりゃ ゴシンパイ です ね」 と いった。
「ナンベン も ソットウ した ん です か」 と センセイ が きいた。
「テガミ には なんとも かいて ありません が。 ――そんな に ナンド も ひっくりかえる もの です か」
「ええ」
 センセイ の オクサン の ハハオヤ と いう ヒト も ワタクシ の チチ と おなじ ビョウキ で なくなった の だ と いう こと が はじめて ワタクシ に わかった。
「どうせ むずかしい ん でしょう」 と ワタクシ が いった。
「そう さね。 ワタクシ が かわられれば かわって あげて も いい が。 ――ハキケ は ある ん です か」
「どう です か、 なんとも かいて ない から、 おおかた ない ん でしょう」
「ハキケ さえ こなければ まだ だいじょうぶ です よ」 と オクサン が いった。
 ワタクシ は その バン の キシャ で トウキョウ を たった。

 22

 チチ の ビョウキ は おもった ほど わるく は なかった。 それでも ついた とき は、 トコ の ウエ に アグラ を かいて、 「ミンナ が シンパイ する から、 まあ ガマン して こう じっと して いる。 なに もう おきて も いい のさ」 と いった。 しかし その ヨクジツ から は ハハ が とめる の も きかず に、 とうとう トコ を あげさせて しまった。 ハハ は ふしょうぶしょう に フトオリ の フトン を たたみながら 「オトウサン は オマエ が かえって きた ので、 キュウ に キ が つよく オナリ なん だよ」 と いった。 ワタクシ には チチ の キョドウ が さして キョセイ を はって いる よう にも おもえなかった。
 ワタクシ の アニ は ある ショク を おびて とおい キュウシュウ に いた。 これ は マンイチ の こと が ある バアイ で なければ、 ヨウイ に チチハハ の カオ を みる ジユウ の きかない オトコ で あった。 イモウト は タコク へ とついだ。 これ も キュウバ の マ に あう よう に、 おいそれと よびよせられる オンナ では なかった。 キョウダイ 3 ニン の ウチ で、 いちばん ベンリ なの は やはり ショセイ を して いる ワタクシ だけ で あった。 その ワタクシ が ハハ の イイツケドオリ ガッコウ の カギョウ を ほうりだして、 ヤスミ マエ に かえって きた と いう こと が、 チチ には おおきな マンゾク で あった。
「コレシキ の ビョウキ に ガッコウ を やすませて は キノドク だ。 オカアサン が あまり ぎょうさん な テガミ を かく もの だ から いけない」
 チチ は クチ では こう いった。 こう いった ばかり で なく、 イマ まで しいて いた トコ を あげさせて、 イツモ の よう な ゲンキ を しめした。
「あんまり カルハズミ を して また ぶりかえす と いけません よ」
 ワタクシ の この チュウイ を チチ は ユカイ そう に しかし きわめて かるく うけた。
「なに だいじょうぶ、 これ で イツモ の よう に ヨウジン さえ して いれば」
 じっさい チチ は だいじょうぶ らしかった。 イエ の ナカ を ジユウ に オウライ して、 イキ も きれなければ、 メマイ も かんじなかった。 ただ カオイロ だけ は フツウ の ヒト より も たいへん わるかった が、 これ は また イマ はじまった ショウジョウ でも ない ので、 ワタクシタチ は かくべつ それ を キ に とめなかった。
 ワタクシ は センセイ に テガミ を かいて オンシャク の レイ を のべた。 ショウガツ ジョウキョウ する とき に ジサン する から それまで まって くれる よう に と ことわった。 そうして チチ の ビョウジョウ の おもった ほど ケンアク で ない こと、 この ブン なら とうぶん アンシン な こと、 メマイ も ハキケ も カイム な こと など を かきつらねた。 サイゴ に センセイ の フウジャ に ついて も イチゴン の ミマイ を つけくわえた。 ワタクシ は センセイ の フウジャ を じっさい かるく みて いた ので。
 ワタクシ は その テガミ を だす とき に けっして センセイ の ヘンジ を ヨキ して いなかった。 だした アト で チチ や ハハ と センセイ の ウワサ など を しながら、 はるか に センセイ の ショサイ を ソウゾウ した。
「コンド トウキョウ へ ゆく とき には シイタケ でも もって いって おあげ」
「ええ、 しかし センセイ が ほした シイタケ なぞ を くう かしら」
「うまく は ない が、 べつに きらい な ヒト も ない だろう」
 ワタクシ には シイタケ と センセイ を むすびつけて かんがえる の が ヘン で あった。
 センセイ の ヘンジ が きた とき、 ワタクシ は ちょっと おどろかされた。 ことに その ナイヨウ が トクベツ の ヨウケン を ふくんで いなかった とき、 おどろかされた。 センセイ は ただ シンセツズク で、 ヘンジ を かいて くれた ん だ と ワタクシ は おもった。 そう おもう と、 その カンタン な 1 ポン の テガミ が ワタクシ には タイソウ な ヨロコビ に なった。 もっとも これ は ワタクシ が センセイ から うけとった ダイイチ の テガミ には ソウイ なかった が。
 ダイイチ と いう と ワタクシ と センセイ の アイダ に ショシン の オウフク が たびたび あった よう に おもわれる が、 ジジツ は けっして そう で ない こと を ちょっと ことわって おきたい。 ワタクシ は センセイ の セイゼン に たった 2 ツウ の テガミ しか もらって いない。 その 1 ツウ は イマ いう この カンタン な ヘンショ で、 アト の 1 ツウ は センセイ の しぬ マエ とくに ワタクシ-アテ で かいた たいへん ながい もの で ある。
 チチ は ビョウキ の セイシツ と して、 ウンドウ を つつしまなければ ならない ので、 トコ を あげて から も、 ほとんど ソト へは でなかった。 イチド テンキ の ごく おだやか な ヒ の ゴゴ ニワ へ おりた こと が ある が、 その とき は マンイチ を きづかって、 ワタクシ が ひきそう よう に ソバ に ついて いた。 ワタクシ が シンパイ して ジブン の カタ へ テ を かけさせよう と して も、 チチ は わらって おうじなかった。

 23

 ワタクシ は タイクツ な チチ の アイテ と して よく ショウギバン に むかった。 フタリ とも ブショウ な タチ なので、 コタツ に あたった まま、 バン を ヤグラ の ウエ へ のせて、 コマ を うごかす たび に、 わざわざ テ を カケブトン の シタ から だす よう な こと を した。 ときどき モチゴマ を なくして、 ツギ の ショウブ の くる まで ソウホウ とも しらず に いたり した。 それ を ハハ が ハイ の ナカ から みつけだして、 ヒバシ で はさみあげる と いう コッケイ も あった。
「ゴ だ と バン が たかすぎる うえ に、 アシ が ついて いる から、 コタツ の ウエ では うてない が、 そこ へ くる と ショウギバン は いい ね、 こうして ラク に させる から。 ブショウモノ には もってこい だ。 もう イチバン やろう」
 チチ は かった とき は かならず もう イチバン やろう と いった。 そのくせ まけた とき にも、 もう イチバン やろう と いった。 ようするに、 かって も まけて も、 コタツ に あたって、 ショウギ を さしたがる オトコ で あった。 ハジメ の うち は めずらしい ので、 この インキョ-じみた ゴラク が ワタクシ にも ソウトウ の キョウミ を あたえた が、 すこし ジジツ が たつ に つれて、 わかい ワタクシ の キリョク は その くらい な シゲキ で マンゾク できなく なった。 ワタクシ は キン や キョウシャ を にぎった コブシ を アタマ の ウエ へ のばして、 ときどき おもいきった アクビ を した。
 ワタクシ は トウキョウ の こと を かんがえた。 そうして みなぎる シンゾウ の チシオ の オク に、 カツドウ カツドウ と うちつづける コドウ を きいた。 フシギ にも その コドウ の オト が、 ある ビミョウ な イシキ ジョウタイ から、 センセイ の チカラ で つよめられて いる よう に かんじた。
 ワタクシ は ココロ の ウチ で、 チチ と センセイ と を ヒカク して みた。 リョウホウ とも セケン から みれば、 いきて いる か しんで いる か わからない ほど おとなしい オトコ で あった。 ヒト に みとめられる と いう テン から いえば どっち も レイ で あった。 それでいて、 この ショウギ を さしたがる チチ は、 たんなる ゴラク の アイテ と して も ワタクシ には ものたりなかった。 かつて ユウキョウ の ため に ユキキ を した オボエ の ない センセイ は、 カンラク の コウサイ から でる シタシミ イジョウ に、 いつか ワタクシ の アタマ に エイキョウ を あたえて いた。 ただ アタマ と いう の は あまり に ひややかすぎる から、 ワタクシ は ムネ と いいなおしたい。 ニク の ナカ に センセイ の チカラ が くいこんで いる と いって も、 チ の ナカ に センセイ の イノチ が ながれて いる と いって も、 その とき の ワタクシ には すこしも コチョウ で ない よう に おもわれた。 ワタクシ は チチ が ワタクシ の ホントウ の チチ で あり、 センセイ は また いう まで も なく、 アカ の タニン で ある と いう メイハク な ジジツ を、 ことさら に メノマエ に ならべて みて、 はじめて おおきな シンリ でも ハッケン した か の ごとく に おどろいた。
 ワタクシ が のつそつ しだす と ゼンゴ して、 チチ や ハハ の メ にも イマ まで めずらしかった ワタクシ が だんだん チンプ に なって きた。 これ は ナツヤスミ など に クニ へ かえる ダレ でも が イチヨウ に ケイケン する ココロモチ だろう と おもう が、 トウザ の 1 シュウカン ぐらい は シタ にも おかない よう に、 ちやほや もてなされる のに、 その トウゲ を テイキ-どおり とおりこす と、 アト は そろそろ カゾク の ネツ が さめて きて、 シマイ には あって も なくって も かまわない もの の よう に ソマツ に とりあつかわれがち に なる もの で ある。 ワタクシ も タイザイチュウ に その トウゲ を とおりこした。 そのうえ ワタクシ は クニ へ かえる たび に、 チチ にも ハハ にも わからない ヘン な ところ を トウキョウ から もって かえった。 ムカシ で いう と、 ジュシャ の イエ へ キリシタン の ニオイ を もちこむ よう に、 ワタクシ の もって かえる もの は チチ とも ハハ とも チョウワ しなかった。 むろん ワタクシ は それ を かくして いた。 けれども もともと ミ に ついて いる もの だ から、 だすまい と おもって も、 いつか それ が チチ や ハハ の メ に とまった。 ワタクシ は つい おもしろく なくなった。 はやく トウキョウ へ かえりたく なった。
 チチ の ビョウキ は さいわい ゲンジョウ イジ の まま で、 すこしも わるい ほう へ すすむ モヨウ は みえなかった。 ネン の ため に わざわざ トオク から ソウトウ の イシャ を まねいたり して、 シンチョウ に シンサツ して もらって も やはり ワタクシ の しって いる イガイ に イジョウ は みとめられなかった。 ワタクシ は フユヤスミ の つきる すこし マエ に クニ を たつ こと に した。 たつ と いいだす と、 ニンジョウ は ミョウ な もの で、 チチ も ハハ も ハンタイ した。
「もう かえる の かい、 まだ はやい じゃ ない か」 と ハハ が いった。
「まだ 4~5 ニチ いて も まにあう ん だろう」 と チチ が いった。
 ワタクシ は ジブン の きめた シュッタツ の ヒ を うごかさなかった。

 24

 トウキョウ へ かえって みる と、 マツカザリ は いつか とりはらわれて いた。 マチ は さむい カゼ の ふく に まかせて、 どこ を みて も これ と いう ほど の ショウガツ-めいた ケイキ は なかった。
 ワタクシ は さっそく センセイ の ウチ へ カネ を かえし に いった。 レイ の シイタケ も ついでに もって いった。 ただ だす の は すこし ヘン だ から、 ハハ が これ を さしあげて くれ と いいました と わざわざ ことわって オクサン の マエ へ おいた。 シイタケ は あたらしい カシオリ に いれて あった。 テイネイ に レイ を のべた オクサン は、 ツギノマ へ たつ とき、 その オリ を もって みて、 かるい の に おどろかされた の か、 「こりゃ なんの オカシ」 と きいた。 オクサン は コンイ に なる と、 こんな ところ に きわめて タンパク な こどもらしい ココロ を みせた。
 フタリ とも チチ の ビョウキ に ついて、 いろいろ ケネン の トイ を くりかえして くれた ナカ に、 センセイ は こんな こと を いった。
「なるほど ヨウダイ を きく と、 イマ が イマ どう と いう こと も ない よう です が、 ビョウキ が ビョウキ だ から よほど キ を つけない と いけません」
 センセイ は ジンゾウ の ヤマイ に ついて ワタクシ の しらない こと を おおく しって いた。
「ジブン で ビョウキ に かかって いながら、 キ が つかない で ヘイキ で いる の が あの ヤマイ の トクショク です。 ワタクシ の しった ある シカン は、 とうとう それ で やられた が、 まったく ウソ の よう な シニカタ を した ん です よ。 なにしろ ソバ に ねて いた サイクン が カンビョウ を する ヒマ も なんにも ない くらい なん です から ね。 ヨナカ に ちょっと くるしい と いって、 サイクン を おこした ぎり、 あくる アサ は もう しんで いた ん です。 しかも サイクン は オット が ねて いる と ばかり おもってた ん だ って いう ん だ から」
 イマ まで ラクテンテキ に かたむいて いた ワタクシ は キュウ に フアン に なった。
「ワタクシ の オヤジ も そんな に なる でしょう か。 ならん とも いえない です ね」
「イシャ は なんと いう の です」
「イシャ は とても なおらない と いう ん です。 けれども トウブン の ところ シンパイ は あるまい とも いう ん です」
「それじゃ いい でしょう。 イシャ が そう いう なら。 ワタクシ の イマ はなした の は キ が つかず に いた ヒト の こと で、 しかも それ が ずいぶん ランボウ な グンジン なん だ から」
 ワタクシ は やや アンシン した。 ワタクシ の ヘンカ を じっと みて いた センセイ は、 それから こう つけたした。
「しかし ニンゲン は ケンコウ に しろ ビョウキ に しろ、 どっち に して も もろい もの です ね。 いつ どんな こと で どんな シニヨウ を しない とも かぎらない から」
「センセイ も そんな こと を かんがえて おいで です か」
「いくら ジョウブ の ワタクシ でも、 まんざら かんがえない こと も ありません」
 センセイ の クチモト には ビショウ の カゲ が みえた。
「よく ころり と しぬ ヒト が ある じゃ ありません か。 シゼン に。 それから あっ と おもう マ に しぬ ヒト も ある でしょう。 フシゼン な ボウリョク で」
「フシゼン な ボウリョク って ナン です か」
「なんだか それ は ワタクシ にも わからない が、 ジサツ する ヒト は ミンナ フシゼン な ボウリョク を つかう ん でしょう」
「すると ころされる の も、 やはり フシゼン な ボウリョク の おかげ です ね」
「ころされる ほう は ちっとも かんがえて いなかった。 なるほど そう いえば そう だ」
 その ヒ は それで かえった。 かえって から も チチ の ビョウキ の こと は それほど ク に ならなかった。 センセイ の いった シゼン に しぬ とか、 フシゼン の ボウリョク で しぬ とか いう コトバ も、 ソノバカギリ の あさい インショウ を あたえた だけ で、 アト は なんら の コダワリ を ワタクシ の アタマ に のこさなかった。 ワタクシ は イマ まで イクタビ か テ を つけよう と して は テ を ひっこめた ソツギョウ ロンブン を、 いよいよ ホンシキ に かきはじめなければ ならない と おもいだした。

 25

 その トシ の 6 ガツ に ソツギョウ する はず の ワタクシ は、 ぜひとも この ロンブン を セイキ-どおり 4 ガツ いっぱい に かきあげて しまわなければ ならなかった。 2、 3、 4 と ユビ を おって あまる ジジツ を カンジョウ して みた とき、 ワタクシ は すこし ジブン の ドキョウ を うたぐった。 ホカ の モノ は よほど マエ から ザイリョウ を あつめたり、 ノート を ためたり して、 ヨソメ にも いそがしそう に みえる のに、 ワタクシ だけ は まだ なんにも テ を つけず に いた。 ワタクシ には ただ トシ が あらたまったら おおいに やろう と いう ケッシン だけ が あった。 ワタクシ は その ケッシン で やりだした。 そうして たちまち うごけなく なった。 イマ まで おおきな モンダイ を クウ に えがいて、 ホネグミ だけ は ほぼ できあがって いる くらい に かんがえて いた ワタクシ は、 アタマ を おさえて なやみはじめた。 ワタクシ は それから ロンブン の モンダイ を ちいさく した。 そうして ねりあげた シソウ を ケイトウテキ に まとめる テスウ を はぶく ため に、 ただ ショモツ の ナカ に ある ザイリョウ を ならべて、 それ に ソウトウ な ケツロン を ちょっと つけくわえる こと に した。
 ワタクシ の センタク した モンダイ は センセイ の センモン と エンコ の ちかい もの で あった。 ワタクシ が かつて その センタク に ついて センセイ の イケン を たずねた とき、 センセイ は いい でしょう と いった。 ロウバイ した キミ の ワタクシ は、 さっそく センセイ の ところ へ でかけて、 ワタクシ の よまなければ ならない サンコウショ を きいた。 センセイ は ジブン の しって いる カギリ の チシキ を、 こころよく ワタクシ に あたえて くれた うえ に、 ヒツヨウ の ショモツ を 2~3 サツ かそう と いった。 しかし センセイ は この テン に ついて ごうも ワタクシ を シドウ する ニン に あたろう と しなかった。
「チカゴロ は あんまり ショモツ を よまない から、 あたらしい こと は しりません よ。 ガッコウ の センセイ に きいた ほう が いい でしょう」
 センセイ は イチジ ヒジョウ の ドクショカ で あった が、 ソノゴ どういう ワケ か、 マエ ほど この ホウメン に キョウミ が はたらかなく なった よう だ と、 かつて オクサン から きいた こと が ある の を、 ワタクシ は その とき ふと おもいだした。 ワタクシ は ロンブン を ヨソ に して、 そぞろ に クチ を ひらいた。
「センセイ は なぜ モト の よう に ショモツ に キョウミ を もちえない ん です か」
「なぜ と いう ワケ も ありません が。 ……つまり いくら ホン を よんで も それほど えらく ならない と おもう せい でしょう。 それから……」
「それから、 まだ ある ん です か」
「まだ ある と いう ほど の リユウ でも ない が、 イゼン は ね、 ヒト の マエ へ でたり、 ヒト に きかれたり して しらない と ハジ の よう に キマリ が わるかった もの だ が、 チカゴロ は しらない と いう こと が、 それほど の ハジ で ない よう に みえだした もの だ から、 つい ムリ にも ホン を よんで みよう と いう ゲンキ が でなく なった の でしょう。 まあ はやく いえば おいこんだ の です」
 センセイ の コトバ は むしろ ヘイセイ で あった。 セケン に セナカ を むけた ヒト の クミ を おびて いなかった だけ に、 ワタクシ には それほど の テゴタエ も なかった。 ワタクシ は センセイ を おいこんだ とも おもわない カワリ に、 えらい とも カンシン せず に かえった。
 それから の ワタクシ は ほとんど ロンブン に たたられた セイシンビョウシャ の よう に メ を あかく して くるしんだ。 ワタクシ は 1 ネン-ゼン に ソツギョウ した トモダチ に ついて、 いろいろ ヨウス を きいて みたり した。 その ウチ の 1 ニン は シメキリ の ヒ に クルマ で ジムショ へ かけつけて ようやく まにあわせた と いった。 タ の 1 ニン は 5 ジ を 15 フン ほど おくらして もって いった ため、 あやうく はねつけられよう と した ところ を、 シュニン キョウジュ の コウイ で やっと ジュリ して もらった と いった。 ワタクシ は フアン を かんずる と ともに ドキョウ を すえた。 マイニチ ツクエ の マエ で セイコン の つづく かぎり はたらいた。 で なければ、 うすぐらい ショコ に はいって、 たかい ホンダナ の あちらこちら を みまわした。 ワタクシ の メ は コウズカ が コットウ でも ほりだす とき の よう に セビョウシ の キンモジ を あさった。
 ウメ が さく に つけて さむい カゼ は だんだん ムキ を ミナミ へ かえて いった。 それ が ひとしきり たつ と、 サクラ の ウワサ が ちらほら ワタクシ の ミミ に きこえだした。 それでも ワタクシ は バシャウマ の よう に ショウメン ばかり みて、 ロンブン に むちうたれた。 ワタクシ は ついに 4 ガツ の ゲジュン が きて、 やっと ヨテイドオリ の もの を かきあげる まで、 センセイ の シキイ を またがなかった。

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 ワタクシ の ジユウ に なった の は、 ヤエザクラ の ちった エダ に いつしか あおい ハ が かすむ よう に のびはじめる ショカ の キセツ で あった。 ワタクシ は カゴ を ぬけだした コトリ の ココロ を もって、 ひろい テンチ を ヒトメ に みわたしながら、 ジユウ に ハバタキ を した。 ワタクシ は すぐ センセイ の ウチ へ いった。 カラタチ の カキ が くろずんだ エダ の ウエ に、 もえる よう な メ を ふいて いたり、 ザクロ の かれた ミキ から、 つやつやしい チャカッショク の ハ が、 やわらかそう に ニッコウ を うつして いたり する の が、 みちみち ワタクシ の メ を ひきつけた。 ワタクシ は うまれて はじめて そんな もの を みる よう な メズラシサ を おぼえた。
 センセイ は うれしそう な ワタクシ の カオ を みて、 「もう ロンブン は かたづいた ん です か、 ケッコウ です ね」 と いった。 ワタクシ は 「おかげで ようやく すみました。 もう なんにも する こと は ありません」 と いった。
 じっさい その とき の ワタクシ は、 ジブン の なす べき スベテ の シゴト が すでに ケツリョウ して、 これから サキ は いばって あそんで いて も かまわない よう な はれやか な ココロモチ で いた。 ワタクシ は かきあげた ジブン の ロンブン に たいして ジュウブン の ジシン と マンゾク を もって いた。 ワタクシ は センセイ の マエ で、 しきり に その ナイヨウ を チョウチョウ した。 センセイ は イツモ の チョウシ で、 「なるほど」 とか、 「そう です か」 とか いって くれた が、 それ イジョウ の ヒヒョウ は すこしも くわえなかった。 ワタクシ は ものたりない と いう より も、 いささか ヒョウシヌケ の キミ で あった。 それでも その ヒ ワタクシ の キリョク は、 インジュン-らしく みえる センセイ の タイド に ギャクシュウ を こころみる ほど に いきいき して いた。 ワタクシ は あおく よみがえろう と する おおきな シゼン の ナカ に、 センセイ を さそいだそう と した。
「センセイ どこ か へ サンポ しましょう。 ソト へ でる と たいへん いい ココロモチ です」
「どこ へ」
 ワタクシ は どこ でも かまわなかった。 ただ センセイ を つれて コウガイ へ でたかった。
 1 ジカン の ノチ、 センセイ と ワタクシ は モクテキ-どおり シ を はなれて、 ムラ とも マチ とも クベツ の つかない しずか な ところ を アテ も なく あるいた。 ワタクシ は カナメ の カキ から わかい やわらかい ハ を もぎとって シバブエ を ならした。 ある カゴシマジン を トモダチ に もって、 その ヒト の マネ を しつつ シゼン に ならいおぼえた ワタクシ は、 この シバブエ と いう もの を ならす こと が ジョウズ で あった。 ワタクシ が トクイ に それ を ふきつづける と、 センセイ は しらん カオ を して ヨソ を むいて あるいた。
 やがて ワカバ に とざされた よう に こんもり した こだかい ヒトカマエ の シタ に ほそい ミチ が ひらけた。 モン の ハシラ に うちつけた ヒョウサツ に ナニナニ-エン と ある ので、 その コジン の テイタク で ない こと が すぐ しれた。 センセイ は ダラダラノボリ に なって いる イリグチ を ながめて、 「はいって みよう か」 と いった。 ワタクシ は すぐ 「ウエキヤ です ね」 と こたえた。
 ウエコミ の ナカ を ヒトウネリ して オク へ のぼる と ヒダリガワ に ウチ が あった。 あけはなった ショウジ の ウチ は がらん と して ヒト の カゲ も みえなかった。 ただ ノキサキ に すえた おおきな ハチ の ナカ に かって ある キンギョ が うごいて いた。
「しずか だね。 ことわらず に はいって も かまわない だろう か」
「かまわない でしょう」
 フタリ は また オク の ほう へ すすんだ。 しかし そこ にも ヒトカゲ は みえなかった。 ツツジ が もえる よう に さきみだれて いた。 センセイ は その ウチ で カバイロ の タケ の たかい の を さして、 「これ は キリシマ でしょう」 と いった。
 シャクヤク も トツボ あまり イチメン に うえつけられて いた が、 まだ キセツ が こない ので ハナ を つけて いる の は 1 ポン も なかった。 この シャクヤクバタケ の ソバ に ある ふるびた エンダイ の よう な もの の ウエ に センセイ は ダイノジナリ に ねた。 ワタクシ は その あまった ハジ の ほう に コシ を おろして タバコ を ふかした。 センセイ は あおい すきとおる よう な ソラ を みて いた。 ワタクシ は ワタクシ を つつむ ワカバ の イロ に ココロ を うばわれて いた。 その ワカバ の イロ を よくよく ながめる と、 いちいち ちがって いた。 おなじ カエデ の キ でも おなじ イロ を エダ に つけて いる もの は ヒトツ も なかった。 ほそい スギナエ の イタダキ に なげかぶせて あった センセイ の ボウシ が カゼ に ふかれて おちた。

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 ワタクシ は すぐ その ボウシ を とりあげた。 トコロドコロ に ついて いる アカツチ を ツメ で はじきながら センセイ を よんだ。
「センセイ ボウシ が おちました」
「ありがとう」
 カラダ を ハンブン おこして それ を うけとった センセイ は、 おきる とも ねる とも かたづかない その シセイ の まま で、 ヘン な こと を ワタクシ に きいた。
「トツゼン だ が、 キミ の ウチ には ザイサン が よっぽど ある ん です か」
「ある と いう ほど ありゃ しません」
「まあ どの くらい ある の かね。 シツレイ の よう だ が」
「どの くらい って、 ヤマ と デンジ が すこし ある ぎり で、 カネ なんか まるで ない ん でしょう」
 センセイ が ワタクシ の イエ の ケイザイ に ついて、 トイ-らしい トイ を かけた の は これ が はじめて で あった。 ワタクシ の ほう は まだ センセイ の クラシムキ に かんして、 なにも きいた こと が なかった。 センセイ と シリアイ に なった ハジメ、 ワタクシ は センセイ が どうして あそんで いられる か を うたぐった。 ソノゴ も この ウタガイ は たえず ワタクシ の ムネ を さらなかった。 しかし ワタクシ は そんな あらわ な モンダイ を センセイ の マエ に もちだす の を ブシツケ と ばかり おもって いつでも ひかえて いた。 ワカバ の イロ で つかれた メ を やすませて いた ワタクシ の ココロ は、 ぐうぜん また その ウタガイ に ふれた。
「センセイ は どう なん です。 どの くらい の ザイサン を もって いらっしゃる ん です か」
「ワタクシ は ザイサンカ と みえます か」
 センセイ は ヘイゼイ から むしろ シッソ な ナリ を して いた。 それに カナイ は コニンズ で あった。 したがって ジュウタク も けっして ひろく は なかった。 けれども その セイカツ の ブッシツテキ に ゆたか な こと は、 ウチワ に はいりこまない ワタクシ の メ に さえ あきらか で あった。 ようするに センセイ の クラシ は ゼイタク と いえない まで も、 あたじけなく きりつめた ムダンリョクセイ の もの では なかった。
「そう でしょう」 と ワタクシ が いった。
「そりゃ その くらい の カネ は ある さ。 けれども けっして ザイサンカ じゃ ありません。 ザイサンカ なら もっと おおきな ウチ でも つくる さ」
 この とき センセイ は おきあがって、 エンダイ の ウエ に アグラ を かいて いた が、 こう いいおわる と、 タケ の ツエ の サキ で ジメン の ウエ へ エン の よう な もの を かきはじめた。 それ が すむ と、 コンド は ステッキ を つきさす よう に マッスグ に たてた。
「これ でも モト は ザイサンカ なん だ がなあ」
 センセイ の コトバ は ハンブン ヒトリゴト の よう で あった。 それで すぐ アト に ついて ゆきそこなった ワタクシ は、 つい だまって いた。
「これ でも モト は ザイサンカ なん です よ、 キミ」 と いいなおした センセイ は、 ツギ に ワタクシ の カオ を みて ビショウ した。 ワタクシ は それでも なんとも こたえなかった。 むしろ ブチョウホウ で こたえられなかった の で ある。 すると センセイ が また モンダイ を ヨソ へ うつした。
「アナタ の オトウサン の ビョウキ は ソノゴ どう なりました」
 ワタクシ は チチ の ビョウキ に ついて ショウガツ イゴ なんにも しらなかった。 ツキヅキ クニ から おくって くれる カワセ と ともに くる カンタン な テガミ は、 レイ の とおり チチ の シュセキ で あった が、 ビョウキ の ウッタエ は その ウチ に ほとんど みあたらなかった。 そのうえ ショタイ も たしか で あった。 この シュ の ビョウニン に みる フルエ が すこしも フデ の ハコビ を みだして いなかった。
「なんとも いって きません が、 もう いい ん でしょう」
「よければ ケッコウ だ が、 ――ビョウショウ が ビョウショウ なん だ から ね」
「やっぱり ダメ です かね。 でも トウブン は もちあってる ん でしょう。 なんとも いって きません よ」
「そう です か」
 ワタクシ は センセイ が ワタクシ の ウチ の ザイサン を きいたり、 ワタクシ の チチ の ビョウキ を たずねたり する の を、 フツウ の ダンワ―― ムネ に うかんだ まま を その とおり クチ に する、 フツウ の ダンワ と おもって きいて いた。 ところが センセイ の コトバ の ソコ には リョウホウ を むすびつける おおきな イミ が あった。 センセイ ジシン の ケイケン を もたない ワタクシ は むろん そこ に キ が つく はず が なかった。

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「キミ の ウチ に ザイサン が ある なら、 イマ の うち に よく シマツ を つけて もらって おかない と いけない と おもう がね、 ヨケイ な オセワ だ けれども。 キミ の オトウサン が タッシャ な うち に、 もらう もの は ちゃんと もらって おく よう に したら どう です か。 マンイチ の こと が あった アト で、 いちばん メンドウ の おこる の は ザイサン の モンダイ だ から」
「ええ」
 ワタクシ は センセイ の コトバ に たいした チュウイ を はらわなかった。 ワタクシ の カテイ で そんな シンパイ を して いる モノ は、 ワタクシ に かぎらず、 チチ に しろ ハハ に しろ、 ヒトリ も ない と ワタクシ は しんじて いた。 そのうえ センセイ の いう こと の、 センセイ と して、 あまり に ジッサイテキ なの に ワタクシ は すこし おどろかされた。 しかし そこ は ネンチョウシャ に たいする ヘイゼイ の ケイイ が ワタクシ を ムクチ に した。
「アナタ の オトウサン が なくなられる の を、 イマ から ヨソウ して かかる よう な コトバヅカイ を する の が キ に さわったら ゆるして くれたまえ。 しかし ニンゲン は しぬ もの だ から ね。 どんな に タッシャ な モノ でも、 いつ しぬ か わからない もの だ から ね」
 センセイ の コウキ は めずらしく にがにがしかった。
「そんな こと を ちっとも キ に かけちゃ いません」 と ワタクシ は ベンカイ した。
「キミ の キョウダイ は ナンニン でした かね」 と センセイ が きいた。
 センセイ は その うえ に ワタクシ の カゾク の ニンズ を きいたり、 シンルイ の ウム を たずねたり、 オジ や オバ の ヨウス を とい など した。 そうして サイゴ に こう いった。
「ミンナ いい ヒト です か」
「べつに わるい ニンゲン と いう ほど の モノ も いない よう です。 たいてい イナカモノ です から」
「イナカモノ は なぜ わるく ない ん です か」
 ワタクシ は この ツイキュウ に くるしんだ。 しかし センセイ は ワタクシ に ヘンジ を かんがえさせる ヨユウ さえ あたえなかった。
「イナカモノ は トカイ の モノ より、 かえって わるい くらい な もの です。 それから、 キミ は イマ、 キミ の シンセキ なぞ の ウチ に、 これ と いって、 わるい ニンゲン は いない よう だ と いいました ね。 しかし わるい ニンゲン と いう イッシュ の ニンゲン が ヨノナカ に ある と キミ は おもって いる ん です か。 そんな イカタ に いれた よう な アクニン は ヨノナカ に ある はず が ありません よ。 ヘイゼイ は ミンナ ゼンニン なん です、 すくなくとも ミンナ フツウ の ニンゲン なん です。 それ が、 いざ と いう マギワ に、 キュウ に アクニン に かわる ん だ から おそろしい の です。 だから ユダン が できない ん です」
 センセイ の いう こと は、 ここ で きれる ヨウス も なかった。 ワタクシ は また ここ で ナニ か いおう と した。 すると ウシロ の ほう で イヌ が キュウ に ほえだした。 センセイ も ワタクシ も おどろいて ウシロ を ふりかえった。
 エンダイ の ヨコ から コウブ へ かけて うえつけて ある スギナエ の ソバ に、 クマザサ が ミツボ ほど チ を かくす よう に しげって はえて いた。 イヌ は その カオ と セ を クマザサ の ウエ に あらわして、 さかん に ほえたてた。 そこ へ トオ ぐらい の コドモ が かけて きて イヌ を しかりつけた。 コドモ は キショウ の ついた くろい ボウシ を かぶった まま センセイ の マエ へ まわって レイ を した。
「オジサン、 はいって くる とき、 ウチ に ダレ も いなかった かい」 と きいた。
「ダレ も いなかった よ」
「ネエサン や オッカサン が カッテ の ほう に いた のに」
「そう か、 いた の かい」
「ああ。 オジサン、 こんちわ って、 ことわって はいって くる と よかった のに」
 センセイ は クショウ した。 フトコロ から ガマグチ を だして、 5 セン の ハクドウ を コドモ の テ に にぎらせた。
「オッカサン に そう いっとくれ。 すこし ここ で やすまして ください って」
 コドモ は リコウ そう な メ に ワライ を みなぎらして、 うなずいて みせた。
「イマ セッコウチョウ に なってる ところ なん だよ」
 コドモ は こう ことわって、 ツツジ の アイダ を シタ の ほう へ かけおりて いった。 イヌ も シッポ を たかく まいて コドモ の アト を おいかけた。 しばらく する と おなじ くらい の トシカッコウ の コドモ が 2~3 ニン、 これ も セッコウチョウ の おりて いった ほう へ かけて いった。

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 センセイ の ダンワ は、 この イヌ と コドモ の ため に、 ケツマツ まで シンコウ する こと が できなく なった ので、 ワタクシ は ついに その ヨウリョウ を えない で しまった。 センセイ の キ に する ザイサン ウンヌン の ケネン は その とき の ワタクシ には まったく なかった。 ワタクシ の セイシツ と して、 また ワタクシ の キョウグウ から いって、 その とき の ワタクシ には、 そんな リガイ の ネン に アタマ を なやます ヨチ が なかった の で ある。 かんがえる と これ は ワタクシ が まだ セケン に でない ため でも あり、 また じっさい その バ に のぞまない ため でも あったろう が、 とにかく わかい ワタクシ には なぜか カネ の モンダイ が トオク の ほう に みえた。
 センセイ の ハナシ の ウチ で ただ ヒトツ ソコ まで ききたかった の は、 ニンゲン が いざ と いう マギワ に、 ダレ でも アクニン に なる と いう コトバ の イミ で あった。 たんなる コトバ と して は、 これ だけ でも ワタクシ に わからない こと は なかった。 しかし ワタクシ は この ク に ついて もっと しりたかった。
 イヌ と コドモ が さった アト、 ひろい ワカバ の ソノ は ふたたび モト の シズカサ に かえった。 そうして ワレワレ は チンモク に とざされた ヒト の よう に しばらく うごかず に いた。 うるわしい ソラ の イロ が その とき しだいに ヒカリ を うしなって きた。 メノマエ に ある キ は たいがい カエデ で あった が、 その エダ に したたる よう に ふいた かるい ミドリ の ワカバ が、 だんだん くらく なって ゆく よう に おもわれた。 とおい オウライ を ニグルマ を ひいて ゆく ヒビキ が ごろごろ と きこえた。 ワタクシ は それ を ムラ の オトコ が ウエキ か ナニ か を のせて エンニチ へ でも でかける もの と ソウゾウ した。 センセイ は その オト を きく と、 キュウ に メイソウ から イキ を ふきかえした ヒト の よう に たちあがった。
「もう、 そろそろ かえりましょう。 だいぶ ヒ が ながく なった よう だ が、 やっぱり こう あんかん と して いる うち には、 いつのまにか くれて ゆく ん だね」
 センセイ の セナカ には、 さっき エンダイ の ウエ に アオムキ に ねた アト が いっぱい ついて いた。 ワタクシ は リョウテ で それ を はらいおとした。
「ありがとう。 ヤニ が こびりついて や しません か」
「きれい に おちました」
「この ハオリ は つい こないだ こしらえた ばかり なん だよ。 だから むやみ に よごして かえる と、 サイ に しかられる から ね。 ありがとう」
 フタリ は また ダラダラザカ の チュウト に ある ウチ の マエ へ きた。 はいる とき には ダレ も いる ケシキ の みえなかった エン に、 オカミサン が、 15~16 の ムスメ を アイテ に、 イトマキ へ イト を まきつけて いた。 フタリ は おおきな キンギョバチ の ヨコ から、 「どうも オジャマ を しました」 と アイサツ した。 オカミサン は 「いいえ オカマイモウシ も いたしません で」 と レイ を かえした アト、 さっき コドモ に やった ハクドウ の レイ を のべた。
 カドグチ を でて 2~3 チョウ きた とき、 ワタクシ は ついに センセイ に むかって クチ を きった。
「さきほど センセイ の いわれた、 ニンゲン は ダレ でも いざ と いう マギワ に アクニン に なる ん だ と いう イミ です ね。 あれ は どういう イミ です か」
「イミ と いって、 ふかい イミ も ありません。 ――つまり ジジツ なん です よ。 リクツ じゃ ない ん だ」
「ジジツ で サシツカエ ありません が、 ワタクシ の うかがいたい の は、 いざ と いう マギワ と いう イミ なん です。 いったい どんな バアイ を さす の です か」
 センセイ は わらいだした。 あたかも ジキ の すぎた イマ、 もう ネッシン に セツメイ する ハリアイ が ない と いった ふう に。
「カネ さ キミ。 カネ を みる と、 どんな クンシ でも すぐ アクニン に なる のさ」
 ワタクシ には センセイ の ヘンジ が あまり に ヘイボン-すぎて つまらなかった。 センセイ が チョウシ に のらない ごとく、 ワタクシ も ヒョウシヌケ の キミ で あった。 ワタクシ は すまして さっさと あるきだした。 いきおい センセイ は すこし おくれがち に なった。 センセイ は アト から 「おいおい」 と コエ を かけた。
「そら みたまえ」
「ナニ を です か」
「キミ の キブン だって、 ワタクシ の ヘンジ ヒトツ で すぐ かわる じゃ ない か」
 まちあわせる ため に ふりむいて たちどまった ワタクシ の カオ を みて、 センセイ は こう いった。

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 その とき の ワタクシ は ハラ の ナカ で センセイ を にくらしく おもった。 カタ を ならべて あるきだして から も、 ジブン の ききたい こと を わざと きかず に いた。 しかし センセイ の ほう では、 それ に キ が ついて いた の か、 いない の か、 まるで ワタクシ の タイド に こだわる ヨウス を みせなかった。 イツモ の とおり チンモクガチ に おちつきはらった ホチョウ を すまして はこんで いく ので、 ワタクシ は すこし ゴウハラ に なった。 なんとか いって ひとつ センセイ を やっつけて みたく なって きた。
「センセイ」
「ナン です か」
「センセイ は さっき すこし コウフン なさいました ね。 あの ウエキヤ の ニワ で やすんで いる とき に。 ワタクシ は センセイ の コウフン した の を めった に みた こと が ない ん です が、 キョウ は めずらしい ところ を ハイケン した よう な キ が します」
 センセイ は すぐ ヘンジ を しなかった。 ワタクシ は それ を テゴタエ の あった よう にも おもった。 また マト が はずれた よう にも かんじた。 シカタ が ない から アト は いわない こと に した。 すると センセイ が いきなり ミチ の ハジ へ よって いった。 そうして きれい に かりこんだ イケガキ の シタ で、 スソ を まくって ショウベン を した。 ワタクシ は センセイ が ヨウ を たす アイダ ぼんやり そこ に たって いた。
「やあ シッケイ」
 センセイ は こう いって また あるきだした。 ワタクシ は とうとう センセイ を やりこめる こと を ダンネン した。 ワタクシタチ の とおる ミチ は だんだん にぎやか に なった。 イマ まで ちらほら と みえた ひろい ハタケ の シャメン や ヒラチ が、 まったく メ に いらない よう に サユウ の イエナミ が そろって きた。 それでも ところどころ タクチ の スミ など に、 エンドウ の ツル を タケ に からませたり、 カナアミ で ニワトリ を カコイガイ に したり する の が カンセイ に ながめられた。 シチュウ から かえる ダバ が しきりなく すれちがって いった。 こんな もの に しじゅう キ を とられがち な ワタクシ は、 サッキ まで ムネ の ナカ に あった モンダイ を どこ か へ ふりおとして しまった。 センセイ が とつぜん そこ へ アトモドリ を した とき、 ワタクシ は じっさい それ を わすれて いた。
「ワタクシ は さっき そんな に コウフン した よう に みえた ん です か」
「そんな に と いう ほど でも ありません が、 すこし……」
「いや みえて も かまわない。 じっさい コウフン する ん だ から。 ワタクシ は ザイサン の こと を いう と きっと コウフン する ん です。 キミ には どう みえる か しらない が、 ワタクシ は これ で たいへん シュウネン-ぶかい オトコ なん だ から。 ヒト から うけた クツジョク や ソンガイ は、 10 ネン たって も 20 ネン たって も わすれ や しない ん だ から」
 センセイ の コトバ は モト より も なお コウフン して いた。 しかし ワタクシ の おどろいた の は、 けっして その チョウシ では なかった。 むしろ センセイ の コトバ が ワタクシ の ミミ に うったえる イミ ソノモノ で あった。 センセイ の クチ から こんな ジハク を きく の は、 いかな ワタクシ にも まったく の イガイ に ソウイ なかった。 ワタクシ は センセイ の セイシツ の トクショク と して、 こんな シュウジャクリョク を いまだかつて ソウゾウ した こと さえ なかった。 ワタクシ は センセイ を もっと よわい ヒト と しんじて いた。 そうして その よわくて たかい ところ に、 ワタクシ の ナツカシミ の ネ を おいて いた。 イチジ の キブン で センセイ に ちょっと タテ を ついて みよう と した ワタクシ は、 この コトバ の マエ に ちいさく なった。 センセイ は こう いった。
「ワタクシ は ヒト に あざむかれた の です。 しかも チ の つづいた シンセキ の モノ から あざむかれた の です。 ワタクシ は けっして それ を わすれない の です。 ワタクシ の チチ の マエ には ゼンニン で あった らしい カレラ は、 チチ の しぬ や いなや ゆるしがたい フトクギカン に かわった の です。 ワタクシ は カレラ から うけた クツジョク と ソンガイ を コドモ の とき から キョウ まで しょわされて いる。 おそらく しぬ まで ショワサレドオシ でしょう。 ワタクシ は しぬ まで それ を わすれる こと が できない ん だ から。 しかし ワタクシ は まだ フクシュウ を しず に いる。 かんがえる と ワタクシ は コジン に たいする フクシュウ イジョウ の こと を げんに やって いる ん だ。 ワタクシ は カレラ を にくむ ばかり じゃ ない、 カレラ が ダイヒョウ して いる ニンゲン と いう もの を、 イッパン に にくむ こと を おぼえた の だ。 ワタクシ は それ で タクサン だ と おもう」
 ワタクシ は イシャ の コトバ さえ クチ へ だせなかった。

 31

 その ヒ の ダンワ も ついに これぎり で ハッテン せず に しまった。 ワタクシ は むしろ センセイ の タイド に イシュク して、 サキ へ すすむ キ が おこらなかった の で ある。
 フタリ は シ の ハズレ から デンシャ に のった が、 シャナイ では ほとんど クチ を きかなかった。 デンシャ を おりる と まもなく わかれなければ ならなかった。 わかれる とき の センセイ は、 また かわって いた。 ツネ より は はれやか な チョウシ で、 「これから 6 ガツ まで は いちばん キラク な とき です ね。 コト に よる と ショウガイ で いちばん キラク かも しれない。 せいだして あそびたまえ」 と いった。 ワタクシ は わらって ボウシ を とった。 その とき ワタクシ は センセイ の カオ を みて、 センセイ は はたして ココロ の どこ で、 イッパン の ニンゲン を にくんで いる の だろう か と うたぐった。 その メ、 その クチ、 どこ にも エンセイテキ の カゲ は さして いなかった。
 ワタクシ は シソウジョウ の モンダイ に ついて、 おおいなる リエキ を センセイ から うけた こと を ジハク する。 しかし おなじ モンダイ に ついて、 リエキ を うけよう と して も、 うけられない こと が まま あった と いわなければ ならない。 センセイ の ダンワ は ときとして フトク ヨウリョウ に おわった。 その ヒ フタリ の アイダ に おこった コウガイ の ダンワ も、 この フトク ヨウリョウ の イチレイ と して ワタクシ の ムネ の ウチ に のこった。
 ブエンリョ な ワタクシ は、 ある とき ついに それ を センセイ の マエ に うちあけた。 センセイ は わらって いた。 ワタクシ は こう いった。
「アタマ が にぶくて ヨウリョウ を えない の は かまいません が、 ちゃんと わかってる くせ に、 はっきり いって くれない の は こまります」
「ワタクシ は なんにも かくして や しません」
「かくして いらっしゃいます」
「アナタ は ワタクシ の シソウ とか イケン とか いう もの と、 ワタクシ の カコ と を、 ごちゃごちゃ に かんがえて いる ん じゃ ありません か。 ワタクシ は ヒンジャク な シソウカ です けれども、 ジブン の アタマ で まとめあげた カンガエ を むやみ に ヒト に かくし や しません。 かくす ヒツヨウ が ない ん だ から。 けれども ワタクシ の カコ を ことごとく アナタ の マエ に ものがたらなくて は ならない と なる と、 それ は また ベツモンダイ に なります」
「ベツモンダイ とは おもわれません。 センセイ の カコ が うみだした シソウ だ から、 ワタクシ は オモキ を おく の です。 フタツ の もの を きりはなしたら、 ワタクシ には ほとんど カチ の ない もの に なります。 ワタクシ は タマシイ の ふきこまれて いない ニンギョウ を あたえられた だけ で、 マンゾク は できない の です」
 センセイ は あきれた と いった ふう に、 ワタクシ の カオ を みた。 マキタバコ を もって いた その テ が すこし ふるえた。
「アナタ は ダイタン だ」
「ただ マジメ なん です。 マジメ に ジンセイ から キョウクン を うけたい の です」
「ワタクシ の カコ を あばいて も です か」
 あばく と いう コトバ が、 とつぜん おそろしい ヒビキ を もって、 ワタクシ の ミミ を うった。 ワタクシ は イマ ワタクシ の マエ に すわって いる の が、 ヒトリ の ザイニン で あって、 フダン から ソンケイ して いる センセイ で ない よう な キ が した。 センセイ の カオ は あおかった。
「アナタ は ホントウ に マジメ なん です か」 と センセイ が ネン を おした。 「ワタクシ は カコ の インガ で、 ヒト を うたぐりつけて いる。 だから じつは アナタ も うたぐって いる。 しかし どうも アナタ だけ は うたぐりたく ない。 アナタ は うたぐる には あまり に タンジュン-すぎる よう だ。 ワタクシ は しぬ マエ に たった ヒトリ で いい から、 ヒト を シンヨウ して しにたい と おもって いる。 アナタ は その たった ヒトリ に なれます か。 なって くれます か。 アナタ は ハラ の ソコ から マジメ です か」
「もし ワタクシ の イノチ が マジメ な もの なら、 ワタクシ の イマ いった こと も マジメ です」
 ワタクシ の コエ は ふるえた。
「よろしい」 と センセイ が いった。 「はなしましょう。 ワタクシ の カコ を のこらず、 アナタ に はなして あげましょう。 そのかわり……。 いや それ は かまわない。 しかし ワタクシ の カコ は アナタ に とって それほど ユウエキ で ない かも しれません よ。 きかない ほう が まし かも しれません よ。 それから、 ――イマ は はなせない ん だ から、 その つもり で いて ください。 テキトウ の ジキ が こなくっちゃ はなさない ん だ から」
 ワタクシ は ゲシュク へ かえって から も イッシュ の アッパク を かんじた。

 32

 ワタクシ の ロンブン は ジブン が ヒョウカ して いた ほど に、 キョウジュ の メ には よく みえなかった らしい。 それでも ワタクシ は ヨテイドオリ キュウダイ した。 ソツギョウシキ の ヒ、 ワタクシ は かびくさく なった ふるい フユフク を コウリ の ナカ から だして きた。 シキジョウ に ならぶ と、 どれ も これ も ミナ あつそう な カオ ばかり で あった。 ワタクシ は カゼ の とおらない アツラシャ の シタ に ミップウ された ジブン の カラダ を もてあました。 しばらく たって いる うち に テ に もった ハンケチ が ぐしょぐしょ に なった。
 ワタクシ は シキ が すむ と すぐ かえって ハダカ に なった。 ゲシュク の 2 カイ の マド を あけて、 トオメガネ の よう に ぐるぐる まいた ソツギョウ ショウショ の アナ から、 みえる だけ の ヨノナカ を みわたした。 それから その ソツギョウ ショウショ を ツクエ の ウエ に ほうりだした。 そうして ダイノジナリ に なって、 ヘヤ の マンナカ に ねそべった。 ワタクシ は ねながら ジブン の カコ を かえりみた。 また ジブン の ミライ を ソウゾウ した。 すると その アイダ に たって ヒトクギリ を つけて いる この ソツギョウ ショウショ なる もの が、 イミ の ある よう な、 また イミ の ない よう な ヘン な カミ に おもわれた。
 ワタクシ は その バン センセイ の イエ へ ゴチソウ に まねかれて いった。 これ は もし ソツギョウ したら その ヒ の バンサン は ヨソ で くわず に、 センセイ の ショクタク で すます と いう マエ から の ヤクソク で あった。
 ショクタク は ヤクソクドオリ ザシキ の エン チカク に すえられて あった。 モヨウ の おりだされた あつい ノリ の こわい テーブルクロース が うつくしく かつ きよらか に デントウ の ヒカリ を いかえして いた。 センセイ の ウチ で メシ を くう と、 きっと この セイヨウ リョウリテン に みる よう な しろい リンネル の ウエ に、 ハシ や チャワン が おかれた。 そうして それ が かならず センタク シタテ の マッシロ な もの に かぎられて いた。
「カラ や カフス と おなじ こと さ。 よごれた の を もちいる くらい なら、 いっそ ハジメ から イロ の ついた もの を つかう が いい。 しろければ ジュンパク で なくっちゃ」
 こう いわれて みる と、 なるほど センセイ は ケッペキ で あった。 ショサイ など も じつに きちり と かたづいて いた。 ムトンジャク な ワタクシ には、 センセイ の そういう トクショク が おりおり いちじるしく メ に とまった。
「センセイ は カンショウ です ね」 と かつて オクサン に つげた とき、 オクサン は 「でも キモノ など は、 それほど キ に しない よう です よ」 と こたえた こと が あった。 それ を ソバ に きいて いた センセイ は、 「ホントウ を いう と、 ワタクシ は セイシンテキ に カンショウ なん です。 それで しじゅう くるしい ん です。 かんがえる と じつに ばかばかしい ショウブン だ」 と いって わらった。 セイシンテキ に カンショウ と いう イミ は、 ぞくに いう シンケイシツ と いう イミ か、 または リンリテキ に ケッペキ だ と いう イミ か、 ワタクシ には わからなかった。 オクサン にも よく つうじない らしかった。
 その バン ワタクシ は センセイ と ムカイアワセ に、 レイ の しろい タクフ の マエ に すわった。 オクサン は フタリ を サユウ に おいて、 ヒトリ ニワ の ほう を ショウメン に して セキ を しめた。
「おめでとう」 と いって、 センセイ が ワタクシ の ため に サカズキ を あげて くれた。 ワタクシ は この サカズキ に たいして それほど うれしい キ を おこさなかった。 むろん ワタクシ ジシン の ココロ が この コトバ に ハンキョウ する よう に、 とびたつ ウレシサ を もって いなかった の が、 ヒトツ の ゲンイン で あった。 けれども センセイ の イイカタ も けっして ワタクシ の ウレシサ を そそる うきうき した チョウシ を おびて いなかった。 センセイ は わらって サカズキ を あげた。 ワタクシ は その ワライ の ウチ に、 ちっとも イジ の わるい アイロニー を みとめなかった。 ドウジ に めでたい と いう シンジョウ も くみとる こと が できなかった。 センセイ の ワライ は、 「セケン は こんな バアイ に よく おめでとう と いいたがる もの です ね」 と ワタクシ に ものがたって いた。
 オクサン は ワタクシ に 「ケッコウ ね。 さぞ オトウサン や オカアサン は オヨロコビ でしょう」 と いって くれた。 ワタクシ は とつぜん ビョウキ の チチ の こと を かんがえた。 はやく あの ソツギョウ ショウショ を もって いって みせて やろう と おもった。
「センセイ の ソツギョウ ショウショ は どう しました」 と ワタクシ が きいた。
「どうした かね。 ――まだ どこ か に しまって あった かね」 と センセイ が オクサン に きいた。
「ええ、 たしか しまって ある はず です が」
 ソツギョウ ショウショ の アリドコロ は フタリ とも よく しらなかった。

 33

 メシ に なった とき、 オクサン は ソバ に すわって いる ゲジョ を ツギ へ たたせて、 ジブン で キュウジ の ヤク を つとめた。 これ が おもてだたない キャク に たいする センセイ の イエ の シキタリ らしかった。 ハジメ の 1~2 カイ は ワタクシ も キュウクツ を かんじた が、 ドスウ の かさなる に つけ、 チャワン を オクサン の マエ へ だす の が、 なんでも なくなった。
「オチャ? ゴハン? ずいぶん よく たべる のね」
 オクサン の ほう でも おもいきって エンリョ の ない こと を いう こと が あった。 しかし その ヒ は、 ジコウ が ジコウ なので、 そんな に からかわれる ほど ショクヨク が すすまなかった。
「もう オシマイ。 アナタ チカゴロ たいへん ショウショク に なった のね」
「ショウショク に なった ん じゃ ありません。 あつい んで くわれない ん です」
 オクサン は ゲジョ を よんで ショクタク を かたづけさせた アト へ、 あらためて アイス クリーム と ミズガシ を はこばせた。
「これ は ウチ で こしらえた のよ」
 ヨウ の ない オクサン には、 テセイ の アイス クリーム を キャク に ふるまう だけ の ヨユウ が ある と みえた。 ワタクシ は それ を 2 ハイ かえて もらった。
「キミ も いよいよ ソツギョウ した が、 これから ナニ を する キ です か」 と センセイ が きいた。 センセイ は ハンブン エンガワ の ほう へ セキ を ずらして、 シキイギワ で セナカ を ショウジ に もたせて いた。
 ワタクシ には ただ ソツギョウ した と いう ジカク が ある だけ で、 これから ナニ を しよう と いう アテ も なかった。 ヘンジ に ためらって いる ワタクシ を みた とき、 オクサン は 「キョウシ?」 と きいた。 それ にも こたえず に いる と、 コンド は、 「じゃ オヤクニン?」 と また きかれた。 ワタクシ も センセイ も わらいだした。
「ホントウ いう と、 まだ ナニ を する カンガエ も ない ん です。 じつは ショクギョウ と いう もの に ついて、 まったく かんがえた こと が ない くらい なん です から。 だいち どれ が いい か、 どれ が わるい か、 ジブン が やって みた うえ で ない と わからない ん だ から、 センタク に こまる わけ だ と おもいます」
「それ も そう ね。 けれども アナタ は ひっきょう ザイサン が ある から そんな ノンキ な こと を いって いられる のよ。 これ が こまる ヒト で ごらんなさい。 なかなか アナタ の よう に おちついちゃ いられない から」
 ワタクシ の トモダチ には ソツギョウ しない マエ から、 チュウガク キョウシ の クチ を さがして いる ヒト が あった。 ワタクシ は ハラ の ナカ で オクサン の いう ジジツ を みとめた。 しかし こう いった。
「すこし センセイ に かぶれた ん でしょう」
「ろく な カブレカタ を して くださらない のね」
 センセイ は クショウ した。
「かぶれて も かまわない から、 そのかわり このあいだ いった とおり、 オトウサン の いきてる うち に、 ソウトウ の ザイサン を わけて もらって おおきなさい。 それ で ない と けっして ユダン は ならない」
 ワタクシ は センセイ と イッショ に、 コウガイ の ウエキヤ の ひろい ニワ の オク で はなした、 あの ツツジ の さいて いる 5 ガツ の ハジメ を おもいだした。 あの とき カエリミチ に、 センセイ が コウフン した ゴキ で、 ワタクシ に ものがたった つよい コトバ を、 ふたたび ミミ の ソコ で くりかえした。 それ は つよい ばかり で なく、 むしろ すごい コトバ で あった。 けれども ジジツ を しらない ワタクシ には ドウジ に テッテイ しない コトバ でも あった。
「オクサン、 オタク の ザイサン は よっぽど ある ん です か」
「なんだって そんな こと を おきき に なる の」
「センセイ に きいて も おしえて くださらない から」
 オクサン は わらいながら センセイ の カオ を みた。
「おしえて あげる ほど ない から でしょう」
「でも どの くらい あったら センセイ の よう に して いられる か、 ウチ へ かえって ひとつ チチ に ダンパン する とき の サンコウ に します から きかして ください」
 センセイ は ニワ の ほう を むいて、 すまして タバコ を ふかして いた。 アイテ は しぜん オクサン で なければ ならなかった。
「どの くらい って ほど ありゃ しません わ。 まあ こうして どうか こうか くらして ゆかれる だけ よ、 アナタ。 ――そりゃ どうでも いい と して、 アナタ は これから ナニ か なさらなくっちゃ ホントウ に いけません よ。 センセイ の よう に ごろごろ ばかり して いちゃ……」
「ごろごろ ばかり して い や しない さ」
 センセイ は ちょっと カオ だけ むけなおして、 オクサン の コトバ を ヒテイ した。

 34

 ワタクシ は その ヨ 10 ジ-スギ に センセイ の イエ を じした。 2~3 ニチ うち に キコク する はず に なって いた ので、 ザ を たつ マエ に ワタクシ は ちょっと イトマゴイ の コトバ を のべた。
「また とうぶん オメ に かかれません から」
「9 ガツ には でて いらっしゃる ん でしょう ね」
 ワタクシ は もう ソツギョウ した の だ から、 かならず 9 ガツ に でて くる ヒツヨウ も なかった。 しかし あつい サカリ の 8 ガツ を トウキョウ まで きて おくろう とも かんがえて いなかった。 ワタクシ には イチ を もとめる ため の キチョウ な ジカン と いう もの が なかった。
「まあ 9 ガツ-ゴロ に なる でしょう」
「じゃ ずいぶん ごきげんよう。 ワタクシタチ も この ナツ は コト に よる と どこ か へ ゆく かも しれない のよ。 ずいぶん あつそう だ から。 いったら また エハガキ でも おくって あげましょう」
「どちら の ケントウ です。 もし いらっしゃる と すれば」
 センセイ は この モンドウ を にやにや わらって きいて いた。
「なに まだ ゆく とも ゆかない とも きめて い や しない ん です」
 セキ を たとう と した とき に、 センセイ は キュウ に ワタクシ を つらまえて、 「ときに オトウサン の ビョウキ は どう なん です」 と きいた。 ワタクシ は チチ の ケンコウ に ついて ほとんど しる ところ が なかった。 なんとも いって こない イジョウ、 わるく は ない の だろう くらい に かんがえて いた。
「そんな に たやすく かんがえられる ビョウキ じゃ ありません よ。 ニョウドクショウ が でる と、 もう ダメ なん だ から」
 ニョウドクショウ と いう コトバ も イミ も ワタクシ には わからなかった。 コノマエ の フユヤスミ に クニ で イシャ と カイケン した とき に、 ワタクシ は そんな ジュツゴ を まるで きかなかった。
「ホントウ に ダイジ に して おあげなさい よ」 と オクサン も いった。 「ドク が ノウ へ まわる よう に なる と、 もう それっきり よ、 アナタ。 ワライゴト じゃ ない わ」
 ムケイケン な ワタクシ は キミ を わるがりながら も、 にやにや して いた。
「どうせ たすからない ビョウキ だ そう です から、 いくら シンパイ したって シカタ が ありません」
「そう オモイキリ よく かんがえれば、 それまで です けれども」
 オクサン は ムカシ おなじ ビョウキ で しんだ と いう ジブン の オカアサン の こと でも おもいだした の か、 しずんだ チョウシ で こう いった なり シタ を むいた。 ワタクシ も チチ の ウンメイ が ホントウ に キノドク に なった。
 すると センセイ が とつぜん オクサン の ほう を むいた。
「シズ、 オマエ は オレ より サキ へ しぬ だろう かね」
「なぜ」
「なぜ でも ない、 ただ きいて みる のさ。 それとも オレ の ほう が オマエ より マエ に かたづく かな。 たいてい セケン じゃ ダンナ が サキ で、 サイクン が アト へ のこる の が アタリマエ の よう に なってる ね」
「そう きまった わけ でも ない わ。 けれども オトコ の ほう は どうしても、 そら トシ が ウエ でしょう」
「だから サキ へ しぬ と いう リクツ なの かね。 すると オレ も オマエ より サキ に アノヨ へ いかなくっちゃ ならない こと に なる ね」
「アナタ は トクベツ よ」
「そう かね」
「だって ジョウブ なん です もの。 ほとんど わずらった ためし が ない じゃ ありません か。 そりゃ どうしたって ワタクシ の ほう が サキ だわ」
「サキ かな」
「ええ、 きっと サキ よ」
 センセイ は ワタクシ の カオ を みた。 ワタクシ は わらった。
「しかし もし オレ の ほう が サキ へ ゆく と する ね。 そう したら オマエ どう する」
「どう する って……」
 オクサン は そこ で くちごもった。 センセイ の シ に たいする ソウゾウテキ な ヒアイ が、 ちょっと オクサン の ムネ を おそった らしかった。 けれども ふたたび カオ を あげた とき は、 もう キブン を かえて いた。
「どう する って、 シカタ が ない わ、 ねえ アナタ。 ロウショウ フジョウ って いう くらい だ から」
 オクサン は ことさら に ワタクシ の ほう を みて ジョウダン-らしく こう いった。

 35

 ワタクシ は たてかけた コシ を また おろして、 ハナシ の クギリ の つく まで フタリ の アイテ に なって いた。
「キミ は どう おもいます」 と センセイ が きいた。
 センセイ が サキ へ しぬ か、 オクサン が はやく なくなる か、 もとより ワタクシ に ハンダン の つく べき モンダイ では なかった。 ワタクシ は ただ わらって いた。
「ジュミョウ は わかりません ね。 ワタクシ にも」
「これ ばかり は ホントウ に ジュミョウ です から ね。 うまれた とき に ちゃんと きまった ネンスウ を もらって くる ん だ から シカタ が ない わ。 センセイ の オトウサン や オカアサン なんか、 ほとんど おんなじ よ、 アナタ、 なくなった の が」
「なくなられた ヒ が です か」
「まさか ヒ まで おんなじ じゃ ない けれども。 でも まあ おんなじ よ。 だって つづいて なくなっちまった ん です もの」
 この チシキ は ワタクシ に とって あたらしい もの で あった。 ワタクシ は フシギ に おもった。
「どうして そう イチド に しなれた ん です か」
 オクサン は ワタクシ の トイ に こたえよう と した。 センセイ は それ を さえぎった。
「そんな ハナシ は およし よ。 つまらない から」
 センセイ は テ に もった ウチワ を わざと ばたばた いわせた。 そうして また オクサン を かえりみた。
「シズ、 オレ が しんだら この ウチ を オマエ に やろう」
 オクサン は わらいだした。
「ついでに ジメン も ください よ」
「ジメン は ヒト の もの だ から シカタ が ない。 そのかわり オレ の もってる もの は みんな オマエ に やる よ」
「どうも ありがとう。 けれども ヨコモジ の ホン なんか もらって も シヨウ が ない わね」
「フルホンヤ に うる さ」
「うれば いくら ぐらい に なって」
 センセイ は いくら とも いわなかった。 けれども センセイ の ハナシ は、 ヨウイ に ジブン の シ と いう とおい モンダイ を はなれなかった。 そうして その シ は かならず オクサン の マエ に おこる もの と カテイ されて いた。 オクサン も サイショ の うち は、 わざと タワイ の ない ウケコタエ を して いる らしく みえた。 それ が いつのまにか、 カンショウテキ な オンナ の ココロ を おもくるしく した。
「オレ が しんだら、 オレ が しんだら って、 まあ ナンベン おっしゃる の。 ゴショウ だ から もう イイカゲン に して、 オレ が しんだら は よして ちょうだい。 エンギ でも ない。 アナタ が しんだら、 なんでも アナタ の オモイドオリ に して あげる から、 それ で いい じゃ ありません か」
 センセイ は ニワ の ほう を むいて わらった。 しかし それぎり オクサン の いやがる こと を いわなく なった。 ワタクシ も あまり ながく なる ので、 すぐ セキ を たった。 センセイ と オクサン は ゲンカン まで おくって でた。
「ゴビョウニン を オダイジ に」 と オクサン が いった。
「また 9 ガツ に」 と センセイ が いった。
 ワタクシ は アイサツ を して コウシ の ソト へ アシ を ふみだした。 ゲンカン と モン の アイダ に ある こんもり した モクセイ の ヒトカブ が、 ワタクシ の ユクテ を ふさぐ よう に、 ヤイン の ウチ に エダ を はって いた。 ワタクシ は 2~3 ポ うごきだしながら、 くろずんだ ハ に おおわれて いる その コズエ を みて、 きたる べき アキ の ハナ と カ を おもいうかべた。 ワタクシ は センセイ の ウチ と この モクセイ と を、 イゼン から ココロ の ウチ で、 はなす こと の できない もの の よう に、 イッショ に キオク して いた。 ワタクシ が ぐうぜん その キ の マエ に たって、 ふたたび この ウチ の ゲンカン を またぐ べき ツギ の アキ に オモイ を はせた とき、 イマ まで コウシ の アイダ から さして いた ゲンカン の デントウ が ふっと きえた。 センセイ フウフ は それぎり オク へ はいった らしかった。 ワタクシ は ヒトリ くらい オモテ へ でた。
 ワタクシ は すぐ ゲシュク へは もどらなかった。 クニ へ かえる マエ に ととのえる カイモノ も あった し、 ゴチソウ を つめた イブクロ に クツロギ を あたえる ヒツヨウ も あった ので、 ただ にぎやか な マチ の ほう へ あるいて いった。 マチ は まだ ヨイ の クチ で あった。 ヨウジ も なさそう な ナンニョ が ぞろぞろ うごく ナカ に、 ワタクシ は キョウ ワタクシ と イッショ に ソツギョウ した ナニガシ に あった。 カレ は ワタクシ を むりやり に ある バー へ つれこんだ。 ワタクシ は そこ で ビール の アワ の よう な カレ の キエン を きかされた。 ワタクシ の ゲシュク へ かえった の は 12 ジ-スギ で あった。

 36

 ワタクシ は その ヨクジツ も アツサ を おかして、 タノマレモノ を かいあつめて あるいた。 テガミ で チュウモン を うけた とき は なんでも ない よう に かんがえて いた の が、 いざ と なる と たいへん オックウ に かんぜられた。 ワタクシ は デンシャ の ナカ で アセ を ふきながら、 ヒト の ジカン と テスウ に キノドク と いう カンネン を まるで もって いない イナカモノ を にくらしく おもった。
 ワタクシ は この ヒトナツ を ムイ に すごす キ は なかった。 クニ へ かえって から の ニッテイ と いう よう な もの を あらかじめ つくって おいた ので、 それ を リコウ する に ヒツヨウ な ショモツ も テ に いれなければ ならなかった。 ワタクシ は ハンニチ を マルゼン の 2 カイ で つぶす カクゴ で いた。 ワタクシ は ジブン に カンケイ の ふかい ブモン の ショセキダナ の マエ に たって、 スミ から スミ まで 1 サツ ずつ テンケン して いった。
 カイモノ の ウチ で いちばん ワタクシ を こまらせた の は オンナ の ハンエリ で あった。 コゾウ に いう と、 いくらでも だして は くれる が、 さて どれ を えらんで いい の か、 かう ダン に なって は、 ただ まよう だけ で あった。 そのうえ アタイ が きわめて フテイ で あった。 やすかろう と おもって きく と、 ヒジョウ に たかかったり、 たかかろう と かんがえて、 きかず に いる と、 かえって たいへん やすかったり した。 あるいは いくら くらべて みて も、 どこ から カカク の サイ が でる の か ケントウ の つかない の も あった。 ワタクシ は まったく よわらせられた。 そうして ココロ の ウチ で、 なぜ センセイ の オクサン を わずらわさなかった か を くいた。
 ワタクシ は カバン を かった。 むろん ワセイ の カトウ な シナ に すぎなかった が、 それでも カナグ や など が ぴかぴか して いる ので、 イナカモノ を おどかす には ジュウブン で あった。 この カバン を かう と いう こと は、 ワタクシ の ハハ の チュウモン で あった。 ソツギョウ したら あたらしい カバン を かって、 その ナカ に イッサイ の ミヤゲモノ を いれて かえる よう に と、 わざわざ テガミ の ナカ に かいて あった。 ワタクシ は その モンク を よんだ とき に わらいだした。 ワタクシ には ハハ の リョウケン が わからない と いう より も、 その コトバ が イッシュ の コッケイ と して うったえた の で ある。
 ワタクシ は イトマゴイ を する とき センセイ フウフ に のべた とおり、 それから ミッカ-メ の キシャ で トウキョウ を たって クニ へ かえった。 この フユ イライ チチ の ビョウキ に ついて センセイ から イロイロ の チュウイ を うけた ワタクシ は、 いちばん シンパイ しなければ ならない チイ に ありながら、 どういう もの か、 それ が たいして ク に ならなかった。 ワタクシ は むしろ チチ が いなく なった アト の ハハ を ソウゾウ して キノドク に おもった。 その くらい だ から ワタクシ は ココロ の どこ か で、 チチ は すでに なくなる べき もの と カクゴ して いた に ちがいなかった。 キュウシュウ に いる アニ へ やった テガミ の ナカ にも、 ワタクシ は チチ の とても モト の よう な ケンコウタイ に なる ミコミ の ない こと を のべた。 イチド など は ショクム の ツゴウ も あろう が、 できる なら くりあわせて この ナツ ぐらい イチド カオ だけ でも み に かえったら どう だ と まで かいた。 そのうえ トシヨリ が フタリ ぎり で イナカ に いる の は さだめて こころぼそい だろう、 ワレワレ も コ と して イカン の イタリ で ある と いう よう な カンショウテキ な モンク さえ つかった。 ワタクシ は じっさい ココロ に うかぶ まま を かいた。 けれども かいた アト の キブン は かいた とき とは ちがって いた。
 ワタクシ は そうした ムジュン を キシャ の ナカ で かんがえた。 かんがえて いる うち に ジブン が ジブン に キ の かわりやすい ケイハクモノ の よう に おもわれて きた。 ワタクシ は フユカイ に なった。 ワタクシ は また センセイ フウフ の こと を おもいうかべた。 ことに 2~3 ニチ マエ バンメシ に よばれた とき の カイワ を おもいだした。
「どっち が サキ へ しぬ だろう」
 ワタクシ は その バン センセイ と オクサン の アイダ に おこった ギモン を ヒトリ クチ の ウチ で くりかえして みた。 そうして この ギモン には ダレ も ジシン を もって こたえる こと が できない の だ と おもった。 しかし どっち が サキ へ しぬ と はっきり わかって いた ならば、 センセイ は どう する だろう。 オクサン は どう する だろう。 センセイ も オクサン も、 イマ の よう な タイド で いる より ホカ に シカタ が ない だろう と おもった。 (シ に ちかづきつつ ある チチ を クニモト に ひかえながら、 この ワタクシ が どう する こと も できない よう に)。 ワタクシ は ニンゲン を はかない もの に かんじた。 ニンゲン の どう する こと も できない もって うまれた ケイハク を、 はかない もの に かんじた。


 チュウ、 リョウシン と ワタクシ

 1

 ウチ へ かえって アンガイ に おもった の は、 チチ の ゲンキ が このまえ みた とき と たいして かわって いない こと で あった。
「ああ かえった かい。 そう か、 それでも ソツギョウ が できて まあ ケッコウ だった。 ちょっと おまち、 イマ カオ を あらって くる から」
 チチ は ニワ へ でて ナニ か して いた ところ で あった。 ふるい ムギワラボウ の ウシロ へ、 ヒヨケ の ため に くくりつけた うすぎたない ハンケチ を ひらひら させながら、 イド の ある ウラテ の ほう へ まわって いった。
 ガッコウ を ソツギョウ する の を フツウ の ニンゲン と して トウゼン の よう に かんがえて いた ワタクシ は、 それ を ヨキ イジョウ に よろこんで くれる チチ の マエ に キョウシュク した。
「ソツギョウ が できて まあ ケッコウ だ」
 チチ は この コトバ を ナンベン も くりかえした。 ワタクシ は ココロ の ウチ で この チチ の ヨロコビ と、 ソツギョウシキ の あった バン センセイ の ウチ の ショクタク で、 「おめでとう」 と いわれた とき の センセイ の カオツキ と を ヒカク した。 ワタクシ には クチ で いわって くれながら、 ハラ の ソコ で けなして いる センセイ の ほう が、 それほど にも ない もの を めずらしそう に うれしがる チチ より も、 かえって コウショウ に みえた。 ワタクシ は シマイ に チチ の ムチ から でる いなかくさい ところ に フカイ を かんじだした。
「ダイガク ぐらい ソツギョウ したって、 それほど ケッコウ でも ありません。 ソツギョウ する モノ は マイトシ ナンビャクニン だって あります」
 ワタクシ は ついに こんな クチ の キキヨウ を した。 すると チチ が ヘン な カオ を した。
「なにも ソツギョウ した から ケッコウ と ばかり いう ん じゃ ない。 そりゃ ソツギョウ は ケッコウ に ちがいない が、 オレ の いう の は もうすこし イミ が ある ん だ。 それ が オマエ に わかって いて くれ さえ すれば、……」
 ワタクシ は チチ から その アト を きこう と した。 チチ は はなしたく なさそう で あった が、 とうとう こう いった。
「つまり、 オレ が ケッコウ と いう こと に なる のさ。 オレ は オマエ の しってる とおり の ビョウキ だろう。 キョネン の フユ オマエ に あった とき、 コト に よる と もう ミツキ か ヨツキ ぐらい な もの だろう と おもって いた のさ。 それ が どういう シアワセ か、 キョウ まで こうして いる。 タチイ に フジユウ なく こうして いる。 そこ へ オマエ が ソツギョウ して くれた。 だから うれしい のさ。 せっかく タンセイ した ムスコ が、 ジブン の いなく なった アト で ソツギョウ して くれる より も、 ジョウブ な うち に ガッコウ を でて くれる ほう が オヤ の ミ に なれば うれしい だろう じゃ ない か。 おおきな カンガエ を もって いる オマエ から みたら、 たかが ダイガク を ソツギョウ した ぐらい で、 ケッコウ だ ケッコウ だ と いわれる の は あまり おもしろく も ない だろう。 しかし オレ の ほう から みて ごらん、 タチバ が すこし ちがって いる よ。 つまり ソツギョウ は オマエ に とって より、 この オレ に とって ケッコウ なん だ。 わかった かい」
 ワタクシ は イチゴン も なかった。 あやまる イジョウ に キョウシュク して うつむいて いた。 チチ は ヘイキ な うち に ジブン の シ を カクゴ して いた もの と みえる。 しかも ワタクシ の ソツギョウ する マエ に しぬ だろう と おもいさだめて いた と みえる。 その ソツギョウ が チチ の ココロ に どの くらい ひびく か も かんがえず に いた ワタクシ は まったく オロカモノ で あった。 ワタクシ は カバン の ナカ から ソツギョウ ショウショ を とりだして、 それ を ダイジ そう に チチ と ハハ に みせた。 ショウショ は ナニ か に おしつぶされて、 モト の カタチ を うしなって いた。 チチ は それ を テイネイ に のした。
「こんな もの は まいた なり テ に もって くる もの だ」
「ナカ に シン でも いれる と よかった のに」 と ハハ も カタワラ から チュウイ した。
 チチ は しばらく それ を ながめた アト、 たって トコノマ の ところ へ いって、 ダレ の メ にも すぐ はいる よう な ショウメン へ ショウショ を おいた。 イツモ の ワタクシ なら すぐ なんとか いう はず で あった が、 その とき の ワタクシ は まるで ヘイゼイ と ちがって いた。 チチ や ハハ に たいして すこしも ちからう キ が おこらなかった。 ワタクシ は だまって チチ の なす が まま に まかせて おいた。 いったん クセ の ついた トリノコガミ の ショウショ は、 なかなか チチ の ジユウ に ならなかった。 テキトウ な イチ に おかれる や いなや、 すぐ オノレ に シゼン な イキオイ を えて たおれよう と した。

 2

 ワタクシ は ハハ を カゲ へ よんで チチ の ビョウジョウ を たずねた。
「オトウサン は あんな に ゲンキ そう に ニワ へ でたり ナニ か して いる が、 あれ で いい ん です か」
「もう なんとも ない よう だよ。 おおかた よく オナリ なん だろう」
 ハハ は あんがい ヘイキ で あった。 トカイ から かけへだたった モリ や タ の ナカ に すんで いる オンナ の ツネ と して、 ハハ は こういう こと に かけて は まるで ムチシキ で あった。 それにしても このまえ チチ が ソットウ した とき には、 あれほど おどろいて、 あんな に シンパイ した もの を、 と ワタクシ は ココロ の ウチ で ヒトリ いな カンジ を いだいた。
「でも イシャ は あの とき とても むずかしい って センコク した じゃ ありません か」
「だから ニンゲン の カラダ ほど フシギ な もの は ない と おもう ん だよ。 あれほど オイシャ が ておもく いった もの が、 イマ まで しゃんしゃん して いる ん だ から ね。 オカアサン も ハジメ の うち は シンパイ して、 なるべく うごかさない よう に と おもってた ん だ がね。 それ、 あの キショウ だろう。 ヨウジョウ は しなさる けれども、 ゴウジョウ で ねえ。 ジブン が いい と おもいこんだら、 なかなか ワタシ の いう こと なんか、 ききそう にも なさらない ん だ から ね」
 ワタクシ は このまえ かえった とき、 ムリ に トコ を あげさして、 ヒゲ を そった チチ の ヨウス と タイド と を おもいだした。 「もう だいじょうぶ、 オカアサン が あんまり ぎょうさん-すぎる から いけない ん だ」 と いった その とき の コトバ を かんがえて みる と、 まんざら ハハ ばかり せめる キ にも なれなかった。 「しかし ハタ でも すこし は チュウイ しなくっちゃ」 と いおう と した ワタクシ は、 とうとう エンリョ して なんにも クチ へ ださなかった。 ただ チチ の ヤマイ の セイシツ に ついて、 ワタクシ の しる カギリ を おしえる よう に はなして きかせた。 しかし その ダイブブン は センセイ と センセイ の オクサン から えた ザイリョウ に すぎなかった。 ハハ は べつに カンドウ した ヨウス も みせなかった。 ただ 「へえ、 やっぱり おんなじ ビョウキ で ね。 オキノドク だね。 イクツ で オナクナリ かえ、 その カタ は」 など と きいた。
 ワタクシ は シカタ が ない から、 ハハ を ソノママ に して おいて ちょくせつ チチ に むかった。 チチ は ワタクシ の チュウイ を ハハ より は マジメ に きいて くれた。 「もっとも だ。 オマエ の いう とおり だ。 けれども、 オレ の カラダ は ひっきょう オレ の カラダ で、 その オレ の カラダ に ついて の ヨウジョウホウ は、 タネン の ケイケンジョウ、 オレ が いちばん よく こころえて いる はず だ から ね」 と いった。 それ を きいた ハハ は クショウ した。 「それ ごらん な」 と いった。
「でも、 あれ で オトウサン は ジブン で ちゃんと カクゴ だけ は して いる ん です よ。 コンド ワタクシ が ソツギョウ して かえった の を たいへん よろこんで いる の も、 まったく その ため なん です。 いきてる うち に ソツギョウ は できまい と おもった の が、 タッシャ な うち に メンジョウ を もって きた から、 それ が うれしい ん だ って、 オトウサン は ジブン で そう いって いました ぜ」
「そりゃ、 オマエ、 クチ で こそ そう オイイ だ けれども ね。 オナカ の ナカ では まだ だいじょうぶ だ と おもって おいで の だよ」
「そう でしょう か」
「まだまだ 10 ネン も 20 ネン も いきる キ で おいで の だよ。 もっとも ときどき は ワタシ にも こころぼそい よう な こと を オイイ だ がね。 オレ も この ブン じゃ もう ながい こと も あるまい よ、 オレ が しんだら、 オマエ は どう する、 ヒトリ で この ウチ に いる キ か なんて」
 ワタクシ は キュウ に チチ が いなく なって ハハ ヒトリ が とりのこされた とき の、 ふるい ひろい イナカヤ を ソウゾウ して みた。 この イエ から チチ ヒトリ を ひきさった アト は、 ソノママ で たちゆく だろう か。 アニ は どう する だろう か。 ハハ は なんと いう だろう か。 そう かんがえる ワタクシ は また ここ の ツチ を はなれて、 トウキョウ で キラク に くらして ゆける だろう か。 ワタクシ は ハハ を メノマエ に おいて、 センセイ の チュウイ―― チチ の ジョウブ で いる うち に、 わけて もらう もの は、 わけて もらって おけ と いう チュウイ を、 ぐうぜん おもいだした。
「なに ね、 ジブン で しぬ しぬ って いう ヒト に しんだ ためし は ない ん だ から アンシン だよ。 オトウサン なんぞ も、 しぬ しぬ って いいながら、 これから サキ まだ ナンネン いきなさる か わかるまい よ。 それ より か だまってる ジョウブ の ヒト の ほう が けんのん さ」
 ワタクシ は リクツ から でた とも トウケイ から きた とも しれない、 この チンプ な よう な ハハ の コトバ を もくねん と きいて いた。

 3

 ワタクシ の ため に あかい メシ を たいて キャク を する と いう ソウダン が チチ と ハハ の アイダ に おこった。 ワタクシ は かえった トウジツ から、 あるいは こんな こと に なる だろう と おもって、 ココロ の ウチ で あんに それ を おそれて いた。 ワタクシ は すぐ ことわった。
「あんまり ぎょうさん な こと は よして ください」
 ワタクシ は イナカ の キャク が きらい だった。 のんだり くったり する の を、 サイゴ の モクテキ と して やって くる カレラ は、 ナニ か コト が あれば いい と いった フウ の ヒト ばかり そろって いた。 ワタクシ は コドモ の とき から カレラ の セキ に じする の を こころぐるしく かんじて いた。 まして ジブン の ため に カレラ が くる と なる と、 ワタクシ の クツウ は いっそう はなはだしい よう に ソウゾウ された。 しかし ワタクシ は チチ や ハハ の テマエ、 あんな ヤヒ な ヒト を あつめて さわぐ の は よせ とも いいかねた。 それで ワタクシ は ただ あまり ぎょうさん だ から と ばかり シュチョウ した。
「ぎょうさん ぎょうさん と オイイ だ が、 ちっとも ぎょうさん じゃ ない よ。 ショウガイ に ニド と ある こと じゃ ない ん だ から ね、 オキャク ぐらい する の は アタリマエ だよ。 そう エンリョ を おし で ない」
 ハハ は ワタクシ が ダイガク を ソツギョウ した の を、 ちょうど ヨメ でも もらった と おなじ テイド に、 おもく みて いる らしかった。
「よばなくって も いい が、 よばない と また なんとか いう から」
 これ は チチ の コトバ で あった。 チチ は カレラ の カゲグチ を キ に して いた。 じっさい カレラ は こんな バアイ に、 ジブン たち の ヨキドオリ に ならない と、 すぐ なんとか いいたがる ヒトビト で あった。
「トウキョウ と ちがって イナカ は うるさい から ね」
 チチ は こう も いった。
「オトウサン の カオ も ある ん だ から」 と ハハ が また つけくわえた。
 ワタクシ は ガ を はる わけ にも いかなかった。 どうでも フタリ の ツゴウ の いい よう に したら と おもいだした。
「つまり ワタクシ の ため なら、 よして ください と いう だけ なん です。 カゲ で ナニ か いわれる の が いや だ から と いう ゴシュイ なら、 そりゃ また ベツ です。 アナタガタ に フリエキ な こと を ワタクシ が しいて シュチョウ したって シカタ が ありません」
「そう リクツ を いわれる と こまる」
 チチ は にがい カオ を した。
「なにも オマエ の ため に する ん じゃ ない と オトウサン が おっしゃる ん じゃ ない けれども、 オマエ だって セケン への ギリ ぐらい は しって いる だろう」
 ハハ は こう なる と オンナ だけ に しどろもどろ な こと を いった。 そのかわり クチカズ から いう と、 チチ と ワタクシ を フタリ よせて も なかなか かなう どころ では なかった。
「ガクモン を させる と ニンゲン が とかく りくつっぽく なって いけない」
 チチ は ただ これ だけ しか いわなかった。 しかし ワタクシ は この カンタン な イック の ウチ に、 チチ が ヘイゼイ から ワタクシ に たいして もって いる フヘイ の ゼンタイ を みた。 ワタクシ は その とき ジブン の コトバヅカイ の かどばった ところ に キ が つかず に、 チチ の フヘイ の ほう ばかり を ムリ の よう に おもった。
 チチ は その ヨ また キ を かえて、 キャク を よぶ なら いつ に する か と ワタクシ の ツゴウ を きいた。 ツゴウ の いい も わるい も なし に ただ ぶらぶら ふるい イエ の ナカ に ネオキ して いる ワタクシ に、 こんな トイ を かける の は、 チチ の ほう が おれて でた の と おなじ こと で あった。 ワタクシ は この おだやか な チチ の マエ に こだわらない アタマ を さげた。 ワタクシ は チチ と ソウダン の うえ ショウタイ の ヒドリ を きめた。
 その ヒドリ の まだ こない うち に、 ある おおきな こと が おこった。 それ は メイジ テンノウ の ゴビョウキ の ホウチ で あった。 シンブンシ で すぐ ニホンジュウ へ しれわたった この ジケン は、 1 ケン の イナカヤ の ウチ に タショウ の キョクセツ を へて ようやく まとまろう と した ワタクシ の ソツギョウ イワイ を、 チリ の ごとく に ふきはらった。
「まあ ゴエンリョ もうした ほう が よかろう」
 メガネ を かけて シンブン を みて いた チチ は こう いった。 チチ は だまって ジブン の ビョウキ の こと も かんがえて いる らしかった。 ワタクシ は つい コノアイダ の ソツギョウシキ に レイネン の とおり ダイガク へ ギョウコウ に なった ヘイカ を おもいだしたり した。

 4

 コゼイ な ニンズ には ひろすぎる ふるい イエ が ひっそり して いる ナカ に、 ワタクシ は コウリ を といて ショモツ を ひもときはじめた。 なぜか ワタクシ は キ が おちつかなかった。 あの めまぐるしい トウキョウ の ゲシュク の 2 カイ で、 とおく はしる デンシャ の オト を ミミ に しながら、 ページ を 1 マイ 1 マイ に まくって いく ほう が、 キ に ハリ が あって ココロモチ よく ベンキョウ が できた。
 ワタクシ は ややともすると ツクエ に もたれて ウタタネ を した。 ときには わざわざ マクラ さえ だして ホンシキ に ヒルネ を むさぼる こと も あった。 メ が さめる と、 セミ の コエ を きいた。 ウツツ から つづいて いる よう な その コエ は、 キュウ に やかましく ミミ の ソコ を かきみだした。 ワタクシ は じっと それ を ききながら、 ときに かなしい オモイ を ムネ に いだいた。
 ワタクシ は フデ を とって トモダチ の ダレカレ に みじかい ハガキ または ながい テガミ を かいた。 その トモダチ の ある モノ は トウキョウ に のこって いた。 ある モノ は とおい コキョウ に かえって いた。 ヘンジ の くる の も、 タヨリ の とどかない の も あった。 ワタクシ は もとより センセイ を わすれなかった。 ゲンコウシ へ サイジ で 3 マイ ばかり クニ へ かえって から イゴ の ジブン と いう よう な もの を ダイモク に して かきつづった の を おくる こと に した。 ワタクシ は それ を ふうじる とき、 センセイ は はたして まだ トウキョウ に いる だろう か と うたぐった。 センセイ が オクサン と イッショ に ウチ を あける バアイ には、 50-ガッコウ の キリサゲ の オンナ の ヒト が どこ から か きて、 ルスバン を する の が レイ に なって いた。 ワタクシ が かつて センセイ に あの ヒト は ナン です か と たずねたら、 センセイ は なんと みえます か と ききかえした。 ワタクシ は その ヒト を センセイ の シンルイ と おもいちがえて いた。 センセイ は 「ワタクシ には シンルイ は ありません よ」 と こたえた。 センセイ の キョウリ に いる ツヅキアイ の ヒトビト と、 センセイ は いっこう オンシン の トリヤリ を して いなかった。 ワタクシ の ギモン に した その ルスバン の オンナ の ヒト は、 センセイ とは エン の ない オクサン の ほう の シンセキ で あった。 ワタクシ は センセイ に ユウビン を だす とき、 ふと ハバ の ほそい オビ を ラク に ウシロ で むすんで いる その ヒト の スガタ を おもいだした。 もし センセイ フウフ が どこ か へ ヒショ に でも いった アト へ この ユウビン が とどいたら、 あの キリサゲ の オバアサン は、 それ を すぐ テンチサキ へ おくって くれる だけ の キテン と シンセツ が ある だろう か など と かんがえた。 そのくせ その テガミ の ウチ には これ と いう ほど の ヒツヨウ の こと も かいて ない の を、 ワタクシ は よく ショウチ して いた。 ただ ワタクシ は さびしかった。 そうして センセイ から ヘンジ の くる の を ヨキ して かかった。 しかし その ヘンジ は ついに こなかった。
 チチ は コノマエ の フユ に かえって きた とき ほど ショウギ を さしたがらなく なった。 ショウギバン は ホコリ の たまった まま、 トコノマ の スミ に かたよせられて あった。 ことに ヘイカ の ゴビョウキ イゴ チチ は じっと かんがえこんで いる よう に みえた。 マイニチ シンブン の くる の を まちうけて、 ジブン が いちばん サキ へ よんだ。 それから その ヨミガラ を わざわざ ワタクシ の いる ところ へ もって きて くれた。
「おい ごらん、 キョウ も テンシサマ の こと が くわしく でて いる」
 チチ は ヘイカ の こと を、 つねに テンシサマ と いって いた。
「もったいない ハナシ だ が、 テンシサマ の ゴビョウキ も、 オトウサン の と まあ にた もの だろう な」
 こう いう チチ の カオ には ふかい ケネン の クモリ が かかって いた。 こう いわれる ワタクシ の ムネ には また チチ が いつ たおれる か わからない と いう シンパイ が ひらめいた。
「しかし だいじょうぶ だろう。 オレ の よう な くだらない モノ でも、 まだ こうして いられる くらい だ から」
 チチ は ジブン の タッシャ な ホショウ を ジブン で あたえながら、 いまにも オノレ に おちかかって きそう な キケン を ヨカン して いる らしかった。
「オトウサン は ホントウ に ビョウキ を こわがってる ん です よ。 オカアサン の おっしゃる よう に、 10 ネン も 20 ネン も いきる キ じゃ なさそう です ぜ」
 ハハ は ワタクシ の コトバ を きいて トウワク そう な カオ を した。
「ちっと また ショウギ でも さす よう に すすめて ごらん な」
 ワタクシ は トコノマ から ショウギバン を とりおろして、 ホコリ を ふいた。

 5

 チチ の ゲンキ は しだいに おとろえて いった。 ワタクシ を おどろかせた ハンケチ-ツキ の ふるい ムギワラ ボウシ が しぜん と カンキャク される よう に なった。 ワタクシ は くろい すすけた タナ の ウエ に のって いる その ボウシ を ながめる たび に、 チチ に たいして キノドク な オモイ を した。 チチ が イゼン の よう に、 かるがる と うごく アイダ は、 もうすこし つつしんで くれたら と シンパイ した。 チチ が じっと すわりこむ よう に なる と、 やはり モト の ほう が タッシャ だった の だ と いう キ が おこった。 ワタクシ は チチ の ケンコウ に ついて よく ハハ と はなしあった。
「まったく キ の せい だよ」 と ハハ が いった。 ハハ の アタマ は ヘイカ の ヤマイ と チチ の ヤマイ と を むすびつけて かんがえて いた。 ワタクシ には そう ばかり とも おもえなかった。
「キ じゃ ない、 ホントウ に カラダ が わるか ない ん でしょう か。 どうも キブン より ケンコウ の ほう が わるく なって ゆく らしい」
 ワタクシ は こう いって、 ココロ の ウチ で また トオク から ソウトウ の イシャ でも よんで、 ひとつ みせよう かしら と シアン した。
「コトシ の ナツ は オマエ も つまらなかろう。 せっかく ソツギョウ した のに、 オイワイ も して あげる こと が できず、 オトウサン の カラダ も あの とおり だし。 それに テンシサマ の ゴビョウキ で。 ――いっそ の こと、 かえる すぐに オキャク でも よぶ ほう が よかった ん だよ」
 ワタクシ が かえった の は 7 ガツ の 5~6 ニチ で、 チチ や ハハ が ワタクシ の ソツギョウ を いわう ため に キャク を よぼう と いいだした の は、 それから 1 シュウカン-ゴ で あった。 そうして いよいよ と きめた ヒ は それから また 1 シュウカン の ヨ も サキ に なって いた。 ジカン に ソクバク を ゆるさない ユウチョウ な イナカ に かえった ワタクシ は、 おかげで このもしく ない シャコウジョウ の クツウ から すくわれた も おなじ こと で あった が、 ワタクシ を リカイ しない ハハ は すこしも そこ に キ が ついて いない らしかった。
 ホウギョ の ホウチ が つたえられた とき、 チチ は その シンブン を テ に して、 「ああ、 ああ」 と いった。
「ああ、 ああ、 テンシサマ も とうとう おかくれ に なる。 オレ も……」
 チチ は その アト を いわなかった。
 ワタクシ は くろい ウスモノ を かう ため に マチ へ でた。 それ で ハタザオ の タマ を つつんで、 それ で ハタザオ の サキ へ 3 ズン ハバ の ヒラヒラ を つけて、 モン の トビラ の ヨコ から ナナメ に オウライ へ さしだした。 ハタ も くろい ヒラヒラ も、 カゼ の ない クウキ の ナカ に だらり と さがった。 ワタクシ の ウチ の ふるい モン の ヤネ は ワラ で ふいて あった。 アメ や カゼ に うたれたり また ふかれたり した その ワラ の イロ は とくに ヘンショク して、 うすく ハイイロ を おびた うえ に、 トコロドコロ の デコボコ さえ メ に ついた。 ワタクシ は ヒトリ モン の ソト へ でて、 くろい ヒラヒラ と、 しろい メリンス の ジ と、 ジ の ナカ に そめだした あかい ヒノマル の イロ と を ながめた。 それ が うすぎたない ヤネ の ワラ に うつる の も ながめた。 ワタクシ は かつて センセイ から 「アナタ の ウチ の カマエ は どんな テイサイ です か。 ワタクシ の キョウリ の ほう とは だいぶ オモムキ が ちがって います かね」 と きかれた こと を おもいだした。 ワタクシ は ジブン の うまれた この ふるい イエ を、 センセイ に みせたく も あった。 また センセイ に みせる の が はずかしく も あった。
 ワタクシ は また ヒトリ イエ の ナカ へ はいった。 ジブン の ツクエ の おいて ある ところ へ きて、 シンブン を よみながら、 とおい トウキョウ の アリサマ を ソウゾウ した。 ワタクシ の ソウゾウ は ニッポンイチ の おおきな ミヤコ が、 どんな に くらい ナカ で どんな に うごいて いる だろう か の ガメン に あつめられた。 ワタクシ は その くろい なり に うごかなければ シマツ の つかなく なった トカイ の、 フアン で ざわざわ して いる ナカ に、 イッテン の トウカ の ごとく に センセイ の イエ を みた。 ワタクシ は その とき この トウカ が オト の しない ウズ の ナカ に、 しぜん と まきこまれて いる こと に キ が つかなかった。 しばらく すれば、 その ヒ も また ふっと きえて しまう べき ウンメイ を、 メノマエ に ひかえて いる の だ とは もとより キ が つかなかった。
 ワタクシ は コンド の ジケン に ついて センセイ に テガミ を かこう か と おもって、 フデ を とりかけた。 ワタクシ は それ を 10 ギョウ ばかり かいて やめた。 かいた ところ は すんずん に ひきさいて クズカゴ へ なげこんだ。 (センセイ に あてて そういう こと を かいて も シカタ が ない とも おもった し、 ゼンレイ に ちょうして みる と、 とても ヘンジ を くれそう に なかった から)。 ワタクシ は さびしかった。 それで テガミ を かく の で あった。 そうして ヘンジ が くれば いい と おもう の で あった。

 6

 8 ガツ の ナカバゴロ に なって、 ワタクシ は ある ホウユウ から テガミ を うけとった。 その ナカ に チホウ の チュウガク キョウイン の クチ が ある が ゆかない か と かいて あった。 この ホウユウ は ケイザイ の ヒツヨウジョウ、 ジブン で そんな イチ を さがしまわる オトコ で あった。 この クチ も ハジメ は ジブン の ところ へ かかって きた の だ が、 もっと いい チホウ へ ソウダン が できた ので、 あまった ほう を ワタクシ に ゆずる キ で、 わざわざ しらせて きて くれた の で あった。 ワタクシ は すぐ ヘンジ を だして ことわった。 シリアイ の ナカ には、 ずいぶん ホネ を おって、 キョウシ の ショク に ありつきたがって いる モノ が ある から、 その ほう へ まわして やったら よかろう と かいた。
 ワタクシ は ヘンジ を だした アト で、 チチ と ハハ に その ハナシ を した。 フタリ とも ワタクシ の ことわった こと に イゾン は ない よう で あった。
「そんな ところ へ いかない でも、 まだ いい クチ が ある だろう」
 こう いって くれる ウラ に、 ワタクシ は フタリ が ワタクシ に たいして もって いる カブン な キボウ を よんだ。 ウカツ な チチ や ハハ は、 フソウトウ な チイ と シュウニュウ と を ソツギョウ シタテ の ワタクシ から キタイ して いる らしかった の で ある。
「ソウトウ の クチ って、 チカゴロ じゃ そんな うまい クチ は なかなか ある もの じゃ ありません。 ことに ニイサン と ワタクシ とは センモン も ちがう し、 ジダイ も ちがう ん だ から、 フタリ を おなじ よう に かんがえられちゃ すこし こまります」
「しかし ソツギョウ した イジョウ は、 すくなくとも ドクリツ して やって いって くれなくっちゃ こっち も こまる。 ヒト から アナタ の ところ の ゴジナン は、 ダイガク を ソツギョウ なすって ナニ を して おいで です か と きかれた とき に ヘンジ が できない よう じゃ、 オレ も カタミ が せまい から」
 チチ は ジュウメン を つくった。 チチ の カンガエ は ふるく すみなれた キョウリ から ソト へ でる こと を しらなかった。 その キョウリ の ダレカレ から、 ダイガク を ソツギョウ すれば いくら ぐらい ゲッキュウ が とれる もの だろう と きかれたり、 まあ 100 エン ぐらい な もの だろう か と いわれたり した チチ は、 こういう ヒトビト に たいして、 ガイブン の わるく ない よう に、 ソツギョウ シタテ の ワタクシ を かたづけたかった の で ある。 ひろい ミヤコ を コンキョチ と して かんがえて いる ワタクシ は、 チチ や ハハ から みる と、 まるで アシ を ソラ に むけて あるく キタイ な ニンゲン に ことならなかった。 ワタクシ の ほう でも、 じっさい そういう ニンゲン の よう な キモチ を おりおり おこした。 ワタクシ は あからさま に ジブン の カンガエ を うちあける には、 あまり に キョリ の ケンカク の はなはだしい チチ と ハハ の マエ に もくねん と して いた。
「オマエ の よく センセイ センセイ と いう カタ に でも おねがい したら いい じゃ ない か。 こんな とき こそ」
 ハハ は こう より ホカ に センセイ を カイシャク する こと が できなかった。 その センセイ は ワタクシ に クニ へ かえったら チチ の いきて いる うち に はやく ザイサン を わけて もらえ と すすめる ヒト で あった。 ソツギョウ した から、 チイ の シュウセン を して やろう と いう ヒト では なかった。
「その センセイ は ナニ を して いる の かい」 と チチ が きいた。
「なんにも して いない ん です」 と ワタクシ が こたえた。
 ワタクシ は とく の ムカシ から センセイ の なにも して いない と いう こと を チチ にも ハハ にも つげた つもり で いた。 そうして チチ は たしか に それ を キオク して いる はず で あった。
「なにも して いない と いう の は、 また どういう ワケ かね。 オマエ が それほど ソンケイ する くらい な ヒト なら ナニ か やって いそう な もの だ がね」
 チチ は こう いって、 ワタクシ を ふうした。 チチ の カンガエ では、 ヤク に たつ モノ は ヨノナカ へ でて ミンナ ソウトウ の チイ を えて はたらいて いる。 ひっきょう ヤクザ だ から あそんで いる の だ と ケツロン して いる らしかった。
「オレ の よう な ニンゲン だって、 ゲッキュウ こそ もらっちゃ いない が、 これ でも あそんで ばかり いる ん じゃ ない」
 チチ は こう も いった。 ワタクシ は それでも まだ だまって いた。
「オマエ の いう よう な えらい カタ なら、 きっと ナニ か クチ を さがして くださる よ。 たのんで ゴラン なの かい」 と ハハ が きいた。
「いいえ」 と ワタクシ は こたえた。
「じゃ シカタ が ない じゃ ない か。 なぜ たのまない ん だい。 テガミ でも いい から おだし な」
「ええ」
 ワタクシ は ナマヘンジ を して セキ を たった。

 7

 チチ は あきらか に ジブン の ビョウキ を おそれて いた。 しかし イシャ の くる たび に うるさい シツモン を かけて アイテ を こまらす タチ でも なかった。 イシャ の ほう でも また エンリョ して なんとも いわなかった。
 チチ は シゴ の こと を かんがえて いる らしかった。 すくなくとも ジブン が いなく なった アト の わが イエ を ソウゾウ して みる らしかった。
「コドモ に ガクモン を させる の も、 ヨシアシ だね。 せっかく シュギョウ を させる と、 その コドモ は けっして ウチ へ かえって こない。 これ じゃ テ も なく オヤコ を カクリ する ため に ガクモン させる よう な もの だ」
 ガクモン を した ケッカ アニ は イマ エンゴク に いた。 キョウイク を うけた インガ で、 ワタクシ は また トウキョウ に すむ カクゴ を かたく した。 こういう コ を そだてた チチ の グチ は もとより フゴウリ では なかった。 ナガネン すみふるした イナカヤ の ナカ に、 たった ヒトリ とりのこされそう な ハハ を えがきだす チチ の ソウゾウ は もとより さびしい に ちがいなかった。
 わが イエ は うごかす こと の できない もの と チチ は しんじきって いた。 その ナカ に すむ ハハ も また イノチ の ある アイダ は、 うごかす こと の できない もの と しんじて いた。 ジブン が しんだ アト、 この コドク な ハハ を、 たった ヒトリ ガランドウ の わが イエ に とりのこす の も また はなはだしい フアン で あった。 それだのに、 トウキョウ で いい チイ を もとめろ と いって、 ワタクシ を しいたがる チチ の アタマ には ムジュン が あった。 ワタクシ は その ムジュン を おかしく おもった と ドウジ に、 その おかげ で また トウキョウ へ でられる の を よろこんだ。
 ワタクシ は チチ や ハハ の テマエ、 この チイ を できる だけ の ドリョク で もとめつつ ある ごとく に よそおわなくて は ならなかった。 ワタクシ は センセイ に テガミ を かいて、 イエ の ジジョウ を くわしく のべた。 もし ジブン の チカラ で できる こと が あったら なんでも する から シュウセン して くれ と たのんだ。 ワタクシ は センセイ が ワタクシ の イライ に とりあうまい と おもいながら この テガミ を かいた。 また とりあう つもり でも、 セケン の せまい センセイ と して は どう する こと も できまい と おもいながら この テガミ を かいた。 しかし ワタクシ は センセイ から この テガミ に たいする ヘンジ が きっと くる だろう と おもって かいた。
 ワタクシ は それ を ふうじて だす マエ に ハハ に むかって いった。
「センセイ に テガミ を かきました よ。 アナタ の おっしゃった とおり。 ちょっと よんで ごらんなさい」
 ハハ は ワタクシ の ソウゾウ した ごとく それ を よまなかった。
「そう かい、 それじゃ はやく おだし。 そんな こと は ヒト が キ を つけない でも、 ジブン で はやく やる もの だよ」
 ハハ は ワタクシ を まだ コドモ の よう に おもって いた。 ワタクシ も じっさい コドモ の よう な カンジ が した。
「しかし テガミ じゃ ヨウ は たりません よ。 どうせ、 9 ガツ に でも なって、 ワタクシ が トウキョウ へ でて から で なくっちゃ」
「そりゃ そう かも しれない けれども、 また ひょっと して、 どんな いい クチ が ない とも かぎらない ん だ から、 はやく たのんで おく に こした こと は ない よ」
「ええ。 とにかく ヘンジ は くる に きまって ます から、 そう したら また おはなし しましょう」
 ワタクシ は こんな こと に かけて キチョウメン な センセイ を しんじて いた。 ワタクシ は センセイ の ヘンジ の くる の を ココロマチ に まった。 けれども ワタクシ の ヨキ は ついに はずれた。 センセイ から は 1 シュウカン たって も なんの タヨリ も なかった。
「おおかた どこ か へ ヒショ に でも いって いる ん でしょう」
 ワタクシ は ハハ に むかって イイワケ-らしい コトバ を つかわなければ ならなかった。 そうして その コトバ は ハハ に たいする イイワケ ばかり で なく、 ジブン の ココロ に たいする イイワケ でも あった。 ワタクシ は しいて も ナニ か の ジジョウ を カテイ して センセイ の タイド を ベンゴ しなければ フアン に なった。
 ワタクシ は ときどき チチ の ビョウキ を わすれた。 いっそ はやく トウキョウ へ でて しまおう か と おもったり した。 その チチ ジシン も オノレ の ビョウキ を わすれる こと が あった。 ミライ を シンパイ しながら、 ミライ に たいする ショチ は いっこう とらなかった。 ワタクシ は ついに センセイ の チュウコクドオリ ザイサン ブンパイ の こと を チチ に いいだす キカイ を えず に すぎた。

 8

 9 ガツ ハジメ に なって、 ワタクシ は いよいよ また トウキョウ へ でよう と した。 ワタクシ は チチ に むかって とうぶん イマ まで-どおり ガクシ を おくって くれる よう に と たのんだ。
「ここ に こうして いたって、 アナタ の おっしゃる とおり の チイ が えられる もの じゃ ない です から」
 ワタクシ は チチ の キボウ する チイ を うる ため に トウキョウ へ ゆく よう な こと を いった。
「むろん クチ の みつかる まで で いい です から」 とも いった。
 ワタクシ は ココロ の ウチ で、 その クチ は とうてい ワタクシ の アタマ の ウエ に おちて こない と おもって いた。 けれども ジジョウ に うとい チチ は また あくまでも その ハンタイ を しんじて いた。
「そりゃ わずか の アイダ の こと だろう から、 どうにか ツゴウ して やろう。 そのかわり ながく は いけない よ。 ソウトウ の チイ を え-シダイ ドクリツ しなくっちゃ。 がんらい ガッコウ を でた イジョウ、 でた あくる ヒ から ヒト の セワ に なんぞ なる もの じゃ ない ん だ から。 イマ の わかい モノ は、 カネ を つかう ミチ だけ こころえて いて、 カネ を とる ほう は まったく かんがえて いない よう だね」
 チチ は この ホカ にも まだ イロイロ の コゴト を いった。 その ナカ には、 「ムカシ の オヤ は コ に くわせて もらった のに、 イマ の オヤ は コ に くわれる だけ だ」 など と いう コトバ が あった。 それら を ワタクシ は ただ だまって きいて いた。
 コゴト が ひととおり すんだ と おもった とき、 ワタクシ は しずか に セキ を たとう と した。 チチ は いつ ゆく か と ワタクシ に たずねた。 ワタクシ には はやい だけ が よかった。
「オカアサン に ヒ を みて もらいなさい」
「そう しましょう」
 その とき の ワタクシ は チチ の マエ に ぞんがい おとなしかった。 ワタクシ は なるべく チチ の キゲン に さからわず に、 イナカ を でよう と した。 チチ は また ワタクシ を ひきとめた。
「オマエ が トウキョウ へ ゆく と ウチ は また さみしく なる。 なにしろ オレ と オカアサン だけ なん だ から ね。 その オレ も カラダ さえ タッシャ なら いい が、 この ヨウス じゃ いつ キュウ に どんな こと が ない とも いえない よ」
 ワタクシ は できる だけ チチ を なぐさめて、 ジブン の ツクエ を おいて ある ところ へ かえった。 ワタクシ は とりちらした ショモツ の アイダ に すわって、 こころぼそそう な チチ の タイド と コトバ と を、 イクタビ か くりかえし ながめた。 ワタクシ は その とき また セミ の コエ を きいた。 その コエ は コノアイダジュウ きいた の と ちがって、 ツクツクボウシ の コエ で あった。 ワタクシ は ナツ キョウリ に かえって、 にえつく よう な セミ の コエ の ナカ に じっと すわって いる と、 へんに かなしい ココロモチ に なる こと が しばしば あった。 ワタクシ の アイシュウ は いつも この ムシ の はげしい ネ と ともに、 ココロ の ソコ に しみこむ よう に かんぜられた。 ワタクシ は そんな とき には いつも うごかず に、 ヒトリ で ヒトリ を みつめて いた。
 ワタクシ の アイシュウ は この ナツ キセイ した イゴ しだいに ジョウチョウ を かえて きた。 アブラゼミ の コエ が ツクツクボウシ の コエ に かわる ごとく に、 ワタクシ を とりまく ヒト の ウンメイ が、 おおきな リンネ の ウチ に、 そろそろ うごいて いる よう に おもわれた。 ワタクシ は さびしそう な チチ の タイド と コトバ を くりかえしながら、 テガミ を だして も ヘンジ を よこさない センセイ の こと を また おもいうかべた。 センセイ と チチ とは、 まるで ハンタイ の インショウ を ワタクシ に あたえる テン に おいて、 ヒカク の ウエ にも、 レンソウ の ウエ にも、 イッショ に ワタクシ の アタマ に のぼりやすかった。
 ワタクシ は ほとんど チチ の スベテ も しりつくして いた。 もし チチ を はなれる と すれば、 ジョウアイ の ウエ に オヤコ の ココロノコリ が ある だけ で あった。 センセイ の オオク は まだ ワタクシ に わかって いなかった。 はなす と ヤクソク された その ヒト の カコ も まだ きく キカイ を えず に いた。 ようするに センセイ は ワタクシ に とって うすぐらかった。 ワタクシ は ぜひとも そこ を とおりこして、 あかるい ところ まで ゆかなければ キ が すまなかった。 センセイ と カンケイ の たえる の は ワタクシ に とって おおいな クツウ で あった。 ワタクシ は ハハ に ヒ を みて もらって、 トウキョウ へ たつ ヒドリ を きめた。

 9

 ワタクシ が いよいよ たとう と いう マギワ に なって、 (たしか フツカ マエ の ユウガタ の こと で あった と おもう が、) チチ は また とつぜん ひっくりかえった。 ワタクシ は その とき ショモツ や イルイ を つめた コウリ を からげて いた。 チチ は フロ へ はいった ところ で あった。 チチ の セナカ を ながし に いった ハハ が おおきな コエ を だして ワタクシ を よんだ。 ワタクシ は ハダカ の まま ハハ に ウシロ から だかれて いる チチ を みた。 それでも ザシキ へ つれて もどった とき、 チチ は もう だいじょうぶ だ と いった。 ネン の ため に マクラモト に すわって、 ヌレテヌグイ で チチ の アタマ を ひやして いた ワタクシ は、 9 ジ-ゴロ に なって ようやく カタバカリ の ヤショク を すました。
 ヨクジツ に なる と チチ は おもった より ゲンキ が よかった。 とめる の も きかず に あるいて ベンジョ へ いったり した。
「もう だいじょうぶ」
 チチ は キョネン の クレ たおれた とき に ワタクシ に むかって いった と おなじ コトバ を また くりかえした。 その とき は はたして クチ で いった とおり まあ だいじょうぶ で あった。 ワタクシ は コンド も あるいは そう なる かも しれない と おもった。 しかし イシャ は ただ ヨウジン が カンヨウ だ と チュウイ する だけ で、 ネン を おして も はっきり した こと を はなして くれなかった。 ワタクシ は フアン の ため に、 シュッタツ の ヒ が きて も ついに トウキョウ へ たつ キ が おこらなかった。
「もうすこし ヨウス を みて から に しましょう か」 と ワタクシ は ハハ に ソウダン した。
「そうして おくれ」 と ハハ が たのんだ。
 ハハ は チチ が ニワ へ でたり セド へ おりたり する ゲンキ を みて いる アイダ だけ は ヘイキ で いる くせ に、 こんな こと が おこる と また ヒツヨウ イジョウ に シンパイ したり キ を もんだり した。
「オマエ は キョウ トウキョウ へ ゆく はず じゃ なかった か」 と チチ が きいた。
「ええ、 すこし のばしました」 と ワタクシ が こたえた。
「オレ の ため に かい」 と チチ が ききかえした。
 ワタクシ は ちょっと チュウチョ した。 そう だ と いえば、 チチ の ビョウキ の おもい の を ウラガキ する よう な もの で あった。 ワタクシ は チチ の シンケイ を カビン に したく なかった。 しかし チチ は ワタクシ の ココロ を よく みぬいて いる らしかった。
「キノドク だね」 と いって、 ニワ の ほう を むいた。
 ワタクシ は ジブン の ヘヤ に はいって、 そこ に ほうりだされた コウリ を ながめた。 コウリ は いつ もちだして も さしつかえない よう に、 かたく くくられた まま で あった。 ワタクシ は ぼんやり その マエ に たって、 また ナワ を とこう か と かんがえた。
 ワタクシ は すわった まま コシ を うかした とき の おちつかない キブン で、 また サン、 ヨッカ を すごした。 すると チチ が また ソットウ した。 イシャ は ゼッタイ に アンガ を めいじた。
「どうした もの だろう ね」 と ハハ が チチ に きこえない よう な ちいさな コエ で ワタクシ に いった。 ハハ の カオ は いかにも こころぼそそう で あった。 ワタクシ は アニ と イモウト に デンポウ を うつ ヨウイ を した。 けれども ねて いる チチ には、 ほとんど なんの クモン も なかった。 ハナシ を する ところ など を みる と、 カゼ でも ひいた とき と まったく おなじ こと で あった。 そのうえ ショクヨク は フダン より も すすんだ。 ハタ の モノ が、 チュウイ して も ヨウイ に いう こと を きかなかった。
「どうせ しぬ ん だ から、 うまい もの でも くって しななくっちゃ」
 ワタクシ には うまい もの と いう チチ の コトバ が コッケイ にも ヒサン にも きこえた。 チチ は うまい もの を クチ に いれられる ミヤコ には すんで いなかった の で ある。 ヨ に いって カキモチ など を やいて もらって ぼりぼり かんだ。
「どうして こう かわく の かね。 やっぱり シン に ジョウブ の ところ が ある の かも しれない よ」
 ハハ は シツボウ して いい ところ に かえって タノミ を おいた。 そのくせ ビョウキ の とき に しか つかわない かわく と いう ムカシフウ の コトバ を、 なんでも たべたがる イミ に もちいて いた。
 オジ が ミマイ に きた とき、 チチ は いつまでも ひきとめて かえさなかった。 さむしい から もっと いて くれ と いう の が おも な リユウ で あった が、 ハハ や ワタクシ が、 たべたい だけ モノ を たべさせない と いう フヘイ を うったえる の も、 その モクテキ の ヒトツ で あった らしい。

 10

 チチ の ビョウキ は おなじ よう な ジョウタイ で 1 シュウカン イジョウ つづいた。 ワタクシ は その アイダ に ながい テガミ を キュウシュウ に いる アニ-アテ で だした。 イモウト へは ハハ から ださせた。 ワタクシ は ハラ の ナカ で、 おそらく これ が チチ の ケンコウ に かんして フタリ へ やる サイゴ の タヨリ だろう と おもった。 それで リョウホウ へ いよいよ と いう バアイ には デンポウ を うつ から でて こい と いう イミ を かきこめた。
 アニ は いそがしい ショク に いた。 イモウト は ニンシンチュウ で あった。 だから チチ の キケン が メノマエ に せまらない うち に よびよせる ジユウ は きかなかった。 と いって、 せっかく ツゴウ して きた には きた が、 まにあわなかった と いわれる の も つらかった。 ワタクシ は デンポウ を かける ジキ に ついて、 ヒト の しらない セキニン を かんじた。
「そう はっきり した こと に なる と ワタクシ にも わかりません。 しかし キケン は いつ くる か わからない と いう こと だけ は ショウチ して いて ください」
 ステーション の ある マチ から むかえた イシャ は ワタクシ に こう いった。 ワタクシ は ハハ と ソウダン して、 その イシャ の シュウセン で、 マチ の ビョウイン から カンゴフ を ヒトリ たのむ こと に した。 チチ は マクラモト へ きて アイサツ する しろい フク を きた オンナ を みて ヘン な カオ を した。
 チチ は シビョウ に かかって いる こと を とうから ジカク して いた。 それでいて、 ガンゼン に せまりつつ ある シ ソノモノ には キ が つかなかった。
「いまに なおったら もう イッペン トウキョウ へ あそび に いって みよう。 ニンゲン は いつ しぬ か わからない から な。 なんでも やりたい こと は、 いきてる うち に やって おく に かぎる」
 ハハ は しかたなし に 「その とき は ワタクシ も イッショ に つれて いって いただきましょう」 など と チョウシ を あわせて いた。
 ときとすると また ヒジョウ に さみしがった。
「オレ が しんだら、 どうか オカアサン を ダイジ に して やって くれ」
 ワタクシ は この 「オレ が しんだら」 と いう コトバ に イッシュ の キオク を もって いた。 トウキョウ を たつ とき、 センセイ が オクサン に むかって ナンベン も それ を くりかえした の は、 ワタクシ が ソツギョウ した ヒ の バン の こと で あった。 ワタクシ は ワライ を おびた センセイ の カオ と、 エンギ でも ない と ミミ を ふさいだ オクサン の ヨウス と を おもいだした。 あの とき の 「オレ が しんだら」 は タンジュン な カテイ で あった。 イマ ワタクシ が きく の は いつ おこる か わからない ジジツ で あった。 ワタクシ は センセイ に たいする オクサン の タイド を まなぶ こと が できなかった。 しかし クチ の サキ では なんとか チチ を まぎらさなければ ならなかった。
「そんな よわい こと を おっしゃっちゃ いけません よ。 いまに なおったら トウキョウ へ あそび に いらっしゃる はず じゃ ありません か。 オカアサン と イッショ に。 コンド いらっしゃる と きっと びっくり します よ、 かわって いる んで。 デンシャ の あたらしい センロ だけ でも たいへん ふえて います から ね。 デンシャ が とおる よう に なれば しぜん マチナミ も かわる し、 その うえ に シク カイセイ も ある し、 トウキョウ が じっと して いる とき は、 まあ ニロクジチュウ 1 プン も ない と いって いい くらい です」
 ワタクシ は シカタ が ない から いわない で いい こと まで しゃべった。 チチ は また マンゾク-らしく それ を きいて いた。
 ビョウニン が ある ので しぜん イエ の デイリ も おおく なった。 キンジョ に いる シンルイ など は、 フツカ に ヒトリ ぐらい の ワリ で かわるがわる ミマイ に きた。 ナカ には ヒカクテキ トオク に いて ヘイゼイ ソエン な モノ も あった。 「どう か と おもったら、 この ヨウス じゃ だいじょうぶ だ。 ハナシ も ジユウ だし、 だいち カオ が ちっとも やせて いない じゃ ない か」 など と いって かえる モノ が あった。 ワタクシ の かえった トウジ は ひっそり しすぎる ほど しずか で あった カテイ が、 こんな こと で だんだん ざわざわ しはじめた。
 その ナカ に うごかず に いる チチ の ビョウキ は、 ただ おもしろく ない ほう へ うつって ゆく ばかり で あった。 ワタクシ は ハハ や オジ と ソウダン して、 とうとう アニ と イモウト に デンポウ を うった。 アニ から は すぐ ゆく と いう ヘンジ が きた。 イモウト の オット から も たつ と いう シラセ が あった。 イモウト は このまえ カイニン した とき に リュウザン した ので、 コンド こそ は クセ に ならない よう に ダイジ を とらせる つもり だ と、 かねて いいこした その オット は、 イモウト の カワリ に ジブン で でて くる かも しれなかった。

 11

 こうした オチツキ の ない アイダ にも、 ワタクシ は まだ しずか に すわる ヨユウ を もって いた。 たまに は ショモツ を あけて 10 ページ も ツヅケザマ に よむ ジカン さえ でて きた。 いったん かたく くくられた ワタクシ の コウリ は、 いつのまにか とかれて しまった。 ワタクシ は いる に まかせて、 その ナカ から イロイロ な もの を とりだした。 ワタクシ は トウキョウ を たつ とき、 ココロ の ウチ で きめた、 この ナツジュウ の ニッカ を かえりみた。 ワタクシ の やった こと は この ニッカ の 3 が 1 にも たらなかった。 ワタクシ は イマ まで も こういう フユカイ を ナンド と なく かさねて きた。 しかし この ナツ ほど おもった とおり シゴト の はこばない ためし も すくなかった。 これ が ヒト の ヨ の ツネ だろう と おもいながら も ワタクシ は いや な キモチ に おさえつけられた。
 ワタクシ は この フカイ の ウチ に すわりながら、 イッポウ に チチ の ビョウキ を かんがえた。 チチ の しんだ アト の こと を ソウゾウ した。 そうして それ と ドウジ に、 センセイ の こと を イッポウ に おもいうかべた。 ワタクシ は この フカイ な ココロモチ の リョウタン に チイ、 キョウイク、 セイカク の ぜんぜん ことなった フタリ の オモカゲ を ながめた。
 ワタクシ が チチ の マクラモト を はなれて、 ヒトリ とりみだした ショモツ の ナカ に ウデグミ を して いる ところ へ ハハ が カオ を だした。
「すこし ヒルネ でも おし よ。 オマエ も さぞ くたびれる だろう」
 ハハ は ワタクシ の キブン を リョウカイ して いなかった。 ワタクシ も ハハ から それ を ヨキ する ほど の コドモ でも なかった。 ワタクシ は タンカン に レイ を のべた。 ハハ は まだ ヘヤ の イリグチ に たって いた。
「オトウサン は?」 と ワタクシ が きいた。
「イマ よく ねて おいで だよ」 と ハハ が こたえた。
 ハハ は とつぜん はいって きて ワタクシ の ソバ に すわった。
「センセイ から まだ なんとも いって こない かい」 と きいた。
 ハハ は その とき の ワタクシ の コトバ を しんじて いた。 その とき の ワタクシ は センセイ から きっと ヘンジ が ある と ハハ に ホショウ した。 しかし チチ や ハハ の キボウ する よう な ヘンジ が くる とは、 その とき の ワタクシ も まるで キタイ しなかった。 ワタクシ は ココロエ が あって ハハ を あざむいた と おなじ ケッカ に おちいった。
「もう イッペン テガミ を だして ごらん な」 と ハハ が いった。
 ヤク に たたない テガミ を ナンツウ かこう と、 それ が ハハ の イアン に なる なら、 テスウ を いとう よう な ワタクシ では なかった。 けれども こういう ヨウケン で センセイ に せまる の は ワタクシ の クツウ で あった。 ワタクシ は チチ に しかられたり、 ハハ の キゲン を そんじたり する より も、 センセイ から みさげられる の を はるか に おそれて いた。 あの イライ に たいして イマ まで ヘンジ の もらえない の も、 あるいは そうした ワケ から じゃ ない かしら と いう ジャスイ も あった。
「テガミ を かく の は ワケ は ない です が、 こういう こと は ユウビン じゃ とても ラチ は あきません よ。 どうしても ジブン で トウキョウ へ でて、 じかに たのんで まわらなくっちゃ」
「だって オトウサン が あの ヨウス じゃ、 オマエ、 いつ トウキョウ へ でられる か わからない じゃ ない か」
「だから で や しません。 なおる とも なおらない とも かたづかない うち は、 ちゃんと こうして いる つもり です」
「そりゃ わかりきった ハナシ だね。 いまにも むずかしい と いう タイビョウニン を ほうちらかして おいて、 ダレ が カッテ に トウキョウ へ なんか いける もの かね」
 ワタクシ は はじめ ココロ の ナカ で、 なにも しらない ハハ を あわれんだ。 しかし ハハ が なぜ こんな モンダイ を この ざわざわ した サイ に もちだした の か リカイ できなかった。 ワタクシ が チチ の ビョウキ を ヨソ に、 しずか に すわったり ショケン したり する ヨユウ の ある ごとく に、 ハハ も メノマエ の ビョウニン を わすれて、 ホカ の こと を かんがえる だけ、 ムネ に スキマ が ある の かしら と うたぐった。 その とき 「じつは ね」 と ハハ が いいだした。
「じつは オトウサン の いきて おいで の うち に、 オマエ の クチ が きまったら さぞ アンシン なさる だろう と おもう ん だ がね。 この ヨウス じゃ、 とても まにあわない かも しれない けれども、 それにしても、 まだ ああ やって クチ も たしか なら キ も たしか なん だ から、 ああして おいで の うち に よろこばして あげる よう に オヤコウコウ を おし な」
 あわれ な ワタクシ は オヤコウコウ の できない キョウグウ に いた。 ワタクシ は ついに 1 ギョウ の テガミ も センセイ に ださなかった。

 12

 アニ が かえって きた とき、 チチ は ねながら シンブン を よんで いた。 チチ は ヘイゼイ から ナニ を おいて も シンブン だけ には メ を とおす シュウカン で あった が、 トコ に ついて から は、 タイクツ の ため なおさら それ を よみたがった。 ハハ も ワタクシ も しいて は ハンタイ せず に、 なるべく ビョウニン の オモイドオリ に させて おいた。
「そういう ゲンキ なら ケッコウ な もの だ。 よっぽど わるい か と おもって きたら、 たいへん いい よう じゃ ありません か」
 アニ は こんな こと を いいながら チチ と ハナシ を した。 その にぎやかすぎる チョウシ が ワタクシ には かえって フチョウワ に きこえた。 それでも チチ の マエ を はずして ワタクシ と サシムカイ に なった とき は、 むしろ しずんで いた。
「シンブン なんか よましちゃ いけなか ない か」
「ワタシ も そう おもう ん だ けれども、 よまない と ショウチ しない ん だ から、 シヨウ が ない」
 アニ は ワタクシ の ベンカイ を だまって きいて いた。 やがて、 「よく わかる の かな」 と いった。 アニ は チチ の リカイリョク が ビョウキ の ため に、 ヘイゼイ より は よっぽど にぶって いる よう に カンサツ した らしい。
「そりゃ たしか です。 ワタシ は さっき 20 プン ばかり マクラモト に すわって いろいろ はなして みた が、 チョウシ の くるった ところ は すこしも ない です。 あの ヨウス じゃ コト に よる と まだ なかなか もつ かも しれません よ」
 アニ と ゼンゴ して ついた イモウト の オット の イケン は、 ワレワレ より も よほど ラッカンテキ で あった。 チチ は カレ に むかって イモウト の こと を あれこれ と たずねて いた。 「カラダ が カラダ だ から むやみ に キシャ に なんぞ のって ゆれない ほう が いい。 ムリ を して ミマイ に こられたり する と、 かえって こっち が シンパイ だ から」 と いって いた。 「なに いまに なおったら アカンボウ の カオ でも み に、 ヒサシブリ に こっち から でかける から さしつかえない」 とも いって いた。
 ノギ タイショウ の しんだ とき も、 チチ は いちばん サキ に シンブン で それ を しった。
「タイヘン だ タイヘン だ」 と いった。
 ナニゴト も しらない ワタクシタチ は この トツゼン な コトバ に おどろかされた。
「あの とき は いよいよ アタマ が ヘン に なった の か と おもって、 ひやり と した」 と アト で アニ が ワタクシ に いった。 「ワタシ も じつは おどろきました」 と イモウト の オット も ドウカン らしい コトバツキ で あった。
 その コロ の シンブン は じっさい イナカモノ には ヒゴト に まちうけられる よう な キジ ばかり あった。 ワタクシ は チチ の マクラモト に すわって テイネイ に それ を よんだ。 よむ ジカン の ない とき は、 そっと ジブン の ヘヤ へ もって きて、 のこらず メ を とおした。 ワタクシ の メ は ながい アイダ、 グンプク を きた ノギ タイショウ と、 それから カンジョ みた よう な ナリ を した その フジン の スガタ を わすれる こと が できなかった。
 ヒツウ な カゼ が イナカ の スミ まで ふいて きて、 ねむたそう な キ や クサ を ふるわせて いる サイチュウ に、 とつぜん ワタクシ は 1 ツウ の デンポウ を センセイ から うけとった。 ヨウフク を きた ヒト を みる と イヌ が ほえる よう な ところ では、 1 ツウ の デンポウ すら ダイジケン で あった。 それ を うけとった ハハ は、 はたして おどろいた よう な ヨウス を して、 わざわざ ワタクシ を ヒト の いない ところ へ よびだした。
「ナン だい」 と いって、 ワタクシ の フウ を ひらく の を ソバ に たって まって いた。
 デンポウ には ちょっと あいたい が こられる か と いう イミ が カンタン に かいて あった。 ワタクシ は クビ を かたむけた。
「きっと おたの もうして おいた クチ の こと だよ」 と ハハ が スイダン して くれた。
 ワタクシ も あるいは そう かも しれない と おもった。 しかし それにしては すこし ヘン だ とも かんがえた。 とにかく アニ や イモウト の オット まで よびよせた ワタクシ が、 チチ の ビョウキ を うちやって、 トウキョウ へ いく わけ には いかなかった。 ワタクシ は ハハ と ソウダン して、 いかれない と いう ヘンデン を うつ こと に した。 できる だけ カンリャク な コトバ で チチ の ビョウキ の キトク に おちいりつつ ある ムネ も つけくわえた が、 それでも キ が すまなかった から、 イサイ テガミ と して、 こまかい ジジョウ を その ヒ の うち に したためて ユウビン で だした。 たのんだ イチ の こと と ばかり しんじきった ハハ は、 「ホントウ に マ の わるい とき は シカタ の ない もの だね」 と いって ザンネン そう な カオ を した。

 13

 ワタクシ の かいた テガミ は かなり ながい もの で あった。 ハハ も ワタクシ も コンド こそ センセイ から なんとか いって くる だろう と かんがえて いた。 すると テガミ を だして フツカ-メ に また デンポウ が ワタクシ-アテ で とどいた。 それ には こない でも よろしい と いう モンク だけ しか なかった。 ワタクシ は それ を ハハ に みせた。
「おおかた テガミ で なんとか いって きて くださる つもり だろう よ」
 ハハ は どこまでも センセイ が ワタクシ の ため に イショク の クチ を シュウセン して くれる もの と ばかり カイシャク して いる らしかった。 ワタクシ も あるいは そう か とも かんがえた が、 センセイ の ヘイゼイ から おして みる と、 どうも ヘン に おもわれた。 「センセイ が クチ を さがして くれる」。 これ は ありう べからざる こと の よう に ワタクシ には みえた。
「とにかく ワタクシ の テガミ は まだ ムコウ へ ついて いない はず だ から、 この デンポウ は その マエ に だした もの に ちがいない です ね」
 ワタクシ は ハハ に むかって こんな わかりきった こと を いった。 ハハ は また もっともらしく シアン しながら 「そう だね」 と こたえた。 ワタクシ の テガミ を よまない マエ に、 センセイ が この デンポウ を うった と いう こと が、 センセイ を カイシャク する うえ に おいて、 なんの ヤク にも たたない の は しれて いる のに。
 その ヒ は ちょうど シュジイ が マチ から インチョウ を つれて くる はず に なって いた ので、 ハハ と ワタクシ は それぎり この ジケン に ついて ハナシ を する キカイ が なかった。 フタリ の イシャ は タチアイ の うえ、 ビョウニン に カンチョウ など を して かえって いった。
 チチ は イシャ から アンガ を めいぜられて イライ、 リョウベン とも ねた まま ヒト の テ で シマツ して もらって いた。 ケッペキ な チチ は、 サイショ の アイダ こそ はなはだしく それ を いみきらった が、 カラダ が きかない ので、 やむ を えず いやいや トコ の ウエ で ヨウ を たした。 それ が ビョウキ の カゲン で アタマ が だんだん にぶく なる の か なんだか、 ヒ を ふる に したがって、 ブショウ な ハイセツ を イ と しない よう に なった。 たまに は フトン や シキフ を よごして、 ハタ の モノ が マユ を よせる のに、 トウニン は かえって ヘイキ で いたり した。 もっとも ニョウ の リョウ は ビョウキ の セイシツ と して、 きわめて すくなく なった。 イシャ は それ を ク に した。 ショクヨク も しだいに おとろえた。 たまに ナニ か ほしがって も、 シタ が ほしがる だけ で、 ノド から シタ へは ごく わずか しか とおらなかった。 すき な シンブン も テ に とる キリョク が なくなった。 マクラ の ソバ に ある ロウガンキョウ は、 いつまでも くろい サヤ に おさめられた まま で あった。 コドモ の ジブン から ナカ の よかった サク さん と いう イマ では 1 リ ばかり へだたった ところ に すんで いる ヒト が ミマイ に きた とき、 チチ は 「ああ サク さん か」 と いって、 どんより した メ を サク さん の ほう に むけた。
「サク さん よく きて くれた。 サク さん は ジョウブ で うらやましい ね。 オレ は もう ダメ だ」
「そんな こと は ない よ。 オマエ なんか コドモ は フタリ とも ダイガク を ソツギョウ する し、 すこし ぐらい ビョウキ に なったって、 モウシブン は ない ん だ。 オレ を ごらん よ。 カカア には しなれる し さ、 コドモ は なし さ。 ただ こうして いきて いる だけ の こと だよ。 タッシャ だって なんの タノシミ も ない じゃ ない か」
 カンチョウ を した の は サク さん が きて から 2~3 ニチ アト の こと で あった。 チチ は イシャ の おかげ で たいへん ラク に なった と いって よろこんだ。 すこし ジブン の ジュミョウ に たいする ドキョウ が できた と いう ふう に キゲン が なおった。 ソバ に いる ハハ は、 それ に つりこまれた の か、 ビョウニン に キリョク を つける ため か、 センセイ から デンポウ の きた こと を、 あたかも ワタクシ の イチ が チチ の キボウ する とおり トウキョウ に あった よう に はなした。 ソバ に いる ワタクシ は むずがゆい ココロモチ が した が、 ハハ の コトバ を さえぎる わけ にも ゆかない ので、 だまって きいて いた。 ビョウニン は うれしそう な カオ を した。
「そりゃ ケッコウ です」 と イモウト の オット も いった。
「なんの クチ だ か まだ わからない の か」 と アニ が きいた。
 ワタクシ は いまさら それ を ヒテイ する ユウキ を うしなった。 ジブン にも なんとも ワケ の わからない アイマイ な ヘンジ を して、 わざと セキ を たった。

 14

 チチ の ビョウキ は サイゴ の イチゲキ を まつ マギワ まで すすんで きて、 そこ で しばらく チュウチョ する よう に みえた。 イエ の モノ は ウンメイ の センコク が、 キョウ くだる か、 キョウ くだる か と おもって、 マイヨ トコ に はいった。
 チチ は ハタ の モノ を つらく する ほど の クツウ を どこ にも かんじて いなかった。 その テン に なる と カンビョウ は むしろ ラク で あった。 ヨウジン の ため に、 ダレ か ヒトリ ぐらい ずつ かわるがわる おきて は いた が、 アト の モノ は ソウトウ の ジカン に メイメイ の ネドコ へ ひきとって さしつかえなかった。 ナニ か の ヒョウシ で ねむれなかった とき、 ビョウニン の うなる よう な コエ を かすか に きいた と おもいあやまった ワタクシ は、 イッペン ヨナカ に トコ を ぬけだして、 ネン の ため チチ の マクラモト まで いって みた こと が あった。 その ヨ は ハハ が おきて いる バン に あたって いた。 しかし その ハハ は チチ の ヨコ に ヒジ を まげて マクラ と した なり ねいって いた。 チチ も ふかい ネムリ の ウチ に そっと おかれた ヒト の よう に しずか に して いた。 ワタクシ は シノビアシ で また ジブン の ネドコ へ かえった。
 ワタクシ は アニ と イッショ の カヤ の ナカ に ねた。 イモウト の オット だけ は、 キャクアツカイ を うけて いる せい か、 ヒトリ はなれた ザシキ に いって やすんだ。
「セキ さん も キノドク だね。 ああ イクニチ も ひっぱられて かえれなくっちゃあ」
 セキ と いう の は その ヒト の ミョウジ で あった。
「しかし そんな いそがしい カラダ でも ない ん だ から、 ああして とまって いて くれる ん でしょう。 セキ さん より も ニイサン の ほう が こまる でしょう、 こう ながく なっちゃ」
「こまって も シカタ が ない。 ホカ の こと と ちがう から な」
 アニ と トコ を ならべて ねる ワタクシ は、 こんな ネモノガタリ を した。 アニ の アタマ にも ワタクシ の ムネ にも、 チチ は どうせ たすからない と いう カンガエ が あった。 どうせ たすからない もの ならば と いう カンガエ も あった。 ワレワレ は コ と して オヤ の しぬ の を まって いる よう な もの で あった。 しかし コ と して の ワレワレ は それ を コトバ の ウエ に あらわす の を はばかった。 そうして おたがいに オタガイ が どんな こと を おもって いる か を よく リカイ しあって いた。
「オトウサン は、 まだ なおる キ で いる よう だな」 と アニ が ワタクシ に いった。
 じっさい アニ の いう とおり に みえる ところ も ない では なかった。 キンジョ の モノ が ミマイ に くる と、 チチ は かならず あう と いって ショウチ しなかった。 あえば きっと、 ワタクシ の ソツギョウ イワイ に よぶ こと が できなかった の を ザンネン-がった。 そのかわり ジブン の ビョウキ が なおったら と いう よう な こと も ときどき つけくわえた。
「オマエ の ソツギョウ イワイ は ヤメ に なって ケッコウ だ。 オレ の とき には よわった から ね」 と アニ は ワタクシ の キオク を つっついた。 ワタクシ は アルコール に あおられた その とき の ランザツ な アリサマ を おもいだして クショウ した。 のむ もの や くう もの を しいて まわる チチ の タイド も、 にがにがしく ワタクシ の メ に うつった。
 ワタクシタチ は それほど ナカ の いい キョウダイ では なかった。 ちいさい うち は よく ケンカ を して、 トシ の すくない ワタクシ の ほう が いつでも なかされた。 ガッコウ へ はいって から の センモン の ソウイ も、 まったく セイカク の ソウイ から でて いた。 ダイガク に いる ジブン の ワタクシ は、 ことに センセイ に セッショク した ワタクシ は、 トオク から アニ を ながめて、 つねに ドウブツテキ だ と おもって いた。 ワタクシ は ながく アニ に あわなかった ので、 また かけへだたった トオク に いた ので、 トキ から いって も キョリ から いって も、 アニ は いつでも ワタクシ には ちかく なかった の で ある。 それでも ヒサシブリ に こう おちあって みる と、 キョウダイ の やさしい ココロモチ が どこ から か シゼン に わいて でた。 バアイ が バアイ なの も その おおきな ゲンイン に なって いた。 フタリ に キョウツウ な チチ、 その チチ の しのう と して いる マクラモト で、 アニ と ワタクシ は アクシュ した の で あった。
「オマエ これから どう する」 と アニ は きいた。 ワタクシ は また まったく ケントウ の ちがった シツモン を アニ に かけた。
「いったい ウチ の ザイサン は どう なってる ん だろう」
「オレ は しらない。 オトウサン は まだ なんとも いわない から。 しかし ザイサン って いった ところ で カネ と して は タカ の しれた もの だろう」
 ハハ は また ハハ で センセイ の ヘンジ の くる の を ク に して いた。
「まだ テガミ は こない かい」 と ワタクシ を せめた。

 15

「センセイ センセイ と いう の は いったい ダレ の こと だい」 と アニ が きいた。
「こないだ はなした じゃ ない か」 と ワタクシ は こたえた。 ワタクシ は ジブン で シツモン して おきながら、 すぐ ヒト の セツメイ を わすれて しまう アニ に たいして フカイ の ネン を おこした。
「きいた こと は きいた けれども」
 アニ は ひっきょう きいて も わからない と いう の で あった。 ワタクシ から みれば なにも ムリ に センセイ を アニ に リカイ して もらう ヒツヨウ は なかった。 けれども ハラ は たった。 また レイ の アニ-らしい ところ が でて きた と おもった。
 センセイ センセイ と ワタクシ が ソンケイ する イジョウ、 その ヒト は かならず チョメイ の シ で なくて は ならない よう に アニ は かんがえて いた。 すくなくとも ダイガク の キョウジュ ぐらい だろう と スイサツ して いた。 ナ も ない ヒト、 なにも して いない ヒト、 それ が どこ に カチ を もって いる だろう。 アニ の ハラ は この テン に おいて、 チチ と まったく おなじ もの で あった。 けれども チチ が なにも できない から あそんで いる の だ と ソクダン する の に ひきかえて、 アニ は ナニ か やれる ノウリョク が ある のに、 ぶらぶら して いる の は つまらん ニンゲン に かぎる と いった フウ の コウフン を もらした。
「イゴイスト は いけない ね。 なにも しない で いきて いよう と いう の は オウチャク な リョウケン だ から ね。 ヒト は ジブン の もって いる サイノウ を できる だけ はたらかせなくっちゃ ウソ だ」
 ワタクシ は アニ に むかって、 ジブン の つかって いる イゴイスト と いう コトバ の イミ が よく わかる か と ききかえして やりたかった。
「それでも その ヒト の おかげ で チイ が できれば まあ ケッコウ だ。 オトウサン も よろこんでる よう じゃ ない か」
 アニ は アト から こんな こと を いった。 センセイ から メイリョウ な テガミ の こない イジョウ、 ワタクシ は そう しんずる こと も できず、 また そう クチ に だす ユウキ も なかった。 それ を ハハ の ハヤノミコミ で ミンナ に そう フイチョウ して しまった イマ と なって みる と、 ワタクシ は キュウ に それ を うちけす わけ に ゆかなく なった。 ワタクシ は ハハ に サイソク される まで も なく、 センセイ の テガミ を まちうけた。 そうして その テガミ に、 どうか ミンナ の かんがえて いる よう な イショク の クチ の こと が かいて あれば いい が と ねんじた。 ワタクシ は シ に ひんして いる チチ の テマエ、 その チチ に イクブン でも アンシン させて やりたい と いのりつつ ある ハハ の テマエ、 はたらかなければ ニンゲン で ない よう に いう アニ の テマエ、 ソノタ イモウト の オット だの オジ だの オバ だの の テマエ、 ワタクシ の ちっとも トンジャク して いない こと に、 シンケイ を なやまさなければ ならなかった。
 チチ が ヘン な きいろい もの を はいた とき、 ワタクシ は かつて センセイ と オクサン から きかされた キケン を おもいだした。 「ああして ながく ねて いる ん だ から イ も わるく なる はず だね」 と いった ハハ の カオ を みて、 なにも しらない その ヒト の マエ に なみだぐんだ。
 アニ と ワタクシ が チャノマ で おちあった とき、 アニ は 「きいた か」 と いった。 それ は イシャ が カエリギワ に アニ に むかって いった こと を きいた か と いう イミ で あった。 ワタクシ には セツメイ を またない でも その イミ が よく わかって いた。
「オマエ ここ へ かえって きて、 ウチ の こと を カンリ する キ は ない か」 と アニ が ワタクシ を かえりみた。 ワタクシ は なんとも こたえなかった。
「オカアサン ヒトリ じゃ、 どう する こと も できない だろう」 と アニ が また いった。 アニ は ワタクシ を ツチ の ニオイ を かいで くちて いって も おしく ない よう に みて いた。
「ホン を よむ だけ なら、 イナカ でも じゅうぶん できる し、 それに はたらく ヒツヨウ も なくなる し、 ちょうど いい だろう」
「ニイサン が かえって くる の が ジュン です ね」 と ワタクシ が いった。
「オレ に そんな こと が できる もの か」 と アニ は ヒトクチ に しりぞけた。 アニ の ハラ の ナカ には、 ヨノナカ で これから シゴト を しよう と いう キ が みちみちて いた。
「オマエ が いや なら、 まあ オジサン に でも セワ を たのむ ん だ が、 それにしても オカアサン は どっち か で ひきとらなくっちゃ なるまい」
「オカアサン が ここ を うごく か うごかない か が すでに おおきな ギモン です よ」
 キョウダイ は まだ チチ の しなない マエ から、 チチ の しんだ アト に ついて、 こんな ふう に かたりあった。

 16

 チチ は ときどき ウワゴト を いう よう に なった。
「ノギ タイショウ に すまない。 じつに メンボク シダイ が ない。 いえ ワタクシ も すぐ オアト から」
 こんな コトバ を ひょいひょい だした。 ハハ は キミ を わるがった。 なるべく ミンナ を マクラモト へ あつめて おきたがった。 キ の たしか な とき は しきり に さびしがる ビョウニン にも それ が キボウ らしく みえた。 ことに ヘヤ の ウチ を みまわして ハハ の カゲ が みえない と、 チチ は かならず 「オミツ は」 と きいた。 きかない でも、 メ が それ を ものがたって いた。 ワタクシ は よく たって ハハ を よび に いった。 「ナニ か ゴヨウ です か」 と、 ハハ が しかけた ヨウ を ソノママ に して おいて ビョウシツ へ くる と、 チチ は ただ ハハ の カオ を みつめる だけ で なにも いわない こと が あった。 そう か と おもう と、 まるで かけはなれた ハナシ を した。 とつぜん 「オミツ オマエ にも いろいろ セワ に なった ね」 など と やさしい コトバ を だす とき も あった。 ハハ は そういう コトバ の マエ に きっと なみだぐんだ。 そうした アト では また きっと ジョウブ で あった ムカシ の チチ を その タイショウ と して おもいだす らしかった。
「あんな あわれっぽい こと を オイイ だ がね、 あれ で モト は ずいぶん ひどかった ん だよ」
 ハハ は チチ の ため に ホウキ で セナカ を どやされた とき の こと など を はなした。 イマ まで ナンベン も それ を きかされた ワタクシ と アニ は、 イツモ とは まるで ちがった キブン で、 ハハ の コトバ を チチ の カタミ の よう に ミミ へ うけいれた。
 チチ は ジブン の メノマエ に うすぐらく うつる シ の カゲ を ながめながら、 まだ ユイゴン らしい もの を クチ に ださなかった。
「イマ の うち ナニ か きいて おく ヒツヨウ は ない かな」 と アニ が ワタクシ の カオ を みた。
「そう だなあ」 と ワタクシ は こたえた。 ワタクシ は こちら から すすんで そんな こと を もちだす の も ビョウニン の ため に ヨシアシ だ と かんがえて いた。 フタリ は けっしかねて ついに オジ に ソウダン を かけた。 オジ も クビ を かたむけた。
「いいたい こと が ある のに、 いわない で しぬ の も ザンネン だろう し、 と いって、 こっち から サイソク する の も わるい かも しれず」
 ハナシ は とうとう ぐずぐず に なって しまった。 その うち に コンスイ が きた。 レイ の とおり なにも しらない ハハ は それ を タダ の ネムリ と おもいちがえて かえって よろこんだ。 「まあ ああして ラク に ねられれば、 ハタ に いる モノ も たすかります」 と いった。
 チチ は ときどき メ を あけて、 ダレ は どうした など と とつぜん きいた。 その ダレ は つい サッキ まで そこ に すわって いた ヒト の ナ に かぎられて いた。 チチ の イシキ には くらい ところ と あかるい ところ と できて、 その あかるい ところ だけ が、 ヤミ を ぬう しろい イト の よう に、 ある キョリ を おいて レンゾク する よう に みえた。 ハハ が コンスイ ジョウタイ を フツウ の ネムリ と とりちがえた の も ムリ は なかった。
 そのうち シタ が だんだん もつれて きた。 ナニ か いいだして も シリ が フメイリョウ に おわる ため に、 ヨウリョウ を えない で しまう こと が おおく あった。 そのくせ はなしはじめる とき は、 キトク の ビョウニン とは おもわれない ほど、 つよい コエ を だした。 ワレワレ は もとより フダン イジョウ に チョウシ を はりあげて、 ミミモト へ クチ を よせる よう に しなければ ならなかった。
「アタマ を ひやす と いい ココロモチ です か」
「うん」
 ワタクシ は カンゴフ を アイテ に、 チチ の ミズマクラ を とりかえて、 それから あたらしい コオリ を いれた ヒョウノウ を アタマ の ウエ へ のせた。 がさがさ に わられて とがりきった コオリ の ハヘン が、 フクロ の ナカ で おちつく アイダ、 ワタクシ は チチ の はげあがった ヒタイ の ハズレ で それ を やわらか に おさえて いた。 その とき アニ が ロウカヅタイ に はいって きて、 1 ツウ の ユウビン を ムゴン の まま ワタクシ の テ に わたした。 あいた ほう の ヒダリテ を だして、 その ユウビン を うけとった ワタクシ は すぐ フシン を おこした。
 それ は フツウ の テガミ に くらべる と よほど メカタ の おもい もの で あった。 ナミ の ジョウブクロ にも いれて なかった。 また ナミ の ジョウブクロ に いれられ べき ブンリョウ でも なかった。 ハンシ で つつんで、 フウジメ を テイネイ に ノリ で はりつけて あった。 ワタクシ は それ を アニ の テ から うけとった とき、 すぐ その カキトメ で ある こと に キ が ついた。 ウラ を かえして みる と そこ に センセイ の ナ が つつしんだ ジ で かいて あった。 テ の はなせない ワタクシ は、 すぐ フウ を きる わけ に いかない ので、 ちょっと それ を フトコロ に さしこんだ。

 17

 その ヒ は ビョウニン の デキ が ことに わるい よう に みえた。 ワタクシ が カワヤ へ ゆこう と して セキ を たった とき、 ロウカ で ゆきあった アニ は 「どこ へ ゆく」 と バンペイ の よう な クチョウ で スイカ した。
「どうも ヨウス が すこし ヘン だ から なるべく ソバ に いる よう に しなくっちゃ いけない よ」 と チュウイ した。
 ワタクシ も そう おもって いた。 カイチュウ した テガミ は ソノママ に して また ビョウシツ へ かえった。 チチ は メ を あけて、 そこ に ならんで いる ヒト の ナマエ を ハハ に たずねた。 ハハ が あれ は ダレ、 これ は ダレ と いちいち セツメイ して やる と、 チチ は その たび に うなずいた。 うなずかない とき は、 ハハ が コエ を はりあげて、 ナニナニ さん です、 わかりました か と ネン を おした。
「どうも いろいろ オセワ に なります」
 チチ は こう いった。 そうして また コンスイ ジョウタイ に おちいった。 マクラベ を とりまいて いる ヒト は ムゴン の まま しばらく ビョウニン の ヨウス を みつめて いた。 やがて その ウチ の ヒトリ が たって ツギノマ へ でた。 すると また ヒトリ たった。 ワタクシ も 3 ニン-メ に とうとう セキ を はずして、 ジブン の ヘヤ へ きた。 ワタクシ には さっき フトコロ へ いれた ユウビンブツ の ナカ を あけて みよう と いう モクテキ が あった。 それ は ビョウニン の マクラモト でも ヨウイ に できる ショサ には ちがいなかった。 しかし かかれた もの の ブンリョウ が あまり に おおすぎる ので、 ヒトイキ に そこ で よみとおす わけ には いかなかった。 ワタクシ は トクベツ の ジカン を ぬすんで それ に あてた。
 ワタクシ は センイ の つよい ツツミガミ を ひきかく よう に さきやぶった。 ナカ から でた もの は、 タテヨコ に ひいた ケイ の ナカ へ ギョウギ よく かいた ゲンコウ-ヨウ の もの で あった。 そうして ふうじる ベンギ の ため に、 ヨツオリ に たたまれて あった。 ワタクシ は クセ の ついた セイヨウシ を、 ギャク に おりかえして よみやすい よう に ひらたく した。
 ワタクシ の ココロ は この タリョウ の カミ と インキ が、 ワタクシ に ナニゴト を かたる の だろう か と おもって おどろいた。 ワタクシ は ドウジ に ビョウシツ の こと が キ に かかった。 ワタクシ が この カキモノ を よみはじめて、 よみおわらない マエ に、 チチ は きっと どうか なる、 すくなくとも、 ワタクシ は アニ から か ハハ から か、 それ で なければ オジ から か、 よばれる に きまって いる と いう ヨカク が あった。 ワタクシ は おちついて センセイ の かいた もの を よむ キ に なれなかった。 ワタクシ は そわそわ しながら ただ サイショ の 1 ページ を よんだ。 その ページ は シモ の よう に つづられて いた。
「アナタ から カコ を といただされた とき、 こたえる こと の できなかった ユウキ の ない ワタクシ は、 イマ アナタ の マエ に、 それ を メイハク に ものがたる ジユウ を えた と しんじます。 しかし その ジユウ は アナタ の ジョウキョウ を まって いる うち には また うしなわれて しまう セケンテキ の ジユウ に すぎない の で あります。 したがって、 それ を リヨウ できる とき に リヨウ しなければ、 ワタクシ の カコ を アナタ の アタマ に カンセツ の ケイケン と して おしえて あげる キカイ を エイキュウ に いっする よう に なります。 そう する と、 あの とき あれほど かたく ヤクソク した コトバ が まるで ウソ に なります。 ワタクシ は やむ を えず、 クチ で いう べき ところ を、 フデ で もうしあげる こと に しました」
 ワタクシ は そこ まで よんで、 はじめて この ながい もの が なんの ため に かかれた の か、 その リユウ を あきらか に しる こと が できた。 ワタクシ の イショク の クチ、 そんな もの に ついて センセイ が テガミ を よこす キヅカイ は ない と、 ワタクシ は ショテ から しんじて いた。 しかし フデ を とる こと の きらい な センセイ が、 どうして あの ジケン を こう ながく かいて、 ワタクシ に みせる キ に なった の だろう。 センセイ は なぜ ワタクシ の ジョウキョウ する まで まって いられない だろう。
「ジユウ が きた から はなす。 しかし その ジユウ は また エイキュウ に うしなわれなければ ならない」
 ワタクシ は ココロ の ウチ で こう くりかえしながら、 その イミ を しる に くるしんだ。 ワタクシ は とつぜん フアン に おそわれた。 ワタクシ は つづいて アト を よもう と した。 その とき ビョウシツ の ほう から、 ワタクシ を よぶ おおきな アニ の コエ が きこえた。 ワタクシ は また おどろいて たちあがった。 ロウカ を かけぬける よう に して ミンナ の いる ほう へ いった。 ワタクシ は いよいよ チチ の ウエ に サイゴ の シュンカン が きた の だ と カクゴ した。

 18

 ビョウシツ には いつのまにか イシャ が きて いた。 なるべく ビョウニン を ラク に する と いう シュイ から また カンチョウ を こころみる ところ で あった。 カンゴフ は ユウベ の ツカレ を やすめる ため に ベッシツ で ねて いた。 なれない アニ は たって まごまご して いた。 ワタクシ の カオ を みる と、 「ちょっと テ を おかし」 と いった まま、 ジブン は セキ に ついた。 ワタクシ は アニ に かわって、 アブラガミ を チチ の シリ の シタ に あてがったり した。
 チチ の ヨウス は すこし くつろいで きた。 30 プン ほど マクラモト に すわって いた イシャ は、 カンチョウ の ケッカ を みとめた うえ、 また くる と いって、 かえって いった。 カエリギワ に、 もしも の こと が あったら いつでも よんで くれる よう に わざわざ ことわって いた。
 ワタクシ は いまにも ヘン が ありそう な ビョウシツ を しりぞいて また センセイ の テガミ を よもう と した。 しかし ワタクシ は すこしも ゆっくり した キブン に なれなかった。 ツクエ の マエ に すわる や いなや、 また アニ から おおきな コエ で よばれそう で ならなかった。 そうして コンド よばれれば、 それ が サイゴ だ と いう イフ が ワタクシ の テ を ふるわした。 ワタクシ は センセイ の テガミ を ただ ムイミ に ページ だけ はぐって いった。 ワタクシ の メ は キチョウメン に ワク の ナカ に はめられた ジカク を みた。 けれども それ を よむ ヨユウ は なかった。 ヒロイヨミ に する ヨユウ すら おぼつかなかった。 ワタクシ は いちばん シマイ の ページ まで じゅんじゅん に あけて みて、 また それ を モト の とおり に たたんで ツクエ の ウエ に おこう と した。 その とき ふと ケツマツ に ちかい イック が ワタクシ の メ に はいった。
「この テガミ が アナタ の テ に おちる コロ には、 ワタクシ は もう コノヨ には いない でしょう。 とくに しんで いる でしょう」
 ワタクシ は はっと おもった。 イマ まで ざわざわ と うごいて いた ワタクシ の ムネ が イチド に ギョウケツ した よう に かんじた。 ワタクシ は また ギャク に ページ を はぐりかえした。 そうして 1 マイ に イック ぐらい ずつ の ワリ で サカサ に よんで いった。 ワタクシ は トッサ の アイダ に、 ワタクシ の しらなければ ならない こと を しろう と して、 ちらちら する モンジ を、 メ で さしとおそう と こころみた。 その とき ワタクシ の しろう と する の は、 ただ センセイ の アンピ だけ で あった。 センセイ の カコ、 かつて センセイ が ワタクシ に はなそう と ヤクソク した うすぐらい その カコ、 そんな もの は ワタクシ に とって、 まったく ムヨウ で あった。 ワタクシ は サカサマ に ページ を はぐりながら、 ワタクシ に ヒツヨウ な チシキ を ヨウイ に あたえて くれない この ながい テガミ を じれったそう に たたんだ。
 ワタクシ は また チチ の ヨウス を み に ビョウシツ の トグチ まで いった。 ビョウニン の マクラベ は ぞんがい しずか で あった。 たよりなさそう に つかれた カオ を して そこ に すわって いる ハハ を テマネギ して、 「どう です か ヨウス は」 と きいた。 ハハ は 「いますこし もちあってる よう だよ」 と こたえた。 ワタクシ は チチ の メノマエ へ カオ を だして、 「どう です、 カンチョウ して すこし は ココロモチ が よく なりました か」 と たずねた。 チチ は うなずいた。 チチ は はっきり 「ありがとう」 と いった。 チチ の セイシン は ぞんがい もうろう と して いなかった。
 ワタクシ は また ビョウシツ を しりぞいて ジブン の ヘヤ に かえった。 そこ で トケイ を みながら、 キシャ の ハッチャクヒョウ を しらべた。 ワタクシ は とつぜん たって オビ を しめなおして、 タモト の ナカ へ センセイ の テガミ を なげこんだ。 それから カッテグチ から オモテ へ でた。 ワタクシ は ムチュウ で イシャ の イエ へ かけこんだ。 ワタクシ は イシャ から チチ が もう 2~3 チ もつ だろう か、 そこ の ところ を はっきり きこう と した。 チュウシャ でも なんでも して、 もたして くれ と たのもう と した。 イシャ は あいにく ルス で あった。 ワタクシ には じっと して カレ の かえる の を まちうける ジカン が なかった。 ココロ の オチツキ も なかった。 ワタクシ は すぐ クルマ を ステーション へ いそがせた。
 ワタクシ は ステーション の カベ へ カミギレ を あてがって、 その ウエ から エンピツ で ハハ と アニ-アテ で テガミ を かいた。 テガミ は ごく カンタン な もの で あった が、 ことわらない で はしる より まだ まし だろう と おもって、 それ を いそいで ウチ へ とどける よう に シャフ に たのんだ。 そうして おもいきった イキオイ で トウキョウ-ユキ の キシャ に とびのって しまった。 ワタクシ は ごうごう なる サントウ レッシャ の ナカ で、 また タモト から センセイ の テガミ を だして、 ようやく ハジメ から シマイ まで メ を とおした。


 ゲ、 センセイ と イショ

 1

 ……ワタクシ は この ナツ アナタ から 2~3 ド テガミ を うけとりました。 トウキョウ で ソウトウ の チイ を えたい から よろしく たのむ と かいて あった の は、 たしか 2 ド-メ に テ に いった もの と キオク して います。 ワタクシ は それ を よんだ とき なんとか したい と おもった の です。 すくなくとも ヘンジ を あげなければ すまん とは かんがえた の です。 しかし ジハク する と、 ワタクシ は アナタ の イライ に たいして、 まるで ドリョク を しなかった の です。 ゴショウチ の とおり、 コウサイ クイキ の せまい と いう より も、 ヨノナカ に たった ヒトリ で くらして いる と いった ほう が テキセツ な くらい の ワタクシ には、 そういう ドリョク を あえて する ヨチ が まったく ない の です。 しかし それ は モンダイ では ありません。 ジツ を いう と、 ワタクシ は この ジブン を どう すれば いい の か と おもいわずらって いた ところ なの です。 このまま ニンゲン の ナカ に とりのこされた ミイラ の よう に ソンザイ して いこう か、 それとも…… その ジブン の ワタクシ は 「それとも」 と いう コトバ を ココロ の ウチ で くりかえす たび に ぞっと しました。 カケアシ で ゼッペキ の ハジ まで きて、 キュウ に ソコ の みえない タニ を のぞきこんだ ヒト の よう に。 ワタクシ は ヒキョウ でした。 そうして オオク の ヒキョウ な ヒト と おなじ テイド に おいて ハンモン した の です。 イカン ながら、 その とき の ワタクシ には、 アナタ と いう もの が ほとんど ソンザイ して いなかった と いって も コチョウ では ありません。 イッポ すすめて いう と、 アナタ の チイ、 アナタ の ココウ の シ、 そんな もの は ワタクシ に とって まるで ムイミ なの でした。 どうでも かまわなかった の です。 ワタクシ は それ どころ の サワギ で なかった の です。 ワタクシ は ジョウサシ へ アナタ の テガミ を さした なり、 いぜん と して ウデグミ を して かんがえこんで いました。 ウチ に ソウオウ の ザイサン が ある モノ が、 ナニ を くるしんで、 ソツギョウ する か しない のに、 チイ チイ と いって もがきまわる の か。 ワタクシ は むしろ にがにがしい キブン で、 トオク に いる アナタ に こんな イチベツ を あたえた だけ でした。 ワタクシ は ヘンジ を あげなければ すまない アナタ に たいして、 イイワケ の ため に こんな こと を うちあける の です。 アナタ を おこらす ため に わざと ブシツケ な コトバ を ろうする の では ありません。 ワタクシ の ホンイ は アト を ゴラン に なれば よく わかる こと と しんじます。 とにかく ワタクシ は なんとか アイサツ す べき ところ を だまって いた の です から、 ワタクシ は この タイマン の ツミ を アナタ の マエ に しゃしたい と おもいます。
 ソノゴ ワタクシ は アナタ に デンポウ を うちました。 アリテイ に いえば、 あの とき ワタクシ は ちょっと アナタ に あいたかった の です。 それから アナタ の キボウドオリ ワタクシ の カコ を アナタ の ため に ものがたりたかった の です。 アナタ は ヘンデン を かけて、 イマ トウキョウ へは でられない と ことわって きました が、 ワタクシ は シツボウ して ながらく あの デンポウ を ながめて いました。 アナタ も デンポウ だけ では キ が すまなかった と みえて、 また アト から ながい テガミ を よこして くれた ので、 アナタ の シュッキョウ できない ジジョウ が よく わかりました。 ワタクシ は アナタ を シツレイ な オトコ だ とも なんとも おもう わけ が ありません。 アナタ の ダイジ な オトウサン の ビョウキ を ソッチノケ に して、 なんで アナタ が ウチ を あけられる もの です か。 その オトウサン の ショウシ を わすれて いる よう な ワタクシ の タイド こそ フツゴウ です。 ――ワタクシ は じっさい あの デンポウ を うつ とき に、 アナタ の オトウサン の こと を わすれて いた の です。 そのくせ アナタ が トウキョウ に いる コロ には、 ナンショウ だ から よく チュウイ しなくって は いけない と、 あれほど チュウコク した の は ワタクシ です のに。 ワタクシ は こういう ムジュン な ニンゲン なの です。 あるいは ワタクシ の ノウズイ より も、 ワタクシ の カコ が ワタクシ を アッパク する ケッカ こんな ムジュン な ニンゲン に ワタクシ を ヘンカ させる の かも しれません。 ワタクシ は この テン に おいて も じゅうぶん ワタクシ の ガ を みとめて います。 アナタ に ゆるして もらわなくて は なりません。
 アナタ の テガミ、 ――アナタ から きた サイゴ の テガミ―― を よんだ とき、 ワタクシ は わるい こと を した と おもいました。 それで その イミ の ヘンジ を だそう か と かんがえて、 フデ を とりかけました が、 1 ギョウ も かかず に やめました。 どうせ かく なら、 この テガミ を かいて あげたかった から、 そうして この テガミ を かく には まだ ジキ が すこし はやすぎた から、 ヤメ に した の です。 ワタクシ が ただ くる に およばない と いう カンタン な デンポウ を ふたたび うった の は、 それ が ため です。

 2

 ワタクシ は それから この テガミ を かきだしました。 ヘイゼイ フデ を もちつけない ワタクシ には、 ジブン の おもう よう に、 ジケン なり シソウ なり が はこばない の が おもい クツウ でした。 ワタクシ は もうすこし で、 アナタ に たいする ワタクシ の この ギム を ホウテキ する ところ でした。 しかし いくら よそう と おもって フデ を おいて も、 なんにも なりません でした。 ワタクシ は 1 ジカン たたない うち に また かきたく なりました。 アナタ から みたら、 これ が ギム の スイコウ を おもんずる ワタクシ の セイカク の よう に おもわれる かも しれません。 ワタクシ も それ は いなみません。 ワタクシ は アナタ の しって いる とおり、 ほとんど セケン と コウショウ の ない コドク な ニンゲン です から、 ギム と いう ほど の ギム は、 ジブン の サユウ ゼンゴ を みまわして も、 どの ホウガク にも ネ を はって おりません。 コイ か シゼン か、 ワタクシ は それ を できる だけ きりつめた セイカツ を して いた の です。 けれども ワタクシ は ギム に レイタン だ から こう なった の では ありません。 むしろ エイビン-すぎて シゲキ に たえる だけ の セイリョク が ない から、 ゴラン の よう に ショウキョクテキ な ツキヒ を おくる こと に なった の です。 だから いったん ヤクソク した イジョウ、 それ を はたさない の は、 たいへん いや な ココロモチ です。 ワタクシ は アナタ に たいして この いや な ココロモチ を さける ため に でも、 おいた フデ を また とりあげなければ ならない の です。
 そのうえ ワタクシ は かきたい の です。 ギム は ベツ と して ワタクシ の カコ を かきたい の です。 ワタクシ の カコ は ワタクシ だけ の ケイケン だ から、 ワタクシ だけ の ショユウ と いって も さしつかえない でしょう。 それ を ヒト に あたえない で しぬ の は、 おしい とも いわれる でしょう。 ワタクシ にも たしょう そんな ココロモチ が あります。 ただし うけいれる こと の できない ヒト に あたえる くらい なら、 ワタクシ は むしろ ワタクシ の ケイケン を ワタクシ の イノチ と ともに ほうむった ほう が いい と おもいます。 じっさい ここ に アナタ と いう ヒトリ の オトコ が ソンザイ して いない ならば、 ワタクシ の カコ は ついに ワタクシ の カコ で、 カンセツ にも タニン の チシキ には ならない で すんだ でしょう。 ワタクシ は ナンゼンマン と いる ニホンジン の ウチ で、 ただ アナタ だけ に、 ワタクシ の カコ を ものがたりたい の です。 アナタ は マジメ だ から。 アナタ は マジメ に ジンセイ ソノモノ から いきた キョウクン を えたい と いった から。
 ワタクシ は くらい ジンセイ の カゲ を エンリョ なく アナタ の アタマ の ウエ に なげかけて あげます。 しかし おそれて は いけません。 くらい もの を じっと みつめて、 その ナカ から アナタ の サンコウ に なる もの を おつかみなさい。 ワタクシ の くらい と いう の は、 もとより リンリテキ に くらい の です。 ワタクシ は リンリテキ に うまれた オトコ です。 また リンリテキ に そだてられた オトコ です。 その リンリジョウ の カンガエ は、 イマ の わかい ヒト と だいぶ ちがった ところ が ある かも しれません。 しかし どう まちがって も、 ワタクシ ジシン の もの です。 マニアワセ に かりた ソンリョウギ では ありません。 だから これから ハッタツ しよう と いう アナタ には イクブン か サンコウ に なる だろう と おもう の です。
 アナタ は ゲンダイ の シソウ モンダイ に ついて、 よく ワタクシ に ギロン を むけた こと を キオク して いる でしょう。 ワタクシ の それ に たいする タイド も よく わかって いる でしょう。 ワタクシ は アナタ の イケン を ケイベツ まで しなかった けれども、 けっして ソンケイ を はらいうる テイド には なれなかった。 アナタ の カンガエ には なんら の ハイケイ も なかった し、 アナタ は ジブン の カコ を もつ には あまり に わかすぎた から です。 ワタクシ は ときどき わらった。 アナタ は ものたりなそう な カオ を ちょいちょい ワタクシ に みせた。 その キョク アナタ は ワタクシ の カコ を エマキモノ の よう に、 アナタ の マエ に テンカイ して くれ と せまった。 ワタクシ は その とき ココロ の ウチ で、 はじめて アナタ を ソンケイ した。 アナタ が ブエンリョ に ワタクシ の ハラ の ナカ から、 ある いきた もの を つらまえよう と いう ケッシン を みせた から です。 ワタクシ の シンゾウ を たちわって、 あたたかく ながれる チシオ を すすろう と した から です。 その とき ワタクシ は まだ いきて いた。 しぬ の が いや で あった。 それで タジツ を やくして、 アナタ の ヨウキュウ を しりぞけて しまった。 ワタクシ は イマ ジブン で ジブン の シンゾウ を やぶって、 その チ を アナタ の カオ に あびせかけよう と して いる の です。 ワタクシ の コドウ が とまった とき、 アナタ の ムネ に あたらしい イノチ が やどる こと が できる なら マンゾク です。

 3

 ワタクシ が リョウシン を なくした の は、 まだ ワタクシ の ハタチ に ならない ジブン でした。 いつか サイ が アナタ に はなして いた よう にも キオク して います が、 フタリ は おなじ ビョウキ で しんだ の です。 しかも サイ が アナタ に フシン を おこさせた とおり、 ほとんど ドウジ と いって いい くらい に、 ゼンゴ して しんだ の です。 ジツ を いう と、 チチ の ビョウキ は おそる べき チョウ チフス でした。 それ が ソバ に いて カンゴ を した ハハ に デンセン した の です。
 ワタクシ は フタリ の アイダ に できた たった ヒトリ の オトコ の コ でした。 ウチ には ソウトウ の ザイサン が あった ので、 むしろ オウヨウ に そだてられました。 ワタクシ は ジブン の カコ を かえりみて、 あの とき リョウシン が しなず に いて くれた なら、 すくなくとも チチ か ハハ か どっち か、 カタホウ で いい から いきて いて くれた なら、 ワタクシ は あの オウヨウ な キブン を イマ まで もちつづける こと が できたろう に と おもいます。
 ワタクシ は フタリ の アト に ぼうぜん と して とりのこされました。 ワタクシ には チシキ も なく、 ケイケン も なく、 また フンベツ も ありません でした。 チチ の しぬ とき、 ハハ は ソバ に いる こと が できません でした。 ハハ の しぬ とき、 ハハ には チチ の しんだ こと さえ まだ しらせて なかった の です。 ハハ は それ を さとって いた か、 または ハタ の モノ の いう ごとく、 じっさい チチ は カイフクキ に むかいつつ ある もの と しんじて いた か、 それ は わかりません。 ハハ は ただ オジ に バンジ を たのんで いました。 そこ に いあわせた ワタクシ を ゆびさす よう に して、 「この コ を どうぞ なにぶん」 と いいました。 ワタクシ は その マエ から リョウシン の キョカ を えて、 トウキョウ へ でる はず に なって いました ので、 ハハ は それ も ついでに いう つもり らしかった の です。 それで 「トウキョウ へ」 と だけ つけくわえましたら、 オジ が すぐ アト を ひきとって、 「よろしい けっして シンパイ しない が いい」 と こたえました。 ハハ は つよい ネツ に たえうる タイシツ の オンナ なん でしたろう か、 オジ は 「しっかり した もの だ」 と いって、 ワタクシ に むかって ハハ の こと を ほめて いました。 しかし これ が はたして ハハ の ユイゴン で あった の か どう だ か、 イマ かんがえる と わからない の です。 ハハ は むろん チチ の かかった ビョウキ の おそる べき ナマエ を しって いた の です。 そうして、 ジブン が それ に デンセン して いた こと も ショウチ して いた の です。 けれども ジブン は きっと この ビョウキ で イノチ を とられる と まで しんじて いた か どう か、 そこ に なる と うたがう ヨチ は まだ いくらでも ある だろう と おもわれる の です。 そのうえ ネツ の たかい とき に でる ハハ の コトバ は、 いかに それ が スジミチ の とおった あきらか な もの に せよ、 いっこう キオク と なって ハハ の アタマ に カゲ さえ のこして いない こと が しばしば あった の です。 だから…… しかし そんな こと は モンダイ では ありません。 ただ こういう ふう に モノ を ときほどいて みたり、 また ぐるぐる まわして ながめたり する クセ は、 もう その ジブン から、 ワタクシ には ちゃんと そなわって いた の です。 それ は アナタ にも ハジメ から おことわり して おかなければ ならない と おもいます が、 その ジツレイ と して は トウメン の モンダイ に たいした カンケイ の ない こんな キジュツ が、 かえって ヤク に たち は しない か と かんがえます。 アナタ の ほう でも まあ その つもり で よんで ください。 この ショウブン が リンリテキ に コジン の コウイ やら ドウサ の ウエ に およんで、 ワタクシ は コウライ ますます ヒト の トクギシン を うたがう よう に なった の だろう と おもう の です。 それ が ワタクシ の ハンモン や クノウ に むかって、 セッキョクテキ に おおきな チカラ を そえて いる の は たしか です から おぼえて いて ください。
 ハナシ が ホンスジ を はずれる と、 わかりにくく なります から また アト へ ひきかえしましょう。 これ でも ワタクシ は この ながい テガミ を かく の に、 ワタクシ と おなじ チイ に おかれた ホカ の ヒト と くらべたら、 あるいは たしょう おちついて い や しない か と おもって いる の です。 ヨノナカ が ねむる と きこえだす あの デンシャ の ヒビキ も もう とだえました。 アマド の ソト には いつのまにか あわれ な ムシ の コエ が、 ツユ の アキ を また しのびやか に おもいださせる よう な チョウシ で かすか に ないて います。 なにも しらない サイ は ツギ の ヘヤ で ムジャキ に すやすや ねいって います。 ワタクシ が フデ を とる と、 イチジ イッカク が できあがりつつ ペン の サキ で なって います。 ワタクシ は むしろ おちついた キブン で カミ に むかって いる の です。 フナレ の ため に ペン が ヨコ へ それる かも しれません が、 アタマ が ノウラン して フデ が しどろ に はしる の では ない よう に おもいます。

 4

 とにかく たった ヒトリ とりのこされた ワタクシ は、 ハハ の イイツケドオリ、 この オジ を たよる より ホカ に ミチ は なかった の です。 オジ は また イッサイ を ひきうけて スベテ の セワ を して くれました。 そうして ワタクシ を ワタクシ の キボウ する トウキョウ へ でられる よう に とりはからって くれました。
 ワタクシ は トウキョウ へ きて コウトウ ガッコウ へ はいりました。 その とき の コウトウ ガッコウ の セイト は イマ より も よほど サツバツ で ソヤ でした。 ワタクシ の しった モノ に、 ヨル ショクニン と ケンカ を して、 アイテ の アタマ へ ゲタ で キズ を おわせた の が ありました。 それ が サケ を のんだ アゲク の こと なので、 ムチュウ に ナグリアイ を して いる アイダ に、 ガッコウ の セイボウ を とうとう ムコウ の モノ に とられて しまった の です。 ところが その ボウシ の ウラ には トウニン の ナマエ が ちゃんと、 ヒシガタ の しろい キレ の ウエ に かいて あった の です。 それで コト が メンドウ に なって、 その オトコ は もうすこし で ケイサツ から ガッコウ へ ショウカイ される ところ でした。 しかし トモダチ が いろいろ と ホネ を おって、 ついに オモテザタ に せず に すむ よう に して やりました。 こんな ランボウ な コウイ を、 ジョウヒン な イマ の クウキ の ナカ に そだった アナタガタ に きかせたら、 さだめて ばかばかしい カンジ を おこす でしょう。 ワタクシ も じっさい ばかばかしく おもいます。 しかし カレラ は イマ の ガクセイ に ない イッシュ シツボク な テン を その カワリ に もって いた の です。 トウジ ワタクシ の ツキヅキ オジ から もらって いた カネ は、 アナタ が イマ、 オトウサン から おくって もらう ガクシ に くらべる と はるか に すくない もの でした。 (むろん ブッカ も ちがいましょう が)。 それでいて ワタクシ は すこし の フソク も かんじません でした。 のみならず カズ ある ドウキュウセイ の ウチ で、 ケイザイ の テン に かけて は、 けっして ヒト を うらやましがる あわれ な キョウグウ に いた わけ では ない の です。 イマ から カイコ する と、 むしろ ヒト に うらやましがられる ほう だった の でしょう。 と いう の は、 ワタクシ は ツキヅキ きまった ソウキン の ホカ に、 ショセキヒ、 (ワタクシ は その ジブン から ショモツ を かう こと が すき でした)、 および リンジ の ヒヨウ を、 よく オジ から セイキュウ して、 ずんずん それ を ジブン の おもう よう に ショウヒ する こと が できた の です から。
 なにも しらない ワタクシ は、 オジ を しんじて いた ばかり で なく、 つねに カンシャ の ココロ を もって、 オジ を ありがたい もの の よう に ソンケイ して いました。 オジ は ジギョウカ でした。 ケンカイ ギイン にも なりました。 その カンケイ から でも ありましょう、 セイトウ にも エンコ が あった よう に キオク して います。 チチ の じつの オトウト です けれども、 そういう テン で、 セイカク から いう と チチ とは まるで ちがった ほう へ むいて ハッタツ した よう にも みえます。 チチ は センゾ から ゆずられた イサン を ダイジ に まもって ゆく トクジツ イッポウ の オトコ でした。 タノシミ には、 チャ だの ハナ だの を やりました。 それから シシュウ など を よむ こと も すき でした。 ショガ コットウ と いった フウ の もの にも、 オオク の シュミ を もって いる ヨウス でした。 イエ は イナカ に ありました けれども、 2 リ ばかり へだたった シ、 ――その シ には オジ が すんで いた の です、 ――その シ から ときどき ドウグヤ が カケモノ だの、 コウロ だの を もって、 わざわざ チチ に みせ に きました。 チチ は ヒトクチ に いう と、 まあ マン オフ ミーンズ と でも ひょうしたら いい の でしょう。 ヒカクテキ ジョウヒン な シコウ を もった イナカ シンシ だった の です。 だから キショウ から いう と、 カッタツ な オジ とは よほど の ケンカク が ありました。 それでいて フタリ は また ミョウ に ナカ が よかった の です。 チチ は よく オジ を ひょうして、 ジブン より も はるか に ハタラキ の ある たのもしい ヒト の よう に いって いました。 ジブン の よう に、 オヤ から ザイサン を ゆずられた モノ は、 どうしても コユウ の サイカン が にぶる、 つまり ヨノナカ と たたかう ヒツヨウ が ない から いけない の だ とも いって いました。 この コトバ は ハハ も ききました。 ワタクシ も ききました。 チチ は むしろ ワタクシ の ココロエ に なる つもり で、 それ を いった らしく おもわれます。 「オマエ も よく おぼえて いる が いい」 と チチ は その とき わざわざ ワタクシ の カオ を みた の です。 だから ワタクシ は まだ それ を わすれず に います。 この くらい ワタクシ の チチ から シンヨウ されたり、 ほめられたり して いた オジ を、 ワタクシ が どうして うたがう こと が できる でしょう。 ワタクシ には ただでさえ ホコリ に なる べき オジ でした。 チチ や ハハ が なくなって、 バンジ その ヒト の セワ に ならなければ ならない ワタクシ には、 もう たんなる ホコリ では なかった の です。 ワタクシ の ソンザイ に ヒツヨウ な ニンゲン に なって いた の です。

 5

 ワタクシ が ナツヤスミ を リヨウ して はじめて クニ へ かえった とき、 リョウシン の しにたえた ワタクシ の スマイ には、 あたらしい シュジン と して、 オジ フウフ が いれかわって すんで いました。 これ は ワタクシ が トウキョウ へ でる マエ から の ヤクソク でした。 たった ヒトリ とりのこされた ワタクシ が イエ に いない イジョウ、 そう でも する より ホカ に シカタ が なかった の です。
 オジ は その コロ シ に ある イロイロ な カイシャ に カンケイ して いた よう です。 ギョウム の ツゴウ から いえば、 イマ まで の キョタク に ネオキ する ほう が、 2 リ も へだたった ワタクシ の イエ に うつる より はるか に ベンリ だ と いって わらいました。 これ は ワタクシ の フボ が なくなった アト、 どう ヤシキ を シマツ して、 ワタクシ が トウキョウ へ でる か と いう ソウダン の とき、 オジ の クチ を もれた コトバ で あります。 ワタクシ の イエ は ふるい レキシ を もって いる ので、 すこし は その カイワイ で ヒト に しられて いました。 アナタ の キョウリ でも おなじ こと だろう と おもいます が、 イナカ では ユイショ の ある イエ を、 ソウゾクニン が ある のに こわしたり うったり する の は ダイジケン です。 イマ の ワタクシ なら その くらい の こと は なんとも おもいません が、 その コロ は まだ コドモ でした から、 トウキョウ へは でた し、 ウチ は ソノママ に して おかなければ ならず、 はなはだ ショチ に くるしんだ の です。
 オジ は しかたなし に ワタクシ の アキヤ へ はいる こと を ショウダク して くれました。 しかし シ の ほう に ある スマイ も ソノママ に して おいて、 リョウホウ の アイダ を いったり きたり する ベンギ を あたえて もらわなければ こまる と いいました。 ワタクシ に もとより イギ の ありよう はず が ありません。 ワタクシ は どんな ジョウケン でも トウキョウ へ でられれば いい くらい に かんがえて いた の です。
 こどもらしい ワタクシ は、 フルサト を はなれて も、 まだ ココロ の メ で、 なつかしげ に フルサト の イエ を のぞんで いました。 もとより そこ には まだ ジブン の かえる べき イエ が ある と いう タビビト の ココロ で のぞんで いた の です。 ヤスミ が くれば かえらなくて は ならない と いう キブン は、 いくら トウキョウ を こいしがって でて きた ワタクシ にも、 ちからづよく あった の です。 ワタクシ は ネッシン に ベンキョウ し、 ユカイ に あそんだ アト、 ヤスミ には かえれる と おもう その フルサト の イエ を よく ユメ に みました。
 ワタクシ の ルス の アイダ、 オジ は どんな ふう に リョウホウ の アイダ を ユキキ して いた か しりません。 ワタクシ の ついた とき は、 カゾク の モノ が、 ミンナ ヒトツイエ の ウチ に あつまって いました。 ガッコウ へ でる コドモ など は ヘイゼイ おそらく シ の ほう に いた の でしょう が、 これ も キュウカ の ため に イナカ へ アソビ ハンブン と いった カク で ひきとられて いました。
 ミンナ ワタクシ の カオ を みて よろこびました。 ワタクシ は また チチ や ハハ の いた とき より、 かえって にぎやか で ヨウキ に なった イエ の ヨウス を みて うれしがりました。 オジ は もと ワタクシ の ヘヤ に なって いた ヒトマ を センリョウ して いる 1 バンメ の オトコ の コ を おいだして、 ワタクシ を そこ へ いれました。 ザシキ の カズ も すくなく ない の だ から、 ワタクシ は ホカ の ヘヤ で かまわない と ジタイ した の です けれども、 オジ は オマエ の ウチ だ から と いって、 ききません でした。
 ワタクシ は おりおり なくなった チチ や ハハ の こと を おもいだす ホカ に、 なんの フユカイ も なく、 その ヒトナツ を オジ の カゾク と ともに すごして、 また トウキョウ へ かえった の です。 ただ ヒトツ その ナツ の デキゴト と して、 ワタクシ の ココロ に むしろ うすぐらい カゲ を なげた の は、 オジ フウフ が クチ を そろえて、 まだ コウトウ ガッコウ へ はいった ばかり の ワタクシ に ケッコン を すすめる こと でした。 それ は ゼンゴ で ちょうど 3~4 カイ も くりかえされた でしょう。 ワタクシ も ハジメ は ただ その トツゼン なの に おどろいた だけ でした。 2 ド-メ には はっきり ことわりました。 3 ド-メ には こっち から とうとう その リユウ を ハンモン しなければ ならなく なりました。 カレラ の シュイ は タンカン でした。 はやく ヨメ を もらって ここ の イエ へ かえって きて、 なくなった チチ の アト を ソウゾク しろ と いう だけ なの です。 イエ は ヤスミ に なって かえり さえ すれば、 それ で いい もの と ワタクシ は かんがえて いました。 チチ の アト を ソウゾク する、 それ には ヨメ が ヒツヨウ だ から もらう、 リョウホウ とも リクツ と して は ひととおり きこえます。 ことに イナカ の ジジョウ を しって いる ワタクシ には、 よく わかります。 ワタクシ も ゼッタイ に それ を きらって は いなかった の でしょう。 しかし トウキョウ へ シュギョウ に でた ばかり の ワタクシ には、 それ が トオメガネ で モノ を みる よう に、 はるか サキ の キョリ に のぞまれる だけ でした。 ワタクシ は オジ の キボウ に ショウダク を あたえない で、 ついに また ワタクシ の イエ を さりました。

 6

 ワタクシ は エンダン の こと を それなり わすれて しまいました。 ワタクシ の グルリ を とりまいて いる セイネン の カオ を みる と、 ショタイ-じみた モノ は ヒトリ も いません。 ミンナ ジユウ です、 そうして ことごとく タンドク らしく おもわれた の です。 こういう キラク な ヒト の ウチ にも、 リメン に はいりこんだら、 あるいは カテイ の ジジョウ に よぎなく されて、 すでに ツマ を むかえて いた モノ が あった かも しれません が、 こどもらしい ワタクシ は そこ に キ が つきません でした。 それから そういう トクベツ の キョウグウ に おかれた ヒト の ほう でも、 アタリ に キガネ を して、 なるべく は ショセイ に エン の とおい そんな ウチワ の ハナシ は しない よう に つつしんで いた の でしょう。 アト から かんがえる と、 ワタクシ ジシン が すでに その クミ だった の です が、 ワタクシ は それ さえ わからず に、 ただ こどもらしく ユカイ に シュウガク の ミチ を あるいて いきました。
 ガクネン の オワリ に、 ワタクシ は また コウリ を からげて、 オヤ の ハカ の ある イナカ へ かえって きました。 そうして キョネン と おなじ よう に、 チチハハ の いた わが イエ の ナカ で、 また オジ フウフ と その コドモ の かわらない カオ を みました。 ワタクシ は ふたたび そこ で フルサト の ニオイ を かぎました。 その ニオイ は ワタクシ に とって いぜん と して なつかしい もの で ありました。 1 ガクネン の タンチョウ を やぶる ヘンカ と して も ありがたい もの に ちがいなかった の です。
 しかし この ジブン を そだてあげた と おなじ よう な ニオイ の ナカ で、 ワタクシ は また とつぜん ケッコン モンダイ を オジ から ハナ の サキ へ つきつけられました。 オジ の いう ところ は、 キョネン の カンユウ を ふたたび くりかえした のみ です。 リユウ も キョネン と おなじ でした。 ただ このまえ すすめられた とき には、 なんら の モクテキブツ が なかった のに、 コンド は ちゃんと カンジン の トウニン を つらまえて いた ので、 ワタクシ は なお こまらせられた の です。 その トウニン と いう の は オジ の ムスメ すなわち ワタクシ の イトコ に あたる オンナ でした。 その オンナ を もらって くれれば、 オタガイ の ため に ベンギ で ある、 チチ も ゾンショウチュウ そんな こと を はなして いた、 と オジ が いう の です。 ワタクシ も そう すれば ベンギ だ とは おもいました。 チチ が オジ に そういう ふう な ハナシ を した と いう の も ありう べき こと と かんがえました。 しかし それ は ワタクシ が オジ に いわれて、 はじめて キ が ついた ので、 いわれない マエ から、 さとって いた コトガラ では ない の です。 だから ワタクシ は おどろきました。 おどろいた けれども、 オジ の キボウ に ムリ の ない ところ も、 それ が ため に よく わかりました。 ワタクシ は ウカツ なの でしょう か。 あるいは そう なの かも しれません が、 おそらく その イトコ に ムトンジャク で あった の が、 おも な ゲンイン に なって いる の でしょう。 ワタクシ は コドモ の うち から シ に いる オジ の ウチ へ しじゅう あそび に ゆきました。 ただ ゆく ばかり で なく、 よく そこ に とまりました。 そうして この イトコ とは その ジブン から したしかった の です。 アナタ も ゴショウチ でしょう、 キョウダイ の アイダ に コイ の セイリツ した ためし の ない の を。 ワタクシ は この コウニン された ジジツ を カッテ に フエン して いる かも しれない が、 しじゅう セッショク して したしく なりすぎた ナンニョ の アイダ には、 コイ に ヒツヨウ な シゲキ の おこる セイシン な カンジ が うしなわれて しまう よう に かんがえて います。 コウ を かぎうる の は、 コウ を たきだした シュンカン に かぎる ごとく、 サケ を あじわう の は、 サケ を のみはじめた セツナ に ある ごとく、 コイ の ショウドウ にも こういう きわどい イッテン が、 ジカン の ウエ に ソンザイ して いる と しか おもわれない の です。 イチド ヘイキ で そこ を とおりぬけたら、 なれれば なれる ほど、 シタシミ が ます だけ で、 コイ の シンケイ は だんだん マヒ して くる だけ です。 ワタクシ は どう かんがえなおして も、 この イトコ を ツマ に する キ には なれません でした。
 オジ は もし ワタクシ が シュチョウ する なら、 ワタクシ の ソツギョウ まで ケッコン を のばして も いい と いいました。 けれども ゼン は いそげ と いう コトワザ も ある から、 できる なら イマ の うち に シュウゲン の サカズキ だけ は すませて おきたい とも いいました。 トウニン に ノゾミ の ない ワタクシ には どっち に したって おなじ こと です。 ワタクシ は また ことわりました。 オジ は いや な カオ を しました。 イトコ は なきました。 ワタクシ に そわれない から かなしい の では ありません。 ケッコン の モウシコミ を キョゼツ された の が、 オンナ と して つらかった から です。 ワタクシ が イトコ を あいして いない ごとく、 イトコ も ワタクシ を あいして いない こと は、 ワタクシ に よく しれて いました。 ワタクシ は また トウキョウ へ でました。

 7

 ワタクシ が 3 ド-メ に キコク した の は、 それから また 1 ネン たった ナツ の トッツキ でした。 ワタクシ は いつでも ガクネン シケン の すむ の を まちかねて トウキョウ を にげました。 ワタクシ には フルサト が それほど なつかしかった から です。 アナタ にも オボエ が ある でしょう、 うまれた ところ は クウキ の イロ が ちがいます、 トチ の ニオイ も カクベツ です、 チチ や ハハ の キオク も こまやか に ただよって います。 イチネン の うち で、 7、 8 の フタツキ を その ナカ に くるまれて、 アナ に はいった ヘビ の よう に じっと して いる の は、 ワタクシ に とって ナニ より も あたたかい いい ココロモチ だった の です。
 タンジュン な ワタクシ は イトコ との ケッコン モンダイ に ついて、 さほど アタマ を いためる ヒツヨウ は ない と おもって いました。 いや な もの は ことわる、 ことわって さえ しまえば アト には なにも のこらない、 ワタクシ は こう しんじて いた の です。 だから オジ の キボウドオリ に イシ を まげなかった にも かかわらず、 ワタクシ は むしろ ヘイキ でした。 カコ 1 ネン の アイダ いまだかつて そんな こと に クッタク した オボエ も なく、 あいかわらず の ゲンキ で クニ へ かえった の です。
 ところが かえって みる と オジ の タイド が ちがって います。 モト の よう に いい カオ を して ワタクシ を ジブン の フトコロ に だこう と しません。 それでも オウヨウ に そだった ワタクシ は、 かえって 4~5 ニチ の アイダ は キ が つかず に いました。 ただ ナニ か の キカイ に ふと ヘン に おもいだした の です。 すると ミョウ なの は、 オジ ばかり では ない の です。 オバ も ミョウ なの です。 イトコ も ミョウ なの です。 チュウガッコウ を でて、 これから トウキョウ の コウトウ ショウギョウ へ はいる つもり だ と いって、 テガミ で その ヨウス を ききあわせたり した オジ の オトコ の コ まで ミョウ なの です。
 ワタクシ の ショウブン と して かんがえず には いられなく なりました。 どうして ワタクシ の ココロモチ が こう かわった の だろう。 いや どうして ムコウ が こう かわった の だろう。 ワタクシ は とつぜん しんだ チチ や ハハ が、 にぶい ワタクシ の メ を あらって、 キュウ に ヨノナカ が はっきり みえる よう に して くれた の では ない か と うたがいました。 ワタクシ は チチ や ハハ が コノヨ に いなく なった アト でも、 いた とき と おなじ よう に ワタクシ を あいして くれる もの と、 どこ か ココロ の オク で しんじて いた の です。 もっとも その コロ でも ワタクシ は けっして リ に くらい タチ では ありません でした。 しかし センゾ から ゆずられた メイシン の カタマリ も、 つよい チカラ で ワタクシ の チ の ナカ に ひそんで いた の です。 イマ でも ひそんで いる でしょう。
 ワタクシ は たった ヒトリ ヤマ へ いって、 フボ の ハカ の マエ に ひざまずきました。 ナカバ は アイトウ の イミ、 ナカバ は カンシャ の ココロモチ で ひざまずいた の です。 そうして ワタクシ の ミライ の コウフク が、 この つめたい イシ の シタ に よこたわる カレラ の テ に まだ にぎられて でも いる よう な キブン で、 ワタクシ の ウンメイ を まもる べく カレラ に いのりました。 アナタ は わらう かも しれない。 ワタクシ も わらわれて も シカタ が ない と おもいます。 しかし ワタクシ は そうした ニンゲン だった の です。
 ワタクシ の セカイ は タナゴコロ を ひるがえす よう に かわりました。 もっとも これ は ワタクシ に とって はじめて の ケイケン では なかった の です。 ワタクシ が 16~17 の とき でしたろう、 はじめて ヨノナカ に うつくしい もの が ある と いう ジジツ を ハッケン した とき には、 イチド に はっと おどろきました。 ナンベン も ジブン の メ を うたぐって、 ナンベン も ジブン の メ を こすりました。 そうして ココロ の ウチ で ああ うつくしい と さけびました。 16~17 と いえば、 オトコ でも オンナ でも、 ぞくに いう イロケ の つく コロ です。 イロケ の ついた ワタクシ は ヨノナカ に ある うつくしい もの の ダイヒョウシャ と して、 はじめて オンナ を みる こと が できた の です。 イマ まで その ソンザイ に すこしも キ の つかなかった イセイ に たいして、 メクラ の メ が たちまち あいた の です。 それ イライ ワタクシ の テンチ は まったく あたらしい もの と なりました。
 ワタクシ が オジ の タイド に こころづいた の も、 まったく これ と おなじ なん でしょう。 がぜん と して こころづいた の です。 なんの ヨカン も ジュンビ も なく、 フイ に きた の です。 フイ に カレ と カレ の カゾク が、 イマ まで とは まるで ベツモノ の よう に ワタクシ の メ に うつった の です。 ワタクシ は おどろきました。 そうして コノママ に して おいて は、 ジブン の ユクサキ が どう なる か わからない と いう キ に なりました。

 8

 ワタクシ は イマ まで オジ マカセ に して おいた イエ の ザイサン に ついて、 くわしい チシキ を えなければ、 しんだ チチハハ に たいして すまない と いう キ を おこした の です。 オジ は いそがしい カラダ だ と ジショウ する ごとく、 マイバン おなじ ところ に ネトマリ は して いません でした。 フツカ ウチ へ かえる と ミッカ は シ の ほう で くらす と いった ふう に、 リョウホウ の アイダ を ユキキ して、 その ヒ その ヒ を オチツキ の ない カオ で すごして いました。 そうして いそがしい と いう コトバ を クチグセ の よう に つかいました。 なんの ウタガイ も おこらない とき は、 ワタクシ も ジッサイ に いそがしい の だろう と おもって いた の です。 それから、 いそがしがらなくて は トウセイリュウ で ない の だろう と、 ヒニク にも カイシャク して いた の です。 けれども ザイサン の こと に ついて、 ジカン の かかる ハナシ を しよう と いう モクテキ が できた メ で、 この いそがしがる ヨウス を みる と、 それ が たんに ワタクシ を さける コウジツ と しか うけとれなく なって きた の です。 ワタクシ は ヨウイ に オジ を つらまえる キカイ を えません でした。
 ワタクシ は オジ が シ の ほう に メカケ を もって いる と いう ウワサ を ききました。 ワタクシ は その ウワサ を ムカシ チュウガク の ドウキュウセイ で あった ある トモダチ から きいた の です。 メカケ を おく ぐらい の こと は、 この オジ と して すこしも あやしむ に たらない の です が、 チチ の いきて いる うち に、 そんな ヒョウバン を ミミ に いれた オボエ の ない ワタクシ は おどろきました。 トモダチ は その ホカ にも いろいろ オジ に ついて の ウワサ を かたって きかせました。 イチジ ジギョウ で シッパイ しかかって いた よう に ヒト から おもわれて いた のに、 この 2~3 ネン-ライ また キュウ に もりかえして きた と いう の も、 その ヒトツ でした。 しかも ワタクシ の ギワク を つよく そめつけた もの の ヒトツ でした。
 ワタクシ は とうとう オジ と ダンパン を ひらきました。 ダンパン と いう の は すこし フオントウ かも しれません が、 ハナシ の ナリユキ から いう と、 そんな コトバ で ケイヨウ する より ホカ に ミチ の ない ところ へ、 シゼン の チョウシ が おちて きた の です。 オジ は どこまでも ワタクシ を コドモ アツカイ に しよう と します。 ワタクシ は また ハジメ から サイギ の メ で オジ に たいして います。 おだやか に カイケツ の つく はず は なかった の です。
 イカン ながら ワタクシ は イマ その ダンパン の テンマツ を くわしく ここ に かく こと の できない ほど サキ を いそいで います。 ジツ を いう と、 ワタクシ は これ より イジョウ に、 もっと ダイジ な もの を ひかえて いる の です。 ワタクシ の ペン は はやく から そこ へ たどりつきたがって いる の を、 やっと の こと で おさえつけて いる くらい です。 アナタ に あって しずか に はなす キカイ を エイキュウ に うしなった ワタクシ は、 フデ を とる スベ に なれない ばかり で なく、 たっとい ジカン を おしむ と いう イミ から して、 かきたい こと も はぶかなければ なりません。
 アナタ は まだ おぼえて いる でしょう、 ワタクシ が いつか アナタ に、 ツクリツケ の アクニン が ヨノナカ に いる もの では ない と いった こと を。 オオク の ゼンニン が いざ と いう バアイ に とつぜん アクニン に なる の だ から ユダン して は いけない と いった こと を。 あの とき アナタ は ワタクシ に コウフン して いる と チュウイ して くれました。 そうして どんな バアイ に、 ゼンニン が アクニン に ヘンカ する の か と たずねました。 ワタクシ が ただ ヒトクチ カネ と こたえた とき、 アナタ は フマン な カオ を しました。 ワタクシ は アナタ の フマン な カオ を よく キオク して います。 ワタクシ は イマ アナタ の マエ に うちあける が、 ワタクシ は あの とき この オジ の こと を かんがえて いた の です。 フツウ の モノ が カネ を みて キュウ に アクニン に なる レイ と して、 ヨノナカ に シンヨウ する に たる モノ が ソンザイ しえない レイ と して、 ゾウオ と ともに ワタクシ は この オジ を かんがえて いた の です。 ワタクシ の コタエ は、 シソウカイ の オク へ つきすすんで ゆこう と する アナタ に とって ものたりなかった かも しれません、 チンプ だった かも しれません。 けれども ワタクシ には あれ が いきた コタエ でした。 げんに ワタクシ は コウフン して いた では ありません か。 ワタクシ は ひややか な アタマ で あたらしい こと を クチ に する より も、 ねっした シタ で ヘイボン な セツ を のべる ほう が いきて いる と しんじて います。 チ の チカラ で タイ が うごく から です。 コトバ が クウキ に ハドウ を つたえる ばかり で なく、 もっと つよい もの に もっと つよく はたらきかける こと が できる から です。

 9

 ヒトクチ で いう と、 オジ は ワタクシ の ザイサン を ごまかした の です。 コト は ワタクシ が トウキョウ へ でて いる 3 ネン の アイダ に たやすく おこなわれた の です。 スベテ を オジ マカセ に して ヘイキ で いた ワタクシ は、 セケンテキ に いえば ホントウ の バカ でした。 セケンテキ イジョウ の ケンチ から ひょうすれば、 あるいは ジュン なる たっとい オトコ と でも いえましょう か。 ワタクシ は その とき の オノレ を かえりみて、 なぜ もっと ヒト が わるく うまれて こなかった か と おもう と、 ショウジキ-すぎた ジブン が くやしくって たまりません。 しかし また どうか して、 もう イチド ああいう うまれた まま の スガタ に たちかえって いきて みたい と いう ココロモチ も おこる の です。 キオク して ください、 アナタ の しって いる ワタクシ は チリ に よごれた アト の ワタクシ です。 きたなく なった ネンスウ の おおい モノ を センパイ と よぶ ならば、 ワタクシ は たしか に アナタ より センパイ でしょう。
 もし ワタクシ が オジ の キボウドオリ オジ の ムスメ と ケッコン した ならば、 その ケッカ は ブッシツテキ に ワタクシ に とって ユウリ な もの でしたろう か。 これ は かんがえる まで も ない こと と おもいます。 オジ は サクリャク で ムスメ を ワタクシ に おしつけよう と した の です。 コウイテキ に リョウケ の ベンギ を はかる と いう より も、 ずっと げびた リガイシン に かられて、 ケッコン モンダイ を ワタクシ に むけた の です。 ワタクシ は イトコ を あいして いない だけ で、 きらって は いなかった の です が、 アト から かんがえて みる と、 それ を ことわった の が ワタクシ には タショウ の ユカイ に なる と おもいます。 ごまかされる の は どっち に して も おなじ でしょう けれども、 ノセラレカタ から いえば、 イトコ を もらわない ほう が、 ムコウ の オモイドオリ に ならない と いう テン から みて、 すこし は ワタクシ の ガ が とおった こと に なる の です から。 しかし それ は ほとんど モンダイ と する に たりない ササイ な コトガラ です。 ことに カンケイ の ない アナタ に いわせたら、 さぞ ばかげた イジ に みえる でしょう。
 ワタクシ と オジ の アイダ に タ の シンセキ の モノ が はいりました。 その シンセキ の モノ も ワタクシ は まるで シンヨウ して いません でした。 シンヨウ しない ばかり で なく、 むしろ テキシ して いました。 ワタクシ は オジ が ワタクシ を あざむいた と さとる と ともに、 ホカ の モノ も かならず ジブン を あざむく に ちがいない と おもいつめました。 チチ が あれだけ ほめぬいて いた オジ で すら こう だ から、 ホカ の モノ は と いう の が ワタクシ の ロジック でした。
 それでも カレラ は ワタクシ の ため に、 ワタクシ の ショユウ に かかる イッサイ の もの を まとめて くれました。 それ は キンガク に みつもる と、 ワタクシ の ヨキ より はるか に すくない もの でした。 ワタクシ と して は だまって それ を うけとる か、 で なければ オジ を あいてどって オオヤケザタ に する か、 フタツ の ホウホウ しか なかった の です。 ワタクシ は いきどおりました。 また まよいました。 ソショウ に する と ラクチャク まで に ながい ジカン の かかる こと も おそれました。 ワタクシ は シュギョウチュウ の カラダ です から、 ガクセイ と して タイセツ な ジカン を うばわれる の は ヒジョウ の クツウ だ とも かんがえました。 ワタクシ は シアン の ケッカ、 シ に おる チュウガク の キュウユウ に たのんで、 ワタクシ の うけとった もの を、 すべて カネ の カタチ に かえよう と しました。 キュウユウ は よした ほう が トク だ と いって チュウコク して くれました が、 ワタクシ は ききません でした。 ワタクシ は ながく コキョウ を はなれる ケッシン を その とき に おこした の です。 オジ の カオ を みまい と ココロ の ウチ で ちかった の です。
 ワタクシ は クニ を たつ マエ に、 また チチ と ハハ の ハカ へ まいりました。 ワタクシ は それぎり その ハカ を みた こと が ありません。 もう エイキュウ に みる キカイ も こない でしょう。
 ワタクシ の キュウユウ は ワタクシ の コトバドオリ に とりはからって くれました。 もっとも それ は ワタクシ が トウキョウ へ ついて から よほど たった ノチ の こと です。 イナカ で ハタチ など を うろう と したって ヨウイ には うれません し、 いざ と なる と アシモト を みて ふみたおされる オソレ が ある ので、 ワタクシ の うけとった キンガク は、 ジカ に くらべる と よほど すくない もの でした。 ジハク する と、 ワタクシ の ザイサン は ジブン が フトコロ に して イエ を でた ジャッカン の コウサイ と、 アト から この ユウジン に おくって もらった カネ だけ なの です。 オヤ の イサン と して は もとより ヒジョウ に へって いた に ソウイ ありません。 しかも ワタクシ が セッキョクテキ に へらした の で ない から、 なお ココロモチ が わるかった の です。 けれども ガクセイ と して セイカツ する には それ で ジュウブン イジョウ でした。 ジツ を いう と ワタクシ は それ から でる リシ の ハンブン も つかえません でした。 この ヨユウ ある ワタクシ の ガクセイ セイカツ が ワタクシ を おもい も よらない キョウグウ に おとしいれた の です。

 10

 カネ に フジユウ の ない ワタクシ は、 そうぞうしい ゲシュク を でて、 あたらしく イッコ を かまえて みよう か と いう キ に なった の です。 しかし それ には ショタイ ドウグ を かう メンドウ も あります し、 セワ を して くれる バアサン の ヒツヨウ も おこります し、 その バアサン が また ショウジキ で なければ こまる し、 ウチ を ルス に して も だいじょうぶ な モノ で なければ シンパイ だし、 と いった わけ で、 ちょくらちょいと ジッコウ する こと は おぼつかなく みえた の です。 ある ヒ ワタクシ は まあ ウチ だけ でも さがして みよう か と いう ソゾロゴコロ から、 サンポ-がてら に ホンゴウダイ を ニシ へ おりて コイシカワ の サカ を マッスグ に デンズウイン の ほう へ あがりました。 デンシャ の ツウロ に なって から、 あそこいら の ヨウス が まるで ちがって しまいました が、 その コロ は ヒダリテ が ホウヘイ コウショウ の ドベイ で、 ミギ は ハラ とも オカ とも つかない クウチ に クサ が イチメン に はえて いた もの です。 ワタクシ は その クサ の ナカ に たって、 なにごころなく ムコウ の ガケ を ながめました。 イマ でも わるい ケシキ では ありません が、 その コロ は また ずっと あの ニシガワ の オモムキ が ちがって いました。 みわたす かぎり ミドリ が イチメン に ふかく しげって いる だけ でも、 シンケイ が やすまります。 ワタクシ は ふと ここいら に テキトウ な ウチ は ない だろう か と おもいました。 それで すぐ クサハラ を よこぎって、 ほそい トオリ を キタ の ほう へ すすんで ゆきました。 いまだに いい マチ に なりきれない で、 がたぴし して いる あの ヘン の イエナミ は、 その ジブン の こと です から ずいぶん きたならしい もの でした。 ワタクシ は ロジ を ぬけたり、 ヨコチョウ を まがったり、 ぐるぐる あるきまわりました。 シマイ に ダガシヤ の カミサン に、 ここいら に こぢんまり した カシヤ は ない か と たずねて みました。 カミサン は 「そう です ね」 と いって、 しばらく クビ を かしげて いました が、 「カシヤ は ちょいと……」 と まったく おもいあたらない ふう でした。 ワタクシ は ノゾミ の ない もの と あきらめて かえりかけました。 すると カミサン が また、 「シロウト ゲシュク じゃ いけません か」 と きく の です。 ワタクシ は ちょっと キ が かわりました。 しずか な シロウトヤ に ヒトリ で ゲシュク して いる の は、 かえって ウチ を もつ メンドウ が なくって ケッコウ だろう と かんがえだした の です。 それから その ダガシヤ の ミセ に コシ を かけて、 カミサン に くわしい こと を おしえて もらいました。
 それ は ある グンジン の カゾク、 と いう より も むしろ イゾク、 の すんで いる イエ でした。 シュジン は なんでも ニッシン センソウ の とき か ナニ か に しんだ の だ と カミサン が いいました。 1 ネン ばかり マエ まで は、 イチガヤ の シカン ガッコウ の ソバ とか に すんで いた の だ が、 ウマヤ など が あって、 ヤシキ が ひろすぎる ので、 そこ を うりはらって、 ここ へ ひっこして きた けれども、 ブニン で さむしくって こまる から ソウトウ の ヒト が あったら セワ を して くれ と たのまれて いた の だ そう です。 ワタクシ は カミサン から、 その イエ には ビボウジン と ヒトリムスメ と ゲジョ より ホカ に いない の だ と いう こと を たしかめました。 ワタクシ は カンセイ で しごく よかろう と ココロ の ウチ に おもいました。 けれども そんな カゾク の ウチ に、 ワタクシ の よう な モノ が、 とつぜん いった ところ で、 スジョウ の しれない ショセイ さん と いう メイショウ の モト に、 すぐ キョゼツ され は しまい か と いう ケネン も ありました。 ワタクシ は よそう か とも かんがえました。 しかし ワタクシ は ショセイ と して そんな に みぐるしい ナリ は して いません でした。 それから ダイガク の セイボウ を かぶって いました。 アナタ は わらう でしょう、 ダイガク の セイボウ が どうした ん だ と いって。 けれども その コロ の ダイガクセイ は イマ と ちがって、 だいぶ セケン に シンヨウ の あった もの です。 ワタクシ は その バアイ この シカク な ボウシ に イッシュ の ジシン を みいだした くらい です。 そうして ダガシヤ の カミサン に おそわった とおり、 ショウカイ も なにも なし に その グンジン の イゾク の ウチ を たずねました。
 ワタクシ は ビボウジン に あって ライイ を つげました。 ビボウジン は ワタクシ の ミモト やら ガッコウ やら センモン やら に ついて いろいろ シツモン しました。 そうして これ なら だいじょうぶ だ と いう ところ を どこ か に にぎった の でしょう、 いつでも ひっこして きて さしつかえない と いう アイサツ を ソクザ に あたえて くれました。 ビボウジン は ただしい ヒト でした、 また はっきり した ヒト でした。 ワタクシ は グンジン の サイクン と いう もの は ミンナ こんな もの か と おもって カンプク しました。 カンプク も した が、 おどろき も しました。 この キショウ で どこ が さむしい の だろう と うたがい も しました。

 11

 ワタクシ は さっそく その イエ へ ひきうつりました。 ワタクシ は サイショ きた とき に ビボウジン と ハナシ を した ザシキ を かりた の です。 そこ は ウチジュウ で いちばん いい ヘヤ でした。 ホンゴウ ヘン に コウトウ ゲシュク と いった フウ の イエ が ぽつぽつ たてられた ジブン の こと です から、 ワタクシ は ショセイ と して センリョウ しうる もっとも いい マ の ヨウス を こころえて いました。 ワタクシ の あたらしく シュジン と なった ヘヤ は、 それら より も ずっと リッパ でした。 うつった トウザ は、 ガクセイ と して の ワタクシ には すぎる くらい に おもわれた の です。
 ヘヤ の ヒロサ は 8 ジョウ でした。 トコ の ヨコ に チガイダナ が あって、 エン と ハンタイ の ガワ には 1 ケン の オシイレ が ついて いました。 マド は ヒトツ も なかった の です が、 そのかわり ミナミムキ の エン に あかるい ヒ が よく さしました。
 ワタクシ は うつった ヒ に、 その ヘヤ の トコ に いけられた ハナ と、 その ヨコ に たてかけられた コト を みました。 どっち も ワタクシ の キ に いりません でした。 ワタクシ は シ や ショ や センチャ を たしなむ チチ の ソバ で そだった ので、 からめいた シュミ を コドモ の うち から もって いました。 その ため でも ありましょう か、 こういう なまめかしい ソウショク を いつのまにか ケイベツ する クセ が ついて いた の です。
 ワタクシ の チチ が ゾンショウチュウ に あつめた ドウグルイ は、 レイ の オジ の ため に めちゃめちゃ に されて しまった の です が、 それでも タショウ は のこって いました。 ワタクシ は クニ を たつ とき それ を チュウガク の キュウユウ に あずかって もらいました。 それから その ウチ で おもしろそう な もの を 4~5 フク ハダカ に して コウリ の ソコ へ いれて きました。 ワタクシ は うつる や いなや、 それ を とりだして トコ へ かけて たのしむ つもり で いた の です。 ところが イマ いった コト と イケバナ を みた ので、 キュウ に ユウキ が なくなって しまいました。 アト から きいて はじめて この ハナ が ワタクシ に たいする ゴチソウ に いけられた の だ と いう こと を しった とき、 ワタクシ は ココロ の ウチ で クショウ しました。 もっとも コト は マエ から そこ に あった の です から、 これ は オキドコロ が ない ため、 やむ を えず ソノママ に たてかけて あった の でしょう。
 こんな ハナシ を する と、 しぜん その ウラ に わかい オンナ の カゲ が アナタ の アタマ を かすめて とおる でしょう。 うつった ワタクシ にも、 うつらない ハジメ から そういう コウキシン が すでに うごいて いた の です。 こうした ジャキ が ヨビテキ に ワタクシ の シゼン を そこなった ため か、 または ワタクシ が まだ ひとなれなかった ため か、 ワタクシ は はじめて そこ の オジョウサン に あった とき、 へどもど した アイサツ を しました。 そのかわり オジョウサン の ほう でも あかい カオ を しました。
 ワタクシ は それまで ビボウジン の フウサイ や タイド から おして、 この オジョウサン の スベテ を ソウゾウ して いた の です。 しかし その ソウゾウ は オジョウサン に とって あまり ユウリ な もの では ありません でした。 グンジン の サイクン だ から ああ なの だろう、 その サイクン の ムスメ だ から こう だろう と いった ジュンジョ で、 ワタクシ の スイソク は だんだん のびて ゆきました。 ところが その スイソク が、 オジョウサン の カオ を みた シュンカン に、 ことごとく うちけされました。 そうして ワタクシ の アタマ の ナカ へ イマ まで ソウゾウ も およばなかった イセイ の ニオイ が あたらしく はいって きました。 ワタクシ は それから トコ の ショウメン に いけて ある ハナ が いや で なくなりました。 おなじ トコ に たてかけて ある コト も ジャマ に ならなく なりました。
 その ハナ は また キソク ただしく しおれる コロ に なる と いけかえられる の です。 コト も たびたび カギノテ に おれまがった スジカイ の ヘヤ に はこびさられる の です。 ワタクシ は ジブン の イマ で ツクエ の ウエ に ホオヅエ を つきながら、 その コト の ネ を きいて いました。 ワタクシ には その コト が ジョウズ なの か ヘタ なの か よく わからない の です。 けれども あまり こみいった テ を ひかない ところ を みる と、 ジョウズ なの じゃ なかろう と かんがえました。 まあ イケバナ の テイド ぐらい な もの だろう と おもいました。 ハナ なら ワタクシ にも よく わかる の です が、 オジョウサン は けっして うまい ほう では なかった の です。
 それでも オクメン なく イロイロ の ハナ が ワタクシ の トコ を かざって くれました。 もっとも イケカタ は いつ みて も おなじ こと でした。 それから カヘイ も ついぞ かわった ためし が ありません でした。 しかし カタホウ の オンガク に なる と ハナ より も もっと ヘン でした。 ぽつん ぽつん イト を ならす だけ で、 いっこう ニクセイ を きかせない の です。 うたわない の では ありません が、 まるで ナイショバナシ でも する よう に ちいさな コエ しか ださない の です。 しかも しかられる と まったく でなく なる の です。
 ワタクシ は よろこんで この ヘタ な イケバナ を ながめて は、 まずそう な コト の ネ に ミミ を かたむけました。

 12

 ワタクシ の キブン は クニ を たつ とき すでに エンセイテキ に なって いました。 ヒト は タヨリ に ならない もの だ と いう カンネン が、 その とき ホネ の ナカ まで しみこんで しまった よう に おもわれた の です。 ワタクシ は ワタクシ の テキシ する オジ だの オバ だの、 ソノタ の シンセキ だの を、 あたかも ジンルイ の ダイヒョウシャ の ごとく かんがえだしました。 キシャ へ のって さえ トナリ の モノ の ヨウス を、 それとなく チュウイ しはじめました。 たまに ムコウ から はなしかけられ でも する と、 なお の こと ケイカイ を くわえたく なりました。 ワタクシ の ココロ は チンウツ でした。 ナマリ を のんだ よう に おもくるしく なる こと が ときどき ありました。 それでいて ワタクシ の シンケイ は、 イマ いった ごとく に するどく とがって しまった の です。
 ワタクシ が トウキョウ へ きて ゲシュク を でよう と した の も、 これ が おおきな ゲンイン に なって いる よう に おもわれます。 カネ に フジユウ が なければ こそ、 イッコ を かまえて みる キ にも なった の だ と いえば それまで です が、 モト の とおり の ワタクシ ならば、 たとい フトコロ に ヨユウ が できて も、 このんで そんな メンドウ な マネ は しなかった でしょう。
 ワタクシ は コイシカワ へ ひきうつって から も、 とうぶん この キンチョウ した キブン に クツロギ を あたえる こと が できません でした。 ワタクシ は ジブン で ジブン が はずかしい ほど、 きょときょと シュウイ を みまわして いました。 フシギ にも よく はたらく の は アタマ と メ だけ で、 クチ の ほう は それ と ハンタイ に、 だんだん うごかなく なって きました。 ワタクシ は ウチ の モノ の ヨウス を ネコ の よう に よく カンサツ しながら、 だまって ツクエ の マエ に すわって いました。 ときどき は カレラ に たいして キノドク だ と おもう ほど、 ワタクシ は ユダン の ない チュウイ を カレラ の ウエ に そそいで いた の です。 オレ は モノ を ぬすまない キンチャクキリ みた よう な もの だ、 ワタクシ は こう かんがえて、 ジブン が いや に なる こと さえ あった の です。
 アナタ は さだめて ヘン に おもう でしょう。 その ワタクシ が そこ の オジョウサン を どうして すく ヨユウ を もって いる か。 その オジョウサン の ヘタ な イケバナ を、 どうして うれしがって ながめる ヨユウ が ある か。 おなじく ヘタ な その ヒト の コト を どうして よろこんで きく ヨユウ が ある か。 そう シツモン された とき、 ワタクシ は ただ リョウホウ とも ジジツ で あった の だ から、 ジジツ と して アナタ に おしえて あげる と いう より ホカ に シカタ が ない の です。 カイシャク は アタマ の ある アナタ に まかせる と して、 ワタクシ は ただ イチゴン つけたして おきましょう。 ワタクシ は カネ に たいして ジンルイ を うたぐった けれども、 アイ に たいして は、 まだ ジンルイ を うたがわなかった の です。 だから ヒト から みる と ヘン な もの でも、 また ジブン で かんがえて みて、 ムジュン した もの でも、 ワタクシ の ムネ の ナカ では ヘイキ で リョウリツ して いた の です。
 ワタクシ は ビボウジン の こと を つねに オクサン と いって いました から、 これから ビボウジン と よばず に オクサン と いいます。 オクサン は ワタクシ を しずか な ヒト、 おとなしい オトコ と ひょうしました。 それから ベンキョウカ だ とも ほめて くれました。 けれども ワタクシ の フアン な メツキ や、 きょときょと した ヨウス に ついて は、 ナニゴト も クチ へ だしません でした。 キ が つかなかった の か、 エンリョ して いた の か、 どっち だ か よく わかりません が、 なにしろ そこ には まるで チュウイ を はらって いない らしく みえました。 それ のみ ならず、 ある バアイ に ワタクシ を オウヨウ な カタ だ と いって、 さも ソンケイ した らしい クチ の キキカタ を した こと が あります。 その とき ショウジキ な ワタクシ は すこし カオ を あからめて、 ムコウ の コトバ を ヒテイ しました。 すると オクサン は 「アナタ は ジブン で キ が つかない から、 そう おっしゃる ん です」 と マジメ に セツメイ して くれました。 オクサン は はじめ ワタクシ の よう な ショセイ を ウチ へ おく つもり では なかった らしい の です。 どこ か の ヤクショ へ つとめる ヒト か ナニ か に ザシキ を かす リョウケン で、 キンジョ の モノ に シュウセン を たのんで いた らしい の です。 ホウキュウ が ゆたか で なくって、 やむ を えず シロウトヤ に ゲシュク する くらい の ヒト だ から と いう カンガエ が、 それで マエカタ から オクサン の アタマ の どこ か に はいって いた の でしょう。 オクサン は ジブン の ムネ に えがいた その ソウゾウ の オキャク と ワタクシ と を ヒカク して、 こっち の ほう を オウヨウ だ と いって ほめる の です。 なるほど そんな きりつめた セイカツ を する ヒト に くらべたら、 ワタクシ は キンセン に かけて、 オウヨウ だった かも しれません。 しかし それ は キショウ の モンダイ では ありません から、 ワタクシ の ナイセイカツ に とって ほとんど カンケイ の ない の と イッパン でした。 オクサン は また オンナ だけ に それ を ワタクシ の ゼンタイ に おしひろげて、 おなじ コトバ を オウヨウ しよう と つとめる の です。

 13

 オクサン の この タイド が しぜん ワタクシ の キブン に エイキョウ して きました。 しばらく する うち に、 ワタクシ の メ は モト ほど きょろつかなく なりました。 ジブン の ココロ が ジブン の すわって いる ところ に、 ちゃんと おちついて いる よう な キ にも なれました。 ようするに オクサン ハジメ ウチ の モノ が、 ひがんだ ワタクシ の メ や うたがいぶかい ワタクシ の ヨウス に、 てんから とりあわなかった の が、 ワタクシ に おおきな コウフク を あたえた の でしょう。 ワタクシ の シンケイ は アイテ から てりかえして くる ハンシャ の ない ため に だんだん しずまりました。
 オクサン は ココロエ の ある ヒト でした から、 わざと ワタクシ を そんな ふう に とりあつかって くれた もの とも おもわれます し、 また ジブン で コウゲン する ごとく、 じっさい ワタクシ を オウヨウ だ と カンサツ して いた の かも しれません。 ワタクシ の コセツキカタ は アタマ の ナカ の ゲンショウ で、 それほど ソト へ でなかった よう にも かんがえられます から、 あるいは オクサン の ほう で ごまかされて いた の かも わかりません。
 ワタクシ の ココロ が しずまる と ともに、 ワタクシ は だんだん カゾク の モノ と セッキン して きました。 オクサン とも オジョウサン とも ジョウダン を いう よう に なりました。 チャ を いれた から と いって ムコウ の ヘヤ へ よばれる ヒ も ありました。 また ワタクシ の ほう で カシ を かって きて、 フタリ を こっち へ まねいたり する バン も ありました。 ワタクシ は キュウ に コウサイ の クイキ が ふえた よう に かんじました。 それ が ため に タイセツ な ベンキョウ の ジカン を つぶされる こと も ナンド と なく ありました。 フシギ にも、 その ボウガイ が ワタクシ には いっこう ジャマ に ならなかった の です。 オクサン は もとより ヒマジン でした。 オジョウサン は ガッコウ へ ゆく うえ に、 ハナ だの コト だの を ならって いる ん だ から、 さだめて いそがしかろう と おもう と、 それ が また アンガイ な もの で、 いくらでも ジカン に ヨユウ を もって いる よう に みえました。 それで 3 ニン は カオ さえ みる と イッショ に あつまって、 セケンバナシ を しながら あそんだ の です。
 ワタクシ を よび に くる の は、 たいてい オジョウサン でした。 オジョウサン は エンガワ を チョッカク に まがって、 ワタクシ の ヘヤ の マエ に たつ こと も あります し、 チャノマ を ぬけて、 ツギ の ヘヤ の フスマ の カゲ から スガタ を みせる こと も ありました。 オジョウサン は、 そこ へ きて ちょっと とまります。 それから きっと ワタクシ の ナ を よんで、 「ゴベンキョウ?」 と ききます。 ワタクシ は たいてい むずかしい ショモツ を ツクエ の マエ に あけて、 それ を みつめて いました から、 ハタ で みたら さぞ ベンキョウカ の よう に みえた の でしょう。 しかし ジッサイ を いう と、 それほど ネッシン に ショモツ を ケンキュウ して は いなかった の です。 ページ の ウエ に メ は つけて いながら、 オジョウサン の よび に くる の を まって いる くらい な もの でした。 まって いて こない と、 シカタ が ない から ワタクシ の ほう で たちあがる の です。 そうして ムコウ の ヘヤ の マエ へ いって、 こっち から 「ゴベンキョウ です か」 と きく の です。
 オジョウサン の ヘヤ は チャノマ と つづいた 6 ジョウ でした。 オクサン は その チャノマ に いる こと も ある し、 また オジョウサン の ヘヤ に いる こと も ありました。 つまり この フタツ の ヘヤ は シキリ が あって も、 ない と おなじ こと で、 オヤコ フタリ が いったり きたり して、 ドッチツカズ に センリョウ して いた の です。 ワタクシ が ソト から コエ を かける と、 「おはいんなさい」 と こたえる の は きっと オクサン でした。 オジョウサン は そこ に いて も めった に ヘンジ を した こと が ありません でした。
 ときたま オジョウサン ヒトリ で、 ヨウ が あって ワタクシ の ヘヤ へ はいった ツイデ に、 そこ に すわって はなしこむ よう な バアイ も その うち に でて きました。 そういう とき には、 ワタクシ の ココロ が ミョウ に フアン に おかされて くる の です。 そうして わかい オンナ と ただ サシムカイ で すわって いる の が フアン なの だ と ばかり は おもえません でした。 ワタクシ は なんだか そわそわ しだす の です。 ジブン で ジブン を うらぎる よう な フシゼン な タイド が ワタクシ を くるしめる の です。 しかし アイテ の ほう は かえって ヘイキ でした。 これ が コト を さらう の に コエ さえ ろくに だせなかった あの オンナ かしら と うたがわれる くらい、 はずかしがらない の です。 あまり ながく なる ので、 チャノマ から ハハ に よばれて も、 「はい」 と ヘンジ を する だけ で、 ヨウイ に コシ を あげない こと さえ ありました。 それでいて オジョウサン は けっして コドモ では なかった の です。 ワタクシ の メ には よく それ が わかって いました。 よく わかる よう に ふるまって みせる コンセキ さえ あきらか でした。

 14

 ワタクシ は オジョウサン の たった アト で、 ほっと ヒトイキ する の です。 それ と ドウジ に、 ものたりない よう な また すまない よう な キモチ に なる の です。 ワタクシ は おんならしかった の かも しれません。 イマ の セイネン の アナタガタ から みたら なお そう みえる でしょう。 しかし その コロ の ワタクシタチ は たいてい そんな もの だった の です。
 オクサン は めった に ガイシュツ した こと が ありません でした。 たまに ウチ を ルス に する とき でも、 オジョウサン と ワタクシ を フタリ ぎり のこして ゆく よう な こと は なかった の です。 それ が また グウゼン なの か、 コイ なの か、 ワタクシ には わからない の です。 ワタクシ の クチ から いう の は ヘン です が、 オクサン の ヨウス を よく カンサツ して いる と、 なんだか ジブン の ムスメ と ワタクシ と を セッキン させたがって いる らしく も みえる の です。 それでいて、 ある バアイ には、 ワタクシ に たいして あんに ケイカイ する ところ も ある よう なの です から、 はじめて こんな バアイ に であった ワタクシ は、 ときどき ココロモチ を わるく しました。
 ワタクシ は オクサン の タイド を どっち か に かたづけて もらいたかった の です。 アタマ の ハタラキ から いえば、 それ が あきらか な ムジュン に ちがいなかった から です。 しかし オジ に あざむかれた キオク の まだ あたらしい ワタクシ は、 もう イッポ ふみこんだ ウタガイ を さしはさまず には いられません でした。 ワタクシ は オクサン の この タイド の どっち か が ホントウ で、 どっち か が イツワリ だろう と スイテイ しました。 そうして ハンダン に まよいました。 ただ ハンダン に まよう ばかり で なく、 なんで そんな ミョウ な こと を する か その イミ が ワタクシ には のみこめなかった の です。 ワケ を かんがえだそう と して も、 かんがえだせない ワタクシ は、 ツミ を オンナ と いう イチジ に なすりつけて ガマン した こと も ありました。 ひっきょう オンナ だ から ああ なの だ、 オンナ と いう もの は どうせ グ な もの だ。 ワタクシ の カンガエ は ゆきつまれば いつでも ここ へ おちて きました。
 それほど オンナ を みくびって いた ワタクシ が、 また どうしても オジョウサン を みくびる こと が できなかった の です。 ワタクシ の リクツ は その ヒト の マエ に まったく ヨウ を なさない ほど うごきません でした。 ワタクシ は その ヒト に たいして、 ほとんど シンコウ に ちかい アイ を もって いた の です。 ワタクシ が シュウキョウ だけ に もちいる この コトバ を、 わかい オンナ に オウヨウ する の を みて、 アナタ は ヘン に おもう かも しれません が、 ワタクシ は イマ でも かたく しんじて いる の です。 ホントウ の アイ は シュウキョウシン と そう ちがった もの で ない と いう こと を かたく しんじて いる の です。 ワタクシ は オジョウサン の カオ を みる たび に、 ジブン が うつくしく なる よう な ココロモチ が しました。 オジョウサン の こと を かんがえる と、 けだかい キブン が すぐ ジブン に のりうつって くる よう に おもいました。 もし アイ と いう フカシギ な もの に リョウハジ が あって、 その たかい ハジ には シンセイ な カンジ が はたらいて、 ひくい ハジ には セイヨク が うごいて いる と すれば、 ワタクシ の アイ は たしか に その たかい キョクテン を つらまえた もの です。 ワタクシ は もとより ニンゲン と して ニク を はなれる こと の できない カラダ でした。 けれども オジョウサン を みる ワタクシ の メ や、 オジョウサン を かんがえる ワタクシ の ココロ は、 まったく ニク の ニオイ を おびて いません でした。
 ワタクシ は ハハ に たいして ハンカン を いだく と ともに、 コ に たいして レンアイ の ド を まして いった の です から、 3 ニン の カンケイ は、 ゲシュク した ハジメ より は だんだん フクザツ に なって きました。 もっとも その ヘンカ は ほとんど ナイメンテキ で ソト へは あらわれて こなかった の です。 そのうち ワタクシ は ある ひょっと した キカイ から、 イマ まで オクサン を ゴカイ して いた の では なかろう か と いう キ に なりました。 オクサン の ワタクシ に たいする ムジュン した タイド が、 どっち も イツワリ では ない の だろう と かんがえなおして きた の です。 そのうえ、 それ が タガイチガイ に オクサン の ココロ を シハイ する の で なくって、 いつでも リョウホウ が ドウジ に オクサン の ムネ に ソンザイ して いる の だ と おもう よう に なった の です。 つまり オクサン が できる だけ オジョウサン を ワタクシ に セッキン させよう と して いながら、 ドウジ に ワタクシ に ケイカイ を くわえて いる の は ムジュン の よう だ けれども、 その ケイカイ を くわえる とき に、 カタホウ の タイド を わすれる の でも ひるがえす の でも なんでも なく、 やはり いぜん と して フタリ を セッキン させたがって いた の だ と カンサツ した の です。 ただ ジブン が セイトウ と みとめる テイド イジョウ に、 フタリ が ミッチャク する の を いむ の だ と カイシャク した の です。 オジョウサン に たいして、 ニク の ホウメン から ちかづく ネン の きざさなかった ワタクシ は、 その とき いらぬ シンパイ だ と おもいました。 しかし オクサン を わるく おもう キ は それから なくなりました。

 15

 ワタクシ は オクサン の タイド を いろいろ ソウゴウ して みて、 ワタクシ が ここ の ウチ で じゅうぶん シンヨウ されて いる こと を たしかめました。 しかも その シンヨウ は ショタイメン の とき から あった の だ と いう ショウコ さえ ハッケン しました。 ヒト を うたぐりはじめた ワタクシ の ムネ には、 この ハッケン が すこし キイ な くらい に ひびいた の です。 ワタクシ は オトコ に くらべる と オンナ の ほう が それだけ チョッカク に とんで いる の だろう と おもいました。 ドウジ に、 オンナ が オトコ の ため に、 だまされる の も ここ に ある の では なかろう か と おもいました。 オクサン を そう カンサツ する ワタクシ が、 オジョウサン に たいして おなじ よう な チョッカク を つよく はたらかせて いた の だ から、 イマ かんがえる と おかしい の です。 ワタクシ は ヒト を しんじない と ココロ に ちかいながら、 ゼッタイ に オジョウサン を しんじて いた の です から。 それでいて、 ワタクシ を しんじて いる オクサン を キイ に おもった の です から。
 ワタクシ は キョウリ の こと に ついて あまり オオク を かたらなかった の です。 ことに コンド の ジケン に ついて は なんにも いわなかった の です。 ワタクシ は それ を ネントウ に うかべて さえ すでに イッシュ の フユカイ を かんじました。 ワタクシ は なるべく オクサン の ほう の ハナシ だけ を きこう と つとめました。 ところが それ では ムコウ が ショウチ しません。 ナニカ に つけて、 ワタクシ の クニモト の ジジョウ を しりたがる の です。 ワタクシ は とうとう なにもかも はなして しまいました。 ワタクシ は ニド と クニ へは かえらない。 かえって も なんにも ない、 ある の は ただ チチ と ハハ の ハカ ばかり だ と つげた とき、 オクサン は たいへん カンドウ した らしい ヨウス を みせました。 オジョウサン は なきました。 ワタクシ は はなして いい こと を した と おもいました。 ワタクシ は うれしかった の です。
 ワタクシ の スベテ を きいた オクサン は、 はたして ジブン の チョッカク が テキチュウ した と いわない ばかり の カオ を しだしました。 それから は ワタクシ を ジブン の ミヨリ に あたる わかい モノ か ナニ か を とりあつかう よう に タイグウ する の です。 ワタクシ は ハラ も たちません でした。 むしろ ユカイ に かんじた くらい です。 ところが その うち に ワタクシ の サイギシン が また おこって きました。
 ワタクシ が オクサン を うたぐりはじめた の は、 ごく ササイ な こと から でした。 しかし その ササイ な こと を かさねて ゆく うち に、 ギワク は だんだん と ネ を はって きます。 ワタクシ は どういう ヒョウシ か ふと オクサン が、 オジ と おなじ よう な イミ で、 オジョウサン を ワタクシ に セッキン させよう と つとめる の では ない か と かんがえだした の です。 すると イマ まで シンセツ に みえた ヒト が、 キュウ に コウカツ な サクリャクカ と して ワタクシ の メ に えいじて きた の です。 ワタクシ は にがにがしい クチビル を かみました。
 オクサン は サイショ から、 ブニン で さむしい から、 キャク を おいて セワ を する の だ と コウゲン して いました。 ワタクシ も それ を ウソ とは おもいません でした。 コンイ に なって いろいろ ウチアケバナシ を きいた アト でも、 そこ に マチガイ は なかった よう に おもわれます。 しかし イッパン の ケイザイ ジョウタイ は たいして ゆたか だ と いう ほど では ありません でした。 リガイ モンダイ から かんがえて みて、 ワタクシ と トクシュ の カンケイ を つける の は、 センポウ に とって けっして ソン では なかった の です。
 ワタクシ は また ケイカイ を くわえました。 けれども ムスメ に たいして マエ いった くらい の つよい アイ を もって いる ワタクシ が、 その ハハ に たいして いくら ケイカイ を くわえたって ナン に なる でしょう。 ワタクシ は ヒトリ で ジブン を チョウショウ しました。 バカ だな と いって、 ジブン を ののしった こと も あります。 しかし それ だけ の ムジュン なら いくら バカ でも ワタクシ は たいした クツウ も かんぜず に すんだ の です。 ワタクシ の ハンモン は、 オクサン と おなじ よう に オジョウサン も サクリャクカ では なかろう か と いう ギモン に あって はじめて おこる の です。 フタリ が ワタクシ の ハイゴ で ウチアワセ を した うえ、 バンジ を やって いる の だろう と おもう と、 ワタクシ は キュウ に くるしくって たまらなく なる の です。 フユカイ なの では ありません、 ゼッタイ ゼツメイ の よう な ゆきつまった ココロモチ に なる の です。 それでいて ワタクシ は、 イッポウ に オジョウサン を かたく しんじて うたがわなかった の です。 だから ワタクシ は シンネン と マヨイ の トチュウ に たって、 すこしも うごく こと が できなく なって しまいました。 ワタクシ には どっち も ソウゾウ で あり、 また どっち も シンジツ で あった の です。

 16

 ワタクシ は あいかわらず ガッコウ へ シュッセキ して いました。 しかし キョウダン に たつ ヒト の コウギ が、 トオク の ほう で きこえる よう な ココロモチ が しました。 ベンキョウ も その とおり でした。 メ の ナカ へ はいる カツジ は ココロ の ソコ まで しみわたらない うち に ケム の ごとく きえて ゆく の です。 ワタクシ は そのうえ ムクチ に なりました。 それ を 2~3 の トモダチ が ゴカイ して、 メイソウ に ふけって でも いる か の よう に、 タ の トモダチ に つたえました。 ワタクシ は この ゴカイ を とこう とは しません でした。 ツゴウ の いい カメン を ヒト が かして くれた の を、 かえって シアワセ と して よろこびました。 それでも ときどき は キ が すまなかった の でしょう、 ホッサテキ に はしゃぎまわって カレラ を おどろかした こと も あります。
 ワタクシ の ヤド は ヒトデイリ の すくない ウチ でした。 シンルイ も おおく は ない よう でした。 オジョウサン の ガッコウ トモダチ が ときたま あそび に くる こと は ありました が、 きわめて ちいさな コエ で、 いる の だ か いない の だ か わからない よう な ハナシ を して かえって しまう の が ツネ でした。 それ が ワタクシ に たいする エンリョ から だ とは、 いかな ワタクシ にも キ が つきません でした。 ワタクシ の ところ へ たずねて くる モノ は、 たいした ランボウモノ でも ありません でした けれども、 ウチ の ヒト に キガネ を する ほど な オトコ は ヒトリ も なかった の です から。 そんな ところ に なる と、 ゲシュクニン の ワタクシ は アルジ の よう な もの で、 カンジン の オジョウサン が かえって イソウロウ の イチ に いた と おなじ こと です。
 しかし これ は ただ おもいだした ツイデ に かいた だけ で、 じつは どうでも かまわない テン です。 ただ そこ に どうでも よく ない こと が ヒトツ あった の です。 チャノマ か、 さも なければ オジョウサン の ヘヤ で、 とつぜん オトコ の コエ が きこえる の です。 その コエ が また ワタクシ の キャク と ちがって、 すこぶる ひくい の です。 だから ナニ を はなして いる の か まるで わからない の です。 そうして わからなければ わからない ほど、 ワタクシ の シンケイ に イッシュ の コウフン を あたえる の です。 ワタクシ は すわって いて へんに いらいら しだします。 ワタクシ は あれ は シンルイ なの だろう か、 それとも タダ の シリアイ なの だろう か と まず かんがえて みる の です。 それから わかい オトコ だろう か ネンパイ の ヒト だろう か と シアン して みる の です。 すわって いて そんな こと の しれよう はず が ありません。 そう か と いって、 たって いって ショウジ を あけて みる わけ には なお いきません。 ワタクシ の シンケイ は ふるえる と いう より も、 おおきな ハドウ を うって ワタクシ を くるしめます。 ワタクシ は キャク の かえった アト で、 きっと わすれず に その ヒト の ナ を ききました。 オジョウサン や オクサン の ヘンジ は、 また きわめて カンタン でした。 ワタクシ は ものたりない カオ を フタリ に みせながら、 ものたりる まで ツイキュウ する ユウキ を もって いなかった の です。 ケンリ は むろん もって いなかった の でしょう。 ワタクシ は ジブン の ヒンカク を おもんじなければ ならない と いう キョウイク から きた ジソンシン と、 げんに その ジソンシン を ウラギリ して いる ものほしそう な カオツキ と を ドウジ に カレラ の マエ に しめす の です。 カレラ は わらいました。 それ が チョウショウ の イミ で なくって、 コウイ から きた もの か、 また コウイ-らしく みせる つもり なの か、 ワタクシ は ソクザ に カイシャク の ヨチ を みいだしえない ほど オチツキ を うしなって しまう の です。 そうして コト が すんだ アト で、 いつまでも、 バカ に された の だ、 バカ に された ん じゃ なかろう か と、 ナンベン も ココロ の ウチ で くりかえす の です。
 ワタクシ は ジユウ な カラダ でした。 たとい ガッコウ を チュウト で やめよう が、 また どこ へ いって どう くらそう が、 あるいは どこ の ナニモノ と ケッコン しよう が、 ダレ とも ソウダン する ヒツヨウ の ない イチ に たって いました。 ワタクシ は おもいきって オクサン に オジョウサン を もらいうける ハナシ を して みよう か と いう ケッシン を した こと が それまで に ナンド と なく ありました。 けれども その たび ごと に ワタクシ は チュウチョ して、 クチ へは とうとう ださず に しまった の です。 ことわられる の が おそろしい から では ありません。 もし ことわられたら、 ワタクシ の ウンメイ が どう ヘンカ する か わかりません けれども、 そのかわり イマ まで とは ホウガク の ちがった バショ に たって、 あたらしい ヨノナカ を みわたす ベンギ も しょうじて くる の です から、 その くらい の ユウキ は だせば だせた の です。 しかし ワタクシ は おびきよせられる の が いや でした。 ヒト の テ に のる の は ナニ より も ゴウハラ でした。 オジ に だまされた ワタクシ は、 これから サキ どんな こと が あって も、 ヒト には だまされまい と ケッシン した の です。

 17

 ワタクシ が ショモツ ばかり かう の を みて、 オクサン は すこし キモノ を こしらえろ と いいました。 ワタクシ は じっさい イナカ で おった モメンモノ しか もって いなかった の です。 その コロ の ガクセイ は イト の はいった キモノ を ハダ に つけません でした。 ワタクシ の トモダチ に ヨコハマ の アキンド か ナニ か で、 ウチ は なかなか ハデ に くらして いる モノ が ありました が、 そこ へ ある とき ハブタエ の ドウギ が ハイタツ で とどいた こと が あります。 すると ミンナ が それ を みて わらいました。 その オトコ は はずかしがって いろいろ ベンカイ しました が、 せっかく の ドウギ を コウリ の ソコ へ ほうりこんで リヨウ しない の です。 それ を また オオゼイ が よって たかって、 わざと きせました。 すると ウン わるく その ドウギ に シラミ が たかりました。 トモダチ は ちょうど サイワイ と でも おもった の でしょう。 ヒョウバン の ドウギ を ぐるぐる と まるめて、 サンポ に でた ツイデ に、 ネヅ の おおきな ドブ の ナカ へ すてて しまいました。 その とき イッショ に あるいて いた ワタクシ は、 ハシ の ウエ に たって わらいながら トモダチ の ショサ を ながめて いました が、 ワタクシ の ムネ の どこ にも もったいない と いう キ は すこしも おこりません でした。
 その コロ から みる と ワタクシ も だいぶ オトナ に なって いました。 けれども まだ ジブン で ヨソユキ の キモノ を こしらえる と いう ほど の フンベツ は でなかった の です。 ワタクシ は ソツギョウ して ヒゲ を はやす ジダイ が こなければ、 フクソウ の シンパイ など は する に およばない もの だ と いう ヘン な カンガエ を もって いた の です。 それで オクサン に ショモツ は いる が キモノ は いらない と いいました。 オクサン は ワタクシ の かう ショモツ の ブンリョウ を しって いました。 かった ホン を みんな よむ の か と きく の です。 ワタクシ の かう もの の ウチ には ジビキ も あります が、 とうぜん メ を とおす べき はず で ありながら、 ページ さえ きって ない の も たしょう あった の です から、 ワタクシ は ヘンジ に きゅうしました。 ワタクシ は どうせ いらない もの を かう なら、 ショモツ でも イフク でも おなじ だ と いう こと に キ が つきました。 そのうえ ワタクシ は いろいろ セワ に なる と いう コウジツ の モト に、 オジョウサン の キ に いる よう な オビ か タンモノ を かって やりたかった の です。 それで バンジ を オクサン に イライ しました。
 オクサン は ジブン ヒトリ で ゆく とは いいません。 ワタクシ にも イッショ に こい と メイレイ する の です。 オジョウサン も ゆかなくて は いけない と いう の です。 イマ と ちがった クウキ の ナカ に そだてられた ワタクシドモ は、 ガクセイ の ミブン と して、 あまり わかい オンナ など と イッショ に あるきまわる シュウカン を もって いなかった もの です。 その コロ の ワタクシ は イマ より も まだ シュウカン の ドレイ でした から、 たしょう チュウチョ しました が、 おもいきって でかけました。
 オジョウサン は たいそう きかざって いました。 ジタイ が イロ の しろい くせ に、 オシロイ を ホウフ に ぬった もの だ から なお めだちます。 オウライ の ヒト が じろじろ みて ゆく の です。 そうして オジョウサン を みた モノ は きっと その シセン を ひるがえして、 ワタクシ の カオ を みる の だ から、 ヘン な もの でした。
 3 ニン は ニホンバシ へ いって かいたい もの を かいました。 かう アイダ にも いろいろ キ が かわる ので、 おもった より ヒマ が かかりました。 オクサン は わざわざ ワタクシ の ナ を よんで どう だろう と ソウダン を する の です。 ときどき タンモノ を オジョウサン の カタ から ムネ へ タテ に あてて おいて、 ワタクシ に 2~3 ポ とおのいて みて くれろ と いう の です。 ワタクシ は その たび ごと に、 それ は ダメ だ とか、 それ は よく にあう とか、 とにかく イチニンマエ の クチ を ききました。
 こんな こと で ジカン が かかって カエリ は ユウメシ の ジコク に なりました。 オクサン は ワタクシ に たいする オレイ に ナニ か ゴチソウ する と いって、 キハラダナ と いう ヨセ の ある せまい ヨコチョウ へ ワタクシ を つれこみました。 ヨコチョウ も せまい が、 メシ を くわせる ウチ も せまい もの でした。 この ヘン の チリ を いっこう こころえない ワタクシ は、 オクサン の チシキ に おどろいた くらい です。
 ワレワレ は ヨ に いって ウチ へ かえりました。 その あくる ヒ は ニチヨウ でした から、 ワタクシ は シュウジツ ヘヤ の ウチ に とじこもって いました。 ゲツヨウ に なって、 ガッコウ へ でる と、 ワタクシ は アサッパラ そうそう キュウユウ の ヒトリ から からかわれました。 いつ サイ を むかえた の か と いって わざとらしく きかれる の です。 それから ワタクシ の サイクン は ヒジョウ に ビジン だ と いって ほめる の です。 ワタクシ は 3 ニン-ヅレ で ニホンバシ へ でかけた ところ を、 その オトコ に どこ か で みられた もの と みえます。

 18

 ワタクシ は ウチ へ かえって オクサン と オジョウサン に その ハナシ を しました。 オクサン は わらいました。 しかし さだめて メイワク だろう と いって ワタクシ の カオ を みました。 ワタクシ は その とき ハラ の ナカ で、 オトコ は こんな ふう に して、 オンナ から キ を ひいて みられる の か と おもいました。 オクサン の メ は じゅうぶん ワタクシ に そう おもわせる だけ の イミ を もって いた の です。 ワタクシ は その とき ジブン の かんがえて いる とおり を チョクセツ に うちあけて しまえば よかった かも しれません。 しかし ワタクシ には もう コギ と いう さっぱり しない カタマリ が こびりついて いました。 ワタクシ は うちあけよう と して、 ひょいと とまりました。 そうして ハナシ の カクド を コイ に すこし そらしました。
 ワタクシ は カンジン の ジブン と いう もの を モンダイ の ナカ から ひきぬいて しまいました。 そうして オジョウサン の ケッコン に ついて、 オクサン の イチュウ を さぐった の です。 オクサン は 2~3 そういう ハナシ の ない でも ない よう な こと を、 あきらか に ワタクシ に つげました。 しかし まだ ガッコウ へ でて いる くらい で トシ が わかい から、 こちら では さほど いそがない の だ と セツメイ しました。 オクサン は クチ へは ださない けれども、 オジョウサン の ヨウショク に だいぶ オモキ を おいて いる らしく みえました。 きめよう と おもえば いつでも きめられる ん だ から と いう よう な こと さえ コウガイ しました。 それから オジョウサン より ホカ に コドモ が ない の も、 ヨウイ に てばなしたがらない ゲンイン に なって いました。 ヨメ に やる か、 ムコ を とる か、 それ に さえ まよって いる の では なかろう か と おもわれる ところ も ありました。
 はなして いる うち に、 ワタクシ は イロイロ の チシキ を オクサン から えた よう な キ が しました。 しかし それ が ため に、 ワタクシ は キカイ を いっした と ドウヨウ の ケッカ に おちいって しまいました。 ワタクシ は ジブン に ついて、 ついに イチゴン も クチ を ひらく こと が できません でした。 ワタクシ は イイカゲン な ところ で ハナシ を きりあげて、 ジブン の ヘヤ へ かえろう と しました。
 サッキ まで ソバ に いて、 あんまり だわ とか なんとか いって わらった オジョウサン は、 いつのまにか ムコウ の スミ に いって、 セナカ を こっち へ むけて いました。 ワタクシ は たとう と して ふりかえった とき、 その ウシロスガタ を みた の です。 ウシロスガタ だけ で ニンゲン の ココロ が よめる はず は ありません。 オジョウサン が この モンダイ に ついて どう かんがえて いる か、 ワタクシ には ケントウ が つきません でした。 オジョウサン は トダナ を マエ に して すわって いました。 その トダナ の 1 シャク ばかり あいて いる スキマ から、 オジョウサン は ナニ か ひきだして ヒザ の ウエ へ おいて ながめて いる らしかった の です。 ワタクシ の メ は その スキマ の ハジ に、 オトトイ かった タンモノ を みつけだしました。 ワタクシ の キモノ も オジョウサン の も おなじ トダナ の スミ に かさねて あった の です。
 ワタクシ が なんとも いわず に セキ を たちかける と、 オクサン は キュウ に あらたまった チョウシ に なって、 ワタクシ に どう おもう か と きく の です。 その キキカタ は ナニ を どう おもう の か と ハンモン しなければ わからない ほど フイ でした。 それ が オジョウサン を はやく かたづけた ほう が トクサク だろう か と いう イミ だ と はっきり した とき、 ワタクシ は なるべく ゆっくら な ほう が いい だろう と こたえました。 オクサン は ジブン も そう おもう と いいました。
 オクサン と オジョウサン と ワタクシ の カンケイ が こう なって いる ところ へ、 もう ヒトリ オトコ が いりこまなければ ならない こと に なりました。 その オトコ が この カテイ の イチイン と なった ケッカ は、 ワタクシ の ウンメイ に ヒジョウ な ヘンカ を きたして います。 もし その オトコ が ワタクシ の セイカツ の コウロ を よこぎらなかった ならば、 おそらく こういう ながい もの を アナタ に かきのこす ヒツヨウ も おこらなかった でしょう。 ワタクシ は テ も なく、 マ の とおる マエ に たって、 その シュンカン の カゲ に イッショウ を うすぐらく されて キ が つかず に いた の と おなじ こと です。 ジハク する と、 ワタクシ は ジブン で その オトコ を ウチ へ ひっぱって きた の です。 むろん オクサン の キョダク も ヒツヨウ です から、 ワタクシ は サイショ なにもかも かくさず うちあけて、 オクサン に たのんだ の です。 ところが オクサン は よせ と いいました。 ワタクシ には つれて こなければ すまない ジジョウ が じゅうぶん ある のに、 よせ と いう オクサン の ほう には、 スジ の たった リクツ は まるで なかった の です。 だから ワタクシ は ワタクシ の いい と おもう ところ を しいて ダンコウ して しまいました。

 19

 ワタクシ は その トモダチ の ナ を ここ に K と よんで おきます。 ワタクシ は この K と コドモ の とき から の ナカヨシ でした。 コドモ の とき から と いえば ことわらない でも わかって いる でしょう。 フタリ には ドウキョウ の エンコ が あった の です。 K は シンシュウ の ボウサン の コ でした。 もっとも チョウナン では ありません、 ジナン でした。 それで ある イシャ の ところ へ ヨウシ に やられた の です。 ワタクシ の うまれた チホウ は たいへん ホンガンジ-ハ の セイリョク の つよい ところ でした から、 シンシュウ の ボウサン は ホカ の もの に くらべる と、 ブッシツテキ に ワリ が よかった よう です。 イチレイ を あげる と、 もし ボウサン に オンナ の コ が あって、 その オンナ の コ が トシゴロ に なった と する と、 ダンカ の モノ が ソウダン して、 どこ か テキトウ な ところ へ ヨメ に やって くれます。 むろん ヒヨウ は ボウサン の フトコロ から でる の では ありません。 そんな ワケ で シンシュウデラ は たいてい ユウフク でした。
 K の うまれた イエ も ソウオウ に くらして いた の です。 しかし ジナン を トウキョウ へ シュギョウ に だす ほど の ヨリョク が あった か どう か しりません。 また シュギョウ に でられる ベンギ が ある ので、 ヨウシ の ソウダン が まとまった もの か どう か、 そこ も ワタクシ には わかりません。 とにかく K は イシャ の ウチ へ ヨウシ に いった の です。 それ は ワタクシタチ が まだ チュウガク に いる とき の こと でした。 ワタクシ は キョウジョウ で センセイ が メイボ を よぶ とき に、 K の セイ が キュウ に かわって いた ので おどろいた の を イマ でも キオク して います。
 K の ヨウシサキ も かなり な ザイサンカ でした。 K は そこ から ガクシ を もらって トウキョウ へ でて きた の です。 でて きた の は ワタクシ と イッショ で なかった けれども、 トウキョウ へ ついて から は、 すぐ おなじ ゲシュク に はいりました。 その ジブン は ヒトツヘヤ に よく フタリ も 3 ニン も ツクエ を ならべて ネオキ した もの です。 K と ワタクシ も フタリ で おなじ マ に いました。 ヤマ で いけどられた ドウブツ が、 オリ の ナカ で だきあいながら、 ソト を にらめる よう な もの でしたろう。 フタリ は トウキョウ と トウキョウ の ヒト を おそれました。 それでいて 6 ジョウ の マ の ナカ では、 テンカ を ヘイゲイ する よう な こと を いって いた の です。
 しかし ワレワレ は マジメ でした。 ワレワレ は じっさい えらく なる つもり で いた の です。 ことに K は つよかった の です。 テラ に うまれた カレ は、 つねに ショウジン と いう コトバ を つかいました。 そうして カレ の コウイ ドウサ は ことごとく この ショウジン の イチゴ で ケイヨウ される よう に、 ワタクシ には みえた の です。 ワタクシ は ココロ の ウチ で つねに K を イケイ して いました。
 K は チュウガク に いた コロ から、 シュウキョウ とか テツガク とか いう むずかしい モンダイ で、 ワタクシ を こまらせました。 これ は カレ の チチ の カンカ なの か、 または ジブン の うまれた イエ、 すなわち テラ と いう イッシュ トクベツ な タテモノ に ぞくする クウキ の エイキョウ なの か、 わかりません。 ともかくも カレ は フツウ の ボウサン より は はるか に ボウサン-らしい セイカク を もって いた よう に みうけられます。 がんらい K の ヨウカ では カレ を イシャ に する つもり で トウキョウ へ だした の です。 しかるに ガンコ な カレ は イシャ には ならない ケッシン を もって、 トウキョウ へ でて きた の です。 ワタクシ は カレ に むかって、 それ では ヨウフボ を あざむく と おなじ こと では ない か と なじりました。 ダイタン な カレ は そう だ と こたえる の です。 ミチ の ため なら、 その くらい の こと を して も かまわない と いう の です。 その とき カレ の もちいた ミチ と いう コトバ は、 おそらく カレ にも よく わかって いなかった でしょう。 ワタクシ は むろん わかった とは いえません。 しかし トシ の わかい ワタクシタチ には、 この ばくぜん と した コトバ が たっとく ひびいた の です。 よし わからない に して も けだかい ココロモチ に シハイ されて、 そちら の ほう へ うごいて ゆこう と する イキグミ に いやしい ところ の みえる はず は ありません。 ワタクシ は K の セツ に サンセイ しました。 ワタクシ の ドウイ が K に とって どの くらい ユウリョク で あった か、 それ は ワタクシ も しりません。 イチズ な カレ は、 たとい ワタクシ が いくら ハンタイ しよう とも、 やはり ジブン の オモイドオリ を つらぬいた に ちがいなかろう とは さっせられます。 しかし マンイチ の バアイ、 サンセイ の セイエン を あたえた ワタクシ に、 タショウ の セキニン が できて くる ぐらい の こと は、 コドモ ながら ワタクシ は よく ショウチ して いた つもり です。 よし その とき に それ だけ の カクゴ が ない に して も、 セイジン した メ で、 カコ を ふりかえる ヒツヨウ が おこった バアイ には、 ワタクシ に わりあてられた だけ の セキニン は、 ワタクシ の ほう で おびる の が シトウ に なる くらい な ゴキ で ワタクシ は サンセイ した の です。

 20

 K と ワタクシ は おなじ カ へ ニュウガク しました。 K は すました カオ を して、 ヨウカ から おくって くれる カネ で、 ジブン の すき な ミチ を あるきだした の です。 しれ は しない と いう アンシン と、 しれたって かまう もの か と いう ドキョウ と が、 フタツ ながら K の ココロ に あった もの と みる より ほか シカタ が ありません。 K は ワタクシ より も ヘイキ でした。
 サイショ の ナツヤスミ に K は クニ へ かえりません でした。 コマゴメ の ある テラ の ヒトマ を かりて ベンキョウ する の だ と いって いました。 ワタクシ が かえって きた の は 9 ガツ ジョウジュン でした が、 カレ は はたして オオガンノン の ソバ の きたない テラ の ナカ に とじこもって いました。 カレ の ザシキ は ホンドウ の すぐ ソバ の せまい ヘヤ でした が、 カレ は そこ で ジブン の おもう とおり に ベンキョウ が できた の を よろこんで いる らしく みえました。 ワタクシ は その とき カレ の セイカツ の だんだん ボウサン-らしく なって ゆく の を みとめた よう に おもいます。 カレ は テクビ に ジュズ を かけて いました。 ワタクシ が それ は なんの ため だ と たずねたら、 カレ は オヤユビ で ヒトツ フタツ と カンジョウ する マネ を して みせました。 カレ は こうして ヒ に ナンベン も ジュズ の ワ を カンジョウ する らしかった の です。 ただし その イミ は ワタクシ には わかりません。 まるい ワ に なって いる もの を ヒトツブ ずつ かぞえて ゆけば、 どこ まで かぞえて いって も シュウキョク は ありません。 K は どんな ところ で どんな ココロモチ が して、 つまぐる テ を とめた でしょう。 つまらない こと です が、 ワタクシ は よく それ を おもう の です。
 ワタクシ は また カレ の ヘヤ に セイショ を みました。 ワタクシ は それまで に オキョウ の ナ を たびたび カレ の クチ から きいた オボエ が あります が、 キリスト-キョウ に ついて は、 とわれた こと も こたえられた ためし も なかった の です から、 ちょっと おどろきました。 ワタクシ は その ワケ を たずねず には いられません でした。 K は ワケ は ない と いいました。 これほど ヒト の ありがたがる ショモツ なら よんで みる の が アタリマエ だろう とも いいました。 そのうえ カレ は キカイ が あったら、 コーラン も よんで みる つもり だ と いいました。 カレ は モハメッド と ケン と いう コトバ に おおいなる キョウミ を もって いる よう でした。
 2 ネン-メ の ナツ に カレ は クニ から サイソク を うけて ようやく かえりました。 かえって も センモン の こと は なんにも いわなかった もの と みえます。 ウチ でも また そこ に キ が つかなかった の です。 アナタ は ガッコウ キョウイク を うけた ヒト だ から、 こういう ショウソク を よく かいして いる でしょう が、 セケン は ガクセイ の セイカツ だの、 ガッコウ の キソク だの に かんして、 おどろく べく ムチ な もの です。 ワレワレ に なんでも ない こと が いっこう ガイブ へは つうじて いません。 ワレワレ は また ヒカクテキ ナイブ の クウキ ばかり すって いる ので、 コウナイ の こと は サイダイ ともに ヨノナカ に しれわたって いる はず だ と おもいすぎる クセ が あります。 K は その テン に かけて、 ワタクシ より セケン を しって いた の でしょう、 すました カオ で また もどって きました。 クニ を たつ とき は ワタクシ も イッショ でした から、 キシャ へ のる や いなや すぐ どう だった と K に といました。 K は どうでも なかった と こたえた の です。
 3 ド-メ の ナツ は ちょうど ワタクシ が エイキュウ に フボ の フンボ の チ を さろう と ケッシン した トシ です。 ワタクシ は その とき K に キコク を すすめました が、 K は おうじません でした。 そう マイトシ ウチ へ かえって ナニ を する の だ と いう の です。 カレ は また ふみとどまって ベンキョウ する つもり らしかった の です。 ワタクシ は しかたなし に ヒトリ で トウキョウ を たつ こと に しました。 ワタクシ の キョウリ で くらした その 2 カゲツ-カン が、 ワタクシ の ウンメイ に とって、 いかに ハラン に とんだ もの か は、 マエ に かいた とおり です から くりかえしません。 ワタクシ は フヘイ と ユウウツ と コドク の サビシサ と を ヒトツムネ に いだいて、 9 ガツ に いって また K に あいました。 すると カレ の ウンメイ も また ワタクシ と ドウヨウ に ヘンチョウ を しめして いました。 カレ は ワタクシ の しらない うち に、 ヨウカサキ へ テガミ を だして、 こっち から ジブン の イツワリ を ハクジョウ して しまった の です。 カレ は サイショ から その カクゴ で いた の だ そう です。 いまさら シカタ が ない から、 オマエ の すき な もの を やる より ホカ に ミチ は あるまい と、 ムコウ に いわせる つもり も あった の でしょう か。 とにかく ダイガク へ はいって まで も ヨウフボ を あざむきとおす キ は なかった らしい の です。 また あざむこう と して も、 そう ながく つづく もの では ない と みぬいた の かも しれません。

 21

 K の テガミ を みた ヨウフ は たいへん おこりました。 オヤ を だます よう な フラチ な モノ に ガクシ を おくる こと は できない と いう きびしい ヘンジ を すぐ よこした の です。 K は それ を ワタクシ に みせました。 K は また それ と ゼンゴ して ジッカ から うけとった ショカン も みせました。 これ にも マエ に おとらない ほど きびしい キッセキ の コトバ が ありました。 ヨウカサキ へ たいして すまない と いう ギリ が くわわって いる から でも ありましょう が、 こっち でも いっさい かまわない と かいて ありました。 K が この ジケン の ため に フクセキ して しまう か、 それとも タ に ダキョウ の ミチ を こうじて、 いぜん ヨウカ に とどまる か、 そこ は これから おこる モンダイ と して、 さしあたり どうか しなければ ならない の は、 ツキヅキ に ヒツヨウ な ガクシ でした。
 ワタクシ は その テン に ついて K に ナニ か カンガエ が ある の か と たずねました。 K は ヤガッコウ の キョウシ でも する つもり だ と こたえました。 その ジブン は イマ に くらべる と、 ぞんがい ヨノナカ が くつろいで いました から、 ナイショク の クチ は アナタ が かんがえる ほど フッテイ でも なかった の です。 ワタクシ は K が それ で じゅうぶん やって ゆける だろう と かんがえました。 しかし ワタクシ には ワタクシ の セキニン が あります。 K が ヨウカ の キボウ に そむいて、 ジブン の ゆきたい ミチ を いこう と した とき、 サンセイ した モノ は ワタクシ です。 ワタクシ は そう か と いって テ を こまぬいで いる わけ に ゆきません。 ワタクシ は その バ で ブッシツテキ の ホジョ を すぐ もうしだしました。 すると K は イチ も ニ も なく それ を はねつけました。 カレ の セイカク から いって、 ジカツ の ほう が トモダチ の ホゴ の モト に たつ より はるか に こころよく おもわれた の でしょう。 カレ は ダイガク へ はいった イジョウ、 ジブン ヒトリ ぐらい どうか できなければ オトコ で ない よう な こと を いいました。 ワタクシ は ワタクシ の セキニン を まっとうする ため に、 K の カンジョウ を きずつける に しのびません でした。 それで カレ の おもう とおり に させて、 ワタクシ は テ を ひきました。
 K は ジブン の のぞむ よう な クチ を ほどなく さがしだしました。 しかし ジカン を おしむ カレ に とって、 この シゴト が どの くらい つらかった か は ソウゾウ する まで も ない こと です。 カレ は イマ まで-どおり ベンキョウ の テ を ちっとも ゆるめず に、 あたらしい ニ を しょって モウシン した の です。 ワタクシ は カレ の ケンコウ を きづかいました。 しかし ゴウキ な カレ は わらう だけ で、 すこしも ワタクシ の チュウイ に とりあいません でした。
 ドウジ に カレ と ヨウカ との カンケイ は、 だんだん こんがらがって きました。 ジカン に ヨユウ の なくなった カレ は、 マエ の よう に ワタクシ と はなす キカイ を うばわれた ので、 ワタクシ は ついに その テンマツ を くわしく きかず に しまいました が、 カイケツ の ますます コンナン に なって ゆく こと だけ は ショウチ して いました。 ヒト が ナカ に はいって チョウテイ を こころみた こと も しって いました。 その ヒト は テガミ で K に キコク を うながした の です が、 K は とうてい ダメ だ と いって、 おうじません でした。 この ゴウジョウ な ところ が、 ――K は ガクネンチュウ で かえれない の だ から シカタ が ない と いいました けれども、 ムコウ から みれば ゴウジョウ でしょう。 そこ が ジタイ を ますます ケンアク に した よう にも みえました。 カレ は ヨウカ の カンジョウ を がいする と ともに、 ジッカ の イカリ も かう よう に なりました。 ワタクシ が シンパイ して ソウホウ を ユウワ する ため に テガミ を かいた とき は、 もう なんの キキメ も ありません でした。 ワタクシ の テガミ は ヒトコト の ヘンジ さえ うけず に ほうむられて しまった の です。 ワタクシ も ハラ が たちました。 イマ まで も ユキガカリジョウ、 K に ドウジョウ して いた ワタクシ は、 それ イゴ は リヒ を ドガイ に おいて も K の ミカタ を する キ に なりました。
 サイゴ に K は とうとう フクセキ に けっしました。 ヨウカ から だして もらった ガクシ は、 ジッカ で ベンショウ する こと に なった の です。 そのかわり ジッカ の ほう でも かまわない から、 これから は カッテ に しろ と いう の です。 ムカシ の コトバ で いえば、 まあ カンドウ なの でしょう。 あるいは それほど つよい もの で なかった かも しれません が、 トウニン は そう カイシャク して いました。 K は ハハ の ない オトコ でした。 カレ の セイカク の イチメン は、 たしか に ケイボ に そだてられた ケッカ とも みる こと が できる よう です。 もし カレ の じつの ハハ が いきて いたら、 あるいは カレ と ジッカ との カンケイ に、 こう まで ヘダタリ が できず に すんだ かも しれない と ワタクシ は おもう の です。 カレ の チチ は いう まで も なく ソウリョ でした。 けれども ギリ-がたい テン に おいて、 むしろ サムライ に にた ところ が あり は しない か と うたがわれます。

 22

 K の ジケン が イチダンラク ついた アト で、 ワタクシ は カレ の アネ の オット から ながい フウショ を うけとりました。 K の ヨウシ に いった サキ は、 この ヒト の シンルイ に あたる の です から、 カレ を シュウセン した とき にも、 カレ を フクセキ させた とき にも、 この ヒト の イケン が オモキ を なして いた の だ と、 K は ワタクシ に はなして きかせました。
 テガミ には ソノゴ K が どうして いる か しらせて くれ と かいて ありました。 アネ が シンパイ して いる から、 なるべく はやく ヘンジ を もらいたい と いう イライ も つけくわえて ありました。 K は テラ を ついだ アニ より も、 タケ へ えんづいた この アネ を すいて いました。 カレラ は ミンナ ヒトツハラ から うまれた キョウダイ です けれども、 この アネ と K の アイダ には だいぶ トシ の サ が あった の です。 それで K の コドモ の ジブン には、 ママハハ より も この アネ の ほう が、 かえって ホントウ の ハハ-らしく みえた の でしょう。
 ワタクシ は K に テガミ を みせました。 K は なんとも いいません でした けれども、 ジブン の ところ へ この アネ から おなじ よう な イミ の ショジョウ が 2~3 ド きた と いう こと を うちあけました。 K は その たび に シンパイ する に およばない と こたえて やった の だ そう です。 ウン わるく この アネ は セイカツ に ヨユウ の ない イエ に かたづいた ため に、 いくら K に ドウジョウ が あって も、 ブッシツテキ に オトウト を どうして やる わけ にも ゆかなかった の です。
 ワタクシ は K と おなじ よう な ヘンジ を カレ の ギケイ-アテ で だしました。 その ウチ に、 マンイチ の バアイ には ワタクシ が どうでも する から、 アンシン する よう に と いう イミ を つよい コトバ で かきあらわしました。 これ は もとより ワタクシ の イチゾン でした。 K の ユクサキ を シンパイ する この アネ に アンシン を あたえよう と いう コウイ は むろん ふくまれて いました が、 ワタクシ を ケイベツ した と より ホカ に トリヨウ の ない カレ の ジッカ や ヨウカ に たいする イジ も あった の です。
 K の フクセキ した の は 1 ネンセイ の とき でした。 それから 2 ネンセイ の ナカゴロ に なる まで、 ヤク 1 ネン ハン の アイダ、 カレ は ドクリョク で オノレ を ささえて いった の です。 ところが この カド の ロウリョク が しだいに カレ の ケンコウ と セイシン の ウエ に エイキョウ して きた よう に みえだしました。 それ には むろん ヨウカ を でる でない の うるさい モンダイ も てつだって いた でしょう。 カレ は だんだん センチメンタル に なって きた の です。 トキ に よる と、 ジブン だけ が ヨノナカ の フコウ を ヒトリ で しょって たって いる よう な こと を いいます。 そうして それ を うちけせば すぐ げきする の です。 それから ジブン の ミライ に よこたわる コウミョウ が、 しだいに カレ の メ を とおのいて ゆく よう にも おもって、 いらいら する の です。 ガクモン を やりはじめた とき には、 ダレ しも イダイ な ホウフ を もって、 あたらしい タビ に のぼる の が ツネ です が、 1 ネン と たち 2 ネン と すぎ、 もう ソツギョウ も マヂカ に なる と、 キュウ に ジブン の アシ の ハコビ の のろい の に キ が ついて、 カハン は そこ で シツボウ する の が アタリマエ に なって います から、 K の バアイ も おなじ なの です が、 カレ の アセリカタ は また フツウ に くらべる と はるか に はなはだしかった の です。 ワタクシ は ついに カレ の キブン を おちつける の が センイチ だ と かんがえました。
 ワタクシ は カレ に むかって、 ヨケイ な シゴト を する の は よせ と いいました。 そうして とうぶん カラダ を ラク に して、 あそぶ ほう が おおきな ショウライ の ため に トクサク だ と チュウコク しました。 ゴウジョウ な K の こと です から、 ヨウイ に ワタクシ の いう こと など は きくまい と、 かねて ヨキ して いた の です が、 じっさい いいだして みる と、 おもった より も ときおとす の に ホネ が おれた ので よわりました。 K は ただ ガクモン が ジブン の モクテキ では ない と シュチョウ する の です。 イシ の チカラ を やしなって つよい ヒト に なる の が ジブン の カンガエ だ と いう の です。 それ には なるべく キュウクツ な キョウグウ に いなくて は ならない と ケツロン する の です。 フツウ の ヒト から みれば、 まるで スイキョウ です。 そのうえ キュウクツ な キョウグウ に いる カレ の イシ は、 ちっとも つよく なって いない の です。 カレ は むしろ シンケイ スイジャク に かかって いる くらい なの です。 ワタクシ は シカタ が ない から、 カレ に むかって しごく ドウカン で ある よう な ヨウス を みせました。 ジブン も そういう テン に むかって、 ジンセイ を すすむ つもり だった と ついには メイゲン しました。 (もっとも これ は ワタクシ に とって まんざら クウキョ な コトバ でも なかった の です。 K の セツ を きいて いる と、 だんだん そういう ところ に つりこまれて くる くらい、 カレ には チカラ が あった の です から)。 サイゴ に ワタクシ は K と イッショ に すんで、 イッショ に コウジョウ の ミチ を たどって ゆきたい と ホツギ しました。 ワタクシ は カレ の ゴウジョウ を おりまげる ため に、 カレ の マエ に ひざまずく こと を あえて した の です。 そうして やっと の こと で カレ を ワタクシ の イエ に つれて きました。

 23

 ワタクシ の ザシキ には ヒカエ の マ と いう よう な 4 ジョウ が フゾク して いました。 ゲンカン を あがって ワタクシ の いる ところ へ とおろう と する には、 ぜひ この 4 ジョウ を よこぎらなければ ならない の だ から、 ジツヨウ の テン から みる と、 しごく フベン な ヘヤ でした。 ワタクシ は ここ へ K を いれた の です。 もっとも サイショ は おなじ 8 ジョウ に フタツ ツクエ を ならべて、 ツギノマ を キョウユウ に して おく カンガエ だった の です が、 K は せまくるしくって も ヒトリ で いる ほう が いい と いって、 ジブン で そっち の ほう を えらんだ の です。
 マエ にも はなした とおり、 オクサン は ワタクシ の この ショチ に たいして ハジメ は フサンセイ だった の です。 ゲシュクヤ ならば、 ヒトリ より フタリ が ベンリ だし、 フタリ より 3 ニン が トク に なる けれども、 ショウバイ で ない の だ から、 なるべく なら よした ほう が いい と いう の です。 ワタクシ が けっして セワ の やける ヒト で ない から かまうまい と いう と、 セワ は やけない でも、 キゴコロ の しれない ヒト は いや だ と こたえる の です。 それでは イマ ヤッカイ に なって いる ワタクシ だって おなじ こと では ない か と なじる と、 ワタクシ の キゴコロ は ハジメ から よく わかって いる と ベンカイ して やまない の です。 ワタクシ は クショウ しました。 すると オクサン は また リクツ の ホウコウ を かえます。 そんな ヒト を つれて くる の は、 ワタクシ の ため に わるい から よせ と いいなおします。 なぜ ワタクシ の ため に わるい か と きく と、 コンド は ムコウ で クショウ する の です。
 ジツ を いう と ワタクシ だって しいて K と イッショ に いる ヒツヨウ は なかった の です。 けれども ツキヅキ の ヒヨウ を カネ の カタチ で カレ の マエ に ならべて みせる と、 カレ は きっと それ を うけとる とき に チュウチョ する だろう と おもった の です。 カレ は それほど ドクリツシン の つよい オトコ でした。 だから ワタクシ は カレ を ワタクシ の ウチ へ おいて、 フタリ-マエ の ショクリョウ を カレ の しらない マ に そっと オクサン の テ に わたそう と した の です。 しかし ワタクシ は K の ケイザイ モンダイ に ついて、 イチゴン も オクサン に うちあける キ は ありません でした。
 ワタクシ は ただ K の ケンコウ に ついて ウンヌン しました。 ヒトリ で おく と ますます ニンゲン が ヘンクツ に なる ばかり だ から と いいました。 それ に つけたして、 K が ヨウカ と オリアイ の わるかった こと や、 ジッカ と はなれて しまった こと や、 いろいろ はなして きかせました。 ワタクシ は おぼれかかった ヒト を だいて、 ジブン の ネツ を ムコウ に うつして やる カクゴ で、 K を ひきとる の だ と つげました。 その つもり で あたたかい メンドウ を みて やって くれ と、 オクサン にも オジョウサン にも たのみました。 ワタクシ は ここ まで きて ようよう オクサン を ときふせた の です。 しかし ワタクシ から なんにも きかない K は、 この テンマツ を まるで しらず に いました。 ワタクシ も かえって それ を マンゾク に おもって、 のっそり ひきうつって きた K を、 しらん カオ で むかえました。
 オクサン と オジョウサン は、 シンセツ に カレ の ニモツ を かたづける セワ や ナニ か を して くれました。 すべて それ を ワタクシ に たいする コウイ から きた の だ と カイシャク した ワタクシ は、 ココロ の ウチ で よろこびました。 ――K が あいかわらず むっちり した ヨウス を して いる にも かかわらず。
 ワタクシ が K に むかって あたらしい スマイ の ココロモチ は どう だ と きいた とき に、 カレ は ただ イチゲン わるく ない と いった だけ でした。 ワタクシ から いわせれば わるく ない どころ では ない の です。 カレ の イマ まで いた ところ は キタムキ の しめっぽい ニオイ の する きたない ヘヤ でした。 クイモノ も ヘヤ ソウオウ に ソマツ でした。 ワタクシ の イエ へ ひきうつった カレ は、 ユウコク から キョウボク に うつった オモムキ が あった くらい です。 それ を さほど に おもう ケシキ を みせない の は、 ヒトツ は カレ の ゴウジョウ から きて いる の です が、 ヒトツ は カレ の シュチョウ から も でて いる の です。 ブッキョウ の キョウギ で やしなわれた カレ は、 イショクジュウ に ついて とかく の ゼイタク を いう の を あたかも フドウトク の よう に かんがえて いました。 なまじい ムカシ の コウソウ だ とか セーント だ とか の デン を よんだ カレ には、 ややともすると セイシン と ニクタイ と を きりはなしたがる クセ が ありました。 ニク を ベンタツ すれば レイ の コウキ が ます よう に かんずる バアイ さえ あった の かも しれません。
 ワタクシ は なるべく カレ に さからわない ホウシン を とりました。 ワタクシ は コオリ を ヒナタ へ だして とかす クフウ を した の です。 いまに とけて あたたかい ミズ に なれば、 ジブン で ジブン に キ が つく ジキ が くる に ちがいない と おもった の です。

 24

 ワタクシ は オクサン から そういう ふう に とりあつかわれた ケッカ、 だんだん カイカツ に なって きた の です。 それ を ジカク して いた から、 おなじ もの を コンド は K の ウエ に オウヨウ しよう と こころみた の です。 K と ワタクシ と が セイカク の ウエ に おいて、 だいぶ ソウイ の ある こと は、 ながく つきあって きた ワタクシ に よく わかって いました けれども、 ワタクシ の シンケイ が この カテイ に はいって から たしょう カド が とれた ごとく、 K の ココロ も ここ に おけば いつか しずまる こと が ある だろう と かんがえた の です。
 K は ワタクシ より つよい ケッシン を ゆうして いる オトコ でした。 ベンキョウ も ワタクシ の バイ ぐらい は した でしょう。 そのうえ もって うまれた アタマ の タチ が ワタクシ より も ずっと よかった の です。 アト では センモン が ちがいました から なんとも いえません が、 おなじ キュウ に いる アイダ は、 チュウガク でも コウトウ ガッコウ でも、 K の ほう が つねに ジョウセキ を しめて いました。 ワタクシ には ヘイゼイ から ナニ を して も K に およばない と いう ジカク が あった くらい です。 けれども ワタクシ が しいて K を ワタクシ の ウチ へ ひっぱって きた とき には、 ワタクシ の ほう が よく ジリ を わきまえて いる と しんじて いました。 ワタクシ に いわせる と、 カレ は ガマン と ニンタイ の クベツ を リョウカイ して いない よう に おもわれた の です。 これ は とくに アナタ の ため に つけたして おきたい の です から きいて ください。 ニクタイ なり セイシン なり すべて ワレワレ の ノウリョク は、 ガイブ の シゲキ で、 ハッタツ も する し、 ハカイ され も する でしょう が、 どっち に して も シゲキ を だんだん に つよく する ヒツヨウ の ある の は むろん です から、 よく かんがえない と、 ヒジョウ に ケンアク な ホウコウ へ むいて すすんで ゆきながら、 ジブン は もちろん ハタ の モノ も キ が つかず に いる オソレ が しょうじて きます。 イシャ の セツメイ を きく と、 ニンゲン の イブクロ ほど オウチャク な もの は ない そう です。 カユ ばかり くって いる と、 それ イジョウ の かたい もの を こなす チカラ が いつのまにか なくなって しまう の だ そう です。 だから なんでも くう ケイコ を して おけ と イシャ は いう の です。 けれども これ は ただ なれる と いう イミ では なかろう と おもいます。 しだいに シゲキ を ます に したがって、 しだいに エイヨウ キノウ の テイコウリョク が つよく なる と いう イミ で なくて は なりますまい。 もし ハンタイ に イ の チカラ の ほう が じりじり よわって いった なら ケッカ は どう なる だろう と ソウゾウ して みれば すぐ わかる こと です。 K は ワタクシ より イダイ な オトコ でした けれども、 まったく ここ に キ が ついて いなかった の です。 ただ コンナン に なれて しまえば、 シマイ に その コンナン は なんでも なくなる もの だ と きめて いた らしい の です。 カンク を くりかえせば、 くりかえす と いう だけ の クドク で、 その カンク が キ に かからなく なる ジキ に めぐりあえる もの と しんじきって いた らしい の です。
 ワタクシ は K を とく とき に、 ぜひ そこ を あきらか に して やりたかった の です。 しかし いえば きっと ハンコウ される に きまって いました。 また ムカシ の ヒト の レイ など を、 ヒキアイ に もって くる に ちがいない と おもいました。 そう なれば ワタクシ だって、 その ヒトタチ と K と ちがって いる テン を メイハク に のべなければ ならなく なります。 それ を うけがって くれる よう な K なら いい の です けれども、 カレ の セイシツ と して、 ギロン が そこ まで ゆく と ヨウイ に アト へは かえりません。 なお サキ へ でます。 そうして、 クチ で サキ へ でた とおり を、 コウイ で ジツゲン し に かかります。 カレ は こう なる と おそる べき オトコ でした。 イダイ でした。 ジブン で ジブン を ハカイ しつつ すすみます。 ケッカ から みれば、 カレ は ただ ジコ の セイコウ を うちくだく イミ に おいて、 イダイ なの に すぎない の です けれども、 それでも けっして ヘイボン では ありません でした。 カレ の キショウ を よく しった ワタクシ は ついに なんとも いう こと が できなかった の です。 そのうえ ワタクシ から みる と、 カレ は マエ にも のべた とおり、 たしょう シンケイ スイジャク に かかって いた よう に おもわれた の です。 よし ワタクシ が カレ を ときふせた ところ で、 カレ は かならず げきする に ちがいない の です。 ワタクシ は カレ と ケンカ を する こと は おそれて は いません でした けれども、 ワタクシ が コドク の カン に たえなかった ジブン の キョウグウ を かえりみる と、 シンユウ の カレ を、 おなじ コドク の キョウグウ に おく の は、 ワタクシ に とって しのびない こと でした。 イッポ すすんで、 より コドク な キョウグウ に つきおとす の は なお いや でした。 それで ワタクシ は カレ が ウチ へ ひきうつって から も、 トウブン の アイダ は ヒヒョウ-がましい ヒヒョウ を カレ の ウエ に くわえず に いました。 ただ おだやか に シュウイ の カレ に およぼす ケッカ を みる こと に した の です。

 25

 ワタクシ は カゲ へ まわって、 オクサン と オジョウサン に、 なるべく K と ハナシ を する よう に たのみました。 ワタクシ は カレ の これまで とおって きた ムゴン セイカツ が カレ に たたって いる の だろう と しんじた から です。 つかわない テツ が くさる よう に、 カレ の ココロ には サビ が でて いた と しか、 ワタクシ には おもわれなかった の です。
 オクサン は トリツキハ の ない ヒト だ と いって わらって いました。 オジョウサン は また わざわざ その レイ を あげて ワタクシ に セツメイ して きかせる の です。 ヒバチ に ヒ が ある か と たずねる と、 K は ない と こたえる そう です。 では もって きよう と いう と、 いらない と ことわる そう です。 さむく は ない か と きく と、 さむい けれども いらない ん だ と いった ぎり オウタイ を しない の だ そう です。 ワタクシ は ただ クショウ して いる わけ にも ゆきません。 キノドク だ から、 なんとか いって その バ を とりつくろって おかなければ すまなく なります。 もっとも それ は ハル の こと です から、 しいて ヒ に あたる ヒツヨウ も なかった の です が、 これ では トリツキハ が ない と いわれる の も ムリ は ない と おもいました。
 それで ワタクシ は なるべく、 ジブン が チュウシン に なって、 オンナ フタリ と K との レンラク を はかる よう に つとめました。 K と ワタクシ が はなして いる ところ へ ウチ の ヒト を よぶ とか、 または ウチ の ヒト と ワタクシ が ヒトツヘヤ に おちあった ところ へ、 K を ひっぱりだす とか、 どっち でも その バアイ に おうじた ホウホウ を とって、 カレラ を セッキン させよう と した の です。 もちろん K は それ を あまり このみません でした。 ある とき は ふいと たって ヘヤ の ソト へ でました。 また ある とき は いくら よんで も なかなか でて きません でした。 K は あんな ムダバナシ を して どこ が おもしろい と いう の です。 ワタクシ は ただ わらって いました。 しかし ココロ の ウチ では、 K が その ため に ワタクシ を ケイベツ して いる こと が よく わかりました。
 ワタクシ は ある イミ から みて じっさい カレ の ケイベツ に あたいして いた かも しれません。 カレ の メ の ツケドコロ は ワタクシ より はるか に たかい ところ に あった とも いわれる でしょう。 ワタクシ も それ を いなみ は しません。 しかし メ だけ たかくって、 ホカ が つりあわない の は テ も なく カタワ です。 ワタクシ は ナニ を おいて も、 この サイ カレ を ニンゲン-らしく する の が センイチ だ と かんがえた の です。 いくら カレ の アタマ が えらい ヒト の イメジ で うずまって いて も、 カレ ジシン が えらく なって ゆかない イジョウ は、 なんの ヤク にも たたない と いう こと を ハッケン した の です。 ワタクシ は カレ を ニンゲン-らしく する ダイイチ の シュダン と して、 まず イセイ の ソバ に カレ を すわらせる ホウホウ を こうじた の です。 そうして そこ から でる クウキ に カレ を さらした うえ、 さびつきかかった カレ の ケツエキ を あたらしく しよう と こころみた の です。
 この ココロミ は しだいに セイコウ しました。 ハジメ の うち ユウゴウ しにくい よう に みえた もの が、 だんだん ヒトツ に まとまって きだしました。 カレ は ジブン イガイ に セカイ の ある こと を すこし ずつ さとって ゆく よう でした。 カレ は ある ヒ ワタクシ に むかって、 オンナ は そう ケイベツ す べき もの で ない と いう よう な こと を いいました。 K は はじめ オンナ から も、 ワタクシ ドウヨウ の チシキ と ガクモン を ヨウキュウ して いた らしい の です。 そうして それ が みつからない と、 すぐ ケイベツ の ネン を しょうじた もの と おもわれます。 イマ まで の カレ は、 セイ に よって タチバ を かえる こと を しらず に、 おなじ シセン で スベテ の ナンニョ を イチヨウ に カンサツ して いた の です。 ワタクシ は カレ に、 もし ワレラ フタリ だけ が オトコ ドウシ で エイキュウ に ハナシ を コウカン して いる ならば、 フタリ は ただ チョクセンテキ に サキ へ のびて ゆく に すぎない だろう と いいました。 カレ は もっとも だ と こたえました。 ワタクシ は その とき オジョウサン の こと で、 たしょう ムチュウ に なって いる コロ でした から、 しぜん そんな コトバ も つかう よう に なった の でしょう。 しかし リメン の ショウソク は カレ には ヒトクチ も うちあけません でした。
 イマ まで ショモツ で ジョウヘキ を きずいて その ナカ に たてこもって いた よう な K の ココロ が、 だんだん うちとけて くる の を みて いる の は、 ワタクシ に とって ナニ より も ユカイ でした。 ワタクシ は サイショ から そうした モクテキ で コト を やりだした の です から、 ジブン の セイコウ に ともなう キエツ を かんぜず には いられなかった の です。 ワタクシ は ホンニン に いわない カワリ に、 オクサン と オジョウサン に ジブン の おもった とおり を はなしました。 フタリ も マンゾク の ヨウス でした。

 26

 K と ワタクシ は おなじ カ に おりながら、 センコウ の ガクモン が ちがって いました から、 しぜん でる とき や かえる とき に チソク が ありました。 ワタクシ の ほう が はやければ、 ただ カレ の クウシツ を とおりぬける だけ です が、 おそい と カンタン な アイサツ を して ジブン の ヘヤ へ はいる の を レイ に して いました。 K は イツモ の メ を ショモツ から はなして、 フスマ を あける ワタクシ を ちょっと みます。 そうして きっと イマ かえった の か と いいます。 ワタクシ は なにも こたえない で うなずく こと も あります し、 あるいは ただ 「うん」 と こたえて ゆきすぎる バアイ も ありました。
 ある ヒ ワタクシ は カンダ に ヨウ が あって、 カエリ が イツモ より ずっと おくれました。 ワタクシ は イソギアシ に モンゼン まで きて、 コウシ を がらり と あけました。 それ と ドウジ に、 ワタクシ は オジョウサン の コエ を きいた の です。 コエ は たしか に K の ヘヤ から でた と おもいました。 ゲンカン から マッスグ に ゆけば、 チャノマ、 オジョウサン の ヘヤ と フタツ つづいて いて、 それ を ヒダリ へ おれる と、 K の ヘヤ、 ワタクシ の ヘヤ、 と いう マドリ なの です から、 どこ で ダレ の コエ が した ぐらい は、 ひさしく ヤッカイ に なって いる ワタクシ には よく わかる の です。 ワタクシ は すぐ コウシ を しめました。 すると オジョウサン の コエ も すぐ やみました。 ワタクシ が クツ を ぬいで いる うち、 ――ワタクシ は その ジブン から ハイカラ で テカズ の かかる アミアゲ を はいて いた の です が、 ――ワタクシ が こごんで その クツヒモ を といて いる うち、 K の ヘヤ では ダレ の コエ も しません でした。 ワタクシ は ヘン に おもいました。 コト に よる と、 ワタクシ の カンチガイ かも しれない と かんがえた の です。 しかし ワタクシ が イツモ の とおり K の ヘヤ を ぬけよう と して、 フスマ を あける と、 そこ に フタリ は ちゃんと すわって いました。 K は レイ の とおり イマ かえった か と いいました。 オジョウサン も 「おかえり」 と すわった まま で アイサツ しました。 ワタクシ には キ の せい か その カンタン な アイサツ が すこし かたい よう に きこえました。 どこ か で シゼン を ふみはずして いる よう な チョウシ と して、 ワタクシ の コマク に ひびいた の です。 ワタクシ は オジョウサン に、 オクサン は と たずねました。 ワタクシ の シツモン には なんの イミ も ありません でした。 イエ の ウチ が ヘイジョウ より なんだか ひっそり して いた から きいて みた だけ の こと です。
 オクサン は はたして ルス でした。 ゲジョ も オクサン と イッショ に でた の でした。 だから ウチ に のこって いる の は、 K と オジョウサン だけ だった の です。 ワタクシ は ちょっと クビ を かたむけました。 イマ まで ながい アイダ セワ に なって いた けれども、 オクサン が オジョウサン と ワタクシ だけ を オキザリ に して、 ウチ を あけた ためし は まだ なかった の です から。 ワタクシ は ナニ か キュウヨウ でも できた の か と オジョウサン に ききかえしました。 オジョウサン は ただ わらって いる の です。 ワタクシ は こんな とき に わらう オンナ が きらい でした。 わかい オンナ に キョウツウ な テン だ と いえば それまで かも しれません が、 オジョウサン も くだらない こと に よく わらいたがる オンナ でした。 しかし オジョウサン は ワタクシ の カオイロ を みて、 すぐ フダン の ヒョウジョウ に かえりました。 キュウヨウ では ない が、 ちょっと ヨウ が あって でた の だ と マジメ に こたえました。 ゲシュクニン の ワタクシ には それ イジョウ といつめる ケンリ は ありません。 ワタクシ は チンモク しました。
 ワタクシ が キモノ を あらためて セキ に つく か つかない うち に、 オクサン も ゲジョ も かえって きました。 やがて バンメシ の ショクタク で ミンナ が カオ を あわせる ジコク が きました。 ゲシュク した トウザ は バンジ キャクアツカイ だった ので、 ショクジ の たび に ゲジョ が ゼン を はこんで きて くれた の です が、 それ が いつのまにか くずれて、 メシドキ には ムコウ へ よばれて ゆく シュウカン に なって いた の です。 K が あたらしく ひきうつった とき も、 ワタクシ が シュチョウ して カレ を ワタクシ と おなじ よう に とりあつかわせる こと に きめました。 そのかわり ワタクシ は うすい イタ で つくった アシ の たたみこめる きゃしゃ な ショクタク を オクサン に キフ しました。 イマ では どこ の ウチ でも つかって いる よう です が、 その コロ そんな タク の シュウイ に ならんで メシ を くう カゾク は ほとんど なかった の です。 ワタクシ は わざわざ オチャノミズ の カグヤ へ いって、 ワタクシ の クフウドオリ に それ を つくりあげさせた の です。
 ワタクシ は その タクジョウ で オクサン から その ヒ イツモ の ジコク に サカナヤ が こなかった ので、 ワタクシタチ に くわせる もの を かい に マチ へ いかなければ ならなかった の だ と いう セツメイ を きかされました。 なるほど キャク を おいて いる イジョウ、 それ も もっとも な こと だ と ワタクシ が かんがえた とき、 オジョウサン は ワタクシ の カオ を みて また わらいだしました。 しかし コンド は オクサン に しかられて すぐ やめました。

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 1 シュウカン ばかり して ワタクシ は また K と オジョウサン が イッショ に はなして いる ヘヤ を とおりぬけました。 その とき オジョウサン は ワタクシ の カオ を みる や いなや わらいだしました。 ワタクシ は すぐ ナニ が おかしい の か と きけば よかった の でしょう。 それ を つい だまって ジブン の イマ まで きて しまった の です。 だから K も イツモ の よう に、 イマ かえった か と コエ を かける こと が できなく なりました。 オジョウサン は すぐ ショウジ を あけて チャノマ へ はいった よう でした。
 ユウメシ の とき、 オジョウサン は ワタクシ を ヘン な ヒト だ と いいました。 ワタクシ は その とき も なぜ ヘン なの か きかず に しまいました。 ただ オクサン が にらめる よう な メ を オジョウサン に むける の に キ が ついた だけ でした。
 ワタクシ は ショクゴ K を サンポ に つれだしました。 フタリ は デンズウイン の ウラテ から ショクブツエン の トオリ を ぐるり と まわって また トミザカ の シタ へ でました。 サンポ と して は みじかい ほう では ありません でした が、 その アイダ に はなした こと は きわめて すくなかった の です。 セイシツ から いう と、 K は ワタクシ より も ムクチ な オトコ でした。 ワタクシ も タベン な ほう では なかった の です。 しかし ワタクシ は あるきながら、 できる だけ ハナシ を カレ に しかけて みました。 ワタクシ の モンダイ は おもに フタリ の ゲシュク して いる カゾク に ついて でした。 ワタクシ は オクサン や オジョウサン を カレ が どう みて いる か しりたかった の です。 ところが カレ は ウミ の もの とも ヤマ の もの とも ミワケ の つかない よう な ヘンジ ばかり する の です。 しかも その ヘンジ は ヨウリョウ を えない くせ に、 きわめて カンタン でした。 カレ は フタリ の オンナ に かんして より も、 センコウ の ガッカ の ほう に オオク の チュウイ を はらって いる よう に みえました。 もっとも それ は 2 ガクネン-メ の シケン が メノマエ に せまって いる コロ でした から、 フツウ の ニンゲン の タチバ から みて、 カレ の ほう が ガクセイ-らしい ガクセイ だった の でしょう。 そのうえ カレ は シュエデンボルグ が どう だ とか こう だ とか いって、 ムガク な ワタクシ を おどろかせました。
 ワレワレ が シュビ よく シケン を すましました とき、 フタリ とも もう あと 1 ネン だ と いって オクサン は よろこんで くれました。 そういう オクサン の ユイイツ の ホコリ とも みられる オジョウサン の ソツギョウ も、 まもなく くる ジュン に なって いた の です。 K は ワタクシ に むかって、 オンナ と いう もの は なんにも しらない で ガッコウ を でる の だ と いいました。 K は オジョウサン が ガクモン イガイ に ケイコ して いる ヌイハリ だの コト だの イケバナ だの を、 まるで ガンチュウ に おいて いない よう でした。 ワタクシ は カレ の ウカツ を わらって やりました。 そうして オンナ の カチ は そんな ところ に ある もの で ない と いう ムカシ の ギロン を また カレ の マエ で くりかえしました。 カレ は べつだん ハンバク も しません でした。 そのかわり なるほど と いう ヨウス も みせません でした。 ワタクシ には そこ が ユカイ でした。 カレ の ふん と いった よう な チョウシ が、 いぜん と して オンナ を ケイベツ して いる よう に みえた から です。 オンナ の ダイヒョウシャ と して ワタクシ の しって いる オジョウサン を、 モノ の カズ とも おもって いない らしかった から です。 イマ から カイコ する と、 ワタクシ の K に たいする シット は、 その とき に もう じゅうぶん きざして いた の です。
 ワタクシ は ナツヤスミ に どこ か へ ゆこう か と K に ソウダン しました。 K は ゆきたく ない よう な クチブリ を みせました。 むろん カレ は ジブン の ジユウ イシ で どこ へも ゆける カラダ では ありません が、 ワタクシ が さそい さえ すれば、 また どこ へ いって も さしつかえない カラダ だった の です。 ワタクシ は なぜ ゆきたく ない の か と カレ に たずねて みました。 カレ は リユウ も なんにも ない と いう の です。 ウチ で ショモツ を よんだ ほう が ジブン の カッテ だ と いう の です。 ワタクシ が ヒショチ へ いって すずしい ところ で ベンキョウ した ほう が、 カラダ の ため だ と シュチョウ する と、 それなら ワタクシ ヒトリ いったら よかろう と いう の です。 しかし ワタクシ は K ヒトリ を ここ に のこして ゆく キ には なれない の です。 ワタクシ は ただでさえ K と ウチ の モノ が だんだん したしく なって ゆく の を みて いる の が、 あまり いい ココロモチ では なかった の です。 ワタクシ が サイショ キボウ した とおり に なる の が、 なんで ワタクシ の ココロモチ を わるく する の か と いわれれば それまで です。 ワタクシ は バカ に ちがいない の です。 ハテシ の つかない フタリ の ギロン を みる に みかねて オクサン が ナカ へ はいりました。 フタリ は とうとう イッショ に ボウシュウ へ ゆく こと に なりました。

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 K は あまり タビ へ でない オトコ でした。 ワタクシ にも ボウシュウ は はじめて でした。 フタリ は なんにも しらない で、 フネ が いちばん サキ へ ついた ところ から ジョウリク した の です。 たしか ホタ とか いいました。 イマ では どんな に かわって いる か しりません が、 その コロ は ひどい ギョソン でした。 だいいち どこ も かしこ も なまぐさい の です。 それから ウミ へ はいる と、 ナミ に おしたおされて、 すぐ テ だの アシ だの を すりむく の です。 コブシ の よう な おおきな イシ が うちよせる ナミ に もまれて、 しじゅう ごろごろ して いる の です。
 ワタクシ は すぐ いや に なりました。 しかし K は いい とも わるい とも いいません。 すくなくとも カオツキ だけ は ヘイキ な もの でした。 そのくせ カレ は ウミ へ はいる たんび に どこ か に ケガ を しない こと は なかった の です。 ワタクシ は とうとう カレ を ときふせて、 そこ から トミウラ に ゆきました。 トミウラ から また ナコ に うつりました。 すべて この エンガン は その ジブン から おもに ガクセイ の あつまる ところ でした から、 どこ でも ワレワレ には ちょうど テゴロ の カイスイヨクジョウ だった の です。 K と ワタクシ は よく カイガン の イワ の ウエ に すわって、 とおい ウミ の イロ や、 ちかい ミズ の ソコ を ながめました。 イワ の ウエ から みおろす ミズ は、 また トクベツ に きれい な もの でした。 あかい イロ だの アイ の イロ だの、 ふつう シジョウ に のぼらない よう な イロ を した コウオ が、 すきとおる ナミ の ナカ を あちらこちら と およいで いる の が あざやか に ゆびさされました。
 ワタクシ は そこ に すわって、 よく ショモツ を ひろげました。 K は なにも せず に だまって いる ほう が おおかった の です。 ワタクシ には それ が カンガエ に ふけって いる の か、 ケシキ に みとれて いる の か、 もしくは すき な ソウゾウ を えがいて いる の か、 まったく わからなかった の です。 ワタクシ は ときどき メ を あげて、 K に ナニ を して いる の だ と ききました。 K は なにも して いない と ヒトクチ こたえる だけ でした。 ワタクシ は ジブン の ソバ に こう じっと して すわって いる モノ が、 K で なくって、 オジョウサン だったら さぞ ユカイ だろう と おもう こと が よく ありました。 それ だけ なら まだ いい の です が、 ときには K の ほう でも ワタクシ と おなじ よう な キボウ を いだいて イワ の ウエ に すわって いる の では ない かしら と こつぜん うたがいだす の です。 すると おちついて そこ に ショモツ を ひろげて いる の が キュウ に いや に なります。 ワタクシ は フイ に たちあがります。 そうして エンリョ の ない おおきな コエ を だして どなります。 まとまった シ だの ウタ だの を おもしろそう に ぎんずる よう な てぬるい こと は できない の です。 ただ ヤバンジン の ごとく に わめく の です。 ある とき ワタクシ は とつぜん カレ の エリクビ を ウシロ から ぐいと つかみました。 こうして ウミ の ナカ へ つきおとしたら どう する と いって K に ききました。 K は うごきません でした。 ウシロムキ の まま、 ちょうど いい、 やって くれ と こたえました。 ワタクシ は すぐ クビスジ を おさえた テ を はなしました。
 K の シンケイ スイジャク は この とき もう だいぶ よく なって いた らしい の です。 それ と ハンピレイ に、 ワタクシ の ほう は だんだん カビン に なって きて いた の です。 ワタクシ は ジブン より おちついて いる K を みて、 うらやましがりました。 また にくらしがりました。 カレ は どうしても ワタクシ に とりあう ケシキ を みせなかった から です。 ワタクシ には それ が イッシュ の ジシン の ごとく うつりました。 しかし その ジシン を カレ に みとめた ところ で、 ワタクシ は けっして マンゾク できなかった の です。 ワタクシ の ウタガイ は もう イッポ マエ へ でて、 その セイシツ を あきらめたがりました。 カレ は ガクモン なり ジギョウ なり に ついて、 これから ジブン の すすんで ゆく べき ゼント の コウミョウ を ふたたび とりかえした ココロモチ に なった の だろう か。 たんに それ だけ ならば、 K と ワタクシ との リガイ に なんの ショウトツ の おこる わけ は ない の です。 ワタクシ は かえって セワ の シガイ が あった の を うれしく おもう くらい な もの です。 けれども カレ の アンシン が もし オジョウサン に たいして で ある と すれば、 ワタクシ は けっして カレ を ゆるす こと が できなく なる の です。 フシギ にも カレ は ワタクシ の オジョウサン を あいして いる ソブリ に まったく キ が ついて いない よう に みえました。 むろん ワタクシ も それ が K の メ に つく よう に わざとらしく は ふるまいません でした けれども。 K は がんらい そういう テン に かける と にぶい ヒト なの です。 ワタクシ には サイショ から K なら だいじょうぶ と いう アンシン が あった ので、 カレ を わざわざ ウチ へ つれて きた の です。

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 ワタクシ は おもいきって ジブン の ココロ を K に うちあけよう と しました。 もっとも これ は その とき に はじまった わけ でも なかった の です。 タビ に でない マエ から、 ワタクシ には そうした ハラ が できて いた の です けれども、 うちあける キカイ を つらまえる こと も、 その キカイ を つくりだす こと も、 ワタクシ の テギワ では うまく ゆかなかった の です。 イマ から おもう と、 その コロ ワタクシ の シュウイ に いた ニンゲン は ミンナ ミョウ でした。 オンナ に かんして たちいった ハナシ など を する モノ は ヒトリ も ありません でした。 ナカ には はなす タネ を もたない の も だいぶ いた でしょう が、 たとい もって いて も だまって いる の が フツウ の よう でした。 ヒカクテキ ジユウ な クウキ を コキュウ して いる イマ の アナタガタ から みたら、 さだめし ヘン に おもわれる でしょう。 それ が ドウガク の ヨシュウ なの か、 または イッシュ の ハニカミ なの か、 ハンダン は アナタ の リカイ に まかせて おきます。
 K と ワタクシ は なんでも はなしあえる ナカ でした。 たまに は アイ とか コイ とか いう モンダイ も、 クチ に のぼらない では ありません でした が、 いつでも チュウショウテキ な リロン に おちて しまう だけ でした。 それ も めった には ワダイ に ならなかった の です。 タイテイ は ショモツ の ハナシ と ガクモン の ハナシ と、 ミライ の ジギョウ と、 ホウフ と、 シュウヨウ の ハナシ ぐらい で もちきって いた の です。 いくら したしくって も こう かたく なった ヒ には、 とつぜん チョウシ を くずせる もの では ありません。 フタリ は ただ かたい なり に したしく なる だけ です。 ワタクシ は オジョウサン の こと を K に うちあけよう と おもいたって から、 ナンベン はがゆい フカイ に なやまされた か しれません。 ワタクシ は K の アタマ の どこ か 1 カショ を つきやぶって、 そこ から やわらかい クウキ を ふきこんで やりたい キ が しました。
 アナタガタ から みて ショウシ センバン な こと も その とき の ワタクシ には じっさい ダイコンナン だった の です。 ワタクシ は タビサキ でも ウチ に いた とき と おなじ よう に ヒキョウ でした。 ワタクシ は しじゅう キカイ を とらえる キ で K を カンサツ して いながら、 へんに コウトウテキ な カレ の タイド を どう する こと も できなかった の です。 ワタクシ に いわせる と、 カレ の シンゾウ の シュウイ は くろい ウルシ で あつく ぬりかためられた の も ドウゼン でした。 ワタクシ の そそぎかけよう と する チシオ は、 イッテキ も その シンゾウ の ナカ へは はいらない で、 ことごとく はじきかえされて しまう の です。
 ある とき は あまり に K の ヨウス が つよくて たかい ので、 ワタクシ は かえって アンシン した こと も あります。 そうして ジブン の ウタガイ を ハラ の ナカ で コウカイ する と ともに、 おなじ ハラ の ナカ で、 K に わびました。 わびながら ジブン が ヒジョウ に カトウ な ニンゲン の よう に みえて、 キュウ に いや な ココロモチ に なる の です。 しかし しばらく する と、 イゼン の ウタガイ が また ギャクモドリ を して、 つよく うちかえして きます。 スベテ が ウタガイ から わりだされる の です から、 スベテ が ワタクシ には フリエキ でした。 ヨウボウ も K の ほう が オンナ に すかれる よう に みえました。 セイシツ も ワタクシ の よう に こせこせ して いない ところ が、 イセイ には キ に いる だろう と おもわれました。 どこ か マ が ぬけて いて、 それ で どこ か に しっかり した おとこらしい ところ の ある テン も、 ワタクシ より は ユウセイ に みえました。 ガクリョク に なれば センモン こそ ちがいます が、 ワタクシ は むろん K の テキ で ない と ジカク して いました。 ――すべて ムコウ の いい ところ だけ が こう イチド に メサキ へ ちらつきだす と、 ちょっと アンシン した ワタクシ は すぐ モト の フアン に たちかえる の です。
 K は おちつかない ワタクシ の ヨウス を みて、 いや なら ひとまず トウキョウ へ かえって も いい と いった の です が、 そう いわれる と、 ワタクシ は キュウ に かえりたく なくなりました。 じつは K を トウキョウ へ かえしたく なかった の かも しれません。 フタリ は ボウシュウ の ハナ を まわって ムコウガワ へ でました。 ワレワレ は あつい ヒ に いられながら、 くるしい オモイ を して、 カズサ の そこ イチリ に だまされながら、 うんうん あるきました。 ワタクシ には そうして あるいて いる イミ が まるで わからなかった くらい です。 ワタクシ は ジョウダン ハンブン K に そう いいました。 すると K は アシ が ある から あるく の だ と こたえました。 そうして あつく なる と、 ウミ に はいって いこう と いって、 どこ でも かまわず シオ へ つかりました。 その アト を また つよい ヒ で てりつけられる の です から、 カラダ が だるくて ぐたぐた に なりました。

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 こんな ふう に して あるいて いる と、 アツサ と ヒロウ と で しぜん カラダ の チョウシ が くるって くる もの です。 もっとも ビョウキ とは ちがいます。 キュウ に ヒト の カラダ の ナカ へ、 ジブン の レイコン が ヤドガエ を した よう な キブン に なる の です。 ワタクシ は ヘイゼイ の とおり K と クチ を ききながら、 どこ か で ヘイゼイ の ココロモチ と はなれる よう に なりました。 カレ に たいする シタシミ も ニクシミ も、 リョチュウ カギリ と いう トクベツ な セイシツ を おびる ふう に なった の です。 つまり フタリ は アツサ の ため、 シオ の ため、 また ホコウ の ため、 ザイライ と ことなった あたらしい カンケイ に いる こと が できた の でしょう。 その とき の ワレワレ は あたかも ミチヅレ に なった ギョウショウ の よう な もの でした。 いくら ハナシ を して も イツモ と ちがって、 アタマ を つかう こみいった モンダイ には ふれません でした。
 ワレワレ は この チョウシ で とうとう チョウシ まで いった の です が、 ドウチュウ たった ヒトツ の レイガイ が あった の を いまに わすれる こと が できない の です。 まだ ボウシュウ を はなれない マエ、 フタリ は コミナト と いう ところ で、 タイノウラ を ケンブツ しました。 もう ネンスウ も よほど たって います し、 それに ワタクシ には それほど キョウミ の ない こと です から、 はんぜん とは おぼえて いません が、 なんでも そこ は ニチレン の うまれた ムラ だ とか いう ハナシ でした。 ニチレン の うまれた ヒ に、 タイ が 2 ビ イソ に うちあげられて いた とか いう イイツタエ に なって いる の です。 それ イライ ムラ の リョウシ が タイ を とる こと を エンリョ して イマ に いたった の だ から、 ウラ には タイ が たくさん いる の です。 ワレワレ は コブネ を やとって、 その タイ を わざわざ み に でかけた の です。
 その とき ワタクシ は ただ イチズ に ナミ を みて いました。 そうして その ナミ の ナカ に うごく すこし むらさきがかった タイ の イロ を、 おもしろい ゲンショウ の ヒトツ と して あかず ながめました。 しかし K は ワタクシ ほど それ に キョウミ を もちえなかった もの と みえます。 カレ は タイ より も かえって ニチレン の ほう を アタマ の ナカ で ソウゾウ して いた らしい の です。 ちょうど そこ に タンジョウジ と いう テラ が ありました。 ニチレン の うまれた ムラ だ から タンジョウジ と でも ナ を つけた もの でしょう、 リッパ な ガラン でした。 K は その テラ に いって ジュウジ に あって みる と いいだしました。 ジツ を いう と、 ワレワレ は ずいぶん ヘン な ナリ を して いた の です。 ことに K は カゼ の ため に ボウシ を ウミ に ふきとばされた ケッカ、 スゲガサ を かって かぶって いました。 キモノ は もとより ソウホウ とも あかじみた うえ に アセ で くさく なって いました。 ワタクシ は ボウサン など に あう の は よそう と いいました。 K は ゴウジョウ だ から ききません。 いや なら ワタクシ だけ ソト に まって いろ と いう の です。 ワタクシ は シカタ が ない から イッショ に ゲンカン に かかりました が、 ココロ の ウチ では きっと ことわられる に ちがいない と おもって いました。 ところが ボウサン と いう もの は あんがい テイネイ な もの で、 ひろい リッパ な ザシキ へ ワタクシタチ を とおして、 すぐ あって くれました。 その ジブン の ワタクシ は K と だいぶ カンガエ が ちがって いました から、 ボウサン と K の ダンワ に それほど ミミ を かたむける キ も おこりません でした が、 K は しきり に ニチレン の こと を きいて いた よう です。 ニチレン は ソウ ニチレン と いわれる くらい で、 ソウショ が たいへん ジョウズ で あった と ボウサン が いった とき、 ジ の まずい K は、 ナン だ くだらない と いう カオ を した の を ワタクシ は まだ おぼえて います。 K は そんな こと より も、 もっと ふかい イミ の ニチレン が しりたかった の でしょう。 ボウサン が その テン で K を マンゾク させた か どう か は ギモン です が、 カレ は テラ の ケイダイ を でる と、 しきり に ワタクシ に むかって ニチレン の こと を ウンヌン しだしました。 ワタクシ は あつくて くたびれて、 それ どころ では ありません でした から、 ただ クチ の サキ で イイカゲン な アイサツ を して いました。 それ も メンドウ に なって シマイ には まったく だまって しまった の です。
 たしか その あくる バン の こと だ と おもいます が、 フタリ は ヤド へ ついて メシ を くって、 もう ねよう と いう すこし マエ に なって から、 キュウ に むずかしい モンダイ を ろんじあいだしました。 K は キノウ ジブン の ほう から はなしかけた ニチレン の こと に ついて、 ワタクシ が とりあわなかった の を、 こころよく おもって いなかった の です。 セイシンテキ に コウジョウシン が ない モノ は バカ だ と いって、 なんだか ワタクシ を さも ケイハクモノ の よう に やりこめる の です。 ところが ワタクシ の ムネ には オジョウサン の こと が わだかまって います から、 カレ の ブベツ に ちかい コトバ を ただ わらって うけとる わけ に いきません。 ワタクシ は ワタクシ で ベンカイ を はじめた の です。

 31

 その とき ワタクシ は しきり に ニンゲン-らしい と いう コトバ を つかいました。 K は この ニンゲン-らしい と いう コトバ の ウチ に、 ワタクシ が ジブン の ジャクテン の スベテ を かくして いる と いう の です。 なるほど アト から かんがえれば、 K の いう とおり でした。 しかし ニンゲン-らしく ない イミ を K に ナットク させる ため に その コトバ を つかいだした ワタクシ には、 シュッタツテン が すでに ハンコウテキ でした から、 それ を ハンセイ する よう な ヨユウ は ありません。 ワタクシ は なお の こと ジセツ を シュチョウ しました。 すると K が カレ の どこ を つらまえて ニンゲン-らしく ない と いう の か と ワタクシ に きく の です。 ワタクシ は カレ に つげました。 ――キミ は ニンゲン-らしい の だ。 あるいは ニンゲン-らしすぎる かも しれない の だ。 けれども クチ の サキ だけ では ニンゲン-らしく ない よう な こと を いう の だ。 また ニンゲン-らしく ない よう に ふるまおう と する の だ。
 ワタクシ が こう いった とき、 カレ は ただ ジブン の シュウヨウ が たりない から、 ヒト には そう みえる かも しれない と こたえた だけ で、 いっこう ワタクシ を ハンバク しよう と しません でした。 ワタクシ は ハリアイ が ぬけた と いう より も、 かえって キノドク に なりました。 ワタクシ は すぐ ギロン を そこ で きりあげました。 カレ の チョウシ も だんだん しずんで きました。 もし ワタクシ が カレ の しって いる とおり ムカシ の ヒト を しる ならば、 そんな コウゲキ は しない だろう と いって ちょうぜん と して いました。 K の クチ に した ムカシ の ヒト とは、 むろん エイユウ でも なければ ゴウケツ でも ない の です。 レイ の ため に ニク を しいたげたり、 ミチ の ため に タイ を むちうったり した いわゆる ナンギョウ クギョウ の ヒト を さす の です。 K は ワタクシ に、 カレ が どの くらい その ため に くるしんで いる か わからない の が、 いかにも ザンネン だ と メイゲン しました。
 K と ワタクシ とは それぎり ねて しまいました。 そうして その あくる ヒ から また フツウ の ギョウショウ の タイド に かえって、 うんうん アセ を ながしながら あるきだした の です。 しかし ワタクシ は みちみち その バン の こと を ひょいひょい と おもいだしました。 ワタクシ には コノウエ も ない いい キカイ が あたえられた のに、 しらない フリ を して なぜ それ を やりすごした の だろう と いう カイコン の ネン が もえた の です。 ワタクシ は ニンゲン-らしい と いう チュウショウテキ な コトバ を もちいる カワリ に、 もっと チョクセツ で カンタン な ハナシ を K に うちあけて しまえば よかった と おもいだした の です。 ジツ を いう と、 ワタクシ が そんな コトバ を ソウゾウ した の も、 オジョウサン に たいする ワタクシ の カンジョウ が ドダイ に なって いた の です から、 ジジツ を ジョウリュウ して こしらえた リロン など を K の ミミ に ふきこむ より も、 モト の カタチ ソノママ を カレ の メノマエ に ロシュツ した ほう が、 ワタクシ には たしか に リエキ だった でしょう。 ワタクシ に それ が できなかった の は、 ガクモン の コウサイ が キチョウ を コウセイ して いる フタリ の シタシミ に、 おのずから イッシュ の ダセイ が あった ため、 おもいきって それ を つきやぶる だけ の ユウキ が ワタクシ に かけて いた の だ と いう こと を ここ に ジハク します。 きどりすぎた と いって も、 キョエイシン が たたった と いって も おなじ でしょう が、 ワタクシ の いう きどる とか キョエイ とか いう イミ は、 フツウ の とは すこし ちがいます。 それ が アナタ に つうじ さえ すれば、 ワタクシ は マンゾク なの です。
 ワレワレ は マックロ に なって トウキョウ へ かえりました。 かえった とき は ワタクシ の キブン が また かわって いました。 ニンゲン-らしい とか、 ニンゲン-らしく ない とか いう コリクツ は ほとんど アタマ の ナカ に のこって いません でした。 K にも シュウキョウカ-らしい ヨウス が まったく みえなく なりました。 おそらく カレ の ココロ の どこ にも レイ が どう の ニク が どう の と いう モンダイ は、 その とき やどって いなかった でしょう。 フタリ は イジンシュ の よう な カオ を して、 いそがしそう に みえる トウキョウ を ぐるぐる ながめました。 それから リョウゴク へ きて、 あつい のに シャモ を くいました。 K は その イキオイ で コイシカワ まで あるいて かえろう と いう の です。 タイリョク から いえば K より も ワタクシ の ほう が つよい の です から、 ワタクシ は すぐ おうじました。
 ウチ へ ついた とき、 オクサン は フタリ の スガタ を みて おどろきました。 フタリ は ただ イロ が くろく なった ばかり で なく、 むやみ に あるいて いた うち に たいへん やせて しまった の です。 オクサン は それでも ジョウブ そう に なった と いって ほめて くれる の です。 オジョウサン は オクサン の ムジュン が おかしい と いって また わらいだしました。 リョコウ マエ ときどき ハラ の たった ワタクシ も、 その とき だけ は ユカイ な ココロモチ が しました。 バアイ が バアイ なの と、 ヒサシブリ に きいた せい でしょう。

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 それ のみ ならず ワタクシ は オジョウサン の タイド の すこし マエ と かわって いる の に キ が つきました。 ヒサシブリ で タビ から かえった ワタクシタチ が ヘイゼイ の とおり おちつく まで には、 バンジ に ついて オンナ の テ が ヒツヨウ だった の です が、 その セワ を して くれる オクサン は とにかく、 オジョウサン が すべて ワタクシ の ほう を サキ に して、 K を アトマワシ に する よう に みえた の です。 それ を ロコツ に やられて は、 ワタクシ も メイワク した かも しれません。 バアイ に よって は かえって フカイ の ネン さえ おこしかねなかったろう と おもう の です が、 オジョウサン の ショサ は その テン で はなはだ ヨウリョウ を えて いた から、 ワタクシ は うれしかった の です。 つまり オジョウサン は ワタクシ だけ に わかる よう に、 モチマエ の シンセツ を ヨブン に ワタクシ の ほう へ わりあてて くれた の です。 だから K は べつに いや な カオ も せず に ヘイキ で いました。 ワタクシ は ココロ の ウチ で ひそか に カレ に たいする ガイカ を そうしました。
 やがて ナツ も すぎて 9 ガツ の ナカゴロ から ワレワレ は また ガッコウ の カギョウ に シュッセキ しなければ ならない こと に なりました。 K と ワタクシ とは テンデン の ジカン の ツゴウ で、 デイリ の コクゲン に また チソク が できて きました。 ワタクシ が K より おくれて かえる とき は 1 シュウ に 3 ド ほど ありました が、 いつ かえって も オジョウサン の カゲ を K の ヘヤ に みとめる こと は ない よう に なりました。 K は レイ の メ を ワタクシ の ほう に むけて、 「イマ かえった の か」 を キソク の ごとく くりかえしました。 ワタクシ の エシャク も ほとんど キカイ の ごとく カンタン で かつ ムイミ でした。
 たしか 10 ガツ の ナカゴロ と おもいます。 ワタクシ は ネボウ を した ケッカ、 ニホンフク の まま いそいで ガッコウ へ でた こと が あります。 ハキモノ も アミアゲ など を むすんで いる ジカン が おしい ので、 ゾウリ を つっかけた なり とびだした の です。 その ヒ は ジカンワリ から いう と、 K より も ワタクシ の ほう が サキ へ かえる はず に なって いました。 ワタクシ は もどって くる と、 その つもり で ゲンカン の コウシ を がらり と あけた の です。 すると いない と おもって いた K の コエ が ひょいと きこえました。 ドウジ に オジョウサン の ワライゴエ が ワタクシ の ミミ に ひびきました。 ワタクシ は イツモ の よう に テカズ の かかる クツ を はいて いない から、 すぐ ゲンカン に あがって シキリ の フスマ を あけました。 ワタクシ は レイ の とおり ツクエ の マエ に すわって いる K を みました。 しかし オジョウサン は もう そこ には いなかった の です。 ワタクシ は あたかも K の ヘヤ から のがれでる よう に さる その ウシロスガタ を ちらり と みとめた だけ でした。 ワタクシ は K に どうして はやく かえった の か と といました。 K は ココロモチ が わるい から やすんだ の だ と こたえました。 ワタクシ が ジブン の ヘヤ に はいって そのまま すわって いる と、 まもなく オジョウサン が チャ を もって きて くれました。 その とき オジョウサン は はじめて おかえり と いって ワタクシ に アイサツ を しました。 ワタクシ は わらいながら サッキ は なぜ にげた ん です と きける よう な さばけた オトコ では ありません。 それでいて ハラ の ナカ では なんだか その こと が キ に かかる よう な ニンゲン だった の です。 オジョウサン は すぐ ザ を たって エンガワヅタイ に ムコウ へ いって しまいました。 しかし K の ヘヤ の マエ に たちどまって、 フタコト ミコト ウチ と ソト と で ハナシ を して いました。 それ は サッキ の ツヅキ らしかった の です が、 マエ を きかない ワタクシ には まるで わかりません でした。
 そのうち オジョウサン の タイド が だんだん ヘイキ に なって きました。 K と ワタクシ が イッショ に ウチ に いる とき でも、 よく K の ヘヤ の エンガワ へ きて カレ の ナ を よびました。 そうして そこ へ はいって、 ゆっくり して いました。 むろん ユウビン を もって くる こと も ある し、 センタクモノ を おいて ゆく こと も ある の です から、 その くらい の コウツウ は おなじ ウチ に いる フタリ の カンケイジョウ、 トウゼン と みなければ ならない の でしょう が、 ぜひ オジョウサン を センユウ したい と いう キョウレツ な イチネン に うごかされて いる ワタクシ には、 どうしても それ が トウゼン イジョウ に みえた の です。 ある とき は オジョウサン が わざわざ ワタクシ の ヘヤ へ くる の を カイヒ して、 K の ほう ばかり へ ゆく よう に おもわれる こと さえ あった くらい です。 それなら なぜ K に ウチ を でて もらわない の か と アナタ は きく でしょう。 しかし そう すれば ワタクシ が K を ムリ に ひっぱって きた シュイ が たたなく なる だけ です。 ワタクシ には それ が できない の です。

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 11 ガツ の さむい アメ の ふる ヒ の こと でした。 ワタクシ は ガイトウ を ぬらして レイ の とおり コンニャク エンマ を ぬけて ほそい サカミチ を あがって ウチ へ かえりました。 K の ヘヤ は ガランドウ でした けれども、 ヒバチ には ツギタテ の ヒ が あたたかそう に もえて いました。 ワタクシ も つめたい テ を はやく あかい スミ の ウエ に かざそう と おもって、 いそいで ジブン の ヘヤ の シキリ を あけました。 すると ワタクシ の ヒバチ には つめたい ハイ が しろく のこって いる だけ で、 ヒダネ さえ つきて いる の です。 ワタクシ は キュウ に フユカイ に なりました。
 その とき ワタクシ の アシオト を きいて でて きた の は、 オクサン でした。 オクサン は だまって ヘヤ の マンナカ に たって いる ワタクシ を みて、 キノドク そう に ガイトウ を ぬがせて くれたり、 ニホンフク を きせて くれたり しました。 それから ワタクシ が さむい と いう の を きいて、 すぐ ツギノマ から K の ヒバチ を もって きて くれました。 ワタクシ が K は もう かえった の か と ききましたら、 オクサン は かえって また でた と こたえました。 その ヒ も K は ワタクシ より おくれて かえる ジカンワリ だった の です から、 ワタクシ は どうした ワケ か と おもいました。 オクサン は おおかた ヨウジ でも できた の だろう と いって いました。
 ワタクシ は しばらく そこ に すわった まま ショケン を しました。 ウチ の ナカ が しんと しずまって、 ダレ の ハナシゴエ も きこえない うち に、 ハツフユ の サムサ と ワビシサ と が、 ワタクシ の カラダ に くいこむ よう な カンジ が しました。 ワタクシ は すぐ ショモツ を ふせて たちあがりました。 ワタクシ は ふと にぎやか な ところ へ ゆきたく なった の です。 アメ は やっと あがった よう です が、 ソラ は まだ つめたい ナマリ の よう に おもく みえた ので、 ワタクシ は ヨウジン の ため、 ジャノメ を カタ に かついで、 ホウヘイ コウショウ の ウラテ の ドベイ に ついて ヒガシ へ サカ を おりました。 その ジブン は まだ ドウロ の カイセイ が できない コロ なので、 サカ の コウバイ が イマ より も ずっと キュウ でした。 ミチハバ も せまくて、 ああ マッスグ では なかった の です。 そのうえ あの タニ へ おりる と、 ミナミ が たかい タテモノ で ふさがって いる の と、 ミズハキ が よく ない の と で、 オウライ は どろどろ でした。 ことに ほそい イシバシ を わたって ヤナギチョウ の トオリ へ でる アイダ が ひどかった の です。 アシダ でも ナガグツ でも むやみ に あるく わけ には ゆきません。 ダレ でも ミチ の マンナカ に しぜん と ほそながく ドロ が かきわけられた ところ を、 ゴショウ ダイジ に たどって ゆかなければ ならない の です。 その ハバ は わずか 1~2 シャク しか ない の です から、 てもなく オウライ に しいて ある オビ の ウエ を ふんで ムコウ へ こす の と おなじ こと です。 ゆく ヒト は ミンナ イチレツ に なって そろそろ とおりぬけます。 ワタクシ は この ホソオビ の ウエ で、 はたり と K に であいました。 アシ の ほう に ばかり キ を とられて いた ワタクシ は、 カレ と むきあう まで、 カレ の ソンザイ に まるで キ が つかず に いた の です。 ワタクシ は フイ に ジブン の マエ が ふさがった ので ぐうぜん メ を あげた とき、 はじめて そこ に たって いる K を みとめた の です。 ワタクシ は K に どこ へ いった の か と ききました。 K は ちょっと そこ まで と いった ぎり でした。 カレ の コタエ は イツモ の とおり ふん と いう チョウシ でした。 K と ワタクシ は ほそい オビ の ウエ で カラダ を かわせました。 すると K の すぐ ウシロ に ヒトリ の わかい オンナ が たって いる の が みえました。 キンガン の ワタクシ には、 イマ まで それ が よく わからなかった の です が、 K を やりこした アト で、 その オンナ の カオ を みる と、 それ が ウチ の オジョウサン だった ので、 ワタクシ は すくなからず おどろきました。 オジョウサン は こころもち うすあかい カオ を して、 ワタクシ に アイサツ を しました。 その ジブン の ソクハツ は イマ と ちがって ヒサシ が でて いない の です、 そうして アタマ の マンナカ に ヘビ の よう に ぐるぐる まきつけて あった もの です。 ワタクシ は ぼんやり オジョウサン の アタマ を みて いました が、 ツギ の シュンカン に、 どっち か ミチ を ゆずらなければ ならない の だ と いう こと に キ が つきました。 ワタクシ は おもいきって どろどろ の ナカ へ カタアシ ふんごみました。 そうして ヒカクテキ とおりやすい ところ を あけて、 オジョウサン を わたして やりました。
 それから ヤナギチョウ の トオリ へ でた ワタクシ は どこ へ いって いい か ジブン にも わからなく なりました。 どこ へ いって も おもしろく ない よう な ココロモチ が する の です。 ワタクシ は ハネ の あがる の も かまわず に、 ヌカルミ の ナカ を やけに どしどし あるきました。 それから すぐ ウチ へ かえって きました。

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 ワタクシ は K に むかって オジョウサン と イッショ に でた の か と ききました。 K は そう では ない と こたえました。 マサゴ-チョウ で ぐうぜん であった から つれだって かえって きた の だ と セツメイ しました。 ワタクシ は それ イジョウ に たちいった シツモン を ひかえなければ なりません でした。 しかし ショクジ の とき、 また オジョウサン に むかって、 おなじ トイ を かけたく なりました。 すると オジョウサン は ワタクシ の きらい な レイ の ワライカタ を する の です。 そうして どこ へ いった か あてて みろ と シマイ に いう の です。 その コロ の ワタクシ は まだ カンシャクモチ でした から、 そう フマジメ に わかい オンナ から とりあつかわれる と ハラ が たちました。 ところが そこ に キ の つく の は、 おなじ ショクタク に ついて いる モノ の ウチ で オクサン ヒトリ だった の です。 K は むしろ ヘイキ でした。 オジョウサン の タイド に なる と、 しって わざと やる の か、 しらない で ムジャキ に やる の か、 そこ の クベツ が ちょっと ハンゼン しない テン が ありました。 わかい オンナ と して オジョウサン は シリョ に とんだ ほう でした けれども、 その わかい オンナ に キョウツウ な ワタクシ の きらい な ところ も、 ある と おもえば おもえなく も なかった の です。 そうして その きらい な ところ は、 K が ウチ へ きて から、 はじめて ワタクシ の メ に つきだした の です。 ワタクシ は それ を K に たいする ワタクシ の シット に きして いい もの か、 または ワタクシ に たいする オジョウサン の ギコウ と みなして しかるべき もの か、 ちょっと フンベツ に まよいました。 ワタクシ は イマ でも けっして その とき の ワタクシ の シットシン を うちけす キ は ありません。 ワタクシ は たびたび くりかえした とおり、 アイ の リメン に この カンジョウ の ハタラキ を あきらか に イシキ して いた の です から。 しかも ハタ の モノ から みる と、 ほとんど とる に たりない サジ に、 この カンジョウ が きっと クビ を もちあげたがる の でした から。 これ は ヨジ です が、 こういう シット は アイ の ハンメン じゃ ない でしょう か。 ワタクシ は ケッコン して から、 この カンジョウ が だんだん うすらいで ゆく の を ジカク しました。 そのかわり アイジョウ の ほう も けっして モト の よう に モウレツ では ない の です。
 ワタクシ は それまで チュウチョ して いた ジブン の ココロ を ひとおもいに アイテ の ムネ へ たたきつけよう か と かんがえだしました。 ワタクシ の アイテ と いう の は オジョウサン では ありません。 オクサン の こと です。 オクサン に オジョウサン を くれろ と メイハク な ダンパン を ひらこう か と かんがえた の です。 しかし そう ケッシン しながら、 イチニチ イチニチ と ワタクシ は ダンコウ の ヒ を のばして いった の です。 そう いう と ワタクシ は いかにも ユウジュウ な オトコ の よう に みえます、 また みえて も かまいません が、 じっさい ワタクシ の すすみかねた の は、 イシ の チカラ に フソク が あった ため では ありません。 K の こない うち は、 ヒト の テ に のる の が いや だ と いう ガマン が ワタクシ を おさえつけて、 イッポ も うごけない よう に して いました。 K の きた ノチ は、 もしか する と オジョウサン が K の ほう に イ が ある の では なかろう か と いう ギネン が たえず ワタクシ を せいする よう に なった の です。 はたして オジョウサン が ワタクシ より も K に ココロ を かたむけて いる ならば、 この コイ は クチ へ いいだす カチ の ない もの と ワタクシ は ケッシン して いた の です。 ハジ を かかせられる の が つらい など と いう の とは すこし ワケ が ちがいます。 こっち で いくら おもって も、 ムコウ が ナイシン ホカ の ヒト に アイ の マナコ を そそいで いる ならば、 ワタクシ は そんな オンナ と イッショ に なる の は いや なの です。 ヨノナカ では イヤオウ なし に ジブン の すいた オンナ を ヨメ に もらって うれしがって いる ヒト も あります が、 それ は ワタクシタチ より よっぽど セケンズレ の した オトコ か、 さも なければ アイ の シンリ が よく のみこめない ドンブツ の する こと と、 トウジ の ワタクシ は かんがえて いた の です。 イチド もらって しまえば どうか こうか おちつく もの だ ぐらい の テツリ では、 ショウチ する こと が できない くらい ワタクシ は ねっして いました。 つまり ワタクシ は きわめて コウショウ な アイ の リロンカ だった の です。 ドウジ に もっとも ウエン な アイ の ジッサイカ だった の です。
 カンジン の オジョウサン に、 ちょくせつ この ワタクシ と いう もの を うちあける キカイ も、 ながく イッショ に いる うち には ときどき でて きた の です が、 ワタクシ は わざと それ を さけました。 ニホン の シュウカン と して、 そういう こと は ゆるされて いない の だ と いう ジカク が、 その コロ の ワタクシ には つよく ありました。 しかし けっして それ ばかり が ワタクシ を ソクバク した とは いえません。 ニホンジン、 ことに ニホン の わかい オンナ は、 そんな バアイ に、 アイテ に キガネ なく ジブン の おもった とおり を エンリョ せず に クチ に する だけ の ユウキ に とぼしい もの と ワタクシ は みこんで いた の です。

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 こんな ワケ で ワタクシ は どちら の ホウメン へ むかって も すすむ こと が できず に たちすくんで いました。 カラダ の わるい とき に ヒルネ など を する と、 メ だけ さめて シュウイ の もの が はっきり みえる のに、 どうしても テアシ の うごかせない バアイ が ありましょう。 ワタクシ は ときとして ああいう クルシミ を ひとしれず かんじた の です。
 そのうち トシ が くれて ハル に なりました。 ある ヒ オクサン が K に カルタ を やる から ダレ か トモダチ を つれて こない か と いった こと が あります。 すると K は すぐ トモダチ なぞ は ヒトリ も ない と こたえた ので、 オクサン は おどろいて しまいました。 なるほど K に トモダチ と いう ほど の トモダチ は ヒトリ も なかった の です。 オウライ で あった とき アイサツ を する くらい の モノ は たしょう ありました が、 それら だって けっして カルタ など を とる ガラ では なかった の です。 オクサン は それじゃ ワタクシ の しった モノ でも よんで きたら どう か と いいなおしました が、 ワタクシ も あいにく そんな ヨウキ な アソビ を する ココロモチ に なれない ので、 イイカゲン な ナマヘンジ を した なり、 うちやって おきました。 ところが バン に なって K と ワタクシ は とうとう オジョウサン に ひっぱりだされて しまいました。 キャク も ダレ も こない のに、 ウチウチ の コニンズ だけ で とろう と いう カルタ です から すこぶる しずか な もの でした。 そのうえ こういう ユウギ を やりつけない K は、 まるで フトコロデ を して いる ヒト と ドウヨウ でした。 ワタクシ は K に いったい ヒャクニン イッシュ の ウタ を しって いる の か と たずねました。 K は よく しらない と こたえました。 ワタクシ の コトバ を きいた オジョウサン は、 おおかた K を ケイベツ する と でも とった の でしょう。 それから メ に たつ よう に K の カセイ を しだしました。 シマイ には フタリ が ほとんど クミ に なって ワタクシ に あたる と いう アリサマ に なって きました。 ワタクシ は アイテ-シダイ では ケンカ を はじめた かも しれなかった の です。 サイワイ に K の タイド は すこしも サイショ と かわりません でした。 カレ の どこ にも トクイ-らしい ヨウス を みとめなかった ワタクシ は、 ブジ に その バ を きりあげる こと が できました。
 それから 2~3 ニチ たった ノチ の こと でしたろう、 オクサン と オジョウサン は アサ から イチガヤ に いる シンルイ の ところ へ いく と いって ウチ を でました。 K も ワタクシ も まだ ガッコウ の はじまらない コロ でした から、 ルスイ ドウヨウ アト に のこって いました。 ワタクシ は ショモツ を よむ の も サンポ に でる の も いや だった ので、 ただ ばくぜん と ヒバチ の フチ に ヒジ を のせて じっと アゴ を ささえた なり かんがえて いました。 トナリ の ヘヤ に いる K も いっこう オト を たてません でした。 ソウホウ とも いる の だ か いない の だ か わからない くらい しずか でした。 もっとも こういう こと は、 フタリ の アイダガラ と して べつに めずらしく も なんとも なかった の です から、 ワタクシ は べつだん それ を キ にも とめません でした。
 10 ジ-ゴロ に なって、 K は フイ に シキリ の フスマ を あけて ワタクシ と カオ を みあわせました。 カレ は シキイ の ウエ に たった まま、 ワタクシ に ナニ を かんがえて いる と ききました。 ワタクシ は もとより なにも かんがえて いなかった の です。 もし かんがえて いた と すれば、 イツモ の とおり オジョウサン が モンダイ だった かも しれません。 その オジョウサン には むろん オクサン も くっついて います が、 チカゴロ では K ジシン が きりはなす べからざる ヒト の よう に、 ワタクシ の アタマ の ナカ を ぐるぐる めぐって、 この モンダイ を フクザツ に して いる の です。 K と カオ を みあわせた ワタクシ は、 イマ まで おぼろげ に カレ を イッシュ の ジャマモノ の ごとく イシキ して いながら、 あきらか に そう と こたえる わけ に いかなかった の です。 ワタクシ は いぜん と して カレ の カオ を みて だまって いました。 すると K の ほう から つかつか と ワタクシ の ザシキ へ はいって きて、 ワタクシ の あたって いる ヒバチ の マエ に すわりました。 ワタクシ は すぐ リョウヒジ を ヒバチ の フチ から とりのけて、 こころもち それ を K の ほう へ おしやる よう に しました。
 K は イツモ に にあわない ハナシ を はじめました。 オクサン と オジョウサン は イチガヤ の どこ へ いった の だろう と いう の です。 ワタクシ は おおかた オバサン の ところ だろう と こたえました。 K は その オバサン は ナン だ と また ききます。 ワタクシ は やはり グンジン の サイクン だ と おしえて やりました。 すると オンナ の ネンシ は たいてい 15 ニチ-スギ だ のに、 なぜ そんな に はやく でかけた の だろう と シツモン する の です。 ワタクシ は なぜ だ か しらない と アイサツ する より ホカ に シカタ が ありません でした。

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 K は なかなか オクサン と オジョウサン の ハナシ を やめません でした。 シマイ には ワタクシ も こたえられない よう な たちいった こと まで きく の です。 ワタクシ は メンドウ より も フシギ の カン に うたれました。 イゼン ワタクシ の ほう から フタリ を モンダイ に して はなしかけた とき の カレ を おもいだす と、 ワタクシ は どうしても カレ の チョウシ の かわって いる ところ に キ が つかず には いられない の です。 ワタクシ は とうとう なぜ キョウ に かぎって そんな こと ばかり いう の か と カレ に たずねました。 その とき カレ は とつぜん だまりました。 しかし ワタクシ は カレ の むすんだ クチモト の ニク が ふるえる よう に うごいて いる の を チュウシ しました。 カレ は がんらい ムクチ な オトコ でした。 ヘイゼイ から ナニ か いおう と する と、 いう マエ に よく クチ の アタリ を もぐもぐ させる クセ が ありました。 カレ の クチビル が わざと カレ の イシ に ハンコウ する よう に たやすく あかない ところ に、 カレ の コトバ の オモミ も こもって いた の でしょう。 いったん コエ が クチ を やぶって でる と なる と、 その コエ には フツウ の ヒト より も バイ の つよい チカラ が ありました。
 カレ の クチモト を ちょっと ながめた とき、 ワタクシ は また ナニ か でて くる な と すぐ かんづいた の です が、 それ が はたして なんの ジュンビ なの か、 ワタクシ の ヨカク は まるで なかった の です。 だから おどろいた の です。 カレ の おもおもしい クチ から、 カレ の オジョウサン に たいする せつない コイ を うちあけられた とき の ワタクシ を ソウゾウ して みて ください。 ワタクシ は カレ の マホウボウ の ため に イチド に カセキ された よう な もの です。 クチ を もぐもぐ させる ハタラキ さえ、 ワタクシ には なくなって しまった の です。
 その とき の ワタクシ は オソロシサ の カタマリ と いいましょう か、 または クルシサ の カタマリ と いいましょう か、 なにしろ ヒトツ の カタマリ でした。 イシ か テツ の よう に アタマ から アシ の サキ まで が キュウ に かたく なった の です。 コキュウ を する ダンリョクセイ さえ うしなわれた くらい に かたく なった の です。 サイワイ な こと に その ジョウタイ は ながく つづきません でした。 ワタクシ は イッシュンカン の ノチ に、 また ニンゲン-らしい キブン を とりもどしました。 そうして、 すぐ しまった と おもいました。 セン を こされた な と おもいました。
 しかし その サキ を どう しよう と いう フンベツ は まるで おこりません。 おそらく おこる だけ の ヨユウ が なかった の でしょう。 ワタクシ は ワキノシタ から でる キミ の わるい アセ が シャツ に しみとおる の を じっと ガマン して うごかず に いました。 K は その アイダ イツモ の とおり おもい クチ を きって は、 ぽつり ぽつり と ジブン の ココロ を うちあけて ゆきます。 ワタクシ は くるしくって たまりません でした。 おそらく その クルシサ は、 おおきな コウコク の よう に、 ワタクシ の カオ の ウエ に はっきり した ジ で はりつけられて あったろう と ワタクシ は おもう の です。 いくら K でも そこ に キ の つかない はず は ない の です が、 カレ は また カレ で、 ジブン の こと に イッサイ を シュウチュウ して いる から、 ワタクシ の ヒョウジョウ など に チュウイ する ヒマ が なかった の でしょう。 カレ の ジハク は サイショ から サイゴ まで おなじ チョウシ で つらぬいて いました。 おもくて のろい カワリ に、 とても ヨウイ な こと では うごかせない と いう カンジ を ワタクシ に あたえた の です。 ワタクシ の ココロ は ハンブン その ジハク を きいて いながら、 ハンブン どう しよう どう しよう と いう ネン に たえず かきみだされて いました から、 こまかい テン に なる と ほとんど ミミ へ はいらない と ドウヨウ でした が、 それでも カレ の クチ に だす コトバ の チョウシ だけ は つよく ムネ に ひびきました。 その ため に ワタクシ は マエ いった クツウ ばかり で なく、 ときには イッシュ の オソロシサ を かんずる よう に なった の です。 つまり アイテ は ジブン より つよい の だ と いう キョウフ の ネン が きざしはじめた の です。
 K の ハナシ が ひととおり すんだ とき、 ワタクシ は なんとも いう こと が できません でした。 こっち も カレ の マエ に おなじ イミ の ジハク を した もの だろう か、 それとも うちあけず に いる ほう が トクサク だろう か、 ワタクシ は そんな リガイ を かんがえて だまって いた の では ありません。 ただ ナニゴト も いえなかった の です。 また いう キ にも ならなかった の です。
 ヒルメシ の とき、 K と ワタクシ は ムカイアワセ に セキ を しめました。 ゲジョ に キュウジ を して もらって、 ワタクシ は いつ に ない まずい メシ を すませました。 フタリ は ショクジチュウ も ほとんど クチ を ききません でした。 オクサン と オジョウサン は いつ かえる の だ か わかりません でした。

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 フタリ は メイメイ の ヘヤ に ひきとった ぎり カオ を あわせません でした。 K の しずか な こと は アサ と おなじ でした。 ワタクシ も じっと かんがえこんで いました。
 ワタクシ は とうぜん ジブン の ココロ を K に うちあける べき はず だ と おもいました。 しかし それ には もう ジキ が おくれて しまった と いう キ も おこりました。 なぜ さっき K の コトバ を さえぎって、 こっち から ギャクシュウ しなかった の か、 そこ が ヒジョウ な テヌカリ の よう に みえて きました。 せめて K の アト に つづいて、 ジブン は ジブン の おもう とおり を その バ で はなして しまったら、 まだ よかったろう に とも かんがえました。 K の ジハク に イチダンラク が ついた イマ と なって、 こっち から また おなじ こと を きりだす の は、 どう シアン して も ヘン でした。 ワタクシ は この フシゼン に うちかつ ホウホウ を しらなかった の です。 ワタクシ の アタマ は カイコン に ゆられて ぐらぐら しました。
 ワタクシ は K が ふたたび シキリ の フスマ を あけて ムコウ から トッシン して きて くれれば いい と おもいました。 ワタクシ に いわせれば、 サッキ は まるで フイウチ に あった も おなじ でした。 ワタクシ には K に おうずる ジュンビ も なにも なかった の です。 ワタクシ は ゴゼン に うしなった もの を、 コンド は とりもどそう と いう シタゴコロ を もって いました。 それで ときどき メ を あげて、 フスマ を ながめました。 しかし その フスマ は いつまで たって も あきません。 そうして K は エイキュウ に しずか なの です。
 そのうち ワタクシ の アタマ は だんだん この シズカサ に かきみだされる よう に なって きました。 K は イマ フスマ の ムコウ で ナニ を かんがえて いる だろう と おもう と、 それ が キ に なって たまらない の です。 フダン も こんな ふう に オタガイ が シキリ 1 マイ を アイダ に おいて だまりあって いる バアイ は しじゅう あった の です が、 ワタクシ は K が しずか で あれば ある ほど、 カレ の ソンザイ を わすれる の が フツウ の ジョウタイ だった の です から、 その とき の ワタクシ は よほど チョウシ が くるって いた もの と みなければ なりません。 それでいて ワタクシ は こっち から すすんで フスマ を あける こと が できなかった の です。 いったん いいそびれた ワタクシ は、 また ムコウ から はたらきかけられる ジキ を まつ より ホカ に シカタ が なかった の です。
 シマイ に ワタクシ は じっと して おられなく なりました。 ムリ に じっと して いれば、 K の ヘヤ へ とびこみたく なる の です。 ワタクシ は しかたなし に たって エンガワ へ でました。 そこ から チャノマ へ きて、 なんと いう モクテキ も なく、 テツビン の ユ を ユノミ に ついで 1 パイ のみました。 それから ゲンカン へ でました。 ワタクシ は わざと K の ヘヤ を カイヒ する よう に して、 こんな ふう に ジブン を オウライ の マンナカ に みいだした の です。 ワタクシ には むろん どこ へ ゆく と いう アテ も ありません。 ただ じっと して いられない だけ でした。 それで ホウガク も なにも かまわず に、 ショウガツ の マチ を、 むやみ に あるきまわった の です。 ワタクシ の アタマ は いくら あるいて も K の こと で いっぱい に なって いました。 ワタクシ も K を ふるいおとす キ で あるきまわる わけ では なかった の です。 むしろ ジブン から すすんで カレ の スガタ を ソシャク しながら うろついて いた の です。
 ワタクシ には ダイイチ に カレ が かいしがたい オトコ の よう に みえました。 どうして あんな こと を とつぜん ワタクシ に うちあけた の か、 また どうして うちあけなければ いられない ほど に、 カレ の コイ が つのって きた の か、 そうして ヘイゼイ の カレ は どこ に ふきとばされて しまった の か、 すべて ワタクシ には かいしにくい モンダイ でした。 ワタクシ は カレ の つよい こと を しって いました。 また カレ の マジメ な こと を しって いました。 ワタクシ は これから ワタクシ の とる べき タイド を けっする マエ に、 カレ に ついて きかなければ ならない オオク を もって いる と しんじました。 ドウジ に これから サキ カレ を アイテ に する の が へんに キミ が わるかった の です。 ワタクシ は ムチュウ に マチ の ナカ を あるきながら、 ジブン の ヘヤ に じっと すわって いる カレ の ヨウボウ を しじゅう メノマエ に えがきだしました。 しかも いくら ワタクシ が あるいて も カレ を うごかす こと は とうてい できない の だ と いう コエ が どこ か で きこえる の です。 つまり ワタクシ には カレ が イッシュ の マモノ の よう に おもえた から でしょう。 ワタクシ は エイキュウ カレ に たたられた の では なかろう か と いう キ さえ しました。
 ワタクシ が つかれて ウチ へ かえった とき、 カレ の ヘヤ は いぜん と して ヒトケ の ない よう に しずか でした。

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 ワタクシ が ウチ へ はいる と まもなく クルマ の オト が きこえました。 イマ の よう に ゴムワ の ない ジブン でした から、 がらがら いう いや な ヒビキ が かなり の キョリ でも ミミ に たつ の です。 クルマ は やがて モンゼン で とまりました。
 ワタクシ が ユウメシ に よびだされた の は、 それから 30 プン ばかり たった アト の こと でした が、 まだ オクサン と オジョウサン の ハレギ が ぬぎすてられた まま、 ツギ の ヘヤ を ランザツ に いろどって いました。 フタリ は おそく なる と ワタクシタチ に すまない と いう ので、 メシ の シタク に まにあう よう に、 いそいで かえって きた の だ そう です。 しかし オクサン の シンセツ は K と ワタクシ と に とって ほとんど ムコウ も おなじ こと でした。 ワタクシ は ショクタク に すわりながら、 コトバ を おしがる ヒト の よう に、 そっけない アイサツ ばかり して いました。 K は ワタクシ より も なお カゲン でした。 たまに オヤコヅレ で ガイシュツ した オンナ フタリ の キブン が、 また ヘイゼイ より は すぐれて はれやか だった ので、 ワレワレ の タイド は なお の こと メ に つきます。 オクサン は ワタクシ に どうか した の か と ききました。 ワタクシ は すこし ココロモチ が わるい と こたえました。 じっさい ワタクシ は ココロモチ が わるかった の です。 すると コンド は オジョウサン が K に おなじ トイ を かけました。 K は ワタクシ の よう に ココロモチ が わるい とは こたえません。 ただ クチ が ききたく ない から だ と いいました。 オジョウサン は なぜ クチ が ききたく ない の か と ツイキュウ しました。 ワタクシ は その とき ふと おもたい マブタ を あげて K の カオ を みました。 ワタクシ には K が なんと こたえる だろう か と いう コウキシン が あった の です。 K の クチビル は レイ の よう に すこし ふるえて いました。 それ が しらない ヒト から みる と、 まるで ヘンジ に まよって いる と しか おもわれない の です。 オジョウサン は わらいながら また ナニ か むずかしい こと を かんがえて いる の だろう と いいました。 K の カオ は こころもち うすあかく なりました。
 その バン ワタクシ は イツモ より はやく トコ へ はいりました。 ワタクシ が ショクジ の とき キブン が わるい と いった の を キ に して、 オクサン は 10 ジ-ゴロ ソバユ を もって きて くれました。 しかし ワタクシ の ヘヤ は もう マックラ でした。 オクサン は おやおや と いって、 シキリ の フスマ を ホソメ に あけました。 ランプ の ヒカリ が K の ツクエ から ナナメ に ぼんやり と ワタクシ の ヘヤ に さしこみました。 K は まだ おきて いた もの と みえます。 オクサン は マクラモト に すわって、 おおかた カゼ を ひいた の だろう から カラダ を あっためる が いい と いって、 ユノミ を カオ の ソバ へ つきつける の です。 ワタクシ は やむ を えず、 どろどろ した ソバユ を オクサン の みて いる マエ で のみました。
 ワタクシ は おそく なる まで くらい ナカ で かんがえて いました。 むろん ヒトツ モンダイ を ぐるぐる カイテン させる だけ で、 ホカ に なんの コウリョク も なかった の です。 ワタクシ は とつぜん K が イマ トナリ の ヘヤ で ナニ を して いる だろう と おもいだしました。 ワタクシ は なかば ムイシキ に おい と コエ を かけました。 すると ムコウ でも おい と ヘンジ を しました。 K も まだ おきて いた の です。 ワタクシ は まだ ねない の か と フスマゴシ に ききました。 もう ねる と いう カンタン な アイサツ が ありました。 ナニ を して いる の だ と ワタクシ は かさねて といました。 コンド は K の コタエ が ありません。 そのかわり 5~6 プン たった と おもう コロ に、 オシイレ を がらり と あけて、 トコ を のべる オト が テ に とる よう に きこえました。 ワタクシ は もう ナンジ か と また たずねました。 K は 1 ジ 20 プン だ と こたえました。 やがて ランプ を ふっと ふきけす オト が して、 ウチジュウ が マックラ な ウチ に、 しんと しずまりました。
 しかし ワタクシ の メ は その くらい ナカ で いよいよ さえて くる ばかり です。 ワタクシ は また なかば ムイシキ な ジョウタイ で、 おい と K に コエ を かけました。 K も イゼン と おなじ よう な チョウシ で、 おい と こたえました。 ワタクシ は ケサ カレ から きいた こと に ついて、 もっと くわしい ハナシ を したい が、 カレ の ツゴウ は どう だ と、 とうとう こっち から きりだしました。 ワタクシ は むろん フスマゴシ に そんな ダンワ を コウカン する キ は なかった の です が、 K の ヘントウ だけ は ソクザ に えられる こと と かんがえた の です。 ところが K は サッキ から 2 ド おい と よばれて、 2 ド おい と こたえた よう な すなお な チョウシ で、 コンド は おうじません。 そう だなあ と ひくい コエ で しぶって います。 ワタクシ は また はっと おもわせられました。

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 K の ナマヘンジ は ヨクジツ に なって も、 その ヨクジツ に なって も、 カレ の タイド に よく あらわれて いました。 カレ は ジブン から すすんで レイ の モンダイ に ふれよう と する ケシキ を けっして みせません でした。 もっとも キカイ も なかった の です。 オクサン と オジョウサン が そろって イチニチ ウチ を あけ でも しなければ、 フタリ は ゆっくり おちついて、 そういう こと を はなしあう わけ にも いかない の です から。 ワタクシ は それ を よく こころえて いました。 こころえて いながら、 へんに いらいら しだす の です。 その ケッカ ハジメ は ムコウ から くる の を まつ つもり で、 あんに ヨウイ を して いた ワタクシ が、 オリ が あったら こっち で クチ を きろう と ケッシン する よう に なった の です。
 ドウジ に ワタクシ は だまって ウチ の モノ の ヨウス を カンサツ して みました。 しかし オクサン の タイド にも オジョウサン の ソブリ にも、 べつに ヘイゼイ と かわった テン は ありません でした。 K の ジハク イゼン と ジハク イゴ と で、 カレラ の キョドウ に これ と いう サイ が しょうじない ならば、 カレ の ジハク は たんに ワタクシ だけ に かぎられた ジハク で、 カンジン の ホンニン にも、 また その カントクシャ たる オクサン にも、 まだ つうじて いない の は たしか でした。 そう かんがえた とき ワタクシ は すこし アンシン しました。 それで ムリ に キカイ を こしらえて、 わざとらしく ハナシ を もちだす より は、 シゼン の あたえて くれる もの を とりにがさない よう に する ほう が よかろう と おもって、 レイ の モンダイ には しばらく テ を つけず に そっと して おく こと に しました。
 こう いって しまえば たいへん カンタン に きこえます が、 そうした ココロ の ケイカ には、 シオ の ミチヒ と おなじ よう に、 イロイロ の タカビク が あった の です。 ワタクシ は K の うごかない ヨウス を みて、 それ に サマザマ の イミ を つけくわえました。 オクサン と オジョウサン の ゲンゴ ドウサ を カンサツ して、 フタリ の ココロ が はたして そこ に あらわれて いる とおり なの だろう か と うたがって も みました。 そうして ニンゲン の ムネ の ナカ に ソウチ された フクザツ な キカイ が、 トケイ の ハリ の よう に、 メイリョウ に イツワリ なく、 バンジョウ の スウジ を さしうる もの だろう か と かんがえました。 ようするに ワタクシ は おなじ こと を こう も とり、 ああ も とり した アゲク、 ようやく ここ に おちついた もの と おもって ください。 さらに むずかしく いえば、 おちつく など と いう コトバ は、 この サイ けっして つかわれた ギリ で なかった の かも しれません。
 そのうち ガッコウ が また はじまりました。 ワタクシタチ は ジカン の おなじ ヒ には つれだって ウチ を でます。 ツゴウ が よければ かえる とき にも やはり イッショ に かえりました。 ガイブ から みた K と ワタクシ は、 なんにも マエ と ちがった ところ が ない よう に したしく なった の です。 けれども ハラ の ナカ では、 テンデン に テンデン の こと を カッテ に かんがえて いた に チガイ ありません。 ある ヒ ワタクシ は とつぜん オウライ で K に ニクハク しました。 ワタクシ が ダイイチ に きいた の は、 コノアイダ の ジハク が ワタクシ だけ に かぎられて いる か、 または オクサン や オジョウサン にも つうじて いる か の テン に あった の です。 ワタクシ の これから とる べき タイド は、 この トイ に たいする カレ の コタエ-シダイ で きめなければ ならない と、 ワタクシ は おもった の です。 すると カレ は ホカ の ヒト には まだ ダレ にも うちあけて いない と メイゲン しました。 ワタクシ は ジジョウ が ジブン の スイサツドオリ だった ので、 ナイシン うれしがりました。 ワタクシ は K の ワタクシ より オウチャク なの を よく しって いました。 カレ の ドキョウ にも かなわない と いう ジカク が あった の です。 けれども イッポウ では また ミョウ に カレ を しんじて いました。 ガクシ の こと で ヨウカ を 3 ネン も あざむいて いた カレ です けれども、 カレ の シンヨウ は ワタクシ に たいして すこしも そこなわれて いなかった の です。 ワタクシ は それ が ため に かえって カレ を しんじだした くらい です。 だから いくら うたがいぶかい ワタクシ でも、 メイハク な カレ の コタエ を ハラ の ナカ で ヒテイ する キ は オコリヨウ が なかった の です。
 ワタクシ は また カレ に むかって、 カレ の コイ を どう とりあつかう つもり か と たずねました。 それ が たんなる ジハク に すぎない の か、 または その ジハク に ついで、 ジッサイテキ の コウカ をも おさめる キ なの か と とうた の です。 しかるに カレ は そこ に なる と、 なんにも こたえません。 だまって シタ を むいて あるきだします。 ワタクシ は カレ に カクシダテ を して くれるな、 すべて おもった とおり を はなして くれ と たのみました。 カレ は なにも ワタクシ に かくす ヒツヨウ は ない と はっきり ダンゲン しました。 しかし ワタクシ の しろう と する テン には、 イチゴン の ヘンジ も あたえない の です。 ワタクシ も オウライ だ から わざわざ たちどまって ソコ まで つきとめる わけ に いきません。 つい ソレナリ に して しまいました。

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 ある ヒ ワタクシ は ヒサシブリ に ガッコウ の トショカン に はいりました。 ワタクシ は ひろい ツクエ の カタスミ で マド から さす コウセン を ハンシン に うけながら、 シンチャク の ガイコク ザッシ を、 あちらこちら と ひっくりかえして みて いました。 ワタクシ は タンニン キョウシ から センコウ の ガッカ に かんして、 ツギ の シュウ まで に ある ジコウ を しらべて こい と めいぜられた の です。 しかし ワタクシ に ヒツヨウ な コトガラ が なかなか みつからない ので、 ワタクシ は 2 ド も 3 ド も ザッシ を かりかえなければ なりません でした。 サイゴ に ワタクシ は やっと ジブン に ヒツヨウ な ロンブン を さがしだして、 イッシン に それ を よみだしました。 すると とつぜん ハバ の ひろい ツクエ の ムコウガワ から ちいさな コエ で ワタクシ の ナ を よぶ モノ が あります。 ワタクシ は ふと メ を あげて そこ に たって いる K を みました。 K は その ジョウハンシン を ツクエ の ウエ に おりまげる よう に して、 カレ の カオ を ワタクシ に ちかづけました。 ゴショウチ の とおり トショカン では ホカ の ヒト の ジャマ に なる よう な おおきな コエ で ハナシ を する わけ に ゆかない の です から、 K の この ショサ は ダレ でも やる フツウ の こと なの です が、 ワタクシ は その とき に かぎって、 イッシュ ヘン な ココロモチ が しました。
 K は ひくい コエ で ベンキョウ か と ききました。 ワタクシ は ちょっと シラベモノ が ある の だ と こたえました。 それでも K は まだ その カオ を ワタクシ から はなしません。 おなじ ひくい チョウシ で イッショ に サンポ を しない か と いう の です。 ワタクシ は すこし まって いれば して も いい と こたえました。 カレ は まって いる と いった まま、 すぐ ワタクシ の マエ の クウセキ に コシ を おろしました。 すると ワタクシ は キ が ちって キュウ に ザッシ が よめなく なりました。 なんだか K の ムネ に イチモツ が あって、 ダンパン でも し に こられた よう に おもわれて シカタ が ない の です。 ワタクシ は やむ を えず よみかけた ザッシ を ふせて、 たちあがろう と しました。 K は おちつきはらって もう すんだ の か と ききます。 ワタクシ は どうでも いい の だ と こたえて、 ザッシ を かえす と ともに、 K と トショカン を でました。
 フタリ は べつに ゆく ところ も なかった ので、 タツオカ-チョウ から イケノハタ へ でて、 ウエノ の コウエン の ナカ へ はいりました。 その とき カレ は レイ の ジケン に ついて、 とつぜん ムコウ から クチ を きりました。 ゼンゴ の ヨウス を ソウゴウ して かんがえる と、 K は その ため に ワタクシ を わざわざ サンポ に ひっぱりだした らしい の です。 けれども カレ の タイド は まだ ジッサイテキ の ホウメン へ むかって ちっとも すすんで いません でした。 カレ は ワタクシ に むかって、 ただ ばくぜん と、 どう おもう と いう の です。 どう おもう と いう の は、 そうした レンアイ の フチ に おちいった カレ を、 どんな メ で ワタクシ が ながめる か と いう シツモン なの です。 イチゴン で いう と、 カレ は ゲンザイ の ジブン に ついて、 ワタクシ の ヒハン を もとめたい よう なの です。 そこ に ワタクシ は カレ の ヘイゼイ と ことなる テン を たしか に みとめる こと が できた と おもいました。 たびたび くりかえす よう です が、 カレ の テンセイ は ヒト の オモワク を はばかる ほど よわく できあがって は いなかった の です。 こう と しんじたら ヒトリ で どんどん すすんで ゆく だけ の ドキョウ も あり ユウキ も ある オトコ なの です。 ヨウカ ジケン で その トクショク を つよく ムネ の ウチ に ほりつけられた ワタクシ が、 これ は ヨウス が ちがう と あきらか に イシキ した の は トウゼン の ケッカ なの です。
 ワタクシ が K に むかって、 この サイ なんで ワタクシ の ヒヒョウ が ヒツヨウ なの か と たずねた とき、 カレ は イツモ にも にない しょうぜん と した クチョウ で、 ジブン の よわい ニンゲン で ある の が じっさい はずかしい と いいました。 そうして まよって いる から ジブン で ジブン が わからなく なって しまった ので、 ワタクシ に コウヘイ な ヒヒョウ を もとめる より ホカ に シカタ が ない と いいました。 ワタクシ は すかさず まよう と いう イミ を ききただしました。 カレ は すすんで いい か しりぞいて いい か、 それ に まよう の だ と セツメイ しました。 ワタクシ は すぐ イッポ サキ へ でました。 そうして しりぞこう と おもえば しりぞける の か と カレ に ききました。 すると カレ の コトバ が そこ で フイ に ゆきつまりました。 カレ は ただ くるしい と いった だけ でした。 じっさい カレ の ヒョウジョウ には くるしそう な ところ が ありあり と みえて いました。 もし アイテ が オジョウサン で なかった ならば、 ワタクシ は どんな に カレ に ツゴウ の いい ヘンジ を、 その かわききった カオ の ウエ に ジウ の ごとく そそいで やった か わかりません。 ワタクシ は その くらい の うつくしい ドウジョウ を もって うまれて きた ニンゲン と ジブン ながら しんじて います。 しかし その とき の ワタクシ は ちがって いました。

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 ワタクシ は ちょうど タリュウ-ジアイ でも する ヒト の よう に K を チュウイ して みて いた の です。 ワタクシ は、 ワタクシ の メ、 ワタクシ の ココロ、 ワタクシ の カラダ、 すべて ワタクシ と いう ナ の つく もの を ゴブ の スキマ も ない よう に ヨウイ して、 K に むかった の です。 ツミ の ない K は アナ-だらけ と いう より むしろ アケハナシ と ひょうする の が テキトウ な くらい に ブヨウジン でした。 ワタクシ は カレ ジシン の テ から、 カレ の ホカン して いる ヨウサイ の チズ を うけとって、 カレ の メノマエ で ゆっくり それ を ながめる こと が できた も おなじ でした。
 K が リソウ と ゲンジツ の アイダ に ホウコウ して ふらふら して いる の を ハッケン した ワタクシ は、 ただ ヒトウチ で カレ を たおす こと が できる だろう と いう テン に ばかり メ を つけました。 そうして すぐ カレ の キョ に つけこんだ の です。 ワタクシ は カレ に むかって キュウ に ゲンシュク な あらたまった タイド を しめしだしました。 むろん サクリャク から です が、 その タイド に ソウオウ する くらい な キンチョウ した キブン も あった の です から、 ジブン に コッケイ だの シュウチ だの を かんずる ヨユウ は ありません でした。 ワタクシ は まず 「セイシンテキ に コウジョウシン の ない モノ は バカ だ」 と いいはなちました。 これ は フタリ で ボウシュウ を リョコウ して いる サイ、 K が ワタクシ に むかって つかった コトバ です。 ワタクシ は カレ の つかった とおり を、 カレ と おなじ よう な クチョウ で、 ふたたび カレ に なげかえした の です。 しかし けっして フクシュウ では ありません。 ワタクシ は フクシュウ イジョウ に ザンコク な イミ を もって いた と いう こと を ジハク します。 ワタクシ は その イチゴン で K の マエ に よこたわる コイ の ユクテ を ふさごう と した の です。
 K は シンシュウデラ に うまれた オトコ でした。 しかし カレ の ケイコウ は チュウガク ジダイ から けっして セイカ の シュウシ に ちかい もの では なかった の です。 キョウギジョウ の クベツ を よく しらない ワタクシ が、 こんな こと を いう シカク に とぼしい の は ショウチ して います が、 ワタクシ は ただ ナンニョ に カンケイ した テン に ついて のみ、 そう みとめて いた の です。 K は ムカシ から ショウジン と いう コトバ が すき でした。 ワタクシ は その コトバ の ナカ に、 キンヨク と いう イミ も こもって いる の だろう と カイシャク して いました。 しかし アト で ジッサイ を きいて みる と、 それ より も まだ ゲンジュウ な イミ が ふくまれて いる ので、 ワタクシ は おどろきました。 ミチ の ため には スベテ を ギセイ に す べき もの だ と いう の が カレ の ダイイチ シンジョウ なの です から、 セツヨク や キンヨク は むろん、 たとい ヨク を はなれた コイ ソノモノ でも ミチ の サマタゲ に なる の です。 K が ジカツ セイカツ を して いる ジブン に、 ワタクシ は よく カレ から カレ の シュチョウ を きかされた の でした。 その コロ から オジョウサン を おもって いた ワタクシ は、 いきおい どうしても カレ に ハンタイ しなければ ならなかった の です。 ワタクシ が ハンタイ する と、 カレ は いつでも キノドク そう な カオ を しました。 そこ には ドウジョウ より も ブベツ の ほう が ヨケイ に あらわれて いました。
 こういう カコ を フタリ の アイダ に とおりぬけて きて いる の です から、 セイシンテキ に コウジョウシン の ない モノ は バカ だ と いう コトバ は、 K に とって いたい に ちがいなかった の です。 しかし マエ にも いった とおり、 ワタクシ は この イチゴン で、 カレ が せっかく つみあげた カコ を けちらした つもり では ありません。 かえって それ を イマ まで-どおり つみかさねて ゆかせよう と した の です。 それ が ミチ に たっしよう が、 テン に とどこう が、 ワタクシ は かまいません。 ワタクシ は ただ K が キュウ に セイカツ の ホウコウ を テンカン して、 ワタクシ の リガイ と ショウトツ する の を おそれた の です。 ようするに ワタクシ の コトバ は たんなる リコシン の ハツゲン でした。
「セイシンテキ に コウジョウシン の ない モノ は、 バカ だ」
 ワタクシ は 2 ド おなじ コトバ を くりかえしました。 そうして、 その コトバ が K の ウエ に どう エイキョウ する か を みつめて いました。
「バカ だ」 と やがて K が こたえました。 「ボク は バカ だ」
 K は ぴたり と そこ へ たちどまった まま うごきません。 カレ は ジメン の ウエ を みつめて います。 ワタクシ は おもわず ぎょっと しました。 ワタクシ には K が その セツナ に イナオリ ゴウトウ の ごとく かんぜられた の です。 しかし それにしては カレ の コエ が いかにも チカラ に とぼしい と いう こと に キ が つきました。 ワタクシ は カレ の メヅカイ を サンコウ に したかった の です が、 カレ は サイゴ まで ワタクシ の カオ を みない の です。 そうして、 そろそろ と また あるきだしました。

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 ワタクシ は K と ならんで アシ を はこばせながら、 カレ の クチ を でる ツギ の コトバ を ハラ の ナカ で あんに まちうけました。 あるいは マチブセ と いった ほう が まだ テキトウ かも しれません。 その とき の ワタクシ は たとい K を ダマシウチ に して も かまわない くらい に おもって いた の です。 しかし ワタクシ にも キョウイク ソウトウ の リョウシン は あります から、 もし ダレ か ワタクシ の ソバ へ きて、 オマエ は ヒキョウ だ と ヒトコト ささやいて くれる モノ が あった なら、 ワタクシ は その シュンカン に、 はっと ワレ に たちかえった かも しれません。 もし K が その ヒト で あった なら、 ワタクシ は おそらく カレ の マエ に セキメン した でしょう。 ただ K は ワタクシ を たしなめる には あまり に ショウジキ でした。 あまり に タンジュン でした。 あまり に ジンカク が ゼンリョウ だった の です。 メ の くらんだ ワタクシ は、 そこ に ケイイ を はらう こと を わすれて、 かえって そこ に つけこんだ の です。 そこ を リヨウ して カレ を うちたおそう と した の です。
 K は しばらく して、 ワタクシ の ナ を よんで ワタクシ の ほう を みました。 コンド は ワタクシ の ほう で しぜん と アシ を とめました。 すると K も とまりました。 ワタクシ は その とき やっと K の メ を マムキ に みる こと が できた の です。 K は ワタクシ より セイ の たかい オトコ でした から、 ワタクシ は いきおい カレ の カオ を みあげる よう に しなければ なりません。 ワタクシ は そうした タイド で、 オオカミ の ごとき ココロ を ツミ の ない ヒツジ に むけた の です。
「もう その ハナシ は やめよう」 と カレ が いいました。 カレ の メ にも カレ の コトバ にも へんに ヒツウ な ところ が ありました。 ワタクシ は ちょっと アイサツ が できなかった の です。 すると K は、 「やめて くれ」 と コンド は たのむ よう に いいなおしました。 ワタクシ は その とき カレ に むかって ザンコク な コタエ を あたえた の です。 オオカミ が スキ を みて ヒツジ の ノドブエ へ くらいつく よう に。
「やめて くれ って、 ボク が いいだした こと じゃ ない、 もともと キミ の ほう から もちだした ハナシ じゃ ない か。 しかし キミ が やめたければ、 やめて も いい が、 ただ クチ の サキ で やめたって シカタ が あるまい。 キミ の ココロ で それ を やめる だけ の カクゴ が なければ。 いったい キミ は キミ の ヘイゼイ の シュチョウ を どう する つもり なの か」
 ワタクシ が こう いった とき、 セイ の たかい カレ は しぜん と ワタクシ の マエ に イシュク して ちいさく なる よう な カンジ が しました。 カレ は いつも はなす とおり すこぶる ゴウジョウ な オトコ でした けれども、 イッポウ では また ヒトイチバイ の ショウジキモノ でした から、 ジブン の ムジュン など を ひどく ヒナン される バアイ には、 けっして ヘイキ で いられない タチ だった の です。 ワタクシ は カレ の ヨウス を みて ようやく アンシン しました。 すると カレ は そつぜん 「カクゴ?」 と ききました。 そうして ワタクシ が まだ なんとも こたえない サキ に 「カクゴ、 ――カクゴ なら ない こと も ない」 と つけくわえました。 カレ の チョウシ は ヒトリゴト の よう でした。 また ユメ の ナカ の コトバ の よう でした。
 フタリ は それぎり ハナシ を きりあげて、 コイシカワ の ヤド の ほう に アシ を むけました。 わりあい に カゼ の ない あたたか な ヒ でした けれども、 なにしろ フユ の こと です から、 コウエン の ナカ は さびしい もの でした。 ことに シモ に うたれて アオミ を うしなった スギ の コダチ の チャカッショク が、 うすぐろい ソラ の ナカ に、 コズエ を ならべて そびえて いる の を ふりかえって みた とき は、 サムサ が セナカ へ かじりついた よう な ココロモチ が しました。 ワレワレ は ユウグレ の ホンゴウダイ を イソギアシ で どしどし とおりぬけて、 また ムコウ の オカ へ のぼる べく コイシカワ の タニ へ おりた の です。 ワタクシ は その コロ に なって、 ようやく ガイトウ の シタ に タイ の アタタカミ を かんじだした くらい です。
 いそいだ ため でも ありましょう が、 ワレワレ は カエリミチ には ほとんど クチ を ききません でした。 ウチ へ かえって ショクタク に むかった とき、 オクサン は どうして おそく なった の か と たずねました。 ワタクシ は K に さそわれて ウエノ へ いった と こたえました。 オクサン は この さむい のに と いって おどろいた ヨウス を みせました。 オジョウサン は ウエノ に ナニ が あった の か と ききたがります。 ワタクシ は なにも ない が、 ただ サンポ した の だ と いう ヘンジ だけ して おきました。 ヘイゼイ から ムクチ な K は、 イツモ より なお だまって いました。 オクサン が はなしかけて も、 オジョウサン が わらって も、 ろく な アイサツ は しません でした。 それから メシ を のみこむ よう に かきこんで、 ワタクシ が まだ セキ を たたない うち に、 ジブン の ヘヤ へ ひきとりました。

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 その コロ は カクセイ とか あたらしい セイカツ とか いう モンジ の まだ ない ジブン でした。 しかし K が ふるい ジブン を さらり と なげだして、 イチイ に あたらしい ホウガク へ はしりださなかった の は、 ゲンダイジン の カンガエ が カレ に かけて いた から では ない の です。 カレ には なげだす こと の できない ほど たっとい カコ が あった から です。 カレ は その ため に コンニチ まで いきて きた と いって も いい くらい なの です。 だから K が イッチョクセン に アイ の モクテキブツ に むかって モウシン しない と いって、 けっして その アイ の なまぬるい こと を ショウコ-だてる わけ には ゆきません。 いくら シレツ な カンジョウ が もえて いて も、 カレ は むやみ に うごけない の です。 ゼンゴ を わすれる ほど の ショウドウ が おこる キカイ を カレ に あたえない イジョウ、 K は どうしても ちょっと ふみとどまって ジブン の カコ を ふりかえらなければ ならなかった の です。 そう する と カコ が さししめす ミチ を イマ まで-どおり あるかなければ ならなく なる の です。 そのうえ カレ には ゲンダイジン の もたない ゴウジョウ と ガマン が ありました。 ワタクシ は この ソウホウ の テン に おいて よく カレ の ココロ を みぬいて いた つもり なの です。
 ウエノ から かえった バン は、 ワタクシ に とって ヒカクテキ アンセイ な ヨ でした。 ワタクシ は K が ヘヤ へ ひきあげた アト を おいかけて、 カレ の ツクエ の ソバ に すわりこみました。 そうして トリトメ も ない セケンバナシ を わざと カレ に しむけました。 カレ は メイワク そう でした。 ワタクシ の メ には ショウリ の イロ が たしょう かがやいて いた でしょう、 ワタクシ の コエ には たしか に トクイ の ヒビキ が あった の です。 ワタクシ は しばらく K と ヒトツ ヒバチ に テ を かざした アト、 ジブン の ヘヤ に かえりました。 ホカ の こと に かけて は ナニ を して も カレ に およばなかった ワタクシ も、 その とき だけ は おそるる に たりない と いう ジカク を カレ に たいして もって いた の です。
 ワタクシ は ほどなく おだやか な ネムリ に おちました。 しかし とつぜん ワタクシ の ナ を よぶ コエ で メ を さましました。 みる と、 アイダ の フスマ が 2 シャク ばかり あいて、 そこ に K の くろい カゲ が たって います。 そうして カレ の ヘヤ には ヨイ の とおり まだ アカリ が ついて いる の です。 キュウ に セカイ の かわった ワタクシ は、 すこし の アイダ クチ を きく こと も できず に、 ぼうっと して、 その コウケイ を ながめて いました。
 その とき K は もう ねた の か と ききました。 K は いつでも おそく まで おきて いる オトコ でした。 ワタクシ は くろい カゲボウシ の よう な K に むかって、 ナニ か ヨウ か と ききかえしました。 K は たいした ヨウ でも ない、 ただ もう ねた か、 まだ おきて いる か と おもって、 ベンジョ へ いった ツイデ に きいて みた だけ だ と こたえました。 K は ランプ の ヒ を セナカ に うけて いる ので、 カレ の カオイロ や メツキ は、 まったく ワタクシ には わかりません でした。 けれども カレ の コエ は フダン より も かえって おちついて いた くらい でした。
 K は やがて あけた フスマ を ぴたり と たてきりました。 ワタクシ の ヘヤ は すぐ モト の クラヤミ に かえりました。 ワタクシ は その クラヤミ より しずか な ユメ を みる べく また メ を とじました。 ワタクシ は それぎり なにも しりません。 しかし ヨクアサ に なって、 ユウベ の こと を かんがえて みる と、 なんだか フシギ でした。 ワタクシ は コト に よる と、 スベテ が ユメ では ない か と おもいました。 それで メシ を くう とき、 K に ききました。 K は たしか に フスマ を あけて ワタクシ の ナ を よんだ と いいます。 なぜ そんな こと を した の か と たずねる と、 べつに はっきり した ヘンジ も しません。 チョウシ の ぬけた コロ に なって、 チカゴロ は ジュクスイ が できる の か と かえって ムコウ から ワタクシ に とう の です。 ワタクシ は なんだか ヘン に かんじました。
 その ヒ は ちょうど おなじ ジカン に コウギ の はじまる ジカンワリ に なって いた ので、 フタリ は やがて イッショ に ウチ を でました。 ケサ から ユウベ の こと が キ に かかって いる ワタクシ は、 トチュウ で また K を ツイキュウ しました。 けれども K は やはり ワタクシ を マンゾク させる よう な コタエ を しません。 ワタクシ は あの ジケン に ついて ナニ か はなす つもり では なかった の か と ネン を おして みました。 K は そう では ない と つよい チョウシ で いいきりました。 キノウ ウエノ で 「その ハナシ は もう やめよう」 と いった では ない か と チュウイ する ごとく にも きこえました。 K は そういう テン に かけて するどい ジソンシン を もった オトコ なの です。 ふと そこ に キ の ついた ワタクシ は とつぜん カレ の もちいた 「カクゴ」 と いう コトバ を レンソウ しだしました。 すると イマ まで まるで キ に ならなかった その 2 ジ が ミョウ な チカラ で ワタクシ の アタマ を おさえはじめた の です。

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 K の カダン に とんだ セイカク は ワタクシ に よく しれて いました。 カレ の この ジケン に ついて のみ ユウジュウ な ワケ も ワタクシ には ちゃんと のみこめて いた の です。 つまり ワタクシ は イッパン を こころえた うえ で、 レイガイ の バアイ を しっかり つらまえた つもり で トクイ だった の です。 ところが 「カクゴ」 と いう カレ の コトバ を、 アタマ の ナカ で ナンベン も ソシャク して いる うち に、 ワタクシ の トクイ は だんだん イロ を うしなって、 シマイ には ぐらぐら うごきはじめる よう に なりました。 ワタクシ は この バアイ も あるいは カレ に とって レイガイ で ない の かも しれない と おもいだした の です。 スベテ の ギワク、 ハンモン、 オウノウ、 を イチド に カイケツ する サイゴ の シュダン を、 カレ は ムネ の ナカ に たたみこんで いる の では なかろう か と うたぐりはじめた の です。 そうした あたらしい ヒカリ で カクゴ の 2 ジ を ながめかえして みた ワタクシ は、 はっと おどろきました。 その とき の ワタクシ が もし この オドロキ を もって、 もう イッペン カレ の クチ に した カクゴ の ナイヨウ を コウヘイ に みまわしたらば、 まだ よかった かも しれません。 かなしい こと に ワタクシ は メッカチ でした。 ワタクシ は ただ K が オジョウサン に たいして すすんで ゆく と いう イミ に その コトバ を カイシャク しました。 カダン に とんだ カレ の セイカク が、 コイ の ホウメン に ハッキ される の が すなわち カレ の カクゴ だろう と イチズ に おもいこんで しまった の です。
 ワタクシ は ワタクシ にも サイゴ の ケツダン が ヒツヨウ だ と いう コエ を ココロ の ミミ で ききました。 ワタクシ は すぐ その コエ に おうじて ユウキ を ふりおこしました。 ワタクシ は K より サキ に、 しかも K の しらない マ に、 コト を はこばなくて は ならない と カクゴ を きめました。 ワタクシ は だまって キカイ を ねらって いました。 しかし フツカ たって も ミッカ たって も、 ワタクシ は それ を つらまえる こと が できません。 ワタクシ は K の いない とき、 また オジョウサン の ルス な オリ を まって、 オクサン に ダンパン を ひらこう と かんがえた の です。 しかし カタホウ が いなければ、 カタホウ が ジャマ を する と いった フウ の ヒ ばかり つづいて、 どうしても 「イマ だ」 と おもう コウツゴウ が でて きて くれない の です。 ワタクシ は いらいら しました。
 1 シュウカン の ノチ ワタクシ は とうとう たえきれなく なって ケビョウ を つかいました。 オクサン から も オジョウサン から も、 K ジシン から も、 おきろ と いう サイソク を うけた ワタクシ は、 ナマヘンジ を した だけ で、 10 ジ-ゴロ まで フトン を かぶって ねて いました。 ワタクシ は K も オジョウサン も いなく なって、 イエ の ナカ が ひっそり しずまった コロ を みはからって ネドコ を でました。 ワタクシ の カオ を みた オクサン は、 すぐ どこ が わるい か と たずねました。 タベモノ は マクラモト へ はこんで やる から、 もっと ねて いたら よかろう と チュウコク して も くれました。 カラダ に イジョウ の ない ワタクシ は、 とても ねる キ には なれません。 カオ を あらって イツモ の とおり チャノマ で メシ を くいました。 その とき オクサン は ナガヒバチ の ムコウガワ から キュウジ を して くれた の です。 ワタクシ は アサメシ とも ヒルメシ とも かたづかない チャワン を テ に もった まま、 どんな ふう に モンダイ を きりだした もの だろう か と、 それ ばかり に クッタク して いた から、 ガイカン から は じっさい キブン の よく ない ビョウニン-らしく みえた だろう と おもいます。
 ワタクシ は メシ を しまって タバコ を ふかしだしました。 ワタクシ が たたない ので オクサン も ヒバチ の ソバ を はなれる わけ に ゆきません。 ゲジョ を よんで ゼン を さげさせた うえ、 テツビン に ミズ を さしたり、 ヒバチ の フチ を ふいたり して、 ワタクシ に チョウシ を あわせて います。 ワタクシ は オクサン に トクベツ な ヨウジ でも ある の か と といました。 オクサン は いいえ と こたえました が、 コンド は ムコウ で なぜ です と ききかえして きました。 ワタクシ は じつは すこし はなしたい こと が ある の だ と いいました。 オクサン は ナン です か と いって、 ワタクシ の カオ を みました。 オクサン の チョウシ は まるで ワタクシ の キブン に はいりこめない よう な かるい もの でした から、 ワタクシ は ツギ に だす べき モンク も すこし しぶりました。
 ワタクシ は しかたなし に コトバ の ウエ で、 イイカゲン に うろつきまわった スエ、 K が チカゴロ ナニ か いい は しなかった か と オクサン に きいて みました。 オクサン は おもい も よらない と いう フウ を して、 「ナニ を?」 と また ハンモン して きました。 そうして ワタクシ の こたえる マエ に、 「アナタ には ナニ か おっしゃった ん です か」 と かえって ムコウ で きく の です。

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 K から きかされた ウチアケバナシ を、 オクサン に つたえる キ の なかった ワタクシ は、 「いいえ」 と いって しまった アト で、 すぐ ジブン の ウソ を こころよからず かんじました。 シカタ が ない から、 べつだん なにも たのまれた オボエ は ない の だ から、 K に かんする ヨウケン では ない の だ と いいなおしました。 オクサン は 「そう です か」 と いって、 アト を まって います。 ワタクシ は どうしても きりださなければ ならなく なりました。 ワタクシ は とつぜん 「オクサン、 オジョウサン を ワタクシ に ください」 と いいました。 オクサン は ワタクシ の ヨキ して かかった ほど おどろいた ヨウス も みせません でした が、 それでも しばらく ヘンジ が できなかった もの と みえて、 だまって ワタクシ の カオ を ながめて いました。 イチド いいだした ワタクシ は、 いくら カオ を みられて も、 それ に トンジャク など は して いられません。 「ください、 ぜひ ください」 と いいました。 「ワタクシ の ツマ と して ぜひ ください」 と いいました。 オクサン は トシ を とって いる だけ に、 ワタクシ より も ずっと おちついて いました。 「あげて も いい が、 あんまり キュウ じゃ ありません か」 と きく の です。 ワタクシ が 「キュウ に もらいたい の だ」 と すぐ こたえたら わらいだしました。 そうして 「よく かんがえた の です か」 と ネン を おす の です。 ワタクシ は いいだした の は トツゼン でも、 かんがえた の は トツゼン で ない と いう ワケ を つよい コトバ で セツメイ しました。
 それから まだ フタツ ミッツ の モンドウ が ありました が、 ワタクシ は それ を わすれて しまいました。 オトコ の よう に はきはき した ところ の ある オクサン は、 フツウ の オンナ と ちがって こんな バアイ には たいへん ココロモチ よく ハナシ の できる ヒト でした。 「よ ござんす、 さしあげましょう」 と いいました。 「さしあげる なんて いばった クチ の きける キョウグウ では ありません。 どうぞ もらって ください。 ゴゾンジ の とおり チチオヤ の ない あわれ な コ です」 と アト では ムコウ から たのみました。
 ハナシ は カンタン で かつ メイリョウ に かたづいて しまいました。 サイショ から シマイ まで に おそらく 15 フン とは かからなかった でしょう。 オクサン は なんの ジョウケン も もちださなかった の です。 シンルイ に ソウダン する ヒツヨウ も ない、 アト から ことわれば それ で タクサン だ と いいました。 ホンニン の イコウ さえ たしかめる に およばない と メイゲン しました。 そんな テン に なる と、 ガクモン を した ワタクシ の ほう が、 かえって ケイシキ に コウデイ する くらい に おもわれた の です。 シンルイ は とにかく、 トウニン には あらかじめ はなして ショウダク を うる の が ジュンジョ-らしい と ワタクシ が チュウイ した とき、 オクサン は 「だいじょうぶ です。 ホンニン が フショウチ の ところ へ、 ワタクシ が あの コ を やる はず が ありません から」 と いいました。
 ジブン の ヘヤ へ かえった ワタクシ は、 コト の あまり に ワケ も なく シンコウ した の を かんがえて、 かえって ヘン な キモチ に なりました。 はたして だいじょうぶ なの だろう か と いう ギネン さえ、 どこ から か アタマ の ソコ に はいこんで きた くらい です。 けれども ダイタイ の ウエ に おいて、 ワタクシ の ミライ の ウンメイ は、 これ で さだめられた の だ と いう カンネン が ワタクシ の スベテ を あらた に しました。
 ワタクシ は ヒルゴロ また チャノマ へ でかけて いって、 オクサン に、 ケサ の ハナシ を オジョウサン に いつ つうじて くれる つもり か と たずねました。 オクサン は、 ジブン さえ ショウチ して いれば、 いつ はなして も かまわなかろう と いう よう な こと を いう の です。 こう なる と なんだか ワタクシ より も アイテ の ほう が オトコ みた よう なので、 ワタクシ は それぎり ひきこもう と しました。 すると オクサン が ワタクシ を ひきとめて、 もし はやい ほう が キボウ ならば、 キョウ でも いい、 ケイコ から かえって きたら、 すぐ はなそう と いう の です。 ワタクシ は そうして もらう ほう が ツゴウ が いい と こたえて また ジブン の ヘヤ に かえりました。 しかし だまって ジブン の ツクエ の マエ に すわって、 フタリ の コソコソバナシ を トオク から きいて いる ワタクシ を ソウゾウ して みる と、 なんだか おちついて いられない よう な キ も する の です。 ワタクシ は とうとう ボウシ を かぶって オモテ へ でました。 そうして また サカ の シタ で オジョウサン に ゆきあいました。 なんにも しらない オジョウサン は ワタクシ を みて おどろいた らしかった の です。 ワタクシ が ボウシ を とって 「イマ オカエリ」 と たずねる と、 ムコウ では もう ビョウキ は なおった の か と フシギ そう に きく の です。 ワタクシ は 「ええ なおりました、 なおりました」 と こたえて、 ずんずん スイドウバシ の ほう へ まがって しまいました。

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 ワタクシ は サルガク-チョウ から ジンボウ-チョウ の トオリ へ でて、 オガワマチ の ほう へ まがりました。 ワタクシ が この カイワイ を あるく の は、 いつも フルホンヤ を ひやかす の が モクテキ でした が、 その ヒ は テズレ の した ショモツ など を ながめる キ が、 どうしても おこらない の です。 ワタクシ は あるきながら たえず ウチ の こと を かんがえて いました。 ワタクシ には サッキ の オクサン の キオク が ありました。 それから オジョウサン が ウチ へ かえって から の ソウゾウ が ありました。 ワタクシ は つまり この フタツ の もの で あるかせられて いた よう な もの です。 そのうえ ワタクシ は ときどき オウライ の マンナカ で われしらず ふと たちどまりました。 そうして イマゴロ は オクサン が オジョウサン に もう あの ハナシ を して いる ジブン だろう など と かんがえました。 また ある とき は、 もう あの ハナシ が すんだ コロ だ とも おもいました。
 ワタクシ は とうとう マンセイバシ を わたって、 ミョウジン の サカ を あがって、 ホンゴウダイ へ きて、 それから また キクザカ を おりて、 シマイ に コイシカワ の タニ へ おりた の です。 ワタクシ の あるいた キョリ は この 3 ク に またがって、 イビツ な エン を えがいた とも いわれる でしょう が、 ワタクシ は この ながい サンポ の アイダ ほとんど K の こと を かんがえなかった の です。 イマ その とき の ワタクシ を カイコ して、 なぜ だ と ジブン に きいて みて も いっこう わかりません。 ただ フシギ に おもう だけ です。 ワタクシ の ココロ が K を わすれうる くらい、 イッポウ に キンチョウ して いた と みれば それまで です が、 ワタクシ の リョウシン が また それ を ゆるす べき はず は なかった の です から。
 K に たいする ワタクシ の リョウシン が フッカツ した の は、 ワタクシ が ウチ の コウシ を あけて、 ゲンカン から ザシキ へ とおる とき、 すなわち レイ の ごとく カレ の ヘヤ を ぬけよう と した シュンカン でした。 カレ は イツモ の とおり ツクエ に むかって ショケン を して いました。 カレ は イツモ の とおり ショモツ から メ を はなして、 ワタクシ を みました。 しかし カレ は イツモ の とおり イマ かえった の か とは いいません でした。 カレ は 「ビョウキ は もう いい の か、 イシャ へ でも いった の か」 と ききました。 ワタクシ は その セツナ に、 カレ の マエ に テ を ついて、 あやまりたく なった の です。 しかも ワタクシ の うけた その とき の ショウドウ は けっして よわい もの では なかった の です。 もし K と ワタクシ が たった フタリ コウヤ の マンナカ に でも たって いた ならば、 ワタクシ は きっと リョウシン の メイレイ に したがって、 その バ で カレ に シャザイ したろう と おもいます。 しかし オク には ヒト が います。 ワタクシ の シゼン は すぐ そこ で くいとめられて しまった の です。 そうして かなしい こと に エイキュウ に フッカツ しなかった の です。
 ユウメシ の とき K と ワタクシ は また カオ を あわせました。 なんにも しらない K は ただ しずんで いた だけ で、 すこしも うたがいぶかい メ を ワタクシ に むけません。 なんにも しらない オクサン は イツモ より うれしそう でした。 ワタクシ だけ が スベテ を しって いた の です。 ワタクシ は ナマリ の よう な メシ を くいました。 その とき オジョウサン は イツモ の よう に ミンナ と おなじ ショクタク に ならびません でした。 オクサン が サイソク する と、 ツギ の ヘヤ で ただいま と こたえる だけ でした。 それ を K は フシギ そう に きいて いました。 シマイ に どうした の か と オクサン に たずねました。 オクサン は おおかた キマリ が わるい の だろう と いって、 ちょっと ワタクシ の カオ を みました。 K は なお フシギ そう に、 なんで キマリ が わるい の か と ツイキュウ し に かかりました。 オクサン は ビショウ しながら また ワタクシ の カオ を みる の です。
 ワタクシ は ショクタク に ついた ハジメ から、 オクサン の カオツキ で、 コト の ナリユキ を ほぼ スイサツ して いました。 しかし K に セツメイ を あたえる ため に、 ワタクシ の いる マエ で、 それ を ことごとく はなされて は たまらない と かんがえました。 オクサン は また その くらい の こと を ヘイキ で する オンナ なの です から、 ワタクシ は ひやひや した の です。 サイワイ に K は また モト の チンモク に かえりました。 ヘイゼイ より たしょう キゲン の よかった オクサン も、 とうとう ワタクシ の オソレ を いだいて いる テン まで は ハナシ を すすめず に しまいました。 ワタクシ は ほっと ヒトイキ して ヘヤ へ かえりました。 しかし ワタクシ が これから サキ K に たいして とる べき タイド は、 どうした もの だろう か、 ワタクシ は それ を かんがえず には いられません でした。 ワタクシ は イロイロ の ベンゴ を ジブン の ムネ で こしらえて みました。 けれども どの ベンゴ も K に たいして メン と むかう には たりません でした。 ヒキョウ な ワタクシ は ついに ジブン で ジブン を K に セツメイ する の が いや に なった の です。

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 ワタクシ は そのまま 2~3 ニチ すごしました。 その 2~3 ニチ の アイダ K に たいする たえざる フアン が ワタクシ の ムネ を おもく して いた の は いう まで も ありません。 ワタクシ は ただでさえ なんとか しなければ、 カレ に すまない と おもった の です。 そのうえ オクサン の チョウシ や、 オジョウサン の タイド が、 しじゅう ワタクシ を つっつく よう に シゲキ する の です から、 ワタクシ は なお つらかった の です。 どこ か おとこらしい キショウ を そなえた オクサン は、 いつ ワタクシ の こと を ショクタク で K に すっぱぬかない とも かぎりません。 それ イライ ことに めだつ よう に おもえた ワタクシ に たいする オジョウサン の キョシ ドウサ も、 K の ココロ を くもらす フシン の タネ と ならない とは ダンゲン できません。 ワタクシ は なんとか して、 ワタクシ と この カゾク との アイダ に なりたった あたらしい カンケイ を、 K に しらせなければ ならない イチ に たちました。 しかし リンリテキ に ジャクテン を もって いる と、 ジブン で ジブン を みとめて いる ワタクシ には、 それ が また シナン の こと の よう に かんぜられた の です。
 ワタクシ は シカタ が ない から、 オクサン に たのんで K に あらためて そう いって もらおう か と かんがえました。 むろん ワタクシ の いない とき に です。 しかし アリノママ を つげられて は、 チョクセツ と カンセツ の クベツ が ある だけ で、 メンボク の ない の に カワリ は ありません。 と いって、 コシラエゴト を はなして もらおう と すれば、 オクサン から その リユウ を キツモン される に きまって います。 もし オクサン に スベテ の ジジョウ を うちあけて たのむ と すれば、 ワタクシ は このんで ジブン の ジャクテン を ジブン の アイジン と その ハハオヤ の マエ に さらけださなければ なりません。 マジメ な ワタクシ には、 それ が ワタクシ の ミライ の シンヨウ に かんする と しか おもわれなかった の です。 ケッコン する マエ から コイビト の シンヨウ を うしなう の は、 たとい イチブ イチリン でも、 ワタクシ には たえきれない フコウ の よう に みえました。
 ようするに ワタクシ は ショウジキ な ミチ を あるく つもり で、 つい アシ を すべらした バカモノ でした。 もしくは コウカツ な オトコ でした。 そうして そこ に キ の ついて いる もの は、 イマ の ところ ただ テン と ワタクシ の ココロ だけ だった の です。 しかし たちなおって、 もう イッポ マエ へ ふみだそう と する には、 イマ すべった こと を ぜひとも シュウイ の ヒト に しられなければ ならない キュウキョウ に おちいった の です。 ワタクシ は あくまで すべった こと を かくしたがりました。 ドウジ に、 どうしても マエ へ でず には いられなかった の です。 ワタクシ は この アイダ に はさまって また たちすくみました。
 5~6 ニチ たった ノチ、 オクサン は とつぜん ワタクシ に むかって、 K に あの こと を はなした か と きく の です。 ワタクシ は まだ はなさない と こたえました。 すると なぜ はなさない の か と、 オクサン が ワタクシ を なじる の です。 ワタクシ は この トイ の マエ に かたく なりました。 その とき オクサン が ワタクシ を おどろかした コトバ を、 ワタクシ は イマ でも わすれず に おぼえて います。
「どうりで ワタシ が はなしたら ヘン な カオ を して いました よ。 アナタ も よく ない じゃ ありません か、 ヘイゼイ あんな に したしく して いる アイダガラ だ のに、 だまって しらん カオ を して いる の は」
 ワタクシ は K が その とき ナニ か いい は しなかった か と オクサン に ききました。 オクサン は べつだん なんにも いわない と こたえました。 しかし ワタクシ は すすんで もっと こまかい こと を たずねず には いられません でした。 オクサン は もとより なにも かくす わけ が ありません。 たいした ハナシ も ない が と いいながら、 いちいち K の ヨウス を かたって きかせて くれました。
 オクサン の いう ところ を ソウゴウ して かんがえて みる と、 K は この サイゴ の ダゲキ を、 もっとも おちついた オドロキ を もって むかえた らしい の です。 K は オジョウサン と ワタクシ との アイダ に むすばれた あたらしい カンケイ に ついて、 サイショ は そう です か と ただ ヒトクチ いった だけ だった そう です。 しかし オクサン が、 「アナタ も よろこんで ください」 と のべた とき、 カレ は はじめて オクサン の カオ を みて ビショウ を もらしながら、 「おめでとう ございます」 と いった まま セキ を たった そう です。 そうして チャノマ の ショウジ を あける マエ に、 また オクサン を ふりかえって、 「ケッコン は いつ です か」 と きいた そう です。 それから 「ナニ か オイワイ を あげたい が、 ワタクシ は カネ が ない から あげる こと が できません」 と いった そう です。 オクサン の マエ に すわって いた ワタクシ は、 その ハナシ を きいて ムネ が ふさがる よう な クルシサ を おぼえました。

 48

 カンジョウ して みる と オクサン が K に ハナシ を して から もう フツカ あまり に なります。 その アイダ K は ワタクシ に たいして すこしも イゼン と ことなった ヨウス を みせなかった ので、 ワタクシ は まったく それ に キ が つかず に いた の です。 カレ の ちょうぜん と した タイド は たとい ガイカン だけ にも せよ、 ケイフク に あたいす べき だ と ワタクシ は かんがえました。 カレ と ワタクシ を アタマ の ナカ で ならべて みる と、 カレ の ほう が はるか に リッパ に みえました。 「オレ は サクリャク で かって も ニンゲン と して は まけた の だ」 と いう カンジ が ワタクシ の ムネ に うずまいて おこりました。 ワタクシ は その とき さぞ K が ケイベツ して いる こと だろう と おもって、 ヒトリ で カオ を あからめました。 しかし いまさら K の マエ に でて、 ハジ を かかせられる の は、 ワタクシ の ジソンシン に とって おおいな クツウ でした。
 ワタクシ が すすもう か よそう か と かんがえて、 ともかくも あくる ヒ まで まとう と ケッシン した の は ドヨウ の バン でした。 ところが その バン に、 K は ジサツ して しんで しまった の です。 ワタクシ は イマ でも その コウケイ を おもいだす と ぞっと します。 いつも ヒガシマクラ で ねる ワタクシ が、 その バン に かぎって、 ぐうぜん ニシマクラ に トコ を しいた の も、 ナニ か の インネン かも しれません。 ワタクシ は マクラモト から ふきこむ さむい カゼ で ふと メ を さました の です。 みる と、 いつも たてきって ある K と ワタクシ の ヘヤ との シキリ の フスマ が、 コノアイダ の バン と おなじ くらい あいて います。 けれども コノアイダ の よう に、 K の くろい スガタ は そこ には たって いません。 ワタクシ は アンジ を うけた ヒト の よう に、 トコ の ウエ に ヒジ を ついて おきあがりながら、 きっと K の ヘヤ を のぞきました。 ランプ が くらく ともって いる の です。 それ で トコ も しいて ある の です。 しかし カケブトン は はねかえされた よう に スソ の ほう に かさなりあって いる の です。 そうして K ジシン は ムコウムキ に つっぷして いる の です。
 ワタクシ は おい と いって コエ を かけました。 しかし なんの コタエ も ありません。 おい どうか した の か と ワタクシ は また K を よびました。 それでも K の カラダ は ちっとも うごきません。 ワタクシ は すぐ おきあがって、 シキイギワ まで ゆきました。 そこ から カレ の ヘヤ の ヨウス を、 くらい ランプ の ヒカリ で みまわして みました。
 その とき ワタクシ の うけた ダイイチ の カンジ は、 K から とつぜん コイ の ジハク を きかされた とき の それ と ほぼ おなじ でした。 ワタクシ の メ は カレ の ヘヤ の ナカ を ヒトメ みる や いなや、 あたかも ガラス で つくった ギガン の よう に、 うごく ノウリョク を うしないました。 ワタクシ は ボウダチ に たちすくみました。 それ が シップウ の ごとく ワタクシ を ツウカ した アト で、 ワタクシ は また ああ しまった と おもいました。 もう トリカエシ が つかない と いう くろい ヒカリ が、 ワタクシ の ミライ を つらぬいて、 イッシュンカン に ワタクシ の マエ に よこたわる ゼンショウガイ を ものすごく てらしました。 そうして ワタクシ は がたがた ふるえだした の です。
 それでも ワタクシ は ついに ワタクシ を わすれる こと が できません でした。 ワタクシ は すぐ ツクエ の ウエ に おいて ある テガミ に メ を つけました。 それ は ヨキドオリ ワタクシ の ナアテ に なって いました。 ワタクシ は ムチュウ で フウ を きりました。 しかし ナカ には ワタクシ の ヨキ した よう な こと は なんにも かいて ありません でした。 ワタクシ は ワタクシ に とって どんな に つらい モンク が その ナカ に かきつらねて ある だろう と ヨキ した の です。 そうして、 もし それ が オクサン や オジョウサン の メ に ふれたら、 どんな に ケイベツ される かも しれない と いう キョウフ が あった の です。 ワタクシ は ちょっと メ を とおした だけ で、 まず たすかった と おもいました。 (もとより セケンテイ の ウエ だけ で たすかった の です が、 その セケンテイ が この バアイ、 ワタクシ に とって は ヒジョウ な ジュウダイ ジケン に みえた の です。)
 テガミ の ナイヨウ は カンタン でした。 そうして むしろ チュウショウテキ でした。 ジブン は ハクシ ジャッコウ で とうてい ユクサキ の ノゾミ が ない から、 ジサツ する と いう だけ なの です。 それから イマ まで ワタクシ に セワ に なった レイ が、 ごく あっさり した モンク で その アト に つけくわえて ありました。 セワ ツイデ に シゴ の カタヅケカタ も たのみたい と いう コトバ も ありました。 オクサン に メイワク を かけて すまん から よろしく ワビ を して くれ と いう ク も ありました。 クニモト へは ワタクシ から しらせて もらいたい と いう イライ も ありました。 ヒツヨウ な こと は みんな ヒトクチ ずつ かいて ある ナカ に オジョウサン の ナマエ だけ は どこ にも みえません。 ワタクシ は シマイ まで よんで、 すぐ K が わざと カイヒ した の だ と いう こと に キ が つきました。 しかし ワタクシ の もっとも ツウセツ に かんじた の は、 サイゴ に スミ の アマリ で かきそえた らしく みえる、 もっと はやく しぬ べき だ のに なぜ イマ まで いきて いた の だろう と いう イミ の モンク でした。
 ワタクシ は ふるえる テ で、 テガミ を まきおさめて、 ふたたび フウ の ナカ へ いれました。 ワタクシ は わざと それ を ミンナ の メ に つく よう に、 モト の とおり ツクエ の ウエ に おきました。 そうして ふりかえって、 フスマ に ほとばしって いる チシオ を はじめて みた の です。

 49

 ワタクシ は とつぜん K の アタマ を かかえる よう に リョウテ で すこし もちあげました。 ワタクシ は K の シニガオ が ヒトメ みたかった の です。 しかし ウツブシ に なって いる カレ の カオ を、 こうして シタ から のぞきこんだ とき、 ワタクシ は すぐ その テ を はなして しまいました。 ぞっと した ばかり では ない の です。 カレ の アタマ が ヒジョウ に おもたく かんぜられた の です。 ワタクシ は ウエ から イマ さわった つめたい ミミ と、 ヘイゼイ に かわらない ゴブガリ の こい カミノケ を しばらく ながめて いました。 ワタクシ は すこしも なく キ には なれません でした。 ワタクシ は ただ おそろしかった の です。 そうして その オソロシサ は、 メノマエ の コウケイ が カンノウ を シゲキ して おこる タンチョウ な オソロシサ ばかり では ありません。 ワタクシ は こつぜん と つめたく なった この トモダチ に よって アンジ された ウンメイ の オソロシサ を ふかく かんじた の です。
 ワタクシ は なんの フンベツ も なく また ワタクシ の ヘヤ に かえりました。 そうして 8 ジョウ の ナカ を ぐるぐる まわりはじめました。 ワタクシ の アタマ は ムイミ でも とうぶん そうして うごいて いろ と ワタクシ に メイレイ する の です。 ワタクシ は どうか しなければ ならない と おもいました。 ドウジ に もう どう する こと も できない の だ と おもいました。 ザシキ の ナカ を ぐるぐる まわらなければ いられなく なった の です。 オリ の ナカ へ いれられた クマ の よう な タイド で。
 ワタクシ は ときどき オク へ いって オクサン を おこそう と いう キ に なります。 けれども オンナ に この おそろしい アリサマ を みせて は わるい と いう ココロモチ が すぐ ワタクシ を さえぎります。 オクサン は とにかく、 オジョウサン を おどろかす こと は、 とても できない と いう つよい イシ が ワタクシ を おさえつけます。 ワタクシ は また ぐるぐる まわりはじめる の です。
 ワタクシ は その アイダ に ジブン の ヘヤ の ランプ を つけました。 それから トケイ を おりおり みました。 その とき の トケイ ほど ラチ の あかない おそい もの は ありません でした。 ワタクシ の おきた ジカン は、 セイカク に わからない の です けれども、 もう ヨアケ に マ も なかった こと だけ は あきらか です。 ぐるぐる まわりながら、 その ヨアケ を まちこがれた ワタクシ は、 エイキュウ に くらい ヨル が つづく の では なかろう か と いう オモイ に なやまされました。
 ワレワレ は 7 ジ マエ に おきる シュウカン でした。 ガッコウ は 8 ジ に はじまる こと が おおい ので、 それ で ない と ジュギョウ に まにあわない の です。 ゲジョ は その カンケイ で 6 ジ-ゴロ に おきる わけ に なって いました。 しかし その ヒ ワタクシ が ゲジョ を おこし に いった の は まだ 6 ジ マエ でした。 すると オクサン が キョウ は ニチヨウ だ と いって チュウイ して くれました。 オクサン は ワタクシ の アシオト で メ を さました の です。 ワタクシ は オクサン に メ が さめて いる なら、 ちょっと ワタクシ の ヘヤ まで きて くれ と たのみました。 オクサン は ネマキ の ウエ へ フダンギ の ハオリ を ひっかけて、 ワタクシ の アト に ついて きました。 ワタクシ は ヘヤ へ はいる や いなや、 イマ まで あいて いた シキリ の フスマ を すぐ たてきりました。 そうして オクサン に とんだ こと が できた と コゴエ で つげました。 オクサン は ナン だ と ききました。 ワタクシ は アゴ で トナリ の ヘヤ を さす よう に して、 「おどろいちゃ いけません」 と いいました。 オクサン は あおい カオ を しました。 「オクサン、 K は ジサツ しました」 と ワタクシ が また いいました。 オクサン は そこ に いすくまった よう に、 ワタクシ の カオ を みて だまって いました。 その とき ワタクシ は とつぜん オクサン の マエ へ テ を ついて アタマ を さげました。 「すみません。 ワタクシ が わるかった の です。 アナタ にも オジョウサン にも すまない こと に なりました」 と あやまりました。 ワタクシ は オクサン と むかいあう まで、 そんな コトバ を クチ に する キ は まるで なかった の です。 しかし オクサン の カオ を みた とき フイ に ワレ とも しらず そう いって しまった の です。 K に あやまる こと の できない ワタクシ は、 こうして オクサン と オジョウサン に わびなければ いられなく なった の だ と おもって ください。 つまり ワタクシ の シゼン が ヘイゼイ の ワタクシ を だしぬいて ふらふら と ザンゲ の クチ を ひらかした の です。 オクサン が そんな ふかい イミ に、 ワタクシ の コトバ を カイシャク しなかった の は ワタクシ に とって サイワイ でした。 あおい カオ を しながら、 「フリョ の デキゴト なら シカタ が ない じゃ ありません か」 と なぐさめる よう に いって くれました。 しかし その カオ には オドロキ と オソレ と が、 ほりつけられた よう に、 かたく キンニク を つかんで いました。

 50

 ワタクシ は オクサン に キノドク でした けれども、 また たって イマ しめた ばかり の カラカミ を あけました。 その とき K の ランプ に アブラ が つきた と みえて、 ヘヤ の ナカ は ほとんど マックラ でした。 ワタクシ は ひきかえして ジブン の ランプ を テ に もった まま、 イリグチ に たって オクサン を かえりみました。 オクサン は ワタクシ の ウシロ から かくれる よう に して、 4 ジョウ の ナカ を のぞきこみました。 しかし はいろう とは しません。 そこ は ソノママ に して おいて、 アマド を あけて くれ と ワタクシ に いいました。
 それから アト の オクサン の タイド は、 さすが に グンジン の ビボウジン だけ あって ヨウリョウ を えて いました。 ワタクシ は イシャ の ところ へも ゆきました。 また ケイサツ へも ゆきました。 しかし みんな オクサン に メイレイ されて いった の です。 オクサン は そうした テツヅキ の すむ まで、 ダレ も K の ヘヤ へは いれません でした。
 K は ちいさな ナイフ で ケイドウミャク を きって ヒトイキ に しんで しまった の です。 ホカ に キズ らしい もの は なんにも ありません でした。 ワタクシ が ユメ の よう な うすぐらい ヒ で みた カラカミ の チシオ は、 カレ の クビスジ から イチド に ほとばしった もの と しれました。 ワタクシ は ニッチュウ の ヒカリ で あきらか に その アト を ふたたび ながめました。 そうして ニンゲン の チ の イキオイ と いう もの の はげしい の に おどろきました。
 オクサン と ワタクシ は できる だけ の テギワ と クフウ を もちいて、 K の ヘヤ を ソウジ しました。 カレ の チシオ の ダイブブン は、 さいわい カレ の フトン に キュウシュウ されて しまった ので、 タタミ は それほど よごれない で すみました から、 アトシマツ は まだ ラク でした。 フタリ は カレ の シガイ を ワタクシ の ヘヤ に いれて、 フダン の とおり ねて いる テイ に ヨコ に しました。 ワタクシ は それから カレ の ジッカ へ デンポウ を うち に でた の です。
 ワタクシ が かえった とき は、 K の マクラモト に もう センコウ が たてられて いました。 ヘヤ へ はいる と すぐ ほとけくさい ケムリ で ハナ を うたれた ワタクシ は、 その ケムリ の ナカ に すわって いる オンナ フタリ を みとめました。 ワタクシ が オジョウサン の カオ を みた の は、 サクヤライ この とき が はじめて でした。 オジョウサン は ないて いました。 オクサン も メ を あかく して いました。 ジケン が おこって から それまで なく こと を わすれて いた ワタクシ は、 その とき ようやく かなしい キブン に さそわれる こと が できた の です。 ワタクシ の ムネ は その カナシサ の ため に、 どの くらい くつろいだ か しれません。 クツウ と キョウフ で ぐいと にぎりしめられた ワタクシ の ココロ に、 イッテキ の ウルオイ を あたえて くれた もの は、 その とき の カナシサ でした。
 ワタクシ は だまって フタリ の ソバ に すわって いました。 オクサン は ワタクシ にも センコウ を あげて やれ と いいます。 ワタクシ は センコウ を あげて また だまって すわって いました。 オジョウサン は ワタクシ には なんとも いいません。 たまに オクサン と ヒトクチ フタクチ コトバ を かわす こと が ありました が、 それ は トウザ の ヨウジ に ついて のみ でした。 オジョウサン には K の セイゼン に ついて かたる ほど の ヨユウ が まだ でて こなかった の です。 ワタクシ は それでも ユウベ の ものすごい アリサマ を みせず に すんで まだ よかった と ココロ の ウチ で おもいました。 わかい うつくしい ヒト に おそろしい もの を みせる と、 せっかく の ウツクシサ が、 その ため に ハカイ されて しまいそう で ワタクシ は こわかった の です。 ワタクシ の オソロシサ が ワタクシ の カミノケ の マッタン まで きた とき で すら、 ワタクシ は その カンガエ を ドガイ に おいて コウドウ する こと は できません でした。 ワタクシ には きれい な ハナ を ツミ も ない のに みだり に むちうつ と おなじ よう な フカイ が その ウチ に こもって いた の です。
 クニモト から K の チチ と アニ が でて きた とき、 ワタクシ は K の イコツ を どこ へ うめる か に ついて ジブン の イケン を のべました。 ワタクシ は カレ の セイゼン に ゾウシガヤ キンペン を よく イッショ に サンポ した こと が あります。 K には そこ が たいへん キ に いって いた の です。 それで ワタクシ は ジョウダン ハンブン に、 そんな に すき なら しんだら ここ へ うめて やろう と ヤクソク した オボエ が ある の です。 ワタクシ も イマ その ヤクソクドオリ K を ゾウシガヤ へ ほうむった ところ で、 どの くらい の クドク に なる もの か とは おもいました。 けれども ワタクシ は ワタクシ の いきて いる かぎり、 K の ハカ の マエ に ひざまずいて ツキヅキ ワタクシ の ザンゲ を あらた に したかった の です。 イマ まで かまいつけなかった K を、 ワタクシ が バンジ セワ を して きた と いう ギリ も あった の でしょう、 K の チチ も アニ も ワタクシ の いう こと を きいて くれました。

 51

 K の ソウシキ の カエリミチ に、 ワタクシ は その ユウジン の ヒトリ から、 K が どうして ジサツ した の だろう と いう シツモン を うけました。 ジケン が あって イライ ワタクシ は もう ナンド と なく この シツモン で くるしめられて いた の です。 オクサン も オジョウサン も、 クニ から でて きた K の フケイ も、 ツウチ を だした シリアイ も、 カレ とは なんの エンコ も ない シンブン キシャ まで も、 かならず ドウヨウ の シツモン を ワタクシ に かけない こと は なかった の です。 ワタクシ の リョウシン は その たび に ちくちく さされる よう に いたみました。 そうして ワタクシ は この シツモン の ウラ に、 はやく オマエ が ころした と ハクジョウ して しまえ と いう コエ を きいた の です。
 ワタクシ の コタエ は ダレ に たいして も おなじ でした。 ワタクシ は ただ カレ の ワタクシ-アテ で かきのこした テガミ を くりかえす だけ で、 ホカ に ヒトクチ も つけくわえる こと は しません でした。 ソウシキ の カエリ に おなじ トイ を かけて、 おなじ コタエ を えた K の ユウジン は、 フトコロ から 1 マイ の シンブン を だして ワタクシ に みせました。 ワタクシ は あるきながら その ユウジン に よって さししめされた カショ を よみました。 それ には K が フケイ から カンドウ された ケッカ エンセイテキ な カンガエ を おこして ジサツ した と かいて ある の です。 ワタクシ は なんにも いわず に、 その シンブン を たたんで ユウジン の テ に かえしました。 ユウジン は この ホカ にも K が キ が くるって ジサツ した と かいた シンブン が ある と いって おしえて くれました。 いしがしい ので、 ほとんど シンブン を よむ ヒマ が なかった ワタクシ は、 まるで そうした ホウメン の チシキ を かいて いました が、 ハラ の ナカ では しじゅう キ に かかって いた ところ でした。 ワタクシ は ナニ より も ウチ の モノ の メイワク に なる よう な キジ の でる の を おそれた の です。 ことに ナマエ だけ に せよ オジョウサン が ヒキアイ に でたら たまらない と おもって いた の です。 ワタクシ は その ユウジン に ホカ に なんとか かいた の は ない か と ききました。 ユウジン は ジブン の メ に ついた の は、 ただ その 2 シュ ぎり だ と こたえました。
 ワタクシ が イマ おる イエ へ ひっこした の は それから まもなく でした。 オクサン も オジョウサン も マエ の ところ に いる の を いやがります し、 ワタクシ も その ヨ の キオク を マイバン くりかえす の が クツウ だった ので、 ソウダン の うえ うつる こと に きめた の です。
 うつって 2 カゲツ ほど して から ワタクシ は ブジ に ダイガク を ソツギョウ しました。 ソツギョウ して ハントシ も たたない うち に、 ワタクシ は とうとう オジョウサン と ケッコン しました。 ソトガワ から みれば、 バンジ が ヨキドオリ に はこんだ の です から、 めでたい と いわなければ なりません。 オクサン も オジョウサン も いかにも コウフク-らしく みえました。 ワタクシ も コウフク だった の です。 けれども ワタクシ の コウフク には くろい カゲ が ついて いました。 ワタクシ は この コウフク が サイゴ に ワタクシ を かなしい ウンメイ に つれて ゆく ドウカセン では なかろう か と おもいました。
 ケッコン した とき オジョウサン が、 ――もう オジョウサン では ありません から、 サイ と いいます。 ――サイ が、 ナニ を おもいだした の か、 フタリ で K の ハカマイリ を しよう と いいだしました。 ワタクシ は イミ も なく ただ ぎょっと しました。 どうして そんな こと を キュウ に おもいたった の か と ききました。 サイ は フタリ そろって オマイリ を したら、 K が さぞ よろこぶ だろう と いう の です。 ワタクシ は ナニゴト も しらない サイ の カオ を しけじけ ながめて いました が、 サイ から なぜ そんな カオ を する の か と とわれて はじめて キ が つきました。
 ワタクシ は サイ の ノゾミドオリ フタリ つれだって ゾウシガヤ へ ゆきました。 ワタクシ は あたらしい K の ハカ へ ミズ を かけて あらって やりました。 サイ は その マエ へ センコウ と ハナ を たてました。 フタリ は アタマ を さげて、 ガッショウ しました。 サイ は さだめて ワタクシ と イッショ に なった テンマツ を のべて K に よろこんで もらう つもり でしたろう。 ワタクシ は ハラ の ナカ で、 ただ ジブン が わるかった と くりかえす だけ でした。
 その とき サイ は K の ハカ を なでて みて リッパ だ と ひょうして いました。 その ハカ は たいした もの では ない の です けれども、 ワタクシ が ジブン で イシヤ へ いって みたてたり した インネン が ある ので、 サイ は とくに そう いいたかった の でしょう。 ワタクシ は その あたらしい ハカ と、 あたらしい ワタクシ の サイ と、 それから ジメン の シタ に うずめられた K の あたらしい ハッコツ と を おもいくらべて、 ウンメイ の レイバ を かんぜず には いられなかった の です。 ワタクシ は それ イゴ けっして サイ と イッショ に K の ハカマイリ を しない こと に しました。

 52

 ワタクシ の ボウユウ に たいする こうした カンジ は いつまでも つづきました。 じつは ワタクシ も ハジメ から それ を おそれて いた の です。 ネンライ の キボウ で あった ケッコン すら、 フアン の ウチ に シキ を あげた と いえば いえない こと も ない でしょう。 しかし ジブン で ジブン の サキ が みえない ニンゲン の こと です から、 コト に よる と あるいは これ が ワタクシ の ココロモチ を イッテン して あたらしい ショウガイ に はいる イトグチ に なる かも しれない とも おもった の です。 ところが いよいよ オット と して アサユウ サイ と カオ を あわせて みる と、 ワタクシ の はかない キボウ は てきびしい ゲンジツ の ため に もろくも ハカイ されて しまいました。 ワタクシ は サイ と カオ を あわせて いる うち に、 そつぜん K に おびやかされる の です。 つまり サイ が チュウカン に たって、 K と ワタクシ を どこまでも むすびつけて はなさない よう に する の です。 サイ の どこ にも フソク を かんじない ワタクシ は、 ただ この イッテン に おいて カノジョ を とおざけたがりました。 すると オンナ の ムネ には すぐ それ が うつります。 うつる けれども、 リユウ は わからない の です。 ワタクシ は ときどき サイ から なぜ そんな に かんがえて いる の だ とか、 ナニ か キ に いらない こと が ある の だろう とか いう キツモン を うけました。 わらって すませる とき は それ で さしつかえない の です が、 トキ に よる と、 サイ の カン も こうじて きます。 シマイ には 「アナタ は ワタクシ を きらって いらっしゃる ん でしょう」 とか、 「なんでも ワタクシ に かくして いらっしゃる こと が ある に ちがいない」 とか いう エンゲン も きかなくて は なりません。 ワタクシ は その たび に くるしみました。
 ワタクシ は いっそ おもいきって、 アリノママ を サイ に うちあけよう と した こと が ナンド も あります。 しかし いざ と いう マギワ に なる と ジブン イガイ の ある チカラ が フイ に きて ワタクシ を おさえつける の です。 ワタクシ を リカイ して くれる アナタ の こと だ から、 セツメイ する ヒツヨウ も あるまい と おもいます が、 はなす べき スジ だ から はなして おきます。 その ジブン の ワタクシ は サイ に たいして オノレ を かざる キ は まるで なかった の です。 もし ワタクシ が ボウユウ に たいする と おなじ よう な ゼンリョウ な ココロ で、 サイ の マエ に ザンゲ の コトバ を ならべた なら、 サイ は ウレシナミダ を こぼして も ワタクシ の ツミ を ゆるして くれた に ちがいない の です。 それ を あえて しない ワタクシ に リガイ の ダサン が ある はず は ありません。 ワタクシ は ただ サイ の キオク に アンコク な イッテン を いんする に しのびなかった から うちあけなかった の です。 ジュンパク な もの に ヒトシズク の インキ でも ヨウシャ なく ふりかける の は、 ワタクシ に とって タイヘン な クツウ だった の だ と カイシャク して ください。
 1 ネン たって も K を わすれる こと の できなかった ワタクシ の ココロ は つねに フアン でした。 ワタクシ は この フアン を クチク する ため に ショモツ に おぼれよう と つとめました。 ワタクシ は モウレツ な イキオイ を もって ベンキョウ しはじめた の です。 そうして その ケッカ を ヨノナカ に オオヤケ に する ヒ の くる の を まちました。 けれども ムリ に モクテキ を こしらえて、 ムリ に その モクテキ の たっせられる ヒ を まつ の は ウソ です から フユカイ です。 ワタクシ は どうしても ショモツ の ナカ に ココロ を うずめて いられなく なりました。 ワタクシ は また ウデグミ を して ヨノナカ を ながめだした の です。
 サイ は それ を コンニチ に こまらない から ココロ に タルミ が でる の だ と カンサツ して いた よう でした。 サイ の イエ にも オヤコ フタリ ぐらい は すわって いて どうか こうか くらして ゆける ザイサン が ある うえ に、 ワタクシ も ショクギョウ を もとめない で サシツカエ の ない キョウグウ に いた の です から、 そう おもわれる の も もっとも です。 ワタクシ も イクブン か スポイル された キミ が ありましょう。 しかし ワタクシ の うごかなく なった ゲンイン の おも な もの は、 まったく そこ には なかった の です。 オジ に あざむかれた トウジ の ワタクシ は、 ヒト の タノミ に ならない こと を つくづく と かんじた には ソウイ ありません が、 ヒト を わるく とる だけ あって、 ジブン は まだ たしか な キ が して いました。 セケン は どう あろう とも この オレ は リッパ な ニンゲン だ と いう シンネン が どこ か に あった の です。 それ が K の ため に みごと に ハカイ されて しまって、 ジブン も あの オジ と おなじ ニンゲン だ と イシキ した とき、 ワタクシ は キュウ に ふらふら しました。 ヒト に アイソ を つかした ワタクシ は、 ジブン にも アイソ を つかして うごけなく なった の です。

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 ショモツ の ナカ に ジブン を イキウメ に する こと の できなかった ワタクシ は、 サケ に タマシイ を ひたして、 オノレ を わすれよう と こころみた ジキ も あります。 ワタクシ は サケ が すき だ とは いいません。 けれども のめば のめる タチ でした から、 ただ リョウ を タノミ に ココロ を もりつぶそう と つとめた の です。 この センパク な ホウベン は しばらく する うち に ワタクシ を なお エンセイテキ に しました。 ワタクシ は ランスイ の マッサイチュウ に ふと ジブン の イチ に キ が つく の です。 ジブン は わざと こんな マネ を して オノレ を いつわって いる グブツ だ と いう こと に キ が つく の です。 すると ミブルイ と ともに メ も ココロ も さめて しまいます。 ときには いくら のんで も こうした カソウ ジョウタイ に さえ はいりこめない で むやみ に しずんで ゆく バアイ も でて きます。 そのうえ ギコウ で ユカイ を かった アト には、 きっと チンウツ な ハンドウ が ある の です。 ワタクシ は ジブン の もっとも あいして いる サイ と その ハハオヤ に、 いつでも そこ を みせなければ ならなかった の です。 しかも カレラ は カレラ に シゼン な タチバ から ワタクシ を カイシャク して かかります。
 サイ の ハハ は ときどき きまずい こと を サイ に いう よう でした。 それ を サイ は ワタクシ に かくして いました。 しかし ジブン は ジブン で、 タンドク に ワタクシ を せめなければ キ が すまなかった らしい の です。 せめる と いって も、 けっして つよい コトバ では ありません。 サイ から ナニ か いわれた ため に、 ワタクシ が げきした ためし は ほとんど なかった くらい です から。 サイ は たびたび どこ が キ に いらない の か エンリョ なく いって くれ と たのみました。 それから ワタクシ の ミライ の ため に サケ を やめろ と チュウコク しました。 ある とき は ないて 「アナタ は コノゴロ ニンゲン が ちがった」 と いいました。 それ だけ なら まだ いい の です けれども、 「K さん が いきて いたら、 アナタ も そんな には ならなかった でしょう」 と いう の です。 ワタクシ は そう かも しれない と こたえた こと が ありました が、 ワタクシ の こたえた イミ と、 サイ の リョウカイ した イミ とは まったく ちがって いた の です から、 ワタクシ は ココロ の ウチ で かなしかった の です。 それでも ワタクシ は サイ に ナニゴト も セツメイ する キ には なれません でした。
 ワタクシ は ときどき サイ に あやまりました。 それ は おおく サケ に よって おそく かえった あくる ヒ の アサ でした。 サイ は わらいました。 あるいは だまって いました。 たまに ぽろぽろ と ナミダ を おとす こと も ありました。 ワタクシ は どっち に して も ジブン が フユカイ で たまらなかった の です。 だから ワタクシ の サイ に あやまる の は、 ジブン に あやまる の と つまり おなじ こと に なる の です。 ワタクシ は シマイ に サケ を やめました。 サイ の チュウコク で やめた と いう より、 ジブン で いや に なった から やめた と いった ほう が テキトウ でしょう。
 サケ は やめた けれども、 なにも する キ には なりません。 シカタ が ない から ショモツ を よみます。 しかし よめば よんだ なり で、 うちやって おきます。 ワタクシ は サイ から なんの ため に ベンキョウ する の か と いう シツモン を たびたび うけました。 ワタクシ は ただ クショウ して いました。 しかし ハラ の ソコ では、 ヨノナカ で ジブン が もっとも シンアイ して いる たった ヒトリ の ニンゲン すら、 ジブン を リカイ して いない の か と おもう と、 かなしかった の です。 リカイ させる シュダン が ある のに、 リカイ させる ユウキ が だせない の だ と おもう と ますます かなしかった の です。 ワタクシ は セキバク でした。 どこ から も きりはなされて ヨノナカ に たった ヒトリ すんで いる よう な キ の した こと も よく ありました。
 ドウジ に ワタクシ は K の シイン を くりかえし くりかえし かんがえた の です。 その トウザ は アタマ が ただ コイ の イチジ で シハイ されて いた せい でも ありましょう が、 ワタクシ の カンサツ は むしろ カンタン で しかも チョクセンテキ でした。 K は まさしく シツレン の ため に しんだ もの と すぐ きめて しまった の です。 しかし だんだん おちついた キブン で、 おなじ ゲンショウ に むかって みる と、 そう たやすく は カイケツ が つかない よう に おもわれて きました。 ゲンジツ と リソウ の ショウトツ、 ――それでも まだ フジュウブン でした。 ワタクシ は シマイ に K が ワタクシ の よう に たった ヒトリ で さむしくって シカタ が なくなった ケッカ、 キュウ に ショケツ した の では なかろう か と うたがいだしました。 そうして また ぞっと した の です。 ワタクシ も K の あるいた ミチ を、 K と おなじ よう に たどって いる の だ と いう ヨカク が、 おりおり カゼ の よう に ワタクシ の ムネ を よこぎりはじめた から です。

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 そのうち サイ の ハハ が ビョウキ に なりました。 イシャ に みせる と とうてい なおらない と いう シンダン でした。 ワタクシ は チカラ の およぶ かぎり コンセツ に カンゴ を して やりました。 これ は ビョウニン ジシン の ため でも あります し、 また あいする サイ の ため でも ありました が、 もっと おおきな イミ から いう と、 ついに ニンゲン の ため でした。 ワタクシ は それまで にも ナニ か したくって たまらなかった の だ けれども、 なにも する こと が できない ので やむ を えず フトコロデ を して いた に チガイ ありません。 セケン と きりはなされた ワタクシ が、 はじめて ジブン から テ を だして、 イクブン でも いい こと を した と いう ジカク を えた の は この とき でした。 ワタクシ は ツミホロボシ と でも なづけなければ ならない、 イッシュ の キブン に シハイ されて いた の です。
 ハハ は しにました。 ワタクシ と サイ は たった フタリ ぎり に なりました。 サイ は ワタクシ に むかって、 これから ヨノナカ で タヨリ に する モノ は ヒトリ しか なくなった と いいました。 ジブン ジシン さえ タヨリ に する こと の できない ワタクシ は、 サイ の カオ を みて おもわず なみだぐみました。 そうして サイ を フコウ な オンナ だ と おもいました。 また フコウ な オンナ だ と クチ へ だして も いいました。 サイ は なぜ だ と ききます。 サイ には ワタクシ の イミ が わからない の です。 ワタクシ も それ を セツメイ して やる こと が できない の です。 サイ は なきました。 ワタクシ が フダン から ひねくれた カンガエ で カノジョ を カンサツ して いる ため に、 そんな こと も いう よう に なる の だ と うらみました。
 ハハ の なくなった アト、 ワタクシ は できる だけ サイ を シンセツ に とりあつかって やりました。 ただ トウニン を あいして いた から ばかり では ありません。 ワタクシ の シンセツ には コジン を はなれて もっと ひろい ハイケイ が あった よう です。 ちょうど サイ の ハハ の カンゴ を した と おなじ イミ で、 ワタクシ の ココロ は うごいた らしい の です。 サイ は マンゾク-らしく みえました。 けれども その マンゾク の ウチ には、 ワタクシ を リカイ しえない ため に おこる ぼんやり した キハク な テン が どこ か に ふくまれて いる よう でした。 しかし サイ が ワタクシ を リカイ しえた に した ところ で、 この モノタリナサ は ます とも へる キヅカイ は なかった の です。 オンナ には おおきな ジンドウ の タチバ から くる アイジョウ より も、 たしょう ギリ を はずれて も ジブン だけ に シュウチュウ される シンセツ を うれしがる セイシツ が、 オトコ より も つよい よう に おもわれます から。
 サイ は ある とき、 オトコ の ココロ と オンナ の ココロ とは どうしても ぴたり と ヒトツ に なれない もの だろう か と いいました。 ワタクシ は ただ わかい とき なら なれる だろう と アイマイ な ヘンジ を して おきました。 サイ は ジブン の カコ を ふりかえって ながめて いる よう でした が、 やがて かすか な タメイキ を もらしました。
 ワタクシ の ムネ には その ジブン から ときどき おそろしい カゲ が ひらめきました。 ハジメ は それ が ぐうぜん ソト から おそって くる の です。 ワタクシ は おどろきました。 ワタクシ は ぞっと しました。 しかし しばらく して いる うち に、 ワタクシ の ココロ が その ものすごい ヒラメキ に おうずる よう に なりました。 シマイ には ソト から こない でも、 ジブン の ムネ の ソコ に うまれた とき から ひそんで いる もの の ごとく に おもわれだして きた の です。 ワタクシ は そうした ココロモチ に なる たび に、 ジブン の アタマ が どうか した の では なかろう か と うたぐって みました。 けれども ワタクシ は イシャ にも ダレ にも みて もらう キ には なりません でした。
 ワタクシ は ただ ニンゲン の ツミ と いう もの を ふかく かんじた の です。 その カンジ が ワタクシ を K の ハカ へ マイゲツ ゆかせます。 その カンジ が ワタクシ に サイ の ハハ の カンゴ を させます。 そうして その カンジ が サイ に やさしく して やれ と ワタクシ に めいじます。 ワタクシ は その カンジ の ため に、 しらない ロボウ の ヒト から むちうたれたい と まで おもった こと も あります。 こうした カイダン を だんだん ケイカ して ゆく うち に、 ヒト に むちうたれる より も、 ジブン で ジブン を むちうつ べき だ と いう キ に なります。 ジブン で ジブン を むちうつ より も、 ジブン で ジブン を ころす べき だ と いう カンガエ が おこります。 ワタクシ は シカタ が ない から、 しんだ キ で いきて いこう と ケッシン しました。
 ワタクシ が そう ケッシン して から コンニチ まで ナンネン に なる でしょう。 ワタクシ と サイ とは モト の とおり なかよく くらして きました。 ワタクシ と サイ とは けっして フコウ では ありません、 コウフク でした。 しかし ワタクシ の もって いる イッテン、 ワタクシ に とって は ヨウイ ならん この イッテン が、 サイ には つねに アンコク に みえた らしい の です。 それ を おもう と、 ワタクシ は サイ に たいして ヒジョウ に キノドク な キ が します。

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 しんだ つもり で いきて ゆこう と ケッシン した ワタクシ の ココロ は、 ときどき ガイカイ の シゲキ で おどりあがりました。 しかし ワタクシ が どの ホウメン か へ きって でよう と おもいたつ や いなや、 おそろしい チカラ が どこ から か でて きて、 ワタクシ の ココロ を ぐいと にぎりしめて すこしも うごけない よう に する の です。 そうして その チカラ が ワタクシ に オマエ は ナニ を する シカク も ない オトコ だ と おさえつける よう に いって きかせます。 すると ワタクシ は その イチゲン で すぐ ぐたり と しおれて しまいます。 しばらく して また たちあがろう と する と、 また しめつけられます。 ワタクシ は ハ を くいしばって、 なんで ヒト の ジャマ を する の か と どなりつけます。 フカシギ な チカラ は ひややか な コエ で わらいます。 ジブン で よく しって いる くせ に と いいます。 ワタクシ は また ぐたり と なります。
 ハラン も キョクセツ も ない タンチョウ な セイカツ を つづけて きた ワタクシ の ナイメン には、 つねに こうした くるしい センソウ が あった もの と おもって ください。 サイ が みて はがゆがる マエ に、 ワタクシ ジシン が ナン-ゾウバイ はがゆい オモイ を かさねて きた か しれない くらい です。 ワタクシ が この ロウヤ の ウチ に じっと して いる こと が どうしても できなく なった とき、 また その ロウヤ を どうしても つきやぶる こと が できなく なった とき、 ひっきょう ワタクシ に とって いちばん ラク な ドリョク で スイコウ できる もの は ジサツ より ホカ に ない と ワタクシ は かんずる よう に なった の です。 アナタ は なぜ と いって メ を みはる かも しれません が、 いつも ワタクシ の ココロ を ニギリシメ に くる その フカシギ な おそろしい チカラ は、 ワタクシ の カツドウ を あらゆる ホウメン で くいとめながら、 シ の ミチ だけ を ジユウ に ワタクシ の ため に あけて おく の です。 うごかず に いれば ともかくも、 すこし でも うごく イジョウ は、 その ミチ を あるいて すすまなければ ワタクシ には ススミヨウ が なくなった の です。
 ワタクシ は コンニチ に いたる まで すでに 2~3 ド ウンメイ の みちびいて ゆく もっとも ラク な ホウコウ へ すすもう と した こと が あります。 しかし ワタクシ は いつでも サイ に ココロ を ひかされました。 そうして その サイ を イッショ に つれて ゆく ユウキ は むろん ない の です。 サイ に スベテ を うちあける こと の できない くらい な ワタクシ です から、 ジブン の ウンメイ の ギセイ と して、 サイ の テンジュ を うばう など と いう てあら な ショサ は、 かんがえて さえ おそろしかった の です。 ワタクシ に ワタクシ の シュクメイ が ある とおり、 サイ には サイ の マワリアワセ が あります。 フタリ を ヒトタバ に して ヒ に くべる の は、 ムリ と いう テン から みて も、 いたましい キョクタン と しか ワタクシ には おもえません でした。
 ドウジ に ワタクシ だけ が いなく なった アト の サイ を ソウゾウ して みる と いかにも フビン でした。 ハハ の しんだ とき、 これから ヨノナカ で タヨリ に する モノ は ワタクシ より ホカ に なくなった と いった カノジョ の ジュッカイ を、 ワタクシ は ハラワタ に しみこむ よう に キオク させられて いた の です。 ワタクシ は いつも チュウチョ しました。 サイ の カオ を みて、 よして よかった と おもう こと も ありました。 そうして また じっと すくんで しまいます。 そうして サイ から ときどき ものたりなそう な メ で ながめられる の です。
 キオク して ください。 ワタクシ は こんな ふう に して いきて きた の です。 はじめて アナタ に カマクラ で あった とき も、 アナタ と イッショ に コウガイ を サンポ した とき も、 ワタクシ の キブン に たいした カワリ は なかった の です。 ワタクシ の ウシロ には いつでも くろい カゲ が くっついて いました。 ワタクシ は サイ の ため に、 イノチ を ひきずって ヨノナカ を あるいて いた よう な もの です。 アナタ が ソツギョウ して クニ へ かえる とき も おなじ こと でした。 9 ガツ に なったら また アナタ に あおう と ヤクソク した ワタクシ は、 ウソ を ついた の では ありません。 まったく あう キ で いた の です。 アキ が さって、 フユ が きて、 その フユ が つきて も、 きっと あう つもり で いた の です。
 すると ナツ の あつい サカリ に メイジ テンノウ が ホウギョ に なりました。 その とき ワタクシ は メイジ の セイシン が テンノウ に はじまって テンノウ に おわった よう な キ が しました。 もっとも つよく メイジ の エイキョウ を うけた ワタクシドモ が、 その アト に いきのこって いる の は ひっきょう ジセイオクレ だ と いう カンジ が はげしく ワタクシ の ムネ を うちました。 ワタクシ は あからさま に サイ に そう いいました。 サイ は わらって とりあいません でした が、 ナニ を おもった もの か、 とつぜん ワタクシ に、 では ジュンシ でも したら よかろう と からかいました。

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 ワタクシ は ジュンシ と いう コトバ を ほとんど わすれて いました。 ヘイゼイ つかう ヒツヨウ の ない ジ だ から、 キオク の ソコ に しずんだ まま、 くされかけて いた もの と みえます。 サイ の ジョウダン を きいて はじめて それ を おもいだした とき、 ワタクシ は サイ に むかって もし ジブン が ジュンシ する ならば、 メイジ の セイシン に ジュンシ する つもり だ と こたえました。 ワタクシ の コタエ も むろん ジョウダン に すぎなかった の です が、 ワタクシ は その とき なんだか ふるい フヨウ な コトバ に あたらしい イギ を もりえた よう な ココロモチ が した の です。
 それから ヤク 1 カゲツ ほど たちました。 ゴタイソウ の ヨル ワタクシ は イツモ の とおり ショサイ に すわって、 アイズ の ゴウホウ を ききました。 ワタクシ には それ が メイジ が エイキュウ に さった ホウチ の ごとく きこえました。 アト で かんがえる と、 それ が ノギ タイショウ の エイキュウ に さった ホウチ にも なって いた の です。 ワタクシ は ゴウガイ を テ に して、 おもわず サイ に ジュンシ だ ジュンシ だ と いいました。
 ワタクシ は シンブン で ノギ タイショウ の しぬ マエ に かきのこして いった もの を よみました。 セイナン センソウ の とき テキ に ハタ を とられて イライ、 モウシワケ の ため に しのう しのう と おもって、 つい コンニチ まで いきて いた と いう イミ の ク を みた とき、 ワタクシ は おもわず ユビ を おって、 ノギ さん が しぬ カクゴ を しながら いきながらえて きた トシツキ を カンジョウ して みました。 セイナン センソウ は メイジ 10 ネン です から、 メイジ 45 ネン まで には 35 ネン の キョリ が あります。 ノギ さん は この 35 ネン の アイダ しのう しのう と おもって、 しぬ キカイ を まって いた らしい の です。 ワタクシ は そういう ヒト に とって、 いきて いた 35 ネン が くるしい か、 また カタナ を ハラ へ つきたてた イッセツナ が くるしい か、 どっち が くるしい だろう と かんがえました。
 それから 2~3 ニチ して、 ワタクシ は とうとう ジサツ する ケッシン を した の です。 ワタクシ に ノギ さん の しんだ リユウ が よく わからない よう に、 アナタ にも ワタクシ の ジサツ する ワケ が あきらか に のみこめない かも しれません が、 もし そう だ と する と、 それ は ジセイ の スイイ から くる ニンゲン の ソウイ だ から シカタ が ありません。 あるいは コジン の もって うまれた セイカク の ソウイ と いった ほう が たしか かも しれません。 ワタクシ は ワタクシ の できる かぎり この フカシギ な ワタクシ と いう もの を、 アナタ に わからせる よう に、 イマ まで の ジョジュツ で オノレ を つくした つもり です。
 ワタクシ は サイ を のこして ゆきます。 ワタクシ が いなく なって も サイ に イショクジュウ の シンパイ が ない の は シアワセ です。 ワタクシ は サイ に ザンコク な キョウフ を あたえる こと を このみません。 ワタクシ は サイ に チ の イロ を みせない で しぬ つもり です。 サイ の しらない マ に、 こっそり コノヨ から いなく なる よう に します。 ワタクシ は しんだ アト で、 サイ から トンシ した と おもわれたい の です。 キ が くるった と おもわれて も マンゾク なの です。
 ワタクシ が しのう と ケッシン して から、 もう トオカ イジョウ に なります が、 その ダイブブン は アナタ に この ながい ジジョデン の イッセツ を かきのこす ため に シヨウ された もの と おもって ください。 ハジメ は アナタ に あって ハナシ を する キ で いた の です が、 かいて みる と、 かえって その ほう が ジブン を はっきり えがきだす こと が できた よう な ココロモチ が して うれしい の です。 ワタクシ は スイキョウ に かく の では ありません。 ワタクシ を うんだ ワタクシ の カコ は、 ニンゲン の ケイケン の イチブブン と して、 ワタクシ より ホカ に ダレ も かたりうる モノ は ない の です から、 それ を イツワリ なく かきのこして おく ワタクシ の ドリョク は、 ニンゲン を しる うえ に おいて、 アナタ に とって も、 ホカ の ヒト に とって も、 トロウ では なかろう と おもいます。 ワタナベ カザン は カンタン と いう エ を かく ため に、 シキ を 1 シュウカン くりのべた と いう ハナシ を つい せんだって ききました。 ヒト から みたら ヨケイ な こと の よう にも カイシャク できましょう が、 トウニン には また トウニン ソウオウ の ヨウキュウ が ココロ の ウチ に ある の だ から やむ を えない とも いわれる でしょう。 ワタクシ の ドリョク も たんに アナタ に たいする ヤクソク を はたす ため ばかり では ありません。 ナカバ イジョウ は ジブン ジシン の ヨウキュウ に うごかされた ケッカ なの です。
 しかし ワタクシ は イマ その ヨウキュウ を はたしました。 もう なんにも する こと は ありません。 この テガミ が アナタ の テ に おちる コロ には、 ワタクシ は もう コノヨ には いない でしょう。 とくに しんで いる でしょう。 サイ は トオカ ばかり マエ から イチガヤ の オバ の ところ へ ゆきました。 オバ が ビョウキ で テ が たりない と いう から ワタクシ が すすめて やった の です。 ワタクシ は サイ の ルス の アイダ に、 この ながい もの の ダイブブン を かきました。 ときどき サイ が かえって くる と、 ワタクシ は すぐ それ を かくしました。
 ワタクシ は ワタクシ の カコ を ゼンアク ともに ヒト の サンコウ に きょうする つもり です。 しかし サイ だけ は たった ヒトリ の レイガイ だ と ショウチ して ください。 ワタクシ は サイ には なんにも しらせたく ない の です。 サイ が オノレ の カコ に たいして もつ キオク を、 なるべく ジュンパク に ホゾン して おいて やりたい の が ワタクシ の ユイイツ の キボウ なの です から、 ワタクシ が しんだ アト でも、 サイ が いきて いる イジョウ は、 アナタ カギリ に うちあけられた ワタクシ の ヒミツ と して、 スベテ を ハラ の ナカ に しまって おいて ください。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...