2016/10/08

スシ

 スシ

 オカモト カノコ

 トウキョウ の シタマチ と ヤマノテ の サカイメ と いった よう な、 ひどく サカ や ガケ の おおい マチ が ある。
 オモテドオリ の ハンカ から おれまがって きた モノ には、 ベッテンチ の カンジ を あたえる。
 つまり オモテドオリ や シン ドウロ の ハンカ な シゲキ に つかれた ヒトビト が、 ときどき、 シゲキ を はずして キブン を テンカン する ため に まぎれこむ よう な ちょっと した マチスジ――
 フクズシ の ミセ の ある ところ は、 この マチ でも いちばん ひくまった ところ で、 2 カイ-ダテ の ドウバリ の ミセガマエ は、 3~4 ネン マエ オモテ だけ を ゾウサク した もの で、 ウラ の ほう は ガケ に ささえられて いる ハシラ の アシ を ネツギ して ふるい ジュウタク の まま を つかって いる。
 ふるく から ある フツウ の スシヤ だ が、 ショウバイ フシン で、 センダイ の モチヌシ は カンバン-ごと カサク を トモヨ の リョウシン に ゆずって、 ミセ も だんだん ゆきたって きた。
 あたらしい フクズシ の シュジン は、 もともと トウキョウ で クッシ の スシ-テン で ウデ を しこんだ ショクニン だけ に、 シュウイ の ジョウキョウ を さっして、 スシ の ヒンシツ を あげて ゆく に ゾウサ も なかった。 マエ には ほとんど デマエ だった が、 あたらしい シュジン に なって から は、 スシバン の マエ や ドマ に こしかける キャク が おおく なった ので、 ハジメ は、 シュジン フウフ と オンナ の コ の トモヨ 3 ニン きり の クラシ で あった が、 やがて ショクニン を いれ、 コドモ と ジョチュウ を つかわない では まにあわなく なった。
 ミセ へ くる キャク は ジュウニン トイロ だ が、 ゼンタイ に ついて は キョウツウ する もの が あった。
 ウシロ から も マエ から も ぎりぎり に セイカツ の ゲンジツ に つめよられて いる、 その アイダ を ぽっと はずして キブン を テンカン したい。
 ヒトツヒトツ ワガママ が きいて、 ちんまり した ゼイタク が できて、 そして、 ここ へ きて いる アイダ は、 くだらなく バカ に なれる。 コノミ の テイド に ジブン から ハダカ に なれたり、 カソウ したり できる。 たとえ、 そこ で、 どんな アンチョク な こと を して も いって も、 ダレ も ケイベツ する モノ が ない。 おたがいに ゲンジツ から カクレンボウ を して いる よう な モノ ドウシ の イッシュ の シタシサ、 そして、 かばいあう よう な ねんごろ な マナザシ で スシ を つまむ テツキ や チャ を のむ ヨウス を みあったり する。 か と おもう と また それ は ニンゲン と いう より ボクセキ の ごとく、 ハタ の シンケイ とは まったく ムコウショウ な ヨウス で もくもく と イクツ か の スシ を つまんで、 さっさと かえって ゆく キャク も ある。
 スシ と いう もの の うむ かいがいしい まめやか な フンイキ、 そこ へ ヒト が いくら ふけりこんで も、 みだれる よう な こと は ない。 バンジ が てがるく コダワリ なく ゆきすぎて しまう。
 フクズシ へ くる キャク の ジョウレン は、 モト シュリョウ ジュウキテン の シュジン、 デパート ガイキャク マワリ カカリチョウ、 シカ イシ、 タタミヤ の セガレ、 デンワ の ブローカー、 セッコウ モケイ の ギジュツカ、 ジドウ ヨウヒン の ウリコミニン、 ウサギニク ハンバイ の カンユウイン、 ショウケン ショウカイ を やった こと の あった インキョ―― この ホカ に この マチ の チカク の どこ か に すんで いる に ちがいない ゲキジョウ カンケイ の ゲイニン で、 ゲキジョウ が ヒマ な とき は、 ナニ か ナイショク を する らしく、 あぶらづいた よう な キヌモノ を ぞろり と きて、 あおじろい テ で スシ を キヨウ に つまんで たべて ゆく オトコ も ある。
 ジョウレン で、 この カイワイ に すんで いる ヒマ の ある レンチュウ は サンパツ の ツイデ に よって ゆく し、 トオク から この フキン へ ヨウタシ の ある モノ は、 その ヨウ の ゼンゴ に よる。 キセツ に よって ちがう が、 ヒ が ながく なる と ゴゴ の 4 ジ-ゴロ から アカリ が つく コロ が いちばん おちあって たてこんだ。
 めいめい、 コノミゴノミ の バショ に セキ を とって、 スシダネ で ユウズウ して くれる サシミ や、 スノモノ で サケ を のむ モノ も ある し、 すぐ スシ に とりかかる モノ も ある。

 トモヨ の チチオヤ で ある スシヤ の テイシュ は、 ときには シゴトバ から ドマ へ おりて きて、 くろみがかった オシズシ を もった サラ を ジョウレン の マンナカ の テーブル に おく。
「ナン だ、 ナン だ」
 コウキ の カオ が シホウ から のぞきこむ。
「まあ、 やって ごらん、 アタシ の ネザケ の サカナ さ」
 テイシュ は キャク に トモダチ の よう な クチ を きく。
「コハダ に しちゃ アジ が こい し――」
 ヒトツ つまんだ の が いう。
「アジ かしらん」
 すると、 タタミジキ の ほう の ハシラ の ネ に ヨコズワリ に して みて いた カミサン ――トモヨ の ハハオヤ―― が、 はははは と フトリジシ を ゆすって 「ミンナ オトッツァン に イッパイ くった」 と わらった。
 それ は シオサンマ を つかった オシズシ で、 オカラ を つかって ほどよく シオ と アブラ を ぬいて、 オシズシ に した の で あった。
「オトッサン ずるい ぜ、 ヒトリ で こっそり こんな うまい もの を こしらえて くう なんて――」
「へえ、 サンマ も、 こうして くう と まるで ちがう ね」
 キャク たち の こんな ハナシ が ひとしきり がやがや うずまく。
「なにしろ アタシタチ は、 ゼニ の かかる ゼイタク は できない から ね」
「オトッサン、 なぜ これ を、 ミセ に ださない ん だ」
「ジョウダン いっちゃ、 いけない、 これ を だした ヒ にゃ、 ホカ の スシ が けおされて うれなく なっちまわ。 だいいち、 サンマ じゃ、 いくらも ネダン が とれない から ね」
「オトッツァン、 なかなか ショウバイ を しって いる」
 その ホカ、 スシ の ザイリョウ を とった アト の カツオ の ナカオチ だの、 アワビ の ハラワタ だの、 タイ の シラコ だの を たくみ に チョウリ した もの が、 ときどき ジョウレン に だけ つきだされた。 トモヨ は それ を みて 「あきあき する、 あんな まずい もの」 と カオ を しわめた。 だが、 それら は ジョウレン から くれ と いって も なかなか ださない で、 おもわぬ とき に ひょっこり だす。 テイシュ は この こと に かけて だけ イコジ で ムラキ なの を しって いる ので けっして ねだらない。
 よほど ほしい とき は、 ムスメ の トモヨ に こっそり たのむ。 すると トモヨ は めんどうくさそう に さがしだして あたえる。
 トモヨ は おさない とき から、 こういう オトコ たち は みなれて、 その オトコ たち を とおして ヨノナカ を コロアイ で こだわらない、 いささか チキ の ある もの に かんじて きて いた。
 ジョガッコウ ジダイ に、 スシヤ の ムスメ と いう こと が、 いくらか はじられて、 イエ の デイリ の サイ には、 できる だけ トモダチ を ちかづけない こと に して いた クロウ の よう な もの が あって、 コドク な カンジ は あった が、 ある テイド まで の コドクカン は、 ウチ の ナカ の フボ の アイダガラ から も しみつけられて いた。 チチ と ハハ と ケンカ を する よう な こと は なかった が、 キモチ は めいめい ドクリツ して いた。 ただ いきて ゆく こと の ヒツヨウジョウ から、 ジムテキ より も、 もうすこし ホンノウ に くいこんだ キョウチョウ やら イタワリカタ を アンモク の ウチ に コウカン して、 それ が ハンシャテキ に まで ハツイク して いる ので、 セケン から は ムクチ で ヒカクテキ ナカ の よい フウフ にも みえた。 チチオヤ は、 どこ か シタマチ の ビルヂング に シテン を だす こと に ネツイ を もちながら、 コトリ を かう の を ドウラク に して いた。 ハハオヤ は、 モノミ ユサン にも ゆかず、 キモノ も かわない カワリ に ツキヅキ の ミセ の ウリアゲガク から、 ジブン だけ の ツキガケ チョキン を して いた。
 リョウシン は、 ムスメ の こと に ついて だけ は イッチ した もの が あった。 とにかく キョウイク だけ は しとかなくて は と いう こと だった。 マワリ に ひたひた と おしよせて くる、 チシキテキ な クウキ に たいして、 この テン では リョウシン は きせず して イッチ して シャカイ への キョウソウテキ な もの は もって いた。
「ジブン は ショクニン だった から せめて ムスメ は」
 と―― だが、 それから サキ を どう する か は、 まったく ぼうぜん と して いた。
 ムジャキ に そだてられ、 ヒョウメン だけ だ が セジ に つうじ、 ケイカイ で そして コドクテキ な もの を もって いる。 これ が トモヨ の セイカク だった。 こういう ムスメ を ダレ も メノカタキ に したり ジャマ に する モノ は ない。 ただ オトコ に たいして だけ は、 ずばずば オウタイ して オンナ の コ-らしい ハジライ も、 サクイ の タイド も ない ので、 イチジ ジョガッコウ の キョウイン の アイダ で モンダイ に なった が、 ショウバイガラ、 しぜん、 そういう オンナ の コ に なった の だ と わかって、 いつのまにか ウタガイ は きえた。
 トモヨ は ガッコウ の エンソクカイ で タマガワ-ベリ へ いった こと が あった。 ハルサキ の オガワ の ヨドミ の フチ を のぞいて いる と、 イクツ も フナ が およぎながれて きて、 シンチャ の よう な あおい ミズ の ナカ に オヒレ を ひらめかして は、 クイネ の コケ を はんで、 また ながれさって ゆく。 すると もう アト の フナ が ながれたまって オヒレ を ひらめかして いる。 ながれきたり、 ながれさる の だ が、 その コウタイ は ニンゲン の イシキ の メ には とまらない ほど すみやか で かすか な サギョウ の よう で、 いつも ジャッカン の おなじ サカナ が、 そこ に あそんで いる か とも おもえる。 ときどき は ブショウ そう な ナマズ も きた。
 ジブン の ミセ の キャク の シンチン タイシャ は トモヨ には この ハル の カワ の サカナ の よう にも かんぜられた。 (たとえ ジョウレン と いう グループ は あって も、 その ナカ の ヒトリヒトリ は いつか かわって いる) ジブン は クイネ の ミドリ の コケ の よう に かんじた。 ミンナ ジブン に かるく ふれて は なぐさめられて ゆく。 トモヨ は ミセ の サーヴィス を ギム とも シンボウ とも かんじなかった。 ムネ も コシ も つくろわない ショウジョ-じみた カシミヤ の セイフク を きて、 アリアワセ の オトコゲタ を からん からん ひきずって、 キャク へ チャ を はこぶ。 キャク が ジョウジ-めいた こと を いって からかう と、 トモヨ は クチ を ちょっと とがらし、 カタホウ の カタ を イッショ に つりあげて、
「こまる わ そんな こと、 なんとも ヘンジ できない わ」
 と いう。 さすが に、 それ には ごく かるい コビ が コエ に よじれて きえる。 キャク は ほのか な あかるい もの を ジブン の キモチ の ナカ に てんじられて わらう。 トモヨ は、 その テイド の フクズシ の カンバン ムスメ で あった。

 キャク の ナカ の ミナト と いう の は、 50-スギ ぐらい の シンシ で、 こい マユガシラ から カオ へ かけて、 ユウシュウ の カゲ を おびて いる。 トキ に よって は、 もっと ふけて みえ、 バアイ に よって は ジョウネツテキ な ソウネンシャ にも みえる とき も あった。 けれども するどい リチ から くる イッシュ の テイネン と いった よう な もの が、 ヒトガラ の ウエ に さえて、 ニガミ の ある カオ を ニュウワ に みがいて いた。
 こく ちぢれた カミノケ を、 ほどよく もじょもじょ に わけ フランス ヒゲ を はやして いる。 フクソウ は あかい タングツ を ホコリマミレ に して ホームスパン を きて いる とき も あれば、 すこし ふるびた ユウキ で キナガシ の とき も ある。 ドクシンシャ で ある こと は たしか だ が ショクギョウ は ダレ にも わからず、 ミセ では いつか センセイ と よびなれて いた。 スシ の タベカタ は コウシャ で ある が、 しいて つうがる ところ も なかった。
 サビタ の ステッキ を ユカ に とん と つき、 イス に こしかけて から カラダ を ハス に スシ の ニギリダイ の ほう に かたむけ、 ガラスバコ の ナカ に はいって いる ザイリョウ を ものうそう に テンケン する。
「ほう。 キョウ は だいぶ シナカズ が ある な」
 と いって トモヨ の はこんで きた チャ を うけとる。
「カンパチ が アブラ が のって います。 それに キョウ は ハマグリ も――」
 トモヨ の チチオヤ の フクズシ の テイシュ は、 いつか この キャク の ケッペキ な ショウブン で ある こと を おぼえ、 ミナト が くる と ムイシキ に マナイタ や ヌリバン の ウエ へ しきり に フキン を かけながら いう。
「じゃ、 それ を にぎって もらおう」
「はい」
 テイシュ は しぜん、 ホカ の キャク とは ちがった ヘンジ を する。 ミナト の スシ の タベカタ の コース は、 いわれなく とも トモヨ の チチオヤ は わかって いる。 マグロ の チュウトロ から はじまって、 ツメ の つく ニモノ の スシ に なり、 だんだん あっさり した あおい ウロコ の サカナ に すすむ。 そして タマゴ と ノリマキ に おわる。 それで ニギリテ は、 その ヒ の トクベツ の チュウモン は、 テキギ に コース の ナカ へ くわえれば いい の で ある。
 ミナト は、 チャ を のんだり、 スシ を あじわったり する アイダ、 カタテ を ホオ に あてがう か、 そのまま クビ を さげて ステッキ の アタマ に おく リョウテ の ウエ へ アゴ を のせる か して、 じっと ながめる。 ながめる の は あけはなして ある オクザシキ を とおして メ に はいる ウラ の タニアイ の コガクレ の サワチ か、 ミズ を まいて ある オモテドオリ に、 ムコウ の ヘイ から たれさがって いる シイ の ハ の シゲミ か どちら か で ある。
 トモヨ は、 ハジメ は すこし キュウクツ な キャク と おもって いた だけ だった が、 だんだん この キャク の なぞめいた メ の ヤリドコロ を みなれる と、 オチャ を はこんで いった とき から スシ を くいおわる まで、 ヨソ ばかり ながめて いて、 イチド も その メ を ジブン の ほう に ふりむけない とき は、 ものたりなく おもう よう に なった。 そう か と いって、 どうか して、 マトモ に その メ を ふりむけられ ジブン の メ と ながく シセン を あわせて いる と、 ジブン を ささえて いる チカラ を ぼかされて あやうい よう な キ が した。
 グウゼン の よう に カオ を みあわして、 ただ ヒトトオリ の コウカン を よせる テイド で、 ビショウ して くれる とき は トモヨ は フボ とは ちがって、 ジブン を ほぐして くれる ナニ か アタタカミ の ある シゲキ の よう な カンジ を この としとった キャク から うけた。 だから トモヨ は ミナト が いつまでも ヨソ ばかり みて いる とき は ドマ の スミ の ユワカシ の マエ で、 ロザシ の テ を とめて、 たとえば、 ツクリセキ を する とか ミミ に たつ もの の オト を たてる か して、 ジブン ながら しらずしらず ミナト の チュウイ を ジブン に ふりむける ショサ を した。 すると ミナト は、 ぴくり と して、 トモヨ の ほう を みて、 ビショウ する。 ウワバ と シタバ が きっちり あい、 ひきしまって みえる クチ の セン が、 なめらか に なり、 フランス ヒゲ の カタハシ が メ に ついて あがる―― チチオヤ は スシ を にぎりながら ちょっと メ を あげる。 トモヨ の イタズラゲ と ばかり おもい、 また ブアイソウ な カオ を して シゴト に むかう。
 ミナト は この ミセ へ くる ジョウレン とは ワケヘダテ なく はなす。 ケイバ の ハナシ、 カブ の ハナシ、 ジキョク の ハナシ、 ゴ、 ショウギ の ハナシ、 ボンサイ の ハナシ―― だいたい こういう バショ の キャク の アイダ に かわされる ワダイ に もれない もの だ が、 ミナト は、 8 ブ は アイテ に はなさして、 2 ブ だけ ジブン が クチ を ひらく の だ けれども、 その カモク は アイテ を みさげて いる の でも なく、 つまらない の を ガマン して いる の でも ない。 その ショウコ には、 サカズキ の ヒトツ も さされる と、
「いや どうも、 ボク は カラダ を こわして いて、 サケ は すっかり とめられて いる の です が、 せっかく です から、 じゃ、 まあ、 いただきましょう かな」 と いって、 ほそい がっしり と して いる テ を、 ナンド も ふって、 さも ケイイ を ひょうする よう に あざやか に サカズキ を うけとり、 キモチ よく のんで また サカズキ を かえす。 そして トックリ を キヨウ に もちあげて シャク を して やる。 その キョドウ の アイダ に、 いかにも ひとなつこく タニン の コウイ に たいして は、 ナンバイ に か して かえさなくて は キ が すまない ショウブン が あらわれて いる ので、 ジョウレン の アイダ で、 センセイ は いい ヒト だ と いう こと に なって いた。
 トモヨ は、 こういう ミナト を みる の は、 あまり すかなかった。 あの ヒト に して は かるすぎる と いう よう な タイド だ と おもった。 アイテ キャク の ほんの キマグレ に ふりむけられた シタシミ に たいして、 ああ マトモ に シンミ の ジョウ を かえす の は、 ミナト の もって いる もの が へって しまう よう に かんじた。 ふだん インキ な くせ に、 いったん むけられる と、 なんと いう あさましく がつがつ ニンジョウ に うえて いる ヨウス を あらわす としとった オトコ だろう と おもう。 トモヨ は ミナト が ナカユビ に はめて いる コダイ エジプト の スカラップ の ついて いる ギン の ユビワ さえ そういう とき は イヤミ に みえた。
 ミナト の オウタイブリ に ウチョウテン に なった アイテ キャク が、 なお くりかえして ミナト に サカズキ を さし、 ミナト も つりこまれて すこし ワライゴエ さえ たてながら その サカズキ の ヤリトリ を はじめだした と みる とき は、 トモヨ は つかつか と よって いって、
「オサケ、 あんまり のんじゃ カラダ に いけない って いってる くせ に、 もう、 よしなさい」
 と ミナト の テ から サカズキ を ひったくる。 そして ミナト の カワリ に アイテ の キャク に その サカズキ を つきかえして だまって いって しまう。 それ は かならずしも ミナト の カラダ を おもう ため で なく、 ミョウ な シット が トモヨ に そう させる の で あった。
「なかなか セワ ニョウボウ だぞ、 トモ ちゃん は」
 アイテ の キャク が そう いう くらい で その バ は ソレナリ に なる。 ミナト も クショウ しながら アイテ の キャク に イチレイ して ジブン の セキ に むきなおり、 おもたい ユノミ-ヂャワン に テ を かける。
 トモヨ は ミナト の こと が、 だんだん ミョウ な キガカリ に なり、 かえって、 そしらぬ カオ を して だまって いる こと も ある。 ミナト が はいって くる と、 つんと すまして たって いって しまう こと も ある。 ミナト も そういう ソブリ を されて、 かえって あかるく ウスワライ する とき も ある が、 ぜんぜん、 トモヨ の スガタ の みえぬ とき は ものさびしそう に、 イツモ より いっそう、 オモテドオリ や ウラ の タニアイ の ケシキ を ふかぶか と ながめる。

 ある ヒ、 トモヨ は、 カゴ を もって、 オモテドオリ の ムシヤ へ カジカ を かい に いった。 トモヨ の チチオヤ は、 こういう カイモノ に こる ショウブン で、 カイカタ も うまかった が、 ときどき は シッパイ して カズ を へらした。 が コトシ も もはや ショカ の キセツ で、 カジカ など すずしそう に なかせる ジブン だ。
 トモヨ は、 オモテドオリ の モクテキ の ミセ ちかく くる と、 その ミセ から ミナト が ガラスバチ を さげて でて ゆく スガタ を みた。 ミナト は トモヨ に キ が つかない で ガラスバチ を いたわりながら、 ムコウムキ に そろそろ あるいて いた。
 トモヨ は、 ミセ へ はいって てばやく ミセ の モノ に ジブン の かう もの を チュウモン して、 カゴ に それ を いれて もらう アイダ、 ミセサキ へ でて、 ミナト の ユクテ に キ を つけて いた。
 カジカ を カゴ に いれて もらう と、 トモヨ は それ を もって、 いそいで ミナト に おいついた。
「センセイ ってば」
「ほう、 トモ ちゃん か、 めずらしい な、 オモテ で あう なんて」
 フタリ は、 あるきながら、 タガイ の カイモノ を みせあった。 ミナト は セイヨウ の カンショウギョ の ゴースト フィッシュ を かって いた。 それ は ホネ が カンテン の よう な ニク に すきとおって、 ハラワタ が エラ の シタ に ちいさく こみあがって いた。
「センセイ の オウチ、 この キンジョ」
「イマ は、 この サキ の アパート に いる。 だが、 いつ こす か わからない よ」
 ミナト は めずらしく オモテ で あった から トモヨ に オチャ でも ゴチソウ しよう と いって マチスジ を すこし ブッショク した が、 この ヘン には おもわしい ミセ も なかった。
「まさか、 こんな もの を さげて ギンザ へも でかけられん し」
「ううん、 ギンザ なんか へ いかなくって も、 どこ か その ヘン の アキチ で やすんで いきましょう よ」
 ミナト は いまさら の よう に みなぎりわたる シンジュ の キセツ を みまわし、 ふうっと イキ を ソラ に ふいて、
「それ も、 いいな」
 オモテドオリ を まがる と まもなく ガケバタ に ビョウイン の ヤケアト の アキチ が あって、 レンガベイ の カタガワ が ローマ の コセキ の よう に みえる。 トモヨ と ミナト は モチモノ を クサムラ の ウエ に おき、 アシ を なげだした。
 トモヨ は、 ミナト に ナニ か いろいろ きいて みたい キモチ が あった の だ が、 イマ こうして ソバ に ならんで みる と、 そんな ヒツヨウ も なく、 ただ、 キリ の よう な ニオイ に つつまれて、 しんしん と する だけ で ある。 ミナト の ほう が かえって はずんで いて、
「キョウ は、 トモ ちゃん が、 すっかり オトナ に みえる ね」
 など と キゲン よさそう に いう。
 トモヨ は ナニ を いおう か と しばらく かんがえて いた が、 たいした オモイツキ でも ない よう な こと を、 とうとう いいだした。
「アナタ、 オスシ、 ホントウ に おすき なの」
「さあ」
「じゃ なぜ きて たべる の」
「すき で ない こと は ない さ、 けど、 さほど たべたく ない とき でも、 スシ を たべる と いう こと が ボク の ナグサミ に なる ん だよ」
「なぜ」
 なぜ、 ミナト が、 さほど スシ を たべたく ない とき でも スシ を たべる と いう その こと だけ が ミナト の ナグサメ と なる か を はなしだした。
 ――ふるく なって つぶれる よう な イエ には ミョウ な コドモ が うまれる と いう もの か、 おおきな イエ の つぶれる とき と いう もの は、 オトナ より コドモ に その オビエ が ヨカン される と いう もの か、 それ が はげしく くる と、 コ は ハハ の タイナイ に いる とき から、 そんな オビエ に イノチ を むしばまれて いる の かも しれない ね―― と いう よう な コトバ を ボウトウ に ミナト は かたりだした。
 その コドモ は ちいさい とき から あまい もの を このまなかった。 オヤツ には せいぜい シオセンベイ ぐらい を のぞんだ。 たべる とき は、 ウワバ と シタバ を テイネイ に そろえ まるい カタチ の センベイ の ハシ を キソク ただしく かみとった。 ひどく しめって いない センベイ なら たいがい いい オト が した。 コドモ は かみとった センベイ の ハヘン を ジュウブン に ソシャク して ノド へ きれい に のみくだして から ツギ の ハシ を かみとる こと に かかる。 ウワバ と シタバ を また テイネイ に そろえ、 その アイダ へ また センベイ の ツギ の ハシ を はさみいれる―― いざ、 かみやぶる とき に コドモ は メ を うすく つぶり ミミ を すます。
 ぺちん
 おなじ、 ぺちん と いう オト にも、 イロイロ の タチ が あった。 コドモ は ききなれて その オト の シュルイ を ききわけた。
 ある イッテイ の チョウシ の ヒビキ を ききあてた とき、 コドモ は ぶるぶる と ドウブルイ した。 コドモ は センベイ を もった テ を ひかえて、 しばらく かんがえこむ。 うっすら メ に ナミダ を ためて いる。
 カゾク は リョウシン と、 アニ と アネ と メシツカイ だけ だった。 ウチジュウ で、 おかしな コドモ と いわれて いた。 その コドモ の タベモノ は ホカ に まだ かたよって いた。 サカナ が きらい だった。 あまり カズ の ヤサイ は すかなかった。 ニクルイ は ゼッタイ に ちかづけなかった。
 シンケイシツ の くせ に ヒョウメン は おおよう に みせて いる チチオヤ は ときどき、
「ボウズ は どうして いきて いる の かい」
 と コドモ の ショクジ を のぞき に きた。 ヒトツ は ジセイ の ため でも ある が、 チチオヤ は オクビョウ な くせ に おおよう に みせたがる ショウブン から、 イエ の ボツラク を じりじり ながめながら 「なに、 まだ、 まだ」 と マケオシミ を いって つぶして いった。 コドモ の ちいさい ゼン の ウエ には、 イツモ の よう に イリタマゴ と アサクサノリ が、 のって いた。 ハハオヤ は チチオヤ が のぞく と その ゼン を ソデ で かくす よう に して、
「あんまり、 ハタ から さわぎたてない で ください、 これ さえ きまりわるがって たべなく なります から」
 その コドモ には、 じっさい、 ショクジ が クツウ だった。 タイナイ へ、 イロ、 カオリ、 アジ の ある カタマリ を いれる と、 ナニ か ミ が けがれる よう な キ が した。 クウキ の よう な タベモノ は ない か と おもう。 ハラ が へる と ウエ は じゅうぶん かんじる の だ が、 うっかり たべる キ は しなかった。 トコノマ の つめたく すきとおった スイショウ の オキモノ に、 シタ を あてたり、 ホオ を つけたり した。 うえぬいて、 アタマ の ナカ が すみきった まま、 だんだん、 キ が とおく なって ゆく。 それ が ヤチ の チスイ を へだてて A-オカ の ウシロ へ はいりかける ユウヒ を ながめて いる とき で でも ある と (ミナト の うまれた イエ も この ヘン の チセイ に にた トカイ の イチグウ に あった。) コドモ は このまま のめりたおれて しんで も かまわない と さえ おもう。 だが、 この バアイ は くぼんだ ハラ に きつく しめつけて ある オビ の アイダ に リョウテ を ムリ に さしこみ、 カラダ は マエノメリ の まま クビ だけ あおのいて、
「オカアサン」
 と よぶ。 コドモ の よんだ の は、 ゲンザイ の ウミ の ハハ の こと では なかった。 コドモ は ゲンザイ の ウミ の ハハ は カゾク-ジュウ で いちばん すき で ある。 けれども コドモ には まだ ホカ に ジブン に 「オカアサン」 と よばれる ジョセイ が あって、 どこ か に いそう な キ が した。 ジブン が イマ よんで、 もし 「はい」 と いって その ジョセイ が メノマエ に でて きた なら ジブン は びっくり して キゼツ して しまう に ちがいない とは おもう。 しかし よぶ こと だけ は かなしい タノシサ だった。
「オカアサアン、 オカアサアン」
 ウスガミ が カゼ に ふるえる よう な コエ が つづいた。
「はあい」
 と ヘンジ を して ゲンザイ の ウミ の ハハオヤ が でて きた。
「おや、 この コ は、 こんな ところ で、 どうした のよ」
 カタ を ゆすって カオ を のぞきこむ。 コドモ は カンチガイ した ハハオヤ に たいして なんだか はずかしく あかく なった。
「だから、 サンド サンド ちゃんと ゴハン たべて おくれ と いう に、 さ、 ホント に ゴショウ だ から」
 ハハオヤ は おろおろ の コエ で ある。 こういう シンパイ の アゲク、 タマゴ と アサクサノリ が、 この コ の いちばん ショウ に あう タベモノ だ と いう こと が みいだされた の だった。 これ なら コドモ には ハラ に おもくるしい だけ で、 けがされざる もの に かんじた。
 コドモ は また、 ときどき、 せつない カンジョウ が、 カラダ の どこ から か わからない で カラダ いっぱい に つまる の を かんじる。 その とき は、 サンミ の ある やわらかい もの なら なんでも かんだ。 ナマウメ や タチバナ の ミ を もいで きて かんだ。 サミダレ の キセツ に なる と コドモ は トカイ の ナカ の オカ と タニアイ に それら の ミ の アリカ を それら を ついばみ に くる カラス の よう に よく しって いた。
 コドモ は、 ショウガッコウ は よく できた。 イチド よんだり きいたり した もの は、 すぐ わかって カンパン の よう に ノウ の ヒダ に やきつけた。 コドモ には ガッカ の ヨウイサ が つまらなかった。 つまらない と いう レイタンサ が、 かえって ガッカ の デキ を よく した。
 ウチ の ナカ でも ガッコウ でも、 ミンナ は この コドモ を ベツモノ アツカイ に した。
 チチオヤ と ハハオヤ と が イッシツ で いいあらそって いた スエ、 ハハオヤ は コドモ の ところ へ きて、 しみじみ と した チョウシ で いった。
「ねえ、 オマエ が あんまり やせて いく もん だ から ガッコウ の センセイ と ガクム イイン たち の アイダ で、 あれ は カテイ で エイセイ の チュウイ が たりない から だ と いう ハナシ が もちあがった の だよ。 それ を きいて きて オトッツァン は、 ああいう ショウブン だ もん だ から、 ワタシ に いじくねわるく あたりなさる ん だよ」
 そこ で ハハオヤ は、 タタミ の ウエ へ テ を ついて、 コドモ に むかって こっくり と、 アタマ を さげた。
「どうか たのむ から、 もっと、 たべる もの を たべて、 ふとって おくれ、 そうして くれない と、 アタシ は、 アサバン、 いたたまれない キ が する から」
 コドモ は ジブン の キケイ な セイシツ から、 いずれ は おかす で あろう と ヨカン した ザイアク を、 おかした よう な キ が した。 わるい。 ハハ に テ を つかせ、 オジギ を させて しまった の だ。 カオ が かっと なって カラダ に フルエ が きた。 だが フシギ にも ココロ は かえって やすらか だった。 すでに、 ジブン は、 こんな フコウ を して アクニン と なって しまった。 こんな ヤツ なら ジブン は ほろびて しまって も ジブン で おしい とも おもうまい。 よし、 なんでも たべて みよう、 たべなれない もの を たべて カラダ が ふるえ、 はいたり もどしたり、 そのうえ、 カラダジュウ が にごりくさって しんじまって も よい と しよう。 いきて いて しじゅう タベモノ の スキキライ を し、 ヒト をも ジブン をも なやませる より その ほう が まし では あるまい か――
 コドモ は、 ヘイキ を よそおって ウチ の モノ と おなじ ショクジ を した。 すぐ はいた。 コウチュウ や ノド を きょくりょく ムカンカク に セイギョ した つもり だ が のみくだした タベモノ が、 ハハオヤ イガイ の オンナ の テ が ふれた もの と おもう トタン に、 イブクロ が フイ に ギャク に しぼりあげられた―― ジョチュウ の スソ から でる はげた あかい ユモジ や メシタキ バアサン の ヨコガオ に なぞって ある クロビンツケ の インショウ が ムネ の ナカ を ボウリョク の よう に かきまわした。
 アニ と アネ は いや な カオ を した。 チチオヤ は、 コドモ を ヨコメ で ちらり と みた まま、 しらん カオ して バンシャク の サカズキ を かたむけて いた。 ハハオヤ は コドモ の ハキモノ を シマツ しながら、 うらめしそう に チチオヤ の カオ を みて、
「それ ごらんなさい。 アタシ の せい ばかり では ない でしょう。 この コ は こういう ショウブン です」
 と タンソク した。 しかし、 チチオヤ に たいして ハハオヤ は なお、 おずおず は して いた。

 その ヨクジツ で あった。 ハハオヤ は アオバ の ウツリ の こく さす エンガワ へ あたらしい ゴザ を しき、 マナイタ だの ホウチョウ だの ミズオケ だの ハイチョウ だの もちだした。 それ も みな カイタテ の まあたらしい もの だった。
 ハハオヤ は ジブン と マナイタ を へだてた ムカイガワ に コドモ を すわらせた。 コドモ の マエ には ゼン の ウエ に ヒトツ の サラ を おいた。
 ハハオヤ は、 ウデマクリ して、 バライロ の テノヒラ を さしだして テジナシ の よう に、 テ の ウラオモテ を かえして コドモ に みせた。 それから その テ を コトバ と ともに チョウシ-づけて こすりながら いった。
「よく ごらん、 つかう ドウグ は、 みんな あたらしい もの だよ。 それから こしらえる ヒト は、 オマエサン の カアサン だよ。 テ は こんな にも よく きれい に あらって ある よ。 わかった かい。 わかったら、 さ、 そこで――」
 ハハオヤ は、 ハチ の ナカ で たきさました メシ に ス を まぜた。 ハハオヤ も コドモ も こんこん むせた。 それから ハハオヤ は その ハチ を カタワラ に よせて、 ナカ から いくらか の メシ の ブンリョウ を つかみだして、 リョウテ で ちいさく チョウホウケイ に にぎった。
 ハイチョウ の ナカ には、 すでに スシ の グ が チョウリ されて あった。 ハハオヤ は すばやく その ナカ から ヒトキレ を とりだして それから ちょっと おさえて、 チョウホウケイ に にぎった メシ の ウエ へ のせた。 コドモ の マエ の ゼン の ウエ の サラ へ おいた。 タマゴヤキズシ だった。
「ほら、 スシ だよ、 オスシ だよ。 テテ で、 じかに つかんで たべて も いい の だよ」
 コドモ は、 その とおり に した。 ハダカ の ハダ を するする なでられる よう な コロアイ の サンミ に、 メシ と、 タマゴ の アマミ が ほろほろ に まじった アジワイ が ちょうど シタ いっぱい に のった グアイ―― それ を ヒトツ たべて しまう と カラダ を ハハ に よりつけたい ほど、 オイシサ と、 シタシサ が、 ぬくめた コウユ の よう に コドモ の ミウチ に わいた。
 コドモ は おいしい と いう の が、 きまりわるい ので、 ただ、 にいっと わらって、 ハハ の カオ を みあげた。
「そら、 も ヒトツ、 いい かね」
 ハハオヤ は、 また テジナシ の よう に、 テ を ウラガエシ に して みせた アト、 メシ を にぎり、 ハイチョウ から グ の ヒトキレ を とりだして おしつけ、 コドモ の サラ に おいた。
 コドモ は コンド は にぎった メシ の ウエ に のった しろく チョウホウケイ の セッペン を きみわるく のぞいた。 すると ハハオヤ は こわく ない テイド の いたけだか に なって、
「なんでも ありません、 しろい タマゴヤキ だ と おもって たべれば いい ん です」
 と いった。
 かくて、 コドモ は、 イカ と いう もの を うまれて はじめて たべた。 ゾウゲ の よう な ナメラカサ が あって、 ナマモチ より、 よっぽど ハギレ が よかった。 コドモ は イカズシ を たべて いた その ボウケン の サナカ、 つめて いた イキ の よう な もの を、 はっ、 と して カオ の リキミ を といた。 うまかった こと は、 ワライガオ で しか あらわさなかった。
 ハハオヤ は、 コンド は、 メシ の ウエ に、 しろい すきとおる セッペン を つけて だした。 コドモ は、 それ を とって クチ へ もって ゆく とき に、 おどかされる ニオイ に かすめられた が、 ハナ を つまらせて、 おもいきって クチ の ナカ へ いれた。
 しろく すきとおる セッペン は、 ソシャク の ため に、 ジョウヒン な ウマミ に つきくずされ、 ほどよい ジミ の アッカン に まじって、 コドモ の ほそい ノド へ とおって いった。
「イマ の は、 たしか に、 ホントウ の サカナ に ちがいない。 ジブン は、 サカナ が たべられた の だ――」
 そう きづく と、 コドモ は、 はじめて、 いきて いる もの を かみころした よう な セイフク と シンセン を かんじ、 アタリ を ひろく みまわしたい ヨロコビ を かんじた。 むずむず する リョウホウ の ワキバラ を、 おなじ よう な ヨロコビ で、 じっと して いられない テ の ユビ で つかみかいた。
「ひひひひひ」
 むやみ に かんだか に コドモ は わらった。 ハハオヤ は、 ショウリ は ジブン の もの だ と みてとる と、 ユビ に ついた メシツブ を、 ヒトツヒトツ はらいおとしたり して から、 わざと おちついて ハイチョウ の ナカ を コドモ に みせぬ よう のぞいて いった。
「さあ、 コンド は、 ナン に しよう かね…… はてね…… まだ ある かしらん……」
 コドモ は いらだって ゼッキョウ する。
「スシ! スシ!」
 ハハオヤ は、 うれしい の を ぐっと こらえる すこし ほうけた よう な―― それ は コドモ が、 ハハ と して は いちばん すき な ヒョウジョウ で、 ショウガイ わすれえない うつくしい カオ を して、
「では、 オキャクサマ の オコノミ に よりまして、 ツギ を さしあげまあす」
 サイショ の とき の よう に、 バライロ の テ を コドモ の メノマエ に ちかづけ、 ハハ は またも テジナシ の よう に ウラ と オモテ を かえして みせて から スシ を にぎりだした。 おなじ よう な しろい ミ の サカナ の スシ が にぎりだされた。
 ハハオヤ は まず サイショ の ココロミ に チュウイ-ぶかく イロ と ナマグサ の ない ギョニク を えらんだ らしい。 それ は タイ と ヒラメ で あった。
 コドモ は つづけて たべた。 ハハオヤ が にぎって サラ の ウエ に おく の と、 コドモ が つかみとる テ と、 キョウソウ する よう に なった。 その ネッチュウ が、 ハハ と コ を なにも かんがえず、 イシキ しない ヒトツ の キモチ の しびれた セカイ に ひきいれた。 イツツ ムッツ の スシ が にぎられて、 つかみとられて、 たべられる―― その ハコビ に おもしろく チョウシ が ついて きた。 シロウト の ハハオヤ の にぎる スシ は、 いちいち オオキサ が ちがって いて、 カタチ も ブサイク だった。 スシ は、 サラ の ウエ に、 ころり と たおれて、 のせた グ を カタワラ へ おとす もの も あった。 コドモ は、 そういう もの へ かえって アイカン を おぼえ、 ジブン で カタチ を ととのえて たべる と よけい おいしい キ が した。 コドモ は、 ふと、 ヒゴロ、 ナイショ で よんで いる も ヒトリ の ゲンソウ の ナカ の ハハ と イマ メノマエ に スシ を にぎって いる ハハ と が メ の カンカク だけ か アタマ の ナカ で か、 イッチ しかけ ヒトカサネ の スガタ に まぎれて いる キ が した。 もっと、 ぴったり、 イッチ して ほしい が、 あまり イッチ したら おそろしい キ も する。
 ジブン が、 いつも、 ダレ にも ナイショ で よぶ ハハ は やはり、 この ハハオヤ で あった の かしら、 それ が こんな にも ジブン に おいしい もの を たべさせて くれる この ハハ で あった の なら、 ナイミツ に ココロ を ホカ の ハハ に うつして いた の が わるかった キ が した。
「さあ、 さあ、 キョウ は、 この くらい に して おきましょう。 よく たべて おくれ だった ね」
 メノマエ の ハハオヤ は、 メシツブ の ついた バライロ の テ を ぱんぱん と コドモ の マエ で キモチ よさそう に はたいた。
 それから ノチ も 5~6 ド、 ハハオヤ の テセイ の スシ に コドモ は ならされて いった。
 ザクロ の ハナ の よう な イロ の アカガイ の ミ だの、 2 ホン の ギンイロ の ジイロ に タテジマ の ある サヨリ だの に、 コドモ は なじむ よう に なった。 コドモ は それから、 だんだん ヘイジョウ の メシ の サイ にも サカナ が たべられる よう に なった。 カラダ も みちがえる ほど ケンコウ に なった。 チュウガク へ はいる コロ は、 ヒト が ふりかえる ほど うつくしく たくましい ショウネン に なった。
 すると フシギ にも、 イマ まで レイタン だった チチオヤ が、 キュウ に ショウネン に キョウミ を もちだした。 バンシャク の ゼン の マエ に コドモ を すわらせて サケ の アイテ を さして みたり、 タマツキ に つれて いったり、 チャヤザケ も のませた。
 その アイダ に イエ は だんだん つぶれて ゆく。 チチオヤ は うつくしい ムスコ が コンガスリ の キモノ を きて サカズキ を ふくむ の を みて とうぜん と する。 ヨソ の オンナ に ちやほや される の を みて テガラ を かんずる。 ムスコ は 16~17 に なった とき には、 けっきょく いい ドウラクモノ に なって いた。
 ハハオヤ は、 そだてる の に テカズ を かけた ムスコ だけ に、 キョウキ の よう に なって その コ を チチオヤ が ダイナシ に して しまった と おこる。 その ヒッシ な ハハオヤ の イカリ に たいして チチオヤ は ハリアイ も なく うすにがく モクショウ して ばかり いる。 イエ が かたむく ウッセキ を、 こういう フウフ アラソイ で リョウシン は はらして いる の だ、 と ムスコ は つくづく あじけなく かんじた。
 ムスコ には ガッコウ へ いって も、 ガッカ が みとおせて わかりきってる よう に おもえた。 チュウガク でも カレ は ベンキョウ も しない で よく できた。 コウトウ ガッコウ から ダイガク へ ク も なく すすめた。 それでいて、 なにかしら カラダ の ウチ に せつない もの が あって、 それ を はらす ホウホウ は いそいで もとめて も なかなか みつからない よう に かんぜられた。 ながい ユウウツ と タイクツ アソビ の ナカ から ダイガク も で、 ショク も えた。
 イエ は まったく つぶれ、 フボ や キョウダイ も ゼンゴ して しんだ。 ムスコ ジシン は アタマ が よくて、 どこ へ いって も ソウトウ に もちいられた が、 なぜか、 イッカ の ショク にも、 エイタツ にも キ が すすまなかった。 2 ド-メ の ツマ が しんで、 50 ちかく なった とき、 ちょっと した トウキ で かなり もうけ、 イッショウ ヒトリ の セイカツ には ことかかない ミキワメ の ついた の を キ に ショクギョウ も すてた。 それから ノチ は、 ここ の アパート、 あちら の カシヤ と、 カレ の イッショ フテイ の セイカツ が はじまった。

 イマ の ハナシ の ウチ の コドモ、 それから おおきく なって ムスコ と よんで はなした の は ワタシ の こと だ と ミナト は ながい ダンワ の アト で、 トモヨ に いった。
「ああ わかった。 それで センセイ は スシ が おすき なの ね」
「いや、 オトナ に なって から は、 そんな に すき でも なくなった の だ が、 チカゴロ、 トシ を とった せい か、 しきり に ハハオヤ の こと を おもいだす ので ね。 スシ まで なつかしく なる ん だよ」
 フタリ の すわって いる ビョウイン の ヤケアト の ヒトトコロ に ササエ の くちた フジダナ が あって、 オドロ の よう に フジヅル が チュウ から チジョウ に はいおり、 それでも ツル の サキ の ほう には ワカバ を いっぱい つけ、 その アイダ から やせた ウスムラサキ の ハナブサ が シズク の よう に さきたれて いる。 ニワイシ の ネジメ に なって いた ヤシオ の ツツジ が イシ を はこびさられた アト の アナ の ソバ に ハンメン、 くろく かれて ヒ の アオリ の アト を のこしながら、 ハンメン に しろい ハナ を つけて いる。
 ニワ の ハシ の ガケシタ は デンシャ センロ に なって いて、 ときどき ごうごう と デンシャ の ゆきすぎる オト だけ が きこえる。
 リュウノヒゲ の ナカ の イチハツ の ハナ の ムラサキ が、 ユウカゼ に ゆれ、 フタリ の いる チカク に 1 ポン たって いる ふとい シュロ の キ の カゲ が、 クサムラ の ウエ に だんだん ナナメ に かかって きた。 トモヨ が かって きて そこ へ おいた カゴ の カジカ が フタコエ、 ミコエ、 なきはじめた。
 フタリ は ワライ を ふくんだ カオ を みあわせた。
「さあ、 だいぶ おそく なった。 トモ ちゃん、 かえらなくて は わるかろう」
 トモヨ は カジカ の カゴ を ささげて たちあがった。 すると、 ミナト は ジブン の かった ホネ の すきとおって みえる ゴースト フィッシュ をも、 そのまま トモヨ に あたえて たちさった。

 ミナト は ソノゴ、 すこしも フクズシ に スガタ を みせなく なった。
「センセイ は、 チカゴロ、 さっぱり スガタ を みせない ね」
 ジョウレン の アイダ に フシン-がる モノ も あった が、 やがて すっかり わすれられて しまった。
 トモヨ は ミナト と わかれる とき、 ミナト が どこ の アパート に いる か ききもらした の が ザンネン だった。 それで、 こちら から たずねて も ゆけず ビョウイン の ヤケアト へ しばらく たたずんだり、 アタリ を みまわしながら イシ に こしかけて ミナト の こと を かんがえ ときどき は メ に うすく ナミダ さえ ためて また ぼうぜん と して ミセ へ かえって くる の で あった が、 やがて トモヨ の そうした コウイ も やんで しまった。
 コノゴロ では、 トモヨ は ミナト を おもいだす たび に、
「センセイ は、 どこ か へ こして、 また どこ か の スシヤ へ いって らっしゃる の だろう―― スシヤ は どこ に でも ある ん だ もの――」
 と ばくぜん と かんがえる に すぎなく なった。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...