スミダガワ
ナガイ カフウ
1
ハイカイシ ショウフウアン ラゲツ は イマド で トキワズ の シショウ を して いる じつの イモウト をば コトシ は ウラボン にも たずねず に しまった ので マイニチ その こと のみ キ に して いる。 しかし ヒザカリ の アツサ には さすが に ウチ を でかねて ユウガタ に なる の を まつ。 ユウガタ に なる と タケガキ に アサガオ の からんだ カッテグチ で ギョウズイ を つかった ノチ そのまま マッパダカ で バンシャク を かたむけ やっと の こと ゼン を はなれる と、 ナツ の タソガレ も イエイエ で たく カヤリ の ケムリ と ともに いつか ヨル と なり、 ボンサイ を ならべた マド の ソト の オウライ には スダレゴシ に ゲタ の オト ショクニン の ハナウタ ヒト の ハナシゴエ が にぎやか に きこえだす。 ラゲツ は ニョウボウ の オタキ に チュウイ されて すぐに も イマド へ ゆく つもり で コウシド を でる の で ある が、 その ヘン の スズミダイ から コエ を かけられる が まま コシ を おろす と、 イッパイ キゲン の ハナシズキ に、 マイバン きまって ラチ も なく はなしこんで しまう の で あった。
アサユウ が いくらか すずしく ラク に なった か と おもう と ともに たいへん ヒ が みじかく なって きた。 アサガオ の ハナ が ヒゴト に ちいさく なり、 ニシビ が もえる ホノオ の よう に せまい イエジュウ へ さしこんで くる ジブン に なる と なきしきる セミ の コエ が ひときわ みみだって せわしく きこえる。 8 ガツ も いつか ナカバ すぎて しまった の で ある。 イエ の ウシロ の トウモロコシ の ハタケ に ふきわたる カゼ の ヒビキ が ヨル なぞ は おりおり アメ か と あやまたれた。 ラゲツ は わかい ジブン したい-ホウダイ ミ を もちくずした ドウラク の ナゴリ とて ジコウ の カワリメ と いえば いまだに ホネ の フシブシ が いたむ ので、 いつも ヒト より サキ に アキ の たつ の を しる の で ある。 アキ に なった と おもう と ただ ワケ も なく キ が せわしく なる。
ラゲツ は にわか に うろたえだし、 ヨウカ-ゴロ の ユウヅキ が まだ ましろく ユウヤケ の ソラ に かかって いる コロ から コウメ カワラマチ の スマイ を アト に てくてく イマド を さして あるいて いった。
ホリワリヅタイ に ヒキフネ-ドオリ から すぐさま ヒダリ へ まがる と、 トチ の モノ で なければ ユクサキ の わからない ほど ウカイ した コミチ が ミメグリ イナリ の ヨコテ を めぐって ドテ へ と つうじて いる。 コミチ に そうて は タンボ を うめたてた アキチ に、 あたらしい カシナガヤ が まだ アキヤ の まま に たちならんだ ところ も ある。 ひろびろ した カマエ の ソト には おおきな ニワイシ を すえならべた ウエキヤ も あれば、 いかにも イナカ-らしい カヤブキ の ジンカ の まばら に たちつづいて いる ところ も ある。 それら の ウチ の タケガキ の アイダ から は ユウヅキ に ギョウズイ を つかって いる オンナ の スガタ の みえる こと も あった。 ラゲツ ソウショウ は いくら トシ を とって も ムカシ の カタギ は かわらない ので みて みぬ よう に そっと たちどまる が、 タイガイ は ぞっと しない ニョウボウ ばかり なので、 ラクタン した よう に そのまま アユミ を はやめる。 そして ウリチ や カシヤ の フダ を みて すぎる たびたび、 なんとも つかず その ムナザンヨウ を しながら ジブン も フトコロデ で オオモウケ が して みたい と おもう。 しかし また タンボ-ヅタイ に あるいて ゆく うち ミズタ の トコロドコロ に ハス の ハナ の みごと に さきみだれた サマ を ながめ あおあお した イネ の ハ に ユウカゼ の そよぐ ヒビキ を きけば、 さすが は ソウショウ だけ に、 ゼニカンジョウ の こと より も キオク に サンザイ して いる コジン の ク をば じつに うまい もの だ と おもいかえす の で あった。
ドテ へ あがった とき には ハザクラ の カゲ は はや おぐらく ミズ を へだてた ジンカ には ヒ が みえた。 ふきはらう カワカゼ に サクラ の ワクラバ が はらはら ちる。 ラゲツ は やすまず あるきつづけた アツサ に ほっと イキ を つき、 ひろげた ムネ をば センス で あおいだ が、 まだ ミセ を しまわず に いる ヤスミヂャヤ を みつけて あわてて たちより、 「オカミサン、 ヒヤ で 1 パイ」 と コシ を おろした。 ショウメン に マツチヤマ を みわたす スミダガワ には ユウカゼ を はらんだ ホカケブネ が しきり に うごいて ゆく。 ミズ の オモテ の たそがれる に つれて カモメ の ハネ の イロ が きわだって しろく みえる。 ソウショウ は この ケシキ を みる と ジコウ は ちがう けれど サケ なくて なんの オノレ が サクラ かな と キュウ に イッパイ かたむけたく なった の で ある。
ヤスミヂャヤ の ニョウボウ が フチ の あつい ソコ の あがった コップ に ついで だす ヒヤザケ を、 ラゲツ は ぐいと のみほして そのまま タケヤ の ワタシブネ に のった。 ちょうど カワ の ナカホド へ きた コロ から フネ の ゆれる に つれて ヒヤザケ が おいおい に きいて くる。 ハザクラ の ウエ に かがやきそめた ユウヅキ の ヒカリ が いかにも すずしい。 なめらか な ミチシオ の ミズ は 「オマエ どこ ゆく」 と ハヤリウタ にも ある よう に いかにも なげやった ふう に ココロモチ よく ながれて いる。 ソウショウ は メ を つぶって ヒトリ で ハナウタ を うたった。
ムコウガシ へ つく と キュウ に おもいだして キンジョ の カシヤ を さがして ミヤゲ を かい イマドバシ を わたって マッスグ な ミチ をば ジブン ばかり は アシモト の たしか な つもり で、 じつは だいぶ ふらふら しながら あるいて いった。
そこここ に 2~3 ゲン イマドヤキ を うる ミセ に わずか な トクチョウ を みる ばかり、 いずこ の バスエ にも よく ある よう な ひくい ジンカ ツヅキ の ヨコチョウ で ある。 ジンカ の ノキシタ や ロジグチ には はなしながら すずんで いる ヒト の ユカタ が うすぐらい ケントウ の ヒカリ に きわだって しろく みえながら、 アタリ は イッタイ に ひっそり して どこ か で イヌ の ほえる コエ と アカゴ の なく コエ が きこえる。 アマノガワ の すみわたった ソラ に しげった コダチ を そびやかして いる イマド ハチマン の マエ まで くる と、 ラゲツ は マ も なく ならんだ ケントウ の アイダ に トキワズ モジトヨ と カンテイリュウ で かいた イモウト の イエ の ヒ を みとめた。 イエ の マエ の オウライ には ヒト が 2~3 ニン も たちどまって ナカ なる ケイコ の ジョウルリ を きいて いた。
おりおり おそろしい オト して ネズミ の はしる テンジョウ から ホヤ の くもった ロクブシン の ランプ が ところどころ ホウタン の コウコク や ミヤコ シンブン の シンネン フロク の ビジンガ なぞ で ヤブレメ を かくした フスマ を ハジメ、 アメイロ に ふるびた タンス、 アマモリ の アト の ある ふるびた カベ なぞ、 8 ジョウ の ザシキ イッタイ を いかにも うすぐらく てらして いる。 ふるぼけた ヨシド を たてた エンガワ の ソト には コニワ が ある の やら ない の やら わからぬ ほど な ヤミ の ナカ に ノキ の フウリン が さびしく なり ムシ が しずか に ないて いる。 シショウ の オトヨ は エンニチモノ の ウエキバチ を ならべ、 フドウソン の カケモノ を かけた トコノマ を ウシロ に して べったり すわった ヒザ の ウエ に シャミセン を かかえ、 カシ の バチ で ときどき マエガミ の アタリ を かきながら、 カケゴエ を かけて は ひく と、 ケイコボン を ひろげた キリ の コヅクエ を ナカ に して こなた には 30 ゼンゴ の ショウニン らしい オトコ が チュウオン で、 「そりゃ ナニ を いわしゃんす、 いまさら アニ よ イモウト と いう に いわれぬ コイナカ は……」 と 「コイナ ハンベエ」 の ミチユキ を かたる。
ラゲツ は ケイコ の すむ まで エン-ヂカク に すわって、 センス を ぱちくり させながら、 まだ ヒヤザケ の すっかり さめきらぬ ところ から、 ときどき は われしらず クチ の ナカ で ケイコ の オトコ と イッショ に うたった が、 ときどき は メ を つぶって エンリョ なく オクビ を した ノチ、 カラダ を かるく サユウ に ゆすりながら オトヨ の カオ をば なんの キ も なく ながめた。 オトヨ は もう 40 イジョウ で あろう。 うすぐらい ツルシ ランプ の ヒカリ が やせこけた コヅクリ の カラダ をば なおさら に ふけて みせる ので、 ふいと これ が ムカシ は リッパ な シチヤ の かわいらしい ハコイリ ムスメ だった の か と おもう と、 ラゲツ は かなしい とか さびしい とか そういう ゲンジツ の カンガイ を とおりこして、 ただただ フシギ な キ が して ならない。 その コロ は ジブン も やはり わかくて うつくしくて、 オンナ に すかれて、 ドウラク して、 とうとう ジッカ を シチショウ まで カンドウ されて しまった が、 イマ に なって は その コロ の こと は どうしても ジジツ では なくて ユメ と しか おもわれない。 ソロバン で オレ の アタマ を なぐった オヤジ に しろ、 ないて イケン を した シロネズミ の バントウ に しろ、 ノレン を わけて もらった オトヨ の テイシュ に しろ、 そういう ヒトタチ は おこったり わらったり ないたり よろこんだり して、 アセ を たらして あきず に よく はたらいて いた もの だ が、 ヒトリヒトリ ミナ しんで しまった キョウ と なって みれば、 あの ヒトタチ は この ヨノナカ に うまれて きて も こなくて も つまる ところ は おなじ よう な もの だった。 まだしも ジブン と オトヨ の いきて いる アイダ は、 あの ヒトタチ は フタリ の キオク の ウチ に のこされて いる ものの、 やがて ジブン たち も しんで しまえば いよいよ なにもかも ケムリ に なって アトカタ も なく きえうせて しまう の だ……。
「ニイサン、 じつは 2~3 ニチ うち に ワタシ の ほう から オジャマ に あがろう と おもって いた ん だよ」 と オトヨ が とつぜん はなしだした。
ケイコ の オトコ は コイナ ハンベエ を さらった ノチ おなじ よう な オツマ ハチロベエ の カタリダシ を 2~3 ド くりかえして かえって いった の で ある。 ラゲツ は もっともらしく すわりなおして センス で かるく ヒザ を たたいた。
「じつは ね」 と オトヨ は おなじ コトバ を くりかえして、 「コマゴメ の オテラ が シク カイセイ で トリハライ に なる ん だ とさ。 それで ね、 しんだ オトッツァン の オハカ を ヤナカ か ソメイ か どこ か へ うつさなくっちゃ ならない ん だって ね、 4~5 ニチ マエ に オテラ から オツカイ が きた から、 どうした もの か と、 その ソウダン に ゆこう と おもってた のさ」
「なるほど」 と ラゲツ は うなずいて、 「そういう こと なら うっちゃって も おけまい。 もう ナンネン に なる かな、 オヤジ が しんで から……」
クビ を かしげて かんがえた が、 オトヨ の ほう は ちゃくちゃく ハナシ を すすめて ソメイ の ボチ の ジダイ が ヒトツボ いくら、 テラ への ココロヅケ が どうの こうの と、 それ に ついて は オンナ の ミ より も オトコ の ラゲツ に バンジ を ひきうけて とりはからって もらいたい と いう の で あった。
ラゲツ は もと コイシカワ オモテマチ の サガミヤ と いう シチヤ の アトトリ ムスコ で あった が カンドウ の スエ ワカインキョ の ミ と なった。 ガンコ な チチ が ヨ を さって から は イモウト オトヨ を ツマ に した ミセ の バントウ が ショウジキ に サガミヤ の ショウバイ を つづけて いた。 ところが ゴイッシン コノカタ ジセイ の ヘンセン で しだいに カウン の かたむいて きた オリ も オリ カジ に あって シチヤ は それなり つぶれて しまった。 で、 フウリュウ-ザンマイ の ラゲツ は やむ を えず ハイカイ で ヨ を わたる よう に なり、 オトヨ は ソノゴ テイシュ に しにわかれた フコウ ツヅキ に ムカシ ナ を とった ユウゲイ を サイワイ トキワズ の シショウ で クラシ を たてる よう に なった。 オトヨ には コトシ 18 に なる オトコ の コ が ヒトリ ある。 レイラク した オンナオヤ が コノヨ の タノシミ と いう の は まったく この ヒトリムスコ チョウキチ の シュッセ を みよう と いう こと ばかり で、 アキンド は いつ シッパイ する か わからない と いう ケイケン から、 オトヨ は 3 ド の メシ を 2 ド に して も、 ゆくゆく は ワガコ を ダイガッコウ に いれて リッパ な ゲッキュウトリ に せねば ならぬ と おもって いる。
ラゲツ ソウショウ は ひえた チャ を のみほしながら、 「チョウキチ は どう しました」
すると オトヨ は もう トクイ-らしく、 「ガッコウ は イマ ナツヤスミ です がね、 あそばしといちゃ いけない と おもって ホンゴウ まで ヤガク に やります」
「じゃ カエリ は おそい ね」
「ええ。 いつでも 10 ジ すぎます よ。 デンシャ は あります がね、 ずいぶん トオミチ です から ね」
「コチトラ とは ちがって イマドキ の わかい モノ は カンシン だね」 ソウショウ は コトバ を きって、 「チュウガッコウ だっけ ね、 オレ は コドモ を もった こと が ねえ から トウセツ の ガッコウ の こと は ちっとも わからない。 ダイガッコウ まで ゆく にゃ まだ よほど かかる の かい」
「ライネン ソツギョウ して から シケン を うける ん でさあ ね。 ダイガッコウ へ ゆく マエ に、 もう ヒトツ…… おおきな ガッコウ が ある ん です」 オトヨ は なにもかも ヒトクチ に セツメイ して やりたい と ココロ ばかり は あせって も、 やはり ジセイ に うとい オンナ の こと で たちまち いいよどんで しまった。
「たいした カカリ だろう ね」
「ええ それ あ、 タイテイ じゃ ありません よ。 なにしろ、 アナタ、 ゲッシャ ばかり が マイゲツ 1 エン、 ホンダイ だって シケン の たんび に 2~3 エン じゃ ききません し ね、 それに ナツフユ ともに ヨウフク を きる ん でしょう、 クツ だって ネン に 2 ソク は はいて しまいます よ」
オトヨ は チョウシ-づいて クシン の ホド を イチバイ つよく みせよう ため か コエ に チカラ を いれて はなした が、 ラゲツ は その とき、 それほど に まで ムリ を する なら、 なにも ダイガッコウ へ いれない でも、 チョウキチ には もっと ミブン ソウオウ な リッシン の ミチ が ありそう な もの だ と いう キ が した。 しかし クチ へ だして いう ほど の こと でも ない ので、 ナニ か ワダイ の ヘンカ を と のぞむ ヤサキ へ、 シゼン に おもいだされた の は チョウキチ が コドモ の ジブン の アソビ トモダチ で オイト と いった センベイヤ の ムスメ の こと で ある。 ラゲツ は その コロ オトヨ の ウチ を たずねた とき には きまって オイ の チョウキチ と オイト を つれて は、 オクヤマ や サタケッパラ の ミセモノ を み に いった の だ。
「チョウキチ が 18 じゃ、 あの コ は もう リッパ な ネエサン だろう。 やはり ケイコ に くる かい」
「ウチ へは きません がね、 この サキ の キネヤ さん にゃ マイニチ かよって ます よ。 もう じき ヨシチョウ へ でる ん だ って いいます がね……」 と オトヨ は ナニ か かんがえる らしく コトバ を きった。
「ヨシチョウ へ でる の か。 そいつ あ ゴウギ だ。 コドモ の とき から ちょいと クチ の キキヨウ の ませた、 いい コ だった よ。 コンヤ に でも あそび に くりゃあ いい に。 ねえ、 オトヨ」 と ソウショウ は キュウ に ゲンキ-づいた が、 オトヨ は ぽんと ナガギセル を はたいて、
「イゼン と ちがって、 チョウキチ も イマ が ベンキョウザカリ だし ね……」
「ははははは。 マチガイ でも あっちゃ ならない と いう の かね。 もっとも だよ。 この ミチ ばかり は まったく ユダン が ならない から な」
「ホント さ。 オマエサン」 オトヨ は クビ を ながく のばして、 「ワタシ の ヒガメ かも しれない が、 じつは どうも チョウキチ の ヨウス が シンパイ で ならない のさ」
「だから、 いわない こっちゃ ない」 と ラゲツ は かるく ニギリコブシ で ヒザガシラ を たたいた。 オトヨ は チョウキチ と オイト の こと が ただ なんとなし に シンパイ で ならない。 と いう の は、 オイト が ナガウタ の ケイコ-ガエリ に マイアサ ヨウ も ない のに きっと たちよって みる、 それ をば チョウキチ は かならず まって いる ヨウス で その ジカン-ゴロ には ヒトアシ だって マド の ソバ を さらない。 それ のみ ならず、 いつぞや オイト が ビョウキ で トオカ ほど も ねて いた とき には、 チョウキチ は ヨソメ も おかしい ほど に ぼんやり して いた こと など を イキ も つかず に かたりつづけた。
ツギノマ の トケイ が 9 ジ を うちだした とき とつぜん コウシド が がらり と あいた。 その アケヨウ で オトヨ は すぐに チョウキチ の かえって きた こと を しり キュウ に ハナシ を とぎらし その ほう に ふりかえりながら、
「たいへん はやい よう だね、 コンヤ は」
「センセイ が ビョウキ で 1 ジカン はやく ひけた ん だ」
「コウメ の オジサン が オイデ だよ」
ヘンジ は きこえなかった が、 ツギノマ に ツツミ を なげだす オト が して、 すぐさま チョウキチ は おとなしそう な よわそう な イロ の しろい カオ を フスマ の アイダ から みせた。
2
ザンショ の ユウヒ が ひとしきり ナツ の サカリ より も はげしく、 ひろびろ した カワヅラ イッタイ に もえたち、 ことさら に ダイガク の テイコ の マッシロ な ペンキヌリ の ハメ に ハンエイ して いた が、 たちまち トモシビ の ヒカリ の きえて ゆく よう に アタリ は ゼンタイ に うすぐらく ハイイロ に ヘンショク して きて、 みちくる ユウシオ の ウエ を すべって ゆく ニブネ の ホ のみ が まっしろく きわだった。 と みる マ も なく ショシュウ の タソガレ は マク の おりる よう に はやく ヨル に かわった。 ながれる ミズ が いやに まぶしく きらきら ひかりだして、 ワタシブネ に のって いる ヒト の カタチ を くっきり と スミエ の よう に くろく そめだした。 ツツミ の ウエ に ながく よこたわる ハザクラ の コダチ は こなた の キシ から のぞめば おそろしい ほど マックラ に なり、 イチジ は おもしろい よう に ひきつづいて うごいて いた ニブネ は いつのまにか 1 ソウ のこらず ジョウリュウ の ほう に きえて しまって、 ツリ の カエリ らしい コブネ が ところどころ コノハ の よう に ういて いる ばかり、 みわたす スミダガワ は ふたたび ひろびろ と した ばかり か しずか に さびしく なった。 はるか カワカミ の ソラ の ハズレ に ナツ の ナゴリ を しめす クモ の ミネ が たって いて ほそい イナズマ が たえまなく ひらめいて は きえる。
チョウキチ は サッキ から ヒトリ ぼんやり して、 ある とき は イマドバシ の ランカン に もたれたり、 ある とき は キシ の イシガキ から ワタシバ の サンバシ へ おりて みたり して、 ユウヒ から タソガレ、 タソガレ から ヨル に なる カワ の ケシキ を ながめて いた。 コンヤ くらく なって ヒト の カオ が よく は みえない ジブン に なったら イマドバシ の ウエ で オイト と あう ヤクソク を した から で ある。 しかし ちょうど ニチヨウビ に あたって ヤガッコウ を コウジツ にも できない ところ から ユウメシ を すます が いなや まだ ヒ の おちぬ うち ふいと ウチ を でて しまった。 ひとしきり ワタシバ へ いそぐ ヒト の ユキキ も イマ では ほとんど たえ、 ハシ の シタ に ヨドマリ する ニブネ の トモシビ が ケイヨウジ の たかい コダチ を サカサ に うつした サンヤボリ の ミズ に うつくしく ながれた。 カドグチ に ヤナギ の ある あたらしい ニカイヤ から は シャミセン が きこえて、 ミズ に そう ひくい コイエ の コウシド ソト には ハダカ の テイシュ が すずみ に ではじめた。 チョウキチ は もう くる ジブン で あろう と おもって イッシン に ハシムコウ を ながめた。
サイショ に ハシ を わたって きた ヒトカゲ は くろい アサ の コロモ を きた ボウズ で あった。 つづいて シリハショリ の モモヒキ に ゴムグツ を はいた ウケオイシ らしい オトコ の とおった アト、 しばらく して から、 コウモリガサ と コヅツミ を さげた まずしげ な ニョウボウ が ヒヨリ ゲタ で イロケ も なく スナ を けたてて オオマタ に あるいて いった。 もう いくら まって も ヒトドオリ は ない。 チョウキチ は せんかたなく つかれた メ を カワ の ほう に うつした。 カワヅラ は サッキ より も イッタイ に あかるく なり きみわるい クモ の ミネ は カゲ も なく きえて いる。 チョウキチ は その とき チョウメイジ ヘン の ツツミ の ウエ の コダチ から、 たぶん キュウレキ 7 ガツ の マンゲツ で あろう、 アカミ を おびた おおきな ツキ の のぼりかけて いる の を みとめた。 ソラ は カガミ の よう に あかるい ので それ を さえぎる ツツミ と コダチ は ますます くろく、 ホシ は ヨイ の ミョウジョウ の たった ヒトツ みえる ばかり で ソノタ は ことごとく あまり に あかるい ソラ の ヒカリ に かきけされ、 ヨコザマ に ながく たなびく クモ の チギレ が ギンイロ に すきとおって かがやいて いる。 みるみる うち マンゲツ が コダチ を はなれる に したがい カワギシ の ヨツユ を あびた カワラヤネ や、 ミズ に ぬれた ボウグイ、 マンチョウ に ながれよる イシガキ シタ の モグサ の チギレ、 フネ の ヨコバラ、 タケザオ なぞ が、 いちはやく ツキ の ヒカリ を うけて あおく かがやきだした。 たちまち チョウキチ は ジブン の カゲ が ハシイタ の ウエ に だんだん に こく えがきだされる の を しった。 とおりかかる ホーカイブシ の ダンジョ が フタリ、 「まあ ごらん よ。 オツキサマ」 と いって しばらく たちどまった ノチ、 サンヤボリ の キシベ に まがる が いなや あてつけがましく、
♪ショセイ さん ハシ の ランカン に コシ うちかけて――
と たちつづく コイエ の マエ で うたった が カネ に ならない と みた か うたい も おわらず、 モト の イソギアシ で ヨシワラ ドテ の ほう へ いって しまった。
チョウキチ は いつも シノビアイ の コイビト が ケイケン する サマザマ の ケネン と まちあぐむ ココロ の イラダチ の ホカ に、 なんとも しれぬ イッシュ の ヒアイ を かんじた。 オイト と ジブン との ユクスエ…… ユクスエ と いう より も コンヤ あって ノチ の アシタ は どう なる の で あろう。 オイト は コンヤ かねて から ハナシ の して ある ヨシチョウ の ゲイシャヤ まで でかけて ソウダン を して くる と いう こと で、 その ドウチュウ をば フタリ イッショ に はなしながら あるこう と ヤクソク した の で ある。 オイト が いよいよ ゲイシャ に なって しまえば これまで の よう に マイニチ あう こと が できなく なる のみ ならず、 それ が バンジ の オワリ で ある らしく おもわれて ならない。 ジブン の しらない いかにも とおい クニ へ と ふたたび かえる こと なく いって しまう よう な キ が して ならない の だ。 コンヤ の オツキサマ は わすれられない。 イッショウ に 2 ド みられない ツキ だなあ と チョウキチ は しみじみ おもった。 あらゆる キオク の カズカズ が デンコウ の よう に ひらめく。 サイショ ジカタマチ の ショウガッコウ へ ゆく コロ は マイニチ の よう に ケンカ して あそんだ。 やがて は ミンナ から キンジョ の イタベイ や ドゾウ の カベ に アイアイガサ を かかれて はやされた。 コウメ の オジサン に つれられて オクヤマ の ミセモノ を み に いったり イケ の コイ に フ を やったり した。
サンジャ マツリ の オリ オイト は ある トシ オドリヤタイ へ でて ドウジョウジ を おどった。 チョウナイ イチドウ で マイトシ シオヒガリ に ゆく フネ の ウエ でも オイト は よく おどった。 ガッコウ の カエリミチ には マイニチ の よう に マツチヤマ の ケイダイ で まちあわせて、 ヒト の しらない サンヤ の ウラマチ から ヨシワラ タンボ を あるいた……。 ああ、 オイト は なぜ ゲイシャ なんぞ に なる ん だろう。 ゲイシャ なんぞ に なっちゃ いけない と ひきとめたい。 チョウキチ は ムリ にも ひきとめねば ならぬ と ケッシン した が、 すぐ その ソバ から、 ジブン は オイト に たいして は とうてい それ だけ の イリョク の ない こと を おもいかえした。 はかない ゼツボウ と アキラメ と を かんじた。 オイト は フタツ トシシタ の 16 で ある が、 コノゴロ に なって は チョウキチ は ことさら に ヒイチニチ と オイト が はるか トシウエ の アネ で ある よう な ココロモチ が して ならぬ の で あった。 いや サイショ から オイト は チョウキチ より も つよかった。 チョウキチ より も はるか に オクビョウ では なかった。 オイト チョウキチ と アイアイガサ に かかれて ミンナ から はやされた とき でも オイト は びくとも しなかった。 ヘイキ な カオ で チョウ ちゃん は アタイ の ダンナ だよ と どなった。 キョネン はじめて ガッコウ から の カエリミチ を マツチヤマ で まちあわそう と もうしだした の も オイト で あった。 ミヤト-ザ の タチミ へ ゆこう と いった の も オイト が サキ で あった。 カエリ の おそく なる こと をも オイト の ほう が かえって シンパイ しなかった。 しらない ミチ に まよって も、 オイト は ゆける ところ まで いって ごらん よ。 オマワリサン に きけば わかる よ と いって、 かえって おもしろそう に ずんずん あるいた……。
アタリ を かまわず ハシイタ の ウエ に アズマ ゲタ を ならす ヒビキ が して、 コバシリ に とつぜん オイト が かけよった。
「おそかった でしょう。 キ に いらない ん だ もの、 オッカサン の ゆった カミ なんぞ」 と かけだした ため に ことさら ほつれた ビン を なおしながら、 「おかしい でしょう」
チョウキチ は ただ メ を まるく して オイト の カオ を みる ばかり で ある。 イツモ と カワリ の ない ゲンキ の いい はしゃぎきった ヨウス が この バアイ むしろ にくらしく おもわれた。 とおい シタマチ に いって ゲイシャ に なって しまう の が すこしも かなしく ない の か と チョウキチ は いいたい こと も ムネイッパイ に なって クチ には でない。 オイト は カワミズ を てらす タマ の よう な ツキ の ヒカリ にも いっこう キ の つかない ヨウス で、
「はやく ゆこう よ。 ワタイ オカネモチ だよ。 コンヤ は。 ナカミセ で オミヤゲ を かって ゆく ん だ から」 と すたすた あるきだす。
「アシタ、 きっと かえる か」 チョウキチ は どもる よう に して いいきった。
「アシタ かえらなければ、 アサッテ の アサ は きっと かえって きて よ。 フダンギ だの いろんな もの もって ゆかなくっちゃ ならない から」
マツチヤマ の フモト を ショウデン-チョウ の ほう へ でよう と ほそい ロジ を ぬけた。
「なぜ だまってる のよ。 どうした の」
「アサッテ かえって きて それから また あっち へ いって しまう ん だろう。 え。 オイト ちゃん は もう それなり ムコウ の ヒト に なっちまう ん だろう。 もう ボク とは あえない ん だろう」
「ちょいちょい あそび に かえって くる わ。 だけれど、 ワタイ も イッショウ ケンメイ に オケイコ しなくっちゃ ならない ん だ もの」
すこし は コエ を くもらした ものの その チョウシ は チョウキチ の マンゾク する ほど の ヒシュウ を おびて は いなかった。 チョウキチ は しばらく して から また トツゼン に、
「なぜ ゲイシャ なんぞ に なる ん だ」
「また そんな こと きく の。 おかしい よ。 チョウ さん は」
オイト は すでに チョウキチ の よく しって いる ジジョウ をば ふたたび くどくどしく くりかえした。 オイト が ゲイシャ に なる と いう こと は 2~3 ネン いや もっと マエ から チョウキチ にも よく わかって いた こと で ある。 その オコリ は ダイク で あった オイト の チチオヤ が まだ いきて いた コロ から オフクロ は テナイショク に と ハリシゴト を して いた が、 その トクイサキ の 1 ケン で ハシバ の ショウタク に いる ゴシンゾ が オイト の スガタ を みて ぜひ ムスメブン に して ユクスエ は リッパ な ゲイシャ に したてたい と いいだした こと から で ある。 ゴシンゾ の ジッカ は ヨシチョウ で ハバ の きく ゲイシャヤ で あった。 しかし その コロ の オイト の ウチ は さほど に こまって も いなかった し、 ダイイチ に かわいい サカリ の コドモ を てばなす の が つらかった ので、 オヤ の テモト で せいぜい ゲイ を しこます こと に なった。 ソノゴ チチオヤ が しんだ オリ には さしあたり タヨリ の ない ハハオヤ は ハシバ の ゴシンゾ の セワ で イマ の センベイヤ を だした よう な カンケイ も あり、 バンジ が キンセンジョウ の ギリ ばかり で なくて ソウホウ の コウイ から しぜん と オイト は ヨシチョウ へ ゆく よう に タレ が しいる とも なく きまって いた の で ある。 ヒャク も ショウチ して いる こんな ジジョウ を チョウキチ は オイト の クチ から きく ため に シツモン した の で ない。 オイト が どうせ ゆかねば ならぬ もの なら、 もうすこし かなしく ジブン の ため に ワカレ を おしむ よう な チョウシ を みせて もらいたい と おもった から だ。 チョウキチ は ジブン と オイト の アイダ には いつのまにか たがいに ソツウ しない カンジョウ の ソウイ の しょうじて いる こと を あきらか に しって、 さらに ふかい カナシミ を かんじた。
この カナシミ は オイト が ミヤゲモノ を かう ため ニオウモン を すぎて ナカミセ へ でた とき さらに また たえがたい もの と なった。 ユウスズミ に でかける にぎやか な ヒトデ の ナカ に オイト は ふいと たちどまって、 ならんで あるく チョウキチ の ソデ を ひき、 「チョウ さん、 アタイ も じき あんな ナリ する ん だねえ。 ロチリメン だね きっと、 あの ハオリ……」
チョウキチ は いわれる まま に みかえる と、 シマダ に ゆった ゲイシャ と、 それ に つれだって ゆく の は クロロ の モンツキ を きた リッパ な シンシ で あった。 ああ オイト が ゲイシャ に なったら イッショ に テ を ひいて あるく ヒト は やっぱり ああいう リッパ な シンシ で あろう。 ジブン は ナンネン たったら あんな シンシ に なれる の かしら。 ヘコオビ ヒトツ の イマ の ショセイ スガタ が いう に いわれず なさけなく おもわれる と ドウジ に、 チョウキチ は その ショウライ どころ か ゲンザイ に おいて も、 すでに タンジュン な オイト の トモダチ たる シカク さえ ない もの の よう な ココロモチ が した。
いよいよ ゴシントウ の つづいた ヨシチョウ の ロジグチ へ きた とき、 チョウキチ は もう これ イジョウ はかない とか かなしい とか おもう ゲンキ さえ なくなって、 ただ ぼんやり、 せまく くらい ロジウラ の いやに おくふかく ユクサキ しれず まがりこんで いる の を フシギ そう に のぞきこむ ばかり で あった。
「あの、 ヒイ フウ ミイ…… ヨッツメ の ガス-トウ の でてる ところ だよ。 マツバヤ と かいて ある だろう。 ね。 あの ウチ よ」 と オイト は しばしば ハシバ の ゴシンゾ に つれて こられたり、 または その ヨウジ で ツカイ に きたり して よく しって いる ノキサキ の アカリ を さししめした。
「じゃあ ボク は かえる よ。 もう……」 と いう ばかり で チョウキチ は やはり たちどまって いる。 その ソデ を オイト は かるく つかまえて たちまち こびる よう に よりそい、
「アシタ か アサッテ、 ウチ へ かえって きた とき きっと あおう ね。 いい かい。 きっと よ。 ヤクソク して よ。 アタイ の ウチ へ おいで よ。 よくって」
「ああ」
ヘンジ を きく と、 オイト は それ で すっかり アンシン した もの の ごとく すたすた ロジ の ドブイタ を アズマ ゲタ に ふみならし ふりかえり も せず に いって しまった。 その アシオト が チョウキチ の ミミ には いそいで かけて ゆく よう に きこえた、 か と おもう マ も なく、 ちりん ちりん と コウシド の スズ の オト が した。 チョウキチ は おぼえず アト を おって ロジウチ へ はいろう と した が、 ドウジ に いちばん チカク の コウシド が ヒトゴエ と ともに あいて、 ほそながい ユミハリ-ヂョウチン を もった オトコ が でて きた ので、 なんと いう こと なく チョウキチ は キオクレ の した ばかり か、 カオ を みられる の が イヤサ に、 イッサン に トオリ の ほう へ と とおざかった。 まるい ツキ は カタチ が だいぶ ちいさく なって ヒカリ が あおく すんで、 しずか に そびえる ウラドオリ の クラ の ヤネ の ウエ、 ホシ の おおい ソラ の マンナカ に たかく のぼって いた。
3
ツキ の デ が ヨゴト おそく なる に つれて その ヒカリ は だんだん さえて きた。 カワカゼ の シメッポサ が しだいに つよく かんじられて きて ユカタ の ハダ が いやに うすさむく なった。 ツキ は やがて ヒト の おきて いる コロ には もう のぼらなく なった。 ソラ には アサ も ヒルスギ も ユウガタ も、 いつでも クモ が おおく なった。 クモ は かさなりあって たえず うごいて いる ので、 ときとして は わずか に その アイダアイダ に ことさららしく イロ の こい アオゾラ の ノコリ を みせて おきながら、 ソラ イチメン に おおいかぶさる。 すると キコウ は おそろしく むしあつく なって きて、 しぜん と しみでる アブラアセ が フユカイ に ヒト の ハダ を ねばねば させる が、 しかし また、 そういう とき には きまって、 その キョウジャク と その ホウコウ の さだまらない カゼ が トツゼン に ふきおこって、 アメ も また ふって は やみ、 やんで は また ふりつづく こと が ある。 この カゼ や この アメ には イッシュ トクベツ の そこぶかい チカラ が ふくまれて いて、 テラ の ジュモク や、 カワギシ の アシ の ハ や、 バスエ に つづく まずしい イエ の イタヤネ に、 ハル や ナツ には けっして きかれない オンキョウ を つたえる。 ヒ が おそろしく はやく くれて しまう だけ、 ながい ヨ は すぐに しんしん と ふけわたって きて、 ナツ ならば ユウスズミ の ゲタ の オト に さえぎられて よく は きこえない 8 ジ か 9 ジ の トキ の カネ が アタリ を まるで 12 ジ の ごとく しずか に して しまう。 コオロギ の コエ は いそがしい。 トモシビ の イロ は いやに すむ。 アキ。 ああ アキ だ。 チョウキチ は はじめて アキ と いう もの は なるほど いや な もの だ。 じつに さびしくって たまらない もの だ と ミ に しみじみ かんじた。
ガッコウ は もう キノウ から はじまって いる。 アサ はやく ハハオヤ の ヨウイ して くれる ベントウバコ を ショモツ と イッショ に つつんで ウチ を でて みた が、 フツカ-メ ミッカ-メ には つくづく とおい カンダ まで あるいて ゆく キリョク が なくなった。 イマ まで は マイネン ながい ナツヤスミ の おわる コロ と いえば ガッコウ の キョウジョウ が なんとなく こいしく ジュギョウ の カイシ する ヒ が ココロマチ に またれる よう で あった。 その ういういしい ココロモチ は もう まったく きえて しまった。 つまらない。 ガクモン なんぞ したって つまる もの か。 ガッコウ は オノレ の のぞむ よう な コウフク を あたえる ところ では ない。 ……コウフク とは ムカンケイ の もの で ある こと を チョウキチ は ものあたらしく かんじた。
ヨッカ-メ の アサ イツモ の よう に 7 ジ マエ に ウチ を でて カンノン の ケイダイ まで あるいて きた が、 チョウキチ は まるで つかれきった タビビト が ミチバタ の イシ に コシ を かける よう に、 ホンドウ の ヨコテ の ベンチ の ウエ に コシ を おろした。 いつのまに ソウジ を した もの か アサツユ に しめった コジャリ の ウエ には、 なげすてた きたない カミキレ も なく、 アサ はやい ケイダイ は イツモ の ザットウ に ひきかえて ミョウ に ひろく こうごうしく しんと して いる。 ホンドウ の ロウカ には ここ で ヨアカシ した らしい ウサン な オトコ が いまだに イクニン も コシ を かけて いて、 その ナカ には あかじみた ヒトエ の サンジャクオビ を といて ヘイキ で フンドシ を しめなおして いる ヤツ も あった。 コノゴロ の ソラクセ で ソラ は ひくく ネズミイロ に くもり、 アタリ の ジュモク から は むしばんだ あおい まま の コノハ が たえまなく おちる。 カラス や ニワトリ の ナキゴエ ハト の ハオト が さわやか に ちからづよく きこえる。 あふれる ミズ に ぬれた ミタラシ の イシ が ひるがえる ホウノウ の テヌグイ の カゲ に もう なんとなく つめたい よう に おもわれた。 それ にも かかわらず アサマイリ の ダンジョ は ホンドウ の カイダン を のぼる マエ に いずれ も テ を あらう ため に と たちどまる。 その ヒトビト の ナカ に チョウキチ は グウゼン にも わかい ヒトリ の ゲイシャ が、 クチ には モモイロ の ハンケチ を くわえて、 ヒトエバオリ の ソデグチ を ぬらすまい ため か、 マッシロ な テサキ をば ウデ まで も みせる よう に ながく さしのばして いる の を みとめた。 ドウジ に すぐ トナリ の ベンチ に コシ を かけて いる ショセイ が フタリ、 「みろ みろ、 ジンゲル だ。 わるく ない なあ」 と いって いる の さえ ミミ に した。
シマダ に ゆって よわよわしく リョウカタ の なでさがった コヅクリ の スガタ と、 クチジリ の しまった マルガオ、 16~17 の おなじ よう な トシゴロ と が、 チョウキチ を して その シュンカン あやうく ベンチ から とびたたせよう と した ほど オイト の こと を レンソウ せしめた。 オイト は ツキ の いい あの バン に ヤクソク した とおり、 その ヨクヨクジツ に、 それから は ながく ヨシチョウ の ヒト たる べく テニモツ を とり に かえって きた が、 その とき チョウキチ は まるで ベツ の ヒト の よう に オイト の スガタ の かわって しまった の に おどろいた。 あかい メレンス の オビ ばかり しめて いた ムスメスガタ が、 とつぜん たった 1 ニチ の アイダ に、 ちょうど イマ ミタラシ で テ を あらって いる わかい ゲイシャ ソノママ の スガタ に なって しまった の だ。 クスリユビ には もう ユビワ さえ はめて いた。 ヨウ も ない のに イクタビ と なく オビ の アイダ から カガミイレ や カミイレ を ぬきだして、 オシロイ を つけなおしたり ビン の ホツレ を なであげたり する。 ソト には クルマ を またして おいて いかにも いそがしい タイセツ な ヨウケン を ミ に おびて いる と いった ふう で 1 ジカン も たつ か たたない うち に かえって しまった。 その カエリガケ チョウキチ に のこした サイゴ の コトバ は その ハハオヤ の 「オシショウ さん の オバサン」 にも よろしく いって くれ と いう こと で あった。 まだ いつ でる の か わからない から また ちかい うち に あそび に くる わ と いう なつかしい コエ も きかれない の では なかった が、 それ は もう イマ まで の あどけない ヤクソク では なくて、 よなれた ヒト の じょさいない アイサツ と しか チョウキチ には ききとれなかった。 ムスメ で あった オイト、 オサナナジミ の コイビト の オイト は コノヨ には もう いきて いない の だ。 ミチバタ に ねて いる イヌ を おどろかして イキオイ よく かけさった クルマ の アト に、 えも いわれず たちまよった ケショウ の ニオイ が、 いかに くるしく、 いかに せつなく ミウチ に しみわたった で あろう……。
ホンドウ の ナカ に と きえた わかい ゲイシャ の スガタ は ふたたび カイダン の シタ に あらわれて ニオウモン の ほう へ と、 スアシ の ユビサキ に つっかけた アズマ ゲタ を ウチワ に かるく ふみながら あるいて ゆく。 チョウキチ は その ウシロスガタ を みおくる と また さらに うらめしい あの クルマ を みおくった とき の イッセツナ を おもいおこす ので、 もう なんと して も ガマン が できぬ と いう よう に ベンチ から たちあがった。 そして しらずしらず その アト を おうて ナカミセ の つきる アタリ まで きた が、 わかい ゲイシャ の スガタ は どこ の ヨコチョウ へ まがって しまった もの か、 もう みえない。 リョウガワ の ミセ では ミセサキ を ソウジ して シナモノ を ならべたてて いる サイチュウ で ある。 チョウキチ は ムチュウ で カミナリモン の ほう へ どんどん あるいた。 わかい ゲイシャ の ユクエ を みきわめよう と いう の では ない。 ジブン の メ に ばかり ありあり みえる。 オイト の ウシロスガタ を おって ゆく の で ある。 ガッコウ の こと も なにもかも わすれて、 コマガタ から クラマエ、 クラマエ から アサクサバシ…… それから ヨシチョウ の ほう へ と どんどん あるいた。 しかし デンシャ の とおって いる バクロ-チョウ の オオドオリ まで きて、 チョウキチ は どの ヨコチョウ を まがれば よかった の か すこしく トウワク した。 けれども ダイタイ の ホウガク は よく わかって いる。 トウキョウ に うまれた モノ だけ に ミチ を きく の が いや で ある。 コイビト の すむ マチ と おもえば、 その ナ を いたずらに ロボウ の タニン に もらす の が、 ココロ の ヒミツ を さぐられる よう で、 ただ ワケ も なく おそろしくて ならない。 チョウキチ は しかたなし に ただ ヒダリ へ ヒダリ へ と、 イイカゲン に おれて ゆく と クラヅクリ の トンヤ らしい ショウカ の つづいた おなじ よう な ホリワリ の キシ に 2 ド も でた。 その ケッカ チョウキチ は はるか ムコウ に メイジザ の ヤネ を みて やがて やや ひろい オウライ へ でた とき、 その とおい ミチ の ハズレ に カワジョウキセン の キテキ の オト の きこえる の に、 はじめて ジブン の イチ と マチ の ホウガク と を さとった。 ドウジ に ヒジョウ な ツカレ を かんじた。 セイボウ を かぶった ヒタイ のみ ならず アセ は ハカマ を はいた オビ の マワリ まで しみだして いた。 しかし もう イッシュンカン とて も やすむ キ には ならない。 チョウキチ は ツキ の ヨ に つれられて きた ロジグチ をば、 これ は また いっそう の クシン、 いっそう の ケネン、 いっそう の ヒロウ を もって、 やっと の こと で みいだしえた の で ある。
カタガワ に アサヒ が さしこんで いる ので ロジ の ウチ は ツキアタリ まで みとおされた。 コウシドヅクリ の ちいさい ウチ ばかり で ない。 ヒルマ みる と イガイ に ヤネ の たかい クラ も ある。 シノビガエシ を つけた イタベイ も ある。 その ウエ から マツ の エダ も みえる。 イシバイ の ちった ベンジョ の ソウジグチ も みえる。 ゴミバコ の ならんだ ところ も ある。 その ヘン に ネコ が うろうろ して いる。 ヒトドオリ は アンガイ に はげしい。 きわめて せまい ドブイタ の ウエ を ツウコウ の ヒト は たがいに ミ を ナナメ に ねじむけて ゆきちがう。 ケイコ の シャミセン に ヒト の ハナシゴエ が まじって きこえる。 アライモノ する ミズオト も きこえる。 あかい コシマキ に スソ を まくった コオンナ が クサボウキ で ドブイタ の ウエ を はいて いる。 コウシド の コウシ を 1 ポン 1 ポン イッショウ ケンメイ に みがいて いる の も ある。 チョウキチ は ヒトメ の おおい の に キオクレ した のみ で なく、 さて ロジウチ に すすみいった に した ところ で、 ジブン は どう する の か と はじめて ハンセイ の チイ に かえった。 ひとしれず マツバヤ の マエ を とおって、 そっと オイト の スガタ を かいまみたい とは おもった が、 アタリ が あまり に あかるすぎる。 さらば このまま ロジグチ に たって いて、 オイト が ナニ か の ヨウ で ソト へ でる まで の キカイ を まとう か。 しかし これ も また、 チョウキチ には キンジョ の ミセサキ の ヒトメ が ことごとく ジブン ばかり を みはって いる よう に おもわれて、 とても 5 フン と ながく たって いる こと は できない。 チョウキチ は とにかく シアン を しなおす つもり で、 おりから キンジョ の コドモ を トクイ に する アワモチヤ の ジジ が から から から と キネ を ならして くる ムコウ の ヨコチョウ の ほう へ と とおざかった。
チョウキチ は ハマチョウ の ヨコチョウ をば しだいに ミチ の ゆく まま に オオカワバタ の ほう へ と あるいて いった。 いかほど キカイ を まって も ヒルナカ は どうしても フベン で ある こと を わずか に さとりえた の で ある が、 すると、 コンド は もう ガッコウ へは おそく なった。 やすむ に して も キョウ の ハンニチ、 これから ゴゴ の 3 ジ まで を どうして どこ に ショウヒ しよう か と いう モンダイ の カイケツ に せめられた。 ハハオヤ の オトヨ は ガッコウ の ジカンワリ まで を よく しりぬいて いる ので、 チョウキチ の カエリ が 1 ジカン はやくて も、 おそくて も、 すぐに シンパイ して うるさく シツモン する。 むろん チョウキチ は なんと でも たやすく いいまぎらす こと は できる と おもう ものの、 それ だけ の ウソ を つく リョウシン の クツウ に あう の が いや で ならない。 ちょうど きかかる カワバタ には、 スイレンバ の イタゴヤ が とりはらわれて、 ヤナギ の コカゲ に ヒト が ツリ を して いる。 それ をば トオリガカリ の ヒト が 4 ニン も 5 ニン も ぼんやり たって みて いる ので、 チョウキチ は いい ツゴウ だ と おなじ よう に ツリ を ながめる フリ で その ソバ に たちよった が、 もう たって いる だけ の チカラ さえ なく、 ヤナギ の ネモト の ササエギ に セ を よせかけながら しゃがんで しまった。
サッキ から ソラ の タイハン は マッサオ に はれて きて、 たえず カゼ の ふきかよう にも かかわらず、 じりじり ヒト の ハダ に やきつく よう な シッケ の ある アキ の ヒ は、 メノマエ なる オオカワ の ミズ イチメン に まぶしく てりかがやく ので、 オウライ の カタガワ に ながく つづいた ドベイ から こんもり と エダ を のばした シゲリ の カゲ が いかにも すずしそう に おもわれた。 アマザケヤ の ジジ が いつか この コカゲ に あかく ぬった ニ を おろして いた。 カワムコウ は ヒ の ヒカリ の つよい ため に たちつづく ジンカ の カワラヤネ を ハジメ イッタイ の チョウボウ が いかにも きたならしく みえ、 カゼ に おいやられた クモ の レツ が さかん に バイエン を はく セイゾウバ の ケムダシ より も はるか に ひくく、 うごかず に ソウ を なして うかんで いる。 ツリドウグ を うる ウシロ の コイエ から 11 ジ の トケイ が なった。 チョウキチ は かぞえながら それ を きいて、 はじめて ジブン は いかに ながい ジカン を あるきくらした か に おどろいた が、 ドウジ に この ブン で ゆけば 3 ジ まで の ジカン を クウヒ する の も さして かたく は ない と やや アンシン する こと も できた。 チョウキチ は ツリシ の ヒトリ が ニギリメシ を くいはじめた の を みて、 おなじ よう に ベントウバコ を ひらいた。 ひらいた けれども なんだか キマリ が わるくて、 ダレ か みて い や しない か と きょろきょろ アタリ を みまわした。 さいわい ヒル-ぢかく の こと で みわたす カワギシ に ヒト の オウライ は とだえて いる。 チョウキチ は できる だけ はやく メシ でも サイ でも みんな ウノミ に して しまった。 ツリシ は いずれ も モクゾウ の よう に だまって いる し、 アマザケヤ の ジジ は イネムリ して いる。 ヒルスギ の カワバタ は ますます しずか に なって イヌ さえ あるいて こない ところ から、 さすが の チョウキチ も ジブン は なぜ こんな に キマリ を わるがる の で あろう オクビョウ なの で あろう と われながら おかしい キ にも なった。
リョウゴクバシ と シン オオハシ との アイダ を ヒトマワリ した ノチ、 チョウキチ は いよいよ アサクサ の ほう へ かえろう と ケッシン する に つけ、 「もしや」 と いう イチネン に ひかされて ふたたび ヨシチョウ の ロジグチ に たちよって みた。 すると ゴゼン ほど には ヒトドオリ が ない の に まず アンシン して、 おそるおそる マツバヤ の マエ を とおって みた が、 ウチ の ナカ は ソト から みる と ヒジョウ に くらく、 ヒト の コエ シャミセン の オト さえ きこえなかった。 けれども チョウキチ には ダレ にも とがめられず に コイビト の すむ ウチ の マエ を とおった と いう それ だけ の こと が、 ほとんど ハテンコウ の ボウケン を あえて した よう な マンゾク を かんじさせた ので、 これまで あるきぬいた ミ の ヒロウ と クツウ と を チョウキチ は ついに コウカイ しなかった。
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その シュウカン の ノコリ の ヒカズ だけ は どうやら こうやら、 チョウキチ は ガッコウ へ かよった が、 ニチヨウビ 1 ニチ を すごす と その あくる アサ は デンシャ に のって ウエノ まで きながら ふいと おりて しまった。 キョウシ に さしだす べき ダイスウ の シュクダイ を ヒトツ も やって おかなかった。 エイゴ と カンブン の シタヨミ をも して おかなかった。 それ のみ ならず キョウ は また、 およそ ヨノナカ で ナニ より も きらい な ナニ より も おそろしい キカイ タイソウ の ある こと を おもいだした から で ある。 チョウキチ には テツボウ から サカサ に ぶらさがったり、 ヒト の タケ より たかい タナ の ウエ から とびおりる よう な こと は、 いかに グンソウ アガリ の キョウシ から しいられて も ゼンキュウ の セイト から イッセイ に わらわれて も とうてい できう べき こと では ない。 ナニ に よらず タイイク の ユウギ に かけて は、 チョウキチ は どうしても タ の セイト イチドウ に ともなって ゆく こと が できない ので、 しぜん と ケイブ の コエ の ウチ に コリツ する。 その ケッカ は、 ついに イチドウ から いじわるく いじめられる こと に なりやすい。 ガッコウ は たんに これ だけ でも ずいぶん いや な ところ、 くるしい ところ、 つらい ところ で あった。 されば チョウキチ は その ハハオヤ が いかほど のぞんだ ところ で イマ に なって は コウトウ ガッコウ へ はいろう と いう キ は まったく ない。 もし ニュウガク すれば コウソク と して ハジメ の 1 ネン-カン は ぜひとも キョウボウ ムザン な キシュクシャ セイカツ を しなければ ならない こと を ききしって いた から で ある。 コウトウ ガッコウ キシュクシャ-ナイ に おこる イロイロ な イツワ は はやく から チョウキチ の キモ を ひやして いる の で あった。 いつも ガガク と シュウジ に かけて は ゼンキュウ ダレ も およぶ モノ の ない チョウキチ の セイジョウ は、 テッケン だ とか ジュウジュツ だ とか ヤマトダマシイ だ とか いう もの より も まったく ちがった タ の ホウメン に かたむいて いた。 コドモ の とき から アサユウ に ハハ が トセイ の シャミセン を きく の が だいすき で、 ならわず して シゼン に イト の チョウシ を おぼえ、 マチ を とおる ハヤリウタ なぞ は イチド きけば すぐに キオク する くらい で あった。 コウメ の オジ なる ラゲツ ソウショウ は はやくも メイジン に なる べき ソシツ が ある と みぬいて、 チョウキチ をば ヒモノ-チョウ でも ウエキダナ でも どこ でも いい から イチリュウ の イエモト へ デシイリ を させたらば と オトヨ に すすめた が オトヨ は だんじて ショウダク しなかった。 のみならず イライ は チョウキチ に シャミセン を いじる こと をば くちやかましく キンシ した。
チョウキチ は ラゲツ の オジサン の いった よう に、 あの ジブン から シャミセン を ケイコ した なら、 イマゴロ は とにかく イチニンマエ の ゲイニン に なって いた に ちがいない。 さすれば よしや オイト が ゲイシャ に なった に した ところ で、 こんな に みじめ な メ に あわず とも すんだ で あろう。 ああ じつに トリカエシ の つかない こと を した。 イッショウ の ホウシン を あやまった と かんじた。 ハハオヤ が キュウ に にくく なる。 たとえられぬ ほど うらめしく おもわれる に はんして、 ラゲツ の オジサン の こと が なんとなく とりすがって みたい よう に なつかしく おもいかえされた。 これまで は なんの キ も なく ハハオヤ から も また オジ ジシン の クチ から も たびたび きかされて いた オジ が ホウトウ-ザンマイ の ケイレキ が コイ の クツウ を しりそめた チョウキチ の ココロ には すべて あたらしい ナニ か の イミ を もって カイシャク されはじめた。 チョウキチ は ダイイチ に 「コウメ の オバサン」 と いう の は もと キンペイ ダイコク の オイラン で メイジ の ハジメ ヨシワラ カイホウ の とき コウメ の オジサン を たよって きた の だ と やら いう ハナシ を おもいだした。 オバサン は コドモ の コロ ジブン をば ヒジョウ に かわいがって くれた。 それ にも かかわらず、 ジブン の ハハオヤ の オトヨ は あまり よく は おもって いない ヨウス で、 ボンクレ の アイサツ も ほんの ギリ イッペン-らしい こと を かまわず ソブリ に あらわして いた こと さえ あった。 チョウキチ は ここ で ふたたび ハハオヤ の こと を フユカイ に かつ にくらしく おもった。 ほとんど ヨノメ も はなさぬ ほど ジブン の オコナイ を みまもって いる らしい ハハオヤ の ジアイ が キュウクツ で たまらない だけ、 もし これ が コウメ の オバサン みた よう な ヒト で あったら ――コウメ の オバサン は オイト と ジブン の フタリ を みて なんとも いえない ナサケ の ある コエ で、 いつまでも なかよく おあそび よ と いって くれた こと が ある―― ジブン の クツウ の ナニモノ たる か を よく さっして ドウジョウ して くれる で あろう。 ジブン の ココロ が すこしも ヨウキュウ して いない コウフク を アタマ から ムリ に しい は せまい。 チョウキチ は グウゼン にも ハハオヤ の よう な ただしい ミノウエ の オンナ と コウメ の オバサン の よう な ある シュ の ケイレキ ある オンナ との シンリ を ヒカク した。 ガッコウ の キョウシ の よう な ヒト と ラゲツ オジサン の よう な ヒト と を ヒカク した。
ヒルゴロ まで チョウキチ は トウショウグウ の ウラテ の モリ の ナカ で、 ステイシ の ウエ に よこたわりながら、 こんな こと を かんがえつづけた アト は、 ツツミ の ナカ に かくした ショウセツボン を とりだして よみふけった。 そして アシタ だす べき ケッセキ トドケ には いかに して また ハハ の ミトメイン を ぬすむ べき か を かんがえた。
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ひとしきり マイニチ マイヨ の よう に ふりつづいた アメ の アト、 コンド は クモ ヒトツ みえない よう な セイテン が イクニチ と カギリ も なく つづいた。 しかし どうか して ソラ が くもる と たちまち に カゼ が でて かわききった ミチ の スナ を ふきちらす。 この カゼ と ともに サムサ は ひにまし つよく なって しめきった イエ の ト や ショウジ が たえまなく がたり がたり と かなしげ に うごきだした。 チョウキチ は マイアサ 7 ジ に はじまる ガッコウ へ ゆく ため おそくも 6 ジ には おきねば ならぬ が、 すると マイアサ の 6 ジ が、 おきる たび に だんだん くらく なって、 ついには ヨル と おなじく イエ の ナカ には トモシビ の ヒカリ を みねば ならぬ よう に なった。 マイトシ フユ の ハジメ に、 チョウキチ は この にぶい きいろい ヨアケ の ランプ の ヒ を みる と、 なんとも いえぬ かなしい いや な キ が する の で ある。 ハハオヤ は ワガコ を はげます つもり で さむそう な ネマキスガタ の まま ながら、 いつも チョウキチ より は はやく おきて あたたかい アサメシ をば ちゃんと ヨウイ して おく。 チョウキチ は その シンセツ を すまない と かんじながら ナニブン にも ねむくて ならぬ。 もう しばらく コタツ に あたって いたい と おもう の を、 むやみ と トケイ ばかり キ に する ハハ に せきたてられて フヘイ だらだら、 カワカゼ の さむい オウライ へ でる の で ある。 ある とき は あまり に セワ を やかれすぎる の に ハラ を たてて、 チュウイ される エリマキ を わざと ときすてて カゼ を ひいて やった こと も あった。 もう かえらない イクネン か マエ ラゲツ の オジ に つれられ オイト も イッショ に トリ の イチ へ いった こと が あった…… マイトシ その ヒ の こと を おもいだす コロ から まもなく、 コトシ も キョネン と おなじ よう な さむい 12 ガツ が やって くる の で ある。
チョウキチ は おなじ よう な その フユ の コトシ と キョネン、 キョネン と その ゼンネン、 それ から それ と イクネン も さかのぼって なにごころなく かんがえて みる と、 ヒト は セイチョウ する に したがって いかに コウフク を うしなって ゆく もの か を あきらか に ケイケン した。 まだ ガッコウ へも ゆかぬ コドモ の とき には アサ さむければ ゆっくり と ねたい だけ ねて いられた ばかり で なく、 カラダ の ほう も また それほど に サムサ を かんずる こと が はげしく なかった。 さむい カゼ や アメ の ヒ には かえって おもしろく とびあるいた もの で ある。 ああ それ が イマ の ミ に なって は、 アサ はやく イマド の ハシ の しろい シモ を ふむ の が いかにも つらく また ヒルスギ には いつも コガラシ の さわぐ マツチヤマ の ロウジュ に、 はやくも かたむく ユウヒ の イロ が いかにも かなしく みえて ならない。 これから サキ の イチネン イチネン は ジブン の ミ に いかなる あたらしい クツウ を さずける の で あろう。 チョウキチ は コトシ の 12 ガツ ほど ヒカズ の はやく たつ の を かなしく おもった こと は ない。 カンノン の ケイダイ には もう トシ の イチ が たった。 ハハオヤ の モト へ と オセイボ の シルシ に オデシ が もって くる サトウブクロ や カツブシ なぞ が そろそろ トコノマ へ ならびだした。 ガッコウ の ガッキ シケン は キノウ すんで、 ヒトカタ ならぬ その フセイセキ に たいする キョウシ の チュウイガキ が ユウビン で ハハオヤ の テモト に おくりとどけられた。
ハジメ から カクゴ して いた こと なので チョウキチ は だまって クビ を たれて、 ナニカ に つけて すぐに 「オヤ ヒトリ コ ヒトリ」 と あわれっぽい こと を いいだす ハハオヤ の イケン を きいて いた。 ヒルマエ ケイコ に くる コムスメ たち が かえって ノチ ヒルスギ には 3 ジ すぎて から で なくて は、 ガッコウ-ガエリ の ムスメ たち は やって こぬ。 イマ が ちょうど ハハオヤ が いちばん テスキ の ジカン で ある。 カゼ が なくて フユ の ヒ が オウライ の マド イチメン に さして いる。 おりから とつぜん まだ コウシド を あけぬ サキ から、 「ごめんなさい」 と いう ハデ な オンナ の コエ、 ハハオヤ が おどろいて たつ マ も なく アガリガマチ の ショウジ の ソト から、 「オバサン、 ワタシ よ。 ゴブサタ しちまって、 オワビ に きた ん だわ」
チョウキチ は ふるえた。 オイト で ある。 オイト は リッパ な セル の アズマ コート の ヒモ を ときとき あがって きた。
「あら、 チョウ ちゃん も いた の。 ガッコウ が オヤスミ…… あら、 そう」 それから つけた よう に、 ほほほほ と わらって、 さて テイネイ に テ を ついて オジギ を しながら、 「オバサン、 オカワリ も ありません の。 ホント に、 つい ウチ が でにくい もの です から、 あれっきり ゴブサタ しちまって……」
オイト は チリメン の フロシキ に つつんだ カシオリ を だした。 チョウキチ は アッケ に とられた サマ で モノ も いわず に オイト の スガタ を みまもって いる。 ハハオヤ も ちょっと ケム に まかれた カタチ で シンモツ の レイ を のべた ノチ、 「きれい に オナリ だね。 すっかり みちがえちまった よ」 と いった。
「いやに ふけちまった でしょう。 ミンナ そう いって よ」 と オイト は うつくしく ほほえんで ムラサキ チリメン の ハオリ の ヒモ の とけかかった の を むすびなおす ツイデ に オビ の アイダ から ヒビロウド の タバコイレ を だして、 「オバサン。 ワタシ、 もう タバコ のむ よう に なった のよ。 ナマイキ でしょう」
コンド は たかく わらった。
「こっち へ およんなさい。 さむい から」 と ハハオヤ の オトヨ は ナガヒバチ の テツビン を おろして チャ を いれながら、 「いつ オヒロメ した ん だえ」
「まだ よ。 ずっと おしづまって から ですって」
「そう。 オイト ちゃん なら、 きっと うれる わね。 なにしろ きれい だし、 ちゃんと もう ジ は できて いる ん だし……」
「おかげさま で ねえ」 と オイト は コトバ を きって、 「あっち の ネエサン も タイヘン に よろこんでた わ。 ワタシ なんか より もっと おおきな くせ に、 それ あ ずいぶん できない コ が いる ん です もの」
「この セツ の こった から……」 オトヨ は ふと キ が ついた よう に チャダナ から カシバチ を だして、 「あいにく なんにも なくって…… ドウリョウ サマ の オメイブツ だって、 ちょっと おつ な もの だよ」 と ハシ で わざわざ つまんで やった。
「オッショサン、 こんちわ」 と かんだか な イッポン チョウシ で、 フタリヅレ の コムスメ が そうぞうしく ケイコ に やって きた。
「オバサン、 どうぞ オカマイ なく……」
「なに いい ん です よ」 と いった けれど オトヨ は やがて ツギノマ へ たった。
チョウキチ は ミョウ に キマリ が わるく なって シゼン に うつむいた が、 オイト の ほう は いっこう かわった ヨウス も なく コゴエ で、
「あの テガミ とどいて」
トナリ の ザシキ では フタリ の コムスメ が コエ を そろえて、 サガ や オムロ の ハナザカリ。 チョウキチ は クビ ばかり うなずかせて もじもじ して いる。 オイト が テガミ を よこした の は イチ の トリ の マエ ジブン で あった。 つい ウチ が でにくい と いう だけ の こと で ある。 チョウキチ は すぐさま わかれた ノチ の ショウガイ を こまごま と かいて おくった が、 しかし まちもうけた よう な、 おりかえした オイト の ヘンジ は ついに きく こと が できなかった の で ある。
「カンノンサマ の イチ だ わね。 コンヤ イッショ に いかなくって。 アタイ コンヤ とまってって も いい ん だ から」
チョウキチ は トナリザシキ の ハハオヤ を キガネ して なんとも こたえる こと が できない。 オイト は かまわず、
「ゴハン たべたら むかい に きて よ」 と いった が その アト で、 「オバサン も イッショ に いらっしゃる でしょう ね」
「ああ」 と チョウキチ は チカラ の ぬけた コエ に なった。
「あの……」 オイト は キュウ に おもいだして、 「コウメ の オジサン、 どう なすって、 オサケ に よって ハゴイタヤ の オジイサン と ケンカ した わね。 いつ だった か。 ワタシ こわく なっちまった わ。 コンヤ いらっしゃれば いい のに」
オイト は ケイコ の スキ を うかがって オトヨ に アイサツ して、 「じゃ、 バン ほど。 どうも オジャマ いたしました」 と いいながら すたすた かえった。
6
チョウキチ は カゼ を ひいた。 ナナクサ すぎて ガッコウ が はじまった ところ から 1 ニチ ムリ を して ツウガク した ため に、 リュウコウ の インフルエンザ に かわって ショウガツ いっぱい ねとおして しまった。
ハチマンサマ の ケイダイ に キョウ は アサ から ハツウマ の タイコ が きこえる。 あたたかい おだやか な ヒルスギ の ニッコウ が イチメン に さしこむ オモテ の マド の ショウジ には、 おりおり ノキ を かすめる コトリ の カゲ が ひらめき、 チャノマ の スミ の うすぐらい ブツダン の オク まで が あかるく みえ、 トコノマ の ウメ が もう ちりはじめた。 ハル は しめきった ウチ の ナカ まで も ヨウキ に おとずれて きた の で ある。
チョウキチ は 2~3 ニチ マエ から おきて いた ので、 この あたたかい ヒ を ぶらぶら サンポ に でかけた。 すっかり ゼンカイ した イマ に なって みれば、 ハツカ イジョウ も くるしんだ タイビョウ を チョウキチ は モッケ の サイワイ で あった と よろこんで いる。 とても ライゲツ の ガクネン シケン には キュウダイ する ミコミ が ない と おもって いた ところ なので、 ビョウキ ケッセキ の アト と いえば、 ラクダイ して も ハハ に たいして モットモシゴク な モウシワケ が できる と おもう から で あった。
あるいて ゆく うち いつか アサクサ コウエン の ウラテ へ でた。 ほそい トオリ の カタガワ には ふかい ドブ が あって、 それ を こした テッサク の ムコウ には、 トコロドコロ に フユガレ して たつ タイボク の シタ に、 ゴク の ヨウキュウテン の きたならしい ウラテ が つづいて みえる。 ヤネ の ひくい カタカワマチ の ジンカ は ちょうど ウシロ から ふかい ドブ の ほう へ と おしつめられた よう な キ が する ので、 おおかた その ため で あろう、 それほど に コンザツ も せぬ オウライ が いつも ミョウ に いそがしく みえ、 うろうろ ハイカイ して いる ニンソウ の わるい シャフ が ちょっと ミナリ の こぎれい な ツウコウニン の アト に うるさく つきまとって ジョウシャ を すすめて いる。 チョウキチ は いつも ジュンサ が タチバン して いる ヒダリテ の イシバシ から アワシマサマ の ほう まで が ずっと みとおされる ヨツツジ まで あるいて きて、 トオリガカリ の ヒトビト が たちどまって ながめる まま に、 ジブン も なんと いう こと なく、 マガリカド に だして ある ミヤト-ザ の エカンバン を あおいだ。
いやに モンジ の アイダ を くっつけて モヨウ の よう に ふとく かいて ある ナダイ の キフダ を マンナカ に して、 その サユウ には おそろしく カオ の ちいさい、 メ の おおきい、 ユビサキ の ふとい ジンブツ が、 ヤグ を かついだ よう な おおきい キモノ を きて、 サマザマ な コチョウテキ の シセイ で カツヤク して いる サマ が えがかれて ある。 この おおきい エカンバン を おおう ヤネガタ の ノキ には、 ダシ に つける よう な ツクリバナ が うつくしく かざりつけて あった。
チョウキチ は いかほど あたたかい ヒヨリ でも あるいて いる と さすが に まだ リッシュン に なった ばかり の こと とて しばらく の アイダ さむい カゼ を よける ところ を と おもいだした ヤサキ、 シバイ の エカンバン を みて、 そのまま せまい タチミ の トグチ へ と すすみよった。 ウチ へ はいる と アシバ の わるい ハシゴダン が たって いて、 その ナカホド から まがる アタリ は もう うすぐらく、 くさい なまあたたかい ヒトゴミ の ウンキ が なおさら くらい ウエ の ほう から ふきおりて くる。 しきり に ヤクシャ の ナ を よぶ カケゴエ が きこえる。 それ を きく と チョウキチ は トカイソダチ の カンゲキシャ ばかり が ケイケン する トクシュ の カイカン と トクシュ の ネツジョウ と を おぼえた。 ハシゴダン の 2~3 ダン を ヒトトビ に かけあがって ヒトゴミ の ナカ に わりこむ と、 ユカイタ の ナナメ に なった ひくい ヤネウラ の オオムコウ は おおきな フネ の ソコ へ でも おりた よう な ココロモチ。 ウシロ の スミズミ に ついて いる ガス の ハダカビ の ヒカリ は いっぱい に つまって いる ケンブツニン の アタマ に さえぎられて ヒジョウ に くらく、 せまくるしい ので、 サル の よう に ヒト の つかまって いる マエガワ の テツボウ から、 ムコウ に みえる ゲキジョウ の ナイブ は テンジョウ ばかり が いかにも ひろびろ と みえ、 ブタイ は いろづき にごった クウキ の ため に かえって ちいさく はなはだ とおく みえた。 ブタイ は ちょん と うった ヒョウシギ の オト に イマ ちょうど まわって とまった ところ で ある。 きわめて イッチョクセン な イシガキ を みせた ダイ の シタ に よごれた ミズイロ の ヌノ が しいて あって、 ウシロ を かぎる カキワリ には ちいさく ダイミョウ ヤシキ の ネリベイ を えがき、 その ウエ の ソラ イチメン をば ムリ にも ヨル だ と おもわせる よう に スキマ も なく マックロ に ぬりたてて ある。 チョウキチ は カンゲキ に たいする これまで の ケイケン で 「ヨル」 と 「カワバタ」 と いう こと から、 きっと コロシバ に ちがいない と おさない コウキシン から セノビ を して クビ を のばす と、 はたせるかな、 たえざる ひくい オオダイコ の オト に レイ の ごとく イタ を ばたばた たたく オト が きこえて、 ヒダリテ の ツジバンゴヤ の カゲ から チュウゲン と ゴザ を かかえた オンナ と が おおきな コエ で あらそいながら でて くる。 ケンブツニン が わらった。 ブタイ の ジンブツ は おとした もの を さがす テイ で ナニ か を とりあげる と、 とつぜん マエ とは まったく ちがった タイド に なって、 きわめて メイリョウ に ジョウルリ ゲダイ ウメヤナギ ナカ も ヨイヅキ、 つとめまする ヤクニン…… と よみはじめる。 それ を まちかまえて かなたこなた から ケンブツニン が コエ を かけた。 ふたたび かるい ヒョウシギ の オト を アイズ に、 クロゴ の オトコ が ミギテ の スミ に たてた カキワリ の イチブ を ひきとる と カミシモ を きた ジョウルリ カタリ 3 ニン、 シャミセンヒキ フタリ が、 キュウクツ そう に せまい ダイ の ウエ に ならんで いて、 すぐに ひきだす シャミセン から つづいて タユウ が コエ を あわして かたりだした。 チョウキチ は この シュ の オンガク には いつも キョウミ を もって ききなれて いる ので、 ジョウナイ の どこ か で なきだす アカゴ の コエ と それ を シッタ する ケンブツニン の コエ に さまたげられながら、 しかも あきらか に かたる モンク と シャミセン の テ まで を ききわける。
♪オボロヨ に ホシ の カゲ さえ フタツ ミツ、 ヨツ か イツツ か カネ の ネ も、 もしや ワガミ の オッテ か と……
またしても かるい バタバタ が きこえて ムチュウ に なって コエ を かける ケンブツニン のみ ならず ジョウチュウ イッタイ が けしきだつ。 それ も ドウリ だ。 あかい ジュバン の ウエ に ムラサキジュス の はばひろい エリ を つけた ザシキギ の ユウジョ が、 かぶる テヌグイ に カオ を かくして、 マエカガマリ に ハナミチ から かけだした の で ある。 「みえねえ、 マエ が たかいっ」 「ボウシ を とれっ」 「バカヤロウ」 なぞ と どなる モノ が ある。
♪おちて ユクエ も シラウオ の、 フネ の カガリ に アミ より も、 ヒトメ いとうて アトサキ に……
オンナ に ふんした ヤクシャ は ハナミチ の つきる アタリ まで でて ウシロ を みかえりながら セリフ を のべた。 その アト に ウタ が つづく。
♪しばし たたずむ ウワテ より ウメミ-ガエリ の フネ の ウタ。 ♪しのぶ なら しのぶ なら ヤミ の ヨ は おかしゃんせ、 ツキ に クモ の サワリ なく、 シンキ マツヨイ、 イザヨイ の、 うち の シュビ は えー よい との よい との。 ♪きく ツジウラ に いそいそ と クモアシ はやき アマゾラ も、 おもいがけなく ふきはれて みかわす ツキ の カオ と カオ……
ケンブツ が また さわぐ。 マックロ に ぬりたてた ソラ の カキワリ の マンナカ を おおきく くりぬいて ある まるい アナ に ヒ が ついて、 クモガタ の オオイ をば イト で ひきあげる の が こなた から でも よく みえた。 あまり に ツキ が おおきく あかるい から、 ダイミョウ ヤシキ の ヘイ の ほう が とおくて ツキ の ほう が かえって ヒジョウ に ちかく みえる。 しかし チョウキチ は タ の ケンブツ も ドウヨウ すこしも うつくしい ゲンソウ を やぶられなかった。 それ のみ ならず キョネン の ナツ の スエ、 オイト を ヨシチョウ へ おくる ため、 まちあわした イマド の ハシ から ながめた あの おおきな まるい まるい ツキ を おもいおこす と、 もう ブタイ は ブタイ で なくなった。
キナガシ ザンパツ の オトコ が いかにも おもいやつれた ふう で アシモト あやうく あゆみでる。 オンナ と スレチガイ に カオ を みあわして、
「イザヨイ か」
「セイシン サマ か」
オンナ は オトコ に すがって、 「あいたかった わいなあ」
ケンブツニン が 「やあ ゴリョウニン」 「よいしょ。 やけます」 なぞ と さけぶ。 わらう コエ。 「しずか に しろい」 と しかりつける ネツジョウカ も あった。
ブタイ は あいあいする ダンジョ の ジュスイ と ともに まわって、 オンナ の ほう が シラウオブネ の ヨアミ に かかって たすけられる ところ に なる。 ふたたび モト の ブタイ に かえって、 オトコ も おなじく しぬ こと が できなくて イシガキ の ウエ に はいあがる。 トオク の サワギウタ、 フウキ の センボウ、 セイゾン の カイラク、 キョウグウ の ゼツボウ、 キカイ と ウンメイ、 ユウワク、 サツジン。 ハラン の うえ にも キャクショク の ハラン を きわめて、 ついに エンゲキ の ヒトマク が おわる。 ミミモト チカク から おそろしい きいろい コエ が、 「かわる よ――う」 と さけびだした。 ケンブツニン が デグチ の ほう へ と ナダレ を うって おりかける。
チョウキチ は ソト へ でる と いそいで あるいた。 アタリ は まだ あかるい けれど もう ヒ は あたって いない。 ごたごた した センゾクマチ の コウリミセ の ノレン や ハタ なぞ が はげしく ひるがえって いる。 トオリガカリ に ジカン を みる ため コシ を かがめて のぞいて みる と ノキ の ひくい それら の ウチ の オク は マックラ で あった。 チョウキチ は ビョウゴ の ユウカゼ を おそれて ますます アユミ を はやめた が、 しかし サンヤボリ から イマドバシ の ムコウ に ひらける スミダガワ の ケシキ を みる と、 どうしても しばらく たちどまらず には いられなく なった。 カワ の オモテ は かなしく ハイイロ に ひかって いて、 フユ の ヒ の オワリ を いそがす スイジョウキ は タイガン の ツツミ を おぼろ に かすめて いる。 ニブネ の ホ の アイダ をば カモメ が イクワ と なく とびちがう。 チョウキチ は どんどん ながれて ゆく カワミズ をば なにがなし に かなしい もの だ と おもった。 カワムコウ の ツツミ の ウエ には ヒトツ フタツ ヒ が つきだした。 かれた ジュモク、 かわいた イシガキ、 よごれた カワラヤネ、 メ に いる もの は ことごとく あせた さむい イロ を して いる ので、 シバイ を でて から イッシュンカン とて も きえうせない セイシン と イザヨイ の はでやか な スガタ の キオク が、 ハゴイタ の オシエ の よう に また いちだん と きわだって うかびだす。 チョウキチ は ゲキチュウ の ジンブツ をば にくい ほど に うらやんだ。 いくら うらやんで も とうてい および も つかない わが ミノウエ を かなしんだ。 しんだ ほう が まし だ と おもう だけ、 イッショ に しんで くれる ヒト の ない ミノウエ を さらに ツウセツ に かなしく おもった。
イマドバシ を わたりかけた とき、 テノヒラ で ぴしゃり と ヨコツラ を はりなぐる よう な カワカゼ。 おもわず サムサ に ドウブルイ する と ドウジ に チョウキチ は ノド の オク から、 イマ まで は キオク して いる とも こころづかず に いた ジョウルリ の イッセツ が われしらず に ながれでる の に おどろいた。
♪いまさら いう も グチ なれど……
と キヨモト の イッパ が タリュウ の もす べからざる キョクチョウ の ビレイ を たくした イッセツ で ある。 チョウキチ は むろん タユウ さん が クビ と カラダ を のびあがらして うたった ほど ジョウズ に、 かつ また そんな おおきな コエ で うたった の では ない。 ノド から ながれる まま に クチ の ナカ で テイショウ した の で ある が、 それ に よって チョウキチ は やみがたい ココロ の クツウ が イクブン か やわらげられる よう な ココロモチ が した。 いまさら いう も グチ なれど…… ほんに おもえば…… キシ より のぞく アオヤギ の…… と おもいだす フシ の、 トコロドコロ を チョウキチ は ウチ の コウシド を あける とき まで くりかえし くりかえし あるいた。
7
あくる ヒ の ヒルスギ に またもや ミヤト-ザ の タチミ に でかけた。 チョウキチ は コイ の フタリ が テ を とって なげく うつくしい ブタイ から、 キノウ はじめて ケイケン した いう べからざる ヒアイ の ビカン に よいたい と おもった の で ある。 それ ばかり で なく くろずんだ テンジョウ と カベ フスマ に かこまれた 2 カイ の ヘヤ が いやに いんきくさくて、 トウカ の おおい、 ヒト の オオゼイ あつまって いる シバイ の ニギワイ が、 ガマン の できぬ ほど こいしく おもわれて ならなかった の で ある。 チョウキチ は うしなった オイト の こと イガイ に おりおり は ただ なんと いう ワケ も なく さびしい かなしい キ が する。 ジブン にも どういう ワケ だ か すこしも わからない。 ただ さびしい、 ただ かなしい の で ある。 この セキバク この ヒアイ を なぐさめる ため に、 チョウキチ は さだめがたい ナニモノ か を イッコク イッコク に はげしく ヨウキュウ して やまない。 ムネ の ソコ に ひそんだ ばくぜん たる クツウ を、 ダレ と かぎらず やさしい コエ で こたえて くれる うつくしい オンナ に うったえて みたくて ならない。 たんに オイト ヒトリ の スガタ のみ ならず、 オウライ で すれちがった みしらぬ オンナ の スガタ が、 シマダ の ムスメ に なったり、 イチョウガエシ の ゲイシャ に なったり、 または マルマゲ の ニョウボウ スガタ に なったり して ユメ の ウチ に うかぶ こと さえ あった。
チョウキチ は 2 ド みる おなじ シバイ の ブタイ をば はじめて の よう に キョウミ-ぶかく ながめた。 それ と ドウジ に、 コンド は にぎやか な サユウ の サジキ に たいする カンサツ をも けっして カンキャク しなかった。 ヨノナカ には あんな に オオゼイ オンナ が いる。 あんな に オオゼイ オンナ の いる ナカ で、 どうして ジブン は ヒトリ も ジブン を なぐさめて くれる アイテ に めぐりあわない の で あろう。 タレ でも いい。 ジブン に ヒトコト やさしい コトバ を かけて くれる オンナ さえ あれば、 ジブン は こんな に せつなく オイト の こと ばかり おもいつめて は いまい。 オイト の こと を おもえば おもう だけ その クツウ を へらす タ の もの が ほしい。 さすれば ガッコウ と それ に カンレン した ミ の ゼント に たいする ゼツボウ のみ に しずめられて いまい……。
タチミ の コンザツ の ナカ に その とき とつぜん ジブン の カタ を つく モノ が ある ので おどろいて ふりむく と、 チョウキチ は トリウチボウ を まぶか に くろい メガネ を かけて、 ウシロ の イチダン たかい ユカ から クビ を のばして みおろす わかい オトコ の カオ を みた。
「キチ さん じゃ ない か」
そう いった ものの、 チョウキチ は キチ さん の フウサイ の あまり に かわって いる の に しばらく は ニノク が つげなかった。 キチ さん と いう の は ジカタマチ の ショウガッコウ ジダイ の トモダチ で、 トコヤ を して いる サンヤ-ドオリ の オヤジ の ミセ で、 これまで チョウキチ の カミ を かって くれた ワカイシュ で ある。 それ が キヌ ハンケチ を クビ に まいて ニジュウマワシ の シタ から オオシマ ツムギ の ハオリ を みせ、 いやに コウスイ を におわせながら、
「チョウ さん、 ボク は ヤクシャ だよ」 と カオ を さしだして チョウキチ の ミミモト に ささやいた。
タチミ の コンザツ の ナカ でも ある し、 チョウキチ は おどろいた まま だまって いる より シヨウ が なかった が、 ブタイ は やがて キノウ の とおり に カワバタ の ダンマリ に なって、 ゲキ の シュジンコウ が ぬすんだ カネ を フトコロ に ハナミチ へ かけいでながら イシツブテ を うつ、 それ を アイズ に ちょん と ヒョウシギ が ひびく。 マク が うごく。 タチミ の ヒトナカ から レイ の 「かわる よーう」 と さけぶ コエ。 ヒトナダレ が せまい デグチ の ほう へ と おしあう うち に マク が すっかり ひかれて、 シャギリ の タイコ が どこ か わからぬ ブタイ の オク から なりだす。 キチ さん は チョウキチ の ソデ を ひきとめて、
「チョウ さん、 かえる の か。 いい じゃ ない か。 もう ヒトマク みて おいで な」
ヤクシャ の シキセ を きた いやしい カオ の オトコ が、 シブカミ を はった コザル を もって、 ツギ の マク の リョウキン を あつめ に きた ので、 チョウキチ は ジカン を シンパイ しながら も そのまま いのこった。
「チョウ さん、 きれい だよ、 かけられる ぜ」 キチ さん は ヒト の すいた ウシロ の アカリトリ の マド へ コシ を かけて チョウキチ が ならんで こしかける の を まつ よう に して ふたたび 「ボク あ ヤクシャ だよ。 かわったろう」 と いいながら、 ユウゼン チリメン の ジュバン の ソデ を ひきだして、 わざとらしく はずした くろい キンブチ メガネ の クモリ を ふきはじめた。
「かわった よ。 ボク あ はじめ ダレ か と おもった」
「おどろいた かい。 ははははは」 キチ さん は なんとも いえぬ ほど うれしそう に わらって、 「たのむ ぜ。 チョウ さん。 こう みえたって はばかりながら ヤクシャ だ。 イイ イチザ の シンハイユウ だ。 アサッテ から また シントミ-チョウ よ。 でそろったら み に きたまえ。 いい かい。 ガクヤグチ へ まわって、 タマミズ を よんで くれ って いいたまえ」
「タマミズ……?」
「うむ、 タマミズ サブロウ……」 いいながら せわしなく フトコロ から オンナモチ の カミイレ を さぐりだして、 ちいさな メイシ を みせ、 「ね、 タマミズ サブロウ。 ムカシ の キチ さん じゃ ない ぜ。 ちゃんと もう バンヅケ に でて いる ん だぜ」
「おもしろい だろう ね。 ヤクシャ に なったら」
「おもしろかったり、 つらかったり…… しかし オンナ にゃあ フジユウ しねえ よ」 キチ さん は ちょっと チョウキチ の カオ を みて、 「チョウ さん、 キミ は あそぶ の かい」
チョウキチ は 「まだ」 と こたえる の が その シュンカン オトコ の ハジ で ある よう な キ が して だまった。
「エド イチ の カジタ-ロウ って いう ウチ を しってる かい。 コンヤ イッショ に おいで な。 シンパイ しない でも いい ん だよ。 のろける ん じゃ ない が、 シンパイ しない でも いい ワケ が ある ん だ から。 おやすく ない だろう。 ははははは」 と キチ さん は タワイ も なく わらった。 チョウキチ は トツゼン に、
「ゲイシャ は たかい ん だろう ね」
「チョウ さん、 キミ は ゲイシャ が すき なの か、 ゼイタク だ」 と シンハイユウ の キチ さん は イガイ-らしく チョウキチ の カオ を みかえした が、 「しれた もん さ。 しかし カネ で オンナ を かう なんざあ、 ちっと オヒト が よすぎらあ。 ボク あ コウエン で 2~3 ゲン マチアイ を しってる よ。 つれてって やろう。 バンジ ホウスン の ウチ に あり さ」
サッキ から 3 ニン 4 ニン と たえず あがって くる ケンブツニン で オオムコウ は かなり ザットウ して きた。 マエ の マク から いのこって いる レンジュウ には まちくたびれて テ を ならす モノ も ある。 ブタイ の オク から ヒョウシギ の オト が ながい マ を おきながら、 それでも しだいに ちかく きこえて くる。 チョウキチ は キュウクツ に コシ を かけた アカリトリ の マド から たちあがる。 すると キチ さん は、
「まだ、 なかなか だ」 と ヒトリゴト の よう に いって、 「チョウ さん。 あれ あ マワリ の ヒョウシギ と いって ドウグダテ の できあがった って こと を、 ヤクシャ の ヘヤ の ほう へ しらせる アイズ なん だ。 あく まで にゃあ まだ、 なかなか よ」
ゆうぜん と して マキタバコ を すいはじめる。 チョウキチ は 「そう か」 と カンプク した らしく ヘンジ を しながら、 しかし たちあがった まま に タチミ の テツゴウシ から ブタイ の ほう を ながめた。 ハナミチ から ヒラドマ の マス の アイダ をば キチ さん の ごとく マワリ の ヒョウシギ の ナン たる か を しらない ケンブツニン が、 すぐに も マク が あく の か と おもって、 であるいて いた ソト から カクジ の セキ に もどろう と ウホウ サホウ へ と コンザツ して いる。 ヨコテ の サジキウラ から ナナメ に ヒキマク の イッポウ に さしこむ ユウヒ の ヒカリ が、 その すすみいる ミチスジ だけ、 クウチュウ に ただよう チリ と タバコ の ケムリ をば ありあり と メ に みせる。 チョウキチ は この ユウヒ の ヒカリ をば なんと いう こと なく かなしく かんじながら、 おりおり ふきこむ ソト の カゼ が おおきな ナミ を うたせる ヒキマク の ウエ を ながめた。 ヒキマク には イチカワ ○○-ジョウ へ、 アサクサ コウエン ゲイギ レンジュウ と して イクタリ と なく かきつらねた ゲイシャ の ナ が よまれた。 しばらく して、
「キチ さん、 キミ、 あの ナカ で しってる ゲイシャ が ある かい」
「たのむ よ。 コウエン は オイラタチ の ナワバリウチ だぜ」 キチ さん は イッシュ の クツジョク を かんじた の で あろう、 ウソ か マコト か、 マク の ウエ に かいて ある ゲイシャ の ヒトリヒトリ の ケイレキ、 ヨウボウ、 セイシツ を キリ も なく セツメイ しはじめた。
ヒョウシギ が ちょんちょん と フタツ なった。 マクアキ の ウタ と シャミセン が きこえ ひかれた マク が しだいに こまかく はやめる ヒョウシギ の リツ に つれて かたよせられて ゆく。 オオムコウ から はやくも ヤクシャ の ナ を よぶ カケゴエ。 タイクツ した ケンブツニン の ハナシゴエ が イチジ に やんで、 ジョウナイ は ヨ の あけた よう な イッシュ の アカルサ と イッシュ の カッキ を そえた。
8
オトヨ は イマドバシ まで あるいて きて ジセツ は イマ まさに らんまん たる ハル の 4 ガツ で ある こと を はじめて しった。 テヒトツ の オンナジョタイ に おわれて いる ミ は ソラ が あおく はれて ヒ が マド に さしこみ、 スジムコウ の 「ミヤトガワ」 と いう ウナギヤ の カドグチ の ヤナギ が ミドリイロ の メ を ふく の に やっと ジコウ の ヘンセン を しる ばかり。 いつも リョウガワ の よごれた カワラヤネ に アタリ の チョウボウ を さえぎられた ジメン の ひくい バスエ の ヨコチョウ から、 イマ とつぜん、 ハシ の ウエ に でて みた 4 ガツ の スミダガワ は、 1 ネン に 2~3 ド と かぞえる ほど しか ソトデ する こと の ない ハハオヤ オトヨ の ロウガン をば しんじられぬ ほど に おどろかした の で ある。 はれわたった ソラ の シタ に、 ながれる ミズ の カガヤキ、 ツツミ の アオクサ、 その ウエ に つづく サクラ の ハナ、 サマザマ の ハタ が ひらめく ダイガク の テイコ、 その ヘン から おこる ヒトビト の サケビゴエ、 テッポウ の ヒビキ。 ワタシブネ から アガリオリ する ハナミ の ヒト の コンザツ。 アタリ イチメン の コウケイ は つかれた ハハオヤ の メ には あまり に シキサイ が キョウレツ-すぎる ほど で あった。 オトヨ は ワタシバ の ほう へ おりかけた けれど、 キュウ に おそるる ごとく クビス を かえして、 キンリュウザン シタ の ヒカゲ に なった カワラマチ を いそいだ。 そして トオリガカリ の なるべく きたない クルマ、 なるべく イクジ の なさそう な シャフ を みつけて おそるおそる、
「クルマヤ さん、 コウメ まで やすく やって ください な」 と いった。
オトヨ は ハナミ どころ の サワギ では ない。 もう どうして いい の か わからない。 ノゾミ を かけた ヒトリムスコ の チョウキチ は シケン に ラクダイ して しまった ばかり か、 もう ガッコウ へは ゆきたく ない、 ガクモン は いや だ と いいだした。 オトヨ は トホウ に くれた ケッカ、 アニ の ラゲツ に ソウダン して みる より ホカ に シヨウ が ない と おもった の で ある。
3 ド-メ に かけあった ロウシャフ が、 やっと の こと で オトヨ の のぞむ チンギン で コウメ-ユキ を ショウチ した。 アズマバシ は ゴゴ の ニッコウ と ジンアイ の ナカ に おびただしい ヒトデ で ある。 きかざった わかい ハナミ の ダンジョ を のせて イキオイ よく はしる クルマ の アイダ をば、 オトヨ を のせた ロウシャフ は カジ を ふりながら よたよた あるいて ハシ を わたる や いなや オウカ の ニギワイ を ヨソ に、 すぐと ナカノゴウ へ まがって ナリヒラバシ へ でる と、 この ヘン は もう ハル と いって も きたない コケラブキ の ヤネ の ウエ に ただ あかるく ヒ が あたって いる と いう ばかり で、 チンタイ した ホリワリ の ミズ が うららか な アオゾラ の イロ を ソノママ に うつして いる ヒキフネ-ドオリ。 ムカシ は キンペイロウ の コダユウ と いわれた ラゲツ の コイニョウボウ は、 ヌノコ の エリモト に テヌグイ を かけ オシロイヤケ の した シワ の おおい カオ に いっぱい の ヒ を うけて、 コドモ の ムレ が メンコ や コマ の アソビ を して いる ホカ には いたって ヒトドオリ の すくない ミチバタ の コウシド サキ で、 ハリイタ に ハリモノ を して いた。 かけて きて とまる クルマ と、 それ から おりる オトヨ の スガタ を みて、
「まあ おめずらしい じゃ ありません か。 ちょいと イマド の オシショウ さん です よ」 と あけた まま の コウシド から ウチ の ナカ へ と しらせる。 ナカ には アルジ の ソウショウ が オモト の ハチ を ならべた エンサキ へ コヅクエ を すえ しきり に テンチジン の ジュンジョ を つける ハイカイ の セン に いそがしい ところ で あった。
かけて いる メガネ を はずして、 ラゲツ は ツクエ を はなれて ザシキ の マンナカ に すわりなおった が、 タスキ を とりながら はいって くる ツマ の オタキ と ライホウ の オトヨ、 おなじ トシゴロ の おいた オンナ ドウシ は イクタビ と なく オジギ の ユズリアイ を して は ながながしく アイサツ した。 そして その アイサツ の ナカ に、 「チョウ ちゃん も オジョウブ です か」 「はあ、 しかし あれ にも こまりきります」 と いう よう な モンドウ から、 ヨウケン は アンガイ に はやく ラゲツ の マエ に テイシュツ される こと に なった の で ある。 ラゲツ は しずか に タバコ の スイガラ を はたいて、 ダレ に かぎらず わかい うち は とかくに キ の まよう こと が ある。 キ の まよって いる とき には、 ジブン にも オボエ が ある が、 オヤ の イケン も アダ と しか きこえない。 ハタ から あまり きびしく カンショウ する より は かえって キマカセ に して おく ほう が クスリ に なり は しまい か と ろんじた。 しかし メ に みえない ショウライ の キョウフ ばかり に みたされた オンナオヤ の せまい ムネ には かかる ツウジン の ホウニン シュギ は とうてい いれられ べき もの で ない。 オトヨ は チョウキチ が ひさしい イゼン から しばしば ガッコウ を やすむ ため に ジブン の ミトメイン を ぬすんで トドケショ を ギゾウ して いた こと をば、 アンコク な ウンメイ の ゼンチョウ で ある ごとく、 コエ まで ひそめて ながながしく ものがたる……。
「ガッコウ が いや なら どう する つもり だ と きいたら、 まあ どう でしょう、 ヤクシャ に なる ん だ って いう ん です よ。 ヤクシャ に。 まあ、 どう でしょう。 ニイサン。 ワタシャ そんな に チョウキチ の コンジョウ が くさっちまった の か と おもったら、 もう じつに くやしくって ならない ん です よ」
「へーえ、 ヤクシャ に なりたい」 いぶかる マ も なく ラゲツ は ナナツ ヤツ の コロ に よく シャミセン を オモチャ に した チョウキチ の オイタチ を カイソウ した。 「トウニン が たって と のぞむ なら シカタ の ない ハナシ だ が…… こまった もの だ」
オトヨ は ジブン の ミ こそ イッカ の フコウ の ため に ユウゲイ の シショウ に レイラク した けれど、 ワガコ まで も そんな いやしい もの に して は センゾ の イハイ に たいして モウシワケ が ない と のべる。 ラゲツ は イッカ の ハサン メツボウ の ムカシ を いいだされる と カンドウ まで された ホウトウ-ザンマイ の ミ は、 ナン に つけ、 ハゲアタマ を かきたい よう な トウワク を かんずる。 もともと ゲイニン シャカイ は だいすき な シュミセイ から、 オトヨ の ヘンクツ な シソウ をば コウゲキ したい と ココロ では おもう ものの そんな こと から またしても ながたらしく 「センゾ の イハイ」 を ろんじだされて は たまらない と あやぶむ ので、 ソウショウ は まず その バ を エンカツ に、 オトヨ を アンシン させる よう に と ハナシ を まとめかけた。
「とにかく いちおう は ワシ が イケン します よ、 わかい うち は まよう だけ に かえって シマツ の いい もの さ。 コンヤ に でも アシタ に でも チョウキチ に あそび に くる よう に いって おきなさい。 ワシ が きっと カイシン さして みせる から、 まあ そんな に シンパイ しない が いい よ。 なに ヨノナカ は あんじる より うむ が やすい さ」
オトヨ は なにぶん よろしく と たのんで オタキ が ひきとめる の を ジタイ して その イエ を でた。 ハル の ユウヒ は あかあか と アズマバシ の ムコウ に かたむいて、 ハナミガエリ の コンザツ を いっそう ひきたてて みせる。 その ウチ に オトヨ は ことさら ゲンキ よく あるいて ゆく キンボタン の ガクセイ を みる と、 それ が はたして ダイガッコウ の セイト で ある か イナ か は わからぬ ながら、 ワガコ も あのよう な リッパ な ガクセイ に したてたい ばかり に、 イクネン-カン オンナ の ミ ヒトツ で セイカツ と たたかって きた が、 イマ は イノチ に ひとしい キボウ の ヒカリ も まったく きえて しまった の か と おもう と じつに たえられぬ ヒシュウ に おそわれる。 アニ の ラゲツ に イライ して は みた ものの やっぱり アンシン が できない。 なにも ムカシ の ドウラクモノ だ から と いう わけ では ない。 チョウキチ に ココロザシ を たてさせる の は とうてい ニンゲンワザ では およばぬ こと、 カミホトケ の チカラ に たよらねば ならぬ と おもいだした。 オトヨ は のって きた クルマ から キュウ に カミナリモン で おりた。 ナカミセ の ザットウ をも イマ では すこしも おそれず に カンノンドウ へ と いそいで、 キガン を こらした ノチ に、 オミクジ を ひいて みた。 ふるびた カミキレ に モクハンズリ で、
ダイ 62 ダイキチ
サイカン じじ に しりぞく = ワザワイ も おいおい に しりぞき ウン ひらく との こと なり
ナ あらわれて シホウ に あがる = ナ の ホマレ おいおい テンカ に かくれなし との こと なり
ふるき を あらためて かさねて ロク に じょうず = ふるき こと は あらたまりて ふたたび ロク を うる なり
たかき に のぼって フク おのずから さかえん = リッシン シュッセ して フッキ ハンジョウ する テイ なり
ガンモウ かなう べし ○ ビョウニン ホンプク す ○ ウセモノ でる ○ マチビト きたる ○ ヤヅクリ ワタマシ サワリ なし ○ タビダチ よし ○ ヨメトリ ムコトリ ゲンプク ヒト を かかえる よろず よし
オトヨ は ダイキチ と いう モジ を みて アンシン は した ものの、 ダイキチ は かえって キョウ に かえりやすい こと を おもいだして、 またもや ジブン から サマザマ な キョウフ を つくりだしつつ、 ヒジョウ に つかれて ウチ へ かえった。
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ヒルスギ から カメイド の リュウガンジ の ショイン で ハイカイ の ウンザ が ある と いう ので、 ラゲツ は その ヒ の ゴゼン に たずねて きた チョウキチ と チャヅケ を すました ノチ、 コウメ の スマイ から オシアゲ の ホリワリ を ヤナギシマ の ほう へ と つれだって はなしながら あるいた。 ホリワリ は ちょうど マヒル の ヒキシオ で マックロ な きたない デイド の ソコ を みせて いる うえ に、 4 ガツ の あたたかい ニッコウ に てりつけられて、 ドブドロ の シュウキ を さかん に ハッサン して いる。 どこ から とも なく バイエン の スス が とんで きて、 どこ と いう こと なし に セイゾウバ の キカイ の オト が きこえる。 ミチバタ の ジンカ は ミチ より も イチダン ひくい ジメン に たてられて ある ので、 ハル の ヒ の ヒカリ を ヨソ に ニョウボウ ども が せっせと ナイショク して いる うすぐらい カナイ の サマ が、 とおりながら に すっかり と みとおされる。 そういう コイエ の マガリカド の よごれた ハメ には バイヤク と ウラナイ の コウコク に まじって いたる ところ ジョコウ ボシュウ の ハリガミ が メ に ついた。 しかし まもなく この インウツ な オウライ は うねりながら に すこしく ツマサキアガリ に なって ゆく か と おもう と、 カタガワ に あかく ぬった ミョウケンジ の ヘイ と、 それ に たいして ココロモチ よく あらいざらした リョウリヤ ハシモト の イタベイ の ため に とつぜん メンボク を イッペン させた。 まずしい ホンジョ の 1 ク が ここ に つきて イタバシ の かかった カワムコウ には ノグサ に おおわれた ドテ を こして、 カメイド ムラ の ハタケ と コダチ と が うつくしい デンエン の ハルゲシキ を ひろげて みせた。 ラゲツ は ふみとどまって、
「ワシ の ゆく オテラ は すぐ ムコウ の カワバタ さ、 マツ の キ の ソバ に ヤネ が みえる だろう」
「じゃ、 オジサン。 ここ で シツレイ しましょう」 チョウキチ は はやくも ボウシ を とる。
「いそぐ ん じゃ ない。 ノド が かわいた から、 まあ チョウキチ、 ちょっと やすんで ゆこう よ」
あかく ぬった イタベイ に そうて、 ミョウケンジ の モンゼン に ヨシズ を はった ヤスミヂャヤ へ と、 ラゲツ は サキ に コシ を おろした。 イッチョクセン の ホリワリ は ここ も おなじ よう に ヒキシオ の きたない ミナソコ を みせて いた が、 トオク の ハタケ の ほう から ふいて くる カゼ は いかにも さわやか で、 テンジンサマ の トリイ が みえる ムコウ の ツツミ の ウエ には ヤナギ の ワカメ が うつくしく ひらめいて いる し、 すぐ ウシロ の テラ の モン の ヤネ には スズメ と ツバメ が たえまなく さえずって いる ので、 そこここ に セイゾウバ の ケムダシ が イクホン も たって いる に かかわらず、 マチ から は とおい ハル の ヒルスギ の ノドケサ は ジュウブン に ココロモチ よく あじわわれた。 ラゲツ は しばらく アタリ を ながめた ノチ、 それとなく チョウキチ の カオ を のぞく よう に して、
「サッキ の ハナシ は ショウチ して くれたろう な」
チョウキチ は ちょうど チャ を のみかけた ところ なので、 うなずいた まま、 クチ に だして ヘンジ は しなかった。
「とにかく もう 1 ネン シンボウ しなさい。 イマ の ガッコウ さえ ソツギョウ しちまえば…… オフクロ だって だんだん とる トシ だ、 そう ガンコ ばかり も い やあ しまい から」
チョウキチ は ただ クビ を うなずかせて、 どこ と アテ も なし に トオク を ながめて いた。 ヒキシオ の ホリワリ に つないだ ツチブネ から は ニンソク が 2~3 ニン して ツツミ の ムコウ の セイゾウバ へ と しきり に ツチ を はこんで いる。 ヒトドオリ と いって は ヒトリ も ない こなた の キシ をば、 イガイ にも とつぜん 2 ダイ の ジンリキシャ が テンジンバシ の ほう から かけて きて、 フタリ の やすんで いる テラ の モンゼン で とまった。 おおかた ハカマイリ に きた の で あろう。 チョウカ の ナイギ らしい マルマゲ の オンナ が ナナ、 ヤッツ に なる ムスメ の テ を ひいて モン の ナカ へ はいって いった。
チョウキチ は ラゲツ の オジ と ハシ の ウエ で わかれた。 わかれる とき に ラゲツ は ふたたび シンパイ そう に、
「じゃ……」 と いって しばらく だまった ノチ、 「いや だろう けれど とうぶん シンボウ しなさい。 オヤコウコウ して おけば わるい ムクイ は ない よ」
チョウキチ は ボウシ を とって かるく レイ を した が そのまま、 かける よう に ハヤアシ に もと きた オシアゲ の ほう へ あるいて いった。 ドウジ に ラゲツ の スガタ は ザッソウ の ワカメ に おおわれた カワムコウ の ドテ の カゲ に かくれた。 ラゲツ は 60 に ちかい この トシ まで キョウ ほど こまった こと、 つらい カンジョウ に せめられた こと は ない と おもった の で ある。 イモウト オトヨ の タノミ も ムリ では ない。 ドウジ に チョウキチ が シバイドウ へ はいろう と いう ノゾミ も また わるい とは おもわれない。 イッスン の ムシ にも ゴブ の タマシイ で、 ヒト には ソレゾレ の キシツ が ある。 よかれ あしかれ、 モノゴト を ムリ に しいる の は よく ない と おもって いる ので、 ラゲツ は リョウホウ から イタバサミ に なる ばかり で、 いずれ に とも サンドウ する こと が できない の だ。 ことに ジブン が カコ の ケイレキ を カイソウ すれば、 ラゲツ は チョウキチ の ココロ の ウチ は とわず とも ソコ の ソコ まで あきらか に スイサツ される。 わかい コロ の ジブン には オヤダイダイ の うすぐらい シチヤ の ミセサキ に すわって うららか な ハル の ヒ を ヨソ に はたらきくらす の が、 いかに つらく いかに なさけなかった で あろう。 インキ な トモシビ の シタ で ダイフクチョウ へ デイリ の キンダカ を かきいれる より も、 カワゾイ の あかるい ニカイヤ で シャレホン を よむ ほう が いかに おもしろかった で あろう。 チョウキチ は ヒゲ を はやした かたくるしい ツトメニン など に なる より も、 ジブン の すき な ユウゲイ で ヨ を わたりたい と いう。 それ も イッショウ、 これ も イッショウ で ある。 しかし ラゲツ は イマ よんどころなく イケンヤク の チイ に たつ かぎり、 そこ まで に ジコ の カンソウ を バクロ して しまう わけ には ゆかない ので、 その ハハオヤ に たいした と おなじ よう な、 ソノバカギリ の キヤスメ を いって おく より シヨウ が なかった。
チョウキチ は いずこ も おなじ よう な まずしい ホンジョ の マチ から マチ をば てくてく あるいた。 チカミチ を とって イッチョクセン に イマド の ウチ へ かえろう と おもう の でも ない。 どこ へ か マワリミチ して あそんで かえろう と かんがえる の でも ない。 チョウキチ は まったく ゼツボウ して しまった。 チョウキチ は ヤクシャ に なりたい ジブン の シュイ を とおす には、 ドウジョウ の ふかい コウメ の オジサン に たよる より ホカ に ミチ が ない。 オジサン は きっと ジブン を たすけて くれる に ちがいない と ヨキ して いた が、 その キボウ は まったく ジブン を あざむいた。 オジ は ハハオヤ の よう に ショウメン から はげしく ハンタイ を となえ は しなかった けれど、 きいて ゴクラク みて ジゴク の タトエ を ひき、 ゲキドウ の セイコウ の コンナン、 ブタイ の セイカツ の クツウ、 ゲイニン シャカイ の コウサイ の ハンサ な こと なぞ を ながなが と かたった ノチ、 ハハオヤ の ココロ をも スイサツ して やる よう に と、 オジ の チュウコク を またず とも よく わかって いる こと を のべつづけた の で あった。 チョウキチ は ニンゲン と いう もの は トシ を とる と、 わかい ジブン に ケイケン した わかい モノ しか しらない ハンモン フアン をば けろり と わすれて しまって、 ツギ の ジダイ に うまれて くる わかい モノ の ミノウエ を きわめて ムトンチャク に クンカイ ヒヒョウ する こと の できる ベンリ な セイシツ を もって いる もの だ、 トシ を とった モノ と わかい モノ の アイダ には とうてい イッチ されない ケンカク の ある こと を つくづく かんじた。
どこ まで あるいて いって も ミチ は せまくて ツチ が くろく しめって いて、 オオカタ は ロジ の よう に ユキドマリ か と あやぶまれる ほど まがって いる。 コケ の はえた コケラブキ の ヤネ、 くさった ドダイ、 かたむいた ハシラ、 よごれた ハメ、 ほして ある ボロ や オシメ や、 ならべて ある ダガシ や アラモノ など、 インウツ な コイエ は フキソク に カギリ も なく ひきつづいて、 その アイダ に ときどき おどろく ほど おおきな モンガマエ の みえる の は ことごとく セイゾウバ で あった。 カワラヤネ の たかく そびえて いる の は フルデラ で あった。 フルデラ は たいがい あれはてて、 やぶれた ヘイ から ウラテ の ラントウバ が すっかり みえる。 タバ に なって たおれた ソトバ と ともに アオゴケ の シミ に おおわれた ハカイシ は、 キシ と いう ゲンカイ さえ くずれて しまった ミズタマリ の よう な フルイケ の ナカ へ、 イクツ と なく のめりこんで いる。 むろん あたらしい タムケ の ハナ なぞ は ヒトツ も みえない。 フルイケ には はやくも ヒルナカ に カワズ の コエ が きこえて、 キョネン の まま なる カレクサ は ミズ に ひたされて くさって いる。
チョウキチ は ふと キンジョ の イエ の ヒョウサツ に ナカノゴウ タケチョウ と かいた マチ の ナ を よんだ。 そして すぐさま、 コノゴロ に アイドク した タメナガ シュンスイ の 「ウメゴヨミ」 を おもいだした。 ああ、 ハクメイ な あの コイビト たち は こんな キミ の わるい シッチ の マチ に すんで いた の か。 みれば モノガタリ の サシエ に にた タケガキ の イエ も ある。 カキネ の タケ は かれきって その ネモト は ムシ に くわれて おせば たおれそう に おもわれる。 クグリモン の イタヤネ には やせた ヤナギ が からくも ワカメ の ミドリ を つけた エダ を たらして いる。 フユ の ヒルスギ ひそか に ヨネハチ が ビョウキ の タンジロウ を おとずれた の も かかる ワビズマイ の トグチ で あったろう。 ハンジロウ が アメ の ヨ の カイダン に はじめて オイト の テ を とった の も やはり かかる イエ の ヒトマ で あったろう。 チョウキチ は なんとも いえぬ コウコツ と ヒアイ と を かんじた。 あの あまく して やわらかく、 たちまち に して レイタン な ムトンチャク な ウンメイ の テ に もてあそばれたい、 と いう やみがたい クウソウ に かられた。 クウソウ の ツバサ の ひろがる だけ、 ハル の アオゾラ が イゼン より も あおく ひろく メ に えいじる。 トオク の ほう から アメウリ の チョウセンブエ が ひびきだした。 フエ の ネ は おもいがけない ところ で、 ミョウ な フシ を つけて オンチョウ を ひくめる の が、 コトバ に いえない ユウシュウ を もよおさせる。
チョウキチ は イマ まで ムネ に わだかまった オジ に たいする フマン を しばらく わすれた。 ゲンジツ の クモン を しばらく わすれた……。
10
キコウ が ナツ の スエ から アキ に うつって ゆく とき と おなじ よう、 ハル の スエ から ナツ の ハジメ に かけて は、 おりおり オオアメ が ふりつづく。 センゾクマチ から ヨシワラ タンボ は めずらしく も なく レイネン の とおり に ミズ が でた。 ホンジョ も おなじ よう に ショショ に シュッスイ した そう で、 ラゲツ は オトヨ の すむ イマド の キンペン は どう で あった か と、 2~3 ニチ すぎて から、 ショヨウ の カエリ の ユウガタ に ミマイ に きて みる と、 デミズ の ほう は ブジ で あった カワリ に、 それ より も、 もっと イガイ な サイナン に びっくり して しまった。 オイ の チョウキチ が ツリダイ で、 いましも ホンジョ の ヒビョウイン に おくられよう と いう サワギ の サイチュウ で ある。 ハハオヤ の オトヨ は チョウキチ が ハツアワセ の ウスギ を した まま、 センゾクマチ キンペン の デミズ の コンザツ を み に と ユウガタ から ヨル おそく まで、 ドロミズ の ナカ を あるきまわった ため に、 その ヨ から カゼ を ひいて たちまち チョウ チブス に なった の だ と いう イシャ の セツメイ を そのまま かたって、 なきながら ツリダイ の アト に ついて いった。 トホウ に くれた ラゲツ は オトヨ の かえって くる まで、 イヤオウ なく ルスバン に と ウチ の ナカ に とりのこされて しまった。
ウチ の ナカ は クヤクショ の シュッチョウイン が イオウ の ケムリ と セキタンサン で ショウドク した アト、 まるで ススハキ か ヒッコシ の とき の よう な ロウゼキ に、 ちょうど ヒトケ の ない サビシサ を くわえて、 ソウシキ の カンオケ を おくりだした アト と おなじ よう な ココロモチ で ある。 セケン を はばかる よう に まだ ヒ の くれぬ サキ から アマド を しめた オモテ には、 ヨル と ともに とつぜん つよい カゼ が ふきだした と みえて、 イエジュウ の アマド が がたがた なりだした。 キコウ は いやに はださむく なって、 おりおり カッテグチ の ヤブレショウジ から ザシキ の ナカ まで ふきこんで くる カゼ が、 うすぐらい ツルシ ランプ の ヒ をば ふきけしそう に ゆする と、 その たびたび、 くろい ユエン が ホヤ を くもらして、 ランザツ に おきなおされた カグ の カゲ が、 よごれた タタミ と コシバリ の はがれた カベ の ウエ に うごく。 どこ か チカク の イエ で ヒャクマンベン の ネンブツ を となえはじめる コエ が、 ふと ものあわれ に ミミ に ついた。 ラゲツ は たった ヒトリ で ショザイ が ない。 タイクツ でも ある。 うすさびしい ココロモチ も する。 こういう とき には サケ が なくて は ならぬ と おもって、 ダイドコロ を さがしまわった が、 オンナジョタイ の こと とて サカズキ ヒトツ みあたらない。 オモテ の マドギワ まで たちもどって アマド の 1 マイ を すこし ばかり ひきあけて オウライ を ながめた けれど、 ムコウガワ の ケントウ には サカヤ らしい シルシ の もの は ヒトツ も みえず、 バスエ の マチ は ヨイ ながら に もう オオカタ は ト を しめて いて、 インキ な ヒャクマンベン の コエ が かえって はっきり きこえる ばかり。 カワ の ほう から はげしく ふきつける カゼ が ヤネ の ウエ の デンセン を ひゅーひゅー ならす の と、 ホシ の ヒカリ の さえて みえる の と で、 カゼ の ある ヨル は とつぜん フユ が きた よう な さむい ココロモチ を させた。
ラゲツ は しかたなし に アマド を しめて、 ふたたび ぼんやり ツルシ ランプ の シタ に すわって、 ツヅケザマ に タバコ を のんで は ハシラドケイ の ハリ の うごく の を ながめた。 ときどき ネズミ が おそろしい ヒビキ を たてて テンジョウウラ を はしる。 ふと ラゲツ は ナニ か その ヘン に よむ ホン でも ない か と おもいついて、 タンス の ウエ や オシイレ の ナカ を あっちこっち と のぞいて みた が、 ショモツ と いって は トキワズ の ケイコボン に トジゴヨミ の ふるい もの ぐらい しか みあたらない ので、 とうとう ツルシ ランプ を カタテ に さげて、 チョウキチ の ヘヤ に なった 2 カイ まで あがって いった。
ツクエ の ウエ に ショモツ は イクサツ も かさねて ある。 スギイタ の ホンバコ も おかれて ある。 ラゲツ は カミイレ の ナカ に はさんだ ロウガンキョウ を フトコロ から とりだして、 まず ヨウソウ の キョウカショ をば ものめずらしく 1 サツ 1 サツ ひろげて みて いた が、 する うち に ばたり と タタミ の ウエ に おちた もの が ある ので、 ナニ か と とりあげて みる と ハルギ の ゲイシャ スガタ を した オイト の シャシン で あった。 そっと モト の よう に ショモツ の アイダ に おさめて、 なおも その ヘン の 1 サツ 1 サツ を ナニゴコロ も なく あさって ゆく と、 コンド は おもいがけない 1 ツウ の テガミ に ゆきあたった。 テガミ は かきおわらず に やめた もの らしく、 ひきさいた マキガミ と ともに モンク は とぎれて いた けれど、 よみうる だけ の モジ で ジュウブン に ゼンタイ の イミ を かいする こと が できる。 チョウキチ は ヒトタビ わかれた オイト とは たがいに ことなる その キョウグウ から ヒイチニチ と その ココロ まで が とおざかって いって、 せっかく の オサナナジミ も ついには アカ の タニン に ひとしい もの に なる で あろう。 よし ときどき に テガミ の トリヤリ は して みて も カンジョウ の イッチ して ゆかない ゼヒナサ を、 こまごま と うらんで いる。 それ に つけて、 ヤクシャ か ゲイニン に なりたい と おもいさだめた が、 その ノゾミ も ついに とげられず、 むなしく トコヤ の キチ さん の コウフク を うらやみながら、 マイニチ ぼんやり と モクテキ の ない ジカン を おくって いる ツマラナサ、 イマ は ジサツ する ユウキ も ない から ビョウキ に でも なって しねば よい と かいて ある。
ラゲツ は なんと いう ワケ も なく、 チョウキチ が デミズ の ナカ を あるいて ビョウキ に なった の は コイ に した こと で あって、 ゼンカイ する ノゾミ は もう たえはてて いる よう な じつに はかない カンジ に うたれた。 ジブン は なぜ あの とき あのよう な ココロ にも ない イケン を して チョウキチ の ノゾミ を さまたげた の か と コウカイ の ネン に せめられた。 ラゲツ は もう イチド おもう とも なく、 オンナ に まよって オヤ の イエ を おいだされた わかい ジブン の こと を カイソウ した。 そして ジブン は どうしても チョウキチ の ミカタ に ならねば ならぬ。 チョウキチ を ヤクシャ に して オイト と そわして やらねば、 オヤダイダイ の イエ を つぶして これまで に ウキヨ の クロウ を した カイ が ない。 ツウジン を もって ジニン する ショウフウアン ラゲツ ソウショウ の ナ に はじる と おもった。
ネズミ が また だしぬけ に テンジョウウラ を はしる。 カゼ は まだ ふきやまない。 ツルシ ランプ の ヒ は たえず ゆらめく。 ラゲツ は イロ の しろい メ の ぱっちり した オモナガ の チョウキチ と、 マルガオ の クチモト に アイキョウ の ある メジリ の あがった オイト との、 わかい うつくしい フタリ の スガタ をば、 ニンジョウボン の サクシャ が クチエ の イショウ でも かんがえる よう に、 イクタビ か ならべて ココロ の ウチ に えがきだした。 そして、 どんな ネツビョウ に とりつかれて も きっと しんで くれるな。 チョウキチ、 アンシン しろ。 オレ が ついて いる ん だぞ と ココロ に さけんだ。