2017/09/07

イノチ の ショヤ

 イノチ の ショヤ

 ホウジョウ タミオ

 エキ を でて 20 プン ほど も ゾウキバヤシ の ナカ を あるく と もう ビョウイン の イケガキ が みえはじめる が、 それでも その アイダ には タニ の よう に ひくまった ところ や、 こだかい ヤマ の ダラダラザカ など が あって ジンカ らしい もの は 1 ケン も みあたらなかった。 トウキョウ から わずか 20 マイル そこそこ の ところ で ある が、 オクヤマ へ はいった よう な シズケサ と、 ヒトザト はなれた ケハイ が あった。
 ツユキ に はいる ちょっと マエ で、 トランク を さげて あるいて いる オダ は、 10 プン も たたぬ マ に はや じっとり ハダ が あせばんで くる の を おぼえた。 ずいぶん ヘンピ な ところ なん だなあ と おもいながら、 ヒトケ の ない の を サイワイ、 イマ まで まぶか に かぶって いた ボウシ を ずりあげて、 コダチ を すかして トオク を ながめた。 みわたす かぎり アオバ で おおわれた ムサシノ で、 その ナカ に ぽつん ぽつん と うずくまって いる ワラヤネ が なんとなく ゲンシテキ な セキリョウ を しのばせて いた。 まだ セミ の コエ も きこえぬ しずまった ナカ を、 オダ は ぽくぽく と あるきながら、 これから ノチ ジブン は いったい どう なって ゆく の で あろう か と、 フアン で ならなかった。 まっくろい ウズマキ の ナカ へ、 しらずしらず おちこんで ゆく の では あるまい か、 イマ こうして もくもく と ビョウイン へ むかって あるく の が、 ジブン に とって いちばん テキセツ な ホウホウ なの だろう か、 それ イガイ に いきる ミチ は ない の で あろう か、 そういう カンガエ が アト から アト から と つきあがって きて、 カレ は ちょっと アシ を とめて ハヤシ の コズエ を ながめた。 やっぱり イマ しんだ ほう が いい の かも しれない。 コズエ には かたむきはじめた タイヨウ の コウセン が ワカバ の ウエ を ながれて いた。 あかるい ゴゴ で あった。
 ビョウキ の センコク を うけて から もう ハントシ を すぎる の で ある が、 その アイダ に、 コウエン を あるいて いる とき でも ガイロ を あるいて いる とき でも、 ジュモク を みる と かならず エダブリ を キ に する シュウカン が ついて しまった。 その エダ の タカサ や、 フトサ など を モクサン して、 この エダ は ほそすぎて ジブン の タイジュウ を ささえきれない とか、 この エダ は たかすぎて のぼる の に タイヘン だ など と いう ふう に、 ときには ワレ を わすれて かんがえる の だった。 キ の エダ ばかり で なく、 ヤッキョク の マエ を とおれば イクツ も スイミンザイ の ナマエ を おもいだして、 ねむって いる よう に アンラク オウジョウ を して いる ジブン の スガタ を おもいえがき、 キシャ デンシャ を みる と その シタ で ヒサン な シ を とげて いる ジブン を おもいえがく よう に なって いた。 けれど こういう ふう に ニチヤ シ を かんがえ、 それ が ひどく なって ゆけば ゆく ほど、 ますます しにきれなく なって ゆく ジブン を ハッケン する ばかり だった。 イマ も オダ は ハヤシ の コズエ を みあげて エダ の グアイ を ながめた の だった が、 すぐ カオ を しかめて もくもく と あるきだした。 いったい オレ は しにたい の だろう か、 いきたい の だろう か、 オレ に しぬ キ が ホントウ に ある の だろう か、 ない の だろう か、 と みずから ただして みる の だった が、 けっきょく どっち とも ハンダン の つかない まま、 ぐんぐん ホ を はやめて いる こと だけ が メイリョウ に わかる の だった。 しのう と して いる ジブン の スガタ が、 イチド ココロ の ナカ に はいって くる と、 どうしても しにきれない、 ニンゲン は こういう シュクメイ を もって いる の だろう か。
 フツカ マエ、 ビョウイン へ はいる こと が きまる と、 キュウ に もう イチド ためして みたく なって エノシマ まで でかけて いった。 コンド しねなければ どんな ところ へ でも ゆこう、 そう ケッシン する と、 うまく しねそう に おもわれて、 いそいそ と でかけて いった の だった が、 イワ の ウエ に むらがって いる ショウガクセイ の スガタ や、 ぼうばく と けむった ウナバラ に ふりそそいで いる タイヨウ の アカルサ など を みて いる と、 シ など を かんがえて いる ジブン が ひどく ばかげて くる の だった。 これ では いけない と おもって、 リョウメ を とじ、 なんにも みえない アイダ に とびこむ の が いちばん いい と ガントウ に たつ と キュウ に たすけられそう に おもわれて シヨウ が ない の だった。 たすけられた の では なんにも ならない、 けれど イマ の ジブン は とにかく とびこむ と いう ジジツ が いちばん タイセツ なの だ、 と おもいかえして ナミ の ほう へ カラダ を まげかける と、 「イマ」 オレ は しぬ の だろう か と おもいだした。 「イマ」 どうして オレ は しなねば ならん の だろう、 「イマ」 が どうして オレ の しぬ とき なん だろう、 すると 「イマ」 しななくて も いい よう な キ が して くる の だった。 そこで かって きた ウイスキー を 1 ポン、 やけに たいらげた が すこしも ヨイ が まわって こず、 なんとなく コッケイ な キ が しだして からから と わらった が、 あかい カニ が アシモト に はって くる の を めちゃ に ふみころす と キュウ に どっと マブタ が あつく なって きた の だった。 ヒジョウ に シンケン な シュンカン で ありながら、 アブラ が ミズ の ナカ へ はいった よう に、 その シンケンサ と ココロ が ユウリ して しまう の だった。 そして トウキョウ に むかって デンシャ が うごきだす と、 また ゼツボウ と ジチョウ が よみがえって きて、 あんたん たる キモチ に なった の で ある が、 もう すでに トキ は おそかった。 どうしても しにきれない、 この ジジツ の マエ に カレ は うなだれて しまう より ホカ に ない の だった。
 イットキ も はやく モクテキチ に ついて ジブン を ケッテイ する ホカ に ミチ は ない。 オダ は そう かんがえながら セ の たかい ヒイラギ の カキネ に そって あるいて いった。 セイモン まで でる には この カキ を ぐるり と ヒトメグリ しなければ ならなかった。 カレ は ときどき たちどまって、 ヒタイ を カキ に おしつけて インナイ を のぞいた。 おそらくは カンジャ たち の テ で つくられて いる の で あろう、 みずみずしい ソサイルイ の アオバ が メ の とどかぬ かなた まで も つづいて いた。 カンジャ の すんで いる イエ は どこ に ある の か と チュウイ して みた が、 1 ケン も みあたらなかった。 トオク まで つづいた その サイエン の ハテ に、 モリ の よう に ふかい コダチ が みえ、 その コダチ の ナカ に ふとい エントツ が 1 ポン オオゾラ に むかって コクエン を はきだして いた。 カンジャ の セイカツ も その アタリ に ある の で あろう。 エントツ は イチリュウ の コウジョウ に でも ある よう な リッパ な もの で、 オダ は、 ビョウイン に どうして あんな おおきな エントツ が ヒツヨウ なの か、 あやしんだ。 あるいは ヤキバ の エントツ かも しれぬ と おもう と、 これから ゆく サキ が ジゴク の よう に おもわれて きた。 こういう おおきな ビョウイン の こと だ から、 マイニチ おびただしい シニン が ある の で あろう、 それで あんな エントツ も ヒツヨウ なの に ちがいない と おもう と、 にわか に アシ の チカラ が ぬけて いった。 だが あるく に つれて テンカイ して ゆく インナイ の フウケイ が、 また じょじょ に カレ の キモチ を あかるく して いった。 サイエン と ならんで、 シカク に くぎられた イチゴバタケ が みえ、 その ヨコ には モケイ を みる よう に せいぜん と くみあわされた ブドウダナ が、 ナシ の タナ と むかいあって みごと に リッタイテキ な チョウワ を しめして いた。 これ も カンジャ たち が つくって いる の で あろう か、 イマ まで にごった よう な トウキョウ に すんで いた カレ は、 おもわず すばらしい もの だ と つぶやいて、 これ は イソウガイ に インナイ は ヘイワ なの かも しれぬ と おもった。
 ミチ は カキネ に そって 1 ケン くらい の ハバ が あり、 カキネ の ハンタイガワ の ゾウキバヤシ の ワカバ が、 くらい まで に かぶさって いた。 カレ が インナイ を のぞきのぞき しながら、 ちょうど ナシバタケ の ヨコ まで きた とき、 おおかた この キンジョ の ヒャクショウ とも おもわれる わかい オトコ が フタリ、 こっち へ むいて あるいて くる の が みえだした。 カレラ は オダ と おなじ よう に インナイ を のぞいて は ナニ か はなしあって いた。 オダ は いや な ところ で ヒト に あって しまった と おもいながら、 ずりあげて あった ボウシ を ふたたび ふかく かぶる と、 シタ を むいて あるきだした。 オダ は ビョウキ の ため に カタホウ の マユゲ が すっかり うすく なって おり、 カワリ に マユズミ が ぬって あった。 カレラ は チカク まで くる と キュウ に ハナシ を ぱたり と やめ、 トランク を さげた オダ の スガタ を、 コウキシン に みちた マナザシ で ながめて とおりすぎた。 オダ は もくもく と シタ を むいて いた が、 カレラ の マナザシ を メイリョウ に ココロ に かんじ、 この キンジョ の モノ で ある なら、 こうして ニュウイン する カンジャ の スガタ を もう イクド も みて いる に ソウイ ない と おもう と、 クツジョク にも にた もの が ひしひし と ココロ に せまって くる の だった。
 カレラ の スガタ が みえなく なる と、 オダ は そこ へ トランク を おいて コシ を おろした。 こんな ビョウイン へ はいらなければ セイ を まっとうする こと の できぬ ミジメサ に、 カレ の キモチ は ふたたび くもった。 メ を あげる と クビ を つるす に テキトウ な エダ は イクホン でも メ に ついた。 この キカイ に やらなければ いつ に なって も やれない に ちがいない、 アタリ を ひとわたり ながめて みた が、 ヒト の ケハイ は なかった。 カレ は ヒトミ を するどく ひからせる と、 にやり と わらって、 よし イマ だ と つぶやいた。 キュウ に ココロ が うきうき して、 こんな ところ で とつぜん やれそう に なって きた の を おもしろく おもった。 ツナ は バンド が あれば ジュウブン で ある。 シンゾウ の コドウ が たかまって くる の を おぼえながら、 カレ は たちあがって バンド に テ を かけた。 その とき とつぜん、 はげしい わらう コエ が インナイ から きこえて きた ので、 ぎょっと して コエ の ほう を みる と、 カキ の ウチガワ を わかい オンナ が フタリ、 ナニ か たのしそう に はなしあいながら ブドウダナ の ほう へ ゆく の だった。 みられた かな、 と おもった が、 はじめて みる インナイ の オンナ だった ので、 キュウ に コウキシン が でて きて、 いそいで トランク を さげる と なに くわぬ カオ で あるきだした。 ヨコメ を つかって のぞいて みる と、 フタリ とも おなじ ボウジマ の ツツソデ を き、 しろい マエカケ が ハイゴ から みる オダ の メ にも ひらひら と うつった。 カオカタチ の みえぬ こと に、 ちょっと シツボウ した が、 ウシロスガタ は なかなか リッパ な もの で、 トウハツ も くろぐろ と あつい の が ムゾウサ に たばねられて あった。 むろん カンジャ に ソウイ あるまい が、 どこ ヒトツ と して カンジャ-らしい シュウアクサ が ない の を みる と、 なぜ とも なく オダ は ほっと アンシン した。 なお ネッシン に ながめて いる と、 カノジョ ら は ずんずん すすんで いって、 ときどき タナ に ウデ を のばし、 ふさふさ と みのった コロ の こと でも おもって いる の か、 ブドウ を とる よう な テツキ を して は、 カオ を みあわせて どっと わらう の だった。 やがて ブドウバタケ を ぬける と、 カノジョ ら は あおあお と しげった サイエン の ナカ へ はいって いった が、 キュウ に ヒトリ が さっと かけだした。 アト の ヒトリ は コシ を おって わらい、 かけて ゆく アイテ を みて いた が、 これ も また アト を おって ばたばた と かけだした。 オニゴッコ でも する よう に フタリ は、 オダ の ほう へ ヨコガオ を ちらちら みせながら、 ちいさく なって ゆく と、 やがて エントツ の シタ の ふかまった コダチ の ナカ へ きえて いった。 オダ は ほっと イキ を ぬいて オンナ の きえた イッテン から メ を そらす と、 とにかく ニュウイン しよう と ケッシン した。

 スベテ が フツウ の ビョウイン と ヨウス が ことなって いた。 ウケツケ で オダ が アンナイ を こう と 40 くらい の よく こえた ジムイン が でて きて、
「キミ だな、 オダ タカオ は、 ふうむ」
と いって オダ の カオ を ウエ から シタ から ながめまわす の で あった。
「まあ ケンメイ に チリョウ する ん だね」
 ムゾウサ に そう いって ポケット から テチョウ を とりだし、 ケイサツ で される よう な ゲンミツ な ミモト チョウサ を はじめる の だった。 そして トランク の ナカ の ショセキ の ナマエ まで ヒトツヒトツ かきしるされる と、 まだ 23 の オダ は、 はげしい クツジョク を おぼえる と ともに、 ぜんぜん イッパン シャカイ と きりはなされて いる この ビョウイン の ナイブ に どんな イガイ な もの が まちもうけて いる の か と フアン で ならなかった。 それから ジムショ の ヨコ に たって いる ちいさな イエ へ つれて ゆかれる と、
「ここ で しばらく まって いて ください」
と いって ひきあげて しまった。 アト に なって この ちいさな イエ が ガイライ カンジャ の シンサツシツ で ある と しった とき オダ は びっくり した の で あった が、 そこ には べつだん シンサツ キグ が おかれて ある わけ でも なく、 イナカ エキ の マチアイシツ の よう に、 よごれた ベンチ が ヒトツ おかれて ある きり で あった。 マド から ソト を のぞむ と マツ クリ ヒノキ ケヤキ など が はえしげって おり、 それら を とおして トオク に カキネ が ながめられた。 オダ は しばらく コシ を おろして まって いた が、 なんとなく じっと して いられない オモイ が し、 いっそ イマ の アイダ に にげだして しまおう か と イクド も コシ を あげて みたり した。 そこ へ イシャ が ぶらり と やって くる と、 オダ に ボウシ を とらせ、 ちょっと カオ を のぞいて、
「ははあん」
と ヒトツ うなずく と、 もう それ で シンサツ は オシマイ だった。 もちろん オダ ジシン でも みずから ライ に ソウイ ない とは おもって いた の で ある が、
「オキノドク だった ね」
 ライ に ちがいない と いう イ を ふくめて そう いわれた とき には、 さすが に がっかり して イチド に ゼンシン の チカラ が ぬけて いった。 そこ へ カンゴシュ とも おもわれる しろい ウワギ を つけた オトコ が やって くる と、
「こちら へ きて ください」
と いって サキ に たって あるきだした。 オトコ に したがって オダ も あるきだした が、 インガイ に いた とき の どことなく ニヒリスティク な キモチ が きえて ゆく と ともに、 じょじょ に ジゴク の ナカ へ でも おちこんで ゆく よう な キョウフ と フアン を おぼえはじめた。 ショウガイ トリカエシ の つかない こと を やって いる よう に おもわれて ならない の だった。
「ずいぶん おおきな ビョウイン です ね」
 オダ は だんだん だまって いられない オモイ が して きだして そう たずねる と、
「10 マン ツボ」
 ぽきっと キ の エダ を おった よう に ブアイソウ な コタエカタ で、 オトコ は いっそう ホチョウ を はやめて あるく の だった。 オダ は とりつく シマ を うしなった オモイ で あった が、 ハ と ハ の アイダ に ミエガクレ する カキネ を みる と、
「ゼンチ する ヒト も ある の でしょう か」
と しらずしらず の うち に アイガンテキ に すら なって くる の を、 はらだたしく おもいながら、 やはり きかねば おれなかった。
「まあ イッショウ ケンメイ に チリョウ して ごらんなさい」
 オトコ は そう いって にやり と わらう だけ だった。 あるいは コウイ を しめした ビショウ で あった かも しれなかった が、 オダ には ブキミ な もの に おもわれた。
 フタリ が ついた ところ は、 おおきな ビョウトウ の ウラガワ に ある フロバ で、 すでに わかい カンゴフ が フタリ で オダ の くる の を まって いた。 ミミ まで かぶさって しまう よう な おおきな マスク を カノジョ ら は かけて いて、 それ を みる と ドウジ に オダ は、 おもわず ジブン の ビョウキ を ふりかえって ナサケナサ が つきあがって きた。
 フロバ は ビョウトウ と ロウカツヅキ で、 ケダモノ を おもわせる シワガレゴエ や どすどす と あるく アシオト など が いりみだれて きこえて きた。 オダ が そこ へ トランク を おく と、 カノジョ ら は ちらり と オダ の カオ を みた が、 すぐ シセン を そらして、
「ショウドク します から……」
と マスク の ナカ で いった。 ヒトリ が ヨクソウ の フタ を とって カタテ を ひたしながら、
「いい オユ です わ」
 はいれ と いう の で あろう、 そう いって ちらと オダ の ほう を みた。 オダ は アタリ を みまわした が、 ダツイカゴ も なく、 ただ、 カタスミ に うすぎたない ゴザ が 1 マイ しかれて ある きり で、
「この ウエ に ぬげ と いう の です か」
と おもわず クチ まで でかかる の を ようやく おさえた が、 はげしく ムネ が なみだって きた。 もはや ドンゾコ に イッポ を ふみこんで いる ジブン の スガタ を、 オダ は メイリョウ に ココロ に えがいた の で あった。 この よごれた ゴザ の ウエ で、 ゼンシン シラミ-だらけ の コジキ や、 フロウ カンジャ が イクニン も キモノ を ぬいだ の で あろう と かんがえだす と、 この カンゴフ たち の メ にも、 もう ジブン は それら の コウロ ビョウシャ と ドウイツ の スガタ で うつって いる に ちがいない と おもわれて きて、 イカリ と カナシミ が イチド に アタマ に のぼる の を かんじた。 シュンジュン した が、 しかし もう どう シヨウ も ない、 なかば ヤケギミ で カクゴ を きめる と、 カレ は ハダカ に なり、 ユブネ の フタ を とった。
「ナニ か ヤクヒン でも はいって いる の です か」
 カタテ を ユ の ナカ に いれながら、 サッキ の ショウドク と いう コトバ が ひどく キガカリ だった ので きいて みた。
「いいえ、 タダ の オユ です わ」
 よく ひびく、 あかるい コエ で あった が、 カノジョ ら の メ は、 さすが に キノドク そう に オダ を みて いた。 オダ は しゃがんで まず テオケ に 1 パイ を くんだ が、 うすじろく にごった ユ を みる と また ケンオ が つきでて きそう なので、 カレ は メ を とじ、 イキ を つめて イッキ に どぼん と とびこんだ。 ソコ の みえない ホラアナ へ でも ツイラク する オモイ で あった。 すると、
「あのう、 ショウドクシツ へ おくる ヨウイ を させて いただきます から――」
と カンゴフ の ヒトリ が いう と、 ホカ の ヒトリ は もう トランク を ひらいて しらべだした。 どうとも ジユウ に して くれ、 ハダカ に なった オダ は、 そう おもう より ホカ に なかった。 ムネ まで くる ふかい ユ の ナカ で カレ は メ を とじ、 ひそひそ と ナニ か はなしあいながら トランク を かきまわして いる カノジョ ら の コエ を きいて いる だけ だった。 たえまなく ビョウトウ から ながれて くる ザツオン が、 カノジョ ら の コエ と いりみだれて、 ダンカイ に なる と、 アタマ の ウエ を くるくる まわった。 その とき ふと カレ は コキョウ の ミカン の キ を おもいだした。 カサ の よう に エダ を あつぼったく しげらせた その シタ で よく ヒルネ を した こと が あった が、 その とき の インショウ が、 イマ こうして メ を とじて モノオト を きいて いる キモチ と イチミャク つうずる もの が ある の かも しれなかった。 また ヘン な とき に おもいだした もの だ と おもって いる と、
「おあがり に なったら、 これ、 きて ください」
と カンゴフ が いって あたらしい キモノ を しめした。 カキネ の ソト から みた オンナ が きて いた の と おなじ ボウジマ の キモノ で あった。
 ショウガクセイ に でも きせる よう な ソデ の かるい キモノ を、 フロ から あがって つけおわった とき には、 なんと いう みすぼらしく も コッケイ な スガタ に なった もの か と オダ は イクド も クビ を まげて ジブン を みた。
「それでは オニモツ ショウドクシツ へ おくります から――。 オカネ は 11 エン 86 セン ございました。 2~3 ニチ の うち に キンケン と かえて さしあげます」
 キンケン、 とは はじめて きいた コトバ で あった が、 おそらくは この ビョウイン のみ で さだめられた トクシュ な カネ を つかわされる の で あろう と オダ は すぐ スイサツ した が、 はじめて オダ の マエ に ロテイ した ビョウイン の ソシキ の イッタン を つかみとる と ドウジ に、 カンゴク へ ゆく ザイニン の よう な センリツ を おぼえた。 だんだん ミウゴキ も できなく なる の では あるまい か と フアン で ならなく なり、 オヤヅメ を もぎとられた カニ の よう に なって ゆく ジブン の ミジメサ を しった。 ただ ジメン を うろうろ と はいまわって ばかり いる カニ を カレ は おもいうかべて みる の で あった。
 その とき ロウカ の ムコウ で どっと あがる カンセイ が きこえて きた。 おもわず カタ を すくめて いる と、 キュウ に ばたばた と かけだす アシオト が ひびいて きた。 トタン に フロバ の イリグチ の ガラスド が あく と、 くさった ナシ の よう な カオ が にゅっと でて きた。 オダ は あっ と ちいさく さけんで イッポ あとずさり、 カオ から さっと チ の ひく の を おぼえた。 キカイ な カオ だった。 ドロ の よう に イロツヤ が まったく なく、 ちょっと つつけば ノウジュウ が とびだす か と おもわれる ほど ぶくぶく と ふくらんで、 その うえ に マユゲ が 1 ポン も はえて いない ため あやしく も マ の ぬけた ノッペラボウ で あった。 かけだした ため か コウフン した イキ を ふうふう はきながら、 きいろく ただれた メ で じろじろ と オダ を みる の で あった。 オダ は ますます カタ を すぼめた が、 はじめて まざまざ と みる ドウビョウシャ だった ので、 おそるおそる では ある が コウキシン を うごかせながら、 イクド も ヨコメ で ながめた。 どすぐろく フハイ した ウリ に カツラ を かぶせる と こんな クビ に なろう か、 アゴ にも マユ にも ケ らしい もの は みあたらない のに、 トウハツ だけ は くろぐろ と アツミ を もった の が、 マイニチ アブラ を つける の か、 クシメ も ただしく サユウ に わけられて いた。 ガンメン と あまり フチョウワ なので、 これ は ひょっと する と キョウジン かも しれぬ と オダ が、 ブキミ な もの を おぼえつつ チュウイ して いる と、
「ナニ を さわいで いた の」
と カンゴフ が きいた。
「ふふふふふ」
と カレ は ただ キショク の わるい ワライカタ を して いた が、 フイ に じろり と オダ を みる と、 いきなり ぴしゃり と ガラスド を しめて かけだして しまった。
 やがて その アシオト が ロウカ の ハテ に きえて しまう と、 また こちら へ むかって くる らしい アシオト が こつこつ と きこえだした。 マエ の に くらべて ひどく しずか な アシオト で あった。
「サエキ さん よ」
 その オト で わかる の で あろう。 カノジョ ら は カオ を みあわせて うなずきあう ふう で あった。
「ちょっと いそがしかった ので、 おそく なりました」
 サエキ は しずか に ガラスド を あけて はいって くる と、 まず そう いった。 セ の たかい オトコ で、 カタホウ の メ が バカ に うつくしく ひかって いた。 カンゴシュ の よう に しろい ウワギ を つけて いた が、 ヒトメ で カンジャ だ と わかる ほど、 ビョウキ は ガンメン を おかして いて、 メ も カタホウ は にごって おり、 その ため か うつくしい ほう の メ が ひどく フチョウワ な カンジ を オダ に あたえた。
「トウチョク なの?」
 カンゴフ が カレ の カオ を みあげながら きく と、
「ああ、 そう」
と カンタン に こたえて、
「おつかれ に なった でしょう」
と オダ の ほう を ながめた。 カオカタチ で ネンレイ の ハンダン は コンナン だった が、 その コトバ の ウチ には わかわかしい もの が みちて いて、 オウヘイ だ と おもえる ほど ジシン ありげ な モノ の イイブリ で あった。
「どう でした、 オユ あつく なかった です か」
 はじめて ビョウイン の キモノ を まとうた オダ の どことなく ちぐはぐ な ヨウス を ビショウ して ながめて いた。
「ちょうど よかった わね、 オダ さん」
 カンゴフ が そう ひきとって オダ を みた。
「ええ」
「ビョウシツ の ほう、 ヨウイ できました の?」
「ああ、 すっかり できました」
と サエキ が こたえる と、 カンゴフ は オダ に、
「この カタ サエキ さん、 アナタ が はいる ビョウシツ の ツキソイ さん です の。 わからない こと あったら、 この カタ に おききなさい ね」
と いって オダ の ニモツ を ぶらさげ、
「では サエキ さん、 よろしく おねがい します わ」
と いいのこして でて いって しまった。
「ボク オダ タカオ です、 よろしく――」
と アイサツ する と、
「ええ、 もう マエ から ぞんじて おります。 ジムショ の ほう から ツウチ が ありました もの です から」
 そして、
「まだ たいへん おかるい よう です ね、 なあに ライビョウ おそれる ヒツヨウ ありません よ。 ははは、 では こちら へ いらして ください」
と ロウカ の ほう へ あるきだした。

 コダチ を とおして リョウシャ や ビョウトウ の デントウ が みえた。 もう 10 ジ ちかい ジコク で あろう。 オダ は サッキ から マツバヤシ の ナカ に チョリツ して それら の ヒ を ながめて いた。 かなしい の か フアン なの か おそろしい の か、 カレ ジシン でも シキベツ できぬ イジョウ な ココロ の ジョウタイ だった。 サエキ に つれられて はじめて はいった ジュウビョウシツ の コウケイ が ぐるぐる と アタマ の ナカ を カイテン して、 ハナ の つぶれた オトコ や クチ の ゆがんだ オンナ や ガイコツ の よう に メダマ の ない オトコ など が メサキ に ちらついて ならなかった。 ジブン も やがて は ああ なりはてて ゆく で あろう、 ノウジュウ の アクシュウ に すっかり にぶく なった アタマ で そういう こと を かんがえた。 なかば しんじられない、 しんじる こと の おそろしい オモイ で あった。 ――ウミ が しみこんで きいろく なった ホウタイ や ガーゼ が ちらばった ナカ で もくもく と ジュウビョウニン の セワ を して いる サエキ の スガタ が うかんで くる と、 オダ は クビ を ふって あるきだした。 5 ネン-カン も この ビョウイン で くらした と オダ に かたった カレ は、 いったい ナニ を かんがえて いきつづけて いる の で あろう。
 オダ を ビョウシツ の シンダイ に つかせて から も、 サエキ は いそがしく シツナイ を いったり きたり して たちはたらいた。 テアシ の フジユウ な モノ には ホウタイ を まいて やり ベン を とって やり、 ショクジ の セワ すら も して やる の で あった。 けれども その ヨウス を しずか に ながめて いる と、 カレ が それら を シンケン に やって ビョウニン たち を いたわって いる の では ない と さっせられる フシ が おおかった。 それ か と いって つらく あたって いる とは もちろん おもえない の で ある が、 なんとなく ごうぜん と して いる よう に みうけられた。 くずれかかった ジュウビョウシャ の コカン に クビ を つっこんで バンソウコウ を はって いる よう な とき でも、 けっして いや な カオ を みせない カレ は、 いや な カオ に なる の を わすれて いる らしい の で あった。 はじめて みる オダ の メ に イジョウ な スガタ と して うつって も、 サエキ に とって は、 おそらくは ニチジョウジ の ちいさな ナミ の ジョウゲ で あろう。 シゴト が ヒマ に なる と オダ の シンシツ へ きて はなす の で あった が、 カレ は けっして オダ を なぐさめよう とは しなかった。 ビョウイン の セイド や カンジャ の ニチジョウ セイカツ に ついて きく と、 しずか な チョウシ で セツメイ した。 イチゴ も ムダ を いうまい と キ を くばって いる よう な セツメイ の シカタ だった が、 そのまま ブンショウ に うつして よい と おもわれる ほど テキセツ な ヒョウゲン で オダ は ヒトツヒトツ ナットク できた。 しかし オダ の カコ に ついて も ビョウキ の グアイ に ついて も、 なにひとつ と して たずねなかった。 また オダ の ほう から カレ の カコ を たずねて みて も、 カレ は わらう ばかり で けっして かたろう とは しなかった。 それでも オダ が、 ハツビョウ する まで ガッコウ に いた こと を はなして から は、 キュウ に コウイ を ふかめて きた よう に みえた。
「イマ まで ハナシアイテ が すくなくて こまって おりました」
と いった サエキ の カオ には あきらか に ヨロコビ が みえ、 セイネン ドウシ と して の シタシミ が おのずと めばえた の で あった。 だが それ と ドウジ に、 イマ こうして ライシャ サエキ と したしく なって ゆく ジブン を おもいうかべる と オダ は、 いう べからざる ケンオ を おぼえた。 これ では いけない と おもいつつ ホンノウテキ に ケンオ が つきあがって きて ならない の で あった。
 サエキ を おもい ビョウシツ を おもいうかべながら、 オダ は くらい マツバヤシ の ナカ を あるきつづけた。 どこ へ ゆこう と いう アテ が ある わけ では なかった。 メ を そむける バショ すら ない ビョウシツ が たえられなかった から とびだして きた の だった。
 ハヤシ を ぬける と すぐ ヒイラギ の カキ に ぶつかって しまった。 ほとんど ムイシキテキ に カキネ に すがる と、 チカラ を いれて ゆすぶって みた。 カネ を うばわれて しまった イマ は もう トウソウ する こと すら ゆるされて いない の だった。 しかし カレ は チュウイ-ぶかく カキ を のりこえはじめた。 どんな こと が あって も この インナイ から でなければ ならない。 この インナイ で しんで は ならない と つよく おもわれた の だった。 ソト に でる と ほっと アンシン し、 アタリ を いっそう チュウイ しながら ゾウキバヤシ の ナカ へ はいって ゆく と、 そろそろ と オビ を といた。 オレ は ジサツ する の では けっして ない。 ただ、 イマ しなねば ならぬ よう に ケッテイ されて しまった の だ、 ナニモノ が ケッテイ した の か それ は しらぬ、 が とにかく そう すべて さだまって しまった の だ と くちばしる よう に つぶやいて、 ズジョウ の クリ の エダ に オビ を かけた。 フロバ で もらった ビョウイン の オビ は、 ナワ の よう に よれよれ と なって いて、 じっくり と クビ が しまりそう で あった。 すると、 ビョウイン で もらった オビ で しぬ こと が ひどく なさけなく なって きだした。 しかし オビ の こと など どうでも いい では ない か と おもいかえして、 2~3 ド こころみに ひっぱって みる と、 ぽってり と アオバ を つけた エダ が ゆさゆさ と すずしい オト を たてた。 まだ ホンキ に しぬ キ では なかった が、 とにかく ハシ を ゆわえて まず クビ を ひっかけて みる と、 ちょうど グアイ よく しっくり と クビ に かかって、 コンド は アゴ を うごかせて エダ を ゆすって みた。 エダ が かなり ふとかった ので アゴ では なかなか ゆれず、 いたかった。 もちろん これ では ひくすぎる の で ある が、 それなら どれ くらい の タカサ が よかろう か と かんがえた。 イシタイ と いう の は たいてい 1 シャク くらい も クビ が ながく なって いる もの だ と もう イクド も きかされた こと が あった ので、 ウソ か ホント か わからなかった が、 もう ヒトツ ウエ の エダ に オビ を かければ モウシブン は あるまい と かんがえた。 しかし 1 シャク も クビ が ながなが と のびて ぶらさがって いる ジブン の シニザマ は ずいぶん あやしげ な もの に ちがいない と おもいだす と、 あさましい よう な キ も して きた。 どうせ ここ は ビョウイン だ から、 その うち に テゴロ な ヤクヒン でも こっそり テ に いれて それから に した ほう が よほど よい よう な キ が して きた。 しかし、 と クビ を かけた まま、 いつでも こういう つまらぬ よう な こと を かんがえだして は、 それ に ジャマ されて しねなかった の だ と おもい、 その つまらぬ こと こそ ジブン を ここ まで ずるずる と ひきずって きた ショウタイ なの だ と きづいた。 それでは―― と オビ に クビ を のせた まま かんがえこんだ。
 その とき かさかさ と オチバ を ふんで あるく ヒト の アシオト が きこえて きた。 これ は いけない と クビ を ひっこめよう と した トタン に、 はいて いた ゲタ が ひっくりかえって しまった。
「しまった」
 さすが に ギョウテン して ちいさく さけんだ。 ぐぐっと オビ が ケイブ に くいこんで きた。 コキュウ も できない。 アタマ に チ が のぼって がーん と なりだした。
 しぬ、 しぬ。
 ムガ ムチュウ で アシ を もがいた。 と、 こつり ゲタ が アシサキ に ふれた。
「ああ びっくり した」
 ようやく ゆるんだ オビ から クビ を はずして ほっと した が、 ワキノシタ や セスジ には つめたい アセ が でて どきん どきん と シンゾウ が はげしかった。 いくら フカク の こと とは いえ、 ジサツ しよう と して いる モノ が、 これ くらい の こと に どうして びっくり する の だ、 この ゼッコウ の キカイ に、 と くやしがりながら、 しかし もう イチド クビ を ひっかけて みる キモチ は おこって こなかった。
 ふたたび カキ を のりこす と、 カレ は もくもく と ビョウトウ へ むかって あるきだした。 ――ココロ と ニクタイ が どうして こう も ブンレツ する の だろう。 だが、 オレ は、 いったい ナニ を かんがえて いた の だろう。 オレ には ココロ が フタツ ある の だろう か、 オレ の きづかない もう ヒトツ の ココロ とは いったい ナニモノ だ。 フタツ の ココロ は つねに あいはんする もの なの か、 ああ、 オレ は もう エイエン に しねない の では あるまい か、 ナンマンネン でも、 オレ は いきて いなければ ならない の か、 シ と いう もの は、 オレ には あたえられて いない の か、 オレ は、 もう どう したら いい ん だ。
 だが ビョウトウ の まぢかく まで くる と、 アクム の よう な シツナイ の コウケイ が よみがえって しぜん と アシ が とまって しまった。 はげしい ケンオ が つきあがって きて、 どうしても アシ を うごかす キ が しない の だった。 しかたなく キビス を かえして あるきだした が、 ふたたび ハヤシ の ナカ へ はいって ゆく キ には なれなかった。 それでは ヒルマ カキ の ソト から みた カジュエン の ほう へ でも いって みよう と 2~3 ポ アシ を うごかせはじめた が、 それ も また すぐ いや に なって しまった。 やっぱり ビョウシツ へ かえる ほう が いちばん いい よう に おもわれて きて、 ふたたび キビス を かえした の だった が、 すると もう むんむん と ウミ の ニオイ が ハナ を あっして きて、 そこ へ たちどまる より シカタ が なかった。 さて どこ へ いったら いい もの か と トホウ に くれ、 とにかく どこ か へ ゆかねば ならぬ の だ が、 と ココロ が いらだって きた。 アタリ は くらく、 すぐ チカク の ビョウトウ の ながい ロウカ の ガラスド が あかるく うきでて いる の が みえた。 カレ は ぼんやり チョリツ した まま しんと した その アカルサ を ながめて いた が、 その アカルサ が ミョウ に しらじらしく みえだして、 だんだん セスジ に ミズ を そそがれる よう な スゴミ を おぼえはじめた。 これ は どうした こと だろう と おもって おおきく メ を みはって みた が、 ぞくぞく と キキ は せまって くる イッポウ だった。 カラダ が コキザミ に ふるえだして、 ゼンシン が こおりついて しまう よう な サムケ が して きだした。 じっと して いられなく なって いそいで また キビス を かえした が、 はたと トウワク して しまった。 ぜんたい オレ は どこ へ ゆく つもり なん だ。 どこ へ いったら いい ん だ、 ハヤシ や カジュエン や サイエン が オレ の ユキバ で ない こと だけ は メイリョウ に わかって いる、 そして ひつぜん どこ か へ ゆかねば ならぬ、 それ も また メイリョウ に わかって いる の だ。 それだのに、
「オレ は、 どこ へ、 いきたい ん だ」
 ただ、 ばくぜん と した ショウリョ に ココロ が いるる ばかり で あった。 ――ユキバ が ない どこ へも ユキバ が ない。 コウヤ に まよった タビビト の よう に、 コドク と フアン が ひしひし と ゼンシン を つつんで きた。 あつい もの の カタマリ が こみあげて きて、 ひくひく と ムネ が オエツ しだした が、 フシギ に イッテキ の ナミダ も でない の だった。
「オダ さん」
 フイ に よぶ サエキ の コエ に オダ は どきん と ヒトツ おおきな コドウ が うって、 ふらふらっ と メマイ が した。 あやうく ころびそう に なる カラダ を、 やっと ささえた が、 ノド が かれて しまった よう に コエ が でなかった。
「どうした ん です か」
 わらって いる らしい コエ で サエキ は いいながら ちかよって くる と、
「どうか した の です か」
と きいた。 その コエ で オダ は ようやく ヘイジョウ な キモチ を とりもどし、
「いえ ちょっと メマイ が しまして」
 しかし ジブン でも びっくり する ほど、 ひっつる よう に かわいた コエ だった。
「そう です か」
 サエキ は コトバ を きり、 ナニ か かんがえる ヨウス だった が、
「とにかく、 もう おそい です から、 ビョウシツ へ かえりましょう」
と いって あるきだした。 サエキ の しっかり した アシドリ に オダ も、 なんとなく アンシン して したがった。

 ラクダ の セナカ の よう に オウトツ の ひどい シンダイ で、 その ウエ に フトン を しいて カンジャ たち は ねむる の だった。 オダ が あたえられた シンダイ の ハシ に コシ を かける と、 サエキ も だまって オダ の ヨコ に コシ を おろした。 ビョウニン たち は ミナ ねしずまって、 ときどき ロウカ を ベンジョ へ あゆむ ヒト の アシオト が おおきかった。 ずらり と ならんだ シンダイ に ねむって いる ビョウニン たち の サマザマ な シタイ を、 オダ は ながめる キリョク が なく、 シタ を むいた まま、 イットキ も はやく フトン の ナカ に もぐりこんで しまいたい オモイ で いっぱい だった。 どれ も これ も くずれかかった ヒトビト ばかり で ニンゲン と いう より は コキュウ の ある ドロニンギョウ で あった。 アタマ や ウデ に まいて いる ホウタイ も、 デンコウ の ため か、 くろきいろく ノウジュウ が しみでて いる よう に みえた。 サエキ は アタリ を ひとわたり みまわして いた が、
「オダ さん、 アナタ は この ビョウニン たち を みて、 ナニ か フシギ な キ が しません か」
と きく の で あった。
「フシギ って?」
と オダ は サエキ の カオ を みあげた が、 シュンカン、 あっ と さけぶ ところ で あった。 サエキ の うつくしい ほう の メ が いつのまにか ぬけさって いて、 ガイコツ の よう に そこ が ぺこん と へこんで いる の だった。 あまり フイ だった ので コトバ も なく オダ が コンラン して いる と、
「つまり この ヒトタチ も、 そして ボク ジシン をも ふくめて、 いきて いる の です。 この こと を、 アナタ は フシギ に おもいません か。 キカイ な キ が しません か」
 キュウ に カタメ に なった サエキ の カオ は、 ナニ か カッテ の ことなった カンジ が し、 オダ は、 サッカク して いる の では ない か と ジブン を うたがいつつ、 こわごわ で あった が チュウイ して サエキ を みた。 サエキ は オダ の オドロキ を さっした らしく、 つと たちあがって トウチョク シンダイ ――ヘヤ の チュウオウ に あって トウチョク の ツキソイ が ねる シンダイ―― へ すたすた と あるいて いった が、 すぐ かえって きて、
「はははは。 メダマ を いれる の を わすれて いました。 おどろいた です か。 さっき あらった もの です から――」
 そう いって オダ に テノヒラ に のせた ギガン を しめした。
「メンドウ です よ。 メダマ の センタク まで せねば ならん ので ね」
 そして サエキ は また わらう の で あった が、 オダ は たまった ツバ を のみこむ ばかり だった。 ギガン は ニマイガイ の カタホウ と おなじ カッコウ で、 まるまった ヒョウメン に メ の モヨウ が はいって いた。
「この メダマ は これ で 3 ダイメ なん です よ。 ショダイ の やつ も 2 ダイメ も、 おおきな クサメ を した とき とびだしまして ね、 ウン わるく イシ の ウエ だった もの です から われちゃいました」
 そんな こと を いいながら それ を ガンカ へ あてて もぐもぐ と して いた が、
「どう です、 いきてる よう でしょう」
と いった とき には、 もう ちゃんと モト の イチ に おさまって いた。 オダ は ものすごい テジナ でも みて いる よう な アンバイ で アッケ に とられつつ、 もう イチド ツバ を のみこんで ヘンジ も できなかった。
「オダ さん」
 ちょっと の アイダ だまって いた が、 コンド は ナニ か するどい もの を ふくめた チョウシ で よびかけ、
「こう なって も、 まだ いきて いる の です から ね、 ジブン ながら、 フシギ な キ が します よ」
 いいおわる と キュウ に チョウシ を ゆるめて ビショウ して いた が、
「ボク、 シツレイ です けれど、 すっかり みました よ」 と いった。
「ええ?」
 シュンカン げせぬ と いう ふう に オダ が ハンモン する と、
「さっき ね。 ハヤシ の ナカ で ね」
 あいかわらず ビショウ して いう の で ある が、 オダ は、 コイツ ユダン の ならぬ ヤツ だ と おもった。
「じゃあ すっかり?」
「ええ、 すっかり ハイケン しました。 やっぱり しにきれない らしい です ね。 ははは」
「……」
「10 ジ が すぎて も アナタ の スガタ が みえない ので ひょっと する と―― と おもいました ので でかけて みた の です。 はじめて この ビョウシツ へ はいった ヒト は たいてい そういう キモチ に なります から ね。 もう イクニン も そういう ヒト に ぶつかって きました が、 まず ダイブブン の ヒト が シッパイ します ね。 その ウチ インテリ セイネン、 と いいます か、 そういう ヒト は きまって やりそこないます ね。 どういう ワケ か その セツメイ は なんと でも つきましょう が――。 すると、 ハヤシ の ナカ に アナタ の スガタ が みえる の でしょう。 もちろん たいへん くらくて よく みえません でした が。 やっぱり そう か と おもって みて います と、 カキ を こえだしました ね。 さては ソト で やりたい の だな と おもった の です が、 やはり とめる キ が しません ので じっと みて いました。 もっとも タニン が とめなければ しんで しまう よう な ヒト は けっきょく しんだ ほう が いちばん いい し、 それに ふたたび たちあがる もの を ナイブ に たくわえて いる よう な ヒト は、 きまって シッパイ します ね。 たくわえて いる もの に ジャマ されて しにきれない らしい の です ね。 ボク おもう ん です が、 イシ の オオイサ は ゼツボウ の オオイサ に セイヒ する、 と ね。 イシ の ない モノ に ゼツボウ など あろう はず が ない じゃ ありません か。 いきる イシ こそ ゼツボウ の ゲンセン だ と つねに おもって いる の です。 しかし ゲタ が ひっくりかえった の です か、 あの とき は ちょっと びっくり しました よ。 アナタ は どんな キモチ が した です か」
 オダ は マジメ なの か ワライゴト なの か ハンダン が つきかねた が、 その ふとぶとしい コトバ を きいて いる うち に、 だんだん はげしい フンヌ が わきでて きて、
「うまく しねる ぞ、 と おもって アンシン しました」
と ハンパツ して みた が、
「ドウジ に シンゾウ が どきどき しました」
と ショウジキ に ハクジョウ して しまった。
「ふうむ」
と サエキ は かんがえこんだ。
「オダ さん。 しねる と アンシン する ココロ と、 シンゾウ が どきどき する と いう この ムジュン の チュウカン、 ギャップ の ソコ に、 ナニ か イガイ な もの が ひそんで いる とは おもいません か」
「まだ イチド も さぐって みません」
「そう です か」
 そこ で ハナシ を ウチキリ に しよう と おもった らしく サエキ は たちあがった が、 また コシ を おろし、
「アナタ と はじめて おあい した キョウ、 こんな こと いって たいへん シツレイ です けれど」
と ヤサシミ を ふくめた コエ で マエオキ を する と、
「オダ さん、 ボク には、 アナタ の キモチ が よく わかる キ が します。 ヒルマ おはなし しました が、 ボク が ここ へ きた の は 5 ネン マエ です。 5 ネン イゼン の その とき の ボク の キモチ を、 いや、 それ イジョウ の クノウ を、 アナタ は イマ あじわって いられる の です。 ホント に アナタ の キモチ、 よく、 わかります。 でも、 オダ さん きっと いきられます よ。 きっと いきる ミチ は あります よ。 どこ まで いって も ジンセイ には きっと ヌケミチ が ある と おもう の です。 もっと もっと ジコ に たいして、 ミズカラ の セイメイ に たいして ケンキョ に なりましょう」
 イガイ な こと を いいだした ので オダ は びっくり して サエキ の カオ を みあげた。 ハンブン つぶれかかって、 それ が また かたまった よう な サエキ の カオ は、 ハナシ に チカラ を いれる と ひっつった よう に ケイレン して、 ほのぐらい デンコウ を うけて いっそう オウトツ が ひどく みえた。 サエキ は しばらく ナニゴト か ふかく かんがえふけって いた が、
「とにかく、 ライビョウ に なりきる こと が ナニ より タイセツ だ と おもいます」
と いった。 フテキ な ツラダマシイ が、 その みじかい コトバ に のぞかれた。
「まだ ニュウイン された ばかり の アナタ に たいへん ムジヒ な コトバ かも しれません。 イマ の コトバ。 でも ドウジョウ する より は、 ドウジョウ の ある ナグサメ より は、 アナタ に とって も いい と おもう の です。 じっさい、 ドウジョウ ほど アイジョウ から とおい もの は ありません から ね。 それに、 こんな つぶれかけた ドウビョウシャ の ボク が いったい どう なぐさめたら いい の です。 ナグサメ の すぐ そこ から ウソ が ばれて いく に きまって いる じゃ ありません か」
「よく わかりました、 アナタ の おっしゃる こと」
 つづけて オダ は いおう と した が、 その とき、
「ドウジョグ ざん」
と しわがれた コエ が ムコウハシ の シンダイ から きこえて きた ので クチ を つぐんだ。 サエキ は さっと たちあがる と、 その オトコ の ほう へ あゆんだ。 「トウチョク さん」 と サエキ を よんだ の だ と はじめて オダ は かいした。
「ナン だい ヨウ は」
と ブッキラボウ に サエキ が いった。
「ジョウベン が じたい」
「ショウベン だな よしよし。 ベンジョ へ いく か、 シービン に する か、 どっち が いい ん だ」
「ベンジョ さ いぐ」
 サエキ は なれきった チョウシ で オトコ を せおい、 ロウカ へ でて いった。 ハイゴ から みる と、 おわれた オトコ は 2 ホン とも アシ が なく、 ヒザコゾウ の アタリ に ホウタイ らしい しろい もの が のぞいて いた。
「なんと いう ものすごい セカイ だろう。 この ナカ で サエキ は いきる と いう の だ。 だが、 ジブン は どう いきる タイド を きめたら いい の だろう」
 ハツビョウ イライ、 はじめて オダ の ココロ に きた ギモン だった。 オダ は、 しみじみ と ジブン の テ を み、 アシ を み、 そして ムネ に テ を あてて まさぐって みる の だった。 なにもかも うばわれて しまって、 ただ ヒトツ、 セイメイ だけ が とりのこされた の だった。 いまさら の よう に アタリ を ながめて みた。 ノウジュウ に けむった クウカン が あり、 ずらり と ならんだ ベッド が ある。 しにかかった ジュウショウシャ が その ウエ に よこたわって、 ホカ は ホウタイ で あり ガーゼ で あり、 ギソク で あり マツバヅエ で あった。 サンセキ する それら の ナカ に イマ ジブン は こしかけて いる。 ――じっと それら を ながめて いる うち に、 オダ は、 ぬるぬる と ゼンシン に まつわりついて くる セイメイ を かんじる の で あった。 のがれよう と して も のがれられない、 それ は、 トリモチ の よう な ネバリヅヨサ で あった。
 ベンジョ から かえって きた サエキ は、 オトコ を イゼン の よう に ねかせて やり、
「ホカ に ナニ か ヨウ は ない か」
と ききながら フトン を かけて やった。 もう ヨウ は ない と オトコ が こたえる と、 サエキ は また オダ の シンダイ に きて、
「ね、 オダ さん。 あたらしい シュッパツ を しましょう。 それ には、 まず ライ に なりきる こと が ヒツヨウ だ と おもいます」
と いう の で あった。 ベンジョ へ つれて いって やった オトコ の こと など、 もう すっかり わすれて いる らしく、 それ が つよく オダ の ココロ を うった。 サエキ の ココロ には ライ も ビョウイン も カンジャ も ない の で あろう。 この くずれかかった オトコ の ナイブ は、 ワレワレ と ぜんぜん ことなった ソシキ で できあがって いる の で あろう か、 オダ には すこし ずつ サエキ の スガタ が おおきく みえはじめる の だった。
「しにきれない、 と いう ジジツ の マエ に、 ボク も だんだん クップク して いきそう です」
と オダ が いう と、
「そう でしょう」
と サエキ は オダ の カオ を チュウイ-ぶかく ながめ、
「でも アナタ は、 まだ ライ に クップク して いられない でしょう。 まだ たいへん おかるい の です し、 ジッサイ に いって、 ライ に クップク する の は ヨウイ じゃ ありません から ねえ。 けれど イチド は クップク して、 しっかり と ライシャ の メ を もたねば ならない と おもいます。 そう で なかったら、 あたらしい ショウブ は はじまりません から ね」
「シンケン ショウブ です ね」
「そう です とも、 ハタシアイ の よう な もの です よ」

 ツキヨ の よう に あおじろく トウメイ で ある。 けれど どこ にも ツキ は でて いない、 ヨル なの か ヒル なの か それ すら わからぬ。 ただ あおじろく トウメイ な ゲンヤ で ある。 その ナカ を オダ は にげた、 にげた。 ムネ が はずんで コキュウ が コンナン で ある。 だが へたばって は ころされる。 ヒッシ で にげねば ならぬ の だ。 オッテ は ぐんぐん せまって くる。 せまって くる。 シンゾウ の ヒビキ が アタマ に まで つたわって くる、 アシ が もつれる。 イクド も ころびそう に なる の だ。 オッテ の トキ は もう マヂカ まで よせて きた。 はやく どこ か へ かくれて しまおう。 マエ を みて あっ と ボウダチ に すくんで しまう。 ヒイラギ の カキ が ある の だ。 シンタイ まったく きわまった、 カンセイ は もう ミミモト で きこえる。 ふと みる と ちいさな オガワ が アシモト に ある、 ミズ の ない ホリワリ だ、 ムチュウ で とびこむ と アシ が ずるずる と すいこまれる。 しまった と アシ を ぬこう と する と また ずるり と すいいれられる。 はや コシ まで は ヌマ の ナカ だ。 もがく、 ひっかく、 だが ヌマ は コシ から ハラ、 ハラ から ムネ へ と あがって くる イッポウ だ。 ソコ の ない ドロヌマ だ、 ミウゴキ も できなく なる。 しびれた よう に アシ が きかない。 メ を シロクロ させて あえぐ ばかり だ。 うわああ と カンセイ が ズジョウ で する。 あの ヤロウ しんでる くせ に にげだしやがった。 チクショウ もう にがさん ぞ。 にがす もの か。 ヒアブリ だ。 つかまえろ。 つかまえろ。 いりみだれて きこえて くる の だ。 どすどす と すごい アシオト が ジナリ の よう に ひびいて くる。 ぞうん と ミノケ が よだって セキズイ まで が こおって しまう よう で ある。 ――ころされる、 ころされる。 あつい カタマリ が ムネ の ナカ で ごろごろ ころがる が イッテキ の ナミダ も かれはてて しまって いる。 ふと きづく と ミカン の キ の シタ に たって いる。 ミオボエ の ある ミカン の キ だ。 しょうじょう と アメ の ふる ユウグレ で ある。 いつのまにか スゲガサ を かぶって いる。 しろい キモノ を きて キャハン を つけて ゾウリ を はいて いる の だ。 オッテ は トオク で トキ を あげて いる。 また ちかよって くる らしい の だ。 ミカン の ネモト に かがんで イキ を ころす、 トタン に ズジョウ で げらげら と わらう コエ が する。 はっと みあげる と サエキ が いる。 おそろしく おおきな サエキ だ。 イツモ の 2 バイ も ある よう だ。 キ から みおろして いる。 ライビョウ が なおって バカ に うつくしい カオ なの だ。 2 ホン の マユゲ も たくましく こい。 オダ は おもわず ジブン の マユゲ に さわって はっと する。 のこって いる はず の カタホウ も イマ は ない の だ。 おどろいて イクド も なでて みる が やっぱり ない。 つるつる に なって いる の だ。 どっと カナシミ が つきでて きて ぼろぼろ と ナミダ が でる。 サエキ は にたり にたり と わらって いる。
「オマエ は まだ ライビョウ だな」
 ジュジョウ から カレ は いう の だ。
「サエキ さん は、 もう ライビョウ が おなおり に なられた の です か」
 おそるおそる きいて みる。
「なおった さ、 ライビョウ なんか いつでも なおる ね」
「それでは ワタシ も なおりましょう か」
「なおらん ね。 キミ は。 なおらん ね。 オキノドク じゃ よ」
「どう したら なおる の でしょう か。 サエキ さん。 オネガイ です から、 どうか おしえて ください」
 ふとい マユゲ を くねくね と ゆがめて サエキ は わらう。
「ね、 オネガイ です。 どうか、 おしえて ください。 ホントウ に この とおり です」
 リョウテ を あわせ、 コシ を おり、 オイノリ の よう な モンク を クチ の ナカ で つぶやく。
「ふん、 おしえる もん か、 おしえる もん か。 キサマ は もう しんで しまった ん だ から な。 しんで しまった ん だ から な」
 そして サエキ は にたり と わらい、 とつじょ、 ミミ の さける よう な コエ で ダイカツ した。
「まだ いきて やがる な、 まだ、 キ、 キサマ は いきて やがる な」
 そして ぎろり と メ を むいた。 おそろしい メ だ。 ギガン より も おそろしい と オダ は おもう。 にげよう と みがまえる が もう おそい。 さっと サエキ が ジュジョウ から とびついて きた。 キョジン サエキ に やすやす と コワキ に かかえられて しまった の だ。 テ を ふり アシ を ふる が キョジン は しらん カオ を して いる。
「さあ ヒアブリ だ」
と あるきだす。 すぐ ガンゼン に ものすごい ヒバシラ が たって いる の だ。 えんえん たる ホノオ の ウズ が ごおうっ と オト を たてて いる。 あの ヒ の ナカ へ なげこまれる。 ミ も ヨ も あらぬ オモイ で もがく。 が およばない。 どう しよう、 どう しよう、 シャクネツ した カゼ が ふいて きて カオ を なでる。 ゼンシン に だらだら と ヒヤアセ が ながれでる。 サエキ は ゆったり と ヒバシラ に すすんで ゆく。 なげられまい と サエキ の ドウタイ に しがみつく。 サエキ は みがまえて チョウシ を とり、 ゆさり ゆさり と ゆすぶる。 カラダ が ゆらいで カエン に ちかづく たび に やけた クウキ が カオ を なでる の だ。 オダ は ヒッシ で さけぶ の だ。
「ころされるう。 こ ろ さ れ る う。 ヒト に ころされるう――」
 チ の でる よう な コエ を しぼりだす と、 ユメ の ナカ の オダ の コエ が、 ベッド の ウエ の オダ の ミミ へ はっきり きこえた。 キミョウ な シュンカン だった。
「ああ ユメ だった」
 ゼンシン に つめたい アセ を ぐっしょり かいて、 ムネ の コドウ が はげしかった。 ヒト に ころされるうー と さけんだ コエ が まだ ジカク に こびりついて いた。 ココロ は おびえきって いて、 フトン の ナカ に ふかく クビ を おしこんで メ を とじた まま で いる と、 ヒバシラ が メサキ に ちらついた。 ふたたび アクム の ナカ へ ひきずりこまれて ゆく よう な キ が しだして メ を ひらいた。 もう イクジ コロ で あろう、 ビョウシツ-ナイ は いぜん と して アクシュウ に みち、 クウキ は どろん と にごった まま アナグラ の よう に ブキミ な シズケサ で あった。 ムネ から マタ の アタリ へ かけて、 アセ が ぬるぬる して い、 キショク の わるい こと ヒトトオリ では なかった が、 おきあがる こと が できなかった。 しばらく、 カレ は カラダ を ちぢめて エビ の よう に じっと して いた。 ショウベン を もよおして いる が、 アサ まで シンボウ しよう と おもった。 と どこ から か ススリナキ が きこえて くる ので、 おや と ミミ を すませる と、 ときに たかまり、 ときに ひくまり して、 フクロ の ナカ から でも きこえて くる よう な コエ で ダンゾク した。 うめく よう な セツナサ で、 しめころされる よう な コエ で あった。 たかまった とき は すぐ マクラモト で きこえる よう だった が、 ひくまった とき は リンシツ から でも きこえる よう に とおのいた。 オダ は そろそろ クビ を もちあげて みた。 ちょっと の アイダ は どこ で ないて いる の か わからなかった が、 それ は、 カレ の マムカイ の ベッド だった。 アタマ から すっぽり フトン を かぶって、 それ が かすか に ゆれて いた。 ナキゴエ を タニン に きかれまい と して、 なお はげしく しゃくりあげて くる らしかった。
「あっ、 ちちちい」
 ナキゴエ ばかり では なく、 ナニ か ゲキレツ な イタミ を うったえる コエ が まじって いる の に オダ は きづいた。 サッキ の ユメ に まだ ココロ は おののきつづけて いた が、 ナキゴエ が あまり ひどい ので あやしみながら シンダイ の ウエ に すわった。 どうした の か きいて みよう と おもって たちあがった が、 トウチョク の サエキ も いる はず だ と おもいついた ので、 ふたたび すわった。 クビ を のばして トウチョク シンダイ を みる と サエキ は、 はらばって ナニ か ケンメイ に カキモノ を して いる の だった。 ナキゴエ に きづかない の で あろう か、 オダ は イチド コエ を かけて みよう か と おもった が、 トウチョクシャ が ナキゴエ に きづかぬ と いう こと は あるまい と おもわれる と ともに、 ネッシン に かいて いる ジャマ を して は わるい とも おもった ので、 カレ は だまって ネマキ を かえた。 ネマキ は もちろん ビョウイン から くれた もの で、 キョウカタビラ と そっくり の もの だった。
 2 レツ の シンダイ には みる に たえない ジュウショウ カンジャ が、 モジドオリ キソク えんえん と ねむって いた。 ダレ も カレ も おおきく クチ を あいて ねむって いる の は、 ハナ を おかされて コキュウ が コンナン な ため で あろう。 オダ は シンチュウ に サムケ を おぼえながら、 それでも ここ へ きて はじめて カレラ の スガタ を しずか に ながめる こと が できた。 あかぐろく なった ボウズアタマ が よわい デンコウ に にぶく ひかって いる と、 ツギ には テッペン に おおきな バンソウコウ を はりつけて いる の だった。 バンソウコウ の シタ には おおきな アナ でも あいて いる の だろう。 そんな アタマ が ずらり と ならんで いる カッコウ は キミョウ に コッケイ な モノスゴサ だった。 オダ の すぐ ヒダリドナリ の オトコ は、 スリコギ の よう に サキ の まるまった テ を だらり と シンダイ から たらして い、 その ムカイ は わかい オンナ で、 あおむいて いる カオ は ムスウ の ケッセツ で あれはてて いた。 トウハツ も ほとんど ぬけちって、 コウトウブ に ちょっと と、 サユウ の ガワ に ケムシ でも はって いる カッコウ で ちょびちょび と はえて いる だけ で、 オトコ なの か オンナ なの か、 なかなか に ハンダン が コンナン だった。 あつい の か カノジョ は アシ を フトン の ウエ に あげ、 ビョウテキ に むっちり と しろい ウデ も ソデ が まくれて あらわ に フトン の ウエ に なげて いた。 むごたらしく も ジョウヨクテキ な スガタ だった。
 そのうち オダ の チュウイ を ひいた の は、 ないて いる オトコ の トナリ で、 マユゲ と トウハツ は ついて いる が、 アゴ は ぐいと ひんまがって、 あおむいて いる のに クチ だけ は ヨコムキ で、 とじる こと も できぬ の で あろう、 だらしなく ヨダレ が しろい イト に なって たれて いる の だった。 トシ は 40 を こえて いる らしい。 シンダイ の シタ には ギソク が 2 ホン ころがって いた。 ギソク と いって も トタンイタ の ツツッポ で、 サキ が ほそまり ハシ に ちいさな アシガタ が くっついて いる だけ で、 オモチャ の よう な もの だった。 が その ツギ の オトコ に メ を うつした とき には、 さすが に カオ を そむけねば いられなかった。 アタマ から カオ、 テアシ、 ソノタ ゼンシン が ホウタイ で グルグルマキ に され、 むしあつい の か フトン は すっかり ふみおとされて、 かろうじて ハシ が ベッド に しがみついて いた。 オダ は イキ を つめて おそるおそる メ を うつす の だった が、 ゼンシン が ぞっと つめたく なって きた。 これ でも ニンゲン と しんじて いい の か、 インブ まで デンコウ の シタ に さらして、 そこ に まで ムスウ の ケッセツ が、 くろい ムシ の よう に てんてん と できて いる の だった。 もちろん 1 ポン の インモウ すら も ちりはてて いる の だ。 あそこ まで ライキン は ヨウシャ なく くいあらして ゆく の か と、 オダ は ミブルイ した。 こう なって まで、 しにきれない の か、 と オダ は トイキ を はじめて ぬき、 セイメイ の シュウアク な ネヅヨサ が のろわしく おもわれた。
 いきる こと の オソロシサ を せつせつ と おぼえながら、 シンダイ を おりる と ベンジョ へ でかけた。 どうして ジブン は さっき クビ を つらなかった の か、 どうして エノシマ で ウミ へ とびこんで しまわなかった の か―― ベンジョ へ はいり、 キョウレツ な ショウドクヤク を かぐ と、 ふらふら と メマイ が した。 あやうく トビラ に しがみついた、 カンパツ だった。
「タカオ! タカオ」
と よぶ コエ が はっきり きこえた。 はっと アタリ を みまわした が もちろん ダレ も いない。 おさない とき から キキオボエ の ある、 ダレ か の コエ に ソウイ なかった が ダレ の コエ か わからなかった。 ナニ か の サッカク に ちがいない と、 オダ は キ を しずめた が、 ふたたび その コエ が とびついて きそう で ならなかった。 ショウベン まで が こおって しまう よう で、 なかなか でず、 あせりながら ヨウ を たす と いそいで ロウカ へ でた。 と リンシツ から くる モウジン に ばったり であい、 ホウタイ を まいた テ で すうっと カオ を なでられた。 あっ と さけぶ ところ を かろうじて のみこんだ が、 いきた ココチ は なかった。
「こんばんわ」
 したしそう な コエ で モウジン は そう いう と、 また クウカン を さぐりながら ベンジョ の ナカ へ きえて いった。
「こんばんわ」
と オダ も しかたなく アイサツ した の だった が、 コエ が ふるえて ならなかった。
「これ こそ まさしく バケモノ ヤシキ だ」
と ムネ を しずめながら おもった。

 サエキ は、 まだ カキモノ に ヨネン も ない ふう で あった。 こんな マヨナカ に ナニ を かいて いる の で あろう と オダ は コウキシン を おこした が、 コエ を かける の も ためらわれて、 そのまま シンダイ に あがった。 すると、
「オダ さん」
と サエキ が よぶ の で あった。
「はあ」
と オダ は かえして、 ふたたび ベッド を おりる と サエキ の ほう へ あるいて いった。
「ねむられません か」
「ええ、 ヘン な ユメ を みまして」
 サエキ の マエ には ぶあつ な ノート が 1 サツ おいて あり、 それ に イマ まで かいて いた の で あろう、 かなり おおきな モジ で あった が、 ぎっしり かきこまれて あった。
「ゴベンキョウ です か」
「いえ、 つまらない もの なん です よ」
 ススリナキ は あいかわらず、 たかまったり ひくまったり しながら、 やむ こと も なく きこえて いた。
「あの カタ どう なさった の です か」
「シンケイツウ なん です。 そりゃあ ひどい です よ。 だいの オトコ が ヒトバンジュウ なきあかす の です から ね」
「テアテ は しない の です か」
「そう です ねえ。 テアテ と いって も、 まあ マスイザイ でも チュウシャ して イチジ を しのぐ だけ です よ。 キン が シンケイ に くいこんで エンショウ を おこす ので、 どう シヨウ も ない らしい ん です。 なにしろ ライ が イマ の ところ フジ です から ね」
 そして、
「ハジメ の アイダ は クスリ も ききます が、 ひどく なって くれば ききません ね。 ナルコポン なんか やります が、 きいて も 2~3 ジカン。 そして すぐ きかなく なります ので」
「だまって いたむ の を みて いる の です か」
「まあ そう です。 ほったらかして おけば その うち に とまる だろう、 それ イガイ に ない の です よ。 もっとも モヒ を やれば もっと ききます が、 この ビョウイン では ゆるされて いない の です」
 オダ は だまって ナキゴエ の ほう へ メ を やった。 ナキゴエ と いう より は、 もう ウナリゴエ に それ は ちかかった。
「トウチョク を して いて も、 テ の ツケヨウ が ない の には、 ホント に こまります よ」
と サエキ は いった。
「シツレイ します」
と オダ は いって サエキ の ヨコ へ コシ を かけた。
「ね オダ さん。 どんな に いたんで も しなない、 どんな に ガイメン が くずれて も しなない。 ライ の トクチョウ です ね」
 サエキ は バット を とりだして オダ に すすめながら、
「アナタ が みられた ライシャ の セイカツ は、 まだまだ ほんの ヒョウメン なん です よ。 この ビョウイン の ナイブ には、 イッパン シャカイ の ヒト の とうてい ソウゾウ すら も およばない イジョウ な ニンゲン の スガタ が、 セイカツ が えがかれ きずかれて いる の です よ」
と コトバ を きる と、 サエキ も バット を 1 ポン ぬき ヒ を つける の だった。 つぶれた ハナ の アナ から、 サエキ は もくもく と ケムリ を だしながら、
「あれ を アナタ は どう おもいます か」
 ゆびさす ほう を ながめる と ドウジ に、 はっと ムネ を うって くる ナニモノ か を オダ は つよく かんじた。 カレ の きづかぬ うち に ミギハシ に ねて いた オトコ が おきあがって、 じいっと タンザ して いる の だった。 もちろん ゼンシン に ホウタイ を まいて いる の だった が、 どんより と くもった シツナイ に うきでた スガタ は、 なぜ とは なく ココロ うつ ゲンシュクサ が あった。 オトコ は しばらく ミウゴキ も しなかった が、 やがて しずか に だ が ひどく しわがれた コエ で、 ナム アミダブツ ナム アミダブツ と となえる の で あった。
「あの ヒト の ノド を ごらんなさい」
 みる と、 2~3 サイ の コドモ の よう な ヨダレカケ が ケイブ に ぶらさがって、 オトコ は カタテ を あげて それ を おさえて いる の だった。
「あの ヒト の ノド には アナ が あいて いる の です よ。 その アナ から コキュウ を して いる の です。 コウトウライ と いいます か、 あそこ へ アナ を あけて、 それ で もう 5 ネン も いきのびて いる の です」
 オダ は じっと ながめる のみ だった。 オトコ は しばらく ダイモク を となえて いた が、 やがて それ を やめる と、 フタツ ミッツ その アナ で トイキ を する らしかった が、 ぐったり と ゼンシン の チカラ を ぬいて、
「ああ、 ああ、 なんとか して しねん もの かいなあー」
 すっかり しわがれた コエ で コノヨ の ヒト とは おもわれず、 それ だけ に また シン に せまる チカラ が こもって いた。 オトコ は 20 プン ほど も しずか に すわって いた が、 また イゼン の よう に ヨコ に なった。
「オダ さん、 アナタ は、 あの ヒトタチ を ニンゲン だ と おもいます か」
 サエキ は しずか に、 だが ひどく ジュウダイ な もの を ふくめた コエ で いった。 オダ は サエキ の イ が かいしかねて、 だまって かんがえた。
「ね オダ さん。 あの ヒトタチ は、 もう ニンゲン じゃあ ない ん です よ」
 オダ は ますます サエキ の ココロ が わからず カレ の カオ を ながめる と、
「ニンゲン じゃ ありません。 オダ さん、 けっして ニンゲン じゃ ありません」
 サエキ の シソウ の チュウカク に ちかづいた ため か、 イクブン の コウフン すら も うかべて いう の だった。
「ニンゲン では ありません よ。 セイメイ です。 セイメイ ソノモノ、 イノチ ソノモノ なん です。 ボク の いう こと、 わかって くれます か、 オダ さん。 あの ヒトタチ の 『ニンゲン』 は もう しんで ほろびて しまった ん です。 ただ、 セイメイ だけ が びくびく と いきて いる の です。 なんと いう ネヅヨサ でしょう。 ダレ でも ライ に なった セツナ に、 その ヒト の ニンゲン は ほろびる の です。 しぬ の です。 シャカイテキ ニンゲン と して ほろびる だけ では ありません。 そんな あさはか な ホロビカタ では けっして ない の です。 ハイヘイ では なく、 ハイジン なん です。 けれど、 オダ さん、 ボクラ は フシチョウ です。 あたらしい シソウ、 あたらしい メ を もつ とき、 ぜんぜん ライシャ の セイカツ を カクトク する とき、 ふたたび ニンゲン と して いきかえる の です。 フッカツ そう フッカツ です。 びくびく と いきて いる セイメイ が ニクタイ を カクトク する の です。 あたらしい ニンゲン セイカツ は それから はじまる の です。 オダ さん、 アナタ は イマ しんで いる の です。 しんで います とも、 アナタ は ニンゲン じゃあ ない ん です。 アナタ の クノウ や ゼツボウ、 それ が どこ から くる か、 かんがえて みて ください。 ヒトタビ しんだ カコ の ニンゲン を さがしもとめて いる から では ない でしょう か」
 だんだん げきして くる サエキ の コトバ を、 オダ は ネッシン に きく の だった が、 つぶれかかった カレ の カオ が おおきく メ に うつって くる と、 この オトコ は くるって いる の では ない か と、 コトバ の ツヨサ に おされながら も あやしむ の だった。 オダ に むかって ときつめて いる よう で ありながら、 そのじつ サエキ ジシン が ジブン の シンナイ に つきだして くる ナニモノ か と はげしく たたかって チミドロ と なって いる よう に オダ には みえ、 それ が ワレ を わすれて きこう と する オダ の ココロ を みだして いる よう に おもわれる の だった。 と はたして サエキ は キュウ に よわよわしく、
「ボク に、 もうすこし ブンガクテキ な サイノウ が あったら、 と ハギシリ する の です よ」
 その コエ には、 イマ まで みて きた サエキ とも おもわれない、 イガイ な クノウ の カゲ が つきまとって いた。
「ね オダ さん、 ボク に テンサイ が あったら、 この あたらしい ニンゲン を、 イマ まで かつて なかった ニンゲンゾウ を きずきあげる の です が―― およびません」
 そう いって マクラモト の ノート を オダ に しめす の で あった。
「ショウセツ を オカキ なん です か」
「かけない の です」
 ノート を ばたん と とじて また いった。
「せめて ジユウ な ジカン と、 マンゾク な メ が あったら と おもう の です。 いつ モウモク に なる か わからない、 この クルシサ は アナタ には おわかり に ならない でしょう。 ゴショウチ の よう に カタホウ は ギガン です し、 カタホウ は ちかい うち に みえなく なる でしょう、 それ は ジブン でも わかりきった こと なん です」
 サッキ まで キンチョウ して いた の が キュウ に ゆるんだ ため か、 サエキ の コトバ は テントウ しきって、 カンショウテキ に すら なって いる の だった。 オダ は いう べき コトバ も すぐに は みつからず、 サエキ の メ を みあげて、 はじめて その メ が あかぐろく ジュウケツ して いる の を しった。
「これ でも、 ここ 2~3 ニチ は いい ほう なん です。 わるい とき には ほとんど みえない くらい です。 かんがえて も みて ください。 たえまなく メ の サキ に くろい コナ が とびまわる イラダタシサ を ね。 アナタ は ミズ の ナカ で メ を あいた こと が あります か、 わるい とき の ワタシ の メ は その スイチュウ で メ を あけた とき と ほとんど おなじ なん です。 なにもかも ぼうっと ただれて みえる の です よ。 いい とき でも スナケムリ の ナカ に すわって いる よう な もの です。 モノ を かいて いて も、 ドクショ して いて も イチド この スナケムリ が キ に なりだしたら サイゴ ホント に、 キ が くるって しまう よう です」
 つい さっき サエキ が、 オダ に むかって ナグサメヨウ が ない と いった が、 イマ は オダ にも ナグサメヨウ が なかった。
「こんな くらい ところ では――」
 それでも ようやく そう いいかける と、
「もちろん よく ありません。 それ は ボク にも わかって いる の です が、 でも トウチョク の ヨル に でも かかなければ、 かく とき が ない の です。 キョウドウ セイカツ です から ねえ」
「でも、 そんな に おあせり に ならない で、 チリョウ を されて から――」
「あせらない では いられません よ。 よく ならない の が わかりきって いる の です から。 マイニチ マイニチ ナミ の よう に ジョウゲ しながら、 それでも シオ が みちて くる よう に わるく なって いく ん です。 ホント に フカコウリョク なん です よ」
 オダ は だまった。 サエキ も だまった。 ススリナキ が また きこえて きた。
「ああ、 もう ヨ が あけかけました ね」
 ソト を みながら サエキ が いった。 くろずんだ ハヤシ の かなた が、 しろく あかるんで いた。
「ここ 2~3 ニチ チョウシ が よくて、 あの シロサ が みえます よ。 めずらしい こと なん です」
「イッショ に サンポ でも しましょう か」
 オダ が ワダイ を かえて もちだす と、
「そう しましょう」
と すぐ サエキ は たちあがった。
 つめたい ガイキ に ふれる と、 フタリ は いきかえった よう に おのずと キモチ が わかやいで きた。 ならんで あるきながら オダ は、 ときどき ハイゴ を ふりかえって ビョウトウ を ながめず には いられなかった。 ショウガイ わすれる こと の できない キオク と なる で あろう イチヤ を ふりかえる オモイ で あった。
「モウモク に なる の は わかりきって いて も、 オダ さん、 やはり ボク は かきます よ。 モウモク に なれば なった で、 また きっと いきる ミチ は ある はず です。 アナタ も あたらしい セイカツ を はじめて ください。 ライシャ に なりきって、 さらに すすむ ミチ を ハッケン して ください。 ボク は かけなく なる まで ドリョク します」
 その コトバ には、 はじめて あった とき の フテキ な サエキ が かえって いた。
「クノウ、 それ は しぬ まで つきまとって くる でしょう。 でも ダレ か が いった では ありません か、 くるしむ ため には サイノウ が いる って。 くるしみえない モノ も ある の です」
 そして サエキ は ヒトツ おおきく コキュウ する と、 アシドリ まで も イッポ イッポ ダイチ を ふみしめて ゆく、 ユルギ の ない ワカワカシサ に みちて いた。
 アタリ の クラガリ が じょじょ に ダイチ に しみこんで ゆく と、 やがて さんぜん たる タイヨウ が ハヤシ の かなた に あらわれ、 シマメ を つくって コズエ を ながれて ゆく コウセン が、 キョウジン な ジュカン へも さしこみはじめた。 サエキ の セカイ へ トウタツ しうる か どう か、 オダ には まだ フアン が いろこく のこって いた が、 やはり いきて みる こと だ、 と つよく おもいながら、 ヒカリ の シマメ を ながめつづけた。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...