2018/06/28

ガラスド の ウチ

 ガラスド の ウチ

 ナツメ ソウセキ

 1

 ガラスド の ウチ から ソト を みわたす と、 シモヨケ を した バショウ だの、 あかい ミ の なった ウメモドキ の エダ だの、 ブエンリョ に チョクリツ した デンシンバシラ だの が すぐ メ に つく が、 その ホカ に これ と いって かぞえたてる ほど の もの は ほとんど シセン に はいって こない。 ショサイ に いる ワタクシ の ガンカイ は きわめて タンチョウ で そうして また きわめて せまい の で ある。
 そのうえ ワタクシ は キョネン の クレ から カゼ を ひいて ほとんど オモテ へ でず に、 マイニチ この ガラスド の ウチ に ばかり すわって いる ので、 セケン の ヨウス は ちっとも わからない。 ココロモチ が わるい から ドクショ も あまり しない。 ワタクシ は ただ すわったり ねたり して その ヒ その ヒ を おくって いる だけ で ある。
 しかし ワタクシ の アタマ は ときどき うごく。 キブン も タショウ は かわる。 いくら せまい セカイ の ナカ でも せまい なり に ジケン が おこって くる。 それから ちいさい ワタクシ と ひろい ヨノナカ と を カクリ して いる この ガラスド の ウチ へ、 ときどき ヒト が はいって くる。 それ が また ワタクシ に とって は おもいがけない ヒト で、 ワタクシ の おもいがけない こと を いったり したり する。 ワタクシ は キョウミ に みちた メ を もって それら の ヒト を むかえたり おくったり した こと さえ ある。
 ワタクシ は そんな もの を すこし かきつづけて みよう か と おもう。 ワタクシ は そうした シュルイ の モンジ が、 いそがしい ヒト の メ に、 どれほど つまらなく うつる だろう か と ケネン して いる。 ワタクシ は デンシャ の ナカ で ポッケット から シンブン を だして、 おおきな カツジ だけ に メ を そそいで いる コウドクシャ の マエ に、 ワタクシ の かく よう な カンサン な モンジ を ならべて シメン を うずめて みせる の を はずかしい もの の ヒトツ に かんがえる。 これら の ヒトビト は カジ や、 ドロボウ や、 ヒトゴロシ や、 すべて その ヒ その ヒ の デキゴト の ウチ で、 ジブン が ジュウダイ と おもう ジケン か、 もしくは ジブン の シンケイ を ソウトウ に シゲキ しうる シンラツ な キジ の ホカ には、 シンブン を テ に とる ヒツヨウ を みとめて いない くらい、 ジカン に ヨユウ を もたない の だ から。 ――カレラ は テイリュウジョ で デンシャ を まちあわせる アイダ に、 シンブン を かって、 デンシャ に のって いる アイダ に、 キノウ おこった シャカイ の ヘンカ を しって、 そうして ヤクショ か カイシャ へ ゆきつく と ドウジ に、 ポッケット に おさめた シンブンシ の こと は まるで わすれて しまわなければ ならない ほど いそがしい の だ から。
 ワタクシ は イマ これほど きりつめられた ジカン しか ジユウ に できない ヒトタチ の ケイベツ を おかして かく の で ある。
 キョネン から オウシュウ では おおきな センソウ が はじまって いる。 そうして その センソウ が いつ すむ とも ケントウ が つかない モヨウ で ある。 ニホン でも その センソウ の イチ ショウブブン を ひきうけた。 それ が すむ と コンド は ギカイ が カイサン に なった。 きたる べき ソウセンキョ は セイジカイ の ヒトビト に とって の タイセツ な モンダイ に なって いる。 コメ が やすく なりすぎた ケッカ ノウカ に カネ が はいらない ので、 どこ でも フケイキ だ フケイキ だ と こぼして いる。 ネンチュウ ギョウジ で いえば、 ハル の スモウ が ちかく に はじまろう と して いる。 ようするに ヨノナカ は たいへん タジ で ある。 ガラスド の ウチ に じっと すわって いる ワタクシ なぞ は ちょっと シンブン に カオ が だせない よう な キ が する。 ワタクシ が かけば セイジカ や グンジン や ジツギョウカ や スモウキョウ を おしのけて かく こと に なる。 ワタクシ だけ では とても それほど の タンリョク が でて こない。 ただ ハル に ナニ か かいて みろ と いわれた から、 ジブン イガイ に あまり カンケイ の ない つまらぬ こと を かく の で ある。 それ が いつまで つづく か は、 ワタクシ の フデ の ツゴウ と、 シメン の ヘンシュウ の ツゴウ と で きまる の だ から、 はっきり した ケントウ は イマ つきかねる。

 2

 デンワグチ へ よびだされた から ジュワキ を ミミ へ あてがって ヨウジ を きいて みる と、 ある ザッシシャ の オトコ が、 ワタクシ の シャシン を もらいたい の だ が、 いつ とり に いって いい か ツゴウ を しらして くれろ と いう の で ある。 ワタクシ は 「シャシン は すこし こまります」 と こたえた。
 ワタクシ は この ザッシ と まるで カンケイ を もって いなかった。 それでも カコ 3~4 ネン の アイダ に その 1~2 サツ を テ に した キオク は あった。 ヒト の わらって いる カオ ばかり を たくさん のせる の が その トクショク だ と おもった ホカ に、 イマ は なんにも アタマ に のこって いない。 けれども そこ に わざとらしく わらって いる カオ の オオク が ワタクシ に あたえた フカイ の インショウ は いまだに きえず に いた。 それで ワタクシ は ことわろう と した の で ある。
 ザッシ の オトコ は、 ウドシ の ショウガツ ゴウ だ から ウドシ の ヒト の カオ を ならべたい の だ と いう キボウ を のべた。 ワタクシ は センポウ の いう とおり ウドシ の ウマレ に ソウイ なかった。 それで ワタクシ は こう いった。――
「アナタ の ザッシ へ だす ため に とる シャシン は わらわなくって は いけない の でしょう」
「いえ そんな こと は ありません」 と アイテ は すぐ こたえた。 あたかも ワタクシ が イマ まで その ザッシ の トクショク を ゴカイ して いた ごとく に。
「アタリマエ の カオ で かまいません なら のせて いただいて も よろしゅう ございます」
「いえ それ で ケッコウ で ございます から、 どうぞ」
 ワタクシ は アイテ と キジツ の ヤクソク を した うえ、 デンワ を きった。
 ナカ 1 ニチ おいて ウチアワセ を した ジカン に、 デンワ を かけた オトコ が、 きれい な ヨウフク を きて シャシンキ を たずさえて ワタクシ の ショサイ に はいって きた。 ワタクシ は しばらく その ヒト と カレ の ジュウジ して いる ザッシ に ついて ハナシ を した。 それから シャシン を 2 マイ とって もらった。 1 マイ は ツクエ の マエ に すわって いる ヘイゼイ の スガタ、 1 マイ は さむい ニワサキ の シモ の ウエ に たって いる フツウ の タイド で あった。 ショサイ は コウセン が よく とおらない ので、 キカイ を すえつけて から マグネシア を もした。 その ヒ の もえる すぐ マエ に、 カレ は カオ を ハンブン ばかり ワタクシ の ほう へ だして、 「オヤクソク では ございます が、 すこし どうか わらって いただけますまい か」 と いった。 ワタクシ は その とき とつぜん かすか な コッケイ を かんじた。 しかし ドウジ に バカ な こと を いう オトコ だ と いう キ も した。 ワタクシ は 「これ で いい でしょう」 と いった なり センポウ の チュウモン には とりあわなかった。 カレ が ワタクシ を ニワ の コダチ の マエ に たたして、 レンズ を ワタクシ の ほう へ むけた とき も また マエ と おなじ よう な テイネイ な チョウシ で、 「オヤクソク では ございます が、 すこし どうか……」 と おなじ コトバ を くりかえした。 ワタクシ は マエ より も なお わらう キ に なれなかった。
 それから ヨッカ ばかり たつ と、 カレ は ユウビン で ワタクシ の シャシン を とどけて くれた。 しかし その シャシン は まさしく カレ の チュウモンドオリ に わらって いた の で ある。 その とき ワタクシ は アテ が はずれた ヒト の よう に、 しばらく ジブン の カオ を みつめて いた。 ワタクシ には それ が どうしても テ を いれて わらって いる よう に こしらえた もの と しか みえなかった から で ある。
 ワタクシ は ネン の ため ウチ へ くる 4~5 ニン の モノ に その シャシン を だして みせた。 カレラ は ミンナ ワタクシ と ドウヨウ に、 どうも つくって わらわせた もの らしい と いう カンテイ を くだした。
 ワタクシ は うまれて から コンニチ まで に、 ヒト の マエ で わらいたく も ない のに わらって みせた ケイケン が ナンド と なく ある。 その イツワリ が イマ この シャシンシ の ため に フクシュウ を うけた の かも しれない。
 カレ は キミ の よく ない クショウ を もらして いる ワタクシ の シャシン を おくって くれた けれども、 その シャシン を のせる と いった ザッシ は ついに とどけなかった。

 3

 ワタクシ が H さん から ヘクトー を もらった とき の こと を かんがえる と、 もう いつのまにか 3~4 ネン の ムカシ に なって いる。 なんだか ユメ の よう な ココロモチ も する。
 その とき カレ は まだ チバナレ の した ばかり の コドモ で あった。 H さん の オデシ は カレ を フロシキ に つつんで デンシャ に のせて ウチ まで つれて きて くれた。 ワタクシ は その ヨ カレ を ウラ の モノオキ の スミ に ねかした。 さむく ない よう に ワラ を しいて、 できる だけ イゴコチ の いい ネドコ を こしらえて やった アト、 ワタクシ は モノオキ の ト を しめた。 すると カレ は ヨイ の クチ から なきだした。 ヨナカ には モノオキ の ト を ツメ で かきやぶって ソト へ でよう と した。 カレ は くらい ところ に たった ヒトリ ねる の が さびしかった の だろう、 あくる アサ まで まんじり とも しない ヨウス で あった。
 この フアン は ツギ の バン も つづいた。 その ツギ の バン も つづいた。 ワタクシ は 1 シュウカン あまり かかって、 カレ が あたえられた ワラ の ウエ に ようやく やすらか に ねむる よう に なる まで、 カレ の こと が ヨル に なる と かならず キ に かかった。
 ワタクシ の コドモ は カレ を めずらしがって、 まがなすきがな オモチャ に した。 けれども ナ が ない ので ついに カレ を よぶ こと が できなかった。 ところが いきた もの を アイテ に する カレラ には、 ぜひとも センポウ の ナ を よんで あそぶ ヒツヨウ が あった。 それで カレラ は ワタクシ に むかって イヌ に ナ を つけて くれ と せがみだした。 ワタクシ は とうとう ヘクトー と いう えらい ナ を、 この コドモ たち の ホウユウ に あたえた。
 それ は イリアッド に でて くる トロイ イチ の ユウショウ の ナマエ で あった。 トロイ と ギリシャ と センソウ を した とき、 ヘクトー は ついに アキリス の ため に うたれた。 アキリス は ヘクトー に ころされた ジブン の トモダチ の カタキ を とった の で ある。 アキリス が いかって ギリシャ-ガタ から おどりだした とき に、 シロ の ナカ に にげこまなかった モノ は ヘクトー ヒトリ で あった。 ヘクトー は ミタビ トロイ の ジョウヘキ を めぐって アキリス の ホコサキ を さけた。 アキリス も ミタビ トロイ の ジョウヘキ を めぐって その アト を おいかけた。 そうして シマイ に とうとう ヘクトー を ヤリ で つきころした。 それから カレ の シガイ を ジブン の チャリオット に しばりつけて また トロイ の ジョウヘキ を 3 ド ひきずりまわした。……
 ワタクシ は この イダイ な ナ を、 フロシキヅツミ に して もって きた ちいさい イヌ に あたえた の で ある。 なんにも しらない はず の ウチ の コドモ も、 ハジメ は ヘン な ナ だなあ と いって いた。 しかし じきに なれた。 イヌ も ヘクトー と よばれる たび に、 うれしそう に オ を ふった。 シマイ には さすが の ナ も ジョン とか ジォージ とか いう ヘイボン な ヤソキョウ シンジャ の ナマエ と イチヨウ に、 ごうも クラシカル な ヒビキ を ワタクシ に あたえなく なった。 ドウジ に カレ は しだいに ウチ の モノ から モト ほど チンチョウ されない よう に なった。
 ヘクトー は オオク の イヌ が たいてい かかる ジステンパー と いう ビョウキ の ため に イチジ ニュウイン した こと が ある。 その とき は コドモ が よく ミマイ に いった。 ワタクシ も ミマイ に いった。 ワタクシ の いった とき、 カレ は さも うれしそう に オ を ふって、 なつかしい メ を ワタクシ の ウエ に むけた。 ワタクシ は しゃがんで ワタクシ の カオ を カレ の ソバ へ もって いって、 ミギ の テ で カレ の アタマ を なでて やった。 カレ は その ヘンレイ に ワタクシ の カオ を トコロ きらわず なめよう と して やまなかった。 その とき カレ は ワタクシ の みて いる マエ で、 はじめて イシャ の すすめる ショウリョウ の ギュウニュウ を のんだ。 それまで クビ を かしげて いた イシャ も、 この ブン なら あるいは なおる かも しれない と いった。 ヘクトー は はたして なおった。 そうして ウチ へ かえって きて、 ゲンキ に とびまわった。

 4

 ひならず して、 カレ は 2~3 の トモダチ を こしらえた。 その ウチ で もっとも したしかった の は すぐ マエ の イシャ の ウチ に いる カレ と ドウネンパイ ぐらい の イタズラモノ で あった。 これ は キリスト キョウト に ふさわしい ジョン と いう ナマエ を もって いた が、 その セイシツ は イタンシャ の ヘクトー より も はるか に おとって いた よう で ある。 むやみ に ヒト に かみつく クセ が ある ので、 シマイ には とうとう うちころされて しまった。
 カレ は この アクユウ を ジブン の ニワ に ひきいれて カッテ な ロウゼキ を はたらいて ワタクシ を こまらせた。 カレラ は しきり に キ の ネ を ほって ヨウ も ない のに おおきな アナ を あけて よろこんだ。 きれい な クサバナ の ウエ に わざと ねころんで、 ハナ も クキ も ヨウシャ なく ちらしたり、 たおしたり した。
 ジョン が ころされて から、 ブリョウ な カレ は ヨアソビ ヒルアソビ を おぼえる よう に なった。 サンポ など に でかける とき、 ワタクシ は よく コウバン の ソバ に ヒナタボッコ を して いる カレ を みる こと が あった。 それでも ウチ に さえ いれば、 よく うさんくさい もの に ほえついて みせた。 その ウチ で もっとも モウレツ に カレ の コウゲキ を うけた の は、 ホンジョ ヘン から くる トオ ばかり に なる カクベエジシ の コ で あった。 この コ は いつでも 「こんちわ オイワイ」 と いって はいって くる。 そうして ウチ の モノ から、 パン の カワ と 1 セン ドウカ を もらわない うち は かえらない こと に ヒトリ で きめて いた。 だから ヘクトー が いくら ほえて も にげださなかった。 かえって ヘクトー の ほう が、 ほえながら シッポ を マタ の アイダ に はさんで モノオキ の ほう へ タイキャク する の が レイ に なって いた。 ようするに ヘクトー は ヨワムシ で あった。 そうして ソウコウ から いう と、 ほとんど ノライヌ と えらぶ ところ の ない ほど に ダラク して いた。 それでも カレラ に キョウツウ な ひとなつっこい アイジョウ は いつまでも うしなわず に いた。 ときどき カオ を みあわせる と、 カレ は かならず オ を ふって ワタクシ に とびついて きた。 あるいは カレ の セ を エンリョ なく ワタクシ の カラダ に すりつけた。 ワタクシ は カレ の ドロアシ の ため に、 イフク や ガイトウ を よごした こと が ナンド ある か わからない。
 キョネン の ナツ から アキ へ かけて ビョウキ を した ワタクシ は、 1 カゲツ ばかり の アイダ ついに ヘクトー に あう キカイ を えず に すぎた。 ヤマイ が ようやく おこたって、 トコ の ソト へ でられる よう に なって から、 ワタクシ は はじめて チャノマ の エン に たって カレ の スガタ を ヨイヤミ の ウチ に みとめた。 ワタクシ は すぐ カレ の ナ を よんだ。 しかし イケガキ の ネ に じっと うずくまって いる カレ は、 いくら よんで も すこしも ワタクシ の ナサケ に おうじなかった。 カレ は クビ も うごかさず、 オ も ふらず、 ただ しろい カタマリ の まま カキネ に こびりついてる だけ で あった。 ワタクシ は 1 カゲツ ばかり あわない うち に、 カレ が もう シュジン の コエ を わすれて しまった もの と おもって、 かすか な アイシュウ を かんぜず には いられなかった。
 まだ アキ の ハジメ なので、 どこ の マ の アマド も しめられず に、 ホシ の ヒカリ が あけはなたれた イエ の ナカ から よく みられる バン で あった。 ワタクシ の たって いた チャノマ の エン には、 ウチ の モノ が 2~3 ニン いた。 けれども ワタクシ が ヘクトー の ナマエ を よんで も カレラ は ふりむき も しなかった。 ワタクシ が ヘクトー に わすれられた ごとく に、 カレラ も また ヘクトー の こと を まるで ネントウ に おいて いない よう に おもわれた。
 ワタクシ は だまって ザシキ へ かえって、 そこ に しいて ある フトン の ウエ に ヨコ に なった。 ビョウゴ の ワタクシ は キセツ に フソウトウ な クロハチジョウ の エリ の かかった メイセン の ドテラ を きて いた。 ワタクシ は それ を ぬぐ の が メンドウ だ から、 そのまま アオムケ に ねて、 テ を ムネ の ウエ で くみあわせた なり だまって テンジョウ を みつめて いた。

 5

 あくる アサ ショサイ の エン に たって、 ハツアキ の ニワ の オモテ を みわたした とき、 ワタクシ は ぐうぜん また カレ の しろい スガタ を コケ の ウエ に みとめた。 ワタクシ は ユウベ の シツボウ を くりかえす の が イヤサ に、 わざと カレ の ナ を よばなかった。 けれども たった なり じっと カレ の ヨウス を みまもらず には いられなかった。 カレ は タチキ の ネガタ に すえつけた イシ の チョウズバチ の ナカ に クビ を つきこんで、 そこ に たまって いる アマミズ を ぴちゃぴちゃ のんで いた。
 この チョウズバチ は いつ ダレ が もって きた とも しれず、 ウラニワ の スミ に ころがって いた の を、 ひっこした トウジ ウエキヤ に めいじて イマ の イチ に うつさせた ロッカクガタ の もの で、 その コロ は コケ が イチメン に はえて、 ソクメン に きざみつけた モンジ も まったく よめない よう に なって いた。 しかし ワタクシ には うつす マエ イチド はっきり と それ を よんだ キオク が あった。 そうして その キオク が モンジ と して アタマ に のこらない で、 ヘン な カンジョウ と して いまだに ムネ の ナカ を オウライ して いた。 そこ には テラ と ホトケ と ムジョウ の ニオイ が ただよって いた。
 ヘクトー は ゲンキ なさそう に シッポ を たれて、 ワタクシ の ほう へ セナカ を むけて いた。 チョウズバチ を はなれた とき、 ワタクシ は カレ の クチ から ながれる ヨダレ を みた。
「どうか して やらない と いけない。 ビョウキ だ から」 と いって、 ワタクシ は カンゴフ を かえりみた。 ワタクシ は その とき まだ カンゴフ を つかって いた の で ある。
 ワタクシ は ツギ の ヒ も トクサ の ナカ に ねて いる カレ を ヒトメ みた。 そうして おなじ コトバ を カンゴフ に くりかえした。 しかし ヘクトー は それ イライ スガタ を かくした ぎり ふたたび ウチ へ かえって こなかった。
「イシャ へ つれて ゆこう と おもって、 さがした けれども どこ にも おりません」
 ウチ の モノ は こう いって ワタクシ の カオ を みた。 ワタクシ は だまって いた。 しかし ハラ の ナカ では カレ を もらいうけた トウジ の こと さえ おもいおこされた。 トドケショ を だす とき、 シュルイ と いう シタ へ アイノコ と かいたり、 イロ と いう ジ の シタ へ アカマダラ と かいた コッケイ も かすか に ムネ に うかんだ。
 カレ が いなく なって ヤク 1 シュウカン も たった と おもう コロ、 1~2 チョウ へだたった ある ヒト の イエ から ゲジョ が ツカイ に きた。 その ヒト の ニワ に ある イケ の ナカ に イヌ の シガイ が ういて いる から ひきあげて クビワ を あらためて みる と、 ワタクシ の イエ の ナマエ が ほりつけて あった ので、 しらせ に きた と いう の で ある。 ゲジョ は 「こちら で うめて おきましょう か」 と たずねた。 ワタクシ は すぐ クルマヤ を やって カレ を ひきとらせた。
 ワタクシ は ゲジョ を わざわざ よこして くれた ウチ が どこ に ある か しらなかった。 ただ ワタクシ の コドモ の ジブン から おぼえて いる ふるい テラ の ソバ だろう と ばかり かんがえて いた。 それ は ヤマガ ソコウ の ハカ の ある テラ で、 サンモン の テマエ に、 キュウバク ジダイ の キネン の よう に、 ふるい エノキ が 1 ポン たって いる の が、 ワタクシ の ショサイ の キタ の エン から あまた の ヤネ を こして よく みえた。
 クルマヤ は ムシロ の ナカ に ヘクトー の シガイ を くるんで かえって きた。 ワタクシ は わざと それ に ちかづかなかった。 シラキ の ちいさい ボヒョウ を かって こさして、 それ へ 「アキカゼ の きこえぬ ツチ に うめて やりぬ」 と いう イック を かいた。 ワタクシ は それ を ウチ の モノ に わたして、 ヘクトー の ねむって いる ツチ の ウエ に たてさせた。 カレ の ハカ は ネコ の ハカ から ヒガシキタ に あたって、 ほぼ 1 ケン ばかり はなれて いる が、 ワタクシ の ショサイ の、 さむい ヒ の てらない キタガワ の エン に でて、 ガラスド の ウチ から、 シモ に あらされた ウラニワ を のぞく と、 フタツ とも よく みえる。 もう うすぐろく くちかけた ネコ の に くらべる と、 ヘクトー の は まだ なまなましく ひかって いる。 しかし まもなく フタツ とも おなじ イロ に ふるびて、 おなじく ヒト の メ に つかなく なる だろう。

 6

 ワタクシ は その オンナ に ゼンゴ 4~5 カイ あった。
 はじめて たずねられた とき ワタクシ は ルス で あった。 トリツギ の モノ が ショウカイジョウ を もって くる よう に チュウイ したら、 カノジョ は べつに そんな もの を もらう ところ が ない と いって かえって いった そう で ある。
 それから 1 ニチ ほど たって、 オンナ は テガミ で じかに ワタクシ の ツゴウ を キキアワセ に きた。 その テガミ の フウトウ から、 ワタクシ は オンナ が つい メ と ハナ の アイダ に すんで いる こと を しった。 ワタクシ は すぐ ヘンジ を かいて メンカイビ を シテイ して やった。
 オンナ は ヤクソク の ジカン を たがえず きた。 ミツガシワ の モン の ついた ハデ な イロ の チリメン の ハオリ を きて いる の が、 いちばん サキ に ワタクシ の メ に うつった。 オンナ は ワタクシ の かいた もの を たいてい よんで いる らしかった。 それで ハナシ は おおく そちら の ホウメン へ ばかり のびて いった。 しかし ジブン の チョサク に ついて ショケン の ヒト から サンジ ばかり うけて いる の は、 ありがたい よう で はなはだ こそばゆい もの で ある。 ジツ を いう と ワタクシ は ヘキエキ した。
 1 シュウカン おいて オンナ は ふたたび きた。 そうして ワタクシ の サクブツ を また ほめて くれた。 けれども ワタクシ の ココロ は むしろ そういう ワダイ を さけたがって いた。 3 ド-メ に きた とき、 オンナ は ナニ か に カンゲキ した もの と みえて、 タモト から ハンケチ を だして、 しきり に ナミダ を ぬぐった。 そうして ワタクシ に ジブン の これまで ケイカ して きた かなしい レキシ を かいて くれない か と たのんだ。 しかし その ハナシ を きかない ワタクシ には なんと いう ヘンジ も あたえられなかった。 ワタクシ は オンナ に むかって、 よし かく に した ところ で メイワク を かんずる ヒト が でて き は しない か と きいて みた。 オンナ は ぞんがい はっきり した クチョウ で、 ジツミョウ さえ ださなければ かまわない と こたえた。 それで ワタクシ は とにかく カノジョ の ケイレキ を きく ため に、 とくに ジカン を こしらえた。
 すると その ヒ に なって、 オンナ は ワタクシ に あいたい と いう ベツ の オンナ の ヒト を つれて きて、 レイ の ハナシ は この ツギ に のばして もらいたい と いった。 ワタクシ には もとより カノジョ の イヤク を せめる キ は なかった。 フタリ を アイテ に セケンバナシ を して わかれた。
 カノジョ が サイゴ に ワタクシ の ショサイ に すわった の は その ツギ の ヒ の バン で あった。 カノジョ は ジブン の マエ に おかれた キリ の テアブリ の ハイ を、 シンチュウ の ヒバシ で つっつきながら、 かなしい ミノウエバナシ を はじめる マエ、 だまって いる ワタクシ に こう いった。
「コノアイダ は コウフン して ワタクシ の こと を かいて いただきたい よう に もうしあげました が、 それ は ヤメ に いたします。 ただ センセイ に きいて いただく だけ に して おきます から、 どうか その おつもり で……」
 ワタクシ は それ に たいして こう こたえた。
「アナタ の キョダク を えない イジョウ は、 たとい どんな に かきたい コトガラ が でて きて も けっして かく キヅカイ は ありません から ゴアンシン なさい」
 ワタクシ が ジュウブン な ホショウ を オンナ に あたえた ので、 オンナ は それでは と いって、 カノジョ の 7~8 ネン マエ から の ケイレキ を はなしはじめた。 ワタクシ は もくねん と して オンナ の カオ を みまもって いた。 しかし オンナ は おおく メ を ふせて ヒバチ の ナカ ばかり ながめて いた。 そうして きれい な ユビ で、 シンチュウ の ヒバシ を にぎって は、 ハイ の ナカ へ つきさした。
 ときどき フ に おちない ところ が でて くる と、 ワタクシ は オンナ に むかって みじかい シツモン を かけた。 オンナ は タンカン に また ワタクシ の ナットク できる よう に コタエ を した。 しかし タイテイ は ジブン ヒトリ で クチ を きいて いた ので、 ワタクシ は むしろ モクゾウ の よう に じっと して いる だけ で あった。
 やがて オンナ の ホオ は ほてって あかく なった。 オシロイ を つけて いない せい か、 その ほてった ホオ の イロ が いちじるしく ワタクシ の メ に ついた。 ウツムキ に なって いる ので、 たくさん ある くろい カミノケ も しぜん ワタクシ の チュウイ を ひく タネ に なった。

 7

 オンナ の コクハク は きいて いる ワタクシ を いきぐるしく した くらい に ヒツウ を きわめた もの で あった。 カノジョ は ワタクシ に むかって こんな シツモン を かけた。――
「もし センセイ が ショウセツ を おかき に なる バアイ には、 その オンナ の シマツ を どう なさいます か」
 ワタクシ は ヘントウ に きゅうした。
「オンナ の しぬ ほう が いい と おおもい に なります か、 それとも いきて いる よう に おかき に なります か」
 ワタクシ は どちら に でも かける と こたえて、 あんに オンナ の ケシキ を うかがった。 オンナ は もっと はっきり した アイサツ を ワタクシ から ヨウキュウ する よう に みえた。 ワタクシ は しかたなし に こう こたえた。――
「いきる と いう こと を ニンゲン の チュウシンテン と して かんがえれば、 ソノママ に して いて さしつかえない でしょう。 しかし うつくしい もの や けだかい もの を イチギ に おいて ニンゲン を ヒョウカ すれば、 モンダイ が ちがって くる かも しれません」
「センセイ は どちら を おえらび に なります か」
 ワタクシ は また チュウチョ した。 だまって オンナ の いう こと を きいて いる より ホカ に シカタ が なかった。
「ワタクシ は イマ もって いる この うつくしい ココロモチ が、 ジカン と いう もの の ため に だんだん うすれて ゆく の が こわくって たまらない の です。 この キオク が きえて しまって、 ただ まんぜん と タマシイ の ヌケガラ の よう に いきて いる ミライ を ソウゾウ する と、 それ が クツウ で クツウ で おそろしくって たまらない の です」
 ワタクシ は オンナ が イマ ひろい セカイ の ナカ に たった ヒトリ たって、 イッスン も ミウゴキ の できない イチ に いる こと を しって いた。 そうして それ が ワタクシ の チカラ で どう する わけ にも いかない ほど に、 せっぱつまった キョウグウ で ある こと も しって いた。 ワタクシ は テ の ツケヨウ の ない ヒト の クツウ を ボウカン する イチ に たたせられて じっと して いた。
 ワタクシ は フクヤク の ジカン を はかる ため、 キャク の マエ も はばからず つねに タモトドケイ を ザブトン の ワキ に おく クセ を もって いた。
「もう 11 ジ だ から おかえりなさい」 と ワタクシ は シマイ に オンナ に いった。 オンナ は いや な カオ も せず に たちあがった。 ワタクシ は また 「ヨ が ふけた から おくって いって あげましょう」 と いって、 オンナ と ともに クツヌギ に おりた。
 その とき うつくしい ツキ が しずか な ヨ を のこる くまなく てらして いた。 オウライ へ でる と、 ひっそり した ツチ の ウエ に ひびく ゲタ の オト は まるで きこえなかった。 ワタクシ は フトコロデ を した まま ボウシ も かぶらず に、 オンナ の アト に ついて いった。 マガリカド の ところ で オンナ は ちょっと エシャク して、 「センセイ に おくって いただいて は もったいのう ございます」 と いった。 「もったいない わけ が ありません。 おなじ ニンゲン です」 と ワタクシ は こたえた。
 ツギ の マガリカド へ きた とき オンナ は 「センセイ に おくって いただく の は コウエイ で ございます」 と また いった。 ワタクシ は 「ホントウ に コウエイ と おもいます か」 と マジメ に たずねた。 オンナ は カンタン に 「おもいます」 と はっきり こたえた。 ワタクシ は 「そんなら しなず に いきて いらっしゃい」 と いった。 ワタクシ は オンナ が この コトバ を どう カイシャク した か しらない。 ワタクシ は それから 1 チョウ ばかり いって、 また ウチ の ほう へ ひきかえした の で ある。
 むせっぽい よう な くるしい ハナシ を きかされた ワタクシ は、 その ヨ かえって ニンゲン-らしい いい ココロモチ を ヒサシブリ に ケイケン した。 そうして それ が たっとい ブンゲイジョウ の サクブツ を よんだ アト の キブン と おなじ もの だ と いう こと に キ が ついた。 ユウラクザ や テイゲキ へ いって トクイ に なって いた ジブン の カコ の カゲボウシ が なんとなく あさましく かんぜられた。

 8

 フユカイ に みちた ジンセイ を とぼとぼ たどりつつ ある ワタクシ は、 ジブン の いつか イチド トウチャク しなければ ならない シ と いう キョウチ に ついて つねに かんがえて いる。 そうして その シ と いう もの を セイ より は ラク な もの だ と ばかり しんじて いる。 ある とき は それ を ニンゲン と して たっしうる サイジョウ シコウ の ジョウタイ だ と おもう こと も ある。
「シ は セイ より も たっとい」
 こういう コトバ が チカゴロ では たえず ワタクシ の ムネ を オウライ する よう に なった。
 しかし ゲンザイ の ワタクシ は イマ マノアタリ に いきて いる。 ワタクシ の フボ、 ワタクシ の ソフボ、 ワタクシ の ソウソフボ、 それから ジュンジ に さかのぼって、 100 ネン、 200 ネン、 ないし センネン マンネン の アイダ に ジュンチ された シュウカン を、 ワタクシ イチダイ で ゲダツ する こと が できない ので、 ワタクシ は いぜん と して この セイ に シュウジャク して いる の で ある。
 だから ワタクシ の ヒト に あたえる ジョゴン は どうしても この セイ の ゆるす ハンイナイ に おいて しなければ すまない よう に おもう。 どういう ふう に いきて ゆく か と いう せまい クイキ の ナカ で ばかり、 ワタクシ は ジンルイ の 1 ニン と して タ の ジンルイ の 1 ニン に むかわなければ ならない と おもう。 すでに セイ の ナカ に カツドウ する ジブン を みとめ、 また その セイ の ナカ に コキュウ する タニン を みとめる イジョウ は、 タガイ の コンポンギ は いかに くるしくて も いかに みにくくて も この セイ の ウエ に おかれた もの と カイシャク する の が アタリマエ で ある から。
「もし いきて いる の が クツウ なら しんだら いい でしょう」
 こうした コトバ は、 どんな に なさけなく ヨ を かんずる ヒト の クチ から も ききえない だろう。 イシャ など は やすらか な ネムリ に おもむこう と する ビョウニン に、 わざと チュウシャ の ハリ を たてて、 カンジャ の クツウ を イッコク でも のばす クフウ を こらして いる。 こんな ゴウモン に ちかい ショサ が、 ニンゲン の トクギ と して ゆるされて いる の を みて も、 いかに ねづよく ワレワレ が セイ の イチジ に シュウジャク して いる か が わかる。 ワタクシ は ついに その ヒト に シ を すすめる こと が できなかった。
 その ヒト は とても カイフク の ミコミ の つかない ほど ふかく ジブン の ムネ を きずつけられて いた。 ドウジ に その キズ が フツウ の ヒト の ケイケン に ない よう な うつくしい オモイデ の タネ と なって その ヒト の オモテ を かがやかして いた。
 カノジョ は その うつくしい もの を ホウセキ の ごとく ダイジ に エイキュウ カノジョ の ムネ の オク に だきしめて いたがった。 フコウ に して、 その うつくしい もの は とり も なおさず カノジョ を シ イジョウ に くるしめる テキズ ソノモノ で あった。 フタツ の もの は カミ の ウラオモテ の ごとく とうてい ひきはなせない の で ある。
 ワタクシ は カノジョ に むかって、 スベテ を いやす 「トキ」 の ナガレ に したがって くだされ と いった。 カノジョ は もし そう したら この タイセツ な キオク が しだいに はげて ゆく だろう と なげいた。
 コウヘイ な 「トキ」 は ダイジ な タカラモノ を カノジョ の テ から うばう カワリ に、 その キズグチ も しだいに リョウジ して くれる の で ある。 はげしい セイ の カンキ を ユメ の よう に ぼかして しまう と ドウジ に、 イマ の カンキ に ともなう なまなましい クツウ も とりのける シュダン を おこたらない の で ある。
 ワタクシ は ふかい レンアイ に ねざして いる ネツレツ な キオク を とりあげて も、 カノジョ の キズグチ から したたる チシオ を 「トキ」 に ぬぐわしめよう と した。 いくら ヘイボン でも いきて ゆく ほう が しぬ より も ワタクシ から みた カノジョ には テキトウ だった から で ある。
 かくして つねに セイ より も シ を たっとい と しんじて いる ワタクシ の キボウ と ジョゴン は、 ついに この フユカイ に みちた セイ と いう もの を チョウエツ する こと が できなかった。 しかも ワタクシ には それ が ジッコウジョウ に おける ジブン を、 ボンヨウ な シゼン シュギシャ と して ショウコ-だてた よう に みえて ならなかった。 ワタクシ は イマ でも ハンシン ハンギ の メ で じっと ジブン の ココロ を ながめて いる。

 9

 ワタクシ が コウトウ ガッコウ に いた コロ、 ヒカクテキ したしく つきあった トモダチ の ナカ に O と いう ヒト が いた。 その ジブン から あまり オオク の ホウユウ を もたなかった ワタクシ には、 しぜん O と ユキキ を しげく する よう な ケイコウ が あった。 ワタクシ は たいてい 1 シュウ に イチド くらい の ワリ で カレ を たずねた。 ある トシ の ショチュウ キュウカ など には、 マイニチ かかさず マサゴ-チョウ に ゲシュク して いる カレ を さそって、 オオカワ の スイエイジョウ まで いった。
 O は トウホク の ヒト だ から、 クチ の キキカタ に ワタクシ など と ちがった ドン で ゆったり した チョウシ が あった。 そうして その チョウシ が いかにも よく カレ の セイシツ を ダイヒョウ して いる よう に おもわれた。 ナンド と なく カレ と ギロン を した キオク の ある ワタクシ は、 ついに カレ の おこったり げきしたり する カオ を みる こと が できず に しまった。 ワタクシ は それ だけ でも じゅうぶん カレ を ケイアイ に あたいする チョウシャ と して みとめて いた。
 カレ の セイシツ が オウヨウ で ある ごとく、 カレ の ズノウ も ワタクシ より は はるか に おおきかった。 カレ は つねに トウジ の ワタクシ には、 カンガエ の およばない よう な モンダイ を ヒトリ で かんがえて いた。 カレ は サイショ から リカ へ はいる モクテキ を もって いながら、 このんで テツガク の ショモツ など を ひもといた。 ワタクシ は ある とき カレ から スペンサー の ダイイチ ゲンリ と いう ホン を かりた こと を いまだに わすれず に いる。
 ソラ の すみきった アキビヨリ など には、 よく フタリ つれだって、 アシ の むく ほう へ カッテ な ハナシ を しながら あるいて いった。 そうした バアイ には、 オウライ へ ヘイゴシ に さしでた キ の エダ から、 キイロ に そまった ちいさい ハ が、 カゼ も ない のに、 はらはら と ちる ケシキ を よく みた。 それ が ぐうぜん カレ の メ に ふれた とき、 カレ は 「あっ さとった」 と ひくい コエ で さけんだ こと が あった。 ただ アキ の イロ の クウ に うごく の を うつくしい と かんずる より ホカ に ノウ の ない ワタクシ には、 カレ の コトバ が ふうじこめられた ある ヒミツ の フチョウ と して あやしい ヒビキ を ミミ に つたえる ばかり で あった。 「サトリ と いう もの は ミョウ な もの だな」 と カレ は その アト から ヘイゼイ の ゆったり した チョウシ で ヒトリゴト の よう に セツメイ した とき も、 ワタクシ には ヒトクチ の アイサツ も できなかった。
 カレ は ヒンセイ で あった。 オオガンノン の ソバ を マガリ を して ジスイ して いた コロ には、 よく カラザケ を やいて わびしい ショクタク に ワタクシ を つかせた。 ある とき は モチガシ の カワリ に ニマメ を かって きて、 タケ の カワ の まま ソウホウ から つっつきあった。
 ダイガク を ソツギョウ する と まもなく カレ は チホウ の チュウガク に フニン した。 ワタクシ は カレ の ため に それ を ザンネン に おもった。 しかし カレ を しらない ダイガク の センセイ には、 それ が むしろ トウゼン と みえた かも しれない。 カレ ジシン は むろん ヘイキ で あった。 それから ナンネン か の ノチ に、 たしか 3 ネン の ケイヤク で、 シナ の ある ガッコウ の キョウシ に やとわれて いった が、 ニンキ が みちて かえる と すぐ また ナイチ の チュウガク コウチョウ に なった。 それ も アキタ から ヨコテ に うつされて、 イマ では カバフト の コウチョウ を して いる の で ある。
 キョネン ジョウキョウ した ツイデ に ヒサシブリ で ワタクシ を たずねて くれた とき、 トリツギ の モノ から メイシ を うけとった ワタクシ は、 すぐ その アシ で ザシキ へ いって、 イツモ の とおり キャク より サキ に セキ に ついて いた。 すると ロウカヅタイ に ヘヤ の イリグチ まで きた カレ は、 ザブトン の ウエ に きちんと すわって いる ワタクシ の スガタ を みる や いなや、 「いやに すまして いる な」 と いった。
 その とき ムコウ の コトバ が おわる か おわらない うち に 「うん」 と いう ヘンジ が いつか ワタクシ の クチ を すべって でて しまった。 どうして ワタクシ の ワルクチ を ジブン で コウテイ する よう な この アイサツ が、 それほど シゼン に、 それほど ぞうさなく、 それほど こだわらず に、 するする と ワタクシ の ノド を すべりこした もの だろう か。 ワタクシ は その とき トウメイ な いい ココロモチ が した。

 10

 むかいあって ザ を しめた O と ワタクシ とは、 ナニ より サキ に タガイ の カオ を みかえして、 そこ に まだ ムカシ の まま の オモカゲ が、 なつかしい ユメ の キネン の よう に のこって いる の を みとめた。 しかし それ は あたかも ふるい ココロ が あたらしい キブン の ナカ に ぼんやり おりこまれて いる と おなじ こと で、 うすぐらく イチメン に かすんで いた。 おそろしい 「トキ」 の イリョク に テイコウ して、 ふたたび モト の スガタ に かえる こと は、 フタリ に とって もう フカノウ で あった。 フタリ は わかれて から イマ あう まで の アイダ に はさまって いる カコ と いう フシギ な もの を かえりみない わけ に いかなかった。
 O は ムカシ リンゴ の よう に あかい ホオ と、 ヒトイチバイ おおきな まるい メ と、 それから オンナ に てきした ほど ふっくり した リンカク に つつまれた カオ を もって いた。 イマ みて も やはり あかい ホオ と まるい メ と、 おなじく ほねばらない リンカク の モチヌシ では ある が、 それ が ムカシ とは どこ か ちがって いる。
 ワタクシ は カレ に ワタクシ の クチヒゲ と モミアゲ を みせた。 カレ は また ワタクシ の ため に ジブン の アタマ を なでて みせた。 ワタクシ の は しろく なって、 カレ の は うすく はげかかって いる の で ある。
「ニンゲン も カバフト まで ゆけば、 もう ユクサキ は なかろう な」 と ワタクシ が からかう と、 カレ は 「まあ そんな もの だ」 と こたえて、 ワタクシ の まだ みた こと の ない カバフト の ハナシ を いろいろ して きかせた。 しかし ワタクシ は イマ それ を みんな わすれて しまった。 ナツ は たいへん いい ところ だ と いう こと を おぼえて いる だけ で ある。
 ワタクシ は イクネン-ぶり か で、 カレ と イッショ に オモテ へ でた。 カレ は フロック の ウエ へ、 トンビ の よう な ガイトウ を ぶわぶわ に きて いた。 そうして デンシャ の ナカ で ツリカワ に ぶらさがりながら、 カクシ から ハンケチ に つつんだ もの を だして ワタクシ に みせた。 ワタクシ は 「ナン だ」 と きいた。 カレ は 「クリマンジュウ だ」 と こたえた。 クリマンジュウ は さっき カレ が ワタクシ の ウチ に いた とき に だした カシ で あった。 カレ が いつのまに、 それ を ハンケチ に つつんだろう か と かんがえた とき、 ワタクシ は ちょっと おどろかされた。
「あの クリマンジュウ を とって きた の か」
「そう かも しれない」
 カレ は ワタクシ の おどろいた ヨウス を バカ に する よう な チョウシ で こう いった なり、 その ハンケチ の ツツミ を また カクシ に おさめて しまった。
 ワレワレ は その バン テイゲキ へ いった。 ワタクシ の テ に いれた 2 マイ の キップ に キタガワ から はいれ と いう チュウイ が かいて あった の を、 つい まちがえて、 ミナミガワ へ まわろう と した とき、 カレ は 「そっち じゃ ない よ」 と ワタクシ に チュウイ した。 ワタクシ は ちょっと たちどまって かんがえた うえ、 「なるほど ホウガク は カバフト の ほう が たしか な よう だ」 と いいながら、 また シテイ された イリグチ の ほう へ ひきかえした。
 カレ は ハジメ から テイゲキ を しって いる と いって いた。 しかし バンサン を すました アト で、 ジブン の セキ へ かえろう と する とき、 ダレ でも やる とおり、 2 カイ と 1 カイ の ドアー を まちがえて、 ワタクシ から わらわれた。
 おりおり カクシ から キンブチ の メガネ を だして、 テ に もった スリモノ を よんで みる カレ は、 その メガネ を はずさず に とおい ブタイ を ヘイキ で ながめて いた。
「それ は ロウガンキョウ じゃ ない か。 よく それ で とおい ところ が みえる ね」
「なに チャブドー だ」
 ワタクシ には この チャブドー と いう イミ が まったく わからなかった。 カレ は それ を タイサ なし と いう シナゴ だ と いって セツメイ して くれた。
 その ヨ の カエリ に デンシャ の ナカ で ワタクシ と わかれた ぎり、 カレ は また とおい さむい ニホン の リョウチ の キタ の ハズレ に いって しまった。
 ワタクシ は カレ を おもいだす たび に、 タツジン と いう カレ の ナ を かんがえる。 すると その ナ が とくに カレ の ため に テン から あたえられた よう な ココロモチ に なる。 そうして その タツジン が ユキ と コオリ に とざされた キタ の ハテ に、 まだ チュウガク コウチョウ を して いる の だな と おもう。

 11

 ある オクサン が ある オンナ の ヒト を ワタクシ に ショウカイ した。
「ナニ か かいた もの を みて いただきたい の だ そう で ございます」
 ワタクシ は オクサン の この コトバ から、 アタマ の ナカ で イロイロ の こと を かんがえさせられた。 イマ まで ワタクシ の ところ へ ジブン の かいた もの を よんで くれ と いって きた モノ は ナンニン と なく ある。 その ナカ には ゲンコウシ の アツサ で、 1 スン または 2 スン ぐらい の カサ に なる タイブ の もの も まじって いた。 それ を ワタクシ は ジカン の ツゴウ の ゆるす かぎり なるべく よんだ。 そうして カンタン な ワタクシ は ただ よみ さえ すれば ジブン の たのまれた ギム を はたした もの と こころえて マンゾク して いた。 ところが センポウ では アト から シンブン に だして くれ と いったり、 ザッシ へ のせて もらいたい と たのんだり する の が ツネ で あった。 ナカ には ヒト に よませる の は シュダン で、 ゲンコウ を カネ に かえる の が ホンライ の モクテキ で ある よう に おもわれる の も すくなく は なかった。 ワタクシ は しらない ヒト の かいた よみにくい ゲンコウ を コウイテキ に よむ の が だんだん いや に なって きた。
 もっとも ワタクシ の ジカン に キョウシ を して いた コロ から みる と、 タショウ の ダンリョクセイ が できて きた には ソウイ なかった。 それでも ジブン の シゴト に かかれば ハラ の ナカ は ずいぶん タボウ で あった。 シンセツズク で みて やろう と ヤクソク した ゲンコウ すら、 なかなか ラチ の あかない バアイ も ない とは かぎらなかった。
 ワタクシ は ワタクシ の アタマ で かんがえた とおり の こと を そのまま オクサン に はなした。 オクサン は よく ワタクシ の いう イミ を リョウカイ して かえって いった。 ヤクソク の オンナ が ワタクシ の ザシキ へ きて、 ザブトン の ウエ に すわった の は それから まもなく で あった。 わびしい アメ が いまにも ふりだしそう な くらい ソラ を、 ガラスド-ゴシ に ながめながら、 ワタクシ は オンナ に こんな ハナシ を した。――
「これ は シャコウ では ありません。 おたがいに テイサイ の いい こと ばかり いいあって いて は、 いつまで たったって、 ケイハツ される はず も、 リエキ を うける わけ も ない の です。 アナタ は おもいきって ショウジキ に ならなければ ダメ です よ。 ジブン さえ ジュウブン に カイホウ して みせれば、 イマ アナタ が どこ に たって どっち を むいて いる か と いう ジッサイ が、 ワタクシ に よく みえて くる の です。 そうした とき、 ワタクシ は はじめて アナタ を シドウ する シカク を、 アナタ から あたえられた もの と ジカク して も よろしい の です。 だから ワタクシ が ナニ か いったら、 ハラ に こたえ べき ある もの を もって いる イジョウ、 けっして だまって いて は いけません。 こんな こと を いったら わらわれ は しまい か、 ハジ を かき は しまい か、 または シツレイ だ と いって おこられ は しまい か など と エンリョ して、 アイテ に ジブン と いう ショウタイ を くろく ぬりつぶした ところ ばかり しめす クフウ を する ならば、 ワタクシ が いくら アナタ に リエキ を あたえよう と あせって も、 ワタクシ の いる ヤ は ことごとく アダヤ に なって しまう だけ です」
「これ は ワタクシ の アナタ に たいする チュウモン です が、 そのかわり ワタクシ の ほう でも この ワタクシ と いう もの を かくし は いたしません。 アリノママ を さらけだす より ホカ に、 アナタ を おしえる ミチ は ない の です。 だから ワタクシ の カンガエ の どこ か に スキ が あって、 その スキ を もし アナタ から みやぶられたら、 ワタクシ は アナタ に ワタクシ の ジャクテン を にぎられた と いう イミ で ハイボク の ケッカ に おちいる の です。 オシエ を うける ヒト だけ が ジブン を カイホウ する ギム を もって いる と おもう の は まちがって います。 おしえる ヒト も オノレ を アナタ の マエ に うちあける の です。 ソウホウ とも シャコウ を はなれて カンパ しあう の です」
「そういう ワケ で ワタクシ は これから アナタ の かいた もの を ハイケン する とき に、 ずいぶん てひどい こと を おもいきって いう かも しれません が、 しかし おこって は いけません。 アナタ の カンジョウ を がいする ため に いう の では ない の です から。 そのかわり アナタ の ほう でも フ に おちない ところ が あったら どこまでも きりこんで いらっしゃい。 アナタ が ワタクシ の シュイ を リョウカイ して いる イジョウ、 ワタクシ は けっして おこる はず は ありません から」
「ようするに これ は ただ ゲンジョウ イジ を モクテキ と して、 ウワスベリ な エンカツ を シュイ に おく シャコウ とは まったく ベツモノ なの です。 わかりました か」
 オンナ は わかった と いって かえって いった。

 12

 ワタクシ に タンザク を かけ の、 シ を かけ の と いって くる ヒト が ある。 そうして その タンザク やら ヌメ やら を まだ ショウダク も しない うち に おくって くる。 サイショ の うち は せっかく の キボウ を ム に する の も キノドク だ と いう カンガエ から、 まずい ジ とは おもいながら、 センポウ の イウナリ に なって かいて いた。 けれども こうした コウイ は エイゾク しにくい もの と みえて、 だんだん オオク の ヒト の イライ を ム に する よう な ケイコウ が つよく なって きた。
 ワタクシ は スベテ の ニンゲン を、 マイニチ マイニチ ハジ を かく ため に うまれて きた もの だ と さえ かんがえる こと も ある の だ から、 ヘン な ジ を ヒト に おくって やる くらい の ショサ は、 あえて しよう と おもえば、 やれない とも かぎらない の で ある。 しかし ジブン が ビョウキ の とき、 シゴト の いそがしい とき、 または そんな マネ の したく ない とき に、 そういう チュウモン が ひきつづいて おこって くる と、 じっさい よわらせられる。 カレラ の オオク は まったく ワタクシ の しらない ヒト で、 そうして ジブン たち の おくった タンザク を ふたたび おくりかえす こちら の テスウ さえ、 まるで ガンチュウ に おいて いない よう に みえる の だ から。
 その ウチ で いちばん ワタクシ を フユカイ に した の は バンシュウ の サコシ に いる イワサキ と いう ヒト で あった。 この ヒト は スウネン-ゼン よく ハガキ で ワタクシ に ハイク を かいて くれ と たのんで きた から、 その つど ムコウ の いう とおり かいて おくった キオク の ある オトコ で ある。 その ノチ の こと で ある が、 カレ は また シカク な うすい コヅツミ を ワタクシ に おくった。 ワタクシ は それ を あける の さえ メンドウ だった から、 つい ソノママ に して ショサイ へ ほうりだして おいたら、 ゲジョ が ソウジ を する とき、 つい ショモツ と ショモツ の アイダ へ はさみこんで、 まず ていよく しまいなくした スガタ に して しまった。
 この コヅツミ と ゼンゴ して、 ナゴヤ から チャ の カン が ワタクシ-アテ で とどいた。 しかし ダレ が なんの ため に おくった もの か その イミ は まったく わからなかった。 ワタクシ は エンリョ なく その チャ を のんで しまった。 すると ほどなく サコシ の オトコ から、 フジ トザン の エ を かえして くれ と いって きた。 カレ から そんな もの を もらった オボエ の ない ワタクシ は、 うちやって おいた。 しかし カレ は フジ トザン の エ を かえせ かえせ と 3 ド も 4 ド も サイソク して やまない。 ワタクシ は ついに この オトコ の セイシン ジョウタイ を うたがいだした。 「おおかた キチガイ だろう」 ワタクシ は ココロ の ナカ で こう きめた なり ムコウ の サイソク には いっさい とりあわない こと に した。
 それから 2~3 カゲツ たった。 たしか ナツ の ハジメ の コロ と キオク して いる が、 ワタクシ は あまり ランザツ に とりちらされた ショサイ の ナカ に すわって いる の が うっとうしく なった ので、 ヒトリ で ぽつぽつ そこいら を かたづけはじめた。 その とき ショモツ の セイリ を する ため、 イイカゲン に つみかさねて ある ジビキ や サンコウショ を、 1 サツ ずつ あらためて ゆく と、 おもいがけなく サコシ の オトコ が よこした レイ の コヅツミ が でて きた。 ワタクシ は イマ まで わすれて いた もの を、 まのあたり みて おどろいた。 さっそく フウ を といて ナカ を しらべたら、 ちいさく たたんだ エ が 1 マイ はいって いた。 それ が フジ トザン の ズ だった ので、 ワタクシ は また びっくり した。
 ツツミ の ナカ には この エ の ホカ に テガミ が 1 ツウ そえて あって、 それ に エ の サン を して くれ と いう イライ と、 オレイ に チャ を おくる と いう モンク が かいて あった。 ワタクシ は いよいよ おどろいた。
 しかし その とき の ワタクシ は とうてい フジ トザン の ズ など に サン を する ユウキ を もって いなかった。 ワタクシ の キブン が、 そんな こと とは はるか かけはなれた ところ に あった ので、 その エ に チョウワ する よう な ハイク を かんがえて いる ヒマ が なかった の で ある。 けれども ワタクシ は キョウシュク した。 ワタクシ は テイネイ な テガミ を かいて、 ジブン の タイマン を しゃした。 それから チャ の オレイ を いった。 サイゴ に フジ トザン の ズ を コヅツミ に して かえした。

 13

 ワタクシ は これ で イチダンラク ついた もの と おもって、 レイ の サコシ の オトコ の こと を、 それぎり ネントウ に おかなかった。 すると その オトコ が また タンザク を ふうじて よこした。 そうして コンド は ギシ に カンケイ の ある ク を かいて くれ と いう の で ある。 ワタクシ は そのうち かこう と いって やった。 しかし なかなか かく キカイ が こなかった ので、 つい ソノママ に なって しまった。 けれども しつこい この オトコ の ほう では けっして ソノママ に すます キ は なかった もの と みえて、 むやみ に サイソク を はじめだした。 その サイソク は 1 シュウ に イッペン か、 2 シュウ に イッペン の ワリ で きっと きた。 それ が かならず ハガキ に かぎって いて、 その カキダシ には、 かならず 「ハイケイ シッケイ もうしそうらえど も」 と ある に きまって いた。 ワタクシ は その ヒト の ハガキ を みる の が だんだん フユカイ に なって きた。
 ドウジ に ムコウ の サイソク も、 イマ まで ワタクシ の ヨキ して いなかった ヘン な トクショク を おびる よう に なった。 サイショ には チャ を やった では ない か と いう コトバ が みえた。 ワタクシ が それ に とりあわず に いる と、 コンド は あの チャ を かえして くれ と いう モンク に あらたまった。 ワタクシ は かえす こと は たやすい が、 その テカズ が メンドウ だ から、 トウキョウ まで とり に くれば かえして やる と いって やりたく なった。 けれども サコシ の オトコ に そういう テガミ を だす の は、 ジブン の ヒンカク に かかわる よう な キ が して あえて しきれなかった。 ヘンジ を うけとらない センポウ は なお の こと サイソク した。 チャ を かえさない なら それでも よい から、 キン 1 エン を その ダイカ と して おくって よこせ と いう の で ある。 ワタクシ の カンジョウ は この オトコ に たいして しだいに すさんで きた。 シマイ には とうとう ジブン を わすれる よう に なった。 チャ は のんで しまった、 タンザク は なくして しまった、 イライ ハガキ を よこす こと は いっさい ムヨウ で ある と かいて やった。 そうして ココロ の ウチ で、 ヒジョウ に にがにがしい キブン を ケイケン した。 こんな ヒ-シンシテキ な アイサツ を しなければ ならない よう な アナ の ナカ へ、 ワタクシ を おいこんだ の は、 この サコシ の オトコ で ある と おもった から で ある。 こんな オトコ の ため に、 ヒンカク にも せよ ジンカク にも せよ、 イクブン の ダラク を しのばなければ ならない の か と かんがえる と なさけなかった から で ある。
 しかし サコシ の オトコ は ヘイキ で あった。 チャ は のんで しまい、 タンザク は なくして しまう とは、 あまり と もうせば…… と また ハガキ に かいて きた。 そうして その ボウトウ には いぜん と して ハイケイ シッケイ もうしそうらえど も と いう モンク が キソク-どおり くりかえされて いた。
 その とき ワタクシ は もう この オトコ には とりあうまい と ケッシン した。 けれども ワタクシ の ケッシン は カレ の タイド に たいして なんの コウカ の ある はず は なかった。 カレ は あいかわらず サイソク を やめなかった。 そうして コンド は、 もう イチド かいて くれれば、 また チャ を おくって やる が どう だ と いって きた。 それから コト いやしくも ギシ に かんする の だ から、 ク を つくって も いい だろう と いって きた。
 しばらく ハガキ が チュウゼツ した と おもう と、 コンド は それ が フウショ に かわった。 もっとも その フウトウ は クヤクショ など で つかう きわめて やすい ネズミイロ の もの で あった が、 カレ は わざと それ に キッテ を はらない の で ある。 そのかわり ウラ に ジブン の セイメイ も かかず に トウカン して いた。 ワタクシ は それ が ため に、 バイ の ユウゼイ を 2 ド ほど はらわせられた。 サイゴ に ワタクシ は ハイタツフ に カレ の シメイ と ジュウショ と を おしえて、 フウ の まま センポウ へ ギャクソウ して もらった。 カレ は それ で 6 セン とられた せい か、 ようやく サイソク を ダンネン した らしい タイド に なった。
 ところが 2 カゲツ ばかり たって、 トシ が あらたまる と ともに、 カレ は ワタクシ に フツウ の ネンシジョウ を よこした。 それ が ワタクシ を ちょっと カンシン させた ので、 ワタクシ は つい タンザク へ ク を かいて おくる キ に なった。 しかし その オクリモノ は カレ を マンゾク させる に たりなかった。 カレ は タンザク が おれた とか、 よごれた とか いって、 しきり に カキナオシ を セイキュウ して やまない。 げんに コトシ の ショウガツ にも、 「シッケイ もうしそうらえど も……」 と いう イライジョウ が ナナ、 ヨウカ-ゴロ に とどいた。
 ワタクシ が こんな ヒト に であった の は うまれて はじめて で ある。

 14

 つい このあいだ ムカシ ワタクシ の ウチ へ ドロボウ の はいった とき の ハナシ を ヒカクテキ くわしく きいた。
 アネ が まだ フタリ とも かたづかず に いた ジブン の こと だ と いう から、 ネンダイ に する と、 たぶん ワタクシ の うまれる ゼンゴ に あたる の だろう、 なにしろ キンノウ とか サバク とか いう あらあらしい コトバ の はやった やかましい コロ なの で ある。
 ある ヨ 1 バンメ の アネ が、 ヨナカ に コヨウ に おきた アト、 テ を あらう ため に、 クグリド を あける と、 せまい ナカニワ の スミ に、 カベ を おしつける よう な イキオイ で たって いる ウメ の コボク の ネガタ が、 かっと あかるく みえた。 アネ は シリョ を めぐらす イトマ も ない うち に、 すぐ クグリド を しめて しまった が、 しめた アト で、 イマ モクゼン に みた フシギ な アカルサ を そこ に たちながら かんがえた の で ある。
 ワタクシ の オサナゴコロ に うつった この アネ の カオ は、 いまだに おもいおこそう と すれば、 いつでも メノマエ に うかぶ くらい あざやか で ある。 しかし その ゲンゾウ は すでに ヨメ に いって ハ を そめた アト の スガタ で ある から、 その とき エンガワ に たって かんがえて いた ムスメザカリ の カノジョ を、 イマ ムネ の ウチ に えがきだす こと は ちょっと コンナン で ある。
 ひろい ヒタイ、 あさぐろい ヒフ、 ちいさい けれども はっきり した リンカク を そなえて いる ハナ、 ヒトナミ より おおきい フタエマブチ の メ、 それから オサワ と いう やさしい ナ、 ――ワタクシ は ただ これら を ソウゴウ して、 その バアイ に おける アネ の スガタ を ソウゾウ する だけ で ある。
 しばらく たった まま かんがえて いた カノジョ の アタマ に、 この とき もしか する と カジ じゃ ない か と いう ケネン が おこった。 それで カノジョ は おもいきって また キリド を あけて ソト を のぞこう と する トタン に、 1 ポン の ひかる ヌキミ が、 ヤミ の ナカ から、 シカク に きった クグリド の ナカ へ すうと でた。 アネ は おどろいて ミ を アト へ ひいた。 その ヒマ に、 フクメン を した、 ガンドウ チョウチン を さげた オトコ が、 バットウ の まま、 ちいさい クグリド から オオゼイ ウチ の ナカ へ はいって きた の だ そう で ある。 ドロボウ の ニンズ は たしか 8 ニン とか きいた。
 カレラ は、 ヒト を あやめる ため に きた の では ない から、 おとなしく して いて くれ さえ すれば、 ウチ の モノ に キガイ は くわえない、 そのかわり グンヨウキン を かせ と いって、 チチ に せまった。 チチ は ない と ことわった。 しかし ドロボウ は なかなか ショウチ しなかった。 イマ カド の コクラヤ と いう サカヤ へ はいって、 そこ で おしえられて きた の だ から、 かくして も ダメ だ と いって うごかなかった。 チチ は ふしょうぶしょう に、 とうとう ナンマイ か の コバン を カレラ の マエ に ならべた。 カレラ は キンガク が あまり すくなすぎる と おもった もの か、 それでも なかなか かえろう と しない ので、 イマ まで トコ の ナカ に ねて いた ハハ が、 「アナタ の カミイレ に はいって いる の も やって おしまいなさい」 と チュウコク した。 その カミイレ の ナカ には 50 リョウ ばかり あった とか いう ハナシ で ある。 ドロボウ が でて いった アト で、 「ヨケイ な こと を いう オンナ だ」 と いって、 チチ は ハハ を しかりつけた そう で ある。
 その こと が あって イライ、 ワタクシ の イエ では ハシラ を キリクミ に して、 その ナカ へ アリガネ を かくす ホウホウ を こうじた が、 かくす ほど の ザイサン も できず、 また クロショウゾク を つけた ドロボウ も、 それぎり こない ので、 ワタクシ の セイチョウ する ジブン には、 どれ が キリクミ に して ある ハシラ か まるで わからなく なって いた。
 ドロボウ が でて ゆく とき、 「この ウチ は たいへん シマリ の いい ウチ だ」 と いって ほめた そう だ が、 その シマリ の いい ウチ を ドロボウ に おしえた コクラヤ の ハンベエ さん の アタマ には、 あくる ヒ から カスリキズ が イクツ と なく できた。 これ は カネ は ありません と ことわる たび に、 ドロボウ が そんな はず が ある もの か と いって は、 ヌキミ の サキ で ちょいちょい ハンベエ さん の アタマ を つっついた から だ と いう。 それでも ハンベエ さん は、 「どうしても ウチ には ありません、 ウラ の ナツメ さん には たくさん ある から、 あすこ へ いらっしゃい」 と ゴウジョウ を はりとおして、 とうとう カネ は イチモン も とられず に しまった。
 ワタクシ は この ハナシ を サイ から きいた。 サイ は また それ を ワタクシ の アニ から チャウケバナシ に きいた の で ある。

 15

 ワタクシ が キョネン の 11 ガツ ガクシュウイン で コウエン を したら、 ハクシャ と かいた カミヅツミ を アト から とどけて くれた。 リッパ な ミズヒキ が かかって いる ので、 それ を はずして ナカ を あらためる と、 5 エン サツ が 2 マイ はいって いた。 ワタクシ は その カネ を ヘイゼイ から キノドク に おもって いた、 ある コンイ な ゲイジュツカ に おくろう かしら と おもって、 あんに カレ の くる の を まちうけて いた。 ところが その ゲイジュツカ が まだ みえない サキ に、 ナニ か キフ の ヒツヨウ が できて きたり して、 つい 2 マイ とも ショウヒ して しまった。
 ヒトクチ で いう と、 この カネ は ワタクシ に とって けっして ムヨウ な もの では なかった の で ある。 セケン の トオリソウバ で、 リッパ に ワタクシ の ため に ショウヒ された と いう より ホカ に シカタ が ない の で ある。 けれども それ を ヒト に やろう と まで おもった ワタクシ の シュカン から みれば、 そんな に アリガタミ の フチャク して いない カネ には ソウイ なかった の で ある。 うちあけた ワタクシ の ココロモチ を いう と、 こうした オレイ を うける より うけない とき の ほう が よほど さっぱり して いた。
 クロヤナギ カイシュウ クン が チョギュウカイ の コウエン の こと で みえた とき、 ワタクシ は ハナシ の ツイデ と して ひととおり その リユウ を のべた。
「この バアイ ワタクシ は ロウリョク を うり に いった の では ない。 コウイズク で イライ に おうじた の だ から、 ムコウ でも コウイ だけ で ワタクシ に むくいたら よかろう と おもう。 もし ホウシュウ モンダイ と する キ なら、 サイショ から オレイ は いくら する が、 きて くれる か どう か と ソウダン す べき はず でしょう」
 その とき K クン は ナットク できない と いった よう な カオ を した。 そうして こう こたえた。
「しかし どう でしょう。 その 10 エン は アナタ の ロウリョク を かった と いう イミ で なくって、 アナタ に たいする カンシャ の イ を ひょうする ヒトツ の シュダン と みたら。 そう みる わけ には ゆかない の です か」
「シナモノ なら はっきり そう カイシャク も できる の です が、 フコウ にも オレイ が ふつう エイギョウテキ の バイバイ に シヨウ する カネ なの です から、 どっち とも とれる の です」
「どっち とも とれる なら、 この サイ ゼンイ の ほう に カイシャク した ほう が よく は ない でしょう か」
 ワタクシ は もっとも だ とも おもった。 しかし また こう こたえた。
「ワタクシ は ゴゾンジ の とおり ゲンコウリョウ で イショク して いる くらい です から、 むろん フユウ とは いえません。 しかし どうか こうか、 それ だけ で コンニチ を すごして ゆかれる の です。 だから ジブン の ショクギョウ イガイ の こと に かけて は、 なるべく コウイテキ に ヒト の ため に はたらいて やりたい と いう カンガエ を もって います。 そうして その コウイ が センポウ に つうじる の が、 ワタクシ に とって は、 ナニ より も たっとい ホウシュウ なの です。 したがって カネ など を うける と、 ワタクシ が ヒト の ため に はたらいて やる と いう ヨチ、 ――イマ の ワタクシ には この ヨチ が また きわめて せまい の です。 ――その キチョウ な ヨチ を フショク させられた よう な ココロモチ に なります」
 K クン は まだ ワタクシ の いう こと を うけがわない ヨウス で あった。 ワタクシ も ゴウジョウ で あった。
「もし イワサキ とか ミツイ とか いう ダイフゴウ に コウエン を たのむ と した バアイ に、 アト から 10 エン の オレイ を もって ゆく でしょう か、 あるいは シツレイ だ から と いって、 ただ アイサツ だけ に とどめて おく でしょう か。 ワタクシ の カンガエ では おそらく キンセン は もって ゆくまい と おもう の です が」
「さあ」 と いった だけ で K クン は はっきり した ヘンジ を あたえなかった。 ワタクシ には まだ いう こと が すこし のこって いた。
「オノボレ か は しりません が、 ワタクシ の アタマ は ミツイ イワサキ に くらべる ほど とんで いない に して も、 イッパン ガクセイ より は ずっと カネモチ に ちがいない と しんじて います」
「そう です とも」 と K クン は うなずいた。
「もし イワサキ や ミツイ に 10 エン の オレイ を もって ゆく こと が シツレイ ならば、 ワタクシ の ところ へ 10 エン の オレイ を もって くる の も シツレイ でしょう。 それ も その 10 エン が ブッシツジョウ ワタクシ の セイカツ に ヒジョウ な ウルオイ を あたえる なら、 また ホカ の イミ から この モンダイ を ながめる こと も できる でしょう が、 げんに ワタクシ は それ を ヒト に やろう と まで おもった の だ から。 ――ワタクシ の ゲンカ の ケイザイテキ セイカツ は、 この 10 エン の ため に、 ほとんど メ に たつ ほど の エイキョウ を こうむらない の だ から」
「よく かんがえて みましょう」 と いった K クン は にやにや わらいながら かえって いった。

 16

 ウチ の マエ の ダラダラザカ を おりる と、 1 ケン ばかり の オガワ に わたした ハシ が あって、 その ハシムコウ の すぐ ヒダリガワ に、 ちいさな トコヤ が みえる。 ワタクシ は たった イチド そこ で カミ を かって もらった こと が ある。
 ヘイゼイ は しろい カナキン の マク で、 ガラスド の オク が、 オウライ から みえない よう に して ある ので、 ワタクシ は その トコヤ の ドマ に たって、 カガミ の マエ に ザ を しめる まで、 テイシュ の カオ を まるで しらず に いた。
 テイシュ は ワタクシ の はいって くる の を みる と、 テ に もった シンブンシ を ほうりだして すぐ アイサツ を した。 その とき ワタクシ は どうも どこ か で あった こと の ある オトコ に ちがいない と いう キ が して ならなかった。 それで カレ が ワタクシ の ウシロ へ まわって、 ハサミ を ちょきちょき ならしだした コロ を みはからって、 こっち から ハナシ を もちかけて みた。 すると ワタクシ の スイサツドオリ、 カレ は ムカシ テラマチ の ユウビンキョク の ソバ に ミセ を もって、 イマ と おなじ よう に、 サンパツ を トセイ と して いた こと が わかった。
「タカタ の ダンナ など にも だいぶ オセワ に なりました」
 その タカタ と いう の は ワタクシ の イトコ なの だ から、 ワタクシ も おどろいた。
「へえ タカタ を しってる の かい」
「しってる どころ じゃ ございません。 しじゅう トク、 トク、 って ヒイキ に して くだすった もん です」
 カレ の コトバヅカイ は こういう ショクニン に して は むしろ テイネイ な ほう で あった。
「タカタ も しんだ よ」 と ワタクシ が いう と、 カレ は びっくり した チョウシ で 「へっ」 と コエ を あげた。
「いい ダンナ でした がね、 おしい こと に。 イツゴロ おなくなり に なりました」
「なに、 つい コノアイダ さ。 キョウ で 2 シュウカン に なる か、 ならない くらい の もの だろう」
 カレ は それから この しんだ イトコ に ついて、 いろいろ おぼえて いる こと を ワタクシ に かたった スエ、 「かんがえる と はやい もん です ね ダンナ、 つい キノウ の こと と しっきゃ おもわれない のに、 もう 30 ネン-ぢかく にも なる ん です から」 と いった。
「あの そら キュウユウテイ の ヨコチョウ に いらしって ね、……」 と テイシュ は また コトバ を つぎたした。
「うん、 あの 2 カイ の ある ウチ だろう」
「ええ オニカイ が ありましたっけ。 あすこ へ おうつり に なった とき なんか、 ホウボウサマ から オイワイモノ なんか あって、 たいへん ごさかん でした がね。 それから アト でしたっけ か、 ギョウガンジ の ジナイ へ オヒッコシ なすった の は」
 この シツモン は ワタクシ にも こたえられなかった。 じつは あまり ふるい こと なので、 ワタクシ も つい わすれて しまった の で ある。
「あの ジナイ も イマ じゃ たいへん かわった よう だね。 ヨウ が ない ので、 それから つい はいって みた こと も ない が」
「かわった の かわらない の って アナタ、 イマ じゃ まるで マチアイ ばかり でさあ」
 ワタクシ は サカナマチ を とおる たび に、 その ジナイ へ はいる タビヤ の カド の ほそい コウジ の イリグチ に、 ごたごた かかげられた シカク な ケントウ の おおい の を しって いた。 しかし その カズ を カンジョウ して みる ほど の ドウラクギ も おこらなかった ので、 つい テイシュ の いう こと には キ が つかず に いた。
「なるほど そう いえば タガソデ なんて カンバン が トオリ から みえる よう だね」
「ええ たくさん できました よ。 もっとも かわる はず です ね、 かんがえて みる と。 もう やがて 30 ネン にも なろう と いう ん です から。 ダンナ も ゴショウチ の とおり、 あの ジブン は ゲイシャヤ ったら、 ジナイ に たった 1 ケン しきゃ なかった もん でさあ。 アズマヤ って ね。 ちょうど そら タカタ の ダンナ の マンムコウ でしたろう、 アズマヤ の ゴジントウ の ぶらさがって いた の は」

 17

 ワタクシ は その アズマヤ を よく おぼえて いた。 イトコ の ウチ の つい ムコウ なので、 リョウホウ の モノ が デハイリ の たび に、 カオ を あわせ さえ すれば アイサツ を しあう くらい の アイダガラ で あった から。
 その コロ イトコ の イエ には、 ワタクシ の 2 バンメ の アニ が ごろごろ して いた。 この アニ は だいの ホウトウモノ で、 よく ウチ の カケモノ や トウケンルイ を ぬすみだして は、 それ を ニソク サンモン に うりとばす と いう わるい クセ が あった。 カレ が なんで イトコ の イエ に ころがりこんで いた の か、 その とき の ワタクシ には わからなかった けれども、 イマ かんがえる と、 あるいは そうした ランボウ を はたらいた ケッカ、 しばらく ウチ を おいだされて いた かも しれない と おもう。 その アニ の ホカ に、 まだ ショウ さん と いう、 これ も ワタクシ の ハハカタ の イトコ に あたる オトコ が、 そこいら に ぶらぶら して いた。
 こういう レンジュウ が いつでも ヒトツトコロ に おちあって は、 ねそべったり、 エンガワ へ コシ を かけたり して、 カッテ な デホウダイ を ならべて いる と、 ときどき ムコウ の ゲイシャヤ の タケゴウシ の マド から、 「こんちわ」 など と コエ を かけられたり する。 それ を また まちうけて でも いる ごとく に、 レンジュウ は 「おい ちょいと おいで、 いい もの ある から」 とか なんとか いって、 オンナ を よびよせよう と する。 ゲイシャ の ほう でも ヒルマ は ヒマ だ から、 3 ド に 1 ド は ゴアイキョウ に あそび に くる。 と いった フウ の チョウシ で あった。
 ワタクシ は その コロ まだ 17~18 だったろう、 そのうえ タイヘン な ハニカミヤ で とおって いた ので、 そんな ところ に いあわして も、 なんにも いわず に だまって スミ の ほう に ひっこんで ばかり いた。 それでも ワタクシ は ナニ か の ヒョウシ で、 これら の ヒトビト と イッショ に、 その ゲイシャヤ へ あそび に いって、 トランプ を した こと が ある。 まけた モノ は ナニ か おごらなければ ならない ので、 ワタクシ は ヒト の かった スシ や カシ を だいぶ くった。
 1 シュウカン ほど たって から、 ワタクシ は また この ノラクラ の アニ に つれられて おなじ ウチ へ あそび に いったら、 レイ の ショウ さん も セキ に いあわせて ハナシ が だいぶ はずんだ。 その とき サキマツ と いう わかい ゲイシャ が ワタクシ の カオ を みて、 「また トランプ を しましょう」 と いった。 ワタクシ は コクラ の ハカマ を はいて しかくばって いた が、 カイチュウ には 1 セン の コヅカイ さえ なかった。
「ボク は ゼニ が ない から いや だ」
「いい わ、 ワタシ が もってる から」
 この オンナ は その とき メ を やんで でも いた の だろう、 こう いいいい、 きれい な ジュバン の ソデ で しきり に うすあかく なった フタエマブチ を こすって いた。
 ソノゴ ワタクシ は 「オサク が いい オキャク に ひかされた」 と いう ウワサ を、 イトコ の ウチ で きいた。 イトコ の ウチ では、 この オンナ の こと を サキマツ と いわない で、 つねに オサク オサク と よんで いた の で ある。 ワタクシ は その ハナシ を きいた とき、 ココロ の ウチ で もう オサク に あう キカイ も こない だろう と かんがえた。
 ところが それから だいぶ たって、 ワタクシ が レイ の タツジン と イッショ に、 シバ の サンナイ の カンコウバ へ いったら、 そこ で また ぱったり オサク に であった。 こちら の ショセイ スガタ に ひきかえて、 カノジョ は もう ヒン の いい オクサマ に かわって いた。 ダンナ と いう の も カノジョ の ソバ に ついて いた。……
 ワタクシ は トコヤ の テイシュ の クチ から でた アズマヤ と いう ゲイシャヤ の ナマエ の オク に ひそんで いる これ だけ の ふるい ジジツ を キュウ に おもいだした の で ある。
「あすこ に いた オサク と いう オンナ を しってる かね」 と ワタクシ は テイシュ に きいた。
「しってる どころ か、 ありゃ ワタクシ の メイ でさあ」
「そう かい」
 ワタクシ は おどろいた。
「それで、 イマ どこ に いる の かね」
「オサク は なくなりました よ、 ダンナ」
 ワタクシ は また おどろいた。
「いつ」
「いつ って、 もう ムカシ の こと に なります よ。 たしか あれ が 23 の トシ でしたろう」
「へええ」
「しかも ウラジオ で なくなった ん です。 ダンナ が リョウジカン に カンケイ の ある ヒト だった もん です から、 あっち へ イッショ に ゆきまして ね。 それから まもなく でした、 しんだ の は」
 ワタクシ は かえって ガラスド の ウチ に すわって、 まだ しなず に いる モノ は、 ジブン と あの トコヤ の テイシュ だけ の よう な キ が した。

 18

 ワタクシ の ザシキ へ とおされた ある わかい オンナ が、 「どうも ジブン の マワリ が きちんと かたづかない で こまります が、 どう したら よろしい もの でしょう」 と きいた。
 この オンナ は ある シンセキ の ウチ に キグウ して いる ので、 そこ が テゼマ な うえ に、 コドモ など が うるさい の だろう と おもった ワタクシ の コタエ は、 すこぶる カンタン で あった。
「どこ か さっぱり した ウチ を さがして ゲシュク でも したら いい でしょう」
「いえ ヘヤ の こと では ない ので、 アタマ の ナカ が きちんと かたづかない で こまる の です」
 ワタクシ は ワタクシ の ゴカイ を イシキ する と ドウジ に、 オンナ の イミ が また わからなく なった。 それで もうすこし すすんだ セツメイ を カノジョ に もとめた。
「ソト から は なんでも アタマ の ナカ に はいって きます が、 それ が ココロ の チュウシン と オリアイ が つかない の です」
「アナタ の いう ココロ の チュウシン とは いったい どんな もの です か」
「どんな もの と いって、 マッスグ な チョクセン なの です」
 ワタクシ は この オンナ の スウガク に ネッシン な こと を しって いた。 けれども ココロ の チュウシン が チョクセン だ と いう イミ は むろん ワタクシ に つうじなかった。 そのうえ チュウシン とは はたして ナニ を イミ する の か、 それ も ほとんど フカカイ で あった。 オンナ は こう いった。
「モノ には なんでも チュウシン が ございましょう」
「それ は メ で みる こと が でき、 モノサシ で はかる こと の できる ブッタイ に ついて の ハナシ でしょう。 ココロ にも カタチ が ある ん です か。 そんなら その チュウシン と いう もの を ここ へ だして ごらんなさい」
 オンナ は だせる とも だせない とも いわず に、 ニワ の ほう を みたり、 ヒザ の ウエ で リョウテ を すったり して いた。
「アナタ の チョクセン と いう の は タトエ じゃ ありません か。 もし タトエ なら、 マル と いって も シカク と いって も、 つまり おなじ こと に なる の でしょう」
「そう かも しれません が、 カタチ や イロ が しじゅう かわって いる うち に、 すこしも かわらない もの が、 どうしても ある の です」
「その かわる もの と かわらない もの が、 ベツベツ だ と する と、 ようするに ココロ が フタツ ある わけ に なります が、 それ で いい の です か。 かわる もの は すなわち かわらない もの で なければ ならない はず じゃ ありません か」
 こう いった ワタクシ は また モンダイ を モト に かえして オンナ に むかった。
「すべて ガイカイ の もの が アタマ の ナカ に はいって、 すぐ せいぜん と チツジョ なり ダンラク なり が はっきり する よう に おさまる ヒト は、 おそらく ない でしょう。 シツレイ ながら アナタ の トシ や キョウイク や ガクモン で、 そう きちんと かたづけられる わけ が ありません。 もし また そんな イミ で なくって、 ガクモン の チカラ を かりず に、 テッテイテキ に どさり と オサマリ を つけたい なら、 ワタクシ の よう な モノ の ところ へ きて も ダメ です。 ボウサン の ところ へ でも いらっしゃい」
 すると オンナ が ワタクシ の カオ を みた。
「ワタクシ は はじめて センセイ を おみあげ もうした とき に、 センセイ の ココロ は そういう テン で、 フツウ の ヒト イジョウ に ととのって いらっしゃる よう に おもいました」
「そんな はず が ありません」
「でも ワタクシ には そう みえました。 ナイゾウ の イチ まで が ととのって いらっしゃる と しか かんがえられません でした」
「もし ナイゾウ が それほど グアイ よく チョウセツ されて いる なら、 こんな に しじゅう ビョウキ など は しません」
「ワタクシ は ビョウキ には なりません」 と その とき オンナ は とつぜん ジブン の こと を いった。
「それ は アナタ が ワタクシ より えらい ショウコ です」 と ワタクシ も こたえた。
 オンナ は フトン を すべりおりた。 そうして、 「どうぞ オカラダ を ゴタイセツ に」 と いって かえって いった。

 19

 ワタクシ の キュウタク は イマ ワタクシ の すんで いる ところ から、 4~5 チョウ オク の ババシタ と いう マチ に あった。 マチ とは イイジョウ、 そのじつ ちいさな シュクバ と しか おもわれない くらい、 コドモ の とき の ワタクシ には、 さびれきって かつ さむしく みえた。 もともと ババシタ とは タカタ ノ ババ の シタ に ある と いう イミ なの だ から、 エド エズ で みて も、 シュビキウチ か シュビキソト か わからない ヘンピ な スミ の ほう に あった に ちがいない の で ある。
 それでも クラヅクリ の ウチ が せまい チョウナイ に 3~4 ケン は あったろう。 サカ を あがる と、 ミギガワ に みえる オウミヤ デンベエ と いう ヤクシュヤ など は その ヒトツ で あった。 それから サカ を おりきった ところ に、 マグチ の ひろい コクラヤ と いう サカヤ も あった。 もっとも この ほう は クラヅクリ では なかった けれども、 ホリベ ヤスベエ が タカタ ノ ババ で カタキ を うつ とき に、 ここ へ たちよって、 マスザケ を のんで いった と いう リレキ の ある イエガラ で あった。 ワタクシ は その ハナシ を コドモ の ジブン から おぼえて いた が、 ついぞ そこ に しまって ある と いう ウワサ の ヤスベエ が クチ を つけた マス を みた こと が なかった。 そのかわり ムスメ の オキタ さん の ナガウタ は ナンド と なく きいた。 ワタクシ は コドモ だ から ジョウズ だ か ヘタ だ か まるで わからなかった けれども、 ワタクシ の ウチ の ゲンカン から オモテ へ でる シキイシ の ウエ に たって、 トオリ へ でも ゆこう と する と、 オキタ さん の コエ が そこ から よく きこえた の で ある。 ハル の ヒ の ヒルスギ など に、 ワタクシ は よく うっとり と した タマシイ を、 うららか な ヒカリ に つつみながら、 オキタ さん の オサライ を きく でも なく きかぬ でも なく、 ぼんやり ワタクシ の イエ の ドゾウ の シラカベ に ミ を もたせて、 たたずんで いた こと が ある。 その おかげ で ワタクシ は とうとう 「タビ の コロモ は スズカケ の」 など と いう モンク を いつのまにか おぼえて しまった。
 この ホカ には ボウヤ が 1 ケン あった。 それから カジヤ も 1 ケン あった。 すこし ハチマンザカ の ほう へ よった ところ には、 ひろい ドマ を ヤネ の シタ に かこいこんだ ヤッチャバ も あった。 ワタクシ の ウチ の モノ は、 そこ の シュジン を、 トンヤ の センタロウ さん と よんで いた。 センタロウ さん は なんでも ワタクシ の チチ と ごく とおい シンルイ ツヅキ に なって いる ん だ とか きいた が、 ツキアイ から いう と、 まるで ソカツ で あった。 オウライ で ゆきあう とき だけ、 「いい オテンキ で」 など と コエ を かける くらい の アイダガラ に すぎなかった らしく おもわれる。 この センタロウ さん の ヒトリムスメ が コウシャクシ の テイスイ と いい ナカ に なって、 しぬ の いきる の と いう サワギ の あった こと も ヒトギキ に きいて おぼえて は いる が、 まとまった キオク は イマ アタマ の どこ にも のこって いない。 コドモ の ワタクシ には、 それ より か センタロウ さん が たかい ダイ の ウエ に コシ を かけて、 ヤタテ と チョウメン を もった まま、 「いー やっちゃ いくら」 と イセイ の いい コエ で シタ に いる オオゼイ の カオ を みわたす コウケイ の ほう が よっぽど おもしろかった。 シタ から は また 20 ポン も 30 ポン も の テ を イチド に あげて、 ミンナ センタロウ さん の ほう を むきながら、 ロンジ だの ガレン だの と いう フチョウ を、 ののしる よう に よびあげる うち に、 ショウガ や ナス や トウナス の カゴ が、 それら の フシブト の テ で、 どしどし どこ か へ はこびさられる の を みて いる の も いさましかった。
 どんな イナカ へ いって も ありがち な トウフヤ は むろん あった。 その トウフヤ には アブラ の ニオイ の しみこんだ ナワノレン が かかって いて カドグチ を ながれる ゲスイ の ミズ が キョウト へ でも いった よう に きれい だった。 その トウフヤ に ついて まがる と ハンチョウ ほど サキ に セイカンジ と いう テラ の モン が こだかく みえた。 あかく ぬられた モン の ウシロ は、 ふかい タケヤブ で イチメン に おおわれて いる ので、 ナカ に どんな もの が ある か トオリ から は まったく みえなかった が、 その オク で する アサバン の オツトメ の カネ の ネ は、 イマ でも ワタクシ の ミミ に のこって いる。 ことに キリ の おおい アキ から コガラシ の ふく フユ へ かけて、 かんかん と なる セイカンジ の カネ の オト は、 いつでも ワタクシ の ココロ に かなしくて つめたい ある もの を たたきこむ よう に ちいさい ワタクシ の キブン を さむく した。

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 この トウフヤ の トナリ に ヨセ が 1 ケン あった の を、 ワタクシ は ユメウツツ の よう に まだ おぼえて いる。 こんな バスエ に ヒトヨセバ の あろう はず が ない と いう の が、 ワタクシ の キオク に カスミ を かける せい だろう、 ワタクシ は それ を おもいだす たび に、 キイ な カンジ に うたれながら、 フシギ そう な メ を みはって、 とおい ワタクシ の カコ を ふりかえる の が ツネ で ある。
 その セキテイ の アルジ と いう の は、 チョウナイ の トビガシラ で、 ときどき メクラジマ の ハラガケ に あかい スジ の はいった シルシバンテン を きて、 ツッカケ ゾウリ か ナニ か で よく オモテ を あるいて いた。 そこ に また オフジ さん と いう ムスメ が あって、 その ヒト の キリョウ が よく ウチ の モノ の クチ に のぼった こと も、 まだ ワタクシ の キオク を はなれず に いる。 ノチ には ヨウシ を もらった が、 それ が クチヒゲ を はやした リッパ な オトコ だった ので、 ワタクシ は ちょっと おどろかされた。 オフジ さん の ほう でも ジマン の ヨウシ だ と いう ヒョウバン が たかかった が、 アト から きいて みる と、 この ヒト は どこ か の クヤクショ の ショキ だ とか いう ハナシ で あった。
 この ヨウシ が くる ジブン には、 もう ヨセ も やめて、 シモウタヤ に なって いた よう で ある が、 ワタクシ は そこ の ウチ の ノキサキ に まだ うすぐらい カンバン が さむしそう に かかって いた コロ、 よく ハハ から コヅカイ を もらって そこ へ コウシャク を きき に でかけた もの で ある。 コウシャクシ の ナマエ は たしか、 ナンリン とか いった。 フシギ な こと に、 この ヨセ へは ナンリン より ホカ に ダレ も でなかった よう で ある。 この オトコ の ウチ は どこ に あった か しらない が、 どの ケントウ から あるいて くる に して も、 ミチブシン が できて、 イエナミ の そろった イマ から みれば ダイジギョウ に ソウイ なかった。 そのうえ キャク の アタマカズ は いつでも 15 か 20 くらい なの だ から、 どんな に ソウゾウ を たくましく して も、 ユメ と しか かんがえられない の で ある。 「もうし もうし オイラン え、 と いわれて ヤツハシ なん ざます え と ふりかえる、 トタン に きりこむ ヤイバ の ヒカリ」 と いう ヘン な モンク は、 ワタクシ が その ジブン ナンリン から おすわった の か、 それとも アト に なって ハナシカ の やる コウシャクシ の マネ から おぼえた の か、 イマ では コンザツ して よく わからない。
 トウジ ワタクシ の ウチ から まず マチ-らしい マチ へ でよう と する には、 どうしても ジンカ の ない チャバタケ とか、 タケヤブ とか または ながい タンボミチ とか を とおりぬけなければ ならなかった。 カイモノ-らしい カイモノ は たいてい カグラザカ まで でる レイ に なって いた ので、 そうした ヒツヨウ に ならされた ワタクシ に、 さした クツウ の ある はず も なかった が、 それでも ヤライ の サカ を あがって サカイ サマ の ヒノミヤグラ を とおりこして テラマチ へ でよう と いう、 あの 5~6 チョウ の ヒトスジミチ など に なる と、 ヒル でも いんしん と して、 オオゾラ が くもった よう に しじゅう うすぐらかった。
 あの ドテ の ウエ に フタカカエ も ミカカエ も あろう と いう タイボク が、 ナンボン と なく ならんで、 その スキマ スキマ を また おおきな タケヤブ が ふさいで いた の だ から、 ヒノメ を おがむ ジカン と いったら、 イチニチ の うち に おそらく ただ の 1 コク も なかった の だろう。 シタマチ へ ゆこう と おもって、 ヒヨリ ゲタ など を はいて でよう もの なら、 きっと ひどい メ に あう に きまって いた。 あすこ の シモドケ は アメ より も ユキ より も おそろしい もの の よう に ワタクシ の アタマ に しみこんで いる。
 その くらい フベン な ところ でも カジ の オソレ は あった もの と みえて、 やっぱり マチ の マガリカド に たかい ハシゴ が たって いた。 そうして その ウエ に ふるい ハンショウ も カタ の ごとく つるして あった。 ワタクシ は こうした アリノママ の ムカシ を よく おもいだす。 その ハンショウ の すぐ シタ に あった ちいさな イチゼンメシヤ も おのずと メサキ に うかんで くる。 ナワノレン の スキマ から あたたかそう な ニシメ の ニオイ が ケブリ と ともに オウライ へ ながれだして、 それ が ユウグレ の モヤ に とけこんで ゆく オモムキ など も わすれる こと が できない。 ワタクシ が シキ の まだ いきて いる うち に、 「ハンショウ と ならんで たかき フユキ かな」 と いう ク を つくった の は、 じつは この ハンショウ の キネン の ため で あった。

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 ワタクシ の イエ に かんする ワタクシ の キオク は、 そうじて こういう ふう に ひなびて いる。 そうして どこ か に うすらさむい あわれ な カゲ を やどして いる。 だから イマ いきのこって いる アニ から、 つい こないだ、 ウチ の アネ たち が シバイ に いった トウジ の ヨウス を きいた とき には おどろいた の で ある。 そんな ハデ な クラシ を した ムカシ も あった の か と おもう と、 ワタクシ は いよいよ ユメ の よう な ココロモチ に なる より ホカ は ない。
 その コロ の シバイゴヤ は みんな サルワカ-チョウ に あった。 デンシャ も クルマ も ない ジブン に、 タカタ ノ ババ の シタ から アサクサ の カンノンサマ の サキ まで アサ はやく ゆきつこう と いう の だ から、 タイテイ の こと では なかった らしい。 アネ たち は ミンナ ヨナカ に おきて シタク を した。 トチュウ が ブッソウ だ と いう ので、 ヨウジン の ため、 ゲナン が きっと トモ を して いった そう で ある。
 カレラ は ツクド を おりて、 カキノキ ヨコチョウ から アゲバ へ でて、 かねて そこ の フナヤド に あつらえて おいた ヤネブネ に のる の で ある。 ワタクシ は カレラ が いかに ヨキ に みちた ココロ を もって、 のろのろ ホウヘイ コウショウ の マエ から オチャノミズ を とおりこして ヤナギバシ まで こがれつつ いった だろう と ソウゾウ する。 しかも カレラ の ドウチュウ は けっして そこ で オワリ を つげる わけ に ゆかない の だ から、 ジカン に セイゲン を おかなかった その ムカシ が なおさら カイコ の タネ に なる。
 オオカワ へ でた フネ は、 ナガレ を さかのぼって アズマバシ を とおりぬけて、 イマド の ユウメイロウ の ソバ に つけた もの だ と いう。 アネ たち は そこ から あがって シバイ-ヂャヤ まで あるいて、 それから ようやく モウケ の セキ に つく べく、 コヤ へ おくられて ゆく。 モウケ の セキ と いう の は かならず タカドマ に かぎられて いた。 これ は カレラ の ナリ なり カオ なり、 カミカザリ なり が、 イッパン の メ に よく つく ベンリ の いい バショ なので、 ハデ を このむ ヒトタチ が、 あらそって テ に いれたがる から で あった。
 マク の アイダ には ヤクシャ に ついて いる オトコ が、 どうぞ ガクヤ へ オアソビ に いらっしゃいまし と いって アンナイ に くる。 すると アネ たち は この チリメン の モヨウ の ある キモノ の ウエ に ハカマ を はいた オトコ の アト に ついて、 タノスケ とか トッショウ とか いう ヒイキ の ヤクシャ の ヘヤ へ いって センス に エ など を かいて もらって かえって くる。 これ が カレラ の ミエ だった の だろう。 そうして その ミエ は カネ の チカラ で なければ かえなかった の で ある。
 カエリ には もと きた ミチ を おなじ フネ で アゲバ まで こぎもどす。 ブヨウジン だ から と いって、 ゲナン が また チョウチン を つけて むかえ に ゆく。 ウチ へ つく の は イマ の トケイ で 12 ジ くらい には なる の だろう。 だから ヨナカ から ヨナカ まで かかって カレラ は ようやく シバイ を みる こと が できた の で ある。……
 こんな はなやか な ハナシ を きく と、 ワタクシ は はたして それ が ジブン の ウチ に おこった こと かしらん と うたがいたく なる。 どこ か シタマチ の フユウ な チョウカ の ムカシ を かたられた よう な キ も する。
 もっとも ワタクシ の イエ も サムライブン では なかった。 ハデ な ツキアイ を しなければ ならない ナヌシ と いう チョウニン で あった。 ワタクシ の しって いる チチ は、 ハゲアタマ の ジイサン で あった が、 わかい ジブン には、 イッチュウブシ を ならったり、 ナジミ の オンナ に チリメン の ツミヤグ を して やったり した の だ そう で ある。 アオヤマ に デンジ が あって、 そこ から あがって くる コメ だけ でも、 ウチ の モノ が くう には フソク が なかった とか きいた。 げんに イマ いきのこって いる 3 バンメ の アニ など は、 その コメ を つく オト を しじゅう きいた と いって いる。 ワタクシ の キオク に よる と、 チョウナイ の モノ が ミンナ して ワタクシ の イエ を よんで、 ゲンカ ゲンカ と となえて いた。 その ジブン の ワタクシ には、 どういう イミ か わからなかった が、 イマ かんがえる と、 シキダイ の ついた いかめしい ゲンカンツキ の イエ は、 チョウナイ に たった 1 ケン しか なかった から だろう と おもう。 その シキダイ を あがった ところ に、 ツクボウ や、 ソデガラミ や サスマタ や、 また ふるぼけた バジョウ-ヂョウチン など が、 ならんで かけて あった ムカシ なら、 ワタクシ でも まだ おぼえて いる。

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 この 2~3 ネン-ライ ワタクシ は たいてい ネン に イチド くらい の ワリ で ビョウキ を する。 そうして トコ に ついて から トコ を あげる まで に、 ほぼ ヒトツキ の ヒカズ を つぶして しまう。
 ワタクシ の ビョウキ と いえば、 いつも きまった イ の コショウ なので、 いざ と なる と、 ゼッショク リョウホウ より ホカ に テ の ツケヨウ が なくなる。 イシャ の メイレイ ばかり か、 ビョウキ の セイシツ ソノモノ が、 ワタクシ に この ゼッショク を よぎなく させる の で ある。 だから ヤミハジメ より カイフクキ に むかった とき の ほう が、 よけい やせこけて ふらふら する。 1 カゲツ イジョウ かかる の も おもに この スイジャク が たたる から の よう に おもわれる。
 ワタクシ の タチイ が ジユウ に なる と、 クロワク の ついた スリモノ が、 ときどき ワタクシ の ツクエ の ウエ に のせられる。 ワタクシ は ウンメイ を クショウ する ヒト の ごとく、 シルク ハット など を かぶって、 ソウシキ の トモ に たつ、 クルマ を かって サイジョウ へ かけつける。 しんだ ヒト の ウチ には、 オジイサン も オバアサン も ある が、 ときには ワタクシ より も トシ が わかくって、 ヘイゼイ から その ケンコウ を ほこって いた ヒト も まじって いる。
 ワタクシ は ウチ へ かえって ツクエ の マエ に すわって、 ニンゲン の ジュミョウ は じつに フシギ な もの だ と かんがえる。 タビョウ な ワタクシ は なぜ いきのこって いる の だろう か と うたがって みる。 あの ヒト は どういう ワケ で ワタクシ より サキ に しんだ の だろう か と おもう。
 ワタクシ と して こういう モクソウ に ふける の は むしろ トウゼン だ と いわなければ ならない。 けれども ジブン の イチ や、 カラダ や、 サイノウ や―― すべて オノレ と いう もの の オリドコロ を わすれがち な ニンゲン の 1 ニン と して、 ワタクシ は しなない の が アタリマエ だ と おもいながら くらして いる バアイ が おおい。 ドキョウ の アイダ で すら、 ショウコウ の サイ で すら、 しんだ ホトケ の アト に いきのこった、 この ワタクシ と いう ケイガイ を、 ちっとも フシギ と こころえず に すまして いる こと が ツネ で ある。
 ある ヒト が ワタクシ に つげて、 「ヒト の しぬ の は アタリマエ の よう に みえます が、 ジブン が しぬ と いう こと だけ は とても かんがえられません」 と いった こと が ある。 センソウ に でた ケイケン の ある オトコ に、 「そんな に タイ の モノ が ぞくぞく たおれる の を みて いながら、 ジブン だけ は しなない と おもって いられます か」 と きいたら、 その ヒト は 「いられます ね。 おおかた しぬ まで は しなない と おもってる ん でしょう」 と こたえた。 それから ダイガク の リカ に カンケイ の ある ヒト に、 ヒコウキ の ハナシ を きかされた とき に、 こんな モンドウ を した オボエ も ある。
「ああして しじゅう おちたり しんだり したら、 アト から のる モノ は こわい だろう ね。 コンド は オレ の バン だ と いう キ に なりそう な もの だ が、 そう で ない かしら」
「ところが そう で ない と みえます」
「なぜ」
「なぜ って、 まるで ハンタイ の シンリ ジョウタイ に シハイ される よう に なる らしい の です。 やっぱり アイツ は ツイラク して しんだ が、 オレ は だいじょうぶ だ と いう キ に なる と みえます ね」
 ワタクシ も おそらく こういう ヒト の キブン で、 ヒカクテキ ヘイキ に して いられる の だろう。 それ も その はず で ある。 しぬ まで は ダレ しも いきて いる の だ から。
 フシギ な こと に ワタクシ の ねて いる アイダ には、 クロワク の ツウチ が ほとんど こない。 キョネン の アキ にも ビョウキ が なおった アト で、 3~4 ニン の ソウギ に れっした の で ある。 その 3~4 ニン の ナカ に シャ の サトウ クン も はいって いた。 ワタクシ は サトウ クン が ある エンカイ の セキ で、 シャ から もらった ギンパイ を もって きて、 ワタクシ に サケ を すすめて くれた こと を おもいだした。 その とき カレ の おどった ヘン な オドリ も まだ おぼえて いる。 この ゲンキ な クッキョウ な ヒト の トムライ に いった ワタクシ は、 カレ が しんで ワタクシ が いきのこって いる の を、 ベツダン の フシギ とも おもわず に いる とき の ほう が おおい。 しかし おりおり かんがえる と、 ジブン の いきて いる ほう が フシゼン の よう な ココロモチ にも なる。 そうして ウンメイ が わざと ワタクシ を グロウ する の では ない かしら と うたがいたく なる。

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 イマ ワタクシ の すんで いる キンジョ に キクイ-チョウ と いう マチ が ある。 これ は ワタクシ の うまれた ところ だ から、 ホカ の ヒト より も よく しって いる。 けれども ワタクシ が イエ を でて、 ホウボウ ヒョウロウ して かえって きた とき には、 その キクイ-チョウ が だいぶ ひろがって、 いつのまにか ネゴロ の ほう まで のびて いた。
 ワタクシ に エンコ の ふかい この マチ の ナ は、 あまり ききなれて そだった せい か、 ちっとも ワタクシ の カコ を さそいだす なつかしい ヒビキ を ワタクシ に あたえて くれない。 しかし ショサイ に ヒトリ すわって、 ホオヅエ を ついた まま、 ナガレ を くだる フネ の よう に、 ココロ を ジユウ に あそばせて おく と、 ときどき ワタクシ の レンソウ が、 キクイ-チョウ の 4 ジ に ぱたり と であった なり、 そこ で しばらく テイカイ しはじめる こと が ある。
 この マチ は エド と いった ムカシ には、 たぶん ソンザイ して いなかった もの らしい。 エド が トウキョウ に あらたまった とき か、 それとも ずっと ノチ に なって から か、 ネンダイ は たしか に わからない が、 なんでも ワタクシ の チチ が こしらえた もの に ソウイ ない の で ある。
 ワタクシ の イエ の ジョウモン が イゲタ に キク なので、 それ に ちなんだ キク に イド を つかって、 キクイ-チョウ と した と いう ハナシ は、 チチ ジシン の クチ から きいた の か、 または ホカ の モノ から おすわった の か、 なにしろ イマ でも まだ ワタクシ の ミミ に のこって いる。 チチ は ナヌシ が なくなって から、 イチジ クチョウ と いう ヤク を つとめて いた ので、 あるいは そんな ジユウ も きいた かも しれない が、 それ を ホコリ に した カレ の キョエイシン を、 イマ に なって かんがえて みる と、 いや な ココロモチ は とくに きえさって、 ただ ビショウ したく なる だけ で ある。
 チチ は まだ その うえ に ジタク の マエ から ミナミ へ ゆく とき に ぜひとも のぼらなければ ならない ながい サカ に、 ジブン の セイ の ナツメ と いう ナ を つけた。 フコウ に して これ は キクイ-チョウ ほど ユウメイ に ならず に、 タダ の サカ と して のこって いる。 しかし このあいだ、 ある ヒト が きて、 チズ で この ヘン の ナマエ を しらべたら、 ナツメザカ と いう の が あった と いって はなした から、 コト に よる と チチ の つけた ナ が イマ でも ヤク に たって いる の かも しれない。
 ワタクシ が ワセダ に かえって きた の は、 トウキョウ を でて から ナンネン-ぶり に なる だろう。 ワタクシ は イマ の スマイ に うつる マエ、 ウチ を さがす モクテキ で あった か、 また エンソク の カエリミチ で あった か、 ヒサシブリ で ぐうぜん ワタクシ の キュウカ の ヨコ へ でた。 その とき オモテ から 2 カイ の フルガワラ が すこし みえた ので、 まだ いきのこって いる の かしら と おもった なり、 ワタクシ は そのまま とおりすぎて しまった。
 ワセダ に うつって から、 ワタクシ は また その モンゼン を とおって みた。 オモテ から のぞく と、 なんだか モト と かわらない よう な キ も した が、 モン には おもい も よらない ゲシュクヤ の カンバン が かかって いた。 ワタクシ は ムカシ の ワセダ タンボ が みたかった。 しかし そこ は もう マチ に なって いた。 ワタクシ は ネゴロ の チャバタケ と タケヤブ を ヒトメ ながめたかった。 しかし その コンセキ は どこ にも ハッケン する こと が できなかった。 たぶん この ヘン だろう と スイソク した ワタクシ の ケントウ は、 あたって いる の か、 はずれて いる の か、 それ さえ フメイ で あった。
 ワタクシ は ぼうぜん と して チョリツ した。 なぜ ワタクシ の イエ だけ が カコ の ザンガイ の ごとく に ソンザイ して いる の だろう。 ワタクシ の ココロ の ウチ で、 はやく それ が くずれて しまえば いい のに と おもった。
「トキ」 は チカラ で あった。 キョネン ワタクシ が タカタ の ほう へ サンポ した ツイデ に、 なにげなく そこ を とおりすぎる と、 ワタクシ の イエ は きれい に とりこわされて、 その アト に あたらしい ゲシュクヤ が たてられつつ あった。 その ソバ には シチヤ も できて いた。 シチヤ の マエ に まばら な カコイ を して、 その ナカ に ニワキ が すこし うえて あった。 3 ボン の マツ は、 みる カゲ も なく エダ を かりこまれて、 ほとんど キケイジ の よう に なって いた が、 どこ か ミオボエ の ある よう な ココロモチ を ワタクシ に おこさせた。 ムカシ 「カゲ しんし マツ サンボン の ツキヨ かな」 と うたった の は、 あるいは この マツ の こと では なかったろう か と かんがえつつ、 ワタクシ は また イエ に かえった。

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「そんな ところ に おいたって、 よく コンニチ まで ブジ に すんだ もの です ね」
「まあ どうか こうか ブジ に やって きました」
 ワタクシタチ の つかった ブジ と いう コトバ は、 ナンニョ の アイダ に おこる コイ の ハラン が ない と いう イミ で、 いわば ジョウジ の ハンタイ を さした よう な もの で ある が、 ワタクシ の ツイキュウシン は カンタン な この イック の コタエ で マンゾク できなかった。
「よく ヒト が いいます ね、 カシヤ へ ホウコウ する と、 いくら あまい もの の すき な オトコ でも、 カシ が いや に なる って。 オヒガン に オハギ など を こしらえて いる ところ を ウチ で みて いて も わかる じゃ ありません か、 こしらえる モノ は、 ただ オハギ を オジュウ に つめる だけ で、 もう げんなり した カオ を して いる くらい だ から。 アナタ の バアイ も そんな ワケ なん です か」
「そういう わけ でも ない よう です。 とにかく ハタチ すこし-スギ まで は ヘイキ で いた の です から」
 その ヒト は ある イミ に おいて コウダンシ で あった。
「たとい アナタ が ヘイキ で いて も、 アイテ が ヘイキ で いない バアイ が ない とも かぎらない じゃ ありません か。 そんな とき には、 どうしたって さそわれがち に なる の が アタリマエ でしょう」
「イマ から ふりかえって みる と、 なるほど こういう イミ で ああいう こと を した の だ とか、 あんな こと を いった の だ とか、 いろいろ おもいあたる こと が ない でも ありません」
「じゃ まったく キ が つかず に いた の です ね」
「まあ そう です。 それから こちら で キ の ついた の も ヒトツ ありました。 しかし ワタクシ の ココロ は どうしても、 その アイテ に ひきつけられる こと が できなかった の です」
 ワタクシ は それ が ハナシ の オワリ か と おもった。 フタリ の マエ には ショウガツ の ゼン が すえて あった。 キャク は すこしも サケ を のまない し、 ワタクシ も ほとんど サカズキ に テ を ふれなかった から、 ケンシュウ と いう もの は まったく なかった。
「それ だけ で コンニチ まで ケイカ して こられた の です か」 と ワタクシ は スイモノ を すすりながら ネン の ため に きいて みた。 すると キャク は とつぜん こんな ハナシ を ワタクシ に して きかせた。
「まだ シヨウニン で あった コロ に、 ある オンナ と 2 ネン ばかり あって いた こと が あります。 アイテ は むろん シロウト では ない の でした。 しかし その オンナ は もう いない の です。 クビ を くくって しんで しまった の です。 トシ は 19 でした。 トオカ ばかり あわない で いる うち に しんで しまった の です。 その オンナ には ね、 ダンナ が フタリ あって、 ソウホウ が イジズク で、 ミウケ の カネ を セリアゲ に かかった の です。 それに ソウホウ とも ロウギ を ミカタ に して、 こっち へ こい、 あっち へ ゆくな と ギリゼメ にも した らしい の です。……」
「アナタ は それ を すくって やる わけ に ゆかなかった の です か」
「トウジ の ワタクシ は デッチ の すこし ケ の はえた よう な もの で、 とても どうも できない の です」
「しかし その ゲイシャ は アナタ の ため に しんだ の じゃ ありません か」
「さあ……。 イチド に ソウホウ の ダンナ に ギリ を たてる わけ に いかなかった から かも しれません が。 ……しかし ワタクシラ フタリ の アイダ に、 どこ へも ゆかない と いう ヤクソク は あった に ちがいない の です」
「すると アナタ が カンセツ に その オンナ を ころした こと に なる の かも しれません ね」
「あるいは そう かも しれません」
「アナタ は ネザメ が わるか ありません か」
「どうも よく ない の です」
 ガンジツ に こみあった ワタクシ の ザシキ は、 フツカ に なって さびしい くらい しずか で あった。 ワタクシ は その さびしい ハル の マツ の ウチ に、 こういう あわれ な モノガタリ を、 その ネンガ の キャク から きいた の で ある。 キャク は マジメ な ショウジキ な ヒト だった から、 それ を はなす にも、 ほとんど つやっぽい コトバ を つかわなかった。

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 ワタクシ が まだ センダギ に いた コロ の ハナシ だ から、 ネンスウ に する と、 もう だいぶ ふるい こと に なる。
 ある ヒ ワタクシ は キリドオシ の ほう へ サンポ した カエリ に、 ホンゴウ 4 チョウメ の カド へ でる カワリ に、 もう ヒトツ テマエ の ほそい トオリ を キタ へ まがった。 その マガリカド には その コロ あった ギュウヤ の ソバ に、 ヨセ の カンバン が いつでも かかって いた。
 アメ の ふる ヒ だった ので、 ワタクシ は むろん カサ を さして いた。 それ が テツオナンド の 8 ケン の フカバリ で、 ウエ から もって くる シズク が、 ジネンボク の エ を つたわって、 ワタクシ の テ を ぬらしはじめた。 ヒトドオリ の すくない この コウジ は、 スベテ の ドロ を アメ で あらいながした よう に、 アシダ の ハ に ひっかかる きたない もの は ほとんど なかった。 それでも ウエ を みれば くらく、 シタ を みれば わびしかった。 しじゅう とおりつけて いる せい でも あろう が、 ワタクシ の シュウイ には なにひとつ ワタクシ の メ を ひく もの は みえなかった。 そうして ワタクシ の ココロ は よく この テンキ と この シュウイ に にて いた。 ワタクシ には ワタクシ の ココロ を フショク する よう な フユカイ な カタマリ が つねに あった。 ワタクシ は インウツ な カオ を しながら、 ぼんやり アメ の ふる ナカ を あるいて いた。
 ヒカゲ-チョウ の ヨセ の マエ まで きた ワタクシ は、 とつぜん 1 ダイ の ホログルマ に であった。 ワタクシ と クルマ の アイダ には なんの ヘダタリ も なかった ので、 ワタクシ は トオク から その ナカ に のって いる ヒト の オンナ だ と いう こと に キ が ついた。 まだ セルロイド の マド など の できない ジブン だ から、 シャジョウ の ヒト は トオク から その しろい カオ を ワタクシ に みせて いた の で ある。
 ワタクシ の メ には その しろい カオ が たいへん うつくしく うつった。 ワタクシ は アメ の ナカ を あるきながら じっと その ヒト の スガタ に みとれて いた。 ドウジ に これ は ゲイシャ だろう と いう スイサツ が、 ほとんど ジジツ の よう に、 ワタクシ の ココロ に はたらきかけた。 すると クルマ が ワタクシ の 1 ケン ばかり マエ へ きた とき、 とつぜん ワタクシ の みて いた うつくしい ヒト が、 テイネイ な エシャク を ワタクシ に して とおりすぎた。 ワタクシ は ビショウ に ともなう その アイサツ と ともに、 アイテ が、 オオツカ クスオ さん で あった こと に、 はじめて キ が ついた。
 ツギ に あった の は それから イクカ-メ だったろう か、 クスオ さん が ワタクシ に、 「コノアイダ は シツレイ しました」 と いった ので、 ワタクシ は ワタクシ の アリノママ を はなす キ に なった。
「じつは どこ の うつくしい カタ か と おもって みて いました。 ゲイシャ じゃ ない かしら とも かんがえた の です」
 その とき クスオ さん が なんと こたえた か、 ワタクシ は たしか に おぼえて いない けれども、 クスオ さん は ちっとも カオ を あからめなかった。 それから フユカイ な ヒョウジョウ も みせなかった。 ワタクシ の コトバ を ただ ソノママ に うけとった らしく おもわれた。
 それから ずっと たって、 ある ヒ クスオ さん が わざわざ ワセダ へ たずねて きて くれた こと が ある。 しかるに あいにく ワタクシ は サイ と ケンカ を して いた。 ワタクシ は いや な カオ を した まま、 ショサイ に じっと すわって いた。 クスオ さん は サイ と 10 プン ばかり ハナシ を して かえって いった。
 その ヒ は それ で すんだ が、 ほどなく ワタクシ は ニシカタマチ へ あやまり に でかけた。
「じつは ケンカ を して いた の です。 サイ も さだめて ブアイソウ でしたろう。 ワタクシ は また にがにがしい カオ を みせる の も シツレイ だ と おもって、 わざと ひっこんで いた の です」
 これ に たいする クスオ さん の アイサツ も、 イマ では とおい カコ に なって、 もう よびだす こと の できない ほど、 キオク の ソコ に しずんで しまった。
 クスオ さん が しんだ と いう ホウチ の きた の は、 たしか ワタクシ が イチョウ ビョウイン に いる コロ で あった。 シキョ の コウコク-チュウ に、 ワタクシ の ナマエ を つかって さしつかえない か と デンワ で といあわされた こと など も まだ おぼえて いる。 ワタクシ は ビョウイン で 「ある ほど の キク なげいれよ カン の ナカ」 と いう タムケ の ク を クスオ さん の ため に よんだ。 それ を ハイク の すき な ある オトコ が うれしがって、 わざわざ ワタクシ に たのんで、 タンザク に かかせて もって いった の も、 もう ムカシ に なって しまった。

 26

 マス さん が どうして そんな に おちぶれた もの か ワタクシ には わからない。 なにしろ ワタクシ の しって いる マス さん は ユウビン キャクフ で あった。 マス さん の オトウト の ショウ さん も、 ウチ を つぶして ワタクシ の ところ へ ころがりこんで イソウロウ に なって いた が、 これ は まだ マス さん より は シャカイテキ チイ が たかかった。 コドモ の ジブン ホンチョウ の イワシヤ へ ホウコウ に いって いた とき、 ハマ の セイヨウジン が かわいがって、 ガイコク へ つれて ゆく と いった の を ことわった の が、 イマ かんがえる と ザンネン だ など と しじゅう はなして いた。
 フタリ とも ワタクシ の ハハカタ の イトコ に あたる オトコ だった から、 その エンコ で、 マス さん は オトウト に あう ため、 また ワタクシ の チチ に ケイイ を ひょうする ため、 ツキ に イッペン ぐらい は、 ウシゴメ の オク まで センベイ の フクロ など を テミヤゲ に もって、 よく たずねて きた。
 マス さん は その とき なんでも シバ の ハズレ か、 または シナガワ-ヂカク に ショタイ を もって、 ヒトリグラシ の ノンキ な セイカツ を いとなんで いた らしい ので、 ウチ へ くる と よく とまって いった。 たまに かえろう と する と、 アニ たち が よって たかって、 「かえる と ショウチ しない ぞ」 など と おどかした もの で ある。
 トウジ 2 バンメ と 3 バンメ の アニ は、 まだ ナンコウ へ かよって いた。 ナンコウ と いう の は イマ の コウトウ ショウギョウ ガッコウ の イチ に あって、 そこ を ソツギョウ する と、 カイセイ ガッコウ すなわち コンニチ の ダイガク へ はいる ソシキ に なって いた もの らしかった。 カレラ は ヨル に なる と、 ゲンカン に キリ の ツクエ を ならべて、 アシタ の シタヨミ を する。 シタヨミ と いった ところ で、 イマ の ショセイ の やる の とは だいぶ ちがって いた。 グードリッチ の エイコクシ と いった よう な ホン を、 イッセツ ぐらい ずつ よんで、 それから それ を ツクエ の ウエ へ ふせて、 クチ の ウチ で イマ よんだ とおり を アンショウ する の で ある。
 その シタヨミ が すむ と、 だんだん マス さん が ヒツヨウ に なって くる。 ショウ さん も いつのまにか そこ へ カオ を だす。 1 バンメ の アニ も、 キゲン の いい とき は、 わざわざ オク から ゲンカン まで でばって くる。 そうして ミンナ イッショ に なって、 マス さん に からかいはじめる。
「マス さん、 セイヨウジン の ところ へ テガミ を ハイタツ する こと も ある だろう」
「そりゃ ショウバイ だ から いや だって シカタ が ありません、 もって ゆきます よ」
「マス さん は エイゴ が できる の かね」
「エイゴ が できる くらい なら こんな マネ を しちゃ いません」
「しかし ユウビンッ とか なんとか おおきな コエ を ださなくっちゃ ならない だろう」
「そりゃ ニホンゴ で まにあいます よ。 イジン だって、 チカゴロ は ニホンゴ が わかります もの」
「へええ、 ムコウ でも なんとか いう の かね」
「いいます とも。 ペロリ の オクサン なんか、 アナタ よろしい ありがとう と、 ちゃんと ニホンゴ で アイサツ を する くらい です」
 ミンナ は マス さん を ここ まで おびきだして おいて、 どっと わらう の で ある。 それから また 「マス さん なんて いう ん だって、 その オクサン は」 と ナンベン も ヒトツコト を きいて は、 いつまでも ワライ の タネ に しよう と たくらんで かかる。 マス さん も シマイ には ニガワライ を して、 とうとう 「アナタ よろしい」 を ヤメ に して しまう。 すると コンド は 「じゃ マス さん、 ノナカ の イッポンスギ を やって ごらん よ」 と ダレ か が いいだす。
「やれ ったって、 そう おいそれと やれる もん じゃ ありません」
「まあ いい から、 おやり よ。 いよいよ ノナカ の イッポンスギ の ところ まで まいります と……」
 マス さん は それでも にやにや して おうじない。 ワタクシ は とうとう マス さん の ノナカ の イッポンスギ と いう もの を きかず に しまった。 イマ かんがえる と、 それ は なんでも コウシャク か ニンジョウバナシ の イッセツ じゃ ない かしら と おもう。
 ワタクシ の セイジン する コロ には マス さん も もう ウチ へ こなく なった。 おおかた しんだ の だろう。 いきて いれば ナニ か タヨリ の ある はず で ある。 しかし しんだ に して も、 いつ しんだ の か ワタクシ は しらない。

 27

 ワタクシ は シバイ と いう もの に あまり シタシミ が ない。 ことに キュウゲキ は わからない。 これ は コライ から その ホウメン で ハッタツ して きた エンゲイジョウ の ヤクソク を しらない ので、 ブタイ の ウエ に カイテン される トクベツ の セカイ に、 ドウカ する ノウリョク が ワタクシ に かけて いる ため だ とも おもう。 しかし それ ばかり では ない。 ワタクシ が キュウゲキ を みて、 もっとも イヨウ に かんずる の は、 ヤクシャ が シゼン と フシゼン の アイダ を、 ドッチツカズ に ぶらぶら あるいて いる こと で ある。 それ が ワタクシ に、 チュウゴシ と いった よう な おちつけない ココロモチ を ひきおこさせる の も おそらく リ の トウゼン なの だろう。
 しかし ブタイ の ウエ に コドモ など が でて きて、 カン の たかい コエ で、 あわれっぽい こと など を いう とき には、 いかな ワタクシ でも しらずしらず メ に ナミダ が にじみでる。 そうして すぐ、 ああ だまされた な と コウカイ する。 なぜ あんな に やすっぽい ナミダ を こぼした の だろう と おもう。
「どう かんがえて も だまされて なく の は いや だ」 と ワタクシ は ある ヒト に つげた。 シバイズキ の その アイテ は、 「それ が センセイ の ジョウタイ なの でしょう。 ヘイゼイ ナミダ を ヒカエメ に して いる の は、 かえって アナタ の ヨソユキ じゃ ありません か」 と チュウイ した。
 ワタクシ は その セツ に フフク だった ので、 イロイロ の ホウメン から ムコウ を ナットク させよう と して いる うち に、 ワダイ が いつか カイガ の ほう に すべって いった。 その オトコ は このあいだ サンコウヒン と して ビジュツ キョウカイ に でた ジャクチュウ の ギョブツ を タイヘン に うれしがって、 その ヒョウロン を どこ か の ザッシ に のせる とか いう ウワサ で あった。 ワタクシ は また あの ニワトリ の ズ が すこぶる キ に いらなかった ので、 ここ でも シバイ と おなじ よう な ギロン が フタリ の アイダ に おこった。
「いったい キミ に エ を ろんずる シカク は ない はず だ」 と ワタクシ は ついに カレ を バトウ した。 すると この イチゴン が モト に なって、 カレ は ゲイジュツ イチゲンロン を シュチョウ しだした。 カレ の シュイ を かいつまんで いう と、 スベテ の ゲイジュツ は おなじ ミナモト から わいて でる の だ から、 その ウチ の ヒトツ さえ うんと ハラ に いれて おけば、 タ は おのずから かいしえられる リクツ だ と いう の で ある。 ザ に いる ヒト の ウチ で、 カレ に ドウイ する モノ も すくなく なかった。
「じゃ ショウセツ を つくれば、 しぜん ジュウドウ も うまく なる かい」 と ワタクシ が ジョウダン ハンブン に いった。
「ジュウドウ は ゲイジュツ じゃ ありません よ」 と アイテ も わらいながら こたえた。
 ゲイジュツ は ビョウドウカン から シュッタツ する の では ない。 よし そこ から シュッタツ する に して も、 サベツカン に いって はじめて、 ハナ が さく の だ から、 それ を ホンライ の ムカシ へ かえせば、 エ も チョウコク も ブンショウ も、 すっかり ム に きして しまう。 そこ に なんで キョウツウ の もの が あろう。 たとい あった に した ところ で、 ジッサイ の ヤク には たたない。 ヒガ キョウツウ の グタイテキ の もの など の ハッケン も できる はず が ない。
 こういう の が その とき の ワタクシ の ロンシ で あった。 そうして その ロンシ は けっして ジュウブン な もの では なかった。 もっと センポウ の シュチョウ を とりいれて、 シュウトウ な カイシャク を くだして やる ヨチ は いくらでも あった の で ある。
 しかし その とき ザ に いた 1 ニン が、 とつぜん ワタクシ の ギロン を ひきうけて アイテ に むかいだした ので、 ワタクシ も メンドウ だ から つい ソノママ に して おいた。 けれども ワタクシ の カワリ に なった その オトコ と いう の は だいぶ よって いた。 それで ゲイジュツ が どう だの、 ブンゲイ が どう だの と、 しきり に べんずる けれども、 あまり ヨウリョウ を えた こと は いわなかった。 コトバヅカイ さえ すこし へべれけ で あった。 ハジメ の うち は おもしろがって わらって いた ヒトタチ も、 ついには だまって しまった。
「じゃ ゼッコウ しよう」 など と よった オトコ が シマイ に いいだした。 ワタクシ は 「ゼッコウ する なら ソト で やって くれ、 ここ では メイワク だ から」 と チュウイ した。
「じゃ ソト へ でて ゼッコウ しよう か」 と よった オトコ が アイテ に ソウダン を もちかけた が、 アイテ が うごかない ので、 とうとう それぎり に なって しまった。
 これ は コトシ の ガンジツ の デキゴト で ある。 よった オトコ は それから ちょいちょい くる が、 その とき の ケンカ に ついて は ヒトクチ も いわない。

 28

 ある ヒト が ワタクシ の ウチ の ネコ を みて、 「これ は ナン-ダイメ の ネコ です か」 と きいた とき、 ワタクシ は なにげなく 「2 ダイメ です」 と こたえた が、 アト で かんがえる と、 2 ダイメ は もう とおりこして、 そのじつ 3 ダイメ に なって いた。
 ショダイ は ヤドナシ で あった に かかわらず、 ある イミ から して、 だいぶ ユウメイ に なった が、 それ に ひきかえて、 2 ダイメ の ショウガイ は、 シュジン に さえ わすれられる くらい、 タンメイ だった。 ワタクシ は ダレ が それ を どこ から もらって きた か よく しらない。 しかし テノヒラ に のせれば のせられる よう な ちいさい カッコウ を して、 カレ が そこいらじゅう はいまわって いた トウジ を、 ワタクシ は まだ キオク して いる。 この カレン な ドウブツ は、 ある アサ ウチ の モノ が トコ を あげる とき、 あやまって ウエ から ふみころして しまった。 ぐう と いう コエ が した ので、 フトン の シタ に もぐりこんで いる カレ を すぐ ひきだして、 ソウトウ の テアテ を した が、 もう まにあわなかった。 カレ は それから 1 ンチ フツカ して ついに しんで しまった。 その アト へ きた の が すなわち マックロ な イマ の ネコ で ある。
 ワタクシ は この クロネコ を かわいがって も にくがって も いない。 ネコ の ほう でも ウチジュウ のそのそ あるきまわる だけ で、 べつに ワタクシ の ソバ へ よりつこう と いう コウイ を あらわした こと が ない。
 ある とき カレ は ダイドコロ の トダナ へ はいって、 ナベ の ナカ へ おちた、 その ナベ の ナカ には ゴマ の アブラ が いっぱい あった ので、 カレ の カラダ は コスメチック でも ぬりつけた よう に ひかりはじめた。 カレ は その ひかる カラダ で ワタクシ の ゲンコウシ の ウエ に ねた もの だ から、 アブラ が ずっと シタ まで しみとおって、 ワタクシ を ズイブン な メ に あわせた。
 キョネン ワタクシ の ビョウキ を する すこし マエ に、 カレ は とつぜん ヒフビョウ に かかった。 カオ から ヒタイ へ かけて、 ケ が だんだん ぬけて くる。 それ を しきり に ツメ で かく もの だ から、 カサブタ が ぼろぼろ おちて、 アト が アカハダカ に なる。 ワタクシ は ある ヒ ショクジチュウ この みぐるしい ヨウス を ながめて いや な カオ を した。
「ああ カサブタ を こぼして、 もし コドモ に でも デンセン する と いけない から、 ビョウイン へ つれて いって はやく リョウジ を して やる が いい」
 ワタクシ は ウチ の モノ に こう いった が、 ハラ の ナカ では、 コト に よる と ビョウキ が ビョウキ だ から ゼンチ しまい とも おもった。 ムカシ ワタクシ の しって いる セイヨウジン が、 ある ハクシャク から いい イヌ を もらって かわいがって いた ところ、 いつか こんな ヒフビョウ に なやまされだした ので、 キノドク だ から と いって、 イシャ に たのんで ころして もらった こと を、 ワタクシ は よく おぼえて いた の で ある。
「クロロフォーム か ナニ か で ころして やった ほう が、 かえって クツウ が なくって シアワセ だろう」
 ワタクシ は サン、 ヨタビ おなじ コトバ を くりかえして みた が、 ネコ が まだ ワタクシ の おもう とおり に ならない うち に、 ジブン の ほう が ビョウキ で どっと ねて しまった。 その アイダ ワタクシ は ついに カレ を みる キカイ を もたなかった。 ジブン の クツウ が ちょくせつ ジブン を シハイ する せい か、 カレ の ビョウキ を かんがえる ヨユウ さえ でなかった。
 10 ガツ に いって、 ワタクシ は ようやく おきた。 そうして レイ の ごとく くろい カレ を みた。 すると フシギ な こと に、 カレ の みにくい アカハダカ の ヒフ に モト の よう な くろい ケ が はえかかって いた。
「おや なおる の かしら」
 ワタクシ は タイクツ な ビョウゴ の メ を たえず カレ の ウエ に そそいで いた。 すると ワタクシ の スイジャク が だんだん カイフク する に つれて、 カレ の ケ も だんだん こく なって きた。 それ が ヘイゼイ の とおり に なる と、 コンド は イゼン より こえはじめた。
 ワタクシ は ジブン の ビョウキ の ケイカ と カレ の ビョウキ の ケイカ と を ヒカク して みて、 ときどき そこ に ナニ か の インネン が ある よう な アンジ を うける。 そうして すぐ その アト から ばからしい と おもって ビショウ する。 ネコ の ほう では ただ にゃにゃ なく ばかり だ から、 どんな ココロモチ で いる の か ワタクシ には まるで わからない。

 29

 ワタクシ は リョウシン の バンネン に なって できた いわゆる スエッコ で ある。 ワタクシ を うんだ とき、 ハハ は こんな トシ を して カイニン する の は めんぼくない と いった とか いう ハナシ が、 イマ でも おりおり は くりかえされて いる。
 たんに その ため ばかり でも あるまい が、 ワタクシ の リョウシン は ワタクシ が うまれおちる と まもなく、 ワタクシ を サト に やって しまった。 その サト と いう の は、 むろん ワタクシ の キオク に のこって いる はず が ない けれども、 セイジン の ノチ きいて みる と、 なんでも フルドウグ の バイバイ を トセイ に して いた まずしい フウフモノ で あった らしい。
 ワタクシ は その ドウグヤ の ガラクタ と イッショ に、 ちいさい ザル の ナカ に いれられて、 マイバン ヨツヤ の オオドオリ の ヨミセ に さらされて いた の で ある。 それ を ある バン ワタクシ の アネ が ナニ か の ツイデ に そこ を とおりかかった とき みつけて、 かわいそう と でも おもった の だろう、 フトコロ へ いれて ウチ へ つれて きた が、 ワタクシ は その ヨ どうしても ねつかず に、 とうとう ヒトバンジュウ ナキツヅケ に ないた とか いう ので、 アネ は おおいに チチ から しかられた そう で ある。
 ワタクシ は イツゴロ その サト から とりもどされた か しらない。 しかし じき また ある イエ へ ヨウシ に やられた。 それ は たしか ワタクシ の ヨッツ の トシ で あった よう に おもう。 ワタクシ は モノゴコロ の つく 8~9 サイ まで そこ で セイチョウ した が、 やがて ヨウカ に ミョウ な ゴタゴタ が おこった ため、 ふたたび ジッカ へ もどる よう な シギ と なった。
 アサクサ から ウシゴメ へ うつされた ワタクシ は、 うまれた ウチ へ かえった とは キ が つかず に、 ジブン の リョウシン を モトドオリ ソフボ と のみ おもって いた。 そうして あいかわらず カレラ を オジイサン、 オバアサン と よんで ごうも あやしまなかった。 ムコウ でも キュウ に イマ まで の シュウカン を あらためる の が ヘン だ と かんがえた もの か、 ワタクシ に そう よばれながら すました カオ を して いた。
 ワタクシ は フツウ の スエッコ の よう に けっして リョウシン から かわいがられなかった。 これ は ワタクシ の セイシツ が すなお で なかった ため だの、 ひさしく リョウシン に とおざかって いた ため だの、 イロイロ の ゲンイン から きて いた。 とくに チチ から は むしろ カコク に とりあつかわれた と いう キオク が まだ ワタクシ の アタマ に のこって いる。 それだのに アサクサ から ウシゴメ へ うつされた トウジ の ワタクシ は、 なぜか ヒジョウ に うれしかった。 そうして その ウレシサ が ダレ の メ にも つく くらい に いちじるしく ソト へ あらわれた。
 バカ な ワタクシ は、 ホントウ の リョウシン を ジイババ と のみ おもいこんで、 どの くらい の ツキヒ を クウ に くらした もの だろう、 それ を きかれる と まるで わからない が、 なんでも ある ヨ こんな こと が あった。
 ワタクシ が ヒトリ ザシキ に ねて いる と、 マクラモト の ところ で ちいさな コエ を だして、 しきり に ワタクシ の ナ を よぶ モノ が ある。 ワタクシ は おどろいて メ を さました が、 アタリ が マックラ なので、 ダレ が そこ に うずくまって いる の か、 ちょっと ハンダン が つかなかった。 けれども ワタクシ は コドモ だ から ただ じっと して センポウ の いう こと だけ を きいて いた。 すると きいて いる うち に、 それ が ワタクシ の ウチ の ゲジョ の コエ で ある こと に キ が ついた。 ゲジョ は くらい ナカ で ワタクシ に ミミコスリ を する よう に こう いう の で ある。――
「アナタ が オジイサン オバアサン だ と おもって いらっしゃる カタ は、 ホントウ は アナタ の オトッサン と オッカサン なの です よ。 さっき ね、 おおかた その せい で あんな に こっち の ウチ が すき なん だろう、 ミョウ な もの だな、 と いって フタリ で はなして いらしった の を ワタクシ が きいた から、 そっと アナタ に おしえて あげる ん です よ。 ダレ にも はなしちゃ いけません よ。 よ ござんす か」
 ワタクシ は その とき ただ 「ダレ にも いわない よ」 と いった ぎり だった が、 ココロ の ウチ では たいへん うれしかった。 そうして その ウレシサ は ジジツ を おしえて くれた から の ウレシサ では なくって、 たんに ゲジョ が ワタクシ に シンセツ だった から の ウレシサ で あった。 フシギ にも ワタクシ は それほど うれしく おもった ゲジョ の ナ も カオ も まるで わすれて しまった。 おぼえて いる の は ただ その ヒト の シンセツ だけ で ある。

 30

 ワタクシ が こうして ショサイ に すわって いる と、 くる ヒト の オオク が 「もう ゴビョウキ は すっかり オナオリ です か」 と たずねて くれる。 ワタクシ は ナンド も おなじ シツモン を うけながら、 ナンド も ヘントウ に チュウチョ した。 そうして その キョク いつでも おなじ コトバ を くりかえす よう に なった。 それ は 「ええ まあ どうか こうか いきて います」 と いう ヘン な アイサツ に ことならなかった。
 どうか こうか いきて いる。 ――ワタクシ は この イック を ひさしい アイダ シヨウ した。 しかし シヨウ する ごと に、 なんだか フオントウ な ココロモチ が する ので、 ジブン でも じつは やめられる ならば と おもって かんがえて みた が、 ワタクシ の ケンコウ ジョウタイ を いいあらわす べき テキトウ な コトバ は、 タ に どうしても みつからなかった。
 ある ヒ T クン が きた から、 この ハナシ を して、 なおった とも いえず、 なおらない とも いえず、 なんと こたえて いい か わからない と かたったら、 T クン は すぐ ワタクシ に こんな ヘンジ を した。
「そりゃ なおった とは いわれません ね。 そう ときどき サイハツ する よう じゃ。 まあ モト の ビョウキ の ケイゾク なん でしょう」
 この ケイゾク と いう コトバ を きいた とき、 ワタクシ は いい こと を おしえられた よう な キ が した。 それから イゴ は、 「どうか こうか いきて います」 と いう アイサツ を やめて、 「ビョウキ は まだ ケイゾクチュウ です」 と あらためた。 そうして その ケイゾク の イミ を セツメイ する バアイ には、 かならず オウシュウ の タイラン を ヒキアイ に だした。
「ワタクシ は ちょうど ドイツ が レンゴウグン と センソウ を して いる よう に、 ビョウキ と センソウ を して いる の です。 イマ こう やって アナタ と タイザ して いられる の は、 テンカ が タイヘイ に なった から では ない ので、 ザンゴウ の ウチ に はいって、 ビョウキ と ニラメックラ を して いる から です。 ワタクシ の カラダ は ランセイ です。 いつ どんな ヘン が おこらない とも かぎりません」
 ある ヒト は ワタクシ の セツメイ を きいて、 おもしろそう に はは と わらった。 ある ヒト は だまって いた。 また ある ヒト は キノドク-らしい カオ を した。
 キャク の かえった アト で ワタクシ は また かんがえた。 ――ケイゾクチュウ の もの は おそらく ワタクシ の ビョウキ ばかり では ない だろう。 ワタクシ の セツメイ を きいて、 ジョウダン だ と おもって わらう ヒト、 わからない で だまって いる ヒト、 ドウジョウ の ネン に かられて キノドク-らしい カオ を する ヒト、 ――すべて これら の ヒト の ココロ の オク には、 ワタクシ の しらない、 また ジブン たち さえ キ の つかない、 ケイゾクチュウ の もの が いくらでも ひそんで いる の では なかろう か。 もし カレラ の ムネ に ひびく よう な おおきな オト で、 それ が イチド に ハレツ したら、 カレラ は はたして どう おもう だろう。 カレラ の キオク は その とき もはや カレラ に むかって ナニモノ をも かたらない だろう。 カコ の ジカク は とくに きえて しまって いる だろう。 イマ と ムカシ と また その ムカシ の アイダ に なんら の インガ を みとめる こと の できない カレラ は、 そういう ケッカ に おちいった とき、 なんと ジブン を カイシャク して みる キ だろう。 しょせん ワレワレ は ジブン で ユメ の マ に セイゾウ した バクレツダン を、 おもいおもい に いだきながら、 ヒトリ のこらず、 シ と いう とおい ところ へ、 ダンショウ しつつ あるいて ゆく の では なかろう か。 ただ どんな もの を だいて いる の か、 ヒト も しらず ジブン も しらない ので、 シアワセ なん だろう。
 ワタクシ は ワタクシ の ビョウキ が ケイゾク で ある と いう こと に キ が ついた とき、 オウシュウ の センソウ も おそらく いつ の ヨ から か の ケイゾク だろう と かんがえた。 けれども、 それ が どこ から どう はじまって、 どう キョクセツ して ゆく か の モンダイ に なる と まったく ムチシキ なので、 ケイゾク と いう コトバ を かいしない イッパン の ヒト を、 ワタクシ は かえって うらやましく おもって いる。

 31

 ワタクシ が まだ ショウガッコウ に いって いた ジブン に、 キイ ちゃん と いう ナカ の いい トモダチ が あった。 キイ ちゃん は トウジ ナカチョウ の オジサン の ウチ に いた ので、 そう ミチノリ の ちかく ない ワタクシ の ところ から は、 マイニチ あい に ゆく こと が できにくかった。 ワタクシ は おもに ジブン の ほう から でかけない で、 キイ ちゃん の くる の を ウチ で まって いた。 キイ ちゃん は いくら ワタクシ が ゆかない でも、 きっと ムコウ から くる に きまって いた。 そうして その くる ところ は、 ワタクシ の イエ の ナガヤ を かりて、 カミ や フデ を うる マツ さん の モト で あった。
 キイ ちゃん には チチハハ が ない よう だった が、 コドモ の ワタクシ には、 それ が いっこう フシギ とも おもわれなかった。 おそらく きいて みた こと も なかったろう。 したがって キイ ちゃん が なぜ マツ さん の ところ へ くる の か、 その ワケ さえ も しらず に いた。 これ は ずっと アト で きいた ハナシ で ある が、 この キイ ちゃん の オトッサン と いう の は、 ムカシ ギンザ の ヤクニン か ナニ か を して いた とき、 ニセガネ を つくった とか いう ケンギ を うけて、 ジュロウ した まま しんで しまった の だ と いう。 それで アト に とりのこされた サイクン が、 キイ ちゃん を センプ の イエ へ おいた なり、 マツ さん の ところ へ サイエン した の だ から、 キイ ちゃん が ときどき ウミ の ハハ に あい に くる の は アタリマエ の ハナシ で あった。
 なんにも しらない ワタクシ は、 この ジジョウ を きいた とき で すら、 べつだん ヘン な カンジ も おこさなかった くらい だ から、 キイ ちゃん と ふざけまわって あそぶ コロ に、 カレ の キョウグウ など を かんがえた こと は ただ の イチド も なかった。
 キイ ちゃん も ワタクシ も カンガク が すき だった ので、 わかり も しない くせ に、 よく ブンショウ の ギロン など を して おもしろがった。 カレ は どこ から きいて くる の か、 しらべて くる の か、 よく むずかしい カンセキ の ナマエ など を あげて、 ワタクシ を おどろかす こと が おおかった。
 カレ は ある ヒ ワタクシ の ヘヤ ドウヨウ に なって いる ゲンカン に あがりこんで、 フトコロ から 2 サツ ツヅキ の ショモツ を だして みせた。 それ は たしか に シャホン で あった。 しかも カンブン で つづって あった よう に おもう。 ワタクシ は キイ ちゃん から、 その ショモツ を うけとって、 ムイミ に そこここ を ひっくりかえして みて いた。 じつは ナニ が なんだか ワタクシ には さっぱり わからなかった の で ある。 しかし キイ ちゃん は、 それ を しってる か など と ロコツ な こと を いう タチ では なかった。
「これ は オオタ ナンポ の ジヒツ なん だ がね。 ボク の トモダチ が それ を うりたい と いう ので キミ に みせ に きた ん だ が、 かって やらない か」
 ワタクシ は オオタ ナンポ と いう ヒト を しらなかった。
「オオタ ナンポ って いったい ナン だい」
「ショクサンジン の こと さ。 ユウメイ な ショクサンジン さ」
 ムガク な ワタクシ は ショクサンジン と いう ナマエ さえ まだ しらなかった。 しかし キイ ちゃん に そう いわれて みる と、 なんだか キチョウ の ショモツ らしい キ が した。
「いくら なら うる の かい」 と きいて みた。
「50 セン に うりたい と いう ん だ がね。 どう だろう」
 ワタクシ は かんがえた。 そうして なにしろ ねぎって みる の が ジョウサク だ と おもいついた。
「25 セン なら かって も いい」
「それじゃ 25 セン でも かまわない から、 かって やりたまえ」
 キイ ちゃん は こう いいつつ ワタクシ から 25 セン うけとって おいて、 また しきり に その ホン の コウノウ を のべたてた。 ワタクシ には むろん その ショモツ が わからない の だ から、 それほど うれしく も なかった けれども、 なにしろ ソン は しない の だろう と いう だけ の マンゾク は あった。 ワタクシ は その ヨ ナンポ ユウゲン―― たしか そんな ナマエ だ と キオク して いる が、 それ を ツクエ の ウエ に のせて ねた。

 32

 あくる ヒ に なる と、 キイ ちゃん が また ぶらり と やって きた。
「キミ キノウ かって もらった ホン の こと だ がね」
 キイ ちゃん は それ だけ いって、 ワタクシ の カオ を みながら ぐずぐず して いる。 ワタクシ は ツクエ の ウエ に のせて あった ショモツ に メ を そそいだ。
「あの ホン かい。 あの ホン が どうか した の かい」
「じつは あすこ の ウチ の オヤジ に しれた もの だ から、 オヤジ が たいへん おこって ね。 どうか かえして もらって きて くれ って ボク に たのむ ん だよ。 ボク も イッペン キミ に わたした もん だ から いや だった けれども シカタ が ない から また きた のさ」
「ホン を とり に かい」
「とり に って わけ でも ない けれども、 もし キミ の ほう で サシツカエ が ない なら、 かえして やって くれない か。 なにしろ 25 セン じゃ やすすぎる って いう ん だ から」
 この サイゴ の イチゴン で、 ワタクシ は イマ まで やすく かいえた と いう マンゾク の ウラ に、 ぼんやり ひそんで いた フカイ、 ――フゼン の コウイ から おこる フカイ―― を はっきり ジカク しはじめた。 そうして イッポウ では ずるい ワタクシ を いかる と ともに、 イッポウ では 25 セン で うった センポウ を いかった。 どうして この フタツ の イカリ を ドウジ に やわらげた もの だろう。 ワタクシ は にがい カオ を して しばらく だまって いた。
 ワタクシ の この シンリ ジョウタイ は、 イマ の ワタクシ が コドモ の とき の ジブン を カイコ して カイボウ する の だ から、 ヒカクテキ メイリョウ に えがきだされる よう な ものの、 その バアイ の ワタクシ には ほとんど わからなかった。 ワタクシ さえ ただ にがい カオ を した と いう ケッカ だけ しか ジカク しえなかった の だ から、 アイテ の キイ ちゃん には むろん それ イジョウ わかる はず が なかった。 カッコ の ナカ で いう べき こと かも しれない が、 トシ を とった コンニチ でも、 ワタクシ には よく こんな ゲンショウ が おこって くる。 それで よく ヒト から ゴカイ される。
 キイ ちゃん は ワタクシ の カオ を みて、 「25 セン では ホントウ に やすすぎる ん だ とさ」 と いった。
 ワタクシ は いきなり ツクエ の ウエ に のせて おいた ショモツ を とって、 キイ ちゃん の マエ に つきだした。
「じゃ かえそう」
「どうも シッケイ した。 なにしろ ヤスコウ の もってる もの で ない ん だ から シカタ が ない。 オヤジ の ウチ に ムカシ から あった やつ を、 そっと うって コヅカイ に しよう って いう ん だ から ね」
 ワタクシ は ぷりぷり して なんとも こたえなかった。 キイ ちゃん は タモト から 25 セン だして ワタクシ の マエ へ おきかけた が、 ワタクシ は それ に テ を ふれよう とも しなかった。
「その カネ なら とらない よ」
「なぜ」
「なぜ でも とらない」
「そう か。 しかし つまらない じゃ ない か、 ただ ホン だけ かえす の は。 ホン を かえす くらい なら 25 セン も とりたまい な」
 ワタクシ は たまらなく なった。
「ホン は ボク の もの だよ。 いったん かった イジョウ は ボク の もの に きまってる じゃ ない か」
「そりゃ そう に ちがいない。 ちがいない が ムコウ の ウチ でも こまってる ん だ から」
「だから かえす と いってる じゃ ない か。 だけど ボク は カネ を とる ワケ が ない ん だ」
「そんな わからない こと を いわず に、 まあ とって おきたまい な」
「ボク は やる ん だよ。 ボク の ホン だ けども、 ほしければ やろう と いう ん だよ。 やる ん だ から ホン だけ もってったら いい じゃ ない か」
「そう か そんなら、 そう しよう」
 キイ ちゃん は、 とうとう ホン だけ もって かえった。 そうして ワタクシ は なんの イミ なし に 25 セン の コヅカイ を とられて しまった の で ある。

 33

 ヨノナカ に すむ ニンゲン の 1 ニン と して、 ワタクシ は まったく コリツ して セイゾン する わけ に ゆかない。 しぜん ヒト と コウショウ の ヒツヨウ が どこ から か おこって くる。 ジコウ の アイサツ、 ヨウダン、 それから もっと こみいった カケアイ―― これら から ダッキャク する こと は、 いかに コタン な セイカツ を おくって いる ワタクシ にも むずかしい の で ある。
 ワタクシ は なんでも ヒト の いう こと を マ に うけて、 すべて ショウメン から カレラ の ゲンゴ ドウサ を カイシャク す べき もの だろう か。 もし ワタクシ が もって うまれた この タンジュン な セイジョウ に ジコ を たくして かえりみない と する と、 ときどき とんでもない ヒト から だまされる こと が ある だろう。 その ケッカ カゲ で バカ に されたり、 ひやかされたり する。 キョクタン な バアイ には、 ジブン の メンゼン で さえ しのぶ べからざる ブジョク を うけない とも かぎらない。
 それでは ヒト は ミナ スレカラシ の ウソツキ ばかり と おもって、 ハジメ から アイテ の コトバ に ミミ も かさず、 ココロ も かたむけず、 ある とき は その リメン に ひそんで いる らしい ハンタイ の イミ だけ を ムネ に おさめて、 それ で かしこい ヒト だ と ジブン を ヒヒョウ し、 また そこ に アンジュウ の チ を みいだしうる だろう か。 そう する と ワタクシ は ヒト を ゴカイ しない とも かぎらない。 そのうえ おそる べき カシツ を おかす カクゴ を、 ショテ から カテイ して、 かからなければ ならない。 ある とき は ヒツゼン の ケッカ と して、 ツミ の ない ヒト を ブジョク する くらい の コウガン を ジュンビ して おかなければ、 コト が コンナン に なる。
 もし ワタクシ の タイド を この リョウメン の どっち か に かたづけよう と する と、 ワタクシ の ココロ に また イッシュ の クモン が おこる。 ワタクシ は わるい ヒト を しんじたく ない。 それから また いい ヒト を すこし でも きずつけたく ない。 そうして ワタクシ の マエ に あらわれて くる ヒト は、 ことごとく アクニン でも なければ、 また ミンナ ゼンニン とも おもえない。 すると ワタクシ の タイド も アイテ-シダイ で イロイロ に かわって ゆかなければ ならない の で ある。
 この ヘンカ は ダレ に でも ヒツヨウ で、 また ダレ でも ジッコウ して いる こと だろう と おもう が、 それ が はたして アイテ に ぴたり と あって スンブン マチガイ の ない ビミョウ な トクシュ な セン の ウエ を アブナゲ も なく あるいて いる だろう か。 ワタクシ の おおいなる ギモン は つねに そこ に わだかまって いる。
 ワタクシ の ヒガミ を ベツ に して、 ワタクシ は カコ に おいて、 オオク の ヒト から バカ に された と いう にがい キオク を もって いる。 ドウジ に、 センポウ の いう こと や する こと を、 わざと ひらたく とらず に、 あんに その ヒト の ヒンセイ に ハジ を かかした と おなじ よう な カイシャク を した ケイケン も たくさん あり は しまい か と おもう。
 ヒト に たいする ワタクシ の タイド は まず イマ まで の ワタクシ の ケイケン から くる。 それから ゼンゴ の カンケイ と シイ の ジョウキョウ から でる。 サイゴ に、 アイマイ な コトバ では ある が、 ワタクシ が テン から さずかった チョッカク が ナニブン か はたらく。 そうして、 アイテ に バカ に されたり、 また アイテ を バカ に したり、 まれ には アイテ に カレ ソウトウ な タイグウ を あたえたり して いる。
 しかし イマ まで の ケイケン と いう もの は、 ひろい よう で、 そのじつ はなはだ せまい。 ある シャカイ の イチブブン で、 ナンド と なく くりかえされた ケイケン を、 タ の イチブブン へ もって ゆく と、 まるで ツウヨウ しない こと が おおい。 ゼンゴ の カンケイ とか シイ の ジョウキョウ とか いった ところ で、 センサ バンベツ なの だ から、 その オウヨウ の クイキ が かぎられて いる ばかり か、 そのじつ センサ バンベツ に シリョ を めぐらさなければ ヤク に たたなく なる。 しかも それ を めぐらす ジカン も、 ザイリョウ も じゅうぶん キュウヨ されて いない バアイ が おおい。
 それで ワタクシ は ともすると じじつ ある の だ か、 また ない の だ か わからない、 きわめて あやふや な ジブン の チョッカク と いう もの を シュイ に おいて、 ヒト を ハンダン したく なる。 そうして ワタクシ の チョッカク が はたして あたった か あたらない か、 ようするに キャッカンテキ ジジツ に よって、 それ を たしかめる キカイ を もたない こと が おおい。 そこ に また ワタクシ の ウタガイ が しじゅう モヤ の よう に かかって、 ワタクシ の ココロ を くるしめて いる。
 もし ヨノナカ に ゼンチ ゼンノウ の カミ が ある ならば、 ワタクシ は その カミ の マエ に ひざまずいて、 ワタクシ に ゴウハツ の ウタガイ を さしはさむ ヨチ も ない ほど あきらか な チョッカク を あたえて、 ワタクシ を この クモン から ゲダツ せしめん こと を いのる。 で なければ、 この フメイ な ワタクシ の マエ に でて くる スベテ の ヒト を、 レイロウ トウテツ な ショウジキモノ に ヘンカ して、 ワタクシ と その ヒト との タマシイ が ぴたり と あう よう な コウフク を さずけたまわん こと を いのる。 イマ の ワタクシ は バカ で ヒト に だまされる か、 あるいは うたがいぶかくて ヒト を いれる こと が できない か、 この リョウホウ だけ しか ない よう な キ が する。 フアン で、 フトウメイ で、 フユカイ に みちて いる。 もし それ が ショウガイ つづく と する ならば、 ニンゲン とは どんな に フコウ な もの だろう。

 34

 ワタクシ が ダイガク に いる コロ おしえた ある ブンガクシ が きて、 「センセイ は このあいだ コウトウ コウギョウ で コウエン を なすった そう です ね」 と いう から、 「ああ やった」 と こたえる と、 その オトコ が 「なんでも わからなかった よう です よ」 と おしえて くれた。
 それまで ジブン の いった こと に ついて、 その ホウメン の ケネン を まるで もって いなかった ワタクシ は、 カレ の コトバ を きく と ひとしく、 イガイ の カン に うたれた。
「キミ は どうして そんな こと を しってる の」
 この ギモン に たいする カレ の セツメイ は カンタン で あった。 シンセキ だ か チジン だ か しらない が、 なにしろ カレ に カンケイ の ある ある ウチ の セイネン が、 その ガッコウ に かよって いて、 トウジツ ワタクシ の コウエン を きいた ケッカ を、 なんだか わからない と いう コトバ で カレ に つげた の で ある。
「いったい どんな こと を コウエン なすった の です か」
 ワタクシ は セキジョウ で、 カレ の ため に また その コウエン の コウガイ を くりかえした。
「べつに むずかしい とも おもえない こと だろう キミ。 どうして それ が わからない かしら」
「わからない でしょう。 どうせ わかりゃ しません」
 ワタクシ には だんこ たる この ヘンジ が いかにも フシギ に きこえた。 しかし それ より も なお つよく ワタクシ の ムネ を うった の は、 よせば よかった と いう コウカイ の ネン で あった。 ジハク する と、 ワタクシ は この ガッコウ から ナンド と なく コウエン を イライ されて、 ナンド と なく ことわった の で ある。 だから それ を サイゴ に ひきうけた とき の ワタクシ の ハラ には、 どうか して そこ に あつまる チョウシュウ に、 ソウトウ の リエキ を あたえたい と いう キボウ が あった。 その キボウ が、 「どうせ わかりゃ しません」 と いう カンタン な カレ の イチゴン で、 みごと に フンサイ されて しまって みる と、 ワタクシ は わざわざ アサクサ まで ゆく ヒツヨウ が なかった の だ と、 ジブン を かんがえない わけ に ゆかなかった。
 これ は もう 1~2 ネン マエ の ふるい ハナシ で ある が キョネン の アキ また ある ガッコウ で、 どうしても コウエン を やらなければ ギリ が わるい こと に なって、 ついに そこ へ いった とき、 ワタクシ は ふと ワタクシ を コウカイ させた ゼンネン を おもいだした。 それに ワタクシ の ろんじた その とき の ダイモク が、 わかい チョウシュウ の ゴカイ を まねきやすい ナイヨウ を ふくんで いた ので、 ワタクシ は エンダン を おりる マギワ に こう いった。――
「たぶん ゴカイ は ない つもり です が、 もし ワタクシ の イマ おはなし した ウチ に、 はっきり しない ところ が ある なら、 どうぞ シタク まで きて ください。 できる だけ アナタガタ に ゴナットク の いく よう に セツメイ して あげる つもり です から」
 ワタクシ の この コトバ が、 どんな ふう に ハンキョウ を もたらす だろう か と いう ヨキ は、 トウジ の ワタクシ には ほとんど なかった よう に おもう。 しかし それから 4~5 ニチ たって、 3 ニン の セイネン が ワタクシ の ショサイ に はいって きた の は ジジツ で ある。 その ウチ の フタリ は デンワ で ワタクシ の ツゴウ を ききあわせた。 ヒトリ は テイネイ な テガミ を かいて、 メンカイ の ジカン を こしらえて くれ と チュウモン して きた。
 ワタクシ は こころよく それら の セイネン に せっした。 そうして カレラ の ライイ を たしかめた。 ヒトリ の ほう は ワタクシ の ヨソウドオリ、 ワタクシ の コウエン に ついて の スジミチ の シツモン で あった が、 のこる フタリ の ほう は、 アンガイ にも カレラ の ユウジン が その カテイ に たいして とる べき ホウシン に ついて の ギギ を ワタクシ に きこう と した。 したがって これ は ワタクシ の コウエン を、 どう ジッシャカイ に オウヨウ して いい か と いう カレラ の モクゼン に せまった モンダイ を もって きた の で ある。
 ワタクシ は これら 3 ニン の ため に、 ワタクシ の いう べき こと を いい、 セツメイ す べき こと を セツメイ した つもり で ある。 それ が カレラ に どれほど の リエキ を あたえた か、 ケッカ から いう と この ワタクシ にも わからない。 しかし それ だけ に した ところ で ワタクシ には マンゾク なの で ある。 「アナタ の コウエン は わからなかった そう です」 と いわれた とき より も はるか に マンゾク なの で ある。

(この コウ が シンブン に でた 2~3 ニチ アト で、 ワタクシ は コウトウ コウギョウ の ガクセイ から 4~5 ツウ の テガミ を うけとった。 その ヒトビト は ミンナ ワタクシ の コウエン を きいた モノ ばかり で、 いずれ も ワタクシ が ここ で のべた シツボウ を うちけす よう な ジジツ を、 ハンショウ と して かいて きて くれた の で ある。 だから その テガミ は みな コウイ に みちて いた。 なぜ イチ ガクセイ の いった こと を、 チョウシュウ ゼンタイ の イケン と して ソクダン する か など と いう キツモンテキ の もの は ヒトツ も なかった。 それで ワタクシ は ここ に イチゴン を フカ して、 ワタクシ の フメイ を しゃし、 あわせて ワタクシ の ゴカイ を ただして くれた ヒトビト の シンセツ を ありがたく おもう ムネ を オオヤケ に する の で ある。)

 35

 ワタクシ は コドモ の ジブン よく ニホンバシ の セトモノ-チョウ に ある イセモト と いう ヨセ へ コウシャク を きき に いった。 イマ の ミツコシ の ムコウガワ に いつでも ヒルセキ の カンバン が かかって いて、 その カド を まがる と、 ヨセ は つい コハンチョウ ゆく か ゆかない ミギテ に あった の で ある。
 この セキ は ヨル に なる と、 イロモノ だけ しか かけない ので、 ワタクシ は ヒル より ホカ に アシ を ふみこんだ こと が なかった けれども、 ドスウ から いう と いちばん おおく かよった ところ の よう に おもわれる。 トウジ ワタクシ の いた イエ は むろん タカタ ノ ババ の シタ では なかった。 しかし いくら チリ の ベン が よかった から と いって、 どうして あんな に コウシャク を きき に ゆく ジカン が ワタクシ に あった もの か、 イマ かんがえる と むしろ フシギ な くらい で ある。
 これ も イマ から ふりかえって とおい カコ を ながめる せい でも あろう が、 そこ は ヨセ と して は むしろ ジョウヒン な キブン を キャク に おこさせる よう に できて いた。 コウザ の ミギガワ には チョウバ-ゴウシ の よう な シキリ を ニホウ に たてまわして、 その ナカ に ジョウレン の セキ が もうけて あった。 それから コウザ の ウシロ が エンガワ で、 その サキ が また ニワ に なって いた。 ニワ には ウメ の コボク が ナナメ に イゲタ の ウエ に つきでたり して、 キュウクツ な カンジ の しない ほど の オオゾラ が、 エン から あおがれる くらい に ヨブン の ジメン を とりこんで いた。 その ニワ を ヒガシ に うけて ハナレザシキ の よう な タテモノ も みえた。
 チョウバ-ゴウシ の ウチ に いる レンジュウ は、 ジカン が あまって つかいきれない ユウフク な ヒトタチ なの だ から、 ミンナ ソウオウ な ナリ を して、 ときどき ノンキ そう に タモト から ケヌキ など を だして コンキ よく ハナゲ を ぬいて いた。 そんな のどか な ヒ には、 ニワ の ウメ の キ に ウグイス が きて なく よう な キモチ も した。
 ナカイリ に なる と、 カシ を ハコイリ の まま チャ を うる オトコ が キャク の アイダ へ くばって あるく の が この セキ の シュウカン に なって いた。 ハコ は あさい チョウホウケイ の もの で、 まず ダレ でも ほしい と おもう ヒト の テ の とどく ところ に ヒトツ と いった ふう に ツゴウ よく おかれる の で ある。 カシ の カズ は ヒトハコ に トオ ぐらい の ワリ だった か と おもう が、 それ を たべたい だけ たべて、 アト から その ダイカ を ハコ の ナカ に いれる の が ムゴン の キヤク に なって いた。 ワタクシ は その コロ この シュウカン を めずらしい もの の よう に きょうがって ながめて いた が、 イマ と なって みる と、 こうした オウヨウ で ノンキ な キブン は、 どこ の ヒトヨセバ へ いって も、 もう あじわう こと が できまい と おもう と、 それ が また なんとなく なつかしい。
 ワタクシ は そんな おっとり と ものさびた クウキ の ナカ で、 ふるめかしい コウシャク と いう もの を イロイロ の ヒト から きいた の で ある。 その ナカ には、 すととこ、 のんのん、 ずいずい、 など と いう ミョウ な コトバ を つかう オトコ も いた。 これ は タナベ ナンリュウ と いって、 モト は どこ か の ゲソクバン で あった とか いう ハナシ で ある。 その すととこ、 のんのん、 ずいずい は はなはだ ユウメイ な もの で あった が、 その イミ を リカイ する モノ は ヒトリ も なかった。 カレ は ただ それ を グンゼイ の おしよせる ケイヨウシ と して もちいて いた らしい の で ある。
 この ナンリュウ は とっく の ムカシ に しんで しまった。 その ホカ の モノ も タイテイ は しんで しまった。 ソノゴ の ヨウス を まるで しらない ワタクシ には、 その ジブン ワタクシ を よろこばせて くれた ヒト の ウチ で いきて いる モノ が はたして ナンニン ある の だ か まったく わからなかった。
 ところが いつか ビオンカイ の ボウネンカイ の あった とき、 その バングミ を みたら、 ヨシワラ の タイコモチ の チャバン だの ナン だの が ならべて かいて ある ウチ に、 ワタクシ は たった ヒトリ の トウジ の キュウユウ を みいだした。 ワタクシ は シントミ-ザ へ いって、 その ヒト を みた。 また その コエ を きいた。 そうして カレ の カオ も ノド も ムカシ と ちっとも かわって いない の に おどろいた。 カレ の コウシャク も まったく ムカシ の とおり で あった。 シンポ も しない カワリ に、 タイホ も して いなかった。 20 セイキ の この キュウゲキ な ヘンカ を、 ジブン と ジブン の シュウイ に おそろしく イシキ しつつ あった ワタクシ は、 カレ の マエ に すわりながら、 たえず カレ と ワタクシ と を、 ココロ の ウチ で ヒカク して イッシュ の モクソウ に ふけって いた。
 カレ と いう の は バキン の こと で、 ムカシ イセモト で ナンリュウ の ナカイリマエ を つとめて いた コロ には、 キンリョウ と よばれた ワカテ だった の で ある。

 36

 ワタクシ の チョウケイ は まだ ダイガク と ならない マエ の カイセイ-コウ に いた の だ が、 ハイ を わずらって チュウト で タイガク して しまった。 ワタクシ とは だいぶ トシ が ちがう ので、 キョウダイ と して の シタシミ より も、 オトナ タイ コドモ と して の カンケイ の ほう が、 ふかく ワタクシ の アタマ に しみこんで いる。 ことに おこられた とき は そうした カンジ が つよく ワタクシ を シゲキ した よう に おもう。
 アニ は イロ の しろい ハナスジ の とおった うつくしい オトコ で あった。 しかし カオダチ から いって も、 ヒョウジョウ から みて も、 どこ か に けわしい ソウ を そなえて いて、 むやみ に ちかよれない と いった フウ の せまった ココロモチ を ヒト に あたえた。
 アニ の ザイガクチュウ には、 まだ チホウ から でて きた コウシンセイ など の いる コロ だった ので、 イマ の セイネン には ソウゾウ の できない よう な キフウ が コウナイ の そこここ に のこって いた らしい。 アニ は ある ジョウキュウセイ に フミ を つけられた と いって、 ワタクシ に はなした こと が ある。 その ジョウキュウセイ と いう の は、 アニ など より も ずっと トシウエ の オトコ で あった らしい。 こんな シュウカン の おこなわれない トウキョウ で そだった カレ は、 はたして その フミ を どう シマツ した もの だろう。 アニ は それ イゴ ガッコウ の フロ で その オトコ と カオ を みあわせる たび に、 キマリ の わるい オモイ を して こまった と いって いた。
 ガッコウ を でた コロ の カレ は、 ヒジョウ に シカク シメン で、 しじゅう かたくるしく かまえて いた から、 チチ や ハハ も たしょう カレ に キ を おく ヨウス が みえた。 そのうえ ビョウキ の せい でも あろう が、 つねに いんきくさい カオ を して、 ウチ に ばかり ひっこんで いた。
 それ が いつ と なく とけて きて、 ヒトガラ が おのずと やわらか に なった と おもう と、 カレ は よく コワタリ トウザン の キモノ に カクオビ など を しめて、 ユウガタ から ウチ を ソト に しはじめた。 ときどき は ムラサキイロ で キッコウガタ を イチメン に すった カメセイ の ウチワ など が チャノマ に ほうりだされる よう に なった。 それ だけ なら まだ いい が、 カレ は ナガヒバチ の マエ へ すわった まま、 しきり に コワイロ を つかいだした。 しかし ウチ の モノ は べつだん それ に トンジャク する ヨウス も みえなかった。 ワタクシ は むろん ヘイキ で あった。 コワイロ と ドウジ に トウハチケン も はじまった。 しかし この ほう は アイテ が いる ので、 そう マイバン は くりかえされなかった が、 なにしろ へんに ブキヨウ な テ を あげたり さげたり して、 ネッシン に やって いた。 アイテ は おもに 3 バンメ の アニ が つとめて いた よう で ある。 ワタクシ は マジメ な カオ を して、 ただ ボウカン して いる に すぎなかった。
 この アニ は とうとう ハイビョウ で しんで しまった。 しんだ の は たしか メイジ 20 ネン だ と おぼえて いる。 すると ソウシキ も すみ、 タイヤ も すんで、 まず ヒトカタヅキ と いう ところ へ ヒトリ の オンナ が たずねて きた。 3 バンメ の アニ が でて オウセツ して みる と、 その オンナ は カレ に こんな こと を きいた。
「ニイサン は しぬ まで、 オクサン を おもち に なりゃ しますまい ね」
 アニ は ビョウキ の ため、 ショウガイ サイタイ しなかった。
「いいえ シマイ まで ドクシン で くらして いました」
「それ を きいて やっと アンシン しました。 ワタクシ の よう な モノ は、 どうせ ダンナ が なくっちゃ いきて いかれない から、 シカタ が ありません けれども、……」
 アニ の イコツ の うめられた テラ の ナ を おすわって かえって いった この オンナ は、 わざわざ コウシュウ から でて きた の で ある が、 もと ヤナギバシ の ゲイシャ を して いる コロ、 アニ と カンケイ が あった の だ と いう ハナシ を、 ワタクシ は その とき はじめて きいた。
 ワタクシ は ときどき この オンナ に あって アニ の こと など を ものがたって みたい キ が しない でも ない。 しかし あったら さだめし オバアサン に なって、 ムカシ とは まるで ちがった カオ を して い は しまい か と かんがえる。 そうして その ココロ も その カオ ドウヨウ に シワ が よって、 からから に かわいて い は しまい か とも かんがえる。 もし そう だ と する と、 かの オンナ が イマ に なって アニ の オトウト の ワタクシ に あう の は、 かの オンナ に とって かえって つらい かなしい こと かも しれない。

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 ワタクシ は ハハ の キネン の ため に ここ で ナニ か かいて おきたい と おもう が、 あいにく ワタクシ の しって いる ハハ は、 ワタクシ の アタマ に たいした ザイリョウ を のこして いって くれなかった。
 ハハ の ナ は チエ と いった。 ワタクシ は イマ でも この チエ と いう コトバ を なつかしい もの の ヒトツ に かぞえて いる。 だから ワタクシ には それ が ただ ワタクシ の ハハ だけ の ナマエ で、 けっして ホカ の オンナ の ナマエ で あって は ならない よう な キ が する。 サイワイ に ワタクシ は まだ ハハ イガイ の チエ と いう オンナ に であった こと が ない。
 ハハ は ワタクシ の 13~14 の とき に しんだ の だ けれども、 ワタクシ の イマ トオク から よびおこす カノジョ の ゲンゾウ は、 キオク の イト を いくら たどって いって も、 オバアサン に みえる。 バンネン に うまれた ワタクシ には、 ハハ の みずみずしい スガタ を おぼえて いる トッケン が ついに あたえられず に しまった の で ある。
 ワタクシ の しって いる ハハ は、 つねに おおきな メガネ を かけて シゴト を して いた。 その メガネ は テツブチ の コフウ な もの で、 タマ の オオキサ が サシワタシ 2 スン イジョウ も あった よう に おもわれる。 ハハ は それ を かけた まま、 すこし アゴ を エリモト へ ひきつけながら、 ワタクシ を じっと みる こと が しばしば あった が、 ロウガン の セイシツ を しらない その コロ の ワタクシ には、 それ が ただ カノジョ の クセ と のみ かんがえられた。 ワタクシ は この メガネ と ともに、 いつでも ハハ の ハイケイ に なって いた 1 ケン の フスマ を おもいだす。 ふるびた ハリマゼ の ウチ に、 ショウジ ジダイ ムジョウ ジンソク ウンヌン と かいた イシズリ など も あざやか に メ に うかんで くる。
 ナツ に なる と ハハ は しじゅう コンムジ の ロ の カタビラ を きて、 ハバ の せまい クロジュス の オビ を しめて いた。 フシギ な こと に、 ワタクシ の キオク に のこって いる ハハ の スガタ は、 いつでも この マナツ の ナリ で アタマ の ナカ に あらわれる だけ なので、 それ から コンムジ の ロ の キモノ と ハバ の せまい クロジュス の オビ を とりのぞく と、 アト に のこる もの は ただ カノジョ の カオ ばかり に なる。 ハハ が かつて エンバナ へ でて、 アニ と ゴ を うって いた ヨウス など は、 カレラ フタリ を くみあわせた ズガラ と して、 ワタクシ の ムネ に おさめて ある ユイイツ の カタミ なの だ が、 そこ でも カノジョ は やはり おなじ カタビラ を きて、 おなじ オビ を しめて すわって いる の で ある。
 ワタクシ は ついぞ ハハ の サト へ つれて ゆかれた オボエ が ない ので、 ながい アイダ ハハ が どこ から ヨメ に きた の か しらず に くらして いた。 ジブン から もとめて ききたがる よう な コウキシン は さらに なかった。 それで その テン も やはり ぼんやり かすんで みえる より ホカ に シカタ が ない の だ が、 ハハ が ヨツヤ オオバンマチ で うまれた と いう ハナシ だけ は たしか に きいて いた。 ウチ は シチヤ で あった らしい。 クラ が イク-トマエ とか あった の だ と、 かつて ヒト から おしえられた よう にも おもう が、 なにしろ その オオバンマチ と いう ところ を、 この トシ に なる まで いまだに とおった こと の ない ワタクシ の こと だ から、 そんな こまか な テン は まるで わすれて しまった。 たとい それ が ジジツ で あった に せよ、 ワタクシ の イマ もって いる ハハ の キネン の ナカ に クラヤシキ など は けっして あらわれて こない の で ある。 おおかた その コロ には もう つぶれて しまった の だろう。
 ハハ が チチ の ところ へ ヨメ に くる まで ゴテン-ボウコウ を して いた と いう ハナシ も おぼろげ に おぼえて いる が、 どこ の ダイミョウ の ヤシキ へ あがって、 どの くらい ながく つとめて いた もの か、 ゴテン-ボウコウ の セイシツ さえ よく わきまえない イマ の ワタクシ には、 ただ あわい カオリ を のこして きえた コウ の よう な もの で、 ほとんど トリトメヨウ の ない ジジツ で ある。
 しかし そう いえば、 ワタクシ は ニシキエ に かいた ゴテン ジョチュウ の はおって いる よう な ハデ な ソウモヨウ の キモノ を ウチ の クラ の ナカ で みた こと が ある。 モミウラ を つけた その キモノ の オモテ には、 サクラ だ か ウメ だ か が イチメン に そめだされて、 トコロドコロ に キンシ や ギンシ の ヌイ も まじって いた。 これ は おそらく トウジ の カイドリ とか いう もの なの だろう。 しかし ハハ が それ を うちかけた スガタ は、 イマ ソウゾウ して も まるで メ に うかばない。 ワタクシ の しって いる ハハ は、 つねに おおきな ロウガンキョウ を かけた オバアサン で あった から。 それ のみ か ワタクシ は この うつくしい カイドリ が ソノゴ コガイマキ に したてなおされて、 その コロ ウチ に できた ビョウニン の ウエ に のせられた の を みた くらい だ から。

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 ワタクシ が ダイガク で おすわった ある セイヨウジン が ニホン を さる とき、 ワタクシ は ナニ か センベツ を おくろう と おもって、 ウチ の クラ から タカマキエ に ヒ の フサ の ついた うつくしい フバコ を とりだして きた こと も、 もう ふるい ムカシ で ある。 それ を チチ の マエ へ もって いって もらいうけた とき の ワタクシ は、 まったく なんの キ も つかなかった が、 イマ こうして フデ を とって みる と、 その フバコ も コガイマキ に したてなおされた モミウラ の カイドリ ドウヨウ に、 わかい ジブン の ハハ の オモカゲ を こまやか に やどして いる よう に おもわれて ならない。 ハハ は ショウガイ チチ から キモノ を こしらえて もらった こと が ない と いう ハナシ だ が、 はたして こしらえて もらわない でも すむ くらい な シタク を して きた もの だろう か。 ワタクシ の ココロ に うつる あの コンムジ の ロ の カタビラ も、 ハバ の せまい クロジュス の オビ も、 やはり ヨメ に きた とき から すでに タンス の ナカ に あった もの なの だろう か。 ワタクシ は ふたたび ハハ に あって、 バンジ を ことごとく くちずから きいて みたい。
 イタズラ で ゴウジョウ な ワタクシ は、 けっして セケン の スエッコ の よう に ハハ から あまく とりあつかわれなかった。 それでも ウチジュウ で いちばん ワタクシ を かわいがって くれた モノ は ハハ だ と いう つよい シタシミ の ココロ が、 ハハ に たいする ワタクシ の キオク の ウチ には、 いつでも こもって いる。 アイゾウ を ベツ に して かんがえて みて も、 ハハ は たしか に ヒンイ の ある ゆかしい フジン に ちがいなかった。 そうして チチ より も かしこそう に ダレ の メ にも みえた。 きむずかしい アニ も ハハ だけ には イケイ の ネン を いだいて いた。
「オッカサン は なんにも いわない けれども、 どこ か に こわい ところ が ある」
 ワタクシ は ハハ を ひょうした アニ の この コトバ を、 くらい トオク の ほう から あきらか に ひっぱりだして くる こと が イマ でも できる。 しかし それ は ミズ に とけて ながれかかった ジタイ を、 きっと なって やっと モト の カタチ に かえした よう な きわどい ワタクシ の キオク の ダンペン に すぎない。 その ホカ の こと に なる と、 ワタクシ の ハハ は すべて ワタクシ に とって ユメ で ある。 とぎれとぎれ に のこって いる カノジョ の オモカゲ を いくら タンネン に ひろいあつめて も、 ハハ の ゼンタイ は とても ホウフツ する わけ に ゆかない。 その とぎれとぎれ に のこって いる ムカシ さえ、 ナカバ イジョウ は もう うすれすぎて、 しっかり とは つかめない。
 ある とき ワタクシ は 2 カイ へ あがって、 たった ヒトリ で、 ヒルネ を した こと が ある。 その コロ の ワタクシ は ヒルネ を する と、 よく ヘン な もの に おそわれがち で あった。 ワタクシ の オヤユビ が みるまに おおきく なって、 いつまで たって も とまらなかったり、 あるいは アオムキ に ながめて いる テンジョウ が だんだん ウエ から おりて きて、 ワタクシ の ムネ を おさえつけたり、 または メ を あいて フダン と かわらない シュウイ を げんに みて いる のに、 カラダ だけ が スイマ の トリコ と なって、 いくら もがいて も、 テアシ を うごかす こと が できなかったり、 アト で かんがえて さえ、 ユメ だ か ショウキ だ か ワケ の わからない バアイ が おおかった。 そうして その とき も ワタクシ は この ヘン な もの に おそわれた の で ある。
 ワタクシ は いつ どこ で おかした ツミ か しらない が、 なにしろ ジブン の ショユウ で ない キンセン を タガク に ショウヒ して しまった。 それ を なんの モクテキ で ナン に つかった の か、 その ヘン も メイリョウ で ない けれども、 コドモ の ワタクシ には とても つぐなう わけ に ゆかない ので、 キ の せまい ワタクシ は ねながら たいへん くるしみだした。 そうして シマイ に おおきな コエ を あげて シタ に いる ハハ を よんだ の で ある。
 2 カイ の ハシゴダン は、 ハハ の オオメガネ と はなす こと の できない、 ショウジ ジダイ ムジョウ ジンソク ウンヌン と かいた イシズリ の ハリマゼ に して ある フスマ の、 すぐ ウシロ に ついて いる ので、 ハハ は ワタクシ の コエ を ききつける と、 すぐ 2 カイ へ あがって きて くれた。 ワタクシ は そこ に たって ワタクシ を ながめて いる ハハ に、 ワタクシ の クルシミ を はなして、 どうか して ください と たのんだ。 ハハ は その とき ビショウ しながら、 「シンパイ しない でも いい よ。 オッカサン が いくらでも オカネ を だして あげる から」 と いって くれた。 ワタクシ は たいへん うれしかった。 それで アンシン して また すやすや ねて しまった。
 ワタクシ は この デキゴト が、 ゼンブ ユメ なの か、 または ハンブン だけ ホントウ なの か、 イマ でも うたがって いる。 しかし どうしても ワタクシ は じっさい おおきな コエ を だして ハハ に スクイ を もとめ、 ハハ は また ジッサイ の スガタ を あらわして ワタクシ に イシャ の コトバ を あたえて くれた と しか かんがえられない。 そうして その とき の ハハ の ナリ は、 いつも ワタクシ の メ に うつる とおり、 やはり コンムジ の ロ の カタビラ に ハバ の せまい クロジュス の オビ だった の で ある。

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 キョウ は ニチヨウ なので、 コドモ が ガッコウ へ ゆかない から、 ゲジョ も キ を ゆるした もの と みえて、 イツモ より おそく おきた よう で ある。 それでも ワタクシ の トコ を はなれた の は 7 ジ 15 フン-スギ で あった。 カオ を あらって から、 レイ の とおり トースト と ギュウニュウ と ハンジュク の タマゴ を たべて、 カワヤ に のぼろう と する と、 あいにく コイトリ が きて いる ので、 ワタクシ は しばらく でた こと の ない ウラニワ の ほう へ ホ を うつした。 すると ウエキヤ が モノオキ の ナカ で ナニ か カタヅケモノ を して いた。 フヨウ の スミダワラ を かさねた シタ から イセイ の いい ヒ が もえあがる シュウイ に、 オンナ の コ が 3 ニン ばかり ココロモチ よさそう に ダン を とって いる ヨウス が ワタクシ の チュウイ を ひいた。
「そんな に タキビ に あたる と カオ が マックロ に なる よ」 と いったら、 スエ の コ が、 「いやあー だ」 と こたえた。 ワタクシ は イシガキ の ウエ から トオク に みえる ヤネガワラ の とけつくした シモ に ぬれて、 アサヒ に きらつく イロ を ながめた アト、 また ウチ の ナカ へ ひきかえした。
 シンルイ の コ が きて ソウジ を して いる ショサイ の セイトン する の を まって、 ワタクシ は ツクエ を エンガワ に もちだした。 そこ で ヒアタリ の いい ランカン に ミ を もたせたり、 ホオヅエ を ついて かんがえたり、 また しばらく は じっと うごかず に ただ タマシイ を ジユウ に あそばせて おいて みたり した。
 かるい カゼ が ときどき ハチウエ の キュウカラン の ながい ハ を うごかし に きた。 ニワキ の ナカ で ウグイス が おりおり ヘタ な サエズリ を きかせた。 マイニチ ガラスド の ウチ に すわって いた ワタクシ は、 まだ フユ だ フユ だ と おもって いる うち に、 ハル は いつしか ワタクシ の ココロ を トウヨウ しはじめた の で ある。
 ワタクシ の メイソウ は いつまで すわって いて も ケッショウ しなかった。 フデ を とって かこう と すれば、 かく タネ は ムジンゾウ に ある よう な ココロモチ も する し、 あれ に しよう か、 これ に しよう か と まよいだす と、 もう ナニ を かいて も つまらない の だ と いう ノンキ な カンガエ も おこって きた。 しばらく そこ で たたずんで いる うち に、 コンド は イマ まで かいた こと が まったく ムイミ の よう に おもわれだした。 なぜ あんな もの を かいた の だろう と いう ムジュン が ワタクシ を チョウロウ しはじめた。 ありがたい こと に ワタクシ の シンケイ は しずまって いた。 この チョウロウ の ウエ に のって ふわふわ と たかい メイソウ の リョウブン に のぼって ゆく の が ジブン には タイヘン な ユカイ に なった。 ジブン の バカ な セイシツ を、 クモ の ウエ から みおろして わらいたく なった ワタクシ は、 ジブン で ジブン を ケイベツ する キブン に ゆられながら、 ヨウラン の ナカ で ねむる コドモ に すぎなかった。
 ワタクシ は イマ まで ヒト の こと と ワタクシ の こと を ごちゃごちゃ に かいた。 ヒト の こと を かく とき には、 なるべく アイテ の メイワク に ならない よう に との ケネン が あった。 ワタクシ の ミノウエ を かたる ジブン には、 かえって ヒカクテキ ジユウ な クウキ の ナカ に コキュウ する こと が できた。 それでも ワタクシ は まだ ワタクシ に たいして まったく イロケ を とりのぞきうる テイド に たっして いなかった。 ウソ を ついて セケン を あざむく ほど の ゲンキ が ない に して も、 もっと いやしい ところ、 もっと わるい ところ、 もっと メンモク を しっする よう な ジブン の ケッテン を、 つい ハッピョウ しず に しまった。 セイ-オーガスチン の ザンゲ、 ルソー の ザンゲ、 オピアム-イーター の ザンゲ、 ――それ を いくら たどって いって も、 ホントウ の ジジツ は ニンゲン の チカラ で ジョジュツ できる はず が ない と ダレ か が いった こと が ある。 まして ワタクシ の かいた もの は ザンゲ では ない。 ワタクシ の ツミ は、 ――もし それ を ツミ と いいうる ならば、―― すこぶる あかるい ところ から ばかり うつされて いた だろう。 そこ に ある ヒト は イッシュ の フカイ を かんずる かも しれない。 しかし ワタクシ ジシン は イマ その フカイ の ウエ に またがって、 イッパン の ジンルイ を ひろく みわたしながら ビショウ して いる の で ある。 イマ まで つまらない こと を かいた ジブン をも、 おなじ メ で みわたして、 あたかも それ が タニン で あった か の カン を いだきつつ、 やはり ビショウ して いる の で ある。
 まだ ウグイス が ニワ で ときどき なく。 ハルカゼ が おりおり おもいだした よう に キュウカラン の ハ を うごかし に くる。 ネコ が どこ か で いたく かまれた コメカミ を ヒ に さらして、 あたたかそう に ねむって いる。 サッキ まで ニワ で ゴム フウセン を あげて さわいで いた コドモ たち は、 ミンナ つれだって カツドウ シャシン へ いって しまった。 イエ も ココロ も ひっそり と した うち に、 ワタクシ は ガラスド を あけはなって、 しずか な ハル の ヒカリ に つつまれながら、 うっとり と この コウ を かきおわる の で ある。 そうした アト で、 ワタクシ は ちょっと ヒジ を まげて、 この エンガワ に ヒトネムリ ねむる つもり で ある。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...