2014/11/27

サンショウ-ダユウ

 サンショウ-ダユウ

 モリ オウガイ

 エチゴ の カスガ を へて イマヅ へ でる ミチ を、 めずらしい タビビト の ヒトムレ が あるいて いる。 ハハ は 30 サイ を こえた ばかり の オンナ で、 フタリ の コドモ を つれて いる。 アネ は 14、 オトウト は 12 で ある。 それ に 40 ぐらい の ジョチュウ が ヒトリ ついて、 くたびれた ハラカラ フタリ を、 「もう じきに オヤド に おつき なさいます」 と いって はげまして あるかせよう と する。 フタリ の ナカ で、 アネムスメ は アシ を ひきずる よう に して あるいて いる が、 それでも キ が かって いて、 つかれた の を ハハ や オトウト に しらせまい と して、 おりおり おもいだした よう に ダンリョク の ある アルキツキ を して みせる。 ちかい ミチ を モノマイリ に でも あるく の なら、 ふさわしく も みえそう な ヒトムレ で ある が、 カサ やら ツエ やら かいがいしい イデタチ を して いる の が、 タレ の メ にも めずらしく、 また キノドク に かんぜられる の で ある。
 ミチ は ヒャクショウヤ の たえたり つづいたり する アイダ を とおって いる。 スナ や コイシ は おおい が、 アキビヨリ に よく かわいて、 しかも ネンド が まじって いる ため に、 よく かたまって いて、 ウミ の ソバ の よう に クルブシ を うずめて ヒト を なやます こと は ない。
 ワラブキ の イエ が ナンゲン も たちならんだ ヒトカマエ が ハハソ の ハヤシ に かこまれて、 それ に ユウヒ が かっと さして いる ところ に とおりかかった。
「まあ あの うつくしい モミジ を ごらん」 と、 サキ に たって いた ハハ が ゆびさして コドモ に いった。
 コドモ は ハハ の ゆびさす ほう を みた が、 なんとも いわぬ ので、 ジョチュウ が いった。 「コノハ が あんな に そまる の で ございます から、 アサバン おさむく なりました の も ムリ は ございません ね」
 アネムスメ が とつぜん オトウト を かえりみて いった。 「はやく オトウサマ の いらっしゃる ところ へ ゆきたい わね」
「ネエサン。 まだ なかなか いかれ は しない よ」 オトウト は さかしげ に こたえた。
 ハハ が さとす よう に いった。 「そう です とも。 イマ まで こして きた よう な ヤマ を たくさん こして、 カワ や ウミ を オフネ で たびたび わたらなくて は ゆかれない の だよ。 マイニチ せいだして おとなしく あるかなくて は」
「でも はやく ゆきたい の です もの」 と、 アネムスメ は いった。
 ヒトムレ は しばらく だまって あるいた。
 ムコウ から カラオケ を かついで くる オンナ が ある。 シオハマ から かえる シオクミ オンナ で ある。
 それ に ジョチュウ が コエ を かけた。 「もしもし、 この ヘン に タビ の ヒト の ヤド を する イエ は ありません か」
 シオクミ オンナ は アシ を とめて、 シュウジュウ 4 ニン の ムレ を みわたした。 そして こう いった。 「まあ、 オキノドク な。 あいにく な ところ で ヒ が くれます ね。 この トチ には タビ の ヒト を とめて あげる ところ は 1 ケン も ありません」
 ジョチュウ が いった。 「それ は ホントウ です か。 どうして そんな に ジンキ が わるい の でしょう」
 フタリ の コドモ は、 はずんで くる タイワ の チョウシ を キ に して、 シオクミ オンナ の ソバ へ よった ので、 ジョチュウ と 3 ニン で オンナ を とりまいた カタチ に なった。
 シオクミ オンナ は いった。 「いいえ。 シンジャ が おおくて ジンキ の いい トチ です が、 クニ ノ カミ の オキテ だ から シカタ が ありません。 もう あそこ に」 と いいさして、 オンナ は イマ きた ミチ を ゆびさした。 「もう あそこ に みえて います が、 あの ハシ まで おいで なさる と、 タカフダ が たって います。 それ に くわしく かいて ある そう です が、 チカゴロ わるい ヒトカイ が この ヘン を たちまわります。 それで タビビト に ヤド を かして アシ を とめさせた モノ には オトガメ が あります。 アタリ 7 ケン マキゾエ に なる そう です」
「それ は こまります ね。 コドモシュウ も おいで なさる し、 もう そう トオク まで は いかれません。 どうにか シヨウ は ありますまい か」
「そう です ね。 ワタシ の かよう シオハマ の ある アタリ まで、 アナタガタ が おいで なさる と、 ヨル に なって しまいましょう。 どうも そこら で いい ところ を みつけて、 ノジュク を なさる より ほか、 シカタ が ありますまい。 ワタシ の シアン では、 あそこ の ハシ の シタ に おやすみ なさる が いい でしょう。 キシ の イシガキ に ぴったり よせて、 カワラ に おおきい ザイモク が たくさん たてて あります。 アラカワ の カミ から ながして きた ザイモク です。 ヒルマ は その シタ で コドモ が あそんで います が、 オク の ほう には ヒ も ささず、 くらく なって いる ところ が あります。 そこ なら カゼ も とおしますまい。 ワタシ は こうして マイニチ かよう シオハマ の モチヌシ の ところ に います。 つい そこ の ハハソ の モリ の ナカ です。 ヨル に なったら、 ワラ や コモ を もって いって あげましょう」
 コドモ ら の ハハ は ヒトリ はなれて たって、 この ハナシ を きいて いた が、 この とき シオクミ オンナ の ソバ に すすみよって いった。 「よい カタ に であいました の は、 ワタシドモ の シアワセ で ございます。 そこ へ いって やすみましょう。 どうぞ ワラ や コモ を おかり もうしとう ございます。 せめて コドモ たち に でも しかせたり きせたり いたしとう ございます」
 シオクミ オンナ は うけあって、 ハハソ の ハヤシ の ほう へ かえって ゆく。 シュウジュウ 4 ニン は ハシ の ある ほう へ いそいだ。

 アラカワ に かけわたした オウゲ ノ ハシ の タモト に ヒトムレ は きた。 シオクミ オンナ の いった とおり に、 あたらしい タカフダ が たって いる。 かいて ある クニ ノ カミ の オキテ も、 オンナ の コトバ に たがわない。
 ヒトカイ が たちまわる なら、 その ヒトカイ の センギ を したら よさそう な もの で ある。 タビビト に アシ を とめさせまい と して、 ゆきくれた モノ を ロトウ に まよわせる よう な オキテ を、 クニ ノ カミ は なぜ さだめた もの か。 ふつつか な セワ の ヤキヨウ で ある。 しかし ムカシ の ヒト の メ には オキテ は どこまでも オキテ で ある。 コドモ ら の ハハ は ただ そういう オキテ の ある トチ に きあわせた ウンメイ を なげく だけ で、 オキテ の ヨシアシ は おもわない。
 ハシ の タモト に、 カワラ へ センタク に おりる モノ の かよう ミチ が ある。 そこ から ヒトムレ は カワラ に おりた。 なるほど タイソウ な ザイモク が イシガキ に たてかけて ある。 ヒトムレ は イシガキ に そうて ザイモク の シタ へ くぐって はいった。 オトコ の コ は おもしろがって、 サキ に たって いさんで はいった。
 おくふかく もぐって はいる と、 ホラアナ の よう に なった ところ が ある。 シタ には おおきい ザイモク が ヨコ に なって いる ので、 トコ を はった よう で ある。
 オトコ の コ が サキ に たって、 ヨコ に なって いる ザイモク の ウエ に のって、 いちばん スミ へ はいって、 「ネエサン、 はやく おいでなさい」 と よぶ。
 アネムスメ は おそるおそる オトウト の ソバ へ いった。
「まあ、 おまち あそばせ」 と ジョチュウ が いって、 セ に おって いた ツツミ を おろした。 そして キガエ の イルイ を だして、 コドモ を ワキ へ よらせて、 スミ の ところ に しいた。 そこ へ オヤコ を すわらせた。
 ハハオヤ が すわる と、 フタリ の コドモ が サユウ から すがりついた。 イワシロ の シノブ-ゴオリ の スミカ を でて、 オヤコ は ここ まで くる うち に、 イエ の ナカ では あって も、 この ザイモク の カゲ より ソト-らしい ところ に ねた こと が ある。 フジユウ にも しだいに なれて、 もう さほど ク には しない。
 ジョチュウ の ツツミ から だした の は イルイ ばかり では ない。 ヨウジン に もって いる タベモノ も ある。 ジョチュウ は それ を オヤコ の マエ に だして おいて いった。 「ここ では タキビ を いたす こと は できません。 もし わるい ヒト に みつけられて は ならぬ から で ございます。 あの シオハマ の モチヌシ と やら の イエ まで いって、 オユ を もらって まいりましょう。 そして ワラ や コモ の こと も たのんで まいりましょう」
 ジョチュウ は まめまめしく でて いった。 コドモ は たのしげ に オコシゴメ やら、 ほした クダモノ やら を たべはじめた。
 しばらく する と、 この ザイモク の カゲ へ ヒト の はいって くる アシオト が した。 「ウバタケ かい」 と ハハオヤ が コエ を かけた。 しかし ココロ の ウチ には、 ハハソ の モリ まで いって きた に して は、 あまり はやい と うたがった。 ウバタケ と いう の は ジョチュウ の ナ で ある。
 はいって きた の は 40 サイ ばかり の オトコ で ある。 ホネグミ の たくましい、 キンニク が ヒトツビトツ ハダ の ウエ から かぞえられる ほど、 シボウ の すくない ヒト で、 ゲボリ の ニンギョウ の よう な カオ に エミ を たたえて、 テ に ズズ を もって いる。 ワガヤ を あるく よう な、 なれた アルキツキ を して、 オヤコ の ひそんで いる ところ へ すすみよった。 そして オヤコ の ザセキ に して いる ザイモク の ハシ に コシ を かけた。
 オヤコ は ただ おどろいて みて いる。 アタ を しそう な ヨウス も みえぬ ので、 おそろしい とも おもわぬ の で ある。
 オトコ は こんな こと を いう。 「ワシ は ヤマオカ タユウ と いう フナノリ じゃ。 コノゴロ この トチ を ヒトカイ が たちまわる と いう ので、 コクシュ が タビビト に ヤド を かす こと を さしとめた。 ヒトカイ を つかまえる こと は、 コクシュ の テ に あわぬ と みえる。 キノドク な は タビビト じゃ。 そこで ワシ は タビビト を すくうて やろう と おもいたった。 さいわい ワシ が イエ は カイドウ を はなれて いる ので、 こっそり ヒト を とめて も、 タレ に エンリョ も いらぬ。 ワシ は ヒト の ノジュク を しそう な モリ の ナカ や ハシ の シタ を たずねまわって、 これまで オオゼイ の ヒト を つれて かえった。 みれば コドモシュウ が カシ を たべて いなさる が、 そんな もの は ハラ の タシ には ならいで、 ハ に さわる。 ワシ が ところ では さしたる モテナシ は せぬ が、 イモガユ でも しんぜましょう。 どうぞ エンリョ せず に きて くだされい」 オトコ は しいて さそう でも なく、 ヒトリゴト の よう に いった の で ある。
 コドモ の ハハ は つくづく きいて いた が、 セケン の オキテ に そむいて まで も ヒト を すくおう と いう ありがたい ココロザシ に かんぜず には いられなかった。 そこで こう いった。 「うけたまわれば シュショウ な オココロガケ と ぞんじます。 かすな と いう オキテ の ある ヤド を かりて、 ひょっと ヤドヌシ に ナンギ を かけよう か と、 それ が キガカリ で ございます が、 ワタクシ は ともかくも、 コドモ ら に ぬくい オカユ でも たべさせて、 ヤネ の シタ に やすませる こと が できましたら、 その ゴオン は ノチ の ヨ まで も わすれますまい」
 ヤマオカ タユウ は うなずいた。 「さてさて よう モノ の わかる ゴフジン じゃ。 そんなら すぐに アンナイ を して しんぜましょう」 こう いって たちそう に した。
 ハハオヤ は キノドク そう に いった。 「どうぞ すこし おまち くださいませ。 ワタクシドモ 3 ニン が オセワ に なる さえ こころぐるしゅう ございます のに、 こんな こと を もうす の は いかが と ぞんじます が、 じつは いま ヒトリ ツレ が ございます」
 ヤマオカ タユウ は ミミ を そばだてた。 「ツレ が おあり なさる。 それ は オトコ か オナゴ か」
「コドモ たち の セワ を させ に つれて でた ジョチュウ で ございます。 ユ を もらう と もうして、 カイドウ を 3~4 チョウ アト へ ひきかえして まいりました。 もう ほどなく かえって まいりましょう」
「オジョチュウ かな。 そんなら まって しんぜましょう」 ヤマオカ タユウ の おちついた、 ソコ の しれぬ よう な カオ に、 なぜか ヨロコビ の カゲ が みえた。

 ここ は ナオエ ノ ウラ で ある。 ヒ は まだ ヨネヤマ の ウシロ に かくれて いて、 コンジョウ の よう な ウミ の ウエ には うすい モヤ が かかって いる。
 ヒトムレ の キャク を フネ に のせて トモヅナ を といて いる センドウ が ある。 センドウ は ヤマオカ タユウ で、 キャク は ユウベ タユウ の イエ に とまった シュウジュウ 4 ニン の タビビト で ある。
 オウゲ ノ ハシ の シタ で ヤマオカ タユウ に であった ハハオヤ と コドモ フタリ とは、 ジョチュウ ウバタケ が かけそんじた ヘイシ に ユ を もらって かえる の を まちうけて、 タユウ に つれられて ヤド を かり に いった。 ウバタケ は フアン-らしい カオ を しながら ついて いった。 タユウ は カイドウ を ミナミ へ はいった マツバヤシ の ナカ の クサノヤ に 4 ニン を とめて、 イモガユ を すすめた。 そして どこ から どこ へ ゆく タビ か と とうた。 くたびれた コドモ ら を サキ へ ねさせて、 ハハ は ヤド の アルジ に ミノウエ の オオヨソ を、 かすか な トモシビ の モト で はなした。
 ジブン は イワシロ の モノ で ある。 オット が ツクシ へ いって かえらぬ ので、 フタリ の コドモ を つれて たずね に ゆく。 ウバタケ は アネムスメ の うまれた とき から モリ を して くれた ジョチュウ で、 ミヨリ の ない モノ ゆえ、 とおい、 おぼつかない タビ の トモ を する こと に なった と はなした の で ある。
 さて ここ まで は きた が、 ツクシ の ハテ へ ゆく こと を おもえば、 まだ イエ を でた ばかり と いって も よい。 これから オカ を いった もの で あろう か。 または フナジ を いった もの で あろう か。 アルジ は フナノリ で あって みれば、 さだめて オンゴク の こと を しって いる だろう。 どうぞ おしえて もらいたい と、 コドモ ら の ハハ が たのんだ。
 タユウ は しれきった こと を とわれた よう に、 すこしも ためらわず に フナジ を ゆく こと を すすめた。 オカ を いけば、 じき トナリ の エッチュウ ノ クニ に いる サカイ に さえ、 オヤシラズ コシラズ の ナンジョ が ある。 けずりたてた よう な ガンセキ の スソ には アラナミ が うちよせる。 タビビト は ヨコアナ に はいって、 ナミ の ひく の を まって いて、 せまい ガンセキ の シタ の ミチ を はしりぬける。 その とき は オヤ は コ を かえりみる こと が できず、 コ も オヤ を かえりみる こと が できない。 それ は ウミベ の ナンジョ で ある。 また ヤマ を こえる と、 ふまえた イシ が ヒトツ ゆるげば、 チヒロ の タニソコ に おちる よう な、 あぶない ソワミチ も ある。 サイコク へ ゆく まで には、 どれほど の ナンジョ が ある か しれない。 それ とは ちがって、 フナジ は アンゼン な もの で ある。 たしか な センドウ に さえ たのめば、 いながら に して ヒャクリ でも センリ でも いかれる。 ジブン は サイコク まで ゆく こと は できぬ が、 ショコク の センドウ を しって いる から、 フネ に のせて でて、 サイコク へ ゆく フネ に のりかえさせる こと が できる。 アス の アサ は さっそく フネ に のせて でよう と、 タユウ は こともなげ に いった。
 ヨ が あけかかる と、 タユウ は シュウジュウ 4 ニン を せきたてて イエ を でた。 その とき コドモ ら の ハハ は ちいさい フクロ から カネ を だして、 ヤドチン を はらおう と した。 タユウ は とめて、 ヤドチン は もらわぬ、 しかし カネ の いれて ある タイセツ な フクロ は あずかって おこう と いった。 なんでも タイセツ な シナ は、 ヤド に つけば ヤド の アルジ に、 フネ に のれば フネ の ヌシ に あずける もの だ と いう の で ある。
 コドモ ら の ハハ は サイショ に ヤド を かる こと を ゆるして から、 アルジ の タユウ の いう こと を きかなくて は ならぬ よう な イキオイ に なった。 オキテ を やぶって まで ヤド を かして くれた の を、 ありがたく は おもって も、 ナニゴト に よらず いう が まま に なる ほど、 タユウ を しんじて は いない。 こういう イキオイ に なった の は、 タユウ の コトバ に ヒト を おしつける ツヨミ が あって、 ハハオヤ は それ に あらがう こと が できぬ から で ある。 その あらがう こと の できぬ の は、 どこ か おそろしい ところ が ある から で ある。 しかし ハハオヤ は ジブン が タユウ を おそれて いる とは おもって いない。 ジブン の ココロ が はっきり わかって いない。
 ハハオヤ は よぎない こと を する よう な ココロモチ で フネ に のった。 コドモ ら は ないだ ウミ の、 あおい カモ を しいた よう な オモテ を みて、 モノメズラシサ に ムネ を おどらせて のった。 ただ ウバタケ が カオ には、 キノウ ハシ の シタ を たちさった とき から、 イマ フネ に のる とき まで、 フアン の イロ が きえうせなかった。
 ヤマオカ タユウ は トモヅナ を といた。 サオ で キシ を ヒトオシ おす と、 フネ は ゆらめきつつ うかびでた。

 ヤマオカ タユウ は しばらく キシ に そうて ミナミ へ、 エッチュウ-ザカイ の ホウガク へ こいで ゆく。 モヤ は みるみる きえて、 ナミ が ヒ に かがやく。
 ジンカ の ない イワカゲ に、 ナミ が スナ を あらって、 ミル や アラメ を うちあげて いる ところ が あった。 そこ に フネ が 2 ソウ とまって いる。 センドウ が タユウ を みて よびかけた。
「どう じゃ。 ある か」
 タユウ は ミギ の テ を あげて、 オヤユビ を おって みせた。 そして ジブン も そこ へ フネ を もやった。 オヤユビ だけ おった の は、 4 ニン ある と いう アイズ で ある。
 マエ から いた センドウ の ヒトリ は ミヤザキ ノ サブロウ と いって、 エッチュウ ミヤザキ の モノ で ある。 ヒダリ の テ の コブシ を ひらいて みせた。 ミギ の テ が シロモノ の アイズ に なる よう に、 ヒダリ の テ は ゼニ の アイズ に なる。 これ は 5 カンモン に つけた の で ある。
「きばる ぞ」 と いま ヒトリ の センドウ が いって、 ヒダリ の ヒジ を つと のべて、 イチド コブシ を ひらいて みせ、 ついで ヒトサシユビ を たてて みせた。 この オトコ は サド ノ ジロウ で 6 カンモン に つけた の で ある。
「オウチャクモノ め」 と ミヤザキ が さけんで たちかかれば、 「だしぬこう と した の は オヌシ じゃ」 と サド が ミガマエ を する。 2 ソウ の フネ が かしいで、 フナバタ が ミズ を むちうった。
 タユウ は フタリ の センドウ の カオ を ひややか に みくらべた。 「あわてるな。 どっち も カラテ では かえさぬ。 オキャクサマ が ゴキュウクツ で ない よう に、 オフタリ ずつ わけて しんぜる。 チンセン は アト で つけた ネダン の ワリ じゃ」 こう いって おいて、 タユウ は キャク を かえりみた。 「さあ、 オフタリ ずつ あの フネ へ おのり なされ。 どれ も サイコク への ビンセン じゃ。 フナアシ と いう もの は、 おもすぎて は ハシリ が わるい」
 フタリ の コドモ は ミヤザキ が フネ へ、 ハハオヤ と ウバタケ とは サド が フネ へ、 タユウ が テ を とって のりうつらせた。 うつらせて ひく タユウ が テ に、 ミヤザキ も サド も イクサシ か の ゼニ を にぎらせた の で ある。
「あの、 アルジ に おあずけ なされた フクロ は」 と、 ウバタケ が シュウ の ソデ を ひく とき、 ヤマオカ タユウ は カラブネ を つと おしだした。
「ワシ は これ で オイトマ を する。 たしか な テ から たしか な テ へ わたす まで が ワシ の ヤク じゃ。 ごきげんよう おこし なされ」
 ロ の オト が せわしく ひびいて、 ヤマオカ タユウ の フネ は みるみる とおざかって ゆく。
 ハハオヤ は サド に いった。 「おなじ ミチ を こいで いって、 おなじ ミナト に つく の で ございましょう ね」
 サド と ミヤザキ とは カオ を みあわせて、 コエ を たてて わらった。 そして サド が いった。 「のる フネ は グゼイ の フネ、 つく は おなじ カノキシ と、 レンゲブジ の オショウ が いうた げな」
 フタリ の センドウ は それきり だまって フネ を だした。 サド ノ ジロウ は キタ へ こぐ。 ミヤザキ ノ サブロウ は ミナミ へ こぐ。 「あれあれ」 と よびかわす オヤコ シュウジュウ は、 ただ とおざかりゆく ばかり で ある。
 ハハオヤ は ものぐるおしげ に フナバタ に テ を かけて のびあがった。 「もう シカタ が ない。 これ が ワカレ だよ。 アンジュ は マモリ ホンゾン の ジゾウサマ を タイセツ に おし。 ズシオウ は オトウサマ の くださった マモリガタナ を タイセツ に おし。 どうぞ フタリ が はなれぬ よう に」 アンジュ は アネムスメ、 ズシオウ は オトウト の ナ で ある。
 コドモ は ただ 「オカアサマ、 オカアサマ」 と よぶ ばかり で ある。
 フネ と フネ とは しだいに とおざかる。 ウシロ には エ を まつ ヒナ の よう に、 フタリ の コドモ が あいた クチ が みえて いて、 もう コエ は きこえない。
 ウバタケ は サド ノ ジロウ に 「もし センドウ さん、 もしもし」 と コエ を かけて いた が、 サド は かまわぬ ので、 とうとう アカマツ の ミキ の よう な アシ に すがった。 「センドウ さん。 これ は どうした こと で ございます。 あの オジョウサマ、 ワカサマ に わかれて、 いきて どこ へ ゆかれましょう。 オクサマ も おなじ こと で ございます。 これから ナニ を タヨリ に おくらし なさいましょう。 どうぞ あの フネ の ゆく ほう へ こいで いって くださいまし。 ゴショウ で ございます」
「うるさい」 と サド は ウシロザマ に けった。 ウバタケ は フナトコ に たおれた。 カミ は みだれて フナバタ に かかった。
 ウバタケ は ミ を おこした。 「ええ。 これまで じゃ。 オクサマ、 ごめん くださいまし」 こう いって マッサカサマ に ウミ に とびこんだ。
「こら」 と いって センドウ は ヒジ を さしのばした が、 まにあわなかった。
 ハハオヤ は ウチキ を ぬいで サド が マエ へ だした。 「これ は ソマツ な もの で ございます が、 オセワ に なった オレイ に さしあげます。 ワタクシ は もう これ で オイトマ を もうします」 こう いって フナバタ に テ を かけた。
「タワケ が」 と、 サド は カミ を つかんで ひきたおした。 「ウヌ まで しなせて なる もの か。 ダイジ な シロモノ じゃ」
 サド ノ ジロウ は ツナデ を ひきだして、 ハハオヤ を クルクルマキ に して ころがした。 そして キタ へ キタ へ と こいで いった。

「オカアサマ オカアサマ」 と よびつづけて いる アネ と オトウト と を のせて、 ミヤザキ ノ サブロウ が フネ は キシ に そうて ミナミ へ はしって ゆく。
「もう よぶな」 と ミヤザキ が しかった。 「ミズ の ソコ の イロクズ には きこえて も、 あの オナゴ には きこえぬ。 オナゴ ども は サド へ わたって アワ の トリ でも おわせられる こと じゃろう」
 アネ の アンジュ と オトウト の ズシオウ とは だきあって ないて いる。 コキョウ を はなれる も、 とおい タビ を する も ハハ と イッショ に する こと だ と おもって いた のに、 イマ はからずも ひきわけられて、 フタリ は どうして いい か わからない。 ただ カナシサ ばかり が ムネ に あふれて、 この ワカレ が ジブン たち の ミノウエ を どれだけ かわらせる か、 その ホド さえ わきまえられぬ の で ある。
 ヒル に なって ミヤザキ は モチ を だして くった。 そして アンジュ と ズシオウ と にも ヒトツ ずつ くれた。 フタリ は モチ を テ に もって たべよう とも せず、 メ を みあわせて ないた。 ヨル は ミヤザキ が かぶせた トマ の シタ で、 なきながら ねいった。
 こうして フタリ は イクニチ か フネ に あかしくらした。 ミヤザキ は エッチュウ、 ノト、 エチゼン、 ワカサ の ツヅ ウラウラ を うりあるいた の で ある。
 しかし フタリ が おさない のに、 カラダ も かよわく みえる ので、 なかなか かおう と いう モノ が ない。 たまに カイテ が あって も、 ネダン の ソウダン が ととのわない。 ミヤザキ は しだいに キゲン を そんじて、 「いつまでも なく か」 と フタリ を うつ よう に なった。
 ミヤザキ が フネ は まわり まわって、 タンゴ の ユラ ノ ミナト に きた。 ここ には イシウラ と いう ところ に おおきい ヤシキ を かまえて、 タハタ に コメ ムギ を うえさせ、 ヤマ では カリ を させ、 ウミ では スナドリ を させ、 コガイ を させ、 ハタオリ を させ、 カナモノ、 スエモノ、 キ の ウツワ、 ナニ から ナニ まで、 ソレゾレ の ショクニン を つかって つくらせる サンショウ-ダユウ と いう ブゲンシャ が いて、 ヒト なら いくらでも かう。 ミヤザキ は これまで も、 ヨソ に カイテ の ない シロモノ が ある と、 サンショウ-ダユウ が ところ へ もって くる こと に なって いた。
 ミナト に でばって いた タユウ の ヤッコガシラ は、 アンジュ、 ズシオウ を すぐに 7 カンモン に かった。
「やれやれ、 ガキ ども を かたづけて ミ が かるう なった」 と いって、 ミヤザキ ノ サブロウ は うけとった ゼニ を フトコロ に いれた。 そして ハトバ の サケミセ に はいった。

 ヒトカカエ に あまる ハシラ を たてならべて つくった オオイエ の おくぶかい ヒロマ に 1 ケン シホウ の ロ を きらせて、 スミビ が おこして ある。 その ムコウ に シトネ を 3 マイ かさねて しいて、 サンショウ-ダユウ は オシマズキ に もたれて いる。 サユウ には ジロウ、 サブロウ の フタリ の ムスコ が コマイヌ の よう に ならんで いる。 もと タユウ には 3 ニン の ダンシ が あった が、 タロウ は 16 サイ の とき、 トウボウ を くわだてて とらえられた ヤッコ に、 チチ が てずから ヤキイン を する の を じっと みて いて、 イチゴン も モノ を いわず に、 ふいと イエ を でて ユクエ が しれなく なった。 イマ から 19 ネン マエ の こと で ある。
 ヤッコガシラ が アンジュ、 ズシオウ を つれて マエ へ でた。 そして フタリ の コドモ に ジギ を せい と いった。
 フタリ の コドモ は ヤッコガシラ の コトバ が ミミ に いらぬ らしく、 ただ メ を みはって タユウ を みて いる。 コトシ 60 サイ に なる タユウ の、 シュ を ぬった よう な カオ は、 ヒタイ が ひろく アゴ が はって、 カミ も ヒゲ も ギンイロ に ひかって いる。 コドモ ら は おそろしい より は フシギ-がって、 じっと その カオ を みて いる の で ある。
 タユウ は いった。 「こうて きた コドモ は それ か。 いつも かう ヤッコ と ちごうて、 ナン に つこうて よい か わからぬ、 めずらしい コドモ じゃ と いう から、 わざわざ つれて こさせて みれば、 イロ の あおざめた、 かぼそい ワラワ ども じゃ。 ナン に つこうて よい か は、 ワシ にも わからぬ」
 ソバ から サブロウ が クチ を だした。 スエ の オトウト で ある が、 もう 30 に なって いる。 「いや オトッサン。 サッキ から みて いれば、 ジギ を せい と いわれて も ジギ も せぬ。 ホカ の ヤッコ の よう に ナノリ も せぬ。 よわよわしゅう みえて も しぶとい モノドモ じゃ。 ホウコウ ハジメ は オトコ が シバカリ、 オンナ が シオクミ と きまって いる。 その とおり に させなされい」
「おっしゃる とおり、 ナ は ワタクシ にも もうしませぬ」 と、 ヤッコガシラ が いった。
 タユウ は あざわらった。 「オロカモノ と みえる。 ナ は ワシ が つけて やる。 アネ は イタツキ を シノブグサ、 オトウト は わが ナ を ワスレグサ じゃ。 シノブグサ は ハマ へ いって、 ヒ に 3 ガ の シオ を くめ。 ワスレグサ は ヤマ へ いって ヒ に 3 ガ の シバ を かれ。 よわよわしい カラダ に めんじて、 ニ は かるう して とらせる」
 サブロウ が いった。 「カブン の イタワリヨウ じゃ。 こりゃ、 ヤッコガシラ。 はやく つれて さがって ドウグ を わたして やれ」
 ヤッコガシラ は フタリ の コドモ を シンザンゴヤ に つれて いって、 アンジュ には オケ と ヒサゴ、 ズシオウ には カゴ と カマ を わたした。 どちら にも ヒルゲ を いれる カレイケ が そえて ある。 シンザンゴヤ は ホカ の ヌヒ の イドコロ とは ベツ に なって いる の で ある。
 ヤッコガシラ が でて ゆく コロ には、 もう アタリ が くらく なった。 この イエ には アカリ も ない。

 ヨクジツ の アサ は ひどく さむかった。 ユウベ は コヤ に そなえて ある フスマ が あまり きたない ので、 ズシオウ が コモ を さがして きて、 フネ で トマ を かずいた よう に、 フタリ で かずいて ねた の で ある。
 キノウ ヤッコガシラ に おしえられた よう に、 ズシオウ は カレイケ を もって クリヤ へ カレイ を ウケトリ に いった。 ヤネ の ウエ、 チ に ちらばった ワラ の ウエ には シモ が ふって いる。 クリヤ は おおきい ドマ で、 もう オオゼイ の ヌヒ が きて まって いる。 オトコ と オンナ とは うけとる バショ が ちがう のに、 ズシオウ は アネ の と ジブン の と もらおう と する ので、 イチド は しかられた が、 アス から は メイメイ が もらい に くる と ちかって、 ようよう カレイケ の ホカ に、 メンツウ に いれた カタカユ と、 キ の マリ に いれた ユ との フタリ-マエ をも うけとった。 カタカユ は シオ を いれて かしいで ある。
 アネ と オトウト とは アサゲ を たべながら、 もう こうした ミノウエ に なって は、 ウンメイ の モト に ウナジ を かがめる より ホカ は ない と、 けなげ にも ソウダン した。 そして アネ は ハマベ へ、 オトウト は ヤマジ を さして ゆく の で ある。 タユウ が ヤシキ の サン ノ キド、 ニ ノ キド、 イチ ノ キド を イッショ に でて、 フタリ は シモ を ふんで、 みかえりがち に サユウ へ わかれた。
 ズシオウ が のぼる ヤマ は ユラガタケ の スソ で、 イシウラ から は すこし ミナミ へ いって のぼる の で ある。 シバ を かる ところ は、 フモト から とおく は ない。 ところどころ ムラサキイロ の イワ の あらわれて いる ところ を とおって、 やや ひろい ヘイチ に でる。 そこ に ゾウキ が しげって いる の で ある。
 ズシオウ は ゾウキバヤシ の ナカ に たって アタリ を みまわした。 しかし シバ は どうして かる もの か と、 しばらく は テ を つけかねて、 アサヒ に シモ の とけかかる、 シトネ の よう な オチバ の ウエ に、 ぼんやり すわって トキ を すごした。 ようよう キ を とりなおして、 ヒトエダ フタエダ かる うち に、 ズシオウ は ユビ を いためた。 そこで また オチバ の ウエ に すわって、 ヤマ で さえ こんな に さむい、 ハマベ に いった アネサマ は、 さぞ シオカゼ が さむかろう と、 ヒトリ ナミダ を こぼして いた。
 ヒ が よほど のぼって から、 シバ を せおって フモト へ おりる、 ホカ の キコリ が とおりかかって、 「オマエ も タユウ の ところ の ヤッコ か、 シバ は ヒ に ナンカ かる の か」 と とうた。
「ヒ に 3 ガ かる はず の シバ を、 まだ すこしも かりませぬ」 と ズシオウ は ショウジキ に いった。
「ヒ に 3 ガ の シバ ならば、 ヒル まで に 2 カ かる が いい。 シバ は こうして かる もの じゃ」 キコリ は わが ニ を おろして おいて、 すぐに 1 カ かって くれた。
 ズシオウ は キ を とりなおして、 ようよう ヒル まで に 1 カ かり、 ヒル から また 1 カ かった。
 ハマベ に ゆく アネ の アンジュ は、 カワ の キシ を キタ へ いった。 さて シオ を くむ バショ に おりたった が、 これ も シオ の クミヨウ を しらない。 ココロ で ココロ を はげまして、ようよう ヒサゴ を おろす や いなや、 ナミ が ヒサゴ を とって いった。
 トナリ で くんで いる オナゴ が、 てばやく ヒサゴ を ひろって もどした。 そして こう いった。 「シオ は それ では くまれません。 どれ クミヨウ を おしえて あげよう。 メテ の ヒサゴ で こう くんで、 ユンデ の オケ で こう うける」 とうとう 1 カ くんで くれた。
「ありがとう ございます。 クミヨウ が、 アナタ の おかげ で、 わかった よう で ございます。 ジブン で すこし くんで みましょう」 アンジュ は シオ を くみおぼえた。
 トナリ で くんで いる オナゴ に、 ムジャキ な アンジュ が キ に いった。 フタリ は ヒルゲ を たべながら、 ミノウエ を うちあけて、 キョウダイ の チカイ を した。 これ は イセ ノ コハギ と いって、 フタミガウラ から かわれて きた オナゴ で ある。
 サイショ の ヒ は こんな グアイ に、 アネ が いいつけられた 3 ガ の シオ も、 オトウト が いいつけられた 3 ガ の シバ も、 1 カ ずつ の カンジン を うけて、 ヒノクレ まで に シュビ よく ととのった。

 アネ は シオ を くみ、 オトウト は シバ を かって、 ヒトヒ ヒトヒ と くらして いった。 アネ は ハマ で オトウト を おもい、 オトウト は ヤマ で アネ を おもい、 ヒノクレ を まって コヤ に かえれば、 フタリ は テ を とりあって、 ツクシ に いる チチ が こいしい、 サド に いる ハハ が こいしい と、 いって は なき、 ないて は いう。
 とかく する うち に トオカ たった。 そして シンザンゴヤ を あけなくて は ならぬ とき が きた。 コヤ を あければ、 ヤッコ は ヤッコ、 ハシタメ は ハシタメ の クミ に いる の で ある。
 フタリ は しんで も わかれぬ と いった。 ヤッコガシラ が タユウ に うったえた。
 タユウ は いった。 「たわけた ハナシ じゃ。 ヤッコ は ヤッコ の クミ へ ひきずって ゆけ。 ハシタメ は ハシタメ の クミ へ ひきずって ゆけ」
 ヤッコガシラ が うけたまわって たとう と した とき、 ジロウ が カタワラ から よびとめた。 そして チチ に いった。 「おっしゃる とおり に ワラベ ども を ひきわけさせて も よろしゅう ございます が、 ワラベ ども は しんで も わかれぬ と もうす そう で ございます。 おろか な モノ ゆえ、 しぬる かも しれません。 かる シバ は わずか でも、 くむ シオ は いささか でも、 ヒトデ を へらす の は ソン で ございます。 ワタクシ が いい よう に はからって やりましょう」
「それ も そう か。 ソン に なる こと は ワシ も きらい じゃ。 どう に でも カッテ に して おけ」 タユウ は こう いって ワキ へ むいた。
 ジロウ は サン ノ キド に コヤ を かけさせて、 アネ と オトウト と を イッショ に おいた。
 ある ヒノクレ に フタリ の コドモ は、 イツモ の よう に フボ の こと を いって いた。 それ を ジロウ が とおりかかって きいた。 ジロウ は ヤシキ を みまわって、 つよい ヤッコ が よわい ヤッコ を しえたげたり、 イサカイ を したり、 ヌスミ を したり する の を とりしまって いる の で ある。
 ジロウ は コヤ に はいって フタリ に いった。 「フボ は こいしゅうて も サド は とおい。 ツクシ は それ より また とおい。 コドモ の ゆかれる ところ では ない。 フボ に あいたい なら、 おおきゅう なる ヒ を まつ が よい」 こう いって でて いった。
 ほどへて また ある ヒノクレ に、 フタリ の コドモ は フボ の こと を いって いた。 それ を コンド は サブロウ が とおりかかって きいた。 サブロウ は ネトリ を とる こと が すき で ヤシキ の ウチ の コダチ コダチ を、 テ に ユミヤ を もって みまわる の で ある。
 フタリ は フボ の こと を いう たび に、 どう しよう か、 こう しよう か と、 アイタサ の あまり に、 あらゆる テダテ を はなしあって、 ユメ の よう な ソウダン をも する。 キョウ は アネ が こう いった。 「おおきく なって から で なくて は、 とおい タビ が できない と いう の は、 それ は アタリマエ の こと よ。 ワタシタチ は その できない こと が したい の だわ。 だが ワタシ よく おもって みる と、 どうしても フタリ イッショ に ここ を にげだして は ダメ なの。 ワタシ には かまわない で、 オマエ ヒトリ で にげなくて は。 そして サキ へ ツクシ の ほう へ いって、 オトウサマ に オメ に かかって、 どう したら いい か うかがう の だね。 それから サド へ オカアサマ の オムカエ に ゆく が いい わ」 サブロウ が タチギキ を した の は、 あいにく この アンジュ の コトバ で あった。
 サブロウ は ユミヤ を もって、 つと コヤ の ウチ に はいった。 「こら。 オヌシタチ は にげる ダンゴウ を して おる な。 トウボウ の クワダテ を した モノ には ヤキイン を する。 それ が この ヤシキ の オキテ じゃ。 あこう なった テツ は あつい ぞよ」
 フタリ の コドモ は マッサオ に なった。 アンジュ は サブロウ が マエ に すすみでて いった。 「あれ は ウソ で ございます。 オトウト が ヒトリ で にげたって、 まあ、 どこ まで ゆかれましょう。 あまり オヤ に あいたい ので、 あんな こと を もうしました。 コナイダ も オトウト と イッショ に、 トリ に なって とんで ゆこう と もうした こと も ございます。 デホウダイ で ございます」
 ズシオウ は いった。 「ネエサン の いう とおり です。 いつでも フタリ で イマ の よう な、 できない こと ばかし いって、 チチハハ の こいしい の を まぎらして いる の です」
 サブロウ は フタリ の カオ を みくらべて、 しばらく の アイダ だまって いた。 「ふん。 ウソ なら ウソ でも いい。 オヌシタチ が イッショ に おって、 なんの ハナシ を する と いう こと を、 オレ が たしか に きいて おいた ぞ」 こう いって サブロウ は でて いった。
 その バン は フタリ が きみわるく おもいながら ねた。 それから どれだけ ねた か わからない。 フタリ は ふと モノオト を ききつけて メ を さました。 イマ の コヤ に きて から は、 トモシビ を おく こと が ゆるされて いる。 その かすか な アカリ で みれば、 マクラモト に サブロウ が たって いる。 サブロウ は、 つと よって、 リョウテ で フタリ の テ を つかまえる。 そして ひきたてて トグチ を でる。 あおざめた ツキ を あおぎながら、 フタリ は メミエ の とき に とおった、 ひろい メドウ を ひかれて ゆく。 ハシ を 3 ダン のぼる。 ホソドノ を とおる。 めぐり めぐって サキ の ヒ に みた ヒロマ に はいる。 そこ には オオゼイ の ヒト が だまって ならんで いる。 サブロウ は フタリ を スミビ の マッカ に おこった ロ の マエ まで ひきずって でる。 フタリ は コヤ で ひきたてられた とき から、 ただ 「ごめんなさい ごめんなさい」 と いって いた が、 サブロウ は だまって ひきずって ゆく ので、 シマイ には フタリ も だまって しまった。 ロ の ムカイガワ には シトネ 3 マイ を かさねて しいて、 サンショウ-ダユウ が すわって いる。 タユウ の アカガオ が、 ザ の ミギヒダリ に たいて ある タテアカシ を てりかえして、 もえる よう で ある。 サブロウ は スミビ の ナカ から、 あかく やけて いる ヒバシ を ぬきだす。 それ を テ に もって、 しばらく みて いる。 はじめ すきとおる よう に あかく なって いた テツ が、 しだいに くろずんで くる。 そこで サブロウ は アンジュ を ひきよせて、 ヒバシ を カオ に あてよう と する。 ズシオウ は その ヒジ に からみつく。 サブロウ は それ を けたおして ミギ の ヒザ に しく。 とうとう ヒバシ を アンジュ の ヒタイ に ジュウモンジ に あてる。 アンジュ の ヒメイ が イチザ の チンモク を やぶって ひびきわたる。 サブロウ は アンジュ を つきはなして、 ヒザ の シタ の ズシオウ を ひきおこし、 その ヒタイ にも ヒバシ を ジュウモンジ に あてる。 あらた に ひびく ズシオウ の ナキゴエ が、 やや かすか に なった アネ の コエ に まじる。 サブロウ は ヒバシ を すてて、 はじめ フタリ を この ヒロマ へ つれて きた とき の よう に、 また フタリ の テ を つかまえる。 そして イチザ を みわたした ノチ、 ひろい オモヤ を めぐって、 フタリ を 3 ダン の ハシ の ところ まで ひきだし、 こおった ツチ の ウエ に つきおとす。 フタリ の コドモ は キズ の イタミ と ココロ の オソレ と に キ を うしないそう に なる の を、 ようよう たえしのんで、 どこ を どう あるいた とも なく、 サン ノ キド の コヤ に かえる。 フシド の ウエ に たおれた フタリ は、 しばらく シガイ の よう に うごかず に いた が、 たちまち ズシオウ が 「ネエサン、 はやく オジゾウサマ を」 と さけんだ。 アンジュ は すぐに おきなおって、 ハダ の マモリブクロ を とりだした。 わななく テ に ヒモ を といて、 フクロ から だした ブツゾウ を マクラモト に すえた。 フタリ は ミギヒダリ に ぬかずいた。 その とき ハ を くいしばって も こらえられぬ ヒタイ の イタミ が、 かきけす よう に うせた。 テノヒラ で ヒタイ を なでて みれば、 キズ は アト も なくなった。 はっと おもって、 フタリ は メ を さました。
 フタリ の コドモ は おきなおって ユメ の ハナシ を した。 おなじ ユメ を おなじ とき に みた の で ある。 アンジュ は マモリ ホンゾン を とりだして、 ユメ で すえた と おなじ よう に、 マクラモト に すえた。 フタリ は それ を ふしおがんで、 かすか な トモシビ の アカリ に すかして、 ジゾウソン の ヒタイ を みた。 ビャクゴウ の ミギヒダリ に、 タガネ で ほった よう な ジュウモンジ の キズ が あざやか に みえた。

 フタリ の コドモ が ハナシ を サブロウ に タチギキ せられて、 その バン おそろしい ユメ を みた とき から、 アンジュ の ヨウス が ひどく かわって きた。 カオ には ひきしまった よう な ヒョウジョウ が あって、 マユ の ネ には シワ が より、 メ は はるか に とおい ところ を みつめて いる。 そして モノ を いわない。 ヒノクレ に ハマ から かえる と、 これまで は オトウト の ヤマ から かえる の を まちうけて、 ながい ハナシ を した のに、 イマ は こんな とき にも コトバスクナ に して いる。 ズシオウ が シンパイ して、 「ネエサン どうした の です」 と いう と、 「どうも しない の、 だいじょうぶ よ」 と いって、 わざとらしく わらう。
 アンジュ の マエ と かわった の は ただ これ だけ で、 いう こと が まちがって も おらず、 する こと も ヘイゼイ の とおり で ある。 しかし ズシオウ は たがいに なぐさめ も し、 なぐさめられ も した ヒトリ の アネ が、 かわった ヨウス を する の を みて、 サイゲン なく つらく おもう ココロ を、 タレ に うちあけて はなす こと も できない。 フタリ の コドモ の キョウガイ は、 マエ より いっそう さびしく なった の で ある。
 ユキ が ふったり やんだり して、 トシ が くれかかった。 ヤッコ も ハシタメ も ソト に でる シゴト を やめて、 イエ の ナカ で はたらく こと に なった。 アンジュ は イト を つむぐ。 ズシオウ は ワラ を うつ。 ワラ を うつ の は シュギョウ は いらぬ が、 イト を つむぐ の は むずかしい。 それ を ヨル に なる と イセ ノ コハギ が きて、 てつだったり おしえたり する。 アンジュ は オトウト に たいする ヨウス が かわった ばかり で なく、 コハギ に たいして も コトバスクナ に なって、 ややもすると ブアイソウ を する。 しかし コハギ は キゲン を そんせず に、 いたわる よう に して つきあって いる。
 サンショウ-ダユウ が ヤシキ の キド にも マツ が たてられた。 しかし ここ の トシ の ハジメ は なんの はれがましい こと も なく、 また ウカラ の オナゴ たち は おくふかく すんで いて、 デイリ する こと が まれ なので、 にぎわしい こと も ない。 ただ カミ も シモ も サケ を のんで、 ヤッコ の コヤ には イサカイ が おこる だけ で ある。 ツネ は イサカイ を する と、 きびしく ばっせられる のに、 こういう とき は ヤッコガシラ が オオメ に みる。 チ を ながして も しらぬ カオ を して いる こと が ある。 どうか する と、 ころされた モノ が あって も かまわぬ の で ある。
 さびしい サン ノ キド の コヤ へは、 おりおり コハギ が あそび に きた。 ハシタメ の コヤ の ニギワシサ を もって きた か と おもう よう に、 コハギ が はなして いる アイダ は、 インキ な コヤ も はるめいて、 コノゴロ ヨウス の かわって いる アンジュ の カオ に さえ、 めった に みえぬ ホホエミ の カゲ が うかぶ。
 ミッカ たつ と、 また イエ の ナカ の シゴト が はじまった。 アンジュ は イト を つむぐ。 ズシオウ は ワラ を うつ。 もう ヨル に なって コハギ が きて も、 てつだう に およばぬ ほど、 アンジュ は ツム を まわす こと に なれた。 ヨウス は かわって いて も、 こんな しずか な、 おなじ こと を くりかえす よう な シゴト を する には さしつかえなく、 また シゴト が かえって ヒトムキ に なった ココロ を ちらし、 オチツキ を あたえる らしく みえた。 アネ と マエ の よう に ハナシ を する こと の できぬ ズシオウ は、 つむいで いる アネ に、 コハギ が いて モノ を いって くれる の が、 ナニ より も こころづよく おもわれた。

 ミズ が ぬるみ、 クサ が もえる コロ に なった。 アス から は ソト の シゴト が はじまる と いう ヒ に、 ジロウ が ヤシキ を みまわる ツイデ に、 サン ノ キド の コヤ に きた。 「どう じゃ な。 アス シゴト に でられる かな。 オオゼイ の ヒト の ウチ には ビョウキ で おる モノ も ある。 ヤッコガシラ の ハナシ を きいた ばかり では わからぬ から、 キョウ は コヤゴヤ を みな みて まわった の じゃ」
 ワラ を うって いた ズシオウ が ヘンジ を しよう と して、 まだ コトバ を ださぬ マ に、 コノゴロ の ヨウス にも にず、 アンジュ が イト を つむぐ テ を やめて、 つと ジロウ の マエ に すすみでた。 「それ に ついて オネガイ が ございます。 ワタクシ は オトウト と おなじ ところ で シゴト が いたしとう ございます。 どうか イッショ に ヤマ へ やって くださる よう に、 おとりはからい なすって くださいまし」 あおざめた カオ に クレナイ が さして、 メ が かがやいて いる。
 ズシオウ は アネ の ヨウス が 2 ド-メ に かわった らしく みえる の に おどろき、 また ジブン に なんの ソウダン も せず に いて、 とつぜん シバカリ に ゆきたい と いう の をも いぶかしがって、 ただ メ を みはって アネ を まもって いる。
 ジロウ は モノ を いわず に、 アンジュ の ヨウス を じっと みて いる。 アンジュ は 「ホカ に ない、 ただ ヒトツ の オネガイ で ございます、 どうぞ ヤマ へ おやり なすって」 と くりかえして いって いる。
 しばらく して ジロウ は クチ を ひらいた。 「この ヤシキ では ヌヒ の ナニガシ に なんの シゴト を させる と いう こと は、 おもい こと に して あって、 チチ が みずから きめる。 しかし シノブグサ、 オマエ の ネガイ は よくよく おもいこんで の こと と みえる。 ワシ が うけあって とりなして、 きっと ヤマ へ ゆかれる よう に して やる。 アンシン して いる が いい。 まあ、 フタリ の おさない モノ が ブジ に フユ を すごして よかった」 こう いって コヤ を でた。
 ズシオウ は キネ を おいて アネ の ソバ に よった。 「ネエサン。 どうした の です。 それ は アナタ が イッショ に ヤマ へ きて くださる の は、 ワタシ も うれしい が、 なぜ だしぬけ に たのんだ の です。 なぜ ワタシ に ソウダン しません」
 アネ の カオ は ヨロコビ に かがやいて いる。 「ほんに そう オオモイ の は もっとも だ が、 ワタシ だって あの ヒト の カオ を みる まで、 たのもう とは おもって いなかった の。 ふいと おもいついた の だ もの」
「そう です か。 ヘン です なあ」 ズシオウ は めずらしい もの を みる よう に アネ の カオ を ながめて いる。
 ヤッコガシラ が カゴ と カマ と を もって はいって きた。 「シノブグサ さん。 オマエ に シオクミ を よさせて、 シバ を かり に やる の だ そう で、 ワシ は ドウグ を もって きた。 カワリ に オケ と ヒサゴ を もらって ゆこう」
「これ は どうも オテカズ で ございました」 アンジュ は ミガル に たって、 オケ と ヒサゴ と を だして かえした。
 ヤッコガシラ は それ を うけとった が、 まだ かえりそう には しない。 カオ には イッシュ の ニガワライ の よう な ヒョウジョウ が あらわれて いる。 この オトコ は サンショウ-ダユウ イッケ の モノ の イイツケ を、 カミ の タクセン を きく よう に きく。 そこで ずいぶん なさけない、 カコク な こと をも ためらわず に する。 しかし ショウトク、 ヒト の もだえくるしんだり、 なきさけんだり する の を みたがり は しない。 モノゴト が おだやか に はこんで、 そんな こと を みず に すめば、 その ほう が カッテ で ある。 イマ の ニガワライ の よう な ヒョウジョウ は ヒト に ナンギ を かけず には すまぬ と あきらめて、 ナニ か いったり、 したり する とき に、 この オトコ の カオ に あらわれる の で ある。
 ヤッコガシラ は アンジュ に むいて いった。 「さて いま ヒトツ ヨウジ が ある て。 じつは オマエサン を シバカリ に やる こと は、 ジロウ サマ が タユウ サマ に もうしあげて こしらえなさった の じゃ。 すると その ザ に サブロウ サマ が おられて、 そんなら シノブグサ を オオワラワ に して ヤマ へ やれ と おっしゃった。 タユウ サマ は、 よい オモイツキ じゃ と おわらい なされた。 そこで ワシ は オマエサン の カミ を もろうて ゆかねば ならぬ」
 ソバ で きいて いる ズシオウ は、 この コトバ を ムネ を さされる よう な オモイ を して きいた。 そして メ に ナミダ を うかべて アネ を みた。
 イガイ にも アンジュ の カオ から は ヨロコビ の イロ が きえなかった。 「ほんに そう じゃ。 シバカリ に ゆく から は、 ワタシ も オトコ じゃ。 どうぞ この カマ で きって くださいまし」 アンジュ は ヤッコガシラ の マエ に ウナジ を のばした。
 ツヤ の ある、 ながい アンジュ の カミ が、 するどい カマ の ヒトカキ に さっくり きれた。

 あくる アサ、 フタリ の コドモ は セ に カゴ を おい コシ に カマ を さして、 テ を ひきあって キド を でた。 サンショウ-ダユウ の ところ に きて から、 フタリ イッショ に あるく の は これ が ハジメ で ある。
 ズシオウ は アネ の ココロ を はかりかねて、 さびしい よう な、 かなしい よう な オモイ に ムネ が いっぱい に なって いる。 キノウ も ヤッコガシラ の かえった アト で、 イロイロ に コトバ を もうけて たずねた が、 アネ は ヒトリ で ナニゴト を か かんがえて いる らしく、 それ を あからさま には うちあけず に しまった。
 ヤマ の フモト に きた とき、 ズシオウ は こらえかねて いった。 「ネエサン。 ワタシ は こうして ヒサシブリ で イッショ に あるく の だ から、 うれしがらなくて は ならない の です が、 どうも かなしくて なりません。 ワタシ は こうして テ を ひいて いながら、 アナタ の ほう へ むいて、 その カブロ に なった オツムリ を みる こと が できません。 ネエサン。 アナタ は ワタシ に かくして、 ナニ か かんがえて います ね。 なぜ それ を ワタシ に いって きかせて くれない の です」
 アンジュ は ケサ も ゴウコウ の さす よう な ヨロコビ を ヒタイ に たたえて、 おおきい メ を かがやかして いる。 しかし オトウト の コトバ には こたえない。 ただ ひきあって いる テ に チカラ を いれた だけ で ある。
 ヤマ に のぼろう と する ところ に ヌマ が ある。 ミギワ には キョネン みた とき の よう に、 カレアシ が ジュウオウ に みだれて いる が、 ミチバタ の クサ には きばんだ ハ の アイダ に、 もう あおい メ の でた の が ある。 ヌマ の ホトリ から ミギ に おれて のぼる と、 そこ に イワ の スキマ から シミズ の わく ところ が ある。 そこ を とおりすぎて、 イワカベ を ミギ に みつつ、 うねった ミチ を のぼって ゆく の で ある。
 ちょうど イワ の オモテ に アサヒ が イチメン に さして いる。 アンジュ は かさなりあった イワ の、 フウカ した アイダ に ネ を おろして、 ちいさい スミレ の さいて いる の を みつけた。 そして それ を ゆびさして ズシオウ に みせて いった。 「ごらん。 もう ハル に なる のね」
 ズシオウ は だまって うなずいた。 アネ は ムネ に ヒミツ を たくわえ、 オトウト は ウレエ ばかり を いだいて いる ので、 とかく ウケコタエ が できず に、 ハナシ は ミズ が スナ に しみこむ よう に とぎれて しまう。
 キョネン シバ を かった コダチ の ホトリ に きた ので、 ズシオウ は アシ を とどめた。 「ネエサン。 ここら で かる の です」
「まあ、 もっと たかい ところ へ のぼって みましょう ね」 アンジュ は サキ に たって ずんずん のぼって ゆく。 ズシオウ は いぶかりながら ついて ゆく。 しばらく して ゾウキバヤシ より は よほど たかい、 トヤマ の イタダキ とも いう べき ところ に きた。
 アンジュ は そこ に たって、 ミナミ の ほう を じっと みて いる。 メ は、 イシウラ を へて ユラ ノ ミナト に そそぐ オオクモガワ の ジョウリュウ を たどって、 1 リ ばかり へだった カワムカイ に、 こんもり と しげった コダチ の ナカ から、 トウ の サキ の みえる ナカヤマ に とまった。 そして 「ズシオウ や」 と オトウト を よびかけた。 「ワタシ が ひさしい マエ から カンガエゴト を して いて、 オマエ とも イツモ の よう に ハナシ を しない の を、 ヘン だ と おもって いた でしょう ね。 もう キョウ は シバ なんぞ は からなくて も いい から、 ワタシ の いう こと を よく おきき。 コハギ は イセ から うられて きた ので、 コキョウ から この トチ まで の ミチ を、 ワタシ に はなして きかせた がね、 あの ナカヤマ を こして ゆけば、 ミヤコ が もう ちかい の だよ。 ツクシ へ ゆく の は むずかしい し、 ひきかえして サド へ わたる の も、 たやすい こと では ない けれど、 ミヤコ へは きっと ゆかれます。 オカアサマ と ゴイッショ に イワシロ を でて から、 ワタシドモ は おそろしい ヒト に ばかり であった が、 ヒト の ウン が ひらける もの なら、 よい ヒト に であわぬ にも かぎりません。 オマエ は これから おもいきって、 この トチ を にげのびて、 どうぞ ミヤコ へ のぼって おくれ。 カミホトケ の オミチビキ で、 よい ヒト に さえ であったら、 ツクシ へ おくだり に なった オトウサマ の オミノウエ も しれよう。 サド へ オカアサマ の オムカエ に ゆく こと も できよう。 カゴ や カマ は すてて おいて、 カレイケ だけ もって ゆく の だよ」
 ズシオウ は だまって きいて いた が、 ナミダ が ホオ を つたって ながれて きた。 「そして、 ネエサン、 アナタ は どう しよう と いう の です」
「ワタシ の こと は かまわない で、 オマエ ヒトリ で する こと を、 ワタシ と イッショ に する つもり で して おくれ。 オトウサマ にも オメ に かかり、 オカアサマ をも シマ から おつれ もうした うえ で、 ワタシ を たすけ に きて おくれ」
「でも ワタシ が いなく なったら、 アナタ を ひどい メ に あわせましょう」 ズシオウ が ココロ には ヤキイン を せられた、 おそろしい ユメ が うかぶ。
「それ は いじめる かも しれない がね、 ワタシ は ガマン して みせます。 カネ で かった ハシタメ を、 あの ヒトタチ は ころし は しません。 たぶん オマエ が いなく なったら、 ワタシ を 2 ニン-マエ はたらかせよう と する でしょう。 オマエ の おしえて くれた コダチ の ところ で、 ワタシ は シバ を たくさん かります。 6 カ まで は かれない でも、 4 カ でも 5 カ でも かりましょう。 さあ、 あそこ まで おりて いって、 カゴ や カマ を あそこ に おいて、 オマエ を フモト へ おくって あげよう」 こう いって アンジュ は サキ に たって おりて ゆく。
 ズシオウ は なんとも おもいさだめかねて、 ぼんやり して ついて おりる。 アネ は コトシ 15 に なり、 オトウト は 13 に なって いる が、 オンナ は はやく おとなびて、 そのうえ モノ に つかれた よう に、 さとく さかしく なって いる ので、 ズシオウ は アネ の コトバ に そむく こと が できぬ の で ある。
 コダチ の ところ まで おりて、 フタリ は カゴ と カマ と を オチバ の ウエ に おいた。 アネ は マモリ ホンゾン を とりだして、 それ を オトウト の テ に わたした。 「これ は ダイジ な オマモリ だ が、 コンド あう まで オマエ に あずけます。 この ジゾウサマ を ワタシ だ と おもって、 マモリガタナ と イッショ に して、 ダイジ に もって いて おくれ」
「でも ネエサン に オマモリ が なくて は」
「いいえ。 ワタシ より は あぶない メ に あう オマエ に オマモリ を あずけます。 バン に オマエ が かえらない と、 きっと ウッテ が かかります。 オマエ が いくら いそいで も、 アタリマエ に にげて いって は、 おいつかれる に きまって います。 さっき みた カワ の カミテ を ワエ と いう ところ まで いって、 シュビ よく ヒト に みつけられず に、 ムコウガシ へ こして しまえば、 ナカヤマ まで もう ちかい。 そこ へ いったら、 あの トウ の みえて いた オテラ に はいって かくして おもらい。 しばらく あそこ に かくれて いて、 ウッテ が かえって きた アト で、 テラ を にげて おいで」
「でも オテラ の ボウサン が かくして おいて くれる でしょう か」
「さあ、 それ が ウンダメシ だよ。 ひらける ウン なら ボウサン が オマエ を かくして くれましょう」
「そう です ね。 ネエサン の キョウ おっしゃる こと は、 まるで カミサマ か ホトケサマ が おっしゃる よう です。 ワタシ は カンガエ を きめました。 なんでも ネエサン の おっしゃる とおり に します」
「おう、 よく きいて おくれ だ。 ボウサン は よい ヒト で、 きっと オマエ を かくして くれます」
「そう です。 ワタシ にも そう らしく おもわれて きました。 にげて ミヤコ へも ゆかれます。 オトウサマ や オカアサマ にも あわれます。 ネエサン の オムカエ にも こられます」 ズシオウ の メ が アネ と おなじ よう に かがやいて きた。
「さあ、 フモト まで イッショ に いく から、 はやく おいで」
 フタリ は いそいで ヤマ を おりた。 アシ の ハコビ も マエ とは ちがって、 アネ の ねっした ココロモチ が、 アンジ の よう に オトウト に うつって いった か と おもわれる。
 イズミ の わく ところ へ きた。 アネ は カレイケ に そえて ある キ の マリ を だして、 シミズ を くんだ。 「これ が オマエ の カドデ を いわう オサケ だよ」 こう いって ヒトクチ のんで オトウト に さした。
 オトウト は マリ を のみほした。 「そんなら ネエサン、 ごきげんよう。 きっと ヒト に みつからず に、 ナカヤマ まで まいります」
 ズシオウ は 10 ポ ばかり のこって いた サカミチ を、 ヒトハシリ に かけおりて、 ヌマ に そうて カイドウ に でた。 そして オオクモガワ の キシ を カミテ へ むかって いそぐ の で ある。
 アンジュ は イズミ の ホトリ に たって、 ナミキ の マツ に かくれて は また あらわれる ウシロカゲ を ちいさく なる まで みおくった。 そして ヒ は ようやく ヒル に ちかづく のに、 ヤマ に のぼろう とも しない。 サイワイ に キョウ は この ホウガク の ヤマ で キ を こる ヒト が ない と みえて、 サカミチ に たって トキ を すごす アンジュ を みとがめる モノ も なかった。
 ノチ に ハラカラ を さがし に でた、 サンショウ-ダユウ イッケ の ウッテ が、 この サカ の シタ の ヌマ の ハタ で、 ちいさい ワラグツ を 1 ソク ひろった。 それ は アンジュ の クツ で あった。

 ナカヤマ の コクブジ の サンモン に、 タイマツ の ホカゲ が みだれて、 オオゼイ の ヒト が こみいって くる。 サキ に たった の は、 シラツカ の ナギナタ を たばさんだ、 サンショウ-ダユウ の ムスコ サブロウ で ある。
 サブロウ は ドウ の マエ に たって オオゴエ に いった。 「これ へ まいった の は、 イシウラ の サンショウ-ダユウ が ウカラ の モノ じゃ。 タユウ が つかう ヤッコ の ヒトリ が、 この ヤマ に にげこんだ の を、 たしか に みとめた モノ が ある。 カクレバ は ジナイ より ホカ には ない。 すぐに ここ へ だして もらおう」 ついて きた オオゼイ が、 「さあ、 だして もらおう、 だして もらおう」 と さけんだ。
 ホンドウ の マエ から モン の ソト まで、 ひろい イシダタミ が つづいて いる。 その イシ の ウエ には、 イマ てにてに タイマツ を もった、 サブロウ が テノモノ が おしあって いる。 また イシダタミ の リョウガワ には、 ケイダイ に すんで いる カギリ の ソウゾク が、 ほとんど ヒトリ も のこらず むらがって いる。 これ は ウッテ の ムレ が モンガイ で さわいだ とき、 ナイジン から も、 クリ から も、 ナニゴト が おこった か と、 あやしんで でて きた の で ある。
 はじめ ウッテ が モンガイ から モン を あけい と さけんだ とき、 あけて いれたら、 ランボウ を せられ は すまい か と シンパイ して、 あけまい と した ソウリョ が おおかった。 それ を ジュウジ ドンミョウ リッシ が あけさせた。 しかし イマ サブロウ が オオゴエ で、 にげた ヤッコ を だせ と いう の に、 ホンドウ は ト を とじた まま、 しばらく の アイダ ひっそり と して いる。
 サブロウ は アシブミ を して、 おなじ こと を 2~3 ド くりかえした。 テノモノ の ウチ から 「オショウ さん、 どうした の だ」 と よぶ モノ が ある。 それ に みじかい ワライゴエ が まじる。
 ようよう の こと で ホンドウ の ト が しずか に あいた。 ドンミョウ リッシ が ジブン で あけた の で ある。 リッシ は ヘンサン ヒトツ ミ に まとって、 なんの イギ をも つくろわず、 ジョウトウミョウ の ウスアカリ を セ に して ホンドウ の ハシ の ウエ に たった。 タケ の たかい ガンジョウ な カラダ と、 マユ の まだ くろい かどばった カオ と が、 ゆらめく ヒ に てらしだされた。 リッシ は まだ 50 サイ を こした ばかり で ある。
 リッシ は しずか に クチ を ひらいた。 さわがしい ウッテ の モノ も、 リッシ の スガタ を みた だけ で だまった ので、 コエ は スミズミ まで きこえた。 「にげた ゲニン を さがし に こられた の じゃ な。 トウザン では ジュウジ の ワシ に いわず に ヒト は とめぬ。 ワシ が しらぬ から、 その モノ は トウザン に いぬ。 それ は それ と して、 ヤイン に ケンゲキ を とって、 タニンズ おしよせて まいられ、 サンモン を ひらけ と いわれた。 さては クニ に タイラン でも おこった か、 オオヤケ の ホンギャクニン でも できた か と おもうて、 サンモン を あけさせた。 それに ナン じゃ。 オンミ が イエ の ゲニン の センギ か。 トウザン は チョクガン の ジイン で、 サンモン には チョクガク を かけ、 シチジュウ ノ トウ には シンカン コンジ の キョウモン が おさめて ある。 ここ で ロウゼキ を はたらかれる と、 クニ ノ カミ は ケンギョウ の セメ を とわれる の じゃ。 また ソウホンザン トウダイジ に うったえたら、 ミヤコ から どのよう な ゴサタ が あろう も しれぬ。 そこ を よう おもうて みて、 はよう ひきとられた が よかろう。 わるい こと は いわぬ。 オミタチ の ため じゃ」 こう いって リッシ は しずか に ト を しめた。
 サブロウ は ホンドウ の ト を にらんで ハガミ を した。 しかし ト を うちやぶって ふみこむ だけ の ユウキ も なかった。 テノモノ ども は ただ カゼ に コノハ の ざわつく よう に ささやきかわして いる。
 この とき オオゴエ で さけぶ モノ が あった。 「その にげた と いう の は 12~13 の コワッパ じゃろう。 それ なら ワシ が しって おる」
 サブロウ は おどろいて コエ の ヌシ を みた。 チチ の サンショウ-ダユウ に みまがう よう な オヤジ で、 この テラ の シュロウモリ で ある。 オヤジ は コトバ を ついで いった。 「その ワッパ は な、 ワシ が ヒルゴロ シュロウ から みて おる と、 ツイジ の ソト を とおって ミナミ へ いそいだ。 かよわい カワリ には ミ が かるい。 もう ダイブ の ミチ を いった じゃろ」
「それ じゃ。 ハンニチ に ワラベ の いく ミチ は しれた もの じゃ。 つづけ」 と いって サブロウ は とって かえした。
 タイマツ の ギョウレツ が テラ の モン を でて、 ツイジ の ソト を ミナミ へ ゆく の を、 シュロウモリ は シュロウ から みて、 オオゴエ で わらった。 ちかい コダチ の ナカ で、 ようよう おちついて ねよう と した カラス が 2~3 バ また おどろいて とびたった。

 あくる ヒ に コクブジ から は ショホウ へ ヒト が でた。 イシウラ に いった モノ は、 アンジュ の ジュスイ の こと を きいて きた。 ミナミ の ほう へ いった モノ は、 サブロウ の ひきいた ウッテ が タナベ まで いって ひきかえした こと を きいて きた。
 ナカ フツカ おいて、 ドンミョウ リッシ が タナベ の ほう へ むいて テラ を でた。 タライ ほど ある テツ の ジュリョウキ を もって、 ウデ の フトサ の シャクジョウ を ついて いる。 アト から は アタマ を そりこくって サンエ を きた ズシオウ が ついて ゆく。
 フタリ は マヒル に カイドウ を あるいて、 ヨル は ショショ の テラ に とまった。 ヤマシロ の シュジャクノ に きて、 リッシ は ゴンゲンドウ に やすんで、 ズシオウ に わかれた。 「マモリ ホンゾン を タイセツ に して ゆけ、 フボ の ショウソク は きっと しれる」 と いいきかせて リッシ は クビス を めぐらした。 なくなった アネ と おなじ こと を いう ボウサマ だ と、 ズシオウ は おもった。
 ミヤコ に のぼった ズシオウ は、 ソウギョウ に なって いる ので、 ヒガシヤマ の キヨミズデラ に とまった。
 コモリドウ に ねて、 あくる アサ メ が さめる と、 ノウシ に エボシ を きて サシヌキ を はいた ロウジン が、 マクラモト に たって いて いった。 「オマエ は タレ の コ じゃ。 ナニ か タイセツ な もの を もって いる なら、 どうぞ オレ に みせて くれい。 オレ は ムスメ の ビョウキ の ヘイユ を いのる ため に、 ユウベ ここ に サンロウ した。 すると ユメ に オツゲ が あった。 ヒダリ の コウシ に ねて いる ワラワ が よい マモリ ホンゾン を もって いる。 それ を かりて おがませい と いう こと じゃ。 ケサ ヒダリ の コウシ に きて みれば、 オマエ が いる。 どうぞ オレ に ミノウエ を あかして、 マモリ ホンゾン を かして くれい。 オレ は カンパク モロザネ じゃ」
 ズシオウ は いった。 「ワタクシ は ムツ ノ ジョウ マサウジ と いう モノ の コ で ございます。 チチ は 12 ネン マエ に ツクシ の アンラクジ へ いった きり、 かえらぬ そう で ございます。 ハハ は その トシ に うまれた ワタクシ と、 ミッツ に なる アネ と を つれて、 イワシロ の シノブ-ゴオリ に すむ こと に なりました。 そのうち ワタクシ が だいぶ おおきく なった ので、 アネ と ワタクシ と を つれて、 チチ を たずね に たびだちました。 エチゴ まで でます と、 おそろしい ヒトカイ に とられて、 ハハ は サド へ、 アネ と ワタクシ とは タンゴ の ユラ へ うられました。 アネ は ユラ で なくなりました。 ワタクシ の もって いる マモリ ホンゾン は この ジゾウサマ で ございます」 こう いって マモリ ホンゾン を だして みせた。
 モロザネ は ブツゾウ を テ に とって、 まず ヒタイ に あてる よう に して レイ を した。 それから メンパイ を うちかえし うちかえし、 テイネイ に みて いった。 「これ は かねて ききおよんだ、 とうとい ホウコウオウ ジゾウ ボサツ の コンゾウ じゃ。 クダラ ノ クニ から わたった の を、 タカミ オウ が ジブツ に して おいで なされた。 これ を もちつたえて おる から は、 オマエ の イエガラ に マギレ は ない。 セントウ が まだ ミクライ に おらせられた エイホウ の ハジメ に、 コクシュ の イキャク に レンザ して、 ツクシ へ サセン せられた タイラ ノ マサウジ が チャクシ に ソウイ あるまい。 もし ゲンゾク の ノゾミ が ある なら、 おって は ズリョウ の ゴサタ も あろう。 まず トウブン は オレ の イエ の キャク に する。 オレ と イッショ に ヤカタ へ こい」

 カンパク モロザネ の ムスメ と いった の は、 セントウ に かしずいて いる ヨウジョ で、 じつは ツマ の メイ で ある。 この キサキ は ひさしい アイダ ビョウキ で いられた のに、 ズシオウ の マモリ ホンゾン を かりて おがむ と、 すぐに ぬぐう よう に ホンプク せられた。
 モロザネ は ズシオウ に ゲンゾク させて、 ジブン で カンムリ を くわえた。 ドウジ に マサウジ が タクショ へ、 シャメンジョウ を もたせて、 アンピ を とい に ツカイ を やった。 しかし この ツカイ が いった とき、 マサウジ は もう しんで いた。 ゲンプク して マサミチ と なのって いる ズシオウ は、 ミ の やつれる ほど なげいた。
 その トシ の アキ の ジモク に マサミチ は タンゴ の クニ ノ カミ に せられた。 これ は ヨウジュ の カン で、 ニンゴク には ジブン で ゆかず に、 ジョウ を おいて おさめさせる の で ある。 しかし クニ ノ カミ は サイショ の マツリゴト と して、 タンゴ イッコク で ヒト の ウリカイ を きんじた。 そこで サンショウ-ダユウ も、 ことごとく ヌヒ を カイホウ して、 キュウリョウ を はらう こと に した。 タユウ が イエ では イチジ それ を おおきい ソンシツ の よう に おもった が、 この とき から ノウサク も タクミ の ワザ も マエ に まして さかん に なって、 イチゾク は いよいよ とみさかえた。 クニ ノ カミ の オンジン ドンミョウ リッシ は ソウズ に せられ、 クニ ノ カミ の アネ を いたわった コハギ は コキョウ へ かえされた。 アンジュ が ナキアト は ねんごろ に とむらわれ、 また ジュスイ した ヌマ の ホトリ には アマデラ が たつ こと に なった。
 マサミチ は ニンゴク の ため に これ だけ の こと を して おいて、 とくに ケニョウ を もうしこうて、 ビコウ して サド へ わたった。
 サド の コフ は サワタ と いう ところ に ある。 マサミチ は そこ へ いって、 ヤクニン の テ で クニジュウ を しらべて もらった が、 ハハ の ユクエ は ヨウイ に しれなかった。
 ある ヒ マサミチ は シアン に くれながら、 ヒトリ リョカン を でて シチュウ を あるいた。 そのうち いつか ジンカ の たちならんだ ところ を はなれて、 ハタナカ の ミチ に かかった。 ソラ は よく はれて ヒ が あかあか と てって いる。 マサミチ は ココロ の ウチ に、 「どうして オカアサマ の ユクエ が しれない の だろう、 もし ヤクニン なんぞ に まかせて しらべさせて、 ジブン が さがしあるかぬ の を カミホトケ が にくんで あわせて くださらない の では あるまい か」 など と おもいながら あるいて いる。 ふと みれば、 だいぶ おおきい ヒャクショウヤ が ある。 イエ の ミナミガワ の まばら な イケガキ の ウチ が、 ツチ を たたきかためた ヒロバ に なって いて、 その ウエ に イチメン に ムシロ が しいて ある。 ムシロ には かりとった アワ の ホ が ほして ある。 その マンナカ に、 ボロ を きた オンナ が すわって、 テ に ながい サオ を もって、 スズメ の きて ついばむ の を おって いる。 オンナ は なにやら ウタ の よう な チョウシ で つぶやく。
 マサミチ は なぜか しらず、 この オンナ に ココロ が ひかれて、 たちとまって のぞいた。 オンナ の みだれた カミ は チリ に まみれて いる。 カオ を みれば メシイ で ある。 マサミチ は ひどく あわれ に おもった。 そのうち オンナ の つぶやいて いる コトバ が、 しだいに ミミ に なれて ききわけられて きた。 それ と ドウジ に マサミチ は オコリヤミ の よう に ミウチ が ふるって、 メ には ナミダ が わいて きた。 オンナ は こういう コトバ を くりかえして つぶやいて いた の で ある。
  アンジュ こいし や、 ほうやれほ。
  ズシオウ こいし や、 ほうやれほ。
  トリ も ショウ ある もの なれば、
  とうとう にげよ、 おわず とも。
 マサミチ は うっとり と なって、 この コトバ に ききほれた。 そのうち ゾウフ が にえかえる よう に なって、 ケモノ-めいた サケビ が クチ から でよう と する の を、 ハ を くいしばって こらえた。 たちまち マサミチ は しばられた ナワ が とけた よう に カキ の ウチ へ かけこんだ。 そして アシ には アワ の ホ を ふみちらしつつ、 オンナ の マエ に うつふした。 ミギ の テ には マモリ ホンゾン を ささげもって、 うつふした とき に、 それ を ヒタイ に おしあてて いた。
 オンナ は スズメ で ない、 おおきい もの が アワ を あらし に きた の を しった。 そして イツモ の コトバ を となえやめて、 みえぬ メ で じっと マエ を みた。 その とき ほした カイ が ミズ に ほとびる よう に、 リョウホウ の メ に ウルオイ が でた。 オンナ は メ が あいた。
「ズシオウ」 と いう サケビ が オンナ の クチ から でた。 フタリ は ぴったり だきあった。

2014/11/13

フユ の ヒ

 フユ の ヒ

 カジイ モトジロウ

 1

 キセツ は トウジ に マ も なかった。 タカシ の マド から は、 ジバン の ひくい イエイエ の ニワ や カドベ に たって いる キギ の ハ が、 1 ニチ ごと はがれて ゆく サマ が みえた。
 ゴンゴンゴマ は ロウバ の ホウハツ の よう に なって しまい、 シモ に うつくしく やけた サクラ の サイゴ の ハ が なくなり、 ケヤキ が カゼ に かさかさ ミ を ふるわす ごと に かくれて いた フウケイ の ブブン が あらわれて きた。
 もう アカトキ の モズ も こなく なった。 そして ある ヒ、 ビョウブ の よう に たちならんだ ケヤキ の キ へ ナマリイロ の ムクドリ が ナンビャッパ と しれず おりた コロ から、 だんだん シモ は するどく なって きた。
 フユ に なって タカシ の ハイ は いたんだ。 オチバ が ふりたまって いる イドバタ の シックイ へ、 センメン の とき はく タン は、 キミドリイロ から にぶい チ の イロ を だす よう に なり、 ときに それ は おどろく ほど あざやか な クレナイ に さえた。 タカシ が マガリ 2 カイ の 4 ジョウ ハン で トコ を はなれる ジブン には、 シュフ の アサ の センタク は とうに すんで いて、 シックイ は かわいて しまって いる。 その ウエ へ おちた タン は ミズ を かけて も はなれない。 タカシ は キンギョ の コ でも つまむ よう に して それ を ドカン の クチ へ もって ゆく の で ある。 カレ は チ の タン を みて も もう なんの シゲキ でも なくなって いた。 が、 レイチョウ な クウキ の ソコ に さえざえ と した ヒトカタマリ の イロドリ は、 なぜか いつも じっと みつめず には いられなかった。
 タカシ は コノゴロ いきる ネツイ を まるで かんじなく なって いた。 イチニチ イチニチ が カレ を ひきずって いた。 そして ウチ に すむ べき ところ を なくした タマシイ は、 つねに ガイカイ へ のがれよう のがれよう と あせって いた。 ――ヒル は ヘヤ の マド を ひらいて モウジン の よう に ソト の フウケイ を みつめる。 ヨル は ヘヤ の ソト の モノオト や テツビン の オト に ロウシャ の よう な ミミ を すます。
 トウジ に ちかづいて ゆく 11 ガツ の もろい ヒザシ は、 しかし、 カレ が トコ を でて 1 ジカン とは たたない マド の ソト で、 どの ヒ も どの ヒ も きえかかって ゆく の で あった。 かげって しまった テイチ には、 カレ の すんで いる イエ の トウエイ さえ ぼっして しまって いる。 それ を みる と タカシ の ココロ には ボクジュウ の よう な カイコン や イラダタシサ が ひろがって ゆく の だった。 ヒナタ は わずか に テイチ を へだてた、 ハイイロ の ヨウフウ の モクゾウ カオク に とどまって いて、 その ジコク、 それ は ナニ か かなしげ に、 とおい チヘイ へ おちて ゆく イリヒ を ながめて いる か の よう に みえた。
 フユビ は ユウビンウケ の ナカ へ まで さしこむ。 ロジョウ の どんな ちいさな イシツブ も ヒトツヒトツ カゲ を もって いて、 みて いる と、 それ が みな エジプト の ピラミッド の よう な コロッサール な カナシミ を うかべて いる。 ――テイチ を へだてた ヨウカン には、 その ジコク、 ならんだ アオギリ の ユウレイ の よう な カゲ が うつって いた。 コウジツセイ を もった、 モヤシ の よう に あおじろい タカシ の ショクシュ は、 しらずしらず その ハイイロ した モクゾウ カオク の ほう へ のびて いって、 そこ に しみこんだ フシギ な カゲ の アト を なでる の で あった。 カレ は マイニチ それ が きえて しまう まで の ジカン を クウキョ な ココロ で マド を ひらいて いた。
 テンボウ の ホクグウ を ささえて いる カシ の ナミキ は、 ある ヒ は、 その コウテツ の よう な ダンセイ で しない おどりながら、 カゼ を ゆりおろして きた。 ヨウボウ を かえた テイチ には かさこさ と カレハ が ガイコツ の オドリ を ならした。
 そんな とき アオギリ の カゲ は いまにも けされそう にも みえた。 もう ヒナタ とは おもえない そこ に、 キ の せい ほど の カゲ が まだ のこって いる。 そして それ は コガラシ に おわれて、 サバク の よう な、 そこ では カゲ の いきて いる セカイ の トオク へ、 だんだん スガタ を かきけして ゆく の で あった。
 タカシ は それ を みおわる と、 ゼツボウ に にた カンジョウ で マド を とざし に かかる。 もう ヨル を よぶ ばかり の コガラシ に ミミ を すまして いる と、 ある とき は まだ デンキ も こない どこ か トオク で ガラスド の くだけおちる オト が して いた。

 2

 タカシ は ハハ から の テガミ を うけとった。
「ノブコ を なくして から チチウエ は すっかり おいこんで おしまい に なった。 オマエ の カラダ も フツウ の カラダ では ない の だ から タイセツ に して ください。 もう コノウエ の クロウ は ワタシタチ も したく ない。
 ワタシ は コノゴロ ヨナカ ナニ か に おどろいた よう に メ が さめる。 アタマ は オマエ の こと が キガカリ なの だ。 いくら かんがえまい と して も ダメ です。 ワタシ は ナン-ジカン も ねむれません」
 タカシ は それ を よんで ある カンガエ に せいぜん と した。 ヒトビト の ねしずまった ヨル を こえて、 カレ と カレ の ハハ が たがいに タガイ を なやみくるしんで いる。 そんな とき、 カレ の シンゾウ に うった フキツ な ハクドウ が、 どうして ハハ を めざまさない と いいきれよう。
 タカシ の オトウト は セキツイ カリエス で しんだ。 そして イモウト の ノブコ も ヨウツイ カリエス で、 イシ を うしなった フウケイ の ナカ を しんで いった。 そこ では、 タクサン の ムシ が 1 ピキ の しにかけて いる ムシ の シュウイ に あつまって かなしんだり ないたり して いた。 そして カレラ の フタリ とも が、 ツチ に かえる マエ の 1 ネン-カン を よこたわって いた、 しろい ツチ の セッコウ の トコ から おろされた の で ある。
 ――どうして イシャ は 「イマ の 1 ネン は ノチ の 10 ネン だ」 なんて いう の だろう。
 タカシ は そう いわれた とき ジブン の ウチ に おこった なぜか バツ の わるい よう な カンジョウ を おもいだしながら かんがえた。
 ――まるで ジブン が その 10 ネン で トウタツ しなければ ならない リソウ でも もって いる か の よう に。 どうして あと ナンネン たてば しぬ とは いわない の だろう。
 タカシ の アタマ には カレ に しばしば ゲンゼン する イシ を うしなった フウケイ が うかびあがる。
 くらい つめたい セキゾウ の カンガ の たちならんで いる マチ の テイリュウジョ。 そこ で カレ は デンシャ を まって いた。 イエ へ かえろう か にぎやか な マチ へ でよう か、 カレ は まよって いた。 どちら の ケッシン も つかなかった。 そして デンシャ は いくら まって も どちら から も こなかった。 おしつける よう な くらい ケンチク の インエイ、 ハダカ の ナミキ、 まばら な ガイトウ の トウシズ。 ――その トオク の コウサロ には ときどき すぎる スイゾクカン の よう な デンシャ。 フウケイ は にわか に トウセイ を うしなった。 その ナカ で カレ は はげしい メッケイ を かんじた。
 おさない タカシ は ネズミトリ に はいった ネズミ を カワ に つけ に いった。 トウメイ な ミズ の ナカ で ネズミ は サユウ に カナアミ を つたい、 それ は クウキ の ナカ での よう に みえた。 やがて ネズミ は アミメ の ヒトツ へ ハナ を つっこんだ まま うごかなく なった。 しろい アワ が ネズミ の クチ から サイゴ に うかんだ。……
 タカシ は 5~6 ネン マエ は、 ジブン の ビョウキ が ヤクソク して いる シ の マエ には、 ただ あまい カナシミ を まいた だけ で とおりすぎて いた。 そして いつか それ に キ が ついて みる と、 エイヨウ や アンセイ が カレ に シンジュン した、 ビショク に たいする シコウ や アンイツ や キョウダ は、 カレ から いきて ゆこう と する イシ を だんだん に もちさって いた。 しかし カレ は イクド も ココロ を とりなおして セイカツ に むかって いった。 が、 カレ の シサク や コウイ は いつのまにか イツワリ の ヒビキ を たてはじめ、 やがて その ナメラカサ を うしなって ギョウコ した。 と、 カレ の マエ には、 そういった フウケイ が あらわれる の だった。
 ナンニン も の ニンゲン が ある チョウコウ を あらわし ある ケイカ を たどって しんで いった。 それ と おなじ チョウコウ が オマエ に あらわれて いる。
 キンダイ カガク の シト の ヒトリ が、 タカシ に はじめて それ を つげた とき、 カレ の キョヒ する ケンゲン も ない その こと は、 ただ カレ が ばくぜん いみきらって いた その メイショウ ばかり で、 アタマ が それ を うけつけなかった。 もう カレ は それ を キョヒ しない。 しろい ツチ の セッコウ の トコ は カレ が くろい ツチ に かえる まで の ナンネン か の ため に ヨウイ されて いる。 そこ では もう テンテン する こと さえ ゆるされない の だ。
 ヨ が ふけて ヨバン の ゲキタク の オト が きこえだす と、 タカシ は インウツ な ココロ の ソコ で つぶやいた。
「おやすみなさい、 オカアサン」
 ゲキタク の オト は サカ や ヤシキ の おおい タカシ の イエ の アタリ を、 ビミョウ に かわって ゆく ハンキョウ の グアイ で、 それ が とおって ゆく サキザキ を ホウフツ させた。 ハイ の きしむ オト だ と おもって いた はるか な イヌ の トオボエ。 ――タカシ には ヨバン が みえる。 ハハ の ネスガタ が みえる。 もっと もっと インウツ な ココロ の ソコ で カレ は また つぶやく。
「おやすみなさい、 オカアサン」

 3

 タカシ は ソウジ を すました ヘヤ の マド を あけはなち、 トウ の ネイス に やすんで いた。 と、 じゅっじゅっ と いう ナキゴエ が して カナムグラ の カキ の カゲ に ササナキ の ウグイス が ミエカクレ する の が みえた。
 じゅっ、 じゅっ、 タカシ は カマクビ を もたげて、 クチ で その ナキゴエ を まねながら、 コトリ の ヨウス を みて いた。 ――カレ は ウチ で カナリヤ を かって いた こと が ある。
 うつくしい ゴゼン の ニッコウ が ハ を こぼれて いる。 ササナキ は クチ の ネ に まよわされて は いる が、 そんな バアイ の カナリヤ など の よう に、 キビ な カンジョウ は あらわさなかった。 ショクヨク に こえふとって、 ナニ か かたい チョッキ でも きた よう な カッコウ を して いる。 ――タカシ が マネ を やめる と、 アイソ も なく、 シズエ の アイダ を わたりながら いって しまった。
 テイチ を へだてて、 タニ に のぞんだ ヒアタリ の いい ある カゾク の ニワ が みえた。 キ に かれた チョウセンシバ に あかい フトン が ほして ある。 ――タカシ は いつ に なく ハヤオキ を した ゴゼン に うっとり と した。
 しばらく して カレ は、 ハ が カッショク に かれおちて いる ヤネ に、 ツルモドキ の あかい ミ が つややか に あらわれて いる の を みながら、 イエ の モン を でた。
 カゼ も ない アオゾラ に、 キ に かわりきった イチョウ は、 しずか に カゲ を たたんで やすろうて いた。 しろい ケショウ レンガ を はった ながい ヘイ が、 いかにも すんだ フユ の クウキ を うつして いた。 その シタ を マゴ を おぶった ロウバ が ゆっくり ゆっくり あるいて くる。
 タカシ は ながい サカ を おりて ユウビンキョク へ いった。 ヒ の さしこんで いる ユウビンキョク は たえず トビラ が なり、 ヒトビト は アサ の シンセン な クウキ を まきちらして いた。 タカシ は ながい アイダ こんな クウキ に せっしなかった よう な キ が した。
 カレ は ほそい サカ を ゆっくり ゆっくり のぼった。 サザンカ の ハナ や ヤツデ の ハナ が さいて いた。 タカシ は 12 ガツ に なって も チョウ が いる の に おどろいた。 それ の とんで いった ホウガク には ニッコウ に まかれた アブ の コウテン が いそがしく ゆきこうて いた。
「チホウ の よう な コウフク だ」 と カレ は おもった。 そして うつらうつら ヒダマリ に かがまって いた。 ――やはり その ヒダマリ の すこし はなれた ところ に ちいさい コドモ たち が ナニ か して あそんで いた。 4~5 サイ の ドウジ や ドウジョ たち で あった。
「みて や しない だろう な」 と おもいながら タカシ は あさく ミズ が ながれて いる ドブ の ナカ へ タン を はいた。 そして カレラ の ほう へ ちかづいて いった。 オンナ の コ で あばれて いる の も あった。 オトコ の コ で おとなしく して いる の も あった。 おさない セン が セキボク で ミチ に かかれて いた。 ――タカシ は ふと、 これ は どこ か で みた こと の ある ジョウケイ だ と おもった。 フイ に ココロ が ゆれた。 ゆりさまされた アブ が ぼうばく と した タカシ の カコ へ とびさった。 その うららか な ロウゲツ の ゴゼン へ。
 タカシ の アブ は みつけた。 サザンカ を。 その ハナビラ の こぼれる アタリ に あそんで いる ドウジ たち を。 ――それ は たとえば カレ が ハンシ など を わすれて ガッコウ へ いった とき、 センセイ に コトワリ を いって いそいで ウチ へ とり に かえって くる、 ガッコウ は ジュギョウチュウ の、 ナニ か めずらしい ゴゼン の ミチ で あった。 そんな とき でも なければ かいまみる こと を ゆるされなかった、 せいなる ジコク の アリサマ で あった。 そう おもって みて タカシ は ほほえんだ。

 ゴゴ に なって、 ヒ が イツモ の カクド に かたむく と、 この カンガエ は タカシ を かなしく した。 おさない とき の ふるぼけた シャシン の ナカ に、 のこって いた ヒナタ の よう な ヨワビ が ブッショウ を てらして いた。
 キボウ を もてない モノ が、 どうして ツイオク を いつくしむ こと が できよう。 ミライ に ケサ の よう な アカルサ を おぼえた こと が チカゴロ の ジブン に ある だろう か。 そして ケサ の オモイツキ も なんの こと は ない、 ロシア の キゾク の よう に (ゴゴ 2 ジ-ゴロ の チョウサン) が セイカツ の シュウカン に なって いた と いう こと の いい ショウコ では ない か。――
 カレ は また ながい サカ を おりて ユウビンキョク へ いった。
「ケサ の ハガキ の こと、 カンガエ が かわって やめる こと に した から、 おねがい した こと ゴチュウシ ください」
 ケサ カレ は あたたかい カイガン で フユ を こす こと を おもい、 そこ に すんで いる ユウジン に カシヤ を さがす こと を たのんで やった の だった。
 カレ は はげしい ヒロウ を かんじながら サカ を かえる の に あえいだ。 ゴゼン の ニッコウ の ナカ で しずか に カゲ を たたんで いた イチョウ は、 イチニチ が たたない うち に もう コガラシ が エダ を まばら に して いた。 その オチバ が ヒ を うしなった ミチ の ウエ を あかるく して いる。 カレ は それら の オチバ に ほのか な アイチャク を おぼえた。
 タカシ は イエ の ヨコ の ミチ まで かえって きた。 カレ の イエ から は その コウバイ の ついた ミチ は ガケウエ に なって いる。 ヘヤ から ながめて いる イツモ の フウケイ は、 イマ カレ の ガンゼン で コガラシ に ふきさらされて いた。 クモリゾラ には クモ が あんたん と うごいて いた。 そして その シタ に タカシ は、 まだ デントウ も こない ある イエ の 2 カイ は、 もう ト が とざされて ある の を みた。 ト の キハダ は あらわ に ガイメン に むかって さらされて いた。 ――ある カンドウ で タカシ は そこ に たたずんだ。 カタワラ には カレ の すんで いる ヘヤ が ある。 タカシ は それ を これまで ついぞ ながめた こと の ない あたらしい カンジョウ で ながめはじめた。
 デントウ も こない のに はや トジマリ を した 1 ケン の イエ の 2 カイ―― ト の あらわ な キハダ は、 フイ に タカシ の ココロ を ヨルベ の ない リョジョウ で そめた。
 ――くう もの も もたない。 どこ に とまる アテ も ない。 そして ヒ は くれかかって いる が、 この タコク の マチ は はや ジブン を こばんで いる。――
 それ が ゲンジツ で ある か の よう な アンシュウ が カレ の ココロ を かげって いった。 また そんな キオク が かつて の ジブン に あった よう な、 イッシュ いぶかしい カンビ な キモチ が タカシ を せつなく した。
 なにゆえ そんな クウソウ が おこって くる の か? なにゆえ その クウソウ が かくも ジブン を かなしませ、 また、 かくも したしく ジブン を よぶ の か? そんな こと が タカシ には おぼろげ に わかる よう に おもわれた。
 ニク を あぶる こうばしい ニオイ が ユウジミ の ニオイ に まじって きた。 イチニチ の シゴト を おえた らしい ダイク の よう な ヒト が、 イキ を はく かすか な オト を させながら、 タカシ に すれちがって すたすた と サカ を のぼって いった。
「オレ の ヘヤ は あすこ だ」
 タカシ は そう おもいながら ジブン の ヘヤ に メ を そそいだ。 ハクボ に つつまれて いる その スガタ は、 イマ エーテル の よう に フウケイ に ひろがって ゆく キョム に たいして は、 なんの チカラ でも ない よう に ながめられた。
「オレ が あいした ヘヤ。 オレ が そこ に すむ の を よろこんだ ヘヤ。 あの ナカ には オレ の イッサイ の ショジヒン が―― ふとする と その ヒ その ヒ の セイカツ の カンジョウ まで が ナイゾウ されて いる かも しれない。 ここ から コエ を かければ、 その ユウレイ が あの マド を あけて クビ を さしのべそう な キ さえ する。 が しかし それ も、 ぬぎすてた ヤドヤ の ドテラ が いつしか ジブン ジシン の カラダ を その ナカ に ホウフツ させて くる サヨウ と わずか も ちがった こと は ない では ない か。 あの ムカンカク な ヤネガワラ や マドガラス を こうして じっと みて いる と、 オレ は だんだん ツウコウニン の よう な ココロ に なって くる。 あの ムカンカク な ガイイ は ジサツ しかけて いる ニンゲン を その ナカ に かくして いる とき も やはり あの とおり に ちがいない の だ。 ――と いって、 ジブン は センコク の クウソウ が オレ を よぶ の に したがって このまま ここ を あゆみさる こと も できない。
 はやく デントウ でも くれば よい。 あの マド の スリガラス が きいろい ヒ を にじませれば、 あたえられた イノチ に マンゾク して いる ニンゲン を ヘヤ の ナカ に、 この ツウコウニン の ココロ は ソウゾウ する かも しれない。 その コウフク を しんじる チカラ が おこって くる かも しれない」
 ミチ に たたずんで いる タカシ の ミミ に カイカ の ハシラドケイ の オト が ぼんぼん…… と つたわって きた。 ヘン な もの を きいた、 と おもいながら カレ の アシ は とぼとぼ と サカ を くだって いった。

 4

 ガイロジュ から ツギ には ガイロ から、 カゼ が カレハ を はらって しまった アト は カゼ の オト も かわって いった。 ヨル に なる と マチ の アスファルト は エンピツ で ひからせた よう に いてはじめた。 そんな ヨル を タカシ は ジブン の しずか な マチ から ギンザ へ でかけて いった。 そこ では はなばなしい クリスマス や サイマツ の ウリダシ が はじまって いた。
 トモダチ か コイビト か カゾク か、 ホドウ の ヒト は その ホトンド が ツレ を たずさえて いた。 ツレ の ない ニンゲン の カオ は トモダチ に であう アテ を もって いた。 そして ホントウ に ツレ が なく とも カネ と ケンコウ を もって いる ヒト に、 この ブツヨク の シジョウ が わるい カオ を する はず の もの では ない の で あった。
「ナニ を し に ジブン は ギンザ へ くる の だろう」
 タカシ は ホドウ が はやくも ヒロウ ばかり しか あたえなく なりはじめる と よく そう おもった。 タカシ は そんな とき いつか デンシャ の ナカ で みた ある ショウジョ の カオ を おもいうかべた。
 その ショウジョ は つつましい ビショウ を うかべて カレ の ザセキ の マエ で ツリカワ に さがって いた。 ドテラ の よう に カラダ に そって いない キモノ から 「オネエサン」 の よう な クビ が はえて いた。 その うつくしい カオ は ヒトメ で カノジョ が ナニビョウ だ か を チョッカン させた。 トウキ の よう に しろい ヒフ を かげらせて いる おおい ウブゲ。 ビコウ の マワリ の アカ。
「カノジョ は きっと ビョウショウ から ぬけだして きた もの に ソウイ ない」
 ショウジョ の オモテ を たえず サザナミ の よう に おこって は きえる ビショウ を ながめながら タカシ は そう おもった。 カノジョ が ハナ を かむ よう に して ふきとって いる の は ナニ か。 ハイ を おとした ストーヴ の よう に、 そんな とき カノジョ の カオ には イットキ あざやか な チ が のぼった。
 ジシン の ヒロウ と ともに だんだん イジラシサ を まして ゆく その ムスメ の ゾウ を いだきながら、 ギンザ では タカシ は ジブン の タン を はく の に こまった。 まるで モノ を いう たび クチ から カエル が とびだす グリム オトギバナシ の ムスメ の よう に。
 カレ は そんな とき ヒトリ の オトコ が タン を はいた の を みた こと が ある。 フイ に まずしい ゲタ が でて きて それ を すりつぶした。 が、 それ は アシ が はいて いる ゲタ では なかった。 ロボウ に ゴザ を しいて ブリキ の コマ を うって いる ロウジン が、 さすが に イカリ を うかべながら、 その ゲタ を ゴザ の ハシ の も ヒトツ の ウエ へ かさねる ところ を カレ は みた の で ある。
「みた か」 そんな キモチ で タカシ は ゆきすぎる ヒトビト を ふりかえった。 が、 ダレ も それ を みた ヒト は なさそう だった。 ロウジン の すわって いる ところ は、 それ が オウライ の メ に はいる には あまり に ちかすぎた。 それ で なくて も ロウジン の うって いる ブリキ の コマ は もう イナカ の ダガシヤ で でも チンプ な もの に ちがいなかった。 タカシ は イチド も その オモチャ が うれた の を みた こと が なかった。
「ナニ を し に ジブン は きた の だ」
 カレ は それ が ジブン ジシン への コウジツ の、 コーヒー や バター や パン や フデ を かった アト で、 ときには フンヌ の よう な もの を かんじながら コウカ な フランス コウリョウ を かったり する の だった。 また ときには ロテン が ミセ を たたむ ジコク まで マチカド の レストラン に コシ を かけて いた。 ストーヴ に あたためられ、 ピアノ トリオ に うきたって、 グラス が なり、 ナガシメ が ひかり、 エガオ が わきたって いる レストラン の テンジョウ には、 ものうい フユ の ハエ が イクヒキ も まって いた。 しょざいなく そんな もの まで みて いる の だった。
「ナニ を し に ジブン は きた の だ」
 マチ へ でる と ふきとおる カラッカゼ が もう ヒトアシ を まばら に して いた。 ヨイ の ウチ ヒトビト が つかまされた ビラ の タグイ が フシギ に マチ の ヒトトコロ に ふきためられて いたり、 はいた タン が すぐに こおり、 おちた ゲタ の カナグ に まぎれて しまったり する ヨフケ を、 カレ は けっきょく は イエ へ かえらねば ならない の だった。
「ナニ を し に ジブン は きた の だ」
 それ は カレ の ナカ に のこって いる ふるい セイカツ の カンキョウ に すぎなかった。 やがて ジブン は こなく なる だろう。 タカシ は おもい ヒロウ と ともに それ を かんじた。
 カレ が ヘヤ で カンカク する ヨル は、 サクヤ も イッサクヤ も おそらくは ミョウバン も ない、 ビョウイン の ロウカ の よう に ながく つづいた ヨル だった。 そこ では ふるい セイカツ は シ の よう な クウキ の ナカ で テイシ して いた。 シソウ は ショダナ を うめる カベツチ に しか すぎなかった。 カベ に かかった セイザ ハヤミヒョウ は ゴゼン 3 ジ が 10 ガツ 20 ナンニチ に メモリ を あわせた まま ホコリ を かぶって いた。 よふけて カレ が ベンジョ へ かよう と、 コマド の ソト の ヤネガワラ には ゲッコウ の よう な シモ が おいて いる。 それ を みる とき に だけ カレ の ココロ は ほーっと あかるむ の だった。
 かたい ネドコ は それ を はなれる と ゴゴ に はじまる イチニチ が まって いた。 かたむいた フユ の ヒ が マド の ソト の マノアタリ を ゲントウ の よう に うつしだして いる、 その マイニチ で あった。 そして その フシギ な ヒザシ は だんだん スベテ の もの が カショウ に しか すぎない と いう こと や、 カショウ で ある ゆえ セイシンテキ な ウツクシサ に そめられて いる の だ と いう こと を ロコツ に して くる の だった。 ビワ が ハナ を つけ、 トオク の ヒダマリ から は ダイダイ の ミ が メ を うった。 そして ショトウ の シグレ は もう アラレ と なって ノキ を はしった。
 アラレ は アト から アト へ くろい ヤネガワラ を うって は ころころ ころがった。 トタン ヤネ を うつ オト。 ヤツデ の ハ を はじく オト。 カレクサ に きえる オト。 やがて さぁー と いう それ が セケン に ふって いる オト が きこえだす。 と、 しろい フユ の ヴェイル を やぶって チカク の ヤシキ から は ツル の ナキゴエ が おこった。 タカシ の ココロ も そんな とき には ナニ か シンセン な ヨロコビ が かんじられる の だった。 カレ は マドギワ に よって フウキョウ と いう もの が ソンザイ した ふるい ジダイ の こと を おもった。 しかし それ を ジブン の ミ に あてはめる こと は タカシ には できなかった。

 5

 いつ の ヒマ に か トウジ が すぎた。 そんな ある ヒ タカシ は ながらく よりつかなかった、 イゼン すんで いた マチ の シチテン へ いった。 カネ が きた ので フユ の ガイトウ を だし に でかけた の だった。 が、 いって みる と それ は すでに ながれた アト だった。
「×× どん あれ は イツゴロ だったけ」
「へい」
 しばらく みない アイダ に すっかり おとなびた ショウテンイン が チョウボ を くった。
 タカシ は その コウジョウ が わりあい すらすら でて くる バントウ の カオ が ヘン に みえだした。 ある シュンカン には カレ が ヒジョウ な イイニクサ を おしかくして いって いる よう に みえ、 ある シュンカン には いかにも ヘイキ に いって いる よう に みえた。 カレ は ヒト の ヒョウジョウ を よむ の に これほど とまどった こと は ない と おもった。 イツモ は コウイ の ある セケンバナシ を して くれる バントウ だった。
 タカシ は バントウ の コトバ に よって イクド も カレ が シチテン から ユウビン を うけて いた の を はじめて ゲンジツ に おもいだした。 リュウサン に おかされて いる よう な キモチ の ソコ で、 そんな こと を この バントウ に きかしたら と いう よう な クショウ も かんじながら、 カレ も やはり バントウ の よう な ムカンシン を カオ に よそおって ひととおり それ と イッショ に ショブン された もの を きく と、 カレ は その ミセ を でた。
 1 ピキ の やせおとろえた イヌ が、 シモドケ の ミチバタ で みにくい コシツキ を ふるわせながら、 フン を しよう と して いた。 タカシ は ナニ か ロアクテキ な キモチ に じりじり せまられる の を かんじながら、 ケンオ に たえた その イヌ の カラダツキ を、 おわる まで みて いた。 ながい カエリ の デンシャ の ナカ でも、 カレ は しじゅう ホウカイ に くっしよう と する ジブン を たえて いた。 そして デンシャ を おりて みる と、 イエ を でる とき もって でた はず の コウモリ は―― カレ は もって いなかった。
 アテ も なく デンシャ を おおう と する メ を カレ は ハンシャテキ に そらせた。 おもい ヒロウ を ひきずりながら、 ユウガタ の ミチ を かえって きた。 その ヒ マチ へ でる とき あかい もの を はいた、 それ が ミチバタ の ムクゲ の ネカタ に まだ ひっかかって いた。 タカシ には かすか な ミブルイ が かんじられた。 ――はいた とき には わるい こと を した と しか おもわなかった その あかい イロ に。――
 ユウガタ の ハツネツジ が きて いた。 つめたい アセ が きみわるく ワキノシタ を つたった。 カレ は ハカマ も ぬがぬ ガイシュツ スガタ の まま ぎょうぜん と ヘヤ に すわって いた。
 とつぜん アイクチ の よう な カナシミ が カレ に ふれた。 ツギ から ツギ へ あいする モノ を うしなって いった ハハ の、 ときどき する とぼけた よう な ヒョウジョウ を おもいうかべる と、 カレ は しずか に なきはじめた。
 ユウゲ を したため に カイカ へ おりる コロ は、 カレ の ココロ は もはや レイセイ に かえって いた。 そこ へ トモダチ の オリタ と いう の が たずねて きた。 ショクヨク は なかった。 カレ は すぐ 2 カイ へ あがった。
 オリタ は カベ に かかって いた、 セイザヒョウ を おろして きて しきり に メモリ を うごかして いた。
「よう」
 オリタ は それ には こたえず、
「どう だ。 ユウダイ じゃあ ない か」
 それから カオ を あげよう と しなかった。 タカシ は ふと イキ を のんだ。 カレ には それ が いかに ソウダイ な ナガメ で ある か が しんじられた。
「キュウカ に なった から キョウリ へ かえろう と おもって やって きた」
「もう キュウカ かね。 オレ は コンド は かえらない よ」
「どうして」
「かえりたく ない」
「ウチ から は」
「ウチ へは かえらない と テガミ だした」
「リョコウ でも する の か」
「いや、 そう じゃ ない」
 オリタ は ぎろと タカシ の メ を みかえした まま、 もう その サキ を きかなかった。 が、 トモダチ の ウワサ、 ガッコウ の ハナシ、 キュウカツ の ハナシ は しだいに でて きた。
「コノゴロ ガッコウ じゃあ コウドウ の ヤケアト を こわしてる ん だ。 それ が ね、 ロウドウシャ が ツルハシ を もって ヤケアト の レンガヘキ へ のぼって……」
 その げんに ジブン の のって いる レンガヘキ へ ツルハシ を ふるって いる ロウドウシャ の スガタ を、 オリタ は ミブリ を まぜて えがきだした。
「あと ヒトツキ と いう ところ まで は、 その ウエ に いて ツルハシ を あてて いる。 それから アンゼン な ところ へ うつって ヒトツ ぐゎん と やる ん だ。 すると おおきい やつ が どどーん と おちて くる」
「ふーん。 なかなか おもしろい」
「おもしろい よ。 それで タイヘン な ニンキ だ」
 タカシ ら は ハナシ を して いる と いくらでも チャ を のんだ。 が、 ヘイゼイ ジブン の つかって いる チャワン で しきり に チャ を のむ オリタ を みる と、 その たび カレ は ココロ が ハナシ から それる。 その コウデイ が だんだん おもく タカシ に のしかかって きた。
「キミ は ハイビョウ の チャワン を つかう の が ヘイキ なの かい。 セキ を する たび に バイキン は たくさん とんで いる し。 ――ヘイキ なん だったら エイセイ の カンネン が とぼしい ん だし、 トモダチガイ に こらえて いる ん だったら コドモ みたい な カンショウ シュギ に すぎない と おもう な―― ボク は そう おもう」
 いって しまって タカシ は、 なぜ こんな いや な こと を いった の か と おもった。 オリタ は メ を イチド ぎろと させた まま だまって いた。
「しばらく ダレ も こなかった かい」
「しばらく ダレ も こなかった」
「こない と ひがむ かい」
 コンド は タカシ が だまった。 が、 そんな コトバ で はなしあう の が タカシ には なぜか こころよかった。
「ひがみ は しない。 しかし オレ も コノゴロ は カンガエカタ が すこし ちがって きた」
「そう か」
 タカシ は その ヒ の デキゴト を オリタ に はなした。
「オレ は そんな とき どうしても レイセイ に なれない。 レイセイ と いう もの は ムカンドウ じゃ なくて、 オレ に とって は カンドウ だ。 クツウ だ。 しかし オレ の いきる ミチ は、 その レイセイ で ジブン の ニクタイ や ジブン の セイカツ が ほろびて ゆく の を みて いる こと だ」
「…………」
「ジブン の セイカツ が こわれて しまえば ホントウ の レイセイ は くる と おもう。 ミナソコ の イワ に おちつく コノハ かな……」
「ジョウソウ だね。 ……そう か、 しばらく こなかった な」
「そんな こと。 ……しかし こんな カンガエ は コドク に する な」
「オレ は キミ が その うち に テンチ でも する よう な キ に なる と いい と おもう な。 ショウガツ には かえれ と いって きて も かえらない つもり か」
「かえらない つもり だ」
 めずらしく カゼ の ない しずか な バン だった。 そんな ヨル は カジ も なかった。 フタリ が ハナシ を して いる と、 コガイ には ときどき ちいさい ヨブコ の よう な コエ の もの が ないた。
 11 ジ に なって オリタ は かえって いった。 かえる キワ に カレ は カミイレ の ナカ から ジョウシャ ワリビキケン を 2 マイ、
「ガッコウ へ とり に ゆく の も メンドウ だろう から」 と いって タカシ に わたした。

 6

 ハハ から テガミ が きた。
 ――オマエ には ナニ か かわった こと が ある に ちがいない。 それで ショウガツ ジョウキョウ なさる ツエダ さん に オマエ を みまって いただく こと に した。 その つもり で いなさい。
 かえらない と いう から ハルギ を おくりました。 コトシ は ドウギ を つくって いれて おいた が、 ドウギ は キモノ と ジュバン の アイダ に きる もの です。 じかに きて は いけません。――
 ツエダ と いう の は ハハ の センセイ の シソク で イマ は ダイガク を でて イシャ を して いた。 が、 かつて タカシ には その ヒト に アニ の よう な シボ を もって いた ジダイ が あった。
 タカシ は チカク へ サンポ に でる と、 チカゴロ は ことに ハハ の ゲンカク に であった。 ハハ だ! と おもって それ が み も しらぬ ヒト の カオ で ある とき、 カレ は よく ヘン な こと を おもった。 ――すーっと かわった よう だった。 また ハハ が もう カレ の ヘヤ へ きて すわりこんで いる スガタ が メ に ちらつき、 イエ へ ひきかえしたり した。 が、 きた の は テガミ だった。 そして くる べき ヒト は ツエダ だった。 タカシ の ゲンカク は やんだ。
 マチ を あるく と タカシ は ジブン が ビンカン な スイジュンキ に なって しまった の を かんじた。 カレ は だんだん コキュウ が セッパク して くる ジブン に キ が つく。 そして ふりかえって みる と その ミチ は カレ が しらなかった ほど の ケイシャ を して いる の だった。 カレ は たちどまる と はげしく カタ で イキ を した。 ある せつない カタマリ が ムネ を くだって ゆく まで には、 かならず どう すれば いい の か わからない イキグルシサ を イチド へなければ ならなかった。 それ が しずまる と タカシ は また あるきだした。
 ナニ が カレ を かる の か。 それ は とおい チヘイ へ おちて ゆく タイヨウ の スガタ だった。
 カレ の イチニチ は テイチ を へだてた ハイイロ の ヨウフウ の モクゾウ カオク に、 どの ヒ も どの ヒ も きえて ゆく フユ の ヒ に、 もう たえきる こと が できなく なった。 マド の ソト の フウケイ が しだいに あおざめた クウキ の ナカ へ ぼっして ゆく とき、 それ が すでに タダ の ヒカゲ では なく、 ヨル と なづけられた ヒカゲ だ と いう ジカク に、 カレ の ココロ は フシギ な イラダチ を おぼえて くる の だった。
「あああ おおきな ラクジツ が みたい」
 カレ は イエ を でて とおい テンボウ の きく バショ を さがした。 セイボ の マチ には モチツキ の オト が おこって いた。 ハナヤ の マエ には ウメ と フクジュソウ を あしらった ウエキバチ が ならんで いた。 そんな フウゾクガ は、 マチ が どこ を どう かえって いい か わからなく なりはじめる に つれて、 だんだん うつくしく なった。 ジブン の まだ イチド も ふまなかった ミチ―― そこ では コメ を といで いる オンナ も ケンカ を して いる コドモ も カレ を たちどまらせた。 が、 ミハラシ は どこ へ いって も、 おおきな ヤネ の カゲエ が あり、 ユウヤケゾラ に すんだ コズエ が あった。 その たび、 とおい チヘイ へ おちて ゆく タイヨウ の かくされた スガタ が せつない カレ の ココロ に うつった。
 ヒ の ヒカリ に みちた クウキ は チジョウ を わずか も へだたって いなかった。 カレ の みたされない ガンボウ は、 ときに たかい ヤネ の ウエ へ のぼり、 ソラ へ テ を のばして いる オトコ を ソウゾウ した。 オトコ の ユビ の サキ は その クウキ に ふれて いる。 ――また カレ は スイソ を みたした シャボンダマ が、 あおざめた ヒト と マチ と を ショウテン させながら、 その クウキ の ナカ へ ぱっと ナナイロ に うかびあがる シュンカン を ソウゾウ した。
 あおく すみとおった ソラ では ウキグモ が ツギ から ツギ へ うつくしく もえて いった。 みたされない タカシ の ココロ の オキ にも、 やがて その ヒ は もえうつった。
「こんな に うつくしい とき が、 なぜ こんな に みじかい の だろう」
 カレ は そんな とき ほど はかない キ の する とき は なかった。 もえた クモ は また つぎつぎ に シカイ に なりはじめた。 カレ の アシ は もう すすまなかった。
「あの ソラ を みたして ゆく カゲ は チキュウ の どの ヘン の カゲ に なる かしら。 あすこ の クモ へ ゆかない かぎり キョウ も もう ヒ は みられない」
 にわか に おもい ツカレ が カレ に よりかかる。 しらない マチ の しらない マチカド で、 タカシ の ココロ は もう ふたたび あかるく は ならなかった。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...