2018/02/28

ヨウネン ジダイ

 ヨウネン ジダイ

 ムロウ サイセイ

 1

 ワタシ は よく ジッカ へ あそび に いった。 ジッカ は すぐ ウラマチ の おくまった ひろい カジュエン に とりかこまれた こぢんまり した イエ で あった。 そこ は ゲンカン に ヤリ が かけて あって ヒノキ の おもい 4 マイ の ト が あった。 チチ は もう 60 を こえて いた が、 ハハ は マユ の アト の あおあお した 40 ダイ の イロ の しろい ヒト で あった。 ワタシ は チャノマ へ とびこむ と、
「ナニ か ください な」
 すぐ オカシ を ねだった。 その チャノマ は、 いつも トケイ の オト ばかり が きこえる ほど しずか で、 ヒジョウ に きれい に セイトン された セイケツ な ヘヤ で あった。
「また オマエ きた の かえ。 たったいま かえった ばかり なのに」
 チャダナ から カシザラ を だして、 キャク に でも する よう に、 よく ヨウカン や モナカ を もって だして くれる の で あった。 ハハ は、 どういう とき も カシ は ウツワモノ に いれて、 いつも トクベツ な キャク に でも する よう に、 オチャ を そえて くれる の で あった。 チャダナ や トショウジ は みな よく ふかれて いた。 ワタシ は ナガヒバチ を へだって すわって、 ハハ と ムカイアワセ に はなす こと が すき で あった。
 ハハ は コガラ な きりっと した、 イロジロ な と いう より いくぶん あおじろい カオ を して いた。 ワタシ は もらわれて いった イエ の ハハ より、 じつの ハハ が やはり きびしかった けれど、 ラク な キ が して はなされる の で あった。
「オマエ おとなしく して おいで かね。 そんな 1 ニチ に 2 ド も きちゃ いけません よ」
「だって きたけりゃ シヨウ が ない じゃ ない の」
「フツカ に イッペン ぐらい に おし よ。 そう しない と アタシ が オマエ を かわいがりすぎる よう に おもわれる し、 オマエ の ウチ の オカアサン に すまない じゃ ない かね。 え。 わかって――」
「そりゃ わかって いる。 じゃ、 1 ニチ に イッペン ずつ きちゃ わるい の」
「フツカ に イッペン よ」
 ワタシ は ハハ と あう ごと に、 こんな ハナシ を して いた が、 ジッカ と 1 チョウ と はなれて いなかった せい も ある が、 ヤクソク は いつも やぶられる の で あった。
 ワタシ は ハハ の カオ を みる と、 すぐに ハラ の ナカ で 「これ が ホントウ の オカアサン。 ジブン を うんだ オッカサン」 と ココロ の ソコ で いつも つぶやいた。
「オッカサン は なぜ ボク を イマ の オウチ に やった の」
「オヤクソク した から さ。 まだ そんな こと を わからなくて も いい の」
 ハハ は いつも こう こたえて いた が、 ワタシ は、 なぜ ワタシ を ハハ が あれほど あいして いる に かかわらず タケ へ やった の か、 なぜ ジブン で そだてなかった か と いう こと を うたがって いた。 それに ワタシ が たった ヒトツブダネ だった こと も ワタシ には ハハ の ココロ が わからなかった。
 チチ は、 すぐ トナリ の マ に いた。 しかし ヒルマ は たいがい ハタケ に でて いた。 ワタシ は よく そこ へ いって みた。
 チチ は、 ブドウダナ や ナシバタケ の テイレ を いつも ヒトリ で、 だまって やって いた。 ナリ の たかい ブシ-らしい ヒト で あった。
「ボウヤ かい。 ちょいと そこ を もって くれ。 うん。 そう だ。 なかなか オマエ は リコウ だ」 と、 チチ は ときどき てつだわせた。
 ハタケ は ひろかった が、 リンゴ、 カキ、 スモモ など が、 あちこち に つくって あった。 ことに、 アンズ の ワカギ が おおかった。 ワカバ の カゲ に よく うれた うつくしい アカネ と ベニ と を まぜた この カジツ が、 ハモレ の ヒカリ に やわらかく おいしそう に かがやいて いた。 あまり に うれすぎた の は、 ヒトリ で あたたかい オト を たてて チジョウ に おちる の で あった。
「オトウサン。 ボク アンズ が ほしい の。 とって も いい の」
「あ。 いい とも」
 ワタシ は、 まるで サル の よう に たかい キ に のぼった。 ワカバ は たえず カゼ に さらさら なって、 あの うつくしい コガネイロ の カジツ は ワタシ の フトコロ にも テ にも いっぱい に にぎられた。 それに、 キ に のぼって いる と、 キ が せいせい して チジョウ に いる より も、 なんとも いえない トクベツ な たかい よう な、 ジユウ で えらく なった よう な キ が する の で あった。 たとえば、 そういう とき、 ドウロ の ほう に ワタシ と おなじい ネンパイ の トモダチ の スガタ を みたり する と、 ワタシ は、 その トモダチ に なにかしら コエ を かけず には いられない の で あった。 ジブン の イマ あじわって いる コウフク を ヒト に しらさず に いられない うつくしい コドモゴコロ は、 いつも ワタシ を して コズエ に もたれながら かるい コオドリ を させる の で あった。
 ハタケ は、 イチヨウ に キソク ただしい ウネ や カコイ に よって、 たとえば タマナ の ツギ に エンドウ が あり、 その ウシロ に キュウリ の ツルダケ が ヒトカコイ、 と いう ジュンジョ に スベテ が せいぜん と した チチ の ケッペキ な セイカク と、 ムカシ 2 ホン の ダイショウ を コシ に した ゲンカクサ の アラワレ で ない もの は なかった。 チチ の ノライヌ を おう とき、 コヅカ でも なげる よう に、 コイシ は イヌ に あたった。 または カラス など を おう テツキ が、 やはり イッシュ の ケイシキテキ な ドウジョウグセ を もって いて、 ミョウ に ワタシ を して カンシン させる よう な ケンジュツ を おもわせる の で あった。
 チチ の イマ には、 その フスマ の オク や トダナ には、 おどろく べき タクサン の トウケン が おさめられて あった。 ワタシ は めった に みた こと が なかった が、 ぴかぴか と ウルシヌリ の ひかった サヤ や、 ツカ の サメ の ぽつぽつ した ヒョウメン や、 カケジルシ に むすんだ ツカイト の つよい コン の タカマリ など を、 よく チチ の カオ を みて いる と、 なにかしら カンレン されて おもいうかぶ の で あった。
 それに チチ は ヒジョウ に ケンコウ で あった。 ヘイゼイ は ハイク を かいて いた。 チチ は ブドウダナ から さす あおい コウセン の はいる マドサキ に、 シュウジヅクエ を もちだして、 よく タンザク を かいて いた。 イクマイ も イクマイ も かきそこなって、
「どうも よく かけん」
 など と いって、 うっちゃる こと が あった。 ハハ は そういう ヒ は、 ツギノマ で ヌイシゴト を して いた。 レイ の オト ヒトツ ない イエ の ナカ には ハッカク-ドケイ が、 かたこと と なって いる ばかり で あった。 チチ も ハハ も チャ が すき で あった。 フタリ で チャ を のんで いる とき、 ワタシ も アソビ トモダチ に あきて しまって、 よく そこ へ たずねて ゆく こと が あった。
 ワタシ は よく ハハ の ヒザ に もたれて ねむる こと が あった。
「オマエ ねむって は いかん。 オウチ で シンパイ する から はやく おかえり」 と チチ が よく いった。
「しばらく ねむらせましょう ね。 かあいそう に ねむい ん です よ」
 ハハ の いう コトバ を ワタシ は ユメウツツ に、 うっとり と とおい ところ に きいて、 イク-ジカン か を ぐっすり と ねむりこむ こと が あった。 そういう とき、 ふと メ を さます と、 わずか しばらく ねむって いた アイダ に、 トオカ も ハツカ も たって しまう よう な キ が する の で あった。 なにもかも わすれ あらいざらした カンビ な イッシュン の タノシサ。 その ユウエンサ は、 あたかも ゴゼン に あそんだ トモダチ が、 トオカ も サキ の こと の よう に おもわれる の で あった。
 ハハ は ワタシ の かえる とき は、 いつも ヨウカ の ハハ の オモワク を キ に して、 エリモト や オビ を しめなおしたり、 カオ の ヨゴレ や テアシ の ドロ など を きれい に ふきとって、
「さあ、 ミチクサ を しない で おかえり。 そして ここ へ きた って いう ん じゃ ありません よ」
「え」
「おとなしく して ね」
「え。 オッカサン。 さよなら」
 ワタシ は いつも かんじる よう な イッシュ の ムネ の せまる よう な オモイ で、 わざと それ を ココロ で まぎらす ため に ゲンカン を かけだす の で あった。 ハハ は、 いつも ながく モン の ところ に たって みおくって いた。

 2

 ワタシ は ヨウカ へ かえる と、 ハハ が いつも、
「また オッカサン の ところ へ いった の か」 と たずねる ごと に、 ワタシ は そしらぬ フリ を して、
「いえ。 オモテ で あそんで いました」
 ハハ は、 ワタシ の カオ を みつめて いて、 ワタシ の いった こと が ウソ だ と いう こと を よみわける と、 きびしい カオ を した。 ワタシ は ワタシ で、 しれた と いう こと が チョッカク される と ヒジョウ な ハンカンテキ な むらむら した キ が おこった。 そして 「どこまでも いかなかった と いわなければ ならない」 と いう ケッシン に、 しらずしらず カラダ が ふるう の で あった。
「だって オマエ が サト へ いって いた って、 オトモダチ が ミナ そう いって いました よ。 それに オマエ は いかない なんて、 ウソ を つく もん じゃ ありません よ」
「でも ボク は ウラマチ で あそんで いた ん です。 ミンナ と あそんで いた ん です」
 ワタシ は ゴウジョウ を はった。 「ダレ が いいつけた ん だろう」 「もし いいつけた ヤツ が わかったら ひどい メ に あわして やらなければ ならない」 と おもって、 あれ か これ か と トモダチ を ココロ で ブッショク して いた。
「オマエ が いかない って いう なら いい と して ね。 オマエ も すこし かんがえて ごらん。 ここ ん チ へ きたら ここ の イエ の モノ です よ。 そんな に しげしげ サト へ ゆく と セケン の ヒト が ヘン に おもいます から ね」
 コンド は やさしく いった。 やさしく いわれる と、 あんな に ゴウジョウ を いう ん じゃ なかった と、 すまない キ が した。
「え。 もう いきません」
「ときどき いく なら いい けれど ね。 なるべく は、 ちゃんと オウチ に おいで よ」
「え」
「これ を もって オヘヤ へ いらっしゃい」
 ハハ は ワタシ に ヒトツツミ の カシ を くれた。 ワタシ は それ を もって ジブン と アネ との ヘヤ へ いった。
 ハハ は しかる とき は ヒジョウ に やかましい ヒト で あった が、 かわいがる とき も かわいがって くれて いた。 しかし ワタシ は なぜ だ か したしみにくい もの が、 ハハ と ワタシ との コトバ と コトバ との アイダ に、 フダン の コウイ の スミズミ に はさまれて いる よう な キ が する の で あった。
 アネ は ヨメイリサキ から もどって いた。 そして ヒトリ で いつも さびしそう に ハリシゴト を して いた。 ワタシ は ツクエ の マエ に すわって だまって オサライ を して いた。
「ネエサン。 これ を おあがり」
 ワタシ は フトコロ から アンズ を とりだした。 うつくしい カジツ は まだ あおい ハ を つけた まま そこら に イクツ も ころがって でた。
「まあ。 オサト から とって いらしった の」
「ええ。 たいへん あまい の」
「では オカアサン には ヒミツ ね」
「そう。 イマ オサト へ いった って しかられちゃった ところ さ」
 アネ は だまって ヒトツ たべた。 アネ は イチニチ なにも いわない で いた。 わずか 1 ネン も よめいって かえって きた カノジョ は、 うまれかわった よう に、 インキ な、 かんがえぶかい ヒト に なって いた。
「ネエサン は オヨメ に いって ひどい メ に あった ん でしょう。 きっと」
「なんでも ない のよ」
 アネ は アト は だまって いた。 ワタシタチ は アンズ の タネ を そっと マド から トナリ の テラ の ケイダイ に すてた。
 アネ は イロイロ な キレルイ や ちいさな うつくしい ハコ や、 メ の あおい ニンギョウ や、 キヌ で こしらえた サイフ や、 ヨメイリサキ が カイガン だった と いう ので そこ で あつめた サクラガイ ヒメガイ チョウチンガイ など を タクサン に もって いた。 それ は ちいさな テサゲ-ダンス の ナカ に しまって あった。 ワタシ は それ を すこし ずつ わけて もらって いた。
「これ も すこし あげよう」
 ヒトツヒトツ すこし ずつ わけて くれた。 ワタシ は ことに ビレイ な トウメイ な カイ など を ワタ に くるんで、 やはり もらった ハコ に しまって おいた。 アネ は、 ことに キレ が すき で あった。 サマザマ な イロ の キヌルイ を タイセツ に もって いた。 どうした ハズミ だった か、 アネ の ナアテ の テガミ の タバ を みた こと が あった。
「それ ナアニ。 オテガミ! みせて ください」
 ワタシ は なにごころなく うばう よう に して とろう と する と、 アネ は あわてて それ を ウシロ に かくして、 そして あかい カオ を した。
「なんでも ない もの です よ。 アナタ に みせて も よめ は しない もの よ」
 ワタシ は アネ が あかく なった ので、 みて は わるい もの だ と いう こと を かんじた。 きっと、 アネ の トモダチ から きた ので、 ワタシドモ に しらして は ならない こと を かいて ある の だ と おもって、 ワタシ は ふたたび それ を みよう とは しなかった。
「カアサン に ね。 ネエサン が テガミ を もって いる って いう こと を いわない でしょう ね」
 アネ は シンパイ そう に いった。
「いわない とも」
「きっと」
「きっと だ」
 ワタシ は ちいさな チカイ の ため に ユビキリ を した。 アネ は オヨメ マエ とは やせて いた が、 それでも よく こえて がっしり した テ を して いた。 ワタシ は そういう ふう に、 だんだん アネ と ふかい シタシミ を もって きた。
 バン は アネ と ならんで ねた。
「ネエサン。 はいって いい?」
 など と ワタシ は よく アネ と イッショ の トコ に はいって ねる の で あった。 アネ は イロイロ な ハナシ を した。 イオウゼン の ハナシ や、 ホリ ムサブロウ など と いう、 カガ ハン の カワシ の ハナシ など を した。
 カガ ハン では カワシ と いう もの が あって、 アユ の キセツ や、 マス の キセツ には、 メノシタ 1 シャク イジョウ ある もの を とる ため の、 トクベツ な カワ の リョウシ で あって、 タイトウ を ゆるされて いた。 ことに ホリ ムサブロウ と いう の は、 カガ では オオカワ で ある テドリガワ でも、 オジョウカ サキ を ながれる サイカワ でも、 いたる ところ の ユウメイ な フチ や セガシラ を およぎさぐる こと が ジョウズ で あった。
 ゼンブショク から カメイ が ある と ホリ は いつも 48 ジカン イナイ には、 リッパ な アユ や マス を いけどって くる の で あった。 カレ は、 このんで、 ヌシ の すんで いる と いう ウワサ の ある フチ を およぎいる の で あった。 その コロ、 サイカワ の ジョウリュウ の オオクワ の フチ に、 ヌシ が いて よく ウマ まで も とられる と いう こと が あった。
 ホリ は その フチ の ソコ を さぐって みた。 ヨル の よう な ふかい セイジャク な ソコ は、 カラダ も しびれる ほど ひえきった シミズ が わいて いて、 まるで コオリ が はって いる よう な ツメタサ で あった。 その ソコ に ヒトツ の ヒトトリガメ が ぴったり と はらぼうて いた。 で、 ホリ は カメ の アシ の ワキノシタ を くすぐる と、 カメ は 2~3 ジャク うごいた。 まるで フシギ な おおきな イシ が うごく よう に。 ――その カメ の うごいた シタ に くらい アナ が あった。 カレ は そこ を くぐった。 ナカ は、 3~4 ケン も あろう と おもわれる ヒロサ で、 ヒジョウ に タクサン の マス が こもって いた。 ホリ は それ を テドリ に ヒツヨウ な だけ (カレ は ヒツヨウ イガイ の サカナ は とらなかった。) つかまえて、 アナ を はいでよう と する と、 レイ の ヒトトリガメ が ぴったり と イリグチ を ふたして いた。
 ホリ は また ワキバラ を くすぐって、 うごきだした スキ に アナ を はいでた。 ホリ は、 この ハナシ を した が ダレ も そこ へ はいって みる モノ が なかった。 それから と いう もの は ホリ は そこ を ユイイツ の 「マス の ゴリョウバ」 と して いた。
 その ホリ が ショウガイ で いちばん おそろしかった と いう ハナシ は、 クラガタケ の イケ を もぐった とき で あった。 この クラガタケ は、 カガ の ハクサン サンミャク も やがて トウホウ に つきよう と した ところ に、 こんもり と もりあがった ヤマ が あって、 そこ は ムカシ サッサ ナリマサ に せめたてられて ニゲバ を うしなった トガシ マサチカ が バジョウ から ジョウサイ の イケ に とびこんだ コセンジョウ で あった。 マイトシ カレ が ウマ と ともに とびこんだ と いう ウラボン の 7 ガツ 15 ニチ に、 いつも その ジョウモン の ついた クラ が うきあがった。 ナカ には クラ の うきあがった の を みた と いう ムラ の ヒト も あり、 その ヒ は べつに カワリ は ない けれど、 なんとも いえぬ イケ の ソコナリ が する と いう ヒト も あった。 フシギ な こと には、 ウマ と イッショ に とびこんだ トガシ マサチカ の スガタ が、 その オリ とうとう ういて こなかった こと で あった。
 その イケ は ふかく セイランショク の しずんだ イロ を みせて、 サザナミ ヒトツ たたない ヒ は、 いかにも その ソコ に ふかい エンコン に もえしずんだ ノブシ の レイコン が チンセン して いそう に おもわれる ほど、 セイジャク な、 シンピテキ な すごい シハイリョク を もって ヒトビト の シンケイ を ふるわせて くる と いう こと で あった。 ホリ は この デンセツ を きいて わらった。 そして、 カレ が この イケ の ソコ を タンケン する と いう こと が、 オジョウカマチ に なりひびいて ウワサ された の で あった。
 その ヒ、 ホリ は エモノ ヒトツ もたず に イケ に もぐりこんだ。 しずか な ゴゴ で あった。 カレ は かなり ながい アイダ スイメン に うかなかった が、 しばらく して うきあがって きた カレ は、 ヒジョウ な ソウハク な、 キョウフ の ため に たえず キンニク を ぴくぴく させて いた。 そして ナンピト にも その ソコ の ヒミツ を はなさなかった。 ナニモノ が いた か と いう こと や、 どういう ヌシ が すんで いた か と いう こと など、 ヒトツ も かたらなかった。 ただ カレ は カワシ と して の ショウガイ に、 いちばん おそろしい オドロキ を した と いう こと のみ を、 アト で ヒトビト に はなして いた。 それ と ドウジ に カレ は カワシ の ショク を やめて しまった。
 アネ は ハナシジョウズ で あった。 これ を はなしおえて も ワタシ は まだ ねむれなかった。 そして イロイロ な シツモン して アネ を こまらした。
「いったい イケ の ソコ に ナニ が いた ん でしょう」
「そりゃ わからない けれど、 やっぱり ナニ か おそろしい もの が いた ん でしょう ね」
「では イマ でも クラ が うく ん でしょう か」
「ヒト が そう いいつたえて いる けれど、 どう だ か わからない わ。 しかし こわい イケ だって」
 ワタシ は ハナシ サイチュウ に その クラガタケ を メ に うかべた。 それ は ツルギ カイドウ を だきこんだ ヒジョウ に ゆるやか な コウホウ で、 この ミネツヅキ では いちばん サキ に、 フユ は、 ユキ が きた。
「トガシ って サムライ は まだ イケ の ナカ に いきて いる の。 それとも しんで しまった の」
「それ が わからない の。 いきて いる かも しれない わ」
 アネ は おどかす よう に いって、
「もう おやすみ」 と いった。
 ワタシ は かるい キョウフ を かんじて アネ に ぴったり と だかれて いた。 アネ の ムネ は ひろく あたたかかった。 やがて ワタシ は アネ の あたたかい コキュウ を ジブン の ホオ に やさしく かんじながら ねむった

 3

 ワタシドモ の マチ の ウラマチ の どんな ちいさな イエイエ の ニワ にも、 カジツ の ならない キ とて は なかった。 アオウメ の コロ に なる と タマゴイロ した まるい やつ が、 コズエ いっぱい に たわみこぼれる ほど みのったり、 うつくしい マッカ な グミ の タマ が ヘイ の ソト へ しだれだした の や、 あおい けれど アマミ の ある リンゴ、 アンズ、 ユキグニ トクユウ の スモモ、 ケモモ など が みのった。
 ワタシドモ は ほとんど こうぜん と それら の カジツ を イシ を もって たたきおとしたり、 ヘイ に のぼって とったり した。 ちょうど ナナツ ぐらい の コドモ で あった ワタシドモ は、 そうした やさしい カジツ を リャクダツ して あるく ため には、 7~8 ニン ずつ タイ を くんで ウラマチ へ でかける の で あった。 それ を 「ガリマ」 と いって いた。
「ガリマ を しよう じゃ ない か」
 こう ハツゲン する モノ が ある と、 ミナ 1 タイ に なって カジュエン マチ へ でかけた。 しかし、 それ は ぜんぜん ドウロ の ほう へ キ の エダ が はみでた ブン の カジツ に かぎられて いた。 まるで ナンヨウ の ドジン の よう な、 あらい しかし ムジャキ な リャクダツタイ で あった。
 だから カジツ の キ を もつ イエイエ の ヒト は、 コドモ ら が ドウロ の ほう へ でた ブン の カジツ を とって いて も、 べつに とがめ も しかり も しなかった。 かえって、 ヒト の よい チュウネン の ハハ らしい ヒト が にこにこ わらって みて いる の も あったり した。
「ガリマ タイ の こない うち に」 と いって、 カジツ を キュウ に とりはじめる ウチ も あった。
 ワタシ も よく その 「ガリマ タイ」 に くわわった もの で あった。 「ガリマ タイ」 の すすんで いった アト の ドウロ は、 ちぎられた アオバ ワカバ が かわいた ミチ の ウエ に、 はげしい コドモ の イタズラ の アト を のこして ちらばって いた。
 ワタシタチ は アキチ の クサバ に ワ を つくって、 「ガリマ」 に よって えた カジツ を ミナ に ワケッコ を する の で あった。 そして、 ミナ こどもらしい しろい アシ を なげだして、 わいわい いいながら、 きわめて シゼン-らしい アソビ に ふける の だ。 イロイロ な ウチ の カジツ が それぞれ ことなった ミカク を もって いて、 コドモ ら は それ を あじわいわける こと が ジョウズ で あった。
 ワタシ も やはり ウラマチ を あるく と、 どこ の アンズ が うまくて、 あそこ の リンゴ が まずい と いう こと を よく しって いた。 「ガリマ タイ」 が じんどって いる と、 そこら に あそんで いた オンナ の コドモ ら も、 ミナ いいあわした よう に あつまって くる の で あった。
「キミラ にも わける よ。 ミナ フタツ ずつ だよ」
 など と いって、 にこにこ して いる ショウジョ たち に ミナ ビョウドウ に わけあたえる こと も、 イツモ の レイ に なって いた。 オンナ の コ ら は やや はにかみながら も、 「ガリマ タイ」 の ナカ に ニイサン など も いる ので、 ミナ したしく わけて もらって、 タイ を はなれて あそぶ の で あった。
 イツゴロ から そういう フウシュウ が あった の か しらない が、 それ が けっして フシゼン な ところ が なく、 また ヒジョウ に わるびれた ところ が、 みえなかった。
「すこし のこして いって おくれ、 みな とられる と オジサン の ブン が なくなる じゃ ない か」 と いう ウチ も あった。
 そんな ウチ は イイカゲン に して ひきあげた。 どちら も にこにこ して いる アイダ に、 しぜん と とりかわされた レイセツ が、 コドモ ら の ビンカン な ココロ を やわらげる の で あった。
 ワタシ は ツブテ を うつ こと が すき で あった。 ヒジョウ に たかい キ の テッペン には、 ことに アンズ など は、 リッパ な おおきな やつ が ある カギリ の ヒカリ に おごりふとって、 コガネイロ に よく かがやいて いた。 そんな とき は、 ツブテ を うって、 フイ に コズエ に ヒジョウ な シンドウ を あたえた ハズミ に その アンズ を おとす より ホカ に ホウホウ は なかった。
 ワタシ は テゴロ な コイシ を もつ と、 ぴゅう と カゼ を きって コズエ を めがけて なげる の で あった。 ツブテ は アオバ の アイダ を くぐったり、 ふれた アオバ を きったり して、 はっし と コズエ に あたる の で あった。 たいがい よく うれきった アンズ の ガク は よわく なって いて、 うつくしい エンケイ を えがいて ハナビ の よう に おちて くる の で あった。 そういう とき は、 コドモ ら は イッセイ に カンキ に もえた コエ を あげた。
 ワタシ は また よく カワギシ へ でて、 ツブテ を うったり した もの で あった。 ともかく、 ワタシ の ツブテ は、 アソビ トモダチ の ナカ でも ヒジョウ な ウデキキ と して ソウオウ な ソンケイ を はらわれて いた。 たとえば、 A の マチ の 「ガリマ タイ」 と、 B の マチ の 「ガリマ タイ」 と が、 よく しずか な ウラマチ で でっくわす こと が あった。 そんな とき は、 すぐに ケンカ に なった。 そんな とき は、 たいがい イシ を なげあう ので、 ワタシ が いちばん ヤク に たった。
 ワタシ は いつも テキ の アタマ を こす くらい に うった。 ヒトツ から フタツ、 ミッツ と いう ジュンジョ に、 ヤツギバヤ に うつ の が トクイ で それ が テキ を して いちばん こわがらせる の で あった。 ワタシ は たいがい オドカシ に やって いた が、 ツブテウチ の メイジン と して、 ワタシ が タイ に いる と テキ は イイカゲン に して ひきあげる の で あった。
 ケンカ が ハクヘイセン に なる と、 ずいぶん ひどい ナグリアイ に なる の で あった。 サオ や ステッキ で テキ も ミカタ も めちゃくちゃ に なる まで、 やりつづける の で あった。 ワタシ は クミウチ が うまかった。 そのかわり 4~5 ニン に くみしかれて アタマ を がんがん はられる こと も すくなく なかった。 ワタシ は どういう とき にも かつて なかなかった ため に、 ナカマ から ユウカン な モノ の よう に おもわれて いた が、 ココロ では いつも ないて いた の だ。

 4

 ショウガッコウ では いちばん ショウカ が うまかった。 サクブン も ズガ も まずかった。 ワタシ は いつのまにか イエ で おとなしかった が ガッコウ では アバレモノ に なって いた。 ワタシ は よく ケンカ を した。 ケンカ を する たび ごと に ワタシ が くわわって いて も いなくて も、 ワタシ が ホットウニン に させられた。 そして 「オノコリ」 に よく あった。
 ワタシ は たえず フアン な、 ムネ の すく なる よう な キ で ガッカ の はてる の を まった。 それ は センセイ が ワタシ の ヨミカタ ヒトツ が ちがって いて も、 ホカ の モノ が まちがって いて は そう では なかった が、 ワタシ だけ は いつも イノコリ を めいぜられた から で あった。 「キョウ も やられる かなあ」 と かんがえて いる と、 きっと、
「ムロウ、 かえって は いけない」 と イノコリ の メイレイ に あった。
 ワタシ の ちょいと した ヨミチガイ でも そう だ。 ことに ケンカ から うたがわれて 1 シュウカン も キョウシツ に のこされた こと は、 ほとんど イツモ の こと で あった。 ワタシ の おかさない ツミ は いつも ワタシ の ベンカイ する イトマ なく ワタシ の ウエ に くわわって いた。 ワタシ は ダレ にも いいたい だけ の ベンカイ が できなんだ。
 ワタシ は キョウシツ の さびしい がらん と した シツナイ に、 1 ジカン も 2 ジカン も センセイ が やって きて 「かえれ」 と いう まで たって いなければ ならなかった。 ガクユウ の かえって ゆく いさましい ムレ が、 そこ の マド から マチ の イッカク まで ながめられた。 ミナ ユカイ な、 よろこばしげ な、 あたたかい カテイ を さして いった。 カレラ の かえって ゆく ところ に カレラ の イチニチ の ベンガク を むくゆる ため の うつくしい コウフク と イシャ と が、 その ひろい あたたかい ツバサ を ひろげて いる よう に さえ おもわれた。 ワタシ は ソト の リョクジュ や、 ウチ に いる アネ の やさしい ハリシゴト の ソバ で ハナシ する ユカイ を かんがえて、 たえず ウサギ の よう に ミミ を たて、 いまにも センセイ が きて かえして くれる か と、 それ を イッシン に まって いた。
 ワタシ は キョウシツ の ガラス が ナンマイ ある か と いう こと、 いつも ワタシ の たたされる ハシラ の モクメ が イクツ ある か と いう こと、 ボールド に イクツ の フシアナ が ある か と いう こと を しって いた。 ワタシ は シマイ には マド から みえる ジンカ の ヤネガワラ が ナンジュウマイ あって、 ハスカイ に ナンマイ ならんで いる か と いう こと、 ハスカイ の キテン から シタ の ほう の キテン が けっして マイスウ を おなじく しない テン から して、 ほとんど シカク な ヤネ が、 けっして シカク で ない こと など を そらんじて いた。
 タクサン の セイト の マエ で、
「オマエ は イノコリ だ」
 こう センセイ から センゲン される と、 タクサン の セイト ら に たいして ワタシ は わざと 「イノコリ なんぞ は けっして こわく ない」 と いう こと を しめす ため に、 いつも さびしく ビショウ した。 ココロ は あの キンソクテキ な ゼツボウ に ふたせられて いる に かかわらず、 ワタシ は いつも ビショウ せず には いられなかった。
「ナニ が おかしい の だ。 バカ」
 ワタシ は よく どなられた。 そんな とき、 ワタシ は ワタシ ミズカラ の ココロ が どれだけ ひどく ゆれ かなしんだ か と いう こと を しって いた。 おさない ワタシ の ココロ に あの ひどい アレヨウ が、 ヒビ の はいった カメ の よう に ふかく きざまれて いた。 ワタシ は ときどき、 あの センセイ は ワタシ の よう に コドモ の とき が なかった の か、 あの センセイ の イマ の ココロ と、 ワタシ の オサナゴコロ と が どうして あう もの か と さえ おもった。
 しかし ワタシ は センセイ に にくまれて いる と いう、 シンリジョウ の コンポン を みる ほど ワタシ は オトナ では なかった。 ワタシ は にくまれて いた。 ――ワタシ は、 センセイ の ため ならば なんでも して あげたい と おもって いた。 ワタシ の ショユウヒン、 ワタシ の スベテ の もの を ささげて いい から、 この くるしい イノコリ から のがれたい と おもって いた。 その ハンメン に ワタシ は ときどき、 とても コドモ が かんじられない ふかい ザンコクサ の シッペガエシ と して、 あの センセイ が この ガッコウ へ でられない よう に する ホウホウ が ない もの か とも かんがえて いた。 そういう カンガエ は とうてい ジツゲン できなかった し、 また、 そういう カンガエ を もつ こと も おそろしい こと に おもって いた。
 ウチ では マイニチ イノコリ を くう ため に ハハ の キゲン が わるかった。 めずらしく イノコリ を されなかった ヒ は、 コンド は ハハ が やはり イノコリ に された ん だろう と いって せめた。 ワタシ は どう すれば よい か わからなかった。
 ワタシ は ヒトケ の ない しんと した キョウシツ で、 ヒトリ で ナミダ を ながして いた。
「ね。 はやく かえって いらっしゃい。 アナタ さえ おとなしく して いりゃ センセイ だって きっと イノコリ は しなく なって よ。 アナタ が わるい のよ。 みな ジブン が わるい と おもって ガマン する のよ。 えらい ヒト は ミナ そう なん だわ」
 こう いって くれた アネ の コトバ が しきり に おもいだされて いた。 ワタシ は しらずしらず キョウダン の ほう へ いって、 ボールド に ネエサン と いう ジ を かいて いた。 ワタシ は その ジ を イクツ も かいて は けし、 けして は かいて いた。
 その モジ が ふくむ ヤサシサ は せめても ワタシ の ナグサメ で あった。 アネ の ヘヤ の ナカ が メ に うかんだ。 アネ の さびしそう に すわって いる スガタ が メ に はいった。 ワタシ は ないた。
 その とき、 とつぜん キョウシツ の ト が ひらいた。 そして センセイ の アバタヅラ が でた。 ワタシ は メ が くらむ ほど びっくり して、 シテイ された ハシラ の ところ へ いって ボウダチ に なった。 ワタシ の クウソウ して いた ハナ の よう な テンゴクテキ な クウソウ が、 まるで カタチ も ない ほど こわされた の で あった。
「ナニ を して いる ん だ。 なぜ いいつけた ところ に たって いない ん だ」
 ワタシ は カタサキ を ひどく こづかれた。 ワタシ は よろよろ と した。 ワタシ は ヒジョウ な はげしい イカリ の ため に ヒザ が がたがた ふるえた。 ワタシ は だまって うつむいて いた。 ナニ を いって も ダメ だ。 なにも いうまい と ココロ で ちかった。 アネ も そう いって くれた の だ。
「なぜ センセイ の イイツケドオリ に しない の だ」
 この とき、 ワタシ は ヨコガオ を はられた。 ワタシ は ヒダリ の ホオ が しびれた よう な キ が した。 それでも ワタシ は だまって いた。 ワタシ は ここ で ころされて も モノ を いうまい と いう ふかい ケンメイ な ニンタイ と ドリョク との ため に、 ワタシ は ワタシ の クチビル を かんだ。 ワタシ は この ゼンセカイ の ウチ で いちばん フコウモノ で、 いちばん ひどい クルシミ を おって いる モノ の よう に かんじた。
「よし キサマ が だまって いる なら、 いつまでも そこ に たって おれ」
 こう センセイ は いって あらあらしく キョウシツ を でて いった。 ワタシ は やっと カオ を あげる と、 イマ まで こらえて いた もの が イチド に ムネ を かきのぼった。 カオ が ヒ の よう に ギャクジョウ した。 ワタシ は いたい ホオ に テ を やって みて、 そこ が はれて いる こと に キ が ついた。 ワタシ は はられた とき、 もうすこし で センセイ に くみつく ところ で あった。 けれども こらえた。
 ワタシ は もう ゴゴ 5 ジ-ゴロ の よう に おもった。 そして マド から みて いる と センセイ がた は ミナ かえって いった。 その ナカ に ワタシ の センセイ も いた。 そう だ。 センセイ が かえって は、 もう とても かえして くれる モノ が いない の だ。
 ワタシ は すぐに ジブン の セキ から カバン を とる と、 さっさと かえった。 ソト は たのしかった。 ウチ へ かえる と ハハ は コゴト を いった。
「また イノコリ でしょう」
 ワタシ は アネ の ヘヤ へ はいる と もう メ に いっぱい の ナミダ が たまった。 アネ は すぐに チョッカク した。 ワタシ は アネ に すがりついて こころゆく まで ないた。
「アナタ の センセイ も ひどい カタ ね。 ちょいと おみせ。 まあ かわいそう に ね」
 アネ は ワタシ の ホオ を なでて、 ナミダ を ためた メ で ワタシ を みつめた。 ワタシ は ムネ が いっぱい で モノ が いえなかった。 いいたい こと が たくさん あった。 しかし どうしても クチ へ でなかった。
「アタシ センセイ に あって あんまり ひどい って いって やろう かしら」
 アネ は コウフン して いった。
「いけない。 いけない。 そんな こと を いったら どんな メ に あう か しれない の」
 ワタシ は アネ を ゆかせまい と した。
 ヨクジツ おきる と ワタシ は しぶりながら トウコウ の ミチ を いった。 ワタシ は キノウ にげて かえった の を とがめられる フアン や、 また あの ながい イノコリ を おもう だけ でも キ が めいりこむ の で あった。 アメ は リョウガワ の ふかい ヒサシ から も ながれて いた。 ホカ の ドウキュウセイ は ミナ ゲンキ に あるいて いった。 ワタシ は ガッコウ の 「ノマチ ジンジョウ ショウガッコウ」 と ふとい スミ で かいた モン の ところ で、 キョクド の ケンオ の ため に ロウゴク より も いまわしく のろう べき ケンチク ゼンタイ を みた。 「ワタシ は なぜ こんな ところ で モノ を おそわらなければ ならない か」 と いう ココロ に さえ なった。 あの ショウカ の コゾウ さん の よう に なぜ ジユウ な セイカツ が できない の か と さえ おもった。
 センセイ は そしらぬ フリ して いた。 ワタシ は よろこんだ。 ワタシ が いつまでも キノウ のこって いた もの だ と おもって いる の だ と、 ココロ を やすんじて いた。 5 ゲン が すむ と セイト が ギョウレツ を つくって ゲタバコ の ほう へ ゆく の で あった。 ワタシ も 「キョウ こそ はやく かえれる の だ」 と ひそか に ココロ を おどらせた。 そして、 センセイ の マエ を とおろう と する と、
「オマエ は いのこる ん だ」
 いきなり エリクビ を つかんで、 ギョウレツ から ひきずりだされた。 まるで スズメ の よう に だ。 ワタシ は かっと した。 ハラワタ が しぼられた よう に ちぢみあがった。 マッカ に なった。 ものの 2 フン も たつ と ワタシ は よく ならされた コウガンサ に、 その ずうずうしい キモチ が すっかり ジブン の ココロ を シハイ しだした こと を かんじた。 「どう に でも なれ」 と いう キ に なった。 ワタシ の メ は イツモ の よう に じっと うごかなく なった。 アタマ から アシ まで 1 ポン の ボウ を さしとおされた よう な、 しっかり した ココロ に たちかえって いた。
 ワタシ は キノウ の よう に キョウシツ に たって いた。
「1 マイ 2 マイ 3 マイ……」
 と、 ジンカ の ヤネガワラ を よみはじめた。 ナンド も ナンド も よみはじめた。 キ が おちつく と、 だんだん カワラ の カズ が わからなく なった。 メ が いっぱい な ナミダ を ためて いた。
 ワタシ は、 センセイ の みにくい ぽつぽつ に アナ の あいた テンネントウ の アト の ある ホオ を おもいうかべた。 それ が おこりだす と、 ヒトツヒトツ の アナ が ヒトツヒトツ に あかく そまって いった。 そんな とき、 ワタシ は いつも なぐられた。 チョーク の コナ の ついた おおきな テ が、 いつも うつむいて シュクメイテキ な カシャク に ふるえて いる ワタシ の メ から は、 いつも それ が ニンゲン の テ で なくて 1 ポン の コンボウ で あった。 その コンボウ が うごく たび ごと に、 ワタシ の ゼンシン の チュウイリョク と ケイカイ と フンヌ と が どっと アタマ に あつまる の で あった。 ワタシ の イカリ は まるで ワタシ の ハラ の ソコ を ぐらぐら させた。
 その ヒ は ワタシ の ホカ に、 まずしい ボロ を きた ヒンミンマチ の ドウキュウセイ が ワタシ と おなじ よう に のこされて いた。 カレ は だまって いた。 カレ は おもしろそう に ソト を みて いた。 ワタシ は カレ が たって いる と、 さぞ ワタシ の よう に アシ が だるい だろう と おもって いった。
「キミ は コシカケ に いたまえ。 センセイ が きたら いって やる から」
「そう か」
 と、 いって カレ は コシカケ に すわった。 カレ は ヘヤ の オク の ほう に いた の だ。 ワタシ は イリグチ に いた ので、 センセイ が くれば みえる の で あった。
 センセイ が きた。 ワタシ は すぐ カレ に チュウイ した。
 センセイ は、 ワタシ の ほう へ こない で カレ の ほう へ いって ナニ か コゴエ で しかって いた。 カレ は ないて あやまって いた。 きたない カオジュウ を ナミダ で あらう に まかせた フタメ と みられない カオ で あった。
「では かえんなさい」
 カレ は ゆるされて でて いった。 コンド は ワタシ の ほう へ きた。
「なぜ キノウ ゆるし も しない のに かえった の だ。 キサマ ぐらい ゴウジョウ な ヤツ は ない」 と いった。
 ワタシ は 「また なぜ が はじまった」 と ココロ で つぶやいた。
「なんとか いわない か。 いわん か」
 ワタシ は その コエ の おおきな の に びっくり して メ を あげた。 ワタシ は キョクド の エンコン と クツジョク と に ならされた メ を して いた に ちがいない。
「なぜ センセイ を にらむ の だ」
 ワタシ は イカリ の ヤリバ が なくなって いた。 ワタシ は カバン の ソコ に しまって ある ナイフ が ちらと アタマ の ナカ に うかんだ。 とつぜん テンジョウ が ツイラク した よう な、 メ を ふさがれた よう な キ が して、 ワタシ は ソットウ した。 とても コドモ の ワタシ には しょいきれない ニモツ を おった よう に だ。
 ワタシ は まもなく センセイ に おこされた。 ワタシ は キゼツ した の で あった。 ワタシ は ユメ から さめた よう に、 ぼんやり アタマ の ナカ の かんがえる キカイ を そっくり もって ゆかれた よう な キ が して いた。
 センセイ は キュウ に やさしく、
「おかえりなさい。 キョウ は これ で いい から」
 と、 ワタシ は オモテ へ でる こと が できた。 ワタシ は 「おおきく なったら……」 と ふかい ケッシン を して いた。 「もっと おおきく なったら……」 と ジベタ を ふんだ。 ワタシ の ココロ は まるで ぎちぎち な イシコロ が いっぱい つまって いる よう で あった。 ワタシ は この ヒ の こと を ハハ にも アネ にも いわなかった。 ただ ココロ の そこふかく ワタシ が ただしい か ただしく ない か と いう こと を ケッテイ する ジキ を まって いた。

 5

 9 サイ の フユ、 チチ が しんだ。
 アサ から ふりつもった はげしい ユキ は、 もう ワタシ が かけつけた コロ は シャクヨ に たっして いた。 チチ の カラダ は シラギヌ の ヌノ で おおわれて いた。 その ウエ に リッパ な ヒトコシ が どっしり と アクマヨケ に のせられて あった。 チチ は ロウスイ で 2~3 ニチ の ガショウ で ねむる よう に いった。
 オソウシキ の ヒ は、 やはり ユキ が ちらちら ふって いた。 ハハ と イッショ に だかれる よう に クルマ に のった。 トチュウ ユキ が タイヘン で、 ギョウレツ が おくれがち で あった。
 ワタシ は それから は ヒジョウ な インキ な ヒ を おくって いた。 チチ の あいして いた シロ と いう イヌ が、 いつも ワタシ の ソバ へ ふらふら やって きた。 ケナミ の つやつやしい ジュンパク な イヌ で あった。
 ある ヒ、 ワタシ は ジッカ へ ゆく と ごたごた して いて、 オオゼイ の ヒト が でたり はいったり して いた。 ハハ は ワタシ に オトウサン の オトウト さん が エッチュウ から きた の だ と いって いた。 4~5 ニチ する と ハハ が いなく なって、 みしらない ヒト ばかり いた。 ハハ は おいだされた の で あった。
 ハハ は ワタシ にも ワカレ の コトバ も いう ヒマ も なかった の か、 それきり ワタシ は あえなかった。 ハハ は チチ の コマヅカイ だった ので、 チチ の オトウト が おいだした こと が わかった。 ワタシ は あの ひろい ニワ や ハタケ を ニド と みる こと が できなかった。 いつも チャノマ で ナガヒバチ で むかいあって はなした ジョウヒン な おとなしい ハハ は どこ へ いった の だろう。 ワタシ は ハハ にも アネ にも だまって いた。 ハハ は その こと を クチ へも ださなかった。 ワタシ は ヒマ さえ あれば、 シロ を つれて マチ を あるいて いた。
「シロ! こい」
 チチ が なくなって から、 ねむる ところ も ない この あわれ な イキモノ は、 ナンピト より も ワタシ を すいて いた らしかった。 ワタシ は この イキモノ と イッショ に いる と、 なにかしら チチ や ハハ に ついて、 ひきつづいた カンジョウ や、 コトバ の ハシバシ を かんじえられる の で あった。 ワタシ は どこ か で ハハ に あい は せぬ か と、 ちいさい ココロ を いためながら、 ある とき は ずっと トオク の マチ まで あるきまわる の で あった。 ハハ と おなじい トシゴロ の オンナ に あう と、 ワタシ は はしって いって カオ を のぞきこむ の で あった。 ワタシ の この むなしい ドリョク は いつも はたされなかった。
 アネ は よく ワタシ の この ココロモチ を しって いた。 アネ は もう ヨメ には ゆかなかった。 いつも カジ の ヒマヒマ には ヘヤ に いて しずか に ハリシゴト で ヒ を くらして いた。 そして ワタシ が ひっそり と オクニワ へ いれて おいた シロ に、 ゴハン を やったり して くれた。 シロ は もう ワタシ の イエ を はなれなかった。 ワタシ は よく ニワ へ でて シロ と すわって、 ふかい カンガエゴト を して いたり して いた。 ワタシ は だんだん こどもらしく ない、 むっちり と した、 だまった コドモ に なった。
 シロ の こと で よく ハハ から コゴト が でた。
「そんな イヌ なぞ どう する の。 あっち い はなして いらっしゃい」 と よく いわれた もの だ。
 ワタシ は、 わざと はなし に ゆく よう に みせて カワラ へ など いって あそんで いた。
「シロ! いけ」
 けしかける と シロ は タイガイ の イヌ を まかした。 ワタシ は そうして ジカン を つぶして かえって きて、
「はなして きました」 と ホウコク して おいた。
 その とき は もう シロ は オクニワ に はいって まるまる と ねて いた。 ハハ は こまって いた が、 ワタシ が ああした ウソ を つく こと を しらなかった。 シマイ には、 デイリ の ダイク に たのんで ハハ は はなさせた が、 やっぱり かえって きた。 そんな とき、 ワタシ は うれしかった。
「ミチ を わすれない で かえって こい。 きっと こい」
 ワタシ は ダイク が もって ゆく とき に、 ココロ の ナカ で つぶやく の で あった。
 アネ は、
「あんな に なついた ん だ から おいて やったら どう でしょう」 と ハハ に いったり した。
「でも オサト の イヌ だし、 なんだか キミ が わるくて ね」 と いって いた。 そして ワタシ には、
「あんまり シロ シロ って かわいがる から ウチ から ソト へ いかない ん だよ」 と、 コゴト を いって いた。
 けれども ワタシ は シロ を あいして いた。
 ある さむい ユキ の バンガタ の こと で あった。 ワタシ は だんだん くれしずんで ユキ が あおく なって みえる モン の マエ で、 いつまでも やむ こと の ない キタグニ の ながい コウセツキ を ココロ で いといながら、 あの なんとも いわれない さびしい オト と いう オト の はたと やんだ しずか な マチ を、 さむげ に コシ を まげて ちぢんだ よう に ゆく オウライ の ヒト を ながめて いた。 キンザイ の ヒト で あろう。 ミナ いそがしげ に、 しかも オト の ない ユキミチ を ゆく の を えも いわれず さびしく みおくって いた。 どの ヒト を みて も やせて さむげ で あった。
 ワタシ は ふと キ が つく と、 シロ が ぐったり うなだれて、 しかも ミミ から センケツ を しろい ケナミ の アタリ に、 いたいたしく ながしながら かえって くる の を みた。 ワタシ は かっと なった。
「シロ! ダレ に やられた の だ」
 ワタシ は この あわれ な ドウブツ に ほとんど ソウゾウ する こと の できない ほど の ふかい アイ を かんじた。 そして この ミミ を かんだ アイテ の イヌ に むくいなければ ならなかった。
「シロ! いけ。 どこ で やられた の だ」
 ワタシ は シロ と ともに むやみ に コウフン して、 シロ の きた ほう の ミチ を はしった。 シロ は たかく ほえて ワタシ より サキ に はしった。
 シロ は ウラマチ の ある イエ の モン の ところ で、 キュウ に うなりだした。 モン の ナカ から クロシロ の ハンテン の ある おおきな イヌ が とびだした。 シロ は ワタシ と いう カセイ に ゲンキ-づけられた ため に、 いきなり とびついた。 けれども シロ は ちいさかった ため に アオムケ に くみしかれた。 シロ は ヒメイ を あげた。 ワタシ は もう ガマン が できなかった。 いきなり ゲタ を ぬぐ と ユキ の ナカ を スアシ に なって、 ウエ に のりかかって いる シロ の テキ を めちゃくちゃ に ひっぱたいた。 テキ は ヒメイ を あげた。 シロ は その スキ に おきあがって カンゼン に テキ を くみしいて かみついた。
「シロ。 しっかり やれ。 ボク が ついて いる」
 ワタシ は ツメタサ も しらない で ユキ の ウエ を とんとん ふんだ。 シロ は かった。
 そこ へ モン の ナカ から ワタシ とは 2 キュウ ウエ の ショウネン が でて きた。 そして コンド は ジブン の イヌ に けしかけた。
「ナマイキ いうな。 キサマ の イヌ より ボク の ヤツ は つよい ん だ」
 ワタシ は カレ の マエ へ とびかかる よう に すすんだ。
「そんな きたない イヌ が つよい もん か」
 カレ は マッサオ に なって いった。
「イヌ より キミ の ほう が あぶない よ。 ウチ へ はいって いた ほう が いい よ」
「ちいさな くせ に ナマイキ を いうな」
「もう イチド いえ」
 こう ワタシ は いって おいて、 いきなり トクイ の クミウチ を やった。 ワタシ は カレ の セ を リョウテ で しっかり だいて、 くるり と、 コシ に かけて ユキ の ウエ に なげつけた。 そして ワタシ は ウマノリ に なって ジブン で どれだけ なぐった か おぼえない ほど なぐった。 ワタシ は ケンカ は はやかった。 そして ヒジョウ な ビンカツ な、 イナズマ の よう に やって しまう の が トクイ で あった。
 ワタシ は ゲタ を はいて シロ と かえりかけた。 やっと おきあがった カレ は、 「おぼえて いろ」 と いった。 ワタシ は レイショウ して かえった。 ワタシ は それから ミチ で シロ を なでて やった。 そして 「まけたら かえるな」 と いって きかせた。
 ある ヒ、 ガッコウ から の カエリミチ の こと で あった。 ウラマチ の ヘイ の ところ に ジョウキュウセイ らしい ワタシ とは おおきい ショウネン が 3 ニン かたまって、 ワタシ の ほう を むいて ささやきあって いた。 キ が つく と、 コノアイダ の イヌ の ケンカ の とき の ジョウキュウセイ が まじって いた。 ワタシ は チョッカクテキ に マチブセ を くって いる こと を しった。 ワタシ は すぐ カバン の カワヒモ を といて、 サキ の ほう を かたく むすんだ。 ワタシ の ヨウイ は、 カレラ の マエ に まで あるいて ゆく うち に ととのって いた。
 レイ の ショウネン は いきなり ワタシ の マエ に たちふさがった。
「コノアイダ の こと を おぼえて いる か!」
 カレ は イッポ マエ へ すすんだ。
「おぼえて いる。 それ が どうした の だ。 シカエシ を する キ か」
 カレ は いきなり とびつこう と した。 ワタシ の ふった カワヒモ は ひゅう と カゼ を きって、 カレ の コウノウ を たたいた。 カレ は ふらふら と した。 その とき まで だまって いた カレ の トモダチ が ミギ と ヒダリ と から とびつこう と した。 ワタシ は また カワヒモ を ならした。 その スキ に ワタシ は アシ を けりあげられた。 ヒザザラ が しびれた。 ワタシ は たおれた。 そして ワタシ は めちゃくちゃ に たたかれた。 ワタシ は カレラ が さった アト で メマイ が して、 やっと イエ へ かえった。 しかし ヨクジツ は もう ゲンキ に なって いた。
 ガッコウ の ベンジョ で キノウ の ナカマ の ヒトリ に あった。 ワタシ は コエ をも かけず に その ジョウキュウセイ を ウシロ から はりつけて おいて、 シックイ の ウエ へ なげとばした。
 カエリ に レイ の ジョウキュウセイ が 5~6 ケン サキ へ ゆく の を よびとめる と カレ は にげだした。 ワタシ は すぐさま テゴロ な コイシ を ひろった。 ツブテ は カレ の クルブシ に あたった。 カレ は たおれた。 ワタシ は カレ を その サキ の ヒ の よう に なぐった。 タクサン の ガクユウ ら は ワタシラ を とりまいて いた が、 ダレ も テダシ を しなかった。 それほど ワタシ は ミナ から ケイエン されて いた。 ワタシ は カレ を シリメ に かけて さった。
 ワタシ は しかし そういう ケンカ を した ヒ は さびしかった。 かって アイテ を ひどい メ に あわせれば あわす ほど ワタシ は ジブン の ナカ の ランボウ な ショウブン を コウカイ した。 して は ならない と かんがえて いて も、 いつも ガイブ から ワタシ の キケンセイ が さそいだされる ごと に、 ワタシ は テイコウ しがたい ジブン の ショウブン の ため に、 いつも さびしい コウカイ の ココロ に なる の で あった。
 ワタシ の そうした ランザツ な、 たえず フクシュウシン に もえた ねづよい イチメン は、 オオク の ガクユウ から キケン-がられて いた のみ ならず、 ヒジョウ に おそれられて いた ので、 したしい トモダチ とて は なかった。 ワタシ は ヒトリ で いる とき、 ガイブ から ワタシ を うごかす もの の いない とき、 ワタシ は よわい カンジョウテキ な ショウネン に なって、 いつも アネ に まつわりついて いた。
「オマエ が まあ ケンカ なんか して つよい の。 おかしい わね」
 アネ は、 よく キンジョ の ショウネン ら の オヤモト から、 ワタシ に ひどい メ に あった クジョウ を もちこまれた とき に、 わらって しんじなかった。 アネ の マエ では、 やさしい アネ の セイジョウ の ハンシャ サヨウ の よう に おとなしく、 むしろ ナキムシ の ほう で あった。 ワタシ が ガクユウ から ヒトリ はなれて カエリミチ を いそぐ とき は、 いつも アネ の カオ や コトバ を もとめながら イエ に つく の で あった。 アネ なし に ワタシ の ショウネン と して の セイカツ は つづけられなかった かも しれない。

 6

 ウシロ の サイカワ は ミズ の うつくしい、 トウキョウ の スミダガワ ほど の ハバ の ある カワ で あった。 ワタシ は よく カワラ へ でて いって、 アユツリ など を した もの で あった。 マイトシ 6 ガツ の ワカバ が やや クラミ を おび、 ヤマヤマ の スガタ が クサキ の ハンモ する に したがって どことなく ぼうぼう と して ふくれて くる コロ、 チカク の ソンラク から キュウリウリ の やって くる コロ には、 ちいさな セ や、 ジャリ で ひたした セガシラ に、 セナカ に くろい ホクロ の ある サアユ が のぼって きた。
 サアユ は あの アキ の カリ の よう に ただしく、 かわいげ な ギョウレツ を つくって のぼって くる の が レイ に なって いた。 わずか な ヒトゴエ が ミズ の ウエ に おちて も、 この ビンカン な ヒョウカン な サカナ は、 ハナ の ちる よう に レツ を みだす の で あった。
 ワタシ は この クニ の ショウネン が ミナ やる よう に、 ちいさな ビク を コシ に むすんで、 イクホン も むすびつけた ケバリ を ジョウリュウ から カリュウ へ と、 たえまなく ながしたり して いた。 アユ は よく つれた。 ちいさな やつ が かかって は サオ の センタン が シンケイテキ に ぴりぴり ふるえた。 その フルエ が テサキ まで つたわる と、 コンド は あまり の ヨロコバシサ に ココロ が おどる の で あった。
 セ は たえず ざあざあー と ながれて、 うつくしい セナミ の タカマリ を ワタシタチ ツリビト の メ に そそがす。 そこ へ ケバリ を ながす と、 あの ちいさい やつ が スイメン に まで とびあがって、 ケバリ に むれる の で あった。 ことに ヒノクレ に なる と よく つれた。 ミズ の ウエ が くれのこった ソラ の アカリ に やっと みわける こと の できる コロ、 ワタシ は ほとんど ビク を いっぱい に する まで、 よく つりあげる の で あった。
 カワ に ついて ワタシ は ヒトツ の ハナシ を もって いた。
 それ は ワタシ が ツリ を し に でた ヒ は、 アメツヅキ の アゲク ゾウスイ した アト で あった。 あの ゾウスイ の とき に よく みる よう に、 ジョウリュウ から ながされた オブツ が いっぱい ジャカゴ に かかって いた。 ワタシ は そこ で 1 タイ の ジゾウ を みつけた。 それ は 1 シャク ほど も ある、 かなり おもい イシ の あおく ミズゴケ の はえた ジゾウソン で あった。 ワタシ は それ を ニワ に はこんだ。 そして アンズ の キ の カゲ に、 よく マチハズレ の ロボウ で みる よう な コイシ の ダイザ を こしらえて その ウエ に チンザ させた。
 ワタシ は その ダイザ の マワリ に イロイロ な クサバナ を うえたり、 ハナヅツ を つくったり、 ニワ の カジツ を そなえたり した。 マイツキ 20 ヨッカ の サイジツ を アネ から おしえられて から、 その ヒ は、 ジブン の コヅカイ から イロイロ な クモツ を かって きて そなえて いた。
「まあ オマエ は シンジンカ ね」
 アネ も また あかい キレ で コロモ を ぬって、 ジゾウ の カタ に まきつけたり、 ちいさな ズキン を つくったり して、 イシ の アタマ に かぶせたり した。 ワタシ は いつも この ひろって きた ジゾウサン に、 イロイロ な こと を して あげる と いう こと が、 けっして わるい こと で ない こと を しって いた。 ことに、 ジゾウサン は イシ の ハシ に されて も ニンゲン を すくう もの だ と いう こと をも しって いた。 ワタシ は この ヘイボン な、 イシコロ ドウヨウ な もの の ナカ に、 なにかしら うたがう こと の できない シュウキョウテキ カンカク が ソンザイ して いる よう に しんじて いた。
「きっと いい こと が ある わ。 オマエ の よう に シンセツ に して あげる と ね」
 アネ は マイニチ の よう に ハナ を かえたり、 ソウジ を したり して いる ワタシ を ほめて くれて いた。 ワタシ は うれしかった。 こうした キ の カゲ に、 ジブン の ジユウ に つくりあげた ちいさな ジイン が、 だんだん に ヒ を へる に したがって、 コヤガケ が できたり、 ちいさな チョウチン が さげられたり する の は、 なんとも いえない、 ただ それ は いい ココロモチ で あった。 なにかしら ジブン の ショウガイ を として むくいられて くる よう な、 ある ヨゲンテキ なる もの を かんじる の で あった。 ワタシ は マイアサ、 センメン して しまう と レイハイ し に いった。 ときとすると、 アグラ を かいた オヒザ の ところ に おおきな ヨツユ が しっとり と タマ を つづけて いたり して いた。 その ツギ に アネ が いつも つつましげ に オマイリ を し に きた。
 ことに ヨル は シンゲン な キ が した。 コノハ の ササヤキ や、 ソラ の ホシ の ヒカリ など の イッサイ を とりまとめた カンカク が、 ちょくせつ ジゾウサン を スウハイ する ワタシ の ココロ を きわめて たかく ゲンシュク に した。 ワタシ は そこ で、 おおきく なったら えらい ヒト に なる よう に ネットウ する の で あった。
 フシギ な こと は、 この ジゾウサン を タイセツ に して から は、 よく アリ など が ジゾウサン の カラダ を はって いる の を みる と、 これまで とは ベツヨウ な とくに ジゾウサン の イシ を ついで いる よう な もの に さえ おもわれた。 カタツムリ に して も やっぱり この シンブツ の キ を うけて いる よう に かんじた。 ワタシ は だんだん ジゾウサン の フキン に ソンザイ する コンチュウ を ころす こと を しなく なった。 それ が だんだん ちょうじて ガイロ でも イキモノ を ふむ こと が なく、 ムエキ に セイメイ を とらなく なって いた。
「オマエ くらい ヘン な ヒト は ない。 しかし オマエ は ベツ な ところ が ある ヒト だ」
 ハハ も ワタシ の シゴト に サンセイ して いた。
「しばらく なら ダレ でも やる もの だ が、 あの コ の よう に ネッシン に する コ は ない」
 ワタシ は それら の サンタン に かかわらず、 ときとして は こんな に して これ が ナニ に なる とか、 イマ すぐ ジブン に むくいられる とか いう こと を かんがえなかった。 ワタシ は この ちいさな ジイン の コンリュウ に、 イロイロ な ウツワモノ の まして ゆく ところ に、 ジブン の ココロ が だんだん はなれない こと を しって いた。 ことに ワタシ が カワ から ひろって きた こと が、 ハハ など が すぐ ダイク を よんで リッパ な オドウ を たてたら と いいだす ごと に、 ひどく ハンタイ させた。 いまさら ハハ の チカラ を かりなく とも、 ワタシ は ワタシ イッコ の チカラ で これ を まつりたい と おもって いた。 ワタシ は ワタシ の シンブツ と して これ を ニワ の イチグウ に おきたかった。 タレビト の ユビ の ふれる の をも このまなかった。
 リンカ に アメヤ が あった。 そこ の ヨネ ちゃん と いう コ は ニワ が なかった。 ワタシ は その ショウネン を よく ニワ へ いれて あそんだ。 ワタシ は この トモダチ と カワラ から イシ を はこんだり、 スナ を もちこんだり した。 ワタシ は だんだん オオジカケ に たてて いった。 ヒトツ の もの が ふえれば、 もっと ベツ な シンセイ な もの が ほしく なって きた。 ワタシ は マチ へ でて サンポウ や ウツワモノ や ハナヅツ や ショクダイ を あがなって きた。
 アネ は マイニチ ゴハン の オクモツ を した。 ワタシ は ながい ニワ の シキイシ を つたわりながら、 アサ の すずしい キ の カゲ に しろい ユゲ の あがる オクマイ を ささげて きて くれる の を みる と、 ワタシ は なみだぐみたい ほど うれしく こうごうしく さえ かんじた。
「ネエサン。 ありがとう」
 ワタシ は あつく カンシャ した。 ワタシ の イロイロ な シゴト を みて いる アネ は、 いつも きよい うつくしい メ を して いた。 「ネエサン の メ は なんて ケサ は きれい なん だろう」 と ココロ で かんじながら、 ワタシ は ハナ を かえたり して いた。
 ワタシ は ますます ひどく ヒトリボッチ に なった。 ガッコウ へ いって いて も、 ミンナ が バカ の よう に なって みえた。 「アイツラ は ワタシ の よう な シゴト を して いない。 シンコウ を しらない」 と、 ミンナ とは トクベツ な セカイ に もっと ベツヨウ な クウキ を すって いる モノ の よう に おもって いた。 センセイ を ソンケイ する ココロ には もとより なって いなかった。 あの ひどい ショウガイ わすれる こと の できない メ に あって から の ワタシ は、 いつも れいぜん と した コウマン の ウチ に、 タエマ も ない ニンニク に しいたげられた あの ヒ を メノマエ に して、 ココロ を くだいて ベンキョウ して いた。 ワタシ が セイジン した ノチ に ワタシ が うけた より も スウバイ な おおきい クルシミ を カレラ に あたえて やろう。 カレラ の ゲンザイ とは もっと ウエ に くらいした スベテ の テン に ユウエツ した ショウリシャ に なって みかえして やろう と かんがえて いた。
 ワタシ は あの イジ の わるい ガクユウ ら は、 もはや ワタシ の モンダイ では なくなって いた。 ぜんぜん、 あの ケンカ や コゼリアイ が ばかばかしい のみ ならず、 その アイテ を して いる こと が もはや ワタシ に フユカイ で あった。
 メイジ 33 ネン の ナツ、 ワタシ は 11 サイ に なって いた。

 7

 ワタシ の ハハ が チチ の シゴ、 なぜ あわただしい ツイホウ の ため に ユクエ フメイ に なった の か。 しかも ダレヒトリ と して その ユクエ を しる モノ が なかった の か と いう こと は、 ワタシ には 3 ネン-ゴ には もう わかって いた。 あの エッチュウ から こして きた チチ の オトウト なる ヒト が、 ワタシ の ハハ が たんに コマヅカイ で あった と いう リユウ から、 ほとんど 1 マイ の キモノ も モチモノ も あたえず に ツイホウ して しまった の で あった。 この みじめ な ココロ で どうして ワタシ に あう こと が できたろう か。 カノジョ は もはや サイアイ の ワタシ にも あわない で、 しかも タレビト にも しらさず に、 しかも その セイシ さえ も わからなかった の で ある。
 ワタシ は ハハ を もとめた。 ワタシ が あの ちいさな ジイン コンリュウ の ジッコウ や ケッシン や シゴト の ヒマヒマ には、 いつも ユクエ の しれない ハハ の ため に、 「どうか コウフク で ケンコウ で いらっしゃいます よう に」 と いのった の で あった。 この ゼンセカイ に とって は ヤド の なかった あの かなしい ハハ の キノウ に くらべて かわりはてた スガタ は、 どんな に くるしかった だろう と、 ワタシ は じっと ソラ を みつめて は ないて いた。 ワタシ が もっと セイジン して ゼンセカイ を ムコウ に まわして も、 ワタシ の ハハ の カナシミ クルシミ を とむらう ため には、 ワタシ は ミ を コ に して も かまわない と さえ おもって いた。 ワタシ は ハハ を おいだした と いう チチ の オトウト らしい ヒト に ウラマチ で あった とき、 ワタシ は イッシュ の キョウキテキ な ふかい エンコン の ため に おどりかかろう と さえ おもった の で あった。 ワタシ が あの とき、 その オトウト の ヒト を ころそう と さえ ニチヤ クウソウ した こと は、 けっして ウソ では なかった。 ワタシ は ただ カレ を にらんだ。 その ナカ に ワタシ は スベテ の フクザツ な カンジョウ の ゲキド に よって、 のろわる べく あたいせられた ゲヒ な ニンゲン を ゾウオ した。
 ワタシ が あの いたみやすい メ を して、 どんな に ハハ の ヨウボウ を えがいて それ と かたる こと と クウソウ する こと を タノシミ に して いた か! ワタシ は ヒト の ない ニワ や マチナカ で、 コゴエ で ハハ の ナ を よぶ こと さえ あった。 しかも エイキュウ に あう こと の できない ハハ の ナ を――。
 ワタシ は 「そう だ。 ニンゲン は けっして フタリ の ハハ を もつ リユウ は ない」 と かんがえて いた。 そんな とき、 ゲンザイ の ハハ を いまいましく つめたく にくんだ。 ワタシ は イッポウ には すまない と おもいながら、 それら の シネン に りょうされる とき、 ワタシ は リユウ なく ハハ に つめたい ヒトミ を かわした の で あった。
「ネエサン。 ボク の ハハ は――」
 ワタシ は ときどき いった もの だ。 アネ は オモイヤリ の ふかい メ で、 そんな とき、 いつも する よう に ワタシ を やさしく だきながら、
「どこ か で シアワセ に なって いらっしゃいます よ。 そんな こと を これから いわない で ちょうだい」 と いって くれた。
「どこ なん だ」
 ワタシ は すぐに はげしく コウフン した。 ナニモノ にも たえがたい ゲキド は、 ハハ の こと に なる と もっとも シンライ して いた アネ に まで およんだ。
「そんな こわい カオ を して は いや」
「ボク の カオ は こわい ん だ」
 ワタシ は アネ から はなれた。 こんな とき は、 アネ でも ワタシ の ココロ を しって くれない よう に、 なまぬるい カンジ の モト に イカリ を かんじた。 もう ネエサン なんぞ は いて も いなくて も、 また、 あいして くれて も くれなくて も いい と さえ おもって いた。 セカイジュウ が ワタシ を フコウ に する よう に おもって、 ワタシ は ますます ふかく おこる の で あった。
「ネエサン に ボク の ココロ が わかる もの か」
 ワタシ は すぐ オモテ へ かけだす の で あった。 たった ヒトリ の トモ で ある もの から はなれて、 ヒトリ ウラマチ や アキチ など を あるいて いた ワタシ には、 キ や その ミドリ も ジンカ も ベツ な もの に おもわれた。 なにもかも つめたく かなしかった。
 そんな とき は、 なんにも いわない シロ が ついて きた。 そして カレ が みな わかって いる よう な かなしい カオ を して いた。 ――ワタシ は ハハ と あの ひろい ニワ へ でて チャツミ を したり、 ニワ で チチ と 3 ニン で オカシ を たべたり した こと が おもいだされた。 ショカ の カゼ は いつも ワカバ の ニオイ を まぜて ふいて いた。 ワタシ は ちいさな カオ を かしげる よう に して、 チチ と ハハ の カオ を ハンブン ずつ に ながめて いた。 ヘダタリ の ない スベテ の シンミツサ が ワタシタチ オヤコ の ウエ に あった。 そんな とき、 シロ も ソバ の クサ の ナカ に ねむって いた。
「オマエ は いったい セイジン して ナニ に なる か」
 チチ は よく エガオ で たずねた。
 ワタシ は だまって にこにこ して いた。
「さあ、 この コ は かんがえる こと が ジョウズ だ から きっと センセイ に でも なる かも しれない。 ――ね。 オマエ そう おもわない かい」 と ハハ は いった。
「ボク ナニ に なる か わからない ん だ。 ナニ か こう えらい ヒト に なりたい なあ」
 ワタシ は ホントウ に ナニ に なって いい か わからなかった。
「そう だ。 ともかくも えらい ニンゲン に なれ。 その ココロガケ が いちばん いい ん だ」
「そう ね。 それ が いい」 と ハハ も いった。
 ワタシ も モクテキ の ない ばくぜん と した イシ の モト に、 ともかくも 「えらい ヒト」 に なりたい と おもって いた。 しかし グンジン の きらい だった ワタシ は、 それ イガイ に えらい ヒト に なりたい と おもって いた。
「さあ。 もうすこし で つんで しまえる ん だ から、 やって しまおう」
「ええ」
 こうして チチ と ハハ とは チャバタケ の ナカ へ、 あの うつくしい かんばしい ワカメ を つみ に いった。 ワタシ は ヒトリ で キ の カゲ に シロ と ふざけて いた――。
 ワタシ は この ヘイワ な ココロ を イマ あるきながら かんじた。 そして、 イマ スベテ が なくなって いた。 ワタシ は なにもかも なくなって いた。 ワタシ は ゲンキ-づいて サキ を はしって ゆく シロ を かなしそう に みた。 「あれ だけ が いきて いる。 あれ が みな しって いる」 と おもった。 「あれ が もし ハナシ が できたら、 よく ワタシ を なぐさめて くれる に ちがいない」 と おもった。
 ワタシ は まわりあるいて コウガイ の ジケイイン の マエ に でた。 そこ には、 オヤ の ない コ が タクサン に あつまって いた。 ちょうど、 ウチ の シゴト の とき らしく、 ヒトリ の カントク に つれられて、 マッチ の ボウ を ヨシズ に ならべて ニッコウ に ほして いた。 ワタシ と おなじ トシゴロ の ショウネン ら は、 ミナ キソク ただしい てなれた ハコビカタ を して、 ヒトツカミ ずつ ス の ウエ に ボウ を ならべて いた。 ボウ の サキ には ヤクヒン が くろく ぬられて あった。
 ワタシ は しずか に ながめて いた。 ミナ ケッショク が わるくて あおい むくんだ よう な カオ を して いた。 「ワタシ と おなじい オヤ の ない ショウネン だ。 ワタシ も ああして はたらかなければ ならなかった の だ。 ワタシ に ああいう こと が できる だろう か」 と かんがえた。 あの つめたそう な カントク の カオ が ワタシ には フカイ で あった。 そして、 この インナイ から におうて くる イッシュ の ハキケ を もよおす シュウキ は たまらない ほど、 ワタシ の ムネ を むかむか させた。 「ワタシ が ここ へ きて も ダメ だ。 ワタシ は ツイホウ される に きまって いる」 そして ワタシ の ゆく ところ は やはり イマ の カテイ より ホカ には ない の だ。
 この あわれ な ショウネン の ナカ に メ の おおきな あおい カオ を した、 しかし どこ か に ヒン の ある うつくしい カオ が メ に ついた。 ワタシ は なにごころなく この ショウネン に ひきつけられた。 ワタシ は じっと みつめた。 カレ も じっと みて いた。 ワタシ は カレ の なやんで いる の が わかる よう な キ が した。 よわい けれど たえず さびしそう に おおきく みはる クセ の ある メ、 ワタシ は この ショウネン と あそんで なぐさめて やりたい キ が した。 きっと この ショウネン は ワタシ と あそぶ こと を よろこぶ に ちがいない と おもった。 あの メ の ヒカリ は イマ ワタシ を もとめて いる の だ。 ワタシ と ハナシ する こと に あこがれて いる の だ。 ワタシ は メ で ビショウ した。 カレ も マッチ を ならべながら ビショウ した。 ワタシ の ビショウ が レイショウ に とられ は すまい か と フアン に おもった が、 カレ は、 そう わるく は とらなかった の が うれしかった。

 8

 ワタシ の ジゾウドウ は ヒ を へる に したがって リッパ に なった。 ワタシ は どこ へ あそび に ゆく と いう こと も せず に、 いつも ニワ へ でて いた。
 カキゴシ に トナリ の テラ に、 としとった オショウ さん が ニワソウジ を して いられる の が みえた。 ワタシ は テイネイ に アイサツ を した。 オショウ さん は カキ の ソバ へ やって きて いった。
「なかなか リッパ な オドウ が できました ね」
 ワタシ は ウラキド を あけて、
「はいって ゴラン なすって くださいまし」
「では ハイケン いたしましょう か」
 オショウ さん が はいって きた。 そして ドウ の ところ を みまわして、
「なかなか オジョウズ だ」 と いった。
 それから オショウ さん は タモト から ジュズ を だして、 ガッショウ しながら コゴエ で、 ジゾウキョウ を よみはじめた。 まるで かれきった しぶい コエ で うっとり する よう な うつくしい リズム を もった コエ で あった。 ワタシ は アト で、 この ジゾウサン を カワ から ひろいあげて きた こと など を はなした。
 オショウ さん は、 ジゾウサン の エンギ に ついて いろいろ はなして くれた。 ドウ の ところ に、 この コガラ な ボウサン は しゃがんで、 イロイロ な ハナシ を して くれた。
「ニンゲン は なんでも ジブン で よい と おもった こと は した ほう が よい。 よい と おもった こと に けっして わるい こと は ない」
 オショウ さん が かえる と、 ワタシ は ふと この ジゾウサン を テラ の ほう へ あげたい と おもった。 ワタシ は アネ に ソウダン した。
 アネ は すぐ サンセイ した。
「そりゃ いい わ。 あの オショウ さん は きっと およろこび に なる わ」
「じゃ ネエサン から オカアサン に いって ください」
「え。 イマ から いって あげる」
 アネ は ハハ に ソウダン した。 ハハ も それ が よい と いって くれた。 かえって、 ゾッカ に おく より も、 モト は カワ の ナカ に あった の だ から、 オテラ へ あげた ほう が よい と いう こと に なった。
 オショウ さん も よろこんで くれた。
 オテラ では キチジツ を えらんで クヨウ を して くれた。 ワタシ が セシュ で あった。 カワ の ナカ に すてられて あった ジゾウサン は、 イマ は リッパ な ミドウ の ナカ に、 しかも タクレイ まで そえられて まつりこまれた。 ワタシ は うれしかった。
 ワタシ は それ を キカイ と して オテラ へ あそび に ゆく よう に なった。 オショウ さん は コドモ が なかった ので、 ワタシ を むやみ に かわいがって くれた。 ワタシ が ガッコウ から の カエリ が おそい と、 よく ワタシ の イエ へ こられた。
「まだ かえりません かね」
 など と アネ に たずねて いた。
 そういう とき、 ワタシ は すぐに オテラ へ、 ガッコウ の ドウグ を なげだす と とんで いった。
「オショウ さん ただいま」
 ワタシ は オショウ さん の ロ の ヨコ へ すわった。
「よく きた の。 イマ ちょいと むかえ に いった ところ だった」
 オショウ さん は、 いろいろ カシ など を くれた。 それから ふるい カナ の ついた コウボウ ダイシ の シュイロ の ヒョウシ を した デンキ など を もらった。
 オショウ さん は やさしい ヒト で あった。 いつも ゼンリョウ な ビショウ を うかべて オチャ を のんだり、 コヨミ を くったり して いた。
 ワタシ は だんだん なれる と、 オク ノ イン の すずしい ショイン へ いって、 ガッコウ の ショモツ を よんだり、 または、 つい すずしい マギレ に うとうと と ショウネン-らしい みじかい イビキ を たてたり して いた。 オショウ さん は ワタシ の ワガママ を ゆるす ばかり で なく、 ココロ から ワタシ を あいして いる らしかった。
 ある ヒ の こと で あった。
「アンタ は ここ の オテラ の モノ に なる の は いや か」 と いった。
「きたって いい けれど、 ボウサン に なる の は いや です。 オショウ さん の コ に なる の なら いい けれど」
「ボウサン に ならなく とも よろしい。 では いや では ない ん だね」
「え。 よろこんで きます。 オカアサン が どう いう か しりません が」
「ワシ から オカアサン には おはなし する」
 この ハナシ が あって から、 ワタシ は ハハ に よばれた。 そして オテラ に いく キ か と たずねられた。 ワタシ は ぜひ いきたい と おもって いる と いった。 オテラ に ゆけば なにもかも ワタシ は ココロ から きよい、 そして、 あの フコウ な ハハ の ため にも こころひそか に いのれる と おもった から で ある。 ワタシ が オテラ に キキョ する と いう こと だけ でも、 ワタシ は ハハ に コウ を つくして いる よう な キ が する の で あった。
 ボウサン には しない ジョウケン で ワタシ は いよいよ テラ の ほう へ ヨウシ に ゆく こと に なった。 アネ は かなしんだ が、 すぐ リンカ だった ので、 いつでも あえる と いって あきらめた。
 ワタシ の キモノ や ショモツ は オテラ に はこばれた。 シキ も すんだ。 そして ワタシ は すずしい オテラ の オク ノ イン で セイカツ を する よう に なった。 ワタシ は テラ から ガッコウ へ かよって いた。
 ワタシ の メ に ふれた イロイロ な ブツゾウ や ブツガ、 アサユウ に なる タクレイ の おごそか な ネイロ、 それから そこここ に ともされた オトウミョウ など に、 これまで とは ベツ な きよまった ココロ に なる こと を かんじる の で あった。 しずか に ワタシ は ときどき アネ にも あった。
「まあ おとなしく なった のね」 と アネ は いって いた。
「アタシ オジゾウサマ に オマイリ に きた の。 アナタ も ゆかない」
「いきましょう」
 ワタシタチ キョウダイ は、 ケイダイ の ワタシ の ジゾウサン に オマイリ を した。 いつも あたらしい クモツ が あがって いて、 セイケツ で すがすがしかった。
「どこ か ボウサン みたい ね。 だんだん そんな キ が する の」
 アネ は いって わらった。
「そう かなあ。 やっぱり オテラ に いる から なん だね」
 ワタシタチ は ショイン へ かえる と、 チチ が でて きた。 あたらしい チチ は、 チャ と カシ と を はこばせた。
 ショイン は すぐ ホンドウ の ウラ に なって いた。
「そうして フタリ そろって いる と、 ワシ も コドモ の とき を おもいだす。 コドモ の とき は ナニ を みて も たのしい もの じゃ」
 チチ は こう いいながら オカシ を とって、
「さあ ひとつ あがりなさい」 と、 アネ に すすめた。
 ワタシタチ 3 ニン は、 ウシロ の カワ の ウエ を わたる カゼ に ふかれながら オチャ を のんだ。
「オトウサン は オチャ が たいへん すき なの」
 ワタシ は アネ に いった。 チチ は にこにこ して いた。

 9

 ワタシ の オテラ の セイカツ が だんだん なれる に したがって、 ワタシ は ココロ から のびやか に コウフク に くらして いた。
 ワタシ は ホンドウ へ いって みたり、 ホンドウ を かこう ロウカ の エマ を みたり、 イロイロ な キショウモン を ふうじこんだ ガク を みあげたり して いた。 ワタシ の ヘヤ は、 ワタシ の シズカサ と セイケツ と を このむ セイヘキ に よく かなって いて、 ニワ には ハラン が タクサン に しげって いた。 クリ には おおきな くらい エノキ の タイジュ が あって、 アキ も ふかく なる と、 コツブ な ミ が ヤネ の ウエ を たたいて おちた。
 オテラ には たえず オキャク が あった。 キャク は たいがい シンジャ で あった。 ドウネンパイ の コドモ を つれて きた ヒト は、 いつも ワタシ に ショウカイ した。 チチ は、 ワタシ を ジマン して いた。 その シンジャ の ヒトリ で、 シタマチ の ほう に アキナイ して いる イエ の ムスメ で オコウ さん と いう の が あった。
 その コ は オバアサン に つれられて くる と、 いきなり チチ に とりすがって、
「テル さん が いらしって――」 と いう の で あった。
「います。 さあ いって いらっしゃい」
 その オコウ さん は いつも ワタシ の ヘヤ へ とびこむ よう に はいって きた。 ココノツ に なった ばかり の ムスメ で あった。
 ワタシ は いつも エ を かかされて いた。
「もう 1 マイ かいて ください な」
 せがまれる と、 ワタシ は いつも まずい エ を かかなければ ならなかった。
「ネエサン を よんで いらっしゃい な。 イッショ に いきましょう か」
「そう しよう」
 ワタシタチ は ニワ の キド から、 ミツバ や ユキノシタ の はえて いる シキイシヅタイ に、 よく トナリ の ネエサン を よび に いった。 ネエサン と 3 ニン で いつも ニワ で あそぶ の で あった。
 カキ の ワカバ の カゲ は すずしい カゼ を とおして いて、 その ネモト へ しゃがんで はなす の で あった。 ワタシ は アネ と オコウ さん と に はさまれて いた。 アネ は いつも ワタシ の テ を いじくる クセ が あった。
「オテラ が いい? オウチ が いい?」
 など と アネ が たずねた。
「オテラ も オウチ も どっち も いい の。 でも リョウホウ に いる よう な キ が する の」
 ワタシ は じっさい そんな キ が して いた。 1 ニチ に イクド も いったり きたり して いた から。
「そう でしょう ね」
 アネ も ドウカン した。
「でも ね ネエサン。 バン は こわくて こまる の。 ダレ も おきて いない のに ホンドウ で スズ が なる ん だ もの。 オトウサン に きく と、 ネズミ が ふざけて シッポ で スズ を たたく ん だって――」
「まあ。 そう」
 オコウ さん が こわそう に いう。
 オコウ さん は、 ときどき おもしろい こと を いった。
「あのね、 ネエサン が おすき。 アタシ を おすき。 どっち なの」
 など と アネ を わらわせる こと が あった。
「ミンナ すき」
 など と 3 ニン は、 ホンドウ ウラ の ほう へ あそび に いった。 そこ は すぐ イシガキ の シタ が サイカワ に なって いて、 カエデ の ロウボク や イバラ が しげって いた。 ネエサン は、 おおきかった ので、 その ほそい あぶない ホンドウ ウラ へは ゆけなかった。
「あぶない から およしなさい」 と アネ は いった。 けれども ワタシ は そこ へは ゆかれる ジシン が あった。
「ワタシ も いく わ。 いかれて よ」
 オコウ さん が イバラ を わけて ゆこう と した。 アネ は びっくり した。
「いけません よ。 おちたら タイヘン だ から およしなさい」
 カチキ な オコウ さん は きかなかった。
「だいじょうぶ なの よ ネエサン」
 イシガキ の シタ は あおい フチ に なって、 その うずまいた スイメン は ながく みて いる と、 メマイ を かんじる ほど きみわるく どんより と、 まるで ソコ から ナニモノ か が いて ひきいれそう で あった。
 ワタシ も あぶない と おもった。
「いけない。 ここ へ きちゃ」
 カノジョ は カエデ の ネモト を つたって、 とうとう ホンドウ の ソクメン の ウラ へ でた。
「アタシ ヘイキ だわ。 あんな ところ は」
 ワタシ は カラダ が つめたく なる ほど おどろいた が、 アンガイ なので アンシン を した。
 ここ から アネ の いる ところ は みえなかった。 この ドウウラ には イロイロ な エマガク の こわれた の や、 チョウチン の やぶれた の や、 ツチセイ の テング の メン や、 オハナ の タバ や、 ふるい ホコリ で しろく なった ザイモク など が つまれて あった。
 つめたい くさった よう な オチバ の ニオイ が こもって いた。
「あのね。 サッキ の ね。 アタシ が すき か、 オネエサン が すき か どっち が すき か、 はっきり いって ちょうだい。 どっち も すき じゃ いや よ」
 ワタシ は びっくり して オコウ さん の カオ を みた。 オコウ さん は なきだしそう な ほど マジメ な カオ を して いた。 ちいさい ヒタイ に こまちゃくれた シワ を よせて、 ワタシ の カオ を あおぎみて いた。
「オコウ さん が すき だ。 ネエサン には ナイショ だよ」
「ホントウ」
「ホントウ なの」
「まあ うれしい。 アタシ キ に かかって シヨウ が なかった の」 と シンケイテキ に いう。
 ワタシ は オコウ さん と アネ とは ベツベツ に かんがえて いた。 オコウ さん には、 ネエサン と ことなった もの が あった。 つまり 「カワイサ」 が あって ネエサン には かえって 「カワイガラレタサ」 が あった。
「アタシ ね。 もう ずっと サキ から とおう と おもって いた の」
「そう。 じゃ オコウ さん は ボク の いちばん ナカヨシ に なって もらう ん だ。 いい の」
「いい わ。 いちばん ナカヨシ よ」
 その とき アネ の たかい コエ が して いた。 よんで いる らしかった。 ワタシ も オオゴエ で こたえた。
 ワタシタチ は たすけあって、 アネ の いる ところ へ いった。
「まあ ワタシ ホント に シンパイ した よ。 ナニ して いた の」
「エマ の ふるい の や、 テング の メン など どっさり あった の。 おもしろかった わ」 と、 オコウ さん が いった。
 ワタシ は すこし キマリ が わるかった。 アネ が なにもかも しって い は すまい か と いう フアン が、 ともすれば ワタシ の カオ を あからめよう と した。 けれども アネ は なにも しらなかった。
「ワタシ どう しよう か と おもって いた の。 これから あんな こわい とこ へ いかない で いて ちょうだい」 と アネ は ワタシ に いった。
「これから は いかない」 と ちかった。
「オコウ さん も よ」 と アネ は チュウイ した。
「ワタシ も いきません わ」 と ちかった。
 ワタシタチ は それから ミツバ を つみはじめた。 あの かんばしい ハル から ニバンメ の ミツバ は、 ニワ イチメン に はえて いた。
 アネ が カゴ を もって きた。
 ニワ は ひろく イロイロ な ウエコミ の ヒナタ の やわらかい チ には、 こんもり と ふとく こえた ミツバ が しげって いた。
「これ を テル さん の トウサン に あげましょう ね」 と アネ は オコウ さん に ソウダン した。
「そりゃ いい わ。 きっと およろこび なさる わ」
 3 ニン は 1 ジカン ばかり して、 おおきな カゴ に いっぱい ミツバ を つんだ。
 テラ の エンガワ では、 オコウ さん の オバアサン と チチ と が オチャ を のんで いた。
「こんにちわ」
 ワタシ は アイサツ を した。 オバアサン も アイサツ を した。
「これ を ね。 ミンナ して つみました の。 で もって きました」
「どうも ありがとう。 たいへん よい ミツバ です ね」 と チチ が いった。 オバアサン も ほめた。
 ワタシタチ は エンガワ で やすんだ。
 オバアサン が、
「ゴキョウダイ です ね。 たいへん よく にて いらっしゃる」 と いった。 チチ は、
「そう です」 と いった。
 ワタシ は アネ と カオ を みあわせて ビショウ した。 ジッサイ は ワタシ は アネ とは にて いなかった。 ベツベツ な ハハ を もって いる フタリ は、 にて いる ドウリ は なかった。 ワタシ は こんな とき、 いつも ひとしれず さびしい ココロ に なる の で あった。 フツウ の キョウダイ より も ナカ の むつまじい ワタシドモ に ことなった チ が ながれて いる か と おもう と、 アネ との アイダ を たちきられた よう な キ が する の で あった。
 オバアサン ら も かえった アト で、 ワタシ は ヒトリ で ヘヤ に こもって、 ひどく インキ に なって いた。 チチ は、
「カオ の イロ が よく ない が、 どうか した の かな」
「いえ。 なんでも ない ん です」
 と、 ワタシ は やはり 「ホント の キョウダイ で ない」 こと を かんがえこんで いた。 ヒトツヒトツ の ハナシ の ハシ にも、 ワタシ は いつも ココロ を さされる もの を かんじる ヨワサ を もって いた ため に、 ときどき ひどく めいりこむ の で あった。 ココロ は また あの ユクエ フメイ に なった ハハ を さぐりはじめた。 「いつ あえる だろう か」 「とても あえない だろう か」 と いう ココロ は、 いつも 「きっと あう とき が ある に ちがいない」 と いう はかない ノゾミ を もつ よう に なる の で あった。
 この テラ に きて から、 ワタシ は ジブン の ココロ が しだいに チチ の アイ や、 ジイン と いう ゼンセイシン の セイジョウサ に よって、 さびしかった けれど、 ワタシ の ホントウ の ココロ に ふれ なぐさめて くれる もの が あった。
 ワタシ は よく ふかく かんがえこんだ アゲク、 ヒト の みない とき、 チチ に かくれて ホンドウ に あがって ゆく の で あった。 くらい ナイジン は キン や ギン を ちりばめた ブツゾウ が くらい ナイブ の アカリ に、 または、 かすか な オトウミョウ の ヒカリ に おごそか に てらされて ある の を みた。 そして ワタシ は ながい アイダ ガッショウ して キガン して いた。 「もし ハハ が いきて いる ならば コウフク で いる よう に」 と いのって いた。 がらん と して おおきな おしつけて くる よう な ホンドウ の イチグウ に、 ワタシ は まるで 1 ピキ の アリ の よう に ちいさく すわって ガッショウ して いた。 ワタシ は ヒトビト の アソビザカリ の ショウネンキ を こうした カナシミ に とざされながら、 イチニチ イチニチ と おくって いた。

 10

 アキ に なる と ツガ の ミ が、 まるで マツカサ の よう に エダ の アイダ に はさまれて できた。 だんだん うれる と ちょうど トンビ の たって いる よう に なって、 1 マイ 1 マイ カゼ に ふかれる の で あった。 トオク は 4~5 チョウ も とびふかれた。
 それ を ひろう と まるで トンビ の カタチ した、 かわいた アカネイロ した おもしろい もの で あった。 ワタシ も よく ニワ へ でて ひろった もの だ。 アキ に なる と すぐに わかる の は、 ジョウリュウ の カワラ の クサムラ が アカネ に こげだして、 ホッポウ の ハクサン サンミャク が すぐに しろく なって みえた。
 テラ の ニワ には わく よう な コオロギ が、 どうか する と ゴゴ に でも ないて いた。 ある ヒ、 ワタシ は ホンドウ の カイダン に こしかけて ぼんやり ムシ を きいて いた。 モン から アネ が はいって きた。
「ナニ して いる の。 ぼんやり して」
 アネ は いそいそ して いた。 ナニ か コウフン して いる らしかった。
「なんだか さびしく なって ぼんやり して いる ん だ。 ほら、 ひいひい と ムシ が ないて いる だろう」
「そう ね。 ムシ は オヒル まで も なく ん だね」
 アネ も カイダン に コシ を かけた。
 ふいと オシロイ の ニオイ が した。 いつも、 オシロイ など つけない アネ には めずらしい こと だ と おもった。
「アタシ ね。 また オヨメ に ゆく かも しれない の」
 ワタシ は びっくり した。
「どこ へ ゆく ん です」
「よく わからない ん だ けれど、 オカアサン が きめて しまった ん だ から、 ゆかなければ ならない わ」
「その ヒト を しって いる の」
「しらない――」
「しらない ヒト の とこ へ ゆく なんて おかしい なあ。 いつか ネエサン が もって いた テガミ の ヒト だろう」
「いいえ」
 アネ は あかい カオ を した。 そして キュウ に コエ まで が かわった。
「アタシ ゆきたく ない ん だ けれど……」
 アネ は だまって なみだぐんだ。 キ の よわい ユウジュウ な アネ の こと だ から、 きっと、 ハハ の いう ところ なら どういう ところ へ でも ゆく に ちがいない。 そして ワタシ ヒトリ に なって しまう の は なんと いう さびしい こと だろう。
「いや だったら オカアサン に ことわったら いい でしょう。 いや だ って――」
「そんな こと アタシ には いえない の。 どうでも いい わ」
 アネ は なげる よう に いう。
 ワタシ は アネ が かわいそう に なった。
「ボク が いって あげよう か。 ネエサン は ゆく こと が いや だ って――」
「そんな こと いっちゃ いや よ。 ホントウ に いわない で ください。 アタシ かえって しかられる から」
「じゃ やっぱり ゆきたい ん だろう」
 ワタシ は ねたましい よう な、 はらだたしく キミジカ に こう いう と、 ネエサン は いや な カオ を した。
「アナタ まで いじめる のね。 アタシ、 ゆきたく ない って あんな に いって いる じゃ ない の」
「だって いや じゃ ない ん でしょう」 と、 きりこむ と、
「シカタ が ない わ。 みな ウン だわ」
 ワタシ は だまった。 いや だ けれど ゆく と いう、 はっきり しない アネ の ココロ を どう する こと も できなかった。
「じゃ ゆく のね」
「たいがい ね」
 ワタシ は テラ の ロウカ ヤネゴシ に オシンメイサン の ケヤキ の モリ を ながめて いた。 アネ が いって しまって は、 トモダチ の ない ワタシ は どんな に ハナシアイテ に フジユウ する のみ では なく、 どんな に がっかり して マイニチ ふさぎこんだ さびしい ヒ を おくらなければ ならない だろう。 アネ は ワタシ に とって ハハ で あり チチ でも あった。 ワタシ の タマシイ を なぐさめて くれる ヒトリ の ニクシン でも あった の だ。
 ワタシ は そっと アネ の ヨコガオ を みた。 ホツレゲ の なびいた しろい クビ―― ワタシ が ナナツ の コロ から マイニチ じつの オトウト の よう に あいして くれた ん だ。
「でも ね。 ときどき アナタ には あい に きて よ」
「ボク の ほう から だ と いけない かしら」
「きたって いい わ。 あえれば いい でしょう。 きっと あえる わね」
 ワタシ は カイダン を おりて、 ニワ へ でた。 アネ は トナリ へ かえった。
 ワタシ は ショイン へ かえる と、 チチ には だまって おいた。 ワタシ は ショウネン セカイ を ひらいたり よんだり して いた が、 アネ が いまにも ゆきそう な キ が して ならなかった。 ワタシ は ニワ へ でた。 みる もの が みな かなしく、 ウラガレ の シタバ を そよがせて いた ばかり で なく、 カワ から ふく カゼ が しみて さむかった。
 ザシキ から チチ が、
「キョウ は さむい から カゼ を ひく と いけない から ウチ へ はいって おいで」 と いった。
 シンセツ な チチ の コトバドオリ に ウチ へ はいった。
 ワタシ は だんだん ジブン の したしい もの が、 この セカイ から とられて ゆく の を かんじた。 シマイ に タマシイ まで が ハダカ に される よう な サムサ を イマ は ジブン の スベテ の カンカク に さえ かんじて いた。
 4~5 ニチ して アネ の ゆく こと が ケッテイ した。
 その ヒ の ゴゴ、 アネ は ハレギ を きて ハハ と ともに 2 ダイ の クルマ に のった。
 ワタシ は ゲンカン で じっと アネ の カオ を みた。 アネ は こい ケショウ の ため に みちがえる ほど うつくしかった。 そわそわ と ココロ も チュウ に ある よう に コウフン して いた。
「ちょいと きて――」 と アネ は よんだ。
 ワタシ は クルマ チカク へ いった。
「その うち に あい に きます から まって いて ください な。 それから おとなしく して ね」
 アネ は なみだぐんだ。
「では いって いらっしゃい」
 ワタシ は やっと これ だけ の こと が いえた。 ムネ も ココロ も なにかしら おしつけられた よう な いっぱい な カナシミ に せまられて いた。
「では さよなら」
 いいかわす と、 クルマ が うごいた。 ハジメ は しずか に うごいて、 コンド は クルマ の ワ が はげしく まわりだした。 アネ は ふりかえった。 クルマ が だんだん ちいさく なって、 ふいと ヨコチョウ へ まがった。 ワタシ は それ を ながく ながく みつめて いた。 ヨコチョウ へ まがって しまった のに、 まだ クルマ が はしって いる よう な ゲンエイ が、 ワタシ を して ながく たたせた。 ワタシ は なみだぐんだ。 あの やさしい アネ も とうとう ワタシ から はなれて いって しまった か と、 ワタシ は すごすご と さびしい テラ の ショイン へ かえりかかった。

 11

 ワタシ は アネ が いなく なって から、 みじかい フユ の ヒ の マイニチ ユキ に ふりこめられた ショイン で、 チチ の ソバ へ いったり エンガワ に あげて やった シロ を アイテ に さびしく くらして いた。 2 シュウカン も たった アト にも アネ は たずねて きて くれなかった。 みじかい ハガキ が 1 マイ きた きり で あった。

べつに オカワリ も ない こと と おもいます。 ネエサン は マイニチ いそがしくて ソト へ など まだ イチド も でた こと が ありません ので、 アナタ の ところ へも とうぶん ゆけそう に おもわれません。 ネエサン は やはり いつまでも、 オウチ に いれば よかった と マイニチ そう おもって、 テル さん の こと を かんがえます。 テル さん は オトコ で シアワセ です。 そのうち あった とき いろいろ おはなし します。

 と かいて あった。 ワタシ は この ハガキ を タイセツ に よごれない よう に、 ツクエ の ヒキダシ の オク に しまって おいた。 アネ の こと を かんがえたり あいたく なったり した とき、 ワタシ は これ を だして じっと アネ の やさしい カオ や コトバ に ふれる よう な オモイ を して たのしんで いた。
 ワタシ は ときどき トナリ の ハハ の イエ へ ゆく と、 きっと アネ の ヘヤ へ はいって みなければ キ が すまなかった。 いつも だまって、 しずか に オハリ を して いる ソバ に ねそべって いた ワタシ ジシン の スガタ をも、 そこ では アネ の スガタ と イッショ に おもいうかべる こと が できる の で あった。 その ヘヤ には、 いつも アネ の ソバ へ よる と イッシュ の ニオイ が した よう に、 なにかしら なつかしい あたたか な アネ の カラダ から しみでる よう な ニオイ が、 アネ の いなく なった コノゴロ でも、 ヘヤ の ナカ に ふわり と ハナ の カオリ の よう に ただようて いた。 ワタシ は ヘヤジュウ を みまわしたり、 ときには、 コダンス の ウエ に ある イロイロ な カシオリ の カラ に おさまって ある キレルイ や、 コウスイ の カラビン など を とりだして ながめて いた。 なぜか しれない フシギ な、 わるい こと を した とき の よう な ムナサワギ が、 アネ の ブンコ の ナカ を さぐったり する とき に、 どきどき と して くる の で あった。
 アネ は サンゴ の タマ や、 カンザシ、 ミミカキ、 こわれた ピン など を いれて おいた ハコ を わすれて いった の が、 これ だけ が ちゃんと おいて あった。 ワタシ は そういう アネ の シヨウブツ を みる ごと に、 アネ コイシサ を つのらせた。
 ワタシ は ある ヒ、 ユキバレ の した ドウロ を シロ を つれて、 いそいで いった。 ワタシ は ひそか に アネ の いった イエ の マエ を とおりたい ため でも あった。 カワベリ の センザイ に ウエコミ の ある、 ヤクイン の すみそう な イエ で あった。
 2 カイ は ショウジ が しまって あった。 イエジュウ が しずか で しんみり して いて、 アネ の コエ すら しなかった。 ワタシ は、 わざと イヌ に わんわん ほえさせたり した。 それでも アネ が ルス なの か、 いっこう ヒト の でて くる ケハイ が しなかった。 ワタシ は、 なお つよく イヌ を なかせた。 2 カイ の ショウジ が ひらいた。 そして アネ の カオ が あらわれた。
 アネ は 「まあ!」 と くちごもる よう に びっくり して、 テマネ で イマ そこ へ ゆく から と いった。 シロ は ながく みなかった アネ の カオ を みる と、 キュウ に ゲンキ-づいて マエアシ を おって ふざける よう に して たかく たかく ほえた。
 アネ は でて きた。
「まあ、 よく きた のね。 すっかり いそがしくて ね。 ごめんなさい よ」
 ワタシ は アネ の カオ を みる と、 もう なみだぐんで じっと みつめた。 アネ は すこし やせて あおざめた よう な、 かわいた カオ を して いた。
「ボク、 きて は わるかった かしら」
「いえ。 わるく は ない けど、 オカアサン から また つまらない こと を いわれる と いけない から、 コンド から くる ん じゃ ない のよ。 きっと そのうち ネエサン が いく から ね」
「きっと ね」
「え。 きっと いきます とも、 シロ は まあ うれしそう に して――」
 シロ は アネ の スソ を くわえて、 ひさしく みなかった シュジン に じゃれついて いた。
「じゃ ボク かえろう」
 ワタシ は こんな ところ で アネ と はなして いる の を イエ の ヒト に みられる と、 アネ が アト で こまる だろう と おもって、 かえりかかった。
「そう オカエリ? また コンド ネエサン が いきます から ね。 それまで おとなしく して まって いて ください な」
「イツゴロ きて くれる の」
「そりゃ まだ わからない けれども きっと いきます わ。 ちかって よ。 ユビキリ を しましょう ね」
 アネ は ワタシ の テ を とった。
 ワタシ は にっこり して アタリ を みまわした。 ダレ か みて は い は しない だろう か と、 しきり に ケネン された。
 アネ は、 ずっと ムカシ コドモ の とき に やった よう に、 コユビ と コユビ と を おたがいに ワ に つくって、 リョウホウ で ひきあう の で あった。
 この こどもらしい ジョウダン の よう な サジ では あった が、 なにかしら ワタシラ キョウダイ に とって シンセイ な しんず べき チカイ の よう に おもわれて いた。
「じゃ、 さよなら」
 と ワタシ は アネ の ソバ を はなれた。
「ミチクサ を しない で おかえりなさい な」
「ええ」
 ワタシ は カワギシ の ハダラ に きえかかった ミチ を いった。 カタガワマチ なので ダレ も とおらなかった。 ワタシ は 「イマ から アネ は どうして バン まで くらす の だろう。 ナニ か おもしろい こと でも ある の だろう か」 など と かんがえて いた。 ウチ に いる とき より いくらか やせた の も ワタシ には よく かんじられた。 ワタシ は ヨメ と いう もの は たんに セイカツ を ショクジ の ほう に のみ つとむ べき もの で あろう か など と、 なやましく かんがえあるいて いた。
 キタグニ の フユ の ニチボツ-ゴロ は、 アブラウリ の スズ や、 ユキ が ドロマミレ に ぬかった ミチ や、 いそがしげ に ゆきかう ヒトビト の アイダ に、 いつも モノ の ソコ まで とおる ツメタサ サムサ を もった カゼ が ふいて、 ヒトツ と して アタタカミ の ない うち に くれて ゆく の で あった。
 ワタシ は テラ へ かえる と、 ヨル は チチ と、 チャノユ の ロ に つよい ヒ を おこして むかいあって すわって いた。 チチ は ナニ を する と いう こと なし に、 チャ を のんだり コヨミ を くったり して ヒトバン を おくる の で あった。
 チチ は よく ユズミソ を つくったり した。 ユズガマ の ナカ を ふつふつ と にえる ミソ の ニオイ を なつかしがりながら、 ワタシ は いつも チチ の テツダイ を して いた。 ケイダイ の おおきな ツガ に さむい カゼ が ごうごう と なる よう な バン や、 さらさら と ショウジ を なでて ゆく ササユキ の ふる ヨル など、 ことに チチ と フタリ で しずか に イロイロ な ハナシ を して もらう こと が すき で あった。
 もはや アネ に したしもう と して も、 トオク へ いって しまった アト は、 チチ と さびしい ハナシ など を きく より ホカ は シカタ が なかった。
 チチ が はじめて この テラ へ きた とき は、 この テラ が ちいさな ツジドウ に すぎなかった こと や、 ヨル、 よく カワウソ が ウシロ の カワ で サケ を とりそこなったり して ヨナカ に ミズオト を たてた と いう こと など を きいた。
 チチ は よく いった。
「ネエサン が いなく なって から、 オマエ は たいへん さびしそう に して いる ね」
「ええ」
 チチ は よく ワタシ の ココロ を みぬいた よう に、 そんな とき は いっそう やさしく なでる よう に なぐさめて くれる の で あった。
「さあ、 やすみなさい。 かなり おそい から」 と、 いつも トコ へ つかす の で あった。
 ワタシ は わびしい アンドン の シタ で、 アネ の こと を かんがえたり、 ハハ の こと を おもいだしたり しながら、 いつまでも おおきな メ を あけて いる こと が あった。 ウシロ の カワ の セ の オト と ヨカゼ と が、 しずか に ワタシ の マクラ の ソバ まで きこえた。
 ワタシ の 13 の フユ は もう くれかかって いた。

2018/02/23

スペイン イヌ の イエ

 スペイン イヌ の イエ
   (ユメミ-ゴコチ に なる こと の すき な ヒトビト の ため の タンペン)

 サトウ ハルオ

 フラテ (イヌ の ナ) は キュウ に かけだして、 ヒヅメカジヤ の ヨコ に おれる キロ の ところ で、 ワタシ を まって いる。 この イヌ は ヒジョウ に かしこい イヌ で、 ワタシ の ネンライ の トモダチ で ある が、 ワタシ の ツマ など は もちろん ダイタスウ の ニンゲン など より よほど かしこい、 と ワタシ は しんじて いる。 で、 いつでも サンポ に でる とき には、 きっと フラテ を つれて でる。 ヤツ は ときどき、 おもい も かけぬ よう な ところ へ ジブン を つれて ゆく。 で チカゴロ では ワタシ は サンポ と いえば、 ジブン で どこ へ ゆこう など と かんがえず に、 この イヌ の ゆく ほう へ だまって ついて ゆく こと に きめて いる よう な わけ なの で ある。 ヒヅメカジヤ の ヨコミチ は、 ワタシ は まだ イチド も あるかない。 よし、 イヌ の アンナイ に まかせて キョウ は そこ を あるこう。 そこで ワタシ は そこ を まがる。 その ほそい ミチ は だらだら の サカミチ で、 ときどき ひどく まがりくねって いる。 オレ は その ミチ に そうて イヌ に ついて、 ケシキ を みる でも なく、 かんがえる でも なく、 ただ ぼんやり と クウソウ に ふけって あるく。 ときどき、 ソラ を あおいで クモ を みる。 ひょいと ミチバタ の クサ の ハナ が メ に つく。 そこで ワタシ は その ハナ を つんで、 ジブン の ハナ の サキ で におうて みる。 なんと いう ハナ だ か しらない が いい ニオイ で ある。 ユビ で つまんで くるくる と まわしながら あるく。 すると フラテ は ナニ か の ヒョウシ に それ を みつけて、 ちょっと たちとまって、 クビ を かしげて、 ワタシ の メ の ナカ を のぞきこむ。 それ を ほしい と いう カオツキ で ある。 そこで その ハナ を なげて やる。 イヌ は ジメン に おちた ハナ を、 ちょっと かいで みて、 ナン だ、 ビスケット じゃ なかった の か と いいたげ で ある。 そうして また キュウ に かけだす。 こんな ふう に して ワタシ は 2 ジカン ちかく も あるいた。
 あるいて いる うち に ワレワレ は ひどく たかく へ のぼった もの と みえる。 そこ は ちょっと した ミハラシ で、 うちひらけた イチメン の ハタケ の シタ に、 とおく どこ の マチ とも しれない マチ が、 クモ と カスミ との アイダ から ぼんやり と みえる。 しばらく それ を みて いた が、 たしか に マチ に ソウイ ない。 それにしても あんな ホウガク に、 あれほど の ジンカ の ある バショ が ある と すれば、 いったい どこ なの で あろう。 ワタシ は すこし フ に おちぬ キモチ が する。 しかし ワタシ は この ヘン イッタイ の チリ は いっこう に しらない の だ から、 わからない の も ムリ では ない が。 それ は それ と して、 さて ウシロ の ほう は と チュウイ して みる と、 そこ は ごく なだらか な ケイシャ で、 トオク へ ゆけば ゆく ほど ひくく なって いる らしく、 なんでも イチメン の ゾウキバヤシ の よう で ある。 その ゾウキバヤシ は かなり ふかい よう だ。 そうして さほど ふとく も ない タクサン の キ の ミキ の ハンメン を てらして、 ショウゴ に マ も ない やさしい ハル の ヒザシ が、 ニレ や カシ や クリ や シラカバ など の メバエ した ばかり の さわやか な ハ の スキマ から、 ケムリ の よう に、 また ニオイ の よう に ながれこんで、 その ミキ や ジメン や の ヒカゲ と ヒナタ との カゲン が、 ちょっと クチ では いえない シュルイ の ウツクシサ で ある。 オレ は この ゾウキバヤシ の オク へ はいって ゆきたい キモチ に なった。 その ハヤシ の ナカ は、 かきわけねば ならぬ と いう ほど の ふかい クサハラ でも なく、 ゆこう と おもえば ワケ も ない から だ。
 ワタシ の ユウジン の フラテ も ワタシ と おなじ カンガエ で あった と みえる。 カレ は うれしげ に ずんずん と ハヤシ の ナカ へ はいって ゆく。 ワタシ も その アト に したごうた。 ヤク 1 チョウ ばかり すすんだ か と おもう コロ、 イヌ は イマ まで の アルキカタ とは ちがう よう な アシドリ に なった。 キラク な イマ まで の マンポ の タイド では なく、 おる よう な イソガシサ に アシ を うごかす。 ハナ を マエ の ほう に つきだして いる。 これ は ナニ か を ハッケン した に ちがいない。 ウサギ の アシアト で あった の か、 それとも クサ の ナカ に トリ の ス でも ある の で あろう か。 あちらこちら と きぜわしげ に ユキキ する うち に、 イヌ は その ゆく べき ミチ を ハッケン した もの らしく、 マッスグ に すすみはじめた。 ワタシ は すこし ばかり コウキシン を もって その アト を おうて いった。 ワレワレ は ときどき、 コウビ して いた らしい コズエ の ヤチョウ を おどろかした。 こうした ハヤアシ で ゆく こと 30 プン ばかり で、 イヌ は キュウ に たちとまった。 ドウジ に ワタシ は せんかん たる ミズ の オト を ききつけた よう な キ が した。 (いったい この ヘン は イズミ の おおい チホウ で ある) イヌ は ミミ を カンショウ-らしく うごかして 2~3 ゲン ひきかえして、 ふたたび ジメン を かぐ や、 コンド は ヒダリ の ほう へ おれて あゆみだした。 おもった より も この ハヤシ の ふかい の に すこし おどろいた。 この チホウ に こんな ひろい ゾウキバヤシ が あろう とは かんがえなかった が、 この グアイ では この ハヤシ は 200~300 チョウブ も ある かも しれない。 イヌ の ヨウス と いい、 いつまでも つづく ハヤシ と いい、 オレ は コウキシン で いっぱい に なって きた。 こうして また 20~30 プン-カン ほど ゆく うち に、 イヌ は ふたたび たちとまった。 さて、 わっ、 わっ! と いう ふう に みじかく フタコエ ほえた。 その とき まで は、 つい キ が つかず に いた が、 すぐ メノマエ に 1 ケン の イエ が ある の で ある。 それにしても タショウ の フシギ で ある、 こんな ところ に ただ ヒトツ ヒト の スミカ が あろう とは。 それ が スミヤキゴヤ で ない イジョウ は。
 うちみた ところ、 この イエ には べつに ニワ と いう ふう な もの は ない ヨウス で、 ただ トウトツ に その ハヤシ の ナカ に まじって いる の で ある。 この 「ハヤシ の ナカ に まじって いる」 と いう コトバ は ここ では いちばん よく はまる。 イマ も いった とおり ワタシ は すぐ メノマエ で この イエ を ハッケン した の だ から して、 その エンボウ の スガタ を しる わけ には いかぬ。 また おそらくは この イエ は、 この チセイ と イチ と から かんがえて みて さほど トオク から みとめえられよう とも おもえない。 ちかづいて の この イエ は、 ベツダン に かわった イエ とも おもえない。 ただ その イエ は クサヤネ では あった けれども、 フツウ の ヒャクショウヤ とは ちょっと オモムキ が ちがう。 と いう の は、 この イエ の マド は すべて ガラスド で セイヨウフウ な コシラエカタ なの で ある。 ここ から イリグチ の みえない ところ を みる と、 ワレワレ は イマ たぶん この イエ の ハイゴ と ソクメン と に たいして たって いる もの と おもう。 その カド の ところ から 2 ホウメン の カベ の ハンブン ずつ ほど を おおうた ツタカズラ だけ が、 いわば この イエ の ここ から の スガタ に タショウ の フゼイ と キョウミ と を そなえしめて いる ソウショク で、 タ は イッケン ごく シツボク な、 こんな ハヤシ の ナカ に ありそう な イエ なの で ある。 ワタシ は はじめ、 これ は この ハヤシ の バンゴヤ では ない かしら と おもった。 それにしては すこし おおきすぎる。 また わざわざ こんな イエ を たてて バン を しなければ ならぬ ほど の ハヤシ でも ない。 と おもいなおして この サイショ の ニンテイ を ヒテイ した。 ともかくも ワタシ は この イエ へ はいって みよう。 ミチ に まようた モノ だ と いって、 チャ の 1 パイ も もらって もって きた ベントウ に、 ワレワレ は ワレワレ の クウフク を みたそう。 と おもって、 その イエ の ショウメン だ と おもえる ほう へ あゆみだした。 すると イマ まで メ の ほう の チュウイ に よって わすれられて いた らしい ミミ の カンカク が はたらいて、 ワタシ は ナガレ が チカク に ある こと を しった。 さきに せんかん たる スイセイ を ミミ に した と おもった の は この キンジョ で あった の で あろう。
 ショウメン へ まわって みる と、 そこ も イチメン の ハヤシ に めんして いた。 ただ ここ へ きて ヒトツ の キイ な こと には、 その イエ の イリグチ は、 イエ ゼンタイ の ツリアイ から かんがえて ひどく ゼイタク にも リッパ な イシ の カイダン が ちょうど 4 キュウ も ついて いる の で あった。 その イシ は イエ の タ の ブブン より も、 なぜか ふるく なって ところどころ コケ が はえて いる の で ある。 そうして この ショウメン で ある ミナミガワ の マド の シタ には イエ の カベ に そうて イチレツ に、 トキ を わかたず さく で あろう と おもえる あかい ちいさな ソウビ の ハナ が、 ワガモノガオ に みだれさいて いた。 それ ばかり では ない。 その ソウビ の クサムラ の シタ から オビ の よう な ハバ で、 きらきら と ヒ に かがやきながら、 ミズ が ながれでて いる の で ある。 それ が イッケン どうしても その イエ の ナカ から ながれでて いる と しか おもえない。 ワタシ の ケライ の フラテ は この ミズ を さも うまそう に したたか に のんで いた。 ワタシ は イチベツ の うち に これら の もの を ジブン の ヒトミ へ きざみつけた。
 さて ワタシ は しずか に イシダン の ウエ を のぼる。 ひっそり と した この アタリ の セカイ に たいして、 ワタシ の クツオト は セイジャク を やぶる と いう ほど でも なく ひびいた。 ワタシ は 「オレ は イマ、 インジャ か、 で なければ マホウツカイ の イエ を ホウモン して いる の だぞ」 と ジブン ジシン に たわむれて みた。 そうして ワタシ の イヌ の ほう を みる と、 カレ は べつだん かわった フウ も なく、 あかい シタ を たれて、 オ を ふって いた。
 ワタシ は こつこつ と セイヨウフウ の トビラ を セイヨウフウ に たたいて みた。 ウチ から は なんの ヘントウ も ない。 ワタシ は もう イッペン おなじ こと を くりかえさねば ならなかった。 ウチ から は やっぱり ヘントウ が ない。 コンド は コエ を だして アンナイ を こうて みた。 いぜん、 なんの ハンキョウ も ない。 ルス なの かしら アキヤ なの かしら と かんがえて いる うち に ワタシ は たしょう ブキミ に なって きた。 そこで そっと アシオト を ぬすんで ――これ は なんの ため で あった か わからない が―― ソウビ の ある ほう の マド の ところ へ たって、 そこ から セノビ を して ウチ を みまわして みた。
 マド には この イエ の ガイケン とは にあわしく ない リッパ な シナ の、 くろずんだ エビチャ に ところどころ あおい セン の みえる どっしり と した マドカケ が して あった けれども、 それ は ハンブン ほど しぼって あった ので ヘヤ の ナカ は よく みえた。 めずらしい こと には、 この ヘヤ の チュウオウ には、 イシ で ほって できた おおきな スイバン が あって その タカサ は ユカ の ウエ から 2 シャク とは ない が、 その マンナカ の ところ から は、 ミズ が わきたって いて、 スイバン の フチ から は フダン に ミズ が こぼれて いる。 そこで スイバン には あおい コケ が はえて、 その フキン の ユカ ――これ も やっぱり イシ で あった―― は すこし しめっぽく みえる。 その こぼれた ミズ が ソウビ の ナカ から きらきら ひかりながら ヘビ の よう に ぬけだして くる ミズ なの だろう と いう こと は、 アト で かんがえて みて わかった。 ワタシ は この スイバン には すくなからず おどろいた。 ちょいと イフウ な イエ だ とは サキホド から キ が ついた ものの、 こんな イタイ の しれない シカケ まで あろう とは ヨソウ できない から だ。 そこで ワタシ の コウキシン は、 いっそう チュウイ-ぶかく イエ の ナイブ を マドゴシ に カンサツ しはじめた。 ユカ も イシ で ある、 なんと いう イシ だ か しらない が、 あおじろい よう な イシ で ミズ で しめった ブブン は うつくしい アオイロ で あった。 それ が ムゾウサ に、 きりだした とき の シゼン の まま の メン を リヨウ して ならべて ある。 イリグチ から いちばん オク の ほう の カベ に これ も イシ で できた ファイヤプレイス が あり、 その ミギテ には タナ が 3 ダン ほど あって、 なんだか サラ みた よう な もの が つみかさねたり、 ならんだり して いる。 それ とは ハンタイ の ガワ に―― イマ、 ワタシ が のぞいて いる ミナミガワ の マド の ミッツ ある ウチ の いちばん オク の スミ の マド の シタ に おおきな シラキ の まま の ハダカ の タク が あって、 その ウエ には…… ナニ が ある の だ か カオ を ぴったり くっつけて も ガラス が ジャマ を して のぞきこめない から みられない。 おや まて よ、 これ は もちろん アキヤ では ない、 それ どころ か、 つい イマ の サキ まで ヒト が いた に ソウイ ない。 と いう の は その おおきな タク の カタスミ から、 スイサシ の タバコ から でる ケムリ の イト が ヒジョウ に しずか に 2 シャク ほど マッスグ に たちのぼって、 そこ で ヒトツ ゆれて、 それから だんだん ウエ へ ゆく ほど みだれて ゆく の が みえる では ない か。
 ワタシ は この ケムリ を みて、 イマ まで おもいがけぬ こと ばかり なので、 つい わすれて いた タバコ の こと を おもいだした。 そこで ジブン も 1 ポン を だして ヒ を つけた。 それから どうか して この イエ の ナカ へ はいって みたい と いう コウキシン が どうも おさえきれなく なった。 さて つくづく かんがえる うち に、 ワタシ は ケッシン を した。 この イエ の ナカ へ はいって ゆこう。 ルスチュウ でも いい はいって やろう、 もし シュジン が かえって きた ならば オレ は ショウジキ に その ワケ を はなす の だ。 こんな かわった セイカツ を して いる ヒト なの だ から、 そう はなせば なんとも いうまい。 かえって カンゲイ して くれない とも かぎらぬ。 それ には イマ まで ニヤッカイ に して いた この エノグバコ が、 オレ の ドロボウ では ない と いう ショウニン と して やくだつ で あろう。 ワタシ は ムシ の いい こと を かんがえて こう ケッシン した。 そこで もう イチド イリグチ の カイダン を あがって、 ネン の ため コエ を かけて そっと トビラ を あけた。 トビラ には べつに ジョウ も おりて は いなかった から。
 ワタシ は はいって ゆく と いきなり フタアシ ミアシ アトスダリ した。 なぜか と いう に イリグチ に ちかい マド の ヒナタ に マックロ な スペイン イヌ が いる では ない か。 アゴ を ユカ に くっつけて、 まるく なって イネムリ して いた ヤツ が、 ワタシ の はいる の を みて ずるそう に そっと メ を あけて、 のっそり おきあがった から で ある。
 これ を みた ワタシ の イヌ の フラテ は、 うなりながら その イヌ の ほう へ すすんで いった。 そこで リョウホウ しばらく うなりつづけた が、 この スペイン イヌ は あんがい ニュウワ な ヤツ と みえて、 リョウホウ で ハナヅラ を かぎあって から、 ムコウ から オ を ふりはじめた。 そこで ワタシ の イヌ も オ を ふりだした。 さて スペイン イヌ は ふたたび モト の ユカ の ウエ へ ミ を よこたえた。 ワタシ の イヌ も すぐ その ソバ へ おなじ よう に ヨコ に なった。 みしらない ドウセイ ドウシ の イヌ と イヌ との こうした ワカイ は なかなか えがたい もの で ある。 これ は ワタシ の イヌ が オンリョウ なの にも よる が しゅとして ムコウ の イヌ の カンダイ を ショウサン しなければ なるまい。 そこで オレ は アンシン して はいって いった。 この スペイン イヌ は この シュ の イヌ と して は かなり おおきな カラダ で、 レイ の この シュ トクユウ の ふさふさ した ケ の ある おおきな オ を くるり と シリ の ウエ に まきあげた ところ は なかなか リッパ で ある。 しかし ケ の ツヤ や、 カオ の ヒョウジョウ から おして みて、 だいぶ ロウケン で ある と いう こと は、 イヌ の こと を すこし ばかり しって いる ワタシ には スイサツ できた。 ワタシ は カレ の ほう へ セッキン して いって、 この トウザ の シュジン で ある カレ に エシャク する ため に、 ケイイ を ひょうする ため に カレ の アタマ を アイブ した。 いったい イヌ と いう もの は、 ニンゲン が いじめぬいた ノライヌ で ない カギリ は、 さびしい ところ に いる イヌ ほど ヒト を なつかしがる もの で、 ミズシラズ の ヒト でも シンセツ な ヒト には けっして ケガ を させる もの では ない こと を、 ケイケン の ウエ から ワタシ は しんじて いる。 それに カレラ には ヒツゼンテキ な ホンノウ が あって、 イヌズキ と イヌ を いじめる ヒト とは すぐ みわける もの だ。 ワタシ の カンガエ は マチガイ では なかった。 スペイン イヌ は よろこんで ワタシ の テノヒラ を なめた。
 それにしても いったい、 この イエ の シュジン と いう の は ナニモノ なの で あろう。 どこ へ いった の で あろう。 すぐ かえる だろう かしら。 はいって みる と さすが に キ が とがめた。 それで はいった こと は はいった が、 ワタシ は しばらく は あの イシ の おおきな スイバン の ところ で チョリツ した まま で いた。 その スイバン は やっぱり ソト から みた とおり で、 タカサ は ヒザ まで くらい しか なかった。 フチ の アツサ は 2 スン ぐらい で、 その フチ へ もってって、 また ほそい ミゾ が サンポウ に ある。 こぼれる ミズ は そこ を ながれて、 スイバン の ソトガワ を つとうて こぼれて しまう の で ある。 なるほど、 こうした チセイ では、 こうした ミズ の ヒキカタ も カノウ な わけ で ある。 この イエ では かならず これ を ニチジョウ の ノミミズ に して いる の では なかろう か。 どうも タダ の ソウショク では ない と おもう。
 いったい この イエ は この ヘヤ ヒトツ きり で なにもかも の ヘヤ を かねて いる よう だ。 イス が ミナ で ヒトツ…… フタツ…… ミッツ きり しか ない。 スイバン の ソバ と、 ファイヤプレイス と それに タク に めんして と おのおの ヒトツ ずつ。 いずれ も ただ コシ を かけられる と いう だけ に つくられて、 べつに テ の こんだ ところ は どこ にも ない。 ミマワリ して いる うち に ワタシ は だんだん と ダイタン に なって きた。 キ が つく と この しずか な イエ の ミャクハク の よう に トケイ が フンビョウ を きざむ オト が して いる。 どこ に トケイ が ある の で あろう。 こい カバイロ の カベ には どこ にも ない。 ああ あれ だ、 あの レイ の おおきな タク の ウエ の オキドケイ だ。 ワタシ は この イエ の イマ の シュジン と みる べき スペイン イヌ に すこし エンリョ しながら、 タク の ほう へ あるいて いった。
 タク の カタスミ には はたして、 マド の ソト から みた とおり、 イマ では しろく もえつくした タバコ が 1 ポン あった。
 トケイ は モジバン の ウエ に エ が かいて あって、 その ガング の よう な シュコウ が いかにも この ヘヤ の ハンヤバン な ヨウス に タイショウ を して いる。 モジバン の ウエ には ヒトリ の キフジン と、 ヒトリ の シンシ と、 それに もう ヒトリ の オトコ が いて、 その オトコ は 1 ビョウ-カン に イチド ずつ この シンシ の ヒダリ の クツ を みがく わけ なの で ある。 ばかばかしい けれども その エ が おもしろかった。 その キフジン の ヒダ の おおい ササベリ の ついた おおきな スソ を チ に ひいた グアイ や、 シルク ハット の シンシ の ホオヒゲ の ヨウシキ など は、 ガイコク の フウゾク を しらない ワタシ の メ にも もう ハンセイキ も ジダイ が ついて みえる。 さて かわいそう な は この クツミガキ だ。 カレ は この ヘイセイ な イエ の ナカ の、 その また ナカ の ちいさな ベッセカイ で ヨル も ヒル も こうして ヒトツ の クツ ばかり みがいて いる の だ。 オレ は みて いる うち に この タンチョウ な フダン の ドウサ に、 ジブン の カタ が こって くる の を かんずる。 それで トケイ の しめす ジカン は 1 ジ 15 フン―― これ は 1 ジカン も おくれて いそう だった。 ツクエ には チリマミレ に ホン が 50~60 サツ つみあげて あって、 ベツ に 4~5 サツ ちらばって いた。 なんでも エ の ホン か、 ケンチク の か それとも チズ と いいたい ヨウス の タイサツ な ホン ばかり だった。 ヒョウダイ を みたらば、 ドイツ-ゴ らしく ワタシ には よめなかった。 その カベ の ところ に、 ゲンショクズリ の ウミ の ガク が かかって いる。 みた こと の ある エ だ が、 こんな イロ は ウィスラー では ない かしら…… ワタシ は この ガク が ここ に ある の を サンセイ した。 でも ニンゲン が こんな サンチュウ に いれば、 エ でも みて いなければ セカイ に ウミ の ある こと など は わすれて しまう かも しれない では ない か。
 ワタシ は かえろう と おもった、 この イエ の シュジン には いずれ また あい に くる と して。 それでも ヒト の いない うち に はいりこんで、 ヒト の いない うち に かえる の は なんだか キ に なった。 そこで いっそ の こと シュジン の キタク を まとう と いう キ にも なる。 それで スイバン から ミズ の わきたつ の を みながら、 イップク すいつけた。 そうして ワタシ は その わきたつ ミズ を しばらく みつめて いた。 こうして イッシン に それ を みつづけて いる と、 なんだか トオク の オンガク に ききいって いる よう な ココロモチ が する。 うっとり と なる。 ひょっと する と この フダン に たぎりでる ミズ の ソコ から、 ホントウ に オンガク が きこえて きた の かも しれない。 あんな フシギ な イエ の こと だ から。 なにしろ この イエ の シュジン と いう の は よほど カワリモノ に ソウイ ない。 ……まて よ オレ は、 リップ ヴァン ウィンクル では ない かしら。 ……かえって みる と ツマ は ババア に なって いる。 ……ひょっと この ハヤシ を でて、 「K ムラ は どこ でした かね」 と ヒャクショウ に たずねる と、 「え? K ムラ そんな ところ は この ヘン に ありません ぜ」 と いわれそう だぞ。 そう おもう と ワタシ は ふと はやく イエ へ かえって みよう と、 ヘン な キモチ に なった。 そこで ワタシ は トグチ の ところ へ あるいて いって、 クチブエ で フラテ を よぶ。 イマ まで イッキョ イチドウ を チュウシ して いた よう な キ の する あの スペイン イヌ は じっと ワタシ の かえる ところ を みおくって いる。 ワタシ は おそれた。 この イヌ は イマ まで は ニュウワ に みせかけて おいて、 かえる と みて わっ と ウシロ から かみつき は しない だろう か。 ワタシ は スペイン イヌ に チュウイ しながら、 フラテ の でて くる の を まちかねて、 オオイソギ で トビラ を しめて でた。
 さて、 カエリガケ に もう イッペン イエ の ナイブ を みて やろう と、 セノビ を して マド から のぞきこむ と レイ の マックロ な スペイン イヌ は のっそり と おきあがって、 さて オオヅクエ の ほう へ あるきながら、 オレ の いる の には キ が つかない の か、
「ああ、 キョウ は ミョウ な ヤツ に おどろかされた」
と、 ニンゲン の コエ で いった よう な キ が した。 はてな、 と おもって いる と、 よく イヌ が する よう に アクビ を した か と おもう と、 ワタシ の マタタキ した マ に、 ヤツ は 50-カッコウ の メガネ を かけた クロフク の チュウロウジン に なり オオヅクエ の マエ の イス に よりかかった まま、 ゆうぜん と クチ には まだ ヒ を つけぬ タバコ を くわえて、 あの オオガタ の ホン の 1 サツ を ひらいて ページ を くって いる の で あった。
 ぽかぽか と ホントウ に あたたかい ハル の ヒ の ゴゴ で ある。 ひっそり と した ヤマ の ゾウキハラ の ナカ で ある。

2018/02/21

チュウモン の おおい リョウリテン

 チュウモン の おおい リョウリテン

 ミヤザワ ケンジ

 フタリ の わかい シンシ が、 すっかり イギリス の ヘイタイ の カタチ を して、 ぴかぴか する テッポウ を かついで、 シロクマ の よう な イヌ を 2 ヒキ つれて、 だいぶ ヤマオク の、 コノハ の かさかさ した とこ を、 こんな こと を いいながら、 あるいて おりました。
「ぜんたい、 ここら の ヤマ は けしからん ね。 トリ も ケモノ も 1 ピキ も いやがらん。 なんでも かまわない から、 はやく たんたあーん と、 やって みたい もん だなあ」
「シカ の キイロ な ヨコッパラ なんぞ に、 2~3 パツ おみまい もうしたら、 ずいぶん ツウカイ だろう ねえ。 くるくる まわって、 それから どたっと たおれる だろう ねえ」
 それ は ダイブ の ヤマオク でした。 アンナイ して きた センモン の テッポウウチ も、 ちょっと まごついて、 どこ か へ いって しまった くらい の ヤマオク でした。
 それに、 あんまり ヤマ が ものすごい ので、 その シロクマ の よう な イヌ が、 2 ヒキ イッショ に メマイ を おこして、 しばらく うなって、 それから アワ を はいて しんで しまいました。
「じつに ボク は、 2400 エン の ソンガイ だ」 と ヒトリ の シンシ が、 その イヌ の マブタ を、 ちょっと かえして みて いいました。
「ボク は 2800 エン の ソンガイ だ」 と、 も ヒトリ が、 くやしそう に、 アタマ を まげて いいました。
 ハジメ の シンシ は、 すこし カオイロ を わるく して、 じっと、 も ヒトリ の シンシ の、 カオツキ を みながら いいました。
「ボク は もう もどろう と おもう」
「さあ、 ボク も ちょうど さむく は なった し ハラ は すいて きた し もどろう と おもう」
「そいじゃ、 これ で きりあげよう。 なあに モドリ に、 キノウ の ヤドヤ で、 ヤマドリ を 10 エン も かって かえれば いい」
「ウサギ も でて いた ねえ。 そう すれば けっきょく おんなじ こった。 では かえろう じゃ ない か」
 ところが どうも こまった こと は、 どっち へ いけば もどれる の か、 いっこう ケントウ が つかなく なって いました。
 カゼ が どうと ふいて きて、 クサ は ざわざわ、 コノハ は かさかさ、 キ は ごとん ごとん と なりました。
「どうも ハラ が すいた。 サッキ から ヨコッパラ が いたくて たまらない ん だ」
「ボク も そう だ。 もう あんまり あるきたく ない な」
「あるきたく ない よ。 ああ こまった なあ、 ナニ か たべたい なあ」
「たべたい もん だなあ」
 フタリ の シンシ は、 ざわざわ なる ススキ の ナカ で、 こんな こと を いいました。
 その とき ふと ウシロ を みます と、 リッパ な 1 ケン の セイヨウヅクリ の ウチ が ありました。
 そして ゲンカン には、
    RESTAURANT
    セイヨウ リョウリテン
    WILDCAT HOUSE
    ヤマネコ-ケン
と いう フダ が でて いました。
「キミ、 ちょうど いい。 ここ は これ で なかなか ひらけてる ん だ。 はいろう じゃ ない か」
「おや、 こんな とこ に おかしい ね。 しかし とにかく ナニ か ショクジ が できる ん だろう」
「もちろん できる さ。 カンバン に そう かいて ある じゃ ない か」
「はいろう じゃ ない か。 ボク は もう ナニ か たべたくて たおれそう なん だ」
 フタリ は ゲンカン に たちました。 ゲンカン は しろい セト の レンガ で くんで、 じつに リッパ な もん です。
 そして ガラス の ヒラキド が たって、 そこ に キンモジ で こう かいて ありました。
   「ドナタ も どうか おはいり ください。 けっして ゴエンリョ は ありません」
 フタリ は そこで、 ひどく よろこんで いいました。
「こいつ は どう だ、 やっぱり ヨノナカ は うまく できてる ねえ、 キョウ イチニチ ナンギ した けれど、 コンド は こんな いい こと も ある。 この ウチ は リョウリテン だ けれども タダ で ゴチソウ する ん だぜ」
「どうも そう らしい。 けっして ゴエンリョ は ありません と いう の は その イミ だ」
 フタリ は ト を おして、 ナカ へ はいりました。 そこ は すぐ ロウカ に なって いました。 その ガラスド の ウラガワ には、 キンモジ で こう なって いました。
   「ことに ふとった オカタ や わかい オカタ は、 ダイカンゲイ いたします」
 フタリ は ダイカンゲイ と いう ので、 もう オオヨロコビ です。
「キミ、 ボクラ は ダイカンゲイ に あたって いる の だ」
「ボクラ は リョウホウ かねてる から」
 ずんずん ロウカ を すすんで いきます と、 コンド は ミズイロ の ペンキヌリ の ト が ありました。
「どうも ヘン な ウチ だ。 どうして こんな に たくさん ト が ある の だろう」
「これ は ロシア-シキ だ。 さむい とこ や ヤマ の ナカ は みんな こう さ」
 そして フタリ は その ト を あけよう と します と、 ウエ に キイロ な ジ で こう かいて ありました。
   「トウケン は チュウモン の おおい リョウリテン です から どうか そこ は ゴショウチ ください」
「なかなか はやってる ん だ。 こんな ヤマ の ナカ で」
「それ あ そう だ。 みたまえ、 トウキョウ の おおきな リョウリヤ だって オオドオリ には すくない だろう」
 フタリ は いいながら、 その ト を あけました。 すると その ウラガワ に、
   「チュウモン は ずいぶん おおい でしょう が どうか いちいち こらえて ください」
「これ は ぜんたい どういう ん だ」 ヒトリ の シンシ は カオ を しかめました。
「うん、 これ は きっと チュウモン が あまり おおくて シタク が てまどる けれども ごめん ください と こういう こと だ」
「そう だろう。 はやく どこ か ヘヤ の ナカ に はいりたい もん だな」
「そして テーブル に すわりたい もん だな」
 ところが どうも うるさい こと は、 また ト が ヒトツ ありました。 そして その ワキ に カガミ が かかって、 その シタ には ながい エ の ついた ブラシ が おいて あった の です。
 ト には あかい ジ で、
   「オキャクサマ がた、 ここ で カミ を きちんと して、 それから ハキモノ
    の ドロ を おとして ください」
と かいて ありました。
「これ は どうも もっとも だ。 ボク も さっき ゲンカン で、 ヤマ の ナカ だ と おもって みくびった ん だよ」
「サホウ の きびしい ウチ だ。 きっと よほど えらい ヒトタチ が、 たびたび くる ん だ」
 そこで フタリ は、 きれい に カミ を けずって、 クツ の ドロ を おとしました。
 そしたら、 どう です。 ブラシ を イタ の ウエ に おく や いなや、 そいつ が ぼうっと かすんで なくなって、 カゼ が どうっと ヘヤ の ナカ に はいって きました。
 フタリ は びっくり して、 たがいに よりそって、 ト を がたん と あけて、 ツギ の ヘヤ へ はいって いきました。 はやく ナニ か あたたかい もの でも たべて、 ゲンキ を つけて おかない と、 もう トホウ も ない こと に なって しまう と、 フタリ とも おもった の でした。
 ト の ウチガワ に、 また ヘン な こと が かいて ありました。
   「テッポウ と タマ を ここ へ おいて ください」
 みる と すぐ ヨコ に くろい ダイ が ありました。
「なるほど、 テッポウ を もって モノ を くう と いう ホウ は ない」
「いや、 よほど えらい ヒト が しじゅう きて いる ん だ」
 フタリ は テッポウ を はずし、 オビカワ を といて、 それ を ダイ の ウエ に おきました。
 また くろい ト が ありました。
   「どうか ボウシ と ガイトウ と クツ を おとり ください」
「どう だ、 とる か」
「しかたない、 とろう。 たしか に よっぽど えらい ヒト なん だ。 オク に きて いる の は」
 フタリ は ボウシ と オーバーコート を クギ に かけ、 クツ を ぬいで ぺたぺた あるいて ト の ナカ に はいりました。
 ト の ウラガワ には、
   「ネクタイ ピン、 カフス ボタン、 メガネ、 サイフ、 ソノタ カナモノルイ、
    ことに とがった もの は、 みんな ここ に おいて ください」
と かいて ありました。 ト の すぐ ヨコ には クロヌリ の リッパ な キンコ も、 ちゃんと クチ を あけて おいて ありました。 カギ まで そえて あった の です。
「ははあ、 ナニ か の リョウリ に デンキ を つかう と みえる ね。 カナケ の もの は あぶない。 ことに とがった もの は あぶない と こう いう ん だろう」
「そう だろう。 してみると カンジョウ は カエリ に ここ で はらう の だろう か」
「どうも そう らしい」
「そう だ。 きっと」
 フタリ は メガネ を はずしたり、 カフス ボタン を とったり、 みんな キンコ の ナカ に いれて、 ぱちん と ジョウ を かけました。
 すこし いきます と また ト が あって、 その マエ に ガラス の ツボ が ヒトツ ありました。 ト には こう かいて ありました。
   「ツボ の ナカ の クリーム を カオ や テアシ に すっかり ぬって ください」
 みる と たしか に ツボ の ナカ の もの は ギュウニュウ の クリーム でした。
「クリーム を ぬれ と いう の は どういう ん だ」
「これ は ね、 ソト が ヒジョウ に さむい だろう。 ヘヤ の ナカ が あんまり あたたかい と ヒビ が きれる から、 その ヨボウ なん だ。 どうも オク には、 よほど えらい ヒト が きて いる。 こんな とこ で、 あんがい ボクラ は、 キゾク と チカヅキ に なる かも しれない よ」
 フタリ は ツボ の クリーム を、 カオ に ぬって テ に ぬって それから クツシタ を ぬいで アシ に ぬりました。 それでも まだ のこって いました から、 それ は フタリ とも めいめい こっそり カオ へ ぬる フリ を しながら たべました。
 それから オオイソギ で ト を あけます と、 その ウラガワ には、
   「クリーム を よく ぬりました か、 ミミ にも よく ぬりました か、」
と かいて あって、 ちいさな クリーム の ツボ が ここ にも おいて ありました。
「そうそう、 ボク は ミミ には ぬらなかった。 あぶなく ミミ に ヒビ を きらす とこ だった。 ここ の シュジン は じつに ヨウイ シュウトウ だね」
「ああ、 こまかい とこ まで よく キ が つく よ。 ところで ボク は はやく ナニ か たべたい ん だ が、 どうも こう どこまでも ロウカ じゃ しかたない ね」
 すると すぐ その マエ に ツギ の ト が ありました。
   「リョウリ は もう すぐ できます。
    15 フン と オマタセ は いたしません。
    すぐ たべられます。
    はやく アナタ の アタマ に ビン の ナカ の コウスイ を よく ふりかけて ください」
 そして ト の マエ には キンピカ の コウスイ の ビン が おいて ありました。
 フタリ は その コウスイ を、 アタマ へ ぱちゃぱちゃ ふりかけました。
 ところが その コウスイ は、 どうも ス の よう な ニオイ が する の でした。
「この コウスイ は へんに ス-くさい。 どうした ん だろう」
「まちがえた ん だ。 ゲジョ が カゼ でも ひいて まちがえて いれた ん だ」
 フタリ は ト を あけて ナカ に はいりました。
 ト の ウラガワ には、 おおきな ジ で こう かいて ありました。
   「いろいろ チュウモン が おおくて うるさかった でしょう。 オキノドク でした。
    もう これ だけ です。 どうか カラダジュウ に、 ツボ の ナカ の シオ を たくさん
    よく もみこんで ください」
 なるほど リッパ な あおい セト の シオツボ は おいて ありました が、 コンド と いう コンド は フタリ とも ぎょっと して おたがいに クリーム を たくさん ぬった カオ を みあわせました。
「どうも おかしい ぜ」
「ボク も おかしい と おもう」
「タクサン の チュウモン と いう の は、 ムコウ が こっち へ チュウモン してる ん だよ」
「だから さ、 セイヨウ リョウリテン と いう の は、 ボク の かんがえる ところ では、 セイヨウ リョウリ を、 きた ヒト に たべさせる の では なくて、 きた ヒト を セイヨウ リョウリ に して、 たべて やる ウチ と こういう こと なん だ。 これ は、 その、 つ、 つ、 つ、 つまり、 ボ、 ボ、 ボクラ が……」 がたがた がたがた、 ふるえだして もう モノ が いえません でした。
「その、 ボ、 ボクラ が、 ……うわあ」 がたがた がたがた、 ふるえだして もう モノ が いえません でした。
「にげ……」 がたがた しながら ヒトリ の シンシ は ウシロ の ト を おそう と しました が、 どう です、 ト は もう イチブ も うごきません でした。
 オク の ほう には まだ 1 マイ ト が あって、 おおきな カギアナ が フタツ つき、 ギンイロ の ホーク と ナイフ の カタチ が きりだして あって、
   「いや、 わざわざ ゴクロウ です。
    たいへん ケッコウ に できました。
    さあさあ オナカ に おはいり ください」
と かいて ありました。 おまけに カギアナ から は きょろきょろ フタツ の あおい メダマ が こっち を のぞいて います。
「うわあ」 がたがた がたがた。
「うわあ」 がたがた がたがた。
 フタリ は なきだしました。
 すると ト の ナカ では、 こそこそ こんな こと を いって います。
「ダメ だよ。 もう キ が ついた よ。 シオ を もみこまない よう だよ」
「アタリマエ さ。 オヤブン の カキヨウ が まずい ん だ。 あすこ へ、 いろいろ チュウモン が おおくて うるさかった でしょう、 オキノドク でした なんて、 まぬけた こと を かいた もん だ」
「どっち でも いい よ。 どうせ ボクラ には、 ホネ も わけて くれ や しない ん だ」
「それ は そう だ。 けれども もし ここ へ アイツラ が はいって こなかったら、 それ は ボクラ の セキニン だぜ」
「よぼう か、 よぼう。 おい、 オキャクサン がた、 はやく いらっしゃい。 いらっしゃい。 いらっしゃい。 オサラ も あらって あります し、 ナッパ も もう よく シオ で もんで おきました。 アト は アナタガタ と、 ナッパ を うまく とりあわせて、 マッシロ な オサラ に のせる だけ です。 はやく いらっしゃい」
「へい、 いらっしゃい、 いらっしゃい。 それとも サラド は おきらい です か。 そんなら これから ヒ を おこして フライ に して あげましょう か。 とにかく はやく いらっしゃい」
 フタリ は あんまり ココロ を いためた ため に、 カオ が まるで くしゃくしゃ の カミクズ の よう に なり、 おたがいに その カオ を みあわせ、 ぶるぶる ふるえ、 コエ も なく なきました。
 ナカ では ふっふっ と わらって また さけんで います。
「いらっしゃい、 いらっしゃい。 そんな に ないて は せっかく の クリーム が ながれる じゃ ありません か。 へい、 ただいま。 じき もって まいります。 さあ、 はやく いらっしゃい」
「はやく いらっしゃい。 オヤカタ が もう ナフキン を かけて、 ナイフ を もって、 シタナメズリ して、 オキャクサマ がた を まって いられます」
 フタリ は ないて ないて ないて ないて なきました。
 その とき ウシロ から いきなり、
「わん、 わん、 ぐわあ」 と いう コエ が して、 あの シロクマ の よう な イヌ が 2 ヒキ、 ト を つきやぶって ヘヤ の ナカ に とびこんで きました。 カギアナ の メダマ は たちまち なくなり、 イヌ ども は うう と うなって しばらく ヘヤ の ナカ を くるくる まわって いました が、 また ヒトコエ、
「わん」 と たかく ほえて、 いきなり ツギ の ト に とびつきました。 ト は がたり と ひらき、 イヌ ども は すいこまれる よう に とんで いきました。
 その ト の ムコウ の マックラヤミ の ナカ で、
「にゃあお、 くわあ、 ごろごろ」 と いう コエ が して、 それから がさがさ なりました。
 ヘヤ は ケムリ の よう に きえ、 フタリ は サムサ に ぶるぶる ふるえて、 クサ の ナカ に たって いました。
 みる と、 ウワギ や クツ や サイフ や ネクタイ ピン は、 あっち の エダ に ぶらさがったり、 こっち の ネモト に ちらばったり して います。 カゼ が どうと ふいて きて、 クサ は ざわざわ、 コノハ は かさかさ、 キ は ごとん ごとん と なりました。
 イヌ が ふう と うなって もどって きました。
 そして ウシロ から は、
「ダンナア、 ダンナア、」 と さけぶ モノ が あります。
 フタリ は にわか に ゲンキ が ついて、
「おおい、 おおい、 ここ だぞ、 はやく こい」 と さけびました。
 ミノボウシ を かぶった センモン の リョウシ が、 クサ を ざわざわ わけて やって きました。
 そこで フタリ は やっと アンシン しました。
 そして リョウシ の もって きた ダンゴ を たべ、 トチュウ で 10 エン だけ ヤマドリ を かって トウキョウ に かえりました。
 しかし、 さっき イッペン カミクズ の よう に なった フタリ の カオ だけ は、 トウキョウ に かえって も、 オユ に はいって も、 もう モト の とおり に なおりません でした。

2018/02/05

ジョセイト

 ジョセイト

 ダザイ オサム

 アサ、 メ を さます とき の キモチ は、 おもしろい。 カクレンボ の とき、 オシイレ の まっくらい ナカ に、 じっと、 しゃがんで かくれて いて、 とつぜん、 デコ ちゃん に、 がらっと フスマ を あけられ、 ヒ の ヒカリ が どっと きて、 デコ ちゃん に、 「みつけた!」 と オオゴエ で いわれて、 マブシサ、 それから、 ヘン な マ の ワルサ、 それから、 ムネ が どきどき して、 キモノ の マエ を あわせたり して、 ちょっと、 てれくさく、 オシイレ から でて きて、 キュウ に むかむか はらだたしく、 あの カンジ、 いや、 ちがう、 あの カンジ でも ない、 なんだか、 もっと やりきれない。 ハコ を あける と、 その ナカ に、 また ちいさい ハコ が あって、 その ちいさい ハコ を あける と、 また その ナカ に、 もっと ちいさい ハコ が あって、 そいつ を あける と、 また、 また、 ちいさい ハコ が あって、 その ちいさい ハコ を あける と、 また ハコ が あって、 そうして、 ナナツ も、 ヤッツ も、 あけて いって、 とうとう オシマイ に、 サイコロ くらい の ちいさい ハコ が でて きて、 そいつ を そっと あけて みて、 なにも ない、 カラッポ、 あの カンジ、 すこし ちかい。 ぱちっと メ が さめる なんて、 あれ は ウソ だ。 にごって にごって、 その うち に、 だんだん デンプン が シタ に しずみ、 すこし ずつ ウワズミ が できて、 やっと つかれて メ が さめる。 アサ は、 なんだか、 しらじらしい。 かなしい こと が、 たくさん たくさん ムネ に うかんで、 やりきれない。 いや だ、 いや だ。 アサ の ワタシ は いちばん みにくい。 リョウホウ の アシ が、 くたくた に つかれて、 そうして、 もう、 なにも したく ない。 ジュクスイ して いない せい かしら。 アサ は ケンコウ だ なんて、 あれ は ウソ。 アサ は ハイイロ。 いつも いつも おなじ。 いちばん キョム だ。 アサ の ネドコ の ナカ で、 ワタシ は いつも エンセイテキ だ。 いや に なる。 いろいろ みにくい コウカイ ばっかり、 イチド に、 どっと かたまって ムネ を ふさぎ、 ミモダエ しちゃう。
 アサ は、 イジワル。
「オトウサン」 と ちいさい コエ で よんで みる。 へんに きはずかしく、 うれしく、 おきて、 さっさと フトン を たたむ。 フトン を もちあげる とき、 よいしょ、 と カケゴエ して、 はっと おもった。 ワタシ は、 イマ まで、 ジブン が、 よいしょ なんて、 げびた コトバ を いいだす オンナ だ とは、 おもって なかった。 よいしょ、 なんて、 オバアサン の カケゴエ みたい で、 いやらしい。 どうして、 こんな カケゴエ を はっした の だろう。 ワタシ の カラダ の ナカ に、 どこ か に、 バアサン が ヒトツ いる よう で、 キモチ が わるい。 これから は、 キ を つけよう。 ヒト の ゲヒン な アルキ カッコウ を ヒンシュク して いながら、 ふと、 ジブン も、 そんな アルキカタ して いる の に キ が ついた とき みたい に、 すごく、 しょげちゃった。
 アサ は、 いつでも ジシン が ない。 ネマキ の まま で キョウダイ の マエ に すわる。 メガネ を かけない で、 カガミ を のぞく と、 カオ が、 すこし ぼやけて、 しっとり みえる。 ジブン の カオ の ナカ で いちばん メガネ が いや なの だ けれど、 ホカ の ヒト には、 わからない メガネ の ヨサ も、 ある。 メガネ を とって、 トオク を みる の が すき だ。 ゼンタイ が かすんで、 ユメ の よう に、 ノゾキエ みたい に、 すばらしい。 きたない もの なんて、 なにも みえない。 おおきい もの だけ、 センメイ な、 つよい イロ、 ヒカリ だけ が メ に はいって くる。 メガネ を とって ヒト を みる の も すき。 アイテ の カオ が、 ミナ、 やさしく、 きれい に、 わらって みえる。 それに、 メガネ を はずして いる とき は、 けっして ヒト と ケンカ を しよう なんて おもわない し、 ワルクチ も いいたく ない。 ただ、 だまって、 ぽかん と して いる だけ。 そうして、 そんな とき の ワタシ は、 ヒト にも オヒトヨシ に みえる だろう と おもえば、 なお の こと、 ワタシ は、 ぽかん と アンシン して、 あまえたく なって、 ココロ も、 たいへん やさしく なる の だ。
 だけど、 やっぱり メガネ は、 いや。 メガネ を かけたら カオ と いう カンジ が なくなって しまう。 カオ から うまれる、 イロイロ の ジョウチョ、 ロマンチック、 ウツクシサ、 ハゲシサ、 ヨワサ、 アドケナサ、 アイシュウ、 そんな もの、 メガネ が みんな さえぎって しまう。 それに、 メ で オハナシ を する と いう こと も、 おかしな くらい できない。
 メガネ は、 オバケ。
 ジブン で、 いつも ジブン の メガネ が いや だ と おもって いる ゆえ か、 メ の うつくしい こと が、 いちばん いい と おもわれる。 ハナ が なくて も、 クチ が かくされて いて も、 メ が、 その メ を みて いる と、 もっと ジブン が うつくしく いきなければ と おもわせる よう な メ で あれば、 いい と おもって いる。 ワタシ の メ は、 ただ おおきい だけ で、 なんにも ならない。 じっと ジブン の メ を みて いる と、 がっかり する。 オカアサン で さえ、 つまらない メ だ と いって いる。 こんな メ を ヒカリ の ない メ と いう の で あろう。 タドン、 と おもう と、 がっかり する。 これ です から ね。 ひどい です よ。 カガミ に むかう と、 その たんび に、 ウルオイ の ある いい メ に なりたい と、 つくづく おもう。 あおい ミズウミ の よう な メ、 あおい ソウゲン に ねて オオゾラ を みて いる よう な メ、 ときどき クモ が ながれて うつる。 トリ の カゲ まで、 はっきり うつる。 うつくしい メ の ヒト と たくさん あって みたい。
 ケサ から 5 ガツ、 そう おもう と、 なんだか すこし うきうき して きた。 やっぱり うれしい。 もう ナツ も ちかい と おもう。 ニワ に でる と イチゴ の ハナ が メ に とまる。 オトウサン の しんだ と いう ジジツ が、 フシギ に なる。 しんで、 いなく なる、 と いう こと は、 リカイ できにくい こと だ。 フ に おちない。 オネエサン や、 わかれた ヒト や、 ながい アイダ あわず に いる ヒトタチ が なつかしい。 どうも アサ は、 すぎさった こと、 モウセン の ヒトタチ の こと が、 いやに ミヂカ に、 オタクワン の ニオイ の よう に あじけなく おもいだされて、 かなわない。
 ジャピー と、 カア (かわいそう な イヌ だ から、 カア と よぶ ん だ) と、 2 ヒキ もつれあいながら、 はしって きた。 2 ヒキ を マエ に ならべて おいて、 ジャピー だけ を、 うんと かわいがって やった。 ジャピー の まっしろい ケ は ひかって うつくしい。 カア は、 きたない。 ジャピー を かわいがって いる と、 カア は、 ソバ で なきそう な カオ を して いる の を ちゃんと しって いる。 カア が カタワ だ と いう こと も しって いる。 カア は、 かなしくて、 いや だ。 かわいそう で かわいそう で たまらない から、 わざと いじわるく して やる の だ。 カア は、 ノライヌ みたい に みえる から、 いつ イヌコロシ に やられる か、 わからない。 カア は、 アシ が、 こんな だ から、 にげる の に、 おそい こと だろう。 カア、 はやく、 ヤマ の ナカ に でも ゆきなさい。 オマエ は ダレ にも かわいがられない の だ から、 はやく しねば いい。 ワタシ は、 カア だけ で なく、 ヒト にも いけない こと を する コ なん だ。 ヒト を こまらせて、 シゲキ する。 ホントウ に いや な コ なん だ。 エンガワ に こしかけて、 ジャピー の アタマ を なでて やりながら、 メ に しみる アオバ を みて いる と、 なさけなく なって、 ツチ の ウエ に すわりたい よう な キモチ に なった。
 ないて みたく なった。 うんと イキ を つめて、 メ を ジュウケツ させる と、 すこし ナミダ が でる かも しれない と おもって、 やって みた が、 ダメ だった。 もう、 ナミダ の ない オンナ に なった の かも しれない。
 あきらめて、 オヘヤ の ソウジ を はじめる。 オソウジ しながら、 ふと 「トウジン オキチ」 を うたう。 ちょっと アタリ を みまわした よう な カンジ。 ふだん、 モーツァルト だの、 バッハ だの に ネッチュウ して いる はず の ジブン が、 ムイシキ に、 「トウジン オキチ」 を うたった の が、 おもしろい。 フトン を もちあげる とき、 よいしょ、 と いったり、 オソウジ しながら、 トウジン オキチ を うたう よう では、 ジブン も、 もう、 ダメ か と おもう。 こんな こと では、 ネゴト など で、 どんな に ゲヒン な こと いいだす か、 フアン で ならない。 でも、 なんだか おかしく なって、 ホウキ の テ を やすめて、 ヒトリ で わらう。
 キノウ ぬいあげた あたらしい シタギ を きる。 ムネ の ところ に、 ちいさい しろい バラ の ハナ を シシュウ して おいた。 ウワギ を きちゃう と、 この シシュウ みえなく なる。 ダレ にも わからない。 トクイ で ある。
 オカアサン、 ダレ か の エンダン の ため に オオワラワ、 アサ はやく から オデカケ。 ワタシ の ちいさい とき から オカアサン は、 ヒト の ため に つくす ので、 ナレッコ だ けれど、 ホントウ に おどろく ほど、 しじゅう うごいて いる オカアサン だ。 カンシン する。 オトウサン が、 あまり にも ベンキョウ ばかり して いた から、 オカアサン は、 オトウサン の ブン も する の で ある。 オトウサン は、 シャコウ とか から は、 およそ エン が とおい けれど、 オカアサン は、 ホントウ に キモチ の よい ヒトタチ の アツマリ を つくる。 フタリ とも ちがった ところ を もって いる けれど、 おたがいに、 ソンケイ しあって いた らしい。 みにくい ところ の ない、 うつくしい やすらか な フウフ、 と でも いう の で あろう か。 ああ、 ナマイキ、 ナマイキ。
 オミオツケ の あたたまる まで、 ダイドコログチ に こしかけて、 マエ の ゾウキバヤシ を、 ぼんやり みて いた。 そしたら、 ムカシ にも、 これから サキ にも、 こう やって、 ダイドコロ の クチ に こしかけて、 この とおり の シセイ で もって、 しかも そっくり おなじ こと を かんがえながら マエ の ゾウキバヤシ を みて いた、 みて いる、 よう な キ が して、 カコ、 ゲンザイ、 ミライ、 それ が イッシュンカン の うち に かんじられる よう な、 ヘン な キモチ が した。 こんな こと は、 ときどき ある。 ダレ か と ヘヤ に すわって ハナシ を して いる。 メ が、 テーブル の スミ に いって ことん と とまって うごかない。 クチ だけ が うごいて いる。 こんな とき に、 ヘン な サッカク を おこす の だ。 いつ だった か、 こんな おなじ ジョウタイ で、 おなじ こと を はなしながら、 やはり、 テーブル の スミ を みて いた、 また、 これから サキ も、 イマ の こと が、 そっくり ソノママ に ジブン に やって くる の だ、 と しんじちゃう キモチ に なる の だ。 どんな トオク の イナカ の ノミチ を あるいて いて も、 きっと、 この ミチ は、 いつか きた ミチ、 と おもう。 あるきながら ミチバタ の マメ の ハ を、 さっと むしりとって も、 やはり、 この ミチ の ここ の ところ で、 この ハ を むしりとった こと が ある、 と おもう。 そうして、 また、 これから も、 ナンド も ナンド も、 この ミチ を あるいて、 ここ の ところ で マメ の ハ を むしる の だ、 と しんじる の で ある。 また、 こんな こと も ある。 ある とき オユ に つかって いて、 ふと テ を みた。 そしたら、 これから サキ、 ナンネン か たって、 オユ に はいった とき、 この、 イマ の なにげなく、 テ を みた こと を、 そして みながら、 ことん と かんじた こと を きっと おもいだす に ちがいない、 と おもって しまった。 そう おもったら、 なんだか、 くらい キ が した。 また、 ある ユウガタ、 ゴハン を オヒツ に うつして いる とき、 インスピレーション、 と いって は おおげさ だ けれど、 ナニ か ミウチ に ぴゅうっと はしりさって ゆく もの を かんじて、 なんと いおう か、 テツガク の シッポ と いいたい の だ けれど、 そいつ に やられて、 アタマ も ムネ も、 スミズミ まで トウメイ に なって、 ナニ か、 いきて ゆく こと に ふわっと おちついた よう な、 だまって、 オト も たてず に、 トコロテン が そろっと おしだされる とき の よう な ジュウナンセイ で もって、 このまま ナミ の まにまに、 うつくしく かるく いきとおせる よう な カンジ が した の だ。 この とき は、 テツガク どころ の サワギ では ない。 ヌスミネコ の よう に、 オト も たてず に いきて ゆく ヨカン なんて、 ろく な こと は ない と、 むしろ、 おそろしかった。 あんな キモチ の ジョウタイ が、 ながく つづく と、 ヒト は、 カミガカリ みたい に なっちゃう の では ない かしら。 キリスト。 でも、 オンナ の キリスト なんて の は、 いやらしい。
 けっきょく は、 ワタシ ヒマ な もん だ から、 セイカツ の クロウ が ない もん だ から、 マイニチ、 イクヒャク、 イクセン の みたり きいたり の カンジュセイ の ショリ が できなく なって、 ぽかん と して いる うち に、 そいつら が、 オバケ みたい な カオ に なって ぽかぽか ういて くる の では ない の かしら。
 ショクドウ で、 ゴハン を、 ヒトリ で たべる。 コトシ、 はじめて、 キュウリ を たべる。 キュウリ の アオサ から、 ナツ が くる。 5 ガツ の キュウリ の アオミ には、 ムネ が カラッポ に なる よう な、 うずく よう な、 くすぐったい よう な カナシサ が ある。 ヒトリ で ショクドウ で ゴハン を たべて いる と、 やたらむしょう に リョコウ に でたい。 キシャ に のりたい。 シンブン を よむ。 コノエ さん の シャシン が でて いる。 コノエ さん て、 いい オトコ なの かしら。 ワタシ は、 こんな カオ を すかない。 ヒタイ が いけない。 シンブン では、 ホン の コウコクブン が いちばん たのしい。 1 ジ 1 ギョウ で、 100 エン、 200 エン と コウコクリョウ とられる の だろう から、 みな、 イッショウ ケンメイ だ。 イチジ イック、 サイダイ の コウカ を おさめよう と、 うんうん うなって、 しぼりだした よう な メイブン だ。 こんな に オカネ の かかる ブンショウ は、 ヨノナカ に、 すくない で あろう。 なんだか、 キミ が よい。 ツウカイ だ。
 ゴハン を すまして、 トジマリ して、 トウコウ。 だいじょうぶ、 アメ が ふらない とは おもう けれど、 それでも、 キノウ オカアサン から、 もらった よき アマガサ どうしても もって あるきたくて、 そいつ を ケイタイ。 この アンブレラ は、 オカアサン が、 ムカシ、 ムスメ さん ジダイ に つかった もの。 おもしろい カサ を みつけて、 ワタシ は、 すこし トクイ。 こんな カサ を もって、 パリー の シタマチ を あるきたい。 きっと、 イマ の センソウ が おわった コロ、 こんな、 ユメ を もった よう な コフウ の アンブレラ が リュウコウ する だろう。 この カサ には、 ボンネット-フウ の ボウシ が、 きっと にあう。 ピンク の スソ の ながい、 エリ の おおきく ひらいた キモノ に、 くろい キヌ レース で あんだ ながい テブクロ を して、 おおきな ツバ の ひろい ボウシ には、 うつくしい ムラサキ の スミレ を つける。 そうして シンリョク の コロ に パリー の レストラン に チュウショク を し に ゆく。 ものうそう に かるく ホオヅエ して、 ソト を とおる ヒト の ナガレ を みて いる と、 ダレ か が、 そっと ワタシ の カタ を たたく。 キュウ に オンガク、 バラ の ワルツ。 ああ、 おかしい、 おかしい。 ゲンジツ は、 この ふるぼけた キタイ な、 エ の ひょろながい アマガサ 1 ポン。 ジブン が、 みじめ で かわいそう。 マッチ-ウリ の ムスメ さん。 どれ、 クサ でも、 むしって ゆきましょう。
 デガケ に、 ウチ の モン の マエ の クサ を、 すこし むしって、 オカアサン への キンロウ ホウシ。 キョウ は ナニ か いい こと が ある かも しれない。 おなじ クサ でも、 どうして こんな、 むしりとりたい クサ と、 そっと のこして おきたい クサ と、 いろいろ ある の だろう。 かわいい クサ と、 そう で ない クサ と、 カタチ は、 ちっとも ちがって いない のに、 それでも、 いじらしい クサ と、 にくにくしい クサ と、 どうして こう、 ちゃんと わかれて いる の だろう。 リクツ は ない ん だ。 オンナ の スキキライ なんて、 ずいぶん イイカゲン な もの だ と おもう。 10 プン-カン の キンロウ ホウシ を すまして、 テイシャバ へ いそぐ。 ハタケミチ を とおりながら、 しきり と エ が かきたく なる。 トチュウ、 ジンジャ の モリ の コミチ を とおる。 これ は、 ワタシ ヒトリ で みつけて おいた チカミチ で ある。 モリ の コミチ を あるきながら、 ふと シタ を みる と、 ムギ が 2 スン ばかり あちこち に、 かたまって そだって いる。 その あおあお した ムギ を みて いる と、 ああ、 コトシ も ヘイタイ さん が きた の だ と、 わかる。 キョネン も、 タクサン の ヘイタイ さん と ウマ が やって きて、 この ジンジャ の モリ の ナカ に やすんで いった。 しばらく たって そこ を とおって みる と、 ムギ が、 キョウ の よう に、 すくすく して いた。 けれども、 その ムギ は、 それ イジョウ そだたなかった。 コトシ も、 ヘイタイ さん の ウマ の オケ から こぼれて はえて、 ひょろひょろ そだった この ムギ は、 この モリ は こんな に くらく、 まったく ヒ が あたらない もの だ から、 かわいそう に、 これだけ そだって しんで しまう の だろう。
 ジンジャ の モリ の コミチ を ぬけて、 エキ ちかく、 ロウドウシャ 4~5 ニン と イッショ に なる。 その ロウドウシャ たち は、 イツモ の レイ で、 いえない よう な いや な コトバ を ワタシ に むかって はきかける。 ワタシ は、 どう したら よい か と まよって しまった。 その ロウドウシャ たち を おいぬいて、 どんどん サキ に いって しまいたい の だ が、 そう する には、 ロウドウシャ たち の アイダ を ぬって くぐりぬけ、 すりぬけ しなければ ならない。 おっかない。 それ と いって、 だまって タチンボ して、 ロウドウシャ たち を サキ に ゆかせて、 うんと キョリ の できる まで まって いる の は、 もっと もっと タンリョク の いる こと だ。 それ は シツレイ な こと なの だ から、 ロウドウシャ たち は おこる かも しれない。 カラダ は、 かっか して くる し、 なきそう に なって しまった。 ワタシ は、 その なきそう に なる の が はずかしくて、 その モノタチ に むかって わらって やった。 そして、 ゆっくり と、 その モノタチ の アト に ついて あるいて いった。 その とき は、 それぎり に なって しまった けれど、 その クヤシサ は、 デンシャ に のって から も きえなかった。 こんな くだらない こと に へいぜん と なれる よう に、 はやく つよく、 きよく、 なりたかった。
 デンシャ の イリグチ の すぐ チカク に あいて いる セキ が あった から、 ワタシ は そこ へ そっと ワタシ の オドウグ を おいて、 スカート の ヒダ を ちょっと なおして、 そうして すわろう と したら、 メガネ の オトコ の ヒト が、 ちゃんと ワタシ の オドウグ を どけて セキ に こしかけて しまった。
「あの、 そこ は ワタシ、 みつけた セキ です の」 と いったら、 オトコ は クショウ して ヘイキ で シンブン を よみだした。 よく かんがえて みる と、 どっち が ずうずうしい の か わからない。 こっち の ほう が ずうずうしい の かも しれない。
 しかたなく、 アンブレラ と オドウグ を、 アミダナ に のせ、 ワタシ は ツリカワ に ぶらさがって、 イツモ の とおり、 ザッシ を よもう と、 ぱらぱら カタテ で ページ を くって いる うち に、 ひょんな こと を おもった。
 ジブン から、 ホン を よむ と いう こと を とって しまったら、 この ケイケン の ない ワタシ は、 ナキベソ を かく こと だろう。 それほど ワタシ は、 ホン に かかれて ある こと に たよって いる。 ヒトツ の ホン を よんで は、 ぱっと その ホン に ムチュウ に なり、 シンライ し、 ドウカ し、 キョウメイ し、 それ に セイカツ を くっつけて みる の だ。 また、 ホカ の ホン を よむ と、 たちまち、 くるっと かわって、 すまして いる。 ヒト の もの を ぬすんで きて ジブン の もの に ちゃんと つくりなおす サイノウ は、 その ズルサ は、 これ は ワタシ の ユイイツ の トクギ だ。 ホントウ に、 この ズルサ、 インチキ には いや に なる。 マイニチ マイニチ、 シッパイ に シッパイ を かさねて、 アカハジ ばかり かいて いたら、 すこし は ジュウコウ に なる かも しれない。 けれども、 そのよう な シッパイ に さえ、 なんとか リクツ を こじつけて、 ジョウズ に つくろい、 ちゃんと した よう な リロン を あみだし、 クニク の シバイ なんか とくとく と やりそう だ。 (こんな コトバ も どこ か の ホン で よんだ こと が ある)
 ホントウ に ワタシ は、 どれ が ホントウ の ジブン だ か わからない。 よむ ホン が なくなって、 マネ する オテホン が なんにも みつからなく なった とき には、 ワタシ は、 いったい どう する だろう。 テ も アシ も でない、 イシュク の テイ で、 むやみ に ハナ を かんで ばかり いる かも しれない。 なにしろ デンシャ の ナカ で、 マイニチ こんな に ふらふら かんがえて いる ばかり では、 ダメ だ。 カラダ に、 いや な アタタカサ が のこって、 やりきれない。 ナニ か しなければ、 どうにか しなければ と おもう の だ が、 どう したら、 ジブン を はっきり つかめる の か。 これまで の ワタシ の ジコ ヒハン なんて、 まるで イミ ない もの だった と おもう。 ヒハン を して みて、 いや な、 よわい ところ に きづく と、 すぐ それ に あまく おぼれて、 いたわって、 ツノ を ためて ウシ を ころす の は よく ない、 など と ケツロン する の だ から、 ヒハン も なにも あった もの で ない。 なにも かんがえない ほう が、 むしろ リョウシンテキ だ。
 この ザッシ にも、 「わかい オンナ の ケッテン」 と いう ミダシ で、 いろんな ヒト が かいて ある。 よんで いる うち に、 ジブン の こと を いわれた よう な キ が して はずかしい キ にも なる。 それに かく ヒト、 ヒト に よって、 ふだん バカ だ と おもって いる ヒト は、 その とおり に、 バカ の カンジ が する よう な こと を いって いる し、 シャシン で みて、 オシャレ の カンジ の する ヒト は、 オシャレ の コトバヅカイ を して いる ので、 おかしくて、 ときどき くすくす わらいながら よんで ゆく。 シュウキョウカ は、 すぐに シンコウ を もちだす し、 キョウイクカ は、 ハジメ から オワリ まで オン、 オン、 と かいて ある。 セイジカ は、 カンシ を もちだす。 サッカ は、 きどって、 オシャレ な コトバ を つかって いる。 しょって いる。
 でも、 みんな、 なかなか カクジツ な こと ばかり かいて ある。 コセイ の ない こと。 フカミ の ない こと。 ただしい キボウ、 ただしい ヤシン、 そんな もの から とおく はなれて いる こと。 つまり、 リソウ の ない こと。 ヒハン は あって も、 ジブン の セイカツ に ちょくせつ むすびつける セッキョクセイ の ない こと。 ムハンセイ。 ホントウ の ジカク、 ジアイ、 ジチョウ が ない。 ユウキ の ある コウドウ を して も、 その あらゆる ケッカ に ついて、 セキニン が もてる か どう か。 ジブン の シュウイ の セイカツ ヨウシキ には ジュンノウ し、 これ を ショリ する こと に たくみ で ある が、 ジブン、 ならびに ジブン の シュウイ の セイカツ に、 ただしい つよい アイジョウ を もって いない。 ホントウ の イミ の ケンソン が ない。 ドクソウセイ に とぼしい。 モホウ だけ だ。 ニンゲン ホンライ の 「アイ」 の カンカク が ケツジョ して しまって いる。 オジョウヒン-ぶって いながら、 キヒン が ない。 その ホカ、 タクサン の こと が かかれて いる。 ホントウ に、 よんで いて、 はっと する こと が おおい。 けっして ヒテイ できない。
 けれども ここ に かかれて ある コトバ ゼンブ が、 なんだか、 ラッカンテキ な、 この ヒトタチ の フダン の キモチ とは はなれて、 ただ かいて みた と いう よう な カンジ が する。 「ホントウ の イミ の」 とか、 「ホンライ の」 とか いう ケイヨウシ が たくさん ある けれど、 「ホントウ の」 アイ、 「ホントウ の」 ジカク、 とは、 どんな もの か、 はっきり テ に とる よう には かかれて いない。 この ヒトタチ には、 わかって いる の かも しれない。 それならば、 もっと グタイテキ に、 ただ ヒトコト、 ミギ へ ゆけ、 ヒダリ へ ゆけ、 と、 ただ ヒトコト、 ケンイ を もって ユビ で しめして くれた ほう が、 どんな に ありがたい か わからない。 ワタシタチ、 アイ の ヒョウゲン の ホウシン を みうしなって いる の だ から、 あれ も いけない、 これ も いけない、 と いわず に、 こう しろ、 ああ しろ、 と つよい チカラ で いいつけて くれたら、 ワタシタチ、 みんな、 その とおり に する。 ダレ も ジシン が ない の かしら。 ここ に イケン を ハッピョウ して いる ヒトタチ も、 いつでも、 どんな バアイ に でも、 こんな イケン を もって いる、 と いう わけ では ない の かも しれない。 ただしい キボウ、 ただしい ヤシン を もって いない、 と しかって おられる けれども、 そんなら ワタシタチ、 ただしい リソウ を おって コウドウ した バアイ、 この ヒトタチ は どこまでも ワタシタチ を みまもり、 みちびいて いって くれる だろう か。
 ワタシタチ には、 ジシン の ゆく べき サイゼン の バショ、 ゆきたく おもう うつくしい バショ、 ジシン を のばして ゆく べき バショ、 おぼろげ ながら わかって いる。 よい セイカツ を もちたい と おもって いる。 それこそ ただしい キボウ、 ヤシン を もって いる。 たよれる だけ の うごかない シンネン をも もちたい と、 あせって いる。 しかし、 これら ゼンブ、 ムスメ なら ムスメ と して の セイカツ の ウエ に グゲン しよう と かかったら、 どんな に ドリョク が ヒツヨウ な こと だろう。 オカアサン、 オトウサン、 アネ、 アニ たち の カンガエカタ も ある。 (クチ だけ では、 やれ ふるい の なんの って いう けれども、 けっして ジンセイ の センパイ、 ロウジン、 キコン の ヒトタチ を ケイベツ なんか して いない。 それ どころ か、 いつでも ニモク も サンモク も おいて いる はず だ) しじゅう セイカツ と カンケイ の ある シンルイ と いう もの も、 ある。 チジン も ある。 トモダチ も ある。 それから、 いつも おおきな チカラ で ワタシタチ を おしながす 「ヨノナカ」 と いう もの も ある の だ。 これら スベテ の こと を おもったり みたり かんがえたり する と、 ジブン の コセイ を のばす どころ の サワギ では ない。 まあ、 まあ めだたず に、 フツウ の オオク の ヒトタチ の とおる ミチ を だまって すすんで ゆく の が、 いちばん リコウ なの でしょう くらい に おもわず には いられない。 ショウスウシャ への キョウイク を、 ゼンパン へ ほどこす なんて、 ずいぶん むごい こと だ とも おもわれる。 ガッコウ の シュウシン と、 ヨノナカ の オキテ と、 すごく ちがって いる の が、 だんだん おおきく なる に つれて わかって きた。 ガッコウ の シュウシン を ゼッタイ に まもって いる と、 その ヒト は バカ を みる。 ヘンジン と いわれる。 シュッセ しない で、 いつも ビンボウ だ。 ウソ を つかない ヒト なんて、 ある かしら。 あったら、 その ヒト は、 エイエン に ハイボクシャ だ。 ワタシ の ニクシン カンケイ の ウチ にも、 ヒトリ、 オコナイ ただしく、 かたい シンネン を もって、 リソウ を ツイキュウ して、 それこそ ホントウ の イミ で いきて いる ヒト が ある の だ けれど、 シンルイ の ヒト ミンナ、 その ヒト を わるく いって いる。 バカ アツカイ して いる。 ワタシ なんか、 そんな バカ アツカイ されて ハイボク する の が わかって いながら、 オカアサン や ミナ に ハンタイ して まで ジブン の カンガエカタ を のばす こと は、 できない。 おっかない の だ。 ちいさい ジブン には、 ワタシ も、 ジブン の キモチ と ヒト の キモチ と まったく ちがって しまった とき には、 オカアサン に、
「なぜ?」 と きいた もの だ。 その とき には、 オカアサン は、 ナニ か ヒトコト で かたづけて、 そうして おこった もの だ。 わるい、 フリョウ みたい だ、 と いって、 オカアサン は かなしがって いた よう だった。 オトウサン に いった こと も ある。 オトウサン は、 その とき ただ だまって わらって いた。 そして アト で オカアサン に 「チュウシン ハズレ の コ だ」 と おっしゃって いた そう だ。 だんだん おおきく なる に つれて、 ワタシ は、 おっかなびっくり に なって しまった。 ヨウフク 1 マイ つくる の にも、 ヒトビト の オモワク を かんがえる よう に なって しまった。 ジブン の コセイ みたい な もの を、 ホントウ は、 こっそり あいして いる の だ けれども、 あいして ゆきたい とは おもう の だ けど、 それ を はっきり ジブン の もの と して タイゲン する の は、 おっかない の だ。 ヒトビト が、 よい と おもう ムスメ に なろう と いつも おもう。 タクサン の ヒトタチ が あつまった とき、 どんな に ジブン は ヒクツ に なる こと だろう。 クチ に だしたく も ない こと を、 キモチ と ぜんぜん はなれた こと を、 ウソ ついて ぺちゃぺちゃ やって いる。 その ほう が トク だ、 トク だ と おもう から なの だ。 いや な こと だ と おもう。 はやく ドウトク が イッペン する とき が くれば よい と おもう。 そう する と。 こんな ヒクツサ も、 また ジブン の ため で なく、 ヒト の オモワク の ため に マイニチ を ぽたぽた セイカツ する こと も なくなる だろう。
 おや、 あそこ、 セキ が あいた。 いそいで アミダナ から、 オドウグ と カサ を おろし、 すばやく わりこむ。 ミギドナリ は チュウガクセイ、 ヒダリドナリ は、 コドモ せおって ネンネコ きて いる オバサン。 オバサン は、 トシヨリ の くせ に アツゲショウ を して、 カミ を リュウコウマキ に して いる。 カオ は きれい なの だ けれど、 ノド の ところ に シワ が くろく よって いて、 あさましく、 ぶって やりたい ほど いや だった。 ニンゲン は、 たって いる とき と、 すわって いる とき と、 まるっきり かんがえる こと が ちがって くる。 すわって いる と、 なんだか たよりない、 ムキリョク な こと ばかり かんがえる。 ワタシ と むかいあって いる セキ には、 4~5 ニン、 おなじ トシカッコウ の サラリーマン が、 ぼんやり すわって いる。 30 ぐらい で あろう か。 ミンナ、 いや だ。 メ が、 どろん と にごって いる。 ハキ が ない。 けれども、 ワタシ が イマ、 この ウチ の ダレ か ヒトリ に、 にっこり わらって みせる と、 たった それ だけ で ワタシ は、 ずるずる ひきずられて、 その ヒト と ケッコン しなければ ならぬ ハメ に おちる かも しれない の だ。 オンナ は、 ジブン の ウンメイ を けっする の に、 ビショウ ヒトツ で タクサン なの だ。 おそろしい。 フシギ な くらい だ。 キ を つけよう。 ケサ は、 ホント に ミョウ な こと ばかり かんがえる。 2~3 ニチ マエ から、 ウチ の オニワ を テイレ し に きて いる ウエキヤ さん の カオ が メ に ちらついて、 シカタ が ない。 どこ から どこ まで ウエキヤ さん なの だ けれど、 カオ の カンジ が、 どうしても ちがう。 おおげさ に いえば、 シサクカ みたい な カオ を して いる。 イロ は くろい だけ に しまって みえる。 メ が よい の だ。 マユ も せまって いる。 ハナ は、 すごく シシッパナ だ けれど、 それ が また、 イロ の くろい の に マッチ して、 イシ が つよそう に みえる。 クチビル の カタチ も、 なかなか よい。 ミミ は すこし きたない。 テ と いったら、 それこそ ウエキヤ さん に ギャクモドリ だ けれど、 くろい ソフト を ふかく かぶった ヒカゲ の カオ は、 ウエキヤ さん に して おく の は おしい キ が する。 オカアサン に、 3 ド も 4 ド も、 あの ウエキヤ さん、 ハジメ から ウエキヤ さん だった の かしら、 と たずねて、 シマイ に しかられて しまった。 キョウ、 オドウグ を つつんで きた この フロシキ は、 ちょうど、 あの ウエキヤ さん が はじめて きた ヒ に、 オカアサン から もらった の だ。 あの ヒ は、 ウチ の ほう の オオソウジ だった ので、 ダイドコロ ナオシ さん や、 タタミヤ さん も はいって いて、 オカアサン も タンス の もの を セイリ して、 その とき に、 この フロシキ が でて きて、 ワタシ が もらった。 きれい な おんならしい フロシキ。 きれい だ から、 むすぶ の が おしい。 こうして すわって、 ヒザ の ウエ に のせて、 ナンド も そっと みて みる。 なでる。 デンシャ の ナカ の ミナ の ヒト にも みて もらいたい けれど、 ダレ も みない。 この かわいい フロシキ を、 ただ、 ちょっと みつめて さえ くださったら、 ワタシ は、 その ヒト の ところ へ オヨメ に ゆく こと に きめて も いい。 ホンノウ、 と いう コトバ に つきあたる と、 ないて みたく なる。 ホンノウ の オオキサ、 ワタシタチ の イシ では うごかせない チカラ、 そんな こと が、 ジブン の トキドキ の いろんな こと から わかって くる と、 キ が くるいそう な キモチ に なる。 どう したら よい の だろう か、 と ぼんやり なって しまう。 ヒテイ も コウテイ も ない、 ただ、 おおきな おおきな もの が、 がばと アタマ から かぶさって きた よう な もの だ。 そして ワタシ を ジユウ に ひきずりまわして いる の だ。 ひきずられながら マンゾク して いる キモチ と、 それ を かなしい キモチ で ながめて いる ベツ の カンジョウ と。 なぜ ワタシタチ は、 ジブン だけ で マンゾク し、 ジブン だけ を イッショウ あいして ゆけない の だろう。 ホンノウ が、 ワタシ の イマ まで の カンジョウ、 リセイ を くって ゆく の を みる の は、 なさけない。 ちょっと でも ジブン を わすれる こと が あった アト は、 ただ、 がっかり して しまう。 あの ジブン、 この ジブン にも ホンノウ が、 はっきり ある こと を しって くる の は、 なけそう だ。 オカアサン、 オトウサン と よびたく なる。 けれども、 また、 シンジツ と いう もの は、 あんがい、 ジブン が いや だ と おもって いる ところ に ある の かも しれない の だ から、 いよいよ なさけない。
 もう、 オチャノミズ。 プラットフォム に おりたったら、 なんだか すべて、 けろり と して いた。 イマ すぎた こと を、 いそいで おもいかえしたく つとめた けれど、 いっこう に おもいうかばない。 あの、 ツヅキ を かんがえよう と、 あせった けれど、 なにも おもう こと が ない。 カラッポ だ。 その とき、 ときには、 ずいぶん と ジブン の キモチ を うった もの も あった よう だし、 くるしい はずかしい こと も あった はず なのに、 すぎて しまえば、 なにも なかった の と まったく おなじ だ。 イマ、 と いう シュンカン は、 おもしろい。 イマ、 イマ、 イマ、 と ユビ で おさえて いる うち にも、 イマ、 は トオク へ とびさって、 あたらしい 「イマ」 が きて いる。 ブリッジ の カイダン を ことこと のぼりながら、 なんじゃら ほい と おもった。 ばかばかしい。 ワタシ は、 すこし コウフク-すぎる の かも しれない。
 ケサ の コスギ センセイ は きれい。 ワタシ の フロシキ みたい に きれい。 うつくしい アオイロ の にあう センセイ。 ムネ の シンク の カーネーション も めだつ。 「つくる」 と いう こと が なかったら、 もっと もっと この センセイ すき なの だ けれど。 あまり に ポーズ を つけすぎる。 どこ か、 ムリ が ある。 あれ じゃあ つかれる こと だろう。 セイカク も、 どこ か ナンカイ な ところ が ある。 わからない ところ を たくさん もって いる。 くらい セイシツ なのに、 ムリ に あかるく みせよう と して いる ところ も みえる。 しかし、 なんと いって も ひかれる オンナ の ヒト だ。 ガッコウ の センセイ なんて させて おく の おしい キ が する。 オキョウシツ では、 マエ ほど ニンキ が なくなった けれど、 ワタシ は、 ワタシ ヒトリ は、 マエ と ドウヨウ に ひかれて いる。 サンチュウ、 コハン の コジョウ に すんで いる レイジョウ、 そんな カンジ が ある。 いやに、 ほめて しまった もの だ。 コスギ センセイ の オハナシ は、 どうして、 いつも こんな に かたい の だろう。 アタマ が わるい の じゃ ない かしら。 かなしく なっちゃう。 サッキ から、 アイコクシン に ついて ながなが と といて きかせて いる の だ けれど、 そんな こと、 わかりきって いる じゃ ない か。 どんな ヒト に だって、 ジブン の うまれた ところ を あいす キモチ は ある のに。 つまらない。 ツクエ に ホオヅエ ついて、 ぼんやり マド の ソト を ながめる。 カゼ の つよい ゆえ か、 クモ が きれい だ。 オニワ の スミ に、 バラ の ハナ が ヨッツ さいて いる。 キイロ が ヒトツ、 シロ が フタツ、 ピンク が ヒトツ。 ぽかん と ハナ を ながめながら、 ニンゲン も、 ホントウ に よい ところ が ある、 と おもった。 ハナ の ウツクシサ を みつけた の は、 ニンゲン だし、 ハナ を あいする の も ニンゲン だ もの。
 オヒルゴハン の とき は、 オバケバナシ が でる。 ヤスベエ ネエチャン の、 イチコウ ナナフシギ の ヒトツ、 「あかず の トビラ」 には、 もう、 ミンナ、 きゃあ、 きゃあ。 ドロンドロン-シキ で なく、 シンリテキ なので、 おもしろい。 あんまり さわいだ ので、 イマ たべた ばかり なのに、 もう ぺこ に なって しまった。 さっそく アンパン フジン から、 キャラメル ゴチソウ に なる。 それから また、 ひとしきり キョウフ モノガタリ に ミナサン ムチュウ。 ダレ でも カレ でも、 この オバケバナシ と やら には、 キョウミ が わく らしい。 ヒトツ の シゲキ でしょう かな。 それから、 これ は カイダン では ない けれど、 「クハラ フサノスケ」 の ハナシ、 おかしい、 おかしい。
 ゴゴ の ズガ の ジカン には、 ミナ、 コウテイ に でて、 シャセイ の オケイコ。 イトウ センセイ は、 どうして ワタシ を、 いつも ムイミ に こまらせる の だろう。 キョウ も ワタシ に、 センセイ ゴジシン の エ の モデル に なる よう いいつけた。 ワタシ の ケサ ジサン した ふるい アマガサ が、 クラス の ダイカンゲイ を うけて、 ミナサン さわぎたてる もの だ から、 とうとう イトウ センセイ にも わかって しまって、 その アマガサ もって、 コウテイ の スミ の バラ の ソバ に たって いる よう、 いいつけられた。 センセイ は、 ワタシ の こんな スガタ を かいて、 コンド テンランカイ に だす の だ そう だ。 30 プン-カン だけ、 モデル に なって あげる こと を ショウダク する。 すこし でも、 ヒト の オヤク に たつ こと は、 うれしい もの だ。 けれども、 イトウ センセイ と フタリ で むかいあって いる と、 とても つかれる。 ハナシ が ねちねち して リクツ が おおすぎる し、 あまり にも ワタシ を イシキ して いる ゆえ か、 スケッチ しながら でも はなす こと が、 みんな ワタシ の こと ばかり。 ヘンジ する の も めんどうくさく、 わずらわしい。 はっきり しない ヒト で ある。 へんに わらったり、 センセイ の くせ に はずかしがったり、 なにしろ さっぱり しない の には、 げっと なりそう だ。
「しんだ イモウト を、 おもいだします」 なんて、 やりきれない。 ヒト は、 いい ヒト なん だろう けれど、 ゼスチュア が おおすぎる。
 ゼスチュア と いえば、 ワタシ だって、 まけない で たくさん もって いる。 ワタシ の は、 そのうえ、 ずるくて リコウ に たちまわる。 ホントウ に キザ なの だ から シマツ に こまる。 「ジブン は、 ポーズ を つくりすぎて、 ポーズ に ひきずられて いる ウソツキ の バケモノ だ」 なんて いって、 これ が また、 ヒトツ の ポーズ なの だ から、 ウゴキ が とれない。 こうして、 おとなしく センセイ の モデル に なって あげて いながら も、 つくづく、 「シゼン に なりたい、 すなお に なりたい」 と いのって いる の だ。 ホン なんか よむ の やめて しまえ。 カンネン だけ の セイカツ で、 ムイミ な、 コウマンチキ の シッタカブリ なんて、 ケイベツ、 ケイベツ。 やれ セイカツ の モクヒョウ が ない の、 もっと セイカツ に、 ジンセイ に、 セッキョクテキ に なれば いい の、 ジブン には ムジュン が ある の どう の って、 しきり に かんがえたり なやんだり して いる よう だ が、 オマエ の は、 カンショウ だけ さ。 ジブン を かわいがって、 なぐさめて いる だけ なの さ。 それから ずいぶん ジブン を かいかぶって いる の です よ。 ああ、 こんな ココロ の きたない ワタシ を モデル に したり なんか して、 センセイ の エ は、 きっと ラクセン だ。 うつくしい はず が ない もの。 いけない こと だ けれど、 イトウ センセイ が バカ に みえて シヨウ が ない。 センセイ は、 ワタシ の シタギ に、 バラ の ハナ の シシュウ が ある こと さえ、 しらない。
 だまって おなじ シセイ で たって いる と、 やたらむしょう に、 オカネ が ほしく なって くる。 10 エン あれば、 よい の だ けれど。 「マダム キュリー」 が いちばん よみたい。 それから、 ふっと、 オカアサン ナガイキ する よう に、 と おもう。 センセイ の モデル に なって いる と、 へんに、 つらい。 くたくた に つかれた。
 ホウカゴ は、 オテラ の ムスメ さん の キンコ さん と、 こっそり、 ハリウッド へ いって、 カミ を やって もらう。 できあがった の を みる と、 たのんだ よう に できて いない ので、 がっかり だ。 どう みたって、 ワタシ は、 ちっとも かわいく ない。 あさましい キ が した。 したたか に、 しょげちゃった。 こんな ところ へ きて、 こっそり カミ を つくって もらう なんて、 すごく きたならしい 1 ワ の メンドリ みたい な キ さえ して きて、 つくづく イマ は コウカイ した。 ワタシタチ、 こんな ところ へ くる なんて、 ジブン ジシン を ケイベツ して いる こと だ と おもった。 オテラサン は、 オオハシャギ。
「このまま、 ミアイ に いこう かしら」 なぞ と ランボウ な こと いいだして、 その うち に、 なんだか オテラサン ゴジシン、 ミアイ に、 ホントウ に ゆく こと に きまって しまった よう な サッカク を おこした らしく、
「こんな カミ には、 どんな イロ の ハナ を さしたら いい の?」 とか、 「ワフク の とき には、 オビ は、 どんな の が いい の?」 なんて、 ホンキ に やりだす。
 ホント に、 なにも かんがえない かわいらしい ヒト。
「ドナタ と ミアイ なさる の?」 と ワタシ も、 わらいながら たずねる と、
「モチヤ は、 モチヤ と いいます から ね」 と、 すまして こたえた。 それ どういう イミ なの、 と ワタシ も すこし おどろいて きいて みたら、 オテラ の ムスメ は オテラ へ オヨメイリ する の が いちばん いい のよ、 イッショウ たべる の に こまらない し、 と こたえて、 また ワタシ を おどろかせた。 キンコ さん は、 まったく ムセイカク みたい で、 それゆえ、 オンナラシサ で いっぱい だ。 ガッコウ で ワタシ と セキ が オトナリドウシ だ と いう だけ で、 そんな に ワタシ は したしく して あげて いる わけ でも ない のに、 オテラサン の ほう では、 ワタシ の こと を、 アタシ の イチバン の シンユウ です、 なんて ミナ に いって いる。 かわいい ムスメ さん だ。 1 ニチ-オキ に テガミ を よこしたり、 なんとなく よく セワ を して くれて、 ありがたい の だ けれど、 キョウ は、 あんまり おおげさ に はしゃいで いる ので、 ワタシ も、 さすが に いや に なった。 オテラサン と わかれて、 バス に のって しまった。 なんだか、 なんだか ユウウツ だ。 バス の ナカ で、 いや な オンナ の ヒト を みた。 エリ の よごれた キモノ を きて、 もじゃもじゃ の あかい カミ を クシ 1 ポン に まきつけて いる。 テ も アシ も きたない。 それに オトコ か オンナ か、 わからない よう な、 むっと した あかぐろい カオ を して いる。 それに、 ああ、 ムネ が むかむか する。 その オンナ は、 おおきい オナカ を して いる の だ。 ときどき、 ヒトリ で、 にやにや わらって いる。 メンドリ。 こっそり、 カミ を つくり に、 ハリウッド なんか へ ゆく ワタシ だって、 ちっとも、 この オンナ の ヒト と かわらない の だ。
 ケサ、 デンシャ で となりあわせた アツゲショウ の オバサン をも おもいだす。 ああ、 きたない、 きたない。 オンナ は、 いや だ。 ジブン が オンナ だけ に、 オンナ の ナカ に ある フケツサ が、 よく わかって、 ハギシリ する ほど、 いや だ。 キンギョ を いじった アト の、 あの たまらない ナマグササ が、 ジブン の カラダ いっぱい に しみついて いる よう で、 あらって も、 あらって も、 おちない よう で、 こうして イチニチ イチニチ、 ジブン も メス の タイシュウ を ハッサン させる よう に なって ゆく の か と おもえば、 また、 おもいあたる こと も ある ので、 いっそ このまま、 ショウジョ の まま で しにたく なる。 ふと、 ビョウキ に なりたく おもう。 うんと おもい ビョウキ に なって、 アセ を タキ の よう に ながして ほそく やせたら、 ワタシ も、 すっきり セイジョウ に なれる かも しれない。 いきて いる カギリ は、 とても のがれられない こと なの だろう か。 しっかり した シュウキョウ の イミ も わかりかけて きた よう な キ が する。
 バス から おりる と、 すこし ほっと した。 どうも ノリモノ は、 いけない。 クウキ が、 なまぬるくて、 やりきれない。 ダイチ は、 いい。 ツチ を ふんで あるいて いる と、 ジブン を すき に なる。 どうも ワタシ は、 すこし オッチョコチョイ だ。 ゴクラク トンボ だ。 かえろ かえろ と ナニ みて かえる、 ハタケ の タマネギ みいみい かえろ、 カエロ が なく から かえろ。 と ちいさい コエ で うたって みて、 この コ は、 なんて ノンキ な コ だろう、 と ジブン ながら はがゆく なって、 セ ばかり のびる この ボーボー が にくらしく なる。 いい ムスメ さん に なろう と おもった。
 この オウチ に かえる イナカミチ は、 マイニチ マイニチ、 あんまり みなれて いる ので、 どんな しずか な イナカ だ か、 わからなく なって しまった。 ただ、 キ、 ミチ、 ハタケ、 それ だけ なの だ から。 キョウ は、 ひとつ、 ヨソ から はじめて この イナカ に やって きた ヒト の マネ を して みよう。 ワタシ は、 ま、 カンダ アタリ の ゲタヤ さん の オジョウサン で、 うまれて はじめて コウガイ の ツチ を ふむ の だ。 すると、 この イナカ は、 いったい どんな に みえる だろう。 すばらしい オモイツキ。 かわいそう な オモイツキ。 ワタシ は、 あらたまった カオツキ に なって、 わざと、 おおげさ に きょろきょろ して みる。 ちいさい ナミキミチ を くだる とき には、 ふりあおいで シンリョク の エダエダ を ながめ、 まあ、 と ちいさい サケビ を あげて みて、 ドバシ を わたる とき には、 しばらく オガワ を のぞいて、 ミズカガミ に カオ を うつして、 わんわん と、 イヌ の マネ して ほえて みたり、 トオク の ハタケ を みる とき は、 メ を ちいさく して、 うっとり した フウ を して、 いい わねえ、 と つぶやいて タメイキ。 ジンジャ では、 また ヒトヤスミ。 ジンジャ の モリ の ナカ は、 くらい ので、 あわてて たちあがって、 おお、 こわ こわ、 と いい カタ を ちいさく すぼめて、 そそくさ モリ を とおりぬけ、 モリ の ソト の アカルサ に、 わざと おどろいた よう な フウ を して、 いろいろ あたらしく あたらしく、 と こころがけて イナカ の ミチ を、 こって あるいて いる うち に、 なんだか、 たまらなく さびしく なって きた。 とうとう ミチバタ の クサハラ に、 ぺたり と すわって しまった。 クサ の ウエ に すわったら、 つい イマシガタ まで の うきうき した キモチ が、 ことん と オト たてて きえて、 ぎゅっと マジメ に なって しまった。 そうして、 コノゴロ の ジブン を、 しずか に、 ゆっくり おもって みた。 なぜ、 コノゴロ の ジブン が、 いけない の か。 どうして、 こんな に フアン なの だろう。 いつでも、 ナニ か に おびえて いる。 コノアイダ も、 ダレ か に いわれた。 「アナタ は、 だんだん ぞくっぽく なる のね」
 そう かも しれない。 ワタシ は、 たしか に、 いけなく なった。 くだらなく なった。 いけない、 いけない。 よわい、 よわい。 だしぬけ に、 おおきな コエ が、 わっ と でそう に なった。 ちぇっ、 そんな サケビゴエ あげた くらい で、 ジブン の ヨワムシ を、 ごまかそう たって、 ダメ だぞ。 もっと どうにか なれ。 ワタシ は、 コイ を して いる の かも しれない。 アオクサハラ に アオムケ に ねころがった。
「オトウサン」 と よんで みる。 オトウサン、 オトウサン。 ユウヤケ の ソラ は きれい です。 そうして、 ユウモヤ は、 ピンク イロ。 ユウヒ の ヒカリ が モヤ の ナカ に とけて、 にじんで、 その ため に モヤ が こんな に、 やわらかい ピンク イロ に なった の でしょう。 その ピンク の モヤ が ゆらゆら ながれて、 コダチ の アイダ に もぐって いったり、 ミチ の ウエ を あるいたり、 クサハラ を なでたり、 そうして、 ワタシ の カラダ を、 ふんわり つつんで しまいます。 ワタシ の カミノケ 1 ポン 1 ポン まで、 ピンク の ヒカリ は、 そっと かすか に てらして、 そうして やわらかく なでて くれます。 それ より も、 この ソラ は、 うつくしい。 この オソラ には、 ワタシ うまれて はじめて アタマ を さげたい の です。 ワタシ は、 イマ カミサマ を しんじます。 これ は、 この ソラ の イロ は、 なんと いう イロ なの かしら。 バラ。 カジ。 ニジ。 テンシ の ツバサ。 ダイガラン。 いいえ、 そんな ん じゃ ない。 もっと、 もっと こうごうしい。
「ミンナ を あいしたい」 と ナミダ が でそう な くらい おもいました。 じっと ソラ を みて いる と、 だんだん ソラ が かわって ゆく の です。 だんだん あおみがかって ゆく の です。 ただ、 タメイキ ばかり で、 ハダカ に なって しまいたく なりました。 それから、 イマ ほど キ の ハ や クサ が トウメイ に、 うつくしく みえた こと も ありません。 そっと クサ に、 さわって みました。
 うつくしく いきたい と おもいます。
 ウチ へ かえって みる と、 オキャクサマ。 オカアサン も、 もう かえって おられる。 レイ に よって、 ナニ か、 にぎやか な ワライゴエ。 オカアサン は、 ワタシ と フタリ きり の とき には、 カオ が どんな に わらって いて も、 コエ を たてない。 けれども、 オキャクサマ と おはなし して いる とき には、 カオ は、 ちっとも わらって なくて、 コエ ばかり、 かんだかく わらって いる。 アイサツ して、 すぐ ウラ へ まわり、 イドバタ で テ を あらい、 クツシタ ぬいで、 アシ を あらって いたら、 サカナヤ さん が きて、 おまちどおさま、 マイド、 ありがとう と いって、 おおきい オサカナ を 1 ピキ、 イドバタ へ おいて いった。 なんと いう、 オサカナ か、 わからない けれど、 ウロコ の こまかい ところ、 これ は ホッカイ の もの の カンジ が する。 オサカナ を、 オサラ に うつして、 また テ を あらって いたら、 ホッカイドウ の ナツ の ニオイ が した。 オトトシ の ナツヤスミ に、 ホッカイドウ の オネエサン の ウチ へ あそび に いった とき の こと を おもいだす。 トマコマイ の オネエサン の ウチ は、 カイガン に ちかい ゆえ か、 しじゅう オサカナ の ニオイ が して いた。 オネエサン が、 あの オウチ の がらん と ひろい オダイドコロ で、 ユウガタ ヒトリ、 しろい おんならしい テ で、 ジョウズ に オサカナ を オリョウリ して いた ヨウス も、 はっきり うかぶ。 ワタシ は、 あの とき、 なぜか オネエサン に あまえたくて、 たまらなく こがれて、 でも オネエサン には、 あの コロ、 もう トシ ちゃん も うまれて いて、 オネエサン は、 ワタシ の もの では なかった の だ から、 それ を おもえば、 ひゅう と つめたい スキマカゼ が かんじられて、 どうしても、 オネエサン の ほそい カタ に だきつく こと が できなくて、 しぬ ほど さびしい キモチ で、 じっと、 あの ほのぐらい オダイドコロ の スミ に たった まま、 キ の とおく なる ほど オネエサン の しろく やさしく うごく ユビサキ を みつめて いた こと も、 おもいだされる。 すぎさった こと は、 みんな なつかしい。 ニクシン って、 フシギ な もの。 タニン ならば、 とおく はなれる と しだいに あわく、 わすれて ゆく もの なのに、 ニクシン は、 なおさら、 なつかしい うつくしい ところ ばかり おもいだされる の だ から。
 イドバタ の グミ の ミ が、 ほんのり あかく いろづいて いる。 もう 2 シュウカン も したら、 たべられる よう に なる かも しれない。 キョネン は、 おかしかった。 ワタシ が ユウガタ ヒトリ で グミ を とって たべて いたら、 ジャピー だまって みて いる ので、 かわいそう で ヒトツ やった。 そしたら、 ジャピー たべちゃった。 また フタツ やったら、 たべた。 あんまり おもしろくて、 この キ を ゆすぶって、 ぽたぽた おとしたら、 ジャピー ムチュウ に なって たべはじめた。 バカ な ヤツ。 グミ を たべる イヌ なんて、 はじめて だ。 ワタシ も セノビ して は、 グミ を とって たべて いる。 ジャピー も シタ で たべて いる。 おかしかった。 その こと、 おもいだしたら、 ジャピー を なつかしくて、
「ジャピー!」 と よんだ。
 ジャピー は、 ゲンカン の ほう から、 きどって はしって きた。 キュウ に、 ハギシリ する ほど ジャピー を かわいく なっちゃって、 シッポ を つよく つかむ と、 ジャピー は ワタシ の テ を やわらかく かんだ。 ナミダ が でそう な キモチ に なって、 アタマ を ぶって やる。 ジャピー は、 ヘイキ で、 イドバタ の ミズ を オト を たてて のむ。
 オヘヤ へ はいる と、 ぽっと デントウ が、 ともって いる。 しんと して いる。 オトウサン いない。 やっぱり、 オトウサン が いない と、 ウチ の ナカ に、 どこ か おおきい クウセキ が、 ぽかん と のこって ある よう な キ が して、 ミモダエ したく なる。 ワフク に きがえ、 ぬぎすてた シタギ の バラ に きれい な キス して、 それから キョウダイ の マエ に すわったら、 キャクマ の ほう から オカアサン たち の ワライゴエ が、 どっと おこって、 ワタシ は、 なんだか、 むかっと なった。 オカアサン は、 ワタシ と フタリ きり の とき は いい けれど、 オキャク が きた とき には、 へんに ワタシ から とおく なって、 つめたく よそよそしく、 ワタシ は そんな とき に、 いちばん オトウサン が なつかしく かなしく なる。
 カガミ を のぞく と、 ワタシ の カオ は、 おや、 と おもう ほど いきいき して いる。 カオ は、 タニン だ。 ワタシ ジシン の カナシサ や クルシサ や、 そんな ココロモチ とは、 ぜんぜん カンケイ なく、 ベッコ に ジユウ に いきて いる。 キョウ は ホオベニ も、 つけない のに、 こんな に ホオ が ぱっと あかくて、 それに、 クチビル も ちいさく あかく ひかって、 かわいい。 メガネ を はずして、 そっと わらって みる。 メ が、 とっても いい。 あおく あおく、 すんで いる。 うつくしい ユウゾラ を、 ながい こと みつめた から、 こんな に いい メ に なった の かしら。 しめた もの だ。
 すこし うきうき して ダイドコロ へ ゆき、 オコメ を といで いる うち に、 また かなしく なって しまった。 セン の コガネイ の ウチ が なつかしい。 ムネ が やける ほど こいしい。 あの、 いい オウチ には、 オトウサン も いらしった し、 オネエサン も いた。 オカアサン だって、 わかかった。 ワタシ が ガッコウ から かえって くる と、 オカアサン と、 オネエサン と、 ナニ か おもしろそう に ダイドコロ か、 チャノマ で ハナシ を して いる。 オヤツ を もらって、 ひとしきり フタリ に あまえたり、 オネエサン に ケンカ ふっかけたり、 それから きまって しかられて、 ソト へ とびだして トオク へ トオク へ ジテンシャ のり、 ユウガタ には かえって きて、 それから たのしく ゴハン だ。 ホントウ に たのしかった。 ジブン を みつめたり、 フケツ に ぎくしゃく する こと も なく、 ただ、 あまえて いれば よかった の だ。 なんと いう おおきい トッケン を ワタシ は キョウジュ して いた こと だろう。 しかも ヘイキ で。 シンパイ も なく、 サビシサ も なく、 クルシミ も なかった。 オトウサン は、 リッパ な よい オトウサン だった。 オネエサン は、 やさしく、 ワタシ は、 いつも オネエサン に ぶらさがって ばかり いた。 けれども、 すこし ずつ おおきく なる に つれて、 だいいち ワタシ が ジシン いやらしく なって、 ワタシ の トッケン は いつのまにか ショウシツ して、 アカハダカ、 みにくい みにくい。 ちっとも、 ヒト に あまえる こと が できなく なって、 かんがえこんで ばかり いて、 くるしい こと ばかり おおく なった。 オネエサン は、 オヨメ に いって しまった し、 オトウサン は、 もう いない。 たった オカアサン と ワタシ だけ に なって しまった。 オカアサン も おさびしい こと ばかり なの だろう。 コナイダ も オカアサン は、 「もう これから サキ は、 いきる タノシミ が なくなって しまった。 アナタ を みたって、 ワタシ は、 ホントウ は、 あまり タノシミ かんじない。 ゆるして おくれ。 コウフク も、 オトウサン が いらっしゃらなければ、 こない ほう が よい」 と おっしゃった。 カ が でて くる と、 ふと オトウサン を おもいだし、 ホドキモノ を する と、 オトウサン を おもいだし、 ツメ を きる とき にも オトウサン を おもいだし、 オチャ が おいしい とき にも、 きっと オトウサン を おもいだす そう で ある。 ワタシ が、 どんな に オカアサン の キモチ を いたわって、 ハナシアイテ に なって あげて も、 やっぱり オトウサン とは ちがう の だ。 フウフアイ と いう もの は、 この ヨノナカ で いちばん つよい もの で、 ニクシン の アイ より も、 とうとい もの に ちがいない。 ナマイキ な こと かんがえた ので、 ヒトリ で カオ が あかく なって きて、 ワタシ は、 ぬれた テ で カミ を かきあげる。 しゅっしゅっ と オコメ を とぎながら、 ワタシ は、 オカアサン が かわいく、 いじらしく なって、 ダイジ に しよう と、 しんから おもう。 こんな ウェーヴ かけた カミ なんか、 さっそく ときほぐして しまって、 そうして カミノケ を もっと ながく のばそう。 オカアサン は、 せんから、 ワタシ の カミ の みじかい の を いやがって いらした から、 うんと のばして、 きちんと ゆって みせたら、 よろこぶ だろう。 けれども、 そんな こと まで して、 オカアサン を、 いたわる の も いや だな。 いやらしい。 かんがえて みる と、 コノゴロ の、 ワタシ の イライラ は、 ずいぶん オカアサン と カンケイ が ある。 オカアサン の キモチ に、 ぴったり そった いい ムスメ で ありたい し、 それだから とて、 へんに ゴキゲン とる の も いや なの だ。 だまって いて も、 オカアサン、 ワタシ の キモチ を ちゃんと わかって アンシン して いらしったら、 いちばん いい の だ。 ワタシ は、 どんな に、 ワガママ でも、 けっして セケン の モノワライ に なる よう な こと は しない の だし、 つらくて も、 さびしくって も、 ダイジ な ところ は、 きちんと まもって、 そうして オカアサン と、 この ウチ と を、 あいして あいして、 あいして いる の だ から、 オカアサン も、 ワタシ を ゼッタイ に しんじて、 ぼんやり ノンキ に して いらしたら、 それ で いい の だ。 ワタシ は、 きっと リッパ に やる。 ミ を コ に して つとめる。 それ が イマ の ワタシ に とって も、 いちばん おおきい ヨロコビ なん だし、 いきる ミチ だ と おもって いる のに、 オカアサン たら、 ちっとも ワタシ を シンライ しない で、 まだまだ、 コドモ アツカイ に して いる。 ワタシ が こどもっぽい こと いう と、 オカアサン は よろこんで、 コナイダ も、 ワタシ が、 ばからしい、 わざと ウクレレ もちだして、 ぽんぽん やって はしゃいで みせたら、 オカアサン は、 しんから うれしそう に して、
「おや、 アメ かな? アマダレ の オト が きこえる ね」 と、 とぼけて いって、 ワタシ を からかって、 ワタシ が、 ホンキ で ウクレレ なんか に ネッチュウ して いる と でも おもって いる らしい ヨウス なので、 ワタシ は、 あさましくて、 なきたく なった。 オカアサン、 ワタシ は、 もう オトナ なの です よ。 ヨノナカ の こと、 なんでも、 もう しって いる の です よ。 アンシン して、 ワタシ に なんでも ソウダン して ください。 ウチ の ケイザイ の こと なんか でも、 ワタシ に ゼンブ うちあけて、 こんな ジョウタイ だ から、 オマエ も と いって くださった なら、 ワタシ は けっして、 クツ なんか ねだり は しません。 しっかり した、 つましい、 つましい ムスメ に なります。 ホントウ に、 それ は、 たしか なの です。 それなのに、 ああ、 それなのに、 と いう ウタ が あった の を おもいだして、 ヒトリ で くすくす わらって しまった。 キ が つく と、 ワタシ は ぼんやり オナベ に リョウテ を つっこんだ まま で、 バカ みたい に、 あれこれ かんがえて いた の で ある。
 いけない、 いけない。 オキャクサマ へ、 はやく ユウショク さしあげなければ。 サッキ の おおきい オサカナ は、 どう する の だろう。 とにかく サンマイ に おろして、 オミソ に つけて おく こと に しよう。 そうして たべる と、 きっと おいしい。 リョウリ は、 すべて、 カン で ゆかなければ いけない。 キュウリ が すこし のこって いる から、 あれ で もって、 サンバイズ。 それから、 ワタシ の ジマン の タマゴヤキ。 それから、 もう ヒトシナ。 あ、 そう だ。 ロココ リョウリ に しよう。 これ は、 ワタシ の コウアン した もの で ございまして。 オサラ ヒトツヒトツ に、 それぞれ、 ハム や タマゴ や、 パセリ や、 キャベツ、 ホウレンソウ、 オダイドコロ に のこって ある もの イッサイ ガッサイ、 イロトリドリ に、 うつくしく ハイゴウ させて、 テギワ よく ならべて だす の で あって、 テスウ は いらず、 ケイザイ だし、 ちっとも、 おいしく は ない けれども、 でも ショクタク は、 ずいぶん にぎやか に カレイ に なって、 なんだか、 たいへん ゼイタク な ゴチソウ の よう に みえる の だ。 タマゴ の カゲ に パセリ の アオクサ、 その ソバ に、 ハム の あかい サンゴショウ が ちらと カオ を だして いて、 キャベツ の きいろい ハ は、 ボタン の カベン の よう に、 トリ の ハネ の センス の よう に オサラ に しかれて、 ミドリ したたる ホウレンソウ は、 ボクジョウ か コスイ か。 こんな オサラ が、 フタツ も ミッツ も ならべられて ショクタク に だされる と、 オキャクサマ は ゆくりなく、 ルイ オウチョウ を おもいだす。 まさか、 それほど でも ない けれど、 どうせ ワタシ は、 おいしい ゴチソウ なんて つくれない の だ から、 せめて、 テイサイ だけ でも うつくしく して、 オキャクサマ を ゲンワク させて、 ごまかして しまう の だ。 リョウリ は、 ミカケ が ダイイチ で ある。 たいてい、 それ で、 ごまかせます。 けれども、 この ロココ リョウリ には、 よほど の エゴコロ が ヒツヨウ だ。 シキサイ の ハイゴウ に ついて、 ヒトイチバイ、 ビンカン で なければ、 シッパイ する。 せめて ワタシ くらい の デリカシー が なければ ね。 ロココ と いう コトバ を、 こないだ ジテン で しらべて みたら、 カレイ のみ にて ナイヨウ クウソ の ソウショク ヨウシキ、 と テイギ されて いた ので、 わらっちゃった。 メイトウ で ある。 ウツクシサ に、 ナイヨウ なんて あって たまる もの か。 ジュンスイ の ウツクシサ は、 いつも ムイミ で、 ムドウトク だ。 きまって いる。 だから、 ワタシ は、 ロココ が すき だ。
 いつも そう だ が、 ワタシ は オリョウリ して、 あれこれ アジ を みて いる うち に、 なんだか ひどい キョム に やられる。 しにそう に つかれて、 インウツ に なる。 あらゆる ドリョク の ホウワ ジョウタイ に おちいる の で ある。 もう、 もう、 なんでも、 どうでも、 よく なって くる。 ついには、 ええっ! と、 ヤケクソ に なって、 アジ でも テイサイ でも、 めちゃめちゃ に、 なげとばして、 ばたばた やって しまって、 じつに フキゲン な カオ して、 オキャク に さしだす。
 キョウ の オキャクサマ は、 ことにも ユウウツ。 オオモリ の イマイダ さん ゴフウフ に、 コトシ ナナツ の ヨシオ さん。 イマイダ さん は、 もう 40 ちかい のに、 コウダンシ みたい に イロ が しろくて、 いやらしい。 なぜ、 シキシマ なぞ を すう の だろう。 リョウギリ の タバコ で ない と、 なんだか、 フケツ な カンジ が する。 タバコ は、 リョウギリ に かぎる。 シキシマ なぞ を すって いる と、 その ヒト の ジンカク まで が、 うたがわしく なる の だ。 いちいち テンジョウ を むいて ケムリ を はいて、 はあ、 はあ、 なるほど、 なんて いって いる。 イマ は、 ヤガク の センセイ を して いる そう だ。 オクサン は、 ちいさくて、 おどおど して、 そして ゲヒン だ。 つまらない こと に でも、 カオ を タタミ に くっつける よう に して、 カラダ を くねらせて、 わらいむせぶ の だ。 おかしい こと なんて ある もの か。 そうして おおげさ に わらいふす の が、 ナニ か ジョウヒン な こと だろう と、 オモイチガイ して いる の だ。 イマ の この ヨノナカ で、 こんな カイキュウ の ヒトタチ が、 いちばん わるい の では ない かしら。 いちばん きたない。 プチブル と いう の かしら。 コヤクニン と いう の かしら。 コドモ なんか も、 へんに こましゃくれて、 すなお な ゲンキ な ところ が、 ちっとも ない。 そう おもって いながら も、 ワタシ は そんな キモチ を、 みんな おさえて、 オジギ を したり、 わらったり、 はなしたり、 ヨシオ さん を かわいい かわいい と いって アタマ を なでて やったり、 まるで ウソ ついて ミナ を だまして いる の だ から、 イマイダ ゴフウフ なんか でも、 まだまだ、 ワタシ より は セイジュン かも しれない。 ミナサン ワタシ の ロココ リョウリ を たべて、 ワタシ の ウデマエ を ほめて くれて、 ワタシ は わびしい やら、 はらだたしい やら、 なきたい キモチ なの だ けれど、 それでも、 つとめて、 うれしそう な カオ を して みせて、 やがて ワタシ も ゴショウバン して イッショ に ゴハン を たべた の で ある が、 イマイダ さん の オクサン の、 しつこい ムチ な オセジ には、 さすが に むかむか して、 よし、 もう ウソ は、 つくまい と きっと なって、
「こんな オリョウリ、 ちっとも おいしく ございません。 なんにも ない ので、 ワタシ の キュウヨ の イッサク なん です よ」 と、 ワタシ は、 ありのまま ジジツ を、 いった つもり なのに、 イマイダ さん ゴフウフ は、 キュウヨ の イッサク とは、 うまい こと を おっしゃる、 と テ を うたん ばかり に わらいきょうじる の で ある。 ワタシ は、 くやしくて、 オハシ と オチャワン ほうりだして、 オオゴエ あげて なこう かしら と おもった。 じっと こらえて、 ムリ に、 にやにや わらって みせたら、 オカアサン まで が、
「この コ も、 だんだん ヤク に たつ よう に なりました よ」 と、 オカアサン、 ワタシ の かなしい キモチ、 ちゃんと わかって いらっしゃる くせ に、 イマイダ さん の キモチ を むかえる ため に、 そんな くだらない こと を いって、 ほほ と わらった。 オカアサン、 そんな に まで して、 こんな イマイダ なんか の ゴキゲン とる こと は、 ない ん だ。 オキャクサン と たいして いる とき の オカアサン は、 オカアサン じゃ ない。 タダ の よわい オンナ だ。 オトウサン が、 いなく なった から って、 こんな にも ヒクツ に なる もの か。 なさけなく なって、 なにも いえなく なっちゃった。 かえって ください、 かえって ください。 ワタシ の チチ は、 リッパ な オカタ だ。 やさしくて、 そうして ジンカク が たかい ん だ。 オトウサン が いない から って、 そんな に ワタシタチ を バカ に する ん だったら、 イマ すぐ かえって ください。 よっぽど イマイダ に、 そう いって やろう と おもった。 それでも ワタシ は、 やっぱり よわくて、 ヨシオ さん に ハム を きって あげたり、 オクサン に オツケモノ とって あげたり ホウシ を する の だ。
 ゴハン が すんで から、 ワタシ は すぐに ダイドコロ へ ひっこんで、 アトカタヅケ を はじめた。 はやく ヒトリ に なりたかった の だ。 なにも、 おたかく とまって いる の では ない けれども、 あんな ヒトタチ と これ イジョウ、 ムリ に ハナシ を あわせて みたり、 イッショ に わらって みたり する ヒツヨウ も ない よう に おもわれる。 あんな モノ にも、 レイギ を、 いやいや、 ヘツライ を いたす ヒツヨウ なんて ゼッタイ に ない。 いや だ。 もう、 これ イジョウ は いや だ。 ワタシ は、 つとめられる だけ は、 つとめた の だ。 オカアサン だって、 キョウ の ワタシ の ガマン して アイソ よく して いる タイド を、 うれしそう に みて いた じゃ ない か。 あれ だけ でも、 よかった ん だろう か。 つよく、 セケン の ツキアイ は、 ツキアイ、 ジブン は ジブン と、 はっきり クベツ して おいて、 ちゃんちゃん キモチ よく モノゴト に タイオウ して ショリ して ゆく ほう が いい の か、 または、 ヒト に わるく いわれて も、 いつでも ジブン を うしなわず、 トウカイ しない で ゆく ほう が いい の か、 どっち が いい の か、 わからない。 イッショウ、 ジブン と おなじ くらい よわい やさしい あたたかい ヒトタチ の ナカ で だけ セイカツ して ゆける ミブン の ヒト は、 うらやましい。 クロウ なんて、 クロウ せず に イッショウ すませる ん だったら、 わざわざ もとめて クロウ する ヒツヨウ なんて ない ん だ。 その ほう が、 いい ん だ。
 ジブン の キモチ を ころして、 ヒト に つとめる こと は、 きっと いい こと に ちがいない ん だ けれど、 これから サキ、 マイニチ、 イマイダ ゴフウフ みたい な ヒトタチ に ムリ に わらいかけたり、 アイヅチ うたなければ ならない の だったら、 ワタシ は、 キチガイ に なる かも しれない。 ジブン なんて、 とても カンゴク に はいれない な、 と おかしい こと を、 ふと おもう。 カンゴク どころ か、 ジョチュウ さん にも なれない。 オクサン にも なれない。 いや、 オクサン の バアイ は、 ちがう ん だ。 この ヒト の ため に イッショウ つくす の だ、 と ちゃんと カクゴ が きまったら、 どんな に くるしく とも、 マックロ に なって はたらいて、 そうして ジュウブン に イキガイ が ある の だ から、 キボウ が ある の だ から、 ワタシ だって、 リッパ に やれる。 アタリマエ の こと だ。 アサ から バン まで、 くるくる コマネズミ の よう に はたらいて あげる。 じゃんじゃん オセンタク を する。 たくさん ヨゴレモノ が たまった とき ほど、 フユカイ な こと が ない。 いらいら して、 ヒステリー に なった みたい に おちつかない。 しんで も しにきれない オモイ が する。 ヨゴレモノ を、 ゼンブ、 ヒトツ も のこさず あらって しまって、 モノホシザオ に かける とき は、 ワタシ は、 もう これ で、 いつ しんで も いい と おもう の で ある。
 イマイダ さん、 おかえり に なる。 なにやら ヨウジ が ある とか で、 オカアサン を つれて でかけて しまう。 はいはい ついて ゆく オカアサン も オカアサン だし、 イマイダ が なにかと オカアサン を リヨウ する の は、 コンド だけ では ない けれど、 イマイダ ゴフウフ の アツカマシサ が、 いや で いや で、 ぶんなぐりたい キモチ が する。 モン の ところ まで、 ミナサン を おおくり して、 ヒトリ ぼんやり ユウヤミ の ミチ を ながめて いたら、 ないて みたく なって しまう。
 ユウビンバコ には、 ユウカン と、 オテガミ 2 ツウ。 1 ツウ は オカアサン へ、 マツザカヤ から ナツモノ ウリダシ の ゴアンナイ。 1 ツウ は、 ワタシ へ、 イトコ の ジュンジ さん から。 コンド マエバシ の レンタイ へ テンニン する こと に なりました。 オカアサン に よろしく、 と カンタン な ツウチ で ある。 ショウコウ さん だって、 そんな に すばらしい セイカツ ナイヨウ など は、 キタイ できない けれど、 でも、 マイニチ マイニチ、 ゲンコク に ムダ なく キキョ する その キリツ が うらやましい。 いつも ミ が、 ちゃんちゃん と きまって いる の だ から、 キモチ の ウエ から ラク な こと だろう と おもう。 ワタシ みたい に、 なにも したく なければ、 いっそ なにも しなくて すむ の だし、 どんな わるい こと でも できる ジョウタイ に おかれて いる の だし、 また、 ベンキョウ しよう と おもえば、 ムゲン と いって いい くらい に ベンキョウ の ジカン が ある の だし、 ヨク を いったら、 よほど の ノゾミ でも かなえて もらえる よう な キ が する し、 ここ から ここ まで と いう ドリョク の ゲンカイ を あたえられたら、 どんな に キモチ が たすかる か わからない。 うんと かたく しばって くれる と、 かえって ありがたい の だ。 センチ で はたらいて いる ヘイタイ さん たち の ヨクボウ は、 たった ヒトツ、 それ は ぐっすり ねむりたい ヨクボウ だけ だ、 と ナニ か の ホン に かかれて あった けれど、 その ヘイタイ さん の クロウ を オキノドク に おもう ハンメン、 ワタシ は、 ずいぶん うらやましく おもった。 いやらしい、 ハンサ な ドウドウ メグリ の、 ネ も ハ も ない シアン の コウズイ から、 きれい に わかれて、 ただ ねむりたい ねむりたい と カツボウ して いる ジョウタイ は、 じつに セイケツ で、 タンジュン で、 おもう さえ ソウカイ を おぼえる の だ。 ワタシ など、 これ は イチド、 グンタイ セイカツ でも して、 さんざ きたわれたら、 すこし は、 はっきり した うつくしい ムスメ に なれる かも しれない。 グンタイ セイカツ しなくて も、 シン ちゃん みたい に、 すなお な ヒト だって ある のに、 ワタシ は、 よくよく、 いけない オンナ だ。 わるい コ だ。 シン ちゃん は、 ジュンジ さん の オトウト で、 ワタシ とは おなじ トシ なん だ けれど、 どうして あんな に、 いい コ なん だろう。 ワタシ は、 シンルイ-ジュウ で、 いや、 セカイジュウ で、 いちばん シン ちゃん を すき だ。 シン ちゃん、 メ が みえない ん だ。 わかい のに、 シツメイ する なんて、 なんと いう こと だろう。 こんな しずか な バン は、 オヘヤ に オヒトリ で いらして、 どんな キモチ だろう。 ワタシタチ なら、 わびしくて も、 ホン を よんだり、 ケシキ を ながめたり して、 いくぶん それ を まぎらかす こと が できる けれど、 シン ちゃん には、 それ が できない ん だ。 ただ、 だまって いる だけ なん だ。 これまで ヒトイチバイ、 がんばって ベンキョウ して、 それから テニス も、 スイエイ も オジョウズ だった の だ もの、 イマ の サビシサ、 クルシサ は どんな だろう。 ユウベ も シン ちゃん の こと を おもって、 トコ に はいって から 5 フン-カン、 メ を つぶって みた。 トコ に はいって メ を つぶって いる の で さえ、 5 フン-カン は ながく、 むなぐるしく かんじられる のに、 シン ちゃん は、 アサ も ヒル も ヨル も、 イクニチ も イクツキ も、 なにも みて いない の だ。 フヘイ を いったり、 カンシャク を おこしたり、 ワガママ いったり して くだされば、 ワタシ も うれしい の だ けれど、 シン ちゃん は、 なにも いわない。 シン ちゃん が フヘイ や ヒト の ワルクチ いった の を きいた こと が ない。 そのうえ いつも あかるい コトバヅカイ、 ムシン の カオツキ を して いる の だ。 それ が なおさら、 ワタシ の ムネ に、 ぴんと きて しまう。
 あれこれ かんがえながら オザシキ を はいて、 それから、 オフロ を わかす。 オフロバン を しながら、 ミカンバコ に こしかけ、 ちろちろ もえる セキタン の ヒ を タヨリ に ガッコウ の シュクダイ を ゼンブ すまして しまう。 それでも、 まだ オフロ が わかない ので、 ボクトウ キタン を よみかえして みる。 かかれて ある ジジツ は、 けっして いや な、 きたない もの では ない の だ。 けれども、 ところどころ サクシャ の キドリ が メ に ついて、 それ が なんだか、 やっぱり ふるい、 タヨリナサ を かんじさせる の だ。 オトシヨリ の せい で あろう か。 でも、 ガイコク の サッカ は、 いくら としとって も、 もっと ダイタン に あまく、 タイショウ を あいして いる。 そうして、 かえって イヤミ が ない。 けれども、 この サクヒン は、 ニホン では、 いい ほう の ブルイ なの では あるまい か。 わりに ウソ の ない、 しずか な アキラメ が、 サクヒン の ソコ に かんじられて すがすがしい。 この サクシャ の もの の ナカ でも、 これ が いちばん かれて いて、 ワタシ は すき だ。 この サクシャ は、 とっても セキニンカン の つよい ヒト の よう な キ が する。 ニホン の ドウトク に、 とても とても、 こだわって いる ので、 かえって ハンパツ して、 へんに どぎつく なって いる サクヒン が おおかった よう な キ が する。 アイジョウ の ふかすぎる ヒト に ありがち な ギアク シュミ。 わざと、 あくどい オニ の メン を かぶって、 それで かえって サクヒン を よわく して いる。 けれども、 この ボクトウ キタン には、 サビシサ の ある うごかない ツヨサ が ある。 ワタシ は、 すき だ。
 オフロ が わいた。 オフロバ に デントウ を つけて、 キモノ を ぬぎ、 マド を いっぱい に あけはなして から、 ひっそり オフロ に ひたる。 サンゴジュ の あおい ハ が マド から のぞいて いて、 1 マイ 1 マイ の ハ が、 デントウ の ヒカリ を うけて、 つよく かがやいて いる。 ソラ には ホシ が きらきら。 ナンド みなおして も、 きらきら。 あおむいた まま、 うっとり して いる と、 ジブン の カラダ の ホノジロサ が、 わざと みない の だ が、 それでも、 ぼんやり かんじられ、 シヤ の どこ か に、 ちゃんと はいって いる。 なお、 だまって いる と、 ちいさい とき の シロサ と ちがう よう に おもわれて くる。 いたたまらない。 ニクタイ が、 ジブン の キモチ と カンケイ なく、 ひとりでに セイチョウ して ゆく の が、 たまらなく、 コンワク する。 めきめき と、 オトナ に なって しまう ジブン を、 どう する こと も できなく、 かなしい。 ナリユキ に まかせて、 じっと して、 ジブン の オトナ に なって ゆく の を みて いる より シカタ が ない の だろう か。 いつまでも、 オニンギョウ みたい な カラダ で いたい。 オユ を じゃぶじゃぶ かきまわして、 コドモ の フリ を して みて も、 なんとなく キ が おもい。 これから サキ、 いきて ゆく リユウ が ない よう な キ が して きて、 くるしく なる。 ニワ の ムコウ の ハラッパ で、 オネエチャン! と、 ハンブン なきかけて よぶ ヨソ の コドモ の コエ に、 はっと ムネ を つかれた。 ワタシ を よんで いる の では ない けれども、 イマ の あの コ に なきながら したわれて いる その 「オネエチャン」 を うらやましく おもう の だ。 ワタシ に だって、 あんな に したって あまえて くれる オトウト が、 ヒトリ でも あった なら、 ワタシ は、 こんな に イチニチ イチニチ、 みっともなく、 まごついて いきて は いない。 いきる こと に、 ずいぶん ハリアイ も でて くる だろう し、 イッショウガイ を オトウト に ささげて、 つくそう と いう カクゴ だって、 できる の だ。 ホントウ に、 どんな つらい こと でも、 たえて みせる。 ヒトリ りきんで、 それから、 つくづく ジブン を かわいそう に おもった。
 フロ から あがって、 なんだか コンヤ は、 ホシ が キ に かかって、 ニワ に でて みる。 ホシ が、 ふる よう だ。 ああ、 もう ナツ が ちかい。 カエル が あちこち で ないて いる。 ムギ が、 ざわざわ いって いる。 ナンカイ、 ふりあおいで みて も、 ホシ が たくさん ひかって いる。 キョネン の こと、 いや キョネン じゃ ない、 もう、 オトトシ に なって しまった。 ワタシ が サンポ に いきたい と ムリ いって いる と、 オトウサン、 ビョウキ だった のに、 イッショ に サンポ に でて くださった。 いつも わかかった オトウサン。 ドイツ-ゴ の 「オマエ ヒャク まで、 ワシャ クジュウク まで」 と いう イミ と やら の コウタ を おしえて くださったり、 ホシ の オハナシ を したり、 ソッキョウ の シ を つくって みせたり、 ステッキ ついて、 ツバ を ぴゅっぴゅっ だしだし、 あの ぱちくり を やりながら イッショ に あるいて くださった、 よい オトウサン。 だまって ホシ を あおいで いる と、 オトウサン の こと、 はっきり おもいだす。 あれ から、 1 ネン、 2 ネン たって、 ワタシ は、 だんだん いけない ムスメ に なって しまった。 ヒトリ きり の ヒミツ を、 たくさん たくさん もつ よう に なりました。
 オヘヤ へ もどって、 ツクエ の マエ に すわって ホオヅエ つきながら、 ツクエ の ウエ の ユリ の ハナ を ながめる。 いい ニオイ が する。 ユリ の ニオイ を かいで いる と、 こうして ヒトリ で タイクツ して いて も、 けっして きたない キモチ が おきない。 この ユリ は、 キノウ の ユウガタ、 エキ の ほう まで サンポ して いって、 その カエリ に ハナヤ さん から 1 ポン かって きた の だ けれど、 それから は、 この ワタシ の ヘヤ は、 まるっきり ちがった ヘヤ みたい に すがすがしく、 フスマ を するする と あける と、 もう ユリ の ニオイ が、 すっと かんじられて、 どんな に たすかる か わからない。 こうして、 じっと みて いる と、 ホントウ に ソロモン の エイガ イジョウ だ と、 ジッカン と して、 ニクタイ カンカク と して、 シュコウ される。 ふと、 キョネン の ナツ の ヤマガタ を おもいだす。 ヤマ に いった とき、 ガケ の チュウフク に、 あんまり たくさん、 ユリ が さきみだれて いた ので おどろいて、 ムチュウ に なって しまった。 でも、 その キュウ な ガケ には、 とても よじのぼって ゆく こと が できない の が、 わかって いた から、 どんな に ひかれて も、 ただ、 みて いる より シカタ が なかった。 その とき、 ちょうど チカク に いあわせた みしらぬ コウフ が、 だまって どんどん ガケ に よじのぼって いって、 そして またたく うち に、 いっぱい、 リョウテ で かかえきれない ほど、 ユリ の ハナ を おって きて くれた。 そうして、 すこしも わらわず に、 それ を みんな ワタシ に もたせた。 それこそ、 いっぱい、 いっぱい だった。 どんな ゴウセイ な ステージ でも、 ケッコンシキジョウ でも、 こんな に タクサン の ハナ を もらった ヒト は ない だろう。 ハナ で メマイ が する って、 その とき はじめて あじわった。 その まっしろい おおきい おおきい ハナタバ を リョウウデ を ひろげて やっとこさ かかえる と、 マエ が ぜんぜん みえなかった。 シンセツ だった、 ホントウ に カンシン な わかい マジメ な コウフ は、 イマ どうして いる かしら。 ハナ を、 あぶない ところ に いって とって きて くれた、 ただ、 それ だけ なの だ けれど、 ユリ を みる とき には、 きっと コウフ を おもいだす。
 ツクエ の ヒキダシ を あけて、 かきまわして いたら、 キョネン の ナツ の センス が でて きた。 しろい カミ に、 ゲンロク ジダイ の オンナ の ヒト が ギョウギ わるく すわりくずれて、 その ソバ に、 あおい ホオズキ が フタツ かきそえられて ある。 この センス から、 キョネン の ナツ が、 ふう と ケムリ みたい に たちのぼる。 ヤマガタ の セイカツ、 キシャ の ナカ、 ユカタ、 スイカ、 カワ、 セミ、 フウリン。 キュウ に、 これ を もって キシャ に のりたく なって しまう。 センス を ひらく カンジ って、 よい もの。 ぱらぱら ホネ が ほどけて いって、 キュウ に ふわっと かるく なる。 くるくる もてあそんで いたら、 オカアサン かえって いらした。 ゴキゲン が よい。
「ああ、 つかれた、 つかれた」 と いいながら、 そんな に フユカイ そう な カオ も して いない。 ヒト の ヨウジ を して あげる の が おすき なの だ から シカタ が ない。
「なにしろ、 ハナシ が ややこしくて」 など いいながら キモノ を きがえ オフロ へ はいる。
 オフロ から あがって、 ワタシ と フタリ で オチャ を のみながら、 へんに にこにこ わらって、 オカアサン ナニ を いいだす か と おもったら、
「アナタ は、 コナイダ から 『ハダシ の ショウジョ』 を みたい みたい と いってた でしょう? そんな に いきたい なら、 いって も よ ござんす。 そのかわり、 コンバン は、 ちょっと オカアサン の カタ を もんで ください。 はたらいて いく の なら、 なおさら たのしい でしょう?」
 もう ワタシ は うれしくて たまらない。 「ハダシ の ショウジョ」 と いう エイガ も みたい とは おもって いた の だ が、 コノゴロ ワタシ は あそんで ばかり いた ので、 エンリョ して いた の だ。 それ を オカアサン、 ちゃんと さっして、 ワタシ に ヨウジ を いいつけて、 ワタシ に オオデ ふって エイガ み に ゆける よう に、 しむけて くださった。 ホントウ に、 うれしく、 オカアサン が すき で、 シゼン に わらって しまった。
 オカアサン と、 こうして ヨル フタリ きり で くらす の も、 ずいぶん ヒサシブリ だった よう な キ が する。 オカアサン、 とても コウサイ が おおい の だ から。 オカアサン だって、 いろいろ セケン から バカ に されまい と おもって つとめて おられる の だろう。 こうして カタ を もんで いる と、 オカアサン の オツカレ が、 ワタシ の カラダ に つたわって くる ほど、 よく わかる。 ダイジ に しよう、 と おもう。 センコク、 イマイダ が きて いた とき に、 オカアサン を、 こっそり うらんだ こと を、 はずかしく おもう。 ごめんなさい、 と クチ の ナカ で ちいさく いって みる。 ワタシ は、 いつも ジブン の こと だけ を かんがえ、 おもって、 オカアサン には、 やはり、 シンソコ から あまえて ランボウ な タイド を とって いる。 オカアサン は、 その つど、 どんな に いたい くるしい オモイ を する か、 そんな もの は、 てんで、 はねつけて いる ジブン だ。 オトウサン が いなく なって から は、 オカアサン は、 ホントウ に およわく なって いる の だ。 ワタシ ジシン、 くるしい の、 やりきれない の と いって オカアサン に カンゼン に ぶらさがって いる くせ に、 オカアサン が すこし でも ワタシ に よりかかったり する と、 いやらしく、 うすぎたない もの を みた よう な キモチ が する の は、 ホントウ に、 ワガママ-すぎる。 オカアサン だって、 ワタシ だって、 やっぱり おなじ よわい オンナ なの だ。 これから は、 オカアサン と フタリ だけ の セイカツ に マンゾク し、 いつも オカアサン の キモチ に なって あげて、 ムカシ の ハナシ を したり、 オトウサン の ハナシ を したり、 1 ニチ でも よい、 オカアサン チュウシン の ヒ を つくれる よう に したい。 そうして、 リッパ に イキガイ を かんじたい。 オカアサン の こと を、 ココロ では、 シンパイ したり、 よい ムスメ に なろう と おもう の だ けれど、 コウドウ や、 コトバ に でる ワタシ は、 ワガママ な コドモ ばっかり だ。 それに、 コノゴロ の ワタシ は、 コドモ みたい に、 きれい な ところ さえ ない。 よごれて、 はずかしい こと ばかり だ。 クルシミ が ある の、 なやんで いる の、 さびしい の、 かなしい の って、 それ は いったい、 なんの こと だ。 はっきり いったら、 しぬる。 ちゃんと しって いながら、 ヒトコト だって、 それ に にた メイシ ヒトツ ケイヨウシ ヒトツ いいだせない じゃ ない か。 ただ、 どぎまぎ して、 オシマイ には、 かっと なって、 まるで ナニ か みたい だ。 ムカシ の オンナ は、 ドレイ とか、 ジコ を ムシ して いる ムシケラ とか、 ニンギョウ とか、 ワルクチ いわれて いる けれど、 イマ の ワタシ なんか より は、 ずっと ずっと、 いい イミ の オンナラシサ が あって、 ココロ の ヨユウ も あった し、 ニンジュウ を さわやか に さばいて ゆける だけ の エイチ も あった し、 ジュンスイ の ジコ ギセイ の ウツクシサ も しって いた し、 カンゼン に ムホウシュウ の、 ホウシ の ヨロコビ も わきまえて いた の だ。
「ああ、 いい アンマ さん だ。 テンサイ です ね」
 オカアサン は、 レイ に よって ワタシ を からかう。
「そう でしょう? ココロ が こもって います から ね。 でも、 アタシ の トリエ は、 アンマ カミシモ、 それ だけ じゃ ない ん です よ。 それ だけ じゃ、 こころぼそい わねえ。 もっと、 いい とこ も ある ん です」
 すなお に おもって いる こと を、 そのまま いって みたら、 それ は ワタシ の ミミ にも、 とっても さわやか に ひびいて、 この 2~3 ネン、 ワタシ が、 こんな に、 ムジャキ に、 モノ を はきはき いえた こと は、 なかった。 ジブン の ブン を、 はっきり しって あきらめた とき に、 はじめて、 ヘイセイ な あたらしい ジブン が うまれて くる の かも しれない、 と うれしく おもった。
 コンヤ は オカアサン に、 イロイロ の イミ で オレイ も あって、 アンマ が すんで から、 オマケ と して、 クオレ を すこし よんで あげる。 オカアサン は、 ワタシ が こんな ホン を よんで いる の を しる と、 やっぱり アンシン な よう な カオ を なさる が、 センジツ ワタシ が、 ケッセル の ヒルガオ を よんで いたら、 そっと ワタシ から ホン を とりあげて、 ヒョウシ を ちらっと みて、 とても くらい カオ を なさって、 けれども なにも いわず に だまって、 そのまま すぐに ホン を かえして くださった けれど、 ワタシ も なんだか、 いや に なって つづけて よむ キ が しなく なった。 オカアサン、 ヒルガオ を よんだ こと が ない はず なのに、 それでも カン で、 わかる らしい の だ。 ヨル、 しずか な ナカ で、 ヒトリ で コエ たてて クオレ を よんで いる と、 ジブン の コエ が とても おおきく まぬけて ひびいて、 よみながら、 ときどき、 くだらなく なって、 オカアサン に はずかしく なって しまう。 アタリ が、 あんまり しずか なので、 バカバカシサ が めだつ。 クオレ は、 いつ よんで も、 ちいさい とき に よんで うけた カンゲキ と ちっとも かわらぬ カンゲキ を うけて、 ジブン の ココロ も、 すなお に、 きれい に なる よう な キ が して、 やっぱり いい な と おもう の で ある が、 どうも、 コエ を だして よむ の と、 メ で よむ の と では、 ずいぶん カンジ が ちがう ので、 オドロキ、 ヘイコウ の カタチ で ある。 でも、 オカアサン は、 エンリコ の ところ や、 ガロオン の ところ では、 うつむいて ないて おられた。 ウチ の オカアサン も、 エンリコ の オカアサン の よう に リッパ な うつくしい オカアサン で ある。
 オカアサン は、 サキ に オヤスミ。 ケサ はやく から オデカケ だった ゆえ、 ずいぶん つかれた こと と おもう。 オフトン を なおして あげて、 オフトン の スソ の ところ を はたはた たたいて あげる。 オカアサン は、 いつでも、 オトコ へ はいる と すぐ メ を つぶる。
 ワタシ は、 それから フロバ で オセンタク。 コノゴロ、 ヘン な クセ で、 12 ジ ちかく なって オセンタク を はじめる。 ヒルマ じゃぶじゃぶ やって ジカン を つぶす の、 おしい よう な キ が する の だ けれど、 ハンタイ かも しれない。 マド から オツキサマ が みえる。 しゃがんで、 しゃっしゃっ と あらいながら、 オツキサマ に、 そっと わらいかけて みる。 オツキサマ は、 しらぬ カオ を して いた。 ふと、 この おなじ シュンカン、 どこ か の かわいそう な さびしい ムスメ が、 おなじ よう に こうして オセンタク しながら、 この オツキサマ に、 そっと わらいかけた、 たしか に わらいかけた、 と しんじて しまって、 それ は、 とおい イナカ の ヤマ の チョウジョウ の イッケンヤ、 シンヤ だまって セド で オセンタク して いる、 くるしい ムスメ さん が、 イマ、 いる の だ、 それから、 パリー の ウラマチ の きたない アパート の ロウカ で、 やはり ワタシ と おなじ トシ の ムスメ さん が、 ヒトリ で こっそり オセンタク して、 この オツキサマ に わらいかけた、 と ちっとも うたがう ところ なく、 ボウエンキョウ で ホント に みとどけて しまった よう に、 シキサイ も センメイ に くっきり おもいうかぶ の で ある。 ワタシタチ ミンナ の クルシミ を、 ホント に ダレ も しらない の だ もの。 いまに オトナ に なって しまえば、 ワタシタチ の クルシサ ワビシサ は、 おかしな もの だった、 と なんでも なく ツイオク できる よう に なる かも しれない の だ けれど、 けれども、 その オトナ に なりきる まで の、 この ながい いや な キカン を、 どうして くらして いったら いい の だろう。 ダレ も おしえて くれない の だ。 ほって おく より シヨウ の ない、 ハシカ みたい な ビョウキ なの かしら。 でも、 ハシカ で しぬる ヒト も ある し、 ハシカ で メ の つぶれる ヒト だって ある の だ。 ほうって おく の は、 いけない こと だ。 ワタシタチ、 こんな に マイニチ、 うつうつ したり、 かっと なったり、 その ウチ には、 ふみはずし、 うんと ダラク して トリカエシ の つかない カラダ に なって しまって イッショウ を めちゃめちゃ に おくる ヒト だって ある の だ。 また、 ひとおもいに ジサツ して しまう ヒト だって ある の だ。 そう なって しまって から、 ヨノナカ の ヒトタチ が、 ああ、 もうすこし いきて いたら わかる こと なのに、 もうすこし オトナ に なったら、 しぜん と わかって くる こと なのに と、 どんな に くやしがったって、 その トウニン に して みれば、 くるしくて くるしくて、 それでも、 やっと そこ まで たえて、 ナニ か ヨノナカ から きこう きこう と ケンメイ に ミミ を すまして いて も、 やっぱり、 ナニ か アタリサワリ の ない キョウクン を くりかえして、 まあ、 まあ と、 なだめる ばかり で、 ワタシタチ、 いつまでも、 はずかしい スッポカシ を くって いる の だ。 ワタシタチ は、 けっして セツナ シュギ では ない けれども、 あんまり トオク の ヤマ を ゆびさして、 あそこ まで いけば ミハラシ が いい、 と、 それ は、 きっと その とおり で、 ミジン も ウソ の ない こと は、 わかって いる の だ けれど、 ゲンザイ こんな はげしい フクツウ を おこして いる のに、 その フクツウ に たいして は、 みて みぬ フリ を して、 ただ、 さあさあ、 もうすこし の ガマン だ、 あの ヤマ の チョウジョウ まで いけば、 しめた もの だ、 と ただ、 その こと ばかり おしえて いる。 きっと、 ダレ か が まちがって いる。 わるい の は、 アナタ だ。
 オセンタク を すまして、 オフロバ の オソウジ を して、 それから、 こっそり オヘヤ の フスマ を あける と、 ユリ の ニオイ。 すっと した。 ココロ の ソコ まで トウメイ に なって しまって、 スウコウ な ニヒル、 と でも いった よう な グアイ に なった。 しずか に ネマキ に きがえて いたら、 イマ まで すやすや ねむってる と ばかり おもって いた オカアサン、 メ を つぶった まま とつぜん いいだした ので、 びくっと した。 オカアサン、 ときどき こんな こと を して、 ワタシ を おどろかす。
「ナツ の クツ が ほしい と いって いた から、 キョウ シブヤ へ いった ツイデ に みて きた よ。 クツ も、 たかく なった ねえ」
「いい の、 そんな に ほしく なくなった の」
「でも、 なければ、 こまる でしょう」
「うん」
 アシタ も また、 おなじ ヒ が くる の だろう。 コウフク は イッショウ、 こない の だ。 それ は、 わかって いる。 けれども、 きっと くる、 アス は くる、 と しんじて ねる の が いい の でしょう。 わざと、 どさん と おおきい オト たてて フトン に たおれる。 ああ、 いい キモチ だ。 フトン が つめたい ので、 セナカ が ほどよく ひんやり して、 つい うっとり なる。 コウフク は イチヤ おくれて くる。 ぼんやり、 そんな コトバ を おもいだす。 コウフク を まって まって、 とうとう たえきれず に ウチ を とびだして しまって、 その あくる ヒ に、 すばらしい コウフク の シラセ が、 すてた ウチ を おとずれた が、 もう おそかった。 コウフク は イチヤ おくれて くる。 コウフク は、――
 オニワ を カア の あるく アシオト が する。 ぱたぱた ぱたぱた、 カア の アシオト には、 トクチョウ が ある。 ミギ の マエアシ が すこし みじかく、 それに マエアシ は O-ガタ で ガニ だ から、 アシオト にも さびしい クセ が ある の だ。 よく こんな マヨナカ に、 オニワ を あるきまわって いる けれど、 ナニ を して いる の かしら。 カア は、 かわいそう。 ケサ は、 イジワル して やった けれど、 アス は、 かわいがって あげます。
 ワタシ は かなしい クセ で、 カオ を リョウテ で ぴったり おおって いなければ、 ねむれない。 カオ を おおって、 じっと して いる。
 ネムリ に おちる とき の キモチ って、 ヘン な もの だ。 フナ か、 ウナギ か、 ぐいぐい ツリイト を ひっぱる よう に、 なんだか おもい、 ナマリ みたい な チカラ が、 イト で もって ワタシ の アタマ を、 ぐっと ひいて、 ワタシ が とろとろ ねむりかける と、 また、 ちょっと イト を ゆるめる。 すると、 ワタシ は、 はっと キ を とりなおす。 また、 ぐっと ひく。 とろとろ ねむる。 また、 ちょっと イト を はなす。 そんな こと を 3 ド か、 4 ド くりかえして、 それから、 はじめて、 ぐうっと おおきく ひいて、 コンド は アサ まで。
 おやすみなさい。 ワタシ は、 オウジサマ の いない シンデレラ ヒメ。 アタシ、 トウキョウ の、 どこ に いる か、 ゴゾンジ です か? もう、 ふたたび オメ に かかりません。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...