2019/02/06

ナキムシ コゾウ

 ナキムシ コゾウ

 ハヤシ フミコ

 1

 エンマ コオロギ が 2 ヒキ、 かさなる よう に して はいまわって いる。
 ケイキチ は、 クサ の しげった おぐらい ところ まで いって、 はなれた まま タイジ して いる コオロギ たち の ヨウス を じいっと みて いた。 ちいさい オス が ショッカク を のばして、 ふとった メス の ドウタイ に ふれる と、 すぐ シリ を むけて、 りいりい…… と やさしく ハネ を ならしはじめた。 その オス の、 ハネ を すりあわせて いる オト は、 まるで コゴエ で オンナ を よぶ よう な、 あまくて ものがなしい もの で あった が、 コオロギ の オス には、 それ が なんとも いえない アイブ の コエ なの で あろう、 りいりい…… と なく オス の コエ を きく と、 ふとった つやつやしい メス は、 のそのそ と オス の セナカ に はいあがって いった。 ふとった バッタ の よう な メス は、 マエアシ を クサ の ネ に ささえて、 カラダ の チョウシ を はかって いた が、 やがて、 2 ヒキ とも ゼンマイ の シンドウ より も はやい ウンドウ を はじめだした。
 つくねん と ツチイジリ しながら それ を みて いた ケイキチ は、 びっくり した キモチ から、 おぼろげ な ムネ の トドロキ を かんじた。
 オス は メ に きえて しまいそう な ちいさい しろい タマ を、 ウンドウ の とまった メス の ヨコハラ へ チョウチン の よう に くっつけて しまう と、 メス は すぐ ツチ の ウエ へ ころびおりて、 ドロ の ウエ を はいずりながら、 シリ に ついた ヒトツブ の タマ を、 ナンド か ふりおとしそう に あるいた。 すると ちいさい オス は、 まるで その タマ の バンニン か ナニ か の よう に、 あばれまわる メス の アシ を しかる よう に つつく の で あった。
 ケイキチ は、 なんとなく ヒミツ な タノシサ を ハッケン した よう に、 その コオロギ の ウエ から、 ちいさい ウエキバチ を ふせて おいた。
 ソラ は まぶしい ほど すみとおって、 トオク まで よく はれて いる。 ひかった ツチ の ウエ へ カスリ の よう に オチバ が かわいて ちらかって いた が、 ケイキチ は ウエキバチ を ふせた まま ぼんやり して いた。
 ぼんやり した の は ぐらぐら と アタリ が くらく なる よう な メマイ を かんじる から だ。 どこ か で ピアノ が なりはじめた。 いい ネイロ で コノハ の まいおちて ゆく よう な サワヤカサ が ケイキチ の ハダ に しみて くる の で あった が、 ケイキチ は すこしも たのしく は なかった。
 ぐらぐら と した クラサ の ナカ で、 ケイキチ は ふと ハハオヤ の ところ へ よく やって くる オトコ の カオ を おもいうかべた。 その オトコ の カオ は、 メ が おおきくて、 ハナ の アタマ が シボウ で いつも ぎらぎら して いる よう な カオ で あった。
 ケイキチ が いちばん きらい なの は、 ヘイキ で ハハオヤ に むかって、 「おいおい」 と ヨビステ に する こと や、 けしからん こと には、 ケイキチ を 「コゾウ コゾウ」 と いったり、 まったく、 この オトコ に ついて は なんとも イイヨウ の ない ムネワルサ を もって いた。
「ケイ ちゃん!」
「…………」
「ケイ ちゃん てばっ、 まだ ないてん の かい?」
「…………」
「しぶとい コドモ だねえ、 そんな とこ に ぼんやり して ない で、 さっさと イドバタ で オカオ でも ふいて いらっしゃい! ええ?」
 ハハオヤ の サダコ は、 そう いって、 ゆがんだ アマド を がらがら と とざしはじめた。 ケイキチ は だまった まま イドバタ へ まわった が、 ポンプ を おす の も かったるくて、 ポンプ に もたれた まま サッキ の コオロギ の こと を おもいうかべて いた。 エホン を みる よう な ドウブツ の セカイ を、 ケイキチ は フシギ な ほど に たのしく おもい、 どこ から か ガラスバチ を ぬすんで、 あの 2 ヒキ の コオロギ を かって やろう か と おもった。
「とにかく、 すてき に おもしろい から なあ……」
 と、 にやり と わらう と、 キュウ に おもいついた よう に、 ぎいこ ぎいこ ポンプ を おしはじめた。
「ケイ ちゃん! はやく なさい よ、 シブヤ の オウチ へ いく のよ……」
 ハハオヤ の サダコ が、 はなやか な きいろい オビ を しめて、 しろい ヨウフク の レイコ の テ を ひいて ウラグチ へ まわって きた。

 2

「アンタ みたい な ヒト は、 ホントウ に オトウサマ の オハカ の ナカ へ でも いって しまう と いい ん だよ! いつでも カキ みたい な シロメ を むいて ちょっと どうか すれば、 ホウコウニン みたい な ナキカタ を して さあ…… ええ? どうして そんな なの かねえ、 オジサン だって かわいがれない じゃ ない か……」
 ケイキチ は しらん カオ で ハハオヤ の アト から あるいて いた。 レイコ は ハハオヤ に だかれた まま で いろんな ヒトリゴト を いって いる。
「さあ、 レイコ ちゃん、 ブウブウ に のりましょう ね、 ジドウシャ よ……」
 ケイキチ は、 どの イエ にも ニワ が あって、 ハナ を うえて いる イエ や、 ニワトリ を かって いる イエ や、 キ を うえて いる イエ など を、 めずらしそう に ながめて あるいた。 なにしろ この イッタイ は、 カキネ の ヒンジャク な イエ が おおい ので、 コミチ から ヒトメ で、 イロイロ な イエ の ニワ が みられた。
 ニチヨウビ なので、 ニワ や アキチ など では、 ケイキチ の ガッコウ トモダチ が たくさん あそんで いた。 ケイキチ は、 その アソビ トモダチ の アイダ を、 カミ を ちぢらせた わかい ハハオヤ と あるいて いる こと が はずかしくて、 オオゼイ の いる アソビバ を とおる たび、 ヒヤアセ の でる よう な チヂマリヨウ で あるいた。
「ケイ ちゃん!」
「うん?」
「なにさ、 その オヘンジ は…… あのねえ、 シブヤ の オバサン とこ へ、 4~5 ニチ、 ケイ ちゃん おあずけ しとく ん だ けど、 いい でしょ?」
「ガッコウ おやすみ する の?」
「ああ 4~5 ニチ おやすみ したって、 ケイ ちゃん は よく できる ん だ から、 すぐ おいつく わよ。 オバサン とこ で おとなしく できるう?」
「ああ」
「オバサン が いろんな こと きいて も、 わかんない って いっとく のよ。 ――オマエ は バカ な とこ が ある から、 すぐ オシャベリ して しまいそう だ けど、 いい? わかった?」
「ああ」
「ああ って ホントウ に オヘンジ してん の? にえた ん だ か にえない ん だ か ワケ が わからない よ、 ケイ ちゃん の オヘンジ は……」
 コミチ を はずれる と、 シンカイチ-らしい、 ミチ の ひろい あたらしい マチ が あって、 ジドウシャ が ひっきりなし に はしって いた。 ケイキチ には タタキ の ミチ が、 まるで カワ の よう に ひろく みえる。
「さあさ、 ジドウシャ よ、 レイ ちゃん ねむっちゃ ダメ よ、 おもい じゃ ない のさあ」
 ケイキチ が みあげる と、 ハハオヤ の ウデ の ナカ で、 レイコ が アタマ を がくん と おとして いた。 ミミタブ に ウブゲ が ひかって いて、 クチビル が ハナ の よう に うすあかく ぬれて いる。 ケイキチ とは にて も につかない ほど、 ハハオヤ に にて あいらしかった。 ――サダコ は、 こぎれい な ジドウシャ を とめた。 ふわふわ した クッション に コシ を かける と、 ハンズボン の ケイキチ は、 ドロ に よごれた ジブン の アシ を、 ハハオヤ に けどられない よう に して は、 ツバ で そっと しめした。
「いい オテンキ ねえ、 ウンテンシュ さん! ヨコハマ まで ドライヴ したら、 どの くらい で いく の?」
 カミ を きれい に わけた、 エリアシ の しろい ウンテンシュ が、
「4~5 エン でしょう ね」
 と、 いった。
「そう、 やすい もの ね」
 カネ も ない くせ に、 サダコ は とんでもない オヒャラカシ を よく いう の で あった が、 イマ も、 カタホウ の テ は タモト へ いれて、 ココロ の ナカ で、 とぼしい サイフ の ナカ から、 ヒトツ フタツ ミッツ ヨッツ と アナ の あいた 10 セン-ダマ を かぞえて、 ノコリ は、 デンシャ で かえる キップダイ が やっと だ と わかる と、 サキ は サキ と いった キモチ で、 はしる マチ を ながめながら、 どんな コウジョウ で ケイキチ を あずけた もの か と、 もう それ が オックウ で シカタ が なかった の だ。
「いつか、 オバサン と いった オフロヤ が ある ね」
 ケイキチ が びっくり する よう な おおきな コエ で いった。
「ウンテンシュ さん! この ヘン で いい のよ」
 ジドウシャ が ぎい と キュウテイシャ する と、 よろよろ と ケイキチ は ハハオヤ の ヒザ へ たおれかかった。

 3

 コロッケ-ヤ と ハナヤ の ロジ を はいる と、 ツキアタリ が オバ の ヒロコ の イエ で、 ドブイタ の ウエ に たつ と、 ダイドコロ で ナニ を にて いる の か わかる ほど あさい イエ で ある。
 イリグチ の コロッケ-ヤ は バレイショ の ヤマ ばかり めだって、 ニクヘン が ぶらさがって いる の を かつて みた こと が ない ほど ヒンジャク な カマエ で、 ケイキチ が サイショ に ヒロコ の イエ へ あずけられた とき、 ムッツ で 10 セン と いう コロッケ を よく ここ へ かわされ に やられた もの で あった が、 アゲナベ が ちいさい ので、 ムッツ あげて もらう には なかなか ホネ で あった。
 ミギガワ の ハナヤ は、 これ は なかなか セイダイ で、 バラ や ユリ や カーネーション の よう な、 オヤシキ-ゴノミ の ハナ は なかった が、 キク の サカリ に なれば、 ヒトニギリ 5 セン ぐらい の コギク が、 その ヘン の ニカイズマイ や、 キッサテン や、 ゲシュク の ガクセイ たち に なかなか よく うれて いった。 ヒロコ も ハナ が すき で、 ちょっと した コゼニ が できる と、 ハナヤ へ でかけて は ハンニチ も はなしこんで、 みごと な ガンライコウ を ナンボン も せしめて くる こと が ある。
 サダコ は、 この まずしい イモウト に、 ジドウシャ から おりる ところ は みせたく なかった の で あろう。 フロヤ の マエ で ジドウシャ を おりる と、 すっかり ねむって しまった レイコ を かかえて、 ハナヤ と コロッケ-ヤ の ちいさい ロジ を まがった。
「いる?」
「あら、 いらっしゃい! コブツキ で ゴニュウライ か……」
「あいかわらず コブツキ さ、 カンゾウ さん いる の?」
「ううん、 アサガタ、 あんまり オテンキ が いい から って、 キョウ の よう な オテンキ なら ザッシ キシャ も キゲン が いい に ちがいない って ゲンコウ せおって いった ん だ けど……」
「まあ、 せおって?」
「あの ヒト が ゲンコウ うり に いく カッコウ ったら、 せおってる って ほう が あたってる わよ、 こう ネコゼ で さあ、 セナカ の ほう へ まで ゲンコウ つめこんで、 ワタシ イチド で いい から、 ウチ の ヒト が どんな カッコウ で ゲンコウ って もの を うりつけてん の か みて みたい わ。 イッペン に アイソ の つきる よう な ふう なん だろう と おもう ん だ けど……」
「そんな こと いう もん じゃ ない わよ。 キノウ や キョウ イッショ に なった ん じゃ なし、 コドモ も あって さ……」
 2 カイ が 6 ジョウ ヒトマ、 シタ が 4 ジョウ ハン に 2 ジョウ の ちいさい カマエ で あった が、 ドウグ と いう もの は、 ヒロコ の キョウダイ ぐらい の もの で、 カンゾウ の ツクエ で さえ も、 ゲンコウ ヨウシ が のって いない と、 すぐ チャブダイ に もって おりられる ほど な、 ヒキダシ の ない コドモヅクエ で、 とにかく なにも ない。
「オチャ いれましょう かね」
「おやおや めずらしい、 ガス も デンキ も ゴケンザイ ね」
「バカ に した もん じゃ ない わ、 このあいだ、 ちょっと タイキン が はいって さ……」
「へえ、 いつ の こと、 それ?」
 サダコ は レイコ を ねかしつける と、 トッテオキ の デンシャ-ダイ を そっと つまんで、
「ケイ ちゃん バット を ヒトツ かって いらっしゃい。 わかってる でしょ?」
 と、 いった。
 ケイキチ は ドウカ を ナナツ にぎって オモテ へ でて いった。
 ガラスド を あける と、 チンドンヤ の オハラブシ が きこえて くる。
「ケイキチ! ウシロ、 きちんと しめて いく のよっ」
 ケイキチ は、 もう ロジ を ぬけて はしって いた。
「しょうがない ね」
 そう いって、 サダコ は、 セト ヒバチ の ちいさい ヒダネ を かきあつめた が、 ヒロコ が チャ を いれて くる と、
「あのね、 また、 オネガイ が ある ん だ けど……」
 と、 カラダ を もんで、 その ハナシ を きりだした。
 ヒロコ は、 オシイレ の ナカ から、 コドモ の シンイチロウ の ちいさい フトン を だす と、
「ネエサン の また か」
 と いった カオツキ で、 ねて いる レイコ へ それ を かけて やった。

 4

 ケイキチ は にぎやか な マチ へ きた こと が うれしかった。 ロジ を ぬける と、 タベモノ の ニオイ の する ショウテン が カタ を すりあう よう に して ならんで いる。 マメ-レコード を うって いる ミセ では、 しじゅう ショウカ が なって いる し、 アカ や ミドリ の コウコクビラ が ナンマイ も もらえた。 ぴかぴか した チンレツバコ が イエ ごと に ならんで いて、 アタマデッカチ で メ の つきでた ジブン の ちいさい スガタ が うつる の が はずかしかった。
 テノヒラ では ナナツ の ドウカ が あせばんで いる。 これ で ガラス ツボ は かえない かな。 ふと そんな こと を かんがえて ガラス-ヤ の マエ に たった が、 どの ショウフダ も たかい。 ヤケクソ で、 ぴょんぴょん と カタアシ で ドブ を とんで タバコヤ へ はいる と、
「おおい ケイ ちゃん!」
 と、 よぶ モノ が あった。
 レイ の クセ で、 シロメ を ぎょろり と させて ふりかえる と、 ネコゼ の オジサン が たって いる。
「カアサン と きた の かい?」
「ああ さっき」
「ナニ、 タバコ かい?」
「うん」
 カンゾウ は いかにも くたびれきった よう に、 ホコリ の かぶった トウハツ を かきあげて、
「いい テンキ だ がなあ」
 と つぶやく。 おもわず ケイキチ も ソラ を みあげた が、 はればれしい タソガレ で、 つきはじめた マチ の ヒ が ミズ で すすいだ よう に あざやか で あった。
「タバコ 1 ポン おくれ よ」
「ああ」
 ちいさい ケイキチ が タバコ を さしだす と、 カンゾウ は テイネイ に ギンガミ を やぶって、 あたらしい タバコ に ヒ を つけた。
「オジサン あるいて きた の?」
「ああ あるいて かえった ん だよ」
「とおい ん だろう? トウキョウ エキ の ほう へ いった の?」
「うん、 いろんな とこ へ いった さ」
「おもしろかった?」
「おもしろかった? か、 おもしろい もん か、 どこ も オオイリ マンイン で さ、 オジサン の はいって ゆく ヨチ は ちょっとも ない ん だよ」
「ふん。 ワリビキ まで まてば あく ん だろう?」
「ハラ が へって ワリビキ まで まて や せん よ。 そんな に まったら ミイラ に ならあ……」
 カンゾウ は タバコ を うまそう に ふう と はく と、 ケイキチ の おおきな アタマ を おさえて、
「オジサン が カネ でも はいったら、 ひとつ ナニ を ケイボウ に かって やろう か?」
 と いった。
「ホントウ に、 オカネ が はいったら かって くれる?」
「ああ かって やる とも、 キンツバ でも ダイフク でも さ」
「そんな、 オンナ の コ の すく よう な もん いや だ」
「おんや この ヤロウ ナマイキ だぞ! そいじゃ ナニ が いい ん だ?」
「あのね、 あの ガラス の ひらぺったい ツボ が いる ん だ けど……」
「ガラス の ツボ? キンギョ でも かう の かい?」
「…………」
「ま、 いい や、 そんな もん なら やすい ゴヨウ だ。 オジサン が リッパ な やつ を かって やる よ」
 コロッケ-ヤ では、 ウマ-くさい アブラ の ニオイ が して いる。 カンゾウ が サンジャクオビ を ぐっと さげる と ハラ が ぐりぐり なった。 ケイキチ は あおむいて、
「オジサン の オナカ よく なく ん だねえ」
 と わらった。
「ふん、 ダレ か みたい だね。 オバサン ナニ か ゴチソウ して なかった かい?」
「しらない よ」
「そう か、 ま、 とにかく 7~8 リ あるいた ん だ から ハラ も なく さ……」
 チンドンヤ が、 ケイキチ たち の ヨコ を くぐって、 ヌケミチ の オイナリサン の ミヤ の ナカ へ はいって いった。

 5

「やあ、 おかえりっ…… どんな だった?」
「ダメ だよ……」
「だから さ、 キシャ の アタマ って セイウ に かかわらない から、 そんな もの を せおって いったって ダメ な もの は ダメ よ。 だいいち、 ワタシ が よんだって おもしろく ない ん だ もの……」
「あんまり ヒト の マエ で ホントウ の こと いうな よ おい!」
 ヒロコ は 2 カイ から ぎくしゃく した チャブダイ を もって おりて、 ヌレブキン で ごしごし ふく と、 チャワン を ならべはじめた。
「もう ゴハン?」
「ええ この ヒト が すわれば ゴハン よ。 どうせ あるきくたびれて、 ハラ の カワ が セナカ へ はりついてる ん だ から……」
「ムチャ ばっかり いってる よ。 ……あ、 そいで、 サッキ の こと 2~3 ニチ すれば メハナ が つく ん だ けど、 ケイボウ を ひとつ、 あずかって くんない かしら、 けっして メイワク かけ や しない し、 アシタ に でも なったら、 すこし ぐらい とどけられる から……」
「うん、 その ハナシ ねえ、 キョウダイ アラソイ する の いや だ けれど、 おたがいに ショタイ を もってる ん じゃ ない の? はじめて なら とにかく、 たびたび の こと だし、 ワタシタチ も ちかぢか ここ を おっぱらわれそう だし……」
「たった 2~3 ニチ よ、 2~3 ニチ したら オミセ を ひらく の だ から、 アナタ にも テツダイ に きて もらえる し……」
「ええ だけど、 いまさら ワタシ が ホオベニ つけて コウチャ ハコビ も できなかろう し、 ホントウ いえば、 ネエサン の ハナシ アテ に ならない ん だ から……」
「シンヨウ が ない のねえ、 ……カンゾウ さん、 ひとつ ケイボウ 2~3 ニチ あずかって いただけません? イッショウ の オネガイ だ けど……」
 カンゾウ は、 クチベニ の こい アネ の スガタ を サッキ から じろじろ ながめて いた。 ココロ の ウチ で、 30 にも なれば ゴケ も なかなか つらい だろう と、 へんに ドウジョウ して しまって いる。
「ま、 ネエサン が、 それ で うまく いく ん なら おいて らっしゃい」
 と、 いう より シカタ が なかった。
 ねむって いる レイコ を せおって、 アネ の サダコ が デンシャチン も かりず に かえって ゆく と、 ヒロコ は、 わっと コエ を たてて ないた。
「あんな ヒト って ありゃあ しない! ジブン の カッテ の とき ばかり コ を あずけ に きてっ、 アナタ が なめられてる から じゃ ない のう」
「なにも なめられて や しない よ。 ニョウボウ の ネエサン じゃ ない か、 どうしても ダメ です とは いいきれない よ」
「バカ に されてん のよっ!」
「バカ に されたって いい じゃ ない かっ、 なく ヤツ が ある か、 バカッ! はやく メシ に しろっ」
 カンゾウ は フトコロ から イロイロ な ゲンコウ の タバ を だす と、 1 マイ を ひきやぶって ばりっと ハナ を かんだ。 ケイキチ は ちいさく なって それ を みて いた。 シンイチロウ は あそび に いって いる の かな、 はやく かえらない の かな と、 じいっと すわった まま すすりたい ハナ も よう すすらない で いる。
 4 ニン も シマイ が いて、 どれ も イノチ ほそぼそ ながらえて いる セイカツ なの か と おもう と、 ヒロコ は ダイドコロ を して いて も、 はあ と タメイキ が でた。
「ま、 シカタ が ない よ、 いまに オレ だって この ジョウタイ じゃ いない し、 コンキ で ゆく より しょうがない よ。 なにしろ ブンシ シボウ が 5 マン-ニン って ん だ から、 ホネ も おれる さ……」
「そんな ノンキ な こと いって られない わよ。 シン ちゃん だって ライネン から ガッコウ だし、 ドカタ でも なんでも して はたらいて くれた ほう が よっぽど うれしい わ。 ホントウ に!」
 カンゾウ は ダイ の ジ に なった。 ケイキチ は ますます かたく なって、 ちらかって いる タバコ の ギンガミ を ひろった。
「シン ちゃん! ゴハン よう、 シンコウッ」
 ダイドコロ の ガラスド が ひらいて、 かんだかい コエ で、 ヒロコ が コドモ を よんで いる。

 6

 アメ が しょぼしょぼ ふって うすぐらい。 イッソクトビ に フユ が きた よう な ヨウキ だ。
「アナタ あずかる と いった の だ から、 アナタ が この コ を シマツ して ください」
 それ が ケンカ の ゲンイン で、 カンゾウ は また ゲンコウ を フトコロ に して、
「じゃあ、 オマエ の キ に いる よう に、 ケイボウ を オスガ クン の ところ へ でも おいて くる よ」
 と カンゾウ は ケイキチ を つれて シブヤ エキ から ショウセン に のった の で あった。 ボウズ にくけりゃ ケサ まで と いう コトバ に うなずきながら、 デンシャ に ゆられて いて も、 カンゾウ は なにもかも おもしろく なかった。
「おい ケイボウ! ナカ の オバサン の とこ へ いって も おとなしく してる ん だぞ。 ええ?」
「うん」
「ケイボウ の カアサン が なって ない から、 まるで ケイ ちゃん が ヤドナシネコ みたい じゃ ない か、 ううん?」
「…………」
「さて、 オジサン は ザッシシャ へ よって、 オバサン の ツトメサキ に デンワ を かけて やる から、 オジサン が でて くる まで、 ソト で まってる ん だよ」
 ユウラク-チョウ で おりて、 ギンザ ウラ の ザッシシャ まで あるく と、 ケイキチ の ズック の ウンドウグツ は、 ミズ で びたびた して きた。 アカ や ミドリ の フク を きた めずらしい オンナ たち が とおって いる。
「おおきな マチ だろう?」
「…………」
 ザッシシャ の マエ へ くる と、 カンゾウ は ケイキチ に アマガサ を たかく かかげさして、 ミジマイ を なおす と、 ヒトツ の ゲンコウ を フウトウ へ いれて、
「じゃ カサ さして まって な、 あっちこっち いく ん じゃ ない よ、 すぐ でて くる から……」
 ウマ に のった よう な イキゴミ で、 トビラ を あけて はいって いった が、 カンゾウ が ビルディング の ナカ へ きえて しまう と、 ケイキチ は サムサ と ココロボソサ で、 ナンド すすって も ハナミズ が こぼれた。 ここ から、 ハハオヤ の ソバ まで は もう かえれない ほど とおい の では ない か と おもった。 ホドウ の タタキ へ あたる アメ が、 はねあがって、 ケイキチ の スソ へ あたって くる。 カサ が おおきい ので、 ケイキチ の スガタ が みえない ほど ひくく みえた。
 マチ には ヒルマ から ヒ が ついて いて、 ジンリキシャ が 1 ダイ ゆるゆる はしって いた。 ラジオ が きこえる。 がちゃがちゃ した オンガク だった。
「まだ かな」
 ケイキチ は しょげて おおきな カサ を ぶらん ぶらん ふった。
「おい ケイボウ!」
 ケイキチ は ほっと して カサ を もちあげて ビルディング の ゲンカン に いる カンゾウ の ソバ へ カサ を もって はしった。
「ここ も オオイリ マンイン だ」
「どんな ヒト が いる の?」
「オジサン みたい な リッパ な ヒト が たくさん いる ん だよ」
「…………」
 ケイキチ が だまって いる ので、 カンゾウ も だまった まま ぽつぽつ あるいた。 「さて どこ へ いく か」 カンゾウ は ふと たちどまって、 フウトウ から ゲンコウ を だす と、 あたらしい ゲンコウ を だして、 その フウトウ へ いれかえた。
「コンド は シンブンシャ だ」
「シンブンシャ?」
「ああ」
 いよいよ ケイキチ の クツ は おもく なった。 ハダカ の アシ が がたがた ふるえた。 マーク の はいった ハタ を つけた シンブンシャ の ジドウシャ が、 イクダイ も ならんで いる ところ へ でた。 カンゾウ は そこ でも ものなれた ヨウス で のこのこ カイダン を あがって いった。 ケイキチ は くたびれて しまって、 イリグチ の イシダン に カサ を すぼめて コシ を かけた。 アメ が にわか に ひどく なった。 ジドウシャ の ハタ が べろん と ぬれさがって いる。 ホドウ は アメ で たたきあげられて チチイロ に ケムリ を あげて いた が、 シンブンシャ の ジドウシャ が 1 ダイ 1 ダイ どっか へ すべって ゆく と、 ケイキチ の メノマエ に ちいさい オンナ の ハンドバッグ が アメ に ぬれて たたかれて いる の が みえた。

 7

 とにかく、 フタリ は そっと ホリバタ の ほう へ あるいて いった。
 アメ は ますます ひどく なって、 カンゾウ の さしかけて いる コウモリガサ が アメ に ざんざん たたかれて いる。 ペンキヌリ の アキヤ に なった ガレージ の マエ へ くる と、
「ケイ ちゃん! それ だして ごらん よ」 と、 カンゾウ が たちどまった。
「ダレ も きて ない かい?」
「うん、 ダレ も きて ない よ」
 ケイキチ が コウモリガサ を さしかける と、 スソ を たくしあげた カンゾウ は ケイキチ の ひろった あおい ハンドバッグ を ひらいて みた。 ケイキチ は セノビ を して、 オジ の テモト を みあげて いる。
「はいって いる かい!」
「まて よ……」
 あおい ハンドバッグ の ナカ には、 サワザキ スミコ と いう メイシ が 2~3 マイ はいって いた。 よごれた パフ の ついた ワセイ の コンパクト が ヒトツ、 ニオイ は なかなか いい。 ネリベニ、 クシ、 サンヤク の よう な もの。 ダンテ マジュツダン の マッチ、 オトコ の メイシ が 4~5 マイ、 ベニ の ついた ハンカチ が 1 マイ、 チャガワ の サイフ には、 5 セン-ダマ が フタツ、 ホカ に ハトロン の フウトウ が サイフ の セナカ に はいって いた が、 これ には 10 エン サツ が 1 マイ はいって いて、 フウトウ には 「ドウワ コウリョウ」 と かいて あった。
「はあ、 こりゃ、 オジサン みたい な ヒト が おとした ん だよ……」
 サワザキ スミコ と いえば ちょくちょく きいた こと の ある ナマエ だ――。 カンゾウ は、 ハトロン の フウトウ から 10 エン サツ を ひっぱりだした が、 ふと あきらめた よう に、 その 10 エン サツ を ハトロン の フウトウ の ナカ へ しまいこんで、
「ううん」
 と うなって しまった。
「ねえ、 それ ひろったって ボク の もん じゃ ない ん だろう?」
「そう さ、 この オンナ の ヒト だって こまってる だろう から、 とどけて あげなくちゃあ ねえ……」
 メイシ の ウラ を みる と、 シブヤ ク ハタガヤ ホンチョウ と して あった。 カンゾウ は、 ふと、 ヒロコ と ショタイ を もった コロ の 3~4 ネン マエ の ハタガヤ の アパート の こと を おもいだす の だ。 シバイウラ の よう な ゆがんだ ハシゴダン を あがって、 トッツキ の 3 ジョウ の マ を ツキ 5 エン で かりて いた が、 その コロ は ガッコウ の デタテ で まだ ビンボウ して も キボウ が あった が、 コドモ が できて 6 ネン にも なり、 ジブン の かく もの が 1 セン にも ならない と なる と、 ウミ の マンナカ へ のりだして しまった よう な ぼうぜん と した キモチ で、 どうにも ホウホウ が つかない。
「まま のりだした こっちゃい! ええっ、 どうにか なります わい」
「オンナ の ヒト ん ところ へ とどけ に いく の?」
「ああ とどけて やる こと に しよう。 まあ、 まて よ、 オバサン の ところ へ デンワ かけて みなくちゃあ……」
 カンゾウ は、 そう いって、 あおい ハンドバッグ の サイフ の ナカ から 5 セン-ダマ ヒトツ だして、 ガレージ の ソバ の ジドウ デンワ へ はいって いった。
「もしもし…… オスガ さん? ねえ、 ヤッカイ な こと なん だ。 そう さ、 カテイ ソウギ を おこしちまって、 それ も ケイボウ の こと なん だ けど、 キミ ん ところ で 2~3 ニチ あずかって くんない かねえ…… ん、 そりゃあ こまる なあ、 じゃ オレン さん の ところ へ おいとく か、 ん、 シンジョタイ で キノドク だ けど、 なにしろ イジ を まげて しまって、 ケイボウ は かわいそう だ けど、 ネエサン が どうしても にくい って いう ん だ。 ――ダラシ が ない んで ねえ、 あの ヒト も……」
 カンゾウ が ジドウ デンワ から でて くる と、 ケイキチ が シロメ を はりあげて オオツブ の ナミダ を ためて いた。
「こころぼそがらなくったって いい よ、 ナカ の オバサン は ジムショ の レンチュウ と アシタ は ハイキング だ って いう ん だ。 だから ちいさい オバサン とこ へ これから いって みよう」
「…………」
「だいじょうぶ だよ、 ――ナン だ オトコ の コ の くせ に」
「ねえ、 ボク、 オカアサン とこ へ かえりたい や!」
 ケイキチ は そう いって、 ジドウ デンワ の ウシロ へ まわり、 アメ に ぬれた まま コエ も たてず に なきだした。

 8

 レンコ は 17 サイ の ナツ、 アネ の ヒロコ の ところ を たよって ジョウキョウ して くる と、 すぐ アネ の オット、 マツヤマ カンゾウ の ユウジン セラ サンセキ と ケッコン して しまって、 3 ニン の アネ たち に あきれた オンナ だ と しかられて しまった。 で、 それっきり この ハントシ ばかり、 どの アネ たち にも ゴブサタ して しまって、 サンセキ と フウフ キドリ で、 その ヒ その ヒ を おくって いた の だ。
 セラ サンセキ は、 ヨウガカ で、 マイトシ テイテン へ 2~3 マイ は エ を はこぶ の で あった が、 ラクセン の ウキメ を みる こと たびたび で、 トウセン した の は、 7~8 ネン マエ に シャモ の ムレ を えがいて パス した と いって いる が、 これ とて も アテ には ならない。 トウニン は ヴァン ドンゲン を あいして いて、 アオイロ の ジンブツ を よく えがく の だ が、 カンゾウ に いわせる と 「アキヤ に すむ ジンブツ」 だ と コクヒョウ する ので、 サンセキ は、 17 サイ の レンコ を かっぱらう と ドウジ に、 カンゾウ の ところ へは ちっとも やって こなく なった。

「ケイボウ、 なく ヤツ が ある か。 オマエ の オカアサン も ダラシ が ない けど、 オマエ も ダラシ が ない ぞっ」
 カンゾウ は、 ひどく スキッパラ で、 2~3 ゲン まわった シンブンシャ が ダメ だった し、 アメ は ドシャブリ の フキナガシ と きてる し、 フトコロ は イチモンナシ の カラッケツ と、 アサ から ゴショウチノスケ で でて きて いる の だ。 で、 セ に ハラ は かえられぬ の テツ を ふんで、 ユウラク-チョウ の ガード ヨコチョウ まで ひっかえして くる と、 コハチ と いう オデンヤ へ はいった。
「シカタ が ない さ、 メシ でも たべて、 レンコ オバサン とこ へ いく こと に しよう や」
 そう いって、 ハジメ は エンリョ-っぽく コンニャク や、 ガンモドキ の タグイ を つついて いた の で あった が、 ネ が すき な サケ だ。 ハナ の サキ で ぷんぷん におわされて は、
「ええい」
 と キアイ の ヒトツ も かけたく なろう。 いつのまにか、 カンゾウ の マエ には トックリ が 4 ホン も ならび、 アタリ は くらく なった。
「ナニ よう びくびく してん だい! ええ ケイボウ! だいじょうぶ だよ。 アイテ は いくら ヴァン ドンゲン でも、 たかが ラクセン ガカ だっ、 オジサン が つれて いけば、 しのごの いわさん よ、 ええ? あんな サロン エカキ を スウハイ する から、 サンセキ は ついに サンセキ なん だ…… おおい サケ だ!」
 カンゾウ は いささか シュラン の ソウ が ある。
 ケイキチ は、 もはや、 ハハ が とおく なった と なく どころ では なかった。 カラダジュウ に カネ を うつ よう な ドウキ が して きた。
「オジサン オウチ へ かえろう よっ」
「ううん、 わかった わかった、 オウチ も よかろう。 ニョウボウ も シン ちゃん も よかろう。 が、 さて だね―― ジンセイ は そんな びくびく した もん じゃ ない よ。 ええ? カッパツ に あるかんけりゃ いかん。 ねえ ネエサン や……」
 オデンヤ の わかい オンナ シュジン は、 クチモト へ テ を あてて ただ おほおほ わらって いる。
「どう だい? ケイボウ、 オマエ みたい な モノ は、 シュッセ できん ぞ! ナン だ! びくびく して、 ヒデヨシ と ハチスカ コロク の ハナシ を しらん の かねえ……」
 カンゾウ は フトコロ から ゲンコウ の タバ を だす と、 ヒトツヒトツ ダイ を よみあげて いった。
「1、 ヘソ モンドウ、 2、 カゼ や ウミ や ソラ、 3、 ルイレキ の ある ジンセイ、 4、 ブカッコウ な オンナ、 5、 カジヤ ドウシ の ミミウチバナシ と、 どう だい、 どれ だって おもしろそう じゃ ない か、 それなのに、 これ が 1 ポン の サカテ にも ならん と いう の だ から フシギ だよ……」
 テーブル には トックリ が 7 ホン に なった。
 ケイキチ と おなじ くらい の アツゲショウ した オンナ の コ が、 「うたわして ちょうだい よ、 オキャクサン」 と はいって きた。 ケイキチ は、 びっくり して カンゾウ を つついた。
「ああ いくらでも うたいな。 ジンセイ うたいたい-だらけ だ。 どら オレ が ひとつ うたって やろう……」

  カゼ と ナミ と に さそわれて
  キョウ も ゲンコウ かいて ます
  サケ も のめない ゲンコウ を
  カゼ と ナミ と に だまされて……

 ケイキチ は、 たちあがって ヒトリ で コガイ へ でて いった。

 9

 ――この シャコ 2 カイ シャクハチ キョウシュウジョ、 トザンリュウ ミナカミ リュウザン―― 1 ダイ も ジドウシャ の はいって いない ガレージ の ヨコ に、 ペンキヌリ の こんな カンバン が でて いる。
 キー の ぬけた ピアノ の よう な がらん と した シャコ の ナカ へ はいる と、 どすん どすん と アシオト が テンジョウ へ ひびく。
「おい、 コゾウ! まって な、 いい かい」
 ケイキチ は ドロマミレ な アシ で、 シャコ の イリグチ に つったって いた。 ヨッパライ の オジサン なんか どうでも いい や、 オレ は ハツメイカ に なって やる ん だ から、 そう りきんで いて も、 カンバン の ウエ の 5 ショク の デントウ が まるで、 ヒトツメ コゾウ の よう で、 ケイキチ の ムネ の ナカ は なる よう な ドウキ が して いる。
「おい! コゾウッ、 バケツ を やる から アシ を あらって、 その テツバシゴ から あがって きな」
 ガレージ の スミ が ほのあかるく なった。 そこ から テツバシゴ が さがって いて、 ちいさい バケツ が ヒモ に ぶらさがって おりて きた。 ケイキチ は シャクハチ を ふく オトコ の、 おおきな ゲタ を もって、 スイドウ の ソバ へ いった。 くろい ダケン が ケイキチ に もつれついて きた。
 コゾウ コゾウ だ なんて、 オトナ に なったら ダイガク へ いく ん だ のに バカ に してらあ、 ケイキチ は、 よく ハハオヤ の ところ へ やって くる 「コゾウ コゾウ」 と ヨビステ に する オトコ の こと を おもいだした。 オレ は コゾウ に みえる の かな。 いや だなあ、 2 カイ へ あがったら ナマエ を いって やろう…… ケイキチ は、 ゾウキン で アシ を ふいて、 テツバシゴ を あがって いった。 ケイキチ が 2 カイ へ あがって ゆく と、 くらい タタキ の ウエ で イットキ クロイヌ が おりて こい と あまえて ほえて いた。
 シャクハチ キョウシュウジョ と いって も、 ヘヤ の スミ には フトン が 3~4 ニン ブン も かさねて あり、 シチリン だの、 チャワン だの、 フルヅクエ など が ザッキョ して いる。
「ハラ は どう だね?」
「…………」
「ええ? エンリョ は いらない ん だよ」
「…………」
「おや! コゾウ は いつのまに オシ に なった ん だ?」
「タザキ、 ケイキチ って ね、 いう ん だよ」
「ああ そう か。 ま、 ナノリ は どうでも いい や、 これから メシ の シタク だ。 その ヘン に ごろごろ して な」
 リュウザン は シンブンシ を まるめて、 シチリン の ナカ へ それ を いれ、 テヅカミ で スミ を その ウエ に のせ マッチ を すった。 ツクエ の ウエ には シャクハチ の フホン の よう な もの が 1~2 サツ のって いた が、 ハヒハヒチレツロ…… など と、 ケイキチ には さっぱり おもしろく ない。 オンナケ が ない と みえ、 アタリ は ネズミ の ス の よう で、 テンジョウ には アマモリ の アト の シミ-だらけ だ。
「おい! サケ で チャヅケ は どう だい?」
 ぬれた シンブンヅツミ の ナカ から、 サケ の キリミ が フタキレ でて きた。 リュウザン は ユビ で つまんで、 シチリン の スミビ の ウエ に、 じかに それ を あてて チャワン を タタミ の ウエ に ならべはじめた。 ――ケイキチ は オバ たち の セイカツ を ビンボウ だ とは おもって いた が、 まだまだ この ほう が ひどい よう な キ が した。 この ヘヤ の シュジン は キョウシュウジョ の シャクハチ シナン だけ では くって ゆけない らしく、 ときどき、 サカバ の おおい マチウラ を ながして あるいて ゆく の で あろう。
「アシタ は たらふく メシ を くって、 オカアサン とこ へ かえってきゃ いい よ。 なあ、 おい、 ナカノ の エキ まで いけば ミチ が わかる の かい?」
 ケイキチ は うなずいた。
 よっぱらった オジ を オデンヤ へ のこして きた まま どこ を あるいた の か、 シャクハチ を ふく オトコ に ひろわれて こんな ところ へ きた の さえ フシギ で シカタ が ない。 レイコ ちゃん は ねてる かな。 カアサン も ねむってる だろう…… ケイキチ は、 あの オトコ と ハハオヤ が、 たのしそう に わらいあって いる の では ない か と おもう と、 ジブン が ヨケイモノ の よう で ふと ナミダ が でた。
「おい、 ほら サケ が やけた ぜ」
 いっぱい メシ の もられた メシヂャワン を ムネ の ヘン へ かかえあげる と オシイレ の ほう で コオロギ が りいい…… と なきはじめた。
「ああっ」
 ケイキチ は ごくん と メシ の カタマリ を のみこみ、 ウエキバチ の シタ に ふせた、 メス を よぶ コオロギ の ものがなしい コエ を なにげなく おもいだした。

 10

 メシ を たべた。 フトン の ナカ へ もぐりこんだ。
 シンヤ に なる と、 ナンダイ も ジドウシャ が かえって くる よう で、 ぎいっ と カイカ の シャコ の ナカ へ すべりこむ ジドウシャ の ブレーキ の オト が して いた。 ケイキチ は イロイロ な ユメ を みた。
「この コ は ウスメ を あけて ねむる ので キミ が わるい わ」
 と、 オトコ が とまって ゆく たび、 ハハオヤ が ベンカイ して いた が、 ウスメ を あけて ねる と、 ねむって いて も コエ を たてる こと が ある。
 アサ に なって ケイキチ は めざめて みる と、 ユメ に みた もの が、 ヘヤ いっぱい ちらかって いた。 ジブン の ソバ には ウンテンシュ や ジョシュ たち が 3~4 ニン も オオイビキ で ねて いた。 リュウザン は ネドコ に はらばった まま テガミ の よう な もの を かいて いる。
「どう だ? ユンベ は ねられた かい?」
「…………」
「ナカノ まで おくって ゆく かな。 アンシン しな」
「ねえ、 ここ は どこ?」
「ここ か、 ここ は カンダ ミトシロ-チョウ さ……」
 テガミ を かきおわる と、 リュウザン は あつい クチビル で フウ を しめして、 「さて、 これ で イナカ の カミサン も ゴアンシン だ」 と、 たちあがる なり、 ウラ の コマド を あけ、 イバリ を 2 カイ から とばした。
 ねて いた ケイキチ には その コマド が よく みえた。 クモ の キョライ を みて いる と、 ケイキチ は、 クモ が ヒトツヒトツ いきて いる よう に おもえた。
「なぜ、 クモ は ういたり はしったり する の?」
「クモ かい? さあ、 ケムリ だ から かるい ん だろう……」
 ケイキチ は ガッコウ へ いって センセイ に きく に かぎる と おもった。 ヒ が あたって いい テンキ の せい か、 ケイキチ は カワ の ニオイ の する ランドセル が なつかしく なった。
「ボク、 やっぱり ねえ、 シブヤ の オバサン とこ へ かえろう……」
「シブヤ? よしきた。 どこ だって おくってって やる よ。 どうせ ヒルマ は アソビ だ もの……」
 リュウザン は タモト の ソコ を コゼニ で ちゃらちゃら オト させながら、 ケイキチ を つれて オモテドオリ へ でた。 ケイキチ は、 ぬれた クツ が きもちわるかった が、 アタリ が さわやか なので、 じき わすれて あるいた。 フタリ は デンシャドオリ に ある イチゼンメシヤ に はいった。 まず カベ に ――アサメシ テイショク 8 セン―― と でて いる の が ケイキチ に よめた。
「テイショク 2 ニン-マエ くんなっ」
 リュウザン が イセイ よく どなった。
 その テイショク と いう やつ が ワカメ の ミソシル に ウズラマメ に シンコ と メシ で、 リュウザン は ケイキチ の メシ を すこし へずる と、 まるで ウマ の よう に オト を たてて たべた。
「コゾウ! うまい か?」
「…………」
 ケイキチ は ただ メ で うなずいた。 うなずきながら、 ヘンジ を しいられる こと が なんとなく いや だった。 だが メシ も ミソシル も ケイキチ には うまい。 ウズラマメ の あまい の は、 ながい アイダ あまい もの を クチ に しない ケイキチ に とって、 テンゴク へ のぼる よう な ウマサ で あった。
 メシヤ を でて、 すぐ シデン へ のった。 リュウザン は ココロ の ウチ で シャクハチ でも ふいて いる の か、 こつり こつり クビ で ヒョウシ を とって いる。
 ソウガイ を みて いる ケイキチ の メ の ナカ に だんだん キオク の ある マチ が はしって くる。 ――シブヤ の シュウテン で おりる と、 リュウザン は ヒナタ に メ を しょぼしょぼ させて、
「じゃ、 サヨナラ する ぜ。 おぼえてる かい? おぼえてたら、 また あそび に おいで よ……」
 と いった。 ケイキチ は びっくり した よう な カオ を して リュウザン を みあげた。 「あそび に おいで よ」 と シンセツ な こと を いって くれた の は、 オトナ で この オトコ が はじめて で あった から――。
「ああ」
 ケイキチ は ありがとう を いいたかった の だ が、 なんとなく それ が いえない で はしりだした。
 ハナヤ が ある。 コロッケ-ヤ が ある。 ケイキチ は その ロジ へ カタアシ で ぴょんぴょん ドブイタ を ふんで はいって いった。 ツキアタリ の 2 カイ の テスリ には、 シンイチロウ を だいて セ を むけた カンゾウ が、 つくねん と して いる。
「ただいま」
 と コウシ を あける と あきれた よう な ヒロコ が、
「まあ、 いや な コ だねえ、 ヒト に さんざ シンパイ させて…… アナタ! ケイ ちゃん かえって きました よっ」
 と、 ほっと した ヨウス で 2 カイ へ どなった。

 11

  タ の ムギ は タリホ うなだれ
  イバラ には あかき ミ じゅくし
  オガワ には コノハ みちたり
  いかに おもう わかき オミナ よ

「ああ いかに おもう、 ノザキ スミコ よ、 か……」
 カンゾウ は、 ひろった ハンドバッグ の ナカ から、 ニオイ の いい コンパクト を だして、 ハナ に あてながら ストルム の シ を うたった。 ツマ には ない わかい オンナ の ニオイ だ。 シンイチロウ は ぽかん と して チチオヤ の ヨウス を みて いる。
「アナタッ! ケイ ちゃん かえって きました よっ」
 せわしく あがって きそう な ヒロコ の コエ だ。 カンゾウ は、 やにわに ハンドバッグ を フトコロ へ しまった。 いつも ゲンコウ の タバ を しまいつけて いる ので、 ふくれた フトコロ も めだたない。
「へえ! ユウベ は どこ へ とまった ん だ? シンブンシャ の ところ から キュウ に いなく なった じゃ ない かっ」
 カンゾウ は メダマ を ぱちぱち させて シタ へ おりて くる なり、 ケイキチ に アイズ を する。 で、 ケイキチ は、 オジ と わかれて から の ハナシ を しなければ ならない。
「へえ、 ずいぶん シンセツ な ヒト も ある もん ね。 シャクハチ を ふく ヒト なの かい?」
「…………」
「タニンサマ だって そんな シンセツ な オカタ が ある ん だ のに、 テメエ は どう だ。 チ の つながった オイ じゃあ ない かよ。 ええ? それ を さあ、 アネキ へ イジ を はって、 ホウボウ へ あずけよう と する から、 こんな マチガイ が おきる ん だ」
「そんな こと は どうでも いい わ…… なにも、 ケイボウ が いなく なった から って、 サケ を のんで へべれけ に なって かえる こと は ない でしょう…… アト で、 どう なの か、 ケイ ちゃん に きいて みます よ、 あやしい もん だ から ねえ」
「ヨケイ な こと を きかなくて も いい よ。 コドモ は テンシン なの だ から ね……」
「へへっ だ! ――だって、 ケイ ちゃん は ドウブツエン へ つれてって やって も、 サル ドウシ が オンブ しあってる こと ちゃんと しってて、 カオ を あからめる ん です もの、 もう テンシン じゃ ない わよ」
「バカッ! バショ を かんがえて いえ よ。 ――はやく ケイボウ に メシ でも たべさせて やりっ」
「しらばくれて、 ナン です かっ、 ワタシ が なんにも しらない と おもって…… みな しって ます よ」
「しってたら なお いい じゃ ない か、 オレ が トラ に なって かえった から って、 なにも テメエ が しってる って いばる こたあ ない だろう……」
「とにかく いい わよ、 アト で ケイキチ に きいて みます から ねえ……」
「ケイキチ! こんな バカ な、 オバサン に ヨケイ な こと いう と ショウチ しない よ。 いい かい、 ええ? そのかわり オジサン が キンギョバチ かって やる よ、 ほしい って いったろう……」
「まあ、 そんな カネ あったら、 シン ちゃん の シャツ を かって やります よ。 ケイボウ ケイボウ なんて ナン です か! ヨワミ が ある ん でしょう? ――ホントウ に、 しんだ ニイサン そっくり で、 フクロウ みたい な メダマ…… ケイ ちゃん には ツミ は ない けど、 いや に なっちゃう わ……」
「あ、 あ、 アキビヨリ で、 スガコウ なぞ は ハイキング と しゃれてる のに、 アサ から フウフ-ゲンカ か、 こっち が いや に なる よ。 ――シン ちゃん も おいでっ、 シャツ かって やる よ」
 カンゾウ は、 ヒロコ の ヨウス を うかがって いる ケイキチ の アタマ を おして シンイチロウ を せおう と、 どんどん ロジ の ソト へ でて いった。
「いい かい、 オバサン に なんでも だまってん だよ」
「…………」
「おい、 こら、 わかった の か、 わからん の か?」
「うん、 でも、 あの オカネ を つかっちゃった ん だろう?」
「ううん いい ん だよ。 オジサン アシタ は たくさん オカネ が はいる ん だ から かえし に いく よ。 わかったろう……」
 ガラス-ヤ の マエ には、 アオイロ で そめた ガラスバチ が でて いた。 ケイキチ は それ を ユビ で おさえて、
「これ が いい」
 と いった。

 12

 キンギョバチ は あおくて、 うすく すけて いて、 ソラ へ もちあげる と クモ が うつって いる。 ケイキチ には すばらしい ガラス の ツボ だ。 ケイキチ は それ を ノゾキメガネ に して、 ひろがった ソラ を みながら、
「ねえ、 ソラ は どうして あんな に あおい の?」
「ソラ かい?」
「うん」
「さあ、 ナニ か で ソラ の あおい こと を よんだ が…… タイキ の ナカ に いる ビリュウシ って もの が さ、 スイジョウキ に なって さ、 その ビリュウシ の タクサン な リョウ が、 むくむく かさなる と、 あんな に あおい ソラ に なる ん だ と……」
「ビリュウシ って あおい もの なの?」
「メンドウ だな、 オジサン だって、 ホントウ は おぼえて や しない よ。 ビリュウシ って の は ねえ…… ほら、 ウミ の ミズ だって すくって みる と あおく ない けど、 どっさり だ と あおく なる じゃ ない か、 ねえ、 オマエ の その ハナミズ も そう だよ……」
 ケイキチ は ずるり と ハナジル を すすった。
「さあて、 キンギョバチ かったら ヨウヒンヤ に まわって、 シンコウ の シャツ を かって やらなくちゃ、 オバサン おこる から ねえ」
「あの あおい フクロ の オカネ で かう の?」
「ヨケイ な こと を いわん でも いい よ。 オジサン が ちゃんと アシタ は もって いく ん だ から……」
 シンイチロウ は ハチ の ハラ の よう な ダンダラ の シャツ を かって もらった。
「さあ、 シンコウ、 ずいずい ズッコロバシ を うたって かえろう や」
 ケイキチ たち が いさんで ロジ の ナカ へ かえって ゆく と、 ヒロコ は アケッパナシ な ゲンカン に たって いて、 キミ の わるい ほど な キゲン の いい カオ で にこにこ わらって つったって いた。
「アナタ!」
「ナン だっ」
 カンゾウ は コイ に つよい カオ を して みせた。
「アナタッ、 300 エン 300 エン…… 300 エン よ」
「なんの こと だ、 あわてくさって、 ええ?」
「ケンショウ が あたった のよ」
「ほう…… どこ だい?」
「まあ、 ノンキ だ。 そんな に ホウボウ ココロアタリ が ある の?」
「ヨケイ な こと いいなさんな。 テイシュ を いつも バカ に ばかり して いる から テイシュ だって、 ホウボウ へ ココロアタリ を つけとく んさ……」
 カンゾウ は、 ヒロコ から テガミ を うけとる と、 そそくさ と 2 カイ へ あがり、 すぐに シタク を して おりて きた。
「また、 キノウ みたい に、 へべれけ に なって かえっちゃ こまります よ。 いい? ヤチン だって コンゲツ は すこし かためて はらわない じゃ、 おっぱらわれそう だし、 わかりました か?」
「あああ だ、 キミ の カオ を みる と、 ヤチン の セイキュウショ に みえて シカタ が ない よ。 ま、 とにかく、 オレ の ルス には、 シナソバ の 10 パイ も たべて ノンキ に まって いなさい。 ええ?」
 カンゾウ が ゲンキ よく、 オウライ へ でて ゆく と、 ヒロコ は オチツキ の ない ヨウス で、 キョウダイ の マエ に すわった。 ケショウスイ も カミアブラ も とうの ムカシ に カラッポ だ。 ああ はやく 300 エン に オメ に かかって あれ も これ も…… ねえ シン ちゃん と いいたい キモチ で、 ヒロコ が ふりかえる と、 ケイキチ も シンイチロウ も、 ウラ の ヒンジャク な サワラ の カキネ の シタ で、 さかん に ドロ を こねかえして いる。
「シン ちゃん! あんまり、 ばばっちい こと しちゃ ダメ よっ」
 ゲンカン を あけっぴろげて おく と、 ちいさい カガミ の ナカ へ まで、 ロジ の ウエ の ソラ が うつって みえる。 ――ケイキチ が オンナ の コ だったら、 ジョチュウ-ガワリ に でも おいて やる の だ けれど、 ……ナン に して も 300 エン は タイキン だ。 ヒロコ は アブラケ の ない ばさばさ した カミ に クシ を とおしながら、 サクヤ もって かえった、 オンナモチ の あおい ハンドバッグ が キ に かかって シカタ が なかった。
「ちょっと みせて よ」
 と いったら、 あわてて しまいこんで しまった けれど…… ヒロコ は おもいだした よう に キュウ に たちあがる と、 ドロイジリ して いる ケイキチ へ、
「ケイ ちゃん、 ちょっと おいで、 ちょっと で いい の……」
 と、 ウラグチ から ケイキチ を よびたてた。

 13

 ホシ の きれい な バン で、 アタマ の シン が いたく なる ほど、 ケイキチ は 2 カイ の マド から あおむいて ソラ を ながめた。
 シタ では、 ハイキング に いった ナカ の オバ の スガコ が、 ノギク や あかい ミ の ついた キ の エダ を ミヤゲ に して、 ヒロコ と はなしこんで いる。
「デンキ つけて……」
 シンイチロウ が、 つまらなく なった の か、 テスリ から はなれる と、 ケイキチ に デンキ を つけて と せがんだ。 ツクエ は チャブダイ-ガワリ に シタ へ おりて いる ので、 フミダイ に なる もの が なにも ない。
「うん、 デンキ よか、 ホシ の ほう が ぴかぴか して いる よ、 シン ちゃん、 ボク が アメリカ を みせて やる から おいで よ……」
「アメリカ」
「ああ とても よく みえる よ、 あかるくて コッキ が いっぱい でてて さ……」
 ケイキチ が、 シンイチロウ の ワキ の ほう へ テ を まわして かかえあげる と、 シンイチロウ の ムネ の ドウキ が ことこと はげしく なって いる。
「こわい かい」
「うん」
「こわか ない よ……」
 かかえあげる と、 シンイチロウ が テスリ に アシ を ふんばった ので、 おおきな オト を たてて どすん と、 フタリ とも シリモチ を ついた。
「ナニ、 オイタ してる のっ! どすん どすん あばれて、 ホコリ が おちて くる じゃ ない のう」
 ケイキチ は クビ を ちぢめた。 シンイチロウ は わざと、 アシ を タタミ に なげつけた。 ケイキチ は びっくり して、 シンイチロウ の ウエ へ ウマノリ に なった が、 くらい ヤミ の ナカ で、 シンイチロウ の カオ の ウエ へ、 ジブン の カオ を もって ゆく と、 ちちくさい イキ が、 ソヨカゼ の よう に ケイキチ の ノド へ ふいて きた。 ケイキチ は とおい もの を さがしあてた よう に、 シンイチロウ の クチビル の ウエ へ、 ジブン の ヒタイ を おしつけた。
「グリグリ ボウズ、 グリグリ ボウズ……」
 と、 ちいさな コエ で ささやきながら、 ケイキチ は、 シンイチロウ の ワキノシタ を くすぐった。 くすぐりながら、 フタリ は ころころ ころげまわった。 ケイキチ は つめたい タタミ の ウエ を シンイチロウ と ころがりながら、 アクビマジリ に ナミダ が あふれた。
「おい! オイタ してる と、 きかない よっ」
 2 カイ の ハシゴダン の ウエ から、 ヒロコ の カオ が ナマクビ の よう に のぞいた。 シタ では、 スガコ の やさしい コエ で、
「コドモ だ もの ほっときなさい よ」
 と、 アネ を たしなめて いる、 ぽつん と した コエ が きこえる。
「マックラ だね? ねむい ん なら、 フタリ とも おりて いらっしゃい。 その ヘン を ばらばら に して いる と オジサン に しかられる よ」
 ケイキチ は また クビ を ちぢめた。
 シタ では、 スガコ が、 ボタンイロ の ジャケツ に クロ の ジャージー の スカート を はいて、 ヨコズワリ に なった まま で、
「そりゃ もちろん、 ネエサン が ダラシ が ない のさ、 だけど、 オンナ って もの は 30 に なったって、 アンタ の いう よう な、 そんな フンベツ なんて つかない と おもう わ。 しかも、 5 ネン も ヒトリ で いた ん です もの、 コドモ なんか かまって られない と おもう の……」
「ボセイアイ なんて もの は なくなる かしら?」
「ボセイアイ? ジョウダン じゃ ない わ、 そんな こと は アンタ みたい に ゴテイシュ の ある ヒト の いう こと さ、 ――あんな に まだ ワカヅクリ で、 むちむち してん です もの、 クロウ してる キモチ わかる わよ……」
「おやおや ヒトリモノ の くせ して、 よく サンジュウ オンナ の キモチ が おわかり に なります ねえ?」
「わかる も わからない も、 ホントウ の こと よ。 レン ちゃん だって、 そう だわ。 たった 17 だ けど、 あんな に なって、 コドモ の くせ に いっぱし ニョウボウ キドリ で、 ……いちばん、 アンタ を バカ に して いる くらい よ」
「へえ、 ワタシ を バカ に? いつ あった の?」
「ううん、 ちょっと たずねて きた ん だ けど…… まるきり かわって しまって ねえ、 クロウ は してる らしい けど、 ヒトリモノ の アタシ の ほう が、 よっぽど うらやましかった わよ」

 14

 9 ジ が うった。
 カンゾウ は まだ かえらなかった。 あつらえた シナソバ が ホントウ に 10 パイ ばかり も ならんだ。
「こんな に ゴチソウ に なって すまない わ」
「ナニ いってん のよ、 さあ、 シンコウ も ケイ ちゃん も たんと おあがり よ」
 ケイキチ は チャワン を かかえあげて、 ユゲ で ホオ を ぬらしながら、 あおい ハンドバッグ の こと を しらない で おしとおした こと に キ が ひけながら、 ソバ を たべた。 ちいさい デンキ の シタ に、 ヨッツ の おおきな カゲ が ヘヤ いっぱい に かさなりあって、 イットキ しずか に ソバ の オト を させて いた が、 ヒロコ が おもいだした よう に、
「アンタ も、 レン ちゃん を うらやましがらない で、 はやく ケッコン したら いい じゃ ない の?」
「うふっ…… ナニ を おもいだしてん の、 さ、 ワタシ は ワタシ よ。 いまに もっとも よき ヒト を えらんで ね」
「トウ が たって は オシマイ だ から……」
「まあ、 ありがとう! 3 ニン の いい ミホン が あります から、 せいぜい リコウ に たちまわる わ……」
「バカ! ところで かんがえてる ん だ けど、 4 ニン の ウチ で ワタシ が いちばん ビンボウショウ かも しれない わね。 ――サケノミ で、 ノンキ そう で ウワキモノ の テイシュ を かかえて さ、 おまけに、 ぼんやり した コドモ を ぶらさげてて、 イッショウ に イチド、 アンタ みたい に、 ヤスコウスイ でも いい から ふりかけて みたい よ ホントウ に……」
「ヒニク ねえ……」
「ん、 そ、 そう じゃ ない さ、 つくづく テイシュ って もの もって みて、 オンナ って もの の リコウサ カゲン が よく わかった のよ」
「だって、 ニイサン は、 あれ で シン は しっかり して いる わ、 ケイボウ の オトウサン みたい だ と こまる じゃ ない の? あれ も いけない、 これ も いけない って いう から、 ニイサン が なくなっちゃう と、 ネエサン は イッペン に わかがえって、 ムスメ の ヤリナオシ みたい あまく なっちまって さ……」
「けっきょく、 ワセ も オクテ も ダメ で、 アンタ みたい なの が いい って こと でしょ」
「あら、 いや だあ、 ジョウダン でしょ。 ワタシ だって ジョウネツ が あれば、 レン ちゃん の テツ を ふむ くらい なんでも ない けれど…… ショクギョウ なんか もってる と、 そうそう オトコ の ヒト ヒトメ みて、 イチズ に やれない から なの、 ――でも そろそろ ホントウ は こまってん のよ。 24 にも なって、 べつに ショジョ を ダイジ に してる って の じゃ ない けど、 いまさら その ヘン へ ちょっと やすやす すてられ も しない し……」
「もてあまして いる?」
「まったく、 ホントウ に そう なの ほほ……」
「いや な オスガ ちゃん だ……。 ところで、 トウサン、 どうした ん だろう? おそい わねえ」
 シンイチロウ は、 はや、 ヒロコ の ヒザ を マクラ に ねむりこけて いる。 リンカ では トケイ が 10 ジ を うった。
「キノウ も デンワ が あった けど、 ねえ、 ホントウ に こまる ん なら、 ワタシ が アシタ つれてって、 ネエサン の ヨウス、 どんな ふう か みて こよう か?」
「おがむ わ、 そうして よ、 なんだか ムシ が……」
 すかない と いおう と した が、 ケイキチ が、 やせた カゲ を しょんぼり カベ に はりつけさせて、 オバ たち の ハナシ を きいて いる ので さすが に ヒロコ も コトバ を にごした。

「ケイボウ が いちばん クロウ する ね」
 スガコ が、 そう いって たちあがった。 クチバイロ の クツシタ が ほっそり して いて、 ケイキチ の メ に うつくしく うつった。
「じゃ、 そろそろ かえろう…… ケイボウ つれて きましょう か?」
「たのむ わ」
 ヒロコ は、 シャツ の ない ケイキチ が カゼ を ひく と いけない と いって、 カンゾウ の ちぢんだ ナツ シャツ を、 ケイキチ の シタギ に きせて やった。
「さあ、 コドモ の うち は、 なんでも いいっ と、 じゃ、 2~3 ニチ して また きます。 ニイサン に よろしく。 タイキン が はいったら、 それこそ ヤスコウスイ でも かって ね」
 コムギイロ の アイ の ガイトウ を ひっかけた スガコ の アト から、 ケイキチ は、 ねむたげ な メ を して、
「さよなら」
 と いって コガイ へ でた。 ロジ には カゼ が でて いた。

 15

 カゼ が でて いて、 ケイキチ は、 あるく の が オックウ で あった が、 スガコ の アト から ねむそう に ひょこひょこ あるいた。
 シブヤ から ムッツメ だ か の タカダ ノ ババ で おりる と、 スガコ の アパート は センロ の みえる カワギシ に たって いた。 アパート と いって も、 イタヅクリ の 2 カイ-ダテ で、 もう かなり レキシ の ある カマエ だ。
「ケイ ちゃん は、 いっとう ダレ が すき?」
「…………」
「よう、 ダレ? いって ごらん よ」
 スガコ は あかい スリッパ に はきかえて、 ホコリ の ざらついた ハシゴダン を あがりながら、 シタ から あがって くる ケイキチ に たずねた。
「ええ?」
「カアサン……」
「へえ…… そう かねえ」
 スガコ は くりくり した アゴ の サキ を ヘヤ の カギ で かるく たたきながら、 ハハ と コ の アイジョウ は、 どんな に ソボウ で あって も、 かたく つながって いる もの だ と、 すこし ばかり カンシン しながら、
「ケイ ちゃん の オカアサン は、 レイコ ちゃん ばかり かわいがる じゃ ない の?」
 と いった。
「…………」
 ケイキチ は、 こたえる コトバ が ない の か だまって いた が、 おもいだした よう に、 ちいさい クチブエ を ふきはじめた。
 4 ニン の シマイ の ウチ、 スガコ だけ は ガクモン が すき で、 イナカ の ジョガッコウ も でて いた し、 ながい アイダ、 サダコ の イエ も てつだって いて、 アネ の ケッコン セイカツ には かるい シツボウ も かんじる ほど、 シッカリモノ だった。
 サダコ の カテイ や、 ヒロコ の カテイ の ヨウス を みて も、 ジブン が はやばや と ケッコン する には あたらない よう な キモチ を もって いた し、 よし、 ケッコン した ところ で、 マンゾク な コタエ は でて きそう も ない、 フシギ な サンジュツ の よう な ダンジョ の アイダ を、 スガコ は ネンレイ を かさねて いる だけ に、 キケン に かんじて きて いる の で あった。 「ダレ が すき か」 と いえば、 ハハオヤ が すき だ と ソッチョク に ケイキチ は いった が、 はて、 ジブン は、 コキョウ を すてて でて きて いる し、 リョウシン は とっく の ムカシ に なくなって いた し、 なんとなく イロイロ な オトコ の カオ も うかんで きた が、 こころざむい サビシサ ばかり で、 すき で シヨウ の ない カオ と いう もの が うかんで こない。
「もう、 そろそろ さむく なる わね」
 ヘヤ へ はいって スイッチ を ひねる と、 スガコ の ボタンイロ の ジャケツ が ケイキチ の メ に きれい に うつった。 ハハ の サダコ に つれられて ヒルマ 2~3 ド は きた こと が あった が、 よふけて きた の は はじめて で、 ケイキチ は、 ヒロコ の イエ より は キガル な もの を かんじ、 まずしい ながら も ちゃんと くって だけ は ゆける スガコ の ヘヤ の アタタカサ に、 ケイキチ は キュウ に、 だまって ねころんで しまいたい よう な タノシサ に なった。
 スガコ は、 ケイキチ の ハハオヤ に いちばん よく にて いて、 ボタンイロ の ジャケツ を ぬぐ と、 ひろい ムネ が キタグニ の オンナ-らしく チチイロ に さえざえ して いた。 ケイキチ は まぶしい もの を みる よう に、 タタミ へ はらばって、 ちらかって いる フジン ザッシ を ながめだした が、
「ケイ ちゃん、 ここ の ボタン を はずして、 ううん?」
 センタク シタテ の スリップ の セナカ の ボタン が かたく ボタンアナ に しがみついて いて はなれない ので、 フイ に しゃがみこんで ケイキチ の マエ に、 しろく ひかった セナカ を もって きた。 わかい オバ の なんでも ない シグサ に ケイキチ も なんでも ない キモチ で カラダ を おこした けれども、 ミョウ に クチビル の アタリ が ゆがんで ユビサキ が ふるえた。 オトナ の よう な ヒョウジョウ にも なりうる。 スガコ には、 コドモ の そんな ヒョウジョウ なんか みえない。 とにかく 「すき な ヒト」 に こだわって しまって、 ジムショ の オトコ の レンチュウ を かんがえて も みた が、 どの オトコ たち も、 「ねえ」 と ムコウ から テ を さしだして くれば、 はじらった カッコウ だけ は して みせる くらい、 どの カオ も そう きらい では ない。 カラダ は ジュフン を まって いる 9 ブ-ザキ の ハナ の よう な もの で、 スガコ は、 ケイキチ の つめたい ユビ が セナカ に ひやひや する たび、 キ の とおく なる よう な モノオモイ に ココロ が はしって いった。
 コガイ の カゼ が だんだん カザアシ が つよく なった。

 16

 ふと、 ケイキチ が メ を さます と、 オバ は まだ よく ねむって いた。 クチビル の スキマ から、 しろい マエバ が のぞいて いる。 ケイキチ は、 アサ の ヘヤ の ナカ を ひとわたり ぐるり と みわたして、 また オバ の セナカ へ くっついて ねむって みた が、 キュウ に ハハオヤ の ニオイ が うかんで きた。 スガコ の むきだした カタ の アタリ に アゴ を もたせかける と、 ハハオヤ に あいたく なって、 ツブツブ な ナミダ が、 みひらいた メ から わく よう に あふれた。
 サイジツ なの か、 ハナビ が トオク で はじけて いた。
「ナカハシ さん! ナカハシ さん オキャクサマ です よっ」
 アパート の カンリニン が、 トビラ を ノック して いる。 ケイキチ は、 すぐ ナミダ を ふいた。 スガコ は ビックリ ニンギョウ の よう に おきあがる と、 ユカタ の ネマキ の まま トビラ を あけ に たった。 オバ が でて いった フトン の ナカ は ぬくぬく して キモチ が いい。
「なあん だ、 びっくり する じゃ ない のっ、 ナニ? アサッパラ から……」
「ダレ か オキャクサマ?」
「オキャクサマ? ああ オキャクサマ よ、 いい ヒト……」
「へえ! めずらしい……」
「バカ に してる。 だから、 フリョウ ショウジョ だ って いう のさ」
「もう いい わよ。 フリョウ フリョウ って、 どっち が フリョウ さ…… ヘヤ へ はいって いい の?」
 レンコ が たずねて きた の だ。 スガコ は コウジンヤマ の スギ の キ の よう な みだれた カミ の まま で 1 ケン の カーテン を あけた。 カゼ が しずまって いる。 ショウセン デンシャ が、 コウガイ の ほう へ むかって、 いっぱい ふくらんで はしって いる。
「ナン だっ、 ケイ ちゃん か……」
 ケイキチ は フトン から アタマ を だして、 レンコ に うすく わらって みせた。
「オスガ ちゃん は あいかわらず カタジン だ……」
「トウヘンボク って いう ん だろう?」
「いいや、 ――コノゴロ、 やっぱり オスガ ちゃん みたい なの が よく なった わ」
「サンセキ シ、 どう なの? かわいがられて ビンボウ すん の いい じゃ ない か。 テナベ を さげて オクヤマズマイ って こと も ある……」
「いや よっ! かわいがって なんか くれ や しない わ、 ハジメ の うち だけ……」
「ごちそうさま……」
「ダメ よ、 ひやかしちゃあ…… コトシ こそ は なんとか ニュウセン させて…… すこし おちつきたい って いってる のよ……」
「じっさい、 サンセキ フサイ と きたら、 アキヤ ばっかり さがしてる じゃ ない か、 で、 また、 オヒッコシ で、 この アパート セワ しろ って ん じゃ ない の? まっぴら よ」
「ひどい わ。 キョウダイ の いる ところ へ おかしくて こせます かっ、 ……って りきんで みた ところ で シカタ が ない けれど、 ホントウ は、 ワタシ、 サンセキ の ところ を にげて きた の……」
「まあ!」
「ホントウ よ」
「おどかしちゃ いや だよ、 ええ? アト で すずしい カオ する ん だろう?」
「いや だわ、 そんな の じゃ ない わ。 ねえ、 おちつきたい って いう から、 ワタシ、 すこし の アイダ だ けど、 カフェー に つとめたり して、 ずいぶん つくした ん だ けど…… ルス の アイダ に、 わかれた オクサン と アイビキ なんか してる ん です もの ねえ」
 ケイキチ は ながい アイダ の シュウカン で、 おきあがる と、 フトン を きちんと たたんだ。 フタリ の オバ の ハナシ を それとなく ミミ に いれて いた が、 よく は わからない。 ただ、 ヒロコ に よく にて いる レンコ の カオ が、 ミョウ に ロウジン-くさく なって しまって、 スガコ の ほう が ナナツ も トシウエ なのに、 ひどく つやつや して いる。 ケイキチ は、 よく しゃべる オバ たち を みて いた。
「さあ、 ま、 いい から、 ユ が わいたら さ、 コウチャ でも いれて てつだいなさい」
 スガコ は キョウダイ の マエ に すわって カミ を とかしはじめた。
「そいで、 コンド こそ ケッシン した の……」
 そう いって レンコ は、 ガス の ソバ へ いって コウチャ を いれながら、 おもいだした よう に、
「オトコ って わかんない わ」
 と いった。
「そんな に はやく オトコ が わかって いる くせ に ね……」
 スガコ が クシ を もった テ を たたいて、 くっくっ わらいだした。

 17

 ケイキチ が、 スガコ や レンコ に つれられて、 ハナビ の ぽんぽん のぼって いる コガイ へ でた の は ヒル ちかく で あった。
「なにも、 わかれた オクサン に あって いた から って、 あやしい って もん じゃ ない でしょ、 ねえ フウフ に なって、 いちいち ハラ を たててちゃ シカタ が ない」
「そりゃあ、 オスガ ちゃん が ケッコン して みない から だわ、 マエ の オクサン に あってて ハラ を たてない オンナ って ない わよ……」
「そう かねえ……」
 おのおの、 レンコ に して も、 ヒロコ に して も ジブン の ゴテイシュ を いっぱし ウワキモノ に かんがえて いる だけ、 テンカ タイヘイ なの だ と、 ヨイドレ の カンゾウ や、 アキヤ ばかり さがしあるいて いる ヒト の いい サンセキ の こと を おもいだす と、 なんとなく こころぼそい キ も する。
「ショウショウ は ホカ の オンナ の ヒト にも なんとか いわれる ん で なきゃ、 ゴテイシュ に して も ハリアイ が ない だろう……」
 スガコ が イッシ はなった。 レンコ は おどろいた よう に クチビル を あけた。 ヒトヅマ に なった とは いって も ネ が 17 サイ の ショウジョ だ。 だまりこんで しまった。
 ショウセン で ナカノ の エキ へ おりる と、 デンシンタイ の ヨコ の サクラ が だいぶ ハ を ふりおとして いて、 アキゾラ が おおきく ひろがって いる。 ケイキチ には それ が なつかしかった。
 キョウ は ガッコウ は ヤスミ なの だろう。 ヒロバ で、 ガッコウ トモダチ が むれて あそんで いる。 ときどき トオク の ムレ の ナカ から、 「タザキ くん!」 と コドモ たち が ケイキチ を よんだり した。
 ケイキチ は あかく なりながら、 それでも なつかしそう に、 オバ たち の アト から ふりかえって は にやり と わらって みせた。 どこ の ニワ にも キク の ハナ が さいて いて、
「コウガイ も ここ は いい わね」
 と レンコ が いう と、 スガコ は クツ の サキ で コイシ を けりながら、
「ここ だって シナイ だよ」
 と いった。
 ケイキチ は ワガヤ へ、 ヨッカ-ぶり に かえって きた の だ けれども、 まるで 1 ネン も みなかった よう な、 とおい キョリ を かんじる の で あった。
 いそいで ゲンカン を あける と、
「おや、 ヒトリ かい?」
 と いって、 ヌレテヌグイ を もった ハハオヤ が でて きた。 フロ から かえった ばかり と みえて、 エリ の アタリ が ほんのり しろく なって いる。 ケイキチ は かえって きた こと を しかられそう な、 おずおず した メ で、
「ううん」
 と いった。
「まあ、 アンタタチ なの…… キンギョ の ウンコ みたい に ぞろぞろ して……」
 ゲンカン には、 おおきな オトコ の ゲタ が ぬいで あった。 フロ から アガリタテ で サクランボウ の よう に あかく なった レイコ が オク から はしって きた。
 サダコ は、 ゲンカン へ つったった まま イモウト たち へ あがれ とも いわない。
「ヒロコ ネエサン が ね、 ケイボウ を つれてって、 ヨウス を きいて くれ って いう もん で……」
「そう、 じゃ、 ケイキチ おいて らっしゃい、 なにも、 ヨウス なんか アンタタチ に はなす こと ない じゃ ない のさ……」
「おこってん の?」
 スガコ が キュウ に むっと して いった。
「おこって や しない けど、 つれ に いく まで おいて くれて も いい じゃ ない の…… キョウダイガイ も ない ねえ」
「ナニ よう いってん のう、 ユガエリ か ナニ か で のんびり してて さ、 ジブン の コドモ を イモウト の ショタイ へ アズケッパナシ で…… なにも ねえ、 ヨウス を きく って の は、 オトコ の ヒト が いる の か いない の か を さぐり に きた ん じゃ ない わよ」
「まあ、 いい わよ オスガ ちゃん!」
 レンコ が キュウ に おろおろ した。
「ほっといて よ オレン ちゃん! いう だけ は いわなくちゃあ、 ええ? ユウベ は ケイボウ は ワタシ の ところ で とまる し、 その マエ の バン は、 カンダ の シャクハチ を ふく ヒト の イエ に セワ に なったり して、 ヒロコ ネエサン とこ だって、 フタバン も あずかって さ、 フウフ-ゲンカ まで おっぱじめたり した のよ…… そんな ジャマ な コ だったら コジイン に でも やったら いい でしょう!」
 ケイキチ は カイ の よう に かたく なった。

 18

 オバ たち が ぷりぷり して かえって ゆく と、
「ケイキチ!」
 と、 ハハオヤ の ドセイ が アタマ の ウエ で やぶれた。 ウワメ で みあげる と、 ハリガネ の よう に そりあげた マユ を つりあげて、 サダコ が ショウジ に もたれて いる。
「オマエ の よう な コドモ は どっか へ いって しまう と いい ん だ。 ヒトツ と して ろく な こたあ ありゃあ しない。 ――オカアサン を いじめりゃ いい キモチ なん だろう! ええ? そう なん でしょ……」
 ケイキチ は だまって うなだれて いた。 シマイ には クビ が いたく なって しまった。 アシモト を アリ の タイグン が つっきって いって いる。 アリ の オヒッコシ かな、 ケイキチ は そう おもいながら、 いたい クビ を そっと シタ へ おろしかける と、
「バカ!」 と、 いって、 ヨコツラ が じいん と する ほど はりたおされた。
「ええ? どこ まで ずうずうしい コ なん だ! オヤ が ナニ か いって いる のに、 ジメン ばっかり みつめて さ…… カアサン、 オマエ の よう な シロッコ みたい に ほうけた コ なんか すてっちまう よっ」
 やわらかい スアシ が、 ゲンカン の おおきい ゲタ の ウエ に おりた か と おもう と、 ケイキチ は ネコ の コ の よう に エリクビ を つかまれた まま ひきずられて、 タタキ の ウエ へ ずどん と ころんで しまった。 ころぶ と ドウジ に、 おもいがけない オオゴエ が でて、 ナミダ が ほとばしる よう に あふれた。 サダコ も、 ケイキチ の オオゴエ に びっくり した の か、 ちょっと ぎくっと した カタチ で あった が、 コウシ を びしっと しめる と、 ないて いる ケイキチ を ひきおこして、
「おおきな ナリ して バカ だね、 もう いい よ。 かえされた もの シカタ が ない じゃ ない かね。 ホントウ に バカ で しょうがない よ…… さ、 オクツ ぬいで おあがり、 ええ?」
 トオク で コドモ たち の ウタゴエ が きこえて くる。 イエ の ヨコ の ポプラ の オチバ が、 コウシド の ガラス に ばらばら と あたって おちて ゆく。
 コエ を あげて ないて いる と、 ヒャク の オシャベリ を した より も ムネ が すっと して、 ケイキチ は あきれて つったって いる ハハ の アシモト で、 あまえる よう に、 おおん おおん と コエ を たてて ないた。
「どうした ん だ?」
 チャノマ から、 ハナ の アタマ の ぎらぎら して いる オトコ が でて きた。 その アト から、 イモウト の レイコ が、
「オニイチャン ないてる よ」
 と、 はしって オトコ の テ へ つかまった。
「おおきい くせ に、 から、 イクジ が なくて ねえ……」
 さすが に、 サダコ も キ が とがめた の か、 「ああ」 と タメイキ を ついて ウエ へ あがった。
「おい、 コゾウ! さ、 なきやめてっ、 ええ? テ でも あらって、 レイ ちゃん と あそんで おいで よ」
 ケイキチ は なく こと に くたびれた けれども、 コエ を たてる こと は キモチ の いい こと なので やめなかった。 フシギ な こと に コエ を たてて いる と、 ナミダ が アト から アト から あふれでて くる。
「まあ、 いい わ、 ほっとき よ……」
 サダコ は、 オトコ に そう いわれる と、 しぶしぶ オク へ はいって いった が、 レイコ だけ は、
「ニイチャン、 なかなくて も いい よ」
 と おおきな ゲタ を はいて、 ケイキチ の ソバ へ しゃがんだ。 ケイキチ は うるさい よ と いった カッコウ で にらみつけた。
「バカヤロウ!」
 ケイキチ が そっと レイコ の カラダ を おした。 リョウテ に 5 セン-ダマ を ヒトツ ずつ にぎって いた レイコ は、 ぐらぐら と する ヒョウシ に、 その 5 セン-ダマ フタツ を タタキ の ウエ へ なげちらした。
 ケイキチ は それ を アシ で けった。
「いや よっ! いや だあよ ってば……」
 レイコ が たちあがって ホオ を しかめそう に なる と、 ケイキチ は、 やにわに その 5 セン ハクドウ を ひろって、 がらがら と コウシ を あけて コガイ へ でて いった。
「ニイチャアン! バカヤロッ!」
 レイコ が ジダンダ を ふんで ケイキチ より も たかい コエ を あげて なきたてた。

 19

 どっか で ヤキュウ でも して いる の か、 かあん と タマ を うつ ソラナリ が して いる。 ケイキチ は ヒサシブリ に ランドセール を カタ に して いさんで あるいた。
 コウモン を くぐる と、 コウテイ の ツルバラ など は ムシクイ-だらけ の ハダカ に なって しまって、 キ と いう キ は おおかた ハ を ふりおとして いた。
 ピアノ の オト が きこえて くる。 キョウシツ に はいる と、 オンナ の コ たち は てんでに シュクダイ の リヤ オウ モノガタリ を よんで いた。 ケイキチ の ガクネン は 3 キュウ も あって、 テンコウシャ の おおい キュウ だけ ダンジョ コンゴウ で あった。 フク キュウチョウ の アエバ ヨシコ と いう うつくしい ムスメ が、 ケイキチ を みて にこにこ たちあがって きた。
「タザキ さん、 ずいぶん おやすみ なすった のね、 キョウ は シケン が あん のよ…… ダイ 14 カ の リヤ オウ モノガタリ ね、 あれ を よまされる のよ……」
 ケイキチ は はにかんで、 ランドセール を おろす と、 さっそく トクホン を だして みた。 まだ カネ が ならない ので キョウシツ は ドウブツエン の よう に にぎやか だった。
「タザキ くん! どっか いった のう?」
「このあいだ ねえ、 ハンノウ へ エンソク だった ん だよ……」
 オトコ の コ たち も、 ケイキチ の ソバ へ あつまって きた。
 ケイキチ は キュウチョウ だった ので、 ルス の アイダ の こと を、 おもしろそう に がやがや と オシャベリ に くる の だ。
「ねえ、 そいから センセイ が おかわり ん なった の、 オンナ の センセイ よ。 とても いい センセイ なの よ……」
「ニシウチ センセイ は?」
「コウベ の ほう へ いらっした ん ですって……」
 オンナ の コ たち に みぢかく かこまれる と、 ケイキチ は あかく なって ポケット に リョウテ を つっこんだ。 とつぜん ヒョウキン な タグチ シチロベエ と いう サカヤ の コドモ が、
「ダイ 14 カ、 リヤ オウ モノガタリ、 リヤ オウ は もう 80 の サカ を こえた うまれつき はげしい キショウ の うえ に、 トシ と ともに オイ の キミジカサ が くわわって ちょっと した こと にも おこりやすく なって いた。 それに キンライ は めっきり ゲンキ が おとろえて、 もう セイム にも たえられなく なって きた。 オウ には ゴリネル、 リガン、 コルデリヤ と いう 3 ニン ムスメ が あった……」
 と、 ジマン そう に ロウドク を はじめた。 すると、 フク キュウチョウ の アエバ ヨシコ が、
「ああら ちがう わよっ、 ゴリネル じゃ ない でしょ? ゴネリル に リガン に コーデリヤ でしょ。 タグチ さん は ハヤクチ だ から ダメ だわ」
「へっ! だ。 ナマイキ いってらあ、 ゴリネル だって いい ん だよ だ。 はやく よんじまえば わかりゃ しない さ……」
「まあ、 にくらしい、 ワタシ、 ちがいます って、 マツモト センセイ に もうしあげる から いい わ……」
「オンナ の くせ に ナン だい! ナマイキ な、 シロメ の タイショウ が すき なん だろう」
「しどい わねえ、 ええ いい わよ! いい わよお だ…… ナン です かねえ?」
 ケイキチ は うつくしい フク キュウチョウ に のぞきこまれる と、 トマドイ した ハト みたい に メ を ぱちくり させた。
 あっちこっち の ツクエ が だんだん にぎやか に なって きて、 おのおの オンドク を はじめだした が、 タグチ シチロベエ は フクシュウ が つんで いる の か シラクモ アタマ を ふりたてて おおきい コエ を はりあげて よんだ。
「……イカリ と シツボウ と コウカイ と に ミ も タマシイ も くだけはてた オウ は、 ワレ にも あらず コウヤ の スエ に さまよいでた。 その ヨル は フウウ に ともなって ライメイ デンコウ ものすさまじい ヨル で あったっ……」
「ナニ? ちょっと、 ジマン そう に、 コエ だけ たててん のよ。 イミ なんか わかり ゃ しない のよ、 この ヒト……」
 アエバ ヨシコ が、 シタ を だして タグチ シチロベエ を からかった。
「ナン だ とっ! もう イッペン いって みろっ、 コヨイ の コテツ は チ に うえて いる、 メ に モノ みせて くれる ぞっ!」
 と いう が はやい か、 ヒチョウ の よう に、 アエバ ヨシコ に とびついて いった が、 ツクエ が ジャマ で、 タグチ シチロベエ は ついに ツクエ の ウエ に ドログツ の まま たちあがった。 ちょうど、 コウテイ では シギョウ の カネ が、 がらん がらん と すずしく なりはじめて いる。

 20

 チョウレイ の タイソウ も おわって、 コウチョウ センセイ の クンワ が はじまる コロ、 ハ の まばら に なった コウテイ の サクラ の コズエ に、 モズ が きゃっきゃっ と いった ナキゴエ で よびたてた。 モズ は、 キ の テッペン で なく トリ だ と ケイキチ は ダレ か に おそわった こと が あった。 よく みて いる と、 ショシュウ に とんで くる ミソサザイ が、 ちょん、 ちちちっ と きぜわしく とびはねて いる が、 しんだ イナカ の ソボ が、 「ミソサザイ が くる と、 ユキ が ふる だよ」 と いった こと を おもいだして、 アキ は いい なあ、 と ケイキチ は おもわず ソラ を みあげた。
「おい、 ヨソミ を して は いかん!」
 セナカ で テ を くんで いる タイソウ の キョウシ が、 ウシロ から やって きて ケイキチ の ウシロクビ を つついた。 ミナ、 くすくす と わらった。 ケイキチ は あかく なって うつむいた。
 チョウレイ が すむ と、 ケイキチ は ジブン の キュウ の セントウ に たって キョウシツ に はいって いった。
 びゅうびゅう クチブエ を ふく モノ や、 ショウカ を うたう モノ、 トクホン と クビッピキ の モノ、 フクシュウ を して なかった と、 なきそう に なって いる モノ や、 まるで キョウシツ は マメ が はぜた よう だ。 ケイキチ は キ が よわくて、
「セイシュク!」
 と いう コエ が かけられなかった の だ が、 フイ に フク キュウチョウ の アエバ ヨシコ が、
「ミナサン! セイシュク に して くださいっ!」
 と どなった。
 ちょっと の アイダ しずか に なった が、 ダレ か が スミ の ほう で、
「すげえ なあ」
 と カンタン の コエ を もらす と、 ツナミ の よう に ミナ が どっと わらいだした。 トリトメヨウ も ない ほど、 ワライゴエ が つづいた。 ケイキチ は、 ますます ちいさく なった。 タグチ シチロベエ は キョウダン に あがって、
 ――しずか に せよ――
 と ハクボク で コクバン に かいた。 すると、 また ワライゴエ が もりかえって きて、 フロヤ の よう に ツクエ を たたいて うたう モノ が でて きた。
 ジョセイト たち の ほう では、
「こまる わねえ、 オトコ の セイト って きらい だわ……」
 と ぐちぐち こぼしはじめた が、 やがて、 アエバ ヨシコ は ナニ を おもった の か、 つかつか と キョウダン に あがって、
 ――オトコ の セイト きらい――
 と かいた。
 マド が ひらいて、 ひときわ ソラ が たかく すんで いる せい か、 きいろい ジャケツ を きた アエバ ヨシコ は、 かがやく よう に うつくしく みえた。 ガラスゴシ に、 トウハツ が シュス の よう に ひかって いる。
 アエバ ヨシコ が キョウダン から おりよう と する と、 タグチ シチロベエ が キョウダン へ どんどん あがって いって、
 ――オンナ の セイト すき――
 と かいた。 ミナ どっと わらった。
「あら、 センセイ よっ!」
「センセイ が いらっした よ、 アエバ さん はやくう!」
 トビラ が すうっと ひらいた。
 タグチ シチロベエ は やにわに コクバンケシ を つかんだ が まにあわなかった。 アエバ ヨシコ は そっと ツクエ に かえった。
 ケイキチ は たちあがる と、
「キリツ!」
 と ゴウレイ を かけた。
 シラクモ アタマ の タグチ シチロベエ は コクバンケシ を もった まま チョクリツ フドウ の シセイ を とった。
 ムゾウサ に エリモト で カミ を つかねた イロ の しろい センセイ は、 コクバン の ジ を みる と、 キュウ に カオ を あからめて、
「アナタ が こんな イタズラ を かいた の?」
 と タグチ シチロベエ に きいた。
 タグチ シチロベエ は しょげて しまって だまって いた。 センセイ は、 また ――オトコ の セイト きらい―― と かかれて いる ほう を みて ビショウ しながら、
「さあ、 その コクバンケシ を センセイ に おかえし して、 セキ に おつきなさい」
 と、 しずか に キョウダン に あがって いった。 ケイキチ には、 あたらしい センセイ が ひどく こうごうしく みえる。 タグチ シチロベエ は アタマ を すぼめて おりて いった が、 シチロベエ が セキ へ つく と、 ケイキチ は おおきい コエ で、
「チャクセキ!」 と ゴウレイ した。
「アナタ が キュウチョウ さん です か?」
 ケイキチ は あかく なって うなずいた。 センセイ は、 コクバン の ほう へ むく と、 まず アエバ ヨシコ の かいた ――オトコ の セイト きらい―― から しずか に けして いった。

 21

「フクシュウ して きました か?」
 センセイ は コクバン を けしおわる と、 ツクエ の ウエ の ホン の ページ を ぱらぱら と くって、
「アエバ さん、 ダイ 14 カ の 66 ページ を あけて、 4 ギョウ-メ から よんで みて ください」
 アエバ ヨシコ は たちあがる と コエ を はりあげて、
「キョウ は オマエタチ に ヒトツ きいて みたい こと が ある。 オマエタチ の ウチ で ダレ が いちばん この チチ を ダイジ に おもって くれる か。 ワシ は それ が しりたい の だ。 まず アネ の ゴネリル から いって みよ。 と たずねた。……」
 ハリ の ある いい コエ で、 ケイキチ は うっとり と ききとれて いた。 いつか、 アエバ ヨシコ が、 ガクゲイカイ の セキ で、 カマクラ を アンショウ して よみあげた こと が あった が、 じつに いい コエ で あった。

  ユイ の ハマベ を ミギ に みて
  ユキ の シタミチ すぎゆけば
  ハチマングウ の オンヤシロ

 の アタリ など は、 カノジョ の トクイ の ところ らしく、 ケイキチ は イマ でも アエバ ヨシコ の フリソデ スガタ を おもいだす の だ。
「はあ、 そこ ん ところ で ツギ に キュウチョウ さん に よんで もらいましょう。 キュウチョウ さん は、 なんて いう オナマエ?」
「…………」
 ケイキチ が あかく なって いる と、 アエバ ヨシコ が、 おとなびた モノイイ で、
「タザキ ケイキチ さん て おっしゃいます」
 と いった。
「そう、 タザキ さん、 では その 72 ページ の、 アエバ さん の ツギ から よんで ごらんなさい……」
 すると たちあがった ケイキチ は、 すっかり あわてて、 ナンギョウ-メ だったろう と、 72 ページ を くった が、 やたら に、 「オウ は オトコナキ に ないた」 と いう ところ だけ が メ に はいって きた。
 ダレ か ウシロ の ほう で、
「イカリ と シツボウ と コウカイ と……」
 と、 いって くれて いる。 ケイキチ は ますます うろたえて しまった。 どの ギョウ を みて も、 「イカリ と シツボウ と」 の カツジ が ない の だ。
「タザキ さん は おやすみ に なった の です ね。 じゃ、 ホカ の カタ に よんで もらいましょう……」
 ケイキチ は そっと セキ へ ついた。 ワキ へ アセ が にじんだ。 いちばん マエ に いる キンガン の ナカハラ と いう コ が たって よんだ。
「イカリ と シツボウ と コウカイ と に ミ も タマシイ も くだけはてた オウ は……」
 トクホン へ メ を すえる と、 ちゃんと ジブン の ショウメン へ その カツジ が ならんで いる。 そっと メ を あげる と、 センセイ は メ を とじて たって いた。 ケイキチ は、 イッペン も フクシュウ しなくて も、 すらすら よめて いった。 まごまご した ジブン が くやしかった。
「はいっ、 その くらい で、 すこし カキトリ でも して みましょう か?」
 センセイ は、 ミナ に ザッキチョウ を ださせた。
「ゴホン は みんな ふせて しまって、 よう ござんす か、 リヤ オウ は もう 80 の サカ を こえた……」
 あまい コエ で あった。 オオゼイ の エンピツ の オト が すっすっ と はしって いる。
「アネ フタリ は すでに、 です よ、 すでに さる キゾク に かし、 イモウト は かねて フランス オウ の キサキ に なる こと に きまって いた……」
 しんと しずまりかえった ロウカ を こつこつ ダレ か あるいて きて いる。
 トビラ が ひらく と、 コヅカイ の ジイサン が、
「センセイ、 この クミ に タザキ ケイキチ と いう コドモ さん は おります かな?」
 と たずねた。
「タザキ? ああ キュウチョウ さん でしょう、 います よ」
 エンピツ の オト が とまった。 ケイキチ は どきり と した。
「ちょっと オカアサン が、 キュウヨウ が ある そう で なあ、 あわてて きて いなさる で……」
「そう、 じゃ そっと いって らっしゃい」
 センセイ は たちあがった ケイキチ の カタ を おして、 トビラ の デグチ へ つれて いった。 ケイキチ が でて ゆく と、 センセイ は また コエ を はりあげて、
「リョウチ を ゆずる ヒ に、 オウ は ムスメ たち を メンゼン に よんで……」
 と たのしそう に ロウドク する の で あった。

 22

 ガッコウ へ なんぞ きた こと の ない ハハオヤ が、 なんの ヨウジ で わざわざ ケイキチ を たずねて きた の か、 ケイキチ は フアン で しかたなかった。
 コヅカイベヤ では サダコ が、 オオヒバチ に しゃがみこんで あたって いた。
「まあ、 オツカイダテ したり して、 ホントウ に すみません」
 コヅカイ に セジ を いう と、 サダコ は すぐ たちあがって、
「ケイ ちゃん、 ちょっと」
 と、 ケイキチ を、 ソト へ つれだした。 コウテイ では フタクミ ばかり の タイソウ が あった。 ポプラ の キ の シタ に くる と、 サダコ は しろい フウトウ を だして、
「ねえ、 オカアサマ ね、 しばらく の アイダ だ けど、 キュウシュウ へ いって こなくちゃ ならなく なった の。 オジサン、 ゴショウバイ が ダメ に なって しまって ねえ、 とても、 タイヘン なの よ。 それで、 ちょっと の アイダ だ けれど、 この テガミ もって、 ヒロコ オバサマ の とこ へ いって いる の、 シン ちゃん の オモリ を して あげて、 すこし の アイダ だ から おとなしく まって いらっしゃい、 わかった? ええ」
「…………」
「コンド は ケイ ちゃん、 つれて ゆけない のよ。 ねえ……」
「とおい の?」
「ああ とおい の、 だけど すぐ かえって くる から…… この テガミ タイセツ なの よ、 いい?」
 ケイキチ は うなずいた。 サダコ は さすが に しょんぼり して いる ケイキチ を みる と、 なんとなく ココロ いたい もの を かんじた が、
「じゃ、 オキョウシツ へ いって らっしゃい。 カアサン が、 いい もの を ケイ ちゃん へ おくって あげよう ね」
「ガッコウ、 また おやすみ すん の?」
「さあ、 オバサマ に ソウダン して、 あの チカク の ガッコウ へ いく よう に して も いい でしょ」
「かえれ って いわない?」
「かえれ って いった かい?」
「ううん、 いわない けど……」
「それ ごらん、 だいじょうぶ だよ、 それで カンゾウ さん は、 ケイ ちゃん と ナカヨシ だ もの ねえ」
 タイソウ の クミ では ツナヒキ が はじまった。 オーエス、 オーエス と サケビゴエ が あがって いる。
 サダコ が かえって ゆく と、 ケイキチ は しろい フウトウ を シャツ の ポケット へ いれて キョウシツ へ かえって きた が、 キョウシツ では リヤ オウ が ゲキ に くまれて、 アエバ ヨシコ が、 オトコ の コエ で リヤ オウ を えんじて いた。 アエバ ヨシコ の リヤ オウ が あんまり うまい ので、 ケイキチ が キョウシツ へ はいって きて も ダレ も ふりむかなかった。
 センセイ は ヒ が シマ に なって ながれこんで いる マド に もたれて、 メ を つぶって タイワ に ききとれて いる。
 ヤスミ の カネ が たかく なりひびいた。
「センセイ、 タグチ さん いけません のよっ」
「さあ、 カネ が なりました から オシマイ に しましょう。 では、 この ツギ に、 リヤ オウ の タイワ を ソラ で できる よう に よく フクシュウ して いらっしゃい。 それから、 カキトリ も オサライ して くる ん です よ」
 センセイ が、 ハカマ を さばいて キョウダン へ あゆんで ゆく と、 ケイキチ は、
「キリツ!」
 と いって たちあがった。
「レイ」
 ダレ か、 くすくす わらって クビ を さげて いる よう だった が、 レイ が すんで も センセイ は、 つったった まま でて ゆかなかった。
「タザキ さん と、 アエバ さん と ちょっと のこって ください、 アト は ソト へ でて あそぶ こと……」
 ケイキチ と アエバ ヨシコ と が のこった。 センセイ は イス を ひきよせて こしかけながら、
「さあ、 こっち へ いらっしゃい! センセイ が かわる と、 ミンナ の キモチ が ゆるむ もの です けれど、 アナタタチ は キュウチョウ さん と フク キュウチョウ さん です から、 センセイ を たすけて しっかり して くださらない と いけません よ。 アエバ さん も、 フク キュウチョウ さん でしょ。 コクバン なんか に イタズラ しない よう に……」
 ケイキチ も アエバ ヨシコ も あかく なった。

 23

「タザキ さん の オウチ から、 なんの ゴヨウジ で いらっしゃった の?」
 と センセイ が、 ケイキチ の シャツ の ボタン を はめて やりながら きいた。
「…………」
 ケイキチ は だまって いた。 やさしい センセイ に、 ジブン の カテイ の ハナシ を する こと は メンドウ でも あった し、 かわいらしい アエバ ヨシコ が くりくり した メ を して ビショウ して いる ので、 なんと ヘンジ を して いい か わからなかった。
「ドナタ か ゴビョウキ?」
「いいえ――」
「キュウチョウ さん は ずいぶん おとなしい のね」
 そう いって センセイ が たちあがる と ケイキチ は、 また この センセイ にも きらわれて しまった よう な、 さびしい キモチ に なりながら、 ジブン の ツクエ へ いって ぽつん と コシ を かけた。 アエバ ヨシコ は センセイ の ハカマ へ もつれる よう に くっつきながら センセイ と イッショ に ロウカ へ でて いって しまった が、 あきらか に、 ケイキチ は、 ジブン の コドクサ を かんじる の で あった。 ウンドウジョウ では、 マリ の よう に コドモ たち が はずんで いる。
 ケイキチ は おちつかなかった。 ――ケイキチ は ショウゴ の ジカン に なる と、 センセイ へ だまって、 ランドセール を せおった まま ウラモン から ソト へ でて いった。 はやく かえって、 どんな に して でも キュウシュウ とか いう、 とおい トチ へ つれて いって もらおう と おもった の だ。 もう ココロ の ナカ では、 「カアサン、 カアサン」 と ナキゴエ を あげて いた。
 ヒバ の カキネ に そって はいって ゆく と、 イエ の ナカ が しんと して いる の が ケイキチ に よく わかった。 ケイキチ は ウラグチ へ まわって みた。 アマド が とざされて いる。 フシアナ から のぞいて みた が、 ナカ は マックラ だった。 ケイキチ は ニワ へ たった まま トホウ に くれて しまった が、 ジブン の カゲ が イッスン-ボウシ の よう に スイチョク に おちて いる ソバ に、 いつか の ウエキバチ が メ に ついた。 こつん と アシ で ける と、 ごろごろ と ウエキバチ が ころんで いって、 その アト には メス の コオロギ が しなびた よう に なって はって いた。 ちいさい オス は、 ウエキバチ の アナ から でも にげた の で あろう。 ケイキチ は しゃがんで、 ヒモノ の よう に なった メス を とりあげる と、 1 ポン 1 ポン ぴくぴく して いる アシ を むしって みた。
「カアサアン!」
 ヘンジ が なかった。
「カアサン てばあ……」
 アタリ が しんと して いる ので、 コエ は ジブン の カラダジュウ へ ふりかかって きた。
 おおきい コエ で、 ふたたび ケイキチ は、
「カアサン!」
 と よんで みた が、 コエ が ノド に つかえて、 あつい もの が メ の フチ に あふれでて きた。 ホントウ に ミナ で キュウシュウ へ いって しまった の に ちがいない。 ケイキチ は、 ランドセール に しまいこんだ しろい テガミ の こと を おもいだす と、 いよいよ ジブン ヒトリ すてられて しまった よう な カナシサ に なった。
 ちいさな カゼ が ふく たび、 からから と コノハ が ちって きて、 ダレ も いない と なる と、 ジブン の イエ が たいへん ちいさく みえる。
 ケイキチ は ハラ が すいた ので、 ランドセール から ベントウ を だして クツヌギイシ に コシ を かけて ベントウ を ひらいた。 ベントウ の ナカ には、 ケイキチ の すき な サケ が はいって いた が、 めずらしい こと に ユデタマゴ が うすく きって いれて あった。
 その タマゴ を みる と、 ハハオヤ は ジブン を おいて ゆく こと に きめて いた の に ちがいなかった の だ と、 また、 あたらしく ナミダ が あふれた。
 ベントウ が おわる と、 ケイキチ は イドバタ へ まわって、 ポンプ を おしながら、 ミズ の デグチ へ クチビル を つけて ごくごく のんだ。 ミズ を のんで いる と、 まだ その ヘン で、 「ケイキチ!」 と ハハオヤ が よんで くれそう な キ が して、 ハハオヤ が しじゅう つかった ポンプ-オシ の にぎる ところ を、 そっと かいで みた。 つめたい カナモノ の ニオイ が する きり で ハハオヤ の ニオイ は しなかった。 ケイキチ は ランドセール を カタ に する と、 ナツ の ハジメ に やって くる ワカメウリ の コドモ の よう な キ が して、 なんだか モノガタリ の ナカ の ショウネン の よう に かんがえられだして きた。

 24

 ショウセン で、 ケイキチ が シブヤ の エキ へ おりる と、 カイサツグチ を でて ゆく カンゾウ の スガタ が メ に とまった。 カンゾウ は ハナモヨウ の ハオリ を きた わかい オンナ の ツレ が あった。
「オジサン!」
 ケイキチ は はしって いった が、 カンゾウ は オンナ の ヒト と ネッシン に ナニ か はなして いる らしく、 ふりかえり も しない で ずんずん あるいて いった。 ケイキチ は カイサツグチ で キップ を かえして コバシリ に おって みた が、 ランドセール が、 がらがら オト が する ので、 キマリ が わるく なって たちどまったり した。
 だが、 おおきな アマグリヤ の マガリカド まで くる と、 ツレ の オンナ の ほう が ひたと アユミ を とめて しまった。 カンゾウ は、 くらい カオ を して ときどき ジメン を みたり トオク を ながめたり して いる。
 よびとめて いい の か、 わるい の か、 ケイキチ は おずおず した が、 カンゾウ と ミチヅレ に なって オバ の イエ へ ゆけば、 なんとなく はいりいい よう な キ が した。
「オジサアン!」
 それでも、 ケイキチ の コエ が ちいさい の か まだ きこえない よう だ。 やがて、 カンゾウ と ツレ の オンナ は、 ヨコチョウ へ まがって レコード の なって いる キッサテン へ はいって いった。 トビラ の ナカ から きれい な ネイロ が ながれて きた。
 ケイキチ は まって いて やろう と おもった。 で、 オジ たち の でて くる アイダ、 ラジオ-テン の マエ へ、 ぼんやり たって みた。 デンキ の カサ や デンキ アイロン や、 デンキ-ドケイ の かざって ある チンレツマド の ナカ は ケイキチ に とって たのしい もの ばかり で、 みて いる ハシ から イロイロ の クウソウ が わいた。
 ミセ の マエ には ちいさい ラジオ が すえて あって、 ケイザイ ニュース の よう な もの を ホウソウ して いた。 ミセ の ナカ には ダレ も いない ヨウス だった。 ケイキチ は、 そっと、 ラジオ を テ で こすって みた。 どこ に オト が たくわえて ある の か フシギ だった し、 まるで フキイド から ムゲン に あふれる オト の よう に、 ラジオ は よく オシャベリ して いる。
 くろい スイッチ が ミッツ ついて いた。 ヒトツ を ひねって みた。 コエ が やわらかく なった。 マンナカ の スイッチ を ひねって みた。 80 だの 90 だの と スウジ が かわって ゆく たび に、 コエ に ナミ が ついた。 ケイキチ は おもしろくて たまらなかった。 サイゴ に のこった スイッチ を ひねる と コエ が はたと やんだ。 ケイキチ は あわてて、 その スイッチ を かえし いちばん ハジメ に ひねった スイッチ を まいて みた が、 ジブン で おどろく ほど な、 おおきな ダクオン-だらけ で、 ケイキチ には テ の ホドコシヨウ も ない。 ロウバイ の オモモチ で、 ミッツ の スイッチ を、 あっちこっち ひねって みた が、 オト は デタラメ で、 ミセ の ナカ から、 びっくり した よう な コエ を たてて、
「バカヤロウ!」 と、 アタマ の はげた デンキヤ が とびだして きた。
 ケイキチ は ヨコチョウ へ かくれた が、 デンキヤ は まだ おっかけて きた。 ケイキチ は、 たまらなく なって、 オジ たち の いる キッサテン の ナカ へ とびこんで いった。
 カンゾウ は ホオヅエ を ついて いた が、 ケイキチ が ランドセール を せおった カッコウ で とびこんで きた ので、 おどろいて たちあがった。
「どうした ん だ? オバサン と きた の かい?」
「いいや……」
「どうした ん だ?」
「ラジオ-ヤ で イタズラ して しかられた ん だよ」
「どうして こんな とこ へ きた ん だ?」
「エキ ん とこ で、 めっけた から、 よんだ ん だ けど わからなかった ん だよ…… まってた の……」
「そいで、 ラジオ-ヤ ひやかしてた ん だな」
 カンゾウ は、 「ああ びっくり した」 と いった カオツキ で、 コシ を おろした が、
「サワザキ さん、 サッキ の ハナシ、 フカイ に おもわない で ください」
 と いった。 サワザキ と いわれた オンナ は、 にっこり して、
「まあ、 この カタ が、 あの ハンドバッグ を ひろって くださいました の? よく おでき に なる らしい のね」
 と、 ジブン の マエ に あった カシ を つつんで、 ケイキチ の よごれた テ に そっと もたせて くれた。

 25

 サワザキ と いう オンナ の ヒト と わかれて、 カンゾウ と フタリ で あるきだす と カンゾウ は、
「あああ」
 と タメイキ を ついて、
「ケイキチ、 イマ の オンナ の ヒト すき か?」
 と、 たずねた。
「…………」
「どう だ、 カンジ の いい ヒト だろう、 ええ?」
「うん」
「オバサン に、 オンナ の ヒト と あるいて いた なんて、 そんな こと を いっちゃ ダメ だよ」
「ああ」
 ケイキチ は、 カシ を くれた オンナ の ヒト が、 ハンドバッグ を おとした ヒト だった の だな と おもった。 ヒジョウ に きどって いる よう な ヒト だ と おもった。 カンゾウ は まるで、 ウキゴシ の よう な ふわふわ した アルキカタ を して いた が、 ふと、
「オバサン へ オツカイ で きた の かい?」
 と たずねた。 オツカイ と たずねられる と、 ケイキチ は キュウシュウ へ いく と いって ガッコウ へ やって きた ハハオヤ を おもいだして、 ムネ が いたく なった。 しろい テガミ と 50 セン-ダマ を ヒトツ もらった が、 その しろい テガミ や 50 セン-ダマ を もらった ため に、 ハハオヤ とは イッショウ あえない よう な キ が する の で あった。
「ねえ、 カアサン は キュウシュウ へ いく って いった ん だぜ。 ガッコウ から はやく かえって みた ん だ けど、 ウチジュウ ルス なの だ もの……」
「へえ、 キュウシュウ へ いく って? いつ?」
「もう、 いっちゃった ん だよ」
 ケイキチ は セナカ の ランドセール を おろして、 ハハ から の しろい テガミ を だして、 オジ へ わたした。
「……そう か、 ま、 いい や」
 カンゾウ は フウ を ひらいて、 ナカ から テガミ を ぬきだした が、 その テガミ の ナカ には 10 エン サツ が 1 マイ おりこんで あった。
「ケイキチ、 オカアサン は ホントウ に キュウシュウ へ いった らしい よ……」
「……キュウシュウ って とおい の?」
「ああ とても とおいい よ。 ナガサキ って ところ だ。 しってる かい?」
「ああ ミナト の ある ところ だろう?」
「そう だ」
 ケイキチ は、 チズ の ウエ で さえ も とおい ナガサキ と いう トチ を ココロ に えがいて、 はるばる と した もの を かんじた。
「あたらしい トウチャン と、 レイコ ちゃん と……」
 カンゾウ が なにげなく いいかける と、 ケイキチ は、 テノコウ で メ を こすりはじめた。
「バカヤロウ! なく ヤツ が ある か。 ケイボウ は よく できる ん じゃ ない か。 ええ? ゲンキ を だして、 ひとつ、 うんと ベンキョウ して、 ミンナ を びっくり させて やれ よ……」

  カゼ と ナミ と に さそわれて
  キョウ も ゲンコウ かいて いる……

 ケイキチ が、 ひどく しょげて いる の を みて、 ユウキ-づけて やろう と おもった の か、 カンゾウ が ハナウタ マジリ に うたいだした の だ が、 ケイキチ は、 ナミダ より も ひどい シャックリ が でて こまった。
「そんな に さびしがるな、 ええ? オジサン だって、 ナンジャ、 モンジャ だ。 わかる かい? おもしろい だろう。 さびし さびし って いう ん だ。 しっかり しろ!」
 しっかり しろ と いわれて も、 なかなか シャックリ は とまらなかった。
「ヘン な シャックリ だなあ、 ぐっと イキ を のみこんで ごらん よ。 ぐっと おおきく……」
 コロッケ-ヤ と ハナヤ の マエ へ きて も シャックリ が とまらなかった。 カンゾウ の イエ では シンイチロウ が バンザイ を して むかえて くれた。
「まあ、 ケイボウ、 また きた の かい?」
 マエカケ で ヌレテ を ふきながら でて きた ヒロコ は、 めだって あざやか な ホオベニ を つけて いた。
「ネエサン は とうとう ミヤコオチ だぜ」
「ミヤコオチ?」
「おちゆく サキ は キュウシュウ サガラ とか なんとか いわなかった かね。 ――とうとう、 ミズショウバイ が ミ に つかず さ、 キュウシュウ へ いって いったい ナニ を する の かねえ……」

 26

「だけど、 それ は ホントウ でしょう か?」
「ホントウ にも なんにも、 ほれ、 これ を みて ごらん よ。 ええ? 10 エン サツ フウニュウ して あります。 よろしく おねがい します さ。 ネエサン に すれば、 ケイボウ だって かわいい さ、 ハラ を いためて うんだ コドモ だ もの ねえ……」
「かわいければ なにも……」
「つれて いけば いい って いう ん だろう。 だけど、 ネエサン に すれば ミ は ヒトツ さ、 コドモ だって かわいい が、 つれそって みれば ゴテイシュ も かわいい と なったら、 キミ は どう する?」
「いくら あたらしい オット が いい ったって、 コドモ は はなしません よ」
「それ は、 マトモ な こと だよ。 だけど、 オット が その コドモ を いやがったら こまる じゃ ない か」
「そんな ムリ を いう オット は もちません よ」
「そう か、 そう する と、 さしずめ、 オレ は ムリ を いわぬ、 いい ゴテイシュ だな」
「ナン です か、 すこし ばかり ケンショウキン もらった と おもって いやに ハナイキ が あらくて……」
「まだ 300 エン もらえなかった こと に こだわって いる の だろう? あたらしい ザッシシャ だ もの、 50 エン でも もらえれば、 もって コウフク と せにゃ ならん」
「ああ いや だ いや だ……」
 ヒロコ は、 ケイキチ の ほう へ ミムキ も しない で、 ダイドコロ の ほう へ おりて いった。
 ケイキチ は ショザイ が ない ので、 ハシゴダン の アガリグチ に コシ を おろして ツメ を かんで いた が あいかわらず シャックリ は とまらない。
 カンゾウ は、 カンゾウ で また ハラバイ に なって、
「オレ だって、 こんな セイカツ は いやいや なん だ」
 と おおきい コエ で どなった。
「そう でしょう…… アナタ が いや だ って こと は、 この 2~3 ニチ、 ワタシ に よく わかって います よっ」
「おおきな クチ を きくなっ」
「そんな こと を おっしゃる けれども、 ちゃんと わかる ん です から…… アナタ の キモチ なんて……」
「うん、 それで、 ホオベニ なんぞ つけて キゲン とって いる ん だな?」
「あら いや だ、 わかい オンナ に いう よう な ジョウダン は いわない で ください!」
「ジョウダン か、 ま、 オンナ って ヤツ は、 ツゴウ の いい よう に ばっかり リクツ を くっつけたがる、 キミョウ な もん だ。 ――ケイキチ! でて おいでっ」
 ケイキチ は、 さっと して たちあがった。
 ヒロコ は、 ホオ を ふるわせて すわりこんで いた が、 ケイキチ が、 ショウジ の カゲ から ぼんやり でて くる と 「ナン です かっ、 ケイキチ ケイキチ と いって さ」 と、 アシオト あらく、 2 カイ へ とんとん あがって いった。
 オジ の ソバ へ つったって いる と フシギ に シャックリ が とまった。
「オバサン は よく おこる ねえ」
「ボク が きた から だろう?」
 カンゾウ は おどろいた よう な メ を して、 ケイキチ を みあげた が、
「シンパイ するな、 オジサン が アト に ひかえて いる。 ――コドモ の くせ に、 ええ? こころぼそがる ヤツ が ある かっ」
「…………」
「ああ、 オジサン だって、 まごまご しちゃ いられない ん だ。 ケイボウ も オジサン も うんと ベンキョウ して さ、 ねえ、 ――そこ の タバコ を とって くれ よ」
 ケイキチ は ギンガミ の はみでた バット を ヘヤ の スミ から とって きて やった。
「キュウシュウ って とおい の?」
「キュウシュウ か、 そりゃっ とおい さ…… いきたい か?」
「…………」
「カアサン が いちばん いい ん だろう……」
「だって、 あの オジサン の いない とき には、 カアサン、 うんと ボクタチ、 かわいがる よ」
「いまに、 レイコ ちゃん と かえって くる さ、 まてる だろう?」
 ケイキチ は ココロ の ナカ で、 「どこ で まてば いい か」 と ききたかった。

 27

 ケイキチ は シンイチロウ を モリ しながら、 ダレ にも あいされない で、 オジ の ちらかして いる ホン ばかり を よんで くらした。
 アンデルセン の エ なき エホン と いう ホン は、 そっと ジブン の ランドセール に かくして しまった くらい すき で あった。
 エ なき エホン を よむ と、 とんでもない レンソウ が わいて、 とおい ナガサキ に いった ハハオヤ を たずねて ゆきたく なった。 ――ナガサキ へ ゆく には、 フシギ な イロイロ な ミチ が ある の に ちがいない と おもった。

 ガッコウ で、 キ の テッペン に モズ が ないて いた とき の よう に、 よく はれた アサ で あった。
 ケイキチ は、 カッテ を して いる オバ や、 アサネ を して いる オジ たち に だまって、 ランドセール を せおった まま ほつほつ ニシ への ミチ へ むかって あるいた。
 アド バルーン が、 ツキ の よう な イロ を して のぼって いる。 ケイキチ は あるきながら、 だんだん こころぼそく なって きた が、 それでも ひきかえす キモチ は なかった。
 ただ、 ケイキチ の ココロ を かすめて ゆく もの は、 ガッコウ の ニワ の ケシキ や シンイチロウ が こわして しまった ガラス の ツボ の こと や、 ガレージ の 2 カイ の シャクハチフキ の ヘヤ の アリサマ など で、 ニクシン の こと と いえば、 やっぱり、 ハハ だけ が なきたい ほど、 なつかしい の で あった。
 ソラ が あおくって きれい だ。
 ジブン の マエ へ すすんで ゆく、 ハシラ の よう に ながい ジブン の カゲ を ふんで、 ケイキチ は、 ガッコウ へ ゆく とき の よう に ランドセール を ゆすぶりながら あるいた。
「おおいっ! あっ、 あぶないっ」
 ダレ か が ケイキチ の ウシロ から つきとばした。 ケイキチ は よろよろ 2~3 ポ マエ へ つんのめった が、 ゼンガクブ を があん と ミチ へ ぶつけた と おもう と、 アト は そのまま、 しばらく なにも オボエ が なかった。
 メ の ウエ に ウミ の よう な クウショ が みえる。 チ の スジ が ウズマキ の よう な モヨウ を つくって イロイロ に えがかれて いった。
「おおい!」
 ダレ か が よんで いる よう だ。 ウシロ から ワニ の よう な くろい もの が ケイキチ の セナカ を つきとおした。 ケイキチ は、 いたくて いたくて たえられなかった。 ジブン の マワリ に、 イロイロ な カオ の ニンゲン たち が、 テ を つないで、
「しっかり、 しっかり」
 と、 イキオイ を つけて くれて いる。
 だが ワニ の クチ が、 がりがり オト を たてて ケイキチ の ニク の ナカ に くいこまれる と、
「いたい よう!」
 ケイキチ は、 おもわず ウナリゴエ を あげた。
 ジブン の ウナリゴエ に、 おもわず マブタ を あける と、 しろい ヘヤ の マンナカ に、 ケイキチ は ヨコ に なって いた。 アンデルセン の モノガタリ の ナカ の よう に、 ちいさい ながら セイケツ な ヘヤ で、 ツキ の よう な わかい カンゴフ が フタリ も、 ケイキチ の マクラモト に たって いた。
 マクラモト には ウミ の よう に あおい ソラ だけ みえる マド が ヒトツ あった。
「いたい です か?」
 クチビル の きれい な カンゴフ が きいた。 ケイキチ は カオ を ゆがめよう と した が、 アタマ には ホウタイ が まいて ある らしく、 カオ が ゆがまなかった。
 テ も アシ も、 うごかせば、 すぐ ずきん ずきん と アタマ に ひびいた。 カンゴフ たち が、 マクラモト で、 マド の シタ を みて はなしあって いる。
「ウン が よかった のねえ、 ランドセール が ミガワリ に、 まるで オセンベイ みたい だった ん ですって……」
 ケイキチ は、 カシ の ギンガミ に する、 ナマリ を つんだ トラック に はねとばされた の で あった。
 ケイキチ は、 うつらうつら ウスメ の まま で また ふかい ネムリ に おちた が、 アタマ の ナカ に、 ウタ の よう な やわらかい カゼ が ふきこんで、 チョウチョ も コトリ も、 ワニ も、 クサバナ も、 タイヨウ も、 ケイキチ の ユメ の ナカ で、 エノグ が とける よう に、 ミズ の よう な もの の ナカ に それ が ひろがって いった。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...