2018/09/10

ネコ と ショウゾウ と フタリ の オンナ

 ネコ と ショウゾウ と フタリ の オンナ

 タニザキ ジュンイチロウ

フクコ さん どうぞ ゆるして ください この テガミ ユキ ちゃん の ナ かりました けど ホントウ は ユキ ちゃん では ありません、 そう いうたら むろん アナタ は ワタシ が ダレ だ か おわかり に なった でしょう ね、 いえいえ アナタ は この テガミ の フウ きって あけた シュンカン 「さては あの オンナ か」 と もう ちゃんと キ が おつき に なる でしょう、 そして きっと ハラ たてて、 まあ シツレイ な、 ………トモダチ の ナマエ ムダン で つかって、 ワタシ に テガミ よこす とは なんと いう あつかましい ヒト と、 おおもい に なる でしょう、 でも フクコ さん さっして ください な、 もしも ワタシ が フウトウ の ウラ へ ジブン の ホンミョウ かいたら きっと あの ヒト が みつけて、 チュウト で ヨコドリ して しまう こと よう わかってる の です もの、 ぜひとも アナタ に よんで いただこう おもうたら こう する より ほか ない の です もの、 けれど アンシン して くださいませ、 ワタシ けっして アナタ に ウラミ いうたり ナキゴト きかしたり する つもり では ない の です。 そりゃ、 ホンキ で いうたら この テガミ の 10 バイ も 20 バイ も の ながい テガミ かいた かて たりない くらい に おもいます けど、 いまさら そんな こと いうて も なんにも なり は しません もの ねえ。 おほほほほほほ、 ワタシ も クロウ しました おかげ で たいへん つよく なりました のよ、 そう いつも いつも ないて ばかり いません のよ、 なきたい こと や くやしい こと たんと たんと あります けど、 もうもう かんがえない こと に して、 できる だけ ほがらか に くらす ケッシン しました の。 ホントウ に、 ニンゲン の ウンメイ いう もの いつ ダレ が どう なる か カミサマ より ほか しる モノ は ありません のに、 タニン の コウフク を うらやんだり にくんだり する なんて ばかげて ます わねえ。
ワタシ が なんぼ ムキョウイク な オンナ でも ちょくせつ アナタ に テガミ あげたら シツレイ な こと ぐらい こころえて ます のよ、 それ かて この こと は ツカモト さん から たびたび いうて もらいました けど、 あの ヒト どうしても ききいれて くれません ので、 イマ は アナタ に おねがい する より シュダン ない よう に なりました の。 でも こう いうたら なんや たいそう むずかしい オネガイ する よう に きこえます けど、 けっして けっして そんな メンドウ な こと では ありません。 ワタシ アナタ の カテイ から ただ ヒトツ だけ いただきたい もの が ある の です。 と いうた から とて、 もちろん アナタ の あの ヒト を かえせ と いう の では ありません。 じつは もっと もっと くだらない もの、 つまらない もの、 ………リリー ちゃん が ほしい の です。 ツカモト さん の ハナシ では、 あの ヒト は リリー なんぞ くれて やって も よい の だ けれど、 フクコ さん が はなす の いや や いうて なさる と いう の です、 ねえ フクコ さん、 それ ホントウ でしょう か? たった ヒトツ の ワタシ の ノゾミ、 アナタ が ジャマ して らっしゃる の でしょう か。 フクコ さん どうぞ かんがえて ください ワタシ は ジブン の イノチ より も タイセツ な ヒト を、 ………いいえ、 それ ばかり か、 あの ヒト と つくって いた たのしい カテイ の スベテ の もの を、 のこらず アナタ に おゆずり した の です。 チャワン の カケ ヒトツ も もちだした もの は なく、 コシイレ の とき に もって いった ジブン の ニモツ さえ マンゾク に かえして は もらいません。 でも、 かなしい オモイデ の タネ に なる よう な もの ない ほう が よい かも しれません けれど、 せめて リリー ちゃん ゆずって くだすって も よく は ありません? ワタシ は ホカ に なにも ムリ な こと もうしません、 ふまれ けられ たたかれて も じっと シンボウ して きた の です。 その おおきな ギセイ に たいして、 たった 1 ピキ の ネコ を いただきたい と いうたら あつかましい オネガイ でしょう か。 アナタ に とって は ほんに どうでも よい よう な ちいさい ケモノ です けれど、 ワタシ に したら どんな に コドク なぐさめられる か、 ………ワタシ、 ヨワムシ と おもわれたく ありません が、 リリー ちゃん でも いてて くれなんだら さびしくて シヨウ が ありません の、 ………ネコ より ホカ に ワタシ を アイテ に して くれる ニンゲン ヨノナカ に ヒトリ も いない の です もの。 アナタ は ワタシ を こんな にも うちまかして おいて、 このうえ くるしめよう と なさる の でしょう か。 イマ の ワタシ の サビシサ や ココロボソサ に イッテン の ドウジョウ も よせて くださらない ほど、 ムジヒ な オカタ なの でしょう か。
いえいえ アナタ は そんな オカタ では ありません、 ワタシ よく わかって いる の です が、 リリー ちゃん を はなさない の は、 アナタ で なくて、 あの ヒト です わ、 きっと きっと そう です わ。 あの ヒト は リリー ちゃん が だいすき なの です。 あの ヒト いつも 「オマエ と なら わかれられて も、 この ネコ と やったら よう わかれん」 と いうてた の です。 そして ゴハン の とき でも ヨル ねる とき でも、 リリー ちゃん の ほう が ずっと ワタシ より かわいがられて いた の です。 けど、 そんなら なんで ショウジキ に 「ジブン が はなしと も ない の だ」 と いわん と、 アナタ の せい に する の でしょう? さあ その ワケ を よう かんがえて ゴラン なさりませ、………
あの ヒト は いや な ワタシ を おいだして、 すき な アナタ と イッショ に なりました。 ワタシ と くらしてた アイダ こそ リリー ちゃん が ヒツヨウ でした けど、 イマ に なったら もう そんな もん ジャマ に なる はず では ありません か。 それとも あの ヒト、 イマ でも リリー ちゃん が いなかったら フソク を かんじる の でしょう か。 そしたら アナタ も ワタシ と おなじ に、 ネコ イカ と みられてる の でしょう か。 まあ ごめんなさい、 つい ココロ にも ない こと いうて しもうて。 ………よもや そんな あほらしい こと あろう とは おもいません けれど、 でも あの ヒト、 ジブン の すき な こと かくして アナタ の せい に する いう の は、 やっぱり いくらか キ が とがめて いる ショウコ では、 ………おほほほほほほ、 もう そんな こと、 どっち に した かて ワタシ には カンケイ ない の でした わねえ、 けど ホントウ に ゴヨウジン なさいませ、 たかが ネコ ぐらい と キ を ゆるして いらしったら、 その ネコ に さえ みかえられて しまう の です わ。 ワタシ けっして わるい こと は もうしません、 ワタシ の ため より アナタ の ため おもうて あげる の です、 あの リリー ちゃん あの ヒト の ソバ から はよう はなして しまいなさい、 あの ヒト それ を ショウチ しない なら いよいよ あやしい では ありません か。………

フクコ は この テガミ の イチジ イック を ムネ に おいて、 ショウゾウ と リリー の する こと に それとなく メ を つけて いる の だ が、 コアジ の ニハイズ を サカナ に して ちびり ちびり かたむけて いる ショウゾウ は、 ヒトクチ のんで は チョク を おく と、
「リリー」
と いって、 アジ の ヒトツ を ハシ で たかだか と つまみあげる。 リリー は ウシロアシ で たちあがって コバンガタ の チャブダイ の フチ に マエアシ を かけ、 サラ の ウエ の サカナ を じっと にらまえて いる カッコウ は、 バー の オキャク が カウンター に よりかかって いる よう でも あり、 ノートル-ダム の カイジュウ の よう でも ある の だ が、 いよいよ エサ が つまみあげられる と、 キュウ に ハナ を ひくひく させ、 おおきな、 リコウ そう な メ を、 まるで ニンゲン が びっくり した とき の よう に まんまるく ひらいて、 シタ から みあげる。 だが ショウゾウ は そう やすやす とは なげて やらない。
「そうれ!」
と、 ハナ の サキ まで もって いって から、 ギャク に ジブン の クチ の ナカ へ いれる。 そして サカナ に しみて いる ス を すっぱ すっぱ すいとって やり、 かたそう な ホネ は かみくだいて やって から、 また もう イッペン つまみあげて、 とおく したり、 ちかく したり、 たかく したり、 ひくく したり、 イロイロ に して みせびらかす。 それ に つられて リリー は マエアシ を チャブダイ から はなし、 ユウレイ の テ の よう に ムネ の リョウガワ へ あげて、 よちよち あるきだしながら おいかける。 すると エモノ を リリー の アタマ の マウエ へ もって いって セイシ させる ので、 コンド は それ に ネライ を さだめて、 イッショウ ケンメイ に とびつこう と し、 とびつく ヒョウシ に すばやく マエアシ で モクテキブツ を つかもう と する が、 あわや と いう ところ で シッパイ して は また とびあがる。 こうして ようよう 1 ピキ の アジ を せしめる まで に 5 フン や 10 プン は かかる の で ある。
この おなじ こと を ショウゾウ は ナンド も くりかえして いる の だった。 1 ピキ やって は 1 パイ のんで、
「リリー」
と よびながら ツギ の 1 ピキ を つまみあげる。 サラ の ウエ には ヤク 2 スン ほど の ナガサ の コアジ が 12~13 ビキ は のって いた はず だ が、 おそらく ジブン が マンゾク に たべた の は 3 ビキ か 4 ヒキ に すぎまい、 アト は すっぱ すっぱ ニハイズ の シル を しゃぶる だけ で、 ミ は みんな くれて やって しまう。
「あ、 あ、 あいた! いたい や ない か、 こら!」
やがて ショウゾウ は トンキョウ な コエ を だした。 リリー が いきなり カタ の ウエ へ とびあがって、 ツメ を たてた から なの で ある。
「こら! おり! おりん かいな!」
ザンショ も そろそろ おとろえかけた 9 ガツ の ナカバスギ だった けれど、 ふとった ヒト には オサダマリ の、 アツガリヤ で アセッカキ の ショウゾウ は、 コノアイダ の デミズ で ドロダラケ に なった ウラ の エンハナ へ チャブダイ を もちだして、 ハンソデ の シャツ の ウエ に ケイト の ハラマキ を し、 アサ の ハンモモヒキ を はいた スガタ の まま アグラ を かいて いる の だ が、 その まるまる と ふくらんだ、 オカ の よう な カタ の ニク の ウエ へ とびついた リリー は、 つるつる すべりおちそう に なる の を ふせぐ ため に、 いきおい ツメ を たてる。 と、 たった 1 マイ の チヂミ の シャツ を とおして、 ツメ が ニク に くいこむ ので、
「あいた! いた!」
と、 ヒメイ を あげながら、
「ええい、 おりん かいな!」
と、 カタ を ゆすぶったり イッポウ へ かたむけたり する けれども、 そう する と なお おちまい と して ツメ を たてる ので、 シマイ には シャツ に ぽたぽた チ が にじんで くる。 でも ショウゾウ は、
「ムチャ しよる」
と ぼやきながら も けっして ハラ は たてない の で ある。 リリー は それ を すっかり のみこんで いる らしく、 ホッペタ へ カオ を すりつけて オセジ を つかいながら、 カレ が サカナ を ふくんだ と みる と、 ジブン の クチ を ダイタン に シュジン の クチ の ハタ へ もって ゆく。 そして ショウゾウ が クチ を もぐもぐ させながら、 シタ で サカナ を おしだして やる と、 ひょいと そいつ へ かみつく の だ が、 イチド に くいちぎって くる こと も あれば、 ちぎった ツイデ に シュジン の クチ の マワリ を うれしそう に なめまわす こと も あり、 シュジン と ネコ と が リョウハシ を くわえて ひっぱりあって いる こと も ある。 その アイダ ショウゾウ は 「うっ」 とか、 「ぺっ、 ぺっ」 とか、 「ま、 まちい な!」 とか アイノテ を いれて、 カオ を しかめたり ツバキ を はいたり する けれども、 じつは リリー と おなじ テイド に うれしそう に みえる。
「おい、 どうした ん や?―――」
だが、 やっと の こと で ヒトヤスミ した カレ は、 なにげなく ニョウボウ の ほう へ サカズキ を さしだす と、 トタン に シンパイ そう な ウワメヅカイ を した。 どうした ワケ か イマシガタ まで キゲン の よかった ニョウボウ が、 シャク を しよう とも しない で、 リョウテ を フトコロ に いれて しまって、 マショウメン から ぐっと こちら を みつめて いる。
「その オサケ、 もう ない のん か?」
だした サカズキ を ひっこめて、 おっかなびっくり メ の ナカ を のぞきこんだ が、 アイテ は たじろぐ ヨウス も なく、
「ちょっと ハナシ が ある ねん」
と、 そう いった きり、 くやしそう に だまりこくった。
「ナン や? え、 どんな ハナシ?―――」
「アンタ、 その ネコ シナコ さん に ゆずったげなさい」
「なんで や ねん?」
ヤブ から ボウ に、 そんな ランボウ な ハナシ が ある もの か と、 ツヅケザマ に メ を ぱちくり させた が、 ニョウボウ の ほう も まけずおとらず ケンアク な ヒョウジョウ を して いる ので、 いよいよ わからなく なって しまった。
「なんで また キュウ に、………」
「なんで でも ゆずったげなさい、 アシタ ツカモト さん よんで、 はよ わたして しまいなさい」
「いったい、 それ、 どういう こっちゃ ねん?」
「アンタ、 いや や のん?」
「ま、 まあ まち! ワケ も いわん と そう いうた かて ムリ や ない か。 なんぞ オマエ、 キ に さわった こと ある のん か」
リリー に たいする ヤキモチ? ―――と、 いちおう おもいついて みた が、 それ も フ に おちない と いう の は、 もともと ジブン も ネコ が すき だった はず なの で ある。 まだ ショウゾウ が マエ の ニョウボウ の シナコ と くらして いた ジブン、 シナコ が ときどき ネコ の こと で ヤキモチ を やく ハナシ を きく と、 フクコ は カノジョ の ヒジョウシキ を わらって、 チョウロウ の タネ に した もの だった。 その くらい だ から、 もちろん ショウゾウ の ネコズキ を ショウチ の うえ で きた の で ある し、 それから こっち、 ショウゾウ ほど キョクタン では ない に して も、 ジブン も カレ と イッショ に なって リリー を かわいがって いた の で ある。 げんに こうして、 サンド サンド の ショクジ には、 フウフ サシムカイ の チャブダイ の アイダ へ かならず リリー が わりこむ の を、 イマ まで とやかく いった こと は イチド も なかった。 それ どころ か、 いつでも キョウ の よう な ふう に、 ユウメシ の とき には リリー と ゆっくり たわむれながら バンシャク を たのしむ の で ある が、 テイシュ と ネコ と が エンシュツ する サーカス の キョクゲイ にも にた チンフウケイ を、 フクコ とて も おもしろそう に ながめて いる ばかり か、 ときには ジブン も エサ を なげて やったり とびつかせたり する くらい で、 リリー の カイザイ する こと が、 シンコン の フタリ を いっそう なかよく むすびつけ、 ショクタク の クウキ を メイロウカ する コウノウ は あって も、 ジャマ に なって は いない はず だった。 と する と いったい、 ナニ が ゲンイン なの で あろう。 つい キノウ まで、 いや、 つい さっき、 バンシャク を 5~6 ハイ かさねる まで は なんの こと も なかった のに、 いつのまにか ケイセイ が かわった の は、 ナニ か ほんの ササイ な こと が シャク に さわった の でも あろう か。 それとも 「シナコ に ゆずって やれ」 と いう の を みる と、 キュウ に カノジョ が かわいそう に でも なった の かしらん。
そう いえば、 シナコ が ここ を でて ゆく とき に、 コウカン ジョウケン の ヒトツ と して リリー を つれて ゆきたい と いう モウシイデ が あり、 ソノゴ も ツカモト を ナカ に たてて、 2~3 ド その キボウ を つたえて きた こと は ジジツ で ある。 だが ショウゾウ は そんな イイグサ は とりあげない ほう が よい と おもって、 その つど ことわって いる の で あった。 ツカモト の コウジョウ では、 つれそう ニョウボウ を おいだして ヨソ の オンナ を ひきずりこむ よう な フジツ な オトコ に、 なんの ミレン も ない と いいたい ところ だ けれども、 やっぱり イマ も ショウゾウ の こと が わすれられない、 うらんで やろう、 にくんで やろう と つとめながら、 どうしても そんな キ に なれない、 ついては オモイデ の タネ に なる よう な キネン の シナ が ほしい の だ が、 それ には リリー ちゃん を こちら へ よこして もらえまい か、 イッショ に くらして いた ジブン には、 あんまり かわいがられて いる の が いまいましくて、 カゲ で いじめたり した けれども、 イマ に なって は、 あの イエ の ナカ に あった もの が みな なつかしく、 わけても リリー ちゃん が いちばん なつかしい、 せめて ジブン は、 リリー ちゃん を ショウゾウ の コドモ だ と おもって せいいっぱい かわいがって やりたい、 そう したら つらい かなしい キモチ が いくらか なぐさめられる で あろう。―――
「なあ、 イシイ クン、 ネコ 1 ピキ ぐらい ナン だん ね、 そない いわれたら かわいそう や おまへん か」
と、 そう いう の だった が、
「あの オンナ の いう こと、 マ に うけたら あきまへん で」
と、 いつも ショウゾウ は そう こたえる に きまって いた。 あの オンナ は とかく カケヒキ が つよくって、 ソコ に ソコ が ある の だ から、 ナニ を いう やら マユツバモノ で ある。 だいいち ゴウジョウ で、 マケズギライ の くせ に、 わかれた オトコ に ミレン が ある の、 リリー が かわいく なった の と、 しおらしい こと を いう の が あやしい。 アイツ が なんで リリー を かわいがる もの か。 きっと ジブン が つれて いって、 おもうさま いじめて、 ハライセ を する キ なの だろう。 そう で なかったら、 ショウゾウ の すき な もの を ヒトツ でも とりあげて、 イジワル を しよう と いう の だろう。 ―――いや、 そんな こどもじみた フクシュウシン より、 もっと もっと ふかい タクラミ が ある の かも しれぬ が、 アタマ の タンジュン な ショウゾウ には アイテ の ハラ が みすかせない だけ に、 へんに ウスキミ が わるく も あれば、 ハンカン も つのる の だった。 それ で なくて も あの オンナ は、 ずいぶん カッテ な ジョウケン を たくさん もちだして いる では ない か。 しかし もともと こちら に ムリ が ある の だし、 1 ニチ も はやく でて もらいたい と おもったれば こそ、 タイガイ な こと は きいて やった のに、 そのうえ リリー まで つれて ゆかれて たまる もの か。 それで ショウゾウ は、 いくら ツカモト が しつっこく いって きて も、 カレ イチリュウ の エンキョク な コウジツ で やんわり にげて いる の で あった が、 フクコ も それ に サンセイ なの は むろん の こと で、 ショウゾウ イジョウ に タイド が はっきり して いた の で ある。
「ワケ を いいな! なんの こっちゃ、 ボク さっぱり ケントウ が つかん」
そう いう と ショウゾウ は、 チョウシ を ジブン で ひきよせて、 テジャク で のんだ。 それから マタ を ぴたっと たたいて、
「カヤリ センコウ あれへん のん か」
と、 うろうろ その ヘン を みまわしながら、 ハンブン ヒトリゴト の よう に いった。 アタリ が うすぐらく なった ので、 つい ハナ の サキ の イタベイ の スソ から、 カ が わんわん いって エンガワ の ほう へ むらがって くる。 すこし くいすぎた と いう カッコウ で チャブダイ の シタ に うずくまって いた リリー は、 ジブン の こと が モンダイ に なりだした コロ こそこそ と ニワ へ おりて、 ヘイ の シタ を くぐって、 どこ か へ いって しまった の が、 まるで エンリョ でも した よう で おかしかった が、 たらふく ゴチソウ に なった アト では、 いつでも イッペン すうっと スガタ を けす の で あった。
フクコ は だまって ダイドコロ へ たって いって、 ウズマキ の センコウ を さがして くる と、 それ に ヒ を つけて チャブダイ の シタ へ いれて やった。 そして、
「アンタ、 あの アジ、 みんな ネコ に たべさせなはった やろ? ジブン が たべた のん フタツ か ミッツ より あれしまへん やろ?」
と、 コンド は チョウシ を やわらげて いいだした。
「そんな こと ボク、 おぼえてえ へん」
「ワテ ちゃんと かぞえててん。 その オサラ の ウエ に サイショ 13 ビキ あってん けど、 リリー が 10 ピキ たべて しもて、 アンタ が たべた のん 3 ビキ や ない か」
「それ が わるかった のん かいな」
「なんで わるい いう こと、 わかって なはん のん か。 なあ、 よう かんがえて ごらん。 ワテ ネコ みたい な もん アイテ に して ヤキモチ やく のん と ちがいまっせ。 けど、 アジ の ニハイズ ワテ は きらい や いう のんに、 ボク すき や よって に こしらえて ほしい いいなはった やろ。 そない いうといて、 ジブン ちょっとも たべん と おいといて から に、 ネコ に ばっかり やって しもて、………」
カノジョ の いう の は、 こう なの で ある。―――
ハンシン デンシャ の エンセン に ある マチマチ、 ニシノミヤ、 アシヤ、 ウオザキ、 スミヨシ アタリ では、 ジモト の ハマ で とれる アジ や イワシ を、 「アジ の トレトレ」 「イワシ の トレトレ」 と よびながら たいがい マイニチ うり に くる。 「トレトレ」 とは 「トリタテ」 と いう ギ で、 ネダン は 1 パイ 10 セン から 15 セン ぐらい、 それ で 3~4 ニン の カゾク の オカズ に なる ところ から、 よく うれる と みえて 1 ニチ に ナンニン も くる こと が ある。 が、 アジ も イワシ も ナツ の アイダ は ナガサ 1 スン ぐらい の もの で、 アキグチ に なる ほど おいおい スン が のびる の で ある が、 ちいさい うち は シオヤキ にも フライ にも ツゴウ が わるい ので、 スヤキ に して ニハイズ に つけ、 ショウガ を きざんだ の を かけて、 ホネゴト たべる より シカタ が ない。 ところが フクコ は、 その ニハイズ が きらい だ と いって コノアイダ から ハンタイ して いた。 カノジョ は もっと あたたかい あぶらっこい もの が すき なので、 こんな つめたい もそもそ した もの を たべさせられて は かなしく なる と、 カノジョ-らしい ゼイタク を いう と、 ショウゾウ は また、 オマエ は オマエ で すき な もの を こしらえたら よい。 ボク は コアジ が たべたい から ジブン で リョウリ する と いって、 「トレトレ」 が とおる と カッテ に よびこんで かう の で ある。 フクコ は ショウゾウ と イトコ ドウシ で、 ヨメ に きた ジジョウ が ジジョウ だ から、 シュウトメ には キガネ が いらなかった し、 きた あくる ヒ から ワガママ いっぱい に ふるまって いた けれど、 まさか テイシュ が ホウチョウ を もつ の を みて いる わけ に ゆかない から、 けっきょく ジブン が その ニハイズ を こしらえて、 いやいや ながら イッショ に たべる こと に なって しまう。 おまけに それ が、 もう ここ の ところ 5~6 ニチ も つづいて いる の で ある が、 2~3 ニチ マエ に ふと キ が ついた こと と いう の は、 ニョウボウ の フヘイ を おかして まで も ショクゼン に のぼせる ほど の もの を、 ショウゾウ は ジブン で たべる こと か、 リリー に ばかり あたえて いる。 それで だんだん かんがえて みたら、 なるほど あの アジ は スガタ が ちいさくて、 ホネ が やわらか で、 ミ を むしって やる メンドウ が なくて、 ネダン の わり に カズ が ある、 それに つめたい リョウリ で ある から、 マイバン あんな ふう に して ネコ に くわせる には もっとも てきして いる わけ で、 つまり ショウゾウ が すき だ と いう の は、 ネコ が すき だ と いう こと なの で ある。 ここ の イエ では、 テイシュ が ニョウボウ の スキキライ を ムシ して、 ネコ を チュウシン に バン の オカズ を きめて いた の だ。 そして テイシュ の ため と おもって シンボウ して いた ニョウボウ は、 そのじつ ネコ の ため に リョウリ を こしらえ、 ネコ の オツキアイ を させられて いた の だ。
「そんな こと あれへん、 ボク、 いつかて ジブン が たべよう おもうて たのむ ねん けど、 リリー の ヤツ が あない に ひつこう ほしがる さかい に、 つい うかっと して、 アト から アト から なげて まう ねん が」
「ウソ いいなさい、 アンタ ハジメ から リリー に たべさそう おもうて、 すき でも ない もん すき や いうてる ねん やろ。 アンタ、 ワテ より ネコ が ダイジ や ねん なあ」
「ま、 よう そんな こと。………」
ぎょうさん に、 はきだす よう に そう いった けれど、 イマ の ヒトコト で すっかり しおれた カタチ だった。
「そんなら、 ワテ の ほう が ダイジ や のん?」
「きまってる や ない か! あほらし なって くる わ、 ホンマ に!」
「クチ で ばっかり そない いわん と、 ショウコ みせてえ な。 そや ない と、 アンタ みたい な モン シンヨウ せえへん」
「もう アシタ から アジ かう のん ヤメ に しょう。 な、 そしたら モンク ない ねん やろ」
「それ より ナニ より、 リリー やって しまいなはれ。 あの ネコ いん よう に なったら いちばん ええ ねん」
まさか ホンキ で いう の では ない だろう けれど、 タカ を くくりすぎて エコジ に なられて は ヤッカイ なので、 ぜひなく ショウゾウ は ヒザガシラ を そろえ、 きちんと かしこまって すわりなおす と、 マエカガミ に、 その ヒザ の ウエ へ リョウテ を つきながら、
「そう かて オマエ、 いじめられる こと わかってて あんな ところ へ やれる かいな。 そんな ムジヒ な こと いう もん や ない で」
と、 あわれっぽく もちかけて、 タンガン する よう な コエ を だした。
「なあ、 たのむ さかい に、 そない いわん と、………」
「ほれ ごらん、 やっぱり ネコ の ほう が ダイジ なん や ない かいな。 リリー どない ぞ して くれへなんだら、 ワテ いなして もらいまっさ」
「ムチャ いいな!」
「ワテ、 チクショウ と イッショ に される のん いや です よって に な」
あんまり ムキ に なった せい か、 キュウ に ナミダ が こみあげて きた の が、 ジブン にも フイウチ だった らしく、 フクコ は あわてて テイシュ の ほう へ セナカ を むけた。

ユキコ の ナ を つかった シナコ の あの テガミ が とどいた アサ、 サイショ に カノジョ が かんじた の は、 こんな イタズラ を して ワタシタチ の アイダ へ ミズ を さそう と する なんて、 なんと いう いや な ヒト だろう、 ダレ が その テ に のって やる もん か、 と いう こと だった。 シナコ の ハラ は、 こういう ふう に かいて やったら、 けっきょく フクコ は リリー の いる こと が シンパイ に なって、 こちら へ よこす かも しれない、 そう なったら、 それ みた こと か、 ヒト を わらった オマエサン も ネコ に ヤキモチ を やく じゃ ない か、 やっぱり オマエサン だって そう ゴテイシュ に ダイジ に されて も いない の だねえ と、 テ を たたいて あざけって やろう、 そこ まで うまく ゆかない と して も、 この テガミ を キッカケ に カテイ に フウハ が おこる と したら、 それ だけ でも おもしろい と、 そう おもって いる に ちがいない ので、 その ハナ を あかして やる の には、 いよいよ フウフ が なかよく くらす よう に して、 こんな テガミ など てんで モンダイ に ならなかった と いう ところ を みせて やり、 フタリ が おなじ よう に リリー を かわいがって、 とても てばなす キ が ない こと を もっと はっきり しらして やる、 ―――もう それ に こした こと は ない の で あった。
だが、 あいにく な こと に この テガミ の きた ジキ が わるかった。 と いう の は、 ちょうど この 2~3 ニチ コアジ の ニハイズ の イッケン が フクコ の ムネ に つかえて いて、 イッペン テイシュ を とっちめて やろう と かんがえて いた ヤサキ だった の で ある。 いったい、 カノジョ は ショウゾウ が おもって いる ほど ネコズキ では ない の だ が、 ショウゾウ の キモチ を むかえる ため と、 シナコ への ツラアテ と、 リョウホウ の ヒツヨウ から しぜん ネコズキ に なって しまい、 ジブン も そう おもえば ヒト にも おもわせて いた の で あって、 それ は カノジョ が まだ この イエ へ のりこまない ジブン、 カゲ で シュウトメ の オリン など と グル に なって もっぱら シナコ の オイダシ サク に かかって いる アイダ の こと だった。 そんな シダイ で、 ここ へ きて から も リリー を かわいがって やって、 せいぜい ネコズキ で とおして いた の だ が、 だんだん カノジョ は その 1 ピキ の ちいさい ケモノ の ソンザイ を、 のろわしく おもう よう に なった。 なんでも この ネコ は セイヨウシュ だ と いう こと だった が、 イゼン、 ここ へ オキャク で あそび に きて ヒザ の ウエ など へ のせて やる と、 テザワリ の グアイ が やわらか で、 ケナミ と いい、 カオダチ と いい、 スガタ と いい、 ちょっと この ヘン には みあたらない きれい な メスネコ で あった から、 その とき は ホントウ に あいらしい と おもい、 こんな もの を ジャマ に する とは シナコ さん と いう ヒト も かわって いる、 やっぱり テイシュ に きらわれる と、 ネコ に まで ヒガミ を もつ の かしらん と、 ツラアテ で なく そう かんじた もの だった けれど、 コンド ジブン が アトガマ へ なおって みる と、 ジブン は シナコ と おなじ アツカイ を うける わけ でも なく、 タイセツ に されて いる こと は わかって いながら、 どうも シナコ を わらえない キモチ に なって くる の が フシギ で あった。 それ と いう の は、 ショウゾウ の ネコズキ が フツウ の ネコズキ の タグイ では なくて、 ド を こえて いる せい なの で ある。 じっさい、 かわいがる の も いい けれども、 1 ピキ の サカナ を (しかも ニョウボウ の みて いる マエ で!) クチウツシ に して、 ひっぱりあったり する など は、 あまり エンリョ が なさすぎる。 それから バン の ゴハン の とき に わりこんで こられる こと も、 ショウジキ の ところ は ユカイ で なかった。 ヨル は シュウトメ が キ を きかして、 ジブン だけ サキ に ショクジ を すまして 2 カイ へ あがって くれる の だ から、 フクコ に して みれば ゆっくり ミズイラズ を たのしみたい のに、 そこ へ ネコ め が はいって きて テイシュ を ヨコドリ して しまう。 いい アンバイ に コンヤ は スガタ が みえない な と おもう と、 チャブダイ の アシ を ひらく オト、 サラコバチ の かちゃん と いう オト を きいたら すぐ どこ か から かえって くる。 たまに かえらない こと が ある と、 けしからない の は ショウゾウ で、 「リリー」 「リリー」 と おおきな コエ で よぶ。 かえって くる まで は ナンド でも、 2 カイ へ あがったり、 ウラグチ へ まわったり、 オウライ へ でたり して よびたてる。 いまに かえる だろう から イッパイ のんで いらっしゃい と、 カノジョ が オチョウシ を とりあげて も、 もじもじ して いて おちついて くれない。 そういう バアイ、 カレ の アタマ は リリー の こと で いっぱい に なって いて、 ニョウボウ が どう おもう か など と、 ちょっとも かんがえて みない らしい。 それに もう ヒトツ ユカイ で ない の は、 ねる とき にも わりこんで くる こと で ある。 ショウゾウ は イマ まで ネコ を 3~4 ヒキ かった が、 カヤ を くぐる こと を しって いる の は リリー だけ だ、 まったく リリー は リコウ だ と いう。 なるほど、 みて いる と、 ぴったり アタマ を タタミ へ すりつけて、 するする と スソ を くぐりぬけて はいる。 そして タイガイ は ショウゾウ の フトン の ソバ で ねむる けれども、 さむく なれば フトン の ウエ へ のる よう に なり、 シマイ には マクラ の ほう から、 カヤ を くぐる の と おなじ ヨウリョウ で ヤグ の スキマ へ もぐりこんで くる と いう。 そんな ふう だ から、 この ネコ に だけ は フウフ の ヒミツ を みられて しまって いる の で ある。
それでも カノジョ は、 いまさら ネコズキ の カンバン を はずして きらい に なりだす キッカケ が ない の と、 「アイテ は たかが ネコ だ から」 と いう ウヌボレ に ひきずられて、 ハラ の ムシ を おさえて きた の で あった。 あの ヒト は リリー を オモチャ に して いる だけ なの で、 ホントウ は ワタシ が すき なの で ある、 あの ヒト に とって テン にも チ にも カケガエ の ない の は ワタシ なの だ から、 ヘン な グアイ に キ を まわしたら、 ジブン で ジブン を やすっぽく する ドウリ で ある。 もっと ココロ を おおきく もって、 なんの ツミ も ない ドウブツ を にくむ こと なんか ヤメ に しよう と、 そういう ふう に キ を むけかえて、 テイシュ の シュミ に ホチョウ を あわせて いた の だ が、 もともと コラエショウ の ない カノジョ に そんな ガマン が ナガツヅキ する はず が なく、 すこし ずつ フユカイサ が まして きて カオ に でかかって いた ところ へ、 ふって わいた の が コンド の ニハイズ の イッケン だった。 テイシュ が ネコ を よろこばす ため に、 ニョウボウ の きらい な もの を ショクゼン に のぼせる、 しかも ジブン が すき な フリ を して、 ニョウボウ の テマエ を つくろって まで も! ―――これ は あきらか に、 ネコ と ニョウボウ と を テンビン に かける と ネコ の ほう が おもい、 と いう こと に なる。 カノジョ は みない よう に して いた ジジツ を まざまざ と ハナサキ へ つきつけられて、 もはや ウヌボレ の そんする ヨチ が なくなって しまった。
アリテイ に いう と、 そこ へ シナコ の テガミ が まいこんで きた こと は、 カノジョ の ヤキモチ を いっそう あおった よう でも ある が、 イチメン には また、 それ を バクハツ の イッポ テマエ で ヨクセイ する と いう ハタラキ を した。 シナコ さえ おとなしく して いたら、 リリー の カイザイ を もう 1 ニチ も モクシ できなく なった カノジョ は、 さっそく テイシュ に ダンパン して シナコ の ほう へ ひきわたさせる つもり で いた のに、 あんな イタズラ を されて みる と、 すなお に チュウモン を きいて やる の が いまいましい。 つまり テイシュ への ハンカン と、 シナコ への ハンカン と、 どっち の カンジョウ で うごいたら よい か イタバサミ に なって しまった の で ある。 テガミ の きた こと を テイシュ に うちあけて ソウダン すれば、 ジジツ は そう で ない にも かかわらず シナコ に けしかけられた よう な カタチ に なる の が シンガイ で ある から、 それ は ナイショ に して おいて、 どっち が よけい にくらしい か と かんがえる と、 シナコ の ヤリカタ も ハラ が たつ けれども、 テイシュ の シウチ も カンニン が ならない。 ことに この ほう は マイニチ メノマエ で みて いる の だ から、 どうにも むしゃくしゃ する わけ だし、 それに、 ホントウ の こと を いう と、 「ヨウジン しない と アナタ も ネコ に みかえられる」 と かいて あった の が、 あんがい ぐんと ムネ に こたえた。 まさか そんな ばかげた こと が とは おもう けれども、 リリー を カテイ から おいはらって しまい さえ すれば、 いや な シンパイ を しない でも すむ。 ただ そう する と シナコ に リュウイン を さげさせる こと に なる の が、 いかにも ザンネン で たまらない ので、 その ほう の イジ が こうじて くる と、 ネコ の こと ぐらい シンボウ して も ダレ が あの オンナ の ケイリャク なんぞ に と、 いう ふう に なる。 ―――で、 キョウ の ユウガタ チャブダイ の マエ に すわる まで は、 カノジョ は そういう グルグルマワリ の ジョウタイ に おかれて じれて いた の だ が、 サラ の ウエ の アジ が へって ゆく の を かぞえながら イツモ の イチャツキ を ながめて いる と、 つい かあっと して テイシュ の ほう へ ウップン を ハレツ させて しまった の で ある。
しかし サイショ は イヤガラセ に そう いった まで で、 ホンキ で リリー を おいだす つもり は なかった らしい の で ある が、 へんに モンダイ を こじれさせて ノッピキ ならない よう に した の は、 ショウゾウ の タイド が おおいに ゲンイン して いる の で ある。 ショウゾウ と して は、 フクコ が ハラ を たてた の は しごく もっとも なの で ある から、 イザコザ なし に、 あっさり カノジョ の キボウ を いれて ナットク して しまえば いちばん よかった。 そうして イジ を とおして さえ やったら、 かえって アト は キゲン が なおって、 それ には およばぬ と いう こと に なった かも しれない のに、 ドウリ の ない ところ へ ドウリ を つけて、 ニゲ を うった。 これ は ショウゾウ の わるい クセ なの で、 いや なら いや と きっぱり いって しまう なら いい の だ が、 なるたけ アイテ を おこらせない よう に、 おいつめられる まで は ヒョウタン ナマズ に うけながして いて、 ドタンバ へ くる と ひょいと ねがえる。 もうすこし で ショウチ しそう な クチブリ を みせて、 そのじつ けっして 「うん」 と いわない。 キ が よわそう で、 あんがい ねちねち した ずるい ヒト だ と いう インショウ を あたえる。 フクコ は テイシュ が、 ホカ の こと なら カノジョ の ワガママ を とおす くせ に、 この モンダイ に かんする かぎり、 「たかが ネコ なんぞ」 と なんでも なさそう に いいながら、 なかなか ドウイ しない の を みる と、 リリー に たいする アイチャク が ソウゾウ イジョウ に ふかい もの と しか おもえない ので、 いよいよ すてて おけない キ が した。
「ちょっと、 アンタ!………」
その バン カノジョ は、 カヤ の ナカ に はいって から また はじめた。
「ちょっと、 こっち むきなさい」
「ああ、 ボク ねむたい、 もう ねさして。………」
「あかん、 サッキ の ハナシ きめて しまわなんだら、 ねさせへん」
「コンヤ に かぎった こと ある かいな、 アシタ に して」
オモテ は 4 マイ の ガラスド に カーテン を ひいて ある だけ なので、 ケントウ の アカリ が ぼんやり ミセ の オク へ もれて きて、 もやもや と モノ が みえる ナカ で、 ショウゾウ は カケブトン を すっかり はいで アオムキ に ねて いた が、 そう いう と ニョウボウ の ほう へ セナカ を むけた。
「アンタ、 そっち むいたら あかん!」
「たのむ さかい に ねさしてえ な、 ユウベ ボク、 カヤ ん ナカ に カア はいってて ちょっとも ねられへなんでん」
「そしたら、 ワテ の いう とおり しなはる か。 はよう ねたい なら、 それ きめなさい」
「セッショウ やなあ、 ナニ を きめる ねん」
「そんな、 ねぼけた フリ した かて、 ごまかされまっかい な。 リリー やんなはる のん か どっち だす? イマ はっきり いうて ちょうだい」
「アシタ、 ―――アシタ まで かんがえさして もらお」
そう いって いる うち に、 はやくも ここちよさそう な ネイキ を たてた が、
「ちょっと!」
と いう と、 フクコ は むっくり おきあがって テイシュ の ソバ に すわりなおす と、 いや と いう ほど シリ の ニク を つねった。
「いたい! ナニ を する ねん!」
「アンタ、 いつかて リリー に ひっかかれて、 ナマキズ たやした こと ない のんに、 ワテ が つねったら いたい のん か」
「いた! ええい、 やめん かいな!」
「これ ぐらい ナン だん ね、 ネコ に かかす ぐらい やったら、 ワテ かて カラダジュウ ひっかいたる わ!」
「いた、 いた、 いた、………」
ショウゾウ は、 ジブン も キュウ に おきなおって ボウギョ の シセイ を とりながら、 ツヅケザマ に さけんだ。 2 カイ の トシヨリ に きかせたく ない ので、 おおきな コエ は たてなかった が、 つねる か と おもう と コンド は ひっかく。 カオ、 カタ、 ムネ、 ウデ、 モモ、 トコロ きらわず せめて くる ので、 あわてて さける たび ごと に ばたん! と いう ジヒビキ が ウチジュウ へ つたわる。
「どない や?」
「もう カンニン、 ………カンニン!」
「メエ さめなはった か?」
「さめない で かいな! ああ いた、 ひりひり する わ。………」
「そしたら、 イマ の こと ヘンジ しなさい、 どっち だす?」
「ああ いた、………」
それ には こたえない で、 カオ を しかめながら ホウボウ を さすって いる と、
「また だっか、 ごまかしたら これ だっせ!」
と、 2~3 ボン の ユビ で もろに ホッペタ を がりっと いかれた の が、 とびあがる ほど いたかった らしく、 おもわず、
「いたあ―――」
と ナキゴエ を だした が、 トタン に リリー まで が びっくり して、 カヤ の ソト へ にげだして いった。
「ボク、 なんで こんな メ に あわん ならん」
「ふん、 リリー の ため や おもうたら、 ホンモウ だっしゃろ が」
「そんな あほらしい こと、 まだ いうてる のん か」
「アンタ が はっきり せん うち は、 なんぼでも いいまっせ。 ―――さあ、 ワテ を いなす か リリー やんなはる か、 どっち だす?」
「ダレ が オマエ を いなす いうた?」
「そんなら リリー やんなはる のん か?」
「そない どっち か に きめん ならん こと………」
「あかん、 きめて ほしい ねん」
そう いう と フクコ は、 ムナグラ を とって こづきはじめた。
「さあ どっち や、 ヘンジ しなさい、 はよう! はよう!」
「なんと まあ てあら な、………」
「コンヤ は どない な こと した かて カンニン せえしまへん で。 さあ、 はよう! はよう!」
「ええ、 もう、 しょうがない、 リリー やって しもたる わ」
「ホンマ だっかい な」
「ホンマ や」
ショウゾウ は メ を つぶって、 カンネン の ホゾ を かためた と いう カオツキ を した。
「―――そのかわり、 あと 1 シュウカン まって くれへん か。 なあ、 こない に いうたら また おこられる か しれへん けど、 なんぼ チクショウ に した かて、 ここ の ウチ に 10 ネン も いてた もん、 キョウ いうて キョウ おいだす わけ に いく かいな。 そや さかい に、 ココロノコリ の ない よう に せめて もう 1 シュウカン おいて やって、 たんと すき な もん たべさして、 できる だけ の こと して やりたい ねん。 なあ、 どない や? オマエ かて その アイダ ぐらい キゲン なおして かわいがって やりい な。 ネコ は シュウネン-ぶかい よって に な」
いかにも カケヒキ の ない シンジョウ-らしく、 そう しんみり と うったえられて みる と、 それ には ハンタイ が できなかった。
「そしたら 1 シュウカン だっせ」
「わかってる」
「テエ だしなさい」
「ナン や?」
と いって いる スキ に、 すばやく ユビキリ を させられて しまった。

「オカアサン」
それから 2~3 ニチ すぎた ユウガタ、 フクコ が セントウ へ でかけた ルス に、 ミセバン を して いた ショウゾウ は オクノマ へ コエ を かけながら はいって くる と、 ジブン だけ の ちいさな オゼン で ショクジ して いる ハハオヤ の ソバ へ、 もじもじ しながら チュウゴシ に かがんだ。
「オカアサン、 ちょっと タノミ が ありまん ねん。―――」
マイアサ ベツ に たいて いる ドナベ の ゴハン の、 オカユ の よう に やわらかい の が すっかり ひえて しまった の を チャワン に もって、 シオコンブ を のせて たべて いる ハハオヤ は、 オゼン の ウエ へ セ を まるまる と おおいかぶさる よう に して いた。
「あのなあ、 フクコ が キュウ に リリー きらい や いいだして なあ、 シナコ ん とこ へ やって しまえ いいまん ね。………」
「このあいだ、 えらい サワギ してた や ない か」
「オカアサン しって なはった ん か」
「ヨナカ に あんな オト さす よって、 ワテ びっくり して、 ジシン か おもうた わ。 あれ、 その こと で かいな?」
「そう だん が。 これ みて ごらん、―――」
と、 ショウゾウ は リョウウデ を つきだして、 シャツ の ソデ を まくりあげた。
「これ、 そこらじゅう ミミズバレ や アザ-だらけ だ。 カオ に かて これ、 まだ アト のこってる やろ」
「なんで そんな こと しられた ん や?」
「ヤキモチ だん が。 ―――あほらしい、 ネコ かわいがりすぎる いうて ヤキモチ やく モン、 どこ の クニ に ある かしらん、 キチガイザタ や」
「シナコ かて よう なんの かんの いうてた や ない か。 オマエ みたい に かわいがったら、 ダレ に した かて ヤキモチ ぐらい おこす わいな」
「ふうん、―――」
おさない とき から ハハオヤ に あまえる クセ が ついて いる の が、 この トシ に なって も まだ ぬけきれない ショウゾウ は、 ダダッコ の よう に ハナ の アナ を ふくらがして、 さも おもしろく なさそう に いった。
「―――オカアサン フクコ の こと いうたら、 ミカタ ばっかり する ねん なあ」
「けど オマエ、 ネコ で あろう と ニンゲン で あろう と、 ホカ の もん かわいがってて、 きた ばかり の ヨメ の こと おもうて やらなんだら、 キイ わるう する のん アタリマエ やで」
「そら おかしい。 ボク、 いつかて フクコ の こと おもうて まん が。 いちばん ダイジ に して まん が」
「そう に ちがいない のん やったら、 ちょっと ぐらい の ムリ きいて やりい な。 ワテ あの コ から も その ハナシ きかされてる ねん が」
「それ、 いつ の こと だん ね?」
「キノウ そない いうて なあ、 ―――リリー いてたら よう シンボウ せん さかい、 5~6 ニチ うち に シナコ の ほう へ わたす こと に、 もう ちゃんと ヤクソク した ある いう ねん けど、 ホンマ かいな」
「それ や。 ―――した こと は した けど、 そんな ヤクソク ジッコウ せん かて すむ よう に、 なんとか そこ ん とこ、 あんじょう いうて もらえん やろ か。 ボク オカアサン に それ たのもう おもうててん」
「そう かて、 ヤクソクドオリ して くれなんだら、 いなして もらう いうてる ねん で」
「オドカシ や、 そんな こと」
「オドカシ かも しれん けど、 そない まで に いう もん きいて やったら どない や? また うるさい で、 ヤクソク たがえたら。―――」
ショウゾウ は すっぱい よう な カオ を して、 クチ を とがらせて うつむいて しまった。 ハハ から いわせて フクコ を なだめる モクサン で いた の が、 すっかり はずれて しまった の で ある。
「あの コ あんな キショウ や よって に、 ホンマ に にげて いく かも しれん。 それ も ええ けど、 ヨメ を ほっといて ネコ かわいがる よう な とこ へ ウチ の ムスメ やっとけん! いわれたら どない する? オマエ より ワテ が こまる わいな」
「そしたら、 オカアサン も リリー おいだして しまえ いやはりまん のん か」
「そや さかい に な、 とにかく ここ の とこ は あの コ の キモチ すむ よう に、 イッペン すうっと シナコ の ほう へ やって しまいい な。 そない しといて、 ええ オリ を みて、 キゲン なおった ジブン に とりもどす こと できん もん かいな。―――」
そんな、 わたして しまった もの を センポウ が かえす はず も なし、 うけとる スジ でも ない こと は わかって いながら、 ショウゾウ が ハハオヤ に あまえる よう に、 ハハオヤ も みえすいた キヤスメ を いって、 コドモ を すかす よう な ふう に ショウゾウ を あやなす クセ が あった。 そして カノジョ は、 いつでも けっきょく この セガレ を ジブン の オモイドオリ に うごかして いる の だった。
もう わかい モノ は セル を きだした コロ だ のに、 アワセ の ウエ に ウスワタ の はいった ジンベエ を きて、 メリヤス の タビ を はいて いる カノジョ は、 コガラ で、 やせて いて、 セイカツリョク の おとろえきった ロウバ の よう に みえる けれども、 アタマ の ハタラキ は あんがい たしか で、 いう こと や する こと に ソツ が ない ので、 「ムスコ より も バアサン の ほう が しっかり して いる」 と、 キンジョ では そういう ヒョウバン だった。 シナコ が おいだされた の も、 じつは カノジョ が イト を あやつった から なので、 ショウゾウ には まだ ミレン が あった の だ と いう ヒト も ある。 それ や これ や で、 この フキン では ハハオヤ を にくむ モノ が おおく、 イッパン の ドウジョウ は シナコ の ほう に あつまって いた が、 カノジョ に いわせる と、 いくら シュウトメ の キ に いらない ヨメ でも、 セガレ が すき な モノ ならば、 でる はず も ない し だせる わけ も ない、 やっぱり あれ は ショウゾウ に あかれた から だ と いう。 なるほど それ も そう だ けれども、 カノジョ と フクコ の チチオヤ が テ を かさなければ、 ショウゾウ ヒトリ で あの ニョウボウ を いびりだす ユウキ は なかった と いう の が、 マチガイ の ない ジジツ で あった。
いったい ハハオヤ と シナコ とは、 どういう もの か ハジメ から ソリ が あわなかった。 カチキ な シナコ は、 オチド を ひろわれない よう に キ を つけて、 ずいぶん シュウトメ には つとめて いた けれども、 そういう ふう に ヌケメ なく たちまわって ゆかれる こと が、 また ハハオヤ の シャク に さわった。 ウチ の ヨメ は どこ と いって わるい ところ は ない よう な ものの、 なんだか シンミ に セワ を して もらう キ に なれない、 それ と いう の が、 ココロ から トシヨリ を いたわって やろう と いう やさしい ジョウアイ が ない から なの だ と、 ハハオヤ は よく そう いった が、 つまり ヨメ も シュウトメ も、 どっち も シッカリモノ だった の が フワ の ゲンイン に なった の で ある。 それでも 1 ネン ハン ばかり の アイダ は、 ヒョウメン だけ は ブジ に おさまって いた の だった が、 その ジブン から ハハオヤ の オリン は ヨメ が おもしろく ない と いって、 しじゅう イマヅ の アニ の ところ、 ショウゾウ には オジ に あたる ナカジマ の イエ へ とまり に いって、 フツカ も ミッカ も かえって こない よう に なった。 あまり トウリュウ が ながい ので、 シナコ が ヨウス を み に ゆく と、 オマエ は かえって ショウゾウ を むかい に よこせ と いう。 ショウゾウ が ゆく と、 オジ や フクコ まで が イッショ に なって ひきとめて、 バン に なって も かえして くれない。 それ には ナニ か コンタン が ある らしい こと は、 ショウゾウ も うすうす キ が ついて いながら、 コウシエン の ヤキュウ だの、 カイスイヨク だの、 ハンシン パーク だの と、 フクコ に さそわれる まま に、 どこ へ でも ふらふら と くっついて いって、 ノンキ に あそんで いる うち に、 とうとう カノジョ と ミョウ な ナカ に なって しまった。
この オジ と いう の は カシ の セイゾウ ハンバイ を して いて、 イマヅ の マチ に ちいさな コウジョウ を もって いた ばかり で なく、 コクドウ エンセン に 5~6 ケン の カサク を たてたり して ユウフク に くらして いた の だった が、 フクコ の こと では だいぶ イマ まで に テ を やいて いた。 ハハオヤ が はやく なくなった せい も ある の だろう が、 ジョガッコウ を 2 ネン の トチュウ で やめさせられた か、 カッテ に やめて しまった か して から、 さっぱり シリ が おちつかない。 イエデ を した こと も 2 ド ぐらい あって、 コウベ の シンブン に すっぱぬかれたり した もの だ から、 えんづけよう と おもって も なかなか モライテ が なかった し、 ジブン も キュウクツ な カテイ など へは ゆきたく ない。 そんな こんな で、 なんとか はやく ミ を かためさせなければ と、 チチオヤ が あせって いる ジジョウ に メ を つけた の が オリン で あった。 フクコ は ジブン の ムスメ の よう な もの で、 キゴコロ は よく わかって いる から、 アラ が ある こと は さしつかえない、 ヒンコウ の わるい の は こまる けれども、 もう そろそろ フンベツ が でて も いい トシ だ から、 テイシュ を もったら まさか ウワキ を する こと も あるまい、 それに そんな こと は たいした モンダイ で ない と いう の は、 この ムスメ には あの コクドウ の カサク が 2 ケン ついて いて、 そこ から あがる ヤチン が 63 エン に なる。 オリン の ケイサン だ と、 チチオヤ が それ を フクコ の メイギ に なおした の が 2 ネン も マエ の こと で ある から、 その ツミタテ が ガンキン だけ でも 1 セン 512 エン ある、 それ だけ の もの は ジサンキン と して もって くる うえ に、 ツキヅキ イマ の 63 エン が はいる と する と、 それら を ギンコウ へ あずけて おいたら、 10 ネン も すれば ヒトザイサン できる ので、 これ が ナニ より の ツケメ で あった。
もっとも カノジョ は オイサキ の みじかい カラダ で ある から よくばった ところ で シカタ が ない が、 カイショウ の ない ショウゾウ が このさき どうして しのいで ゆく つもり か、 それ を かんがえる と アンシン して しんで ゆけない の で あった。 なにしろ アシヤ の キュウ コクドウ は、 ハンキュウ の ほう が ひらけたり シン コクドウ が できたり して から、 ネンネン さびれつつ ある ので、 こんな ところ で いつまで アラモノヤ トセイ を して いて も おもわしい わけ は ない の だ けれど、 うごく には この ミセ を うりのかなければ ならない し、 さて うりのいて も どこ で ナニ を はじめよう と いう セイサン が ない。 ショウゾウ は そんな こと に ついて ひどく ノンキ に うまれついた オトコ で、 ビンボウ を ク に しない カワリ には、 いっこう ショウバイ に ミ を いれない。 13~14 の コロ、 ヤガク へ かよいながら ニシノミヤ の ギンコウ の キュウジ に つかわれ、 アオギ の ゴルフ レンシュウジョウ の キャディー にも やとわれ、 トシゴロ に なって から は コック の ミナライ を つとめたり した けれど、 どこ も ナガツヅキ が しない で なまけて いる うち に チチオヤ が なくなって、 それから こっち アラモノヤ の テイシュ で おさまって しまった。 ぜんたい ミセ の ショウバイ など は ハハオヤ に まかして おいて、 とにかく オトコ イッピキ が なにかしら ショク を もとめたら よい のに、 コクドウスジ で カフェー を はじめたい から と オジ に シュッシ を もうしこんで、 イケン された こと が あった ホカ には、 ネコ を かわいがる こと と、 タマ を つく こと と、 ボンサイ を いじくる こと と、 ヤス-カフェー の オンナ を からかい に ゆく こと ぐらい より、 なんの シゴト も おもいつかない。 そうして イマ から アシカケ 4 ネン マエ、 26 の トシ に タタミヤ の ツカモト を ナコウド に たてて、 ヤマアシヤ の ある ヤシキ に ホウコウ して いた シナコ を ヨメ に もらった の だ が、 その ジブン から ショウバイ の ほう が いよいよ アガッタリ に なって、 マイツキ の ヤリクリ に ホネ が おれて きた。 オヤ の ダイ から アシヤ に すんで いる おかげ で、 ナガネン の カオ が ある ところ から、 しばらく は ムリ が きいた けれども、 ツボ 15 セン の ジダイ が 2 ネン ちかく も とどこおって、 120~130 エン にも なって いる の は、 どうにも ヘンサイ の ミコミ が たたない。 で、 もう ショウゾウ を アテ に しない こと に きめた シナコ は、 シタテモノ など を たのまれたり して クラシ の オギナイ を つけて いた ばかり か、 せっかく オキュウキン を ためて ひととおり こしらえて きた ニモツ に さえ テ を つけて、 わずか の アイダ に へらして しまった。 そんな ワケ だ から、 いまさら その ヨメ を おいだそう と いう の は ムジヒ な ハナシ で、 キンジョ の ドウジョウ が カノジョ の ほう へ あつまった の も トウゼン で ある が、 オリン に して みれば、 セ に ハラ は かえられなかった し、 コダネ の ない と いう こと が ナンクセ を つける の に ツゴウ が よかった。 それに フクコ の チチオヤ まで が、 そう すれば ムスメ の ミ が かたまる し、 オイ の イッカ を すくって も やれる し、 ソウホウ の ため だ と かんがえた の が、 オリン の コウサク に アブラ を そそぐ ケッカ と なった。
それゆえ フクコ が ショウゾウ と できて しまった の には、 チチオヤ や オリン の トリモチ が あった に ちがいない の で ある が、 いったい そんな こと が なく とも、 ショウゾウ は わりに ダレ に でも すかれる タチ で あった。 べつに ビダンシ なの では ない が、 イクツ に なって も こどもっぽい ところ が あって、 キダテ が やさしい せい かも しれない。 キャディー の ジダイ には ゴルフ-ジョウ へ くる シンシ や フジン たち に かわいがられて、 ボンクレ の ツケトドケ を ダレ より も よけい もらった し、 カフェー など でも あんがい もてる ので、 わずか な オカネ で ながく あそんで くる こと を おぼえて しまい、 そんな ところ から ノラクラ の クセ が ついた の だった。 が、 ナン に して も オリン から いえば、 ジブン が いろいろ サイク を して やっと ワガヤ へ むかえいれる まで に こぎつけた、 ジサンキン-ツキ の ヨメゴリョウ で ある から、 シリ の かるい カノジョ に にげられない よう に、 セガレ と フタリ で せいぜい キゲン を とらなければ ならない わけ で、 ネコ の こと など は もちろん ハジメ から モンダイ で なかった。 いや、 ジツ を いう と、 オリン も ないない ネコ には ヘイコウ して いた の で あった。 がんらい リリー と いう ネコ は、 コウベ の ヨウショクヤ に すみこんで いた ショウゾウ が かえって くる とき に つれて きた の だ が、 これ が いる ため に イエ の ナカ が よごれる こと おびただしい。 ショウゾウ に いわせる と、 この ネコ は けっして ソソウ を しない、 ヨウ を する とき は かならず フンシ へ はいる と いう。 いかにも その テン は カンシン だ けれど、 コガイ に いて も わざわざ フンシ へ はいる ため に もどって くる と いう チョウシ なので、 フンシ が ヒジョウ に くさく なって、 その アクシュウ が ウチジュウ に ジュウマン する の で ある。 おまけに シリ の ハタ へ スナ を つけた まま あるきまわる ので、 タタミ が いつも ざらざら に なる。 アメ の ヒ など は ニオイ が いっそう つよく こもって むっと する ところ へ もって きて、 オモテ の ヌカルミ を あるいた まま で あがって くる から、 ネコ の アシアト が ここかしこ に てんてん と する。 ショウゾウ は また、 この ネコ は ト でも フスマ でも ショウジ でも、 ヒキド で さえ あれば ニンゲン と おなじ に あける、 こんな かしこい の は めずらしい と いう。 だが チクショウ の アサマシサ には、 あける ばかり で しめる こと を しらない から、 さむい ジブン には とおった アト を いちいち しめて まわらなければ ならない。 それ も いい けれども、 その ため に ショウジ は アナ-だらけ、 フスマ や イタド は ツメ の アト-だらけ に なる。 それから こまる の は、 ナマモノ、 ニモノ、 ヤキモノ の タグイ を うっかり その ヘン へ おく こと が できない、 ぼんやり して いる と すぐ たべられて しまう ので、 オゼンダテ を する ほんの わずか な アイダ でも、 ミズヤ か ハイチョウ へ いちおう いれて おかなければ ならない。 いやいや、 もっと ひどい こと は、 この ネコ は シリ の シマツ は よい が、 クチ の シマツ が わるくて、 ときどき オウト する の で ある。 それ と いう の は、 ショウゾウ が レイ の キョクゲイ に ネッチュウ して いくらでも エサ を なげて やる ので、 つい くいすぎる せい なの で ある が、 バンメシ の アト で チャブダイ を のける と、 その ヘン に いっぱい ケ が おちて いて、 クイカケ の サカナ の アタマ だの シッポ だの が たくさん ちらばって いる の で ある。
シナコ が ヨメ に くる まで は、 ダイドコロ の セワ や フキソウジ は いっさい オリン の ヤク だった から、 リリー の ため には ずいぶん なかされて いる わけ なの だ が、 キョウ まで ガマン して いた の は ヒトツ の デキゴト が あった から だった。 と いう の は、 たしか 5~6 ネン マエ に、 ムリ に ショウゾウ を ときつけて、 イチド この ネコ を アマガサキ の ヤオヤ へ やった こと が あった が、 やがて ヒトツキ も した ジブン に、 ある ヒ ひょっこり アシヤ の イエ へ ヒトリ で かえって きた の で ある。 イヌ なら フシギ は ない けれども、 ネコ が マエ の シュジン を したって 5~6 リ の ミチ を もどって くる とは、 あまり いじらしい ハナシ なので、 それ イライ ショウゾウ の カワイガリヨウ は キュウ に ばいした のみ ならず、 オリン も さすが に フビン を かんじた の か、 あるいは たしょう うすきみわるく おもった の か、 もう それから は なにも いわない よう に なった。 そして シナコ が きて から は、 フクコ と おなじ リユウ から、 ―――と いう の は ヨメ を いじめる ため に、 かえって リリー の ソンザイ が ベンリ を あたえる こと が ある ので、 やさしい コトバ の ヒトツ ぐらい は ときどき かけて やって いた の で ある。 だから ショウゾウ は、 その ハハオヤ まで が とつぜん フクコ の ミカタ を しだした ヨウス を みて は、 シンガイ で たまらない の で あった。
「けど、 リリー やったら やった かて また もどって きまっせ。 なんせ アマガサキ から でも もどって くる ネコ や さかい に な」
「ほんに なあ、 コンド は まるきり しらん ヒト や あれへん よって、 そこ は なんとも わからん けど、 もどって きたら また おいて やったら ええ がな。 ま、 ともかくも やって みて みい な。―――」
「ああ、 どう しよう、 こまった なあ」
ショウゾウ は しきり に タメイキ を ついて、 まだ なにかしら ねばって みよう と して いた が、 その とき オモテ に アシオト が して、 フクコ が フロ から かえって きた。

「ツカモト クン、 わかって まん なあ? これ、 なるべく そっと もって いかん と、 ランボウ に ふったら あきまへん で。 ネコ かて ノリモノ に よう さかい に なあ」
「そない ナンベン も いわん かて、 わかって まん が」
「それから、 これ や、」
と、 シンブンガミ に くるんだ、 ちいさな ひらべったい ツツミ を だして、
「じつは なあ、 いよいよ これ が オワカレ や さかい に、 デガケ に なんぞ おいしい もん たべさして やりたい おもいまん ねん けど、 ノリモノ に のる マエ に モノ たべさしたら、 えらい くるしみまん ねん。 それで なあ、 この ネコ カシワ の ニク が すき や よって に、 ボク、 ジブン で これ こうて きて、 ミズダキ に しときました さかい、 あっち へ ついたら じき たべさして やる よう に いうとくなはれしまへん か」
「よろし おます。 あんじょう もって いきます よって アンシン しなはれ。 ―――そんなら、 もう ヨウジ おまへん か」
「ま、 ちょっと まっとくなはれ」
そう いう と ショウゾウ は、 バスケット の フタ を あけて、 もう イチド しっかり だきあげて、
「リリー」
と いいながら ホオズリ を した。
「オマエ な、 あっち へ いったら よう いう こと きく ん やで。 あっち の あの ヒト、 もう セン みたい に いじめたり せん と、 ダイジ に して かわいがって くれる さかい に、 ちょっとも こわい こと ない で。 ええ か、 わかった なあ。―――」
だかれる こと が きらい な リリー は、 あまり つよく しめられた ので アシ を ばたばた やらした が、 バスケット の ナカ へ もどされる と、 2~3 ド シュウイ を つっついて みた だけ で、 とても でられない と あきらめた らしく、 キュウ に しずまりかえって しまった の が、 ひとしお アワレ を そそる の で あった。
ショウゾウ は、 コクドウ の バス の テイリュウジョ まで おくって ゆきたかった の で ある が、 キョウ から トウブン の アイダ、 フロ へ ゆく イガイ は イッポ も ガイシュツ して は ならぬ と、 ニョウボウ から かたく とめられて いる ので、 バスケット を さげた ツカモト が でて いった アト、 キヌケ が した よう に ぽつねん と ミセ に すわって いた。 フクコ が ガイシュツ を きんじた ワケ は、 リリー の ヨウス を きづかう あまり つい ふらふら と シナコ の イエ の キンジョ ぐらい まで ゆく かも しれない から で あった が、 じじつ ショウゾウ ジシン にも、 そういう ケネン が ない こと は なかった。 そして この ウカツ な フウフ は、 ネコ を わたして しまって から、 はじめて シナコ の ホントウ の ハラ が わかりかけて きた の で ある。
なるほど、 リリー を オトリ に オレ を よびよせよう と いう キ だった の か。 あの イエ の キンジョ を うろうろ したら、 つかまえて くどきおとそう と でも いう の か。 ―――ショウゾウ は そこ へ キ が ついて みる と、 いよいよ シナコ の インケンサ カゲン が にくく なった が、 そんな ドウグ に つかわれる リリー の ミノウエ に、 いっそう カワイサ が まして きた。 ユイイツ の ノゾミ は、 アマガサキ から にげて かえって きた よう に、 ハンキュウ の ロッコウ に ある シナコ の イエ から にげて き は せぬ か と いう こと で あった。 じつは スイガイ の アト の シゴト で いそがしい ツカモト が、 ヨル ウケトリ に くる と いった の を、 アサ に して もらった の も、 あかるい とき に つれて ゆかれたら ミチ を おぼえて いる で あろう、 そう したら にげて くる の も ヨウイ で あろう と、 そんな ココロヅモリ が あった から だ が、 それ に つけて も おもいだされる の は、 このまえ、 アマガサキ から もどって きた あの アサ の こと だった。 なんでも あれ は アキ の ナカバ ジブン で あった が、 ある ヒ、 ようよう ヨ が あけた ばかり の コロ、 ねむって いた ショウゾウ は 「にゃあ」 「にゃあ」 と いう みみなれた ナキゴエ に メ を さました。 その ジブン は ヒトリモノ の ショウゾウ が 2 カイ に ね、 ハハオヤ が シタ に ねて いた が、 アサ が はやい ので まだ アマド が しまって いる のに、 つい ちかい ところ で 「にゃあ」 「にゃあ」 と ネコ が ないて いる の を、 ユメウツツ の ウチ に きいて いる と、 どうも リリー の コエ の よう に おもえて シカタ が ない。 ヒトツキ も マエ に アマガサキ へ やって しまった もの が、 まさか イマゴロ こんな ところ に いる はず は ない が、 きけば きく ほど よく にて いる。 ばりばり と ウラ の トタン ヤネ を ふむ オト が して、 すぐ マド の ソト に きて いる ので、 とにかく ショウタイ を つきとめよう と いそいで はねおきて、 マド の アマド を あけて みる と、 つい ハナ の サキ の ヤネ の ウエ を いったり きたり して いる の が、 たいそう やつれて は いる けれども リリー に ちがいない の で あった。 ショウゾウ は わが メ を うたがう ごとく、
「リリー」
と よんだ。 すると リリー は、
「にゃあ」
と こたえて、 あの おおきな メ を、 さも うれしげ に いっぱい に ひらいて みあげながら、 カレ が たって いる ヒジカケマド の マシタ まで よって きた が、 テ を のばして だきあげよう と する と、 タイ を かわして すうっと 2~3 ジャク ムコウ へ にげた。 しかし けっして トオク へは ゆかない で、
「リリー」
と よばれる と、
「にゃあ」
と いいながら よって くる。 そこ を つかまえよう と する と、 また するする と テ の ナカ を ぬけて いって しまう。 ショウゾウ は ネコ の こういう セイシツ が たまらなく すき なの で あった。 わざわざ もどって くる くらい だ から、 よほど こいしかった の で あろう に、 その なつかしい イエ に ついて、 ヒサシブリ で シュジン の カオ を みた の で ありながら、 だこう と すれば にげて しまう。 それ は アイジョウ に あまえる シグサ の よう でも ある し、 しばらく あわなかった の が キマリ が わるくて、 はにかんで いる よう でも ある。 リリー は そういう ふう に して、 よばれる たび に 「にゃあ」 と こたえつつ ヤネ の ウエ を うろうろ した。 ショウゾウ は、 カノジョ が やせて いる こと は サイショ から キ が ついて いた けれど、 なお よく みる と、 ヒトツキ マエ より は ケ の イロツヤ が わるく なって いる ばかり で なく、 クビ の マワリ だの オ の マワリ だの が ドロダラケ に なって いて、 トコロドコロ に ススキ の ホ など が くっついて いた。 もらわれて いった ヤオヤ の イエ も ネコズキ だ と いう ハナシ で あった から、 ギャクタイ されて いた はず は ない ので、 これ は あきらか に、 1 ピキ の ネコ が アマガサキ から ここ まで ヒトリ で たどって くる ドウチュウ の ナンギ を かたる もの だった。 こんな ジコク に ここ へ ついた の は、 サクヤジュウ あるきつづけた の に ちがいない けれども、 たぶん ヒトバン ぐらい では あるまい、 もう イクバン も イクバン も、 おそらくは スウジツ マエ に ヤオヤ の イエ を にげだして、 ホウボウ で ミチ に まよいながら、 ようよう ここ まで きた の で あろう。 カノジョ が ジンカ ツヅキ の カイドウ を イッチョクセン に きた の で ない こと は、 あの ススキ の ホ を みて も わかる。 それにしても、 ネコ は サムガリ な もの で ある のに、 アサユウ の カゼ は どんな に ミ に しみた こと で あろう。 おまけに イマ は ムラシグレ の おおい キセツ でも ある から、 さだめし アメ に うたれて クサムラ へ もぐりこんだり、 イヌ に おわれて タンボ の ナカ へ かくれたり して、 くう や くわず の ドウチュウ を つづけて きた の だ。 そう おもう と、 はやく だきあげて なでて やりたくて、 ナンド も マド から テ を だした が、 その うち に リリー の ほう も、 はにかみながら だんだん カラダ を すりつけて きて、 シュジン の なす が まま に まかせた。
その とき の リリー は、 1 シュウカン ほど マエ から アマガサキ の ほう で スガタ を みなく なって いた こと が、 ノチ に といあわせて しれた の で あった が、 イマ も ショウゾウ は、 あの アサ の ナキゴエ と カオツキ と を わすれる こと が できない の で ある。 それ ばかり で なく、 この ネコ に ついて は まだ この ホカ にも カズカズ の イツワ が あって、 あの とき は あんな カオ を した、 あんな コエ を だした と いう キオク が、 イロイロ の バアイ に のこって いる の で ある。 たとえば ショウゾウ は、 はじめて この ネコ を コウベ から つれて きた ヒ の こと を はっきり と おもいだす の で ある が、 それ は サイゴ に ホウコウ を して いた シンコウケン から ヒマ を もらって アシヤ へ かえった とき で ある から、 カレ が ちょうど ハタチ の トシ、 つまり チチオヤ が なくなった トシ の、 シジュウクニチ の コロ だった。 その マエ カレ は、 ミケネコ を イチド、 それ が しんで から は 「クロ」 と よんで いた マックロ な オスネコ を、 コック-バ で かって いた の で ある が、 そこ へ デイリ の ニクヤ から、 オウシュウ-シュ の かわいらしい の が いる から と いって、 セイゴ 3 カゲツ ばかり に なる メス の コネコ を もらった の が、 リリー だった の で ある。 それで ヒマ を もらう とき にも クロ は コック-バ へ おいて きて しまった が、 コネコ の ほう は てばなす の が おしくて、 コウリ と イッショ に ある ショウテン の リヤカー の スミ へ つんで もらって、 アシヤ の イエ へ はこんだ の で あった。
ニクヤ の シュジン の ハナシ だ と、 イギリスジン は こういう ケナミ の ネコ の こと を ベッコウネコ と いう そう で ある が、 チャイロ の ゼンシン に センメイ な クロ の ハンテン が ゆきわたって いて、 つやつや と ひかって いる ところ は、 なるほど みがいた ベッコウ の ヒョウメン に にて いる。 ナン に して も ショウゾウ は、 コンニチ まで こんな ケナミ の リッパ な、 あいらしい ネコ を かった こと が なかった。 ぜんたい オウシュウ-シュ の ネコ は、 カタ の セン が ニホンネコ の よう に いかって いない ので、 ナデガタ の ビジン を みる よう な、 すっきり と した、 イキ な カンジ が する の で ある。 カオ も ニホン-シュ の ネコ だ と イッパン に スン が ながくって、 メ の シタ アタリ に クボミ が あったり、 ホオ の ホネ が とびでて いたり する けれども、 リリー の カオ は タケ が みじかく つまって いて、 ちょうど ハマグリ を サカサマ に した カタチ の、 かっきり と した リンカク の ナカ に、 すぐれて おおきな うつくしい キンメ と、 シンケイシツ に ひくひく うごめく ハナ が ついて いた。 だが ショウゾウ が この コネコ に ひきつけられた の は、 そういう ケナミ や カオダチ や カラダツキ の ため では なかった。 もしも ガイケイ だけ で いう なら、 ショウゾウ だって もっと うつくしい ペルシャ ネコ だの シャム ネコ だの を しって いる が、 でも この リリー は セイシツ が じつに あいらしかった。 アシヤ へ つれて きた トウザ は、 まだ ホントウ に ちいさくて、 テノヒラ の ウエ へ のる ほど で あった が、 その オテンバ で ヤンチャ な こと は、 とんと ナナツ か ヤッツ の ショウジョ、 ―――イタズラザカリ の、 ショウガッコウ 1~2 ネンセイ ぐらい の オンナ の コ と いう カンジ だった。 そして カノジョ は イマ より も ずっと ミガル で、 ショクジ の とき に クイモノ を つまんで アタマ の ウエ へ かざして やる と、 3~4 シャク の タカサ まで とびあがった ので、 すわって いて は すぐ とびつかれて しまう から、 しばしば ショクジ の サイチュウ に たちあがらねば ならなかった。 カレ は その ジブン から あの キョクゲイ を しこんだ の で ある が、 ハシ の サキ に つまんだ もの を、 3 ジャク、 4 シャク、 5 シャク、 と いう ふう に、 とびつく ごと に だんだん たかく して ゆく と、 シマイ には キモノ の ヒザ へ とびついて、 ムネ から カタ へ すばしっこく はいあがって、 ネズミ が ハリ を わたる よう に、 ハシ の サキ まで ウデ を わたって いったり した。 ある とき など は ミセ の カーテン に とびついて、 テンジョウ の ほう まで くるくる と はいあがって、 ハシ から ハシ へ わたって いって、 また カーテン に つかまって おりて くる、 ―――そんな ドウサ を スイシャ の よう に くりかえした。 それに、 そういう おさない とき から ヒジョウ に ヒョウジョウ が あざやか で、 メ や、 クチモト や、 コバナ の ウンドウ や、 イキヅカイ など で ココロモチ の ヘンカ を あらわす こと は、 ニンゲン と すこしも ちがわなかった。 なかんずく その ぱっちり した おおきな メダマ は、 いつも いきいき と よく うごいて、 あまえる とき、 イタズラ を する とき、 モノ に ネライ を つける とき、 どんな とき でも アイクルシサ を うしなわなかった が、 いちばん おかしい の は おこる とき で、 ちいさい カラダ を して いる くせ に、 やはり ネコ-ナミ に セ を まるく して ケ を さかだて、 シッポ を ぴんと はねあげながら、 アシ を ふんばって ぐっと にらまえる カッコウ と いったら、 コドモ が オトナ の マネ を して いる よう で、 ダレ でも ほほえんで しまう の で あった。
ショウゾウ は また、 リリー が はじめて オサン を した とき の、 あの うったえる よう な やさしい マナザシ を、 わすれる こと が できない の で あった。 それ は アシヤ へ つれて きて から ハントシ ほど すぎた ジブン で あった が、 ある ヒ の アサ、 サンケ-づいた カノジョ は しきり に にゃあにゃあ いいながら カレ の アト を おって あるく ので、 サイダ の アキバコ へ ふるい ザブトン を しいた の を オシイレ の オク の ほう に すえて、 そこ へ だいて いって やる と、 しばらく の アイダ は ハコ に はいって いる けれども、 じきに フスマ を あけて でて きて、 また なきながら おいかける。 その ナキゴエ は イマ まで カレ が きいた こと の ない コエ だった。 「にゃあ」 とは いって いる の だ が、 その 「にゃあ」 の ナカ に、 イマ まで の 「にゃあ」 が ふくんで いなかった イヨウ な イミ が こもって いた。 まあ いって みれば、 「ああ どう したら いい でしょう、 なんだか キュウ に カラダ の グアイ が ヘン なの です、 フシギ な こと が おこりそう な ヨカン が します、 こんな キモチ は まだ オボエ が ありません、 ねえ、 どうした と いう の でしょう、 シンパイ な こと は ない の でしょう か?」 ―――と、 そういう よう に きこえる の で あった。 でも ショウゾウ が、
「シンパイ せん かて ええ ねん で。 もう じき オマエ、 オカアサン に なる ねん が。………」
と、 そう いって アタマ を なでて やる と、 マエアシ を ヒザ へ のせて きて、 すがりつく よう な ヨウス を して、
「にゃあ」
と いいながら、 カレ の コトバ を イッショウ ケンメイ リカイ しよう と する か の よう に、 メノタマ を きょろきょろ させた。 それから もう イチド オシイレ の ところ へ だいて いって、 ハコ の ナカ へ いれて やって、
「ええ か、 ここ に じっと してる ねん で。 でて きたら あかん で。 ええ なあ? わかってる なあ?」
と、 しんみり いって きかせて から、 フスマ を しめて たとう と する と、 「まって ください、 どうぞ そこ に いて ください」
と でも いう よう に、 また、
「にゃあ」
と いって かなしげ に ないた。 だから ショウゾウ も つい その コエ に ほだされて、 ホソメ に あけて のぞいて みる と、 コウリ だの フロシキヅツミ だの イロイロ な ニモツ が つんで ある オシイレ の、 いちばん オク の ツキアタリ に ある ハコ の ナカ から クビ を だして、
「にゃあ」
と いって は こちら を みて いる。 チクショウ ながら まあ なんと いう ジョウアイ の ある メツキ で あろう と、 その とき ショウゾウ は そう おもった。 まったく、 フシギ の よう だ けれども、 オシイレ の オク の うすぐらい ナカ で ぎらぎら ひかって いる その メ は、 もはや あの イタズラ な コネコ の メ では なくなって、 タッタイマ の シュンカン に、 なんとも いえない コビ と、 イロケ と、 アイシュウ と を たたえた、 イチニンマエ の メス の メ に なって いた の で あった。 カレ は ニンゲン の オンナ の オサン を みた こと は ない が、 もし その オンナ が トシ の わかい うつくしい ヒト で あったら、 きっと この とおり の、 うらめしい よう な せつない よう な メツキ を して、 オット を よぶ に ちがいない と おもった。 カレ は イクド も フスマ を しめて たちさりかけて は、 また もどって きて のぞいて みた が、 その たび ごと に リリー も ハコ から クビ を だして、 コドモ が 「いない いない ばあ」 を する よう に こちら を みた。
そうして それ が、 もう 10 ネン も マエ の こと なの で ある。 しかも シナコ が ヨメ に きた の が ようよう 4 ネン マエ で ある から、 それまで 6 ネン の アイダ と いう もの、 ショウゾウ は アシヤ の イエ の 2 カイ で、 ハハオヤ の ホカ には ただ この ネコ を アイテ に しつつ くらした の で ある。 それ に つけて も ネコ の セイシツ を しらない モノ が、 ネコ は イヌ より も ハクジョウ で ある とか、 ブアイソウ で ある とか、 リコ シュギ で ある とか いう の を きく と、 いつも ココロ に おもう の は、 ジブン の よう に ながい アイダ ネコ と フタリ きり の セイカツ を した ケイケン が なくて、 どうして ネコ の カワイラシサ が わかる もの か、 と いう こと だった。 なぜか と いって、 ネコ と いう もの は ミナ イクブン か ハニカミヤ の ところ が ある ので、 ダイサンシャ が みて いる マエ では、 けっして シュジン に あまえない のみ か、 へんに よそよそしく ふるまう の で ある。 リリー も ハハオヤ が みて いる とき は、 よんで も しらん フリ を したり、 にげて いったり した けれども、 サシムカイ に なる と、 よび も しない のに ジブン の ほう から ヒザ へ のって きて、 オセジ を つかった。 カノジョ は よく、 ヒタイ を ショウゾウ の カオ に あてて、 アタマ-グルミ ぐいぐい と おして きた。 そう しながら、 あの ざらざら した シタ の サキ で、 ホオ だの、 アゴ だの、 ハナ の アタマ だの、 クチ の マワリ だの を、 トコロ きらわず なめまわした。 ヨル は かならず ショウゾウ の ソバ に ねて、 アサ に なる と おこして くれた が、 それ も カオジュウ を なめて おこす の で あった。 さむい ジブン には、 カケブトン の エリ を くぐって、 マクラ の ほう から もぐりこんで くる の で あった が、 ネガッテ の よい スキマ を みつけだす まで は、 フトコロ の ナカ へ はいって みたり、 マタグラ の ほう へ いって みたり、 セナカ の ほう へ まわって みたり して、 ようよう ある バショ に おちついて も、 グアイ が わるい と また すぐ シセイ や イチ を かえた。 けっきょく カノジョ は、 ショウゾウ の ウデ へ アタマ を のせ、 ムネ の アタリ へ カオ を つけて、 むかいあって ねる の が いちばん ツゴウ が よい らしかった が、 もし ショウゾウ が すこし でも ミウゴキ を する と、 カッテ が ちがって くる と みえて、 その つど カラダ を もぐもぐ させたり、 また ベツ の スキマ を さがしたり した。 だから ショウゾウ は、 カノジョ に はいって こられる と、 イッポウ の ウデ を マクラ に かして やった まま、 なるべく カラダ を うごかさない よう に ギョウギ よく ねて いなければ ならなかった。 そんな バアイ に、 カレ は もう イッポウ の テ で、 ネコ の いちばん よろこぶ バショ、 あの クビ の ブブン を なでて やる と、 すぐに リリー は ごろごろ いいだした。 そして カレ の ユビ に かみついたり、 ツメ で ひっかいたり、 ヨダレ を たらしたり した が、 それ は カノジョ が コウフン した とき の シグサ なの で あった。
そう いえば イチド ショウゾウ が フトン の ナカ で ホウヒ を ならす と、 その フトン の ウエ の スソ の ほう に ねて いた リリー が、 びっくり して メ を さまして、 ナニ か キタイ な ナキゴエ を だす あやしい ヤツ が かくれて いる と でも おもった の で あろう、 さも フシン そう な メ を しながら、 オオイソギ で フトン の ナカ を さがしはじめた こと が あった。 また ある とき は、 いやがる カノジョ を ムリ に だきあげよう と したら、 テ から ぬけでて、 カラダ を つたわって おりて ゆく ヒョウシ に、 ヒジョウ に くさい ガス を もらした の が、 マトモ に ショウゾウ の カオ に かかった。 たしか その とき は ショクジ の アト で、 イマ ゴチソウ を たべた ばかり の、 はちきれそう に ふくらんだ リリー の オナカ を、 ぐうぜん ショウゾウ が リョウテ で ぎゅっと おさえた の で ある。 そして ウン わるく も、 ちょうど カノジョ の コウモン が カレ の カオ の マシタ に あった ので、 チョウ から でる イキ が イッチョクセン に ふきあげた の だ が、 その くさかった こと と いったら、 いかな ネコズキ も その とき ばかり は、
「うわっ」
と いって カノジョ を ユカ へ ほうりだした。 イタチ の サイゴッペ と いう の も おそらく こんな クササ で あろう が、 まったく それ は シツヨウ な ニオイ で、 いったん ハナ の サキ へ こびりついたら、 ふいて も あらって も、 シャボン で ごしごし こすって も、 その ヒ イチニチジュウ ぬけない の で あった。
ショウゾウ は よく、 リリー の こと で シナコ と イサカイ を した ジブン に、 「ボク リリー とは ヘ まで かぎおうた ナカ や」 など と、 イヤミ-めかして いった もの だ が、 10 ネン の アイダ も イッショ に くらして いた と すれば、 たとい 1 ピキ の ネコ で あって も、 インネン の ふかい もの が ある ので、 カンガエヨウ では、 フクコ や シナコ より いっそう したしい とも いえなく は ない。 じじつ シナコ と つれそうて いた の は、 アシカケ 4 ネン と いう けれども ショウミ は 2 ネン ハン ほど で ある し、 フクコ も イマ の ところ では、 きて から やっと ヒトツキ に しか ならない の で ある。 そうして みれば ながの トシツキ を ともに して いた リリー の ほう が、 イロイロ な バアイ の カイソウ と ミッセツ に つながって いる わけ で、 つまり リリー と いう もの は、 ショウゾウ の カコ の イチブ なの で ある。 だから ショウゾウ は、 いまさら てばなす の が つらい の は アタリマエ の ニンジョウ では ない か、 それ を モノズキ だの、 ネコ キチガイ だの と、 ナニ か たいへん ヒジョウシキ の よう に いわれる リユウ が ない と おもう の で あった。 そして フクコ の ハクガイ と、 ハハオヤ の セッキョウ ぐらい で、 もろくも コシ が くじけて しまって、 あの タイセツ な トモダチ を むざむざ タニン の テ へ わたした ジブン の ヨワキ と フガイナサ と が、 うらめしく なって くる の で あった。 なんで ジブン は もっと ショウジキ に、 おとこらしく、 ドウリ を といて みなかった の だろう。 なんで ニョウボウ にも ハハオヤ にも、 もっと もっと ゴウジョウ を はりとおさなかった の で あろう。 そうした ところ で サイゴ には やはり まかされて、 おなじ ケッカ を みた かも しれぬ が、 でも それ だけ の ハンコウ も せず に しまった の では、 リリー に たいして いかにも ギリ が すまない の で あった。
もしも リリー が、 あの アマガサキ へ やった ジダイ に あれきり もどって こなかった と したら? ―――あの とき だったら、 カレ も いったん ドウイ を あたえて タケ へ ゆずった の で ある から、 きれい に あきらめ も した で あろう。 だが あの アサ、 トタン ヤネ の ウエ で ないて いた の を やっと つかまえて、 ホオズリ を しながら だきしめた シュンカン に、 ああ、 フビン な こと を した、 オレ は ザンコク な シュジン だった、 もう どんな こと が あって も ダレ にも やる もの か、 しぬ まで ここ に おいて やる の だ と、 ココロ に ちかった ばかり で なく、 リリー とも かたい ヤクソク を した キモチ だった。 それ を コンド、 また あんな ふう に して おいだして しまった か と おもう と、 ヒジョウ に ハクジョウ な、 むごい こと を した と いう カンジ が ムネ に せまって くる の で あった。 そのうえ かわいそう なの は、 この 2~3 ネン めっきり トシ を とりだして、 カラダ の コナシ や、 メ の ヒョウジョウ や、 ケ の イロツヤ など に、 ロウスイ の サマ が ありあり と みえて いた の で ある。 まったく、 それ も その はず で、 ショウゾウ が カノジョ を リヤカー へ のせて ここ へ つれて きた とき は、 カレ ジシン が まだ ハタチ の セイネン だった のに、 もう ライネン は 30 に テ が とどく の で ある。 まして ネコ の ジュミョウ から いえば、 10 ネン と いう サイゲツ は、 たぶん ニンゲン の 50~60 ネン に あたる で あろう。 それ を おまえば、 もう ヒトコロ の ゲンキ が ない の も ドウリ で ある とは いう ものの、 カーテン の テッペン へ のぼって いって ツナワタリ の よう な カルワザ を した コネコ の ドウサ が、 つい キノウ の こと の よう に メ に のこって いる ショウゾウ は、 コシ の アタリ が げっそり と やせて、 ウツムキ カゲン に クビ を ちょこちょこ ふりながら あるく キョウコノゴロ の リリー を みる と、 ショギョウ ムジョウ の コトワリ を テヂカ に しめされた ココチ が して、 いう に いわれず かなしく なって くる の で あった。
カノジョ が いかに おとろえた か と いう こと を ショウメイ する ジジツ は いくらも ある が、 たとえば トビアガリカタ が ヘタ に なった の も その ヒトツ の レイ なの で ある。 コネコ の ジブン には、 じっさい ショウゾウ の ミノタケ ぐらい まで は あざやか に とんで、 あやまたず に エサ を とらえた。 また かならずしも ショクジ の とき に かぎらない で、 いつ、 どんな もの を みせびらかして も、 すぐ とびあがった。 ところが トシ を とる ごと に とびあがる ドスウ が すくなく なり、 タカサ が ひくく なって いって、 もう チカゴロ では、 クウフク な とき に ナニ か クイモノ を みせられる と、 それ が ジブン の コウブツ で ある か イナ か を たしかめた うえ で、 はじめて とびあがる の で ある が、 それでも ズジョウ 1 シャク ぐらい の ヒクサ に しなければ ダメ なの で ある。 もしも それ より たかく する と、 もう とぶ こと を あきらめて、 ショウゾウ の カラダ を のぼって ゆく か、 それ だけ の キリョク も ない とき は、 ただ たべたそう に ハナ を ひくひく させながら、 あの トクユウ な あわれっぽい メ で カレ の カオ を みあげる の で ある。 「もし、 どうか ワタシ を かわいそう だ と おもって ください。 じつは オナカ が たまらない ほど へって いる ので、 あの エサ に とびつきたい の です が、 ナニ を いう にも この トシ に なって、 とても ムカシ の よう な マネ は できなく なりました。 もし、 オネガイ です、 そんな ツミ な こと を しない で、 はやく あれ を なげて ください」 ―――と、 シュジン の ヨワキ な セイシツ を すっかり のみこんで いる か の よう に、 メ に モノ を いわせて うったえる の だ が、 シナコ が かなしそう な メツキ を して も そんな に ムネ を うたれない のに、 どういう もの か リリー の メツキ には フシギ な イタマシサ を おぼえる の で あった。
コネコ の とき には あんな に カイカツ に、 あいくるしかった カノジョ の メ が、 いつから そういう かなしげ な イロ を うかべる よう に なった か と いう と、 それ が やっぱり あの ウイザン の とき から なの で ある。 あの、 オシイレ の オク の サイダ の ハコ から クビ を だして じゅつなさそう に みて いた とき、 ―――あの とき から カノジョ の マナザシ に アイシュウ の カゲ が やどりはじめて、 その ノチ ロウスイ が くわわる ほど だんだん こく なって きた の で ある。 それで ショウゾウ は、 ときどき リリー の メ を みつめながら、 リコウ だ と いって も ちいさい ケモノ に すぎない もの が、 どうして こんな イミ ありげ な メ を して いる の か、 ナニ か ホントウ に かなしい こと を かんがえて いる の だろう か と、 おもう オリ が あった。 マエ に かって いた ミケ だの クロ だの は、 もっと バカ だった せい かも しれぬ が、 こんな かなしい メ を した こと は イチド も ない。 そう か と いって、 リリー は かくべつ インウツ な セイシツ だ と いう の でも ない。 おさない コロ は いたって オテンバ だった の だし、 オヤネコ に なって から だって、 ソウトウ に ケンカ も つよかった し、 カッパツ に あばれる ほう で あった。 ただ ショウゾウ に あまえかかったり、 タイクツ そう な カオ を して ヒナタボッコ など を して いる とき に、 その メ が ふかい ウレイ に みちて、 ナミダ さえ うかめて いる か の よう に、 ウルオイ を おびて くる こと が あった。 もっとも それ も、 その ジブン には ナマメカシサ の カンジ の ほう が つよかった の だ が、 トシ を とる に したがって、 ぱっちり して いた ヒトミ も くもり、 メ の フチ には メヤニ が たまって、 みる も とげとげしい、 あらわ な アイショウ を しめす よう に なった の で ある。 で、 これ は コト に よる と、 カノジョ の ホンライ の メツキ では なくて、 その オイタチ や カンキョウ の クウキ が カンカ を あたえた の かも しれない、 ニンゲン だって クロウ を する と カオ や セイシツ が かわる の だ から、 ネコ でも その くらい な こと が ない とは いえぬ、 ―――と、 そう かんがえる と、 なおさら ショウゾウ は リリー に すまない キ が する の で ある。 それ と いう の は、 イマ まで 10 ネン の アイダ と いう もの、 なるほど ずいぶん かわいがって は やった けれども、 いつでも たった フタリ ぎり の、 さびしい こころぼそい セイカツ ばかり あじわわせて きた の で あった。 なにしろ カノジョ が つれて こられた の は、 ハハオヤ と ショウゾウ と、 オヤ ヒトリ コ ヒトリ の ジダイ だった から、 とても シンコウケン の コック-バ の よう に にぎやか では なかった。 そこ へ もって きて ハハオヤ が カノジョ を うるさがる ので、 セガレ と ネコ とは 2 カイ で しんみり くらさなければ ならなかった。 そういう ふう に して 6 ネン の サイゲツ を おくった ノチ に、 シナコ が ヨメ に きた の で ある が、 それ は けっきょく、 この あたらしい シンニュウシャ から ジャマモノ アツカイ される こと に なって、 いっそう リリー を カタミ の せまい モノ に して しまった。
いや、 もっと もっと すまない こと を した と おもう の は、 せめて コネコ を おいて やって、 ヨウイク させれば よかった のに、 コ が うまれる と なるべく はやく モライテ を さがして わけて しまい、 1 ピキ も イエ へ のこさない ホウシン を とった の で あった。 そのくせ カノジョ は じつに よく うんだ。 ホカ の ネコ が 2 ド オサン を する アイダ に、 3 ド オサン を した。 アイテ は どこ の ネコ か わからなかった が、 うまれた コネコ たち は アイノコ で、 ベッコウネコ の オモカゲ を イクブン か そなえて いる もの だ から、 わりあい に キボウシャ が おおかった けれども、 ときには そうっと カイガン へ もって いったり、 アシヤガワ の テイボウ の マツ の コカゲ など へ すてて きたり した。 これ は ハハオヤ への キガネ の ため で ある こと は いう まで も ない が、 ショウゾウ ジシン も、 リリー が はやく ロウスイ する の は、 ヒトツ は タサン の せい かも しれぬ、 だから ニンシン を とめる こと が できない なら、 チチ を のませる こと だけ でも ひかえさせた ほう が よい と、 そういう アタマ で トリハカライ も した の で あった。 じっさい カノジョ は、 オサン の たび ごと に メ に みえて ふけて いった。 ショウゾウ は、 カノジョ が カンガルー の よう に ハラ を ふくらして、 せつなげ な メツキ を して いる の を みる と、
「アホ やなあ、 そない に ナンベン も ハラボテ に なったら、 オバアサン に なる ばかり や ない か」
と、 いつも フビン そう な クチョウ で いった。 オス なら キョセイ して あげる が、 メス では シュジュツ しにくい と いわれて、
「そんなら、 エッキス コウセン かけとくなはれしまへん か」
と、 そう いって ジュウイ に わらわれた こと も あった。 だが ショウゾウ に して みれば、 それ や これ や も カノジョ の ため を おもって の こと で、 ムジヒ な アツカイ を した つもり では なかった の だ が、 なんと いって も、 ミノマワリ から ケツゾク を うばって しまった こと は、 カノジョ を へんに うらさびしい、 カゲ の うすい もの に した こと は いなまれなかった。
そういう ふう に かぞえて ゆく と、 カレ は ずいぶん リリー に 「クロウ」 を かけた と いう キ が する の で ある。 カレ の ほう が カノジョ の おかげ で なぐさめられて いる わり に、 リリー の ほう は いっこう ラク を して いない よう に おもえる の で ある。 ことに サイキン の 1~2 ネン、 フウフ の フワ と セイケイ の コンナン と で しじゅう イエ の ナカ が ごたごた して いた アイダ、 リリー も それ に まきこまれて、 どう したら よい か ミ の オキドコロ が ない よう に うろたえて いた こと が あった。 ハハオヤ が イマヅ の フクコ の イエ から ムカイ を よこして、 ショウゾウ に ヨビダシ を かけたり する と、 シナコ より サキ に リリー が カレ の スソ へ すがって、 あの かなしい メ で ひきとめたり した。 それでも ふりきって でて ゆく と、 イヌ の よう に アト を おいかけて、 1 チョウ も 2 チョウ も ついて きた。 だから ショウゾウ も、 シナコ の こと より は カノジョ の こと が シンパイ に なって、 なるべく はやく かえる よう に した の で あった が、 フツカ も ミッカ も とまって きた とき など は、 キ の せい かも しれぬ が、 その メ の イロ に また いちだん と くらい カゲ が そわって いた。
もう この ネコ も ヨメイ いくばく も ない の では ない か、 ―――と、 コノゴロ に なって カレ は しばしば そんな ヨカン を おぼえる に つけ、 そういう ユメ を みた こと も 1 ド や 2 ド では ない の で あった。 その ユメ の ナカ の ショウゾウ は、 オヤキョウダイ に シニワカレ でも した よう な ヒタン に しずみ、 ナミダ で カオ を ぬらして いる の だ が、 もし ホントウ に リリー の シ に あう こと が あったら、 カレ の ナゲキカタ は ユメ の ナカ の それ にも おとらない よう な キ が する の で ある。 で、 そんな グアイ に それ から それ へ と かんがえはじめる と、 カノジョ を おめおめ ゆずって しまった こと が、 また もう イチド くやしく、 なさけなく、 はらだたしく なって くる の で あった。 そして カノジョ の あの メツキ が、 どこ か の スミ から うらめしそう に こちら を みて いる よう に おもえて シカタ が なかった。 いまさら くやんで も おっつかない こと だ けれども、 あんな に ロウスイ して いた もの を、 なぜ むごたらしく おいやって しまった の だろう。 なぜ この イエ で しなして やらなかった の だろう。………
「アンタ、 なんで シナコ さん あの ネコ ほしがってた のん か、 その ワケ わかって なはる か。―――」
その ヒ の ユウガタ、 レイ に なく ひっそり と した チャブダイ に むかって、 しょんぼり サカズキ の フチ を なめて いる テイシュ を みながら、 フクコ が てれくさそう な チョウシ で いう と、
「さあ、 なんで やろ」
と、 ショウゾウ は ちょっと そらとぼけた。
「リリー ジブン の とこ へ おいといたら、 きっと アンタ が あい に くる やろ いう ところ や ねん。 なあ、 そう だっしゃろ が」
「まさか、 そんな あほらしい こと、………」
「きっと そう に ちがいない ねん。 ワテ キョウ やっと キイ ついた わ。 アンタ その テ に のらん よう に しとくなはれ や」
「わかってる、 ダレ が のる かいな」
「きっと やなあ?」
「ふふ」
と ショウゾウ は ハナ の サキ で わらって、
「ネン おす まで も ない こっちゃ ない か」
と、 また サカズキ の フチ を なめた。

キョウ は いそがし おます さかい に、 もう あがらん と かえります わ と、 ゲンカンサキ に バスケット を おいて、 ツカモト が でて いって しまって から、 シナコ は それ を さげた まま せまい キュウ な ダンバシゴ を あがって、 ジブン の ヘヤ に あてられた 2 カイ の 4 ジョウ ハン に はいって いった。 そして、 デイリグチ の フスマ だの ガラス ショウジ だの を すっかり しめきって しまって から、 バスケット を ヘヤ の マンナカ に すえて、 フタ を あけた。
キミョウ な こと に、 リリー は キュウクツ な カゴ の ナカ から すぐに は ソト へ でよう と せず に、 フシギ そう に クビ だけ のばして しばらく シツナイ を みまわして いた。 それから ようやく、 ゆるゆる と した アシドリ で でて きて、 こういう バアイ に オオク の ネコ が する よう に、 ハナ を ひくつかせながら ヘヤジュウ の ニオイ を かぎはじめた。 シナコ は 2~3 ド、
「リリー」
と よんで みた けれども、 カノジョ の ほう へは ちらり と そっけない ナガシメ を あたえた きり で、 まず デイリグチ と オシイレ の シキイギワ へ いって ニオイ を かいで み、 ツギ には マド の ところ へ いって ガラス ショウジ を 1 マイ ずつ かいで み、 ハリバコ、 ザブトン、 モノサシ、 ヌイカケ の イルイ など、 その ヘン に ある もの を いちいち タンネン に かいで まわった。 シナコ は さっき、 トリニク の シンブンヅツミ を あずかった こと を おもいだして、 その ツツミ の まま トオリミチ へ おいて みた けれども、 それ には キョウミ を かんじない らしく、 ちょっと かいた だけ で、 ふりむき も しない。 そして、 ばさり、 ばさり、 ………と、 タタミ の ウエ に ブキミ な アシオト を させながら、 ひととおり シツナイ ソウサク を して しまう と、 もう イッペン デイリグチ の フスマ の マエ へ もどって きて、 マエアシ を かけて あけよう と する ので、
「リリー や、 オマエ キョウ から ワテ の ネコ に なった ん やで。 もう どこ へも いったら あかん ねん で」
と、 そう いって そこ に たちふさがる と、 また しかたなく ばさり、 ばさり と あるきまわって、 コンド は キタガワ の マドギワ へ ゆき、 カッコウ な ところ に おいて あった コギレバコ の ウエ に あがって、 セノビ を しながら ガラス ショウジ の ソト を ながめた。
9 ガツ も キノウ で オシマイ に なって、 もう ホントウ の アキ-らしく はれた アサ で あった が、 すこし さむい くらい の カゼ が たって、 ウラ の アキチ に そびえて いる 5~6 ポン の ポプラー の ハ が しろく ちらちら ふるえて いる ムコウ に、 マヤサン と ロッコウ の イタダキ が みえる。 ジンカ が もっと たてこんで いる アシヤ の 2 カイ の ケシキ とは、 だいぶ ヨウス が ちがう の だ けれども、 リリー は いったい どんな キモチ で みて いる の だろう か。 シナコ は はからずも、 よく この ネコ と フタリ きり で オキザリ に された こと が あった の を おもいだした。 ショウゾウ も、 ハハオヤ も、 イマヅ へ でかけた きり かえらない ので、 ヒトリボッチ で オチャヅケ を かっこんで いる と、 その オト を きいて リリー が よって くる。 ああ、 そう だった、 ゴハン を やる の を わすれて いた が、 オナカ が へって いる の だろう と、 さすが に かわいそう に なって、 ザンパン の ウエ に ダシジャコ を のせて やる と、 ゼイタク な ショクジ に なれて いる せい か うれしそう な カオ も しない で、 ほんの モウシワケ ぐらい しか たべない もの だ から、 つい ハラ が たって、 せっかく の アイジョウ も けしとんで しまう。 ヨル は オット の ネドコ を しいて、 かえる か どう か わからない ヒト を まちわびて いる と、 その ネドコ の ウエ へ エンリョ エシャク も なく のって きて、 のうのう と アシ を のばす ニクラシサ に、 ねかけた ところ を たたきおこして おいたてて やる。 そんな グアイ に、 ずいぶん この ネコ には あたりちらした もの だ けれども、 ふたたび こうして イッショ に くらす よう に なった の は、 やっぱり インネン と いう の で あろう。 シナコ は ジブン が アシヤ の イエ を おいだされて きて、 はじめて この 2 カイ に おちついた とき にも、 あの キタガワ の マド から ヤマ の ほう を ながめながら、 オット コイシサ の オモイ に かられた こと が ある ので、 イマ の リリー が ああして ソト を みて いる ココロモチ も ぼんやり わかる よう な キ が して、 ふと メガシラ が あつく なって くる の で あった。
「リリー や、 さ、 こっち へ きて、 これ たべなさい。―――」
やがて カノジョ は、 オシイレ の フスマ を あけて、 かねて ヨウイ を して おいた もの を とりだしながら いう の で あった。 カノジョ は キノウ ツカモト の ハガキ を うけとった ので、 いよいよ ここ へ つれて こられる チンキャク を カンタイ する ため に、 ケサ は イツモ より ハヤオキ を して、 ボクジョウ から ギュウニュウ を かって くる やら、 サラ や オワン を そろえて おく やら、 ―――この チンキャク には フンシ が ヒツヨウ だ と キ が ついて、 サクヤ あわてて ホウラク を かい に いった の は いい が、 スナ が ない の には こまって しまって、 5~6 チョウ サキ の フシンバ から、 コンクリート に つかう スナ を ヤミ に まぎれて ぬすんで くる やら して、 そんな もの まで オシイレ の ナカ に こっそり しのばせて おいた の で ある。 で、 その ギュウニュウ と、 ハナガツオ を ふりかけた ゴハン の オサラ と、 ハゲチョロケ の、 フチ の かけた オワン を とりだす と、 ビン の ギュウニュウ を オワン へ うつして、 ヘヤ の マンナカ へ シンブンガミ を ひろげた。 それから オミヤゲ の ツツミ を ひらいて、 ミズダキ に して ある カシワ の ニク を、 タケ の カワ-グルミ それら の ゴチソウ と イッショ に ならべた。 そして 「リリー や、 リリー や」 と ツヅケサマ に よびながら、 サラ と ビン と を かちゃかちゃ うちつけて みたり した けれども、 リリー は てんで きこえない フリ を して、 まだ マドガラス に しがみついて いる の で あった。
「リリー や」
と、 カノジョ は ヤッキ に なって よんだ。
「オマエ、 なんで そない オモテ ばかり みてん のん? オナカ すいてえ へん のん か?」
サッキ の ツカモト の ハナシ では、 ノリモノ に よう と いけない と いう ショウゾウ の ココロヅカイ から、 ケサ は アサメシ を あたえて いない の だ そう で ある から、 よほど クウフク を うったえなければ ならない はず で、 ホンライ ならば サラコバチ の なる オト を きいたら たちまち とんで くる ところ だ のに、 イマ は その オト も ミミ に はいらず、 ひもじい こと も かんじない くらい、 ここ を のがれたい イチネン に かられて いる の で あろう か。 カノジョ は かつて この ネコ が アマガサキ から もどって きた イッケン を きかされて いる ので、 トウブン の アイダ は メ が はなされない こと で あろう と、 カクゴ して いた ものの、 でも タベモノ を たべて くれて、 フンシ へ ショウベン を たれる よう に なって くれたら だいじょうぶ だ と、 それ を タノミ に して いた の だ が、 くる そうそう から こんな チョウシ では、 すぐに も にげられて しまいそう に おもえた。 そして ドウブツ を てなずける には、 ジブン の よう に セッカチ に して は いけない の だ と しりながら、 なんとか して たべる ところ を ミトドケタサ に、 ムリ に マドギワ から ひきはなして、 ヘヤ の マンナカ へ だいて きて、 タベモノ の ウエ へ じゅんじゅん に ハナ を おしつけて やる と、 リリー は アシ を ばたばた やらして、 ツメ を たてたり ひっかいたり する ので、 シカタ が なし に はなして しまう と、 また マドギワ へ もどって いって、 コギレバコ の ウエ へ のぼる。
「リリー や、 これ、 これ を みて ごらん。 ここ に オマエ の いっち すき な もん ある のんに、 これ が わからん かいな」
と、 こちら も エコジ に おいかけて いって、 トリ の ニク だの ギュウニュウ だの を しつっこく もちまわりながら、 ハナ の サキ へ こすりつける よう に して やって も、 キョウ ばかり は その コウブツ の ニオイ にも つられなかった。
これ が まったく み も しらぬ ヒト に あずけられた と いう の では なし、 ともかくも アシカケ 4 ネン の アイダ おなじ ヤネ の シタ に すみ、 おなじ カマド の ゴハン を たべて、 ときには たった フタリ ぎり で ミッカ も ヨッカ も ルスバン を させられた ナカ で ある のに、 あんまり ブアイソウ-すぎる では ない か。 それとも ワタシ に いじめられた こと を イマ も ネ に もって いる の だ と すれば、 チクショウ の くせ に ナマイキ な と、 つい ハラ も たって くる の で あった が、 ここ で この ネコ に にげられて しまったら、 せっかく の ケイカク が ミズ の アワ に なった うえ、 アシヤ の ほう で それ みた こと か と テ を たたいて わらう で あろう、 もう コノウエ は コンクラベ を して、 キ が おれて くる の を まつ より ホカ に シカタ が ない、 なあに、 ああして クイモノ と フンシ と を メノマエ に あてがって おき さえ すれば、 いくら ゴウジョウ を はったって、 シマイ には オナカ が へって くる から くわず に いられない で あろう し、 ショウベン だって たれる で あろう、 そんな こと より キョウ は ワタシ は いそがしい の だ、 ぜひ バン まで に と うけあった シゴト が あった のに、 アサ から なにひとつ テ を つけて いない の だった と、 ようよう カノジョ は おもいかえして、 ハリバコ の ソバ に すわった。 そして オトコモノ の メイセン の ワタイレ を、 それから せっせと ぬい に かかった が、 ものの 1 ジカン も そうして いる うち に、 すぐ また シンパイ に なって くる ので、 ときどき ヨウス に キ を つけて いる と、 やがて リリー は ヘヤ の スミッコ の ほう へ いって、 カベ に ぴったり よりそうて うずくまった まま、 ミウゴキ ヒトツ しない よう に なって しまった。 それ は まったく、 チクショウ ながら も のがれる ミチ の ない こと を さとって、 カンネン の メ を とじた と でも いう の で あろう か。 ニンゲン だったら、 おおきな カナシミ に とざされた あまり、 あらゆる キボウ を なげうって、 シ を カクゴ した と いう ところ でも あろう か。 シナコ は うすきみわるく なって、 いきて いる か どう か を たしかめる ため に、 そうっと ソバ へ よって いって、 だきおこして み、 コキュウ を しらべて み、 つきうごかして みる と、 ナニ を されて も テイコウ も しない カワリ に、 まるで アワビ の ミ の よう に カラダジュウ を ひきしめて、 かたく なって いる サマ が ユビサキ に かんじられる。 まあ、 ホントウ に、 なんと いう ゴウジョウ な ネコ で あろう。 こんな グアイ で、 いつ に なったら なつく とき が ある で あろう。 だが コト に よる と、 わざと ああいう フウ を して、 こちら の ユダン を みすまして いる の では ない か。 イマ は ああして、 あきらめた よう に して いる けれども、 おもい イタド を さえ あける ネコ で ある から、 うっかり ヘヤ を ルス に したら、 その アイダ に いなく なって しまう の では ない か。 そう おもう と カノジョ は、 タニン の こと より も ジブン ジシン が、 ゴハン を たべ に ゆく こと も カワヤ へ たつ こと も できない の で あった。
オヒル に なって、 イモウト の ハツコ が、
「ネエサン、 ゴハン」
と、 ダンバシゴ の シタ から コエ を かける と、
「はい」
と シナコ は たちあがりながら、 しばらく ヘヤ の ナカ を うろうろ した。 そして けっきょく、 メリンス の コシヒモ を 3 ボン つないで、 リリー の カタ から ワキノシタ へ、 ジュウモンジ に タスキ を かけて、 つよく しめすぎない よう に、 そう か と いって すっぽり ぬけられない よう に、 ナンド も ネン を いれて しめなおして、 セナカ で しっかり ムスビタマ を つくった。 それから その ヒモ の もう イッポウ の ハシ を もって、 また ひとしきり うろうろ して いた が、 とうとう テンジョウ から さがって いる デントウ の コード に くくりつける と、 やっと アンシン して シタ へ おりた。 が、 ショクジ の アイダ も キ に かかる ので、 そこそこ に して あがって きて みる と、 しばられた まま やはり スミッコ の ほう へ いって、 マエ より も なお カラダ を ちぢめて いる では ない か。 カノジョ は いっそ、 ジブン が いない ほう が いい の かも しれない、 しばらく ヒトリ に して おいたら、 その アイダ に たべる もの は たべ、 たれる もの は たれる かも しれない と、 そう も キタイ して いた の で あった が、 もちろん そんな ケイセキ も ない。 カノジョ は 「ちょっ」 と シタウチ を して、 イマ も ヘヤ の マンナカ に むなしく おかれて ある ゴチソウ の オサラ と、 スナ が すこしも ぬれて いない きれい な フンシ と を うらめしそう に にらみながら、 ハリバコ の ソバ に すわる。 か と おもう と、 ああ、 そう だった、 あんまり ながく しばって おいて は かわいそう だ と、 また たちあがって、 ほどき に いって、 ついでに なでて みたり、 だいて みたり、 ダメ と しりながら も タベモノ を すすめて みたり、 フンシ の イチ を かえて みたり、 それ を イクド か くりかえす うち に ヒ が くれて きて、 ユウガタ の 6 ジ-ゴロ に なる と、 シタ から ハツコ が バン の ゴハン を しらせる ので、 また ヒモ を もって たちあがる。 そんな ふう に して、 その ヒ は イチニチ ネコ の こと に かまけて、 うけあった シゴト も できない まま に アキ の ヨナガ が ふけて しまった。
11 ジ が なる と、 シナコ は ヘヤ を かたづけて から、 もう イチド リリー を しばって、 ザブトン を 2 マイ も しいた ウエ へ ねかして、 ゴハン と ベンキ と を ミヂカ な ところ へ ならべて やった。 それから ジブン の ネドコ を のべ、 アカリ を けして ネムリ に ついた が、 せめて アサ に なる まで には、 ギュウニュウ でも カシワ でも なんでも いい から、 どれ か ヒトツ ぐらい たべて いて くれない だろう か、 アス の アサ メ を ひらいた とき あの オサラ が カラ に なって いて くれたら、 そうして フンシ が ぬれて いて くれたら、 どんな に うれしい で あろう など と おもう と、 メ が さえて きて ねられない まま に、 リリー の ネイキ が きこえる かしらん と ヤミ の ナカ で ミミ を すます と、 しーん と ミズ を うった よう で、 かすか な オト も して いない。 あまり しずかすぎる の が キ に なって、 マクラ から クビ を もたげる と、 マド の ほう は うすぼんやり と あかるい けれども、 リリー が いる はず の スミッコ の ほう は あいにく マックラ で なにも みえない。 ふと おもいついて、 アタマ の ウエ を テサグリ して、 テンジョウ から ハスッカイ に ひっぱられて いる ヒモ を つかんで、 たぐりよせる と、 だいじょうぶ テゴタエ が ある。 でも ネン の ため に デントウ を つけて みる と、 なるほど いる こと は いる けれども、 あの、 すねた よう に ちぢこまって、 まるく なって いる シセイ が、 ヒルマ と すこしも かわって いない し、 タベモノ も フンシ も そっくり そのまま ならんで いる ので、 また がっかり して アカリ を けす。 その うち に ようやく とろとろ と しかけて、 しばらく して から メ を さます と、 もう いつのまにか ヨ が あけて いて、 みれば フンシ の スナ の ウエ に おおきな カタマリ が おとして あり、 ギュウニュウ の オサラ と ゴハン の オサラ が すっかり たいらげられて いる ので、 しめた と おもう と それ が ユメ だったり する の で ある。
だが、 1 ピキ の ネコ を てなずける の は、 こんな に ホネ の おれる こと なの だろう か。 それとも リリー と いう ネコ が トクベツ に ゴウジョウ なの だろう か。 もっとも これ が まだ がんぜない コネコ で あったら、 わけなく なつく の で あろう けれども、 こういう ロウビョウ に なって くる と、 ニンゲン と おなじ で、 シュウカン や カンキョウ の ちがった バショ へ つれて こられる と いう こと が、 ヒジョウ な ダゲキ なの かも しれない。 そして ついには、 それ が ゲンイン で しぬ よう な こと に なる の かも しれない。 シナコ は もともと、 ハラ に ヒトツ の モクサン が あって すき でも ない ネコ を ひきとった ので、 こんな に テカズ が かかる もの とは しらなかった が、 いわば イゼン は カタキドウシ で あった ケモノ の おかげ で、 ヨル も おちおち ねられない ほど クロウ を させられる インネン を おもいあわせる と、 フシギ にも ハラ が たたない で、 ネコ も かわいそう なら ジブン も かわいそう だ と いう キモチ が わいて くる の で あった。 かんがえて みれば、 ジブン だって アシヤ の イエ を でて きた トウザ は、 ここ の 2 カイ に ヒトリ で しょんぼり して いる こと が コノウエ も なく かなしくって、 イモウト フウフ が みて いない とき は、 マイニチ マイバン ないて ばかり いた では ない か。 ジブン だって、 フツカ ミッカ は ナニ を する ゲンキ も なく、 ろくろく モノ も たべなかった では ない か。 そうして みれば、 リリー に したって アシヤ が こいしい の は アタリマエ だ。 ショウゾウ さん に あんな に かわいがられて いた の だ もの を、 その くらい な ジョウ が なければ オンシラズ だ。 まして こんな に トシ を とって、 すみなれた イエ を おわれ、 きらい な ヒト の ところ へ なんか つれて こられて、 どんな に やるせない で あろう。 もし ホントウ に リリー を てなずけよう と いう なら、 その ココロモチ を さっして やり、 ナニ より も アンシン と シンライ を もたせる よう に しむけなければ ならない。 かなしい カンジョウ で ムネ が いっぱい に なって いる とき に、 ムリ に ゴチソウ を すすめたら、 ダレ だって ハラ が たつ では ない か。 だのに ジブン は、 「たべる の が いや なら ショウベン を しろ」 と、 フンシ まで も つきつけた。 あまり と いえば テマエ-ガッテ な、 ココロナシ の ヤリカタ だった。 いや、 その くらい は まだ いい と して、 しばった の が いちばん よく なかった。 アイテ に シンライ されたかったら、 まず こちら から シンライ して かからなければ ならない のに、 あれ では ますます キョウフシン を おこさせる。 いくら ネコ でも、 しばられて いて は ショクヨク も でない で あろう し、 ショウベン も つまって しまう で あろう。
あくる ヒ に なる と、 シナコ は しばる こと を ヤメ に して、 にげられたら にげられた で シカタ が ない と、 ドキョウ を きめた。 そして ときどき、 5 フン か 10 プン ぐらい の アイダ、 ためしに ヒトリ ほうって おいて、 ヘヤ を ルス に して みる と、 まだ ゴウジョウ に ちぢこまって は いる けれども、 いい アンバイ に にげだしそう な フウ も みえない。 それで にわか に キ を ゆるした こと が わるかった の だ が、 オヒル の ゴハン に、 キョウ は ゆっくり たべよう と おもって、 30 プン ほど シタ へ おりて いる とき だった、 2 カイ で ナニ か、 がさっ と いう オト が した よう なので、 いそいで あがって きて みる と、 フスマ が 5 スン ほど あいて いる。 たぶん リリー は、 そこ から ロウカ へ でて、 ミナミガワ の、 6 ジョウ の マ を とおりぬけて、 おりあしく アケハナシ に なって いた そこ の マド から ヤネ へ とびだした の で あろう、 もう その ヘン には カゲ も カタチ も みえなかった。
「リリー や、………」
カノジョ は さすが に おおきな コエ で わめこう と して、 つい その コエ が でず に しまった。 あんな に シンク した カイ も なく、 やっぱり にげられた か と おもう と、 もう おいかける キリョク も なく、 なんだか ほっと して、 ニ が おりた よう な グアイ で あった。 どうせ ジブン は ドウブツ を ならす の が ヘタ なの だ から、 おそかれ はやかれ にげられる に きまって いる もの なら、 はやく カタ が ついた ほう が いい かも しれない。 これ で かえって さばさば して、 キョウ から は シゴト も はかどる で あろう し、 ヨル も のんびり ねられる で あろう。 それでも カノジョ は、 ウラ の アキチ へ でて いって、 ザッソウ の ナカ を あっちこっち かきわけながら、
「リリー や、 リリー や」
と、 しばらく よんで みた けれども、 イマゴロ こんな ところ に ぐずぐず して いる はず が ない こと は、 わかりきって いた の で あった。

リリー が にげて いって から、 トウジツ の バン も、 その あくる バン も、 また その あくる バン も、 シナコ は アンシン して ねられる どころ か、 さっぱり ねむれない よう に なって しまった。 いったい カノジョ は カンショウ の せい か、 26 と いう トシ の わり には めざとい ほう で、 ゲジョ-ボウコウ を して いた ジダイ から、 どうか する と ねられない クセ が あった もの だ が、 コンド も この 2 カイ に ひきうつって から、 たぶん ネドコ の かわった の が ゲンイン で あろう、 ほとんど ショウミ 3~4 ジカン しか ねない バン が ながい アイダ つづいて いて、 ようよう トオカ ばかり マエ から すこし ねられる よう に なりかけた ところ だった の で ある。 それ が あの バン から、 また ねむれなく なった の は どうして かしらん? カノジョ は つめて シゴト を する と、 じきに カタ が こって きたり コウフン したり する の で ある が、 コノアイダ から リリー の ため に おくれて いた の を とりかえそう と して、 あまり ヌイモノ に ネッチュウ しすぎた せい かしらん? それに ガンライ が ヒエショウ なので、 まだ 10 ガツ の ハジメ だ と いう のに そろそろ アシ が ひえて きて、 フトン へ はいって も ヨウイ に ぬくもらない の で ある。 カノジョ は オット に うとんぜられた その ソモソモ の キッカケ を、 ふと おもいだして くる の で ある が、 それ も イマ から かんがえれば、 まったく ジブン の ヒエショウ から おこった こと なの で あった。 ひどく ネツキ の いい ショウゾウ は、 フトン へ はいって 5 フン も すれば ねむって しまう のに、 そこ へ とつぜん コオリ の よう な アシ に さわられて、 おこされて しまう の が たまらない から、 オマエ は そっち で ねて くれろ と いう。 そんな こと から つい ベツベツ に ねる よう に なった が、 さむい ジブン には ユタンポ の こと で よく ケンカ を した。 なぜか と いって、 ショウゾウ は カノジョ と ハンタイ に、 ヒトイチバイ ノボセショウ なの で ある。 わけても アシ が あつい と いって、 フユ でも すこし フトン の スソ へ ツマサキ を だす くらい に しない と、 ねられない オトコ なの で ある。 だから ユタンポ で あたためて ある フトン へ はいる こと を きらって、 5 フン と シンボウ して いなかった。 もちろん それ が フワ を かもした コンポン の リユウ では ない けれども、 しかし そういう タイシツ の ソウイ が よい コウジツ に つかわれて、 だんだん ヒトリネ の シュウカン を つけられて しまった の で あった。
カノジョ は ミギ の クビスジ から カタ の ほう へ シコリ が できて おそろしく はって いる よう なので、 ときどき そこ を もんで みたり、 ネガエリ を うって マクラ の あたる ところ を かえて みたり した。 マイトシ ナツ から アキ へ かけて、 ヨウキ の カワリメ に ミギ の シタアゴ の ムシバ が いたんで こまる の で ある が、 サクヤ アタリ から すこし ずきずき しだした よう で ある。 そう いえば、 この ロッコウ と いう ところ は、 これから フユ に なって くる と、 マイトシ ロッコウ オロシ が ふいて、 アシヤ など より ずっと サムサ が きびしい の で ある と きいて いた けれども、 もう コノゴロ でも ヨル は ソウトウ に ひえこむ ので、 おなじ ハンシン の アイダ で ありながら、 なんだか とおい ヤマグニ へ でも きた よう な キ が する。 カノジョ は カラダ を エビ の よう に ちぢこめて、 ムカンカク に なりかけた リョウホウ の アシ を すりあわした。 アシヤ ジダイ には、 もう 10 ガツ の スエ に なる と、 オット と ケンカ しながら も ユタンポ を いれて ねた の で あった が、 こんな グアイ だ と、 コトシ は それまで まてない かも しれない。………
ねつかれない もの と あきらめて しまって、 デントウ を つけて、 イモウト から かりた センゲツ ゴウ の 「シュフ ノ トモ」 を、 ヨコムキ に ねながら よみだした の が、 ちょうど ヨナカ の 1 ジ で あった が、 それから まもなく、 トオク の ほう から ざあっ と いう オト が ちかよって きて、 じきに ざあっ と とおりすぎて ゆく の が きこえた。 おや、 シグレ かな、 と おもって いる と、 また ざあっと やって きて、 ヤネ の ウエ を とおる ジブン には、 ぱらぱら と まばら な オト を おとして、 シノビアシ に きえて ゆく。 しばらく する と、 また ざあっと やって くる。 それ に つけて も、 リリー は イマゴロ どこ に いる か、 アシヤ へ かえって いる なら いい が、 もし そう でも なく、 ミチ に まよって いる なら、 こんな バン には さぞ アメ に ぬれて いる で あろう。 ジツ を いう と、 まだ ツカモト には にげられた こと を しらせて やらない の で ある が、 あれ から こっち、 ずっと その こと が アタマ に ひっかかって いる の で あった。 カノジョ と して は はやく しらして やった ほう が ゆきとどいて いる こと は わかって いた の だ が、 「はばかりながら、 とうに もどって きて おります から ゴアンシン くだすって ケッコウ です、 いろいろ オテスウ を かけました が、 もう ゴイリヨウ は ありますまい な」 と、 ヒニク マジリ に いわれそう なの が ゴウハラ で、 つい ノビノビ に して いた の で ある。 しかし もどって いる と したら、 こちら の ツウチ を まつ まで も なく、 ムコウ から も アイサツ が ありそう な もの だ のに、 なんとも いって こない の を みる と、 どこ か に まごついて いる の で あろう か。 アマガサキ の とき は、 スガタ が みえなく なって から 1 シュウカン-メ に もどった と いう の だ が、 コンド は そんな に とおい ところ では ない の だし、 つい ミッカ マエ に とおって きた ばかり の ミチ なの だ から、 よもや まよう こと は ない で あろう。 ただ チカゴロ は モウロク して いて、 あの ジブン より は カン も わるく、 ドウサ も にぶく なって いる から、 ミッカ かかる ところ が ヨッカ かかる よう な こと は ある かも しれない。 そう だ と して も、 おそくも アス か アサッテ の うち には ブジ に もどって ゆく で あろう。 すると あの フタリ が どんな ヨロコビヨウ を する か。 そして どんな に リュウイン を さげる か。 きっと ツカモト さん まで が イッショ に なって、 「それ みろ、 あれ は テイシュ に すてられる ばかり か、 ネコ に まで すてられる よう な オンナ だ」 と いう で あろう。 いやいや、 シタ の イモウト フウフ も オナカ の ナカ では そう おもう で あろう し、 セケン の ヒト が ミンナ ワライモノ に する で あろう。
その とき、 シグレ が また ヤネ の ウエ を ぱらぱら と とおって いった アト から、 マド の ガラス ショウジ に、 ナニ か が ばたん と ぶつかる よう な オト が した。 カゼ が でた な、 ああ、 いや な こと だ、 と、 そう おもって いる うち に、 カゼ に して は すこし オモミ の ある よう な もの が、 つづいて 2 ド ばかり、 ばたん、 ばたん と、 ガラス を たたいた よう で あった が、 かすか に、
「にゃあ」
と いう コエ が、 どこ か に きこえた。 まさか イマジブン、 そんな こと が、 ………と、 ぎくっと しながら、 キ の せい かも しれぬ と ミミ を すます と、 やはり、
「にゃあ」
と ないて いる の で ある。 そして その アト から、 あの ばたん と いう オト が きこえて くる の で ある。 カノジョ は あわてて はねおきて、 マド の カーテン を あけて みた。 と、 コンド は はっきり、
「にゃあ」
と いう の が ガラスド の ムコウ で きこえて、 ばたん、 ………と いう オト と ドウジ に、 くろい モノ の カゲ が さっと かすめた。 そう か、 やっぱり そう だった の か、 ―――カノジョ は さすが に、 その コエ には オボエ が あった。 このあいだ ここ の 2 カイ に いた とき は、 とうとう イチド も なかなかった が、 それ は たしか に、 アシヤ ジダイ に ききなれた コエ に ちがいなかった。
いそいで サシコミ の ネジ を ぬいて、 マド から ハンシン を のりだしながら、 シツナイ から さす デントウ の アカリ を タヨリ に くらい ヤネ の ウエ を すかした けれども、 イッシュンカン、 なにも みえなかった。 ソウゾウ する に、 その マド の ソト に テスリ の ついた ハリダシ が ある ので、 リリー は たぶん そこ へ あがって、 なきながら マド を たたいて いた の に ちがいなく、 あの ばたん と いう オト と たったいま みえた くろい カゲ とは まさしく それ だった と おもえる の で ある が、 ウチガワ から ガラスド を あけた トタン に、 どこ か へ にげて いった の で あろう か。
「リリー や、………」
と、 シタ の フウフ を おこさない よう に キガネ しながら、 カノジョ は ヤミ に コエ を なげた。 カワラ が ぬれて ひかって いる ので、 サッキ の あれ が シグレ だった こと は うたがう ヨチ が ない けれども、 それ が まるで ウソ だった よう に、 ソラ には ホシ が きらきら して いる。 メノマエ を おおう マヤサン の、 ハバビロ な、 マックロ な カタ にも、 ケーブル カー の アカリ は きえて しまって いる が、 チョウジョウ の ホテル に ヒ の ともって いる の が みえる。 カノジョ は ハリダシ へ カタヒザ を かけて、 ヤネ の ウエ へ のめりだしながら、 もう イチド、
「リリー や」
と、 よんだ。 すると、
「にゃあ」
と いう ヘンジ を して、 カワラ の ウエ を こちら へ あるいて くる らしく、 リンイロ に ひかる フタツ の メノタマ が だんだん ちかよって くる の で ある。
「リリー や」
「にゃあ」
「リリー や」
「にゃあ」
ナンド も ナンド も、 カノジョ が ヒンパン に よびつづける と、 その たび ごと に リリー は ヘンジ を する の で あった が、 こんな こと は、 ついぞ イマ まで に ない こと だった。 ジブン を かわいがって くれる ヒト と、 ナイシン きらって いる ヒト と を よく しって いて、 ショウゾウ が よべば こたえる けれども、 シナコ が よぶ と しらん カオ を して いた もの だ のに、 コンヤ は イクド でも オックウ-がらず に こたえる ばかり で なく、 しだいに コビ を ふくんだ よう な、 なんとも いえない やさしい コエ を だす の で ある。 そして、 あの あおく ひかる ヒトミ を あげて、 カラダ に ナミ を うたせながら テスリ の シタ まで よって きて は、 また すうっと ムコウ へ ゆく の で ある。 おおかた ネコ に して みれば、 ジブン が ブアイソウ に して いた ヒト に、 キョウ から かわいがって もらおう と おもって、 いくらか イマ まで の ブレイ を わびる ココロモチ も こめて、 あんな コエ を だして いる の で あろう。 すっかり タイド を あらためて、 ヒゴ を あおぐ キ に なった こと を、 なんとか して わかって もらおう と、 イッショウ ケンメイ なの で あろう。 シナコ は はじめて この ケモノ から そんな やさしい ヘンジ を された の が、 コドモ の よう に うれしくって、 ナンド でも よんで みる の で あった が、 だこう と して も なかなか つかまえられない ので、 しばらく の アイダ、 わざと マドギワ を はなれて みる と、 やがて リリー は ミ を おどらして、 ひらり と ヘヤ へ とびこんで きた。 それから、 まったく おもいがけない こと には、 ネドコ の ウエ に すわって いる シナコ の ほう へ イッチョクセン に あるいて きて、 その ヒザ に マエアシ を かけた。
これ は まあ いったい どうした こと か、 ―――カノジョ が あきれて いる うち に、 リリー は あの、 アイシュウ に みちた マナザシ で じっと カノジョ を みあげながら、 もう ムネ の アタリ へ もたれかかって きて、 メン フランネル の ネマキ の エリ へ、 ヒタイ を ぐいぐい と おしつける ので、 こちら から も ホオズリ を して やる と、 アゴ だの、 ミミ だの、 クチ の マワリ だの、 ハナ の アタマ だの を、 やたら に なめまわす の で あった。 そう いえば、 ネコ は フタリ きり に なる と セップン を したり、 カオ を すりよせたり、 まったく ニンゲン と おなじ よう な シカタ で アイジョウ を しめす もの だ と きいて いた の は、 これ だった の か、 いつも ヒト の みて いない ところ で オット が こっそり リリー を アイテ に たのしんで いた の は、 これ を されて いた の だった か。 ―――カノジョ は ネコ に トクユウ な ひなたくさい ケガワ の ニオイ を かがされ、 ざらざら と ヒフ に ひっかかる よう な、 いたがゆい シタザワリ を カオジュウ に かんじた。 そして、 とつぜん、 たまらなく かわいく なって きて、
「リリー や」
と いいながら、 ムチュウ で ぎゅっと だきすくめる と、 ナニ か、 ケガワ の トコロドコロ に、 つめたく ひかる もの が ある ので、 さては イマ の アメ に ぬれた ん だな と、 はじめて ガテン が いった の で あった。
それにしても、 アシヤ の ほう へ かえらない で、 こちら へ かえった の は なぜ で あろう。 おそらく サイショ は アシヤ を めざして にげだした の が、 トチュウ で ミチ が わからなく なって、 もどって きた の では ない で あろう か。 わずか 3 リ か 4 リ の ところ を、 ミッカ も かかって うろうろ しながら、 とうとう モクテキチ へ ゆきつけない で ひっかえして くる とは、 リリー に して は あまり イクジ が ない よう だ けれども、 コト に よる と この かわいそう な ケモノ は、 もう それほど に ロウスイ して いる の で あろう。 キ だけ は ムカシ に かわらない つもり で、 にげて みた こと は みた ものの、 シリョク だの、 キオクリョク だの、 キュウカク だの と いう もの が、 もはや ムカシ の ハンブン も の ハタラキ も して くれない ので、 どっち の ミチ を、 どっち の ホウガク から、 どういう ふう に つれて こられた の か ケントウ が つかず、 あっち へ いって は ふみまよい、 こっち へ いって は ふみまよい して、 また モト の バショ へ もどって くる。 ムカシ だったら、 いったん こう と おもいこんだら どんな に ミチ の ない ところ でも ガムシャラ に トッシン した もの が、 イマ では ジシン が なくなって、 ヨウス の しれない ところ へ わけいる と オジケ が ついて、 ひとりでに アシ が すくんで しまう。 きっと リリー は、 そんな ふう に して あんがい トオク の ほう まで は ゆく こと が できず、 この カイワイ を まごまご して いた の で あろう。 そう だ と すれば、 キノウ の バン も、 オトトイ の バン も、 よなよな この 2 カイ の マド の チカク へ しのびよって、 いれて もらおう か どう しよう か と ためらいながら、 ナカ の ヨウス を うかがって いた の かも しれない。 そして コンヤ も、 あの ヤネ の ウエ の くらい ところ に うずくまって ながい アイダ かんがえて いた の で あろう が、 シツナイ に アカリ が ともった の と、 にわか に アメ が ふって きた の と で、 キュウ に ああいう ナキゴエ を だして ショウジ を たたく キ に なった の で あろう。 でも ホントウ に、 よく かえって きて くれた もの だ。 よっぽど つらい メ に あったれば こそ で あろう けれども、 やはり ワタシ を アカ の タニン とは おもって いない ショウコ なの だ。 それに ワタシ も、 コンヤ に かぎって こんな ジコク に デントウ を つけて、 ザッシ を よんで いた と いう の は、 ムシ が しらした せい なの だ。 いや、 かんがえれば、 この ミッカ-カン ちょっとも ねむれなかった の も、 じつは リリー の かえって くる の が なんとなく またれた から だった の だ。 そう おもう と カノジョ は、 ナミダ が でて きて シカタ が ない ので、
「なあ、 リリー や、 もう どこ へも いけへん なあ」
と、 そう いいながら、 もう イッペン ぎゅっと だきしめる と、 めずらしい こと に リリー は じっと おとなしく して、 いつまでも だかれて いる の で あった が、 その、 モノ も いわず に ただ かなしそう な メツキ を して いる としおいた ネコ の ムネ の ウチ が、 イマ の カノジョ には フシギ な くらい はっきり みとおせる の で あった。
「オマエ、 きっと オナカ へってる やろ けど、 コンヤ は もう おそい よって に な。 ―――ダイドコロ さがしたら なんなと ある やろ おもう けど、 ま、 しかたない、 ここ ワテ の ウチ と ちがう よって に、 アシタ の アサ まで まちなされ や」
カノジョ は ヒトコト ヒトコト に ホオズリ を して から、 ようよう リリー を シタ に おいて、 わすれて いた マド の トジマリ を し、 ザブトン で ネドコ を こしらえて やり、 あの とき イライ まだ オシイレ に つっこんで あった フンシ を だして やり など する と、 リリー は その アイダ も しじゅう アト を おって あるいて、 アシモト に からみつく よう に した。 そして すこし でも たちどまる と、 すぐ その ソバ へ はしりよって、 クビ を イッポウ へ かたむけながら、 ナンド も ミミ の ツケネ の アタリ を スリツケ に くる ので、
「ええ、 もう ええ がな、 わかってる がな。 さ、 ここ へ きて ねなさい ねなさい」
と、 ザブトン の ウエ へ だいて きて やって、 オオイソギ で アカリ を けして、 やっと カノジョ は ジブン の ネドコ へ はいった の で あった が、 それから 1 プン と たたない うち に、 たちまち すうっと マクラ の チカク に あの ひなたくさい ニオイ が して きて、 カケブトン を もくもく もちあげながら、 ビロウド の よう な やわらかい ケ の ブッタイ が はいって きた。 と、 ぐいぐい アタマ から もぐりこんで、 アシ の ほう へ おりて いって、 スソ の アタリ を しばらく の アイダ うろうろ して から、 また ウエ の ほう へ あがって きて、 ネマキ の フトコロ へ クビ を いれた なり うごかない よう に なって しまった が、 やがて さも キモチ の よさそう な、 ヒジョウ に おおきな オト を たてて ノド を ごろごろ ならしはじめた。
そう いえば イゼン、 ショウゾウ の ネドコ の ナカ で こんな グアイ に ごろごろ いう の を、 いつも トナリ で きかされながら いいしれぬ シット を おぼえた もの だ が、 コンヤ は トクベツ に その ごろごろ が おおきな コエ に きこえる の は、 よっぽど ジョウキゲン なの で あろう か、 それとも ジブン の ネドコ の ナカ だ と、 こういう ふう に ひびく の で あろう か。 カノジョ は リリー の つめたく ぬれた ハナ の アタマ と、 へんに ぷよぷよ した アシ の ウラ の ニク と を ムネ の ウエ に かんじる と、 まったく はじめて の デキゴト なので、 キミョウ の よう な、 うれしい よう な ココチ が して、 マックラ な ナカ で テサグリ しながら クビ の アタリ を なでて やった。 すると リリー は いっそう おおきく ごろごろ いいだして、 ときどき、 とつぜん ヒトサシユビ の サキ へ、 きゅっと かみついて ハガタ を つける の で あった が、 まだ そんな こと を された ケイケン の ない カノジョ にも、 それ が イジョウ な コウフン と ヨロコビ の あまり の シグサ で ある こと が わかる の で あった。
その あくる ヒ から、 リリー は すっかり シナコ と ナカヨシ に なって しまって、 ココロ から シンライ して いる ヨウス が みえ、 もう ギュウニュウ でも、 ハナガツオ の ゴハン でも、 なんでも おいしそう に たべた。 そして フンシ の スナ の ナカ へ ヒ に イクド か ハイセツブツ を おとす ので、 いつも その ニオイ が 4 ジョウ ハン の ヘヤ の ナカ へ むうっと こもる よう に なった が、 カノジョ は それ を かいで いる と、 イロイロ な キオク が おもいがけなく よみがえって、 アシヤ ジダイ の なつかしい ヒ が もどって きた よう に かんずる の で あった。 なぜか と いって、 アシヤ の イエ では あけて も くれて も この ニオイ が して いた では ない か。 あの イエ の ナカ の フスマ にも、 ハシラ にも、 カベ にも、 テンジョウ にも、 みな この ニオイ が しみついて いて、 カノジョ は オット や シュウトメ と イッショ に 4 ネン の アイダ これ を かぎながら、 くやしい こと や かなしい こと の カズカズ に たえて きた の では ない か。 だが、 あの ジブン には、 この ハナモチ の ならない ニオイ を のろって ばかり いた くせ に、 イマ は その おなじ ニオイ が なんと あまい カイソウ を そそる こと よ。 あの ジブン には この ニオイ ゆえ に ひとしお にくらしかった ネコ が、 イマ は その ハンタイ に、 この ニオイ ゆえ に いかに いとおしい こと よ。 カノジョ は その ノチ マイバン の よう に リリー を だいて ねむりながら、 この ジュウジュン で かわいらしい ケモノ を、 どうして ムカシ は あんな にも きらった の か と おもう と、 あの コロ の ジブン と いう もの が、 ひどく イジ の わるい、 オニ の よう な オンナ に さえ みえて くる の で あった。

さて この バアイ、 シナコ が この ネコ の ミガラ に ついて フクコ に イヤミ な テガミ を だしたり、 ツカモト を とおして あんな に しつっこく たのんだり した ドウキ と いう もの を、 ちょっと セツメイ して おかなければ ならない の で ある が、 ショウジキ の ところ、 そこ には イタズラ や イジワル の キョウミ が てつだって いた こと も たしか で あり、 また ショウゾウ が ネコ に つられて たずねて くる かも しれない と いう マンイチ の ノゾミ も あった で あろう が、 そんな メノマエ の こと より も、 じつは もっと とおい とおい サキ の こと、 ―――ま、 はやくて ハントシ、 おそくて 1 ネン か 2 ネン も すれば、 たぶん フクコ と ショウゾウ の ナカ が ブジ に ゆく はず は ない の だ から と、 その とき を みこして いる の で あった。 それ と いう の が、 もともと ツカモト の ナコウドグチ に のせられて ヨメ に いった の が フカク だった ので、 いまさら あんな ナマケモノ の、 イクジナシ の、 ハタラキ の ない オトコ なんぞ に、 すてられた ほう が シアワセ だった かも しれない の だ が、 でも カノジョ と して どう かんがえて も いまいましく、 あきらめきれない キ が する の は、 トウニン ドウシ が あき も あかれ も した わけ では ない のに、 ハタ の ニンゲン が コザイク を して おいだした の だ と、 そういう イチネン が ある から だった。 もっとも そんな こと を いう と、 いや、 そう おもう の は オマエサン の ウヌボレ だ、 それ は なるほど、 シュウトメ との オリアイ も わるかった に ちがいない けれども、 フウフナカ だって ちっとも よい こと は なかった では ない か、 オマエサン は ゴテイシュ を ノロマ だ と いって テイノウジ アツカイ に する し、 ゴテイシュ は オマエサン を ガ が つよい と いって うっとうしがる し、 いつも ケンカ ばかり して いた の を みる と、 よくよく ショウ が あわない の だ、 もし ゴテイシュ が ホント に オマエサン を すいて いる なら、 いくら ハタ から おしつけたって、 ホカ に オンナ を こしらえる わけ が ありますまい と、 そう ロコツ には いわない まで も、 ツカモト など の オナカ の ナカ は たいがい そう に きまって いる の だ が、 それ は ショウゾウ と いう ヒト の セイシツ を しらない から の こと なの で、 カノジョ に いわせれば、 いったい あの ヒト は ハタ から つよく おしつけられたら、 いや も オウ も ない の で ある。 ノンキ と いう の か、 グウタラ と いう の か、 その ヒト より も この ヒト が いい と いわれる と、 すぐ ふらふら と その キ に なって しまう の だ けれども、 ジブン から オンナ を こしらえて ふるい ニョウボウ を おいだしたり する ほど、 イチズ に おもいつめる ショウブン では ない の で ある。 だから シナコ は ネツレツ に ほれられた オボエ は ない が、 きらわれた と いう キ も しない ので、 マワリ の モノ が チエ を つけたり そそのかしたり しなかったら、 よもや フエン には ならなかったろう、 ジブン が こんな ウキメ を みる の は、 まったく オリン だの、 フクコ だの、 フクコ の オヤジ だの と いう モノ が オゼンダテ を した から なの だ と、 そう おもわれて、 すこし コチョウ した イイカタ を すれば、 ナマキ を さかれた よう な カンジ が ムネ の オク の ほう に くすぶって いる ので、 みれんがましい よう だ けれども、 どうも コノママ では カンニン できない の で あった。
しかし、 それなら、 うすうす オリン など の して いる こと を かんづかない でも なかった ジブン に、 なんとか シュダン の ホドコシヨウ が あった だろう に、 ―――いよいよ アシヤ を おいだされる マギワ に だって、 もっと がんばって みたら よかったろう に、 ―――じたい そういう サクリャク に かけて は シュウトメ の オリン と いい トリクミ だ と いわれた カノジョ が、 あんがい あっさり ハタ を まいて、 おとなしく おんでて しまった の は なぜ で あろう か、 ヒゴロ の マケズギライ にも にあわない と いう こと に なる が、 そこ には やっぱり カノジョ-らしい オモワク が ない でも なかった。 アリテイ に いう と、 コンド の こと は カノジョ の ほう に サイショ イクブン の ユダン が あった から こう なった ので、 それ と いう の も、 あの タジョウモノ の、 フリョウ ショウジョ アガリ の フクコ を、 なんぼ なんでも セガレ の ヨメ に しよう と まで は オリン も かんがえて いない で あろう し、 また シリ の かるい フクコ が、 まさか シンボウ する キ も あるまい と、 タカ を くくって いた から なの だ が、 そこ に タショウ の モクサン チガイ が あった と して も、 どうせ ナガツヅキ の する フタリ で ない と いう ミトオシ に、 イマ も カワリ は ない の で あった。 もっとも フクコ は トシ も わかい し、 オトコズキ の する カオダチ だし、 ハナ に かける ほど の ガクモン は ない が ジョガッコウ へも 1~2 ネン いって いた の だし、 それに ナニ より ジサンキン が ついて いる の だ から、 ショウゾウ と して は スエゼン の ハシ を とらぬ はず は なく、 まず トウブン は ウケ に いった キ で いる だろう けれども、 フクコ の ほう が やがて ショウゾウ では くいたらなく なって、 ウワキ を せず には いない で あろう。 なにしろ あの オンナ は オトコ ヒトリ を まもれない タチ で、 もう その ほう では フダツキ に なって いる の だ から、 どうせ コンド も はじまる こと は わかりきって いる の だ が、 それ が メ に あまる よう に なれば、 いくら ヒト の いい ショウゾウ だって だまって いられない で あろう し、 オリン に して も サジ を なげる に きまって いる。 ぜんたい ショウゾウ は とにかく と して、 シッカリモノ と いわれる オリン に その くらい な こと が みえない はず は ない の だ けれども、 コンド は ヨク が てつだった ので、 つい ムリ な サイク を した の かも しれない。 だから シナコ は、 ここ で なまじ な ワルアガキ を する より は、 ひとまず テキ に かたして おいて、 おもむろに コウト を さくして も おそく は ない と いう ハラ なので、 なかなか あきらめて は いない の だった が、 でも そんな こと は、 むろん ツカモト に たいして も オクビ にも だし は しなかった。 ウワベ は ドウジョウ が よる よう に、 なるべく あわれっぽい ところ を みせて、 ココロ の ナカ では、 どうしても もう イッペン だけ あそこ の イエ へ もどって やる、 いまに みて いろ と おもい も し、 また その オモイ が いつかは とげられる だろう と いう ノゾミ に いきて も いる の だった。
それに、 シナコ は、 ショウゾウ の こと を たよりない ヒト とは おもう けれども、 どういう もの か にくむ こと が できなかった。 あんな グアイ に、 なんの フンベツ も なく ふらふら して いて、 マワリ の ヒトタチ が ミギ と いえば ミギ を むき、 ヒダリ と いえば ヒダリ を むく と いう ふう だ から、 コンド に して も あの レンチュウ の いい よう に されて いる の で あろう が、 それ を かんがえる と、 コドモ を ヒトリアルキ させて いる よう な、 こころもとない、 かわいそう な カンジ が する の で ある。 そして もともと、 そういう テン に ヘン な カワイゲ の ある ヒト なので、 イチニンマエ の オトコ と おもえば ハラ が たつ こと も あった けれども、 いくらか ジブン より シタ に みおろして あつかう と、 ミョウ に アタリ の やわらかい、 やさしい ハダアイ が ある もの だ から、 だんだん それ に ほだされて ヌキサシ が ならない よう に なり、 もって きた もの まで みんな つぎこんで、 ハダカ に されて ほうりだされて しまった の だ が、 カノジョ と して は そんな に まで して つくして やった と いう ところ に、 なおさら ミレン が のこる の で ある。 まったく、 この 1~2 ネン-カン の あの イエ の クラシ は、 ハンブン イジョウ は カノジョ の ヤセウデ で ささえて いた よう な もの では ない か。 いい アンバイ に オハリ が タッシャ だった から、 キンジョ の シゴト を もらって きて は ヨノメ も ねず に ヌイモノ を して、 どうやら シノギ を つけて いた ので、 カノジョ の ハタラキ が なかったら、 ハハオヤ なぞ が いくら いばって も どうにも なり は しなかった では ない か。 オリン は トチ での キラワレモノ、 ショウゾウ は あの とおり で さっぱり シンヨウ が なかった から、 ショバライ の トドコオリ など も やかましく サイソク された もの だ が、 カノジョ への ドウジョウ が あったれば こそ セッキ が こせて いった の では ない か。 それだのに あの オンシラズ の オヤコ が、 ヨク に メ が くれて ああいう モノ を ひきずりこんで、 ウシ を ウマ に のりかえた キ で いる けれども、 まあ みて いる が いい、 あの オンナ に あの イエ の キリモリ が できる か どう か、 ジサンキン-ツキ は ケッコウ だ けれど、 なまじ そんな もの が あったら、 いっそう ヨメ の キズイ キママ が つのる で あろう し、 ショウゾウ も それ を アテ に して なまける で あろう し、 けっきょく オヤコ 3 ニン の オモワク が ミナ ソレゾレ に はずれて くる ところ から、 アラソイ の タネ が つきない で あろう。 その ジブン に なって、 マエ の ニョウボウ の アリガタミ が はじめて ホントウ に わかる の だ。 シナコ は こんな フシダラ では なかった、 こういう とき に ああ も して くれた、 こう も して くれた と、 ショウゾウ ばかり で なく、 ハハオヤ まで が きっと ジブン の シッサク を みとめて、 コウカイ する の だ。 あの オンナ は また あの オンナ で、 さんざん あの イエ を かきまわした アゲク の ハテ に、 とびだして しまう の が オチ なの だ。 そう なる こと は イマ から メイメイ ハクハク で、 タイコバン を おして やりたい くらい で ある のに、 それ が わからない とは あわれ な ヒトタチ も あれば ある もの よ と、 ナイシン せせらわらいながら ジキ を まつ つもり で いる の だ が、 しかし ヨウジン-ぶかい カノジョ は、 まつ に つけて は リリー を あずかって おく と いう イッサク を かんがえついた の で あった。
カノジョ は いつも、 ウエ の ガッコウ を 1~2 ネン でも のぞいた こと が ある と いう フクコ に たいして、 キョウイク の テン では ヒケメ を かんじて いた の で ある が、 でも ホントウ の チエクラベ なら、 フクコ に だって オリン に だって まける もの か と いう ジフシン が ある ので、 リリー を あずかる と いう シュダン を おもいついた とき は、 われながら の ミョウアン に ヒトリ で カンシン して しまった。 なぜか と いって、 リリー さえ こちら へ ひきとって おいたら、 おそらく ショウゾウ は アメ に つけ、 カゼ に つけ、 リリー の こと を おもいだす たび に カノジョ の こと を おもいだし、 リリー を フビン と おもう ココロ が、 しらずしらず カノジョ を あわれむ ココロ にも なろう から で ある。 そして、 そう すれば、 いつまで たって も セイシンテキ に エン が きれない リクツ で ある し、 そこ へ もって きて フクコ との ナカ が しっくり ゆかない よう に なる と、 いよいよ リリー が こいしい と ともに マエ の ニョウボウ が こいしく なろう。 カノジョ が いまだに サイエン も せず、 ネコ を アイテ に わびしく くらして いる と きいて は、 イッパン の ドウジョウ が あつまる の は むろん の こと、 ショウゾウ だって わるい キモチ は する はず が なく、 ますます フクコ に イヤケ が さす よう に なる で あろう から、 テ を くださず して カレラ の ナカ を さく こと に セイコウ し、 フクエン の ジキ を はやめる こと が できる。 ―――ま、 そう オアツラエムキ に いって くれたら シアワセ で ある が、 カノジョ ジシン は そう なる ミコミ を たてて いた。 ただ モンダイ は リリー を すなお に ひきわたす か どう か と いう こと で あった が、 それ とて も、 フクコ の シットシン を あおりたてたら だいじょうぶ うまく ゆく つもり で いた。 だから あの テガミ の モンク なんぞ も、 そういう シンボウ エンリョ を もって かかれて いた ので、 タンジュン な イタズラ や イヤガラセ では なかった の で ある が、 オキノドク ながら アタマ の わるい レンチュウ には、 どうして ワタシ が すき でも ない ネコ を ほしがる の か、 とても その シンイ が つかめっこ あるまい、 そして いろいろ コッケイ きわまる ジャスイ を したり、 こどもじみた サワギカタ を する で あろう と いう ところ に、 おさえきれない ユウエツカン を おぼえた の で あった。
とにかく、 そんな ワケ で ある から、 その せっかく の リリー に にげられた とき の ラクタン と、 おもいがけなく それ が もどって きた とき の ヨロコビ と が どんな に おおきかった と して も、 ひっきょう それ は トクイ の 「シンボウ エンリョ」 に もとづく ダサンテキ な カンジョウ で あって、 ホントウ の アイチャク では ない はず なの だ が、 あの とき イライ、 イッショ に 2 カイ で くらす よう に なって みる と、 まったく ヨソウ も しなかった ケッカ が あらわれて きた の で ある。 カノジョ は よなよな、 その 1 ピキ の ひなたくさい ケモノ を かかえて おなじ ネドコ の ナカ に ねながら、 どうして ネコ と いう もの は こんな にも かわいらしい の で あろう、 それだのに また、 ムカシ は どうして この カワイサ が リカイ できなかった の で あろう と、 イマ では カイコン と ジセキ の ネン に かられる の で あった。 おおかた アシヤ ジダイ には、 サイショ に ヘン な ハンカン を いだいて しまった ので、 この ネコ の ビテン が メ に はいらなかった の で あろう が、 それ と いう の も、 ヤキモチ が あった から なの で ある。 ヤキモチ の ため に、 ほんらい かわいらしい シグサ が ただ もう にくらしく みえた の で ある。 たとえば カノジョ は、 さむい ジブン に オット の ネドコ へ もぐりこんで ゆく この ネコ を にくみ、 ドウジ に オット を うらんだ もの だ が、 イマ に なって みれば なんの にくむ こと も うらむ こと も あり は しない。 げんに カノジョ も、 もう コノゴロ では ヒトリネ の サムサ が しみじみ こたえて いる では ない か。 まして ネコ と いう ケモノ は ニンゲン より も タイオン が たかい ので、 ひとしお サムガリ なの で ある。 ネコ に あつい ヒ は ドヨウ の ミッカ-カン だけ しか ない と いわれる の で ある。 そう だ と すれば、 イマ は アキ の ナカバ で ある から、 ロウネン の リリー が あたたかい ネドコ へ したいよる の は トウゼン では ない か。 いや、 それ より も、 カノジョ ジシン が、 こうして ネコ と ねて いる と、 この あたたかい こと は どう だ! レイネン ならば、 コンヤ アタリ は ユタンポ なし では ねられない で あろう のに、 コトシ は まだ そんな もの も つかわない で、 さむい オモイ も せず に いる の は、 リリー が はいって きて くれる おかげ では ない か。 カノジョ ジシン が、 ヨゴト ヨゴト に リリー を はなせなく なって いる では ない か。 その ホカ ムカシ は、 この ネコ の ワガママ を にくみ、 アイテ に よって タイド を かえる の を にくみ、 カゲヒナタ の ある の を にくんだ けれども、 それ も これ も、 みんな こちら の アイジョウ が たらなかった から なの だ。 ネコ には ネコ の チエ が あって、 ちゃんと ニンゲン の ココロモチ が わかる。 その ショウコ には、 こちら が イマ まで の よう で なく、 ホントウ の アイジョウ を もつ よう に なったら、 すぐ もどって きて この とおり なれなれしく する では ない か。 カノジョ が ジブン の キモチ の ヘンカ を イシキ する より、 リリー の ほう が より はやく かぎつけた くらい では ない か。
シナコ は イマ まで、 ネコ は おろか ニンゲン に たいして も、 こんな に こまやか な ジョウアイ を かんじた こと も なく、 しめした こと も ない よう な キ が した。 それ は ヒトツ には、 オリン を ハジメ イロイロ な ヒト から ジョウ の こわい オンナ だ と いわれて いた もの だ から、 いつか ジブン でも そう おもわされて いた せい で あった が、 コノアイダ から リリー の ため に ささげつくした シンロウ と ココロヅカイ と を かんがえる とき、 ジブン の どこ に こんな あたたかい、 やさしい ジョウチョ が ひそんで いた の か と、 いまさら おどろかれる の で あった。 そう いえば ムカシ、 ショウゾウ が この ネコ の セワ を けっして タニン の テ に ゆだねず、 マイニチ ショクジ の シンパイ を し、 2~3 ニチ-オキ に フンシ の スナ を カイガン まで トリカエ に ゆき、 ヒマ が ある と ノミ を とって やったり ブラシ を かけて やったり し、 ハナ が かわいて い は しない か、 ベン が やわらかすぎ は しない か、 ケ が ぬけ は しない か と しじゅう キ を つけて、 すこし でも イジョウ が あれば クスリ を あたえる と いう ふう に、 まめまめしく つくして やる の を みて、 あの ナマケモノ に よく あんな メンドウ が みられる こと よ と、 ますます ハンカン を つのらした もの だ が、 あの ショウゾウ の した こと を イマ は ジブン が して いる では ない か。 しかも カノジョ は、 ジブン の イエ に すんで いる の では ない の で ある。 ジブン の たべる だけ の もの は、 ジブン で もうけて イモウト フウフ へ はらいこむ と いう ジョウケン だ から、 まるきり の イソウロウ では ない が、 なにかと キ が おける ナカ に いて、 この ネコ を かって いる の で ある。 これ が ジブン の イエ で あったら、 ダイドコロ を あさって ノコリモノ を さがす けれども、 タニン の イエ では そう も できない ところ から、 ジブン が たべる もの を たべず に おく か、 イチバ へ いって なにかしら みつけて きて やらねば ならない。 そう で なくて も、 つましい うえ にも つましく して いる バアイ で ある のに、 たとい わずか の カイモノ にも せよ、 リリー の ため に デセン が ふえる と いう こと は、 ずいぶん イタゴト なの で ある。 それに もう ヒトツ ヤッカイ なの は、 フンシ で あった。 アシヤ の イエ は ハマ まで 5~6 チョウ の キョリ だった から、 スナ を える には ベンリ で あった が、 この ハンキュウ の エンセン から は、 ウミ は ヒジョウ に とおい の で ある。 もっとも サイショ の 2~3 カイ は、 フシンバ の スナ が あった おかげ で たすかった けれども、 あいにく チカゴロ は どこ にも スナ なんか あり は しない。 そう か と いって、 スナ を かえず に ほうって おく と、 とても シュウキ が はげしく なって、 シマイ に シタ へ まで におって くる ので、 イモウト フウフ が いや な カオ を する。 よんどころなく、 ヨ が ふけて から カノジョ は そうっと スコップ を もって でかけて いって、 その ヘン の ハタケ の ツチ を かいて きたり、 ショウガッコウ の ウンドウジョウ から スベリダイ の スナ を ぬすんで きたり、 そんな バン には また よく イヌ に ほえられたり、 あやしい オトコ に つけられたり、 ―――まったく、 リリー の ため で なかったら、 ダレ に たのまれて こんな いや な シゴト を しよう、 だが また リリー の ため ならば こういう クロウ を いとわない とは、 なんと した こと で あろう と おもう と、 かえすがえす も、 アシヤ の ジブン に、 なぜ この ハンブン も の アイジョウ を もって、 この ケモノ を いつくしんで やらなかった か、 ジブン に そういう ココロガケ が あったら、 よもや オット との ナカ が フエン に なり は しなかった で あろう し、 このよう な ウキメ は みなかった で あろう もの を と、 いまさら それ が くやまれて ならない。 かんがえて みれば、 ダレ が わるかった の でも ない、 みんな ジブン が いたらなかった の だ。 この ツミ の ない、 やさしい 1 ピキ の ケモノ を さえ あいする こと が できない よう な オンナ だ から こそ、 オット に きらわれた の では ない か。 ジブン に そういう ケッテン が あった から こそ、 ハタ の ニンゲン が つけこんだ の では ない か。………
11 ガツ に なる と、 アサユウ の サムサ が めっきり くわわって、 ヨル は ときどき ロッコウ の ほう から ふきおろす カゼ が、 ト の スキマ から ひえびえ と しみこむ よう に なって きた ので、 シナコ と リリー とは マエ より も いっそう くっついて、 ひしと だきあって、 ふるえながら ねた。 そして とうとう こらえきれず に、 ユタンポ を つかいはじめた の で あった が、 その とき の リリー の ヨロコビカタ と いったら なかった。 シナコ は よなよな、 ユタンポ の ヌクモリ と ネコ の カッキ と で ぽかぽか して いる ネドコ の ナカ で、 あの ごろごろ いう オト を ききながら、 ジブン の フトコロ の ナカ に いる ケモノ の ミミ へ クチ を よせて、
「オマエ の ほう が ワテ より よっぽど ニンジョウ が あってん なあ」
と いって みたり、
「ワテ の おかげ で、 オマエ に まで こんな さびしい オモイ さして、 カンニン なあ」
と いって みたり、
「けど もう じき やで。 もう ちょっと シンボウ してて くれたら、 ワテ と イッショ に アシヤ の ウチ へ かえれる よう に なる ねん で。 そしたら コンド と いう コンド は、 3 ニン なかよう くらそう なあ」
と いって みたり して、 ひとりでに ナミダ が わいて くる と、 ヨフケ の、 マックラ な ヘヤ の ナカ で、 リリー より ホカ には ダレ に みられる わけ でも ない のに、 あわてて カケブトン を すっぽり かぶって しまう の で あった。

フクコ が ゴゴ の 4 ジ-スギ に、 イマヅ の ジッカ へ いって くる と いって でかけて しまう と、 それまで オク の エンガワ で ラン の ハチ を いじくって いた ショウゾウ は、 まちかまえて いた よう に たちあがって、
「オカアサン」
と、 カッテグチ へ コエ を かけた が、 センタク を して いる ハハオヤ には、 ミズ の オト が ジャマ に なって きこえない らしい ので、
「オカアサン」
と、 もう イチド コエ を はりあげて いった。
「ミセ を たのむ で。 ―――ちょっと そこ まで いって くる よって に なあ」
と、 じゃぶじゃぶ いう オト が ふいと とまって、
「ナン や て?」
と、 ハハオヤ の しっかり した コエ が ショウジゴシ に きこえた。
「ボク、 ちょっと そこ まで いって くる よって に―――」
「どこ へ?」
「つい そこ や」
「なにしに?」
「そない に ひつこう きかん かて―――」
そう いって、 イッシュンカン むっと した カオツキ で、 ハナ の アナ を ふくらました が、 すぐ また おもいかえした らしく、 あの モチマエ の あまえる よう な クチョウ に なって、
「あのなあ、 ちょっと 30 プン ほど、 タマツキ に いかして くれへん か」
「そう かて オマエ、 タマ は つかん ちゅう ヤクソク した のん や ない か」
「イッペン だけ いかしてえ な。 なんせ もう ハンツキ も ついてえ へん よって に。 たのみまっさ、 ホンマ に」
「ええ か、 わるい か、 ワテ には わからん。 フクコ の いる とき に、 こたえて いっとくなはれ」
「なんでえ な」
その ミョウ に りきばった よう な コエ を きく と、 ウラグチ の ほう で タライ の ウエ に つくばって いる ハハオヤ にも、 セガレ が おこった とき に する ダダッコ-じみた ヒョウジョウ が、 はっきり ソウゾウ できる の で あった。
「なんで いちいち、 ニョウボウ に こたえん なりまへん ねん。 ええ も わるい も フクコ に きいて みなんだら、 オカアサン には いわれしまへん のん か」
「そう や ない けど、 キ を つけてて ください て たのまれてる ねん が」
「そしたら オカアサン、 フクコ の マワシモノ だっかい な」
「あほらしいもない」
そう いった きり とりあわない で、 また ミズ の オト を さかん に じゃぶじゃぶ と たてはじめた。
「いったい オカアサン ボク の オカアサン か、 フクコ の オカアサン か、 どっち だす? なあ、 どっち だす いな」
「もう やめん かいな、 そんな おおきな コエ だして、 キンジョ へ きこえたら みっともない がな」
「そしたら、 センタク アト に して、 ちょっと ここ へ きとくなはれ」
「もう わかってる、 もう なんも いわへん さかい に、 どこ なと すき な とこ へ いきなはれ」
「ま、 そない いわん と、 ちょっと きなはれ」
なんと おもった か ショウゾウ は、 いきなり カッテグチ へ いって、 ナガシモト に しゃがんで いる ハハオヤ の、 シャボン の アワダラケ な テクビ を つかむ と、 ムリ に オクノマ へ ひきたてて きた。
「なあ、 オカアサン、 ええ オリ や よって に、 ちょっと これ みて もらいまっさ」
「ナン や、 せからしゅう、………」
「これ、 みて ごらん、………」
フウフ の イマ に なって いる オク の 6 ジョウ の オシイレ を あける と、 シタ の ダン の スミッコ の、 ヤナギゴウリ と ヨウダンス の スキマ の くらい アナボコ に なった ところ に、 あかく もくもく かたまって いる もの が みえる。
「あすこ に ある のん、 ナン や おもいなはる」
「あれ かいな。………」
「あれ みんな フクコ の ヨゴレモノ だっせ。 あんな グアイ に アト から アト から つっこんどいて、 ちょっとも センタク せえへん ので、 きたない もん が あそこ に いっぱい たまってて、 タンス の ヒキダシ かて あけられへん ねん が」
「おかしい なあ、 あの コ の もん は セングリ センタクヤ へ だしてる のんに、………」
「そう かて、 まさか オコシ だけ は だされへん やろ が」
「ふうむ、 あれ は オコシ かいな」
「そう だん が。 なんぼ なんでも オンナ の くせ に あんまり だらしない さかい に、 ボク もう あきれて まん ねん けど、 オカアサン かて ヨウス みてたら わかってる のんに、 なんで コゴト いうて くれしまへん? ボク に ばっかり やかましい こと いうといて、 フクコ に やったら、 こない な ドウラク されてて も みん フリ して なはん のん か」
「こんな ところ に こんな もん が つっこんで ある こと、 ワテ が なんで しる かいな。………」
「オカアサン」
フイ に ショウゾウ は びっくり した よう な コエ を あげた。 ハハ が オシイレ の ダン の シタ へ もぐりこんで いって、 その ヨゴレモノ を ごそごそ ひきだしはじめた から で ある。
「それ、 どない する ねん?」
「この ナカ きれい に して やろ おもうて、………」
「やめなはれ、 きたない!……… やめなはれ!」
「ええ がな、 ワテ に まかしといたら、………」
「ナン じゃ いな、 シュウトメ が ヨメ の そんな もん いろうたり して! ボク オカアサン に そんな こと して くれ いえしまへん で。 フクコ に さしなはれ いうてん で」
オリン は きこえない フリ を して、 その うすぐらい オク の ほう から、 まるく つくねて ある あかい エイネル の タバ を およそ イツツ ムッツ とりだす と、 それ を リョウテ に かかえながら カッテグチ へ はこんで いって、 センタク バケツ の ナカ へ いれた。
「それ、 あろうて やんなはん のん か?」
「そんな こと キ に せん と、 オトコ は だまってる もん や」
「ジブン の オコシ の センタク ぐらい、 なんで フクコ に さされまへん、 なあ オカアサン」
「うるさい なあ、 ワテ は これ を バケツ に いれて、 ミズ はっとく だけ や。 こない しといたら、 ジブン で キイ ついて センタク する やろ が」
「あほらしい、 キイ つく よう な オンナ だっかい な」
ハハ は あんな こと を いって いる けれど、 きっと ジブン が あらって やる キ に ちがいない ので、 なおさら ショウゾウ は ハラ の ムシ が おさまらなかった。 そして キモノ も きがえず に、 アツシ スガタ の まま ドマ の イタゾウリ を つっかける と、 ぷいと ジテンシャ へ とびのって、 でかけて しまった。
さっき タマツキ に いきたい と いった の は、 ホントウ に その つもり だった の で ある が、 イマ の イッケン で キュウ に ムネ が むしゃくしゃ して きて、 タマ なんか どうでも よく なった ので、 なんと いう アテ も なし に、 ベル を やけに ならしながら アシヤガワ-ゾイ の ユウホドウ を まっすぐ シン コクドウ へ あがる と、 つい ナリヒラバシ を わたって、 ハンドル を コウベ の ほう へ むけた。 まだ 5 ジ すこし マエ-ゴロ で あった が、 イッチョクセン に つづいて いる コクドウ の ムコウ に、 はやくも バンシュウ の タイヨウ が しずみかけて いて、 ふとい オビ に なった ヨコナガレ の ニシビ が、 ほとんど ロメン と ヘイコウ に さして いる ナカ を、 ヒト だの クルマ だの が みんな ハンメン に あかい イロ を あびて、 おそろしく ながい カゲ を ひきながら とおる。 ちょうど マトモ に その コウセン の ほう へ むかって はしって いる ショウゾウ は、 コウテツ の よう に ぴかぴか ひかる ホソウ ドウロ の マブシサ を さけて、 ウツムキ カゲン に、 クビ を マヨコ に しながら、 モリ の コウセツ イチバ マエ を すぎ、 ショウジ の テイリュウジョ へ さしかかった が、 ふと、 デンシャ センロ の ムコウガワ の、 とある ビョウイン の ヘイソト に、 タタミヤ の ツカモト が ダイ を すえて せっせと タタミ を さして いる の が メ に とまる と、 キュウ に ゲンキ-づいた よう に のりつけて いって、
「いそがし おまっか」
と、 コエ を かけた。
「やあ」
と ツカモト は、 テ は やすめず に メ で うなずいた が、 ヒ が くれぬ アイダ に シゴト を かたづけて しまおう と、 タタミ へ きゅっと ハリ を さしこんで は ぬきとりながら、
「イマジブン、 どこ へ いきはりまん ね?」
「べつに どこ へも いかしまへん。 ちょっと この ヘン まで きて みましてん」
「ボク に ヨウジ でも おました ん か」
「いいえ、 ちがいま。―――」
そう いって しまって はっと した が、 シカタ が なし に メ と ハナ の アイダ へ くしゃくしゃ と した シワ を きざんで、 アイマイ な ツクリワライ を した。
「イマ ここ とおりかかった のんで、 コエ かけて みました ん や」
「そう だっか」
そして ツカモト は、 ジブン の メノマエ に ジテンシャ を とめて つったって いる ニンゲン に なんか、 かまって いられない と いわん ばかり に、 すぐ シタ を むいて サギョウ を つづけた が、 ショウゾウ の ミ に なって みれば、 いくら いそがしい に した ところ で、 「チカゴロ どうして いる か」 とか、 「リリー の こと は あきらめた か」 とか、 その くらい な アイサツ は して くれて も よさそう な もの だ のに、 シンガイ な キ が して ならなかった。 それ と いう の が、 フクコ の マエ では リリー コイシサ を イッショウ ケンメイ に おしかくして、 リリー の 「リ」 の ジ も クチ に ださない で いる もの だ から、 それだけ センマン ムリョウ の オモイ が ムネ に ウッセキ して いる わけ で、 イマ はからずも ツカモト に であって みる と、 やれやれ この オトコ に すこし は せつない ココロ の ウチ を きいて もらおう、 そう したら いくらか キ が はれる だろう と、 すっかり あてこんで いた の で あった が、 ツカモト と して も せめて ナグサメ の コトバ ぐらい、 で なければ ブサタ の ワビ ぐらい、 いわなければ ならない はず なの で ある。 なぜか と いって、 そもそも リリー を シナコ の ほう へ わたす とき に、 ソノゴ どういう タイグウ を うけつつ ある か、 ときどき ツカモト が ショウゾウ の カワリ に ミマイ に いって、 ヨウス を みとどけて、 ホウコク を する と いう かたい ヤクソク が あった の で ある。 もちろん それ は フタリ の アイダ だけ の モウシアワセ で、 オリン や フクコ には ぜったい ヒミツ に なって いた の だ が、 しかし そういう ジョウケン が あった から こそ ダイジ な ネコ を わたして やった のに、 あれきり イチド も その ヤクソク を ジッコウ して くれた こと が なく、 うまうま ヒト を ペテン に かけて、 しらん カオ を して いる の で あった。
だが、 ツカモト は、 そらとぼけて いる わけ では なくて、 ヒゴロ の ショウバイ の イシガシサ に とりまぎれて しまった の で あろう か。 ここ で あった の を サイワイ に、 ヒトコト ぐらい ウラミ を いって やりたい けれども、 こんな に ムチュウ で はたらいて いる モノ に、 いまさら ノンキ-らしく ネコ の こと なんぞ いいだせ も しない し、 いいだした ところ で、 アベコベ に どなりつけられ は しない で あろう か。 ショウゾウ は、 ユウヒ が だんだん にぶく なって ゆく ナカ で、 ツカモト の テ に ある タタミバリ ばかり が いつまでも きらきら ひかって いる の を、 みとれる とも なく みとれながら ぼんやり たたずんで いる の で あった が、 ちょうど この アタリ は コクドウスジ でも ジンカ が まばら に なって いて、 ミナミガワ の ほう には ショクヨウガエル を かう イケ が あり、 キタガワ の ほう には、 ショウトツ ジコ で しんだ ヒトビト の クヨウ の ため に、 まだ まあたらしい、 おおきな イシ の コクドウ ジゾウ が たって いる ばかり。 この ビョウイン の ウシロ の ほう は タンボ ツヅキ で、 ずうと ムコウ に ハンキュウ エンセン の ヤマヤマ が、 つい サッキ まで は すみきった クウキ の ソコ に くっきり と ヒダ を かさねて いた の が、 もう タソガレ の あおい ウスモヤ に つつまれかけて いる の で ある。
「そんなら、 ボク、 シッケイ しまっさ。―――」
「ちと やって きなはれ」
「そのうち ゆっくり よせて もらいま」
カタアシ を ペダル へ かけて、 2~3 ポ とっとっ と ゆきかけた けれども、 やっぱり あきらめきれない らしく、
「あのなあ、―――」
と いいながら、 また もどって きた。
「ツカモト クン、 えらい オジャマ しまっけど、 じつは ちょっと ききたい こと が おまん ねん」
「ナン だす?」
「ボク これから、 ロッコウ まで いって みたろ か おもいまん ねん けど、………」
やっと 1 ジョウ ぬいおえた ところ で、 たちあがりかけて いた ツカモト は、
「なにしに いな?」
と あきれた カオ を して、 かかえた タタミ を もう イッペン とん と ダイ へ もどした。
「そう かて、 あれきり どない してる やら、 さっぱり ヨウス わかれしまへん さかい に な。………」
「キミ、 そんな こと、 マジメ で いうて なはん のん か。 おきなはれ、 おとこらしい も ない!」
「ちがいまん が、 ツカモト クン!……… そう や あれへん が」
「そや さかい に ボク あの とき にも ネン おしたら、 あの オンナ に なんの ミレン も ない、 カオ みる だけ でも ケッタクソ が わるい いいなはった や おまへん か」
「ま、 ツカモト クン、 まっとくなはれ! シナコ の こと や あれへん が。 ネコ の こと だん が」
「なんと、 ネコ?―――」
ツカモト の メモト と クチモト に、 とつぜん にっこり と ホホエミ が うかんだ。
「ああ、 ネコ の こと だっか」
「そう だん が。 ―――キミ あの とき に、 シナコ が あれ を かわいがる か どう か、 ときどき ヨウス み に いって くれる いいなはった のん、 おぼえたはりまっしゃろ?」
「そんな こと いいました かいな、 なんせ コトシ は、 スイガイ から こっち えらい いそがし おました さかい に、―――」
「そら わかって ま。 そや よって に、 キミ に いって もらおう おもうてえ しまへん」
せいぜい ヒニク に そう いった つもり だった の で ある が、 アイテ は いっこう かんじて くれない で、
「キミ、 まだ あの ネコ の こと わすれられしまへん のん か」
「なんで わすれまっかい な。 あれ から こっち、 シナコ の ヤツ が いじめてえ へん やろ か、 あんじょう なついてる やろ か おもうたら、 もう その こと が シンパイ で なあ、 マイバン ユメ に みる ぐらい だす ねん けど、 フクコ の マエ やったら、 そんな こと ちょっとも いわれしまへん よって に、 なお の こと ここ が つろうて つろうて、………」
と、 ショウゾウ は ムネ を たたいて みせながら ベソ を かいた。
「………ホンマ の とこ、 もう イマ まで にも イッペン み に いこ おもうて ましてん けど、 なんせ このところ ヒトツキ ほど、 ヒトリ やったら めった に だして もらわれしまへん。 それに ボク、 シナコ に あわん ならん のん かないまへん よって に、 アイツ に みられん よう に して、 リリー に だけ そうっと おうて くる よう な こと、 できしまへん やろ か?」
「そら、 むずかしい おまん なあ。―――」
イイカゲン に カンニン して くれ と いう サイソク の つもり で、 ツカモト は おろした タタミ へ テ を かけながら、
「どない した かて みられまん なあ。 それに だいいち、 ネコ に あい に きた おもわん と、 シナコ さん に ミレン ある のん や おもわれたら、 ヤッカイ な こと に なりまん がな」
「ボク かて そない おもわれたら かないまへん ねん」
「もう あきらめて しまいなはれ。 ヒト に やって しもうた もん、 どない おもうた かて しょうがない や おまへん か、 なあ イシイ クン。―――」
「あのなあ、」
と、 それ には こたえない で、 ベツ な こと を きいた。
「あの、 シナコ は いつも 2 カイ だっか、 シタ だっか?」
「2 カイ らし おまっけど、 シタ へ かて おりて きまっしゃろ」
「ウチ あける こと おまへん やろ か?」
「わかりまへん なあ。 ―――サイホウ したはります さかい に、 たいがい ウチ らし おまっけど」
「フロ へ いく ジカン、 ナンジ-ゴロ だっしゃろ?」
「わかりまへん なあ」
「そう だっか。 そしたら、 えらい オジャマ しました わ」
「イシイ クン」
ツカモト は、 タタミ を かかえて たちあがった アイダ に、 はやくも 1~2 ケン はなれかけた ジテンシャ の ウシロスガタ に いった。
「キミ、 ホンマ に いきはりまん の か」
「どう する か まだ わかれしまへん。 とにかく キンジョ まで いって みまっさ」
「いきなはる のん は カッテ だす けど、 アト で ゴタゴタ おこった かて、 かかわりあう のん いや だっせ」
「キミ も こんな こと、 フクコ や オフクロ に いわん と おいとくなはれ。 たのみまっさ」
そして ショウゾウ は、 クビ を ミギヒダリ へ ゆさぶり ゆさぶり、 デンシャ センロ を ムコウガワ へ わたった。

これから でかけて いった ところ で、 あの イッカ の モノタチ に カオ を あわせない よう に して、 こっそり リリー に あう なんと いう うまい スンポウ に ゆく で あろう か。 いい アンバイ に ウラ が アキチ に なって いる から、 ポプラー の カゲ か ザッソウ の ナカ に でも ミ を ひそめて、 リリー が ソト へ でて くる の を キナガ に まって いる より ホカ に テ は ない の だ が、 あいにく な こと に、 こう くらく なって しまって は、 でて きて くれて も なかなか ハッケン が コンナン で あろう。 それに もう そろそろ ハツコ の テイシュ が キンムサキ から かえって くる で あろう し、 バンメシ の シタク で カッテグチ の ほう が いそがしく なる で あろう から、 そう いつまでも アキスネライ みたい に うろうろ して いる わけ にも ゆかない。 と する と、 もっと ジカン の はやい とき に でなおす ほう が いい の だ けれども、 しかし リリー に あえる あえない は ニノツギ と して、 ヒサシブリ に ニョウボウ の メ を ぬすんで、 あっちこっち を のりまわせる と いう こと だけ でも、 ユカイ で たまらない の で あった。 じっさい、 キョウ を はずして しまう と、 こういう とき は もう ハンツキ またない と こない の で ある。 フクコ は おりおり オヤジ の ところ へ オコヅカイ を せびり に ゆく の だ が、 それ が だいたい ヒトツキ に 2 ド、 オツイタチ ゼンゴ と 15 ニチ ゼンゴ と に きまって いて、 ゆけば かならず ユウメシ を よばれ、 はやくて 8~9 ジ-ゴロ に かえる の が レイ で ある から、 キョウ も イマ から 3~4 ジカン は ジユウ が たのしまれる の で あって、 もし ジブン さえ ウエ と サムサ に たえる カクゴ なら、 あの ウラ の アキチ に、 すくなくとも 2 ジカン は たって いる ヨユウ が ある の で ある。 だから リリー が バンメシ の アト で ブラツキ に でかける シュウカン を、 イマ も あらためない で いる もの と すれば、 ひょっと したら あそこ で あえる かも しれない。 そう いえば リリー は、 ショクゴ に クサ の はえて いる ところ へ いって、 あおい ハ を たべる クセ が ある ので、 なおさら あの アキチ は ユウボウ な わけ だ。 ―――そんな こと を かんがえながら、 コウナン ガッコウ マエ アタリ まで やって くる と、 コクスイドウ と いう ラジオ-ヤ の マエ で ジテンシャ を とめて、 ソト から ミセ を のぞいて みて、 シュジン が いる の を たしかめて から、
「こんにちわ」
と、 オモテ の ガラスド を ハンブン ばかり あけた。
「えらい すんまへん けど、 20 セン かしとくなはれしまへん か」
「20 セン で よろし おまん の か」
しらない カオ では ない けれども、 いきなり とびこんで きて こころやすそう に いわれる ほど の ナカ や あれへん、 と、 そう いいたげ に みえた シュジン は、 20 セン では コトワリ も ならない ので、 テサゲ キンコ から 10 セン-ダマ を フタツ とりだして、 だまって テノヒラ へ のせて やる と、 すぐ ムコウガワ の コウナン イチバ へ かけこんで、 アンパン の フクロ と タケ の カワヅツミ を フトコロ に いれて もどって きて、
「ちょっと ダイドコロ つかわしとくなはれ」
ヒト が いい よう で へんに ずうずうしい ところ の ある カレ は、 そういう こと には なれた もの なので、 「ナニ しなはん ね」 と いわれて も 「ワケ が ありまん ねん」 と ばかり、 にやにや しながら カッテグチ へ まわって いって、 タケ の カワヅツミ の カシワ の ニク を アルミニューム の ナベ へ うつす と、 ガス の ヒ を かりて ミズダキ に した。 そして 「すんまへん なあ」 を 20 ペン ばかり も くりかえしながら、
「いろいろ ムシン いいまっけど、 いま ヒトツ きいとくなはれしまへん か」
と、 ジテンシャ に つける ラムプ の シャクヨウ を もうしこんだ が、 「これ もって いきなはれ」 と シュジン が オク から だして きて くれた の は、 「ウオザキ チョウ ミヨシヤ」 と いう モジ の ある、 どこ か の シダシヤ の フルヂョウチン で あった。
「ほう、 えらい コットウモン だん なあ」
「それ やったら ダイジ おまへん。 ツイデ の とき に かえしとくなはれ」
ショウゾウ は、 まだ オモテ が うすあかるい ので、 その チョウチン を コシ に さして でかけた が、 ハンキュウ の ロッコウ の テイリュウジョ マエ、 「ロッコウ トザングチ」 と しるした おおきな ヒョウチュウ の たって いる ところ まで きて、 ジテンシャ を カド の ヤスミヂャヤ に あずけて、 そこ から 2~3 チョウ カミ に ある モクテキ の イエ の ほう へ、 すこし キュウ な ダラダラミチ を のぼって いった。 そして イエ の キタガワ の、 ウラグチ の ほう へ まわって、 アキチ の ナカ へ はいりこむ と、 2~3 ジャク の タカサ に クサ が ぼうぼう と はえて いる ヒトカタマリ の クサムラ の カゲ に しゃがんで、 イキ を ころした。
ここ で サッキ の アンパン を かじりながら、 2 ジカン の アイダ シンボウ して みよう、 その うち に リリー が でて きて くれたら、 オミヤゲ の カシワ の ニク を あたえて、 ヒサシブリ に カタ へ とびつかせたり、 クチ の ハシ を なめさせたり、 たのしい イチャツキアイ を しよう と、 そういう つもり なの で あった。
いったい キョウ は おもしろく ない こと が あった ので アテ も なく ソト へ とびだしたら、 アシ が シゼン に ニシ の ほう へ むいた ばかり で なく、 ツカモト なんぞ に であった もの だ から、 とうとう トチュウ で ケッシン を して、 ここ まで のして しまった の だ が、 こう なる こと と わかって いたら ガイトウ を きて くれば よかった のに、 アツシ の シタ に ケイト の シャツ を きこんだ だけ では、 さすが に サムサ が ミ に しみる。 ショウゾウ は カタ を ぞくっと させて、 ホシ が イチメン に かがやきはじめた ヨゾラ を あおいだ。 イタゾウリ を はいた アシ に つめたい クサ の ハ が ふれる ので、 ふと キ が ついて、 ボウシ だの カタ だの を なでて みる と、 おびただしい ツユ が おりて いる。 なるほど、 これ では ひえる わけ だ、 こうして 2 ジカン も うずくまって いたら、 カゼ を ひいて しまう かも しれない。 だが ショウゾウ は、 ダイドコロ の ほう から サカナ を やく ニオイ が におって くる ので、 リリー が あれ を かぎつけて どこ か から かえって きそう な キ が して、 イヨウ な キンチョウ を おぼえる の で あった。 カレ は ちいさな コエ を だして、 「リリー や、 リリー や」 と よんで みた。 ナニ か、 あの イエ の ヒトタチ には わからない で、 ネコ に だけ わかる アイズ の ホウホウ は ない もの か とも おもったり した。 カレ が つくばって いる クサムラ の マエ の ほう に、 クズ の ハ が いっぱい に しげって いて、 その ハ の ナカ で ときどき ぴかり と ひかる もの が ある の は、 たぶん ヨツユ の タマ か ナニ か が トオク の ほう の デントウ に ハンシャ して いる せい なの だ けれども、 そう と しりつつ、 その たび ごと に ネコ の メ かしらん と はっと ムネ を おどらせた。 ………あ、 リリー かな、 やれ うれし や! そう おもった トタン に ドウキ が うちだして、 ミゾオチ の ヘン が ひやり と して、 ツギ の シュンカン に すぐ また がっかり させられる。 こう いう と おかしな ハナシ だ けれども、 まだ ショウゾウ は こんな やきもき した ココロモチ を ニンゲン に たいして さえ かんじた こと は ない の で あった。 せいぜい カフェー の オンナ を アイテ に あそんだ ぐらい が セキノヤマ で、 レンアイ-らしい ケイケン と いえば、 マエ の ニョウボウ の メ を かすめて フクコ と アイビキ して いた ジダイ の、 たのしい よう な、 じれったい よう な、 へんに わくわく した、 おちつかない キブン、 ―――まあ あれ ぐらい な もの なの だ が、 それでも あれ は リョウホウ の オヤ が ナイナイ で テビキ を して くれ、 シナコ の テマエ を うまく ごまかして くれた ので、 ムリ な シュビ を する ヒツヨウ も なく、 ヨツユ に うたれて アンパン を かじる よう な クロウ を しない でも よかった の だ から、 それだけ シンケンミ に とぼしく、 アイタサ ミタサ も こんな に イチズ では なかった の で あった。
ショウゾウ は、 ハハオヤ から も ニョウボウ から も ジブン が コドモ アツカイ に され、 イッポンダチ の できない テイノウジ の よう に みなされる の が、 ヒジョウ に フフク なの で ある が、 されば と いって その フフク を きいて くれる トモダチ も なく、 モンモン の ジョウ を ムネ の ウチ に おさめて いる と、 なんとなく ヒトリポッチ な、 たよりない カンジ が わいて くる ので、 その ため に なお リリー を あいして いた の で ある。 じっさい、 シナコ にも、 フクコ にも、 ハハオヤ にも わかって もらえない さびしい キモチ を、 あの アイシュウ に みちた リリー の メ だけ が ホントウ に みぬいて、 なぐさめて くれる よう に おもい、 また あの ネコ が ココロ の オク に もって いながら、 ニンゲン に むかって いいあらわす スベ を しらない チクショウ の カナシミ と いう よう な もの を、 ジブン だけ は よみとる こと が できる キ が して いた の で あった が、 それ が おたがいに ワカレワカレ に されて しまって 40 ヨニチ に なる の で ある。 そして イチジ は、 もう その こと を かんがえない よう に、 なるべく はやく あきらめる よう に つとめた こと も ジジツ だ けれども、 ハハ や ニョウボウ への フヘイ が たまって、 その ウップン の ヤリバ が なくなって くる に したがい、 いつか ふたたび つよい アコガレ が アタマ を もたげて、 おさえきれなく なった の で あった。 まったく、 ショウゾウ の ミ に なって みる と、 ああいう きびしい アシドメ を されて、 でる にも はいる にも カンショウ を うけた の では、 かえって コイシサ を たきつけられる よう な もの で、 わすれよう にも わすれる ヒマ が なかった の で ある が、 それに もう ヒトツ キ に なった の は、 あれきり ツカモト から なんの ホウコク も ない こと で あった。 あんな に ヤクソク して おきながら、 どうして なんとも いって きて くれない の か。 シゴト が いそがしい の なら やむ を えない が、 ひょっと する と そう で なく、 カレ に シンパイ させまい と して、 ナニ か かくして いる の では ない か。 たとえば シナコ に いじめられて、 くう や くわず で いる ため に ひどく スイジャク して しまった とか、 にげて でた きり ユクエ フメイ に なった とか、 ビョウシ した とか、 いう よう な こと が ある の では ない か。 あれ から こっち、 ショウゾウ は よく そんな ユメ を みて、 ヨナカ に はっと メ を さます と、 どこ か で 「にゃあ」 と ないて いる よう に おもえる ので、 ベンジョ へ ゆく よう な フウ を しながら、 そうっと おきて アマド を あけて みた こと も、 1 ド や 2 ド では ない の で ある が、 あまり たびたび そういう マボロシ に あざむかれる と、 イマ きいた コエ や ユメ に みた スガタ は、 リリー の ユウレイ なの では ない か、 にげて くる ミチ で ノタレジニ を して、 タマシイ だけ が もどった の では ない の か と、 そんな キ が して、 ぞうっと ミブルイ が でた こと も ある。 だが また、 いくら シナコ が イジ の わるい オンナ でも、 ツカモト が ムセキニン でも、 まさか リリー に かわった こと が おこったら だまって いる はず も あるまい から、 タヨリ の ない の は ブジ に くらして いる ショウコ なの だ と、 フキツ な ソウゾウ が うかぶ たび に うちけし うちけし して きた の で ある が、 それでも カンシン に ニョウボウ の イイツケ を チュウジツ に まもって、 イチド も ロッコウ の ホウガク へ アシ を むけた こと が なかった と いう の は、 カンシ が きびしかった ばかり で なく、 シナコ の アミ に ひっかかる の が フユカイ だ から で あった。 カレ には リリー を ひきとった シナコ の シンイ と いう もの が、 イマ でも はっきり しない の だ けれども、 コト に よったら、 ツカモト が ホウコク を おこたって いる の も シナコ の サシガネ では ない の か、 アイツ は そういう ふう に して わざと オレ に キ を もませて、 おびきよせよう と いう ハラ では ない の か と、 そんな ジャスイ も される ので、 リリー の アンピ を たしかめたい と ねがう イッポウ、 みすみす アイツ の ワナ に はまって たまる もの か と いう ハンカン が、 それ と おなじ くらい つよかった の で あった。 カレ は なんとか して リリー には あいたい が、 シナコ に つかまる こと は いや で たまらなかった。 「とうとう やって きました ね」 と、 アイツ が へんに リコウ-ぶって、 トクイ の ハナ を うごめかす か と おもう と、 もう その カオツキ を うかべた だけ で ムシズ が はしった。 がんらい ショウゾウ には カレ イチリュウ の ズルサ が あって、 いかにも キ の よわい、 タニン の イウナリ-シダイ に なる ニンゲン の よう に みられて いる の を、 たくみ に リヨウ する の で ある が、 シナコ を おいだした の が やはり その テ で、 ヒョウメン は オリン や フクコ に あやつられた カタチ で ある けれども、 そのじつ ダレ より も カレ が いちばん カノジョ を きらって いた かも しれない。 そして ショウゾウ は、 イマ かんがえて も、 いい こと を した、 いい キミ だった と おもう ばかり で、 フビン と いう カンジ は すこしも おこらない の で あった。
げんに シナコ は、 デントウ の ともって いる 2 カイ の ガラスマド の ナカ に いる の に ちがいない の だ が、 ザッソウ の カゲ に つくばいながら じっと その ヒ を みあげて いる と、 またしても あの、 ヒト を コバカ に した よう な、 ケンジョ-ぶった カオ が メサキ に ちらついて、 ムナクソ が わるく なって くる。 せっかく ここ まで きた の で ある から、 せめて 「にゃあ」 と いう なつかしい コエ を よそながら でも きいて かえりたい、 ブジ に かわれて いる こと が わかり さえ したら、 それ だけ でも アンシン で ある し、 ここ へ きた ネン が とどく の で ある から、 いっそ の こと そうっと ウラグチ を のぞいて みたら、 ………あわよく いったら、 ハツコ を こっそり よびだして、 オミヤゲ の カシワ の ニク を わたして、 キンジョウ を きかして もらったら、 ………と、 そう おもう の で ある が、 あの マド の ヒ を みて、 あの カオ を ココロ に えがく と、 アシ が すくんで しまう の で ある。 うっかり そんな マネ を したら、 ハツコ が どういう カンチガイ を して、 2 カイ の アネ を よび に ゆかない もの でも ない し、 すくなくとも アト で しゃべる こと は たしか で ある から、 「そろそろ ケイリャク が ズ に あたって きた」 など と、 うぬぼれる だけ でも シャク に さわる。 と する と、 やはり この アキチ に コンキ よく うずくまって いて、 リリー が ここ を とおりかかる グウゼン の キカイ を とらえる より ホカ は ない の で ある が、 しかし イマ まで まって ダメ なら、 とても コンヤ は おぼつかない。 ショウゾウ は もう、 フクロ の ナカ の アンパン を みんな たべて しまった。 そして サッキ から 1 ジカン ハン ぐらい は たった よう な キ が する ので、 だんだん イエ の ほう の シュビ が シンパイ に なって きた。 ハハオヤ だけ なら メンドウ は ない が、 フクコ が サキ に かえって きて いたら、 コンヤ ヒトバンジュウ ねかして もらえない で、 アザ-だらけ に される。 それ も いい けれども、 また アス から カンシ が ゲンジュウ に なる。 だが、 1 ジカン ハン も まつ アイダ に かすか な ナキゴエ も もれて こない の は、 なんだか ヘン だ、 ひょっと したら、 コノアイダ から たびたび みた ユメ が マサユメ で、 もう この イエ に いない の では ない か。 さっき サカナ を やく ニオイ が した とき が イッカ の ユウメシ だった と する と、 リリー も あの とき なにかしら あたえられる で あろう し、 そう すれば きっと クサ を たべ に でて くる の だ が、 こない の を みる と どうも あやしい。………
ショウゾウ は、 とうとう こらえきれなく なって、 ザッソウ の ナカ から ミ を おこす と、 ウラキド の キワ まで しのんで いって、 スキマ へ カオ を あてて みた。 と、 シタ は すっかり アマド が しまって いて、 コドモ を ねかしつけて いる らしい ハツコ の コエ が とぎれとぎれ に きこえて くる ホカ には、 なんの モノオト も しない。 2 カイ の ガラス ショウジ に でも、 ほんの イッシュンカン で いい から さっと カゲ が うつって くれたら どんな に うれしい か しれない のに、 ガラス の ムコウ に しろい カーテン が しずか に たれて いる ばかり で、 その ウエ の ほう が うすぐらく、 シタ の ほう が あかるく なって いる の は、 シナコ が デントウ を ひくく おろして、 ヨナベ を して いる の で あろう。 ふと ショウゾウ は、 アカリ の シタ で イッシン に ハリ を はこびつつ ある カノジョ の ソバ に、 リリー が おとなしく セナカ を まるめて、 「の」 の ジナリ に ねころびながら、 やすらか な ネムリ を むさぼって いる ヘイワ な コウケイ を ガンゼン に うかべた。 アキ の ヨナガ の、 マタタキ も せぬ デントウ の ヒカリ が、 リリー と カノジョ と ただ フタリ だけ を ヒトツワ の ナカ に つつんで いる ホカ は、 テンジョウ の ほう まで ぼうっと くらく なって いる シツナイ。 ………ヨ が しだいに ふけて ゆく ナカ で、 ネコ は かすか に イビキ を かき、 ヒト は もくもく と ヌイモノ を して いる。 わびしい ながら も しんみり と した バメン。 ………あの ガラスマド の ナカ に、 そういう セカイ が くりひろげられて いる と したら、 ―――ナニ か キセキテキ な こと が おこって、 リリー と カノジョ と が すっかり ナカヨシ に なって いた と したら、 ―――もし ホントウ に そんな コウケイ を みせられたら、 ヤキモチ を やかず に いられる だろう か。 ショウジキ の ところ、 リリー が ムカシ を わすれて しまって ゲンジョウ に マンゾク して いられて も、 やはり ハラ が たつ で あろう し、 そう か と いって、 ギャクタイ されて いたり しんで いたり した の では なお かなしい し、 どっち に して も キ が はれる こと は ない の だ から、 いっそ なにも きかない ほう が いい かも しれない。 ショウゾウ は、 トタン に シタ の ハシラドケイ が 「ぼん、………」 と、 ハン を うつ の を きいた。 7 ジ ハン だ、 ―――と おもう と、 カレ は ダレ か に つきとばされた よう に コシ を うかした が、 フタアシ ミアシ いって から ひっかえして きて、 まだ ダイジ そう に フトコロ に いれて いた タケ の カワヅツミ を とりだす と、 それ を キドグチ や、 ゴミバコ の ウエ や、 あっちこっち へ もって いって うろうろ した。 どこ か、 リリー だけ が キ が ついて くれる よう な ところ へ おいて ゆきたい が、 クサムラ の ナカ では イヌ に かぎつけられそう だし、 この ヘン へ おいたら イエ の モノ が みつける で あろう し、 うまい ホウホウ は ない かしらん。 いや、 もう そんな こと に かまって は いられぬ。 おそくも イマ から 30 プン イナイ に かえらなかったら、 また ヒトサワギ おこる かも しれぬ。 「アンタ、 イマゴロ まで ナニ しててん!」 ―――と、 そう いう コエ が にわか に ミミ の ハタ で きこえて、 フクコ の いきりたった ケンマク が ありあり と みえる。 カレ は あわてて クズ の ハ の しげって いる アイダ へ、 タケ の カワ を ひらいて おいて、 リョウハシ へ コイシ を のせて、 また その ウエ から テキトウ に ハ を かぶせた。 そして アキチ を ヨコットビ に、 ジテンシャ を あずけた チャヤ の ところ まで ムチュウ で はしった。

その バン、 ショウゾウ より も 2 ジカン ほど おくれて かえって きた フクコ は、 オトウト を つれて ケントウ を み に いった ハナシ など を して、 ひどく キゲン が よかった。 そして あくる ヒ、 すこし ハヤメ に ユウメシ を すます と、
「コウベ へ いかして もらいまっせ」
と、 フウフ で シンカイチ の ジュラクカン へ でかけた。
オリン の ケイケン だ と、 フクコ は いつも イマヅ の イエ へ いって きた トウザ、 つまり フトコロ に オコヅカイ の ある 5~6 ニチ か 1 シュウカン の アイダ と いう もの は、 きまって キゲン が いい の で ある。 この アイダ に カノジョ は さかん に ムダヅカイ を して、 カツドウ や カゲキ ケンブツ など にも、 2 ド ぐらい は ショウゾウ を さそって ゆく。 したがって フウフナカ も むつまじく、 しごく エンマン に おさまって いる の だ が、 1 シュウカン-メ アタリ から そろそろ フトコロ が さびしく なって、 イチニチ イエ で ごろごろ しながら、 アイダグイ を したり ザッシ を よんだり する よう に なりだす と、 ときどき テイシュ に クチコゴト を いう。 もっとも ショウゾウ も、 ニョウボウ の ケイキ の いい とき だけ チュウジツブリ を ハッキ して、 だんだん でる もの が でなく なる と、 ゲンキン に タイド を かえ、 うかぬ カオ を して ナマヘンジ を する クセ が ある の だ が、 けっきょく ソウホウ から トバッチリ を くう ハハオヤ が、 いちばん ワリ が わるい こと に なる。 だから オリン は、 フクコ が イマヅ へ かけつける たび に、 やれやれ これ で トウブン は アンシン だ と おもって、 ないない ほっと する の で あった。
で、 コンド も ちょうど そういう ヘイワ な 1 シュウカン が はじまって いた が、 コウベ へ いって から サン、 ヨッカ たった ある ヒ の ユウガタ、 テイシュ と フタリ バンメシ の チャブダイ に むかって いた フクコ は、
「コナイダ の カツドウ、 ちょっとも おもしろい こと あれへなんだ なあ」
と、 ジブン も いける クチ なので、 ほんのり メ の フチ へ ヨイ を だしながら、
「―――なあ、 アンタ どない おもうた?」
と、 そう いって チョウシ を とりあげる と、 ショウゾウ が それ を ひったくる よう に して こちら から さした。
「ひとつ いこ」
「もう、 あかん。 ………ようた わ、 ワテ」
「まあ、 いこ、 もう ヒトツ。………」
「ウチ で のんだ かて、 おいしい こと あれへん。 それ より アシタ どこ ぞ へ いけへん?」
「ええ なあ、 いきたい なあ」
「まだ オコヅカイ ちょっとも つこうてえ へん ねん で。 ………コナイダ の バン、 ウチ で ゴハン たべて でて、 カツドウ みた だけ やった やろ、 そや さかい に、 まだ たあんと もってる ねん」
「どこ に しょう、 そしたら?………」
「タカラヅカ、 コンゲツ は ナニ やってる やろ?」
「カゲキ かいな。―――」
アト に キュウ オンセン と いう タノシミ は ある に して から が、 なんだか もうひとつ キ が のらない カオツキ を した。
「―――そない に たんと オコヅカイ ある のん やったら、 もっと おもしろい こと ない やろ か」
「なんぞ かんがえてえ な」
「コウヨウ み に いけへん?」
「ミノオ かいな」
「ミノオ は あかん ねん、 コナイダ の ミズ で すっくり やられて しもてん。 それ より ボク、 ヒサシブリ で アリマ へ いって みたい ねん けど、 どう や、 サンセイ せえへん か」
「ほんに、 ………あれ、 いつ やった やろ?」
「もう ちょうど 1 ネン ぐらい……… いや、 そう や ない わ、 あの とき カジカ が ないてた わ」
「そう や、 もう 1 ネン ハン に なる で」
それ は フタリ が ヒトメ を しのぶ ナカ に なりだして マ も ない ジブン、 ある ヒ タキミチ の シュウテン で おちあい、 シンユウ デンシャ で アリマ へ いって、 ゴショ ノ ボウ の ニカイ ザシキ で ハンニチ ばかり あそんで くらした こと が あった が、 すずしい タニガワ の オト を ききながら、 ビール を のんで は ねたり おきたり して すごした、 たのしかった ナツ の ヒ の こと を、 フタリ とも はっきり おもいだした。
「そしたら、 また ゴショ ノ ボウ の 2 カイ に しょう か」
「ナツ より イマ の ほう が ええ で。 コウヨウ みて、 オンセン に はいって、 ゆっくり バン の ゴハン たべて、―――」
「そう しょう、 そう しょう、 もう それ に きめた わ」
その あくる ヒ は ハヤオヒル の ヨテイ で あった が、 フクコ は アサ の 9 ジ-ゴロ から ぽつぽつ ミジタク に とりかかりながら、
「アンタ、 きたない アタマ やなあ」
と、 カガミ の ナカ から ショウゾウ に いった。
「そう かも しれん、 もう ハンツキ ほど トコヤ へ いけへん さかい に な」
「そしたら オオイソギ で いって きなはれ、 イマ から 30 プン イナイ に。―――」
「そら えらい こっちゃ」
「そんな アタマ してたら、 ワテ よう イッショ に あるかん わ。 ―――はよう しなはれ!」
ショウゾウ は、 ニョウボウ が わたして くれた 1 エン サツ を、 ヒダリ の テ に もって ひらひら させながら、 ジブン の ミセ から ハンチョウ ほど ヒガシ に ある トコヤ の マエ まで かけて いった が、 いい アンバイ に キャク が ヒトリ も きて いない ので、
「はやい とこ たのみまっさ」
と、 オク から でて きた オヤカタ に いった。
「どこ ぞ いきはりまん のん か」
「アリマ へ コウヨウ み に いきまん ね」
「そら よろし おまん なあ、 オクサン も イッショ だっか?」
「そう だん ね。 ―――ハヤオヒル たべて でかける さかい、 30 プン で アタマ かって きなはれ いわれて まん ね」
が、 それから 30 プン すぎた ジブン、
「オタノシミ だん なあ、 ゆっくり いって きなはれ」
と、 セナカ から オヤカタ が あびせる コトバ を ききながして、 イエ の マエ まで もどって きて、 なにごころなく ミセ へ ヒトアシ ふみこむ と、 そのまま ドマ に たちすくんで しまった。
「なあ、 オカアサン、 なんで キョウ まで それ かくして はりましてん。………」
と、 とつぜん そう いう ただならぬ コエ が オク から きこえて きた から で ある。
「………なんで そんな こと が あったら、 ワテ に いうとくなはれしまへん。 ………そしたら オカアサン、 ワテ の ミカタ してる みたい に みせかけといて、 いつも そんな こと させて はった ん と ちがいまっか。………」
フクコ が だいぶ オカンムリ を まげて いる らしい こと は かんだかい モノ の イイカタ で わかる。 ハハオヤ の ほう は あきらか に やりこめられて いる ヨウス で、 たまに ヒトコト フタコト ぐらい クチヘントウ を する けれども、 ごまかす よう に こそこそ と いう ので、 よく きこえない。 フクコ の どなる コエ ばかり が ツツヌケ に ひびいて くる の で ある。
「………なに? いった とは かぎらん?……… あほらしい! ヒト の ウチ の ダイドコロ かって、 カシワ の ニク たいたり して、 リリー の とこ や なかったら、 どこ へ もって いきまん ね。 ………それ に した かて、 あの チョウチン もって かえって、 あんな ところ に なおして あった こと、 オカアサン しったはりました ん やろ?………」
カノジョ が ハハオヤ を つかまえて、 あんな きんきん した コエ を はりあげる こと は めった に ない の だ が、 しかし たったいま、 カレ が トコヤ へ いって いた わずか な アイダ に、 どうやら センジツ の コクスイドウ が、 あの とき の タテカエ と フルヂョウチン と を トリカエシ に きた の だ と みえる。 アリテイ に いう と、 あの バン ショウゾウ は あの チョウチン を ジテンシャ の サキ に ぶらさげて かえって、 フクコ に みとがめられない よう に、 モノオキゴヤ の タナ の ウエ に おしあげて おいた の で ある が、 オフクロ には ケントウ が ついて いた はず だ から、 だして わたして やった の かも しれない。 だが コクスイドウ は、 いつでも いい よう に と いって いながら、 なんで トリカエシ に きた の だろう。 まさか あんな フルヂョウチン が おしい こと も あるまい に、 この ヘン に ツイデ でも あった の だろう か、 それとも 20 セン を カリッパナシ に された の が、 ハラ が たった の だろう か。 それに また、 オヤジ が きた の か、 コゾウ が きた の か しらない が、 カシワ の ハナシ まで して ゆかない でも いい では ない か。
「………ワテ は なあ、 アイテ が リリー だけ やったら、 なにも うるさい こと いえしまへん で。 リリー に あい に いく いうて も、 リリー だけ や あれへん さかい に、 いいまん ねん で。 いったい オカアサン、 あの ヒト と グル に なって、 ワテ を だます よう な こと して、 すむ と おもうたはりまん のん か」
そう いわれる と、 さすが の オリン も ぐう の ネ も でない で、 ちいさく なって いる の で ある が、 セガレ の カワリ に おこられて いる の は かわいそう の よう でも あり、 ちょっと いい キミ の よう でも ある。 ナン に して も ショウゾウ は、 ジブン が いたら なかなか フクコ の オコリカタ が この くらい では すむまい と おもう と、 あやうく ココウ を のがれた キ が して、 すわ と いえば オモテ へ とびだせる よう に、 ミガマエ を しながら たって いる と、
「………いいえ、 わかって ま! あの ヒト ロッコウ へ やったり して、 コンド は ワテ を おいだす ソウダン して なはる ねん」
と、 いう の に つづいて どたん と いう モノオト が して、
「まちい な!」
「はなしとくなはれ!」
「そう かて、 どこ へ いく ねん な」
「オトウサン とこ へ いって きます、 ワテ の いう こと が ムリ か、 オカアサン の いう こと が ムリ か、―――」
「ま、 イマ ショウゾウ が もどる さかい に―――」
どたん、 どたん、 と、 フタリ が さかん に あらそいながら ミセ の ほう へ でて きそう なので、 あわてて ショウゾウ は オウライ へ にげのびて、 5~6 チョウ の キョリ を ムチュウ で はしった。 それきり アト が どう なった こと やら わからなかった が、 キ が ついて みる と、 いつか ジブン は シン コクドウ の バス の テイリュウジョ の マエ に きて、 さっき トコヤ で うけとった ツリセン の ギンカ を、 まだ しっかり と テ の ナカ に にぎって いた。

ちょうど その ヒ の ゴゴ 1 ジ-ゴロ、 シナコ が アサ の うち に しあげた ヌイモノ を、 キンジョ まで とどけて くる と いって、 フダンギ の ウエ に ケイト の ショール を ひっかけて、 コバシリ に ウラグチ から でて いった アト、 ハツコ が ヒトリ ダイドコロ で はたらいて いる と、 そこ の ショウジ を ごそっと 1 シャク ばかり あけて、 せいせい イキ を きらしながら ショウゾウ が ナカ を のぞきこんだ ので、
「あらっ」
と、 とびあがりそう に する と、 ぴょこん と ヒトツ オジギ を しながら わらって みせて、
「ハツ ちゃん、………」
と いって から、 ウシロ の ほう に キ を くばりつつ キュウ に ヒソヒソゴエ に なって、
「………あの、 イマ ここ から シナコ でて いきました やろ?」
と、 せかせか した ハヤクチ で いった。
「………ボク イマ そこ で おうてん けど、 シナコ は キイ つけしまへなんだ。 ボク あの ポプラー の カゲ に かくれて ました よって に な」
「なんぞ ネエサン に ヨウ だっか?」
「メッソウ な! リリー に あい に きましてん が。―――」
そして、 そこ から ショウゾウ の コトバ は、 さも おもいあまった、 あわれっぽい せつない コエ に かわった。
「なあ、 ハツ ちゃん、 あの ネコ どこ に いて ます?……… すんまへん けど、 ほんの ちょっと で ええ さかい、 あわしとくなはれ!」
「どこ ぞ、 その ヘン に いて しまへん か」
「そない おもうて、 ボク この キンジョ うろうろ して、 もう 2 ジカン も あそこ に たって ましてん けど、 ちょっとも でて きよれしまへん ねん」
「そしたら、 2 カイ に いてる かしらん?」
「シナコ もう すぐ もどりまっしゃろ か? イマゴロ どこ へ いきました ん や?」
「ほん そこ まで シタテモノ とどけ に。 ―――2~3 チョウ の ところ だす よって、 すぐ かえりまっせ」
「ああ、 どう しよう、 ああ こまった」
そう いって ぎょうさん に カラダ を ゆすぶって、 ジダンダ を ふみながら、
「なあ、 ハツ ちゃん、 たのみます、 この とおり や。―――」
と、 テ を すりあわせて おがむ マネ を した。
「―――ゴショウ イッショウ の オネガイ だす、 イマ の アイダ に つれて きとくなはれ」
「おうて、 どない しやはりまん ね」
「どうも こうも せえしまへん。 ブジ な カオ ヒトメ みせて もろたら、 キ が すみまん ねん」
「つれて かえりはれしまへん やろ なあ?」
「そんな こと しまっかい な。 キョウ みせて もろたら、 もう これっきり けえしまへん」
ハツコ は あきれた カオ を して、 アナ の あく ほど ショウゾウ を みつめて いた が、 なんと おもった か だまって 2 カイ へ あがって いって、 すぐ ダンバシゴ の チュウダン まで もどって くる と、
「いて まっせ。―――」
と、 ダイドコロ の ほう へ クビ だけ つんだした。
「いて まっか?」
「ワテ、 よう だきまへん よって、 み に きとくなはれ」
「いって も ダイジ おまへん やろ か」
「すぐ おりとくなはれ や」
「よろし おま。 ―――そしたら、 あがらして もらいまっさ」
「はやい こと しなはれ!」
ショウゾウ は、 せまい、 キュウ な ダンバシゴ を あがる マ も ムネ が どきどき した。 ようよう ヒゴロ の オモイ が かなって、 あう こと が できる の は うれしい けれども、 どんな ふう に かわって いる だろう か。 ノタレジニ も せず、 ユクエ フメイ にも ならない で、 ブジ に この ヤ に いて くれた の は ありがたい が、 ギャクタイ されて、 やせおとろえて いなければ いい が、 ………まさか ヒトツキ ハン の アイダ に わすれる はず は ない だろう けれど、 なつかしそう に ソバ へ よって きて くれる かしらん? それとも レイ の、 はにかんで にげて ゆく かしらん?……… アシヤ の ジダイ に、 2~3 ニチ イエ を あけた アト で かえって くる と、 もう どこ へも ゆかせまい と して、 すがりついたり なめまわしたり した もの で あった が、 もしも あんな ふう に されたら、 それ を ふりきる の に また もう イチド つらい オモイ を しなければ ならない。………
「ここ だっせ。―――」
はればれ と した ゴゴ の ガイコウ を さえぎって、 マド の カーテン が しまって いる の は、 おおかた ヨウジン-ぶかい シナコ が でて ゆく とき に そうした の で あろう か。 ―――その ため に シツナイ が もやもや と かげって、 うすぐらく なって いる ナカ に、 シガラキヤキ の ナマコ の ヒバチ が おいて あって、 なつかしい リリー は その ソバ に、 ザブトン を かさねて しいて、 マエアシ を ハラ の シタ へ おりこんで、 セ を まるく しながら うつらうつら メ を つぶって いた。 あんじた ほど に やせて も いない し、 ケナミ も つやつや と して いる の は、 ソウトウ に ユウグウ されて いる から で あろう。 おもった より も ダイジ に されて いる ショウコ には、 カノジョ の ため に センヨウ の ザブトン が 2 マイ も もうけて ある ばかり では ない、 たったいま、 オヒル の ゴチソウ に ナマタマゴ を もらった と みえて、 きれい に たべつくした ゴハン の オサラ と、 タマゴ の カラ と が、 シンブンガミ に のせて ヘヤ の カタスミ に よせて あり、 また その ヨコ には、 アシヤ ジダイ と おなじ よう な フンシ さえ おいて ある の で ある。 と、 とつぜん ショウゾウ は、 ひさしい アイダ わすれて いた あの トクユウ の ニオイ を かいだ。 かつて ワガヤ の ハシラ にも カベ にも ユカ にも テンジョウ にも しみこんで いた あの ニオイ が、 イマ は この ヘヤ に こもって いる の で あった。 カレ は カナシミ が こみあげて きて、
「リリー、………」
と おぼえず ダミゴエ を あげた。 すると リリー は ようよう それ が きこえた の か、 どんより と した ものうげ な ヒトミ を あけて、 ショウゾウ の ほう へ ひどく ブアイソウ な イチベツ を なげた が、 ただ それ だけ で、 なんの カンドウ も しめさなかった。 カノジョ は ふたたび、 マエアシ を いっそう ふかく おりまげ、 セスジ の カワ と ミミタブ と を ぶるん! と さむそう に ケイレン させて、 ねむくて たまらぬ と いう よう に メ を とじて しまった。
キョウ は オテンキ が いい カワリ に、 クウキ が ひえびえ と ミ に しむ よう な ヒ で ある から、 リリー に したら ヒバチ の ソバ を はなれる の が いや なの で あろう。 それに イノフ が ふくらんで いる ので、 なおさら タイギ なの でも あろう。 この ドウブツ の ブショウ な セイシツ を のみこんで いる ショウゾウ は、 こういう そっけない タイド には なれて いる ので、 かくべつ あやしみ は しなかった が、 でも キ の せい か、 その おびただしく メヤニ の たまった メ の フチ だの、 ミョウ に しょんぼり と うずくまって いる シセイ だの を みる と、 わずか ばかり あわなかった アイダ に、 また いちじるしく おいぼれて、 カゲ が うすく なった よう に おもえた。 わけても カレ の ココロ を うった の は、 イマ の ヒトミ の ヒョウジョウ で あった。 ザイライ とて も こんな バアイ に ねむそう な メ を した とは いえ、 キョウ の は まるで コウロ ビョウシャ の それ の よう な、 セイ も コン も かれはてた、 ヒロウ しきった イロ を うかべて いる では ない か。
「もう おぼえてえ しまへん で。 ―――チクショウ だん なあ」
「あほらしい、 ヒト が みてたら あない に そらとぼけまん ねん が」
「そう だっしゃろ か。………」
「そう だん が。 ………そや さかい に、 ………すんまへん けど、 ほん ちょっと の マ、 ハツ ちゃん ここ に まってて くれて、 この フスマ しめさしとくなはれしまへん か。………」
「そない して、 ナニ しやはりまん ね」
「なんも せえしまへん。 ………ただ、 あの、 ちょっと、 ………ヒザ の ウエ に だいて やりまん ねん。………」
「そう かて、 ネエサン かえって きまっせ」
「そしたら、 ハツ ちゃん、 そっち の ヘヤ から カド みはってて、 みえたら すぐに しらしとくなはれ。 たのみまっさ。………」
フスマ に テ を かけて そう いって いる うち に、 もう ショウゾウ は ずるずる と ヘヤ へ はいって、 ハツコ を ソト へ しめだして しまった。 そして、
「リリー」
と いいながら、 その マエ へ いって、 サシムカイ に すわった。
リリー は サイショ、 せっかく ヒルネ して いる のに うるさい! と いう よう な オウチャク そう な メ を しばだたいた が、 カレ が メヤニ を ふいて やったり、 ヒザ の ウエ に のせて やったり、 クビスジ を なでて やったり する と、 かくべつ いや な カオ も しない で、 される とおり に なって いて、 しばらく する うち に ノド を ごろごろ ならしはじめた。
「リリー や、 どうした? カラダ の グアイ わるい こと ない か? マイニチ マイニチ、 かわいがって もろてる か?―――」
ショウゾウ は、 いまに リリー が ムカシ の イチャツキ を おもいだして、 アタマ を オシツケ に きて くれる か、 カオ を ナメマワシ に きて くれる か と、 イッショウ ケンメイ イロイロ の コトバ を あびせかけた が、 リリー は ナニ を いわれて も、 あいかわらず メ を つぶった まま ごろごろ いって いる だけ で あった。 それでも カレ は セナカ の カワ を コンキ よく なでて やりながら、 すこし ココロ を おちつけて この ヘヤ の ナカ を ながめて みる と、 あの キチョウメン で カンショウ な シナコ の ヤリカタ が、 ほんの ササイ な ハシバシ にも よく あらわれて いる よう に かんじた。 たとえば カノジョ は、 わずか 2~3 プン の アイダ ルス に する にも、 ちゃんと こうして カーテン を しめて ゆく の で ある。 のみならず この 4 ジョウ ハン の シツナイ に、 キョウダイ だの、 タンス だの、 サイホウ の ドウグ だの、 ネコ の ショッキ だの、 ベンキ だの、 サマザマ な もの を ならべて おきながら、 それら が イッシ みだれず に、 それぞれ せいぜん と かたよせられて、 コテ の つきさして ある ヒバチ の ナカ を のぞいて みて も、 スミビ を ふかく いけこんだ うえ に、 ハイ が きれい に スジメ を たてて ならして あり、 サントク の ウエ に のせて ある セトヒキ の ヤカン まで が、 とぎたてた よう に ぴかぴか ひかって いる の で ある。 が、 それ は まあ フシギ は ない と して も、 キミョウ なの は あの サラ に のこって いる タマゴ の カラ だった。 カノジョ は ジブン で クイブチ を かせいで いる ので、 けっして ラク では ない で あろう に、 まずしい ナカ でも リリー に ジヨウブン を あたえる と みえる。 いや、 そう いえば、 カノジョ が ジブン で しいて いる ザブトン に くらべて、 リリー の ザブトン の ワタ の あつい こと は どう だ。 いったい カノジョ は なんと おもって、 あんな に にくんで いた ネコ を ダイジ に する キ に なった の で あろう。
かんがえて みる と ショウゾウ は、 いわば ジブン の ココロガラ から マエ の ニョウボウ を おいだして しまい、 この ネコ に まで も カズカズ の クロウ を かける ばかり か、 ケサ は ジブン が ワガヤ の シキイ を またぐ こと が できない で、 つい ふらふら と ここ へ やって きた の で ある が、 この ごろごろ いう オト を ききながら、 むせる よう な フンシ の ニオイ を かいで いる と、 なんとなく ムネ が いっぱい に なって、 シナコ も、 リリー も、 かわいそう には ちがいない けれども、 ダレ にも まして かわいそう なの は ジブン では ない か、 ジブン こそ ホントウ の ヤドナシ では ない か と、 そう おもわれて くる の で あった。
と、 その とき ばたばた と アシオト が して、
「ネエサン もう つい そこ の カド まで きて まっせ」
と、 ハツコ が あわただしく フスマ を あけた。
「えっ、 そら タイヘン や!」
「ウラ から でたら あきまへん!……… オモテ へ、 ………オモテ へ まわんなはれ!……… ハキモノ ワテ が もって いたげる! はよ、 はよ!」
カレ は ころげる よう に ダンバシゴ を かけおりて、 オモテ ゲンカン へ とんで いって、 ハツコ が ドマ へ なげて くれた イタゾウリ を つっかけた。 そして オウライ へ しのびでた トタン に、 ちらと シナコ の ウシロカゲ が、 ヒトアシ チガイ で ウラグチ の ほう へ まわって いった の が メ に とまる と、 こわい もの に でも おわれる よう に ハンタイ の ホウガク へ イッサン に はしった。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...