2020/02/14

ある オンナ (コウヘン)

 ある オンナ

 (コウヘン)

 アリシマ タケオ

 22

 どこ か から キク の カオリ が かすか に かよって きた よう に おもって ヨウコ は こころよい ネムリ から メ を さました。 ジブン の ソバ には、 クラチ が アタマ から すっぽり と フトン を かぶって、 イビキ も たてず に ジュクスイ して いた。 リョウリヤ を かねた リョカン の に にあわしい ハデ な チリメン の ヤグ の ウエ には もう だいぶ たかく なった らしい アキ の ヒ の ヒカリ が ショウジゴシ に さして いた。 ヨウコ は オウフク 1 カゲツ の ヨ を フネ に のりつづけて いた ので、 フナアシ の ユラメキ の ナゴリ が のこって いて、 カラダ が ふらり ふらり と ゆれる よう な カンジ を うしなって は いなかった が、 ひろい タタミ の マ に おおきな やわらかい ヤグ を のべて、 ゴタイ を おもう まま のばして、 ヒトバン ゆっくり と ねむりとおした その ココチヨサ は カクベツ だった。 アオムケ に なって、 さむからぬ テイド に あたたまった クウキ の ナカ に リョウテ を ニノウデ まで ムキダシ に して、 やわらかい カミノケ に こころよい ショッカク を かんじながら、 ナニ を おもう とも なく テンジョウ の モクメ を みやって いる の も、 めずらしい こと の よう に こころよかった。
 やや コハントキ も そうした まま で いる と、 チョウバ で ボンボンドケイ が 9 ジ を うった。 3 ガイ に いる の だ けれども その オト は ほがらか に かわいた クウキ を つたって ヨウコ の ヘヤ まで ひびいて きた。 と、 クラチ が いきなり ヤグ を はねのけて トコ の ウエ に ジョウタイ を たてて メ を こすった。
「9 ジ だな イマ うった の は」
と オカ で きく と おかしい ほど おおきな シオガレゴエ で いった。 どれほど ジュクスイ して いて も、 ジカン には エイビン な センイン-らしい クラチ の ヨウス が なんの こと は なく ヨウコ を ほほえました。
 クラチ が たつ と、 ヨウコ も トコ を でた。 そして その ヘン を かたづけたり、 タバコ を すったり して いる アイダ に (ヨウコ は フネ の ナカ で タバコ を すう こと を おぼえて しまった の だった) クラチ は てばやく カオ を あらって ヘヤ に かえって きた。 そして セイフク に きかえはじめた。 ヨウコ は いそいそ と それ を てつだった。 クラチ トクユウ な セイヨウフウ に あまったるい よう な イッシュ の ニオイ が その カラダ にも フク にも まつわって いた。 それ が フシギ に いつでも ヨウコ の ココロ を ときめかした。
「もう メシ を くっとる ヒマ は ない。 また しばらく は せわしい で コッパ ミジン だ。 コンヤ は おそい かも しれん よ。 オレタチ には テンチョウセツ も なにも あった もん じゃ ない」
 そう いわれて みる と ヨウコ は キョウ が テンチョウセツ なの を おもいだした。 ヨウコ の ココロ は なおなお カンカツ に なった。
 クラチ が ヘヤ を でる と ヨウコ は エンガワ に でて テスリ から シタ を のぞいて みた。 リョウガワ に サクラナミキ の ずっと ならんだ モミジザカ は キュウコウバイ を なして カイガン の ほう に かたむいて いる、 そこ を クラチ の コンラシャ の スガタ が イキオイ よく あるいて ゆく の が みえた。 ハンブン-ガタ ちりつくした サクラ の ハ は シンク に コウヨウ して、 ノキナミ に かかげられた ニッショウキ が、 カゼ の ない クウキ の ナカ に あざやか に ならんで いた。 その アイダ に エイコク の コッキ が 1 ポン まじって ながめられる の も カイコウジョウ-らしい フゼイ を そえて いた。
 とおく ウミ の ほう を みる と ゼイカン の サンバシ に もやわれた 4 ソウ ほど の キセン の ナカ に、 ヨウコ が のって かえった エノシママル も まじって いた。 マッサオ に すみわたった ウミ に たいして キョウ の サイジツ を シュクガ する ため に ホバシラ から ホバシラ に かけわたされた コバタ が オモチャ の よう に ながめられた。
 ヨウコ は ながい コウカイ の シジュウ を イチジョウ の ユメ の よう に おもいやった。 その ナガタビ の アイダ に、 ジブン の イッシン に おこった おおきな ヘンカ も ジブン の こと の よう では なかった。 ヨウコ は なにがなし に キボウ に もえた いきいき した ココロ で テスリ を はなれた。 ヘヤ には こざっぱり と ミジタク を した ジョチュウ が きて ネドコ を あげて いた。 1 ケン ハン の オオトコノマ に かざられた オオハナイケ には、 キク の ハナ が ヒトカカエ ブン も いけられて いて、 クウキ が うごく たび ごと に センニン-じみた カオリ を ただよわした。 その カオリ を かぐ と、 ともすると まだ ガイコク に いる の では ない か と おもわれる よう な タビゴコロ が イッキ に くだけて、 ジブン は もう たしか に ニホン の ツチ の ウエ に いる の だ と いう こと が しっかり おもわされた。
「いい オヒヨリ ね。 コンヤ アタリ は いそがし ん でしょう」
と ヨウコ は アサメシ の ゼン に むかいながら ジョチュウ に いって みた。
「はい コンヤ は ゴエンカイ が フタツ ばかり ございまして ね。 でも ハマ の カタ でも ガイム ショウ の ヤカイ に いらっしゃる カタ も ございます から、 たんと こみあい は いたしますまい けれども」
 そう こたえながら ジョチュウ は、 サクバン おそく ついて きた、 ちょっと エタイ の しれない この うつくしい フジン の スジョウ を さぐろう と する よう に チュウイ-ぶかい メ を やった。 ヨウコ は ヨウコ で 「ハマ」 と いう コトバ など から、 ヨコハマ と いう トチ を カタチ に して みる よう な キモチ が した。
 みじかく なって は いて も、 なんにも する こと なし に イチニチ を くらす か と おもえば、 その アキ の イチニチ の ナガサ が ヨウコ には ひどく キ に なりだした。 ミョウゴニチ トウキョウ に かえる まで の アイダ に、 カイモノ でも みて あるきたい の だ けれども、 ミヤゲモノ は キムラ が レイ の ギンコウ キッテ を くずして ありあまる ほど かって もたして よこした し、 テモト には あわれ な ほど より カネ は のこって いなかった。 ちょっと でも じっと して いられない ヨウコ は、 ニホン で きよう とは おもわなかった ので、 セイヨウ-ムキ に チュウモン した ハデ-すぎる よう な ワタイレ に テ を とおしながら、 とつおいつ かんがえた。
「そう だ コトウ に デンワ でも かけて みて やろう」
 ヨウコ は これ は いい シアン だ と おもった。 トウキョウ の ほう で シンルイ たち が どんな ココロモチ で ジブン を むかえよう と して いる か、 コトウ の よう な オトコ に コンド の こと が どう ひびいて いる だろう か、 これ は たんに ナグサミ ばかり では ない、 しって おかなければ ならない ダイジ な こと だった。 そう ヨウコ は おもった。 そして ジョチュウ を よんで トウキョウ に デンワ を つなぐ よう に たのんだ。
 サイジツ で あった せい か デンワ は おもいのほか はやく つながった。 ヨウコ は すこし イタズラ-らしい ビショウ を エクボ の はいる その うつくしい カオ に かるく うかべながら、 カイダン を アシバヤ に おりて いった。 イマゴロ に なって ようやく トコ を はなれた らしい ダンジョ の キャク が しどけない フウ を して ロウカ の ここかしこ で ヨウコ と すれちがった。 ヨウコ は それら の ヒトビト には メ も くれず に チョウバ に いって デンワシツ に とびこむ と ぴっしり と ト を しめて しまった。 そして ジュワキ を テ に とる が はやい か、 デンワ に クチ を よせて、
「アナタ ギイチ さん? ああ そう。 ギイチ さん それ は コッケイ なの よ」
と ひとりでに すらすら と いって しまって われながら ヨウコ は はっと おもった。 その とき の うきうき した かるい ココロモチ から いう と、 ヨウコ には そう いう より イジョウ に シゼン な コトバ は なかった の だ けれども、 それ では あまり に ジブン と いう もの を メイハク に さらけだして いた の に キ が ついた の だ。 コトウ は あんのじょう こたえしぶって いる らしかった。 とみに は ヘンジ も しない で、 ちゃんと きこえて いる らしい のに、 ただ 「ナン です?」 と ききかえして きた。 ヨウコ は すぐ トウキョウ の ヨウス を のみこんだ よう に おもった。
「そんな こと どうでも よ ござんす わ。 アナタ オジョウブ でした の」
と いって みる と 「ええ」 と だけ すげない ヘンジ が、 キカイ を とおして で ある だけ に ことさら すげなく ひびいて きた。 そして コンド は コトウ の ほう から、
「キムラ…… キムラ クン は どうして います。 アナタ あった ん です か」
と はっきり きこえて きた。 ヨウコ は すかさず、
「はあ あいまして よ。 あいかわらず ジョウブ で います。 ありがとう。 けれども ホントウ に かわいそう でした の。 ギイチ さん…… きこえます か。 アサッテ ワタシ トウキョウ に かえります わ。 もう オバ の ところ には いけません から ね、 あすこ には いきたく ありません から…… あのね、 スキヤ-チョウ の ね、 ソウカクカン…… ツガイ の ツル…… そう、 おわかり に なって?…… ソウカクカン に いきます から、 アナタ きて くだされる?…… でも ぜひ きいて いただかなければ ならない こと が ある ん です から…… よくって?…… そう ぜひ どうぞ。 シアサッテ の アサ? ありがとう きっと おまち もうして います から ぜひ です のよ」
 ヨウコ が そう いって いる アイダ、 コトウ の コトバ は シマイ まで オクバ に モノ の はさまった よう に おもかった。 そして ややともすると ヨウコ との カイケン を こばもう と する ヨウス が みえた。 もし ヨウコ の ギン の よう に すんだ すずしい コエ が、 コトウ を えらんで アイソ する らしく ひびかなかったら、 コトウ は ヨウコ の いう こと を きいて は いなかった かも しれない と おもわれる ほど だった。
 アサ から ナニゴト も わすれた よう に こころよかった ヨウコ の キモチ は この デンワ ヒトツ の ため に ミョウ に こじれて しまった。 トウキョウ に かえれば コンド こそ は なかなか ヨウイ ならざる ハンコウ が まちうけて いる とは ジュウニブン に カクゴ して、 その ソナエ を して おいた つもり では いた けれども、 コトウ の クチウラ から かんがえて みる と メン と ぶつかった ジッサイ は クウソウ して いた より も ジュウダイ で ある の を おもわず には いられなかった。 ヨウコ は デンワシツ を でる と ケサ はじめて カオ を あわした オカミ に チョウバ-ゴウシ の ナカ から アイサツ されて、 ヘヤ にも うかがい に こない で なれなれしく コトバ を かける その シウチ に まで フカイ を かんじながら、 そうそう 3 ガイ に ひきあげた。
 それから は もう ホントウ に なんにも する こと が なかった。 ただ クラチ の かえって くる の ばかり が いらいら する ほど まち に またれた。 シナガワ ダイバ オキ アタリ で うちだす シュクホウ が かすか に ハラ に こたえる よう に ひびいて、 コドモ ら は オウライ で その コロ しきり に はやった ナンキン ハナビ を ぱちぱち と ならして いた。 テンキ が いい ので ジョチュウ たち は はしゃぎきった ジョウダン など を いいいい あらゆる ヘヤ を あけはなして、 ぎょうさんらしく ハタキ や ホウキ の オト を たてた。 そして ただ ヒトリ この リョカン では いのこって いる らしい ヨウコ の ヘヤ を ソウジ せず に、 いきなり エンガワ に ゾウキン を かけたり した。 それ が でてゆけがし の シウチ の よう に ヨウコ には おもえば おもわれた。
「どこ か ソウジ の すんだ ヘヤ が ある ん でしょう。 しばらく そこ を かして ください な。 そして ここ も きれい に して ちょうだい。 ヘヤ の ソウジ も しない で ゾウキンガケ なぞ したって なんにも なり は しない わ」
と すこし ケン を もたせて いって やる と、 ケサ きた の とは ちがう、 ヨコハマ ウマレ らしい、 ワルズレ の した チュウネン の ジョチュウ は、 はじめて エンガワ から たちあがって コメンドウ そう に ヨウコ を タタミロウカ ヒトツ を へだてた トナリ の ヘヤ に アンナイ した。
 ケサ まで キャク が いた らしく、 ソウジ は すんで いた けれども、 ヒバチ だの、 スミトリ だの、 ふるい シンブン だの が、 ヘヤ の スミ には まだ おいた まま に なって いた。 あけはなした ショウジ から かわいた あたたかい コウセン が タタミ の オモテ 3 ブ ほど まで さしこんで いる、 そこ に ヒザ を ヨコクズシ に すわりながら、 ヨウコ は メ を ほそめて まぶしい コウセン を さけつつ、 ジブン の ヘヤ を かたづけて いる ジョチュウ の ケハイ に ヨウジン の キ を くばった。 どんな ところ に いて も ダイジ な カネメ な もの を くだらない もの と イッショ に ほうりだして おく の が ヨウコ の クセ だった。 ヨウコ は そこ に いかにも ダテ で カンカツ な ココロ を みせて いる よう だった が、 ドウジ に くだらない ジョチュウ づれ が デキゴコロ でも おこし は しない か と おもう と、 サイシン に カンシ する の も わすれ は しなかった。 こうして トナリ の ヘヤ に キ を くばって いながら も、 ヨウコ は ヘヤ の スミ に キチョウメン に おりたたんで ある シンブン を みる と、 ニホン に かえって から まだ シンブン と いう もの に メ を とおさなかった の を おもいだして、 テ に とりあげて みた。 テレビン-ユ の よう な ニオイ が ぷんぷん する ので それ が キョウ の シンブン で ある こと が すぐ さっせられた。 はたして ダイ 1 メン には 「セイジュ バンザイ」 と ニクブト に かかれた ミダシ の モト に キケン の ショウゾウ が かかげられて あった。 ヨウコ は 1 カゲツ の ヨ も とおのいて いた シンブンシ を ものめずらしい もの に おもって ざっと メ を とおしはじめた。
 イチメン には その トシ の 6 ガツ に イトウ ナイカク と コウテツ して できた カツラ ナイカク に たいして イロイロ な チュウモン を テイシュツ した ロンブン が かかげられて、 カイガイ ツウシン には シナ リョウドナイ に おける ニチロ の ケイザイテキ カンケイ を といた チリコフ-ハク の コウガイ など が みえて いた。 ニメン には トミグチ と いう ブンガク ハカセ が 「サイキン ニホン に おける いわゆる フジン の カクセイ」 と いう ツヅキモノ の ロンブン を のせて いた。 フクダ と いう オンナ の シャカイ シュギシャ の こと や、 カジン と して しられた ヨサノ アキコ ジョシ の こと など の ナ が あらわれて いる の を ヨウコ は チュウイ した。 しかし イマ の ヨウコ には それ が フシギ に ジブン とは かけはなれた こと の よう に みえた。
 サンメン に くる と 4 ゴウ カツジ で かかれた キベ コキョウ と いう ジ が メ に ついた ので おもわず そこ を よんで みる ヨウコ は あっ と おどろかされて しまった。

 ○ボウ-ダイ キセン-ガイシャ センチュウ の ダイカイジ
   ジムチョウ と フジン センキャク との みちならぬ コイ――
   センキャク は キベ コキョウ の センサイ

 こういう オオギョウ な ヒョウダイ が まず ヨウコ の メ を こいたく いつけた。

「ホンポウ にて もっとも ジュウヨウ なる イチ に ある ボウ-キセン-ガイシャ の ショユウセン ○○-マル の ジムチョウ は、 サキゴロ ベイコク コウロ に キンムチュウ、 かつて キベ コキョウ に かして ホド も なく スガタ を くらましたる バクレン オンナ-ボウ が イットウ センキャク と して のりこみいたる を そそのかし、 その オンナ を ベイコク に ジョウリク せしめず ひそか に つれかえりたる カイジジツ あり。 しかも ボウジョ と いえる は ベイコク に センコウ せる コンヤク の オット まで ある ミブン の モノ なり。 センキャク に たいして もっとも おもき セキニン を になう べき ジムチョウ に かかる フラチ の キョドウ ありし は、 ジムチョウ イッコ の シッタイ のみ ならず、 その キセン-ガイシャ の タイメン にも エイキョウ する ゆゆしき ダイジ なり。 コト の シサイ は もれなく ホンシ の タンチ したる ところ なれど も、 カイシュン の ヨチ を あたえん ため、 しばらく ハッピョウ を みあわせおく べし。 もし ある キカン を すぎて も、 リョウニン の シュウコウ あらたまる モヨウ なき とき は、 ホンシ は ヨウシャ なく ショウサイ の キジ を かかげて チクショウドウ に おちいりたる フタリ を チョウカイ し、 あわせて キセン-ガイシャ の セキニン を とう こと と す べし。 ドクシャ こう カツモク して その とき を まて」

 ヨウコ は シタクチビル を かみしめながら この キジ を よんだ。 いったい ナニ シンブン だろう と、 その とき まで キ にも とめない で いた ダイ 1 メン を くりもどして みる と、 れいれい と 「ホウセイ シンポウ」 と しょして あった。 それ を しる と ヨウコ の ゼンシン は イカリ の ため に ツメ の サキ まで あおじろく なって、 おさえつけて も おさえつけて も ぶるぶる と ふるえだした。 「ホウセイ シンポウ」 と いえば タガワ ホウガク ハカセ の キカン シンブン だ。 その シンブン に こんな キジ が あらわれる の は イガイ でも あり トウゼン でも あった。 タガワ フジン と いう オンナ は どこ まで しゅうねく いやしい オンナ なの だろう。 タガワ フジン から の ツウシン に ちがいない の だ。 ホウセイ シンポウ は この ツウシン を うける と、 ホウドウ の センベン を つけて おく ため と、 ドクシャ の コウキシン を あおる ため と に、 いちはやく あれ だけ の キジ を のせて、 タガワ フジン から さらに くわしい ショウソク の くる の を まって いる の だろう。 ヨウコ は するどく も こう すいした。 もし これ が ホカ の シンブン で あったら、 クラチ の イッシンジョウ の キキ でも ある の だ から、 ヨウコ は どんな ヒミツ な ウンドウ を して も、 コノウエ の キジ の ハッピョウ は もみけさなければ ならない と ムネ を さだめた に ソウイ なかった けれども、 タガワ フジン が アクイ を こめて させて いる シゴト だ と して みる と、 どのみち かかず には おくまい と おもわれた。 ユウセン-ガイシャ の ほう で コウアツテキ な コウショウ でも すれば とにかく、 その ホカ には ミチ が ない。 くれぐれも にくい オンナ は タガワ フジン だ…… こう イチズ に おもいめぐらす と ヨウコ は フネ の ナカ での クツジョク を いまさら に まざまざ と ココロ に うかべた。
「オソウジ が できました」
 そう フスマゴシ に いいながら サッキ の ジョチュウ は カオ も みせず に さっさと シタ に おりて いって しまった。 ヨウコ は けっく それ を きやすい こと に して、 その シンブン を もった まま、 ジブン の ヘヤ に かえった。 どこ を ソウジ した の だ と おもわれる よう な ソウジ の シカタ で、 ハタキ まで が チガイダナ の シタ に おきわすられて いた。 カビン に キチョウメン で キレイズキ な ヨウコ は もう たまらなかった。 ジブン で てきぱき と そこいら を かたづけて おいて、 パラゾル と テサゲ を とりあげる が いなや その ヤド を でた。
 オウライ に でる と その リョカン の ジョチュウ が 4~5 ニン ハヤジマイ を して ヒルマ の ウチ を ノゲヤマ の ダイジングウ の ほう に でも サンポ に ゆく らしい ウシロスガタ を みた。 そそくさ と アサ の ソウジ を いそいだ ジョチュウ たち の ココロ も ヨウコ には よめた。 ヨウコ は その オンナ たち を みおくる と なんと いう こと なし に さびしく おもった。
 オビ の アイダ に はさんだ まま に して おいた シンブン の キリヌキ が ムネ を やく よう だった。 ヨウコ は あるきあるき それ を ひきだして テサゲ に しまいかえた。 リョカン は でた が どこ に ゆこう と いう アテ も なかった ヨウコ は うつむいて モミジザカ を おりながら、 さし も しない パラゾル の イシヅキ で シモドケ に なった ツチ を ヒトアシ ヒトアシ つきさして あるいて いった。 いつのまにか じめじめ した うすぎたない せまい トオリ に きた と おもう と、 はしなくも いつか コトウ と イッショ に あがった サガミヤ の マエ を とおって いる の だった。 「サガミヤ」 と ふるめかしい ジタイ で かいた オキアンドン の カミ まで が その とき の まま で すすけて いた。 ヨウコ は みおぼえられて いる の を おそれる よう に アシバヤ に その マエ を とおりぬけた。
 テイシャジョウ マエ は すぐ そこ だった。 もう 12 ジ ちかい アキ の ヒ は はなやか に てりみちて、 おもった より かずおおい グンシュウ が ウンガ に かけわたした イクツ か の ハシ を にぎやか に オウライ して いた。 ヨウコ は ジブン ヒトリ が ミンナ から ふりむいて みられる よう に おもいなした。 それ が アタリマエ の とき ならば、 どれほど オオク の ヒト に じろじろ と みられよう とも ド を うしなう よう な ヨウコ では なかった けれども、 たったいま いまいましい シンブン の キジ を みた ヨウコ では あり、 いかにも セイヨウ-じみた やぼくさい ワタイレ を きて いる ヨウコ で あった。 フクソウ に チリ ほど でも ヒテン の ウチドコロ が ある と キ が ひけて ならない ヨウコ と して は、 リョカン を でて きた の が かなしい ほど コウカイ された。
 ヨウコ は とうとう ゼイカン ハトバ の イリグチ まで きて しまった。 その イリグチ の ちいさな レンガヅクリ の ジムショ には、 トシ の わかい カンシホ たち が ニジュウ キンボタン の セビロ に、 カイグンボウ を かぶって ジム を とって いた が、 そこ に ちかづく ヨウコ の ヨウス を みる と、 キノウ ジョウリク した とき から ヨウコ を みしって いる か の よう に、 その とびはなれて ハデヅクリ な スガタ に メ を さだめる らしかった。 モノズキ な その ヒトタチ は はやくも シンブン の キジ を みて モンダイ と なって いる オンナ が ジブン に ちがいない と メボシ を つけて いる の では あるまい か と ヨウコ は ナニゴト に つけて も ぐちっぽく ヒケメ に なる ジブン を みいだした。 ヨウコ は しかし そうした ふう に みつめられながら も そこ を たちさる こと が できなかった。 もしや クラチ が ヒルメシ でも たべ に あの おおきな ゴタイ を おもおもしく うごかしながら フネ の ほう から でて き は しない か と ココロマチ が された から だ。
 ヨウコ は そろそろ と カイガンドオリ を グランド ホテル の ほう に あるいて みた。 クラチ が でて くれば、 クラチ の ほう でも ジブン を みつける だろう し、 ジブン の ほう でも ウシロ に メ は ない ながら、 でて きた の を かんづいて みせる と いう ジシン を もちながら、 ウシロ も ふりむかず に だんだん ハトバ から とおざかった。 ウミゾイ に たてつらねた イシグイ を つなぐ ガンジョウ な テッサ には、 セイヨウジン の コドモ たち が コウシ ほど な ヨウケン や アマ に つきそわれて こともなげ に あそびたわむれて いた。 そして ヨウコ を みる と ココロヤスダテ に ムジャキ に ほほえんで みせたり した。 ちいさな かわいい コドモ を みる と どんな とき どんな バアイ でも、 ヨウコ は サダコ を おもいだして、 ムネ が しめつけられる よう に なって、 すぐ なみだぐむ の だった。 この バアイ は ことさら そう だった。 みて いられない ほど それら の コドモ たち は かなしい スガタ に ヨウコ の メ に うつった。 ヨウコ は そこ から さける よう に アシ を かえして また ゼイカン の ほう に あゆみちかづいた。 カンシ カ の ジムショ の マエ を きたり いったり する ニンズウ は らくえき と して たえなかった が、 その ナカ に ジムチョウ らしい スガタ は さらに みえなかった。 ヨウコ は エノシママル まで いって みる ユウキ も なく、 そこ を イクド も あちこち して カンシホ たち の メ に かかる の も うるさかった ので、 すごすご と ゼイカン の オモテモン を ケンチョウ の ほう に ひきかえした。

 23

 その ユウガタ クラチ が ホコリ に まぶれ アセ に まびれて モミジザカ を すたすた と のぼって かえって くる まで も ヨウコ は リョカン の シキイ を またがず に サクラ の ナミキ の シタ など を ハイカイ して まって いた。 さすが に 11 ガツ と なる と ユウグレ を もよおした ソラ は みるみる うすさむく なって カゼ さえ ふきだして いる。 イチニチ の コウラク に あそびつかれた らしい ヒト の ムレ に まじって フキゲン そう に カオ を しかめた クラチ は マッコウ に サカ の チョウジョウ を みつめながら ちかづいて きた。 それ を みやる と ヨウコ は イチジ に チカラ を カイフク した よう に なって、 すぐ おどりだして くる イタズラゴコロ の まま に、 1 ポン の サクラ の キ を タテ に クラチ を やりすごして おいて、 ウシロ から しずか に ちかづいて テ と テ と が ふれあわん ばかり に おしならんだ。 クラチ は さすが に フイ を くらって まじまじ と サムサ の ため に すこし なみだぐんで みえる おおきな すずしい ヨウコ の メ を みやりながら、 「どこ から わいて でた ん だ」 と いわん ばかり の カオツキ を した。 ヒトツフネ の ナカ に アサ と なく ヨル と なく イッショ に なって ネオキ して いた もの を、 キョウ はじめて ハンニチ の ヨ も カオ も みあわさず に すごして きた の が おもった イジョウ に ものさびしく、 ドウジ に こんな ところ で おもい も かけず であった が ヨソウ の ホカ に マンゾク で あった らしい クラチ の カオツキ を みてとる と、 ヨウコ は なにもかも わすれて ただ うれしかった。 その マックロ に よごれた テ を いきなり ひっつかんで あつい クチビル で かみしめて いたわって やりたい ほど だった。 しかし オモイ の まま に よりそう こと すら できない ダイドウ で ある の を どう しよう。 ヨウコ は その せつない ココロ を すねて みせる より ほか なかった。
「ワタシ もう あの ヤドヤ には とまりません わ。 ヒト を バカ に して いる ん です もの。 アナタ おかえり に なる なら カッテ に ヒトリ で いらっしゃい」
「どうして……」
と いいながら クラチ は トウワク した よう に オウライ に たちどまって しげしげ と ヨウコ を みなおす よう に した。
「これ じゃ (と いって ホコリ に まみれた リョウテ を ひろげ エリクビ を ぬきだす よう に のばして みせて しぶい カオ を しながら) どこ にも いけ や せん わな」
「だから アナタ は おかえり なさいまし と いってる じゃ ありません か」
 そう マエオキ を して ヨウコ は クラチ と おしならんで そろそろ あるきながら、 オカミ の シウチ から、 ジョチュウ の フシダラ まで オヒレ を つけて いいつけて、 はやく ソウカクカン に うつって ゆきたい と せがみ に せがんだ。 クラチ は ナニ か シアン する らしく ソッポ を みいみい ミミ を かたむけて いた が、 やがて リョカン に ちかく なった コロ もう イチド たちどまって、
「キョウ あそこ から デンワ で ヘヤ の ツゴウ を しらして よこす こと に なって いた が オマエ きいた か…… (ヨウコ は そう いいつけられながら イマ まで すっかり わすれて いた の を おもいだして、 すこしく てれた よう に クビ を ふった) ……ええ わ、 じゃ デンポウ を うって から サキ に いく が いい。 ワシ は ニモツ を して コンヤ アト から いく で」
 そう いわれて みる と ヨウコ は また ヒトリ だけ サキ に ゆく の が いや でも あった。 と いって ニモツ の シマツ には フタリ の ウチ どちら か ヒトリ いのこらねば ならない。
「どうせ フタリ イッショ に キシャ に のる わけ にも いくまい」
 クラチ が こう いいたした とき ヨウコ は あやうく、 では キョウ の ホウセイ シンポウ を みた か と いおう と する ところ だった が、 はっと おもいかえして ノド の ところ で おさえて しまった。
「ナン だ」
 クラチ は ミカケ の わり に おそろしい ほど ビンショウ に はたらく ココロ で、 カオ にも あらわさない ヨウコ の チュウチョ を みてとった らしく こう なじる よう に たずねた が、 ヨウコ が なんでも ない と こたえる と、 すこしも コウデイ せず に、 それ イジョウ を といつめよう とは しなかった。
 どうしても リョカン に かえる の が いや だった ので、 ヒジョウ な モノタラナサ を かんじながら、 ヨウコ は そのまま そこ から クラチ に わかれる こと に した。 クラチ は チカラ の こもった メ で ヨウコ を じっと みて ちょっと うなずく と アト をも みない で どんどん と リョカン の ほう に カッポ して いった。 ヨウコ は のこりおしく その ウシロスガタ を みおくって いた が、 それ に なんと いう こと も ない かるい ホコリ を かんじて かすか に ほほえみながら、 クラチ が のぼって きた サカミチ を ヒトリ で くだって いった。
 テイシャジョウ に ついた コロ には もう ガス の ヒ が そこら に ともって いた。 ヨウコ は しった ヒト に あう の を キョクタン に おそれさけながら、 キシャ の でる すぐ マエ まで テイシャジョウ マエ の チャミセ の ヒトマ に かくれて いて イットウシツ に とびのった。 だだっぴろい その キャクシャ には ガイム ショウ の ヤカイ に ゆく らしい 3 ニン の ガイコクジン が めいめい、 デコルテー を きかざった フジン を カイホウ して のって いる だけ だった。 イツモ の とおり その ヒトタチ は フシギ に ヒト を ひきつける ヨウコ の スガタ に メ を そばだてた。 けれども ヨウコ は もう ヒダリテ の コユビ を キヨウ に おりまげて、 ヒダリ の ビン の ホツレゲ を うつくしく かきあげる あの シナ を して みせる キ は なくなって いた。 ヘヤ の スミ に こしかけて、 テサゲ と パラゾル と を ヒザ に ひきつけながら、 たった ヒトリ その ヘヤ の ナカ に いる もの の よう に オウヨウ に かまえて いた。 ぐうぜん カオ を みあわせて も、 ヨウコ は ハリ の ある その メ を ムジャキ に (ホントウ に それ は ツミ を しらない 16~17 の オトメ の メ の よう に ムジャキ だった) おおきく みひらいて アイテ の シセン を はにかみ も せず むかえる ばかり だった。 センポウ の ヒトタチ の ネンレイ が どの くらい で ヨウボウ が どんな ふう だ など と いう こと も ヨウコ は すこしも チュウイ して は いなかった。 その ココロ の ウチ には ただ クラチ の スガタ ばかり が イロイロ に えがかれたり けされたり して いた。
 レッシャ が シンバシ に つく と ヨウコ は しとやか に クルマ を でた が、 ちょうど そこ に、 トウザン に カクオビ を しめた、 ハコヤ と でも いえば いえそう な、 キ の きいた わかい モノ が デンポウ を カタテ に もって、 めざとく ヨウコ に ちかづいた。 それ が ソウカクカン から の デムカエ だった。
 ヨコハマ にも まして みる もの に つけて レンソウ の むらがりおこる コウケイ、 それ から くる つよい シゲキ…… ヨウコ は ヤド から まわされた ジンリキシャ の ウエ から ギンザ-ドオリ の ヨル の アリサマ を みやりながら、 あやうく イクド も なきだそう と した。 サダコ の すむ おなじ トチ に かえって きた と おもう だけ でも もう ムネ は わくわく した。 アイコ も サダヨ も どんな おそろしい キタイ に ふるえながら ジブン の かえる の を まちわびて いる だろう。 あの オジ オバ が どんな はげしい コトバ で ジブン を この フタリ の イモウト に えがいて みせて いる か。 かまう もの か。 なんと でも いう が いい。 ジブン は どう あって も フタリ を ジブン の テ に とりもどして みせる。 こう と おもいさだめた うえ は ユビ も ささせ は しない から みて いる が いい。 ……ふと ジンリキシャ が オワリ-チョウ の カド を ヒダリ に まがる と くらい ほそい トオリ に なった。 ヨウコ は めざす リョカン が ちかづいた の を しった。 その リョカン と いう の は、 クラチ が イロザタ で なく ヒイキ に して いた ゲイシャ が ある ザイサンカ に ひかされて ひらいた ミセ だ と いう ので、 クラチ から あらかじめ かけあって おいた の だった。 ジンリキシャ が その ミセ に ちかづく に したがって ヨウコ は その オカミ と いう の に ふとした ケネン を もちはじめた。 ミチ の オンナ ドウシ が であう マエ に かんずる イッシュ の かるい テキガイシン が ヨウコ の ココロ を しばらく は ヨ の コトガラ から きりはなした。 ヨウコ は クルマ の ナカ で エモン を キ に したり、 ソクハツ の カタチ を なおしたり した。
 ムカシ の レンガダテ を そのまま カイゾウ した と おもわれる シックイヌリ の ガンジョウ な、 カドジメン の ヒトカマエ に きて、 こうこう と あかるい イリグチ の マエ に シャフ が カジボウ を おろす と、 そこ には もう 2~3 ニン の オンナ の ヒトタチ が はしりでて まちかまえて いた。 ヨウコ は スソマエ を かばいながら クルマ から おりて、 そこ に たちならんだ ヒトタチ の ナカ から すぐ オカミ を みわける こと が できた。 セタケ が おもいきって ひくく、 カオカタチ も ととのって は いない が、 サンジュウ オンナ-らしく フンベツ の そなわった、 キカンキ-らしい、 アカヌケ の した ヒト が それ に ちがいない と おもった。 ヨウコ は おもいもうけた イジョウ の コウイ を すぐ その ヒト に たいして もつ こと が できた ので、 ことさら こころよい シタシミ を モチマエ の アイキョウ に そえながら、 アイサツ を しよう と する と、 その ヒト は こともなげ に それ を さえぎって、
「いずれ ゴアイサツ は のちほど、 さぞ おさむう ございましてしょう。 オニカイ へ どうぞ」
と いって ジブン から サキ に たった。 いあわせた ジョチュウ たち は メハシ を きかして いろいろ と セワ に たった。 イリグチ の ツキアタリ の カベ には おおきな ボンボンドケイ が ヒトツ かかって いる だけ で なんにも なかった。 その ミギテ の ガンジョウ な フミゴコチ の いい ハシゴダン を のぼりつめる と、 タ の ヘヤ から ロウカ で きりはなされて、 16 ジョウ と 8 ジョウ と 6 ジョウ との ヘヤ が カギガタ に つづいて いた。 チリ ヒトツ すえず に きちんと ソウジ が とどいて いて、 3 カショ に おかれた テツビン から たつ ユゲ で ヘヤ の ナカ は やわらかく あたたまって いた。
「オザシキ へ と もうす ところ です が、 ごきさく に こちら で おくつろぎ くださいまし…… ミマ とも とって は ございます が」
 そう いいながら オカミ は ナガヒバチ の おいて ある 6 ジョウ の マ へ と アンナイ した。
 そこ に すわって ヒトトオリ の アイサツ を コトバスクナ に すます と、 オカミ は ヨウコ の ココロ を しりぬいて いる よう に、 ジョチュウ を つれて シタ に おりて いって しまった。 ヨウコ は ホントウ に しばらく なり とも ヒトリ に なって みたかった の だった。 かるい アタタカサ を かんずる まま に おもい チリメン の ハオリ を ぬぎすてて、 アリタケ の カイチュウモノ を オビ の アイダ から とりだして みる と、 こりがち な カタ も、 おもくるしく かんじた ムネ も すがすがしく なって、 かなり つよい ツカレ を イチジ に かんじながら、 ネコイタ の ウエ に ヒジ を もたせて イズマイ を くずして もたれかかった。 フルビ を おびた アシヤガマ から ナリ を たてて しろく ユゲ の たつ の も、 きれい に かきならされた ハイ の ナカ に、 かたそう な サクラズミ の ヒ が しろい カツギ の シタ で ほんのり と あからんで いる の も、 セイコウ な ヨウダンス の はめこまれた 1 ケン の カベ に つづいた キヨウ な サンジャクドコ に、 シラギク を さした カラツヤキ の ツリハナイケ が ある の も、 かすか に たきこめられた ジンコウ の ニオイ も、 メ の つんだ スギマサ の テンジョウイタ も、 ほっそり と ミガキ の かかった カワツキ の ハシラ も、 ヨウコ に とって は―― おもい、 こわい、 かたい センシツ から ようやく カイホウ されて きた ヨウコ に とって は なつかしく ばかり ながめられた。 ここ こそ は クッキョウ の ヒナンジョ だ と いう よう に ヨウコ は つくづく と アタリ を みまわした。 そして ヘヤ の スミ に ある キウルシ を ぬった クワ の ヒロブタ を ひきよせて、 それ に テサゲ や カイチュウモノ を いれおわる と、 あく こと も なく その フチ から ソコ に かけて の マルミ を もった ビミョウ な テザワリ を めでいつくしんだ。
 バショガラ とて そこここ から この カイワイ に トクユウ な ガッキ の コエ が きこえて きた。 テンチョウセツ で ある だけ に キョウ は ことさら それ が にぎやか なの かも しれない。 コガイ には ポクリ や アズマ ゲタ の オト が すこし さえて たえず して いた。 きかざった ゲイシャ たち が みがきあげた カオ を びりびり する よう な ヨサム に オシゲ も なく デンポウ に さらして、 さすが に カンキ に アシ を はやめながら、 よばれた ところ に くりだして ゆく その ヨウス が、 まざまざ と ハキモノ の オト を きいた ばかり で ヨウコ の ソウゾウ には えがかれる の だった。 アイノリ らしい ジンリキシャ の ワダチ の オト も イセイ よく ひびいて きた。 ヨウコ は もう イチド これ は クッキョウ な ヒナンジョ に きた もの だ と おもった。 この カイワイ では ヨウコ は マナジリ を かえして ヒト から みられる こと は あるまい。
 めずらしく あっさり した、 サカナ の あたらしい ユウショク を すます と ヨウコ は フロ を つかって、 おもいぞんぶん カミ を あらった。 たしない フネ の ナカ の タンスイ では あらって も あらって も ねちねち と アカ の とりきれなかった もの が、 さわれば テ が きれる ほど さばさば と アブラ が ぬけて、 ヨウコ は アタマ の ナカ まで かるく なる よう に おもった。 そこ に オカミ も ショクジ を おえて ハナシアイテ に なり に きた。
「たいへん おそう ございます こと、 コンヤ の うち に おかえり に なる でしょう か」
 そう オカミ は ヨウコ の おもって いる こと を サキガケ に いった。 「さあ」 と ヨウコ も はっきり しない ヘンジ を した が、 こさむく なって きた ので ユカタ を きかえよう と する と、 そこ に ソデダタミ に して ある ジブン の キモノ に つくづく アイソ が つきて しまった。 この ヘン の ジョチュウ に たいして も そんな しつっこい けばけばしい ガラ の キモノ は ニド と きる キ には なれなかった。 そう なる と ヨウコ は しゃにむに それ が たまらなく なって くる の だ。 ヨウコ は うんざり した ヨウス を して ジブン の キモノ から オカミ に メ を やりながら、
「みて ください これ を。 この フユ は ベイコク に いる の だ と ばかり きめて いた ので、 あんな もの を つくって みた ん です けれども、 ガマン にも もう きて いられなく なりました わ。 ゴショウ。 アナタ の ところ に ナニ か フダンギ の あいた の でも ない でしょう か」
「どうして アナタ。 ワタシ は これ で ござんす もの」
と オカミ は ヒョウキン にも きがるく ちゃんと たちあがって ジブン の セタケ の ヒクサ を みせた。 そして たった まま で しばらく かんがえて いた が、 オドリ で しこみぬいた よう な テツキ で はたと ヒザ の ウエ を たたいて、
「よう ございます。 ワタシ ひとつ クラチ さん を びっくら さして あげます わ。 ワタシ の イモウトブン に あたる の に ガラ と いい トシカッコウ と いい、 シツレイ ながら アナタサマ と そっくり なの が います から、 それ の を とりよせて みましょう。 アナタサマ は アライガミ で いらっしゃる なり…… いかが、 ワタシ が すっかり したてて さしあげます わ」
 この オモイツキ は ヨウコ には つよい ユウワク だった。 ヨウコ は イチ も ニ も なく いさみたって ショウチ した。
 その バン 11 ジ を すぎた コロ に、 まとめた ニモツ を ジンリキシャ 4 ダイ に つみのせて、 クラチ が ソウカクカン に ついて きた。 ヨウコ は オカミ の イレヂエ で わざと ゲンカン には でむかえなかった。 ヨウコ は イタズラモノ-らしく ヒトリワライ を しながら タテヒザ を して みた が、 それ には ジブン ながら キ が ひけた ので、 ミギアシ を ヒダリ の モモ の ウエ に つみのせる よう に して その アシサキ を トンビ に して すわって みた。 ちょうど そこ に かなり よった らしい ヨウス で、 クラチ が オカミ の アンナイ も またず に ずしん ずしん と いう アシドリ で はいって きた。 ヨウコ と カオ を みあわした シュンカン には ヘヤ を まちがえた と おもった らしく、 すこし あわてて ミ を ひこう と した が、 すぐ クシマキ に して クロエリ を かけた その オンナ が ヨウコ だった の に キ が つく と、 イツモ の しぶい よう に カオ を くずして わらいながら、
「ナン だ バカ を しくさって」
と ほざく よう に いって、 ナガヒバチ の ムカイザ に どっかと アグラ を かいた。 ついて きた オカミ は たった まま しばらく フタリ を みくらべて いた が、
「ようよう…… へんてこ な オダイリビナ サマ」
と ヨウキ に カケゴエ を して わらいこける よう に ぺちゃん と そこ に すわりこんだ。 3 ニン は コエ を たてて わらった。
 と、 オカミ は キュウ に マジメ に かえって クラチ に むかい、
「こちら は キョウ の ホウセイ シンポウ を……」
と いいかける の を、 ヨウコ は すばやく メ で さえぎった。 オカミ は あぶない ドタンバ で ふみとどまった。 クラチ は スイガン を オカミ に むけながら、
「ナニ」
と シリアガリ に といかえした。
「そう ハヤミミ を はしらす と ツンボ と まちがえられます とさ」
と オカミ は こともなげ に うけながした。 3 ニン は また コエ を たてて わらった。
 クラチ と オカミ との アイダ に イチベツ イライ の ウワサバナシ が しばらく の アイダ とりかわされて から、 コンド は クラチ が マジメ に なった。 そして ヨウコ に むかって ブッキラボウ に、
「オマエ もう ねろ」
と いった。 ヨウコ は クラチ と オカミ と を ならべて ヒトメ みた ばかり で、 フタリ の アイダ の ケッパク なの を みてとって いた し、 ジブン が ねて アト の ソウダン と いうて も、 コンド の ジケン を ジョウズ に まとめよう と いう に ついて の ソウダン だ と いう こと が のみこめて いた ので、 すなお に たって その ザ を はずした。
 ナカ の 10 ジョウ を へだてた 16 ジョウ に フタリ の ネドコ は とって あった が、 フタリ の カイワ は おりおり かなり はっきり もれて きた。 ヨウコ は べつに ウタガイ を かける と いう の では なかった が、 やはり じっと ミミ を かたむけない では いられなかった。
 ナニ か の ハナシ の ツイデ に ニュウヨウ な こと が おこった の だろう、 クラチ は しきり に ミノマワリ を さぐって、 ナニ か を とりだそう と して いる ヨウス だった が、 「アイツ の テサゲ に いれた かしらん」 と いう コエ が した ので ヨウコ は はっと おもった。 あれ には ホウセイ シンポウ の キリヌキ が いれて ある の だ。 もう とびだして いって も おそい と おもって ヨウコ は ダンネン して いた。 やがて はたして フタリ は キリヌキ を みつけだした ヨウス だった。
「ナン だ アイツ も しっとった の か」
 おもわず すこし たかく なった クラチ の コエ が こう きこえた。
「どうりで さっき ワタシ が この こと を いいかける と あの カタ が メ で とめた ん です よ。 やはり あちら でも アナタ に しらせまい と して。 いじらしい じゃ ありません か」
 そう いう オカミ の コエ も した。 そして フタリ は しばらく だまって いた。
 ヨウコ は ネドコ を でて その バ に ゆこう か とも おもった。 しかし コンヤ は フタリ に まかせて おく ほう が いい と おもいかえして フトン を ミミ まで かぶった。 そして だいぶ ヨ が ふけて から クラチ が ね に くる まで こころよい アンミン に ゼンゴ を わすれて いた。

 24

 その ツギ の アサ オカミ と ハナシ を したり、 ゴフクヤ を よんだり した ので、 ヒ が かなり たかく なる まで ヤド に いた ヨウコ は、 いやいや ながら レイ の けばけばしい ワタイレ を きて、 ハオリ だけ は オカミ が かりて くれた、 イモウトブン と いう ヒト の カラスハグロ の チリメン の モンツキ に して リョカン を でた。 クラチ は サクヤ の ヨフカシ にも かかわらず その アサ はやく ヨコハマ の ほう に でかけた アト だった。 キョウ も ソラ は キクビヨリ と でも いう うつくしい ハレカタ を して いた。
 ヨウコ は わざと ヤド で クルマ を たのんで もらわず に、 レンガドオリ に でて から きれい そう な ツジマチ を やとって それ に のった。 そして イケノハタ の ほう に クルマ を いそがせた。 サダコ を メノマエ に おいて、 その ちいさな テ を なでたり、 キヌイト の よう な カミノケ を もてあそぶ こと を おもう と ヨウコ の ムネ は ワレ にも なく ただ わくわく と せきこんで きた。 メガネバシ を わたって から ツキアタリ の オオドケイ は みえながら なかなか そこ まで クルマ が ゆかない の を もどかしく おもった。 ヒザ の ウエ に のせた ミヤゲ の オモチャ や ちいさな ボウシ など を やきもき しながら ひねりまわしたり、 ヒザカケ の あつい ジ を ぎゅっと にぎりしめたり して、 はやる ココロ を おししずめよう と して みる けれども それ を どう する こと も できなかった。 クルマ が ようやく イケノハタ に でる と ヨウコ は ミギ、 ヒダリ、 と ほそい ミチスジ の カドカド で サシズ した。 そして イワサキ の ヤシキウラ に あたる ちいさな ヨコチョウ の マガリカド で クルマ を のりすてた。
 1 カゲツ の アイダ こない だけ なの だ けれども、 ヨウコ には それ が 1 ネン にも 2 ネン にも おもわれた ので、 その カイワイ が すこしも ヘンカ しない で モト の とおり なの が かえって フシギ な よう だった。 じめじめ した コミゾ に そうて ネギワ の くされた クロイタベイ の たってる ちいさな テラ の ケイダイ を つっきって ウラ に まわる と、 テラ の カシジメン に ぽっつり たった イッコダテ の コイエ が ウバ の すむ ところ だ。 モギドウ に アタマ を きりとられた コウヤマキ が 2 ホン モト の スガタ で ダイドコロ マエ に たって いる、 その 2 ホン に ホシザオ を わたして ちいさな ジュバン や、 マルアライ に した ドウギ が あたたかい ヒ の ヒカリ を うけて ぶらさがって いる の を みる と ヨウコ は もう たまらなく なった。 ナミダ が ぽろぽろ と タワイ も なく ながれおちた。 イエ の ナカ では サダコ の コエ が しなかった。 ヨウコ は キ を おちつける ため に アンナイ を もとめず に イリグチ に たった まま、 そっと カキネ から ニワ を のぞいて みる と、 ヒアタリ の いい エンガワ に サダコ が たった ヒトリ、 ヨウコ には シゴキオビ を ながく むすんだ ウシロスガタ を みせて、 イッシン フラン に せっせと すこし ばかり の コワレ オモチャ を いじくりまわして いた。 ナニゴト に まれ シンケン な ヨウス を みせつけられる と、 ――ワキメ も ふらず ハタケ を たがやす ノウフ、 フミキリ に たって コ を せおった まま ハタ を かざす ニョウボウ、 アセ を しとど に たらしながら サカミチ に ニグルマ を おす トモカセギ の フウフ―― ワケ も なく ナミダ に つまされる ヨウコ は、 サダコ の そうした スガタ を ヒトメ みた ばかり で、 ニンゲンリョク では どう する こと も できない かなしい デキゴト に でも であった よう に、 しみじみ と さびしい ココロモチ に なって しまった。
「サア ちゃん」
 ナミダ を コエ に した よう に ヨウコ は おもわず よんだ。 サダコ が びっくり して ウシロ を ふりむいた とき には、 ヨウコ は ト を あけて イリグチ を かけあがって サダコ の ソバ に すりよって いた。 チチ に にた の だろう いたいたしい ほど キャシャヅクリ な サダコ は、 どこ に どうして しまった の か、 コエ も スガタ も きえはてた ジブン の ハハ が とつぜん ソバ チカク に あらわれた の に キ を うばわれた ヨウス で、 とみに は コエ も ださず に おどろいて ヨウコ を みまもった。
「サア ちゃん ママ だよ。 よく ジョウブ でした ね。 そして よく ヒトリ で おとな に して……」
 もう コエ が つづかなかった。
「ママ ちゃん」
 そう とつぜん おおきな コエ で いって サダコ は タチアガリザマ ダイドコロ の ほう に かけて いった。
「バアヤ ママ ちゃん が きた のよ」
と いう コエ が した。
「え!」
と おどろく らしい バアヤ の コエ が ウラニワ から きこえた。 と、 あわてた よう に ダイドコロ を あがって、 サダコ を ヨコダキ に した バアヤ が、 かぶって いた テヌグイ を ツムリ から はずしながら ころがりこむ よう に して ザシキ に はいって きた。 フタリ は むきあって すわる と リョウホウ とも なみだぐみながら ムゴン で アタマ を さげた。
「ちょっと サダ ちゃん を こっち に おかし」
 しばらく して から ヨウコ は サダコ を バアヤ の ヒザ から うけとって ジブン の フトコロ に だきしめた。
「オジョウサマ…… ワタシ には もう ナニ が なんだか ちっとも わかりません が、 ワタシ は ただ もう くやしゅう ございます。 ……どうして こう はやく おかえり に なった ん で ございます か…… ミナサマ の おっしゃる こと を うかがって いる と あんまり ゴウハラ で ございます から…… もう ワタシ は ミミ を ふさいで おります。 アナタ から うかがった ところ が どうせ こう トシ を とります と フ に おちる キヅカイ は ございません。 でも まあ オカラダ が どう か と おもって おあんじ もうして おりました が、 オジョウブ で ナニ より で ございました…… なにしろ サダコ サマ が おかわいそう で……」
 ヨウコ に おぼれきった バアヤ の クチ から さも くやしそう に こうした コトバ が つぶやかれる の を、 ヨウコ は さびしい ココロモチ で きかねば ならなかった。 モウロク した と ジブン では いいながら、 わかい とき に テイシュ に しにわかれて リッパ に ゴケ を とおして ウシロユビ イッポン さされなかった ムカシカタギ の シッカリモノ だけ に、 シンルイ たち の カゲグチ や ウワサ で きいた ヨウコ の ランコウ には あきれはてて いながら、 コノヨ での ただ ヒトリ の ヒゾウブツ と して ヨウコ の アタマ から アシ の サキ まで も ジブン の ホコリ に して いる バアヤ の せつない ココロモチ は、 ひしひし と ヨウコ にも つうじる の だった。 バアヤ と サダコ…… こんな ジュンスイ な アイジョウ の ナカ に とりかこまれて、 おちついた、 しとやか な、 そして アンノン な イッショウ を すごす の も、 ヨウコ は のぞましい と おもわない では なかった。 ことに バアヤ と サダコ と を メノマエ に おいて、 つつましやか な カフソク の ない セイカツ を ながめる と、 ヨウコ の ココロ は しらずしらず なじんで ゆく の を おぼえた。
 しかし ドウジ に クラチ の こと を ちょっと でも おもう と ヨウコ の チ は イチジ に わきあがった。 ヘイオン な、 そのかわり しんだ も ドウゼン な イッショウ が ナン だ。 ジュンスイ な、 そのかわり ひえ も せず ねっし も しない アイジョウ が ナン だ。 いきる イジョウ は いきてる らしく いきない で どう しよう。 あいする イジョウ は イノチ と トリカエッコ を する くらい に あいせず には いられない。 そうした ショウドウ が ジブン でも どう する こと も できない つよい カンジョウ に なって、 ヨウコ の ココロ を ホンノウテキ に あおぎたてる の だった。 この キカイ な フタツ の ムジュン が ヨウコ の ココロ の ナカ には ヘイキ で リョウリツ しよう と して いた。 ヨウコ は ガンゼン の キョウガイ で その フタツ の ムジュン を わりあい に コンナン も なく つかいわける フシギ な ココロ の ヒロサ を もって いた。 ある とき には キョクタン に なみだもろく、 ある とき には キョクタン に ザンギャク だった。 まるで フタリ の ヒト が ヒトツ の ニクタイ に やどって いる か と ジブン ながら うたがう よう な こと も あった。 それ が ときには いまいましかった。 ときには ほこらしく も あった。
「サア チャマ。 よう ございました ね、 ママ ちゃん が はやく おかえり に なって。 おたち に なって から でも オキキワケ よく ママ の マ の ジ も おっしゃらなかった ん です けれども、 どうか する と こう ぼんやり かんがえて でも いらっしゃる よう なの が おかわいそう で、 イチジ は オカラダ でも わるく なり は しない か と おもう ほど でした。 こんな でも なかなか ココロ は はたらいて いらっしゃる ん です から ねえ」
と バアヤ は、 ヨウコ の ヒザ の ウエ に すくう よう に いだかれて、 だまった まま、 すんだ ヒトミ で ハハ の カオ を シタ から のぞく よう に して いる サダコ と ヨウコ と を みくらべながら、 ジュッカイ-めいた こと を いった。 ヨウコ は ジブン の ホオ を、 あたたかい モモ の ハダ の よう に ウブゲ の はえた サダコ の ホオ に すりつけながら、 それ を きいた。
「オマエ の その キショウ で わからない と オイイ なら、 くどくど いった ところ が ムダ かも しれない から、 コンド の こと に ついて は ワタシ なんにも はなすまい が、 ウチ の シンルイ たち の いう こと なんぞ は きっと キ に しない で おくれ よ。 コンド の フネ には とんでもない ヒトリ の オクサン が のりあわして いて ね、 その ヒト が ちょっと した キマグレ から ある こと ない こと とりまぜて こっち に いって よこした ので、 ことあれがし と まちかまえて いた ヒトタチ の ミミ に はいった ん だ から、 これから サキ だって どんな ひどい こと を いわれる か しれた もん じゃ ない ん だよ。 オマエ も しって の とおり ワタシ は うまれおちる と から ツムジマガリ じゃ あった けれども、 あんな に マワリ から こづきまわされ さえ しなければ こんな に なり は しなかった の だよ。 それ は ダレ より も オマエ が しってて おくれ だ わね。 これから だって ワタシ は ワタシ なり に おしとおす よ。 ダレ が なんと いったって かまう もん です か。 その つもり で オマエ も ワタシ を みて いて おくれ。 ひろい ヨノナカ に ワタシ が どんな シクジリ を しでかして も、 ココロ から おもいやって くれる の は ホントウ に オマエ だけ だわ。 ……コンド から は ワタシ も ちょいちょい くる だろう けれども、 コノウエ とも この コ を たのみます よ。 ね、 サア ちゃん。 よく バアヤ の いう こと を きいて いい コ に なって ちょうだい よ。 ママ ちゃん は ここ に いる とき でも いない とき でも、 いつでも アナタ を ダイジ に ダイジ に おもってる ん だ から ね。 ……さ、 もう こんな むずかしい オハナシ は よして オヒル の シタク でも しましょう ね。 キョウ は ママ ちゃん が おいしい ゴチソウ を こしらえて あげる から サア ちゃん も おてつだい して ちょうだい ね」
 そう いって ヨウコ は キガル そう に たちあがって ダイドコロ の ほう に サダコ と つれだった。 バアヤ も たちあがり は した が その カオ は ミョウ に さえなかった。 そして ダイドコロ で はたらきながら も ややともすると ナイショ で ハナ を すすって いた。
 そこ には ハヤマ で キベ コキョウ と ドウセイ して いた とき に つかった チョウド が いまだに フルビ を おびて ホゾン されたり して いた。 サダコ を ソバ に おいて そんな もの を みる に つけ、 すこし カンショウテキ に なった ヨウコ の ココロ は ナミダ に うごこう と した。 けれども その ヒ は なんと いって も チカゴロ おぼえない ほど しみじみ と した タノシサ だった。 ナニゴト に でも キヨウ な ヨウコ は フソクガチ な ダイドコロ ドウグ を たくみ に リヨウ して、 セイヨウフウ な リョウリ と カシ と を ミシナ ほど つくった。 サダコ は すっかり よろこんで しまって、 ちいさな テアシ を まめまめしく はたらかしながら、 「はいはい」 と いって ホウチョウ を あっち に はこんだり、 サラ を こっち に はこんだり した。 3 ニン は たのしく ヒルメシ の タク に ついた。 そして ユウガタ まで ミズイラズ に ゆっくり くらした。
 その ヨ は イモウト たち が ガッコウ から くる はず に なって いた ので ヨウコ は バアヤ の すすめる バンメシ も ことわって ユウガタ その イエ を でた。 イリグチ の ところ に つくねん と たって バアヤ に リョウカタ を ささえられながら スガタ の きえる まで ヨウコ を みおくった サダコ の スガタ が いつまでも いつまでも ヨウコ の ココロ から はなれなかった。 ユウヤミ に まぎれた ホロ の ナカ で ヨウコ は イクド か ハンケチ を メ に あてた。
 ヤド に つく コロ には ヨウコ の ココロモチ は かわって いた。 ゲンカン に はいって みる と、 ジョガッコウ で なければ はかれない よう な ヤスゲタ の きたなく なった の が、 オキャク や ジョチュウ たち の きどった ハキモノ の ナカ に まじって ぬいで ある の を みて、 もう イモウト たち が きて まって いる の を しった。 サッソク に デムカエ に でた オカミ に、 コンヤ は クラチ が かえって きたら ヨソ の ヘヤ で ねる よう に ヨウイ を して おいて もらいたい と たのんで、 しずしず と 2 カイ に あがって いった。
 フスマ を あけて みる と フタリ の シマイ は ぴったり と くっつきあって ないて いた。 ヒト の アシオト を アネ の それ だ とは ジュウブン に しりながら、 アイコ の ほう は ナキガオ を みせる の が キマリ が わるい ふう で、 ふりむき も せず に ひとしお うなだれて しまった が、 サダヨ の ほう は ヨウコ の スガタ を ヒトメ みる なり、 はねる よう に たちあがって はげしく なきながら ヨウコ の フトコロ に とびこんで きた。 ヨウコ も おもわず とびたつ よう に サダヨ を むかえて、 ナガヒバチ の ソバ の ジブン の ザ に すわる と、 サダヨ は その ヒザ に つっぷして すすりあげ すすりあげ カレン な セナカ に ナミ を うたした。 これほど まで に ジブン の カエリ を まちわびて も い、 よろこんで も くれる の か と おもう と、 コツニク の アイチャク から も、 イモウト だけ は すくなくとも ジブン の ショウアク の ウチ に ある との マンゾク から も、 ヨウコ は このうえなく うれしかった。 しかし ヒバチ から はるか はなれた ムコウガワ に、 うやうやしく イズマイ を ただして、 アイコ が ひそひそ と なきながら、 キソク ただしく オジギ を する の を みる と ヨウコ は すぐ シャク に さわった。 どうして ジブン は この イモウト に たいして やさしく する こと が できない の だろう とは おもいつつ も、 ヨウコ は アイコ の ショサ を みる と いちいち キ に さわらない では いられない の だ。 ヨウコ の メ は いじわるく ケン を もって ひややか に コガラ で カタブトリ な アイコ を はげしく みすえた。
「アイタテ から つけつけ いう の も ナン だ けれども、 ナン です ねえ その オジギ の シカタ は、 タニン ギョウギ-らしい。 もっと うちとけて くれたって いい じゃ ない の」
と いう と アイコ は トウワク した よう に だまった まま メ を あげて ヨウコ を みた。 その メ は しかし おそれて も うらんで も いる らしく は なかった。 コヒツジ の よう な、 マツゲ の ながい、 カタチ の いい おおきな メ が、 ナミダ に うつくしく ぬれて ユウヅキ の よう に ぽっかり と ならんで いた。 かなしい メツキ の よう だ けれども、 かなしい と いう の でも ない。 タコン な メ だ。 タジョウ な メ で さえ ある かも しれない。 そう ヒニク な ヒヒョウカ-らしく ヨウコ は アイコ の メ を みて フカイ に おもった。 ダイタスウ の オトコ は あんな メ で みられる と、 このうえなく シテキ な レイテキ な イチベツ を うけとった よう にも おもう の だろう。 そんな こと さえ すばやく カンガエ の ウチ に つけくわえた。 サダヨ が ひろい オビ を して きて いる のに、 アイコ が すこし ふるびた ハカマ を はいて いる の さえ さげすまれた。
「そんな こと は どうでも よう ござんす わ。 さ、 オユウハン に しましょう ね」
 ヨウコ は やがて ジブン の モウネン を かきはらう よう に こう いって、 ジョチュウ を よんだ。
 サダヨ は ペット-らしく すっかり はしゃぎきって いた。 フタリ が コトウ に つれられて はじめて タジマ の ジュク に いった とき の ヨウス から、 タジマ センセイ が ヒジョウ に フタリ を かわいがって くれる こと から、 ヘヤ の こと、 ショクジ の こと、 さすが に オンナ の コ-らしく こまかい こと まで ジブン ヒトリ の キョウ に じょうじて かたりつづけた。 アイコ も コトバスクナ に ヨウリョウ を えた クチ を きいた。
「コトウ さん が ときどき は きて くださる の?」
と きいて みる と、 サダヨ は フヘイ-らしく、
「いいえ、 ちっとも」
「では オテガミ は?」
「きて よ、 ねえ アイ ネエサマ。 フタリ の ところ に おなじ くらい ずつ きます わ」
と、 アイコ は ヒカエメ-らしく ほほえみながら ウワメゴシ に サダヨ を みて、
「サア ちゃん の ほう に よけい くる くせ に」
と なんでも ない こと で あらそったり した。 アイコ は アネ に むかって、
「ジュク に いれて くださる と コトウ さん が ワタシタチ に、 もう これ イジョウ ワタシ の して あげる こと は ない と おもう から、 ヨウ が なければ きません。 そのかわり ヨウ が あったら いつでも そう いって およこしなさい と おっしゃった きり いらっしゃいません のよ。 そして こちら でも コトウ さん に おねがい する よう な ヨウ は なんにも ない ん です もの」
と いった。 ヨウコ は それ を きいて ほほえみながら コトウ が フタリ を ジュク に つれて いった とき の ヨウス を ソウゾウ して みた。 レイ の よう に どこ の ゲンカンバン か と おもわれる フウテイ を して、 カミ を かる とき の ホカ そらない アゴヒゲ を 1~2 ブ ほど も のばして、 ガンジョウ な ヨウボウ や タイカク に フニアイ な はにかんだ クチツキ で、 タジマ と いう、 オトコ の よう な オンナ ガクシャ と ハナシ を して いる ヨウス が みえる よう だった。
 しばらく そんな ヒョウメンテキ な ウワサバナシ など に トキ を すごして いた が、 いつまでも そう は して いられない こと を ヨウコ は しって いた。 この ネンレイ の ちがった フタリ の イモウト に、 どっち にも タンネン の ゆく よう に イマ の ジブン の タチバ を はなして きかせて、 わるい ケッカ を その おさない ココロ に のこさない よう に しむける の は さすが に ヨウイ な こと では なかった。 ヨウコ は サッキ から しきり に それ を あんじて いた の だ。
「これ でも めしあがれ」
 ショクジ が すんで から ヨウコ は ベイコク から もって きた キャンディー を フタリ の マエ に おいて、 ジブン は タバコ を すった。 サダヨ は メ を まるく して アネ の する こと を みやって いた。
「ネエサマ そんな もの すって いい の?」
と エシャク なく たずねた。 アイコ も フシギ そう な カオ を して いた。
「ええ こんな わるい クセ が ついて しまった の。 けれども ネエサン には アナタガタ の かんがえて も みられない よう な シンパイ な こと や こまる こと が ある もの だ から、 つい ウサバラシ に こんな こと も おぼえて しまった の。 コンヤ は アナタガタ に わかる よう に ネエサン が はなして あげて みる から、 よく きいて ちょうだい よ」
 クラチ の ムネ に いだかれながら、 よいしれた よう に その ガンジョウ な、 ヒ に やけた、 ダンセイテキ な カオ を みやる ヨウコ の、 オトメ と いう より も もっと こどもらしい ヨウス は、 フタリ の イモウト を マエ に おいて きちんと イズマイ を ただした ヨウコ の どこ にも みいだされなかった。 その スガタ は 30 ゼンゴ の、 じゅうぶん フンベツ の ある、 しっかり した ヒトリ の ジョセイ を おもわせた。 サダヨ も そういう とき の アネ に たいする テゴコロ を こころえて いて、 ヨウコ から はなれて マジメ に すわりなおした。 こんな とき うっかり その イゲン を おかす よう な こと でも する と、 サダヨ に でも ダレ に でも ヨウコ は すこし の ヨウシャ も しなかった。 しかし みた ところ は いかにも インギン に クチ を ひらいた。
「ワタシ が キムラ さん の ところ に オヨメ に いく よう に なった の は よく しって ます ね。 ベイコク に でかける よう に なった の も その ため だった の だ けれども ね、 もともと キムラ さん は ワタシ の よう に イチド せんに オヨメイリ した ヒト を もらう よう な カタ では なかった ん だし する から、 ホントウ は ワタシ どうしても ココロ は すすまなかった ん です よ。 でも ヤクソク だ から ちゃんと まもって いく には いった の。 けれども ね ムコウ に ついて みる と ワタシ の カラダ の グアイ が どうも よく なくって ジョウリク は とても できなかった から しかたなし に また おなじ フネ で かえる よう に なった の。 キムラ さん は どこまでも ワタシ を オヨメ に して くださる つもり だ から、 ワタシ も その キ では いる の だ けれども、 ビョウキ では シカタ が ない でしょう。 それに はずかしい こと を うちあける よう だ けれども、 キムラ さん にも ワタシ にも ありあまる よう な オカネ が ない もの だ から、 イキ も カエリ も その フネ の ジムチョウ と いう タイセツ な ヤクメ の カタ に オセワ に ならなければ ならなかった のよ。 その カタ が ゴシンセツ にも ワタシ を ここ まで つれて かえって くださった ばかり で、 もう イチド アナタガタ にも あう こと が できた ん だ から、 ワタシ は その クラチ と いう カタ―― クラ は オクラ の クラ で、 チ は チキュウ の チ と かく の。 サンキチ と いう オナマエ は サア ちゃん にも わかる でしょう―― その クラチ さん には ホントウ に オレイ の モウシヨウ も ない くらい なん です よ。 アイ さん なんか は その カタ の こと で オバサン なんぞ から イロイロ な こと を きかされて、 ネエサン を うたがって い や しない か と おもう けれども、 それ には また それ で メンドウ な ワケ の ある こと なの だ から、 ゆめにも ヒト の いう こと なんぞ を そのまま うけとって もらっちゃ こまります よ。 ネエサン を しんじて おくれ、 ね、 よ ござんす か。 ワタシ は オヨメ なんぞ に いかない でも いい、 アナタガタ と こうして いる ほど うれしい こと は ない と おもいます よ。 キムラ さん の ほう に オカネ でも できて、 ワタシ の ビョウキ が なおり さえ すれば ケッコン する よう に なる かも しれない けれども、 それ は いつ の こと とも わからない し、 それまで は ワタシ は こうした まま で、 アナタガタ と イッショ に どこ か に オウチ を もって たのしく くらしましょう ね。 いい だろう サア ちゃん。 もう キシュク なんぞ に いなくって も よう ござんす よ」
「オネエサマ ワタシ キシュク では ヨル に なる と ホントウ に ないて ばかり いた のよ。 アイ ネエサン は よく おね に なって も ワタシ は ちいさい から かなしかった ん です もの」
 そう サダヨ は ハクジョウ する よう に いった。 サッキ まで は いかにも たのしそう に いって いた その カレン な おなじ クチビル から、 こんな あわれ な コクハク を きく と ヨウコ は ひとしお しんみり した ココロモチ に なった。
「ワタシ だって も よ。 サア ちゃん は ヨイ の クチ だけ くすくす ないて も アト は よく ねて いた わ。 ネエサマ、 ワタシ は イマ まで サア ちゃん にも いわない で いました けれども…… ミンナ が きこえよがし に ネエサマ の こと を かれこれ いいます のに、 たまに わるい と おもって サア ちゃん と オバサン の ところ に いったり なんぞ する と、 それ は ホントウ に ひどい…… ひどい こと を おっしゃる ので、 どっち に いって も くやしゅう ございました わ。 コトウ さん だって コノゴロ は オテガミ さえ くださらない し…… タジマ センセイ だけ は ワタシタチ フタリ を かわいそう-がって くださいました けれども……」
 ヨウコ の オモイ は ムネ の ウチ で にえかえる よう だった。
「もう いい カンニン して ください よ。 ネエサン が やはり いたらなかった ん だ から。 オトウサン が いらっしゃれば おたがいに こんな いや な メ には あわない ん だろう けれども (こういう バアイ ヨウコ は オクビ にも ハハ の ナ は ださなかった) オヤ の ない ワタシタチ は カタミ が せまい わね。 まあ アナタガタ は そんな に ないちゃ ダメ。 アイ さん ナン です ね アナタ から サキ に たって。 ネエサン が かえった イジョウ は ネエサン に なんでも まかして アンシン して ベンキョウ して ください よ。 そして セケン の ヒト を みかえして おやり」
 ヨウコ は ジブン の ココロモチ を いきどおろしく いいはって いる の に キ が ついた。 いつのまにか ジブン まで が はげしく コウフン して いた。
 ヒバチ の ヒ は いつか ハイ に なって、 ヨサム が ひそやか に 3 ニン の シマイ に はいよって いた。 もう すこし ネムケ を もよおして きた サダヨ は、 ないた アト の しぶい メ を テノコウ で こすりながら、 フシギ そう に コウフン した あおじろい アネ の カオ を みやって いた。 アイコ は ガス の ヒ に カオ を そむけながら しくしく と なきはじめた。
 ヨウコ は もう それ を とめよう とは しなかった。 ジブン で すら コエ を だして ないて みたい よう な ショウドウ を つきかえし つきかえし ミゾオチ の ところ に かんじながら、 ヒバチ の ナカ を みいった まま こまかく ふるえて いた。
 うまれかわらなければ カイフク シヨウ の ない よう な ジブン の コシカタ ユクスエ が ゼツボウテキ に はっきり と ヨウコ の ココロ を さむく ひきしめて いた。
 それでも 3 ニン が 16 ジョウ に トコ を しいて ねて だいぶ たって から、 ヨコハマ から かえって きた クラチ が ロウカ を へだてた トナリ の ヘヤ に ゆく の を ききしる と、 ヨウコ は すぐ おきかえって しばらく イモウト たち の ネイキ を うかがって いた が、 フタリ が いかにも ムシン に あかあか と した ホオ を して よく ねいって いる の を みきわめる と、 そっと ドテラ を ひっかけながら その ヘヤ を ぬけだした。

 25

 それから 1 ニチ おいて ツギ の ヒ に コトウ から 9 ジ-ゴロ に くる が いい か と デンワ が かかって きた。 ヨウコ は 10 ジ-スギ に して くれ と ヘンジ を させた。 コトウ に あう には クラチ が ヨコハマ に いった アト が いい と おもった から だ。
 トウキョウ に かえって から オバ と イソガワ ジョシ の ところ へは かえった こと だけ を しらせて は おいた が、 どっち から も ホウモン は もとより の こと イチゴン ハンク の アイサツ も なかった。 せめて くる なり なぐさめて くる なり、 なんとか しそう な もの だ。 あまり と いえば ヒト を フミツケ に した シワザ だ とは おもった けれども、 ヨウコ と して は けっく それ が メンドウ が なくって いい とも おもった。 そんな ヒトタチ に あって いさくさ クチ を きく より も、 コトウ と はなし さえ すれば その クチウラ から トウキョウ の ヒトタチ の ココロモチ も ダイタイ は わかる。 セッキョクテキ な ジブン の タイド は その うえ で きめて も おそく は ない と シアン した。
 ソウカクカン の オカミ は ホントウ に メ から ハナ に ぬける よう に オチド なく、 ヨウコ の カゲミ に なって ヨウコ の ため に つくして くれた。 その ウシロ には クラチ が いて、 あの いかにも ソダイ-らしく みえながら、 ヒト の キ も つかない よう な メンミツ な ところ に まで キ を くばって、 サイハイ を ふるって いる の は わかって いた。 シンブン キシャ など が どこ を どうして さぐりだした か、 ハジメ の うち は おしづよく ヨウコ に メンカイ を もとめて きた の を、 オカミ が テギワ よく おいはらった ので、 ちかづき こそ は しなかった が トオマキ に して ヨウコ の キョドウ に チュウイ して いる こと など を、 オカミ は マユ を ひそめながら はなして きかせたり した。 キベ の コイビト で あった と いう こと が ひどく キシャ たち の キョウミ を ひいた よう に みえた。 ヨウコ は シンブン キシャ と きく と、 ふるえあがる ほど いや な カンジ を うけた。 ちいさい ジブン に オンナ キシャ に なろう など と ヒト にも コウガイ した オボエ が ある くせ に、 タンポウ など に くる ヒトタチ の こと を かんがえる と いちばん いやしい シュルイ の ニンゲン の よう に おもわない では いられなかった。 センダイ で、 シンブンシャ の シャチョウ と オヤサ と ヨウコ との アイダ に おこった こと と して フリン な ネツゾウ キジ (ヨウコ は その キジ の ウチ、 ハハ に かんして は どの ヘン まで が ネツゾウ で ある か しらなかった。 すくなくとも ヨウコ に かんして は ネツゾウ だった) が ケイサイ された ばかり で なく、 ハハ の いわゆる エンザイ は どうどう と シンブン シジョウ で すすがれた が、 ジブン の は とうとう ソノママ に なって しまった、 あの にがい ケイケン など が ますます ヨウコ の カンガエ を かたくな に した。 ヨウコ が ホウセイ シンポウ の キジ を みた とき も、 それほど タガワ フジン が ジブン を ハクガイ しよう と する なら、 こちら も どこ か の シンブン を テ に いれて タガワ フジン に チメイショウ を あたえて やろう か と いう (ドウトク を コメ の メシ と ドウヨウ に みて いきて いる よう な タガワ フジン に、 その テン に キズ を あたえて カオダシ が できない よう に する の は ヨウイ な こと だ と ヨウコ は おもった) タクラミ を ジブン ヒトリ で かんがえた とき でも、 あの キシャ と いう もの を てなずける まで に ジブン を ダラク させたく ない ばかり に その モクロミ を おもいとどまった ほど だった。
 その アサ も クラチ と ヨウコ とは オカミ を ハナシアイテ に アサメシ を くいながら シンブン に でた あの キカイ な キジ の ハナシ を して、 ヨウコ が とうに それ を ちゃんと しって いた こと など を かたりあいながら わらったり した。
「いそがしい に かまけて、 あれ は アノママ に して おった が…… ヒトツ は あまり タンペイキュウ に こっち から でしゃばる と アシモト を みやがる で、 ……あれ は なんとか せん と メンドウ だて」
と クラチ は がらっと ハシ を ゼン に すてながら、 ヨウコ から オカミ に メ を やった。
「そう です とも さ。 くだらない、 アナタ、 あれ で アナタ の ゴショクショウ に でも ケチ が ついたら ホントウ に ばかばかしゅう ござんす わ。 ホウセイ シンポウシャ に なら ワタシ ゴコンイ の カタ も フタリ や 3 ニン は いらっしゃる から、 なんなら ワタシ から それとなく おはなし して みて も よう ございます わ。 ワタシ は また オフタリ とも イマ まで あんまり ヘイキ で いらっしゃる んで、 もう なんとか オハナシ が ついた の だ と ばかり おもって ました の」
と オカミ は さかしそう な メ に シンミ な イロ を みせて こう いった。 クラチ は ムトンジャク に 「そう さな」 と いった きり だった が、 ヨウコ は フタリ の イケン が ほぼ イッチ した らしい の を みる と、 いくら オカミ が たくみ に たちまわって も それ を もみけす こと は できない と いいだした。 なぜ と いえば それ は タガワ フジン が ナニ か ヨウコ を ふかく イシュ に おもって させた こと で、 ホウセイ シンポウ に それ が あらわれた ワケ は、 その シンブン が タガワ ハカセ の キカン シンブン だ から だ と セツメイ した。 クラチ は タガワ と シンブン との カンケイ を はじめて しった らしい ヨウス で イガイ な カオツキ を した。
「オレ は また コウロク の ヤツ…… アイツ は べらべら した ヤツ で、 ミギヒダリ の はっきり しない ユダン の ならぬ オトコ だ から、 アイツ の シゴト か とも おもって みた が、 なるほど それにしては キジ の デカタ が すこし はやすぎる て」
 そう いって やおら たちあがりながら ツギノマ に キカエ に いった。
 ジョチュウ が ゼンブ を かたづけおわらぬ うち に コトウ が きた と いう アンナイ が あった。
 ヨウコ は ちょっと トウワク した。 あつらえて おいた イルイ が まだ できない の と、 キグアイ が よくって、 クラチ から も しっくり にあう と ほめられる ので、 その アサ も ゲイシャ の チョイチョイギ らしい、 クロジュス の エリ の ついた、 デンポウ な ボウジマ の ミハバ の せまい キモノ に、 クロジュス と ミズイロ ヒッタ の チュウヤオビ を しめて、 ドテラ を ひっかけて いた ばかり で なく、 カミ まで やはり クシマキ に して いた の だった。 ええ、 いい かまう もの か、 どうせ ハナ を あかさせる なら ノッケ から あかさせて やろう、 そう おもって ヨウコ は ソノママ の スガタ で コトウ を まちかまえた。
 ムカシ の まま の スガタ で、 コトウ は リョカン と いう より も リョウリヤ と いった フウ の イエ の ヨウス に すこし はなじろみながら はいって きた。 そして とびはなれて フウタイ の かわった ヨウコ を みる と、 なおさら カッテ が ちがって、 これ が あの ヨウコ なの か と いう よう に、 オドロキ の イロ を カクシダテ も せず に カオ に あらわしながら、 じっと その スガタ を みた。
「まあ ギイチ さん しばらく。 おさむい のね。 どうぞ ヒバチ に よって くださいまし な。 ちょっと ごめん ください よ」
 そう いって、 ヨウコ は あでやか に ジョウタイ だけ を ウシロ に ひねって、 ヒロブタ から モンツキ の ハオリ を ひきだして、 すわった まま ドテラ と きなおした。 なまめかしい ニオイ が その ドウサ に つれて こまやか に ヘヤ の ナカ に うごいた。 ヨウコ は ジブン の フクソウ が どう コトウ に インショウ して いる か など を かんがえて も みない よう だった。 10 ネン も きなれた フダンギ で キノウ も あった ばかり の オトウト の よう に したしい ヒト に むかう よう な トリナシ を した。 コトウ は とみに は クチ も きけない よう に おもいまどって いる らしかった。 たしょう アカ に なった サツマガスリ の キモノ を きて、 カンゼヨリ の ハオリヒモ にも、 きちんと はいた ハカマ にも、 その ヒト の キシツ が あきらか に かきしるして ある よう だった。
「こんな で たいへん ヘン な ところ です けれども どうか キラク に なさって くださいまし。 それ で ない と なんだか あらたまって しまって オハナシ が しにくくって いけません から」
 こころおきない、 そして コトウ を シンライ して いる ヨウス を たくみ にも それとなく けどらせる よう な ヨウコ の タイド は だんだん コトウ の ココロ を しずめて ゆく らしかった。 コトウ は ジブン の チョウショ も タンショ も ムジカク で いる よう な、 そのくせ どこ か に するどい ヒカリ の ある メ を あげて まじまじ と ヨウコ を みはじめた。
「ナニ より サキ に オレイ。 ありがとう ございました イモウト たち を。 オトトイ フタリ で ここ に きて たいへん よろこんで いました わ」
「なんにも し や しない、 ただ ジュク に つれて いって あげた だけ です。 ゴジョウブ です か」
 コトウ は アリノママ を アリノママ に いった。 そんな ジョキョクテキ な カイワ を すこし つづけて から ヨウコ は おもむろに さぐりしって おかなければ ならない よう な コトガラ に ワダイ を むけて いった。
「コンド こんな ひょんな こと で ワタシ アメリカ に ジョウリク も せず に かえって くる こと に なった ん です が、 ホントウ を おっしゃって ください よ、 アナタ は いったい ワタシ を どう おおもい に なって」
 ヨウコ は ヒバチ の フチ に リョウヒジ を ついて、 リョウテ の ユビサキ を ハナ の サキ に あつめて くんだり ほどいたり しながら、 コトウ の カオ に うかびでる スベテ の イミ を よもう と した。
「ええ、 ホントウ を いいましょう」
 そう ケッシン する もの の よう に コトウ は いって から ヒトヒザ のりだした。
「この 12 ガツ に ヘイタイ に いかなければ ならない もの だ から、 それまで に ケンキュウシツ の シゴト を かたづく もの だけ は かたづけて おこう と おもった ので、 なにもかも うちすてて いました から、 このあいだ ヨコハマ から アナタ の デンワ を うける まで は、 アナタ の かえって こられた の を しらない で いた ん です。 もっとも かえって こられる よう な ハナシ は どこ か で きいた よう でした が。 そして ナニ か それ には ジュウダイ な ワケ が ある に ちがいない とは おもって いました が。 ところが アナタ の デンワ を きる と まもなく キムラ クン の テガミ が とどいて きた ん です。 それ は たぶん エノシママル より 1 ニチ か フツカ はやく タイホク キセン-ガイシャ の フネ が ついた はず だ から、 それ が もって きた ん でしょう。 ここ に もって きました が、 それ を みて ボク は おどろいて しまった ん です。 ずいぶん ながい テガミ だ から アト で ゴラン に なる なら おいて いきましょう。 カンタン に いう と (そう いって コトウ は その テガミ の ヒツヨウ な ヨウテン を ココロ の ウチ で セイトン する らしく しばらく だまって いた が) キムラ クン は アナタ が かえる よう に なった の を ヒジョウ に かなしんで いる よう です。 そして アナタ ほど フコウ な ウンメイ に もてあそばれる ヒト は ない。 また アナタ ほど ゴカイ を うける ヒト は ない。 ダレ も アナタ の フクザツ な セイカク を みきわめて、 その ソコ に ある とうとい テン を ひろいあげる ヒト が ない から、 イロイロ な ふう に アナタ は ゴカイ されて いる。 アナタ が かえる に ついて は ニホン でも シュジュ サマザマ な フウセツ が おこる こと だろう けれども、 キミ だけ は それ を しんじて くれちゃ こまる。 それから…… アナタ は イマ でも ボク の ツマ だ…… ビョウキ に くるしめられながら、 ヨノナカ の ハクガイ を ぞんぶん に うけなければ ならない あわれむ べき オンナ だ。 ヒト が なんと いおう と キミ だけ は ボク を しんじて…… もし アナタ を しんずる こと が できなければ ボク を しんじて、 アナタ を イモウト だ と おもって アナタ の ため に たたかって くれ…… ホントウ は もっと サイダイキュウ の コトバ が つかって ある の だ けれども だいたい そんな こと が かいて あった ん です。 それで……」
「それで?」
 ヨウコ は メノマエ で、 こんがらがった イト が しずか に ほごれて ゆく の を みつめる よう に、 フシギ な キョウミ を かんじながら、 カオ だけ は うちしずんで こう うながした。
「それで です ね。 ボク は その テガミ に かいて ある こと と アナタ の デンワ の 『コッケイ だった』 と いう コトバ と を どう むすびつけて みたら いい か わからなく なって しまった ん です。 キムラ の テガミ を みない マエ でも アナタ の あの デンワ の クチョウ には…… デンワ だった せい か まるで ノンキ な ジョウダングチ の よう に しか きこえなかった もの だ から…… ホントウ を いう と かなり フカイ を かんじて いた ところ だった の です。 おもった とおり を いいます から おこらない で きいて ください」
「ナニ を おこりましょう。 ようこそ はっきり おっしゃって くださる わね。 あれ は ワタシ も アト で ホントウ に すまなかった と おもいました のよ。 キムラ が おもう よう に ワタシ は タニン の ゴカイ なんぞ そんな に キ に して は いない の。 ちいさい とき から ナレッコ に なってる ん です もの。 だから ミナサン が カッテ な アテズイリョウ なぞ を して いる の が すこし は シャク に さわった けれども、 コッケイ に みえて シカタ が なかった ん です のよ。 そこ に もって きて デンワ で アナタ の オコエ が きこえた もん だ から、 とびたつ よう に うれしくって おもわず しらず あんな カルハズミ な こと を いって しまいました の。 キムラ から たのまれて ワタシ の セワ を みて くださった クラチ と いう ジムチョウ の カタ も それ は きさく な シンセツ な ヒト じゃ あります けれども、 フネ で はじめて シリアイ に なった カタ だ から、 オココロヤスダテ なんぞ は できない でしょう。 アナタ の オコエ が した とき には ホントウ に テキ の ナカ から すくいだされた よう に おもった ん です もの…… まあ しかし そんな こと は ベンカイ する にも およびません わ。 それから どう なさって?」
 コトウ は レイ の あつい リソウ の カツギ の シタ から、 ふかく かくされた カンジョウ が ときどき きらきら と ひらめく よう な メ を、 すこし ものだるげ に おおきく みひらいて ヨウコ の カオ を つれづれ と みやった。 ショタイメン の とき には ヒトナミ はずれて エンリョガチ だった くせ に、 すこし なれて くる と ヒト を みとおそう と する よう に ギョウシ する その メ は、 いつでも ヨウコ に イッシュ の フアン を あたえた。 コトウ の ギョウシ には ずうずうしい と いう ところ は すこしも なかった。 また コイ に そう する らしい ヨウス も みえなかった。 すこし ドン と おもわれる ほど セジ に うとく、 ジブツ の ホントウ の スガタ を みてとる ホウホウ に くらい ながら、 マッショウジキ に アクイ なく それ を なしとげよう と する らしい メツキ だった。 コトウ なんぞ に ジブン の ヒミツ が なんで あばかれて たまる もの か と タカ を くくりつつ も、 その ものやわらか ながら どんどん ヒト の ココロ の ナカ に はいりこもう と する よう な メツキ に あう と、 いつか ヒミツ の ドンゾコ を あやまたず つかまれそう な キ が して ならなかった。 そう なる に して も しかし それまで には コトウ は ながい アイダ ニンタイ して またなければ ならない だろう、 そう おもって ヨウコ は イチメン こきみよく も おもった。
 こんな メ で コトウ は、 あきらか な ウタガイ を しめしつつ ヨウコ を みながら、 さらに かたりつづけた ところ に よれば、 コトウ は キムラ の テガミ を よんで から シアン に あまって、 その アシ で すぐ、 まだ クギダナ の イエ の ルスバン を して いた ヨウコ の オバ の ところ を たずねて その カンガエ を たずねて みよう と した ところ が、 オバ は コトウ の タチバ が どちら に ドウジョウ を もって いる か しれない ので、 うっかり した こと は いわれない と おもった か、 ナニゴト も うちあけず に、 イソガワ ジョシ に たずねて もらいたい と ニゲ を はった らしい。 コトウ は やむなく また イソガワ ジョシ を ホウモン した。 ジョシ とは ツキジ の ある キョウカイドウ の シツジ の ヘヤ で あった。 ジョシ の いう ところ に よる と、 トオカ ほど マエ に タガワ フジン の ところ から センチュウ に おける ヨウコ の フラチ を ショウサイ に しらして よこした テガミ が きて、 ジブン と して は ヨウコ の ヒトリタビ を ホゴ し カントク する こと は とても チカラ に およばない から、 フネ から ジョウリク する とき も なんの アイサツ も せず に わかれて しまった。 なんでも ウワサ で きく と ビョウキ だ と いって まだ フネ に のこって いる そう だ が、 まんいち そのまま キコク する よう に でも なったら、 ヨウコ と ジムチョウ との カンケイ は ジブン たち が ソウゾウ する イジョウ に ふかく なって いる と ダンテイ して も さしつかえない。 せっかく イライ を うけて その セメ を はたさなかった の は まことに すまない が、 ジブン たち の チカラ では テ に あまる の だ から スイジョ して いただきたい と かいて あった。 で、 イソガワ ジョシ は タガワ フジン が イイカゲン な ネツゾウ など する ヒト で ない の を よく しって いる から、 その テガミ を おもだった シンルイ たち に しめして ソウダン した ケッカ、 もし ヨウコ が エノシママル で かえって きたら、 カイフク の できない ツミ を おかした もの と して、 キムラ に テガミ を やって ハヤク を ダンコウ させ、 イチメン には ヨウコ に たいして シンルイ イチドウ は ゼツエン する モウシアワセ を した と いう こと を きかされた。 そう コトウ は かたった。
「ボク は こんな こと を きかされて トホウ に くれて しまいました。 アナタ は サッキ から クラチ と いう その ジムチョウ の こと を ヘイキ で クチ に して いる が、 こっち では その ヒト が モンダイ に なって いる ん です。 キョウ でも ボク は アナタ に おあい する の が いい の か わるい の か さんざん まよいました。 しかし ヤクソク では ある し、 アナタ から きいたら もっと コトガラ も はっきり する か と おもって、 おもいきって うかがう こと に した ん です。 ……あっち に たった ヒトリ いて イソガワ さん から おそろしい テガミ を うけとらなければ ならない キムラ クン を ボク は ココロ から キノドク に おもう ん です。 もし アナタ が ゴカイ の ナカ に いる ん なら きかせて ください。 ボク は こんな ジュウダイ な こと を イッポウグチ で ハンダン したく は ありません から」
と ハナシ を むすんで コトウ は かなしい よう な ヒョウジョウ を して ヨウコ を みつめた。 コシャク な こと を いう もん だ と ヨウコ は ココロ の ウチ で おもった けれども、 ユビサキ で もてあそびながら すこし ふりあおいだ カオ は ソノママ に、 あわれむ よう な、 からかう よう な イロ を かすか に うかべて、
「ええ、 それ は おきき くだされば どんな に でも オハナシ は しましょう とも。 けれども てんから ワタシ を しんじて くださらない ん なら どれほど クチ を すっぱく して オハナシ を したって ムダ ね」
「オハナシ を うかがって から しんじられる もの なら しんじよう と して いる の です ボク は」
「それ は アナタガタ の なさる ガクモン なら それ で よう ござんしょう よ。 けれども ニンジョウズク の こと は そんな もの じゃ ありません わ。 キムラ に たいして やましい こと は いたしません と いったって アナタ が ワタシ を しんじて いて くださらなければ、 それまで の もの です し、 クラチ さん とは オトモダチ と いう だけ です と ちかった ところ が、 アナタ が うたがって いらっしゃれば なんの ヤク にも たち は しません から ね。 ……そうした もん じゃ なくって?」
「それじゃ イソガワ さん の コトバ だけ で ボク に アナタ を ハンダン しろ と おっしゃる ん です か」
「そう ね。 ……それでも よう ございましょう よ。 とにかく それ は ワタシ が ゴソウダン を うける コトガラ じゃ ありません わ」
 そう いってる ヨウコ の カオ は、 コトバ に にあわず どこまでも やさしく したしげ だった。 コトウ は さすが に さかしく、 こう もつれて きた コトバ を どこまでも おおう と せず に だまって しまった。 そして 「ナニゴト も あからさま に して しまう ほう が ホントウ は いい の だ がな」 と いいたげ な メツキ で、 かくべつ しいたげよう と する でも なく、 ヨウコ が ハナ の サキ で くんだり ほどいたり する テサキ を みいった。 そうした まま で やや しばらく の トキ が すぎた。
 11 ジ ちかい この ヘン の マチナミ は いちばん しずか だった。 ヨウコ は ふと アマドイ を つたう アマダレ の オト を きいた。 ニホン に かえって から はじめて ソラ は しぐれて いた の だ。 ヘヤ の ナカ は さかん な テツビン の ユゲ で そう さむく は ない けれども、 コガイ は うすらさむい ヒヨリ に なって いる らしかった。 ヨウコ は ぎごちない フタリ の アイダ の チンモク を やぶりたい ばかり に、 ひょっと クビ を もたげて コシマド の ほう を みやりながら、
「おや いつのまにか アメ に なりました のね」
と いって みた。 コトウ は それ には こたえ も せず に、 ゴブガリ の ジゾウアタマ を うなだれて ふかぶか と タメイキ を した。
「ボク は アナタ を しんじきる こと が できれば どれほど サイワイ だ か しれない と おもう ん です。 イソガワ さん なぞ より ボク は アナタ と はなして いる ほう が ずっと キモチ が いい ん です。 それ は アナタ が おなじ トシゴロ で、 ……たいへん うつくしい と いう ため ばかり じゃ ない と (その とき コトウ は オボコ-らしく カオ を あからめて いた) おもって います。 イソガワ さん なぞ は なんでも モノ を ヒガメ で みる から ボク は いや なん です。 けれども アナタ は…… どうして アナタ は そんな キショウ で いながら もっと ダイタン に モノ を うちあけて くださらない ん です。 ボク は なんと いって も アナタ を しんずる こと が できません。 こんな レイタン な こと を いう の を ゆるして ください。 しかし これ には アナタ にも セメ が ある と ボク は おもいます よ。 ……シカタ が ない ボク は キムラ クン に キョウ アナタ と あった コノママ を いって やります。 ボク には どう ハンダン の シヨウ も ありません もの…… しかし おねがい します がねえ。 キムラ クン が アナタ から はなれなければ ならない もの なら、 イッコク でも はやく それ を しる よう に して やって ください。 ボク は キムラ クン の ココロモチ を おもう と くるしく なります」
「でも キムラ は、 アナタ に きた オテガミ に よる と ワタシ を しんじきって くれて いる の では ない ん です か」
 そう ヨウコ に いわれて、 コトウ は また かえす コトバ も なく だまって しまった。 ヨウコ は みるみる ヒジョウ に コウフン して きた よう だった。 おさえ おさえて いる ヨウコ の キモチ が おさえきれなく なって はげしく はたらきだして くる と、 それ は いつでも そくそく と して ヒト に せまり ヒト を あっした。 カオイロ ヒトツ かえない で モト の まま に シタシミ を こめて アイテ を みやりながら、 ムネ の オクソコ の ココロモチ を つたえて くる その コエ は、 フシギ な チカラ を デンキ の よう に かんじて ふるえて いた。
「それ で ケッコウ。 イソガワ の オバサン は ハジメ から いや だ いや だ と いう ワタシ を ムリ に キムラ に そわせよう と して おきながら、 イマ に なって ワタシ の クチ から ヒトコト の ベンカイ も きかず に、 キムラ に ゼツエン を すすめよう と いう ヒト なん です から、 そりゃ ワタシ うらみ も します。 ハラ も たてます。 ええ、 ワタシ は そんな こと を されて だまって ひっこんで いる よう な オンナ じゃ ない つもり です わ。 けれども アナタ は ショテ から ワタシ に ウタガイ を おもち に なって、 キムラ にも いろいろ ゴチュウコク なさった カタ です もの、 キムラ に どんな こと を いって おやり に なろう とも ワタシ には ねっから フフク は ありません こと よ。 ……けれども ね、 アナタ が キムラ の いちばん タイセツ な シンユウ で いらっしゃる と おもえば こそ、 ワタシ は ヒトイチバイ アナタ を タヨリ に して キョウ も わざわざ こんな ところ まで ゴメイワク を ねがったり して、 ……でも おかしい もの ね、 キムラ は アナタ も しんじ ワタシ も しんじ、 ワタシ は キムラ も しんじ アナタ も しんじ、 アナタ は キムラ は しんずる けれども ワタシ を うたがって…… そ、 まあ まって…… うたがって は いらっしゃりません。 そう です。 けれども しんずる こと が できない で いらっしゃる ん です わね…… こう なる と ワタシ は クラチ さん に でも おすがり して ソウダン アイテ に なって いただく ほか シヨウ が ありません。 いくら ワタシ ムスメ の とき から マワリ から セメラレドオシ に せめられて いて も、 いまだに オンナデ ヒトツ で フタリ の イモウト まで しょって たつ こと は できません から ね。……」
 コトウ は ニジュウ に おって いた よう な コシ を たてて、 すこし せきこんで、
「それ は アナタ に フニアイ な コトバ だ と ボク は おもいます よ。 もし クラチ と いう ヒト の ため に アナタ が ゴカイ を うけて いる の なら……」
 そう いって まだ コトバ を きらない うち に、 もう とうに ヨコハマ に いった と おもわれて いた クラチ が、 ワフク の まま で とつぜん 6 ジョウ の マ に はいって きた。 これ は ヨウコ にも イガイ だった ので、 ヨウコ は するどく クラチ に メクバセ した が、 クラチ は ムトンジャク だった。 そして コトウ の いる の など は ドガイシ した ボウジャク ブジンサ で、 ヒバチ の ムコウザ に どっかと アグラ を かいた。
 コトウ は クラチ を ヒトメ みる と すぐ クラチ と さとった らしかった。 イツモ の クセ で コトウ は すぐ キョクド に かたく なった。 チュウダン された ハナシ の ツヅキ を もちだし も しない で、 だまった まま すこし フシメ に なって ひかえて いた。 クラチ は コトウ から カオ の みえない の を いい こと に、 はやく コトウ を かえして しまえ と いう よう な カオツキ を ヨウコ に して みせた。 ヨウコ は ワケ は わからない まま に その チュウイ に したがおう と した。 で、 コトウ の だまって しまった の を いい こと に、 クラチ と コトウ と を ひきあわせる こと も せず に ジブン も だまった まま しずか に テツビン の ユ を ドビン に うつして、 チャ を フタリ に すすめて ジブン も ゆうゆう と のんだり して いた。
 とつぜん コトウ は イズマイ を なおして、
「もう ボク は かえります。 オハナシ は チュウト です けれども なんだか ボク は キョウ は これ で オイトマ が したく なりました。 アト は ヒツヨウ が あったら テガミ で かきます」
 そう いって ヨウコ に だけ アイサツ して ザ を たった。 ヨウコ は レイ の ゲイシャ の よう な スガタ の まま で コトウ を ゲンカン まで おくりだした。
「シツレイ しまして ね、 ホントウ に キョウ は。 もう イチド で よう ございます から ぜひ おあい に なって くださいまし な。 イッショウ の オネガイ です から、 ね」
と ミミウチ する よう に ささやいた が コトウ は なんとも こたえず、 アメ の ふりだした のに カサ も かりず に でて いった。
「アナタ ったら まずい じゃ ありません か、 なんだって あんな マク に カオ を おだし なさる の」
 こう なじる よう に いって ヨウコ が ザ に つく と、 クラチ は のみおわった チャワン を ネコイタ の ウエ に とん と オト を たてて ふせながら、
「あの オトコ は オマエ、 バカ に して かかって いる が、 ハナシ を きいて いる と ミョウ に ねばりづよい ところ が ある ぞ。 バカ も あの くらい マッスグ に バカ だ と ユダン の できない もの なの だ。 もすこし ハナシ を つづけて いて みろ、 オマエ の ヤリクリ では まにあわなく なる から。 いったい なんで オマエ は あんな オトコ を かまいつける ヒツヨウ が ある ん か、 わからない じゃ ない か。 キムラ に でも ミレン が あれば しらない こと」
 こう いって フテキ に わらいながら おしつける よう に ヨウコ を みた。 ヨウコ は ぎくり と クギ を うたれた よう に おもった。 クラチ を しっかり にぎる まで は キムラ を はなして は いけない と おもって いる ムナザンヨウ を クラチ に グウゼン に いいあてられた よう に おもった から だ。 しかし クラチ が ホントウ に ヨウコ を アンシン させる ため には、 しなければ ならない ダイジ な こと が すくなくとも ヒトツ のこって いる。 それ は クラチ が ヨウコ と オモテムキ ケッコン の できる だけ の シマツ を して みせる こと だ。 てっとりばやく いえば その ツマ を リエン する こと だ。 それまで は どうしても キムラ を のがして は ならない。 それ ばかり では ない、 もし シンブン の キジ など が モンダイ に なって、 クラチ が ジムチョウ の イチ を うしなう よう な こと に でも なれば、 すこし キノドク だ けれども キムラ を ジブン の クサリ から ときはなさず に おく の が ナニカ に つけて ベンギ でも ある。 ヨウコ は しかし マエ の リユウ は オクビ にも ださず に アト の リユウ を たくみ に クラチ に つげよう と おもった。
「キョウ は アメ に なった で でかける の が タイギ だ。 ヒル には ユドウフ でも やって ねて くれよう か」
 そう いって はやくも クラチ が そこ に ヨコ に なろう と する の を ヨウコ は しいて おきかえらした。

 26

「ミト とか で オザシキ に でて いた ヒト だ そう です が、 クラチ さん に ひかされて から もう 7~8 ネン にも なりましょう か、 それ は オントウ な いい オクサン で、 とても ショウバイ を して いた ヒト の よう では ありません。 もっとも ミト の シゾク の オムスメゴ で でる が はやい か クラチ さん の ところ に いらっしゃる よう に なった ん だ そう です から その はず でも あります が、 ちっとも すれて いらっしゃらない で いて、 キ も おつき には なる し、 しとやか でも あり、……」
 ある バン ソウカクカン の オカミ が はなし に きて ヨモヤマ の ウワサ の ツイデ に クラチ の ツマ の ヨウス を かたった その コトバ は、 はっきり と ヨウコ の ココロ に やきついて いた。 ヨウコ は それ が すぐれた ヒト で ある と きかされれば きかされる ほど ネタマシサ を ます の だった。 ジブン の メノマエ には おおきな ショウガイブツ が マックラ に たちふさがって いる の を かんじた。 ケンオ の ジョウ に かきむしられて ゼンゴ の こと も かんがえず に わかれて しまった の では あった けれども、 かりにも コイ らしい もの を かんじた キベ に たいして ヨウコ が いだく フシギ な ジョウチョ、 ――フダン は ナニゴト も なかった よう に わすれはてて は いる ものの、 おもい も よらない キッカケ に、 ふと ムネ を ひきしめて まきおこって くる フシギ な ジョウチョ、 ――イッシュ の ゼツボウテキ な ノスタルジア―― それ を ヨウコ は クラチ にも クラチ の ツマ にも よせて かんがえて みる こと の できる フコウ を もって いた。 また ジブン の うんだ コドモ に たいする シュウチャク。 それ を オトコ も オンナ も おなじ テイド に きびしく かんずる もの か どう か は しらない。 しかしながら ヨウコ ジシン の ジッカン から いう と、 なんと いって も タトエヨウ も なく その アイチャク は ふかかった。 ヨウコ は サダコ を みる と しらぬ マ に キベ に たいして コイ に ひとしい よう な つよい カンジョウ を うごかして いる の に キ が つく こと が しばしば だった。 キベ との アイチャク の ケッカ サダコ が うまれる よう に なった の では なく、 サダコ と いう もの が コノヨ に うまれでる ため に、 キベ と ヨウコ とは アイチャク の キズナ に つながれた の だ と さえ かんがえられ も した。 ヨウコ は また ジブン の チチ が どれほど ヨウコ を デキアイ して くれた か をも おもって みた。 ヨウコ の ケイケン から いう と、 リョウシン とも いなく なって しまった イマ、 シタワシサ ナツカシサ を よけい かんじさせる もの は、 かくべつ これ と いって ジョウアイ の シルシ を みせ は しなかった が、 しじゅう やわらかい メイロ で ジブン たち を みまもって くれて いた チチ の ほう だった。 それ から おもう と オトコ と いう もの も ジブン の うませた コドモ に たいして は オンナ に ゆずらぬ シュウチャク を もちうる もの に ソウイ ない。 こんな カコ の あまい カイソウ まで が イマ は ヨウコ の ココロ を むちうつ シモト と なった。 しかも クラチ の ツマ と コ とは この トウキョウ に ちゃんと すんで いる。 クラチ は マイニチ の よう に その ヒトタチ に あって いる の に ソウイ ない の だ。
 おもう オトコ を どこ から どこ まで ジブン の もの に して、 ジブン の もの に した と いう ショウコ を にぎる まで は、 ココロ が せめて せめて せめぬかれる よう な レンアイ の ザンギャク な チカラ に ヨウコ は ヒル と なく ヨル と なく うちのめされた。 フネ の ナカ での ナニゴト も うちまかせきった よう な こころやすい キブン は ヒトゴト の よう に、 とおい ムカシ の こと の よう に かなしく おもいやられる ばかり だった。 どうして これほど まで に ジブン と いう もの の オチツキドコロ を みうしなって しまった の だろう。 そう おもう シタ から、 こうして は イッコク も いられない。 はやく はやく する こと だけ を して しまわなければ、 トリカエシ が つかなく なる。 どこ から どう テ を つければ いい の だ。 テキ を たおさなければ、 テキ は ジブン を たおす の だ。 なんの チュウチョ。 なんの シアン。 クラチ が さった ヒトタチ に ミレン を のこす よう ならば ジブン の コイ は イシ や カワラ と ドウヨウ だ。 ジブン の ココロ で なにもかも カコ は いっさい やきつくして みせる。 キベ も ない、 サダコ も ない。 まして キムラ も ない。 みんな すてる、 みんな わすれる。 そのかわり クラチ にも カコ と いう カコ を すっかり わすれさせず に おく もの か。 それほど の コワク の チカラ と ジョウネツ の ホノオ と が ジブン に ある か ない か みて いる が いい。 そうした イチズ な ネツイ が ミ を こがす よう に もえたった。 ヨウコ は シンブン キシャ の ライシュウ を おそれて ヤド に とじこもった まま、 ヒバチ の マエ に すわって、 クラチ の フザイ の とき は こんな モウソウ に ミ も ココロ も かきむしられて いた。 だんだん つのって くる よう な コシ の イタミ、 カタ の コリ。 そんな もの さえ ヨウコ の ココロ を ますます いらだたせた。
 ことに クラチ の カエリ の おそい バン など は、 ヨウコ は ザ にも いたたまれなかった。 クラチ の イマ に なって いる 10 ジョウ の マ に いって、 そこ に クラチ の オモカゲ を すこし でも しのぼう と した。 フネ の ナカ での クラチ との たのしい オモイデ は すこしも うかんで こず に、 どんな カマエ とも ソウゾウ は できない が、 とにかく クラチ の スマイ の ある ヘヤ に、 3 ニン の ムスメ たち に とりまかれて、 うつくしい ツマ に かしずかれて サカズキ を ほして いる クラチ ばかり が ソウゾウ に うかんだ。 そこ に ぬぎすてて ある クラチ の フダンギ は ますます ヨウコ の ソウゾウ を ほしいまま に させた。 いつでも ヨウコ の ジョウネツ を ひっつかんで ゆすぶりたてる よう な クラチ トクユウ な ハダ の ニオイ、 ホウジュン な サケ や タバコ から においでる よう な その ニオイ を ヨウコ は イルイ を かきよせて、 それ に カオ を うずめながら、 マヒ して ゆく よう な キモチ で かぎ に かいだ。 その ニオイ の いちばん オク に、 チュウネン の オトコ に トクユウ な フケ の よう な フカイ な ニオイ、 タニン の で あった なら ヨウコ は ヒトタマリ も なく ハナ を おおう よう な フカイ な ニオイ を かぎつける と、 ヨウコ は ニクタイテキ にも イッシュ の トウスイ を かんじて くる の だった。 その クラチ が ツマ や ムスメ たち に とりまかれて たのしく イッセキ を すごして いる。 そう おもう と ありあわせる もの を とって ぶちこわす か、 つかんで ひきさきたい よう な ショウドウ が ワケ も なく こうじて くる の だった。
 それでも クラチ が かえって くる と、 それ は ヨル おそく なって から で あって も ヨウコ は ただ コドモ の よう に コウフク だった。 それまで の フアン や ショウソウ は どこ に か いって しまって、 アクム から コウフク な セカイ に めざめた よう に コウフク だった。 ヨウコ は すぐ はしって いって クラチ の ムネ に たわいなく いだかれた。 クラチ も ヨウコ を ジブン の ムネ に ひきしめた。 ヨウコ は ひろい あつい ムネ に いだかれながら、 タンチョウ な ヤドヤ の セイカツ の イチニチチュウ に おこった ササイ な こと まで を、 その ヒョウジョウ の ゆたか な、 スズ の よう な すずしい コエ で、 ジブン を たのしませて いる もの の ごとく かたった。 クラチ は クラチ で その コエ に よいしれて みえた。 フタリ の コウフク は どこ に ゼッチョウ が ある の か わからなかった。 フタリ だけ で セカイ は カンゼン だった。 ヨウコ の する こと は ヒトツヒトツ クラチ の ココロ が する よう に みえた。 クラチ の こう ありたい と おもう こと は ヨウコ が あらかじめ そう あらせて いた。 クラチ の したい と おもう こと は、 ヨウコ が ちゃんと しとげて いた。 チャワン の オキバショ まで、 キモノ の シマイドコロ まで、 クラチ は ジブン の テ で した とおり を ヨウコ が して いる の を みいだして いる よう だった。
「しかし クラチ は ツマ や ムスメ たち を どう する の だろう」
 こんな こと を そんな コウフク の サイチュウ にも ヨウコ は かんがえない こと も なかった。 しかし クラチ の カオ を みる と、 そんな こと は おもう も はずかしい よう な ササイ な こと に おもわれた。 ヨウコ は クラチ の ナカ に すっかり とけこんだ ジブン を みいだす のみ だった。 サダコ まで も ギセイ に して クラチ を その サイシ から きりはなそう など いう タクラミ は あまり に ばからしい トリコシ-グロウ で ある の を おもわせられた。
「そう だ うまれて から コノカタ ワタシ が もとめて いた もの は とうとう こよう と して いる。 しかし こんな こと が こう テヂカ に あろう とは ホントウ に おもい も よらなかった。 ワタシ みたい な バカ は ない。 この コウフク の チョウジョウ が イマ だ と ダレ か おしえて くれる ヒト が あったら、 ワタシ は その シュンカン に よろこんで しぬ。 こんな コウフク を みて から クダリザカ に まで いきて いる の は いや だ。 それにしても こんな コウフク で さえ が いつかは クダリザカ に なる とき が ある の だろう か」
 そんな こと を ヨウコ は コウフク に ひたりきった ユメゴコチ の ウチ に かんがえた。
 ヨウコ が トウキョウ に ついて から 1 シュウカン-メ に、 ヤド の オカミ の シュウセン で、 シバ の コウヨウカン と ミチ ヒトツ へだてた タイコウエン と いう バラ センモン の ウエキヤ の ウラ に あたる 2 カイ-ダテ の イエ を かりる こと に なった。 それ は モト コウヨウカン の ジョチュウ だった ヒト が ある ゴウショウ の メカケ に なった に ついて、 その ゴウショウ と いう ヒト が たてて あてがった ヒトカマエ だった。 ソウカクカン の オカミ は その オンナ と コンイ の アイダ だった が、 オンナ に コドモ が イクニン か できて すこし テゼマ-すぎる ので ヨソ に イテン しよう か と いって いた の を ききしって いた ので、 オカミ の ほう で テキトウ な イエ を さがしだして その オンナ を うつらせ、 その アト を ヨウコ が かりる こと に とりはからって くれた の だった。 クラチ が サキ に いって ナカ の ヨウス を みて きて、 スギバヤシ の ため に すこし ヒアタリ は よく ない が、 トウブン の カクレガ と して は クッキョウ だ と いった ので、 すぐさま そこ に うつる こと に きめた の だった。 ダレ にも しれない よう に ひっこさねば ならぬ と いう ので、 ニモツ を コワケ して もちだす の にも、 オカミ は ジブン の ジョチュウ たち に まで、 それ が クラチ の ホンタク に はこばれる もの だ と いって しらせた。 ウンパンニン は すべて シバ の ほう から たのんで きた。 そして ニモツ が あらかた かたづいた ところ で、 ある ヨ おそく、 しかも びしょびしょ と フキブリ の する さむい アメカゼ の オリ を えらんで ヨウコ は ホログルマ に のった。 ヨウコ と して は それほど の ケイカイ を する には あたらない と おもった けれども、 オカミ が どうしても きかなかった。 アンゼン な ところ に おくりこむ まで は いったん おひきうけ した テマエ、 キ が すまない と いいはった。
 ヨウコ が あつらえて おいた シタテオロシ の イルイ を きかえて いる と そこ に オカミ も きあわせて ヌギカエシ の セワ を みた。 エリ の アワセメ を ピン で とめながら ヨウコ が キガエ を おえて ザ に つく の を みて、 オカミ は うれしそう に モミテ を しながら、
「これ で あすこ に だいじょうぶ ついて くださり さえ すれば ワタシ は オモニ が ヒトツ おりる と もうす もの です。 しかし これから が アナタ は ゴタイテイ じゃ ございません ね。 あちら の オクサマ の こと など おもいます と、 どちら に どう オシムケ を して いい やら ワタシ には わからなく なります。 アナタ の オココロモチ も ワタシ は ミ に しみて おさっし もうします が、 どこ から みて も ヒテン の ウチドコロ の ない オクサマ の オミノウエ も ワタシ には ゴフビン で ナミダ が こぼれて しまう ん で ございます よ。 で ね、 これから の こと に ついちゃ ワタシ は こう きめました。 なんでも できます こと なら と もうしあげたい ん で ございます けれども、 ワタシ には シンソコ を おうちあけ もうしました ところ、 ドチラサマ にも ギリ が たちません から、 ハクジョウ でも キョウ かぎり この オハナシ には テ を ひかせて いただきます。 ……どうか わるく おとり に なりません よう に ね…… どうも ワタシ は こんな で いながら カイショウ が ございません で……」
 そう いいながら オカミ は クチ を きった とき の うれしげ な ヨウス にも にず、 ジュバン の ソデ を ひきだす ヒマ も なく メ に ナミダ を いっぱい ためて しまって いた。 ヨウコ には それ が うらめしく も にくく も なかった。 ただ なんとなく シンミ な セツナサ が ジブン の ムネ にも こみあげて きた。
「わるく とる どころ です か。 ヨノナカ の ヒト が ヒトリ でも アナタ の よう な ココロモチ で みて くれたら、 ワタシ は その マエ に なきながら アタマ を さげて ありがとう ございます と いう こと でしょう よ。 これまで の アナタ の オココロヅクシ で ワタシ は もう ジュウブン。 また いつか ゴオンガエシ の できる こと も ありましょう。 ……それでは これ で ごめん くださいまし。 オイモウトゴ にも どうか キモノ の オレイ を くれぐれも よろしく」
 すこし ナキゴエ に なって そう いいながら、 ヨウコ は オカミ と その イモウトブン に あたる と いう ヒト に レイゴコロ に おいて ゆこう と する ベイコク-セイ の フタツ の テサゲ を しまいこんだ チガイダナ を ちょっと みやって そのまま ザ を たった。
 アメカゼ の ため に ヨル は にぎやか な オウライ も さすが に ヒトドオリ が たえだえ だった。 クルマ に のろう と して ソラ を みあげる と、 クモ は そう こく は かかって いない と みえて、 シンゲツ の ヒカリ が おぼろ に ソラ を あかるく して いる ナカ を アラシモヨウ の クモ が おそろしい イキオイ で はしって いた。 ヘヤ の ナカ の アタタカサ に ひきかえて、 シッケ を ジュウブン に ふくんだ カゼ は スソマエ を あおって ぞくぞく と ハダ に せまった。 ばたばた と カゼ に なぶられる マエホロ を シャフ が かけよう と して いる スキ から、 オカミ が みずみずしい マルマゲ を アメ にも カゼ にも おもう まま うたせながら、 ジョチュウ の さしかざそう と する アマガサ の カゲ に かくれよう とも せず、 ナニ か シャフ に いいきかせて いる の が ダイジ-らしく みやられた。 シャフ が カジボウ を あげよう と する とき オカミ が シュウギブクロ を その テ に わたす の が みえた。
「さようなら」
「オダイジ に」
 はばかる よう に クルマ の ウチソト から コエ が かわされた。 ホロ に のしかかって くる カゼ に テイコウ しながら クルマ は ヤミ の ナカ を うごきだした。
 ムカイカゼ が ウナリ を たてて ふきつけて くる と、 シャフ は おもわず クルマ を あおらせて アシ を とめる ほど だった。 この 4~5 ニチ ヒバチ の マエ ばかり に いた ヨウコ に とって は ミ を きる か と おもわれる よう な サムサ が、 あつい ヒザカケ の メ まで とおして おそって きた。 ヨウコ は さきほど オカミ の コトバ を きいた とき には さほど とも おもって いなかった が、 すこし ホド たった イマ に なって みる と、 それ が ひしひし と ミ に こたえる の を かんじだした。 ジブン は ひょっと する と あざむかれて いる、 モテアソビモノ に されて いる。 クラチ は やはり どこまでも あの サイシ と わかれる キ は ない の だ。 ただ ながい コウカイチュウ の キマグレ から、 デキゴコロ に ジブン を セイフク して みよう と くわだてた ばかり なの だ。 この コイ の イキサツ が ヨウコ から もちだされた もの で ある だけ に、 こんな ココロモチ に なって くる と、 ヨウコ は ヤ も タテ も たまらず ジブン に ヒケメ を おぼえた。 コウフク―― ジブン が ムソウ して いた コウフク が とうとう きた と ほこりが に よろこんだ その ヨロコビ は さもしい ヌカヨロコビ に すぎなかった らしい。 クラチ は フネ の ナカ で と ドウヨウ の ヨロコビ で まだ ヨウコ を よろこんで は いる。 それ に ウタガイ を いれよう ヨチ は ない。 けれども うつくしい テイセツ な ツマ と カレン な ムスメ を 3 ニン まで もって いる クラチ の ココロ が いつまで ヨウコ に ひかされて いる か、 それ を ダレ が かたりえよう、 ヨウコ の ココロ は ホロ の ナカ に ふきこむ カゼ の サムサ と ともに ひえて いった。 ヨノナカ から きれい に はなれて しまった コドク な タマシイ が たった ヒトツ そこ には みいだされる よう にも おもえた。 どこ に ウレシサ が ある、 タノシサ が ある。 ジブン は また ヒトツ の イマ まで に あじわわなかった よう な クノウ の ナカ に ミ を なげこもう と して いる の だ。 また うまうま と イタズラモノ の ウンメイ に して やられた の だ。 それにしても もう この セトギワ から ひく こと は できない。 しぬ まで…… そう だ しんで も この クルシミ に ひたりきらず に おく もの か。 ヨウコ には タノシサ が クルシサ なの か、 クルシサ が タノシサ なの か、 まったく ミサカイ が つかなく なって しまって いた。 タマシイ を シメギ に かけて その アブラ でも しぼりあげる よう な モダエ の ナカ に やむ に やまれぬ シュウチャク を みいだして われながら おどろく ばかり だった。
 ふと クルマ が とまって カジボウ が おろされた ので ヨウコ は はっと ユメゴコチ から ワレ に かえった。 おそろしい フキブリ に なって いた。 シャフ が カタアシ で カジボウ を ふまえて、 カゼ で クルマ の よろめく の を ふせぎながら、 マエホロ を はずし に かかる と、 マックラ だった ゼンポウ から かすか に ヒカリ が もれて きた。 アタマ の ウエ では ざあざあ と ふりしきる アメ の ナカ に、 アラウミ の シオザイ の よう な ものすごい ヒビキ が ナニ か ヘンジ でも わいて おこりそう に きこえて いた。 ヨウコ は クルマ を でる と カゼ に ふきとばされそう に なりながら、 カミ や シンチョウ の キモノ の ぬれる の も かまわず ソラ を あおいで みた。 ウルシ を ながした よう に クモ で かたく とざされた クモ の ナカ に、 ウルシ より も いろこく むらむら と たちさわいで いる の は ふるい スギ の コダチ だった。 カダン らしい タケガキ の ナカ の カンボク の タグイ は エダサキ を チ に つけん ばかり に ふきなびいて、 カレハ が ウズ の よう に ばらばら と とびまわって いた。 ヨウコ は ワレ にも なく そこ に べったり すわりこんで しまいたく なった。
「おい はやく はいらん かよ、 ぬれて しまう じゃ ない か」
 クラチ が ランプ の ヒ を かばいつつ イエ の ナカ から どなる の が カゼ に ふきちぎられながら きこえて きた。 クラチ が そこ に いる と いう こと さえ ヨウコ には イガイ の よう だった。 だいぶ はなれた ところ で どたん と ト か ナニ か はずれた よう な オト が した と おもう と、 カゼ は また ひとしきり ウナリ を たてて スギムラ を こそいで とおりぬけた。 シャフ は ヨウコ を たすけよう にも カジボウ を はなれれば クルマ を けしとばされる ので、 チョウチン の シリ を カザカミ の ほう に シャ に むけて メハチブ に あげながら ナニ か オオゴエ に ウシロ から コエ を かけて いた。 ヨウコ は すごすご と して ゲンカングチ に ちかづいた。 イッパイ キゲン で まちあぐんだ らしい クラチ の カオ の サケホテリ に にず、 ヨウコ の カオ は すきとおる ほど あおざめて いた。 なよなよ と まず シキダイ に コシ を おろして、 10 ポ ばかり あるく だけ で ドロ に なって しまった ゲタ を、 アシサキ で てつだいながら ぬぎすてて、 ようやく イタノマ に たちあがって から、 うつろ な メ で クラチ の カオ を じっと みいった。
「どう だった さむかったろう。 まあ こっち に おあがり」
 そう クラチ は いって、 そこ に であわして いた ジョチュウ らしい ヒト に テ-ランプ を わたす と きゃしゃ な すこし キュウ な ハシゴダン を のぼって いった。 ヨウコ は アズマ コート も ぬがず に いいかげん ぬれた まま で だまって その アト から ついて いった。
 2 カイ の マ は デントウ で ヒルマ より あかるく ヨウコ には おもわれた。 ト と いう ト が がたぴし と なりはためいて いた。 イタブキ らしい ヤネ に イッスンクギ でも たたきつける よう に アメ が ふりつけて いた。 ザシキ の ナカ は あたたかく いきれて、 ノミクイ する もの が ちらかって いる よう だった。 ヨウコ の チュウイ の ナカ には それ だけ の こと が かろうじて はいって きた。 そこ に たった まま の クラチ に ヨウコ は すいつけられる よう に ミ を なげかけて いった。 クラチ も むかえとる よう に ヨウコ を だいた と おもう と そのまま そこ に どっかと アグラ を かいた。 そして ジブン の ほてった ホオ を ヨウコ の に すりつける と さすが に おどろいた よう に、
「こりゃ どう だ ひえた にも コオリ の よう だ」
と いいながら その カオ を みいろう と した。 しかし ヨウコ は むしょうに ジブン の カオ を クラチ の ひろい あたたかい ムネ に うずめて しまった。 ナツカシミ と ニクシミ との もつれあった、 かつて ケイケン しない はげしい ジョウチョ が すぐに ヨウコ の ナミダ を さそいだした。 ヒステリー の よう に カンケツテキ に ひきおこる ススリナキ の コエ を かみしめて も かみしめて も とめる こと が できなかった。 ヨウコ は そうした まま クラチ の ムネ で イキ を ひきとる こと が できたら と おもった。 それとも ジブン の なめて いる よう な タマシイ の モダエ の ナカ に クラチ を まきこむ こと が できたらば とも おもった。
 いそいそ と セワ ニョウボウ-らしく よろこびいさんで 2 カイ に あがって くる ヨウコ を みいだす だろう と ばかり おもって いた らしい クラチ は、 この リユウ も しれぬ ヨウコ の キョウタイ に おどろいた らしかった。
「どうした と いう ん だな、 え」
と ひくく チカラ を こめて いいながら、 ヨウコ を ジブン の ムネ から ひきはなそう と する けれども、 ヨウコ は ただ むしょうに カブリ を ふる ばかり で、 ダダッコ の よう に、 クラチ の ムネ に しがみついた。 できる なら その ニク の あつい おとこらしい ムネ を かみやぶって、 チミドロ に なりながら その ムネ の ナカ に カオ を うずめこみたい―― そういう よう に ヨウコ は クラチ の キモノ を かんだ。
 しずか に では ある けれども クラチ の ココロ は だんだん ヨウコ の ココロモチ に そめられて ゆく よう だった。 ヨウコ を かきいだく クラチ の ウデ の チカラ は しずか に くわわって いった。 その イキヅカイ は あらく なって きた。 ヨウコ は キ が とおく なる よう に おもいながら、 しめころす ほど ひきしめて くれ と ねんじて いた。 そして カオ を ふせた まま ナミダ の ヒマ から きれぎれ に さけぶ よう に コエ を はなった。
「すてない で ちょうだい とは いいません…… すてる なら すてて くださって も よう ござんす…… そのかわり…… そのかわり…… はっきり おっしゃって ください、 ね…… ワタシ は ただ ひきずられて いく の が いや なん です……」
「ナニ を いってる ん だ オマエ は……」
 クラチ の かんで ふくめる よう な コエ が ミミモト ちかく ヨウコ に こう ささやいた。
「それ だけ は…… それ だけ は ちかって ください…… ごまかす の は ワタシ は いや…… いや です」
「ナニ を…… ナニ を ごまかす かい」
「そんな コトバ が ワタシ は きらい です」
「ヨウコ!」
 クラチ は もう ネツジョウ に もえて いた。 しかし それ は いつでも ヨウコ を だいた とき に クラチ に おこる ヤジュウ の よう な ネツジョウ とは すこし ちがって いた。 そこ には やさしく オンナ の ココロ を いたわる よう な カゲ が みえた。 ヨウコ は それ を うれしく も おもい、 ものたらなく も おもった。
 ヨウコ の ココロ の ウチ は クラチ の ツマ の こと を いいだそう と する ネツイ で いっぱい に なって いた。 その ツマ が テイシュク な うつくしい オンナ で ある と おもえば おもう ほど、 その ヒト が フタリ の アイダ に はさまって いる の が のろわしかった。 たとい すてられる まで も イチド は クラチ の ココロ を その オンナ から ねこそぎ うばいとらなければ タンネン が できない よう な ひたむき に キョウボウ な ヨクネン が ムネ の ウチ では はちきれそう に にえくりかえって いた。 けれども ヨウコ は どうしても それ を クチノハ に のぼせる こと は できなかった。 その シュンカン に ジブン に たいする ホコリ が チリアクタ の よう に ふみにじられる の を かんじた から だ。 ヨウコ は ジブン ながら ジブン の ココロ が じれったかった。 クラチ の ほう から ヒトコト も それ を いわない の が うらめしかった。 クラチ は そんな こと は いう にも たらない と おもって いる の かも しれない が…… いいえ そんな こと は ない、 そんな こと の あろう はず は ない。 クラチ は やはり フタマタ かけて ジブン を あいして いる の だ。 オトコ の ココロ には そんな みだら な ミレン が ある はず だ。 オトコ の ココロ とは いうまい、 ジブン も クラチ に であう まで は、 イセイ に たいする ジブン の アイ を カッテ に ミッツ にも ヨッツ にも さいて みる こと が できた の だ。 ……ヨウコ は ここ にも ジブン の くらい カコ の ケイケン の ため に せめさいなまれた。 すすんで コイ の トリコ と なった モノ が とうぜん おちいらなければ ならない タトエヨウ の ない ほど くらく ふかい ギワク は アト から アト から コウジツ を つくって ヨウコ を おそう の だった。 ヨウコ の ムネ は コトバドオリ に はりさけよう と して いた。
 しかし ヨウコ の ココロ が いためば いたむ ほど クラチ の ココロ は ねっして みえた。 クラチ は どうして ヨウコ が こんな に キゲン を わるく して いる の か を おもいまよって いる ヨウス だった。 クラチ は やがて しいて ヨウコ を ジブン の ムネ から ひきはなして その カオ を つよく みまもった。
「ナニ を そう リクツ も なく ないて いる の だ…… オマエ は オレ を うたぐって いる な」
 ヨウコ は 「うたがわない で いられます か」 と こたえよう と した が、 どうしても それ は ジブン の メンボク に かけて クチ には だせなかった。 ヨウコ は ナミダ に とけて ただよう よう な メ を うらめしげ に おおきく ひらいて だまって クラチ を みかえした。
「キョウ オレ は とうとう ホンテン から よびだされた ん だった。 フネ の ナカ での こと を それとなく ききただそう と しおった から、 オレ は のこらず いって のけた よ。 シンブン に オレタチ の こと が でた とき でも が、 あわてる が もの は ない と おもっとった ん だ。 どうせ いつかは しれる こと だ。 しれる ほど なら、 おおっぴら で はやい が いい くらい の もの だ。 ちかい うち に カイシャ の ほう は クビ に なろう が、 オレ は、 ヨウコ、 それ が マンゾク なん だぞ。 ジブン で ジブン の ツラ に ドロ を ぬって よろこんでる オレ が バカ に みえよう な」
 そう いって から クラチ は はげしい チカラ で ふたたび ヨウコ を ジブン の ムネ に ひきよせよう と した。
 ヨウコ は しかし そう は させなかった。 すばやく クラチ の ヒザ から とびのいて タタミ の ウエ に ホオ を ふせた。 クラチ の コトバ を そのまま しんじて、 すなお に うれしがって、 ココロ を ナミダ に といて なきたかった。 しかし まんいち クラチ の コトバ が ソノバノガレ の カッテ な ツクリゴト だったら…… なぜ クラチ は ジブン の ツマ や コドモ たち の こと を いって は きかせて くれない の だ。 ヨウコ は ワケ の わからない ナミダ を なく より スベ が なかった。 ヨウコ は つっぷした まま で さめざめ と なきだした。
 コガイ の アラシ は キセイ を くわえて、 ものすさまじく ふけて ゆく ヨル を あれくるった。
「オレ の いうた こと が わからん なら まあ みとる が いい さ。 オレ は くどい こと は すかん から な」
 そう いいながら クラチ は ジブン を ヨクセイ しよう と する よう に しいて おちついて、 ハマキ を とりあげて タバコボン を ひきよせた。
 ヨウコ は ココロ の ウチ で ジブン の タイド が クラチ の キ を まずく して いる の を はらはら しながら おもいやった。 キ を まずく する だけ でも それだけ クラチ から はなれそう なの が このうえなく つらかった。 しかし ジブン で ジブン を どう する こと も できなかった。
 ヨウコ は アラシ の ナカ に ワレ と ワガミ を さいなみながら さめざめ と なきつづけた。

 27

「ナニ を ワタシ は かんがえて いた ん だろう。 どうか して ココロ が くるって しまった ん だ。 こんな こと は ついぞ ない こと だ のに」
 ヨウコ は その ヨ クラチ と ヘヤ を ベツ に して トコ に ついた。 クラチ は カイジョウ に、 ヨウコ は カイカ に。 エノシママル イライ フタリ が はなれて ねた の は その ヨ が はじめて だった。 クラチ が マゴコロ を こめた ヨウス で かれこれ いう の を、 ヨウコ は すげなく はねつけて、 せっかく とって あった 2 カイ の ネドコ を、 ジョチュウ に シタ に はこばして しまった。 ヨコ に なり は した が いつまでも ねつかれない で 2 ジ ちかく まで コトバドオリ に テンテン ハンソク しつつ、 くりかえし くりかえし クラチ の フウフ カンケイ を シュジュ に モウソウ したり、 ジブン に まくしかかって くる ショウライ の ウンメイ を ひたすら に くろく ぬって みたり して いた。 それでも ハテ は アタマ も カラダ も つかれはてて ユメ ばかり な ネムリ に おちいって しまった。
 うつらうつら と した ネムリ から、 とつぜん タトエヨウ の ない サビシサ に ひしひし と おそわれて、 ――それ は その とき みた ユメ が そんな アンジ に なった の か、 それとも カンカクテキ な フマン が メ を さました の か わからなかった―― ヨウコ は クラヤミ の ナカ に メ を ひらいた。 アラシ の ため に デンセン に コショウ が できた と みえて、 ねむる とき には ツケハナシ に して おいた ヒ が どこ も ここ も きえて いる らしかった。 アラシ は しかし いつのまにか なぎて しまって、 アラシ の アト の バンシュウ の ヨル は ことさら しずか だった。 サンナイ イチメン の スギモリ から は シンザン の よう な キキ が しんしん と はきだされる よう に おもえた。 コオロギ が トナリ の ヘヤ の スミ で かすれがすれ に コエ を たてて いた。 わずか な しかも あさい スイミン には すぎなかった けれども ヨウコ の アタマ は アカツキ マエ の ヒエ を かんじて さえざえ と すんで いた。 ヨウコ は まず ジブン が たった ヒトリ で ねて いた こと を おもった。 クラチ と カンケイ が なかった コロ は いつでも ヒトリ で ねて いた の だ が、 よくも そんな こと が ナガネン に わたって できた もの だった と ジブン ながら フシギ に おもわれる くらい、 それ は イマ の ヨウコ を ものたらなく こころさびしく させて いた。 こうして しずか な ココロ に なって かんがえる と クラチ の ヨウコ に たいする アイジョウ が セイジツ で ある の を うたがう べき ヨチ は さらに なかった。 ニホン に かえって から イクニチ にも ならない けれども、 イマ まで は とにかく クラチ の ネツイ に すこしも カワリ が おこった ところ は みえなかった。 いかに コイ に メ が ふさがって も、 ヨウコ は それ を みきわめる くらい の レイセイ な ガンリキ は もって いた。 そんな こと は ジュウブン に しりぬいて いる くせ に、 おぞましく も サクヤ の よう な バカ な マネ を して しまった ジブン が ジブン ながら フシギ な くらい だった。 どんな に ジョウ に げきした とき でも タイテイ は ジブン を みうしなう よう な こと は しない で とおして きた ヨウコ には それ が ひどく はずかしかった。 フネ の ナカ に いる とき に ヒステリー に なった の では ない か と うたがった こと が 2~3 ド ある―― それ が ホントウ だった の では ない かしらん とも おもわれた。 そして ヨギ に かけた アライタテ の キャリコ の ウラ の ひえびえ する の を ふくよか な オトガイ に かんじながら ココロ の ウチ で ひとりごちた。
「ナニ を ワタシ は かんがえて いた ん だろう。 どうか して ココロ が くるって しまった ん だ。 こんな こと は ついぞ ない こと だ のに」
 そう いいながら ヨウコ は カタ だけ おきなおって、 マクラモト の ミズ を テサグリ で したたか のみほした。 コオリ の よう に ひえきった ミズ が ノドモト を しずか に ながれくだって イノフ に ひろがる まで はっきり と かんじられた。 サケ も のまない の だ けれども、 スイゴ の ミズ と ドウヨウ に、 イノフ に ミカク が できて シタ の しらない アジ を あじわいえた と おもう ほど こころよく かんじた。 それほど ムネ の ウチ は ネツ を もって いた に ちがいない。 けれども アシ の ほう は ハンタイ に おそろしく ヒエ を かんじた。 すこし その イチ を うごかす と シロサ を ソノママ な さむい カンジ が シーツ から せまって くる の だった。 ヨウコ は また きびしく クラチ の ムネ を おもった。 それ は サムサ と アイチャク と から ヨウコ を おいたてて 2 カイ に はしらせよう と する ほど だった。 しかし ヨウコ は すでに それ を じっと こらえる だけ の レイセイサ を カイフク して いた。 クラチ の ツマ に たいする ショチ は サクヤ の よう で あって は テギワ よく は なしとげられぬ。 もっと つめたい チエ に チカラ を かりなければ ならぬ―― こう おもいさだめながら アカツキ の しらむ の を しらず に また ネムリ に さそわれて いった。
 ヨクジツ ヨウコ は それでも クラチ より サキ に メ を さまして てばやく キガエ を した。 ジブン で イタド を くりあけて みる と、 エンサキ には、 かれた カダン の クサ や カンボク が カゼ の ため に ふきみだされた コニワ が あって、 その サキ は、 スギ、 マツ、 ソノタ の キョウボク の シゲミ を へだてて タイコウエン の てびろい ニワ が みやられて いた。 キノウ まで いた ソウカクカン の シュウイ とは まったく ちがった、 おなじ トウキョウ の ウチ とは おもわれない よう な しずか な ひなびた シゼン の スガタ が ヨウコ の メノマエ には みわたされた。 まだ はれきらない サギリ を こめた クウキ を とおして、 スギ の ハ-ゴシ に さしこむ アサ の ヒ の ヒカリ が、 アメ に しっとり と うるおった ニワ の クロツチ の ウエ に、 マッスグ な スギ の ミキ を ボウジマ の よう な カゲ に して おとして いた。 イロ サマザマ な サクラ の オチバ が、 ヒナタ では キ に クレナイ に、 ヒカゲ では カバ に ムラサキ に ニワ を いろどって いた。 いろどって いる と いえば キク の ハナ も あちこち に しつけられて いた。 しかし イッタイ の シュミ は ヨウコ の よろこぶ よう な もの では なかった。 チリ ヒトツ さえ ない ほど、 まずしく みえる ショウシャ な シュミ か、 どこ に でも キンギン が そのまま すてて ある よう な キョウシャ な シュミ で なければ マンゾク が できなかった。 のこった の を すてる の が おしい とか もったいない とか いう よう な ココロモチ で、 ヨケイ な イシ や ウエキ など を いれこんだ らしい ニワ の ツクリカタ を みたり する と、 すぐさま むしりとって メ に かからない ところ に なげすてたく おもう の だった。 その コニワ を みる と ヨウコ の ココロ の ウチ には それ を ジブン の おもう よう に つくりかえる ケイカク が うずうず する ほど わきあがって きた。
 それから ヨウコ は イエ の ナカ を スミ から スミ まで みて まわった。 キノウ ゲンカングチ に ヨウコ を でむかえた ジョチュウ が、 ト を くる オト を ききつけて、 いちはやく ヨウコ の ところ に とんで きた の を アンナイ に たてた。 18~19 の こぎれい な ムスメ で、 きびきび した キショウ らしい のに、 いかにも ハスハ で ない、 シュジン を もてば シュジン オモイ に ちがいない の を ヨウコ は ヒトメ で みぬいて、 これ は いい ヒト だ と おもった。 それ は やはり ソウカクカン の オカミ が シュウセン して よこした、 ヤド に デイリ の トウフヤ の ムスメ だった。 ツヤ (カノジョ の ナ は ツヤ と いった) は ハシゴダン シタ の ゲンカン に つづく 6 ジョウ の チャノマ から はじめて、 その トナリ の トコノマツキ の 12 ジョウ、 それから 12 ジョウ と ロウカ を へだてて ゲンカン と ならぶ チャセキ-フウ の 6 ジョウ を アンナイ し、 ロウカ を とおった ツキアタリ に ある おもいのほか てびろい ダイドコロ、 フロバ を へて ハリダシ に なって いる 6 ジョウ と 4 ジョウ ハン (そこ が この イエ を たてた シュジン の イマ と なって いた らしく、 スベテ の ゾウサク に トクベツ な スキ が こらして あった) に いって、 その アマド を くりあけて ニワ を みせた。 そこ の センザイ は わりあい に あれず に いて、 ナガメ が うつくしかった が、 ヨウコ は カキネゴシ に タイコウエン の オモヤ の シモ の ベンジョ らしい きたない タテモノ の ヤネ を みつけて こまった もの が ある と おもった。 その ホカ には ダイドコロ の ソバ に ツヤ の 4 ジョウ ハン の ヘヤ が ニシムキ に ついて いた。 ジョチュウベヤ を のぞいた イツツ の ヘヤ は いずれ も ナゲシツキ に なって、 ミッツ まで は トコノマ さえ ある のに、 どうして あつめた もの か とにかく カケモノ なり オキモノ なり が ちゃんと かざられて いた。 イエ の ツクリ や ニワ の ヨウス など には かなり の チュウモン も ソウトウ の ガンシキ も もって は いた が、 カイガ や ショ の こと に なる と ヨウコ は おぞましく も カンシキ の チカラ が なかった。 うまれつき キビン に はたらく サイキ の おかげ で、 みたり きいたり した ところ から、 ビジュツ を アイコウ する ヒトビト と ヒザ を ならべて も、 とにかく あまり ボロ-らしい ボロ は ださなかった が、 わかい ビジュツカ など が ほめる サクヒン を みて も どこ が すぐれて どこ に ウツクシサ が ある の か ヨウコ には すこしも ケントウ の つかない こと が あった。 エ と いわず ジ と いわず、 ブンガクテキ の サクブツ など に たいして も ヨウコ の アタマ は あわれ な ほど ツウゾクテキ で ある の を ヨウコ は ジブン で しって いた。 しかし ヨウコ は ジブン の マケジダマシイ から ジブン の ミカタ が ボンゾク だ とは おもいたく なかった。 ゲイジュツカ など いう レンチュウ には、 コットウ など を いじくって フルミ と いう よう な もの を ありがたがる フウリュウジン と キョウツウ した よう な キドリ が ある。 その エセ-キドリ を ヨウコ は サイワイ にも もちあわして いない の だ と きめて いた。 ヨウコ は この イエ に もちこまれて いる フクモノ を みて まわって も、 ホントウ の ネウチ が どれほど の もの だ か さらに ケントウ が つかなかった。 ただ ある べき ところ に そういう もの の ある こと を マンゾク に おもった。
 ツヤ の ヘヤ の きちんと テギワ よく かたづいて いる の や、 2~3 ニチ アキヤ に なって いた の にも かかわらず、 ダイドコロ が きれい に フキソウジ が されて いて、 フキン など が すがすがしく からから に かわかして かけて あったり する の は いちいち ヨウコ の メ を こころよく シゲキ した。 おもった より スマイガッテ の いい イエ と、 はきはき した セイケツズキ な ジョチュウ と を えた こと が まず ヨウコ の ネオキ の ココロモチ を すがすがしく させた。
 ヨウコ は ツヤ の くんで だした ちょうど イイカゲン の ユ で カオ を あらって、 かるく ケショウ を した。 サクヤ の こと など は キ にも かからない ほど ココロ は かるかった。 ヨウコ は その かるい ココロ を いだきながら しずか に 2 カイ に あがって いった。 なんとはなし に クラチ に あまえたい よう な、 わびたい よう な キモチ で そっと フスマ を あけて みる と、 あの キョウレツ な クラチ の ハダ の ニオイ が あたたかい クウキ に みたされて ハナ を かすめて きた。 ヨウコ は ワレ にも なく かけよって、 アオムケ に ジュクスイ して いる クラチ の ウエ に ハガイ に のしかかった。
 くらい ナカ で クラチ は めざめた らしかった。 そして だまった まま ヨウコ の カミ や キモノ から カベン の よう に こぼれおちる なまめかしい カオリ を ユメゴコチ に かいで いる よう だった が、 やがて ものうげ に、
「もう おきた ん か。 ナンジ だな」
と いった。 まるで おおきな コドモ の よう な その ムジャキサ。 ヨウコ は おもわず ジブン の ホオ を クラチ の に すりつける と、 ネオキ の クラチ の ホオ は ヒ の よう に あつく かんぜられた。
「もう 8 ジ。 ……おおき に ならない と ヨコハマ の ほう が おそく なる わ」
 クラチ は やはり ものうげ に、 ソデグチ から にょきん と あらわれでた ふとい ウデ を のべて、 みじかい ザンギリ アタマ を ごしごし と かきまわしながら、
「ヨコハマ?…… ヨコハマ には もう ヨウ は ない わい。 いつ クビ に なる か しれない オレ が コノウエ の ゴホウコウ を して たまる か。 これ も みんな オマエ の おかげ だぞ。 ゴウツクバリ め」
と いって いきなり ヨウコ の クビスジ を ウデ に まいて ジブン の ムネ に おしつけた。
 しばらく して クラチ は ネドコ を でた が、 サクヤ の こと など は けろり と わすれて しまった よう に ヘイキ で いた。 フタリ が はじめて ハナレバナレ に ねた の にも ヒトコト も いわない の が かすか に ヨウコ を ものたらなく おもわせた けれども、 ヨウコ は ムネ が ひろびろ と して なんと いう こと も なく よろこばしくって たまらなかった。 で、 クラチ を のこして ダイドコロ に おりた。 ジブン で ジブン の たべる もの を リョウリ する と いう こと にも かつて ない モノメズラシサ と ウレシサ と を かんじた。
 タタミ 1 ジョウ-ガタ ヒ の さしこむ チャノマ の 6 ジョウ で フタリ は アサゲ の ゼン に むかった。 かつて は ハヤマ で キベ と フタリ で こうした たのしい ゼン に むかった こと も あった が、 その とき の ココロモチ と イマ の ココロモチ と を ヒカク する こと も できない と ヨウコ は おもった。 キベ は ジブン で のこのこ と ダイドコロ まで でかけて きて、 ながい ジスイ の ケイケン など を トクイゲ に はなして きかせながら、 ジブン で コメ を といだり、 ヒ を たきつけたり した。 その トウザ は ヨウコ も それ を たのしい と おもわない では なかった。 しかし しばらく の うち に そんな こと を する キベ の ココロモチ が さもしく も おもわれて きた。 おまけに キベ は イチニチ イチニチ と モノグサ に なって、 ジブン では テ を くだし も せず に、 ジャマ に なる ところ に つったった まま サシズ-がましい こと を いったり、 ヨウコ には なんら の カンキョウ も おこさせない チョウシ を レイ の ゴジマン の うつくしい コエ で ろうろう と ぎんじたり した。 ヨウコ は そんな メ に あう と ケイベツ しきった ひややか な ヒトミ で じろり と みかえして やりたい よう な キ に なった。 クラチ は ハジメ から そんな こと は てんで しなかった。 おおきな ダダッコ の よう に、 カオ を あらう と いきなり ゼン の マエ に アグラ を かいて、 ヨウコ が つくって だした もの を カタハシ から むしゃむしゃ と きれい に かたづけて いった。 これ が キベ だったら、 だす もの の ヒトツヒトツ に シッタカブリ の コウシャク を つけて、 ヨウコ の ウデマエ を カンショウテキ に ほめちぎって、 かなり タクサン を くわず に のこして しまう だろう。 そう おもいながら ヨウコ は メ で なでさする よう に して クラチ が イッシン に ハシ を うごかす の を みまもらず には いられなかった。
 やがて ハシ と チャワン と を からり と なげすてる と、 クラチ は しょざいなさそう に ハマキ を ふかして しばらく そこら を ながめまわして いた が、 いきなり たちあがって シリッパショリ を しながら ハダシ の まま ニワ に とんで おりた。 そして ハーキュリース が ハリシゴト でも する よう な ブキッチョウ な ヨウス で、 せまい ニワ を あるきまわりながら カタスミ から かたづけだした。 まだ びしゃびしゃ する よう な ツチ の ウエ に おおきな アシアト が ジュウオウ に しるされた。 まだ かれはてない キク や ハギ など が ザッソウ と イッショクタ に ナサケ も ヨウシャ も なく ネコギ に される の を みる と さすが の ヨウコ も はらはら した。 そして エンギワ に しゃがんで ハシラ に もたれながら、 ときには あまり の オカシサ に たかく コエ を あげて わらいこけず には いられなかった。
 クラチ は すこし はたらきつかれる と タイコウエン の ほう を うかがったり、 ダイドコロ の ほう に キ を くばったり して おいて、 オオイソギ で ヨウコ の いる ところ に よって きた。 そして ドロ に なった テ を ウシロ に まわして、 ジョウタイ を マエ に おりまげて、 ヨウコ の ハナ の サキ に ジブン の カオ を つきだして オツボグチ を した。 ヨウコ も イタズラ-らしく シュウイ に メ を くばって その カオ を リョウテ に はさみながら ジブン の クチビル を あたえて やった。 クラチ は いさみたつ よう に して また ツチ の ウエ に しゃがみこんだ。
 クラチ は こうして イチニチ はたらきつづけた。 ヒ が かげる コロ に なって ヨウコ も イッショ に ニワ に でて みた。 ただ ランボウ な、 しょうことなし の イタズラ シゴト と のみ おもわれた もの が、 かたづいて みる と どこ から どこ まで ヨウリョウ を えて いる の を ハッケン する の だった。 ヨウコ が キ に して いた ベンジョ の ヤネ の マエ には、 ニワ の スミ に あった シイ の キ が うつして あったり した。 ゲンカンマエ の リョウガワ の カダン の ボタン には、 ワラ で キヨウ に シモガコイ さえ しつらえて あった。
 こんな さびしい スギモリ の ナカ の イエ にも、 ときどき コウヨウカン の ほう から オンギョク の ネ が くぐもる よう に きこえて きたり、 タイコウエン から バラ の カオリ が カゼ の グアイ で ほんのり と におって きたり した。 ここ に こうして クラチ と すみつづける よろこばしい キタイ は ヒトムキ に ヨウコ の ココロ を うばって しまった。
 ヘイボン な ヒトヅマ と なり、 コ を うみ、 ヨウコ の スガタ を マモノ か ナニ か の よう に あざわらおう と する、 ヨウコ の キュウユウ たち に たいして、 かつて ヨウコ が いだいて いた ヒ の よう な イキドオリ の ココロ、 くさって も しんで も あんな マネ は して みせる もの か と ちかう よう に ココロ で あざけった その ヨウコ は、 ヨウコウゼン の ジブン と いう もの を どこ か に おきわすれた よう に、 そんな こと は おもい も ださない で、 キュウユウ たち の とおって きた ミチスジ に ヒタハシリ に はしりこもう と して いた。

 28

 こんな ユメ の よう な タノシサ が タワイ も なく 1 シュウカン ほど は なんの コショウ も ひきおこさず に つづいた。 カンラク に タンデキ しやすい、 したがって いつでも ゲンザイ を いちばん たのしく すごす の を うまれながら ホンノウ と して いる ヨウコ は、 こんな ウチョウテン な キョウガイ から イッポ でも ふみだす こと を キョクタン に にくんだ。 ヨウコ が かえって から イチド しか あう こと の できない イモウト たち が、 キュウジツ に かけて しきり に あそび に きたい と うったえくる の を、 ビョウキ だ とか、 イエ の ナカ が かたづかない とか、 コウジツ を もうけて こばんで しまった。 キムラ から も コトウ の ところ か イソガワ ジョシ の ところ か に あてて タヨリ が きて いる には ソウイ ない と おもった けれども、 イソガワ ジョシ は もとより コトウ の ところ に さえ ジュウショ が しらして ない ので、 それ を カイソウ して よこす こと も できない の を ヨウコ は しって いた。 サダコ―― この ナ は ときどき ヨウコ の ココロ を みれんがましく させない では なかった。 しかし ヨウコ は いつでも おもいすてる よう に その ナ を ココロ の ナカ から ふりおとそう と つとめた。 クラチ の ツマ の こと は ナニ か の ヒョウシ に つけて ココロ を うった。 この シュンカン だけ は ヨウコ の ムネ は コキュウ も できない くらい ひきしめられた。 それでも ヨウコ は ゲンザイ モクゼン の カンラク を そんな シンツウ で やぶらせまい と した。 そして その ため には クラチ に あらん カギリ の コビ と シンセツ と を ささげて、 クラチ から おなじ テイド の アイブ を むさぼろう と した。 そう する こと が シゼン に この ナンダイ に カイケツ を つける ミチビ にも なる と おもった。
 クラチ も ヨウコ に ゆずらない ほど の シュウチャク を もって ヨウコ が ささげる サカズキ から カンラク を のみあきよう と する らしかった。 フキュウ の カツドウ を イノチ と して いる よう な クラチ では あった けれども、 この イエ に うつって きて から、 イエ を あける よう な こと は イチド も なかった。 それ は クラチ ジシン が コクハク する よう に ハテンコウ な こと だった らしい。 フタリ は、 はじめて コイ を しった ショウネン ショウジョ が セケン も ギリ も わすれはてて、 イノチ さえ わすれはてて ニクタイ を やぶって まで も タマシイ を ヒトツ に とかしたい と あせる、 それ と おなじ ネツジョウ を ささげあって タガイタガイ を たのしんだ。 たのしんだ と いう より も くるしんだ。 その クルシミ を たのしんだ。 クラチ は この イエ に うつって イライ シンブン も ハイタツ させなかった。 ユウビン だけ は イテン ツウチ を して おいた ので クラチ の テモト に とどいた けれども、 クラチ は その オモテガキ さえ メ を とおそう とは しなかった。 マイニチ の ユウビン は ツヤ の テ に よって タバ に されて、 ヨウコ が ジブン の ヘヤ に さだめた ゲンカンワキ の 6 ジョウ の チガイダナ に むなしく つみかさねられた。 ヨウコ の テモト には イモウト たち から の ホカ には 1 マイ の ハガキ さえ こなかった。 それほど セケン から ジブン たち を きりはなして いる の を フタリ とも クツウ とは おもわなかった。 クツウ どころ では ない、 それ が サイワイ で あり ホコリ で あった。 モン には 「キムラ」 と だけ かいた ちいさい モンサツ が だして あった。 キムラ と いう ヘイボン な セイ は フタリ の たのしい ス を セケン に あばく よう な こと は ない と クラチ が いいだした の だった。
 しかし こんな セイカツ を クラチ に ながい アイダ ヨウキュウ する の は ムリ だ と いう こと を ヨウコ は ついに かんづかねば ならなかった。 ある ユウショク の ノチ クラチ は 2 カイ の ヒトマ で ヨウコ を ちからづよく ヒザ の ウエ に だきとって、 あまい ササヤキ を とりかわして いた とき、 ヨウコ が ジョウ に げきして クラチ に あたえた あつい セップン の ノチ に すぐ、 クラチ が おもわず でた アクビ を じっと かみころした の を いちはやく みてとる と、 ヨウコ は この シュ の カンラク が すでに トウゲ を こした こと を しった。 その ヨ は ヨウコ には フコウ な イチヤ だった。 かろうじて きずきあげた エイエン の ジョウサイ が、 はかなく も シュンジ の シンキロウ の よう に みるみる くずれて ゆく の を かんじて、 クラチ の ムネ に いだかれながら ほとんど イチヤ を ねむらず に とおして しまった。
 それでも ヨクジツ に なる と ヨウコ は カイカツ に なって いた。 ことさら カイカツ に ふるまおう と して いた には ちがいない けれども、 ヨウコ の クラチ に たいする デキアイ は ヨウコ を して ほとんど シゼン に ちかい ヨウイサ を もって それ を させる に ジュウブン だった。
「キョウ は ワタシ の ヘヤ で おもしろい こと して あそびましょう。 いらっしゃい な」
 そう いって ショウジョ が ショウジョ を さそう よう に オウシ の よう に おおきな クラチ を さそった。 クラチ は けむったい カオ を しながら、 それでも その アト から ついて きた。
 ヘヤ は さすが に ヨウコ の もの で ある だけ、 どことなく ジョセイテキ な ヤワラカミ を もって いた。 ヒガシムキ の コシダカマド には、 もう フユ と いって いい 11 ガツ スエ の ヒ が ネツ の ない つよい ヒカリ を いつけて、 アメリカ から かって かえった ジョウトウ の コウスイ を ふりかけた ニオイダマ から かすか ながら きわめて ジョウヒン な ホウフン を しずか に ヘヤ の ナカ に まきちらして いた。 ヨウコ は その ニオイダマ の さがって いる カベギワ の ハシラ の シタ に、 ジブン に あてがわれた きらびやか な チリメン の ザブトン を うつして、 それ に クラチ を すわらせて おいて、 チガイダナ から ユウビン の タバ を イクツ と なく とりおろして きた。
「さあ ケサ は イワト の スキ から ヨノナカ を のぞいて みる のよ。 それ も おもしろい でしょう」
と いいながら クラチ に よりそった。 クラチ は イクジッツウ と ある ユウビンブツ を みた ばかり で いいかげん げんなり した ヨウス だった が、 だんだん と キョウミ を もよおして きた らしく、 ヒ の ジュン に ヒトツ の タバ から ほどきはじめた。
 いかに つまらない ジムヨウ の ツウシン でも、 コウツウ シャダン の コトウ か、 ショウヘキ で たかく かこまれた うつくしい ロウゴク に とじこもって いた よう な フタリ に とって は ヨソウ イジョウ の キサンジ だった。 クラチ も ヨウコ も ありふれた モンク に まで おもいぞんぶん の ヒヒョウ を くわえた。 こういう とき の ヨウコ は その ほとばしる よう な あたたかい サイキ の ため に ヨ に すぐれて オモシロミ の おおい オンナ に なった。 クチ を ついて でる コトバ コトバ が どれ も これ も ケンラン な シキサイ に つつまれて いた。 フツカ-メ の ところ には オカ から きた テガミ が あらわれでた。 フネ の ナカ での レイ を のべて、 とうとう ヨウコ と おなじ フネ で かえって きて しまった ため に、 イエモト では あいかわらず の ハクシ ジャッコウ と ヒトゴト に おもわれる の が カレ を ふかく せめる こと や、 ヨウコ に テガミ を だしたい と おもって あらゆる テガカリ を たずねた けれども、 どうしても わからない ので カイシャ で ききあわせて ジムチョウ の ジュウショ を しりえた から この テガミ を だす と いう こと や、 ジブン は ただ ヨウコ を アネ と おもって ソンケイ も し したい も して いる の だ から、 せめて その ココロ を かよわす だけ の ジユウ が あたえて もらいたい と いう こと だの が、 おもいいった チョウシ で、 ヘタ な ジタイ で かいて あった。 ヨウコ は ボウキャク の ハイシ の ナカ から、 なまなま と した ショウネン の ダイリセキゾウ を ほりあてた ヒト の よう に おもしろがった。
「ワタシ が アイコ の トシゴロ だったら この ヒト と シンジュウ ぐらい して いる かも しれません ね。 あんな ココロ を もった ヒト でも すこし トシ を とる と オトコ は アナタ みたい に なっちまう のね」
「アナタ とは ナン だ」
「アナタ みたい な アクトウ に」
「それ は オカド が ちがう だろう」
「ちがいません とも…… ゴドウヨウ に と いう ほう が いい わ。 ワタシ は ココロ だけ アナタ に きて、 カラダ は あの ヒト に やる と ホント は よかった ん だ が……」
「バカ! オレ は ココロ なんぞ に ヨウ は ない わい」
「じゃ ココロ の ほう を あの ヒト に やろう かしらん」
「そうして くれ。 オマエ には イクツ も ココロ が ある はず だ から、 ありったけ くれて しまえ」
「でも かわいそう だ から いちばん ちいさそう なの を ヒトツ だけ アナタ の ブン に のこして おきましょう よ」
 そう いって フタリ は わらった。 クラチ は ヘンジ を だす ほう に オカ の その テガミ を しわけた。 ヨウコ は それ を みて かるい コウキシン が わく の を おぼえた。
 タクサン の ナカ から は コトウ の も でて きた。 アテナ は クラチ だった けれども、 その ナカ から は キムラ から ヨウコ に おくられた ぶあつ な テガミ だけ が ふうじられて いた。 それ と ドウジ に キムラ の テガミ が アト から 2 ホン まで あらわれでた。 ヨウコ は クラチ の みて いる マエ で、 その スベテ を よまない うち に ずたずた に ひきさいて しまった。
「バカ な こと を する じゃ ない。 よんで みる と おもしろかった に」
 ヨウコ を センリョウ しきった ジシン を ほこりが な ビショウ に みせながら クラチ は こう いった。
「よむ と せっかく の ヒルゴハン が おいしく なくなります もの」
 そう いって ヨウコ は ムナクソ の わるい よう な カオツキ を して みせた。 フタリ は また たわいなく わらった。
 ホウセイ シンポウシャ から の も あった。 それ を みる と クラチ は、 イチジ は モミケシ を しよう と おもって ワタリ を つけたり した ので こんな もの が きて いる の だ が もう ヨウ は なくなった ので みる には およばない と いって、 コンド は クラチ が フウ の まま に ひきさいて しまった。 ヨウコ は ふと ジブン が キムラ の テガミ を さいた ココロモチ を クラチ の それ に あてはめて みたり した。 しかし その ギモン も すぐ すぎさって しまった。
 やがて ユウセン-ガイシャ から あてられた エドガワガミ の おおきな フウショ が あらわれでた。 クラチ は ちょっと マユ に シワ を よせて すこし チュウチョ した ふう だった が、 それ を ヨウコ の テ に わたして ヨウコ に カイフウ させよう と した。 なんの キ なし に それ を うけとった ヨウコ は マ が さした よう に はっと おもった。 とうとう クラチ は ジブン の ため に…… ヨウコ は すこし カオイロ を かえながら フウ を きって ナカ から ソツギョウ ショウショ の よう な カミ を 2 マイ と、 ショキ が テイネイ に かいた らしい ショカン 1 プウ と を さぐりだした。
 はたして それ は メンショク と、 タイショク イロウ との カイシャ の ジレイ だった。 テガミ には タイショク イロウキン の ウケトリカタ に かんする チュウイ が ことごとしい ギョウショ で かいて ある の だった。 ヨウコ は なんと いって いい か わからなかった。 こんな コイ の タワムレ の ナカ から かほど な ダゲキ を うけよう とは ゆめにも おもって は いなかった の だ。 クラチ が ここ に ついた ヨクジツ ヨウコ に いって きかせた コトバ は ホントウ の こと だった の か。 これほど まで に クラチ は シンミ に なって くれて いた の か。 ヨウコ は ジレイ を ヒザ の ウエ に おいた まま シタ を むいて だまって しまった。 メガシラ の ところ が ヒジョウ に あつい カンジ を えた と おもった。 ハナ の オク が あたたかく ふさがって きた。 ないて いる バアイ では ない と おもいながら も、 ヨウコ は なかず には いられない の を しりぬいて いた。
「ホントウ に ワタシ が わるう ございました…… ゆるして くださいまし…… (そう いう うち に ヨウコ は もう なきはじめて いた) ……ワタシ は もう ヒカゲ の メカケ と して でも カコイモノ と して でも それ で ジュウブン に マンゾク します。 ええ、 それ で ホントウ に よう ござんす。 ワタシ は うれしい……」
 クラチ は いまさら ナニ を いう と いう よう な ヘイキ な カオ で ヨウコ の なく の を みまもって いた が、
「メカケ も カコイモノ も ある かな、 オレ には オンナ は オマエ ヒトリ より ない ん だ から な。 リエンジョウ は ヨコハマ の ツチ を ふむ と イッショ に カカア に むけて ぶっとばして ある ん だ」
と いって アグラ の ヒザ で ビンボウ ユスリ を しはじめた。 さすが の ヨウコ も イキ を つめて、 なきやんで、 あきれて クラチ の カオ を みた。
「ヨウコ、 オレ が キムラ イジョウ に オマエ に フカボレ して いる と いつか フネ の ナカ で いって きかせた こと が あった な。 オレ は これ で いざ と なる と ココロ にも ない こと は いわない つもり だよ。 ソウカクカン に いる アイダ も オレ は イクニチ も ハマ には いき は しなんだ の だ。 タイテイ は カナイ の シンルイ たち との ダンパン で アタマ を なやませられて いた ん だ。 だが たいてい ケリ が ついた から、 オレ は すこし ばかり テマワリ の ニモツ だけ もって ヒトアシ サキ に ここ に こして きた の だ。 ……もう これ で ええ や。 キ が すっぱり した わ。 これ には ソウカクカン の オカミ も おどろきくさる だろう て……」
 カイシャ の ジレイ で すっかり クラチ の ココロモチ を ドンゾコ から かんじえた ヨウコ は、 このうえ クラチ の ツマ の こと を うたがう べき チカラ は きえはてて いた。 ヨウコ の カオ は ナミダ に ぬれひたりながら それ を ふきとり も せず、 クラチ に すりよって、 その リョウカタ に テ を かけて、 ぴったり と ヨコガオ を ムネ に あてた。 ヨル と なく ヒル と なく おもいなやみぬいた こと が すでに カイケツ された ので、 ヨウコ は よろこんで も よろこんで も よろこびたりない よう に おもった。 ジブン も クラチ と ドウヨウ に ムネ の ウチ が すっきり す べき はず だった。 けれども そう は ゆかなかった。 ヨウコ は いつのまにか さられた クラチ の ツマ その ヒト の よう な さびしい かなしい ジブン に なって いる の を ハッケン した。
 クラチ は いとしくって ならぬ よう に エボニー イロ の クモ の よう に マックロ に ふっくり と みだれた ヨウコ の カミノケ を やさしく なでまわした。 そして イツモ に にず しんみり した チョウシ に なって、
「とうとう オレ も ウモレギ に なって しまった。 これから ジメン の シタ で シッケ を くいながら いきて いく より ホカ には ない。 ……オレ は マケオシミ を いう は きらい だ。 こうして いる イマ でも オレ は カナイ や ムスメ たち の こと を おもう と フビン に おもう さ。 それ が ない こと なら オレ は ニンゲン じゃ ない から な。 ……だが オレ は これ で いい。 マンゾク このうえなし だ。 ……ジブン ながら オレ は バカ に なりくさった らしい て」
 そう いって ヨウコ の クビ を かたく かきいだいた。 ヨウコ は クラチ の コトバ を サケ の よう に ヨイゴコチ に のみこみながら 「アナタ だけ に そう は させて おきません よ。 ワタシ だって サダコ を みごと に すてて みせます から ね」 と ココロ の ウチ で アタマ を さげつつ イクド も わびる よう に くりかえして いた。 それ が また ジブン で ジブン を なかせる アンジ と なった。 クラチ の ムネ に よこたえられた ヨウコ の カオ は、 ワタイレ と ジュバン と を とおして クラチ の ムネ を あたたかく おかす ほど ねっして いた。 クラチ の メ も めずらしく くもって いた。 そして なきいる ヨウコ を ダイジ そう に かかえた まま、 クラチ は ジョウタイ を ゼンゴ に ゆすぶって、 アカゴ でも ねかしつける よう に した。 コガイ では また トウキョウ の ショトウ に トクユウ な カゼ が ふきでた らしく、 スギモリ が ごうごう と ナリ を たてて、 カレハ が あかるい ショウジ に ヒチョウ の よう な カゲ を みせながら、 からから と オト を たてて かわいた カミ に ぶつかった。 それ は ほこりだった、 さむい トウキョウ の ガイロ を おもわせた。 けれども ヘヤ の ナカ は あたたか だった。 ヨウコ は ヘヤ の ナカ が あたたか なの か さむい の か さえ わからなかった。 ただ ジブン の ココロ が コウフク に サビシサ に もえただれて いる の を しって いた。 ただ コノママ で エイエン は すぎよ かし。 ただ コノママ で ネムリ の よう な シ の フチ に おちいれよ かし。 とうとう クラチ の ココロ と まったく とけあった ジブン の ココロ を みいだした とき、 ヨウコ の タマシイ の ネガイ は いきよう と いう こと より も しのう と いう こと だった。 ヨウコ は その かなしい ネガイ の ナカ に いさみあまんじて おぼれて いった。

 29

 この こと が あって から また しばらく の アイダ、 クラチ は ヨウコ と ただ フタリ の コドク に ボットウ する キョウミ を あたらしく した よう に みえた。 そして ヨウコ が イエ の ウチ を いやがうえにも セイトン して、 クラチ の ため に スミゴコチ の いい ス を つくる アイダ に、 クラチ は テンキ さえ よければ ニワ に でて、 ヨウコ の ショウヨウ を たのしませる ため に セイコン を つくした。 いつ タイコウエン との ハナシ を つけた もの か、 ニワ の スミ に ちいさな キド を つくって、 その ハナゾノ の オモヤ から ずっと はなれた コミチ に かよいうる シカケ を したり した。 フタリ は ときどき その キド を ぬけて めだたない よう に、 ひろびろ と した タイコウエン の ニワ の ナカ を さまよった。 ミセ の ヒトタチ は フタリ の ココロ を さっする よう に、 なるべく フタリ から とおざかる よう に つとめて くれた。 12 ガツ の バラ の ハナゾノ は さびしい ハイエン の スガタ を メノマエ に ひろげて いた。 カレン な ハナ を ひらいて カレン な ニオイ を はなつ くせ に この カンボク は どこ か つよい シュウチャク を もつ ウエキ だった。 サムサ にも シモ にも めげず、 その エダ の サキ には まだ ウラザキ の ちいさな ハナ を さかせよう と もがいて いる らしかった。 シュジュ な イロ の ツボミ が おおかた ハ の ちりつくした コズエ に まで のこって いた。 しかし その カベン は ぞんぶん に シモ に しいたげられて、 キイロ に ヘンショク して たがいに コウチャク して、 めぐみぶかい ヒノメ に あって も ヒラキヨウ が なくなって いた。 そんな アイダ を フタリ は しずか な ゆたか な ココロ で さまよった。 カゼ の ない ユウグレ など には タイコウエン の オモテモン を ぬけて、 コウヨウカン マエ の ダラダラザカ を トウショウグウ の ほう まで サンポ する よう な こと も あった。 フユ の ユウガタ の こと とて ヒトドオリ は まれ で フタリ が さまよう ミチ と して は コノウエ も なかった。 ヨウコ は たまたま ゆきあう オンナ の ヒトタチ の イショウ を ものめずらしく ながめやった。 それ が どんな に ソマツ な ブカッコウ な、 イデタチ で あろう とも、 オンナ は ジブン イガイ の オンナ の フクソウ を ながめなければ マンゾク できない もの だ と ヨウコ は おもいながら それ を クラチ に いって みたり した。 ツヤ の カミ から イフク まで を マイニチ の よう に かえて よそおわして いた ジブン の ココロモチ にも ヨウコ は あたらしい ハッケン を した よう に おもった。 ホントウ は フタリ だけ の コドク に くるしみはじめた の は クラチ だけ では なかった の か。 ある とき には その さびしい サカミチ の ウエシタ から、 リッパ な バシャ や カカエグルマ が ぞくぞく サカ の チュウダン を めざして あつまる の に あう こと が あった。 サカ の チュウダン から コウヨウカン の シタ に あたる ヘン に みちびかれた ひろい ミチ の オク から は、 ノウガク の ハヤシ の ネ が ゆかしげ に もれて きた。 フタリ は ノウガクドウ での ノウ の モヨオシ が オワリ に ちかづいて いる の を しった。 ドウジ に そんな こと を みた ので その ヒ が ニチヨウビ で ある こと にも キ が ついた くらい フタリ の セイカツ は セケン から かけはなれて いた。
 こうした たのしい コドク も しかしながら エイエン には つづきえない こと を、 つづかして いて は ならない こと を するどい ヨウコ の シンケイ は めざとく さとって いった。 ある ヒ クラチ が レイ の よう に ニワ に でて ツチイジリ に セイ を だして いる アイダ に、 ヨウコ は アクジ でも はたらく よう な ココロモチ で、 ツヤ に いいつけて ホゴガミ を あつめた ハコ を ジブン の ヘヤ に もって こさして、 いつか よみ も しない で やぶって しまった キムラ から の テガミ を えりだそう と する ジブン を みいだして いた。 イロイロ な カタチ に スンダン された あつい セイヨウシ の ダンペン が キムラ の かいた モンク の ダンペン を イクツ も イクツ も ヨウコ の メ に さらしだした。 しばらく の アイダ ヨウコ は ひきつけられる よう に そういう シヘン を てあたりしだい に テ に とりあげて よみふけった。 ハンセイ の エ が うつくしい よう に ダンカン には いいしれぬ ジョウチョ が みいだされた。 その ナカ に まさしく おりこまれた ヨウコ の カコ が タショウ の チカラ を あつめて ヨウコ に せまって くる よう に さえ おもえだした。 ヨウコ は ワレ にも なく その オモイデ に ひたって いった。 しかし それ は ながい トキ が すぎる マエ に こわれて しまった。 ヨウコ は すぐ ゲンジツ に とって かえして いた。 そして スベテ の カコ に ハキケ の よう な フカイ を かんじて ハコ-ごと ダイドコロ に もって ゆく と ツヤ に めいじて ウラニワ で その ゼンブ を やきすてさせて しまった。
 しかし この とき も ヨウコ は ジブン の ココロ で クラチ の ココロ を おもいやった。 そして それ が どうしても いい チョウコウ で ない こと を しった。 それ ばかり では ない。 フタリ は カスミ を くって いきる センニン の よう に して は いきて いられない の だ。 ショクギョウ を うしなった クラチ には、 クチ に こそ ださない が、 この モンダイ は とおからず おおきな モンダイ と して ムネ に しのばせて ある の に ちがいない。 ジムチョウ ぐらい の キュウリョウ で ヨザイ が できて いる とは かんがえられない。 まして クラチ の よう に ミブン フソウオウ な カネヅカイ を して いた オトコ には なお の こと だ。 その テン だけ から みて も この コドク は やぶられなければ ならぬ。 そして それ は けっきょく フタリ の ため に いい こと で ある に ソウイ ない。 ヨウコ は そう おもった。
 ある バン それ は クラチ の ほう から きりだされた。 ながい ヨ を しょざいなさそう に よみ も しない ショモツ など を いじくって いた が、 ふと おもいだした よう に、
「ヨウコ。 ひとつ オマエ の イモウト たち を ウチ に よぼう じゃ ない か…… それから オマエ の コドモ って いう の も ぜひ ここ で そだてたい もん だな。 オレ も キュウ に 3 ニン まで コ を なくしたら さびしくって ならん から……」
 とびたつ よう な オモイ を ヨウコ は いちはやく も みごと に ムネ の ウチ で おししずめて しまった。 そして、
「そう です ね」
と いかにも キョウミ なげ に いって ゆっくり クラチ の カオ を みた。
「それ より アナタ の オコサン を ヒトリ なり フタリ なり きて もらったら いかが。 ……ワタシ オクサン の こと を おもう と いつでも なきます (ヨウコ は そう いいながら もう ナミダ を いっぱい に メ に ためて いた)。 けれど ワタシ は いきてる アイダ は オクサン を よびもどして あげて ください なんて…… そんな ギゼンシャ-じみた こと は いいません。 ワタシ には そんな ココロモチ は ミジン も ありません もの。 オキノドク な と いう こと と、 フタリ が こう なって しまった と いう こと とは ベツモノ です もの ねえ。 せめては オクサン が ワタシ を のろいころそう と でも して くだされば すこし は キモチ が いい ん だ けれども、 しとやか に して オサト に かえって いらっしゃる と おもう と つい ミ に つまされて しまいます。 だから と いって ワタシ は ジブン が イノチ を なげだして きずきあげた コウフク を ヒト に あげる キ には なれません。 アナタ が ワタシ を おすて に なる まで は ね、 よろこんで ワタシ は ワタシ を とおす ん です。 ……けれども オコサン なら ワタシ ホントウ に ちっとも かまい は しない こと よ。 どう およびよせ に なって は?」
「バカ な。 いまさら そんな こと が できて たまる か」
 クラチ は かんで すてる よう に そう いって ヨコ を むいて しまった。 ホントウ を いう と クラチ の ツマ の こと を いった とき には ヨウコ は ココロ の ウチ を そのまま いって いた の だ。 その ムスメ たち の こと を いった とき には まざまざ と した ウソ を ついて いた の だ。 ヨウコ の ネツイ は クラチ の ツマ を におわせる もの は すべて にくかった。 クラチ の イエ の ほう から もちはこばれた チョウド すら にくかった。 まして その コ が のろわしく なくって どう しよう。 ヨウコ は たんに クラチ の ココロ を ひいて みたい ばかり に こわごわ ながら ココロ にも ない こと を いって みた の だった。 クラチ の かんで すてる よう な コトバ は ヨウコ を マンゾク させた。 ドウジ に すこし つよすぎる よう な ゴチョウ が ケネン でも あった。 クラチ の シンテイ を すっかり みてとった と いう ジシン を えた つもり で いながら、 ヨウコ の ココロ は ナニ か の オリ に つけて こう ぐらついた。
「ワタシ が ぜひ と いう ん だ から かまわない じゃ ありません か」
「そんな マケオシミ を いわん で、 イモウト たち なり サダコ なり を よびよせよう や」
 そう いって クラチ は ヨウコ の ココロ を スミズミ まで みぬいてる よう に、 おおきく ヨウコ を つつみこむ よう に みやりながら、 イツモ の すこし しぶい よう な カオ を して ほほえんだ。
 ヨウコ は いい シオドキ を みはからって たくみ にも ふしょうぶしょう そう に クラチ の コトバ に おれた。 そして タジマ の ジュク から いよいよ イモウト たち フタリ を よびよせる こと に した。 ドウジ に クラチ は その キンジョ に ゲシュク する の を よぎなく された。 それ は ヨウコ が クラチ との カンケイ を まだ イモウト たち に うちあけて なかった から だ。 それ は もうすこし サキ に テキトウ な ジキ を みはからって しらせる ほう が いい と いう ヨウコ の イケン だった。 クラチ にも それ に フフク は なかった。 そして アサ から バン まで イッショ に ネオキ を する より は、 はなれた ところ に すんで いて、 キ の むいた とき に あう ほう が どれほど フタリ の アイダ の タワムレ の ココロ を マンゾク させる か しれない の を、 フタリ は しばらく の アイダ の コトバドオリ の ドウセイ の ケッカ と して みとめて いた。 クラチ は セイカツ を ささえて ゆく うえ にも ヒツヨウ で ある し、 フキュウ の カツドウリョク を ホウシャ する にも ヒツヨウ なので カイショク に なって イライ ナニ か ジギョウ の こと を ときどき おもいふけって いる よう だった が、 いよいよ ケイカク が たった ので それ に チャクシュ する ため には、 トウザ の ところ、 ヒトビト の デイリ に ヨウコ の カオ を みられない ところ で ジム を とる の を ベンギ と した らしかった。 その ため にも クラチ が しばらく なり とも ベッキョ する ヒツヨウ が あった。
 ヨウコ の タチバ は だんだん と かたまって きた。 12 ガツ の スエ に シケン が すむ と、 イモウト たち は タジマ の ジュク から すこし ばかり の ニモツ を もって かえって きた。 ことに サダヨ の ヨロコビ と いって は なかった。 フタリ は ヨウコ の ヘヤ だった 6 ジョウ の コシマド の マエ に ちいさな フタツ の ツクエ を ならべた。 イマ まで なんとなく エンリョガチ だった ツヤ も うまれかわった よう に カイカツ な はきはき した ショウジョ に なった。 ただ アイコ だけ は すこしも ウレシサ を みせない で、 ただ つつしみぶかく すなお だった。
「アイ ネエサン うれしい わねえ」
 サダヨ は かちほこる もの の ごとく、 エンガワ の ハシラ に よりかかって じっと フユガレ の ニワ を みつめて いる アネ の カタ に テ を かけながら よりそった。 アイコ は ヒトトコロ を マタタキ も しない で みつめながら、
「ええ」
と ハギレ わるく こたえる の だった。 サダヨ は じれったそう に アイコ の カタ を ゆすりながら、
「でも ちっとも うれしそう じゃ ない わ」
と せめる よう に いった。
「でも うれしい ん です もの」
 アイコ の コタエ は れいぜん と して いた。 10 ジョウ の ザシキ に もちこまれた コウリ を あけて、 ヨゴレモノ など を よりわけて いた ヨウコ は その ヨウス を ちらと みた ばかり で ハラ が たった。 しかし きた ばかり の モノ を たしなめる でも ない と おもって ムシ を ころした。
「なんて しずか な ところ でしょう。 ジュク より も きっと しずか よ。 でも こんな に モリ が あっちゃ ヨル に なったら さびしい わねえ。 ワタシ ヒトリ で オハバカリ に いける かしらん。 ……アイ ネエサン、 そら、 あすこ に キド が ある わ。 きっと トナリ の オニワ に いける のよ。 あの オニワ に いって も いい の オネエサマ。 ダレ の オウチ ムコウ は?……」
 サダヨ は メ に はいる もの は どれ も めずらしい と いう よう に ヒトリ で しゃべって は、 ヨウコ に とも アイコ に とも なく シツモン を レンパツ した。 そこ が バラ の ハナゾノ で ある の を ヨウコ から きかされる と、 サダヨ は アイコ を さそって ニワゲタ を つっかけた。 アイコ も サダヨ に つづいて そっち の ほう に でかける ヨウス だった。
 その モノオト を きく と ヨウコ は もう ガマン が できなかった。
「アイ さん おまち。 オマエサンガタ の もの が まだ かたづいて は いません よ。 あそびまわる の は シマツ を して から に なさい な」
 アイコ は ジュウジュン に アネ の コトバ に したがって、 その うつくしい メ を ふせながら ザシキ の ナカ に はいって きた。
 それでも その ヨル の ユウショク は めずらしく にぎやか だった。 サダヨ が はしゃぎきって、 ムネイッパイ の もの を ゼンゴ も レンラク も なく しゃべりたてる ので アイコ さえ も おもわず にやり と わらったり、 ジブン の こと を ヨウシャ なく いわれたり する と はずかしそう に カオ を あからめたり した。
 サダヨ は ウレシサ に つかれはてて ヨル の あさい うち に ネドコ に はいった。 あかるい デントウ の モト に ヨウコ と アイコ と むかいあう と、 ひさしく あわない で いた コツニク の ヒトビト の アイダ に のみ かんぜられる あわい ココロオキ を かんじた。 ヨウコ は アイコ に だけ は クラチ の こと を すこし グタイテキ に しらして おく ほう が いい と おもって、 ハナシ の キッカケ に すこし コトバ を あらためた。
「まだ アナタガタ に オヒキアワセ が して ない けれども クラチ って いう カタ ね、 エノシママル の ジムチョウ の…… (アイコ は ジュウジュン に おちついて うなずいて みせた) ……あの カタ が イマ キムラ さん に なりかわって ワタシ の セワ を みて いて くださる のよ。 キムラ さん から おたのまれ なさった もの だ から、 メイワク そう にも なく、 こんな いい ウチ まで みつけて くださった の。 キムラ さん は ベイコク で いろいろ ジギョウ を くわだてて いらっしゃる ん だ けれども、 どうも オシゴト が うまく いかない で、 オカネ が ツギコミ に ばかり なって いて、 とても こっち には おくって くだされない の、 ワタシ の ウチ は アナタ も しって の とおり でしょう。 どうしても しばらく の アイダ は ゴメイワク でも クラチ さん に バンジ を みて いただかなければ ならない の だ から、 アナタ も その つもり で いて ちょうだい よ。 ちょくちょく ここ にも きて くださる から ね。 それ に つけて セケン では ナニ か くだらない ウワサ を して いる に ちがいない が、 アイ さん の ジュク なんか では なんにも オキキ では なかった かい」
「いいえ、 ワタシタチ に メン と むかって ナニ か おっしゃる カタ は ヒトリ も ありません わ。 でも」
と アイコ は レイ の タコン-らしい うつくしい メ を ウワメ に つかって ヨウコ を ぬすみみる よう に しながら、
「でも なにしろ あんな シンブン が でた もん です から」
「どんな シンブン?」
「あら オネエサマ ゴゾンジ なし なの。 ホウセイ シンポウ に ツヅキモノ で オネエサマ と その クラチ と いう カタ の こと が ながく でて いました のよ」
「へーえ」
 ヨウコ は ジブン の ムチ に あきれる よう な コエ を だして しまった。 それ は じっさい おもい も かけぬ と いう より は、 ありそう な こと では ある が イマ の イマ まで しらず に いた、 それ に ヨウコ は あきれた の だった。 しかし それ は アイコ の メ に ジブン を ヒジョウ に ムコ-らしく みせた だけ の リエキ は あった。 さすが の アイコ も おどろいた らしい メ を して アネ の おどろいた カオ を みやった。
「いつ?」
「コンゲツ の ハジメコロ でした かしらん。 だもんですから ミナサンガタ の アイダ では タイヘン な ヒョウバン らしい ん です の。 コンド も ジュク を でて ライネン から アネ の ところ から かよいます と タジマ センセイ に もうしあげたら、 センセイ も ウチ の シンルイ たち に テガミ や なんか で だいぶ おききあわせ に なった よう です のよ。 そして キョウ ワタシタチ を ジブン の オヘヤ に および に なって 『ワタシ は オマエサンガタ を ジュク から だしたく は ない けれども、 ジュク に いつづける キ は ない か』 と おっしゃる のよ。 でも ワタシタチ は なんだか ジュク に いる の が カタミ が…… どうしても いや に なった もん です から、 ムリ に おねがい して かえって きて しまいました の」
 アイコ は フダン の ムクチ に にず こういう こと を はなす とき には ちゃんと スジメ が たって いた。 ヨウコ には アイコ の しずんだ よう な タイド が すっかり よめた。 ヨウコ の フンヌ は みるみる その ケッソウ を かえさせた。 タガワ フジン と いう ヒト は どこ まで ジブン に たいして シュウネン を よせよう と する の だろう。 それにしても フジン の トモダチ には イソガワ と いう ヒト も ある はず だ。 もし イソガワ の オバサン が ホントウ に ジブン の カイシュン を のぞんで いて くれる なら、 その キジ の チュウシ なり テイセイ なり を、 オット タガワ の テ を へて させる こと は できる はず なの だ。 タジマ さん も なんとか して クレヨウ が ありそう な もの だ。 そんな こと を イモウト たち に いう くらい なら なぜ ジブン に ヒトコト チュウコク でも して は くれない の だ。 (ここ で ヨウコ は キチョウ イライ イモウト たち を あずかって もらった レイ を し に いって いなかった ジブン を かえりみた。 しかし ジジョウ が それ を ゆるさない の だろう くらい は さっして くれて も よさそう な もの だ と おもった) それほど ジブン は もう セケン から みくびられ ノケモノ に されて いる の だ。 ヨウコ は ナニ か たたきつける もの でも あれば、 そして セケン と いう もの が ナニ か カタチ を そなえた もの で あれば、 チカラ の かぎり エモノ を たたきつけて やりたかった。 ヨウコ は コキザミ に ふるえながら、 コトバ だけ は しとやか に、
「コトウ さん は」
「たまに オタヨリ を くださいます」
「アナタガタ も あげる の」
「ええ たまに」
「シンブン の こと を ナニ か いって きた かい」
「なんにも」
「ここ の バンチ は しらせて あげて」
「いいえ」
「なぜ」
「オネエサマ の ゴメイワク に なり は しない か と おもって」
 この コムスメ は もう みんな しって いる、 と ヨウコ は イッシュ の オソレ と ケイカイ と を もって かんがえた。 ナニゴト も こころえながら しらじらしく ムジャキ を よそおって いる らしい この イモウト が テキ の カンチョウ の よう にも おもえた。
「コンヤ は もう おやすみ。 つかれた でしょう」
 ヨウコ は れいぜん と して、 ヒ の シタ に うつむいて きちんと すわって いる イモウト を シリメ に かけた。 アイコ は しとやか に アタマ を さげて ジュウジュン に ザ を たって いった。
 その ヨ 11 ジ-ゴロ クラチ が ゲシュク の ほう から かよって きた。 ウラニワ を ぐるっと まわって、 マイヨ トジマリ を せず に おく ハリダシ の 6 ジョウ の マ から あがって くる オト が、 じれながら テツビン の ユゲ を みて いる ヨウコ の シンケイ に すぐ つうじた。 ヨウコ は すぐ たちあがって ネコ の よう に アシオト を ぬすみながら いそいで そっち に いった。 ちょうど シキイ を あがろう と して いた クラチ は くらい ナカ に ヨウコ の ちかづく ケハイ を しって、 イツモ の とおり、 タチアガリザマ に ヨウコ を ホウヨウ しよう と した。 しかし ヨウコ は そう は させなかった。 そして いそいで ト を しめきって から、 デントウ の スイッチ を ひねった。 ヒノケ の ない ヘヤ の ナカ は キュウ に あかるく なった けれども ミ を さす よう に さむかった。 クラチ の カオ は サケ に よって いる よう に あかかった。
「どうした カオイロ が よく ない ぞ」
 クラチ は いぶかる よう に ヨウコ の カオ を まじまじ と みやりながら そう いった。
「まって ください、 イマ ワタシ ここ に ヒバチ を もって きます から。 イモウト たち が ネバナ だ から あすこ では おこす と いけません から」
 そう いいながら ヨウコ は テアブリ に ヒ を ついで もって きた。 そして シュコウ も そこ に ととのえた。
「イロ が わるい はず…… コンヤ は また すっかり ムカッパラ が たった ん です もの。 ワタシタチ の こと が ホウセイ シンポウ に みんな でて しまった の を ゴゾンジ?」
「しっとる とも」
 クラチ は フシギ でも ない と いう カオ を して メ を しばだたいた。
「タガワ の オクサン と いう ヒト は ホントウ に ひどい ヒト ね」
 ヨウコ は ハ を かみくだく よう に ならしながら いった。
「まったく あれ は ホウズ の ない リコウバカ だ」
 そう はきすてる よう に いいながら クラチ の かたる ところ に よる と、 クラチ は ヨウコ に、 きっと そのうち ケイサイ される ホウセイ シンポウ の キジ を みせまい ため に ひっこして きた トウザ わざと シンブン は どれ も コウドク しなかった が、 クラチ だけ の ミミ へは ある オトコ (それ は エノシママル の ナカ で ヨウコ の ミノウエ を ソウダン した とき、 カイキ の ドテラ を きて ネドコ の ナカ に フタツ に おれこんで いた その オトコ で ある の が アト で しれた。 その オトコ は ナ を マサイ と いった) から ツヤ の トリツギ で ナイミツ に しらされて いた の だ そう だ。 ユウセン-ガイシャ は この キジ が でる マエ から クラチ の ため に また カイシャ ジシン の ため に、 きょくりょく モミケシ を した の だ けれども、 シンブンシャ では いっこう おうずる イロ が なかった。 それ から かんがえる と それ は トウジ シンブンシャ の カンヨウ シュダン の フトコロガネ を むさぼろう と いう モクロミ ばかり から きた の で ない こと だけ は あきらか に なった。 あんな キジ が あらわれて は もう カイシャ と して も だまって は いられなく なって、 オオイソギ で センギ を した ケッカ、 クラチ と センイ の コウロク と が ショブン される こと に なった と いう の だ。
「タガワ の カカア の イタズラ に きまっとる。 バカ に くやしかった と みえる て。 ……が、 こう なりゃ けっきょく ぱっと なった ほう が いい わい。 ミンナ しっとる だけ いちいち モウシワケ を いわず と すむ。 オマエ は また まだ ソレシキ の こと に くよくよ しとる ん か。 バカ な。 ……それ より イモウト たち は きとる ん か。 ネガオ に でも オメ に かかって おこう よ。 シャシン ――フネ の ナカ に あった ね―― で みて も かわいらしい コ たち だった が……」
 フタリ は やおら その ヘヤ を でた。 そして 10 ジョウ と チャノマ との ヘダテ の フスマ を そっと あける と、 フタリ の シマイ は むかいあって ベツベツ の ネドコ に すやすや と ねむって いた。 ミドリイロ の カサ の かかった、 デントウ の ヒカリ は ウミ の ソコ の よう に ヘヤ の ナカ を おもわせた。
「あっち は」
「アイコ」
「こっち は」
「サダヨ」
 ヨウコ は こころひそか に、 よにも つややか な この ショウジョ フタリ を イモウト に もつ こと に ホコリ を かんじて あたたかい ココロ に なって いた。 そして しずか に ヒザ を ついて、 キリサゲ に した サダヨ の マエガミ を そっと なであげて クラチ に みせた。 クラチ は コエ を ころす の に すくなからず ナンギ な ふう で、
「そう やる と こっち は、 サダヨ は、 オマエ に よく にとる わい。 ……アイコ は、 ふむ、 これ は また すてき な ビジン じゃ ない か。 オレ は こんな の は みた こと が ない…… オマエ の ニノマイ でも せにゃ ケッコウ だ が……」
 そう いいながら クラチ は アイコ の カオ ほど も ある よう な おおきな テ を さしだして、 そう したい ユウワク を しりぞけかねる よう に、 ベニツバキ の よう な あかい その クチビル に ふれて みた。
 その シュンカン に ヨウコ は ぎょっと した。 クラチ の テ が アイコ の クチビル に ふれた とき の ヨウス から、 ヨウコ は あきらか に アイコ が まだ めざめて いて、 ねた フリ を して いる の を かんづいた と おもった から だ。 ヨウコ は オオイソギ で クラチ に メクバセ して そっと その ヘヤ を でた。

 30

「ボク が マイニチ―― マイニチ とは いわず マイジカン アナタ に フデ を とらない の は とりたく ない から とらない の では ありません。 ボク は イチニチ アナタ に かきつづけて いて も なお あきたらない の です。 それ は イマ の ボク の キョウガイ では ゆるされない こと です。 ボク は アサ から バン まで キカイ の ごとく はたらかねば なりません から。
 アナタ が ベイコク を はなれて から この テガミ は たぶん 7 カイ-メ の テガミ と して アナタ に うけとられる と おもいます。 しかし ボク の テガミ は いつまでも ヒマ を ぬすんで すこし ずつ かいて いる の です から、 ボク から いう と ヒ に 2 ド も 3 ド も アナタ に あてて かいてる わけ に なる の です。 しかし アナタ は あの ゴ 1 カイ の オトズレ も めぐんで は くださらない。
 ボク は くりかえし くりかえし いいます。 たとい アナタ に どんな カシツ どんな ゴビュウ が あろう とも、 それ を たえしのび、 それ を ゆるす こと に おいて は シュ キリスト イジョウ の ニンタイリョク を もって いる の を ボク は みずから しんじて います。 ゴカイ して は こまります。 ボク が いかなる ヒト に たいして も かかる チカラ を もって いる と いう の では ない の です。 ただ アナタ に たいして です。 アナタ は いつでも ボク の ヒンセイ を とうとく みちびいて くれます。 ボク は アナタ に よって ヒト が どれほど あいしうる か を まなびました。 アナタ に よって セケン で いう ダラク とか ザイアク とか いう もの が どれほど まで カンヨウ の ヨユウ が ある か を まなびました。 そして その カンヨウ に よって、 カンヨウ する ヒト ジシン が どれほど ヒンセイ を トウヤ される か を まなびました。 ボク は また ジブン の アイ を ジョウジュ する ため には どれほど の ユウシャ に なりうる か を まなびました。 これほど まで に ボク を カミ の メ に たかめて くださった アナタ が、 ボク から マンイチ にも うしなわれる と いう の は ソウゾウ が できません。 カミ が そんな シレン を ヒト の コ に くだされる ザンギャク は なさらない の を ボク は しんじて います。 そんな シレン に たえる の は ジンリョク イジョウ です から。 イマ の ボク から アナタ が うばわれる と いう の は カミ が うばわれる の と おなじ こと です。 アナタ は カミ だ とは いいますまい。 しかし アナタ を とおして のみ ボク は カミ を おがむ こと が できる の です。
 ときどき ボク は ジブン で ジブン を あわれんで しまう こと が あります。 ジブン ジシン だけ の チカラ と シンコウ と で スベテ の もの を みる こと が できたら どれほど コウフク で ジユウ だろう と かんがえる と、 アナタ を わずらわさなければ イッポ を ふみだす チカラ をも かんじえない ジブン の ソクバク を のろいたく も なります。 ドウジ に それほど したわしい ソクバク は タ に ない こと を しる の です。 ソクバク の ない ところ に ジユウ は ない と いった イミ で アナタ の ソクバク は ボク の ジユウ です。
 アナタ は―― いったん ボク に テ を あたえて くださる と ヤクソク なさった アナタ は、 ついに ボク を みすてよう と して おられる の です か。 どうして 1 カイ の オトズレ も めぐんで は くださらない の です。 しかし ボク は しんじて うたがいません。 ヨ に もし シンリ が ある ならば、 そして シンリ が サイゴ の ショウリシャ ならば アナタ は かならず ボク に かえって くださる に ちがいない と。 なぜなれば ボク は ちかいます。 ――シュ よ この シモベ を みまもりたまえ―― ボク は アナタ を あいして イライ だんじて タ の イセイ に ココロ を うごかさなかった こと を。 この セイイ が アナタ に よって みとめられない わけ は ない と おもいます。
 アナタ は じゅうらい くらい イクツ か の カコ を もって います。 それ が しらずしらず アナタ の コウジョウシン を チュウチョ させ、 アナタ を やや ゼツボウテキ に して いる の では ない の です か。 もし そう なら アナタ は ぜんぜん ゴビュウ に おちいって いる と おもいます。 スベテ の スクイ は おもいきって その ナカ から とびだす ホカ には ない の でしょう。 そこ に テイタイ して いる の は それだけ アナタ の くらい カコ を くらく する ばかり です。 アナタ は ボク に シンライ を おいて くださる こと は できない の でしょう か。 ジンルイ の ウチ に すくなくも ヒトリ、 アナタ の スベテ の ツミ を よろこんで わすれよう と リョウテ を ひろげて まちもうけて いる モノ の ある の を しんじて くださる こと は できない でしょう か。
 こんな くだらない リクツ は もう やめましょう。
 サクヤ かいた テガミ に つづけて かきます。 ケサ ハミルトン シ の ところ から シキュウ に こい と いう デンワ が かかりました。 シカゴ の フユ は ヨキ イジョウ に さむい です。 センダイ どころ の ヒ では ありません。 ユキ は すこしも ない けれども、 イリー-コ を タコ チホウ から わたって くる カゼ は ミ を きる よう でした。 ボク は ガイトウ の ウエ に また オオガイトウ を カサネギ して いながら、 カゼ に むいた ヒフ に しみとおる カゼ の サムサ を かんじました。 ハミルトン シ の ヨウ と いう の は ライネン セント ルイス に カイサイ される ダイキボ な ハクランカイ の キョウギ の ため キュウ に そこ に おもむく よう に なった から ドウコウ しろ と いう の でした。 ボク は リョコウ の ヨウイ は なんら して いなかった が、 ここ に アメリカニズム が ある の だ と おもって そのまま ドウコウ する こと に しました。 ジブン の ヘヤ の ト に カギ も かけず に とびだした の です から バビコック ハカセ の オクサン は おどろいて いる でしょう。 しかし さすが に ベイコク です。 キノミ キノママ で ここ まで きて も なにひとつ フジユウ を かんじません。 カマクラ アタリ まで ゆく の にも ヒザカケ から タビカバン まで ヨウイ しなければ ならない の です から、 ニホン の ブンメイ は まだ なかなか の もの です。 ボクタチ は この チ に つく と、 テイシャジョウ-ナイ の ケショウシツ で ヒゲ を そり、 クツ を みがかせ、 ヤカイ に でて も はずかしく ない シタク が できて しまいました。 そして すぐ キョウギカイ に シュッセキ しました。 アナタ も しって おらるる とおり ドイツジン の あの ヘン に おける セイリョク は えらい もの です。 ハクランカイ が ひらけたら、 ワレワレ は ベイコク に たいして より も むしろ これら の ドイツジン に たいして キンコン イチバン する ヒツヨウ が あります。 ランチ の とき ボク は ハミルトン シ に レイ の ニホン に かいしめて ある キモノ ソノタ の ハナシ を もう イチド しました。 ハクランカイ を マエ に ひかえて いる ので ハミルトン シ も コンド は ノリキ に なって くれまして、 タカシマヤ と レンラク を つけて おく ため に とにかく シナモノ を とりよせて ジブン の ミセ で さばかして みよう と いって くれました。 これ で ボク の ザイセイ は ヒジョウ に ヨユウ が できる わけ です。 イマ まで ミセ が なかった ばかり に、 とりよせて も ニヤッカイ だった もの です が、 ハミルトン シ の ミセ で とりあつかって くれれば ソウトウ に うれる の は わかって います。 そう なったら イマ まで と ちがって アナタ の ほう にも たりない ながら シオクリ を して あげる こと が できましょう。 さっそく デンポウ を うって いちばん はやい フナビン で とりよせる こと に しました から フジツ チャクニ する こと と おもって います。
 イマ は ヨ も だいぶ ふけました。 ハミルトン シ は コンヤ も キョウオウ に よばれて でかけました。 だいきらい な テーブル スピーチ に なやまされて いる の でしょう。 ハミルトン シ は じつに シャープ な ビジネスマンライキ な ヒト です。 そして ネッシン な セイトウハ の シンコウ を もった ジゼンカ です。 ボク は ことのほか シンライ され チョウホウ-がられて います。 そこ から ボク の ライフ キャリヤー を ふみだす の は ダイ なる リエキ です。 ボク の ゼント には たしか に コウミョウ が みえだして きました。
 アナタ に かく こと は テイシ なく かく こと です。 しかし アス の フントウテキ セイカツ (これ は ダイトウリョウ ルーズベルト の チョショ の “Strenuous Life” を やくして みた コトバ です。 イマ この コトバ は トウチ の リュウコウゴ に なって います) に そなえる ため に フデ を とめねば なりません。 この テガミ は アナタ にも ヨロコビ を わけて いただく こと が できる か と おもいます。
 キノウ セント ルイス から かえって きたら、 テガミ が かなり タスウ とどいて いました。 ユウビンキョク の マエ を とおる に つけ、 ユウビンバコ を みる に つけ、 キャクフ に ゆきあう に つけ、 ボク は アナタ を レンソウ しない こと は ありません。 ジブン の ツクエ の ウエ に ライシン を みいだした とき は なおさら の こと です。 ボク は テガミ の タバ の アイダ を かきわけて アナタ の シュセキ を みいだそう と つとめました。 しかし ボク は また ゼツボウ に ちかい シツボウ に うたれなければ なりません でした。 ボク は シツボウ は しましょう。 しかし ゼツボウ は しません。 できません ヨウコ さん、 しんじて ください。 ボク は ロングフェロー の エヴァンジェリン の ニンタイ と ケンソン と を もって アナタ が ボク の ココロ を ホントウ に くみとって くださる とき を まって います。 しかし テガミ の タバ の ナカ から は わずか に ボク を シツボウ から すくう ため に コトウ クン と オカ クン との テガミ が みいだされました。 コトウ クン の テガミ は ヘイエイ に ゆく イツカ マエ に かかれた もの でした。 いまだに アナタ の イドコロ を しる こと が できない ので、 ボク の テガミ は やはり クラチ シ に あてて カイソウ して いる と かいて あります。 コトウ クン は そうした テツヅキ を とる の を はなはだしく フカイ に おもって いる よう です。 オカ クン は ヒト に もらしえない カテイナイ の フンジョウ や シュウイ から うける ゴカイ を、 オカ クン-らしく カビン に かんがえすぎて よわい タイシツ を ますます よわく して いる よう です。 かいて ある こと には ところどころ ボク の もつ ジョウシキ では ハンダン しかねる よう な ところ が あります。 アナタ から いつか かならず ショウソク が くる の を しんじきって、 その とき を ただ ヒトツ の スクイ と して まって います。 その とき の カンシャ と キエツ と を ソウゾウ で えがきだして、 ショウセツ でも よむ よう に かいて あります。 ボク は オカ クン の テガミ を よむ と、 いつでも ボク ジシン の ココロ が そのまま かきあらわされて いる よう に おもって ナミダ を かんじます。
 なぜ アナタ は ジブン を それほど まで トウカイ して おられる の か、 それ には ふかい ワケ が ある こと と おもいます けれども、 ボク には どちら の ホウメン から かんがえて も ソウゾウ が つきません。
 ニホン から の ショウソク は どんな ショウソク も まちどおしい。 しかし それ を みおわった ボク は きっと ユウウツ に おそわれます。 ボク に もし シンコウ が あたえられて いなかったら、 ボク は イマ どう なって いた か を しりません。
 マエ の テガミ との アイダ に ミッカ が たちました。 ボク は バビコック ハカセ フウフ と コンヤ ライシアム-ザ に ウエルシ-ジョウ の えんじた トルストイ の 『フッカツ』 を ケンブツ しました。 そこ には キリスト キョウト と して メ を そむけなければ ならない よう な バメン が ない では なかった けれども、 オワリ の ほう に ちかづいて いって の ソウゴンサ は ケンブツニン の スベテ を ホソク して しまいました。 ウエルシ-ジョウ の えんじた オンナ シュジンコウ は シン に せまりすぎて いる くらい でした。 アナタ が もし まだ 『フッカツ』 を よんで おられない の なら ボク は ぜひ それ を おすすめ します。 ボク は トルストイ の 『ザンゲ』 を K シ の ホウブンヤク で ニホン に いる とき よんだ だけ です が、 あの シバイ を みて から、 ヒマ が あったら もっと ふかく いろいろ ケンキュウ したい と おもう よう に なりました。 ニホン では トルストイ の チョショ は まだ オオク の ヒト に しられて いない と おもいます が、 すくなくとも 『フッカツ』 だけ は マルゼン から でも とりよせて よんで いただきたい、 アナタ を ケイハツ する こと が かならず おおい の は うけあいます から。 ボクラ は ひとしく カミ の マエ に ツミビト です。 しかし その ツミ を くいあらためる こと に よって ひとしく えらばれた カミ の シモベ と なりうる の です。 この ミチ の ホカ には ヒト の コ の セイカツ を テンゴク に むすびつける ミチ は かんがえられません。 カミ を うやまい ヒト を あいする ココロ の なえて しまわない うち に おたがいに ヒカリ を あおごう では ありません か。
 ヨウコ さん、 アナタ の ココロ に クウキョ なり オテン なり が あって も どうぞ ゼツボウ しない で ください よ。 アナタ を ソノママ に よろこんで うけいれて、 ――クルシミ が あれば アナタ と ともに くるしみ、 アナタ に カナシミ が あれば アナタ と ともに かなしむ モノ が ここ に ヒトリ いる こと を わすれない で ください。 ボク は たたかって みせます。 どんな に アナタ が きずついて いて も、 ボク は アナタ を かばって いさましく この ジンセイ を たたかって みせます。 ボク の マエ に ジギョウ が、 そして ウシロ に アナタ が あれば、 ボク は カミ の もっとも ちいさい シモベ と して ジンルイ の シュクフク の ため に イッショウ を ささげます。
 ああ、 フデ も ゲンゴ も ついに ムエキ です。 ヒ と ねっする セイイ と イノリ と を こめて ボク は ここ に この テガミ を ふうじます。 この テガミ が クラチ シ の テ から アナタ に とどいたら、 クラチ シ にも よろしく つたえて ください。 クラチ シ に メイワク を おかけ した キンセンジョウ の こと に ついて は ゼンビン に かいて おきました から みて くださった と おもいます。 ねがわくは カミ ワレラ と ともに おわしたまわん こと を。
  メイジ 34 ネン 12 ガツ 13 ニチ」

 クラチ は ジギョウ の ため に ホンソウ して いる ので その ヨ は トシコシ に こない と ゲシュク から しらせて きた。 イモウト たち は ジョヤ の カネ を きく まで は ねない など と いって いた が いつのまにか ねむく なった と みえて、 あまり しずか なので 2 カイ に いって みる と、 フタリ とも ネドコ に はいって いた。 ツヤ には ヒマ が だして あった。 ヨウコ に ナイショ で ホウセイ シンポウ を クラチ に とりついだ の は、 たとい ヨウコ に ムエキ な シンパイ を させない ため だ と いう クラチ の チュウイ が あった ため で ある にも せよ、 ヨウコ の ココロモチ を そんじ も し フアン にも した。 ツヤ が ヨウコ に たいして も すなお な ケイアイ の ジョウ を いだいて いた の は ヨウコ も よく こころえて いた。 マエ にも かいた よう に ヨウコ は ヒトメ みた とき から ツヤ が すき だった。 ダイドコロ など を させず に、 コマヅカイ と して テマワリ の ヨウジ でも させたら カオカタチ と いい、 セイシツ と いい、 トリマワシ と いい これほど リソウテキ な ショウジョ は ない と おもう ほど だった。 ツヤ にも ヨウコ の ココロモチ は すぐ つうじた らしく、 ツヤ は この イエ の ため に カゲヒナタ なく せっせと はたらいた の だった。 けれども シンブン の ちいさな デキゴト ヒトツ が ヨウコ を フアン に して しまった。 クラチ が ソウカクカン の オカミ に たいして も キノドク-がる の を かまわず、 イモウト たち に はたらかせる の が かえって いい から との コウジツ の モト に ヒマ を やって しまった の だった。 で カッテ の ほう にも ヒトケ は なかった。
 ヨウコ は ナニ を ゲンイン とも なく その コロ キブン が いらいら しがち で ネツキ も わるかった ので、 ぞくぞく しみこんで くる よう な サムサ にも かかわらず、 ヒバチ の ソバ に いた。 そして しょざいない まま に その ヒ クラチ の ゲシュク から とどけて きた キムラ の テガミ を よんで みる キ に なった の だ。
 ヨウコ は ネコイタ に カタヒジ を もたせながら、 ヒツヨウ も ない ほど コウカ だ と おもわれる あつい ショセンシ に おおきな ジ で かきつづって ある キムラ の テガミ を 1 マイ 1 マイ よみすすんだ。 おとなびた よう で こどもっぽい、 そう か と おもう と カンジョウ の コウチョウ を しめした と おもわれる ところ も ミョウ に ダサンテキ な ところ が はなれきらない と ヨウコ に おもわせる よう な ナイヨウ だった。 ヨウコ は いちいち セイドク する の が メンドウ なので ギョウ から ギョウ に とびこえながら よんで いった。 そして ヒヅケ の ところ まで きて も カクベツ な ジョウチョ を さそわれ は しなかった。 しかし ヨウコ は この イゼン クラチ の みて いる マエ で した よう に ずたずた に ひきさいて すてて しまう こと は しなかった。 しなかった どころ では ない、 その ナカ には ヨウコ を かんがえさせる もの が ふくまれて いた。 キムラ は とおからず ハミルトン とか いう ニホン の メイヨ リョウジ を して いる ヒト の テ から、 ニホン を さる マエ に おもいきって して いった ホウシ の カイシュウ を して もらえる の だ。 フソク フリ の カンケイ を やぶらず に わかれた ジブン の ヤリカタ は やはり ズ に あたって いた と おもった。 「ヤドヤ きめず に ワラジ を ぬぐ」 バカ を しない ヒツヨウ は もう ない、 クラチ の アイ は たしか に ジブン の テ に にぎりえた から。 しかし クチ に こそ だし は しない が、 クラチ は カネ の ウエ では かなり に くるしんで いる に ちがいない。 クラチ の ジギョウ と いう の は ニホンジュウ の カイコウジョウ に いる ミズサキ アンナイ ギョウシャ の クミアイ を つくって、 その ジッケン を ジブン の テ に にぎろう と する の らしかった が、 それ が しあがる の は みじかい ジツゲツ には できる こと では なさそう だった。 ことに ジセツ が ジセツガラ ショウガツ に かかって いる から、 そういう もの の セツリツ には いちばん フベン な とき らしく も おもわれた。 キムラ を リヨウ して やろう。
 しかし ヨウコ の ココロ の ソコ には どこ か に イタミ を おぼえた。 さんざん キムラ を くるしめぬいた アゲク に、 なお あの ネ の ショウジキ な ニンゲン を たぶらかして ナケナシ の カネ を しぼりとる の は ぞくに いう 「ツツモタセ」 の ショギョウ と ちがって は いない。 そう おもう と ヨウコ は ジブン の ダラク を いたく かんぜず には いられなかった。 けれども ゲンザイ の ヨウコ に いちばん ダイジ な もの は クラチ と いう ジョウジン の ホカ には なかった。 ココロ の イタミ を かんじながら も クラチ の こと を おもう と なお ココロ が いたかった。 カレ は サイシ を ギセイ に きょうし、 ジブン の ショクギョウ を ギセイ に きょうし、 シャカイジョウ の メイヨ を ギセイ に きょうして まで ヨウコ の アイ に おぼれ、 ヨウコ の ソンザイ に いきよう と して くれて いる の だ。 それ を おもう と ヨウコ は クラチ の ため には なんでも して みせて やりたかった。 トキ に よる と ワレ にも なく おかして くる なみだぐましい カンジ を じっと こらえて、 サダコ に あい に ゆかず に いる の も、 そう する こと が ナニ か シュウキョウジョウ の ガンガケ で、 クラチ の アイ を つなぎとめる マジナイ の よう に おもえる から して いる こと だった。 キムラ に だって いつかは ブッシツジョウ の オイメ に たいして ブッシツジョウ の ヘンレイ だけ は する こと が できる だろう。 ジブン の する こと は 「ツツモタセ」 とは カタチ が にて いる だけ だ。 やって やれ。 そう ヨウコ は ケッシン した。 よむ でも なく よまぬ でも なく テ に もって ながめて いた テガミ の サイゴ の 1 マイ を ヨウコ は ムイシキ の よう に ぽたり と ヒザ の ウエ に おとした。 そして そのまま じっと テツビン から たつ ユゲ が デントウ の ヒカリ の ナカ に タヨウ な カモン を えがいて は きえ えがいて は きえ する の を みつめて いた。
 しばらく して から ヨウコ は ものうげ に ふかい トイキ を ヒトツ して、 ジョウタイ を ひねって タナ の ウエ から テブンコ を とりおろした。 そして フデ を かみながら また ウワメ で じっと ナニ か かんがえる らしかった。 と、 キュウ に いきかえった よう に はきはき なって、 ジョウトウ の シナズミ を ガン の ミッツ まで はいった まんまるい スズリ に すりおろした。 そして かるく ジャコウ の カオリ の ただよう ナカ で オトコ の ジ の よう な ケンピツ で、 セイコウ な ガンピシ の マキガミ に、 イッキ に、 ツギ の よう に したためた。

「かけば キリ が ございません。 うかがえば キリ が ございません。 だから かき も いたしません でした。 アナタ の オテガミ も キョウ いただいた もの まで は ハイケン せず に ずたずた に やぶって すてて しまいました。 その ココロ を おさっし くださいまし。
 ウワサ にも オキキ とは ぞんじます が、 ワタシ は みごと に シャカイテキ に ころされて しまいました。 どうして ワタシ が このうえ アナタ の ツマ と なのれましょう。 ジゴウ ジトク と ヨノナカ では もうします。 ワタシ も たしか に そう ぞんじて います。 けれども、 シンルイ、 エンジャ、 トモダチ に まで つきはなされて、 フタリ の イモウト を かかえて みます と、 ワタシ は メ も くらんで しまいます。 クラチ さん だけ が どういう ゴエン か オミステ なく ワタシドモ 3 ニン を オセワ くださって います。 こうして ワタシ は どこ まで しずんで ゆく こと で ございましょう。 ホントウ に ジゴウ ジトク で ございます。
 キョウ ハイケン した オテガミ も ホントウ は よまず に さいて しまう の で ございました けれども…… ワタシ の イドコロ を ドナタ にも おしらせ しない ワケ など は もうしあげる まで も ございますまい。
 この テガミ は アナタ に さしあげる サイゴ の もの か とも おもわれます。 オダイジ に おすごし あそばしませ。 かげながら ゴセイコウ を いのりあげます。
 ただいま ジョヤ の カネ が なります。
   オオミソカ の ヨル
  キムラ サマ                            ヨウ より」

 ヨウコ は それ を ニホンフウ の ジョウブクロ に おさめて、 モウヒツ で キヨウ に ヒョウキ を かいた。 かきおわる と キュウ に いらいら しだして、 いきなり リョウテ に にぎって ひとおもいに ひきさこう と した が、 おもいかえして すてる よう に それ を タタミ の ウエ に なげだす と、 ワレ にも なく ひややか な ビショウ が クチジリ を かすか に ひきつらした。
 ヨウコ の ムネ を どきん と させる ほど たかく、 すぐ モヨリ に ある ゾウジョウジ の ジョヤ の カネ が なりだした。 トオク から どこ の テラ の とも しれない カネ の コエ が それ に おうずる よう に きこえて きた。 その ネ に ひきいれられて ミミ を すます と ヨル の シジマ の ナカ にも コエ は あった。 12 ジ を うつ ボンボンドケイ、 「カルタ」 を よみあげる らしい はしゃいだ コエ、 ナニ に おどろいて か ヨナキ を する ニワトリ…… ヨウコ は そんな ヒビキ を さぐりだす と、 ヒト の いきて いる と いう の が おそろしい ほど フシギ に おもわれだした。
 キュウ に サムサ を おぼえて ヨウコ は ネジタク に たちあがった。

 31

 さむい メイジ 35 ネン の ショウガツ が きて、 アイコ たち の トウキ キュウカ も オワリ に ちかづいた。 ヨウコ は イモウト たち を ふたたび タジマ ジュク の ほう に かえして やる キ には なれなかった。 タジマ と いう ヒト に たいして ハンカン を いだいた ばかり では ない。 イモウト たち を ふたたび あずかって もらう こと に なれば ヨウコ は とうぜん アイサツ に いって く べき ギム を かんじた けれども、 どういう もの か それ が はばかられて できなかった。 ヨコハマ の シテンチョウ の ナガタ とか、 この タジマ とか、 ヨウコ には ジブン ながら ワケ の わからない ニガテ の ヒト が あった。 その ヒトタチ が かくべつ えらい ヒト だ とも、 おそろしい ヒト だ とも おもう の では なかった けれども、 どういう もの か その マエ に でる こと に キ が ひけた。 ヨウコ は また イモウト たち が いわず かたらず の うち に セイト たち から うけねば ならぬ ハクガイ を おもう と フビン でも あった。 で、 マイニチ ツウガク する には とおすぎる と いう リユウ の モト に そこ を やめて、 イイクラ に ある ユウラン ジョガッコウ と いう の に かよわせる こと に した。
 フタリ が ガッコウ に かよいだす よう に なる と、 クラチ は アサ から ヨウコ の ところ で タイコウ ジカン まで すごす よう に なった。 クラチ の フクシン の ナカマ たち も ちょいちょい デイリ した。 ことに マサイ と いう オトコ は クラチ の カゲ の よう に クラチ の いる ところ には かならず いた。 レイ の ミズサキ アンナイ ギョウシャ クミアイ の セツリツ に ついて マサイ が いちばん はたらいて いる らしかった。 マサイ と いう オトコ は、 イッケン ホウマン な よう に みえて いて、 カミソリ の よう に メハシ の きく ヒト だった。 その ヒト が ゲンカン から はいったら、 その アト に いって みる と ハキモノ は ヒトツ のこらず そろえて あって、 カサ は カサ で イチグウ に ちゃんと あつめて あった。 ヨウコ も およばない スバヤサ で カビン の ハナ の しおれかけた の や、 チャ や カシ の たしなく なった の を みてとって、 ヨクジツ は わすれず に それ を かいととのえて きた。 ムクチ の くせ に どこ か に アイキョウ が ある か と おもう と、 バカワライ を して いる サイチュウ に フシギ に インケン な メツキ を ちらつかせたり した。 ヨウコ は その ヒト を カンサツ すれば する ほど その ショウタイ が わからない よう に おもった。 それ は ヨウコ を もどかしく させる ほど だった。 ときどき ヨウコ は クラチ が この オトコ と クミアイ セツリツ の ソウダン イガイ の ヒミツ らしい ハナシアイ を して いる の に かんづいた が、 それ は どうしても メイカク に しる こと が できなかった。 クラチ に きいて みて も、 クラチ は レイ の ノンキ な タイド で こともなげ に ワダイ を そらして しまった。
 ヨウコ は しかし なんと いって も ジブン が のぞみうる コウフク の ゼッチョウ に ちかい ところ に いた。 クラチ を よろこばせる こと が ジブン を よろこばせる こと で あり、 ジブン を よろこばせる こと が クラチ を よろこばせる こと で ある、 そうした サクイ の ない チョウワ は ヨウコ の ココロ を しとやか に カイカツ に した。 ナン に でも ジブン が しよう と さえ おもえば テキオウ しうる ヨウコ に とって は、 ヌケメ の ない セワ ニョウボウ に なる くらい の こと は なんでも なかった。 イモウト たち も この アネ を ムニ の もの と して、 アネ の して くれる こと は イチ も ニ も なく ただしい もの と おもう らしかった。 しじゅう ヨウコ から ママコ アツカイ に されて いる アイコ さえ、 ヨウコ の マエ には ただ ジュウジュン な しとやか な ショウジョ だった。 アイコ と して も すくなくとも ヒトツ は どうしても その アネ に カンシャ しなければ ならない こと が あった。 それ は ネンレイ の おかげ も ある。 アイコ は コトシ で 16 に なって いた。 しかし ヨウコ が いなかったら、 アイコ は これほど うつくしく は なれなかった に ちがいない。 2~3 シュウカン の うち に アイコ は ヤマ から ほりだされた ばかり の ルビー と ミガキ を かけあげた ルビー と ほど に かわって いた。 コブトリ で セタケ は アネ より も はるか に ひくい が、 ぴちぴち と しまった ニクヅキ と、 ぬけあがる ほど しろい ツヤ の ある ヒフ とは いい キンセイ を たもって、 みじかく は ある が ルイ の ない ほど ニッカンテキ な テアシ の ユビ の サキボソ な ところ に リテン を みせて いた。 むっくり と ギュウニュウイロ の ヒフ に つつまれた ジゾウガタ の ウエ に すえられた その カオ は また ヨウコ の クシン に ジュウニブン に むくいる もの だった。 ヨウコ が クビギワ を そって やる と そこ に あたらしい ビ が うまれでた。 カミ を ジブン の イショウ-どおり に たばねて やる と そこ に あたらしい コワク が わきあがった。 ヨウコ は アイコ を うつくしく する こと に、 セイコウ した サクヒン に たいする ゲイジュツカ と ドウヨウ の ホコリ と ヨロコビ と を かんじた。 くらい ところ に いて あかるい ほう に ふりむいた とき など の アイコ の タマゴガタ の カオカタチ は ビ の カミ ビーナス を さえ ねたます こと が できたろう。 カオ の リンカク と、 やや ヒタイギワ を せまく する まで に あつく はえそろった コクシツ の カミ とは ヤミ の ナカ に とけこむ よう に ぼかされて、 マエ から のみ くる コウセン の ため に ハナスジ は、 ギリシャジン の それ に みる よう な、 キソク ただしく ほそながい ゼンメン の ヘイメン を きわだたせ、 うるおいきった おおきな フタツ の ヒトミ と、 しまって あつい ジョウゲ の クチビル とは、 ヒフ を きりやぶって あらわれでた 2 ツイ の タマシイ の よう に なまなましい カンジ で みる ヒト を うった。 アイコ は そうした とき に いちばん うつくしい よう に、 ヤミ の ナカ に さびしく ヒトリ で いて、 その タコン な メ で じっと アカルミ を みつめて いる よう な ショウジョ だった。
 ヨウコ は クラチ が ヨウコ の ため に して みせた おおきな エイダン に むくいる ため に、 サダコ を ジブン の アイブ の ムネ から さいて すてよう と おもいきわめながら も、 どうしても それ が できない で いた。 あれ から イチド も おとずれ こそ しない が、 ときおり カネ を おくって やる こと と、 ウバ から アンピ を しらさせる こと だけ は つづけて いた。 ウバ の テガミ は いつでも ウラミツラミ で みたされて いた。 ニホン に かえって きて くださった カイ が どこ に ある。 オヤ が なくて コ が コ-らしく そだつ もの か そだたぬ もの か ちょっと でも かんがえて みて もらいたい。 ウバ も だんだん トシ を とって ゆく ミ だ。 ハシカ に かかって サダコ は マイニチ マイニチ ママ の ナ を よびつづけて いる、 その コエ が ヨウコ の ミミ に きこえない の が フシギ だ。 こんな こと が ショウソク の たび ごと に たどたどしく かきつらねて あった。 ヨウコ は いて も たって も たまらない よう な こと が あった。 けれども そんな とき には クラチ の こと を おもった。 ちょっと クラチ の こと を おもった だけ で、 ハ を くいしばりながら も、 タイコウエン の オモテモン から そっと イエ を ぬけでる ユウワク に うちかった。
 クラチ の ほう から テガミ を だす の は わすれた と みえて、 オカ は まだ おとずれて は こなかった。 キムラ に あれほど せつ な ココロモチ を かきおくった くらい だ から、 ヨウコ の ジュウショ さえ わかれば たずねて こない はず は ない の だ が、 クラチ には そんな こと は もう ネントウ に なくなって しまった らしい。 ダレ も くるな と ねがって いた ヨウコ も コノゴロ に なって みる と、 ふと オカ の こと など を おもいだす こと が あった。 ヨコハマ を たつ とき に ヨウコ に かじりついて はなれなかった セイネン を おもいだす こと なぞ も あった。 しかし こういう こと が ある たび ごと に クラチ の ココロ の ウゴキカタ をも きっと スイサツ した。 そうして は いつでも ガン を かける よう に そんな こと は ゆめにも おもいだすまい と ココロ に ちかった。
 クラチ が いっこう に ムトンジャク なので、 ヨウコ は まだ セキ を うつして は いなかった。 もっとも クラチ の センサイ が はたして セキ を ぬいて いる か どう か も しらなかった。 それ を しろう と もとめる の は ヨウコ の ホコリ が ゆるさなかった。 すべて そういう シュウカン を てんから カンガエ の ウチ に いれて いない クラチ に たいして いまさら そんな ケイシキゴト を せまる の は、 ジブン の ドキョウ を みすかされる と いう ウエ から も つらかった。 その ホコリ と いう ココロモチ も、 ドキョウ を みすかされる と いう オソレ も、 ホントウ を いう と ヨウコ が どこまでも クラチ に たいして ヒケメ に なって いる の を かたる に すぎない とは ヨウコ ジシン ぞんぶん に しりきって いる くせ に、 それ を カッテ に ふみにじって、 ジブン の おもう とおり を クラチ に して のけさす フテキサ を もつ こと は どうしても できなかった。 それなのに ヨウコ は ややともすると クラチ の センサイ の こと が キ に なった。 クラチ の ゲシュク の ほう に あそび に ゆく とき でも、 その キンジョ で ヒトヅマ らしい ヒト の オウライ する の を みかける と ヨウコ の メ は しらずしらず ジュクシ の ため に かがやいた。 イチド も カオ は あわせない が、 わずか な ジカン の シャシン の キオク から、 きっと その ヒト を みわけて みせる と ヨウコ は ジシン して いた。 ヨウコ は どこ を あるいて も かつて そんな ヒト を みかけた こと は なかった。 それ が また ミョウ に うらぎられて いる よう な カンジ を あたえる こと も あった。
 コウカイ の ショキ に おける ヒテン の ウチドコロ の ない よう な ケンコウ の イシキ は ソノゴ ヨウコ には もう かえって こなかった。 カンキ が つのる に つれて カフクブ が ドンツウ を おぼえる ばかり で なく、 コシ の ウシロ の ほう に つめたい イシ でも つりさげて ある よう な、 おもくるしい キブン を かんずる よう に なった。 ニホン に かえって から アシ の ひえだす の も しった。 ケッカン の ナカ には チ の カワリ に トロビ でも ながれて いる の では ない か と おもう くらい カンキ に たいして ヘイキ だった ヨウコ が、 トコ の ナカ で クラチ に アシ の ひどく ひえる の を チュウイ されたり する と フシギ に おもった。 カタ の こる の は ヨウショウ の とき から の コシツ だった が それ が チカゴロ に なって ことさら はげしく なった。 ヨウコ は ちょいちょい アンマ を よんだり した。 フクブ の イタミ が ゲッケイ と カンケイ が ある の を きづいて、 ヨウコ は フジンビョウ で ある に ソウイ ない とは おもった。 しかし そう でも ない と おもう よう な こと が ヨウコ の ムネ の ウチ には あった。 もしや カイニン では…… ヨウコ は ヨロコビ に ムネ を おどらせて そう おもって も みた。 メスブタ の よう に イクニン も コ を うむ の は とても たえられない。 しかし ヒトリ は どう あって も うみたい もの だ と ヨウコ は いのる よう に ねがって いた の だ。 サダコ の こと から かんがえる と ジブン には あんがい コウン が ある の かも しれない とも おもった。 しかし マエ の カイニン の ケイケン と コンド の チョウコウ とは イロイロ な テン で まったく ちがった もの だった。
 1 ガツ の スエ に なって キムラ から は はたして カネ を おくって きた。 ヨウコ は クラチ が ジュンタク に ツケトドケ する カネ より も この カネ を つかう こと に むしろ ココロヤスサ を おぼえた。 ヨウコ は すぐ おもいきった サンザイ を して みたい ユウワク に かりたてられた。
 ある ヒアタリ の いい ヒ に クラチ と サシムカイ で サケ を のんで いる と タイコウエン の ほう から ヤブウグイス の なく コエ が きこえた。 ヨウコ は かるく サケホテリ の した カオ を あげて クラチ を みやりながら、 ミミ では ウグイス の なきつづける の を チュウイ した。
「ハル が きます わ」
「はやい もん だな」
「どこ か へ いきましょう か」
「まだ さむい よ」
「そう ねえ…… クミアイ の ほう は」
「うむ あれ が かたづいたら でかけよう わい。 いいかげん くさくさ しおった」
 そう いって クラチ は さも メンドウ そう に サカズキ の サケ を ヒトアオリ に あおりつけた。
 ヨウコ は すぐ その シゴト が うまく はこんで いない の を かんづいた。 それにしても あの マイツキ の タガク な カネ は どこ から くる の だろう。 そう ちらっと おもいながら すばやく ハナシ を タ に そらした。

 32

 それ は 2 ガツ ショジュン の ある ヒ の ヒルゴロ だった。 からっと はれた アサ の テンキ に ひきかえて、 アサヒ が しばらく ヒガシムキ の マド に さす マ も なく、 ソラ は ウスグモリ に くもって ニシカゼ が ごうごう と スギモリ に あたって ものすごい オト を たてはじめた。 どこ に か ハル を ほのめかす よう な ヒ が きたり した アト なので、 ことさら ヨノナカ が あんたん と みえた。 ユキ でも まくしかけて きそう に ソコビエ が する ので、 ヨウコ は チャノマ に オキゴタツ を もちだして、 クラチ の キガエ を それ に かけたり した。 ドヨウ だ から イモウト たち は ハヤビケ だ と しりつつ も クラチ は モノグサ そう に ガイシュツ の シタク に かからない で、 ドテラ を ひっかけた まま ヒバチ の ソバ に うずくまって いた。 ヨウコ は ショッキ を ダイドコロ の ほう に はこびながら、 きたり いったり する ツイデ に クラチ と モノ を いった。 ダイドコロ に いった ヨウコ に チャノマ から おおきな コエ で クラチ が いいかけた。
「おい オヨウ (クラチ は いつのまにか ヨウコ を こう よぶ よう に なって いた) オレ は キョウ は フタリ に タイメン して、 これから カッテ に デハイリ の できる よう に する ぞ」
 ヨウコ は フキン を もって ダイドコロ の ほう から いそいそ と チャノマ に かえって きた。
「なんだって また キョウ……」
 そう いって ツキヒザ を しながら チャブダイ を ぬぐった。
「いつまでも こうして いる が キヅマリ で よう ない から よ」
「そう ねえ」
 ヨウコ は そのまま そこ に すわりこんで フキン を チャブダイ に あてがった まま かんがえた。 ホントウ は これ は とうに ヨウコ の ほう から いいだす べき こと だった の だ。 イモウト たち の いない スキ か、 ねて から の ヒマ を うかがって、 クラチ と あう の は、 ハジメ の うち こそ アイビキ の よう な キョウミ を おこさせない でも ない と おもった の と、 ヨウコ は ジブン の とおって きた よう な ミチ は どうしても イモウト たち には とおらせたく ない ところ から、 ジブン の リメン を うかがわせまい と いう ココロモチ と で、 イマ まで つい ずるずる に イモウト たち を クラチ に ちかづかせない で おいた の だった が、 クラチ の コトバ を きいて みる と、 そうして おく の が すこし のびすぎた と キ が ついた。 また あたらしい キョクメン を フタリ の アイダ に ひらいて ゆく にも これ は わるい こと では ない。 ヨウコ は ケッシン した。
「じゃ キョウ に しましょう。 ……それにしても キモノ だけ は きかえて いて くださいまし な」
「よしきた」
と クラチ は にこにこ しながら すぐ たちあがった。 ヨウコ は クラチ の ウシロ から キモノ を はおって おいて ハガイ に だきながら、 いまさら に クラチ の ガンジョウ な おおしい タイカク を ジブン の ムネ に かんじつつ、
「それ は フタリ とも いい コ よ。 かわいがって やって くださいまし よ。 ……けれども ね、 キムラ との あの こと だけ は まだ ナイショ よ。 いい オリ を みつけて、 ワタシ から ジョウズ に いって きかせる まで は しらん フリ を して ね…… よくって…… アナタ は うっかり する と あけすけ に モノ を いったり なさる から…… コンド だけ は ヨウジン して ちょうだい」
「バカ だな どうせ しれる こと を」
「でも それ は いけません…… ぜひ」
 ヨウコ は ウシロ から セノビ を して そっと クラチ の ウシロクビ を すった。 そして フタリ は カオ を みあわせて ほほえみかわした。
 その シュンカン に イキオイ よく ゲンカン の コウシド が がらっと あいて 「おお さむい」 と いう サダヨ の コエ が かんだかく きこえた。 ジカン でも ない ので ヨウコ は おもわず ぎょっと して クラチ から とびはなれた。 ついで ゲンカングチ の ショウジ が あいた。 サダヨ は チャノマ に かけこんで くる らしかった。
「オネエサマ ユキ が ふって きて よ」
 そう いって いきなり チャノマ の フスマ を あけた の は サダヨ だった。
「おや そう…… さむかった でしょう」
と でも いって むかえて くれる アネ を キタイ して いた らしい サダヨ は、 オキゴタツ に はいって アグラ を かいて いる トホウ も なく おおきな オトコ を アネ の ホカ に みつけた ので、 おどろいた よう に おおきな メ を みはった が、 そのまま すぐに ゲンカン に とって かえした。
「アイ ネエサン オキャクサマ よ」
と コエ を つぶす よう に いう の が きこえた。 クラチ と ヨウコ とは カオ を みあわして また ほほえみかわした。
「ここ に オゲタ が ある じゃ ありません か」
 そう おちついて いう アイコ の コエ が きこえて、 やがて フタリ は しずか に はいって きた。 そして アイコ は しとやか に サダヨ は ぺちゃん と すわって、 コエ を そろえて 「ただいま」 と いいながら ジギ を した。 アイコ の トシゴロ の とき、 ゲンカク な シュウキョウ ガッコウ で ムリジイ に オトコ の コ の よう な ムシュミ な フクソウ を させられた、 それ に フクシュウ する よう な キ で ヨウコ の よそおわした アイコ の ミナリ は すぐ ヒト の メ を ひいた。 オサゲ を やめさせて、 ソクハツ に させた ウナジ と タボ の ところ には、 その コロ ベイコク での リュウコウ ソノママ に、 チョウムスビ の おおきな くろい リボン が とめられて いた。 コダイ ムラサキ の ツムギジ の キモノ に、 カシミヤ の ハカマ を スソミジカ に はいて、 その ハカマ は イゼン ヨウコ が ハツメイ した レイ の ビジョウドメ に なって いた。 サダヨ の カミ は また おもいきって みじかく オカッパ に きりつめて、 ヨコ の ほう に シンク の リボン が むすんで あった。 それ が この さいはじけた ドウジョ を、 ヒザ まで ぐらい な、 わざと みじかく したてた ハカマ と ともに カレン にも いたずらいたずらしく みせた。 フタリ は サムサ の ため に ホオ を シンク に して、 メ を すこし なみだぐまして いた。 それ が ことさら フタリ に ベツベツ な カレン な オモムキ を そえて いた。
 ヨウコ は すこし あらたまって フタリ を ヒバチ の ザ から みやりながら、
「おかえりなさい。 キョウ は イツモ より はやかった のね。 ……オヘヤ に いって オツツミ を おいて ハカマ を とって いらっしゃい、 その うえ で ゆっくり おはなし する こと が ある から……」
 フタリ の ヘヤ から は サダヨ が ヒトリ で はしゃいで いる コエ が しばらく して いた が、 やがて アイコ は ひろい オビ を フダンギ と きかえた ウエ に しめて、 サダヨ は ハカマ を ぬいだ だけ で かえって きた。
「さあ ここ に いらっしゃい。 (そう いって ヨウコ は イモウト たち を ジブン の ミヂカ に すわらせた) この オカタ が いつか ソウカクカン で オウワサ した クラチ さん なの よ。 イマ まで でも ときどき いらしった ん だ けれども ついに オメ に かかる オリ が なかった わね。 これ が アイコ これ が サダヨ です」
 そう いいながら ヨウコ は クラチ の ほう を むく と もう くすぐったい よう な カオツキ を せず には いられなかった。 クラチ は しぶい ワライ を わらいながら あんがい マジメ に、
「オハツ に (と いって ちょっと アタマ を さげた) フタリ とも うつくしい ねえ」
 そう いって サダヨ の カオ を ちょっと みて から じっと メ を アイコ に さだめた。 アイコ は かくべつ はじる ヨウス も なく その ニュウワ な タコン な メ を おおきく みひらいて まんじり と クラチ を みやって いた。 それ は ダンジョ の クベツ を しらぬ ムジャキ な メ とも みえた。 センテンテキ に オトコ と いう もの を しりぬいて その ココロ を こころみよう と する インプ の メ とも みられない こと は なかった。 それほど その メ は キカイ な ムヒョウジョウ の ヒョウジョウ を もって いた。
「はじめて オメ に かかる が、 アイコ さん オイクツ」
 クラチ は なお アイコ を みやりながら こう たずねた。
「ワタシ はじめて では ございません。 ……いつぞや オメ に かかりました」
 アイコ は しずか に メ を ふせて はっきり と ムヒョウジョウ な コエ で こう いった。 アイコ が あの トシゴロ で オトコ の マエ に はっきり ああ ウケコタエ が できる の は ヨウコ にも イガイ だった。 ヨウコ は おもわず アイコ を みた。
「はて、 どこ で ね」
 クラチ も いぶかしげ に こう といかえした。 アイコ は シタ を むいた まま クチ を つぐんで しまった。 そこ には かすか ながら ゾウオ の カゲ が ひらめいて すぎた よう だった。 ヨウコ は それ を みのがさなかった。
「ネガオ を みせた とき に やはり あれ は メ を さまして いた の だな。 それ を いう の かしらん」 とも おもった。 クラチ の カオ にも おもいかけず ちょっと どぎまぎ した らしい ヒョウジョウ が うかんだ の を ヨウコ は みた。 「なあに……」 はげしく ヨウコ は ジブン で ジブン を うちけした。
 サダヨ は ムジャキ にも、 この クマ の よう な おおきな オトコ が したしみやすい アソビアイテ と みてとった らしい。 サダヨ が その ヒ ガッコウ で ミキキ して きた こと など を レイ の とおり のこらず アネ に ホウコク しよう と、 なんでも かまわず、 なんでも かくさず、 いって のける の に クラチ が キョウ に いって アイヅチ を うつ ので、 ここ に うつって きて から キャク の アジ を まったく わすれて いた サダヨ は うれしがって クラチ を アイテ に しよう と した。 クラチ は さんざん サダヨ と たわむれて、 ヒル ちかく たって いった。
 ヨウコ は チョウショク が おそかった から と いって、 イモウト たち だけ が チュウショク の ゼン に ついた。
「クラチ さん は イマ、 ある カイシャ を おたて に なる ので いろいろ ゴソウダンゴト が ある の だ けれども、 ゲシュク では マワリ が やかましくって こまる と おっしゃる から、 これから いつでも ここ で ゴヨウ を なさる よう に いった から、 きっと これから も ちょくちょく いらっしゃる だろう が、 サア ちゃん、 キョウ の よう に アソビ の オアイテ に ばかり して いて は ダメ よ。 そのかわり エイゴ なんぞ で わからない こと が あったら なんでも おきき する と いい、 ネエサン より イロイロ の こと を よく しって いらっしゃる から…… それから アイ さん は、 これから クラチ さん の オキャクサマ も みえる だろう から、 そんな とき には いちいち ネエサン の サシズ を またない で はきはき オセワ を して あげる のよ」
と ヨウコ は あらかじめ フタリ に クギ を さした。
 イモウト たち が ショクジ を おわって フタリ で アトシマツ を して いる と また ゲンカン の コウシ が しずか に あく オト が した。
 サダヨ は ヨウコ の ところ に とんで きた。
「オネエサマ また オキャクサマ よ。 キョウ は ずいぶん たくさん いらっしゃる わね。 ダレ でしょう」
と ものめずらしそう に ゲンカン の ほう に チュウイ の ミミ を そばだてた。 ヨウコ も ダレ だろう と いぶかった。 やや しばらく して しずか に アンナイ を もとめる オトコ の コエ が した。 それ を きく と サダヨ は アネ から はなれて かけだして いった。 アイコ が タスキ を はずしながら ダイドコロ から でて きた ジブン には、 サダヨ は もう 1 マイ の メイシ を もって ヨウコ の ところ に とって かえして いた。 キンブチ の ついた コウカ らしい メイシ の オモテ には オカ ハジメ と しるして あった。
「まあ めずらしい」
 ヨウコ は おもわず コエ を たてて サダヨ と ともに ゲンカン に はしりでた。 そこ には ショジョ の よう に うつくしく コガラ な オカ が ユキ の かかった カサ を つぼめて、 ガイトウ の シタタリ を ベニ を さした よう に あからんだ ユビ の サキ で はじきながら、 オンナ の よう に はにかんで たって いた。
「いい ところ でしょう。 オイデ には すこし おさむかった かも しれない けれども、 キョウ は ホント に いい オリカラ でした わ。 トナリ に みえる の が ユウメイ な タイコウエン、 あすこ の モリ の ナカ が コウヨウカン、 この スギ の モリ が ワタシ だいすき です の。 キョウ は ユキ が つもって なおさら きれい です わ」
 ヨウコ は オカ を 2 カイ に アンナイ して、 そこ の ガラスド-ゴシ に あちこち の ユキゲシキ を ほこりが に シコ して みせた。 オカ は コトバスクナ ながら、 ちかちか と まぶしい インショウ を メ に のこして、 ふりくだり ふりあおる ユキ の ムコウ に インケン する サンナイ の コダチ の スガタ を タンショウ した。
「それにしても どうして アナタ は ここ を…… クラチ から テガミ でも いきました か」
 オカ は シンピテキ に ほほえんで ヨウコ を かえりみながら 「いいえ」 と いった。
「そりゃ おかしい こと…… それでは どうして」
 エンガワ から ザシキ へ もどりながら おもむろに、
「オシラセ が ない もん で あがって は きっと いけない とは おもいました けれども、 こんな ユキ の ヒ なら オキャク も なかろう から ひょっとか する と あって くださる か とも おもって……」
 そういう イイダシ で オカ が かたる ところ に よれば、 オカ の イトコ に あたる ヒト が ユウラン ジョガッコウ に ツウガク して いて、 ショウガツ の ガッキ から サツキ と いう シマイ の うつくしい セイト が きて、 それ は シバ サンナイ の ウラザカ に ビジン ヤシキ と いって カイワイ で ユウメイ な イエ の 3 ニン シマイ の ウチ の フタリ で ある と いう こと や、 イチバン の アネ に あたる ヒト が ホウセイ シンポウ で ウワサ を たてられた すぐれた ビボウ の モチヌシ だ と いう こと や が、 はやくも くちさがない セイト-カン の ヒョウバン に なって いる の を ナニ か の オリ に はなした ので すぐ おもいあたった けれども、 イチニチ イチニチ と ホウモン を チュウチョ して いた の だ との こと だった。 ヨウコ は いまさら に セケン の アンガイ に せまい の を おもった。 アイコ と いわず サダヨ の ウエ にも、 ジブン の ギョウセキ が どんな エイキョウ を あたえる か も かんがえず には いられなかった。 そこ に サダヨ が、 アイコ が ととのえた チャキ を あぶなっかしい テツキ で、 メハチブ に もって きた。 サダヨ は この ヒ さびしい イエ の ウチ に イクニン も キャク を むかえる モノメズラシサ に ウチョウテン に なって いた よう だった。 マンメン に イツワリ の ない アイキョウ を みせながら、 テイネイ に ぺっちゃん と オジギ を した。 そして カオ に たれかかる クロカミ を ふりあおいで アタマ を ふって ウシロ に さばきながら、 オカ を ムジャキ に みやって、 アネ の ほう に よりそう と おおきな コエ で 「ドナタ」 と きいた。
「イッショ に おひきあわせ します から ね、 アイ さん にも おいでなさい と いって いらっしゃい」
 フタリ だけ が ザ に おちつく と オカ は なみだぐましい よう な カオ を して じっと テアブリ の ナカ を みこんで いた。 ヨウコ の オモイナシ か その カオ にも すこし ヤツレ が みえる よう だった。 フツウ の オトコ ならば たぶん さほど にも おもわない に ちがいない イエ の ウチ の イサクサ など に センサイ-すぎる シンケイ を なやまして、 それ に つけて も ヨウコ の イブ を ことさら に あこがれて いた らしい ヨウス は、 そんな こと に ついて は ヒトコト も いわない が、 オカ の カオ には はっきり と えがかれて いる よう だった。
「そんな に せいたって いや よ サア ちゃん は。 セッカチ な ヒト ねえ」
 そう おだやか に たしなめる らしい アイコ の コエ が カイカ で した。
「でも そんな に オシャレ しなくったって いい わ。 オネエサマ が はやく って おっしゃって よ」
 ブエンリョ に こう いう サダヨ の コエ も はっきり きこえた。 ヨウコ は ほほえみながら オカ を あたたかく みやった。 オカ も さすが に ワライ を やどした カオ を あげた が、 ヨウコ と みかわす と キュウ に ホオ を ぽっと あかく して メ を ショウジ の ほう に そらして しまった。 テアブリ の フチ に おかれた テ の サキ が かすか に ふるう の を ヨウコ は みのがさなかった。
 やがて イモウト たち フタリ が ヨウコ の ウシロ に あらわれた。 ヨウコ は すわった まま テ を ウシロ に まわして、
「そんな ヒト の オシリ の ところ に すわって、 もっと こっち に おいでなさい な。 ……これ が イモウト たち です の。 どうか オトモダチ に して くださいまし。 オフネ で ゴイッショ だった オカ ハジメ サマ。 ……アイ さん アナタ おしり もうして いない の…… あの シツレイ です が なんと おっしゃいます の、 オイトコゴ さん の オナマエ は」
と オカ に たずねた。 オカ は コトバドオリ に シンケイ を テントウ させて いた。 それ は この セイネン を ヒジョウ に みにくく かつ うつくしく して みせた。 いそいで すわりなおした イズマイ を すぐ イミ も なく くずして、 それ を また ヒジョウ に コウカイ した らしい カオツキ を みせたり した。
「は?」
「あの ワタシドモ の ウワサ を なさった その オジョウサマ の オナマエ は」
「あの やはり オカ と いいます」
「オカ さん なら オカオ は ぞんじあげて おります わ。 ヒトツ ウエ の キュウ に いらっしゃいます」
 アイコ は すこしも さわがず に、 クラチ に たいした とき と おなじ チョウシ で じっと オカ を みやりながら ソクザ に こう こたえた。 その メ は あいかわらず イントウ と みえる ほど キョクタン に ジュンケツ だった。 ジュンケツ と みえる ほど キョクタン に イントウ だった。 オカ は おじながら も その メ から ジブン の メ を そらす こと が できない よう に マトモ に アイコ を みて みるみる ミミタブ まで を マッカ に して いた。 ヨウコ は それ を けどる と アイコ に たいして いちだん の ニクシミ を かんぜず には いられなかった。
「クラチ さん は……」
 オカ は イチロ の ニゲミチ を ようやく もとめだした よう に ヨウコ に メ を てんじた。
「クラチ さん? たったいま おかえり に なった ばかり おしい こと を しまして ねえ。 でも アナタ これから は ちょくちょく いらしって くださいます わね。 クラチ さん も すぐ オキンジョ に オスマイ です から いつか ゴイッショ に ゴハン でも いただきましょう。 ワタシ ニホン に かえって から この ウチ に オキャクサマ を おあげ する の は キョウ が はじめて です のよ。 ねえ サア ちゃん。 ……ホントウ に よく きて くださいました こと。 ワタシ とうから きて いただきたくって シヨウ が なかった ん です けれども、 クラチ さん から なんとか いって あげて くださる だろう と、 それ ばかり を まって いた の です よ。 ワタシ から オテガミ を あげる の は いけません もの (そこ で ヨウコ は わかって くださる でしょう と いう よう な やさしい メツキ を つよい ヒョウジョウ を そえて オカ に おくった)。 キムラ から の テガミ で アナタ の こと は くわしく うかがって いました わ。 いろいろ おくるしい こと が おあり に なる ん ですって ね」
 オカ は その コロ に なって ようやく ジブン を カイフク した よう だった。 しどろもどろ に なった カンガエ や コトバ も やや ととのって みえた。 アイコ は イチド しげしげ と オカ を みて しまって から は、 けっして ニド とは その ほう を むかず に、 メ を タタミ の ウエ に ふせて じっと センリ も はなれた こと でも かんがえて いる ヨウス だった。
「ワタシ の イクジ の ない の が ナニ より も いけない ん です。 シンルイ の モノタチ は なんと いって も ワタシ を ジツギョウ の ホウメン に いれて チチ の ジギョウ を つがせよう と する ん です。 それ は たぶん ホントウ に いい こと なん でしょう。 けれども ワタシ には どうしても そういう こと が わからない から こまります。 すこし でも わかれば、 どうせ こんな に ビョウシン で なにも できません から、 ハハ ハジメ ミンナ の いう こと を ききたい ん です けれども…… ワタシ は ときどき コジキ に でも なって しまいたい よう な キ が します。 ミンナ の シュジン オモイ な メ で みつめられて いる と、 ワタシ は ミンナ に すまなく なって、 なぜ ジブン みたい な クズ な ニンゲン を おしんで いて くれる の だろう と よく そう おもいます…… こんな こと イマ まで ダレ にも いい は しません けれども。 とつぜん ニホン に かえって きたり なぞ して から ワタシ は ないない カンシ まで される よう に なりました。 ……ワタシ の よう な イエ に うまれる と トモダチ と いう もの は ヒトリ も できません し、 ミンナ とは ヒョウメン だけ で モノ を いって いなければ ならない ん です から…… ココロ が さびしくって シカタ が ありません」
 そう いって オカ は すがる よう に ヨウコ を みやった。 オカ が すこし フルエ を おびた、 ヨゴレッケ の チリ ほど も ない コエ の チョウシ を おとして しんみり と モノ を いう ヨウス には おのずから な けだかい サビシミ が あった。 トショウジ を きしませながら ユキ を ふきまく コガイ の あらあらしい シゼン の スガタ に くらべて は ことさら それ が めだった。 ヨウコ には オカ の よう な ショウキョクテキ な ココロモチ は すこしも わからなかった。 しかし あれ で いて、 ベイコク-クンダリ から のって いった フネ で かえって くる ところ なぞ には、 ねばりづよい イリョク が ひそんで いる よう にも おもえた。 ヘイボン な セイネン なら できて も できなく とも シュウイ の モノ に おだてあげられれば うたがい も せず に チチ の イギョウ を つぐ マネ を して よろこんで いる だろう。 それ が どうしても できない と いう ところ にも どこ か ちがった ところ が ある の では ない か。 ヨウコ は そう おもう と なんの リカイ も なく この セイネン を とりまいて ただ わいわい さわぎたてて いる ヒトタチ が ばかばかしく も みえた。 それにしても なぜ もっと はきはき と そんな くだらない ショウガイ ぐらい うちやぶって しまわない の だろう。 ジブン なら その ザイサン を つかって から、 「こう すれば いい の かい」 と でも いって、 マワリ で セワ を やいた ニンゲン たち を ムネ の すききる まで おもいぞんぶん わらって やる のに。 そう おもう と オカ の にえきらない よう な タイド が はがゆく も あった。 しかし なんと いって も だきしめたい ほど カレン なの は オカ の センビ な さびしそう な スガタ だった。 オカ は ジョウズ に いれられた カンロ を すすりおわった チャワン を テ の サキ に すえて メンミツ に その ツクリ を ショウガン して いた。
「おおぼえ に なる よう な もの じゃ ございません こと よ」
 オカ は わるい こと でも して いた よう に カオ を あかく して それ を シタ に おいた。 カレ は イイカゲン な セジ は いえない らしかった。
 オカ は はじめて きた イエ に ナガイ する の は シツレイ だ と きた とき から おもって いて、 キカイ ある ごと に ザ を たとう と する らしかった が、 ヨウコ は そういう オカ の エンリョ に かんづけば かんづく ほど たくみ にも スベテ の キカイ を オカ に あたえなかった。
「もうすこし おまち に なる と ユキ が コブリ に なります わ。 イマ、 こないだ インド から きた コウチャ を いれて みます から めしあがって みて ちょうだい。 ふだん いい もの を めしあがりつけて いらっしゃる ん だ から、 カンテイ を して いただきます わ。 ちょっと、 ……ほんの ちょっと まって いらしって ちょうだい よ」
 そういう ふう に いって オカ を ひきとめた。 ハジメ の アイダ こそ クラチ に たいして の よう には なつかなかった サダヨ も だんだん と オカ と クチ を きく よう に なって、 シマイ には オカ の おだやか な トイ に たいして オモイ の まま を かわいらしく かたって きかせたり、 ワダイ に きゅうして オカ が だまって しまう と サダヨ の ほう から ムジャキ な こと を ききただして、 オカ を ほほえましたり した。 なんと いって も オカ は うつくしい 3 ニン の シマイ が (その ウチ アイコ だけ は タ の フタリ とは まったく ちがった タイド で) ココロ を こめて したしんで くる その コウイ には てきしかねて みえた。 さかん に ヒ を おこした あたたかい ヘヤ の ナカ の クウキ に こもる わかい オンナ たち の カミ から とも、 フトコロ から とも、 ハダ から とも しれぬ ジュウナン な カオリ だけ でも さりがたい オモイ を させた に ちがいなかった。 いつのまにか オカ は すっかり コシ を おちつけて、 イイヨウ なく こころよく ムネ の ナカ の ワダカマリ を イッソウ した よう に みえた。
 それから と いう もの、 オカ は ビジン ヤシキ と ウワサ される ヨウコ の カクレガ に おりおり デイリ する よう に なった。 クラチ とも カオ を あわせて、 たがいに こころよく フネ の ナカ での オモイダシバナシ など を した。 オカ の メ の ウエ には ヨウコ の メ が イレメ されて いた。 ヨウコ の よし と みる もの は オカ も よし と みた。 ヨウコ の にくむ もの は オカ も ムジョウケン で にくんだ。 ただ ヒトツ その レイガイ と なって いる の は アイコ と いう もの らしかった。 もちろん ヨウコ とて セイカクテキ には どうしても アイコ と いれあわなかった が、 コツニク の ジョウ と して やはり たがいに イイヨウ の ない シュウチャク を かんじあって いた。 しかし オカ は アイコ に たいして は ココロ から の アイチャク を もちだす よう に なって いる こと が しれた。
 とにかく オカ の くわわった こと が ビジン ヤシキ の イロドリ を タヨウ に した。 3 ニン の シマイ は ときおり クラチ、 オカ に ともなわれて タイコウエン の オモテモン の ほう から ミタ の トオリ など に サンポ に でた。 ヒトビト は その きらびやか な ムレ に モノズキ な メ を かがやかした。

 33

 オカ に ジュウショ を しらせて から、 すぐ それ が コトウ に つうじた と みえて、 2 ガツ に はいって から の キムラ の ショウソク は、 クラチ の テ を へず に ちょくせつ ヨウコ に あてて コトウ から カイソウ される よう に なった。 コトウ は しかし ガンコ にも その ナカ に ヒトコト も ジブン の ショウソク を ふうじこんで よこす よう な こと は しなかった。 コトウ を ちかづかせる こと は イチメン キムラ と ヨウコ との カンケイ を ダンゼツ さす キカイ を はやめる オソレ が ない でも なかった が、 あの コトウ の タンジュン な ココロ を うまく あやつり さえ すれば、 コトウ を ジブン の ほう に なずけて しまい、 したがって キムラ に フアン を おこさせない ホウベン に なる と おもった。 ヨウコ は レイ の イタズラゴコロ から コトウ を てなずける キョウミ を そそられない でも なかった。 しかし それ を ジッコウ に うつす まで に その キョウミ は こうじて は こなかった ので ソノママ に して おいた。
 キムラ の シゴト は おもいのほか ツゴウ よく はこんで ゆく らしかった。 「ニホン に おける ミライ の ピーボデー」 と いう ヒョウダイ に キムラ の ショウゾウ まで いれて、 ハミルトン シ ハイカ の ビンワンカ の ヒトリ と して、 また ヒンセイ の コウケツ な コウキョウシン の あつい コウコ の セイネン ジツギョウカ と して、 やがて は ニホン に おいて、 ベイコク に おける ピーボデー と ドウヨウ の メイセイ を かちう べき ヤクソク に ある もの と ショウサン した シカゴ トリビューン の 「セイネン ジツギョウカ ヒョウバンキ」 の キリヌキ など を フウニュウ して きた。 おもいのほか キョガク の カワセ を ちょいちょい おくって よこして、 クラチ シ に しはらう べき キンガク の ゼンタイ を しらせて くれたら、 どう クメン して も かならず ソウフ する から、 1 ニチ も はやく クラチ シ の ホゴ から ドクリツ して セヒョウ の ゴビュウ を ジッコウテキ に テイセイ し、 あわせて ジブン に たいする ヨウコ の シンジョウ を ショウメイ して ほしい など と いって よこした。 ヨウコ は―― クラチ に おぼれきって いる ヨウコ は ハナ の サキ で せせらわらった。
 それ に はんして クラチ の シゴト の ほう は いつまでも メハナ が つかない らしかった。 クラチ の いう ところ に よれば ニホン だけ の ミズサキ アンナイ ギョウシャ の クミアイ と いって も、 トウヨウ の ショコウ や セイブ ベイコク の エンガン に ある それら の クミアイ とも コウショウ を つけて レンラク を とる ヒツヨウ が ある のに、 ニホン の イミン モンダイ が ベイコク の セイブ ショシュウ で やかましく なり、 ハイニチネツ が カド に センドウ されだした ので、 ナニゴト も ベイコクジン との コウショウ は おもう よう に ゆかず に その テン で ゆきなやんで いる との こと だった。 そう いえば ベイコクジン らしい ガイコクジン が しばしば クラチ の ゲシュク に デイリ する の を ヨウコ は キ が ついて いた。 ある とき は それ が コウシカン の カンイン で でも ある か と おもう よう な、 レイソウ を して みごと な バシャ に のった シンシ で ある こと も あり、 ある とき は ズボン の オリメ も つけない ほど ダラシ の ない フウ を した ニンソウ の よく ない オトコ でも あった。
 とにかく 2 ガツ に はいって から クラチ の ヨウス が すこし ずつ すさんで きた らしい の が めだつ よう に なった。 サケ の リョウ も いちじるしく まして きた。 マサイ が かみつく よう に どなられて いる こと も あった。 しかし ヨウコ に たいして は クラチ は マエ にも まさって デキアイ の ド を くわえ、 あらゆる アイジョウ の ショウコ を つかむ まで は シツヨウ に ヨウコ を しいたげる よう に なった。 ヨウコ は メ も くらむ カシュ を あおりつける よう に その シイタゲ を よろこんで むかえた。
 ある ヨ ヨウコ は イモウト たち が シュウシン して から クラチ の ゲシュク を おとずれた。 クラチ は たった ヒトリ で さびしそう に ソウダ ビスケット を サカナ に ウイスキー を のんで いた。 チャブダイ の シュウイ には ショルイ や コウワン の チズ や が ランボウ に ちらけて あって、 ダイ の ウエ の カラ の コップ から さっする と マサイ か ダレ か、 イマ キャク が かえった ところ らしかった。 フスマ を あけて ヨウコ の はいって きた の を みる と クラチ は イツモ に なく ちょっと けわしい メツキ を して ショルイ に メ を やった が、 そこ に ある もの を エンピ を のばして ひきよせて せわしく ヒトマトメ に して トコノマ に うつす と、 ジブン の トナリ に ザブトン を しいて、 それ に すわれ と アゴ を つきだして アイズ した。 そして はげしく テ を ならした。
「コップ と タンサンスイ を もって こい」
 ヨウ を きき に きた ジョチュウ に こう いいつけて おいて、 はげしく ヨウコ を マトモ に みた。
「ヨウ ちゃん (これ は その コロ クラチ が ヨウコ を よぶ ナマエ だった。 イモウト たち の マエ で ヨウコ と ヨビステ にも できない ので クラチ は しばらく の アイダ オヨウ さん オヨウ さん と よんで いた が、 ヨウコ が サダヨ を サア ちゃん と よぶ の から おもいついた と みえて、 3 ニン を ヨウ ちゃん、 アイ ちゃん、 サア ちゃん と よぶ よう に なった。 そして サシムカイ の とき にも ヨウコ を そう よぶ の だった) は キムラ に みつがれて いる な。 ハクジョウ しっちまえ」
「それ が どうして?」
 ヨウコ は ヒダリ の カタヒジ を チャブダイ に ついて、 その ユビサキ で ビン の ホツレ を かきあげながら、 ヘイキ な カオ で ショウメン から クラチ を みかえした。
「どうして が ある か。 オレ は アカ の タニン に オレ の オンナ を やしなわす ほど フヌケ では ない ん だ」
「まあ キ の ちいさい」
 ヨウコ は なおも どうじなかった。 そこ に オンナ が はいって きた ので ハナシ の コシ が おられた。 フタリ は しばらく だまって いた。
「オレ は これから タケシバ へ いく。 な、 いこう」
「だって ミョウチョウ こまります わ。 ワタシ が ルス だ と イモウト たち が ガッコウ に いけない もの」
「イッピツ かいて ガッコウ なんざあ やすんで ルス を しろ と いって やれい」
 ヨウコ は もちろん ちょっと そんな こと を いって みた だけ だった。 イモウト たち の ガッコウ に いった アト でも、 タイコウエン の バアサン に コトバ を かけて おいて イエ を あける こと は ツネシジュウ だった。 ことに その ヨ は キムラ の こと に ついて クラチ に ガテン させて おく の が ヒツヨウ だ と おもった ので いいだされた とき から イッショ する シタゴコロ では あった の だ。 ヨウコ は そこ に あった ペン を とりあげて カミキレ に ハシリガキ を した。 クラチ が キュウビョウ に なった ので カイホウ の ため に コンヤ は ここ で とまる。 アス の アサ ガッコウ の ジコク まで に かえって こなかったら、 トジマリ を して でかけて いい。 そういう イミ を かいた。 その アイダ に クラチ は てばやく キガエ を して、 ショルイ を おおきな シナ カバン に つっこんで ジョウ を おろして から、 メンミツ に あく か あかない か を しらべた。 そして かんがえこむ よう に うつむいて ウワメ を しながら、 リョウテ を フトコロ に さしこんで カギ を ハラオビ らしい ところ に しまいこんだ。
 9 ジ-スギ 10 ジ ちかく なって から フタリ は つれだって ゲシュク を でた。 ゾウジョウジ マエ に きて から クルマ を やとった。 マンゲツ に ちかい ツキ が もう だいぶ サムゾラ たかく こうこう と かかって いた。
 フタリ を むかえた タケシバ-カン の ジョチュウ は クラチ を こころえて いて、 すぐ ニワサキ に ハナレ に なって いる フタマ ばかり の 1 ケン に アンナイ した。 カゼ は ない けれども ツキ の シロサ で ひどく ひえこんだ よう な バン だった。 ヨウコ は アシ の サキ が コオリ で つつまれた ほど カンカク を うしなって いる の を おぼえた。 クラチ の よくした アト で、 アツメ な シオユ に ゆっくり つかった ので ようやく ヒトゴコチ が ついて もどって きた とき には、 すばやい ジョチュウ の ハタラキ で シュコウ が ととのえられて いた。 ヨウコ が クラチ と トオデ-らしい こと を した の は これ が はじめて なので、 タビサキ に いる よう な キブン が ミョウ に フタリ を したしみあわせた。 ましてや ザシキ に つづく シバフ の ハズレ の イシガキ には ウミ の ナミ が きて しずか に オト を たてて いた。 ソラ には ツキ が さえて いた。 イモウト たち に とりまかれたり、 ゲシュクニン の メ を かねたり して いなければ ならなかった フタリ は くつろいだ スガタ と ココロ と で ヒバチ に よりそった。 ヨノナカ は フタリ きり の よう だった。 いつのまにか オット と ばかり クラチ を かんがえなれて しまった ヨウコ は、 ここ に ふたたび ジョウジン を みいだした よう に おもった。 そして なんとはなく クラチ を じらして じらして じらしぬいた アゲク に、 その ハンドウ から くる ミツ の よう な カンゴ を おもいきり あじわいたい ショウドウ に かられて いた。 そして それ が また クラチ の ヨウキュウ でも ある こと を ホンノウテキ に かんじて いた。
「いい わねえ。 なぜ もっと はやく こんな ところ に こなかった でしょう。 すっかり クロウ も なにも わすれて しまいました わ」
 ヨウコ は すべすべ と ほてって すこし こわばる よう な ホオ を なでながら、 とろける よう に クラチ を みた。 もう だいぶ サケノケ の まわった クラチ は、 オンナ の ニッカン を そそりたてる よう な ニオイ を ヘヤジュウ に まきちらす ハマキ を ふかしながら、 ヨウコ を シリメ に かけた。
「それ は ケッコウ。 だが オレ には サッキ の ハナシ が ノド に つかえて のこっとる て。 ムナクソ が わるい ぞ」
 ヨウコ は あきれた よう に クラチ を みた。
「キムラ の こと?」
「オマエ は オレ の カネ を ココロマカセ に つかう キ には なれない ん か」
「たりません もの」
「たりなきゃ なぜ いわん」
「いわなくったって キムラ が よこす ん だ から いい じゃ ありません か」
「バカ!」
 クラチ は ミギ の カタ を コヤマ の よう に そびやかして、 ジョウタイ を シャ に かまえながら ヨウコ を にらみつけた。 ヨウコ は その メノマエ で ウミ から でる ナツ の ツキ の よう に ほほえんで みせた。
「キムラ は ヨウ ちゃん に ほれとる ん だよ」
「そして ヨウ ちゃん は きらってる ん です わね」
「ジョウダン は おいて くれ。 ……オリャ シンケン で いっとる ん だ。 オレタチ は キムラ に ヨウ は ない はず だ。 オレ は ヨウ の ない もの は カタッパシ から すてる の が タテマエ だ。 カカア だろう が コ だろう が…… みろ オレ を…… よく みろ。 オマエ は まだ この オレ を うたがっとる ん だな。 アトガマ には キムラ を いつでも なおせる よう に クイノコシ を しとる ん だな」
「そんな こと は ありません わ」
「では なんで テガミ の ヤリトリ など しおる ん だ」
「オカネ が ほしい から なの」
 ヨウコ は ヘイキ な カオ を して また ハナシ を アト に もどした。 そして ドクシャク で サカズキ を かたむけた。 クラチ は すこし どもる ほど イカリ が つのって いた。
「それ が わるい と いっとる の が わからない か…… オレ の ツラ に ドロ を ぬりこくっとる…… こっち に こい (そう いいながら クラチ は ヨウコ の テ を とって ジブン の ヒザ の ウエ に ヨウコ の ジョウタイ を たくしこんだ)。 いえ、 かくさず に。 イマ に なって キムラ に ミレン が でて きおった ん だろう。 オンナ と いう は そうした もん だ。 キムラ に いきたくば いけ、 イマ いけ。 オレ の よう な ヤクザ を かまっとる と メ は で や せん から。 ……オマエ には フテクサレ が いっち よく にあっとる よ…… ただし オレ を だまし に かかる と ケントウチガイ だぞ」
 そう いいながら クラチ は ヨウコ を つきはなす よう に した。 ヨウコ は それでも すこしも ヘイセイ を うしなって は いなかった。 あでやか に ほほえみながら、
「アナタ も あんまり わからない……」
と いいながら コンド は ヨウコ の ほう から クラチ の ヒザ に ウシロムキ に もたれかかった。 クラチ は それ を のけよう とは しなかった。
「ナニ が わからん かい」
 しばらく して から、 クラチ は ヨウコ の カタゴシ に サカズキ を とりあげながら こう たずねた。 ヨウコ には ヘンジ が なかった。 また しばらく の チンモク の ジカン が すぎた。 クラチ が もう イチド ナニ か いおう と した とき、 ヨウコ は いつのまにか しくしく と ないて いた。 クラチ は この フイウチ に おもわず はっと した よう だった。
「なぜ キムラ から おくらせる の が わるい ん です」
 ヨウコ は ナミダ を けどらせまい と する よう に、 しかし うちしずんだ チョウシ で こう いいだした。
「アナタ の ゴヨウス で オココロモチ が よめない ワタシ だ と おおもい に なって? ワタシ ゆえ に カイシャ を おひき に なって から、 どれほど クラシムキ に くるしんで いらっしゃる か…… その くらい は バカ でも ワタシ には ちゃんと ひびいて います。 それでも しみったれた こと を する の は アナタ も おきらい、 ワタシ も きらい…… ワタシ は おもう よう に オカネ を つかって は いました。 いました けれども…… ココロ では ないてた ん です。 アナタ の ため なら どんな こと でも よろこんで しよう…… そう コノゴロ おもった ん です。 それから キムラ に とうとう テガミ を かきました。 ワタシ が キムラ を なんと おもってる か、 いまさら そんな こと を おうたがい に なる の アナタ は。 そんな みずくさい マワシギ を なさる から つい くやしく なっちまいます。 ……そんな ワタシ だ か ワタシ では ない か…… (そこ で ヨウコ は クラチ から はなれて きちんと すわりなおして タモト で カオ を おおうて しまった) ドロボウ を しろ と おっしゃる ほう が まだ まし です…… アナタ オヒトリ で くよくよ なさって…… オカネ の デドコロ を…… クラシムキ が はりすぎる なら はりすぎる と…… なぜ ソウダン に のらせて は くださらない の…… やはり アナタ は ワタシ を シンミ には おもって いらっしゃらない のね……」
 クラチ は イチド は メ を はって おどろいた よう だった が、 やがて こともなげ に わらいだした。
「そんな こと を おもっとった の か。 バカ だなあ オマエ は。 ゴコウイ は カンシャ します…… まったく。 しかし なんぼ やせて も かれて も、 オレ は オンナ の コ の フタリ や 3 ニン やしなう に コト は かかん よ。 ツキ に 300 や 400 の カネ が てまわらん よう なら クビ を くくって しんで みせる。 オマエ を まで ソウダン に のせる よう な こと は いらん の だよ。 そんな カゲ に まわった シンパイゴト は せん こと に しょう や。 この ノンキボウ の オレ まで が いらん キ を もませられる で……」
「そりゃ ウソ です」
 ヨウコ は カオ を おおうた まま きっぱり と ヤツギバヤ に いいはなった。 クラチ は だまって しまった。 ヨウコ も そのまま しばらく は なんとも いいいでなかった。
 オモヤ の ほう で 12 を うつ ハシラドケイ の コエ が かすか に きこえて きた。 サムサ も しんしん と つのって いた には ソウイ なかった。 しかし ヨウコ は その いずれ をも ココロ の ト の ウチ まで は かんじなかった。 ハジメ は イッシュ の タクラミ から キョウゲン でも する よう な キ で かかった の だった けれども、 こう なる と ヨウコ は いつのまにか ジブン で ジブン の ジョウ に おぼれて しまって いた。 キムラ を ギセイ に して まで も クラチ に おぼれこんで ゆく ジブン が あわれまれ も した。 クラチ が ヒヨウ の デドコロ を ついぞ うちあけて ソウダン して くれない の が うらみがましく おもわれ も した。 しらずしらず の うち に どれほど ヨウコ は クラチ に くいこみ、 クラチ に くいこまれて いた か を しみじみ と いまさら に おもった。 どう なろう と どう あろう と クラチ から はなれる こと は もう できない。 クラチ から はなれる くらい なら ジブン は きっと しんで みせる。 クラチ の ムネ に ハ を たてて その シンゾウ を かみやぶって しまいたい よう な キョウボウ な シュウネン が ヨウコ を そこしれぬ カナシミ へ さそいこんだ。
 ココロ の フシギ な サヨウ と して クラチ も ヨウコ の ココロモチ は イレズミ を される よう に ジブン の ムネ に かんじて ゆく らしかった。 やや ホド たって から クラチ は ムカンジョウ の よう な にぶい コエ で いいだした。
「まったく は オレ が わるかった の かも しれない。 イチジ は まったく カネ には よわりこんだ。 しかし オレ は はや ヨノナカ の ソコシオ に もぐりこんだ ニンゲン だ と おもう と ドキョウ が すわって しまいおった。 ドク も サラ も くって くれよう、 そう おもって (クラチ は アタリ を はばかる よう に さらに コエ を おとした) やりだした シゴト が あの クミアイ の こと よ。 ミズサキ アンナイ の ヤツラ は くわしい カイズ を ジブン で つくって もっとる。 ヨウサイチ の ヨウス も クロウト イジョウ ださ。 それ を あつめ に かかって みた。 おもう よう には いかん が、 くう だけ の カネ は あまる ほど でる」
 ヨウコ は おもわず ぎょっと して イキ が つまった。 チカゴロ あやしげ な ガイコクジン が クラチ の ところ に デイリ する の も ココロアタリ に なった。 クラチ は ヨウコ が クラチ の コトバ を リカイ して おどろいた ヨウス を みる と、 ほとほと アクマ の よう な カオ を して にやり と わらった。 ステバチ な フテキサ と チカラ と が みなぎって みえた。
「アイソ が つきた か……」
 アイソ が つきた。 ヨウコ は ジブン ジシン に アイソ が つきよう と して いた。 ヨウコ は ジブン の のった フネ は いつでも アイキャク もろとも に テンプク して しずんで そこしれぬ デイド の ナカ に ふかぶか と もぐりこんで ゆく こと を しった。 バイコクド、 コクゾク、 ――あるいは そういう ナ が クラチ の ナ に くわえられる かも しれない…… と おもった だけ で ヨウコ は オゾケ を ふるって、 クラチ から とびのこう と する ショウドウ を かんじた。 ぎょっと した シュンカン に ただ シュンカン だけ かんじた。 ツギ に どうか して そんな おそろしい ハメ から クラチ を すくいださなければ ならない と いう シュショウ な ココロ にも なった。 しかし サイゴ に おちついた の は、 その フカミ に クラチ を ことさら つきおとして みたい アクマテキ な ユウワク だった。 それほど まで の ヨウコ に たいする クラチ の ココロヅクシ を、 オクビョウ な オドロキ と チュウチョ と で むかえる こと に よって、 クラチ に ジブン の ココロモチ の フテッテイ なの を みさげられ は しない か と いう キグ より も、 クラチ が ジブン の ため に どれほど の ダラク でも オジョク でも あまんじて おかす か、 それ を させて みて、 マンゾク して も マンゾク して も マンゾク しきらない ジブン の ココロ の フソク を みたしたかった。 そこ まで クラチ を つきおとす こと は、 それだけ フタリ の シュウチャク を つよめる こと だ とも おもった。 ヨウコ は ナニゴト を ギセイ に きょうして も シャクネツ した フタリ の アイダ の シュウチャク を つづける ばかり で なく さらに つよめる スベ を みいだそう と した。 クラチ の コクハク を きいて おどろいた ツギ の シュンカン には、 ヨウコ は イシキ こそ せぬ これ だけ の ココロモチ に はたらかれて いた。 「そんな こと で アイソ が つきて たまる もの か」 と ハナ で あしらう よう な ココロモチ に すばやく も ジブン を おちつけて しまった。 オドロキ の ヒョウジョウ は すぐ ヨウコ の カオ から きえて、 ヨウフ に のみ みる キョクタン に ニクテキ な コワク の ビショウ が それ に かわって うかみだした。
「ちょっと おどろかされ は しました わ。 ……いい わ、 ワタシ だって なんでも します わ」
 クラチ は ヨウコ が いわず かたらず の うち に カンゲキ して いる の を カントク して いた。
「よし それ で ハナシ は わかった。 キムラ…… キムラ から も しぼりあげろ、 かまう もの かい。 ニンゲンナミ に みられない オレタチ が ニンゲンナミ に ふるまって いて たまる かい。 ヨウ ちゃん…… イノチ」
「イノチ!…… イノチ!! イノチ!!!」
 ヨウコ は ジブン の はげしい コトバ に メ も くるめく よう な ヨイ を おぼえながら、 あらん カギリ の チカラ を こめて クラチ を ひきよせた。 ゼン の ウエ の もの が オト を たてて くつがえる の を きいた よう だった が、 その アト は イロ も オト も ない ホノオ の テンチ だった。 すさまじく やけただれた ニク の ヨクネン が ヨウコ の ココロ を まったく くらまして しまった。 テンゴク か ジゴク か それ は しらない。 しかも なにもかも ミジン に つきくだいて、 びりびり と シンドウ する えんえん たる ホノオ に もやしあげた この ウチョウテン の カンラク の ホカ に ヨ に ナニモノ が あろう。 ヨウコ は クラチ を ひきよせた。 クラチ に おいて イマ まで ジブン から はなれて いた ヨウコ ジシン を ひきよせた。 そして きる よう な イタミ と、 イタミ から のみ くる キカイ な カイカン と を ジブン ジシン に かんじて とうぜん と よいしれながら、 クラチ の ニノウデ に ハ を たてて、 おもいきり ダンリョクセイ に とんだ ねっした その ニク を かんだ。
 その ヨクジツ 11 ジ-スギ に ヨウコ は チ の ソコ から ほりおこされた よう に チキュウ の ウエ に メ を ひらいた。 クラチ は まだ しんだ もの ドウゼン に いぎたなく ねむって いた。 トイタ の スギ の アカミ が カツオブシ の シン の よう に ハントウメイ に マッカ に ひかって いる ので、 ヒ が たかい の も テンキ が うつくしく はれて いる の も さっせられた。 あまずっぱく たちこもった サケ と タバコ の ヨクン の ナカ に、 スキマ もる コウセン が、 トウメイ に かがやく アメイロ の イタ と なって ほしいまま に ウスグラサ の ナカ を くぎって いた。 イツモ ならば マッカ に ジュウケツ して、 セイリョク に みちみちて ねむりながら はたらいて いる よう に みえる クラチ も、 その アサ は メ の シュウイ に シショク を さえ さして いた。 ムキダシ に した ウデ には アオスジ が ビョウテキ と おもわれる ほど たかく とびでて はいずって いた。 およぎまわる モノ でも いる よう に アタマ の ナカ が ぐらぐら する ヨウコ には、 サツジンシャ が キョウコウ から めざめて いった とき の よう な ソコ の しれない キミワルサ が かんぜられた。 ヨウコ は ひそやか に その ヘヤ を ぬけだして コガイ に でた。
 ふる よう な マヒル の コウセン に あう と、 リョウガン は ノウシン の ほう に しゃにむに ひきつけられて たまらない イタサ を かんじた。 かわいた クウキ は イキ を とめる ほど ノド を ひからばした。 ヨウコ は おもわず よろけて イリグチ の シタミイタ に よりかかって、 ダボク を さける よう に リョウテ で カオ を かくして うつむいて しまった。
 やがて ヨウコ は ヒト を さけながら シバフ の サキ の ウミギワ に でて みた。 マンゲツ に ちかい コロ の こと とて シオ は とおく ひいて いた。 アシ の カレハ が ヒ を あびて たつ ソジョチ の よう な ヘイチ が メノマエ に ひろがって いた。 しかし シゼン は すこしも ムカシ の スガタ を かえて は いなかった。 シゼン も ヒト も キノウ の まま の イトナミ を して いた。 ヨウコ は フシギ な もの を みせつけられた よう に ぼうぜん と して シオヒガタ の ドロ を み、 ウロコグモ で かざられた アオゾラ を あおいだ。 ユウベ の こと が シンジツ なら この ケシキ は ユメ で あらねば ならぬ。 この ケシキ が シンジツ なら ユウベ の こと は ユメ で あらねば ならぬ。 フタツ が リョウリツ しよう はず は ない。 ……ヨウコ は ぼうぜん と して なお メ に はいって くる もの を ながめつづけた。
 マヒ しきった よう な ヨウコ の カンカク は だんだん カイフク して きた。 それ と ともに メマイ を かんずる ほど の ズツウ を まず おぼえた。 ついで コウヨウブ に ドンジュウ な イタミ が むくむく と アタマ を もたげる の を おぼえた。 カタ は イシ の よう に こって いた。 アシ は コオリ の よう に ひえて いた。
 ユウベ の こと は ユメ では なかった の だ…… そして イマ みる この ケシキ も ユメ では ありえない…… それ は あまり に ザンコク だ、 ザンコク だ。 なぜ ユウベ を サカイ に して、 ヨノナカ は カルタ を うらがえした よう に かわって いて は くれなかった の だ。
 この ケシキ の どこ に ジブン は ミ を おく こと が できよう。 ヨウコ は ツウセツ に ジブン が おちこんで いった シンエン の フカミ を しった。 そして そこ に しゃごんで しまって、 にがい ナミダ を なきはじめた。
 ザンゲ の モン の かたく とざされた くらい ミチ が ただ ヒトスジ、 ヨウコ の ココロ の メ には ユクテ に みやられる ばかり だった。

 34

 ともかくも イッカ の アルジ と なり、 イモウト たち を よびむかえて、 その キョウイク に キョウミ と セキニン と を もちはじめた ヨウコ は、 しぜん しぜん に ツマ-らしく また ハハ-らしい ホンノウ に たちかえって、 クラチ に たいする ジョウネン にも どこ か ニク から セイシン に うつろう と する カタムキ が できて くる の を かんじた。 それ は たのしい ブジ とも かんがえれば かんがえられぬ こと は なかった。 しかし ヨウコ は あきらか に クラチ の ココロ が そういう ジョウタイ の モト には すこし ずつ こわばって ゆき ひえて ゆく の を かんぜず には いられなかった。 それ が ヨウコ には ナニ より も フマン だった。 クラチ を えらんだ ヨウコ で あって みれば、 ヒ が たつ に したがって ヨウコ にも クラチ が かんじはじめた と ドウヨウ な モノタラナサ が かんぜられて いった。 おちつく の か ひえる の か、 とにかく クラチ の カンジョウ が ハクネツ して はたらかない の を みせつけられる シュンカン は ふかい サビシミ を さそいおこした。 こんな こと で ジブン の ゼンガ を なげいれた コイ の ハナ を ちって しまわせて なる もの か。 ジブン の コイ には ゼッチョウ が あって は ならない。 ジブン には まだ どんな ナンロ でも まいくるいながら のぼって ゆく ネツ と チカラ と が ある。 その ネツ と チカラ と が つづく かぎり、 ぼんやり コシ を すえて シュウイ の ヘイボン な ケシキ など を ながめて マンゾク して は いられない。 ジブン の メ には ゼッテン の ない ゼッテン ばかり が みえて いたい。 そうした ショウドウ は コヤミ なく ヨウコ の ムネ に わだかまって いた。 エノシママル の センシツ で クラチ が みせて くれた よう な、 なにもかも ムシ した、 カミ の よう に キョウボウ な ネッシン―― それ を くりかえして ゆきたかった。
 タケシバ-カン の イチヤ は まさしく それ だった。 その ヨ ヨウコ は、 ツギ の アサ に なって ジブン が しんで みいだされよう とも マンゾク だ と おもった。 しかし ツギ の アサ いきた まま で メ を ひらく と、 その バ で しぬ ココロモチ には もう なれなかった。 もっと こうじた カンラク を おいこころみよう と いう ヨクネン、 そして それ が できそう な キタイ が ヨウコ を ミレン に した。 それから と いう もの ヨウコ は ボウガ コントン の カンキ に ひたる ため には、 スベテ を ギセイ と して も おしまない ココロ に なって いた。 そして クラチ と ヨウコ とは タガイタガイ を たのしませ そして ひきよせる ため に あらん カギリ の シュダン を こころみた。 ヨウコ は ジブン の フカハンセイ (オンナ が オトコ に たいして もつ いちばん キョウダイ な コワクブツ) の スベテ まで おしみなく なげだして、 ジブン を クラチ の メ に ショウフ イカ の もの に みせる とも くいよう とは しなく なった。 フタリ は、 ワキメ には サンビ だ と さえ おもわせる よう な ニクヨク の フハイ の すえとおく、 たがいに インラク の ミ を タガイタガイ から うばいあいながら ずるずる と くずれこんで ゆく の だった。
 しかし クラチ は しらず、 ヨウコ に とって は この いまわしい フハイ の ナカ にも イチル の キタイ が ひそんで いた。 イチド ぎゅっと つかみえたら もう うごかない ある もの が その ナカ に よこたわって いる に ちがいない、 そういう キタイ を ココロ の スミ から ぬぐいさる こと が できなかった の だった。 それ は クラチ が ヨウコ の コワク に まったく まよわされて しまって ふたたび ジブン を カイフク しえない ジキ が ある だろう と いう それ だった。 コイ を しかけた モノ の ヒケメ と して ヨウコ は イマ まで、 ジブン が クラチ を あいする ほど クラチ が ジブン を あいして は いない と ばかり おもった。 それ が いつでも ヨウコ の ココロ を フアン に し、 ジブン と いう もの の イスワリドコロ まで ぐらつかせた。 どうか して クラチ を チホウ の よう に して しまいたい。 ヨウコ は それ が ため には ある カギリ の シュダン を とって くいなかった の だ。 サイシ を リエン させて も、 シャカイテキ に しなして しまって も、 まだまだ ものたらなかった。 タケシバ-カン の ヨル に ヨウコ は クラチ を ゴクインヅキ の キョウジョウモチ に まで した こと を しった。 ガイカイ から きりはなされる だけ それだけ クラチ が ジブン の テ に おちる よう に おもって いた ヨウコ は それ を しって ウチョウテン に なった。 そして クラチ が しのばねば ならぬ クツジョク を うめあわせる ため に ヨウコ は クラチ が ほっする と おもわしい はげしい ジョウヨク を テイキョウ しよう と した の だ。 そして そう する こと に よって、 ヨウコ ジシン が けっきょく ジコ を ショウジン して クラチ の キョウミ から はなれつつ ある こと には きづかなかった の だ。
 とにも かくにも フタリ の カンケイ は タケシバ-カン の イチヤ から メンボク を あらためた。 ヨウコ は ふたたび ツマ から ジョウネツ の わかわかしい ジョウジン に なって みえた。 そういう ココロ の ヘンカ が ヨウコ の ニクタイ に およぼす ヘンカ は おどろく ばかり だった。 ヨウコ は キュウ に ミッツ も ヨッツ も わかやいだ。 26 の ハル を むかえた ヨウコ は その コロ の オンナ と して は そろそろ オイ の チョウコウ をも みせる はず なのに、 ヨウコ は ヒトツ だけ トシ を わかく とった よう だった。
 ある テンキ の いい ゴゴ ――それ は ウメ の ツボミ が もう すこし ずつ ふくらみかかった ゴゴ の こと だった が―― ヨウコ が エンガワ に クラチ の カタ に テ を かけて たちならびながら、 うっとり と ジョウキ して スズメ の まじわる の を みて いた とき、 ゲンカン に おとずれた ヒト の ケハイ が した。
「ダレ でしょう」
 クラチ は ものうさそう に、
「オカ だろう」
と いった。
「いいえ きっと マサイ さん よ」
「なあに オカ だ」
「じゃ カケ よ」
 ヨウコ は まるで ショウジョ の よう に あまったれた クチョウ で いって ゲンカン に でて みた。 クラチ が いった よう に オカ だった。 ヨウコ は アイサツ も ろくろく しない で いきなり オカ の テ を しっかり と とった。 そして ちいさな コエ で、
「よく いらしって ね。 その アイギ の よく おにあい に なる こと。 ハル-らしい いい イロジ です わ。 イマ クラチ と カケ を して いた ところ。 はやく おあがり あそばせ」
 ヨウコ は クラチ に して いた よう に オカ の ヤサガタ に テ を まわして ならびながら ザシキ に はいって きた。
「やはり アナタ の カチ よ。 アナタ は アテコト が オジョウズ だ から オカ さん を ゆずって あげたら うまく あたった わ。 イマ ゴホウビ を あげる から そこ で みて いらっしゃい よ」
 そう クラチ に いう か と おもう と、 いきなり オカ を だきすくめて その ホオ に つよい セップン を あたえた。 オカ は ショウジョ の よう に はじらって しいて ヨウコ から はなれよう と もがいた。 クラチ は レイ の しぶい よう に クチモト を ねじって ほほえみながら、
「バカ!…… コノゴロ この オンナ は すこし どうか しとります よ。 オカ さん、 アナタ ひとつ セナカ でも どやして やって ください。 ……まだ ベンキョウ か」
と いいながら ヨウコ に テンジョウ を ゆびさして みせた。 ヨウコ は オカ に セナカ を むけて 「さあ どやして ちょうだい」 と いいながら、 コンド は テンジョウ を むいて、
「アイ さん、 サア ちゃん、 オカ さん が いらしって よ。 オベンキョウ が すんだら はやく おりて おいで」
と すんだ うつくしい コエ で ハスハ に さけんだ。
「そうお」
と いう コエ が して すぐ サダヨ が とんで おりて きた。
「サア ちゃん は イマ ベンキョウ が すんだ の か」
と クラチ が きく と サダヨ は ヘイキ な カオ で、
「ええ イマ すんで よ」
と いった。 そこ には すぐ はなやか な ワライ が ハレツ した。 アイコ は なかなか シタ に おりて こよう とは しなかった。 それでも 3 ニン は したしく チャブダイ を かこんで チャ を のんだ。 その ヒ オカ は トクベツ に ナニ か いいだしたそう に して いる ヨウス だった が、 やがて、
「キョウ は ワタシ すこし オネガイ が ある ん です が ミナサマ きいて くださる でしょう か」
 おもくるしく いいだした。
「ええ ええ アナタ の おっしゃる こと なら なんでも…… ねえ サア ちゃん (と ここ まで は ジョウダン-らしく いった が キュウ に マジメ に なって) ……なんでも おっしゃって くださいまし な、 そんな タニン ギョウギ を して くださる と ヘン です わ」
と ヨウコ が いった。
「クラチ さん も いて くださる ので かえって いいよい と おもいます が コトウ さん を ここ に おつれ しちゃ いけない でしょう か。 ……キムラ さん から コトウ さん の こと は マエ から うかがって いた ん です が、 ワタシ は はじめて の オカタ に おあい する の が なんだか オックウ な タチ な もの で フタツ マエ の ニチヨウビ まで とうとう オテガミ も あげない で いたら、 その ヒ とつぜん コトウ さん の ほう から たずねて きて くださった ん です。 コトウ さん も イチド おたずね しなければ いけない ん だ が と いって いなさいました。 で ワタシ、 キョウ は スイヨウビ だ から、 ヨウベン ガイシュツ の ヒ だ から、 これから むかえ に いって きたい と おもう ん です。 いけない でしょう か」
 ヨウコ は クラチ だけ に カオ が みえる よう に むきなおって 「ジブン に まかせろ」 と いう メツキ を しながら、
「いい わね」
と ネン を おした。 クラチ は ヒミツ を つたえる ヒト の よう に カオイロ だけ で 「よし」 と こたえた。 ヨウコ は くるり と オカ の ほう に むきなおった。
「よう ございます とも (ヨウコ は その よう に アクセント を つけた) アナタ に オムカイ に いって いただいて は ホント に すみません けれども、 そうして くださる と ホントウ に ケッコウ。 サア ちゃん も いい でしょう。 また もう ヒトリ オトモダチ が ふえて…… しかも めずらしい ヘイタイ さん の オトモダチ……」
「アイ ネエサン が オカ さん に つれて いらっしゃい って このあいだ そう いった のよ」
と サダヨ は エンリョ なく いった。
「そうそう アイコ さん も そう おっしゃって でした ね」
と オカ は どこまでも ジョウヒン な テイネイ な コトバ で コト の ツイデ の よう に いった。
 オカ が イエ を でる と しばらく して クラチ も ザ を たった。
「いい でしょう。 うまく やって みせる わ。 かえって デイリ させる ほう が いい わ」
 ゲンカン に おくりだして そう ヨウコ は いった。
「どう かな アイツ、 コトウ の ヤツ は すこし ほねばりすぎてる…… が わるかったら モトモト だ…… とにかく キョウ オレ の いない ほう が よかろう」
 そう いって クラチ は でて いった。 ヨウコ は ハリダシ に なって いる 6 ジョウ の ヘヤ を きれい に かたづけて、 ヒバチ の ナカ に コウ を たきこめて、 こころしずか に モクロミ を めぐらしながら コトウ の くる の を まった。 しばらく あわない うち に コトウ は だいぶ てごわく なって いる よう にも おもえた。 そこ を ジブン の サイリョク で まるめる の が トキ に とって の キョウミ の よう にも おもえた。 もし コトウ を ナンカ すれば、 キムラ との カンケイ は イマ より も ツナギ が よく なる……。
 30 プン ほど たった コロ ヒトツギ の ヘイエイ から コトウ は オカ に ともなわれて やって きた。 ヨウコ は 6 ジョウ に いて、 サダヨ を トリツギ に だした。
「サダヨ さん だね。 おおきく なった ね」
 まるで マエ の コトウ の コエ とは おもわれぬ よう な おとなびた くろずんだ コエ が して、 がちゃがちゃ と ハイケン を とる らしい オト も きこえた。 やがて オカ の サキ に たって カッコウ の わるい きたない クロ の グンプク を きた コトウ が、 ヒルイ の くさった よう な ニオイ を ぷんぷん させながら ヨウコ の いる ところ に はいって きた。
 ヨウコ は タイ なく コウイ を こめた メツキ で、 ショウジョ の よう に はれやか に おどろきながら コトウ を みた。
「まあ これ が コトウ さん? なんて こわい カタ に なって おしまい なすった ん でしょう。 モト の コトウ さん は オヒタイ の おしろい ところ だけ に しか のこっちゃ いません わ。 がみがみ と しかったり なすっちゃ いや です こと よ。 ホントウ に しばらく。 もう こんりんざい きて は くださらない もの と あきらめて いました のに、 よく…… よく いらしって くださいました。 オカ さん の オテガラ です わ…… ありがとう ございました」
と いって ヨウコ は そこ に ならんで すわった フタリ の セイネン を カタミガワリ に みやりながら かるく アイサツ した。
「さぞ おつらい でしょう ねえ。 オユ は? おめし に ならない? ちょうど わいて います わ」
「だいぶ くさくって オキノドク です が、 1 ド や 2 ド ユ に つかったって なおり は しません から…… まあ はいりません」
 コトウ は はいって きた とき の しかつめらしい ヨウス に ひきかえて カオイロ を やわらがせられて いた。 ヨウコ は ココロ の ウチ で あいかわらず の シンプルトン だ と おもった。
「そう ねえ ナンジ まで モンゲン は?…… え、 6 ジ? それじゃ もう いくらも ありません わね。 じゃ オユ は よして いただいて オハナシ の ほう を たんと しましょう ねえ。 いかが グンタイ セイカツ は、 オキ に いって?」
「はいらなかった マエ イジョウ に きらい に なりました」
「オカ さん は どう なさった の」
「ワタシ は まだ ユウヨチュウ です が ケンサ を うけたって きっと ダメ です。 フゴウカク の よう な ケンコウ を もつ と、 ワタシ グンタイ セイカツ の できる よう な ヒト が うらやましくって なりません。 ……カラダ でも つよく なったら ワタシ、 もうすこし ココロ も つよく なる ん でしょう けれども……」
「そんな こと は ありません ねえ」
 コトウ は ジブン の ケイケン から オカ を セップク する よう に そう いった。
「ボク も その ヒトリ だ が、 オニ の よう な タイカク を もって いて、 オンナ の よう な ヨワムシ が タイ に いて みる と たくさん います よ。 ボク は こんな ココロ で こんな タイカク を もって いる の が センテンテキ の ニジュウ セイカツ を しいられる よう で くるしい ん です。 これから も ボク は この ムジュン の ため に きっと くるしむ に ちがいない」
「ナン です ね オフタリ とも、 ミョウ な ところ で ケンソン の シッコ を なさる のね。 オカ さん だって そう およわく は ない し、 コトウ さん と きたら それ は イシ ケンゴ……」
「そう なら ボク は キョウ も ここ なんか には き や しません。 キムラ クン にも とうに ケッシン を させて いる はず なん です」
 ヨウコ の コトバ を チュウト から うばって、 コトウ は したたか ジブン ジシン を むちうつ よう に はげしく こう いった。 ヨウコ は なにもかも わかって いる くせ に シラ を きって フシギ そう な カオツキ を して みせた。
「そう だ、 おもいきって いう だけ の こと は いって しまいましょう。 ……オカ クン たたない で ください。 キミ が いて くださる と かえって いい ん です」
 そう いって コトウ は ヨウコ を しばらく ジュクシ して から いいだす こと を まとめよう と する よう に シタ を むいた。 オカ も ちょっと カタチ を あらためて ヨウコ の ほう を ぬすみみる よう に した。 ヨウコ は マユ ヒトツ うごかさなかった。 そして ソバ に いる サダヨ に ミミウチ して、 アイコ を てつだって 5 ジ に ユウショク の たべられる ヨウイ を する よう に、 そして サンエンテイ から ミサラ ほど の リョウリ を とりよせる よう に いいつけて ザ を はずさした。 コトウ は おどる よう に して ヘヤ を でて ゆく サダヨ を そっと メ の ハズレ で みおくって いた が、 やがて おもむろに カオ を あげた。 ヒ に やけた カオ が さらに あかく なって いた。
「ボク は ね…… (そう いって おいて コトウ は また かんがえた) ……アナタ が、 そんな こと は ない と アナタ は いう でしょう が、 アナタ が クラチ と いう その ジムチョウ の ヒト の オクサン に なられる と いう の なら、 それ が わるい って おもってる わけ じゃ ない ん です。 そんな こと が ある と すりゃ そりゃ シカタ の ない こと なん だ。 ……そして です ね、 ボク にも そりゃ わかる よう です。 ……わかる って いう の は、 アナタ が そう なれば なりそう な こと だ と、 それ が わかる って いう ん です。 しかし それなら それ で いい から、 それ を キムラ に はっきり と いって やって ください。 そこ なん だ ボク の いわん と する の は。 アナタ は おこる かも しれません が、 ボク は キムラ に イクド も ヨウコ さん とは もう エン を きれ って カンコク しました。 これまで ボク が アナタ に だまって そんな こと を して いた の は わるかった から オコトワリ を します (そう いって コトウ は ちょっと セイジツ に アタマ を さげた。 ヨウコ も だまった まま マジメ に うなずいて みせた)。 けれども キムラ から の ヘンジ は、 それ に たいする ヘンジ は いつでも ドウイツ なん です。 ヨウコ から ハヤク の こと を もうしでて くる か、 クラチ と いう ヒト との ケッコン を もうしでて くる まで は、 ジブン は ダレ の コトバ より も ヨウコ の コトバ と ココロ と に シンヨウ を おく。 シンユウ で あって も この モンダイ に ついて は、 キミ の カンコク だけ では ココロ は うごかない。 こう なん です。 キムラ って の は そんな オトコ なん です よ (コトウ の コトバ は ちょっと くもった が すぐ モト の よう に なった)。 それ を アナタ は だまって おく の は すこし ヘン だ と おもいます」
「それで……」
 ヨウコ は すこし ザ を のりだして コトウ を はげます よう に コトバ を つづけさせた。
「キムラ から は マエ から アナタ の ところ に いって よく ジジョウ を みて やって くれ、 ビョウキ の こと も シンパイ で ならない から と いって きて は いる ん です が、 ボク は ジブン ながら どう シヨウ も ない ミョウ な ケッペキ が ある もん だ から つい うかがいおくれて しまった の です。 なるほど アナタ は セン より は やせました ね。 そして カオ の イロ も よく ありません ね」
 そう いいながら コトウ は じっと ヨウコ の カオ を みやった。 ヨウコ は アネ の よう に イチダン の タカミ から コトウ の メ を むかえて オウヨウ に ほほえんで いた。 いう だけ いわせて みよう、 そう おもって コンド は オカ の ほう に メ を やった。
「オカ さん。 アナタ イマ コトウ さん の おっしゃる こと を すっかり おきき に なって いて くださいました わね。 アナタ は コノゴロ シツレイ ながら カゾク の ヒトリ の よう に こちら に あそび に おいで くださる ん です が、 ワタシ を どう おおもい に なって いらっしゃる か、 ゴエンリョ なく コトウ さん に おはなし なすって くださいまし な。 けっして ゴエンリョ なく…… ワタシ どんな こと を うかがって も けっして けっして なんとも おもい は いたしません から」
 それ を きく と オカ は ひどく トウワク して カオ を マッカ に して ショジョ の よう に はにかんだ。 コトウ の ソバ に オカ を おいて みる の は、 セイドウ の カビン の ソバ に サキカケ の サクラ を おいて みる よう だった。 ヨウコ は ふと ココロ に うかんだ その タイヒ を ジブン ながら おもしろい と おもった。 そんな ヨユウ を ヨウコ は うしなわない で いた。
「ワタシ こういう コトガラ には モノ を いう チカラ は ない よう に おもいます から……」
「そう いわない で ホントウ に おもった こと を いって みて ください。 ボク は イッテツ です から ひどい オモイマチガイ を して いない とも かぎりません から。 どうか きかして ください」
 そう いって コトウ も ケンショウ-ゴシ に オカ を かえりみた。
「ホントウ に なにも いう こと は ない ん です けれども…… キムラ さん には ワタシ クチ に いえない ほど ゴドウジョウ して います。 キムラ さん の よう な いい カタ が イマゴロ どんな に ヒトリ で さびしく おもって おられる か と おもいやった だけ で ワタシ さびしく なって しまいます。 けれども ヨノナカ には イロイロ な ウンメイ が ある の では ない でしょう か。 そして メイメイ は だまって それ を たえて いく より シカタ が ない よう に ワタシ おもいます。 そこ で ムリ を しよう と する と スベテ の こと が わるく なる ばかり…… それ は ワタシ だけ の カンガエ です けれども。 ワタシ そう かんがえない と イッコク も いきて いられない よう な キ が して なりません。 ヨウコ さん と キムラ さん と クラチ さん との カンケイ は ワタシ すこし は しってる よう にも おもいます けれども、 よく かんがえて みる と かえって ちっとも しらない の かも しれません ねえ。 ワタシ は ジブン ジシン が すこしも わからない ん です から オサンニン の こと など も、 わからない ジブン の、 わからない ソウゾウ だけ の こと だ と おもいたい ん です。 ……コトウ さん には そこ まで は おはなし しません でした けれども、 ワタシ ジブン の ウチ の ジジョウ が たいへん くるしい ので ココロ を うちあける よう な ヒト を もって いません でした が……、 ことに ハハ とか シマイ とか いう オンナ の ヒト に…… ヨウコ さん に オメ に かかったら、 なんでも なく それ が できた ん です。 それで ワタシ は うれしかった ん です。 そして ヨウコ さん が キムラ さん と どうしても キ が おあい に ならない、 その こと も シツレイ です けれども イマ の ところ では ワタシ ソウゾウ が ちがって いない よう にも おもいます。 けれども その ホカ の こと は ワタシ なんとも ジシン を もって いう こと が できません。 そんな ところ まで タニン が ソウゾウ を したり クチ を だしたり して いい もの か どう か も ワタシ わかりません。 たいへん ドクゼンテキ に きこえる かも しれません が、 そんな キ は なく、 ウンメイ に できる だけ ジュウジュン に して いたい と おもう と、 ワタシ すすんで モノ を いったり したり する の が おそろしい と おもいます。 ……なんだか すこしも ヤク に たたない こと を いって しまいまして…… ワタシ やはり チカラ が ありません から、 なにも いわなかった ほう が よかった ん です けれども……」
 そう たえいる よう に コエ を ほそめて オカ は コトバ を むすばぬ うち に クチ を つぐんで しまった。 その アト には チンモク だけ が ふさわしい よう に クチ を つぐんで しまった。
 じっさい その アト には フシギ な ほど しめやか な チンモク が つづいた。 たきこめた コウ の ニオイ が かすか に うごく だけ だった。
「あんな に ケンソン な オカ クン も (オカ は あわてて その サンジ らしい コトウ の コトバ を うちけそう と しそう に した が、 コトウ が どんどん コトバ を つづける ので そのまま カオ を あかく して だまって しまった) アナタ と キムラ と が どうしても おりあわない こと だけ は すくなくとも みとめて いる ん です。 そう でしょう」
 ヨウコ は うつくしい チンモク を がさつ な テ で かきみだされた フカイ を かすか に ものたらなく おもう らしい ヒョウジョウ を して、
「それ は ヨウコウ する マエ、 いつぞや ヨコハマ に イッショ に いって いただいた とき くわしく おはなし した じゃ ありません か。 それ は ワタシ ドナタ に でも もうしあげて いた こと です わ」
「そんなら なぜ…… その とき は キムラ の ホカ には ホゴシャ は いなかった から、 アナタ と して は オイモウト さん たち を そだてて いく うえ にも ジブン を ギセイ に して キムラ に いく キ で おいで だった かも しれません が なぜ…… なぜ イマ に なって も キムラ との カンケイ を ソノママ に して おく ヒツヨウ が ある ん です」
 オカ は はげしい コトバ で ジブン が せめられる か の よう に はらはら しながら クビ を さげたり、 ヨウコ と コトウ の カオ と を カタミガワリ に みやったり して いた が、 とうとう いたたまれなく なった と みえて、 しずか に ザ を たって ヒト の いない 2 カイ の ほう に いって しまった。 ヨウコ は オカ の ココロモチ を おもいやって ひきとめなかった し、 コトウ は、 いて もらった ところ が なんの ヤク にも たたない と おもった らしく これ も ひきとめ は しなかった。 さす ハナ も ない セイドウ の カビン ヒトツ…… ヨウコ は ココロ の ウチ で ヒニク に ほほえんだ。
「それ より サキ に うかがわして ちょうだい な、 クラチ さん は どの くらい の テイド で ワタシタチ を ホゴ して いらっしゃる か ゴゾンジ?」
 コトウ は すぐ ぐっと つまって しまった。 しかし すぐ もりかえして きた。
「ボク は オカ クン と ちがって ブルジョア の イエ に うまれなかった もの です から、 デリカシー と いう よう な ビトク を あまり たくさん もって いない よう だ から、 シツレイ な こと を いったら ゆるして ください。 クラチ って ヒト は サイシ まで リエン した…… しかも ヒジョウ に テイセツ らしい オクサン まで リエン した と シンブン に でて いました」
「そう ね シンブン には でて いました わね。 ……よう ございます わ、 かりに そう だ と したら それ が ナニ か ワタシ と カンケイ の ある こと だ と でも おっしゃる の」
 そう いいながら ヨウコ は すこし キ に さえた らしく、 スミトリ を ひきよせて ヒバチ に ヒ を つぎたした。 サクラズミ の ヒバナ が はげしく とんで フタリ の アイダ に はじけた。
「まあ ひどい この スミ は、 ミズ を かけず に もって きた と みえる のね。 オンナ ばかり の ショタイ だ と おもって デイリ の ゴヨウキキ まで ヒト を バカ に する ん です のよ」
 ヨウコ は そう いいいい マユ を ひそめた。 コトウ は ムネ を つかれた よう だった。
「ボク は ランボウ な もん だ から…… イイスギ が あったら ホントウ に ゆるして ください。 ボク は じっさい いかに シンユウ だ から と いって キムラ ばかり を いい よう に と おもってる わけ じゃ ない ん です けれども、 まったく あの キョウグウ には ドウジョウ して しまう もん だ から…… ボク は アナタ も ジブン の タチバ さえ はっきり いって くだされば アナタ の タチバ も リカイ が できる と おもう ん だ けれども なあ。 ……ボク は あまり チョクセンテキ-すぎる ん でしょう か。 ボク は ヨノナカ を サン-クリアー に みたい と おもいます よ。 できない もん でしょう か」
 ヨウコ は なでる よう な コウイ の ホホエミ を みせた。
「アナタ が ワタシ ホントウ に うらやましゅう ござんす わ。 ヘイワ な カテイ に おそだち に なって すなお に なんでも ゴラン に なれる の は ありがたい こと なん です わ。 そんな カタ ばかり が ヨノナカ に いらっしゃる と メンドウ が なくなって それ は いい ん です けれども、 オカ さん なんか は それ から みる と ホントウ に オキノドク なん です の。 ワタシ みたい な モノ を さえ ああして タヨリ に して いらっしゃる の を みる と いじらしくって キョウ は クラチ さん の みて いる マエ で キス して あげっちまった の。 ……ヒトゴト じゃ ありません わね (ヨウコ の カオ は すぐ くもった)。 アナタ と ドウヨウ はきはき した こと の すき な ワタシ が こんな に イジ を こじらしたり、 ヒト の キ を かねたり、 このんで ゴカイ を かって でたり する よう に なって しまった、 それ を かんがえて ゴラン に なって ちょうだい。 アナタ には イマ は おわかり に ならない かも しれません けれども…… それにしても もう 5 ジ。 アイコ に テリョウリ を つくらせて おきました から ヒサシブリ で イモウト たち にも あって やって くださいまし、 ね、 いい でしょう」
 コトウ は キュウ に かたく なった。
「ボク は かえります。 ボク は キムラ に はっきり した ホウコク も できない うち に、 こちら で ゴハン を いただいたり する の は なんだか キ が とがめます。 ヨウコ さん たのみます、 キムラ を すくって ください。 そして アナタ ジシン を すくって ください。 ボク は ホントウ を いう と トオク に はなれて アナタ を みて いる と どうしても きらい に なっちまう ん です が、 こう やって おはなし して いる と シツレイ な こと を いったり ジブン で おこったり しながら も、 アナタ は ジブン でも あざむけない よう な もの を もって おられる の を かんずる よう に おもう ん です。 キョウグウ が わるい ん だ きっと。 ボク は イッショウ が ダイジ だ と おもいます よ。 ライセ が あろう が カコセ が あろう が この イッショウ が ダイジ だ と おもいます よ。 イキガイ が あった と おもう よう に いきて いきたい と おもいます よ。 ころんだって たおれたって そんな こと を セケン の よう に かれこれ くよくよ せず に、 ころんだら たって、 たおれたら おきあがって いきたい と おもいます。 ボク は すこし ヒトナミ はずれて バカ の よう だ けれども、 バカモノ で さえ が そうして いきたい と おもってる ん です」
 コトウ は メ に ナミダ を ためて いたましげ に ヨウコ を みやった。 その とき デントウ が キュウ に ヘヤ を あかるく した。
「アナタ は ホントウ に どこ か わるい よう です ね。 はやく なおって ください。 それじゃ ボク は これ で キョウ は ゴメン を こうむります。 さようなら」
 メジカ の よう に ビンカン な オカ さえ が いっこう チュウイ しない ヨウコ の ケンコウ ジョウタイ を、 ドンジュウ-らしい コトウ が いちはやく みてとって あんじて くれる の を みる と、 ヨウコ は この ソボク な セイネン に ナツカシミ を かんずる の だった。 ヨウコ は たって ゆく コトウ の ウシロ から、
「アイ さん サア ちゃん コトウ さん が おかえり に なる と いけない から はやく きて おとめ もうして おくれ」
と さけんだ。 ゲンカン に でた コトウ の ところ に ダイドコログチ から サダヨ が とんで きた。 とんで き は した が、 クラチ に たいして の よう に すぐ おどりかかる こと は え しない で、 クチ も きかず に、 すこし はずかしげ に そこ に たちすくんだ。 その アト から アイコ が テヌグイ を アタマ から とりながら イソギアシ で あらわれた。 ゲンカン の ナゲシ の ところ に テリカエシ を つけて おいて ある ランプ の ヒカリ を マトモ に うけた アイコ の カオ を みる と、 コトウ は みいられた よう に その ビ に うたれた らしく、 モクレイ も せず に その タチスガタ に ながめいった。 アイコ は にこり と ヒダリ の クチジリ に エクボ の でる ビショウ を みせて、 ミギテ の ユビサキ が ロウカ の イタ に やっと さわる ほど ヒザ を おって かるく アタマ を さげた。 アイコ の カオ には シュウチ らしい もの は すこしも あらわれなかった。
「いけません、 コトウ さん。 イモウト たち が ゴオンガエシ の つもり で イッショウ ケンメイ に した ん です から、 おいしく は ありません が、 ぜひ、 ね。 サア ちゃん オマエサン その オボウシ と ケン と を もって おにげ」
 ヨウコ に そう いわれて サダヨ は すばしこく ボウシ だけ とりあげて しまった。 コトウ は おめおめ と いのこる こと に なった。
 ヨウコ は クラチ をも よびむかえさせた。
 12 ジョウ の ザシキ には この イエ に めずらしく にぎやか な ショクタク が しつらえられた。 5 ニン が おのおの ザ に ついて ハシ を とろう と する ところ に クラチ が はいって きた。
「さあ いらっしゃいまし、 コンヤ は にぎやか です のよ。 ここ へ どうぞ (そう いって コトウ の トナリ の ザ を メ で しめした)。 クラチ さん、 この カタ が いつも オウワサ を する キムラ の シンユウ の コトウ ギイチ さん です。 キョウ めずらしく いらしって くださいました の。 これ が ジムチョウ を して いらしった クラチ サンキチ さん です」
 ショウカイ された クラチ は こころおきない タイド で コトウ の ソバ に すわりながら、
「ワタシ は たしか ソウカクカン で ちょっと オメ に かかった よう に おもう が ゴアイサツ も せず シッケイ しました。 こちら には しじゅう オセワ に なっとります。 イゴ よろしく」
と いった。 コトウ は ショウメン から クラチ を じっと みやりながら ちょっと アタマ を さげた きり モノ も いわなかった。 クラチ は かるがるしく だした ジブン の イマ の コトバ を フカイ に おもった らしく、 にがりきって カオ を ショウメン に なおした が、 しいて ドリョク する よう に エガオ を つくって もう イチド コトウ を かえりみた。
「あの とき から する と みちがえる よう に かわられました な。 ワタシ も ニッシン センソウ の とき は ハンブン グンジン の よう な セイカツ を した が、 なかなか おもしろかった です よ。 しかし くるしい こと も たまに は おあり だろう な」
 コトウ は ショクタク を みやった まま、
「ええ」
と だけ こたえた。 クラチ の ガマン は それまで だった。 イチザ は その キブン を かんじて なんとなく しらけわたった。 ヨウコ の てなれた タクト でも それ は なかなか イッソウ されなかった。 オカ は その キマズサ を キョウレツ な デンキ の よう に かんじて いる らしかった。 ヒトリ サダヨ だけ はしゃぎかえった。
「この サラダ は アイ ネエサン が オス と オリーブ-ユ を まちがって アブラ を たくさん かけた から きっと あぶらっこくって よ」
 アイコ は おだやか に サダヨ を にらむ よう に して、
「サア ちゃん は ひどい」
と いった。 サダヨ は ヘイキ だった。
「そのかわり ワタシ が また オス を アト から いれた から すっぱすぎる ところ が ある かも しれなく なって よ。 もすこし ついでに オハ も いれれば よかって ねえ、 アイ ネエサン」
 ミンナ は おもわず わらった。 コトウ も わらう には わらった。 しかし その ワライゴエ は すぐ しずまって しまった。
 やがて コトウ が とつぜん ハシ を おいた。
「ボク が わるい ため に せっかく の ショクタク を たいへん フユカイ に した よう です。 すみません でした。 ボク は これ で シツレイ します」
 ヨウコ は あわてて、
「まあ そんな こと は ちっとも ありません こと よ。 コトウ さん そんな こと を おっしゃらず に シマイ まで いらしって ちょうだい どうぞ。 ミンナ で トチュウ まで おおくり します から」
と とめた が コトウ は どうしても きかなかった。 ヒトビト は ショクジ ナカバ で たちあがらねば ならなかった。 コトウ は クツ を はいて から、 オビカワ を とりあげて ケン を つる と、 ヨウフク の シワ を のばしながら、 ちらっと アイコ に するどく メ を やった。 ハジメ から ほとんど モノ を いわなかった アイコ は、 この とき も だまった まま、 タコン な ニュウワ な メ を おおきく みひらいて、 チュウザ を して ゆく コトウ を うつくしく たしなめる よう に じっと みかえして いた。 それ を ヨウコ の するどい シカク は みのがさなかった。
「コトウ さん、 アナタ これから きっと たびたび いらしって くださいまし よ。 まだまだ もうしあげる こと が たくさん のこって います し、 イモウト たち も おまち もうして います から、 きっと です こと よ」
 そう いって ヨウコ も シタシミ を こめた ヒトミ を おくった。 コトウ は しゃちこばった グンタイシキ の リツレイ を して、 さくさく と ジャリ の ウエ に クツ の オト を たてながら、 ユウヤミ の もよおした スギモリ の シタミチ の ほう へ と きえて いった。
 ミオクリ に たたなかった クラチ が ザシキ の ほう で ヒトリゴト の よう に ダレ に むかって とも なく 「バカ!」 と いう の が きこえた。

 35

 ヨウコ と クラチ とは タケシバ-カン イライ たびたび イエ を あけて ちいさな コイ の ボウケン を たのしみあう よう に なった。 そういう とき に クラチ の イエ に デイリ する ガイコクジン や マサイ など が ドウハン する こと も あった。 ガイコクジン は おもに ベイコク の ヒト だった が、 ヨウコ は クラチ が そういう ヒトタチ を ドウザ させる イミ を しって、 その なめらか な エイゴ と、 ダレ でも ――ことに カオ や テ の ヒョウジョウ に ホンノウテキ な キョウミ を もつ ガイコクジン を―― コワク しない では おかない はなやか な オウセツブリ と で、 カレラ を トリコ に する こと に セイコウ した。 それ は クラチ の シゴト を すくなからず たすけた に ちがいなかった。 クラチ の カネマワリ は ますます ジュンタク に なって ゆく らしかった。 ヨウコ イッカ は クラチ と キムラ と から みつがれる カネ で チュウリュウ カイキュウ には ありえない ほど ヨユウ の ある セイカツ が できた のみ ならず、 ヨウコ は ジュウブン の シオクリ を サダコ に して、 なお あまる カネ を おんならしく マイゲツ ギンコウ に あずけいれる まで に なった。
 しかし それ と ともに クラチ は ますます すさんで いった。 メ の ヒカリ に さえ モト の よう に タイカイ に のみ みる カンカツ な ムトンジャク な そして おそろしく ちからづよい ヒョウジョウ は なくなって、 いらいら と アテ も なく もえさかる セキタン の ヒ の よう な ネツ と フアン と が みられる よう に なった。 ややともすると クラチ は とつぜん ワケ も ない こと に きびしく ハラ を たてた。 マサイ など は コッパ ミジン に しかりとばされたり した。 そういう とき の クラチ は アラシ の よう な キョウボウ な イリョク を しめした。
 ヨウコ も ジブン の ケンコウ が だんだん わるい ほう に むいて ゆく の を イシキ しない では いられなく なった。 クラチ の ココロ が すさめば すさむ ほど ヨウコ に たいして ヨウキュウ する もの は もえただれる ジョウネツ の ニクタイ だった が、 ヨウコ も また しらずしらず ジブン を それ に テキオウ させ、 かつは ジブン が クラチ から ドウヨウ な キョウボウ な アイブ を うけたい ヨクネン から、 サキ の こと も アト の こと も かんがえず に、 ゲンザイ の カノウ の スベテ を つくして クラチ の ヨウキュウ に おうじて いった。 ノウ も シンゾウ も ふりまわして、 ゆすぶって、 たたきつけて、 イッキ に モウカ で あぶりたてる よう な ゲキジョウ、 タマシイ ばかり に なった よう な、 ニク ばかり に なった よう な キョクタン な シンケイ の コンラン、 そして その アト に つづく シメツ と ドウゼン の ケンタイ ヒロウ。 ニンゲン が ゆうする セイメイリョク を ドンゾコ から ためし こころみる そういう ギャクタイ が ヒ に 2 ド も 3 ド も くりかえされた。 そうして その アト では クラチ の ココロ は きっと ヤジュウ の よう に さらに すさんで いた。 ヨウコ は フカイ きわまる ビョウリテキ の ユウウツ に おそわれた。 しずか に にぶく セイメイ を おびやかす ヨウブ の イタミ、 2 ヒキ の ショウマ が ニク と ホネ との アイダ に はいりこんで、 ニク を カタ に あてて ホネ を ふんばって、 うんと チカラマカセ に そりあがる か と おもわれる ほど の カタ の コリ、 だんだん コドウ を ひくめて いって、 コキュウ を くるしく して、 イマ ハタラキ を とめる か と あやぶむ と、 イチジ に ミミ に まで オト が きこえる くらい はげしく うごきだす フキソク な シンゾウ の ドウサ、 もやもや と ヒ の キリ で つつまれたり、 トウメイ な コオリ の ミズ で みたされる よう な ズノウ の クルイ、 ……こういう ゲンショウ は ヒイチニチ と セイメイ に たいする、 そして ジンセイ に たいする ヨウコ の サイギ を はげしく した。
 ウチョウテン の デキラク の アト に おそって くる さびしい とも、 かなしい とも、 はかない とも ケイヨウ の できない その クウキョサ は ナニ より も ヨウコ に つらかった。 たとい その バ で イノチ を たって も その クウキョサ は エイエン に ヨウコ を おそう もの の よう にも おもわれた。 ただ これ から のがれる ただ ヒトツ の ミチ は ステバチ に なって、 イチジテキ の もの だ とは しりぬきながら、 そして その アト には さらに くるしい クウキョサ が マチブセ して いる とは カクゴ しながら、 ツギ の デキラク を おう ホカ は なかった。 キブン の すさんだ クラチ も おなじ ヨウコ と おなじ ココロ で おなじ こと を もとめて いた。 こうして フタリ は テイシ する ところ の ない いずこ か へ テ を つないで まよいこんで いった。
 ある アサ ヨウコ は アサユ を つかって から、 レイ の 6 ジョウ で キョウダイ に むかった が イチニチ イチニチ に かわって ゆく よう な ジブン の カオ には ただ おどろく ばかり だった。 すこし タテ に ながく みえる カガミ では ある けれども、 そこ に うつる スガタ は あまり に ほそって いた。 そのかわり メ は マエ にも まして おおきく スズ を はって、 ケショウヤケ とも おもわれぬ うすい ムラサキイロ の シキソ が その マワリ に あらわれて きて いた。 それ が ヨウコ の メ に たとえば シンリン に かこまれた すんだ ミズウミ の よう な フカミ と シンピ と を そえる よう にも みえた。 ハナスジ は やせほそって セイシンテキ な ビンカンサ を きわだたして いた。 ホオ の いたいたしく こけた ため に、 ヨウコ の カオ に いう べからざる アタタカミ を あたえる エクボ を うしなおう と して は いた が、 その カワリ に そこ には なやましく ものおもわしい ハリ を くわえて いた。 ただ ヨウコ が どうしても ベンゴ の できない の は ますます めだって きた かたい シタアゴ の リンカク だった。 しかし とにも かくにも ニクジョウ の コウフン の ケッカ が カオ に ヨウセイ な セイシンビ を つけくわえて いる の は フシギ だった。 ヨウコ は これまで の ケショウホウ を ぜんぜん あらためる ヒツヨウ を その アサ に なって しみじみ と かんじた。 そして イマ まで きて いた イルイ まで が のこらず キ に くわなく なった。 そう なる と ヨウコ は ヤ も タテ も たまらなかった。
 ヨウコ は ベニ の まじった オシロイ を ほとんど つかわず に ケショウ を した。 アゴ の リョウガワ と メ の マワリ との オシロイ を わざと うすく ふきとった。 マクラ を いれず に マエガミ を とって、 ソクハツ の マゲ を おもいきり さげて ゆって みた。 ビン だけ を すこし ふくらました ので アゴ の はった の も めだたず、 カオ の ほそく なった の も いくらか チョウセツ されて、 そこ には ヨウコ ジシン が キタイ も しなかった よう な ハイタイテキ な ドウジ に シンケイシツテキ な すごく も うつくしい ヒトツ の ガンメン が ソウゾウ されて いた。 アリアワセ の もの の ナカ から できる だけ ジミ な ヒトソロイ を えらんで それ を きる と ヨウコ は すぐ エチゴヤ に クルマ を はしらせた。
 ヒルスギ まで ヨウコ は エチゴヤ に いて チュウモン や カイモノ に トキ を すごした。 イフク や ミノマワリ の もの の ミタテ に ついて は ヨウコ は テンサイ と いって よかった。 ジブン でも その サイノウ には ジシン を もって いた。 したがって おもいぞんぶん の カネ を フトコロ に いれて いて カイモノ を する くらい キョウ の おおい もの は ヨウコ に とって は タ に なかった。 エチゴヤ を でる とき には、 カンキョウ と コウフン と に ジブン を いためちぎった ゲイジュツカ の よう に へとへと に つかれきって いた。
 かえりついた ゲンカン の クツヌギイシ の ウエ には オカ の ほそながい きゃしゃ な ハングツ が ぬぎすてられて いた。 ヨウコ は ジブン の ヘヤ に いって カイチュウモノ など を しまって、 ユノミ で なみなみ と 1 パイ の サユ を のむ と、 すぐ 2 カイ に あがって いった。 ジブン の あたらしい ケショウホウ が どんな ふう に オカ の メ を シゲキ する か、 ヨウコ は こどもらしく それ を こころみて みたかった の だ。 カノジョ は フイ に オカ の マエ に あらわれよう ため に ウラバシゴ から そっと のぼって いった。 そして フスマ を あける と そこ に オカ と アイコ だけ が いた。 サダヨ は タイコウエン に でも いって あそんで いる の か そこ には スガタ を みせなかった。
 オカ は シシュウ らしい もの を ひらいて みて いた。 そこ には なお 2~3 サツ の ショモツ が ちらばって いた。 アイコ は エンガワ に でて テスリ から ニワ を みおろして いた。 しかし ヨウコ は フシギ な ホンノウ から、 ハシゴダン に アシ を かけた コロ には、 フタリ は けっして イマ の よう な イチ に、 イマ の よう な タイド で いた の では ない と いう こと を チョッカク して いた。 フタリ が ヒトリ は ホン を よみ、 ヒトリ が エン に でて いる の は、 いかにも シゼン で ありながら ヒジョウ に フシゼン だった。
 とつぜん―― それ は ホントウ に とつぜん どこ から とびこんで きた の か しれない フカイ の ネン の ため に ヨウコ の ムネ は かきむしられた。 オカ は ヨウコ の スガタ を みる と、 わざっと くつろがせて いた よう な シセイ を キュウ に ただして、 よみふけって いた らしく みせた シシュウ を あまり に オシゲ も なく とじて しまった。 そして イツモ より すこし なれなれしく アイサツ した。 アイコ は エンガワ から しずか に こっち を ふりむいて フダン と すこしも かわらない タイド で、 ジュウジュン に ムヒョウジョウ に エンイタ の ウエ に ちょっと ヒザ を ついて アイサツ した。 しかし その チンチャク にも かかわらず、 ヨウコ は アイコ が イマ まで ナミダ を メ に ためて いた の を つきとめた。 オカ も アイコ も あきらか に ヨウコ の カオ や カミ の ヨウス の かわった の に きづいて いない くらい ココロ に ヨユウ の ない の が あきらか だった。
「サア ちゃん は」
と ヨウコ は たった まま で たずねて みた。 フタリ は おもわず あわてて こたえよう と した が、 オカ は アイコ を ぬすみみる よう に して ひかえた。
「トナリ の ニワ に ハナ を かい に いって もらいました の」
 そう アイコ が すこし シタ を むいて マゲ だけ を ヨウコ に みえる よう に して すなお に こたえた。 「ふふん」 と ヨウコ は ハラ の ナカ で せせらわらった。 そして はじめて そこ に すわって、 じっと オカ の メ を みつめながら、
「ナニ? よんで いらしった の は」
と いって、 そこ に ある シロク ホソガタ の うつくしい ヒョウソウ の ショモツ を とりあげて みた。 クロカミ を みだした ヨウエン な オンナ の アタマ、 ヤ で つらぬかれた シンゾウ、 その シンゾウ から ぽたぽた おちる チ の シタタリ が おのずから ジ に なった よう に ズアン された 「ミダレガミ」 と いう ヒョウダイ―― モジ に したしむ こと の だいきらい な ヨウコ も ウワサ で きいて いた ユウメイ な ホウ アキコ の シシュウ だった。 そこ には 「ミョウジョウ」 と いう ブンゲイ ザッシ だの、 シュンウ の 「イチジク」 だの、 チョウミン コジ の 「イチネン ユウハン」 だの と いう シンカン の ショモツ も ちらばって いた。
「まあ オカ さん も なかなか の ロマンティスト ね、 こんな もの を アイドク なさる の」
と ヨウコ は すこし ヒニク な もの を クチジリ に みせながら たずねて みた。 オカ は しずか な チョウシ で テイセイ する よう に、
「それ は アイコ さん の です。 ワタシ イマ ちょっと ハイケン した だけ です」
「これ は」
と いって ヨウコ は コンド は 「イチネン ユウハン」 を とりあげた。
「それ は オカ さん が キョウ かして くださいました の。 ワタシ わかりそう も ありません わ」
 アイコ は アネ の ドクゼツ を あらかじめ ふせごう と する よう に。
「へえ、 それじゃ オカ さん、 アナタ は また たいした リアリスト ね」
 ヨウコ は アイコ を ガンチュウ にも おかない ふう で こう いった。 キョネン の シモハンキ の シソウカイ を シンカン した よう な この ショモツ と ゾクヘン とは クラチ の まずしい ショカ の ナカ にも あった の だ。 そして ヨウコ は おもしろく おもいながら その ナカ を ときどき ヒロイヨミ して いた の だった。
「なんだか ワタシ とは すっかり ちがった セカイ を みる よう で いながら、 ジブン の ココロモチ が のこらず いって ある よう でも ある んで…… ワタシ それ が すき なん です。 リアリスト と いう わけ では ありません けれども……」
「でも この ホン の ヒニク は すこし ヤセガマン ね。 アナタ の よう な カタ には ちょっと フニアイ です わ」
「そう でしょう か」
 オカ は なんとはなく いまに でも ハレモノ に さわられる か の よう に そわそわ して いた。 カイワ は すこしも イツモ の よう には はずまなかった。 ヨウコ は いらいら しながら も それ を カオ には みせない で コンド は アイコ の ほう に ヤリサキ を むけた。
「アイ さん オマエ こんな ホン を いつ オカイ だった の」
と いって みる と、 アイコ は すこし ためらって いる ヨウス だった が、 すぐに すなお な オチツキ を みせて、
「かった ん じゃ ない ん です の。 コトウ さん が おくって くださいました の」
と いった。 ヨウコ は さすが に おどろいた。 コトウ は あの カイショク の バン、 チュウザ した っきり、 この イエ には アシブミ も しなかった のに……。 ヨウコ は すこし はげしい コトバ に なった。
「なんだって また こんな ホン を おくって およこし なさった ん だろう。 アナタ オテガミ でも あげた のね」
「ええ、 ……くださいました から」
「どんな オテガミ を」
 アイコ は すこし ウツムキ カゲン に だまって しまった。 こういう タイド を とった とき の アイコ の シブトサ を ヨウコ は よく しって いた。 ヨウコ の シンケイ は びりびり と キンチョウ して きた。
「もって きて おみせ」
 そう ゲンカク に いいながら、 ヨウコ は そこ に オカ の いる こと も イシキ の ウチ に くわえて いた。 アイコ は シツヨウ に だまった まま すわって いた。 しかし ヨウコ が もう イチド サイソク の コトバ を だそう と する と、 その シュンカン に アイコ は つと たちあがって ヘヤ を でて いった。
 ヨウコ は その スキ に オカ の カオ を みた。 それ は まだ ムク ドウテイ の セイネン が フシギ な センリツ を ムネ の ウチ に かんじて、 ハンカン を もよおす か、 ひきつけられ か しない では いられない よう な メ で オカ を みた。 オカ は ショウジョ の よう に カオ を あかめて、 ヨウコ の シセン を うけきれない で ヒトミ を たじろがしつつ メ を ふせて しまった。 ヨウコ は いつまでも その デリケート な ヨコガオ を みつめつづけた。 オカ は ツバ を のみこむ の も はばかる よう な ヨウス を して いた。
「オカ さん」
 そう ヨウコ に よばれて、 オカ は やむ を えず おずおず アタマ を あげた。 ヨウコ は コンド は なじる よう に その わかわかしい ジョウヒン な オカ を みつめて いた。
 そこ に アイコ が しろい セイヨウ フウトウ を もって かえって きた。 ヨウコ は オカ に それ を みせつける よう に とりあげて、 とる にも たらぬ かるい もの でも あつかう よう に とびとび に よんで みた。 それ には ただ アタリマエ な こと だけ が かいて あった。 シバラクメ で みた フタリ の おおきく なって かわった の には おどろいた とか、 せっかく よって つくって くれた ゴチソウ を すっかり ショウミ しない うち に かえった の は ザンネン だ が、 ジブン の ショウブン と して は あの うえ ガマン が できなかった の だ から ゆるして くれ とか、 ニンゲン は タニン の ミヨウ ミマネ で そだって いった の では ダメ だ から、 たとい どんな キョウグウ に いて も ジブン の ケンシキ を うしなって は いけない とか、 フタリ には クラチ と いう ニンゲン だけ は どうか して ちかづけさせたく ない と おもう とか、 そして サイゴ に、 アイコ さん は エイカ が なかなか ジョウズ だった が コノゴロ できる か、 できる なら それ を みせて ほしい、 グンタイ セイカツ の カンソウ ムミ なの には たえられない から と して あった。 そして アテナ は アイコ、 サダヨ の フタリ に なって いた。
「バカ じゃ ない の アイ さん、 アナタ この オテガミ で イイキ に なって、 ヘタクソ な ヌタ でも おみせ もうした ん でしょう…… イイキ な もの ね…… この ゴホン と イッショ にも オテガミ が きた はず ね」
 アイコ は すぐ また たとう と した。 しかし ヨウコ は そう は させなかった。
「1 ポン 1 ポン オテガミ を とり に いったり かえったり した ん じゃ ヒ が くれます わ。 ……ヒ が くれる と いえば もう くらく なった わ。 サア ちゃん は また ナニ を して いる だろう…… アナタ はやく よび に いって イッショ に オユウハン の シタク を して ちょうだい」
 アイコ は そこ に ある ショモツ を ヒトカカエ に ムネ に だいて、 うつむく と あいらしく フタエ に なる アゴ で おさえて ザ を たって いった。 それ が いかにも しおしお と、 こまかい キョドウ の ヒトツヒトツ で オカ に アイソ する よう に みれば みなされた。 「たがいに みかわす よう な こと を して みる が いい」 そう ヨウコ は ココロ の ウチ で フタリ を たしなめながら、 フタリ に キ を くばった。 オカ も アイコ も もうしあわした よう に ベッシ も しあわなかった。 けれども ヨウコ は フタリ が せめては メ だけ でも なぐさめあいたい ネガイ に ムネ を ふるわして いる の を はっきり と かんずる よう に おもった。 ヨウコ の ココロ は おぞましく も にがにがしい サイギ の ため に くるしんだ。 ワカサ と ワカサ と が たがいに きびしく もとめあって、 ヨウコ など を やすやす と ソデ に する まで に その ジョウエン は こうじて いる と おもう と たえられなかった。 ヨウコ は しいて ジブン を おししずめる ため に、 オビ の アイダ から タバコイレ を とりだして ゆっくり ケムリ を ふいた。 キセル の サキ が はしなく ヒバチ に かざした オカ の ユビサキ に ふれる と デンキ の よう な もの が ヨウコ に つたわる の を おぼえた。 ワカサ…… ワカサ……。
 そこ には フタリ の アイダ に しばらく ぎこちない チンモク が つづいた。 オカ が ナニ を いえば アイコ は ないた ん だろう。 アイコ は ナニ を ないて オカ に うったえて いた の だろう。 ヨウコ が かぞえきれぬ ほど ケイケン した イクタ の コイ の バメン の ナカ から、 ゲキジョウテキ な イロイロ の コウケイ が つぎつぎ に アタマ の ナカ に えがかれる の だった。 もう そうした ネンレイ が オカ にも アイコ にも きて いる の だ。 それ に フシギ は ない。 しかし あれほど ヨウコ に あこがれおぼれて、 いわば コイ イジョウ の コイ とも いう べき もの を スウハイテキ に ささげて いた オカ が、 あの ジュンチョク な ジョウヒン な そして きわめて ウチキ な オカ が、 みるみる ヨウコ の ハジ から はなれて、 ヒト も あろう に アイコ―― イモウト の アイコ の ほう に うつって ゆこう と して いる らしい の を みなければ ならない の は なんと いう こと だろう。 アイコ の ナミダ―― それ は さっする こと が できる。 アイコ は きっと なみだながら に ヨウコ と クラチ との アイダ に コノゴロ つのって ゆく ホンポウ な ホウラツ な シュウコウ を うったえた に ちがいない。 ヨウコ の アイコ と サダヨ と に たいする ヘンパ な アイゾウ と、 アイコ の ウエ に くわえられる ゴテン ジョチュウ-フウ な アッパク と を なげいた に ちがいない。 しかも それ を あの オンナ に トクユウ な タコン-らしい、 ひややか な、 さびしい ヒョウゲンホウ で、 そして いきづまる よう な ワカサ と ワカサ との キョウメイ の ウチ に……。
 ぼつぜん と して やく よう な シット が ヨウコ の ムネ の ウチ に かたく こごりついて きた。 ヨウコ は すりよって おどおど して いる オカ の テ を ちからづよく にぎりしめた。 ヨウコ の テ は コオリ の よう に つめたかった。 オカ の テ は ヒバチ に かざして あった せい か、 めずらしく ほてって オクビョウ-らしい アブラアセ が テノヒラ に しとど に しみでて いた。
「アナタ は ワタシ が おこわい の」
 ヨウコ は さりげなく オカ の カオ を のぞきこむ よう に して こう いった。
「そんな こと……」
 オカ は しょうことなし に ハラ を すえた よう に わりあい に しゃんと した コエ で こう いいながら、 ヨウコ の メ を ゆっくり みやって、 にぎられた テ には すこしも チカラ を こめよう とは しなかった。 ヨウコ は うらぎられた と おもう フマン の ため に もう それ イジョウ レイセイ を よそおって は いられなかった。 ムカシ の よう に どこまでも ジブン を うしなわない、 ネバリケ の つよい、 するどい シンケイ は もう ヨウコ には なかった。
「アナタ は アイコ を あいして いて くださる のね。 そう でしょう。 ワタシ が ここ に くる マエ アイコ は あんな に ないて ナニ を もうしあげて いた の?…… おっしゃって ください な。 アイコ が アナタ の よう な カタ に あいして いただける の は もったいない くらい です から、 ワタシ よろこぶ とも トガメダテ など は しません、 きっと。 だから おっしゃって ちょうだい。 ……いいえ、 そんな こと を おっしゃって そりゃ ダメ、 ワタシ の メ は まだ これ でも くろう ござんす から。 ……アナタ そんな みずくさい オシムケ を ワタシ に なさろう と いう の? まさか とは おもいます が アナタ ワタシ に おっしゃった こと を わすれなさっちゃ こまります よ。 ワタシ は これ でも シンケン な こと には シンケン に なる くらい の セイジツ は ある つもり です こと よ。 ワタシ アナタ の オコトバ は わすれて は おりません わ。 アネ だ と イマ でも おもって いて くださる なら ホントウ の こと を おっしゃって ください。 アイコ に たいして は ワタシ は ワタシ だけ の こと を して ゴラン に いれます から…… さ」
 そう かんばしった コエ で いいながら ヨウコ は ときどき にぎって いる オカ の テ を ヒステリック に はげしく ふりうごかした。 ないて は ならぬ と おもえば おもう ほど ヨウコ の メ から は ナミダ が ながれた。 さながら コイビト に フジツ を せめる よう な ネツイ が おもうざま わきたって きた。 シマイ には オカ にも その ココロモチ が うつって いった よう だった。 そして ミギテ を にぎった ヨウコ の テ の ウエ に ヒダリ の テ を そえながら、 ジョウゲ から はさむ よう に おさえて、 オカ は フルエゴエ で しずか に いいだした。
「ゴゾンジ じゃ ありません か、 ワタシ、 コイ の できる よう な ニンゲン では ない の を。 トシ こそ わこう ございます けれども ココロ は ミョウ に いじけて おいて しまって いる ん です。 どうしても コイ の とげられない よう な オンナ の カタ に で なければ ワタシ の コイ は うごきません。 ワタシ を こいして くれる ヒト が ある と したら、 ワタシ、 ココロ が ソクザ に ひえて しまう の です。 イチド ジブン の テ に いれたら、 どれほど とうとい もの でも ダイジ な もの でも、 もう ワタシ には とうとく も ダイジ でも なくなって しまう ん です。 だから ワタシ、 さびしい ん です。 なんにも もって いない、 なんにも むなしい…… そのくせ そう しりぬきながら ワタシ、 ナニ か どこ か に ある よう に おもって つかむ こと の できない もの に あこがれます。 この ココロ さえ なくなれば さびしくって も それ で いい の だ がな と おもう ほど くるしく も あります。 ナン に でも ジブン の リソウ を すぐ あてはめて ねっする よう な、 そんな わかい ココロ が ほしく も あります けれども、 そんな もの は ワタシ には き は しません…… ハル に でも なって くる と よけい ヨノナカ は むなしく みえて たまりません。 それ を さっき ふと アイコ さん に もうしあげた ん です。 そう したら アイコ さん が おなき に なった ん です。 ワタシ、 アト で すぐ わるい と おもいました、 ヒト に いう よう な こと じゃ なかった の を……」
 こういう こと を いう とき の オカ は いう コトバ にも にず レイコク とも おもわれる ほど ただ さびしい カオ に なった。 ヨウコ には オカ の コトバ が わかる よう でも あり、 ミョウ に からんで も きこえた。 そして ちょっと すかされた よう に キセイ を そがれた が、 どんどん わきあがる よう に ナイブ から おそいたてる チカラ は すぐ ヨウコ を リフジン に した。
「アイコ が そんな オコトバ で なきました って? フシギ です わねえ。 ……それなら それ で よう ござんす。…… (ここ で ヨウコ は ジブン にも こらえきれず に さめざめ と なきだした) オカ さん ワタシ も さびしい…… さびしくって、 さびしくって……」
「おさっし もうします」
 オカ は あんがい しんみり した コトバ で そう いった。
「おわかり に なって?」
と ヨウコ は なきながら とりすがる よう に した。
「わかります。 ……アナタ は ダラク した テンシ の よう な カタ です。 ごめん ください。 フネ の ナカ で はじめて オメ に かかって から ワタシ、 ちっとも ココロモチ が かわって は いない ん です。 アナタ が いらっしゃる んで ワタシ、 ようやく サビシサ から のがれます」
「ウソ!…… アナタ は もう ワタシ に アイソ を オツカシ なの よ。 ワタシ の よう に ダラク した モノ は……」
 ヨウコ は オカ の テ を はなして、 とうとう ハンケチ を カオ に あてた。
「そういう イミ で いった わけ じゃ ない ん です けれども……」
 やや しばらく チンモク した ノチ に、 トウワク しきった よう に さびしく オカ は ひとりごちて また だまって しまった。 オカ は どんな に さびしそう な とき でも なかなか なかなかった。 それ が カレ を いっそう さびしく みせた。
 3 ガツ スエ の ユウガタ の ソラ は なごやか だった。 ニワサキ の ヒトエザクラ の コズエ には ミナミ に むいた ほう に しろい カベン が どこ から か とんで きて くっついた よう に ちらほら みえだして いた。 その サキ には あかく しもがれた スギモリ が ゆるやか に くれそめて、 ヒカリ を ふくんだ アオゾラ が しずか に ながれる よう に ただよって いた。 タイコウエン の ほう から エンテイ が まどお に ハサミ を ならす オト が きこえる ばかり だった。
 ワカサ から おいて ゆかれる…… そうした サビシミ が シット に かわって ひしひし と ヨウコ を おそって きた。 ヨウコ は ふと ハハ の オヤサ を おもった。 ヨウコ が キベ との コイ に フカイリ して いった とき、 それ を みまもって いた とき の オヤサ を おもった。 オヤサ の その ココロ を おもった。 ジブン の バン が きた…… その ココロモチ は たまらない もの だった。 と、 とつぜん サダコ の スガタ が ナニ より も なつかしい もの と なって ムネ に せまって きた。 ヨウコ は ジブン にも その トツゼン の レンソウ の ケイロ は わからなかった。 トツゼン も あまり に トツゼン―― しかし ヨウコ に せまる その ココロモチ は、 さらに ヨウコ を タタミ に つっぷして なかせる ほど つよい もの だった。
 ゲンカン から ヒト の はいって くる ケハイ が した。 ヨウコ は すぐ それ が クラチ で ある こと を かんじた。 ヨウコ は クラチ と おもった だけ で、 フシギ な ゾウオ を かんじながら その ドウセイ に ミミ を すました。 クラチ は ダイドコロ の ほう に いって アイコ を よんだ よう だった。 フタリ の アシオト が ゲンカン の トナリ の 6 ジョウ の ほう に いった。 そして しばらく しずか だった。 と おもう と、
「いや」
と ちいさく のける よう に いう アイコ の コエ が たしか に きこえた。 だきすくめられて、 もがきながら はなたれた コエ らしかった が、 その コエ の ナカ には ゾウオ の カゲ は あきらか に うすかった。
 ヨウコ は カミナリ に うたれた よう に とつぜん なきやんで アタマ を あげた。
 すぐ クラチ が ハシゴダン を のぼって くる オト が きこえた。
「ワタシ ダイドコロ に まいります から ね」
 なにも しらなかった らしい オカ に、 ヨウコ は わずか に それ だけ を いって、 とつぜん ザ を たって ウラバシゴ に いそいだ。 と、 カケチガイ に クラチ は ザシキ に はいって きた。 つよい サケ の カ が すぐ ヘヤ の クウキ を よごした。
「やあ ハル に なりおった。 サクラ が さいた ぜ。 おい ヨウコ」
 いかにも きさく-らしく しおがれた コエ で こう さけんだ クラチ に たいして、 ヨウコ は ヘンジ も できない ほど コウフン して いた。 ヨウコ は テ に もった ハンケチ を クチ に おしこむ よう に くわえて、 ふるえる テ で カベ を こまかく たたく よう に しながら ハシゴダン を おりた。
 ヨウコ は アタマ の ナカ に テンチ の くずれおちる よう な オト を ききながら、 そのまま エン に でて ニワゲタ を はこう と あせった けれども どうしても はけない ので、 ハダシ の まま ニワ に でた。 そして ツギ の シュンカン に ジブン を みいだした とき には いつ ト を あけた とも しらず モノオキゴヤ の ナカ に はいって いた。

 36

 ソコ の ない ユウウツ が ともすると はげしく ヨウコ を おそう よう に なった。 イワレ の ない ゲキド が つまらない こと にも ふと アタマ を もたげて、 ヨウコ は それ を おししずめる こと が できなく なった。 ハル が きて、 キ の メ から タタミ の トコ に いたる まで スベテ の もの が ふくらんで きた。 アイコ も サダヨ も みちがえる よう に うつくしく なった。 その ニクタイ は サイボウ の ヒトツヒトツ まで すばやく ハル を かぎつけ、 キュウシュウ し、 ホウマン する よう に みえた。 アイコ は その アッパク に たえない で ハル の きた の を うらむ よう な ケダルサ と サビシサ と を みせた。 サダヨ は セイメイ ソノモノ だった。 アキ から フユ に かけて にょきにょき と のびあがった ほそぼそ した カラダ には、 ハル の セイ の よう な ホウレイ な シボウ が しめやか に しみわたって ゆく の が メ に みえた。 ヨウコ だけ は ハル が きて も やせた。 くる に つけて やせた。 ゴムマリ の コセン の よう な カタ は ほねばった リンカク を、 ウスギ に なった キモノ の シタ から のぞかせて、 ジュンタク な カミノケ の オモミ に たえない よう に クビスジ も ほそぼそ と なった。 やせて ユウウツ に なった こと から しょうじた ベッシュ の ビ―― そう おもって ヨウコ が タヨリ に して いた ビ も それ は だんだん さえまさって ゆく シュルイ の ビ では ない こと を きづかねば ならなく なった。 その ビ は その ユクテ には ナツ が なかった。 さむい フユ のみ が まちかまえて いた。
 カンラク も もう カンラク ジシン の カンラク は もたなく なった。 カンラク の ノチ には かならず ビョウリテキ な クツウ が ともなう よう に なった。 ある とき には それ を おもう こと すら が シツボウ だった。 それでも ヨウコ は スベテ の フシゼン な ホウホウ に よって、 イマ は ふりかえって みる カコ に ばかり ながめられる カンラク の ゼッチョウ を ゲンエイ と して でも ゲンザイ に えがこう と した。 そして クラチ を ジブン の チカラ の シハイ の モト に つなごう と した。 ケンコウ が おとろえて ゆけば ゆく ほど この ショウソウ の ため に ヨウコ の ココロ は やすまなかった。 ゼンセイキ を すぎた ギゲイ の オンナ に のみ みられる よう な、 いたましく ハイタイ した、 フキン の リンコウ を おもわせる セイサン な コワクリョク を わずか な チカラ と して ヨウコ は どこまでも クラチ を トリコ に しよう と あせり に あせった。
 しかし それ は ヨウコ の いたましい ジカク だった。 ビ と ケンコウ との スベテ を そなえて いた ヨウコ には イマ の ジブン が そう ジカク された の だ けれども、 はじめて ヨウコ を みる ダイサンシャ は、 ものすごい ほど さえきって みえる オンナザカリ の ヨウコ の ワクリョク に、 ニホン には みられない よう な コケット の テンケイ を みいだしたろう。 おまけに ヨウコ は ニクタイ の フソク を キョクタン に ヒトメ を ひく イフク で おぎなう よう に なって いた。 その トウジ は ニチロ の カンケイ も ニチベイ の カンケイ も アラシ の マエ の よう な くらい チョウコウ を あらわしだして、 コクジン ゼンタイ は イッシュ の アッパク を かんじだして いた。 ガシン ショウタン と いう よう な アイコトバ が しきり と ゲンロンカイ には とかれて いた。 しかし それ と ドウジ に ニッシン センソウ を ソウトウ に とおい カコ と して ながめうる まで に、 その センエキ の おもい フタン から キ の ゆるんだ ヒトビト は、 ようやく チョウセイ されはじめた ケイザイ ジョウタイ の モト で、 セイカツ の ビソウ と いう こと に かたむいて いた。 シゼン シュギ は シソウ セイカツ の コンテイ と なり、 トウジ ビョウテンサイ の ナ を ほしいまま に した タカヤマ チョギュウ ら の イチダン は ニーチェ の シソウ を ヒョウボウ して 「ビテキ セイカツ」 とか 「キヨモリ ロン」 と いう よう な ダイタン ホンポウ な ゲンセツ を もって シソウ の イシン を さけんで いた。 フウゾク モンダイ とか ジョシ の フクソウ モンダイ とか いう ギロン が シュキュウハ の ヒトビト の アイダ には かまびすしく もちだされて いる アイダ に、 その ハンタイ の ケイコウ は、 カラ を やぶった ケシ の タネ の よう に シホウ ハッポウ に とびちった。 こうして ナニ か イマ まで の ニホン には なかった よう な もの の シュツゲン を まちもうけ みまもって いた わかい ヒトビト の メ には、 ヨウコ の スガタ は ヒトツ の テンケイ の よう に うつった に ちがいない。 ジョユウ-らしい ジョユウ を もたず、 カフェー-らしい カフェー を もたない トウジ の ロジョウ に ヨウコ の スガタ は まぶしい もの の ヒトツ だ。 ヨウコ を みた ヒト は ダンジョ を とわず メ を そばだてた。
 ある アサ ヨウコ は ヨソオイ を こらして クラチ の ゲシュク に でかけた。 クラチ は ネゴミ を おそわれて メ を さました。 ザシキ の スミ には ヨ を ふかして たのしんだ らしい シュコウ の ノコリ が すえた よう に かためて おいて あった。 レイ の シナ カバン だけ は ちゃんと ジョウ が おりて トコノマ の スミ に かたづけられて いた。 ヨウコ は イツモ の とおり しらん フリ を しながら、 そこら に ちらばって いる テガミ の サシダシニン の ナマエ に するどい カンサツ を あたえる の だった。 クラチ は シュクスイ を フカイ-がって アタマ を たたきながら ネドコ から ハンシン を おこす と、
「なんで ケサ は また そんな に しゃれこんで はやく から やって きおった ん だ」
と ソッポ に むいて、 アクビ でも しながら の よう に いった。 これ が 1 カゲツ マエ だったら、 すくなくとも 3 カゲツ マエ だったら、 イチヤ の アンミン に、 あの たくましい セイリョク の ゼンブ を カイフク した クラチ は、 いきなり ネドコ の ナカ から とびだして きて、 そう は させまい と する ヨウコ を イヤオウ なし に トコ の ウエ に ねじふせて いた に ちがいない の だ。 ヨウコ は ワキメ にも こせこせ と うるさく みえる よう な スバシコサ で その ヘン に ちらばって いる もの を、 テガミ は テガミ、 カイチュウモノ は カイチュウモノ、 チャドウグ は チャドウグ と どんどん かたづけながら、 クラチ の ほう も みず に、
「キノウ の ヤクソク じゃ ありません か」
と ブアイソウ に つぶやいた。 クラチ は その コトバ で はじめて ナニ か いった の を かすか に おもいだした ふう で、
「なにしろ オレ は キョウ は いそがしい で ダメ だよ」
と いって、 ようやく ノビ を しながら たちあがった。 ヨウコ は もう ハラ に すえかねる ほど イカリ を はっして いた。
「おこって しまって は いけない。 これ が クラチ を レイタン に させる の だ」 ――そう ココロ の ウチ には おもいながら も、 ヨウコ の ココロ には どうしても その いう こと を きかぬ イタズラズキ な コアクマ が いる よう だった。 ソクザ に その バ を ヒトリ だけ で とびだして しまいたい ショウドウ と、 もっと たくみ な テクダ で どうしても クラチ を おびきださなければ いけない と いう レイセイ な シリョ と が はげしく たたかいあった。 ヨウコ は しばらく の ノチ に かろうじて その フタツ の ココロモチ を まぜあわせる こと が できた。
「それでは ダメ ね…… また に しましょう か。 でも くやしい わ、 この いい オテンキ に…… いけない、 アナタ の いそがしい は ウソ です わ。 いそがしい いそがしい って いっときながら オサケ ばかり のんで いらっしゃる ん だ もの。 ね、 いきましょう よ。 こら みて ちょうだい」
 そう いいながら ヨウコ は たちあがって、 リョウテ を サユウ に ひろく ひらいて、 タモト が のびた まま リョウウデ から すらり と たれる よう に して、 やや ケン を もった ワライ を わらいながら クラチ の ほう に ちかよって いった。 クラチ も さすが に、 いまさら その ウツクシサ に みとれる よう に ヨウコ を みやった。 テンサイ が もつ と しょうせられる あの アオイロ を さえ おびた ニュウハクショク の ヒフ、 それ が やや あさぐろく なって、 メ の フチ に ウレイ の クモ を かけた よう な ウスムラサキ の カサ、 かすんで みえる だけ に そっと はいた オシロイ、 きわだって あかく いろどられた クチビル、 くろい ホノオ を あげて もえる よう な ヒトミ、 ウシロ に さばいて たばねられた コクシツ の カミ、 おおきな スペイン-フウ の タイマイ の カザリグシ、 くっきり と しろく ほそい ノド を せめる よう に きりっと かさねあわされた フジイロ の エリ、 ムネ の ヘコミ に ちょっと のぞかせた、 もえる よう な ヒ の オビアゲ の ホカ は、 ぬれた か と ばかり カラダ に そぐって ソコビカリ の する シコンイロ の アワセ、 その シタ に つつましく ひそんで きえる ほど うすい ムラサキイロ の タビ (こういう イロタビ は ヨウコ が クフウ しだした あたらしい ココロミ の ヒトツ だった)、 そういう もの が タガイタガイ に とけあって、 のどやか な アサ の クウキ の ナカ に ぽっかり と、 ヨウコ と いう よにも まれ な ほど セイエン な ヒトツ の ソンザイ を うきださして いた。 その ソンザイ の ナカ から くろい ホノオ を あげて もえる よう な フタツ の ヒトミ が いきて うごいて クラチ を じっと みやって いた。
 クラチ が モノ を いう か、 ミ を うごかす か、 とにかく ツギ の ドウサ に うつろう と する その マエ に、 ヨウコ は キミ の わるい ほど なめらか な アシドリ で、 クラチ の メ の サキ に たって その ムネ の ところ に、 リョウテ を かけて いた。
「もう ワタシ に アイソ が つきたら つきた と はっきり いって ください、 ね。 アナタ は たしか に レイタン に オナリ ね。 ワタシ は ジブン が にくう ござんす、 ジブン に アイソ を つかして います。 さあ いって ください、 ……イマ ……この バ で、 はっきり…… でも しね と おっしゃい、 ころす と おっしゃい。 ワタシ は よろこんで…… ワタシ は どんな に うれしい か しれない のに。 ……よう ござんす わ、 なんでも ワタシ ホントウ が しりたい ん です から。 さ、 いって ください。 ワタシ どんな きつい コトバ でも カクゴ して います から。 ワルビレ なんか し は しません から…… アナタ は ホントウ に ひどい……」
 ヨウコ は そのまま クラチ の ムネ に カオ を あてた。 そして ハジメ の うち は しめやか に しめやか に ないて いた が、 キュウ に はげしい ヒステリー-フウ な ススリナキ に かわって、 きたない もの に でも ふれて いた よう に クラチ の ネツケ の つよい ムナモト から とびしざる と、 ネドコ の ウエ に がばと つっぷして はげしく コエ を たてて なきだした。
 この トッサ の はげしい イキョウ に、 チカゴロ そういう ドウサ には なれて いた クラチ だった けれども、 あわてて ヨウコ に ちかづいて その カタ に テ を かけた。 ヨウコ は おびえる よう に その テ から とびのいた。 そこ には ケモノ に みる よう な ヤセイ の まま の トリミダシカタ が うつくしい イショウ に まとわれて えんぜられた。 ヨウコ の ハ も ツメ も とがって みえた。 カラダ は はげしい ケイレン に おそわれた よう に いたましく ふるえおののいて いた。 フンヌ と キョウフ と ケンオ と が もつれあい いがみあって のたうちまわる よう だった。 ヨウコ は ジブン の ゴタイ が アオゾラ とおく かきさらわれて ゆく の を ケンメイ に くいとめる ため に フトン でも タタミ でも ツメ の たち ハ の たつ もの に しがみついた。 クラチ は ナニ より も その はげしい ナキゴエ が トナリキンジョ の ミミ に はいる の を はじる よう に セ に テ を やって なだめよう と して みた けれども、 その たび ごと に ヨウコ は さらに なきつのって のがれよう と ばかり あせった。
「ナニ を オモイチガイ を しとる、 これ」
 クラチ は ノドブエ を あけっぱなした ひくい コエ で ヨウコ の ミミモト に こう いって みた が、 ヨウコ は リフジン にも はげしく アタマ を ふる ばかり だった。 クラチ は ケッシン した よう に チカラマカセ に あらがう ヨウコ を だきすくめて、 その クチ に テ を あてた。
「ええ、 ころす なら ころして ください…… ください とも」
と いう キョウキ-じみた コエ を しっ と せいしながら、 その ミミモト に ささやこう と する と、 ヨウコ は われながら ムチュウ で あてがった クラチ の テ を ホネ も くだけよ と かんだ。
「いたい…… ナニ しやがる」
 クラチ は いきなり イッポウ の テ で ヨウコ の ホソクビ を とって ジブン の ヒザ の ウエ に のせて しめつけた。 ヨウコ は コキュウ が だんだん くるしく なって ゆく の を この キョウラン の ウチ にも イシキ して こころよく おもった。 クラチ の テ で しんで ゆく の だな と おもう と それ が なんとも いえず うつくしく こころやすかった。 ヨウコ の ゴタイ から は ひとりでに チカラ が ぬけて いって、 フルエ を たてて かみあって いた ハ が ゆるんだ。 その シュンカン を すかさず クラチ は かまれて いた テ を ふりほどく と、 いきなり ヨウコ の ホオゲタ を ひしひし と 5~6 ド ツヅケサマ に ヒラテ で うった。 ヨウコ は それ が また こころよかった。 その びりびり と シンケイ の マッショウ に こたえて くる カンカク の ため に カラダジュウ に イッシュ の トウスイ を かんずる よう に さえ おもった。 「もっと おぶちなさい」 と いって やりたかった けれども コエ は でなかった。 そのくせ ヨウコ の テ は ホンノウテキ に ジブン の ホオ を かばう よう に クラチ の テ の くだる の を ささえよう と して いた。 クラチ は リョウヒジ まで つかって、 ばたばた と スソ を けみだして あばれる リョウアシ の ホカ には ヨウコ を ミウゴキ も できない よう に して しまった。 サケ で シンゾウ の コウフン しやすく なった クラチ の コキュウ は アラレ の よう に せわしく ヨウコ の カオ に かかった。
「バカ が…… しずか に モノ を いえば わかる こと だに…… オレ が オマエ を みすてる か みすてない か…… しずか に かんがえて も みろ、 バカ が…… ハジサラシ な マネ を しやがって…… カオ を あらって でなおして こい」
 そう いって クラチ は すてる よう に ヨウコ を ネドコ の ウエ に どんと ほうりなげた。
 ヨウコ の チカラ は つかいつくされて なきつづける キリョク さえ ない よう だった。 そして そのまま こんこん と して ねむる よう に あおむいた まま メ を とじて いた。 クラチ は カタ で はげしく イキ を つきながら いたましく とりみだした ヨウコ の スガタ を まんじり と ながめて いた。
 1 ジカン ほど の ノチ には ヨウコ は しかし たったいま ひきおこされた ランミャク サワギ を けろり と わすれた もの の よう に カイカツ で ムジャキ に なって いた。 そして フタリ は たのしげ に ゲシュク から シンバシ エキ に クルマ を はしらした。 ヨウコ が うすぐらい フジン マチアイシツ の イロ の はげた モロッコ-ガワ の ディバン に こしかけて、 クラチ が キップ を かって くる の を まってる アイダ、 そこ に いあわせた キフジン と いう よう な 4~5 ニン の ヒトタチ は、 すぐ イマ まで の ハナシ を すてて しまって、 こそこそ と ヨウコ に ついて ささやきかわす らしかった。 コウマン と いう の でも なく ケンソン と いう の でも なく、 きわめて シゼン に おちついて マッスグ に こしかけた まま、 エ の ながい シロ の コハク の パラゾル の ニギリ に テ を のせて いながら、 ヨウコ には その キフジン たち の ナカ の ヒトリ が どうも ミシリゴシ の ヒト らしく かんぜられた。 あるいは ジョガッコウ に いた とき に ヨウコ を スウハイ して その フウゾク を すら まねた レンチュウ の ヒトリ で ある か とも おもわれた。 ヨウコ が どんな こと を ウワサ されて いる か は、 その フジン に ミミウチ されて、 みる よう に みない よう に ヨウコ を ぬすみみる タ の フジン たち の メイロ で ソウゾウ された。
「オマエタチ は あきれかえりながら ココロ の ウチ の どこ か で ワタシ を うらやんで いる の だろう。 オマエタチ の、 その モノオジ しながら も カネメ を かけた ハデヅクリ な イショウ や ケショウ は、 シャカイジョウ の イチ に はじない だけ の ツクリ なの か、 オット の メ に こころよく みえよう ため なの か。 それ ばかり なの か。 オマエタチ を みる ロボウ の オトコ たち の メ は カンジョウ に いれて いない の か。 ……オクビョウ ヒキョウ な ギゼンシャ ども め!」
 ヨウコ は そんな ニンゲン から は 1 ダン も 2 ダン も たかい ところ に いる よう な キグライ を かんじた。 ジブン の イデタチ が その ヒトタチ の どれ より も たちまさって いる ジシン を ジュウニブン に もって いた。 ヨウコ は ジョオウ の よう に ホコリ の ヒツヨウ も ない と いう ミズカラ の オウヨウ を みせて すわって いた。
 そこ に ヒトリ の フジン が はいって きた。 タガワ フジン―― ヨウコ は その カゲ を みる か みない か に みてとった。 しかし カオイロ ヒトツ うごかさなかった (クラチ イガイ の ヒト に たいして は ヨウコ は その とき でも かなり すぐれた ジセイリョク の モチヌシ だった)。 タガワ フジン は もとより そこ に ヨウコ が いよう など とは おもい も かけない ので、 ヨウコ の ほう に ちょっと メ を やりながら も いっこう に きづかず に、
「おまたせ いたしまして すみません」
と いいながら キフジン ら の ほう に ちかよって いった。 タガイ の アイサツ が すむ か すまない うち に、 イチドウ は タガワ フジン に よりそって ひそひそ と ささやいた。 ヨウコ は しずか に キカイ を まって いた。 ぎょっと した ふう で、 ヨウコ に ウシロ を むけて いた タガワ フジン は、 カタゴシ に ヨウコ の ほう を ふりかえった。 まちもうけて いた ヨウコ は イマ まで ショウメン に むけて いた カオ を しとやか に むけかえて タガワ フジン と メ を みあわした。 ヨウコ の メ は にくむ よう に わらって いた。 タガワ フジン の メ は わらう よう に にくんで いた。 「ナマイキ な」 ……ヨウコ は タガワ フジン が メ を そらさない うち に、 すっくと たって タガワ フジン の ほう に よって いった。 この フイウチ に ド を うしなった フジン は (あきらか に ヨウコ が マッカ に なって カオ を ふせる と ばかり おもって いた らしく、 いあわせた フジン たち も その サマ を みて、 ヨウボウ でも フクソウ でも ジブン ら を けおとそう と する ヨウコ に たいして リュウイン を おろそう と して いる らしかった) すこし イロ を うしなって、 ソッポ を むこう と した けれども もう おそかった。 ヨウコ は フジン の マエ に かるく アタマ を さげて いた。 フジン も やむ を えず アイサツ の マネ を して、 タカビシャ に でる つもり らしく、
「アナタ は ドナタ?」
 いかにも オウヘイ に さきがけて クチ を きった。
「サツキ ヨウ で ございます」
 ヨウコ は タイトウ の タイド で わるびれ も せず こう うけた。
「エノシママル では いろいろ オセワサマ に なって ありがとう そんじました。 あのう…… ホウセイ シンポウ も ハイケン させて いただきました。 (フジン の カオイロ が ヨウコ の コトバ ヒトツ ごと に かわる の を ヨウコ は めずらしい もの でも みる よう に まじまじ と ながめながら) たいそう おもしろう ございました こと。 よく あんな に くわしく ゴツウシン に なりまして ねえ、 おいそがしく いらっしゃいましたろう に。 ……クラチ さん も おりよく ここ に きあわせて いらっしゃいます から…… イマ ちょっと キップ を かい に…… おつれ もうしましょう か」
 タガワ フジン は みるみる マッサオ に なって しまって いた。 おりかえして いう べき コトバ に きゅうして しまって、 つたなく も、
「ワタシ は こんな ところ で アナタ と おはなし する の は ぞんじがけません。 ゴヨウ でしたら タク へ オイデ を ねがいましょう」
と いいつつ いまにも クラチ が そこ に あらわれて くる か と ひたすら それ を おそれる ふう だった。 ヨウコ は わざと フジン の コトバ を とりちがえた よう に、
「いいえ どう いたしまして ワタシ こそ…… ちょっと おまち ください すぐ クラチ さん を および もうして まいります から」
 そう いって どんどん マチアイジョ を でて しまった。 アト に のこった タガワ フジン が その キフジン たち の マエ で どんな カオ を して トウワク した か、 それ を ヨウコ は メ に みる よう に ソウゾウ しながら イタズラモノ-らしく ほくそえんだ。 ちょうど そこ に クラチ が キップ を かって きかかって いた。
 イットウ の キャクシツ には タ に 2~3 ニン の キャク が いる ばかり だった。 タガワ フジン イカ の ヒトタチ は ダレ か の ミオクリ か デムカエ に でも きた の だ と みえて、 キシャ が でる まで カゲ も みせなかった。 ヨウコ は さっそく クラチ に コト の シジュウ を はなして きかせた。 そして フタリ は おもいぞんぶん ムネ を すかして わらった。
「タガワ の オクサン かわいそう に まだ あすこ で いまにも アナタ が くる か と もじもじ して いる でしょう よ、 ホカ の ヒトタチ の テマエ ああ いわれて こそこそ と にげだす わけ にも いかない し」
「オレ が ひとつ カオ を だして みせれば また おもしろかった に な」
「キョウ は ミョウ な ヒト に あって しまった から また きっと ダレ か に あいます よ。 キミョウ ねえ、 オキャクサマ が きた と なる と フシギ に たてつづく し……」
「フシアワセ なんぞ も きだす と タバ に なって きくさる て」
 クラチ は ナニ か こころありげ に こう いって しぶい カオ を しながら この ワライバナシ を むすんだ。
 ヨウコ は ケサ の ホッサ の ハンドウ の よう に、 タガワ フジン の こと が あって から ただ なんとなく ココロ が うきうき して シヨウ が なかった。 もし そこ に キャク が いなかったら、 ヨウコ は コドモ の よう に タンジュン な アイキョウモノ に なって、 クラチ に しぶい カオ ばかり は させて おかなかったろう。 「どうして ヨノナカ には どこ に でも ヒト の ジャマ に きました と いわん ばかり に こう たくさん ヒト が いる ん だろう」 と おもったり した。 それ すら が ヨウコ には ワライ の タネ と なった。 ジブン たち の ムコウザ に しかつめらしい カオ を して ロウネン の フウフモノ が すわって いる の を、 ヨウコ は しばらく まじまじ と みやって いた が、 その ヒトタチ の しかつめらしい の が むしょうに グロテスク な フシギ な もの に みえだして、 とうとう ガマン が しきれず に、 ハンケチ を クチ に あてて きゅっきゅっ と ふきだして しまった。

 37

 テンシン に ちかく ぽつり と ヒトツ しろく わきでた クモ の イロ にも カタチ にも それ と しられる よう な タケナワ な ハル が、 トコロドコロ の ベッソウ の タテモノ の ホカ には みわたす かぎり ふるく さびれた カマクラ の ヤトヤト に まで あふれて いた。 おもい スナツチ の しろばんだ ミチ の ウエ には オチツバキ が ヒトエザクラ の ハナ と まじって ムザン に おちちって いた。 サクラ の コズエ には アカミ を もった ワカバ が きらきら と ヒ に かがやいて、 あさい カゲ を チ に おとした。 ナ も ない ゾウキ まで が うつくしかった。 カエル の コエ が ねむく タンボ の ほう から きこえて きた。 キュウカ で ない せい か、 おもいのほか に ヒト の ザットウ も なく、 ときおり、 おなじ ハナカンザシ を、 オンナ は カミ に オトコ は エリ に さして センダツ らしい の が ムラサキ の コバタ を もった、 とおい ところ から ハル を おって へめぐって きた らしい イナカ の ヒトタチ の ムレ が、 サケノケ も からず に しめやか に はなしあいながら とおる の に ゆきあう くらい の もの だった。
 クラチ も キシャ の ナカ から シゼン に キブン が はれた と みえて、 いかにも クッタク なくなって みえた。 フタリ は テイシャジョウ の フキン に ある ある こぎれい な リョカン を かねた リョウリヤ で チュウジキ を したためた。 ニッチョウ サマ とも ドンブク サマ とも いう テラ の ヤネ が ニワサキ に みえて、 そこ から ガンビョウ の キトウ だ と いう ウチワ-ダイコ の オト が どんぶく どんぶく と タンチョウ に きこえる よう な ところ だった。 ヒガシ の ほう は その ナ さながら の ビョウブヤマ が ワカバ で ハナ より も うつくしく よそおわれて かすんで いた。 みじかく うつくしく かりこまれた シバフ の シバ は まだ もえて は いなかった が、 トコロマバラ に たちつらなった コマツ は ミドリ を ふきかけて、 ヤエザクラ は のぼせた よう に ハナ で うなだれて いた。 もう アワセ 1 マイ に なって、 そこ に タベモノ を はこんで くる ジョチュウ は エリマエ を くつろげながら ナツ が きた よう だ と いって わらったり した。
「ここ は いい わ。 キョウ は ここ で とまりましょう」
 ヨウコ は ケイカク から ケイカク で アタマ を いっぱい に して いた。 そして そこ に いらない もの を あずけて、 エノシマ の ほう まで クルマ を はしらした。
 カエリ には ゴクラクジザカ の シタ で フタリ とも クルマ を すてて カイガン に でた。 もう ヒ は イナムラガサキ の ほう に かたむいて スナハマ は やや くれそめて いた。 コツボ の ハナ の ガケ の ウエ に ワカバ に つつまれて たった 1 ケン たてられた セイヨウジン の シロ ペンキヌリ の ベッソウ が、 ユウヒ を うけて ミドリイロ に そめた コケット の、 カミ の ナカ の ダイヤモンド の よう に かがやいて いた。 その ガケシタ の ミンカ から は スイエン が ユウモヤ と イッショ に なって ウミ の ほう に たなびいて いた。 ナミウチギワ の スナ は いい ほど に しめって ヨウコ の アズマ ゲタ の ハ を すった。 フタリ は ベッソウ から サンポ に でて きた らしい イククミ か の ジョウヒン な ダンジョ の ムレ と であった が、 ヨウコ は ジブン の ヨウボウ なり フクソウ なり が、 その どの ムレ の どの ヒト にも たちまさって いる の を イシキ して、 かるい ホコリ と オチツキ を かんじて いた。 クラチ も そういう オンナ を ジブン の ハンリョ と する の を あながち ムトンジャク には おもわぬ らしかった。
「ダレ か ひょんな ヒト に あう だろう と おもって いました が うまく ダレ にも あわなかって ね。 ムコウ の コツボ の ジンカ の みえる ところ まで いきましょう ね。 そして コウミョウジ の サクラ を みて かえりましょう。 そう する と ちょうど オナカ が いい スキグアイ に なる わ」
 クラチ は なんとも こたえなかった が、 むろん ショウチ で いる らしかった。 ヨウコ は ふと ウミ の ほう を みて クラチ に また クチ を きった。
「あれ は ウミ ね」
「オオセ の とおり」
 クラチ は ヨウコ が ときどき トテツ も なく わかりきった こと を ショウジョ みたい な ムジャキサ で いう、 また それ が はじまった と いう よう に しぶそう な ワライ を カタホオ に うかべて みせた。
「ワタシ もう イチド あの マッタダナカ に のりだして みたい」
「して どう する の だい」
 クラチ も さすが に ながかった ウミ の ウエ の セイカツ を とおく おもいやる よう な カオ を しながら いった。
「ただ のりだして みたい の。 どーっと ミサカイ も なく ふきまく カゼ の ナカ を、 オオナミ に おもいぞんぶん ゆられながら、 ひっくりかえりそう に なって は たてなおって きりぬけて いく あの フネ の ウエ の こと を おもう と、 ムネ が どきどき する ほど もう イチド のって みたく なります わ。 こんな ところ いや ねえ、 すんで みる と」
 そう いって ヨウコ は パラゾル を ひらいた まま エ の サキ で しろい スナ を ざくざく と さしとおした。
「あの さむい バン の こと、 ワタシ が カンパン の ウエ で かんがえこんで いた とき、 アナタ が ヒ を ぶらさげて オカ さん を つれて、 やって いらしった あの とき の こと など を ワタシ は ワケ も なく おもいだします わ。 あの とき ワタシ は ウミ で なければ きけない よう な オンガク を きいて いました わ。 オカ の ウエ には あんな オンガク は きこう と いったって ありゃ しない。 おーい、 おーい、 おい、 おい、 おい、 おーい…… あれ は ナニ?」
「ナン だ それ は」
 クラチ は ケゲン な カオ を して ヨウコ を ふりかえった。
「あの コエ」
「どの」
「ウミ の コエ…… ヒト を よぶ よう な…… オタガイ で よびあう よう な」
「なんにも きこえ や せん じゃ ない か」
「その とき きいた のよ…… こんな あさい ところ では ナニ が きこえます もの か」
「オレ は ナガネン ウミ の ウエ で くらした が、 そんな コエ は イチド だって きいた こと は ない わ」
「そうお。 フシギ ね。 オンガク の ミミ の ない ヒト には きこえない の かしら。 ……たしか に きこえました よ、 あの バン に…… それ は キミ の わるい よう な ものすごい よう な…… いわば ね、 イッショ に なる べき はず なのに イッショ に なれなかった…… その ヒトタチ が イクオクマン と ウミ の ソコ に あつまって いて、 めいめい しにかけた よう な ひくい オト で、 おーい、 おーい と よびたてる、 それ が イッショ に なって あんな ぼんやり した おおきな コエ に なる か と おもう よう な そんな キミ の わるい コエ なの…… どこ か で イマ でも その コエ が きこえる よう よ」
「キムラ が やって いる の だろう」
 そう いって クラチ は たかだか と わらった。 ヨウコ は ミョウ に わらえなかった。 そして もう イチド ウミ の ほう を ながめやった。 メ も とどかない よう な トオク の ほう に、 オオシマ が ヤマ の コシ から シタ は ユウモヤ に ぼかされて なくなって、 ウエ の ほう だけ が ヘ の ジ を えがいて ぼんやり と ソラ に うかんで いた。
 フタリ は いつか ナメリガワ の カワグチ の ところ まで きついて いた。 イナセガワ を わたる とき、 クラチ は、 ヨコハマ フトウ で ヨウコ に まつわる ワカモノ に した よう に、 ヨウコ の ジョウタイ を ミギテ に かるがる と かかえて、 ク も なく ほそい ナガレ を おどりこして しまった が、 ナメリガワ の ほう は そう は ゆかなかった。 フタリ は カワハバ の せまそう な ところ を たずねて だんだん ジョウリュウ の ほう に ナガレ に そうて のぼって いった が、 カワハバ は ひろく なって ゆく ばかり だった。
「めんどうくさい、 かえりましょう か」
 おおきな こと を いいながら、 コウミョウジ まで には ハンブンミチ も こない うち に、 ゲタ ゼンタイ が めいりこむ よう な スナミチ で つかれはてて しまった ヨウコ は こう いいだした。
「あすこ に ハシ が みえる。 とにかく あすこ まで いって みよう や」
 クラチ は そう いって、 カイガンセン に そうて むっくり もれあがった サキュウ の ほう に つづく スナミチ を のぼりはじめた。 ヨウコ は クラチ に テ を ひかれて イキ を せいせい いわせながら、 キンニク が キョウチョク する よう に つかれた アシ を はこんだ。 ジブン の ケンコウ の スイタイ が いまさら に はっきり おもわせられる よう な それ は ツカレカタ だった。 いまにも ハレツ する よう に シンゾウ が コドウ した。
「ちょっと まって ベンケイガニ を ふみつけそう で あるけ や しません わ」
 そう ヨウコ は モウシワケ-らしく いって イクド か アシ を とめた。 じっさい その ヘン には あかい コウラ を しょった ちいさな カニ が いかめしい ハサミ を あげて、 ざわざわ と オト を たてる ほど おびただしく オウコウ して いた。 それ が いかにも バンシュン の ユウグレ-らしかった。
 サキュウ を のぼりきる と ザイモクザ の ほう に つづく ドウロ に でた。 ヨウコ は どうも フシギ な ココロモチ で、 ハマ から みえて いた ミダレバシ の ほう に ゆく キ に なれなかった。 しかし クラチ が どんどん そっち に むいて あるきだす ので、 すこし すねた よう に その テ に とりすがりながら もつれあって ヒトケ の ない その ハシ の ウエ まで きて しまった。
 ハシ の テマエ の ちいさな カケヂャヤ には シュジン の バアサン が ヨシ で かこった うすぐらい コベヤ の ナカ で、 こそこそ と ミセ を たたむ シタク でも して いる だけ だった。
 ハシ の ウエ から みる と、 ナメリガワ の ミズ は かるく うすにごって、 まだ メ を ふかない リョウギシ の カレアシ の ネ を しずか に あらいながら オト も たてず に ながれて いた。 それ が ムコウ に ゆく と すいこまれた よう に スナ の もれあがった ウシロ に かくれて、 また その サキ に ひかって あらわれて、 おだやか な リズム を たてて よせかえす ウミベ の ナミ の ナカ に とけこむ よう に そそいで いた。
 ふと ヨウコ は メノシタ の カレアシ の ナカ に うごく もの が ある の に キ が ついて みる と、 おおきな ムギワラ の カイスイボウ を かぶって、 クイ に こしかけて、 ツリザオ を にぎった オトコ が、 ボウシ の ヒサシ の シタ から メ を ひからして ヨウコ を じっと みつめて いる の だった。 ヨウコ は なんの キ なし に その オトコ の カオ を ながめた。
 キベ コキョウ だった。
 ボウシ の シタ に かくれて いる せい か、 その カオ は ちょっと みわすれる くらい トシ が いって いた。 そして フクソウ から も、 ヨウス から も、 ラクハク と いう よう な イッシュ の キブン が ただよって いた。 キベ の カオ は カメン の よう に れいぜん と して いた が、 ツリザオ の サキ は フチュウイ にも ミズ に つかって、 ツリイト が オンナ の カミノケ を ながした よう に ミズ に ういて かるく ふるえて いた。
 さすが の ヨウコ も ムネ を どきん と させて おもわず ミ を しざらせた。 「おーい、 おい、 おい、 おい、 おーい」 ……それ が その シュンカン に ミミ の ソコ を すーっと とおって すーっと ユクエ も しらず すぎさった。 おずおず と クラチ を うかがう と、 クラチ は ナニゴト も しらぬげ に、 あたたか に くれて ゆく アオゾラ を ふりあおいで メイッパイ に ながめて いた。
「かえりましょう」
 ヨウコ の コエ は ふるえて いた。 クラチ は なんの キ なし に ヨウコ を かえりみた が、
「さむく でも なった か、 クチビル が しろい ぞ」
と いいながら ランカン を はなれた。 フタリ が その オトコ に ウシロ を みせて 5~6 ポ あゆみだす と、
「ちょっと おまち ください」
と いう コエ が ハシ の シタ から きこえた。 クラチ は はじめて そこ に ヒト の いた の に キ が ついて、 マユ を ひそめながら ふりかえった。 ざわざわ と アシ を わけながら コミチ を のぼって くる アシオト が して、 ひょっこり メノマエ に キベ の スガタ が あらわれでた。 ヨウコ は その とき は しかし スベテ に たいする ミガマエ を ジュウブン に して しまって いた。
 キベ は すこし バカテイネイ な くらい に クラチ に たいして ボウシ を とる と、 すぐ ヨウコ に むいて、
「フシギ な ところ で オメ に かかりました ね、 しばらく」
と いった。 1 ネン マエ の キベ から ソウゾウ して どんな ゲキジョウテキ な クチョウ で よびかけられる かも しれない と あやぶんで いた ヨウコ は、 あんがい レイタン な キベ の タイド に アンシン も し、 フアン も かんじた。 キベ は どうか する と いなおる よう な こと を しかねない オトコ だ と ヨウコ は かねて おもって いた から だ。 しかし キベ と いう こと を センポウ から いいだす まで は つつめる だけ クラチ には ジジツ を つつんで みよう と おもって、 ただ にこやか に、
「こんな ところ で オメ に かかろう とは…… ワタシ も ホントウ に おどろいて しまいました。 でも まあ ホントウ に おめずらしい…… ただいま こちら の ほう に オスマイ で ございます の?」
「すまう と いう ほど も ない…… くすぶりこんで います よ はははは」
と キベ は うつろ に わらって、 ツバ の ひろい ボウシ を ショセイッポ-らしく アミダ に かぶった。 と おもう と また いそいで とって、
「あんな ところ から いきなり とびだして きて こう なれなれしく サツキ さん に オハナシ を しかけて ヘン に オオモイ でしょう が、 ボク は くだらん ヤクザモノ で、 それでも モト は サツキ-ケ には いろいろ ゴヤッカイ に なった オトコ です。 もうしあげる ほど の ナ も ありません から、 まあ ゴラン の とおり の ヤツ です。 ……どちら に オイデ です」
と クラチ に むいて いった。 その ちいさな メ には すぐれた サイキ と、 マケギライ-らしい キショウ と が ほとばしって は いた けれども、 じじむさい アゴヒゲ と、 のびる まま に のばした カミノケ と で、 ヨウコ で なければ その トクチョウ は みえない らしかった。 クラチ は どこ の ウマ の ホネ か と おもう よう な チョウシ で、 ジブン の ナ を なのる こと は もとより せず に、 かるく ボウシ を とって みせた だけ だった。 そして、
「コウミョウジ の ほう へ でも いって みよう か と おもった の だ が、 カワ が わたれん で…… この ハシ を いって も いかれます だろう」
 3 ニン は ハシ の ほう を ふりかえった。 マッスグ な ドテミチ が しろく ヤマ の キワ の ほう まで つづいて いた。
「いけます がね、 それ は ハマヅタイ の ほう が オモムキ が あります よ。 ボウフ でも つみながら いらっしゃい。 カワ も わたれます、 ゴアンナイ しましょう」
と いった。 ヨウコ は イットキ も はやく キベ から のがれたく も あった が、 ドウジ に しんみり と イチベツ イライ の こと など を かたりあって みたい キ も した。 いつか キシャ の ナカ で あって これ が サイゴ の タイメン だろう と おもった、 あの とき から する と キベ は ずっと さばけた オトコ-らしく なって いた。 その フクソウ が いかにも セイカツ の フキソク なの と キュウハク して いる の を おもわせる と、 ヨウコ は シンミ な ドウジョウ に そそられる の を こばむ こと が できなかった。
 クラチ は 4~5 ホ さきだって、 その アト から ヨウコ と キベ とは アイダ を へだてて ならびながら、 また ベンケイガニ の うざうざ いる スナミチ を ハマ の ほう に おりて いった。
「アナタ の こと は たいてい ウワサ や シンブン で しって いました よ…… ニンゲン て もの は おかしな もん です ね。 ……ワタシ は あれ から ラクゴシャ です。 ナニ を して みて も なりたった こと は ありません。 ツマ も コドモ も サト に かえして しまって イマ は ヒトリ で ここ に ホウロウ して います。 マイニチ ツリ を やって ね…… ああ やって ミズ の ナガレ を みて いる と、 それでも バンメシ の サケ の サカナ ぐらい な もの は つれて きます よ ははははは」
 キベ は また うつろ に わらった が、 その ワライ の ヒビキ が キズグチ に でも こたえた よう に キュウ に だまって しまった。 スナ に くいこむ フタリ の ゲタ の オト だけ が きこえた。
「しかし これ で いて まったく の コドク でも ありません よ。 つい コノアイダ から シリアイ に なった オトコ だ が、 スナヤマ の スナ の ナカ に サケ を うずめて おいて、 ぶらり と やって きて それ を のんで よう の を タノシミ に して いる の と シリアイ に なりまして ね…… ソイツ の ライフ フィロソフィー が バカ に おもしろい ん です。 テッテイ した ウンメイロンシャ です よ。 サケ を のんで ウンメイロン を はく ん です。 まるで センニン です よ」
 クラチ は どんどん あるいて フタリ の ハナシゴエ が ミミ に はいらぬ くらい とおざかった。 ヨウコ は キベ の クチ から レイ の カンショウテキ な コトバ が イマ でる か イマ でる か と おもって まって いた けれども、 キベ には いささかも そんな フウ は なかった。 ワライ ばかり で なく、 スベテ に うつろ な カンジ が する ほど ムカンジョウ に みえた。
「アナタ は ホントウ に イマ ナニ を なさって いらっしゃいます の」
と ヨウコ は すこし キベ に ちかよって たずねた。 キベ は ちかよられた だけ ヨウコ から とおのいて また うつろ に わらった。
「ナニ を する もん です か。 ニンゲン に ナニ が できる もん です か。 ……もう ハル も スエ に なりました ね」
 トテツ も ない コトバ を しいて くっつけて キベ は その よく ひかる メ で ヨウコ を みた。 そして すぐ その メ を かえして、 とおざかった クラチ を こめて とおく ウミ と ソラ との サカイメ に ながめいった。
「ワタシ アナタ と ゆっくり オハナシ が して みたい と おもいます が……」
 こう ヨウコ は しんみり ぬすむ よう に いって みた。 キベ は すこしも それ に ココロ を うごかされない よう に みえた。
「そう…… それ も おもしろい かな。 ……ワタシ は これ でも ときおり は アナタ の コウフク を いのったり して います よ、 おかしな もん です ね、 はははは (ヨウコ が その コトバ に つけいって ナニ か いおう と する の を キベ は ゆうゆう と おっかぶせて) あれ が、 あすこ に みえる の が オオシマ です。 ぽつん と ヒトツ クモ か ナニ か の よう に みえる でしょう ソラ に ういて…… オオシマ って いう イズ の サキ の ハナレジマ です。 あれ が ワタシ の ツリ を する ところ から ショウメン に みえる ん です。 あれ で いて、 ヒ に よって イロ が サマザマ に かわります。 どうか する と フンエン が ぽーっと みえる こと も あります よ」
 また コトバ が ぽつん と きれて チンモク が つづいた。 ゲタ の オト の ホカ に ナミ の オト も だんだん と ちかく きこえだした。 ヨウコ は ただただ ムネ が せつなく なる の を おぼえた。 もう イチド どうしても ゆっくり キベ に あいたい キ に なって いた。
「キベ さん…… アナタ さぞ ワタシ を うらんで いらっしゃいましょう ね。 ……けれども ワタシ アナタ に どうしても もうしあげて おきたい こと が あります の。 なんとか して イチド ワタシ に あって くださいません? その うち に。 ワタシ の バンチ は……」
「おあい しましょう 『その うち に』 ……その うち に は いい コトバ です ね…… その うち に……。 ハナシ が ある から と オンナ に いわれた とき には、 ハナシ を キタイ しない で ホウヨウ か キョム か を カクゴ しろ って メイゲン が あります ぜ、 ははははは」
「それ は あまり な オッシャリカタ です わ」
 ヨウコ は きわめて ジョウダン の よう に また きわめて マジメ の よう に こう いって みた。
「あまり か あまり で ない か…… とにかく メイゲン には ソウイ ありますまい、 ははははは」
 キベ は また うつろ に わらった が、 また いたい ところ に でも ふれた よう に とつぜん わらいやんだ。
 クラチ は ナミウチギワ チカク まで きて も わたれそう も ない ので トオク から こっち に ふりむいて、 むずかしい カオ を して たって いた。
「どれ オフタリ に ハシワタシ を して あげましょう かな」
 そう いって キベ は カワベ の アシ を わけて しばらく スガタ を かくして いた が、 やがて ちいさな タブネ に のって サオ を さして あらわれて きた。 その とき ヨウコ は キベ が ツリドウグ を もって いない の に キ が ついた。
「アナタ ツリザオ は」
「ツリザオ です か…… ツリザオ は ミズ の ウエ に ういてる でしょう。 いまに ここ まで ながれて くる か…… こない か……」
 そう こたえて あんがい ジョウズ に フネ を こいだ。 クラチ は ゆきすぎた だけ を いそいで とって かえして きた。 そして 3 ニン は あぶなかしく たった まま フネ に のった。 クラチ は キベ の マエ も かまわず ワキノシタ に テ を いれて ヨウコ を かかえた。 キベ は れいぜん と して サオ を とった。 ミツキ ほど で たわいなく フネ は ムコウギシ に ついた。 クラチ が いちはやく キシ に とびあがって、 テ を のばして ヨウコ を たすけよう と した とき、 キベ が ヨウコ に テ を かして いた ので、 ヨウコ は すぐに それ を つかんだ。 おもいきり チカラ を こめた ため か、 キベ の テ が フネ を こいだ ため だった か、 とにかく フタリ の テ は にぎりあわされた まま コキザミ に はげしく ふるえた。
「やっ、 どうも ありがとう」
 クラチ は ヨウコ の ジョウリク を たすけて くれた キベ に こう レイ を いった。
 キベ は フネ から は あがらなかった。 そして ツバビロ の ボウシ を とって、
「それじゃ これ で おわかれ します」
と いった。
「くらく なりました から、 オフタリ とも アシモト に キ を おつけなさい。 さようなら」
と つけくわえた。
 3 ニン は ソウトウ の アイサツ を とりかわして わかれた。 1 チョウ ほど きて から キュウ に ユクテ が あかるく なった ので、 みる と コウミョウジ ウラ の ヤマノハ に、 ユウヅキ が こい クモ の キレメ から スガタ を みせた の だった。 ヨウコ は ウシロ を ふりかえって みた。 ムラサキイロ に くれた スナ の ウエ に キベ が フネ を アシマ に こぎかえして ゆく スガタ が カゲエ の よう に くろく ながめられた。 ヨウコ は シロコハク の パラゾル を ぱっと ひらいて、 クラチ には イタズラ に みえる よう に ふりうごかした。
 3~4 チョウ きて から クラチ が コンド は ウシロ を ふりかえった。 もう そこ には キベ の スガタ は なかった。 ヨウコ は パラゾル を たたもう と して おもわず なみだぐんで しまって いた。
「あれ は いったい ダレ だ」
「ダレ だって いい じゃ ありません か」
 クラサ に まぎれて クラチ に ナミダ は みせなかった が、 ヨウコ の コトバ は いたましく かんばしって いた。
「ローマンス の たくさん ある オンナ は ちがった もの だな」
「ええ、 その とおり…… あんな コジキ みたい な みっともない コイビト も もった こと が ある のよ」
「さすが は オマエ だよ」
「だから アイソ が つきた でしょう」
 とつじょ と して また イイヨウ の ない サビシサ、 カナシサ、 クヤシサ が ボウフウ の よう に おそって きた。 また きた と おもって も それ は もう おそかった。 スナ の ウエ に つっぷして、 いまにも たえいりそう に ミモダエ する ヨウコ を、 クラチ は きこえぬ テイド に シタウチ しながら カイホウ せねば ならなかった。
 その ヨ リョカン に かえって から も ヨウコ は いつまでも ねむらなかった。 そこ に きて はたらく ジョチュウ たち を ヒトリヒトリ つっけんどん に きびしく たしなめた。 シマイ には ヒトリ と して よりつく モノ が なくなって しまう くらい。 クラチ も ハジメ の うち は しぶしぶ つきあって いた が、 ついには カッテ に する が いい と いわん ばかり に ザシキ を かえて ヒトリ で ねて しまった。
 ハル の ヨ は ただ、 コト も なく しめやか に ふけて いった。 トオク から きこえて くる カエル の ナキゴエ の ホカ には、 ニッチョウ サマ の モリ アタリ で なく らしい フクロウ の コエ が する ばかり だった。 ヨウコ とは なんの カンケイ も ない ヨドリ で ありながら、 その コエ には ヒト を バカ に しきった よう な、 それでいて きく に たえない ほど さびしい ヒビキ が ひそんで いた。 ほう、 ほう…… ほう、 ほうほう と まどお に タンチョウ に おなじ キ の エダ と おもわしい ところ から きこえて いた。 ヒトビト が ねしずまって みる と、 フンヌ の ジョウ は いつか きえはてて、 イイヨウ の ない セキバク が その アト に のこった。
 ヨウコ の する こと いう こと は ヒトツヒトツ ヨウコ を クラチ から ひきはなそう と する もの ばかり だった。 コンヤ も クラチ が ヨウコ から まちのぞんで いた もの を ヨウコ は あきらか に しって いた。 しかも ヨウコ は ワケ の わからない イカリ に まかせて ジブン の おもう まま を ふるまった ケッカ、 クラチ には フカイ きわまる シツボウ を あたえた に ちがいない。 こうした まま で ヒ が たつ に したがって、 クラチ は イヤオウ なし に さらに あたらしい セイテキ キョウミ の タイショウ を もとめる よう に なる の は モクゼン の こと だ。 げんに アイコ は その コウホシャ の ヒトリ と して クラチ の メ には うつりはじめて いる の では ない か。 ヨウコ は クラチ との カンケイ を ハジメ から かんがえたどって みる に つれて、 どうしても まちがった ホウコウ に フカイリ した の を くいない では いられなかった。 しかし クラチ を てなずける ため には あの ミチ を えらぶ より シカタ が なかった よう にも おもえる。 クラチ の セイカク に ケッテン が ある の だ。 そう では ない。 クラチ に アイ を もとめて いった ジブン の セイカク に ケッテン が ある の だ。 ……そこ まで リクツ-らしく リクツ を たどって きて みる と、 ヨウコ は ジブン と いう もの が ふみにじって も あきたりない ほど いや な モノ に みえた。
「なぜ ワタシ は キベ を すて キムラ を くるしめなければ ならない の だろう。 なぜ キベ を すてた とき に ワタシ は ココロ に のぞんで いる よう な ミチ を まっしぐら に すすんで いく こと が できなかった の だろう。 ワタシ を キムラ に しいて おしつけた イソガワ の オバサン は わるい…… ワタシ の ウラミ は どうしても きえる もの か。 ……と いって おめおめ と その サクリャク に のって しまった ワタシ は なんと いう ふがいない オンナ だった の だろう。 クラチ に だけ は ワタシ は シツボウ したく ない と おもった。 イマ まで の スベテ の シツボウ を あの ヒト で ゼンブ とりかえして まだ あまりきる よう な ヨロコビ を もとう と した の だった。 ワタシ は クラチ とは はなれて は いられない ニンゲン だ と たしか に しんじて いた。 そして ワタシ の もってる スベテ を…… みにくい もの の スベテ をも クラチ に あたえて かなしい とも おもわなかった の だ。 ワタシ は ジブン の イノチ を クラチ の ムネ に たたきつけた。 それだのに イマ は ナニ が のこって いる…… ナニ が のこって いる……。 コンヤ かぎり ワタシ は クラチ に みはなされる の だ。 この ヘヤ を でて いって しまった とき の レイタン な クラチ の カオ!…… ワタシ は いこう。 これから いって クラチ に わびよう、 ドレイ の よう に タタミ に アタマ を こすりつけて わびよう…… そう だ。 ……しかし クラチ が レイコク な カオ を して ワタシ の ココロ を み も かえらなかったら…… ワタシ は いきてる アイダ に そんな クラチ の カオ を みる ユウキ は ない。 ……キベ に わびよう か…… キベ は イドコロ さえ しらそう とは しない の だ もの……」
 ヨウコ は やせた カタ を いたましく ふるわして、 クラチ から ゼツエン されて しまった もの の よう に、 さびしく かなしく ナミダ の かれる か と おもう まで なく の だった。 しずまりきった ヨル の クウキ の ナカ に、 ときどき ハナ を かみながら すすりあげ すすりあげ なきふす いたましい コエ だけ が きこえた。 ヨウコ は ジブン の コエ に つまされて なおさら ヒアイ から ヒアイ の ドンゾコ に しずんで いった。
 やや しばらく して から ヨウコ は ケッシン する よう に、 テヂカ に あった スズリバコ と リョウシ と を ひきよせた。 そして ふるえる テサキ を しいて あやつりながら カンタン な テガミ を ウバ に あてて かいた。 それ には ウバ とも サダコ とも だんぜん エン を きる から イゴ タニン と おもって くれ。 もし ジブン が しんだら ここ に ドウフウ する テガミ を キベ の ところ に もって ゆく が いい。 キベ は きっと どうして でも サダコ を やしなって くれる だろう から と いう イミ だけ を かいた。 そして キベ-アテ の テガミ には、

「サダコ は アナタ の コ です。 その カオ を ヒトメ ゴラン に なったら すぐ おわかり に なります。 ワタシ は イマ まで イジ から も サダコ は ワタシ ヒトリ の コ で ワタシ ヒトリ の もの と する つもり で いました。 けれども ワタシ が ヨ に ない もの と なった イマ は、 アナタ は もう ワタシ の ツミ を ゆるして くださる か とも おもいます。 せめては サダコ を うけいれて くださいましょう。
   ヨウコ の しんだ ノチ
                        あわれ なる サダコ の ママ より
  サダコ の オトウサマ へ」

と かいた。 ナミダ は マキガミ の ウエ に トメド なく おちて ジ を にじました。 トウキョウ に かえったら ためて おいた ヨキン の ゼンブ を ひきだして それ を カワセ に して ドウフウ する ため に フウ を とじなかった。
 サイゴ の ギセイ…… イマ まで とつおいつ すてかねて いた サイアイ の もの を サイゴ の ギセイ に して みたら、 たぶん は クラチ の ココロ が もう イチド ジブン に もどって くる かも しれない。 ヨウコ は アラガミ に サイアイ の もの を イケニエ と して ネガイ を きいて もらおう と する タイコ の ヒト の よう な ヒッシ な ココロ に なって いた。 それ は ムネ を はりさく よう な ギセイ だった。 ヨウコ は ジブン の メ から も エイユウテキ に みえる この ケッシン に カンゲキ して また あたらしく なきくずれた。
「どうか、 どうか、 ……どうーか」
 ヨウコ は ダレ に とも なく テ を あわして、 イッシン に ねんじて おいて、 おおしく ナミダ を おしぬぐう と、 そっと ザ を たって、 クラチ の ねて いる ほう へ と しのびよった。 ロウカ の アカリ は タイハン けされて いる ので、 ガラスマド から おぼろ に さしこむ ツキ の ヒカリ が タヨリ に なった。 ロウカ の ハンブン-ガタ リン の もえた よう な その ヒカリ の ナカ を、 やせほそって いっそう セタケ の のびて みえる ヨウコ は、 カゲ が あゆむ よう に オト も なく しずか に あゆみながら、 そっと クラチ の ヘヤ の フスマ を ひらいて ナカ に はいった。 うすぐらく ともった アリアケ の モト に クラチ は ナニゴト も しらぬげ に こころよく ねむって いた。 ヨウコ は そっと その マクラモト に ザ を しめた。 そして クラチ の ネガオ を みまもった。
 ヨウコ の メ には ひとりでに ナミダ が わく よう に あふれでて、 あつぼったい よう な カンジ に なった クチビル は ワレ にも なく わなわな と ふるえて きた。 ヨウコ は そうした まま で だまって なおも クラチ を みつづけて いた。 ヨウコ の メ に たまった ナミダ の ため に クラチ の スガタ は みるみる にじんだ よう に リンカク が ぼやけて しまった。 ヨウコ は いまさら ヒト が ちがった よう に ココロ が よわって、 ウケミ に ばかり ならず には いられなく なった ジブン が かなしかった。 なんと いう なさけない かわいそう な こと だろう。 そう ヨウコ は しみじみ と おもった。
 だんだん ヨウコ の ナミダ は ススリナキ に かわって いった。 クラチ が ネムリ の ウチ で それ を かんじた らしく、 うるさそう に ウメキゴエ を ちいさく たてて ネガエリ を うった。 ヨウコ は ぎょっと して イキ を つめた。
 しかし すぐ ススリナキ は また かえって きた。 ヨウコ は ナニゴト も わすれはてて、 クラチ の トコ の ソバ に きちんと すわった まま いつまでも いつまでも なきつづけて いた。

 38

「ナニ を そう おずおず して いる の かい。 その ボタン を ウシロ に はめて くれ さえ すれば それ で いい の だに」
 クラチ は クラチ に して は とくに やさしい コエ で こう いった、 ワイシャツ を きよう と した まま ヨウコ に セ を むけて たちながら。 ヨウコ は とんでもない シッサク でも した よう に、 シャツ の ハイブ に つける カラー ボタン を テ に もった まま おろおろ して いた。
「つい シャツ を しかえる とき それ だけ わすれて しまって……」
「イイワケ なんぞ は いい わい。 はやく たのむ」
「はい」
 ヨウコ は しとやか に そう いって よりそう よう に クラチ に ちかよって その ボタン を ボタンアナ に いれよう と した が、 ノリ が こわい の と、 キオクレ が して いる ので ちょっと は はいりそう に なかった。
「すみません が ちょっと ぬいで くださいまし な」
「メンドウ だな、 コノママ で できよう が」
 ヨウコ は もう イチド こころみた。 しかし おもう よう には ゆかなかった。 クラチ は もう あきらか に いらいら しだして いた。
「ダメ か」
「まあ ちょっと」
「だせ、 かせ オレ に。 なんでも ない こと だに」
 そう いって くるり と ふりかえって ちょっと ヨウコ を にらみつけながら、 ひったくる よう に ボタン を うけとった。 そして また ヨウコ に ウシロ を むけて ジブン で それ を はめよう と かかった。 しかし なかなか うまく ゆかなかった。 みるみる クラチ の テ は はげしく ふるえだした。
「おい、 てつだって くれて も よかろう が」
 ヨウコ が あわてて テ を だす と ハズミ に ボタン は タタミ の ウエ に おちて しまった。 ヨウコ が それ を ひろおう と する マ も なく、 アタマ の ウエ から クラチ の コエ が カミナリ の よう に なりひびいた。
「バカ! ジャマ を しろ と いい や せん ぞ」
 ヨウコ は それでも どこまでも やさしく でよう と した。
「ごめん ください ね、 ワタシ オジャマ なんぞ……」
「ジャマ よ。 これ で ジャマ で なくて ナン だ…… ええ、 そこ じゃ ありゃ せん よ。 そこ に みえとる じゃ ない か」
 クラチ は クチ を とがらして アゴ を つきだしながら、 どしん と アシ を あげて タタミ を ふみならした。
 ヨウコ は それでも ガマン した。 そして ボタン を ひろって たちあがる と クラチ は もう ワイシャツ を ぬぎすてて いる ところ だった。
「ムナクソ の わるい…… おい ニホンフク を だせ」
「ジュバン の エリ が かけず に あります から…… ヨウフク で ガマン して くださいまし ね」
 ヨウコ は ジブン が もって いる と おもう ほど の コビ を ある かぎり メ に あつめて タンガン する よう に こう いった。
「オマエ には たのまん まで よ…… アイ ちゃん」
 クラチ は おおきな コエ で アイコ を よびながら カイカ の ほう に ミミ を すました。 ヨウコ は それでも こんかぎり ガマン しよう と した。 ハシゴダン を しとやか に のぼって アイコ が イツモ の よう に ジュウジュン に ヘヤ に はいって きた。 クラチ は キュウ に ソウゴウ を くずして にこやか に なって いた。
「アイ ちゃん たのむ、 シャツ に その ボタン を つけて おくれ」
 アイコ は ナニゴト の おこった か を つゆ しらぬ よう な カオ を して、 オトコ の ニッカン を そそる よう な カタジシ の ニクタイ を うつくしく おりまげて、 セッパク の シャツ を テ に とりあげる の だった。 ヨウコ が ちゃんと クラチ に かしずいて そこ に いる の を まったく ムシ した よう な ずうずうしい タイド が、 ひがんで しまった ヨウコ の メ には にくにくしく うつった。
「ヨケイ な こと を おし で ない」
 ヨウコ は とうとう かっと なって アイコ を たしなめながら いきなり テ に ある シャツ を ひったくって しまった。
「キサマ は…… オレ が アイ ちゃん に たのんだ に なぜ ヨケイ な こと を しくさる ん だ」
と そう いって いたけだか に なった クラチ には ヨウコ は もう メ も くれなかった。 アイコ ばかり が ヨウコ の メ には みえて いた。
「オマエ は シタ に いれば それ で いい ニンゲン なん だよ。 オサンドン の シゴト も ろくろく でき は しない くせ に ヨケイ な ところ に でしゃばる もん じゃ ない こと よ。 ……シタ に いって おいで」
 アイコ は こう まで アネ に たしなめられて も、 さからう でも なく おこる でも なく、 だまった まま ジュウジュン に、 タコン な メ で アネ を じっと みて しずしず と その ザ を はずして しまった。
 こんな もつれあった イサカイ が ともすると ヨウコ の イエ で くりかえされる よう に なった。 ヒトリ に なって キ が しずまる と ヨウコ は ココロ の ソコ から ジブン の キョウボウ な フルマイ を くいた。 そして キ を とりなおした つもり で どこまでも アイコ を いたわって やろう と した。 アイコ に アイジョウ を みせる ため には ギリ にも サダヨ に つらく あたる の が トウゼン だ と おもった。 そして アイコ の みて いる マエ で、 あいする モノ が あいする モノ を にくんだ とき ばかり に みせる ザンギャク な カシャク を サダヨ に あたえたり した。 ヨウコ は それ が リフジン きわまる こと だ とは しって いながら、 そう ヘンパ に かたむいて くる ジブン の ココロモチ を どう する こと も できなかった。 それ のみ ならず ヨウコ には ジブン の ウップン を もらす ため の タイショウ が ぜひ ヒトツ ヒツヨウ に なって きた。 ヒト で なければ ドウブツ、 ドウブツ で なければ ソウモク、 ソウモク で なければ ジブン ジシン に ナニ か なし に ショウガイ を あたえて いなければ キ が やすまなく なった。 ニワ の クサ など を つかんで いる とき でも、 ふと キ が つく と ヨウコ は しゃがんだ まま ヒトクキ の ナ も ない クサ を たった 1 ポン つみとって、 メ に ナミダ を いっぱい ためながら ツメ の サキ で ずたずた に きりさいなんで いる ジブン を みいだしたり した。
 おなじ ショウドウ は ヨウコ を かって クラチ の ホウヨウ に ジブン ジシン を おもうぞんぶん しいたげよう と した。 そこ には クラチ の アイ を すこし でも おおく ジブン に つなぎたい ヨッキュウ も てつだって は いた けれども、 クラチ の テ で キョクド の クツウ を かんずる こと に フマンゾク きわまる マンゾク を みいだそう と して いた の だ。 セイシン も ニクタイ も はなはだしく ヤマイ に むしばまれた ヨウコ は ホウヨウ に よって の ウチョウテン な カンラク を あじわう シカク を うしなって から かなり ひさしかった。 そこ には ただ ジゴク の よう な カシャク が ある ばかり だった。 スベテ が おわって から ヨウコ に のこる もの は、 オウト を もよおす よう な ニクタイ の クツウ と、 しいて ジブン を ボウガ に さそおう と もがきながら、 それ が うらぎられて ムエキ に おわった、 その ノチ に おそって くる ダキ す べき ケンタイ ばかり だった。 クラチ が ヨウコ の その ヒサン な ムカンカク を ワケマエ して タトエヨウ も ない ゾウオ を かんずる の は もちろん だった。 ヨウコ は それ を しる と さらに いいしれない タヨリナサ を かんじて また はげしく クラチ に いどみかかる の だった。 クラチ は みるみる イッポ イッポ ヨウコ から はなれて いった。 そして ますます その キブン は すさんで いった。
「キサマ は オレ に あきた な。 オトコ でも つくりおった ん だろう」
 そう ツバ でも はきすてる よう に いまいましげ に クラチ が あらわ に いう よう な ヒ も きた。
「どう すれば いい ん だろう」
 そう いって ヒタイ の ところ に テ を やって ズツウ を しのびながら ヨウコ は ヒトリ くるしまねば ならなかった。
 ある ヒ ヨウコ は おもいきって ひそか に イシ を おとずれた。 イシ は てもなく、 ヨウコ の スベテ の ナヤミ の ゲンイン は シキュウ コウクツショウ と シキュウ ナイマクエン と を ヘイハツ して いる から だ と いって きかせた。 ヨウコ は あまり に わかりきった こと を イシ が さも シッタカブリ に いって きかせる よう にも、 また その のっぺり した しろい カオ が、 おそろしい ウンメイ が ヨウコ に たいして よそおうた カメン で、 ヨウコ は その コトバ に よって マックラ な ユクテ を あきらか に しめされた よう にも おもった。 そして イカリ と シツボウ と を いだきながら その イエ を でた。 キト ヨウコ は ホンヤ に たちよって フジンビョウ に かんする ダイブ な イショ を かいもとめた。 それ は ジブン の ビョウショウ に かんする テッテイテキ な チシキ を えよう ため だった。 イエ に かえる と ジブン の ヘヤ に とじこもって すぐ ダイタイ を よんで みた。 コウクツショウ は ゲカ シュジュツ を ほどこして イチ キョウセイ を する こと に よって、 ナイマクエン は ナイマクエン を ケッソウ する こと に よって、 それ が キカイテキ の ハツビョウ で ある かぎり ゼンチ の ミコミ は ある が、 イチ キョウセイ の バアイ など に シジュツシャ の フチュウイ から シキュウテイ に センコウ を しょうじた とき など には、 おうおう に して ゲキレツ な フクマクエン を ケッカ する キケン が ともなわない でも ない など と かいて あった。 ヨウコ は クラチ に ジジョウ を うちあけて シュジュツ を うけよう か とも おもった。 フダン ならば ジョウシキ が すぐ それ を ヨウコ に させた に ちがいない。 しかし イマ は もう ヨウコ の シンケイ は キョクド に ゼイジャク に なって、 あらぬ ホウコウ に ばかり ワレ にも なく するどく はたらく よう に なって いた。 クラチ は ウタガイ も なく ジブン の ビョウキ に アイソ を つかす だろう。 たとい そんな こと は ない と して も ニュウイン の キカン に クラチ の ニク の ヨウキュウ が クラチ を おもわぬ ほう に つれて ゆかない とは ダレ が ホショウ できよう。 それ は ヨウコ の ヘキケン で ある かも しれない、 しかし もし アイコ が クラチ の チュウイ を ひいて いる と すれば、 ジブン の ルス の アイダ に クラチ が カノジョ に ちかづく の は ただ イッポ の こと だ。 アイコ が あの トシ で あの ムケイケン で、 クラチ の よう な ヤセイ と ボウリョク と に キョウミ を もたぬ の は もちろん、 イッシュ の エンオ を さえ かんじて いる の は さっせられない では ない。 アイコ は きっと クラチ を しりぞける だろう。 しかし クラチ には おそろしい ムチ が ある。 そして イチド クラチ が オンナ を オノレ の チカラ の モト に とりひしいだら いかなる オンナ も ニド と クラチ から のがれる こと の できない よう な キカイ の マスイ の チカラ を もって いる。 シソウ とか レイギ とか に わずらわされない、 ムジンゾウ に キョウレツ で セイフクテキ な キ の まま な ダンセイ の チカラ は いかな オンナ をも その ホンノウ に たちかえらせる マジュツ を もって いる。 しかも あの ジュウジュン-らしく みえる アイコ は ヨウコ に たいして うまれる と から の テキイ を はさんで いる の だ。 どんな カノウ でも えがいて みる こと が できる。 そう おもう と ヨウコ は ワガミ で ワガミ を やく よう な ミレン と シット の ため に ゼンゴ も わすれて しまった。 なんとか して クラチ を しばりあげる まで は ヨウコ は あまんじて イマ の クツウ に たえしのぼう と した。
 その コロ から あの マサイ と いう オトコ が クラチ の ルス を うかがって は ヨウコ に あい に くる よう に なった。
「アイツ は イヌ だった。 あやうく テ を かませる ところ だった。 どんな こと が あって も よせつける では ない ぞ」
と クラチ が ヨウコ に いいきかせて から 1 シュウカン も たたない ノチ に、 ひょっこり マサイ が カオ を みせた。 なかなか の シャレモノ で、 スンブン の スキ も ない ミナリ を して いた オトコ が、 どこ か に ヒンキュウ を におわす よう に なって いた。 カラー には うっすり アセジミ が できて、 ズボン の ヒザ には ヤケコゲ の ちいさな アナ が あいたり して いた。 ヨウコ が あげる あげない も いわない うち に、 コンイズク-らしく どんどん ゲンカン から あがりこんで ザシキ に とおった。 そして コウカ-らしい セイヨウガシ の うつくしい ハコ を ヨウコ の メノマエ に フロシキ から とりだした。
「せっかく おいで くださいました のに クラチ さん は ルス です から、 はばかり です が でなおして オアソビ に いらしって くださいまし。 これ は それまで オアズカリオキ を ねがいます わ」
 そう いって ヨウコ は カオ には いかにも コンイ を みせながら、 コトバ には ニノク が つげない ほど の レイタンサ と ツヨサ と を しめして やった。 しかし マサイ は しゃあしゃあ と して ヘイキ な もの だった。 ゆっくり ウチカクシ から マキタバコイレ を とりだして、 キングチ を 1 ポン つまみとる と、 スミ の ウエ に たまった ハイ を しずか に かきのける よう に して ヒ を つけて、 のどか に カオリ の いい ケムリ を ザシキ に ただよわした。
「オルス です か…… それ は かえって コウツゴウ でした…… もう ナツ-らしく なって きました ね、 トナリ の バラ も さきだす でしょう…… とおい よう だ が まだ キョネン の こと です ねえ、 オタガイサマ に タイヘイヨウ を いったり きたり した の は…… あの コロ が おもしろい サカリ でした よ。 ワタシタチ の シゴト も まだ にらまれず に いた ん でした から…… ときに オクサン」
 そう いって おりいって ソウダン でも する よう に マサイ は タバコボン を おしのけて ヒザ を のりだす の だった。 ヒト を あなどって かかって くる と おもう と ヨウコ は ぐっと シャク に さわった。 しかし イゼン の よう な ヨウコ は そこ には いなかった。 もし それ が イゼン で あったら、 ジブン の サイキ と リキリョウ と ビボウ と に ジュウブン の ジシン を もつ ヨウコ で あったら、 ケ の スエ ほど も ジブン を うしなう こと なく、 ユウエン に エンカツ に オトコ を ジブン の かけた ワナ の ナカ に おとしいれて、 ジジョウ ジバク の にがい メ に あわせて いる に ちがいない。 しかし ゲンザイ の ヨウコ は タワイ も なく テキ を テモト まで もぐりこませて しまって ただ いらいら と あせる だけ だった。 そういう ハメ に なる と ヨウコ は ぞんがい チカラ の ない ジブン で ある の を しらねば ならなかった。
 マサイ は ヒザ を のりだして から、 しばらく だまって ビンショウ に ヨウコ の カオイロ を うかがって いた が、 これ なら だいじょうぶ と ミキワメ を つけた らしく、
「すこし ばかり で いい ん です、 ひとつ ユウズウ して ください」
と きりだした。
「そんな こと を おっしゃったって、 ワタシ に どう シヨウ も ない くらい は ゴゾンジ じゃ ありません か。 そりゃ ヨジン じゃ なし、 できる もの なら なんとか いたします けれども、 シマイ 3 ニン が どうか こうか して クラチ に やしなわれて いる コンニチ の よう な キョウガイ では、 ワタシ に ナニ が できましょう。 マサイ さん にも にあわない マトチガイ を おっしゃる のね。 クラチ なら ゴソウダン にも なる でしょう から メン と むかって おはなし くださいまし。 ナカ に はいる と ワタシ が こまります から」
 ヨウコ は とりつく シマ も ない よう に と イヤミ な チョウシ で ずけずけ と こう いった。 マサイ は せせらわらう よう に ほほえんで キングチ の ハイ を しずか に ハイフキ に おとした。
「もうすこし ざっくばらん に いって ください よ、 キノウ キョウ の オツキアイ じゃ なし。 クラチ さん と まずく なった くらい は ゴショウチ じゃ ありません か。 ……しって いらしって そういう クチ の キキカタ は すこし ひどすぎます ぜ、 (ここ で カメン を とった よう に マサイ は ふてくされた タイド に なった。 しかし コトバ は どこまでも オントウ だった) きらわれたって ワタシ は なにも クラチ さん を どう しよう の こう しよう の と、 そんな ハクジョウ な こと は しない つもり です。 クラチ さん に ケガ が あれば ワタシ だって ドウザイ イジョウ です から ね。 ……しかし ……ひとつ なんとか ならない もん でしょう か」
 ヨウコ の イカリ に コウフン した シンケイ は マサイ の この ヒトコト に すぐ おびえて しまった。 なにもかも クラチ の リメン を しりぬいてる はず の マサイ が、 ステバチ に なったら クラチ の ミノウエ に どんな サイナン が ふりかからぬ とも かぎらぬ。 そんな こと を させて は とんだ こと に なる だろう。 そんな こと を させて は とんだ こと に なる。 ヨウコ は ますます ヨワミ に なった ジブン を すくいだす スベ に こうじはてて いた。
「それ を ゴショウチ で ワタシ の ところ に いらしったって…… たとい ワタシ に ツゴウ が ついた と した ところ で、 どう シヨウ も ありません じゃ ない の。 なんぼ ワタシ だって も、 クラチ と ナカタガエ を なさった アナタ に クラチ の カネ を ナニ する……」
「だから クラチ さん の もの を オネダリ は しません さ。 キムラ さん から も たんまり きて いる はず じゃ ありません か。 その ナカ から…… たんと たあ いいません から、 キュウキョウ を たすける と おもって どうか」
 マサイ は ヨウコ を オトコタラシ と みくびった タイド で、 ジョウフ を もってる メカケ に でも せまる よう な ずうずうしい カオイロ を みせた。 こんな オシモンドウ の ケッカ ヨウコ は とうとう マサイ に 300 エン ほど の カネ を むざむざ と せびりとられて しまった。 ヨウコ は その バン クラチ が かえって きた とき も それ を いいだす キリョク は なかった。 チョキン は ゼンブ サダコ の ほう に おくって しまって、 ヨウコ の テモト には いくらも のこって は いなかった。
 それから と いう もの マサイ は 1 シュウカン と おかず に ヨウコ の ところ に きて は カネ を せびった。 マサイ は その オリオリ に、 エノシママル の サルン の イチグウ に じんどって サケ と タバコ と に ひたりながら、 なにかしらん ヒソヒソバナシ を して いた スウニン の ヒトタチ―― ヒト を みぬく メ の するどい ヨウコ にも どうしても その ヒトタチ の ショクギョウ を スイサツ しえなかった スウニン の ヒトタチ の ナカマ に クラチ が はいって はじめだした ヒミツ な シゴト の コサイ を もらした。 マサイ が ヨウコ を おびやかす ため に、 その ハナシ には コチョウ が くわえられて いる、 そう おもって きいて みて も、 ヨウコ の ムネ に ひやっと させる こと ばかり だった。 クラチ が ニッシン センソウ にも サンカ した ジムチョウ で、 カイグン の ヒトタチ にも コウカイ ギョウシャ にも わりあい に ひろい コウサイ が ある ところ から、 ザイリョウ の シュウシュウシャ と して その ナカマ の ギュウジ を とる よう に なり、 ロコク や ベイコク に むかって もらした ソコク の グンジジョウ の ヒミツ は なかなか ヨウイ ならざる もの らしかった。 クラチ の キブン が すさんで ゆく の も もっとも だ と おもわれる よう な コトガラ を かずかず ヨウコ は きかされた。 ヨウコ は シマイ には ジブン ジシン を まもる ため にも マサイ の キゲン を とりはずして は ならない と おもう よう に なった。 そして マサイ の コトバ が イチゴ イチゴ おもいだされて、 ヨル なぞ に なる と ねむらせぬ ほど に ヨウコ を くるしめた。 ヨウコ は また ヒトツ の おもい ヒミツ を せおわなければ ならぬ ジブン を みいだした。 この つらい イシキ は すぐに また クラチ に ひびく よう だった。 クラチ は ともすると テキ の カンチョウ では ない か と うたがう よう な けわしい メ で ヨウコ を にらむ よう に なった。 そして フタリ の アイダ には また ヒトツ の ミゾ が ふえた。
 それ ばかり では なかった。 マサイ に ヒミツ な カネ を ユウズウ する ため には クラチ から の アテガイ だけ では とても たりなかった。 ヨウコ は あり も しない こと を まことしやか に かきつらねて キムラ の ほう から ソウキン させねば ならなかった。 クラチ の ため なら とにも かくにも、 クラチ と ジブン の イモウト たち と が ゆたか な セイカツ を みちびく ため に なら とにも かくにも、 ヨウコ は イッシュ の ドウアク な ホコリ を もって それ を して、 オトコ の ため に なら ナニゴト でも と いう ステバチ な マンゾク を かいえない では なかった が、 その カネ が たいてい マサイ の フトコロ に キュウシュウ されて しまう の だ と おもう と、 いくら カンセツ には クラチ の ため だ とは いえ ヨウコ の ムネ は いたかった。 キムラ から は ソウキン の たび ごと に あいかわらず ながい ショウソク が そえられて きた。 キムラ の ヨウコ に たいする アイチャク は ヒ を おうて まさる とも おとろえる ヨウス は みえなかった。 シゴト の ほう にも テチガイ や ゴサン が あって ハジメ の ミコミドオリ には セイコウ とは いえない が、 ヨウコ の ほう に おくる くらい の カネ は どうして でも ツゴウ が つく くらい の シンヨウ は えて いる から かまわず いって よこせ とも かいて あった。 こんな シンジツ な アイジョウ と ネツイ を たえず しめされる コノゴロ は ヨウコ も さすが に ジブン の して いる こと が くるしく なって、 おもいきって キムラ に スベテ を うちあけて、 カンケイ を たとう か と おもいなやむ よう な こと が ときどき あった、 その ヤサキ なので、 ヨウコ は ムネ に ことさら イタミ を おぼえた。 それ が ますます ヨウコ の シンケイ を いらだたせて、 その ビョウキ にも エイキョウ した。 そして ハナ の 5 ガツ が すぎて、 アオバ の 6 ガツ に なろう と する コロ には、 ヨウコ は いたましく やせほそった、 メ ばかり どぎつい じゅんぜん たる ヒステリー-ショウ の オンナ に なって いた。

 39

 ジュンサ の セイフク は イッキ に ナツフク に なった けれども、 その トシ の キコウ は ひどく フジュン で、 その シロフク が うらやましい ほど あつい とき と、 キノドク な ほど ワルビエ の する ヒ が いれかわり たちかわり つづいた。 したがって セイウ も さだめがたかった。 それ が どれほど ヨウコ の ケンコウ に さしひびいた か しれなかった。 ヨウコ は たえず ヨウブ の フユカイ な ドンツウ を おぼゆる に つけ、 あつくて くるしい ズツウ に なやまされる に つけ、 なにひとつ カラダ に モウシブン の なかった 10 ダイ の ムカシ を おもいしのんだ。 セイウ カンショ と いう よう な もの が これほど キブン に エイキョウ する もの とは おもい も よらなかった ヨウコ は、 ネオキ の テンキ を ナニ より も キ に する よう に なった。 キョウ こそ は イチニチ キ が はればれ する だろう と おもう よう な ヒ は 1 ニチ も なかった。 キョウ も また つらい イチニチ を すごさねば ならぬ と いう その いまわしい ヨソウ だけ でも ヨウコ の キブン を そこなう には ジュウブン-すぎた。
 5 ガツ の ハジメゴロ から ヨウコ の イエ に かよう クラチ の アシ は だんだん とおのいて、 ときどき どこ へ とも しれぬ タビ に でる よう に なった。 それ は クラチ が ヨウコ の しつっこい イドミ と、 はげしい シット と、 リフジン な カンペキ の ホッサ と を さける ばかり だ とは ヨウコ ジシン に さえ おもえない フシ が あった。 クラチ の いわゆる ジギョウ には ナニ か かなり チメイテキ な ウチバワレ が おこって、 クラチ の チカラ でも それ を どう する こと も できない らしい こと は おぼろげ ながら ヨウコ にも わかって いた。 サイケンシャ で ある か、 ショウバイ ナカマ で ある か、 とにかく そういう モノ を さける ため に フイ に クラチ が スガタ を かくさねば ならぬ らしい こと は たしか だった。 それにしても クラチ の ソエン は ひたすら に ヨウコ には にくかった。
 ある とき ヨウコ は はげしく クラチ に せまって その シゴト の ナイヨウ を すっかり うちあけさせよう と した。 クラチ の ジョウジン で ある ヨウコ が クラチ の ミ に ダイジ が ふりかかろう と して いる の を しりながら、 それ に ジョリョク も しえない と いう ホウ は ない、 そう いって ヨウコ は せがみ に せがんだ。
「これ ばかり は オンナ の しった こと じゃ ない わい。 オレ が くらいこんで も オマエ には トバッチリ が いく よう には したく ない で、 うちあけない の だ。 どこ に いって も しらない しらない で イッテンバリ に とおす が いい ぜ。 ……ニド と ききたい と せがんで みろ、 オレ は うそほんなし に オマエ とは テ を きって みせる から」
 その サイゴ の コトバ は クラチ の ヘイゼイ に にあわない おもくるしい ヒビキ を もって いた。 ヨウコ が イキ を つめて それ イジョウ を どうしても せまる こと が できない と ダンネン する ほど おもくるしい もの だった。 マサイ の コトバ から はんじて も、 それ は オンナデ など では じっさい どう する こと も できない もの らしい ので ヨウコ は これ だけ は ダンネン して クチ を つぐむ より シカタ が なかった。
 ダラク と いわれよう と、 フテイ と いわれよう と、 ヒトデ を まって いて は とても ジブン の おもう よう な ミチ は ひらけない と ミキリ を つけた ホンノウテキ の ショウドウ から、 しらずしらず ジブン で えらびとった ミチ の ユクテ に メ も くらむ よう な ミライ が みえた と ウチョウテン に なった エノシママル の ウエ の デキゴト イライ 1 ネン も たたない うち に、 ヨウコ が イノチ も ナ も ささげて かかった あたらしい セイカツ は みるみる ドダイ から くさりだして、 もう イマ は イチジン の カゼ さえ ふけば、 さしも の コウロウ も もんどりうって チジョウ に くずれて しまう と おもいやる と、 ヨウコ は しばしば シンケン に ジサツ を かんがえた。 クラチ が タビ に でた ルス に クラチ の ゲシュク に いって 「キュウヨウ あり すぐ かえれ」 と いう デンポウ を その ユクサキ に うって やる。 そして ジブン は こころしずか に クラチ の ネドコ の ウエ で ヤイバ に ふして いよう。 それ は ジブン の イッショウ の マクギレ と して は、 いちばん ふさわしい コウイ らしい。 クラチ の ココロ にも まだ ジブン に たいする アイジョウ は もえかすれながら も のこって いる。 それ が この サイゴ に よって イットキ なり とも うつくしく もえあがる だろう。 それ で いい、 それ で ジブン は マンゾク だ。 そう ココロ から なみだぐみながら おもう こと も あった。
 じっさい クラチ が ルス の はず の ある ヨ、 ヨウコ は ふらふら と ふだん クウソウ して いた その ココロモチ に きびしく とらえられて ゼンゴ も しらず イエ を とびだした こと が あった。 ヨウコ の ココロ は キンチョウ しきって テンキ なの やら くもって いる の やら、 あつい の やら さむい の やら さらに サベツ が つかなかった。 さかん に ハムシ が とびかわして オウライ の ジャマ に なる の を かすか に イシキ しながら、 イエ を でて から コハンチョウ ウラザカ を おりて いった が、 ふと ジブン の カラダ が よごれて いて、 この サン、 ヨッカ ユ に はいらない こと を おもいだす と、 しんだ アト の ミニクサ を おそれて そのまま イエ に とって かえした。 そして イモウト たち だけ が はいった まま に なって いる ユドノ に しのんで いって、 さめかけた フロ に つかった。 イモウト たち は とうに ねいって いた。 テヌグイカケ の タケザオ に ぬれた テヌグイ が フタスジ だけ かかって いる の を みる と、 ねいって いる フタリ の イモウト の こと が ひしひし と ココロ に せまる よう だった。 ヨウコ の ケッシン は しかし その くらい の こと では うごかなかった。 カンタン に ミジマイ を して また イエ を でた。
 クラチ の ゲシュク ちかく なった とき、 その ゲシュク から イソギアシ で でて くる セタケ の ひくい マルマゲ の オンナ が いた。 ヨル の こと では あり、 その ヘン は ガイトウ の ヒカリ も くらい ので、 ヨウコ には さだか に それ と わからなかった が、 どうも ソウカクカン の オカミ らしく も あった。 ヨウコ は かっと なって アシバヤ に その アト を つけた。 フタリ の アイダ は ハンチョウ とは はなれて いなかった。 だんだん フタリ の アイダ の キョリ が ちぢまって いって、 その オンナ が ガイトウ の シタ を とおる とき など に キ を つけて みる と どうしても おもった とおり の オンナ らしかった。 さては イマ まで あの オンナ を マショウジキ に しんじて いた ジブン は まんまと いつわられて いた の だった か。 クラチ の ツマ に たいして も ギリ が たたない から、 コンヤ イゴ ヨウコ とも クラチ の ツマ とも カンケイ を たつ。 わるく おもわない で くれ と たしか に そう いった、 その ギキョウ-らしい クチグルマ に まんまと のせられて、 イマ まで シュショウ な オンナ だ と ばかり おもって いた ジブン の オロカサ は どう だ。 ヨウコ は そう おもう と メ が まわって その バ に たおれて しまいそう な クヤシサ オソロシサ を かんじた。 そして オンナ の カタチ を めがけて よろよろ と なりながら かけだした。 その とき オンナ は その ヘン に ツジマチ を して いる クルマ に のろう と する ところ だった。 とりにがして なる もの か と、 ヨウコ は ヒタハシリ に はしろう と した。 しかし アシ は おもう よう に はかどらなかった。 さすが に その シズケサ を やぶって コエ を たてる こと も はばかられた。 もう 10 ケン と いう くらい の ところ まで きた とき クルマ は がらがら と オト を たてて ジャリミチ を うごきはじめた。 ヨウコ は いきせききって それ に おいつこう と あせった が、 みるみる その キョリ は とおざかって、 ヨウコ は スギモリ で かこまれた さびしい クラヤミ の ナカ に ただ ヒトリ とりのこされて いた。 ヨウコ は なんと いう こと なく その ツジグルマ の いた ところ まで いって みた。 1 ダイ より いなかった ので とびのって アト を おう べき クルマ も なかった。 ヨウコ は ぼんやり そこ に たって、 そこ に ジ でも かきのこして ある か の よう に、 くらい ジメン を じっと みつめて いた。 たしか に あの オンナ に ちがいなかった。 セイカッコウ と いい、 マゲ の カタチ と いい、 コキザミ な アルキブリ と いい、 ……あの オンナ に ちがいなかった。 リョコウ に でる と いった クラチ は ウタガイ も なく ウソ を つかって ゲシュク に くすぶって いる に ちがいない。 そして あの オンナ を ナコウド に たてて センサイ との ヨリ を もどそう と して いる に きまって いる。 それ に なんの フシギ が あろう。 ナガネン つれそった ツマ では ない か。 かわいい 3 ニン の ムスメ の ハハ では ない か。 ヨウコ と いう もの に イチニチ イチニチ うとく なろう と する クラチ では ない か。 それ に なんの フシギ が あろう。 ……それにしても あまり と いえば あまり な シウチ だ。 なぜ それなら そう と あきらか に いって は くれない の だ。 いって さえ くれれば ジブン に だって こいする オトコ に たいして の おんならしい カクゴ は ある。 わかれろ と ならば きれいさっぱり と わかれて も みせる。 ……なんと いう フミツケカタ だ。 なんと いう ハジサラシ だ。 クラチ の ツマ は おおそれた テイジョ-ぶった カオ を ふるわして、 ナミダ を ながしながら、 「それでは オヨウ さん と いう カタ に オキノドク だ から、 ワタシ は もう ない もの と おもって くださいまし……」 ……みて いられぬ、 きいて いられぬ。 ……ヨウコ と いう オンナ は どんな オンナ だ か、 コンヤ こそ は クラチ に しっかり おもいしらせて やる……。
 ヨウコ は よった もの の よう に ふらふら した アシドリ で そこ から ひきかえした。 そして ゲシュクヤ に きついた とき には、 イキグルシサ の ため に コエ も でない くらい に なって いた。 ゲシュク の オンナ たち は ヨウコ を みる と 「また あの キチガイ が きた」 と いわん ばかり の カオ を して、 その ヨ の ヨウコ の ことさら に とりつめた カオイロ には チュウイ を はらう イトマ も なく、 その バ を はずして スガタ を かくした。 ヨウコ は そんな こと には キ も かけず に ものすごい エガオ で ことさららしく チョウバ に いる オトコ に ちょっと アタマ を さげて みせて、 そのまま ふらふら と ハシゴダン を のぼって いった。 ここ が クラチ の ヘヤ だ と いう その フスマ の マエ に たった とき には、 ヨウコ は ナキゴエ に キ が ついて おどろいた ほど、 われしらず すすりあげて ないて いた。 ミ の ハメツ、 コイ の ハメツ は コンヤ の イマ、 そう おもって あらあらしく フスマ を ひらいた。
 ヘヤ の ナカ には アンガイ にも クラチ は いなかった。 スミ から スミ まで かたづいて いて、 クラチ の あの キョウレツ な ハダ の ニオイ も さらに のこって は いなかった。 ヨウコ は おもわず ふらふら と よろけて、 なきやんで、 ヘヤ の ナカ に たおれこみながら アタリ を みまわした。 いる に ちがいない と ヒトリギメ を した ジブン の モウソウ が やぶれた と いう キ は すこしも おこらない で、 たしか に いた モノ が とつぜん とけて しまう か どう か した よう な キミ の わるい フシギサ に おそわれた。 ヨウコ は すっかり キヌケ が して、 カミ も エモン も とりみだした まま ヨコズワリ に すわった きり で ぼんやり して いた。
 アタリ は シンザン の よう に しーん と して いた。 ただ ヨウコ の メノマエ を うるさく いったり きたり する くろい カゲ の よう な もの が あった。 ヨウコ は ナニモノ と いう フンベツ も なく ハジメ は ただ うるさい と のみ おもって いた が、 シマイ には こらえかねて テ を あげて しきり に それ を おいはらって みた。 おいはらって も おいはらって も その うるさい くろい カゲ は メノマエ を たちさろう とは しなかった。 ……しばらく そうして いる うち に ヨウコ は サムケ が する ほど ぞっと おそろしく なって キ が はっきり した。
 キュウ に アタリ には さわがしい ゲシュクヤ-らしい ザツオン が きこえだした。 ヨウコ を うるさがらした その くろい カゲ は みるみる ちいさく とおざかって、 デントウ の シュウイ を きりきり と まいはじめた。 よく みる と それ は おおきな くろい ヨガ だった。 ヨウコ は カミガカリ が はなれた よう に きょとん と なって、 フシギ そう に イズマイ を ただして みた。
 どこ まで が シンジツ で、 どこ まで が ユメ なん だろう……。
 ジブン の イエ を でた、 それ に マチガイ は ない。 トチュウ から とって かえして フロ を つかった、 ……なんの ため に? そんな バカ な こと を する はず が ない。 でも イモウト たち の テヌグイ が フタスジ ぬれて テヌグイカケ の タケザオ に かかって いた、 (ヨウコ は そう おもいながら ジブン の カオ を なでたり、 テノコウ を しらべて みたり した。 そして たしか に ユ に はいった こと を しった) それなら それ で いい。 それから ソウカクカン の オカミ の アト を つけた の だった が、 ……あの ヘン から ユメ に なった の かしらん。 あすこ に いる ガ を もやもや した くろい カゲ の よう に おもったり して いた こと から かんがえて みる と、 イマイマシサ から ジブン は おもわず セタケ の ひくい オンナ の ゲンエイ を みて いた の かも しれない。 それにしても いる はず の クラチ が いない と いう ホウ は ない が…… ヨウコ は どうしても ジブン の して きた こと に はっきり レンラク を つけて かんがえる こと が できなかった。
 ヨウコ は…… ジブン の アタマ では どう かんがえて みよう も なくなって、 ベル を おして バントウ に きて もらった。
「あのう、 アト で この ガ を おいだして おいて ください な…… それから ね、 サッキ…… と いった ところ が どれほど マエ だ か ワタシ にも はっきり しません がね、 ここ に 30-カッコウ の マルマゲ を ゆった オンナ の ヒト が みえました か」
「コチラサマ には ドナタ も おみえ には なりません が……」
 バントウ は ケゲン な カオ を して こう こたえた。
「コチラサマ だろう が ナン だろう が、 そんな こと を きく ん じゃ ない の。 この ゲシュクヤ から そんな オンナ の ヒト が でて いきました か」
「さよう…… へ、 1 ジカン ばかり マエ なら オヒトリ おかえり に なりました」
「ソウカクカン の オカミサン でしょう」
 ズボシ を さされたろう と いわん ばかり に ヨウコ は わざと オウヨウ な タイド を みせて こう きいて みた。
「いいえ そう じゃ ございません」
 バントウ は アンガイ にも そう きっぱり と いいきって しまった。
「それじゃ ダレ」
「とにかく ホカ の オヘヤ に おいで なさった オキャクサマ で、 テマエドモ の ショウバイジョウ オナマエ まで は もうしあげかねます が」
 ヨウコ も コノウエ の モンドウ の ムエキ なの を しって そのまま バントウ を かえして しまった。
 ヨウコ は もう ナニモノ も シンヨウ する こと が できなかった。 ホントウ に ソウカクカン の オカミ が きた の では ない らしく も あり、 バントウ まで が クラチ と グル に なって いて しらじらしい ウソ を はいた よう にも あった。
 ナニゴト も アテ には ならない。 ナニゴト も ウソ から でた マコト だ。 ……ヨウコ は ホントウ に いきて いる こと が いや に なった。
 ……そこ まで きて ヨウコ は はじめて ジブン が イエ を でて きた ホントウ の モクテキ が ナン で ある か に きづいた。 スベテ に つまずいて、 スベテ に みかぎられて、 スベテ を みかぎろう と する、 くるしみぬいた ヒトツ の タマシイ が、 キョム の セカイ の マボロシ の ナカ から きえて ゆく の だ。 そこ には なんの ミレン も シュウチャク も ない。 うれしかった こと も、 かなしかった こと も、 かなしんだ こと も、 くるしんだ こと も、 ひっきょう は ミズ の ウエ に ういた アワ が また はじけて ミズ に かえる よう な もの だ。 クラチ が、 シガイ に なった ヨウコ を みて なげこう が なげくまい が、 その クラチ さえ マボロシ の カゲ では ない か。 ソウカクカン の オカミ だ と おもった ヒト が、 タニン で あった よう に、 タニン だ と おもった その ヒト が、 あんがい ソウカクカン の オカミ で ある かも しれない よう に、 いきる と いう こと が それ ジシン ゲンエイ で なくって ナン で あろう。 ヨウコ は さめきった よう な、 ねむりほうけて いる よう な イシキ の ナカ で こう おもった。 しんしん と ソコ も しらず すみとおった ココロ が ただ ヒトツ ぎりぎり と シ の ほう に はたらいて いった。 ヨウコ の メ には ヒトシズク の ナミダ も やどって は いなかった。 ミョウ に さえて おちつきはらった ヒトミ を しずか に はたらかして、 ヘヤ の ナカ を しずか に みまわして いた が、 やがて ムユウビョウシャ の よう に たちあがって、 トダナ の ナカ から クラチ の シング を ひきだして きて、 それ を ヘヤ の マンナカ に しいた。 そして しばらく の アイダ その ウエ に しずか に すわって メ を つぶって みた。 それから また たちあがって まったく ムカンジョウ な カオツキ を しながら、 もう イチド トダナ に いって、 クラチ が しじゅう ミヂカ に そなえて いる ピストル を あちこち と たずねもとめた。 シマイ に それ が ホンバコ の ヒキダシ の ナカ の イクツウ か の テガミ と、 カキソコネ の ショルイ と、 4~5 マイ の シャシン と が ごっちゃ に しまいこんで ある その ナカ から あらわれでた。 ヨウコ は ミョウ に ムカンシン な ココロモチ で それ を テ に とった。 そして おそろしい もの を とりあつかう よう に それ を カラダ から はなして ミギテ に ぶらさげて ネドコ に かえった。 そのくせ ヨウコ は ツユ ほど も その キョウキ に オソレ を いだいて いる わけ では なかった。 ネドコ の マンナカ に すわって から ピストル を ヒザ の ウエ に おいて テ を かけた まま しばらく ながめて いた が、 やがて それ を とりあげる と ムネ の ところ に もって きて ケイトウ を ひきあげた。
 きりっ
と ハギレ の いい オト を たてて ダントウ が すこし カイテン した。 ドウジ に ヨウコ の ゼンシン は デンキ を かんじた よう に びりっと おののいた。 しかし ヨウコ の ココロ は ミズ が すんだ よう に ゆるがなかった。 ヨウコ は そうした まま ピストル を また ヒザ の ウエ に おいて じっと ながめて いた。
 ふと ヨウコ は ただ ヒトツ しのこした こと の ある の に キ が ついた。 それ が ナン で ある か を ジブン でも はっきり とは しらず に、 いわば ナニモノ か の よぎない メイレイ に フクジュウ する よう に、 また ネドコ から たちあがって トダナ の ナカ の ホンバコ の マエ に いって ヒキダシ を あけた。 そして そこ に あった シャシン を テイネイ に 1 マイ ずつ とりあげて しずか に ながめる の だった。 ヨウコ は こころひそか に ナニ を して いる ん だろう と ジブン の シウチ を あやしんで いた。
 ヨウコ は やがて ヒトリ の オンナ の シャシン を みつめて いる ジブン を みいだした。 ながく ながく みつめて いた。 ……その うち に、 ハクチ が どうか して だんだん マニンゲン に かえる とき は そう も あろう か と おもわれる よう に、 ヨウコ の ココロ は しずか に しずか に ジブン で はたらく よう に なって いった。 オンナ の シャシン を みて どう する の だろう と おもった。 はやく しななければ いけない の だ が と おもった。 いったい その オンナ は ダレ だろう と おもった。 ……それ は クラチ の ツマ の シャシン だった。 そう だ クラチ の ツマ の わかい とき の シャシン だ。 なるほど うつくしい オンナ だ。 クラチ は イマ でも この オンナ に ミレン を もって いる だろう か。 この ツマ には 3 ニン の かわいい ムスメ が ある の だ。 「イマ でも ときどき おもいだす」 そう クラチ の いった こと が ある。 こんな シャシン が いったい この ヘヤ なんぞ に あって は ならない の だ が。 それ は ホントウ に ならない の だ。 クラチ は まだ こんな もの を ダイジ に して いる。 この オンナ は いつまでも クラチ に かえって こよう と まちかまえて いる の だ。 そして まだ この オンナ は いきて いる の だ。 それ が マボロシ な もの か。 いきて いる の だ、 いきて いる の だ。 ……しなれる か、 それ で しなれる か。 ナニ が マボロシ だ、 ナニ が キョム だ。 この とおり この オンナ は いきて いる では ない か…… あやうく…… あやうく ジブン は クラチ を アンド させる ところ だった。 そして この オンナ を…… この まだ ショウ の ある この オンナ を よろこばせる ところ だった。
 ヨウコ は イッセツナ の チガイ で シ の サカイ から すくいだされた ヒト の よう に、 キョウキ に ちかい ヒョウジョウ を カオ イチメン に みなぎらして さける ほど メ を みはって、 シャシン を もった まま とびあがらん ばかり に つったった が、 キュウ に おそいかかる やるせない シット の ジョウ と フンヌ と に おそろしい ギョウソウ に なって、 ハガミ を しながら、 シャシン の イッタン を くわえて、 「いい……」 と いいながら、 ソウシン の チカラ を こめて マフタツ に さく と、 いきなり ネドコ の ウエ に どうと たおれて、 ものすごい サケビゴエ を たてながら、 ナミダ も ながさず に さけび に さけんだ。
 ミセ の モノ が あわてて ヘヤ に はいって きた とき には、 ヨウコ は しおらしい ヨウス を して、 ピストル を トコ の シタ に かくして しまって、 しくしく と ホントウ に ないて いた。
 バントウ は やむ を えず、 テレカクシ に、
「ユメ でも ゴラン に なりました か、 タイソウ な オコエ だった もの です から、 つい ゴアンナイ も いたさず とびこんで しまいまして」
と いった。 ヨウコ は、
「ええ ユメ を みました。 あの くろい ガ が わるい ん です。 はやく おいだして ください」
 そんな ワケ の わからない こと を いって、 ようやく ナミダ を おしぬぐった。
 こういう ホッサ を くりかえす たび ごと に、 ヨウコ の カオ は くらく ばかり なって いった。 ヨウコ には、 イマ まで ジブン が かんがえて いた セイカツ の ホカ に、 もう ヒトツ フカシギ な セカイ が ある よう に おもわれて きた。 そして ややともすれば その リョウホウ の セカイ に でたり はいったり する ジブン を みいだす の だった。 フタリ の イモウト たち は ただ はらはら して アネ の キョウボウ な フルマイ を みまもる ホカ は なかった。 クラチ は アイコ に ハモノ など に チュウイ しろ と いったり した。
 オカ の きた とき だけ は、 ヨウコ の キゲン は しずむ よう な こと は あって も キョウボウ に なる こと は たえて なかった ので、 オカ は イモウト たち の コトバ に さして オモキ を おいて は いない よう に みえた。

 40

 6 ガツ の ある ユウガタ だった。 もう タソガレドキ で、 デントウ が ともって、 その シュウイ に おびただしく スギモリ の ナカ から ちいさな ハムシ が あつまって うるさく とびまわり、 ヤブカ が すさまじく なきたてて ノキサキ に カバシラ を たてて いる コロ だった。 シバラクメ で きた クラチ が、 ハリダシ の ヨウコ の ヘヤ で サケ を のんで いた。 ヨウコ は やせほそった カタ を ヒトエモノ の シタ に とがらして、 シンケイテキ に エリ を ぐっと かきあわせて、 きちんと ゼン の ソバ に すわって、 きゃしゃ な ウチワ で サケ の カ に よりたかって くる カ を おいはらって いた。 フタリ の アイダ には もう モト の よう に こんこん と イズミ の ごとく わきでる ワダイ は なかった。 たまに ハナシ が すこし はずんだ と おもう と、 どちら に か さしさわる よう な コトバ が とびだして、 ぷつん と カイワ を とだやして しまった。
「サア ちゃん やはり ダダ を こねる か」
 ヒトクチ サケ を のんで、 タメイキ を つく よう に ニワ の ほう に むいて キ を はいた クラチ は、 ジブン で キブン を ひきたてながら おもいだした よう に ヨウコ の ほう を むいて こう たずねた。
「ええ、 シヨウ が なくなっちまいました。 この 4~5 ンチ ったら ことさら ひどい ん です から」
「そうした ジキ も ある ん だろう。 まあ たんと いびらない で おく が いい よ」
「ワタシ ときどき ホントウ に しにたく なっちまいます」
 ヨウコ は トテツ も なく サダヨ の ウワサ とは エン も ユカリ も ない こんな ひょんな こと を いった。
「そう だ オレ も そう おもう こと が ある て。 ……オチメ に なったら サイゴ、 ニンゲン は うきあがる が メンドウ に なる。 フネ でも が シンスイ しはじめたら ラチ は あかん から な。 ……したが、 オレ は まだ もう ヒトソリ そって みて くれる。 しんだ キ に なって、 やれん こと は ヒトツ も ない から な」
「ホントウ です わ」
 そう いった ヨウコ の メ は いらいら と かがやいて、 にらむ よう に クラチ を みた。
「マサイ の ヤツ が くる そう じゃ ない か」
 クラチ は また ワダイ を てんずる よう に こう いった。 ヨウコ が そう だ と さえ いえば、 クラチ は わりあい に ヘイキ で うけて 「こまった ヤツ に みこまれた もの だ が、 みこまれた イジョウ は シカタ が ない から、 ひもじがらない だけ の シムケ を して やる が いい」 と いう に ちがいない こと は、 ヨウコ に よく わかって は いた けれども、 イマ まで ヒミツ に して いた こと を なんとか いわれ や しない か との キヅカイ の ため か、 それとも クラチ が ヒミツ を もつ の なら こっち も ヒミツ を もって みせる ぞ と いう ハラ に なりたい ため か、 ジブン にも はっきり とは わからない ショウドウ に かられて、 なんと いう こと なし に、
「いいえ」
と こたえて しまった。
「こない?…… そりゃ オマエ イイカゲン じゃろう」
と クラチ は たしなめる よう な チョウシ に なった。
「いいえ」
 ヨウコ は ガンコ に いいはって ソッポ を むいて しまった。
「おい その ウチワ を かして くれ、 あおがず に いて は カ で たまらん…… こない こと が ある もの か」
「ダレ から そんな バカ な こと おきき に なって?」
「ダレ から でも いい わさ」
 ヨウコ は クラチ が また ハ に キヌ きせた モノ の イイカタ を する と おもう と かっと ハラ が たって ヘンジ も しなかった。
「ヨウ ちゃん。 オレ は オンナ の キゲン を とる ため に うまれて き は せん ぞ。 イイカゲン を いって あまく みくびる と よく は ない ぜ」
 ヨウコ は それでも ヘンジ を しなかった。 クラチ は ヨウコ の スネカタ に フカイ を もよおした らしかった。
「おい ヨウコ! マサイ は くる の か こん の か」
 マサイ の くる こない は ダイジ では ない が、 ヨウコ の キョゲン を テイセイ させず には おかない と いう よう に、 クラチ は つめよせて きびしく といせまった。 ヨウコ は ニワ の ほう に やって いた メ を かえして フシギ そう に クラチ を みた。
「いいえ と いったら いいえ と より イイヨウ は ありません わ。 アナタ の 『いいえ』 と ワタシ の 『いいえ』 は 『いいえ』 が ちがい でも します かしら」
「サケ も なにも のめる か…… オレ が ヒマ を ムリ に つくって ゆっくり くつろごう と おもうて くれば、 いらん こと に カド を たてて…… なんの クスリ に なる かい それ が」
 ヨウコ は もう ムネイッパイ かなしく なって いた。 ホントウ は クラチ の マエ に つっぷして、 ジブン は ビョウキ で しじゅう カラダ が ジユウ に ならない の が クラチ に キノドク だ。 けれども どうか すてない で あいしつづけて くれ。 カラダ が ダメ に なって も ココロ の つづく カギリ は ジブン は クラチ の ジョウジン で いたい。 そう より できない。 そこ を あわれんで せめては ココロ の マコト を ささげさして くれ。 もし クラチ が あからさま に いって くれ さえ すれば、 モト の サイクン を よびむかえて くれて も かまわない。 そして せめては ジブン を あわれんで なり あいして くれ。 そう タンガン が したかった の だ。 クラチ は それ に カンゲキ して くれる かも しれない。 オレ は オマエ も あいする が さった ツマ も すてる には しのびない。 よく いって くれた。 それなら オマエ の コトバ に あまえて あわれ な ツマ を よびむかえよう。 ツマ も さぞ オマエ の オウゴン の よう な ココロ には かんずる だろう。 オレ は ツマ とは カテイ を もとう。 しかし オマエ とは コイ を もとう。 そう いって なみだぐんで くれる かも しれない。 もし そんな バメン が おこりえたら ヨウコ は どれほど うれしい だろう。 ヨウコ は その シュンカン に、 うまれかわって、 ただしい セイカツ が ひらけて くる のに と おもった。 それ を かんがえた だけ で ムネ の ナカ から は うつくしい ナミダ が にじみだす の だった。 けれども、 そんな バカ を いう もの では ない、 オレ の あいして いる の は オマエ ヒトリ だ。 モト の ツマ など に オレ が ミレン を もって いる と おもう の が マチガイ だ。 ビョウキ が ある の なら さっそく ビョウイン に はいる が いい、 ヒヨウ は いくらでも だして やる から。 こう クラチ が いわない とも かぎらない。 それ は ありそう な こと だ。 その とき ヨウコ は ジブン の ココロ を たちわって マコト を みせた コトバ が、 ナサケ も ヨウシャ も オモイヤリ も なく、 ふみにじられ けがされて しまう の を みなければ ならない の だ。 それ は ジゴク の カシャク より も ヨウコ には たえがたい こと だ。 たとい クラチ が マエ の タイド に でて くれる カノウセイ が 99 あって、 アト の タイド を とりそう な カノウセイ が ヒトツ しか ない と して も、 ヨウコ には おもいきって タンガン を して みる ユウキ が でない の だ。 クラチ も クラチ で おなじ よう な こと を おもって くるしんで いる らしい。 なんとか して モト の よう な カケヘダテ の ない ヨウコ を みいだして、 だんだん と おちいって ゆく セイカツ の キュウキョウ の ウチ にも、 せめては しばらく なり とも ニンゲン-らしい ココロ に なりたい と おもって、 ヨウコ に ちかづいて きて いる の だ。 それ を どこまでも しりぬきながら、 そして ミ に つまされて ふかい ドウジョウ を かんじながら、 どうしても メン と むかう と ころしたい ほど にくまない では いられない ヨウコ の ココロ は ジブン ながら かなしかった。
 ヨウコ は クラチ の サイゴ の ヒトコト で その キュウショ に ふれられた の だった。 ヨウコ は クラチ の メノマエ で みるみる しおれて しまった。 なくまい と きばりながら イクド も おおしく ナミダ を のんだ。 クラチ は あきらか に ヨウコ の ココロ を かんじた らしく みえた。
「ヨウコ! オマエ は なんで コノゴロ そう よそよそしく して いなければ ならん の だ。 え?」
と いいながら ヨウコ の テ を とろう と した。 その シュンカン に ヨウコ の ココロ は ヒ の よう に おこって いた。
「よそよそしい の は アナタ じゃ ありません か」
 そう しらずしらず いって しまって、 ヨウコ は モギドウ に テ を ひっこめた。 クラチ を にらみつける メ から は あつい オオツブ の ナミダ が ぼろぼろ と こぼれた。 そして、
「ああ…… あ、 ジゴク だ ジゴク だ」
と ココロ の ウチ で ゼツボウテキ に せつなく さけんだ。
 フタリ の アイダ には またもや いまわしい チンモク が くりかえされた。
 その とき ゲンカン に アンナイ の コエ が きこえた。 ヨウコ は その コエ を きいて コトウ が きた の を しった。 そして オオイソギ で ナミダ を おしぬぐった。 2 カイ から おりて きて トリツギ に たった アイコ が やがて 6 ジョウ の マ に はいって きて、 コトウ が きた と つげた。
「2 カイ に おとおし して オチャ でも あげて おおき。 なんだって イマゴロ…… ゴハンドキ も かまわない で……」
と めんどうくさそう に いった が、 あれ イライ きた こと の ない コトウ に あう の は、 イマ の この くるしい アッパク から のがれる だけ でも ツゴウ が よかった。 このまま つづいたら また レイ の ホッサ で クラチ に アイソ を つかさせる よう な こと を しでかす に きまって いた から。
「ワタシ ちょっと あって みます から ね、 アナタ かまわない で いらっしゃい。 キムラ の こと も さぐって おきたい から」
 そう いって ヨウコ は その ザ を はずした。 クラチ は ヘンジ ヒトツ せず に サカズキ を とりあげて いた。
 2 カイ に いって みる と、 コトウ は レイ の グンプク に ジョウトウヘイ の ケンショウ を つけて、 アグラ を かきながら サダヨ と ナニ か ハナシ を して いた。 ヨウコ は イマ まで なきくるしんで いた とは おもえぬ ほど うつくしい キゲン に なって いた。 カンタン な アイサツ を すます と コトウ は レイ の いう べき こと から サキ に いいはじめた。
「ゴメンドウ です がね、 アス テイキ ケンエツ な ところ が コンド は シツナイ の セイトン なん です。 ところが ボク は セイトン-ブロシキ を センタク して おく の を すっかり わすれて しまって ね。 イマ トクベツ に ガイシュツ を ゴチョウ に そっと たのんで ゆるして もらって、 これだけ キレ を かって きた ん です が、 フチ を ぬって くれる ヒト が ない んで よわって かけつけた ん です。 オオイソギ で やって いただけない でしょう か」
「おやすい ゴヨウ です とも ね。 アイ さん!」
 おおきく よぶ と カイカ に いた アイコ が ヘイゼイ に にあわず、 あたふた と ハシゴダン を のぼって きた。 ヨウコ は ふと また クラチ を ネントウ に うかべて いや な キモチ に なった。 しかし その コロ サダヨ から アイコ に アイ が うつった か と おもわれる ほど ヨウコ は アイコ を ダイジ に とりあつかって いた。 それ は マエ にも かいた とおり、 しいて も タニン に たいする アイジョウ を ころす こと に よって、 クラチ との アイ が より かたく むすばれる と いう メイシン の よう な ココロ の ハタラキ から おこった こと だった。 あいして も あいしたりない よう な サダヨ に つらく あたって、 どうしても キ の あわない アイコ を ムシ を ころして ダイジ に して みたら、 あるいは クラチ の ココロ が かわって くる かも しれない と そう ヨウコ は なにがなし に おもう の だった。 で、 クラチ と アイコ との アイダ に どんな キカイ な チョウコウ を みつけだそう とも、 ネン に かけて も ヨウコ は アイコ を せめまい と カクゴ を して いた。
「アイ さん コトウ さん が ね、 オオイソギ で この フチ を ぬって もらいたい と おっしゃる ん だ から、 アナタ して あげて ちょうだい な。 コトウ さん、 イマ シタ には クラチ さん が きて いらっしゃる ん です が、 アナタ は おきらい ね おあい なさる の は…… そう、 じゃ こちら で オハナシ でも します から どうぞ」
 そう いって コトウ を イモウト たち の ヘヤ の トナリ に アンナイ した。 コトウ は トケイ を みいみい せわしそう に して いた。
「キムラ から タヨリ が あります か」
 キムラ は ヨウコ の オット では なく ジブン の シンユウ だ と いった よう な ふう で、 コトウ は もう キムラ クン とは いわなかった。 ヨウコ は このまえ コトウ が きた とき から それ を きづいて いた が、 キョウ は ことさら その ココロモチ が めだって きこえた。 ヨウコ は たびたび くる と こたえた。
「こまって いる よう です ね」
「ええ、 すこし は ね」
「すこし どころ じゃ ない よう です よ、 ボク の ところ に くる テガミ に よる と。 なんでも ライネン に ひらかれる はず だった ハクランカイ が サライネン に のびた ので、 キムラ は また コノマエ イジョウ の キュウキョウ に おちいった らしい の です。 わかい うち だ から いい よう な ものの あんな フウン な オトコ も すくない。 カネ も おくって は こない でしょう」
 なんと いう ブシツケ な こと を いう オトコ だろう と ヨウコ は おもった が、 あまり いう こと に ワダカマリ が ない ので ヒニク でも いって やる キ には なれなかった。
「いいえ あいかわらず おくって くれます こと よ」
「キムラ って いう の は そうした オトコ なん だ」
 コトウ は なかば ジブン に いう よう に カンゲキ した チョウシ で こう いった が、 ヘイキ で シオクリ を うけて いる らしく モノ を いう ヨウコ には ひどく ハンカン を もよおした らしく、
「キムラ から の ソウキン を うけとった とき、 その カネ が アナタ の テ を やきただらかす よう には おもいません か」
と はげしく ヨウコ を マトモ に みつめながら いった。 そして アブラ で よごれた よう な あかい テ で、 せわしなく ムネ の シンチュウ ボタン を はめたり はずしたり した。
「なぜ です の」
「キムラ は こまりきってる ん です よ。 ……ホントウ に アナタ かんがえて ごらんなさい……」
 いきおいこんで なお いいつのろう と した コトウ は、 フスマ も あけひらいた まま の トナリ の ヘヤ に アイコ たち が いる の に きづいた らしく、
「アナタ は このまえ オメ に かかった とき から する と、 また ひどく やせました ねえ」
と コトバ を そらした。
「アイ さん もう できて?」
と ヨウコ も チョウシ を かえて アイコ に トオク から こう たずね、 「いいえ まだ すこし」 と アイコ が いう の を シオ に ヨウコ は そちら に たった。 サダヨ は ひどく つまらなそう な カオ を して、 ツクエ に リョウヒジ を もたせた まま、 ぼんやり と ニワ の ほう を みやって、 3 ニン の キョドウ など には メ も くれない ふう だった。 カキネゾイ の コノマ から は、 シュジュ な イロ の バラ の ハナ が ユウヤミ の ナカ にも ちらほら と みえて いた。 ヨウコ は コノゴロ の サダヨ は ホントウ に ヘン だ と おもいながら、 アイコ の ヌイカケ の キレ を とりあげて みた。 それ は まだ ハンブン も ぬいあげられて は いなかった。 ヨウコ の カンシャク は ぎりぎり つのって きた けれども、 しいて ココロ を おししずめながら、
「コレッポッチ…… アイコ さん どうした と いう ん だろう。 どれ ネエサン に おかし、 そして アナタ は…… サア ちゃん も コトウ さん の ところ に いって オアイテ を して おいで……」
「ボク は クラチ さん に あって きます」
 とつぜん ウシロムキ の コトウ は タタミ に カタテ を ついて カタゴシ に むきかえりながら こう いった。 そして ヨウコ が ヘンジ を する イトマ も なく たちあがって ハシゴダン を おりて ゆこう と した。 ヨウコ は すばやく アイコ に メクバセ して、 シタ に アンナイ して フタリ の ヨウ を たして やる よう に と いった。 アイコ は いそいで たって いった。
 ヨウコ は ヌイモノ を しながら タショウ の フアン を かんじた。 あの なんの ギコウ も ない コトウ と、 カンシャク が つのりだして ジブン ながら シマツ を しあぐねて いる よう な クラチ と が マトモ に ぶつかりあったら、 どんな こと を しでかす かも しれない。 キムラ を テ の ナカ に まるめて おく こと も キョウ フタリ の カイケン の ケッカ で ダメ に なる かも わからない と おもった。 しかし キムラ と いえば、 コトウ の いう こと など を きいて いる と ヨウコ も さすが に その ココロネ を おもいやらず には いられなかった。 ヨウコ が コノゴロ クラチ に たいして もって いる よう な キモチ から は、 キムラ の タチバ や ココロモチ が あからさま-すぎる くらい ソウゾウ が できた。 キムラ は こいする モノ の ホンノウ から とうに クラチ と ヨウコ との カンケイ は リョウカイ して いる の に ちがいない の だ。 リョウカイ して ヒトリポッチ で くるしめる だけ くるしんで いる に ちがいない の だ。 それ にも かかわらず その ゼンリョウ な ココロ から どこまでも ヨウコ の コトバ に シンヨウ を おいて、 いつかは ジブン の セイイ が ヨウコ の ココロ に てっする の を、 ありう べき こと の よう に おもって、 くるしい イチニチ イチニチ を くらして いる の に ちがいない。 そして また おちこもう と する キュウキョウ の ナカ から チ の でる よう な カネ を かかさず に おくって よこす。 それ を おもう と、 コトウ が いう よう に その カネ が ヨウコ の テ を やかない の は フシギ と いって いい ほど だった。 もっとも ヨウコ で あって みれば、 キムラ に みにくい エゴイズム を みいださない ほど ノンキ では なかった。 キムラ が どこまでも ヨウコ の コトバ を シンヨウ して かかって いる テン にも、 チ の でる よう な カネ を おくって よこす テン にも、 ヨウコ が クラチ に たいして もって いる より は もっと レイセイ な コウリテキ な ダサン が おこなわれて いる と きめる こと が できる ほど キムラ の ココロ の ウラ を さっして いない では なかった。 ヨウコ の クラチ に たいする ココロモチ から かんがえる と キムラ の ヨウコ に たいする ココロモチ には まだ スキ が ある と ヨウコ は おもった。 ヨウコ が もし キムラ で あったら、 どうして おめおめ ベイコク-サンガイ に いつづけて、 トオク から ヨウコ の ココロ を ひるがえす シュダン を こうずる よう な ノンキ な マネ が して すまして いられよう。 ヨウコ が キムラ の タチバ に いたら、 ジギョウ を すてて も、 コジキ に なって も、 すぐ ベイコク から かえって こない じゃ いられない はず だ。 ベイコク から ヨウコ と イッショ に ニホン に ひきかえした オカ の ココロ の ほう が どれだけ すなお で まことしやか だ か しれ や しない。 そこ には セイカツ と いう モンダイ も ある。 ジギョウ と いう こと も ある。 オカ は セイカツ に たいして ケネン など する ヒツヨウ は ない し、 ジギョウ と いう よう な もの は てんで もって は いない。 キムラ とは なんと いって も タチバ が ちがって は いる。 と いった ところ で、 キムラ の もつ セイカツ モンダイ なり ジギョウ なり が、 ヨウコ と イッショ に なって から ノチ の こと を コリョ して されて いる こと だ と して みて も、 そんな キモチ で いる キムラ には、 なんと いって も ヨユウ が ありすぎる と おもわない では いられない モノタリナサ が あった。 よし マッパダカ に なる ほど、 ショクギョウ から はなれて ムイチモン に なって いて も いい、 ヨウコ の のって かえって きた フネ に キムラ も のって イッショ に かえって きたら、 ヨウコ は あるいは キムラ を フネ の ナカ で ひとしれず ころして ウミ の ナカ に なげこんで いよう とも、 キムラ の キオク は かなしく なつかしい もの と して しぬ まで ヨウコ の ムネ に きざみつけられて いたろう もの を。 ……それ は そう に ソウイ ない。 それにしても キムラ は キノドク な オトコ だ。 ジブン の あいしよう と する ヒト が タニン に ココロ を ひかれて いる…… それ を ハッケン する こと だけ で ヒサン は ジュウブン だ。 ヨウコ は ホントウ は、 クラチ は ヨウコ イガイ の ヒト に ココロ を ひかれて いる とは おもって は いない の だ。 ただ すこし ヨウコ から はなれて きた らしい と うたがいはじめた だけ だ。 それ だけ でも ヨウコ は すでに ネッテツ を のまされる よう な ショウソウ と シット と を かんずる の だ から、 キムラ の タチバ は さぞ くるしい だろう。 ……そう スイサツ する と ヨウコ は ジブン の あまり と いえば あまり に ザンギャク な ココロ に ムネ の ウチ が ちくちく と さされる よう に なった。 「カネ が テ を やく よう に おもい は しません か」 との コトウ の いった コトバ が ミョウ に ミミ に のこった。
 そう おもいおもい キレ の イッポウ を てばやく ぬいおわって、 ヌイメ を キヨウ に しごきながら メ を あげる と、 そこ には サダヨ が サッキ の まま ツクエ に リョウヒジ を ついて、 たかって くる カ も おわず に ぼんやり と ニワ の ムコウ を みつづけて いた。 キリサゲ に した あつい コクシツ の カミノケ の シタ に のぞきだした ミミタブ は シモヤケ でも した よう に あかく なって、 それ を みた だけ でも、 サダヨ は ナニ か コウフン して ムコウ を むきながら ないて いる に ちがいなく おもわれた。 オボエ が ない では ない。 ヨウコ も サダヨ ほど の トシ の とき には ナニ か しらず キュウ に ヨノナカ が かなしく みえる こと が あった。 ナニゴト も ただ あかるく こころよく たのもしく のみ みえる その ソコ から ふっと かなしい もの が ムネ を えぐって わきでる こと が あった。 とりわけて カイカツ では あった が、 ヨウコ は おさない とき から ミョウ な こと に オクビョウ-がる コ だった。 ある とき カゾク-ジュウ で ホッコク の さびしい イナカ の ほう に ヒショ に でかけた こと が あった が、 ある バン がらん と キャク の すいた おおきな ハタゴヤ に とまった とき、 マクラ を ならべて ねた ヒトタチ の ナカ で ヨウコ は トコノマ に ちかい いちばん ハシ に ねかされた が、 どうした カゲン で か キミ が わるくて たまらなく なりだした。 くらい トコノマ の ジクモノ の ナカ から か、 オキモノ の カゲ から か、 エタイ の わからない もの が あらわれでて きそう な よう な キ が して、 そう おもいだす と ぞくぞく と ソウシン に フルエ が きて、 とても アタマ を マクラ に つけて は いられなかった。 で、 ねむりかかった チチ や ハハ に せがんで、 その フタリ の ナカ に わりこまして もらおう と おもった けれども、 チチ も ハハ も そんな に おおきく なって ナニ を バカ を いう の だ と いって すこしも ヨウコ の いう こと を とりあげて は くれなかった。 ヨウコ は しばらく リョウシン と あらそって いる うち に いつのまにか ねいった と みえて、 ヨクジツ メ を さまして みる と、 やはり ジブン が キミ の わるい と おもった ところ に ねて いた ジブン を みいだした。 その ユウガタ、 おなじ ハタゴヤ の 2 カイ の テスリ から すこし あれた よう な ニワ を なんの キ なし に じっと みいって いる と、 キュウ に サクヤ の こと を おもいだして ヨウコ は かなしく なりだした。 チチ にも ハハ にも ヨノナカ の スベテ の もの にも ジブン は どうか して みはなされて しまった の だ。 シンセツ-らしく いって くれる ヒト は ミンナ ジブン に ウソ を して いる の だ。 イイカゲン の ところ で ジブン は どんと ミンナ から つきはなされる よう な かなしい こと に なる に ちがいない。 どうして それ を イマ まで きづかず に いた の だろう。 そう なった アカツキ に ヒトリ で この ニワ を こうして みまもったら どんな に かなしい だろう。 ちいさい ながら に そんな こと を ヒトリ で おもいふけって いる と もう トメド なく かなしく なって きて チチ が なんと いって も ハハ が なんと いって も、 ジブン の ココロ を ジブン の ナミダ に ひたしきって ないた こと を おぼえて いる。
 ヨウコ は サダヨ の ウシロスガタ を みる に つけて ふと その とき の ジブン を おもいだした。 ミョウ な ココロ の ハタラキ から、 その とき の ヨウコ が サダヨ に なって そこ に マボロシ の よう に あらわれた の では ない か と さえ うたがった。 これ は ヨウコ には しじゅう ある クセ だった。 はじめて おこった こと が、 どうしても いつか の カコ に そのまま おこった こと の よう に おもわれて ならない こと が よく あった。 サダヨ の スガタ は サダヨ では なかった。 タイコウエン は タイコウエン では なかった。 ビジン ヤシキ は ビジン ヤシキ では なかった。 シュウイ だけ が ミョウ に もやもや して シン の ほう だけ が すみきった ミズ の よう に はっきり した その アタマ の ナカ には、 サダヨ の とも、 おさない とき の ジブン の とも クベツ の つかない ハカナサ カナシサ が こみあげる よう に わいて いた。 ヨウコ は しばらく は ハリ の ハコビ も わすれて しまって、 デントウ の ヒカリ を セ に おって ユウヤミ に うもれて ゆく コダチ に ながめいった サダヨ の スガタ を、 オソロシサ を かんずる まで に なりながら みつづけた。
「サア ちゃん」
 とうとう だまって いる の が ブキミ に なって ヨウコ は チンモク を やぶりたい ばかり に こう よんで みた。 サダヨ は ヘンジ ヒトツ しなかった。 ……ヨウコ は ぞっと した。 サダヨ は ああした まま で トオリマ に でも みいられて しんで いる の では ない か。 それとも もう イチド ナマエ を よんだら、 センコウ の ウエ に たまった ハイ が すこし の カゼ で くずれおちる よう に、 コエ の ヒビキ で ほろほろ と かきけす よう に あの いたいけ な スガタ は なくなって しまう の では ない だろう か。 そして その アト には ユウヤミ に つつまれた タイコウエン の コダチ と、 2 カイ の エンガワ と、 ちいさな ツクエ だけ が のこる の では ない だろう か…… フダン の ヨウコ ならば なんと いう バカ だろう と おもう よう な こと を おどおど しながら マジメ に かんがえて いた。
 その とき カイカ で クラチ の ひどく ゲッコウ した コエ が きこえた。 ヨウコ は はっと して ながい アクム から でも さめた よう に ワレ に かえった。 そこ に いる の は スガタ は モト の まま だ が、 やはり まがう カタ なき サダヨ だった。 ヨウコ は あわてて いつのまにか ヒザ から ずりおとして あった ハクフ を とりあげて、 カイカ の ほう に きっと キキミミ を たてた。 ジタイ は だいぶ ダイジ らしかった。
「サア ちゃん。 ……サア ちゃん……」
 ヨウコ は そう いいながら たちあがって いって、 サダヨ を ウシロ から ハガイ に だきしめて やろう と した。 しかし その シュンカン に ジブン の ムネ の ウチ に シゼン に できあがらして いた ケチガン を おもいだして、 ココロ を オニ に しながら、
「サア ちゃん と いったら オヘンジ を なさい な。 なんの こと です すねた マネ を して。 ダイドコロ に いって アト の ススギガエシ でも して おいで、 ベンキョウ も しない で ぼんやり ばかり して いる と ドク です よ」
「だって オネエサマ ワタシ くるしい ん です もの」
「ウソ を おいい。 コノゴロ は アナタ ホントウ に いけなく なった こと。 ワガママ ばかし して いる と ネエサン は ききません よ」
 サダヨ は さびしそう な うらめしそう な カオ を マッカ に して ヨウコ の ほう を ふりむいた。 それ を みた だけ で ヨウコ は すっかり うちくだかれて いた。 ミゾオチ の アタリ を すっと コオリ の ボウ でも とおる よう な ココロモチ が する と、 ノド の ところ は もう なきかけて いた。 なんと いう ココロ に ジブン は なって しまった の だろう…… ヨウコ は そのうえ その バ には いたたまれない で、 いそいで カイカ の ほう へ おりて いった。
 クラチ の コエ に まじって コトウ の コエ も げきして きこえた。

 41

 ハシゴダン の アガリグチ には アイコ が アネ を よび に ゆこう か ゆくまい か と シアン する らしく たって いた。 そこ を とおりぬけて ジブン の ヘヤ に きて みる と、 ムナゲ を あらわ に エリ を ひろげて、 セル の リョウソデ を たかだか と まくりあげた クラチ が、 アグラ を かいた まま、 デントウ の ヒ の シタ に ジュクシ の よう に あかく なって こっち を むいて いたけだか に なって いた。 コトウ は グンプク の ヒザ を きちんと おって マッスグ に かたく すわって、 ヨウコ には ウシロ を むけて いた。 それ を みる と もう ヨウコ の シンケイ は びりびり と さかだって ジブン ながら どう シヨウ も ない ほど あれすさんで きて いた。 「なにもかも いや だ、 どうでも カッテ に なる が いい」 すると すぐ アタマ が おもく かぶさって きて、 フクブ の ドンツウ が ナマリ の おおきな タマ の よう に コシ を しいたげた。 それ は ニジュウ に ヨウコ を いらいら させた。
「アナタガタ は いったい ナニ を そんな に いいあって いらっしゃる の」
 もう そこ には ヨウコ は タクト を もちいる ヨユウ さえ もって いなかった。 しじゅう ハラ の ソコ に レイセイサ を うしなわない で、 あらん カギリ の ヒョウジョウ を カッテ に ソウジュウ して どんな ナンカン でも、 ヨウコ に トクユウ な シカタ で きりひらいて ゆく そんな ヨユウ は その バ には とても でて こなかった。
「ナニ を と いって この コトウ と いう セイネン は あまり レイギ を わきまえん から よ。 キムラ さん の シンユウ シンユウ と フタコトメ には ハナ に かけた よう な こと を いわるる が、 ワシ も ワシ で キムラ さん から は たのまれとる ん だ から、 ヒトリヨガリ の こと は いうて もらわん でも いい の だ。 それ を つべこべ ろくろく アナタ の セワ も みず に おきながら、 いいたてなさる ので、 スジ が ちがって いよう と いって きかせて あげた ところ だ。 コトウ さん、 アナタ シツレイ だ が いったい イクツ です」
 ヨウコ に いって きかせる でも なく そう いって、 クラチ は また コトウ の ほう に むきなおった。 コトウ は この ブジョク に たいして クチゴタエ の コトバ も でない よう に ゲッコウ して だまって いた。
「こたえる が はずかしければ しいて も きくまい。 が、 いずれ ハタチ は すぎて いられる の だろう。 ハタチ すぎた オトコ が アナタ の よう に レイギ も わきまえず に ヒト の セイカツ の ウチワ に まで たちいって モノ を いう は バカ の ショウコ です よ。 オトコ が モノ を いう なら かんがえて から いう が いい」
 そう いって クラチ は コトバ の ゲッコウ して いる ワリアイ に、 また ミカケ の いかにも いたけだか な ワリアイ に、 ジュウブン の ヨユウ を みせて、 そらうそぶく よう に ウチミズ を した ニワ の ほう を みながら ウチワ を つかった。
 コトウ は しばらく だまって いて から ウシロ を ふりあおいで ヨウコ を みやりつつ、
「ヨウコ さん…… まあ、 す、 すわって ください」
と すこし どもる よう に しいて おだやか に いった。 ヨウコ は その とき はじめて、 ワレ にも なく それまで そこ に つったった まま ぼんやり して いた の を しって、 ジブン に かつて ない よう な トンキョ な こと を して いた の に キ が ついた。 そして ジブン ながら コノゴロ は ホントウ に ヘン だ と おもいながら フタリ の アイダ に、 できる だけ キ を おちつけて ザ に ついた。 コトウ の カオ を みる と やや あおざめて、 コメカミ の ところ に ふとい スジ を たてて いた。 ヨウコ は その ジブン に なって はじめて すこし ずつ ジブン を カイフク して いた。
「コトウ さん、 クラチ さん は すこし オサケ を めしあがった ところ だ から こんな とき むずかしい オハナシ を なさる の は よく ありません でした わ。 ナン です か しりません けれども コンヤ は もう その オハナシ は きれい に やめましょう。 いかが?…… また ゆっくり ね…… あ、 アイ さん、 アナタ オニカイ に いって ヌイカケ を オオイソギ で しあげて おいて ちょうだい、 ネエサン が あらかた して しまって ある けれども……」
 そう いって サッキ から ちくいち フタリ の ソウロン を きいて いた らしい アイコ を カイジョウ に おいあげた。 しばらく して コトウ は ようやく おちついて ジブン の コトバ を みいだした よう に、
「クラチ さん に モノ を いった の は ボク が まちがって いた かも しれません。 じゃ クラチ さん を マエ に おいて アナタ に いわして ください。 オセジ でも なんでも なく、 ボク は ハジメ から アナタ には クラチ さん なんか には ない セイジツ な ところ が、 どこ か に かくれて いる よう に おもって いた ん です。 ボク の いう こと を その セイジツ な ところ で ハンダン して ください」
「まあ キョウ は もう いい じゃ ありません か、 ね。 ワタシ、 アナタ の おっしゃろう と する こと は よっく わかって います わ。 ワタシ けっして あだ や おろそか には おもって いません ホントウ に。 ワタシ だって かんがえて は います わ。 そのうち とっくり ワタシ の ほう から うかがって いただきたい と おもって いた くらい です から それまで……」
「キョウ きいて ください。 グンタイ セイカツ を して いる と 3 ニン で こうして おはなし する キカイ は そう ありそう には ありません。 もう キエイ の ジカン が せまって います から、 ながく オハナシ は できない けれども…… それだから ガマン して きいて ください」
 それなら なんでも カッテ に いって みる が いい、 シギ に よって は だまって は いない から と いう ハラ を、 かすか に ヒニク に ひらいた クチビル に みせて ヨウコ は コトウ に ミミ を かす タイド を みせた。 クラチ は しらん フリ を して ニワ の ほう を みつづけて いた。 コトウ は クラチ を まったく ドガイシ した よう に ヨウコ の ほう に むきなおって、 ヨウコ の メ に ジブン の メ を さだめた。 ソッチョク な あからさま な その メ には その バアイ に すら こどもじみた シュウチ の イロ を たたえて いた。 レイ の ごとく コトウ は ムネ の キンボタン を はめたり はずしたり しながら、
「ボク は イマ まで ジブン の インジュン から アナタ に たいして も キムラ に たいして も ホントウ に ユウジョウ-らしい ユウジョウ を あらわさなかった の を はずかしく おもいます。 ボク は とうに もっと どうか しなければ いけなかった ん です けれども…… キムラ、 キムラ って キムラ の こと ばかり いう よう です けれども、 キムラ の こと を いう の は アナタ の こと を いう の も おなじ だ と ボク は おもう ん です が、 アナタ は イマ でも キムラ と ケッコン する キ が たしか に ある ん です か ない ん です か、 クラチ さん の マエ で それ を はっきり ボク に きかせて ください。 ナニゴト も そこ から シュッパツ して いかなければ この ハナシ は ひっきょう マワリ ばかり まわる こと に なります から。 ボク は アナタ が キムラ と ケッコン する キ は ない と いわれて も けっして それ を どう と いう ん じゃ ありません。 キムラ は キノドク です。 あの オトコ は ヒョウメン は あんな に ラクテンテキ に みえて いて、 イシ が つよそう だ けれども、 ずいぶん なみだっぽい ほう だ から、 その シツボウ は おもいやられます。 けれども それだって シカタ が ない。 だいいち ハジメ から ムリ だった から…… アナタ の オハナシ の よう なら……。 しかし ジジョウ が ジジョウ だった とは いえ、 アナタ は なぜ いや なら いや と…… そんな カコ を いった ところ が はじまらない から やめましょう。 ……ヨウコ さん、 アナタ は ホントウ に ジブン を かんがえて みて、 どこ か まちがって いる と おもった こと は ありません か。 ゴカイ して は こまります よ、 ボク は アナタ が まちがって いる と いう つもり じゃ ない ん です から。 タニン の こと を タニン が ハンダン する こと なんか は できない こと だ けれども、 ボク は アナタ が どこ か フシゼン に みえて いけない ん です。 よく ヨノナカ では ジンセイ の こと は そう タンジュン に いく もん じゃ ない と いいます が、 そして アナタ の セイカツ なんぞ を みて いる と、 それ は ごく ガイメンテキ に みて いる から そう みえる の かも しれない けれども、 じっさい ずいぶん フクザツ-らしく おもわれます が、 そう ある べき こと なん でしょう か。 もっと もっと クリアー に サン-クリアー に ジブン の チカラ だけ の こと、 トク だけ の こと を して くらせそう な もの だ と ボク ジシン は おもう ん です がね…… ボク にも そう で なくなる ジダイ が くる かも しらない けれども、 イマ の ボク と して は そう より かんがえられない ん です。 イチジ は コンザツ も き、 フワ も き、 ケンカ も くる か は しれない が、 けっきょく は そう する より シカタ が ない と おもいます よ。 アナタ の こと に ついて も ボク は マエ から そういう ふう に はっきり かたづけて しまいたい とは おもって いた ん です けれど、 コソク な ココロ から それまで に いかず とも いい ケッカ が うまれて き は しない か と おもったり して キョウ まで ドッチツカズ で すごして きた ん です。 しかし もう この イジョウ ボク には ガマン が できなく なりました。
 クラチ さん と アナタ と ケッコン なさる なら なさる で キムラ も あきらめる より ホカ に ミチ は ありません。 キムラ に とって は くるしい こと だろう が、 ボク から かんがえる と ドッチツカズ で ハンモン して いる の より どれだけ いい か わかりません。 だから クラチ さん に イコウ を うかがおう と すれば、 クラチ さん は アタマ から ボク を バカ に して ハナシ を シンミ に うけて は くださらない ん です」
「バカ に される ほう が わるい のよ」
 クラチ は ニワ の ほう から カオ を かえして、 「どこ まで バカ に できあがった オトコ だろう」 と いう よう に ニガワライ を しながら コトウ を みやって、 また しらぬ カオ に ニワ の ほう を むいて しまった。
「そりゃ そう だ。 バカ に される ボク は バカ だろう。 しかし アナタ には…… アナタ には ボクラ が もってる リョウシン と いう もの が ない ん だ。 それ だけ は バカ でも ボク には わかる。 アナタ が バカ と いわれる の と、 ボク が ジブン を バカ と おもって いる それ とは、 イミ が ちがいます よ」
「その とおり、 アナタ は バカ だ と おもいながら、 どこ か ココロ の スミ で 『ナニ バカ な もの か』 と おもいよる し、 ワタシ は アナタ を うそほんなし に バカ と いう だけ の ソウイ が ある よ」
「アナタ は キノドク な ヒト です」
 コトウ の メ には イカリ と いう より も、 ある はげしい カンジョウ の ナミダ が うすく やどって いた。 コトウ の ココロ の ウチ の いちばん おくふかい ところ が けがされない まま で、 ふと メ から のぞきだした か と おもわれる ほど、 その ナミダ を ためた メ は イッシュ の チカラ と キヨサ と を もって いた。 さすが の クラチ も その ヒトコト には コトバ を かえす こと なく、 フシギ そう に コトウ の カオ を みた。 ヨウコ も おもわず イッシュ あらたまった キブン に なった。 そこ には これまで みなれて いた コトウ は いなく なって、 その カワリ に ゴマカシ の きかない つよい チカラ を もった ヒトリ の ジュンケツ な セイネン が ひょっこり あらわれでた よう に みえた。 ナニ を いう か、 また イツモ の よう な アリキタリ の ドウトクロン を ふりまわす と おもいながら、 イッシュ の ケイブ を もって だまって きいて いた ヨウコ は、 この ヒトコト で、 いわば コトウ を カベギワ に おもいぞんぶん おしつけて いた クラチ が てもなく はじきかえされた の を みた。 コトバ の ウエ や シウチ の ウエ や で いかに コウアツテキ に でて みて も、 どう する こと も できない よう な シンジツサ が コトウ から あふれでて いた。 それ に はむかう には シンジツ で はむかう ホカ は ない。 クラチ は それ を もちあわして いる か どう か ヨウコ には ソウゾウ が つかなかった。 その バアイ クラチ は しばらく コトウ の カオ を フシギ そう に みやった ノチ、 ヘイキ な カオ を して ゼン から サカズキ を とりあげて、 のみのこして ひえた サケ を テレカクシ の よう に あおりつけた。 ヨウコ は この とき コトウ と こんな チョウシ で むかいあって いる の が おそろしくって ならなく なった。 コトウ の メノマエ で ひょっと する と イマ まで きずいて きた セイカツ が くずれて しまいそう な キグ を さえ かんじた。 で、 そのまま だまって クラチ の マネ を する よう だ が、 ヘイキ を よそおいつつ キセル を とりあげた。 その バ の シウチ と して は つたない ヤリカタ で ある の を はがゆく は おもいながら。
 コトウ は しばらく コトバ を とぎらして いた が、 また あらたまって ヨウコ の ほう に はなしかけた。
「そう あらたまらない で ください。 そのかわり おもった だけ の こと を イイカゲン に して おかず に はなしあわせて みて ください。 いい です か。 アナタ と クラチ さん との これまで の セイカツ は、 ボク みたい な ムケイケン な モノ にも、 ギモン と して かたづけて おく こと の できない よう な ジジツ を かんじさせる ん です。 それ に たいする アナタ の ベンカイ は キベン と より ボク には ひびかなく なりました。 ボク の にぶい チョッカク で すら が そう かんがえる の です。 だから この サイ アナタ と クラチ さん との カンケイ を あきらか に して、 アナタ から キムラ に イツワリ の ない コクハク を して いただきたい ん です。 キムラ が ヒトリ で セイカツ に くるしみながら タトエヨウ の ない ギワク の ウチ に もがいて いる の を すこし でも ソウゾウ して みたら…… イマ の アナタ には それ を ヨウキュウ する の は ムリ かも しれない けれども……。 だいいち こんな フアンテイ な ジョウタイ から アナタ は アイコ さん や サダヨ さん を すくう ギム が ある と おもいます よ ボク は。 アナタ だけ に かぎられず に、 シホウ ハッポウ の ヒト の ココロ に ひびく と いう の は おそろしい こと だ とは ホントウ に アナタ には おもえません かねえ。 ボク には ソバ で みて いる だけ でも おそろしい がなあ。 ヒト には いつか ソウカンジョウ を しなければ ならない とき が くる ん だ。 いくら カリ に なって いて も びくとも しない と いう ジシン も なくって、 ずるずるべったり に ムハンセイ に カリ ばかり つくって いる の は かんがえて みる と フアン じゃ ない でしょう か。 ヨウコ さん、 アナタ には うつくしい セイジツ が ある ん だ。 ボク は それ を しって います。 キムラ に だけ は どうした ワケ か ベツ だ けれども、 アナタ は ビタイチモン でも カリ を して いる と おもう と ネゴコチ が わるい と いう よう な キショウ を もって いる じゃ ありません か。 それに ココロ の シャッキン なら いくら シャッキン を して いて も ヘイキ で いられる わけ は ない と おもいます よ。 なぜ アナタ は このんで それ を ふみにじろう と ばかり して いる ん です。 そんな なさけない こと ばかり して いて は ダメ じゃ ありません か。 ……ボク は はっきり おもう とおり を いいあらわしえない けれども…… いおう と して いる こと は わかって くださる でしょう」
 コトウ は おもいいった ふう で、 アブラ で よごれた テ を イクド も マックロ に ヒ に やけた メガシラ の ところ に もって いった。 カ が ぶんぶん と せめかけて くる の も わすれた よう だった。 ヨウコ は コトウ の コトバ を もう それ イジョウ は きいて いられなかった。 せっかく そっと して おいた ココロ の ヨドミ が かきまわされて、 みまい と して いた きたない もの が ぬらぬら と メノマエ に うきでて くる よう でも あった。 ぬりつぶし ぬりつぶし して いた ココロ の カベ に ヒビ が はいって、 そこ から オモテ も むけられない しろい ヒカリ が ちらと さす よう にも おもった。 もう しかし それ は すべて あまり おそい。 ヨウコ は そんな もの を ムシ して かかる ホカ に ミチ が ない と おもった。 ごまかして いけない と コトウ の いった コトバ は その シュンカン にも すぐ ヨウコ に きびしく こたえた けれども、 ヨウコ は おしきって そんな コトバ を かなぐりすてない では いられない と ジブン から あきらめた。
「よく わかりました。 アナタ の おっしゃる こと は いつでも ワタシ には よく わかります わ。 そのうち ワタシ きっと キムラ の ほう に テガミ を だす から アンシン して くださいまし。 コノゴロ は アナタ の ほう が キムラ イジョウ に シンケイシツ に なって いらっしゃる よう だ けれども、 ゴシンセツ は よく ワタシ にも わかります わ。 クラチ さん だって アナタ の オココロモチ は つうじて いる に ちがいない ん です けれども、 アナタ が…… なんと いったら いい でしょう ねえ…… アナタ が あんまり マショウメン から おっしゃる もん だ から、 つい ムカッパラ を おたて なすった ん でしょう。 そう でしょう、 ね、 クラチ さん。 ……こんな いや な オハナシ は これ だけ に して イモウト たち でも よんで おもしろい オハナシ でも しましょう」
「ボク が もっと えらい と、 いう こと が もっと ふかく ミナサン の ココロ に はいる ん です が、 ボク の いう こと は ホントウ の こと だ と おもう ん だ けれども シカタ が ありません。 それじゃ きっと キムラ に かいて やって ください。 ボク ジシン は なにも モノズキ-らしく その ナイヨウ を しりたい とは おもってる わけ じゃ ない ん です から……」
 コトウ が まだ ナニ か いおう と して いる とき に アイコ が セイトン-ブロシキ の できあがった の を もって、 2 カイ から おりて きた。 コトウ は アイコ から それ を うけとる と おもいだした よう に あわてて トケイ を みた。 ヨウコ は それ には トンジャク しない よう に、
「アイ さん あれ を コトウ さん に オメ に かけよう。 コトウ さん ちょっと まって いらしって ね。 イマ おもしろい もの を オメ に かける から。 サア ちゃん は 2 カイ? いない の? どこ に いった ん だろう…… サア ちゃん!」
 こう いって ヨウコ が よぶ と ダイドコロ の ほう から サダヨ が うちしずんだ カオ を して ないた アト の よう に ホオ を あかく して はいって きた。 やはり ジブン の いった コトバ に したがって ヒトリポッチ で ダイドコロ に いって ススギモノ を して いた の か と おもう と、 ヨウコ は もう ムネ が せまって メ の ウチ が あつく なる の だった。
「さあ フタリ で このあいだ ガッコウ で ならって きた ダンス を して コトウ さん と クラチ さん と に オメ に おかけ。 ちょっと コティロン の よう で また かわって います の。 さ」
 フタリ は 10 ジョウ の ザシキ の ほう に たって いった。 クラチ は これ を キッカケ に からっと カイカツ に なって、 イマ まで の こと は わすれた よう に、 コトウ にも ビショウ を あたえながら 「それ は おもしろかろう」 と いいつつ アト に つづいた。 アイコ の スガタ を みる と コトウ も つりこまれる ふう に みえた。 ヨウコ は けっして それ を みのがさなかった。
 カレン な スガタ を した アネ と イモウト とは 10 ジョウ の デントウ の モト に むかいあって たった。 アイコ は いつでも そう な よう に こんな バアイ でも いかにも レイセイ だった。 フツウ ならば その トシゴロ の ショウジョ と して は、 ヤリドコロ も ない シュウチ を かんずる はず で ある のに、 アイコ は すこし メ を ふせて いる ホカ には しらじら と して いた。 きゃっきゃっ と うれしがったり はずかしがったり する サダヨ は その ヨ は どうした もの か ただ ものうげ に そこ に しょんぼり と たった。 その ヨ の フタリ は ミョウ に ムカンジョウ な イッツイ の うつくしい オドリテ だった。 ヨウコ が 「イチ、 ニ、 サン」 と アイズ を する と、 フタリ は リョウテ を コシボネ の ところ に おきそえて しずか に カイセン しながら まいはじめた。 ヘイエイ の ナカ ばかり に いて うつくしい もの を まったく みなかった らしい コトウ は、 しばらく は ナニゴト も わすれた よう に こうこつ と して フタリ の えがく キョクセン の サマザマ に みとれて いた。
 と とつぜん サダヨ が リョウソデ を カオ に あてた と おもう と、 キュウ に マイ の ワ から それて、 イッサン に ゲンカンワキ の 6 ジョウ に かけこんだ。 6 ジョウ に たっしない うち に いたましく すすりなく コエ が きこえだした。 コトウ は はっと あわてて そっち に ゆこう と した が、 アイコ が ヒトリ に なって も、 カオイロ も うごかさず に おどりつづけて いる の を みる と そのまま また たちどまった。 アイコ は ジブン の しおおす べき ツトメ を しおおせる こと に ココロ を あつめる ヨウス で まいつづけた。
「アイ さん ちょっと おまち」
と いった ヨウコ の コエ は ひくい ながら キヌ を さく よう に カンペキ-らしい チョウシ に なって いた。 ベッシツ に イモウト の かけこんだ の を ミムキ も しない アイコ の フニンジョウサ を いきどおる イカリ と、 めいぜられた こと を チュウト ハンパ で やめて しまった サダヨ を いきどおる イカリ と で ヨウコ は ジセイ が できない ほど ふるえて いた。 アイコ は しずか に そこ に リョウテ を コシ から おろして たちどまった。
「サア ちゃん ナン です その シツレイ は。 でて おいでなさい」
 ヨウコ は はげしく リンシツ に むかって こう さけんだ。 リンシツ から サダヨ の すすりなく コエ が あわれ にも まざまざ と きこえて くる だけ だった。 だきしめて も だきしめて も あきたらない ほど の アイチャク を そのまま うらがえした よう な ニクシミ が、 ヨウコ の ココロ を ヒ の よう に した。 ヨウコ は アイコ に きびしく いいつけて サダヨ を 6 ジョウ から よびかえさした。
 やがて その 6 ジョウ から でて きた アイコ は、 さすが に フアン な オモモチ を して いた。 くるしくって たまらない と いう から ヒタイ に テ を あてて みたら ヒ の よう に あつい と いう の だ。
 ヨウコ は おもわず ぎょっと した。 うまれおちる と から ビョウキ ヒトツ せず に そだって きた サダヨ は マエ から ハツネツ して いた の を ジブン で しらず に いた に ちがいない。 きむずかしく なって から 1 シュウカン ぐらい に なる から、 ナニ か の ネツビョウ に かかった と すれば ビョウキ は かなり すすんで いる はず だ。 ひょっと する と サダヨ は もう しぬ…… それ を ヨウコ は チョッカク した よう に おもった。 メノマエ で セカイ が キュウ に くらく なった。 デントウ の ヒカリ も みえない ほど に アタマ の ナカ が くらい ウズマキ で いっぱい に なった。 ええ、 いっそ の こと しんで くれ。 この チマツリ で クラチ が ジブン に はっきり つながれて しまわない と ダレ が いえよう。 ヒトミ ゴクウ に して しまおう。 そう ヨウコ は キョウフ の ゼッチョウ に ありながら ミョウ に しんと した ココロモチ で おもいめぐらした。 そして そこ に ぼんやり した まま つったって いた。
 いつのまに いった の か、 クラチ と コトウ と が 6 ジョウ の マ から クビ を だした。
「オヨウ さん…… ありゃ ないた ため ばかり の ネツ じゃ ない。 はやく きて ごらん」
 クラチ の あわてる よう な コエ が きこえた。
 それ を きく と ヨウコ は はじめて コト の シンソウ が わかった よう に、 ユメ から めざめた よう に、 キュウ に アタマ が はっきり して 6 ジョウ の マ に はしりこんだ。 サダヨ は ひときわ セタケ が ちぢまった よう に ちいさく まるまって、 ザブトン に カオ を うずめて いた。 ヒザ を ついて ソバ に よって ウナジ の ところ を さわって みる と、 キミ の わるい ほど の ネツ が ヨウコ の テ に つたわって きた。
 その シュンカン に ヨウコ の ココロ は デングリガエシ を うった。 いとしい サダヨ に つらく あたったら、 そして もし サダヨ が その ため に イノチ を おとす よう な こと でも あったら、 クラチ を だいじょうぶ つかむ こと が できる と なにがなし に おもいこんで、 しかも それ を ジッコウ した メイシン とも モウソウ とも タトエヨウ の ない、 キョウキ-じみた ケチガン が なんの ク も なく ばらばら に くずれて しまって、 その アト には どうか して サダヨ を いかしたい と いう すなお な なみだぐましい ネガイ ばかり が しみじみ と はたらいて いた。 ジブン の あいする モノ が しぬ か いきる か の サカイメ に きた と おもう と、 セイ への シュウチャク と シ への キョウフ と が、 イマ まで ソウゾウ も およばなかった ツヨサ で ひしひし と かんぜられた。 ジブン を ヤツザキ に して も サダヨ の イノチ は とりとめなくて は ならぬ。 もし サダヨ が しねば それ は ジブン が ころした ん だ。 なにも しらない、 カミ の よう な ショウジョ を…… ヨウコ は あらぬ こと まで カッテ に ソウゾウ して カッテ に くるしむ ジブン を たしなめる つもり で いて も、 それ イジョウ に シュジュ な ヨソウ が はげしく アタマ の ナカ で はたらいた。
 ヨウコ は サダヨ の セ を さすりながら、 タンガン する よう に アイジョ を こう よう に コトウ や クラチ や アイコ まで を みまわした。 それら の ヒトビト は いずれ も ココロ いたげ な カオイロ を みせて いない では なかった。 しかし ヨウコ から みる と それ は みんな ニセモノ だった。
 やがて コトウ は ヘイエイ への キト イシャ を たのむ と いって かえって いった。 ヨウコ は、 ヒトリ でも、 どんな ヒト でも サダヨ の ミヂカ から はなれて ゆく の を つらく おもった。 そんな ヒトタチ は タショウ でも サダヨ の イノチ を イッショ に もって いって しまう よう に おもわれて ならなかった。
 ヒ は とっぷり くれて しまった けれども どこ の トジマリ も しない この イエ に、 コトウ が いって よこした イシャ が やって きた。 そして サダヨ は あきらか に チョウ チブス に かかって いる と シンダン されて しまった。

 42

「オネエサマ…… いっちゃ いやあ……」
 まるで ヨッツ か イツツ の ヨウジ の よう に がんぜなく ワガママ に なって しまった サダヨ の コエ を ききのこしながら ヨウコ は ビョウシツ を でた。 おりから じめじめ と ふりつづいて いる サミダレ に、 ロウカ には ヨアケ から の ウスグラサ が そのまま のこって いた。 ハクイ を きた カンゴフ が くらい だだっぴろい ロウカ を、 ウワゾウリ の おおきな オト を させながら アンナイ に たった。 トオカ の ヨ も、 ヨルヒル の ミサカイ も なく、 オビ も とかず に カンゴ の テ を つくした ヨウコ は、 どうか する と ふらふら と なって、 アタマ だけ が ゴタイ から はなれて どこ とも なく ただよって ゆく か とも おもう よう な フシギ な サッカク を かんじながら、 それでも キンチョウ しきった ココロモチ に なって いた。 スベテ の オンキョウ、 スベテ の シキサイ が キョクド に コチョウ されて その カンカク に ふれて きた。 サダヨ が チョウ チブス と シンダン された その バン、 ヨウコ は タンカ に のせられた その あわれ な ちいさな イモウト に つきそって この ダイガク ビョウイン の カクリシツ に きて しまった の で ある が、 その とき わかれた なり で、 クラチ は イチド も ビョウイン を たずねて は こなかった の だ。 ヨウコ は アイコ ヒトリ が ルス する サンナイ の イエ の ほう に、 すこし フアンシン では ある けれども いつか ヒマ を やった ツヤ を よびよせて おこう と おもって、 ヤドモト に いって やる と、 ツヤ は あれ から カンゴフ を シガン して キョウバシ の ほう の ある ビョウイン に いる と いう こと が しれた ので、 やむ を えず クラチ の ゲシュク から トシ を とった ジョチュウ を ヒトリ たのんで いて もらう こと に した。 ビョウイン に きて から の トオカ―― それ は キノウ から キョウ に かけて の こと の よう に みじかく おもわれ も し、 1 ニチ が 1 ネン に ソウトウ する か と うたがわれる ほど ながく も かんじられた。
 その ながく かんじられる ほう の キカン には、 クラチ と アイコ との スガタ が フアン と シット との タイショウ と なって ヨウコ の ココロ の メ に たちあらわれた。 ヨウコ の イエ を あずかって いる モノ は クラチ の ゲシュク から きた オンナ だ と する と、 それ は クラチ の イヌ と いって も よかった。 そこ に ヒトリ のこされた アイコ…… ながい ジカン の アイダ に どんな こと でも おこりえず に いる もの か。 そう キ を まわしだす と ヨウコ は サダヨ の シンダイ の ソバ に いて、 ネツ の ため に クチビル が かさかさ に なって、 ハンブン メ を あけた まま コンスイ して いる その ちいさな カオ を みつめて いる とき でも、 おもわず かっと なって そこ を とびだそう と する よう な ショウドウ に かりたてられる の だった。
 しかし また みじかく かんじられる ほう の キカン には ただ サダヨ ばかり が いた。 スエコ と して リョウシン から なめる ほど デキアイ も され、 ヨウコ の ユイイツ の チョウジ とも され、 ケンコウ で、 カイカツ で、 ムジャキ で、 ワガママ で、 ビョウキ と いう こと など は ついぞ しらなかった その コ は、 ひきつづいて チチ を うしない、 ハハ を うしない、 ヨウコ の ビョウテキ な ジュソ の ギセイ と なり、 とつぜん シビョウ に とりつかれて、 ユメ にも ウツツ にも おもい も かけなかった シ と むかいあって、 ひたすら に おそれおののいて いる、 その スガタ は、 センジョウ の タニソコ に つづく ガケ の キワ に リョウテ だけ で たれさがった ヒト が、 そこ の ツチ が ぼろぼろ と くずれおちる たび ごと に、 ケンメイ に なって タスケ を もとめて なきさけびながら、 すこし でも テガカリ の ある もの に しがみつこう と する の を みる の と ことならなかった。 しかも そんな ハメ に サダヨ を おとしいれて しまった の は けっきょく ジブン に セキニン の ダイブブン が ある と おもう と、 ヨウコ は イトシサ カナシサ で ムネ も ハラワタ も さける よう に なった。 サダヨ が しぬ に して も、 せめては ジブン だけ は サダヨ を あいしぬいて しなせたかった。 サダヨ を かりにも いじめる とは…… まるで テンシ の よう な ココロ で ジブン を しんじきり あいしぬいて くれて いた サダヨ を かりにも モギドウ に とりあつかった とは…… ヨウコ は ジブン ながら ジブン の ココロ の ラチナサ オソロシサ に くいて も くいて も およばない クイ を かんじた。 そこ まで せんじつめて くる と、 ヨウコ には クラチ も なかった。 ただ イノチ に かけて も サダヨ を ビョウキ から すくって、 サダヨ が モトドオリ に つやつやしい ケンコウ に かえった とき、 サダヨ を ダイジ に ダイジ に ジブン の ムネ に かきいだいて やって、
「サア ちゃん オマエ は よく こそ なおって くれた ね。 ネエサン を うらまない で おくれ。 ネエサン は もう イマ まで の こと を みんな コウカイ して、 これから は アナタ を いつまでも いつまでも ゴショウ ダイジ に して あげます から ね」
と しみじみ と なきながら いって やりたかった。 ただ それ だけ の ネガイ に かたまって しまった。 そうした ココロモチ に なって いる と、 ジカン は ただ ヤ の よう に とんで すぎた。 シ の ほう へ サダヨ を つれて ゆく ジカン は ただ ヤ の よう に とんで すぎる と おもえた。
 この キカイ な ココロ の カットウ に くわえて、 ヨウコ の ケンコウ は この トオカ ほど の はげしい コウフン と カツドウ と で みじめ にも そこない きずつけられて いる らしかった。 キンチョウ の キョクテン に いる よう な イマ の ヨウコ には さほど と おもわれない よう にも あった が、 サダヨ が しぬ か なおる か して ヒトイキ つく とき が きたら、 どうして ニクタイ を ささえる こと が できよう か と あやぶまない では いられない ヨカン が きびしく ヨウコ を おそう シュンカン は イクド も あった。
 そうした クルシミ の サイチュウ に めずらしく クラチ が たずねて きた の だった。 ちょうど なにもかも わすれて サダヨ の こと ばかり キ に して いた ヨウコ は、 この アンナイ を きく と、 まるで うまれかわった よう に その ココロ は クラチ で いっぱい に なって しまった。
 ビョウシツ の ナカ から さけび に さけぶ サダヨ の コエ が ロウカ まで ひびいて きこえた けれども、 ヨウコ は それ には トンジャク して いられない ほど ムキ に なって カンゴフ の アト を おった。 あるきながら エモン を ととのえて、 レイ の ヒダリテ を あげて ビン の ケ を キヨウ に かきあげながら、 オウセツシツ の ところ まで くる と、 そこ は さすが に イクブン か あかるく なって いて、 ヒラキド の ソバ の ガラスマド の ムコウ に ガンジョウ な クラチ と、 おもい も かけず オカ の きゃしゃ な スガタ と が ながめられた。
 ヨウコ は カンゴフ の いる の も オカ の いる の も わすれた よう に いきなり クラチ に ちかづいて、 その ムネ に ジブン の カオ を うずめて しまった。 ナニ より も かに より も ながい ながい アイダ あいえず に いた クラチ の ムネ は、 カズ カギリ も ない レンソウ に かざられて、 スベテ の ギワク や フカイ を イッソウ する に たる ほど なつかしかった。 クラチ の ムネ から は ふれなれた キヌザワリ と、 キョウレツ な ハダ の ニオイ と が、 ヨウコ の ビョウテキ に こうじた カンカク を ランスイ さす ほど に つたわって きた。
「どう だ、 ちっと は いい か」
「おお この コエ だ、 この コエ だ」 ……ヨウコ は かく おもいながら かなしく なった。 それ は ながい アイダ ヤミ の ナカ に とじこめられて いた モノ が ぐうぜん ヒ の ヒカリ を みた とき に ムネ を ついて わきでて くる よう な カナシサ だった。 ヨウコ は ジブン の タチバ を ことさら あわれ に えがいて みたい ショウドウ を かんじた。
「ダメ です。 サダヨ は、 かわいそう に しにます」
「バカ な…… アナタ にも にあわん、 そう はよう ラクタン する ホウ が ある もの かい。 どれ ひとつ みまって やろう」
 そう いいながら クラチ は サッキ から そこ に いた カンゴフ の ほう に ふりむいた ヨウス だった。 そこ に カンゴフ も オカ も いる と いう こと は ちゃんと しって いながら、 ヨウコ は ダレ も いない もの の よう な ココロモチ で ふるまって いた の を おもう と、 ジブン ながら コノゴロ は ココロ が くるって いる の では ない か と さえ うたがった。 カンゴフ は クラチ と ヨウコ との タイワブリ で、 この うつくしい フジン の スジョウ を のみこんだ と いう よう な カオ を して いた。 オカ は さすが に つつましやか に シンツウ の イロ を カオ に あらわして イス の セ に テ を かけた まま たって いた。
「ああ、 オカ さん アナタ も わざわざ おみまい くださって ありがとう ございました」
 ヨウコ は すこし アイサツ の キカイ を おくらした と おもいながら も やさしく こう いった。 オカ は ホオ を あかめた まま だまって うなずいた。
「ちょうど イマ みえた もん だで ゴイッショ した が、 オカ さん は ここ で オカエリ を ねがった が いい と おもう が…… (そう いって クラチ は オカ の ほう を みた) なにしろ ビョウキ が ビョウキ です から……」
「ワタシ、 サダヨ さん に ぜひ おあい したい と おもいます から どうか おゆるし ください」
 オカ は おもいいった よう に こう いって、 ちょうど そこ に カンゴフ が もって きた 2 マイ の しろい ウワッパリ の ウチ すこし ふるく みえる 1 マイ を とって クラチ より も サキ に きはじめた。 ヨウコ は オカ を みる と もう ヒトツ の タクラミ を ココロ の ウチ で あんじだして いた。 オカ を できる だけ たびたび サンナイ の イエ の ほう に あそび に ゆかせて やろう。 それ は クラチ と アイコ と が セッショク する キカイ を いくらか でも ふせげる ケッカ に なる に ちがいない。 オカ と アイコ と が たがいに あいしあう よう に なったら…… なった と して も それ は わるい ケッカ と いう こと は できない。 オカ は ビョウシン では ある けれども チイ も あれば カネ も ある。 それ は アイコ のみ ならず、 ジブン の ショウライ に とって も ヤク に たつ に ソウイ ない。 ……と そう おもう すぐ その シタ から、 どうしても ムシ の すかない アイコ が、 ヨウコ の イシ の モト に すっかり つなぎつけられて いる よう な オカ を ぬすんで ゆく の を みなければ ならない の が つらにくく も ねたましく も あった。
 ヨウコ は フタリ の オトコ を アンナイ しながら サキ に たった。 くらい ながい ロウカ の リョウガワ に たちならんだ ビョウシツ の ナカ から は、 コキュウ コンナン の ナカ から かすれた よう な コエ で ディフテリヤ らしい ヨウジ の なきさけぶ の が きこえたり した。 サダヨ の ビョウシツ から は ヒトリ の カンゴフ が なかば ミ を のりだして、 ヘヤ の ナカ に むいて ナニ か いいながら、 しきり と こっち を ながめて いた。 サダヨ の ナニ か いいつのる コトバ さえ が ヨウコ の ミミ に とどいて きた。 その シュンカン に もう ヨウコ は そこ に クラチ の いる こと など も わすれて、 イソギアシ で その ほう に はしりちかづいた。
「そら もう かえって いらっしゃいました よ」
と いいながら カオ を ひっこめた カンゴフ に つづいて、 とびこむ よう に ビョウシツ に はいって みる と、 サダヨ は ランボウ にも シンダイ の ウエ に おきあがって、 ヒザコゾウ も あらわ に なる ほど とりみだした スガタ で、 テ を カオ に あてた まま おいおい と ないて いた。 ヨウコ は おどろいて シンダイ に ちかよった。
「なんと いう アナタ は キキワケ の ない…… サア ちゃん その ビョウキ で、 アナタ、 シンダイ から おきあがったり する と いつまでも なおり は しません よ。 アナタ の すき な クラチ の オジサン と オカ さん が オミマイ に きて くださった の です よ。 はっきり わかります か、 そら、 そこ を ごらん、 ヨコ に なって から」
 そう いいいい ヨウコ は いかにも アイジョウ に みちた キヨウ な テツキ で かるく サダヨ を かかえて トコ の ウエ に ねかしつけた。 サダヨ の カオ は イマ まで さかん な ウンドウ でも して いた よう に うつくしく いきいき と アカミ が さして、 ふさふさ した カミノケ は すこし もつれて あせばんで ヒタイギワ に ねばりついて いた。 それ は ビョウキ を おもわせる より も カジョウ の ケンコウ と でも いう べき もの を おもわせた。 ただ その リョウガン と クチビル だけ は あきらか に ジンジョウ で なかった。 すっかり ジュウケツ した その メ は フダン より も おおきく なって、 フタエマブタ に なって いた。 その ヒトミ は ネツ の ため に もえて、 おどおど と ナニモノ か を みつめて いる よう にも、 ナニ か を みいだそう と して たずねあぐんで いる よう にも みえた。 その ヨウス は たとえば ヨウコ を みいって いる とき でも、 ヨウコ を つらぬいて ヨウコ の ウシロ の ほう はるか の ところ に ある モノ を みきわめよう と あらん カギリ の チカラ を つくして いる よう だった。 クチビル は ジョウゲ とも からから に なって、 ウチムラサキ と いう カンルイ の ミ を むいて テンピ に ほした よう に かわいて いた。 それ は みる も いたいたしかった。 その クチビル の ナカ から コウネツ の ため に イッシュ の シュウキ が コキュウ の たび ごと に はきだされる、 その シュウキ が クチビル の いちじるしい ユガメカタ の ため に、 メ に みえる よう だった。 サダヨ は ヨウコ に チュウイ されて ものうげ に すこし メ を そらして クラチ と オカ との いる ほう を みた が、 それ が どうした ん だ と いう よう に、 すこし の キョウミ も みせず に また ヨウコ を みいりながら せっせと カタ を ゆすって くるしげ な コキュウ を つづけた。
「オネエサマ…… ミズ…… コオリ…… もう いっちゃ いや……」
 これ だけ かすか に いう と もう くるしそう に メ を つぶって ほろほろ と オオツブ の ナミダ を こぼす の だった。
 クラチ は インウツ な アマアシ で ハイイロ に なった ガラスマド を ハイケイ に して つったちながら、 だまった まま フアン-らしく クビ を かしげた。 オカ は ヒゴロ の めった に なかない セイシツ に にず、 クラチ の ウシロ に そっと ひきそって なみだぐんで いた。 ヨウコ には ウシロ を ふりむいて みない でも それ が メ に みる よう に はっきり わかった。 サダヨ の こと は ジブン ヒトリ で しょって たつ。 ヨケイ な アワレミ は かけて もらいたく ない。 そんな いらいらしい ハンコウテキ な ココロモチ さえ その バアイ おこらず には いなかった。 すぐる トオカ と いう もの イチド も みまう こと を せず に いて、 いまさら その ゆゆしげ な カオツキ は ナン だ。 そう クラチ に でも オカ に でも いって やりたい ほど ヨウコ の ココロ は とげとげしく なって いた。 で、 ヨウコ は ウシロ を ふりむき も せず に、 ハシ の サキ に つけた ダッシメン を コオリミズ の ナカ に ひたして は、 サダヨ の クチ を ぬぐって いた。
 こう やって ものの やや 20 プン が すぎた。 カザリケ も なにも ない イタバリ の ビョウシツ には だんだん ユウグレ の イロ が もよおして きた。 サミダレ は じめじめ と コヤミ なく コガイ では ふりつづいて いた。 「オネエサマ なおして ちょうだい よう」 とか 「くるしい…… くるしい から オクスリ を ください」 とか 「もう ネツ を はかる の は いや」 とか ときどき ウワゴト の よう に いって は、 ヨウコ の テ に かじりつく サダヨ の スガタ は いつ イキ を ひきとる かも しれない と ヨウコ に おもわせた。
「では もう かえりましょう か」
 クラチ が オカ を うながす よう に こう いった。 オカ は クラチ に たいし ヨウコ に たいして すこし の アイダ ヘンジ を あえて する の を はばかって いる ヨウス だった が、 とうとう おもいきって、 クラチ に むかって いって いながら すこし ヨウコ に たいして タンガン する よう な チョウシ で、
「ワタシ、 キョウ は なんにも ヨウ が ありません から、 こちら に のこらして いただいて、 ヨウコ さん の オテツダイ を したい と おもいます から、 オサキ に おかえり ください」
と いった。 オカ は ひどく イシ が よわそう に みえながら イチド おもいいって いいだした こと は、 とうとう しおおせず には おかない こと を、 ヨウコ も クラチ も イマ まで の ケイケン から しって いた。 ヨウコ は けっきょく それ を ゆるす ホカ は ない と おもった。
「じゃ ワシ は オサキ する が オヨウ さん ちょっと……」
と いって クラチ は イリグチ の ほう に しざって いった。 おりから サダヨ は すやすや と コンスイ に おちいって いた ので、 ヨウコ は そっと ジブン の ソデ を とらえて いる サダヨ の テ を ほどいて、 クラチ の アト から ビョウシツ を でた。 ビョウシツ を でる と すぐ ヨウコ は もう サダヨ を カンゴ して いる ヨウコ では なかった。
 ヨウコ は すぐに クラチ に ひきそって カタ を ならべながら ロウカ を オウセツシツ の ほう に つたって いった。
「オマエ は ずいぶん と つかれとる よ。 ヨウジン せん と いかん ぜ」
「だいじょうぶ…… こっち は だいじょうぶ です。 それにしても アナタ は…… おいそがしかった ん でしょう ね」
 たとえば ジブン の コトバ は カドバリ で、 それ を クラチ の シンゾウ に もみこむ と いう よう な するどい ゴキ に なって そう いった。
「まったく いそがしかった。 あれ から ワシ は オマエ の ウチ には イチド も よう いかず に いる ん だ」
 そう いった クラチ の ヘンジ には いかにも ワダカマリ が なかった。 ヨウコ の するどい コトバ にも すこしも ヒケメ を かんじて いる フウ は みえなかった。 ヨウコ で さえ が あやうく それ を しんじよう と する ほど だった。 しかし その シュンカン に ヨウコ は ツバメガエシ に ジブン に かえった。 ナニ を イイカゲン な…… それ は シラジラシサ が すこし すぎて いる。 この トオカ の アイダ に、 クラチ に とって は コノウエ も ない キカイ の あたえられた トオカ の アイダ に、 スギモリ の ナカ の さびしい イエ に その アシアト の しるされなかった わけ が ある もの か。 ……さらぬだに、 やみはて つかれはてた ズノウ に、 キョクド の キンチョウ を くわえた ヨウコ は、 ぐらぐら と よろけて アシモト が ロウカ の イタ に ついて いない よう な フンヌ に おそわれた。
 オウセツシツ まで きて ウワッパリ を ぬぐ と、 カンゴフ が フンムキ を もって きて クラチ の ミノマワリ に ショウドクヤク を ふりかけた。 その かすか な ニオイ が ようやく ヨウコ を はっきり した イシキ に かえらした。 ヨウコ の ケンコウ が イチニチ イチニチ と いわず、 1 ジカン ごと にも どんどん よわって ゆく の が ミ に しみて しれる に つけて、 クラチ の どこ にも ヒテン の ない よう な ガンジョウ な ゴタイ にも ココロ にも、 ヨウコ は ヤリドコロ の ない ヒガミ と ニクシミ を かんじた。 クラチ に とって は ヨウコ は だんだん と ヨウ の ない もの に なって ゆきつつ ある。 たえず ナニ か めあたらしい ボウケン を もとめて いる よう な クラチ に とって は、 ヨウコ は もう チリギワ の ハナ に すぎない。
 カンゴフ が その ヘヤ を でる と、 クラチ は マド の ところ に よって いって、 カクシ の ナカ から おおきな ワニガワ の ポッケットブック を とりだして、 10 エン サツ の かなり の タバ を ひきだした。 ヨウコ は その ポッケットブック にも イロイロ の キオク を もって いた。 タケシバ-カン で イチヤ を すごした その アサ にも、 ソノゴ の たびたび の アイビキ の アト の シハライ にも、 ヨウコ は クラチ から その ポッケットブック を うけとって、 ゼイタク な シハライ を ココロモチ よく した の だった。 そして そんな キオク は もう ニド とは くりかえせそう も なく、 なんとなく ヨウコ には おもえた。 そんな こと を させて なる もの か と おもいながら も、 ヨウコ の ココロ は ミョウ に よわく なって いた。
「また たらなく なったら いつでも いって よこす が いい から…… オレ の ほう の シゴト は どうも おもしろく なくなって きおった。 マサイ の ヤツ ナニ か ヨウイ ならぬ ワルサ を しおった ヨウス も ある し、 ユダン が ならん。 たびたび オレ が ここ に くる の も カンガエモノ だて」
 シヘイ を わたしながら こう いって クラチ は オウセツシツ を でた。 かなり ぬれて いる らしい クツ を はいて、 アマミズ で おもそう に なった ヨウガサ を ばさばさ いわせながら ひらいて、 クラチ は かるい アイサツ を のこした まま ユウヤミ の ナカ に きえて ゆこう と した。 アイダ を おいて ミチワキ に ともされた デントウ の ヒ が、 ぬれた アオバ を すべりおちて ヌカルミ の ナカ に リン の よう な ヒカリ を ただよわして いた。 その ナカ を だんだん ナンモン の ほう に とおざかって ゆく クラチ を みおくって いる と ヨウコ は とても そのまま そこ に いのこって は いられなく なった。
 ダレ の ハキモノ とも しらず そこ に あった アズマ ゲタ を つっかけて ヨウコ は アメ の ナカ を ゲンカン から はしりでて クラチ の アト を おった。 そこ に ある ヒロバ には ケヤキ や サクラ の キ が まばら に たって いて、 ダイキボ な ゾウチク の ため の ザイリョウ が、 レンガ や イシ や、 トコロドコロ に つみあげて あった。 トウキョウ の チュウオウ に こんな ところ が ある か と おもわれる ほど ものさびしく しずか で、 ガイトウ の ヒカリ の とどく ところ だけ に しろく ひかって ナナメ に アメ の そそぐ の が ほのか に みえる ばかり だった。 さむい とも あつい とも さらに かんじなく すごして きた ヨウコ は、 アメ が エリアシ に おちた ので はじめて さむい と おもった。 カントウ に ときどき おそって くる ときならぬ ヒエビ で その ヒ も あった らしい。 ヨウコ は かるく ミブルイ しながら、 イチズ に クラチ の アト を おった。 やや 14~15 ケン も サキ に いた クラチ は アシオト を ききつけた と みえて たちどまって ふりかえった。 ヨウコ が おいついた とき には、 カタ は いいかげん ぬれて、 アメ の シズク が マエガミ を つたって ヒタイ に ながれかかる まで に なって いた。 ヨウコ は かすか な ヒカリ に すかして、 クラチ が メイワク そう な カオツキ で たって いる の を しった。 ヨウコ は ワレ にも なく クラチ が カサ を もつ ため に スイヘイ に まげた その ウデ に すがりついた。
「サッキ の オカネ は おかえし します。 ギリズク で タニン から して いただく ん では ムネ が つかえます から……」
 クラチ の ウデ の ところ で ヨウコ の すがりついた テ は ぶるぶる と ふるえた。 カサ から は シタタリ が ことさら しげく おちて、 ヒトエ を ぬけて ヨウコ の ハダ に にじみとおった。 ヨウコ は、 ネツビョウ カンジャ が つめたい もの に ふれた とき の よう な フカイ な オカン を かんじた。
「オマエ の シンケイ は まったく すこし どうか しとる ぜ。 オレ の こと を すこし は おもって みて くれて も よかろう が…… うたがう にも ひがむ にも ホド が あって いい はず だ。 オレ は これまで に どんな フテクサレ を した。 いえる なら いって みろ」
 さすが に クラチ も キ に さえて いる らしく みえた。
「いえない よう に ジョウズ に フテクサレ を なさる の じゃ、 いおう ったって いえ や しません わね。 なぜ アナタ は はっきり ヨウコ には あきた、 もう ヨウ が ない と おいい に なれない の。 おとこらしく も ない。 さ、 とって くださいまし これ を」
 ヨウコ は シヘイ の タバ を わなわな する テサキ で クラチ の ムネ の ところ に おしつけた。
「そして ちゃんと オクサン を およびもどし なさいまし。 それ で なにもかも モトドオリ に なる ん だ から。 はばかりながら……」
「アイコ は」 と クチモト まで いいかけて、 ヨウコ は オソロシサ に イキ を ひいて しまった。 クラチ の サイクン の こと まで いった の は その ヨ が はじめて だった。 これほど ロコツ な シット の コトバ は、 オトコ の ココロ を ヨウコ から とおざからす ばかり だ と しりぬいて つつしんで いた くせ に、 ヨウコ は ワレ にも なく、 がみがみ と イモウト の こと まで いって のけよう と する ジブン に あきれて しまった。
 ヨウコ が そこ まで はしりでて きた の は、 わかれる マエ に もう イチド クラチ の つよい ウデ で その あたたかく ひろい ムネ に いだかれたい ため だった の だ。 クラチ に アクタレグチ を きいた シュンカン でも ヨウコ の ネガイ は そこ に あった。 それ にも かかわらず クチ の ウエ では まったく ハンタイ に、 クラチ を ジブン から どんどん はなれさす よう な こと を いって のけて いる の だ。
 ヨウコ の コトバ が つのる に つれて、 クラチ は ヒトメ を はばかる よう に アタリ を みまわした。 タガイタガイ に ころしあいたい ほど の シュウチャク を かんじながら、 それ を いいあらわす こと も しんずる こと も できず、 ヨウ も ない サイギ と フマン と に さえぎられて、 みるみる ロボウ の ヒト の よう に とおざかって ゆかねば ならぬ、 ――その おそろしい ウンメイ を ヨウコ は ことさら ツウセツ に かんじた。 クラチ が アタリ を みまわした―― それ だけ の キョドウ が、 キ を みはからって いきなり そこ を にげだそう と する もの の よう にも おもいなされた。 ヨウコ は クラチ に たいする ゾウオ の ココロ を せつない まで に つのらしながら、 ますます アイテ の ウデ に かたく よりそった。
 しばらく の チンモク の ノチ、 クラチ は いきなり ヨウガサ を そこ に かなぐりすてて、 ヨウコ の アタマ を ミギウデ で まきすくめよう と した。 ヨウコ は ホンノウテキ に はげしく それ に さからった。 そして シヘイ の タバ を ヌカルミ の ナカ に たたきつけた。 そして フタリ は ヤジュウ の よう に あらそった。
「カッテ に せい…… バカッ」
 やがて そう はげしく いいすてる と おもう と、 クラチ は ウデ の チカラ を キュウ に ゆるめて、 ヨウガサ を ひろいあげる なり、 アト をも むかず に ナンモン の ほう に むいて ずんずん と あるきだした。 フンヌ と シット と に コウフン しきった ヨウコ は ヤッキ と なって その アト を おおう と した が、 アシ は しびれた よう に うごかなかった。 ただ だんだん とおざかって ゆく ウシロスガタ に たいして、 あつい ナミダ が トメド なく ながれおちる ばかり だった。
 しめやか な オト を たてて アメ は ふりつづけて いた。 カクリ ビョウシツ の ある カギリ の マド には かんかん と ヒ が ともって、 しろい カーテン が ひいて あった。 インサン な ビョウシツ に そう あかあか と ヒ の ともって いる の は かえって アタリ を ものすさまじく して みせた。
 ヨウコ は シヘイ の タバ を ひろいあげる ほか、 スベ の ない の を しって、 しおしお と それ を ひろいあげた。 サダヨ の ニュウインリョウ は なんと いって も それ で しはらう より シヨウ が なかった から。 イイヨウ の ない クヤシナミダ が さらに わきかえった。

 43

 その ヨ おそく まで オカ は ホントウ に まめやか に サダヨ の ビョウショウ に つきそって セワ を して くれた。 クチズクナ に しとやか に よく キ を つけて、 サダヨ の ほっする こと を あらかじめ しりぬいて いる よう な オカ の カンゴブリ は、 トオリイッペン な カンゴフ の ハタラキブリ とは まるで クラベモノ に ならなかった。 ヨウコ は カンゴフ を はやく ねかして しまって、 オカ と フタリ だけ で ヨ の ふける まで ヒョウノウ を とりかえたり、 ネツ を はかったり した。
 コウネツ の ため に サダヨ の イシキ は だんだん フメイリョウ に なって きて いた。 タイイン して イエ に かえりたい と せがんで シヨウ の ない とき は、 そっと ムキ を かえて ねかして から、 「さあ もう オウチ です よ」 と いう と、 うれしそう に エガオ を もらしたり した。 それ を みなければ ならぬ ヨウコ は たまらなかった。 どうか した ヒョウシ に、 ヨウコ は とびあがりそう に ココロ が せめられた。 これ で サダヨ が しんで しまった なら、 どうして いきながらえて いられよう。 サダヨ を こんな クルシミ に おとしいれた もの は みんな ジブン だ。 ジブン が マエドオリ に サダヨ に やさしく さえ して いたら、 こんな シビョウ は ゆめにも サダヨ を おそって き は しなかった の だ。 ヒト の ココロ の ムクイ は おそろしい…… そう おもって くる と ヨウコ は ダレ に ワビヨウ も ない クノウ に いきづまった。
 ミドリイロ の フロシキ で つつんだ デントウ の シタ に、 ヒョウノウ を イクツ も アタマ と フクブ と に あてがわれた サダヨ は、 いまにも たえいる か と あやぶまれる よう な あらい イキヅカイ で ユメウツツ の アイダ を さまよう らしく、 ききとれない ウワゴト を ときどき くちばしりながら、 ねむって いた。 オカ は ヘヤ の スミ の ほう に つつましく つったった まま、 ミドリイロ を すかして くる デントウ の ヒカリ で ことさら あおじろい カオイロ を して、 じっと サダヨ を みまもって いた。 ヨウコ は シンダイ に ちかく イス を よせて、 サダヨ の カオ を のぞきこむ よう に しながら、 サダヨ の ため に ナニ か しつづけて いなければ、 サダヨ の ビョウキ が ますます おもる と いう メイシン の よう な ココロヅカイ から、 ヨウ も ない のに たえず ヒョウノウ の イチ を とりかえて やったり など して いた。
 そして みじかい ヨ は だんだん に ふけて いった。 ヨウコ の メ から は たえず ナミダ が はふりおちた。 クラチ と おもい も かけない ワカレカタ を した その キオク が、 ただ ワケ も なく ヨウコ を なみだぐました。
 と、 ふっと ヨウコ は サンナイ の イエ の アリサマ を ソウゾウ に うかべた。 ゲンカンワキ の 6 ジョウ で でも あろう か、 2 カイ の コドモ の ベンキョウベヤ で でも あろう か、 この ヨフケ を ゲシュク から おくられた ロウジョ が ねいった アト、 クラチ と アイコ と が はなしつづけて いる よう な こと は ない か。 あの フシギ に ココロ の ウラ を けっして ヒト に みせた こと の ない アイコ が、 クラチ を どう おもって いる か それ は わからない。 おそらくは クラチ に たいして は なんの ユウワク も かんじて は いない だろう。 しかし クラチ は ああいう シタタカモノ だ。 アイコ は ホネ に てっする エンコン を ヨウコ に たいして いだいて いる。 その アイコ が ヨウコ に たいして フクシュウ の キカイ を みいだした と この バン おもいさだめなかった と ダレ が ホショウ しえよう。 そんな こと は とうの ムカシ に おこなわれて しまって いる の かも しれない。 もし そう なら、 イマゴロ は、 この しめやか な ヨ を…… タイヨウ が きえて なくなった よう な サムサ と ヤミ と が ヨウコ の ココロ に おおいかぶさって きた。 アイコ ヒトリ ぐらい を ユビ の アイダ に にぎりつぶす こと が できない と おもって いる の か…… みて いる が いい。 ヨウコ は いらだちきって ドクジャ の よう な サッキ-だった ココロ に なった。 そして しずか に オカ の ほう を かえりみた。
 ナニ か とおい ほう の もの でも みつめて いる よう に すこし ぼんやり した メツキ で サダヨ を みまもって いた オカ は、 ヨウコ に ふりむかれる と、 その ほう に すばやく メ を てんじた が、 その ものすごい ブキミサ に セキズイ まで おそわれた ふう で、 カオイロ を かえて メ を たじろがした。
「オカ さん。 ワタシ イッショウ の オタノミ…… これから すぐ サンナイ の ウチ まで いって ください。 そして フヨウ な ニモツ は コンヤ の うち に みんな クラチ さん の ゲシュク に おくりかえして しまって、 ワタシ と アイコ の フダンヅカイ の キモノ と ドウグ と を もって、 すぐ ここ に ひっこして くる よう に アイコ に いいつけて ください。 もし クラチ さん が ウチ に きて いたら、 ワタシ から たしか に かえした と いって これ を わたして ください (そう いって ヨウコ は フトコロガミ に 10 エン シヘイ の タバ を つつんで わたした)。 いつまで かかって も かまわない から コンヤ の うち に ね。 オタノミ を きいて くださって?」
 なんでも ヨウコ の いう こと なら クチヘントウ を しない オカ だ けれども この ジョウシキ を はずれた ヨウコ の コトバ には トウワク して みえた。 オカ は マドギワ に いって カーテン の カゲ から ソト を すかして みて、 ポケット から コウチ な ウキボリ を ほどこした キンドケイ を とりだして ジカン を よんだり した。 そして すこし チュウチョ する よう に、
「それ は すこし ムリ だ と ワタシ、 おもいます が…… あれ だけ の ニモツ を かたづける の は……」
「ムリ だ から こそ アナタ を みこんで おねがい する ん です わ。 そう ねえ、 イリヨウ の ない ニモツ を クラチ さん の ゲシュク に とどける の は ナニ かも しれません わね。 じゃ かまわない から オキテガミ を バアヤ と いう の に わたして おいて くださいまし。 そして バアヤ に いいつけて アス でも クラチ さん の ところ に はこばして くださいまし。 それなら なにも イサクサ は ない でしょう。 それでも おいや? いかが?…… よう ございます。 それじゃ もう よう ございます。 アナタ を こんな に おそく まで おひきとめ して おいて、 またぞろ メンドウ な オネガイ を しよう と する なんて ワタシ も どうか して いました わ。 ……サア ちゃん なんでも ない のよ。 ワタシ イマ オカ さん と おはなし して いた ん です よ。 キシャ の オト でも なんでも ない ん だ から、 シンパイ せず に おやすみ…… どうして サダヨ は こんな に こわい こと ばかり いう よう に なって しまった ん でしょう。 ヨナカ など に ヒトリ で おきて いて ウワゴト を きく と ぞーっと する ほど キミ が わるく なります のよ。 アナタ は どうぞ もう おひきとり くださいまし。 ワタシ クルマヤ を やります から……」
「クルマヤ を おやり に なる くらい なら ワタシ いきます」
「でも アナタ が クラチ さん に なんとか おもわれなさる よう じゃ オキノドク です もの」
「ワタシ、 クラチ さん なんぞ を はばかって いって いる の では ありません」
「それ は よく わかって います わ。 でも ワタシ と して は そんな ケッカ も かんがえて みて から おたのみ する ん でした のに……」
 こういう オシモンドウ の スエ に オカ は とうとう アイコ の ムカエ に ゆく こと に なって しまった。 クラチ が その ヨ は きっと アイコ の ところ に いる に ちがいない と おもった ヨウコ は、 ビョウイン に とまる もの と タカ を くくって いた オカ が とつぜん マヨナカ に おとずれて きた ので クラチ も さすが に あわてず には いられまい。 それ だけ の ロウバイ を させる に して も こころよい こと だ と おもって いた。 ヨウコ は ゲシュクベヤ に いって、 しだらなく ねいった トウバン の カンゴフ を よびおこして ジンリキシャ を たのました。
 オカ は おもいいった ヨウス で そっと サダヨ の ビョウシツ を でた。 でる とき に オカ は もって きた パラフィン-シ に つつんで ある ツツミ を ひらく と うつくしい ハナタバ だった。 オカ は それ を そっと サダヨ の マクラモト に おいて でて いった。
 しばらく する と、 しとしと と ふる アメ の ナカ を、 オカ を のせた ジンリキシャ が はしりさる オト が かすか に きこえて、 やがて トオク に きえて しまった。 カンゴフ が はげしく ゲンカン の トジマリ する オト が ひびいて、 その アト は ひっそり と ヨ が ふけた。 トオク の ヘヤ で ジフテリヤ に かかって いる コドモ の なく コエ が まどお に きこえる ホカ には、 オト と いう オト は たえはてて いた。
 ヨウコ は ただ ヒトリ いたずらに コウフン して くるう よう な ジブン を みいだした。 フミン で すごした ヨル が ミッカ も ヨッカ も つづいて いる の に かかわらず、 ネムケ と いう もの は すこしも おそって こなかった。 オモシ を つりさげた よう な ヨウブ の ドンツウ ばかり で なく、 キャクブ は ぬける よう に だるく ひえ、 カタ は うごかす たび ごと に めりめり オト が する か と おもう ほど かたく こり、 アタマ の シン は たえまなく ぎりぎり と いたんで、 そこ から ヤリドコロ の ない ヒアイ と カンシャク と が こんこん と わいて でた。 もう カガミ は みまい と おもう ほど カオ は げっそり と ニク が こけて、 メ の マワリ の あおぐろい カサ は、 さらぬだに おおきい メ を ことさら に ぎらぎら と おおきく みせた。 カガミ を みまい と おもいながら、 ヨウコ は オリ ある ごと に オビ の アイダ から カイチュウ カガミ を だして ジブン の カオ を みつめない では いられなかった。
 ヨウコ は サダヨ の ネイキ を うかがって イツモ の よう に カガミ を とりだした。 そして カオ を すこし デントウ の ほう に ふりむけて じっと ジブン を うつして みた。 おびただしい マイニチ の ヌケゲ で ヒタイギワ の いちじるしく すいて しまった の が ダイイチ に キ に なった。 すこし ふりあおいで カオ を うつす と ホオ の こけた の が さほど に めだたない けれども、 アゴ を ひいて シタウツムキ に なる と、 クチ と ミミ との アイダ には タテ に おおきな ミゾ の よう な クボミ が できて、 カガクコツ が めだって いかめしく あらわれでて いた。 ながく みつめて いる うち には だんだん なれて きて、 ジブン の イシキ で しいて キョウセイ する ため に、 やせた カオ も さほど とは おもわれなく なりだす が、 ふと カガミ に むかった シュンカン には、 これ が ヨウコ ヨウコ と ヒトビト の メ を そばだたした ジブン か と おもう ほど みにくかった。 そうして カガミ に むかって いる うち に、 ヨウコ は その トウエイ を ジブン イガイ の ある タニン の カオ では ない か と うたがいだした。 ジブン の カオ より うつる はず が ない。 それだのに そこ に うつって いる の は たしか に ダレ か み も しらぬ ヒト の カオ だ。 クツウ に しいたげられ、 アクイ に ゆがめられ、 ボンノウ の ため に シリ メツレツ に なった モウジャ の カオ…… ヨウコ は セスジ に イチジ に コオリ を あてられた よう に なって、 ミブルイ しながら おもわず カガミ を テ から おとした。
 キンゾク の ユカ に ふれる オト が カミナリ の よう に ひびいた。 ヨウコ は あわてて サダヨ を みやった。 サダヨ は マッカ に ジュウケツ して ネツ の こもった メ を まんじり と ひらいて、 さも フシギ そう に チュウウ を みやって いた。
「アイ ネエサン…… トオク で ピストル の オト が した よう よ」
 はっきり した コエ で こう いった ので、 ヨウコ が カオ を ちかよせて ナニ か いおう と する と こんこん と して タワイ も なく また ネムリ に おちいる の だった。 サダヨ の ねむる の と ともに、 なんとも いえない ブキミ な シ の オビヤカシ が そつぜん と して ヨウコ を おそった。 ヘヤ の ナカ には そこらじゅう に シ の カゲ が みちみちて いた。 メノマエ の コオリミズ を いれた コップ ヒトツ も ツギ の シュンカン には ひとりでに たおれて こわれて しまいそう に みえた。 モノ の カゲ に なって うすぐらい ブブン は みるみる ヘヤジュウ に ひろがって、 スベテ を つめたく くらく つつみおわる か とも うたがわれた。 シ の カゲ は もっとも こく サダヨ の メ と クチ の マワリ に あつまって いた。 そこ には シ が ウジ の よう に にょろにょろ と うごめいて いる の が みえた。 それ より も…… それ より も その カゲ は そろそろ と ヨウコ を めがけて シホウ の カベ から あつまりちかづこう と ひしめいて いる の だ。 ヨウコ は ほとんど その シ の スガタ を みる よう に おもった。 アタマ の ナカ が しーん と ひえとおって さえきった サムサ が ぞくぞく と シシ を ふるわした。
 その とき シュクチョクシツ の カケドケイ が トオク の ほう で 1 ジ を うった。
 もし この オト を きかなかったら、 ヨウコ は オソロシサ の あまり ジブン の ほう から シュクチョクシツ に かけこんで いった かも しれなかった。 ヨウコ は おびえながら ミミ を そばだてた。 シュクチョクシツ の ほう から カンゴフ が ゾウリ を ばたばた と ひきずって くる オト が きこえた。 ヨウコ は ほっと イキ を ついた。 そして あわてる よう に ミ を うごかして、 サダヨ の アタマ の ヒョウノウ の トケグアイ を しらべて みたり、 カイマキ を ととのえて やったり した。 ウミ の ソコ に ヒトツ しずんで ぎらっと ひかる カイガラ の よう に、 ユカ の ウエ で カゲ の ナカ に ものすごく よこたわって いる カガミ を とりあげて フトコロ に いれた。 そして 1 シツ 1 シツ と ちかづいて くる カンゴフ の アシオト に ミミ を すましながら また かんがえつづけた。
 コンド は サンナイ の イエ の アリサマ が さながら まざまざ と メ に みる よう に ソウゾウ された。 オカ が ヨフケ に そこ を おとずれた とき には クラチ が たしか に いた に ちがいない。 そして イツモ の とおり イッシュ の ネバリヅヨサ を もって ヨウコ の コトヅテ を とりつぐ オカ に たいして、 はげしい コトバ で その リフジン な キョウキ-じみた ヨウコ の デキゴコロ を ののしった に ちがいない。 クラチ と オカ との アイダ には アンアンリ に アイコ に たいする ココロ の ソウトウ が おこなわれたろう。 オカ の さしだす シヘイ の タバ を イカリ に まかせて タタミ の ウエ に たたきつける クラチ の いたけだか な ヨウス、 ショウジョ には ありえない ほど の レイセイサ で ヒトゴト の よう に フタリ の アイダ の イキサツ を フシメ ながら に みまもる アイコ の イッシュ どくどくしい ヨウエンサ。 そういう スガタ が さながら メノマエ に うかんで みえた。 フダン の ヨウコ だったら その ソウゾウ は ヨウコ を その バ に いる よう に コウフン させて いた で あろう。 けれども シ の キョウフ に はげしく おそわれた ヨウコ は なんとも いえない ケンオ の ジョウ を もって の ホカ には その バメン を ソウゾウ する こと が できなかった。 なんと いう あさましい ヒト の ココロ だろう。 けっきょく は なにもかも ほろびて ゆく のに、 エイエン な ハイイロ の チンモク の ナカ に くずれこんで しまう のに、 モクゼン の ドウラン に シンカ の カギリ を もやして、 ガキ ドウヨウ に イノチ を かみあう とは なんと いう あさましい ココロ だろう。 しかも その みにくい アラソイ の タネ を まいた の は ヨウコ ジシン なの だ。 そう おもう と ヨウコ は ジブン の ココロ と ニクタイ と が さながら ウジムシ の よう に きたなく みえた。 ……なんの ため に イマ まで あって ない よう な モウシュウ に くるしみぬいて それ を イノチ ソノモノ の よう に ダイジ に かんがえぬいて いた こと か。 それ は まるで サダヨ が しじゅう みて いる らしい アクム の ヒトツ より も さらに はかない もの では ない か。 ……こう なる と クラチ さえ が エン も ユカリ も ない もの の よう に とおく かんがえられだした。 ヨウコ は スベテ の もの の ムナシサ に あきれた よう な メ を あげて いまさららしく ヘヤ の ナカ を ながめまわした。 なんの カザリ も ない、 シュウドウイン の ナイブ の よう な ハダカ な シツナイ が かえって すがすがしく みえた。 オカ の のこした サダヨ の マクラモト の ハナタバ だけ が、 そして おそらくは (ジブン では みえない けれども) これほど の イソガシサ の アイダ にも ジブン を フンショク する の を わすれず に いる ヨウコ ジシン が いかにも フハク な たよりない もの だった。 ヨウコ は こうした ココロ に なる と、 ネツ に うかされながら イッポ イッポ なんの ココロ の ワダカマリ も なく シ に ちかづいて ゆく サダヨ の カオ が こうごうしい もの に さえ みえた。 ヨウコ は いのる よう な わびる よう な ココロ で しみじみ と サダヨ を みいった。
 やがて カンゴフ が サダヨ の ヘヤ に はいって きた。 ケイシキ イッペン の オジギ を ねむそう に して、 シンダイ の ソバ に ちかよる と、 ムトンジャク な ふう に ヨウコ が いれて おいた ケンオンキ を だして ヒ に すかして みて から、 ムネ の ヒョウノウ を トリカエ に かかった。 ヨウコ は ジブン ヒトリ の テ で そんな こと を して やりたい よう な アイチャク と シンセイサ と を サダヨ に かんじながら カンゴフ を てつだった。
「サア ちゃん…… さ、 ヒョウノウ を とりかえます から ね……」
と やさしく いう と、 ウワゴト を いいつづけて いながら やはり サダヨ は それまで ねむって いた らしく、 いたいたしい まで おおきく なった メ を ひらいて、 まじまじ と イガイ な ヒト でも みる よう に ヨウコ を みる の だった。
「オネエサマ なの…… いつ かえって きた の。 オカアサマ が さっき いらしって よ…… いや オネエサマ、 ビョウイン いや かえる かえる…… オカアサマ オカアサマ (そう いって きょろきょろ と アタリ を みまわしながら) かえらして ちょうだい よう。 オウチ に はやく、 オカアサマ の いる オウチ に はやく……」
 ヨウコ は おもわず ケアナ が 1 ポン 1 ポン さかだつ ほど の サムケ を かんじた。 かつて ハハ と いう コトバ も いわなかった サダヨ の クチ から おもい も かけず こんな こと を きく と、 その ヘヤ の どこ か に ぼんやり たって いる ハハ が かんぜられる よう に おもえた。 その ハハ の ところ に サダヨ は ゆきたがって あせって いる。 なんと いう ふかい あさましい コツニク の シュウチャク だろう。
 カンゴフ が いって しまう と また ビョウシツ の ナカ は しんと なって しまった。 なんとも いえず カレン な すんだ オト を たてて ミズタマリ に おちる アマダレ の オト は なお たえまなく きこえつづけて いた。 ヨウコ は なく にも なかれない よう な ココロ に なって、 くるしい コキュウ を しながら も うつらうつら と セイシ の アイダ を しらぬげ に ねむる サダヨ の カオ を のぞきこんで いた。
 と、 アマダレ の オト に まじって トオク の ほう に クルマ の ワダチ の オト を きいた よう に おもった。 もう メ を さまして ヨウジ を する ヒト も ある か と、 なんだか ちがった セカイ の デキゴト の よう に それ を きいて いる と、 その オト は だんだん ビョウシツ の ほう に ちかよって きた。 ……アイコ では ない か…… ヨウコ は がくぜん と して ユメ から さめた ヒト の よう に きっと なって さらに ミミ を そばだてた。
 もう そこ には シセイ を メイソウ して ジブン の モウシュウ の ハカナサ を しみじみ と おもいやった ヨウコ は いなかった。 ガシュウ の ため に キンチョウ しきった その メ は あやしく かがやいた。 そして オオイソギ で カミ の ホツレ を かきあげて、 カガミ に カオ を うつしながら、 あちこち と ユビサキ で ヨウス を ととのえた。 エモン も なおした。 そして また じっと ゲンカン の ほう に キキミミ を たてた。
 はたして ゲンカン の ト の あく オト が きこえた。 しばらく ロウカ が ごたごた する ヨウス だった が、 やがて 2~3 ニン の アシオト が きこえて、 サダヨ の ビョウシツ の ト が しめやか に ひらかれた。 ヨウコ は その シメヤカサ で それ は オカ が ひらいた に ちがいない こと を しった。 やがて ひらかれた トグチ から オカ に ちょっと アイサツ しながら アイコ の カオ が しずか に あらわれた。 ヨウコ の メ は しらずしらず その どこまでも ジュウジュン-らしく フシメ に なった アイコ の オモテ に はげしく そそがれて、 そこ に かかれた スベテ を イチジ に よみとろう と した。 コヒツジ の よう に マツゲ の ながい やさしい アイコ の メ は しかし フシギ にも ヨウコ の するどい ガンコウ に さえ ナニモノ をも みせよう とは しなかった。 ヨウコ は すぐ いらいら して、 ナニゴト も あばかない では おく もの か と ココロ の ウチ で ジブン ジシン に セイゴン を たてながら、
「クラチ さん は」
と とつぜん マショウメン から アイコ に こう たずねた。 アイコ は タコン な メ を はじめて マトモ に ヨウコ の ほう に むけて、 サダヨ の ほう に それ を そらしながら、 また ヨウコ を ぬすみみる よう に した。 そして クラチ さん が どうした と いう の か イミ が よみとれない と いう フウ を みせながら ヘンジ を しなかった。 ナマイキ を して みる が いい…… ヨウコ は いらだって いた。
「オジサン も イッショ に いらしった かい と いう ん だよ」
「いいえ」
 アイコ は ブアイソウ な ほど ムヒョウジョウ に ヒトコト そう こたえた。 フタリ の アイダ には むずかしい チンモク が つづいた。 ヨウコ は すわれ と さえ いって やらなかった。 イチニチ イチニチ と うつくしく なって ゆく よう な アイコ は コブトリ な カラダ を つつましく ととのえて しずか に たって いた。
 そこ に オカ が コドウグ を リョウテ に さげて ゲンカン の ほう から かえって きた。 ガイトウ を びっしょり アメ に ぬらして いる の から みて も、 この マヨナカ に オカ が どれほど はたらいて くれた か が わかって いた。 ヨウコ は しかし それ には ヒトコト の アイサツ も せず に、 オカ が ドウグ を ヘヤ の スミ に おく が いなや、
「クラチ さん は ナニ か いって いまして?」
と ケン を コトバ に もたせながら たずねた。
「クラチ さん は オイデ が ありません でした。 で バアヤ に コトヅテ を して おいて、 オイリヨウ の ニモツ だけ つくって もって きました。 これ は おかえし して おきます」
 そう いって カクシ の ナカ から レイ の シヘイ の タバ を とりだして ヨウコ に わたそう と した。
 アイコ だけ なら まだしも、 オカ まで が とうとう ジブン を うらぎって しまった。 フタリ が フタリ ながら みえすいた ウソ を よくも ああ しらじらしく いえた もの だ。 おおそれた ヨワムシ ども め。 ヨウコ は ヨノナカ が テグスネ ひいて ジブン ヒトリ を テキ に まわして いる よう に おもった。
「へえ、 そう です か。 どうも ごくろうさま。 ……アイ さん オマエ は そこ に そう ぼんやり たってる ため に ここ に よばれた と おもって いる の? オカ さん の その ぬれた ガイトウ でも とって おあげなさい な。 そして シュクチョクシツ に いって カンゴフ に そう いって オチャ でも もって おいで。 アナタ の ダイジ な オカ さん が こんな に おそく まで はたらいて くださった のに…… さあ オカ さん どうぞ この イス に (と いって ジブン は たちあがった) ……ワタシ が いって くる わ、 アイ さん も はたらいて さぞ つかれたろう から…… よ ござんす、 よ ござんす ったら アイ さん……」
 ジブン の アト を おおう と する アイコ を さしつらぬく ほど ねめつけて おいて ヨウコ は ヘヤ を でた。 そして ヒ を かけられた よう に かっと ギャクジョウ しながら、 ほろほろ と クヤシナミダ を ながして くらい ロウカ を ムチュウ で シュクチョクシツ の ほう へ いそいで いった。

 44

 たたきつける よう に して クラチ に かえして しまおう と した カネ は、 やはり テ に もって いる うち に つかいはじめて しまった。 ヨウコ の セイヘキ と して いつでも できる だけ ゆたか な こころよい ヨルヒル を おくる よう に のみ かたむいて いた ので、 サダヨ の ビョウイン セイカツ にも、 ダレ に みせて も ヒケ を とらない だけ の こと を ウワベ ばかり でも して いたかった。 ヤグ でも チョウド でも イエ に ある もの の ウチ で いちばん すぐれた もの を えらんで きて みる と、 スベテ の こと まで それ に ふさわしい もの を つかわなければ ならなかった。 ヨウコ が センヨウ の カンゴフ を フタリ も たのまなかった の は フシギ な よう だ が、 どういう もの か サダヨ の カンゴ を どこまでも ジブン ヒトリ で して のけたかった の だ。 そのかわり としとった オンナ を フタリ やとって コウタイ に ビョウイン に こさして、 アライモノ から ショクジ の こと まで を まかなわした。 ヨウコ は とても ビョウイン の ショクジ では すまして いられなかった。 ザイリョウ の いい わるい は とにかく、 アジ は とにかく、 ナニ より も きたならしい カンジ が して ハシ も つける キ に なれなかった ので、 ホンゴウ-ドオリ に ある ある リョウリヤ から ヒビ いれさせる こと に した。 こんな アンバイ で、 ヒヨウ は しれない ところ に おもいのほか かかった。 ヨウコ が クラチ が もって きて くれた シヘイ の タバ から しはらおう と した とき は、 いずれ そのうち キムラ から ソウキン が ある だろう から、 あり-シダイ それ から ウメアワセ を して、 すぐ そのまま かえそう と おもって いた の だった。 しかし キムラ から は、 6 ガツ に なって イライ イチド も ソウキン の ツウチ は こなかった。 ヨウコ は それだから なおさら の こと もう きそう な もの だ と ココロマチ を した の だった。 それ が いくら まって も こない と なる と やむ を えず もちあわせた ブン から つかって ゆかなければ ならなかった。 まだまだ と おもって いる うち に タバ の アツミ は どんどん へって いった。 それ が ハンブン ほど へる と、 ヨウコ は まったく ヘンサイ の こと など は わすれて しまった よう に なって、 ある に まかせて オシゲ も なく シハライ を した。
 7 ガツ に はいって から キコウ は めっきり あつく なった。 シイ の キ の フルバ も すっかり ちりつくして、 マツ も あたらしい ミドリ に かわって、 クサ も キ も あおい ホノオ の よう に なった。 ながく さむく つづいた サミダレ の ナゴリ で、 スイジョウキ が クウキ-チュウ に きみわるく ホウワ されて、 さらぬだに キュウ に たえがたく あつく なった キコウ を ますます たえがたい もの に した。 ヨウコ は ジシン の ゴタイ が、 サダヨ の カイフク をも またず に ずんずん くずれて ゆく の を かんじない わけ には ゆかなかった。 それ と ともに ボッパツテキ に おこって くる ヒステリー は いよいよ つのる ばかり で、 その ホッサ に おそわれた が サイゴ、 ジブン ながら キ が ちがった と おもう よう な こと が たびたび に なった。 ヨウコ は こころひそか に ジブン を おそれながら、 ヒビ の ジブン を みまもる こと を よぎなく された。
 ヨウコ の ヒステリー は ダレカレ の ミサカイ なく ハレツ する よう に なった が ことに アイコ に クッキョウ の ニゲバ を みいだした。 なんと いわれて も ののしられて も、 うちすえられ さえ して も、 トショ の ヒツジ の よう に ジュウジュン に だまった まま、 ヨウコ には まどろしく みえる くらい ゆっくり おちついて はたらく アイコ を みせつけられる と、 ヨウコ の カンシャク は こうじる ばかり だった。 あんな すなお な シュショウゲ な フウ を して いながら しらじらしく も アネ を あざむいて いる。 それ が クラチ との カンケイ に おいて で あれ、 オカ との カンケイ に おいて で あれ、 ひょっと する と コトウ との カンケイ に おいて で あれ、 アイコ は ヨウコ に うちあけない ヒミツ を もちはじめて いる はず だ。 そう おもう と ヨウコ は ムリ にも ヘイチ に ハラン が おこして みたかった。 ほとんど マイニチ ――それ は アイコ が ビョウイン に ネトマリ する よう に なった ため だ と ヨウコ は ジブンギメ に きめて いた―― イク-ジカン か の アイダ、 ミマイ に きて くれる オカ に たいして も、 ヨウコ は もう モト の よう な ヨウコ では なかった。 どうか する と おもい も かけない とき に メイハク な ヒニク が ヤ の よう に ヨウコ の クチビル から オカ に むかって とばされた。 オカ は ジブン が はじる よう に カオ を あからめながら も、 ジョウヒン な タイド で それ を こらえた。 それ が また なおさら ヨウコ を いらつかす タネ に なった。
 もう こられそう も ない と いいながら クラチ も ミッカ に イチド ぐらい は ビョウイン を みまう よう に なった。 ヨウコ は それ をも アイコ ゆえ と かんがえず には いられなかった。 そう はげしい モウソウ に かりたてられて くる と、 どういう カンケイ で クラチ と ジブン と を つないで おけば いい の か、 どうした タイド で クラチ を もちあつかえば いい の か、 ヨウコ には ほとほと ケントウ が つかなく なって しまった。 シンミ に もちかけて みたり、 よそよそしく とりなして みたり、 その とき の キブン キブン で カッテ な ムギコウ な こと を して いながら も、 どうしても のがれでる こと の できない の は クラチ に たいする こちん と かたまった ふかい シュウチャク だった。 それ は なさけなく も はげしく つよく なりまさる ばかり だった。 もう ジブン で ジブン の ココロネ を ビンゼン に おもって そぞろ に ナミダ を ながして、 ミズカラ を なぐさめる と いう ヨユウ すら なくなって しまった。 かわききった ヒ の よう な もの が いきぐるしい まで に ムネ の ウチ に ぎっしり つまって いる だけ だった。
 ただ ヒトリ サダヨ だけ は…… しぬ か いきる か わからない サダヨ だけ は、 この アネ を しんじきって くれて いる…… そう おもう と ヨウコ は マエ にも ました アイチャク を この ビョウジ に だけ は かんじない で いられなかった。 「サダヨ が いる ばかり で ジブン は ヒトゴロシ も しない で こうして いられる の だ」 と ヨウコ は ココロ の ウチ で ひとりごちた。
 けれども ある アサ その かすか な キボウ さえ やぶれねば ならぬ よう な ジケン が まくしあがった。
 その アサ は アカツキ から ミズ が したたりそう に ソラ が はれて、 めずらしく すがすがしい スズカゼ が コノマ から きて マド の しろい カーテン を そっと なでて とおる さわやか な テンキ だった ので、 よどおし サダヨ の シンダイ の ソバ に つきそって、 ねむく なる と そうした まま で うとうと と イネムリ しながら すごして きた ヨウコ も、 おもいのほか アタマ の ナカ が かるく なって いた。 サダヨ も その バン は ひどく ネツ に うかされ も せず に ねつづけて、 4 ジ-ゴロ の タイオン は 7 ド 8 ブ まで さがって いた。 ミドリイロ の フロシキ を とおして くる ヒカリ で それ を ハッケン した ヨウコ は とびたつ よう な ヨロコビ を かんじた。 ニュウイン して から 7 ド-ダイ に ネツ の さがった の は その アサ が はじめて だった ので、 もう ネツ の ハクリキ が きた の か と おもう と、 とうとう サダヨ の イノチ は とりとめた と いう キエツ の ジョウ で なみだぐましい まで に ムネ は いっぱい に なった。 ようやく イッシン が とどいた。 ジブン の ため に ビョウキ に なった サダヨ は、 ジブン の チカラ で なおった。 そこ から ジブン の ウンメイ は また あたらしく ひらけて ゆく かも しれない。 きっと ひらけて ゆく。 もう イチド こころおきなく コノヨ に いきる とき が きたら、 それ は どの くらい いい こと だろう。 コンド こそ は かんがえなおして いきて みよう。 もう ジブン も 26 だ。 イマ まで の よう な タイド で くらして は いられない。 クラチ にも すまなかった。 クラチ が あれほど ある カギリ の もの を ギセイ に して、 しかも その ジギョウ と いって いる シゴト は どう かんがえて みて も おもわしく いって いない らしい のに、 ジブン たち の クラシムキ は まるで そんな こと も かんがえない よう な カンカツ な もの だった。 ジブン は ケッシン さえ すれば どんな キョウグウ に でも ジブン を はめこむ こと ぐらい できる オンナ だ。 もし コンド イエ を もつ よう に なったら スベテ を イモウト たち に いって きかして、 クラチ と イッショ に なろう。 そして キムラ とは はっきり エン を きろう。 キムラ と いえば…… そうして ヨウコ は クラチ と コトウ と が イイアイ を した その バン の こと を かんがえだした。 コトウ に あんな ヤクソク を しながら、 サダヨ の ビョウキ に まぎれて いた と いう ホカ に、 てんで シンソウ を コクハク する キ が なかった ので イマ まで も なんの ショウソク も しない で いた ジブン が とがめられた。 ホントウ に キムラ にも すまなかった。 イマ に なって ようやく ながい アイダ の キムラ の ココロ の クルシサ が ソウゾウ される。 もし サダヨ が タイイン する よう に なったら ――そして タイイン する に きまって いる が―― ジブン は ナニ を おいて も キムラ に テガミ を かく。 そう したら どれほど ココロ が やすく そして かるく なる か しれない。 ……ヨウコ は もう そんな キョウガイ が きて しまった よう に かんがえて、 ダレ と でも その ヨロコビ を わかちたく おもった。 で、 イス に かけた まま ミギウシロ を むいて みる と、 ユカイタ の ウエ に 3 ジョウ タタミ を しいた ヘヤ の イチグウ に アイコ が タワイ も なく すやすや と ねむって いた。 うるさがる ので サダヨ には カヤ を つって なかった が、 アイコ の ところ には ちいさな しろい セイヨウガヤ が つって あった。 その こまかい メ を とおして みる アイコ の カオ は ニンギョウ の よう に ととのって うつくしかった。 その アイコ を これまで ニクミドオシ に にくみ、 ウタガイドオシ に うたがって いた の が、 フシギ を とおりこして、 キカイ な こと に さえ おもわれた。 ヨウコ は にこにこ しながら たって いって カヤ の ソバ に よって、
「アイ さん…… アイ さん」
 そう かなり おおきな コエ で よびかけた。 サクヤ おそく マクラ に ついた アイコ は やがて ようやく ねむそう に おおきな メ を しずか に ひらいて、 アネ が マクラモト に いる の に キ が つく と、 ネスゴシ でも した と おもった の か、 あわてる よう に ハンシン を おこして、 そっと ヨウコ を ぬすみみる よう に した。 ヒゴロ ならば そんな キョドウ を すぐ カンシャク の タネ に する ヨウコ も、 その アサ ばかり は かわいそう な くらい に おもって いた。
「アイ さん およろこび、 サア ちゃん の ネツ が とうとう 7 ド-ダイ に さがって よ。 ちょっと おきて きて ごらん、 それ は いい カオ を して ねて いる から…… しずか に ね」
「しずか に ね」 と いいながら ヨウコ の コエ は ミョウ に はずんで たかかった。 アイコ は ジュウジュン に おきあがって そっと カヤ を くぐって でて、 マエ を あわせながら シンダイ の ソバ に きた。
「ね?」
 ヨウコ は えみかまけて アイコ に こう よびかけた。
「でも なんだか、 ダイブン に あおじろく みえます わね」
と アイコ が しずか に いう の を ヨウコ は せわしく ひったくって、
「それ は デントウ の フロシキ の せい だわ…… それに ネツ が とれれば ビョウニン は ミンナ イチド は かえって わるく なった よう に みえる もの なの よ。 ホントウ に よかった。 アナタ も シンミ に セワ して やった から よ」
 そう いって ヨウコ は ミギテ で アイコ の カタ を やさしく だいた。 そんな こと を アイコ に した の は ヨウコ と して は はじめて だった。 アイコ は オソレ を なした よう に ミ を すぼめた。
 ヨウコ は なんとなく じっと して は いられなかった。 こどもらしく、 はやく サダヨ が メ を さませば いい と おもった。 そう したら ネツ の さがった の を しらせて よろこばせて やる のに と おもった。 しかし さすが に その ちいさな ネムリ を ゆりさます こと は しえない で、 しきり と ヘヤ の ナカ を かたづけはじめた。 アイコ が チュウイ の うえ に チュウイ を して こそ との オト も させまい と キ を つかって いる のに、 ヨウコ が わざと する か とも おもわれる ほど そうぞうしく はたらく サマ は、 ヒゴロ とは まるで ハンタイ だった。 アイコ は ときどき フシギ そう な メツキ を して そっと ヨウコ の キョドウ を チュウイ した。
 その うち に ヨ が どんどん あけはなれて、 デントウ の きえた シュンカン は ちょっと ヘヤ の ナカ が くらく なった が、 ナツ の アサ-らしく みるみる うち に しろい ヒカリ が マド から ヨウシャ なく ながれこんだ。 ヒル に なって から の アツサ を ヨソウ させる よう な スズシサ が アオバ の かるい ニオイ と ともに ヘヤ の ナカ に みちあふれた。 アイコ の きかえた オオガラ な シロ の カスリ も、 あかい メリンス の オビ も、 ヨウコ の メ を すがすがしく シゲキ した。
 ヨウコ は ジブン で サダヨ の ショクジ を つくって やる ため に シュクチョクシツ の ソバ に ある ちいさな ホウチュウ に いって、 ヨウショクテン から とどけて きた ソップ を あたためて シオ で アジ を つけて いる アイダ も、 だんだん おきでて くる カンゴフ たち に サダヨ の サクヤ の ケイカ を ほこりが に はなして きかせた。 ビョウシツ に かえって みる と、 アイコ が すでに めざめた サダヨ に アサジマイ を させて いた。 ネツ が さがった ので キゲン の よかる べき サダヨ は いっそう フキゲン に なって みえた。 アイコ の する こと ヒトツヒトツ に コショウ を いいたてて、 なかなか いう こと を きこう とは しなかった。 ネツ の さがった の に つれて はじめて サダヨ の イシ が ニンゲン-らしく はたらきだした の だ と ヨウコ は キ が ついて、 それ も ゆるさなければ ならない こと だ と、 ジブン の こと の よう に ココロ で ベンソ した。 ようやく センメン が すんで、 それから シンダイ の シュウイ を セイトン する と もう まったく アサ に なって いた。 ケサ こそ は サダヨ が きっと ショウビ しながら ショクジ を とる だろう と ヨウコ は いそいそ と タケ の たかい ショクタク を シンダイ の ところ に もって いった。
 その とき おもいがけなく も アサガケ に クラチ が ミマイ に きた。 クラチ も すずしげ な ヒトエ に ロ の ハオリ を はおった まま だった。 その キョウケン な、 モノ を モノ とも しない スガタ は ナツ の アサ の キブン と しっくり そぐって みえた ばかり で なく、 その ヒ に かぎって ヨウコ は エノシママル の ナカ で かたりあった クラチ を みいだした よう に おもって、 その カンカツ な ヨウス が なつかしく のみ ながめやられた。 クラチ も つとめて ヨウコ の たちなおった キブン に どうじて いる らしかった。 それ が ヨウコ を いっそう カイカツ に した。 ヨウコ は ヒサシブリ で その ギン の スズ の よう な すみとおった コエ で タカチョウシ に モノ を いいながら フタコトメ には すずしく わらった。
「さ、 サア ちゃん、 ネエサン が ジョウズ に アジ を つけて きて あげた から ソップ を めしあがれ。 ケサ は きっと おいしく たべられます よ。 イマ まで は ネツ で アジ も なにも なかった わね、 かわいそう に」
 そう いって サダヨ の ミヂカ に イス を しめながら、 ノリ の つよい ナフキン を マクラ から ノド に かけて あてがって やる と、 サダヨ の カオ は アイコ の いう よう に ひどく あおみがかって みえた。 ちいさな フアン が ヨウコ の アタマ を つきぬけた。 ヨウコ は セイケツ な ギン の サジ に すこし ばかり ソップ を しゃくいあげて サダヨ の クチモト に あてがった。
「まずい」
 サダヨ は ちらっと アネ を にらむ よう に ぬすみみて、 クチ に ある だけ の ソップ を しいて のみこんだ。
「おや どうして」
「あまったらしくって」
「そんな はず は ない がねえ。 どれ それじゃ もすこし シオ を いれて あげます わ」
 ヨウコ は シオ を たして みた。 けれども サダヨ は うまい とは いわなかった。 また ヒトクチ のみこむ と もう いや だ と いった。
「そう いわず と もすこし めしあがれ、 ね、 せっかく ネエサン が カゲン した ん だ から。 だいいち たべない で いて は よわって しまいます よ」
 そう うながして みて も サダヨ は こんりんざい アト を たべよう とは しなかった。
 とつぜん ジブン でも おもい も よらない フンヌ が ヨウコ に おそいかかった。 ジブン が これほど ホネ を おって して やった のに、 ギリ にも もうすこし は たべて よさそう な もの だ。 なんと いう ワガママ な コ だろう (ヨウコ は サダヨ が ミカク を カイフク して いて、 リュウドウショク では マンゾク しなく なった の を すこしも カンガエ に いれなかった)。
 そう なる と もう ヨウコ は ジブン を トウギョ する チカラ を うしなって しまって いた。 ケッカン の ナカ の チ が イチジ に かっと もえたって、 それ が シンゾウ に、 そして シンゾウ から アタマ に つきすすんで、 ズガイコツ は ばりばり と オト を たてて やぶれそう だった。 ヒゴロ あれほど かわいがって やって いる のに、 ……ニクサ は イチバイ だった。 サダヨ を みつめて いる うち に、 その やせきった ホソクビ に クワガタ に した リョウテ を かけて、 ひとおもいに しめつけて、 くるしみもがく ヨウス を みて、 「そら みる が いい」 と いいすてて やりたい ショウドウ が むずむず と わいて きた。 その アタマ の マワリ に あてがわる べき リョウテ の ユビ は おもわず しらず クマデ の よう に おれまがって、 はげしい チカラ の ため に こまかく ふるえた。 ヨウコ は キョウキ に かわった よう な その テ を ヒト に みられる の が おそろしかった ので、 チャワン と サジ と を ショクタク に かえして、 マエダレ の シタ に かくして しまった。 ウワマブタ の イチモンジ に なった メ を きりっと すえて はたと サダヨ を にらみつけた。 ヨウコ の メ には サダヨ の ホカ に その ヘヤ の モノ は クラチ から アイコ に いたる まで すっかり みえなく なって しまって いた。
「たべない かい」
「たべない かい。 たべなければ ウンヌン」 と コゴト を いって サダヨ を せめる はず だった が、 ショク を だした だけ で、 ジブン の コエ の あまり に はげしい フルエヨウ に コトバ を きって しまった。
「たべない…… たべない…… ゴハン で なくって は いやあ だあ」
 ヨウコ の コエ の シタ から すぐ こうした ワガママ な サダヨ の すね に すねた コエ が きこえた と ヨウコ は おもった。 マックロ な チシオ が どっと シンゾウ を やぶって ノウテン に つきすすんだ と おもった。 メノマエ で サダヨ の カオ が ミッツ にも ヨッツ にも なって およいだ。 その アト には イロ も コエ も しびれはてて しまった よう な アンコク の ボウガ が きた。
「オネエサマ…… オネエサマ ひどい…… いやあ……」
「ヨウ ちゃん…… あぶない……」
 サダヨ と クラチ の コエ と が もつれあって、 とおい ところ から の よう に きこえて くる の を、 ヨウコ は ダレ か が ナニ か サダヨ に ランボウ を して いる の だな と おもったり、 この イキオイ で ゆかなければ サダヨ は ころせ や しない と おもったり して いた。 いつのまにか ヨウコ は ただ ヒトスジ に サダヨ を ころそう と ばかり あせって いた の だ。 ヨウコ は アンコク の ナカ で ナニ か ジブン に さからう チカラ と こんかぎり あらそいながら、 ものすごい ほど の チカラ を ふりしぼって たたかって いる らしかった。 ナニ が なんだか わからなかった。 その コンラン の ウチ に、 あるいは イマ ジブン は クラチ の ノドブエ に ハリ の よう に なった ジブン の 10 ポン の ツメ を たてて、 ねじりもがきながら あらそって いる の では ない か とも おもった。 それ も やがて ユメ の よう だった。 とおざかりながら ヒト の コエ とも ケモノ の コエ とも しれぬ オンキョウ が かすか に ミミ に のこって、 ムネ の ところ に さしこんで くる イタミ を ハキケ の よう に かんじた ツギ の シュンカン には、 ヨウコ は こんこん と して ネツ も ヒカリ も コエ も ない ものすさまじい アンコク の ナカ に マッサカサマ に ひたって いった。
 ふと ヨウコ は くすむる よう な もの を ミミ の ところ に かんじた。 それ が オンキョウ だ と わかる まで には どの くらい の ジカン が ケイカ した か しれない。 とにかく ヨウコ は がやがや と いう コエ を だんだん と はっきり きく よう に なった。 そして ぽっかり シリョク を カイフク した。 みる と ヨウコ は いぜん と して サダヨ の ビョウシツ に いる の だった。 アイコ が ウシロムキ に なって シンダイ の ウエ に いる サダヨ を カイホウ して いた。 ジブン は…… ジブン は と ヨウコ は はじめて ジブン を みまわそう と した が、 カラダ は ジユウ を うしなって いた。 そこ には クラチ が いて ヨウコ の クビネッコ に ウデ を まわして、 ヒザ の ウエ に イッポウ の アシ を のせて、 しっかり と だきすくめて いた。 その アシ の オモサ が いたい ほど かんじられだした。 やっぱり ジブン は クラチ を シニガミ の モト へ おいこくろう と して いた の だな と おもった。 そこ には ハクイ を きた イシャ も カンゴフ も みえだした。
 ヨウコ は それ だけ の こと を みる と キュウ に キ の ゆるむ の を おぼえた。 そして ナミダ が ぽろぽろ と でて シカタ が なくなった。 おかしな…… どうして こう ナミダ が でる の だろう と あやしむ うち に、 やるせない ヒアイ が どっと こみあげて きた。 ソコ の ない よう な さびしい ヒアイ…… その うち に ヨウコ は ヒアイ とも ネムサ とも クベツ の できない おもい チカラ に あっせられて また チカク から モノ の ない セカイ に おちこんで いった。
 ホントウ に ヨウコ が メ を さました とき には、 マッサオ に セイテン の アト の ユウグレ が もよおして いる コロ だった。 ヨウコ は ヘヤ の スミ の 3 ジョウ に カヤ の ナカ に ヨコ に なって ねて いた の だった。 そこ には アイコ の ホカ に オカ も きあわせて サダヨ の セワ を して いた。 クラチ は もう いなかった。
 アイコ の いう ところ に よる と、 ヨウコ は サダヨ に ソップ を のまそう と して イロイロ に いった が、 ネツ が さがって キュウ に ショクヨク の ついた サダヨ は メシ で なければ どうしても たべない と いって きかなかった の を、 ヨウコ は ナミダ を ながさん ばかり に なって しゅうねく ソップ を のませよう と した ケッカ、 サダヨ は そこ に あった ソップ-ザラ を ねて いながら ひっくりかえして しまった の だった。 そう する と ヨウコ は いきなり たちあがって サダヨ の ムナモト を つかむ なり シンダイ から ひきずりおろして こづきまわした。 サイワイ に いあわした クラチ が ダイジ に ならない うち に ヨウコ から サダヨ を とりはなし は した が、 コンド は ヨウコ は クラチ に シニモノグルイ に くって かかって、 その うち に はげしい シャク を おこして しまった の だ との こと だった。
 ヨウコ の ココロ は むなしく いたんだ。 どこ に とて とりつく もの も ない よう な ムナシサ が ココロ には のこって いる ばかり だった。 サダヨ の ネツ は すっかり モトドオリ に のぼって しまって、 ひどく おびえる らしい ウワゴト を たえまなし に くちばしった。 フシブシ は ひどく イタミ を おぼえながら、 ホッサ の すぎさった ヨウコ は、 フダンドオリ に なって おきあがる こと も できる の だった。 しかし ヨウコ は アイコ や オカ への テマエ すぐ おきあがる の も ヘン だった ので その ヒ は そのまま ねつづけた。
 サダヨ は コンド こそ は しぬ。 とうとう ジブン の マツロ も きて しまった。 そう おもう と ヨウコ は やるかたなく かなしかった。 たとい サダヨ と ジブン と が サイワイ に いきのこった と して も、 サダヨ は きっと エイゴウ ジブン を イノチ の カタキ と うらむ に ちがいない。
「しぬ に かぎる」
 ヨウコ は マド を とおして アオ から アイ に かわって ゆきつつ ある ショカ の ヨル の ケシキ を ながめた。 シンピテキ な オダヤカサ と フカサ とは ノウシン に しみとおる よう だった。 サダヨ の マクラモト には わかい オカ と アイコ と が むつまじげ に いたり たったり して サダヨ の カンゴ に ヨネン なく みえた。 その とき の ヨウコ には それ は うつくしく さえ みえた。 シンセツ な オカ、 ジュウジュン な アイコ…… フタリ が あいしあう の は トウゼン で いい こと らしい。
「どうせ スベテ は すぎさる の だ」
 ヨウコ は うつくしい フシギ な ゲンエイ でも みる よう に、 デンキトウ の ミドリ の ヒカリ の ナカ に たつ フタリ の スガタ を、 ムジョウ を みぬいた インジャ の よう な ココロ に なって うちながめた。

 45

 この こと が あった ヒ から イツカ たった けれども クラチ は ぱったり こなく なった。 タヨリ も よこさなかった。 カネ も おくって は こなかった。 あまり に ヘン なので オカ に たのんで ゲシュク の ほう を しらべて もらう と ミッカ マエ に ニモツ の ダイブブン を もって リョコウ に でる と いって スガタ を かくして しまった の だ そう だ。 クラチ が いなく なる と ケイジ だ と いう オトコ が 2 ド か 3 ド イロイロ な こと を たずね に きた とも いって いる そう だ。 オカ は クラチ から の 1 ツウ の テガミ を もって かえって きた。 ヨウコ は すぐに フウ を ひらいて みた。

「コト ジュウダイ と なり スガタ を かくす。 ユウビン では ルイ を およぼさん こと を おそれ、 これ を シュジン に たくしおく。 カネ も トウブン は おくれぬ。 こまったら カザイ ドウグ を うれ。 その うち には なんとか する。 ドクゴ カチュウ」

と だけ したためて ヨウコ への アテナ も ジブン の ナ も かいて は なかった。 クラチ の シュセキ には マチガイ ない。 しかし あの ホッサ イゴ ますます ヒステリック に コンジョウ の ひねくれて しまった ヨウコ は、 テガミ を よんだ シュンカン に これ は ツクリゴト だ と おもいこまない では いられなかった。 とうとう クラチ も ジブン の テ から のがれて しまった。 やるせない ウラミ と イキドオリ が メ も くらむ ほど に アタマ の ナカ を カクラン した。
 オカ と アイコ と が すっかり うちとけた よう に なって、 オカ が ほとんど イリビタリ に ビョウイン に きて サダヨ の カイホウ を する の が ヨウコ には みて いられなく なって きた。
「オカ さん、 もう アナタ これから ここ には いらっしゃらない で くださいまし。 こんな こと に なる と ゴメイワク が アナタ に かからない とも かぎりません から。 ワタシタチ の こと は ワタシタチ が します から。 ワタシ は もう タニン に たよりたく は なくなりました」
「そう おっしゃらず に どうか ワタシ を アナタ の オソバ に おかして ください。 ワタシ、 けっして デンセン なぞ を おそれ は しません」
 オカ は クラチ の テガミ を よんで は いない の に ヨウコ は キ が ついた。 メイワク と いった の を ビョウキ の デンセン と おもいこんで いる らしい。 そう じゃ ない。 オカ が クラチ の イヌ で ない と どうして いえよう。 クラチ が オカ を とおして アイコ と インギン を かよわしあって いない と ダレ が ダンゲン できる。 アイコ は オカ を たらしこむ くらい は ヘイキ で する ムスメ だ。 ヨウコ は ジブン の アイコ ぐらい の トシゴロ の とき の ジブン の ケイケン の イチイチ が いきかえって その サイギシン を あおりたてる の に ジブン から くるしまねば ならなかった。 あの トシゴロ の とき、 おもい さえ すれば ジブン には それほど の こと は てもなく して のける こと が できた。 そして ジブン は アイコ より も もっと ムジャキ な、 おまけに カイカツ な ショウジョ で ありえた。 よって たかって ジブン を だまし に かかる の なら、 ジブン に だって して みせる こと が ある。
「そんな に オカンガエ なら おいで くださる の は オカッテ です が、 アイコ を アナタ に さしあげる こと は できない ん です から それ は ゴショウチ くださいまし よ。 ちゃんと もうしあげて おかない と アト に なって イサクサ が おこる の は いや です から…… アイ さん オマエ も きいて いる だろう ね」
 そう いって ヨウコ は タタミ の ウエ で サダヨ の ムネ に あてる シップ を ぬって いる アイコ の ほう にも ふりむいた。 うなだれた アイコ は カオ も あげず ヘンジ も しなかった から、 どんな ヨウス を カオ に みせた か を しる ヨシ は なかった が、 オカ は シュウチ の ため に ヨウコ を みかえる こと も できない くらい に なって いた。 それ は しかし オカ が ヨウコ の あまり と いえば ロコツ な コトバ を はじた の か、 ジブン の ココロモチ を あばかれた の を はじた の か ヨウコ の まよいやすく なった ココロ には しっかり と みきわめられなかった。
 これ に つけ かれ に つけ もどかしい こと ばかり だった。 ヨウコ は ジブン の メ で フタリ を カンシ して ドウジ に クラチ を カンセツ に カンシ する より ホカ は ない と おもった。 こんな こと を おもう すぐ ソバ から ヨウコ は クラチ の サイクン の こと も おもった。 イマゴロ は カレラ は のうのう と して ジャマモノ が いなく なった の を よろこびながら ヒトツイエ に すんで いない とも かぎらない の だ。 それとも クラチ の こと だ、 ダイニ ダイサン の ヨウコ が ヨウコ の フコウ を いい こと に して クラチ の ソバ に あらわれて いる の かも しれない。 ……しかし イマ の バアイ クラチ の ユクエ を たずねあてる こと は ちょっと むずかしい。
 それから と いう もの ヨウコ の ココロ は 1 ビョウ の アイダ も やすまらなかった。 もちろん イマ まで でも ヨウコ は ヒトイチバイ ココロ の はたらく オンナ だった けれども、 その コロ の よう な ハゲシサ は かつて なかった。 しかも それ が いつも オモテ から ウラ を ゆく ハタラキカタ だった。 それ は ジブン ながら まったく ジゴク の カシャク だった。
 その コロ から ヨウコ は しばしば ジサツ と いう こと を ふかく かんがえる よう に なった。 それ は ジブン でも おそろしい ほど だった。 ニクタイ の セイメイ を たつ こと の できる よう な もの さえ メ に ふれれば、 ヨウコ の ココロ は おびえながら も はっと たかなった。 ヤッキョク の マエ を とおる と ずらっと ならんだ クスリビン が ユウワク の よう に メ を いた。 カンゴフ が ボウシ を カミ に とめる ため の ながい ボウシ ピン、 テンジョウ の はって ない ユドノ の ハリ、 カンゴフシツ に うすあかい イロ を して カナダライ に たたえられた ショウコウスイ、 フハイ した ギュウニュウ、 カミソリ、 ハサミ、 ヨフケ など に ウエノ の ほう から きこえて くる キシャ の オト、 ビョウシツ から ながめられる セイリガク キョウシツ の 3 ガイ の マド、 ミッペイ された ヘヤ、 シゴキオビ、 ……なんでも かでも が ジブン の ニク を はむ ドクジャ の ごとく カマクビ を たてて ジブン を マチブセ して いる よう に おもえた。 ある とき は それら を このうえなく おそろしく、 ある とき は また このうえなく したしみぶかく ながめやった。 1 ピキ の カ に さされた とき さえ それ が マラリヤ を つたえる シュルイ で ある か ない か を うたがったり した。
「もう ジブン は この ヨノナカ に なんの ヨウ が あろう。 しに さえ すれば それ で コト は すむ の だ。 このうえ ジシン も くるしみたく ない。 ヒト も くるしめたく ない。 いや だ いや だ と おもいながら ジブン と ヒト と を くるしめて いる の が たえられない。 ネムリ だ。 ながい ネムリ だ。 それ だけ の もの だ」
と サダヨ の ネイキ を うかがいながら しっかり おもいこむ よう な とき も あった が、 ドウジ に クラチ が どこ か で いきて いる の を かんがえる と、 たちまち ツバメガエシ に シ から セイ の ほう へ、 くるしい ボンノウ の セイ の ほう へ はげしく シュウチャク して いった。 クラチ の いきてる アイダ に しんで なる もの か…… それ は シ より も つよい ユウワク だった。 イジ に かけて も、 ニクタイ の スベテ の キカン が めちゃめちゃ に なって も、 それでも いきて いて みせる。 ……ヨウコ は そして その どちら にも ホントウ の ケッシン の つかない ジブン に また くるしまねば ならなかった。
 スベテ の もの を あいして いる の か にくんで いる の か わからなかった。 サダヨ に たいして で すら そう だった。 ヨウコ は どうか する と、 ネツ に うかされて ミサカイ の なくなって いる サダヨ を、 ママハハ が ママコ を いびりぬく よう に モギドウ に とりあつかった。 そして ツギ の シュンカン には コウカイ しきって、 アイコ の マエ でも カンゴフ の マエ でも かまわず に おいおい と なきくずおれた。
 サダヨ の ビョウジョウ は わるく なる ばかり だった。
 ある とき デンセン ビョウシツ の イチョウ が きて、 ヨウコ が イマ の まま で いて は とても ケンコウ が つづかない から、 おもいきって シュジュツ を したら どう だ と カンコク した。 だまって きいて いた ヨウコ は、 すぐ オカ の サシイレグチ だ と ジャスイ して とった。 その ウシロ には アイコ が いる に ちがいない。 ヨウコ が ついて いた の では サダヨ の ビョウキ は なおる どころ か わるく なる ばかり だ (それ は ヨウコ も そう おもって いた。 ヨウコ は サダヨ を ゼンカイ させて やりたい の だ。 けれども どうしても いびらなければ いられない の だ。 それ は よく ヨウコ ジシン が しって いる と おもって いた)。 それ には ヨウコ を なんとか して サダヨ から はなして おく の が ダイイチ だ。 そんな ソウダン を イチョウ と した モノ が いない はず が ない。 ふむ、 ……うまい こと を かんがえた もの だ。 その フクシュウ は きっと して やる。 コンポンテキ に ビョウキ を なおして から して やる から みて いる が いい。 ヨウコ は イチョウ との タイワ の うち に はやくも こう ケッシン した。 そして おもいのほか てっとりばやく シュジュツ を うけよう と すすんで ヘントウ した。
 フジンカ の ヘヤ は デンセン ビョウシツ とは ずっと はなれた ところ に チカゴロ シンチク された タテモノ の ナカ に あった。 7 ガツ の ナカバ に ヨウコ は そこ に ニュウイン する こと に なった が、 その マエ に オカ と コトウ と に イライ して、 ジブン の ミヂカ に ある キチョウヒン から、 クラチ の ゲシュク に はこんで ある イルイ まで を ショブン して もらわなければ ならなかった。 カネ の デドコロ は まったく とだえて しまって いた から。 オカ が しきり と ユウズウ しよう と もうしでた の も すげなく ことわった。 オトウト ドウヨウ の ショウネン から カネ まで ユウズウ して もらう の は どうしても ヨウコ の プライド が ショウチ しなかった。
 ヨウコ は トクトウ を えらんで ヒアタリ の いい ひろびろ と した ヘヤ に はいった。 そこ は デンセン ビョウシツ とは クラベモノ にも ならない くらい シンシキ の セツビ の ととのった イゴコチ の いい ところ だった。 マド の マエ の ニワ は まだ ほりくりかえした まま で アカツチ の ウエ に クサ も はえて いなかった けれども、 ひろい ロウカ の ひややか な クウキ は すずしく ビョウシツ に とおりぬけた。 ヨウコ は 6 ガツ の スエ イライ はじめて ネドコ の ウエ に やすやす と カラダ を よこたえた。 ヒロウ が カイフク する まで しばらく の アイダ シュジュツ は みあわせる と いう ので ヨウコ は マイニチ イチド ずつ ナイシン を して もらう だけ で する こと も なく ヒ を すごした。
 しかし ヨウコ の セイシン は コウフン する ばかり だった。 ヒトリ に なって ヒマ に なって みる と、 ジブン の シンシン が どれほど ハカイ されて いる か が ジブン ながら おそろしい くらい かんぜられた。 よく こんな アリサマ で イマ まで とおして きた と おどろく ばかり だった。 シンダイ の ウエ に ねて みる と ニド と おきて あるく ユウキ も なく、 また じっさい でき も しなかった。 ただ ドンツウ と のみ おもって いた イタミ は、 どっち に ねがえって みて も ガマン の できない ほど な ゲキツウ に なって いて、 キ が くるう よう に アタマ は おもく うずいた。 ガマン にも サダヨ を みまう など と いう こと は できなかった。
 こうして ねながら にも ヨウコ は ダンペンテキ に イロイロ な こと を かんがえた。 ジブン の テモト に ある カネ の こと を まず シアン して みた。 クラチ から うけとった カネ の ノコリ と、 チョウドルイ を うりはらって もらって できた まとまった カネ と が なにも かにも これから シマイ 3 ニン を やしなって ゆく ただ ヒトツ の シホン だった。 その カネ が つかいつくされた ノチ には イマ の ところ、 ナニ を どう する と いう アテ は ツユ ほど も なかった。 ヨウコ は フダン の ヨウコ に にあわず それ が キ に なりだして シカタ が なかった。 トクトウシツ なぞ に はいりこんだ こと が コウカイ される ばかり だった。 と いって イマ に なって トウキュウ の さがった ビョウシツ に うつして もらう など とは ヨウコ と して は おもい も よらなかった。
 ヨウコ は ゼイタク な シンダイ の ウエ に ヨコ に なって、 ハネマクラ に ふかぶか と アタマ を しずめて、 ヒョウノウ を ヒタイ に あてがいながら、 かんかん と アカツチ に さして いる マナツ の ヒ の ヒカリ を、 ひろびろ と とった マド を とおして ながめやった。 そして モノゴコロ ついて から の ジブン の カコ を ハリ で もみこむ よう な アタマ の ナカ で ずっと みわたす よう に かんがえたどって みた。 そんな カコ が ジブン の もの なの か、 そう うたがって みねば ならぬ ほど に それ は はるか にも かけへだたった こと だった。 チチハハ―― ことに チチ の なめる よう な チョウアイ の モト に なにひとつ クロウ を しらず に きよい うつくしい ドウジョ と して すらすら と そだった あの ジブン が やはり ジブン の カコ なの だろう か。 キベ との コイ に よいふけって、 コクブンジ の クヌギ の ハヤシ の ナカ で、 その ムネ に ジブン の カシラ を たくして、 キベ の いう イチゴ イチゴ を ビシュ の よう に のみほした あの ショウジョ は やはり ジブン なの だろう か。 オンナ の ホコリ と いう ホコリ を イッシン に あつめた よう な ビボウ と サイノウ の モチヌシ と して、 オンナ たち から は センボウ の マト と なり、 オトコ たち から は タンビ の サイダン と された あの セイシュン の ジョセイ は やはり この ジブン なの だろう か。 ゴカイ の ウチ にも コウゲキ の ウチ にも こうぜん と クビ を もたげて、 ジブン は イマ の ニホン に うまれて く べき オンナ では なかった の だ。 フコウ にも トキ と トコロ と を まちがえて テンジョウ から おくられた オウジョ で ある と まで ジブン に たいする ホコリ に みちて いた、 あの ヨウエン な ジョセイ は まがう カタ なく ジブン なの だろう か。 エノシママル の ナカ で あじわいつくし なめつくした カンラク と トウスイ との カギリ は、 はじめて ヨ に うまれでた イキガイ を しみじみ と かんじた ほこりが な しばらく は イマ の ジブン と むすびつけて いい カコ の ヒトツ なの だろう か…… ヒ は かんかん と アカツチ の ウエ に てりつけて いた。 アブラゼミ の コエ は ゴテン の イケ を めぐる うっそう たる コダチ の ほう から しみいる よう に きこえて いた。 ちかい ビョウシツ では ケイビョウ の カンジャ が あつまって、 ナニ か みだら-らしい ザツダン に わらいきょうじて いる コエ が きこえて きた。 それ は ジッサイ なの か ユメ なの か。 それら の スベテ は はらだたしい こと なの か、 かなしい こと なの か、 わらいすつ べき こと なの か、 なげきうらまねば ならぬ こと なの か。 ……キド アイラク の どれ か ヒトツ だけ では あらわしえない、 フシギ に コウサク した カンジョウ が、 ヨウコ の メ から トメド なく ナミダ を さそいだした。 あんな セカイ が こんな セカイ に かわって しまった。 そう だ サダヨ が セイシ の サカイ に さまよって いる の は マチガイヨウ の ない ジジツ だ。 ジブン の ケンコウ が おとろえはてた の も マチガイ の ない デキゴト だ。 もし マイニチ サダヨ を みまう こと が できる の ならば このまま ここ に いる の も いい。 しかし ジブン の カラダ の ジユウ さえ イマ は きかなく なった。 シュジュツ を うければ どうせ トウブン は ミウゴキ も できない の だ。 オカ や アイコ…… そこ まで くる と ヨウコ は ユメ の ナカ に いる オンナ では なかった。 まざまざ と した ボンノウ が ぼつぜん と して その ハガミ した ものすごい カマクビ を きっと もたげる の だった。 それ も よし。 ちかく いて も カンシ の きかない の を リヨウ したくば おもうさま リヨウ する が いい。 クラチ と 3 ニン で カッテ な インボウ を くわだてる が いい。 どうせ カンシ の きかない もの なら、 ジブン は サダヨ の ため に どこ か ダイニリュウ か ダイサンリュウ の ビョウイン に うつろう。 そして いくらでも サダヨ の ほう を アンラク に して やろう。 ヨウコ は サダヨ から はなれる と イチズ に その アワレサ が ミ に しみて こう おもった。
 ヨウコ は ふと ツヤ の こと を おもいだした。 ツヤ は カンゴフ に なって キョウバシ アタリ の ビョウイン に いる と ソウカクカン から いって きた の を おもいだした。 アイコ を よびよせて デンワ で さがさせよう と ケッシン した。

 46

 マックラ な ロウカ が ふるぼけた エンガワ に なったり、 エンガワ の ツキアタリ に ハシゴダン が あったり、 ヒアタリ の いい チュウニカイ の よう な ヘヤ が あったり、 ナンド と おもわれる くらい ヘヤ に ヤネ を うちぬいて ガラス を はめて コウセン が ひいて あったり する よう な、 いわば その カイワイ に たくさん ある マチアイ の タテモノ に テ を いれて つかって いる よう な ビョウイン だった。 ツヤ は カジキ ビョウイン と いう その ビョウイン の カンゴフ に なって いた。
 ながく テンキ が つづいて、 その アト に はげしい ミナミカゼ が ふいて、 トウキョウ の シガイ は ホコリマブレ に なって、 ソラ も、 カオク も、 ジュモク も、 キナコ で まぶした よう に なった アゲク、 きもちわるく むしむし と ハダ を あせばませる よう な アメ に かわった ある ヒ の アサ、 ヨウコ は わずか ばかり な ニモツ を もって ジンリキシャ で カジキ ビョウイン に おくられた。 ウシロ の クルマ には アイコ が ニモツ の イチブブン を もって のって いた。 スダ-チョウ に でた とき、 アイコ の クルマ は ニホンバシ の トオリ を マッスグ に ヒトアシ サキ に ビョウイン に ゆかして、 ヨウコ は ソトボリ に そうた ミチ を ニッポン ギンコウ から しばらく ゆく クギダナ の ヨコチョウ に まがらせた。 ジブン の すんで いた イエ を よそながら みて とおりたい ココロモチ に なって いた から だった。 マエホロ の スキマ から のぞく の だった けれども、 1 ネン の ノチ にも そこ には さして かわった ヨウス は みえなかった。 ジブン の いた イエ の マエ で ちょっと クルマ を とまらして ナカ を のぞいて みた。 モンサツ には オジ の ナ は なくなって、 しらない タニン の セイメイ が かかげられて いた。 それでも その ヒト は イシャ だ と みえて、 チチ の ジブン から の エイジュドウ イイン と いう カンバン は あいかわらず ゲンカン の ヒサシ に みえて いた。 チョウ サンシュウ と ショメイ して ある その ジ も ヨウコ には シタシミ の ふかい もの だった。 ヨウコ が アメリカ に シュッパツ した アサ も 9 ガツ では あった が やはり その ヒ の よう に じめじめ と アメ の ふる ヒ だった の を おもいだした。 アイコ が クシ を おって キュウ に なきだした の も、 サダヨ が おこった よう な カオ を して メ に ナミダ を いっぱい ためた まま みおくって いた の も その ゲンカン を みる と えがく よう に おもいだされた。
「もう いい はやく やって おくれ」
 そう ヨウコ は クルマ の ウエ から ナミダゴエ で いった。 クルマ は カジボウ を むけかえられて、 また アメ の ナカ を ちいさく ゆれながら ニホンバシ の ほう に はしりだした。 ヨウコ は フシギ に そこ に イッショ に すんで いた オジ オバ の こと を なきながら おもいやった。 あの ヒトタチ は イマ どこ に どうして いる だろう。 あの ハクチ の コ も もう ずいぶん おおきく なったろう。 でも トベイ を くわだてて から まだ 1 ネン とは たって いない ん だ。 へえ、 そんな みじかい アイダ に これほど の ヘンカ が…… ヨウコ は ジブン で ジブン に あきれる よう に それ を おもいやった。 それでは あの ハクチ の コ も おもった ほど おおきく なって いる わけ では あるまい。 ヨウコ は その コ の こと を おもう と どうした ワケ か サダコ の こと を ムネ が いたむ ほど きびしく おもいだして しまった。 カマクラ に いった とき イライ、 ジブン の フトコロ から もぎはなして しまって、 こんりんざい わすれて しまおう と かたく ココロ に ちぎって いた その サダコ が…… それ は その バアイ ヨウコ を まったく みじめ に して しまった。
 ビョウイン に ついた とき も ヨウコ は なきつづけて いた。 そして その ビョウイン の すぐ テマエ まで きて、 そこ に ニュウイン しよう と した こと を ココロ から コウカイ して しまった。 こんな ラクハク した よう な スガタ を ツヤ に みせる の が たえがたい こと の よう に おもわれだした の だ。
 くらい 2 カイ の ヘヤ に アンナイ されて、 アイコ が ジュンビ して おいた トコ に ヨコ に なる と ヨウコ は ダレ に アイサツ も せず に ただ なきつづけた。 そこ は ウンガ の ミズ の ニオイ が どろくさく かよって くる よう な ところ だった。 アイコ は すすけた ショウジ の カゲ で テマワリ の ニモツ を とりだして アンバイ した。 クチズクナ の アイコ は アネ を なぐさめる よう な コトバ も ださなかった。 ガイブ が そうぞうしい だけ に ヘヤ の ナカ は なおさら ひっそり と おもわれた。
 ヨウコ は やがて しずか に カオ を あげて ヘヤ の ナカ を みた。 アイコ の カオイロ が きいろく みえる ほど その ヒ の ソラ も ヘヤ の ナカ も さびれて いた。 すこし カビ を もった よう に ほこりっぽく ぶくぶく する タタミ の ウエ には マルボン の ウエ に ダイガク ビョウイン から もって きた クスリビン が のせて あった。 ショウジギワ には ちいさな キョウダイ が、 チガイダナ には テブンコ と スズリバコ が かざられた けれども、 トコノマ には フクモノ ヒトツ、 ハナイケ ヒトツ おいて なかった。 その カワリ に クサイロ の フロシキ に つつみこんだ イルイ と くろい エ の パラゾル と が おいて あった。 クスリビン の のせて ある マルボン が、 デイリ の ショウニン から トウライ の もの で、 フチ の ところ に はげた ところ が できて、 オモテ には あかい タンザク の ついた ヤ が マト に メイチュウ して いる エ が やすっぽい キン で かいて あった。 ヨウコ は それ を みる と ボン も あろう に と おもった。 それ だけ で もう ヨウコ は ハラ が たったり なさけなく なったり した。
「アイ さん アナタ ゴクロウ でも マイニチ ちょっと ずつ は きて くれない じゃ こまります よ。 サア ちゃん の ヨウス も ききたい し ね。 ……サア ちゃん も たのんだ よ。 ネツ が さがって モノゴト が わかる よう に なる とき には ワタシ も なおって かえる だろう から…… アイ さん」
 イツモ の とおり はきはき と した テゴタエ が ない ので、 もう ぎりぎり して きた ヨウコ は ケン を もった コエ で、 「アイ さん」 と ゴキ つよく よびかけた。 コトバ を かける と それでも カタヅケモノ の テ を おいて ヨウコ の ほう に むきなおった アイコ は、 この とき ようやく カオ を あげて おとなしく 「はい」 と ヘンジ を した。 ヨウコ の メ は すかさず その カオ を はっし と むちうった。 そして ネドコ の ウエ に ハンシン を ヒジ に ささえて おきあがった。 クルマ で ゆられた ため に フクブ は イタミ を まして コエ を あげたい ほど うずいて いた。
「アナタ に キョウ は はっきり きいて おきたい こと が ある の…… アナタ は よもや オカ さん と ひょんな ヤクソク なんぞ して は いますまい ね」
「いいえ」
 アイコ は てもなく すなお に こう こたえて メ を ふせて しまった。
「コトウ さん とも?」
「いいえ」
 コンド は カオ を あげて フシギ な こと を といただす と いう よう に じっと ヨウコ を みつめながら こう こたえた。 その タクト が ある よう な、 ない よう な アイコ の タイド が ヨウコ を いやがうえに いらだたした。 オカ の バアイ には どこ か うしろめたくて クビ を たれた とも みえる。 コトウ の バアイ には わざと シラ を きる ため に ダイタン に カオ を あげた とも とれる。 また そんな イミ では なく、 あまり フシギ な キツモン が 2 ド まで つづいた ので、 2 ド-メ には ケゲン に おもって カオ を あげた の か とも かんがえられる。 ヨウコ は たたみかけて クラチ の こと まで といただそう と した が、 その キブン は くじかれて しまった。 そんな こと を きいた の が だいいち おろか だった。 カクシダテ を しよう と ケッシン した イジョウ は、 オンナ は オトコ より も はるか に コウミョウ で ダイタン なの を ヨウコ は ジブン で ぞんぶん に しりぬいて いる の だ。 ジブン から すすんで ウチカブト を みすかされた よう な モドカシサ は いっそう ヨウコ の ココロ を いきどおらした。
「アナタ は フタリ から ナニ か そんな こと を いわれた オボエ が ある でしょう。 その とき アナタ は なんと ゴヘンジ した の」
 アイコ は シタ を むいた まま だまって いた。 ヨウコ は ズボシ を さした と おもって カサ に かかって いった。
「ワタシ は カンガエ が ある から アナタ の クチ から も その こと を きいて おきたい ん だよ。 おっしゃい な」
「オフタリ とも なんにも そんな こと は おっしゃり は しません わ」
「おっしゃらない こと が ある もん かね」
 フンヌ に ともなって さしこんで くる イタミ を フンヌ と ともに ぐっと おさえつけながら ヨウコ は わざと コエ を やわらげた。 そして アイコ の キョドウ を ツメ の サキ ほど も みのがすまい と した。 アイコ は だまって しまった。 この チンモク は アイコ の カクレガ だった。 そう なる と さすが の ヨウコ も この イモウト を どう とりあつかう スベ も なかった。 オカ なり コトウ なり が コクハク を して いる の なら、 ヨウコ が この ツギ に いいだす コトバ で ヨウス は しれる。 この バアイ うっかり ヨウコ の クチグルマ には のられない と アイコ は おもって チンモク を まもって いる の かも しれない。 オカ なり コトウ なり から ナニ か きいて いる の なら、 ヨウコ は それ を 10 バイ も 20 バイ も の ツヨサ に して つかいこなす スベ を しって いる の だ けれども、 あいにく その ソナエ は して いなかった。 アイコ は たしか に ジブン を あなどりだして いる と ヨウコ は おもわない では いられなかった。 よって たかって おおきな サギ の アミ を つくって、 その ナカ に ジブン を おしこめて、 シュウイ から ながめながら おもしろそう に わらって いる。 オカ だろう が コトウ だろう が ナニ が アテ に なる もの か。 ……ヨウコ は テキズ を おった イノシシ の よう に イッチョクセン に あれて ゆく より シカタ が なくなった。
「さあ おいい アイ さん、 オマエサン が だまって しまう の は わるい クセ です よ。 ネエサン を あまく おみ で ない よ。 ……オマエサン ホントウ に だまってる つもり かい…… そう じゃ ない でしょう、 あれば ある なければ ない で、 はっきり わかる よう に ハナシ を して くれる ん だろう ね…… アイ さん…… アナタ は ココロ から ワタシ を みくびって かかる ん だね」
「そう じゃ ありません」
 あまり ヨウコ の コトバ が げきして くる ので、 アイコ は すこし オソレ を かんじた らしく あわてて こう いって コトバ で ささえよう と した。
「もっと こっち に おいで」
 アイコ は うごかなかった。 ヨウコ の アイコ に たいする ゾウオ は キョクテン に たっした。 ヨウコ は フクブ の イタミ も わすれて、 ネドコ から おどりあがった。 そして いきなり アイコ の タブサ を つかもう と した。
 アイコ は フダン の レイセイ に にず、 ヨウコ の ホッサ を みてとる と、 ビンショウ に ヨウコ の テモト を すりぬけて ミ を かわした。 ヨウコ は ふらふら と よろけて イッポウ の テ を ショウジガミ に つっこみながら、 それでも たおれる ハズミ に アイコ の ソデサキ を つかんだ。 ヨウコ は たおれながら それ を たぐりよせた。 みにくい シマイ の ソウトウ が、 なき、 わめき、 さけびたてる コエ の ナカ に えんぜられた。 アイコ は カオ や テ に カキキズ を うけ、 カミ を オドロ に みだしながら も、 ようやく ヨウコ の テ を ふりはなして ロウカ に とびだした。 ヨウコ は よろよろ と した アシドリ で その アト を おった が、 とても アイコ の ビンショウサ には かなわなかった。 そして ハシゴダン の オリグチ の ところ で ツヤ に くいとめられて しまった。 ヨウコ は ツヤ の カタ に ミ を なげかけながら おいおい と コエ を たてて コドモ の よう に なきしずんで しまった。
 イク-ジカン か の ジンジ フセイ の ノチ に イシキ が はっきり して みる と、 ヨウコ は アイコ との イキサツ を ただ アクム の よう に おもいだす ばかり だった。 しかも それ は ジジツ に ちがいない。 マクラモト の ショウジ には ヨウコ の テ の さしこまれた アナ が、 おおきく やぶれた まま のこって いる。 ニュウイン の その ヒ から、 ヨウコ の ナ は くちさがない フジン カンジャ の クチノハ に うるさく のぼって いる に ちがいない。 それ を おもう と イットキ でも そこ に じっと して いる の が、 たえられない こと だった。 ヨウコ は すぐ ホカ の ビョウイン に うつろう と おもって ツヤ に いいつけた。 しかし ツヤ は どうしても それ を ショウチ しなかった。 ジブン が ミ に ひきうけて カンゴ する から、 ぜひとも この ビョウイン で シュジュツ を うけて もらいたい と ツヤ は いいはった。 ヨウコ から ヒマ を だされながら、 ミョウ に ヨウコ に ココロ を ひきつけられて いる らしい スガタ を みる と、 この バアイ ヨウコ は ツヤ に しみじみ と した アイ を かんじた。 セイケツ な チ が ほそい しなやか な ケッカン を トドコオリ なく ながれまわって いる よう な、 すべすべ と ケンコウ-らしい、 あさぐろい ツヤ の ヒフ は ナニ より も ヨウコ には あいらしかった。 しじゅう フキデモノ でも しそう な、 うみっぽい オンナ を ヨウコ は ナニ より も のろわしい もの に おもって いた。 ヨウコ は ツヤ の まめやか な ココロ と コトバ に ひかされて そこ に いのこる こと に した。
 これだけ サダヨ から へだたる と ヨウコ は はじめて すこし キ の ゆるむ の を おぼえて、 フクブ の イタミ で とつぜん メ を さます ホカ には たわいなく ねむる よう な こと も あった。 しかし なんと いって も いちばん ココロ に かかる もの は サダヨ だった。 ささくれて、 あかく かわいた クチビル から もれでる あの ウワゴト…… それ が どうか する と ちかぢか と ミミ に きこえたり、 ぼんやり と メ を ひらいたり する その カオ が うきだして みえたり した。 それ ばかり では ない、 ヨウコ の ゴカン は ヒジョウ に ビンショウ に なって、 おまけに イリウジョン や ハルシネーション を たえず みたり きいたり する よう に なって しまった。 クラチ なんぞ は すぐ ソバ に すわって いる な と おもって、 クルシサ に メ を つぶりながら テ を のばして タタミ の ウエ を さぐって みる こと など も あった。 そんな に はっきり みえたり きこえたり する もの が、 すべて キョコウ で ある の を みいだす サビシサ は タトエヨウ が なかった。
 アイコ は ヨウコ が ニュウイン の ヒ イライ カンシン に マイニチ おとずれて サダヨ の ヨウダイ を はなして いった。 もう ハジメ の ヒ の よう な ロウゼキ は しなかった けれども、 その カオ を みた ばかり で、 ヨウコ は ビョウキ が おもる よう に おもった。 ことに サダヨ の ビョウジョウ が かるく なって ゆく と いう ホウコク は はげしく ヨウコ を おこらした。 ジブン が あれほど の アイチャク を こめて カンゴ して も よく ならなかった もの が、 アイコ なんぞ の トオリイッペン の セワ で なおる はず が ない。 また アイコ は イイカゲン な キヤスメ に ウソ を ついて いる の だ。 サダヨ は もう ひょっと する と しんで いる かも しれない。 そう おもって オカ が たずねて きた とき に ねほりはほり きいて みる が、 フタリ の コトバ が あまり に フゴウ する ので、 サダヨ の だんだん よく なって ゆきつつ ある の を うたがう ヨチ は なかった。 ヨウコ には ウンメイ が くるいだした よう に しか おもわれなかった。 アイジョウ と いう もの なし に ビョウキ が なおせる なら、 ヒト の セイメイ は キカイ でも つくりあげる こと が できる わけ だ。 そんな はず は ない。 それだのに サダヨ は だんだん よく なって いって いる。 ヒト ばかり では ない、 カミ まで が、 ジブン を シゼンホウ の タ の ホウソク で もてあそぼう と して いる の だ。
 ヨウコ は ハガミ を しながら サダヨ が しね かし と いのる よう な シュンカン を もった。
 ヒ は たつ けれども クラチ から は ホントウ に なんの ショウソク も なかった。 ビョウテキ に カンカク の コウフン した ヨウコ は、 ときどき ニクタイテキ に クラチ を したう ショウドウ に かりたてられた。 ヨウコ の ココロ の メ には、 クラチ の ニクタイ の スベテ の ブブン は ふれる こと が できる と おもう ほど グタイテキ に ソウゾウ された。 ヨウコ は ジブン で つくりだした フシギ な メイキュウ の ナカ に あって、 イシキ の しびれきる よう な トウスイ に ひたった。 しかし その ヨイ が さめた アト の クツウ は、 セイシン の ヒヘイ と イッショ に はたらいて、 ヨウコ を ハンシ ハンショウ の サカイ に うちのめした。 ヨウコ は ジブン の モウソウ に オウト を もよおしながら、 クラチ と いわず スベテ の オトコ を のろい に のろった。
 いよいよ ヨウコ が シュジュツ を うける べき マエ の ヒ が きた。 ヨウコ は それ を さほど おそろしい こと とは おもわなかった。 シキュウ コウクツショウ と シンダン された とき、 かって かえって よんだ コウカン な イショ に よって みて も、 その シュジュツ は わりあい に カンタン な もの で ある の を しりぬいて いた から、 その こと に ついて は わりあい に やすやす と した ココロモチ で いる こと が できた。 ただ メイジョウ しがたい ショウソウ と ヒアイ とは どう カタヅケヨウ も なかった。 マイニチ きて いた アイコ の アシ は フツカ-オキ に なり ミッカ-オキ に なり だんだん とおざかった。 オカ など は まったく スガタ を みせなく なって しまった。 ヨウコ は いまさら に ジブン の マワリ を さびしく みまわして みた。 であう カギリ の オトコ と オンナ と が なにがなし に ひきつけられて、 はなれる こと が できなく なる、 そんな ジリョク の よう な チカラ を もって いる と いう ジフ に きおって、 ジブン の シュウイ には しる と しらざる と を とわず、 いつでも ムスウ の ヒトビト の ココロ が まって いる よう に おもって いた ヨウコ は、 イマ は スベテ の ヒト から わすられはてて、 ダイジ な サダコ から も クラチ から も みはなし みはなされて、 ニモツ の ない モノオキベヤ の よう な まずしい イッシツ の スミッコ に、 ヤグ に くるまって ショキ に むされながら くずれかけた ゴタイ を たよりなく よこたえねば ならぬ の だ。 それ は ヨウコ に とって は ある べき こと とは おもわれぬ まで だった。 しかし それ が たしか な ジジツ で ある の を どう しよう。
 それでも ヨウコ は まだ たちあがろう と した。 ジブン の ビョウキ が いえきった その とき を みて いる が いい。 どうして クラチ を もう イチド ジブン の もの に しおおせる か、 それ を みて いる が いい。
 ヨウコ は ノウシン に たぐりこまれる よう な イタミ を かんずる リョウガン から あつい ナミダ を ながしながら、 ツレヅレ な まま に ヒ の よう な イッシン を クラチ の ミノウエ に あつめた。 ヨウコ の カオ には いつでも ハンケチ が あてがわれて いた。 それ が 10 プン も たたない うち に あつく ぬれとおって、 ツヤ に あたらしい の と かえさせねば ならなかった。

 47

 その ヨ 6 ジ-スギ、 ツヤ が きて ショウジ を ひらいて だんだん みちて ゆこう と する ツキ が カワラヤネ の カサナリ の ウエ に ぽっかり のぼった の を のぞかせて くれて いる とき、 みしらぬ カンゴフ が うつくしい ハナタバ と おおきな セイヨウ フウトウ に いれた テガミ と を もって はいって きて ツヤ に わたした。 ツヤ は それ を ヨウコ の マクラモト に もって きた。 ヨウコ は もう ハナ も なにも みる キ には なれなかった。 デンキ も まだ きて いない ので ツヤ に その テガミ を よませて みた。 ツヤ は ウスアカリ に すかしすかし よみにくそう に モジ を ひろった。

「アナタ が シュジュツ の ため に ニュウイン なさった こと を オカ クン から きかされて おどろきました。 で、 キョウ が ガイシュツビ で ある の を サイワイ に おみまい します。
 ボク は アナタ に オメ に かかる キ には なりません。 ボク は それほど ヘンキョウ に できあがった ニンゲン です。 けれども ボク は ホントウ に アナタ を オキノドク に おもいます。 クラチ と いう ニンゲン が ニホン の グンジジョウ の ヒミツ を ガイコク に もらす ショウバイ に カンケイ した こと が しれる と ともに、 スガタ を かくした と いう ホウドウ を シンブン で みた とき、 ボク は そんな に おどろきません でした。 しかし クラチ には フタリ ほど の ガイショウ が ある と つけくわえて かいて ある の を みて、 ホントウ に アナタ を オキノドク に おもいました。 この テガミ を ヒニク に とらない で ください。 ボク には ヒニク は いえません。
 ボク は アナタ が シツボウ なさらない よう に いのります。 ボク は ライシュウ の ゲツヨウビ から ナラシノ の ほう に エンシュウ に ゆきます。 キムラ から の タヨリ では、 カレ は キュウハク の ゼッチョウ に いる よう です。 けれども キムラ は そこ を つきぬける でしょう。
 ハナ を もって きて みました。 オダイジ に。
                                  コトウ-セイ」

 ツヤ は つかえつかえ それ だけ を よみおわった。 しじゅう コトウ を はるか トシシタ な コドモ の よう に おもって いる ヨウコ は、 イッシュ ブベツ する よう な ムカンジョウ を もって それ を きいた。 クラチ が ガイショウ を フタリ もってる と いう ウワサ は ハツミミ では ある けれども、 それ は シンブン の キジ で あって みれば アテ には ならない。 その ガイショウ フタリ と いう の が、 ビジン ヤシキ と ヒョウバン の あった そこ に すむ ジブン と アイコ ぐらい の こと を ソウゾウ して、 キシャ ならば いいそう な こと だ。 ただ そう かるく ばかり おもって しまった。
 ツヤ が その ハナタバ を ガラスビン に いけて、 なんにも かざって ない トコ の ウエ に おいて いった アト、 ヨウコ は マエ ドウヨウ に ハンケチ を カオ に あてて、 キカイテキ に はたらく ココロ の カゲ と たたかおう と して いた。
 その とき とつぜん シ が―― シ の モンダイ では なく―― シ が はっきり と ヨウコ の ココロ に たちあらわれた。 もし シュジュツ の ケッカ、 シキュウテイ に センコウ が できる よう に なって フクマクエン を おこしたら、 イノチ の たすかる べき ミコミ は ない の だ。 そんな こと を ふと おもいおこした。 ヘヤ の スガタ も ジブン の ココロ も どこ と いって トクベツ に かわった わけ では なかった けれども、 どことなく ヨウコ の シュウイ には たしか に シ の カゲ が さまよって いる の を しっかり と かんじない では いられなく なった。 それ は ヨウコ が うまれて から ゆめにも ケイケン しない こと だった。 これまで ヨウコ が シ の モンダイ を かんがえた とき には、 どうして シ を まねきよせよう か と いう こと ばかり だった。 しかし イマ は シ の ほう が そろそろ と ちかよって きて いる の だ。
 ツキ は だんだん ヒカリ を まして いって、 デントウ に ヒ も ともって いた。 メ の サキ に みえる ヤネ の アイダ から は、 スイエン だ か、 カヤリビ だ か が うっすら と ミズ の よう に すみわたった ソラ に きえて ゆく。 ハキモノ、 シャバ の タグイ、 キテキ の オト、 うるさい ほど の ヒトビト の ハナシゴエ、 そういう もの は ヨウコ の ヘヤ を イツモ の とおり とりまきながら、 そして ヘヤ の ナカ は とにかく セイトン して ヒ が ともって いて、 すこし の フシギ も ない のに、 どこ とも しれず そこ には シ が はいよって きて いた。
 ヨウコ は ぎょっと して、 チ の カワリ に シンゾウ の ナカ に コオリ の ミズ を そそぎこまれた よう に おもった。 しのう と する とき は とうとう ヨウコ には こない で、 おもい も かけず しぬ とき が きた ん だ。 イマ まで トメド なく ながして いた ナミダ は、 ちかづく アラシ の マエ の ソヨカゼ の よう に どこ とも なく スガタ を ひそめて しまって いた。 ヨウコ は あわてふためいて、 おおきく メ を みひらき、 するどく ミミ を そびやかして、 そこ に ある もの、 そこ に ある ヒビキ を とらえて、 それ に すがりつきたい と おもった が、 メ にも ミミ にも ナニ か かんぜられながら、 ナニ が なにやら すこしも わからなかった。 ただ かんぜられる の は、 ココロ の ナカ が ワケ も なく ただ わくわく と して、 すがりつく もの が あれば ナン に でも すがりつきたい と むしょうに あせって いる、 その めまぐるしい ヨッキュウ だけ だった。 ヨウコ は ふるえる テ で マクラ を なでまわしたり、 シーツ を つまみあげて じっと にぎりしめて みたり した。 つめたい アブラアセ が テノヒラ に にじみでる ばかり で、 にぎった もの は なんの チカラ にも ならない こと を しった。 その シツボウ は ケイヨウ の できない ほど おおきな もの だった。 ヨウコ は ヒトツ の ドリョク ごと に がっかり して、 また ケンメイ に タヨリ に なる もの、 ネ の ある よう な もの を おいもとめて みた。 しかし どこ を さがして みて も スベテ の ドリョク が まったく ムダ なの を ココロ では ホンノウテキ に しって いた。
 シュウイ の セカイ は すこし の コダワリ も なく ずるずる と ヘイキ で ニチジョウ の イトナミ を して いた。 カンゴフ が ゾウリ で ロウカ を あるいて ゆく、 その オト ヒトツ を かんがえて みて も、 そこ には あきらか に セイメイ が みいだされた。 その アシ は たしか に ロウカ を ふみ、 ロウカ は イシズエ に つづき、 イシズエ は ダイチ に すえられて いた。 カンジャ と カンゴフ との アイダ に とりかわされる コトバ ヒトツ にも、 それ を あたえる ヒト と うける ヒト と が ちゃんと ダイチ の ウエ に ソンザイ して いた。 しかし それら は キミョウ にも ヨウコ とは まったく ムカンケイ で ボッコウショウ だった。 ヨウコ の いる ところ には どこ にも ソコ が ない こと を しらねば ならなかった。 ふかい タニ に あやまって おちこんだ ヒト が おちた シュンカン に かんずる あの ショウソウ…… それ が レンゾク して やむ とき なく ヨウコ を おそう の だった。 フカサ の わからない よう な くらい ヤミ が、 ヨウコ を ただ ヒトリ マンナカ に すえて おいて、 はてしなく その マワリ を つつもう と しずか に しずか に ちかづきつつ ある。 ヨウコ は すこしも そんな こと を ほっしない のに、 ヨウコ の ココロモチ には トンジャク なく、 やすむ こと なく とどまる こと なく、 ゆうゆう かんかん と して ちかづいて くる。 ヨウコ は オソロシサ に おびえて コエ も え あげなかった。 そして ただ そこ から のがれでたい イッシン に ココロ ばかり あせり に あせった。
 もう ダメ だ、 チカラ が つききった と、 カンネン しよう と した とき、 しかし、 その キカイ な シ は、 すうっと アサギリ が はれる よう に、 ヨウコ の シュウイ から きえうせて しまった。 みた ところ、 そこ には なにひとつ かわった こと も なければ かわった もの も ない。 ただ ナツ の ユウベ が すずしく ヨル に つながろう と して いる ばかり だった。 ヨウコ は きょとん と して ヒサシ の シタ に みずみずしく ただよう ツキ を みやった。
 ただ フシギ な ヘンカ の おこった の は ココロ ばかり だった。 アライソ に ナミ また ナミ が センペン バンカ して おいかぶさって きて は はげしく うちくだけて、 マッシロ な ヒマツ を ソラ たかく つきあげる よう に、 これ と いって トリトメ の ない シュウチャク や、 イキドオリ や、 カナシミ や、 ウラミ や が クモデ に よれあって、 それ が ジブン の シュウイ の ヒトタチ と むすびついて、 ワケ も なく ヨウコ の ココロ を かきむしって いた のに、 その ユウガタ の フシギ な ケイケン の アト では、 ヒトスジ の トウメイ な サビシサ だけ が アキ の ミズ の よう に ハテシ も なく ながれて いる ばかり だった。 フシギ な こと には ねいって も わすれきれない ほど な ズノウ の ゲキツウ も あとなく なって いた。
 カミガカリ に あった ヒト が カミ から みはなされた とき の よう に、 ヨウコ は ふかい ニクタイ の ヒロウ を かんじて、 ネドコ の ウエ に うちふさって しまった。 そう やって いる と ジブン の カコ や ゲンザイ が テ に とる よう に はっきり かんがえられだした。 そして ひややか な カイコン が イズミ の よう に わきだした。
「まちがって いた…… こう ヨノナカ を あるいて くる ん じゃ なかった。 しかし それ は ダレ の ツミ だ。 わからない。 しかし とにかく ジブン には コウカイ が ある。 できる だけ、 いきてる うち に それ を つぐなって おかなければ ならない」
 ウチダ の カオ が ふと ヨウコ には おもいだされた。 あの ゲンカク な キリスト の キョウシ は はたして ヨウコ の ところ に たずねて きて くれる か どう か わからない。 そう おもいながら も ヨウコ は もう イチド ウチダ に あって ハナシ を したい ココロモチ を とめる こと が できなかった。
 ヨウコ は マクラモト の ベル を おして ツヤ を よびよせた。 そして テブンコ の ナカ から ヨウシ で とじた テチョウ を とりださして、 それ に モウヒツ で ヨウコ の いう こと を かきとらした。

「キムラ さん に。
 ワタシ は アナタ を いつわって おりました。 ワタシ は これから ホカ の オトコ に よめいります。 アナタ は ワタシ を わすれて くださいまし。 ワタシ は アナタ の ところ に ゆける オンナ では ない の です。 アナタ の オオモイチガイ を じゅうぶん ゴジブン で しらべて みて くださいまし。
 クラチ さん に。
 ワタシ は アナタ を しぬ まで。 けれども フタリ とも まちがって いた こと を イマ はっきり しりました。 シ を みて から しりました。 アナタ には おわかり に なりますまい。 ワタシ は なにもかも うらみ は しません。 アナタ の オクサン は どう なさって おいで です。 ……ワタシ は イッショ に なく こと が できる。
 ウチダ の オジサン に。
 ワタシ は コンヤ に なって オジサン を おもいだしました。 オバサマ に よろしく。
 キベ さん に。
 ヒトリ の ロウジョ が アナタ の ところ に オンナ の コ を つれて まいる でしょう。 その コ の カオ を みて やって くださいまし。
 アイコ と サダヨ に。
 アイ さん、 サア ちゃん、 もう イチド そう よばして おくれ。 それ で タクサン。
 オカ さん に。
 ワタシ は アナタ を も おこって は いません。
 コトウ さん に。
 オハナ と オテガミ と を ありがとう。 あれ から ワタシ は シ を みました。
                           7 ガツ 21 ニチ、 ヨウコ」

 ツヤ は こんな ぽつり ぽつり と みじかい ヨウコ の コトバ を かきとりながら、 ときどき ケゲン な カオ を して ヨウコ を みた。 ヨウコ の クチビル は さびしく ふるえて、 メ には こぼれない テイド に ナミダ が にじみだして いた。
「もう それ で いい ありがとう よ。 アナタ だけ ね、 こんな に なって しまった ワタシ の ソバ に いて くれる の は。 ……それだのに、 ワタシ は こんな に レイラク した スガタ を アナタ に みられる の が つらくって、 きた ヒ は トチュウ から ホカ の ビョウイン に いって しまおう か と おもった のよ。 バカ だった わね」
 ヨウコ は クチ では なつかしそう に わらいながら、 ほろほろ と ナミダ を こぼして しまった。
「それ を この マクラ の シタ に いれて おいて おくれ。 コンヤ こそ は ワタシ ヒサシブリ で やすやす と した ココロモチ で ねられる だろう よ、 アス の シュジュツ に つかれない よう に よく ねて おかない と いけない わね。 でも こんな に よわって いて も シュジュツ は できる の かしらん…… もう カヤ を つって おくれ。 そして ついでに ネドコ を もっと そっち に ひっぱって いって、 ツキ の ヒカリ が カオ に あたる よう に して ちょうだい な。 ト は ねいったら ひいて おくれ。 ……それから ちょっと アナタ の テ を おかし。 ……アナタ の テ は あたたかい テ ね。 この テ は いい テ だわ」
 ヨウコ は ヒト の テ と いう もの を こんな に なつかしい もの に おもった こと は なかった。 チカラ を こめた テ で そうっと だいて、 いつまでも やさしく それ を なでて いたかった。 ツヤ も いつか ヨウコ の キブン に ひきいれられて、 ハナ を すする まで に なみだぐんで いた。
 ヨウコ は やがて うちひらいた ショウジ から カヤゴシ に うっとり と ツキ を ながめながら かんがえて いた。 ヨウコ の ココロ は ツキ の ヒカリ で きよめられた か と みえた。 クラチ が ジブン を すてて にげだす ため に かいた キョウゲン が はからず その スジ の ケンギ を うけた の か、 それとも おそろしい バイコク の ツミ で カネ を すら ヨウコ に おくれぬ よう に なった の か、 それ は どうでも よかった。 よしんば メカケ が イクニン あって も それ も どうでも よかった。 ただ スベテ が むなしく みえる ナカ に クラチ だけ が ただ ヒトリ ホントウ に いきた ヒト の よう に ヨウコ の ココロ に すんで いた。 タガイ を ダラク させあう よう な アイシカタ を した、 それ も イマ は なつかしい オモイデ だった。 キムラ は おもえば おもう ほど なみだぐましい フコウ な オトコ だった。 その おもいいった ココロモチ は ナニゴト も ワダカマリ の なくなった ヨウコ の ムネ の ウチ を シミズ の よう に ながれて とおった。 タネン の ハクガイ に フクシュウ する ジキ が きた と いう よう に、 オカ まで を そそのかして、 ヨウコ を みすてて しまった と おもわれる アイコ の ココロモチ にも ヨウコ は ドウジョウ が できた。 アイコ の ナサケ に ひかされて ヨウコ を うらぎった オカ の キモチ は なおさら よく わかった。 ないて も ないて も なきたりない よう に かわいそう なの は サダヨ だった。 アイコ は いまに きっと ジブン イジョウ に おそろしい ミチ に ふみまよう オンナ だ と ヨウコ は おもった。 その アイコ の ただ ヒトリ の イモウト と して…… もしも ジブン の イノチ が なくなって しまった ノチ は…… そう おもう に つけて ヨウコ は ウチダ を かんがえた。 スベテ の ヒト は ナニ か の チカラ で ながれて ゆく べき サキ に ながれて ゆく だろう。 そして シマイ には ダレ でも ジブン と ドウヨウ に ヒトリボッチ に なって しまう ん だ。 ……どの ヒト を みて も あわれまれる…… ヨウコ は そう おもいふけりながら しずか に しずか に ニシ に まわって ゆく ツキ を みいって いた。 その ツキ の リンカク が だんだん ぼやけて きて、 ソラ の ナカ に うきただよう よう に なる と、 ヨウコ の マツゲ の ヒトツヒトツ にも ツキ の ヒカリ が やどった。 ナミダ が メジリ から あふれて リョウホウ の コメカミ の ところ を くすぐる よう に するする と ながれくだった。 クチ の ナカ は ネンエキ で ねばった。 ゆるす べき ナンビト も ない。 ゆるさる べき ナニゴト も ない。 ただ ある が まま…… ただ イチマツ の きよい かなしい シズケサ。 ヨウコ の メ は ひとりでに とじて いった。 ととのった コキュウ が かるく コバナ を ふるわして ながれた。
 ツヤ が ト を たて に そーっと その ヘヤ に はいった とき には、 ヨウコ は ビョウキ を わすれはてた もの の よう に、 がたぴし と ト を しめる オト にも めざめず に やすらけく ねいって いた。

 48

 その ヨクアサ シュジュツダイ に のぼろう と した ヨウコ は サクヤ の ヨウコ とは ベツジン の よう だった。 はげしい ヨビリン の オト で よばれて ツヤ が ビョウシツ に きた とき には、 ヨウコ は ネドコ から おきあがって、 したためおわった テガミ の ジョウブクロ を ふうじて いる ところ だった が、 それ を ツヤ に わたそう と する シュンカン に いきなり いや に なって、 クチビル を ぶるぶる ふるわせながら ツヤ の みて いる マエ で それ を ずたずた に さいて しまった。 それ は アイコ に あてた テガミ だった の だ。 キョウ は シュジュツ を うける から 9 ジ まで に ぜひとも タチアイ に くる よう に と したためた の だった。 いくら キジョウブ でも ハラ を たちわる おそろしい シュジュツ を としわかい ショウジョ が みて は いられない くらい は しって いながら、 ヨウコ は なにがなし に アイコ に それ を みせつけて やりたく なった の だ。 ジブン の うつくしい ニクタイ が むごたらしく きずつけられて、 そこ から ジョウミャク を ながれて いる どすぐろい チ が ながれでる、 それ を アイコ が みて いる うち に キ が とおく なって、 そのまま そこ に ぶったおれる、 そんな こと に なったら どれほど こころよい だろう と ヨウコ は おもった。 イクド きて くれろ と デンワ を かけて も、 なんとか コウジツ を つけて コノゴロ み も かえらなく なった アイコ に、 これ だけ の フクシュウ を して やる の でも すこし は ムネ が すく、 そう ヨウコ は おもった の だ。 しかし その テガミ を ツヤ に わたそう と する ダン に なる と、 ヨウコ には おもい も かけぬ チュウチョ が きた。 もし シュジュツチュウ に はしたない ウワゴト でも いって それ を アイコ に きかれたら。 あの レイコク な アイコ が オモテ も そむけず に じっと アネ の ニクタイ が きりさいなまれる の を みつづけながら、 ココロ の ウチ で ぞんぶん に フクシュウシン を マンゾク する よう な こと が あったら。 こんな テガミ を うけとって も てんで アイテ に しない で アイコ が こなかったら…… そんな こと を ヨソウ する と ヨウコ は テガミ を かいた ジブン に アイソ が つきて しまった。
 ツヤ は おそろしい まで に ゲッコウ した ヨウコ の カオ を みやり も しえない で、 おずおず と たち も やらず に そこ に かしこまって いた。 ヨウコ は それ が たまらない ほど シャク に さわった。 ジブン に たいして スベテ の ヒト が フツウ の ニンゲン と して まじわろう とは しない。 キョウジン に でも せっする よう な シウチ を みせる。 ダレ も カレ も そう だ。 イシャ まで が そう だ。
「もう ヨウ は ない のよ。 はやく あっち に おいで。 オマエ は ワタシ を キチガイ と でも おもって いる ん だろう ね。 ……はやく シュジュツ を して ください って そう いって おいで。 ワタシ は ちゃんと しぬ カクゴ を して います から って ね」
 ユウベ なつかしく にぎって やった ツヤ の テ の こと を おもいだす と、 ヨウコ は オウト を もよおす よう な フカイ を かんじて こう いった。 きたない きたない なにもかも きたない。 ツヤ は しょざいなげ に そっと そこ を たって いった。 ヨウコ は メ で かみつく よう に その ウシロスガタ を みおくった。
 その ヒ テンキ は ジョウジョウ で ヒガシムキ の カベ は さわって みたら ナイブ から でも ほんのり と アタタカミ を かんずる だろう と おもわれる ほど あつく なって いた。 ヨウコ は キノウ まで の ヒロウ と スイジャク と に にず、 その ヒ は おきる と から だまって ねて は いられない くらい、 カラダ が うごかしたかった。 うごかす たび ごと に おそって くる フクブ の ドンツウ や アタマ の コンラン を いやがうえにも つのらして、 おもいぞんぶん の クツウ を あじわって みたい よう な ステバチ な キブン に なって いた。 そして ふらふら と すこし よろけながら、 エモン も みだした まま ヘヤ の ナカ を かたづけよう と して トコノマ の ところ に いった。 カケジク も ない トコノマ の カタスミ には キノウ コトウ が もって きた ハナ が、 アツサ の ため に むれた よう に しぼみかけて、 あまったるい カオリ を はなって うなだれて いた。 ヨウコ は ガラスビン-ごと それ を もって エンガワ の ところ に でた。 そして その ハナ の カタマリ の ナカ に むずと ねっした テ を つっこんだ。 シシ から くる よう な ツメタサ が ヨウコ の テ に つたわった。 ヨウコ の ユビサキ は しらずしらず ちぢまって いって モギドウ に それ を ツメ も たたん ばかり にぎりつぶした。 にぎりつぶして は ビン から ひきぬいて テスリ から ソト に なげだした。 バラ、 ダリヤ、 オダマキ、 など の イロトリドリ の ハナ が ばらばら に みだれて 2 カイ から ヘヤ の シタ に あたる きたない ロトウ に おちて いった。 ヨウコ は ほとんど ムイシキ に ヒトツカミ ずつ そう やって なげすてた。 そして サイゴ に ガラスビン を チカラマカセ に たたきつけた。 ビン は メノシタ で はげしく こわれた。 そこ から あふれでた ミズ が かわききった エンガワイタ に まるい ハンモン を イクツ と なく ちらかした。
 ふと みる と ムコウ の ヤネ の モノホシダイ に ユカタ の タグイ を もって ほし に あがって きた らしい ジョチュウ-フウ の オンナ が、 じっと フシギ そう に こっち を みつめて いる の に キ が ついた。 ヨウコ とは なんの カンケイ も ない その オンナ まで が、 ヨウコ の する こと を あやしむ らしい ヨウス を して いる の を みる と、 ヨウコ の キョウボウ な キブン は ますます つのった。 ヨウコ は テスリ に リョウテ を ついて ぶるぶる と ふるえながら、 その オンナ を いつまでも いつまでも にらみつけた。 オンナ の ほう でも ヨウコ の シウチ に きづいて、 しばらく は イシュ に みかえす ふう だった が、 やがて イッシュ の キョウフ に おそわれた らしく、 ホシモノ を サオ に とおし も せず に あたふた と あわてて ホシモノダイ の キュウ な ハシゴ を かけおりて しまった。 アト には もえる よう な アオゾラ の ナカ に フキソク な ヤネ の ナミ ばかり が メ を ちかちか させて のこって いた。 ヨウコ は なぜに とも しれぬ タメイキ を ふかく ついて まんじり と その あからさま な ケシキ を ユメ か なぞ の よう に ながめつづけて いた。
 やがて ヨウコ は また ワレ に かえって、 ふくよか な カミ の ナカ に ユビ を つっこんで はげしく アタマ の ジ を かきながら ヘヤ に もどった。
 そこ には ネドコ の ソバ に ヨウフク を きた ヒトリ の オトコ が たって いた。 はげしい ガイコウ から くらい ヘヤ の ほう に メ を むけた ヨウコ には、 ただ マックロ な タチスガタ が みえる ばかり で ダレ とも ミワケ が つかなかった。 しかし シュジュツ の ため に イイン の ヒトリ が むかえ に きた の だ と おもわれた。 それにしても ショウジ の あく オト さえ しなかった の は フシギ な こと だ。 はいって きながら コエ ヒトツ かけない の も フシギ だ。 と、 おもう と エタイ の わからない その スガタ は、 その マワリ の もの が だんだん あきらか に なって ゆく アイダ に、 たった ヒトツ だけ マックロ な まま で いつまでも リンカク を みせない よう だった。 いわば ヒト の カタチ を した マックラ な ホラアナ が クウキ の ナカ に できあがった よう だった。 ハジメ の アイダ コウキシン を もって それ を ながめて いた ヨウコ は みつめれば みつめる ほど、 その カタチ に ジッシツ が なくって、 マックラ な クウキョ ばかり で ある よう に おもいだす と、 ぞーっと ミズ を あびせられた よう に オゾケ を ふるった。 「キムラ が きた」 ……なんと いう こと なし に ヨウコ は そう おもいこんで しまった。 ツメ の 1 マイ 1 マイ まで が ニク に すいよせられて、 ケ と いう ケ が キョウチョク して さかだつ よう な ウスキミワルサ が ソウシン に つたわって、 おもわず コエ を たてよう と しながら、 コエ は でず に、 クチビル ばかり が かすか に ひらいて ぶるぶる と ふるえた。 そして ムネ の ところ に ナニ か つきのける よう な グアイ に テ を あげた まま、 ぴったり と たちどまって しまった。
 その とき その くろい ヒト の カゲ の よう な もの が はじめて うごきだした。 うごいて みる と なんでも ない、 それ は やはり ニンゲン だった。 みるみる その スガタ の リンカク が はっきり わかって きて、 クラサ に なれて きた ヨウコ の メ には それ が オカ で ある こと が しれた。
「まあ オカ さん」
 ヨウコ は その シュンカン の ナツカシサ に ひきいれられて、 イマ まで でなかった コエ を どもる よう な チョウシ で だした。 オカ は かすか に ホオ を あからめた よう だった。 そして イツモ の とおり ジョウヒン に、 ちょっと タタミ の ウエ に ヒザ を ついて アイサツ した。 まるで 1 ネン も ロウゴク に いて、 ニンゲン-らしい ニンゲン に あわない で いた ヒト の よう に ヨウコ には オカ が なつかしかった。 ヨウコ とは なんの カンケイ も ない ひろい セケン から、 ヒトリ の ヒト が コウイ を こめて ヨウコ を みまう ため に そこ に あまくだった とも おもわれた。 はしりよって しっかり と その テ を とりたい ショウドウ を おさえる こと が できない ほど に ヨウコ の ココロ は カンゲキ して いた。 ヨウコ は メ に ナミダ を ためながら おもう まま の フルマイ を した。 ジブン でも しらぬ マ に、 ヨウコ は、 オカ の ソバ ちかく すわって、 ミギテ を その カタ に、 ヒダリテ を タタミ に ついて、 しげしげ と アイテ の カオ を みやる ジブン を みいだした。
「ゴブサタ して いました」
「よく いらしって くださって ね」
 どっち から いいだす とも なく フタリ の コトバ は したしげ に からみあった。 ヨウコ は オカ の コエ を きく と、 キュウ に イマ まで ジブン から にげて いた チカラ が カイフク して きた の を かんじた。 ギャッキョウ に いる オンナ に たいして、 どんな オトコ で あれ、 オトコ の チカラ が どれほど つよい もの で ある か を おもいしった。 ダンセイ の タノモシサ が しみじみ と ムネ に せまった。 ヨウコ は われしらず すがりつく よう に、 オカ の カタ に かけて いた ミギテ を すべらして、 ヒザ の ウエ に のせて いる オカ の ミギテ の コウ の ウエ から しっかり と とらえた。 オカ の テ は ヨウコ の ショッカク に ミョウ に つめたく ひびいて きた。
「ながく ながく おあい しません でした わね。 ワタシ アナタ を ユウレイ じゃ ない か と おもいまして よ。 ヘン な カオツキ を した でしょう。 サダヨ は…… アナタ ケサ ビョウイン の ほう から いらしった の?」
 オカ は ちょっと ヘンジ を ためらった よう だった。
「いいえ ウチ から きました。 ですから ワタシ、 キョウ の ゴヨウス は しりません が、 キノウ まで の ところ では だんだん およろしい よう です。 メ さえ さめて いらっしゃる と 『オネエサマ オネエサマ』 と おなき なさる の が ホントウ に おかわいそう です」
 ヨウコ は それ だけ きく と もう カンジョウ が もろく なって いて ムネ が はりさける よう だった。 オカ は めざとく も それ を みてとって、 わるい こと を いった と おもった らしかった。 そして すこし あわてた よう に わらいたしながら、
「そう か と おもう と、 たいへん オゲンキ な こと も あります。 ネツ の さがって いらっしゃる とき なんか は、 アイコ さん に おもしろい ホン を よんで おもらい に なって、 よろこんで きいて おいで です」
と つけたした。 ヨウコ は チョッカクテキ に オカ が その バ の マニアワセ を いって いる の だ と しった。 それ は ヨウコ を アンシン させる ため の コウイ で ある とは いえ、 オカ の コトバ は けっして シンヨウ する こと が できない。 マイニチ イチド ずつ ダイガク ビョウイン まで ミマイ に いって もらう ツヤ の コトバ に アンシン が できない で いて、 ダレ か メ に みた とおり を しらせて くれる ヒト は ない か と あせって いた ヤサキ、 この ヒト ならば と おもった オカ も、 ツヤ イジョウ に イイカゲン を いおう と して いる の だ。 この チョウシ では、 とうに サダヨ が しんで しまって いて も、 ヒトタチ は オカ が いって きかせる よう な こと を いつまでも ジブン に いう の だろう。 ジブン には ダレヒトリ と して ムネ を ひらいて コウサイ しよう と いう ヒト は いなく なって しまった の だ。 そう おもう と さびしい より も、 くるしい より も、 かっと とりのぼせる ほど サダヨ の ミノウエ が きづかわれて ならなく なった。
「かわいそう に サダヨ は…… さぞ やせて しまった でしょう ね?」
 ヨウコ は クチウラ を ひく よう に こう たずねて みた。
「しじゅう みつけて いる せい です か、 そんな にも みえません」
 オカ は ハンケチ で クビ の マワリ を ぬぐって、 ダブル カラー の アワセ を ヒダリ の テ で くつろげながら すこし いきぐるしそう に こう こたえた。
「なんにも いただけない ん でしょう ね」
「ソップ と オモユ だけ です が リョウホウ とも よく たべなさいます」
「ひもじがって おります か」
「いいえ そんな でも」
 もう ゆるせない と ヨウコ は おもいいって ハラ を たてた。 チョウ チブス の ヨゴ に ある モノ が、 ショクヨク が ない…… そんな しらじらしい ウソ が ある もの か。 みんな ウソ だ。 オカ の いう こと も みんな ウソ だ。 ユウベ は ビョウイン に とまらなかった と いう、 それ も ウソ で なくって ナン だろう。 アイコ の ネツジョウ に もえた テ を にぎりなれた オカ の テ が、 ヨウコ に にぎられて ひえる の も もっとも だ。 ユウベ は この テ は…… ヨウコ は ヒトミ を さだめて ジブン の うつくしい ユビ に からまれた オカ の うつくしい ミギテ を みた。 それ は オンナ の テ の よう に しろく なめらか だった。 しかし この テ が ユウベ は、 ……ヨウコ は カオ を あげて オカ を みた。 ことさら に あざやか に あかい その クチビル…… この クチビル が ユウベ は……
 メマイ が する ほど イチド に おしよせて きた フンヌ と シット との ため に、 ヨウコ は あやうく その バ に ありあわせた もの に かみつこう と した が、 からく それ を ささえる と、 もう あつい ナミダ が メ を こがす よう に いためて ながれだした。
「アナタ は よく ウソ を おつき なさる のね」
 ヨウコ は もう カタ で イキ を して いた。 アタマ が はげしい ドウキ の たび ごと に ふるえる ので、 カミノケ は コキザミ に イキモノ の よう に おののいた。 そして オカ の テ から ジブン の テ を はなして、 タモト から とりだした ハンケチ で それ を おしぬぐった。 メ に はいる カギリ の もの、 テ に ふれる カギリ の もの が また けがらわしく みえはじめた の だ。 オカ の ヘンジ も またず に ヨウコ は たたみかけて はきだす よう に いった。
「サダヨ は もう しんで いる ん です。 それ を しらない と でも アナタ は おもって いらっしゃる の。 アナタ や アイコ に カンゴ して もらえば ダレ でも ありがたい オウジョウ が できましょう よ。 ホントウ に サダヨ は シアワセ な コ でした。 ……おおおお サダヨ! オマエ は ホント に シアワセ な コ だねえ。 ……オカ さん いって きかせて ください、 サダヨ は どんな シニカタ を した か。 のみたい シニミズ も のまず に しにました か。 アナタ と アイコ が オニワ を あるきまわって いる うち に しんで いました か。 それとも…… それとも アイコ の メ が にくにくしく わらって いる その マエ で ねむる よう に イキ を ひきとりました か。 どんな オソウシキ が でた ん です。 ハヤオケ は どこ で チュウモン なさった ん です。 ワタシ の ハヤオケ の より すこし おおきく しない と はいりません よ。 ……ワタシ は なんと いう バカ だろう、 はやく ジョウブ に なって おもいきり サダヨ を カイホウ して やりたい と おもった のに…… もう しんで しまった の です もの ねえ。 ウソ です…… それなら なぜ アナタ も アイコ も もっと しげしげ ワタシ の ミマイ には きて くださらない の。 アナタ は キョウ ワタシ を くるしめ に…… なぶり に いらしった のね……」
「そんな とんでもない!」
 オカ が せきこんで ヨウコ の コトバ の キレメ に いいだそう と する の を、 ヨウコ は はげしい ワライ で さえぎった。
「とんでもない…… その とおり。 ああ アタマ が いたい。 ワタシ は ぞんぶん に ノロイ を うけました。 ゴアンシン なさいまし とも。 けっして オジャマ は しません から。 ワタシ は さんざん おどりました。 コンド は アナタガタ が おどって いい バン です もの ね。 ……ふむ、 おどれる もの なら みごと に おどって ゴラン なさいまし。 ……おどれる もの なら、 ははは」
 ヨウコ は キョウジョ の よう に たかだか と わらった。 オカ は ヨウコ の ものぐるおしく わらう の を みる と、 それ を はじる よう に マッカ に なって シタ を むいて しまった。
「きいて ください」
 やがて オカ は こう いって きっと なった。
「うかがいましょう」
 ヨウコ も きっと なって オカ を みやった が、 すぐ クチジリ に むごたらしい ヒニク な ビショウ を たたえた。 それ は オカ の キサキ を さえ おる に ジュウブン な ほど の ヒニクサ だった。
「おうたがい なさって も シカタ が ありません。 ワタシ、 アイコ さん には ふかい シタシミ を かんじて おります……」
「そんな こと なら うかがう まで も ありません わ。 ワタシ を どんな オンナ だ と おもって いらっしゃる の。 アイコ さん に ふかい シタシミ を かんじて いらっしゃれば こそ、 ケサ は わざわざ イツゴロ しぬ だろう と み に きて くださった のね。 なんと オレイ を もうして いい か、 そこ は おさっし くださいまし。 キョウ は シュジュツ を うけます から、 シガイ に なって シュジュツシツ から でて くる ところ を よっく ゴラン なさって アナタ の アイコ に しらせて よろこばして やって くださいまし よ。 しに に いく マエ に とくと オレイ を もうします。 エノシママル では いろいろ ゴシンセツ を ありがとう ございました。 おかげさま で ワタシ は さびしい ヨノナカ から すくいだされました。 アナタ を オニイサン とも おしたい して いました が、 アイコ に たいして も きはずかしく なりました から、 もう アナタ とは ゴエン を たちます。 と いう まで も ない こと です わね。 もう ジカン が きます から おたち くださいまし」
「ワタシ、 ちっとも しりません でした。 ホントウ に その オカラダ で シュジュツ を おうけ に なる の です か」
 オカ は あきれた よう な カオ を した。
「マイニチ ダイガク に いく ツヤ は バカ です から なにも もうしあげなかった ん でしょう よ。 もうしあげて も おきこえ に ならなかった かも しれません わね」
と ヨウコ は ほほえんで、 マッサオ に なった カオ に ふりかかる カミノケ を ヒダリ の テ で キヨウ に かきあげた。 その コユビ は やせほそって ホネ ばかり の よう に なりながら も、 うつくしい セン を えがいて おれまがって いた。
「それ は ぜひ おのばし ください おねがい します から…… オイシャ さん も オイシャ さん だ と おもいます」
「ワタシ が ワタシ だ もん です から ね」
 ヨウコ は しげしげ と オカ を みやった。 その メ から は ナミダ が すっかり かわいて、 ヒタイ の ところ には アブラアセ が にじみでて いた。 ふれて みたら コオリ の よう だろう と おもわれる よう な あおじろい ツメタサ が ハエギワ かけて ただよって いた。
「では せめて ワタシ に たちあわして ください」
「それほど まで に アナタ は ワタシ が おにくい の?…… マスイチュウ に ワタシ の いう ウワゴト でも きいて おいて ワライバナシ の タネ に なさろう と いう のね。 ええ、 よう ございます いらっしゃいまし、 ゴラン に いれます から。 ノロイ の ため に やせほそって オバアサン の よう に なって しまった この カラダ を アタマ から アシ の ツマサキ まで ゴラン に いれます から…… いまさら おあきれ に なる ヨチ も ありますまい けれど」
 そう いって ヨウコ は やせほそった カオ に あらん カギリ の コビ を あつめて、 ナガシメ に オカ を みやった。 オカ は おもわず カオ を そむけた。
 そこ に わかい イイン が ツヤ を つれて はいって きた。 ヨウコ は シュジュツ の シタク が できた こと を みてとった。 ヨウコ は だまって イイン に ちょっと アイサツ した まま エモン を つくろって すぐ ザ を たった。 それ に つづいて ヘヤ を でて きた オカ など は まったく ムシ した タイド で、 あやしげ な うすぐらい ハシゴダン を おりて、 これ も くらい ロウカ を 4~5 ケン たどって シュジュツシツ の マエ まで きた。 ツヤ が ト の ハンドル を まわして それ を あける と、 シュジュツシツ から は さすが に まぶしい ゆたか な コウセン が ロウカ の ほう に ながれて きた。 そこ で ヨウコ は オカ の ほう に はじめて ふりかえった。
「エンポウ を わざわざ ごくろうさま。 ワタシ は まだ アナタ に ハダ を ゴラン に いれる ほど の バクレンモノ には なって いません から……」
 そう ちいさな コエ で いって ゆうゆう と シュジュツシツ に はいって いった。 オカ は もちろん おしきって アト に ついて は こなかった。
 キモノ を ぬぐ アイダ に、 セワ に たった ツヤ に ヨウコ は こう ようやく に して いった。
「オカ さん が はいりたい と おっしゃって も いれて は いけない よ。 それから…… それから (ここ で ヨウコ は なにがなし に なみだぐましく なった) もし ワタシ が ウワゴト の よう な こと でも いいかけたら、 オマエ に イッショウ の オネガイ だ から ね、 ワタシ の クチ を…… クチ を おさえて ころして しまって おくれ。 たのむ よ。 きっと!」
 フジンカ ビョウイン の こと とて オンナ の ラタイ は マイニチ イクニン と なく あつかいつけて いる くせ に、 やはり コウキ な メ を むけて ヨウコ を みまもって いる らしい ジョシュ たち に、 ヨウコ は やせさらばえた ジブン を さらけだして みせる の が しぬ より つらかった。 ふとした デキゴコロ から オカ に たいして いった コトバ が、 ヨウコ の アタマ には いつまでも こびりついて、 サダヨ は もう ホントウ に しんで しまった もの の よう に おもえて シカタ が なかった。 サダヨ が しんで しまった のに ナニ を くるしんで シュジュツ を うける こと が あろう。 そう おもわない でも なかった。 しかし バアイ が バアイ で こう なる より シカタ が なかった。
 マッシロ な シュジュツイ を きた イイン や カンゴフ に かこまれて、 やはり マッシロ な シュジュツダイ は ハカバ の よう に ヨウコ を まって いた。 そこ に ちかづく と ヨウコ は ワレ にも なく キュウ に オビエ が でた。 おもいきり エイリ な メス で テギワ よく きりとって しまったら さぞ さっぱり する だろう と おもって いた ヨウブ の ドンツウ も、 キュウ に イタミ が とまって しまって、 カラダ ゼンタイ が しびれる よう に しゃちこばって ヒヤアセ が ヒタイ にも テ にも しとど に ながれた。 ヨウコ は ただ ヒトツ の イシャ の よう に ツヤ を かえりみた。 その ツヤ の はげます よう な カオ を ただ ヒトツ の タヨリ に して、 こまかく ふるえながら アオムケ に ひやっと する シュジュツダイ に よこたわった。
 イイン の ヒトリ が ハクフ の クチアテ を クチ から ハナ の ウエ に あてがった。 それ だけ で ヨウコ は もう イキ が つまる ほど の オモイ を した。 そのくせ メ は ミョウ に さえて メノマエ に みる テンジョウイタ の こまかい モクメ まで が うごいて はしる よう に ながめられた。 シンケイ の マッショウ が オオカゼ に あった よう に ざわざわ と こきみわるく さわぎたった。 シンゾウ が いきぐるしい ほど ときどき ハタラキ を とめた。
 やがて ホウフン の はげしい ヤクテキ が ヌノ の ウエ に たらされた。 ヨウコ は リョウテ の ミャクドコロ を イイン に とられながら、 その ニオイ を うすきみわるく かいだ。
「ヒトーツ」
 シットウシャ が にぶい コエ で こう いった。
「ヒトーツ」
 ヨウコ の それ に おうずる コエ は はげしく ふるえて いた。
「フターツ」
 ヨウコ は イノチ の トウトサ を しみじみ と おもいしった。 シ もしくは シ の トナリ へ まで の フシギ な ボウケン…… そう おもう と チ は こおる か と うたがわれた。
「フターツ」
 ヨウコ の コエ は ますます ふるえた。 こうして カズ を よんで ゆく うち に、 アタマ の ナカ が しんしん と さえる よう に なって いった と おもう と、 ヨノナカ が ひとりでに とおのく よう に おもえた。 ヨウコ は ガマン が できなかった。 いきなり ミギテ を ふりほどいて チカラマカセ に クチ の ところ を かいはらった。 しかし イイン の チカラ は すぐ ヨウコ の ジユウ を うばって しまった。 ヨウコ は たしか に それ に あらがって いる つもり だった。
「クラチ が いきてる アイダ―― しぬ もの か、 ……どうしても もう イチド その ムネ に…… やめて ください。 キョウキ で しぬ とも ころされたく は ない。 やめて…… ヒトゴロシ」
 そう おもった の か いった の か、 ジブン ながら どっち とも さだめかねながら ヨウコ は もだえた。
「いきる いきる…… しぬ の は いや だ…… ヒトゴロシ!……」
 ヨウコ は チカラ の あらん かぎり たたかった、 イシャ とも クスリ とも…… ウンメイ とも…… ヨウコ は エイキュウ に たたかった。 しかし ヨウコ は 20 も カズ を よまない うち に、 しんだ モノ ドウヨウ に イシキ なく イイン ら の メノマエ に よこたわって いた の だ。

 49

 シュジュツ を うけて から ミッカ を すぎて いた。 その アイダ ヒジョウ に のぞましい ケイカ を とって いる らしく みえた ヨウダイ は ミッカ-メ の ユウガタ から とつぜん ゲキヘン した。 トツゼン の コウネツ、 トツゼン の フクツウ、 トツゼン の ハンモン、 それ は はげしい シュウウ が ニシカゼ に ともなわれて アラシ-がかった テンキ モヨウ に なった その ユウガタ の こと だった。
 その ヒ の アサ から なんとなく アタマ の おもかった ヨウコ は、 それ が テンコウ の ため だ と ばかり おもって、 しいて そういう ふう に ジブン を セップク して、 ユウリョ を おさえつけて いる と、 3 ジ-ゴロ から どんどん ネツ が あがりだして、 それ と ともに はげしい カフクブ の トウツウ が おそって きた。 シキュウテイ センコウ?! なまじっか イショ を よみかじった ヨウコ は すぐ そっち に キ を まわした。 キ を まわして は しいて それ を ヒテイ して、 イットキ ノバシ に ヨウダイ の カイフク を まちこがれた。 それ は しかし ムダ だった。 ツヤ が あわてて トウチョクイ を よんで きた とき には、 ヨウコ は もう セイシ を わすれて トコ の ウエ に ミ を ちぢみあがらして おいおい と ないて いた。
 イイン の ホウコク で インチョウ も トキ を うつさず そこ に かけつけた。 オウキュウ の テアテ と して 4 コ の ヒョウノウ が カフクブ に あてがわれた。 ヨウコ は ネマキ が ちょっと ハダ に さわる だけ の こと にも、 イノチ を ひっぱたかれる よう な イタミ を おぼえて おもわず きゃっ と キヌ を さく よう な サケビゴエ を たてた。 みるみる ヨウコ は イッスン の ミウゴキ も できない くらい トウツウ に いためつけられて いた。
 はげしい オト を たてて コガイ では アメ の アシ が カワラヤネ を たたいた。 むしむし する ヒルマ の アツサ は キュウ に ひえびえ と なって、 にわか に くらく なった ヘヤ の ナカ に、 アメ から にげのびて きた らしい カ が ぶーん と ながく ひいた コエ を たてて とびまわった。 あおじろい ウスヤミ に つつまれて ヨウコ の カオ は みるみる くずれて いった。 やせほそって いた ホオ は ことさら げっそり と こけて、 たかだか と そびえた ハナスジ の リョウガワ には、 おちくぼんだ リョウガン が、 チュウウ の ナカ を トコロ きらわず おどおど と ナニモノ か を さがしもとめる よう に かがやいた。 うつくしく コ を えがいて のびて いた マユ は、 めちゃくちゃ に ゆがんで、 ミケン の ハチ の ジ の ところ に ちかぢか と よりあつまった。 かさかさ に かわききった クチビル から は はく イキ ばかり が つよく おしだされた。 そこ には もう オンナ の スガタ は なかった。 エタイ の わからない ドウブツ が もだえもがいて いる だけ だった。
 マ を おいて は さしこんで くる イタミ…… テツ の ボウ を マッカ に やいて、 それ で シタハラ の ナカ を トコロ きらわず えぐりまわす よう な イタミ が くる と、 ヨウコ は メ も クチ も できる だけ かたく むすんで、 イキ も つけなく なって しまった。 ナンニン そこ に ヒト が いる の か、 それ を みまわす だけ の キリョク も なかった。 テンキ なの か アラシ なの か、 それ も わからなかった。 イナズマ が ソラ を ぬって はしる とき には、 それ が ジブン の イタミ が カタチ に なって あらわれた よう に みえた。 すこし イタミ が ひく と ほっと トイキ を して、 タスケ を もとめる よう に そこ に ついて いる イイン に メ で すがった。 イタミ さえ なおして くれれば ころして も いい と いう ココロ と、 とうとう ジブン に チメイテキ な キズ を おわした と うらむ ココロ と が いりみだれて、 センプウ の よう に カラダジュウ を とおりぬけた。 クラチ が いて くれたら…… キムラ が いて くれたら…… あの シンセツ な キムラ が いて くれたら…… そりゃ ダメ だ。 もう ダメ だ。 ……ダメ だ。 サダヨ だって くるしんで いる ん だ、 こんな こと で…… いたい いたい いたい…… ツヤ は いる の か、 (ヨウコ は おもいきって メ を ひらいた。 メ の ナカ が いたかった) いる。 シンパイ そう な カオ を して、 ……ウソ だ あの カオ が ナニ が シンパイ そう な カオ な もの か…… ミンナ タニン だ…… なんの エンコ も ない ヒトタチ だ…… ミンナ ノンキ な カオ を して ナニゴト も せず に ただ みて いる ん だ…… この ナヤミ の 100 ブン の 1 でも しったら…… あ、 いたい いたい いたい! サダコ…… オマエ は まだ どこ か に いきて いる の か、 サダヨ は しんで しまった の だよ、 サダコ…… ワタシ も しぬ ん だ、 しぬ より も くるしい、 この クルシミ は…… ひどい、 これ で しなれる もの か…… こんな に されて しなれる もの か…… ナニ か…… どこ か…… ダレ か…… たすけて くれそう な もの だ のに…… カミサマ! あんまり です……
 ヨウコ は ミモダエ も できない ゲキツウ の ナカ で、 シーツ まで ぬれとおる ほど な アブラアセ を カラダジュウ に かきながら、 こんな こと を つぎつぎ に くちばしる の だった が、 それ は もとより コトバ には ならなかった。 ただ ときどき いたい いたい と いう の が むごたらしく きこえる ばかり で、 きずついた ウシ の よう に さけぶ ホカ は なかった。
 ひどい フキブリ の うち に ヨル が きた。 しかし ヨウコ の ヨウダイ は ケンアク に なって ゆく ばかり だった。 デントウ が コショウ の ため に こない ので、 シツナイ には 2 ホン の ロウソク が カゼ に あおられながら、 うすぐらく ともって いた。 ネツド を はかった イイン は イチド イチド その ソバ まで いって、 メ を そばめながら ドモリ を みた。
 その ヨ くるしみとおした ヨウコ は アケガタ ちかく すこし イタミ から のがれる こと が できた。 シーツ を おもいきり つかんで いた テ を はなして、 よわよわ と ヒタイ の ところ を なでる と、 たびたび カンゴフ が ぬぐって くれた の にも かかわらず、 ぬるぬる する ほど テ も ヒタイ も アブラアセ で しとど に なって いた。 「とても たすからない」 と ヨウコ は ヒトゴト の よう に おもった。 そう なって みる と、 いちばん つよい ノゾミ は もう イチド クラチ に あって ただ ヒトメ その カオ を みたい と いう こと だった。 それ は しかし のぞんで も かなえられる こと で ない の に きづいた。 ヨウコ の マエ には くらい もの が ある ばかり だった。 ヨウコ は ほっと タメイキ を ついた。 26 ネン-カン の ムネ の ウチ の オモイ を イチジ に はきだして しまおう と する よう に。
 やがて ヨウコ は ふと おもいついて メ で ツヤ を もとめた。 よどおし カンゴ に ヨネン の なかった ツヤ は めざとく それ を みて ネドコ に ちかづいた。 ヨウコ は ハンブン メツキ に モノ を いわせながら、
「マクラ の シタ マクラ の シタ」
と いった。 ツヤ が マクラ の シタ を さがす と そこ から、 シュジュツ の マエ の バン に ツヤ が かきとった カキモノ が でて きた。 ヨウコ は イッショウ ケンメイ な ドリョク で ツヤ に それ を やいて すてろ、 イマ みて いる マエ で やいて すてろ と めいじた。 ヨウコ の メイレイ は わかって いながら、 ツヤ が チュウチョ して いる の を みる と、 ヨウコ は かっと ハラ が たって、 その イカリ に ゼンゴ を わすれて おきあがろう と した。 その ため に すこし なごんで いた カフクブ の イタミ が イチジ に おしよせて きた。 ヨウコ は おもわず キ を うしないそう に なって コエ を あげながら、 アシ を ちぢめて しまった。 けれども イッショウ ケンメイ だった。 もう しんだ アト には なんにも のこして おきたく ない。 なんにも いわない で しのう。 そういう キモチ ばかり が はげしく はたらいて いた。
「やいて」
 モンゼツ する よう な クルシミ の ナカ から、 ヨウコ は ただ ヒトコト これ だけ を ムチュウ に なって さけんだ。 ツヤ は イイン に うながされて いる らしかった が、 やがて 1 ダイ の ロウソク を ヨウコ の ミヂカ に はこんで きて、 ヨウコ の みて いる マエ で それ を やきはじめた。 めらめら と ムラサキイロ の ホノオ が たちあがる の を ヨウコ は たしか に みた。
 それ を みる と ヨウコ は ココロ から がっかり して しまった。 これ で ジブン の イッショウ は なんにも なくなった と おもった。 もう いい…… ゴカイ された まま で、 ジョオウ は イマ しんで ゆく…… そう おもう と さすが に イチマツ の アイシュウ が しみじみ と ムネ を こそいで とおった。 ヨウコ は ナミダ を かんじた。 しかし ナミダ は ながれて でない で、 メ の ナカ が ヒ の よう に あつく なった ばかり だった。
 またも ひどい トウツウ が おそいはじめた。 ヨウコ は カミ の シメギ に かけられて、 ジブン の カラダ が みるみる やせて ゆく の を ジブン ながら かんじた。 ヒトビト が うすきみわるげ に ジブン を みまもって いる の にも キ が ついた。
 それでも とうとう その ヨ も あけはなれた。
 ヨウコ は セイ も コン も つきはてよう と して いる の を かんじた。 ミ を きる よう な イタミ さえ が ときどき は とおい こと の よう に かんじられだした の を しった。 もう しのこして いた こと は なかった か と ハタラキ の にぶった アタマ を ケンメイ に はたらかして かんがえて みた。 その とき ふと サダコ の こと が アタマ に うかんだ。 あの カミ を やいて しまって は キベ と サダコ と が あう キカイ は ない かも しれない。 ダレ か に サダコ を たのんで…… ヨウコ は あわてふためきながら その ヒト を かんがえた。
 ウチダ…… そう だ ウチダ に たのもう。 ヨウコ は その とき フシギ な ナツカシサ を もって ウチダ の ショウガイ を おもいやった。 あの ヘンパ で ガンコ で イジッパリ な ウチダ の ココロ の オク の オク に ちいさく ひそんで いる すみとおった タマシイ が はじめて みえる よう な ココロモチ が した。
 ヨウコ は ツヤ に コトウ を よびよせる よう に めいじた。 コトウ の ヘイエイ に いる の は ツヤ も しって いる はず だ。 コトウ から ウチダ に いって もらったら ウチダ が きて くれない はず は あるまい、 ウチダ は コトウ を あいして いる から。
 それから 1 ジカン くるしみつづけた ノチ に、 コトウ の レイ の グンプク スガタ は ヨウコ の ビョウシツ に あらわれた。 ヨウコ の イライ を ようやく のみこむ と、 コトウ は イチズ な カオ に おもいいった ヒョウジョウ を たたえて、 いそいで ザ を たった。
 ヨウコ は ダレ に とも ナニ に とも なく イキ を ひきとる マエ に ウチダ の くる の を いのった。
 しかし コイシカワ に すんで いる ウチダ は なかなか に やって くる ヨウス を みせなかった。
「いたい いたい いたい…… いたい」
 ヨウコ が ゼンゴ を わすれ ワレ を わすれて、 タマシイ を しぼりだす よう に こう うめく かなしげ な サケビゴエ は、 オオアメ の アト の はれやか な ナツ の アサ の クウキ を かきみだして、 いたましく きこえつづけた。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...