2019/04/08

シャヨウ

 シャヨウ

 ダザイ オサム

 1

 アサ、 ショクドウ で スープ を ヒトサジ、 すっと すって オカアサマ が、
「あ」
 と かすか な サケビゴエ を おあげ に なった。
「カミノケ?」
 スープ に ナニ か、 いや な もの でも はいって いた の かしら、 と おもった。
「いいえ」
 オカアサマ は、 ナニゴト も なかった よう に、 また ひらり と ヒトサジ、 スープ を オクチ に ながしこみ、 すまして オカオ を ヨコ に むけ、 オカッテ の マド の、 マンカイ の ヤマザクラ に シセン を おくり、 そうして オカオ を ヨコ に むけた まま、 また ひらり と ヒトサジ、 スープ を ちいさな オクチビル の アイダ に すべりこませた。 ひらり、 と いう ケイヨウ は、 オカアサマ の バアイ、 けっして コチョウ では ない。 フジン ザッシ など に でて いる オショクジ の イタダキカタ など とは、 てんで まるで、 ちがって いらっしゃる。 オトウト の ナオジ が いつか、 オサケ を のみながら、 アネ の ワタシ に むかって こう いった こと が ある。
「シャクイ が ある から、 キゾク だ と いう わけ には いかない ん だぜ。 シャクイ が なくて も、 テンシャク と いう もの を もって いる リッパ な キゾク の ヒト も ある し、 オレタチ の よう に シャクイ だけ は もって いて も、 キゾク どころ か、 センミン に ちかい の も いる。 イワシマ なんて の は (と ナオジ の ガクユウ の ハクシャク の オナマエ を あげて) あんな の は、 まったく、 シンジュク の ユウカク の キャクヒキ バントウ より も、 もっと げびてる カンジ じゃ ねえ か。 コナイダ も、 ヤナイ (と、 やはり オトウト の ガクユウ で、 シシャク の ゴジナン の カタ の オナマエ を あげて) の アニキ の ケッコンシキ に、 アンチキショウ、 タキシード なんか きて、 なんだって また、 タキシード なんか を きて くる ヒツヨウ が ある ん だ、 それ は まあ いい と して、 テーブル スピーチ の とき に、 あの ヤロウ、 ございまする と いう フカシギ な コトバ を つかった の には、 げっと なった。 きどる と いう こと は、 ジョウヒン と いう こと と、 ぜんぜん ムカンケイ な あさましい キョセイ だ。 コウトウ オンゲシュク と かいて ある カンバン が ホンゴウ アタリ に よく あった もの だ けれども、 じっさい カゾク なんて もの の ダイブブン は、 コウトウ オンコジキ と でも いった よう な もの なん だ。 シン の キゾク は、 あんな イワシマ みたい な ヘタ な キドリカタ なんか、 し や しない よ。 オレタチ の イチゾク でも、 ホンモノ の キゾク は、 まあ、 ママ くらい の もの だろう。 あれ は、 ホンモノ だよ。 かなわねえ ところ が ある」
 スープ の イタダキカタ に して も、 ワタシタチ なら、 オサラ の ウエ に すこし うつむき、 そうして スプーン を ヨコ に もって スープ を すくい、 スプーン を ヨコ に した まま クチモト に はこんで いただく の だ けれども、 オカアサマ は ヒダリテ の オユビ を かるく テーブル の フチ に かけて、 ジョウタイ を かがめる こと も なく、 オカオ を しゃんと あげて、 オサラ を ろくに み も せず スプーン を ヨコ に して さっと すくって、 それから、 ツバメ の よう に、 と でも ケイヨウ したい くらい に かるく あざやか に スプーン を オクチ と チョッカク に なる よう に もちはこんで、 スプーン の センタン から、 スープ を オクチビル の アイダ に ながしこむ の で ある。 そうして、 ムシン そう に あちこち ワキミ など なさりながら、 ひらり ひらり と、 まるで ちいさな ツバサ の よう に スプーン を あつかい、 スープ を イッテキ も おこぼし に なる こと も ない し、 すう オト も オサラ の オト も、 ちっとも おたて に ならぬ の だ。 それ は いわゆる セイシキ レイホウ に かなった イタダキカタ では ない かも しれない けれども、 ワタシ の メ には、 とても かわいらしく、 それこそ ホンモノ みたい に みえる。 また、 じじつ、 オノミモノ は、 うつむいて スプーン の ヨコ から すう より は、 ゆったり ジョウハンシン を おこして、 スプーン の センタン から オクチ に ながしこむ よう に して いただいた ほう が、 フシギ な くらい に おいしい もの だ。 けれども、 ワタシ は ナオジ の いう よう な コウトウ オンコジキ なの だ から、 オカアサマ の よう に あんな に かるく ムゾウサ に スプーン を あやつる こと が できず、 しかたなく、 あきらめて、 オサラ の ウエ に うつむき、 いわゆる セイシキ レイホウ-どおり の インキ な イタダキカタ を して いる の で ある。
 スープ に かぎらず、 オカアサマ の オショクジ の イタダキカタ は、 すこぶる レイホウ に はずれて いる。 オニク が でる と、 ナイフ と フオク で、 さっさと ゼンブ ちいさく きりわけて しまって、 それから ナイフ を すて、 フオク を ミギテ に もちかえ、 その ヒトキレ ヒトキレ を フオク に さして ゆっくり たのしそう に めしあがって いらっしゃる。 また、 ホネツキ の チキン など、 ワタシタチ が オサラ を ならさず に ホネ から ニク を きりはなす の に クシン して いる とき、 オカアサマ は、 ヘイキ で ひょいと ユビサキ で ホネ の ところ を つまんで もちあげ、 オクチ で ホネ と ニク を はなして すまして いらっしゃる。 そんな ヤバン な シグサ も、 オカアサマ が なさる と、 かわいらしい ばかり か、 へんに エロチック に さえ みえる の だ から、 さすが に ホンモノ は ちがった もの で ある。 ホネツキ の チキン の バアイ だけ で なく、 オカアサマ は、 ランチ の オサイ の ハム や ソセージ など も、 ひょいと ユビサキ で つまんで めしあがる こと さえ ときたま ある。
「オムスビ が、 どうして おいしい の だ か、 しって います か。 あれ は ね、 ニンゲン の ユビ で にぎりしめて つくる から です よ」
 と おっしゃった こと も ある。
 ホントウ に、 テ で たべたら、 おいしい だろう な、 と ワタシ も おもう こと が ある けれど、 ワタシ の よう な コウトウ オンコジキ が、 ヘタ に マネ して それ を やったら、 それこそ ホンモノ の コジキ の ズ に なって しまいそう な キ も する ので ガマン して いる。
 オトウト の ナオジ で さえ、 ママ には かなわねえ、 と いって いる が、 つくづく ワタシ も、 オカアサマ の マネ は コンナン で、 ゼツボウ みたい な もの を さえ かんじる こと が ある。 いつか、 ニシカタマチ の オウチ の オクニワ で、 アキ の ハジメ の ツキ の いい ヨル で あった が、 ワタシ は オカアサマ と フタリ で オイケ の ハタ の アズマヤ で、 オツキミ を して、 キツネ の ヨメイリ と ネズミ の ヨメイリ とは、 オヨメ の オシタク が どう ちがう か、 など わらいながら はなしあって いる うち に、 オカアサマ は、 つと おたち に なって、 アズマヤ の ソバ の ハギ の シゲミ の オク へ おはいり に なり、 それから、 ハギ の しろい ハナ の アイダ から、 もっと あざやか に しろい オカオ を おだし に なって、 すこし わらって、
「カズコ や、 オカアサマ が イマ ナニ を なさって いる か、 あてて ごらん」
 と おっしゃった。
「オハナ を おって いらっしゃる」
 と もうしあげたら、 ちいさい コエ を あげて おわらい に なり、
「オシッコ よ」
 と おっしゃった。
 ちっとも しゃがんで いらっしゃらない の には おどろいた が、 けれども、 ワタシ など には とても まねられない、 しんから かわいらしい カンジ が あった。
 ケサ の スープ の こと から、 ずいぶん ダッセン しちゃった けれど、 こないだ ある ホン で よんで、 ルイ オウチョウ の コロ の キフジン たち は、 キュウデン の オニワ や、 それから ロウカ の スミ など で、 ヘイキ で オシッコ を して いた と いう こと を しり、 その ムシンサ が、 ホントウ に かわいらしく、 ワタシ の オカアサマ など も、 そのよう な ホンモノ の キフジン の サイゴ の ヒトリ なの では なかろう か と かんがえた。
 さて、 ケサ は、 スープ を ヒトサジ おすい に なって、 あ、 と ちいさい コエ を おあげ に なった ので、 カミノケ? と おたずね する と、 いいえ、 と おこたえ に なる。
「しおからかった かしら」
 ケサ の スープ は、 こないだ アメリカ から ハイキュウ に なった カンヅメ の グリン ピース を ウラゴシ して、 ワタシ が ポタージュ みたい に つくった もの で、 もともと オリョウリ には ジシン が ない ので、 オカアサマ に、 いいえ、 と いわれて も、 なおも、 はらはら して そう たずねた。
「オジョウズ に できました」
 オカアサマ は、 マジメ に そう いい、 スープ を すまして、 それから オノリ で つつんだ オムスビ を テ で つまんで おあがり に なった。
 ワタシ は ちいさい とき から、 アサゴハン が おいしく なく、 10 ジ-ゴロ に ならなければ、 オナカ が すかない ので、 その とき も、 スープ だけ は どうやら すました けれども、 たべる の が タイギ で、 オムスビ を オサラ に のせて、 それ に オハシ を つっこみ、 ぐしゃぐしゃ に こわして、 それから、 その ヒトカケラ を オハシ で つまみあげ、 オカアサマ が スープ を めしあがる とき の スプーン みたい に、 オハシ を オクチ と チョッカク に して、 まるで コトリ に エサ を やる よう な グアイ に オクチ に おしこみ、 のろのろ と いただいて いる うち に、 オカアサマ は もう オショクジ を ゼンブ すまして しまって、 そっと おたち に なり、 アサヒ の あたって いる カベ に オセナカ を もたせかけ、 しばらく だまって ワタシ の オショクジ の シカタ を みて いらして、
「カズコ は、 まだ、 ダメ なの ね。 アサゴハン が いちばん おいしく なる よう に ならなければ」
 と おっしゃった。
「オカアサマ は? おいしい の?」
「そりゃ もう。 ワタシ は もう ビョウニン じゃ ない もの」
「カズコ だって、 ビョウニン じゃ ない わ」
「ダメ、 ダメ」
 オカアサマ は、 さびしそう に わらって クビ を ふった。
 ワタシ は 5 ネン マエ に、 ハイビョウ と いう こと に なって、 ねこんだ こと が あった けれども、 あれ は、 ワガママビョウ だった と いう こと を ワタシ は しって いる。 けれども、 オカアサマ の コナイダ の ゴビョウキ は、 あれ こそ ホントウ に シンパイ な、 かなしい ゴビョウキ だった。 だのに、 オカアサマ は、 ワタシ の こと ばかり シンパイ して いらっしゃる。
「あ」
 と ワタシ が いった。
「ナニ?」
 と コンド は、 オカアサマ の ほう で たずねる。
 カオ を みあわせ、 ナニ か、 すっかり わかりあった もの を かんじて、 うふふ と ワタシ が わらう と、 オカアサマ も、 にっこり おわらい に なった。
 ナニ か、 たまらない はずかしい オモイ に おそわれた とき に、 あの キミョウ な、 あ、 と いう かすか な サケビゴエ が でる もの なの だ。 ワタシ の ムネ に、 イマ だしぬけ に ふうっと、 6 ネン マエ の ワタシ の リコン の とき の こと が いろあざやか に おもいうかんで きて、 たまらなく なり、 おもわず、 あ、 と いって しまった の だ が、 オカアサマ の バアイ は、 どう なの だろう。 まさか オカアサマ に、 ワタシ の よう な はずかしい カコ が ある わけ は なし、 いや、 それとも、 ナニ か。
「オカアサマ も、 さっき、 ナニ か おおもいだし に なった の でしょう? どんな こと?」
「わすれた わ」
「ワタシ の こと?」
「いいえ」
「ナオジ の こと?」
「そう」
 と いいかけて、 クビ を かしげ、
「かも しれない わ」
 と おっしゃった。
 オトウト の ナオジ は ダイガク の チュウト で ショウシュウ され、 ナンポウ の シマ へ いった の だ が、 ショウソク が たえて しまって、 シュウセン に なって も ユクサキ が フメイ で、 オカアサマ は、 もう ナオジ には あえない と カクゴ して いる、 と おっしゃって いる けれども、 ワタシ は、 そんな、 「カクゴ」 なんか した こと は イチド も ない、 きっと あえる と ばかり おもって いる。
「あきらめて しまった つもり なん だ けど、 おいしい スープ を いただいて、 ナオジ を おもって、 たまらなく なった。 もっと、 ナオジ に、 よく して やれば よかった」
 ナオジ は コウトウ ガッコウ に はいった コロ から、 いやに ブンガク に こって、 ほとんど フリョウ ショウネン みたい な セイカツ を はじめて、 どれだけ オカアサマ に ゴクロウ を かけた か、 わからない の だ。 それだのに オカアサマ は、 スープ を ヒトサジ すって は ナオジ を おもい、 あ、 と おっしゃる。 ワタシ は ゴハン を クチ に おしこみ メ が あつく なった。
「だいじょうぶ よ。 ナオジ は、 だいじょうぶ よ。 ナオジ みたい な アッカン は、 なかなか しぬ もの じゃ ない わよ。 しぬ ヒト は、 きまって、 おとなしくて、 きれい で、 やさしい もの だわ。 ナオジ なんて、 ボウ で たたいたって、 しに や しない」
 オカアサマ は わらって、
「それじゃ、 カズコ さん は ハヤジニ の ほう かな」
 と ワタシ を からかう。
「あら、 どうして? ワタシ なんか、 アッカン の オデコサン です から、 80 サイ まで は だいじょうぶ よ」
「そう なの? そんなら、 オカアサマ は、 90 サイ まで は だいじょうぶ ね」
「ええ」
 と いいかけて、 すこし こまった。 アッカン は ナガイキ する。 きれい な ヒト は はやく しぬ。 オカアサマ は、 おきれい だ。 けれども、 ナガイキ して もらいたい。 ワタシ は すこぶる まごついた。
「イジワル ね!」
 と いったら、 シタクチビル が ぷるぷる ふるえて きて、 ナミダ が メ から あふれて おちた。

 ヘビ の ハナシ を しよう かしら。 その 4~5 ニチ マエ の ゴゴ に、 キンジョ の コドモ たち が、 オニワ の カキ の タケヤブ から、 ヘビ の タマゴ を トオ ばかり みつけて きた の で ある。
 コドモ たち は、
「マムシ の タマゴ だ」
 と いいはった。 ワタシ は あの タケヤブ に マムシ が 10 ピキ も うまれて は、 うっかり オニワ にも おりられない と おもった ので、
「やいちゃおう」
 と いう と、 コドモ たち は おどりあがって よろこび、 ワタシ の アト から ついて くる。
 タケヤブ の チカク に、 コノハ や シバ を つみあげて、 それ を もやし、 その ヒ の ナカ に タマゴ を ヒトツ ずつ なげいれた。 タマゴ は、 なかなか もえなかった。 コドモ たち が、 さらに コノハ や コエダ を ホノオ の ウエ に かぶせて カセイ を つよく して も、 タマゴ は もえそう も なかった。
 シタ の ノウカ の ムスメ さん が、 カキネ の ソト から、
「ナニ を して いらっしゃる の です か?」
 と わらいながら たずねた。
「マムシ の タマゴ を もやして いる の です。 マムシ が でる と、 こわい ん です もの」
「オオキサ は、 どれ くらい です か?」
「ウズラ の タマゴ くらい で、 マッシロ なん です」
「それ じゃ、 タダ の ヘビ の タマゴ です わ。 マムシ の タマゴ じゃ ない でしょう。 ナマ の タマゴ は、 なかなか もえません よ」
 ムスメ さん は、 さも おかしそう に わらって、 さった。
 30 プン ばかり ヒ を もやして いた の だ けれども、 どうしても タマゴ は もえない ので、 コドモ たち に タマゴ を ヒ の ナカ から ひろわせて、 ウメ の キ の シタ に うめさせ、 ワタシ は コイシ を あつめて ボヒョウ を つくって やった。
「さあ、 ミンナ、 おがむ のよ」
 ワタシ が しゃがんで ガッショウ する と、 コドモ たち も おとなしく ワタシ の ウシロ に しゃがんで ガッショウ した よう で あった。 そうして コドモ たち と わかれて、 ワタシ ヒトリ イシダン を ゆっくり のぼって くる と、 イシダン の ウエ の、 フジダナ の カゲ に オカアサマ が たって いらして、
「かわいそう な こと を する ヒト ね」
 と おっしゃった。
「マムシ か と おもったら、 タダ の ヘビ だった の。 だけど、 ちゃんと マイソウ して やった から、 だいじょうぶ」
 とは いった ものの、 こりゃ オカアサマ に みられて、 まずかった な と おもった。
 オカアサマ は けっして メイシンカ では ない けれども、 10 ネン マエ、 オチチウエ が ニシカタマチ の オウチ で なくなられて から、 ヘビ を とても おそれて いらっしゃる。 オチチウエ の ゴリンジュウ の チョクゼン に、 オカアサマ が、 オチチウエ の マクラモト に ほそい くろい ヒモ が おちて いる の を みて、 なにげなく ひろおう と なさったら、 それ が ヘビ だった。 するする と にげて、 ロウカ に でて それから どこ へ いった か わからなく なった が、 それ を みた の は、 オカアサマ と、 ワダ の オジサマ と オフタリ きり で、 オフタリ は カオ を みあわせ、 けれども ゴリンジュウ の オザシキ の サワギ に ならぬ よう、 こらえて だまって いらした と いう。 ワタシタチ も、 その バ に いあわせて いた の だ が、 その ヘビ の こと は、 だから、 ちっとも しらなかった。
 けれども、 その オチチウエ の なくなられた ヒ の ユウガタ、 オニワ の イケ の ハタ の、 キ と いう キ に ヘビ が のぼって いた こと は、 ワタシ も ジッサイ に みて しって いる。 ワタシ は 29 の バアチャン だ から、 10 ネン マエ の オチチウエ の ゴセイキョ の とき は、 もう 19 にも なって いた の だ。 もう コドモ では なかった の だ から、 10 ネン たって も、 その とき の キオク は イマ でも はっきり して いて、 マチガイ は ない はず だ が、 ワタシ が オソナエ の ハナ を きり に、 オニワ の オイケ の ほう に あるいて いって、 イケ の キシ の ツツジ の ところ に たちどまって、 ふと みる と、 その ツツジ の エダサキ に、 ちいさい ヘビ が まきついて いた。 すこし おどろいて、 ツギ の ヤマブキ の ハナエダ を おろう と する と、 その エダ にも、 まきついて いた。 トナリ の モクセイ にも、 ワカカエデ にも、 エニシダ にも、 フジ にも、 サクラ にも、 どの キ にも、 どの キ にも、 ヘビ が まきついて いた の で ある。 けれども ワタシ には、 そんな に こわく おもわれなかった。 ヘビ も、 ワタシ と ドウヨウ に オチチウエ の セイキョ を かなしんで、 アナ から はいでて オチチウエ の レイ を おがんで いる の で あろう と いう よう な キ が した だけ で あった。 そうして ワタシ は、 その オニワ の ヘビ の こと を、 オカアサマ に そっと おしらせ したら、 オカアサマ は おちついて、 ちょっと クビ を かたむけて ナニ か かんがえる よう な ゴヨウス を なさった が、 べつに なにも おっしゃり は しなかった。
 けれども、 この フタツ の ヘビ の ジケン が、 それ イライ オカアサマ を、 ひどい ヘビギライ に させた の は ジジツ で あった。 ヘビギライ と いう より は、 ヘビ を あがめ、 おそれる、 つまり イフ の ジョウ を おもち に なって しまった よう だ。
 ヘビ の タマゴ を やいた の を、 オカアサマ に みつけられ、 オカアサマ は きっと ナニ か ひどく フキツ な もの を おかんじ に なった に ちがいない と おもったら、 ワタシ も キュウ に ヘビ の タマゴ を やいた の が タイヘン な おそろしい こと だった よう な キ が して きて、 この こと が オカアサマ に あるいは わるい タタリ を する の では あるまい か と、 シンパイ で シンパイ で、 あくる ヒ も、 また その あくる ヒ も わすれる こと が できず に いた のに、 ケサ は ショクドウ で、 うつくしい ヒト は はやく しぬ、 など メッソウ も ない こと を つい くちばしって、 アト で、 どうにも イイツクロイ が できず、 ないて しまった の だ が、 チョウショク の アトカタヅケ を しながら、 なんだか ジブン の ムネ の オク に、 オカアサマ の オイノチ を ちぢめる きみわるい コヘビ が 1 ピキ はいりこんで いる よう で、 いや で いや で シヨウ が なかった。
 そうして、 その ヒ、 ワタシ は オニワ で ヘビ を みた。 その ヒ は、 とても なごやか な いい オテンキ だった ので、 ワタシ は オダイドコロ の オシゴト を すませて、 それから オニワ の シバフ の ウエ に トウイス を はこび、 そこ で アミモノ を しよう と おもって、 トウイス を もって オニワ に おりたら、 ニワイシ の ササ の ところ に ヘビ が いた。 おお、 いや だ。 ワタシ は ただ そう おもった だけ で、 それ イジョウ ふかく かんがえる こと も せず、 トウイス を もって ひきかえして エンガワ に あがり、 エンガワ に イス を おいて それ に こしかけて アミモノ に とりかかった。 ゴゴ に なって、 ワタシ は オニワ の スミ の オドウ の オク に しまって ある ゾウショ の ナカ から、 ローランサン の ガシュウ を とりだして こよう と おもって、 オニワ へ おりたら、 シバフ の ウエ を、 ヘビ が、 ゆっくり ゆっくり はって いる。 アサ の ヘビ と おなじ だった。 ほっそり した、 ジョウヒン な ヘビ だった。 ワタシ は、 オンナ ヘビ だ、 と おもった。 カノジョ は、 シバフ を しずか に よこぎって、 ノバラ の カゲ まで ゆく と、 たちどまって クビ を あげ、 ほそい ホノオ の よう な シタ を ふるわせた。 そうして、 アタリ を ながめる よう な カッコウ を した が、 しばらく する と、 コウベ を たれ、 いかにも ものうげ に うずくまった。 ワタシ は その とき にも、 ただ うつくしい ヘビ だ、 と いう オモイ ばかり が つよく、 やがて オドウ に いって ガシュウ を もちだし、 カエリ に サッキ の ヘビ の いた ところ を そっと みた が、 もう いなかった。
 ユウガタ ちかく、 オカアサマ と シナマ で オチャ を いただきながら、 オニワ の ほう を みて いたら、 イシダン の 3 ダン-メ の イシ の ところ に、 ケサ の ヘビ が また ゆっくり と あらわれた。
 オカアサマ も それ を みつけ、
「あの ヘビ は?」
 と おっしゃる なり たちあがって ワタシ の ほう に はしりより、 ワタシ の テ を とった まま たちすくんで おしまい に なった。 そう いわれて、 ワタシ も、 はっと おもいあたり、
「タマゴ の ハハオヤ?」
 と クチ に だして いって しまった。
「そう、 そう よ」
 オカアサマ の オコエ は、 かすれて いた。
 ワタシタチ は テ を とりあって、 イキ を つめ、 だまって その ヘビ を みまもった。 イシ の ウエ に、 ものうげ に うずくまって いた ヘビ は、 よろめく よう に また うごきはじめ、 そうして ちからよわそう に イシダン を よこぎり、 カキツバタ の ほう に はいって いった。
「ケサ から、 オニワ を あるきまわって いた のよ」
 と ワタシ が コゴエ で もうしあげたら、 オカアサマ は、 タメイキ を ついて くたり と イス に すわりこんで おしまい に なって、
「そう でしょう? タマゴ を さがして いる の です よ。 かわいそう に」
 と しずんだ コエ で おっしゃった。
 ワタシ は しかたなく、 ふふ と わらった。
 ユウヒ が オカアサマ の オカオ に あたって、 オカアサマ の オメ が あおい くらい に ひかって みえて、 その かすか に イカリ を おびた よう な オカオ は、 とびつきたい ほど に うつくしかった。 そうして、 ワタシ は、 ああ、 オカアサマ の オカオ は、 サッキ の あの かなしい ヘビ に、 どこ か にて いらっしゃる、 と おもった。 そうして ワタシ の ムネ の ナカ に すむ マムシ みたい に ごろごろ して みにくい ヘビ が、 この カナシミ が ふかくて うつくしい うつくしい ハハヘビ を、 いつか、 くいころして しまう の では なかろう か と、 なぜ だ か、 なぜ だ か、 そんな キ が した。
 ワタシ は オカアサマ の やわらか な きゃしゃ な オカタ に テ を おいて、 リユウ の わからない ミモダエ を した。

 ワタシタチ が、 トウキョウ の ニシカタマチ の オウチ を すて、 イズ の この、 ちょっと シナフウ の サンソウ に ひっこして きた の は、 ニホン が ムジョウケン コウフク を した トシ の、 12 ガツ の ハジメ で あった。 オチチウエ が おなくなり に なって から、 ワタシタチ の イエ の ケイザイ は、 オカアサマ の オトウト で、 そうして イマ では オカアサマ の たった ヒトリ の ニクシン で いらっしゃる ワダ の オジサマ が、 ゼンブ オセワ して くださって いた の だ が、 センソウ が おわって ヨノナカ が かわり、 ワダ の オジサマ が、 もう ダメ だ、 イエ を うる より ホカ は ない、 ジョチュウ にも ミナ ヒマ を だして、 オヤコ フタリ で、 どこ か イナカ の こぎれい な イエ を かい、 キママ に くらした ほう が いい、 と オカアサマ に おいいわたし に なった ヨウス で、 オカアサマ は、 オカネ の こと は コドモ より も、 もっと なにも わからない オカタ だし、 ワダ の オジサマ から そう いわれて、 それでは どうか よろしく、 と おねがい して しまった よう で ある。
 11 ガツ の スエ に オジサマ から ソクタツ が きて、 スンズ テツドウ の エンセン に カワダ シシャク の ベッソウ が ウリモノ に でて いる、 イエ は タカダイ で ミハラシ が よく、 ハタケ も 100 ツボ ばかり ある、 あの アタリ は ウメ の メイショ で、 フユ あたたかく ナツ すずしく、 すめば きっと、 オキ に めす ところ と おもう、 センポウ と ちょくせつ おあい に なって オハナシ を する ヒツヨウ も ある と おもわれる から、 アス、 とにかく ギンザ の ワタシ の ジムショ まで オイデ を こう、 と いう ブンメン で、
「オカアサマ、 おいで なさる?」
 と ワタシ が たずねる と、
「だって、 おねがい して いた の だ もの」
 と、 とても たまらなく さびしそう に わらって おっしゃった。
 あくる ヒ、 モト の ウンテンシュ の マツヤマ さん に オトモ を たのんで、 オカアサマ は、 オヒル すこし-スギ に おでかけ に なり、 ヨル の 8 ジ-ゴロ、 マツヤマ さん に おくられて おかえり に なった。
「きめました よ」
 カズコ の オヘヤ へ はいって きて、 カズコ の ツクエ に テ を ついて そのまま くずれる よう に おすわり に なり、 そう ヒトコト おっしゃった。
「きめた って、 ナニ を?」
「ゼンブ」
「だって」
 と ワタシ は おどろき、
「どんな オウチ だ か、 み も しない うち に、……」
 オカアサマ は ツクエ の ウエ に カタヒジ を たて、 ヒタイ に かるく オテ を あて、 ちいさい タメイキ を おつき に なり、
「ワダ の オジサマ が、 いい ところ だ と おっしゃる の だ もの。 ワタシ は、 このまま、 メ を つぶって その オウチ へ うつって いって も、 いい よう な キ が する」
 と おっしゃって オカオ を あげて、 かすか に おわらい に なった。 その カオ は、 すこし やつれて、 うつくしかった。
「そう ね」
 と ワタシ も、 オカアサマ の ワダ の オジサマ に たいする シンライシン の ウツクシサ に まけて、 アイヅチ を うち、
「それでは、 カズコ も メ を つぶる わ」
 フタリ で コエ を たてて わらった けれども、 わらった アト が、 すごく さびしく なった。
 それから マイニチ、 オウチ へ ニンプ が きて、 ヒッコシ の ニゴシラエ が はじまった。 ワダ の オジサマ も、 やって こられて、 うりはらう もの は うりはらう よう に それぞれ テハイ を して くださった。 ワタシ は ジョチュウ の オキミ と フタリ で、 イルイ の セイリ を したり、 ガラクタ を ニワサキ で もやしたり して いそがしい オモイ を して いた が、 オカアサマ は、 すこしも セイリ の オテツダイ も、 オサシズ も なさらず、 マイニチ オヘヤ で、 なんとなく、 ぐずぐず して いらっしゃる の で ある。
「どう なさった の? イズ へ いきたく なくなった の?」
 と おもいきって、 すこし きつく おたずね して も、
「いいえ」
 と ぼんやり した オカオ で おこたえ に なる だけ で あった。
 トオカ ばかり して、 セイリ が できあがった。 ワタシ は、 ユウガタ オキミ と フタリ で、 カミクズ や ワラ を ニワサキ で もやして いる と、 オカアサマ も、 オヘヤ から でて いらして、 エンガワ に おたち に なって だまって ワタシタチ の タキビ を みて いらした。 ハイイロ みたい な さむい ニシカゼ が ふいて、 ケムリ が ひくく チ を はって いて、 ワタシ は、 ふと オカアサマ の カオ を みあげ、 オカアサマ の オカオイロ が、 イマ まで みた こと も なかった くらい に わるい の に びっくり して、
「オカアサマ! オカオイロ が おわるい わ」
 と さけぶ と、 オカアサマ は うすく おわらい に なり、
「なんでも ない の」
 と おっしゃって、 そっと また オヘヤ に おはいり に なった。
 その ヨル、 オフトン は もう ニヅクリ を すまして しまった ので、 オキミ は 2 カイ の ヨウマ の ソファ に、 オカアサマ と ワタシ は、 オカアサマ の オヘヤ に、 オトナリ から おかり した ヒトクミ の オフトン を ひいて、 フタリ イッショ に やすんだ。
 オカアサマ は、 おや? と おもった くらい に ふけた よわよわしい オコエ で、
「カズコ が いる から、 カズコ が いて くれる から、 ワタシ は イズ へ いく の です よ。 カズコ が いて くれる から」
 と イガイ な こと を おっしゃった。
 ワタシ は、 どきん と して、
「カズコ が いなかったら?」
 と おもわず たずねた。
 オカアサマ は、 キュウ に おなき に なって、
「しんだ ほう が よい の です。 オトウサマ の なくなった この イエ で、 オカアサマ も、 しんで しまいたい のよ」
 と、 とぎれとぎれ に おっしゃって、 いよいよ はげしく おなき に なった。
 オカアサマ は、 イマ まで ワタシ に むかって イチド だって こんな ヨワネ を おっしゃった こと が なかった し、 また、 こんな に はげしく おなき に なって いる ところ を ワタシ に みせた こと も なかった。 オチチウエ が おなくなり に なった とき も、 また ワタシ が オヨメ に ゆく とき も、 そして アカチャン を オナカ に いれて オカアサマ の モト へ かえって きた とき も、 そして、 アカチャン が ビョウイン で しんで うまれた とき も、 それから ワタシ が ビョウキ に なって ねこんで しまった とき も、 また、 ナオジ が わるい こと を した とき も、 オカアサマ は、 けっして こんな およわい タイド を おみせ に なり は しなかった。 オチチウエ が おなくなり に なって 10 ネン-カン、 オカアサマ は、 オチチウエ の ザイセイチュウ と すこしも かわらない、 ノンキ な、 やさしい オカアサマ だった。 そうして、 ワタシタチ も、 イイキ に なって あまえて そだって きた の だ。 けれども、 オカアサマ には、 もう オカネ が なくなって しまった。 みんな ワタシタチ の ため に、 ワタシ と ナオジ の ため に、 ミジン も おしまず に おつかい に なって しまった の だ。 そうして もう、 この ナガネン すみなれた オウチ から でて いって、 イズ の ちいさい サンソウ で ワタシ と たった フタリ きり で、 わびしい セイカツ を はじめなければ ならなく なった。 もし オカアサマ が イジワル で けちけち して、 ワタシタチ を しかって、 そうして、 こっそり ゴジブン だけ の オカネ を ふやす こと を クフウ なさる よう な オカタ で あったら、 どんな に ヨノナカ が かわって も、 こんな、 しにたく なる よう な オキモチ に おなり に なる こと は なかったろう に、 ああ、 オカネ が なくなる と いう こと は、 なんと いう おそろしい、 みじめ な、 スクイ の ない ジゴク だろう、 と うまれて はじめて キ が ついた オモイ で、 ムネ が いっぱい に なり、 あまり くるしくて なきたくて も なけず、 ジンセイ の ゲンシュク とは、 こんな とき の カンジ を いう の で あろう か、 ミウゴキ ヒトツ できない キモチ で、 アオムケ に ねた まま、 ワタシ は イシ の よう に じっと して いた。
 あくる ヒ、 オカアサマ は、 やはり オカオイロ が わるく、 なお なにやら ぐずぐず して、 すこし でも ながく この オウチ に いらっしゃりたい ヨウス で あった が、 ワダ の オジサマ が みえられて、 もう ニモツ は ほとんど ハッソウ して しまった し、 キョウ イズ に シュッパツ、 と おいいつけ に なった ので、 オカアサマ は、 しぶしぶ コート を きて、 オワカレ の アイサツ を もうしあげる オキミ や、 デイリ の ヒトタチ に ムゴン で オエシャク なさって、 オジサマ と ワタシ と 3 ニン、 ニシカタマチ の オウチ を でた。
 キシャ は わりに すいて いて、 3 ニン とも こしかけられた。 キシャ の ナカ では、 オジサマ は ヒジョウ な ジョウキゲン で、 ウタイ など うなって いらっしゃった が、 オカアサマ は オカオイロ が わるく、 うつむいて、 とても さむそう に して いらした。 ミシマ で スンズ テツドウ に のりかえ、 イズ ナガオカ で ゲシャ して、 それから バス で 15 フン くらい で おりて から ヤマ の ほう に むかって、 ゆるやか な サカミチ を のぼって ゆく と、 ちいさい ブラク が あって、 その ブラク の ハズレ に、 シナフウ の、 ちょっと こった サンソウ が あった。
「オカアサマ、 おもった より も いい ところ ね」
 と ワタシ は イキ を はずませて いった。
「そう ね」
 と オカアサマ も、 サンソウ の ゲンカン の マエ に たって、 イッシュン うれしそう な メツキ を なさった。
「だいいち、 クウキ が いい。 セイジョウ な クウキ です」
 と オジサマ は、 ゴジマン なさった。
「ホントウ に」
 と オカアサマ は ほほえまれて、
「おいしい。 ここ の クウキ は、 おいしい」
 と おっしゃった。
 そうして、 3 ニン で わらった。
 ゲンカン に はいって みる と、 もう トウキョウ から の オニモツ が ついて いて、 ゲンカン から オヘヤ から オニモツ で いっぱい に なって いた。
「ツギ には、 オザシキ から の ナガメ が よい」
 オジサマ は うかれて、 ワタシタチ を オザシキ に ひっぱって いって すわらせた。
 ゴゴ の 3 ジ-ゴロ で、 フユ の ヒ が、 オニワ の シバフ に やわらかく あたって いて、 シバフ から イシダン を おりつくした アタリ に ちいさい オイケ が あり、 ウメ の キ が たくさん あって、 オニワ の シタ には ミカンバタケ が ひろがり、 それから ソンドウ が あって、 その ムコウ は スイデン で、 それから ずっと ムコウ に マツバヤシ が あって、 その マツバヤシ の ムコウ に ウミ が みえる。 ウミ は、 こうして オザシキ に すわって いる と、 ちょうど ワタシ の オチチ の サキ に スイヘイセン が さわる くらい の タカサ に みえた。
「やわらか な ケシキ ねえ」
 と オカアサマ は、 ものうそう に おっしゃった。
「クウキ の せい かしら。 ヒ の ヒカリ が、 まるで トウキョウ と ちがう じゃ ない の。 コウセン が キヌゴシ されて いる みたい」
 と ワタシ は、 はしゃいで いった。
 10 ジョウ マ と 6 ジョウ マ と、 それから シナ-シキ の オウセツマ と、 それから オゲンカン が 3 ジョウ、 オフロバ の ところ にも 3 ジョウ が ついて いて、 それから ショクドウ と オカッテ と、 それから オニカイ に おおきい ベッド の ついた ライキャクヨウ の ヨウマ が ヒトマ、 それ だけ の マカズ だ けれども、 ワタシタチ フタリ、 いや、 ナオジ が かえって 3 ニン に なって も、 べつに キュウクツ で ない と おもった。
 オジサマ は、 この ブラク で たった 1 ケン だ と いう ヤドヤ へ、 オショクジ を コウショウ に でかけ、 やがて とどけられた オベントウ を、 オザシキ に ひろげて ゴジサン の ウイスキー を おのみ に なり、 この サンソウ の イゼン の モチヌシ で いらした カワダ シシャク と シナ で あそんだ コロ の シッパイダン など かたって、 ダイヨウキ で あった が、 オカアサマ は、 オベントウ にも ほんの ちょっと オハシ を おつけ に なった だけ で、 やがて、 アタリ が うすぐらく なって きた コロ、
「すこし、 このまま ねかして」
 と ちいさい コエ で おっしゃった。
 ワタシ が オニモツ の ナカ から オフトン を だして、 ねかせて あげ、 なんだか ひどく キガカリ に なって きた ので、 オニモツ から タイオンケイ を さがしだして、 オネツ を はかって みたら、 39 ド あった。
 オジサマ も おどろいた ゴヨウス で、 とにかく シタ の ムラ まで、 オイシャ を さがし に でかけられた。
「オカアサマ!」
 と および して も、 ただ、 うとうと して いらっしゃる。
 ワタシ は オカアサマ の ちいさい オテ を にぎりしめて、 すすりないた。 オカアサマ が、 おかわいそう で おかわいそう で、 いいえ、 ワタシタチ フタリ が かわいそう で かわいそう で、 いくら ないて も、 とまらなかった。 なきながら、 ホント に このまま オカアサマ と イッショ に しにたい と おもった。 もう ワタシタチ は、 なにも いらない。 ワタシタチ の ジンセイ は、 ニシカタマチ の オウチ を でた とき に、 もう おわった の だ と おもった。
 2 ジカン ほど して オジサマ が、 ムラ の センセイ を つれて こられた。 ムラ の センセイ は、 もう だいぶ オトシヨリ の よう で、 そうして センダイヒラ の ハカマ を つけ、 シロタビ を はいて おられた。
 ゴシンサツ が おわって、
「ハイエン に なる かも しれません で ございます。 けれども、 ハイエン に なりまして も、 ゴシンパイ は ございません」
 と、 なんだか たよりない こと を おっしゃって、 チュウシャ を して くださって かえられた。
 あくる ヒ に なって も、 オカアサマ の オネツ は、 さがらなかった。 ワダ の オジサマ は、 ワタシ に 2000 エン おてわたし に なって、 もし まんいち、 ニュウイン など しなければ ならぬ よう に なったら、 トウキョウ へ デンポウ を うつ よう に、 と いいのこして、 ひとまず その ヒ に キキョウ なされた。
 ワタシ は オニモツ の ナカ から サイショウゲン の ヒツヨウ な スイジ ドウグ を とりだし、 オカユ を つくって オカアサマ に すすめた。 オカアサマ は、 オヤスミ の まま、 ミサジ おあがり に なって、 それから、 クビ を ふった。
 オヒル すこし マエ に、 シタ の ムラ の センセイ が また みえられた。 コンド は オハカマ は つけて いなかった が、 シロタビ は、 やはり はいて おられた。
「ニュウイン した ほう が、……」
 と ワタシ が もうしあげたら、
「いや、 その ヒツヨウ は、 ございません でしょう。 キョウ は ひとつ、 つよい オチュウシャ を して さしあげます から、 オネツ も さがる こと でしょう」
 と、 あいかわらず たよりない よう な オヘンジ で、 そうして、 いわゆる その つよい チュウシャ を して おかえり に なられた。
 けれども、 その つよい チュウシャ が キコウ を そうした の か、 その ヒ の オヒルスギ に、 オカアサマ の オカオ が マッカ に なって、 そうして オアセ が ひどく でて、 オネマキ を きかえる とき、 オカアサマ は わらって、
「メイイ かも しれない わ」
 と おっしゃった。
 ネツ は 7 ド に さがって いた。 ワタシ は うれしく、 この ムラ に たった 1 ケン の ヤドヤ に はしって ゆき、 そこ の オカミサン に たのんで、 ケイラン を トオ ばかり わけて もらい、 さっそく ハンジュク に して オカアサマ に さしあげた。 オカアサマ は ハンジュク を ミッツ と、 それから オカユ を オチャワン に ハンブン ほど いただいた。
 あくる ヒ、 ムラ の メイイ が、 また シロタビ を はいて おみえ に なり、 ワタシ が キノウ の つよい チュウシャ の オレイ を もうしあげたら、 きく の は トウゼン、 と いう よう な オカオ で ふかく うなずき、 テイネイ に ゴシンサツ なさって、 そうして ワタシ の ほう に むきなおり、
「オオオクサマ は、 もはや ゴビョウキ では ございません。 で ございます から、 これから は、 ナニ を おあがり に なって も、 ナニ を なさって も よろしゅう ございます」
 と、 やはり、 ヘン な イイカタ を なさる ので、 ワタシ は ふきだしたい の を こらえる の に ホネ が おれた。
 センセイ を ゲンカン まで おおくり して、 オザシキ に ひきかえして きて みる と、 オカアサマ は、 オトコ の ウエ に おすわり に なって いらして、
「ホントウ に メイイ だわ。 ワタシ は、 もう、 ビョウキ じゃ ない」
 と、 とても たのしそう な オカオ を して、 うっとり と ヒトリゴト の よう に おっしゃった。
「オカアサマ、 ショウジ を あけましょう か。 ユキ が ふって いる のよ」
 ハナビラ の よう な おおきい ボタンユキ が、 ふわり ふわり ふりはじめて いた の だ。 ワタシ は、 ショウジ を あけ、 オカアサマ と ならんで すわり、 ガラスド-ゴシ に イズ の ユキ を ながめた。
「もう ビョウキ じゃ ない」
 と、 オカアサマ は、 また ヒトリゴト の よう に おっしゃって、
「こうして すわって いる と、 イゼン の こと が、 みな ユメ だった よう な キ が する。 ワタシ は ホントウ は、 ヒッコシ マギワ に なって、 イズ へ くる の が、 どうしても、 なんと して も、 いや に なって しまった の。 ニシカタマチ の あの オウチ に、 1 ニチ でも ハンニチ でも ながく いたかった の。 キシャ に のった とき には、 ハンブン しんで いる よう な キモチ で、 ここ に ついた とき も、 はじめ ちょっと たのしい よう な キブン が した けど、 うすぐらく なったら、 もう トウキョウ が こいしくて、 ムネ が こげる よう で、 キ が とおく なって しまった の。 フツウ の ビョウキ じゃ ない ん です。 カミサマ が ワタシ を イチド おころし に なって、 それから キノウ まで の ワタシ と ちがう ワタシ に して、 よみがえらせて くださった の だわ」
 それから、 キョウ まで、 ワタシタチ フタリ きり の サンソウ セイカツ が、 まあ、 どうやら コト も なく、 アンノン に つづいて きた の だ。 ブラク の ヒトタチ も ワタシタチ に シンセツ に して くれた。 ここ へ ひっこして きた の は、 キョネン の 12 ガツ、 それから、 1 ガツ、 2 ガツ、 3 ガツ、 4 ガツ の キョウ まで、 ワタシタチ は オショクジ の オシタク の ホカ は、 たいてい オエンガワ で アミモノ を したり、 シナマ で ホン を よんだり、 オチャ を いただいたり、 ほとんど ヨノナカ と はなれて しまった よう な セイカツ を して いた の で ある。 2 ガツ には ウメ が さき、 この ブラク ゼンタイ が ウメ の ハナ で うまった。 そうして 3 ガツ に なって も、 カゼ の ない おだやか な ヒ が おおかった ので、 マンカイ の ウメ は すこしも おとろえず、 3 ガツ の スエ まで うつくしく さきつづけた。 アサ も ヒル も、 ユウガタ も、 ヨル も、 ウメ の ハナ は、 タメイキ の でる ほど うつくしかった。 そうして オエンガワ の ガラスド を あける と、 いつでも ハナ の ニオイ が オヘヤ に すっと ながれて きた。 3 ガツ の オワリ には、 ユウガタ に なる と、 きっと カゼ が でて、 ワタシ が ユウグレ の ショクドウ で オチャワン を ならべて いる と、 マド から ウメ の ハナビラ が ふきこんで きて、 オチャワン の ナカ に はいって ぬれた。 4 ガツ に なって、 ワタシ と オカアサマ が オエンガワ で アミモノ を しながら、 フタリ の ワダイ は、 たいてい ハタケヅクリ の ケイカク で あった。 オカアサマ も おてつだい したい と おっしゃる。 ああ、 こうして かいて みる と、 いかにも ワタシタチ は、 いつか オカアサマ の おっしゃった よう に、 イチド しんで、 ちがう ワタシタチ に なって よみがえった よう でも ある が、 しかし、 イエス サマ の よう な フッカツ は、 しょせん、 ニンゲン には できない の では なかろう か。 オカアサマ は、 あんな ふう に おっしゃった けれども、 それでも やはり、 スープ を ヒトサジ すって は、 ナオジ を おもい、 あ、 と おさけび に なる。 そうして ワタシ の カコ の キズアト も、 じつは、 ちっとも なおって い は しない の で ある。
 ああ、 なにも ヒトツ も つつみかくさず、 はっきり かきたい。 この サンソウ の アンノン は、 ゼンブ イツワリ の、 ミセカケ に すぎない と、 ワタシ は ひそか に おもう とき さえ ある の だ。 これ が ワタシタチ オヤコ が カミサマ から いただいた みじかい キュウソク の キカン で あった と して も、 もう すでに この ヘイワ には、 ナニ か フキツ な、 くらい カゲ が しのびよって きて いる よう な キ が して ならない。 オカアサマ は、 コウフク を およそおい に なりながら も、 ひにひに おとろえ、 そうして ワタシ の ムネ には マムシ が やどり、 オカアサマ を ギセイ に して まで ふとり、 ジブン で おさえて も おさえて も ふとり、 ああ、 これ が ただ キセツ の せい だけ の もの で あって くれたら よい、 ワタシ には コノゴロ、 こんな セイカツ が、 とても たまらなく なる こと が ある の だ。 ヘビ の タマゴ を やく など と いう はしたない こと を した の も、 そのよう な ワタシ の いらいら した オモイ の アラワレ の ヒトツ だった の に ちがいない の だ。 そうして ただ、 オカアサマ の カナシミ を ふかく させ、 スイジャク させる ばかり なの だ。
 コイ、 と かいたら、 アト、 かけなく なった。

 2

 ヘビ の タマゴ の こと が あって から、 トオカ ほど たち、 フキツ な こと が つづいて おこり、 いよいよ オカアサマ の カナシミ を ふかく させ、 その オイノチ を うすく させた。
 ワタシ が、 カジ を おこしかけた の だ。
 ワタシ が カジ を おこす。 ワタシ の ショウガイ に そんな おそろしい こと が あろう とは、 おさない とき から イマ まで、 イチド も ユメ に さえ かんがえた こと が なかった のに。
 オヒ を ソマツ に すれば カジ が おこる、 と いう きわめて トウゼン の こと にも、 きづかない ほど の ワタシ は あの いわゆる 「オヒメサマ」 だった の だろう か。
 ヨナカ に オテアライ に おきて、 オゲンカン の ツイタテ の ソバ まで ゆく と、 オフロバ の ほう が あかるい。 なにげなく のぞいて みる と、 オフロバ の ガラスド が マッカ で、 ぱちぱち と いう オト が きこえる。 コバシリ に はしって いって オフロバ の クグリド を あけ、 ハダシ で ソト に でて みたら、 オフロ の カマド の ソバ に つみあげて あった マキ の ヤマ が、 すごい カセイ で もえて いる。
 ニワツヅキ の シタ の ノウカ に とんで ゆき、 ちからいっぱい に ト を たたいて、
「ナカイ さん! おきて ください、 カジ です!」
 と さけんだ。
 ナカイ さん は、 もう、 ねて いらっしゃった らしかった が、
「はい、 すぐ いきます」
 と ヘンジ して、 ワタシ が、 おねがい します、 はやく おねがい します、 と いって いる うち に、 ユカタ の ネマキ の まま で オウチ から とびでて こられた。
 フタリ で ヒ の ソバ に かけもどり、 バケツ で オイケ の ミズ を くんで かけて いる と、 オザシキ の ロウカ の ほう から、 オカアサマ の、 ああっ、 と いう サケビ が きこえた。 ワタシ は バケツ を なげすて、 オニワ から ロウカ に あがって、
「オカアサマ、 シンパイ しないで、 だいじょうぶ、 やすんで いらして」
 と、 たおれかかる オカアサマ を だきとめ、 オネドコ に つれて いって ねかせ、 また ヒ の ところ に とんで かえって、 コンド は オフロ の ミズ を くんで は ナカイ さん に てわたし、 ナカイ さん は それ を マキ の ヤマ に かけた が カセイ は つよく、 とても そんな こと では きえそう も なかった。
「カジ だ。 カジ だ。 オベッソウ が カジ だ」
 と いう コエ が シタ の ほう から きこえて、 たちまち 4~5 ニン の ムラ の ヒトタチ が、 カキネ を こわして、 とびこんで いらした。 そうして、 カキネ の シタ の、 ヨウスイ の ミズ を、 リレー-シキ に バケツ で はこんで、 2~3 プン の アイダ に けしとめて くださった。 もうすこし で、 オフロバ の ヤネ に もえうつろう と する ところ で あった。
 よかった、 と おもった トタン に、 ワタシ は この カジ の ゲンイン に きづいて ぎょっと した。 ホントウ に、 ワタシ は その とき はじめて、 この カジ サワギ は、 ワタシ が ユウガタ、 オフロ の カマド の モエノコリ の マキ を、 カマド から ひきだして けした つもり で、 マキ の ヤマ の ソバ に おいた こと から おこった の だ、 と いう こと に きづいた の だ。 そう きづいて、 なきだしたく なって たちつくして いたら、 マエ の オウチ の ニシヤマ さん の オヨメサン が カキネ の ソト で、 オフロバ が マルヤケ だよ、 カマド の ヒ の フシマツ だよ、 と こわだか に はなす の が きこえた。
 ソンチョウ の フジタ さん、 ニノミヤ ジュンサ、 ケイボウダンチョウ の オオウチ さん など が、 やって こられて、 フジタ さん は、 イツモ の おやさしい エガオ で、
「おどろいた でしょう。 どうした の です か?」
 と おたずね に なる。
「ワタシ が、 いけなかった の です。 けした つもり の マキ を、……」
 と いいかけて、 ジブン が あんまり みじめ で、 ナミダ が わいて でて、 それっきり うつむいて だまった。 ケイサツ に つれて ゆかれて、 ザイニン に なる の かも しれない、 と その とき おもった。 ハダシ で、 オネマキ の まま の、 とりみだした ジブン の スガタ が キュウ に はずかしく なり、 つくづく、 おちぶれた と おもった。
「わかりました。 オカアサン は?」
 と フジタ さん は、 いたわる よう な クチョウ で、 しずか に おっしゃる。
「オザシキ に やすませて おります の。 ひどく おどろいて いらして、……」
「しかし、 まあ」
 と おわかい ニノミヤ ジュンサ も、
「イエ に ヒ が つかなくて、 よかった」
 と なぐさめる よう に おっしゃる。
 すると、 そこ へ シタ の ノウカ の ナカイ さん が、 フクソウ を あらためて でなおして こられて、
「なに ね、 マキ が ちょっと もえた だけ なん です。 ボヤ、 と まで も いきません」
 と イキ を はずませて いい、 ワタシ の おろか な カシツ を かばって くださる。
「そう です か。 よく わかりました」
 と ソンチョウ の フジタ さん は 2 ド も 3 ド も うなずいて、 それから ニノミヤ ジュンサ と ナニ か コゴエ で ソウダン を なさって いらした が、
「では、 かえります から、 どうぞ、 オカアサン に よろしく」
 と おっしゃって、 そのまま、 ケイボウダンチョウ の オオウチ さん や その ホカ の カタタチ と イッショ に おかえり に なる。
 ニノミヤ ジュンサ だけ、 おのこり に なって、 そうして ワタシ の すぐ マエ まで あゆみよって こられて、 コキュウ だけ の よう な ひくい コエ で、
「それでは ね、 コンヤ の こと は、 べつに、 とどけない こと に します から」
 と おっしゃった。
 ニノミヤ ジュンサ が おかえり に なったら、 シタ の ノウカ の ナカイ さん が、
「ニノミヤ さん は、 どう いわれました?」
 と、 じつに シンパイ そう な、 キンチョウ の オコエ で たずねる。
「とどけない って、 おっしゃいました」
 と ワタシ が こたえる と、 カキネ の ほう に まだ キンジョ の オカタ が いらして、 その ワタシ の ヘンジ を ききとった ヨウス で、 そう か、 よかった、 よかった、 と いいながら、 そろそろ ひきあげて ゆかれた。
 ナカイ さん も、 おやすみなさい、 を いって おかえり に なり、 アト には ワタシ ヒトリ、 ぼんやり やけた マキ の ヤマ の ソバ に たち、 なみだぐんで ソラ を みあげたら、 もう それ は ヨアケ ちかい ソラ の ケハイ で あった。
 フロバ で、 テ と アシ と カオ を あらい、 オカアサマ に あう の が なんだか おっかなくって、 オフロバ の 3 ジョウ マ で カミ を なおしたり して ぐずぐず して、 それから オカッテ に ゆき、 ヨ の まったく あけはなれる まで、 オカッテ の ショッキ の ヨウ も ない セイリ など して いた。
 ヨ が あけて、 オザシキ の ほう に、 そっと アシオト を しのばせて いって みる と、 オカアサマ は、 もう ちゃんと オキガエ を すまして おられて、 そうして シナマ の オイス に、 つかれきった よう に して こしかけて いらした。 ワタシ を みて、 にっこり おわらい に なった が、 その オカオ は、 びっくり する ほど あおかった。
 ワタシ は わらわず、 だまって、 オカアサマ の オイス の ウシロ に たった。
 しばらく して オカアサマ が、
「なんでも ない こと だった のね。 もやす ため の マキ だ もの」
 と おっしゃった。
 ワタシ は キュウ に たのしく なって、 ふふん と わらった。 オリ に かないて かたる コトバ は ギン の ホリモノ に キン の リンゴ を はめたる が ごとし、 と いう セイショ の シンゲン を おもいだし、 こんな やさしい オカアサマ を もって いる ジブン の コウフク を、 つくづく カミサマ に カンシャ した。 ユウベ の こと は、 ユウベ の こと。 もう くよくよ すまい、 と おもって、 ワタシ は シナマ の ガラスド-ゴシ に、 アサ の イズ の ウミ を ながめ、 いつまでも オカアサマ の ウシロ に たって いて、 オシマイ には オカアサマ の しずか な コキュウ と ワタシ の コキュウ が ぴったり あって しまった。
 アサ の オショクジ を かるく すまして から、 ワタシ は、 やけた マキ の ヤマ の セイリ に とりかかって いる と、 この ムラ で たった 1 ケン の ヤドヤ の オカミサン で ある オサキ さん が、
「どうした のよ? どうした のよ? イマ、 ワタシ、 はじめて きいて、 まあ、 ユウベ は、 いったい、 どうした のよ?」
 と いいながら ニワ の シオリド から コバシリ に はしって やって こられて、 そうして その メ には、 ナミダ が ひかって いた。
「すみません」
 と ワタシ は コゴエ で わびた。
「すみません も なにも。 それ より も、 オジョウサン、 ケイサツ の ほう は?」
「いい ん ですって」
「まあ よかった」
 と、 しんから うれしそう な カオ を して くださった。
 ワタシ は オサキ さん に、 ムラ の ミナサン へ どんな カタチ で、 オレイ と オワビ を したら いい か、 ソウダン した。 オサキ さん は、 やはり オカネ が いい でしょう、 と いい、 それ を もって オワビマワリ を す べき イエイエ を おしえて くださった。
「でも、 オジョウサン が オヒトリ で まわる の が おいや だったら、 ワタシ も イッショ に ついて いって あげます よ」
「ヒトリ で いった ほう が、 いい の でしょう?」
「ヒトリ で いける? そりゃ、 ヒトリ で いった ほう が いい の」
「ヒトリ で いく わ」
 それから オサキ さん は、 ヤケアト の セイリ を すこし てつだって くださった。
 セイリ が すんで から、 ワタシ は オカアサマ から オカネ を いただき、 100 エン シヘイ を 1 マイ ずつ ミノガミ に つつんで、 ソレゾレ の ツツミ に、 オワビ、 と かいた。
 まず イチバン に ヤクバ へ いった。 ソンチョウ の フジタ さん は オルス だった ので、 ウケツケ の ムスメ さん に カミヅツミ を さしだし、
「サクヤ は、 もうしわけない こと を いたしました。 これから、 キ を つけます から、 どうぞ おゆるし くださいまし。 ソンチョウ さん に、 よろしく」
 と オワビ を もうしあげた。
 それから、 ケイボウダンチョウ の オオウチ さん の オウチ へ ゆき、 オオウチ さん が オゲンカン に でて こられて、 ワタシ を みて だまって かなしそう に ほほえんで いらして、 ワタシ は、 どうして だ か、 キュウ に なきたく なり、
「ユウベ は、 ごめんなさい」
 と いう の が、 やっと で、 いそいで オイトマ して、 みちみち、 ナミダ が あふれて きて、 カオ が ダメ に なった ので、 いったん オウチ へ かえって、 センメンジョ で カオ を あらい、 オケショウ を しなおして、 また でかけよう と して ゲンカン で クツ を はいて いる と、 オカアサマ が、 でて いらして、
「まだ、 どこ か へ いく の?」
 と おっしゃる。
「ええ、 これから よ」
 ワタシ は カオ を あげない で こたえた。
「ごくろうさま ね」
 しんみり おっしゃった。
 オカアサマ の アイジョウ に チカラ を えて、 コンド は イチド も なかず に、 ゼンブ を まわる こと が できた。
 クチョウ さん の オウチ に いったら、 クチョウ さん は オルス で、 ムスコ さん の オヨメサン が でて いらした が、 ワタシ を みる なり かえって ムコウ で なみだぐんで おしまい に なり、 また、 ジュンサ の ところ では、 ニノミヤ ジュンサ が、 よかった、 よかった、 と おっしゃって くれる し、 ミンナ おやさしい オカタタチ ばかり で、 それから ゴキンジョ の オウチ を まわって、 やはり ミナサマ から、 ドウジョウ され、 なぐさめられた。 ただ、 マエ の オウチ の ニシヤマ さん の オヨメサン、 と いって も、 もう 40 くらい の オバサン だ が、 その ヒト に だけ は、 びしびし しかられた。
「これから も キ を つけて ください よ。 ミヤサマ だ か ナニサマ だ か しらない けれども、 ワタシ は マエ から、 アンタタチ の ママゴト アソビ みたい な クラシカタ を、 はらはら しながら みて いた ん です。 コドモ が フタリ で くらして いる みたい なん だ から、 イマ まで カジ を おこさなかった の が フシギ な くらい の もの だ。 ホントウ に これから は、 キ を つけて ください よ。 ユウベ だって、 アンタ、 あれ で カゼ が つよかったら、 この ムラ ゼンブ が もえた の です よ」
 この ニシヤマ さん の オヨメサン は、 シタ の ノウカ の ナカイ さん など は ソンチョウ さん や ニノミヤ ジュンサ の マエ に とんで でて、 ボヤ と まで も いきません、 と いって かばって くださった のに、 カキネ の ソト で、 フロバ が マルヤケ だよ、 カマド の ヒ の フシマツ だよ、 と おおきい コエ で いって いらした ヒト で ある。 けれども、 ワタシ は ニシヤマ さん の オヨメサン の オコゴト にも、 シンジツ を かんじた。 ホントウ に その とおり だ と おもった。 すこしも、 ニシヤマ さん の オヨメサン を うらむ こと は ない。 オカアサマ は、 もやす ため の マキ だ もの、 と ジョウダン を おっしゃって ワタシ を なぐさめて くださった が、 しかし、 あの とき に カゼ が つよかったら、 ニシヤマ さん の オヨメサン の おっしゃる とおり、 この ムラ ゼンタイ が やけた の かも しれない。 そう なったら ワタシ は、 しんで おわび したって おっつかない。 ワタシ が しんだら、 オカアサマ も いきて は、 いらっしゃらない だろう し、 また なくなった オチチウエ の オナマエ を けがして しまう こと にも なる。 イマ は もう、 ミヤサマ も カゾク も あった もの では ない けれども、 しかし、 どうせ ほろびる もの なら、 おもいきって カレイ に ほろびたい。 カジ を だして その オワビ に しぬ なんて、 そんな みじめ な シニカタ では、 しんで も しにきれまい。 とにかく、 もっと、 しっかり しなければ ならぬ。
 ワタシ は ヨクジツ から、 ハタケシゴト に セイ を だした。 シタ の ノウカ の ナカイ さん の ムスメ さん が、 ときどき おてつだい して くださった。 カジ を だす など と いう シュウタイ を えんじて から は、 ワタシ の カラダ の チ が なんだか すこし あかぐろく なった よう な キ が して、 その マエ には、 ワタシ の ムネ に イジワル の マムシ が すみ、 コンド は チ の イロ まで すこし かわった の だ から、 いよいよ ヤセイ の イナカムスメ に なって ゆく よう な キブン で、 オカアサマ と オエンガワ で アミモノ など を して いて も、 へんに キュウクツ で いきぐるしく、 かえって ハタケ へ でて、 ツチ を ほりおこしたり して いる ほう が キラク な くらい で あった。
 キンニク ロウドウ、 と いう の かしら。 このよう な チカラシゴト は、 ワタシ に とって イマ が はじめて では ない。 ワタシ は センソウ の とき に チョウヨウ されて、 ヨイトマケ まで させられた。 イマ ハタケ に はいて でて いる ジカタビ も、 その とき、 グン の ほう から ハイキュウ に なった もの で ある。 ジカタビ と いう もの を、 その とき、 それこそ うまれて はじめて はいて みた の で ある が、 びっくり する ほど、 ハキゴコチ が よく、 それ を はいて オニワ を あるいて みたら、 トリ や ケモノ が、 ハダシ で ジベタ を あるいて いる キガルサ が、 ジブン にも よく わかった よう な キ が して、 とても、 ムネ が うずく ほど、 うれしかった。 センソウチュウ の、 たのしい キオク は、 たった それ ヒトツ きり。 おもえば、 センソウ なんて、 つまらない もの だった。
  サクネン は、 なにも なかった。
  イッサクネン は、 なにも なかった。
  その マエ の トシ も、 なにも なかった。
 そんな おもしろい シ が、 シュウセン チョクゴ の ある シンブン に のって いた が、 ホントウ に、 イマ おもいだして みて も、 サマザマ の こと が あった よう な キ が しながら、 やはり、 なにも なかった と おなじ よう な キ も する。 ワタシ は、 センソウ の ツイオク は かたる の も、 きく の も、 いや だ。 ヒト が たくさん しんだ のに、 それでも チンプ で タイクツ だ。 けれども、 ワタシ は、 やはり ジブン カッテ なの で あろう か。 ワタシ が チョウヨウ されて ジカタビ を はき、 ヨイトマケ を やらされた とき の こと だけ は、 そんな に チンプ だ とも おもえない。 ずいぶん いや な オモイ も した が、 しかし、 ワタシ は あの ヨイトマケ の おかげ で、 すっかり カラダ が ジョウブ に なり、 イマ でも ワタシ は、 いよいよ セイカツ に こまったら、 ヨイトマケ を やって いきて ゆこう と おもう こと が ある くらい なの だ。
 センキョク が そろそろ ゼツボウ に なって きた コロ、 グンプク みたい な もの を きた オトコ が、 ニシカタマチ の オウチ へ やって きて、 ワタシ に チョウヨウ の カミ と、 それから ロウドウ の ヒワリ を かいた カミ を わたした。 ヒワリ の カミ を みる と、 ワタシ は その ヨクジツ から 1 ニチ-オキ に タチカワ の オク の ヤマ へ かよわなければ ならなく なって いた ので、 おもわず ワタシ の メ から ナミダ が あふれた。
「ダイニン では、 いけない の でしょう か」
 ナミダ が とまらず、 ススリナキ に なって しまった。
「グン から、 アナタ に チョウヨウ が きた の だ から、 かならず、 ホンニン で なければ いけない」
 と その オトコ は、 つよく こたえた。
 ワタシ は ゆく ケッシン を した。
 その ヨクジツ は アメ で、 ワタシタチ は タチカワ の ヤマ の フモト に セイレツ させられ、 まず ショウコウ の オセッキョウ が あった。
「センソウ には、 かならず かつ」
 と ボウトウ して、
「センソウ には かならず かつ が、 しかし、 ミナサン が グン の メイレイドオリ に シゴト しなければ、 サクセン に シショウ を きたし、 オキナワ の よう な ケッカ に なる。 かならず、 いわれた だけ の シゴト は、 やって ほしい。 それから、 この ヤマ にも、 スパイ が はいって いる かも しれない から、 おたがいに チュウイ する こと。 ミナサン も これから は、 ヘイタイ と おなじ に、 ジンチ の ナカ へ はいって シゴト を する の で ある から、 ジンチ の ヨウス は、 ゼッタイ に、 タゴン しない よう に、 ジュウブン に チュウイ して ほしい」
 と いった。
 ヤマ には アメ が けむり、 ダンジョ とりまぜて 500 ちかい タイイン が、 アメ に ぬれながら たって その ハナシ を ハイチョウ して いる の だ。 タイイン の ナカ には、 コクミン ガッコウ の ダンセイト ジョセイト も まじって いて、 ミナ さむそう な ナキベソ の カオ を して いた。 アメ は ワタシ の レンコート を とおして、 ウワギ に しみて きて、 やがて ハダギ まで ぬらした ほど で あった。
 その ヒ は イチニチ、 モッコカツギ を して、 カエリ の デンシャ の ナカ で、 ナミダ が でて きて シヨウ が なかった が、 その ツギ の とき には、 ヨイトマケ の ツナヒキ だった。 そうして、 ワタシ には その シゴト が いちばん おもしろかった。
 2 ド、 3 ド、 ヤマ へ ゆく うち に、 コクミン ガッコウ の ダンセイト たち が ワタシ の スガタ を、 いやに じろじろ みる よう に なった。 ある ヒ、 ワタシ が モッコカツギ を して いる と、 ダンセイト が 2~3 ニン、 ワタシ と すれちがって、 それから、 その ウチ の ヒトリ が、
「アイツ が、 スパイ か」
 と コゴエ で いった の を きき、 ワタシ は びっくり して しまった。
「なぜ、 あんな こと を いう の かしら」
 と ワタシ は、 ワタシ と ならんで モッコ を かついで あるいて いる わかい ムスメ さん に たずねた。
「ガイジン みたい だ から」
 わかい ムスメ さん は、 マジメ に こたえた。
「アナタ も、 アタシ を スパイ だ と おもって いらっしゃる?」
「いいえ」
 コンド は すこし わらって こたえた。
「ワタシ、 ニホンジン です わ」
 と いって、 その ジブン の コトバ が、 われながら ばからしい ナンセンス の よう に おもわれて、 ヒトリ で くすくす わらった。
 ある オテンキ の いい ヒ に、 ワタシ は アサ から オトコ の ヒトタチ と イッショ に マルタ ハコビ を して いる と、 カンシ トウバン の わかい ショウコウ が カオ を しかめて、 ワタシ を ゆびさし、
「おい、 キミ。 キミ は、 こっち へ きたまえ」
 と いって、 さっさと マツバヤシ の ほう へ あるいて ゆき、 ワタシ が フアン と キョウフ で ムネ を どきどき させながら、 その アト に ついて ゆく と、 ハヤシ の オク に セイザイショ から きた ばかり の イタ が つんで あって、 ショウコウ は その マエ まで いって たちどまり、 くるり と ワタシ の ほう に むきなおって、
「マイニチ、 つらい でしょう。 キョウ は ひとつ、 この ザイモク の ミハリバン を して いて ください」
 と しろい ハ を だして わらった。
「ここ に、 たって いる の です か?」
「ここ は、 すずしくて しずか だ から、 この イタ の ウエ で オヒルネ でも して いて ください。 もし、 タイクツ だったら、 これ は、 オヨミ かも しれない けど」
 と いって、 ウワギ の ポケット から ちいさい ブンコボン を とりだし、 てれた よう に、 イタ の ウエ に ほうり、
「こんな もの でも、 よんで いて ください」
 ブンコボン には、 「トロイカ」 と しるされて いた。
 ワタシ は その ブンコボン を とりあげ、
「ありがとう ございます。 ウチ にも、 ホン の すき なの が いまして、 イマ、 ナンポウ に いって います けど」
 と もうしあげたら、 キキチガイ した らしく、
「ああ、 そう。 アナタ の ゴシュジン なの です ね。 ナンポウ じゃあ、 タイヘン だ」
 と クビ を ふって しんみり いい、
「とにかく、 キョウ は ここ で ミハリバン と いう こと に して、 アナタ の オベントウ は、 アト で ジブン が もって きて あげます から、 ゆっくり、 やすんで いらっしゃい」
 と いいすて、 イソギアシ で かえって ゆかれた。
 ワタシ は、 ザイモク に こしかけて、 ブンコボン を よみ、 ハンブン ほど よんだ コロ、 あの ショウコウ が、 こつこつ と クツ の オト を させて やって きて、
「オベントウ を もって きました。 オヒトリ で、 つまらない でしょう」
 と いって、 オベントウ を クサハラ の ウエ に おいて、 また オオイソギ で ひきかえして ゆかれた。
 ワタシ は、 オベントウ を すまして から、 コンド は、 ザイモク の ウエ に はいあがって、 ヨコ に なって ホン を よみ、 ゼンブ よみおえて から、 うとうと オヒルネ を はじめた。
 メ が さめた の は、 ゴゴ の 3 ジ-スギ だった。 ワタシ は、 ふと あの わかい ショウコウ を、 マエ に どこ か で みかけた こと が ある よう な キ が して きて、 かんがえて みた が、 おもいだせなかった。 ザイモク から おりて、 カミ を なでつけて いたら、 また、 こつこつ と クツ の オト が きこえて きて、
「やあ、 キョウ は ごくろうさま でした。 もう、 おかえり に なって よろしい」
 ワタシ は ショウコウ の ほう に はしりよって、 そうして ブンコボン を さしだし、 オレイ を いおう と おもった が、 コトバ が でず、 だまって ショウコウ の カオ を みあげ、 フタリ の メ が あった とき、 ワタシ の メ から ぽろぽろ ナミダ が でた。 すると、 その ショウコウ の メ にも、 きらり と ナミダ が ひかった。
 そのまま だまって おわかれ した が、 その わかい ショウコウ は、 それっきり イチド も、 ワタシタチ の はたらいて いる ところ に カオ を みせず、 ワタシ は、 あの ヒ に、 たった 1 ニチ あそぶ こと が できた だけ で、 それから は、 やはり 1 ニチ-オキ に タチカワ の ヤマ で、 くるしい サギョウ を した。 オカアサマ は、 ワタシ の カラダ を、 しきり に シンパイ して くださった が、 ワタシ は かえって ジョウブ に なり、 イマ では ヨイトマケ ショウバイ にも ひそか に ジシン を もって いる し、 また、 ハタケシゴト にも、 べつに クツウ を かんじない オンナ に なった。
 センソウ の こと は、 かたる の も きく の も いや、 など と いいながら、 つい ジブン の 「キチョウ なる タイケンダン」 など かたって しまった が、 しかし、 ワタシ の センソウ の ツイオク の ナカ で、 すこし でも かたりたい と おもう の は、 ざっと これ くらい の こと で、 アト は もう、 いつか の あの シ の よう に、
  サクネン は、 なにも なかった。
  イッサクネン は、 なにも なかった。
  その マエ の トシ も、 なにも なかった。
 と でも いいたい くらい で、 ただ、 ばかばかしく、 ワガミ に のこって いる もの は、 この ジカタビ 1 ソク、 と いう ハカナサ で ある。
 ジカタビ の こと から、 つい ムダバナシ を はじめて ダッセン しちゃった けれど、 ワタシ は、 この、 センソウ の ユイイツ の キネンヒン と でも いう べき ジカタビ を はいて、 マイニチ の よう に ハタケ に でて、 ムネ の オク の ひそか な フアン や ショウソウ を まぎらして いる の だ けれども、 オカアサマ は、 コノゴロ、 めだって ひにひに およわり に なって いらっしゃる よう に みえる。
 ヘビ の タマゴ。
 カジ。
 あの コロ から、 どうも オカアサマ は、 めっきり ゴビョウニン-くさく おなり に なった。 そうして ワタシ の ほう では、 その ハンタイ に、 だんだん ソヤ な ゲヒン な オンナ に なって ゆく よう な キ も する。 なんだか どうも ワタシ が、 オカアサマ から どんどん セイキ を すいとって ふとって ゆく よう な ココチ が して ならない。
 カジ の とき だって、 オカアサマ は、 もやす ため の マキ だ もの、 と ゴジョウダン を いって、 それっきり カジ の こと に ついて は ヒトコト も おっしゃらず、 かえって ワタシ を いたわる よう に して いらした が、 しかし、 ナイシン オカアサマ の うけられた ショック は、 ワタシ の 10 バイ も つよかった の に ちがいない。 あの カジ が あって から、 オカアサマ は、 ヨナカ に ときたま うめかれる こと が ある し、 また、 カゼ の つよい ヨル など は、 オテアライ に おいで に なる フリ を して、 シンヤ イクド も オトコ から ぬけて ウチジュウ を おみまわり に なる の で ある。 そうして オカオイロ は いつも さえず、 おあるき に なる の さえ やっと の よう に みえる ヒ も ある。 ハタケ も てつだいたい と、 マエ には おっしゃって いた が、 イチド ワタシ が、 およしなさい と もうしあげた のに、 イド から おおきい テオケ で ハタケ に ミズ を 5~6 パイ おはこび に なり、 ヨクジツ、 イキ の できない くらい に カタ が こる、 と おっしゃって イチニチ、 ネタキリ で、 そんな こと が あって から は さすが に ハタケシゴト は あきらめた ゴヨウス で、 ときたま ハタケ へ でて こられて も、 ワタシ の ハタラキブリ を、 ただ、 じっと みて いらっしゃる だけ で ある。
「ナツ の ハナ が すき な ヒト は、 ナツ に しぬ って いう けれども、 ホントウ かしら」
 キョウ も オカアサマ は、 ワタシ の ハタケシゴト を じっと みて いらして、 ふいと そんな こと を おっしゃった。 ワタシ は だまって オナス に ミズ を やって いた。 ああ、 そう いえば、 もう ショカ だ。
「ワタシ は、 ネム の ハナ が すき なん だ けれども、 ここ の オニワ には、 1 ポン も ない のね」
 と オカアサマ は、 また、 しずか に おっしゃる。
「キョウチクトウ が たくさん ある じゃ ない の」
 ワタシ は、 わざと、 つっけんどん な クチョウ で いった。
「あれ は、 きらい なの。 ナツ の ハナ は、 たいてい すき だ けど、 あれ は、 オキャン-すぎて」
「ワタシ なら バラ が いい な。 だけど、 あれ は シキザキ だ から、 バラ の すき な ヒト は、 ハル に しんで、 ナツ に しんで、 アキ に しんで、 フユ に しんで、 4 ド も しになおさなければ いけない の?」
 フタリ、 わらった。
「すこし、 やすまない?」
 と オカアサマ は、 なお おわらい に なりながら、
「キョウ は、 ちょっと カズコ さん と ソウダン したい こと が ある の」
「ナアニ? しぬ オハナシ なんか は、 まっぴら よ」
 ワタシ は オカアサマ の アト に ついて いって、 フジダナ の シタ の ベンチ に ならんで コシ を おろした。 フジ の ハナ は もう おわって、 やわらか な ゴゴ の ヒザシ が、 その ハ を とおして ワタシタチ の ヒザ の ウエ に おち、 ワタシタチ の ヒザ を ミドリイロ に そめた。
「マエ から きいて いただきたい と おもって いた こと です けど ね、 おたがいに キブン の いい とき に はなそう と おもって、 キョウ まで キカイ を まって いた の。 どうせ、 いい ハナシ じゃあ ない のよ。 でも、 キョウ は なんだか ワタシ も すらすら はなせる よう な キ が する もの だ から、 まあ、 アナタ も、 ガマン して オシマイ まで きいて ください ね。 じつは ね、 ナオジ は、 いきて いる の です」
 ワタシ は、 カラダ を かたく した。
「5~6 ニチ マエ に、 ワダ の オジサマ から オタヨリ が あって ね、 オジサマ の カイシャ に イゼン つとめて いらした オカタ で、 サイキン ナンポウ から キカン して、 オジサマ の ところ に アイサツ に いらして、 その とき、 ヨモヤマ の ハナシ の スエ に、 その オカタ が グウゼン にも ナオジ と おなじ ブタイ で、 そうして ナオジ は ブジ で、 もう すぐ キカン する だろう と いう こと が わかった の。 でも、 ね、 ヒトツ いや な こと が ある の。 その オカタ の ハナシ では、 ナオジ は かなり ひどい アヘン チュウドク に なって いる らしい、 と……」
「また!」
 ワタシ は にがい もの を たべた みたい に、 クチ を ゆがめた。 ナオジ は、 コウトウ ガッコウ の コロ に、 ある ショウセツカ の マネ を して、 マヤク チュウドク に かかり、 その ため に、 クスリヤ から おそろしい キンガク の カリ を つくって、 オカアサマ は、 その カリ を クスリヤ に ゼンブ しはらう の に 2 ネン も かかった の で ある。
「そう。 また、 はじめた らしい の。 けれども、 それ の なおらない うち は、 キカン も ゆるされない だろう から、 きっと なおして くる だろう と、 その オカタ も いって いらした そう です。 オジサマ の オテガミ では、 なおして かえって きた と して も、 そんな ココロガケ の モノ では、 すぐ どこ か へ つとめさせる と いう わけ には いかぬ、 イマ の この コンラン の トウキョウ で はたらいて は、 マトモ の ニンゲン で さえ すこし くるった よう な キブン に なる、 チュウドク の なおった ばかり の ハンビョウニン なら、 すぐ ハッキョウ-ギミ に なって、 ナニ を しでかす か、 わかった もの で ない、 それで、 ナオジ が かえって きたら、 すぐ この イズ の サンソウ に ひきとって、 どこ へも ださず に、 とうぶん ここ で セイヨウ させた ほう が よい、 それ が ヒトツ。 それから、 ねえ、 カズコ、 オジサマ が ねえ、 もう ヒトツ おいいつけ に なって いる の だよ。 オジサマ の オハナシ では、 もう ワタシタチ の オカネ が、 なんにも なくなって しまった ん だって。 チョキン の フウサ だの、 ザイサンゼイ だの で、 もう オジサマ も、 これまで の よう に ワタシタチ に オカネ を おくって よこす こと が メンドウ に なった の だ そう です。 それで ね、 ナオジ が かえって きて、 オカアサマ と、 ナオジ と、 カズコ と 3 ニン あそんで くらして いて は、 オジサマ も その セイカツヒ を ツゴウ なさる の に タイヘン な クロウ を しなければ ならぬ から、 イマ の うち に、 カズコ の オヨメイリサキ を さがす か、 または、 ゴホウコウ の オウチ を さがす か、 どちら か に なさい、 と いう、 まあ、 オイイツケ なの」
「ゴホウコウ って、 ジョチュウ の こと?」
「いいえ、 オジサマ が ね、 ほら、 あの、 コマバ の」
 と ある ミヤサマ の オナマエ を あげて、
「あの ミヤサマ なら、 ワタシタチ とも ケツエン ツヅキ だし、 ヒメミヤ の カテイ キョウシ を かねて、 ゴホウコウ に あがって も、 カズコ が、 そんな に さびしく キュウクツ な オモイ を せず に すむ だろう、 と おっしゃって いる の です」
「ホカ に、 ツトメグチ が ない もの かしら」
「ホカ の ショクギョウ は、 カズコ には、 とても ムリ だろう、 と おっしゃって いました」
「なぜ ムリ なの? ね、 なぜ ムリ なの?」
 オカアサマ は、 さびしそう に ほほえんで いらっしゃる だけ で、 なんとも おこたえ に ならなかった。
「いや だわ! ワタシ、 そんな ハナシ」
 ジブン でも、 あらぬ こと を くちばしった、 と おもった。 が、 とまらなかった。
「ワタシ が、 こんな ジカタビ を、 こんな ジカタビ を」
 と いったら、 ナミダ が でて きて、 おもわず わっと なきだした。 カオ を あげて、 ナミダ を テノコウ で はらいのけながら、 オカアサマ に むかって、 いけない、 いけない、 と おもいながら、 コトバ が ムイシキ みたい に、 ニクタイ と まるで ムカンケイ に、 つぎつぎ と つづいて でた。
「いつ だ か、 おっしゃった じゃ ない の。 カズコ が いる から、 カズコ が いて くれる から、 オカアサマ は イズ へ いく の です よ、 と おっしゃった じゃ ない の。 カズコ が いない と、 しんで しまう と おっしゃった じゃ ない の。 だから、 それだから、 カズコ は、 どこ へも いかず に、 オカアサマ の オソバ に いて、 こうして ジカタビ を はいて、 オカアサマ に おいしい オヤサイ を あげたい と、 それ ばっかり かんがえて いる のに、 ナオジ が かえって くる と おきき に なったら、 キュウ に ワタシ を ジャマ に して、 ミヤサマ の ジョチュウ に いけ なんて、 あんまり だわ、 あんまり だわ」
 ジブン でも、 ひどい こと を くちばしる と おもいながら、 コトバ が ベツ の イキモノ の よう に、 どうしても とまらない の だ。
「ビンボウ に なって、 オカネ が なくなったら、 ワタシタチ の キモノ を うったら いい じゃ ない の。 この オウチ も、 うって しまったら、 いい じゃ ない の。 ワタシ には、 なんだって できる わよ。 この ムラ の ヤクバ の オンナ ジムイン に だって ナン に だって なれる わよ。 ヤクバ で つかって くださらなかったら、 ヨイトマケ に だって なれる わよ。 ビンボウ なんて、 なんでも ない。 オカアサマ さえ、 ワタシ を かわいがって くださったら、 ワタシ は イッショウ オカアサマ の オソバ に いよう と ばかり かんがえて いた のに、 オカアサマ は、 ワタシ より も ナオジ の ほう が かわいい のね。 でて いく わ。 ワタシ は でて いく。 どうせ ワタシ は、 ナオジ とは ムカシ から セイカク が あわない の だ から、 3 ニン イッショ に くらして いたら、 おたがいに フコウ よ。 ワタシ は これまで ながい こと オカアサマ と フタリ きり で くらした の だ から、 もう おもいのこす こと は ない。 これから ナオジ が オカアサマ と オフタリ で ミズイラズ で くらして、 そうして ナオジ が たんと たんと オヤコウコウ を する と いい。 ワタシ は もう、 いや に なった。 これまで の セイカツ が、 いや に なった。 でて いきます。 キョウ これから、 すぐに でて いきます。 ワタシ には、 いく ところ が ある の」
 ワタシ は たった。
「カズコ!」
 オカアサマ は きびしく いい、 そうして かつて ワタシ に みせた こと の なかった ほど、 イゲン に みちた オカオツキ で、 すっと おたち に なり、 ワタシ と むかいあって、 そうして ワタシ より も すこし オセ が たかい くらい に みえた。
 ワタシ は、 ごめんなさい、 と すぐに いいたい と おもった が、 それ が クチ に どうしても でない で、 かえって ベツ の コトバ が でて しまった。
「だました のよ。 オカアサマ は、 ワタシ を おだまし に なった のよ。 ナオジ が くる まで、 ワタシ を リヨウ して いらっしゃった のよ。 ワタシ は、 オカアサマ の ジョチュウ さん。 ヨウ が すんだ から、 コンド は ミヤサマ の ところ に いけ って」
 わっ と コエ が でて、 ワタシ は たった まま、 おもいきり ないた。
「オマエ は、 バカ だねえ」
 と ひくく おっしゃった オカアサマ の オコエ は、 イカリ に ふるえて いた。
 ワタシ は カオ を あげ、
「そう よ、 バカ よ。 バカ だ から、 だまされる のよ。 バカ だ から、 ジャマ に される のよ。 いない ほう が いい の でしょう? ビンボウ って、 どんな こと? オカネ って、 なんの こと? ワタシ には、 わからない わ。 アイジョウ を、 オカアサマ の アイジョウ を、 それ だけ を ワタシ は しんじて いきて きた の です」
 と また、 バカ な、 あらぬ こと を くちばしった。
 オカアサマ は、 ふっと オカオ を そむけた。 ないて おられる の だ。 ワタシ は、 ごめんなさい、 と いい、 オカアサマ に だきつきたい と おもった が、 ハタケシゴト で テ が よごれて いる の が、 かすか に キ に なり、 へんに しらじらしく なって、
「ワタシ さえ、 いなかったら いい の でしょう? でて いきます。 ワタシ には、 いく ところ が ある の」
 と いいすて、 そのまま コバシリ に はしって、 オフロバ に ゆき、 なきじゃくりながら、 カオ と テアシ を あらい、 それから オヘヤ へ いって、 ヨウフク に きがえて いる うち に、 また わっ と おおきい コエ が でて なきくずれ、 オモイ の タケ もっと もっと ないて みたく なって 2 カイ の ヨウマ に かけあがり、 ベッド に カラダ を なげて、 モウフ を アタマ から かぶり、 やせる ほど ひどく ないて、 その うち に キ が とおく なる みたい に なって、 だんだん、 ある ヒト が こいしくて、 こいしくて、 オカオ を みて、 オコエ を ききたくて たまらなく なり、 リョウアシ の ウラ に あつい オキュウ を すえ、 じっと こらえて いる よう な、 トクシュ な キモチ に なって いった。
 ユウガタ ちかく、 オカアサマ は、 しずか に 2 カイ の ヨウマ に はいって いらして、 ぱちと デントウ に ヒ を いれて、 それから、 ベッド の ほう に ちかよって こられ、
「カズコ」
 と、 とても おやさしく および に なった。
「はい」
 ワタシ は おきて、 ベッド の ウエ に すわり、 リョウテ で カミ を かきあげ、 オカアサマ の オカオ を みて、 ふふ と わらった。
 オカアサマ も、 かすか に おわらい に なり、 それから、 オマド の シタ の ソファ に、 ふかく カラダ を しずめ、
「ワタシ は、 うまれて はじめて、 ワダ の オジサマ の オイイツケ に、 そむいた。 ……オカアサマ は ね、 イマ、 オジサマ に ゴヘンジ の オテガミ を かいた の。 ワタシ の コドモ たち の こと は、 ワタシ に おまかせ ください、 と かいた の。 カズコ、 キモノ を うりましょう よ。 フタリ の キモノ を どんどん うって、 おもいきり ムダヅカイ して、 ゼイタク な クラシ を しましょう よ。 ワタシ は もう、 アナタ に、 ハタケシゴト など させたく ない。 たかい オヤサイ を かったって、 いい じゃ ない の。 あんな に マイニチ の ハタケシゴト は、 アナタ には ムリ です」
 じつは ワタシ も、 マイニチ の ハタケシゴト が、 すこし つらく なりかけて いた の だ。 さっき あんな に、 くるった みたい に なきさわいだ の も、 ハタケシゴト の ツカレ と、 カナシミ が ごっちゃ に なって、 なにもかも、 うらめしく、 いや に なった から なの だ。
 ワタシ は ベッド の ウエ で、 うつむいて、 だまって いた。
「カズコ」
「はい」
「いく ところ が ある、 と いう の は、 どこ?」
 ワタシ は ジブン が、 クビスジ まで あかく なった の を イシキ した。
「ホソダ サマ?」
 ワタシ は だまって いた。
 オカアサマ は、 ふかい タメイキ を おつき に なり、
「ムカシ の こと を いって も いい?」
「どうぞ」
 と ワタシ は コゴエ で いった。
「アナタ が、 ヤマキ サマ の オウチ から でて、 ニシカタマチ の オウチ へ かえって きた とき、 オカアサマ は なにも アナタ を とがめる よう な こと は いわなかった つもり だ けど、 でも、 たった ヒトコト だけ、 (オカアサマ は アナタ に うらぎられました) って いった わね。 おぼえて いる? そしたら、 アナタ は なきだしちゃって、 ……ワタシ も うらぎった なんて ひどい コトバ を つかって わるかった と おもった けど、……」
 けれども、 ワタシ は あの とき、 オカアサマ に そう いわれて、 なんだか ありがたくて、 ウレシナキ に ないた の だ。
「オカアサマ が ね、 あの とき、 うらぎられた って いった の は、 アナタ が ヤマキ サマ の オウチ を でて きた こと じゃ なかった の。 ヤマキ サマ から、 カズコ は じつは、 ホソダ と コイナカ だった の です、 と いわれた とき なの。 そう いわれた とき には、 ホントウ に、 ワタシ は カオイロ が かわる オモイ でした。 だって、 ホソダ サマ には、 あの ずっと マエ から、 オクサマ も オコサマ も あって、 どんな に こちら が おしたい したって、 どうにも ならぬ こと だし、……」
「コイナカ だ なんて、 ひどい こと を。 ヤマキ サマ の ほう で、 ただ そう ジャスイ なさって いた だけ なの よ」
「そう かしら。 アナタ は、 まさか、 あの ホソダ サマ を、 まだ おもいつづけて いる の じゃ ない でしょう ね。 いく ところ って、 どこ?」
「ホソダ サマ の ところ なんか じゃ ない わ」
「そう? そんなら、 どこ?」
「オカアサマ、 ワタシ ね、 こないだ かんがえた こと だ けれども、 ニンゲン が ホカ の ドウブツ と、 まるっきり ちがって いる テン は、 ナン だろう、 コトバ も チエ も、 シコウ も、 シャカイ の チツジョ も、 それぞれ テイド の サ は あって も、 ホカ の ドウブツ だって みな もって いる でしょう? シンコウ も もって いる かも しれない わ。 ニンゲン は、 バンブツ の レイチョウ だ なんて いばって いる けど、 ちっとも ホカ の ドウブツ と ホンシツテキ な チガイ が ない みたい でしょう? ところが ね、 オカアサマ、 たった ヒトツ あった の。 おわかり に ならない でしょう。 ホカ の イキモノ には ゼッタイ に なくて、 ニンゲン に だけ ある もの。 それ は ね、 ヒメゴト、 と いう もの よ。 いかが?」
 オカアサマ は、 ほんのり オカオ を あかく なさって、 うつくしく おわらい に なり、
「ああ、 その カズコ の ヒメゴト が、 よい ミ を むすんで くれたら いい けど ねえ。 オカアサマ は、 マイアサ、 オトウサマ に カズコ を コウフク に して くださる よう に おいのり して いる の です よ」
 ワタシ の ムネ に ふうっと、 オチチウエ と ナスノ を ドライヴ して、 そうして トチュウ で おりて、 その とき の アキ の ノ の ケシキ が うかんで きた。 ハギ、 ナデシコ、 リンドウ、 オミナエシ など の アキ の クサバナ が さいて いた。 ノブドウ の ミ は、 まだ あおかった。
 それから、 オチチウエ と ビワコ で モーターボート に のり、 ワタシ が ミズ に とびこみ、 モ に すむ コザカナ が ワタシ の アシ に あたり、 ミズウミ の ソコ に、 ワタシ の アシ の カゲ が くっきり と うつって いて、 そうして うごいて いる、 その サマ が ゼンゴ と なんの レンカン も なく、 ふっと ムネ に うかんで、 きえた。
 ワタシ は ベッド から すべりおりて、 オカアサマ の オヒザ に だきつき、 はじめて、
「オカアサマ、 サッキ は ごめんなさい」
 と いう こと が できた。
 おもう と、 その ヒ アタリ が、 ワタシタチ の コウフク の サイゴ の ノコリビ の ヒカリ が かがやいた コロ で、 それから、 ナオジ が ナンポウ から かえって きて、 ワタシタチ の ホントウ の ジゴク が はじまった。

 3

 どうしても、 もう、 とても、 いきて おられない よう な ココロボソサ。 これ が、 あの、 フアン、 とか いう カンジョウ なの で あろう か、 ムネ に くるしい ナミ が うちよせ、 それ は ちょうど、 ユウダチ が すんだ ノチ の ソラ を、 あわただしく シラクモ が つぎつぎ と はしって はしりすぎて ゆく よう に、 ワタシ の シンゾウ を しめつけたり、 ゆるめたり、 ワタシ の ミャク は ケッタイ して、 コキュウ が キハク に なり、 メ の サキ が もやもや と くらく なって、 ゼンシン の チカラ が、 テ の ユビ の サキ から ふっと ぬけて しまう ココチ が して、 アミモノ を つづけて ゆく こと が できなく なった。
 コノゴロ は アメ が インキ に ふりつづいて、 ナニ を する にも、 ものうくて、 キョウ は オザシキ の エンガワ に トウイス を もちだし、 コトシ の ハル に イチド あみかけて ソノママ に して いた セータ を、 また あみつづけて みる キ に なった の で ある。 あわい ボタンイロ の ぼやけた よう な ケイト で、 ワタシ は それ に、 コバルト ブルー の イト を たして、 セータ に する つもり なの だ。 そうして、 この あわい ボタンイロ の ケイト は、 イマ から もう 20 ネン も マエ、 ワタシ が まだ ショトウカ に かよって いた コロ、 オカアサマ が これ で ワタシ の クビマキ を あんで くださった ケイト だった。 その クビマキ の ハシ が ズキン に なって いて、 ワタシ は それ を かぶって カガミ を のぞいて みたら、 コオニ の よう で あった。 それに、 イロ が、 ホカ の ガクユウ の クビマキ の イロ と、 まるで ちがって いる ので、 ワタシ は、 いや で いや で シヨウ が なかった。 カンサイ の タガク ノウゼイ の ガクユウ が、 「いい クビマキ して なはる な」 と、 おとなびた クチョウ で ほめて くださった が、 ワタシ は、 いよいよ はずかしく なって、 もう それから は、 イチド も この クビマキ を した こと が なく、 ながい こと うちすてて あった の だ。 それ を、 コトシ の ハル、 シゾウヒン の フッカツ と やら いう イミ で、 ときほぐして ワタシ の セータ に しよう と おもって とりかかって みた の だ が、 どうも、 この ぼやけた よう な イロアイ が キ に いらず、 また うちすて、 キョウ は あまり に しょざいない まま、 ふと とりだして、 のろのろ と あみつづけて みた の だ。 けれども、 あんで いる うち に、 ワタシ は、 この あわい ボタンイロ の ケイト と、 ハイイロ の アマゾラ と、 ヒトツ に とけあって、 なんとも いえない くらい やわらかくて マイルド な シキチョウ を つくりだして いる こと に キ が ついた。 ワタシ は しらなかった の だ。 コスチウム は、 ソラ の イロ との チョウワ を かんがえなければ ならぬ もの だ と いう ダイジ な こと を しらなかった の だ。 チョウワ って、 なんて うつくしくて すばらしい こと なん だろう と、 いささか おどろき、 ぼうぜん と した カタチ だった。 ハイイロ の アマゾラ と、 あわい ボタンイロ の ケイト と、 その フタツ を くみあわせる と リョウホウ が ドウジ に いきいき して くる から フシギ で ある。 テ に もって いる ケイト が キュウ に ほっかり あたたかく、 つめたい アマゾラ も ビロウド みたい に やわらかく かんぜられる。 そうして、 モネー の キリ の ナカ の ジイン の エ を おもいださせる。 ワタシ は この ケイト の イロ に よって、 はじめて 「グー」 と いう もの を しらされた よう な キ が した。 よい コノミ。 そうして オカアサマ は、 フユ の ユキゾラ に、 この あわい ボタンイロ が、 どんな に うつくしく チョウワ する か ちゃんと しって いらして わざわざ えらんで くださった のに、 ワタシ は バカ で いやがって、 けれども、 それ を コドモ の ワタシ に キョウセイ しよう とも なさらず、 ワタシ の すき な よう に させて おかれた オカアサマ。 ワタシ が この イロ の ウツクシサ を、 ホントウ に わかる まで、 20 ネン-カン も、 この イロ に ついて ヒトコト も セツメイ なさらず、 だまって、 そしらぬ フリ して まって いらした オカアサマ。 しみじみ、 いい オカアサマ だ と おもう と ドウジ に、 こんな いい オカアサマ を、 ワタシ と ナオジ と フタリ で いじめて、 こまらせ よわらせ、 いまに しなせて しまう の では なかろう か と、 ふうっと たまらない キョウフ と シンパイ の クモ が ムネ に わいて、 あれこれ オモイ を めぐらせば めぐらす ほど、 ゼント に とても おそろしい、 わるい こと ばかり ヨソウ せられ、 もう、 とても、 いきて おられない くらい に フアン に なり、 ユビサキ の チカラ も ぬけて、 アミボウ を ヒザ に おき、 おおきい タメイキ を ついて、 カオ を あおむけ メ を つぶって、
「オカアサマ」
 と おもわず いった。
 オカアサマ は、 オザシキ の スミ の ツクエ に よりかかって、 ゴホン を よんで いらした の だ が、
「はい?」
 と、 フシン そう に ヘンジ を なさった。
 ワタシ は、 まごつき、 それから、 ことさら に オオゴエ で、
「とうとう バラ が さきました。 オカアサマ、 ゴゾンジ だった? ワタシ は、 イマ キ が ついた。 とうとう さいた わ」
 オザシキ の オエンガワ の すぐ マエ の バラ。 それ は、 ワダ の オジサマ が、 ムカシ、 フランス だ か イギリス だ か、 ちょっと わすれた けれど、 とにかく とおい ところ から おもちかえり に なった バラ で、 2~3 カゲツ マエ に、 オジサマ が、 この サンソウ の ニワ に うつしうえて くださった バラ で ある。 ケサ それ が、 やっと ヒトツ さいた の を、 ワタシ は ちゃんと しって いた の だ けれども、 テレカクシ に、 たったいま きづいた みたい に おおげさ に さわいで みせた の で ある。 ハナ は、 こい ムラサキイロ で、 りん と した オゴリ と ツヨサ が あった。
「しって いました」
 と オカアサマ は しずか に おっしゃって、
「アナタ には、 そんな こと が、 とても ジュウダイ らしい のね」
「そう かも しれない わ。 かわいそう?」
「いいえ、 アナタ には、 そういう ところ が ある って いった だけ なの。 オカッテ の マッチ-バコ に ルナール の エ を はったり、 オニンギョウ の ハンカチーフ を つくって みたり、 そういう こと が すき なの ね。 それに、 オニワ の バラ の こと だって、 アナタ の いう こと を きいて いる と、 いきて いる ヒト の こと を いって いる みたい」
「コドモ が ない から よ」
 ジブン でも まったく おもいがけなかった コトバ が、 クチ から でた。 いって しまって、 はっと して、 マ の わるい オモイ で ヒザ の アミモノ を いじって いたら、
 ――29 だ から なあ。
 そう おっしゃる オトコ の ヒト の コエ が、 デンワ で きく よう な くすぐったい バス で、 はっきり きこえた よう な キ が して、 ワタシ は ハズカシサ で、 ホオ が やける みたい に あつく なった。
 オカアサマ は、 なにも おっしゃらず、 また、 ゴホン を およみ に なる。 オカアサマ は、 コナイダ から ガーゼ の マスク を おかけ に なって いらして、 その せい か、 コノゴロ めっきり ムクチ に なった。 その マスク は、 ナオジ の イイツケ に したがって、 おかけ に なって いる の で ある。 ナオジ は、 トオカ ほど マエ に、 ナンポウ の シマ から あおぐろい カオ に なって かえって きた の だ。
 なんの マエブレ も なく、 ナツ の ユウグレ、 ウラ の キド から ニワ へ はいって きて、
「わあ、 ひでえ。 シュミ の わるい ウチ だ。 ライライケン。 シューマイ あります、 と ハリフダ しろ よ」
 それ が ワタシ と はじめて カオ を あわせた とき の、 ナオジ の アイサツ で あった。
 その 2~3 ニチ マエ から オカアサマ は、 シタ を やんで ねて いらした。 シタ の サキ が、 ガイケン は なんの カワリ も ない のに、 うごかす と いたくて ならぬ と おっしゃって、 オショクジ も、 うすい オカユ だけ で、 オイシャ サマ に みて いただいたら? と いって も、 クビ を ふって、
「わらわれます」
 と ニガワライ しながら、 おっしゃる。 ルゴール を ぬって あげた けれども、 すこしも キキメ が ない よう で、 ワタシ は ミョウ に いらいら して いた。
 そこ へ、 ナオジ が キカン して きた の だ。
 ナオジ は オカアサマ の マクラモト に すわって、 ただいま、 と いって オジギ を し、 すぐに たちあがって、 ちいさい イエ の ナカ を あちこち と みて まわり、 ワタシ が その アト を ついて あるいて、
「どう? オカアサマ は、 かわった?」
「かわった、 かわった。 やつれて しまった。 はやく しにゃ いい ん だ。 こんな ヨノナカ に、 ママ なんて、 とても いきて いけ や しねえ ん だ。 あまり みじめ で、 みちゃ おれねえ」
「ワタシ は?」
「げびて きた。 オトコ が 2~3 ニン も ある よう な カオ を して いやがる。 サケ は? コンヤ は のむ ぜ」
 ワタシ は この ブラク で たった 1 ケン の ヤドヤ へ いって、 オカミサン の オサキ さん に、 オトウト が キカン した から、 オサケ を すこし わけて ください、 と たのんで みた けれども、 オサキ さん は、 オサケ は あいにく、 イマ きらして います、 と いう ので、 かえって ナオジ に そう つたえたら、 ナオジ は、 みた こと も ない タニン の よう な ヒョウジョウ の カオ に なって、 ちえっ、 コウショウ が ヘタ だ から そう なん だ、 と いい、 ワタシ から ヤドヤ の ある バショ を きいて、 ニワゲタ を つっかけて ソト に とびだし、 それっきり、 いくら まって も ウチ へ かえって こなかった。 ワタシ は ナオジ の すき だった ヤキリンゴ と、 それから、 タマゴ の オリョウリ など こしらえて、 ショクドウ の デンキュウ も あかるい の と とりかえ、 ずいぶん まって、 その うち に、 オサキ さん が、 オカッテグチ から ひょいと カオ を だし、
「もし、 もし。 だいじょうぶ でしょう か。 ショウチュウ を めしあがって いる の です けど」
 と、 レイ の コイ の メ の よう な まんまるい メ を、 さらに つよく みはって、 イチダイジ の よう に、 ひくい コエ で いう の で ある。
「ショウチュウ って。 あの、 メチル?」
「いいえ、 メチル じゃ ありません けど」
「のんで も、 ビョウキ に ならない の でしょう?」
「ええ、 でも、……」
「のませて やって ください」
 オサキ さん は、 ツバキ を のみこむ よう に して うなずいて かえって いった。
 ワタシ は オカアサマ の ところ に いって、
「オサキ さん の ところ で、 のんで いる ん ですって」
 と もうしあげたら、 オカアサマ は、 すこし オクチ を まげて おわらい に なって、
「そう。 アヘン の ほう は、 よした の かしら。 アナタ は、 ゴハン を すませなさい。 それから コンヤ は、 3 ニン で この ヘヤ に おやすみ。 ナオジ の オフトン を、 マンナカ に して」
 ワタシ は、 なきたい よう な キモチ に なった。
 よふけて、 ナオジ は、 あらい アシオト を させて かえって きた。 ワタシタチ は、 オザシキ に 3 ニン、 ヒトツ の カヤ に はいって ねた。
「ナンポウ の オハナシ を、 オカアサマ に きかせて あげたら?」
 と ワタシ が ねながら いう と、
「なにも ない。 なにも ない。 わすれて しまった。 ニホン に ついて キシャ に のって、 キシャ の マド から、 スイデン が、 すばらしく きれい に みえた。 それ だけ だ。 デンキ を けせ よ。 ねむられ や しねえ」
 ワタシ は デントウ を けした。 ナツ の ゲッコウ が コウズイ の よう に カヤ の ナカ に みちあふれた。
 あくる アサ、 ナオジ は ネドコ に ハラバイ に なって、 タバコ を すいながら、 とおく ウミ の ほう を ながめて、
「シタ が いたい ん ですって?」
 と、 はじめて オカアサマ の オカゲン の わるい の に キ が ついた みたい な フウ の クチ の キキカタ を した。
 オカアサマ は、 ただ かすか に おわらい に なった。
「そいつ あ、 きっと、 シンリテキ な もの なん だ。 ヨル、 クチ を あいて おやすみ に なる ん でしょう。 ダラシ が ない。 マスク を なさい。 ガーゼ に リバノール エキ でも ひたして、 それ を マスク の ナカ に いれて おく と いい」
 ワタシ は それ を きいて ふきだし、
「それ は、 ナニ リョウホウ って いう の?」
「ビガク リョウホウ って いう ん だ」
「でも、 オカアサマ は、 マスク なんか、 きっと おきらい よ」
 オカアサマ は、 マスク に かぎらず、 ガンタイ でも、 メガネ でも、 オカオ に そんな もの を つける こと は だいきらい だった はず で ある。
「ねえ、 オカアサマ。 マスク を なさる?」
 と ワタシ が おたずね したら、
「いたします」
 と マジメ に ひくく おこたえ に なった ので、 ワタシ は、 はっと した。 ナオジ の いう こと なら、 なんでも しんじて したがおう と おもって いらっしゃる らしい。
 ワタシ が チョウショク の アト に、 さっき ナオジ が いった とおり に、 ガーゼ に リバノール エキ を ひたし など して、 マスク を つくり、 オカアサマ の ところ に もって いったら、 オカアサマ は、 だまって うけとり、 おやすみ に なった まま で、 マスク の ヒモ を リョウホウ の オミミ に すなお に おかけ に なり、 その サマ が、 ホントウ に もう おさない ドウジョ の よう で、 ワタシ には かなしく おもわれた。
 オヒルスギ に、 ナオジ は、 トウキョウ の オトモダチ や、 ブンガク の ほう の シショウ さん など に あわなければ ならぬ と いって セビロ に きがえ、 オカアサマ から、 2000 エン もらって トウキョウ へ でかけて いって しまった。 それっきり、 もう トオカ ちかく なる の だ けれども、 ナオジ は、 かえって こない の だ。 そうして、 オカアサマ は、 マイニチ マスク を なさって、 ナオジ を まって いらっしゃる。
「リバノール って、 いい クスリ なの ね。 この マスク を かけて いる と、 シタ の イタミ が きえて しまう の です よ」
 と、 わらいながら おっしゃった けれども、 ワタシ には、 オカアサマ が ウソ を ついて いらっしゃる よう に おもわれて ならない の だ。 もう だいじょうぶ、 と おっしゃって、 イマ は おきて いらっしゃる けれども、 ショクヨク は やっぱり あまり ない ゴヨウス だし、 クチカズ も めっきり すくなく、 とても ワタシ は キガカリ で、 ナオジ は まあ、 トウキョウ で ナニ を して いる の だろう、 あの ショウセツカ の ウエハラ さん なんか と イッショ に トウキョウ-ジュウ を あそびまわって、 トウキョウ の キョウキ の ウズ に まきこまれて いる の に ちがいない、 と おもえば おもう ほど、 くるしく つらく なり、 オカアサマ に、 だしぬけ に バラ の こと など ホウコク して、 そうして、 コドモ が ない から よ、 なんて ジブン にも おもいがけなかった ヘン な こと を くちばしって、 いよいよ、 いけなく なる ばかり で、
「あ」
 と いって たちあがり、 さて、 どこ へも ゆく ところ が なく、 ミヒトツ を もてあまして、 ふらふら カイダン を のぼって いって、 2 カイ の ヨウマ に はいって みた。
 ここ は、 コンド ナオジ の ヘヤ に なる はず で、 4~5 ニチ マエ に ワタシ が、 オカアサマ と ソウダン して、 シタ の ノウカ の ナカイ さん に オテツダイ を たのみ、 ナオジ の ヨウフク-ダンス や ツクエ や ホンバコ、 また、 ゾウショ や ノートブック など いっぱい つまった キ の ハコ イツツ ムッツ、 とにかく ムカシ、 ニシカタマチ の オウチ の ナオジ の オヘヤ に あった もの ゼンブ を、 ここ に もちはこび、 いまに ナオジ が トウキョウ から かえって きたら、 ナオジ の すき な イチ に、 タンス ホンバコ など それぞれ すえる こと に して、 それまで は ただ ざつぜん と ここ に オキバナシ に して いた ほう が よさそう に おもわれた ので、 もう、 アシ の フミバ も ない くらい に、 ヘヤ いっぱい ちらかした まま で、 ワタシ は、 なにげなく アシモト の キ の ハコ から、 ナオジ の ノートブック を 1 サツ とりあげて みたら、 その ノートブック の ヒョウシ には、

  ユウガオ ニッシ

 と かきしるされ、 その ナカ には、 ツギ の よう な こと が いっぱい かきちらされて いた の で ある。 ナオジ が、 あの、 マヤク チュウドク で くるしんで いた コロ の シュキ の よう で あった。


 やけしぬる オモイ。 くるしく とも、 くるし と イチゴン、 ハンク、 さけびえぬ、 コライ、 ミゾウ、 ヒト の ヨ はじまって イライ、 ゼンレイ も なき、 そこしれぬ ジゴク の ケハイ を、 ごまかしなさんな。
 シソウ? ウソ だ。 シュギ? ウソ だ。 リソウ? ウソ だ。 チツジョ? ウソ だ。 セイジツ? シンリ? ジュンスイ? みな ウソ だ。 ウシジマ の フジ は、 ジュレイ 1000 ネン、 ユヤ の フジ は、 スウヒャクネン と となえられ、 その カスイ の ごとき も、 ゼンシャ で サイチョウ 9シャク、 コウシャ で 5 シャク あまり と きいて、 ただ その カスイ に のみ、 ココロ が おどる。
 あれ も ヒト の コ。 いきて いる。
 ロンリ は、 しょせん、 ロンリ への アイ で ある。 いきて いる ニンゲン への アイ では ない。
 カネ と オンナ。 ロンリ は、 はにかみ、 そそくさ と あゆみさる。
 レキシ、 テツガク、 キョウイク、 シュウキョウ、 ホウリツ、 セイジ、 ケイザイ、 シャカイ、 そんな ガクモン なんか より、 ヒトリ の ショジョ の ビショウ が とうとい と いう ファウスト ハカセ の ユウカン なる ジッショウ。
 ガクモン とは、 キョエイ の ベツメイ で ある。 ニンゲン が ニンゲン で なくなろう と する ドリョク で ある。

 ゲーテ に だって ちかって いえる。 ボク は、 どんな に でも うまく かけます。 イッペン の コウセイ あやまたず、 テキド の コッケイ、 ドクシャ の メ の ウラ を やく ヒアイ、 もしくは、 しゅくぜん、 いわゆる エリ を たださしめ、 カンペキ の オショウセツ、 ろうろう オンドク すれば、 これ すなわち、 スクリン の セツメイ か、 はずかしくって、 かける か って いう ん だ。 どだい そんな、 ケッサク イシキ が、 けちくさい と いう ん だ。 ショウセツ を よんで エリ を ただす なんて、 キョウジン の ショサ で ある。 そんなら、 いっそ、 ハオリハカマ で せにゃ なるまい。 よい サクヒン ほど、 とりすまして いない よう に みえる の だ がなあ。 ボク は ユウジン の ココロ から たのしそう な エガオ を みたい ばかり に、 イッペン の ショウセツ、 わざと しくじって、 ヘタクソ に かいて、 シリモチ ついて アタマ かきかき にげて ゆく。 ああ、 その とき の、 ユウジン の うれしそう な カオ ったら!
 ブン いたらず、 ヒト いたらぬ フゼイ、 オモチャ の ラッパ を ふいて おきかせ もうし、 ここ に ニッポンイチ の バカ が います、 アナタ は まだ いい ほう です よ、 ケンザイ なれ! と ねがう アイジョウ は、 これ は いったい ナン でしょう。
 ユウジン、 シタリガオ にて、 あれ が アイツ の わるい クセ、 おしい もの だ、 と ゴジュッカイ。 あいされて いる こと を、 ゴゾンジ ない。
 フリョウ で ない ニンゲン が ある だろう か。
 あじけない オモイ。
 カネ が ほしい。
 さも なくば、
 ねむりながら の シゼンシ!

 クスリヤ に 1000 エン ちかき シャッキン あり。 キョウ、 シチヤ の バントウ を こっそり ウチ へ つれて きて、 ボク の ヘヤ へ とおして、 ナニ か この ヘヤ に めぼしい シチグサ あり や、 ある なら もって いけ、 カキュウ に カネ が いる、 と もうせし に、 バントウ ろくに ヘヤ の ナカ を み も せず、 およしなさい、 アナタ の オドウグ でも ない のに、 と ぬかした。 よろしい、 それならば、 ボク が イマ まで、 ボク の オコヅカイセン で かった シナモノ だけ もって いけ、 と イセイ よく いって、 かきあつめた ガラクタ、 シチグサ の シカク ある シロモノ ヒトツ も なし。
 まず、 カタテ の セッコウゾウ。 これ は、 ヴィナス の ミギテ。 ダリヤ の ハナ にも にた カタテ、 まっしろい カタテ、 それ が ただ ダイジョウ に のって いる の だ。 けれども、 これ を よく みる と、 これ は ヴィナス が、 その ゼンラ を、 オトコ に みられて、 あなや の オドロキ、 ガンシュウ センプウ、 ラシン ムザン、 ウスクレナイ、 ノコリ くまなき、 かっかっ の ホテリ、 カラダ を よじって この テツキ、 そのよう な ヴィナス の イキ も とまる ほど の ラシン の ハジライ が、 ユビサキ に シモン も なく、 テノヒラ に 1 ポン の テスジ も ない ジュンパク の この きゃしゃ な ミギテ に よって、 こちら の ムネ も くるしく なる くらい に あわれ に ヒョウジョウ せられて いる の が、 わかる はず だ。 けれども、 これ は、 しょせん、 ヒジツヨウ の ガラクタ。 バントウ、 50 セン と ネブミ せり。
 その ホカ、 パリ キンコウ の ダイチズ、 チョッケイ 1 シャク に ちかき セルロイド の コマ、 イト より も ほそく ジ の かける トクセイ の ペンサキ、 いずれ も ホリダシモノ の つもり で かった シナモノ ばかり なの だ が、 バントウ わらって、 もう オイトマ いたします、 と いう。 まて、 と セイシ して、 けっきょく また、 ホン を やまほど バントウ に せおわせて、 キン 5 エン ナリ を うけとる。 ボク の ホンダナ の ホン は、 ほとんど レンカ の ブンコボン のみ に して、 しかも フルホンヤ から しいれし もの なる に よって、 シチ の ネ も おのずから、 このよう に やすい の で ある。
 1000 エン の シャクセン を カイケツ せん と して、 5 エン ナリ。 ヨノナカ に おける、 ボク の ジツリョク、 おおよそ かく の ごとし。 ワライゴト では ない。

 デカダン? しかし、 こう でも しなけりゃ いきて おれない ん だよ。 そんな こと を いって、 ボク を ヒナン する ヒト より は、 しね! と いって くれる ヒト の ほう が ありがたい。 さっぱり する。 けれども ヒト は、 めった に、 しね! とは いわない もの だ。 けちくさく、 ヨウジン-ぶかい ギゼンシャ ども よ。
 セイギ? いわゆる カイキュウ トウソウ の ホンシツ は、 そんな ところ に あり は せぬ。 ジンドウ? ジョウダン じゃ ない。 ボク は しって いる よ。 ジブン たち の コウフク の ため に、 アイテ を たおす こと だ。 ころす こと だ。 しね! と いう センコク で なかったら、 ナン だ。 ごまかしちゃ いけねえ。
 しかし、 ボクタチ の カイキュウ にも、 ろく な ヤツ が いない。 ハクチ、 ユウレイ、 シュセンド、 キョウケン、 ホラフキ、 ございまする、 クモ の ウエ から ショウベン。
 しね! と いう コトバ を あたえる の さえ、 もったいない。

 センソウ。 ニホン の センソウ は、 ヤケクソ だ。
 ヤケクソ に まきこまれて しぬ の は、 いや。 いっそ、 ヒトリ で しにたい わい。

 ニンゲン は、 ウソ を つく とき には、 かならず、 マジメ な カオ を して いる もの で ある。 コノゴロ の、 シドウシャ たち の、 あの、 マジメサ。 ぷ!

 ヒト から ソンケイ されよう と おもわぬ ヒトタチ と あそびたい。
 けれども、 そんな いい ヒトタチ は、 ボク と あそんで くれ や しない。

 ボク が ソウジュク を よそおって みせたら、 ヒトビト は ボク を、 ソウジュク だ と ウワサ した。 ボク が、 ナマケモノ の フリ を して みせたら、 ヒトビト は ボク を、 ナマケモノ だ と ウワサ した。 ボク が ショウセツ を かけない フリ を したら、 ヒトビト は ボク を、 かけない の だ と ウワサ した。 ボク が ウソツキ の フリ を したら、 ヒトビト は ボク を、 ウソツキ だ と ウワサ した。 ボク が カネモチ の フリ を したら、 ヒトビト は ボク を、 カネモチ だ と ウワサ した。 ボク が レイタン を よそおって みせたら、 ヒトビト は ボク を、 レイタン な ヤツ だ と ウワサ した。 けれども、 ボク が ホントウ に くるしくて、 おもわず うめいた とき、 ヒトビト は ボク を、 くるしい フリ を よそおって いる と ウワサ した。
 どうも、 くいちがう。

 けっきょく、 ジサツ する より ほか シヨウ が ない の じゃ ない か。
 このよう に くるしんで も、 ただ、 ジサツ で おわる だけ なの だ、 と おもったら、 コエ を はなって ないて しまった。

 ハル の アサ、 2~3 リン の ハナ の さきほころびた ウメ の エダ に アサヒ が あたって、 その エダ に ハイデルベルヒ の わかい ガクセイ が、 ほっそり と くびれて しんで いた と いう。

「ママ! ボク を しかって ください!」
「どういう グアイ に?」
「ヨワムシ! って」
「そう? ヨワムシ。 ……もう、 いい でしょう?」
 ママ には ムルイ の ヨサ が ある。 ママ を おもう と、 なきたく なる。 ママ へ オワビ の ため にも、 しぬ ん だ。

 おゆるし ください。 いま、 イチド だけ、 おゆるし ください。

 ネンネン や
 メシイ の まま に
 ツル の ヒナ
 そだちゆく らし
 あわれ、 ふとる も                      (ガンタン シサク)

 モルヒネ、 アトロモール、 ナルコポン、 パントポン、 パビナール、 パンオピン、 アトロピン

 プライド とは ナン だ、 プライド とは。
 ニンゲン は、 いや、 オトコ は、 (オレ は すぐれて いる) (オレ には いい ところ が ある ん だ) など と おもわず に、 いきて ゆく こと が できぬ もの か。
 ヒト を きらい、 ヒト に きらわれる。
 チエクラベ

 ゲンシュク = アホウカン

 とにかく ね、 いきて いる の だ から ね、 インチキ を やって いる に ちがいない のさ。

 ある シャクセン モウシコミ の テガミ。
「ゴヘンジ を。
 ゴヘンジ を ください。
 そうして、 それ が かならず カイホウ で ある よう に。
 ボク は サマザマ の クツジョク を おもいもうけて、 ヒトリ で うめいて います。
 シバイ を して いる の では ありません。 ゼッタイ に そう では ありません。
 おねがい いたします。
 ボク は ハズカシサ の ため に しにそう です。
 コチョウ では ない の です。
 マイニチ マイニチ、 ゴヘンジ を まって、 ヨル も ヒル も がたがた ふるえて いる の です。
 ボク に、 スナ を かませないで。
 カベ から シノビワライ の コエ が きこえて きて、 シンヤ、 トコ の ナカ で テンテン して いる の です。
 ボク を はずかしい メ に あわせないで。
 ネエサン!」


 そこ まで よんで ワタシ は、 その ユウガオ ニッシ を とじ、 キ の ハコ に かえして、 それから マド の ほう に あるいて ゆき、 マド を いっぱい に ひらいて、 しろい アメ に けむって いる オニワ を みおろしながら、 あの コロ の こと を かんがえた。
 もう、 あれ から、 6 ネン に なる。 ナオジ の、 この マヤク チュウドク が、 ワタシ の リコン の ゲンイン に なった、 いいえ、 そう いって は いけない、 ワタシ の リコン は、 ナオジ の マヤク チュウドク が なくって も、 ベツ な ナニ か の キッカケ で、 いつかは おこなわれて いる よう に、 そのよう に、 ワタシ の うまれた とき から、 さだまって いた こと みたい な キ も する。 ナオジ は、 クスリヤ への シハライ に こまって、 しばしば ワタシ に オカネ を ねだった。 ワタシ は ヤマキ へ とついだ ばかり で、 オカネ など そんな に ジユウ に なる わけ は なし、 また、 トツギサキ の オカネ を、 サト の オトウト へ こっそり ユウズウ して やる など、 たいへん グアイ の わるい こと の よう にも おもわれた ので、 サト から ワタシ に つきそって きた バアヤ の オセキ さん と ソウダン して、 ワタシ の ウデワ や、 クビカザリ や、 ドレス を うった。 オトウト は ワタシ に、 オカネ を ください、 と いう テガミ を よこして、 そうして、 イマ は くるしくて はずかしくて、 アネウエ と カオ を あわせる こと も、 また デンワ で ハナシ する こと さえ、 とても できません から、 オカネ は、 オセキ に いいつけて、 キョウバシ の × マチ × チョウメ の カヤノ アパート に すんで いる、 アネウエ も ナマエ だけ は ゴゾンジ の はず の、 ショウセツカ ウエハラ ジロウ さん の ところ に とどけさせる よう、 ウエハラ さん は、 アクトク の ヒト の よう に ヨノナカ から ヒョウバン されて いる が、 けっして そんな ヒト では ない から、 アンシン して オカネ を ウエハラ さん の ところ へ とどけて やって ください、 そう する と、 ウエハラ さん が すぐに ボク に デンワ で しらせる こと に なって いる の です から、 かならず そのよう に おねがい します、 ボク は コンド の チュウドク を、 ママ に だけ は きづかれたく ない の です、 ママ の しらぬ うち に、 なんとか して この チュウドク を なおして しまう つもり なの です、 ボク は、 コンド アネウエ から オカネ を もらったら、 それ で もって クスリヤ への カリ を ゼンブ しはらって、 それから シオバラ の ベッソウ へ でも いって、 ケンコウ な カラダ に なって かえって くる つもり なの です、 ホントウ です、 クスリヤ の カリ を ゼンブ すましたら、 もう ボク は、 その ヒ から マヤク を もちいる こと は ぴったり よす つもり です、 カミサマ に ちかいます、 しんじて ください、 ママ には ナイショ に、 オセキ を つかって カヤノ アパート の ウエハラ さん に、 たのみます、 と いう よう な こと が、 その テガミ に かかれて いて、 ワタシ は その サシズドオリ に、 オセキ さん に オカネ を もたせて、 こっそり ウエハラ さん の アパート に とどけさせた もの だ が、 オトウト の テガミ の チカイ は、 いつも ウソ で、 シオバラ の ベッソウ にも ゆかず、 ヤクヒン チュウドク は いよいよ ひどく なる ばかり の ヨウス で、 オカネ を ねだる テガミ の ブンショウ も、 ヒメイ に ちかい くるしげ な チョウシ で、 コンド こそ クスリ を やめる と、 カオ を そむけたい くらい の アイセツ な チカイ を する ので、 また ウソ かも しれぬ と おもいながら も、 つい また、 ブローチ など オセキ さん に うらせて、 その オカネ を ウエハラ さん の アパート に とどけさせる の だった。
「ウエハラ さん って、 どんな カタ?」
「コガラ で カオイロ の わるい、 ブアイソ な ヒト で ございます」
 と オセキ さん は こたえる。
「でも、 アパート に いらっしゃる こと は、 めった に ございませぬ です。 たいてい、 オクサン と、 ムッツ ナナツ の オンナ の オコサン と、 オフタリ が いらっしゃる だけ で ございます。 この オクサン は、 そんな に おきれい でも ございませぬ けれども、 おやさしくて、 よく できた オカタ の よう で ございます。 あの オクサン に なら、 アンシン して オカネ を あずける こと が できます」
 その コロ の ワタシ は、 イマ の ワタシ に くらべて、 いいえ、 クラベモノ にも なにも ならぬ くらい、 まるで ちがった ヒト みたい に、 ボンヤリ の、 ノンキモノ では あった が、 それでも さすが に、 つぎつぎ と つづいて しかも しだいに タガク の オカネ を ねだられて、 たまらなく シンパイ に なり、 イチニチ、 オノウ から の カエリ、 ジドウシャ を ギンザ で かえして、 それから ヒトリ で あるいて キョウバシ の カヤノ アパート を たずねた。
 ウエハラ さん は、 オヘヤ で ヒトリ、 シンブン を よんで いらした。 シマ の アワセ に、 コンガスリ の オハオリ を めして いらして、 オトシヨリ の よう な、 おわかい よう な、 イマ まで みた こと も ない キジュウ の よう な、 ヘン な ハツインショウ を ワタシ は うけとった。
「ニョウボウ は イマ、 コドモ と、 イッショ に、 ハイキュウブツ を とり に」
 すこし ハナゴエ で、 とぎれとぎれ に そう おっしゃる。 ワタシ を、 オクサン の オトモダチ と でも オモイチガイ した らしかった。 ワタシ が、 ナオジ の アネ だ と いう こと を もうしあげたら、 ウエハラ さん は、 ふん、 と わらった。 ワタシ は、 なぜ だ か、 ひやり と した。
「でましょう か」
 そう いって、 もう ニジュウマワシ を ひっかけ、 ゲタバコ から あたらしい ゲタ を とりだして おはき に なり、 さっさと アパート の ロウカ を サキ に たって あるかれた。
 ソト は、 ショトウ の ユウグレ。 カゼ が、 つめたかった。 スミダガワ から ふいて くる カワカゼ の よう な カンジ で あった。 ウエハラ さん は、 その カワカゼ に さからう よう に、 すこし ミギカタ を あげて ツキジ の ほう に だまって あるいて ゆかれる。 ワタシ は コバシリ に はしりながら、 その アト を おった。
 トウキョウ ゲキジョウ の ウラテ の ビル の チカシツ に はいった。 4~5 クミ の キャク が、 20 ジョウ くらい の ほそながい オヘヤ で、 それぞれ タク を はさんで、 ひっそり オサケ を のんで いた。
 ウエハラ さん は、 コップ で オサケ を おのみ に なった。 そうして、 ワタシ にも ベツ な コップ を とりよせて くださって、 オサケ を すすめた。 ワタシ は、 その コップ で 2 ハイ のんだ けれども、 なんとも なかった。
 ウエハラ さん は、 オサケ を のみ、 タバコ を すい、 そうして いつまでも だまって いた。 ワタシ も、 だまって いた。 ワタシ は こんな ところ へ きた の は、 うまれて はじめて の こと で あった けれども、 とても おちつき、 キブン が よかった。
「オサケ でも のむ と いい ん だ けど」
「え?」
「いいえ、 オトウト さん。 アルコール の ほう に テンカン する と いい ん です よ。 ボク も ムカシ、 マヤク チュウドク に なった こと が あって ね、 あれ は ヒト が うすきみわるがって ね、 アルコール だって おなじ よう な もの なん だ が、 アルコール の ほう は、 ヒト は あんがい ゆるす ん だ。 オトウト さん を、 サケノミ に しちゃいましょう。 いい でしょう?」
「ワタシ、 イチド、 オサケノミ を みた こと が あります わ。 シンネン に、 ワタシ が でかけよう と した とき、 ウチ の ウンテンシュ の シリアイ の モノ が、 ジドウシャ の ジョシュセキ で、 オニ の よう な マッカ な カオ を して、 ぐうぐう オオイビキ で ねむって いました の。 ワタシ が おどろいて さけんだら、 ウンテンシュ が、 これ は オサケノミ で、 シヨウ が ない ん です、 と いって、 ジドウシャ から おろして カタ に かついで どこ か へ つれて いきました の。 ホネ が ない みたい に ぐったり して、 なんだか それでも、 ぶつぶつ いって いて、 ワタシ あの とき、 はじめて オサケノミ って もの を みた の です けど、 おもしろかった わ」
「ボク だって、 サケノミ です」
「あら、 だって、 ちがう ん でしょう?」
「アナタ だって、 サケノミ です」
「そんな こと は、 ありません わ。 ワタシ は、 オサケノミ を みた こと が ある ん です もの。 まるで、 ちがいます わ」
 ウエハラ さん は、 はじめて たのしそう に おわらい に なって、
「それでは、 オトウト さん も、 サケノミ には なれない かも しれません が、 とにかく、 サケ を のむ ヒト に なった ほう が いい。 かえりましょう。 おそく なる と、 こまる ん でしょう?」
「いいえ、 かまわない ん です の」
「いや、 じつは、 こっち が キュウクツ で いけねえ ん だ。 ネエサン! カイケイ!」
「うんと たかい の でしょう か。 すこし なら、 ワタシ、 もって いる ん です けど」
「そう。 そんなら、 カイケイ は、 アナタ だ」
「たりない かも しれません わ」
 ワタシ は、 バッグ の ナカ を みて、 オカネ が いくら ある か を ウエハラ さん に おしえた。
「それだけ あれば、 もう 2~3 ケン のめる。 バカ に して やがる」
 ウエハラ さん は カオ を しかめて おっしゃって、 それから わらった。
「どこ か へ、 また、 のみ に おいで に なります か?」
 と、 おたずね したら、 マジメ に クビ を ふって、
「いや、 もう タクサン。 タキシー を ひろって あげます から、 おかえりなさい」
 ワタシタチ は、 チカシツ の くらい カイダン を のぼって いった。 イッポ サキ に のぼって ゆく ウエハラ さん が、 カイダン の ナカゴロ で、 くるり と コチラムキ に なり、 すばやく ワタシ に キス を した。 ワタシ は クチビル を かたく とじた まま、 それ を うけた。
 べつに なにも、 ウエハラ さん を すき で なかった のに、 それでも、 その とき から ワタシ に、 あの 「ヒメゴト」 が できて しまった の だ。 かた かた かた と、 ウエハラ さん は はしって カイダン を あがって いって、 ワタシ は フシギ な トウメイ な キブン で、 ゆっくり あがって、 ソト へ でたら、 カワカゼ が ホオ に とても キモチ よかった。
 ウエハラ さん に、 タキシー を ひろって いただいて、 ワタシタチ は だまって わかれた。
 クルマ に ゆられながら、 ワタシ は セケン が キュウ に ウミ の よう に ひろく なった よう な キモチ が した。
「ワタシ には、 コイビト が ある の」
 ある ヒ、 ワタシ は、 オット から オコゴト を いただいて さびしく なって、 ふっと そう いった。
「しって います。 ホソダ でしょう? どうしても、 おもいきる こと が できない の です か?」
 ワタシ は だまって いた。
 その モンダイ が、 ナニ か きまずい こと の おこる たび ごと に、 ワタシタチ フウフ の アイダ に もちだされる よう に なった。 もう これ は、 ダメ なん だ、 と ワタシ は おもった。 ドレス の キジ を まちがって サイダン した とき みたい に、 もう その キジ は ぬいあわせる こと も できず、 ゼンブ すてて、 また ベツ の あたらしい キジ の サイダン に とりかからなければ ならぬ。
「まさか、 その、 オナカ の コ は」
 と ある ヨル、 オット に いわれた とき には、 ワタシ は あまり おそろしくて、 がたがた ふるえた。 イマ おもう と、 ワタシ も オット も、 わかかった の だ。 ワタシ は、 コイ も しらなかった。 アイ、 さえ、 わからなかった。 ワタシ は、 ホソダ サマ の おかき に なる エ に ムチュウ に なって、 あんな オカタ の オクサマ に なったら、 どんな に、 まあ、 うつくしい ニチジョウ セイカツ を いとなむ こと が できる でしょう、 あんな よい シュミ の オカタ と ケッコン する の で なければ、 ケッコン なんて ムイミ だわ、 と ワタシ は ダレ に でも いいふらして いた ので、 その ため に、 ミンナ に ゴカイ されて、 それでも ワタシ は、 コイ も アイ も わからず、 ヘイキ で ホソダ サマ を すき だ と いう こと を コウゲン し、 とりけそう とも しなかった ので、 へんに もつれて、 その コロ、 ワタシ の オナカ で ねむって いた ちいさい アカチャン まで、 オット の ギワク の マト に なったり して、 ダレヒトリ リコン など あらわ に いいだした オカタ も いなかった のに、 いつのまにやら シュウイ が しらじらしく なって いって、 ワタシ は ツキソイ の オセキ さん と イッショ に サト の オカアサマ の ところ に かえって、 それから、 アカチャン が しんで うまれて、 ワタシ は ビョウキ に なって ねこんで、 もう、 ヤマキ との アイダ は、 それっきり に なって しまった の だ。
 ナオジ は、 ワタシ が リコン に なった と いう こと に、 ナニ か セキニン みたい な もの を かんじた の か、 ボク は しぬ よ、 と いって、 わあわあ コエ を あげて、 カオ が くさって しまう くらい に ないた。 ワタシ は オトウト に、 クスリヤ の カリ が いくら に なって いる の か たずねて みたら、 それ は おそろしい ほど の キンガク で あった。 しかも、 それ は オトウト が ジッサイ の キンガク を いえなくて、 ウソ を ついて いた の が アト で わかった。 アト で ハンメイ した ジッサイ の ソウガク は、 その とき に オトウト が ワタシ に おしえた キンガク の ヤク 3 バイ ちかく あった の で ある。
「ワタシ、 ウエハラ さん に あった わ。 いい オカタ ね。 これから、 ウエハラ さん と イッショ に オサケ を のんで あそんだら どう? オサケ って、 とても やすい もの じゃ ない の。 オサケ の オカネ くらい だったら、 ワタシ いつでも アナタ に あげる わ。 クスリヤ の ハライ の こと も、 シンパイ しないで。 どうにか、 なる わよ」
 ワタシ が ウエハラ さん と あって、 そうして ウエハラ さん を いい オカタ だ と いった の が、 オトウト を なんだか ひどく よろこばせた よう で、 オトウト は、 その ヨル、 ワタシ から オカネ を もらって さっそく、 ウエハラ さん の ところ に あそび に いった。
 チュウドク は、 それこそ、 セイシン の ビョウキ なの かも しれない。 ワタシ が ウエハラ さん を ほめて、 そうして オトウト から ウエハラ さん の チョショ を かりて よんで、 えらい オカタ ねえ、 など と いう と、 オトウト は、 ネエサン なんか には わかる もん か、 と いって、 それでも、 とても うれしそう に、 じゃあ これ を よんで ごらん、 と また ベツ の ウエハラ さん の チョショ を ワタシ に よませ、 その うち に ワタシ も ウエハラ さん の ショウセツ を ホンキ に よむ よう に なって、 フタリ で あれこれ ウエハラ さん の ウワサ など して、 オトウト は マイバン の よう に ウエハラ さん の ところ に オオイバリ で あそび に ゆき、 だんだん ウエハラ さん の ゴケイカクドオリ に アルコール の ほう へ テンカン して いった よう で あった。 クスリヤ の シハライ に ついて、 ワタシ が オカアサマ に こっそり ソウダン したら、 オカアサマ は、 カタテ で オカオ を おおいなさって、 しばらく じっと して いらっしゃった が、 やがて オカオ を あげて さびしそう に おわらい に なり、 かんがえたって シヨウ が ない わね、 ナンネン かかる か わからない けど、 マイツキ すこし ずつ でも かえして いきましょう よ、 と おっしゃった。
 あれ から、 もう、 6 ネン に なる。
 ユウガオ。 ああ、 オトウト も くるしい の だろう。 しかも、 ミチ が ふさがって、 ナニ を どう すれば いい の か、 いまだに なにも わかって いない の だろう。 ただ、 マイニチ、 しぬ キ で オサケ を のんで いる の だろう。
 いっそ おもいきって、 ホンショク の フリョウ に なって しまったら どう だろう。 そう する と、 オトウト も かえって ラク に なる の では あるまい か。
 フリョウ で ない ニンゲン が ある だろう か、 と あの ノートブック に かかれて いた けれども、 そう いわれて みる と、 ワタシ だって フリョウ、 オジサマ も フリョウ、 オカアサマ だって、 フリョウ みたい に おもわれて くる。 フリョウ とは、 ヤサシサ の こと では ない かしら。

 4

 オテガミ、 かこう か、 どう しよう か、 ずいぶん まよって いました。 けれども、 ケサ、 ハト の ごとく すなお に、 ヘビ の ごとく さとかれ、 と いう イエス の コトバ を ふと おもいだし、 キミョウ に ゲンキ が でて、 オテガミ を さしあげる こと に しました。 ナオジ の アネ で ございます。 オワスレ かしら。 オワスレ だったら、 おもいだして ください。
 ナオジ が、 こないだ また オジャマ に あがって、 ずいぶん ゴヤッカイ を、 おかけ した よう で、 あいすみません。 (でも、 ホントウ は、 ナオジ の こと は、 それ は ナオジ の カッテ で、 ワタシ が さしでて オワビ を する など、 ナンセンス みたい な キ も する の です。) キョウ は、 ナオジ の こと で なく、 ワタシ の こと で、 オネガイ が ある の です。 キョウバシ の アパート で リサイ なさって、 それから イマ の ゴジュウショ に おうつり に なった こと を ナオジ から ききまして、 よっぽど トウキョウ の コウガイ の その オタク に おうかがい しよう か と おもった の です が、 オカアサマ が コナイダ から また すこし オカゲン が わるく、 オカアサマ を ほっといて ジョウキョウ する こと は、 どうしても できませぬ ので、 それで、 オテガミ で もうしあげる こと に いたしました。
 アナタ に、 ゴソウダン して みたい こと が ある の です。
 ワタシ の この ソウダン は、 これまで の 「オンナ ダイガク」 の タチバ から みる と、 ヒジョウ に ずるくて、 けがらわしくて、 アクシツ の ハンザイ で さえ ある かも しれません が、 けれども ワタシ は、 いいえ、 ワタシタチ は、 イマ の まま では、 とても いきて ゆけそう も ありません ので、 オトウト の ナオジ が コノヨ で いちばん ソンケイ して いる らしい アナタ に、 ワタシ の いつわらぬ キモチ を きいて いただき、 オサシズ を おねがい する つもり なの です。
 ワタシ には、 イマ の セイカツ が、 たまらない の です。 すき、 きらい どころ では なく、 とても、 コノママ では ワタシタチ オヤコ 3 ニン、 いきて ゆけそう も ない の です。
 キノウ も、 くるしくて、 カラダ も ねつっぽく、 いきぐるしくて、 ジブン を もてあまして いましたら、 オヒル すこし-スギ、 アメ の ナカ を シタ の ノウカ の ムスメ さん が、 オコメ を せおって もって きました。 そうして ワタシ の ほう から、 ヤクソクドオリ の イルイ を さしあげました。 ムスメ さん は、 ショクドウ で ワタシ と むかいあって こしかけて オチャ を のみながら、 じつに、 リアル な クチョウ で、
「アナタ、 モノ を うって、 これから サキ、 どの くらい セイカツ して いける の?」
 と いいました。
「ハントシ か、 1 ネン くらい」
 と ワタシ は こたえました。 そうして、 ミギテ で ハンブン ばかり カオ を かくして、
「ねむい の。 ねむくて、 シカタ が ない の」
 と いいました。
「つかれて いる のよ。 ねむく なる シンケイ スイジャク でしょう」
「そう でしょう ね」
 ナミダ が でそう で、 ふと ワタシ の ムネ の ナカ に、 リアリズム と いう コトバ と、 ロマンチシズム と いう コトバ が うかんで きました。 ワタシ に、 リアリズム は、 ありません。 こんな グアイ で、 いきて ゆける の かしら、 と おもったら、 ゼンシン に サムケ を かんじました。 オカアサマ は、 ハンブン ゴビョウニン の よう で、 ねたり おきたり です し、 オトウト は、 ゴゾンジ の よう に ココロ の ダイビョウニン で、 こちら に いる とき は、 ショウチュウ を のみ に、 この キンジョ の ヤドヤ と リョウリヤ と を かねた ウチ へ ゴセイキン で、 ミッカ に イチド は、 ワタシタチ の イルイ を うった オカネ を もって トウキョウ ホウメン へ ゴシュッチョウ です。 でも、 くるしい の は、 こんな こと では ありません。 ワタシ は ただ、 ワタシ ジシン の イノチ が、 こんな ニチジョウ セイカツ の ナカ で、 バショウ の ハ が ちらない で くさって ゆく よう に、 たちつくした まま おのずから くさって ゆく の を ありあり と ヨカン せられる の が、 おそろしい の です。 とても、 たまらない の です。 だから ワタシ は、 「オンナ ダイガク」 に そむいて も、 イマ の セイカツ から のがれでたい の です。
 それで、 ワタシ、 アナタ に、 ソウダン いたします。
 ワタシ は、 イマ、 オカアサマ や オトウト に、 はっきり センゲン したい の です。 ワタシ が マエ から、 ある オカタ に コイ を して いて、 ワタシ は ショウライ、 その オカタ の アイジン と して くらす つもり だ と いう こと を、 はっきり いって しまいたい の です。 その オカタ は、 アナタ も たしか ゴゾンジ の はず です。 その オカタ の オナマエ の イニシャル は、 M.C で ございます。 ワタシ は マエ から、 ナニ か くるしい こと が おこる と、 その M.C の ところ に とんで ゆきたくて、 コガレジニ を する よう な オモイ を して きた の です。
 M.C には、 アナタ と おなじ よう に、 オクサマ も オコサマ も ございます。 また、 ワタシ より、 もっと きれい で わかい、 オンナ の オトモダチ も ある よう です。 けれども ワタシ は、 M.C の ところ へ ゆく より ホカ に、 ワタシ の いきる ミチ が ない キモチ なの です。 M.C の オクサマ とは、 ワタシ は まだ あった こと が ありません けれども、 とても やさしくて よい オカタ の よう で ございます。 ワタシ は、 その オクサマ の こと を かんがえる と、 ジブン を おそろしい オンナ だ と おもいます。 けれども、 ワタシ の イマ の セイカツ は、 それ イジョウ に おそろしい もの の よう な キ が して、 M.C に たよる こと を よせない の です。 ハト の ごとく すなお に、 ヘビ の ごとく さとく、 ワタシ は、 ワタシ の コイ を しとげたい と おもいます。 でも、 きっと、 オカアサマ も、 オトウト も、 また セケン の ヒトタチ も、 ダレヒトリ ワタシ に サンセイ して くださらない でしょう。 アナタ は、 いかが です。 ワタシ は けっきょく、 ヒトリ で かんがえて、 ヒトリ で コウドウ する より ホカ は ない の だ、 と おもう と、 ナミダ が でて きます。 うまれて はじめて の、 こと なの です から。 この、 むずかしい こと を、 シュウイ の ミンナ から シュクフク されて しとげる ホウ は ない もの かしら、 と ひどく ややこしい ダイスウ の インスウ ブンカイ か ナニ か の トウアン を かんがえる よう に、 オモイ を こらして、 どこ か に 1 カショ、 ぱらぱら と きれい に ときほぐれる イトグチ が ある よう な キモチ が して きて、 キュウ に ヨウキ に なったり なんか して いる の です。
 けれども、 カンジン の M.C の ほう で、 ワタシ を どう おもって いらっしゃる か。 それ を かんがえる と、 しょげて しまいます。 いわば、 ワタシ は、 オシカケ、 ……なんと いう の かしら、 オシカケ ニョウボウ と いって も いけない し、 オシカケ アイジン、 と でも いおう かしら、 そんな もの なの です から、 M.C の ほう で どうしても、 いや だ と いったら、 それっきり。 だから、 アナタ に おねがい します。 どうか、 あの オカタ に、 アナタ から きいて みて ください。 6 ネン マエ の ある ヒ、 ワタシ の ムネ に かすか な あわい ニジ が かかって、 それ は コイ でも アイ でも なかった けれども、 トシツキ の たつ ほど、 その ニジ は あざやか に シキサイ の コサ を まして きて、 ワタシ は イマ まで イチド も、 それ を みうしなった こと は ございません でした。 ユウダチ の はれた ソラ に かかる ニジ は、 やがて はかなく きえて しまいます けど、 ヒト の ムネ に かかった ニジ は、 きえない よう で ございます。 どうぞ、 あの オカタ に、 きいて みて ください。 あの オカタ は、 ホント に、 ワタシ を、 どう おもって いらっしゃった の でしょう。 それこそ、 ウゴ の ソラ の ニジ みたい に、 おもって いらっしゃった の でしょう か。 そうして、 とっく に きえて しまった もの と?
 それなら、 ワタシ も、 ワタシ の ニジ を けして しまわなければ なりません。 けれども、 ワタシ の イノチ を サキ に けさなければ、 ワタシ の ムネ の ニジ は きえそう も ございません。
 ゴヘンジ を、 いのって います。
 ウエハラ ジロウ サマ (ワタシ の チェホフ。 マイ、 チェホフ。 M.C)

ワタシ は、 コノゴロ、 すこし ずつ、 ふとって ゆきます。 ドウブツテキ な オンナ に なって ゆく と いう より は、 ひとらしく なった の だ と おもって います。 この ナツ は、 ロレンス の ショウセツ を、 ヒトツ だけ よみました。


 ゴヘンジ が ない ので、 もう イチド オテガミ を さしあげます。 こないだ さしあげた テガミ は、 とても、 ずるい、 ヘビ の よう な カンサク に みちみちて いた の を、 いちいち みやぶって おしまい に なった の でしょう。 ホントウ に、 ワタシ は あの テガミ の 1 ギョウ 1 ギョウ に コウチ の カギリ を つくして みた の です。 けっきょく、 ワタシ は アナタ に、 ワタシ の セイカツ を たすけて いただきたい、 オカネ が ほしい と いう イト だけ、 それ だけ の テガミ だ と おおもい に なった こと でしょう。 そうして、 ワタシ も それ を ヒテイ いたしませぬ けれども、 しかし、 ただ ワタシ が ジシン の パトロン が ほしい の なら、 シツレイ ながら、 とくに アナタ を えらんで おねがい もうしませぬ。 ホカ に たくさん、 ワタシ を かわいがって くださる ロウジン の オカネモチ など ある よう な キ が します。 げんに コナイダ も、 ミョウ な エンダン みたい な もの が あった の です。 その オカタ の オナマエ は、 アナタ も ゴゾンジ かも しれません が、 60 すぎた ドクシン の オジイサン で、 ゲイジュツイン とか の カイイン だ とか ナン だ とか、 そういう ダイシショウ の ヒト が、 ワタシ を もらい に この サンソウ に やって きました。 この シショウ さん は、 ワタシドモ の ニシカタマチ の オウチ の キンジョ に すんで いました ので、 ワタシタチ も トナリグミ の ヨシミ で、 ときたま あう こと が ありました。 いつか、 あれ は アキ の ユウグレ だった と おぼえて います が、 ワタシ と オカアサマ と フタリ で、 ジドウシャ で その シショウ さん の オウチ の マエ を とおりすぎた とき、 その オカタ が オヒトリ で ぼんやり オタク の モン の ソバ に たって いらして、 オカアサマ が ジドウシャ の マド から ちょっと シショウ さん に オエシャク なさったら、 その シショウ さん の きむずかしそう な あおぐろい オカオ が、 ぱっと コウヨウ より も あかく なりました。
「コイ かしら」
 ワタシ は、 はしゃいで いいました。
「オカアサマ を、 すき なの ね」
 けれども、 オカアサマ は おちついて、
「いいえ。 えらい オカタ」
 と ヒトリゴト の よう に、 おっしゃいました。 ゲイジュツカ を ソンケイ する の は、 ワタシドモ の イエ の カフウ の よう で ございます。
 その シショウ さん が、 センネン オクサマ を なくなさった とか で、 ワダ の オジサマ と ヨウキョク の オテング ナカマ の ある ミヤケ の オカタ を かいし、 オカアサマ に モウシイレ を なさって、 オカアサマ は、 カズコ から おもった とおり の ゴヘンジ を シショウ さん に ちょくせつ さしあげたら? と おっしゃる し、 ワタシ は ふかく かんがえる まで も なく、 いや なので、 ワタシ には イマ ケッコン の イシ が ございません、 と いう こと を なんでも なく すらすら と かけました。
「おことわり して も いい の でしょう?」
「そりゃ もう。 ……ワタシ も、 ムリ な ハナシ だ と おもって いた わ」
 その コロ、 シショウ さん は カルイザワ の ベッソウ の ほう に いらした ので、 その オベッソウ へ オコトワリ の ゴヘンジ を さしあげたら、 それから、 フツカ-メ に、 その テガミ と ユキチガイ に、 シショウ さん ゴジシン、 イズ の オンセン へ シゴト に きた トチュウ で ちょっと たちよらせて いただきました と おっしゃって、 ワタシ の ヘンジ の こと は なにも ゴゾンジ で なく、 だしぬけ に、 この サンソウ に おみえ に なった の です。 ゲイジュツカ と いう もの は、 オイクツ に なって も、 こんな コドモ みたい な キママ な こと を なさる もの らしい のね。
 オカアサマ は、 オカゲン が わるい ので、 ワタシ が オアイテ に でて、 シナマ で オチャ を さしあげ、
「あの、 オコトワリ の テガミ、 イマゴロ カルイザワ の ほう に ついて いる こと と ぞんじます。 ワタシ、 よく かんがえました の です けど」
 と もうしあげました。
「そう です か」
 と せかせか した チョウシ で おっしゃって、 アセ を おふき に なり、
「でも、 それ は、 もう イチド、 よく おかんがえ に なって みて ください。 ワタシ は、 アナタ を、 なんと いったら いい か、 いわば セイシンテキ には コウフク を あたえる こと が できない かも しれない が、 そのかわり、 ブッシツテキ には どんな に でも コウフク に して あげる こと が できる。 これ だけ は、 はっきり いえます。 まあ、 ざっくばらん の ハナシ です が」
「オコトバ の、 その、 コウフク と いう の が、 ワタシ には よく わかりません。 ナマイキ を もうしあげる よう です けど、 ごめんなさい。 チェホフ の ツマ への テガミ に、 コドモ を うんで おくれ、 ワタシタチ の コドモ を うんで おくれ、 って かいて ございました わね。 ニーチェ だ か の エッセイ の ナカ にも、 コドモ を うませたい と おもう オンナ、 と いう コトバ が ございました わ。 ワタシ、 コドモ が ほしい の です。 コウフク なんて、 そんな もの は、 どうだって いい の です の。 オカネ も ほしい けど、 コドモ を そだてて いける だけ の オカネ が あったら、 それ で タクサン です わ」
 シショウ さん は、 ヘン な ワライカタ を なさって、
「アナタ は、 めずらしい カタ です ね。 ダレ に でも、 おもった とおり を いえる カタ だ。 アナタ の よう な カタ と イッショ に いる と、 ワタシ の シゴト にも あたらしい レイカン が まいおりて くる かも しれない」
 と、 オトシ に にあわず、 ちょっと キザ みたい な こと を いいました。 こんな えらい ゲイジュツカ の オシゴト を、 もし ホントウ に ワタシ の チカラ で わかがえらせる こと が できたら、 それ も イキガイ の ある こと に ちがいない、 とも おもいました が、 けれども、 ワタシ は、 その シショウ さん に だかれる ジブン の スガタ を、 どうしても かんがえる こと が できなかった の です。
「ワタシ に、 コイ の ココロ が なくて も いい の でしょう か?」
 と ワタシ は すこし わらって おたずね したら、 シショウ さん は マジメ に、
「オンナ の カタ は、 それ で いい ん です。 オンナ の ヒト は、 ぼんやり して いて、 いい ん です よ」
 と おっしゃいます。
「でも、 ワタシ みたい な オンナ は、 やっぱり、 コイ の ココロ が なくて は、 ケッコン を かんがえられない の です。 ワタシ、 もう、 オトナ なん です もの。 ライネン は、 もう、 30」
 と いって、 おもわず クチ を おおいたい よう な キモチ が しました。
 30。 オンナ には、 29 まで は オトメ の ニオイ が のこって いる。 しかし、 30 の オンナ の カラダ には、 もう、 どこ にも、 オトメ の ニオイ が ない、 と いう ムカシ よんだ フランス の ショウセツ の ナカ の コトバ が ふっと おもいだされて、 やりきれない サビシサ に おそわれ、 ソト を みる と、 マヒル の ヒカリ を あびて ウミ が、 ガラス の ハヘン の よう に どぎつく ひかって いました。 あの ショウセツ を よんだ とき には、 そりゃ そう だろう と かるく コウテイ して すまして いた。 30 サイ まで で、 オンナ の セイカツ は、 オシマイ に なる と ヘイキ で そう おもって いた あの コロ が なつかしい。 ウデワ、 クビカザリ、 ドレス、 オビ、 ヒトツヒトツ ワタシ の カラダ の シュウイ から きえて なくなって ゆく に したがって、 ワタシ の カラダ の オトメ の ニオイ も しだいに あわく うすれて いった の でしょう。 まずしい、 チュウネン の オンナ。 おお、 いや だ。 でも、 チュウネン の オンナ の セイカツ にも、 オンナ の セイカツ が、 やっぱり、 ある ん です のね。 コノゴロ、 それ が わかって きました。 エイジン の オンナ キョウシ が、 イギリス に オカエリ の とき、 19 の ワタシ に こう おっしゃった の を おぼえて います。
「アナタ は、 コイ を なさって は、 いけません。 アナタ は、 コイ を したら、 フコウ に なります。 コイ を、 なさる なら、 もっと、 おおきく なって から に なさい。 30 に なって から に なさい」
 けれども、 そう いわれて も ワタシ は、 きょとん と して いました。 30 に なって から の こと など、 その コロ の ワタシ には、 ソウゾウ も なにも できない こと でした。
「この オベッソウ を、 おうり に なる とか いう ウワサ を ききました が」
 シショウ さん は、 イジワル そう な ヒョウジョウ で、 ふいと そう おっしゃいました。
 ワタシ は わらいました。
「ごめんなさい。 サクラ の ソノ を おもいだした の です。 アナタ が、 おかい に なって くださる の でしょう?」
 シショウ さん は、 さすが に ビンカン に おさっし に なった よう で、 おこった よう に クチ を ゆがめて もくしました。
 ある ミヤサマ の オスマイ と して、 シンエン 50 マン エン で この イエ を、 どうこう と いう ハナシ が あった の も ジジツ です が、 それ は タチギエ に なり、 その ウワサ でも シショウ さん は ききこんだ の でしょう。 でも、 サクラ の ソノ の ロパーヒン みたい に ワタシドモ に おもわれて いる の では たまらない と、 すっかり オキゲン を わるく した ヨウス で、 アト、 セケンバナシ を すこし して おかえり に なって しまいました。
 ワタシ が イマ、 アナタ に もとめて いる もの は、 ロパーヒン では ございません。 それ は、 はっきり いえる ん です。 ただ、 チュウネン の オンナ の オシカケ を、 ひきうけて ください。
 ワタシ が はじめて、 アナタ と おあい した の は、 もう 6 ネン くらい ムカシ の こと でした。 あの とき には、 ワタシ は アナタ と いう ヒト に ついて なにも しりません でした。 ただ、 オトウト の シショウ さん、 それ も いくぶん わるい シショウ さん、 そう おもって いた だけ でした。 そうして、 イッショ に コップ で オサケ を のんで、 それから、 アナタ は、 ちょっと かるい イタズラ を なさった でしょう。 けれども、 ワタシ は ヘイキ でした。 ただ、 へんに ミガル に なった くらい の キブン で いました。 アナタ を、 すき でも きらい でも、 なんでも なかった の です。 その うち に、 オトウト の オキゲン を とる ため に、 アナタ の チョショ を オトウト から かりて よみ、 おもしろかったり おもしろく なかったり、 あまり ネッシン な ドクシャ では なかった の です が、 6 ネン-カン、 いつ の コロ から か、 アナタ の こと が キリ の よう に ワタシ の ムネ に しみこんで いた の です。 あの ヨル、 チカシツ の カイダン で、 ワタシタチ の した こと も、 キュウ に いきいき と あざやか に おもいだされて きて、 なんだか あれ は、 ワタシ の ウンメイ を ケッテイ する ほど の ジュウダイ な こと だった よう な キ が して、 アナタ が したわしくて、 これ が、 コイ かも しれぬ と おもったら、 とても こころぼそく たよりなく、 ヒトリ で めそめそ なきました。 アナタ は、 ホカ の オトコ の ヒト と、 まるで ぜんぜん ちがって います。 ワタシ は、 「カモメ」 の ニーナ の よう に、 サッカ に こいして いる の では ありません。 ワタシ は、 ショウセツカ など に あこがれて は いない の です。 ブンガク ショウジョ、 など と おおもい に なったら、 こちら も、 まごつきます。 ワタシ は、 アナタ の アカチャン が ほしい の です。
 もっと ずっと マエ に、 アナタ が まだ オヒトリ の とき、 そうして ワタシ も まだ ヤマキ へ ゆかない とき に、 おあい して、 フタリ が ケッコン して いたら、 ワタシ も イマ みたい に くるしまず に すんだ の かも しれません が、 ワタシ は もう アナタ との ケッコン は できない もの と あきらめて います。 アナタ の オクサマ を おしのける など、 それ は あさましい ボウリョク みたい で、 ワタシ は いや なん です。 ワタシ は、 オメカケ、 (この コトバ、 いいたく なくて、 たまらない の です けど、 でも、 アイジン、 と いって みた ところ で、 ぞくに いえば、 オメカケ に ちがいない の です から、 はっきり、 いう わ) それだって、 かまわない ん です。 でも、 セケン フツウ の オメカケ の セイカツ って、 むずかしい もの らしい のね。 ヒト の ハナシ では、 オメカケ は ふつう、 ヨウ が なくなる と、 すてられる もの ですって。 60 ちかく なる と、 どんな オトコ の カタ でも、 ミンナ、 ホンサイ の ところ へ おもどり に なる ん ですって。 ですから、 オメカケ に だけ は なる もの じゃ ない って、 ニシカタマチ の ジイヤ と ウバ が はなしあって いる の を、 きいた こと が ある ん です。 でも、 それ は、 セケン フツウ の オメカケ の こと で、 ワタシタチ の バアイ は、 ちがう よう な キ が します。 アナタ に とって、 いちばん、 ダイジ なの は、 やはり、 アナタ の オシゴト だ と おもいます。 そうして、 アナタ が、 ワタシ を おすき だったら、 フタリ が なかよく する こと が、 オシゴト の ため にも いい でしょう。 すると、 アナタ の オクサマ も、 ワタシタチ の こと を ナットク して くださいます。 ヘン な、 コジツケ の リクツ みたい だ けど、 でも、 ワタシ の カンガエ は、 どこ も まちがって いない と おもう わ。
 モンダイ は、 アナタ の ゴヘンジ だけ です。 ワタシ を、 すき なの か、 きらい なの か、 それとも、 なんとも ない の か、 その ゴヘンジ、 とても おそろしい の だ けれども、 でも、 うかがわなければ なりません。 コナイダ の テガミ にも、 ワタシ、 オシカケ アイジン、 と かき、 また、 この テガミ にも、 チュウネン の オンナ の オシカケ、 など と かきました が、 イマ よく かんがえて みましたら、 アナタ から の ゴヘンジ が なければ、 ワタシ、 おしかけよう にも、 なにも、 テガカリ が なく、 ヒトリ で ぼんやり やせて ゆく だけ でしょう。 やはり アナタ の ナニ か オコトバ が なければ、 ダメ だった ん です。
 イマ ふっと おもった こと で ございます が、 アナタ は、 ショウセツ では ずいぶん コイ の ボウケン みたい な こと を おかき に なり、 セケン から も ひどい アッカン の よう に ウワサ を されて いながら、 ホントウ は、 ジョウシキカ なん でしょう。 ワタシ には、 ジョウシキ と いう こと が、 わからない ん です。 すき な こと が でき さえ すれば、 それ は いい セイカツ だ と おもいます。 ワタシ は、 アナタ の アカチャン を うみたい の です。 ホカ の ヒト の アカチャン は、 どんな こと が あって も、 うみたく ない ん です。 それで、 ワタシ は、 アナタ に ソウダン を して いる の です。 おわかり に なりましたら、 ゴヘンジ を ください。 アナタ の オキモチ を、 はっきり、 おしらせ ください。
 アメ が あがって、 カゼ が ふきだしました。 イマ ゴゴ 3 ジ です。 これから、 イッキュウシュ (6 ゴウ) の ハイキュウ を もらい に ゆきます。 ラム-シュ の ビン を 2 ホン、 フクロ に いれて、 ムネ の ポケット に、 この テガミ を いれて、 もう 10 プン ばかり したら、 シタ の ムラ に でかけます。 この オサケ は、 オトウト に のませません。 カズコ が のみます。 マイバン、 コップ で 1 パイ ずつ いただきます。 オサケ は、 ホントウ は、 コップ で のむ もの です わね。
 こちら に、 いらっしゃいません?
  M.C サマ


 キョウ も アメフリ に なりました。 メ に みえない よう な キリサメ が ふって いる の です。 マイニチ マイニチ、 ガイシュツ も しない で ゴヘンジ を おまち して いる のに、 とうとう キョウ まで オタヨリ が ございません でした。 いったい アナタ は、 ナニ を おかんがえ に なって いる の でしょう。 コナイダ の テガミ で、 あの ダイシショウ さん の こと など かいた の が、 いけなかった の かしら。 こんな エンダン なんか を かいて、 キョウソウシン を かきたてよう と して いやがる、 と でも おおもい に なった の でしょう か。 でも、 あの エンダン は、 もう あれっきり だった の です。 サッキ も、 オカアサマ と、 その ハナシ を して わらいました。 オカアサマ は、 こないだ シタ の サキ が いたい と おっしゃって、 ナオジ に すすめられて、 ビガク リョウホウ を して、 その リョウホウ に よって、 シタ の イタミ も とれて、 コノゴロ は ちょっと オゲンキ なの です。
 さっき ワタシ が オエンガワ に たって、 ウズ を まきつつ ふかれて ゆく キリサメ を ながめながら、 アナタ の オキモチ の こと を かんがえて いましたら、
「ミルク を わかした から、 いらっしゃい」
 と オカアサマ が ショクドウ の ほう から および に なりました。
「さむい から、 うんと あつく して みた の」
 ワタシタチ は、 ショクドウ で ユゲ の たって いる あつい ミルク を いただきながら、 センジツ の シショウ さん の こと を はなしあいました。
「あの カタ と、 ワタシ とは、 どだい なにも にあいません でしょう?」
 オカアサマ は ヘイキ で、
「にあわない」
 と おっしゃいました。
「ワタシ、 こんな に ワガママ だし、 それに ゲイジュツカ と いう もの を きらい じゃ ない し、 おまけに、 あの カタ には タクサン の シュウニュウ が ある らしい し、 あんな カタ と ケッコン したら、 そりゃ いい と おもう わ。 だけど、 ダメなの」
 オカアサマ は、 おわらい に なって、
「カズコ は、 いけない コ ね。 そんな に、 ダメ で いながら、 こないだ あの カタ と、 ゆっくり なにかと たのしそう に オハナシ を して いた でしょう。 アナタ の キモチ が、 わからない」
「あら、 だって、 おもしろかった ん です もの。 もっと、 いろいろ ハナシ を して みたかった わ。 ワタシ、 タシナミ が ない のね」
「いいえ、 べったり して いる のよ。 カズコ べったり」
 オカアサマ は、 キョウ は、 とても オゲンキ。
 そうして、 キノウ はじめて アップ に した ワタシ の カミ を ゴラン に なって、
「アップ は ね、 カミノケ の すくない ヒト が する と いい のよ。 アナタ の アップ は リッパ-すぎて、 キン の ちいさい カンムリ でも のせて みたい くらい。 シッパイ ね」
「カズコ がっかり。 だって、 オカアサマ は いつ だった か、 カズコ は クビスジ が しろくて きれい だ から、 なるべく クビスジ を かくさない よう に、 って おっしゃった じゃ ない の」
「そんな こと だけ は、 おぼえて いる のね」
「すこし でも ほめられた こと は、 イッショウ わすれません。 おぼえて いた ほう が、 たのしい もの」
「こないだ、 あの カタ から も、 なにかと ほめられた の でしょう」
「そう よ。 それで、 べったり に なっちゃった の。 ワタシ と イッショ に いる と レイカン が、 ああ、 たまらない。 ワタシ、 ゲイジュツカ は きらい じゃ ない ん です けど、 あんな、 ジンカクシャ みたい に、 もったいぶってる ヒト は、 とても、 ダメ なの」
「ナオジ の シショウ さん は、 どんな ヒト なの?」
 ワタシ は、 ひやり と しました。
「よく わからない けど、 どうせ ナオジ の シショウ さん です もの、 フダツキ の フリョウ らしい わ」
「フダツキ?」
 と、 オカアサマ は、 たのしそう な メツキ を なさって つぶやき、
「おもしろい コトバ ね。 フダツキ なら、 かえって アンゼン で いい じゃ ない の。 スズ を クビ に さげて いる コネコ みたい で かわいらしい くらい。 フダ の ついて いない フリョウ が、 こわい ん です」
「そう かしら」
 うれしくて、 うれしくて、 すうっと カラダ が ケムリ に なって ソラ に すわれて ゆく よう な キモチ でした。 おわかり に なります? なぜ、 ワタシ が、 うれしかった か。 おわかり に ならなかったら、 ……なぐる わよ。
 イチド、 ホントウ に、 こちら へ あそび に いらっしゃいません? ワタシ から ナオジ に、 アナタ を おつれ して くる よう に、 って いいつける の も、 なんだか フシゼン で、 ヘン です から、 アナタ ゴジシン の スイキョウ から、 ふっと ここ へ たちよった と いう カタチ に して、 ナオジ の アンナイ で おいで に なって も いい けれども、 でも、 なるべく なら オヒトリ で、 そうして ナオジ が トウキョウ に シュッチョウ した ルス に おいで に なって ください。 ナオジ が いる と、 アナタ を ナオジ に とられて しまって、 きっと アナタタチ は、 オサキ さん の ところ へ ショウチュウ なんか を のみ に でかけて いって、 それっきり に なる に きまって います から。 ワタシ の イエ では、 センゾ ダイダイ、 ゲイジュツカ を すき だった よう です。 コウリン と いう ガカ も、 ムカシ ワタシドモ の キョウト の オウチ に ながく タイザイ して、 フスマ に きれい な エ を かいて くださった の です。 だから、 オカアサマ も、 アナタ の ゴライホウ を、 きっと よろこんで くださる と おもいます。 アナタ は、 たぶん、 2 カイ の ヨウマ に オヤスミ と いう こと に なる でしょう。 オワスレ なく デントウ を けして おいて ください。 ワタシ は ちいさい ロウソク を カタテ に もって、 くらい カイダン を のぼって いって、 それ は、 ダメ? はやすぎる わね。
 ワタシ、 フリョウ が すき なの。 それ も、 フダツキ の フリョウ が、 すき なの。 そうして ワタシ も、 フダツキ の フリョウ に なりたい の。 そう する より ホカ に、 ワタシ の イキカタ が、 ない よう な キ が する の。 アナタ は、 ニホン で イチバン の、 フダツキ の フリョウ でしょう。 そうして、 コノゴロ は また、 タクサン の ヒト が、 アナタ を、 きたならしい、 けがらわしい、 と いって、 ひどく にくんで コウゲキ して いる とか、 オトウト から きいて、 いよいよ アナタ を すき に なりました。 アナタ の こと です から、 きっと イロイロ の アミ を オモチ でしょう けれども、 いまに だんだん ワタシ ヒトリ を すき に オナリ でしょう。 なぜ だ か、 ワタシ には、 そう おもわれて シカタ が ない ん です。 そうして、 アナタ は ワタシ と イッショ に くらして、 マイニチ、 たのしく オシゴト が できる でしょう。 ちいさい とき から ワタシ は、 よく ヒト から、 「アナタ と イッショ に いる と クロウ を わすれる」 と いわれて きました。 ワタシ は イマ まで、 ヒト から きらわれた ケイケン が ない ん です。 ミンナ が ワタシ を、 いい コ だ と いって くださいました。 だから、 アナタ も、 ワタシ を おきらい の はず は、 けっして ない と おもう の です。
 あえば いい の です。 もう、 イマ は ゴヘンジ も なにも いりません。 おあい しとう ございます。 ワタシ の ほう から、 トウキョウ の アナタ の オタク へ おうかがい すれば いちばん カンタン に オメ に かかれる の でしょう けれど、 オカアサマ が、 なにせ ハンビョウニン の よう で、 ワタシ は ツキッキリ の カンゴフ ケン オジョチュウ さん なの です から、 どうしても それ が できません。 オネガイ で ございます。 どうか、 こちら へ いらして ください。 ヒトメ おあい したい の です。 そうして、 スベテ は、 おあい すれば、 わかる こと。 ワタシ の クチ の リョウガワ に できた かすか な シワ を みて ください。 セイキ の カナシミ の シワ を みて ください。 ワタシ の どんな コトバ より、 ワタシ の カオ が、 ワタシ の ムネ の オモイ を はっきり アナタ に おしらせ する はず で ございます。
 サイショ に さしあげた テガミ に、 ワタシ の ムネ に かかって いる ニジ の こと を かきました が、 その ニジ は ホタル の ヒカリ みたい な、 または オホシサマ の ヒカリ みたい な、 そんな オジョウヒン な うつくしい もの では ない の です。 そんな あわい とおい オモイ だったら、 ワタシ は こんな に くるしまず、 しだいに アナタ を わすれて ゆく こと が できた でしょう。 ワタシ の ムネ の ニジ は、 ホノオ の ハシ です。 ムネ が やきこげる ほど の オモイ なの です。 マヤク チュウドクシャ が、 マヤク が きれて クスリ を もとめる とき の キモチ だって、 これほど つらく は ない でしょう。 まちがって は いない、 ヨコシマ では ない と おもいながら も、 ふっと、 ワタシ、 タイヘン な、 オオバカ の こと を しよう と して いる の では ない かしら、 と おもって、 ぞっと する こと も ある ん です。 ハッキョウ して いる の では ない かしら と ハンセイ する、 そんな キモチ も、 たくさん ある ん です。 でも、 ワタシ だって、 レイセイ に ケイカク して いる こと も ある ん です。 ホントウ に、 こちら へ イチド いらして ください。 いつ、 いらして くださって も だいじょうぶ。 ワタシ は どこ へも ゆかず に、 いつも おまち して います。 ワタシ を しんじて ください。
 もう イチド おあい して、 その とき、 いや なら はっきり いって ください。 ワタシ の この ムネ の ホノオ は、 アナタ が テンカ した の です から、 アナタ が けして いって ください。 ワタシ ヒトリ の チカラ では、 とても けす こと が できない の です。 とにかく あったら、 あったら、 ワタシ が たすかります。 マンヨウ や ゲンジ モノガタリ の コロ だったら、 ワタシ の もうしあげて いる よう な こと、 なんでも ない こと でした のに。 ワタシ の ノゾミ。 アナタ の アイショウ に なって、 アナタ の コドモ の ハハ に なる こと。
 このよう な テガミ を、 もし チョウショウ する ヒト が あったら、 その ヒト は オンナ の いきて ゆく ドリョク を チョウショウ する ヒト です。 オンナ の イノチ を チョウショウ する ヒト です。 ワタシ は ミナト の いきづまる よう な よどんだ クウキ に たえきれなくて、 ミナト の ソト は アラシ で あって も、 ホ を あげたい の です。 いこえる ホ は、 レイガイ なく きたない。 ワタシ を チョウショウ する ヒトタチ は、 きっと ミナ、 いこえる ホ です。 なにも でき や しない ん です。
 こまった オンナ。 しかし、 この モンダイ で いちばん くるしんで いる の は ワタシ なの です。 この モンダイ に ついて、 なにも、 ちっとも くるしんで いない ボウカンシャ が、 ホ を みにくく だらり と やすませながら、 この モンダイ を ヒハン する の は、 ナンセンス です。 ワタシ を、 イイカゲン に ナニナニ シソウ なんて いって もらいたく ない ん です。 ワタシ は ムシソウ です。 ワタシ は シソウ や テツガク なんて もの で コウドウ した こと は、 イチド だって ない ん です。
 セケン で よい と いわれ、 ソンケイ されて いる ヒトタチ は、 ミナ ウソツキ で、 ニセモノ なの を、 ワタシ は しって いる ん です。 ワタシ は、 セケン を シンヨウ して いない ん です。 フダツキ の フリョウ だけ が、 ワタシ の ミカタ なん です。 フダツキ の フリョウ。 ワタシ は その ジュウジカ に だけ は、 かかって しんで も いい と おもって います。 バンニン に ヒナン せられて も、 それでも、 ワタシ は いいかえして やれる ん です。 オマエタチ は、 フダ の ついて いない もっと キケン な フリョウ じゃ ない か、 と。
 おわかり に なりまして?
 コイ に リユウ は ございません。 すこし リクツ みたい な こと を いいすぎました。 オトウト の クチマネ に すぎなかった よう な キ も します。 オイデ を おまち して いる だけ なの です。 もう イチド オメ に かかりたい の です。 それ だけ なの です。
 まつ。 ああ、 ニンゲン の セイカツ には、 よろこんだり おこったり かなしんだり にくんだり、 イロイロ の カンジョウ が ある けれども、 けれども それ は ニンゲン の セイカツ の ほんの 1 パーセント を しめて いる だけ の カンジョウ で、 アト の 99 パーセント は、 ただ まって くらして いる の では ない でしょう か。 コウフク の アシオト が、 ロウカ に きこえる の を イマ か イマ か と ムネ の つぶれる オモイ で まって、 カラッポ。 ああ、 ニンゲン の セイカツ って、 あんまり みじめ。 うまれて こない ほう が よかった と ミンナ が かんがえて いる この ゲンジツ。 そうして マイニチ、 アサ から バン まで、 はかなく ナニ か を まって いる。 みじめすぎます。 うまれて きて よかった と、 ああ、 イノチ を、 ニンゲン を、 ヨノナカ を、 よろこんで みとう ございます。
 はばむ ドウトク を、 おしのけられません か?
 M.C (マイ、 チェホフ の イニシャル では ない ん です。 ワタシ は、 サッカ に こいして いる の では ございません。 マイ、 チャイルド)

 5

 ワタシ は、 コトシ の ナツ、 ある オトコ の ヒト に、 ミッツ の テガミ を さしあげた が、 ゴヘンジ は なかった。 どう かんがえて も、 ワタシ には、 それ より ホカ に イキカタ が ない と おもわれて、 ミッツ の テガミ に、 ワタシ の その ムネ の ウチ を かきしたため、 ミサキ の センタン から ドトウ めがけて とびおりる キモチ で、 トウカン した のに、 いくら まって も、 ゴヘンジ が なかった。 オトウト の ナオジ に、 それとなく その ヒト の ゴヨウス を きいて も、 その ヒト は なんの かわる ところ も なく、 マイバン オサケ を のみあるき、 いよいよ フドウトク の サクヒン ばかり かいて、 セケン の オトナ たち に、 ヒンシュク せられ、 にくまれて いる らしく、 ナオジ に シュッパンギョウ を はじめよ、 など と すすめて、 ナオジ は オオノリキ で、 あの ヒト の ホカ にも 2~3、 ショウセツカ の カタ に コモン に なって もらい、 シホン を だして くれる ヒト も ある とか どう とか、 ナオジ の ハナシ を きいて いる と、 ワタシ の こいして いる ヒト の ミノマワリ の フンイキ に、 ワタシ の ニオイ が ミジン も しみこんで いない らしく、 ワタシ は はずかしい と いう オモイ より も、 この ヨノナカ と いう もの が、 ワタシ の かんがえて いる ヨノナカ とは、 まるで ちがった ベツ な キミョウ な イキモノ みたい な キ が して きて、 ジブン ヒトリ だけ オキザリ に され、 よんで も さけんで も、 なんの テゴタエ の ない タソガレ の アキ の コウヤ に たたされて いる よう な、 これまで あじわった こと の ない セイソウ の オモイ に おそわれた。 これ が、 シツレン と いう もの で あろう か。 コウヤ に こうして、 ただ たちつくして いる うち に、 ヒ が とっぷり くれて、 ヨツユ に こごえて しぬ より ホカ は ない の だろう か と おもえば、 ナミダ の でない ドウコク で、 リョウカタ と ムネ が はげしく なみうち、 イキ も できない キモチ に なる の だ。
 もう コノウエ は、 なんと して も ワタシ が ジョウキョウ して、 ウエハラ さん に オメ に かかろう、 ワタシ の ホ は すでに あげられて、 ミナト の ソト に でて しまった の だ もの、 たちつくして いる わけ に ゆかない、 ゆく ところ まで ゆかなければ ならない、 と ひそか に ジョウキョウ の ココロジタク を はじめた トタン に、 オカアサマ の ゴヨウス が、 おかしく なった の で ある。
 イチヤ、 ひどい オセキ が でて、 オネツ を はかって みたら、 39 ド あった。
「キョウ、 さむかった から でしょう。 アス に なれば、 なおります」
 と オカアサマ は、 せきこみながら コゴエ で おっしゃった が、 ワタシ には、 どうも、 タダ の オセキ では ない よう に おもわれて、 アス は とにかく シタ の ムラ の オイシャ に きて もらおう と ココロ に きめた。
 あくる アサ、 オネツ は 37 ド に さがり、 オセキ も あまり でなく なって いた が、 それでも ワタシ は、 ムラ の センセイ の ところ へ いって、 オカアサマ が、 コノゴロ にわか に およわり に なった こと、 ユウベ から また ネツ が でて、 オセキ も、 タダ の カゼ の オセキ と ちがう よう な キ が する こと など を もうしあげて、 ゴシンサツ を おねがい した。
 センセイ は、 では のちほど うかがいましょう、 これ は トウライモノ で ございます が、 と おっしゃって オウセツマ の スミ の トダナ から ナシ を ミッツ とりだして ワタシ に くださった。 そうして、 オヒル すこし-スギ、 シロガスリ に ナツバオリ を おめし に なって シンサツ に いらした。 レイ の ごとく、 テイネイ に ながい こと、 チョウシン や ダシン を なさって、 それから ワタシ の ほう に マショウメン に むきなおり、
「ゴシンパイ は ございません。 オクスリ を、 おのみ に なれば、 なおります」
 と おっしゃる。
 ワタシ は ミョウ に おかしく、 ワライ を こらえて、
「オチュウシャ は、 いかが でしょう か」
 と おたずね する と、 マジメ に、
「その ヒツヨウ は、 ございません でしょう。 オカゼ で ございます から、 しずか に して いらっしゃる と、 まもなく オカゼ が ぬけます でしょう」
 と おっしゃった。
 けれども、 オカアサマ の オネツ は、 それから 1 シュウカン たって も さがらなかった。 セキ は おさまった けれども、 オネツ の ほう は、 アサ は 7 ド 7 ブ くらい で、 ユウガタ に なる と 9 ド に なった。 オイシャ は、 あの ヨクジツ から、 オナカ を こわした とか で やすんで いらして、 ワタシ が オクスリ を いただき に いって、 オカアサマ の ゴヨウタイ の おもわしく ない こと を カンゴフ さん に つげて、 センセイ に つたえて いただいて も、 フツウ の オカゼ で シンパイ は ありません、 と いう ゴヘンジ で、 ミズグスリ と サンヤク を くださる。
 ナオジ は あいかわらず の トウキョウ シュッチョウ で、 もう トオカ あまり かえらない。 ワタシ ヒトリ で、 ココロボソサ の あまり ワダ の オジサマ へ、 オカアサマ の ゴヨウス の かわった こと を ハガキ に したためて しらせて やった。
 ハツネツ して かれこれ トオカ-メ に、 ムラ の センセイ が、 やっと ハラグアイ が よろしく なりました と いって、 シンサツ し に いらした。
 センセイ は、 オカアサマ の オムネ を チュウイ-ぶかそう な ヒョウジョウ で ダシン なさりながら、
「わかりました、 わかりました」
 と おさけび に なり、 それから、 また ワタシ の ほう に マショウメン に むきなおられて、
「オネツ の ゲンイン が、 わかりまして ございます。 ヒダリハイ に シンジュン を おこして います。 でも、 ゴシンパイ は いりません。 オネツ は、 とうぶん つづく でしょう けれども、 おしずか に して いらっしゃったら、 ゴシンパイ は ございません」
 と おっしゃる。
 そう かしら? と おもいながら も、 おぼれる モノ の ワラ に すがる キモチ も あって、 ムラ の センセイ の その シンダン に、 ワタシ は すこし ほっと した ところ も あった。
 オイシャ が おかえり に なって から、
「よかった わね、 オカアサマ。 ほんの すこし の シンジュン なんて、 タイテイ の ヒト に ある もの よ。 オキモチ を ジョウブ に おもち に なって い さえ したら、 わけなく なおって しまいます わ。 コトシ の ナツ の キコウ フジュン が いけなかった のよ。 ナツ は きらい。 カズコ は、 ナツ の ハナ も、 きらい」
 オカアサマ は オメ を つぶりながら おわらい に なり、
「ナツ の ハナ の すき な ヒト は、 ナツ に しぬ って いう から、 ワタシ も コトシ の ナツ アタリ しぬ の か と おもって いたら、 ナオジ が かえって きた ので、 アキ まで いきて しまった」
 あんな ナオジ でも、 やはり オカアサマ の いきる タノミ の ハシラ に なって いる の か、 と おもったら、 つらかった。
「それでは、 もう ナツ が すぎて しまった の です から、 オカアサマ の キケンキ も トウゲ を こした って わけ なの ね。 オカアサマ、 オニワ の ハギ が さいて います わ。 それから、 オミナエシ、 ワレモコウ、 キキョウ、 カルカヤ、 ススキ。 オニワ が すっかり アキ の オニワ に なりました わ。 10 ガツ に なったら、 きっと オネツ も さがる でしょう」
 ワタシ は、 それ を いのって いた。 はやく この 9 ガツ の、 むしあつい、 いわば ザンショ の キセツ が すぎる と いい。 そうして、 キク が さいて、 うららか な コハル-ビヨリ が つづく よう に なる と、 きっと オカアサマ の オネツ も さがって オジョウブ に なり、 ワタシ も あの ヒト と あえる よう に なって、 ワタシ の ケイカク も タイリン の キク の ハナ の よう に みごと に さきほこる こと が できる かも しれない の だ。 ああ、 はやく 10 ガツ に なって、 そうして オカアサマ の オネツ が さがる と よい。
 ワダ の オジサマ に オハガキ を さしあげて から、 1 シュウカン ばかり して、 ワダ の オジサマ の オトリハカライ で、 イゼン ジイ など して いらした ミヤケ サマ の ロウセンセイ が カンゴフ さん を つれて トウキョウ から ゴシンサツ に いらして くださった。
 ロウセンセイ は ワタシドモ の なくなった オチチウエ とも ゴコウサイ の あった カタ なので、 オカアサマ は、 たいへん オヨロコビ の ゴヨウス だった。 それに、 ロウセンセイ は ムカシ から オギョウギ が わるく、 コトバヅカイ も ぞんざい で、 それ が また オカアサマ の オキ に めして いる らしく、 その ヒ は ゴシンサツ など、 ソッチノケ で なにかと オフタリ で うちとけた セケンバナシ に きょうじて いらっしゃった。 ワタシ が オカッテ で、 プリン を こしらえて、 それ を オザシキ に もって いったら、 もう その アイダ に ゴシンサツ も オスミ の ヨウス で、 ロウセンセイ は チョウシンキ を だらしなく クビカザリ みたい に カタ に ひっかけた まま、 オザシキ の ロウカ の トウイス に コシ を かけ、
「ボク など も ね、 ヤタイ に はいって、 ウドン の タチグイ でさ。 うまい も、 まずい も ありゃ しません」
 と、 ノンキ そう に セケンバナシ を つづけて いらっしゃる。 オカアサマ も、 なにげない ヒョウジョウ で テンジョウ を みながら、 その オハナシ を きいて いらっしゃる。 なんでも なかった ん だ、 と ワタシ は、 ほっと した。
「いかが で ございました? この ムラ の センセイ は、 ムネ の ヒダリ の ほう に シンジュン が ある とか おっしゃって いました けど?」
 と ワタシ も キュウ に ゲンキ が でて、 ミヤケ サマ に おたずね したら、 ロウセンセイ は、 こともなげ に、
「なに、 だいじょうぶ だ」
 と かるく おっしゃる。
「まあ、 よかった わね、 オカアサマ」
 と ワタシ は ココロ から ビショウ して、 オカアサマ に よびかけ、
「だいじょうぶ なん ですって」
 その とき、 ミヤケ サマ は トウイス から、 つと たちあがって シナマ の ほう へ いらっしゃった。 ナニ か ワタシ に ヨウジ が ありげ に みえた ので、 ワタシ は そっと その アト を おった。
 ロウセンセイ は シナマ の カベカケ の カゲ に いって たちどまって、
「ばりばり オト が きこえて いる ぞ」
 と おっしゃった。
「シンジュン では、 ございません の?」
「ちがう」
「キカンシ カタル では?」
 ワタシ は、 もはや なみだぐんで おたずね した。
「ちがう」
 テーベ! ワタシ は それ だ と おもいたく なかった。 ハイエン や シンジュン や キカンシ カタル だったら、 かならず ワタシ の チカラ で なおして あげる。 けれども、 ケッカク だったら、 ああ、 もう ダメ かも しれない。 ワタシ は アシモト が、 くずれて ゆく よう な オモイ を した。
「オト、 とても わるい の? ばりばり きこえてる の?」
 ココロボソサ に、 ワタシ は ススリナキ に なった。
「ミギ も ヒダリ も ゼンブ だ」
「だって、 オカアサマ は、 まだ オゲンキ なの よ。 ゴハン だって、 おいしい おいしい と おっしゃって、……」
「シカタ が ない」
「ウソ だわ。 ね、 そんな こと ない ん でしょう? バタ や オタマゴ や、 ギュウニュウ を たくさん めしあがったら、 なおる ん でしょう? オカラダ に テイコウリョク さえ ついたら、 ネツ だって さがる ん でしょう」
「うん、 なんでも、 たくさん たべる こと だ」
「ね? そう でしょう? トマト も マイニチ、 イツツ くらい は めしあがって いる のよ」
「うん、 トマト は いい」
「じゃあ、 だいじょうぶ ね? なおる わね?」
「しかし、 コンド の ビョウキ は イノチトリ に なる かも しれない。 その つもり で いた ほう が いい」
 ヒト の チカラ で、 どうしても できない こと が、 この ヨノナカ に たくさん ある の だ と いう ゼツボウ の カベ の ソンザイ を、 うまれて はじめて しった よう な キ が した。
「2 ネン? 3 ネン?」
 ワタシ は ふるえながら コゴエ で たずねた。
「わからない。 とにかく もう、 テ の ツケヨウ が ない」
 そうして、 ミヤケ サマ は、 その ヒ は イズ の ナガオカ オンセン に ヤド を ヨヤク して いらっしゃる とか で、 カンゴフ さん と イッショ に おかえり に なった。 モン の ソト まで おみおくり して、 それから、 ムチュウ で ひきかえして オザシキ の オカアサマ の マクラモト に すわり、 ナニゴト も なかった よう に わらいかける と、 オカアサマ は、
「センセイ は、 なんと おっしゃって いた の?」
 と おたずね に なった。
「ネツ さえ さがれば いい ん ですって」
「ムネ の ほう は?」
「たいした こと も ない らしい わ。 ほら、 いつか の ゴビョウキ の とき みたい なの よ、 きっと。 いまに すずしく なったら、 どんどん オジョウブ に なります わ」
 ワタシ は ジブン の ウソ を しんじよう と おもった。 イノチトリ など と いう おそろしい コトバ は、 わすれよう と おもった。 ワタシ には、 この オカアサマ が、 なくなる と いう こと は、 それ は ワタシ の ニクタイ も ともに ショウシツ して しまう よう な カンジ で、 とても ジジツ と して かんがえられない こと だった。 これから は なにも わすれて、 この オカアサマ に、 たくさん たくさん ゴチソウ を こしらえて さしあげよう。 オサカナ。 スープ。 カンヅメ。 レバ。 ニクジュウ。 トマト。 タマゴ。 ギュウニュウ。 オスマシ。 オトウフ が あれば いい のに。 オトウフ の オミソシル。 しろい ゴハン。 オモチ。 おいしそう な もの は なんでも、 ワタシ の モチモノ を みな うって、 そうして オカアサマ に ゴチソウ して あげよう。
 ワタシ は たって、 シナマ へ いった。 そうして、 シナマ の ネイス を オザシキ の エンガワ チカク に うつして、 オカアサマ の オカオ が みえる よう に こしかけた。 やすんで いらっしゃる オカアサマ の オカオ は、 ちっとも ビョウニン-らしく なかった。 メ は うつくしく すんで いる し、 オカオイロ も いきいき して いらっしゃる。 マイアサ、 キソク ただしく キショウ なさって センメンジョ へ いらして、 それから オフロバ の 3 ジョウ で ゴジブン で カミ を ゆって、 ミジマイ を きちんと なさって、 それから オトコ に かえって、 オトコ に オスワリ の まま オショクジ を すまし、 それから オトコ に ねたり おきたり、 ゴゼンチュウ は ずっと シンブン や ゴホン を よんで いらして、 ネツ の でる の は ゴゴ だけ で ある。
「ああ、 オカアサマ は、 オゲンキ なの だ。 きっと、 だいじょうぶ なの だ」
 と ワタシ は、 ココロ の ナカ で ミヤケ サマ の ゴシンダン を つよく うちけした。
 10 ガツ に なって、 そうして キク の ハナ の さく コロ に なれば、 など かんがえて いる うち に ワタシ は、 うとうと と、 ウタタネ を はじめた。 ゲンジツ には、 ワタシ は イチド も みた こと の ない フウケイ なのに、 それでも ユメ では ときどき その フウケイ を みて、 ああ、 また ここ へ きた と おもう ナジミ の モリ の ナカ の ミズウミ の ホトリ に ワタシ は でた。 ワタシ は、 ワフク の セイネン と アシオト も なく イッショ に あるいて いた。 フウケイ ゼンタイ が、 ミドリイロ の キリ の かかって いる よう な カンジ で あった。 そうして、 ミズウミ の ソコ に しろい きゃしゃ な ハシ が しずんで いた。
「ああ、 ハシ が しずんで いる。 キョウ は、 どこ へも いけない。 ここ の ホテル で やすみましょう。 たしか、 あいた ヘヤ が あった はず だ」
 ミズウミ の ホトリ に、 イシ の ホテル が あった。 その ホテル の イシ は、 ミドリイロ の キリ で しっとり ぬれて いた。 イシ の モン の ウエ に、 キンモジ で ほそく、 HOTEL SWITZERLAND と ほりこまれて いた。 SWI と よんで いる うち に、 フイ に、 オカアサマ の こと を おもいだした。 オカアサマ は、 どう なさる の だろう。 オカアサマ も、 この ホテル へ いらっしゃる の かしら? と フシン に なった。 そうして、 セイネン と イッショ に イシ の モン を くぐり、 マエニワ へ はいった。 キリ の ニワ に、 アジサイ に にた あかい おおきい ハナ が もえる よう に さいて いた。 コドモ の コロ、 オフトン の モヨウ に、 マッカ な アジサイ の ハナ が ちらされて ある の を みて、 へんに かなしかった が、 やっぱり あかい アジサイ の ハナ って ホントウ に ある もの なん だ と おもった。
「さむく ない?」
「ええ、 すこし。 キリ で オミミ が ぬれて、 オミミ の ウラ が つめたい」
 と いって わらいながら、
「オカアサマ は、 どう なさる の かしら」
 と たずねた。
 すると、 セイネン は、 とても かなしく ジアイ-ぶかく ほほえんで、
「あの オカタ は、 オハカ の シタ です」
 と こたえた。
「あ」
 と ワタシ は ちいさく さけんだ。 そう だった の だ。 オカアサマ は、 もう、 いらっしゃらなかった の だ。 オカアサマ の オトムライ も、 とっく に すまして いた の じゃ ない か。 ああ、 オカアサマ は、 もう おなくなり に なった の だ と イシキ したら、 いいしれぬ サビシサ に ミブルイ して、 メ が さめた。
 ヴェランダ は、 すでに タソガレ だった。 アメ が ふって いた。 ミドリイロ の サビシサ は、 ユメ の まま、 アタリ イチメン に ただよって いた。
「オカアサマ」
 と ワタシ は よんだ。
 しずか な オコエ で、
「ナニ してる の?」
 と いう ゴヘンジ が あった。
 ワタシ は ウレシサ に とびあがって、 オザシキ へ ゆき、
「イマ ね、 ワタシ、 ねむって いた のよ」
「そう。 ナニ を して いる の かしら、 と おもって いた の。 ながい オヒルネ ね」
 と おもしろそう に おわらい に なった。
 ワタシ は オカアサマ の こうして ユウガ に いきづいて いきて いらっしゃる こと が、 あまり うれしくて、 ありがたくて、 なみだぐんで しまった。
「オユウハン の オコンダテ は? ゴキボウ が ございます?」
 ワタシ は、 すこし はしゃいだ クチョウ で そう いった。
「いい の。 なんにも いらない。 キョウ は、 9 ド 5 ブ に あがった の」
 にわか に ワタシ は、 ぺしゃんこ に しょげた。 そうして、 トホウ に くれて うすぐらい ヘヤ の ナカ を ぼんやり みまわし、 ふと、 しにたく なった。
「どうした ん でしょう。 9 ド 5 ブ なんて」
「なんでも ない の。 ただ、 ネツ の でる マエ が、 いや なの よ。 アタマ が ちょっと いたく なって、 サムケ が して、 それから ネツ が でる の」
 ソト は、 もう、 くらく なって いて、 アメ は やんだ よう だ が、 カゼ が ふきだして いた。 アカリ を つけて、 ショクドウ へ ゆこう と する と、 オカアサマ が、
「まぶしい から、 つけないで」
 と おっしゃった。
「くらい ところ で、 じっと ねて いらっしゃる の、 おいや でしょう」
 と たった まま、 おたずね する と、
「メ を つぶって ねて いる の だ から、 おなじ こと よ。 ちっとも、 さびしく ない。 かえって、 まぶしい の が、 いや なの。 これから、 ずっと、 オザシキ の アカリ は つけないで ね」
 と おっしゃった。
 ワタシ には、 それ も また フキツ な カンジ で、 だまって オザシキ の アカリ を けして、 トナリ の マ へ ゆき、 トナリ の マ の スタンド に アカリ を つけ、 たまらなく わびしく なって、 いそいで ショクドウ へ ゆき、 カンヅメ の サケ を つめたい ゴハン に のせて たべたら、 ぽろぽろ と ナミダ が でた。
 カゼ は ヨル に なって いよいよ つよく ふき、 9 ジ-ゴロ から アメ も まじり、 ホントウ の アラシ に なった。 2~3 ニチ マエ に まきあげた エンサキ の スダレ が、 ばたん ばたん と オト を たてて、 ワタシ は オザシキ の トナリ の マ で、 ローザ ルクセンブルグ の 「ケイザイガク ニュウモン」 を、 キミョウ な コウフン を おぼえながら よんで いた。 これ は ワタシ が、 こないだ オニカイ の ナオジ の ヘヤ から もって きた もの だ が、 その とき、 これ と イッショ に、 レニン センシュウ、 それから カウツキー の 「シャカイ カクメイ」 など も ムダン で ハイシャク して きて、 トナリ の マ の ワタシ の ツクエ の ウエ に のせて おいたら、 オカアサマ が、 アサ オカオ を あらい に いらした カエリ に、 ワタシ の ツクエ の ソバ を とおり、 ふと その 3 サツ の ホン に メ を とどめ、 いちいち オテ に とって、 ながめて、 それから ちいさい タメイキ を ついて、 そっと また ツクエ の ウエ に おき、 さびしい オカオ で ワタシ の ほう を ちらと みた。 けれども、 その メツキ は、 ふかい カナシミ に みちて いながら、 けっして キョヒ や ケンオ の それ では なかった。 オカアサマ の およみ に なる ホン は、 ユーゴー、 デゥマ オヤコ、 ミュッセ、 ドーデー など で ある が、 ワタシ は そのよう な カンビ な モノガタリ の ホン に だって、 カクメイ の ニオイ が ある の を しって いる。 オカアサマ の よう に、 テンセイ の キョウヨウ、 と いう コトバ も ヘン だ が、 そんな もの を オモチ の オカタ は、 あんがい なんでも なく、 トウゼン の こと と して カクメイ を むかえる こと が できる の かも しれない。 ワタシ だって、 こうして、 ローザ ルクセンブルグ の ホン など よんで、 ジブン が きざったらしく おもわれる こと も ない では ない が、 けれども また、 やはり ワタシ は ワタシ なり に ふかい キョウミ を おぼえる の だ。 ここ に かかれて ある の は、 ケイザイガク と いう こと に なって いる の だ が、 ケイザイガク と して よむ と、 まことに つまらない。 じつに タンジュン で わかりきった こと ばかり だ。 いや、 あるいは、 ワタシ には ケイザイガク と いう もの が まったく リカイ できない の かも しれない。 とにかく、 ワタシ には、 すこしも おもしろく ない。 ニンゲン と いう もの は、 ケチ な もの で、 そうして、 エイエン に ケチ な もの だ と いう ゼンテイ が ない と まったく なりたたない ガクモン で、 ケチ で ない ヒト に とって は、 ブンパイ の モンダイ でも なんでも、 まるで キョウミ の ない こと だ。 それでも ワタシ は この ホン を よみ、 ベツ な ところ で、 キミョウ な コウフン を おぼえる の だ。 それ は、 この ホン の チョシャ が、 なんの チュウチョ も なく、 カタッパシ から キュウライ の シソウ を ハカイ して ゆく ガムシャラ な ユウキ で ある。 どのよう に ドウトク に はんして も、 こいする ヒト の ところ へ すずしく さっさと はしりよる ヒトヅマ の スガタ さえ おもいうかぶ。 ハカイ シソウ。 ハカイ は、 あわれ で かなしくて、 そうして うつくしい もの だ。 ハカイ して、 たてなおして、 カンセイ しよう と いう ユメ。 そうして、 いったん ハカイ すれば、 エイエン に カンセイ の ヒ が こない かも しれぬ のに、 それでも、 したう コイ ゆえ に、 ハカイ しなければ ならぬ の だ。 カクメイ を おこさなければ ならぬ の だ。 ローザ は マルキシズム に、 かなしく ひたむき の コイ を して いる。
 あれ は、 12 ネン マエ の フユ だった。
「アナタ は、 サラシナ ニッキ の ショウジョ なの ね。 もう、 ナニ を いって も シカタ が ない」
 そう いって、 ワタシ から はなれて いった オトモダチ。 あの オトモダチ に、 あの とき、 ワタシ は レニン の ホン を よまない で かえした の だ。
「よんだ?」
「ごめん ね。 よまなかった の」
 ニコライ ドウ の みえる ハシ の ウエ だった。
「なぜ? どうして?」
 その オトモダチ は、 ワタシ より さらに 1 スン くらい セイ が たかくて、 ゴガク が とても よく できて、 あかい ベレ-ボウ が よく にあって、 オカオ も ジョコンダ みたい だ と いう ヒョウバン の、 うつくしい ヒト だった。
「ヒョウシ の イロ が、 いや だった の」
「ヘン な ヒト。 そう じゃ ない ん でしょう? ホントウ は、 ワタシ を こわく なった の でしょう?」
「こわか ない わ。 ワタシ、 ヒョウシ の イロ が、 たまらなかった の」
「そう」
 と さびしそう に いい、 それから、 ワタシ を サラシナ ニッキ だ と いい、 そうして、 ナニ を いって も シカタ が ない、 と きめて しまった。
 ワタシタチ は、 しばらく だまって、 フユ の カワ を みおろして いた。
「ゴブジ で。 もし、 これ が エイエン の ワカレ なら、 エイエン に、 ゴブジ で。 バイロン」
 と いい、 それから、 その バイロン の シク を ゲンブン で クチバヤ に しょうして、 ワタシ の カラダ を かるく だいた。
 ワタシ は はずかしく、
「ごめんなさい ね」
 と コゴエ で わびて、 オチャノミズ エキ の ほう に あるいて、 ふりむいて みる と、 その オトモダチ は、 やはり ハシ の ウエ に たった まま、 うごかない で、 じっと ワタシ を みつめて いた。
 それっきり、 その オトモダチ と あわない。 おなじ ガイジン キョウシ の ウチ へ かよって いた の だ けれども、 ガッコウ が ちがって いた の で ある。
 あれ から 12 ネン たった けれども、 ワタシ は やっぱり サラシナ ニッキ から イッポ も すすんで いなかった。 いったい まあ、 ワタシ は その アイダ、 ナニ を して いた の だろう。 カクメイ を、 あこがれた こと も なかった し、 コイ さえ、 しらなかった。 イマ まで セケン の オトナ たち は、 この カクメイ と コイ の フタツ を、 もっとも おろかしく、 いまわしい もの と して ワタシタチ に おしえ、 センソウ の マエ も、 センソウチュウ も、 ワタシタチ は その とおり に おもいこんで いた の だ が、 ハイセンゴ、 ワタシタチ は セケン の オトナ を シンライ しなく なって、 なんでも あの ヒトタチ の いう こと の ハンタイ の ほう に ホントウ の いきる ミチ が ある よう な キ が して きて、 カクメイ も コイ も、 じつは コノヨ で もっとも よくて、 おいしい こと で、 あまり いい こと だ から、 オトナ の ヒトタチ は いじわるく ワタシタチ に あおい ブドウ だ と ウソ ついて おしえて いた の に ちがいない と おもう よう に なった の だ。 ワタシ は カクシン したい。 ニンゲン は コイ と カクメイ の ため に うまれて きた の だ。
 すっと フスマ が あいて、 オカアサマ が わらいながら カオ を おだし に なって、
「まだ おきて いらっしゃる。 ねむく ない の?」
 と おっしゃった。
 ツクエ の ウエ の トケイ を みたら、 12 ジ だった。
「ええ、 ちっとも ねむく ない の。 シャカイ シュギ の ゴホン を よんで いたら、 コウフン しちゃいました わ」
「そう。 オサケ ない の? そんな とき には、 オサケ を のんで やすむ と、 よく ねむれる ん です けど ね」
 と からかう よう な クチョウ で おっしゃった が、 その タイド には、 どこやら デカダン と カミヒトエ の ナマメカシサ が あった。

 やがて 10 ガツ に なった が、 からり と した アキバレ の ソラ には ならず、 ツユドキ の よう な、 じめじめ して むしあつい ヒ が つづいた。 そうして、 オカアサマ の オネツ は、 やはり マイニチ ユウガタ に なる と、 38 ド と 9 ド の アイダ を ジョウゲ した。
 そうして ある アサ、 おそろしい もの を ワタシ は みた。 オカアサマ の オテ が、 むくんで いる の だ。 アサゴハン が いちばん おいしい と いって いらした オカアサマ も、 コノゴロ は、 オトコ に すわって、 ほんの すこし、 オカユ を かるく ヒトワン、 オカズ も ニオイ の つよい もの は ダメ で、 その ヒ は、 マツタケ の オスマシ を さしあげた のに、 やっぱり、 マツタケ の カオリ さえ おいや に なって いらっしゃる ヨウス で、 オワン を オクチモト まで もって いって、 それきり また そっと オゼン の ウエ に おかえし に なって、 その とき、 ワタシ は、 オカアサマ の テ を みて、 びっくり した。 ミギ の テ が ふくらんで、 まあるく なって いた の だ。
「オカアサマ! テ、 なんとも ない の?」
 オカオ さえ すこし あおく、 むくんで いる よう に みえた。
「なんでも ない の。 これ くらい、 なんでも ない の」
「いつから、 はれた の?」
 オカアサマ は、 まぶしそう な オカオ を なさって、 だまって いらした。 ワタシ は、 コエ を あげて なきたく なった。 こんな テ は、 オカアサマ の テ じゃ ない。 ヨソ の オバサン の テ だ。 ワタシ の オカアサマ の オテ は、 もっと ほそくて ちいさい オテ だ。 ワタシ の よく しって いる テ。 やさしい テ。 かわいい テ。 あの テ は、 エイエン に、 きえて しまった の だろう か。 ヒダリ の テ は、 まだ そんな に はれて いなかった けれども、 とにかく いたましく、 みて いる こと が できなくて、 ワタシ は メ を そらし、 トコノマ の ハナカゴ を にらんで いた。
 ナミダ が でそう で、 たまらなく なって、 つと たって ショクドウ へ いったら、 ナオジ が ヒトリ で、 ハンジュク タマゴ を たべて いた。 たまに イズ の この ウチ に いる こと が あって も、 ヨル は きまって オサキ さん の ところ へ いって ショウチュウ を のみ、 アサ は フキゲン な カオ で、 ゴハン は たべず に ハンジュク の タマゴ を ヨッツ か イツツ たべる だけ で、 それから また 2 カイ へ いって、 ねたり おきたり なの で ある。
「オカアサマ の テ が はれて」
 と ナオジ に はなしかけ、 うつむいた。 コトバ を つづける こと が できず、 ワタシ は、 うつむいた まま、 カタ で ないた。
 ナオジ は だまって いた。
 ワタシ は カオ を あげて、
「もう、 ダメ なの。 アナタ、 キ が つかなかった? あんな に はれたら、 もう、 ダメ なの」
 と、 テーブル の ハシ を つかんで いった。
 ナオジ も、 くらい カオ に なって、
「ちかい ぞ、 そりゃ。 ちぇっ、 つまらねえ こと に なりやがった」
「ワタシ、 もう イチド、 なおしたい の。 どうか して、 なおしたい の」
 と ミギテ で ヒダリテ を しぼりながら いったら、 とつぜん、 ナオジ が、 めそめそ と なきだして、
「なんにも、 いい こと が ねえ じゃ ねえ か。 ボクタチ には、 なんにも いい こと が ねえ じゃ ねえ か」
 と いいながら、 めちゃくちゃ に コブシ で メ を こすった。
 その ヒ、 ナオジ は、 ワダ の オジサマ に オカアサマ の ヨウダイ を ホウコク し、 コンゴ の こと の サシズ を うけ に ジョウキョウ し、 ワタシ は オカアサマ の オソバ に いない アイダ、 アサ から バン まで、 ほとんど ないて いた。 アサギリ の ナカ を ギュウニュウ を とり に ゆく とき も、 カガミ に むかって カミ を なでつけながら も、 クチベニ を ぬりながら も、 いつも ワタシ は ないて いた。 オカアサマ と すごした シアワセ の ヒ の、 あの こと この こと が、 エ の よう に うかんで きて、 いくらでも なけて シヨウ が なかった。 ユウガタ、 くらく なって から、 シナマ の ヴェランダ へ でて、 ながい こと すすりないた。 アキ の ソラ に ホシ が ひかって いて、 アシモト に、 ヨソ の ネコ が うずくまって、 うごかなかった。
 ヨクジツ、 テ の ハレ は、 キノウ より も、 また いっそう ひどく なって いた。 オショクジ は、 なにも めしあがらなかった。 オミカン の ジュース も、 クチ が あれて、 しみて、 のめない と おっしゃった。
「オカアサマ、 また、 ナオジ の あの マスク を、 なさったら?」
 と わらいながら いう つもり で あった が、 いって いる うち に、 つらく なって、 わっと コエ を あげて ないて しまった。
「マイニチ いそがしくて、 つかれる でしょう。 カンゴフ さん を、 やとって ちょうだい」
 と しずか に おっしゃった が、 ゴジブン の オカラダ より も、 カズコ の ミ を シンパイ して いらっしゃる こと が よく わかって、 なお の こと かなしく、 たって、 はしって、 オフロバ の 3 ジョウ に いって、 オモイ の タケ ないた。
 オヒル すこし-スギ、 ナオジ が ミヤケ サマ の ロウセンセイ と、 それから カンゴフ さん フタリ を、 おつれ して きた。
 いつも ジョウダン ばかり おっしゃる ロウセンセイ も、 その とき は、 おいかり に なって いらっしゃる よう な ソブリ で、 どしどし ビョウシツ へ はいって こられて、 すぐに ゴシンサツ を、 おはじめ に なった。 そうして、 ダレ に いう とも なく、
「およわり に なりました ね」
 と ヒトコト ひくく おっしゃって、 カンフル を チュウシャ して くださった。
「センセイ の オヤド は?」
 と オカアサマ は、 ウワゴト の よう に おっしゃる。
「また ナガオカ です。 ヨヤク して あります から、 ゴシンパイ ムヨウ。 この ゴビョウニン は、 ヒト の こと など シンパイ なさらず、 もっと ワガママ に、 めしあがりたい もの は なんでも、 たくさん めしあがる よう に しなければ いけません ね。 エイヨウ を とったら、 よく なります。 アス また、 まいります。 カンゴフ を ヒトリ おいて いきます から、 つかって みて ください」
 と ロウセンセイ は、 ビョウショウ の オカアサマ に むかって おおきな コエ で いい、 それから ナオジ に メクバセ して たちあがった。
 ナオジ ヒトリ、 センセイ と オトモ の カンゴフ さん を おくって いって、 やがて かえって きた ナオジ の カオ を みる と、 それ は なきたい の を こらえて いる カオ だった。
 ワタシタチ は、 そっと ビョウシツ から でて、 ショクドウ へ いった。
「ダメ なの? そう でしょう?」
「つまらねえ」
 と ナオジ は クチ を ゆがめて わらって、
「スイジャク が、 バカ に キュウゲキ に やって きた らしい ん だ。 コン、 ミョウニチ も、 わからねえ と いって いやがった」
 と いって いる うち に ナオジ の メ から ナミダ が あふれて でた。
「ホウボウ へ、 デンポウ を うたなくて も いい かしら」
 ワタシ は かえって、 しんと おちついて いった。
「それ は、 オジサン にも ソウダン した が、 オジサン は、 イマ は そんな ヒトアツメ の できる ジダイ では ない と いって いた。 きて いただいて も、 こんな せまい イエ では、 かえって シツレイ だし、 この チカク には、 ろく な ヤド も ない し、 ナガオカ の オンセン に だって、 フタヘヤ も ミヘヤ も ヨヤク は できない、 つまり、 ボクタチ は もう ビンボウ で、 そんな オエラガタ を よびよせる チカラ が ねえ って わけ なん だ。 オジサン は、 すぐ アト で くる はず だ が、 でも、 アイツ は、 ムカシ から ケチ で、 タノミ にも なにも なりゃ しねえ。 ユウベ だって もう、 ママ の ビョウキ は ソッチノケ で、 ボク に サンザン の オセッキョウ だ。 ケチ な ヤツ から オセッキョウ されて、 メ が さめた なんて モノ は、 ココン トウザイ に わたって ヒトリ も あった ためし が ねえ ん だ。 アネ と オトウト でも、 ママ と アイツ と では まるで、 ウンデイ の チガイ なん だ から なあ、 いや に なる よ」
「でも、 ワタシ は とにかく、 アナタ は、 これから オジサマ に たよらなければ、……」
「まっぴら だ。 いっそ コジキ に なった ほう が いい。 ネエサン こそ、 これから、 オジサン に よろしく おすがり もうしあげる さ」
「ワタシ には、……」
 ナミダ が でた。
「ワタシ には、 いく ところ が ある の」
「エンダン? きまってる の?」
「いいえ」
「ジカツ か? はたらく フジン。 よせ、 よせ」
「ジカツ でも ない の。 ワタシ ね、 カクメイカ に なる の」
「へえ?」
 ナオジ は、 ヘン な カオ を して ワタシ を みた。
 その とき、 ミヤケ センセイ の つれて いらした ツキソイ の カンゴフ さん が、 ワタシ を よび に きた。
「オクサマ が、 ナニ か ゴヨウ の よう で ございます」
 いそいで ビョウシツ に いって、 オフトン の ソバ に すわり、
「ナニ?」
 と カオ を よせて たずねた。
 けれども、 オカアサマ は、 ナニ か いいたげ に して、 だまって いらっしゃる。
「オミズ?」
 と たずねた。
 かすか に クビ を ふる。 オミズ でも ない らしかった。
 しばらく して、 ちいさい オコエ で、
「ユメ を みた の」
 と おっしゃった。
「そう? どんな ユメ?」
「ヘビ の ユメ」
 ワタシ は、 ぎょっと した。
「オエンガワ の クツヌギイシ の ウエ に、 あかい シマ の ある オンナ の ヘビ が、 いる でしょう。 みて ごらん」
 ワタシ は カラダ の さむく なる よう な キモチ で、 つと たって オエンガワ に でて、 ガラスド-ゴシ に、 みる と、 クツヌギイシ の ウエ に ヘビ が、 アキ の ヒ を あびて ながく のびて いた。 ワタシ は、 くらくら と メマイ した。
 ワタシ は オマエ を しって いる。 オマエ は あの とき から みる と、 すこし おおきく なって ふけて いる けど、 でも、 ワタシ の ため に タマゴ を やかれた あの オンナ ヘビ なの ね。 オマエ の フクシュウ は、 もう ワタシ よく おもいしった から、 あちら へ おゆき。 さっさと、 ムコウ へ いって おくれ。
 と ココロ の ナカ で ねんじて、 その ヘビ を みつめて いた が、 いっかな ヘビ は、 うごこう と しなかった。 ワタシ は なぜ だ か、 カンゴフ さん に、 その ヘビ を みられたく なかった。 とん と つよく アシブミ して、
「いません わ、 オカアサマ。 ユメ なんて、 アテ に なりません わよ」
 と わざと ヒツヨウ イジョウ の オオゴエ で いって、 ちらと クツヌギイシ の ほう を みる と、 ヘビ は、 やっと、 カラダ を うごかし、 だらだら と イシ から たれおちて いった。
 もう ダメ だ。 ダメ なの だ と、 その ヘビ を みて、 アキラメ が、 はじめて ワタシ の ココロ の ソコ に わいて でた。 オチチウエ の おなくなり に なる とき にも、 マクラモト に くろい ちいさい ヘビ が いた と いう し、 また あの とき に、 オニワ の キ と いう キ に ヘビ が からみついて いた の を、 ワタシ は みた。
 オカアサマ は オトコ の ウエ に おきなおる オゲンキ も なくなった よう で、 いつも うつらうつら して いらして、 もう オカラダ を すっかり ツキソイ の カンゴフ さん に まかせて、 そうして、 オショクジ は、 もう ほとんど ノド を とおらない ヨウス で あった。 ヘビ を みて から、 ワタシ は、 カナシミ の ソコ を つきぬけた ココロ の ヘイアン、 と でも いったら いい の かしら、 そのよう な コウフクカン にも にた ココロ の ユトリ が でて きて、 もう コノウエ は、 できる だけ、 ただ オカアサマ の オソバ に いよう と おもった。
 そうして その あくる ヒ から、 オカアサマ の マクラモト に ぴったり よりそって すわって アミモノ など を した。 ワタシ は、 アミモノ でも オハリ でも、 ヒト より ずっと はやい けれども、 しかし、 ヘタ だった。 それで、 いつも オカアサマ は、 その ヘタ な ところ を、 いちいち テ を とって おしえて くださった もの で ある。 その ヒ も ワタシ は、 べつに あみたい キモチ も なかった の だ が、 オカアサマ の ソバ に べったり くっついて いて も フシゼン で ない よう に、 カッコウ を つける ため に、 ケイト の ハコ を もちだして ヨネン なげ に アミモノ を はじめた の だ。
 オカアサマ は ワタシ の テモト を じっと みつめて、
「アナタ の クツシタ を あむ ん でしょう? それなら、 もう、 ヤッツ ふやさなければ、 はく とき キュウクツ よ」
 と おっしゃった。
 ワタシ は コドモ の コロ、 いくら おしえて いただいて も、 どうも うまく あめなかった が、 その とき の よう に まごつき、 そうして、 はずかしく、 なつかしく、 ああ もう、 こうして オカアサマ に おしえて いただく こと も、 これ で オシマイ と おもう と、 つい ナミダ で アミメ が みえなく なった。
 オカアサマ は、 こうして ねて いらっしゃる と、 ちっとも おくるしそう で なかった。 オショクジ は、 もう、 ケサ から ぜんぜん とおらず、 ガーゼ に オチャ を ひたして ときどき オクチ を しめして あげる だけ なの だ が、 しかし イシキ は、 はっきり して いて、 ときどき ワタシ に おだやか に はなしかける。
「シンブン に ヘイカ の オシャシン が でて いた よう だ けど、 もう イチド みせて」
 ワタシ は シンブン の その カショ を カオアサマ の オカオ の ウエ に かざして あげた。
「おふけ に なった」
「いいえ、 これ は シャシン が わるい のよ。 コナイダ の オシャシン なんか、 とても おわかくて、 はしゃいで いらした わ。 かえって こんな ジダイ を、 およろこび に なって いらっしゃる ん でしょう」
「なぜ?」
「だって、 ヘイカ も コンド カイホウ された ん です もの」
 オカアサマ は、 さびしそう に おわらい に なった。 それから、 しばらく して、
「なきたくて も、 もう、 ナミダ が でなく なった のよ」
 と おっしゃった。
 ワタシ は、 オカアサマ は イマ コウフク なの では ない かしら、 と ふと おもった。 コウフクカン と いう もの は、 ヒアイ の カワ の ソコ に しずんで、 かすか に ひかって いる サキン の よう な もの では なかろう か。 カナシミ の カギリ を とおりすぎて、 フシギ な ウスアカリ の キモチ、 あれ が コウフクカン と いう もの ならば、 ヘイカ も、 オカアサマ も、 それから ワタシ も、 たしか に イマ、 コウフク なの で ある。 しずか な、 アキ の ゴゼン。 ヒザシ の やわらか な、 アキ の ニワ。 ワタシ は、 アミモノ を やめて、 ムネ の タカサ に ひかって いる ウミ を ながめ、
「オカアサマ。 ワタシ イマ まで、 ずいぶん セケンシラズ だった のね」
 と いい、 それから、 もっと いいたい こと が あった けれども、 オザシキ の スミ で ジョウミャク チュウシャ の シタク など して いる カンゴフ さん に きかれる の が はずかしくて、 いう の を やめた。
「イマ まで って、……」
 と オカアサマ は、 うすく おわらい に なって ききとがめて、
「それでは、 イマ は セケン を しって いる の?」
 ワタシ は、 なぜ だ か カオ が マッカ に なった。
「セケン は、 わからない」
 と オカアサマ は オカオ を ムコウムキ に して、 ヒトリゴト の よう に ちいさい コエ で おっしゃる。
「ワタシ には、 わからない。 わかって いる ヒト なんか、 ない ん じゃ ない の? いつまで たって も、 ミンナ コドモ です。 なんにも、 わかって や しない の です」
 けれども、 ワタシ は いきて ゆかなければ ならない の だ。 コドモ かも しれない けれども、 しかし、 あまえて ばかり も おられなく なった。 ワタシ は これから セケン と あらそって ゆかなければ ならない の だ。 ああ、 オカアサマ の よう に、 ヒト と あらそわず、 にくまず うらまず、 うつくしく かなしく ショウガイ を おわる こと の できる ヒト は、 もう オカアサマ が サイゴ で、 これから の ヨノナカ には ソンザイ しえない の では なかろう か。 しんで ゆく ヒト は うつくしい。 いきる と いう こと。 いきのこる と いう こと。 それ は、 たいへん みにくくて、 チ の ニオイ の する、 きたならしい こと の よう な キ も する。 ワタシ は、 みごもって、 アナ を ほる ヘビ の スガタ を タタミ の ウエ に おもいえがいて みた。 けれども、 ワタシ には、 あきらめきれない もの が ある の だ。 あさましくて も よい、 ワタシ は いきのこって、 おもう こと を しとげる ため に セケン と あらそって ゆこう。 オカアサマ の いよいよ なくなる と いう こと が きまる と、 ワタシ の ロマンチシズム や カンショウ が しだいに きえて、 ナニ か ジブン が ユダン の ならぬ わるがしこい イキモノ に かわって ゆく よう な キブン に なった。
 その ヒ の オヒルスギ、 ワタシ が オカアサマ の ソバ で、 オクチ を うるおして あげて いる と、 モン の マエ に ジドウシャ が とまった。 ワダ の オジサマ が、 オバサマ と イッショ に トウキョウ から ジドウシャ で はせつけて きて くださった の だ。 オジサマ が、 ビョウシツ に はいって いらして、 オカアサマ の マクラモト に だまって おすわり に なったら、 オカアサマ は、 ハンケチ で ゴジブン の オカオ の シタ ハンブン を かくし、 オジサマ の オカオ を みつめた まま、 おなき に なった。 けれども、 ナキガオ に なった だけ で、 ナミダ は でなかった。 オニンギョウ の よう な カンジ だった。
「ナオジ は、 どこ?」
 と、 しばらく して オカアサマ は、 ワタシ の ほう を みて おっしゃった。
 ワタシ は 2 カイ へ いって、 ヨウマ の ソファ に ねそべって シンカン の ザッシ を よんで いる ナオジ に、
「オカアサマ が、 オヨビ です よ」
 と いう と、
「わあ、 また シュウタンバ か。 ナンジラ は、 よく ガマン して あそこ に がんばって おれる ね。 シンケイ が ふとい ん だね。 ハクジョウ なん だね。 ワレラ は、 なんとも くるしくて、 げに ココロ は ねっすれど も ニクタイ よわく、 とても ママ の ソバ に いる キリョク は ない」
 など と いいながら ウワギ を きて、 ワタシ と イッショ に 2 カイ から おりて きた。
 フタリ ならんで オカアサマ の マクラモト に すわる と、 オカアサマ は、 キュウ に オフトン の シタ から テ を おだし に なって、 そうして、 だまって ナオジ の ほう を ゆびさし、 それから ワタシ を ゆびさし、 それから オジサマ の ほう へ オカオ を おむけ に なって、 リョウホウ の テノヒラ を ひたと おあわせ に なった。
 オジサマ は、 おおきく うなずいて、
「ああ、 わかりました よ。 わかりました よ」
 と おっしゃった。
 オカアサマ は、 ゴアンシン なさった よう に、 メ を かるく つぶって、 テ を オフトン の ナカ へ そっと おいれ に なった。
 ワタシ も なき、 ナオジ も うつむいて オエツ した。
 そこ へ、 ミヤケ サマ の ロウセンセイ が、 ナガオカ から いらして、 とりあえず チュウシャ した。 オカアサマ も、 オジサマ に あえて、 もう、 ココロノコリ が ない と おおもい に なった か、
「センセイ、 はやく、 ラク に して ください な」
 と おっしゃった。
 ロウセンセイ と オジサマ は、 カオ を みあわせて、 だまって、 そうして オフタリ の メ に ナミダ が きらと ひかった。
 ワタシ は たって ショクドウ へ ゆき、 オジサマ の おすき な キツネウドン を こしらえて、 センセイ と ナオジ と オバサマ と 4 ニン ブン、 シナマ へ もって ゆき、 それから オジサマ の オミヤゲ の マルノウチ ホテル の サンドウィッチ を、 オカアサマ に おみせ して、 オカアサマ の マクラモト に おく と、
「いそがしい でしょう」
 と オカアサマ は、 コゴエ で おっしゃった。
 シナマ で ミナサン が しばらく ザツダン を して、 オジサマ オバサマ は、 どうしても コンヤ、 トウキョウ へ かえらなければ ならぬ ヨウジ が ある とか で、 ワタシ に ミマイ の オカネヅツミ を てわたし、 ミヤケ サマ も カンゴフ さん と イッショ に おかえり に なる こと に なり、 ツキソイ の カンゴフ さん に、 いろいろ テアテ の シカタ を いいつけ、 とにかく まだ イシキ は しっかり して いる し、 シンゾウ の ほう も そんな に まいって いない から、 チュウシャ だけ でも、 もう 4~5 ニチ は だいじょうぶ だろう と いう こと で、 その ヒ いったん ミナサン が ジドウシャ で トウキョウ へ ひきあげた の で ある。
 ミナサン を おおくり して、 オザシキ へ ゆく と、 オカアサマ が、 ワタシ に だけ わらう したしげ な ワライカタ を なさって、
「いそがしかった でしょう」
 と、 また、 ささやく よう な ちいさい オコエ で おっしゃった。 その オカオ は、 いきいき と して、 むしろ かがやいて いる よう に みえた。 オジサマ に おあい できて うれしかった の だろう、 と ワタシ は おもった。
「いいえ」
 ワタシ も すこし うきうき した キブン に なって、 にっこり わらった。
 そうして、 これ が、 オカアサマ との サイゴ の オハナシ で あった。
 それから、 3 ジカン ばかり して、 オカアサマ は なくなった の だ。 アキ の しずか な タソガレ、 カンゴフ さん に ミャク を とられて、 ナオジ と ワタシ と、 たった フタリ の ニクシン に みまもられて、 ニホン で サイゴ の キフジン だった うつくしい オカアサマ が。
 オシニガオ は、 ほとんど、 かわらなかった。 オチチウエ の とき は、 さっと、 オカオ の イロ が かわった けれども、 オカアサマ の オカオ の イロ は、 ちっとも かわらず に、 コウキュウ だけ が たえた。 その コキュウ の たえた の も、 いつ と、 はっきり わからぬ くらい で あった。 オカオ の ムクミ も、 ゼンジツ アタリ から とれて いて、 ホオ が ロウ の よう に すべすべ して、 うすい クチビル が かすか に ゆがんで ホホエミ を ふくんで いる よう にも みえて、 いきて いる オカアサマ より、 なまめかしかった。 ワタシ は、 ピエタ の マリヤ に にて いる と おもった。

 6

 セントウ、 カイシ。
 いつまでも、 カナシミ に しずんで も おられなかった。 ワタシ には、 ぜひとも、 たたかいとらなければ ならぬ もの が あった。 あたらしい リンリ。 いいえ、 そう いって も ギゼン-めく。 コイ。 それ だけ だ。 ローザ が あたらしい ケイザイガク に たよらなければ いきて おられなかった よう に、 ワタシ は イマ、 コイ ヒトツ に すがらなければ、 いきて ゆけない の だ。 イエス が、 コノヨ の シュウキョウカ、 ドウトクカ、 ガクシャ、 ケンイシャ の ギゼン を あばき、 カミ の シン の アイジョウ と いう もの を すこしも チュウチョ する ところ なく アリノママ に ヒトビト に つげあらわさん が ため に、 その ジュウニ デシ をも ショホウ に ハケン なさろう と する に あたって、 デシ たち に おしえきかせた オコトバ は、 ワタシ の この バアイ にも ぜんぜん、 ムカンケイ で ない よう に おもわれた。
「オビ の ナカ に キン、 ギン または ゼニ を もつな。 タビ の フクロ も、 2 マイ の シタギ も、 クツ も、 ツエ も もつな。 みよ、 ワレ ナンジラ を つかわす は、 ヒツジ を オオカミ の ナカ に いるる が ごとし。 この ゆえ に ヘビ の ごとく さとく、 ハト の ごとく すなお なれ。 ヒトビト に こころせよ、 それ は ナンジラ を シュウギショ に わたし、 カイドウ にて むちうたん。 また ナンジラ わが ゆえ に よりて、 ツカサ たち オウ たち の マエ に ひかれん。 カレラ ナンジラ を わたさば、 いかに ナニ を いわん と おもいわずらうな、 いう べき こと は、 その とき さずけらる べし。 これ いう モノ は ナンジラ に あらず、 その ウチ に ありて いいたまう ナンジラ の チチ の レイ なり。 また ナンジラ わが ナ の ため に スベテ の ヒト に にくまれん。 されど オワリ まで たえしのぶ モノ は すくわる べし。 この マチ にて、 せめらるる とき は、 かの マチ に のがれよ。 まことに ナンジラ に つぐ、 ナンジラ イスラエル の マチマチ を めぐりつくさぬ うち に ヒト の コ は きたる べし。
 ミ を ころして タマシイ を ころしえぬ モノドモ を おそるな、 ミ と タマシイ と を ゲヘナ にて ほろぼしうる モノ を おそれよ。 ワレ チ に ヘイワ を とうぜん ため に きたれり と おもうな、 ヘイワ に あらず、 かえって ツルギ を とうぜん ため に きたれり。 それ わが きたれる は ヒト を その チチ より、 ムスメ を その ハハ より、 ヨメ を その シュウトメ より わかたん ため なり。 ヒト の アダ は、 その イエ の モノ なる べし。 ワレ より も チチ または ハハ を あいする モノ は、 ワレ に ふさわしからず。 ワレ より も ムスコ または ムスメ を あいする モノ は、 ワレ に ふさわしからず。 また オノ が ジュウジカ を とりて ワレ に したがわぬ モノ は、 ワレ に ふさわしからず。 イノチ を うる モノ は、 これ を うしない、 わが ため に イノチ を うしなう モノ は、 これ を う べし」
 セントウ、 カイシ。
 もし、 ワタシ が コイ ゆえ に、 イエス の この オシエ を そっくり そのまま かならず まもる こと を ちかったら、 イエス サマ は おしかり に なる かしら。 なぜ、 「コイ」 が わるくて、 「アイ」 が いい の か、 ワタシ には わからない。 おなじ もの の よう な キ が して ならない。 なんだか わからぬ アイ の ため に、 コイ の ため に、 その カナシサ の ため に、 ミ と タマシイ と を ゲヘナ にて ほろぼしうる モノ、 ああ、 ワタシ は ジブン こそ、 それ だ と いいはりたい の だ。
 オジサマ たち の オセワ で、 オカアサマ の ミッソウ を イズ で おこない、 ホンソウ は トウキョウ で すまして、 それから また ナオジ と ワタシ は、 イズ の サンソウ で、 おたがい カオ を あわせて も クチ を きかぬ よう な、 リユウ の わからぬ きまずい セイカツ を して、 ナオジ は シュッパンギョウ の シホンキン と しょうして、 オカアサマ の ホウセキルイ を ゼンブ もちだし、 トウキョウ で のみつかれる と、 イズ の サンソウ へ ダイビョウニン の よう な マッサオ な カオ を して ふらふら かえって きて、 ねて、 ある とき、 わかい ダンサー-フウ の ヒト を つれて きて、 さすが に ナオジ も すこし マ が わるそう に して いる ので、
「キョウ、 ワタシ、 トウキョウ へ いって も いい? オトモダチ の ところ へ、 ヒサシブリ で あそび に いって みたい の。 フタバン か、 ミバン、 とまって きます から、 アナタ ルスバン して ね。 オスイジ は、 あの カタ に、 たのむ と いい わ」
 ナオジ の ヨワミ に すかさず つけこみ、 いわば ヘビ の ごとく さとく、 ワタシ は バッグ に オケショウヒン や パン など つめこんで、 きわめて シゼン に、 あの ヒト と あい に ジョウキョウ する こと が できた。
 トウキョウ コウガイ、 ショウセン オギクボ エキ の キタグチ に ゲシャ する と、 そこ から 20 プン くらい で、 あの ヒト の タイセン-ゴ の あたらしい オスマイ に ゆきつける らしい と いう こと は、 ナオジ から マエ に それとなく きいて いた の で ある。
 コガラシ の つよく ふいて いる ヒ だった。 オギクボ エキ に おりた コロ には、 もう アタリ が うすぐらく、 ワタシ は オウライ の ヒト を つかまえて は、 あの ヒト の トコロバンチ を つげて、 その ホウガク を おしえて もらって、 1 ジカン ちかく くらい コウガイ の ロジ を うろついて、 あまり こころぼそくて、 ナミダ が でて、 その うち に ジャリミチ の イシ に つまずいて ゲタ の ハナオ が ぷつん と きれて、 どう しよう か と たちすくんで、 ふと ミギテ の ニケン ナガヤ の ウチ の 1 ケン の イエ の ヒョウサツ が、 ヨメ にも しろく ぼんやり うかんで、 それ に ウエハラ と かかれて いる よう な キ が して、 カタアシ は タビハダシ の まま、 その イエ の ゲンカン に はしりよって、 なお よく ヒョウサツ を みる と、 たしか に ウエハラ ジロウ と したためられて いた が、 イエ の ナカ は くらかった。
 どう しよう か、 と また シュンジ たちすくみ、 それから、 ミ を なげる キモチ で、 ゲンカン の コウシド に たおれかかる よう に ひたと よりそい、
「ごめん くださいまし」
 と いい、 リョウテ の ユビサキ で コウシ を なでながら、
「ウエハラ さん」
 と コゴエ で ささやいて みた。
 ヘンジ は、 あった。 しかし、 それ は、 オンナ の ヒト の コエ で あった。
 ゲンカン の ト が ウチ から あいて、 ホソオモテ の コフウ な ニオイ の する、 ワタシ より ミッツ ヨッツ トシウエ の よう な オンナ の ヒト が、 ゲンカン の クラヤミ の ナカ で ちらと わらい、
「ドチラサマ でしょう か」
 と たずねる その コトバ の チョウシ には、 なんの アクイ も ケイカイ も なかった。
「いいえ、 あのう」
 けれども ワタシ は、 ジブン の ナ を いいそびれて しまった。 この ヒト に だけ は、 ワタシ の コイ も、 キミョウ に うしろめたく おもわれた。 おどおど と、 ほとんど ヒクツ に、
「センセイ は? いらっしゃいません?」
「はあ」
 と こたえて、 キノドク そう に ワタシ の カオ を みて、
「でも、 ユクサキ は、 たいてい、……」
「トオク へ?」
「いいえ」
 と、 おかしそう に カタテ を オクチ に あてられて、
「オギクボ です の。 エキ の マエ の、 シライシ と いう オデンヤ さん へ おいで に なれば、 たいてい、 ユクサキ が オワカリ か と おもいます」
 ワタシ は とびたつ オモイ で、
「あ、 そう です か」
「あら、 オハキモノ が」
 すすめられて ワタシ は、 ゲンカン の ウチ へ はいり、 シキダイ に すわらせて もらい、 オクサマ から、 ケイベン ハナオ と でも いう の かしら、 ハナオ の きれた とき に テガル に つくろう こと の できる カワ の シカケヒモ を いただいて、 ゲタ を なおして、 その アイダ に オクサマ は、 ロウソク を ともして ゲンカン に もって きて くださったり しながら、
「あいにく、 デンキュウ が フタツ とも きれて しまいまして、 コノゴロ の デンキュウ は ばかたかい うえ に きれやすくて いけません わね、 シュジン が いる と かって もらえる ん です けど、 ユウベ も、 オトトイ の バン も かえって まいりません ので、 ワタシドモ は、 これ で ミバン、 ムイチモン の ハヤネ です のよ」
 など と、 しんから ノンキ そう に わらって おっしゃる。 オクサマ の ウシロ には、 12~13 サイ の メ の おおきな、 めった に ヒト に なつかない よう な カンジ の ほっそり した オンナ の オコサン が たって いる。
 テキ。 ワタシ は そう おもわない けれども、 しかし、 この オクサマ と オコサン は、 いつかは ワタシ を テキ と おもって にくむ こと が ある に ちがいない の だ。 それ を かんがえたら、 ワタシ の コイ も、 イチジ に さめはてた よう な キモチ に なって、 ゲタ の ハナオ を すげかえ、 たって はたはた と テ を うちあわせて リョウテ の ヨゴレ を はらいおとしながら、 ワビシサ が もうぜん と ミノマワリ に おしよせて くる ケハイ に たえかね、 オザシキ に かけあがって、 マックラヤミ の ナカ で オクサマ の オテ を つかんで なこう かしら と、 ぐらぐら はげしく ドウヨウ した けれども、 ふと、 その アト の ジブン の しらじらしい なんとも カタチ の つかぬ あじけない スガタ を かんがえ、 いや に なり、
「ありがとう ございました」
 と、 バカテイネイ な オジギ を して、 ソト へ でて、 コガラシ に ふかれ、 セントウ、 カイシ、 こいする、 すき、 こがれる、 ホントウ に こいする、 ホントウ に すき、 ホントウ に こがれる、 こいしい の だ から シヨウ が ない、 すき なの だ から シヨウ が ない、 こがれて いる の だ から シヨウ が ない、 あの オクサマ は たしか に めずらしく いい オカタ、 あの オジョウサン も おきれい だ、 けれども ワタシ は、 カミ の シンパン の ダイ に たたされたって、 すこしも ジブン を やましい とは おもわぬ、 ニンゲン は、 コイ と カクメイ の ため に うまれて きた の だ、 カミ も ばっしたまう はず が ない、 ワタシ は ミジン も わるく ない、 ホントウ に すき なの だ から オオイバリ、 あの ヒト に ヒトメ おあい する まで、 フタバン でも ミバン でも ノジュク して も、 かならず。
 エキマエ の シライシ と いう オデンヤ は、 すぐに みつかった。 けれども、 あの ヒト は いらっしゃらない。
「アサガヤ です よ、 きっと。 アサガヤ エキ の キタグチ を マッスグ に いらして、 そう です ね、 1 チョウ ハン かな? カナモノヤ さん が あります から ね、 そこ から ミギ へ はいって、 ハンチョウ かな? ヤナギヤ と いう コリョウリヤ が あります から ね、 センセイ、 コノゴロ は ヤナギヤ の オステ さん と おおあつあつ で、 イリビタリ だ、 かなわねえ」
 エキ へ ゆき、 キップ を かい、 トウキョウ-ユキ の ショウセン に のり、 アサガヤ で おりて、 キタグチ、 ヤク 1 チョウ ハン、 カナモノヤ さん の ところ から ミギ へ まがって ハンチョウ、 ヤナギヤ は、 ひっそり して いた。
「たったいま おかえり に なりました が、 オオゼイ さん で、 これから ニシオギ の チドリ の オバサン の ところ へ いって ヨアカシ で のむ ん だ、 とか おっしゃって いました よ」
 ワタシ より も トシ が わかくて、 おちついて、 ジョウヒン で、 シンセツ そう な、 これ が あの、 オステ さん とか いう あの ヒト と おおあつあつ の ヒト なの かしら。
「チドリ? ニシオギ の どの ヘン?」
 こころぼそくて、 ナミダ が でそう に なった。 ジブン が イマ、 キ が くるって いる の では ない かしら、 と ふと おもった。
「よく ぞんじません の です けど ね、 なんでも ニシオギ の エキ を おりて、 ミナミグチ の、 ヒダリ に はいった ところ だ とか、 とにかく、 コウバン で おきき に なったら、 わかる ん じゃ ない でしょう か。 なにせ、 1 ケン では おさまらない ヒト で、 チドリ に いく マエ に また どこ か に ひっかかって いる かも しれません です よ」
「チドリ へ いって みます。 さようなら」
 また、 ギャクモドリ。 アサガヤ から ショウセン で タチカワ-ユキ に のり、 オギクボ、 ニシ オギクボ、 エキ の ミナミグチ で おりて、 コガラシ に ふかれて うろつき、 コウバン を みつけて、 チドリ の ホウガク を たずねて、 それから、 おしえられた とおり の ヨミチ を はしる よう に して いって、 チドリ の あおい トウロウ を みつけて、 ためらわず コウシド を あけた。
 ドマ が あって、 それから すぐ 6 ジョウ マ くらい の ヘヤ が あって、 タバコ の ケムリ で もうもう と して、 10 ニン ばかり の ニンゲン が、 ヘヤ の おおきな タク を かこんで、 わあっわあっ と ひどく さわがしい オサカモリ を して いた。 ワタシ より わかい くらい の オジョウサン も 3 ニン まじって、 タバコ を すい、 オサケ を のんで いた。
 ワタシ は ドマ に たって、 みわたし、 みつけた。 そうして、 ゆめみる よう な キモチ に なった。 ちがう の だ。 6 ネン。 まるっきり、 もう、 ちがった ヒト に なって いる の だ。
 これ が、 あの、 ワタシ の ニジ、 M.C、 ワタシ の イキガイ の、 あの ヒト で あろう か。 6 ネン。 ホウハツ は ムカシ の まま だ けれども あわれ に あかちゃけて うすく なって おり、 カオ は きいろく むくんで、 メ の フチ が あかく ただれて、 マエバ が ぬけおち、 たえず クチ を もぐもぐ させて、 1 ピキ の ロウエン が セナカ を まるく して ヘヤ の カタスミ に すわって いる カンジ で あった。
 オジョウサン の ヒトリ が ワタシ を みとがめ、 メ で ウエハラ さん に ワタシ の きて いる こと を しらせた。 あの ヒト は すわった まま ほそながい クビ を のばして ワタシ の ほう を みて、 なんの ヒョウジョウ も なく、 アゴ で あがれ と いう アイズ を した。 イチザ は、 ワタシ に なんの カンシン も なさそう に、 わいわい の オオサワギ を つづけ、 それでも すこし ずつ セキ を つめて、 ウエハラ さん の すぐ ミギドナリ に ワタシ の セキ を つくって くれた。
 ワタシ は だまって すわった。 ウエハラ さん は、 ワタシ の コップ に オサケ を なみなみ と いっぱい ついで くれて、 それから ゴジブン の コップ にも オサケ を つぎたして、
「カンパイ」
 と しゃがれた コエ で ひくく いった。
 フタツ の コップ が、 ちからよわく ふれあって、 かち と かなしい オト が した。
 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 と ダレ か が いって、 それ に おうじて また ヒトリ が、 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 と いい、 かちん と オト たかく コップ を うちあわせて ぐいと のむ。 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 と あちこち から、 その デタラメ みたい な ウタ が おこって、 さかん に コップ を うちあわせて カンパイ を して いる。 そんな ふざけきった リズム で もって ハズミ を つけて、 ムリ に オサケ を ノド に ながしこんで いる ヨウス で あった。
「じゃ、 シッケイ」
 と いって、 よろめきながら かえる ヒト が ある か と おもう と、 また、 シンキャク が のっそり はいって きて、 ウエハラ さん に ちょっと エシャク した だけ で、 イチザ に わりこむ。
「ウエハラ さん、 あそこ の ね、 ウエハラ さん、 あそこ の ね、 あああ、 と いう ところ です がね、 あれ は、 どんな グアイ に いったら いい ん です か? あ、 あ、 あ、 です か? ああ、 あ、 です か?」
 と のりだして たずねて いる ヒト は、 たしか に ワタシ も その ブタイガオ に ミオボエ の ある シンゲキ ハイユウ の フジタ で ある。
「ああ、 あ、 だ。 ああ、 あ、 チドリ の サケ は、 やすく ねえ、 と いった よう な アンバイ だね」
 と ウエハラ さん。
「オカネ の こと ばっかり」
 と オジョウサン。
「2 ワ の スズメ は 1 セン、 とは、 ありゃ たかい ん です か? やすい ん です か?」
 と わかい シンシ。
「1 リン も のこりなく つぐなわずば、 と いう コトバ も ある し、 ある モノ には 5 タラント、 ある モノ には 2 タラント、 ある モノ には 1 タラント なんて、 ひどく ややこしい タトエバナシ も ある し、 キリスト も カンジョウ は なかなか こまかい ん だ」
 と ベツ の シンシ。
「それに、 アイツ あ サケノミ だった よ。 ミョウ に バイブル には サケ の タトエバナシ が おおい と おもって いたら、 はたせるかな だ、 みよ、 サケ を このむ ヒト、 と ヒナン された と バイブル に しるされて ある。 サケ を のむ ヒト で なくて、 サケ を このむ ヒト と いう ん だ から、 ソウトウ な ノミテ だった に ちがいねえ のさ。 まず、 イッショウノミ かね」
 と もう ヒトリ の シンシ。
「よせ、 よせ。 ああ、 あ、 ナンジラ は ドウトク に おびえて、 イエス を ダシ に つかわん と す。 チエ ちゃん、 のもう。 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ」
 と ウエハラ さん、 いちばん わかくて うつくしい オジョウサン と、 かちん と つよく コップ を うちあわせて、 ぐっと のんで、 オサケ が コウカク から したたりおちて、 アゴ が ぬれて、 それ を ヤケクソ みたい に ランボウ に テノヒラ で ぬぐって、 それから おおきい クシャミ を イツツ も ムッツ も つづけて なさった。
 ワタシ は そっと たって、 オトナリ の ヘヤ へ ゆき、 ビョウシン らしく あおじろく やせた オカミサン に、 オテアライ を たずね、 また カエリ に その ヘヤ を とおる と、 サッキ の いちばん きれい で わかい チエ ちゃん とか いう オジョウサン が、 ワタシ を まって いた よう な カッコウ で たって いて、
「オナカ が、 おすき に なりません?」
 と したしそう に わらいながら、 たずねた。
「ええ、 でも、 ワタシ、 パン を もって まいりました から」
「なにも ございません けど」
 と ビョウシン らしい オカミサン は、 だるそう に ヨコズワリ に すわって ナガヒバチ に よりかかった まま で いう。
「この ヘヤ で、 オショクジ を なさいまし。 あんな ノンベエ さん たち の アイテ を して いたら、 ヒトバンジュウ なにも たべられ や しません。 おすわりなさい、 ここ へ。 チエコ さん も イッショ に」
「おうい、 キヌ ちゃん、 オサケ が ない」
 と オトナリ で シンシ が さけぶ。
「はい、 はい」
 と ヘンジ して、 その キヌ ちゃん と いう 30 サイ ゼンゴ の イキ な シマ の キモノ を きた ジョチュウ さん が、 オチョウシ を オボン に 10 ポン ばかり のせて、 オカッテ から あらわれる。
「ちょっと」
 と オカミサン は よびとめて、
「ここ へも 2 ホン」
 と わらいながら いい、
「それから ね、 キヌ ちゃん、 すまない けど、 ウラ の スズヤ さん へ いって、 ウドン を フタツ オオイソギ で ね」
 ワタシ と チエ ちゃん は ナガヒバチ の ソバ に ならんで すわって、 テ を あぶって いた。
「オフトン を おあてなさい。 さむく なりました ね。 おのみ に なりません か」
 オカミサン は、 ゴジブン の オチャ の オチャワン に オチョウシ の オサケ を ついで、 それから ベツ の フタツ の オチャワン にも オサケ を ついだ。
 そうして ワタシタチ 3 ニン は だまって のんだ。
「ミナサン、 おつよい のね」
 と オカミサン は、 なぜ だ か、 しんみり した クチョウ で いった。
 がらがら と オモテ の ト の あく オト が きこえて、
「センセイ、 もって まいりました」
 と いう わかい オトコ の コエ が して、
「なんせ、 ウチ の シャチョウ ったら、 がっちり して います から ね、 2 マン エン と いって ねばった の です が、 やっと 1 マン エン」
「コギッテ か?」
 と ウエハラ さん の しゃがれた コエ。
「いいえ、 ゲンナマ です が。 すみません」
「まあ、 いい や、 ウケトリ を かこう」
 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 の カンパイ の ウタ が、 その アイダ も イチザ に おいて たえる こと なく つづいて いる。
「ナオ さん は?」
 と、 オカミサン は マジメ な カオ を して チエ ちゃん に たずねる。 ワタシ は、 どきり と した。
「しらない わ。 ナオ さん の バンニン じゃ あるまい し」
 と、 チエ ちゃん は、 うろたえて、 カオ を カレン に あかく なさった。
「コノゴロ、 ナニ か ウエハラ さん と、 まずい こと でも あった ん じゃ ない の? いつも、 かならず、 イッショ だった のに」
 と オカミサン は、 おちついて いう。
「ダンス の ほう が、 すき に なった ん ですって。 ダンサー の コイビト でも できた ん でしょう よ」
「ナオ さん たら、 まあ、 オサケ の うえ に また オンナ だ から、 シマツ が わるい ね」
「センセイ の オシコミ です もの」
「でも、 ナオ さん の ほう が、 タチ が わるい よ。 あんな ボッチャン クズレ は、……」
「あの」
 ワタシ は ほほえんで クチ を はさんだ。 だまって いて は、 かえって この オフタリ に シツレイ な こと に なりそう だ と おもった の だ。
「ワタシ、 ナオジ の アネ なん です の」
 オカミサン は おどろいた らしく、 ワタシ の カオ を みなおした が、 チエ ちゃん は ヘイキ で、
「オカオ が よく にて いらっしゃいます もの。 あの ドマ の くらい ところ に おたち に なって いた の を みて、 ワタシ、 はっと おもった わ。 ナオ さん か と」
「さよう で ございます か」
 と オカミサン は ゴチョウ を あらためて、
「こんな むさくるしい ところ へ、 よく まあ。 それで? あの、 ウエハラ さん とは、 マエ から?」
「ええ、 6 ネン マエ に おあい して、……」
 いいよどみ、 うつむき、 ナミダ が でそう に なった。
「おまちどおさま」
 ジョチュウ さん が、 オウドン を もって きた。
「めしあがれ。 あつい うち に」
 と オカミサン は すすめる。
「いただきます」
 オウドン の ユゲ に カオ を つっこみ、 するする と オウドン を すすって、 ワタシ は、 イマ こそ いきて いる こと の ワビシサ の、 キョクゲン を あじわって いる よう な キ が した。
 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 と ひくく くちずさみながら、 ウエハラ さん が ワタシタチ の ヘヤ に はいって きて、 ワタシ の ソバ に どかり と アグラ を かき、 ムゴン で オカミサン に おおきい フウトウ を てわたした。
「これ だけ で、 アト を ごまかしちゃ ダメ です よ」
 オカミサン は、 フウトウ の ナカ を み も せず に、 それ を ナガヒバチ の ヒキダシ に しまいこんで わらいながら いう。
「もって くる よ。 アト の シハライ は、 ライネン だ」
「あんな こと を」
 1 マン エン。 それだけ あれば、 デンキュウ が イクツ かえる だろう。 ワタシ だって、 それだけ あれば、 1 ネン ラク に くらせる の だ。
 ああ、 ナニ か この ヒトタチ は、 まちがって いる。 しかし、 この ヒトタチ も、 ワタシ の コイ の バアイ と おなじ よう に、 こう でも しなければ、 いきて ゆかれない の かも しれない。 ヒト は この ヨノナカ に うまれて きた イジョウ は、 どうしても いききらなければ いけない もの ならば、 この ヒトタチ の この いききる ため の スガタ も、 にくむ べき では ない かも しれぬ。 いきて いる こと。 いきて いる こと。 ああ、 それ は、 なんと いう やりきれない イキ も たえだえ の ダイジギョウ で あろう か。
「とにかく ね」
 と リンシツ の シンシ が おっしゃる。
「これから トウキョウ で セイカツ して いく には だね、 こんちわぁ、 と いう ケイハク きわまる アイサツ が ヘイキ で できる よう で なければ、 とても ダメ だね。 イマ の ワレラ に、 ジュウコウ だの、 セイジツ だの、 そんな ビトク を ヨウキュウ する の は、 クビククリ の アシ を ひっぱる よう な もの だ。 ジュウコウ? セイジツ? ぺっ、 ぷっ だ。 いきて いけ や しねえ じゃ ない か。 もしも だね、 こんちわぁ を かるく いえなかったら、 アト は、 ミチ が ミッツ しか ない ん だ、 ヒトツ は キノウ だ、 ヒトツ は ジサツ、 もう ヒトツ は オンナ の ヒモ さ」
「その ヒトツ も でき や しねえ かわいそう な ヤロウ には、 せめて サイゴ の ユイイツ の シュダン」
 と ベツ な シンシ が、
「ウエハラ ジロウ に たかって、 ツウイン」
 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ。
「とまる ところ が、 ねえ ん だろ」
 と、 ウエハラ さん は、 ひくい コエ で ヒトリゴト の よう に おっしゃった。
「ワタシ?」
 ワタシ は ジシン に カマクビ を もたげた ヘビ を イシキ した。 テキイ。 それ に ちかい カンジョウ で、 ワタシ は ジブン の カラダ を かたく した の で ある。
「ザコネ が できる か。 さむい ぜ」
 ウエハラ さん は、 ワタシ の イカリ に トンチャク なく つぶやく。
「ムリ でしょう」
 と オカミサン は、 クチ を はさみ、
「おかわいそう よ」
 ちぇっ、 と ウエハラ さん は シタウチ して、
「そんなら、 こんな ところ へ こなけりゃ いい ん だ」
 ワタシ は だまって いた。 この ヒト は、 たしか に、 ワタシ の あの テガミ を よんだ。 そうして、 ダレ より も ワタシ を あいして いる、 と、 ワタシ は その ヒト の コトバ の フンイキ から すばやく さっした。
「しょうがねえ な。 フクイ さん の とこ へ でも、 たのんで みよう かな。 チエ ちゃん、 つれて いって くれない か。 いや、 オンナ だけ だ と、 トチュウ が キケン か。 ヤッカイ だな。 カアサン、 この ヒト の ハキモノ を、 こっそり オカッテ の ほう に まわして おいて くれ。 ボク が おくりとどけて くる から」
 ソト は シンヤ の ケハイ だった。 カゼ は いくぶん おさまり、 ソラ に いっぱい ホシ が ひかって いた。 ワタシタチ は、 ならんで あるきながら、
「ワタシ、 ザコネ でも なんでも、 できます のに」
 ウエハラ さん は、 ねむそう な コエ で、
「うん」
 と だけ いった。
「フタリ っきり に、 なりたかった の でしょう。 そう でしょう」
 ワタシ が そう いって わらったら、 ウエハラ さん は、
「これ だ から、 いや さ」
 と クチ を まげて、 ニガワライ なさった。 ワタシ は ジブン が とても かわいがられて いる こと を、 ミ に しみて イシキ した。
「ずいぶん、 オサケ を めしあがります のね。 マイバン です の?」
「そう、 マイニチ。 アサ から だ」
「おいしい の? オサケ が」
「まずい よ」
 そう いう ウエハラ さん の コエ に、 ワタシ は なぜ だ か、 ぞっと した。
「オシゴト は?」
「ダメ です。 ナニ を かいて も、 ばかばかしくって、 そうして、 ただ もう、 かなしくって しょうがない ん だ。 イノチ の タソガレ。 ゲイジュツ の タソガレ。 ジンルイ の タソガレ。 それ も、 キザ だね」
「ユトリロ」
 ワタシ は、 ほとんど ムイシキ に それ を いった。
「ああ、 ユトリロ。 まだ いきて いやがる らしい ね。 アルコール の モウジャ。 シガイ だね。 サイキン 10 ネン-カン の アイツ の エ は、 へんに ぞくっぽくて、 みな ダメ」
「ユトリロ だけ じゃ ない ん でしょう? ホカ の マイスター たち も ゼンブ、……」
「そう、 スイジャク。 しかし、 あたらしい メ も、 メ の まま で スイジャク して いる の です。 シモ。 フロスト。 セカイジュウ に ときならぬ シモ が おりた みたい なの です」
 ウエハラ さん は ワタシ の カタ を かるく だいて、 ワタシ の カラダ は ウエハラ さん の ニジュウマワシ の ソデ で つつまれた よう な カタチ に なった が、 ワタシ は キョヒ せず、 かえって ぴったり よりそって ゆっくり あるいた。
 ロボウ の ジュモク の エダ。 ハ の 1 マイ も ついて いない エダ、 ほそく するどく ヨゾラ を つきさして いて、
「キ の エダ って、 うつくしい もの です わねえ」
 と おもわず ヒトリゴト の よう に いったら、
「うん、 ハナ と まっくろい エダ の チョウワ が」
 と すこし うろたえた よう に して おっしゃった。
「いいえ、 ワタシ、 ハナ も ハ も メ も、 なにも ついて いない、 こんな エダ が すき。 これ でも、 ちゃんと いきて いる の でしょう。 カレエダ と ちがいます わ」
「シゼン だけ は、 スイジャク せず か」
 そう いって、 また はげしい クシャミ を イクツ も イクツ も つづけて なさった。
「オカゼ じゃ ございません の?」
「いや、 いや、 さに あらず。 じつは ね、 これ は ボク の キヘキ で ね、 オサケ の ヨイ が ホウワテン に たっする と、 たちまち こんな グアイ の クシャミ が でる ん です。 ヨイ の バロメーター みたい な もの だね」
「コイ は?」
「え?」
「ドナタ か ございます の? ホウワテン くらい に すすんで いる オカタ が」
「ナン だ、 ひやかしちゃ いけない。 オンナ は、 ミナ おなじ さ。 ややこしくて いけねえ。 ギロチン、 ギロチン、 しゅる しゅる しゅ、 じつは、 ヒトリ、 いや、 ハンニン くらい ある」
「ワタシ の テガミ、 ゴラン に なって?」
「みた」
「ゴヘンジ は?」
「ボク は キゾク は、 きらい なん だ。 どうしても、 どこ か に、 ハナモチ ならない ゴウマン な ところ が ある。 アナタ の オトウト の ナオ さん も、 キゾク と して は、 オオデキ の オトコ なん だ が、 ときどき、 ふっと、 とても つきあいきれない コナマイキ な ところ を みせる。 ボク は イナカ の ヒャクショウ の ムスコ で ね、 こんな オガワ の ソバ を とおる と かならず、 コドモ の コロ、 コキョウ の オガワ で フナ を つった こと や、 メダカ を すくった こと を おもいだして たまらない キモチ に なる」
 クラヤミ の ソコ で かすか に オト たてて ながれて いる オガワ に、 そった ミチ を ワタシタチ は あるいて いた。
「けれども、 キミタチ キゾク は、 そんな ボクタチ の カンショウ を ゼッタイ に リカイ できない ばかり か、 ケイベツ して いる」
「ツルゲーネフ は?」
「アイツ は キゾク だ。 だから、 いや なん だ」
「でも、 リョウジン ニッキ、……」
「うん、 あれ だけ は、 ちょっと うまい ね」
「あれ は、 ノウソン セイカツ の カンショウ、……」
「あの ヤロウ は イナカ キゾク、 と いう ところ で ダキョウ しよう か」
「ワタシ も イマ では イナカモノ です わ。 ハタケ を つくって います のよ。 イナカ の ビンボウニン」
「イマ でも、 ボク を すき なの かい」
 ランボウ な クチョウ で あった。
「ボク の アカチャン が ほしい の かい」
 ワタシ は こたえなかった。
 イワ が おちて くる よう な イキオイ で その ヒト の カオ が ちかづき、 しゃにむに ワタシ は キス された。 セイヨク の ニオイ の する キス だった。 ワタシ は それ を うけながら、 ナミダ を ながした。 クツジョク の、 クヤシナミダ に にて いる にがい ナミダ で あった。 ナミダ は いくらでも メ から あふれでて、 ながれた。
 また、 フタリ ならんで あるきながら、
「しくじった。 ほれちゃった」
 と その ヒト は いって、 わらった。
 けれども、 ワタシ は わらう こと が できなかった。 マユ を ひそめて、 クチ を すぼめた。
 シカタ が ない。
 コトバ で いいあらわす なら、 そんな カンジ の もの だった。 ワタシ は ジブン が ゲタ を ひきずって すさんだ アルキカタ を して いる の に キ が ついた。
「しくじった」
 と その オトコ は、 また いった。
「いく ところ まで いく か」
「キザ です わ」
「この ヤロウ」
 ウエハラ さん は ワタシ の カタ を とん と コブシ で たたいて、 また おおきい クシャミ を なさった。
 フクイ さん とか いう オカタ の オタク では、 ミナサン が もう おやすみ に なって いらっしゃる ヨウス で あった。
「デンポウ、 デンポウ。 フクイ さん、 デンポウ です よ」
 と オオゴエ で いって、 ウエハラ さん は ゲンカン の ト を たたいた。
「ウエハラ か?」
 と イエ の ナカ で オトコ の ヒト の コエ が した。
「その とおり。 プリンス と プリンセス と イチヤ の ヤド を たのみ に きた の だ。 どうも こう さむい と、 クシャミ ばかり でて、 せっかく の コイ の ミチユキ も コメディ に なって しまう」
 ゲンカン の ト が ウチ から ひらかれた。 もう かなり の、 50 サイ を こした くらい の、 アタマ の はげた コガラ な オジサン が、 ハデ な パジャマ を きて、 ヘン な、 はにかむ よう な エガオ で ワタシタチ を むかえた。
「たのむ」
 と ウエハラ さん は ヒトコト いって、 マント も ぬがず に さっさと イエ の ナカ へ はいって、
「アトリエ は、 さむくて いけねえ。 2 カイ を かりる ぜ。 おいで」
 ワタシ の テ を とって、 ロウカ を とおり ツキアタリ の カイダン を のぼって、 くらい オザシキ に はいり、 ヘヤ の スミ の スイッチ を ぱちと ひねった。
「オリョウリヤ の オヘヤ みたい ね」
「うん、 ナリキン シュミ さ。 でも、 あんな ヘボ エカキ には もったいない。 アクウン が つよくて リサイ も、 しやがらねえ。 リヨウ せざる べからず さ。 さあ、 ねよう、 ねよう」
 ゴジブン の オウチ みたい に、 カッテ に オシイレ を あけて オフトン を だして しいて、
「ここ へ ねたまえ。 ボク は かえる。 アシタ の アサ、 むかえ に きます。 ベンジョ は、 カイダン を おりて、 すぐ ミギ だ」
 だだだだ と カイダン から ころげおちる よう に そうぞうしく シタ へ おりて いって、 それっきり、 しんと なった。
 ワタシ は また スイッチ を ひねって、 デントウ を けし、 オチチウエ の ガイコク ミヤゲ の キジ で つくった ビロード の コート を ぬぎ、 オビ だけ ほどいて キモノ の まま で オトコ へ はいった。 つかれて いる うえ に、 オサケ を のんだ せい か、 カラダ が だるく、 すぐに うとうと まどろんだ。
 いつのまにか、 あの ヒト が ワタシ の ソバ に ねて いらして、 ……ワタシ は 1 ジカン ちかく、 ヒッシ の ムゴン の テイコウ を した。
 ふと かわいそう に なって、 ホウキ した。
「こう しなければ、 ゴアンシン が できない の でしょう?」
「まあ、 そんな ところ だ」
「アナタ、 オカラダ を わるく して いらっしゃる ん じゃ ない? カッケツ なさった でしょう」
「どうして わかる の? じつは こないだ、 かなり ひどい の を やった の だ けど、 ダレ にも しらせて いない ん だ」
「オカアサマ の おなくなり に なる マエ と、 おんなじ ニオイ が する ん です もの」
「しぬ キ で のんで いる ん だ。 いきて いる の が、 かなしくて しょうがない ん だよ。 ワビシサ だの、 サビシサ だの、 そんな ユトリ の ある もの で なくて、 かなしい ん だ。 いんきくさい、 ナゲキ の タメイキ が シホウ の カベ から きこえて いる とき、 ジブン たち だけ の コウフク なんて ある はず は ない じゃ ない か。 ジブン の コウフク も コウエイ も、 いきて いる うち には けっして ない と わかった とき、 ヒト は、 どんな キモチ に なる もの かね。 ドリョク。 そんな もの は、 ただ、 キガ の ヤジュウ の エジキ に なる だけ だ。 みじめ な ヒト が おおすぎる よ。 キザ かね」
「いいえ」
「コイ だけ だね。 オメエ の テガミ の オセツ の とおり だよ」
「そう」
 ワタシ の その コイ は、 きえて いた。
 ヨ が あけた。
 ヘヤ が うすあかるく なって、 ワタシ は、 ソバ で ねむって いる その ヒト の ネガオ を つくづく ながめた。 ちかく しぬ ヒト の よう な カオ を して いた。 つかれはてて いる オカオ だった。
 ギセイシャ の カオ。 とうとい ギセイシャ。
 ワタシ の ヒト。 ワタシ の ニジ。 マイ、 チャイルド。 にくい ヒト。 ずるい ヒト。
 コノヨ に またと ない くらい に、 とても、 とても うつくしい カオ の よう に おもわれ、 コイ が あらた に よみがえって きた よう で ムネ が ときめき、 その ヒト の カミ を なでながら、 ワタシ の ほう から キス を した。
 かなしい、 かなしい コイ の ジョウジュ。
 ウエハラ さん は、 メ を つぶりながら ワタシ を おだき に なって、
「ひがんで いた のさ。 ボク は ヒャクショウ の コ だ から」
 もう この ヒト から はなれまい。
「ワタシ、 イマ コウフク よ。 シホウ の カベ から ナゲキ の コエ が きこえて きて も、 ワタシ の イマ の コウフクカン は、 ホウワテン よ。 クシャミ が でる くらい コウフク だわ」
 ウエハラ さん は、 ふふ、 と おわらい に なって、
「でも、 もう、 おそい なあ。 タソガレ だ」
「アサ です わ」
 オトウト の ナオジ は、 その アサ に ジサツ して いた。

 7

 ナオジ の イショ。

 ネエサン。
 ダメ だ。 サキ に ゆく よ。
 ボク は ジブン が なぜ いきて いなければ ならない の か、 それ が ぜんぜん わからない の です。
 いきて いたい ヒト だけ は、 いきる が よい。
 ニンゲン には いきる ケンリ が ある と ドウヨウ に、 しぬる ケンリ も ある はず です。
 ボク の こんな カンガエカタ は、 すこしも あたらしい もの でも なんでも なく、 こんな アタリマエ の、 それこそ プリミチヴ な こと を、 ヒト は へんに こわがって、 あからさま に クチ に だして いわない だけ なん です。
 いきて ゆきたい ヒト は、 どんな こと を して も、 かならず つよく いきぬく べき で あり、 それ は みごと で、 ニンゲン の エイカン と でも いう もの も、 きっと その ヘン に ある の でしょう が、 しかし、 しぬ こと だって、 ツミ では ない と おもう ん です。
 ボク は、 ボク と いう クサ は、 コノヨ の クウキ と ヒ の ナカ に、 いきにくい ん です。 いきて ゆく の に、 どこ か ヒトツ かけて いる ん です。 たりない ん です。 イマ まで、 いきて きた の も、 これ でも、 せいいっぱい だった の です。
 ボク は コウトウ ガッコウ へ はいって、 ボク の そだって きた カイキュウ と まったく ちがう カイキュウ に そだって きた つよく たくましい クサ の ユウジン と、 はじめて つきあい、 その イキオイ に おされ、 まけまい と して、 マヤク を もちい、 ハンキョウラン に なって テイコウ しました。 それから ヘイタイ に なって、 やはり そこ でも、 いきる サイゴ の シュダン と して アヘン を もちいました。 ネエサン には ボク の こんな キモチ、 わからねえ だろう な。
 ボク は ゲヒン に なりたかった。 つよく、 いや キョウボウ に なりたかった。 そうして、 それ が、 いわゆる ミンシュウ の トモ に なりうる ユイイツ の ミチ だ と おもった の です。 オサケ くらい では、 とても ダメ だった ん です。 いつも、 くらくら メマイ を して いなければ ならなかった ん です。 その ため には、 マヤク イガイ に なかった の です。 ボク は、 イエ を わすれなければ ならない。 チチ の チ に ハンコウ しなければ ならない。 ハハ の ヤサシサ を、 キョヒ しなければ ならない。 アネ に つめたく しなければ ならない。 そう で なければ、 あの ミンシュウ の ヘヤ に はいる ニュウジョウケン が えられない と おもって いた ん です。
 ボク は ゲヒン に なりました。 ゲヒン な コトバヅカイ を する よう に なりました。 けれども、 それ は ハンブン は、 いや、 60 パーセント は、 あわれ な ツケヤキバ でした。 ヘタ な コザイク でした。 ミンシュウ に とって、 ボク は やはり、 きざったらしく おつ に すました キヅマリ の オトコ でした。 カレラ は ボク と、 しんから うちとけて あそんで くれ は しない の です。 しかし、 また、 いまさら すてた サロン に かえる こと も できません。 イマ では ボク の ゲヒン は、 たとい 60 パーセント は ジンコウ の ツケヤキバ でも、 しかし、 アト の 40 パーセント は、 ホンモノ の ゲヒン に なって いる の です。 ボク は あの、 いわゆる ジョウリュウ サロン の ハナモチ ならない オジョウヒンサ には、 ゲロ が でそう で、 イッコク も ガマン できなく なって います し、 また、 あの オエラガタ とか、 オレキレキ とか しょうせられて いる ヒトタチ も、 ボク の オギョウギ の ワルサ に あきれて すぐさま ホウチク する でしょう。 すてた セカイ に かえる こと も できず、 ミンシュウ から は アクイ に みちた クソテイネイ の ボウチョウセキ を あたえられて いる だけ なん です。
 いつ の ヨ でも、 ボク の よう な いわば セイカツリョク が よわくて、 ケッカン の ある クサ は、 シソウ も クソ も ない ただ おのずから ショウメツ する だけ の ウンメイ の もの なの かも しれません が、 しかし、 ボク にも、 すこし は イイブン が ある の です。 とても ボク には いきにくい、 ジジョウ を かんじて いる ん です。
 ニンゲン は、 ミナ、 おなじ もの だ。
 これ は、 いったい、 シソウ でしょう か。 ボク は この フシギ な コトバ を ハツメイ した ヒト は、 シュウキョウカ でも テツガクシャ でも ゲイジュツカ でも ない よう に おもいます。 ミンシュウ の サカバ から わいて でた コトバ です。 ウジ が わく よう に、 いつのまにやら、 ダレ が いいだした とも なく、 もくもく わいて でて、 ゼンセカイ を おおい、 セカイ を きまずい もの に しました。
 この フシギ な コトバ は、 ミンシュ シュギ とも、 また マルキシズム とも、 ぜんぜん ムカンケイ の もの なの です。 それ は、 かならず、 サカバ に おいて ブオトコ が ビナンシ に むかって なげつけた コトバ です。 タダ の、 イライラ です。 シット です。 シソウ でも なんでも、 ありゃ しない ん です。
 けれども、 その サカバ の ヤキモチ の ドセイ が、 へんに シソウ-めいた カオツキ を して ミンシュウ の アイダ を ねりあるき、 ミンシュ シュギ とも マルキシズム とも ぜんぜん、 ムカンケイ の コトバ の はず なのに、 いつのまにやら、 その セイジ シソウ や ケイザイ シソウ に からみつき、 キミョウ に ゲレツ な アンバイ に して しまった の です。 メフィスト だって、 こんな ムチャ な ホウゲン を、 シソウ と すりかえる なんて ゲイトウ は、 さすが に リョウシン に はじて、 チュウチョ した かも しれません。
 ニンゲン は、 ミナ、 おなじ もの だ。
 なんと いう ヒクツ な コトバ で あろう。 ヒト を いやしめる と ドウジ に、 ミズカラ をも いやしめ、 なんの プライド も なく、 あらゆる ドリョク を ホウキ せしめる よう な コトバ。 マルキシズム は、 はたらく モノ の ユウイ を シュチョウ する。 おなじ もの だ、 など とは いわぬ。 ミンシュ シュギ は、 コジン の ソンゲン を シュチョウ する。 おなじ もの だ、 など とは いわぬ。 ただ、 ギュウタロウ だけ が それ を いう。 「へへ、 いくら きどったって、 おなじ ニンゲン じゃ ねえ か」
 なぜ、 おなじ だ と いう の か。 すぐれて いる、 と いえない の か。 ドレイ コンジョウ の フクシュウ。
 けれども、 この コトバ は、 じつに ワイセツ で、 ブキミ で、 ヒト は たがいに おびえ、 あらゆる シソウ が かんせられ、 ドリョク は チョウショウ せられ、 コウフク は ヒテイ せられ、 ビボウ は けがされ、 コウエイ は ひきずりおろされ、 いわゆる 「セイキ の フアン」 は、 この フシギ な イチゴ から はっして いる と ボク は おもって いる ん です。
 いや な コトバ だ と おもいながら、 ボク も やはり この コトバ に キョウハク せられ、 おびえて ふるえて、 ナニ を しよう と して も てれくさく、 たえず フアン で、 どきどき して ミ の オキドコロ が なく、 いっそ サケ や マヤク の メマイ に よって、 ツカノマ の オチツキ を えたくて、 そうして、 めちゃくちゃ に なりました。
 よわい の でしょう。 どこ か ヒトツ ジュウダイ な ケッカン の ある クサ なの でしょう。 また、 なにかと そんな コリクツ を ならべたって、 なあに、 もともと アソビ が すき なの さ、 ナマケモノ の、 スケベイ の、 ミガッテ な カイラクジ なの さ、 と レイ の ギュウタロウ が せせらわらって いう かも しれません。 そうして、 ボク は そう いわれて も、 イマ まで は、 ただ てれて、 アイマイ に シュコウ して いました が、 しかし、 ボク も しぬ に あたって、 ヒトコト、 コウギ-めいた こと を いって おきたい。
 ネエサン。
 しんじて ください。
 ボク は、 あそんで も すこしも たのしく なかった の です。 カイラク の イムポテンツ なの かも しれません。 ボク は ただ、 キゾク と いう ジシン の カゲボウシ から はなれたくて、 くるい、 あそび、 すさんで いました。
 ネエサン。
 いったい、 ボクタチ に ツミ が ある の でしょう か。 キゾク に うまれた の は、 ボクタチ の ツミ でしょう か。 ただ、 その イエ に うまれた だけ に、 ボクタチ は、 エイエン に、 たとえば ユダ の ミウチ の モノ みたい に、 キョウシュク し、 シャザイ し、 はにかんで いきて いなければ ならない。
 ボク は、 もっと はやく しぬ べき だった。 しかし、 たった ヒトツ、 ママ の アイジョウ。 それ を おもう と、 しねなかった。 ニンゲン は、 ジユウ に いきる ケンリ を もって いる と ドウヨウ に、 いつでも カッテ に しねる ケンリ も もって いる の だ けれども、 しかし、 「ハハ」 の いきて いる アイダ は、 その シ の ケンリ は リュウホ されなければ ならない と ボク は かんがえて いる ん です。 それ は ドウジ に、 「ハハ」 をも ころして しまう こと に なる の です から。
 イマ は もう、 ボク が しんで も、 カラダ を わるく する ほど かなしむ ヒト も いない し、 いいえ、 ネエサン、 ボク は しって いる ん です、 ボク を うしなった アナタタチ の カナシミ は どの テイド の もの だ か、 いいえ、 キョショク の カンショウ は よしましょう、 アナタタチ は、 ボク の シ を しったら、 きっと おなき に なる でしょう が、 しかし、 ボク の いきて いる クルシミ と、 そうして その いや な ヴィ から カンゼン に カイホウ される ボク の ヨロコビ を おもって みて くださったら、 アナタタチ の その カナシミ は、 しだいに うちけされて ゆく こと と ぞんじます。
 ボク の ジサツ を ヒナン し、 あくまでも いきのびる べき で あった、 と ボク に なんの ジョリョク も あたえず クチサキ だけ で、 シタリガオ に ヒハン する ヒト は、 ヘイカ に クダモノヤ を おひらき なさる よう ヘイキ で おすすめ できる ほど の ダイイジン に チガイ ございませぬ。
 ネエサン。
 ボク は、 しんだ ほう が いい ん です。 ボク には、 いわゆる、 セイカツ ノウリョク が ない ん です。 オカネ の こと で、 ヒト と あらそう チカラ が ない ん です。 ボク は、 ヒト に たかる こと さえ できない ん です。 ウエハラ さん と あそんで も、 ボク の ブン の オカンジョウ は、 いつも ボク が はらって きました。 ウエハラ さん は、 それ を キゾク の けちくさい プライド だ と いって、 とても いやがって いました が、 しかし、 ボク は、 プライド で しはらう の では なくて、 ウエハラ さん の オシゴト で えた オカネ で、 ボク が つまらなく ノミクイ して、 オンナ を だく など、 おそろしくて、 とても できない の です。 ウエハラ さん の オシゴト を ソンケイ して いる から、 と カンタン に いいきって しまって も、 ウソ で、 ボク にも ホントウ は、 はっきり わかって いない ん です。 ただ、 ヒト の ゴチソウ に なる の が、 そらおそろしい ん です。 ことにも、 その ヒト ゴジシン の ウデ イッポン で えた オカネ で、 ゴチソウ に なる の は、 つらくて、 こころぐるしくて、 たまらない ん です。
 そうして ただ もう、 ジブン の イエ から オカネ や シナモノ を もちだして、 ママ や アナタ を かなしませ、 ボク ジシン も、 すこしも たのしく なく、 シュッパンギョウ など ケイカク した の も、 ただ、 テレカクシ の オテイサイ で、 じつは ちっとも ホンキ で なかった の です。 ホンキ で やって みた ところ で、 ヒト の ゴチソウ に さえ なれない よう な オトコ が、 カネモウケ なんて、 とても とても でき や しない の は、 いくら ボク が おろか でも、 それ くらい の こと には きづいて います。
 ネエサン。
 ボクタチ は、 ビンボウ に なって しまいました。 いきて ある うち は、 ヒト に ゴチソウ したい と おもって いた のに、 もう、 ヒト の ゴチソウ に ならなければ いきて ゆけなく なりました。
 ネエサン。
 このうえ、 ボク は、 なぜ いきて いなければ ならねえ の かね? もう、 ダメ なん だ。 ボク は、 しにます。 ラク に しねる クスリ が ある ん です。 ヘイタイ の とき に、 テ に いれて おいた の です。 
 ネエサン は うつくしく、 (ボク は うつくしい ハハ と アネ を ホコリ に して いました) そうして、 ケンメイ だ から、 ボク は ネエサン の こと に ついて は、 なんにも シンパイ して いませぬ。 シンパイ など する シカク さえ ボク には ありません。 ドロボウ が ヒガイシャ の ミノウエ を おもいやる みたい な もの で、 セキメン する ばかり です。 きっと ネエサン は、 ケッコン なさって、 コドモ が できて、 オット に たよって いきぬいて ゆく の では ない か と ボク は、 おもって いる ん です。
 ネエサン。
 ボク に、 ヒトツ、 ヒミツ が ある ん です。
 ながい こと、 ひめ に ひめて、 センチ に いて も、 その ヒト の こと を おもいつめて、 その ヒト の ユメ を みて、 メ が さめて、 ナキベソ を かいた こと も イクド あった か しれません。
 その ヒト の ナ は、 とても ダレ にも、 クチ が くさって も いわれない ん です。 ボク は、 イマ しぬ の だ から、 せめて、 ネエサン に だけ でも、 はっきり いって おこう か、 と おもいました が、 やっぱり、 どうにも おそろしくて、 その ナ を いう こと が できません。
 でも、 ボク は、 その ヒミツ を、 ぜったい ヒミツ の まま、 とうとう コノヨ で ダレ にも うちあけず、 ムネ の オク に ぞうして しんだ ならば、 ボク の カラダ が カソウ に されて も、 ムネ の ウラ だけ が なまぐさく やけのこる よう な キ が して、 フアン で たまらない ので、 ネエサン に だけ、 トオマワシ に、 ぼんやり、 フィクション みたい に して おしえて おきます。 フィクション、 と いって も、 しかし、 ネエサン は、 きっと すぐ その アイテ の ヒト は ダレ だ か、 おきづき に なる はず です。 フィクション と いう より は、 ただ、 カメイ を もちいる テイド の ゴマカシ なの です から。
 ネエサン は、 ゴゾンジ かな?
 ネエサン は その ヒト を ゴゾンジ の はず です が、 しかし、 おそらく、 あった こと は ない でしょう。 その ヒト は、 ネエサン より も、 すこし トシウエ です。 ヒトエマブタ で、 メジリ が つりあがって、 カミ に パーマネント など かけた こと が なく、 いつも つよく、 ヒッツメガミ、 と でも いう の かしら、 そんな ジミ な カミガタ で、 そうして、 とても まずしい フクソウ で、 けれども だらしない カッコウ では なくて、 いつも きちんと きつけて、 セイケツ です。 その ヒト は、 センゴ あたらしい タッチ の エ を つぎつぎ と ハッピョウ して キュウ に ユウメイ に なった ある チュウネン の ヨウガカ の オクサン で、 その ヨウガカ の オコナイ は、 たいへん ランボウ で すさんだ もの なのに、 その オクサン は ヘイキ を よそおって、 いつも やさしく ほほえんで くらして いる の です。
 ボク は たちあがって、
「それでは、 オイトマ いたします」
 その ヒト も たちあがって、 なんの ケイカイ も なく、 ボク の ソバ に あゆみよって、 ボク の カオ を みあげ、
「なぜ?」
 と フツウ の コワネ で いい、 ホントウ に フシン の よう に すこし コクビ を かしげて、 しばらく ボク の メ を みつづけて いました。 そうして、 その ヒト の メ に、 なんの ジャシン も キョショク も なく、 ボク は オンナ の ヒト と シセン が あえば、 うろたえて シセン を はずして しまう タチ なの です が、 その とき だけ は、 ミジン も ハニカミ を かんじない で、 フタリ の カオ が 1 シャク くらい の カンカク で、 60 ビョウ も それ イジョウ も とても いい キモチ で、 その ヒト の ヒトミ を みつめて、 それから つい ほほえんで しまって、
「でも、……」
「すぐ かえります わよ」
 と、 やはり、 マジメ な カオ を して いいます。
 ショウジキ、 とは、 こんな カンジ の ヒョウジョウ を いう の では ない かしら、 と ふと おもいました。 それ は シュウシン キョウカショ-くさい、 いかめしい トク では なくて、 ショウジキ と いう コトバ で ヒョウゲン せられた ホンライ の トク は、 こんな かわいらしい もの では なかった の かしら、 と かんがえました。
「また まいります」
「そう」
 ハジメ から オワリ まで、 すべて みな なんでも ない カイワ です。 ボク が、 ある ナツ の ヒ の ゴゴ、 その ヨウガカ の アパート を たずねて いって、 ヨウガカ は フザイ で、 けれども すぐ かえる はず です から、 おあがり に なって おまち に なったら? と いう オクサン の コトバ に したがって、 ヘヤ に あがって、 30 プン ばかり ザッシ など よんで、 かえって きそう も なかった から、 たちあがって、 オイトマ した、 それ だけ の こと だった の です が、 ボク は、 その ヒ の その とき の、 その ヒト の ヒトミ に、 くるしい コイ を しちゃった の です。
 コウキ、 と でも いったら いい の かしら。 ボク の シュウイ の キゾク の ナカ には、 ママ は とにかく、 あんな ムケイカイ な 「ショウジキ」 な メ の ヒョウジョウ の できる ヒト は、 ヒトリ も いなかった こと だけ は ダンゲン できます。
 それから ボク は、 ある フユ の ユウガタ、 その ヒト の プロフィル に うたれた こと が あります。 やはり、 その ヨウガカ の アパート で、 ヨウガカ の アイテ を させられて、 コタツ に はいって アサ から サケ を のみ、 ヨウガカ と ともに、 ニホン の いわゆる ブンカジン たち を くそみそ に いいあって わらいころげ、 やがて ヨウガカ は たおれて オオイビキ を かいて ねむり、 ボク も ヨコ に なって うとうと して いたら、 ふわと モウフ が かかり、 ボク は ウスメ を あけて みたら、 トウキョウ の フユ の ユウゾラ は ミズイロ に すんで、 オクサン は オジョウサン を だいて アパート の マドベリ に、 ナニゴト も なさそう に して コシ を かけ、 オクサン の タンセイ な プロフィル が、 ミズイロ の とおい ユウゾラ を バック に して、 あの ルネッサンス の コロ の プロフィル の エ の よう に あざやか に リンカク が くぎられ うかんで、 ボク に そっと モウフ を かけて くださった シンセツ は、 それ は なんの イロケ でも なく、 ヨク でも なく、 ああ、 ヒューマニティ と いう コトバ は こんな とき に こそ シヨウ されて ソセイ する コトバ なの では なかろう か、 ヒト の トウゼン の わびしい オモイヤリ と して、 ほとんど ムイシキ みたい に なされた もの の よう に、 エ と そっくり の しずか な ケハイ で、 トオク を ながめて いらっしゃった。
 ボク は メ を つぶって、 こいしく、 こがれて くるう よう な キモチ に なり、 マブタ の ウラ から ナミダ が あふれでて、 モウフ を アタマ から ひっかぶって しまいました。
 ネエサン。
 ボク が その ヨウガカ の ところ に あそび に いった の は、 それ は、 サイショ は その ヨウガカ の サクヒン の トクイ な タッチ と、 その ソコ に ひめられた ネッキョウテキ な パッション に、 よわされた せい で ありました が、 しかし、 ツキアイ の ふかく なる に つれて、 その ヒト の ムキョウヨウ、 デタラメ、 キタナラシサ に きょうざめて、 そうして、 それ と ハンピレイ して、 その ヒト の オクサン の シンジョウ の ウツクシサ に ひかれ、 いいえ、 ただしい アイジョウ の ヒト が こいしくて、 したわしくて、 オクサン の スガタ を ヒトメ みたくて、 あの ヨウガカ の ウチ へ あそび に ゆく よう に なりました。
 あの ヨウガカ の サクヒン に、 タショウ でも、 ゲイジュツ の コウキ な ニオイ、 と でも いった よう な もの が あらわれて いる と すれば、 それ は、 オクサン の やさしい ココロ の ハンエイ では なかろう か と さえ、 ボク は イマ では かんがえて いる ん です。
 その ヨウガカ は、 ボク は イマ こそ、 かんじた まま を はっきり いいます が、 ただ オオザケノミ で アソビズキ の、 コウミョウ な ショウニン なの です。 あそぶ カネ が ホシサ に、 ただ デタラメ に カンヴァス に エノグ を ぬたくって、 リュウコウ の イキオイ に のり、 もったいぶって たかく うって いる の です。 あの ヒト の もって いる の は、 イナカモノ の ズウズウシサ、 バカ な ジシン、 ずるい ショウサイ、 それ だけ なん です。
 おそらく あの ヒト は、 ホカ の ヒト の エ は、 ガイコクジン の エ でも ニホンジン の エ でも、 なんにも わかって いない でしょう。 おまけに、 ジブン の かいて いる エ も、 なんの こと やら ゴジシン わかって いない でしょう。 ただ ユウキョウ の ため の カネ が ホシサ に、 ムガ ムチュウ で エノグ を カンヴァス に ぬたくって いる だけ なん です。
 そうして、 さらに おどろく べき こと は、 あの ヒト は ゴジシン の そんな デタラメ に、 なんの ウタガイ も、 シュウチ も、 キョウフ も、 おもち に なって いない らしい と いう こと です。
 ただ もう、 オトクイ なん です。 なにせ、 ジブン で かいた エ が ジブン で わからぬ と いう ヒト なの です から、 タニン の シゴト の ヨサ など わかる はず が なく、 いやもう、 けなす こと、 けなす こと。
 つまり、 あの ヒト の デカダン セイカツ は、 クチ では なんの かの と くるしそう な こと を いって います けれども、 そのじつ は、 バカ な イナカモノ が、 かねて アコガレ の ミヤコ に でて、 カレ ジシン にも イガイ な くらい の セイコウ を した ので ウチョウテン に なって あそびまわって いる だけ なん です。
 いつか ボク が、
「ユウジン が ミナ なまけて あそんで いる とき、 ジブン ヒトリ だけ ベンキョウ する の は、 てれくさくて、 おそろしくて、 とても ダメ だ から、 ちっとも あそびたく なくて も、 ジブン も ナカマイリ して あそぶ」
 と いったら、 その チュウネン の ヨウガカ は、
「へえ? それ が キゾク カタギ と いう もの かね、 いやらしい。 ボク は、 ヒト が あそんで いる の を みる と、 ジブン も あそばなければ、 ソン だ、 と おもって おおいに あそぶ ね」
 と こたえて へいぜん たる もの でした が、 ボク は その とき、 その ヨウガカ を、 しんから ケイベツ しました。 この ヒト の ホウラツ には クノウ が ない。 むしろ、 バカアソビ を ジマン に して いる。 ホンモノ の アホウ の カイラクジ。
 けれども、 この ヨウガカ の ワルクチ を、 このうえ サマザマ に のべたてて も、 ネエサン には カンケイ の ない こと です し、 また ボク も イマ しぬる に あたって、 やはり あの ヒト との ながい ツキアイ を おもい、 なつかしく、 もう イチド あって あそびたい ショウドウ を こそ かんじます が、 にくい キ は ちっとも ない の です し、 あの ヒト だって サビシガリ の、 とても いい ところ を たくさん もって いる ヒト なの です から、 もう なにも いいません。
 ただ、 ボク は ネエサン に、 ボク が その ヒト の オクサン に こがれて、 うろうろ して、 つらかった と いう こと だけ を しって いただいたら いい の です。 だから、 ネエサン は それ を しって も、 べつだん、 ダレ か に その こと を うったえ、 オトウト の セイゼン の オモイ を とげさせて やる とか なんとか、 そんな キザ な オセッカイ など なさる ヒツヨウ は ゼッタイ に ない の です し、 ネエサン オヒトリ だけ が しって、 そうして、 こっそり、 ああ、 そう か、 と おもって くださったら それ で いい ん です。 なおまた ヨク を いえば、 こんな ボク の はずかしい コクハク に よって、 せめて ネエサン だけ でも、 ボク の これまで の イノチ の クルシサ を、 さらに ふかく わかって くださったら、 とても ボク は、 うれしく おもいます。
 ボク は いつか、 オクサン と、 テ を にぎりあった ユメ を みました。 そうして オクサン も、 やはり ずっと イゼン から ボク を すき だった の だ と いう こと を しり、 ユメ から さめて も、 ボク の テノヒラ に オクサン の ユビ の アタタカサ が のこって いて、 ボク は もう、 これ だけ で マンゾク して、 あきらめなければ なるまい と おもいました。 ドウトク が おそろしかった の では なく、 ボク には あの ハンキチガイ の、 いや、 ほとんど キョウジン と いって も いい あの ヨウガカ が、 おそろしくて ならない の でした。 あきらめよう と おもい、 ムネ の ヒ を ホカ へ むけよう と して、 てあたりしだい、 さすが の あの ヨウガカ も ある ヨ シカメツラ を した くらい ひどく、 めちゃくちゃ に いろんな オンナ と あそびくるいました。 なんとか して、 オクサン の マボロシ から はなれ、 わすれ、 なんでも なく なりたかった ん です。 けれども、 ダメ。 ボク は、 けっきょく、 ヒトリ の オンナ に しか、 コイ の できない タチ の オトコ なん です。 ボク は、 はっきり いえます。 ボク は、 オクサン の ホカ の オンナ トモダチ を、 イチド でも、 うつくしい とか、 いじらしい とか かんじた こと が ない ん です。
 ネエサン。
 しぬ マエ に、 たった イチド だけ かかせて ください。
 ……スガ ちゃん。
 その オクサン の ナマエ です。
 ボク が キノウ、 ちっとも すき でも ない ダンサー (この オンナ には、 ホンシツテキ な バカ な ところ が あります) それ を つれて、 サンソウ へ きた の は、 けれども、 まさか ケサ しのう と おもって、 やって きた の では なかった の です。 いつか、 ちかい うち に かならず しぬ キ で いた の です が、 でも、 キノウ、 オンナ を つれて サンソウ へ きた の は、 オンナ に リョコウ を せがまれ、 ボク も トウキョウ で あそぶ の に つかれて、 この バカ な オンナ と 2~3 ニチ、 サンソウ で やすむ の も わるく ない と かんがえ、 ネエサン には すこし グアイ が わるかった けど、 とにかく ここ へ イッショ に やって きて みたら、 ネエサン は トウキョウ の オトモダチ の ところ へ でかけ、 その とき ふと、 ボク は しぬ なら イマ だ、 と おもった の です。
 ボク は ムカシ から、 ニシカタマチ の あの イエ の オク の ザシキ で しにたい と おもって いました。 ガイロ や ハラッパ で しんで、 ヤジウマ たち に シガイ を いじくりまわされる の は、 なんと して も、 いや だった ん です。 けれども、 ニシカタマチ の あの イエ は ヒトデ に わたり、 イマ では やはり この サンソウ で しぬ より ホカ は なかろう と おもって いた の です が、 でも、 ボク の ジサツ を サイショ に ハッケン する の は ネエサン で、 そうして ネエサン は、 その とき どんな に キョウガク し キョウフ する だろう と おもえば、 ネエサン と フタリ きり の ヨル に ジサツ する の は キ が おもくて、 とても できそう も なかった の です。
 それ が、 まあ、 なんと いう チャンス。 ネエサン が いなくて、 そのかわり、 すこぶる ドンブツ の ダンサー が、 ボク の ジサツ の ハッケンシャ に なって くれる。
 サクヤ、 フタリ で オサケ を のみ、 オンナ の ヒト を 2 カイ の ヨウマ に ねかせ、 ボク ヒトリ ママ の なくなった シタ の オザシキ に フトン を ひいて、 そうして、 この みじめ な シュキ に とりかかりました。
 ネエサン。
 ボク には、 キボウ の ジバン が ない ん です。 さようなら。
 けっきょく、 ボク の シ は、 シゼンシ です。 ヒト は、 シソウ だけ では、 しねる もの では ない ん です から。
 それから、 ヒトツ、 とても てれくさい オネガイ が あります。 ママ の カタミ の アサ の キモノ。 あれ を ネエサン が、 ナオジ が ライネン の ナツ に きる よう に と ぬいなおして くださった でしょう。 あの キモノ を、 ボク の ヒツギ に いれて ください。 ボク、 きたかった ん です。
 ヨ が あけて きました。 ながい こと クロウ を おかけ しました。
 さようなら。
 ユウベ の オサケ の ヨイ は、 すっかり さめて います。 ボク は、 シラフ で しぬ ん です。
 もう イチド、 さようなら。
 ネエサン。
 ボク は、 キゾク です。

 8

 ユメ。
 ミナ が、 ワタシ から はなれて ゆく。
 ナオジ の シ の アトシマツ を して、 それから 1 カゲツ-カン、 ワタシ は フユ の サンソウ に ヒトリ で すんで いた。
 そうして ワタシ は、 あの ヒト に、 おそらくは これ が サイゴ の テガミ を、 ミズ の よう な キモチ で、 かいて さしあげた。

 どうやら、 アナタ も、 ワタシ を おすて に なった よう で ございます。 いいえ、 だんだん おわすれ に なる らしゅう ございます。
 けれども、 ワタシ は、 コウフク なん です の。 ワタシ の ノゾミドオリ に、 アカチャン が できた よう で ございます の。 ワタシ は、 イマ、 イッサイ を うしなった よう な キ が して います けど、 でも、 オナカ の ちいさい イノチ が、 ワタシ の コドク の ビショウ の タネ に なって います。
 けがらわしい シッサク など とは、 どうしても ワタシ には おもわれません。 この ヨノナカ に、 センソウ だの ヘイワ だの ボウエキ だの クミアイ だの セイジ だの が ある の は、 なんの ため だ か、 コノゴロ ワタシ にも わかって きました。 アナタ は、 ゴゾンジ ない でしょう。 だから、 いつまでも フコウ なの です わ。 それ は ね、 おしえて あげます わ、 オンナ が よい コ を うむ ため です。
 ワタシ には、 ハジメ から アナタ の ジンカク とか セキニン とか を アテ に する キモチ は ありません でした。 ワタシ の ヒトスジ の コイ の ボウケン の ジョウジュ だけ が モンダイ でした。 そうして、 ワタシ の その オモイ が カンセイ せられて、 もう イマ では ワタシ の ムネ の ウチ は、 モリ の ナカ の ヌマ の よう に しずか で ございます。
 ワタシ は、 かった と おもって います。
 マリヤ が、 たとい オット の コ で ない コ を うんで も、 マリヤ に かがやく ホコリ が あったら、 それ は セイボシ に なる の で ございます。
 ワタシ には、 ふるい ドウトク を ヘイキ で ムシ して、 よい コ を えた と いう マンゾク が ある の で ございます。
 アナタ は、 ソノゴ も やはり、 ギロチン ギロチン と いって、 シンシ や オジョウサン たち と オサケ を のんで、 デカダン セイカツ と やら を おつづけ に なって いらっしゃる の でしょう。 でも、 ワタシ は、 それ を やめよ、 とは もうしませぬ。 それ も また、 アナタ の サイゴ の トウソウ の ケイシキ なの でしょう から。
 オサケ を やめて、 ゴビョウキ を なおして、 ナガイキ を なさって リッパ な オシゴト を、 など そんな しらじらしい オザナリ みたい な こと は、 もう ワタシ は いいたく ない の で ございます。 「リッパ な オシゴト」 など より も、 イノチ を すてる キ で、 いわゆる アクトク セイカツ を しとおす こと の ほう が、 ノチ の ヨ の ヒトタチ から かえって オレイ を いわれる よう に なる かも しれません。
 ギセイシャ。 ドウトク の カトキ の ギセイシャ。 アナタ も、 ワタシ も、 きっと それ なの で ございましょう。
 カクメイ は、 いったい、 どこ で おこなわれて いる の でしょう。 すくなくとも、 ワタシタチ の ミノマワリ に おいて は、 ふるい ドウトク は やっぱり そのまま、 ミジン も かわらず、 ワタシタチ の ユクテ を さえぎって います。 ウミ の ヒョウメン の ナミ は なにやら さわいで いて も、 その ソコ の カイスイ は、 カクメイ どころ か、 ミジロギ も せず、 タヌキネイリ で ねそべって いる ん です もの。
 けれども ワタシ は、 これまで の ダイ 1 カイ-セン では、 ふるい ドウトク を わずか ながら おしのけえた と おもって います。 そうして、 コンド は、 うまれる コ と ともに、 ダイ 2 カイ-セン、 ダイ 3 カイ-セン を たたかう つもり で いる の です。
 こいしい ヒト の コ を うみ、 そだてる こと が、 ワタシ の ドウトク カクメイ の カンセイ なの で ございます。
 アナタ が ワタシ を おわすれ に なって も、 また、 アナタ が、 オサケ で イノチ を おなくし に なって も、 ワタシ は ワタシ の カクメイ の カンセイ の ため に、 ジョウブ で いきて ゆけそう です。
 アナタ の ジンカク の クダラナサ を、 ワタシ は コナイダ も ある ヒト から、 さまざま たまわりました が、 でも、 ワタシ に こんな ツヨサ を あたえて くださった の は、 アナタ です。 ワタシ の ムネ に、 カクメイ の ニジ を かけて くださった の は アナタ です。 いきる モクヒョウ を あたえて くださった の は、 アナタ です。
 ワタシ は アナタ を ホコリ に して います し、 また、 うまれる コドモ にも、 アナタ を ホコリ に させよう と おもって います。
 シセイジ と、 その ハハ。
 けれども ワタシタチ は、 ふるい ドウトク と どこまでも あらそい、 タイヨウ の よう に いきる つもり です。
 どうか、 アナタ も、 アナタ の タタカイ を たたかいつづけて くださいまし。
 カクメイ は、 まだ、 ちっとも、 なにも、 おこなわれて いない ん です。 もっと、 もっと、 イクツ も の おしい とうとい ギセイ が ヒツヨウ の よう で ございます。
 イマ の ヨノナカ で、 いちばん うつくしい の は ギセイシャ です。
 ちいさい ギセイシャ が、 もう ヒトリ いました。
 ウエハラ さん。
 ワタシ は もう アナタ に、 なにも おたのみ する キ は ございません が、 けれども、 その ちいさい ギセイシャ の ため に、 ヒトツ だけ、 オユルシ を おねがい したい こと が ある の です。
 それ は、 ワタシ の うまれた コ を、 たった イチド で よろしゅう ございます から、 アナタ の オクサマ に だかせて いただきたい の です。 そうして、 その とき、 ワタシ に こう いわせて いただきます。
「これ は、 ナオジ が、 ある オンナ の ヒト に ナイショ に うませた コ です の」
 なぜ、 そう する の か、 それ だけ は ドナタ にも もうしあげられません。 いいえ、 ワタシ ジシン にも、 なぜ そう させて いただきたい の か、 よく わかって いない の です。 でも、 ワタシ は、 どうしても、 そう させて いただかなければ ならない の です。 ナオジ と いう あの ちいさい ギセイシャ の ため に、 どうしても、 そう させて いただかなければ ならない の です。
 ゴフカイ でしょう か。 ゴフカイ でも、 しのんで いただきます。 これ が すてられ、 わすれかけられた オンナ の ユイイツ の かすか な イヤガラセ と おぼしめし、 ぜひ オキキイレ の ホド ねがいます。
 M.C、 マイ、 コメデアン。
 ショウワ 22 ネン 2 ガツ ナノカ。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...