2020/06/28

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ

 (ゼンペン)

 アリシマ タケオ

 1

 シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ を きいた が、 シャフ は チュウ を とんだ。 そして クルマ が、 ツルヤ と いう マチ の カド の ヤドヤ を まがって、 いつでも ジンバ の むらがる あの キョウドウ イド の アタリ を かけぬける とき、 テイシャジョウ の イリグチ の オオド を しめよう と する エキフ と あらそいながら、 8 ブ-ガタ しまりかかった ト の ところ に つったって こっち を みまもって いる セイネン の スガタ を みた。
「まあ おそく なって すみません でした こと…… まだ まにあいます かしら」
と ヨウコ が いいながら カイダン を のぼる と、 セイネン は ソマツ な ムギワラ ボウシ を ちょっと ぬいで、 だまった まま あおい キップ を わたした。
「おや なぜ イットウ に なさらなかった の。 そう しない と いけない ワケ が ある から かえて くださいまし な」
と いおう と した けれども、 ヒ が つく ばかり に エキフ が せきたてる ので、 ヨウコ は だまった まま セイネン と ならんで コキザミ な アシドリ で、 たった ヒトツ だけ あいて いる カイサツグチ へ と いそいだ。 カイサツ は この フタリ の ジョウキャク を にがにがしげ に みやりながら、 ヒダリテ を のばして まって いた。 フタリ が テンデン に キップ を だそう と する とき、
「ワカオクサマ、 これ を おわすれ に なりました」
と いいながら、 ハッピ の コン の ニオイ の たかく する サッキ の シャフ が、 うすい オオガラ な セル の ヒザカケ を カタ に かけた まま あわてた よう に おいかけて きて、 オリーブ イロ の キヌ ハンケチ に つつんだ ちいさな もの を わたそう と した。
「はやく はやく、 はやく しない と でっちまいます よ」
 カイサツ が たまらなく なって カンシャクゴエ を ふりたてた。
 セイネン の マエ で 「ワカオクサマ」 と よばれた の と、 カイサツ が がみがみ どなりたてた ので、 ハリ の よう に するどい シンケイ は すぐ カノジョ を アマノジャク に した。 ヨウコ は イマ まで イソギギミ で あった アユミ を ぴったり とめて しまって、 おちついた カオツキ で、 シャフ の ほう に むきなおった。
「そう ゴクロウ よ。 ウチ に かえったら ね、 キョウ は カエリ が おそく なる かも しれません から、 オジョウサン たち だけ で コウユウカイ に いらっしゃい って そう いって おくれ。 それから ヨコハマ の オウミヤ―― セイヨウ コマモノヤ の オウミヤ が きたら、 キョウ こっち から でかけた から って いう よう に って ね」
 シャフ は きょときょと と カイサツ と ヨウコ と を カタミガワリ に みやりながら、 ジブン が キシャ に でも のりおくれる よう に あわてて いた。 カイサツ の カオ は だんだん けわしく なって、 あわや ツウロ を しめて しまおう と した とき、 ヨウコ は するする と その ほう に ちかよって、
「どうも すみません でした こと」
と いって キップ を さしだしながら、 カイサツ の メ の サキ で ハナ が さいた よう に ほほえんで みせた。 カイサツ は バカ に なった よう な カオツキ を しながら、 それでも おめおめ と キップ に アナ を いれた。
 プラットフォーム では、 エキイン も ミオクリニン も、 たって いる カギリ の ヒトビト は フタリ の ほう に メ を むけて いた。 それ を まったく きづき も しない よう な モノゴシ で、 ヨウコ は したしげ に セイネン と カタ を ならべて、 しずしず と あるきながら、 シャフ の とどけた ツツミモノ の ナカ には ナニ が ある か あてて みろ とか、 ヨコハマ の よう に ジブン の ココロ を ひく マチ は ない とか、 キップ を イッショ に しまって おいて くれろ とか いって、 オンガクシャ の よう に デリケート な その ユビサキ で、 わざとらしく イクド か セイネン の テ に ふれる キカイ を もとめた。 レッシャ の ナカ から は ある カギリ の カオ が フタリ を みむかえ みおくる ので、 セイネン が ものなれない ショジョ の よう に はにかんで、 しかも ジブン ながら ジブン を おこって いる の が ヨウコ には おもしろく ながめやられた。
 いちばん ちかい ニトウシャ の ショウコウグチ の ところ に たって いた シャショウ は ミギ の テ を ポッケット に つっこんで、 クツ の ツマサキ で まちどおしそう に シキイシ を たたいて いた が、 ヨウコ が デッキ に アシ を ふみいれる と、 いきなり ミミ を つんざく ばかり に ヨビコ を ならした。 そして セイネン (セイネン は ナ を コトウ と いった) が ヨウコ に つづいて とびのった とき には、 キカンシャ の オウテキ が ゼンポウ で アサ の マチ の にぎやか な サザメキ を やぶって ひびきわたった。
 ヨウコ は シカク な ガラス を はめた イリグチ の クリド を コトウ が イキオイ よく あける の を まって、 ナカ に はいろう と して、 8 ブ-ドオリ つまった リョウガワ の ジョウキャク に イナズマ の よう に するどく メ を はしらした が、 ヒダリガワ の チュウオウ ちかく シンブン を みいった、 やせた チュウネン の オトコ に シセン が とまる と、 はっと たちすくむ ほど おどろいた。 しかし その オドロキ は またたく ヒマ も ない うち に、 カオ から も アシ から も きえうせて、 ヨウコ は わるびれ も せず、 とりすまし も せず、 ジシン ある ジョユウ が キゲキ の ブタイ に でも あらわれる よう に、 かるい ビショウ を ミギ の ホオ だけ に うかべながら、 コトウ に つづいて イリグチ に ちかい ミギガワ の クウセキ に コシ を おろす と、 あでやか に セイネン を みかえりながら、 コユビ を なんとも いえない よい カタチ に おりまげた ヒダリテ で、 ビン の オクレゲ を かきなでる ツイデ に、 ジミ に よそおって きた クロ の リボン に さわって みた。 セイネン の マエ に ザ を とって いた 43~44 の あぶらぎった ショウニン-テイ の オトコ は、 あたふた と たちあがって ジブン の ウシロ の シェード を おろして、 おりふし ヨコザシ に ヨウコ に てりつける アサ の コウセン を さえぎった。
 コン の カスリ に ショセイ ゲタ を つっかけた セイネン に たいして、 スジョウ が しれぬ ほど カオ にも スガタ にも フクザツ な ヒョウジョウ を たたえた この ジョセイ の タイショウ は、 おさない ショウジョ の チュウイ を すら ひかず には おかなかった。 ジョウキャク イチドウ の シセン は アヤ を なして フタリ の ウエ に みだれとんだ。 ヨウコ は ジブン が セイネン の フシギ な タイショウ に なって いる と いう カンジ を こころよく むかえて でも いる よう に、 セイネン に たいして ことさら したしげ な タイド を みせた。
 シナガワ を すぎて みじかい トンネル を キシャ が でよう と する とき、 ヨウコ は きびしく ジブン を みすえる メ を マユ の アタリ に かんじて おもむろに その ほう を みかえった。 それ は ヨウコ が おもった とおり、 シンブン に みいって いる かの やせた オトコ だった。 オトコ の ナ は キベ コキョウ と いった。 ヨウコ が シャナイ に アシ を ふみいれた とき、 ダレ より も サキ に ヨウコ に メ を つけた の は この オトコ で あった が、 ダレ より も サキ に メ を そらした の も この オトコ で、 すぐ シンブン を メハチブ に さしあげて、 それ に よみいって そしらぬ フリ を した の に ヨウコ は キ が ついて いた。 そして ヨウコ に たいする ジョウキャク の コウキシン が おとろえはじめた コロ に なって、 カレ は ホンキ に ヨウコ を みつめはじめた の だ。 ヨウコ は あらかじめ この セツナ に たいする タイド を きめて いた から あわて も さわぎ も しなかった。 メ を スズ の よう に おおきく はって、 したしい コビ の イロ を うかべながら、 だまった まま で かるく うなずこう と、 すこし カタ と カオ と を そっち に ひねって、 こころもち ウワムキ カゲン に なった とき、 イナズマ の よう に カノジョ の ココロ に ひびいた の は、 オトコ が その コウイ に おうじて ほほえみかわす ヨウス の ない と いう こと だった。 じっさい オトコ の イチモンジマユ は ふかく ひそんで、 その リョウガン は ひときわ スルドサ を まして みえた。 それ を みてとる と ヨウコ の ココロ の ウチ は かっと なった が、 えみかまけた ヒトミ は ソノママ で、 するする と オトコ の カオ を とおりこして、 ヒダリガワ の コトウ の ケッキ の いい ホオ の アタリ に おちた。 コトウ は クリド の ガラスゴシ に、 キリワリ の ガケ を ながめて つくねん と して いた。
「また ナニ か かんがえて いらっしゃる のね」
 ヨウコ は やせた キベ に これみよがし と いう モノゴシ で はなやか に いった。
 コトウ は あまり はずんだ ヨウコ の コエ に ひかされて、 まんじり と その カオ を みまもった。 その セイネン の タンジュン な あからさま な ココロ に、 ジブン の エガオ の オク の にがい しぶい イロ が みぬかれ は しない か と、 ヨウコ は おもわず たじろいだ ほど だった。
「なんにも かんがえて い や しない が、 カゲ に なった ガケ の イロ が、 あまり に きれい だ もん で…… ムラサキ に みえる でしょう。 もう アキ-がかって きた ん です よ」
 セイネン は なにも おもって い は しなかった の だ。
「ホントウ に ね」
 ヨウコ は タンジュン に おうじて、 もう イチド ちらっと キベ を みた。 やせた キベ の メ は マエ と おなじ に するどく かがやいて いた。 ヨウコ は ショウメン に むきなおる と ともに、 その オトコ の ヒトミ の シタ で、 ユウウツ な けわしい イロ を ひきしめた クチ の アタリ に みなぎらした。 キベ は それ を みて ジブン の タイド を コウカイ す べき はず で ある。

 2

 ヨウコ は キベ が タマシイ を うちこんだ ハツコイ の マト だった。 それ は ちょうど ニッシン センソウ が シュウキョク を つげて、 コクミン イッパン は ダレカレ の サベツ なく、 この センソウ に カンケイ の あった コトガラ や ジンブツ や に ジジツ イジョウ の コウキシン を そそられて いた コロ で あった が、 キベ は 25 と いう わかい トシ で、 ある ダイ シンブンシャ の ジュウグン キシャ に なって シナ に わたり、 ツキナミ な ツウシンブン の おおい ナカ に、 きわだって カンサツ の とびはなれた シンリョク の ゆらいだ ブンショウ を ハッピョウ して、 テンサイ キシャ と いう ナ を はくして めでたく ガイセン した の で あった。 その コロ ジョリュウ キリスト キョウト の センカクシャ と して、 キリスト-キョウ フジン ドウメイ の フク カイチョウ を して いた ヨウコ の ハハ は、 キベ の ぞくして いた シンブンシャ の シャチョウ と したしい コウサイ の あった カンケイ から、 ある ヒ その シャ の ジュウグン キシャ を ジタク に まねいて イロウ の カイショク を もよおした。 その セキ で、 コガラ で ハクセキ で、 シギン の コエ の ヒソウ な、 カンジョウ の ネツレツ な この ショウソウ ジュウグン キシャ は はじめて ヨウコ を みた の だった。
 ヨウコ は その とき 19 だった が、 すでに イクニン も の オトコ に コイ を しむけられて、 その カコミ を テギワ よく くりぬけながら、 ジブン の わかい ココロ を たのしませて ゆく タクト は ジュウブン に もって いた。 15 の とき に、 ハカマ を ヒモ で しめる カワリ に ビジョウ で しめる クフウ を して、 イチジ ジョガクセイ-カイ の リュウコウ を フウビ した の も カノジョ で ある。 その あかい クチビル を すわして シュセキ を しめた ん だ と、 ゲンカク で とおって いる ベイコクジン の ロウコウチョウ に、 おもい も よらぬ ウキナ を おわせた の も カノジョ で ある。 ウエノ の オンガク ガッコウ に はいって ヴァイオリン の ケイコ を はじめて から 2 カゲツ ほど の アイダ に めきめき ジョウタツ して、 キョウシ や セイト の シタ を まかした とき、 ケーベル ハカセ ヒトリ は しぶい カオ を した。 そして ある ヒ 「オマエ の ガッキ は サイ で なる の だ。 テンサイ で なる の では ない」 と ブアイソウ に いって のけた。 それ を きく と 「そう で ございます か」 と ムゾウサ に いいながら、 ヴァイオリン を マド の ソト に ほうりなげて、 そのまま ガッコウ を タイガク して しまった の も カノジョ で ある。 キリスト-キョウ フジン ドウメイ の ジギョウ に ホンソウ し、 シャカイ では オトコマサリ の シッカリモノ と いう ヒョウバン を とり、 カナイ では シュミ の たかい そして イシ の よわい オット を まったく ムシ して ふるまった その ハハ の もっとも ふかい かくれた ジャクテン を、 ボシ と ショクシ との アイダ に ちゃんと おさえて、 イッポ も ヒケ を とらなかった の も カノジョ で ある。 ヨウコ の メ には スベテ の ヒト が、 ことに オトコ が ソコ の ソコ まで みすかせる よう だった。 ヨウコ は それまで オオク の オトコ を かなり チカク まで くぐりこませて おいて、 もう イッポ と いう ところ で つきはなした。 コイ の ハジメ には いつでも ジョセイ が まつりあげられて いて、 ある キカイ を ゼッチョウ に ダンセイ が とつぜん ジョセイ を ふみにじる と いう こと を チョッカク の よう に しって いた ヨウコ は、 どの オトコ に たいして も、 ジブン との カンケイ の ゼッチョウ が どこ に ある か を みぬいて いて、 そこ に きかかる と ナサケヨウシャ も なく その オトコ を ふりすてて しまった。 そうして すてられた オオク の オトコ は、 ヨウコ を うらむ より も ジブン たち の ジュウセイ を はじる よう に みえた。 そして カレラ は ひとしく ヨウコ を みあやまって いた こと を くいる よう に みえた。 なぜ と いう と、 カレラ は ヒトリ と して ヨウコ に たいして エンコン を いだいたり、 フンヌ を もらしたり する モノ は なかった から。 そして すこし ひがんだ モノタチ は ジブン の グ を みとめる より も ヨウコ を トシ フソウトウ に ませた オンナ と みる ほう が カッテ だった から。
 それ は コイ に よろしい ワカバ の 6 ガツ の ある ユウガタ だった。 ニホンバシ の クギダナ に ある ヨウコ の イエ には 7~8 ニン の わかい ジュウグン キシャ が まだ センジン の ぬけきらない よう な フウ を して あつまって きた。 19 で いながら 17 にも 16 にも みれば みられる よう な きゃしゃ な カレン な スガタ を した ヨウコ が、 ツツシミ の ナカ にも さいばしった オモカゲ を みせて、 フタリ の イモウト と ともに キュウジ に たった。 そして しいられる まま に、 ケーベル ハカセ から ののしられた ヴァイオリン の ヒトテ も かなでたり した。 キベ の ゼンレイ は ただ ヒトメ で この うつくしい サイキ の みなぎりあふれた ヨウコ の ヨウシ に すいこまれて しまった。 ヨウコ も フシギ に この コガラ な セイネン に キョウミ を かんじた。 そして ウンメイ は フシギ な イタズラ を する もの だ。 キベ は その セイカク ばかり で なく、 ヨウボウ ――ホネボソ な、 カオ の ゾウサク の ととのった、 テンサイ-フウ に あおじろい なめらか な ヒフ の、 よく みる と タ の ブブン の センレイ な ワリアイ に カガクコツ の ハッタツ した―― まで どこ か ヨウコ の それ に にて いた から、 ジイシキ の キョクド に つよい ヨウコ は、 ジブン の スガタ を キベ に みつけだした よう に おもって、 イッシュ の コウキシン を チョウハツ せられず には いなかった。 キベ は もえやすい ココロ に ヨウコ を やく よう に かきいだいて、 ヨウコ は また さいばしった アタマ に キベ の オモカゲ を かるく やどして、 その イチヤ の キョウエン は さりげなく オワリ を つげた。
 キベ の キシャ と して の ヒョウバン は ハテンコウ と いって も よかった。 いやしくも ブンガク を かいする モノ は キベ を しらない モノ は なかった。 ヒトビト は キベ が セイジュク した シソウ を ひっさげて ヨノナカ に でて くる とき の ハナバナシサ を ウワサ しあった。 ことに ニッシン センエキ と いう、 その トウジ の ニホン に して は ゼツダイ な ハイケイ を せおって いる ので、 この ネンショウ キシャ は ある ヒトビト から は ヒーロー の ヒトリ と さえ して スウハイ された。 この キベ が たびたび ヨウコ の イエ を おとずれる よう に なった。 その カンショウテキ な、 ドウジ に どこ か タイモウ に もえたった よう な この セイネン の カッキ は、 イエジュウ の ヒトビト の ココロ を とらえない では おかなかった。 ことに ヨウコ の ハハ が マエ から キベ を しって いて、 ヒジョウ に ユウイ タボウ な セイネン だ と ほめそやしたり、 コウシュウ の マエ で ジブン の コ とも オトウト とも つかぬ タイド で キベ を もてあつかったり する の を みる と、 ヨウコ は ムネ の ウチ で せせらわらった。 そして ココロ を ゆるして キベ に コウイ を みせはじめた。 キベ の ネツイ が みるみる おさえがたく つのりだした の は もちろん の こと で ある。
 かの 6 ガツ の ヨ が すぎて から ホド も なく キベ と ヨウコ とは コイ と いう コトバ で みられねば ならぬ よう な アイダガラ に なって いた。 こういう バアイ ヨウコ が どれほど コイ の バメン を ギコウカ し ゲイジュツカ する に たくみ で あった か は いう に およばない。 キベ は ねて も おきて も ユメ の ナカ に ある よう に みえた。 25 と いう その コロ まで、 ネッシン な シンジャ で、 セイキョウト-フウ の ホコリ を ユイイツ の タチバ と して いた キベ が この ハツコイ に おいて どれほど シンケン に なって いた か は ソウゾウ する こと が できる。 ヨウコ は おもい も かけず キベ の ヒ の よう な ジョウネツ に やかれよう と する ジブン を みいだす こと が しばしば だった。
 その うち に フタリ の アイダガラ は すぐ ヨウコ の ハハ に かんづかれた。 ヨウコ に たいして かねて から ある こと では イッシュ の テキイ を もって さえ いる よう に みえる その ハハ が、 この ジケン に たいして シット とも おもわれる ほど ゲンジュウ な コショウ を もちだした の は、 フシギ で ない と いう べき サカイ を とおりこして いた。 セコ に なれきって、 おちつきはらった チュウネン の フジン が、 ココロ の ソコ の ドウヨウ に シゲキ されて たくらみだす と みえる ザンギャク な ワルダクミ は、 としわかい フタリ の キュウショ を そろそろ と うかがいよって、 ハラワタ も とおれ と つきさして くる。 それ を はらいかねて キベ が イノチカギリ に もがく の を みる と、 ヨウコ の ココロ に ジュンスイ な ドウジョウ と、 オトコ に たいする ムジョウケンテキ な ステミ な タイド が うまれはじめた。 ヨウコ は ジブン で つくりだした ジブン の オトシアナ に タワイ も なく よいはじめた。 ヨウコ は こんな メ も くらむ よう な はればれしい もの を みた こと が なかった。 オンナ の ホンノウ が うまれて はじめて メ を ふきはじめた。 そして メス の よう な ヒゴロ の ヒハンリョク は ナマリ の よう に にぶって しまった。 ヨウコ の ハハ が ボウリョク では およばない の を さとって、 すかしつ なだめつ、 オット まで を ドウグ に つかったり、 キベ の ソンシン する ボクシ を ホウベン に したり して、 あらん カギリ の チリョク を しぼった カイジュウサク も、 なんの カイ も なく、 レイセイ な シリョ-ぶかい サクセン ケイカク を コンキ よく つづければ つづける ほど、 ヨウコ は キベ を ウシロ に かばいながら、 けなげ にも かよわい オンナ の テ ヒトツ で たたかった。 そして キベ の ゼンシン ゼンレイ を ツメ の サキ オモイ の ハテ まで ジブン の もの に しなければ、 しんで も しねない ヨウス が みえた ので、 ハハ も とうとう ガ を おった。 そして 5 カゲツ の おそろしい シレン の ノチ に、 リョウシン の たちあわない ちいさな ケッコン の シキ が、 アキ の ある ゴゴ、 キベ の ゲシュク の ヒトマ で とりおこなわれた。 そして ハハ に たいする ショウリ の ブンドリヒン と して、 キベ は ヨウコ ヒトリ の もの と なった。
 キベ は すぐ ハヤマ に ちいさな カクレガ の よう な イエ を みつけだして、 フタリ は むつまじく そこ に うつりすむ こと に なった。 ヨウコ の コイ は しかしながら そろそろ と ひえはじめる の に 2 シュウカン イジョウ を ようしなかった。 カノジョ は キョウソウ す べからぬ カンケイ の キョウソウシャ に たいして みごと に ショウリ を えて しまった。 ニッシン センソウ と いう もの の ヒカリ も タイヨウ が ニシ に しずむ たび ごと に げんじて いった。 それら は それ と して いちばん ヨウコ を シツボウ させた の は ドウセイゴ はじめて オトコ と いう もの の ウラ を かえして みた こと だった。 ヨウコ を カクジツ に センリョウ した と いう イシキ に ウラガキ された キベ は、 イマ まで オクビ にも ヨウコ に みせなかった めめしい ジャクテン を ロコツ に あらわしはじめた。 ウシロ から みた キベ は ヨウコ には トリドコロ の ない ヘイボン な キ の よわい セイリョク の たりない オトコ に すぎなかった。 フデ 1 ポン にぎる こと も せず に アサ から バン まで ヨウコ に コウチャク し、 カンショウテキ な くせ に おそろしく ワガママ で、 コンニチ コンニチ の セイカツ に さえ ことかきながら、 バンジ を ヨウコ の カタ に なげかけて それ が トウゼン な こと でも ある よう な ドンカン な オボッチャン-じみた セイカツ の シカタ が ヨウコ の するどい シンケイ を いらいら させだした。 ハジメ の うち は ヨウコ も それ を キベ の シジン-らしい ムジャキサ から だ と おもって みた。 そして せっせせっせ と セワ ニョウボウ-らしく きりまわす こと に キョウミ を つないで みた。 しかし ココロ の ソコ の おそろしく ブッシツテキ な ヨウコ に どうして こんな シンボウ が いつまでも つづこう ぞ。 ケッコンゼン まで は ヨウコ の ほう から せまって みた にも かかわらず、 スウコウ と みえる まで に キョクタン な ケッペキヤ だった カレ で あった のに、 おもい も かけぬ ドンラン な ロウレツ な ジョウヨク の モチヌシ で、 しかも その ヨッキュウ を ヒンジャク な タイシツ で あらわそう と する の に でくわす と、 ヨウコ は イマ まで ジブン でも キ が つかず に いた ジブン を カガミ で みせつけられた よう な フカイ を かんぜず には いられなかった。 ユウショク を すます と ヨウコ は いつでも フマン と シツボウ と で いらいら しながら ヨル を むかえねば ならなかった。 キベ の ヨウコ に たいする アイチャク が つのれば つのる ほど、 ヨウコ は イッショウ が くらく なりまさる よう に おもった。 こうして しぬ ため に うまれて きた の では ない はず だ。 そう ヨウコ は くさくさ しながら おもいはじめた。 その ココロモチ が また キベ に ひびいた。 キベ は だんだん カンシ の メ を もって ヨウコ の イッキョ イチドウ を チュウイ する よう に なって きた。 ドウセイ して から ハンカゲツ も たたない うち に、 キベ は ややもすると コウアツテキ に ヨウコ の ジユウ を ソクバク する よう な タイド を とる よう に なった。 キベ の アイジョウ は ホネ に しみる ほど しりぬきながら、 にぶって いた ヨウコ の ヒハンリョク は また ミガキ を かけられた。 その するどく なった ヒハンリョク で みる と、 ジブン と によった スガタ なり セイカク なり を キベ に みいだす と いう こと は、 シゼン が コウミョウ な ヒニク を やって いる よう な もの だった。 ジブン も あんな こと を おもい、 あんな こと を いう の か と おもう と、 ヨウコ の ジソンシン は おもうぞんぶん に きずつけられた。
 ホカ の ゲンイン も ある。 しかし これ だけ で ジュウブン だった。 フタリ が イッショ に なって から 2 カゲツ-メ に、 ヨウコ は とつぜん シッソウ して、 チチ の シンユウ で、 いわゆる モノゴト の よく わかる タカヤマ と いう イシャ の ビョウシツ に とじこもらして もらって、 ミッカ ばかり は くう もの も くわず に、 あさましく も オトコ の ため に メ の くらんだ ジブン の フカク を なきくやんだ。 キベ が キョウキ の よう に なって、 ようやく ヨウコ の カクレバショ を みつけて あい に きた とき は、 ヨウコ は レイセイ な タイド で しらじらしく メンカイ した。 そして 「アナタ の ショウライ の おため に きっと なりません から」 と なにげなげ に いって のけた。 キベ が その コトバ に ホネ を さす よう な フウシ を みいだしかねて いる の を みる と、 ヨウコ は しろく そろった うつくしい ハ を みせて コエ を だして わらった。
 ヨウコ と キベ との アイダガラ は こんな タワイ も ない バメン を クギリ に して はかなく も やぶれて しまった。 キベ は あらん カギリ の シュダン を もちいて、 なだめたり、 すかしたり、 キョウハク まで して みた が、 スベテ は まったく ムエキ だった。 いったん キベ から はなれた ヨウコ の ココロ は、 ナニモノ も ふれた こと の ない ショジョ の それ の よう に さえ みえた。
 それから フツウ の キカン を すぎて ヨウコ は キベ の コ を ブンベン した が、 もとより その こと を キベ に しらせなかった ばかり で なく、 ハハ に さえ ある タ の オトコ に よって うんだ コ だ と コクハク した。 じっさい ヨウコ は ソノゴ、 ハハ に その コクハク を しんじさす ほど の セイカツ を あえて して いた の だった。 しかし ハハ は めざとく も その アカンボウ に キベ の オモカゲ を さぐりだして、 キリスト シント に ある まじき アクイ を この あわれ な アカンボウ に くわえよう と した。 アカンボウ は ジョチュウベヤ に はこばれた まま、 ソボ の ヒザ には イチド も のらなかった。 イジ の よわい ヨウコ の チチ だけ は マゴ の カワイサ から そっと アカンボウ を ヨウコ の ウバ の イエ に ひきとる よう に して やった。 そして その みじめ な アカンボウ は ウバ の テ ヒトツ に そだてられて サダコ と いう 6 サイ の ドウジョ に なった。
 ソノゴ ヨウコ の チチ は しんだ。 ハハ も しんだ。 キベ は ヨウコ と わかれて から、 キョウラン の よう な セイカツ に ミ を まかせた。 シュウギイン ギイン の コウホ に たって も みたり、 ジュンブンガク に ユビ を そめて も みたり、 タビソウ の よう な ホウロウ セイカツ も おくったり、 ツマ を もち コ を なし、 サケ に ふけり、 ザッシ の ハッコウ も くわだてた。 そして その スベテ に いちいち フマン を かんずる ばかり だった。 そして ヨウコ が ヒサシブリ で キシャ の ナカ で であった イマ は、 サイシ を サト に かえして しまって、 ある ユイショ ある ドウジョウ カゾク の キショクシャ と なって、 これ と いって する シゴト も なく、 ムネ の ウチ だけ には イロイロ な クウソウ を うかべたり けしたり して、 とかく カイソウ に ふけりやすい ヒオクリ を して いる とき だった。

 3

 その キベ の メ は しゅうねく も つきまつわった。 しかし ヨウコ は そっち を みむこう とも しなかった。 そして ニトウ の キップ でも かまわない から なぜ イットウ に のらなかった の だろう。 こういう こと が きっと ある と おもった から こそ、 のりこむ とき も そう いおう と した の だ のに、 キ が きかない っちゃ ない と おもう と、 チカゴロ に なく オキヌケ から さえざえ して いた キブン が、 しずみかけた アキ の ヒ の よう に かげったり めいったり しだして、 つめたい チ が ポンプ に でも かけられた よう に ノウ の スキマ と いう スキマ を かたく とざした。 たまらなく なって ムカイ の マド から ケシキ でも みよう と する と、 そこ には シェード が おろして あって、 レイ の 43~44 の オトコ が あつい クチビル を ゆるく あけた まま で、 バカ な カオ を しながら まじまじ と ヨウコ を みやって いた。 ヨウコ は むっと して その オトコ の ヒタイ から ハナ に かけた アタリ を、 エンリョ も なく はっし と メ で むちうった。 ショウニン は、 ホントウ に むちうたれた ヒト が なきだす マエ に する よう に、 わらう よう な、 はにかんだ よう な、 フシギ な カオ の ユガメカタ を して、 さすが に カオ を そむけて しまった。 その イクジ の ない ヨウス が また ヨウコ の ココロ を いらいら させた。 ミギ に メ を うつせば 3~4 ニン サキ に キベ が いた。 その するどい ちいさな メ は いぜん と して ヨウコ を みまもって いた。 ヨウコ は フルエ を おぼえる ばかり に ゲッコウ した シンケイ を リョウテ に あつめて、 その リョウテ を にぎりあわせて ヒザ の ウエ の ハンケチ の ツツミ を おさえながら、 ゲタ の サキ を じっと みいって しまった。 イマ は シャナイ の ヒト が もうしあわせて ブジョク でも して いる よう に ヨウコ には おもえた。 コトウ が トナリザ に いる の さえ、 イッシュ の クツウ だった。 その メイソウテキ な ムジャキ な タイド が、 ヨウコ の ナイブテキ ケイケン や クモン と すこしも エン が つづいて いない で、 フタリ の アイダ には こんりんざい リカイ が なりたちえない と おもう と、 カノジョ は トクベツ に ケイロ の かわった ジブン の キョウガイ に、 そっと うかがいよろう と する タンテイ を この セイネン に みいだす よう に おもって、 その ゴブガリ に した ジゾウアタマ まで が かえりみる にも たりない キ の ハシ か なんぞ の よう に みえた。
 やせた キベ の ちいさな かがやいた メ は、 いぜん と して ヨウコ を みつめて いた。
 なぜ キベ は かほど まで ジブン を ブジョク する の だろう。 カレ は イマ でも ジブン を オンナ と あなどって いる。 ちっぽけ な サイリョク を イマ でも たのんで いる。 オンナ より も あさましい ネツジョウ を ハナ に かけて、 イマ でも ジブン の ウンメイ に さしでがましく たちいろう と して いる。 あの ジシン の ない オクビョウ な オトコ に ジブン は さっき コビ を みせよう と した の だ。 そして カレ は ジブン が これほど まで ホコリ を すてて あたえよう と した トクベツ の コウイ を マナジリ を かえして しりぞけた の だ。
 やせた キベ の ちいさな メ は いぜん と して ヨウコ を みつめて いた。
 この とき とつぜん けたたましい ワライゴエ が、 ナニ か ネッシン に はなしあって いた フタリ の チュウネン の シンシ の クチ から おこった。 その ワライゴエ と ヨウコ と なんの カンケイ も ない こと は ヨウコ にも わかりきって いた。 しかし カノジョ は それ を きく と、 もう ヨク にも ガマン が しきれなく なった。 そして ミギ の テ を ふかぶか と オビ の アイダ に さしこんだ まま タチアガリザマ、
「キシャ に よった ん でしょう かしらん、 ズツウ が する の」
と すてる よう に コトウ に いいのこして、 いきなり クリド を あけて デッキ に でた。
 だいぶ たかく なった ヒ の ヒカリ が ぱっと オオモリ タンボ に てりわたって、 ウミ が わらいながら ひかる の が、 ナミキ の ムコウ に ひろすぎる くらい いちどきに メ に はいる ので、 かるい メマイ を さえ おぼえる ほど だった。 テツ の テスリ に すがって ふりむく と、 コトウ が つづいて でて きた の を しった。 その カオ には シンパイ そう な オドロキ の イロ が あからさま に あらわれて いた。
「ひどく いたむ ん です か」
「ええ かなり ひどく」
と こたえた が メンドウ だ と おもって、
「いい から はいって いて ください。 おおげさ に みえる と いや です から…… だいじょうぶ あぶなか ありません とも……」
と いいたした。 コトウ は しいて とめよう とは しなかった。 そして、
「それじゃ はいって いる が ホントウ に あぶのう ござんす よ…… ヨウ が あったら よんで ください よ」
と だけ いって すなお に はいって いった。
「Simpleton!」
 ヨウコ は ココロ の ウチ で こう つぶやく と、 やきすてた よう に コトウ の こと なんぞ は わすれて しまって、 テスリ に ヒジ を ついた まま ホウシン して、 バンカ の ケシキ を つつむ ひきしまった クウキ に カオ を なぶらした。 キベ の こと も おもわない。 ミドリ や アイ や キイロ の ホカ、 これ と いって リンカク の はっきり した シゼン の スガタ も メ に うつらない。 ただ すずしい カゼ が そよそよ と ビン の ケ を そよがして とおる の を こころよい と おもって いた。 キシャ は めまぐるしい ほど の カイソクリョク で はしって いた。 ヨウコ の ココロ は ただ こんとん と くらく かたまった もの の マワリ を あきる こと も なく イクド も イクド も ヒダリ から ミギ に、 ミギ から ヒダリ に まわって いた。 こうして ヨウコ に とって は ながい ジカン が すぎさった と おもわれる コロ、 とつぜん アタマ の ナカ を ひっかきまわす よう な はげしい オト を たてて、 キシャ は ロクゴウガワ の テッキョウ を わたりはじめた。 ヨウコ は おもわず ぎょっと して ユメ から さめた よう に マエ を みる と、 ツリバシ の テツザイ が クモデ に なって ウエ を シタ へ と とびはねる ので、 ヨウコ は おもわず デッキ の パンネル に ミ を ひいて、 リョウソデ で カオ を おさえて モノ を ねんじる よう に した。
 そう やって キ を しずめよう と メ を つぶって いる うち に、 マツゲ を とおし ソデ を とおして キベ の カオ と ことに その かがやく ちいさな リョウガン と が まざまざ と ソウゾウ に うかびあがって きた。 ヨウコ の シンケイ は ジシャク に すいよせられた サテツ の よう に、 かたく この ヒトツ の ゲンゾウ の ウエ に シュウチュウ して、 シャナイ に あった とき と ドウヨウ な キンチョウ した おそろしい ジョウタイ に かえった。 テイシャジョウ に ちかづいた キシャ は だんだん と ホド を ゆるめて いた。 タンボ の ここかしこ に、 ゾクアク な イロ で ぬりたてた おおきな コウコク カンバン が つらねて たてて あった。 ヨウコ は ソデ を カオ から はなして、 キモチ の わるい ゲンゾウ を はらいのける よう に、 ヒトツヒトツ その カンバン を みむかえ みおくって いた。 トコロドコロ に ヒ が もえる よう に その カンバン は メ に うつって キベ の スガタ は また おぼろ に なって いった。 その カンバン の ヒトツ に、 ながい クロカミ を さげた ヒメ が キョウカン を もって いる の が あった。 その ムネ に かかれた 「チュウジョウトウ」 と いう モジ を、 なにげなし に 1 ジ ずつ よみくだす と、 カノジョ は とつぜん シセイジ の サダコ の こと を おもいだした。 そして その チチ なる キベ の スガタ は、 かかる ランザツ な レンソウ の チュウシン と なって、 また まざまざ と やきつく よう に あらわれでた。
 その あらわれでた キベ の カオ を、 いわば ココロ の ナカ の マナコ で みつめて いる うち に、 だんだん と その ハナ の シタ から ヒゲ が きえうせて いって、 かがやく ヒトミ の イロ は やさしい ニッカンテキ な アタタカミ を もちだして きた。 キシャ は じょじょ に シンコウ を ゆるめて いた。 やや あれはじめた サンジュウ オトコ の ヒフ の ツヤ は、 シンケイテキ な セイネン の あおじろい ハダ の イロ と なって、 くろく ひかった やわらかい ツムリ の ケ が きわだって しろい ヒタイ を なでて いる、 それ さえ が はっきり みえはじめた。 レッシャ は すでに カワサキ テイシャジョウ の プラットフォーム に はいって きた。 ヨウコ の アタマ の ナカ では、 キシャ が とまりきる マエ に シゴト を しおおさねば ならぬ と いう ふう に、 イマ みた ばかり の キベ の スガタ が どんどん わかやいで いった。 そして レッシャ が うごかなく なった とき、 ヨウコ は その ヒト の ソバ に でも いる よう に うっとり と した カオツキ で、 おもわず しらず ヒダリテ を あげて ――コユビ を やさしく おりまげて―― やわらかい ビン の オクレゲ を かきあげて いた。 これ は ヨウコ が ヒト の チュウイ を ひこう と する とき には いつでも する シナ で ある。
 この とき、 クリド が けたたましく あいた と おもう と、 ナカ から 2~3 ニン の ジョウキャク が どやどや と あらわれでて きた。
 しかも その サイゴ から、 すずしい イロアイ の インバネス を はおった キベ が つづく の を かんづいて、 ヨウコ の シンゾウ は おもわず はっと ショジョ の チ を もった よう に ときめいた。 キベ が ヨウコ の マエ まで きて スレスレ に その ソバ を とおりぬけよう と した とき、 フタリ の メ は もう イチド しみじみ と であった。 キベ の メ は コウイ を こめた ビショウ に ひたされて、 ヨウコ の デヨウ に よって は、 すぐに も モノ を いいだしそう に クチビル さえ ふるえて いた。 ヨウコ も イマ まで つづけて いた カイソウ の ダリョク に ひかされて、 おもわず ほほえみかけた の で あった が、 その シュンカン ツバメガエシ に、 み も しり も せぬ ロボウ の ヒト に あたえる よう な、 レイコク な キョウマン な ヒカリ を その ヒトミ から いだした ので、 キベ の ビショウ は あわれ にも エダ を はなれた カレハ の よう に、 フタリ の アイダ を むなしく ひらめいて きえて しまった。 ヨウコ は キベ の アワテカタ を みる と、 シャナイ で カレ から うけた ブジョク に かなり こきみよく むくいえた と いう ホコリ を かんじて、 ムネ の ウチ が やや すがすがしく なった。 キベ は やせた その ミギカタ を クセ の よう に いからしながら、 イソギアシ に カッポ して カイサツグチ の ところ に ちかづいた が、 キップ を カイチュウ から だす ため に たちどまった とき、 ふかい カナシミ の イロ を マユ の アイダ に みなぎらしながら、 ふりかえって じっと ヨウコ の ヨコガオ に メ を そそいだ。 ヨウコ は それ を しりながら もとより ブベツ の イチベツ をも あたえなかった。
 キベ が カイサツグチ を でて スガタ が かくれよう と した とき、 コンド は ヨウコ の メ が じっと その ウシロスガタ を おいかけた。 キベ が みえなく なった ノチ も、 ヨウコ の シセン は そこ を はなれよう とは しなかった。 そして その メ には さびしく ナミダ が たまって いた。
「また あう こと が ある だろう か」
 ヨウコ は そぞろ に フシギ な ヒアイ を おぼえながら ココロ の ウチ で そう いって いた の だった。

 4

 レッシャ が カワサキ エキ を はっする と、 ヨウコ は また テスリ に よりかかりながら キベ の こと を いろいろ と おもいめぐらした。 やや いろづいた タンボ の サキ に マツナミキ が みえて、 その アイダ から ひくく ウミ の ひかる、 ヘイボン な ゴジュウサンツギ-フウ な ケシキ が、 デンチュウ で クトウ を うちながら、 ウツロ の よう な ヨウコ の メノマエ で とじたり ひらいたり した。 アカトンボ も とびかわす ジセツ で、 その ムレ が、 ヒウチイシ から うちだされる ヒバナ の よう に、 あかい インショウ を メ の ソコ に のこして みだれあった。 いつ みて も シンカイチ-じみて みえる カナガワ を すぎて、 キシャ が ヨコハマ の テイシャジョウ に ちかづいた コロ には、 8 ジ を すぎた タイヨウ の ヒカリ が、 モミジザカ の サクラナミキ を きいろく みせる ほど に あつく てらして いた。
 バイエン で マックロ に すすけた レンガカベ の カゲ に キシャ が とまる と、 ナカ から いちばん サキ に でて きた の は、 ミギテ に かの オリーブ イロ の ツツミモノ を もった コトウ だった。 ヨウコ は パラゾル を ツエ に よわよわしく デッキ を おりて、 コトウ に たすけられながら カイサツグチ を でた が、 ゆるゆる あるいて いる アイダ に ジョウキャク は サキ を こして しまって、 フタリ は いちばん アト に なって いた。 キャク を とりおくれた 14~15 ニン の テイシャジョウ-ヅキ の シャフ が、 マチアイベヤ の マエ に かたまりながら、 やつれて みえる ヨウコ に メ を つけて なにかと ウワサ しあう の が フタリ の ミミ にも はいった。 「ムスメ」 「ラシャメン」 と いう よう な コトバ さえ その はしたない コトバ の ウチ には まじって いた。 カイコウジョウ の がさつ な いやしい チョウシ は、 すぐ ヨウコ の シンケイ に びりびり と かんじて きた。
 なにしろ ヨウコ は はやく おちつく ところ を みつけだしたがった。 コトウ は テイシャジョウ の ゼンポウ の カワゾイ に ある キュウケイジョ まで はしって いって みた が、 かえって くる と ぶりぶり して、 エキフ の アガリ らしい チャミセ の シュジン は コトウ の ショセイッポ スガタ を いかにも バカ に した よう な コトワリカタ を した と いった。 フタリ は しかたなく うるさく つきまとわる シャフ を おいはらいながら、 シオ の カ の ただよった にごった ちいさな ウンガ を わたって、 ある せまい きたない マチ の ナカホド に ある 1 ケン の ちいさな リョジンヤド に はいって いった。 ヨコハマ と いう ところ には に も つかぬ よう な コフウ な ソトガマエ で、 ミノガミ の くすぶりかえった オキアンドン には ふとい フデツキ で サガミヤ と かいて あった。 ヨウコ は なんとなく その アンドン に キョウミ を ひかれて しまって いた。 イタズラズキ な その ココロ は、 カエイ-ゴロ の ウラガ に でも あれば ありそう な この ハタゴヤ に アシ を やすめる の を おそろしく おもしろく おもった。 ミセ に しゃがんで、 バントウ と ナニ か はなして いる あばずれた よう な ジョチュウ まで が メ に とまった。 そして ヨウコ が ていよく モノ を いおう と して いる と、 コトウ が いきなり とりかまわない チョウシ で、
「どこ か しずか な ヘヤ に アンナイ して ください」
と ブアイソウ に サキ を こして しまった。
「へいへい、 どうぞ こちら へ」
 ジョチュウ は フタリ を まじまじ と みやりながら、 キャク の マエ も かまわず、 バントウ と メ を みあわせて、 さげすんだ らしい ワライ を もらして アンナイ に たった。
 ぎしぎし と イタギシミ の する マックロ な せまい ハシゴダン を あがって、 ニシ に つきあたった 6 ジョウ ほど の せまい ヘヤ に アンナイ して、 つったった まま で あらっぽく フタリ を フシギ そう に ジョチュウ は みくらべる の だった。 あぶらじみた エリモト を おもいださせる よう な、 ニシ に デマド の ある うすぎたない ヘヤ の ナカ を ジョチュウ を ひっくるめて にらみまわしながら コトウ は、
「ソト より ひどい…… どこ か ヨソ に しましょう か」
と ヨウコ を みかえった。 ヨウコ は それ には ミミ も かさず に、 シリョ-ぶかい キジョ の よう な モノゴシ で ジョチュウ の ほう に むいて いった。
「トナリ も あいて います か…… そう。 ヨル まで は どこ も あいて いる…… そう。 オマエサン が ここ の セワ を して おいで?…… なら ホカ の ヘヤ も ついでに みせて おもらい しましょう かしらん」
 ジョチュウ は もう ヨウコ には ケイベツ の イロ は みせなかった。 そして ココロエガオ に ツギ の ヘヤ との アイ の フスマ を あける アイダ に、 ヨウコ は てばやく おおきな ギンカ を カミ に つつんで、
「すこし カゲン が わるい し、 また いろいろ オセワ に なる だろう から」
と いいながら、 それ を ジョチュウ に わたした。 そして ずっと ならんだ イツツ の ヘヤ を ヒトツヒトツ みて まわって、 カケジク、 カビン、 ウチワサシ、 コビョウブ、 ツクエ と いう よう な もの を、 ジブン の コノミ に まかせて あてがわれた ヘヤ の と すっかり とりかえて、 スミ から スミ まで きれい に ソウジ を させた。 そして コトウ を ショウザ に すえて こざっぱり した ザブトン に すわる と、 にっこり ほほえみながら、
「これ なら ハンニチ ぐらい ガマン が できましょう」
と いった。
「ボク は どんな ところ でも ヘイキ なん です がね」
 コトウ は こう こたえて、 ヨウコ の ビショウ を おいながら アンシン した らしく、
「キブン は もう なおりました ね」
と つけくわえた。
「ええ」
と ヨウコ は なにげなく ビショウ を つづけよう と した が、 その シュンカン に つと おもいかえして マユ を ひそめた。 ヨウコ には ケビョウ を つづける ヒツヨウ が あった の を つい わすれよう と した の だった。 それで、
「ですけれども まだ こんな なん です の。 こら ドウキ が」
と いいながら、 ジミ な フウツウ の ヒトエモノ の ナカ に かくれた はなやか な ジュバン の ソデ を ひらめかして、 ミギテ を ちからなげ に マエ に だした。 そして それ と ドウジ に コキュウ を ぐっと つめて、 シンゾウ と おぼしい アタリ に はげしく チカラ を こめた。 コトウ は すきとおる よう に しろい テクビ を しばらく なでまわして いた が、 ミャクドコロ に さぐりあてる と キュウ に おどろいて メ を みはった。
「どうした ん です、 え、 ひどく フキソク じゃ ありません か…… いたむ の は アタマ ばかり です か」
「いいえ、 オナカ も いたみはじめた ん です の」
「どんな ふう に」
「ぎゅっと キリ で でも もむ よう に…… よく これ が ある んで こまって しまう ん です のよ」
 コトウ は しずか に ヨウコ の テ を はなして、 おおきな メ で ふかぶか と ヨウコ を みつめた。
「イシャ を よばなくって も ガマン が できます か」
 ヨウコ は くるしげ に ほほえんで みせた。
「アナタ だったら きっと できない でしょう よ。 ……ナレッコ です から こらえて みます わ。 そのかわり アナタ ナガタ さん…… ナガタ さん、 ね、 ユウセン-ガイシャ の シテンチョウ の…… あすこ に いって フネ の キップ の こと を ソウダン して きて いただけない でしょう か。 ゴメイワク です わね。 それでも そんな こと まで おねがい しちゃあ…… よう ござんす、 ワタシ、 クルマ で そろそろ いきます から」
 コトウ は、 オンナ と いう もの は これほど の ケンコウ の ヘンチョウ を よくも こう まで ガマン を する もの だ と いう よう な カオ を して、 もちろん ジブン が いって みる と いいはった。
 じつは その ヒ、 ヨウコ は ミノマワリ の コドウグ や ケショウヒン を ととのえ-かたがた、 ベイコク-ユキ の フネ の キップ を かう ため に コトウ を つれて ここ に きた の だった。 ヨウコ は その コロ すでに ベイコク に いる ある わかい ガクシ と イイナズケ の アイダガラ に なって いた。 シンバシ で シャフ が ワカオクサマ と よんだ の も、 この こと が デイリ の モノ の アイダ に こうぜん と しれわたって いた から の こと だった。
 それ は ヨウコ が シセイシ を もうけて から しばらく ノチ の こと だった。 ある フユ の ヨ、 ヨウコ の ハハ の オヤサ が ナニ か の ヨウ で その オット の ショサイ に ゆこう と ハシゴダン を のぼりかける と、 ウエ から コマヅカイ が まっしぐら に かけおりて きて、 あやうく オヤサ に ぶっつかろう と して その ソバ を すりぬけながら、 ナニ か イミ の わからない こと を ハヤクチ に いって はしりさった。 その シマダマゲ や オビ の みだれた ウシロスガタ が、 チョウロウ の コトバ の よう に メ を うつ と、 オヤサ は クチビル を かみしめた が、 アシオト だけ は しとやか に ハシゴダン を あがって、 イツモ に にず ショサイ の ト の マエ に たちどまって、 シワブキ を ヒトツ して、 それから キソク ただしく マ を おいて 3 ド ト を ノック した。
 こういう こと が あって から イツカ と たたぬ うち に、 ヨウコ の カテイ すなわち サツキ-ケ は スナ の ウエ の トウ の よう に もろくも くずれて しまった。 オヤサ は ことに レイセイ な そこきみわるい タイド で フウフ の ベッキョ を シュチョウ した。 そして ヒゴロ の ニュウワ に にず、 きずついた オウシ の よう に モトドオリ の セイカツ を カイフク しよう と ひしめく オット や、 ナカ に はいって いろいろ いいなそう と した シンルイ たち の コトバ を、 きっぱり と しりぞけて しまって、 オット を クギダナ の だだっびろい ジュウタク に たった ヒトリ のこした まま、 ヨウコ ともに 3 ニン の ムスメ を つれて、 オヤサ は センダイ に たちのいて しまった。 キベ の ユウジン ら が ヨウコ の フニンジョウ を いかって、 キベ の とめる の も きかず に、 シャカイ から ほうむって しまえ と ひしめいて いる の を ヨウコ は ききしって いた から、 フダン ならば イチ も ニ も なく チチ を かばって ハハ に タテ を つく べき ところ を、 すなお に ハハ の する とおり に なって、 ヨウコ は ハハ と ともに センダイ に うずもれ に いった。 ハハ は ハハ で、 ジブン の カテイ から ヨウコ の よう な ムスメ の でた こと を、 できる だけ セケン に しられまい と した。 ジョシ キョウイク とか、 カテイ の クントウ とか いう こと を オリ ある ごと に クチ に して いた オヤサ は、 その コトバ に たいして キョギ と いう リシ を はらわねば ならなかった。 イッポウ を もみけす ため には イッポウ に どんと ヒノテ を あげる ヒツヨウ が ある。 サツキ オヤコ が トウキョウ を さる と まもなく、 ある シンブン は サツキ ドクトル の ジョセイ に かんする フシダラ を かきたてて、 それ に つけて の オヤサ の クシン と テイソウ と を フイチョウ した ツイデ に、 オヤサ が トウキョウ を さる よう に なった の は、 ネツレツ な シンコウ から くる ギフン と、 アイジ を チチ の アクカンカ から すくおう と する ハハ-らしい ドリョク に もとづく もの だ。 その ため に カノジョ は キリスト-キョウ フジン ドウメイ の フク カイチョウ と いう ケンヨウ な イチ さえ なげすてた の だ と かきそえた。
 センダイ に おける サツキ オヤサ は しばらく の アイダ は ふかく チンモク を まもって いた が、 みるみる シュウイ に ヒト を あつめて はなばなしく カツドウ を しはじめた。 その キャクマ は わかい シンジャ や、 ジゼンカ や、 ゲイジュツカ たち の サロン と なって、 そこ から リバイバル や、 ジゼンイチ や、 オンガクカイ と いう よう な もの が カタチ を とって うまれでた。 ことに オヤサ が センダイ シブチョウ と して はたらきだした キリスト-キョウ フジン ドウメイ の ウンドウ は、 その トウジ ノビ の よう な イキオイ で ゼンコク に ひろがりはじめた セキジュウジシャ の セイリョク にも おさおさ おとらない ほど の セイキョウ を ていした。 チジ レイフジン も、 なだたる ソホウカ の オクサン たち も その シュウカイ には レッセキ した。 そして 3 カネン の ツキヒ は サツキ オヤサ を センダイ には なくて ならぬ メイブツ の ヒトツ に して しまった。 セイシツ が ハハオヤ と どこ か にすぎて いる ため か、 にた よう に みえて ヒトチョウシ ちがって いる ため か、 それとも ジブン を つつしむ ため で あった か、 ハタ の ヒト には わからなかった が、 とにかく ヨウコ は そんな はなやか な フンイキ に つつまれながら、 フシギ な ほど チンモク を まもって、 ろくろく ハレ の ザ など には スガタ を あらわさない で いた。 それ にも かかわらず オヤサ の キャクマ に すいよせられる わかい ヒトビト の タスウ は ヨウコ に すいよせられて いる の だった。 ヨウコ の ヒカエメ な しおらしい ヨウス が いやがうえにも ヒト の ウワサ を ひく タネ と なって、 ヨウコ と いう ナ は、 タサイ で、 ジョウチョ の こまやか な、 うつくしい ハクメイジ を ダレ に でも おもいおこさせた。 カノジョ の たちすぐれた ミメカタチ は カリュウ の ヒトタチ を さえ うらやましがらせた。 そして イロイロ な フウブン が、 セイキョウト-フウ に シッソ な サツキ の ワビズマイ の シュウイ を カスミ の よう に とりまきはじめた。
 とつぜん ちいさな センダイ シ は カミナリ に でも うたれた よう に ある アサ の シンブン キジ に チュウイ を むけた。 それ は その シンブン の ショウバイガタキ で ある ある シンブン の シャシュ で あり シュヒツ で ある ナニガシ が、 オヤサ と ヨウコ との フタリ に ドウジ に インギン を つうじて いる と いう、 ゼンシ に わたった フリン きわまる キジ だった。 ダレ も イガイ な よう な カオ を しながら ココロ の ウチ では それ を しんじよう と した。
 この ヒ カミノケ の こい、 クチ の おおきい、 イロジロ な ヒトリ の セイネン を のせた ジンリキシャ が、 センダイ の マチナカ を せわしく かけまわった の を チュウイ した ヒト は おそらく なかったろう が、 その セイネン は ナ を キムラ と いって、 ヒゴロ から カイカツ な カツドウズキ な ヒト と して しられた オトコ で、 その ネッシン な ホンソウ の ケッカ、 ヨクジツ の シンブンシ の コウコクラン には、 ニダンヌキ で チジ レイフジン イカ 14~15 メイ の キフジン の レンメイ で、 サツキ オヤサ の エンザイ が すすがれる こと に なった。 この ケウ な おおげさ な コウコク が また ちいさな センダイ の シチュウ を どよめきわたらした。 しかし キムラ の ネッシン も コウベン も ヨウコ の ナ を コウコク の ナカ に いれる こと は できなかった。
 こんな サワギ が もちあがって から サツキ オヤサ の センダイ に おける イマ まで の セイボウ は キュウ に なくなって しまった。 その コロ ちょうど トウキョウ に いのこって いた サツキ が ビョウキ に かかって クスリ に したしむ ミ と なった ので、 それ を シオ に オヤサ は コドモ を つれて センダイ を きりあげる こと に なった。
 キムラ は ソノゴ すぐ サツキ オヤコ を おって トウキョウ に でて きた。 そして マイニチ いりびたる よう に サツキ-ケ に デイリ して、 ことに オヤサ の キ に いる よう に なった。 オヤサ が ビョウキ に なって キトク に おちいった とき、 キムラ は イッショウ の ネガイ と して ヨウコ との ケッコン を もうしでた。 オヤサ は やはり ハハ だった。 シキ を マエ に ひかえて、 いちばん キ に せず に いられない もの は、 ヨウコ の ショウライ だった。 キムラ ならば あの ワガママ な、 オトコ を オトコ とも おもわぬ ヨウコ に つかえる よう に して ゆく こと が できる と おもった。 そして キリスト-キョウ フジン ドウメイ の カイチョウ を して いる イソガワ ジョシ に コウジ を たくして しんだ。 この イソガワ ジョシ の まあまあ と いう よう な フシギ な アイマイ な キリモリ で、 キムラ は、 どこ か フカクジツ では ある が、 ともかく ヨウコ を ツマ と しうる ホショウ を にぎった の だった。

 5

 ユウセン-ガイシャ の ナガタ は ユウガタ で なければ カイシャ から ひけまい と いう ので、 ヨウコ は ヤドヤ に セイヨウモノミセ の モノ を よんで、 ヒツヨウ な カイモノ を する こと に なった。 コトウ は そんなら そこら を ほっつきあるいて くる と いって、 レイ の ムギワラ ボウシ を ボウシカケ から とって たちあがった。 ヨウコ は おもいだした よう に カタゴシ に ふりかえって、
「アナタ さっき パラゾル は ホネ が 5 ホン の が いい と おっしゃって ね」
と いった。 コトウ は レイタン な チョウシ で、
「そう いった よう でした ね」
と こたえながら、 ナニ か ホカ の こと でも かんがえて いる らしかった。
「まあ そんな に とぼけて…… なぜ 5 ホン の が おすき?」
「ボク が すき と いう ん じゃ ない けれども、 アナタ は なんでも ヒト と ちがった もの が すき なん だ と おもった ん です よ」
「どこまでも ヒト を おからかい なさる…… ひどい こと…… いって いらっしゃいまし」
と ジョウ を おさえる よう に いって むきなおって しまった。 コトウ が エンガワ に でる と また とつぜん よびとめた。 ショウジ に はっきり タチスガタ を うつした まま、
「ナン です」
と いって コトウ は たちもどる ヨウス が なかった。 ヨウコ は イタズラモノ-らしい ワライ を クチ の アタリ に うかべて いた。
「アナタ は キムラ と ガッコウ が おなじ で いらしった のね」
「そう です よ、 キュウ は キムラ の…… キムラ クン の ほう が フタツ も ウエ でした がね」
「アナタ は あの ヒト を どう おおもい に なって」
 まるで ショウジョ の よう な ムジャキ な チョウシ だった。 コトウ は ほほえんだ らしい ゴキ で、
「そんな こと は もう アナタ の ほう が くわしい はず じゃ ありません か…… シン の いい カツドウカ です よ」
「アナタ は?」
 ヨウコ は ぽんと タカビシャ に でた。 そして にやり と しながら がっくり と カオ を ウワムキ に はねて、 トコノマ の イッチョウ の ひどい マガイモノ を みやって いた。 コトウ が トッサ の ヘンジ に きゅうして、 すこし むっと した ヨウス で こたえしぶって いる の を みてとる と、 ヨウコ は コンド は コエ の チョウシ を おとして、 いかにも たよりない と いう ふう に、
「ヒザカリ は あつい から どこ ぞ で おやすみ なさいまし ね。 ……なるたけ はやく かえって きて くださいまし。 もしか して、 ビョウキ でも わるく なる と、 こんな ところ で こころぼそう ござんす から…… よくって」
 コトウ は ナニ か ヘイボン な ヘンジ を して、 エンイタ を ふみならしながら でて いって しまった。
 アサ の うち だけ からっと やぶった よう に はれわたって いた ソラ は、 ゴゴ から くもりはじめて、 マッシロ な クモ が タイヨウ の オモテ を なでて とおる たび ごと に ショキ は うすれて、 ソラ イチメン が ハイイロ に かきくもる コロ には、 はださむく おもう ほど に ショシュウ の キコウ は ゲキヘン して いた。 シグレ-らしく てったり ふったり して いた アメ の アシ も、 やがて じめじめ と ふりつづいて、 にしめた よう な きたない ヘヤ の ナカ は、 ことさら シトリ が つよく くる よう に おもえた。 ヨウコ は キョリュウチ の ほう に ある ガイコクジン アイテ の ヨウフクヤ や コマモノヤ など を よびよせて、 おもいきった ゼイタク な カイモノ を した。 カイモノ を して みる と ヨウコ は ジブン の サイフ の すぐ まずしく なって ゆく の を おそれない では いられなかった。 ヨウコ の チチ は ニホンバシ では ヒトカド の モンコ を はった イシ で、 シュウニュウ も ソウトウ には あった けれども、 リザイ の ミチ に まったく くらい の と、 ツマ の オヤサ が フジン ドウメイ の ジギョウ に ばかり ホンソウ して いて、 その ナミナミ ならぬ サイノウ を、 すこしも イエ の こと に もちいなかった ため、 その シゴ には シャッキン こそ のこれ、 イサン と いって は あわれ な ほど しか なかった。 ヨウコ は フタリ の イモウト を かかえながら この くるしい キョウグウ を きりぬけて きた。 それ は ヨウコ で あれば こそ しおおせて きた よう な もの だった。 ダレ にも ビンボウ-らしい ケシキ は ツユ ほど も みせない で いながら、 ヨウコ は しじゅう カヘイ 1 マイ 1 マイ の オモサ を はかって シハライ する よう な チュウイ を して いた。 それだのに メノマエ に イコク ジョウチョウ の ゆたか な ゼイタクヒン を みる と、 カノジョ の ドンヨク は あまい もの を みた コドモ の よう に なって、 ゼンゴ も わすれて カイチュウ に アリッタケ の カイモノ を して しまった の だ。 ツカイ を やって ショウキン ギンコウ で かえた キンカ は イマ いだされた よう な ヒカリ を はなって カイチュウ の ソコ に ころがって いた が、 それ を どう する こと も できなかった。 ヨウコ の ココロ は キュウ に くらく なった。 コガイ の テンキ も その ココロモチ に アイヅチ を うつ よう に みえた。 コトウ は うまく ナガタ から キップ を もらう こと が できる だろう か。 ヨウコ ジシン が ゆきえない ほど ヨウコ に たいして ハンカン を もって いる ナガタ が、 あの タンジュン な タクト の ない コトウ を どんな ふう に あつかったろう。 ナガタ の クチ から コトウ は イロイロ な ヨウコ の カコ を きかされ は しなかったろう か。 そんな こと を おもう と ヨウコ は ユウウツ が うみだす ハンコウテキ な キブン に なって、 ユ を わかさせて ニュウヨク し、 ネドコ を しかせ、 サイジョウトウ の シャンペン を とりよせて、 したたか それ を のむ と ゼンゴ も しらず ねむって しまった。
 ヨル に なったら トマリキャク が ある かも しれない と ジョチュウ の いった イツツ の ヘヤ は やはり カラ の まま で、 ヒ が とっぷり と くれて しまった。 ジョチュウ が ランプ を もって きた モノオト に ヨウコ は ようやく メ を さまして、 あおむいた まま、 すすけた テンジョウ に えがかれた ランプ の まるい コウリン を ぼんやり と ながめて いた。
 その とき じたっじたっ と ぬれた アシ で ハシゴダン を のぼって くる コトウ の アシオト が きこえた。 コトウ は ナニ か に ハラ を たてて いる らしい アシドリ で ずかずか と エンガワ を つたって きた が、 ふと たちどまる と おおきな コエ で チョウバ の ほう に どなった。
「はやく アマド を しめない か…… ビョウニン が いる ん じゃ ない か。……」
「この さむい のに なんだって アナタ も いいつけない ん です」
 コンド は こう ヨウコ に いいながら、 タテツケ の わるい ショウジ を あけて いきなり ナカ に はいろう と した が、 その シュンカン に はっと おどろいた よう な カオ を して たちすくんで しまった。
 コウスイ や、 ケショウヒン や、 サケ の カ を ごっちゃ に した あたたかい イキレ が いきなり コトウ に せまった らしかった。 ランプ が ほのぐらい ので、 ヘヤ の スミズミ まで は みえない が、 ヒカリ の てりわたる カギリ は、 ザッタ に おきならべられた なまめかしい オンナ の フクジ や、 ボウシ や、 ゾウカ や、 トリ の ハネ や、 コドウグ など で、 アシ の フミタテバ も ない まで に なって いた。 その イッポウ に トコノマ を セ に して、 グンナイ の フトン の ウエ に カイマキ を ワキノシタ から はおった、 イマ おきかえった ばかり の ヨウコ が、 ハデ な ナガジュバン ヒトツ で、 ヒガシ ヨーロッパ の ヒンキュウ の ヒト の よう に、 カタヒジ を ついた まま ヨコ に なって いた。 そして ニュウヨク と サケ と で ほんのり ほてった カオ を あおむけて、 おおきな メ を ユメ の よう に みひらいて じっと コトウ を みた。 その マクラモト には シャンペン の ビン が ホンシキ に コオリ の ナカ に つけて あって、 ノミサシ の コップ や、 きゃしゃ な カミイレ や、 かの オリーブ イロ の ツツミモノ を、 シゴキ の アカ が ヒ の クチナワ の よう に とりまいて、 その ハシ が ユビワ の フタツ はまった ダイリセキ の よう な ヨウコ の テ に もてあそばれて いた。
「おそう ござんした こと。 おまたされ なすった ん でしょう。 ……さ、 おはいり なさいまし。 そんな もの アシ で でも どけて ちょうだい、 ちらかしちまって」
 この オンガク の よう な すべすべ した チョウシ の コエ を きく と、 コトウ は はじめて イリュージョン から めざめた ふう で はいって きた。 ヨウコ は ヒダリテ を ニノウデ が のぞきでる まで ずっと のばして、 そこ に ある もの を ヒトハライ に はらいのける と、 カダン の ツチ を ほりおこした よう に きたない タタミ が ハンジョウ ばかり あらわれでた。 コトウ は ジブン の ボウシ を ヘヤ の スミ に ぶちなげて おいて、 はらいのこされた ホソガタ の キングサリ を かたづける と、 どっかと アグラ を かいて ショウメン から ヨウコ を みすえながら、
「いって きました。 フネ の キップ も たしか に うけとって きました」
と いって フトコロ の ナカ を さぐり に かかった。 ヨウコ は ちょっと あらたまって、
「ホント に ありがとう ございました」
と アタマ を さげた が、 たちまち ロギッシュ な メツキ を して、
「まあ そんな こと は いずれ アト で、 ね、 ……なにしろ おさむかった でしょう、 さ」
と いいながら ノミノコリ の サケ を ボン の ウエ に ムゾウサ に すてて、 2~3 ド ヒダリテ を ふって シズク を きって から、 コップ を コトウ に さしつけた。 コトウ の メ は ナニ か に ゲッコウ して いる よう に かがやいて いた。
「ボク は のみません」
「おや なぜ」
「のみたく ない から のまない ん です」
 この かどばった ヘントウ は オトコ を てもなく あやしなれて いる ヨウコ にも イガイ だった。 それで その アト の コトバ を どう つごう か と、 ちょっと ためらって コトウ の カオ を みやって いる と、 コトウ は たたみかけて クチ を きった。
「ナガタ って の は あれ は アナタ の チジン です か。 おもいきって ソンダイ な ニンゲン です ね。 キミ の よう な ニンゲン から カネ を うけとる リユウ は ない が、 とにかく あずかって おいて、 いずれ ちょくせつ アナタ に テガミ で いって あげる から、 はやく かえれ って いう ん です、 アタマ から。 シッケイ な ヤツ だ」
 ヨウコ は この コトバ に じょうじて きまずい ココロモチ を かえよう と おもった。 そして まっしぐら に ナニ か いいだそう と する と、 コトウ は おっかぶせる よう に コトバ を つづけて、
「アナタ は いったい まだ ハラ が いたむ ん です か」
と きっぱり いって かたく すわりなおした。 しかし その とき に ヨウコ の ジンダテ は すでに できあがって いた。 ハジメ の ホホエミ を ソノママ に、
「ええ、 すこし は よく なりまして よ」
と いった。 コトウ は タンペイキュウ に、
「それにしても なかなか ゲンキ です ね」
と たたみかけた。
「それ は オクスリ に これ を すこし いただいた から でしょう よ」
と シャンペン を ゆびさした。
 ショウメン から はねかえされて コトウ は だまって しまった。 しかし ヨウコ も イキオイ に のって おいせまる よう な こと は しなかった。 ヤゴロ を はかって から ゴキ を かえて ずっと シタテ に なって、
「ミョウ に おおもい に なった でしょう ね。 わるう ございまして ね。 こんな ところ に きて いて、 オサケ なんか のむ の は ホントウ に わるい と おもった ん です けれども、 キブン が ふさいで くる と、 ワタシ には これ より ホカ に オクスリ は ない ん です もの。 サッキ の よう に くるしく なって くる と ワタシ は いつでも オユ を アツメ に して はいって から、 オサケ を のみすぎる くらい のんで ねる ん です の。 そう する と」
と いって、 ちょっと いいよどんで みせて、
「10 プン か 20 プン ぐっすり ねいる ん です のよ…… イタミ も なにも わすれて しまって いい ココロモチ に……。 それから キュウ に アタマ が かっと いたんで きます の。 そして それ と イッショ に キ が めいりだして、 もうもう どうして いい か わからなく なって、 コドモ の よう に なきつづける と、 その うち に また ねむたく なって ヒトネイリ します のよ。 そう する と その アト は いくらか さっぱり する ん です。 ……チチ や ハハ が しんで しまって から、 たのみ も しない のに シンルイ たち から ヨケイ な セワ を やかれたり、 ヒトヂカラ なんぞ を アテ に せず に イモウト フタリ を そだてて いかなければ ならない と おもったり する と、 ワタシ の よう な、 ヒトサマ と ちがって フウガワリ な、 ……そら、 5 ホン の ホネ でしょう」
と さびしく わらった。
「それ です もの どうぞ カンニン して ちょうだい。 おもいきり なきたい とき でも しらん カオ を して わらって とおして いる と、 こんな ワタシ みたい な キマグレモノ に なる ん です。 キマグレ でも しなければ いきて いけなく なる ん です。 オトコ の カタ には この ココロモチ は おわかり には ならない かも しれない けれども」
 こう いってる うち に ヨウコ は、 ふと キベ との コイ が はかなく やぶれた とき の、 ワレ にも なく ミ に しみわたる サビシミ や、 しぬ まで ヒカゲモノ で あらねば ならぬ シセイシ の サダコ の こと や、 はからずも キョウ まのあたり みた キベ の、 しんから やつれた オモカゲ など を おもいおこした。 そして さらに、 ハハ の しんだ ヨ、 ヒゴロ は ミムキ も しなかった シンルイ たち が よりあつまって きて、 サツキ-ケ には ケ の スエ ほど も ドウジョウ の ない ココロ で、 サツキ-ケ の ゼンゴサク に ついて、 さも ジュウダイ-らしく カッテ キママ な こと を シンセツゴカシ に しゃべりちらす の を きかされた とき、 どう に でも なれ と いう キ に なって、 あばれぬいた こと が、 ジブン に さえ かなしい オモイデ と なって、 ヨウコ の アタマ の ナカ を ヤ の よう に はやく ひらめきとおった。 ヨウコ の カオ には ヒト に ゆずって は いない ジシン の イロ が あらわれはじめた。
「ハハ の ショナヌカ の とき も ね、 ワタシ は タテツヅケ に ビール を ナンバイ のみましたろう。 なんでも ビン が そこいら に ごろごろ ころがりました。 そして シマイ には ナニ が なんだか ムチュウ に なって、 タク に デイリ する オイシャ さん の ヒザ を マクラ に、 ナキネイリ に ねいって、 ヨナカ を アナタ 2 ジカン の ヨ も ねつづけて しまいました わ。 シンルイ の ヒトタチ は それ を みる と ヒトリ かえり フタリ かえり して、 ソウダン も なにも めちゃくちゃ に なった ん ですって。 ハハ の シャシン を マエ に おいといて、 ワタシ は そんな こと まで する ニンゲン です の。 おあきれ に なった でしょう ね。 いや な ヤツ でしょう。 アナタ の よう な カタ から ゴラン に なったら、 さぞ いや な キ が なさいましょう ねえ」
「ええ」
と コトウ は メ も うごかさず に ブッキラボウ に こたえた。
「それでも アナタ」
と ヨウコ は せつなさそう に なかば おきあがって、
「ウワツラ だけ で ヒト の する こと を なんとか おっしゃる の は すこし ザンコク です わ。 ……いいえ ね」
と コトウ の ナニ か いいだそう と する の を さえぎって、 コンド は きっと すわりなおった。
「ワタシ は ナキゴト を いって ヒトサマ にも ないて いただこう なんて、 そんな こと は コレンバカリ も おも や しません とも…… なる なら どこ か に オオヅツ の よう な おおきな チカラ の つよい ヒト が いて、 その ヒト が シンケン に おこって、 ヨウコ の よう な ニンピニン は こうして やる ぞ と いって、 ワタシ を おさえつけて シンゾウ でも アタマ でも くだけて とんで しまう ほど セッカン を して くれたら と おもう ん です の。 どの ヒト も どの ヒト も ちゃんと ジブン を わすれない で、 イイカゲン に おこったり、 イイカゲン に ないたり して いる ん です から ねえ。 なんだって こう なまぬるい ん でしょう。
 ギイチ さん (ヨウコ が コトウ を こう ナ で よんだ の は この とき が はじめて だった) アナタ が ケサ、 シン の ショウジキ な なんとか だ と おっしゃった キムラ に えんづく よう に なった の も、 その バン の こと です。 イソガワ が シンルイ-ジュウ に サンセイ さして、 はれがましく も ワタシ を ミンナ の マエ に ひきだして おいて、 ザイニン に でも いう よう に センコク して しまった の です。 ワタシ が ヒトクチ でも いおう と すれば、 イソガワ の いう には ハハ の ユイゴン ですって。 シニン に クチ なし。 ホント に キムラ は アナタ が おっしゃった よう な ニンゲン ね。 センダイ で あんな こと が あった でしょう。 あの とき チジ の オクサン はじめ ハハ の ほう は なんとか しよう が ムスメ の ほう は ホショウ が できない と おっしゃった ん です とさ」
 いいしらぬ ブベツ の イロ が ヨウコ の カオ に みなぎった。
「ところが キムラ は ジブン の カンガエ を おしとおし も しない で、 おめおめ と シンブン には ハハ だけ の ナ を だして あの コウコク を した ん です の。
 ハハ だけ が いい ヒト に なれば ダレ だって ワタシ を…… そう でしょう。 その アゲク に キムラ は しゃあしゃあ と ワタシ を ツマ に したい ん ですって。 ギイチ さん、 オトコ って それ で いい もの なん です か。 まあ ね モノ の タトエ が です わ。 それとも コトバ では なんと いって も ムダ だ から、 ジッコウテキ に ワタシ の ケッパク を たてて やろう と でも いう ん でしょう か」
 そう いって ゲッコウ しきった ヨウコ は かみすてる よう に かんだかく ほほ と わらった。
「いったい ワタシ は ちょっと した こと で スキキライ の できる わるい タチ なん です から ね。 と いって ワタシ は アナタ の よう な キイッポン でも ありません のよ。
 ハハ の ユイゴン だ から キムラ と フウフ に なれ。 はやく ミ を かためて ジミチ に くらさなければ ハハ の メイヨ を けがす こと に なる。 イモウト だって ハダカ で オヨメイリ も できまい と いわれれば、 ワタシ リッパ に キムラ の ツマ に なって ゴラン に いれます。 そのかわり キムラ が すこし つらい だけ。
 こんな こと を アナタ の マエ で いって は さぞ キ を わるく なさる でしょう が、 マッスグ な アナタ だ と おもいます から、 ワタシ も その キ で なにもかも うちあけて もうして しまいます のよ。 ワタシ の セイシツ や キョウグウ は よく ゴゾンジ です わね。 こんな セイシツ で こんな キョウグウ に いる ワタシ が こう かんがえる の に もし マチガイ が あったら、 どうか エンリョ なく おっしゃって ください。
 ああ いや だった こと。 ギイチ さん、 ワタシ こんな こと は オクビ にも ださず に イマ の イマ まで しっかり ムネ に しまって ガマン して いた の です けれども、 キョウ は どうした ん でしょう、 なんだか とおい タビ に でも でた よう な さびしい キ に なって しまって……」
 ユヅル を きって はなした よう に コトバ を けして ヨウコ は うつむいて しまった。 ヒ は いつのまにか とっぷり と くれて いた。 じめじめ と ふりつづく アキサメ に しとった ヨカゼ が ほそぼそ と かよって きて、 シッケ で たるんだ ショウジガミ を そっと あおって とおった。 コトウ は ヨウコ の カオ を みる の を さける よう に、 そこら に ちらばった フクジ や ボウシ など を ながめまわして、 なんと ヘントウ を して いい の か、 いう べき こと は ハラ に ある けれども コトバ には あらわせない ふう だった。 ヘヤ は いきぐるしい ほど しんと なった。
 ヨウコ は ジブン の コトバ から、 その とき の アリサマ から、 ミョウ に やるせない さびしい キブン に なって いた。 つよい オトコ の テ で おもうぞんぶん リョウカタ でも だきすくめて ほしい よう な タヨリナサ を かんじた。 そして ヨコハラ に ふかぶか と テ を やって、 さしこむ イタミ を こらえる らしい スガタ を して いた。 コトウ は やや しばらく して から ナニ か ケッシン した らしく マトモ に ヨウコ を みよう と した が、 ヨウコ の せつなさそう な あわれ な ヨウス を みる と、 おどろいた カオツキ を して われしらず ヨウコ の ほう に いざりよった。 ヨウコ は すかさず ヒョウ の よう に なめらか に ミ を おこして いちはやく も しっかり コトウ の さしだす テ を にぎって いた。 そして、
「ギイチ さん」
と フルエ を おびて いった コエ は ぞんぶん に ナミダ に ぬれて いる よう に ひびいた。 コトウ は コエ を わななかして、
「キムラ は そんな ニンゲン じゃ ありません よ」
と だけ いって だまって しまった。
 ダメ だった と ヨウコ は その トタン に おもった。 ヨウコ の ココロモチ と コトウ の ココロモチ とは ちぐはぐ に なって いる の だ。 なんと いう ヒビキ の わるい ココロ だろう と ヨウコ は それ を さげすんだ。 しかし ヨウス には そんな ココロモチ は すこしも みせない で、 アタマ から カタ へ かけて の なよやか な セン を カゼ の マエ の テッセン の ツル の よう に ふるわせながら、 2~3 ド ふかぶか と うなずいて みせた。
 しばらく して から ヨウコ は カオ を あげた が、 ナミダ は すこしも メ に たまって は いなかった。 そして いとしい オトウト でも いたわる よう に フトン から タチアガリザマ、
「すみません でした こと、 ギイチ さん、 アナタ ゴハン は まだ でした のね」
と いいながら、 ハラ の いたむ の を こらえる よう な スガタ で コトウ の マエ を とおりぬけた。 ユ で ほんのり と あからんだ スアシ に コトウ の メ が するどく ちらっと やどった の を かんじながら、 ショウジ を ホソメ に あけて テ を ならした。
 ヨウコ は その バン フシギ に アクマ-じみた ユウワク を コトウ に かんじた。 ドウテイ で ムケイケン で コイ の タワムレ には なんの オモシロミ も なさそう な コトウ、 キムラ に たいして と いわず、 トモダチ に たいして かたくるしい ギム カンネン の つよい コトウ、 そういう オトコ に たいして ヨウコ は イマ まで なんの キョウミ をも かんじなかった ばかり か、 ハタラキ の ない ワカラズヤ と みかぎって、 クチサキ ばかり で ニンゲンナミ の アシライ を して いた の だ。 しかし その バン ヨウコ は この ショウネン の よう な ココロ を もって ニク の じゅくした コトウ に ツミ を おかさせて みたくって たまらなく なった。 イチヤ の うち に キムラ とは カオ も あわせる こと の できない ニンゲン に して みたくって たまらなく なった。 コトウ の ドウテイ を やぶる テ を タ の オンナ に まかせる の が ねたましくて たまらなく なった。 イクマイ も カワ を かぶった コトウ の ココロ の ドンゾコ に かくれて いる ヨクネン を ヨウコ の チャーム で ほりおこして みたくって たまらなく なった。
 けどられない ハンイ で ヨウコ が あらん カギリ の ナゾ を あたえた にも かかわらず、 コトウ が かたく なって しまって それ に おうずる ケシキ の ない の を みる と ヨウコ は ますます いらだった。 そして その バン は ハラ が いたんで どうしても トウキョウ に かえれない から、 いや でも ヨコハマ に とまって くれ と いいだした。 しかし コトウ は がん と して きかなかった。 そして ジブン で でかけて いって、 シナ も あろう こと か マッカ な モウフ を 1 マイ かって かえって きた。 ヨウコ は とうとう ガ を おって サイシュウ レッシャ で トウキョウ に かえる こと に した。
 イットウ の キャクシャ には フタリ の ホカ に ジョウキャク は なかった。 ヨウコ は ふとした デキゴコロ から コトウ を おとしいれよう と した モクロミ に シッパイ して、 ジブン の セイフクリョク に たいする かすか な シツボウ と、 ぞんぶん の フカイ と を かんじて いた。 キャクシャ の ナカ では また いろいろ と はなそう と いって おきながら、 キシャ が うごきだす と すぐ、 コトウ の ヒザ の ソバ で モウフ に くるまった まま シンバシ まで ねとおして しまった。
 シンバシ に ついて から コトウ が フネ の キップ を ヨウコ に わたして ジンリキシャ を 2 ダイ やとって、 その ヒトツ に のる と、 ヨウコ は それ に かけよって カイチュウ から とりだした カミイレ を コトウ の ヒザ に ほうりだして、 ヒダリ の ビン を やさしく かきあげながら、
「キョウ の オタテカエ を どうぞ その ナカ から…… アス は きっと いらしって くださいまし ね…… おまち もうします こと よ…… さようなら」
と いって ジブン も もう ヒトツ の クルマ に のった。 ヨウコ の カミイレ の ナカ には ショウキン ギンコウ から うけとった 50 エン キンカ 8 マイ が はいって いる。 そして ヨウコ は コトウ が それ を くずして タテカエ を とる キヅカイ の ない の を ショウチ して いた。

 6

 ヨウコ が ベイコク に シュッパツ する 9 ガツ 25 ニチ は アス に せまった。 ニヒャク ハツカ の あれそこねた その トシ の テンキ は、 いつまで たって も さだまらない で、 キチガイ-ビヨリ とも いう べき テリフリ の ランザツ な ソラアイ が つづきとおして いた。
 ヨウコ は その アサ くらい うち に トコ を はなれて、 クラ の カゲ に なった ジブン の コベヤ に はいって、 マエマエ から かたづけかけて いた イルイ の シマツ を しはじめた。 モヨウ や シマ の ハデ なの は カタハシ から ほどいて まるめて、 ツギ の イモウト の アイコ に やる よう に と カタスミ に かさねた が、 その ナカ には 13 に なる スエ の イモウト の サダヨ に きせて も にあわしそう な オオガラ な もの も あった。 ヨウコ は てばやく それ を えりわけて みた。 そして コンド は フネ に もちこむ シキ の ハレギ を、 トコノマ の マエ に ある マックロ に ふるぼけた トランク の ところ まで もって いって、 フタ を あけよう と した が、 ふと その フタ の マンナカ に かいて ある Y.K. と いう シロ モジ を みて せわしく テ を ひかえた。 これ は キノウ コトウ が アブラエノグ と エフデ と を もって きて かいて くれた ので、 かわききらない テレビン の ニオイ が まだ かすか に のこって いた。 コトウ は、 ヨウコ サツキ の カシラモジ Y.S. と かいて くれ と おりいって ヨウコ の たのんだ の を わらいながら しりぞけて、 ヨウコ キムラ の カシラモジ Y.K. と かく マエ に、 S.K. と ある ジ を ナイフ の サキ で テイネイ に けずった の だった。 S.K. とは キムラ サダイチ の イニシャル で、 その トランク は キムラ の チチ が オウベイ を マンユウ した とき つかった もの なの だ。 その ふるい イロ を みる と、 キムラ の チチ の フトッパラ な するどい セイカク と、 ハラン の おおい ショウガイ の ゴクイン が すわって いる よう に みえた。 キムラ は それ を ヨウコ の ヨウ に と のこして いった の だった。 キムラ の オモカゲ は ふと ヨウコ の アタマ の ナカ を ぬけて とおった。 クウソウ で キムラ を えがく こと は、 キムラ と カオ を みあわす とき ほど の いとわしい オモイ を ヨウコ に おこさせなかった。 くろい カミノケ を ぴったり と きれい に わけて、 さかしい ナカダカ の ホソオモテ に、 ケンコウ-らしい バライロ を おびた ヨウボウ や、 あますぎる くらい ニンジョウ に おぼれやすい ジュンジョウテキ な セイカク は、 ヨウコ に イッシュ の ナツカシサ を さえ かんぜしめた。 しかし じっさい カオ と カオ と を むかいあわせる と、 フタリ は ミョウ に カイワ さえ はずまなく なる の だった。 その さかしい の が いや だった。 ニュウワ なの が キ に さわった。 ジュンジョウテキ な くせ に おそろしく カンジョウ-だかい の が たまらなかった。 セイネン-らしく ドヒョウギワ まで ふみこんで ジギョウ を たのしむ と いう チチ に にた セイカク さえ こましゃくれて みえた。 ことに トウキョウ ウマレ と いって も いい くらい みやこなれた コトバ や ミ の コナシ の アイダ に、 ふと トウホク の キョウド の ニオイ を かぎだした とき には かんで すてたい よう な ハンカン に おそわれた。 ヨウコ の ココロ は イマ、 おぼろげ な カイソウ から、 じっさい ヒザ つきあわせた とき に いや だ と おもった インショウ に うつって いった。 そして テ に もった ハレギ を トランク に いれる の を ひかえて しまった。 ながく なりはじめた ヨ も その コロ には ようやく しらみはじめて、 ロウソク の きいろい ホノオ が ヒカリ の ナキガラ の よう に、 ゆるぎ も せず に ともって いた。 ヨル の アイダ しずまって いた ニシカゼ が おもいだした よう に ショウジ に ぶつかって、 クギダナ の せまい トオリ を、 カシ で シダシ を した わかい モノ が、 おおきな カケゴエ で がらがら と クルマ を ひきながら とおる の が きこえだした。 ヨウコ は キョウ イチニチ に めまぐるしい ほど ある タクサン の ヨウジ を ちょっと ムネ の ナカ で かぞえて みて、 オオイソギ で そこら を かたづけて、 ジョウ を おろす もの には ジョウ を おろしきって、 アマド を 1 マイ くって、 そこ から さしこむ ヒカリ で おおきな テブンコ から ぎっしり つまった オトコモジ の テガミ を ひきだす と フロシキ に つつみこんだ。 そして それ を かかえて、 テショク を ふきけしながら ヘヤ を でよう と する と、 ロウカ に オバ が つったって いた。
「もう おきた ん です ね…… かたづいた かい」
と アイサツ して まだ ナニ か いいたそう で あった。 リョウシン を うしなって から この オバ フウフ と、 6 サイ に なる ハクチ の ヒトリムスコ と が うつって きて ドウキョ する こと に なった の だ。 ヨウコ の ハハ が、 どこ か おもおもしくって おおしい フウサイ を して いた の に ひきかえ、 オバ は カミノケ の うすい、 どこまでも ヒンソウ に みえる オンナ だった。 ヨウコ の メ は その オビシロハダカ な、 ニク の うすい ムネ の アタリ を ちらっと かすめた。
「おや おはよう ございます…… あらかた かたづきました」
と いって そのまま 2 カイ に ゆこう と する と、 オバ は ツメ に いっぱい アカ の たまった リョウテ を もやもや と ムネ の ところ で ふりながら、 さえぎる よう に たちはだかって、
「あの オマエサン が かたづける とき に と おもって いた ん だ がね、 アス の オミオクリ に ワタシ は きて いく もの が ない ん だよ。 オカアサン の もの で まにあう の は ない だろう かしらん。 アス だけ かりれば アト は ちゃんと シマツ を して おく ん だ から ちょっと みて おくれ で ない か」
 ヨウコ は また か と おもった。 ハタラキ の ない オット に つれそって、 15 ネン の アイダ マルオビ ヒトツ かって もらえなかった オバ の クンレン の ない よわい セイカク が、 こう さもしく なる の を あわれまない でも なかった が、 モノオジ しながら、 それでいて、 ヨク に かかる と ずうずうしい、 ヒト の スキ ばかり つけねらう シウチ を みる と、 ムシズ が はしる ほど にくかった。 しかし こんな オモイ を する の も キョウ だけ だ と おもって ヘヤ の ナカ に アンナイ した。 オバ は そらぞらしく キノドク だ とか すまない とか いいつづけながら ジョウ を おろした タンス を いちいち あけさせて、 いろいろ と カッテ に コノミ を いった スエ に、 りゅうと した ヒトソロエ を かりる こと に して、 それから ヨウコ の イルイ まで を とやかく いいながら さりがて に いじくりまわした。 ダイドコロ から は ミソシル の ニオイ が して、 ハクチ の コ が だらしなく なきつづける コエ と、 オジ が オバ を よびたてる コエ と が、 すがすがしい アサ の クウキ を にごす よう に きこえて きた。 ヨウコ は オバ に イイカゲン な ヘンジ を しながら その コエ に ミミ を かたむけて いた。 そして サツキ-ケ の サイゴ の リサン と いう こと を しみじみ と かんじた の で あった。 デンワ は、 ある ギンコウ の ジュウヤク を して いる シンルイ が イイカゲン な コウジツ を つくって ただ もって いって しまった。 チチ の ショサイ ドウグ や コットウヒン は ゾウショ と イッショ に セリウリ を された が、 ウリアゲダイ は とうとう ヨウコ の テ には はいらなかった。 スマイ は スマイ で、 ヨウコ の ヨウコウゴ には、 リョウシン の シゴ ナニ か に ジンリョク した と いう シンルイ の ナニガシ が、 ニソク サンモン で ゆずりうける こと に シンゾク カイギ で きまって しまった。 すこし ばかり ある カブケン と ジショ とは アイコ と サダヨ との キョウイクヒ に あてる メイギ で ボウボウ が ホカン する こと に なった。 そんな カッテ-ホウダイ な マネ を される の を ヨウコ は ミムキ も しない で だまって いた。 もし ヨウコ が すなお な オンナ だったら、 かえって クイノコシ と いう ほど の イサン は あてがわれて いた に ちがいない。 しかし シンゾク カイギ では ヨウコ を テ に おえない オンナ だ と して、 ヨソ に よめいって ゆく の を いい こと に、 イサン の こと には いっさい カンケイ させない ソウダン を した くらい は ヨウコ は とうに かんづいて いた。 ジブン の ザイサン と なれば なる べき もの を イチブブン だけ あてがわれて だまって ひっこんで いる ヨウコ では なかった。 それ か と いって チョウジョ では ある が、 オンナ の ミ と して ゼンザイサン に たいする ヨウキュウ を する こと の ムエキ なの も しって いた。 で、 「イヌ に やる つもり で いよう」 と ホゾ を かためて かかった の だった。 イマ、 アト に のこった もの は ナニ が ある。 キリマワシ よく ミカケ を ハデ に して いる ワリアイ に、 フソクガチ な 3 ニン の シマイ の イルイ ショドウグ が すこし ばかり ある だけ だ。 それ を オバ は ヨウシャ も なく そこ まで きりこんで きて いる の だ。 ハクシ の よう な はかない サビシサ と、 「ハダカ に なる なら きれいさっぱり ハダカ に なって みせよう」 と いう ヒ の よう な ハンコウシン と が、 むちゃくちゃ に ヨウコ の ムネ を ひやしたり やいたり した。 ヨウコ は こんな ココロモチ に なって、 サキホド の テガミ の ツツミ を かかえて たちあがりながら、 うつむいて テザワリ の いい キヌモノ を なでまわして いる オバ を みおろした。
「それじゃ ワタシ は まだ ホカ に ヨウ が あります し します から ジョウ を おろさず に おきます よ。 ごゆっくり ゴラン なさいまし。 そこ に かためて ある の は ワタシ が もって いく ん です し、 ここ に ある の は アイ と サダ に やる の です から ベツ に なすって おいて ください」
と いいすてて、 ずんずん ヘヤ を でた。 オウライ には スナボコリ が たつ らしく カゼ が ふきはじめて いた。
 2 カイ に あがって みる と、 チチ の ショサイ で あった 16 ジョウ の トナリ の 6 ジョウ に、 アイコ と サダヨ と が だきあって ねむって いた。 ヨウコ は ジブン の ネドコ を てばやく たたみながら アイコ を よびおこした。 アイコ は おどろいた よう に おおきな うつくしい メ を ひらく と ハンブン ムチュウ で とびおきた。 ヨウコ は いきなり ゲンジュウ な チョウシ で、
「アナタ は アス から ワタシ の カワリ を しない じゃ ならない ん です よ。 アサネボウ なんぞ して いて どう する の。 アナタ が ぐずぐず して いる と サア ちゃん が かわいそう です よ。 はやく ミジマイ を して シタ の オソウジ でも なさいまし」
と にらみつけた。 アイコ は ヒツジ の よう に ニュウワ な メ を まばゆそう に して、 アネ を ぬすみみながら、 キモノ を きかえて シタ に おりて いった。 ヨウコ は なんとなく ショウ の あわない この イモウト が、 ハシゴダン を おりきった の を ききすまして、 そっと サダヨ の ほう に ちかづいた。 オモザシ の ヨウコ に よく にた 13 の ショウジョ は、 あせじみた カオ には サゲガミ が ねばりついて、 ホオ は ネツ でも ある よう に ジョウキ して いる。 それ を みる と ヨウコ は コツニク の イトシサ に おもわず ほほえませられて、 その ネドコ に いざりよって、 その ドウジョ を ハガイ に かるく だきすくめた。 そして しみじみ と その ネガオ に ながめいった。 サダヨ の かるい コキュウ は かるく ヨウコ の ムネ に つたわって きた。 その コキュウ が ヒトツ つたわる たび に、 ヨウコ の ココロ は ミョウ に めいって いった。 おなじ ハラ を かりて コノヨ に うまれでた フタリ の ムネ には、 ひたと キョウメイ する フシギ な ヒビキ が ひそんで いた。 ヨウコ は すいとられる よう に その ヒビキ に ココロ を あつめて いた が、 ハテ は さびしい、 ただ さびしい ナミダ が ほろほろ と トメド なく ながれでる の だった。
 イッカ の リサン を しらぬ カオ で、 オンナ の ミソラ を ただ ヒトリ ベイコク の ハテ まで さすらって ゆく の を ヨウコ は かくべつ なんとも おもって いなかった。 フリワケガミ の ジブン から、 あくまで イジ の つよい メハシ の きく セイシツ を おもう まま に ゾウチョウ さして、 ぐんぐん と ヨノナカ を ワキメ も ふらず おしとおして 25 に なった イマ、 こんな とき に ふと カコ を ふりかえって みる と、 いつのまにか アタリマエ の オンナ の セイカツ を すりぬけて、 たった ヒトリ み も しらぬ ノズエ に たって いる よう な オモイ を せず には いられなかった。 ジョガッコウ や オンガク ガッコウ で、 ヨウコ の つよい コセイ に ひきつけられて、 リソウ の ヒト で でも ある よう に ちかよって きた ショウジョ たち は、 ヨウコ に おどおどしい ドウセイ の コイ を ささげながら、 ヨウコ に インスパイアー されて、 われしらず ダイタン な ホンポウ な フルマイ を する よう に なった。 その コロ 「コクミン ブンガク」 や 「ブンガクカイ」 に ハタアゲ を して、 あたらしい シソウ ウンドウ を おこそう と した ケッキ な ロマンティック な セイネン たち に、 ウタ の ココロ を さずけた オンナ の オオク は、 おおかた ヨウコ から ケツミャク を ひいた ショウジョ ら で あった。 リンリ ガクシャ や、 キョウイクカ や、 カテイ の シュケンシャ など も その コロ から サイギ の メ を みはって ショウジョコク を カンシ しだした。 ヨウコ の タカン な ココロ は、 ジブン でも しらない カクメイテキ とも いう べき ショウドウ の ため に アテ も なく ゆるぎはじめた。 ヨウコ は タニン を わらいながら、 そして ジブン を さげすみながら、 マックラ な おおきな チカラ に ひきずられて、 フシギ な ミチ に ジカク なく まよいいって、 シマイ には まっしぐら に はしりだした。 ダレ も ヨウコ の ゆく ミチ の シルベ を する ヒト も なく、 タ の ただしい ミチ を おしえて くれる ヒト も なかった。 たまたま おおきな コエ で よびとめる ヒト が ある か と おもえば、 ウラオモテ の みえすいた ペテン に かけて、 ムカシ の まま の オンナ で あらせよう と する モノ ばかり だった。 ヨウコ は その コロ から どこ か ガイコク に うまれて いれば よかった と おもう よう に なった。 あの ジユウ-らしく みえる オンナ の セイカツ、 オトコ と たちならんで ジブン を たてて ゆく こと の できる オンナ の セイカツ…… ふるい リョウシン が ジブン の ココロ を さいなむ たび に、 ヨウコ は ガイコクジン の リョウシン と いう もの を みたく おもった。 ヨウコ は ココロ の オクソコ で ひそか に ゲイシャ を うらやみ も した。 ニホン で オンナ が おんならしく いきて いる の は ゲイシャ だけ では ない か と さえ おもった。 こんな ココロモチ で トシ を とって ゆく アイダ に ヨウコ は もちろん ナンド も つまずいて ころんだ。 そして ヒトリ で ヒザ の チリ を はらわなければ ならなかった。 こんな セイカツ を つづけて 25 に なった イマ、 ふと イマ まで あるいて きた ミチ を ふりかえって みる と、 イッショ に ヨウコ と はしって いた ショウジョ たち は、 とうの ムカシ に ジンジョウ な オンナ に なりすまして いて、 ちいさく みえる ほど トオク の ほう から、 あわれむ よう な さげすむ よう な カオツキ を して、 ヨウコ の スガタ を ながめて いた。 ヨウコ は もと きた ミチ に ひきかえす こと は もう できなかった。 できた ところ で ひきかえそう と する キ は ミジン も なかった。 「カッテ に する が いい」 そう おもって ヨウコ は また ワケ も なく フシギ な くらい チカラ に ひっぱられた。 こういう ハメ に なった イマ、 ベイコク に いよう が ニホン に いよう が すこし ばかり の ザイサン が あろう が なかろう が、 そんな こと は ササイ な ハナシ だった。 キョウグウ でも かわったら ナニ か おこる かも しれない。 モト の まま かも しれない。 カッテ に なれ。 ヨウコ を ココロ の ソコ から うごかしそう な もの は ヒトツ も ミヂカ には みあたらなかった。
 しかし ヒトツ あった。 ヨウコ の ナミダ は ただ ワケ も なく ほろほろ と ながれた。 サダヨ は ナニゴト も しらず に ツミ なく ねむりつづけて いた。 おなじ ハラ を かりて コノヨ に うまれでた フタリ の ムネ には、 ひたと キョウメイ する フシギ な ヒビキ が ひそんで いた。 ヨウコ は すいとられる よう に その ヒビキ に ココロ を あつめて いた が、 この コ も やがて は ジブン が とおって きた よう な ミチ を あるく の か と おもう と、 ジブン を あわれむ とも イモウト を あわれむ とも しれない せつない ココロ に さきだたれて、 おもわず ぎゅっと サダヨ を だきしめながら モノ を いおう と した。 しかし ナニ を いいえよう ぞ。 ノド も ふさがって しまって いた。 サダヨ は だきしめられた ので はじめて おおきく メ を ひらいた。 そして しばらく の アイダ、 ナミダ に ぬれた アネ の カオ を まじまじ と ながめて いた が、 やがて だまった まま ちいさい ソデ で その ナミダ を ぬぐいはじめた。 ヨウコ の ナミダ は あたらしく わきかえった。 サダヨ は いたましそう に アネ の ナミダ を ぬぐいつづけた。 そして シマイ には その ソデ を ジブン の カオ に おしあてて ナニ か いいいい しゃくりあげながら なきだして しまった。

 7

 ヨウコ は その アサ ヨコハマ の ユウセン-ガイシャ の ナガタ から テガミ を うけとった。 カンガクシャ-らしい フウカク の、 ジョウズ な ジ で トウシセン に かかれた モンク には、 ジブン は コ-サツキ シ には カクベツ の コウギ を うけて いた が、 アナタ に たいして も ドウヨウ の コウサイ を つづける ヒツヨウ の ない の を イカン に おもう。 ミョウバン (すなわち その ヨ) の オマネキ にも シュッセキ しかねる、 と けんもほろろ に かきつらねて、 ツイシン に、 センジツ アナタ から イチゴン の ショウカイ も なく ホウモン して きた スジョウ の しれぬ セイネン の ジサン した カネ は いらない から おかえし する。 オット の さだまった オンナ の コウドウ は、 もうす まで も ない が つつしむ が うえ にも ことに つつしむ べき もの だ と ワタシドモ は ききおよんで いる、 と きっぱり かいて、 その キンガク だけ の カワセ が ドウフウ して あった。 ヨウコ が コトウ を つれて ヨコハマ に いった の も、 ケビョウ を つかって ヤドヤ に ひきこもった の も、 ジツ を いう と フナショウバイ を する ヒト には めずらしい ゲンカク な この ナガタ に あう メンドウ を さける ため だった。 ヨウコ は ちいさく シタウチ して、 カワセ-ごと テガミ を ひきさこう と した が、 ふと おもいかえして、 タンネン に スミ を すりおろして イチジ イチジ かんがえて かいた よう な テガミ だけ ずたずた に やぶいて クズカゴ に つっこんだ。
 ヨウコ は ジミ な ヨソイキ に ネマキ を きかえて 2 カイ を おりた。 チョウショク は たべる キ が なかった。 イモウト たち の カオ を みる の も キヅマリ だった。
 シマイ 3 ニン の いる 2 カイ の、 スミ から スミ まで きちんと こぎれい に かたづいて いる の に ひきかえて、 オバ イッカ の すまう シタザシキ は へんに あぶらぎって よごれて いた。 ハクチ の コ が アカンボウ ドウヨウ なので、 ヒガシ の エン に ほして ある ムツキ から たつ しおくさい ニオイ や、 タタミ の ウエ に ふみにじられた まま こびりついて いる メシツブ など が、 すぐ ヨウコ の シンケイ を いらいら させた。 ゲンカン に でて みる と、 そこ には オジ が、 エリ の マックロ に あせじんだ しろい カスリ を うすさむそう に きて、 ハクチ の コ を ヒザ の ウエ に のせながら、 アサッパラ から カキ を むいて あてがって いた。 その カキ の カワ が あかあか と カミクズ と ごった に なって シキイシ の ウエ に ちって いた。 ヨウコ は オジ に ちょっと アイサツ を して ゾウリ を さがしながら、
「アイ さん ちょっと ここ に おいで。 ゲンカン が ごらん、 あんな に よごれて いる から ね、 きれい に ソウジ して おいて ちょうだい よ。 ――コンヤ は オキャクサマ も ある ん だ のに……」
と かけて きた アイコ に わざと つんけん いう と、 オジ は シンケイ の トオク の ほう で あてこすられた の を かんじた ふう で、
「おお、 それ は ワシ が した ん じゃ で、 ワシ が ソウジ しとく。 かもうて くださるな、 おい オシュン―― オシュン と いう に、 ナニ しとる ぞい」
と ノロマ-らしく よびたてた。 オビシロハダカ の オバ が そこ に やって きて、 また くだらぬ クチイサカイ を する の だ と おもう と、 ドロ の ナカ で いがみあう ブタ か なんぞ を おもいだして、 ヨウコ は カカト の チリ を はらわん ばかり に そこそこ イエ を でた。 ほそい クギダナ の オウライ は バショガラ だけ に カドナミ きれい に ソウジ されて、 ウチミズ を した ウエ を、 キ の きいた フウテイ の ダンジョ が いそがしそう に ユキキ して いた。 ヨウコ は ヌケゲ の まるめた の や、 マキタバコ の フクロ の ちぎれた の が ちらばって ホウキ の メ ヒトツ ない ジブン の イエ の マエ を メ を つぶって かけぬけたい ほど の オモイ を して、 つい ソバ の ニッポン ギンコウ に はいって アリッタケ の ヨキン を ひきだした。 そして その マエ の クルマヤ で しじゅう ノリツケ の いちばん リッパ な ジンリキシャ を したてさして、 その アシ で カイモノ に でかけた。 イモウト たち に かいのこして おく べき イフクジ や、 ガイコクジン-ムキ の ミヤゲヒン や、 あたらしい どっしり した トランク など を かいいれる と、 ひきだした カネ は いくらも のこって は いなかった。 そして ゴゴ の ヒ が やや かたむきかかった コロ、 オオツカ クボマチ に すむ ウチダ と いう ハハ の ユウジン を おとずれた。 ウチダ は ネッシン な キリスト-キョウ の デンドウシャ と して、 にくむ ヒト から は ダカツ の よう に にくまれる し、 すき な ヒト から は ヨゲンシャ の よう に スウハイ されて いる テンサイハダ の ヒト だった。 ヨウコ は イツツ ムッツ の コロ、 ハハ に つれられて、 よく その イエ に デイリ した が、 ヒト を おそれず に ぐんぐん おもった こと を かわいらしい クチモト から いいだす ヨウコ の ヨウス が、 しじゅう ヒト から ヘダテ を おかれつけた ウチダ を よろこばした ので、 ヨウコ が くる と ウチダ は、 ナニ か ココロ の こだわった とき でも キゲン を なおして、 せまった マユネ を すこし は ひらきながら、 「また コザル が きた な」 と いって、 その つやつや した オカッパ を なでまわしたり なぞ した。 その うち ハハ が キリスト-キョウ フジン ドウメイ の ジギョウ に カンケイ して、 たちまち の うち に その ギュウジ を にぎり、 ガイコク センキョウシ だ とか、 キフジン だ とか を ひきいれて、 セイリャク-がましく ジギョウ の カクチョウ に ホンソウ する よう に なる と、 ウチダ は すぐ キゲン を そんじて、 サツキ オヤサ を せめて、 キリスト の セイシン を ムシ した ゾクアク な タイド だ と いきまいた が、 オヤサ が いっこう それ に とりあう ヨウス が ない ので、 リョウケ の アイダ は みるみる うとうとしい もの に なって しまった。 それでも ウチダ は ヨウコ だけ には フシギ に アイチャク を もって いた と みえて、 よく ヨウコ の ウワサ を して、 「コザル」 だけ は ひきとって コドモ ドウヨウ に そだてて やって も いい なぞ と いったり した。 ウチダ は リエン した サイショ の ツマ が つれて いって しまった たった ヒトリ の ムスメ に いつまでも ミレン を もって いる らしかった。 どこ でも いい その ムスメ に にた らしい ところ の ある ショウジョ を みる と、 ウチダ は ヒゴロ の ジブン を わすれた よう に あまあましい カオツキ を した。 ヒト が おそれる ワリアイ に、 ヨウコ には ウチダ が おそろしく おもえなかった ばかり か、 その シュンレツ な セイカク の オク に とじこめられて ちいさく よどんだ アイジョウ に ふれる と、 アリキタリ の ニンゲン から は えられない よう な ナツカシミ を かんずる こと が あった。 ヨウコ は ハハ に だまって ときどき ウチダ を おとずれた。 ウチダ は ヨウコ が くる と、 どんな いそがしい とき でも ジブン の ヘヤ に とおして ワライバナシ など を した。 ときには フタリ だけ で コウガイ の しずか な ナミキミチ など を サンポ したり した。 ある とき ウチダ は もう ムスメ-らしく セイチョウ した ヨウコ の テ を かたく にぎって、 「オマエ は カミサマ イガイ の ワタシ の ただ ヒトリ の ミチヅレ だ」 など と いった。 ヨウコ は フシギ な あまい ココロモチ で その コトバ を きいた。 その キオク は ながく わすれえなかった。
 それ が あの キベ との ケッコン モンダイ が もちあがる と、 ウチダ は イヤオウ なし に ある ヒ ヨウコ を ジブン の イエ に よびつけた。 そして コイビト の ヘンシン を なじりせめる シット-ぶかい オトコ の よう に、 ヒ と ナミダ と を メ から ほとばしらせて、 うち も すえかねぬ まで に くるいいかった。 その とき ばかり は ヨウコ も ココロ から ゲッコウ させられた。 「ダレ が もう こんな ワガママ な ヒト の ところ に きて やる もの か」 そう おもいながら、 イケガキ の おおい、 ヤナミ の まばら な、 ワダチ の アト の めいりこんだ コイシカワ の オウライ を あるきあるき、 フンヌ の ハギシリ を とめかねた。 それ は ユウヤミ の もよおした バンシュウ だった。 しかし それ と ドウジ に なんだか タイセツ な もの を とりおとした よう な、 ジブン を コノヨ に つりあげて いる イト の ヒトツ が ぷつん と きれた よう な フシギ な サビシサ の ムネ に せまる の を どう する こと も できなかった。
「キリスト に ミズ を やった サマリヤ の オンナ の こと も おもう から、 このうえ オマエ には なにも いうまい―― ヒト の シツボウ も カミ の シツボウ も ちっと は かんがえて みる が いい、 ……ツミ だぞ、 おそろしい ツミ だぞ」
 そんな こと が あって から 5 ネン を すぎた キョウ、 ユウビンキョク に いって、 ナガタ から きた カワセ を ひきだして、 サダコ を あずかって くれて いる ウバ の イエ に もって ゆこう と おもった とき、 ヨウコ は シヘイ の タバ を かぞえながら、 ふと ウチダ の サイゴ の コトバ を おもいだした の だった。 モノ の ない ところ に モノ を さぐる よう な ココロモチ で ヨウコ は ジンリキシャ を オオツカ の ほう に はしらした。
 5 ネン たって も ムカシ の まま の カマエ で、 まばら に さしかえた ヤネイタ と、 めっきり のびた カキゾイ の キリ の キ と が めだつ ばかり だった。 スナキシミ の する コウシド を あけて、 オビマエ を ととのえながら でて きた ニュウワ な サイクン と カオ を あわせた とき は、 さすが に カイキュウ の ジョウ が フタリ の ムネ を さわがせた。 サイクン は おもわず しらず 「まあ どうぞ」 と いった が、 その シュンカン に はっと ためらった よう な ヨウス に なって、 いそいで ウチダ の ショサイ に はいって いった。 しばらく する と タンソク しながら モノ を いう よう な ウチダ の コエ が とぎれとぎれ に きこえた。 「あげる の は カッテ だ が オレ は あう こと は ない じゃ ない か」 と いった か と おもう と、 はげしい オト を たてて ヨミサシ の ショモツ を ぱたん と とじる オト が した。 ヨウコ は ジブン の ツマサキ を みつめながら シタクチビル を かんで いた。
 やがて サイクン が おどおど しながら たちあらわれて、 まず と ヨウコ を チャノマ に しょうじいれた。 それ と イレカワリ に、 ショサイ では ウチダ が イス を はなれた オト が して、 やがて ウチダ は ずかずか と コウシド を あけて でて いって しまった。
 ヨウコ は おもわず ふらふらっ と たちあがろう と する の を、 なにげない カオ で じっと こらえた。 せめては カミナリ の よう な はげしい その イカリ の コエ に うたれたかった。 あわよくば ジブン も おもいきり いいたい こと を いって のけたかった。 どこ に いって も とりあい も せず、 ハナ で あしらい、 ハナ で あしらわれなれた ヨウコ には、 ナニ か シンミ な チカラ で うちくだかれる なり、 うちくだく なり して みたかった。 それ だった のに おもいいって ウチダ の ところ に きて みれば、 ウチダ は ヨ の ツネ の ヒトビト より も いっそう ひややか に むごく おもわれた。
「こんな こと を いって は シツレイ です けれども ね ヨウコ さん、 アナタ の こと を イロイロ に いって くる ヒト が ある もん です から ね、 あの とおり の セイシツ でしょう。 どうも ワタシ には なんとも イイナダメヨウ が ない の です よ。 ウチダ が アナタ を おあげ もうした の が フシギ な ほど だ と ワタシ おもいます の。 コノゴロ は ことさら ダレ にも いわれない よう な ゴタゴタ が イエ の ウチ に ある もん です から、 よけい むしゃくしゃ して いて、 ホントウ に ワタシ どう したら いい か と おもう こと が あります の」
 イジ も キジ も ウチダ の キョウレツ な セイカク の ため に ぞんぶん に うちくだかれた サイクン は、 ジョウヒン な カオダテ に チュウセイキ の アマ に でも みる よう な おもいあきらめた ヒョウジョウ を うかべて、 ステミ の セイカツ の ドンゾコ に ひそむ さびしい フソク を ほのめかした。 ジブン より トシシタ で、 しかも オット から さんざん アクヒョウ を なげられて いる はず の ヨウコ に たいして まで、 すぐ ココロ が くだけて しまって、 ハリ の ない コトバ で ドウジョウ を もとめる か と おもう と、 ヨウコ は ジブン の こと の よう に はがゆかった。 マユ と クチ との アタリ に むごたらしい ケイベツ の カゲ が、 まざまざ と うかびあがる の を かんじながら、 それ を どう する こと も できなかった。 ヨウコ は キュウ に アオミ を ました カオ で サイクン を みやった が、 その カオ は セコ に なれきった サンジュウ オンナ の よう だった。 (ヨウコ は おもう まま に ジブン の トシ を イツツ も ウエ に したり シタ に したり する フシギ な チカラ を もって いた。 カンジョウ-シダイ で その ヒョウジョウ は ヤクシャ の ギコウ の よう に かわった)
「はがゆく は いらっしゃらなくって」
と きりかえす よう に ウチダ の サイクン の コトバ を ひったくって、
「ワタシ だったら どう でしょう。 すぐ オジサン と ケンカ して でて しまいます わ。 それ は ワタシ、 オジサン を えらい カタ だ とは おもって います が、 ワタシ こんな に うまれついた ん です から どう シヨウ も ありません わ。 イチ から ジュウ まで おっしゃる こと を はいはい と きいて は いられません わ。 オジサン も あんまり で いらっしゃいます のね。 アナタ みたい な カタ に、 そう カサ に かからず とも、 ワタシ でも オアイテ に なされば いい のに…… でも アナタ が いらっしゃれば こそ オジサン も ああ やって オシゴト が おでき に なる ん です のね。 ワタシ だけ は ノケモノ です けれども、 ヨノナカ は なかなか よく いって います わ。 ……あ、 それでも ワタシ は もう みはなされて しまった ん です もの ね、 いう こと は ありゃ しません。 ホントウ に アナタ が いらっしゃる ので オジサン は オシアワセ です わ。 アナタ は シンボウ なさる カタ。 オジサン は ワガママ で おとおし に なる カタ。 もっとも オジサン には それ が カミサマ の オボシメシ なん でしょう けれども ね。 ……ワタシ も カミサマ の オボシメシ か なんか で ワガママ で とおす オンナ なん です から オジサン とは どうしても チャワン と チャワン です わ。 それでも オトコ は よう ござんす のね、 ワガママ が とおる ん です もの。 オンナ の ワガママ は とおす より シカタ が ない ん です から ホントウ に なさけなく なります のね。 なにも ゼンセ の ヤクソク なん でしょう よ……」
 ウチダ の サイクン は ジブン より はるか トシシタ の ヨウコ の コトバ を しみじみ と きいて いる らしかった。 ヨウコ は ヨウコ で しみじみ と サイクン の ミナリ を みない では いられなかった。 オトトイ アタリ ゆった まま の ソクハツ だった。 クセ の ない こい カミ には タキギ の ハイ らしい ハイ が たかって いた。 ノリケ の ぬけきった ヒトエ も ものさびしかった。 その ガラ の こまかい ところ には サト の ハハ の キフルシ と いう よう な ニオイ が した。 ユイショ ある キョウト の シゾク に うまれた その ヒト の ヒフ は うつくしかった。 それ が なおさら その ヒト を あわれ に して みせた。
「ヒト の こと なぞ かんがえて いられ や しない」、 しばらく する と ヨウコ は ステバチ に こんな こと を おもった。 そして キュウ に はずんだ チョウシ に なって、
「ワタシ アス アメリカ に たちます の、 ヒトリ で」
と トッピョウシ も なく いった。 あまり の フイ に サイクン は メ を みはって カオ を あげた。
「まあ ホントウ に」
「はあ ホントウ に…… しかも キムラ の ところ に いく よう に なりました の。 キムラ、 ゴゾンジ でしょう」
 サイクン が うなずいて なお シサイ を きこう と する と、 ヨウコ は こともなげ に さえぎって、
「だから キョウ は オイトマゴイ の つもり でした の。 それでも そんな こと は どうでも よう ございます わ。 オジサン が おかえり に なったら よろしく おっしゃって くださいまし、 ヨウコ は どんな ニンゲン に なりさがる かも しれません って…… アナタ どうぞ オカラダ を オダイジ に。 タロウ さん は まだ ガッコウ で ございます か。 おおきく オナリ でしょう ね。 なんぞ もって あがれば よかった のに、 ヨウ が こんな もん です から」
と いいながら リョウテ で おおきな ワ を つくって みせて、 わかわかしく ほほえみながら たちあがった。
 ゲンカン に おくって でた サイクン の メ には ナミダ が たまって いた。 それ を みる と、 ヒト は よく ムイミ な ナミダ を ながす もの だ と ヨウコ は おもった。 けれども あの ナミダ も ウチダ が ムリ ムタイ に しぼりださせる よう な もの だ と おもいなおす と、 シンゾウ の コドウ が とまる ほど ヨウコ の ココロ は かっと なった。 そして クチビル を ふるわしながら、
「もう ヒトコト オジサン に おっしゃって くださいまし。 7 ド を 70 バイ は なさらず とも、 せめて 3 ド ぐらい は ヒト の トガ も ゆるして あげて くださいまし って。 ……もっとも これ は、 アナタ の おため に もうします の。 ワタシ は ダレ に あやまって いただく の も いや です し、 ダレ に あやまる の も いや な ショウブン なん です から、 オジサン に ゆるして いただこう とは てんから おもって など い は しません の。 それ も ついでに おっしゃって くださいまし」
 クチ の ハタ に ジョウダン-らしく ビショウ を みせながら、 そう いって いる うち に、 オオナミ が どすん どすん と オウカクマク に つきあたる よう な ココチ が して、 ハナヂ でも でそう に ハナ の アナ が ふさがった。 モン を でる とき も クチビル は なお くやしそう に ふるえて いた。 ヒ は ショクブツエン の モリ の ウエ に うすづいて、 クレガタ ちかい クウキ の ナカ に、 ケサ から ふきだして いた カゼ は なぎた。 ヨウコ は イマ の ココロ と、 ケサ はやく カゼ の ふきはじめた コロ に、 ドゾウ ワキ の コベヤ で ニヅクリ を した とき の ココロ と を くらべて みて、 ジブン ながら おなじ ココロ とは おもいえなかった。 そして モン を でて ヒダリ に まがろう と して ふと ミチバタ の ステイシ に けつまずいて、 はっと メ が さめた よう に アタリ を みまわした。 やはり 25 の ヨウコ で ある。 いいえ ムカシ たしか に イチド けつまずいた こと が あった。 そう おもって ヨウコ は メイシンカ の よう に もう イチド ふりかえって ステイシ を みた。 その とき に ヒ は…… やはり ショクブツエン の モリ の あの ヘン に あった。 そして ミチ の クラサ も この くらい だった。 ジブン は その とき、 ウチダ の オクサン に ウチダ の ワルクチ を いって、 ペテロ と キリスト との アイダ に とりかわされた カンジョ に たいする モンドウ を レイ に ひいた。 いいえ、 それ は キョウ した こと だった。 キョウ イミ の ない ナミダ を オクサン が こぼした よう に、 その とき も オクサン は イミ の ない ナミダ を こぼした。 その とき にも ジブン は 25…… そんな こと は ない。 そんな こと の あろう はず が ない…… ヘン な……。 それにしても あの ステイシ には オボエ が ある。 あれ は ムカシ から あすこ に ちゃんと あった。 こう おもいつづけて くる と、 ヨウコ は、 いつか ハハ と あそび に きた とき、 ナニ か おこって その ステイシ に かじりついて うごかなかった こと を まざまざ と ココロ に うかべた。 その とき は おおきな イシ だ と おもって いた のに コレンボッチ の イシ なの か。 ハハ が トウワク して たった スガタ が はっきり メサキ に あらわれた。 と おもう と やがて その リンカク が かがやきだして、 メ も むけられない ほど かがやいた が、 すっと オシゲ も なく きえて しまって、 ヨウコ は ジブン の カラダ が チュウウ から どっしり ダイチ に おりたった よう な カンジ を うけた。 ドウジ に ハナヂ が どくどく クチ から アゴ を つたって ムネ の アワセメ を よごした。 おどろいて ハンケチ を タモト から さぐりだそう と した とき、
「どうか なさりました か」
と いう コエ に おどろかされて、 ヨウコ は はじめて ジブン の アト に ジンリキシャ が ついて きて いた の に キ が ついた。 みる と ステイシ の ある ところ は もう 8~9 チョウ ウシロ に なって いた。
「ハナヂ なの」
と こたえながら ヨウコ は はじめて の よう に アタリ を みた。 そこ には コンノレン を ところせまく かけわたした カミヤ の コミセ が あった。 ヨウコ は とりあえず そこ に はいって、 ヒトメ を さけながら カオ を あらわして もらおう と した。
 40-カッコウ の コクメイ-らしい カミサン が ワガコト の よう に カナダライ に ミズ を うつして もって きて くれた。 ヨウコ は それ で オシロイケ の ない カオ を おもうぞんぶん に ひやした。 そして すこし ヒトゴコチ が ついた ので、 オビ の アイダ から カイチュウ カガミ を とりだして カオ を なおそう と する と、 カガミ が いつのまにか マフタツ に われて いた。 さっき けつまずいた ヒョウシ に われた の かしらん と おもって みた が、 それ くらい で われる はず は ない。 イカリ に まかせて ムネ が かっと なった とき、 われた の だろう か。 なんだか そう らしく も おもえた。 それとも アス の フナデ の フキツ を つげる ナニ か の ワザ かも しれない。 キムラ との ユクスエ の ハメツ を しらせる わるい ツジウラ かも しれない。 また そう おもう と ヨウコ は エリモト に こおった ハリ でも さされる よう に、 ぞくぞく と ワケ の わからない ミブルイ を した。 いったい ジブン は どう なって ゆく の だろう。 ヨウコ は これまで の みきわめられない フシギ な ジブン の ウンメイ を おもう に つけ、 これから サキ の ウンメイ が そらおそろしく ココロ に えがかれた。 ヨウコ は フアン な ユウウツ な メツキ を して ミセ を みまわした。 チョウバ に すわりこんだ カミサン の ヒザ に もたれて、 ナナツ ほど の ショウジョ が、 じっと ヨウコ の メ を むかえて ヨウコ を みつめて いた。 ヤセギス で、 いたいたしい ほど メ の おおきな、 そのくせ クロメ の ちいさな、 あおじろい カオ が、 うすぐらい ミセ の オク から、 コウリョウ や セッケン の カオリ に つつまれて、 ぼんやり うきでた よう に みえる の が、 ナニ か カガミ の われた の と エン でも ある らしく ながめられた。 ヨウコ の ココロ は まったく フダン の オチツキ を うしなって しまった よう に わくわく して、 たって も すわって も いられない よう に なった。 バカ な と おもいながら こわい もの に でも おいすがられる よう だった。
 しばらく の アイダ ヨウコ は この キカイ な ココロ の ドウヨウ の ため に ミセ を たちさる こと も しない で たたずんで いた が、 ふと どう に でも なれ と いう ステバチ な キ に なって ゲンキ を とりなおしながら、 いくらか の レイ を して そこ を でた。 でる には でた が、 もう クルマ に のる キ にも なれなかった。 これから サダコ に あい に いって よそながら ワカレ を おしもう と おもって いた その ココログミ さえ ものうかった。 サダコ に あった ところ が どう なる もの か。 ジブン の こと すら ツギ の シュンカン には トリトメ も ない もの を、 ヒト の こと ――それ は よし ジブン の チ を わけた タイセツ な ヒトリゴ で あろう とも―― など を かんがえる だけ が バカ な こと だ と おもった。 そして もう イチド そこ の ミセ から マキガミ を かって、 スズリバコ を かりて、 おとこはずかしい ヒッセキ で、 シュッパツゼン に もう イチド ウバ を おとずれる つもり だった が、 それ が できなく なった から、 コノゴ とも サダコ を よろしく たのむ。 トウザ の ヒヨウ と して カネ を すこし おくって おく と いう イミ を カンタン に したためて、 ナガタ から おくって よこした カワセ の カネ を フウニュウ して、 その ミセ を でた。 そして いきなり そこ に まちあわして いた ジンリキシャ の ウエ の ヒザカケ を はぐって、 ケコミ に うちつけて ある カンサツ に しっかり メ を とおして おいて、
「ワタシ は これから あるいて いく から、 この テガミ を ここ へ とどけて おくれ、 ヘンジ は いらない の だ から…… オカネ です よ、 すこし どっさり ある から ダイジ に して ね」
と シャフ に いいつけた。 シャフ は ろくに ミシリ も ない モノ に タイキン を わたして ヘイキ で いる オンナ の カオ を いまさら の よう に きょときょと と みやりながら カラグルマ を ひいて たちさった。 ダイハチグルマ が ツヅケサマ に イナカ に むいて かえって ゆく コイシカワ の ユウグレ の ナカ を、 ヨウコ は カサ を ツエ に しながら オモイ に ふけって あるいて いった。
 こもった アイシュウ が、 はっしない サケ の よう に、 ヨウコ の コメカミ を ちかちか と いためた。 ヨウコ は ジンリキシャ の ユクエ を みうしなって いた。 そして ジブン では マッスグ に クギダナ の ほう に いそぐ つもり で いた。 ところが ジッサイ は メ に みえぬ チカラ で ジンリキシャ に むすびつけられ でも した よう に、 しらずしらず ジンリキシャ の とおった とおり の ミチ を あるいて、 はっと キ が ついた とき には いつのまにか、 ウバ が すむ シタヤ イケノハタ の ある マガリカド に きて たって いた。
 そこ で ヨウコ は ぎょっと して たちどまって しまった。 みじかく なりまさった ヒ は ホンゴウ の タカダイ に かくれて、 オウライ には クリヤ の ケムリ とも ユウモヤ とも つかぬ うすい キリ が ただよって、 ガイトウ の ランプ の ヒ が ことに あかく ちらほら ちらほら と ともって いた。 とおりなれた この カイワイ の クウキ は トクベツ な シタシミ を もって ヨウコ の ヒフ を なでた。 ココロ より も ニクタイ の ほう が ヨケイ に サダコ の いる ところ に ひきつけられる よう に さえ おもえた。 ヨウコ の クチビル は あたたかい モモ の カワ の よう な サダコ の ホオ の ハダザワリ に あこがれた。 ヨウコ の テ は もう メレンス の ダンリョク の ある やわらかい ショッカン を かんじて いた。 ヨウコ の ヒザ は ふうわり と した かるい オモミ を おぼえて いた。 ミミ には コドモ の アクセント が やきついた。 メ には、 マガリカド の くちかかった クロイタベイ を とおして、 キベ から うけた エクボ の できる エガオ が イヤオウ なし に すいついて きた。 ……チブサ は くすむったかった。 ヨウコ は おもわず カタホオ に ビショウ を うかべて アタリ を ぬすむ よう に みまわした。 と ちょうど そこ を とおりかかった カミサン が、 ナニ か を マエカケ の シタ に かくしながら じっと ヨウコ の タチスガタ を ふりかえって まで みて とおる の に キ が ついた。
 ヨウコ は アクジ でも はたらいて いた ヒト の よう に、 キュウ に エガオ を ひっこめて しまった。 そして こそこそ と そこ を たちのいて シノバズ ノ イケ に でた。 そして カコ も ミライ も もたない ヒト の よう に、 イケ の ハタ に つくねん と つったった まま、 イケ の ナカ の ハス の ミ の ヒトツ に メ を さだめて、 ミウゴキ も せず に コハントキ たちつくして いた。

 8

 ヒ の ヒカリ が とっぷり と かくれて しまって、 オウライ の ヒ ばかり が アシモト の タヨリ と なる コロ、 ヨウコ は ネツビョウ カンジャ の よう に にごりきった アタマ を もてあまして、 クルマ に ゆられる たび ごと に マユ を いたいたしく しかめながら、 クギダナ に かえって きた。
 ゲンカン には イロイロ の アシダ や クツ が ならべて あった が、 リュウコウ を つくろう、 すくなくとも リュウコウ に おくれまい と いう はなやか な ココロ を ほこる らしい ハキモノ と いって は ヒトツ も みあたらなかった。 ジブン の ゾウリ を シマツ しながら、 ヨウコ は すぐに 2 カイ の キャクマ の モヨウ を ソウゾウ して、 ジブン の ため に シンセキ や チジン が よって ワカレ を おしむ と いう その セキ に カオ を だす の が、 ジブン ジシン を バカ に しきった こと の よう に しか おもわれなかった。 こんな くらい なら サダコ の ところ に でも いる ほう が よほど まし だった。 こんな こと の ある はず だった の を どうして また わすれて いた もの だろう。 どこ に いる の も いや だ。 キベ の イエ を でて、 ニド とは かえるまい と ケッシン した とき の よう な ココロモチ で、 ひろいかけた ゾウリ を タタキ に もどそう と した その トタン に、
「ネエサン もう いや…… いや」
と いいながら、 ミ を ふるわして やにわに ムネ に だきついて きて、 チチ の アイダ の クボミ に カオ を うずめながら、 オトナ の する よう な ナキジャクリ を して、
「もう いっちゃ いや です と いう のに」
と からく コトバ を つづけた の は サダヨ だった。 ヨウコ は イシ の よう に たちすくんで しまった。 サダヨ は アサ から フキゲン に なって ダレ の いう こと も ミミ には いれず に、 ジブン の かえる の ばかり を まちこがれて いた に ちがいない の だ。 ヨウコ は キカイテキ に サダヨ に ひっぱられて ハシゴダン を のぼって いった。
 ハシゴダン を のぼりきって みる と キャクマ は しんと して いて、 イソガワ ジョシ の キトウ の コエ だけ が おごそか に きこえて いた。 ヨウコ と サダヨ とは コイビト の よう に だきあいながら、 アーメン と いう コエ の イチザ の ヒトビト から あげられる の を まって ヘヤ に はいった。 レツザ の ヒトビト は まだ シュショウ-らしく アタマ を うなだれて いる ナカ に、 ショウザ ちかく すえられた コトウ だけ は こうぜん と メ を みひらいて、 フスマ を あけた ヨウコ が しとやか に はいって くる の を みまもって いた。
 ヨウコ は コトウ に ちょっと メ で アイサツ を して おいて、 サダヨ を だいた まま マツザ に ヒザ を ついて、 イチドウ に チコク の ワビ を しよう と して いる と、 シュジンザ に すわりこんで いる オジ が、 ワガコ でも たしなめる よう に イギ を つくって、
「なんたら おそい こと じゃ。 キョウ は オマエ の ソウベツカイ じゃ ぞい。 ……ミナサン に いこう おまたせ する が すまん から、 イマ イソガワ さん に キトウ を おたのみ もうして、 ハシ を とって いただこう と おもった ところ で あった…… いったい どこ を……」
 メン と むかって は、 ヨウコ に クチコゴト ヒトツ いいきらぬ キリョウナシ の オジ が、 バショ も オリ も あろう に こんな バアイ に ミセビラカシ を しよう と する。 ヨウコ は そっち に ミムキ も せず、 オジ の コトバ を まったく ムシ した タイド で キュウ に はれやか な イロ を カオ に うかべながら、
「ようこそ ミナサマ…… おそく なりまして。 つい いかなければ ならない ところ が フタツ ミッツ ありました もん です から……」
と ダレ に とも なく いって おいて、 するする と たちあがって、 クギダナ の オウライ に むいた おおきな マド を ウシロ に した ジブン の セキ に ついて、 イモウト の アイコ と ジブン との アイダ に わりこんで くる サダヨ の アタマ を なでながら、 ジブン の ウエ に ばかり そそがれる マンザ の シセン を こうるさそう に はらいのけた。 そして カタホウ の テ で だいぶ みだれた ビン の ホツレ を かきあげて、 ヨウコ の シセン は ひともなげ に コトウ の ほう に はしった。
「しばらく でした のね…… とうとう アシタ に なりまして よ。 キムラ に もって いく もの は、 イッショ に おもち に なって?…… そう」
と かるい チョウシ で いった ので、 イソガワ ジョシ と オジ と が きりだそう と した コトバ は、 もののみごと に さえぎられて しまった。 ヨウコ は コトウ に それ だけ の こと を いう と、 コンド は とうの カタキ とも いう べき イソガワ ジョシ に ふりむいて、
「オバサマ、 キョウ トチュウ で それ は おかしな こと が ありました のよ。 こう なん です の」
と いいながら ダンジョ を あわせて 8 ニン ほど いならんだ シンルイ たち に ずっと メ を くばって、
「クルマ で かけとおった ん です から マエ も アト も よく は わからない ん です けれども、 オオドケイ の カド の ところ を ヒロコウジ に でよう と したら、 その カド に タイヘン な ヒトダカリ です の。 ナン だ と おもって みて みます と ね、 キンシュカイ の ダイドウ エンゼツ で、 おおきな ハタ が 2~3 ボン たって いて、 キュウゴシラエ の テーブル に つったって、 ムチュウ に なって エンゼツ して いる ヒト が ある ん です の。 それ だけ なら なにも べつに めずらしい と いう こと は ない ん です けれども、 その エンゼツ を して いる ヒト が…… ダレ だ と おおもい に なって…… ヤマワキ さん です の」
 イチドウ の カオ には おもわず しらず オドロキ の イロ が あらわれて、 ヨウコ の コトバ に ミミ を そばだてて いた。 さっき しかつめらしい カオ を した オジ は もう ハクチ の よう に クチ を あけた まま で ウスワライ を もらしながら ヨウコ を みつめて いた。
「それ が また ね、 イツモ の とおり に キントキ の よう に クビスジ まで マッカ です の。 『ショクン』 とか なんとか いって オオデ を ふりたてて しゃべって いる の を、 カンジン の キンシュ カイイン たち は アッケ に とられて、 だまった まま ひきさがって みて いる ん です から、 ケンブツニン が わいわい と おもしろがって たかって いる の も まったく もっとも です わ。 その うち に、 あ、 オジサン、 ハシ を おつけ に なる よう に ミナサマ に おっしゃって くださいまし」
 オジ が あわてて クチ の シマリ を して ブッチョウヅラ に たちかえって、 ナニ か いおう と する と、 ヨウコ は また それ には トンジャク なく イソガワ ジョシ の ほう に むいて、
「あの オカタ の コリ は すっかり おなおり に なりまして」
と いった ので、 イソガワ ジョシ の こたえよう と する コトバ と、 オジ の いいだそう と する コトバ は きまずく も ハチアワセ に なって、 フタリ は しょざいなげ に だまって しまった。 ザシキ は、 ソコ の ほう に キミ の わるい アンリュウ を ひそめながら ツクリワライ を しあって いる よう な フカイ な キブン に みたされた。 ヨウコ は 「さあ こい」 と ムネ の ウチ で ミガマエ を して いた。 イソガワ ジョシ の ソバ に すわって、 シンケイシツ-らしく マユ を きらめかす チュウロウ の カンリ は、 いる よう な いまいましげ な ガンコウ を ときどき ヨウコ に あびせかけて いた が、 いたたまれない ヨウス で ちょっと イズマイ を なおす と、 ぎくしゃく した チョウシ で クチ を きった。
「ヨウコ さん、 アナタ も いよいよ ミ の かたまる セトギワ まで こぎつけた ん だ が……」
 ヨウコ は スキ を みせたら きりかえす から と いわん ばかり な キンチョウ した、 ドウジ に モノ を モノ とも しない ふう で その オトコ の メ を むかえた。
「なにしろ ワタシドモ サツキ-ケ の シンルイ に とって は こんな めでたい こと は まず ない。 ない には ない が これから が アナタ に タノミドコロ だ。 どうぞ ひとつ ワタシドモ の カオ を たてて、 コンド こそ は リッパ な オクサン に なって おもらい したい が いかが です。 キムラ クン は ワタシ も よく しっとる が、 シンコウ も かたい し、 シゴト も めずらしく はきはき できる し、 わかい に にあわぬ モノ の わかった ジン だ。 こんな こと まで ヒカク に もちだす の は どう か しらない が、 キベ シ の よう な ジッコウリョク の ともなわない ムソウカ は、 ワタシ など は ハジメ から フサンセイ だった。 コンド の は じたい ダン が ちがう。 ヨウコ さん が キベ シ の ところ から にげかえって きた とき には、 ワタシ も けしからん と いった じつは ヒトリ だ が、 イマ に なって みる と ヨウコ さん は さすが に メ が たかかった。 でて きて おいて まことに よかった。 いまに みなさい キムラ と いう ジン なりゃ、 リッパ に セイコウ して、 ダイイチリュウ の ジツギョウカ に なりあがる に きまって いる。 これから は なんと いって も シンヨウ と カネ だ。 カンカイ に でない の なら、 どうしても ジツギョウカイ に いかなければ ウソ だ。 テキシン ホウコク は カンリ たる モノ の イチ トッケン だ が、 キムラ さん の よう な マジメ な シンジャ に しこたま カネ を つくって もらわん じゃ、 カミ の ミチ を ニホン に つたえひろげる に して から が ヨウイ な こと じゃ ありません よ。 アナタ も ちいさい とき から ベイコク に わたって シンブン キシャ の シュギョウ を する と クチグセ の よう に ミョウ な こと を いった もん だ が (ここ で イチザ の ヒト は なんの イミ も なく たかく わらった。 おそらくは あまり しかつめらしい クウキ を うちやぶって、 なんとか そこ に ユトリ を つける つもり が、 ミンナ に おこった の だろう けれども、 ヨウコ に とって は それ が そう は ひびかなかった。 その ココロモチ は わかって も、 そんな こと で ヨウコ の ココロ を はぐらかそう と する カレラ の アサハカサ が ぐっと シャク に さわった) シンブン キシャ は ともかくも…… じゃ ない、 そんな もの に なられて は こまりきる が (ここ で イチザ は また ワケ も なく ばからしく わらった) ベイコク-ユキ の ネガイ は たしか に かなった の だ。 ヨウコ さん も ゴマンゾク に ちがいなかろう。 アト の こと は ワタシドモ が たしか に ひきうけた から シンパイ は ムヨウ に して、 ミ を しめて イモウト さん がた の シメシ にも なる ほど の フンパツ を たのみます…… ええと、 ザイサン の ほう の ショブン は ワタシ と タナカ さん と で マチガイ なく かためる し、 アイコ さん と サダヨ さん の オセワ は、 イソガワ さん、 アナタ に おねがい しよう じゃ ありません か、 ゴメイワク です が。 いかが でしょう ミナサン (そう いって カレ は イチザ を みわたした。 あらかじめ モウシアワセ が できて いた らしく イチドウ は まちもうけた よう に うなずいて みせた)。 どう じゃろう ヨウコ さん」
 ヨウコ は コジキ の タンガン を きく ジョオウ の よう な ココロモチ で、 ○○ キョクチョウ と いわれる この オトコ の いう こと を きいて いた が、 ザイサン の こと など は どうでも いい と して、 イモウト たち の こと が ワダイ に のぼる と ともに、 イソガワ ジョシ を ムコウ に まわして キツモン の よう な タイワ を はじめた。 なんと いって も イソガワ ジョシ は その バン そこ に あつまった ヒトビト の ウチ では いちばん ネンパイ でも あった し、 いちばん はばかられて いる の を ヨウコ は しって いた。 イソガワ ジョシ が シカク を おもいださせる よう な ガンジョウ な ホネグミ で、 がっしり と ショウザ に いなおって、 ヨウコ を コドモ アシライ に しよう と する の を みてとる と、 ヨウコ の ココロ は はやりねっした。
「いいえ、 ワガママ だ と ばかり おおもい に なって は こまります。 ワタシ は ゴショウチ の よう な ウマレ で ございます し、 これまで も たびたび ゴシンパイ を かけて きて おります から、 ヒトサマ ドウヨウ に みて いただこう とは コレッパカリ も おもって は おりません」
と いって ヨウコ は ユビ の アイダ に なぶって いた ヨウジ を ロウジョシ の マエ に ふいと なげた。
「しかし アイコ も サダヨ も イモウト で ございます。 ゲンザイ ワタシ の イモウト で ございます。 くちはばったい と おぼしめす かも しれません が、 この フタリ だけ は ワタシ たとい ベイコク に おりまして も リッパ に テシオ に かけて ゴラン に いれます から、 どうか おかまい なさらず に くださいまし。 それ は アカサカ ガクイン も リッパ な ガッコウ には チガイ ございますまい。 ゲンザイ ワタシ も オバサマ の オセワ で あすこ で そだてて いただいた の です から、 わるく は もうしたく は ございません が、 ワタシ の よう な ニンゲン が ミナサマ の オキ に いらない と すれば…… それ は ウマレツキ も ございましょう とも、 ございましょう けれども、 ワタシ を そだてあげた の は あの ガッコウ で ございます から ねえ。 なにしろ ゲンザイ いて みた うえ で、 ワタシ この フタリ を あすこ に いれる キ には なれません。 オンナ と いう もの を あの ガッコウ では いったい なんと みて いる の で ござんす かしらん……」
 こう いって いる うち に ヨウコ の ココロ には ヒ の よう な カイソウ の フンヌ が もえあがった。 ヨウコ は その ガッコウ の キシュクシャ で イッコ の チュウセイ ドウブツ と して とりあつかわれた の を わすれる こと が できない。 やさしく、 あいらしく、 しおらしく、 うまれた まま の うつくしい コウイ と ヨクネン との めいずる まま に、 おぼろげ ながら カミ と いう もの を こいしかけた 12~13 サイ-ゴロ の ヨウコ に、 ガッコウ は キトウ と、 セツヨク と、 サツジョウ と を キョウセイテキ に たたきこもう と した。 14 の ナツ が アキ に うつろう と した コロ、 ヨウコ は ふと おもいたって、 うつくしい 4 スン ハバ ほど の カクオビ の よう な もの を キヌイト で あみはじめた。 アイ の ジ に シロ で ジュウジカ と ジツゲツ と を あしらった モヨウ だった。 モノゴト に ふけりやすい ヨウコ は ミ も タマシイ も うちこんで その シゴト に ムチュウ に なった。 それ を つくりあげた うえ で どうして カミサマ の ミテ に とどけよう、 と いう よう な こと は もとより かんがえ も せず に、 はやく つくりあげて およろこばせ もうそう と のみ あせって、 シマイ には ヨノメ も ろくろく あわさなく なった。 2 シュウカン に あまる クシン の スエ に それ は あらかた できあがった。 アイ の ジ に カンタン に シロ で モヨウ を ぬく だけ なら さしたる こと でも ない が、 ヨウコ は ヒト の まだ しなかった ココロミ を くわえよう と して、 モヨウ の シュウイ に アイ と シロ と を クミアワセ に した ちいさな ササベリ の よう な もの を うきあげて あみこんだり、 ひどく ノビチヂミ が して モヨウ が イビツ に ならない よう に、 めだたない よう に カタンイト を あみこんで みたり した。 デキアガリ が ちかづく と ヨウコ は カタトキ も アミバリ を やすめて は いられなかった。 ある とき セイショ の コウギ の コウザ で そっと ツクエ の シタ で シゴト を つづけて いる と、 ウン わるく も キョウシ に みつけられた。 キョウシ は しきり に その ヨウト を といただした が、 はじやすい オトメゴコロ に どうして この ユメ より も はかない モクロミ を ハクジョウ する こと が できよう。 キョウシ は その オビ の イロアイ から おして、 それ は オトコムキ の シナモノ に ちがいない と きめて しまった。 そして ヨウコ の ココロ は ソウジュク の コイ を おう もの だ と ダンテイ した。 そして コイ と いう もの を セイライ しらぬげ な 45~46 の みにくい ヨウボウ の シャカン は、 ヨウコ を カンキン ドウヨウ に して おいて、 ヒマ さえ あれば その オビ の モチヌシ たる べき ヒト の ナ を せまりとうた。
 ヨウコ は ふと ココロ の メ を ひらいた。 そして その ココロ は それ イライ ミネ から ミネ を とんだ。 15 の ハル には ヨウコ は もう トオ も トシウエ な リッパ な コイビト を もって いた。 ヨウコ は その セイネン を おもうさま ホンロウ した。 セイネン は まもなく ジサツ ドウヨウ な シニカタ を した。 イチド ナマチ の アジ を しめた トラ の コ の よう な カツヨク が ヨウコ の ココロ を うちのめす よう に なった の は それから の こと で ある。
「コトウ さん アイ と サダ とは アナタ に ねがいます わ。 ダレ が どんな こと を いおう と、 アカサカ ガクイン には いれない で くださいまし。 ワタシ キノウ タジマ さん の ジュク に いって、 タジマ さん に おあい もうして よっく おたのみ して きました から、 すこし かたづいたら はばかりさま です が アナタ ゴジシン で フタリ を つれて いらしって ください。 アイ さん も サダ ちゃん も わかりましたろう。 タジマ さん の ジュク に はいる と ね、 ネエサン と イッショ に いた とき の よう な わけ には いきません よ……」
「ネエサン てば…… ジブン で ばかり モノ を おっしゃって」
と いきなり うらめしそう に、 サダヨ は アネ の ヒザ を ゆすりながら その コトバ を さえぎった。
「サッキ から ナンド かいた か わからない のに ヘイキ で ホント に ひどい わ」
 イチザ の ヒトビト から ミョウ な コ だ と いう ふう に ながめられて いる の にも トンジャク なく、 サダヨ は アネ の ほう に むいて ヒザ の ウエ に しなだれかかりながら、 アネ の ヒダリテ を ながい ソデ の シタ に いれて、 その テノヒラ に ショクシ で カナ を 1 ジ ずつ かいて テノヒラ で ふきけす よう に した。 ヨウコ は だまって、 かいて は けし かいて は けし する ジ を たどって みる と、
「ネーサマ は いい コ だ から 『アメリカ』 に いって は いけません よよよよ」
と よまれた。 ヨウコ の ムネ は われしらず あつく なった が、 しいて ワライ に まぎらしながら、
「まあ キキワケ の ない コ だ こと、 シカタ が ない。 イマ に なって そんな こと を いったって シカタ が ない じゃ ない の」
と たしなめさとす よう に いう と、
「シカタ が ある わ」
と サダヨ は おおきな メ で アネ を みあげながら、
「オヨメ に いかなければ よろしい じゃ ない の」
と いって、 くるり と クビ を まわして イチドウ を みわたした。 サダヨ の かわいい メ は 「そう でしょう」 と うったえて いる よう に みえた。 それ を みる と イチドウ は ただ なんと いう こと も なく オモイヤリ の ない ワライカタ を した。 オジ は ことに おおきな トンキョ な コエ で たかだか と わらった。 サッキ から だまった まま で うつむいて さびしく すわって いた アイコ は、 しずんだ うらめしそう な メ で じっと オジ を にらめた と おもう と、 たちまち わく よう に ナミダ を ほろほろ と ながして、 それ を リョウソデ で ぬぐい も やらず たちあがって その ヘヤ を かけだした。 ハシゴダン の ところ で ちょうど シタ から あがって きた オバ と ゆきあった ケハイ が して、 フタリ が ナニ か いいあらそう らしい コエ が きこえて きた。
 イチザ は また しらけわたった。
「オジサン にも もうしあげて おきます」
と チンモク を やぶった ヨウコ の コエ が ミョウ に サッキ を おびて ひびいた。
「これまで なにかと オセワサマ に なって ありがとう ございました けれども、 この イエ も たたんで しまう こと に なれば、 イモウト たち も イマ もうした とおり ジュク に いれて しまいます し、 コノゴ は これ と いって たいして ゴヤッカイ は かけない つもり で ございます。 アカ の タニン の コトウ さん に こんな こと を ねがって は ホント に すみません けれども、 キムラ の シンユウ で いらっしゃる の です から、 ちかい タニン です わね。 コトウ さん、 アナタ ビンボウクジ を しょいこんだ と おぼしめして、 どうか フタリ を みて やって くださいまし な。 いい でしょう。 こう シンルイ の マエ で はっきり もうして おきます から、 ちっとも ゴエンリョ なさらず に、 いい と おおもい に なった よう に なさって くださいまし。 あちら へ ついたら ワタシ また きっと どうとも いたします から。 きっと そんな に ながい アイダ ゴメイワク は かけません から。 いかが、 ひきうけて くださいまして?」
 コトウ は すこし チュウチョ する ふう で イソガワ ジョシ を みやりながら、
「アナタ は サッキ から アカサカ ガクイン の ほう が いい と おっしゃる よう に うかがって います が、 ヨウコ さん の いわれる とおり に して さしつかえない の です か。 ネン の ため に うかがって おきたい の です が」
と たずねた。 ヨウコ は また あんな ヨケイ な こと を いう と おもいながら いらいら した。 イソガワ ジョシ は ヒゴロ の エンカツ な ヒトズレ の した チョウシ に にず、 ナニ か に ひどく ゲッコウ した ヨウス で、
「ワタシ は なくなった オヤサ さん の オカンガエ は こう も あろう か と おもった ところ を もうした まで です から、 それ を ヨウコ さん が わるい と おっしゃる なら、 そのうえ とやかく いいと も ない の です が、 オヤサ さん は かたい ムカシフウ な シンコウ を もった カタ です から、 タジマ さん の ジュク は マエ から きらい で ね…… よろしゅう ございましょう、 そう なされば。 ワタシ は とにかく アカサカ ガクイン が イチバン だ と どこまでも おもっとる だけ です」
と いいながら、 みさげる よう に ヨウコ の ムネ の アタリ を まじまじ と ながめた。 ヨウコ は サダヨ を だいた まま しゃんと ムネ を そらして メノマエ の カベ の ほう に カオ を むけて いた、 たとえば ばらばら と なげられる ツブテ を さけよう とも せず に つったつ ヒト の よう に。
 コトウ は ナニ か ジブン ヒトリ で ガテン した と おもう と、 かたく ウデグミ を して これ も ジブン の マエ の メハチブ の ところ を じっと みつめた。
 イチザ の キブン は ほとほと ウゴキ が とれなく なった。 その アイダ で いちばん はやく キゲン を なおして ソウゴウ を かえた の は イソガワ ジョシ だった。 コドモ を アイテ に して ハラ を たてた、 それ を トシガイ ない と でも おもった よう に、 キ を かえて きさく に タチジタク を しながら、
「ミナサン いかが、 もう オイトマ に いたしましたら…… おわかれ する マエ に もう イチド オイノリ を して」
「オイノリ を ワタシ の よう な モノ の ため に なさって くださる の は ゴムヨウ に ねがいます」
 ヨウコ は やわらぎかけた ヒトビト の キブン には さらに トンジャク なく、 カベ に むけて いた メ を サダヨ に おとして、 いつのまにか ねいった その ヒト の つやつやしい カオ を なでさすりながら きっぱり と いいはなった。
 ヒトビト は おもいおもい な ワカレ を つげて かえって いった。 ヨウコ は サダヨ が いつのまにか ヒザ の ウエ で ねて しまった の を コウジツ に して ヒトビト を ミオクリ には たたなかった。
 サイゴ の キャク が かえって いった アト でも、 オジ オバ は 2 カイ を カタヅケ には あがって こなかった。 アイサツ ヒトツ しよう とも しなかった。 ヨウコ は マド の ほう に アタマ を むけて、 レンガ の トオリ の ウエ に ぼうっと たつ ヒ の テリカエシ を みやりながら、 ヨカゼ に ほてった カオ を ひやさせて、 サダヨ を だいた まま だまって すわりつづけて いた。 まどお に ニホンバシ を わたる テツドウ バシャ の オト が きこえる ばかり で、 クギダナ の ヒトドオリ は さびしい ほど まばら に なって いた。
 スガタ は みせず に、 どこ か の スミ で アイコ が まだ なきつづけて ハナ を かんだり する オト が きこえて いた。
「アイ さん…… サア ちゃん が ねました から ね、 ちょっと オトコ を しいて やって ちょうだい な」
 われながら おどろく ほど やさしく アイコ に クチ を きく ジブン を ヨウコ は みいだした。 ショウ が あわない と いう の か、 キ が あわない と いう の か、 ふつう アイコ の カオ さえ みれば ヨウコ の キブン は くずされて しまう の だった。 アイコ が ナニゴト に つけて も ネコ の よう に ジュウジュン で すこしも ジョウ と いう もの を みせない の が ことさら にくかった。 しかし その ヨ だけ は フシギ にも やさしい クチ を きいた。 ヨウコ は それ を イガイ に おもった。 アイコ が イツモ の よう に すなお に たちあがって、 ハナ を すすりながら だまって トコ を とって いる アイダ に、 ヨウコ は おりおり オウライ の ほう から ふりかえって、 アイコ の しとやか な アシオト や、 ワタ を うすく いれた ナツブトン の タタミ に ふれる ささやか な オト を みいり でも する よう に その ほう に メ を さだめた。 そう か と おもう と また いまさら の よう に、 くいあらされた タベモノ や、 しいた まま に なって いる ザブトン の きたならしく ちらかった キャクマ を まじまじ と みわたした。 チチ の ショダナ の あった ブブン の カベ だけ が シカク に こい イロ を して いた。 その すぐ ソバ に セイヨウレキ が ムカシ の まま に かけて あった。 7 ガツ 16 ニチ から サキ は はがされず に のこって いた。
「ネエサマ しけました」
 しばらく して から、 アイコ が こう かすか に トナリ で いった。 ヨウコ は、
「そう ごくろうさま よ」
と また しとやか に こたえながら、 サダヨ を だきかかえて たちあがろう と する と、 また アタマ が ぐらぐらっ と して、 おびただしい ハナヂ が サダヨ の ムネ の アワセメ に ながれおちた。

 9

 ソコビカリ の する キラライロ の アマグモ が ヌイメ なし に どんより と おもく ソラ いっぱい に はだかって、 ホンモク の オキアイ まで トウキョウ ワン の ウミ は ものすごい よう な クサイロ に、 ちいさく ナミ の たちさわぐ 9 ガツ 25 ニチ の ゴゴ で あった。 キノウ の カゼ が ないで から、 キオン は キュウ に ナツ-らしい ムシアツサ に かえって、 ヨコハマ の シガイ は、 エキビョウ に かかって よわりきった ロウドウシャ が、 そぼふる アメ の ナカ に ぐったり と あえいで いる よう に みえた。
 クツ の サキ で カンパン を こつこつ と たたいて、 うつむいて それ を ながめながら、 オビ の アイダ に テ を さしこんで、 キムラ への デンゴン を コトウ は ヒトリゴト の よう に ヨウコ に いった。 ヨウコ は それ に ミミ を かたむける よう な ヨウス は して いた けれども、 ホントウ は さして チュウイ も せず に、 ちょうど ジブン の メノマエ に、 タクサン の ミオクリニン に かこまれて、 オウセツ に イトマ も なげ な タガワ ホウガク ハカセ の メジリ の さがった カオ と、 その フジン の ヤセギス な カタ との えがく ビサイ な カンジョウ の ヒョウゲン を、 ヒヒョウカ の よう な ココロ で するどく ながめやって いた。 かなり ひろい プロメネード デッキ は タガワ-ケ の カゾク と ミオクリニン と で エンニチ の よう に にぎわって いた。 ヨウコ の ミオクリ に きた はず の イソガワ ジョシ は サッキ から タガワ フジン の ソバ に つききって、 セワズキ な、 ヒト の よい オバサン と いう よう な タイド で、 ミオクリニン の ハンブン-ガタ を ジブン で ひきうけて アイサツ して いた。 ヨウコ の ほう へは みむこう と する モヨウ も なかった。 ヨウコ の オバ は ヨウコ から 2~3 ゲン はなれた ところ に、 クモ の よう な ハクチ の コ を コオンナ に せおわして、 ジブン は ヨウコ から あずかった テカバン と フクサヅツミ と を とりおとさん ばかり に ぶらさげた まま、 はなばなしい タガワ-ケ の カゾク や ミオクリニン の ムレ を みて アッケ に とられて いた。 ヨウコ の ウバ は、 どんな おおきな フネ でも フネ は フネ だ と いう よう に ひどく オクビョウ そう な あおい カオツキ を して、 サルン の イリグチ の ト の カゲ に たたずみながら、 シカク に たたんだ テヌグイ を マッカ に なった メ の ところ に たえず おしあてて は、 ぬすみみる よう に ヨウコ を みやって いた。 ソノタ の ヒトビト は ジミ な イチダン に なって、 タガワ-ケ の イコウ に あっせられた よう に スミ の ほう に かたまって いた。
 ヨウコ は かねて イソガワ ジョシ から、 タガワ フウフ が ドウセン する から フネ の ナカ で ショウカイ して やる と いいきかせられて いた。 タガワ と いえば、 ホウソウカイ では かなり ナ の きこえた ワリアイ に、 どこ と いって とりとめた トクショク も ない セイカク では ある が、 その ヒト の ナ は むしろ フジン の ウワサ の ため に セジン の キオク に あざやか で あった。 カンジュリョク の エイビン な そして なんらか の イミ で ジブン の テキ に まわさなければ ならない ヒト に たいして ことに チュウイ-ぶかい ヨウコ の アタマ には、 その フジン の オモカゲ は ながい こと シュクダイ と して かんがえられて いた。 ヨウコ の アタマ に えがかれた フジン は ガ の つよい、 ジョウ の ほしいまま な、 ヤシン の ふかい ワリアイ に タクト の ロコツ な、 オット を かるく みて ややともすると カサ に かかりながら、 それでいて オット から ドクリツ する こと の とうてい できない、 いわば シン の よわい ツヨガリヤ では ない かしらん と いう の だった。 ヨウコ は イマ ウシロムキ に なった タガワ フジン の カタ の ヨウス を ヒトメ みた ばかり で、 ジショ でも くりあてた よう に、 ジブン の ソウゾウ の ウラガキ された の を ムネ の ウチ で ほほえまず には いられなかった。
「なんだか ハナシ が コンザツ した よう だ けれども、 それ だけ いって おいて ください」
 ふと ヨウコ は レヴェリー から やぶれて、 コトウ の いう これ だけ の コトバ を とらえた。 そして イマ まで コトウ の クチ から でた デンゴン の モンク は たいてい ききもらして いた くせ に、 そらぞらしげ にも なく しんみり と した ヨウス で、
「たしか に…… けれども アナタ アト から テガミ で でも くわしく かいて やって くださいまし ね。 マチガイ でも して いる と タイヘン です から」
と コトウ を のぞきこむ よう に して いった。 コトウ は おもわず ワライ を もらしながら、 「まちがう と タイヘン です から」 と いう コトバ を、 ときおり ヨウコ の クチ から きく チャーム に みちた こどもらしい コトバ の ヒトツ と でも おもって いる らしかった。 そして、
「なに、 まちがったって ダイジ は ない けれども…… だが テガミ は かいて、 アナタ の バース の マクラ の シタ に おいときました から、 ヘヤ に いったら どこ に でも しまって おいて ください。 それから、 それ と イッショ に もう ヒトツ……」
と いいかけた が、
「なにしろ わすれず に マクラ の シタ を みて ください」
 この とき とつぜん 「タガワ ホウガク ハカセ バンザイ」 と いう おおきな コエ が、 サンバシ から デッキ まで どよみわたって きこえて きた。 ヨウコ と コトウ とは ハナシ の コシ を おられて たがいに フカイ な カオ を しながら、 テスリ から シタ の ほう を のぞいて みる と、 すぐ メノシタ に、 その コロ ヒト の すこし あつまる ところ には どこ に でも カオ を だす トドロキ と いう ケンブ の シショウ だ か ゲッケン の シショウ だ か する ガンジョウ な オトコ が、 おおきな イツツモン の クロバオリ に しろっぽい カツオジマ の ハカマ を はいて、 サンバシ の イタ を ホオノキ ゲタ で ふみならしながら、 ここ を センド と わめいて いた。 その コエ に おうじて、 デッキ まで は のぼって こない ソウシ-テイ の セイカク や ボウ-シリツ セイジ ガッコウ の セイト が イッセイ に バンザイ を くりかえした。 デッキ の ウエ の ガイコク センキャク は モノメズラシサ に いちはやく、 ヨウコ が よりかかって いる テスリ の ほう に おしよせて きた ので、 ヨウコ は コトウ を うながして、 いそいで テスリ の おれまがった カド に ミ を ひいた。 タガワ フウフ も ほほえみながら、 サルン から アイサツ の ため に ちかづいて きた。 ヨウコ は それ を みる と、 コトウ の ソバ に よりそった まま、 ヒダリテ を やさしく あげて、 ビン の ホツレ を かきあげながら、 アタマ を こころもち ヒダリ に かしげて じっと タガワ の メ を みやった。 タガワ は サンバシ の ほう に キ を とられて イソギアシ で テスリ の ほう に あるいて いた が、 とつぜん みえぬ チカラ に ぐっと ひきつけられた よう に、 ヨウコ の ほう に ふりむいた。
 タガワ フジン も おもわず オット の むく ほう に アタマ を むけた。 タガワ の イゲン に とぼしい メ にも するどい ヒカリ が きらめいて は きえ、 さらに きらめいて きえた の を みすまして、 ヨウコ は はじめて タガワ フジン の メ を むかえた。 ヒタイ の せまい、 アゴ の かたい フジン の カオ は、 ケイベツ と サイギ の イロ を みなぎらして ヨウコ に むかった。 ヨウコ は、 ナマエ だけ を かねて から ききしって したって いた ヒト を、 イマ メノマエ に みた よう に、 ウヤウヤシサ と シタシミ との まじりあった ヒョウジョウ で これ に おうじた。 そして すぐ その ソバ から、 フジン の マエ にも トンジャク なく、 ユウワク の ヒトミ を こらして その オット の ヨコガオ を じっと みやる の だった。
「タガワ ホウガク ハカセ フジン バンザイ」 「バンザイ」 「バンザイ」
 タガワ その ヒト に たいして より も さらに こわだか な ダイカンコ が、 サンバシ に いて カサ を ふり ボウシ を うごかす ヒトビト の ムレ から おこった。 タガワ フジン は せわしく ヨウコ から メ を うつして、 グンシュウ に トットキ の エガオ を みせながら、 レース で ササベリ を とった ハンケチ を ふらねば ならなかった。 タガワ の すぐ ソバ に たって、 ムネ に ナニ か あかい ハナ を さして カタ の いい フロック コート を きて、 ほほえんで いた フウリュウ な ワカシンシ は、 サンバシ の カンコ を ひきとって、 タガワ フジン の メンゼン で ボウシ を たかく あげて バンザイ を さけんだ。 デッキ の ウエ は また ひとしきり どよめきわたった。
 やがて カンパン の ウエ は、 こんな サワギ の ホカ に なんとなく せわしく なって きた。 ジムイン や スイフ たち が、 ものせわしそう に ヒトナカ を ぬうて あちこち する アイダ に、 テ を とりあわん ばかり に ちかよって ワカレ を おしむ ヒトビト の ムレ が ここ にも かしこ にも みえはじめた。 サルーン デッキ から みる と、 サントウキャク の ミオクリニン が ボーイ チョウ に せきたてられて、 ぞくぞく ゲンモン から おりはじめた。 それ と イレカワリ に、 ボウシ、 ウワギ、 ズボン、 エリカザリ、 クツ など の チョウワ の すこし も とれて いない くせ に、 むやみ に きどった ヨウソウ を した ヒバン の カキュウ センイン たち が、 ぬれた カサ を ひからしながら かけこんで きた。 その サワギ の アイダ に、 イッシュ なまぐさい よう な あたたかい ジョウキ が カンパン の ヒト を とりまいて、 フォクスル の ほう で、 イマ まで やかましく ニモツ を まきあげて いた クレーン の オト が とつぜん やむ と、 かーん と する ほど ヒトビト の ミミ は かえって とおく なった。 へだたった ところ から たがいに よびかわす スイフ ら の たかい コエ は、 この フネ に どんな ダイキケン でも おこった か と おもわせる よう な フアン を まきちらした。 したしい アイダ の ヒトタチ は ワカレ の セツナサ に ココロ が わくわく して ろくに クチ も きかず、 ギリ イッペン の ミオクリニン は、 ややともすると マワリ に キ が とられて みおくる べき ヒト を みうしなう、 そんな あわただしい バツビョウ の マギワ に なった。 ヨウコ の マエ にも キュウ に イロイロ な ヒト が よりあつまって きて、 おもいおもい に ワカレ の コトバ を のこして フネ を おりはじめた。 ヨウコ は こんな コンザツ な アイダ にも タガワ の ヒトミ が ときどき ジブン に むけられる の を イシキ して、 その ヒトミ を おどろかす よう な なまめいた ポーズ や、 たよりなげ な ヒョウジョウ を みせる の を わすれない で、 コトバスクナ に それら の ヒト に アイサツ した。 オジ と オバ とは ハカ の アナ まで ブジ に カン を はこんだ ニンプ の よう に、 トオリイッペン の こと を いう と、 アズカリモノ を ヨウコ に わたして、 テ の チリ を はたかん ばかり に すげなく、 マッサキ に ゲンテイ を おりて いった。 ヨウコ は ちらっと オバ の ウシロスガタ を みおくって おどろいた。 イマ の イマ まで どこ とて にかよう ところ の みえなかった オバ も、 その アネ なる ヨウコ の ハハ の キモノ を オビ まで かりて きこんで いる の を みる と、 はっと おもう ほど アネ に そっくり だった。 ヨウコ は なんと いう こと なし に いや な ココロモチ が した。 そして こんな キンチョウ した バアイ に こんな ちょっと した こと に まで こだわる ジブン を ミョウ に おもった。 そう おもう マ も あらせず、 コンド は シンルイ の ヒトタチ が 5~6 ニン ずつ、 クチグチ に こやかましく ナニ か いって、 あわれむ よう な ねたむ よう な メツキ を なげあたえながら、 ゲンエイ の よう に ヨウコ の メ と キオク と から きえて いった。 マルマゲ に ゆったり キョウシ-らしい ジミ な ソクハツ に あげたり して いる 4 ニン の ガッコウ トモダチ も、 イマ は ヨウコ とは かけへだたった キョウガイ の コトバヅカイ を して、 ムカシ ヨウコ に ちかった コトバ など は わすれて しまった ウラギリモノ の そらぞらしい ナミダ を みせたり して、 アメ に ぬらすまい と タモト を ダイジ に かばいながら、 カサ に かくれて これ も ゲンテイ を きえて いって しまった。 サイゴ に モノオジ する ヨウス の ウバ が ヨウコ の マエ に きて コシ を かがめた。 ヨウコ は とうとう ゆきつまる ところ まで きた よう な オモイ を しながら、 ふりかえって コトウ を みる と、 コトウ は いぜん と して テスリ に ミ を よせた まま、 キヌケ でも した よう に、 メ を すえて ジブン の 2~3 ゲン サキ を ぼんやり ながめて いた。
「ギイチ さん、 フネ の でる の も マ が なさそう です から どうか これ…… ワタシ の ウバ です の…… の テ を ひいて おろして やって くださいまし な。 すべり でも する と こおう ござんす から」
と ヨウコ に いわれて コトウ は はじめて ワレ に かえった。 そして ヒトリゴト の よう に、
「この フネ で ボク も アメリカ に いって みたい なあ」
と ノンキ な こと を いった。
「どうか サンバシ まで みて やって くださいまし ね。 アナタ も そのうち ぜひ いらっしゃいまし な…… ギイチ さん、 それでは これ で オワカレ。 ホントウ に、 ホントウ に」
と いいながら ヨウコ は なんとなく シタシミ を いちばん ふかく この セイネン に かんじて、 おおきな メ で コトウ を じっと みた。 コトウ も いまさら の よう に ヨウコ を じっと みた。
「オレイ の モウシヨウ も ありません。 コノウエ の オネガイ です、 どうぞ イモウト たち を みて やって くださいまし。 あんな ヒトタチ には どうしたって たのんで は おけません から。 ……さようなら」
「さようなら」
 コトウ は オウムガエシ に モギドウ に これ だけ いって、 ふいと テスリ を はなれて、 ムギワラ ボウシ を まぶか に かぶりながら、 ウバ に つきそった。
 ヨウコ は ハシゴ の アガリグチ まで いって フタリ に カサ を かざして やって、 1 ダン 1 ダン とおざかって ゆく フタリ の スガタ を みおくった。 トウキョウ で ワカレ を つげた アイコ や サダヨ の スガタ が、 アメ に ぬれた カサ の ヘン を ゲンエイ と なって みえたり かくれたり した よう に おもった。 ヨウコ は フシギ な ココロ の シュウチャク から サダコ には とうとう あわない で しまった。 アイコ と サダヨ とは ぜひ ミオクリ が したい と いう の を、 ヨウコ は しかりつける よう に いって とめて しまった。 ヨウコ が ジンリキシャ で イエ を でよう と する と、 なんの キ なし に アイコ が マエガミ から ぬいて ビン を かこう と した クシ が、 もろくも ぽきり と おれた。 それ を みる と アイコ は こらえ こらえて いた ナミダ の セキ を きって コエ を たてて なきだした。 サダヨ は ハジメ から ハラ でも たてた よう に、 もえる よう な メ から トメド なく ナミダ を ながして、 じっと ヨウコ を みつめて ばかり いた。 そんな いたいたしい ヨウス が その とき まざまざ と ヨウコ の メノマエ に ちらついた の だ。 ヒトリポッチ で とおい タビ に かしまだって ゆく ジブン と いう もの が あじきなく も おもいやられた。 そんな ココロモチ に なる と せわしい アイダ にも ヨウコ は ふと タガワ の ほう を ふりむいて みた。 チュウガッコウ の セイフク を きた フタリ の ショウネン と、 カミ を オサゲ に して、 オビ を オハサミ に しめた ショウジョ と が、 タガワ と フジン との アイダ に からまって ちょうど コクベツ を して いる ところ だった。 ツキソイ の モリ の オンナ が ショウジョ を だきあげて、 タガワ フジン の クチビル を その ヒタイ に うけさして いた。 ヨウコ は そんな バメン を みせつけられる と、 ヒトゴト ながら ジブン が ヒニク で むちうたれる よう に おもった。 リュウ をも かして メスブタ に する の は ハハ と なる こと だ。 イマ の イマ まで やく よう に サダコ の こと を おもって いた ヨウコ は、 タガワ フジン に たいして すっかり ハンタイ の こと を かんがえた。 ヨウコ は その いまいましい コウケイ から メ を うつして ゲンテイ の ほう を みた。 しかし そこ には もう ウバ の スガタ も コトウ の カゲ も なかった。
 たちまち センシュ の ほう から けたたましい ドラ の オト が ひびきはじめた。 フネ の ジョウゲ は サイゴ の ドヨメキ に ゆらぐ よう に みえた。 ながい ツナ を ひきずって ゆく スイフ が ボウシ の おちそう に なる の を ミギ の テ で ささえながら、 アタリ の クウキ に はげしい ドウヨウ を おこす ほど の イキオイ で いそいで ヨウコ の ソバ を とおりぬけた。 ミオクリニン は イッセイ に ボウシ を ぬいで ゲンテイ の ほう に あつまって いった。 その サイ に なって イソガワ ジョシ は はたと ヨウコ の こと を おもいだした らしく、 タガワ フジン に ナニ か いって おいて ヨウコ の いる ところ に やって きた。
「いよいよ おわかれ に なった が、 いつぞや おはなし した タガワ の オクサン に おひきあわせ しよう から ちょっと」
 ヨウコ は イソガワ ジョシ の シンセツブリ の ギセイ に なる の を ショウチ しつつ、 イッシュ の コウキシン に ひかされて、 その アト に ついて ゆこう と した。 ヨウコ に はじめて モノ を いう タガワ の タイド も みて やりたかった。 その とき、
「ヨウコ さん」
と とつぜん いって、 ヨウコ の カタ に テ を かけた モノ が あった。 ふりかえる と ビール の ヨイ の ニオイ が むせかえる よう に ヨウコ の ハナ を うって、 メ の シン まで あかく なった しらない ワカモノ の カオ が、 ちかぢか と ハナサキ に あらわれて いた。 はっと ミ を ひく イトマ も なく、 ヨウコ の カタ は ビショヌレ に なった ヨイドレ の ウデ で がっしり と まかれて いた。
「ヨウコ さん、 おぼえて います か ワタシ を…… アナタ は ワタシ の イノチ なん だ。 イノチ なん です」
と いう うち にも、 その メ から は ほろほろ と にえる よう な ナミダ が ながれて、 まだ うらわかい なめらか な ホオ を つたった。 ヒザ から シタ が ふらつく の を ヨウコ に すがって あやうく ささえながら、
「ケッコン を なさる ん です か…… おめでとう…… おめでとう…… だが アナタ が ニホン に いなく なる と おもう と…… いたたまれない ほど こころぼそい ん だ…… ワタシ は……」
 もう コエ さえ つづかなかった。 そして ふかぶか と イキ を ひいて しゃくりあげながら、 ヨウコ の カタ に カオ を ふせて さめざめ と オトコナキ に なきだした。
 この フイ な デキゴト は さすが に ヨウコ を おどろかし も し、 キマリ も わるく させた。 ダレ だ とも、 いつ どこ で あった とも おもいだす ヨシ が ない。 キベ コキョウ と わかれて から、 なんと いう こと なし に ステバチ な ココチ に なって、 ダレカレ の サベツ も なく ちかよって くる オトコ たち に たいして カッテ キママ を ふるまった その アイダ に、 グウゼン に であって グウゼン に わかれた ヒト の ウチ の ヒトリ でも あろう か。 あさい ココロ で もてあそんで いった ココロ の ウチ に この オトコ の ココロ も あった の で あろう か。 とにかく ヨウコ には すこしも おもいあたる フシ が なかった。 ヨウコ は その オトコ から はなれたい イッシン に、 テ に もった テカバン と ツツミモノ と を カンパン の ウエ に ほうりなげて、 ワカモノ の テ を やさしく ふりほどこう と して みた が ムエキ だった。 シンルイ や ホウバイ たち の ことあれがし な メ が ひとしく ヨウコ に そそがれて いる の を ヨウコ は いたい ほど ミ に かんじて いた。 と ドウジ に、 オトコ の ナミダ が うすい ヒトエ の メ を とおして、 ヨウコ の ハダ に しみこんで くる の を かんじた。 みだれた つやつやしい カミ の ニオイ も つい ハナ の サキ で ヨウコ の ココロ を うごかそう と した。 ハジ も ガイブン も わすれはてて、 オオゾラ の シタ で すすりなく オトコ の スガタ を みて いる と、 そこ には かすか な ホコリ の よう な キモチ が わいて きた。 フシギ な ニクシミ と イトシサ が こんがらがって ヨウコ の ココロ の ウチ で うずまいた。 ヨウコ は、
「さ、 もう はなして くださいまし、 フネ が でます から」
と きびしく いって おいて、 かんで ふくめる よう に、
「ダレ でも いきてる アイダ は こころぼそく くらす ん です のよ」
と その ミミモト に ささやいて みた。 ワカモノ は よく わかった と いう ふう に ふかぶか と うなずいた。 しかし ヨウコ を だく テ は きびしく ふるえ こそ すれ、 ゆるみそう な ヨウス は すこしも みえなかった。
 ものものしい ドラ の ヒビキ は サゲン から ウゲン に まわって、 また センシュ の ほう に きこえて ゆこう と して いた。 センイン も ジョウキャク も もうしあわした よう に ヨウコ の ほう を みまもって いた。 サッキ から テモチ ブサタ そう に ただ たって ナリユキ を みて いた イソガワ ジョシ は おもいきって ちかよって きて、 ワカモノ を ヨウコ から ひきはなそう と した が、 ワカモノ は むずかる コドモ の よう に ジダンダ を ふんで ますます ヨウコ に よりそう ばかり だった。 センシュ の ほう に むらがって シゴト を しながら、 この ヨウス を みまもって いた スイフ たち は イッセイ に たかく ワライゴエ を たてた。 そして その ウチ の ヒトリ は わざと フネジュウ に きこえわたる よう な クサメ を した。 バツビョウ の ジコク は 1 ビョウ 1 ビョウ に せまって いた。 モノワライ の マト に なって いる、 そう おもう と ヨウコ の ココロ は イトシサ から はげしい イトワシサ に かわって いった。
「さ、 おはなし ください、 さ」
と きわめて レイコク に いって、 ヨウコ は タスケ を もとめる よう に アタリ を みまわした。
 タガワ ハカセ の ソバ に いて ナニ か ハナシ を して いた ヒトリ の タイヒョウ な センイン が いた が、 ヨウコ の トウワク しきった ヨウス を みる と、 いきなり オオマタ に ちかづいて きて、
「どれ、 ワタシ が シタ まで おつれ しましょう」
と いう や いなや、 ヨウコ の ヘンジ も またず に ワカモノ を コト も なく だきすくめた。 ワカモノ は この ランボウ に かっと なって いかりくるった が、 その センイン は ちいさな ニモツ でも あつかう よう に、 ワカモノ の ドウ の アタリ を ミギワキ に かいこんで、 やすやす と ゲンテイ を おりて いった。 イソガワ ジョシ は あたふた と ヨウコ に アイサツ も せず に その アト に つづいた。 しばらく する と ワカモノ は サンバシ の グンシュウ の アイダ に センイン の テ から おろされた。
 けたたましい キテキ が とつぜん なりはためいた。 タガワ フサイ の ミオクリニン たち は この コエ で カツ を いれられた よう に なって、 どよめきわたりながら、 タガワ フサイ の バンザイ を もう イチド くりかえした。 ワカモノ を サンバシ に つれて いった、 かの キョダイ な センイン は、 おおきな タイク を マシラ の よう に かるく もてあつかって、 オト も たてず に サンバシ から しずしず と はなれて ゆく フネ の ウエ に ただ ヒトスジ の ツナ を つたって あがって きた。 ヒトビト は また その ハヤワザ に おどろいて メ を みはった。
 ヨウコ の メ は ドキ を ふくんで テスリ から しばらく の アイダ かの ワカモノ を みすえて いた。 ワカモノ は キョウキ の よう に リョウテ を ひろげて フネ に かけよろう と する の を、 キンジョ に いあわせた 3~4 ニン の ヒト が あわてて ひきとめる、 それ を また すりぬけよう と して くみふせられて しまった。 ワカモノ は くみふせられた まま ヒダリ の ウデ を クチ に あてがって おもいきり かみしばりながら なきしずんだ。 その ウシ の ウメキゴエ の よう な ナキゴエ が けうとく フネ の ウエ まで きこえて きた。 ミオクリニン は おもわず ナリ を しずめて この キョウボウ な ワカモノ に メ を そそいだ。 ヨウコ も ヨウコ で、 スガタ も かくさず テスリ に カタテ を かけた まま つったって、 おなじく この ワカモノ を みすえて いた。 と いって ヨウコ は その ワカモノ の ウエ ばかり を おもって いる の では なかった。 ジブン でも フシギ だ と おもう よう な、 うつろ な ヨユウ が そこ には あった。 コトウ が ワカモノ の ほう には メ も くれず に じっと アシモト を みつめて いる の にも キ が ついて いた。 しんだ アネ の ハレギ を カリギ して いい ココチ に なって いる よう な オバ の スガタ も メ に うつって いた。 フネ の ほう に ウシロ を むけて (おそらく それ は カナシミ から ばかり では なかったろう。 その ワカモノ の キョドウ が おいた ココロ を ひしいだ に ちがいない) テヌグイ を しっかり と リョウメ に あてて いる ウバ も みのがして は いなかった。
 いつのまに うごいた とも なく フネ は サンバシ から とおざかって いた。 ヒト の ムレ が クロアリ の よう に あつまった そこ の コウケイ は、 ヨウコ の メノマエ に ひらけて ゆく おおきな ミナト の ケシキ の チュウケイ に なる まで に ちいさく なって いった。 ヨウコ の メ は ヨウコ ジシン にも うたがわれる よう な こと を して いた。 その メ は ちいさく なった ヒトカゲ の ナカ から ウバ の スガタ を さぐりだそう と せず、 イッシュ の ナツカシミ を もつ ヨコハマ の シガイ を ミオサメ に ながめよう と せず、 ぎょうぜん と して ちいさく うずくまる ワカモノ の らしい コクテン を みつめて いた。 ワカモノ の さけぶ コエ が、 サンバシ の ウエ で うちふる ハンケチ の ときどき ぎらぎら と ひかる ごと に、 ヨウコ の アタマ の ウエ に はりわたされた アマヨケ の ホヌノ の ハシ から シタタリ が ぽつり ぽつり と ヨウコ の カオ を うつ たび に、 ダンゾク して きこえて くる よう に おもわれた。 「ヨウコ さん、 アナタ は ワタシ を ミゴロシ に する ん です か…… ミゴロシ に する ん……」

 10

 はじめて の リョカク も ものなれた リョカク も、 バツビョウ した ばかり の フネ の カンパン に たって は、 おちついた ココロ で いる こと が できない よう だった。 アトシマツ の ため に せわしく ウオウ サオウ する センイン の ジャマ に なりながら、 なにがなし の コウフン に じっと して は いられない よう な カオツキ を して、 ジョウキャク は ヒトリ のこらず カンパン に あつまって、 イマ まで ジブン たち が ソバ ちかく みて いた サンバシ の ほう に メ を むけて いた。 ヨウコ も その ヨウス だけ で いう と、 タ の ジョウキャク と おなじ よう に みえた。 ヨウコ は タ の ジョウキャク と おなじ よう に テスリ に よりかかって、 しずか な ハルサメ の よう に ふって いる アメ の シズク に カオ を なぶらせながら、 ハトバ の ほう を ながめて いた が、 けれども その ヒトミ には なんにも うつって は いなかった。 そのかわり メ と ノウ との アイダ と おぼしい アタリ を、 したしい ヒト や うとい ヒト が、 ナニ か ワケ も なく せわしそう に あらわれでて、 めいめい いちばん ふかい インショウ を あたえる よう な ドウサ を して は きえて いった。 ヨウコ の チカク は ハンブン ねむった よう に ぼんやり して チュウイ する とも なく その スガタ に チュウイ して いた。 そして この ハンスイ の ジョウタイ が やぶれ でも したら タイヘン な こと に なる と、 ココロ の どこ か の スミ では かんがえて いた。 そのくせ、 それ を ものものしく おそれる でも なかった。 カラダ まで が カンカクテキ に しびれる よう な モノウサ を おぼえた。
 ワカモノ が あらわれた。 (どうして あの オトコ は それほど の インネン も ない のに しゅうねく つきまつわる の だろう と ヨウコ は ヒトゴト の よう に おもった) その みだれた うつくしい カミノケ が、 ユウヒ と かがやく まぶしい ヒカリ の ナカ で、 ブロンド の よう に きらめいた。 かみしめた その ヒダリ の ウデ から チ が ぽたぽた と したたって いた。 その シタタリ が ウデ から はなれて チュウ に とぶ ごと に、 ニジイロ に きらきら と トモエ を えがいて とびおどった。
「……ワタシ を みすてる ん……」
 ヨウコ は その コエ を まざまざ と きいた と おもった とき、 メ が さめた よう に ふっと あらためて ミナト を みわたした。 そして、 なんの カンジ も おこさない うち に、 ジュクスイ から ちょっと おどろかされた アカゴ が、 また たわいなく ネムリ に おちて ゆく よう に、 ふたたび ユメ とも ウツツ とも ない ココロ に かえって いった。 ミナト の ケシキ は いつのまにか きえて しまって、 ジブン で ジブン の ウデ に しがみついた ワカモノ の スガタ が、 まざまざ と あらわれでた。 ヨウコ は それ を みながら どうして こんな ヘン な ココロモチ に なる の だろう。 チ の せい と でも いう の だろう か。 コト に よる と ヒステリー に かかって いる の では ない かしらん など と ノンキ に ジブン の ミノウエ を かんがえて いた。 いわば ゆうゆう かんかん と すみわたった ミズ の トナリ に、 ウスガミ ヒトエ の サカイ も おかず、 たぎりかえって うずまきながれる ミズ が ある。 ヨウコ の ココロ は その しずか な ほう の ミズ に うかびながら、 タキガワ の ナカ に もまれ もまれて おちて ゆく ジブン と いう もの を ヒトゴト の よう に ながめやって いる よう な もの だった。 ヨウコ は ジブン の レイタンサ に あきれながら、 それでも やっぱり おどろき も せず、 テスリ に よりかかって じっと たって いた。
「タガワ ホウガク ハカセ」
 ヨウコ は また ふと イタズラモノ-らしく こんな こと を おもって いた。 が、 タガワ フサイ が ジブン と ハンタイ の フナベリ の トウイス に こしかけて、 せじせじしく ちかよって くる ドウセンシャ と ナニ か ジョウダングチ でも きいて いる と ヒトリ で きめる と、 アンシン でも した よう に ゲンソウ は また かの ワカモノ に かえって いった。 ヨウコ は ふと ミギ の カタ に アタタカミ を おぼえる よう に おもった。 そこ には ワカモノ の あつい ナミダ が しみこんで いる の だ。 ヨウコ は ムユウビョウシャ の よう な メツキ を して、 やや アタマ を ウシロ に ひきながら カタ の ところ を みよう と する と、 その シュンカン、 ワカモノ を フネ から サンバシ に つれだした センイン の こと が はっと おもいだされて、 イマ まで めしいて いた よう な メ に、 まざまざ と その おおきな くろい カオ が うつった。 ヨウコ は なお ゆめみる よう な メ を みひらいた まま、 センイン の こい マユ から くろい クチヒゲ の アタリ を みまもって いた。
 フネ は もう かなり ソクリョク を はやめて、 キリ の よう に ふる とも なく ふる アメ の ナカ を はしって いた。 ゲンソク から はきだされる ステミズ の オト が ざあざあ と きこえだした ので、 とおい ゲンソウ の クニ から イッソクトビ に とって かえした ヨウコ は、 ユメ では なく、 マガイ も なく メノマエ に たって いる センイン を みて、 なんと いう こと なし に ぎょっと ホントウ に おどろいて たちすくんだ。 はじめて アダム を みた イブ の よう に ヨウコ は まじまじ と めずらしく も ない はず の ヒトリ の オトコ を みやった。
「ずいぶん ながい タビ です が、 なに、 もう これだけ ニホン が とおく なりました ん だ」
と いって その センイン は ミギテ を のべて キョリュウチ の ハナ を ゆびさした。 がっしり した カタ を ゆすって、 イキオイ よく スイヘイ に のばした その ウデ から は、 つよく はげしく カイジョウ に いきる オトコ の チカラ が ほとばしった。 ヨウコ は だまった まま かるく うなずいた。 ムネ の シタ の ところ に フシギ な ニクタイテキ な ショウドウ を かすか に かんじながら。
「オヒトリ です な」
 しおがれた つよい コエ が また こう ひびいた。 ヨウコ は また だまった まま かるく うなずいた。
 フネ は やがて ノリタテ の センキャク の アシモト に かすか な フアン を あたえる ほど に ソクリョク を はやめて はしりだした。 ヨウコ は センイン から メ を うつして ウミ の ほう を みわたして みた が、 ジブン の ソバ に ヒトリ の オトコ が たって いる と いう、 つよい イシキ から おこって くる フアン は どうしても けす こと が できなかった。 ヨウコ に して は それ は フシギ な ケイケン だった。 こっち から ナニ か モノ を いいかけて、 この くるしい アッパク を うちやぶろう と おもって も それ が できなかった。 イマ ナニ か モノ を いったら きっと ひどい フシゼン な モノ の イイカタ に なる に きまって いる。 そう か と いって その センイン には ムトンジャク に もう イチド マエ の よう な ゲンソウ に ミ を まかせよう と して も ダメ だった。 シンケイ が キュウ に ざわざわ と さわぎたって、 ぼーっと けぶった キリサメ の かなた さえ みとおせそう に メ が はっきり して、 サキホド の おっかぶさる よう な アンシュウ は、 いつのまにか はかない デキゴコロ の シワザ と しか かんがえられなかった。 その センイン は ボウジャク ブジン に カクシ の ナカ から ナニ か かいた もの を とりだして、 それ を エンピツ で チェック しながら、 ときどき おもいだした よう に カオ を ひいて マユ を しかめながら、 エリ の オリカエシ に ついた シミ を、 オヤユビ の ツメ で ごしごし と けずって は はじいて いた。
 ヨウコ の シンケイ は そこ に いたたまれない ほど ちかちか と はげしく はたらきだした。 ジブン と ジブン との アイダ に のそのそ と エンリョ も なく オオマタ で はいりこんで くる ジャマモノ でも さける よう に、 その センイン から とおざかろう と して、 つと テスリ から はなれて ジブン の センシツ の ほう に ハシゴダン を おりて ゆこう と した。
「どこ に オイデ です」
 ウシロ から、 ヨウコ の アタマ から ツマサキ まで を ちいさな もの で でも ある よう に、 ヒトメ に こめて みやりながら、 その センイン は こう たずねた。 ヨウコ は、
「センシツ まで まいります の」
と こたえない わけ には ゆかなかった。 その コエ は ヨウコ の モクロミ に はんして おそろしく しとやか な ヒビキ を たてて いた。 すると その オトコ は オオマタ で ヨウコ と スレスレ に なる まで ちかづいて きて、
「カビン ならば ナガタ さん から の オハナシ も ありました し、 オヒトリタビ の よう でした から、 イムシツ の ワキ に うつして おきました。 ゴラン に なった マエ の ヘヤ より すこし キュウクツ かも しれません が、 ナニカ に ゴベンリ です よ。 ゴアンナイ しましょう」
と いいながら ヨウコ を すりぬけて サキ に たった。 ナニ か ホウジュン な サケ の シミ と シガー との ニオイ が、 この オトコ コユウ の ハダ の ニオイ で でも ある よう に つよく ヨウコ の ハナ を かすめた。 ヨウコ は、 どしん どしん と せまい ハシゴダン を ふみしめながら おりて ゆく その オトコ の ふとい クビ から ひろい カタ の アタリ を じっと みやりながら その アト に つづいた。
 24~25 キャク の イス が ショクタク に セ を むけて ずらっと ならべて ある ショクドウ の ナカホド から、 ヨコチョウ の よう な くらい ロウカ を ちょっと はいる と、 ミギ の ト に 「イムシツ」 と かいた ガンジョウ な シンチュウ の フダ が かかって いて、 その ムカイ の ヒダリ の ト には 「No.12 サツキ ヨウコ ドノ」 と ハクボク で かいた ウルシヌリ の フダ が さがって いた。 センイン は つかつか と そこ に はいって、 いきなり イキオイ よく イムシツ の ト を ノック する と、 たかい ダブル カラー の マエ だけ を はずして、 ウワギ を ぬぎすてた センイ らしい オトコ が、 あたふた と ほそながい なまじろい カオ を つきだした が、 そこ に ヨウコ が たって いる の を めざとく みてとって、 あわてて クビ を ひっこめて しまった。 センイン は おおきな ハバカリ の ない コエ で、
「おい 12 バン は すっかり ソウジ が できたろう ね」
と いう と、 イムシツ の ナカ から は オンナ の よう な コエ で、
「さして おきました よ。 きれい に なってる はず です が、 ゴラン なすって ください。 ワタシ は イマ ちょっと」
と センイ は スガタ を みせず に こたえた。
「こりゃ いったい センイ の プライベート なん です が、 アナタ の ため に おあけ もうす って いって くれた もん です から、 ボーイ に ソウジ する よう に いいつけて おきました ん です。 ど、 きれい に なっとる かしらん」
 センイン は そう つぶやきながら ト を あけて ひとわたり ナカ を みまわした。
「むむ、 いい よう です」
 そして ミチ を ひらいて、 カクシ から 「ニッポン ユウセン-ガイシャ エノシママル ジムチョウ クン 6 トウ クラチ サンキチ」 と かいた おおきな メイシ を だして ヨウコ に わたしながら、
「ワタシ が ジムチョウ を しとります。 ゴヨウ が あったら なんでも どうか」
 ヨウコ は また だまった まま うなずいて その おおきな メイシ を テ に うけた。 そして ジブン の ヘヤ と きめられた その ヘヤ の たかい シキイ を こえよう と する と、
「ジムチョウ さん は そこ でした か」
と たずねながら タガワ ハカセ が その フジン と うちつれて ロウカ の ナカ に たちあらわれた。 ジムチョウ が ボウシ を とって アイサツ しよう と して いる アイダ に、 ヨウソウ の タガワ フジン は ヨウコ を めざして、 スカーツ の キヌズレ の オト を たてながら つかつか と よって きて メガネ の オク から ちいさく ひかる メ で じろり と みやりながら、
「イソガワ さん が ウワサ して いらしった カタ は アナタ ね。 なんとか おっしゃいました ね オナ は」
と いった。 この 「なんとか おっしゃいました ね」 と いう コトバ が、 ナ も ない モノ を あわれんで みて やる と いう ハラ を ジュウブン に みせて いた。 イマ まで ジムチョウ の マエ で、 めずらしく ウケミ に なって いた ヨウコ は、 この コトバ を きく と、 つよい ショウドウ を うけた よう に なって ワレ に かえった。 どういう タイド で ヘンジ を して やろう か と いう こと が、 イチバン に アタマ の ナカ で ハツカネズミ の よう に はげしく はたらいた が、 ヨウコ は すぐ ハラ を きめて ひどく シタデ に ジンジョウ に でた。 「あ」 と おどろいた よう な コトバ を なげて おいて、 テイネイ に ひくく ツムリ を さげながら、
「こんな ところ まで…… おそれいります。 ワタクシ サツキ ヨウ と もうします が、 タビ には フナレ で おります のに ヒトリタビ で ございます から……」
と いって、 ヒトミ を イナズマ の よう に タガワ に うつして、
「ゴメイワク では ございましょう が なにぶん よろしく ねがいます」
と また ツムリ を さげた。 タガワ は その コトバ の おわる の を まちかねた よう に ひきとって、
「なに フナレ は ワタシ の サイ も ドウヨウ です よ。 なにしろ この フネ の ナカ には オンナ は フタリ ぎり だ から オタガイ です」
と あまり なめらか に いって のけた ので、 ツマ の マエ でも はばかる よう に コンド は タイド を あらためながら ジムチョウ に むかって、
「チャイニース ステアレージ には ナンニン ほど います か ニホン の オンナ は」
と といかけた。 ジムチョウ は レイ の シオカラゴエ で、
「さあ、 まだ チョウボ も ろくろく セイリ して みません から、 しっかり とは わかりかねます が、 なにしろ コノゴロ は だいぶ ふえました。 30~40 ニン も います か。 オクサン ここ が イムシツ です。 なにしろ 9 ガツ と いえば キュウ の ニッパチガツ の 8 ガツ です から、 タイヘイヨウ の ほう は しける こと も あります ん だ。 たまに は ここ にも ゴヨウ が できます ぞ。 ちょっと センイ も ゴショウカイ して おきます で」
「まあ そんな に あれます か」
と タガワ フジン は じっさい おそれた らしく、 ヨウコ を かえりみながら すこし イロ を かえた。 ジムチョウ は こともなげ に、
「しけます ん だ ずいぶん」
と コンド は ヨウコ の ほう を マトモ に みやって ほほえみながら、 おりから ヘヤ を でて きた コウロク と いう センイ を 3 ニン に ひきあわせた。
 タガワ フサイ を みおくって から ヨウコ は ジブン の ヘヤ に はいった。 さらぬだに どこ か じめじめ する よう な カビン には、 キョウ の アメ の ため に むす よう な クウキ が こもって いて、 キセン トクユウ な セイヨウ-くさい ニオイ が ことに つよく ハナ に ついた。 オビ の シタ に なった ヨウコ の ムネ から セ に かけた アタリ は アセ が じんわり にじみでた らしく、 むしむし する よう な フユカイ を かんずる ので、 せまくるしい バース を とりつけたり、 センメンダイ を すえたり して ある その アイダ に、 キュウクツ に つみかさねられた コニモツ を みまわしながら、 オビ を ときはじめた。 ケショウ カガミ の ついた タンス の ウエ には、 クダモノ の カゴ が ヒトツ と ハナタバ が フタツ のせて あった。 ヨウコ は エリマエ を くつろげながら、 ダレ から よこした もの か と その ハナタバ の ヒトツ を とりあげる と、 その ソバ から あつい カミキレ の よう な もの が でて きた。 テ に とって みる と それ は テフダガタ の シャシン だった。 まだ ジョガッコウ に かよって いる らしい、 カミ を ソクハツ に した ムスメ の ハンシンゾウ で、 その ウラ には 「コウロク サマ。 とりのこされたる チヨ より」 と して あった。 そんな もの を コウロク が しまいわすれる はず が ない。 わざと わすれた ふう に みせて、 ヨウコ の ココロ に コウキシン なり かるい シット なり を あおりたてよう と する、 あまり テモト の みえすいた カラクリ だ と おもう と、 ヨウコ は さげすんだ ココロモチ で、 イヌ に でも やる よう に ぽいと それ を ユカ の ウエ に ほうりなげた。 ヒトリ の タビ の フジン に たいして フネ の ナカ の オトコ の ココロ が どういう ふう に うごいて いる か を その シャシン 1 マイ が カタリガオ だった。 ヨウコ は なんと いう こと なし に ちいさな ヒニク な ワライ を クチビル の ところ に うかべて いた。
 シンダイ の シタ に おしこんで ある ひらべったい トランク を ひきだして、 その ナカ から ユカタ を とりだして いる と、 ノック も せず に とつぜん ト を あけた モノ が あった。 ヨウコ は おもわず シュウチ から カオ を あからめて、 ひきだした ハデ な ユカタ を タテ に、 しだらなく ぬぎかけた ナガジュバン の スガタ を かくまいながら たちあがって ふりかえって みる と、 それ は センイ だった。 はなやか な シタギ を ユカタ の トコロドコロ から のぞかせて、 オビ も なく ほっそり と トホウ に くれた よう に ミ を シャ に して たった ヨウコ の スガタ は、 オトコ の メ には ほしいまま な シゲキ だった。 コンイズク-らしく ト も たたかなかった コウロク も さすが に どぎまぎ して、 はいろう にも でよう にも ショザイ に きゅうして、 シキイ に カタアシ を ふみいれた まま トウワク そう に たって いた。
「とんだ フウ を して いまして ごめん くださいまし。 さ、 おはいり あそばせ。 なんぞ ゴヨウ でも いらっしゃいました の」
と ヨウコ は わらいかまけた よう に いった。 コウロク は いよいよ ド を うしないながら、
「いいえ なに、 イマ で なくって も いい の です が、 モト の オヘヤ の オマクラ の シタ に この テガミ が のこって いました の を、 ボーイ が とどけて きました んで、 はやく さしあげて おこう と おもって じつは ナニ した ん でした が……」
と いいながら カクシ から 2 ツウ の テガミ を とりだした。 てばやく うけとって みる と、 ヒトツ は コトウ が キムラ に あてた もの、 ヒトツ は ヨウコ に あてた もの だった。 コウロク は それ を てわたす と、 イッシュ の イミ ありげ な ワライ を メ だけ に うかべて、 カオ だけ は いかにも もっともらしく ヨウコ を みやって いた。 ジブン の した こと を ヨウコ も した と コウロク は おもって いる に ちがいない。 ヨウコ は そう スイリョウ する と、 かの ムスメ の シャシン を ユカ の ウエ から ひろいあげた。 そして わざと ウラ を むけながら ミムキ も しない で、
「こんな もの が ここ にも おちて おりました の。 オイモウト さん で いらっしゃいます か。 おきれい です こと」
と いいながら それ を つきだした。
 コウロク は ナニ か イイワケ の よう な こと を いって ヘヤ を でて いった。 と おもう と しばらく して イムシツ の ほう から ジムチョウ の らしい おおきな ワライゴエ が きこえて きた。 それ を きく と、 ジムチョウ は まだ そこ に いた か と、 ヨウコ は ワレ にも なく はっと なって、 おもわず きかえかけた キモノ の エモン に ヒダリテ を かけた まま、 ウツムキ カゲン に なって ヨコメ を つかいながら ミミ を そばだてた。 ハレツ する よう な ジムチョウ の ワライゴエ が また きこえて きた。 そして イムシツ の ト を さっと あけた らしく、 コエ が キュウ に イチバイ おおきく なって、
「Devil take it! No tame creature then, eh?」
と ランボウ に いう コエ が きこえた が、 それ と ともに マッチ を する オト が して、 やがて ハマキ を くわえた まま の クチゴモリ の する コトバ で、
「もう じき ケンエキセン だ。 ジュンビ は いい だろう な」
と いいのこした まま ジムチョウ は センイ の ヘンジ も またず に いって しまった らしかった。 かすか な ニオイ が ヨウコ の ヘヤ にも かよって きた。
 ヨウコ は キキミミ を たてながら うなだれて いた カオ を あげる と、 ショウメン を きって なんと いう こと なし に ビショウ を もらした。 そして すぐ ぎょっと して アタリ を みまわした が、 ワレ に かえって ジブン ヒトリ きり なの に アンド して、 いそいそ と キモノ を きかえはじめた。

 11

 エノシママル が ヨコハマ を バツビョウ して から もう ミッカ たった。 トウキョウ ワン を でぬける と、 クロシオ に のって、 キンカザン オキ アタリ から は コウロ を トウホク に むけて、 まっしぐら に イド を のぼって ゆく ので、 キオン は フツカ-メ アタリ から めだって すずしく なって いった。 リク の カゲ は いつのまにか フネ の どの フナベリ から も ながめる こと は できなく なって いた。 セバネ の ハイイロ な ハラ の しろい ウミドリ が、 ときどき おもいだした よう に さびしい コエ で なきながら、 フネ の シュウイ を むれとぶ ホカ には、 イキモノ の カゲ とて は みる こと も できない よう に なって いた。 おもい つめたい ガス が ノビ の ケムリ の よう に もうもう と ミナミ に はしって、 それ が アキ-らしい サギリ と なって、 センタイ を つつむ か と おもう と、 たちまち からっと はれた アオゾラ を フネ に のこして きえて いったり した。 カクベツ の カゼ も ない のに カイメン は いろこく なみうちさわいだ。 ミッカ-メ から は フネ の ナカ に さかん に スティム が とおりはじめた。
 ヨウコ は この ミッカ と いう もの、 イチド も ショクドウ に でず に センシツ に ばかり とじこもって いた。 フネ に よった から では ない。 はじめて とおい コウカイ を こころみる ヨウコ に して は、 それ は フシギ な くらい たやすい タビ だった。 フダン イジョウ に ショクヨク さえ まして いた。 シンケイ に つよい シゲキ が あたえられて、 とかく ウッケツ しやすかった ケツエキ も こく おもたい なり に なめらか に ケッカン の ナカ を ジュンカン し、 ウミ から くる イッシュ の チカラ が カラダ の スミズミ まで ゆきわたって、 うずうず する ほど な カツリョク を かんじさせた。 モラシドコロ の ない その カッキ が ウンドウ も せず に いる ヨウコ の カラダ から ココロ に つたわって、 イッシュ の ユウウツ に かわる よう に さえ おもえた。
 ヨウコ は それでも センシツ を でよう とは しなかった。 うまれて から はじめて コドク に ミ を おいた よう な カノジョ は、 コドモ の よう に それ が たのしみたかった し、 また センチュウ で カオミシリ の ダレカレ が できる マエ に、 これまで の こと、 これから の こと を ココロ に しめて かんがえて も みたい とも おもった。 しかし ヨウコ が ミッカ の アイダ センシツ に ひきこもりつづけた ココロモチ には、 もうすこし ちがった もの も あった。 ヨウコ は ジブン が センキャク たち から はげしい コウキ の メ で みられよう と して いる の を しって いた。 タテヤク は マクアキ から ブタイ に でて いる もの では ない。 カンキャク が まち に まって、 まちくたぶれそう に なった ジブン に、 しずしず と のりだして、 ブタイ の クウキ を おもうさま うごかさねば ならぬ の だ。 ヨウコ の ムネ の ウチ には こんな ずるがしこい イタズラ な ココロ も ひそんで いた の だ。
 ミッカ-メ の アサ デントウ が ユリ の ハナ の しぼむ よう に きえる コロ ヨウコ は ふと ふかい ネムリ から ムシアツサ を おぼえて メ を さました。 スティム の とおって くる ラディエター から、 シンクウ に なった クダ の ナカ に ジョウキ の ひえた シタタリ が おちて たてる はげしい ヒビキ が きこえて、 ヘヤ の ナカ は かるく あせばむ ほど あたたまって いた。 ミッカ の アイダ せまい ヘヤ の ナカ ばかり に いて スワリヅカレ ネヅカレ の した ヨウコ は、 せまくるしい バース の ウチ に キュウクツ に ねちぢまった ジブン を みいだす と、 シタ に なった ハンシン に かるい シビレ を おぼえて、 カラダ を アオムケ に した。 そして イチド ひらいた メ を とじて、 うつくしく マルミ を もった リョウ の ウデ を アタマ の ウエ に のばして、 ねみだれた カミ を もてあそびながら、 サメギワ の こころよい ネムリ に また しずか に おちて いった。 が、 ホド も なく ホントウ に メ を さます と、 おおきく メ を みひらいて、 あわてた よう に コシ から ウエ を おこして、 ちょうど メドオリ の ところ に ある イチメン に スイキ で くもった メマド を ながい ソデ で おしぬぐって、 ほてった ホオ を ひやひや する その マドガラス に すりつけながら ソト を みた。 ヨ は ホントウ には あけはなれて いない で、 マド の ムコウ には ヒカリ の ない こい ハイイロ が どんより と ひろがって いる ばかり だった。 そして ジブン の カラダ が ずっと たかまって やがて また おちて ゆく な と おもわしい コロ に、 マド に ちかい フナベリ に ざあっと あたって くだけて ゆく ハトウ が、 タンチョウ な ソコヂカラ の ある シンドウ を センシツ に あたえて、 フネ は かすか に ヨコ に かしいだ。 ヨウコ は ミウゴキ も せず に メ に その ハイイロ を ながめながら、 かみしめる よう に フネ の ドウヨウ を あじわって みた。 とおく とおく きた と いう リョジョウ が、 さすが に しみじみ と かんぜられた。 しかし ヨウコ の メ には おんならしい ナミダ は うかばなかった。 カッキ の ずんずん カイフク しつつ あった カノジョ には ナニ か パセティック な ユメ でも みて いる よう な オモイ を させた。
 ヨウコ は そうした まま で、 すぐる フツカ の アイダ ヒマ に まかせて おもいつづけた ジブン の カコ を ユメ の よう に くりかえして いた。 レンラク の ない オワリ の ない エマキ が つぎつぎ に ひろげられたり まかれたり した。 キリスト を こいこうて、 ヨル も ヒル も やみがたく、 ジュウジカ を あみこんだ うつくしい オビ を つくって ささげよう と いう イッシン に、 ニッカ も なにも ソッチノケ に して、 ユビ の サキ が ささくれる まで アミバリ を うごかした カレン な ショウジョ も、 その ゲンソウ の ウチ に あらわれでた。 キシュクシャ の 2 カイ の マド ちかく おおきな ハナ を ゆたか に ひらいた モクラン の ニオイ まで が そこいら に ただよって いる よう だった。 コクブンジ アト の、 ムサシノ の イッカク らしい クヌギ の ハヤシ も あらわれた。 すっかり ショウジョ の よう な ムジャキ な すなお な ココロ に なって しまって、 コキョウ の ヒザ に ミ も タマシイ も なげかけながら、 ナミダ と ともに ささやかれる コキョウ の ミミウチ の よう に ふるえた ほそい コトバ を、 ただ 「はいはい」 と ユメゴコチ に うなずいて のみこんだ あまい バメン は、 イマ の ヨウコ とは ちがった ヒト の よう だった。 そう か と おもう と サガン の ガケ の ウエ から ヒロセガワ を こえて アオバヤマ を イチメン に みわたした センダイ の ケシキ が するする と ひらけわたった。 ナツ の ヒ は ホッコク の ソラ にも あふれかがやいて、 しろい コイシ の カワラ の アイダ を マッサオ に ながれる カワ の ナカ には、 アカハダカ な ショウネン の ムレ が あかあか と した インショウ を メ に あたえた。 クサ を しかん ばかり に ひくく うずくまって、 はなやか な イロアイ の パラゾル に ヒ を よけながら、 だまって オモイ に ふける ヒトリ の オンナ ――その とき には カノジョ は どの イミ から も オンナ だった―― どこまでも マンゾク の えられない ココロ で、 だんだん と セケン から うずもれて ゆかねば ならない よう な キョウグウ に おしこめられよう と する ウンメイ。 たしか に ミチ を ふみちがえた とも おもい、 ふみちがえた の は ダレ が さした こと だ と カミ を すら なじって みたい よう な オモイ。 くらい サンシツ も かくれて は いなかった。 そこ の おそろしい チンモク の ナカ から おこる つよい こころよい アカゴ の ウブゴエ―― やみがたい ボセイ の イシキ―― 「ワレ すでに ヨ に かてり」 と でも いって みたい フシギ な ホコリ―― ドウジ に おもく ムネ を おさえつける セイ の くらい キュウヘン。 かかる とき おもい も もうけず ちからづよく せまって くる ふりすてた オトコ の シュウチャク。 アス をも たのみがたい イノチ の ユウヤミ に さまよいながら、 きれぎれ な コトバ で ヨウコ と サイゴ の ダキョウ を むすぼう と する ビョウショウ の ハハ―― その カオ は ヨウコ の ゲンソウ を たちきる ほど の ツヨサ で あらわれでた。 おもいいった ケッシン を マユ に あつめて、 ヒゴロ の ラクテンテキ な セイジョウ にも にず、 ウンメイ と とりくむ よう な シンケン な カオツキ で ダイジ の ケッチャク を まつ キムラ の カオ。 ハハ の シ を あわれむ とも かなしむ とも しれない ナミダ を メ には たたえながら、 コオリ の よう に ひえきった ココロ で、 うつむいた まま クチ ヒトツ きかない ヨウコ ジシン の スガタ…… そんな マボロシ が あるいは つぎつぎ に、 あるいは おりかさなって、 ハイイロ の キリ の ナカ に うごきあらわれた。 そして キオク は だんだん と カコ から ゲンザイ の ほう に ちかづいて きた。 と、 ジムチョウ の クラチ の あさぐろく ヒ に やけた カオ と、 その ひろい カタ と が おもいだされた。 ヨウコ は おもい も かけない もの を みいだした よう に はっと なる と、 その マボロシ は タワイ も なく きえて、 キオク は また とおい カコ に かえって いった。 それ が また だんだん ゲンザイ の ほう に ちかづいて きた と おもう と、 サイゴ には きっと クラチ の スガタ が あらわれでた。
 それ が ヨウコ を いらいら させて、 ヨウコ は はじめて ユメウツツ の サカイ から ホントウ に めざめて、 うるさい もの でも はらいのける よう に、 メマド から メ を そむけて バース を はなれた。 ヨウコ の シンケイ は アサ から ひどく コウフン して いた。 スティム で ぞんぶん に あたたまって きた センシツ の ナカ の クウキ は いきぐるしい ほど だった。
 フネ に のって から ろくろく ウンドウ も せず に、 ヤサイケ の すくない もの ばかり を むさぼりたべた ので、 ミウチ の チ には はげしい ネツ が こもって、 ケ の サキ へ まで も かよう よう だった。 バース から たちあがった ヨウコ は メマイ を かんずる ほど に ジョウキ して、 コオリ の よう な つめたい もの でも ひしと だきしめたい キモチ に なった。 で、 ふらふら と センメンダイ の ほう に いって、 ピッチャー の ミズ を なみなみ と トウキセイ の センメンバン に あけて、 ずっぷり ひたした テヌグイ を ゆるく しぼって、 ひやっと する の を かまわず、 ムネ を あけて、 それ を チブサ と チブサ との アイダ に ぐっと あてがって みた。 つよい はげしい ドウキ が おさえて いる テノヒラ へ つきかえして きた。 ヨウコ は そうした まま で マエ の カガミ に ジブン の カオ を ちかづけて みた。 まだ ヨル の キ が うすぐらく さまよって いる ナカ に、 ホオ を ほてらしながら ふかい コキュウ を して いる ヨウコ の カオ が、 ジブン に すら ものすごい ほど なまめかしく うつって いた。 ヨウコ は モノズキ-らしく ジブン の カオ に ワケ の わからない ビショウ を すら たたえて みた。
 それでも その うち に ヨウコ の フシギ な ココロ の ドヨメキ は しずまって いった。 しずまって ゆく に つれ、 ヨウコ は イマ まで の ヒキツヅキ で また メイソウテキ な キブン に ひきいれられて いた。 しかし その とき は もう ムソウカ では なかった。 ごく ジッサイテキ な するどい アタマ が ハリ の よう に ひかって とがって いた。 ヨウコ は ヌレテヌグイ を センメンバン に ほうりなげて おいて、 しずか に ナガイス に コシ を おろした。
 ワライゴト では ない。 いったい ジブン は どう する つもり で いる ん だろう。 そう ヨウコ は シュッパツ イライ の トイ を もう イチド ジブン に なげかけて みた。 ちいさい とき から マワリ の ヒトタチ に はばかられる ほど さいはじけて、 おなじ トシゴロ の オンナ の コ とは いつでも ヒトチョウシ ちがった ユキカタ を、 する でも なく して こなければ ならなかった ジブン は、 うまれる マエ から ウンメイ に でも のろわれて いる の だろう か。 それ か と いって ヨウコ は なべて の オンナ の じゅんじゅん に とおって ゆく ミチ を とおる こと は どうしても できなかった。 とおって みよう と した こと は イクド あった か わからない。 こう さえ ゆけば いい の だろう と とおって きて みる と、 いつでも とんでもなく ちがった ミチ を あるいて いる ジブン を みいだして しまって いた。 そして つまずいて は たおれた。 マワリ の ヒトタチ は テ を とって ヨウコ を おこして やる シカタ も しらない よう な カオ を して ただ ばからしく あざわらって いる。 そんな ふう に しか ヨウコ には おもえなかった。 イクド も の そんな にがい ケイケン が ヨウコ を カタイジ な、 すこしも ヒト を たよろう と しない オンナ に して しまった。 そして ヨウコ は いわば ホンノウ の むかせる よう に むいて どんどん あるく より シカタ が なかった。 ヨウコ は いまさら の よう に ジブン の マワリ を みまわして みた。 いつのまにか ヨウコ は いちばん ちかしい はず の ヒトタチ から も かけはなれて、 たった ヒトリ で ガケ の キワ に たって いた。 そこ で ただ ヒトツ ヨウコ を ガケ の ウエ に つないで いる ツナ には キムラ との コンヤク と いう こと が ある だけ だ。 そこ に ふみとどまれば よし、 さも なければ、 ヨノナカ との エン は たちどころに きれて しまう の だ。 ヨノナカ に いきながら ヨノナカ との エン が きれて しまう の だ。 キムラ との コンヤク で ヨノナカ は ヨウコ に たいして サイゴ の ワボク を しめそう と して いる の だ。 ヨウコ に とって、 この サイゴ の キカイ をも やぶりすてよう と いう の は さすが に ヨウイ では なかった。 キムラ と いう クビカセ を うけない では セイカツ の ホショウ が たえはてなければ ならない の だ から。 ヨウコ の カイチュウ には 150 ドル の ベイカ が ある ばかり だった。 サダコ の ヨウイクヒ だけ でも、 ベイコク に アシ を おろす や いなや、 すぐに キムラ に たよらなければ ならない の は メノマエ に わかって いた。 ゴヅメ と なって くれる シンルイ の ヒトリ も ない の は もちろん の こと、 ややともすれば シンセツゴカシ に ない もの まで せびりとろう と する テアイ が おおい の だ。 たまたま ヨウコ の シマイ の ナイジツ を しって キノドク だ と おもって も、 ヨウコ では と いう よう に テダシ を ひかえる モノ ばかり だった。 キムラ―― ヨウコ には ギリ にも アイ も コイ も おこりえない キムラ ばかり が、 ヨウコ に たいする ただ ヒトリ の センシ なの だ。 あわれ な キムラ は ヨウコ の チャーム に おちいった ばかり で、 サツキ-ケ の ヒトビト から イヤオウ なし に この おもい ニ を せおわされて しまって いる の だ。
 どうして やろう。
 ヨウコ は おもいあまった ソノバノガレ から、 タンス の ウエ に コウロク から うけとった まま なげすてて おいた コトウ の テガミ を とりあげて、 しろい セイヨウ フウトウ の イッタン を うつくしい ユビ の ツメ で タンネン に ほそく やぶりとって、 テスジ は リッパ ながら まだ どこ か たどたどしい シュセキ で ペン で ハシリガキ した モンク を よみくだして みた。

「アナタ は オサンドン に なる と いう こと を ソウゾウ して みる こと が できます か。 オサンドン と いう シゴト が オンナ に ある と いう こと を ソウゾウ して みる こと が できます か。 ボク は アナタ を みる とき は いつでも そう おもって フシギ な ココロモチ に なって しまいます。 いったい ヨノナカ には ヒト を つかって、 ヒト から つかわれる と いう こと を まったく しない で いい と いう ヒト が ある もの でしょう か。 そんな こと が できうる もの でしょう か。 ボク は それ を アナタ に かんがえて いただきたい の です。
 アナタ は キタイ な カンジ を あたえる ヒト です。 アナタ の なさる こと は どんな キケン な こと でも キケン-らしく みえません。 ゆきづまった スエ には こう と いう カクゴ が ちゃんと できて いる よう に おもわれる から でしょう か。
 ボク が アナタ に はじめて オメ に かかった の は、 この ナツ アナタ が キムラ クン と イッショ に ヤワタ に ヒショ を して おられた とき です から、 アナタ に ついて は ボク は、 なんにも しらない と いって いい くらい です。 ボク は だいいち イッパンテキ に オンナ と いう もの に ついて なんにも しりません。 しかし すこし でも アナタ を しった だけ の ココロモチ から いう と、 オンナ の ヒト と いう もの は ボク に とって は フシギ な ナゾ です。 アナタ は どこ まで いったら ゆきづまる と おもって いる ん です。 アナタ は すでに キムラ クン で ゆきづまって いる ヒト なん だ と ボク には おもわれる の です。 ケッコン を ショウダク した イジョウ は その オット に ゆきづまる の が オンナ の ヒト の トウゼン な ミチ では ない の でしょう か。 キムラ クン で ゆきづまって ください。 キムラ クン に アナタ を ゼンブ あたえて ください。 キムラ クン の シンユウ と して これ が ボク の ネガイ です。
 ぜんたい おなじ ネンレイ で ありながら、 アナタ から は ボク など は コドモ に みえる の でしょう から、 ボク の いう こと など は トンジャク なさらない か と おもいます が、 コドモ にも ヒトツ の チョッカク は あります。 そして コドモ は きっぱり した もの の スガタ が みたい の です。 アナタ が キムラ クン の ツマ に なる と ヤクソク した イジョウ は、 ボク の いう こと にも ケンイ が ある はず だ と おもいます。
 ボク は そう は いいながら イチメン には アナタ が うらやましい よう にも、 にくい よう にも、 かわいそう な よう にも おもいます。 アナタ の なさる こと が ボク の リセイ を うらぎって キカイ な ドウジョウ を よびおこす よう にも おもいます。 ボク は ココロ の ソコ に おこる こんな ハタラキ をも しいて おしつぶして リクツ イッポウ に かたまろう とは おもいません。 それほど ボク は ドウガクシャ では ない つもり です。 それだから と いって、 イマ の まま の アナタ では、 ボク には アナタ を ケイシン する キ は おこりません。 キムラ クン の ツマ と して アナタ を ケイシン したい から、 ボク は あえて こんな こと を かきました。 そういう とき が くる よう に して ほしい の です。
 キムラ クン の こと を―― アナタ を ネツアイ して アナタ のみ に キボウ を かけて いる キムラ クン の こと を かんがえる と ボク は これ だけ の こと を かかず には いられなく なります。
                                 コトウ ギイチ
   キムラ ヨウコ サマ」

 それ は ヨウコ に とって は ホントウ に こどもっぽい コトバ と しか ひびかなかった。 しかし コトウ は ミョウ に ヨウコ には ニガテ だった。 イマ も コトウ の テガミ を よんで みる と、 ばかばかしい こと が いわれて いる とは おもいながら も、 いちばん ダイジ な キュウショ を グウゼン の よう に しっかり とらえて いる よう にも かんじられた。 ホントウ に こんな こと を して いる と、 コドモ と みくびって いる コトウ にも あわれまれる ハメ に なりそう な キ が して ならなかった。 ヨウコ は なんと いう こと なく ユウウツ に なって コトウ の テガミ を まきおさめ も せず ヒザ の ウエ に おいた まま メ を すえて、 じっと かんがえる とも なく かんがえた。
 それにしても、 あたらしい キョウイク を うけ、 あたらしい シソウ を このみ、 セジ に うとい だけ に、 ヨノナカ の シュウゾク から も とびはなれて ジユウ で ありげ に みえる コトウ さえ が、 ヨウコ が イマ たって いる ガケ の キワ から サキ には、 ヨウコ が アシ を ふみだす の を にくみおそれる ヨウス を あきらか に みせて いる の だ。 ケッコン と いう もの が ヒトリ の オンナ に とって、 どれほど セイカツ と いう ジッサイ モンダイ と むすびつき、 オンナ が どれほど その ソクバク の モト に なやんで いる か を かんがえて みる こと さえ しよう とは しない の だ。 そう ヨウコ は おもって も みた。
 これから ゆこう と する ベイコク と いう トチ の セイカツ も ヨウコ は ひとりでに いろいろ と ソウゾウ しない では いられなかった。 ベイコク の ヒトタチ は どんな ふう に ジブン を むかえいれよう とは する だろう。 とにかく イマ まで の せまい なやましい カコ と エン を きって、 なんの カカワリ も ない シャカイ の ナカ に のりこむ の は おもしろい。 ワフク より も はるか に ヨウフク に てきした ヨウコ は、 そこ の コウサイ シャカイ でも フウゾク では ベイコクジン を わらわせない こと が できる。 カンラク でも アイショウ でも しっくり と ジッセイカツ の ナカ に おりこまれて いる よう な セイカツ が そこ には ある に ちがいない。 オンナ の チャーム と いう もの が、 シュウカンテキ な キズナ から ときはなされて、 その チカラ だけ に はたらく こと の できる セイカツ が そこ には ある に ちがいない。 サイノウ と リキリョウ さえ あれば オンナ でも オトコ の テ を かりず に ジブン を マワリ の ヒト に みとめさす こと の できる セイカツ が そこ には ある に ちがいない。 オンナ でも ムネ を はって ぞんぶん コキュウ の できる セイカツ が そこ には ある に ちがいない。 すくなくとも コウサイ シャカイ の どこ か では そんな セイカツ が オンナ に ゆるされて いる に ちがいない。 ヨウコ は そんな こと を クウソウ する と むずむず する ほど カイカツ に なった。 そんな ココロモチ で コトウ の コトバ など を かんがえて みる と、 まるで ロウジン の クリゴト の よう に しか みえなかった。 ヨウコ は ながい モクソウ の ナカ から いきいき と たちあがった。 そして ケショウ を すます ため に カガミ の ほう に ちかづいた。
 キムラ を オット に する の に なんの クッタク が あろう。 キムラ が ジブン の オット で ある の は、 ジブン が キムラ の ツマ で ある と いう ほど に かるい こと だ。 キムラ と いう カメン…… ヨウコ は カガミ を みながら そう おもって ほほえんだ。 そして みだれかかる ヒタイギワ の カミ を、 ふりあおいで ウシロ に なでつけたり、 リョウホウ の ビン を キヨウ に かきあげたり して、 リョウコウ が サイクモノ でも する よう に たのしみながら ゲンキ よく アサゲショウ を おえた。 ぬれた テヌグイ で、 カガミ に ちかづけた メ の マワリ の オシロイ を ぬぐいおわる と、 クチビル を ひらいて うつくしく そろった ハナミ を ながめ、 リョウホウ の テ の ユビ を ツボ の クチ の よう に ヒトトコロ に あつめて ツメ の ソウジ が ゆきとどいて いる か たしかめた。 みかえる と フネ に のる とき きて きた ヒトエ の ジミ な キモノ は、 ヨステビト の よう に だらり と さびしく ヘヤ の スミ の ボウシカケ に かかった まま に なって いた。 ヨウコ は ハデ な アワセ を トランク の ナカ から とりだして ネマキ と きかえながら、 それ に メ を やる と、 カタ に しっかり と しがみついて なきおめいた、 かの キョウキ-じみた ワカモノ の こと を おもった。 と、 すぐ その ソバ から ワカモノ を コワキ に かかえた ジムチョウ の スガタ が おもいだされた。 コサメ の ナカ を、 ガイトウ も きず に、 コニモツ でも はこんで いった よう に ワカモノ を サンバシ の ウエ に おろして、 ちょっと イソガワ ジョシ に アイサツ して フネ から なげた ツナ に すがる や いなや、 しずか に キシ から はなれて ゆく フネ の カンパン の ウエ に かるがる と あがって きた その スガタ が、 ヨウコ の ココロ を くすぐる よう に たのしませて おもいだされた。
 ヨ は いつのまにか あけはなれて いた。 メマド の ソト は モト の まま に ハイイロ は して いる が、 いきいき と した ヒカリ が そいくわわって、 カンパン の ウエ を マイアサ キソク ただしく サンポ する ハクハツ の ベイジン と その ムスメ との アシオト が こつこつ カイカツ-らしく きこえて いた。 ケショウ を すました ヨウコ は ナガイス に ゆっくり コシ を かけて、 リョウアシ を マッスグ に そろえて ながなが と のばした まま、 うっとり と おもう とも なく ジムチョウ の こと を おもって いた。
 その とき とつぜん ノック を して ボーイ が コーヒー を もって はいって きた。 ヨウコ は ナニ か わるい ところ でも みつけられた よう に ちょっと ぎょっと して、 のばして いた アシ の ヒザ を たてた。 ボーイ は イツモ の よう に ウスワライ を して ちょっと アタマ を さげて ギンイロ の ボン を タタミイス の ウエ に おいた。 そして キョウ も ショクジ は やはり センシツ に はこぼう か と たずねた。
「コンバン から は ショクドウ に して ください」
 ヨウコ は うれしい こと でも いって きかせる よう に こう いった。 ボーイ は まじめくさって 「はい」 と いった が、 ちらり と ヨウコ を ウワメ で みて、 いそぐ よう に ヘヤ を でた。 ヨウコ は ボーイ が ヘヤ を でて どんな フウ を して いる か が はっきり みえる よう だった。 ボーイ は すぐ にこにこ と フシギ な ワライ を もらしながら、 ケークウォーク の アシツキ で ショクドウ の ほう に かえって いった に ちがいない。 ホド も なく、
「え、 いよいよ ゴライゴウ?」
「きた ね」
と いう よう な ヤヒ な コトバ が、 ボーイ-らしい ケイハク な チョウシ で こわだか に とりかわされる の を ヨウコ は きいた。
 ヨウコ は そんな こと を ミミ に しながら やはり ジムチョウ の こと を おもって いた。 「ミッカ も ショクドウ に でない で とじこもって いる のに なんと いう ジムチョウ だろう、 イッペン も ミマイ に こない とは あんまり ひどい」 こんな こと を おもって いた。 そして その イッポウ では エン も ユカリ も ない ウマ の よう に ただ ガンジョウ な ヒトリ の オトコ が なんで こう おもいだされる の だろう とも おもって いた。
 ヨウコ は かるい タメイキ を ついて なにげなく たちあがった。 そして また ナガイス に こしかける とき には タナ の ウエ から ジムチョウ の メイシ を もって きて ながめて いた。 「ニッポン ユウセン-ガイシャ エノシママル ジムチョウ クン 6 トウ クラチ サンキチ」 と ミンチョウ で はっきり かいて ある。 ヨウコ は カタテ で コーヒー を すすりながら、 メイシ を うらがえして その ウラ を ながめた。 そして マッシロ な その ウラ に ナニ か ながい モンク でも かいて ある か の よう に、 フタエ に なる ゆたか な アゴ を エリ の アイダ に おとして、 すこし マユ を ひそめながら、 ながい アイダ マジロキ も せず みつめて いた。

 12

 その ヒ の ユウガタ、 ヨウコ は フネ に きて から はじめて ショクドウ に でた。 キモノ は おもいきって ジミ な くすんだ の を えらんだ けれども、 カオ だけ は ぞんぶん に わかく つくって いた。 ハタチ を こす や こさず に みえる、 メ の おおきな、 しずんだ ヒョウジョウ の カノジョ の エリ の アイネズミ は、 なんとなく みる ヒト の ココロ を いたく させた。 ほそながい ショクタク の イッタン に、 カップボード を ウシロ に して ザ を しめた ジムチョウ の ミギテ には タガワ フジン が いて、 その ムカイ が タガワ ハカセ、 ヨウコ の セキ は ハカセ の すぐ トナリ に とって あった。 その ホカ の センキャク も タイガイ は すでに テーブル に むかって いた。 ヨウコ の アシオト が きこえる と、 いちはやく メクバセ を しあった の は ボーイ ナカマ で、 その ツギ に ひどく おちつかぬ ヨウス を しだした の は、 ジムチョウ と むかいあって ショクタク の タ の イッタン に いた ヒゲ の しろい アメリカジン の センチョウ で あった。 あわてて セキ を たって、 ミギテ に ナプキン を さげながら、 ジブン の マエ を ヨウコ に とおらせて、 カオ を マッカ に して ザ に かえった。 ヨウコ は しとやか に ヒトビト の モノズキ-らしい シセン を うけながしながら、 ぐるっと ショクタク を まわって ジブン の セキ まで ゆく と、 タガワ ハカセ は ぬすむ よう に フジン の カオ を ちょっと うかがって おいて、 ふとった カラダ を よける よう に して ヨウコ を ジブン の トナリ に すわらせた。
 スワリズマイ を ただして いる アイダ、 タクサン の チュウシ の ナカ にも、 ヨウコ は タガワ フジン の つめたい ヒトミ の ヒカリ を あびて いる の を ここちわるい ほど に かんじた。 やがて きちんと つつましく ショウメン を むいて こしかけて、 ナプキン を とりあげながら、 まず ダイイチ に タガワ フジン の ほう に メ を やって そっと アイサツ する と、 イマ まで の かどかどしい メ にも さすが に モウシワケ ほど の エミ を みせて、 フジン が ナニ か いおう と した シュンカン、 その とき まで ぎごちなく ハナシ を とぎらして いた タガワ ハカセ も ジムチョウ の ほう を むいて ナニ か いおう と した ところ で あった ので、 リョウホウ の コトバ が きまずく ぶつかりあって、 フウフ は おもわず ドウジ に カオ を みあわせた。 イチザ の ヒトビト も、 ニホンジン と いわず ガイコクジン と いわず、 ヨウコ に あつめて いた ヒトミ を タガワ フサイ の ほう に むけた。 「シツレイ」 と いって ひかえた ハカセ に フジン は ちょっと アタマ を さげて おいて、 ミンナ に きこえる ほど はっきり すんだ コエ で、
「とんと ショクドウ に オイデ が なかった ので、 おあんじ もうしました の。 フネ には オコマリ です か」
と いった。 さすが に よなれて さいばしった その コトバ は、 ヒト の ウエ に たちつけた オモミ を みせた。 ヨウコ は にこやか に だまって うなずきながら、 クライ を イチダン おとして エシャク する の を そう フカイ には おもわぬ くらい だった。 フタリ の アイダ の アイサツ は ソレナリ で とぎれて しまった ので、 タガワ ハカセ は おもむろに ジムチョウ に むかって しつづけて いた ハナシ の イトメ を つなごう と した。
「それから…… その……」
 しかし ハナシ の イトグチ は おもう よう に でて こなかった。 こともなげ に おちついた ヨウス に みえる ハカセ の ココロ の ウチ に、 かるい コンラン が おこって いる の を、 ヨウコ は すぐ みてとった。 オモイドオリ に イチザ の キブン を ドウヨウ させる こと が できる と いう ジシン が ウラガキ された よう に ヨウコ は おもって そっと マンゾク を かんじて いた。 そして ボーイ チョウ の サシズ で ボーイ ら が テギヨウ に はこんで きた ポタージュ を すすりながら、 タガワ ハカセ の ほう の ハナシ に ミミ を たてた。
 ヨウコ が ショクドウ に あらわれて ジブン の シカイ に はいって くる と、 オクメン も なく じっと メ を さだめて その カオ を みやった ノチ に、 ムトンジャク に スプーン を うごかしながら、 ときどき ショクタク の キャク を みまわして キ を くばって いた ジムチョウ は、 シタクチビル を かえして ヒゲ の サキ を すいながら、 シオサビ の した ふとい コエ で、
「それから モンロー シュギ の ホンタイ は」
と ハナシ の イトメ を ひっぱりだして おいて、 マトモ に ハカセ を うちみやった。 ハカセ は すこし オモブセ な ヨウス で、
「そう、 その ハナシ でした な。 モンロー シュギ も その シュチョウ は ハジメ の うち は、 ホクベイ の ドクリツ ショシュウ に たいして ヨーロッパ の カンショウ を こばむ と いう だけ の もの で あった の です。 ところが その セイサク の ナイヨウ は トシ と ともに だんだん かわって いる。 モンロー の センゲン は リッパ に モジ に なって のこって いる けれども、 ホウリツ と いう わけ では なし、 ブンショウ も ユウズウ が きく よう に できて いる ので、 トリヨウ に よって は、 どう に でも シンシュク する こと が できる の です。 マッキンレー シ など は ずいぶん キョクタン に その イミ を カクチョウ して いる らしい。 もっとも これ には クリーブランド と いう ヒト の センレイ も ある し、 マッキンレー シ の モト には もう ヒトリ ユウリョク な クロマク が ある はず だ。 どう です サイトウ クン」
と 2~3 ニン おいた ハスカイ の わかい オトコ を かえりみた。 サイトウ と よばれた、 ワシントン コウシカン フニン の ガイコウカンホ は、 マッカ に なって、 イマ まで ヨウコ に むけて いた メ を オオイソギ で ハカセ の ほう に そらして みた が、 シツモン の ヨウリョウ を はっきり とらえそこねて、 さらに あかく なって すべない ミブリ を した。 これほど な セキ に さえ かつて のぞんだ シュウカン の ない らしい その ヒト の スジョウ が その アワテカタ に ジュウブン に みえすいて いた。 ハカセ は みくだした よう な タイド で ザンジ その セイネン の どぎまぎ した ヨウス を みて いた が、 ヘンジ を まちかねて、 ジムチョウ の ほう を むこう と した とき、 とつぜん はるか とおい ショクタク の イッタン から、 センチョウ が カオ を マッカ に して、
「You mean Teddy the roughrider?」
と いいながら コドモ の よう な エガオ を ヒトビト に みせた。 センチョウ の ニホンゴ の リカイリョク を それほど に おもいもうけて いなかった らしい ハカセ は、 この フイウチ に コンド は ジブン が まごついて、 ちょっと ヘンジ を しかねて いる と、 タガワ フジン が サソク に それ を ひきとって、
「Good hit for you, Mr. Captain!」
と クセ の ない ハツオン で いって のけた。 これ を きいた イチザ は、 ことに ガイコクジン たち は、 イス から のりだす よう に して フジン を みた。 フジン は その とき ヒト の メ には つきかねる ほど の スバシコサ で ヨウコ の ほう を うかがった。 ヨウコ は マユ ヒトツ うごかさず に、 シタ を むいた まま で スープ を すすって いた。
 つつしみぶかく オオサジ を もちあつかいながら、 ヨウコ は ジブン に ナニ か きわだった インショウ を あたえよう と して、 イロイロ な マネ を きそいあって いる よう な ヒトビト の サマ を ココロ の ナカ で わらって いた。 じっさい ヨウコ が スガタ を みせて から、 ショクドウ の クウキ は チョウシ を かえて いた。 ことに わかい ヒトタチ の アイダ には イッシュ の おもくるしい ハドウ が つたわった らしく、 モノ を いう とき、 カレラ は しらずしらず ゲッコウ した よう な たかい チョウシ に なって いた。 ことに いちばん としわかく みえる ヒトリ の ジョウヒン な セイネン ――センチョウ の トナリザ に いる ので ヨウコ は イエガラ の たかい ウマレ に ちがいない と おもった―― など は、 ヨウコ と ヒトメ カオ を みあわした が サイゴ、 ふるえん ばかり に コウフン して、 カオ を え あげない で いた。 それだのに ジムチョウ だけ は、 いっこう うごかされた ヨウス が みえぬ ばかり か、 どうか した ヒョウシ に カオ を あわせた とき でも、 その オクメン の ない、 ヒト を ヒト とも おもわぬ よう な ジュクシ は、 かえって ヨウコ の シセン を たじろがした。 ニンゲン を ながめあきた よう な けだるげ な その メ は、 こい マツゲ の アイダ から インソレント な ヒカリ を はなって ヒト を いた。 ヨウコ は こうして おもわず ヒトミ を たじろがす たび ごと に ジムチョウ に たいして フシギ な ニクシミ を おぼえる と ともに、 もう イチド その にくむ べき メ を みすえて その ナカ に ひそむ フシギ を ぞんぶん に みきわめて やりたい ココロ に なった。 ヨウコ は そうした キブン に うながされて ときどき ジムチョウ の ほう に ひきつけられる よう に シセン を おくった が、 その たび ごと に ヨウコ の ヒトミ は もろくも てきびしく おいのけられた。
 こうして ミョウ な キブン が ショクタク の ウエ に おりなされながら やがて ショクジ は おわった。 イチドウ が ザ を たつ とき、 ものなれた モノゴシ で、 イス を ひいて くれた タガワ ハカセ に やさしく ビショウ を みせて レイ を しながら も、 ヨウコ は やはり ジムチョウ の キョドウ を シサイ に みる こと に なかば キ を うばわれて いた。
「すこし カンパン に でて ゴラン に なりまし な。 さむく とも キブン は はればれ します から。 ワタシ も ちょっと ヘヤ に かえって ショール を とって でて みます」
 こう ヨウコ に いって タガワ フジン は オット と ともに ジブン の ヘヤ の ほう に さって いった。
 ヨウコ も ヘヤ に かえって みた が、 イマ まで とじこもって ばかり いる と さほど にも おもわなかった けれども、 ショクドウ ほど の ヒロサ の ところ から でも そこ に きて みる と、 イキヅマリ が しそう に せまくるしかった。 で、 ヨウコ は ナガイス の シタ から、 キムラ の チチ が つかいなれた フル-トランク―― その うえ に コトウ が アブラエノグ で Y.K. と かいて くれた フル-トランク を ひきだして、 その ナカ から くろい ダチョウ の ハネ の ボア を とりだして、 セイヨウ-くさい その ニオイ を こころよく ハナ に かんじながら、 ふかぶか と クビ を まいて、 カンパン に でて いって みた。 キュウクツ な ハシゴダン を やや よろよろ しながら のぼって、 おもい ト を あけよう と する と ガイキ の テイコウ が なかなか はげしくって おしもどされよう と した。 きりっと しぼりあげた よう な サムサ が、 ト の スキ から ほしいまま に ほそながく ヨウコ を おそった。
 カンパン には ガイコクジン が 5~6 ニン あつい ガイトウ に くるまって、 かたい ティーク の ユカ を かつかつ と ふみならしながら、 おしだまって イキオイ よく ウオウ サオウ に サンポ して いた。 タガワ フジン の スガタ は その ヘン には まだ みいだされなかった。 シオケ を ふくんだ つめたい クウキ は、 シツナイ に のみ とじこもって いた ヨウコ の ハイ を おしひろげて、 ホオ には ケツエキ が ちくちく と かるく ハリ を さす よう に ヒフ に ちかく つきすすんで くる の が かんぜられた。 ヨウコ は サンポキャク には かまわず に カンパン を よこぎって フナベリ の テスリ に よりかかりながら、 ナミ また ナミ と ハテシ も なく つらなる ミズ の タイセキ を はるばる と ながめやった。 おりかさなった ニビイロ の クモ の かなた に ユウヒ の カゲ は アトカタ も なく きえうせて、 ヤミ は おもい フシギ な ガス の よう に ちからづよく スベテ の もの を おしひしゃげて いた。 ユキ を たっぷり ふくんだ ソラ だけ が、 その ヤミ と わずか に あらそって、 ナンポウ には みられぬ くらい、 リン の よう な、 さびしい ヒカリ を のこして いた。 イッシュ の テンポ を とって たかく なり ひくく なり する くろい ハトウ の かなた には、 さらに くろずんだ ナミ の ホ が ハテシ も なく つらなって いた。 フネ は おもった より はげしく ドウヨウ して いた。 あかい ガラス を はめた ショウトウ が ソラ たかく、 ミギ から ヒダリ、 ヒダリ から ミギ へ と ひろい カクド を とって ひらめいた。 ひらめく たび に フネ が ヨコカシギ に なって、 おもい ミズ の テイコウ を うけながら すすんで ゆく の が、 ヨウコ の アシ から カラダ に つたわって かんぜられた。
 ヨウコ は ふらふら と フネ に ゆりあげ ゆりさげられながら、 まんじり とも せず に、 くろい ナミ の ミネ と ナミ の タニ と が かわるがわる メノマエ に あらわれる の を みつめて いた。 ゆたか な カミノケ を とおして サムサ が しんしん と アタマ の ナカ に しみこむ の が、 ハジメ の うち は めずらしく いい キモチ だった が、 やがて しびれる よう な ズツウ に かわって いった。 ……と、 キュウ に、 どこ を どう ひそんで きた とも しれない、 いや な サビシサ が トウフウ の よう に ヨウコ を おそった。 フネ に のって から ハル の クサ の よう に もえだした ゲンキ は ぽっきり と シン を とめられて しまった。 コメカミ が じんじん と いたみだして、 ナキツカレ の アト に にた フユカイ な ネムケ の ナカ に、 ムネ を ついて ハキケ さえ もよおして きた。 ヨウコ は あわてて アタリ を みまわした が、 もう そこいら には サンポ の ヒトアシ も たえて いた。 けれども ヨウコ は センシツ に かえる キリョク も なく、 ミギテ で しっかり と ヒタイ を おさえて、 テスリ に カオ を ふせながら ねんじる よう に メ を つぶって みた が、 イイヨウ の ない サビシサ は いやます ばかり だった。 ヨウコ は ふと サダコ を カイニン して いた とき の はげしい ツワリ の クツウ を おもいだした。 それ は おりから いたましい カイソウ だった。 ……サダコ ……ヨウコ は もう その シモト には たえない と いう よう に アタマ を ふって、 キ を まぎらす ため に メ を ひらいて、 トメド なく うごく ナミ の タワムレ を みよう と した が、 ヒトメ みる や ぐらぐら と メマイ を かんじて ヒトタマリ も なく また つっぷして しまった。 ふかい かなしい タメイキ が おもわず でる の を とめよう と して も カイ が なかった。 「フネ に よった の だ」 と おもった とき には、 もう カラダジュウ は フカイ な オウカン の ため に わなわな と ふるえて いた。
「はけば いい」
 そう おもって テスリ から ミ を のりだす シュンカン、 カラダジュウ の チカラ は ハラ から ムナモト に あつまって、 セ は おもわず も はげしく なみうった。 その アト は もう ユメ の よう だった。
 しばらく して から ヨウコ は チカラ が ぬけた よう に なって、 ハンケチ で クチモト を ぬぐいながら、 たよりなく アタリ を みまわした。 カンパン の ウエ も ナミ の ウエ の よう に こうりょう と して ヒトケ が なかった。 あかるく ヒ の ヒカリ の もれて いた メマド は のこらず カーテン で おおわれて くらく なって いた。 ミギ にも ヒダリ にも ヒト は いない。 そう おもった ココロ の ユルミ に つけこんだ の か、 ムネ の クルシミ は また キュウ に よせかえして きた。 ヨウコ は もう イチド テスリ に のりだして ほろほろ と あつい ナミダ を こぼした。 たとえば たかく つるした オオイシ を きって おとした よう に、 カコ と いう もの が おおきな ヒトツ の くらい カナシミ と なって ムネ を うった。 モノゴコロ を おぼえて から 25 の コンニチ まで、 はりつめとおした ココロ の イト が、 イマ こそ おもいぞんぶん ゆるんだ か と おもわれる その かなしい ココロヨサ。 ヨウコ は その むなしい アイカン に ひたりながら、 かさねた リョウテ の ウエ に ヒタイ を のせて テスリ に よりかかった まま おもい コキュウ を しながら ほろほろ と なきつづけた。 イチジセイ ヒンケツ を おこした ヒタイ は シニン の よう に ひえきって、 なきながら も ヨウコ は どうか する と ふっと ひきいれられる よう に カスイ に おちいろう と した。 そうして は はっと ナニ か に おどろかされた よう に メ を ひらく と、 また ソコ の しれぬ アイカン が どこ から とも なく おそいいった。 かなしい ココロヨサ。 ヨウコ は ショウガッコウ に かよって いる ジブン でも、 なきたい とき には、 ヒトマエ では ハ を くいしばって いて、 ヒト の いない ところ まで いって かくれて ないた。 ナミダ を ヒト に みせる と いう の は いやしい こと に しか おもえなかった。 コジキ が アワレミ を もとめたり、 ロウジン が グチ を いう の と ドウヨウ に、 ヨウコ には けがらわしく おもえて いた。 しかし その ヨ に かぎって は、 ヨウコ は ダレ の マエ でも すなお な ココロ で なける よう な キ が した。 ダレ か の マエ で さめざめ と ないて みたい よう な キブン に さえ なって いた。 しみじみ と あわれんで くれる ヒト も ありそう に おもえた。 そうした キモチ で ヨウコ は コムスメ の よう に タワイ も なく なきつづけて いた。
 その とき カンパン の かなた から クツ の オト が きこえて きた。 フタリ らしい アシオト だった。 その シュンカン まで は ダレ の ムネ に でも だきついて しみじみ なける と おもって いた ヨウコ は、 その オト を ききつける と はっ と いう マ も なく、 はりつめた イツモ の よう な ココロ に なって しまって、 オオイソギ で ナミダ を おしぬぐいながら、 クビス を かえして ジブン の ヘヤ に もどろう と した。 が、 その とき は もう おそかった。 ヨウフク スガタ の タガワ フサイ が はっきり と ミワケ が つく ほど の キョリ に すすみよって いた ので、 さすが に ヨウコ も それ を みて みぬ フリ で やりすごす こと は え しなかった。 ナミダ を ぬぐいきる と、 ヒダリテ を あげて カミ の ホツレ を しなおしながら かきあげた とき、 フタリ は もう すぐ ソバ に ちかよって いた。
「あら アナタ でした の。 ワタシドモ は すこし ヨウジ が できて おくれました が、 こんな に おそく まで ソト に いらしって おさむく は ありません でした か。 キブン は いかが です」
 タガワ フジン は レイ の メシタ の モノ に いいなれた コトバ を キヨウ に つかいながら、 はっきり と こう いって のぞきこむ よう に した。 フサイ は すぐ ヨウコ が ナニ を して いた か を かんづいた らしい。 ヨウコ は それ を ひどく フカイ に おもった。
「キュウ に さむい ところ に でました せい です かしら、 なんだか ツムリ が ぐらぐら いたしまして」
「おもどし なさった…… それ は いけない」
 タガワ ハカセ は フジン の コトバ を きく と もっとも と いう ふう に、 2~3 ド こっくり と うなずいた。 アツガイトウ に くるまった ふとった ハカセ と、 あたたかそう な スコッチ の スソナガ の フク に、 ロシア-ボウ を マユギワ まで かぶった フジン との マエ に たつ と、 ヤサガタ の ヨウコ は セタケ こそ たかい が、 フタリ の ムスメ ほど に ながめられた。
「どう だ イッショ に すこし あるいて みちゃ」
と タガワ ハカセ が いう と、 フジン は、
「よう ございましょう よ、 ケツエキ が よく ジュンカン して」
と おうじて ヨウコ に サンポ を うながした。 ヨウコ は やむ を えず、 かつかつ と なる フタリ の クツ の オト と、 ジブン の ウワゾウリ の オト と を さびしく ききながら、 フジン の ソバ に ひきそって カンパン の ウエ を あるきはじめた。 ぎーい と きしみながら フネ が おおきく かしぐ の に うまく チュウシン を とりながら あるこう と する と、 また フカイ な キモチ が ムナサキ に こみあげて くる の を ヨウコ は つよく おししずめて こともなげ に ふるまおう と した。
 ハカセ は フジン との カイワ の トギレメ を とらえて は、 ハナシ を ヨウコ に むけて ナグサメガオ に あしらおう と した が、 いつでも フジン が ヨウコ の す べき ヘンジ を ひったくって モノ を いう ので、 せっかく の ハナシ は コシ を おられた。 ヨウコ は しかし けっきょく それ を いい こと に して、 ジブン の オモイ に ふけりながら フタリ に つづいた。 しばらく あるきなれて みる と、 ウンドウ が できた ため か、 だんだん ハキケ は かんぜぬ よう に なった。 タガワ フサイ は シゼン に ヨウコ を カイワ から ノケモノ に して、 フタリ の アイダ で ヨモヤマ の ウワサバナシ を とりかわしはじめた。 フシギ な ほど に キンチョウ した ヨウコ の ココロ は、 それら の セケンバナシ には いささか の キョウミ も もちえない で、 むしろ その ムイミ に ちかい コトバ の カズカズ を、 ジブン の メイソウ を さまたげる ソウオン の よう に うるさく おもって いた。 と、 ふと タガワ フジン が ジムチョウ と いった の を コミミ に はさんで、 おもわず ハリ でも ふみつけた よう に ぎょっと して、 モクソウ から とって かえして キキミミ を たてた。 ジブン でも おどろく ほど シンケイ が さわぎたつ の を どう する こと も できなかった。
「ずいぶん シタタカモノ らしゅう ございます わね」
 そう フジン の いう コエ が した。
「そう らしい ね」
 ハカセ の コエ には ワライ が まじって いた。
「バクチ が だいの ジョウズ ですって」
「そう かねえ」
 ジムチョウ の ハナシ は それぎり で たえて しまった。 ヨウコ は なんとなく ものたらなく なって、 また ナニ か いいだす だろう と ココロマチ に して いた が、 その サキ を つづける ヨウス が ない ので、 ココロノコリ を おぼえながら、 また ジブン の ココロ に かえって いった。
 しばらく する と フジン が また ジムチョウ の ウワサ を しはじめた。
「ジムチョウ の ソバ に すわって ショクジ を する の は どうも いや で なりません の」
「そんなら サツキ さん に セキ を かわって もらったら いい でしょう」
 ヨウコ は ヤミ の ナカ で するどく メ を かがやかしながら フジン の ヨウス を うかがった。
「でも フウフ が テーブル に ならぶ って ホウ は ありません わ…… ねえ サツキ さん」
 こう ジョウダン-らしく フジン は いって、 ちょっと ヨウコ の ほう を ふりむいて わらった が、 べつに その ヘンジ を まつ と いう でも なく、 はじめて ヨウコ の ソンザイ に きづき でも した よう に、 いろいろ と ミノウエ など を サグリ を いれる らしく ききはじめた。 タガワ ハカセ も ときどき シンセツ-らしい コトバ を そえた。 ヨウコ は ハジメ の うち こそ つつましやか に ジジツ に さほど とおく ない ヘンジ を して いた ものの、 ハナシ が だんだん フカイリ して ゆく に つれて、 タガワ フジン と いう ヒト は ジョウリュウ の キフジン だ と ジブン でも おもって いる らしい に にあわない オモイヤリ の ない ヒト だ と おもいだした。 それ は アリウチ の シツモン だった かも しれない。 けれども ヨウコ には そう おもえた。 エン も ユカリ も ない ヒト の マエ で おもう まま な ブジョク を くわえられる と むっと せず には いられなかった。 しった ところ が なんにも ならない ハナシ を、 キムラ の こと まで ねほりはほり といただして いったい ナニ に しよう と いう キ なの だろう。 ロウジン でも ある ならば、 すぎさった ムカシ を タニン に くどくど と はなして きかせて、 せめて なぐさむ と いう こと も あろう。 「ロウジン には カコ を、 わかい ヒト には ミライ を」 と いう コウサイジュツ の ショホ すら こころえない がさつ な ヒト だ。 ジブン で すら そっと テ も つけない で すませたい ちなまぐさい ミノウエ を…… ジブン は ロウジン では ない。 ヨウコ は タガワ フジン が イジ に かかって こんな ワルサ を する の だ と おもう と はげしい テキイ から クチビル を かんだ。
 しかし その とき タガワ ハカセ が、 サルーン から もれて くる ヒ の ヒカリ で トケイ を みて、 8 ジ 10 プン マエ だ から ヘヤ に かえろう と いいだした ので、 ヨウコ は べつに なにも いわず に しまった。 3 ニン が ハシゴダン を おりかけた とき、 フジン は、 ヨウコ の キブン には いっこう きづかぬ らしく、 ――もし そう で なければ きづきながら わざと きづかぬ らしく ふるまって、
「ジムチョウ は アナタ の オヘヤ にも あそび に みえます か」
と トッピョウシ も なく いきなり といかけた。 それ を きく と ヨウコ の ココロ は なんと いう こと なし に リフジン な イカリ に とらえられた。 トクイ な ヒニク でも おもいぞんぶん に あびせかけて やろう か と おもった が、 ムネ を さすりおろして わざと おちついた チョウシ で、
「いいえ ちっとも おみえ に なりません が……」
と そらぞらしく きこえる よう に こたえた。 フジン は まだ ヨウコ の ココロモチ には すこしも きづかぬ ふう で、
「おや そう。 ワタシ の ほう へは たびたび いらして こまります のよ」
と コゴエ で ささやいた。 「ナニ を ナマイキ な」 ヨウコ は アトサキ なし に こう ココロ の ウチ に さけんだ が ヒトコト も クチ には ださなかった。 テキイ―― シット とも いいかえられそう な―― テキイ が その シュンカン から すっかり ネ を はった。 その とき フジン が ふりかえって ヨウコ の カオ を みた ならば、 おもわず ハカセ を タテ に とって おそれながら ミ を かわさず には いられなかったろう、 ――そんな バアイ には ヨウコ は もとより その シュンカン に イナズマ の よう に すばしこく カクイ の ない カオ を みせた には ちがいなかろう けれども。 ヨウコ は ヒトコト も いわず に モクレイ した まま フタリ に わかれて ジブン の ヘヤ に かえった。
 シツナイ は むっと する ほど あつかった。 ヨウコ は ハキケ を もう かんじて は いなかった が、 ムナモト が ミョウ に しめつけられる よう に くるしい ので、 いそいで ボア を かいやって ユカ の ウエ に すてた まま、 なげる よう に ナガイス に たおれかかった。
 それ は フシギ だった。 ヨウコ の シンケイ は ときには ジブン でも もてあます ほど するどく はたらいて、 ダレ も キ の つかない ニオイ が たまらない ほど キ に なったり、 ヒト の きて いる キモノ の イロアイ が みて いられない ほど フチョウワ で フユカイ で あったり、 シュウイ の ヒト が フヌケ な デク の よう に かいなく おもわれたり、 しずか に ソラ を わたって ゆく クモ の アシ が メマイ が する ほど めまぐるしく みえたり して、 ガマン にも じっと して いられない こと は たえず あった けれども、 その ヨ の よう に するどく シンケイ の とがって きた こと は オボエ が なかった。 シンケイ の マッショウ が、 まるで オオカゼ に あった コズエ の よう に ざわざわ と オト が する か と さえ おもわれた。 ヨウコ は アシ と アシ と を ぎゅっと からみあわせて それ に チカラ を こめながら、 ミギテ の ユビサキ を 4 ホン そろえて その ツマサキ を、 スイショウ の よう に かたい うつくしい ハ で ひとおもいに はげしく かんで みたり した。 オカン の よう な コキザミ な ミブルイ が たえず アシ の ほう から アタマ へ と ハドウ の よう に つたわった。 さむい ため に そう なる の か、 あつい ため に そう なる の か よく わからなかった。 そうして いらいら しながら トランク を ひらいた まま で とりちらした ヘヤ の ナカ を ぼんやり みやって いた。 メ は うるさく かすんで いた。 ふと おちちった もの の ナカ に ヨウコ は ジムチョウ の メイシ が ある の に メ を つけて、 ミ を かがめて それ を ひろいあげた。 それ を ひろいあげる と マフタツ に ひきさいて また ユカ に なげた。 それ は あまり に テゴタエ なく さけて しまった。 ヨウコ は また ナニ か もっと うんと テゴタエ の ある もの を たずねる よう に ねっして かがやく メ で まじまじ と アタリ を みまわして いた。 と、 カーテン を ひきわすれて いた。 はずかしい ヨウス を みられ は しなかった か と おもう と ムネ が どきん と して いきなり たちあがろう と した ヒョウシ に、 ヨウコ は マド の ソト に ヒト の カオ を みとめた よう に おもった。 タガワ ハカセ の よう でも あった。 タガワ フジン の よう でも あった。 しかし そんな はず は ない、 フタリ は もう ヘヤ に かえって いる。 ジムチョウ……
 ヨウコ は おもわず ラタイ を みられた オンナ の よう に かたく なって たちすくんだ。 はげしい オノノキ が おそって きた。 そして なんの シリョ も なく ユカ の ウエ の ボア を とって ムネ に あてがった が、 ツギ の シュンカン には トランク の ナカ から ショール を とりだして ボア と イッショ に それ を かかえて、 にげる ヒト の よう に、 あたふた と ヘヤ を でた。
 フネ の ゆらぐ ごと に キ と キ との すれあう フカイ な オト は、 おおかた センキャク の ねしずまった ヨル の セキバク の ウチ に きわだって ひびいた。 ジドウ ヘイコウキ の ナカ に ともされた ロウソク は カベイタ に キカイ な カクド を とって、 ゆるぎ も せず に ぼんやり と ひかって いた。
 ト を あけて カンパン に でる と、 カンパン の あなた は サッキ の まま の ナミ また ナミ の タイセキ だった。 ダイエントウ から はきだされる バイエン は まっくろい アマノガワ の よう に ムゲツ の ソラ を たちわって ミズ に ちかく ナナメ に ながれて いた。

 13

 そこ だけ は ホシ が ひかって いない ので、 クモ の ある ところ が ようやく しれる くらい おもいきって くらい ヨル だった。 おっかぶさって くる か と みあぐれば、 メ の まわる ほど とおのいて みえ、 とおい と おもって みれば、 いまにも アタマ を つつみそう に ちかく せまってる ハガネイロ の チンモク した オオゾラ が、 サイゲン も ない ハネ を たれた よう に、 おなじ アンショク の ウナバラ に つづく ところ から ナミ が わいて、 ヤミ の ナカ を のたうちまろびながら、 みわたす かぎり わめきさわいで いる。 ミミ を すまして きいて いる と、 ミズ と ミズ と が はげしく ぶつかりあう ソコ の ほう に、
「おーい、 おい、 おい、 おーい」
と いう か と おもわれる コエ とも つかない イッシュ の キカイ な ヒビキ が、 フナベリ を めぐって さけばれて いた。 ヨウコ は ゼンゴ サユウ に おおきく かたむく カンパン の ウエ を、 かたむく まま に ミ を ナナメ に して からく ジュウシン を とりながら、 よろけよろけ ブリッジ に ちかい ハッチ の モノカゲ まで たどりついて、 ショール で ふかぶか と クビ から シタ を まいて、 シロ ペンキ で ぬった イタガコイ に ミ を よせかけて たった。 たたずんだ ところ は カザシモ に なって いる が、 アタマ の ウエ では、 ホバシラ から たれさがった サクヅナ の タグイ が カゼ に しなって ウナリ を たて、 アリウシャン グントウ ちかい コウイド の クウキ は、 9 ガツ の スエ とは おもわれぬ ほど さむく シモ を ふくんで いた。 キオイ に きおった ヨウコ の ニクタイ は しかし さして さむい とは おもわなかった。 さむい と して も むしろ こころよい サムサ だった。 もう どんどん と ひえて ゆく キモノ の ウラ に、 シンゾウ の はげしい コドウ に つれて、 チブサ が つめたく ふれたり はなれたり する の が、 なやましい キブン を さそいだしたり した。 それに たたずんで いる のに アシ が ツマサキ から だんだん に ひえて いって、 やがて ヒザ から シタ は チカク を うしないはじめた ので、 キブン は ミョウ に うわずって きて、 ヨウコ の おさない とき から の クセ で ある ユメ とも ウツツ とも しれない オンガクテキ な サッカク に おちいって いった。 ゴタイ も ココロ も フシギ な ネツ を おぼえながら、 イッシュ の リズム の ウチ に ゆりうごかされる よう に なって いった。 ナニ を みる とも なく ぎょうぜん と みさだめた メノマエ に、 ムスウ の ホシ が フネ の ドウヨウ に つれて ヒカリ の マタタキ を しながら、 ゆるい テンポ を ととのえて ゆらり ゆらり と しずか に おどる と、 ホヅナ の ウナリ が はりきった バス の コエ と なり、 その アイダ を 「おーい、 おい、 おい、 おーい……」 と ココロ の コエ とも ナミ の ウメキ とも わからぬ トレモロ が ながれ、 もりあがり、 くずれこむ ナミ また ナミ が テノル の ヤクメ を つとめた。 コエ が カタチ と なり、 カタチ が コエ と なり、 それから イッショ に もつれあう スガタ を ヨウコ は メ で きいたり ミミ で みたり して いた。 なんの ため に ヨサム を カンパン に でて きた か ヨウコ は わすれて いた。 ムユウビョウシャ の よう に ヨウコ は まっしぐら に この フシギ な セカイ に おちこんで いった。 それでいて、 ヨウコ の ココロ の イチブブン は いたましい ほど さめきって いた。 ヨウコ は ツバメ の よう に その オンガクテキ な ムゲンカイ を かけあがり くぐりぬけて サマザマ な こと を かんがえて いた。
 クツジョク、 クツジョク…… クツジョク―― シサク の カベ は クツジョク と いう ちかちか と さむく ひかる イロ で、 イチメン に ぬりつぶされて いた。 その ヒョウメン に タガワ フジン や ジムチョウ や タガワ ハカセ の スガタ が めまぐるしく オンリツ に のって うごいた。 ヨウコ は うるさそう に アタマ の ナカ に ある テ の よう な もの で むしょうに はらいのけよう と こころみた が ムダ だった。 ヒニク な ヨコメ を つかって アオミ を おびた タガワ フジン の カオ が、 かきみだされた ミズ の ナカ を、 ちいさな アワ が にげて でも ゆく よう に、 ふらふら と ゆらめきながら ウエ の ほう に とおざかって いった。 まず よかった と おもう と、 ジムチョウ の インソレント な メツキ が ひくい チョウシ の バンオン と なって、 じっと うごかない ウチ にも チカラ ある シンドウ を しながら、 ヨウコ の ヒトミ の オク を モウマク まで みとおす ほど ぎゅっと みすえて いた。 「なんで ジムチョウ や タガワ フジン なんぞ が こんな に ジブン を わずらわす だろう。 にくらしい。 なんの インガ で……」 ヨウコ は ジブン を こう いやしみながら も、 オトコ の メ を むかえなれた コビ の イロ を しらずしらず ウワマブタ に あつめて、 それ に おうじよう と する トタン、 ヒ に むかって メ を とじた とき に アヤ を なして みだれとぶ あの フシギ な シュジュ な イロ の コウタイ、 それ に にた もの が リョウラン して ココロ を とりかこんだ。 ホシ は ゆるい テンポ で ゆらり ゆらり と しずか に おどって いる。 「おーい、 おい、 おい、 おーい」 ……ヨウコ は おもわず かっと ハラ を たてた。 その イキドオリ の マク の ウチ に スベテ の ゲンエイ は すーっと すいとられて しまった。 と おもう と その イキドオリ すら が みるみる ぼやけて、 アト には カンゲキ の さらに ない シ の よう な セカイ が ハテシ も なく どんより と よどんだ。 ヨウコ は しばらく は キ が とおく なって ナニゴト も わきまえない で いた。
 やがて ヨウコ は また おもむろに イシキ の シキイ に ちかづいて きて いた。
 エントツ の ナカ の くろい スス の アイダ を、 ヨコスジカイ に やすらいながら とびながら、 のぼって ゆく ヒノコ の よう に、 ヨウコ の ゲンソウ は くらい キオク の ホラアナ の ナカ を ミギヒダリ に よろめきながら おくふかく たどって ゆく の だった。 ジブン で さえ おどろく ばかり ソコ の ソコ に また ソコ の ある メイロ を おそるおそる つたって ゆく と、 ハテシ も なく あらわれでる ヒト の カオ の いちばん オク に、 あかい キモノ を スソナガ に きて、 まばゆい ほど に かがやきわたった オトコ の スガタ が みえだした。 ヨウコ の ココロ の シュウイ に それまで ひびいて いた オンガク は、 その シュンカン ぱったり しずまって しまって、 ミミ の ソコ が かーん と する ほど そらおそろしい セキバク の ナカ に、 フネ の ヘサキ の ほう で コオリ を たたきわる よう な さむい トキガネ の オト が きこえた。 「かんかん、 かんかん、 かーん」 ……。 ヨウコ は ナンジ の カネ だ と かんがえて みる こと も しない で、 そこ に あらわれた オトコ の カオ を みわけよう と した が、 キムラ に にた ヨウボウ が おぼろ に うかんで くる だけ で、 どう みなおして みて も はっきり した こと は もどかしい ほど わからなかった。 キムラ で ある はず は ない ん だ が と ヨウコ は いらいら しながら おもった。 「キムラ は ワタシ の オット では ない か。 その キムラ が あかい キモノ を きて いる と いう ホウ が ある もの か。 ……かわいそう に、 キムラ は サン フランシスコ から イマゴロ は シヤトル の ほう に きて、 ワタシ の つく の を イチニチ センシュウ の オモイ で まって いる だろう に、 ワタシ は こんな こと を して ここ で あかい キモノ を きた オトコ なんぞ を みつめて いる。 センシュウ の オモイ で まつ? それ は そう だろう。 けれども ワタシ が キムラ の ツマ に なって しまった が サイゴ、 センシュウ の オモイ で ワタシ を まったり した キムラ が どんな オット に かわる か は しれきって いる。 にくい の は オトコ だ…… キムラ でも クラチ でも…… また ジムチョウ なんぞ を おもいだして いる。 そう だ、 ベイコク に ついたら もうすこし おちついて かんがえた イキカタ を しよう。 キムラ だって うてば ひびく くらい は する オトコ だ。 ……あっち に いって まとまった カネ が できたら、 なんと いって も かまわない、 サダコ を よびよせて やる。 あ、 サダコ の こと なら キムラ は ショウチ の うえ だった のに。 それにしても キムラ が あかい キモノ など を きて いる の は あんまり おかしい……」。 ふと ヨウコ は もう イチド あかい キモノ の オトコ を みた。 ジムチョウ の カオ が あかい キモノ の ウエ に にあわしく のって いた。 ヨウコ は ぎょっと した。 そして その カオ を もっと はっきり みつめたい ため に おもい おもい マブタ を しいて おしひらく ドリョク を した。
 みる と ヨウコ の マエ には まさしく、 カクトウ を もって コゲチャイロ の マント を きた ジムチョウ が たって いた。 そして、
「どう なさった ん だ イマゴロ こんな ところ に、 ……コンヤ は どうか して いる…… オカ さん、 アナタ の ナカマ が もう ヒトリ ここ に います よ」
と いいながら ジムチョウ は タマシイ を えた よう に うごきはじめて、 ウシロ の ほう を ふりかえった。 ジムチョウ の ウシロ には、 ショクドウ で ヨウコ と ヒトメ カオ を みあわす と、 ふるえん ばかり に コウフン して カオ を え あげない で いた ジョウヒン な かの セイネン が、 マッサオ な カオ を して モノ に おじた よう に つつましく たって いた。
 メ は まざまざ と あいて いた けれども ヨウコ は まだ ユメゴコチ だった。 ジムチョウ の いる の に きづいた シュンカン から また きこえだした ハトウ の オト は、 マエ の よう に オンガクテキ な ところ は すこしも なく、 ただ ものぐるおしい ソウオン と なって フネ に せまって いた。 しかし ヨウコ は イマ の キョウガイ が ホントウ に ゲンジツ の キョウガイ なの か、 さっき フシギ な オンガクテキ の サッカク に ひたって いた キョウガイ が ムゲン の ナカ の キョウガイ なの か、 ジブン ながら すこしも ミサカイ が つかない くらい ぼんやり して いた。 そして あの コウトウ な キカイ な ココロ の アドベンチャー を かえって まざまざ と した ゲンジツ の デキゴト でも ある か の よう に おもいなして、 メノマエ に みる サケ に あからんだ ジムチョウ の カオ は ミョウ に コワクテキ な キミ の わるい ゲンゾウ と なって ヨウコ を おびやかそう と した。
「すこし のみすぎた ところ に ためといた シゴト を つめて やった んで、 ねむれん。 で サンポ の つもり で カンパン の ミマワリ に でる と オカ さん」
と いいながら もう イチド ウシロ を ふりかえって、
「この オカ さん が この さむい に テスリ から カラダ を のりだして ぽかん と ウミ を みとる ん です。 とりおさえて ケビン に つれて いこう と おもうとる と、 コンド は アナタ に でくわす。 モノズキ も あった もん です ねえ。 ウミ を ながめて ナニ が おもしろい かな。 おさむか ありません か、 ショール なんぞ も おちて しまった」
 どこ の クニナマリ とも わからぬ イッシュ の チョウシ が しおさびた コエ で あやつられる の が、 ジムチョウ の ヒトトナリ に よく そぐって きこえる。 ヨウコ は そんな こと を おもいながら ジムチョウ の コトバ を ききおわる と、 はじめて はっきり メ が さめた よう に おもった。 そして カンタン に、
「いいえ」
と こたえながら ウワメヅカイ に、 ユメ の ナカ から でも ヒト を みる よう に うっとり と ジムチョウ の しぶとそう な カオ を みやった。 そして そのまま だまって いた。
 ジムチョウ は レイ の インソレント な メツキ で ヨウコ を ヒトメ に みくるめながら、
「わかい カタ は セワ が やける…… さあ いきましょう」
と つよい ゴチョウ で いって、 からから と ボウジャク ブジン に わらいながら ヨウコ を せきたてた。 ウミ の ナミ の こうりょう たる オメキ の ナカ に きく この ワライゴエ は ダイアボリック な もの だった。 「わかい カタ」 ……ロウセイ-ぶった こと を いう と ヨウコ は おもった けれども、 しかし ジムチョウ には そんな こと を いう ケンリ でも ある か の よう に ヨウコ は ヒニク な シッペガエシ も せず に、 おとなしく ショール を ひろいあげて ジムチョウ の いう まま に その アト に つづこう と して おどろいた。 ところが ながい アイダ そこ に たたずんで いた もの と みえて、 ジシャク で すいつけられた よう に、 リョウアシ は かたく おもく なって イッスン も うごきそう には なかった。 カンキ の ため に カンカク の マヒ しかかった ヒザ の カンセツ は しいて まげよう と する と、 スジ を たつ ほど の イタミ を おぼえた。 フヨウイ に あるきだそう と した ヨウコ は、 おもわず のめりださした ジョウタイ を からく ウシロ に ささえて、 なさけなげ に たちすくみながら、
「ま、 ちょっと」
と よびかけた。 ジムチョウ の アト に つづこう と した オカ と よばれた セイネン は これ を きく と いちはやく アシ を とめて ヨウコ の ほう を ふりむいた。
「はじめて オシリアイ に なった ばかり です のに、 すぐ オココロヤスダテ を して ホントウ に ナン で ございます が、 ちょっと オカタ を かして いただけません でしょう か。 ナン です か アシ の サキ が こおった よう に なって しまって……」
と ヨウコ は うつくしく カオ を しかめて みせた。 オカ は それら の コトバ が コブシ と なって ツヅケサマ に ムネ を うつ と でも いった よう に、 しばらく の アイダ どぎまぎ チュウチョ して いた が、 やがて おもいきった ふう で、 だまった まま ひきかえして きた。 ミノタケ も カタハバ も ヨウコ と そう ちがわない ほど な きゃしゃ な カラダ を わなわな と ふるわせて いる の が、 カタ に テ を かけない うち から よく しれた。 ジムチョウ は ふりむき も しない で、 クツ の カカト を こつこつ と ならしながら はや 2~3 ゲン の かなた に とおざかって いた。
 エイビン な ウマ の ヒフ の よう に だちだち と ふるえる セイネン の カタ に おぶいかかりながら、 ヨウコ は くろい おおきな ジムチョウ の ウシロスガタ を アダカタキ でも ある か の よう に するどく みつめて そろそろ と あるいた。 セイヨウシュ の ホウジュン な あまい サケ の カ が、 まだ ヨイ から さめきらない ジムチョウ の ミノマワリ を どくどくしい モヤ と なって とりまいて いた。 ホウジュウ と いう ジムチョウ の シンノゾウ は、 イマ フヨウジン に ひらかれて いる。 あの ムトンジャク そう な カタ の ユスリ の カゲ に すさまじい デザイア の ヒ が はげしく もえて いる はず で ある。 ヨウコ は キンダン の コノミ を はじめて くいかいだ ゲンジン の よう な カツヨク を ワレ にも なく あおりたてて、 ジムチョウ の ココロ の ウラ を ひっくりかえして ヌイメ を みきわめよう と ばかり して いた。 おまけに セイネン の カタ に おいた ヨウコ の テ は、 きゃしゃ とは いいながら、 ダンセイテキ な つよい ダンリョク を もつ キンニク の フルエ を まざまざ と かんずる ので、 これら フタリ の オトコ が あたえる キカイ な シゲキ は ほしいまま に からまりあって、 おそろしい ココロ を ヨウコ に おこさせた。 キムラ…… ナニ を うるさい、 ヨケイ な こと を いわず と だまって みて いる が いい。 ココロ の ナカ を ひらめきすぎる ダンペンテキ な カゲ を ヨウコ は カレハ の よう に はらいのけながら、 メノマエ に みる コワク に おぼれて ゆこう と のみ した。 クチ から ノド は あえぎたい ほど に ひからびて、 オカ の カタ に のせた テ は、 セイリテキ な サヨウ から つめたく かたく なって いた。 そして ネツ を こめて うるんだ メ を みはって、 ジムチョウ の ウシロスガタ ばかり を みつめながら、 ゴタイ は ふらふら と タワイ も なく オカ の ほう に よりそった。 はきだす イキ は もえたって オカ の ヨコガオ を なでた。 ジムチョウ は ユダン なく カクトウ で サユウ を てらしながら カンパン の セイトン に キ を くばって あるいて いる。
 ヨウコ は いたわる よう に オカ の ミミ に クチ を よせて、
「アナタ は どちら まで」
と きいて みた。 その コエ は イツモ の よう に すんで は いなかった。 そして キ を ゆるした オンナ から ばかり きかれる よう な あまたるい シタシサ が こもって いた。 オカ の カタ は カンゲキ の ため に ひとしお ふるえた。 とみに は ヘンジ も しえない で いる よう だった が、 やがて オクビョウ そう に、
「アナタ は」
と だけ ききかえして、 ネッシン に ヨウコ の ヘンジ を まつ らしかった。
「シカゴ まで まいる つもり です の」
「ボク も…… ワタシ も そう です」
 オカ は まちもうけた よう に コエ を ふるわしながら きっぱり と こたえた。
「シカゴ の ダイガク に でも いらっしゃいます の」
 オカ は ヒジョウ に あわてた よう だった。 なんと ヘンジ を した もの か おそろしく ためらう ふう だった が、 やがて アイマイ に クチ の ウチ で、
「ええ」
と だけ つぶやいて だまって しまった。 その オボコサ…… ヨウコ は ヤミ の ナカ で メ を かがやかして ほほえんだ。 そして オカ を あわれんだ。
 しかし セイネン を あわれむ と ドウジ に ヨウコ の メ は イナズマ の よう に ジムチョウ の ウシロスガタ を ナナメ に かすめた。 セイネン を あわれむ ジブン は ジムチョウ に あわれまれて いる の では ない か。 しじゅう イッポ ずつ ウワテ を ゆく よう な ジムチョウ が イッシュ の ニクシミ を もって ながめやられた。 かつて あじわった こと の ない この ニクシミ の ココロ を ヨウコ は どう する こと も できなかった。
 フタリ に わかれて ジブン の センシツ に かえった ヨウコ は ほとんど デリリウム の ジョウタイ に あった。 ヒトミ は おおきく ひらいた まま で、 メクラ ドウヨウ に ヘヤ の ナカ の もの を みる こと を しなかった。 ひえきった テサキ は おどおど と リョウ の タモト を つかんだり はなしたり して いた。 ヨウコ は ムチュウ で ショール と ボア と を かなぐりすて、 もどかしげ に オビ だけ ほどく と、 カミ も とかず に シンダイ の ウエ に たおれかかって、 ヨコ に なった まま ハネマクラ を リョウテ で ひしと だいて カオ を ふせた。 なぜ と しらぬ ナミダ が その とき セキ を きった よう に ながれだした。 そして ナミダ は アト から アト から みなぎる よう に シーツ を うるおしながら、 ジュウケツ した クチビル は おそろしい ワライ を たたえて わなわな と ふるえて いた。
 1 ジカン ほど そうして いる うち に ナキヅカレ に つかれて、 ヨウコ は かける もの も かけず に そのまま ふかい ネムリ に おちいって いった。 けばけばしい デントウ の ヒカリ は その ヨクジツ の アサ まで この なまめかしく も フシダラ な ヨウコ の マルネスガタ を かいた よう に てらして いた。

 14

 なんと いって も フナタビ は タンチョウ だった。 たとい ニチニチ ヤヤ に イッシュン も やむ こと なく スガタ を かえる ウミ の ナミ と ソラ の クモ とは あって も、 シジン でも ない なべて の センキャク は、 それら に たいして トホウ に くれた ケンタイ の シセン を なげる ばかり だった。 チジョウ の セイカツ から すっかり シャダン された フネ の ウチ には、 ごく ちいさな こと でも めあたらしい ジケン の おこる こと のみ が まちもうけられて いた。 そうした セイカツ では ヨウコ が シゼン に センキャク の チュウイ の ショウテン と なり、 ワダイ の テイキョウシャ と なった の は フシギ も ない。 マイニチ マイニチ こおりつく よう な ノウム の アイダ を、 ヒガシ へ ヒガシ へ と こころぼそく はしりつづける ちいさな キセン の ナカ の シャカイ は、 あらわ には しれない ながら、 ナニ か さびしい カコ を もつ らしい、 ヨウエン な、 わかい ヨウコ の イッキョ イチドウ を、 たえず キョウミ-ぶかく じっと みまもる よう に みえた。
 かの キカイ な ココロ の ドウラン の イチヤ を すごす と、 その ヨクジツ から ヨウコ は また フダン の とおり に、 いかにも アシモト が あやうく みえながら すこしも ハタン を しめさず、 ややもすれば ヒト の カッテ に なりそう で いて、 ヨソ から は けっして うごかされない オンナ に なって いた。 はじめて ショクドウ に でた とき の ツツマシヤカサ に ひきかえて、 ときには カイカツ な ショウジョ の よう に はれやか な カオツキ を して、 センキャク ら と コトバ を かわしたり した。 ショクドウ に あらわれる とき の ヨウコ の フクソウ だけ でも、 タイクツ に うんじはてた ヒトビト には、 モノズキ な キタイ を あたえた。 ある とき は ヨウコ は つつしみぶかい シンソウ の フジン-らしく ジョウヒン に、 ある とき は ソヨウ の ふかい わかい ディレッタント の よう に コウショウ に、 また ある とき は シュウゾク から カイホウ された アドベンチャリス とも おもわれる ホウタン を しめした。 その キョクタン な ヘンカ が イチニチ の うち に おこって きて も、 ヒトビト は さして あやしく おもわなかった。 それほど ヨウコ の セイカク には フクザツ な もの が ひそんで いる の を かんじさせた。 エノシママル が ヨコハマ の サンバシ に つながれて いる アイダ から、 ヒトビト の チュウイ の チュウシン と なって いた タガワ フジン を、 カイキ に あって イキ を ふきかえした ニンギョ の よう な ヨウコ の カタワラ に おいて みる と、 ミブン、 エツレキ、 ガクショク、 ネンレイ など と いう いかめしい シカク が、 かえって フジン を かたい ふるぼけた リンカク に はめこんで みせる ケッカ に なって、 ただ シンタイ の ない クウキョ な キュウデン の よう な そらいかめしい キョウ ナサ を かんじさせる ばかり だった。 オンナ の ホンノウ の スルドサ から タガワ フジン は すぐ それ を かんづいた らしかった。 フジン の ミミモト に ひびいて くる の は ヨウコ の ウワサ ばかり で、 フジン ジシン の ヒョウバン は みるみる うすれて いった。 ともすると タガワ ハカセ まで が、 フジン の ソンザイ を わすれた よう な フルマイ を する、 そう フジン を おもわせる こと が ある らしかった。 ショクドウ の テーブル を はさんで むかいあう フサイ が タニン ドウシ の よう な カオ を して タガイタガイ に ヌスミミ を する の を ヨウコ が すばやく みてとった こと など も あった。 と いって イマ まで ジブン の コドモ でも あしらう よう に ふるまって いた ヨウコ に たいして、 いまさら フジン は あらたまった タイド も とりかねて いた。 よくも カメン を かぶって ヒト を おとしいれた と いう おんならしい ひねくれた ネタミ ヒガミ が、 あきらか に フジン の ヒョウジョウ に よまれだした。 しかし ジッサイ の ショチ と して は、 くやしくて も ムシ を ころして、 ジブン を ヨウコ まで ひきさげる か、 ヨウコ を ジブン まで ひきあげる より シカタ が なかった。 フジン の ヨウコ に たいする シウチ は トイタ を かえす よう に ちがって きた。 ヨウコ は しらん カオ を して フジン の する が まま に まかせて いた。 ヨウコ は もとより フジン の あわてた この ショチ が フジン には チメイテキ な フリエキ で あり、 ジブン には ツゴウ の いい シアワセ で ある の を しって いた から だ。 あんのじょう、 タガワ フジン の この ジョウホ は、 フジン に なんらか の ドウジョウ なり ソンケイ なり が くわえられる ケッカ と ならなかった ばかり で なく、 その セイリョク は ますます クダリザカ に なって、 ヨウコ は いつのまにか タガワ フジン と タイトウ で モノ を いいあって も すこしも フシギ とは おもわせない ほど の タカミ に ジブン を もちあげて しまって いた。 オチメ に なった フジン は トシガイ も なく しどろもどろ に なって いた。 おそろしい ほど やさしく シンセツ に ヨウコ を あしらう か と おもえば、 ヒニク-らしく バカテイネイ に モノ を いいかけたり、 あるいは とつぜん ロボウ の ヒト に たいする よう な ヨソヨソシサ を よそおって みせたり した。 しにかけた ヘビ の のたうちまわる を みやる ヘビツカイ の よう に、 ヨウコ は ひややか に あざわらいながら、 フジン の ココロ の カットウ を みやって いた。
 タンチョウ な フナタビ に あきはてて、 したたか シゲキ に うえた オトコ の ムレ は、 この フタリ の ジョセイ を チュウシン に して しらずしらず ウズマキ の よう に めぐって いた。 タガワ フジン と ヨウコ との アントウ は ヒョウメン には すこしも メ に たたない で たたかわれて いた の だ けれども、 それ が オトコ たち に シゼン に シゲキ を あたえない では おかなかった。 たいら な ミズ に ぐうぜん おちて きた ビフウ の ひきおこす ちいさな ハモン ほど の ヘンカ でも、 フネ の ナカ では ヒトカド の ジケン だった。 オトコ たち は なぜ とも なく イッシュ の キンチョウ と キョウミ と を かんずる よう に みえた。
 タガワ フジン は ビミョウ な オンナ の ホンノウ と チョッカク と で、 じりじり と ヨウコ の ココロ の スミズミ を さぐりまわして いる よう だった が、 ついに ここ ぞ と いう キュウショ を つかんだ らしく みえた。 それまで ジムチョウ に たいして みくだした よう な テイネイサ を みせて いた フジン は、 みるみる タイド を かえて、 ショクタク でも フタリ は、 セキ が となりあって いる から と いう イジョウ な したしげ な カイワ を とりかわす よう に なった。 タガワ ハカセ まで が フジン の イ を むかえて、 ナニカ に つけて ジムチョウ の ヘヤ に しげく デイリ する ばかり か、 ジムチョウ は タイテイ の ヨル は タガワ フサイ の ヘヤ に よびむかえられた。 タガワ ハカセ は もとより フネ の ショウキャク で ある。 それ を そらす よう な ジムチョウ では ない。 クラチ は センイ の コウロク まで を てつだわせて、 タガワ フサイ の リョジョウ を なぐさめる よう に ふるまった。 タガワ ハカセ の センシツ には ヨル おそく まで ヒ が かがやいて、 フジン の キョウ ありげ に たかく わらう コエ が シツガイ まで きこえる こと が めずらしく なかった。
 ヨウコ は タガワ フジン の こんな シウチ を うけて も、 ココロ の ウチ で あざわらって いる のみ だった。 すでに ジブン が カチミ に なって いる と いう ジカク は、 ヨウコ に ハンドウテキ な カンダイ な ココロ を あたえて、 フジン が ジムチョウ を トリコ に しよう と して いる こと など は てんで モンダイ には しまい と した。 フジン は ヨケイ な ケントウチガイ を して、 いたく も ない ハラ を さぐって いる。 ジムチョウ が どうした と いう の だ。 ハハ の ハラ を でる と そのまま なんの クンレン も うけず に そだちあがった よう な ブシツケ な、 ドウブツセイ の かった、 どんな こと を して きた の か、 どんな こと を する の か わからない よう な たかが ジムチョウ に なんの キョウミ が ある もの か。 あんな ニンゲン に キ を ひかれる くらい なら、 ジブン は とうに よろこんで キムラ の アイ に なずいて いる の だ。 ケントウチガイ も イイカゲン に する が いい。 そう ハガミ を したい くらい な キブン で おもった。
 ある ユウガタ ヨウコ は イツモ の とおり サンポ しよう と カンパン に でて みる と、 はるか とおい テスリ の ところ に オカ が たった ヒトリ しょんぼり と よりかかって、 ウミ を みいって いた。 ヨウコ は イタズラモノ-らしく そっと アシオト を ぬすんで、 しのびしのび ちかづいて、 いきなり オカ と カタ を すりあわせる よう に して たった。 オカ は フイ に ヒト が あらわれた ので ヒジョウ に おどろいた ふう で、 カオ を そむけて その バ を たちさろう と する の を、 ヨウコ は イヤオウ なし に テ を にぎって ひきとめた。 オカ が にげかくれよう と する の も ドウリ、 その カオ には ナミダ の アト が まざまざ と のこって いた。 ショウネン から セイネン に なった ばかり の よう な、 ウチキ-らしい、 コガラ な オカ の スガタ は、 なにもかも あらあらしい フネ の ナカ では ことさら デリケート な カレン な もの に みえた。 ヨウコ は イタズラ ばかり で なく、 この セイネン に イッシュ の あわあわしい アイ を おぼえた。
「ナニ を ないて らしった の」
 コクビ を ぞんぶん かたむけて、 ショウジョ が ショウジョ に モノ を たずねる よう に、 カタ に テ を おきそえながら きいて みた。
「ボク…… ないて い や しません」
 オカ は リョウホウ の ホオ を あかく いろどって、 こう いいながら くるり と カラダ を ソッポウ に むけかえよう と した。 それ が どうしても ショウジョ の よう な シグサ だった。 だきしめて やりたい よう な その ニクタイ と、 ニクタイ に つつまれた ココロ。 ヨウコ は さらに すりよった。
「いいえ いいえ ないて らっしゃいました わ」
 オカ は トホウ に くれた よう に メノシタ の ウミ を ながめて いた が、 のがれる スベ の ない の を さとって、 おおっぴら に ハンケチ を ズボン の ポケット から だして メ を ぬぐった。 そして すこし うらむ よう な メツキ を して はじめて マトモ に ヨウコ を みた。 クチビル まで が イチゴ の よう に あかく なって いた。 あおじろい ヒフ に はめこまれた その アカサ を、 シキサイ に ビンカン な ヨウコ は みのがす こと が できなかった。 オカ は なにかしら ヒジョウ に コウフン して いた。 その コウフン して ぶるぶる ふるえる しなやか な テ を ヨウコ は テスリ-ごと じっと おさえた。
「さ、 これ で おふき あそばせ」
 ヨウコ の タモト から は うつくしい カオリ の こもった ちいさな リンネル の ハンケチ が とりだされた。
「もってる ん です から」
 オカ は キョウシュク した よう に ジブン の ハンケチ を かえりみた。
「ナニ を おなき に なって…… まあ ワタシ ったら ヨケイ な こと まで うかがって」
「なに いい ん です…… ただ ウミ を みたら なんとなく なみだぐんで しまった ん です。 カラダ が よわい もん です から くだらない こと に まで カンショウテキ に なって こまります。 ……なんでも ない……」
 ヨウコ は いかにも ドウジョウ する よう に ガテン ガテン した。 オカ が ヨウコ と こうして イッショ に いる の を ひどく うれしがって いる の が ヨウコ には よく しれた。 ヨウコ は やがて ジブン の ハンケチ を テスリ の ウエ に おいた まま、
「ワタシ の ヘヤ へも よろしかったら いらっしゃいまし。 また ゆっくり おはなし しましょう ね」
と なつこく いって そこ を さった。
 オカ は けっして ヨウコ の ヘヤ を おとずれる こと は しなかった けれども、 この こと の あって ノチ は、 フタリ は よく したしく はなしあった。 オカ は ヒトナジミ の わるい、 ハナシ の タネ の ない、 ごく ウブ な よなれない セイネン だった けれども、 ヨウコ は わずか な タクト で すぐ ヘダテ を とりさって しまった。 そして うちとけて みる と カレ は ジョウヒン な、 どこまでも ジュンスイ な、 そして さかしい セイネン だった。 わかい ジョセイ には その ハニカミヤ な ところ から イマ まで たえて せっして いなかった ので、 ヨウコ には すがりつく よう に したしんで きた。 ヨウコ も ドウセイ の コイ を する よう な キモチ で オカ を かわいがった。
 その コロ から だ、 ジムチョウ が オカ に ちかづく よう に なった の は。 オカ は ヨウコ と ハナシ を しない とき は いつでも ジムチョウ と サンポ など を して いた。 しかし ジムチョウ の シンユウ とも おもわれる 2~3 の センキャク に たいして は クチ も きこう とは しなかった。 オカ は ときどき ヨウコ に ジムチョウ の ウワサ を して きかした。 そして ヒョウメン は あれほど ソボウ の よう に みえながら、 カンガエ の かわった、 ネンレイ や イチ など に ヘダテ を おかない、 シンセツ な ヒト だ と いったり した。 もっと コウサイ して みる と いい とも いった。 その たび ごと に ヨウコ は はげしく ハンタイ した。 あんな ニンゲン を オカ が ハナシアイテ に する の は じっさい フシギ な くらい だ。 あの ヒト の どこ に オカ と キョウツウ する よう な すぐれた ところ が あろう など と からかった。
 ヨウコ に ひきつけられた の は オカ ばかり では なかった。 ゴサン が すんで ヒトビト が サルン に あつまる とき など は ダンラン が たいてい ミッツ ぐらい に わかれて できた。 タガワ フサイ の シュウイ には いちばん タスウ の ヒト が あつまった。 ガイコクジン だけ の ダンタイ から タガワ の ほう に くる ヒト も あり、 ニホン の セイジカ ジツギョウカ-レン は もちろん ワレサキ に そこ に はせさんじた。 そこ から だんだん ほそく イト の よう に つながれて わかい リュウガクセイ とか ガクシャ とか いう レンチュウ が ジン を とり、 それから また だんだん ふとく つながれて、 ヨウコ と ショウネン ショウジョ ら の ムレ が いた。 ショクドウ で フイ の シツモン に ヘキエキ した ガイコウカンホ など は ダイイチ の レンラク の ツナ と なった。 シュウジン の マエ では オカ は エンリョ する よう に あまり ヨウコ に したしむ ヨウス は みせず に フソク フリ の タイド を たもって いた。 エンリョ エシャク なく そんな ところ で ヨウコ に なれしたしむ の は コドモ たち だった。 マッシロ な モスリン の キモノ を きて あかい おおきな リボン を よそおった ショウジョ たち や、 スイヘイフク で ミガル に よそおった ショウネン たち は ヨウコ の シュウイ に ハナワ の よう に あつまった。 ヨウコ が そういう ヒトタチ を カタミガワリ に だいたり かかえたり して、 オトギバナシ など して きかせて いる ヨウス は、 センチュウ の ミモノ だった。 どうか する と サルン の ヒトタチ は ジブン ら の アイダ の ワダイ など は すてて おいて この カレン な コウケイ を うっとり みやって いる よう な こと も あった。
 ただ ヒトツ これら の ムレ から は まったく ボッコウショウ な イチダン が あった。 それ は ジムチョウ を チュウシン に した 3~4 ニン の ムレ だった。 いつでも ヘヤ の イチグウ の ちいさな テーブル を かこんで、 その テーブル の ウエ には ウイスキー-ヨウ の ちいさな コップ と ミズ と が そなえられて いた。 いちばん いい カオリ の タバコ の ケムリ も そこ から ただよって きた。 カレラ は ナニ か ひそひそ と かたりあって は、 ときどき ボウジャク ブジン な たかい ワライゴエ を たてた。 そう か と おもう と じっと タガワ の ムレ の カイワ に ミミ を かたむけて いて、 トオク の ほう から とつぜん ヒニク の チャチャ を いれる こと も あった。 ダレ いう と なく ヒトビト は その イチダン を ケンジュハ と よびなした。 カレラ が どんな シュルイ の ヒト で どんな ショクギョウ に ジュウジ して いる か を しる モノ は なかった。 オカ など は ホンノウテキ に その ヒトタチ を いみきらって いた。 ヨウコ も なにかしら キ の おける レンチュウ だ と おもった。 そして ヒョウメン は いっこう ムトンジャク に みえながら、 ジブン に たいして ジュウブン の カンサツ と チュウイ と を おこたって いない の を かんじて いた。
 どうしても しかし ヨウコ には、 フネ に いる スベテ の ヒト の ウチ で ジムチョウ が いちばん キ に なった。 そんな はず、 リユウ の ある はず は ない と ジブン を たしなめて みて も なんの カイ も なかった。 サルン で コドモ たち と たわむれて いる とき でも、 ヨウコ は ジブン の して みせる コワクテキ な シナ が いつでも アンアンリ に ジムチョウ の ため に されて いる の を イシキ しない わけ には ゆかなかった。 ジムチョウ が その バ に いない とき は、 コドモ たち を あやし たのしませる ネツイ さえ うすらぐ の を おぼえた。 そんな とき に ちいさい ヒトタチ は きまって つまらなそう な カオ を したり アクビ を したり した。 ヨウコ は そうした ヨウス を みる と さらに キョウミ を うしなった。 そして そのまま たって ジブン の ヘヤ に かえって しまう よう な こと を した。 それ にも かかわらず ジムチョウ は かつて ヨウコ に トクベツ な チュウイ を はらう よう な こと は ない らしく みえた。 それ が ヨウコ を ますます フカイ に した。 ヨル など カンパン の ウエ を ソゾロアルキ して いる ヨウコ が、 タガワ ハカセ の ヘヤ の ナカ から レイ の ブエンリョ な ジムチョウ の タカワライ の コエ を もれきいたり なぞ する と、 おもわず かっと なって、 テツ の カベ すら いとおしそう な するどい ヒトミ を コエ の する ほう に おくらず には いられなかった。
 ある ヒ の ゴゴ、 それ は クモユキ の あらい さむい ヒ だった。 センキャク たち は フネ の ドウヨウ に ヘキエキ して ジブン の センシツ に とじこもる の が おおかった ので、 サルン が ガラアキ に なって いる の を サイワイ、 ヨウコ は オカ を さそいだして、 ヘヤ の カド に なった ところ に おれまがって すえて ある モロッコ-ガワ の ディワン に ヒザ と ヒザ を ふれあわさん ばかり よりそって コシ を かけて、 トランプ を いじって あそんだ。 オカ は ヒゴロ そういう ユウギ には すこしも キョウミ を もって いなかった が、 ヨウコ と フタリ きり で いられる の を ヒジョウ に コウフク に おもう らしく、 いつ に なく カイカツ に フダ を ひねくった。 その ほそい しなやか な テ から ブキッチョウ に フダ が すてられたり とられたり する の を ヨウコ は おもしろい もの に みやりながら、 ダンゾクテキ に コトバ を とりかわした。
「アナタ も シカゴ に いらっしゃる と おっしゃって ね、 あの バン」
「ええ、 いいました。 ……これ で きって も いい でしょう」
「あら そんな もの で もったいない…… もっと ひくい もの は おあり なさらない?…… シカゴ では シカゴ ダイガク に いらっしゃる の?」
「これ で いい でしょう か…… よく わからない ん です」
「よく わからない って、 そりゃ おかしゅう ござんす わね、 そんな こと おきめ なさらず に あっち に いらっしゃる って」
「ボク は……」
「これ で いただきます よ…… ボク は…… ナニ」
「ボク は ねえ」
「ええ」
 ヨウコ は トランプ を いじる の を やめて カオ を あげた。 オカ は ザンゲ でも する ヒト の よう に、 オモテ を ふせて あかく なりながら フダ を いじくって いた。
「ボク の ホントウ に いく ところ は ボストン だった の です。 そこ に ボク の ウチ で ガクシ を やってる ショセイ が いて ボク の カントク を して くれる こと に なって いた ん です けれど……」
 ヨウコ は めずらしい こと を きく よう に オカ に メ を すえた。 オカ は ますます いいにくそう に、
「アナタ に おあい もうして から ボク も シカゴ に いきたく なって しまった ん です」
と だんだん ゴビ を けして しまった。 なんと いう カレンサ…… ヨウコ は さらに オカ に すりよった。 オカ は シンケン に なって カオ まで あおざめて きた。
「オキ に さわったら ゆるして ください…… ボク は ただ…… アナタ の いらっしゃる ところ に いたい ん です。 どういう ワケ だ か……」
 もう オカ は なみだぐんで いた。 ヨウコ は おもわず オカ の テ を とって やろう と した。
 その シュンカン に いきなり ジムチョウ が はげしい イキオイ で そこ に はいって きた。 そして ヨウコ には メ も くれず に はげしく オカ を ひったてる よう に して サンポ に つれだして しまった。 オカ は いい と して その アト に したがった。
 ヨウコ は かっと なって おもわず ザ から たちあがった。 そして おもいぞんぶん ジムチョウ の ブレイ を せめよう と ミガマエ した。 その とき フイ に ヒトツ の カンガエ が ヨウコ の アタマ を ひらめきとおった。 「ジムチョウ は どこ か で ジブン たち を みまもって いた に ちがいない」。
 つったった まま の ヨウコ の カオ に、 チブサ を みせつけられた コドモ の よう な ホホエミ が ほのか に うかびあがった。

 15

 ヨウコ は ある アサ おもいがけなく ハヤオキ を した。 ベイコク に ちかづく に つれて イド は だんだん さがって いった ので、 カンキ も うすらいで いた けれども、 なんと いって も アキ たった クウキ は アサ ごと に ひえびえ と ひきしまって いた。 ヨウコ は オンシツ の よう な センシツ から この きりっと した クウキ に ふれよう と して カンパン に でて みた。 ウゲン を まわって サゲン に でる と はからずも メノマエ に リクエイ を みつけだして、 おもわず アシ を とめた。 そこ には トオカ ほど ネントウ から たえはてて いた よう な もの が カイメン から あさく もれあがって つづいて いた。 ヨウコ は コウキ な メ を かがやかしながら、 おもわず いったん とめた アシ を うごかして テスリ に ちかづいて それ を みわたした。 オレゴン マツ が すくすく と シラナミ の はげしく かみよせる キシベ まで ミッセイ した バンクーバー-トウ の ひくい ヤマナミ が そこ に あった。 ものすごく ソコビカリ の する マッサオ な エンヨウ の イロ は、 いつのまにか みだれた ナミ の ものぐるわしく たちさわぐ エンカイ の セイカイショク に かわって、 その サキ に みえる アンリョク の ジュリン は どんより と した アマゾラ の シタ に こうりょう と して よこたわって いた。 それ は みじめ な スガタ だった。 ヘダタリ の とおい せい か フネ が いくら すすんで も ケシキ には いささか の ヘンカ も おこらない で、 こうりょう たる その ケシキ は いつまでも メノマエ に たちつづいて いた。 フルワタ に にた ウスグモ を もれる アサヒ の ヒカリ が ちからよわく それ を てらす たび ごと に、 にえきらない カゲ と ヒカリ の ヘンカ が かすか に ヤマ と ウミ と を なでて とおる ばかり だ。 ながい ながい カイヨウ の セイカツ に なれた ヨウコ の メ には リクチ の インショウ は むしろ きたない もの でも みる よう に フユカイ だった。 もう ミッカ ほど する と フネ は いや でも シヤトル の サンバシ に つながれる の だ。 ムコウ に みえる あの リクチ の ツヅキ に シヤトル は ある。 あの マツ の ハヤシ が きりたおされて すこし ばかり の ヘイチ と なった ところ に、 ここ に ヒトツ かしこ に ヒトツ と いう よう に コヤ が たてて ある が、 その コヤ の カズ が ヒガシ に ゆく に つれて だんだん おおく なって、 シマイ には ヒトカタマリ の カオク が できる。 それ が シヤトル で ある に ちがいない。 うらさびしく アキカゼ の ふきわたる その ちいさな ミナトマチ の サンバシ に、 ヤジュウ の よう な ショコク の ロウドウシャ が むらがる ところ に、 この ちいさな エノシママル が つかれきった センタイ を よこたえる とき、 あの キムラ が レイ の めまぐるしい キビンサ で、 アメリカ-フウ に なりすました らしい モノゴシ で、 マワリ の ケシキ に つりあわない ケイキ の いい カオ を して、 フナバシゴ を のぼって くる ヨウス まで が、 ヨウコ には みる よう に ソウゾウ された。
「いや だ いや だ。 どうしても キムラ と イッショ に なる の は いや だ。 ワタシ は トウキョウ に かえって しまおう」
 ヨウコ は ダダッコ-らしく いまさら そんな こと を ホンキ に かんがえて みたり して いた。
 スイフチョウ と ヒトリ の ボーイ と が おしならんで、 クツ と ゾウリ との オト を たてながら やって きた。 そして ヨウコ の ソバ まで くる と、 ヨウコ が ふりかえった ので フタリ ながら インギン に、
「おはよう ございます」
と アイサツ した。 その ヨウス が いかにも したしい メウエ に たいする よう な タイド で、 ことに スイフチョウ は、
「オタイクツ で ございましたろう。 それでも これ で あと ミッカ に なりました。 コンド の コウカイ には しかし おかげさま で オオダスカリ を しまして。 ユウベ から きわだって よく なりまして ね」
と つけくわえた。
 ヨウコ は イットウ センキャク の アイダ の ワダイ の マト で あった ばかり で なく、 ジョウキュウ センイン の アイダ の ウワサ の タネ で あった ばかり で なく、 この ながい コウカイチュウ に、 いつのまにか カキュウ センイン の アイダ にも フシギ な セイリョク に なって いた。 コウカイ の ヨウカ-メ か に、 ある ロウネン の スイフ が フォクスル で シゴト を して いた とき、 イカリ の クサリ に アシサキ を はさまれて ホネ を くじいた。 プロメネード デッキ で ぐうぜん それ を みつけた ヨウコ は、 センイ より はやく その バ に かけつけた。 ムスビッコブ の よう に まるまって、 イタミ の ため に もがきくるしむ その ロウジン の アト に ひきそって、 スイフベヤ の イリグチ まで は タクサン の センイン や センキャク が ものめずらしそう に ついて きた が、 そこ まで ゆく と センイン で すら が ナカ に はいる の を チュウチョ した。 どんな ヒミツ が ひそんで いる か ダレ も しる ヒト の ない その ナイブ は、 センチュウ では キカンシツ より も キケン な イチ クイキ と みなされて いた だけ に、 その イリグチ さえ が イッシュ ヒト を おびやかす よう な ウスキミワルサ を もって いた。 ヨウコ は しかし その ロウジン の くるしみもがく スガタ を みる と そんな こと は てもなく わすれて しまって いた。 ひょっと する と ジャマモノ アツカイ に されて あの ロウジン は ころされて しまう かも しれない。 あんな トシ まで この カイジョウ の あらあらしい ロウドウ に しばられて いる この ヒト には タヨリ に なる エンジャ も いない の だろう。 こんな オモイヤリ が トメド も なく ヨウコ の ココロ を おそいたてる ので、 ヨウコ は その ロウジン に ひきずられて でも ゆく よう に どんどん スイフベヤ の ナカ に おりて いった。 うすぐらい フハイ した クウキ は むれあがる よう に ヒト を おそって、 カゲ の ナカ に うようよ と うごめく ムレ の ナカ から は ふとく さびた コエ が なげかわされた。 ヤミ に なれた スイフ たち の メ は やにわに ヨウコ の スガタ を ひっとらえた らしい。 みるみる イッシュ の コウフン が ヘヤ の スミズミ に まで みちあふれて、 それ が キカイ な ノノシリ の コエ と なって ものすごく ヨウコ に せまった。 だぶだぶ の ズボン ヒトツ で、 すじくれだった アツミ の ある ケムネ に イッシ も つけない オオオトコ は、 やおら ヒトナカ から たちあがる と、 ずかずか ヨウコ に つきあたらん ばかり に すれちがって、 スレチガイザマ に ヨウコ の カオ を アナ の あく ほど にらみつけて、 きく に たえない ゾウゴン を たかだか と ののしって、 ジブン の ムレ を わらわした。 しかし ヨウコ は しにかけた コ に かしずく ハハ の よう に、 そんな こと には メ も くれず に ロウジン の ソバ に ひきそって、 ねやすい よう に ネドコ を とりなおして やったり、 マクラ を あてがって やったり して、 なおも その バ を さらなかった。 そんな むさくるしい きたない ところ に いて ロウジン が ほったらかして おかれる の を みる と、 ヨウコ は なんと いう こと なし に ナミダ が アト から アト から ながれて たまらなかった。 ヨウコ は そこ を でて ムリ に センイ の コウロク を そこ に ひっぱって きた。 そして ケンイ を もった ヒト の よう に スイフチョウ に はっきり した サシズ を して、 はじめて アンシン して ゆうゆう と その ヘヤ を でた。 ヨウコ の カオ には ジブン の した こと に たいして コドモ の よう な ヨロコビ の イロ が うかんで いた。 スイフ たち は くらい ナカ にも それ を みのがさなかった と みえる。 ヨウコ が でて ゆく とき には ヒトリ と して ヨウコ に ゾウゴン を なげつける モノ が いなかった。 それから スイフ ら は ダレ いう と なし に ヨウコ の こと を 「アネゴ アネゴ」 と よんで ウワサ する よう に なった。 その とき の こと を スイフチョウ は ヨウコ に カンシャ した の だ。
 ヨウコ は シンミ に いろいろ と ビョウニン の こと を スイフチョウ に ききただした。 じっさい スイフチョウ に はなしかけられる まで は、 ヨウコ は そんな こと は おもいだし も して いなかった の だ。 そして スイフチョウ に おもいださせられて みる と、 キュウ に その ロウスイフ の こと が シンパイ に なりだした の だった。 アシ は とうとう フグ に なった らしい が イタミ は たいてい なくなった と スイフチョウ が いう と ヨウコ は はじめて アンシン して、 また リク の ほう に メ を やった。 スイフチョウ と ボーイ との アシオト は ロウカ の かなた に とおざかって きえて しまった。 ヨウコ の アシモト には ただ かすか な エンジン の オト と ナミ が フナバタ を うつ オト と が きこえる ばかり だった。
 ヨウコ は また ジブン ヒトリ の ココロ に かえろう と して しばらく じっと タンチョウ な リクチ に メ を やって いた。 その とき とつぜん オカ が リッパ な セイヨウギヌ の ネマキ の ウエ に あつい ガイトウ を きて ヨウコ の ほう に ちかづいて きた の を、 ヨウコ は シカク の イッタン に ちらり と とらえた。 ヨル でも アサ でも ヨウコ が ヒトリ で いる と、 どこ で どうして それ を しる の か、 いつのまにか オカ が きっと ミヂカ に あらわれる の が ツネ なので、 ヨウコ は まちもうけて いた よう に ふりかえって、 アサ の あたらしい やさしい ビショウ を あたえて やった。
「アサ は まだ ずいぶん ひえます ね」
と いいながら、 オカ は すこし ヒト に なれた ショウジョ の よう に カオ を あかく しながら ヨウコ の ソバ に ミ を よせた。 ヨウコ は だまって ほほえみながら その テ を とって ひきよせて、 たがいに ちいさな コエ で かるい したしい カイワ を とりかわしはじめた。
 と、 とつぜん オカ は おおきな こと でも おもいだした ヨウス で、 ヨウコ の テ を ふりほどきながら、
「クラチ さん が ね、 キョウ アナタ に ぜひ ねがいたい ヨウ が ある って いって ました よ」
と いった。 ヨウコ は、
「そう……」
と ごく かるく うける つもり だった が、 それ が おもわず いきぐるしい ほど の チョウシ に なって いる の に キ が ついた。
「ナン でしょう、 ワタシ に なんぞ ヨウ って」
「なんだか ワタシ ちっとも しりません が、 ハナシ を して ごらんなさい。 あんな に みえて いる けれども シンセツ な ヒト です よ」
「まだ アナタ だまされて いらっしゃる のね。 あんな コウマンチキ な ランボウ な ヒト ワタシ きらい です わ。 ……でも ムコウ で あいたい と いう の なら あって あげて も いい から、 ここ に いらっしゃい って、 アナタ イマ すぐ いらしって よんで きて くださいまし な。 あいたい なら あいたい よう に する が よう ござんす わ」
 ヨウコ は じっさい はげしい コトバ に なって いた。
「まだ ねて います よ」
「いい から かまわない から おこして おやり に なれば よ ござんす わ」
 オカ は ジブン に したしい ヒト を したしい ヒト に ちかづける キカイ が トウライ した の を ほこりよろこぶ ヨウス を みせて、 いそいそ と かけて いった。 その ウシロスガタ を みる と ヨウコ は ムネ に ときならぬ トキメキ を おぼえて、 マユ の ウエ の ところ に さっと あつい チ の よって くる の を かんじた。 それ が また いきどおろしかった。
 みあげる と アサ の ソラ を イマ まで おおうて いた ワタ の よう な ショシュウ の クモ は ところどころ ほころびて、 あらいすました アオゾラ が まばゆく キレメ キレメ に かがやきだして いた。 セイカイショク に よごれて いた クモ ソノモノ すら が みちがえる よう に しろく かるく なって うつくしい ササベリ を つけて いた。 ウミ は メ も あや な メイアン を なして、 タンチョウ な シマカゲ も さすが に ガンコ な チンモク ばかり を まもりつづけて は いなかった。 ヨウコ の ココロ は おさえよう おさえよう と して も かるく はなやか に ばかり なって いった。 ケッセン…… と ヨウコ は その いさみたつ ココロ の ソコ で さけんだ。 キムラ の こと など は とうの ムカシ に アタマ の ナカ から こそぎとる よう に きえて しまって、 その アト には ただ なんとはなし に、 こどもらしい うきうき した ボウケン の ネン ばかり が はたらいて いた。 ジブン でも しらず に いた よう な ウィアド な はげしい チカラ が、 ソウゾウ も およばぬ ところ に ぐんぐん と ヨウコ を ひきずって ゆく の を、 ヨウコ は おそれながら も どこまでも ついて ゆこう と した。 どんな こと が あって も ジブン が その チュウシン に なって いて、 ムコウ を ひきつけて やろう。 ジブン を はぐらかす よう な こと は しまい と いう しじゅう はりきって ばかり いた これまで の ココロモチ と、 この とき わく が ごとく もちあがって きた ココロモチ とは クラベモノ に ならなかった。 あらん カギリ の オモニ を あらいざらい おもいきり よく なげすてて しまって、 ミ も ココロ も ナニ か おおきな チカラ に まかしきる その ココロヨサ ココロヤスサ は ヨウコ を すっかり ユメゴコチ に した。 そんな ココロモチ の ソウイ を くらべて みる こと さえ できない くらい だった。 ヨウコ は こどもらしい キタイ に メ を かがやかして オカ の かえって くる の を まって いた。
「ダメ です よ。 トコ の ナカ に いて ト も あけて くれず に、 ネゴト みたい な こと を いってる ん です もの」
と いいながら オカ は トウワクガオ で ヨウコ の ソバ に あらわれた。
「アナタ こそ ダメ ね。 よう ござんす わ、 ワタシ が ジブン で いって みて やる から」
 ヨウコ には そこ に いる オカ さえ なかった。 すこし ケゲン そう に ヨウコ の いつ に なく そわそわ した ヨウス を みまもる セイネン を そこ に すておいた まま ヨウコ は けわしく ほそい ハシゴダン を おりた。
 ジムチョウ の ヘヤ は キカンシツ と せまい くらい ロウカ ヒトツ を へだてた ところ に あって、 ヒノメ を みて いた ヨウコ には テサグリ を して あるかねば ならぬ ほど カッテ が ちがって いた。 ジシン の よう に キカイ の シンドウ が ロウカ の テッペキ に つたわって きて、 むせかえりそう な なまあたたかい ジョウキ の ニオイ と ともに ヒト を フユカイ に した。 ヨウコ は オガクズ を ぬりこめて ざらざら と テザワリ の いや な カベ を なでて すすみながら ようやく ジムシツ の ト の マエ に きて、 アタリ を みまわして みて、 ノック も せず に いきなり ハンドル を ひねった。 ノック を する ヒマ も ない よう な せかせか した キブン に なって いた。 ト は オト も たてず に やすやす と あいた。 「ト も あけて くれず に……」 との オカ の コトバ から、 てっきり カギ が かかって いる と おもって いた ヨウコ には それ が イガイ でも あり、 アタリマエ にも おもえた。 しかし その シュンカン には ヨウコ は われしらず はっと なった。 ただ トオリスガリ の ヒト に でも みつけられまい と する ココロ が サキ に たって、 ヨウコ は ゼンゴ の ワキマエ も なく、 ほとんど ムイシキ に ヘヤ に はいる と、 ドウジ に ぱたん と オト を させて ト を しめて しまった。
 もう スベテ は コウカイ には おそすぎた。 オカ の コエ で イマ ネドコ から おきあがった らしい ジムチョウ は、 あらい ボウジマ の ネル の ツツソデ 1 マイ を きた まま で、 メ の はれぼったい カオ を して、 コヤマ の よう な おおきな ゴタイ を ネドコ に くねらして、 とつぜん はいって きた ヨウコ を ぎっと みまもって いた。 とうの ムカシ に ココロ の ウチ は みとおしきって いる よう な、 それでいて コトバ も ろくろく かわさない ほど に ムトンジャク に みえる オトコ の マエ に たって、 ヨウコ は さすが に しばらく は いいいず べき コトバ も なかった。 あせる キ を おししずめ おししずめ、 カオイロ を うごかさない だけ の チンチャク を もちつづけよう と つとめた が、 イマ まで に おぼえない ワクラン の ため に、 アタマ は ぐらぐら と なって、 ムイミ だ と ジブン で さえ おもわれる よう な ビショウ を もらす オロカサ を どう する こと も できなかった。 クラチ は ヨウコ が その アサ その ヘヤ に くる の を マエ から ちゃんと しりぬいて でも いた よう に おちつきはらって、 アサ の アイサツ も せず に、
「さ、 おかけなさい。 ここ が ラク だ」
と イツモ の とおり な すこし みおろした シタシミ の ある コトバ を かけて、 ヒルマ は ナガイス-ガワリ に つかう シンダイ の ザ を すこし ゆずって まって いる。 ヨウコ は テキイ を ふくんで さえ みえる ヨウス で たった まま、
「ナニ か ゴヨウ が おあり に なる そう で ございます が……」
 かたく なりながら いって、 ああ また みえすく こと を いって しまった と すぐ コウカイ した。 ジムチョウ は ヨウコ の コトバ を おいかける よう に、
「ヨウ は アト で いいます。 まあ おかけなさい」
と いって すまして いた。 その コトバ を きく と、 ヨウコ は その イイナリ-ホウダイ に なる より シカタ が なかった。 「オマエ は けっきょく は ここ に すわる よう に なる ん だよ」 と ジムチョウ は コトバ の ウラ に ミライ を ヨチ しきって いる の が ヨウコ の ココロ を イッシュ ステバチ な もの に した。 「すわって やる もの か」 と いう シュウカンテキ な オトコ に たいする ハンコウシン は ただ ワケ も なく ひしがれて いた。 ヨウコ は つかつか と すすみよって ジムチョウ と おしならんで シンダイ に こしかけて しまった。
 この ヒトツ の キョドウ が―― この なんでも ない ヒトツ の キョドウ が キュウ に ヨウコ の ココロ を かるく して くれた。 ヨウコ は その シュンカン に オオイソギ で イマ まで うしないかけて いた もの を ジブン の ほう に たぐりもどした。 そして ジムチョウ を ナガシメ に みやって、 ちょっと ほほえんだ その ビショウ には、 サッキ の ビショウ の オロカシサ が ひそんで いない の を しんずる こと が できた。 ヨウコ の セイカク の フカミ から わきでる おそろしい シゼンサ が まとまった スガタ を あらわしはじめた。
「ナニゴヨウ で いらっしゃいます」
 その わざとらしい ツクリゴエ の ウチ に かすか な シタシミ を こめて みせた コトバ も、 ニッカンテキ に アツミ を おびた、 それでいて さかしげ に シマリ の いい フタツ の クチビル に ふさわしい もの と なって いた。
「キョウ フネ が ケンエキジョ に つく ん です、 キョウ の ゴゴ に。 ところが ケンエキイ が これ なん だ」
 ジムチョウ は ホウバイ に でも うちあける よう に、 おおきな ショクシ を カギガタ に まげて、 たぐる よう な カッコウ を して みせた。 ヨウコ が ちょっと はんじかねた カオツキ を して いる と、
「だから のまして やらん ならん の です よ。 それから ポーカー にも まけて やらん ならん。 ビジン が いれば おがまして も やらん ならん」
と なお テマネ を つづけながら、 ジムチョウ は マクラモト に おいて ある ガンコ な パイプ を とりあげて、 ユビ の サキ で ハイ を おしつけて、 スイノコリ の タバコ に ヒ を つけた。
「フネ を さえ みれば そうした ワルサ を しおる ん だ から、 ウミボウズ を みる よう な ヤツ です。 そう いう と アタマ の つるり と した クラゲ-じみた ニュウドウ-らしい が、 ジッサイ は ゲンキ の いい イキ な わかい イシャ で ね。 おもしろい ヤツ だ。 ひとつ あって ごらん。 ワタシ で から が あんな ところ に ネンジュウ おかれれば ああ なる わさ」
と いって、 ミギテ に もった パイプ を ヒザガシラ に おきそえて、 むきなおって マトモ に ヨウコ を みた。 しかし その とき ヨウコ は クラチ の コトバ には それほど チュウイ を はらって は いない ヨウス を みせて いた。 ちょうど ヨウコ の ムコウガワ に ある ジム テーブル の ウエ に かざられた ナンマイ か の シャシン を ものめずらしそう に ながめやって、 ミギテ の ユビサキ を かるく キヨウ に うごかしながら、 タバコ の ケムリ が ムラサキイロ に カオ を かすめる の を はらって いた。 ジブン を オトリ に まで つかおう と する ブレイ も アナタ なれば こそ なんとも いわず に いる の だ と いう ココロ を ジムチョウ も さすが に すいした らしい。 しかし それ にも かかわらず ジムチョウ は イイワケ ヒトツ いわず、 いっこう ヘイキ な もの で、 きれい な カザリガミ の ついた キングチ タバコ の コバコ を テ を のばして タナ から とりあげながら、
「どう です 1 ポン」
と ヨウコ の マエ に さしだした。 ヨウコ は ジブン が タバコ を のむ か のまぬ か の モンダイ を はじきとばす よう に、
「あれ は ドナタ?」
と シャシン の ヒトツ に メ を さだめた。
「どれ」
「あれ」
 ヨウコ は そう いった まま で ゆびさし は しない。
「どれ」
と ジムチョウ は もう イチド いって、 ヨウコ の おおきな メ を まじまじ と みいって から その シセン を たどって、 しばらく シャシン を みわけて いた が、
「はあ あれ か。 あれ は ね ワタシ の サイシ です ん だ。 ケイサイ と トンジ ども です よ」
と いって たかだか と わらいかけた が、 ふと わらいやんで、 けわしい メ で ヨウコ を ちらっと みた。
「まあ そう。 ちゃんと オシャシン を おかざり なすって、 おやさしゅう ござんす わね」
 ヨウコ は しんなり と たちあがって その シャシン の マエ に いった。 ものめずらしい もの を みる と いう ヨウス を して は いた けれども、 ココロ の ウチ には ジブン の テキ が どんな ケダモノ で ある か を みきわめて やる ぞ と いう はげしい テキガイシン が キュウ に もえあがって いた。 マエ には ゲイシャ で でも あった の か、 それとも オット の ココロ を むかえる ため に そう つくった の か、 どこ か クロウト-じみた きれい な マルマゲ の オンナ が きかざって、 3 ニン の ショウジョ を ヒザ に だいたり ソバ に たたせたり して うつって いた。 ヨウコ は それ を とりあげて アナ の あく ほど じっと みやりながら テーブル の マエ に たって いた。 ぎごちない チンモク が しばらく そこ に つづいた。
「オヨウ さん」
(ジムチョウ は はじめて ヨウコ を その セイ で よばず に こう よびかけた) とつぜん フルエ を おびた、 ひくい、 おもい コエ が やきつく よう に ミミ ちかく きこえた と おもう と、 ヨウコ は クラチ の おおきな ムネ と ふとい ウデ と で ミウゴキ も できない よう に だきすくめられて いた。 もとより ヨウコ は その アサ クラチ が ヤジュウ の よう な アソルト に でる こと を チョッカクテキ に カクゴ して、 むしろ それ を キタイ して、 その アソルト を、 ココロ ばかり で なく、 ニクタイテキ な コウキシン を もって まちうけて いた の だった が、 かくまで とつぜん、 なんの マエブレ も なく おこって こよう とは おもい も もうけなかった ので、 オンナ の ホンネン の シュウチ から おこる テイソウ の ボウエイ に かられて、 ねっしきった よう な ひえきった よう な チ を イチジ に タイナイ に かんじながら、 かかえられた まま、 ブベツ を きわめた ヒョウジョウ を フタツ の メ に あつめて、 クラチ の カオ を ナナメ に みかえした。 その ひややか な メ の ヒカリ は カリソメ な オトコ の ココロ を たじろがす はず だった。 ジムチョウ の カオ は ふりかえった ヨウコ の カオ に イキ の かかる ほど の チカサ で、 ヨウコ を みいって いた が、 ヨウコ が あたえた レイコク な ヒトミ には メ も くれぬ まで くるわしく ねっして いた。 (ヨウコ の カンジョウ を もっとも つよく あおりたてる もの は ネドコ を はなれた アサ の オトコ の カオ だった。 イチヤ の キュウソク に スベテ の セイキ を ジュウブン に カイフク した ケンコウ な オトコ の ヨウボウ の ウチ には、 オンナ の もつ スベテ の もの を なげいれて も おしく ない と おもう ほど の チカラ が こもって いる と ヨウコ は しじゅう かんずる の だった) ヨウコ は クラチ に ぞんぶん な ケイブ の ココロモチ を みせつけながら も、 その カオ を ハナ の サキ に みる と、 ダンセイ と いう もの の キョウレツ な ケンイン の チカラ を うちこまれる よう に かんぜず には いられなかった。 イキ せわしく はく オトコ の タメイキ は アラレ の よう に ヨウコ の カオ を うった。 ヒ と もえあがらん ばかり に オトコ の カラダ から は ディザイア の ホムラ が ぐんぐん ヨウコ の ケツミャク に まで ひろがって いった。 ヨウコ は ワレ にも なく イジョウ な コウフン に がたがた ふるえはじめた。
     *     *     *
 ふと クラチ の テ が ゆるんだ ので ヨウコ は きって おとされた よう に ふらふら と よろけながら、 あやうく ふみとどまって メ を ひらく と、 クラチ が ヘヤ の ト に カギ を かけよう と して いる ところ だった。 カギ が あわない ので、
「くそっ」
と ウシロムキ に なって つぶやく クラチ の コエ が サイゴ の センコク の よう に ゼツボウテキ に ひくく ヘヤ の ナカ に ひびいた。
 クラチ から はなれた ヨウコ は さながら ハハ から はなれた アカゴ の よう に、 スベテ の チカラ が キュウ に どこ か に きえて しまう の を かんじた。 アト に のこる もの とて は ソコ の ない、 たよりない ヒアイ ばかり だった。 イマ まで あじわって きた スベテ の ヒアイ より も さらに ザンコク な ヒアイ が、 ヨウコ の ムネ を かきむしって おそって きた。 それ は クラチ の そこ に いる の すら わすれさす くらい だった。 ヨウコ は いきなり ネドコ の ウエ に まるまって たおれた。 そして ウツブシ に なった まま ケイレンテキ に はげしく なきだした。 クラチ が その ナキゴエ に ちょっと ためらって たった まま みて いる アイダ に、 ヨウコ は ココロ の ウチ で さけび に さけんだ。
「ころす なら ころす が いい。 ころされたって いい。 ころされたって にくみつづけて やる から いい。 ワタシ は かった。 なんと いって も かった。 こんな に かなしい の を なぜ はやく ころして は くれない の だ。 この カナシミ に いつまでも ひたって いたい。 はやく しんで しまいたい。……」

 16

 ヨウコ は ホントウ に シ の アイダ を さまよいあるいた よう な フシギ な、 コンラン した カンジョウ の クルイ に デイスイ して、 ジムチョウ の ヘヤ から アシモト も さだまらず に ジブン の センシツ に もどって きた が、 セイ も コン も つきはてて そのまま ソファ の ウエ に ぶったおれた。 メ の マワリ に うすぐろい カサ の できた その カオ は にぶい ナマリイロ を して、 ドウコウ は ヒカリ に たいして チョウセツ の チカラ を うしなって いた。 かるく ひらいた まま の クチビル から もれる ハナミ まで が、 ヒカリ なく、 ただ しろく みやられて、 シ を レンソウ させる よう な みにくい ウツクシサ が ミミ の ツケネ まで みなぎって いた。 ユキゲドキ の イズミ の よう に、 あらん カギリ の カンジョウ が めまぐるしく わきあがって いた その ムネ には、 ソコ の ほう に くらい ヒアイ が こちん と よどんで いる ばかり だった。
 ヨウコ は こんな フシギ な ココロ の ジョウタイ から のがれでよう と、 おもいだした よう に アタマ を はたらかして みた が、 その ドリョク は ココロ にも なく かすか な はかない もの だった。 そして その フシギ に コンラン した ココロ の ジョウタイ も いわば こらえきれぬ ほど の セツナサ は もって いなかった。 ヨウコ は そんな に して ぼんやり と メ を さましそう に なったり、 イシキ の カスイ に おちいったり した。 モウレツ な イケイレン を おこした カンジャ が、 モルヒネ の チュウシャ を うけて、 カンケツテキ に おこる イタミ の ため に ムイシキ に カオ を しかめながら、 マヤク の おそろしい チカラ の モト に、 ただ こんこん と キカイ な カスイ に おちいりこむ よう に、 ヨウコ の ココロ は ムリ ムタイ な ドリョク で ときどき おどろいた よう に みだれさわぎながら、 たちまち ものすごい チンタイ の フチ ふかく おちて ゆく の だった。 ヨウコ の イシ は いかに テ を のばして も、 もう ココロ の おちゆく フカミ には とどきかねた。 アタマ の ナカ は ネツ を もって、 ただ ぼーと きいろく けむって いた。 その きいろい ケムリ の ナカ を ときどき あかい ヒ や あおい ヒ が ちかちか と シンケイ を うずかして かけとおった。 いきづまる よう な ケサ の コウケイ や、 カコ の あらゆる カイソウ が、 いりみだれて あらわれて きて も、 ヨウコ は それ に たいして ケ の スエ ほど も ココロ を うごかされ は しなかった。 それ は とおい とおい コダマ の よう に うつろ に かすか に ひびいて は きえて ゆく ばかり だった。 カコ の ジブン と イマ の ジブン との これほど な おそろしい ヘダタリ を、 ヨウコ は オソレゲ も なく、 なる が まま に まかせて おいて、 おもく よどんだ ゼツボウテキ な ヒアイ に ただ ワケ も なく どこまでも ひっぱられて いった。 その サキ には くらい ボウキャク が まちもうけて いた。 ナミダ で おもった マブタ は だんだん うちひらいた まま の ヒトミ を おおって いった。 すこし ひらいた クチビル の アイダ から は、 うめく よう な かるい イビキ が もれはじめた。 それ を ヨウコ は かすか に イシキ しながら、 ソファ の ウエ に ウツムキ に なった まま、 いつ とは なし に ユメ も ない ふかい ネムリ に おちいって いた。
 どの くらい ねむって いた か わからない。 とつぜん ヨウコ は シンゾウ でも ハレツ しそう な オドロキ に うたれて、 はっと メ を ひらいて アタマ を もたげた。 ずき ずき ずき と アタマ の シン が いたんで、 ヘヤ の ナカ は ヒ の よう に かがやいて オモテ も むけられなかった。 もう ヒルゴロ だな と キ が つく うち にも、 カミナリ とも おもわれる キョウカン が フネ を ふるわして ひびきわたって いた。 ヨウコ は この シュンカン の フシギ に ムネ を どきつかせながら キキミミ を たてた。 フネ の オノノキ とも ジブン の オノノキ とも しれぬ シンドウ が、 ヨウコ の ゴタイ を コノハ の よう に もてあそんだ。 しばらく して その キョウカン が やや しずまった ので、 ヨウコ は ようやく、 ヨコハマ を でて イライ たえて もちいられなかった キテキ の コエ で ある こと を さとった。 ケンエキジョ が ちかづいた の だな と おもって、 エリモト を かきあわせながら、 しずか に ソファ の ウエ に ヒザ を たてて、 メマド から トノモ を のぞいて みた。 ケサ まで は アマグモ に とじられて いた ソラ も みちがえる よう に からっと はれわたって、 コンジョウ の イロ は ヒ の ヒカリ の ため に おくふかく かがやいて いた。 マツ が シゼン に うつくしく ハイチ されて はえしげった イワ-がかった キシ が すぐ メ の サキ に みえて、 ウミ は いかにも イリエ-らしく カレン な サザナミ を つらね、 その ウエ を エノシママル は キカン の ドウキ を うちながら しずか に はしって いた。 イクニチ の あらあらしい カイロ から ここ に きて みる と、 さすが に そこ には ニンゲン の カクレバ-らしい シズカサ が あった。
 キシ の おくまった ところ に しろい カベ の ちいさな カオク が みられた。 その ソバ には エイコク の コッキ が ビフウ に あおられて アオゾラ の ナカ に うごいて いた。 「あれ が ケンエキカン の いる ところ なの だ」 そう おもった イシキ の カツドウ が はじまる や いなや、 ヨウコ の アタマ は はじめて うまれかわった よう に はっきり と なって いった。 そして アタマ が はっきり して くる と ともに、 イマ まで きりはなされて いた スベテ の カコ が ある べき スガタ を とって、 メイリョウ に ゲンザイ の ヨウコ と むすびついた。 ヨウコ は カコ の カイソウ が イマ みた ばかり の ケシキ から でも きた よう に おどろいて、 いそいで メマド から カオ を ひっこめて、 キョウテキ に おそいかかられた コグン の よう に、 たじろぎながら また ソファ の ウエ に ねたおれた。 アタマ の ナカ は キュウ に むらがりあつまる カンガエ を セイリ する ため に はげしく はたらきだした。 ヨウコ は ひとりでに リョウテ で カミノケ の ウエ から コメカミ の ところ を おさえた。 そして すこし ウワメ を つかって カガミ の ほう を みやりながら、 イマ まで ヘイシ して いた ランソウ の よせくる まま に キビン に それ を おくりむかえよう と みがまえた。
 ヨウコ は とにかく おそろしい ガケ の キワ まで きて しまった こと を、 そして ほとんど ムハンセイ で、 ホンノウ に ひきずられる よう に して、 その ナカ に とびこんだ こと を おもわない わけ には ゆかなかった。 シンルイ エンジャ に うながされて、 ココロ にも ない トベイ を よぎなく された とき に ジブン で えらんだ ミチ―― ともかく キムラ と イッショ に なろう。 そして うまれかわった つもり で ベイコク の シャカイ に はいりこんで、 ジブン が みつけあぐねて いた ジブン と いう もの を、 さぐりだして みよう。 オンナ と いう もの が ニホン とは ちがって かんがえられて いる らしい ベイコク で、 オンナ と して の ジブン が どんな イチ に すわる こと が できる か ためして みよう。 ジブン は どうしても うまる べき で ない ジダイ に、 うまる べき で ない ところ に うまれて きた の だ。 ジブン の うまる べき ジダイ と トコロ とは どこ か ベツ に ある。 そこ では ジブン は ジョオウ の ザ に なおって も はずかしく ない ほど の チカラ を もつ こと が できる はず なの だ。 いきて いる うち に そこ を さがしだしたい。 ジブン の シュウイ に まつわって きながら いつのまにか ジブン を うらぎって、 いつ どんな ところ に でも ヘイキ で いきて いられる よう に なりはてた オンナ たち の ハナ を あかさして やろう。 わかい イノチ を もった うち に それ だけ の こと を ぜひ して やろう。 キムラ は ジブン の この ココロ の タクラミ を たすける こと の できる オトコ では ない が、 ジブン の アト に ついて こられない ほど の オトコ でも あるまい。 ヨウコ は そんな こと も おもって いた。 ニッシン センソウ が おこった コロ から ヨウコ ぐらい の ネンパイ の オンナ が ひとしく かんじだした イッシュ の フアン、 イッシュ の ゲンメツ―― それ を はげしく かんじた ヨウコ は、 ムホンニン の よう に しらずしらず ジブン の マワリ の ショウジョ たち に ある カンジョウテキ な キョウサ を あたえて いた の だ が、 ジブン ジシン で すら が どうして この ダイジ な セトギワ を のりぬける の か は、 すこしも わからなかった。 その コロ の ヨウコ は ことごとに ジブン の キョウグウ が キ に くわない で ただ いらいら して いた。 その ケッカ は ただ おもう まま を ふるまって ゆく より シカタ が なかった。 ジブン は どんな もの から も ホントウ に クンレン されて は いない ん だ。 そして ジブン には どう に でも はたらく するどい サイノウ と、 オンナ の ツヨミ (ヨワミ とも いわば いえ) に なる べき すぐれた ニクタイ と はげしい ジョウチョ と が ある の だ。 そう ヨウコ は しらずしらず ジブン を みて いた。 そこ から メクラメッポウ に うごいて いった。 ことに ジダイ の フシギ な メザメ を ケイケン した ヨウコ に とって は おそろしい テキ は オトコ だった。 ヨウコ は その ため に ナンド つまずいた か しれない。 しかし、 ヨノナカ には ホントウ に ヨウコ を たすけおこして くれる ヒト が なかった。 「ワタシ が わるければ なおす だけ の こと を して みせて ごらん」 ヨウコ は ヨノナカ に むいて こう いいはなって やりたかった。 オンナ を まったく ドレイ の キョウガイ に しずめはてた オトコ は もう ムカシ の アダム の よう に ショウジキ では ない ん だ。 オンナ が じっと して いる アイダ は インギン に して みせる が、 オンナ が すこし でも ジブン で たちあがろう と する と、 うってかわって おそろしい ボウオウ に なりあがる の だ。 オンナ まで が おめおめ と オトコ の テツダイ を して いる。 ヨウコ は ジョガッコウ ジダイ に したたか その にがい サカズキ を なめさせられた。 そして 18 の とき キベ コキョウ に たいして、 サイショ の レンアイ-らしい レンアイ の ジョウ を かたむけた とき、 ヨウコ の ココロ は もう ショジョ の ココロ では なくなって いた。 ガイカイ の アッパク に ハンコウ する ばかり に、 イチジ ヒ の よう に ナニモノ をも やきつくして もえあがった カリソメ の ネツジョウ は、 アッパク の ゆるむ と ともに もろくも なえて しまって、 ヨウコ は レイセイ な ヒヒョウカ-らしく ジブン の コイ と コイ の アイテ と を みた。 どうして シツボウ しない で いられよう。 ジブン の イッショウ が この ヒト に しばりつけられて しなびて ゆく の か と おもう とき、 また イロイロ な オトコ に もてあそばれかけて、 かえって オトコ の ココロ と いう もの を うらがえして とっくり と みきわめた その ココロ が、 キベ と いう、 クウソウ の ウエ で こそ ユウキ も セイサイ も あれ、 ジッセイカツ に おいて は みさげはてた ほど ヒンジャク で カンタン な イチ ショセイ の ココロ と しいて むすびつかねば ならぬ と おもった とき、 ヨウコ は ミブルイ する ほど シツボウ して キベ と わかれて しまった の だ。
 ヨウコ の なめた スベテ の ケイケン は、 オトコ に ソクバク を うける キケン を おもわせる もの ばかり だった。 しかし なんと いう シゼン の イタズラ だろう。 それ と ともに ヨウコ は、 オトコ と いう もの なし には イッコク も すごされない もの と なって いた。 ヒセキ の ヨウホウ を あやまった カンジャ が、 その ドク の オソロシサ を しりぬきながら、 その チカラ を かりなければ いきて ゆけない よう に、 ヨウコ は セイ の ヨロコビ の ミナモト を、 まかりちがえば、 セイ ソノモノ を むしばむ べき オトコ と いう もの に、 もとめず には いられない ディレンマ に おちいって しまった の だ。
 ニクヨク の キバ を ならして あつまって くる オトコ たち に たいして、 (そういう オトコ たち が あつまって くる の は ホントウ は ヨウコ ジシン が ふりまく ニオイ の ため だ とは きづいて いて) ヨウコ は レイショウ しながら クモ の よう に アミ を はった。 ちかづく モノ は ヒトリ のこらず その うつくしい ヨツデアミ に からめとった。 ヨウコ の ココロ は しらずしらず ザンニン に なって いた。 ただ あの ヨウリョク ある ジョロウグモ の よう に、 いきて いたい ヨウキュウ から マイニチ その うつくしい アミ を ヨツデ に はった。 そして それ に ちかづき も しえない で ののしりさわぐ ヒトタチ を、 ジブン の セイカツ とは カンケイ の ない キ か イシ で でも ある よう に れいぜん と シリメ に かけた。
 ヨウコ は ホントウ を いう と、 ヒツヨウ に したがう と いう ホカ に ナニ を すれば いい の か わからなかった。
 ヨウコ に とって は、 ヨウコ の ココロモチ を すこしも リカイ して いない シャカイ ほど おろかしげ な みにくい もの は なかった。 ヨウコ の メ から みた シンルイ と いう ヒトムレ は ただ ドンヨク な センミン と しか おもえなかった。 チチ は あわれむ べく カゲ の うすい ヒトリ の ダンセイ に すぎなかった。 ハハ は―― ハハ は いちばん ヨウコ の ミヂカ に いた と いって いい。 それだけ ヨウコ は ハハ と リョウリツ しえない キュウテキ の よう な カンジ を もった。 ハハ は あたらしい カタ に ワガコ を とりいれる こと を こころえて は いた が、 それ を とりあつかう スベ は しらなかった。 ヨウコ の セイカク が ハハ の そなえた カタ の ナカ で おどろく ほど するする と セイチョウ した とき に、 ハハ は ジブン イジョウ の ホウリキ を にくむ マジョ の よう に ヨウコ の ゆく ミチ に たちはだかった。 その ケッカ フタリ の アイダ には ダイサンシャ から ソウゾウ も できない よう な ハンモク と ショウトツ と が つづいた の だった。 ヨウコ の セイカク は この アントウ の おかげ で キョクセツ の オモシロサ と ミニクサ と を くわえた。 しかし なんと いって も ハハ は ハハ だった。 ショウメン から は ヨウコ の する こと なす こと に ヒテン を うちながら も、 ココロ の ソコ で いちばん よく ヨウコ を リカイ して くれた に ちがいない と おもう と、 ヨウコ は ハハ に たいして フシギ な ナツカシミ を おぼえる の だった。
 ハハ が しんで から は、 ヨウコ は まったく コドク で ある こと を ふかく かんじた。 そして しじゅう はりつめた ココロモチ と、 シツボウ から わきでる カイカツサ と で、 トリ が キ から キ に カジツ を さぐる よう に、 ヒト から ヒト に カンラク を もとめて あるいた が、 どこ から とも なく フイ に おそって くる フアン は ヨウコ を そこしれぬ ユウウツ の ヌマ に けおとした。 ジブン は アライソ に 1 ポン ながれよった ナガレギ では ない。 しかし その ナガレギ より も ジブン は コドク だ。 ジブン は ヒトヒラ カゼ に ちって ゆく カレハ では ない。 しかし その カレハ より ジブン は うらさびしい。 こんな セイカツ より ホカ に する セイカツ は ない の かしらん。 いったい どこ に ジブン の セイカツ を じっと みて いて くれる ヒト が ある の だろう。 そう ヨウコ は しみじみ おもう こと が ない でも なかった。 けれども その ケッカ は いつでも シッパイ だった。 ヨウコ は こうした サビシサ に うながされて、 ウバ の イエ を たずねたり、 とつぜん オオツカ の ウチダ に あい に いったり して みる が、 そこ を でて くる とき には ただ ひとしお の ココロ の ムナシサ が のこる ばかり だった。 ヨウコ は おもいあまって また みだら な マンゾク を もとめる ため に オトコ の ナカ に わって はいる の だった。 しかし オトコ が ヨウコ の メノマエ で ヨワミ を みせた シュンカン に、 ヨウコ は キョウマン な ジョオウ の よう に、 その ホリョ から オモテ を そむけて、 その デキゴト を アクム の よう に いみきらった。 ボウケン の エモノ は きまりきって とる にも たらない ヤクザモノ で ある こと を ヨウコ は しみじみ おもわされた。
 こんな ゼツボウテキ な フアン に せめさいなめられながら も、 その フアン に かりたてられて ヨウコ は キムラ と いう コウサンニン を ともかく その オット に えらんで みた。 ヨウコ は ジブン が なんとか して キムラ に ソリ を あわせる ドリョク を した ならば、 イッショウガイ キムラ と つれそって、 フツウ の フウフ の よう な セイカツ が できない もの でも ない と イチジ おもう まで に なって いた。 しかし そんな ツギハギ な カンガエカタ が、 どうして いつまでも ヨウコ の ココロ の ソコ を むしばむ フアン を いやす こと が できよう。 ヨウコ が キ を おちつけて、 ベイコク に ついて から の セイカツ を かんがえて みる と、 こう あって こそ と おもいこむ よう な セイカツ には、 キムラ は ノケモノ に なる か、 ジャマモノ に なる ホカ は ない よう にも おもえた。 キムラ と くらそう、 そう ケッシン して フネ に のった の では あった けれども、 ヨウコ の キブン は しじゅう グラツキドオシ に ぐらついて いた の だ。 テアシ の ちぎれた ニンギョウ を オモチャバコ に しまった もの か、 いっそ すてて しまった もの か と チュウチョ する ショウジョ の ココロ に にた ぞんざい な タメライ を ヨウコ は いつまでも もちつづけて いた。
 そういう とき とつぜん ヨウコ の マエ に あらわれた の が クラチ ジムチョウ だった。 ヨコハマ の サンバシ に つながれた エノシママル の カンパン の ウエ で、 はじめて モウジュウ の よう な この オトコ を みた とき から、 イナズマ の よう に するどく ヨウコ は この オトコ の ユウエツ を カンジュ した。 ヨ が ヨ ならば、 クラチ は ちいさな キセン の ジムチョウ なんぞ を して いる オトコ では ない。 ジブン と ドウヨウ に まちがって キョウグウ-づけられて うまれて きた ニンゲン なの だ。 ヨウコ は ジブン の ミ に つまされて クラチ を あわれみ も し おそれ も した。 イマ まで ダレ の マエ に でて も ヘイキ で ジブン の おもうぞんぶん を ふるまって いた ヨウコ は、 この オトコ の マエ では おもわず しらず ココロ にも ない キョウショク を ジブン の セイカク の ウエ に まで くわえた。 ジムチョウ の マエ では、 ヨウコ は フシギ にも ジブン の おもって いる の と ちょうど ハンタイ の ドウサ を して いた。 ムジョウケンテキ な フクジュウ と いう こと も ジムチョウ に たいして だけ は ただ のぞましい こと に ばかり おもえた。 この ヒト に おもうぞんぶん うちのめされたら、 ジブン の イノチ は はじめて ホントウ に もえあがる の だ。 こんな フシギ な、 ヨウコ には ありえない ヨクボウ すら が すこしも フシギ で なく うけいれられた。 そのくせ ウワベ では ジムチョウ の ソンザイ を すら キ が つかない よう に ふるまった。 ことに ヨウコ の ココロ を ふかく きずつけた の は、 ジムチョウ の ものうげ な ムカンシン な タイド だった。 ヨウコ が どれほど ヒト の ココロ を ひきつける こと を いった とき でも、 した とき でも、 ジムチョウ は れいぜん と して みむこう とも しなかった こと だ。 そういう タイド に でられる と、 ヨウコ は、 ジブン の こと は タナ に あげて おいて、 はげしく ジムチョウ を にくんだ。 この ニクシミ の ココロ が ヒイチニチ と つのって ゆく の を ヒジョウ に おそれた けれども、 どう シヨウ も なかった の だ。
 しかし ヨウコ は とうとう ケサ の デキゴト に ぶっつかって しまった。 ヨウコ は おそろしい ガケ の キワ から めちゃくちゃ に とびこんで しまった。 ヨウコ の メノマエ で イマ まで すんで いた セカイ は がらっと かわって しまった。 キムラ が どうした。 ベイコク が どうした。 やしなって ゆかなければ ならない イモウト や サダコ が どうした。 イマ まで ヨウコ を おそいつづけて いた フアン は どうした。 ヒト に おかされまい と みがまえて いた その ジソンシン は どうした。 そんな もの は コッパ ミジン に なくなって しまって いた。 クラチ を えたらば どんな こと でも する。 どんな クツジョク でも ミツ と おもう。 クラチ を ジブン ヒトリ に え さえ すれば……。 イマ まで しらなかった、 ホリョ の うくる ミツ より あまい クツジョク!
 ヨウコ の ココロ は こんな に ジュンジョ-だって いた わけ では ない。 しかし ヨウコ は リョウテ で アタマ を おさえて カガミ を みいりながら こんな ココロモチ を ハテシ も なく かみしめた。 そして ツイソウ は オオク の メイロ を たどりぬいた スエ に、 フシギ な カスイ ジョウタイ に おちいる マエ まで すすんで きた。 ヨウコ は ソファ を メジカ の よう に たちあがって、 カコ と ミライ と を たちきった ゲンザイ セツナ の くらむ ばかり な ヘンシン に うちふるいながら ほほえんだ。
 その とき ろくろく ノック も せず に ジムチョウ が はいって きた。 ヨウコ の ただならぬ スガタ には トンジャク なく、
「もう すぐ ケンエキカン が やって くる から、 サッキ の ヤクソク を たのみます よ。 モトデ いらず で タイヤク が つとまる ん だ。 オンナ と いう もの は いい もの だな。 や、 しかし アナタ の は だいぶ モトデ が かかっとる でしょう ね。 ……たのみます よ」
と ジョウダン-らしく いった。
「はあ」
 ヨウコ は なんの ク も なく シタシミ の カギリ を こめた ヘンジ を した。 その ヒトコエ の ウチ には、 ジブン でも おどろく ほど な コワク の チカラ が こめられて いた。
 ジムチョウ が でて ゆく と、 ヨウコ は コドモ の よう に アシナミ かるく ちいさな センシツ の ウチ を コオドリ して とびまわった。 そして とびまわりながら、 カミ を ほごし に かかって、 ときどき カガミ に うつる ジブン の カオ を みやりながら、 こらえきれない よう に ヌスミワライ を した。

 17

 ジムチョウ の サシガネ は うまい ツボ に はまった。 ケンエキカン は エノシママル の ケンエキ ジム を すっかり としとった ジイ の イカン に まかせて しまって、 ジブン は センチョウシツ で センチョウ、 ジムチョウ、 ヨウコ を アイテ に、 ハナシ に ハナ を さかせながら トランプ を いじりとおした。 アタリマエ ならば、 なんとか かとか かならず クジョウ の もちあがる べき エイコク-フウ の こやかましい ケンエキ も あっさり すんで ホウトウモノ らしい ケッキザカリ な ケンエキカン は、 フネ に きて から 2 ジカン そこそこ で キゲン よく かえって ゆく こと に なった。
 とまる とも なく シンコウ を とめて いた エノシママル は カゼ の まにまに すこし ずつ ホウコウ を かえながら、 フタリ の イカン を のせて ゆく モーターボート が ゲンソク を はなれる の を まって いた。 おりめただしい ナガメ な コン の セビロ を きた ケンエキカン は ボート の カジザ に たちあがって、 テスリ から ヨウコ と イッショ に ムネ から ウエ を のりだした センチョウ と なお ジョウダン を とりかわした。 フナバシゴ の シタ まで イカン を みおくった ジムチョウ は、 ものなれた ヨウス で ポッケット から いくらか を スイフ の テ に つかませて おいて、 ウエ を むいて アイズ を する と、 フナバシゴ は きりきり と スイヘイ に まきあげられて ゆく、 それ を こともなげ に みがるく かけあがって きた。 ケンエキカン の メ は ジムチョウ への アイサツ も そこそこ に、 おもいきり ハデ な ヨソオイ を こらした ヨウコ の ほう に すいつけられる らしかった。 ヨウコ は その メ を むかえて ジョウ を こめた ナガシメ を おくりかえした。 ケンエキカン が その いそがしい アイダ にも ナニ か しきり に モノ を いおう と した とき、 けたたましい キテキ が イチマツ の ハクエン を アオゾラ に あげて なりはためき、 センビ から は すさまじい スイシンキ の シンドウ が おこりはじめた。 この あわただしい フネ の ワカレ を おしむ よう に、 ケンエキカン は ボウシ を とって ふりうごかしながら、 ソウオン に もみけされる コトバ を つづけて いた が、 もとより ヨウコ には それ は きこえなかった。 ヨウコ は ただ にこにこ と ほほえみながら うなずいて みせた。 そして ただ イチジ の イタズラゴコロ から カミ に さして いた ちいさな ゾウカ を なげて やる と、 それ が あわよく ケンエキカン の カタ に あたって アシモト に すべりおちた。 ケンエキカン が カタテ に カジヅナ を あやつりながら、 ウチョウテン に なって それ を ひろおう と する の を みる と、 フナバタ に たちならんで ものめずらしげ に リクチ を ケンブツ して いた ステヤレージ の ダンジョ の キャク は イッセイ に テ を たたいて どよめいた。 ヨウコ は アタリ を みまわした。 セイヨウ の フジン たち は ひとしく ヨウコ を みやって、 その はなばなしい フクソウ から、 カルハズミ-らしい キョドウ を にがにがしく おもう らしい カオツキ を して いた。 それら の ガイコクジン の ナカ には タガワ フジン も まじって いた。
 ケンエキカン は エノシママル が のこして いった シブキ の ナカ で、 コシ を ふらつかせながら、 わらいきょうずる グンシュウ に まで イクド も アタマ を さげた。 グンシュウ は また おもいだした よう に マンバ を はなって わらいどよめいた。 それ を きく と ニホンゴ の よく わかる ハクハツ の センチョウ は、 イツモ の よう に カオ を あかく して、 キノドク そう に はずかしげ な メ を ヨウコ に おくった が、 ヨウコ が はしたない グンシュウ の コトバ にも、 にがにがしげ な センキャク の カオイロ にも、 すこしも トンジャク しない ふう で、 ほほえみつづけながら モーターボート の ほう を みまもって いる の を みる と、 オボコ-らしく さらに マッカ に なって その バ を はずして しまった。
 ヨウコ は ナニゴト も クッタク なく ただ おもしろかった。 カラダジュウ を くすぐる よう な セイ の ヨロコビ から、 ややもすると なんでも なく ビショウ が シゼン に うかびでよう と した。 「ケサ から ワタシ は こんな に うまれかわりました ごらんなさい」 と いって ダレ に でも ジブン の ヨロコビ を ヒロウ したい よう な キブン に なって いた。 ケンエキカン の カンシャ の しろい カベ も、 その ほう に むかって はしって ゆく モーターボート も みるみる とおざかって ちいさな ハコニワ の よう に なった とき、 ヨウコ は センチョウシツ での キョウ の オモイダシ ワライ を しながら、 テスリ を はなれて ココロアテ に ジムチョウ を メ で たずねた。 と、 ジムチョウ は、 はるか はなれた センソウ の デグチ に タガワ フサイ と カナエ に なって、 ナニ か むずかしい カオ を しながら タチバナシ を して いた。 イツモ の ヨウコ ならば 3 ニン の ヨウス で ナニゴト が かたられて いる か ぐらい は すぐ みてとる の だ が、 その ヒ は ただ うきうき した ムジャキ な ココロ ばかり が サキ に たって、 ダレ に でも コウイ の ある コトバ を かけて、 おなじ コトバ で むくいられたい ショウドウ に かられながら、 なんの キ なし に そっち に アシ を むけよう と して、 ふと キ が つく と、 ジムチョウ が 「きて は いけない」 と はげしく メ に モノ を いわせて いる の が さとれた。 キ が ついて よく みる と タガワ フジン の カオ には まがう カタ なき アクイ が ひらめいて いた。
「また オセッカイ だな」
 1 ビョウ の チュウチョ も なく オトコ の よう な クチョウ で ヨウコ は こう ちいさく つぶやいた。 「かまう もの か」 そう おもいながら ヨウコ は ジムチョウ の メヅカイ にも ムトンジャク に、 カイカツ な アシドリ で いそいそ と タガワ フサイ の ほう に ちかづいて いった。 それ を ジムチョウ も どう する こと も できなかった。 ヨウコ は 3 ニン の マエ に くる と かるく コシ を まげて オクレゲ を かきあげながら カオジュウ を コワクテキ な ホホエミ に して アイサツ した。 タガワ ハカセ の ホオ には いちはやく それ に おうずる ものやさしい ヒョウジョウ が うかぼう と して いた。
「アナタ は ズイブン な ランボウ を なさる カタ です のね」
 いきなり フルエ を おびた ひややか な コトバ が タガワ フジン から ヨウコ に ヨウシャ も なく なげつけられた。 それ は ソコイジ の わるい チョウセンテキ な チョウシ で ふるえて いた。 タガワ ハカセ は この トッサ の きまずい バメン を つくろう ため ナニ か コトバ を いれて その フユカイ な キンチョウ を ゆるめよう と する らしかった が、 フジン の アクイ は せきたって つのる ばかり だった。 しかし フジン は クチ に だして は もう なんにも いわなかった。
 オンナ の アイダ に おこる フシギ な ココロ と ココロ との コウショウ から、 ヨウコ は なんと いう こと なく、 ジムチョウ と ジブン との アイダ に ケサ おこった ばかり の デキゴト を、 リンカク だけ では ある と して も タガワ フジン が かんづいて いる な と チョッカク した。 ただ ヒトコト では あった けれども、 それ は ケンエキカン と トランプ を いじった こと を せめる だけ に して は、 はげしすぎ、 アクイ が こめられすぎて いる こと を チョッカク した。 イマ の はげしい コトバ は、 その こと を ふかく ネ に もちながら、 ケンエキイ に たいする フキンシン な タイド を たしなめる コトバ の よう に して つかわれて いる の を チョッカク した。 ヨウコ の ココロ の スミ から スミ まで を、 リュウイン の さがる よう な コキミヨサ が コオドリ しつつ はせめぐった。 ヨウコ は ナニ を そんな に ことごとしく たしなめられる こと が ある の だろう と いう よう な すこし しゃあしゃあ した ムジャキ な カオツキ で、 クビ を かしげながら フジン を みまもった。
「コウカイチュウ は とにかく ワタシ ヨウコ さん の オセワ を おたのまれ もうして いる ん です から ね」
 ハジメ は しとやか に おちついて いう つもり らしかった が、 それ が だんだん げきして とぎれがち な コトバ に なって、 フジン は シマイ には ゲキドウ から イキ を さえ はずまして いた。 その シュンカン に ヒ の よう な フジン の ヒトミ と、 ヒニク に おちつきはらった ヨウコ の ヒトミ と が、 ばったり でくわして コゼリアイ を した が、 また ドウジ に けかえす よう に はなれて ジムチョウ の ほう に ふりむけられた。
「ごもっとも です」
 ジムチョウ は アブ に トウワク した クマ の よう な カオツキ で、 ガラ にも ない キンシン を よそおいながら こう うけこたえた。 それから とつぜん ホンキ な ヒョウジョウ に かえって、
「ワタシ も ジムチョウ で あって みれば、 どの オキャクサマ に たいして も セキニン が ある の だで、 ゴメイワク に なる よう な こと は せん つもり です が」
 ここ で カレ は キュウ に カメン を とりさった よう に にこにこ しだした。
「そう ムキ に なる が ほど の こと でも ない じゃ ありません か。 たかが サツキ さん に 1 ド か 2 ド アイキョウ を いうて いただいて、 それ で ケンエキ の ジカン が 2 ジカン から ちがう の です もの。 いつでも ここ で 4 ジカン の イジョウ も ムダ を せにゃ ならん の です て」
 タガワ フジン が ますます せきこんで、 ヤツギバヤ に まくしかけよう と する の を、 ジムチョウ は こともなげ に かるがる と おっかぶせて、
「それ に して から が オハナシ は いかが です、 ヘヤ で うかがいましょう か。 ホカ の オキャクサマ の テマエ も いかが です。 ハカセ、 レイ の とおり せまっこい ところ です が、 カンパン では ゆっくり も できません で、 あそこ で オチャ でも いれましょう。 サツキ さん アナタ も いかが です」
と わらいわらい いって から くるりっ と ヨウコ の ほう に むきなおって、 タガワ フサイ には キ が つかない よう に トンキョウ な カオ を ちょっと して みせた。
 ヨコハマ で クラチ の アト に つづいて センシツ への ハシゴダン を くだる とき はじめて かぎおぼえた ウイスキー と ハマキ との まじりあった よう な あまたるい イッシュ の ニオイ が、 この とき かすか に ヨウコ の ハナ を かすめた と おもった。 それ を かぐ と ヨウコ は ジョウネツ の ホムラ が イチジ に あおりたてられて、 ヒトマエ では かんがえられ も せぬ よう な オモイ が、 ツムジカゼ の ごとく アタマ の ナカ を こそいで とおる の を おぼえた。 オトコ に それ が どんな インショウ を あたえる か を かえりみる イトマ も なく、 タガワ フサイ の マエ と いう こと も はばからず に、 ジブン では みにくい に ちがいない と おもう よう な ビショウ が、 おぼえず ヨウコ の マユ の アイダ に うかびあがった。 ジムチョウ は また こむずかしい カオ に なって ふりかえりながら、
「いかが です」
と もう イチド タガワ フサイ を うながした。 しかし タガワ ハカセ は ジブン の ツマ の おとなげない の を あわれむ モノワカリ の いい シンシ と いう タイド を みせて、 ていよく ジムチョウ に コトワリ を いって、 フジン と イッショ に そこ を たちさった。
「ちょっと いらっしゃい」
 タガワ フサイ の スガタ が みえなく なる と、 ジムチョウ は ろくろく ヨウコ を ミムキ も しない で こう いいながら サキ に たった。 ヨウコ は コムスメ の よう に いそいそ と その アト に ついて、 うすぐらい ハシゴダン に かかる と オトコ に おぶいかかる よう に して こぜわしく おりて いった。 そして キカンシツ と センインシツ との アイダ に ある レイ の くらい ロウカ を とおって、 ジムチョウ が ジブン の ヘヤ の ト を あけた とき、 ぱっと あかるく なった しろい ヒカリ の ナカ に、 ノンシャラント な ダイアボリック な オトコ の スガタ を いまさら の よう に イッシュ の オソレ と ナツカシサ と を こめて うちながめた。
 ヘヤ に はいる と ジムチョウ は、 タガワ フジン の コトバ でも おもいだした らしく めんどうくさそう に トイキ ヒトツ して、 チョウボ を ジム テーブル の ウエ に ほうりなげて おいて、 また ト から アタマ だけ つきだして、 「ボーイ」 と おおきな コエ で よびたてた。 そして ト を しめきる と、 はじめて マトモ に ヨウコ に むきなおった。 そして ハラ を ゆすりあげて ツヅケサマ に おもうぞんぶん わらって から、
「え」
と おおきな コエ で、 ハンブン は モノ でも たずねる よう に、 ハンブン は 「どう だい」 と いった よう な チョウシ で いって、 アシ を ひらいて アキンボー を して つったちながら、 ちょいと ムジャキ に クビ を かしげて みせた。
 そこ に ボーイ が ト の ウシロ から カオ だけ だした。
「シャンペン だ。 センチョウ の ところ に バー から もって こさした の が、 2~3 ボン のこってる よ。 ジュウ の ジ ミッツ ぞ (ダイシキュウ と いう グンタイ ヨウゴ)。 ……ナニ が おかしい かい」
 ジムチョウ は ヨウコ の ほう を むいた まま こう いった の で ある が、 じっさい その とき ボーイ は イミ ありげ に にやにや ウスワライ を して いた。
 あまり に こともなげ な クラチ の ヨウス を みて いる と ヨウコ は ジブン の ココロ の セツナサ に くらべて、 オトコ の ココロ を うらめしい もの に おもわず に いられなく なった。 ケサ の キオク の まだ なまなましい ヘヤ の ナカ を みる に つけて も、 はげしく たかぶって くる ジョウネツ が ミョウ に こじれて、 いて も たって も いられない モドカシサ が くるしく ムネ に せまる の だった。 イマ まで は まるきり ガンチュウ に なかった タガワ フジン も、 サントウ の オンナキャク の ナカ で、 ショジョ とも ツマ とも つかぬ フタリ の ニジュウ オンナ も、 ハテ は ジムチョウ に まつわりつく あの コムスメ の よう な オカ まで が、 シャシン で みた ジムチョウ の サイクン と イッショ に なって、 くるしい テキイ を ヨウコ の ココロ に あおりたてた。 ボーイ に まで ワライモノ に されて、 オトコ の カワ を きた この コウショク の ヤジュウ の ナブリモノ に されて いる の では ない か。 ジブン の ミ も ココロ も ただ ヒトイキ に ひしぎつぶす か と みえる あの おそろしい チカラ は、 ジブン を セイフク する と ともに スベテ の オンナ に たいして も おなじ チカラ で はたらく の では ない か。 その タクサン の オンナ の ナカ の カゲ の うすい ヒトリ の オンナ と して カレ は ジブン を あつかって いる の では ない か。 ジブン には ナニモノ にも かえがたく おもわれる ケサ の デキゴト が あった アト でも、 ああ ヘイキ で いられる その ノンキサ は どうした もの だろう。 ヨウコ は モノゴコロ が ついて から しじゅう ジブン でも いいあらわす こと の できない ナニモノ か を おいもとめて いた。 その ナニモノ か は ヨウコ の すぐ テヂカ に ありながら、 しっかり と つかむ こと は どうしても できず、 そのくせ いつでも その チカラ の モト に カイライ の よう に アテ も なく うごかされて いた。 ヨウコ は ケサ の デキゴト イライ なんとなく おもいあがって いた の だ。 それ は その ナニモノ か が おぼろげ ながら カタチ を とって テ に ふれた よう に おもった から だ。 しかし それ も イマ から おもえば ゲンエイ に すぎない らしく も ある。 ジブン に トクベツ な チュウイ も はらって いなかった この オトコ の デキゴコロ に たいして、 こっち から すすんで ジョウ を そそる よう な こと を した ジブン は なんと いう こと を した の だろう。 どう したら この トリカエシ の つかない ジブン の ハメツ を すくう こと が できる の だろう と おもって くる と、 1 ビョウ でも この いまわしい キオク の さまよう ヘヤ の ナカ には いたたまれない よう に おもえだした。 しかし ドウジ に ジムチョウ は たちがたい シュウチャク と なって ヨウコ の ムネ の ソコ に こびりついて いた。 この ヘヤ を コノママ で でて ゆく の は しぬ より も つらい こと だった。 どうしても はっきり と ジムチョウ の ココロ を にぎる まで は…… ヨウコ は ジブン の ココロ の ムジュン に ゴウ を にやしながら、 ジブン を さげすみはてた よう な ゼツボウテキ な イカリ の イロ を クチビル の アタリ に やどして、 だまった まま インウツ に たって いた。 イマ まで そわそわ と ショウマ の よう に ヨウコ の ココロ を めぐりおどって いた はなやか な ヨロコビ―― それ は どこ に いって しまった の だろう。
 ジムチョウ は それ に きづいた の か キ が つかない の か、 やがて ヨリカカリ の ない まるい ジム コシカケ に シリ を すえて、 コドモ の よう な ツミ の ない カオ を しながら、 ヨウコ を みて かるく わらって いた。 ヨウコ は その カオ を みて、 おそろしい ダイタン な アクジ を アカゴ ドウヨウ の ムジャキサ で おかしうる タチ の オトコ だ と おもった。 ヨウコ は こんな ムジカク な ジョウタイ には とても なって いられなかった。 ヒトアシ ずつ サキ を こされて いる の かしらん と いう フアン まで が ココロ の ヘイコウ を さらに くるわした。
「タガワ ハカセ は バカバカ で、 タガワ の オクサン は リコウバカ と いう ん だ。 ははははは」
 そう いって わらって、 ジムチョウ は ヒザガシラ を はっし と うった テ を かえして、 ツクエ の ウエ に ある ハマキ を つまんだ。 ヨウコ は わらう より も はらだたしく、 はらだたしい より も なきたい くらい に なって いた。 クチビル を ぶるぶる と ふるわしながら ナミダ でも たまった よう に かがやく メ は ケン を もって、 ウラミ を こめて ジムチョウ を みいった が、 ジムチョウ は ムトンジャク に シタ を むいた まま、 イッシン に ハマキ に ヒ を つけて いる。 ヨウコ は ムネ に おさえあまる ウラミツラミ を いいだす には、 ココロ が あまり に ふるえて ノド が かわききって いる ので、 シタクチビル を かみしめた まま だまって いた。
 クラチ は それ を かんづいて いる の だ のに と ヨウコ は オキザリ に された よう な ヤリドコロ の ない サビシサ を かんじて いた。
 ボーイ が シャンペン と コップ と を もって はいって きた。 そして テイネイ に それ を ジム テーブル の ウエ に おいて、 サッキ の よう に イミ ありげ な ビショウ を もらしながら、 そっと ヨウコ を ぬすみみた。 まちかまえて いた ヨウコ の メ は しかし ボーイ を わらわして は おかなかった。 ボーイ は ぎょっと して とんでもない こと を した と いう ふう に、 すぐ つつしみぶかい キュウジ-らしく、 そこそこ に ヘヤ を でて いった。
 ジムチョウ は ハマキ の ケムリ に カオ を しかめながら、 シャンペン を ついで ボン を ヨウコ の ほう に さしだした。 ヨウコ は だまって たった まま テ を のばした。 ナニ を する にも ココロ にも ない ツクリゴト を して いる よう だった。 この みじかい シュンカン に、 イマ まで の デキゴト で いいかげん みだれて いた ココロ は、 ミ の ハメツ が とうとう きて しまった の だ と いう おそろしい ヨソウ に おしひしがれて、 アタマ は コオリ で まかれた よう に つめたく けうとく なった。 ムネ から ノドモト に つきあげて くる つめたい そして あつい タマ の よう な もの を おおしく のみこんで も のみこんで も ナミダ が ややともすると メガシラ を あつく うるおして きた。 ウスデ の コップ に アワ を たてて もられた コガネイロ の サケ は ヨウコ の テ の ナカ で こまかい サザナミ を たてた。 ヨウコ は それ を けどられまい と、 しいて ヒダリ の テ を かるく あげて ビン の ケ を かきあげながら、 コップ を ジムチョウ の と うちあわせた が、 それ を キッカケ に ガン でも ほどけた よう に イマ まで からく もちこたえて いた ジセイ は ねこそぎ くずれて しまった。
 ジムチョウ が コップ を キヨウ に クチビル に あてて、 アオムキ カゲン に のみほす アイダ、 ヨウコ は サカズキ を テ に もった まま、 ぐびり ぐびり と うごく オトコ の ノド を みつめて いた が、 いきなり ジブン の サカズキ を のまない まま ボン の ウエ に かえして、
「よくも アナタ は そんな に ヘイキ で いらっしゃる のね」
と チカラ を こめる つもり で いった その コエ は イクジ なく も なかん ばかり に ふるえて いた。 そして セキ を きった よう に ナミダ が ながれでよう と する の を イトキリバ で かみきる ばかり に しいて くいとめた。
 ジムチョウ は おどろいた らしかった。 メ を おおきく して ナニ か いおう と する うち に、 ヨウコ の シタ は ジブン でも おもいもうけなかった ジョウネツ を おびて ふるえながら うごいて いた。
「しって います、 しって います とも……。 アナタ は ホント に…… ひどい カタ です のね。 ワタシ なんにも しらない と おもって らっしゃる の。 ええ、 ワタシ は ぞんじません、 ぞんじません、 ホント に……」
 ナニ を いう つもり なの か ジブン でも わからなかった。 ただ はげしい シット が アタマ を ぐらぐら させる ばかり に こうじて くる の を しって いた。 オトコ が ある キカイ には テキズ も おわない で ジブン から はなれて ゆく…… そういう いまいましい ヨソウ で とりみだされて いた。 ヨウコ は セイライ こんな みじめ な マックラ な オモイ に とらえられた こと が なかった。 それ は セイメイ が みすみす ジブン から はなれて ゆく の を みまもる ほど みじめ で マックラ だった。 この ヒト を ジブン から はなれさす くらい なら ころして みせる、 そう ヨウコ は トッサ に おもいつめて みたり した。
 ヨウコ は もう ガマン にも そこ に たって いられなく なった。 ジムチョウ に たおれかかりたい ショウドウ を しいて じっと こらえながら、 きれい に ととのえられた シンダイ に ようやく コシ を おろした。 ビミョウ な キョクセン を ながく えがいて のどか に ひらいた マユネ は いたましく ミケン に あつまって、 キュウ に やせた か と おもう ほど ほそった ハナスジ は おそろしく カンショウテキ な イタイタシサ を その カオ に あたえた。 いつ に なく わかわかしく よそおった フクソウ まで が、 ヒニク な ハンゴ の よう に コマタ の きれあがった ヤセガタ な その ニク を いたましく しいたげた。 ながい ソデ の シタ で リョウテ の ユビ を おれよ と ばかり くみあわせて、 なにもかも さいて すてたい ヒステリック な ショウドウ を ケンメイ に おさえながら、 ヨウコ は ツバ も のみこめない ほど くるおしく なって しまって いた。
 ジムチョウ は グウゼン に フシギ を みつけた コドモ の よう な コウキ な あきれた カオツキ を して、 ヨウコ の スガタ を みやって いた が、 カタホウ の スリッパ を ぬぎおとした シロタビ の アシモト から、 やや みだれた ソクハツ まで を しげしげ と みあげながら、
「どうした ん です」
と いぶかる ごとく きいた。 ヨウコ は ひったくる よう に サソク に ヘンジ を しよう と した けれども、 どうしても それ が できなかった。 クラチ は その ヨウス を みる と コンド は マジメ に なった。 そして クチ の ハタ まで もって いった ハマキ を そのまま トレイ の ウエ に おいて たちあがりながら、
「どうした ん です」
と もう イチド ききなおした。 それ と ドウジ に、 ヨウコ も おもいきり レイコク に、
「どうも し や しません」
と いう こと が できた。 フタリ の コトバ が もつれかえった よう に、 フタリ の フシギ な カンジョウ も もつれあった。 もう こんな ところ には いない、 ヨウコ は コノウエ の アッパク には たえられなく なって、 はなやか な スソ を けみだしながら、 まっしぐら に トグチ の ほう に はしりでよう と した。 ジムチョウ は その シュンカン に ヨウコ の なよやか な カタ を さえぎりとめた。 ヨウコ は さえぎられて ぜひなく ジム テーブル の ソバ に たちすくんだ が、 ホコリ も ハジ も ヨワサ も わすれて しまって いた。 どう に でも なれ、 ころす か しぬ か する の だ、 そんな こと を おもう ばかり だった。 こらえ に こらえて いた ナミダ を ながれる に まかせながら、 ジムチョウ の おおきな テ を カタ に かんじた まま で、 しゃくりあげて うらめしそう に たって いた が、 テヂカ に かざって ある ジムチョウ の カゾク の シャシン を みる と、 かっと キ が のぼせて ゼンゴ の ワキマエ も なく、 それ を ひったくる と ともに リョウテ に あらん カギリ の チカラ を こめて、 ヒトゴロシ でも する よう な キオイ で ずたずた に ひきさいた。 そして モミクタ に なった シャシン の クズ を オトコ の ムネ も とおれ と なげつける と、 シャシン の あたった その ところ に かみつき も しかねまじき キョウラン の スガタ と なって ステミ に むしゃぶりついた。 ジムチョウ は おもわず ミ を ひいて リョウテ を のばして はしりよる ヨウコ を せきとめよう と した が、 ヨウコ は ワレ にも なく ガムシャ に すりいって、 オトコ の ムネ に カオ を ふせた。 そして リョウテ で カタ の フクジ を ツメ も たてよ と つかみながら、 しばらく ハ を くいしばって ふるえて いる うち に、 それ が だんだん ススリナキ に かわって いって、 シマイ には さめざめ と コエ を たてて なきはじめた。 そして しばらく は ヨウコ の ゼツボウテキ な ナキゴエ ばかり が ヘヤ の ナカ の シズカサ を かきみだして ひびいて いた。
 とつぜん ヨウコ は クラチ の テ を ジブン の セナカ に かんじて、 デンキ に でも ふれた よう に おどろいて とびのいた。 クラチ に なきながら すがりついた ヨウコ が クラチ から どんな もの を うけとらねば ならぬ か は しれきって いた のに、 やさしい コトバ でも かけて もらえる か の ごとく ふるまった ジブン の ムジュン に あきれて、 オソロシサ に リョウテ で カオ を おおいながら ヘヤ の スミ に さがって いった。 クラチ は すぐ ちかよって きた。 ヨウコ は ネコ に みこまれた カナリヤ の よう に ミモダエ しながら ヘヤ の ナカ を にげ に かかった が、 ジムチョウ は てもなく おいすがって、 ヨウコ の ニノウデ を とらえて チカラマカセ に ひきよせた。 ヨウコ も ホンキ に あらん カギリ の チカラ を だして さからった。 しかし その とき の クラチ は もう フダン の クラチ では なくなって いた。 ケサ シャシン を みて いた とき、 ウシロ から ヨウコ を だきしめた その クラチ が めざめて いた。 おこった ヤジュウ に みる キョウボウ な、 フセギヨウ の ない チカラ が アラシ の よう に オトコ の ゴタイ を さいなむ らしく、 クラチ は その チカラ の モト に うめきもがきながら、 ヨウコ に まっしぐら に つかみかかった。
「また オレ を バカ に しやがる な」
と いう コトバ が くいしばった ハ の アイダ から カミナリ の よう に ヨウコ の ミミ を うった。
 ああ この コトバ―― この ムキダシ な ウチョウテン な コウフン した コトバ こそ ヨウコ が オトコ の クチ から たしか に きこう と まちもうけた コトバ だった の だ。 ヨウコ は ランボウ な ホウヨウ の ナカ に それ を きく と ともに、 ココロ の スミ に かるい ヨユウ の できた の を かんじて ジブン と いう もの が どこ か の スミ に アタマ を もたげかけた の を おぼえた。 クラチ の とった タイド に たいして サクイ の ある オウタイ が できそう に さえ なった。 ヨウコ は マエドオリ に ススリナキ を つづけて は いた が、 その ナミダ の ナカ には もう イツワリ の シズク すら まじって いた。
「いや です はなして」
 こう いった コトバ も ヨウコ には どこ か ギキョクテキ な フシゼン な コトバ だった。 しかし クラチ は ハンタイ に ヨウコ の イチゴ イチゴ に よいしれて みえた。
「ダレ が はなす か」
 ジムチョウ の コトバ は みじめ にも かすれおののいて いた。 ヨウコ は どんどん うしなった ところ を とりかえして ゆく よう に おもった。 そのくせ その タイド は ハンタイ に ますます たよりなげ な やるせない もの に なって いた。 クラチ の ひろい ムネ と ふとい ウデ との アイダ に ハガイ に だきしめられながら、 コトリ の よう に ぶるぶる と ふるえて、
「ホントウ に はなして くださいまし」
「いや だよ」
 ヨウコ は クラチ の セップン を ミギ に ヒダリ に よけながら、 さらに はげしく すすりないた。 クラチ は チメイショウ を うけた ケモノ の よう に うめいた。 その ウデ には アクマ の よう な チ の ながれる の が ヨウコ にも かんぜられた。 ヨウコ は ホド を みはからって いた。 そして オトコ の はりつめた ジョウヨク の イト が たちきれん ばかり に キンチョウ した とき、 ヨウコ は ふと なきやんで きっと クラチ の カオ を ふりあおいだ。 その メ から は クラチ が おもい も かけなかった するどい つよい ヒカリ が はなたれて いた。
「ホントウ に はなして いただきます」
と きっぱり いって、 ヨウコ は キビン に ちょっと ゆるんだ クラチ の テ を すりぬけた。 そして いちはやく ヘヤ を ヨコスジカイ に トグチ まで にげのびて、 ハンドル に テ を かけながら、
「アナタ は ケサ この ト に カギ を おかけ に なって、 ……それ は テゴメ です…… ワタシ……」
と いって すこし ジョウ に げきして うつむいて また ナニ か いいつづけよう と する らしかった が、 とつぜん ト を あけて でて いって しまった。
 とりのこされた クラチ は あきれて しばらく たって いる よう だった が、 やがて エイゴ で ランボウ な ジュソ を くちばしりながら、 いきなり ヘヤ を でて ヨウコ の アト を おって きた。 そして まもなく ヨウコ の ヘヤ の ト の ところ に きて ノック した。 ヨウコ は カギ を かけた まま だまって こたえない で いた。 ジムチョウ は なお 2~3 ド ノック を つづけて いた が、 いきなり ナニ か オオゴエ で モノ を いいながら センイ の コウロク の ヘヤ に はいる の が きこえた。
 ヨウコ は コウロク が ジムチョウ の サシガネ で なんとか いい に くる だろう と ひそか に ココロマチ に して いた。 ところが なんとも いって こない ばかり か、 センイシツ から は ときどき アタリ を はばからない タカワライ さえ きこえて、 ジムチョウ は ヨウイ に その ヘヤ を でて ゆきそう な ケハイ も なかった。 ヨウコ は コウフン に もえたつ いらいら した ココロ で そこ に いる ジムチョウ の スガタ を イロイロ に ソウゾウ して いた。 ホカ の こと は ヒトツ も アタマ の ナカ には はいって こなかった。 そして つくづく ジブン の ココロ の カワリカタ の ハゲシサ に おどろかず には いられなかった。 「サダコ! サダコ!」 ヨウコ は トナリ に いる ヒト を よびだす よう な キ で ちいさな コエ を だして みた。 その サイアイ の ナ を コエ に まで だして みて も、 その ヒビキ の ウチ には わすれて いた ユメ を おもいだした ほど の コタエ も なかった。 どう すれば ヒト の ココロ と いう もの は こんな に まで かわりはてる もの だろう。 ヨウコ は サダコ を あわれむ より も、 ジブン の ココロ を あわれむ ため に なみだぐんで しまった。 そして なんの キ なし に ショウタク の マエ に コシ を かけて、 タイセツ な もの の ナカ に しまって おいた、 その コロ ニホン では めずらしい ファウンテン ペン を とりだして、 フデ の うごく まま に そこ に あった カミキレ に ジ を かいて みた。

「オンナ の よわき ココロ に つけいりたまう は あまり に むごき オココロ と ただ うらめしく ぞんじまいらせそろ ワラワ の ウンメイ は この フネ に むすばれたる くしき エニシ や そうらいけん ココロガラ とは もうせ イマ は カコ の スベテ ミライ の スベテ を うちすてて ただ メノマエ の はずかしき オモイ に ただよう ばかり なる ネナシグサ の ミ と なりはて まいらせそろ を こともなげ に みやりたまう が うらめしく うらめしく シ」

と なんの クフウ も なく、 よく イミ も わからない で イッシャ センリ に かきながして きた が、 「シ」 と いう ジ に くる と、 ヨウコ は ペン も おれよ と いらいらしく その ウエ を ぬりけした。 オモイ の まま を ジムチョウ に いって やる の は、 おもうぞんぶん ジブン を もてあそべ と いって やる の と おなじ こと だった。 ヨウコ は イカリ に まかせて ヨハク を ランボウ に イタズラガキ で よごして いた。
 と、 とつぜん センイ の ヘヤ から たかだか と クラチ の ワライゴエ が きこえて きた。 ヨウコ は ワレ にも なく ツムリ を あげて、 しばらく キキミミ を たてて から、 そっと トグチ に あゆみよった が、 アト は それなり また しずか に なった。
 ヨウコ は はずかしげ に ザ に もどった。 そして カミ の ウエ に おもいだす まま に カッテ な ジ を かいたり、 カタチ の しれない カタチ を かいて みたり しながら、 ずきん ずきん と いたむ ヒタイ を ぎゅっと ヒジ を ついた カタテ で おさえて なんと いう こと も なく かんがえつづけた。
 ネン が とどけば キムラ にも サダコ にも なんの ヨウ が あろう。 クラチ の ココロ さえ つかめば アト は ジブン の イジ ヒトツ だ。 そう だ。 ネン が とどかなければ…… ネン が とどかなければ…… とどかなければ あらゆる もの に ヨウ が なくなる の だ。 そう したら うつくしく しのう ねえ…… どうして…… ワタシ は どうして…… けれども…… ヨウコ は いつのまにか ジュンスイ に カンショウテキ に なって いた。 ジブン にも こんな オボコ な オモイ が ひそんで いた か と おもう と、 だいて なでさすって やりたい ほど ジブン が かわゆく も あった。 そして キベ と わかれて イライ たえて あじわわなかった この あまい ジョウチョ に ジブン から ほだされ おぼれて、 シンジュウ でも する ヒト の よう な、 コイ に ミ を まかせる ココロヤスサ に ひたりながら コヅクエ に つっぷして しまった。
 やがて よいつぶれた ヒト の よう に ツムリ を もたげた とき は、 とうに ヒ が かげって ヘヤ の ナカ には はなやか に デントウ が ともって いた。
 いきなり センイ の ヘヤ の ト が ランボウ に ひらかれる オト が した。 ヨウコ は はっと おもった。 その とき ヨウコ の ヘヤ の ト に どたり と つきあたった ヒト の ケハイ が して、 「サツキ さん」 と にごって しおがれた ジムチョウ の コエ が した。 ヨウコ は ミ の すくむ よう な ショウドウ を うけて、 おもわず たちあがって たじろぎながら ヘヤ の スミ に にげかくれた。 そして カラダジュウ を ミミ の よう に して いた。
「サツキ さん オネガイ だ。 ちょっと あけて ください」
 ヨウコ は てばやく コヅクエ の ウエ の カミ を クズカゴ に なげすてて、 ファウンテン ペン を モノカゲ に ほうりこんだ。 そして せかせか と アタリ を みまわした が、 あわてながら メマド の カーテン を しめきった。 そして また たちすくんだ、 ジブン の ココロ の オソロシサ に まどいながら。
 ガイブ では ニギリコブシ で ツヅケサマ に ト を たたいて いる。 ヨウコ は そわそわ と スソマエ を かきあわせて、 カタゴシ に カガミ を みやりながら ナミダ を ふいて マユ を なでつけた。
「サツキ さん!!」
 ヨウコ は やや しばし とつおいつ チュウチョ して いた が、 とうとう ケッシン して、 ナニ か あわてくさって、 カギ を がちがち やりながら ト を あけた。
 ジムチョウ は ひどく よって はいって きた。 どんな に のんで も カオイロ も かえない ほど の ゴウシュ な クラチ が、 こんな に よう の は めずらしい こと だった。 しめきった ト に ニオウダチ に よりかかって、 れいぜん と した ヨウス で はなれて たつ ヨウコ を まじまじ と みすえながら、
「ヨウコ さん、 ヨウコ さん が わるければ サツキ さん だ。 サツキ さん…… ボク の する こと は する だけ の カクゴ が あって する ん です よ。 ボク は ね、 ヨコハマ イライ アナタ に ほれて いた ん だ。 それ が わからない アナタ じゃ ない でしょう。 ボウリョク? ボウリョク が ナン だ。 ボウリョク は おろか な こった。 ころしたく なれば ころして も しんぜる よ」
 ヨウコ は その サイゴ の コトバ を きく と メマイ を かんずる ほど に ウチョウテン に なった。
「アナタ に キムラ さん と いう の が ついてる くらい は、 ヨコハマ の シテンチョウ から きかされとる ん だ が、 どんな ヒト だ か ボク は もちろん しりません さ。 しらん が ボク の ほう が アナタ に フカボレ しとる こと だけ は、 この ムネサンズン で ちゃんと しっとる ん だ。 それ、 それ が わからん? ボク は ハジ も なにも さらけだして いっとる ん です よ。 これ でも わからん です か」
 ヨウコ は メ を かがやかしながら、 その コトバ を むさぼった。 かみしめた。 そして のみこんだ。
 こうして ヨウコ に とって の ウンメイテキ な イチニチ は すぎた。

 18

 その ヨ フネ は ビクトリヤ に ついた。 ソウコ の たちならんだ ながい サンバシ に “Car to the Town. Fare 15¢” と おおきな しろい カンバン に かいて ある の が ヨメ にも しるく ヨウコ の メマド から みやられた。 ベイコク への ジョウリク が きんぜられて いる シナ の クリー が ここ から ジョウリク する の と、 ソウトウ の ニヤク と で、 フネ の ナイガイ は キュウ に そうぞうしく なった。 ジムチョウ は いそがしい と みえて その ヨ は ついに ヨウコ の ヘヤ に カオ を みせなかった。 そこいら が そうぞうしく なれば なる ほど ヨウコ は タトエヨウ の ない ヘイワ を かんじた。 うまれて イライ、 ヨウコ は セイ に コチャク した フアン から これほど まで きれい に とおざかりうる もの とは おもい も もうけて いなかった。 しかも それ が クウソ な ヘイワ では ない。 とびたって おどりたい ほど の エクスタシー を ク も なく おさえうる つよい チカラ の ひそんだ ヘイワ だった。 スベテ の こと に あきたった ヒト の よう に、 また 25 ネン に わたる ながい くるしい タタカイ に はじめて かって カブト を ぬいだ ヒト の よう に、 ココロ にも ニク にも こころよい ヒロウ を おぼえて、 いわば その ツカレ を ユメ の よう に あじわいながら、 なよなよ と ソファ に ミ を よせて アカリ を みつめて いた。 クラチ が そこ に いない の が あさい ココロノコリ だった。 けれども なんと いって も こころやすかった。 ともすれば ビショウ が クチビル の ウエ を サザナミ の よう に ひらめきすぎた。
 けれども その ヨクジツ から イットウ センキャク の ヨウコ に たいする タイド は テノヒラ を かえした よう に かわって しまった。 イチヤ の アイダ に これほど の ヘンカ を ひきおこす こと の できる チカラ を、 ヨウコ は タガワ フジン の ホカ に ソウゾウ しえなかった。 タガワ フジン が ヨ に ときめく オット を もって、 ヒト の メ に たつ コウサイ を して、 オンナザカリ と イイジョウ、 もう いくらか クダリザカ で ある の に ひきかえて、 どんな ヒト の ハイグウ に して みて も はずかしく ない サイノウ と ヨウボウ と を もった わかわかしい ヨウコ の たよりなげ な ミノウエ と が、 フタリ に ちかづく オトコ たち に ドウジョウ の ケイジュウ を おこさせる の は もちろん だった。 しかし ドウトク は いつでも タガワ フジン の よう な タチバ に ある ヒト の リキ で、 フジン は また それ を ユウリ に つかう こと を わすれない シュルイ の ヒト で あった。 そして センキャク たち の ヨウコ に たいする ドウジョウ の ソコ に ひそむ ヤシン―― はかない、 ヤシン とも いえない ほど の ヤシン―― もう ヒトツ いいかゆれば、 ヨウコ の キオク に シンセツ な オトコ と して、 ユウカン な オトコ と して、 ビボウ な オトコ と して のこりたい と いう ほど な ヤシン―― に ゼツボウ の ダンテイ を あたえる こと に よって、 その ドウジョウ を ひっこめさせる こと の できる の も フジン は こころえて いた。 ジムチョウ が ジコ の セイリョク ハンイ から はなれて しまった こと も フカイ の ヒトツ だった。 こんな こと から ジムチョウ と ヨウコ との カンケイ は コウミョウ な シュダン で いちはやく センチュウ に つたえられた に ちがいない。 その ケッカ と して ヨウコ は たちまち センチュウ の シャコウ から ほうむられて しまった。 すくなくとも タガワ フジン の マエ では、 センキャク の ダイブブン は ヨウコ に たいして よそよそしい タイド を して みせる よう に なった。 なかにも いちばん あわれ なの は オカ だった。 ダレ が なんと ツゲグチ した の か しらない が、 ヨウコ が アサ おそく メ を さまして カンパン に でて みる と、 イツモ の よう に テスリ に よりかかって、 もう ウチウミ に なった ナミ の イロ を ながめて いた カレ は、 ヨウコ の スガタ を みとめる や いなや、 ふいと その バ を はずして、 どこ へ か カゲ を かくして しまった。 それから と いう もの、 オカ は まるで ユウレイ の よう だった。 フネ の ナカ に いる こと だけ は たしか だ が、 ヨウコ が どうか して その スガタ を みつけた と おもう と、 ツギ の シュンカン には もう みえなく なって いた。 そのくせ ヨウコ は おもわぬ とき に、 オカ が どこ か で ジブン を みまもって いる の を たしか に かんずる こと が たびたび だった。 ヨウコ は その オカ を あわれむ こと すら もう わすれて いた。
 けっく フネ の ナカ の ヒトタチ から ドガイシ される の を きやすい こと と まで は おもわない でも、 ヨウコ は かかる ケッカ には いっこう ムトンジャク だった。 もう フネ は キョウ シヤトル に つく の だ。 タガワ フジン や その ホカ の センキャク たち の いわゆる 「カンシ」 の モト に にがにがしい オモイ を する の も キョウ カギリ だ。 そう ヨウコ は ヘイキ で かんがえて いた。
 しかし フネ が シヤトル に つく と いう こと は、 ヨウコ に ホカ の フアン を もちきたさず には おかなかった。 シカゴ に いって ハントシ か 1 ネン キムラ と つれそう ホカ は あるまい とも おもった。 しかし キベ の とき でも 2 カゲツ とは ドウセイ して いなかった とも おもった。 クラチ と はなれて は 1 ニチ でも いられそう には なかった。 しかし こんな こと を かんがえる には フネ が シヤトル に ついて から でも ミッカ や ヨッカ の ヨユウ は ある。 クラチ は その こと は ダイイチ に かんがえて くれて いる に ちがいない。 ヨウコ は イマ の ヘイワ を しいて こんな モンダイ で かきみだす こと を ほっしなかった ばかり で なく とても できなかった。
 ヨウコ は そのくせ、 センキャク と カオ を あわせる の が フカイ で ならなかった ので、 ジムチョウ に たのんで センキョウ に あげて もらった。 フネ は イマ セトウチ の よう な せまい ウチウミ を ドウヨウ も なく すすんで いた。 センチョウ は ビクトリヤ で やといいれた ミズサキ アンナイ と フタリ ならんで たって いた が、 ヨウコ を みる と イツモ の とおり カオ を マッカ に しながら ボウシ を とって アイサツ した。 ビスマーク の よう な カオ を して、 センチョウ より ヒトガケ も フタガケ も おおきい ハクハツ の ミズサキ アンナイ は ふと ふりかえって じっと ヨウコ を みた が、 そのまま むきなおって、
「Charmin' little lassie! wha' is that?」
と スコットランド-フウ な つよい ハツオン で センチョウ に たずねた。 ヨウコ には わからない つもり で いった の だ。 センチョウ が あわてて ナニ か ささやく と、 ロウジン は からから と わらって ちょっと クビ を ひっこませながら、 もう イチド ふりかえって ヨウコ を みた。
 その ドクケ なく からから と わらう コエ が、 おそろしく キ に いった ばかり で なく、 かわいて はれわたった アキ の アサ の ソラ と なんとも いえない チョウワ を して いる と おもいながら ヨウコ は きいた。 そして その ロウジン の セナカ でも なでて やりたい よう な キ に なった。 フネ は コユルギ も せず に アメリカ マツ の はえしげった オオシマ コシマ の アイダ を ぬって、 ゲンソク に きて ぶつかる サザナミ の オト も のどか だった。 そして ヒル ちかく に なって ちょっと した ミサキ を くるり と フネ が かわす と、 やがて ポート タウンセンド に ついた。 そこ では ベイコク カンケン の ケンサ が カタバカリ ある の だ。 くずした ガケ の ツチ で ウメタテ を して つくった、 サンバシ まで ちいさな ギョソン で、 シカク な ハコ に マド を あけた よう な、 なまなましい 1 ショク の ペンキ で ぬりたてた 2~3 ガイ-ダテ の ヤナミ が、 けわしい シャメン に そうて、 たかく ひくく たちつらなって、 オカ の ウエ には ミズアゲ の フウシャ が、 アオゾラ に しろい ハネ を ゆるゆる うごかしながら、 かったん こっとん と ノンキ-らしく オト を たてて まわって いた。 カモメ が ムレ を なして ネコ に にた コエ で なきながら、 フネ の マワリ を ミズ に ちかく のどか に とびまわる の を みる の も、 ヨウコ には たえて ひさしい モノメズラシサ だった。 アメヤ の ヨビウリ の よう な コエ さえ マチ の ほう から きこえて きた。 ヨウコ は チャート ルーム の カベ に もたれかかって、 ぽかぽか と さす アキ の ヒ の ヒカリ を アタマ から あびながら、 しずか な めぐみぶかい ココロ で、 この ちいさな マチ の ちいさな セイカツ の スガタ を ながめやった。 そして 14 ニチ の コウカイ の アイダ に、 いつのまにか ウミ の ココロ を ココロ と して いた の に キ が ついた。 ホウラツ な、 ウツリギ な、 ソウゾウ も およばぬ パッション に のたうちまわって うめきなやむ あの オオウナバラ―― ヨウコ は うしなわれた ラクエン を したいのぞむ イブ の よう に、 しずか に ちいさく うねる ミズ の シワ を みやりながら、 はるか な ウミ の ウエ の タビジ を おもいやった。
「サツキ さん、 ちょっと そこ から で いい、 カオ を かして ください」
 すぐ シタ で ジムチョウ の こう いう コエ が きこえた。 ヨウコ は ハハ に よびたてられた ショウジョ の よう に、 ウレシサ に ココロ を ときめかせながら、 センキョウ の テスリ から シタ を みおろした。 そこ に ジムチョウ が たって いた。
「One more over there, look!」
 こう いいながら、 ベイコク の ゼイカンリ らしい ヒト に ヨウコ を ゆびさして みせた。 カンリ は うなずきながら テチョウ に ナニ か かきいれた。
 フネ は まもなく この ギョソン を シュッパツ した が、 シュッパツ する と まもなく ジムチョウ は センキョウ に のぼって きた。
「Here we are! Seattle is as good as reached now.」
 センチョウ に とも なく ヨウコ に とも なく いって おいて、 ミズサキ アンナイ と アクシュ しながら、
「Thanks to you.」
と つけたした。 そして 3 ニン で しばらく カイカツ に ヨモヤマ の ハナシ を して いた が、 ふと おもいだした よう に ヨウコ を かえりみて、
「これから また トウブン は メ が まわる ほど せわしく なる で、 その マエ に ちょっと ゴソウダン が ある ん だ が、 シタ に きて くれません か」
と いった。 ヨウコ は センチョウ に ちょっと アイサツ を のこして、 すぐ ジムチョウ の アト に つづいた。 ハシゴダン を おりる とき でも、 メノサキ に みえる ガンジョウ な ひろい カタ から イッシュ の フアン が ぬけでて きて ヨウコ に せまる こと は もう なかった。 ジブン の ヘヤ の マエ まで くる と、 ジムチョウ は ヨウコ の カタ に テ を かけて ト を あけた。 ヘヤ の ナカ には 3~4 ニン の オトコ が こく たちこめた タバコ の ケムリ の ナカ に ところせまく たったり こしかけたり して いた。 そこ には コウロク の カオ も みえた。 ジムチョウ は ヘイキ で ヨウコ の カタ に テ を かけた まま はいって いった。
 それ は しじゅう ジムチョウ や センイ と ヒトカタマリ の グループ を つくって、 サルン の ちいさな テーブル を かこんで ウイスキー を かたむけながら、 ときどき タ の センキャク の カイワ に ブエンリョ な ヒニク や チャチャ を いれたり する レンチュウ だった。 ニホンジン が きる と いかにも イヤミ に みえる アメリカ-フウ の セビロ も、 さして とって つけた よう には みえない ほど、 タイヘイヨウ を イクド も オウライ した らしい ヒトタチ で、 どんな ショクギョウ に ジュウジ して いる の か、 そういう ミワケ には ヒトイチバイ エイビン な カンサツリョク を もって いる ヨウコ に すら ケントウ が つかなかった。 ヨウコ が はいって いって も、 カレラ は かくべつ ジブン たち の ナマエ を なのる でも なく、 いちばん アンラク な イス に こしかけて いた オトコ が、 それ を ヨウコ に ゆずって、 ジブン は フタツ に おれる よう に ちいさく なって、 すでに ヒトリ こしかけて いる シンダイ に まがりこむ と、 イチドウ は その ヨウス に コエ を たてて わらった が、 すぐ また マエドオリ ヘイキ な カオ を して カッテ な クチ を ききはじめた。 それでも イチザ は ジムチョウ には イチモク おいて いる らしく、 また ジムチョウ と ヨウコ との カンケイ も、 ジムチョウ から のこらず きかされて いる ヨウス だった。 ヨウコ は そういう ヒトタチ の アイダ に ある の を けっく きやすく おもった。 カレラ は ヨウコ を カキュウ センイン の いわゆる 「アネゴ」 アツカイ に して いた。
「ムコウ に ついたら これ で モンチャク もの だぜ。 タガワ の カカア め、 アイツ、 ヒトミソ すらず には おくまい て」
「インゴウ な ウマレ だなあ」
「なんでも ショウメン から ぶっつかって、 いさくさ いわず きめて しまう ホカ は ない よ」
など と カレラ は ジョウダン-ぶった クチョウ で シンミ な ココロモチ を いいあらわした。 ジムチョウ は マユ も うごかさず に、 ツクエ に よりかかって だまって いた。 ヨウコ は これら の コトバ から そこ に いあわす ヒトビト の セイシツ や ケイコウ を よみとろう と して いた。 コウロク の ホカ に 3 ニン いた。 その ウチ の ヒトリ は カイキ の ドテラ を きて いた。
「このまま この フネ で おかえり なさる が いい ね」
と その ドテラ を きた チュウネン の ヨワタリ-ゴウシャ らしい の が ヨウコ の カオ を うかがい うかがい いう と、 ジムチョウ は すこし クッタク-らしい カオ を して ものうげ に ヨウコ を みやりながら、
「ワタシ も そう おもう ん だ が どう だ」
と たずねた。 ヨウコ は、
「さあ……」
と ナマヘンジ を する ほか なかった。 はじめて クチ を きく イクニン も の オトコ の マエ で、 とつかわ モノ を いう の が さすが に オックウ だった。 コウロク は ジムチョウ の イコウ を よんで とる と、 フンベツ-ぶった カオ を さしだして、
「それ に かぎります よ。 アナタ ひとつ ビョウキ に おなり なさりゃ セワナシ です さ。 ジョウリク した ところ が キュウ に うごく よう には なれない。 また そういう カラダ では ケンエキ が とやかく やかましい に ちがいない し、 コノアイダ の よう に ケンエキジョ で マッパダカ に される よう な こと でも おこれば、 コクサイ モンダイ だの ナン だの って シマツ に おえなく なる。 それ より は シュッパン まで フネ に ねて いらっしゃる ほう が いい と、 そこ は ワタシ が だいじょうぶ やります よ。 そして おいて フネ の デギワ に なって やはり どうしても いけない と いえば それっきり の もん でさあ」
「なに、 タガワ の オクサン が、 キムラ って いう の に、 ミソ さえ しこたま すって くれれば いちばん ええ の だ が」
と ジムチョウ は センイ の コトバ を ムシ した ヨウス で、 ジブン の おもう とおり を ブッキラボウ に いって のけた。
 キムラ は その くらい な こと で ヨウコ から テ を ひく よう な はきはき した キショウ の オトコ では ない。 これまで も ずいぶん イロイロ な ウワサ が ミミ に はいった はず なのに 「ボク は あの オンナ の ケッカン も ジャクテン も みんな ショウチ して いる。 シセイジ の ある の も もとより しって いる。 ただ ボク は クリスチャン で ある イジョウ、 なんと でも して ヨウコ を すくいあげる。 すくわれた ヨウコ を ソウゾウ して みたまえ。 ボク は その とき いちばん リソウテキ な ベター ハーフ を もちうる と しんじて いる」 と いった こと を きいて いる。 トウホクジン の ねんじり むっつり した その キショウ が、 ヨウコ には だいいち ガマン の しきれない ケンオ の タネ だった の だ。
 ヨウコ は だまって ミンナ の いう こと を きいて いる うち に、 コウロク の グンリャク が いちばん ジッサイテキ だ と かんがえた。 そして なれなれしい チョウシ で コウロク を みやりながら、
「コウロク さん、 そう おっしゃれば ワタシ ケビョウ じゃ ない ん です の。 コノアイダジュウ から みて いただこう かしら と イクド か おもった ん です けれども、 あんまり おおげさ-らしい んで ガマン して いた ん です が、 どういう もん でしょう…… すこし は フネ に のる マエ から でした けれども…… オナカ の ここ が ミョウ に ときどき いたむ ん です のよ」
と いう と、 シンダイ に まがりこんだ オトコ は それ を ききながら にやり にやり わらいはじめた。 ヨウコ は ちょっと その オトコ を にらむ よう に して イッショ に わらった。
「まあ シオ の わるい とき に こんな こと を いう もん です から、 いたい ハラ まで さぐられます わね…… じゃ コウロク さん のちほど みて いただけて?」
 ジムチョウ の ソウダン と いう の は こんな タワイ も ない こと で すんで しまった。
 フタリ きり に なって から、
「では ワタシ これから ホントウ の ビョウニン に なります から ね」
 ヨウコ は ちょっと クラチ の カオ を つついて、 その クチビル に ふれた。 そして シヤトル の シガイ から おこる バイエン が トオク に ぼんやり のぞまれる よう に なった ので、 ヨウコ は ジブン の ヘヤ に かえった。 そして ヨウフウ の しろい ネマキ に きかえて、 カミ を ながい アミサゲ に して ネドコ に はいった。 ジョウダン の よう に して コウロク に ビョウキ の ハナシ を した ものの、 ヨウコ は じっさい かなり ながい イゼン から シキュウ を がいして いる らしかった。 コシ を ひやしたり、 カンジョウ が ゲッコウ したり した アト では、 きっと シュウシュク する よう な イタミ を カフクブ に かんじて いた。 フネ に のった トウザ は、 しばらく の アイダ は わすれる よう に この フカイ な イタミ から とおざかる こと が できて、 イクネン-ぶり か で モウシドコロ の ない ケンコウ の ヨロコビ を あじわった の だった が、 チカゴロ は また だんだん イタミ が はげしく なる よう に なって きて いた。 ハンシン が マヒ したり、 アタマ が キュウ に ぼーっと とおく なる こと も めずらしく なかった。 ヨウコ は シンダイ に はいって から、 かるい イタミ の ある ところ を そっと ヒラテ で さすりながら、 フネ が シヤトル の ハトバ に つく とき の アリサマ を ソウゾウ して みた。 して おかなければ ならない こと が カズ かぎりなく ある らしかった けれども、 ナニ を して おく と いう こと も なかった。 ただ なんでも いい せっせと てあたりしだい シタク を して おかなければ、 それ だけ の ココロヅクシ を みせて おかなければ、 モクロミドオリ シュビ が はこばない よう に おもった ので、 イッペン ヨコ に なった もの を また むくむく と おきあがった。
 まず キノウ きた ハデ な イルイ が そのまま ちらかって いる の を たたんで トランク の ナカ に しまいこんだ。 ねる とき まで きて いた キモノ は、 わざと はなやか な ナガジュバン や ウラジ が みえる よう に エモンダケ に とおして カベ に かけた。 ジムチョウ の おきわすれて いった パイプ や チョウボ の よう な もの は テイネイ に ヒキダシ に かくした。 コトウ が キムラ と ジブン と に あてて かいた 2 ツウ の テガミ を とりだして、 コトウ が して おいた よう に マクラ の シタ に さしこんだ。 カガミ の マエ には フタリ の イモウト と キムラ との シャシン を かざった。 それから ダイジ な こと を わすれて いた の に キ が ついて、 ロウカ-ゴシ に コウロク を よびだして クスリビン や ビョウショウ ニッキ を ととのえる よう に たのんだ。 コウロク の もって きた クスリビン から クスリ を ハンブン-ガタ タンツボ に すてた。 ニホン から キムラ に もって ゆく よう に たくされた シナジナ を トランク から とりわけた。 その ナカ から は フルサト を おもいださせる よう な イロイロ な もの が でて きた。 ニオイ まで が ニホン と いう もの を ほのか に ココロ に ふれさせた。
 ヨウコ は せわしく はたらかして いた テ を やすめて、 ヘヤ の マンナカ に たって アタリ を みまわして みた。 しぼんだ ハナタバ が とりのけられて なくなって いる ばかり で、 アト は ヨコハマ を でた とき の とおり の ヘヤ の スガタ に なって いた。 ふるい キオク が コウ の よう に しみこんだ それら の もの を みる と、 ヨウコ の ココロ は ワレ にも なく ふと ぐらつきかけた が、 ナミダ も さそわず に あわく きえて いった。
 フォクスル で キジュウキ の オト が かすか に ひびいて くる だけ で、 ヨウコ の ヘヤ は ミョウ に しずか だった。 ヨウコ の ココロ は カゼ の ない イケ か ヌマ の オモテ の よう に ただ どんより と よどんで いた。 カラダ は なんの ワケ も なく だるく ものうかった。
 ショクドウ の トケイ が ひきしまった オト で 3 ジ を うった。 それ を アイズ の よう に キテキ が すさまじく なりひびいた。 ミナト に はいった アイズ を して いる の だな と おもった。 と おもう と イマ まで にぶく みゃくうつ よう に みえて いた ムネ が キュウ に はげしく さわぎ うごきだした。 それ が ヨウコ の おもい も もうけぬ ホウコウ に うごきだした。 もう この ながい フナタビ も おわった の だ。 14~15 の とき から シンブン キシャ に なる シュギョウ の ため に きたい きたい と おもって いた ベイコク に ついた の だ。 きたい とは おもいながら ホントウ に こよう とは ゆめにも おもわなかった ベイコク に ついた の だ。 それ だけ の こと で ヨウコ の ココロ は もう しみじみ と した もの に なって いた。 キムラ は くるう よう な ココロ を しいて おししずめながら、 フネ の つく の を フトウ に たって なみだぐみつつ まって いる だろう。 そう おもいながら ヨウコ の メ は キムラ や フタリ の イモウト の シャシン の ほう に さまよって いった。 それ と ならべて シャシン を かざって おく こと も できない サダコ の こと まで が、 あわれぶかく おもいやられた。 セイカツ の ホショウ を して くれる チチオヤ も なく、 ヒザ に だきあげて アイブ して やる ハハオヤ にも はぐれた あの コ は イマ あの イケノハタ の さびしい コイエ で ナニ を して いる の だろう。 わらって いる か と ソウゾウ して みる の も かなしかった。 ないて いる か と ソウゾウ して みる の も あわれ だった。 そして ムネ の ウチ が キュウ に わくわく と ふさがって きて、 せきとめる イトマ も なく ナミダ が はらはら と ながれでた。 ヨウコ は オオイソギ で シンダイ の ソバ に かけよって、 マクラモト に おいといた ハンケチ を ひろいあげて メガシラ に おしあてた。 すなお な カンショウテキ な ナミダ が ただ ワケ も なく アト から アト から ながれた。 この フイ の カンジョウ の ウラギリ には しかし ひきいれられる よう な ユウワク が あった。 だんだん そこぶかく しずんで かなしく なって ゆく その オモイ、 なんの オモイ とも さだめかねた ふかい、 わびしい、 かなしい オモイ。 ウラミ や イカリ を きれい に ぬぐいさって、 あきらめきった よう に スベテ の もの を ただ しみじみ と なつかしく みせる その オモイ。 いとしい サダコ、 いとしい イモウト、 いとしい チチハハ、 ……なぜ こんな なつかしい ヨ に ジブン の ココロ だけ が こう かなしく ヒトリボッチ なの だろう。 なぜ ヨノナカ は ジブン の よう な モノ を あわれむ シカタ を しらない の だろう。 そんな カンジ の レイサイ な ダンペン が つぎつぎ に ナミダ に ぬれて ムネ を ひきしめながら とおりすぎた。 ヨウコ は しらずしらず それら の カンジ に しっかり すがりつこう と した けれども ムエキ だった。 カンジ と カンジ との アイダ には、 ホシ の ない ヨル の よう な、 ナミ の ない ウミ の よう な、 くらい ふかい ハテシ の ない ヒアイ が、 アイゾウ の スベテ を ただ 1 ショク に そめなして、 どんより と ひろがって いた。 セイ を のろう より も シ が ねがわれる よう な オモイ が、 せまる でも なく はなれる でも なく、 ヨウコ の ココロ に まつわりついた。 ヨウコ は ハテ は マクラ に カオ を ふせて、 ホントウ に ジブン の ため に さめざめ と なきつづけた。
 こうして コハントキ も たった とき、 フネ は サンバシ に つながれた と みえて、 2 ド-メ の キテキ が なりはためいた。 ヨウコ は ものうげ に アタマ を もたげて みた。 ハンケチ は ナミダ の ため に しぼる ほど ぬれて まるまって いた。 スイフ ら が ツナギヅナ を うけたり やったり する オト と、 ビョウクギ を うちつけた クツ で カンパン を あるきまわる オト と が いりみだれて、 アタマ の ウエ は さながら カジバ の よう な サワギ だった。 ないて ないて なきつくした コドモ の よう な ぼんやり した トリトメ の ない ココロモチ で、 ヨウコ は ナニ を おもう とも なく それ を きいて いた。
 と とつぜん ソト で ジムチョウ の、
「ここ が オヘヤ です」
と いう コエ が した。 それ が まるで カミナリ か ナニ か の よう に おそろしく きこえた。 ヨウコ は おもわず ぎょっと なった。 ジュンビ を して おく つもり で いながら なんの ジュンビ も できて いない こと も おもった。 イマ の ココロモチ は ヘイキ で キムラ に あえる ココロモチ では なかった。 おろおろ しながら たち は あがった が、 たちあがって も どう する こと も できない の だ と おもう と、 おいつめられた ザイニン の よう に、 アタマ の ケ を リョウテ で おさえて、 カミノケ を むしりながら、 シンダイ の ウエ に がばと ふさって しまった。
 ト が あいた。
「ト が あいた」、 ヨウコ は ジブン ジシン に スクイ を もとめる よう に、 こう ココロ の ウチ で うめいた。 そして イキ も とまる ほど ミウチ が しゃちこばって しまって いた。
「サツキ さん、 キムラ さん が みえました よ」
 ジムチョウ の コエ だ。 ああ ジムチョウ の コエ だ。 ジムチョウ の コエ だ。 ヨウコ は ミ を ふるわせて カベ の ほう に カオ を むけた。 ……ジムチョウ の コエ だ……。
「ヨウコ さん」
 キムラ の コエ だ。 コンド は カンジョウ に ふるえた キムラ の コエ が きこえて きた。 ヨウコ は キ が くるいそう だった。 とにかく フタリ の カオ を みる こと は どうしても できない。 ヨウコ は フタリ に ウシロ を むけ ますます カベ の ほう に もがきよりながら、 ナミダ の ヒマ から キョウジン の よう に さけんだ。 たちまち たかく たちまち ひくい その フルエゴエ は わらって いる よう に さえ きこえた。
「でて…… オフタリ とも どうか でて…… この ヘヤ を…… ゴショウ です から イマ この ヘヤ を…… でて くださいまし……」
 キムラ は ひどく フアンゲ に ヨウコ に よりそって その カタ に テ を かけた。 キムラ の テ を かんずる と キョウフ と ケンオ との ため に ミ を ちぢめて カベ に しがみついた。
「いたい…… いけません…… オナカ が…… はやく でて…… はやく……」
 ジムチョウ は キムラ を よびよせて ナニ か しばらく ひそひそ はなしあって いる よう だった が、 フタリ ながら アシオト を ぬすんで そっと ヘヤ を でて いった。 ヨウコ は なおも イキ も たえだえ に、
「どうぞ でて…… あっち に いって……」
と いいながら、 いつまでも なきつづけた。

 19

 しばらく の アイダ ショクドウ で ジムチョウ と トオリイッペン の ハナシ でも して いる らしい キムラ が、 コロ を みはからって サイド ヨウコ の ヘヤ の ト を たたいた とき にも、 ヨウコ は まだ マクラ に カオ を ふせて、 フシギ な カンジョウ の ウズマキ の ナカ に ココロ を ひたして いた が、 キムラ が ヒトリ で はいって きた の に きづく と、 はじめて よわよわしく ヨコムキ に ねなおって、 ニノウデ まで ソデグチ の まくれた マッシロ な テ を さしのべて、 だまった まま キムラ と アクシュ した。 キムラ は ヨウコ の はげしく ないた の を みて から、 こらえ こらえて いた カンジョウ が さらに こうじた もの か、 ナミダ を あふれん ばかり メガシラ に ためて、 あつぼったい クチビル を ふるわせながら、 いたいたしげ に ヨウコ の カオツキ を みいって つったった。
 ヨウコ は、 イマ まで つづけて いた チンモク の ダセイ で だいいち クチ を きく の が ものうかった し、 キムラ は なんと いいだした もの か まよう ヨウス で、 フタリ の アイダ には アクシュ の まま イミ-ぶかげ な チンモク が とりかわされた。 その チンモク は しかし カンショウテキ と いう テイド で ある には あまり に ながく つづきすぎた ので、 ガイカイ の シゲキ に おうじて カビン な まで に ミチヒ の できる ヨウコ の カンジョウ は イマ まで ひたって いた ツウレツ な ドウラン から ヒトカワ ヒトカワ ヘイチョウ に かえって、 ハテ は その ソコ に、 こう こうじて は いとわしい と ジブン で すら が おもう よう な ひややか な ヒニク が、 そろそろ アタマ を もちあげて くる の を かんじた。 にぎりあわせた むずかゆい よう な テ を ひっこめて、 メモト まで フトン を かぶって、 そこ から ジブン の マエ に たつ わかい オトコ の ココロ の ミダレ を あざわらって みたい よう な ココロ に すら なって いた。 ながく つづく チンモク が とうぜん ひきおこす イッシュ の アッパク を キムラ も かんじて うろたえた らしく、 なんとか して フタリ の アイダ の キマズサ を ひきさく よう な、 ココロ の セツナサ を あらわす テキトウ の コトバ を あんじもとめて いる らしかった が、 とうとう ナミダ に うるおった ひくい コエ で、 もう イチド、
「ヨウコ さん」
と あいする モノ の ナ を よんだ。 それ は さきほど よばれた とき の それ に くらべる と、 ききちがえる ほど うつくしい コエ だった。 ヨウコ は、 イマ まで、 これほど せつ な ジョウ を こめて ジブン の ナ を よばれた こと は ない よう に さえ おもった。 「ヨウコ」 と いう ナ に きわだって デンキテキ な シキサイ が そえられた よう にも きこえた。 で、 ヨウコ は わざと キムラ と にぎりあわせた テ に チカラ を こめて、 さらに なんとか コトバ を つがせて みたく なった。 その メ も キムラ の クチビル に ハゲマシ を あたえて いた。 キムラ は キュウ に ベンリョク を カイフク して、
「イチニチ センシュウ の オモイ とは この こと です」
と すらすら と なめらか に いって のけた。 それ を きく と ヨウコ は みごと キタイ に ショイナゲ を くわされて、 その バ の コッケイ に おもわず ふきだそう と した が、 いかに ジムチョウ に たいする コイ に おぼれきった オンナゴコロ の ザンギャクサ から も、 さすが に キムラ の タイ ない セイジツ を わらいきる こと は え しない で、 ヨウコ は ただ ココロ の ウチ で シツボウ した よう に 「あれ だ から いや に なっちまう」 と くさくさ しながら かこった。
 しかし この バアイ、 キムラ と ドウヨウ、 ヨウコ も カッコウ な クウキ を ヘヤ の ナカ に つくる こと に トウワク せず には いられなかった。 ジムチョウ と わかれて ジブン の ヘヤ に とじこもって から、 こころしずか に かんがえて おこう と した キムラ に たいする ゼンゴサク も、 おもいよらぬ カンジョウ の クルイ から ソノママ に なって しまって、 イマ に なって みる と、 ヨウコ は どう キムラ を もてあつかって いい の か、 はっきり した モクロミ は できて いなかった。 しかし かんがえて みる と、 キベ コキョウ と わかれた とき でも、 ヨウコ には かくべつ これ と いう ボウリャク が あった わけ では なく、 ただ その トキドキ に ワガママ を ふるまった に すぎなかった の だ けれども、 その ケッカ は ヨウコ が ナニ か おそろしく ふかい タクラミ と テクダ を しめした か の よう に ヒト に とられて いた こと も おもった。 なんとか して こぎぬけられない こと は あるまい。 そう おもって、 まず おちつきはらって キムラ に イス を すすめた。 キムラ が テヂカ に ある タタミイス を とりあげて シンダイ の ソバ に きて すわる と、 ヨウコ は また しなやか な テ を キムラ の ヒザ の ウエ に おいて、 オトコ の カオ を しげしげ と みやりながら、
「ホントウ に しばらく でした わね。 すこし おやつれ に なった よう です わ」
と いって みた。 キムラ は ジブン の カンジョウ に うちまかされて ミ を ふるわして いた。 そして わくわく と ながれでる ナミダ が みるみる メ から あふれて、 カオ を つたって イクスジ と なく ながれおちた。 ヨウコ は、 その ナミダ の ヒトシズク が キマグレ にも、 うつむいた オトコ の ハナ の サキ に やどって、 おちそう で おちない の を みやって いた。
「ずいぶん いろいろ と クロウ なすったろう と おもって、 キ が キ では なかった ん です けれども、 ワタシ の ほう も ゴショウチ の とおり でしょう。 コンド こっち に くる に つけて も、 それ は こまって、 アリッタケ の もの を はらったり して、 ようやく まにあわせた くらい だった もん です から……」
 なお いおう と する の を キムラ は せわしく うちけす よう に さえぎって、
「それ は じゅうぶん わかって います」
と カオ を あげた ヒョウシ に ナミダ の シズク が ぽたり と ハナ の サキ から ズボン の ウエ に おちた の を みた。 ヨウコ は、 ないた ため に ミョウ に はれぼったく あかく なって、 てらてら と ひかる キムラ の ハナ の サキ が キュウ に キ に なりだして、 わるい とは しりながら も、 ともすると そこ へ ばかり メ が いった。
 キムラ は ナニ から どう はなしだして いい か わからない ヨウス だった。
「ワタシ の デンポウ を ビクトリヤ で うけとった でしょう ね」
など とも テレカクシ の よう に いった。 ヨウコ は うけとった オボエ も ない くせ に イイカゲン に、
「ええ、 ありがとう ございました」
と こたえて おいた。 そして イットキ も はやく こんな いきづまる よう に アッパク して くる フタリ の アイダ の ココロ の モツレ から のがれる スベ は ない か と シアン して いた。
「イマ はじめて ジムチョウ から きいた ん です が、 アナタ が ビョウキ だった と いって ました が、 いったい どこ が わるかった ん です。 さぞ こまった でしょう ね。 そんな こと とは ちっとも しらず に、 イマ が イマ まで、 シュクフク された、 かがやく よう な アナタ を むかえられる と ばかり おもって いた ん です。 アナタ は ホントウ に シレン の ウケツヅケ と いう もん です ね。 どこ でした わるい の は」
 ヨウコ は、 フヨウイ にも オンナ を とらえて ジカヅケ に ビョウキ の シュルイ を ききただす オトコ の ココロ の ソザツサ を いみながら、 あたらず さわらず、 マエ から あった イビョウ が、 フネ の ナカ で ショクモツ と キコウ との かわった ため に、 だんだん こうじて きて おきられなく なった よう に いいつくろった。 キムラ は いたましそう に マユ を よせながら きいて いた。
 ヨウコ は もう こんな ホドホド な カイワ には たえきれなく なって きた。 キムラ の カオ を みる に つけて おもいだされる センダイ ジダイ や、 ハハ の シ と いう よう な こと にも かなり なやまされる の を つらく おもった。 で、 ハナシ の チョウシ を かえる ため に しいて いくらか カイカツ を よそおって、
「それ は そう と こちら の ゴジギョウ は いかが」
と シゴト とか ヨウス とか いう カワリ に、 わざと ジギョウ と いう コトバ を つかって こう たずねた。
 キムラ の カオツキ は みるみる かわった。 そして ムネ の ポッケット に のぞかせて あった おおきな リンネル の ハンケチ を とりだして、 キヨウ に カタテ で それ を ふわり と まるめて おいて、 ちん と ハナ を かんで から、 また キヨウ に それ を ポッケット に もどす と、
「ダメ です」
と いかにも ゼツボウテキ な チョウシ で いった が、 その メ は すでに わらって いた。 サン フランシスコ の リョウジ が ザイリュウ ニホンジン の キギョウ に たいして ぜんぜん レイタン で モウモク で ある と いう こと、 ニホンジン-カン に シッシ が はげしい ので、 サン フランシスコ での ジギョウ の モクロミ は ヨキ イジョウ の コショウ に あって だいたい シッパイ に おわった こと、 おもいきった ハッテン は やはり ソウゾウドオリ ベイコク の セイブ より も チュウオウ、 ことに シカゴ を チュウシン と して ケイカク されなければ ならぬ と いう こと、 サイワイ に、 サン フランシスコ で ジブン の ハナシ に のって くれる ある てがたい ドイツジン に トリツギ を たのんだ と いう こと、 シヤトル でも ソウトウ の ミセ を みいだしかけて いる と いう こと、 シカゴ に いったら、 そこ で ニホン の メイヨ リョウジ を して いる かなり な テツモノショウ の ミセ に まず すみこんで ベイコク に おける トリヒキ の テゴコロ を のみこむ と ドウジ に、 その ヒト の シホン の イチブ を うごかして、 ニホン との ジカトリヒキ を はじめる サンダン で ある と いう こと、 シカゴ の スマイ は もう きまって、 かりる べき フラット の ズメン まで とりよせて ある と いう こと、 フラット は フケイザイ の よう だ けれども ヘヤ の あいた ブブン を マタガシ を すれば、 たいして たかい もの にも つかず、 スマイ ベンリ は ヒジョウ に いい と いう こと…… そういう テン に かけて は、 なかなか メンミツ に ゆきとどいた もの で、 それ を いかにも キギョウカ-らしい セップクテキ な クチョウ で ジュンジョ よく のべて いった。 カイワ の ナガレ が こう かわって くる と、 ヨウコ は はじめて ドロ の ナカ から アシ を ぬきあげた よう な キガル な ココロモチ に なって、 ずっと キムラ を みつめながら、 きく とも なし に その ハナシ に キキミミ を たてて いた。 キムラ の ヨウボウ は しばらく の アイダ に みちがえる ほど リファイン されて、 モト から しろかった その ヒフ は ナニ か トクシュ な センリョウ で ソコビカリ の する ほど ミガキ が かけられて、 ニホンジン とは おもえぬ まで なめらか なのに、 アブラ で きれい に わけた こい クロカミ は、 セイヨウジン の キンパツ には また みられぬ よう な オモムキ の ある タイショウ を その ハクセキ の ヒフ に あたえて、 カラー と ネックタイ の カンケイ にも ヒト に キ の つかぬ コリカタ を みせて いた。
「アイタテ から こんな こと を いう の は はずかしい です けれども、 じっさい コンド と いう コンド は クトウ しました。 ここ まで むかえ に くる にも ろくろく リョヒ が ない サワギ でしょう」
と いって さすが に くるしげ に ワライ に まぎらそう と した。 そのくせ キムラ の ムネ には どっしり と おもそう な キングサリ が かかって、 リョウテ の ユビ には ヨッツ まで ホウセキ-イリ の ユビワ が きらめいて いた。 ヨウコ は キムラ の いう こと を ききながら その ユビ に メ を つけて いた が、 ヨッツ の ユビワ の ウチ に コンヤク の とき とりかわした ジュンキン の ユビワ も まじって いる の に キ が つく と、 ジブン の ユビ には それ を はめて いなかった の を おもいだして、 なに くわぬ ヨウス で キムラ の ヒザ の ウエ から テ を ひっこめて アゴ まで フトン を かぶって しまった。 キムラ は ひっこめられた テ に おいすがる よう に イス を のりだして、 ヨウコ の カオ に ちかく ジブン の カオ を さしだした。
「ヨウコ さん」
「ナニ?」
 また ラブ シーン か。 そう おもって ヨウコ は うんざり した けれども、 すげなく カオ を そむける わけ にも ゆかず、 やや トウワク して いる と、 おりよく ジムチョウ が カタバカリ の ノック を して はいって きた。 ヨウコ は ねた まま、 メ で いそいそ と ジムチョウ を むかえながら、
「まあ ようこそ…… サキホド は シツレイ。 なんだか くだらない こと を かんがえだして いた もん です から、 つい ワガママ を して しまって すみません…… おいそがしい でしょう」
と いう と、 ジムチョウ は カラカイ ハンブン の ジョウダン を キッカケ に、
「キムラ さん の カオ を みる と えらい こと を わすれて いた に キ が ついた で。 キムラ さん から アナタ に デンポウ が きとった の を、 ワタシャ ビクトリヤ での ドサクサ で ころり わすれとった ん だ。 すまん こと でした。 こんな シワ に なりくさった」
と いいながら、 ヒダリ の ポッケット から オリメ に タバコ の コナ が はさまって モミクチャ に なった デンポウシ を とりだした。 キムラ は さっき ヨウコ が それ を みた と たしか に いった その コトバ に たいして、 ケゲン な カオツキ を しながら ヨウコ を みた。 ササイ な こと では ある が、 それ が ジムチョウ にも カンケイ を もつ こと だ と おもう と、 ヨウコ も ちょっと どぎまぎ せず には いられなかった。 しかし それ は ただ イッシュンカン だった。
「クラチ さん、 アナタ は キョウ すこし どうか なすって いらっしゃる わ。 それ は その とき ちゃんと ハイケン した じゃ ありません か」
と いいながら すばやく メクバセ する と、 ジムチョウ は すぐ ナニ か ワケ が ある の を けどった らしく、 たくみ に ヨウコ に バツ を あわせた。
「なに? アナタ みた?…… おお そうそう…… これ は ねぼけかえっとる ぞ、 はははは」
 そして たがいに カオ を みあわせながら フタリ は したたか わらった。 キムラ は しばらく フタリ を カタミガワリ に みくらべて いた が、 これ も やがて コエ を たてて わらいだした。 キムラ の わらいだす の を みた フタリ は むしょうに おかしく なって もう イチド あたらしく わらいこけた。 キムラ と いう おおきな ジャマモノ を メノマエ に すえて おきながら、 タガイ の カンジョウ が ミズ の よう に ク も なく ながれかよう の を フタリ は こどもらしく たのしんだ。
 しかし こんな イタズラ-めいた こと の ため に ハナシ は ちょっと とぎれて しまった。 くだらない こと に フタリ から わきでた すこし ぎょうさん-すぎた ワライ は、 かすか ながら キムラ の カンジョウ を そこねた らしかった。 ヨウコ は、 この バアイ、 なお いのころう と する ジムチョウ を とおざけて、 キムラ と サシムカイ に なる の が トクサク だ と おもった ので、 ホド も なく キマジメ な カオツキ に かえって、 マクラ の シタ を さぐって、 そこ に いれて おいた コトウ の テガミ を とりだして キムラ に わたしながら、
「これ を アナタ に コトウ さん から。 コトウ さん には ずいぶん オセワ に なりまして よ。 でも あの カタ の ブマサ カゲン ったら、 それ は じれったい ほど ね。 アイ や サダ の ガッコウ の こと も おたのみ して きた ん です けれども こころもとない もん よ。 きっと イマゴロ は ケンカゴシ に なって ミンナ と ダンパン でも して いらっしゃる でしょう よ。 みえる よう です わね」
と ミズ を むける と、 キムラ は はじめて ハナシ の リョウブン が ジブン の ほう に うつって きた よう に、 カオイロ を なおしながら、 ジムチョウ を ソッチノケ に した タイド で、 ヨウコ に たいして は ジブン が ダイイチ の ハツゲンケン を もって いる と いわん ばかり に、 いろいろ と はなしだした。 ジムチョウ は しばらく カザムキ を みはからって たって いた が とつぜん ヘヤ を でて いった。 ヨウコ は すばやく その カオイロ を うかがう と ミョウ に けわしく なって いた。
「ちょっと シツレイ」
 キムラ の クセ で、 こんな とき まで ミョウ に よそよそしく ことわって、 コトウ の テガミ の フウ を きった。 セイヨウ ケイシ に ペン で こまかく かいた イクマイ か の かなり あつい もの で、 それ を キムラ が よみおわる まで には ヒマ が かかった。 その アイダ、 ヨウコ は アオムケ に なって、 カンパン で さかん に ニアゲ して いる ニンソク ら の サワギ を ききながら、 やや くらく なりかけた ヒカリ で キムラ の カオ を みやって いた。 すこし マユネ を よせながら、 テガミ に よみふける キムラ の ヒョウジョウ には、 ときどき クツウ や ギワク や の イロ が いったり きたり した。 よみおわって から ほっと した タメイキ と ともに キムラ は テガミ を ヨウコ に わたして、
「こんな こと を いって よこして いる ん です。 アナタ に みせて も かまわない と ある から ごらんなさい」
と いった。 ヨウコ は べつに よみたく も なかった が、 タショウ の コウキシン も てつだう ので とにかく メ を とおして みた。

「ボク は コンド ぐらい フシギ な ケイケン を なめた こと は ない。 ケイ が さって ノチ の ヨウコ さん の イッシン に かんして、 セキニン を もつ こと なんか、 ボク は したい と おもって も でき は しない が、 もし メイハク に いわせて くれる なら、 ケイ は まだ ヨウコ さん の ココロ を ぜんぜん センリョウ した もの とは おもわれない」
「ボク は オンナ の ココロ には まったく ふれた こと が ない と いって いい ほど の ニンゲン だ が、 もし ボク の ジジツ だ と おもう こと が フコウ に して ジジツ だ と する と、 ヨウコ さん の コイ には ――もし そんな の が コイ と いえる なら―― だいぶ ヨユウ が ある と おもう ね」
「これ が オンナ の タクト と いう もの か と おもった よう な こと が あった。 しかし ボク には わからん」
「ボク は わかい オンナ の マエ に ゆく と へんに どぎまぎ して しまって ろくろく モノ も いえなく なる。 ところが ヨウコ さん の マエ では まったく ちがった カンジ で モノ が いえる。 これ は カンガエモノ だ」
「ヨウコ さん と いう ヒト は ケイ が いう とおり に すぐれた テンプ を もった ヒト の よう にも じっさい おもえる。 しかし あの ヒト は どこ か カタワ じゃ ない かい」
「メイハク に いう と ボク は ああいう ヒト は いちばん きらい だ けれども、 ドウジ に また いちばん ひきつけられる、 ボク は この ムジュン を ときほごして みたくって たまらない。 ボク の タンジュン を ゆるして くれたまえ。 ヨウコ さん は イマ まで の どこ か で ミチ を まちがえた の じゃ ない かしらん。 けれども それにしては あまり ヘイキ だね」
「カミ は アクマ に なにひとつ あたえなかった が アトラクション だけ は あたえた の だ。 こんな こと も おもう。 ……ヨウコ さん の アトラクション は どこ から くる ん だろう。 シッケイ シッケイ。 ボク は ランボウ を いいすぎてる よう だ」
「ときどき は にくむ べき ニンゲン だ と おもう が、 ときどき は なんだか かわいそう で かわいそう で たまらなく なる とき が ある。 ヨウコ さん が ここ を よんだら、 おそらく ツバ でも はきかけたく なる だろう。 あの ヒト は かわいそう な ヒト の くせ に、 かわいそう-がられる の が きらい らしい から」
「ボク には けっきょく ヨウコ さん は ナニ が なんだか ちっとも わからない。 ボク は ケイ が カノジョ を えらんだ ジシン に おどろく。 しかし こう なった イジョウ は、 ケイ は ゼンリョク を つくして カノジョ を リカイ して やらなければ いけない と おもう。 どうか ケイラ の セイカツ が サイゴ の エイカン に いたらん こと を カミ に いのる」

 こんな モンク が ダンペンテキ に ヨウコ の ココロ に しみて いった。 ヨウコ は はげしい ブベツ を コバナ に みせて、 テガミ を キムラ に もどした。 キムラ の カオ には その テガミ を よみおえた ヨウコ の ココロ の ウチ を みとおそう と あせる よう な ヒョウジョウ が あらわれて いた。
「こんな こと を かかれて アナタ どう おもいます」
 ヨウコ は こともなげ に せせらわらった。
「どうも おもい は しません わ。 でも コトウ さん も テガミ の ウエ では イチマイ-ガタ オトコ を あげて います わね」
 キムラ の イキゴミ は しかし そんな こと では ごまかされそう には なかった ので、 ヨウコ は めんどうくさく なって すこし けわしい カオ に なった。
「コトウ さん の おっしゃる こと は コトウ さん の おっしゃる こと。 アナタ は ワタシ と ヤクソク なさった とき から ワタシ を しんじ ワタシ を リカイ して くださって いらっしゃる ん でしょう ね」
 キムラ は おそろしい チカラ を こめて、
「それ は そう です とも」
と こたえた。
「そんなら それ で なにも いう こと は ない じゃ ありません か。 コトウ さん など の いう こと―― コトウ さん なんぞ に わかられたら ニンゲン も スエ です わ―― でも アナタ は やっぱり どこ か ワタシ を うたがって いらっしゃる のね」
「そう じゃ ない……」
「そう じゃ ない こと が ある もん です か。 ワタシ は いったん こう と きめたら どこまでも それ で とおす の が すき。 それ は いきてる ニンゲン です もの、 こっち の スミ あっち の スミ と ちいさな こと を とらえて トガメダテ を はじめたら サイゲン は ありません さ。 そんな バカ な こと ったら ありません わ。 ワタシ みたい な キズイ な ワガママモノ は そんな ふう に されたら キュウクツ で キュウクツ で しんで しまう でしょう よ。 ワタシ が こんな に なった の も、 つまり、 ミンナ で よって たかって ワタシ を うたがいぬいた から です。 アナタ だって やっぱり その ヒトリ か と おもう と こころぼそい もん です のね」
 キムラ の メ は かがやいた。
「ヨウコ さん、 それ は ウタガイスギ と いう もん です」
 そして ジブン が ベイコク に きて から なめつくした フントウ セイカツ も つまり は ヨウコ と いう もの が あれば こそ できた ので、 もし ヨウコ が それ に ドウジョウ と コブ と を あたえて くれなかったら、 その シュンカン に セイ も コン も かれはてて しまう に ちがいない と いう こと を くりかえし くりかえし ネッシン に といた。 ヨウコ は うそうそしく きいて いた が、
「うまく おっしゃる わ」
と トドメ を さして おいて、 しばらく して から おもいだした よう に、
「アナタ タガワ の オクサン に おあい なさって」
と たずねた。 キムラ は まだ あわなかった と こたえた。 ヨウコ は ヒニク な ヒョウジョウ を して、
「いまに きっと おあい に なって よ。 イッショ に この フネ で いらしった ん です もの。 そして イソガワ の オバサン が ワタシ の カントク を おたのみ に なった ん です もの。 イチド おあい に なったら アナタ は きっと ワタシ なんぞ ミムキ も なさらなく なります わ」
「どうして です」
「まあ おあい なさって ゴラン なさいまし」
「ナニ か アナタ ヒナン を うける よう な こと でも した ん です か」
「ええ ええ たくさん しました とも」
「タガワ フジン に? あの ケンプジン の ヒナン を うける とは、 いったい どんな こと を した ん です」
 ヨウコ は さも アイソ が つきた と いう ふう に、
「あの ケンプジン!」
と いいながら たかだか と わらった。 フタリ の カンジョウ の イト は またも もつれて しまった。
「そんな に あの オクサン に アナタ の ゴシンヨウ が ある の なら、 ワタシ から もうして おく ほう が ハヤテマワシ です わね」
と ヨウコ は ハンブン ヒニク な ハンブン マジメ な タイド で、 ヨコハマ シュッコウ イライ フジン から ヨウコ が うけた アンアンリ の アッパク に オヒレ を つけて かたって きて、 ジムチョウ と ジブン との アイダ に ナニ か アタリマエ で ない カンケイ でも ある よう な ウタガイ を もって いる らしい と いう こと を、 ヒトゴト でも はなす よう に レイセイ に のべて いった。 その コトバ の ウラ には、 しかし ヨウコ に トクユウ な ヒ の よう な ジョウネツ が ひらめいて、 その メ は するどく かがやいたり なみだぐんだり して いた。 キムラ は デンカ に でも うたれた よう に ハンダンリョク を うしなって、 イチブ シジュウ を ぼんやり と きいて いた。 コトバ だけ にも どこまでも レイセイ な チョウシ を もたせつづけて ヨウコ は スベテ を かたりおわって から、
「おなじ シンセツ にも シンソコ から の と、 トオリイッペン の と フタツ あります わね。 その フタツ が どうか して ぶつかりあう と、 いつでも ホントウ の シンセツ の ほう が ワルモノ アツカイ に されたり、 ジャマモノ に みられる ん だ から おもしろう ござんす わ。 ヨコハマ を でて から ミッカ ばかり フネ に よって しまって、 どう しましょう と おもった とき にも、 ゴシンセツ な オクサン は、 わざと ゴエンリョ なさって でしょう ね、 サンド サンド ショクドウ には おで に なる のに、 イチド も ワタシ の ほう へは いらしって くださらない のに、 ジムチョウ ったら イクド も オイシャ さん を つれて くる ん です もの、 オクサン の オウタガイ も もっとも と いえば もっとも です の。 それに ワタシ が イビョウ で ねこむ よう に なって から は、 センチュウ の オキャクサマ が それ は ドウジョウ して くださって、 いろいろ と して くださる の が、 オクサン には だいの オキ に いらなかった ん です の。 オクサン だけ が ワタシ を シンセツ に して くださって、 ホカ の カタ は ミンナ よって たかって、 オクサン を シンセツ に して あげて くださる ダンドリ に さえ なれば、 なにもかも ブジ だった ん です けれども ね、 なかでも ジムチョウ の シンセツ に して アゲカタ が いちばん たりなかった ん でしょう よ」
と コトバ を むすんだ。 キムラ は クチビル を かむ よう に して きいて いた が、 いまいましげ に、
「わかりました わかりました」
 ガテン しながら つぶやいた。
 ヨウコ は ヒタイ の ハエギワ の みじかい ケ を ひっぱって は ユビ に まいて ウワメ で ながめながら、 ヒニク な ビショウ を クチビル の アタリ に うかばして、
「おわかり に なった? ふん、 どう です かね」
と そらうそぶいた。
 キムラ は ナニ を おもった か ひどく カンショウテキ な タイド に なって いた。
「ワタシ が わるかった。 ワタシ は どこまでも アナタ を しんずる つもり で いながら、 ヒト の コトバ に タショウ とも シンヨウ を かけよう と して いた の が わるかった の です。 ……かんがえて ください、 ワタシ は シンルイ や ユウジン の スベテ の ハンタイ を おかして ここ まで きて いる の です。 もう アナタ なし には ワタシ の ショウガイ は ムイミ です。 ワタシ を しんじて ください。 きっと 10 ネン を きして オトコ に なって みせます から…… もし アナタ の アイ から ワタシ が はなれなければ ならん よう な こと が あったら…… ワタシ は そんな こと を おもう に たえない…… ヨウコ さん」
 キムラ は こう いいながら メ を かがやかして すりよって きた。 ヨウコ は その おもいつめた らしい タイド に イッシュ の キョウフ を かんずる ほど だった。 オトコ の ホコリ も なにも わすれはて、 すてはてて、 ヨウコ の マエ に チカイ を たてて いる キムラ を、 うまうま いつわって いる の だ と おもう と、 ヨウコ は さすが に ハリ で つく よう な イタミ を するどく ふかく リョウシン の イチグウ に かんぜず には いられなかった。 しかし それ より も その シュンカン に ヨウコ の ムネ を おしひしぐ よう に せばめた もの は、 ソコ の ない ものすごい フアン だった。 キムラ とは どうしても つれそう ココロ は ない。 その キムラ に…… ヨウコ は おぼれた ヒト が キシベ を のぞむ よう に ジムチョウ を おもいうかべた。 オトコ と いう もの の オンナ に あたえる チカラ を いまさら に つよく かんじた。 ここ に ジムチョウ が いて くれたら どんな に ジブン の ユウキ は くわわったろう。 しかし…… どう に でも なれ。 どうか して この ダイジ な セト を こぎぬけなければ うかぶ セ は ない。 ヨウコ は だいそれた ムホンニン の ココロ で キムラ の カレス を うく べき ミガマエ ココロガマエ を あんじて いた。

 20

 フネ の ついた その バン、 タガワ フサイ は ミマイ の コトバ も ワカレ の コトバ も のこさず に、 オオゼイ の デムカエニン に かこまれて どうどう と イギ を ととのえて ジョウリク して しまった。 その ヨ の ヒトビト の ナカ には わざわざ ヨウコ の ヘヤ を おとずれて きた モノ が スウニン は あった けれども、 ヨウコ は いかにも シタシミ を こめた ワカレ の コトバ を あたえ は した が、 アト まで ココロ に のこる ヒト とて は ヒトリ も いなかった。 その バン ジムチョウ が きて、 せまっこい、 ブドワール の よう な センシツ で おそく まで しめじめ と うちかたった アイダ に、 ヨウコ は ふと 2 ド ほど オカ の こと を おもって いた。 あんな に ジブン を したって い は した が オカ も ジョウリク して しまえば、 せんかたなく ボストン の ほう に たびだつ ヨウイ を する だろう。 そして やがて ジブン の こと も いつ とは なし に わすれて しまう だろう。 それにしても なんと いう ジョウヒン な うつくしい セイネン だったろう。 こんな こと を ふと おもった の も しかし ツカノマ で、 その ツイオク は ココロ の ト を たたいた と おもう と はかなく も どこ か に きえて しまった。 イマ は ただ キムラ と いう ジャマ な カンガエ が、 もやもや と ムネ の ウチ に たちまよう ばかり で、 その オク には ジムチョウ の うちかちがたい くらい チカラ が、 マオウ の よう に コユルギ も せず うずくまって いる のみ だった。
 ニヤク の めまぐるしい サワギ が フツカ つづいた アト の エノシママル は、 なきわめく イゾク に とりかこまれた うつろ な シガイ の よう に、 がらん と しずまりかえって、 そうぞうしい サンバシ の ザットウ の アイダ に さびしく よこたわって いる。
 スイフ が ワギリ に した ヤシ の ミ で よごれた カンパン の イタ を タンチョウ に ごしごし ごしごし と こする オト が、 トキ と いう もの を ゆるゆる すりへらす ヤスリ の よう に ひがなひねもす きこえて いた。
 ヨウコ は はやく はやく ここ を きりあげて ニホン に かえりたい と いう こどもじみた カンガエ の ホカ には、 おかしい ほど その ホカ の キョウミ を うしなって しまって、 タキョウ の フウケイ に イチベツ を あたえる こと も いとわしく、 ジブン の ヘヤ の ナカ に こもりきって、 ひたすら ハッセン の ヒ を まちわびた。 もっとも キムラ が マイニチ ベイコク と いう ニオイ を ハナ を つく ばかり ミノマワリ に ただよわせて、 ヨウコ を おとずれて くる ので、 ヨウコ は うっかり ネドコ を はなれる こと も できなかった。
 キムラ は くる たび ごと に ぜひ ベイコク の イシャ に ケンコウ シンダン を たのんで、 だいじなければ おもいきって ケンエキカン の ケンエキ を うけて、 ともかくも ジョウリク する よう に と すすめて みた が、 ヨウコ は どこまでも いや を いいとおす ので、 フタリ の アイダ には ときどき キケン な チンモク が つづく こと も めずらしく なかった。 ヨウコ は しかし いつでも テギワ よく その バアイ バアイ を あやつって、 それから あまい カンゴ を ひきだす だけ の キサイ を もちあわして いた ので、 この 1 カゲツ ほど みしらぬ ヒト の アイダ に たちまじって、 ビンボウ の クツジョク を ぞんぶん に なめつくした キムラ は、 みるみる オンジュウ な ヨウコ の コトバ や ヒョウジョウ に よいしれる の だった。 カリフォルニヤ から くる みずみずしい ブドウ や バナナ を キヨウ な キョウギ の コカゴ に もったり、 うつくしい ハナタバ を たずさえたり して、 ヨウコ の アサゲショウ が しまった か と おもう コロ には キムラ が かかさず たずねて きた。 そして マイニチ くどくど と コウロク に ヨウコ の ヨウダイ を ききただした。 コウロク は イイカゲン な こと を いって イチニチ ノバシ に のばして いる ので たまらなく なって キムラ が ジムチョウ に ソウダン する と、 ジムチョウ は コウロク より も さらに ヨウリョウ を えない ウケコタエ を した。 しかたなし に キムラ は トホウ に くれて、 また ヨウコ に かえって きて なきつく よう に ジョウリク を せまる の で あった。 その マイニチ の イキサツ を ヨル に なる と ヨウコ は ジムチョウ と はなしあって ワライ の タネ に した。
 ヨウコ は なんと いう こと なし に、 キムラ を こまらして みたい、 いじめて みたい と いう よう な フシギ な ザンコク な ココロ を、 キムラ に たいして かんずる よう に なって いった。 ジムチョウ と キムラ と を メノマエ に おいて、 なにも しらない キムラ を、 ジムチョウ が イチリュウ の きびきび した アクラツ な テ で おもうさま ホンロウ して みせる の を ながめて たのしむ の が イッシュ の コシツ の よう に なった。 そして ヨウコ は キムラ を とおして ジブン の カコ の スベテ に チ の したたる フクシュウ を あえて しよう と する の だった。 そんな バアイ に、 ヨウコ は よく どこ か で ウロオボエ に した クレオパトラ の ソウワ を おもいだして いた。 クレオパトラ が ジブン の ウンメイ の キュウハク した の を しって ジサツ を おもいたった とき、 イクニン も ドレイ を メノマエ に ひきださして、 それ を ドクジャ の エジキ に して、 その イクニン も の ムコ の ヒトビト が もだえながら ゼツメイ する の を、 マユ も うごかさず に みて いた と いう ソウワ を おもいだして いた。 ヨウコ には カコ の スベテ の ジュソ が キムラ の イッシン に あつまって いる よう にも おもいなされた。 ハハ の シイタゲ、 イソガワ ジョシ の ジュッスウ、 キンシン の アッパク、 シャカイ の カンシ、 オンナ に たいする オトコ の キユ、 オンナ の コウゴウ など と いう ヨウコ の テキ を キムラ の イッシン に おっかぶせて、 それ に オンナ の ココロ が たくらみだす ザンギャク な シウチ の あらん カギリ を そそぎかけよう と する の で あった。
「アナタ は ウシ ノ コク マイリ の ワラニンギョウ よ」
 こんな こと を どうか した ヒョウシ に メン と むかって キムラ に いって、 キムラ が ケゲン な カオ で その イミ を くみかねて いる の を みる と、 ヨウコ は ジブン にも ワケ の わからない ナミダ を メ に いっぱい ためながら ヒステリカル に わらいだす よう な こと も あった。
 キムラ を はらいすてる こと に よって、 ヘビ が カラ を ぬけでる と おなじ に、 ジブン の スベテ の カコ を ほうむって しまう こと が できる よう にも おもいなして みた。
 ヨウコ は また ジムチョウ に、 どれほど キムラ が ジブン の おもう まま に なって いる か を みせつけよう と する ユウワク も かんじて いた。 ジムチョウ の メノマエ では ずいぶん ランボウ な こと を キムラ に いったり させたり した。 ときには ジムチョウ の ほう が みかねて フタリ の アイダ を なだめ に かかる こと さえ ある くらい だった。
 ある とき キムラ の きて いる ヨウコ の ヘヤ に ジムチョウ が きあわせた こと が あった。 ヨウコ は マクラモト の イス に キムラ を こしかけさせて、 トウキョウ を たった とき の ヨウス を くわしく はなして きかせて いる ところ だった が、 ジムチョウ を みる と いきなり ヨウス を かえて、 さもさも キムラ を うとんじた ふう で、
「アナタ は ムコウ に いらしって ちょうだい」
と キムラ を ムコウ の ソファ に ゆく よう に メ で サシズ して、 ジムチョウ を その アト に すわらせた。
「さ、 アナタ こちら へ」
と いって アオムケ に ねた まま ウワメ を つかって みやりながら、
「いい オテンキ の よう です こと ね。 ……あの ときどき ごーっ と カミナリ の よう な オト の する の は ナニ?…… ワタシ うるさい」
「トロ です よ」
「そう…… オキャクサマ が たんと おあり ですって ね」
「さあ すこし は しっとる モノ が ある もん だで」
「ユウベ も その うつくしい オキャク が いらしった の? とうとう オハナシ に おみえ に ならなかった のね」
 キムラ を マエ に おきながら、 この ムボウ と さえ みえる コトバ を エンリョ エシャク も なく いいだす の には、 さすが の ジムチョウ も ぎょっと した らしく、 ヘンジ も ろくろく しない で キムラ の ほう に むいて、
「どう です マッキンレー は。 おどろいた こと が もちあがりおった もん です ね」
と ワダイ を てんじよう と した。 この フネ の コウカイチュウ シヤトル に ちかく なった ある ヒ、 トウジ の ダイトウリョウ マッキンレー は キョウト の タンジュウ に たおれた ので、 この ジケン は ベイコク での ウワサ の チュウシン に なって いる の だった。 キムラ は その トウジ の モヨウ を くわしく シンブンシ や ヒト の ウワサ で しりあわせて いた ので、 ノリキ に なって その ハナシ に ミ を いれよう と する の を、 ヨウコ は ニベ も なく さえぎって、
「ナン です ね アナタ は、 キフジン の ハナシ の コシ を おったり して。 そんな ゴマカシ ぐらい では だまされて は いません よ。 クラチ さん、 どんな うつくしい カタ です。 アメリカ キッスイ の ヒト って どんな なん でしょう ね。 ワタシ、 みたい。 あわして くださいまし な コンド きたら。 ここ に つれて きて くださる ん です よ。 ホカ の もの なんぞ なんにも みたく は ない けれども、 これ ばかり は ぜひ みとう ござんす わ。 そこ に いく と ね、 キムラ なんぞ は そりゃあ ヤボ な もん です こと よ」
と いって、 キムラ の いる ほう を はるか に シタメ で みやりながら、
「キムラ さん どう? こっち に いらしって から ちっと は オンナ の オトモダチ が おでき に なって? レディー フレンド と いう の が?」
「それ が できん で たまる か」
と ジムチョウ は キムラ の ナイコウ を みぬいて ウラガキ する よう に おおきな コエ で いった。
「ところが できて いたら オナグサミ、 そう でしょう? クラチ さん まあ こう なの。 キムラ が ワタシ を もらい に きた とき には ね、 イシ の よう に かたく すわりこんで しまって、 まるで イノチ の トリヤリ でも しかねない ダンパン の シカタ です のよ。 その コロ ハハ は タイビョウ で ふせって いました の。 なんとか ハハ に おっしゃって ね、 ハハ に。 ワタシ、 わすれちゃ ならない コトバ が ありました わ。 ええと…… そうそう (キムラ の クチョウ を ジョウズ に まねながら) 『ワタシ、 もし ホカ の ヒト に ココロ を うごかす よう な こと が ありましたら カミサマ の マエ に ツミビト です』 ですって…… そういう チョウシ です もの」
 キムラ は すこし ドキ を ほのめかす カオツキ を して、 トオク から ヨウコ を みつめた まま クチ も きかない で いた。 ジムチョウ は からから と わらいながら、
「それじゃ キムラ さん イマゴロ は カミサマ の マエ に いいくらかげん ツミビト に なっとる でしょう」
と キムラ を みかえした ので、 キムラ も やむなく にがりきった ワライ を うかべながら、
「オノレ を もって ヒト を はかる ヒッポウ です ね」
と こたえ は した が、 ヨウコ の コトバ を ヒニク と かいして、 ヒトマエ で たしなめる に して は やや かるすぎる し、 ジョウダン と みて わらって しまう に して は たしか に つよすぎる ので、 キムラ の カオイロ は ミョウ に ぎごちなく こだわって しまって いつまでも はれなかった。 ヨウコ は クチビル だけ に かるい ワライ を うかべながら、 タンジュウ の みなぎった よう な その カオ を シタメ で こころよげ に まじまじ と ながめやった。 そして にがい セイリョウザイ でも のんだ よう に ムネ の ツカエ を すかして いた。
 やがて ジムチョウ が ザ を たつ と、 ヨウコ は、 マユ を ひそめて こころよからぬ カオ を した キムラ を、 しいて また モト の よう に ジブン の ソバ ちかく すわらせた。
「いや な ヤツ っちゃ ない の。 あんな ハナシ でも して いない と、 ホカ に なんにも ハナシ の タネ の ない ヒト です の…… アナタ さぞ ゴメイワク でしたろう ね」
と いいながら、 ジムチョウ に した よう に ウワメ に コビ を あつめて じっと キムラ を みた。 しかし キムラ の カンジョウ は ひどく ほつれて、 ヨウイ に とける ヨウス は なかった。 ヨウコ を コイ に イアツ しよう と たくらむ わざと な アラタマリカタ も みえた。 ヨウコ は イタズラモノ-らしく ハラ の ナカ で くすくす わらいながら、 キムラ の カオ を コウイ を こめた メツキ で ながめつづけた。 キムラ の ココロ の オク には ナニ か いいだして みたい くせ に、 なんとなく ハラ の ナカ が みすかされそう で、 いいだしかねて いる もの が ある らしかった が、 とぎれがち ながら ハナシ が コハントキ も すすんだ とき、 トテツ も なく、
「ジムチョウ は、 ナン です か、 ヨル に なって まで アナタ の ヘヤ に はなし に くる こと が ある ん です か」
と さりげなく たずねよう と する らしかった が、 その ゴビ は ワレ にも なく ふるえて いた。 ヨウコ は ワナ に かかった ムチ な ケモノ を あわれみわらう よう な ビショウ を クチビル に うかべながら、
「そんな こと が されます もの か この ちいさな フネ の ナカ で。 かんがえて も ゴラン なさいまし。 さきほど ワタシ が いった の は、 コノゴロ は マイバン ヨル に なる と ヒマ なので、 あの ヒトタチ が ショクドウ に あつまって きて、 サケ を のみながら おおきな コエ で いろんな くだらない ハナシ を する ん です の。 それ が よく ここ まで きこえる ん です。 それに ユウベ あの ヒト が こなかった から からかって やった だけ なん です のよ。 コノゴロ は タチ の わるい オンナ まで が タイ を くむ よう に して どっさり フネ に きて、 それ は そうぞうしい ん です の。 ……ほほほほ アナタ の クロウショウ ったら ない」
 キムラ は とりつく シマ を みうしなって、 ニノク が つげない で いた。 それ を ヨウコ は かわいい メ を あげて、 ムジャキ な カオ を して みやりながら わらって いた。 そして ジムチョウ が はいって きた とき とぎらした ハナシ の イトグチ を みごと に わすれず に ひろいあげて、 トウキョウ を たつ とき の モヨウ を また シサイ に はなしつづけた。
 こうした ふう で カットウ は ヨウコ の テ ヒトツ で カッテ に まぎらされたり ホゴ されたり した。
 ヨウコ は ヒトリ の オトコ を しっかり と ジブン の ハジ の ウチ に おいて、 それ を ネコ が ネズミ でも なぶる よう に、 カッテ に なぶって たのしむ の を やめる こと が できなかった と ドウジ に、 ときどき は キムラ の カオ を ヒトメ みた ばかり で、 ムシズ が はしる ほど エンオ の ジョウ に かりたてられて、 われながら どうして いい か わからない こと も あった。 そんな とき には ただ イチズ に フクツウ を コウジツ に して、 ヒトリ に なって、 ハラダチマギレ に ありあわせた もの を とって ユカ の ウエ に ほうったり した。 もう なにもかも いって しまおう。 もてあそぶ にも たらない キムラ を ちかづけて おく には あたらない こと だ。 なにもかも あきらか に して キブン だけ でも さっぱり したい と そう おもう こと も あった。 しかし ドウジ に ヨウコ は センジュツカ の レイセイサ を もって、 ジッサイ モンダイ を カンジョウ に いれる こと も わすれ は しなかった。 ジムチョウ を しっかり ジブン の テ の ナカ に にぎる まで は、 ソウケイ に キムラ を にがして は ならない。 「ヤドヤ きめず に ワラジ を ぬぐ」 ……ハハ が こんな こと を ヨウコ の ちいさい とき に おしえて くれた の を おもいだしたり して、 ヨウコ は ヒトリ で ニガワライ も した。
 そう だ、 まだ キムラ を にがして は ならぬ。 ヨウコ は ココロ の ウチ に かきしるして でも おく よう に、 ウワメ を つかいながら こんな こと を おもった。
 また ある とき ヨウコ の テモト に ベイコク の キッテ の はられた テガミ が とどいた こと が あった。 ヨウコ は フネ へ なぞ あてて テガミ を よこす ヒト は ない はず だ が と おもって ひらいて みよう と した が、 また レイ の イタズラ な ココロ が うごいて、 わざと キムラ に カイフウ させた。 その ナイヨウ が どんな もの で ある か の ソウゾウ も つかない ので、 それ を キムラ に よませる の は、 ブキ を アイテ に わたして おいて、 ジブン は スデ で カクトウ する よう な もの だった。 ヨウコ は そこ に キョウミ を もった。 そして どんな フイ な ナンダイ が もちあがる だろう か と、 ココロ を ときめかせながら ケッカ を まった。 その テガミ は ヨウコ に カンタン な アイサツ を のこした まま ジョウリク した オカ から きた もの だった。 いかにも ヒトガラ に フニアイ な ヘタ な ジタイ で、 ヨウコ が ひょっと する と ジョウリク を みあわせて そのまま かえる と いう こと を きいた が、 もし そう なったら ジブン も だんぜん キチョウ する。 キチガイ-じみた シワザ と おわらい に なる かも しれない が、 ジブン には どう かんがえて みて も それ より ホカ に ミチ は ない。 ヨウコ に はなれて ロボウ の ヒト の アイダ に ごしたら それこそ キョウキ に なる ばかり だろう。 イマ まで うちあけなかった が、 ジブン は ニホン でも クッシ な ゴウショウ の ミウチ に ヒトリゴ と うまれながら、 カラダ が よわい の と ハハ が ママハハ で ある ため に、 チチ の ジヒ から ヨウコウ する こと に なった が、 ジブン には ココク が したわれる ばかり で なく、 ヨウコ の よう に シタシミ を おぼえさして くれた ヒト は ない ので、 ヨウコ なし には イッコク も ガイコク の ツチ に アシ を とどめて いる こと は できぬ。 キョウダイ の ない ジブン には ヨウコ が ゼンセ から の アネ と より おもわれぬ。 ジブン を あわれんで オトウト と おもって くれ。 せめては ヨウコ の コエ の きこえる ところ カオ の みえる ところ に いる の を ゆるして くれ。 ジブン は それ だけ の アワレミ を えたい ばかり に、 カゾク や コウケンニン の ソシリ も なんとも おもわず に キコク する の だ。 ジムチョウ にも それ を ゆるして くれる よう に たのんで もらいたい。 と いう こと が、 すこし あまい、 しかし シンソツ な ネツジョウ を こめた ブンタイ で ながなが と かいて あった の だった。
 ヨウコ は キムラ が とう まま に つつまず オカ との カンケイ を はなして きかせた。 キムラ は かんがえぶかく それ を きいて いた が、 そんな ヒト なら ぜひ あって ハナシ を して みたい と いいだした。 ジブン より イチダン わかい と みる と、 かくばかり カンダイ に なる キムラ を みて ヨウコ は フカイ に おもった。 よし、 それでは オカ を とおして クラチ との カンケイ を キムラ に しらせて やろう。 そして キムラ が シット と フンヌ と で マックロ に なって かえって きた とき、 それ を おもう まま あやつって また モト の サヤ に おさめて みせよう。 そう おもって ヨウコ は キムラ の いう まま に まかせて おいた。
 ツギ の アサ、 キムラ は ふかい カンゲキ の イロ を たたえて フネ に きた。 そして オカ と カイケン した とき の ヨウス を くわしく ものがたった。 オカ は オリエンタル ホテル の リッパ な イッシツ に たった ヒトリ で いた が、 その ホテル には タガワ フサイ も ドウシュク なので、 ニホンジン の デイリ が うるさい と いって こまって いた。 キムラ の ホウモン した と いう の を きいて、 ひどく なつかしそう な ヨウス で でむかえて、 アニ でも うやまう よう に もてなして、 やや おちついて から カクシダテ なく シンソツ に ヨウコ に たいする ジブン の ドウケイ の ホド を うちあけた ので、 キムラ は ジブン の いおう と する コクハク を、 タニン の クチ から まざまざ と きく よう な せつ な ジョウ に ほだされて、 モライナキ まで して しまった。 フタリ は たがいに あいあわれむ と いう よう な ナツカシミ を かんじた。 これ を エン に キムラ は どこまでも オカ を オトウト とも おもって したしむ つもり だ。 が、 ニホン に かえる ケッシン だけ は おもいとどまる よう に すすめて おいた と いった。 オカ は さすが に ソダチ だけ に ジムチョウ と ヨウコ との アイダ の イキサツ を ソウゾウ に まかせて、 はしたなく キムラ に かたる こと は しなかった らしい。 キムラ は その こと に ついて は なんとも いわなかった。 ヨウコ の キタイ は まったく はずれて しまった。 ヤクシャベタ な ため に、 せっかく の シバイ が シバイ に ならず に しまった こと を ものたらなく おもった。 しかし この こと が あって から オカ の こと が ときどき ヨウコ の アタマ に うかぶ よう に なった。 オンナ に して も みまほしい か の きゃしゃ な セイシュン の スガタ が どうか する と いとしい オモイデ と なって、 ヨウコ の ココロ の スミ に ひそむ よう に なった。
 フネ が シヤトル に ついて から 5~6 ニチ たって、 キムラ は タガワ フサイ にも メンカイ する キカイ を つくった らしかった。 その コロ から キムラ は とつぜん ワキメ にも それ と キ が つく ほど かんがえぶかく なって、 ともすると ヨウコ の コトバ すら ききおとして あわてたり する こと が あった。 そして ある とき とうとう ヒトリ ムネ の ウチ には おさめて いられなく なった と みえて、
「ワタシ にゃ アナタ が なぜ あんな ヒト と ちかしく する か わかりません がね」
と ジムチョウ の こと を ウワサ の よう に いった。 ヨウコ は すこし フクブ に イタミ を おぼえる の を ことさら コチョウ して ワキバラ を ヒダリテ で おさえて、 マユ を ひそめながら きいて いた が、 もっともらしく イクド も うなずいて、
「それ は ホントウ に おっしゃる とおり です から なにも このんで ちかづきたい とは おもわない ん です けれども、 これまで ずいぶん セワ に なって います し ね、 それに ああ みえて いて おもいのほか シンセツギ の ある ヒト です から、 ボーイ でも スイフ でも こわがりながら なついて います わ。 おまけに ワタシ オカネ まで かりて います もの」
と さも トウワク した らしく いう と、
「アナタ オカネ は なし です か」
 キムラ は ヨウコ の トウワクサ を ジブン の カオ にも あらわして いた。
「それ は おはなし した じゃ ありません か」
「こまった なあ」
 キムラ は よほど こまりきった らしく にぎった テ を ハナ の シタ に あてがって、 シタ を むいた まま しばらく シアン に くれて いた が、
「いくら ほど カリ に なって いる ん です」
「さあ シンサツリョウ や ジヨウヒン で 100 エン ちかく にも なって います かしらん」
「アナタ は カネ は まったく なし です ね」
 キムラ は さらに くりかえして いって タメイキ を ついた。
 ヨウコ は ものなれぬ オトウト を おしえいたわる よう に、
「それに まんいち ワタシ の ビョウキ が よく ならない で、 ひとまず ニホン へ でも かえる よう に なれば、 なおなお カエリ の フネ の ナカ では セワ に ならなければ ならない でしょう。 ……でも だいじょうぶ そんな こと は ない とは おもいます けれども、 サキザキ まで の カンガエ を つけて おく の が タビ に あれば いちばん ダイジ です もの」
 キムラ は なおも にぎった テ を ハナ の シタ に おいた なり、 なんにも いわず、 ミウゴキ も せず かんがえこんで いた。
 ヨウコ は すべなさそう に キムラ の その カオ を おもしろく おもいながら まじまじ と みやって いた。
 キムラ は ふと カオ を あげて しげしげ と ヨウコ を みた。 ナニ か そこ に ジ でも かいて あり は しない か と それ を よむ よう に。 そして だまった まま ふかぶか と タンソク した。
「ヨウコ さん。 ワタシ は ナニ から ナニ まで アナタ を しんじて いる の が いい こと なの でしょう か。 アナタ の ミ の ため ばかり おもって も いう ほう が いい か とも おもう ん です が……」
「では おっしゃって くださいまし な なんでも」
 ヨウコ の クチ は すこし シタシミ を こめて ジョウダン-らしく こたえて いた が、 その メ から は キムラ を だまらせる だけ の ヒカリ が いられて いた。 カルハズミ な こと を いやしくも いって みる が いい、 アタマ を さげさせない では おかない から。 そう その メ は たしか に いって いた。
 キムラ は おもわず ジブン の メ を たじろがして だまって しまった。 ヨウコ は カタイジ にも メ で ツヅケサマ に キムラ の カオ を むちうった。 キムラ は その シモト の ヒトツヒトツ を かんずる よう に どぎまぎ した。
「さ、 おっしゃって くださいまし…… さ」
 ヨウコ は その コトバ には どこまでも コウイ と シンライ と を こめて みせた。 キムラ は やはり チュウチョ して いた。 ヨウコ は いきなり テ を のばして キムラ を シンダイ に ひきよせた。 そして ハンブン おきあがって その ミミ に ちかく クチ を よせながら、
「アナタ みたい に みずくさい モノ の オッシャリカタ を なさる カタ も ない もん ね。 なんと でも おもって いらっしゃる こと を おっしゃって くだされば いい じゃ ありません か。 ……あ、 いたい…… いいえ さして いたく も ない の。 ナニ を おもって いらっしゃる ん だ か おっしゃって くださいまし、 ね、 さ。 ナン でしょう ねえ。 うかがいたい こと ね。 そんな タニン ギョウギ は…… あ、 あ、 いたい、 おお いたい…… ちょっと ここ の ところ を おさえて くださいまし。 ……さしこんで きた よう で…… あ、 あ」
と いいながら、 メ を つぶって、 トコ の ウエ に ねたおれる と、 キムラ の テ を もちそえて ジブン の ヒバラ を おさえさして、 つらそう に ハ を くいしばって シーツ に カオ を うずめた。 カタ で つく イキ が かすか に セッパク の シーツ を ふるわした。
 キムラ は あたふた しながら、 イマ まで の コトバ など は ソッチノケ に して カイホウ に かかった。

 21

 エノシママル は シヤトル に ついて から 12 ニチ-メ に トモヅナ を といて キコウ する はず に なって いた。 その シュッパツ が あと ミッカ に なった 10 ガツ 15 ニチ に、 キムラ は、 センイ の コウロク から、 ヨウコ は どうしても ひとまず キコク させる ほう が アンゼン だ と いう サイゴ の センコク を くだされて しまった。 キムラ は その とき には もう だいたい カクゴ を きめて いた。 かえろう と おもって いる ヨウコ の シタゴコロ を おぼろげ ながら みてとって、 それ を ひるがえす こと は できない と あきらめて いた。 ウンメイ に ジュウジュン な ヒツジ の よう に、 しかし しゅうねく ショウライ の キボウ を イノチ に して、 ゲンザイ の フマン に フクジュウ しよう と して いた。
 イド の たかい シヤトル に フユ の おそいかかって くる サマ は すさまじい もの だった。 カイガンセン に そうて はるか トオク まで レンゾク して みわたされる ロッキー の ヤマヤマ は もう たっぷり と ユキ が かかって、 おだやか な ユウゾラ に あらわれなれた クモ の ミネ も、 フルワタ の よう に カタチ の くずれた イロ の さむい アラレグモ に かわって、 ヒト を おびやかす しろい もの が、 いまにも チ を はらって ふりおろして くる か と おもわれた。 ウミゾイ に はえそろった アメリカ マツ の ミドリ ばかり が どくどくしい ほど くろずんで、 メ に たつ ばかり で、 カツヨウジュ の タグイ は、 いつのまにか、 ハ を はらいおとした エダサキ を ハリ の よう に するどく ソラ に むけて いた。 シヤトル の マチナミ が ある と おもわれる アタリ から は ――フネ の つながれて いる ところ から シガイ は みえなかった―― キュウ に バイエン が たちまさって、 せわしく フユジタク を ととのえながら、 やがて キタ ハンキュウ を つつんで せめよせて くる マッシロ な カンキ に たいして おぼつかない テイコウ を ヨウイ する よう に みえた。 ポッケット に リョウテ を さしいれて、 アタマ を チヂメギミ に、 ハトバ の イシダタミ を あるきまわる ヒトビト の スガタ にも、 フアン と ショウソウ との うかがわれる せわしい シゼン の ウツリカワリ の ナカ に、 エノシママル は あわただしい ハッコウ の ジュンビ を しはじめた。 コウバン の ハグルマ の きしむ オト が センシュ と センビ と から やかましく さえかえって きこえはじめた。
 キムラ は その ヒ も アサ から ヨウコ を おとずれて きた。 ことに あおじろく みえる カオツキ は、 ナニ か わくわく と ムネ の ウチ に にえかえる オモイ を まざまざ と うらぎって、 みる ヒト の アワレ を さそう ほど だった。 ハイスイ の ジン と ジブン でも いって いる よう に、 ボウフ の ザイサン を ありったけ カネ に かえて、 テッパライ に ニホン の ザッカ を かいいれて、 こちら から ツウチショ ヒトツ だせば、 いつでも ニホン から おくって よこす ばかり に して ある ものの、 テモト には いささか の ゼニ も のこって は いなかった。 ヨウコ が きた ならば と カネ の ウエ にも ココロ の ウエ にも アテ に して いた の が みごと に はずれて しまって、 ヨウコ が かえる に つけて は、 ナケナシ の ところ から またまた なんとか しなければ ならない ハメ に たった キムラ は、 2~3 ニチ の うち に、 ヌカヨロコビ も イチジ の アイダ で、 コドク と フユ と に かこまれなければ ならなかった の だ。
 ヨウコ は キムラ が けっきょく ジムチョウ に すがりよって くる ホカ に ミチ の ない こと を さっして いた。
 キムラ は はたして ジムチョウ を ヨウコ の ヘヤ に よびよせて もらった。 ジムチョウ は すぐ やって きた が、 フク など も シゴトギ の まま で ナニ か よほど せわしそう に みえた。 キムラ は まあ と いって クラチ に イス を あたえて、 キョウ は イツモ の すげない タイド に にず、 おりいって いろいろ と ヨウコ の ミノウエ を たのんだ。 ジムチョウ は ハジメ の せわしそう だった ヨウス に ひきかえて、 どっしり と コシ を すえて ショウメン から レイ の おおきく キムラ を みやりながら、 シンミ に ミミ を かたむけた。 キムラ の ヨウス の ほう が かえって そわそわしく ながめやられた。
 キムラ は おおきな カミイレ を とりだして、 50 ドル の キッテ を ヨウコ に テワタシ した。
「なにもかも ゴショウチ だ から クラチ さん の マエ で いう ほう が セワナシ だ と おもいます が、 なんと いって も これ だけ しか できない ん です。 こ、 これ です」
と いって さびしく わらいながら、 リョウテ を だして ひろげて みせて から、 チョッキ を たたいた。 ムネ に かかって いた おもそう な キングサリ も、 ヨッツ まで はめられて いた ユビワ の ミッツ まで も なくなって いて、 たった ヒトツ コンヤク の ユビワ だけ が びんぼうくさく ヒダリ の ユビ に はまって いる ばかり だった。 ヨウコ は さすが に 「まあ」 と いった。
「ヨウコ さん、 ワタシ は どう に でも します。 オトコ イッピキ なりゃ どこ に ころがりこんだ から って、 ――そんな ケイケン も おもしろい くらい の もの です が、 コレンバカリ じゃ アナタ が たりなかろう と おもう と、 メンボク も ない ん です。 クラチ さん、 アナタ には これまで で さえ いいかげん セワ を して いただいて なんとも すみません です が、 ワタシドモ フタリ は おうちあけ もうした ところ、 こういう テイタラク なん です。 ヨコハマ へ さえ おとどけ くだされば その サキ は また どう に でも します から、 もし リョヒ に でも フソク します よう でしたら、 ゴメイワク ツイデ に なんとか して やって いただく こと は できない でしょう か」
 ジムチョウ は ウデグミ を した まま まじまじ と キムラ の カオ を みやりながら きいて いた が、
「アナタ は ちっとも もっとらん の です か」
と きいた。 キムラ は わざと カイカツ に しいて こわだかく わらいながら、
「きれい な もん です」
と また チョッキ を たたく と、
「そりゃ いかん。 なに、 フナチン なんぞ いります もの か。 トウキョウ で ホンテン に おはらい に なれば いい ん じゃ し、 ヨコハマ の シテンチョウ も バンジ こころえとられる ん だで、 ゴシンパイ いりません わ。 そりゃ アナタ おもち に なる が いい。 ガイコク に いて モンナシ では こころぼそい もん です よ」
と レイ の シオカラゴエ で やや フキゲン-らしく いった。 その コトバ には フシギ に おもおもしい チカラ が こもって いて、 キムラ は しばらく かれこれ と オシモンドウ を して いた が、 けっきょく ジムチョウ の シンセツ を ム に する こと の キノドクサ に、 すぐ な ココロ から なお いろいろ と リョチュウ の セワ を たのみながら、 また おおきな カミイレ を とりだして キッテ を たたみこんで しまった。
「よしよし それ で なにも いう こと は なし。 サツキ さん は ワシ が ひきうけた」
と フテキ な ビショウ を うかべながら、 ジムチョウ は はじめて ヨウコ の ほう を みかえった。
 ヨウコ は フタリ を メノマエ に おいて、 イツモ の よう に みくらべながら フタリ の カイワ を きいて いた。 アタリマエ なら、 ヨウコ は タイテイ の バアイ、 よわい モノ の ミカタ を して みる の が ツネ だった。 どんな とき でも、 つよい モノ が その ツヨミ を ふりかざして よわい モノ を アッパク する の を みる と、 ヨウコ は かっと なって、 リ が ヒ でも よわい モノ を かたして やりたがった。 イマ の バアイ キムラ は たんに ジャクシャ で ある ばかり で なく、 その キョウグウ も みじめ な ほど たよりない くるしい もの で ある こと は ぞんぶん に しりぬいて いながら、 キムラ に たいして の ドウジョウ は フシギ にも わいて こなかった。 トシ の ワカサ、 スガタ の シナヤカサ、 キョウグウ の ユタカサ、 サイノウ の ハナヤカサ と いう よう な もの を タヨリ に する オトコ たち の コワク の チカラ は、 ジムチョウ の マエ では ふけば とぶ チリ の ごとく タイショウ された。 この オトコ の マエ には、 よわい モノ の アワレ より も ミニクサ が さらけだされた。
 なんと いう フコウ な セイネン だろう。 わかい とき に チチオヤ に しにわかれて から、 バンジ オモイ の まま だった セイカツ から いきなり フジユウ な ウキヨ の ドンゾコ に ほうりだされながら、 めげ も せず に せっせと はたらいて、 ウシロユビ を さされない だけ の ヨワタリ を して、 ダレ から も ハタラキ の ある ユクスエ たのもしい ヒト と おもわれながら、 それでも ココロ の ウチ の サビシサ を うちけす ため に おもいいった コイビト は アダシオトコ に そむいて しまって いる。 それ を また そう とも しらず に、 その オトコ の ナサケ に すがって、 きえる に きまった ヤク を のがすまい と して いる。 ……ヨウコ は しいて ジブン を セップク する よう に こう かんがえて みた が、 すこしも ミ に しみた カンジ は おこって こない で、 ややもすると わらいだしたい よう な キ に すら なって いた。
「よしよし それ で なにも いう こと は なし。 サツキ さん は ワシ が ひきうけた」
と いう コエ と フテキ な ビショウ と が どやす よう に ヨウコ の ココロ の ト を うった とき、 ヨウコ も おもわず ビショウ を うかべて それ に おうじよう と した。 が、 その シュンカン、 めざとく キムラ の みて いる の に キ が ついて、 カオ には ワライ の カゲ は ミジン も あらわさなかった。
「ワシ への ヨウ は それ だけ でしょう。 じゃ せわしい で いきます よ」
と ブッキラボウ に いって ジムチョウ が ヘヤ を でて いって しまう と、 のこった フタリ は ミョウ に てれて、 しばらく は たがいに カオ を みあわす の も はばかって だまった まま で いた。
 ジムチョウ が いって しまう と ヨウコ は キュウ に チカラ が おちた よう に おもった。 イマ まで の こと が まるで シバイ でも みて たのしんで いた よう だった。 キムラ の やるせない ココロ の ウチ が キュウ に ヨウコ に せまって きた。 ヨウコ の メ には キムラ を あわれむ とも ジブン を あわれむ とも しれない ナミダ が いつのまにか やどって いた。
 キムラ は いたましげ に だまった まま で しばらく ヨウコ を みやって いた が、
「ヨウコ さん イマ に なって そう ないて もらっちゃ ワタシ が たまりません よ。 キゲン を なおして ください。 また いい ヒ も めぐって くる でしょう から。 カミ を しんずる モノ―― そういう シンコウ が イマ アナタ に ある か どう か しらない が―― オカアサン が ああいう かたい シンジャ で ありなさった し、 アナタ も センダイ ジブン には たしか に シンコウ を もって いられた と おもいます が、 こんな バアイ には なおさら おなじ カミサマ から くる シンコウ と キボウ と を もって すすんで いきたい もの だ と おもいます よ。 ナニゴト も カミサマ は しって いられる…… そこ に ワタシ は たゆまない キボウ を つないで いきます」
 ケッシン した ところ が ある らしく ちからづよい コトバ で こう いった。 なんの キボウ! ヨウコ は キムラ の こと に ついて は、 キムラ の いわゆる カミサマ イジョウ に キムラ の ミライ を しりぬいて いる の だ。 キムラ の キボウ と いう の は やがて シツボウ に そして ゼツボウ に おわる だけ の もの だ。 なんの シンコウ! なんの キボウ! キムラ は ヨウコ が すえた ミチ を ――ユキドマリ の フクロコウジ を―― テンシ の ノボリオリ する クモ の カケハシ の よう にも おもって いる。 ああ なんの シンコウ!
 ヨウコ は ふと おなじ メ を ジブン に むけて みた。 キムラ を カッテ キママ に こづきまわす イリョク を そなえた ジブン は また ダレ に ナニモノ に カッテ に される の だろう。 どこ か で おおきな テ が ナサケ も なく ヨウシャ も なく れいぜん と ジブン の ウンメイ を あやつって いる。 キムラ の キボウ が はかなく たちきれる マエ、 ジブン の キボウ が いちはやく たたれて しまわない と どうして ホショウ する こと が できよう。 キムラ は ゼンニン だ。 ジブン は アクニン だ。 ヨウコ は いつのまにか ジュン な カンジョウ に とらえられて いた。
「キムラ さん。 アナタ は きっと、 シマイ には きっと シュクフク を おうけ に なります…… どんな こと が あって も シツボウ なさっちゃ いや です よ。 アナタ の よう な よい カタ が フコウ に ばかり おあい に なる わけ が ありません わ。 ……ワタシ は うまれる と から のろわれた オンナ なん です もの。 カミ、 ホントウ は カミサマ を しんずる より…… しんずる より にくむ ほう が にあって いる ん です…… ま、 きいて…… でも、 ワタシ ヒキョウ は いや だ から しんじます…… カミサマ は ワタシ みたい な モノ を どう なさる か、 しっかり メ を あいて サイゴ まで みて います」
と いって いる うち に ダレ に とも なく クヤシサ が ムネイッパイ に こみあげて くる の だった。
「アナタ は そんな シンコウ は ない と おっしゃる でしょう けれども…… でも ワタシ には これ が シンコウ です。 リッパ な シンコウ です もの」
と いって きっぱり おもいきった よう に、 ヒ の よう に あつく メ に たまった まま で ながれず に いる ナミダ を、 ハンケチ で ぎゅっと おしぬぐいながら、 あんぜん と アタマ を たれた キムラ に、
「もう やめましょう こんな オハナシ。 こんな こと を いってる と、 いえば いう ほど サキ が くらく なる ばかり です。 ホント に おもいきって フシアワセ な ヒト は こんな こと を つべこべ と クチ に なんぞ だし は しません わ。 ね、 いや、 アナタ は ジブン の ほう から めいって しまって、 ワタシ の いった こと ぐらい で ナン です ねえ、 オトコ の くせ に」
 キムラ は ヘンジ も せず に マッサオ に なって うつむいて いた。
 そこ に 「ごめんなさい」 と いう か と おもう と、 いきなり ト を あけて はいって きた モノ が あった。 キムラ も ヨウコ も フイ を うたれて キサキ を くじかれながら、 みる と、 いつぞや イカリヅナ で アシ を ケガ した とき、 ヨウコ の セワ に なった ロウスイフ だった。 カレ は とうとう ビッコ に なって いた。 そして スイフ の よう な シゴト には とても ヤク に たたない から、 さいわい オークランド に ショウノウチ を もって とにかく クラシ を たてて いる オイ を たずねて ヤッカイ に なる こと に なった ので、 レイ-かたがた イトマゴイ に きた と いう の だった。 ヨウコ は あかく なった メ を すこし はずかしげ に またたかせながら、 いろいろ と なぐさめた。
「なに ね こう おいぼれちゃ、 こんな カギョウ を やってる が てんで ウソ なれど、 ジムチョウ さん と ボンスン (スイフチョウ) と が かわいそう だ と いって つかって くれる で、 イイキ に なった が バチ あたった ん だね」
と いって オクビョウ に わらった。 ヨウコ が この ロウジン を あわれみいたわる サマ は ワキメ にも いじらしかった。 ニホン には デンゴン を たのむ よう な ミヨリ さえ ない ミ だ と いう よう な こと を きく たび に、 ヨウコ は なきだしそう な カオ を して ガテン ガテン して いた が、 シマイ には キムラ の とめる の も きかず ネドコ から おきあがって、 キムラ の もって きた クダモノ を ありったけ カゴ に つめて、
「オカ に あがれば いくらも ある ん だろう けれども、 これ を もって おいで。 そして その ナカ に クダモノ で なく はいって いる もの が あったら、 それ も オマエサン に あげた ん だ から ね、 ヒト に とられたり しちゃ いけません よ」
と いって それ を わたして やった。
 ロウジン が きて から ヨウコ は ヨ が あけた よう に はじめて はれやか な フダン の キブン に なった。 そして レイ の イタズラ-らしい にこにこ した アイキョウ を カオ イチメン に たたえて、
「なんと いう きさく なん でしょう。 ワタシ、 あんな オジイサン の オカミサン に なって みたい…… だから ね、 いい もの を やっちまった」
 きょとり と して まじまじ キムラ の むっつり と した カオ を みやる ヨウス は おおきな コドモ と より おもえなかった。
「アナタ から いただいた エンゲージ リング ね、 あれ を やりまして よ。 だって なんにも ない ん です もの」
 なんとも いえない コビ を つつむ オトガイ が フタエ に なって、 きれい な ハナミ が ワライ の サザナミ の よう に クチビル の ミギワ に よせたり かえしたり した。
 キムラ は、 ヨウコ と いう オンナ は どうして こう ムラキ で ウワスベリ が して しまう の だろう、 なさけない と いう よう な ヒョウジョウ を カオ イチメン に みなぎらして、 ナニ か いう べき コトバ を ムネ の ウチ で ととのえて いる よう だった が、 キュウ に おもいすてた と いう ふう で、 だまった まま ほっと ふかい タメイキ を ついた。
 それ を みる と イマ まで めずらしく おさえつけられて いた ハンコウシン が、 またもや センプウ の よう に ヨウコ の ココロ に おこった。 「ネチネチサ ったら ない」 と ムネ の ウチ を いらいら させながら、 ツイデ の こと に すこし いじめて やろう と いう タクラミ が アタマ を もたげた。 しかし カオ は どこまでも マエ の まま の ムジャキサ で、
「キムラ さん オミヤゲ を かって ちょうだい な。 アイ や サダ も です けれども、 シンルイ たち や コトウ さん なんぞ にも ナニ か しない じゃ カオ が むけられません もの。 イマゴロ は タガワ の オクサン の テガミ が イソガワ の オバサン の ところ に ついて、 トウキョウ では きっと オオサワギ を して いる に チガイ ありません わ。 たつ とき には セワ を やかせ、 ルス は ルス で シンパイ させ、 ぽかん と して オミヤゲ ヒトツ もたず に かえって くる なんて、 キムラ も いったい キムラ じゃ ない か と いわれる の が、 ワタシ、 しぬ より つらい から、 すこし は おどろく ほど の もの を かって ちょうだい。 サキホド の オカネ で ソウトウ の もの が とれる でしょう」
 キムラ は ダダッコ を なだめる よう に わざと おとなしく、
「それ は よろしい、 かえ と なら かい も します が、 ワタシ は アナタ が あれ を まとまった まま もって かえったら と おもって いる ん です。 タイテイ の ヒト は ヨコハマ に ついて から ミヤゲ を かう ん です よ。 その ほう が じっさい カッコウ です から ね。 モチアワセ も なし に トウキョウ に つきなさる こと を おもえば、 ミヤゲ なんか どうでも いい と おもう ん です がね」
「トウキョウ に つき さえ すれば オカネ は どう に でも します けれども、 オミヤゲ は…… アナタ ヨコハマ の シイレモノ は すぐ しれます わ…… ごらんなさい あれ を」
と いって タナ の ウエ に ある ボウシイレ の ボール-バコ に メ を やった。
「コトウ さん に つれて いって いただいて あれ を かった とき は、 ずいぶん ギンミ した つもり でした けれども、 フネ に きて から みて いる うち に すぐ あきて しまいました の。 それに タガワ の オクサン の ヨウフク スガタ を みたら、 ガマン にも ニホン で かった もの を かぶったり きたり する キ には なれません わ」
 そう いってる うち に キムラ は タナ から ハコ を おろして ナカ を のぞいて いた が、
「なるほど カタ は ちっと ふるい よう です ね。 だが シナ は これ なら こっち でも ジョウ の ブ です ぜ」
「だから いや です わ。 リュウコウオクレ と なる と ネダン の はった もの ほど みっともない ん です もの」
 しばらく して から、
「でも あの オカネ は アナタ ゴニュウヨウ です わね」
 キムラ は あわてて ベンカイテキ に、
「いいえ、 あれ は どのみち アナタ に あげる つもり で いた ん です から……」
と いう の を ヨウコ は ミミ にも いれない ふう で、
「ホント に バカ ね ワタシ は…… オモイヤリ も なんにも ない こと を もうしあげて しまって、 どう しましょう ねえ。 ……もう ワタシ どんな こと が あって も その オカネ だけ は いただきません こと よ。 こう いったら ダレ が なんと いったって ダメ よ」
と きっぱり いいきって しまった。 キムラ は もとより イチド いいだしたら アト へは ひかない ヨウコ の ヒゴロ の ショウブン を しりぬいて いた。 で、 いわず かたらず の うち に、 その カネ は シナモノ に して もって かえらす より ホカ に ミチ の ない こと を カンネン した らしかった。
     *     *     *
 その バン、 ジムチョウ が シゴト を おえて から ヨウコ の ヘヤ に くる と、 ヨウコ は ナニ か キ に さえた フウ を して ろくろく モテナシ も しなかった。
「とうとう カタ が ついた。 19 ニチ の アサ の 10 ジ だよ シュッコウ は」
と いう ジムチョウ の カイカツ な コトバ に ヘンジ も しなかった。 オトコ は ケゲン な カオツキ で みやって いる。
「アクトウ」
と しばらく して から、 ヨウコ は ヒトコト これ だけ いって ジムチョウ を にらめた。
「ナン だ?」
と シリアガリ に いって ジムチョウ は わらって いた。
「アナタ みたい な ザンコク な ニンゲン は ワタシ はじめて みた。 キムラ を ごらんなさい かわいそう に。 あんな に てひどく しなくったって…… おそろしい ヒト って アナタ の こと ね」
「ナニ?」
と また ジムチョウ は シリアガリ に おおきな コエ で いって ネドコ に ちかづいて きた。
「しりません」
と ヨウコ は なお おこって みせよう と した が、 いかにも キザミ の あらい、 タンジュン な、 タイ の ない オトコ の カオ を みる と、 カラダ の どこ か が ゆすられる キ が して きて、 わざと ひきしめて みせた クチビル の ヘン から おもわず も ワライ の カゲ が ひそみでた。
 それ を みる と ジムチョウ は にがい カオ と わらった カオ と を イッショ に して、
「ナン だい くだらん」
と いって、 デントウ の キンジョ に イス を よせて、 おおきな ながい アシ を なげだして、 ユウカン シンブン を おおきく ひらいて メ を とおしはじめた。
 キムラ とは ひきかえて ジムチョウ が この ヘヤ に くる と、 ヘヤ が ちいさく みえる ほど だった。 うわむけた クツ の オオキサ には ヨウコ は ふきだしたい くらい だった。 ヨウコ は メ で なでたり さすったり する よう に して、 この おおきな コドモ みた よう な ボウクン の アタマ から アシ の サキ まで を みやって いた。 ごわっごわっ と ときどき シンブン を おりかえす オト だけ が きこえて、 ツミニ が あらかた かたづいた センシツ の ヨ は しずか に ふけて いった。
 ヨウコ は そうした まま で ふと キムラ を おもいやった。
 キムラ は ギンコウ に よって キッテ を ゲンキン に かえて、 ミセ の しまらない うち に いくらか カイモノ を して、 それ を コワキ に かかえながら、 ユウショク も したためず に、 ジャクソン-ガイ に ある と いう ニホンジン の リョテン に かえりつく コロ には、 マチマチ に ヒ が ともって、 さむい モヤ と ケムリ との アイダ を ロウドウシャ たち が つかれた ゴタイ を ひきずりながら あるいて ゆく の に たくさん であって いる だろう。 ちいさな ストーブ に ケムリ の おおい セキタン が ぶしぶし もえて、 けばけばしい デントウ の ヒカリ だけ が、 むちうつ よう に がらん と した ヘヤ の ウスギタナサ を こうこう と てらして いる だろう。 その ヒカリ の シタ で、 ぐらぐら する イス に こしかけて、 ストーブ の ヒ を みつめながら キムラ が かんがえて いる。 しばらく かんがえて から さびしそう に みる とも なく ヘヤ の ナカ を みまわして、 また ストーブ の ヒ に ながめいる だろう。 その うち に あの ナミダ の でやすい メ から は ナミダ が ほろほろ と トメド も なく ながれでる に ちがいない。
 ジムチョウ が オト を たてて シンブン を おりかえした。
 キムラ は ヒザガシラ に テ を おいて、 その テ の ナカ に カオ を うずめて ないて いる。 いのって いる。 ヨウコ は クラチ から メ を はなして、 ウワメ を つかいながら キムラ の イノリ の コエ に ミミ を かたむけよう と した。 とぎれとぎれ な せつない イノリ の コエ が ナミダ に しめって たしか に…… たしか に きこえて くる。 ヨウコ は マユ を よせて チュウイリョク を シュウチュウ しながら、 キムラ が ホントウ に どう ヨウコ を おもって いる か を はっきり みきわめよう と した が、 どうしても おもいうかべて みる こと が できなかった。
 ジムチョウ が また シンブン を おりかえす オト を たてた。
 ヨウコ は はっと して ヨドミ に ささえられた コノハ が また ながれはじめた よう に、 すらすら と キムラ の ショサ を ソウゾウ した。 それ が だんだん オカ の ウエ に うつって いった。 あわれ な オカ! オカ も まだ ねない で いる だろう。 キムラ なの か オカ なの か いつまでも いつまでも ねない で ヒ の きえかかった ストーブ の マエ に うずくまって いる の は…… ふける まま に しみこむ サムサ は そっと トコ を つたわって アシ の サキ から はいあがって くる。 オトコ は それ にも キ が つかぬ ふう で イス の ウエ に うなだれて いる。 スベテ の ヒト は ねむって いる とき に、 キムラ の ヨウコ も ジムチョウ に いだかれて やすやす と ねむって いる とき に……。
 ここ まで ソウゾウ して くる と ショウセツ に よみふけって いた ヒト が、 ほっと タメイキ を して ばたん と ショモツ を ふせる よう に、 ヨウコ も なんとはなく ふかい タメイキ を して はっきり と ジムチョウ を みた。 ヨウコ の ココロ は ショウセツ を よんだ とき の とおり ムカンシン の ペーソス を かすか に かんじて いる ばかり だった。
「おやすみ に ならない の?」
と ヨウコ は スズ の よう に すずしい ちいさい コエ で クラチ に いって みた。 おおきな コエ を する の も はばかられる ほど アタリ は しんと しずまって いた。
「う」
と ヘンジ は した が ジムチョウ は タバコ を くゆらした まま シンブン を みつづけて いた。 ヨウコ も だまって しまった。
 やや しばらく して から ジムチョウ も ほっと タメイキ を して、
「どれ ねる かな」
と いいながら イス から たって ネドコ に はいった。 ヨウコ は ジムチョウ の ひろい ムネ に すくう よう に まるまって すこし ふるえて いた。
 やがて コドモ の よう に すやすや と やすらか な ちいさな イビキ が ヨウコ の クチビル から もれて きた。
 クラチ は クラヤミ の ナカ で ながい アイダ まんじり とも せず おおきな メ を あいて いた が、 やがて、
「おい アクトウ」
と ちいさな コエ で よびかけて みた。
 しかし ヨウコ の キソク ただしく たのしげ な ネイキ は ツユ ほど も みだれなかった。
 マヨナカ に、 おそろしい ユメ を ヨウコ は みた。 よく は おぼえて いない が、 ヨウコ は ころして は いけない いけない と おもいながら ヒトゴロシ を した の だった。 イッポウ の メ は ジンジョウ に マユ の シタ に ある が、 イッポウ の は フシギ にも マユ の ウエ に ある、 その オトコ の ヒタイ から クロチ が どくどく と ながれた。 オトコ は しんで も ものすごく にやり にやり と わらいつづけて いた。 その ワライゴエ が キムラ キムラ と きこえた。 ハジメ の うち は コエ が ちいさかった が だんだん おおきく なって カズ も ふえて きた。 その 「キムラ キムラ」 と いう カズ カギリ も ない コエ が うざうざ と ヨウコ を とりまきはじめた。 ヨウコ は イッシン に テ を ふって そこ から のがれよう と した が テ も アシ も うごかなかった。

             キムラ……
          キムラ
       キムラ   キムラ……
    キムラ   キムラ
 キムラ   キムラ   キムラ……
    キムラ   キムラ
       キムラ   キムラ……
          キムラ
             キムラ……

 ぞっと して サムケ を おぼえながら、 ヨウコ は ヤミ の ナカ に メ を さました。 おそろしい キョウム の ナゴリ は、 ど、 ど、 ど…… と はげしく たかく うつ シンゾウ に のこって いた。 ヨウコ は キョウフ に おびえながら イッシン に くらい ナカ を おどおど と テサグリ に さぐる と ジムチョウ の ムネ に ふれた。
「アナタ」
と ちいさい フルエゴエ で よんで みた が オトコ は ふかい ネムリ の ナカ に あった。 なんとも いえない キミワルサ が こみあげて きて、 ヨウコ は おもいきり オトコ の ムネ を ゆすぶって みた。
 しかし オトコ は ザイモク の よう に かんじなく ジュクスイ して いた。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...