2013/11/14

ジゴクヘン

 ジゴクヘン

 アクタガワ リュウノスケ

 1

 ホリカワ の オオトノサマ の よう な カタ は、 これまで は もとより、 ノチ の ヨ にも おそらく フタリ とは いらっしゃいますまい。 ウワサ に ききます と、 あの カタ の ゴタンジョウ に なる マエ には、 ダイイトク ミョウオウ の オスガタ が オンハハギミ の ユメマクラ に おたち に なった とか もうす こと で ございます が、 とにかく オウマレツキ から、 ナミナミ の ニンゲン とは おちがい に なって いた よう で ございます。 で ございます から、 あの カタ の なさいました こと には、 ヒトツ と して ワタクシドモ の イヒョウ に でて いない もの は ございません。 はやい ハナシ が ホリカワ の オヤシキ の ゴキボ を ハイケン いたしまして も、 ソウダイ と もうしましょう か、 ゴウホウ と もうしましょう か、 とうてい ワタクシドモ の ボンリョ には およばない、 おもいきった ところ が ある よう で ございます。 ナカ には また、 そこ を いろいろ と あげつらって オオトノサマ の ゴセイコウ を シコウテイ や ヨウダイ に くらべる モノ も ございます が、 それ は コトワザ に いう グンモウ の ゾウ を なでる よう な もの で でも ございましょう か。 あの カタ の オンオボシメシ は、 けっして そのよう に ゴジブン ばかり、 エイヨウ エイガ を なさろう と もうす の では ございません。 それ より は もっと シモジモ の こと まで おかんがえ に なる、 いわば テンカ と ともに たのしむ と でも もうしそう な、 ダイフクチュウ の ゴキリョウ が ございました。
 それ で ございます から、 ニジョウ オオミヤ の ヒャッキ ヤギョウ に おあい に なって も、 かくべつ オサワリ が なかった の で ございましょう。 また ミチノク の シオガマ の ケシキ を うつした の で なだかい あの ヒガシ サンジョウ の カワラ ノ イン に、 よなよな あらわれる と いう ウワサ の あった トオル の サダイジン の レイ で さえ、 オオトノサマ の オシカリ を うけて は、 スガタ を けした の に ソウイ ございますまい。 かよう な ゴイコウ で ございます から、 その コロ ラクチュウ の ロウニャク ナンニョ が、 オオトノサマ と もうします と、 まるで ゴンジャ の サイライ の よう に とうとみあいました も、 けっして ムリ では ございません。 いつぞや、 ウチ の バイカ の エン から の オカエリ に オクルマ の ウシ が はなれて、 おりから とおりかかった ロウジン に ケガ を させました とき で さえ、 その ロウジン は テ を あわせて、 オオトノサマ の ウシ に かけられた こと を ありがたがった と もうす こと で ございます。
 さよう な シダイ で ございます から、 オオトノサマ ゴイチダイ の アイダ には、 ノチノチ まで も カタリグサ に なります よう な こと が、 ずいぶん タクサン に ございました。 オオミウケ の ヒキデモノ に アオウマ ばかり を 30 トウ、 たまわった こと も ございます し、 ナガラ ノ ハシ の ハシバシラ に ゴチョウアイ の ワラベ を たてた こと も ございます し、 それから また カダ の ジュツ を つたえた シンタン の ソウ に、 オンモモ の モガサ を おきらせ に なった こと も ございます し、 ――いちいち かぞえたてて おりまして は、 とても サイゲン が ございません。 が、 その かずおおい ゴイツジ の ナカ でも、 イマ では オイエ の チョウホウ に なって おります ジゴクヘン の ビョウブ の ユライ ほど、 おそろしい ハナシ は ございますまい。 ヒゴロ は モノ に おさわぎ に ならない オオトノサマ で さえ、 あの とき ばかり は、 さすが に おおどろき に なった よう で ございました。 まして オソバ に つかえて いた ワタクシドモ が、 タマシイ も きえる ばかり に おもった の は、 もうしあげる まで も ございません。 なかでも この ワタクシ なぞ は、 オオトノサマ にも 20 ネン-ライ ゴホウコウ もうして おりました が、 それ で さえ、 あのよう な すさまじい ミモノ に であった こと は、 ついぞ またと なかった くらい で ございます。
 しかし、 その オハナシ を いたします には、 あらかじめ まず、 あの ジゴクヘン の ビョウブ を かきました、 ヨシヒデ と もうす エシ の こと を もうしあげて おく ヒツヨウ が ございましょう。

 2

 ヨシヒデ と もうしましたら、 あるいは タダイマ でも なお、 あの オトコ の こと を おぼえて いらっしゃる カタ が ございましょう。 その コロ エフデ を とりまして は、 ヨシヒデ の ミギ に でる モノ は ヒトリ も あるまい と もうされた くらい、 コウミョウ な エシ で ございます。 あの とき の こと が ございました とき には、 かれこれ もう 50 の サカ に、 テ が とどいて おりましたろう か。 みた ところ は ただ、 セ の ひくい、 ホネ と カワ ばかり に やせた、 イジ の わるそう な ロウジン で ございました。 それ が オオトノサマ の オヤシキ へ まいります とき には、 よく チョウジゾメ の カリギヌ に モミエボシ を かけて おりました が、 ヒトガラ は いたって いやしい カタ で、 なぜか トシヨリ-らしく も なく、 クチビル の めだって あかい の が、 その うえ に また キミ の わるい、 いかにも ケモノ-めいた ココロモチ を おこさせた もの で ございます。 ナカ には あれ は エフデ を なめる ので ベニ が つく の だ など と もうした ヒト も おりました が、 どういう もの で ございましょう か。 もっとも それ より クチ の わるい タレカレ は、 ヨシヒデ の タチイ フルマイ が サル の よう だ とか もうしまして、 サルヒデ と いう アダナ まで つけた こと が ございました。
 いや サルヒデ と もうせば、 かよう な オハナシ も ございます。 その コロ オオトノサマ の オヤシキ には、 15 に なる ヨシヒデ の ヒトリムスメ が、 コニョウボウ に あがって おりました が、 これ は また ウミ の オヤ には に も つかない、 アイキョウ の ある コ で ございました。 そのうえ はやく オンナオヤ に わかれました せい か、 オモイヤリ の ふかい、 トシ より は ませた、 リコウ な ウマレツキ で、 トシ の わかい の にも にず、 なにかと よく キ が つく もの で ございます から、 ミダイサマ を ハジメ ホカ の ニョウボウ たち にも、 かわいがられて いた よう で ございます。
 すると ナニ か の オリ に、 タンバ ノ クニ から ひとなれた サル を 1 ピキ、 ケンジョウ した モノ が ございまして、 それ に ちょうど イタズラザカリ の ワカトノサマ が、 ヨシヒデ と いう ナ を おつけ に なりました。 ただでさえ その サル の ヨウス が おかしい ところ へ、 かよう な ナ が ついた の で ございます から、 オヤシキ-ジュウ タレヒトリ わらわない モノ は ございません。 それ も わらう ばかり なら よろしゅう ございます が、 オモシロ-ハンブン に ミナノモノ が、 やれ オニワ の マツ に のぼった の、 やれ ゾウシ の タタミ を よごした の と、 その たび ごと に、 ヨシヒデ ヨシヒデ と よびたてて は、 とにかく いじめたがる の で ございます。
 ところが ある ヒ の こと、 マエ に もうしました ヨシヒデ の ムスメ が、 オフミ を むすんだ カンコウバイ の エダ を もって、 ながい オロウカ を とおりかかります と、 トオク の ヤリド の ムコウ から、 レイ の コザル の ヨシヒデ が、 おおかた アシ でも くじいた の で ございましょう、 イツモ の よう に ハシラ へ かけのぼる ゲンキ も なく、 ビッコ を ひきひき、 イッサン に にげて まいる の で ございます。 しかも その アト から は スワエ を ふりあげた ワカトノサマ が 「コウジ ヌスビト め、 まて。 まて」 と おっしゃりながら、 おいかけて いらっしゃる の では ございません か。 ヨシヒデ の ムスメ は これ を みます と、 ちょいと の アイダ ためらった よう で ございます が、 ちょうど その とき にげて きた サル が、 ハカマ の スソ に すがりながら、 あわれ な コエ を だして なきたてました―― と、 キュウ に かわいそう だ と おもう ココロ が、 おさえきれなく なった の で ございましょう。 カタテ に ウメ の エダ を かざした まま、 カタテ に ムラサキニオイ の ウチギ の ソデ を かるそう に はらり と ひらきます と、 やさしく その サル を だきあげて、 ワカトノサマ の ゴゼン に コゴシ を かがめながら 「おそれながら チクショウ で ございます。 どうか ゴカンベン あそばしまし」 と、 すずしい コエ で もうしあげました。
 が、 ワカトノサマ の ほう は、 きおって かけて おいで に なった ところ で ございます から、 むずかしい オカオ を なすって、 2~3 ド オミアシ を おふみならし に なりながら、
「なんで かばう。 その サル は コウジ ヌスビト だぞ」
「チクショウ で ございます から、……」
 ムスメ は もう イチド こう くりかえしました が、 やがて さびしそう に ほほえみます と、
「それに ヨシヒデ と もうします と、 チチ が ゴセッカン を うけます よう で、 どうも ただ みて は おられませぬ」 と、 おもいきった よう に もうす の で ございます。 これ には さすが の ワカトノサマ も、 ガ を おおり に なった の で ございましょう。
「そう か。 チチオヤ の イノチゴイ なら、 まげて ゆるして とらす と しよう」
 ふしょうぶしょう に こう おっしゃる と、 スワエ を そこ へ おすて に なって、 もと いらしった ヤリド の ほう へ、 そのまま おかえり に なって しまいました。

 3

 ヨシヒデ の ムスメ と この コザル との ナカ が よく なった の は、 それから の こと で ございます。 ムスメ は オヒメサマ から チョウダイ した コガネ の スズ を、 うつくしい シンク の ヒモ に さげて、 それ を サル の アタマ へ かけて やります し、 サル は また どんな こと が ございまして も、 めった に ムスメ の ミノマワリ を はなれません。 ある とき ムスメ の カゼ の ココチ で、 トコ に つきました とき など も、 コザル は ちゃんと その マクラモト に すわりこんで、 キ の せい か こころぼそそう な カオ を しながら、 しきり に ツメ を かんで おりました。
 こう なる と また ミョウ な もの で、 タレ も イマ まで の よう に この コザル を、 いじめる モノ は ございません。 いや、 かえって だんだん かわいがりはじめて、 シマイ には ワカトノサマ で さえ、 ときどき カキ や クリ を なげて おやり に なった ばかり か、 サムライ の タレ やら が この サル を アシゲ に した とき なぞ は、 たいそう ゴリップク にも なった そう で ございます。 ソノゴ オオトノサマ が わざわざ ヨシヒデ の ムスメ に サル を だいて、 ゴゼン へ でる よう と ゴサタ に なった の も、 この ワカトノサマ の おはらだち に なった ハナシ を、 おきき に なって から だ とか もうしました。 その ツイデ に しぜん と ムスメ の サル を かわいがる イワレ も オミミ に はいった の で ございましょう。
「コウコウ な ヤツ じゃ。 ほめて とらす ぞ」
 かよう な ギョイ で、 ムスメ は その とき、 クレナイ の アコメ を ゴホウビ に いただきました。 ところが この アコメ を また ミヨウ ミマネ に、 サル が うやうやしく おしいただきました ので、 オオトノサマ の ゴキゲン は、 ひとしお よろしかった そう で ございます。 で ございます から、 オオトノサマ が ヨシヒデ の ムスメ を ゴヒイキ に なった の は、 まったく この サル を かわいがった、 コウコウ オンアイ の ジョウ を ゴショウビ なすった ので、 けっして セケン で とやかく もうします よう に、 イロ を おこのみ に なった わけ では ございません。 もっとも かよう な ウワサ の たちました オコリ も、 ムリ の ない ところ が ございます が、 それ は また ノチ に なって、 ゆっくり おはなし いたしましょう。 ここ では ただ オオトノサマ が、 いかに うつくしい に した ところ で、 エシ フゼイ の ムスメ など に、 オモイ を おかけ に なる カタ では ない と いう こと を、 もうしあげて おけば、 よろしゅう ございます。
 さて ヨシヒデ の ムスメ は、 メンボク を ほどこして ゴゼン を さがりました が、 もとより リコウ な オンナ で ございます から、 はしたない ホカ の ニョウボウ たち の ネタミ を うける よう な こと も ございません。 かえって それ イライ、 サル と イッショ に なにかと いとしがられまして、 とりわけ オヒメサマ の オソバ から は おはなれ もうした こと が ない と いって も よろしい くらい、 モノミグルマ の オトモ にも ついぞ かけた こと は ございません でした。
 が、 ムスメ の こと は ひとまず おきまして、 これから また オヤ の ヨシヒデ の こと を もうしあげましょう。 なるほど サル の ほう は、 かよう に まもなく、 ミナノモノ に かわいがられる よう に なりました が、 カンジン の ヨシヒデ は やはり タレ に でも きらわれて、 あいかわらず カゲ へ まわって は、 サルヒデ ヨバワリ を されて おりました。 しかも それ が また、 オヤシキ の ナカ ばかり では ございません。 げんに ヨカワ の ソウズ サマ も、 ヨシヒデ と もうします と、 マショウ に でも おあい に なった よう に、 カオ の イロ を かえて、 おにくみ あそばしました。 (もっとも これ は ヨシヒデ が ソウズ サマ の ゴギョウジョウ を ザレエ に かいた から だ など と もうします が、 なにぶん シモザマ の ウワサ で ございます から、 たしか に さよう とは もうされますまい) とにかく、 あの オトコ の フヒョウバン は、 どちら の カタ に うかがいまして も、 そういう チョウシ ばかり で ございます。 もし わるく いわない モノ が あった と いたします と、 それ は 2~3 ニン の エシ ナカマ か、 あるいは また、 あの オトコ の エ を しって いる だけ で、 あの オトコ の ニンゲン は しらない モノ ばかり で ございましょう。
 しかし じっさい ヨシヒデ には、 みた ところ が いやしかった ばかり で なく、 もっと ヒト に いやがられる わるい クセ が あった の で ございます から、 それ も まったく ジゴウ ジトク と でも なす より ホカ に、 イタシカタ は ございません。

 4

 その クセ と もうします の は、 リンショク で、 ケンドン で、 ハジシラズ で、 ナマケモノ で、 ゴウヨク で―― いや、 その ナカ でも とりわけ はなはだしい の は、 オウヘイ で、 コウマン で、 いつも ホンチョウ ダイイチ の エシ と もうす こと を、 ハナ の サキ へ ぶらさげて いる こと で ございましょう。 それ も ガドウ の ウエ ばかり なら まだしも で ございます が、 あの オトコ の マケオシミ に なります と、 セケン の ナラワシ とか シキタリ とか もうす よう な もの まで、 すべて バカ に いたさず には おかない の で ございます。 これ は ナガネン ヨシヒデ の デシ に なって いた オトコ の ハナシ で ございます が、 ある ヒ さる カタ の オヤシキ で なだかい ヒガキ ノ ミコ に ゴリョウ が ついて、 おそろしい ゴタクセン が あった とき も、 あの オトコ は ソラミミ を はしらせながら、 ありあわせた フデ と スミ と で、 その ミコ の ものすごい カオ を、 テイネイ に うつして おった とか もうしました。 おおかた ゴリョウ の オタタリ も、 あの オトコ の メ から みました なら、 コドモダマシ くらい に しか おもわれない の で ございましょう。
 さよう な オトコ で ございます から、 キッショウテン を かく とき は、 いやしい クグツ の カオ を うつしましたり、 フドウ ミョウオウ を かく とき は、 ブライ の ホウメン の スガタ を かたどりましたり、 イロイロ の もったいない マネ を いたしました が、 それでも トウニン を なじります と 「ヨシヒデ の かいた シンブツ が、 その ヨシヒデ に ミョウバツ を あてられる とは、 いな こと を きく もの じゃ」 と そらうそぶいて いる では ございません か。 これ には さすが の デシ たち も あきれかえって、 ナカ には ミライ の オソロシサ に、 そうそう ヒマ を とった モノ も、 すくなく なかった よう に みうけました。 ――まず ヒトクチ に もうしました なら、 マンゴウ チョウジョウ と でも なづけましょう か。 とにかく トウジ アメガシタ で、 ジブン ほど の えらい ニンゲン は ない と おもって いた オトコ で ございます。
 したがって ヨシヒデ が どの くらい ガドウ でも、 たかく とまって おりました か は、 もうしあげる まで も ございますまい。 もっとも その エ で さえ、 あの オトコ の は フデヅカイ でも サイシキ でも、 まるで ホカ の エシ とは ちがって おりました から、 ナカ の わるい エシ ナカマ では、 ヤマシ だ など と もうす ヒョウバン も、 だいぶ あった よう で ございます。 その レンジュウ の もうします には、 カワナリ とか カナオカ とか、 その ホカ ムカシ の メイショウ の フデ に なった もの と もうします と、 やれ イタド の ウメ の ハナ が、 ツキ の ヨゴト に におった の、 やれ ビョウブ の オオミヤビト が、 フエ を ふく ネ さえ きこえた の と、 ユウビ な ウワサ が たって いる もの で ございます が、 ヨシヒデ の エ に なります と、 いつでも かならず キミ の わるい、 ミョウ な ヒョウバン だけ しか つたわりません。 たとえば あの オトコ が リュウガイジ の モン へ かきました、 ゴシュ ショウジ の エ に いたしまして も、 よふけて モン の シタ を とおります と、 テンニン の タメイキ を つく オト や ススリナキ を する コエ が、 きこえた と もうす こと で ございます。 いや、 ナカ には シニン の くさって ゆく シュウキ を、 かいだ と もうす モノ さえ ございました。 それから オオトノサマ の オイイツケ で かいた、 ニョウボウ たち の ニセエ など も、 その エ に うつされた だけ の ニンゲン は、 3 ネン と たたない うち に、 ミナ タマシイ の ぬけた よう な ビョウキ に なって、 しんだ と もうす では ございません か。 わるく いう モノ に もうさせます と、 それ が ヨシヒデ の エ の ジャドウ に おちて いる、 ナニ より の ショウコ だ そう で ございます。
 が、 なにぶん マエ にも もうしあげました とおり、 ヨコガミヤブリ な オトコ で ございます から、 それ が かえって ヨシヒデ は オオジマン で、 いつぞや オオトノサマ が ゴジョウダン に、 「ソノホウ は とかく みにくい もの が すき と みえる」 と おっしゃった とき も、 あの トシ に にず あかい クチビル で にやり と きみわるく わらいながら、 「さよう で ござりまする。 カイナデ の エシ には そうじて みにくい もの の ウツクシサ など と もうす こと は、 わかろう はず が ございませぬ」 と、 オウヘイ に おこたえ もうしあげました。 いかに ホンチョウ ダイイチ の エシ に いたせ、 よくも オオトノサマ の ゴゼン へ でて、 そのよう な コウゲン が はけた もの で ございます。 センコク ヒキアイ に だしました デシ が、 ないない シショウ に 「チラ エイジュ」 と いう アダナ を つけて、 ゾウジョウマン を そしって おりました が、 それ も ムリ は ございません。 ゴショウチ でも ございましょう が、 「チラ エイジュ」 と もうします の は、 ムカシ シンタン から わたって まいりました テング の ナ で ございます。
 しかし この ヨシヒデ に さえ―― この なんとも イイヨウ の ない、 オウドウモノ の ヨシヒデ に さえ、 たった ヒトツ ニンゲン-らしい、 ジョウアイ の ある ところ が ございました。

 5

 と もうします の は、 ヨシヒデ が、 あの ヒトリムスメ の コニョウボウ を まるで キチガイ の よう に かわいがって いた こと で ございます。 センコク もうしあげました とおり、 ムスメ も いたって キ の やさしい、 オヤオモイ の オンナ で ございました が、 あの オトコ の コボンノウ は、 けっして それ にも おとりますまい。 なにしろ ムスメ の きる もの とか、 カミカザリ とか の こと と もうします と、 どこ の オテラ の カンジン にも キシャ を した こと の ない あの オトコ が、 キンセン には さらに オシゲ も なく、 ととのえて やる と いう の で ございます から、 ウソ の よう な キ が いたす では ございません か。
 が、 ヨシヒデ の ムスメ を かわいがる の は、 ただ かわいがる だけ で、 やがて よい ムコ を とろう など と もうす こと は、 ゆめにも かんがえて おりません。 それ どころ か、 あの ムスメ へ わるく いいよる モノ でも ございましたら、 かえって ツジカンジャ ばら でも かりあつめて、 ヤミウチ くらい は くわせかねない リョウケン で ございます。 で ございます から、 あの ムスメ が オオトノサマ の オコエガカリ で、 コニョウボウ に あがりました とき も、 オヤジ の ほう は ダイフフク で、 トウザ の アイダ は ゴゼン へ でて も、 にがりきって ばかり おりました。 オオトノサマ が ムスメ の うつくしい の に オココロ を ひかされて、 オヤ の フショウチ なの も かまわず に、 めしあげた など と もうす ウワサ は、 おおかた かよう な ヨウス を みた モノ の アテズイリョウ から でた の で ございましょう。
 もっとも その ウワサ は ウソ で ございまして も、 コボンノウ の イッシン から、 ヨシヒデ が しじゅう ムスメ の さがる よう に いのって おりました の は たしか で ございます。 ある とき オオトノサマ の オイイツケ で、 チゴ モンジュ を かきました とき も、 ゴチョウアイ の ワラベ の カオ を うつしまして、 みごと な デキ で ございました から、 オオトノサマ も しごく ゴマンゾク で、
「ホウビ には ノゾミ の もの を とらせる ぞ。 エンリョ なく のぞめ」 と いう ありがたい オコトバ が くだりました。 すると ヨシヒデ は かしこまって、 ナニ を もうす か と おもいます と、
「なにとぞ ワタクシ の ムスメ をば おさげ くださいまする よう に」 と オクメン も なく もうしあげました。 ホカ の オヤシキ ならば ともかくも、 ホリカワ の オオトノサマ の オソバ に つかえて いる の を、 いかに かわいい から と もうしまして、 かよう に ブシツケ に オイトマ を ねがいます モノ が、 どこ の クニ に おりましょう。 これ には ダイフクチュウ の オオトノサマ も いささか ゴキゲン を そんじた と みえまして、 しばらく は ただ だまって ヨシヒデ の カオ を ながめて おいで に なりました が、 やがて、
「それ は ならぬ」 と はきだす よう に おっしゃる と、 キュウ に そのまま おたち に なって しまいました。 かよう な こと が、 ゼンゴ 4~5 ヘン も ございましたろう か。 イマ に なって かんがえて みます と、 オオトノサマ の ヨシヒデ を ゴラン に なる メ は、 その つど に だんだん と ひややか に なって いらしった よう で ございます。 すると また、 それ に つけて も、 ムスメ の ほう は チチオヤ の ミ が あんじられる せい で でも ございます か、 ゾウシ へ さがって いる とき など は、 よく ウチギ の ソデ を かんで、 しくしく ないて おりました。 そこで オオトノサマ が ヨシヒデ の ムスメ に ケソウ なすった など と もうす ウワサ が、 いよいよ ひろがる よう に なった の で ございましょう。 ナカ には ジゴクヘン の ビョウブ の ユライ も、 じつは ムスメ が オオトノサマ の ギョイ に したがわなかった から だ など と もうす モノ も おります が、 もとより さよう な こと が ある はず は ございません。
 ワタクシドモ の メ から みます と、 オオトノサマ が ヨシヒデ の ムスメ を おさげ に ならなかった の は、 まったく ムスメ の ミノウエ を あわれ に おぼしめした から で、 あのよう に かたくな な オヤ の ソバ へ やる より は オヤシキ に おいて、 なんの フジユウ なく くらさせて やろう と いう ありがたい オカンガエ だった よう で ございます。 それ は もとより キダテ の やさしい あの ムスメ を、 ゴヒイキ に なった の には マチガイ ございません。 が、 イロ を おこのみ に なった と もうします の は、 おそらく ケンキョウ フカイ の セツ で ございましょう。 いや、 アトカタ も ない ウソ と もうした ほう が、 よろしい くらい で ございます。
 それ は ともかくも と いたしまして、 かよう に ムスメ の こと から ヨシヒデ の オオボエ が だいぶ わるく なって きた とき で ございます。 どう おぼしめした か、 オオトノサマ は とつぜん ヨシヒデ を おめし に なって、 ジゴクヘン の ビョウブ を かく よう に と、 おいいつけ なさいました。

 6

 ジゴクヘン の ビョウブ と もうします と、 ワタクシ は もう あの おそろしい ガメン の ケシキ が、 ありあり と メノマエ へ うかんで くる よう な キ が いたします。
 おなじ ジゴクヘン と もうしまして も、 ヨシヒデ の かきました の は、 ホカ の エシ の に くらべます と、 だいいち ズドリ から にて おりません。 それ は 1 ジョウ の ビョウブ の カタスミ へ、 ちいさく ジュウオウ を ハジメ ケンゾク たち の スガタ を かいて、 アト は イチメン に グレン ダイグレン の モウカ が ケンザン トウジュ も ただれる か と おもう ほど ウズ を まいて おりました。 で ございます から、 からめいた ミョウカン たち の イショウ が、 てんてん と キ や アイ を つづって おります ホカ は、 どこ を みて も れつれつ と した カエン の イロ で、 その ナカ を まるで マンジ の よう に、 スミ を とばした クロケムリ と キンプン を あおった ヒノコ と が、 まいくるって いる の で ございます。
 これ ばかり でも、 ずいぶん ヒト の メ を おどろかす ヒッセイ で ございます が、 その うえ に また、 ゴウカ に やかれて、 てんてん と くるしんで おります ザイニン も、 ほとんど ヒトリ と して ツウレイ の ジゴクエ に ある もの は ございません。 なぜか と もうします と、 ヨシヒデ は この オオク の ザイニン の ナカ に、 カミ は ゲッケイ ウンカク から シモ は コツジキ ヒニン まで、 あらゆる ミブン の ニンゲン を うつして きた から で こざいます。 ソクタイ の いかめしい テンジョウビト、 イツツギヌ の なまめかしい アオニョウボウ、 ジュズ を かけた ネンブツソウ、 タカアシダ を はいた サブライ ガクショウ、 ホソナガ を きた メノワラワ、 ミテグラ を かざした オンミョウジ―― いちいち かぞえたてて おりましたら、 とても サイゲン は ございますまい。 とにかく そういう イロイロ の ニンゲン が、 ヒ と ケムリ と が さかまく ナカ を、 ゴズ メズ の ゴクソツ に さいなまれて、 オオカゼ に ふきちらされる オチバ の よう に、 ふんぷん と シホウ ハッポウ へ にげまよって いる の で ございます。 サスマタ に カミ を からまれて、 クモ より も テアシ を ちぢめて いる オンナ は、 カンナギ の タグイ で でも ございましょう か。 テホコ に ムネ を さしとおされて、 カワホリ の よう に サカサ に なった オトコ は、 ナマズリョウ か ナニ か に ソウイ ございますまい。 その ホカ あるいは クロガネ の シモト に うたれる モノ、 あるいは チビキ の バンジャク に おされる モノ、 あるいは ケチョウ の クチバシ に かけられる モノ、 あるいは また ドクリュウ の アギト に かまれる モノ――、 カシャク も また ザイニン の カズ に おうじて、 イクトオリ ある か わかりません。
 が、 その ナカ でも ことに ヒトツ めだって すさまじく みえる の は、 まるで ケモノ の キバ の よう な トウジュ の イタダキ を なかば かすめて (その トウジュ の コズエ にも、 オオク の モウジャ が るいるい と、 ゴタイ を つらぬかれて おりました が) ナカゾラ から おちて くる 1 リョウ の ギッシャ で ございましょう。 ジゴク の カゼ に ふきあげられた、 その クルマ の スダレ の ナカ には、 ニョウゴ、 コウイ にも まがう ばかり、 きらびやか に よそおった ニョウボウ が、 タケ の クロカミ を ホノオ の ナカ に なびかせて、 しろい ウナジ を そらせながら、 もだえくるしんで おります が、 その ニョウボウ の スガタ と もうし、 また もえしきって いる ギッシャ と もうし、 なにひとつ と して エンネツ ジゴク の セメク を しのばせない もの は ございません。 いわば ひろい ガメン の オソロシサ が、 この ヒトリ の ジンブツ に あつまって いる と でも もうしましょう か。 これ を みる モノ の ミミ の ソコ には、 しぜん と ものすごい キョウカン の コエ が つたわって くる か と うたがう ほど、 ニュウシン の デキバエ で ございました。
 ああ、 これ で ございます、 これ を かく ため に、 あの おそろしい デキゴト が おこった の で ございます。 また さも なければ いかに ヨシヒデ でも、 どうして かよう に いきいき と ナラク の クゲン が えがかれましょう。 あの オトコ は この ビョウブ の エ を しあげた カワリ に、 イノチ さえ も すてる よう な、 ムザン な メ に であいました。 いわば この エ の ジゴク は、 ホンチョウ ダイイチ の エシ ヨシヒデ が、 ジブン で いつか おちて ゆく ジゴク だった の で ございます。……
 ワタクシ は あの めずらしい ジゴクヘン の ビョウブ の こと を もうしあげます の を いそいだ あまり に、 あるいは オハナシ の ジュンジョ を テントウ いたした かも しれません。 が、 これから は また ひきつづいて、 オオトノサマ から ジゴクエ を かけ と もうす オオセ を うけた ヨシヒデ の こと に うつりましょう。

 7

 ヨシヒデ は それから 5~6 カゲツ の アイダ、 まるで オヤシキ へも うかがわない で、 ビョウブ の エ に ばかり かかって おりました。 あれほど の コボンノウ が いざ エ を かく と いう ダン に なります と、 ムスメ の カオ を みる キ も なくなる と もうす の で ございます から、 フシギ な もの では ございません か。 センコク もうしあげました デシ の ハナシ では、 なんでも あの オトコ は シゴト に とりかかります と、 まるで キツネ でも ついた よう に なる らしゅう ございます。 いや じっさい トウジ の フウヒョウ に、 ヨシヒデ が ガドウ で ナ を なした の は、 フクトク の オオカミ に キセイ を かけた から で、 その ショウコ には あの オトコ が エ を かいて いる ところ を、 そっと モノカゲ から のぞいて みる と、 かならず いんいん と して レイコ の スガタ が、 1 ピキ ならず ゼンゴ サユウ に、 むらがって いる の が みえる など と もうす モノ も ございました。 その くらい で ございます から、 いざ エフデ を とる と なる と、 その エ を かきあげる と いう より ホカ は、 なにもかも わすれて しまう の で ございましょう。 ヒル も ヨル も ヒトマ に とじこもった きり で、 めった に ヒノメ も みた こと は ございません。 ――ことに ジゴクヘン の ビョウブ を かいた とき には、 こういう ムチュウ に ナリカタ が、 はなはだしかった よう で ございます。
 と もうします の は なにも あの オトコ が、 ヒル も シトミ を おろした ヘヤ の ナカ で、 ユイトウダイ の ヒ の シタ に、 ヒミツ の エノグ を あわせたり、 あるいは デシ たち を、 スイカン やら カリギヌ やら、 サマザマ に きかざらせて、 その スガタ を ヒトリ ずつ テイネイ に うつしたり、 ――そういう こと では ございません。 それ くらい の かわった こと なら、 べつに あの ジゴクヘン の ビョウブ を かかなく とも、 シゴト に かかって いる とき と さえ もうします と、 いつでも やりかねない オトコ なの で ございます。 いや、 げんに リュウガイジ の ゴシュ ショウジ の ズ を かきました とき など は、 アタリマエ の ニンゲン なら、 わざと メ を そらせて ゆく あの オウライ の シガイ の マエ へ、 ゆうゆう と コシ を おろして、 なかば くされかかった カオ や テアシ を、 カミノケ ヒトスジ も たがえず に、 うつして まいった こと が ございました。 では、 その はなはだしい ムチュウ に ナリカタ とは、 いったい どういう こと を もうす の か、 さすが に おわかり に ならない カタ も いらっしゃいましょう。 それ は ただいま くわしい こと は もうしあげて いる ヒマ も ございません が、 おも な ハナシ を オミミ に いれます と、 だいたい まず、 かよう な シダイ なの で ございます。
 ヨシヒデ の デシ の ヒトリ が (これ も やはり、 マエ に もうした オトコ で ございます が) ある ヒ エノグ を といて おります と、 キュウ に シショウ が まいりまして、
「オレ は すこし ヒルネ を しよう と おもう。 が、 どうも コノゴロ は ユメミ が わるい」 と こう もうす の で ございます。 べつに これ は めずらしい こと でも なんでも ございません から、 デシ は テ を やすめず に、 ただ、
「さよう で ございます か」 と ヒトトオリ の アイサツ を いたしました。 ところが ヨシヒデ は、 いつ に なく さびしそう な カオ を して、
「ついては、 オレ が ヒルネ を して いる アイダジュウ、 マクラモト に すわって いて もらいたい の だ が」 と、 エンリョ-がましく たのむ では ございません か。 デシ は いつ に なく、 シショウ が ユメ なぞ を キ に する の は、 フシギ だ と おもいました が、 それ も べつに ゾウサ の ない こと で ございます から、
「よろしゅう ございます」 と もうします と、 シショウ は まだ シンパイ そう に、
「では すぐに オク へ きて くれ。 もっとも アト で ホカ の デシ が きて も、 オレ の ねむって いる ところ へは いれない よう に」 と、 ためらいながら いいつけました。 オク と もうします の は、 あの オトコ が エ を かきます ヘヤ で、 その ヒ も ヨル の よう に ト を たてきった ナカ に、 ぼんやり と ヒ を ともしながら、 まだ ヤキフデ で ズドリ だけ しか できて いない ビョウブ が、 ぐるり と たてまわして あった そう で ございます。 さて ここ へ まいります と、 ヨシヒデ は ヒジ を マクラ に して、 まるで つかれきった ニンゲン の よう に、 すやすや、 ねいって しまいました が、 ものの ハントキ と たちません うち に、 マクラモト に おります デシ の ミミ には、 なんとも かとも モウシヨウ の ない、 キミ の わるい コエ が はいりはじめました。

 8

 それ が ハジメ は ただ、 コエ で ございました が、 しばらく します と、 しだいに きれぎれ な コトバ に なって、 いわば おぼれかかった ニンゲン が ミズ の ナカ で うなる よう に、 かよう な こと を もうす の で ございます。
「なに、 オレ に こい と いう の だな。 ――どこ へ ――どこ へ こい と? ナラク へ こい。 エンネツ ジゴク へ こい。 ――タレ だ。 そう いう キサマ は。 ――キサマ は タレ だ―― タレ だ と おもったら」
 デシ は おもわず エノグ を とく テ を やめて、 おそるおそる シショウ の カオ を、 のぞく よう に して すかして みます と、 シワダラケ な カオ が しろく なった うえ に、 オオツブ な アセ を にじませながら、 クチビル の かわいた、 ハ の まばら な クチ を あえぐ よう に おおきく あけて おります。 そうして その クチ の ナカ で、 ナニ か イト でも つけて ひっぱって いる か と うたがう ほど、 めまぐるしく うごく もの が ある と おもいます と、 それ が あの オトコ の シタ だった と もうす では ございません か。 きれぎれ な コトバ は もとより、 その シタ から でて くる の で ございます。
「タレ だ と おもったら―― うん、 キサマ だな。 オレ も キサマ だろう と おもって いた。 なに、 むかえ に きた と? だから こい。 ナラク へ こい。 ナラク には―― ナラク には オレ の ムスメ が まって いる」
 その とき、 デシ の メ には、 もうろう と した イギョウ の カゲ が、 ビョウブ の オモテ を かすめて むらむら と おりて くる よう に みえた ほど、 キミ の わるい ココロモチ が いたした そう で ございます。 もちろん デシ は すぐに ヨシヒデ に テ を かけて、 チカラ の あらん かぎり ゆりおこしました が、 シショウ は なお ユメウツツ に ヒトリゴト を いいつづけて、 ヨウイ に メ の さめる ケシキ は ございません。 そこで デシ は おもいきって、 ソバ に あった ヒッセン の ミズ を、 ざぶり と あの オトコ の カオ へ あびせかけました。
「まって いる から、 この クルマ へ のって こい―― この クルマ へ のって、 ナラク へ こい――」 と いう コトバ が それ と ドウジ に、 ノド を しめられる よう な ウメキゴエ に かわった と おもいます と、 やっと ヨシヒデ は メ を あいて、 ハリ で さされた より も あわただしく、 やにわに そこ へ はねおきました が、 まだ ユメ の ナカ の イルイ イギョウ が、 マブタ の ウシロ を さらない の で ございましょう。 しばらく は ただ おそろしそう な メツキ を して、 やはり おおきく クチ を ひらきながら、 クウ を みつめて おりました が、 やがて ワレ に かえった ヨウス で、
「もう いい から、 あちら へ いって くれ」 と、 コンド は いかにも そっけなく、 いいつける の で ございます。 デシ は こういう とき に さからう と、 いつでも オオコゴト を いわれる ので、 そうそう シショウ の ヘヤ から でて まいりました が、 まだ あかるい ソト の ヒ の ヒカリ を みた とき には、 まるで ジブン が アクム から さめた よう な、 ほっと した キ が いたした とか もうして おりました。
 しかし これ なぞ は まだ よい ほう なの で、 ソノゴ ヒトツキ ばかり たって から、 コンド は また ベツ の デシ が、 わざわざ オク へ よばれます と、 ヨシヒデ は やはり うすぐらい アブラビ の ヒカリ の ナカ で、 エフデ を かんで おりました が、 いきなり デシ の ほう へ むきなおって、
「ゴクロウ だ が、 また ハダカ に なって もらおう か」 と もうす の で ございます。 これ は その とき まで にも、 どうか する と シショウ が いいつけた こと で ございます から、 デシ は さっそく イルイ を ぬぎすてて、 アカハダカ に なります と、 あの オトコ は ミョウ に カオ を しかめながら、
「ワシ は クサリ で しばられた ニンゲン が みたい と おもう の だ が、 キノドク でも しばらく の アイダ、 ワシ の する とおり に なって いて は くれまい か」 と、 そのくせ すこしも キノドク-らしい ヨウス など は みせず に、 れいぜん と こう もうしました。 がんらい この デシ は エフデ など を にぎる より も、 タチ でも もった ほう が よさそう な、 たくましい ワカモノ で ございました が、 これ には さすが に おどろいた と みえて、 アトアト まで も その とき の ハナシ を いたします と、 「これ は シショウ が キ が ちがって、 ワタシ を ころす の では ない か と おもいました」 と くりかえして もうした そう で ございます。 が、 ヨシヒデ の ほう では、 アイテ の ぐずぐず して いる の が、 じれったく なって まいった の で ございましょう。 どこ から だした か、 ほそい テツ の クサリ を ざらざら と たぐりながら、 ほとんど とびつく よう な イキオイ で、 デシ の セナカ へ のりかかります と、 イヤオウ なし に そのまま リョウウデ を ねじあげて、 グルグルマキ に いたして しまいました。 そうして また その クサリ の ハシ を ジャケン に ぐいと ひきました から たまりません。 デシ の カラダ は ハズミ を くって、 イキオイ よく ユカ を ならしながら、 ごろり と そこ へ ヨコダオシ に たおれて しまった の で ございます。

 9

 その とき の デシ の カッコウ は、 まるで サカガメ を ころがした よう だ と でも もうしましょう か。 なにしろ テ も アシ も むごたらしく おりまげられて おります から、 うごく の は ただ クビ ばかり で ございます。 そこ へ ふとった カラダジュウ の チ が、 クサリ に メグリ を とめられた ので、 カオ と いわず ドウ と いわず、 イチメン に ヒフ の イロ が あかみばしって まいる では ございません か。 が、 ヨシヒデ には それ も かくべつ キ に ならない と みえまして、 その サカガメ の よう な カラダ の マワリ を、 あちこち と まわって ながめながら、 おなじ よう な シャシン の ズ を ナンマイ と なく かいて おります。 その アイダ、 しばられて いる デシ の ミ が、 どの くらい くるしかった か と いう こと は、 なにも わざわざ とりたてて もうしあげる まで も ございますまい。
 が、 もし ナニゴト も おこらなかった と いたしましたら、 この クルシミ は おそらく まだ その うえ にも、 つづけられた こと で ございましょう。 さいわい (と もうします より、 あるいは フコウ に と もうした ほう が よろしい かも しれません) しばらく いたします と、 ヘヤ の スミ に ある ツボ の カゲ から、 まるで くろい アブラ の よう な もの が、 ヒトスジ ほそく うねりながら、 ながれだして まいりました。 それ が ハジメ の うち は よほど ネバリケ の ある もの の よう に、 ゆっくり うごいて おりました が、 だんだん なめらか に すべりはじめて、 やがて ちらちら ひかりながら、 ハナ の サキ まで ながれついた の を ながめます と、 デシ は おもわず、 イキ を ひいて、
「ヘビ が―― ヘビ が」 と わめきました。 その とき は まったく カラダジュウ の チ が イチジ に こおる か と おもった と もうします が、 それ も ムリ は ございません。 ヘビ は じっさい もうすこし で、 クサリ の くいこんで いる、 ウナジ の ニク へ その つめたい シタ の サキ を ふれよう と して いた の で ございます。 この おもい も よらない デキゴト には、 いくら オウドウ な ヨシヒデ でも、 ぎょっと いたした の で ございましょう。 あわてて エフデ を なげすてながら、 トッサ に ミ を かがめた と おもう と、 すばやく ヘビ の オ を つかまえて、 ぶらり と サカサ に つりさげました。 ヘビ は つりさげられながら も、 アタマ を あげて、 きりきり と ジブン の カラダ へ まきつきました が、 どうしても あの オトコ の テ の ところ まで は とどきません。
「オノレ ゆえ に、 あったら ヒトフデ を しそんじた ぞ」
 ヨシヒデ は いまいましそう に こう つぶやく と、 ヘビ は そのまま ヘヤ の スミ の ツボ の ナカ へ ほうりこんで、 それから さも ふしょうぶしょう に、 デシ の カラダ へ かかって いる クサリ を といて くれました。 それ も ただ といて くれた と いう だけ で、 カンジン の デシ の ほう へは、 やさしい コトバ ヒトツ かけて は やりません。 おおかた デシ が ヘビ に かまれる より も、 シャシン の ヒトフデ を あやまった の が、 ゴウハラ だった の で ございましょう。 ――アト で ききます と、 この ヘビ も やはり スガタ を うつす ため に、 わざわざ あの オトコ が かって いた の だ そう で ございます。
 これ だけ の こと を おきき に なった の でも、 ヨシヒデ の キチガイ-じみた、 ウスキミ の わるい ムチュウ に ナリカタ が、 ほぼ おわかり に なった こと で ございましょう。 ところが サイゴ に ヒトツ、 コンド は まだ 13~14 の デシ が、 やはり ジゴクヘン の ビョウブ の おかげ で、 いわば イノチ にも かかわりかねない、 おそろしい メ に であいました。 その デシ は うまれつき イロ の しろい オンナ の よう な オトコ で ございました が、 ある ヨ の こと、 なにげなく シショウ の ヘヤ へ よばれて まいります と、 ヨシヒデ は トウダイ の ヒ の シタ で テノヒラ に なにやら なまぐさい ニク を のせながら、 みなれない 1 ワ の トリ を やしなって いる の で ございます。 オオキサ は まず、 ヨ の ツネ の ネコ ほど も ございましょう か。 そう いえば、 ミミ の よう に リョウホウ へ つきでた ウモウ と いい、 コハク の よう な イロ を した、 おおきな まるい マナコ と いい、 みた ところ も なんとなく ネコ に にて おりました。

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 がんらい ヨシヒデ と いう オトコ は、 なんでも ジブン の して いる こと に クチバシ を いれられる の が だいきらい で、 センコク もうしあげた ヘビ など も そう で ございます が、 ジブン の ヘヤ の ナカ に ナニ が ある か、 いっさい そういう こと は デシ たち にも しらせた こと が ございません。 で ございます から、 ある とき は ツクエ の ウエ に サレコウベ が のって いたり、 ある とき は また、 シロガネ の マリ や マキエ の タカツキ が ならんで いたり、 その とき かいて いる エ-シダイ で、 ずいぶん おもい も よらない もの が でて おりました。 が、 フダン は かよう な シナ を、 いったい どこ に しまって おく の か、 それ は また タレ にも わからなかった そう で ございます。 あの オトコ が フクトク の オオカミ の ミョウジョ を うけて いる など と もうす ウワサ も、 ヒトツ は たしか に そういう こと が オコリ に なって いた の で ございましょう。
 そこで デシ は、 ツクエ の ウエ の その イヨウ な トリ も、 やはり ジゴクヘン の ビョウブ を かく の に ニュウヨウ なの に ちがいない と、 こう ヒトリ かんがえながら、 シショウ の マエ へ かしこまって、 「ナニ か ゴヨウ で ございます か」 と、 うやうやしく もうします と、 ヨシヒデ は まるで それ が きこえない よう に、 あの あかい クチビル へ シタナメズリ を して、
「どう だ。 よく なれて いる では ない か」 と、 トリ の ほう へ アゴ を やります。
「これ は なんと いう もの で ございましょう。 ワタクシ は ついぞ まだ、 みた こと が ございません が」
 デシ は こう もうしながら、 この ミミ の ある、 ネコ の よう な トリ を、 きみわるそう に じろじろ ながめます と、 ヨシヒデ は あいかわらず イツモ の あざわらう よう な チョウシ で、
「なに、 みた こと が ない? ミヤコソダチ の ニンゲン は それだから こまる。 これ は 2~3 ニチ マエ に クラマ の リョウシ が ワシ に くれた ミミズク と いう トリ だ。 ただ、 こんな に なれて いる の は、 たくさん あるまい」
 こう いいながら あの オトコ は、 おもむろに テ を あげて、 ちょうど エ を たべて しまった ミミズク の セナカ の ケ を、 そっと シタ から なであげました。 すると その トタン で ございます。 トリ は キュウ に するどい コエ で、 みじかく ヒトコエ ないた と おもう と、 たちまち ツクエ の ウエ から とびあがって、 リョウアシ の ツメ を はりながら、 いきなり デシ の カオ へ とびかかりました。 もし その とき、 デシ が ソデ を かざして、 あわてて カオ を かくさなかったら、 きっと もう キズ の ヒトツ や フタツ は おわされて おりましたろう。 あっ と いいながら、 その ソデ を ふって、 おいはらおう と する ところ を、 ミミズク は カサ に かかって、 クチバシ を ならしながら、 また ヒトツキ―― デシ は シショウ の マエ も わすれて、 たって は ふせぎ、 すわって は おい、 おもわず せまい ヘヤ の ナカ を、 あちらこちら と にげまどいました。 ケチョウ も もとより それ に つれて、 たかく ひくく かけりながら、 スキ さえ あれば まっしぐら に メ を めがけて とんで きます。 その たび に ばさばさ と、 すさまじく ツバサ を ならす の が、 オチバ の ニオイ だ か、 タキ の シブキ とも あるいは また サルザケ の すえた イキレ だ か、 なにやら あやしげ な もの の ケハイ を さそって、 キミ の ワルサ と いったら ございません。 そう いえば その デシ も、 うすぐらい アブラビ の ヒカリ さえ おぼろげ な ツキアカリ か と おもわれて、 シショウ の ヘヤ が そのまま とおい ヤマオク の、 ヨウキ に とざされた タニ の よう な、 こころぼそい キ が した とか もうした そう で ございます。
 しかし デシ が おそろしかった の は、 なにも ミミズク に おそわれる と いう、 その こと ばかり では ございません。 いや、 それ より も いっそう ミノケ が よだった の は、 シショウ の ヨシヒデ が その サワギ を れいぜん と ながめながら、 おもむろに カミ を のべ フデ を ねぶって、 オンナ の よう な ショウネン が イギョウ な トリ に さいなまれる、 ものすごい アリサマ を うつして いた こと で ございます。 デシ は ヒトメ それ を みます と、 たちまち イイヨウ の ない オソロシサ に おびやかされて、 じっさい イチジ は シショウ の ため に、 ころされる の では ない か と さえ、 おもった と もうして おりました。

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 じっさい シショウ に ころされる と いう こと も、 まったく ない とは もうされません。 げんに その バン わざわざ デシ を よびよせた の で さえ、 じつは ミミズク を けしかけて、 デシ の にげまわる アリサマ を うつそう と いう コンタン らしかった の で ございます。 で ございます から、 デシ は、 シショウ の ヨウス を ヒトメ みる が はやい か、 おもわず リョウソデ に アタマ を かくしながら、 ジブン にも なんと いった か わからない よう な ヒメイ を あげて、 そのまま ヘヤ の スミ の ヤリド の スソ へ、 いすくまって しまいました。 と その ヒョウシ に、 ヨシヒデ も なにやら あわてた よう な コエ を あげて、 たちあがった ケシキ で ございました が、 たちまち ミミズク の ハオト が いっそう マエ より も はげしく なって、 モノ の たおれる オト や やぶれる オト が、 けたたましく きこえる では ございません か。 これ には デシ も 2 ド、 ド を うしなって、 おもわず かくして いた アタマ を あげて みます と、 ヘヤ の ナカ は いつか マックラ に なって いて、 シショウ の デシ たち を よびたてる コエ が、 その ナカ で いらだたしそう に して おります。
 やがて デシ の ヒトリ が、 トオク の ほう で ヘンジ を して、 それから ヒ を かざしながら、 いそいで やって まいりました が、 その すすくさい アカリ で ながめます と、 ユイトウダイ が たおれた ので、 ユカ も タタミ も イチメン に アブラダラケ に なった ところ へ、 サッキ の ミミズク が カタホウ の ツバサ ばかり、 くるしそう に はためかしながら、 ころげまわって いる の で ございます。 ヨシヒデ は ツクエ の ムコウ で なかば カラダ を おこした まま、 さすが に アッケ に とられた よう な カオ を して、 なにやら ヒト には わからない こと を、 ぶつぶつ つぶやいて おりました。 ――それ も ムリ では ございません。 あの ミミズク の カラダ には、 マックロ な ヘビ が 1 ピキ、 クビ から カタホウ の ツバサ へ かけて、 きりきり と まきついて いる の で ございます。 おおかた これ は デシ が いすくまる ヒョウシ に、 そこ に あった ツボ を ひっくりかえして、 その ナカ の ヘビ が はいだした の を、 ミミズク が なまじい に つかみかかろう と した ばかり に、 とうとう こういう オオサワギ が はじまった の で ございましょう。 フタリ の デシ は たがいに メ と メ と を みあわせて、 しばらく は ただ、 この フシギ な コウケイ を ぼんやり ながめて おりました が、 やがて シショウ に モクレイ を して、 こそこそ ヘヤ の ソト へ ひきさがって しまいました。 ヘビ と ミミズク と が ソノゴ どう なった か、 それ は タレ も しって いる モノ は ございません。――
 こういう タグイ の こと は、 その ホカ まだ、 イクツ と なく ございました。 マエ には もうしおとしました が、 ジゴクヘン の ビョウブ を かけ と いう ゴサタ が あった の は、 アキ の ハジメ で ございます から、 それ イライ フユ の スエ まで、 ヨシヒデ の デシ たち は、 たえず シショウ の あやしげ な フルマイ に おびやかされて いた わけ で ございます。 が、 その フユ の スエ に ヨシヒデ は ナニ か ビョウブ の エ で、 ジユウ に ならない こと が できた の で ございましょう、 それまで より は、 いっそう ヨウス も インキ に なり、 モノイイ も メ に みえて、 あらあらしく なって まいりました。 と ドウジ に また ビョウブ の エ も、 シタエ が 8 ブ-ドオリ できあがった まま、 さらに はかどる モヨウ は ございません。 いや、 どうか する と イマ まで に かいた ところ さえ、 ぬりけして も しまいかねない ケシキ なの で ございます。
 そのくせ、 ビョウブ の ナニ が ジユウ に ならない の だ か、 それ は タレ にも わかりません。 また、 タレ も わかろう と した モノ も ございますまい。 マエ の イロイロ な デキゴト に こりて いる デシ たち は、 まるで トラ オオカミ と ヒトツオリ に でも いる よう な ココロモチ で、 ソノゴ シショウ の ミノマワリ へは、 なるべく ちかづかない サンダン を して おりました から。

 12

 したがって その アイダ の こと に ついて は、 べつに とりたてて もうしあげる ほど の オハナシ も ございません。 もし しいて もうしあげる と いたしましたら、 それ は あの ゴウジョウ な オヤジ が、 なぜか ミョウ に なみだもろく なって、 ヒト の いない ところ では ときどき ヒトリ で ないて いた と いう オハナシ くらい な もの で ございましょう。 ことに ある ヒ、 ナニ か の ヨウ で デシ の ヒトリ が、 ニワサキ へ まいりました とき なぞ は、 ロウカ に たって ぼんやり ハル の ちかい ソラ を ながめて いる シショウ の メ が、 ナミダ で いっぱい に なって いた そう で ございます。 デシ は それ を みます と、 かえって こちら が はずかしい よう な キ が した ので、 だまって こそこそ ひきかえした と もうす こと で ございます が、 ゴシュ ショウジ の ズ を かく ため には、 ミチバタ の シガイ さえ うつした と いう、 ゴウマン な あの オトコ が、 ビョウブ の エ が おもう よう に かけない くらい の こと で、 こどもらしく なきだす など と もうす の は、 ずいぶん いな もの で ございません か。
 ところが イッポウ ヨシヒデ が このよう に、 まるで ショウキ の ニンゲン とは おもわれない ほど ムチュウ に なって、 ビョウブ の エ を かいて おります うち に、 また イッポウ では あの ムスメ が、 なぜか だんだん キウツ に なって、 ワタクシドモ に さえ ナミダ を こらえて いる ヨウス が、 メ に たって まいりました。 それ が がんらい ウレイガオ の、 イロ の しろい、 つつましやか な オンナ だけ に、 こう なる と なんだか マツゲ が おもく なって、 メ の マワリ に クマ が かかった よう な、 よけい さびしい キ が いたす の で ございます。 ハジメ は やれ チチオモイ の せい だの、 やれ コイワズライ を して いる から だの、 いろいろ オクソク を いたした モノ が ございます が、 ナカゴロ から、 なに あれ は オオトノサマ が ギョイ に したがわせよう と して いらっしゃる の だ と いう ヒョウバン が たちはじめて、 それから は タレ も わすれた よう に、 ぱったり あの ムスメ の ウワサ を しなく なって しまいました。
 ちょうど その コロ の こと で ごさいましょう。 ある ヨ、 コウ が たけて から、 ワタクシ が ヒトリ オロウカ を とおりかかります と、 あの サル の ヨシヒデ が いきなり どこ から か とんで まいりまして、 ワタクシ の ハカマ の スソ を しきり に ひっぱる の で ございます。 たしか、 もう ウメ の ニオイ でも いたしそう な、 うすい ツキ の ヒカリ の さして いる、 あたたかい ヨル で ございました が、 その アカリ で すかして みます と、 サル は マッシロ な ハ を むきだしながら、 ハナ の サキ へ シワ を よせて、 キ が ちがわない ばかり に けたたましく なきたてて いる では ございません か。 ワタクシ は キミ の わるい の が 3 ブ と、 あたらしい ハカマ を ひっぱられる ハラダタシサ が 7 ブ と で、 サイショ は サル を けはなして、 そのまま とおりすぎよう か とも おもいました が、 また おもいかえして みます と、 マエ に この サル を セッカン して、 ワカトノサマ の ゴフキョウ を うけた サムライ の レイ も ございます。 それに サル の フルマイ が、 どうも タダゴト とは おもわれません。 そこで とうとう ワタクシ も おもいきって、 その ひっぱる ほう へ 5~6 ケン あるく とも なく あるいて まいりました。
 すると オロウカ が ヒトマガリ まがって、 ヨメ にも うすしろい オイケ の ミズ が エダブリ の やさしい マツ の ムコウ に ひろびろ と みわたせる、 ちょうど そこ まで まいった とき の こと で ございます。 どこ か チカク の ヘヤ の ナカ で ヒト の あらそって いる らしい ケハイ が、 あわただしく、 また ミョウ に ひっそり と ワタクシ の ミミ を おびやかしました。 アタリ は どこ も しんと しずまりかえって、 ツキアカリ とも モヤ とも つかない もの の ナカ で、 サカナ の おどる オト が する ホカ は、 ハナシゴエ ヒトツ きこえません。 そこ へ この モノオト で ございます から、 ワタクシ は おもわず たちどまって、 もし ロウゼキモノ で でも あった なら、 メ に モノ みせて くれよう と、 そっと その ヤリド の ソト へ、 イキ を ひそめながら ミ を よせました。

 13

 ところが サル は ワタクシ の ヤリカタ が まだるかった の で ございましょう。 ヨシヒデ は さもさも もどかしそう に、 2~3 ド ワタクシ の アシ の マワリ を かけまわった と おもいます と、 まるで ノド を しめられた よう な コエ で なきながら、 いきなり ワタクシ の カタ の アタリ へ イッソクトビ に とびあがりました。 ワタクシ は おもわず クビ を そらせて、 その ツメ に かけられまい と する、 サル は また スイカン の ソデ に かじりついて、 ワタクシ の カラダ から すべりおちまい と する、 ――その ヒョウシ に、 ワタクシ は われしらず フタアシ ミアシ よろめいて、 その ヤリド へ ウシロザマ に、 したたか ワタクシ の カラダ を うちつけました。 こう なって は、 もう イッコク も チュウチョ して いる バアイ では ございません。 ワタクシ は やにわに ヤリド を あけはなして、 ツキアカリ の とどかない オク の ほう へ おどりこもう と いたしました。 が、 その とき ワタクシ の メ を さえぎった もの は―― いや、 それ より も もっと ワタクシ は、 ドウジ に その ヘヤ の ナカ から、 はじかれた よう に かけだそう と した オンナ の ほう に おどろかされました。 オンナ は デアイガシラ に あやうく ワタクシ に つきあたろう と して、 そのまま ソト へ まろびでました が、 なぜか そこ へ ヒザ を ついて、 イキ を きらしながら ワタクシ の カオ を、 ナニ か おそろしい もの でも みる よう に、 おののき おののき みあげて いる の で ございます。
 それ が ヨシヒデ の ムスメ だった こと は、 なにも わざわざ もうしあげる まで も ございますまい。 が、 その バン の あの オンナ は、 まるで ニンゲン が ちがった よう に、 いきいき と ワタクシ の メ に うつりました。 メ は おおきく かがやいて おります。 ホオ も あかく もえて おりましたろう。 そこ へ しどけなく みだれた ハカマ や ウチギ が、 イツモ の オサナサ とは うってかわった ナマメカシサ さえ も そえて おります。 これ が じっさい あの よわよわしい、 ナニゴト にも ヒカエメガチ な ヨシヒデ の ムスメ で ございましょう か。 ――ワタクシ は ヤリド に ミ を ささえて、 この ツキアカリ の ナカ に いる うつくしい ムスメ の スガタ を ながめながら、 あわただしく とおのいて ゆく もう ヒトリ の アシオト を、 ゆびさせる もの の よう に ゆびさして、 タレ です と しずか に メ で たずねました。
 すると ムスメ は クチビル を かみながら、 だまって クビ を ふりました。 その ヨウス が いかにも また、 くやしそう なの で ございます。
 そこで ワタクシ は ミ を かがめながら、 ムスメ の ミミ へ クチ を つける よう に して、 コンド は 「タレ です」 と コゴエ で たずねました。 が、 ムスメ は やはり クビ を ふった ばかり で、 なんとも ヘンジ を いたしません。 いや、 それ と ドウジ に ながい マツゲ の サキ へ、 ナミダ を いっぱい ためながら、 マエ より も かたく クチビル を かみしめて いる の で ございます。
 ショウトク おろか な ワタクシ には、 わかりすぎて いる ほど わかって いる こと の ホカ は、 あいにく なにひとつ のみこめません。 で ございます から、 ワタクシ は コトバ の カケヨウ も しらない で、 しばらく は ただ、 ムスメ の ムネ の ドウキ に ミミ を すませる よう な ココロモチ で、 じっと そこ に たちすくんで おりました。 もっとも これ は ヒトツ には、 なぜか このうえ といただす の が わるい よう な、 キトガメ が いたした から でも ございます。――
 それ が どの くらい つづいた か、 わかりません。 が、 やがて あけはなした ヤリド を とざしながら、 すこし は ジョウキ の さめた らしい ムスメ の ほう を みかえって、 「もう ゾウシ へ おかえりなさい」 と できる だけ やさしく もうしました。 そうして ワタクシ も ジブン ながら、 ナニ か みて は ならない もの を みた よう な、 フアン な ココロモチ に おびやかされて、 タレ に とも なく はずかしい オモイ を しながら、 そっと もと きた ほう へ あるきだしました。 ところが 10 ポ と あるかない うち に、 タレ か また ワタクシ の ハカマ の スソ を、 ウシロ から おそるおそる、 ひきとめる では ございません か。 ワタクシ は おどろいて、 ふりむきました。 アナタガタ は それ が ナン だった と おぼしめします?
 みる と それ は ワタクシ の アシモト に あの サル の ヨシヒデ が、 ニンゲン の よう に リョウテ を ついて、 コガネ の スズ を ならしながら、 ナンド と なく テイネイ に アタマ を さげて いる の で ございました。

 14

 すると その バン の デキゴト が あって から、 ハンツキ ばかり ノチ の こと で ございます。 ある ヒ ヨシヒデ は とつぜん オヤシキ へ まいりまして、 オオトノサマ へ ジキ の オメドオリ を ねがいました。 いやしい ミブン の モノ で ございます が、 ヒゴロ から かくべつ ギョイ に いって いた から で ございましょう。 タレ に でも ヨウイ に おあい に なった こと の ない オオトノサマ が、 その ヒ も こころよく ゴショウチ に なって、 さっそく ゴゼン チカク へ おめし に なりました。 あの オトコ は レイ の とおり、 コウゾメ の カリギヌ に なえた エボシ を いただいて、 イツモ より は いっそう きむずかしそう な カオ を しながら、 うやうやしく ゴゼン へ ヘイフク いたしました が、 やがて しわがれた コエ で もうします には、
「かねがね おいいつけ に なりました ジゴクヘン の ビョウブ で ございます が、 ワタクシ も ニチヤ に タンセイ を ぬきんでて、 フデ を とりました カイ が みえまして、 もはや アラマシ は できあがった の も ドウゼン で ございまする」
「それ は めでたい。 ヨ も マンゾク じゃ」
 しかし こう おっしゃる オオトノサマ の オコエ には、 なぜか ミョウ に チカラ の ない、 ハリアイ の ぬけた ところ が ございました。
「いえ、 それ が いっこう めでたく は ござりませぬ」 ヨシヒデ は、 やや はらだたしそう な ヨウス で、 じっと メ を ふせながら、 「アラマシ は できあがりました が、 ただ ヒトツ、 いまもって ワタクシ には かけぬ ところ が ございまする」
「なに、 かけぬ ところ が ある?」
「さよう で ございまする。 ワタクシ は そうじて、 みた もの で なければ かけませぬ。 もし かけて も、 トクシン が まいりませぬ。 それ では かけぬ も おなじ こと で ございませぬ か」
 これ を おきき に なる と、 オオトノサマ の オカオ には、 あざける よう な ゴビショウ が うかびました。
「では ジゴクヘン の ビョウブ を かこう と すれば、 ジゴク を みなければ なるまい な」
「さよう で ござりまする。 が、 ワタクシ は センネン オオカジ が ございました とき に、 エンネツ ジゴク の モウカ にも まがう ヒノテ を、 マノアタリ に ながめました。 『ヨジリフドウ』 の カエン を かきました の も、 じつは あの カジ に あった から で ございまする。 ゴゼン も あの エ は ゴショウチ で ございましょう」
「しかし ザイニン は どう じゃ。 ゴクソツ は みた こと が あるまい な」 オオトノサマ は まるで ヨシヒデ の もうす こと が オミミ に はいらなかった よう な ゴヨウス で、 こう たたみかけて おたずね に なりました。
「ワタクシ は クロガネ の クサリ に いましめられた モノ を みた こと が ございまする。 ケチョウ に なやまされる モノ の スガタ も、 つぶさに うつしとりました。 されば ザイニン の カシャク に くるしむ サマ も しらぬ と もうされませぬ。 また ゴクソツ は――」 と いって、 ヨシヒデ は キミ の わるい クショウ を もらしながら、 「また ゴクソツ は、 ユメウツツ に ナンド と なく、 ワタクシ の メ に うつりました。 あるいは ゴズ、 あるいは メズ、 あるいは サンメン ロッピ の オニ の カタチ が、 オト の せぬ テ を たたき、 コエ の でぬ クチ を ひらいて、 ワタクシ を さいなみ に まいります の は、 ほとんど マイニチ マイヨ の こと と もうして も よろしゅう ございましょう。 ――ワタクシ の かこう と して かけぬ の は、 そのよう な もの では ございませぬ」
 それ には オオトノサマ も、 さすが に おおどろき に なった の で ございましょう。 しばらく は ただ いらだたしそう に、 ヨシヒデ の カオ を にらめて おいで に なりました が、 やがて マユ を けわしく おうごかし に なりながら、
「では ナニ が かけぬ と もうす の じゃ」 と うっちゃる よう に おっしゃいました。

 15

「ワタクシ は ビョウブ の タダナカ に、 ビロウゲ の クルマ が 1 リョウ、 ソラ から おちて くる ところ を かこう と おもって おりまする」 ヨシヒデ は こう いって、 はじめて するどく オオトノサマ の オカオ を ながめました。 あの オトコ は エ の こと を いう と、 キチガイ ドウヨウ に なる とは きいて おりました が、 その とき の メ の クバリ には たしか に さよう な オソロシサ が あった よう で ございます。
「その クルマ の ナカ には、 ヒトリ の あでやか な ジョウロウ が、 モウカ の ナカ に クロカミ を みだしながら、 もだえくるしんで いる の で ございまする。 カオ は ケムリ に むせびながら、 マユ を ひそめて、 ソラザマ に ヤカタ を あおいで おりましょう。 テ は シタスダレ を ひきちぎって、 ふりかかる ヒノコ の アメ を ふせごう と して いる かも しれませぬ。 そうして その マワリ には、 あやしげ な シチョウ が 10 パ と なく、 20 パ と なく、 クチバシ を ならして ふんぷん と とびめぐって いる の で ございまする。 ――ああ、 それ が、 その ギッシャ の ナカ の ジョウロウ が、 どうしても ワタクシ には かけませぬ」
「そうして―― どう じゃ」
 オオトノサマ は どういう ワケ か、 ミョウ に よろこばしそう な ミケシキ で、 こう ヨシヒデ を おうながし に なりました。 が、 ヨシヒデ は レイ の あかい クチビル を ネツ でも でた とき の よう に ふるわせながら、 ユメ を みて いる の か と おもう チョウシ で、
「それ が ワタクシ には かけませぬ」 と、 もう イチド くりかえしました が、 とつぜん かみつく よう な イキオイ に なって、
「どうか ビロウゲ の クルマ を 1 リョウ、 ワタクシ の みて いる マエ で、 ヒ を かけて いただきとう ございまする。 そうして もし できまする ならば――」
 オオトノサマ は オカオ を くらく なすった と おもう と、 とつぜん けたたましく おわらい に なりました。 そうして その オワライゴエ に イキ を つまらせながら、 おっしゃいます には、
「おお、 バンジ ソノホウ が もうす とおり に いたして つかわそう。 できる できぬ の センギ は ムヤク の サタ じゃ」
 ワタクシ は その オコトバ を うかがいます と、 ムシ の シラセ か、 なんとなく すさまじい キ が いたしました。 じっさい また オオトノサマ の ゴヨウス も、 オクチ の ハシ には しろく アワ が たまって おります し、 オマユ の アタリ には びくびく と イナズマ が はしって おります し、 まるで ヨシヒデ の モノグルイ に おそみ なすった の か と おもう ほど、 ただならなかった の で ございます。 それ が ちょいと コトバ を おきり に なる と、 すぐ また ナニ か が はぜた よう な イキオイ で、 トメド なく ノド を ならして おわらい に なりながら、
「ビロウゲ の クルマ にも ヒ を かけよう。 また その ナカ には あでやか な オンナ を ヒトリ、 ジョウロウ の ヨソオイ を させて のせて つかわそう。 ホノオ と クロケムリ と に せめられて、 クルマ の ナカ の オンナ が、 モダエジニ を する―― それ を かこう と おもいついた の は、 さすが に テンカ ダイイチ の エシ じゃ。 ほめて とらす。 おお、 ほめて とらす ぞ」
 オオトノサマ の オコトバ を ききます と、 ヨシヒデ は キュウ に イロ を うしなって あえぐ よう に ただ、 クチビル ばかり うごかして おりました が、 やがて カラダジュウ の スジ が ゆるんだ よう に、 べたり と タタミ へ リョウテ を つく と、
「ありがたい シアワセ で ございまする」 と、 きこえる か きこえない か わからない ほど ひくい コエ で、 テイネイ に オレイ を もうしあげました。 これ は おおかた ジブン の かんがえて いた モクロミ の オソロシサ が、 オオトノサマ の オコトバ に つれて ありあり と メノマエ へ うかんで きた から で ございましょう か。 ワタクシ は イッショウ の うち に ただ イチド、 この とき だけ は ヨシヒデ が、 キノドク な ニンゲン に おもわれました。

 16

 それから 2~3 ニチ した ヨル の こと で ございます。 オオトノサマ は オヤクソクドオリ、 ヨシヒデ を おめし に なって、 ビロウゲ の クルマ の やける ところ を、 まぢかく みせて おやり に なりました。 もっとも これ は ホリカワ の オヤシキ で あった こと では ございません。 ぞくに ユキゲ の ゴショ と いう、 ムカシ オオトノサマ の イモウトギミ が いらしった ラクガイ の サンソウ で、 おやき に なった の で ございます。
 この ユキゲ の ゴショ と もうします の は、 ひさしく ドナタ も おすまい には ならなかった ところ で、 ひろい オニワ も アレホウダイ あれはてて おりました が、 おおかた この ヒトケ の ない ゴヨウス を ハイケン した モノ の アテズイリョウ で ございましょう。 ここ で おなくなり に なった イモウトギミ の オミノウエ にも、 とかく の ウワサ が たちまして、 ナカ には また ツキ の ない ヨゴト ヨゴト に、 イマ でも あやしい オハカマ の ヒ の イロ が、 チ にも つかず オロウカ を あゆむ など と いう トリザタ を いたす モノ も ございました。 ――それ も ムリ では ございません。 ヒル で さえ さびしい この ゴショ は、 イチド ヒ が くれた と なります と、 ヤリミズ の オト が ひときわ イン に ひびいて、 ホシアカリ に とぶ ゴイサギ も、 ケギョウ の もの か と おもう ほど、 キミ が わるい の で ございます から。
 ちょうど その ヨ は やはり ツキ の ない、 マックラ な バン で ございました が、 オオトノ アブラ の ホカゲ で ながめます と、 エン に ちかく ザ を おしめ に なった オオトノサマ は、 アサギ の ノウシ に こい ムラサキ の ウキモン の サシヌキ を おめし に なって、 シロジ の ニシキ の フチ を とった ワロウダ に、 たかだか と アグラ を くんで いらっしゃいました。 その ゼンゴ サユウ に オソバ の モノドモ が 5~6 ニン、 うやうやしく いならんで おりました の は、 べつに とりたてて もうしあげる まで も ございますまい。 が、 ナカ に ヒトリ、 めだって ことありげ に みえた の は、 センネン ミチノク の タタカイ に うえて ヒト の ニク を くって イライ、 シカ の イキヅノ さえ さく よう に なった と いう ゴウリキ の サムライ が、 シタ に ハラマキ を きこんだ ヨウス で、 タチ を カモメジリ に はきそらせながら、 オエン の シタ に いかめしく つくばって いた こと で ございます。 ――それ が ミナ、 ヨカゼ に なびく ヒ の ヒカリ で、 あるいは あかるく あるいは くらく、 ほとんど ユメウツツ を わかたない ケシキ で、 なぜか ものすごく みえわたって おりました。
 その うえ に また、 オニワ に ひきすえた ビロウゲ の クルマ が、 たかい ヤカタ に のっしり と ヤミ を おさえて、 ウシ は つけず くろい ナガエ を ナナメ に シジ へ かけながら、 カナモノ の キン を ホシ の よう に、 ちらちら ひからせて いる の を ながめます と、 ハル とは いう ものの なんとなく はださむい キ が いたします。 もっとも その クルマ の ウチ は、 フセンリョウ の フチ を とった あおい スダレ が、 おもく ふうじこめて おります から、 ハコ には ナニ が はいって いる か わかりません。 そうして その マワリ には ジチョウ たち が、 てんでに もえさかる マツ を とって、 ケムリ が オエン の ほう へ なびく の を キ に しながら、 シサイ-らしく ひかえて おります。
 とうの ヨシヒデ は やや はなれて、 ちょうど オエン の マムカイ に、 ひざまずいて おりました が、 これ は イツモ の コウゾメ らしい カリギヌ に なえた モミエボシ を いただいて、 ホシゾラ の オモミ に おされた か と おもう くらい、 イツモ より は なお ちいさく、 みすぼらしげ に みえました。 その ウシロ に また ヒトリ、 おなじ よう な エボシ カリギヌ の うずくまった の は、 たぶん めしつれた デシ の ヒトリ で でも ございましょう か。 それ が ちょうど フタリ とも、 とおい ウスクラガリ の ナカ に うずくまって おります ので、 ワタクシ の いた オエン の シタ から は、 カリギヌ の イロ さえ さだか には わかりません。

 17

 ジコク は かれこれ マヨナカ にも ちかかった で ございましょう。 リンセン を つつんだ ヤミ が ひっそり と コエ を のんで、 イチドウ の する イキ を うかがって いる か と おもう うち には、 ただ かすか な ヨカゼ の わたる オト が して、 マツ の ケムリ が その たび に すすくさい ニオイ を おくって まいります。 オオトノサマ は しばらく だまって、 この フシギ な ケシキ を じっと ながめて いらっしゃいました が、 やがて ヒザ を おすすめ に なります と、
「ヨシヒデ」 と、 するどく およびかけ に なりました。
 ヨシヒデ は なにやら ゴヘンジ を いたした よう で ございます が、 ワタクシ の ミミ には ただ、 うなる よう な コエ しか きこえて まいりません。
「ヨシヒデ。 コヨイ は ソノホウ の ノゾミドオリ、 クルマ に ヒ を かけて みせて つかわそう」
 オオトノサマ は こう おっしゃって、 オソバ の モノタチ の ほう を ナガシメ に ゴラン に なりました。 その とき ナニ か オオトノサマ と オソバ の タレカレ との アイダ には、 イミ ありげ な ビショウ が かわされた よう にも みうけました が、 これ は あるいは ワタクシ の キ の せい かも わかりません。 すると ヨシヒデ は おそるおそる カシラ を あげて オエン の ウエ を あおいだ らしゅう ございます が、 やはり なにも もうしあげず に ひかえて おります。
「よう みい。 それ は ヨ が ヒゴロ のる クルマ じゃ。 ソノホウ も オボエ が あろう。 ――ヨ は その クルマ に これから ヒ を かけて、 マノアタリ に エンネツ ジゴク を げんぜさせる つもり じゃ が」
 オオトノサマ は また コトバ を おやめ に なって、 オソバ の モノタチ に メクバセ を なさいました。 それから キュウ に にがにがしい ゴチョウシ で、 「その ナカ には ザイニン の ニョウボウ が ヒトリ、 いましめた まま のせて ある。 されば クルマ に ヒ を かけたら、 ひつじょう その オンナ め は ニク を やき ホネ を こがして、 シク ハック の サイゴ を とげる で あろう。 ソノホウ が ビョウブ を しあげる には、 またと ない よい テホン じゃ。 ユキ の よう な ハダ が もえただれる の を みのがすな。 クロカミ が ヒノコ に なって、 まいあがる サマ も よう みて おけ」
 オオトノサマ は 3 ド クチ を おつぐみ に なりました が、 ナニ を おおもい に なった の か、 コンド は ただ カタ を ゆすって、 コエ も たてず に おわらい なさりながら、
「マツダイ まで も ない ミモノ じゃ。 ヨ も ここ で ケンブツ しよう。 それそれ、 ミス を あげて、 ヨシヒデ に ナカ の オンナ を みせて つかわさぬ か」
 オオセ を きく と ジチョウ の ヒトリ は、 カタテ に マツ の ヒ を たかく かざしながら、 つかつか と クルマ に ちかづく と、 やにわに カタテ を さしのばして、 スダレ を さらり と あげて みせました。 けたたましく オト を たてて もえる マツ の ヒカリ は、 ひとしきり あかく ゆらぎながら、 たちまち せまい ハコ の ナカ を あざやか に てらしだしました が、 トコ の ウエ に むごたらしく、 クサリ に かけられた ニョウボウ は―― ああ、 タレ か ミチガエ を いたしましょう。 きらびやか な ヌイ の ある サクラ の カラギヌ に スベラカシ の クロカミ が つややか に たれて、 うちかたむいた コガネ の サイシ も うつくしく かがやいて みえました が、 ミナリ こそ ちがえ、 コヅクリ な カラダツキ は、 イロ の しろい クビ の アタリ は、 そうして あの さびしい くらい つつましやか な ヨコガオ は、 ヨシヒデ の ムスメ に ソウイ ございません。 ワタクシ は あやうく サケビゴエ を たてよう と いたしました。
 その とき で ございます。 ワタクシ と むかいあって いた サムライ は あわただしく ミ を おこして、 ツカガシラ を カタテ に おさえながら、 きっと ヨシヒデ の ほう を にらみました。 それ に おどろいて ながめます と、 あの オトコ は この ケシキ に、 なかば ショウキ を うしなった の で ございましょう。 イマ まで シタ に うずくまって いた の が、 キュウ に とびたった と おもいます と、 リョウテ を マエ へ のばした まま、 クルマ の ほう へ おもわず しらず はしりかかろう と いたしました。 ただ あいにく マエ にも もうしました とおり、 とおい カゲ の ナカ に おります ので、 カオカタチ は はっきり と わかりません。 しかし そう おもった の は ほんの イッシュンカン で、 イロ を うしなった ヨシヒデ の カオ は、 いや、 まるで ナニ か メ に みえない チカラ が、 チュウ へ つりあげた よう な ヨシヒデ の スガタ は、 たちまち ウスクラガリ を きりぬいて ありあり と ガンゼン へ うかびあがりました。 ムスメ を のせた ビロウゲ の クルマ が、 この とき、 「ヒ を かけい」 と いう オオトノサマ の オコトバ と ともに、 ジチョウ たち が なげる マツ の ヒ を あびて えんえん と もえあがった の で ございます。

 18

 ヒ は みるみる うち に、 ヤカタ を つつみました。 ヒサシ に ついた ムラサキ の フサ が、 あおられた よう に さっと なびく と、 その シタ から もうもう と ヨメ にも しろい ケムリ が ウズ を まいて、 あるいは スダレ、 あるいは ソデ、 あるいは ムネ の カナモノ が、 イチジ に くだけて とんだ か と おもう ほど、 ヒノコ が アメ の よう に まいあがる―― その スサマジサ と いったら ございません。 いや、 それ より も めらめら と シタ を はいて ソデゴウシ に からみながら、 ナカゾラ まで も たちのぼる れつれつ と した ホノオ の イロ は、 まるで ニチリン が チ に おちて、 テンカ が ほとばしった よう だ と でも もうしましょう か。 マエ に あやうく さけぼう と した ワタクシ も、 イマ は まったく タマシイ を けして、 ただ ぼうぜん と クチ を ひらきながら、 この おそろしい コウケイ を みまもる より ホカ は ございません でした。 しかし オヤ の ヨシヒデ は――
 ヨシヒデ の その とき の カオツキ は、 イマ でも ワタクシ は わすれません。 おもわず しらず クルマ の ほう へ かけよろう と した あの オトコ は、 ヒ が もえあがる と ドウジ に、 アシ を とめて、 やはり テ を さしのばした まま、 くいいる ばかり の メツキ を して、 クルマ を つつむ エンエン を すいつけられた よう に ながめて おりました が、 マンシン に あびた ヒ の ヒカリ で、 シワダラケ な みにくい カオ は、 ヒゲ の サキ まで も よく みえます。 が、 その おおきく みひらいた メ の ナカ と いい、 ひきゆがめた クチビル の アタリ と いい、 あるいは また たえず ひきつって いる ホオ の ニク の フルエ と いい、 ヨシヒデ の ココロ に こもごも オウライ する オソレ と カナシミ と オドロキ とは、 れきれき と カオ に かかれました。 クビ を はねられる マエ の ヌスビト でも、 ないしは ジュウオウ ノ チョウ へ ひきだされた、 ジュウギャク ゴアク の ザイニン でも、 ああ まで くるしそう な カオ は いたしますまい。 これ には さすが に あの ゴウリキ の サムライ で さえ、 おもわず イロ を かえて、 おそるおそる オオトノサマ の オカオ を あおぎました。
 が、 オオトノサマ は かたく クチビル を おかみ に なりながら、 ときどき きみわるく おわらい に なって、 メ も はなさず じっと クルマ の ほう を おみつめ に なって いらっしゃいます。 そうして その クルマ の ナカ には―― ああ、 ワタクシ は その とき、 その クルマ に どんな ムスメ の スガタ を ながめた か、 それ を くわしく もうしあげる ユウキ は、 とうてい あろう とも おもわれません。 あの ケムリ に むせんで あおむけた カオ の シロサ、 ホノオ を はらって ふりみだれた カミ の ナガサ、 それから また みるまに ヒ と かわって ゆく、 サクラ の カラギヌ の ウツクシサ、 ――なんと いう むごたらしい ケシキ で ございましたろう。 ことに ヨカゼ が ヒトオロシ して、 ケムリ が ムコウ へ なびいた とき、 あかい うえ に キンプン を まいた よう な、 ホノオ の ナカ から うきあがって、 カミ を クチ に かみながら、 イマシメ の クサリ も きれる ばかり ミモダエ を した アリサマ は、 ジゴク の ゴウク を マノアタリ へ うつしだした か と うたがわれて、 ワタクシ ハジメ ゴウリキ の サムライ まで おのずと ミノケ が よだちました。
 すると その ヨカゼ が また ヒトワタリ、 オニワ の キギ の コズエ に さっと かよう―― と タレ でも、 おもいましたろう。 そういう オト が くらい ソラ を、 どこ とも しらず はしった と おもう と、 たちまち ナニ か くろい もの が、 チ にも つかず チュウ にも とばず、 マリ の よう に おどりながら、 ゴショ の ヤネ から ヒ の もえさかる クルマ の ナカ へ、 イチモンジ に とびこみました。 そうして シュヌリ の よう な ソデゴウシ が、 ばらばら と やけおちる ナカ に、 のけぞった ムスメ の カタ を だいて、 キヌ を さく よう な するどい コエ を、 なんとも いえず くるしそう に、 ながく ケムリ の ソト へ とばせました。 つづいて また、 フタコエ ミコエ―― ワタクシタチ は われしらず、 あっ と ドウオン に さけびました。 カベシロ の よう な ホノオ を ウシロ に して、 ムスメ の カタ に すがって いる の は、 ホリカワ の オヤシキ に つないで あった、 あの ヨシヒデ と アダナ の ある、 サル だった の で ございます から。 その サル が どこ を どうして この ゴショ まで、 しのんで きた か、 それ は もちろん タレ にも わかりません。 が、 ヒゴロ かわいがって くれた ムスメ なれば こそ、 サル も イッショ に ヒ の ナカ へ はいった の で ございましょう。

 19

 が、 サル の スガタ が みえた の は、 ほんの イッシュンカン で ございました。 キンナシジ の よう な ヒノコ が ひとしきり、 ぱっと ソラ へ あがった か と おもう うち に、 サル は もとより ムスメ の スガタ も、 クロケムリ の ソコ に かくされて、 オニワ の マンナカ には ただ、 1 リョウ の ヒ の クルマ が すさまじい オト を たてながら、 もえたぎって いる ばかり で ございます。 いや、 ヒ の クルマ と いう より も、 あるいは ヒ の ハシラ と いった ほう が、 あの ホシゾラ を ついて にえかえる、 おそろしい カエン の アリサマ には ふさわしい かも しれません。
 その ヒ の ハシラ を マエ に して、 こりかたまった よう に たって いる ヨシヒデ は、 ――なんと いう フシギ な こと で ございましょう。 あの サッキ まで ジゴク の セメク に なやんで いた よう な ヨシヒデ は、 イマ は イイヨウ の ない カガヤキ を、 さながら こうこつ と した ホウエツ の カガヤキ を、 シワダラケ な マンメン に うかべながら、 オオトノサマ の ゴゼン も わすれた の か、 リョウウデ を しっかり ムネ に くんで、 たたずんで いる では ございません か。 それ が どうも あの オトコ の メ の ナカ には、 ムスメ の もだえしぬ アリサマ が うつって いない よう なの で ございます。 ただ うつくしい カエン の イロ と、 その ナカ に くるしむ ニョニン の スガタ と が、 かぎりなく ココロ を よろこばせる―― そういう ケシキ に みえました。
 しかも フシギ なの は、 なにも あの オトコ が ヒトリムスメ の ダンマツマ を うれしそう に ながめて いた、 それ ばかり では ございません。 その とき の ヨシヒデ には、 なぜか ニンゲン とは おもわれない、 ユメ に みる シシオウ の イカリ に にた、 あやしげ な オゴソカサ が ございました。 で ございます から フイ の ヒノテ に おどろいて、 なきさわぎながら とびまわる カズ の しれない ヨドリ で さえ、 キ の せい か ヨシヒデ の モミエボシ の マワリ へは、 ちかづかなかった よう で ございます。 おそらくは ムシン の トリ の メ にも、 あの オトコ の カシラ の ウエ に、 エンコウ の ごとく かかって いる、 フカシギ な イゲン が みえた の で ございましょう。
 トリ で さえ そう で ございます。 まして ワタクシタチ は ジチョウ まで も、 ミナ イキ を ひそめながら、 ミ の ウチ も ふるえる ばかり、 イヨウ な ズイキ の ココロ に みちみちて、 まるで カイゲン の ブツ でも みる よう に、 メ も はなさず、 ヨシヒデ を みつめました。 ソラ イチメン に なりわたる クルマ の ヒ と、 それ に タマシイ を うばわれて、 たちすくんで いる ヨシヒデ と―― なんと いう ショウゴン、 なんと いう カンキ で ございましょう。 が、 その ナカ で たった ヒトリ、 オエン の ウエ の オオトノサマ だけ は、 まるで ベツジン か と おもわれる ほど、 オカオ の イロ も あおざめて、 クチモト に アワ を おため に なりながら、 ムラサキ の サシヌキ の ヒザ を リョウテ に しっかり おつかみ に なって、 ちょうど ノド の かわいた ケモノ の よう に あえぎつづけて いらっしゃいました。……

 20

 その ヨ ユキゲ の ゴショ で、 オオトノサマ が クルマ を おやき に なった こと は、 タレ の クチ から とも なく セジョウ へ もれました が、 それ に ついて は ずいぶん イロイロ な ヒハン を いたす モノ も おった よう で ございます。 まず ダイイチ に なぜ オオトノサマ が ヨシヒデ の ムスメ を おやきころし なすった か、 ――これ は、 かなわぬ コイ の ウラミ から なすった の だ と いう ウワサ が、 いちばん おおう ございました。 が、 オオトノサマ の オボシメシ は、 まったく クルマ を やき ヒト を ころして まで も、 ビョウブ の エ を かこう と する エシ コンジョウ の ヨコシマ なの を こらす おつもり だった の に ソウイ ございません。 げんに ワタクシ は、 オオトノサマ が おくちずから そう おっしゃる の を うかがった こと さえ ございます。
 それから あの ヨシヒデ が、 モクゼン で ムスメ を やきころされながら、 それでも ビョウブ の エ を かきたい と いう その ボクセキ の よう な ココロモチ が、 やはり なにかと あげつらわれた よう で ございます。 ナカ には あの オトコ を ののしって、 エ の ため には オヤコ の ジョウアイ も わすれて しまう、 ニンメン ジュウシン の クセモノ だ など と もうす モノ も ございました。 あの ヨカワ の ソウズ サマ など は、 こういう カンガエ に ミカタ を なすった オヒトリ で、 「いかに イチゲイ イチノウ に ひいでよう とも、 ヒト と して ゴジョウ を わきまえねば、 ジゴク に おちる ホカ は ない」 など と、 よく おっしゃった もの で ございます。
 ところが ソノゴ ヒトツキ ばかり たって、 いよいよ ジゴクヘン の ビョウブ が できあがります と、 ヨシヒデ は さっそく それ を オヤシキ へ もって でて、 うやうやしく オオトノサマ の ゴラン に そなえました。 ちょうど その とき は ソウズ サマ も おいあわせ に なりました が、 ビョウブ の エ を ヒトメ ゴラン に なります と、 さすが に あの 1 ジョウ の テンチ に ふきすさんで いる ヒ の アラシ の オソロシサ に おおどろき なすった の で ございましょう。 それまで は にがい カオ を なさりながら、 ヨシヒデ の ほう を じろじろ ねめつけて いらしった の が、 おもわず しらず ヒザ を うって、 「でかしおった」 と おっしゃいました。 この コトバ を おきき に なって、 オオトノサマ が クショウ なすった とき の ゴヨウス も、 いまだに ワタクシ は わすれません。
 それ イライ あの オトコ を わるく いう モノ は、 すくなくとも オヤシキ の ナカ だけ では、 ほとんど ヒトリ も いなく なりました。 タレ でも あの ビョウブ を みる モノ は、 いかに ヒゴロ ヨシヒデ を にくく おもって いる に せよ、 フシギ に おごそか な ココロモチ に うたれて、 エンネツ ジゴク の ダイクゲン を ニョジツ に かんじる から でも ございましょう か。
 しかし そう なった ジブン には、 ヨシヒデ は もう コノヨ に ない ヒト の カズ に はいって おりました。 それ も ビョウブ の できあがった ツギ の ヨ に、 ジブン の ヘヤ の ハリ へ ナワ を かけて、 くびれしんだ の で ございます。 ヒトリムスメ を さきだてた あの オトコ は、 おそらく あんかん と して いきながらえる の に たえなかった の で ございましょう。 シガイ は イマ でも あの オトコ の イエ の アト に うずまって おります。 もっとも ちいさな シルシ の イシ は、 その ノチ ナンジュウネン か の アメカゼ に さらされて、 とうの ムカシ タレ の ハカ とも しれない よう に、 こけむして いる に チガイ ございません。

2013/11/09

ゴンギツネ

 ゴンギツネ

 ニイミ ナンキチ

 1

 これ は、 ワタシ が ちいさい とき に、 ムラ の モヘイ と いう オジイサン から きいた オハナシ です。
 ムカシ は、 ワタシタチ の ムラ の チカク の、 ナカヤマ と いう ところ に ちいさな オシロ が あって、 ナカヤマ サマ と いう オトノサマ が、 おられた そう です。
 その ナカヤマ から、 すこし はなれた ヤマ の ナカ に、 「ゴンギツネ」 と いう キツネ が いました。 ゴン は、 ヒトリボッチ の コギツネ で、 シダ の いっぱい しげった モリ の ナカ に アナ を ほって すんで いました。 そして、 ヨル でも ヒル でも、 アタリ の ムラ へ でて きて、 イタズラ ばかり しました。 ハタケ へ はいって イモ を ほりちらしたり、 ナタネガラ の、 ほして ある の へ ヒ を つけたり、 ヒャクショウヤ の ウラテ に つるして ある トンガラシ を むしりとって、 いったり、 いろんな こと を しました。
 ある アキ の こと でした。 2~3 ニチ アメ が ふりつづいた その アイダ、 ゴン は、 ソト へも でられなくて アナ の ナカ に しゃがんで いました。
 アメ が あがる と、 ゴン は、 ほっと して アナ から はいでました。 ソラ は からっと はれて いて、 モズ の コエ が きんきん、 ひびいて いました。
 ゴン は、 ムラ の オガワ の ツツミ まで でて きました。 アタリ の、 ススキ の ホ には、 まだ アメ の シズク が ひかって いました。 カワ は イツモ は ミズ が すくない の です が、 ミッカ も の アメ で、 ミズ が、 どっと まして いました。 タダ の とき は ミズ に つかる こと の ない、 カワベリ の ススキ や、 ハギ の カブ が、 きいろく にごった ミズ に ヨコダオシ に なって、 もまれて います。 ゴン は カワシモ の ほう へ と、 ヌカルミミチ を あるいて いきました。
 ふと みる と、 カワ の ナカ に ヒト が いて、 ナニ か やって います。 ゴン は、 みつからない よう に、 そうっと クサ の ふかい ところ へ あるきよって、 そこ から じっと のぞいて みました。
「ヒョウジュウ だな」 と、 ゴン は おもいました。 ヒョウジュウ は ぼろぼろ の くろい キモノ を まくしあげて、 コシ の ところ まで ミズ に ひたりながら、 サカナ を とる、 ハリキリ と いう、 アミ を ゆすぶって いました。 ハチマキ を した カオ の ヨコッチョウ に、 まるい ハギ の ハ が 1 マイ、 おおきな ホクロ みたい に へばりついて いました。
 しばらく する と、 ヒョウジュウ は、 ハリキリアミ の いちばん ウシロ の、 フクロ の よう に なった ところ を、 ミズ の ナカ から もちあげました。 その ナカ には、 シバ の ネ や、 クサ の ハ や、 くさった キギレ など が、 ごちゃごちゃ はいって いました が、 でも ところどころ、 しろい もの が きらきら ひかって います。 それ は、 ふとい ウナギ の ハラ や、 おおきな キス の ハラ でした。 ヒョウジュウ は、 ビク の ナカ へ、 その ウナギ や キス を、 ゴミ と イッショ に ぶちこみました。 そして また、 フクロ の クチ を しばって、 ミズ の ナカ へ いれました。
 ヒョウジュウ は それから、 ビク を もって カワ から あがり ビク を ドテ に おいといて、 ナニ を さがし に か、 カワカミ の ほう へ かけて いきました。
 ヒョウジュウ が いなく なる と、 ゴン は、 ぴょいと クサ の ナカ から とびだして、 ビク の ソバ へ かけつけました。 ちょいと、 イタズラ が したく なった の です。 ゴン は ビク の ナカ の サカナ を つかみだして は、 ハリキリアミ の かかって いる ところ より シモテ の カワ の ナカ を めがけて、 ぽんぽん なげこみました。 どの サカナ も、 「とぼん」 と オト を たてながら にごった ミズ の ナカ へ もぐりこみました。
 いちばん シマイ に、 ふとい ウナギ を つかみ に かかりました が、 なにしろ ぬるぬる と すべりぬける ので、 テ では つかめません。 ゴン は じれったく なって、 アタマ を ビク の ナカ に つっこんで、 ウナギ の アタマ を クチ に くわえました。 ウナギ は、 きゅっ と いって、 ゴン の クビ へ まきつきました。 その トタン に ヒョウジュウ が、 ムコウ から、
「うわぁ ヌスト-ギツネ め」 と、 どなりたてました。 ゴン は、 びっくり して とびあがりました。 ウナギ を ふりすてて にげよう と しました が、 ウナギ は、 ゴン の クビ に まきついた まま はなれません。 ゴン は そのまま ヨコットビ に とびだして イッショウ ケンメイ に、 にげて いきました。
 ホラアナ の チカク の、 ハンノキ の シタ で ふりかえって みました が、 ヒョウジュウ は おっかけて は きません でした。
 ゴン は、 ほっと して、 ウナギ の アタマ を かみくだき、 やっと はずして アナ の ソト の、 クサ の ハ の ウエ に のせて おきました。

 2

 トオカ ほど たって、 ゴン が、 ヤスケ と いう オヒャクショウ の ウチ の ウラ を とおりかかります と、 そこ の、 イチジク の キ の カゲ で、 ヤスケ の カナイ が、 オハグロ を つけて いました。 カジヤ の シンベエ の ウチ の ウラ を とおる と、 シンベエ の カナイ が、 カミ を すいて いました。 ゴン は、
「ふふん、 ムラ に ナニ か ある ん だな」 と おもいました。
「ナン だろう、 アキマツリ かな。 マツリ なら、 タイコ や フエ の オト が しそう な もの だ。 それに だいいち、 オミヤ に ノボリ が たつ はず だ が」
 こんな こと を かんがえながら やって きます と、 いつのまにか、 オモテ に あかい イド の ある、 ヒョウジュウ の ウチ の マエ へ きました。 その ちいさな、 こわれかけた イエ の ナカ には、 オオゼイ の ヒト が あつまって いました。 ヨソイキ の キモノ を きて、 コシ に テヌグイ を さげたり した オンナ たち が、 オモテ の カマド で ヒ を たいて います。 おおきな ナベ の ナカ では、 ナニ か ぐずぐず にえて いました。
「ああ、 ソウシキ だ」 と、 ゴン は おもいました。
「ヒョウジュウ の ウチ の ダレ が しんだ ん だろう」
 オヒル が すぎる と、 ゴン は、 ムラ の ボチ へ いって、 ロクジゾウ さん の カゲ に かくれて いました。 いい オテンキ で、 とおく ムコウ には オシロ の ヤネガワラ が ひかって います。 ボチ には、 ヒガンバナ が、 あかい キレ の よう に さきつづいて いました。 と、 ムラ の ほう から、 かーん、 かーん と カネ が なって きました。 ソウシキ の でる アイズ です。
 やがて、 しろい キモノ を きた ソウレツ の モノタチ が やって くる の が ちらちら みえはじめました。 ハナシゴエ も ちかく なりました。 ソウレツ は ボチ へ はいって きました。 ヒトビト が とおった アト には、 ヒガンバナ が、 ふみおられて いました。
 ゴン は のびあがって みました。 ヒョウジュウ が、 しろい カミシモ を つけて、 イハイ を ささげて います。 イツモ は あかい サツマイモ みたい な ゲンキ の いい カオ が、 キョウ は なんだか しおれて いました。
「ははん、 しんだ の は ヒョウジュウ の オッカア だ」
 ゴン は そう おもいながら、 アタマ を ひっこめました。
 その バン、 ゴン は、 アナ の ナカ で かんがえました。
「ヒョウジュウ の オッカア は、 トコ に ついて いて、 ウナギ が たべたい と いった に ちがいない。 それで ヒョウジュウ が ハリキリアミ を もちだした ん だ。 ところが、 ワシ が イタズラ を して、 ウナギ を とって きて しまった。 だから ヒョウジュウ は、 オッカア に ウナギ を たべさせる こと が できなかった。 そのまま オッカア は、 しんじゃった に ちがいない。 ああ、 ウナギ が たべたい、 ウナギ が たべたい と おもいながら、 しんだ ん だろう。 ちょっ、 あんな イタズラ を しなけりゃ よかった」

 3

 ヒョウジュウ が、 あかい イド の ところ で、 ムギ を といで いました。
 ヒョウジュウ は イマ まで、 オッカア と フタリ きり で まずしい クラシ を して いた もの で、 オッカア が しんで しまって は、 もう ヒトリボッチ でした。
「オレ と おなじ ヒトリボッチ の ヒョウジュウ か」
 こちら の モノオキ の ウシロ から みて いた ゴン は、 そう おもいました。
 ゴン は モノオキ の ソバ を はなれて、 ムコウ へ いきかけます と、 どこ か で、 イワシ を うる コエ が します。
「イワシ の ヤスウリ だぁい。 イキ の いい イワシ だぁい」
 ゴン は、 その、 イセイ の いい コエ の する ほう へ はしって いきました。 と、 ヤスケ の オカミサン が ウラトグチ から、
「イワシ を おくれ」 と いいました。 イワシウリ は、 イワシ の カゴ を つんだ クルマ を、 ミチバタ に おいて、 ぴかぴか ひかる イワシ を リョウテ で つかんで、 ヤスケ の ウチ の ナカ へ もって はいりました。 ゴン は その スキマ に、 カゴ の ナカ から、 5~6 ピキ の イワシ を つかみだして、 もと きた ほう へ かけだしました。 そして、 ヒョウジュウ の ウチ の ウラグチ から、 ウチ の ナカ へ イワシ を なげこんで、 アナ へ むかって かけもどりました。 トチュウ の サカ の ウエ で ふりかえって みます と、 ヒョウジュウ が まだ、 イド の ところ で ムギ を といで いる の が ちいさく みえました。
 ゴン は、 ウナギ の ツグナイ に、 まず ヒトツ、 いい こと を した と おもいました。
 ツギ の ヒ には、 ゴン は ヤマ で クリ を どっさり ひろって、 それ を かかえて、 ヒョウジュウ の ウチ へ いきました。 ウラグチ から のぞいて みます と、 ヒョウジュウ は、 ヒルメシ を たべかけて、 チャワン を もった まま、 ぼんやり と かんがえこんで いました。 ヘン な こと には ヒョウジュウ の ホッペタ に、 カスリキズ が ついて います。 どうした ん だろう と、 ゴン が おもって います と、 ヒョウジュウ が ヒトリゴト を いいました。
「いったい ダレ が、 イワシ なんか を オレ の ウチ へ ほうりこんで いった ん だろう。 おかげで オレ は、 ヌスビト と おもわれて、 イワシヤ の ヤツ に、 ひどい メ に あわされた」 と、 ぶつぶつ いって います。
 ゴン は、 これ は しまった と おもいました。 かわいそう に ヒョウジュウ は、 イワシヤ に ぶんなぐられて、 あんな キズ まで つけられた の か。
 ゴン は こう おもいながら、 そっと モノオキ の ほう へ まわって その イリグチ に、 クリ を おいて かえりました。
 ツギ の ヒ も、 その ツギ の ヒ も ゴン は、 クリ を ひろって は、 ヒョウジュウ の ウチ へ もって きて やりました。 その ツギ の ヒ には、 クリ ばかり で なく、 マツタケ も 2~3 ボン もって いきました。

 4

 ツキ の いい バン でした。 ゴン は、 ぶらぶら あそび に でかけました。 ナカヤマ サマ の オシロ の シタ を とおって すこし いく と、 ほそい ミチ の ムコウ から、 ダレ か くる よう です。 ハナシゴエ が きこえます。 ちんちろりん、 ちんちろりん と マツムシ が ないて います。
 ゴン は、 ミチ の カタガワ に かくれて、 じっと して いました。 ハナシゴエ は だんだん ちかく なりました。 それ は、 ヒョウジュウ と、 カスケ と いう オヒャクショウ でした。
「そうそう、 なあ カスケ」 と、 ヒョウジュウ が いいました。
「ああん?」
「オレ あ、 コノゴロ、 とても、 フシギ な こと が ある ん だ」
「ナニ が?」
「オッカア が しんで から は、 ダレ だ か しらん が、 オレ に クリ や マツタケ なんか を、 マイニチ マイニチ くれる ん だよ」
「ふうん、 ダレ が?」
「それ が わからん の だよ。 オレ の しらん うち に、 おいて いく ん だ」
 ゴン は、 フタリ の アト を つけて いきました。
「ホント かい?」
「ホント だ とも。 ウソ と おもう なら、 アシタ み に こい よ。 その クリ を みせて やる よ」
「へえ、 ヘン な こと も ある もん だなぁ」
 それなり、 フタリ は だまって あるいて いきました。
 カスケ が ひょいと、 ウシロ を みました。 ゴン は びくっと して、 ちいさく なって たちどまりました。 カスケ は、 ゴン には キ が つかない で、 そのまま さっさと あるきました。 キチベエ と いう オヒャクショウ の ウチ まで くる と、 フタリ は そこ へ はいって いきました。 ぽんぽん ぽんぽん と モクギョ の オト が して います。 マド の ショウジ に アカリ が さして いて、 おおきな ボウズアタマ が うつって うごいて いました。 ゴン は、
「オネンブツ が ある ん だな」 と おもいながら イド の ソバ に しゃがんで いました。 しばらく する と、 また 3 ニン ほど、 ヒト が つれだって キチベエ の ウチ へ はいって いきました。 オキョウ を よむ コエ が きこえて きました。

 5

 ゴン は、 オネンブツ が すむ まで、 イド の ソバ に しゃがんで いました。 ヒョウジュウ と カスケ は また イッショ に かえって いきます。 ゴン は、 フタリ の ハナシ を きこう と おもって、 ついて いきました。 ヒョウジュウ の カゲボウシ を ふみふみ いきました。
 オシロ の マエ まで きた とき、 カスケ が いいだしました。
「サッキ の ハナシ は、 きっと、 そりゃあ、 カミサマ の シワザ だぞ」
「えっ?」 と、 ヒョウジュウ は びっくり して、 カスケ の カオ を みました。
「オレ は、 あれ から ずっと かんがえて いた が、 どうも、 そりゃ、 ニンゲン じゃ ない、 カミサマ だ、 カミサマ が、 オマエ が たった ヒトリ に なった の を あわれ に おもわっしゃって、 いろんな もの を めぐんで くださる ん だよ」
「そう かなあ」
「そう だ とも。 だから、 マイニチ カミサマ に オレイ を いう が いい よ」
「うん」
 ゴン は、 へえ、 こいつ は つまらない な と おもいました。 オレ が、 クリ や マツタケ を もって いって やる のに、 その オレ には オレイ を いわない で、 カミサマ に オレイ を いう ん じゃあ、 オレ は、 ひきあわない なあ。

 6

 その あくる ヒ も ゴン は、 クリ を もって、 ヒョウジュウ の ウチ へ でかけました。 ヒョウジュウ は モノオキ で ナワ を なって いました。 それで ゴン は ウチ の ウラグチ から、 こっそり ナカ へ はいりました。
 その とき ヒョウジュウ は、 ふと カオ を あげました。 と キツネ が ウチ の ナカ へ はいった では ありません か。 こないだ ウナギ を ぬすみやがった あの ゴンギツネ め が、 また イタズラ を し に きた な。
「ようし」
 ヒョウジュウ は、 たちあがって、 ナヤ に かけて ある ヒナワジュウ を とって、 カヤク を つめました。
 そして アシオト を しのばせて ちかよって、 イマ トグチ を でよう と する ゴン を、 どん と、 うちました。 ゴン は、 ばたり と たおれました。 ヒョウジュウ は かけよって きました。 ウチ の ナカ を みる と、 ドマ に クリ が、 かためて おいて ある の が メ に つきました。
「おや」 と ヒョウジュウ は、 びっくり して ゴン に メ を おとしました。
「ゴン、 オマイ だった の か。 いつも クリ を くれた の は」
 ゴン は、 ぐったり と メ を つぶった まま、 うなずきました。
 ヒョウジュウ は、 ヒナワジュウ を ばたり と、 とりおとしました。 あおい ケムリ が、 まだ ツツグチ から ほそく でて いました。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...