2014/05/26

トロッコ

 トロッコ

 アクタガワ リュウノスケ

 オダワラ-アタミ-カン に、 ケイベン テツドウ フセツ の コウジ が はじまった の は、 リョウヘイ の ヤッツ の トシ だった。 リョウヘイ は マイニチ ムラハズレ へ、 その コウジ を ケンブツ に いった。 コウジ を ――と いった ところ が、 ただ トロッコ で ツチ を ウンパン する―― それ が オモシロサ に み に いった の で ある。
 トロッコ の ウエ には ドコウ が フタリ、 ツチ を つんだ ウシロ に たたずんで いる。 トロッコ は ヤマ を くだる の だ から、 ヒトデ を かりず に はしって くる。 あおる よう に シャダイ が うごいたり、 ドコウ の ハンテン の スソ が ひらついたり、 ほそい センロ が しなったり―― リョウヘイ は そんな ケシキ を ながめながら、 ドコウ に なりたい と おもう こと が ある。 せめては イチド でも ドコウ と イッショ に、 トロッコ へ のりたい と おもう こと も ある。 トロッコ は ムラハズレ の ヘイチ へ くる と、 しぜん と そこ に とまって しまう。 と ドウジ に ドコウ たち は、 ミガル に トロッコ を とびおりる が はやい か、 その センロ の シュウテン へ クルマ の ツチ を ぶちまける。 それから コンド は トロッコ を おしおし、 もと きた ヤマ の ほう へ のぼりはじめる。 リョウヘイ は その とき のれない まで も、 おす こと さえ できたら と おもう の で ある。
 ある ユウガタ、 ――それ は 2 ガツ の ショジュン だった。 リョウヘイ は フタツ シタ の オトウト や、 オトウト と おなじ トシ の トナリ の コドモ と、 トロッコ の おいて ある ムラハズレ へ いった。 トロッコ は ドロダラケ に なった まま、 うすあかるい ナカ に ならんで いる。 が、 その ホカ は どこ を みて も、 ドコウ たち の スガタ は みえなかった。 3 ニン の コドモ は おそるおそる、 いちばん ハシ に ある トロッコ を おした。 トロッコ は 3 ニン の チカラ が そろう と、 とつぜん ごろり と シャリン を まわした。 リョウヘイ は この オト に ひやり と した。 しかし 2 ド-メ の シャリン の オト は、 もう カレ を おどろかさなかった。 ごろり、 ごろり、 ――トロッコ は そういう オト と ともに、 3 ニン の テ に おされながら、 そろそろ センロ を のぼって いった。
 その うち に かれこれ 10 ケン ほど くる と、 センロ の コウバイ が キュウ に なりだした。 トロッコ も 3 ニン の チカラ では、 いくら おして も うごかなく なった。 どうか すれば クルマ と イッショ に、 おしもどされそう にも なる こと が ある。 リョウヘイ は もう よい と おもった から、 トシシタ の フタリ に アイズ を した。
「さあ、 のろう!」
 カレラ は イチド に テ を はなす と、 トロッコ の ウエ へ とびのった。 トロッコ は サイショ おもむろに、 それから みるみる イキオイ よく、 ヒトイキ に センロ を くだりだした。 その トタン に ツキアタリ の フウケイ は、 たちまち リョウガワ へ わかれる よう に、 ずんずん メノマエ へ テンカイ して くる。 カオ に あたる ハクボ の カゼ、 アシ の シタ に おどる トロッコ の ドウヨウ、 ――リョウヘイ は ほとんど ウチョウテン に なった。
 しかし トロッコ は 2~3 プン の ノチ、 もう モト の シュウテン に とまって いた。
「さあ、 もう イチド おす じゃあ」
 リョウヘイ は トシシタ の フタリ と イッショ に、 また トロッコ を オシアゲ に かかった。 が、 まだ シャリン も うごかない うち に、 とつぜん カレラ の ウシロ には、 ダレ か の アシオト が きこえだした。 のみならず それ は きこえだした と おもう と、 キュウ に こういう ドナリゴエ に かわった。
「この ヤロウ! ダレ に ことわって トロ に さわった?」
 そこ には ふるい シルシバンテン に、 キセツハズレ の ムギワラボウ を かぶった、 セ の たかい ドコウ が たたずんで いる。 ――そういう スガタ が メ に はいった とき、 リョウヘイ は トシシタ の フタリ と イッショ に、 もう 5~6 ケン にげだして いた。 ――それぎり リョウヘイ は ツカイ の カエリ に、 ヒトケ の ない コウジバ の トロッコ を みて も、 ニド と のって みよう と おもった こと は ない。 ただ その とき の ドコウ の スガタ は、 イマ でも リョウヘイ の アタマ の どこ か に、 はっきり した キオク を のこして いる。 ウスアカリ の ナカ に ほのめいた、 ちいさい キイロ の ムギワラボウ、 ――しかし その キオク さえ も、 トシゴト に シキサイ は うすれる らしい。
 その ノチ トオカ あまり たって から、 リョウヘイ は また たった ヒトリ、 ヒルスギ の コウジバ に たたずみながら、 トロッコ の くる の を ながめて いた。 すると ツチ を つんだ トロッコ の ホカ に、 マクラギ を つんだ トロッコ が 1 リョウ、 これ は ホンセン に なる はず の、 ふとい センロ を のぼって きた。 この トロッコ を おして いる の は、 フタリ とも わかい オトコ だった。 リョウヘイ は カレラ を みた とき から、 なんだか したしみやすい よう な キ が した。 「この ヒトタチ ならば しかられない」 ――カレ は そう おもいながら、 トロッコ の ソバ へ かけて いった。
「オジサン。 おして やろう か?」
 その ナカ の ヒトリ、 ――シマ の シャツ を きて いる オトコ は、 ウツムキ に トロッコ を おした まま、 おもった とおり こころよい ヘンジ を した。
「おお、 おして くよう」
 リョウヘイ は フタリ の アイダ に はいる と、 ちからいっぱい おしはじめた。
「ワレ は なかなか チカラ が ある な」
 タ の ヒトリ、 ――ミミ に マキタバコ を はさんだ オトコ も、 こう リョウヘイ を ほめて くれた。
 その うち に センロ の コウバイ は、 だんだん ラク に なりはじめた。 「もう おさなく とも よい」 ――リョウヘイ は いまにも いわれる か と ナイシン キガカリ で ならなかった。 が、 わかい フタリ の ドコウ は、 マエ より も コシ を おこした ぎり、 もくもく と クルマ を おしつづけて いた。 リョウヘイ は とうとう こらえきれず に、 おずおず こんな こと を たずねて みた。
「いつまでも おして いて いい?」
「いい とも」
 フタリ は ドウジ に ヘンジ を した。 リョウヘイ は 「やさしい ヒトタチ だ」 と おもった。
 5~6 チョウ あまり おしつづけたら、 センロ は もう イチド キュウコウバイ に なった。 そこ には リョウガワ の ミカンバタケ に、 きいろい ミ が イクツ も ヒ を うけて いる。
「ノボリミチ の ほう が いい、 いつまでも おさせて くれる から」 ――リョウヘイ は そんな こと を かんがえながら、 ゼンシン で トロッコ を おす よう に した。
 ミカンバタケ の アイダ を のぼりつめる と、 キュウ に センロ は クダリ に なった。 シマ の シャツ を きて いる オトコ は、 リョウヘイ に 「やい、 のれ」 と いった。 リョウヘイ は すぐに とびのった。 トロッコ は 3 ニン が のりうつる と ドウジ に、 ミカンバタケ の ニオイ を あおりながら、 ヒタスベリ に センロ を はしりだした。 「おす より も のる ほう が ずっと いい」 ――リョウヘイ は ハオリ に カゼ を はらませながら、 アタリマエ の こと を かんがえた。 「ユキ に おす ところ が おおければ、 カエリ に また のる ところ が おおい」 ――そう も また かんがえたり した。
 タケヤブ の ある ところ へ くる と、 トロッコ は しずか に はしる の を やめた。 3 ニン は また マエ の よう に、 おもい トロッコ を おしはじめた。 タケヤブ は いつか ゾウキバヤシ に なった。 ツマサキアガリ の トコロドコロ には、 アカサビ の センロ も みえない ほど、 オチバ の たまって いる バショ も あった。 その ミチ を やっと のぼりきったら、 コンド は たかい ガケ の ムコウ に、 ひろびろ と うすらさむい ウミ が ひらけた。 と ドウジ に リョウヘイ の アタマ には、 あまり とおく きすぎた こと が、 キュウ に はっきり と かんじられた。
 3 ニン は また トロッコ へ のった。 クルマ は ウミ を ミギ に しながら、 ゾウキ の エダ の シタ を はしって いった。 しかし リョウヘイ は サッキ の よう に、 おもしろい キモチ には なれなかった。 「もう かえって くれれば いい」 ――カレ は そう も ねんじて みた。 が、 ゆく ところ まで ゆきつかなければ、 トロッコ も カレラ も かえれない こと は、 もちろん カレ にも わかりきって いた。
 その ツギ に クルマ の とまった の は、 きりくずした ヤマ を せおって いる、 ワラヤネ の チャミセ の マエ だった。 フタリ の ドコウ は その ミセ へ はいる と、 チノミゴ を おぶった カミサン を アイテ に、 ゆうゆう と チャ など を のみはじめた。 リョウヘイ は ヒトリ いらいら しながら、 トロッコ の マワリ を まわって みた。 トロッコ には ガンジョウ な シャダイ の イタ に、 はねかえった ドロ が かわいて いた。
 しばらく の ノチ チャミセ を でて キシナ に、 マキタバコ を ミミ に はさんだ オトコ は、 (その とき は もう はさんで いなかった が) トロッコ の ソバ に いる リョウヘイ に シンブンガミ に つつんだ ダガシ を くれた。 リョウヘイ は レイタン に 「ありがとう」 と いった。 が、 すぐに レイタン に して は、 アイテ に すまない と おもいなおした。 カレ は その レイタンサ を とりつくろう よう に、 ツツミガシ の ヒトツ を クチ へ いれた。 カシ には シンブンガミ に あった らしい、 セキユ の ニオイ が しみついて いた。
 3 ニン は トロッコ を おしながら ゆるい ケイシャ を のぼって いった。 リョウヘイ は クルマ に テ を かけて いて も、 ココロ は ホカ の こと を かんがえて いた。
 その サカ を ムコウ へ おりきる と、 また おなじ よう な チャミセ が あった。 ドコウ たち が その ナカ へ はいった アト、 リョウヘイ は トロッコ に コシ を かけながら、 かえる こと ばかり キ に して いた。 チャミセ の マエ には ハナ の さいた ウメ に、 ニシビ の ヒカリ が きえかかって いる。 「もう ヒ が くれる」 ――カレ は そう かんがえる と、 ぼんやり こしかけて も いられなかった。 トロッコ の シャリン を けって みたり、 ヒトリ では うごかない の を ショウチ しながら うんうん それ を おして みたり、 ――そんな こと に キモチ を まぎらせて いた。
 ところが ドコウ たち は でて くる と、 クルマ の ウエ の マクラギ に テ を かけながら、 ムゾウサ に カレ に こう いった。
「ワレ は もう かえんな。 オレタチ は キョウ は ムコウ-ドマリ だ から」
「あんまり カエリ が おそく なる と ワレ の ウチ でも シンパイ する ずら」
 リョウヘイ は イッシュンカン アッケ に とられた。 もう かれこれ くらく なる こと、 キョネン の クレ ハハ と イワ ムラ まで きた が、 キョウ の ミチ は その 3~4 バイ ある こと、 それ を イマ から たった ヒトリ、 あるいて かえらなければ ならない こと、 ――そういう こと が イチジ に わかった の で ある。 リョウヘイ は ほとんど なきそう に なった。 が、 ないて も シカタ が ない と おもった。 ないて いる バアイ では ない とも おもった。 カレ は わかい フタリ の ドコウ に、 とって つけた よう な オジギ を する と、 どんどん センロヅタイ に はしりだした。
 リョウヘイ は しばらく ムガ ムチュウ に センロ の ソバ を はしりつづけた。 その うち に フトコロ の カシヅツミ が、 ジャマ に なる こと に キ が ついた から、 それ を ミチバタ へ ほりだす ツイデ に、 イタゾウリ も そこ へ ぬぎすてて しまった。 すると うすい タビ の ウラ へ じかに コイシ が くいこんだ が、 アシ だけ は はるか に かるく なった。 カレ は ヒダリ に ウミ を かんじながら、 キュウ な サカミチ を かけのぼった。 ときどき ナミダ が こみあげて くる と、 シゼン に カオ が ゆがんで くる。 ――それ は ムリ に ガマン して も、 ハナ だけ は たえず くうくう なった。
 タケヤブ の ソバ を かけぬける と、 ユウヤケ の した ヒガネヤマ の ソラ も、 もう ホテリ が きえかかって いた。 リョウヘイ は いよいよ キ が キ で なかった。 ユキ と カエリ と かわる せい か、 ケシキ の ちがう の も フアン だった。 すると コンド は キモノ まで も、 アセ の ぬれとおった の が キ に なった から、 やはり ヒッシ に かけつづけた なり、 ハオリ を ミチバタ へ ぬいで すてた。
 ミカンバタケ へ くる コロ には、 アタリ は くらく なる イッポウ だった。 「イノチ さえ たすかれば――」 リョウヘイ は そう おもいながら、 すべって も つまずいて も はしって いった。
 やっと とおい ユウヤミ の ナカ に、 ムラハズレ の コウジバ が みえた とき、 リョウヘイ は ひとおもいに なきたく なった。 しかし その とき も ベソ は かいた が、 とうとう なかず に かけつづけた。
 カレ の ムラ へ はいって みる と、 もう リョウガワ の イエイエ には、 デントウ の ヒカリ が さしあって いた。 リョウヘイ は その デントウ の ヒカリ に、 アタマ から アセ の ユゲ の たつ の が、 カレ ジシン にも はっきり わかった。 イドバタ に ミズ を くんで いる オンナシュウ や、 ハタケ から かえって くる オトコシュウ は、 リョウヘイ が あえぎあえぎ はしる の を みて は、 「おい どうした ね?」 など と コエ を かけた。 が、 カレ は ムゴン の まま、 ザッカヤ だの トコヤ だの、 あかるい イエ の マエ を はしりすぎた。
 カレ の ウチ の カドグチ へ かけこんだ とき、 リョウヘイ は とうとう オオゴエ に、 わっと なきださず には いられなかった。 その ナキゴエ は カレ の マワリ へ、 イチジ に チチ や ハハ を あつまらせた。 ことに ハハ は なんとか いいながら、 リョウヘイ の カラダ を かかえる よう に した。 が、 リョウヘイ は テアシ を もがきながら、 すすりあげ すすりあげ なきつづけた。 その コエ が あまり はげしかった せい か、 キンジョ の オンナシュウ も 3~4 ニン、 うすぐらい カドグチ へ あつまって きた。 チチハハ は もちろん その ヒトタチ は、 クチグチ に カレ の なく ワケ を たずねた。 しかし カレ は なんと いわれて も なきたてる より ホカ に シカタ が なかった。 あの とおい ミチ を かけとおして きた、 イマ まで の ココロボソサ を ふりかえる と、 いくら オオゴエ に なきつづけて も、 たりない キモチ に せまられながら、…………
 リョウヘイ は 26 の トシ、 サイシ と イッショ に トウキョウ へ でて きた。 イマ では ある ザッシシャ の 2 カイ に、 コウセイ の シュフデ を にぎって いる。 が、 カレ は どうか する と、 ぜんぜん なんの リユウ も ない のに、 その とき の カレ を おもいだす こと が ある。 ぜんぜん なんの リユウ も ない のに? ――ジンロウ に つかれた カレ の マエ には イマ でも やはり その とき の よう に、 うすぐらい ヤブ や サカ の ある ミチ が、 ほそぼそ と ヒトスジ ダンゾク して いる。…………

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...