2019/10/22

ナオコ

 ナオコ

 ホリ タツオ

 ニレ の イエ

 ダイ 1 ブ

 1926 ネン 9 ガツ ナノカ、 O ムラ にて
 ナオコ、
 ワタシ は この ニッキ を オマエ に いつか よんで もらう ため に かいて おこう と おもう。 ワタシ が しんで から ナンネン か たって、 どうした の か コノゴロ ちっとも ワタシ と クチ を きこう とは しない オマエ にも、 もっと うちとけて はなして おけば よかったろう と おもう とき が くる だろう。 そんな オリ の ため に、 この ニッキ を かいて おいて やりたい の だ。 そういう オリ に おもいがけなく この ニッキ が オマエ の テ に いる よう に させたい もの だ が、 ――そう、 ワタシ は これ を かきあげたら、 この ヤマ の イエ の ナカ の どこ か ヒトメ に つかない ところ に かくして おいて やろう。 ……スウネン-カン アキ ふかく なる まで いつも ワタシ が ヒトリ で いのこって いた この イエ に、 オマエ は いつか オマエ の ゆえ に ワタシ の くるしんで いた スガタ を なつかしむ ため に、 しばらく の ヒ を すごし に くる よう な こと が ある かも しれぬ。 その とき まで この ヤマ の イエ が ワタシ の いきて いた コロ と そっくり ソノママ に なって いて くれる と いい が。 ……そうして オマエ は ワタシ が このんで そこ で ホン を よんだり アミモノ を したり して いた ニレ の コカゲ の コシカケ に ワタシ と おなじ よう に コシ を おろしたり、 また、 ひえびえ と する ヨル の スウ-ジカン を ダンロ の マエ で ぼんやり すごしたり する。 そういう よう な ヒビ の ある ヨル、 オマエ は なにげなく ワタシ の つかって いた 2 カイ の ヘヤ に はいって いって、 ふと その イチグウ に、 この ニッキ を みつける。 ……もしか そんな オリ だったら、 オマエ は ワタシ を ジブン の ハハ と して ばかり では なし に、 カシツ も あった イッコ の ニンゲン と して みなおして くれ、 ワタシ を その ニンゲン-らしい カシツ の ゆえ に いっそう あいして くれそう な キ も する の だ。
 それにしても、 コノゴロ の オマエ は どうして こんな に ワタシ と コトバ を かわす の を さけて ばかり いる の かしら? ナニ か おたがいに きずつけあいそう な こと を ワタシ から いいだされ は せぬ か と おそれて おいで ばかり なの では ない。 かえって オマエ の ほう から そういう こと を いいだしそう なの を おそれて おいで なの だ と しか おもえない。 コノゴロ の こんな キヅマリ な おもくるしい クウキ が、 みんな ワタシ から でた こと なら、 オニイサン や オマエ には ホントウ に すまない と おもう。 こうした うっとうしい フンイキ が ますます こく なって きて、 ナニ か ワタシタチ には ヨソク できない よう な ヒゲキ が もちあがろう と して いる の か、 それとも ワタシタチ ジシン も ほとんど しらぬ マ に ワタシタチ の マワリ に おこり、 そして ナニゴト も なかった よう に すぎさって いった イゼン の ヒゲキ の エイキョウ が、 トシツキ の たつ に つれて こんな に めだって きた の で あろう か、 ワタシ には よく わからない。 ――が、 おそらくは、 ワタシタチ に はっきり と きづかれず に いる ナニ か が おこりつつ ある の だ。 それ が どんな もの か わからない ながら、 どうやら それ らしい と かんぜられる もの が ある。 ワタシ は この シュキ で その ショウタイ らしい もの を つきとめたい と おもう の だ。

 ワタシ の チチ は ある チメイ の ジツギョウカ で あった が、 ワタシ の まだ ムスメ の ジブン に、 ジギョウ の ウエ で トリカエシ の つかぬ よう な シッパイ を した。 そこで ハハ は ワタシ の ユクスエ を あんじて、 その コロ リュウコウ の ミッション スクール に ワタシ を いれて くれた。 そうして ワタシ は いつも その ハハ に 「オマエ は オンナ でも しっかり して おくれ よ。 いい セイセキ で ソツギョウ して ガイコク に でも リュウガク する よう に なって おくれ よ」 と いいきかされて いた。 その ミッション スクール を でる と、 ワタシ は ほどなく この ミムラ-ケ の ヒト と なった。 それで、 ジブン は どうしても ゆかなくて は ならない もの と おもいこんで いた せい か、 コドモゴコロ に いっそう おそろしい キ の して いた、 そんな ガイコク なんか へは ゆかず に すんだ。 そのかわり、 この ミムラ の イエ も その コロ は、 オジイサン と いう の が たいへん ノンキ な オカタ で、 ことに バンネン は コットウ など に おこり に なり、 すっかり カウン の かたむいた アト だった ので、 オマエ の オトウサマ と ワタシ と で、 それ を たてなおす の に ずいぶん クロウ を した もの だった。 20 ダイ、 30 ダイ は ほとんど イキ も つかず に、 オオイソギ で とおりすぎて しまった。 そうして やっと ワタシタチ の セイカツ も ラク に なり、 ほっと ヒトイキ ついた か と おもう と、 コンド は オマエ の オトウサマ が おたおれ に なって しまった の だ。 アニ の ユキオ が 18 で、 オマエ が 15 の とき で あった。
 じつの ところ、 ワタシ は その とき まで オトウサマ の ほう が おさきだち なされよう とは ソウゾウ だに して いなかった。 そうして わかい コロ など は、 ワタシ が サキ に しんで しまった ならば、 オトウサマ は どんな に おさびしい こと だろう と、 その こと ばかり いいくらして いた ほど で あった。 それなのに その ビョウシン の ワタシ の ほう が ちいさな オマエタチ と たった 3 ニン きり とりのこされて しまった の だ から、 サイショ の うち は なんだか ぽかん と して しまって いた。
 その うち に やっと はっきり と ふるい シロ か なんぞ の ナカ に ジブン だけ で とりのこされて いる よう な サビシサ が ひしひし と かんぜられて きた。 この おもいがけない デキゴト は、 しかし、 まだ ずいぶん と セケンシラズ の オンナ で あった ワタシ には、 ニンゲン の ウンメイ の ハカナサ を ナニ か ミ に しみる よう に かんじさせた だけ だった。 そうして オトウサマ が おなくなり なさる マエ に、 ワタシ に むかって 「いきて いたら オマエ にも また ナニ か の キボウ が でよう」 と おっしゃられた オコトバ も、 ワタシ には ただ クウキョ な もの と しか おもえない で いた。……

 セイゼン、 オマエ の オトウサマ は たいてい ナツ に なる と、 ワタシ と コドモ たち を カズサ の カイガン に やって、 ゴジブン は オツトメ の ツゴウ で ウチ に いのこって いらっしゃった。 そうして、 1 シュウカン ぐらい キュウカ を おとり に なる と、 ヤマ が おすき だった ので、 ヒトリ で シナノ の ほう へ でかけられた。 しかし ヤマノボリ など を なさる の では なく、 ただ ヤマ の フモト を ドライヴ など なさる の が、 おすき なの で あった。 ……ワタシ は まだ その コロ は、 いつも ゆきつけて いる せい か、 ウミ の ほう が すき だった の だ けれど、 オマエ の オトウサマ の なくなられた トシ の ナツ、 キュウ に ヤマ が こいしく なりだした。 コドモ たち は すこし タイクツ する かも しれない が、 なんだか そんな さびしい ヤマ の ナカ で、 ヒトナツ ぐらい ダレ とも あわず に くらしたかった の だ。 ワタシ は その とき ふと オトウサマ が よく アサマヤマ の フモト の O と いう ムラ の こと を おほめ に なって いた こと を おもいだした。 なんでも ムカシ は ユウメイ な シュクバ だった の だ そう だ けれど、 テツドウ が できて から キュウ に スイビ しだし、 イマ では やっと 20~30 ケン ぐらい しか ジンカ が ない と いう、 そんな O ムラ に、 ワタシ は フシギ に ココロ を ひかれた。 なにしろ オトウサマ が はじめて その ムラ に おいで に なった の は ずいぶん ムカシ の こと らしく、 それまで オトウサマ は よく おなじ アサマヤマ の フモト に ある ガイジン の センキョウシ たち が ブラク して いる K ムラ に おでかけ に なって いた よう で ある が、 ある トシ の ナツ、 ちょうど オトウサマ の ゴタイザイチュウ に、 ヤマツナミ が おこって、 K ムラ イッタイ が すっかり シンスイ して しまった。 その オリ、 オトウサマ は K ムラ に ヒショ して いた ガイジン の センキョウシ や なんか と ともに、 そこ から 2 リ ばかり はなれた O ムラ まで ヒナン なさった の だった。 ……その オリ、 ムカシ の ハンジョウ に ひきかえ、 イマ は すっかり さびれ、 それ が いかにも おちついた、 いい カンジ に なって いる この ちいさな ムラ に しばらく タイザイ し、 そして この ムラ から は オチコチ の ヤマ の チョウボウ が じつに よい こと を おしり に なる と、 それから キュウ に おやみつき に なられた の だ。 そうして その ヨクトシ から は、 ほとんど マイナツ の よう に O ムラ に おでかけ に なって いた よう だった。 それから 2~3 ネン する か しない うち に、 そこ にも ぽつぽつ ベッソウ の よう な もの が たちだした と いう ハナシ だった。 あの ヤマツナミ の オリ、 そこ に ヒナン された カタ の ウチ に でも オトウサマ と おなじ よう に すっかり すき に なった モノ が ある の だろう と わらいながら おっしゃって いた。 が、 あんまり さびしい ところ だし、 フベン な こと も フベン なので、 2~3 ネン ヒト の はいった きり で、 そのまま つかわれず に いる ベッソウ も すくなく は ない らしかった。 ――そんな ベッソウ の ヒトツ でも かって、 キ に いる よう に シュウゼン したら、 すこし フベン な こと さえ シンボウ すれば、 けっこう ワタシタチ にも すめる かも しれない。 そう おもった もの だ から、 ワタシ は ヒト に たのんで テゴロ な イエ を さがして もらう こと に した。
 ワタシ は やっと、 スウホン の、 おおきな ニレ の キ の ある、 スギカワブキ の ヤマゴヤ を、 500~600 ツボ の ジショ-グルミ テ に いれる こと が できた。 フウウ に さらされて、 ミカケ は かなり いたんで いた けれど、 コヤ の ナカ は まだ あたらしくて、 おもった より スミゴコチ が よかった。 コドモ たち が タイクツ し は しない か と それ だけ が シンパイ だった が、 むしろ そんな ヤマ の ナカ では スベテ の もの が めずらしい と みえ、 いろんな ハナ だの コンチュウ など を とって は おとなしく あそんで いた。 キリ の ナカ で、 ウグイス だの、 ヤマバト だの が しきりなし に ないた。 ワタシ が ナマエ を しらない コトリ も、 ワタシタチ が その ナマエ を しりたがる よう な うつくしい ナキゴエ で さえずった。 ナガレ の フチ で クワ の ハ など を たべて いた ヤギ の コ も、 ワタシタチ の スガタ を みる と ひとなつこそう に ちかよって きた。 そういう コヤギ と じゃれあって いる オマエタチ を みて いる と、 ワタシ の ウチ には カナシミ とも なんとも つかない よう な キモチ が こみあげて くる の だった。 しかし その カナシミ に にた もの は、 その コロ ワタシ には ほとんど こころよい ほど の もの に、 それ なく して は ワタシ の セイカツ は まったく クウキョ に なる だろう と おもえる ほど の もの に なって しまって いた。

 それから なにやかや して いる うち に スウネン が すぎた の で あった。 とうとう ユキオ は ダイガク の イカ に はいった。 ショウライ ナニ を する か、 ワタシ は まったく ジユウ に えらばせて おいた の だった。 が、 その イカ に はいった ドウキ と いう の が、 その ガクギョウ に とくに キョウミ を いだいて いる から では なくて、 むしろ ブッシツテキ な キモチ が シュ に なって いる の を しった とき、 ワタシ は、 なんだか ムネ の いたく なる よう な キ が した。 それ は コノママ に くらして いた の では ワタシタチ の わずか な ザイサン も だんだん へる ばかり なので、 ワタシ は それ を ヒトリ で キ を もんで いた けれど、 そんな シンパイ は イッペン も まだ コドモ たち に もらした こと など ない はず で あった。 が、 ユキオ は そういう テン に かけて は、 これまで も フシギ な くらい ビンカン で あった。 そういう ユキオ が どちら か と いう と イッタイ に セイシツ が おとなしすぎて こまる の に はんして、 イモウト の オマエ は オマエ で、 コドモ の うち から キ が つよかった。 ナニ か キ に いらない こと でも ある と、 イチニチジュウ だまって おいで だった。 そういう オマエ が ワタシ には だんだん キヅマリ に なって くる イッポウ だった。 サイショ は オマエ が トシゴロ に なる に つれ、 ますます ワタシ に にて くる ので、 なんだか ワタシ の かんがえて いる こと が、 そっくり オマエ に みすかされて いる よう な キ が する せい かも しれない と おもって いた。 が、 そのうち ワタシ は やっと、 オマエ と ワタシ の にて いる の は ほんの ウワベ だけ で、 ワタシタチ の イケン が イッチ する とき でも、 ワタシ が しゅとして カンジョウ から はいって いって いる の に、 オマエ の ほう は いつも リセイ から きて いる と いう ソウイ に キ が つきだした。 それ が ワタシタチ の キモチ を どうか する と ミョウ に ちぐはぐ に させる の だろう。

 たしか、 ユキオ が ダイガク を ソツギョウ して、 T ビョウイン の ジョシュ に なった ので、 オマエ と ワタシ だけ で その ナツ を O ムラ に すごし に ゆく よう に なった サイショ の トシ で あった。 トナリ の K ムラ には その コロ、 オマエ の オトウサマ の いきて いらしった ジブン の シリアイ が だいぶ ヒショ に くる よう に なって いた。 その ヒ も、 オトウサマ の モト の ドウリョウ だった カタ の、 ある ティ パーティ に まねかれて、 ワタシ は オマエ を ともなって、 そこ の ホテル に でかけた の だった。 まだ テイコク に すこし マ が あった ので、 ワタシタチ は ヴェランダ に でて まって いた。 その とき ワタシ は ひょっくり ミッション スクール ジダイ の オトモダチ で、 イマ は チメイ の ピアニスト に なって いられる アタカ さん に おあい した。 アタカ さん は その とき、 37~38 の、 セ の たかい、 ヤセギス の オトコ の カタ と タチバナシ を されて いた。 それ は ワタシ も イチメンシキ の ある モリ オトヒコ さん だった。 ワタシ より も イツツ か ムッツ トシシタ で、 まだ オヒトリミ の カタ だ けれど、 ブリリアント と いう ジ の ケシン の よう な その オカタ と したしく オハナシ を する だけ の ユウキ は ワタシ には なかった。 アタカ さん と なにやら キ の きいた ジョウダン を かわして いらっしゃる らしい の を、 ワタシタチ だけ は ブコツモノ-らしい カオ を して ながめて いた。 しかし モリ さん は ワタシタチ の そんな キモチ が オワカリ だった と みえ、 アタカ さん が ナニ か ヨウジ が あって その バ を はずされる と、 ワタシタチ の ソバ に ちかづかれて フタコト ミコト はなしかけられた が、 それ は けっして ワタシタチ を こまらせる よう な オハナシカタ では なかった。
 それで ワタシ も つい きやすく なり、 その カタ の オハナシアイテ に なって いた。 きかれる まま に ワタシドモ の いる O ムラ の こと を おはなし する と、 たいへん コウキシン を おもち に なった よう だった。 そのうち アタカ さん を おさそい して おたずね したい と おもいます が よろしゅう ございます か、 アタカ さん が ゆかれなかったら ワタシ ヒトリ でも まいります よ、 など と まで おっしゃった。 ほんの キマグレ から そう おっしゃった の では なく、 なんだか オヒトリ でも いらっしゃりそう な キ が した ほど だった。

 それから 1 シュウカン ばかり たった、 ある ヒ の ゴゴ だった。 ワタシ の ベッソウ の ウラ の、 ゾウキバヤシ の ナカ で ジドウシャ の バクオン らしい もの が おこった。 クルマ など の はいって こられそう も ない ところ だ のに ダレ が そんな ところ に ジドウシャ を のりいれた の だろう、 ミチ でも まちがえた の かしら と おもいながら、 ちょうど ワタシ は 2 カイ の ヘヤ に いた ので マド から みおろす と、 ゾウキバヤシ の ナカ に はさまって とうとう ミウゴキ が とれなく なって しまって いる ジドウシャ の ナカ から、 モリ さん が ヒトリ で おりて こられた。 そして ワタシ の いる マド の ほう を おみあげ に なった が、 ちょうど 1 ポン の ニレ の キ の カゲ に なって、 ムコウ では ワタシ に おきづき に ならない らしかった。 それに、 ウチ の ニワ と、 イマ あの カタ の たって いらっしゃる バショ との アイダ には、 ススキ だの、 こまかい ハナ を さかせた カンボク だの が イチメン に おいしげって いた。 ――その ため、 まちがった ミチ へ ジドウシャ を のりいれられた あの カタ は、 ワタシ の イエ の すぐ ウラ の、 つい そこ まで きて いながら、 それら に さえぎられて、 いつまでも こちら へ いらっしゃれず に いた。 それ が ワタシ には ココロナシ か、 なんだか オヒトリ で ワタシ の ところ へ いらっしゃる の を チュウチョ なさって いられる よう にも おもえた。
 ワタシ は それから シタ へ おりて いって、 とりちらかした チャ テーブル の ウエ など を かたづけながら、 なに くわぬ カオ を して おまち して いた。 やっと ニレ の キ の シタ に モリ さん が あらわれた。 ワタシ は はじめて キ が ついた よう に、 あわてて あの カタ を おむかえ した。
「どうも、 とんだ ところ へ はいりこんで しまいまして……」
 あの カタ は、 ワタシ の マエ に つったった まま、 カンボク の シゲミ の ムコウ に まだ シャタイ の イチブ を のぞかせながら、 しきりなし に バクオン を たてて いる クルマ の ほう を ふりむいて いた。
 ワタシ は ともかく あの カタ を おあげ して おいて、 それから オトナリ へ あそび に いって いる オマエ を よび に でも やろう と おもって いる うち に、 サッキ から すこし あやしかった ソラ が キュウ に くらく なって きて、 いまにも ユウダチ の きそう な ソラアイ に なった。 モリ さん は なんだか こまった よう な カオツキ を なさって、
「アタカ さん を おさそい したら、 なんだか ユウダチ が きそう だ から いや だ と いって いました が、 どうも アタカ さん の ほう が あたった よう です な……」
 そう いわれながら、 たえず その くらく なった ソラ を キ に なさって いた。
 ムコウ の ゾウキバヤシ の ジョウホウ に、 イチメン に フルワタ の よう な クモ が おおいかぶさって いた が、 イッシュンカン、 イナズマ が それ を ジグザグ に ひきさいた。 と おもう と、 その アタリ で すさまじい ライメイ が した。 それから とつぜん、 ヤネイタ に ヒトツカミ の コイシ が たえず なげつけられる よう な オト が しだした。 ……ワタシタチ は しばらく うつけた よう に、 おたがいに カオ を みあわせて いた。 それ は ヒジョウ に ながい ジカン に みえた。 ……それまで ちょっと エンジン の オト を とめて いた ジドウシャ が、 フイ に ヤジュウ の よう に あばれだした。 キ の エダ の おれる オト が ツヅケサマ に ワタシタチ の ミミ にも はいった。
「だいぶ キ の エダ を おった よう です な……」
「ウチ の だ か どこ の だ か わからない ん です から、 よう ございます わ」
 イナズマ が ときどき エダ を おられた それら の カンボク を てらして いた。
 それから まだ しばらく ライメイ が して いた が、 やっと の こと で ムコウ の ゾウキバヤシ の ジョウホウ が うっすら と あかるく なりだした。 ワタシタチ は なんだか ほっと した よう な キモチ が した。 そうして だんだん クサ の ハ が ヒ に ひかりだす の を まぶしそう に みて いる と、 またしても、 ヤネイタ に ぱらぱら と おおきな オト が しだした。 ワタシタチ は おもわず カオ を みあわせた。 が、 それ は ニレ の キ の ハ の シズク する オト だった……
「アメ が あがった よう です から、 すこし そこいら を あるいて ゴラン に なりません?」
 そう いって ワタシ は あの カタ と むかいあった イス から そっと はなれた。 そうして オトナリ へ オマエ を むかえ に やって おいて、 ヒトアシ サキ に、 ムラ の ナカ を ゴアンナイ して いる こと に した。
 ムラ は ちょうど ヨウサン の はじまって いる サナカ だった。 イエナミ は ミナ で 30 ケン-たらず で、 そのうえ タイテイ の イエ は いまにも ホウカイ しそう で、 ナカ には もう なかば かたむきだして いる の さえ あった。 そんな ハイオク に ちかい もの を とりかこみながら、 ただ マメバタケ や トウキビバタケ だけ は モウレツ に ハンモ して いた。 それ は ワタシタチ の キモチ に ミョウ に こたえて くる よう な ナガメ だった。 トチュウ で、 クワ の ハ を おもたそう に せおって くる、 よごれた カオ を した わかい ムスメ たち と イクニン も すれちがいながら、 ワタシタチ は とうとう ムラハズレ の ワカレミチ まで きた。 キタヨリ には アサマヤマ が まだ イチメン に アマグモ を かぶりながら、 その あからんだ ハダ を ところどころ のぞかせて いた。 しかし ミナミ の ほう は もう すっかり はれわたり、 イツモ より ちかぢか と みえる マムコウ の コヤマ の ウエ に マキグモ が ヒトカタマリ のこって いる きり だった。 ワタシタチ が そこ に ぼんやり と たった まま、 キモチ よさそう に つめたい カゼ に ふかれて いる と、 ちょうど その シュンカン、 その マムコウ の コヤマ の テッペン から すこし テマエ の マツバヤシ に かけて、 あたかも それ を マチモウケ でも して いた か の よう に、 ヒトスジ の ニジ が ほのか に みえだした。
「まあ きれい な ニジ だ こと……」 おもわず そう クチ に だしながら ワタシ は パラソル の ナカ から それ を みあげた。 モリ さん も ワタシ の ソバ に たった まま、 まぶしそう に その ニジ を みあげて いた。 そうして なんだか ヒジョウ に おだやか な、 そのくせ ミョウ に コウフン なさって いらっしゃる よう な オモモチ を して いられた。
 そのうち ムコウ の ソンドウ から 1 ダイ の ジドウシャ が ひかりながら はしって きた。 その ナカ で ダレ か が ワタシタチ に むかって テ を ふって いる の が みとめられた。 それ は モリ さん の オクルマ に のせて もらって きた オマエ と オトナリ の アキラ さん だった。 アキラ さん は シャシンキ を もって いらしった。 そうして オマエ が ミミウチ する と、 アキラ さん は その シャシンキ を あの カタ に ヨコ から むけたり した。 ワタシ は コゴト も いえず に、 はらはら して オマエタチ の そんな こどもらしい ハシャギカタ を みて いる より シヨウ が なかった。 あの カタ は しかし それ には オキ が つかない よう な ヨウス を なすって、 すこし シンケイシツ そう に アシモト の クサ を ステッキ で つついたり、 ときどき ワタシ と コトバ を かわしたり しながら、 オマエタチ に とられる が まま に なって いられた。

 それから サン、 ヨッカ、 ゴゴ に なる と、 イッペン は きまって ユウダチ が した。 ユウダチ は どうも クセ に なる らしい。 その たび ごと に、 はげしい ライメイ も した。 ワタシ は マドギワ に こしかけながら、 ニレ の キ-ゴシ に ムコウ の ゾウキバヤシ の ウエ に ひらめく ブキミ な デッサン を、 さも おもしろい もの でも みる よう に みいって いた。 これまで は あんな に カミナリ を こわがった くせ に。……
 ヨクジツ は、 キリ が ふかく、 シュウジツ、 チカク の ヤマヤマ すら みえなかった。 その ヨクジツ も、 アサ の うち は ふかい キリ が かかって いた が、 ショウゴ ちかく なって から ニシカゼ が ふきだし、 いつのまにか キモチ よく はれあがった。
 オマエ は 2~3 ニチ マエ から K ムラ に ゆきたがって おいで だった が、 ワタシ は オテンキ が よく なって から に したら と いって とめて いた ところ、 その ヒ も オマエ が それ を いいだした ので、 「なんだか キョウ は つかれて いて、 ワタシ は いきたく ない から、 それじゃ、 アキラ さん に イッショ に いって いただいたら……」 と ワタシ は すすめて みた。 サイショ の うち は 「そんなら いきたく は ない わ」 と すねて おいで だった が、 ゴゴ に なる と、 キュウ に キゲン を なおして、 アキラ さん を さそって イッショ に でかけて いった。
 が、 1 ジカン も する か しない うち に、 オマエタチ は かえって きて しまった。 あんな に ゆきたがって いた くせ に、 あんまり カエリ が はやすぎる し、 オマエ が なんだか フキゲン そう に カオ を あかく し、 いつも ゲンキ の いい アキラ さん まで が、 すこし ふさいで いる よう に みえる ので、 トチュウ で、 オマエタチ の アイダ に、 ナニ か きまずい こと でも あった の かしら と ワタシ は おもった。 アキラ さん は、 その ヒ は おあがり にも ならない で、 そのまま すぐ かえって ゆかれた。
 その バン、 オマエ は ワタシ に その ヒ の デキゴト を ジブン から はなしだした。 オマエ は K ムラ に ゆく と、 マッサキ に モリ さん の ところ へ おより する キ に なって、 ホテル の ソト で アキラ さん に まって いただいて、 ヒトリ で ナカ に はいって いった。 ちょうど ゴサンゴ だった ので、 ホテル の ナカ は ひっそり と して いた。 ボーイ らしい モノ の スガタ も みえない ので、 チョウバ で イネムリ を して いた セビロフク の オトコ に、 モリ さん の ヘヤ の バンゴウ を おそわる と、 ヒトリ で 2 カイ に あがって いった。 そして おそわった バンゴウ の ヘヤ の ドア を たたく と、 ナカ から あの カタ らしい コエ が した ので、 いきなり その ドア を あけた。 オマエ を ボーイ か なんか だ と おもわれて いた らしく、 あの カタ は ベッド に ヨコ に なった まま、 なにやら ホン を よんで いた。 オマエ が はいって ゆく の を みる と、 あの カタ は びっくり なさった よう に、 ベッド の ウエ に すわりなおされた。
「オヤスミ だった ん です か?」
「いいえ、 こう やって ホン を よんで いた だけ なん です」
 そう いいながら、 あの カタ は しばらく オマエ の ハイゴ に じっと メ を やって いた。 それから やっと キ が ついた よう に、
「オヒトリ なん です か?」 と オマエ に きいた。
「ええ……」 オマエ は なんだか トウワク しながら、 そのまま ミナミムキ の マド の フチ に ちかよって いった。
「まあ、 ヤマユリ が よく においます こと」
 すると、 あの カタ も ベッド から おりて いらしって、 オマエ の トナリ に おたち に なった。
「ワタシ は どうも それ を かいで いる と ズツウ が して くる ん です」
「オカアサン も、 ユリ の ニオイ は おきらい よ」
「オカアサン も ね……」
 あの カタ は なぜかしら ひどく ソッケ の ない ヘンジ を なさった。 オマエ は すこし むっと した。 ……その とき、 ムコウ の チン の キヅタ の からんだ ヨツメガキ-ゴシ に、 シャシンキ を テ に した アキラ さん の スガタ が ちらちら と みえたり かくれたり して いる の に オマエ は キ が ついた。 あんな に ホテル の ソト で まって いる と オマエ に かたく ヤクソク して おきながら、 いつのまにか ホテル の ニワ へ はいりこんで いる そんな アキラ さん の スガタ を みとめる と、 オマエ は オマエ の いくぶん こじれた キモチ を コンド は アキラ さん の ほう へ むけだして いた。
「あれ は アキラ さん でしょう?」
 あの カタ は それ に キ が つく と、 いきなり オマエ に そう おっしゃった。 そうして それから キュウ に なんだか オマエ に キョウミ を おもち に なった よう に、 じっと オマエ を みつめだした。 オマエ は おもわず マッカ な カオ を して、 あの カタ の ヘヤ を とびだして しまった。……
 そんな みじかい モノガタリ を ききながら、 ワタシ は オマエ は なんて まあ こどもらしい ん だろう と おもった。 そして それ が いかにも シゼン に みえた ので、 コノゴロ どうか する と オマエ は ミョウ に おとなびて みえたり した の は まったく ワタシ の オモイチガイ だった の かしら と おもわれる くらい で あった。 そうして ワタシ は オマエ ジシン にも よく わからない らしかった、 あの とき の ハズカシサ とも イカリ とも つかない もの の ゲンイン を それ イジョウ しろう とは しなかった。

 それから スウジツ-ゴ、 トウキョウ から デンポウ が きて、 ユキオ が チョウ カタル を おこして ねこんで いる から、 ダレ か ヒトリ かえって くれ と いう ので、 とりあえず オマエ だけ が キキョウ した。 オマエ の シュッパツ した アト へ、 モリ さん から オテガミ が きた。

 センジツ は いろいろ ありがとう ございました。
 O ムラ は ワタシ も たいへん すき に なりました。 ワタシ も ああいう ところ に イントン できたら と ガラ に ない こと まで かんがえて います。 しかし コノゴロ の キモチ は かえって ふたたび 24~25 に なった よう な、 なにやら ワケ の わからぬ コウフン を かんじて いる くらい です。
 ことに あの ムラハズレ で ゴイッショ に うつくしい ニジ を あおいだ とき は、 ホントウ に これまで なにやら ゆきづまって いた よう で あんたん と して いた ワタシ の キモチ も キュウ に ひらけだした よう な キ が しました。 これ は まったく アナタ の おかげ だ と おもって おります。 あの オリ、 ワタシ は ある ジジョデン-フウ な ショウセツ の ヒント を まで えました。
 アス、 ワタシ は キキョウ いたす つもり です が、 いずれ また、 オメ に かかって ゆっくり おはなし したい と おもいます。 スウジツ マエ オジョウサン が おみえ に なりました が、 ワタシ の しらない アイダ に、 おかえり に なって いました。 どう なさった の です か?

 ワタシ が この テガミ を よむ ソバ に、 もし オマエ が オイデ だったら、 ワタシ には この テガミ は もっと ふかい イミ の もの に とれた かも しれない。 しかし、 ワタシ ヒトリ きり だった こと が、 よんだ アト で ヘイキ で それ を ホカ の ユウビンブツ と イッショ に ツクエ の ウエ に ほうりださせて おいた。 それ が ワタシ に この テガミ を ごく なんでも ない もの の よう に おもいこませて くれた。
 おなじ ヒ の ゴゴ、 アキラ さん が いらしって、 オマエ が もう キキョウ された こと を しる と、 そんな トツゼン の シュッパツ が なんだか ゴジブン の せい では ない か と うたがう よう な、 かなしそう な カオ を して、 おあがり にも ならず に かえって ゆかれた。 アキラ さん は いい カタ だ けれど、 はやく から リョウシン を なくなされた せい か、 どうも すこし シンケイシツ-すぎる よう だ。……
 この 2~3 ニチ で、 ホントウ に あきめいて きて しまった。 アサ など、 こうして マドギワ に ヒトリ きり で なんと いう こと なし に モノオモイ に ふけって いる と、 ムコウ の ゾウキバヤシ の アイダ から これまで は ぼんやり と しか みえなかった ヤマヤマ の ヒダ まで が ヒトツヒトツ くっきり と みえて くる よう に、 すぎさった ヒビ の トリトメ の ない オモイデ が、 その ビサイ な もの まで ワタシ に おもいだされて くる よう な キ が する。 が、 それ は そんな キモチ の する だけ で、 ワタシ の ウチ には ただ、 なんとも イイヨウ の ない クイ の よう な もの が わいて くる ばかり だ。
 ヒグレドキ など、 ミナミ の ほう で しきりなし に イナビカリ が する。 オト も なく。 ワタシ は ぼんやり ホオヅエ を ついて、 わかい コロ よく そう する クセ が あった よう に マドガラス に ジブン の ヒタイ を おしつけながら、 それ を あかず に ながめて いる。 ケイレンテキ に マタタキ を して いる、 あおざめた ヒトツ の カオ を ガラス の ムコウ に うかべながら……

 その フユ に なって から、 ワタシ は ある ザッシ に モリ さん の 「ハンセイ」 と いう ショウセツ を よんだ。 これ が あの O ムラ で アンジ を えた と おっしゃって いた サクヒン なの で あろう と おもわれた。 ゴジブン の ハンセイ を ショウセツテキ に おかき なさろう と した もの らしかった が、 それ には まだ ずっと おちいさい とき の こと しか でて こなかった。 そういう イチブブン だけ でも、 あの カタ が どういう もの を おかき に なろう と して いる の か ケントウ の つかない こと も なかった。 が、 この サクヒン の チョウシ には、 これまで あの カタ の サクヒン に ついぞ みた こと の ない よう な フシギ に ユウウツ な もの が あった。 しかし その みしらない もの は、 ずっと マエ から あの カタ の サクヒン の ウチ に ふかく センザイ して いた もの で あって、 ただ、 ワレワレ の マエ に あの カタ の いつわられて いた ブリリアント な チョウシ の ため すっかり おおいかくされて いた に すぎない よう に おもわれる もの だった。 ――こういう ナマ な チョウシ で おかき に なる の は あの カタ と して は たいへん おくるしい だろう とは おさっし する が、 どうか カンセイ なさる よう に と ココロ から おいのり して いた。 が、 その 「ハンセイ」 は サイショ の ブブン が ハッピョウ された きり で、 とうとう そのまま なげだされた よう だった。 それ は ナニ か ワタシ には あの カタ の ゼント の タナン な こと を ヨカン させる よう で ならなかった。
 2 ガツ の スエ、 モリ さん が その トシ に なって から の はじめて の オテガミ を くださった。 ワタシ の さしあげた ネンガジョウ にも ヘンジ の かけなかった オワビ やら、 クレ から ずっと シンケイ スイジャク で おなやみ に なって いられる こと など かきそえられ、 それ に ナニ か ザッシ の キリヌキ の よう な もの を ドウフウ されて いた。 なにげなく それ を ひらいて みる と、 それ は ある トシウエ の オンナ に あたえられた イチレン の レンアイシ の よう な もの で あった。 なんだって こんな もの を ワタシ の ところ に おおくり に なった の かしら と いぶかりながら、 ふと サイゴ の イッセツ、 ―― 「いかで おしむ べき ほど の ワガミ かは。 ただ うれう、 キミ が ナ の……」 と いう ク を なんの こと やら わからず に くちずさんで いる うち、 これ は ひょっと する と ワタシ に あてられた もの かも しれない と おもいだした。 そう おもう と、 ワタシ は サイショ なんとも いえず バツ の わるい よう な キ が した。 ――それから コンド は、 それ が もし ホントウ に そう なの なら、 こんな こと を おかき に なったり して は こまる と いう、 ごく セケンナミ の カンジョウ が ワタシ を シハイ しだした。 ……たとえ、 そういう オキモチ が おあり だった に せよ、 そのまま そっと して おいたら、 ダレ も しらず、 ワタシ も しらず、 そして おそらく あの カタ ジシン も しらぬ マ に それ は わすれさられ、 ほうむられて しまう に ちがいない。 なぜ そんな うつろいやすい よう な オキモチ を、 こんな エンキョク な ホウホウ に せよ、 ワタシ に おうちあけ に なった の だろう? イマ まで の よう に、 ムコウ も こちら も そういう キモチ を イシキ せず に あつきあい して いる の なら いい が、 いったん イシキ しあった うえ では、 もう これから は おあい する こと さえ できない。……
 そうして ワタシ は あの カタ の そんな ヒトリヨガリ を おせめ したい キモチ で いっぱい に なって いた。 しかし、 そういう あの カタ を ワタシ は どうしても にくむ よう な キモチ には なれなかった。 そこ に ワタシ の ヨワミ が あった よう に おもわれる。 ……が、 ワタシ は その スウヘン の シ が ワタシ に あてられた もの で ある こと を しりうる の は、 おそらく ワタシ ヒトリ ぐらい な もの で あろう こと に キ が つく と、 ナニ か ほっと しながら、 その シヘン を やぶらず に ジブン の ツクエ の ヒキダシ の ずっと オク の ほう に しまって しまった。 そうして ワタシ は なんとも ない よう な フウ を して いた。
 ちょうど、 オマエタチ と ユウガタ の ショクジ に むかって いる とき だった。 ワタシ は スープ を すすろう と しかけた とき、 ふと あの シヘン が 「スバル」 から の キリヌキ で あった こと を おもいだした。 (それまで も それ に キ が ついて いた が、 それ が なんの ザッシ だろう と ワタシ は べつに モンダイ に して いなかった の だ。) そして その ザッシ なら、 マイゴウ ワタシ の ところ にも おくって きて ある はず だ が、 コノゴロ テ にも とらず に ほうって ある ので、 もしか したら ワタシ の しらぬ マ に、 ニイサン は ともかく、 オマエ は もう その シ を よんで いる かも しれなかった。 これ は とんでもない こと に なった、 と ワタシ は はじめて かんがえだした。 なんだか キ の せい か、 オマエ は サッキ から ワタシ の ほう を みて みない フリ を して おいで の よう で ならなかった。 すると とつぜん、 ワタシ の ウチ に ダレ に とも つかない イカリ が こみあげて きた。 しかし ワタシ は いかにも つつましそう に スープ の サジ を うごかして いた。……

 その ヒ から と いう もの、 ワタシ は あの カタ が ワタシ の マワリ に おひろげ に なった、 みしらない、 なんとなく むなぐるしい よう な フンイキ の ナカ に くらしだした。 ワタシ の おあい する ヒトタチ と いえば、 ダレ も カ も ミンナ が ワタシ を ナニ か ケゲン そう な カオ を して みて いる よう な キ が されて ならなかった。 そうして それから スウ-シュウカン と いう もの は、 ワタシ は オマエタチ に カオ を あわせる の さえ さける よう に して、 ジブン の ヘヤ に とじこもって いた。 ワタシ は ただ じっと して ワタシ の ミ に せまろう と して いる なにやら ワタシ にも わからない もの から ミ を はずしながら、 それ が ワタシタチ の ソバ を とおりすぎて しまう の を まって いる より ホカ は ない よう な キ が した。 とにかく それ を ワタシタチ の ナカ に はいりこませ、 もつれさせ さえ しなければ、 ワタシタチ は すくわれる。 そう ワタシ は しんじて いた。
 そうして ワタシ は こんな オモイ を して いる より も いっそ の こと はやく トシ を とって しまえたら と さえ おもった。 ジブン さえ もっと トシ を とって しまい、 そうして もう おんならしく なくなって しまえたら、 たとえ どこ で あの カタ と おあい しよう とも、 ワタシ は しずか な キモチ で オハナシ が できる だろう。 ――しかし イマ の ワタシ は、 どうも トシ が チュウト ハンパ なの が いけない の だ。 ああ、 イッペン に トシ が とって しまえる もの なら……
 そんな こと まで おもいつめる よう に しながら、 ワタシ は この ヒゴロ、 すこし マエ より も やせ、 ジョウミャク の いくぶん うきだして きた ジブン の テ を しげしげ と みまもって いる こと が おおかった。

 その トシ は カラツユ で あった。 そうして 6 ガツ の スエ から 7 ガツ の ハジメ に かけて、 マナツ の よう に あつい ヒデリ が つづいて いた。 ワタシ は めっきり カラダ が おとろえた よう な キ が し、 ヒトリ だけ サキ に、 ハヤメ に O ムラ に でかけた。 が、 それから 1 シュウカン する か しない うち に、 キュウ に ツユ-ギミ の アメ が ふりだし、 それ が マイニチ の よう に ふりつづいた。 カンケツテキ に オヤミ には なった が、 しかし そんな とき は キリ が ひどくて、 チカク の ヤマヤマ すら ほとんど その スガタ を みせず に いた。
 ワタシ は そんな うっとうしい オテンキ を かえって いい こと に して いた。 それ が ワタシ の コドク を カンゼン に まもって いて くれた から だった。 イチニチ は ホカ の ヒ に にて いた。 ひえびえ と した アメ が あちらこちら に たまって いる ニレ の オチバ を くさらせ、 それ を イチメン に におわせて いた。 ただ コトリ だけ は マイニチ ちがった の が、 かわるがわる、 ニワ の コズエ に やって きて ちがった コエ で ないて いた。 ワタシ は マド に ちかよりながら、 どんな コトリ だろう と みよう と する と、 コノゴロ すこし メ が わるく なって きた の か、 いつまでも それ が みあたらず に いる こと が あった。 その こと は なかば ワタシ を かなしませ、 なかば ワタシ の キ に いった。 が、 そうして いつまでも うつけた よう に、 かすか に ゆれうごいて いる コズエ を みあげて いる と、 いきなり ワタシ の メノマエ に、 クモ が ながく イト を ひきながら おちて きて、 ワタシ を びっくり させたり した。
 その うち に、 こんな に わるい ヨウキ だ けれど、 ぼつぼつ と ベッソウ の ヒトタチ も きだした らしい。 2~3 ド、 ワタシ は ウラ の ゾウキバヤシ の ナカ を、 さびしそう に レーンコート を ひっかけた きり で とおって ゆく アキラ さん らしい スガタ を おみかけ した が、 まだ ワタシ きり な こと を しって いらっしゃる から か、 いつも ウチ へは おたちより に ならなかった。
 8 ガツ に はいって も、 まだ ツユ-じみた テンコウ が つづいて いた。 その うち に オマエ も やって きた し、 モリ さん が また K ムラ に いらしって いる とか、 これから いらっしゃる の だ とか、 あんまり はっきり しない ウワサ を ミミ に した。 なぜ また こんな わるい ヨウキ だ のに あの カタ は いらっしゃる の かしら? あそこ まで いらっしたら、 こちら へも おみえ に なる かも しれない が、 ワタシ は イマ の よう な キモチ では まだ オメ に かからない ほう が いい と おもう。 しかし そんな テガミ を わざわざ さしあげる の も ナン だ から、 いらしったら いらしった で いい、 その とき こそ、 ワタシ は あの カタ に よく オハナシ を しよう。 その バ に ナオコ も よんで、 あの コ に よく ナットク できる よう に、 オハナシ を しよう。 ナニ を いおう か など とは かんがえない ほう が いい。 ほうって おけば、 いう こと は ひとりでに でて くる もの だ……。

 そのうち ときどき ハレマ も みえる よう に なり、 どうか する と ニワ の オモテ に うっすら と ヒ の さしこんで くる よう な こと も あった。 すぐ また それ は かげり は した けれど。 ワタシ は、 コノゴロ ニワ の マンナカ の ニレ の キ の シタ に マルキ の ベンチ を つくらせた、 その ベンチ の ウエ に ニレ の キ の カゲ が うっすら と あたったり、 それ が また しだいに よわまりながら、 だんだん きえて ゆきそう に なる―― そういう タエマ の ない ヘンカ を、 ナニ か に おびやかされて いる よう な キモチ が しながら みまもって いた。 あたかも コノゴロ の ジブン の フアン な、 おちつかない ココロ を そっくり そのまま それ に みいだし でも して いる よう に。

 それから スウジツ-ゴ、 かあっと ヒ の てりつける よう な ヒ が つづきだした。 しかし その ヒザシ は すでに アキ の ヒザシ で あった。 まだ ニッチュウ は とても あつかった けれども。 ――モリ さん が とつぜん おみえ に なった の は、 そんな ヒ の、 それ も あつい サカリ の ショウゴ ちかく で あった。
 あの カタ は おどろく ほど ショウスイ なすって いられる よう に みえた。 その オヤセカタ や オカオイロ の わるい こと は、 ワタシ の ムネ を いっぱい に させた。 あの カタ に おあい する まで は、 コノゴロ、 めだつ ほど ふけだした ワタシ の ヨウス を、 あの カタ が どんな メ で おみ に なる か と かなり キ にも して いた が、 ワタシ は そんな こと は すっかり わすれて しまった くらい で あった。 そうして ワタシ は キ を ひきたてる よう に して あの カタ と セケンナミ の アイサツ など を かわして いる うち に、 その アイダ ワタシ の ほう を しげしげ と みて いらっしゃる あの カタ の くらい マナザシ に ワタシ の やつれた ヨウス が あの カタ をも おなじ よう に かなしませて いる らしい こと を やっと きづきだした。 ワタシ は ココロ の おしつぶされそう なの を やっと こらえながら、 ヒョウメン だけ は いかにも ものしずか な ヨウス を いつわって いた。 が、 ワタシ には その とき それ が せいいっぱい で、 あの カタ が いらしったら オハナシ を しよう と ケッシン して いた こと など は、 とても イマ きりだす だけ の ユウキ は ない よう に おもえた。
 やっと ナオコ が ジョチュウ に コウチャ の ドウグ を もたせて でて きた。 ワタシ は それ を うけとって、 あの カタ に おすすめ しながら、 オマエ が ナニ か あの カタ に ブアイソウ な こと でも なさり は すまい か と、 かえって そんな こと を キ に して いた。 が、 その とき、 ワタシ の まったく おもいがけなかった こと には、 オマエ は いかにも キゲン よさそう に、 しかも おどろく ほど たくみ な ハナシブリ で あの カタ の アイテ を なさりだした の だ。 コノゴロ ジブン の こと ばかり に こだわって いて、 オマエタチ の こと は ちっとも かまわず に いた こと を ハンセイ させられた ほど、 その とき の オマエ の おとなびた ヨウス は ワタシ には おもいがけなかった。 ――そういう オマエ を アイテ に なさって いる ほう が あの カタ にも よほど キラク だ と みえ、 ワタシ だけ を アイテ に されて いた とき より も ずっと オゲンキ に なられた よう だった。
 その うち に ハナシ が ちょっと とだえる と、 あの カタ は ひどく おつかれ に なって いられる よう な ゴヨウス だ のに、 キュウ に たちあがられて、 もう イチド キョネン みた ムラ の ふるい イエナミ が みて きたい と おっしゃられる ので、 ワタシタチ も そこ まで オトモ を する こと に した。 しかし ちょうど ヒザカリ で、 スナ の しろく かわいた ミチ の ウエ には ワタシタチ の カゲ すら ほとんど おちない くらい だった。 トコロドコロ に バフン が ひかって いた。 そうして その ウエ には イクツ も ちいさな しろい チョウ が むらがって いた。 やっと ムラ に はいる と、 ワタシタチ は ときどき ヒ を よける ため ミチバタ の ノウカ の マエ に たちどまって、 キョネン と おなじ よう に カイコ を かって いる イエ の ナカ の ヨウス を うかがったり、 ワタシタチ の アタマ の ウエ に いまにも くずれて きそう な くらい に かたむいた ふるい ノキ の コウシ を みあげたり、 また、 キョネン まで は まだ わずか に のこって いた スナカベ が イマ は もう アトカタ も なくなって、 そこ が すっかり トウキビバタケ に なって いる の を みとめたり しながら、 なんと いう こと も なし に メ を みあわせたり した。 とうとう キョネン の ムラハズレ まで きた。 アサマヤマ は ワタシタチ の すぐ メノマエ に、 きみわるい くらい おおきい カンジ で、 マツバヤシ の ウエ に くっきり と もりあがって いた。 それ には ナニ か その とき の ワタシ の キモチ に ミョウ に こたえて くる もの が あった。
 しばらく の アイダ、 ワタシタチ は その ムラハズレ の ワカレミチ に、 ジブン たち が ムゴン で いる こと も わすれた よう に、 うつけた ヨウス で たちつくして いた。 その とき ムラ の マンナカ から ショウゴ を しらせる にぶい カネ の ネ が だしぬけ に きこえて きた。 それ が そんな チンモク を やっと ワタシタチ にも きづかせた。 モリ さん は ときどき キ に なる よう に ムコウ の しろく かわいた ソンドウ を みて いられた。 ムカエ の ジドウシャ が もう くる はず だった の だ。 ――やがて それ らしい ジドウシャ が モウレツ な ホコリ を あげながら とんで くる の が みえだした。 その ホコリ を さけよう と して、 ワタシタチ は ミチバタ の クサ の ナカ へ はいった。 が、 ダレヒトリ その ジドウシャ を よびとめよう とも しない で、 そのまま クサ の ナカ に ぼんやり と つったって いた。 それ は ほんの わずか な ジカン だった の だろう けれど、 ワタシ には ながい こと の よう に おもえた。 その アイダ ワタシ は ナニ か せつない よう な ユメ を みながら、 それ から さめたい の だ が、 いつまでも それ が つづいて いて さめられない よう な キ さえ して いた。……
 ジドウシャ は、 ずっと ムコウ まで ゆきすぎて から、 やっと ワタシタチ に キ が ついて ひっかえして きた。 その クルマ の ナカ に よろめく よう に おのり に なって から、 モリ さん は ワタシタチ の ほう へ ボウシ に ちょっと テ を かけて エシャク された きり だった。 ……その クルマ が また ホコリ を あげながら たちさった アト も、 ワタシタチ は フタリ とも パラソル で その ホコリ を さけながら、 いつまでも だまって クサ の ナカ に たって いた。
 キョネン と おなじ ムラハズレ での、 キョネン と ほとんど おなじ よう な ワカレ、 ―――それだのに、 まあ なんと キョネン の その とき とは なにもかも が かわって しまって いる の だろう。 ナニ が ワタシタチ の ウエ に おこり、 そして すぎさった の で あろう?
「さっき ここいら で ヒルガオ を みた ん だ けれど、 もう ない わね」
 ワタシ は そんな カンガエ から ジブン の ココロ を そらせよう と して、 ほとんど クチ から デマカセ に いった。
「ヒルガオ?」
「だって、 さっき ヒルガオ が さいて いる と いった の は オマエ じゃ なかった?」
「ワタシ、 しらない わ……」
 オマエ は ワタシ の ほう を ケゲン そう に みつめた。 さっき どうしても みた よう な キ の した その ハナ は、 しかし、 いくら そこら を メ で さがして みて も もう みつからなかった。 ワタシ には それ が なんだか ひどく キミョウ な こと の よう に おもわれた。 が、 ツギ の シュンカン には こんな こと を ひどく キミョウ に おもったり する の は、 よほど ワタシ ジシン の キモチ が どうか して いる の だろう と いう キ が しだして いた。……

 それから 2~3 ニチ する か しない うち に、 モリ さん から これから キュウ に キソ の ほう へ たたれる と いう オハガキ を いただいた。 ワタシ は あの カタ に おあい したら あれほど おはなし して おこう と ケッシン して いた の だ が、 へんに はぐれて しまった の を ナニ か コウカイ したい よう な キモチ で あった。 が、 イッポウ では、 ああ やって ナニゴト も なかった よう に おあい し、 そうして ナニゴト も なかった よう に おわかれ した の も かえって いい こと だった かも しれない、 ――そう、 ジブン ジシン に いって きかせながら、 いくぶん ジブン に アンシン を しいる よう な キモチ で いた。 そうして その イッポウ、 ワタシ は、 ジブン たち の ウンメイ にも かんする よう な ナニモノ か が―― キョウ で なければ、 アス にも その ショウタイ が はっきり と なりそう な、 しかし そう なる こと が ワタシタチ の ウンメイ を よく させる か、 わるく させる か それ すら わからない よう な ナニモノ か が―― イッテキ の アメ をも おとさず に ムラ の ウエ を よぎって ゆく くらい クモ の よう に、 ジブン たち の ウエ を とおりすぎて いって しまう よう に と ねがって いた。……
 ある バン の こと で あった。 ワタシ は もう ミンナ が ねしずまった アト も、 なんだか むなぐるしくて ねむれそう も なかった ので ヒトリ で こっそり コガイ に でて いった。 そうして、 しばらく マックラ な ハヤシ の ナカ を ヒトリ で あるいて いる うち に ようやく ココロモチ が よく なって きた ので、 イエ の ほう へ もどって くる と、 さっき デガケ に みんな けして きた はず の ヒロマ の デンキ が、 いつのまにか ヒトツ だけ ついて いる の に キ が ついた。 オマエ は もう ねて しまった と ばかり おもって いた ので、 ダレ だろう と おもいながら、 ニレ の キ の シタ に ちょっと たちどまった まま みて いる と、 いつも ワタシ の すわりつけて いる マドギワ で、 ワタシ が よく そうして いる よう に マドガラス に ジブン の ヒタイ を おしつけながら、 ナオコ が じっと クウ を みつめて いる らしい の が みとめられた。
 オマエ の カオ は ほとんど ギャッコウセン に なって いる ので、 どんな ヒョウジョウ を して いる の か ぜんぜん わからなかった が、 ニレ の キ の シタ に たって いる ワタシ にも、 オマエ は まだ すこしも きづいて いない らしかった。 ――そういう オマエ の ものおもわしげ な スガタ は なんだか そんな とき の ワタシ に そっくり の よう な キ が された。
 その とき、 ヒトツ の ソウネン が ワタシ を とらえた。 それ は さっき ワタシ が コガイ に でて いった の を しる と、 オマエ は ナニ か キュウ に キガカリ に なって、 そこ へ おりて きて、 ワタシ の こと を ずっと かんがえて おいで だった に ちがいない と いう ソウネン で あった。 おそらく オマエ は それ と しらず に そんな ワタシ と そっくり な シセイ を して いる の だろう が、 それ は オマエ が ワタシ の こと を たちいって かんがえて いる うち に しらずしらず ワタシ と ドウカ して いる ため に ちがいなかった。 イマ、 オマエ は ワタシ の こと を かんがえて おいで なの だ。 もう すっかり オマエ の ココロ の ソト へ でて いって しまって、 もう トリカエシ の つかなく なった もの でも ある か の よう に、 ワタシ の こと を かんがえて おいで なの だ。
 いいえ、 ワタシ は オマエ の ソバ から けっして はなれよう とは しませぬ。 それだのに オマエ の ほう で コノゴロ ワタシ を さけよう さけよう と して ばかり いる。 それ が ワタシ に まるで ジブン の こと を つみぶかい オンナ か なんぞ の よう に おそれさせだして いる だけ なの だ。 ああ、 ワタシタチ は どうして もっと ホカ の ヒトタチ の よう に キョシン に いきられない の かしら?……
 そう ココロ の ナカ で オマエ に うったえかけながら、 ワタシ は いかにも なにげない よう に イエ の ナカ に はいって ゆき、 ムゴン の まま で オマエ の ハイゴ を とおりぬけよう と する と、 オマエ は いきなり ワタシ の ほう を むいて、 ほとんど なじる よう な ゴキ で、
「どこ へ いって いらしった の?」 と ワタシ に きいた。 ワタシ は オマエ が ワタシ の こと で どんな に にがい キモチ に させられて いる か を せつない ほど はっきり かんじた。

 ダイ 2 ブ

 1928 ネン 9 ガツ 23 ニチ、 O ムラ にて
 この ニッキ に ふたたび ジブン が もどって くる こと が あろう など とは ワタシ は この 2~3 ネン おもって も みなかった。 キョネン の イマゴロ、 この O ムラ で ふとした こと から しばらく わすれて いた この ニッキ の こと を おもいださせられて、 なんとも いえない ザンキ の あまり に これ を やいて しまおう か と おもった こと は あった。 が、 その とき それ を やく マエ に イチド よみかえして おこう と おもって、 それ すら ためらわれて いる うち に やく キカイ さえ うしなって しまった くらい で、 よもや ジブン が それ を ふたたび とりあげて かきつづける よう な こと に なろう とは ゆめにも おもわなかった の で ある。 それ を こう やって ふたたび ジブン の キモチ に むちうつ よう に しながら かきつづけよう と する リユウ は、 これ を よんで ゆく うち に オマエ には わかって いただける の では ない か と おもう。

 モリ さん が とつぜん ペキン で おなくなり に なった の を ワタシ が シンブン で しった の は、 キョネン の 7 ガツ の アサ から いきぐるしい ほど あつかった ヒ で あった。 その ナツ に なる マエ に ユキオ は タイワン の ダイガク に フニン した ばかり の うえ、 ちょうど オマエ も その スウジツ マエ から ヒトリ で O ムラ の ヤマ の イエ に でかけて おり、 ゾウシガヤ の だだっぴろい イエ には ワタシ ヒトリ きり とりのこされて いた の だった。 その シンブン の キジ で みる と、 この 1 カネン ほとんど シナ で ばかり おくらし に なって、 サクヒン も あまり ハッピョウ せられなく なって いられた モリ さん は、 ふるい ペキン の ある ものしずか な ホテル で、 シュクア の ため に スウ-シュウカン ビョウショウ に つかれた まま、 ナニモノ か の くる の を シ の チョクゼン まで またれる よう に しながら、 むなしく サイゴ の イキ を ひきとって ゆかれた との こと だった。
 1 ネン マエ、 ナニモノ か から のがれる よう に ニホン を さられて、 シナ へ おもむかれて から も、 2~3 ド モリ さん は ワタシ の ところ にも オタヨリ を くだすった。 シナ の ホカ の ところ は あまり おすき で ない らしかった が、 トシ ゼンタイ が 「ふるい シンリン の よう な」 カンジ の する ペキン だけ は よほど オキ に いられた と みえ、 ジブン は こういう ところ で コドク な バンネン を すごしながら ダレ にも しられず に しんで ゆきたい など と ゴジョウダン の よう に おかき に なって よこされた こと も あった が、 まさか イマ が イマ こんな こと に なろう とは ワタシ には かんがえられなかった。 あるいは モリ さん は ペキン を はじめて みられて そんな こと を ワタシ に かいて およこし に なった とき から、 すでに ゴジブン の ウンメイ を みとおされて いた の かも しれなかった。……
 ワタシ は イッサク サクネン の ナツ、 O ムラ で モリ さん に おあい した きり で、 ソノゴ は ときおり ナニ か ジンセイ に つかれきった よう な、 ドウジ に そういう ゴジブン を ジチョウ せられる よう な、 いかにも いたいたしい カンジ の する オタヨリ ばかり を いただいて いた。 それ に たいして ワタシ など に あの カタ を おなぐさめ できる よう な ヘンジ など が どうして かけたろう? ことに シナ へ とつぜん シュッタツ される マエ に、 ナニ か ヒジョウ に ワタシ にも おあい に なりたがって いられた よう だった が (どうして そんな ココロ の ヨユウ が おあり に なった の かしら?)、 ワタシ は まだ サキ の こと が あって から あの カタ に さっぱり と した キモチ で おあい できない よう な キ が して、 それ は エンキョク に おことわり した。 そんな キカイ に でも もう イチド おあい して いたら、 と イマ に なって みれば いくぶん くやまれる。 が、 ちょくせつ おあい して みた ところ で、 テガミ イジョウ の こと が どうして あの カタ に むかって ワタシ に いえた だろう?……
 モリ さん の コドク な シ に ついて、 ワタシ が ともかくも そんな こと を なかば コウカイ-めいた キモチ で いろいろ かんがええられる よう に なった の は、 その アサ の シンブン を みる なり、 キュウ に ムネ を おしつけられる よう に なって、 きみわるい ほど ヒヤアセ を かいた まま、 しばらく ナガイス の ウエ に たおれて いた、 そんな とつぜん ワタシ を おびやかした ムネ の ホッサ が どうにか しずまって から で あった。
 おもえば、 それ が ワタシ の キョウシンショウ の サイショ の ケイビ な ホッサ だった の だろう が、 それまで は それ に ついて なんの ヨチョウ も なかった ので、 その とき は ただ ジブン の キョウガク の ため か と おもった。 その とき ジブン の イエ に ワタシ ヒトリ きり で あった の が かえって ワタシ には その ホッサ に たいして ムトンジャク で いさせた の だ。 ワタシ は ジョチュウ も よばず、 しばらく ヒトリ で ガマン して いて から、 やがて すぐ モトドオリ に なった。 ワタシ は その こと は ダレ にも いわなかった。……
 ナオコ、 オマエ は O ムラ で ヒトリ きり で そういう モリ さん の シ を しった とき、 どんな イジョウ な ショウドウ を うけた で あろう か。 すくなくとも この とき オマエ は オマエ ジシン の こと より か ワタシ の こと を、 ――それから ワタシ が うちのめされながら じっと それ を こらえて いる、 みる に みかねる よう な ヨウス を なかば きづかいながら、 なかば にがにがしく おもいながら ヒトリ で ソウゾウ して いたろう こと は かんがえられる。 ……が、 オマエ は それ に ついて は ぜんぜん チンモク を まもって おり、 これまで は ほんの モウシワケ の よう に かいて よこした ハガキ の タヨリ さえ その とき きり かいて よこさなく なって しまった。 ワタシ には この とき は その ほう が かえって よかった。 シゼン な よう に さえ おもえた。 あの カタ が もう おなくなり に なった うえ は、 いつかは あの カタ の こと に ついて も オマエ と ココロ を ひらいて かたりあう こと も できよう。 ――そう ワタシ は おもって、 そのうち ワタシタチ が O ムラ で でも イッショ に くらして いる うち に、 それ を かたりあう に もっとも よい ユウベ の ある こと を しんじて いた。 が、 8 ガツ の ナカバゴロ に なって たまって いた ヨウジ が かたづいた ので、 やっと の こと で O ムラ へ ゆける よう に なった ワタシ と イレチガイ に オマエ が まえもって なにも しらせず に トウキョウ へ かえって きて しまった こと を しった とき は、 さすが の ワタシ も すこし フンガイ した。 そうして ワタシタチ の フワ も もう どうにも ならない ところ まで いって いる の を その こと で オマエ に あらわ に みせつけられた よう な キ が した の だった。
 ヘイヤ の マンナカ の どこ か の エキ と エキ との アイダ で たがいに すれちがった まま、 ワタシ は オマエ と いれかわって O ムラ で ジイヤ たち を アイテ に くらす よう に なり、 オマエ も オマエ で、 ゴウジョウ そう に ヒトリ きり で セイカツ し、 それから は イチド も O ムラ へ こよう とは しなかった ので、 それなり ワタシタチ は アキ まで イッペン も カオ を あわせず に しまった。 ワタシ は その ナツ も ほとんど ヤマ の イエ に とじこもった まま で いた。 8 ガツ の アイダ は、 ムラ を あちこち と 2~3 ニン ずつ くんで サンポ を して いる ガクセイ たち の シロガスリ スガタ が ワタシ を ムラ へ でて ゆく こと を オックウ に させて いた。 9 ガツ に なって、 その ガクセイ たち が ひきあげて しまう と、 レイネン の よう に リンウ が きて、 コンド は もう でよう にも でられなかった。 ジイヤ たち も ワタシ が あんまり しょざいなさそう に して いる ので カゲ では シンパイ して いる らしかった が、 ワタシ ジシン には そう やって ビョウゴ の ヒト の よう に くらして いる の が いちばん よかった。 ワタシ は ときどき ジイヤ の ルス など に、 オマエ の ヘヤ に はいって、 オマエ が なにげなく そこ に おいて いった ホン だ とか、 そこ の マド から ながめられる カギリ の ゾウキ の 1 ポン 1 ポン の エダブリ など を みながら、 オマエ が その ナツ この ヘヤ で どういう カンガエ を もって くらして いた か を、 それら の もの から よみとろう と したり しながら、 ナニ か せつない もの で いっぱい に なって、 しらずしらず の うち に そこ で ながい ジカン を すごして いる こと が あった。……
 その うち に アメ が やっと の こと で あがって、 はじめて アキ-らしい ヒ が つづきだした。 ナンニチ も ナンニチ も こい キリ に つつまれて いた ヤマヤマ や トオク の ゾウキバヤシ が とつぜん、 ワタシタチ の メノマエ に もう なかば きばみかけた スガタ を みせだした。 ワタシ は やっぱり ナニ か ほっと し、 アサユウ、 あちこち の ハヤシ の ナカ など へ サンポ に ゆく こと が おおく なった。 よぎなく イエ に ばかり とじこもらされて いた とき は そんな しずか な ジカン を ジブン に あたえられた こと を ありがたがって いた の だった けれど、 こうして ハヤシ の ナカ を ヒトリ で あるきながら なにもかも わすれさった よう な キブン に なって いる と、 こういう ヒビ も なかなか よく、 どうして コノアイダ まで は あんな に インキ に くらして いられた の だろう と われながら フシギ に さえ おもわれて くる くらい で、 ニンゲン と いう もの は ずいぶん カッテ な もの だ と ワタシ は かんがえた。 ワタシ の このんで いった ヤマヨリ の カラマツバヤシ は、 ときおり ハヤシ の キレメ から うすあかい ホ を だした ススキ の ムコウ に アサマ の あざやか な ヤマハダ を のぞかせながら、 どこまでも マッスグ に つづいて いた。 その ハヤシ が ずっと サキ の ほう で その ムラ の ボチ の ヨコテ へ でられる よう に なって いる こと は しって いた けれど、 ある ヒ ワタシ は いい キモチ に なって あるいて いる うち に その ボチ チカク まで きて しまい、 キュウ に ハヤシ の オク で ヒトゴエ の する の に おどろいて、 あわてて そこ から ひっかえして きた。 ちょうど その ヒ は オヒガン の チュウニチ だった の だ。 ワタシ は その カエリミチ、 キュウ に ハヤシ の キレメ の ススキ の アイダ から ヒトリ の トチ の モノ-らしく ない ミナリ を した チュウネン の オンナ が でて きた の に ばったり と であった。 ムコウ でも ワタシ の よう な オンナ を みて ちょっと おどろいた らしかった が、 それ は ムラ の ホンジン の オヨウ さん だった。
「オヒガン だ もの です から、 オハカマイリ に ヒトリ で でて きた ツイデ に、 あんまり キモチ が よい ので つい いつまでも ウチ に かえらず に ふらふら して いました」 オヨウ さん は カオ を うすあかく しながら そう いって なにげなさそう な ワライカタ を した。 「こんな に のんびり と した キモチ に なれた こと は コノゴロ めった に ない こと です。……」
 オヨウ さん は ナガネン ビョウシン の ヒトリムスメ を かかえて、 ワタシ ドウヨウ、 ほとんど ガイシュツ する こと も ない らしい ので、 ここ 4~5 ネン と いう もの は ワタシタチ は ときおり オタガイ の ウワサ を ききあう くらい で、 こうして カオ を あわせた こと は ついぞ なかった の だ。 ワタシタチ は それ だ もの だ から、 なつかしそう に つい ながい タチバナシ を して、 それから ようやく の こと で わかれた。
 ワタシ は ヒトリ で イエジ に つきながら、 みちみち、 イマ わかれて きた ばかり の オヨウ さん が、 スウネン マエ に あった とき から みる と カオ など いくぶん ふけた よう だ が、 ワタシ とは ただ の イツツ チガイ とは どうしても おもわれぬ くらい、 ソブリ など が いかにも ムスメムスメ して いる の を ココロ に よみがえらせて いる うち に、 ジブン など の しって いる カギリ だけ でも ずいぶん フシアワセ な メ に ばかり あって きた らしい のに、 いくら カチキ だ とは いえ、 どうして ああ タンジュン な なにげない ヨウス を して いられる の だろう と フシギ に おもわれて ならなかった。 それ に くらべれば、 ワタシタチ は まあ どんな に ジブン の ウンメイ を カンシャ して いい の だろう。 それだのに、 しじゅう、 そう でも して いなければ キ が すまなく なって いる か の よう に、 もう どうでも いい よう な こと を いつまでも シンツウ して いる、 ――そういう ジブン たち が いかにも イヨウ に ワタシ に かんぜられて きだした。
 ハヤシ の ナカ から できらない うち に、 もう ヒ が すっかり かたむいて いた。 ワタシ は とつぜん ある ケッシン を しながら、 おもわず アシ を はやめて かえって きた。 イエ に つく と、 ワタシ は すぐ 2 カイ の ジブン の ヘヤ に あがって いって、 この テチョウ を ヨウダンス の オク から とりだして きた。 この スウジツ、 ヒ が ヤマ に はいる と キュウ に タイキ が ひえびえ と して くる ので、 いつも ワタシ が ユウガタ の サンポ から かえる まで に ジイヤ に ダンロ に ヒ を たいて おく よう に いいつけて あった が、 その ヒ に かぎって ジイヤ は ホカ の ヨウジ に おわれて、 まだ ヒ を たきつけて いなかった。 ワタシ は イマ すぐに も その テチョウ を ダンロ に なげこんで しまいたかった の だ。 が、 ワタシ は カタワラ の イス に こしかけた まま、 その テチョウ を ムゾウサ に テ に まるめて もちながら、 イッシュ いらだたしい よう な キモチ で、 ジイヤ が マキ を たきつけて いる の を みて いる ホカ は なかった。
 ジイヤ は そういう いらいら して いる ワタシ の ほう を イチド も ふりかえろう とは せず に、 だまって マキ を うごかして いた が、 この ヒト の いい タンジュン な ロウジン には ワタシ は そんな シュンカン にも フダン の ものしずか な オクサマ に しか みえて いなかったろう。 ……それから この ナツ ワタシ の くる まで ここ で ヒトリ で ホン ばかり よんで くらして いた らしい ナオコ だって ワタシ には あんな に テ の ツケヨウ の ない ムスメ に しか おもわれない のに、 この ジイヤ には やっぱり ワタシ と おなじ よう な ものしずか な ムスメ に みえて いた の だったろう。 そして こういう タンジュン な ヒトタチ の メ には、 いつも ワタシタチ は 「オシアワセ な」 ヒトタチ なの だ。 ワタシタチ が どんな に ナカ の わるい オヤコ で ある か と いう こと を いくら いって きかせて みて も この ヒトタチ には そんな こと は とうてい しんぜられない だろう。 ……その とき ふと こういう キ が ワタシ に されて きた。 じつは そういう ヒトタチ―― いわば ジュンスイ な ダイサンシャ の メ に もっとも いきいき と うつって いる だろう おそらくは シアワセ な オクサマ と して の ワタシ だけ が コノヨ に ジツザイ して いる ので、 なにかと たえず セイ の フアン に おびやかされて いる ワタシ の もう ヒトツ の スガタ は、 ワタシ が ジブン カッテ に つくりあげて いる カクウ の スガタ に すぎない の では ない か。 ……キョウ オヨウ さん を みた とき から、 ワタシ に そんな カンガエ が きざして きだして いた の だ と みえる。 オヨウ さん には オヨウ さん ジシン が どんな スガタ で かんぜられて いる か しらない。 しかし ワタシ には オヨウ さん は カチキ な ショウブン で、 ジブン の せおって いる ウンメイ なんぞ は なんでも ない と おもって いる よう な ヒト に みえる。 おそらくは ダレ の メ にも そう と みえる に ちがいない。 そんな ふう に ダレ の メ にも はっきり そう と みえる その ヒト の スガタ だけ が コノヨ に ジツザイ して いる の では ない か。 そう する と、 ワタシ だって も それ は ジンセイ ナカバ に して オット に シベツ し、 ソノゴ は たしょう さびしい ショウガイ だった が、 ともかくも フタリ の コドモ を リッパ に そだてあげた ケンジツ な カフ、 ――それ だけ が ワタシ の ホンライ の スガタ で、 その ホカ の スガタ、 ことに この テチョウ に かかれて ある よう な ワタシ の ヒゲキテキ な スガタ なんぞ は ほんの キマグレ な カショウ に しか すぎない の だ。 この テチョウ さえ なければ、 そんな ワタシ は この チジョウ から エイキュウ に スガタ を けして しまう。 そう だ、 こんな もの は ひとおもいに やいて しまう ホカ は ない。 ホントウ に イマ すぐに も やいて しまおう。……
 それ が ユウガタ の サンポ から かえって きた とき から の ワタシ の ケッシン だった の だ。 それだのに、 ワタシ は ジイヤ が そこ を たちさった アト も、 ちょっと その キカイ を うしなって しまった か の よう に、 その テチョウ を ぼんやり と テ に した まま ヒ の ナカ へ とうぜず に いた。 ワタシ には すでに ハンセイ が きて いた。 ワタシタチ の よう な オンナ は、 そう しよう と おもった シュンカン なら ジブン たち に できそう も ない こと でも しでかし、 それ を した リユウ だって アト から いくらでも かんがえだせる が、 ジブン が これから しよう と して いる こと を かんがえだしたら サイゴ、 もう スベテ の こと が ためらわれて くる。 その とき も、 ワタシ は いざ これから この テチョウ を ヒ に とうじよう と しかけた とき、 ふいと もう イチド それ を よみかえして、 それ が ながい こと ワタシ を くるしめて いた ショウタイ を ゲンザイ の このよう な さめた ココロ で たしかめて から でも おそく は あるまい と かんがえた。 しかし、 ワタシ は そう は おもった ものの、 その とき の キブン では それ を どうしても よみかえして みる キ には なれなかった。 そうして ワタシ は それ を そのまま、 マントルピース の ウエ に おいて おいた。 その ヨル の うち にも、 ふいと それ を テ に とって よんで みる よう な キ に なるまい もの でも ない と おもった から で あった。 が、 その ヨル おそく、 ワタシ は ねる とき に それ を ジブン の ヘヤ の もと あった バショ に もどして おく より ホカ は なかった。
 そんな こと が あって から 2~3 ニチ たつ か たたない うち の こと だった の だ。 ある ユウガタ、 ワタシ が イツモ の よう に サンポ を して かえって きて みる と、 いつ トウキョウ から きた の か、 オマエ が いつも ワタシ の こしかける こと に して いる イス に もたれた まま、 いましがた ぱちぱち オト を たてながら もえだした ばかり らしい ダンロ の ヒ を じっと みまもって いた の は……
 その ヨル おそく まで の オマエ との いきぐるしい タイワ は、 その ヨクアサ とつぜん ワタシ の ニクタイ に あらわれた いちじるしい ヘンカ と ともに、 ワタシ の おいかけた ココロ に とって は もっとも おおきな イタデ を あたえた の だった。 その キオク も ようやく とおのいて ワタシ の ココロ の ウチ で それ が ゼンタイ と して はっきり と みえやすい よう に なりだした、 それから ヤク 1 ネン-ゴ の コンヤ、 その おなじ ヤマ の イエ の おなじ ダンロ の マエ で、 ワタシ は こうして イチド は やいて しまおう と ケッシン しかけた この テチョウ を ふたたび ジブン の マエ に ひらいて、 コンド こそ は ワタシ の した こと の スベテ を つぐなう つもり で、 ジブン の サイゴ の ヒ の ちかづいて くる の を ひたすら まちながら、 こうして ジブン の ムキリョク な キモチ に むちうちつつ その ヒゴロ の デキゴト を つとめて アリノママ に かきはじめて いる の だ。

 オマエ は ダンロ の カタワラ に こしかけた まま、 そこ に ちかづいて いった ワタシ の ほう へは ナニ か おこった よう な おおきい マナザシ を むけた きり、 なんとも いいださなかった。 ワタシ も ワタシ で、 まるで キノウ も ワタシタチ が そうして いた よう に、 おしだまった まま、 オマエ の トナリ へ ホカ の イス を もって いって しずか に コシ を おろした。 ワタシ は なぜか オマエ の メツキ から すぐ オマエ の くるしんで いる の を かんじ、 どんな に か オマエ の ココロ の もとめて いる よう な コトバ を かけて やりたかったろう。 が、 ドウジ に、 オマエ の メツキ には ワタシ の クチ の サキ まで でかかって いる コトバ を そこ に そのまま こおらせて しまう よう な キビシサ が あった。 どうして そんな ふう に とつぜん こちら へ きた の か を ソッチョク に オマエ に とう こと さえ ワタシ には できにくかった。 オマエ も それ が ひとりでに わかる まで は なんとも いおう とは しない よう に みえた。 やっと の こと で ワタシタチ が フタコト ミコト はなしあった の は ゾウシガヤ の ヒトタチ の ウエ ぐらい で、 アト は それ が マイニチ の シュウカン でも ある か の よう に フタリ ならんで だまって タキビ を みつめて いた。
 ヒ は くれて いった。 しかし、 ワタシタチ は どちら も アカリ を つけ に たとう とは しない で、 そのまま ダンロ に むかって いた。 ソト が くらく なりだす に つれて、 オマエ の おしだまった カオ を てらして いる ホカゲ が だんだん つよく ひかりだして いた。 ときおり ホノオ の グアイ で その ヒカリ の ゆらぐ の が、 オマエ が ムヒョウジョウ な カオ を して いれば いる ほど、 オマエ の ココロ の ドウヨウ を いっそう しめす よう な キ が されて ならなかった。
 だが、 ヤマガ-らしい シッソ な ショクジ に フタリ で あいかわらず クチカズ すくなく むかった ノチ、 ワタシタチ が ふたたび ダンロ の マエ に かえって いって から だいぶ たって から だった。 ときどき メ を つぶったり して、 いかにも つかれて ねむたげ に して いた オマエ が、 とつぜん、 なんだか うわずった よう な コエ で、 しかし ジイヤ たち に きかれたく ない よう に チョウシ を ひくく しながら はなしだした。 それ は ワタシ も うすうす さっして いた よう に、 やっぱり オマエ の エンダン に ついて だった。 それまで も 2~3 ド そんな ハナシ を ホカ から たのまれて もって きた が、 いつも ワタシタチ が アイテ に ならなかった タカナワ の オマエ の オバ が、 この ナツ も また あたらしい エンダン を ワタシ の ところ に もって きた が、 ちょうど モリ さん が ペキン で おなくなり に なったり した とき だった ので、 ワタシ も おちついて その ハナシ を きいて は いられなかった。 しかし 2 ド も 3 ド も うるさく いって くる もの だ から、 シマイ には ワタシ も つい メンドウ に なって、 ナオコ の ケッコン の こと は トウニン の カンガエ に まかせる こと に して あります から、 と いって かえした。 ところが オマエ が 8 ガツ に なって ワタシ と イレカワリ に トウキョウ へ かえった の を しる と、 すぐ オマエ の ところ に ちょくせつ その エンダン を すすめ に きた らしかった。 そして その とき ワタシ が なにもかも オマエ の カンガエ の まま に させて ある と いった こと を ミョウ に タテ に とって、 オマエ が それまで どんな エンダン を もちこまれて も みんな ことわって しまう の を ワタシ まで が それ を オマエ の ワガママ の せい に して いる よう に オマエ に むかって せめた らしかった。 ワタシ が そう いった の は、 なにも そんな つもり では ない くらい な こと は、 オマエ も ショウチ して いて いい はず だった。 それだのに、 オマエ は その とき オマエ の オバ に そんな こと で つっこまれた ハラダチマギレ に、 ワタシ の なんの ワルギ も なし に いった コトバ をも オマエ への チュウショウ の よう に とった の だろう か。 すくなくとも、 イマ オマエ の ワタシ に むかって その ハナシ を して いる ハナシカタ には、 ワタシ の その コトバ をも ふくめて おこって いる らしい の が かんぜられる。……
 そんな ハナシ の チュウト から、 オマエ は キュウ に いくぶん ひきつった よう な カオ を ワタシ の ほう へ もちあげた。
「その ハナシ、 オカアサマ は いったい どう おおもい に なって?」
「さあ、 ワタシ には わからない わ。 それ は アナタ の……」 いつも オマエ の フキゲン そう な とき に いう よう な おどおど した クチョウ で そう いいさして、 ワタシ は キュウ に クチ を つぐんだ。 こんな オマエ を さける よう な タイド で ばかり は もう だんじて オマエ に たいすまい、 ワタシ は コヨイ こそ は オマエ に いいたい だけ の こと を いわせる よう に し、 ジブン も オマエ に いって おく べき こと だけ は のこらず いって おこう。 ワタシ は オマエ の どんな てきびしい コウゲキ の ヤサキ にも マトモ に たえて たって いよう と ケッシン した。 で、 ワタシ は ジブン に むちうつ よう な つよい ゴキ で いいつづけた。 「……ワタシ は ホントウ の ところ を いう と ね、 その オカタ が いくら ヒトリムスコ でも、 そう やって ハハオヤ と フタリ きり で、 いつまでも ドクシン で おとなしく くらして いらしった と いう の が キ に なる のよ。 なんだか ハナシ の ヨウス では、 ハハオヤ に まけて いる よう な キ が します わ、 その オカタ が……」
 オマエ は そう ワタシ に おもいがけず つよく でられる と、 ナニ か かんがえぶかそう に なって もえしきって いる マキ を みつめて いた。 フタリ は また しばらく だまって いた。 それから キュウ に いかにも その バ で トッサ に おもいついた よう な ふたしか な チョウシ で オマエ が いった。
「そういう おとなしすぎる くらい の ヒト の ほう が かえって よさそう ね。 ワタシ なんぞ の よう な キ ばかし つよい モノ の ケッコン の アイテ には……」
 ワタシ は オマエ が そんな こと を ホンキ で いって いる の か どう か ためす よう に オマエ の カオ を みた。 オマエ は あいかわらず ぱちぱち オト を たてて もえて いる マキ を みすえる よう に しながら、 しかも それ を みて いない よう な、 クウキョ な マナザシ で ジブン の ゼンポウ を きっと みて いた。 それ は ナニ か おもいつめて いる よう な ヨウス を オマエ に あたえて いた。 イマ オマエ の いった よう な カンガエカタ が ワタシ への イヤミ では なし に、 オマエ の ホンキ から でて いる の だ と すれば、 ワタシ は それ には ウカツ に こたえられない よう な キ が して、 すぐに は なんとも ヘンジ が せられず に いた。
 オマエ が いいたした。 「ワタシ は ジブン で ジブン の こと が よく わかって います もの」
「…………」 ワタシ は いよいよ なんと ヘンジ を したら いい か わからなく なって、 ただ じっと オマエ の ほう を みて いた。
「ワタシ、 コノゴロ こんな キ が する わ、 オトコ でも、 オンナ でも ケッコン しない で いる うち は かえって ナニ か に ソクバク されて いる よう な…… しじゅう、 もろい、 うつりやすい よう な もの、 たとえば コウフク なんて いう イリュージョン に とらわれて いる よう な…… そう では ない の かしら? しかし ケッコン して しまえば、 すくなくとも そんな はかない もの から は ジユウ に なれる よう な キ が する わ……」
 ワタシ は すぐに は そういう オマエ の あたらしい カンガエ に ついて は ゆかれなかった。 ワタシ は それ を ききながら、 オマエ が ジブン の ケッコン と いう こと を トウメン の モンダイ と して シンケン に なって かんがえて いる らしい の に ナニ より も おどろいた。 その テン は、 ワタシ は すこし ニンシキ が たりなかった。 しかし、 イマ オマエ の いった よう な ケッコン に たいする ミカタ が オマエ ジシン の ミケイケン な セイカツ から ひとりでに できて きた もの か どう か と いう こと に なる と いささか カイギテキ だった。 ――ワタシ と して は、 このまま こうして ワタシ の ソバ で オマエ が いらいら しながら くらして いたら、 たがいに キモチ を こじらせあった まま、 ジブン で ジブン が どんな ところ へ いって しまう か わからない と いった よう な、 そんな フアン な オモイ から オマエ が クルシマギレ に すがりついて いる、 セイジュク した タニン の シソウ と して しか みえない の だ…… 「そういう カンガエカタ は それ は それ と して うなずける よう だ けれど、 なにも その カンガエ の ため に オマエ の よう に ケッコン を ムキ に なって かんがえる こと は ない と おもう わ……」 ワタシ は そう ジブン の かんじた とおり の こと を いった。 「……もうすこし、 オマエ、 なんて いったら いい か、 もうすこし、 そう ね、 ノンキ に なれない こと?」
 オマエ は カオ に ハンシャ して いる ホカゲ の ナカ で、 イッシュ の フクザツ な ワライ の よう な もの を ひらめかせながら、
「オカアサマ は ケッコン なさる マエ にも ノンキ で いられた?」 と つっこんで きた。
「そう ね…… ワタシ は ずいぶん ノンキ な ほう だった ん でしょう、 なにしろ まだ 19 か そこいら だった から。 ……ガッコウ を でる と、 ウチ が ビンボウ の ため ハハ の リソウ の ヨウコウ に やらせられず に、 すぐ オヨメ に ゆかせられる よう に なった の を オオヨロコビ して いた くらい でした もの。……」
「でも、 それ は オトウサマ が いい オカタ な こと が おわかり に なって いられた から では なくって?」
 オマエ の いい オトウサマ の ハナシ が いかにも シゼン に ワタシタチ の ワダイ に のぼった こと が キュウ に ワタシ を いつ に なく オマエ の マエ で いきいき と させだした。
「ホントウ に ワタシ には もったいない くらい に いい オトウサマ でした。 ワタシ の ケッコン セイカツ が サイショ から サイゴ まで ジュンチョウ に いった の も、 ワタシ の ウン が よかった の だ など とは イチド も ワタシ に おもわせず、 そう なる の が さも アタリマエ の よう に かんがえさせた の が、 オトウサマ の セイカク でした。 ことに ワタシ が イマ でも オトウサマ に カンシャ して いる の は、 ケッコン シタテ は まだ ほんの コムスメ に すぎなかった ワタシ を、 ハジメ から どんな バアイ に でも、 イッコ の ジョセイ と して ばかり で なく、 イッコ の ニンゲン と して アイテ に して くだすった こと でした。 ワタシ は その おかげ で だんだん ニンゲン と して の ジシン が ついて きました。……」
「いい オトウサマ だった のね。……」 オマエ まで が いつ に なく ムカシ を なつかしがる よう な チョウシ に なって いった。 「ワタシ は コドモ の ジブン よく オトウサマ の ところ へ オヨメ に いきたい なあ と おもって いた もの だわ。……」
「…………」 ワタシ は おもわず いきいき した ビショウ を しながら だまって いた。 が、 こういう ムカシバナシ の でた サイ に、 もうすこし オトウサマ の いきて いらしった コロ の こと や、 おなくなり に なった アト の こと に ついて オマエ に いって おかなければ ならない こと が ある と おもった。
 が、 オマエ が そういう ワタシ の サキ を こして いった。 コンド は ナニ か ワタシ に つっかかる よう な シャガレゴエ だった。
「それでは、 オカアサマ は モリ さん の こと は どう おおもい に なって いらっしゃる の?」
「モリ さん の こと?……」 ワタシ は ちょっと イガイ な トイ に トマドイ しながら、 オマエ の ほう へ しずか に メ を もって いった。
「…………」 コンド は オマエ が だまって うなずいた。
「それ と これ とは、 オマエ、 ぜんぜん……」 ワタシ は なんとなく アイマイ な チョウシ で そう いいかけて いる うち に、 キュウ に イマ の オマエ の こだわった よう な モノ の トイカタ で、 モリ さん が ワタシタチ の フワ の ゲンイン と なった と オマエ の おもいこんで いた もの が はっきり と わかった よう な キ が した。 ずっと マエ に なくなられた オトウサマ の こと が いつまでも オマエ の ネントウ から はなれなかった の だ。 あの コロ の オマエ は ワタシ と いう もの が オマエ の かんがえて いる ハハ と いう もの から ぬけだして いって しまいそう だった ので キ が キ で なかった の だ。 それ が オマエ の オモイスゴシ で あった こと は、 イマ の オマエ なら よく わかる だろう。 けれども、 その とき は ワタシ も また ワタシ で オマエ に それ が そう で ある こと を ソッチョク に いって やれなかった、 どうして だ か そんな こと まで が ジブン の おもう よう に いえない よう に ジブツ を すこし こみいらせて ワタシ は かんがえがち で あった、 いわば ワタシ の ユイイツ の カシツ は そこ に こそ あった の だ。 イマ、 ワタシ は それ を オマエ にも、 また ワタシ ジシン にも はっきり と いいきかして おかなければ ならない と おもった。 「……いいえ、 そんな イイヨウ は もう しますまい。 それ は ホントウ に なんでも ない こと だった の が ワタシタチ に はっきり わかって きて いる の です から、 なんでも ない こと と して いいます。 モリ さん が ワタシ に おもとめ に なった の は、 ケッキョク の ところ、 トシウエ の ジョセイ と して の オハナシアイテ でした。 ワタシ なんぞ の よう な セケンシラズ の オンナ が きどらず に もうしあげた こと が かえって なんとなく ミ に しみて おかんぜられ に なった だけ なの です。 それ だけ の こと だった の が その とき は あの カタ にも わからず、 ワタシ ジシン にも わからなかった の です。 それ は タダ の ハナシアイテ は ハナシアイテ でも、 あの カタ が ワタシ に どこまでも イッコ の ジョセイ と して の アイテ を のぞまれて いた の が いけなかった の でした。 それ が ワタシ を だんだん キュウクツ に させて いった の です。……」 そう イキ も つかず に いいながら、 ワタシ は あんまり ダンロ の ヒ を マトモ に みつづけて いた ので、 メ が いたく なって きて、 それ を いいおわる と しばらく メ を とじて いた。 ふたたび それ を あけた とき は、 コンド は ワタシ は オマエ の カオ の ほう へ それ を むけながら、 「……ワタシ は ね、 ナオコ、 コノゴロ に なって やっと オンナ では なくなった のよ。 ワタシ は ずいぶん そういう トシ に なる の を まって いました。 ……ワタシ は ジブン が そういう トシ に なれて から、 もう イチド モリ さん に オメ に かかって こころおきなく オハナシ の アイテ を して、 それから サイゴ の オワカレ を したかった の です けれど……」
 オマエ は しかし おしだまって ダンロ の ヒ に むかった まま、 その カオ に ホカゲ の ユラメキ とも、 また イッシュ の ヒョウジョウ とも わかちがたい もの を うかべながら、 あいかわらず ジブン の マエ を みすえて いる きり だった。
 その チンモク の ウチ に、 イマ ワタシ が すこし ばかり うわずった よう な コエ で いった コトバ が いつまでも クウキョ に ひびいて いる よう な キ が して、 キュウ に ムネ が しめつけられる よう に なった。 ワタシ は オマエ の イマ かんがえて いる こと を なんと でも して しりたく なって、 そんな こと を きく つもり も なし に きいた。
「オマエ は モリ さん の こと を どう オカンガエ なの?」
「ワタシ?……」 オマエ は クチビル を かんだ まま、 しばらく は なんとも いいださなかった。
「……そう ね、 オカアサマ の マエ です けれど、 ワタシ は ああいう オカタ は ケイエン して おきたい わ。 それ は おかき に なる もの は おもしろい と おもって よむ けれども、 あの オカタ と おつきあい したい とは おもいません でした わ。 なんでも ゴジブン の なさりたい と おもう こと を して いい と おもって いる よう な テンサイ なんて いう もの は、 ワタシ は すこしも ジブン の ソバ に もちたい とは おもって いません わ。……」
 オマエ の そういう イチゴ イチゴ が ワタシ の ムネ を イヨウ に うった。 ワタシ は もう シヨウ が ない と いった ふう に ふたたび メ を とじた まま、 イマ こそ ワタシ との フワ が オマエ から うばった もの を はっきり と しった。 それ は ハハ と して の ワタシ では ない、 だんじて そう で ない、 それ は ジンセイ の もっとも スウコウ な もの に たいする おんならしい シンジュウ なの で ある。 ハハ と して の ワタシ は ふたたび オマエ に もどされて も、 そういう ジンセイ への シンジュウ は もう ヨウイ には かえされない の では なかろう か?……
 もう ヨル も だいぶ ふけた らしく、 コヤ の ナカ まで かなり ひえこんで きて いた。 サキ に ねかせて あった ジイヤ が もう ヒトネイリ して から、 ふと メ を さました よう で、 ダイドコロベヤ の ほう から トシヨリ-らしい セキバライ の する の が きこえだした。 ワタシタチ は それ に きづく と、 もう どちら から とも なく ダンロ に マキ を くわえる の を やめて いた が、 だんだん おとろえだした カリョク が ワタシタチ の カラダ を しらずしらず たがいに ちかよらせだして いた。 ココロ と ココロ とは いつか ジブン ジブン の おくふかく に ひきこませて しまいながら……

 その ヨル は、 もう 12 ジ を すぎて から カクジ の シンシツ に ひきあげた アト も、 ワタシ は どうにも メ が さえて、 ほとんど まんじり とも できなかった。 ワタシ は トナリ の オマエ の ヘヤ でも よどおし シンダイ の きしる の を ミミ に して いた。 それでも アケガタ、 ようやく マド の アタリ が しらんで くる の を みとめる と、 ナニ か ほっと した せい か、 ワタシ は つい うとうと と まどろんだ。 が、 それから どの くらい たった か おぼえて いない が、 ワタシ は キュウ に ナニモノ か が ジブン の カタワラ に たちはだかって いる よう な キ が して、 おもわず メ を さました。 そこ に カミ を ふりみだしながら たって いる マッシロ な スガタ が、 だんだん ネマキ の まま の オマエ に みえだした。 オマエ は ワタシ が やっと オマエ を みとめた こと に キ が つく と、 キュウ に おこった よう な キリコウジョウ で いいだした。
「……ワタシ には オカアサマ の こと は よく わかって いる のよ。 でも、 オカアサマ には、 ワタシ の こと が ちっとも わからない の。 なにひとつ だって わかって くださらない のね。 ……けれども、 これ だけ は ジジツ と して おわかり に なって おいて ちょうだい。 ワタシ、 こちら へ くる マエ に じつは オバサマ に サッキ の オハナシ の ショウダク を して きました。……」
 ユメ とも ウツツ とも つかない よう な うつろ な マナザシ で オマエ を じっと みつめて いる ワタシ の メ を、 オマエ は ナニ か せつなげ な メツキ で うけとめて いた。 ワタシ は オマエ の いって いる こと が よく わからない よう に、 そして それ を いっそう よく きこう と する か の よう に、 ほとんど ムイシキ に シンダイ の ウエ に なかば ミ を おこそう と した。
 しかし、 その とき は オマエ は もう ワタシ の ほう を ふりむき も しない で、 すばやく トビラ の ウシロ に スガタ を けして いた。
 シタ の ダイドコロ では サッキ から もう ジイヤ たち が おきて ごそごそ と なにやら モノオト を たてだして いた。 それ が ワタシ に そのまま おきて オマエ の アト を おって ゆく こと を ためらわせた。

 ワタシ は その アサ も 7 ジ に なる と、 イツモ の よう に ミダシナミ を して、 シタ に おりて いった。 ワタシ は その マエ に しばらく オマエ の シンシツ の ケハイ に ミミ を かたむけて みた が、 ヨルジュウ ときどき おもいだした よう に きしって いた シンダイ の オト も イマ は すっかり しなく なって いた。 ワタシ は オマエ が その シンダイ の ウエ で、 ねむられぬ ヨル の アト で、 かきみだれた カミ の ナカ に カオ を うずめて いる うち に、 さすが に ワカサ から ショウタイ も なく ねいって しまう と、 まもなく ヒ が カオ に いっぱい あたりだして、 ナミダ を それとなく かわかして いる…… そんな オマエ の しどけない ネスガタ さえ ソウゾウ された が、 そのまま オマエ を しずか に ねかせて おく ため、 アシオト を しのばせて シタ に おりて ゆき、 ジイヤ には ナオコ の おきて くる まで ワタシタチ の アサハン の ヨウイ を する の を まって いる よう に いいつけて おいて、 ワタシ は ヒトリ で アキ-らしい ヒ の ナナメ に さして コカゲ の いっぱい に ひろがった ニワ の ナカ へ でて いった。 ネブソク の メ には、 その コカゲ に てんてん と おちこぼれて いる ヒ の ヒカリ の グアイ が イイヨウ も なく さわやか だった。 ワタシ は もう すっかり ハ の きいろく なった ニレ の キ の シタ の ベンチ に コシ を おろして、 ケサ の ネザメ の おもたい キブン とは あまり に かけはなれた、 そういう かがやかしい ヒヨリ を ナニ か シンゾウ が どきどき する ほど うつくしく かんじながら、 かわいそう な オマエ の おきて くる の を ココロマチ に まって いた。 オマエ が ワタシ に たいする ハンコウテキ な キモチ から あまり にも ムコウミズ な こと を しよう と して いる の を だんぜん オマエ に カンシ しなければ ならない と おもった。 その ケッコン を すれば オマエ が かならず フコウ に なる と ワタシ の かんがえる リユウ は なにひとつ ない、 ただ ワタシ は そんな キ が する だけ なの だ。 ――ワタシ は オマエ の ココロ を とじて しまわせず に、 そこ の ところ を よく わかって もらう ため には、 どういう ところ から いいだしたら いい の で あろう か。 イマ から その コトバ を ヨウイ して おいたって、 それ を ヒトツヒトツ オマエ に むかって いえよう とは おもえない、 ――それ より か、 オマエ の カオ を みて から、 こちら が ジブン を すっかり なくして、 なんの ココロヨウイ も せず に オマエ に たちむかいながら、 その バ で ジブン に うかんで くる こと を そのまま いった ほう が オマエ の ココロ を うごかす こと が いえる の では ない か と かんがえた。 ……そう かんがえて から は、 ワタシ は つとめて オマエ の こと から ココロ を そらせて、 ジブン の ズジョウ の マッキイロ な ニレ の キ の ハ が さらさら と オト を たてながら たえず ワタシ の カタ の アタリ に まきちらして いる こまかい ヒ の ヒカリ を なんて キモチ が いい ん だろう と おもって いる うち に、 ジブン の シンゾウ が ナンド-メ か に はげしく しめつけられる の を かんじた。 が、 コンド は それ は すぐ やまず、 まあ これ は いったい どうした の だろう と おもいだした ほど、 ながく つづいて いた。 ワタシ は その コシカケ の セ に リョウテ を かけて やっと の こと で ジョウハンシン を ささえて いた が、 その リョウテ に キュウ に チカラ が なくなって……

 ナオコ の ツイキ

 ここ で、 ハハ の ニッキ は チュウゼツ して いる。 その ニッキ の いちばん オワリ に しるされて ある ある アキ の ヒ の ちいさな デキゴト が あって から、 ちょうど 1 カネン たって、 やはり おなじ ヤマ の イエ で、 ハハ が その ヒ の こと を ナニ を おもいたたれて か キュウ に おかきだし に なって いらっしった オリ も オリ、 サイド の キョウシンショウ の ホッサ に おそわれて そのまま おたおれ に なった。 この テチョウ は その イシキ を うしなわれた ハハ の カタワラ に、 カキカケ の まま ひらかれて あった の を ジイヤ が みつけた もの で ある。
 ハハ の キトク の シラセ に おどろいて トウキョウ から かけつけた ワタシ は、 ハハ の シゴ、 ジイヤ から わたされた テチョウ が ハハ の サイキン の ニッキ らしい の を すぐ みとめた が、 その とき は ナニ か すぐ それ を よんで みよう と いう キ には なれなかった。 ワタシ は そのまま、 それ を O ムラ の コヤ に のこして きた。 ワタシ は その スウ-カゲツ マエ に すでに ハハ の イ に はんした ケッコン を して しまって いた。 その とき は まだ ジブン の あたらしい ミチ を きりひらこう と して ドリョク して いる サイチュウ だった ので、 ヒトタビ ほうむった ジブン の カコ を ふたたび ふりかえって みる よう な こと は ワタシ には たえがたい こと だった から だ。……
 その ツギ に また O ムラ の イエ に のこして おいた もの の セイリ に ヒトリ で きた とき、 ワタシ は はじめて その ハハ の ニッキ を よんだ。 コノマエ の とき から まだ ハントシ とは たって いなかった が、 ワタシ は ハハ が きづかった よう に ジブン の ゼント の きわめて コンナン で ある の を ようやく ミ に しみて しりだして いた オリ でも あった。 ワタシ は なかば その ハハ に たいする イッシュ の ナツカシサ、 なかば ジブン に たいする カイコン から、 その テチョウ を はじめて テ に とった が、 それ を よみはじめる や いなや、 ワタシ は そこ に かかれて いる トウジ の ショウジョ に なった よう に なって、 やはり ハハ の ヒトコト ヒトコト に ちいさな ハンコウ を かんぜず には いられない ジブン を みいだした。 ワタシ は なんと して も いまだに この ニッキ の ハハ を うけいれる わけ には いかない の で ある。 ――オカアサマ、 この ニッキ の ナカ での よう に、 ワタシ が オカアサマ から にげまわって いた の は オカアサマ ジシン から なの です。 それ は オカアサマ の オココロ の ウチ に だけ ある ワタシ の なやめる スガタ から なの です。 ワタシ は そんな こと で もって イチド も そんな に くるしんだり なやんだり した こと は ございません もの。……
 ワタシ は そう ココロ の ナカ で、 おもわず ハハ に よびかけて は、 ナンベン も その テチョウ を チュウト で てばなそう と おもいながら、 やっぱり サイゴ まで よんで しまった。 よみおわって も、 それ を よみはじめた とき から ワタシ の ムネ を いっぱい に させて いた フンマン に ちかい もの は なかなか きえさる よう には みえなかった。
 しかし キ が ついて みる と、 ワタシ は この ニッキ を テ に した まま、 いつか しらずしらず の うち に、 イッサクネン の アキ の ある アサ、 ハハ が そこ に こしかけて ワタシ を まちながら サイショ の ホッサ に おそわれた、 おおきな ニレ の キ の シタ に きて いた。 イマ は まだ ハルサキ で、 その ニレ の キ は すっかり ハ を うしなって いた。 ただ その とき の マルキ の コシカケ だけ が なかば こわれながら モト の バショ に のこって いた。
 ワタシ が その なかば こわれた ハハ の コシカケ を みとめた シュンカン で あった。 この ニッキ ドクリョウゴ の イッシュ セツメイ しがたい ハハ への ドウカ、 それゆえに こそ また ドウジ に それ に たいする ほとんど ケンオ に さえ ちかい もの が、 とつぜん ワタシ の テ に して いた ニッキ を そのまま その ニレ の キ の シタ に うめる こと を ワタシ に おもいたたせた。……


 ナオコ

 1

「やっぱり ナオコ さん だ」 おもわず ツヅキ アキラ は たちどまりながら、 ふりかえった。
 すれちがう まで は ナオコ さん の よう でも あり、 そう で ない よう にも おもえたり して、 カレ は かんがえて いた が、 すれちがった とき キュウ に もう どうしても ナオコ さん だ と いう キ が した。
 アキラ は しばらく めまぐるしい オウライ の ナカ に たちどまった まま、 もう かなり ゆきすぎて しまった しろい ケ の ガイトウ を きた ヒトリ の オンナ と その ツレ の オット らしい スガタ を みおくって いた。 その うち に とつぜん、 その オンナ の ほう でも、 イマ すれちがった の は ダレ だ か しった ヒト の よう だった と やっと きづいた か の よう に、 カレ の ほう を ふりむいた よう だった。 オット も、 それ に つられた よう に、 こっち を ちょいと ふりむいた。 その トタン、 ツウコウニン の ヒトリ が アキラ に カタ を ぶつけ、 うつけた よう に たたずんで いた セ の たかい カレ を おもわず よろめかした。
 アキラ が それ から やっと たちなおった とき は、 もう サッキ の フタリ は ヒトゴミ の ナカ に スガタ を けして いた。
 ナンネン-ぶり か で みた ナオコ は、 ナニ か メ に たって ショウスイ して いた。 しろい ケ の ガイトウ に ミ を つつんで、 ならんで あるいて いる カノジョ より も セ の ひくい オット には ムトンジャク そう に、 カンガエゴト でも して いる よう に、 マッスグ を みた まま で アシバヤ に あるいて いた。 イチド オット が ナニ か カノジョ に はなしかけた よう だった が、 それ は カノジョ に ちらり と さげすむ よう な ホホエミ を うかべさせた だけ だった。 ――ツヅキ アキラ は ジブン の ほう へ むかって くる ヒトゴミ の ナカ に めざとく そういう フタリ の スガタ を みかけ、 ナオコ さん を みる よう な ヒト だ が と おもいだす と、 にわか に ムネ の ドウキ が たかまった。 カレ が その しろい ガイトウ の オンナ から メ を はなさず に あるいて ゆく と、 ムコウ でも イッシュン カレ の ほう を いぶかしそう に みつめだした よう だった。 しかし、 なんとなく こちら を みて いながら、 まだ なんにも きづかない で いる アイダ の よう な、 クウキョ な マナザシ だった。 それでも アキラ は その チュウ に ういた マナザシ を ささえきれない よう に、 おもわず それ から メ を そらせた。 そして カレ が ちょいと なんでも ない ほう を みて いる ヒマ に、 カノジョ は とうとう メノマエ の カレ に それ とは きづかず に、 オット と イッショ に すれちがって いって しまった の だった……。
 アキラ は それから その フタリ とは ハンタイ の ホウコウ へ、 なぜ ジブン だけ が そっち へ むかって あるいて ゆかなければ ならない の か キュウ に わからなく なり でも した か の よう に、 ぜんぜん キ が すすまぬ よう に あるいて いった。 こうして ヒトゴミ の ナカ を あるいて いる の が、 とつぜん なんの イミ も なくなって しまった か の よう だった。 マイバン、 カレ の つとめて いる ケンチク ジムショ から マッスグ に オギクボ の ゲシュク へ かえらず に、 ナン-ジカン も こういう ギンザ の ヒトゴミ の ナカ で なんと いう こと も なし に すごして いた の が、 イマ まで は ともかくも ヒトツ の モクテキ を もって いた のに、 その モクテキ が もう エイキュウ に カレ から うしなわれて しまった と でも いう か の よう だった。
 イマ いる マチ の ナカ は、 3 ガツ ナカバ の、 ひえびえ と くもりだった クレガタ だった。
「なんだか ナオコ さん は あんまり シアワセ そう にも みえなかった な」 と アキラ は かんがえつづけながら、 ユウラク-チョウ エキ の ほう へ アシ を むけだした。 「だが、 そんな こと を カッテ に かんがえたり する オレ の ほう が よっぽど どうか して いる。 まるで ヒト の フシアワセ に なった ほう が ジブン の キ に いる みたい じゃ ない か……」

 2

 ツヅキ アキラ は、 キョネン の ハル シリツ ダイガク の ケンチクカ を ソツギョウ して から、 ある ケンチク ジムショ に つとめだして いた。 カレ は マイニチ オギクボ の ゲシュク から ギンザ の ある ビルディング の 5 カイ に ある その ケンチク ジムショ へ かよって きて は、 キチョウメン に ビョウイン や コウカイドウ なぞ の セッケイ に むかって いた。 この 1 ネン-カン と いう もの、 ときには そんな セッケイ の シゴト に ゼンシン を うばわれる こと は あって も、 しかし カレ は ココロ から それ を たのしい と おもった こと は イチド も なかった。
「オマエ は こんな ところ で ナニ を して いる?」 ときどき ナニモノ か の コエ が カレ に ささやいた。
 このあいだ、 カレ が もう ニド と ムネ に おもいえがくまい と ココロ に ちかって いた ナオコ に はからずも マチナカ で であった とき の こと は、 ダレ に とて はなす アイテ も なく、 ただ カレ の ムネ の ウチ に ふかい カンドウ と して のこされた。 そして それ が もう そこ を はなれなかった。 ――あの ギンザ の ザットウ、 ユウガタ の ニオイ、 イッショ に いた オット らしい オトコ、 まだ それら の もの を ありあり と みる こと が できた。 あの しろい ケ の ガイトウ に ミ を つつんで クウ を みながら あるきすぎた その ヒト も、 ――ことに その クウ を みいって いた よう な あの とき の マナザシ が、 いまだに それ を おもいうかべた だけ でも それ から カレ が メ を そらせず には いられなく なる くらい、 ナニ か いたいたしい カンジ で、 はっきり と おもいだされる の だった。 ――ムカシ から ナオコ は ナニ か キ に いらない こと でも ある と、 ダレ の マエ でも かまわず に あんな クウキョ な マナザシ を しだす シュウヘキ の あった こと を、 カレ は ある ヒ ふと ナニ か の こと から おもいだした。
「そう だ、 こないだ あの ヒト が なんだか フシアワセ な よう な キ が ひょいと した の は、 コト に よる と あの とき の あの ヒト の メツキ の せい だった の かも しれない」
 ツヅキ アキラ は そんな こと を かんがえだしながら、 しばらく セイズ の テ を やすめて、 ジムショ の マド から マチ の ヤネ だの、 その かなた に ある うすぐもった ソラ だの を、 ぼんやり と ながめて いた。 そんな とき フイ に ジブン の たのしかった ショウネン ジダイ の こと なんぞ が よみがえって きたり する と、 アキラ は もう シゴト に ミ を いれず、 どうにも シヨウ が ない よう に、 そういう ツイオク に ジブン を まかせきって いた。……

 その かがやかしい ショウネン の ヒビ は、 ナナツ の とき リョウシン を なくした アキラ を ひきとって そだてて くれた ドクシンシャ の オバ の ちいさな ベッソウ の あった シンシュウ の O ムラ と、 そこ で すごした スウカイ の ナツヤスミ と、 その ムラ の リンジン で あった ミムラ-ケ の ヒトビト、 ――ことに カレ と おなじ トシ の ナオコ と が その チュウシン に なって いた。 アキラ と ナオコ とは よく テニス を し に いったり、 ジテンシャ に のって トオノリ を して きたり した。 が、 その コロ から すでに、 ホンノウテキ に ユメ を みよう と する ショウネン と、 ハンタイ に それ から めざめよう と する ショウジョ と が、 その ムラ を ブタイ に して、 たがいに みえつ かくれつ しながら シンケン に オニゴッコ を して いた の だった。 そして いつも その オニゴッコ から オキザリ に される の は ショウネン の ほう で あった。……
 ある ナツ の ヒ の こと、 ユウメイ な サッカ の モリ オトヒコ が とつぜん カレラ の マエ に スガタ を あらわした。 コウゲン の ヒショチ と して しられた トナリムラ の M ホテル に しばらく ホヨウ に きて いた の だった。 ミムラ フジン は ぐうぜん その ホテル で、 キュウチ の カレ に であって、 つい ながい アイダ ヨモヤマ の ハナシ を しあった。 それから 2~3 ニチ して から、 O ムラ への オリカラ の ユウダチ を おかして の カレ の オトズレ、 ヨウサン を して いる ムラ への ナオコ や アキラ を まじえて の ウゴ の サンポ、 ムラハズレ での たのしい ほど キタイ に みちた ワカレ――、 それ だけ の デアイ が、 すでに ジンセイ に ヒヘイ した よう な この コドク な サッカ を キュウ に わかがえらせ でも させた よう な、 イヨウ な コウフン を あたえず には おかなかった よう に みえた。……
 ヨクトシ の ナツ も また、 トナリムラ の ホテル に ホヨウ に きて いた この コドク な サッカ は フイ に O ムラ へも たずねて きたり した。 その コロ から、 ミムラ フジン が カノジョ の マワリ に ひろげだして いた イッシュ の ヒゲキテキ な フンイキ は、 ナニ か リユウ が わからない なり にも アキラ の コウキシン を ひいて、 それ を フジン の ほう へ ばかり むけさせて いた アイダ、 カレ は それ と おなじ エイキョウ が ナオコ から イマ まで の カイカツ な ショウジョ を キュウ に ぬけださせて しまった こと には すこしも キ が つかなかった。 そして アキラ が やっと そういう ナオコ の ヘンカ に きづいた とき は、 カノジョ は すでに カレ から は ほとんど テ の とどかない よう な ところ に いって しまって いた。 この カチキ な ショウジョ は、 その アイダジュウ、 ヒトリ で ダレ にも うちあけられぬ クルシミ を くるしみぬいて、 その アゲク もう モトドオリ の ショウジョ では なくなって いた の だった。
 その ゼンゴ から して、 カレ の かがやかしかった ショウネン の ヒビ は キュウ に かげりだして いた。……

 ある ヒ、 ショチョウ が ジムショ の ト を あけて はいって きた。
「ツヅキ クン」
 と ショチョウ は アキラ の ソバ にも ちかづいて きた。 アキラ の チンウツ な カオツキ が その ヒト を おどろかせた らしかった。
「キミ は あおい カオ を して いる。 どこ か わるい ん じゃ ない か?」
「いいえ べつに」 と アキラ は なんだか キマリ の わるそう な ヨウス で こたえた。 マエ には もっと ニュウネン に シゴト を して いた では ない か、 どうして こう ネツイ が なくなった の だ、 と ショチョウ の メ が たずねて いる よう に カレ には みえた。
「ムリ を して カラダ を こわして は つまらん」 しかし ショチョウ は おもいのほか の こと を いった。
「ヒトツキ でも フタツキ でも、 キュウカ を あげる から イナカ へ いって きて は どう だ?」
「じつは それ より も――」 と アキラ は すこし いいにくそう に いいかけた が、 キュウ に カレ ドクトク の ひとなつこそう な エガオ に まぎらわせた。 「――が、 イナカ へ いかれる の は いい なあ」
 ショチョウ も それ に つりこまれた よう な エガオ を みせた。
「イマ の シゴト が しあがり-シダイ いきたまえ」
「ええ、 たいてい そう させて もらいます。 じつは もう そんな こと は ジブン には ゆるされない の か と おもって いた の です……」
 アキラ は そう こたえながら、 さっき おもいきって ショチョウ に この ジムショ を やめさせて ください と いいだしかけて、 それ を トチュウ で やめて しまった ジブン の こと を かんがえた。 イマ の シゴト を やめて しまって、 さて その ジブン に すぐ あたらしい ジンセイ を ふみなおす キリョク が ある か どう か ジブン ジシン にも わかって いない こと に キ が つく と、 コンド は ショチョウ の カンコク に したがって、 しばらく どこ か へ いって ヨウジョウ して こよう、 そう したら ジブン の カンガエ も かわる だろう と、 トッサ に おもいついた の だった。
 アキラ は ヒトリ に なる と、 また チンウツ な カオツキ に なって、 ヒト の よさそう な ショチョウ が カレ の ソバ を さって ゆく ウシロスガタ を、 ナニ か カンシャ に みちた メ で ながめて いた。

 3

 ミムラ ナオコ が ケッコン した の は、 イマ から 3 ネン マエ の フユ、 カノジョ の 25 の とき だった。
 ケッコン した アイテ の オトコ、 クロカワ ケイスケ は、 カノジョ より トオ も トシウエ で、 コウショウ シュッシン の、 ある ショウジ-ガイシャ に キンム して いる、 セケンナミ に できあがった オトコ だった。 ケイスケ は ながい こと ドクシン で、 もう 10 ネン も ゴケ を たてとおした ハハ と フタリ きり で、 オオモリ の ある サカ の ウエ に ある、 モト ギンコウカ だった チチ の のこして いった ふるい ヤシキ に ジミ に くらして いた。 その ヤシキ を とりかこんだ スウホン の シイ の キ は、 ウエキズキ だった チチ を いつまでも おもいださせる よう な カッコウ を して エダ を ひろげた まま、 セケン から この ハハ と コ の ヘイワ な クラシ を アンゼン に まもって いる よう に みえた。 ケイスケ は いつも ツトメサキ から の カエリミチ、 ユウガタ、 オリカバン を かかえて サカ を のぼって きて、 ワガヤ の シイ の キ が みえだす と、 ナニ か ほっと しながら おもわず アシバヤ に なる の が ツネ だった。 そして バンメシ の アト も、 ユウカン を ヒザ の ウエ に おいた まま、 ナガヒバチ を へだてて ハハ や ニイヅマ を アイテ に しながら、 ナン-ジカン も クラシムキ の ハナシ など を しつづけて いた。 ――ナオコ は ケッコン した トウザ は、 そういう ハリアイ の ない くらい に しずか な クラシ にも かくべつ フマン-らしい もの を かんじて いる よう な ヨウス は なかった。
 ただ、 ナオコ の ムカシ を しって いる トモダチ たち は、 なぜ カノジョ が ケッコン の アイテ に そんな セケンナミ の オトコ を えらんだ の か、 ミナ フシギ-がった。 が、 ダレヒトリ、 それ は その トウジ カノジョ を おびやかして いた フアン な セイ から のがれる ため だった こと を しる モノ は なかった。 ――そして ケッコン して から 1 ネン ちかく と いう もの は、 ナオコ は ジブン が ケッコン を あやまたなかった と しんじて いられた。 タニン の カテイ は、 その ヘイワ が いかに よそよそしい もの で あろう とも、 カノジョ に とって は カッコウ の ヒナンジョ で あった。 すくなくとも トウジ の カノジョ には そう おもえた。 が、 その ヨクトシ の アキ、 ナオコ の ケッコン から ふかい ココロ の イタデ を おうた よう に みえた カノジョ の ハハ の、 ミムラ フジン が とつぜん キョウシンショウ で なくなって しまう と、 キュウ に ナオコ は ジブン の ケッコン セイカツ が これまで の よう な オチツキ を うしないだした の を かんじた。 しずか に、 イマ の まま の よそよそしい セイカツ に たえて いよう と いう キリョク が なくなった の では なく、 そのよう に ジコ を いつわって まで、 それ に たえて いる リユウ が すこしも なくなって しまった よう に おもえた の だ。
 ナオコ は、 それでも サイショ の うち は、 ナニ か を やっと たえる よう な ヨウス を しながら も、 イマ まで-どおり なんの こと も なさそう に くらして いた。 オット の ケイスケ は、 あいかわらず、 バンメシ-ゴ も チャノマ を はなれず、 コノゴロ は たいてい ハハ と ばかり クラシムキ の ハナシ など を しながら、 ナン-ジカン も すごして いた。 そして いつも ハナシ の ケンガイ に オキザリ に されて いる ナオコ には ほとんど ムトンジャク そう に みえた が、 ケイスケ の ハハ は オンナ だけ に、 そういう ナオコ の おちつかない ヨウス に いつまでも きづかない で いる よう な こと は なかった。 カノジョ の ヨメ が イマ の まま の セイカツ に ナニ か フマン そう に しだして いる こと が、 (カノジョ には なぜか わからなかった が) シマイ には ジブン たち の イッカ の クウキ をも おもくるしい もの に させかねない こと を ナニ より も おそれだして いた。
 コノゴロ は ヨナカ など に、 ナオコ が いつまでも ねむれない で つい セキ など を したり する と、 トナリ の ヘヤ に ねて いる ケイスケ の ハハ は すぐ メ を さました。 そう する と カノジョ は もう ねむれなく なる らしかった。 しかし、 ケイスケ や ホカ の もの の モノオト で メ を さました よう な とき は、 かならず すぐ また ねむって しまう らしかった。 そんな こと が また、 ナオコ には なにもかも わかって、 いちいち ココロ に こたえる の だった。
 ナオコ は、 そういう こと ごと に、 タケ へ ミ を よせて いて、 ジブン の したい こと は なにひとつ できず に いる モノ に ありがち な ムネ を さされる よう な キモチ を たえず ケイケン しなければ ならなかった。 ――それ が ケッコン する マエ から カノジョ の ウチ に センプク して いた らしい ビョウキ を だんだん こうじさせて いった。 ナオコ は メ に みえて やせだした。 そして ドウジ に、 カノジョ の ウチ に いつか わいて きた ケッコン マエ の すでに うしなわれた ジブン ジシン に たいする イッシュ の キョウシュウ の よう な もの は ハンタイ に いよいよ つのる ばかり だった。 しかし、 カノジョ は まだ ジブン でも それ に きづかぬ よう に できる だけ こらえ に こらえて ゆこう と ケッシン して いる らしく みえた。
 3 ガツ の ある クレガタ、 ナオコ は ヨウジ の ため オット と イッショ に ギンザ に でた とき、 ふと ザットウ の ナカ で、 オサナナジミ の ツヅキ アキラ らしい、 ナニ か こう うちしずんだ、 そのくせ あいかわらず ひとなつかしそう な、 セ の たかい スガタ を みかけた。 ムコウ では ハジメ から キ が ついて いた よう だ が、 こちら は それ が アキラ で ある こと を やっと おもいだした の は、 もう すれちがって だいぶ たって から の こと だった。 ふりかえって みた とき は、 もう アキラ の セ の たかい スガタ は ヒトナミ の ナカ に きえて いた。
 それ は ナオコ に とって は、 なんでも ない カイコウ の よう に みえた。 しかし、 それから ヒ が たつ に つれて、 なぜか その とき から オット と イッショ に ガイシュツ したり など する の が ミョウ に フカイ に おもわれだした。 わけても カノジョ を おどろかした の は、 それ が ナニ か ジブン を いつわって いる と いう イシキ から はっきり と きて いる こと に きづいた こと だった。 それ に ちかい カンジョウ は コノゴロ いつも カノジョ が イシキ の シキミ の シタ に ばくぜん と かんじつづけて いた もの だった が、 ナオコ は あの コドク そう な アキラ を みて から、 なぜか キュウ に それ を イシキ の シキミ の ウエ に のぼらせる よう に なった の だった。

 4

 イナカ へ いって こい と いわれた とき ツヅキ アキラ は すぐ ショウネン の コロ、 ナンド も ナツ を すごし に いった シンシュウ の O ムラ の こと を かんがえた。 まだ さむい かも しれない、 ヤマ には ユキ も ある だろう、 なにもかも が そこ では これから だ、 ――そういう いまだ しらぬ ハルサキ の ヤマグニ の フウブツ が ナニ より も カレ を さそった。
 アキラ は その モト は シュクバ だった ふるい ムラ に、 ボタンヤ と いう ナツ の アイダ ガクセイ たち を とめて いた おおきな ヤド の あった こと を おもいだして、 それ へ といあわせて みる と、 いつでも きて くれ と いって よこした ので、 4 ガツ の ハジメ、 アキラ は セイシキ に キュウカ を もらって シンシュウ への タビ を ケッコウ した。
 アキラ の のった シンエツ セン の キシャ が クワバタケ の おおい ジョウシュウ を すぎて、 いよいよ シンシュウ へ はいる と、 キュウ に まだ ふゆがれた まま の、 ヤマカゲ など には マダラユキ の のこって いる、 いかにも ヤマグニ-らしい ケシキ に かわりだした。 アキラ は その ユウガタ ちかく、 ユキドケ アト の イヨウ な アカハダ を した アサマヤマ を ちかぢか と セ に した、 ある ちいさな タニマ の テイシャバ に おりた。
 アキラ には テイシャバ から ムラ まで の トチュウ の、 ムカシ と ほとんど かわらない ケシキ が なんとも いえず さびしい キ が した。 それ は そんな ムカシ の まま の ケシキ に くらべて カレ だけ が もう イゼン の ジブン では なくなった よう な さびしい ココロモチ に させられた ばかり では なく、 その ケシキ ソノモノ も ムカシ から さびしかった の だ。 ――テイシャバ から の サカミチ、 オリカラ の ユウヤケゾラ を ハンシャ させて いる ミチバタ の ザンセツ、 モリ の カタワラ に おきわすれられた よう に たって いる 1 ケン の ハイオク に ちかい コイエ、 つきない モリ、 その モリ も やっと ハンブン すぎた こと を しらせる ある ワカレミチ (その イッポウ は ムラ へ、 もう イッポウ は アキラ が そこ で ショウネン の ナツ の ヒ を すごした モリ の イエ へ つうじて いた……)、 その モリ から でた トタン タビビト の メ に インショウ-ぶかく はいって くる ヒ の ヤマ の スソノ に ヒトカタマリ に なって かたむいて いる ちいさな ムラ……

 O ムラ での しずか な すこし キ の とおく なる よう な セイカツ が はじまった。
 ヤマグニ の ハル は おそかった。 ハヤシ は まだ ほとんど ハダカ だった。 しかし もう コズエ から コズエ へ くぐりぬける コトリ たち の カゲ には ハル-らしい ビンショウサ が みられた。 クレガタ に なる と、 チカク の ハヤシ の ナカ で キジ が よく ないた。
 ボタンヤ の ヒトタチ は、 ショウネン の コロ の アキラ の こと も、 スウネン マエ コジン に なった カレ の オバ の こと も わすれず に いて、 シンセツ に セワ を やいて くれた。 もう 70 を すぎた ロウボ、 アシ の わるい シュジン、 トウキョウ から とついだ その わかい サイクン、 それから デモドリ の シュジン の アネ の オヨウ、 ――アキラ は そんな ヒトタチ の こと を ショウネン の コロ から しる とも なし に しって いた。 ことに その アネ の オヨウ と いう の が わかい コロ その うつくしい キリョウ を のぞまれて、 ユウメイ な ヒショチ の トナリ の ムラ でも イチリュウ の M ホテル へ えんづいた ものの、 どうしても ショウブン から そこ が いや で いや で 1 ネン ぐらい して ジブン から とびだして きて しまった ハナシ なぞ を きかされて いた ので、 アキラ は なんとなく その オヨウ に たいして は マエ から イッシュ の カンシン の よう な もの を いだいて いた。 が、 その オヨウ に コトシ 19 に なる、 けれど もう 7~8 ネン マエ から セキズイエン で トコ に ツキキリ に なって いる、 ハツエ と いう ムスメ の あった こと なぞ は コンド の タイザイ で はじめて しった の だった。……
 そういう カコ の ある ビボウ の オンナ と して は、 オヨウ は イマ では あまり に なんでも ない オンナ の よう な かまわない ヨウス を して いた。 けれども もう 40 に ちかい の だろう に ダイドコロ など で まめまめしく たちはたらいて いる カノジョ の スガタ には、 まだ いかにも ムスメムスメ した ドウサ が ソノママ に のこって いた。 アキラ は こんな ヤマグニ には こんな オンナ の ヒト も いる の か と なつかしく おもった。

 ハヤシ は まだ その エダ を すいて あらわ に みえて いる ヒ の ヤマ の スガタ と ともに ヒゴト に セイキ を おびて きた。
 きて から、 もう 1 シュウカン が すぎた。 アキラ は ほとんど ムラジュウ を みて あるいた。 モリ の ナカ の、 ムカシ すんで いた イエ の ほう へも ナンド も いって みた。 すでに ヒトデ に わたって いる はず の なき オバ の ちいさな ベッソウ も その トナリ の ミムラ-ケ の おおきな ニレ の キ の ある ベッソウ も、 ここ スウネン ダレ も こない らしく どこ も か も クギヅケ に なって いた。 ナツ の ゴゴ など よく そこ へ ミナ で あつまった ニレ の キ の シタ には、 なかば かたむいた ベンチ が いまにも くずれそう な ヨウス で ムスウ の オチバ に うまって いた。 アキラ は その ニレ の コカゲ での サイゴ の ナツ の ヒ の こと を いまだに あざやか に おもいだす こと が できた。 ――その ナツ の スエ、 トナリムラ の ホテル に また きて いる とか と いう ウワサ が マエ から あった モリ オトヒコ が とつぜん O ムラ に たずねて きて から スウジツ-ゴ、 キュウ に ナオコ が ダレ にも しらさず に トウキョウ へ ひきあげて いって しまった。 その ヨクジツ、 アキラ は この キ の シタ で ミムラ フジン から はじめて その こと を きいた。 ナニ か それ が ジブン の せい だ と おもいこんだ らしい ショウネン は おちつかない せかせか した ヨウス で、 おもいきった よう に きいた。 「ナオコ さん は ボク に なんにも いって いきません でした か?」
「ええ べつに なんとも……」 フジン は かんがえぶかそう な、 くらい メツキ で カレ の ほう を みまもった。
「あの コ は あんな ヒト です から……」 ショウネン は ナニ か こらえる よう な ヨウス を して、 おおきく うなずいて みせ、 そのまま そこ を たちさって いった。 ――それ が この ニレ の イエ に アキラ の きた サイゴ に なった。 ヨクトシ から、 アキラ は もう オバ が しんだ ため に この ムラ へは こなく なった。……
 これ で もう ナンド-メ か に その なかば かたむいた ベンチ の ウエ に こしかけた まま、 その サイゴ の ナツ の ヒ の そういう ジョウケイ を ジブン の ウチ に よみがえらせながら、 エイキュウ に こっち を ふりむいて くれそう も ない ショウジョ の こと を もう イッペン かんがえかけた とき、 アキラ は キュウ に たちあがって、 もう ここ へは ふたたび こまい と ケッシン した。

 その うち に ハル-らしい シュウウ が ヒ に 1 ド か 2 ド は かならず とおりすぎる よう に なった。 アキラ は、 そんな ある ヒ、 とおい ハヤシ の ナカ で、 ライメイ さえ ともなった ものすごい アメ に であった。
 アキラ は アタマ から ビショヌレ に なって、 ハヤシ の アキチ に ヒトツ の ワラブキゴヤ を みつける と、 オオイソギ で そこ へ とびこんだ。 ナニ か の ナヤ か と おもったら、 ナカ は マックラ だ が、 カラッポ らしかった。 コヤ の ナカ は おもいのほか ふかい。 カレ は テサグリ で 5~6 ダン ある ハシゴ の よう な もの を おりて いった が、 ソコ の ほう の クウキ が イヨウ に ひえびえ と して いる ので、 おもわず ミブルイ を した。 しかし カレ を もっと おどろかせた の は、 その コヤ の オク に ダレ か が カレ より サキ に はいって アマヤドリ して いる らしい ケハイ の した こと だった。 ようやく シュウイ に メ の なれて きた カレ は トツゼン の チンニュウシャ の ジブン の ため に スミ の ほう へ よって ちいさく なって いる ヒトリ の ムスメ の スガタ を みとめた。
「ひどい アメ だな」 カレ は それ を みとめる と、 てれくさそう に ヒトリゴト を いいながら、 ムスメ の ほう へ セ を むけた まま、 コヤ の ソト ばかり みあげて いた。
 が、 アメ は いよいよ はげしく ふって いた。 それ は コヤ の マエ の カザンバイシツ の ジメン を けずって そこいら を デイリュウ と かして いた。 オチバ や おれた エダ など が それ に おしながされて ゆく の が みられた。
 なかば こわれた ワラヤネ から は、 ショホウ に アマモリ が しはじめ、 アキラ は それまで の バショ に たって いられなく なって、 イッポ イッポ アトズサリ して いった。 ムスメ との キョリ が だんだん ちかづいた。
「ひどい アメ です ね」 と アキラ は サッキ と おなじ モンク を コンド は もっと うわずった コエ で ムスメ の ほう へ むけて いった。
「…………」 ムスメ は だまって うなずいた よう だった。
 アキラ は その とき はじめて その ムスメ を マヂカ に みながら それ が おなじ ムラ の ワタヤ と いう ヤゴウ の イエ の サナエ と いう ムスメ で ある の に きづいた。 ムスメ の ほう では サキ に アキラ に きづいて いた らしかった。
 アキラ は それ を しる と、 こんな うすぐらい コヤ の ナカ に その ムスメ と フタリ きり で だまりあって なんぞ いる ほう が よっぽど キヅマリ に なった ので、 まだ すこし うわずった コエ で、
「この コヤ は いったい ナン です か?」 と とうて みた。
 ムスメ は しかし なんだか もじもじ して いる ばかり で、 なかなか ヘンジ を せず に いた。
「フツウ の ナヤ でも なさそう だ けれど……」 アキラ は もう すっかり メ が なれて きて いる ので コヤ の ナカ を ひとあたり みまわした。
 その とき ムスメ が やっと かすか な ヘンジ を した。
「ヒムロ です」
 まだ ワラヤネ の スキマ から は ぽたり ぽたり と アマダレ が うちつづけて いた が、 さすが の アメ も どうやら ようやく あがりかけた らしかった。 いくぶん ソト が あかるく なって きた。
 アキラ は キュウ に キガル そう に いった。 「ヒムロ と いう の は これ です か。……」
 ムカシ、 この チホウ に テツドウ が フセツ された トウジ、 ムラ の イチブ の ヒトタチ は フユ ごと に テンネンゴオリ を サイシュ し、 それ を たくわえて おいて ナツ に なる と カクチ へ ユソウ して いた が、 トウキョウ の ほう に おおきな セイヒョウ-ガイシャ が できる よう に なる と しだいに ダレ も テ を だす モノ が なくなり、 オオク の ヒムロ が そのまま ショホウ に タチグサレ に なった。 イマ でも まだ モリ の ナカ なんぞ だったら どこ か に のこって いる かも しれない。 ――そんな こと を ムラ の ヒトタチ から も よく きいて いた が アキラ も それ を みる の は はじめて だった。
「なんだか いまにも つぶれて きそう だなあ……」 アキラ は そう いいながら、 もう イチド ゆっくり と コヤ の ナカ を みまわした。 イマ まで アマダレ の して いた ワラヤネ の スキマ から、 とつぜん、 ヒ の ヒカリ が イクスジ も ほそながい セン を ひきだした。 ふいと ムスメ は ムラ の モノ-らしく ない イロジロ な カオ を その ほう へ もたげた。 カレ は それ を ぬすみみて、 イッシュン うつくしい と おもった。
 アキラ が サキ に なって、 フタリ は その コヤ を でた。 ムスメ は ちいさな カゴ を テ に して いた。 ハヤシ の ムコウ の オガワ から セリ を つんで きた カエリ なの だった。 フタリ は ハヤシ を でる と、 それから は ヒトコト も モノ を いいあわず に、 アト に なったり サキ に なったり しながら、 クワバタケ の アイダ を ムラ の ほう へ かえって いった。
 
 その ヒ から、 そんな ヒムロ の ある ハヤシ の ナカ の アキチ は アキラ の すき な バショ に なった。 カレ は ゴゴ に なる と そこ へ いって、 その こわれかかった ヒムロ を マエ に して は クサ の ナカ に よこたわりながら、 その ムコウ の ハヤシ を すいて ヒ の ヤマ が ちかぢか と みえる の を あかず に ながめて いた。
 ユウガタ ちかく に なる と、 セリツミ から もどって きた ワタヤ の ムスメ が カレ の マエ を とおりぬけて いった。 そして しばらく タチバナシ を して ゆく の が フタリ の シュウカン に なった。

 5

 その うち に いつのまにか、 アキラ と サナエ とは、 マイニチ、 ゴゴ の ナン-ジカン か を その ヒムロ を マエ に して イッショ に すごす よう に なった。
 アキラ が ムスメ の ミミ の すこし とおい こと を しった の は ある カゼ の ある ヒ だった。 やっと めぐみはじめた ハヤシ の ナカ では、 ときおり カゼ が ざわめきすぎて キギ の コズエ が ゆれる たび ごと に、 その サキ に ある キ の メ らしい もの が ギンイロ に ひかった。 そんな とき、 ムスメ は ナニ を ききつける の か、 アキラ が はっと メ を みはる ほど、 こうごうしい よう な カオツキ を する こと が あった。 アキラ は ただ この ムスメ と こう やって なんの ハナシ-らしい ハナシ も しない で あって さえ いれば よかった。 そこ には いいたい こと を いいつくして しまう より か、 それ イジョウ の モノガタリ を しあって いる よう な キブン が あった。 そして それ イガイ の ヨッキュウ は なんにも もとう とは しない こと くらい、 うつくしい デアイ は あるまい と おもって いた。 それ が アイテ にも なんとか して わからない もの かなあ と かんがえながら……
 サナエ は と いえば、 そんな アキラ の ココロ の ナカ は はっきり とは わからなかった けれども、 ナニ か ジブン が ヨケイ な こと を はなしたり しだす と、 すぐ カレ が キゲン を わるく した よう に ムコウ を むいて しまう ので、 ほとんど クチ を きかず に いる こと が おおかった。 カノジョ は ハジメ の うち は それ が よく わからなくて、 カレ の ヤッカイ に なって いる ボタンヤ と ジブン の イエ と が シンセキ の くせ に ムカシ から ナカ が わるい ので、 ジブン が なんの キ なし に はなした オヨウ たち の こと で もって ナニ か アキラ の キ を わるく させる よう な こと でも あった の だろう と かんがえた。 が、 ホカ の こと を いくら はなしだして も おなじ だった。 ただ ヒトツ、 カノジョ の ハナシ に カレ が このんで ミミ を かたむけた の は、 カノジョ が ジブン の ショウジョ ジダイ の こと を ものがたった とき だけ だった。 ことに カノジョ の オサナナジミ だった オヨウ の ムスメ の ハツエ の ちいさい コロ の ハナシ は ナンド も くりかえして はなさせた。 ハツエ は 12 の フユ、 ムラ の ショウガッコウ への ユキガケ に、 しみついた ユキ の ウエ に ダレ か に つきころがされて、 それ が モト で イマ の セキズイエン を わずらった の だった。 その バ に いあわせた オオク の ムラ の コ たち にも ダレ が そんな イタズラ を した の か ついに わからなかった。……
 アキラ は そういう ハツエ の ヨウジ の ハナシ など を ききながら、 ふと あの カチキ そう な オヨウ が どこ か の モノカゲ に ヒトリ で さびしそう に して いる カオツキ を ココロ に えがいたり した。 イマ で こそ オヨウ は ジブン の こと は すっかり あきらめきって、 ムスメ の ため に スベテ を ギセイ に して いきて いる よう だ けれど、 スウネン マエ アキラ が まだ ショウネン で この ムラ へ ナツヤスミ を おくり に きて いた ジブン、 その オヨウ が その トシ の ハル から カノジョ の イエ に ベンキョウ に きて フユ に なって も まだ かえろう と しなかった ある ホウカ の ガクセイ と ある ウワサ が たち、 それ が ベッソウ の ヒトタチ の ワダイ に まで のぼった こと の ある の を アキラ は ふと おもいだしたり して、 そういう マヨイ の ヒトトキ も オヨウ には あった と いう こと が いっそう カレ の ウチ の オヨウ の エスガタ を カンゼン に させる よう に おもえたり した。……
 サナエ は、 カノジョ の ソバ で アキラ が うつけた よう な メツキ を して そんな こと なんぞ を かんがえだして いる アイダ、 てぢかい クサ を たぐりよせて は、 ジブン の アシクビ を なでたり して いた。
 フタリ は そう やって 2~3 ジカン あった ノチ、 ユウガタ、 ベツベツ に ムラ へ かえって ゆく の が ツネ だった。 そんな カエリガケ に アキラ は よく トチュウ の クワバタケ の ナカ で、 ヒトリ の ジュンサ が ジテンシャ に のって くる の に であった。 それ は この キンボウ の ムラムラ を ジュンカイ して いる、 ニンキ の いい、 わかい ジュンサ だった。 アキラ が とおりすぎる とき、 いつも かるい エシャク を して いった。 アキラ は この ヒト の よさそう な わかい ジュンサ が イマ ジブン の あって きた ばかり の ムスメ への ネッシン な キュウコンシャ で ある こと を いつしか しる よう に なった。 カレ は それから は いっそう その わかい ジュンサ に トクシュ な コウイ らしい もの を かんじだして いた。

 6

 ある アサ、 ナオコ は トコ から おきよう と した とき、 キュウ に はげしく せきこんで、 ヘン な タン が でた と おもったら、 それ は マッカ だった。
 ナオコ は あわてず に、 それ を ジブン で シマツ して から、 イツモ の よう に おきて、 ダレ にも いわない で いた。 イチニチジュウ、 ソト には なんにも かわった こと が おこらなかった。 が、 その バン、 ツトメ から かえって きて イツモ の よう に ナニゴト も なさそう に して いる オット を みる と、 とつぜん その オット を ロウバイ させたく なって、 フタリ きり に なって から そっと アサ の カッケツ の こと を うちあけた。
「なに、 それ くらい なら たいした こと は ない さ」 ケイスケ は クチサキ では そう いいながら、 みる も キノドク な ほど カオイロ を かえて いた。
 ナオコ は それ には わざと ヘンジ を せず に、 ただ アイテ を じっと みつめかえして いた。 それ が イマ オット の いった コトバ を いかにも クウキョ に ひびかせた。
 オット は そういう ナオコ の マナザシ から カオ を そらせた まま、 もう そんな キヤスメ の よう な こと は クチ に ださなかった。
 ヨクジツ、 ケイスケ は ハハ には カッケツ の こと は ぬかして、 ナオコ の ビョウキ を はなし、 イマ の うち に どこ か へ テンチ させた ほう が よく は ない か と ソウダン を もちかけた。 ナオコ も それ には ドウイ して いる こと も つけくわえた。 ムカシカタギ の ハハ は、 コノゴロ なにかと きぶっせい な ヨメ を ジブン たち から イチジ ベッキョ させて イゼン の よう に ムスコ と フタリ きり に なれる キラクサ を ケイスケ の マエ では カオイロ に まで あらわしながら、 しかし セケン の テマエ ビョウキ に なった ヨメ を ヒトリ で テンチ させる こと には なかなか ドウイ しない で いた。 やっと ナオコ の みて もらって いる イシャ が、 ハハ を ナットク させた。 テンチサキ は、 その イシャ も すすめる し、 トウニン も キボウ する ので、 シンシュウ の ヤツガタケ の フモト に ある ある コウゲン リョウヨウジョ が えらばれた。

 ある うすぐもった アサ、 ナオコ は オット と ハハ に つきそわれて、 チュウオウ セン の キシャ に のり、 その リョウヨウジョ に むかった。
 ゴゴ、 その サンロク の リョウヨウジョ に ついて、 ナオコ が カンジャ の ヒトリ と して ある ビョウトウ の 2 カイ の イッシツ に シュウヨウ される の を みとどける と、 ヒ の くれる マエ に、 ケイスケ と ハハ は いそいで かえって いった。 ナオコ は、 リョウヨウジョ に いる アイダ たえず ナニ か を おそれる よう に セナカ を まるく して いた ハハ と その ハハ の いる ところ では ジブン に ろくろく クチ も きけない ほど キ の ちいさな オット と を おくりだしながら、 ナニ か その ハハ が わざわざ オット と イッショ に ジブン に つきそって きて くれた こと を すなお には うけとれない よう に かんじて いた。 それほど まで ジブン の こと を きづかって くれる と いう より か、 ケイスケ を こんな ビョウニン の ジブン と フタリ きり に させて おいて カレ の ココロ を ジブン から はなれがたい もの に させて しまう こと を ナニ より も おそれて いる が ため の よう だった。 ナオコ は その イッポウ、 そういう こと まで サイギ しず には いられなく なって いる ジブン を、 イマ こうして こんな ヤマ の リョウヨウジョ に ヒトリ きり で いなければ ならなく なった ジブン より も、 いっそう さびしい よう な キモチ で ながめて いた。

 ここ こそ は たしか に ジブン には もってこい の ヒナンジョ だ、 と ナオコ は サイショ の ヒビ、 ヒトリ で ユウハン を すませ、 ものしずか に その ヒ を おえよう と しながら マド から ヤマ や モリ を ながめて、 そう かんがえた。 ロダイ に でて みて も、 チカク の ムラムラ の モノオト らしい もの が どこ か トオク から の よう に きこえて くる ばかり だった。 ときどき カゼ が キギ の カオリ を あおりながら、 カノジョ の ところ まで さっと ふいて きた。 それ が いわば ここ で ゆるされる ユイイツ の セイ の ニオイ だった。
 カノジョ は ジブン の イガイ な メグリアワセ に ついて ハンセイ する ため に、 どんな に か こういう ヒトリ に なりたかったろう。 どこ から きて いる の か ジブン ジシン にも わからない フシギ な ゼツボウ に ジブン の ココロ を まかせきって キ の すむ まで じっと して いられる よう な バショ を もとめる ため の、 キノウ まで の なんと いう カツボウ、 ――それ が イマ すべて かなえられよう と して いる。 カノジョ は もう イマ は なにもかも キママ に して、 ムリ に きいたり、 わらったり せず とも いい の だ。 カノジョ は ジブン の カオ を よそおったり、 ジブン の メツキ を キ に したり する シンパイ が もう ない の だ。
 ああ、 このよう な コドク の タダナカ での カノジョ の フシギ な ソセイ。 ――カノジョ は こういう シュルイ の コドク で ある ならば それ を どんな に すき だった か。 カノジョ が いいしれぬ コドクカン に ココロ を しめつけられる よう な キ の して いた の は、 イッカ ダンラン の モナカ、 ハハ や オット たち の カタワラ で あった。 イマ、 ヤマ の リョウヨウジョ に、 こうして ヒトリ きり で いなければ ならない カノジョ は、 ここ で はじめて セイ の タノシサ に ちかい もの を あじわって いた。 セイ の タノシサ? それ は たんに ビョウキ ソノモノ の ケダルサ、 その ため に しょうじる スベテ の サジ に たいする ムカンシン の させる ワザ だろう か。 あるいは ヨクセイ せられた セイ に こうして ビョウキ の カッテ に うみだす イッシュ の ゲンカク に すぎない の だろう か。

 イチニチ は ホカ の ヒ の よう に しずか に すぎて いった。
 そういう コドク な、 クッタク の ない ヒビ の ナカ で、 ナオコ が キセキ の よう に セイシンテキ にも ニクタイテキ にも よみがえって きだした の は ジジツ だった。 しかし イッポウ、 カノジョ は よみがえれば よみがえる ほど、 ようやく こうして とりもどしだした ジブン ジシン が、 あれほど それ に たいして カノジョ の キョウシュウ を もよおして いた イゼン の ジブン とは どこ か ちがった もの に なって いる の を みとめない わけ には ゆかなかった。 カノジョ は もう ムカシ の わかい ムスメ では なかった。 もう ヒトリ では なかった。 フホンイ にも、 すでに ヒト の ツマ だった。 その おもくるしい ニチジョウ の ドウサ は、 こんな コドク な クラシ の ナカ でも、 カノジョ の する こと なす こと には もはや その イミ を うしないながら も、 いまだに シツヨウ に クウ を えがきつづけて いた。 カノジョ は イマ でも あいかわらず、 ダレ か が ジブン と イッショ に いる か の よう に、 なんと いう こと も なし に マユ を ひそめたり、 エミ を つくったり して いた。 それから カノジョ の マナザシ は ときどき ひとりでに、 ナニ か キ に いらない もの を ミトガメ でも する よう に、 ながい こと クウ を みつめた きり で いたり した。
 カノジョ は そういう ジブン ジシン の スガタ に キ が つく たび ごと に、 「もうすこし の シンボウ…… もうすこし の……」 と ナニ か ワケ も わからず に、 ただ、 ジブン ジシン に いって きかせて いた。

 7

 5 ガツ に なった。 ケイスケ の ハハ から は ときどき ながい ミマイ の テガミ が きた が、 ケイスケ ジシン は ほとんど テガミ と いう もの を よこした こと が なかった。 カノジョ は それ を いかにも ケイスケ-らしい と おもい、 けっきょく その ほう が カノジョ にも キママ で よかった。 カノジョ は キブン が よくて キショウ して いる よう な ヒ でも、 シュウト へ ヘンジ を かかなければ ならない とき は、 いつも わざわざ シンダイ に はいり、 アオムケ に なって エンピツ で かきにくそう に かいた。 それ が テガミ を かく カノジョ の キモチ を いつわらせた。 もし アイテ が そんな シュウト では なくて、 もっと ソッチョク な ケイスケ だったら、 カノジョ は カレ を くるしめる ため にも、 ジブン の かんじて いる イマ の コドク の ナカ での ソセイ の ヨロコビ を いつまでも かくしおおせて は いられなかった だろう。……
「かわいそう な ナオコ」 それでも ときどき カノジョ は そんな ヒトリ で イイキ に なって いる よう な ジブン を あわれむ よう に ヒトリゴト を いう こと も あった。 「オマエ が そんな に オマエ の マワリ から ヒトビト を つきのけて ダイジ そう に かかえこんで いる オマエ ジシン が そんな に オマエ には いい の か。 これ こそ ジブン ジシン だ と しんじこんで、 そんな に して まで まもって いた もの が、 タジツ キ が ついて みたら、 いつのまにか クウキョ だった と いう よう な メ に なんぞ あったり する の では ない か……」
 カノジョ は そういう とき、 そんな フホンイ な カンガエ から ジブン を そらせる ため には マド の ソト へ メ を もって ゆき さえ すれば いい こと を しって いた。
 そこ では カゼ が たえず キギ の ハ を いい ニオイ を させたり、 こく あわく ハウラ を かえしたり しながら、 ざわめかせて いた。 「ああ、 あの タクサン の キギ。 ……ああ、 なんて いい カオリ なん だろう……」

 ある ヒ、 ナオコ が シンサツ を うけ に カイカ の ロウカ を とおって ゆく と、 27 ゴウ-シツ の トビラ の ソト で、 しろい スウェター を きた セイネン が リョウウデ で カオ を おさえながら、 たまらなそう に なきじゃくって いる の を みかけた。 ジュウカンジャ の イイナズケ の わかい ムスメ に つきそって きて いる、 ものしずか そう な セイネン だった。 スウジツ マエ から その イイナズケ が キュウ に キトク に おちいり、 その セイネン が ビョウシツ と イキョク との アイダ を ナニ か ちばしった メツキ を して ヒトリ で いったり きたり して いる、 いつも しろい スウェター を きた スガタ が たえず ロウカ に みえて いた。……
「やっぱり ダメ だった ん だわ、 オキノドク に……」 ナオコ は そう おもいながら、 その いたいたしい セイネン の スガタ を みる に しのびない よう に、 いそいで その ソバ を とおりすぎた。
 カノジョ は カンゴフシツ を とおりかかった とき、 ふいと キ に なった ので そこ へ よって きいて みる と、 ジジツ は その イイナズケ の わかい ムスメ が いましがた キュウ に キセキ の よう に もちなおして ゲンキ に なりだした の だった。 それまで その キトク の イイナズケ の マクラモト に フダン と すこしも かわらない しずか な ヨウス で つきそって いた セイネン は それ を しる と、 キュウ に その ソバ を はなれて、 トビラ の ソト へ とびだして いって しまった。 そして その カゲ で、 とつぜん、 それ が ビョウニン にも わかる ほど、 ウレシナキ に なきじゃくりだした の だ そう だった。……
 シンサツ から かえって きた とき も、 ナオコ は まだ その ビョウシツ の マエ に その しろい スウェター を きた セイネン が、 さすが に もう コエ に だして ないて は いなかった けれど、 やはり おなじ よう に リョウウデ で カオ を おおいながら たちつづけて いる の を みいだした。 ナオコ は コンド は われしらず むさぼる よう な メツキ で、 その セイネン の ふるえる カタ を みいりながら、 その ソバ を オオマタ に ゆっくり とおりすぎた。
 ナオコ は その ヒ から、 ミョウ に ココロ の おもくるしい よう な ヒビ を おくって いた。 キカイ さえ あれば カンゴフ を とらえて、 その わかい ムスメ の ヨウダイ を ジブン でも ココロ から ドウジョウ しながら ねほりはほり きいたり して いた。 しかし、 その わかい ムスメ が それから 5~6 ニチ-ゴ の ある ヨナカ に とつぜん カッケツ して しに、 その しろい スウェター スガタ の セイネン も カノジョ の しらぬ マ に リョウヨウジョ から スガタ を けして しまった こと を しった とき、 ナオコ は ナニ か ジブン でも リユウ の わからず に いた、 また、 それ を けっして わかろう とは しなかった おもくるしい もの から の シャクホウ を かんぜず には いられなかった。 そして その スウジツ の アイダ カノジョ を ココロ にも なく くるしめて いた ムナグルシサ は、 それきり わすれさられた よう に みえた。

 8

 アキラ は あいかわらず、 ヒムロ の ソバ で、 サナエ と おなじ よう な アイビキ を つづけて いた。
 しかし アキラ は ますます きむずかしく なって、 アイテ には めった に クチ さえ きかせない よう に なった。 アキラ ジシン も ほとんど しゃべらなかった。 そして フタリ は ただ、 カタ を ならべて、 ソラ を とおりすぎる ちいさな クモ だの、 ゾウキバヤシ の あたらしい ハ の ひかる グアイ だの を たがいに みあって いた。
 アキラ は ときどき ムスメ の ほう へ メ を そそいで、 いつまでも じっと みつめて いる こと が あった。 ムスメ が なんと いう こと も なし に わらいだす と、 カレ は おこった よう な カオ を して ヨコ を むいた。 カレ は ムスメ が わらう こと さえ ガマン できなく なって いた。 ただ ムスメ が ムシン そう に して いる ヨウス だけ しか カレ には キ に いらない と みえる。 そういう カレ が ムスメ にも だんだん わかって、 シマイ には アキラ に ジブン が みられて いる と キ が ついて も、 それ には キ が つかない よう に して いた。 アキラ の クセ で、 カノジョ の ウエ へ メ を そそぎながら、 カノジョ を とおして その もっと ムコウ に ある もの を みつめて いる よう な メツキ を カタ の ウエ に かんじながら……
 しかし、 そんな アキラ の メツキ が キョウ くらい トオク の もの を みて いる こと は なかった。 ムスメ は ジブン の キ の せい か とも おもった。 ムスメ は キョウ こそ ジブン が この アキ には どうしても とついで ゆかなければ ならぬ こと を それとなく カレ に うちあけよう と おもって いた。 それ を うちあけて みて、 さて アイテ に どう せよ と いう の では ない、 ただ、 カレ に そんな ハナシ を きいて もらって、 おもいきり ないて みたかった。 ジブン の ムスメ と して の スベテ に、 そう やって しみじみ と ワカレ を つげたかった。 なぜなら アキラ と こうして あって いる アイダ くらい、 ジブン が ムスメ-らしい ムスメ に おもわれる こと は なかった の だ。 いくら ジブン に きむずかしい ヨウキュウ を されて も、 その アイテ が アキラ なら、 そんな こと は カノジョ の ハラ を たてさせる どころ か、 そう されれば される ほど、 ジブン が かえって いっそう ムスメ-らしい ムスメ に なって ゆく よう な キ まで した の だった。……
 どこ か トオク の モリ の ナカ で、 キ を きりたおして いる オト が サッキ から きこえだして いた。
「どこ か で キ を きって いる よう だね。 あれ は なんだか ものがなしい オト だなあ」 アキラ は フイ に ヒトリゴト の よう に いった。
「あの ヘン の モリ も モト は のこらず ボタンヤ の モチモノ でした が、 2~3 ネン マエ に みんな うりはらって しまって……」 サナエ は なにげなく そう いって しまって から、 ジブン の イイカタ に もしや カレ の キ を わるく する よう な チョウシ が あり は しなかった か と おもった。
 が、 アキラ は なんとも いわず に、 ただ、 サッキ から クウ を みつめつづけて いる その メツキ を イッシュン せつなげ に ひからせた だけ だった。 カレ は この ムラ で いちばん ユイショ ある らしい ボタンヤ の ジショ も そう やって ぜんじ ヒトデ に わたって ゆく より ホカ は ない の か と おもった。 あの キノドク な キュウカ の ヒトタチ―― アシ の フジユウ な シュジン や、 ロウボ や、 オヨウ や、 その ビョウシン の ムスメ など……。
 サナエ は その ヒ も とうとう ジブン の ハナシ を もちだせなかった。 ヒ が くれかかって きた ので、 アキラ だけ を そこ に のこして、 サナエ は ココロノコリ そう に ヒトリ で サキ に かえって いった。
 アキラ は サナエ を イツモ の よう に すげなく かえした アト、 しばらく して から カノジョ が キョウ は なんとなく ココロノコリ の よう な ヨウス を して いた の を おもいだす と、 キュウ に ジブン も たちあがって、 ソンドウ を かえって ゆく カノジョ の ウシロスガタ の みえる アカマツ の シタ まで いって みた。
 すると、 その ユウヒ に かがやいた ソンドウ を サナエ が トチュウ で イッショ に なった らしい レイ の ジテンシャ を テ に した わかい ジュンサ と はなれたり ちかづいたり しながら あるいて ゆく スガタ が、 だんだん ちいさく なりながら、 いつまでも みえて いた。
「オマエ は そう やって ホンライ の オマエ の ところ へ かえって いこう と して いる……」 と アキラ は ヒトリ ココロ に おもった。 「オレ は むしろ マエ から そう なる こと を ねがって さえ いた。 オレ は いって みれば オマエ を うしなう ため に のみ オマエ を もとめた よう な もの だ。 イマ、 オマエ に さられる こと は オレ には あまり にも せつなすぎる。 だが、 その セツジツサ こそ オレ には ニュウヨウ なの だ。……」
 そんな トッサ の カンガエ が いかにも カレ に キ に いった よう に、 アキラ は もう イ を けっした よう な オモモチ で、 アカマツ に テ を かけた まま、 ユウヒ を セ に あびた サナエ と ジュンサ の スガタ が ついに みえなく なる まで みおくって いた。 フタリ は あいかわらず ジテンシャ を ナカ に して たがいに ちかづいたり はなれたり しながら あるいて いた。

 9

 6 ガツ に はいって から、 20 プン の サンポ を ゆるされる よう に なった ナオコ は、 キブン の いい ヒ など には、 よく サンロク の ボクジョウ の ほう まで ヒトリ で ブラツキ に いった。
 ボクジョウ は はるか かなた まで ひろがって いた。 チヘイセン の アタリ には、 コダチ の ムレ が フキソク な カンカク を おいて は ムラサキイロ に ちかい カゲ を おとして いた。 そんな ノヅラ の ハテ には、 10 スウヒキ の ウシ と ウマ が イッショ に なって、 かしこここ と うつりながら クサ を たべて いた。 ナオコ は、 その ボクジョウ を ぐるり と とりまいた ボクサク に そって あるきながら、 サイショ は トリトメ も ない カンガエ を そこいら に とんで いる きいろい チョウ の よう に さまよわせて いた。 その うち に しだいに カンガエ が イツモ と おなじ もの に なって くる の だった。
「ああ、 なぜ ワタシ は こんな ケッコン を した の だろう?」 ナオコ は そう かんがえだす と、 どこ でも かまわず クサ の ウエ へ コシ を おろして しまった。 そして カノジョ は もっと ホカ の イキカタ は なかった もの か と かんがえた。 「なぜ あの とき あんな ふう な ヌキサシ ならない よう な キモチ に なって、 まるで それ が ユイイツ の ヒナンジョ でも ある か の よう に、 こんな ケッコン の ナカ に にげこんだ の だろう?」 カノジョ は ケッコン の シキ を あげた トウジ の こと を おもいだした。 カノジョ は シキジョウ の イリグチ に シンプ の ケイスケ と ならんで たちながら、 ジブン たち の ところ へ イワイ を のべ に くる わかい オトコ たち に エシャク して いた。 この オトコ たち と だって ジブン は ケッコン できた の だ と おもいながら、 そして その ゆえ に かえって、 ジブン と ならんで たって いる、 ジブン より セ の ひくい くらい の オット に、 ある キヤスサ の よう な もの を かんじて いた。 「ああ、 あの ヒ に ワタシ の かんじて いられた あんな ココロ の ヤスラカサ は どこ へ いって しまった の だろう?」
 ある ヒ、 ボクサク を くぐりぬけて、 かなり トオク まで シバクサ の ウエ を あるいて いった ナオコ は、 ボクジョウ の マンナカ ほど に、 ぽつん と 1 ポン、 おおきな キ が たって いる の を みとめた。 ナニ か その キ の タチスガタ の もって いる ヒゲキテキ な カンジ が カノジョ の ココロ を とらえた。 ちょうど ウシ や ウマ の ムレ が ずっと ノ の ハテ の ほう で クサ を はんで いた ので、 カノジョ は そちら へ キ を くばりながら、 おもいきって それ に ちかづける だけ ちかづいて いって みた。 だんだん ちかづいて みる と、 それ は なんと いう キ だ か しらなかった けれど、 ミキ が フタツ に わかれて、 イッポウ の ミキ には あおい ハ が むらがりでて いる のに、 タホウ の ミキ だけ は いかにも くるしみもだえて いる よう な エダブリ を しながら すっかり かれて いた。 ナオコ は、 カタチ の いい ハ が カゼ に ゆれて ひかって いる イッポウ の コズエ と、 いたいたしい まで に かれた もう イッポウ の コズエ と を みくらべながら、
「ワタシ も あんな ふう に いきて いる の だわ、 きっと。 ハンブン かれた まま で……」 と かんがえた。
 カノジョ は ナニ か そんな カンガエ に ヒトリ で カンドウ しながら、 ボクジョウ を ひきかえす とき には もう ウシ や ウマ を こわい とも おもわなかった。

 6 ガツ の スエ に ちかづく と、 ソラ は ツユ-らしく くもって、 イクニチ も ナオコ は サンポ に でられない ヒ が つづいた。 こういう ブリョウ な ヒビ は、 さすが の ナオコ にも ほとんど たえがたかった。 イチニチジュウ、 なんと いう こと も なし に ヒ の くれる の が またれ、 そして やっと ヨル が きた と おもう と、 いつも キ の めいる よう な アメ の オト が しだして いた。
 そんな うすざむい よう な ヒ、 とつぜん ケイスケ の ハハ が ミマイ に きた。 その こと を しって、 ナオコ が ゲンカン まで むかえ に ゆく と、 ちょうど そこ では ヒトリ の わかい カンジャ が ホカ の カンジャ や カンゴフ に みおくられながら タイイン して ゆく ところ だった。 ナオコ も シュウト と イッショ に それ を みおくって いる と、 ソバ に いた カンゴフ の ヒトリ が そっと カノジョ に、 その わかい ノウリン ギシ は ジブン が しかけて きた ケンキュウ を カンセイ して きたい から と いって イシ の チュウコク も きかず に ドクダン で ヤマ を おりて ゆく の だ と ささやいた。 「まあ」 と おもわず クチ に だしながら、 ナオコ は あらためて その わかい オトコ を みた。 カレ だけ は もう セビロスガタ だった ので、 ちょっと みた ところ は ビョウニン とは おもえない くらい だった が、 よく みる と テアシ の マックロ に ヒ に やけた ホカ の カンジャ たち より も ずっと やせこけ、 カオイロ も わるかった。 そのかわり、 ホカ の カンジャ たち に みられない、 ナニ か セッパク した セイキ が ビウ に ただよって いた。 カノジョ は その ミチ の セイネン に イッシュ の コウイ に ちかい もの を かんじた。……
「あそこ に いた の が カンジャ さん たち なの かえ?」 シュウト は ナオコ と ロウカ を あるきだしながら、 いぶかしそう な クチブリ で いった。 「どの ヒト も ミナ フツウ の ヒト より か ジョウブ そう じゃ ない か」
「ああ みえて も、 ミナ わるい のよ」 ナオコ は ココロ にも なく カレラ の ミカタ に ついた。
「キアツ なんか が キュウ に かわったり する と、 あんな ヒトタチ の ナカ から も カッケツ したり する ヒト が すぐ でる のよ。 ああして カンジャ ドウシ が おちあったり する と、 コンド は ダレ の バン だろう と おもいながら、 それ が ジブン の バン かも しれない フアン だけ は おたがいに かくそう と しあう のね、 だから ゲンキ と いう より か、 むしろ はしゃいで いる だけ だわ」
 ナオコ は そんな カノジョ-らしい ドクダン を くだしながら、 ジブン ジシン も シュウト には すっかり よく なった よう に みえ、 こんな ヤマ の リョウヨウジョ に いつまでも ヒトリ で いる の を なにかと いわれ は すまい か と キヅカイ でも する よう に、 ジブン の ヒダリ の ハイ から まだ ラッセル が とれない で いる こと なんぞ を、 いかにも フアン そう に セツメイ したり した。
 ツキアタリ の ビョウトウ の 2 カイ の ハシ チカク に ある ビョウシツ に はいる と、 シュウト は クレゾール の ニオイ の する ビョウシツ の ナカ を ちらり と みまわした きり で、 ながく その ナカ に とどまる こと を おそれる か の よう に、 すぐ ロダイ へ でて いった。 ロダイ は うすらさむそう だった。
「まあ、 どうして この ヒト は ここ へ くる と、 いつも あんな に セナカ を まげて ばかり いる ん だろう?」 と ナオコ は ロダイ の テスリ に テ を かけて ムコウ を むいて いる シュウト の セ を、 ナニ か キ に いらない もの の よう に みすえながら、 ココロ の ナカ で おもって いた。 そのうち フイ に シュウト が カノジョ の ほう へ ふりむいた。 そして ナオコ が ジブン の ほう を うつけた よう に みすえて いる の に きづく と、 いかにも わざとらしい エガオ を して みせた。
 それから 1 ジカン ばかり たった ノチ、 ナオコ は いくら ひきとめて も どうしても すぐ かえる と いう シュウト を みおくりながら、 ふたたび ゲンカン まで ついて いった。 その アイダ も たえず、 ナニ か を おそれ でも する よう に ことさら に まげて いる よう な シュウト の セナカ に、 ナニ か キョギテキ な もの を イマ まで に なく つよく かんじながら……

 10

 クロカワ ケイスケ は、 タニン の ため に くるしむ と いう、 オオク の モノ が ジンセイ の トウショ に おいて ケイケン する ところ の もの を、 ジンセイ ナカバ に して ようやく ミ に おぼえた の だった。……
 9 ガツ ハジメ の ある ヒ、 ケイスケ は マルノウチ の ツトメサキ に ショウダン の ため に ナガヨ と いう トオエン に あたる モノ の ホウモン を うけた。 シュジュ の ショウダン の スエ、 フタリ の カイワ が しだいに コジンテキ な ワヘイ の ウエ に おちて いった とき だった。
「キミ の サイクン は どこ か の サナトリウム に はいって いる ん だって? ソノゴ どう なん だい?」 ナガヨ は ヒト に モノ を きく とき の クセ で ミョウ に メ を またたきながら きいた。
「なに、 たいした こと は なさそう だよ」 ケイスケ は それ を かるく うけながしながら、 それ から ハナシ を そらせよう と した。 ナオコ が ムネ を わずらって ニュウイン して いる こと は、 ハハ が それ を いやがって ダレ にも はなさない よう に して いる のに、 どうして この オトコ が しって いる の だろう か と いぶかしかった。
「なんでも いちばん わるい カンジャ たち の トクベツ な ビョウトウ へ はいって いる ん だ そう じゃ ない か」
「そんな こと は ない。 それ は ナニ か の マチガエ だ」
「そう か。 そんなら いい が……。 そんな こと を このあいだ ウチ の オフクロ が キミ ん チ の オフクロ から きいて きた って いってた ぜ」
 ケイスケ は いつ に なく カオイロ を かえた。 「ウチ の オフクロ が そんな こと を いう はず は ない が……」
 カレ は いつまでも ミョウ な キモチ に なりながら、 その ユウジン を フキゲン そう に おくりだした。

 その バン、 ケイスケ は ハハ と フタリ きり の クチカズ の すくない ショクタク に むかって いる とき、 サイショ なにげなさそう に クチ を きいた。
「ナオコ が ニュウイン して いる こと を ナガヨ が しって いました よ」
 ハハ は ナニ か そらとぼけた よう な ヨウス を した。 「そう かい。 そんな こと が あの ヒトタチ に どうして しれた ん だろう ね」
 ケイスケ は そう いう ハハ から フカイ そう に カオ を そらせながら、 ふいと イマ ジブン の ソバ に いない モノ が キュウ に キ に なりだした よう に、 そちら へ カオ を むけた。 ――こういう バンメシ の とき など、 ナオコ は いつも ハナシ の ケンガイ に オキザリ に されがち だった。 ケイスケ たち は しかし カノジョ には ほとんど ムトンジャク の よう に、 ムカシ の チジン だの サマツ な ヒビ の ケイザイ だの の ハナシ に ジカン を つぶして いた。 そういう とき の ナオコ の ナニ か を じっと こらえて いる よう な、 シンケイ の たった ウツムキガオ を、 イマ ケイスケ は そこ に ありあり と みいだした の だった。 そんな こと は カレ には ほとんど それ が はじめて だ と いって よかった。……
 ハハ は ジブン の ムスコ の ヨメ が ムネ など を わずらって サナトリウム に はいって いる こと を オモテムキ はばかって、 ちょっと シンケイ スイジャク ぐらい で テンチ して いる よう に ヒトマエ を とりつくろって いた。 そして それ を ケイスケ にも ふくませ、 イチド も ツマ の ところ へ ミマイ に ゆかせない くらい に して いた。 それゆえ、 イッポウ カゲ で もって、 その ハハ が ナオコ の ビョウキ の こと を わざと いいふらして いよう など とは、 ケイスケ は イマ まで かんがえて も みなかった の だった。
 ケイスケ は ナオコ から ハハ の モト へ たびたび テガミ が きたり、 また、 ハハ が それ に ヘンジ を だして いる らしい こと は しって は いた。 が、 まれ に ハハ に むかって ビョウニン の ヨウダイ を たずねる くらい で、 いつも カンタン な ハハ の コタエ で マンゾク を し、 それ イジョウ たちいって どういう テガミ を ヤリトリ して いる か、 ぜんぜん しろう とは しなかった。 ケイスケ は その ヒ の ナガヨ の ハナシ から、 ハハ が いつも ナニ か ジブン に カクシダテ を して いる らしい こと に きづく と、 とつぜん アイテ に イイヨウ の ない イラダタシサ を かんじだす と ともに、 イマ まで の ジブン の ヤリカタ にも はげしく コウカイ しはじめた。
 それから 2~3 ニチ-ゴ、 ケイスケ は キュウ に アス カイシャ を やすんで ツマ の ところ へ ミマイ に いって くる と いいはった。 ハハ は それ を きく と、 なんとも いえない にがい カオ を した まま、 しかし べつに それ には ハンタイ も しなかった。

 11

 クロカワ ケイスケ が、 コト に よる と ジブン の ツマ は ジュウタイ で しにかけて いる の かも しれない と いう よう な ばくぜん と した フアン に おののきながら、 シンシュウ の ミナミ に むかった の は、 ちょうど ニヒャク ハツカ マエ の アレモヨウ の ヒ だった。 ときどき カゼ が はげしく なって、 キシャ の マドガラス には オオツブ の アメ が オト を たてて あたった。 そんな はげしい フキブリ の ナカ にも、 キシャ は クニザカイ に ちかい サンチ に かかる と、 ナンド も キリカエ の ため に アトモドリ しはじめた。 その たび ごと に、 ソト の ケシキ の ほとんど みえない ほど アメ に くもった マド の ウチ で、 タビ に なれない ケイスケ は、 なんだか ジブン が まったく ミチ の ホウコウ へ つれて ゆかれる よう な オモイ が した。
 キシャ が サンカン-らしい ホカ の エキ と すこしも かわらない ちいさな エキ に ついた ノチ、 あやうく ハッシャ しよう と する マギワ に なって、 それ が リョウヨウジョ の ある エキ で ある の に きづいて、 ケイスケ は あわてて フキブリ の ナカ に ビショヌレ に なりながら とびおりた。
 エキ の マエ には アメ に うたれた ふるぼけた ジドウシャ が 1 ダイ とまって いた きり だった。 ケイスケ の ホカ にも、 わかい オンナ の キャク が ヒトリ いた が、 おなじ リョウヨウジョ へ ゆく ので、 フタリ は イッショ に のって ゆく こと に した。
「キュウ に わるく なられた カタ が あって、 いそいで おります ので……」 そう その わかい オンナ の ほう で いいわけがましく いった。 その わかい オンナ は リンケン の K シ の カンゴフ で、 リョウヨウジョ の カンジャ が カッケツ など して キュウ に ツキソイ が いる よう に なる と デンワ で よばれて くる こと を はなした。
 ケイスケ は とつぜん ムナサワギ が して、 「オンナ の カンジャ です か?」 と だしぬけ に きいた。
「いいえ、 コンド はじめて カッケツ を なすった おわかい オトコ の カタ の よう です」 アイテ は なんの こと も なさそう に ヘンジ を した。
 ジドウシャ は フキブリ の ナカ を、 カイドウ に そった きたない イエイエ へ ミズタマリ の ミズ を ナンド も はねかえしながら、 ちいさな ムラ を とおりすぎ、 それから ある ケイシャチ に たった リョウヨウジョ の ほう へ よじのぼりだした。 キュウ に エンジン の オト を たかめたり、 シャダイ を かしがせたり して、 ケイスケ を まだ なんとなく フアン に させた まま……

 リョウヨウジョ に つく と、 ちょうど カンジャ たち の アンセイ ジカン-チュウ らしく、 ゲンカンサキ には ダレ の スガタ も みえない ので、 ケイスケ は ぬれた クツ を ぬぎ、 ヒトリ で スリッパー を つっかけて、 かまわず ロウカ へ あがり、 ここいら だったろう と おもった ビョウトウ に おれて いった が、 やっと マチガエ に キ が ついて ひきかえして きた。 トチュウ の、 ある ビョウシツ の トビラ が ハンビラキ に なって いた。 トオリスガリ に、 なんの キ なし に ナカ を のぞいて みる と、 つい ハナサキ の シンダイ の ウエ に、 わかい オトコ の、 うすい アゴヒゲ を はやした、 ロウ の よう な カオ が あおむいて いる の が ちらり と みえた。 ムコウ でも トビラ の ソト に たって いる ケイスケ の スガタ に キ が つく と、 その カオ の ムキ を かえず に、 トリ の よう に おおきく みひらいた メ だけ を カレ の ほう へ そろそろ と むけだした。
 ケイスケ は おもわず ぎょっと しながら、 その トビラ の ソバ を いそいで とおりすぎよう と する と、 ドウジ に ウチガワ から も ダレ か が ちかづいて きて その トビラ を しめた。 その トタン、 なにやら ひょいと エシャク を された よう なので、 キ が ついて みる と、 それ は もう ハクイ に きかえた、 エキ から イッショ に きた サッキ の わかい オンナ だった。
 ケイスケ は やっと ロウカ で ヒトリ の カンゴフ を とらえて きく と、 ナオコ の いる ビョウトウ は もう ヒトツ サキ の ビョウトウ だった。 おそわった とおり、 ツキアタリ の カイダン を あがる と、 ああ ここ だった な と マエ に ツマ の ニュウイン に つきそって きた とき の こと を なにかと おもいだし、 キュウ に ムネ を ときめかせながら ナオコ の いる 3 ゴウ-シツ に ちかづいて いった。 コト に よったら、 ナオコ も すっかり スイジャク して、 サッキ の わかい カッケツ カンジャ の よう な ブキミ な ほど おおきな メ で こちら を サイショ ダレ だ か わからない よう に みる の では ない か と かんがえながら、 そんな ジシン の カンガエ に おもわず ミブルイ を した。
 ケイスケ は まず ココロ を おちつけて、 ちょっと トビラ を たたいて から、 それ を しずか に あけて みる と、 ビョウニン は シンダイ の ウエ に ムコウムキ に なった まま で いた。 ビョウニン は ダレ が はいって きた の だ か しりたく も なさそう だった。
「まあ、 アナタ でした の?」 ナオコ は やっと ふりかえる と、 すこし やつれた せい か、 いっそう おおきく なった よう な メ で カレ を みあげた。 その メ は イッシュン イヨウ に かがやいた。
 ケイスケ は それ を みる と、 ナニ か ほっと し、 おもわず ムネ が いっぱい に なった。
「イチド こよう とは おもって いた ん だ がね。 なかなか いそがしくて こられなかった」
 オット が そう いいわけがましい こと を いう の を きく と、 ナオコ の メ から は イマ まで あった イヨウ な カガヤキ が すうと きえた。 カノジョ は キュウ に くらく かげった メ を オット から はなす と、 ニジュウ に なった ガラスマド の ほう へ それ を むけた。 カゼ は その ソトガワ の ガラス へ ときどき おもいだした よう に オオツブ の アメ を ぶつけて いた。
 ケイスケ は こんな フキブリ を おかして まで ヤマ へ きた ジブン を ツマ が べつに なんとも おもわない らしい こと が すこし フマン だった。 が、 カレ は メノマエ に カノジョ を みる まで ジブン の ムネ を おしつぶして いた レイ の フアン を おもいだす と、 キュウ に キ を とりなおして いった。
「どう だ。 あれ から ずっと いい ん だろう?」 ケイスケ は いつも ツマ に あらたまって モノ を いう とき の クセ で メ を そらせながら いった。
「…………」 ナオコ も、 そんな オット の クセ を しりながら、 アイテ が ジブン を みて いよう と いまい と かまわない よう に、 だまって うなずいた だけ だった。
「なあに、 ここ に もう しばらく おちついて いれば、 オマエ の なんぞ は すぐ なおる さ」 ケイスケ は さっき おもわず メ に いれた あの カッケツ カンジャ の しにかかった トリ の よう な ブキミ な メツキ を うかべながら、 ナオコ の ほう へ おもいきって さぐる よう な メ を むけた。
 しかし カレ は その とき ナオコ の ナニ か カレ を あわれむ よう な メツキ と メ を あわせる と、 おもわず カオ を そむけ、 どうして この オンナ は いつも こんな メツキ で しか オレ を みられない ん だろう と いぶかりながら、 アメ の ふきつけて いる マド の ほう へ ちかづいて いった。 マド の ソト には、 ムコウガワ の ビョウトウ も みえない くらい ヒマツ を ちらしながら、 キギ が コノハ を ざわめかせて いた。

 クレガタ に なって も、 この アレギミ の アメ は やまず、 その ため ケイスケ も いっこう かえろう とは しなかった。 とうとう ヒ が くれかかって きた。
「ここ の リョウヨウジョ へ とめて もらえる かしら?」 マドギワ に ウデ を くんで キギ の ザワメキ を みつめて いた ケイスケ が フイ に クチ を きいた。
 カノジョ は いぶかしそう に ヘンジ を した。 「とまって いらっしゃって いい の? そんなら ムラ へ いけば ヤドヤ だって ない こと は ない わ。 しかし、 ここ じゃ……」
「しかし ここ だって とめて もらえない こと は ない ん だろう。 オレ は ヤドヤ なんぞ より ここ の ほう が よっぽど いい」 カレ は いまさら の よう に せまい ビョウシツ の ナカ を みまわした。
「ヒトバン ぐらい なら、 ここ の ユカイタ に だって ねられる さ。 そう さむい と いう ほど でも ない し……」
 ナオコ は 「まあ この ヒト が……」 と おどろいた よう に しげしげ と ケイスケ を みつめた。 それから いって も いわなく とも いい こと を いう よう に、 「かわって いる わね……」 と かるく ヤユ した。 しかし、 その とき の ナオコ の ヤユ する よう な マナザシ には ケイスケ を いらいら させる よう な もの は なにひとつ かんぜられなかった。
 ケイスケ は ヒトリ で オンナ の おおい ツキソイニン たち の ショクドウ へ ユウショク を し に ゆき、 トウチョク の カンゴフ に とまる ヨウイ も ヒトリ で たのんで きた。

 8 ジ-ゴロ、 トウチョク の カンゴフ が ケイスケ の ため に ツキソイニン-ヨウ の クミタテシキ の ベッド や モウフ など を はこんで きて くれた。 カンゴフ が ヨル の ケンオン を みて かえった アト、 ケイスケ は ヒトリ で ブキヨウ そう に ベッド を こしらえだした。 ナオコ は シンダイ の ウエ から、 ふいと ヘヤ の スミ に ケイスケ の ハハ の すこし ケン を おびた マナザシ らしい もの を かんじながら、 かるく マユ を ひそめる よう に して ケイスケ の する こと を みて いた。
「これ で ベッド は できた と……」 ケイスケ は それ を ためす よう に ソクセイ の ベッド に コシ を かけて みながら、 カクシ に テ を つっこんで ナニ か さがして いる よう な ヨウス を して いた が、 やがて マキタバコ を 1 ポン とりだした。
「ロウカ なら タバコ を のんで きて も いい かな」
 ナオコ は しかし それ には とりあわない よう に だまって いた。
 ケイスケ は とりつく シマ も なさそう に、 のそのそ と ロウカ へ でて いった が、 その うち に カレ が タバコ を のみながら ヘヤ の ソト を いったり きたり して いる らしい アシオト が きこえて きた。 ナオコ は その アシオト と コノハ を ざわめかせて いる アメカゼ の オト と に かわるがわる ミミ を かたむけて いた。
 カレ が ふたたび ヘヤ に はいって くる と、 ガ が ツマ の マクラモト を とびまわり、 テンジョウ にも おおきな くるおしい カゲ を なげて いた。
「ねる マエ に アカリ を けして ね」 カノジョ が うるさそう に いった。
 カレ は ツマ の マクラモト に ちかづき、 ガ を おいはらって、 アカリ を けす マエ に、 まぶしそう に メ を つぶって いる カノジョ の メ の マワリ の くろずんだ カサ を いかにも いたいたしそう に みやった。

「まだ おやすみ に なれない の?」 クラガリ の ナカ から ナオコ は とうとう ジブン の シンダイ の スソ の ほう で いつまでも ズック-バリ の ベッド を きしませて いる オット の ほう へ コエ を かけた。
「うん……」 オット は わざとらしく ねぼけた よう な コエ を した。 「どうも アメ の オト が ひどい なあ。 オマエ も まだ ねられない の か?」
「ワタシ は ねられなくったって ヘイキ だわ。 ……いつだって そう なん です もの……」
「そう なの かい。 ……でも、 こんな バン は こんな ところ に ヒトリ で なんぞ いる の は いや だろう な。……」 ケイスケ は そう いいかけて、 くるり と カノジョ の ほう へ セ を むけた。 それ は ツギ の コトバ を おもいきって いう ため だった。 「……オマエ は ウチ へ かえりたい とは おもわない かい?」
 クラガリ の ナカ で ナオコ は おもわず ミ を すくめた。
「カラダ が すっかり よく なって から で なければ、 そんな こと は かんがえない こと に して いて よ」 そう いった ぎり、 カノジョ は ネガエリ を うって だまりこんで しまった。
 ケイスケ も その サキ は もう なんにも いわなかった。 フタリ を シホウ から とりかこんだ ヤミ は、 それから しばらく の アイダ は、 キギ を ざわめかす アメ の オト だけ に みたされて いた。

 12

 ヨクジツ、 ナオコ は、 カゼ の ため に そこ へ たたきつけられた コノハ が 1 マイ、 マドガラス の マンナカ に ぴったり と くっついた まま に なって いる の を フシギ そう に みまもって いた。 その うち に ナニ か オモイダシ ワライ の よう な もの を ひとりでに うかべて いる ジブン ジシン に キ が ついて、 カノジョ は おもわず はっと した。
「ゴショウ だ から、 オマエ、 そんな メツキ で オレ を みる こと だけ は やめて もらえない かな」 カエリギワ に ケイスケ は あいかわらず カノジョ から メ を そらせながら かるく コウギ した。 ――カノジョ は、 イマ、 アラシ の ナカ で それ だけ が マヒ した よう に なって いる 1 マイ の コノハ を フシギ そう に みまもって いる ジブン の メツキ から ふいと その オット の イガイ な コウギ を おもいだした の だった。
「なにも こんな ワタシ の メツキ は イマ はじまった こと では ない。 ムスメ の ジブン から、 しんだ ハハ など にも なにかと いやがられた もの だ けれど、 あの ヒト は やっと イマ これ に キ が ついた の かしら。 それとも イマ まで それ が キ に なって いて も ワタシ に いいえず、 やっと キョウ うちとけて いえる よう に なった の かしら。 なんだか ユウベ など は まるで あの ヒト で ない みたい だった。 ……だが、 あいかわらず キ の ちいさな あの ヒト は、 キシャ の ナカ で こんな アラシ に あって どんな に ヒトリ で こわがって いる だろう。……」
 ヒトバンジュウ ナニ か に おびえた よう に ねむれない ヨル を あかした スエ、 ヨクジツ の ヒル ちかく ようやく クモ が きれ、 イチメン に こい キリ が ひろがりだす の を みる と、 ほっと した よう な カオ を して テイシャバ へ いそいで いった が、 また テンコウ が イッペン して、 キシャ に のりこんだ か のりこまない か の うち に こんな アラシ に ソウグウ して いる オット の こと を、 ナオコ は べつに そう キ を もみ も しない で おもいやりながら、 いつか また マドガラス に えがかれた よう に こびりついて いる 1 マイ の コノハ を ナニ か キ に なる よう に みつめだして いた。 その うち に、 カノジョ は また ジブン でも きづかない ほど かすか に ワライ を もらしはじめて いた。……

 その おなじ コロ、 クロカワ ケイスケ を のせた ノボリ レッシャ は、 アラシ に もまれながら、 シンリン の おおい クニザカイ を よこぎって いた。
 ケイスケ に とって は、 しかし その アラシ イジョウ に、 ヤマ の リョウヨウジョ で ケイケン した スベテ の こと が イジョウ で、 いまだに キガカリ で ならなかった。 それ は カレ に とって は、 いわば ある ミチ の セカイ との サイショ の セッショク だった。 ユキ の とき より も もっと ひどい アラシ の ため、 マド と スレスレ の ところ で くるしげ に ハ を ゆすりながら ミモダエ して いる よう な キギ の ホカ には ほとんど なにも みえない キャクシャ の ナカ で、 ケイスケ は うまれて はじめて の フミン の ため に トリトメ も なくなった シコウリョク で、 いよいよ コドク の ソウ を おびだした ツマ の こと だの、 その ソバ で まるで ジブン イガイ の モノ に なった よう な キモチ で イチヤ を あかした ユウベ の ジブン ジシン の こと だの、 オオモリ の イエ で ヒトリ で まんじり とも しない で ジブン を まちつづけて いた で あろう ハハ の こと だの を かんがえとおして いた。 コノヨ に ジブン と ムスコ と だけ いれば いい と おもって いる よう な ハイタテキ な ハハ の モト で、 ツマ まで ヨソ へ おいやって、 フタリ して タイセツ そう に まもって きた イッカ の ヘイワ なんぞ と いう もの は、 いまだに カレ の メサキ に ちらついて いる、 ナオコ が その エスガタ の チュウシン と なった、 フシギ に ジュウコウ な カンジ の する セイ と シ との ジュウタン の マエ に あって は、 いかに ウスデ な もの で ある か を かんがえたり して いた。 カレ の イマ おちこんで いる イヨウ な シンテキ コウフン が ナニ か そんな カンガエ を イマ まで の カレ の アンイツサ を ネコソギ に する ほど に まで キョウリョク な もの に させた の だった。 ――シンリン の おおい クニザカイ ヘン を キシャ が アラシ を ついて シッソウ して いる アイダ、 ケイスケ は そういう カンガエ に ヒタリキリ に なって ほとんど メ も つぶった まま に して いた。 ときおり ソト の アラシ に キ が つく よう に はっと なって メ を ひらいた が、 しかし シン が つかれて いる ので、 おのずから メ が ふさがり、 すぐ また ユメウツツ の サカイ に はいって ゆく の だった。 そこ では また、 ゲンザイ の カンカク と、 ゲンザイ おもいだしつつ ある カンカク と が からまりあって、 ジブン が ニジュウ に かんぜられて いた。 イマ イッシン に ソウガイ を みよう と しながら なにも みえない ので クウ を みつめて いる だけ の ジブン ジシン の メツキ が、 キノウ ヤマ へ つく なり ある ハンビラキ の トビラ の カゲ から ふと メ を あわせて しまった ヒンシ の カンジャ の ブキミ な メツキ に かんぜられたり、 あるいは いつも ジブン が それ から カオ を そらせず には いられない ナオコ の うつけた よう な マナザシ に にて ゆく よう な キ が したり、 あるいは その ミッツ の マナザシ が へんに コウサク しあったり した。……
 キュウ に マド の ソト が あかるく なりだした こと が、 そういう カレ をも いくぶん ほっと させた。 くもった ガラス を ユビ で ふいて ソト を みる と、 キシャ が やっと クニザカイ ヘン の サンチ を とおりすぎて、 おおきな ボンチ の マンナカ へ でて きた ため らしかった。 フウウ は いまだに よわまらない で いた。 ケイスケ の うつけきった メ には、 そこら イッタイ の ブドウバタケ の アイダ に 5~6 ニン ずつ ミノ を つけた ヒトタチ が たって なにやら わめきあって いる よう な コウケイ が いかにも イヨウ に うつった。 そういう ブドウバタケ の ヒトタチ の ただならぬ スガタ が ナンニン も ナンニン も みかけられる よう に なった コロ には、 シャナイ も おのずから そうぜん と しだして いた。 ユウベ の ゴウウ が この チホウ では タリョウ の ヒョウ を ともなって いた ため、 ようやく うれだした ブドウ の ハタケ と いう ハタケ が こっぴどく やられ、 ノウフ たち は イマ の ところ は テ を こまねいて アラシ の やむ の を ただ みまもって いる の だ と いう こと が、 シュウイ の ヒトビト の ハナシ から ケイスケ にも しぜん わかって きた。
 エキ に つく ごと に、 ヒトビト の サワギ が いっそう ものものしく なり、 アメ の ナカ を ビショヌレ に なった エキイン が ナニ か ののしりながら はしりさる よう な スガタ も ソウガイ に みられた。

 キシャ が そんな サンジョウ を しめした ブドウバタケ の おおい ヘイチ を すぎた ノチ、 ふたたび サンチ に はいりだした コロ は、 ついに クモ が キレメ を みせ、 ときどき そこ から ヒ の ヒカリ が もれて マドガラス を まぶしく ひからせた。 ケイスケ は ようやく カクセイ した ヒト に なりはじめた。 ドウジ に カレ には、 イマ まで の カレ ジシン が キュウ に ブキミ に おもえだした。 もう あの ヒンシ の トリ の よう な ビョウニン の イヨウ な メツキ も、 それ を しらずしらず に マネ して いた よう な ジブン ジシン の イマシガタ の メツキ も けろり と わすれさり、 ただ、 ナオコ の いたいたしい マナザシ だけ が カレ の マエ に いぜん と して あざやか に のこって いる きり だった。……
 キシャ が アメアガリ の シンジュク エキ に ついた コロ には、 コウナイ いっぱい ニシビ が あかあか と みなぎって いた。 ケイスケ は ゲシャ した トタン に、 コウナイ の クウキ の むしむし して いる の に おどろいた。 ふいと ヤマ の リョウヨウジョ の ハダ を しめつける よう な ツメタサ が こころよく よみがえって きた。 カレ は プラットフォーム の ヒトゴミ を ぬけながら、 なにやら その マエ に ヒトダカリ が して いる の を みる と、 なんの キ なし に アシ を とめて ケイジバン を のぞいた。 それ は イマ カレ の のって きた チュウオウ セン の レッシャ が イチブ フツウ に なった シラセ だった。 それ で みる と、 カレ の のりあわせて いた レッシャ が ツウカ した アト で、 ヤマカイ の ある テッキョウ が ホウカイ し、 ツギ の レッシャ から アラシ の ナカ に タチオウジョウ に なった らしかった。
 ケイスケ は それ を しる と、 ナン だ、 そんな こと だった の か と いった カオツキ で、 ふたたび プラットフォーム の ヒトゴミ の ナカ を イッシュ イヨウ な カンジョウ を あじわいながら ぬけて いった。 こんな に タクサン の ヒトタチ の ナカ で、 ジブン だけ が ヤマ から ジブン と イッショ に ついて きた ナニ か イジョウ な もの で ココロ を みたされて いる の だ と いった カンガエ から、 マッスグ を むいて あるきながら ナニ か ヒトリ で ヒツウ な キモチ に さえ なって いた。 しかし、 カレ は イマ ジブン の ココロ を みたして いる もの が、 じつは シ の イッポ テマエ の ソンザイ と して の セイ の フアン で ある と いう よう な ふかい ジジョウ には おもいいたらなかった。

 その ヒ は、 クロカワ ケイスケ は どうしても そのまま オオモリ の イエ へ かえって ゆく キ が しなかった。 カレ は シンジュク の ある ミセ で ヒトリ で ショクジ を し、 それから ホカ の おなじ よう な ミセ で チャ を ゆっくり のみ、 それから コンド は ギンザ へ でて、 いつまでも ヨル の ヒトゴミ の ナカ を ぶらついて いた。 そんな こと は 40 ちかく に なって カレ の しった はじめて の ケイケン と いって よかった。 カレ は ジブン の ルス の アイダ、 ハハ が どんな に フアン に なって ジブン の かえる の を まって いる だろう か と ときどき キ に なった。 その たび ごと に、 そういう ハハ の くるしんで いる スガタ を ジブン の ウチ に もうすこし たもって いたい ため か の よう に、 わざと かえる の を ひきのばした。 よくも あんな ヒトケ の ない イエ で フタリ きり の クラシ に ガマン して いられた もの だ と おもい さえ した。 カレ は その アイダ も たえず ジブン に つきまとうて くる ナオコ の マナザシ を すこしも うるさがらず に いた。 しかし、 ときどき カレ の ノウリ を かすめる、 セイ と シ との ジュウタン は その たび ごと に すこし ずつ ぼやけて きはじめた。 カレ は だんだん ジブン の ソンザイ が ジブン と アト に なり サキ に なり して あるいて いる ホカ の ヒトタチ の と あまり かわらなく なって きた よう な キ が しだした。 カレ は それ が ゼンジツライ の ヒロウ から きて いる こと に やっと キ が ついた。 カレ は ナニモノ か に ジブン が ひきずられて ゆく の を もう どうにも シヨウ が ない よう な ココロモチ で、 ついに オオモリ の イエ に むかって、 はじめて ジブン の かえろう と して いる の が ハハ の モト だ と いう こと を ミョウ に イシキ しながら、 12 ジ ちかく かえって いった。

 13

 オヨウ が O ムラ から ムスメ の ハツエ の ビョウキ を トウキョウ の イシャ に チリョウ して もらう ため に ジョウキョウ して きて いる。 ――そんな こと を きいて、 7 ガツ から また マエ とは すこしも かわらない チンウツ そう な ヨウス で ケンチク ジムショ に かよって いた ツヅキ アキラ が、 ツキジ の その ビョウイン へ ミマイ に いった の は、 9 ガツ も スエ ちかい ある ヒ だった。
「どんな グアイ です?」 アキラ は シンダイ の ウエ の ハツエ の ほう を なるべく みない よう に キ を くばりながら、 オヨウ の ほう へ ばかり カオ を むけて いた。
「ありがとう ございます――」 オヨウ は ヤマグニ の オンナ-らしく、 こんな バアイ に アキラ を どう とりあつかって いい の か わからなさそう に、 ただ、 アイテ を いかにも なつかしげ に ながめながら、 そのまま くちごもって いた。 「ナン です か、 どうも おもう よう に まいりません で……。 ドナタ に みて いただいて も、 はっきり した こと を いって くださらない ので こまって しまいます。 いっそ シュジュツ でも したら と、 おもいきって こうして でて まいりました が、 それ も ミコミ ない だろう と ミナサン に いわれます し……」
 アキラ は ちらり と ねて いる ハツエ の ほう を みた。 こんな チカク で ハツエ を みた の は はじめて だった。 ハツエ は、 ハハオヤニ の、 ホソオモテ の うつくしい カオダチ を し、 おもった ほど やつれて も いなかった。 そして ジブン の ビョウキ の ハナシ を そんな メノマエ で されて いる のに、 いや な カオ ヒトツ しない で、 ただ はずかしそう な ヨウス を して いた。
 オヨウ が オチャ を いれ に たった ので アキラ は ちょっと の アイダ、 ハツエ と サシムカイ に なって いた。 アキラ は つとめて アイテ から メ を そらせて いた。 それほど ハツエ は カレ の マエ で どうして いい か わからない よう な フアン な メツキ を し、 カオ を うすあからめて いた。 いつも 12~13 の コムスメ の よう な あまえた クチ の キキカタ で オヨウ に はなしかけて いる の を モノカゲ で きいて いた きり だった ので、 この ムスメ の メ が こんな に ムスメ-らしい カガヤキ を しめそう とは おもって も みなかった。 ――アキラ は とつぜん、 この ハツエ が カレ の コイビト の サナエ と オサナナジミ で あった と いう ハナシ を おもいうかべた。 サナエ は この アキ の ハジメ に、 カレ とも カオナジミ の、 ムラ で ニンキモノ の わかい ジュンサ の ところ へ とついだ はず だった。
 それから アキラ は ほとんど 2~3 ニチ-オキ ぐらい に、 ジムショ の カエリ など に カノジョ たち を みまって ゆく よう に なった。 いつも アキ-らしい ユウガタ の ヒカリ が カノジョ たち の ビョウシツ へ いっぱい さしこんで いる よう な ヒ が おおかった。 そんな おだやか な ヒザシ の ナカ で、 オヨウ と ハツエ と が いかにも なにげない カイワ や ドウサ を とりかわして いる の を、 アキラ は ソバ で みたり きいたり して いる うち に、 そこ から とつぜん O ムラ の トクユウ な ニオイ の よう な もの が ただよって くる よう な キ が したり した。 カレ は それ を むさぼる よう に かいだ。 そんな とき、 カレ には ジブン が ヒトリ の ムラ の ムスメ に むなしく もとめて いた もの を はからずも この ハハ と ムスメ の ナカ に みいだしかけて いる よう な キ さえ される の だった。 オヨウ は アキラ と サナエ の こと は うすうす きづいて いる らしかった が、 ちっとも それ を によわせよう と しない こと も アキラ には このましかった。 が、 それだけ、 ときどき この トシウエ の オンナ の あたたかい ムネ に カオ を うずめて、 おもうぞんぶん ムラ の ニオイ を かぎながら、 なにも いわず いわれず に なぐさめられたい よう な キモチ の する こと も ない では なかった。
「なんだか ヨナカ など に メ を さます と、 クウキ が じめじめ して いて、 ココロモチ が わるく なります」 ヤマ の カンソウ した クウキ に なれきった オヨウ は、 この タイキョウチュウ、 そんな グチ を いって も わかって もらえる の は アキラ に だけ らしかった。 オヨウ は どこまでも キッスイ の ヤマグニ の オンナ だった。 O ムラ で みる と、 こんな ヤマ の ナカ には めずらしい、 ヨウボウ の ととのった、 キショウ の きびしい オンナ に みえる オヨウ も、 こういう トウキョウ では、 ビョウイン から イッポ も でない で いて さえ、 ナニ か シュウイ の ジブツ と しっくり しない、 いかにも ひなびた オンナ に みえた。
 カコ の おおい、 そのくせ まだ ムスメ の よう な オモカゲ を どこ か に のこして いる オヨウ と、 ナガワズライ の ため に トシゴロ に なって も まだ コドモ から ぬけきれない ヒトリムスメ の ハツエ と、 ――その フタリ は アキラ には いつのまにか どっち を どっち きりはなして も かんがえる こと の できない ソンザイ と なって いた。 ビョウイン から かえる とき、 いつも ゲンカン まで みおくられる トチュウ、 カレ は はっきり と ジブン の セナカ に オヨウ の くる の を かんじながら、 ふと ジブン が この オヤコ と ウンメイ を ともに でも する よう に なったら、 と そんな ぜんぜん ありえなく も なさそう な ジンセイ の バメン を ムネ の ウチ に えがいたり した。

 14

 ある ユウガタ、 ツヅキ アキラ は すこし ネツ が ある よう なので、 ジムショ を ハヤメ に きりあげ、 マッスグ に オギクボ に かえって きた。 たいてい ジムショ の カエリ の はやい とき には オヨウ たち を みまって きたり する ので、 こんな に あかるい うち に オギクボ の エキ に おりた の は めずらしい こと だった。 デンシャ から おりて、 アカネイロ を した ほそながい クモ が いろづいた ゾウキバヤシ の ウエ に イチメン に ひろがって いる ニシゾラ へ しばらく うっとり と メ を あげて いた が、 カレ は キュウ に はげしく せきこみだした。 すると プラットフォーム の ハシ に ムコウムキ に たたずんで ナニ か カンガエゴト でも して いた よう な、 セ の ひくい、 ツトメニン らしい オトコ が ひどく びっくり した よう に カレ の ほう を ふりむいた。 アキラ は それ に キ が ついた とき どこ か ミオボエ の ある ヒト だ と おもった。 が、 カレ は くるしい セキ の ホッサ を おさえる ため に、 その ヒト に みられる が まま に なりながら、 セ を こごめた きり で いた。 ようやく その ホッサ が しずまる と、 その とき は もう その ヒト の こと を わすれた よう に カイダン の ほう へ あるいて いった が、 それ へ アシ を かけよう と した トタン、 ふいと イマ の ヒト が ナオコ の オット の よう だった こと を おもいだして、 いそいで ふりかえって みた。 すると、 その ヒト は また、 ユウヤケ した ソラ と きばんだ ゾウキバヤシ と を ハイケイ に して、 サッキ と おなじ よう な すこし キ の ふさいだ ヨウス で、 ムコウムキ に たたずんで いた。
「ナニ か さびしそう だった な、 あの ヒト は……」 アキラ は そう かんがえながら エキ を でた。
「ナオコ さん でも どうか した の では ない かな? ひょっと する と ビョウキ かも しれない。 このまえ みた とき そんな キ が した。 それにしても、 あの とき は もっと とっつきにくい ヒト の よう に みえた が、 あんがい いい ヒト らしい な。 なにしろ、 オレ と きたら、 どこ か さびしそう な ところ の ない ニンゲン は ぜんぜん とっつけない から なあ。……」
 アキラ は ジブン の ゲシュク に かえる と、 セキ の ホッサ を おそれて すぐに は フク を ぬぎかえよう とも しない で、 ニシ を むいた マド に こしかけた まま、 コト に よる と ナオコ さん は どこ か ずっと この ニシ の ほう に ある、 とおい バショ で、 ジブン なんぞ の おもいもうけない よう な フシアワセ な クラシカタ でも して いる の では ない か と かんがえながら、 うまれて はじめて そちら へ メ を やる よう に、 ユウヤケ した ソラ や きばんだ キギ の コズエ など を ながめて いた。 ソラ の イロ は その うち に かわりはじめた。 アキラ は その イロ の ヘンカ を みて いる うち に、 キュウ に たまらない ほど オカン を かんじだした。

 クロカワ ケイスケ は、 その とき も まだ サッキ と おなじ カンガエゴト を して いる よう な ヨウス で、 ユウヤケ した ニシゾラ に むかいながら、 プラットフォーム の ハシ に ぼんやり と つったって いた。 カレ は サッキ から もう ナンダイ と なく デンシャ を やりすごして いた。 しかし ヒト を まって いる よう な ヨウス でも なかった。 その アイダ、 ケイスケ が その フドウ に ちかい シセイ を くずした の は、 さっき ダレ か が ジブン の ハイゴ で ひどく せきいって いる の に おもわず びっくり して その ほう を ふりむいた とき だけ だった。 それ は セ の たかい、 ヤセギス な ミチ の セイネン だった が、 そんな ひどい セキ を きいた の は はじめて だった。 ケイスケ は それ から ジブン の ツマ が よく アケガタ に なる と それ に やや ちかい セキカタ で せいて いた の を おもいだした。 それから デンシャ が ナンダイ か とおりすぎた ノチ、 とつぜん、 チュウオウ セン の ながい レッシャ が ジヒビキ を させながら スドオリ して いった。 ケイスケ は はっと した よう な カオ を あげ、 まるで くいいる よう な メツキ で ジブン の マエ を とおりすぎる キャクシャ を 1 ダイ 1 ダイ みつめた。 カレ は もし みられたら、 その キャクシャ-ナイ の ヒトタチ の カオ を ヒトリヒトリ みたそう だった。 カレラ は スウ-ジカン の ノチ には ヤツガタケ の ナンロク を ツウカ し、 カレ の ツマ の いる リョウヨウジョ の あかい ヤネ を シャソウ から みよう と おもえば みる こと も できる の だ。……
 クロカワ ケイスケ は ネ が タンジュン な オトコ だった ので、 イチド ジブン の ツマ が いかにも フシアワセ そう だ と おもいこんで から は、 そう と カレ に おもいこませた ゲンザイ の まま の ベッキョ セイカツ が つづいて いる カギリ は、 その カンガエ が ヨウイ に カレ を たちさりそう も なかった。
 カレ が ヤマ の リョウヨウジョ を おとずれて から、 ヒトツキ の ヨ に なって、 シャ の ヨウジ など で いろいろ と いそがしい オモイ を し、 それから なにもかも わすれさる よう な アキ-らしい キモチ の いい ヒ が つづきだして から も、 まるで ナオコ を みまった の は、 つい コノアイダ の こと の よう に、 なにもかも が キオク に はっきり と して いた。 シャ での イチニチ の シゴト が おわり、 ユウガタ の コンザツ の ナカ を つかれきって おもわず キタク を いそいで いる とき など、 ふと そこ には ツマ が いない こと を かんがえる と、 たちまち あの アメ に とざされた ヤマ の リョウヨウジョ で あった こと から、 カエリ の キシャ の ナカ で おそわれた アラシ の こと から、 ナニ から ナニ まで が のこらず キオク に よみがえって くる の だった。 ナオコ は いつも、 どこ か から カレ を じっと みまもって いた。 キュウ に その マナザシ が つい そこ に ちらつきだす よう な キ の する こと も あった。 カレ は ときどき はっと おもって、 デンシャ の ナカ に ナオコ に にた メツキ を した オンナ が いた の か どう か と さがしだしたり した。……
 カレ は ツマ には テガミ を かいた こと が イッペン も なかった。 そんな こと で ジブン の ココロ が みたされよう など とは、 カレ の よう な オトコ は おもい も しなかったろう。 また、 たとい そう おもった に しろ、 すぐ それ が ジッコウ できる よう な セイシツ の オトコ では なかった。 カレ は ハハ が ナオコ と ときおり ブンツウ して いる らしい の を しって は いた が、 それ にも なんにも クチダシ を しなかった。 そして ナオコ の いつも エンピツ で ぞんざい に かいた テガミ らしい の が きて いて も、 それ を ひらいて ツマ の モンク を みよう とも しなかった。 ただ、 どうか する と ちょいと キ に なる よう に、 その ウエ へ いつまでも メ を そそいで いる こと が あった。 そんな とき には、 カレ は ジブン の ツマ が シンダイ の ウエ に あおむいた まま、 エンピツ で その やせた ホオ を なでながら、 ココロ にも ない モンク を かんがえ かんがえ その テガミ を かいて いる、 いかにも ものうそう な ヨウス を ぼんやり と おもいうかべて いる の だった。
 ケイスケ は そういう ジブン の ハンモン を ダレ にも うちあけず に いた が、 ある ヒ、 カレ は ある センパイ の ソウベツカイ の あった カイジョウ を ヒトリ の キ の おけない ドウリョウ と イッショ に でながら、 ふいと この オトコ なら なにかと たのもしそう な キ が して ツマ の こと を うちあけた。
「それ は キノドク だな」 イッパイ キゲン の アイテ は いかにも カレ に ドウジョウ する よう に ミミ を かたむけて いた が、 それから キュウ に ナニ を おもった の か、 はきだす よう に いった。 「だが、 そういう ニョウボウ は かえって アンシン で いい だろう」
 ケイスケ には サイショ アイテ の いった コトバ の イミ が わからなかった。 が、 カレ は その ドウリョウ の サイクン が ミモチ の わるい と いう イゼン から の ウワサ を とつぜん おもいだした。 ケイスケ は もう その ドウリョウ に ツマ の こと を それ イジョウ いいださなかった。
 その とき そう いわれた こと が、 ケイスケ には その ヨルジュウ ナニ か ムネ に つかえて いる よう な キモチ だった。 カレ は その ヨル は ほとんど まんじり とも しない で ツマ の こと を かんがえとおして いた。 カレ には、 ナオコ の イマ いる ヤマ の リョウヨウジョ が なんだか ヨ の ハテ の よう な ところ の よう に おもえて いた。 シゼン の イシャ と いう もの を ぜんぜん リカイ す べく も なかった カレ には、 その リョウヨウジョ を シホウ から とりかこんで いる スベテ の ヤマ も モリ も コウゲン も たんに ナオコ の コドク を ふかめ、 それ を セケン から シャヘイ して いる ショウガイ の よう な キ が した ばかり だった。 そんな シゼン の ヒトヤ にも ちかい もの の ナカ に、 ナオコ は ナニ か あきらめきった よう に、 ただ ヒトリ で クウ を みつめた まま、 シ の しずか に ちかづいて くる の を まって いる。――
「ナニ が アンシン で いい」 ケイスケ は ヒトリ で ねた まま、 クラガリ の ナカ で キュウ に ダレ に たいして とも つかない イカリ の よう な もの を わきあがらせて いた。
 ケイスケ は よっぽど ハハ に いって ナオコ を トウキョウ へ つれもどそう か と ナンベン ケッシン しかけた か わからなかった。 が、 ナオコ が いなく なって から ナニ か ほっと して キゲン よさそう に して いる ハハ が、 ナオコ の ビョウジョウ を タテ に して、 レイ の ゴウジョウサ で なにかと ハンタイ を となえる だろう こと を おもう と、 もう うんざり して なんにも いいだす キ が なくなる の だった。 ――それに ナオコ を つれもどして きたって、 ハハ と ツマ との これまで の オリアイ を かんがえる と、 カノジョ の シアワセ の ため に ジブン が ナニ を して やれる か、 ケイスケ ジシン にも ギモン だった。
 そして けっきょく は、 スベテ の こと が イマ まで の まま に されて いた の だった。

 ある のわきだった ヒ、 ケイスケ は オギクボ の チジン の ソウシキ に でむいた カエリミチ、 エキ で デンシャ を まちながら、 ユウヒ の あたった プラットフォーム を ヒトリ で いったり きたり して いた。 その とき とつぜん、 チュウオウ セン の ながい レッシャ が イチジン の カゼ と ともに プラットフォーム に ちらばって いた ムスウ の オチバ を まいたたせながら、 ケイスケ の マエ を シッソウ して いった。 ケイスケ は それ が マツモト-ユキ の レッシャ で ある こと に やっと キ が ついた。 カレ は その ながい レッシャ が とおりすぎて しまった アト も、 いつまでも まいたって いる オチバ の ナカ に、 ナニ か いたい よう な メツキ を して その レッシャ の さった ホウコウ を みおくって いた。 それ が スウ-ジカン の ノチ には、 シンシュウ へ はいり、 ナオコ の いる リョウヨウジョ の チカク を イマ と おなじ よう な ソクリョク で ツウカ する こと を おもいえがきながら。……
 うまれつき イチュウ の ヒト の ゲンエイ を アテ も なく おいながら マチ の ナカ を ヒトリ で ぶらついたり する こと の できなかった ケイスケ は、 おもいがけず その とき ツマ の ソンザイ が イッシュン まざまざ と ゼンシン で かんぜられた もの だ から、 それから は しばしば カイシャ の カエリ の はやい とき など には トウキョウ エキ から わざわざ オギクボ の エキ まで ショウセン デンシャ で ゆき、 シンシュウ に むかう ユウガタ の レッシャ の ツウカ する まで じっと プラットフォーム に まって いた。 いつも その ユウガタ の レッシャ は、 カレ の アシモト から ムスウ の オチバ を まいたたせながら、 イッシュン に して ツウカ しさった。 その アイダ、 カレ が くいいる よう な メツキ で 1 ダイ 1 ダイ みおくって いた それら の キャクシャ と ともに、 カレ の ウチ から イチニチジュウ ナニ か カレ を いきづまらせて いた もの が にわか に ひきはなされ、 どこ へ とも なく はこびさられる の を、 カレ は せつない ほど はっきり と かんずる の だった。

 15

 ヤマ では アキ-らしく すんだ ヒ が つづいて いた。 リョウヨウジョ の マワリ には、 どっち へ いって も ヒアタリ の いい シャメン が ある。 ナオコ は マイニチ ニッカ の ヒトツ と して、 いつも ヒトリ で キモチ よく そこここ を あるきながら、 ノイバラ の マッカ な ミ なぞ に メ を たのしませて いた。 あたたか な ゴゴ には、 ボクジョウ の ほう まで その サンポ を のばして、 サク を くぐりぬけ、 シバクサ の ウエ を ゆっくり と ふみながら、 マンナカ に 1 ポン ぽつん と たった レイ の ハンブン だけ くちた ふるい キ に まだ きばんだ ハ が いくらか のこって ヒ に ちらちら して いる の が みえる ところ まで あるいて いった。 ヒ の みじかく なる コロ で、 チジョウ に いんせられた その たかい キ の カゲ も、 カノジョ ジシン の カゲ も、 みるみる うち に イヨウ に ながく なった。 それ に キ が つく と、 カノジョ は やっと その ボクジョウ から リョウヨウジョ の ほう へ かえって きた。 カノジョ は ジブン の ビョウキ の こと も、 コドク の こと も わすれて いる こと が おおかった。 それほど、 スベテ の こと を わすれさせる よう な、 ヒト が イッショウ の うち で そう ナンド も ケイケン できない よう な、 うつくしい、 キサンジ な ヒビ だった。
 しかし、 ヨル は さむく、 さびしかった。 シタ の ムラムラ から ふきあげて きた カゼ が、 この チ の ハテ の よう な バショ まで くる と、 もう どこ へ いったら いい か わからなく なって しまった と でも いう よう に、 リョウヨウジョ の マワリ を いつまでも うろついて いた。 ダレ か が しめる の を わすれた ガラスマド が、 ヒトバンジュウ、 ばたばた なって いる よう な こと も あった。……
 ある ヒ、 ナオコ は ヒトリ の カンゴフ から、 その ハル ドクダン で リョウヨウジョ を でて いった あの わかい ノウリン ギシ が とうとう ジブン の ビョウキ を フジ の もの に させて ふたたび リョウヨウジョ に かえって きた と いう こと を きいた。 カノジョ は その セイネン が リョウヨウジョ を たって ゆく とき の、 ゲンキ の いい、 しかし あおざめきった カオ を おもいうかべた。 そして その とき の ナニ か ケツイ した ところ の ある よう な その セイネン の いきいき した マナザシ が カレ を みおくって いた ホカ の カンジャ たち の スガタ の どれ にも たちまさって、 つよく カノジョ の ココロ を うごかした こと まで おもいだす と、 カノジョ は ナニ か ヒトゴト で ない よう な キ が した。
 フユ は すぐ そこ まで きて いる の だ けれど、 まだ それ を きづかせない よう な あたたか な コハル-ビヨリ が ナンニチ か つづいて いた。

 16

 オヨウ は、 フタツキ の ヨ も ビョウイン で ハツエ を テッテイテキ に みて もらって いた が、 その カイ は なく、 けっきょく イシャ にも みはなされた カッコウ で、 ふたたび キョウリ に かえって いった。 O ムラ から は、 ボタンヤ の わかい オカミサン が わざわざ むかえ に きた。
 2 シュウカン ばかり ケンチク ジムショ を やすんで いた アキラ は、 それ を しる と、 ノド に シップ を しながら、 ウエノ エキ まで ミオクリ に いった。 ハツエ は、 オヨウ たち に つきそわれて、 シャフ に せおわれた まま、 プラットフォーム に はいって きた。 アキラ の スガタ を みかける と、 キョウ は ことさら に チノケ を ホオ に すかせて いた。
「ごきげんよう。 どうぞ アナタサマ も オダイジ に――」 オヨウ は、 アキラ の ビョウニン-らしい ヨウス を かえって きづかわしそう に ながめながら、 ワカレ を つげた。
「ボク は だいじょうぶ です。 コト に よったら フユヤスミ に あそび に いきます から まって いて ください」 アキラ は オヨウ や ハツエ に さびしい ホホエミ を うかべて みせながら、 そんな こと を ヤクソク した。 「では ごきげんよう」
 キシャ は みるみる でて いった。 キシャ の さった アト、 プラットフォーム には キュウ に フユ-らしく なった ヒザシ が たよりなげ に ただよった。 そこ に ぽつねん と ヒトリ のこされた アキラ には、 ナニ か さわやか な キブン に なりきれない もの が あった。 さて、 これから どう しよう か と いった よう に、 カレ は ナニ を する の も けだるそう に あるきだした。 そして ココロ の ナカ で こんな こと を かんがえて いた。 ――けっきょく は イシャ に みはなされて キョウリ へ かえって いった オヨウ にも ビョウニン の ハツエ にも、 さすが に ナニ か さびしそう な ところ は あった けれども、 それにしても ヨノナカ に ゼツボウ した よう な ソブリ は どこ にも みられなかった では ない か。 むしろ、 フタリ とも O ムラ へ はやく かえれる よう に なった ので、 ナニ か ほっと して、 いそいそ と して いる よう な アンシン な ヨウス さえ して いた では ない か。 この ヒトタチ には、 それほど ジブン の ムラ だ とか イエ だ とか が いい の だろう か?
「だが、 そんな もの の なんにも ない この オレ は いったい どう すれば いい の か? コノゴロ の オレ の ココロ の ムナシサ は どこ から きて いる の だ?……」 そういう カレ の ココロ の ムナシサ など ナニゴト も しらない で いる よう な オヨウ たち に あって いる と、 ジブン だけ が ダレ にも ついて こられない ジブン カッテ な ミチ を ヒトリ きり で あるきだして いる よう な フアン を たしかめず には いられなく なる イッポウ、 その アイダ だけ は なにかと ココロ の やすまる の を おぼえた の も ジジツ だった。 その オヨウ たち も ついに カレ から さった イマ、 カレ の シュウイ で カレ の ココロ を まぎらわせて くれる モノ とて は もう ダレヒトリ いなく なった。 その とき カレ は キュウ に おもいだした よう に はげしい セキ を しはじめ、 それ を おさえる ため に しばらく セ を こごめながら たちどまって いた。 カレ が やっと それ から セ を もたげた とき は、 コウナイ には もう ヒトカゲ が まばら だった。 「――イマ ジムショ で オレ に あてがわれて いる シゴト なんぞ は この オレ で なくったって できる。 そんな ダレ に だって できそう な シゴト を のぞいたら、 オレ の セイカツ に いったい ナニ が のこる? オレ は ジブン が ココロ から したい と おもった こと を これまで に なにひとつ した か? オレ は ナンド イマ まで に だって、 イマ の ツトメ を やめ、 ナニ か ドクリツ の シゴト を したい と おもって それ を いいだしかけて は、 ショチョウ の いかにも ジブン を シンライ して いる よう な ヒト の よさそう な エガオ を みる と、 それ も つい いいそびれて ウヤムヤ に して しまった か わからない。 そんな エンリョ ばかり して いて いったい オレ は どう なる? オレ は コンド の ビョウキ を コウジツ に、 しばらく また キュウカ を もらって、 どこ か タビ に でも でて ヒトリ きり に なって、 ジブン が ホンキ で もとめて いる もの は ナニ か、 オレ は イマ ナニ に こんな に ゼツボウ して いる の か、 それ を つきとめて くる こと は できない もの か? オレ が これまで に うしなった と おもって いる もの だって、 オレ は はたして それ を ホンキ で もとめて いた と いえる か? ナオコ に しろ、 サナエ に しろ、 それから イマ さって いった オヨウ たち に しろ、……」
 そう アキラ は チンウツ な カオツキ で かんがえつづけながら、 フユ-らしい ヒザシ の ちらちら して いる コウナイ を すこし セ を コゴメギミ に して あるいて いった。

 17

 ヤツガタケ には もう ユキ が みられる よう に なった。 それでも ナオコ は、 はれた ヒ など には、 アキ から の ニッカ の サンポ を よさなかった。 しかし タイヨウ が かがやいて チジョウ を いくら あたためて も、 ゼンジツ の コゴエ から すっかり それ を よみがえらせられない よう な、 コウゲン の フユ の ヒビ だった。 しろい ケ の ガイトウ に ミ を つつんだ カノジョ は、 ジブン の アシ の シタ で、 こごえた クサ の ひびわれる オト を きく よう な こと も あった。 それでも ときおり は、 もう ウシ や ウマ の カゲ の みえない ボクジョウ の ナカ へ はいって、 あの なかば たちがれた ふるい キ の みえる ところ まで、 つめたい カゼ に カミ を なぶられながら いった。 その イッポウ の コズエ には まだ カレハ が スウマイ のこり、 トウメイ な フユゾラ の ユイイツ の オテン と なった まま、 ミズカラ の スイジャク の ため に もう フルエ が とまらなく なった よう に たえず ふるえて いる の を しばらく みあげて いた。 それから カノジョ は おもわず ふかい タメイキ を つき リョウヨウジョ へ もどって きた。
 12 ガツ に なって から は、 くもった、 ソコビエ の する ヒ ばかり つづいた。 この フユ に なって から、 ヤマヤマ が ナンニチ も つづいて ユキグモ に おおわれて いる こと は あって も、 サンロク には まだ イチド も ユキ は おとずれず に いた。 それ が キアツ を おもくるしく し、 リョウヨウジョ の カンジャ たち の キ を めいらせて いた。 ナオコ も もう サンポ に でる ゲンキ は なかった。 シュウジツ、 あけはなした さむい ビョウシツ の マンナカ の シンダイ に もぐりこんだ まま、 モウフ から メ だけ だして、 カオジュウ に いたい よう な ガイキ を かんじながら、 ダンロ が たのしそう に オト を たてて いる どこ か の ちいさな キモチ の いい リョウリテン の ニオイ だ とか、 そこ を でて から マチウラ の ほどよく オチバ の ちらばった ナミキミチ を ソゾロアルキ する ヒトトキ の ココロヨサ など を ココロ に うかべて、 そんな なんでも ない けれども、 いかにも ハリアイ の ある セイカツ が まだ ジブン にも のこされて いる よう に かんがえられたり、 また ときとすると、 ジブン の ゼント には もう なんにも ない よう な キ が したり した。 なにひとつ キタイ する こと も ない よう に おもわれる の だった。
「いったい、 ワタシ は もう イッショウ を おえて しまった の かしら?」 と カノジョ は ぎょっと して かんがえた。 「ダレ か ワタシ に これから ナニ を したら いい か、 それとも このまま なにもかも あきらめて しまう ホカ は ない の か、 おしえて くれる モノ は いない の かしら?……」

 ある ヒ、 ナオコ は そんな トリトメ の ない カンガエ から カンゴフ に よびさまされた。
「ゴメンカイ の カタ が いらしって います けれど……」 カンゴフ は カノジョ に エミ を ふくんだ メ で ドウイ を もとめ、 それから トビラ の ソト へ 「どうぞ」 と コエ を かけた。
 トビラ の ソト から、 キュウ に ききなれない、 はげしい セキ の コエ が きこえだした。 ナオコ は ダレ だろう と フアン そう に まって いた。 やがて カノジョ は トグチ に たった、 セ の たかい、 やせほそった セイネン の スガタ を みとめた。
「まあ、 アキラ さん」 ナオコ は ナニ か とがめる よう な きびしい メツキ で、 おもいがけない ツヅキ アキラ の はいって くる の を むかえた。
 アキラ は トグチ に たった まま、 そんな カノジョ の メツキ に うろたえた よう な ヨウス で、 しゃちこばった オジギ を した。 それから アイテ の シセン を さける よう に ビョウシツ の ナカ を おおきな メ を して みまわしながら、 ガイトウ を ぬごう と して ふたたび はげしく せきいって いた。
 シンダイ に ねた まま、 ナオコ は みかねた よう に いった。 「さむい から、 きた まま で いらっしゃい」
 アキラ は そう いわれる と、 すなお に ハンブン ぬぎかけた ガイトウ を ふたたび きなおして、 シンダイ の ウエ の ナオコ の ほう へ わらいかけ も せず みつめた まま、 ついで カノジョ から いわれる ナニ か の サシズ を まつ か の よう に つったって いた。
 カノジョ は あらためて そういう アイテ の ムカシ と そっくり な、 おとなしい、 ワルギ の ない ヨウス を みて いる と、 なぜか ケイレン が ジブン の ノドモト を しめつける よう な キ が した。 しかし また、 この スウネン の アイダ、 ――ことに カノジョ が ケッコン して から は ほとんど オトサタ の なかった アキラ が、 なんの ため に こんな フユ の ヒ に とつぜん ヤマ の リョウヨウジョ まで たずねて くる よう な キ に なった の か、 それ が わからない うち は カノジョ は そういう アイテ の ワルギ の なさそう な ヨウス にも ナニ か たえず いらいら しつづけて いなければ ならなかった。

「そこいら に おかけ に なる と いい わ」 ナオコ は ねた まま、 いかにも ひややか な メツキ で イス を しめしながら、 そう いう の が やっと だった。
「ええ」 と アキラ は ちらり と カノジョ の ヨコガオ へ メ を なげ、 それから また いそいで メ を そらせる よう に しながら、 ハシ ちかい カワバリ の イス に コシ を おろした。 「ここ へ きて いらっしゃる と いう こと を タビ の デガケ に きいた ので、 キシャ の ナカ で キュウ に おもいたって おたちより した の です」 と カレ は ジブン の テノヒラ で やせた ホオ を なでながら いった。
「どこ へ いらっしゃる の?」 カノジョ は あいかわらず いらいら した ヨウス で きいた。
「べつに どこ って……」 と アキラ は ジモン ジトウ する よう に くちごもって いた。 それから とつぜん メ を おもいきり おおきく みひらいて、 ジブン の いいたい こと を いおう と おもう マエ には、 アイテ も なにも ない か の よう な ゴキ で いった。 「キュウ に どこ と いう アテ も ない フユ の タビ が したく なった の です」
 ナオコ は それ を きく と、 キュウ に イッシュ の ニガワライ に ちかい もの を うかべた。 それ は ショウジョ の コロ から の カノジョ の クセ で、 いつも アイテ の アキラ なんぞ の ウチ に ショウネン トクユウ な ゆめみる よう な タイド や コトバ が あらわれる と、 カノジョ は そういう アイテ を このんで それ で ヤユ した もの だった。
 ナオコ は イマ も ジブン が そんな ショウジョ の コロ に クセ に なって いた よう な ヒョウジョウ を ひとりでに うかべて いる こと に キ が つく と、 いつのまにか ジブン の ウチ にも ムカシ の ジブン が よみがえって きた よう な、 ミョウ に はずんだ キモチ を おぼえた。 が、 それ も ほんの イッシュン で、 アキラ が また サッキ の よう に はげしく せきこみだした ので、 カノジョ は おもわず マユ を ひそめた。
「こんな に セキ ばかり して いて この ヒト は まあ なんて ムチャ なん だろう、 そんな しなく とも いい タビ に でて くる なんて……」 ナオコ は ヒトゴト ながら そんな こと も おもった。
 それから カノジョ は ふたたび モト の ひややか な メツキ に なりながら いった。 「オカゼ でも ひいて いらっしゃる ん じゃ ない? それなのに、 こんな さむい ヒ に リョコウ なんぞ なすって よろしい の?」
「だいじょうぶ です」 アキラ は ナニ か ウワノソラ で ヘンジ を する よう な チョウシ で ヘンジ を した。 「ちょっと ノド を やられて いる だけ です から。 ユキ の ナカ へ いけば かえって よく なりそう な キ が する ん です」
 その とき カレ は ココロ の イッポウ で こんな こと を かんがえて いた。 ―― 「オレ は ナオコ さん に あって みたい なんぞ とは これまで ついぞ かんがえ も しなかった のに、 なぜ さっき キシャ の ナカ で おもいたつ と、 すぐ その キ に なって、 ナンネン も あわない ナオコ さん を こんな ところ に おとずれる よう な マネ が できた ん だろう。 オレ は ナオコ さん が イマ どんな ふう に して いる か、 すっかり ムカシ と かわって しまった か、 それとも まだ かわらない で いる か、 そんな こと なぞ ちっとも しりたかあ なかった。 ただ、 ほんの イッシュンカン、 ムカシ の よう に おたがいに おこった よう な メツキ で メ を みあわせて、 それ だけ で かえる つもり だった。 それだのに、 この ヒト に あって いる と また ムカシ の よう に、 ムコウ で すげなく すれば する ほど、 ジブン の キズアト を アイテ に ぎゅうぎゅう おしつけなくて は キ が すまなく なって きそう だ。 そう、 オレ は もう サイショ の モクテキ を たっした の だ から、 はやく かえった ほう が いい。……」
 アキラ は そう かんがえる と キュウ に たちあがって、 ナオコ の ねて いる ヨコガオ を みながら、 もじもじ しだした。 しかし、 どうしても すぐ かえる とは いいだせず に、 すこし セキバライ を した。 コンド は カラセキ だった。
「ユキ は まだ なん です ね?」 アキラ は ナオコ の ほう を ドウイ を もとめる よう な メツキ で みながら、 ロダイ の ほう へ でて いった。 そして ハンビラキ に なった トビラ の ソバ に たちどまって、 さむそう な カッコウ を して ヤマ や モリ を ながめて いた が、 しばらく して から カノジョ の ほう へ むかって いった。 「ユキ が ある と この ヘン は いい ん でしょう ね。 ボク は もう こっち は ユキ か と おもって いました。……」
 それから カレ は やっと おもいきった よう に ロダイ に でて いった。 そして その テスリ に テ を かけて、 セナカ を まるく した まま、 そこ から よく みえる ヤマ や モリ へ ナニ か ネッシン に メ を やって いた。
「あの ヒト は ムカシ の まま だ」 ナオコ は そう おもいながら、 いつまでも ロダイ で おなじ よう な カッコウ を して おなじ ところ へ メ を やって いる よう な アキラ の ウシロスガタ を じっと みまもって いた。 ムカシ から その アキラ には、 ヒトイチバイ ウチキ で よわよわしげ に みえる くせ に、 いざ と なる と なかなか ゴウジョウ に なり、 ジブン の したい と おもう こと は なんでも して しまおう と する よう な はげしい イチメン も あって、 どうか する と そんな アイテ に カノジョ も ときどき てこずらされた こと の あった の を、 カノジョ は その アイダ なんと いう こと も なし に おもいだして いた。……
 その とき ロダイ から アキラ が フイ に カノジョ の ほう へ ふりむいた。 そして カノジョ が ジブン に むかって ナニ か わらいかけたそう に して いる の に キ が つく と、 まぶしそう な カオ を しながら、 テスリ から テ を はなして ヘヤ の ほう へ はいって きた。 カノジョ は カレ に むかって つい クチ から でる が まま に いった。 「アキラ さん は うらやましい ほど、 ムカシ と かわらない よう ね。 ……でも、 オンナ は つまらない、 ケッコン する と すぐ かわって しまう から。……」
「アナタ でも おかわり に なりました か?」 アキラ は なんだか イガイ な よう に、 キュウ に たちどまって、 そう といかえした。
 ナオコ は そう ソッチョク に ハンモン される と、 キュウ に なかば ごまかす よう な、 なかば ジチョウ する よう な ワライ を うかべた。 「アキラ さん には どう みえて?」
「さあ……」 アキラ は ホントウ に コンワク した よう な メツキ で カノジョ を みかえしながら くちごもって いた。 「……なんて いって いい ん だ か むずかしい なあ」
 そう クチ では いいながら、 カレ は ムネ の ウチ で この ヒト は やっぱり ダレ にも リカイ して もらえず に きっと フシアワセ なの かも しれない と おもった。 カレ は なにも ケッコンゴ の ナオコ の こと を たずねる キ も しなかった し、 また、 そんな こと は とても ジブン など には うちあけて くれない だろう と おもった けれど、 ナオコ の こと なら イマ の ジブン には どんな こと でも わかって やれる よう な キ が した。 ムカシ は カノジョ の する こと が なにもかも わからない よう に おもわれた イチジキ も ない では なかった が、 イマ ならば ナオコ が どんな ココロ の ナカ の たどりにくい ドウテイ を カレ に きかせて も、 どこまでも ジブン だけ は それ に ついて ゆけそう な キ が した。……
「この ヒト は それ が ダレ にも わかって もらえない と おもいこんで、 くるしんで いる の では なかろう か?」 と アキラ は かんがえつづけた。 「ナオコ さん だって、 ムカシ は いつも ボク の ゆめみがち なの を きらって ばかり いた が、 やっぱり ジブン だって ユメ を もって いた ん だ、 あの ボク の だいすき だった ナオコ さん の オカアサン の よう に……。 それ が こんな カチキ な ヒト だ もの だ から、 ココロ の ソコ の ソコ に その ユメ が とじこめられた まま、 ダレ にも きづかれず に いた の だ、 とうの ナオコ さん に だって。 ……しかし、 その ユメ は まあ どんな に おもいがけない ユメ だろう か?……」
 アキラ は そんな ふう な ソウネン を マナザシ に こめながら、 ナオコ の ウエ へ じっと その メ を すえて いた。
 カノジョ は しかし その アイダ、 メ を つぶった まま、 ナニ か ジシン の カンガエ に しずんで いた。 ときどき ケイレン の よう な もの が カノジョ の やせた クビ の ウエ を はしって いた。
 アキラ は その とき ふいと いつか オギクボ の エキ で カノジョ の オット らしい スガタ を みかけた こと を おもいだし、 それ を ナオコ に カエリガケ に ちょっと いって ゆこう と しかけた が、 キュウ に それ は いわない ほう が いい よう な キ が して トチュウ で やめて しまった。 そして さあ もう かえらなければ と ケッシン して、 カレ は 2~3 ポ シンダイ の ほう へ ちかづき、 ちょっと もじもじ した ヨウス で その ソバ に たった まま、
「ボク、 もう……」 と だけ コトバ を かけた。
 ナオコ は サッキ と おなじ よう に メ を つぶった まま、 アイテ が ナニ を いいだそう と して いる の か まって いた が、 それきり なにも いわない ので、 メ を あけて カレ の ほう を みて やっと カレ が カエリジタク を して いる の に キ が ついた。
「もう おかえり に なる の?」 ナオコ は おどろいた よう に それ を みて、 あまり あっけない ワカレカタ だ と おもった が、 べつに ひきとめ も しない で、 むしろ ナニモノ か から ときはなされる よう な カンジョウ を あじわいながら、 アイテ に むかって いった。 「キシャ は ナンジ なの?」
「さあ、 それ は みて こなかった なあ。 だけど、 こんな タビ だ から、 ナンジ に なったって かまいません」 アキラ は そう いいながら、 はいって きた とき と ドウヨウ に、 しゃちこばって オジギ を した。 「どうぞ オダイジ に……」
 ナオコ は その オジギ の シカタ を みる と、 とつぜん、 アキラ が カノジョ の マエ に たちあらわれた とき から なにかしら ジブン ジシン に いつわって いた カンジョウ の ある こと を するどく ジカク した。 そして ナニ か それ を くいる か の よう に、 イマ まで に ない やわらか な チョウシ で サイゴ の コトバ を かけた。
「ホントウ に アナタ も ゴムリ なさらないで ね……」
「ええ……」 アキラ も ゲンキ そう に こたえながら、 サイゴ に もう イチド カノジョ の ほう へ おおきい メ を そそいで、 トビラ の ソト へ でて いった。
 やがて トビラ の ムコウ に、 アキラ が ふたたび はげしく せきこみながら たちさって ゆく らしい ケハイ が した。 ナオコ は ヒトリ に なる と、 サッキ から ココロ に にじみだして いた コウカイ らしい もの を キュウ に はっきり と かんじだした。

 18

 フユゾラ を よぎった ヒトツ の トリカゲ の よう に、 ジブン の マエ を ちらり と とおりすぎた だけ で そのまま きえさる か と みえた ヒトリ の タビビト、 ――その フアン そう な スガタ が トキ の たつ に つれて いよいよ ふかく なる キズアト を ナオコ の ウエ に しるした の だった。 その ヒ、 アキラ が かえって いった アト、 カノジョ は いつまでも ナニ か ワケ の わからない イッシュ の コウカイ に にた もの ばかり かんじつづけて いた。 サイショ、 それ は ナニ か アキラ に たいして ある カンジョウ を ともなって いる か の よう な ばくぜん と した カンジ に すぎなかった。 カレ が ジブン の マエ に いる アイダジュウ、 カノジョ は アイテ に たいして とも ジブン ジシン に たいして とも つかず しじゅう いらだって いた。 カノジョ は、 ムカシ、 ショウネン の コロ の アイテ が カノジョ に よく そうした よう に、 イマ も ジブン の キズアト を カノジョ の ココロ に ぎゅうぎゅう おしつけよう と して いる よう な キ が されて、 その ため に いらいら して いた ばかり では なかった。 ――それ イジョウ に それ が カノジョ を コンワク させて いた。 いって みれば、 それ が ゲンザイ の カノジョ の、 フシアワセ なり に、 ひとまず おちつく ところ に おちついて いる よう な ヒビ を おびやかそう と して いる の が ばくぜん と かんぜられだして いた の だ。 カノジョ より も もっと いためつけられて いる カラダ で もって、 きずついた ツバサ で もっと もっと かけよう と して いる トリ の よう に、 ジブン の セイ を サイゴ まで こころみよう と して いる、 イゼン の カノジョ だったら マユ を ひそめた だけ で あった かも しれない よう な アイテ の アキラ が、 その サイカイ の アイダ、 しばしば カノジョ の ゲンザイ の ゼツボウ に ちかい イキカタ イジョウ に シンシ で ある よう に かんぜられながら、 その カンジ を どうしても アイテ の メノマエ では アイテ に どころ か ジブン ジシン に さえ はっきり コウテイ しよう とは しなかった の だった。
 ナオコ は ジブン の そういう イッシュ の マンチャク を、 それから 2~3 ニチ して から、 はじめて ジブン に ハクジョウ した。 なぜ あんな に アイテ に すげなく して、 タビ の トチュウ に わざわざ たちよって くれた もの を ココロ から の コトバ ヒトツ かけて やれず に かえらせて しまった の か、 と その ヒ の ジブン が いかにも おとなげない よう に おもわれたり した。 ――しかし、 そう おもう イマ で さえ、 カノジョ の ウチ には、 もし ジブン が その とき すなお に アキラ に アタマ を さげて しまって いたら、 ひょっと して もう イチド カレ と であう よう な こと の あった バアイ、 その とき ジブン は どんな に みじめ な オモイ を しなければ ならない だろう と かんがえて、 イッポウ では おもわず ナニ か ほっと して いる よう な キモチ も ない わけ では なかった。……
 ナオコ が イマ の コドク な ジブン が いかに みじめ で ある か を セツジツ な モンダイ と して かんがえる よう に なった の は、 ホントウ に この とき から だ と いって よかった。 カノジョ は、 ちょうど ビョウニン が ジブン の スイジャク を しらべる ため に その やせさらばえた ホオ へ サイショ は おずおず と テ を やって それ を やさしく なでだす よう に、 ジブン の ミジメサ を じょじょ に ジブン の カンガエ に うかべはじめた。 カノジョ には、 まだしも たのしかった ショウジョ ジダイ を のぞいて は、 ソノゴ カノジョ の ハハ なんぞ の よう に、 ヒトツ の オモイデ だけ で コウハンセイ を みたす に たりる よう な セイシンジョウ の デキゴト にも であわず、 また、 ショウライ だって イマ の まま では なんら キタイ する ほど の こと は おこりそう も ない よう に おもわれる。 ゲンザイ を いえば、 シアワセ なんぞ と いう もの から は はるか に とおく、 とはいえ コノヨ の ダレ より も フシアワセ だ と いう ほど の こと でも ない。 ただ、 こんな コドク の オク で、 イッシュ の ココロ の オチツキ に ちかい もの は えて いる ものの、 それ とて こうして インサン な フユ の ヒビ にも たえて いなければ ならない ヤマ の セイカツ の ブリョウ に くらべれば どんな に ムクイ の すくない もの か。 ことに アキラ が あんな に ゼント に フアン そう な ヨウス を しながら、 しかも なお ジブン の セイ の ぎりぎり の ところ まで いって ジブン の ユメ の ゲンカイ を つきとめて こよう と して いる よう な シンシサ の マエ では、 どんな に ジブン の イマ の セイカツ は ゴマカシ の おおい もの で ある か。 それでも ジブン は まだ コノサキ の ヒビ に ナニ か たのむ もの が ある よう に ジブン を ときふせて このまま こうした ムイ の ヒビ を すごして いなければ ならない の か。 それとも ホントウ に そこ に ナニ か ジブン を よみがえらして くれる よう な もの が ある の で あろう か。……
 ナオコ の カンガエ は いつも そう やって ジブン の ミジメサ に つきあたった まま、 そこ で むなしい シュンジュン を かさねて いる こと が おおかった。

 19

 それまで ナオコ は、 ケイスケ の ハハ から いつも ぶあつい テガミ を もらって も、 マクラモト に うちすてて おいた まま すぐ それ を ひらこう とは せず、 また、 それ を イチド も ケンオ の ジョウ なし には ひらいた こと は なかった。 そして カノジョ は その ツギ には、 それ イジョウ の ケンオ に うちかって、 ココロ にも ない コトバ を ヒトツヒトツ クフウ しながら、 それ に たいする ヘンジ を したためなければ ならなかった。
 ナオコ は しかし フユ に ちかづく ジブン から、 その シュウト の テガミ の ナカ に ナニ か イマ まで の ムナシサ とは ちがった もの を じょじょ に かんじだして は いた。 カノジョ は その テガミ の モンク に いちいち これまで の よう に マユ を ひそめたり しない でも それ を よみすごせる よう に なった。 カノジョ は あいかわらず シュウト の テガミ が くる ごと に メンドウ そう に それ を すぐ ひらき も せず、 ながい こと マクラモト に おいた きり には して いた が、 イチド それ を テ に とる と いつまでも それ を てばなさない で いた。 なぜ それ が イマ まで の よう な フユカイ な もの で なくなって きた か、 カノジョ は べつに それ を キ に とめて かんがえて みよう とも しなかった が、 ヒト-テガミ ごと に、 シュウト の たどたどしい フデツキ を とおして、 ますます そこ に かかれて いる ケイスケ の コノゴロ の いかにも うちしずんだ よう な ヨウス が カノジョ にも いきいき と かんぜられる よう に なって きた こと を、 ナオコ は ジブン に いなもう とは しなかった。
 アキラ が おとずれて から スウジツ-ゴ の、 ある ゆきぐもった ユウガタ、 ナオコ は いつも おなじ ハイイロ の フウトウ に はいった シュウト の テガミ を うけとる と、 やっぱり イツモ の よう に メンドウ そう に テ に とらず に いた が、 しばらく して から ひょっと したら ナニ か かわった こと でも おきた の では ない かしら と おもいだし、 そう おもう と コンド は いそいで フウ を きった。 が、 それ には コノマエ の テガミ と ほとんど かわらない こと しか かいて は なくて、 カノジョ の イッシュン マエ に クウソウ した よう に ケイスケ も とつぜん キトク には なって いなかった ので、 カノジョ は なんだか シツボウ した よう に みえた。 それでも その テガミ の ハシリガキ の ところ が よみにくかった し、 そんな ところ は いそいで とばしとばし よんで いた ので、 もう イッペン サイショ から テイネイ に よみかえして みた。 それから カノジョ は しばらく かんがえぶかそう に メ を つぶって いた が、 キ が ついて ユウガタ の ケンオン を し、 あいかわらず 7 ド 2 ブ なの を たしかめる と、 シンダイ に ヨコ に なった まま、 カミ と エンピツ を とって、 いかにも かく こと が なくて こまった よう な テツキ で シュウト への ヘンジ を かきだした。 ―― 「キノウ キョウ の こちら の おさむい こと と いったら とても ハナシ に なりません。 しかし、 リョウヨウジョ の オイシャ サマ たち は こちら で フユ を シンボウ すれば すっかり モトドオリ の カラダ に して やる から と いって、 オカアサマ の おっしゃる よう に なかなか イエ へは かえして くれそう にも ない の です。 ホントウ に オカアサマ のみ ならず、 ケイスケ サマ にも さぞ……」 カノジョ は こう かきだして、 それから しばらく エンピツ の ハシ で ジブン の やつれた ホオ を なでながら、 カノジョ の オット の うちしずんだ ヨウス を ジブン の マエ に サマザマ に おもいえがいた。 いつも そんな メツキ で カノジョ が みつめる と すぐ カレ が それ から カオ を そらせて しまう、 あの みすえる よう な マナザシ を、 つい イマ も しらずしらず に それら の オット の スガタ へ そそぎながら……
「そんな メツキ で オレ を みない で くれない か」 そう カレ が とうとう たまらなく なった よう に カノジョ に むかって いった、 あの ゴウウ に とじこめられた ヒ の フアン そう だった カレ の ヨウス が、 キュウ に カレ の ホカ の サマザマ な スガタ に たちかわって、 カノジョ の ココロ の ゼンブ を しめだした。 カノジョ は その うち に ひとりでに メ を つぶり、 その アラシ の ナカ での よう に、 すこし ブキミ な オモイダシ ワライ の よう な もの を なんとはなし に うかべて いた。

 くる ヒ も くる ヒ も、 ユキグモリ の くもった ヒ が つづいて いた。 ときどき どこ か の ヤマ から ちらちら と それ らしい しろい もの が カゼ に ふきとばされて きたり する と、 いよいよ ユキ だな と カンジャ たち の いいあって いる の が きこえた が、 それ は それきり に なって、 いぜん と して ソラ は くもった まま で いた。 すいつく よう な サムサ だった。 こんな インキ な フユゾラ の シタ を、 イマゴロ アキラ は あの タビビト-らしく も ない ショウスイ した スガタ で、 みしらない ムラ から ムラ へ と、 おそらく カレ の もとめて きた もの は いまだ えられ も せず に (それ が ナニ か カノジョ には わからなかった が)、 どんな ゼツボウ の オモイ を して あるいて いる だろう と、 ナオコ は そんな つかれた よう な スガタ を かんがえれば かんがえる ほど ジブン も ナニ か ジンセイ に たいする ある ケツイ を うながされながら、 その オサナナジミ の ウエ を ココロ から おもいやって いる よう な こと も あった。
「ワタシ には アキラ さん の よう に ジブン で どうしても したい と おもう こと なんぞ ない ん だわ」 そんな とき ナオコ は しみじみ と かんがえる の だった。 「それ は ワタシ が もう ケッコン した オンナ だ から なの だろう か? そして もう ワタシ にも、 ホカ の ケッコン した オンナ の よう に ジブン で ない もの の ナカ に いきる より ホカ は ない の だろう か?……」

 20

 ある ユウガタ、 シンシュウ の オク から ハンビョウニン の ツヅキ アキラ を のせた ノボリ レッシャ は だんだん ジョウシュウ との クニザカイ に ちかい O ムラ に ちかづいて きた。
 1 シュウカン ばかり の インウツ な フユ の タビ に アキラ は すっかり つかれきって いた。 ひどい セキ を しつづけ、 ネツ も かなり ありそう だった。 アキラ は メ を つぶった まま、 マドワク に ぐったり と カラダ を もたらせながら、 ときどき カオ を あげ、 マド の ソト に カレ に とって は なつかしい カラマツ や ナラ など の カレキバヤシ の おおく なりだした の を ぼんやり と かんじて いた。
 アキラ は せっかく 1 カゲツ の キュウカ を もらって コンゴ の ミ の フリカタ を かんがえる ため に でて きた フユ の タビ を このまま むなしく おえる キ には どうしても なれなかった。 それ では あまり ヨキ に はんしすぎた。 カレ は さしずめ O ムラ まで ひきかえし、 そこ で しばらく やすんで、 それから また ゲンキ を カイフク し-シダイ、 ジブン の イッショウ を ケッテイテキ な もの に しよう と して いる この タビ を つづけたい と いう ココログミ に なった。 サナエ は ケッコンゴ、 オット が マツモト に テンニン して、 もう その ムラ には いない はず だった。 それ が アキラ には、 さびしく とも、 ナニ か こころやすらか に その ムラ へ ジブン の やめる ミ を たくして ゆける キモチ に させた。 それに、 イマ ジブン を いちばん シンミ に カンビョウ して くれそう なの は、 ボタンヤ の ヒトタチ の ホカ には あるまい……
 ふかい ハヤシ から ハヤシ へ と キシャ は とおりぬけて いった。 すっかり ハ の おちつくした ムスウ の カラマツ の アイダ から、 ハイイロ に くもった ソラ の ナカ に ゾウガン した よう な ユキ の アサマヤマ が みえて きた。 すこし ずつ ふきだして いる ケムリ は カゼ の ため に ちぎれちぎれ に なって いた。
 サキホド から キカンシャ が キュウ に あえぎだして いる ので、 アキラ は やっと O エキ に ちかづいた こと に キ が ついた。 O ムラ は この サンロク に イエ も ハタケ も ハヤシ も スベテ が かたむきながら たって いる の だ。 そして イマ アキラ の カラダ を キュウ に ネツ でも でて きた よう に がたがた ふるわせだして いる この キカンシャ の アエギ は、 この ハル から ナツ に かけて ヒノクレ ちかく に ハヤシ の ナカ など で カレ が それ を ミミ に して は、 ああ ユウガタ の ノボリ が ムラ の テイシャバ に ちかづいて きた な と なんとも いえず ひとなつかしく おもった、 あの インショウ-ぶかい キカン の オト と おなじ もの なの だ。
 タニカゲ の、 ちいさな テイシャバ に キシャ が つく と、 アキラ は せきこみそう なの を やっと こらえて いる よう な カッコウ で、 ガイトウ の エリ を たてながら おりた。 カレ の ホカ には 5~6 ニン の トチ の モノ が おりた だけ だった。 カレ は おりた トタン に カラダ が ふらふら と した。 カレ は それ を ショウコウグチ の ト を あける ため に しばらく ヒダリテ で さげて いた ちいさな カバン の せい に する よう に、 わざと ジャケン そう に それ を ミギテ に もちかえた。 カイサツグチ を でる と、 カレ の アタマ の ウエ で ぽつん と うすぐらい デントウ が ともった。 カレ は マチアイシツ の よごれた ガラスド に ジブン の セイキ の ない カオ が ちらっと うつった だけ で、 すぐ どこ か へ すいこまれる よう に きえた の を みとめた。
 ヒ の みじかい オリ なので、 5 ジ だ と いう のに もう どこ も くらく なりだして いた。 バス も なんにも ない ヤマ の テイシャバ なので、 アキラ は ジブン で ちいさな カバン を さげながら、 ムラ の トチュウ の モリ まで ずっと ノボリ に なる サカミチ を ナンギ しいしい あるきだした。 そして ナンド も アシ を やすめて は、 ずんずん ひえこんで くる ユウガタ の クウキ の ナカ で、 カレ は ジブン の ゼンシン が キュウ に オカン が して きたり、 すぐ その アト で また キュウ に ヒ の よう に あつく なって きたり する の を、 ただ もう うつろ な キモチ で かんじて いた。
 モリ が ちかづきだした。 その モリ を ひかえて、 1 ケン の ハイオク に ちかい ノウカ が あいかわらず たち、 その マエ に 1 ピキ の きたない イヌ が うずくまって いた。 ここ の イエ には、 ムカシ、 ナオコ さん と トオノリ から かえって くる と、 いつも ジテンシャ の ワ に とびついて ナオコ さん に ヒメイ を たてさせた くろい イヌ が いたっけ なあ、 と アキラ は なんと いう こと も なし に おもいだした。 イヌ は ケナミ が チャイロ で ちがって いた。
 モリ の ナカ は まだ わりあい に あかるかった。 ほとんど スベテ の キギ が ハ を おちつくして いた から だった。 それ は カレ には なんと いって も オモイデ の おおい モリ だった。 ショウネン の コロ、 あつい ノハラ を よこぎった アト、 この モリ の ナカ まで ジテンシャ で かえって くる と、 こころよい レイキ が さっと カレ の ヒ の よう な ホオ を かすめた もの だった。 アキラ は イマ も ふいと ハンシャテキ に あいた テ を ジブン の ホオ に あてがった。 この そこしれない ユウビエ と、 ジブン の ひどい イキギレ と、 この ホオ の ホテリ と、 ――こういう イヨウ な キブン に つつまれながら、 セナカ を まげて ゲンキ なく あるいて いる ゲンザイ の ジブン が、 そんな ジテンシャ なんぞ に のって ホオ を ほてらせ イキ を きらして いる ショウネン の ジブン と、 ミョウ な グアイ に コウサク しはじめた。
 モリ の ナカホド で、 ミチ が フタマタ に なる。 イッポウ は マッスグ に ムラ へ、 もう イッポウ は、 ムカシ、 アキラ や ナオコ たち が ナツ を すごし に きた ベッソウチ へ と わかれる の だった。 コウシャ の くさぶかい ミチ は、 ここ から ずっと その ベッソウ の ウラガワ まで ゆるく クッセツ しながら こころもち クダリ に なって いた。 その ミチ へ おれる と、 ムギワラ ボウシ の シタ から、 しろい ハ を ひからせながら、 ジテンシャ に のった ナオコ が よく 「みてて。 ほら、 リョウテ を はなして いる……」 と ハイゴ から ジテンシャ で ついて くる アキラ に むかって さけんだ。……
 そんな おもいがけない ショウネン の ヒ の オモイデ が キュウ に よみがえって きて、 ミチバタ に テ に して いた ちいさな カバン を なげだして、 ただ もう くるしそう に カタ で イキ を して いた アキラ の ヒヘイ しきった ココロ を ちょっと の アイダ いきいき と させた。 「オレ は また どうして コンド は この ムラ へ やって くる なり、 そんな とうの ムカシ に わすれて いた よう な こと ばかり を こんな に センメイ に おもいだす の だろう なあ。 なんだか まだ ツギ から ツギ へ と おもいだせそう な こと が ムネイッパイ こみあげて くる よう だ。 ネツ なんぞ が ある と、 こんな ヘン な グアイ に なって しまう の かしら」
 モリ の ナカ は すっかり くらく なりだした。 アキラ は ふたたび セナカ を まげて ちいさな カバン を テ に しながら、 しばらく は なにもかも が こぐらかった よう な せつない キブン で なかば ムチュウ に アシ を はこんで いる きり だった。 が、 その うち に カレ は ひょいと モリ の コズエ を あおいだ。 コズエ は まだ くれず に いた。 そして おおきな カバノキ の、 カレエダ と カレエダ と が さしかわしながら うすあかるい ソラ に しょうじさせて いる こまかい アミメ が、 ふいと また ナニ か わすれて いた ムカシ の ヒ の こと を おもいださせそう に した。 なぜか カレ には わからなかった が、 それ は コノヨ ならぬ やさしい ウタ の ヒトフシ の よう に カレ を イッシュン なぐさめた。 カレ は しばらく うっとり と した メツキ で その エダ の アミメ を みあげて いた が、 ふたたび セナカ を まげて あるきだした とき には もう それ を わすれる とも なく わすれて いた。 しかし カレ の ほう で もう それ を かんがえなく なって しまって から も、 その キオク は あいかわらず、 ほとんど カタ で イキ を しながら、 あえぎあえぎ あるいて いる カレ を なにかしら なぐさめとおして いた。 「このまんま しんで いったら、 さぞ いい キモチ だろう な」 カレ は ふと そんな こと を かんがえた。 「しかし、 オマエ は もっと いきなければ ならん ぞ」 と カレ は なかば ジブン を いたわる よう に ひとりごちた。 「どうして いきなければ ならない ん だ、 こんな に コドク で? こんな に むなしくって?」 ナニモノ か の コエ が カレ に とうた。 「それ が オレ の ウンメイ だ と したら シヨウ が ない」 と カレ は ほとんど ムシン に こたえた。 「オレ は とうとう ジブン の もとめて いる もの が いったい ナン で ある の か すら わからない うち に、 なにもかも うしなって しまった みたい だ。 そうして あたかも カラッポ に なった ジブン を みる こと を おそれる か の よう に、 アンコク に むかって とびたつ ユウガタ の コウモリ の よう に、 とうとう こんな フユ の タビ に ムガ ムチュウ に なって とびだして きて しまった オレ は、 いったい ナニ を この タビ で アテ に して いた の か? イマ まで の ところ では、 オレ は この タビ では ただ オレ の エイキュウ に うしなった もの を たしかめた だけ では ない か。 この ソウシツ に たえる の が オレ の シメイ だ と いう こと でも はっきり わかって さえ いれば、 オレ は イッショウ ケンメイ に それ に たえて みせる の だ が。 ――ああ、 それにしても イマ この オレ の カラダ を キチガイ の よう に させて いる ネツ と オカン との クリカエシ だけ は、 ホントウ に やりきれない なあ。……」
 その とき ようやく モリ が きれて、 かれがれ な クワバタケ の ムコウ に、 ヒ の ヤマスソ に なかば かたむいた ムラ の ゼンタイ が みえだした。 イエイエ から は ユウゲ の ケムリ が ナニゴト も なさそう に あがって いた。 オヨウ たち の イエ から も それ が ヒトスジ たちのぼって いる の が みられた。 アキラ は ナニ か ほっと した キモチ に なって、 ジブン の カラダジュウ が イヨウ に あつく なったり サムケ が したり しつづけて いる の も しばらく わすれながら、 その しずか な ユウゲシキ を ながめた。 カレ が キュウ に おもいがけず ジブン の おさない コロ しんだ ハハ の なんとなく ふけた カオ を ぼんやり と おもいうかべた。 さっき モリ の ナカ で 1 ポン の カバ の エダ の アミメ が カレ に こっそり と その ソビョウ を ほのめかした だけ で、 それきり たちきえて しまって いた ナニ か の カゲ が、 そんな ほとんど キオク にも のこって いない くらい の とうの ムカシ に しんだ ハハ の カオ らしかった こと に アキラ は その とき はじめて キ が ついた。

 21

 レンジツ の タビ の ツカレ に いためつけられた カラダ を ボタンヤ に たくした ヒ から、 アキラ は ココロ の ユルミ が でた の か、 どっと トコ に ツキキリ に なった。 ムラ には イシャ が いなかった ので、 コモロ の マチ から でも よぼう か と いう の を コジ して、 アキラ は ただ ジブン に のこされた チカラ だけ で ビョウク と たたかって いた。 くるしそう な ネツ にも よく たえた。 アキラ は しかし ジブン では たいした こと は ない と おもいこんで いる らしかった。 オヨウ たち も そういう カレ の キリョク を おとさせまい と して、 まめまめしく カンビョウ して やって いた。
 アキラ は そういう ネツ の ナカ で、 メ を つぶって うつらうつら と しながら、 リョチュウ の サマザマ な ジブン の スガタ を なつかしそう に よみがえらせて いた。 ある ムラ では カレ は スウヒキ の イヌ に おわれて にげまどうた。 ある ムラ では スミ を やいて いる ヒトビト を みた。 また、 ある ムラ では ヒグレドキ ケムリ に むせびながら ヤドヤ を さがして あるいて いた。 ある とき の カレ は、 ある ノウカ の マエ に、 ないて いる コドモ を せおった ふけた カオ の オンナ が ぼんやり と たって いる の を ナンド も ふりかえって は みた。 また、 ある とき の カレ は ウスビ の あたった ムラ の シラカベ の ウエ を たよりなげ に よぎった ジブン の カゲ を ナニ か のこりおしげ に みた。 ――そんな わびしい フユ の タビ を つづけて いる ジブン の その オリ その オリ の いかにも うつろ な スガタ が ツギ から ツギ へ と ふいと メノマエ に たちあらわれて、 しばらく そのまま ためらって いた。……
 クレガタ に なる と、 スウジツ マエ そんな タビサキ から ジブン を はこんで きた ノボリ レッシャ が この ムラ の ケイシャ を あえぎあえぎ のぼりながら、 テイシャバ に ちかづいて くる オト が せつない ほど はっきり と きこえて きた。 その キカン の オト が それまで カレ の マエ に ためらって いた リョチュウ の サマザマ な ジブン の スガタ を アトカタ も なく おいちらした。 そして その アト には、 その ユウガタ の キシャ から おりて この ムラ へ たどりつこう と して いる とき の カレ の つかれきった スガタ、 それから ようやく モリ の ナカホド まで きた とき、 ふと どこ か から やさしい ウタ の イッセツ でも きこえて きた か の よう に しばらく うっとり と して ジブン の ズジョウ の カバ の エダ の アミメ を みあげて いた カレ の スガタ だけ が のこった。 それ が その モリ を でた トタン に とつぜん おさない コロ しにわかれた ハハ の カオ らしい もの を かたちづくった とき の なんとも いえない ココロ の トキメキ まで ともなって。……
 アキラ は この スウジツ、 カレ の セワ を いっさい ひきうけて いる わかい オカミサン の テ の ふさがって いる とき など、 ムスメ の カンビョウ の アイマ に カレ にも クスリ など すすめ に きて くれる オヨウ の すこし ふけた カオ など を みながら、 この 40-スギ の オンナ に イマ まで とは まったく ちがった シタシサ の わく の を おぼえた。 オヨウ が こうして ソバ に すわって いて くれたり する と、 カレ の ほとんど キオク に ない ハハ の やさしい オモザシ が、 どうか した ヒョウシ に ふいと あの エダ の アミメ の ムコウ に ありあり と ういて きそう な キモチ に なったり した。
「ハツエ さん は コノゴロ どう です か?」 アキラ は クチカズ すくなく きいた。
「あいかわらず テ ばかり やけて こまります」 オヨウ は さびしそう に わらいながら こたえた。
「なにしろ、 もう アシカケ 8 ネン にも なります んで ね。 このまえ トウキョウ へ つれて まいりました とき なんぞ でも、 ホントウ に こんな カラダ で よく これまで もって きた と ミナサン に フシギ-がられました けれど、 やっぱり、 この トチ の キコウ が いい の です わ。 ――アキラ さん も コンド こそ は こちら で すっかり カラダ を おこしらえ に なって いく と いい と、 ミナ で マイニチ もうして おります のよ」
「ええ、 もし ボク にも いきられたら……」 アキラ は そう クチ の ナカ で ジブン に だけ いって、 オヨウ には ただ ドウイ する よう な ひとなつこい ワライカタ を して みせた。

 あれほど タビ の アイダジュウ アキラ の セツボウ して いた ユキ が、 12 ガツ ナカバスギ の ある ユウガタ から とつぜん ふりだし、 ヨクアサ まで に モリ から、 ハタケ から、 ノウカ から、 すっかり おおいつくして しまった アト も、 まだ モウレツ に ふりつづいて いた。 アキラ は もう イマ と なって は、 どうでも いい こと の よう に、 ただ ときどき ネドコ の ウエ に おきあがった オリ など、 ガラスマド-ゴシ に イエ の ウラバタケ や ムコウ の ゾウキバヤシ が どこ も かしこ も マッシロ に なった の を なんだか うかない カオ を して ながめて いた。
 クレガタ ちかく に なって いったん ユキ が やむ と、 ソラ は まだ ユキグモリ に くもった まま、 しずか に カゼ が ふきだした。 キギ の コズエ に つもって いた ユキ が さあっと アタリ イチメン に ヒマツ を ちらしながら おちだして いた。 アキラ は そんな カゼ の オト を きく と やっぱり じっと して いられない よう に、 また ネドコ に おきあがって、 マド の ソト へ メ を やりだした。 カレ は ウラ イッタイ の ハタケ を マッシロ に おおうた ユキ が その アイダ たえず イッシュ の ドウヨウ を しめす の を ネッシン に みまもって いた。 サイショ、 ユキゲムリ が さあっと あがって、 それ が カゼ と ともに ひとしきり つめたい ホノオ の よう に はしりまわった。 そして カゼ の さる と ともに、 それ も どこ へ とも なく きえ、 その アト の ケバダチ だけ が イチメン に のこされた。 そのうち また ツギ の カゼ が ふいて くる と、 あたらしい ユキゲムリ が あがって ふたたび つめたい ホノオ の よう に はしり、 マエ の ケバダチ を すっかり けしながら、 その アト に また イマ の と ほとんど おなじ よう な ケバダチ を イチメン に のこして いた……。
「オレ の イッショウ は あの つめたい ホノオ の よう な もの だ。 ――オレ の すぎて きた アト には、 ヒトスジ ナニ か が のこって いる だろう。 それ も ホカ の カゼ が くる と アトカタ も なく けされて しまう よう な もの かも しれない。 だが、 その アト には また きっと オレ に にた もの が オレ の に にた アト を のこして いく に ちがいない。 ある ウンメイ が そう やって ヒトツ の もの から ホカ の もの へ と たえず うけつがれる の だ。……」
 アキラ は そんな カンガエ を ヒトリ で おいながら、 ソト の ユキアカリ に メ を とられて ヘヤ の ナカ が もう うすぐらく なって いる の にも ほとんど きづかず に いる よう に みえた。

 22

 ユキ は はげしく ふりつづいて いた。
 ナオコ は、 とうとう ヤ も タテ も たまらなく なって、 オウヴァシューズ を はいた まま、 ナンド も ホカ の カンジャ や カンゴフ に みつかりそう に なって は ジブン の ビョウシツ に ひきかえしたり して いた が、 やっと ダレ にも みられず に ロダイ-ヅタイ に リョウヨウジョ の ウラグチ から ぬけだした。
 ゾウキバヤシ を ぬけて、 ウラカイドウ を テイシャバ の ほう へ アシ を むけた ナオコ は、 ゼンポウ から ふきつける ユキ の ため に、 ときどき ミ を よじまげて たちどまらなければ ならなかった。 サイショ は、 ただ そう やって アタマ から ユキ を あびながら あるいて きて みたくて、 ウラミチ を ぬければ 5 チョウ ほど しか ない テイシャバ の マエ アタリ まで いって すぐ もどって くる つもり だった。 その つもり で、 ケサ ケイスケ の ハハ から カゼギミ で 1 シュウカン ほど も ねて いる と いって よこした ので、 それ へ かいた ヘンジ を エキ の ユウビンバコ に でも なげて こよう と おもって、 ガイトウ の カクシ に いれて きた。
 1 チョウ ほど ウラカイドウ を いった ところ で、 カサ を かたむけながら こちら へ やって くる ヒトリ の タッツケ の オンナ と すれちがった。
「まあ クロカワ さん じゃ ありません か」 キュウ に その わかい オンナ が コトバ を かけた。 「どこ へ いらっしゃる の?」
 ナオコ は おどろいて ふりかえった。 エリマキ で すっかり カオ を くるみ、 いかにも トチッコ-らしい タッツケ スガタ を した アイテ は、 カノジョ の ビョウトウ-ヅキ の カンゴフ だった。
「ちょっと そこ まで……」 カノジョ は マ が わるそう に エガオ を あげた が、 ふきつける ユキ の ため に おもわず カオ を ふせた。
「はやく おかえり に なって ね」 アイテ は ネン を おす よう に いった。
 ナオコ は カオ を ふせた まま、 だまって うなずいて みせた。
 それから また 1 チョウ ほど ユキ を アタマ から あびながら あるいて、 やっと フミキリ の ところ まで きた とき、 ナオコ は よっぽど このまま リョウヨウジョ へ ひきかえそう か と おもった。 カノジョ は しばらく たちどまって メ の あらい ケイト の テブクロ を した テ で カミノケ から ユキ を はらいおとして いた が、 ふと さっき こんな ムコウミズ の ジブン を つかまえて も なんとも うるさく いわなかった あの きさく な カンゴフ が ロシア の オンナ の よう に エリマキ で くるくる と カオ を くるんで いた の を おもいだす と、 ジブン も それ を まねて エリマキ を アタマ から すっぽり と かぶった。 それから カノジョ は、 であった の が ホントウ に あの カンゴフ で よかった と おもいながら、 ふたたび ユキ を ゼンシン に あびて テイシャバ の ほう へ あるきだした。
 キタムキ の フキサラシ な テイシャバ は イッポウ から モウレツ に ユキ を ふきつけられる ので カタガワ だけ マッシロ に なって いた。 その タテモノ の カゲ に とまって いる 1 ダイ の フル-ジドウシャ も、 やはり カタガワ だけ ユキ に うまって いた。
 その テイシャバ で ヒトヤスミ して ゆこう と おもった ナオコ は、 ジブン も いつのまにか カタガワ だけ ユキ で マッシロ に なって いる の を みとめ、 タテモノ の ソト で その ユキ を テイネイ に はらいおとした。 それから カノジョ が カオ を くるんで いた エリマキ を はずしながら、 なにげなし に ナカ へ はいって ゆく と、 ちいさな ストーヴ を かこんで いた ジョウキャク たち が そろって カノジョ の ほう を ふりむき、 それから まるで カノジョ を さける か の よう に、 ミナ して そこ を はなれだした。 カノジョ は おもわず マユ を ひそめながら、 カオ を そむけた。 ちょうど その とき クダリ の レッシャ が コウナイ に はいって きかかって いる と いう こと が トッサ に カノジョ には わからなかった の だ。
 その レッシャ は どの クルマ も やはり おなじ よう に カタガワ だけ ユキ を ふきつけられて いた。 15~16 ニン ばかり の ヒト が ゲシャ し、 トグチ の チカク に ガイトウ を きて たって いる ナオコ の ほう を じろじろ みながら、 ユキ の ナカ へ ヒトリヒトリ なにやら たがいに いいかわして でて いった。
「トウキョウ の ほう も ひどい フリ だって な」 ダレ か が そんな こと を いって いた。
 ナオコ には それ だけ が はっきり と きこえた。 カノジョ は トウキョウ も こんな ユキ なの だろう か と おもいながら、 エキ の ソト で ユキ に うまって ミウゴキ が とれなく なって しまって いる よう な レイ の フル-ジドウシャ を ぼんやり ながめて いた。 それから しばらく たって、 カノジョ は イキギレ も だいぶ しずまって きた ので、 そろそろ もう かえらなくて は と おもって、 エキ の ウチ を みまわす と また いつのまにか ストーヴ の マワリ には ヒトダカリ が して いた。 その ダイブブン トチ の モノ らしい ヒトタチ は クチカズ すくなく はなしあいながら、 ときどき ナニ か キ に なる よう に トグチ チカク に たって いる カノジョ の ほう へ メ を やって いた。
 フタツ か ミッツ サキ の エキ で イマ の クダリ と イレチガイ に なって くる ノボリ レッシャ が やがて この エキ に はいって くる らしかった。
 カノジョ は ふと その ノボリ レッシャ も カタガワ だけ ユキ で マッシロ に なって いる だろう かしら と ソウゾウ した。 それから とつぜん、 どこ か の ムラ で アキラ も そう やって カタガワ だけ ユキ を あびながら ウチョウテン に なって あるいて いる スガタ が ホウフツ して きた。 サッキ から カノジョ が ガイトウ の カクシ に つっこんで あたためて いた ジブン の こごえそう な テ が、 テブクロ-ゴシ に、 まだ ださず に いた シュウト-アテ の テガミ と カワ の カミイレ と を かわるがわる に おさえだして いる の を カノジョ ジシン も かんじて いた。
 それまで ストーヴ を かこんで いた 10 スウニン の ヒトタチ が ふたたび そこ を はなれだした。 ナオコ は それ に キ が つく と、 キュウ に シュッサツグチ に ちかよって、 カミイレ を だしながら マドグチ の ほう へ ミ を かがめた。
「どこ まで?」 ナカ から つっけんどん な コエ が した。
「シンジュク。……」 ナオコ は せきこむ よう に こたえた。

 カノジョ の ソウゾウ した とおり の、 カタガワ だけ マッシロ に ユキ の ふきつけた レッシャ が カノジョ の マエ に ヨコヅケ に なった とき、 ナオコ は メ に みる こと の できない おおきな チカラ に でも おしあげられる よう に して、 その フミダン へ アシ を かけた。
 カノジョ の はいって いった サントウシャ の ジョウキャク たち は、 ユキマミレ の ガイトウ に ミ を つつんだ カノジョ の ただならぬ ヨウス を みる と、 そろって カノジョ の ほう を じろじろ ブエンリョ に みだした。 カノジョ は マユ を ひそめながら 「ワタシ は きっと けわしい カオツキ でも して いる の だろう」 と かんがえた。 が、 いちばん ハシヂカ の、 イネムリ しつづけて いる テツドウ キョク の セイフク を きた ロウジン の ソバ に すわり、 ちかい ヤマ や モリ さえ なんにも わからない ほど ユキ の ふかい コウゲン の マンナカ へ キシャ が はいりだした ジブン には、 ミナ は もう カノジョ の ソンザイ など わすれた よう に ミムキ も しなかった。
 ナオコ は ようやく ジブン ジシン に たちかえりながら、 ジブン の イマ しよう と して いる こと を かんがえかけよう と した。 カノジョ は その とき キュウ に、 いつも ジブン の マワリ に かぎつけて いた ショウコウスイ や クレゾール の ニオイ の カワリ に、 シャナイ に ただよって いる ヒトイキレ や タバコ の ニオイ を むなぐるしい くらい に かんじだした。 カノジョ には それ が ジブン に これから かえされよう と しかけて いる セイ の なつかしい ニオイ の マエブレ でも ある か の よう な キ が された。 カノジョ は そう おもう と、 その ムナグルシサ も わすれ、 ナニ か フシギ な ミブルイ を かんじた。
 マド の ソト には、 いよいよ ふきつのって いる ユキ の アイダ から、 ごく チカク の コダチ だ とか、 ノウカ だ とか が ほのみえる きり だった。 しかし、 まだ カノジョ には キシャ が イマ だいたい どの ヘン を はしって いる の か ケントウ が ついた。 そこ から スウチョウ はなれた ヒトケ ない さびしい ボクジョウ には、 あの ジブン に よく にて いる よう な キ の した こと の ある レイ の たちがれた キ が、 やっぱり それ も カタガワ だけ マッシロ に なった まま、 ユキ の ナカ に ぽつん と 1 ポン きり たって いる ヒゲキテキ な スガタ を、 カノジョ は ふと ムネ に うかべた。 カノジョ は キュウ に ムナサワギ を かんじだした。
「ワタシ は どうして ユキ を ついて あの キ を み に いこう と しなかった の かしら? もし あっち へ むかって いたら、 ワタシ は イマ こんな キシャ に なんぞ のって いなかったろう に。……」 シャナイ に ただよった もの の ニオイ は まだ ナオコ の ムネ を しめつけて いた。 「リョウヨウジョ では イマゴロ どんな に さわいで いる だろう。 トウキョウ でも、 どんな に ミンナ が おどろく だろう。 そうして ワタシ は どう される かしら? イマ の うち なら まだ ひきかえそう と おもえば ひきかえせる の だ。 なんだか ワタシ は すこし こわく なって きた。……」
 そんな こと を かんがえ かんがえ、 イッポウ では まだ キシャ が すこし でも はやく クニザカイ の ソト へ でて しまえば いい と おもいながら、 ようやく それ が よぎりおえた らしい ユキ の コウゲン の ハテ の、 もう ジブン には ほとんど ミオボエ の ない サイゴ の ハヤシ らしい もの が みるみる とおざかって ゆく の を、 ナオコ は なかば おそろしい よう な、 なかば もどかしい よう な キモチ で ながめて いた。

 23

 ユキ は トウキョウ にも はげしく ふって いた。
 ナオコ は、 ギンザ の ウラ の ジャーマン ベーカリ の イチグウ で、 もう 1 ジカン ばかり ケイスケ の くる の を まちつづけて いた。 しかし すこしも まちあぐねて いる よう な ヨウス で なく、 ナニ か モノ が におったり する と、 キュウ に メ を ほそく して それ を あたかも ジブン に ようやく かえされよう と して いる セイ の ニオイ で でも ある か の よう に ムネ ふかく すいこんだり しながら、 なかば くもった ガラスド-ゴシ に、 ユキ の ナカ の ヒトビト の いそがしそう な ユキキ を、 ケイスケ でも ソバ に いたら すぐ そんな メツキ は よせ と いわれそう な、 ナニ か みすえる よう な メツキ で みつづけて いた。
 ミセ の ナカ は、 ユウガタ だった けれど、 オオユキ の せい か、 カノジョ の ホカ には 3~4 クミ の キャク が まばら に いる きり だった。 イリグチ に ちかい ストーヴ に カタアシ を かけた、 ヒトリ の ガカ か なんぞ らしい セイネン が、 ときどき カノジョ の ほう を ナニ か キ に なる よう に ふりかえって いた。
 ナオコ は それ に キ が つく と、 ふいと ジブン の スガタ を ギンミ した。 ながい こと あらわない ばさばさ した カミ、 でばった ホオボネ、 こころもち おおきい ハナ、 チノケ の ない クチビル、 ――それら の もの は イマ も まだ、 カノジョ が わかい ジブン に よく トシウエ の ヒトタチ から もうすこし ケン が なければ と おしまれて いた イッシュ の ビボウ を すこしも くずさず に、 それ に ただ もうすこし チンウツ な アジ を くわえて いた。 ヤマ の ナカ の ちいさな エキ では ヒトビト の メ を ひいた カノジョ の トカイフウ な ミナリ は、 イマ、 この マチナカ では ホカ の ヒトビト と ほとんど かわらない もの だった。 ただ、 ヤマ の リョウヨウジョ から そっくり そのまま もちかえって きた よう な カオイロ の アオサ だけ は、 ミョウ に ホカ の ヒトビト と ちがって いる よう に おもえ、 それ だけ は どうにも ならない よう に カノジョ は ときどき ジブン の カオ へ テ を やって は ナニ か ゴマカシ でも する よう に なでて いた。……
 とつぜん ジブン の マエ に ダレ か が たちはだかった よう な キ が して、 ナオコ は おどろいて カオ を あげた。
 ソト で はらって きた らしい ユキ が まだ イチメン に のこって いる ガイトウ を きた まま、 ケイスケ が カノジョ を みおろしながら、 そこ に たって いた。
 ナオコ は かすか な ホホエミ を うかべながら、 エシャク する とも なく、 ケイスケ の ため に みじろいだ。
 ケイスケ は フキゲン そう に カノジョ の マエ に コシ を かけた きり、 しばらく は なにも いいださず に いた。
「いきなり シンジュク エキ から デンワ を かけて よこす なんて おどろく じゃ ない か。 いったい、 どうした ん だ?」 とうとう カレ は クチ を きいた。
 ナオコ は しかし、 マエ と おなじ よう な かすか な ホホエミ を うかべた きり、 すぐに は なんとも ヘンジ を しなかった。 カノジョ の ココロ の ウチ には、 イッシュン、 ケサ フブキ の ナカ を リョウヨウジョ から ぬけだして きた ちいさな ボウケン、 ユキ に うずもれた ヤマ の テイシャバ での トツゼン の ケッシン、 サントウシャ の ナカ に たちこめて いた セイ の ニオイ の カノジョ に あたえた フシギ な ミブルイ、 ――それら の もの が いちどきに よみがえった。 カノジョ は その アイダ の ナニ か に つかれた よう な ジブン の コウドウ を、 ダイサンシャ にも よく わかる よう に いちいち スジ を たてて セツメイ する こと は、 とうてい できない よう に かんじた。
 カノジョ は それ が ヘンジ の カワリ で ある よう に、 ただ おおきい メ を して オット の ほう を じいっと みまもった。 なにも いわなく とも、 その メ の ナカ を のぞいて なにもかも わかって もらいたそう だった。
 ケイスケ に とって は、 そういう ツマ の クセ の ある メツキ こそ あれほど コドク の ヒビ に むなしく もとめて いた もの だった の だ。 が、 イマ、 それ を こうして マトモ に うけとる と、 カレ は モチマエ の ヨワキ から おもわず それ から メ を そらせず には いられなかった。
「カアサン は ビョウキ なん だ」 ケイスケ は カノジョ から メ を そらせた まま、 はきだす よう に いった。 「メンドウ な こと は ゴメン だよ」
「そう ね、 ワタシ が わるかった わ」 ナオコ は ジブン が ナニ か オモイチガイ を して いた こと に キ が つき でも した よう に、 ふかい タメイキ を ついた。 そして おもいのほか すなお に いった。
「ワタシ、 これから すぐ かえる わ。……」
「すぐ かえる ったって、 こんな ユキ で かえれる もの か。 どこ か へ ヒトバン とまる こと に して、 アシタ かえる よう に したら どう だ? ――しかし、 オオモリ の ウチ じゃ こまる な。 カアサン の テマエ。……」
 ケイスケ は ヒトリ で やきもき しながら、 ナニ か しきり に かんがえて いた。 カレ は キュウ に カオ を あげて、 コエ を ひくく して いいだした。
「ホテル なんぞ へ ヒトリ で とまる の は いや か。 アザブ に ちいさな キモチ の いい ホテル が ある が……」
 ナオコ は ネッシン に オット の カオ へ ジブン の カオ を ちかづけて いた が、 それ を ききおわる と キュウ に カオ を とおのけて、
「ワタシ は どうでも いい わ……」 と いかにも キ が なさそう な ヘンジ を した。
 カノジョ は イマ まで ジブン が ナニ か ヒジョウ な ケッシン を して いる つもり に なって いた が、 イマ オット と こうして サシムカイ に なって はなしだして いる と、 なんだって ヤマ の リョウヨウジョ から こんな に ユキマミレ に なって ぬけだして きた の か わからなく なりだして いた。 そんな に まで して オット の ところ に ムコウミズ に かえって きた カノジョ を みて、 いちばん サイショ に オット が どんな カオ を する か、 それ に ジブン の イッショウ を かける よう な つもり で さえ いた のに、 キ が ついた とき には もう いつのまにか フタリ は イゼン の シュウカン-どおり の フウフ に なって いて、 なにもかも が ウヤムヤ に なりそう に なって いる。 ホントウ に ニンゲン の シュウカン には ナニ か マンチャク させる もの が ある。……
 ナオコ は そう おもいながら、 しかし もう どうでも いい よう に、 オット の ほう へ、 ナニ か みすえて いる よう な くせ に なにも みて は いない らしい、 レイ の クウキョ な マナザシ を むけだした。
 ケイスケ は コンド は ナニ か ヌキサシ ならない キモチ で、 それ を じっと ジブン の ちいさな メ で うけとめて いた。 それから カレ は とつぜん カオ を あからめた。 カレ は いましがた ジブン の クチ に した アザブ の ちいさな ホテル と いう の が、 じつは このあいだ ドウリョウ と イッショ に ぐうぜん その マエ を とおりかかった とき、 アイテ が ここ を おぼえて おけ よ、 いつも ヒトケ が なくて ランデヴー には もってこい だぞ と ジョウダン ハンブン に おしえて くれた ばかり の こと を、 その とき なんと いう こと も なし に おもいだした から だった。
 カノジョ には なぜ カレ が カオ を あからめた の だ か わからなかった。 が、 カノジョ は これ を みとめる と、 ふと ジブン が ムコウミズ に オット に あい に きた トッピ な コウイ の ドウキ が もう ちょっと で わかりかけて きそう な キ が しだした。
 が、 ナオコ は その とき オット に うながされた ので、 その カンガエ を チュウダン させながら、 テーブル から たちあがった。 そして ときどき ナニ か いい ニオイ を たたせて いる ミセ の ナカ を もう イチド なごりおしそう に みまわして、 それから オット に ついて ミセ を でた。

 ユキ は あいかわらず おやみなく ふって いた。
 ヒトビト は ミナ おもいおもい の ユキジタク を して、 ユキ を あびながら いそがしそう に オウライ して いた。 ヤマ で した よう に、 エリマキ で すっかり カオ を くるんだ ナオコ は、 コウモリガサ を さしかけて くれる ケイスケ には かまわず に、 ずんずん サキ に たって ヒトゴミ の ナカ へ まぎれこんで いった。
 カレラ は スキヤバシ の ウエ で その ヒトゴミ から ぬける と、 やっと タクシー を みつけ、 アザブ の オク に ある その ホテル へ むかった。
 トラノモン から ぐいと おれて、 ある キュウ な サカ を のぼりだす と、 その チュウフク に 1 ダイ の ジドウシャ が ミチバタ の ミゾ へ はまりこんで、 ユキ を かぶった まま、 タチオウジョウ して いた。 ナオコ は くもった ガラス の ムコウ に それ を みとめる と、 ヤマ の テイシャバ の ソト で カタガワ だけ に はげしく ユキ を ふきつけられて いた フル-ジドウシャ を おもいだした。 それから キュウ に、 ジブン が その テイシャバ で とつぜん ジョウキョウ の ケツイ を する まで の ココロ の ジョウタイ を イマ まで より か ずっと センメイ に よみがえらせた。 カノジョ は あの とき ココロ の ソコ では、 おもいきって ジブン ジシン を ナニモノ か に すっかり なげだす ケッシン を した の だ。 それ が ナニモノ で ある か は いっさい わからなかった けれど、 そう やって それ に ジブン を なにもかも なげだして みた うえ で なければ、 それ は エイキュウ に わからず に しまう よう な キ が した の だった。 ――カノジョ は イマ ふいと、 それ が ジブン と カタ を ならべて いる ケイスケ で あり、 しかも ドウジ に その ケイスケ ソノママ で ない もっと ベツ な ヒト の よう な キ が して きた。……
 どこ か の リョウジカン らしい ヤシキ の マエ で、 ガイジン の コドモ も まじって、 スウニン の ショウネン ショウジョ が フタクミ に わかれて ユキ を なげあって いた。 フタリ の のった ジドウシャ が その ソバ を ジョコウ しながら とおりすぎよう と した とき、 ダレ か の なげた ユキダマ が ちょうど ケイスケ の カオサキ の ガラス に はげしく ぶつかって シブキ を ちらした。 ケイスケ は おもわず ジブン の カオ へ カタテ を かざしながら、 こわい カオツキ を して コドモ たち の ほう を みた。 が、 ムチュウ に なって そんな こと には なんにも キ が つかず に ユキナゲ を つづけて いる コドモ たち を みる と、 キュウ に ヒトリ で ビショウ を しだしながら、 そちら を いつまでも おもしろそう に ふりかえって いた。 「この ヒト は こんな に コドモ が すき なの かしら?」 ナオコ は その ソバ で、 イマ の ケイスケ の タイド に ちょっと コウイ の よう な もの を かんじながら、 はじめて ジブン の オット の そんな セイシツ の イチメン に ココロ を とめ など した。……
 やがて クルマ が ミチ を まがり、 キュウ に ヒトケ の たえた コダチ の おおい ウラドオリ に でた。
「そこ だ」 ケイスケ は セイキュウ そう に コシ を うかしながら、 ウンテンシュ に コエ を かけた。
 カノジョ は その ウラドオリ に めんして、 すぐ それ らしい、 ユキ を かぶった スウホン の シュロ が ミチ から それ を へだてて いる きり の、 ちいさな ヨウカン を みとめた。

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「ナオコ、 いったい オマエ は どうして また こんな ヒ に キュウ に かえって きた の だ?」
 ケイスケ は そう ナオコ に きいて から、 おなじ こと を 2 ド も とうた こと に キ が ついた。 それから サイショ の とき は、 それ に たいして ナオコ が ただ かすか な ホホエミ を うかべながら、 だまって ジブン を みまもった だけ だった こと を おもいだした。 ケイスケ は その おなじ ムゴン の コタエ を おそれる か の よう に、 いそいで いいたした。
「ナニ か リョウヨウジョ で おもしろく ない こと でも あった の かい?」
 カレ は ナオコ が ナニ か ヘンジ を ためらって いる の を みとめた。 カレ は カノジョ が ふたたび ジブン の コウイ を セツメイ できなく なって こまって いる の だ なぞ とは おもい も しなかった。 カレ は そこ に ナニ か もっと ジブン を フアン に させる ゲンイン が ある の では ない か と おそれた。 しかし ドウジ に、 カレ は、 たとい それ が どんな フアン に ジブン を つきおとす ケッカ に なろう とも、 イマ こそ どうしても、 それ を きかず には いられない よう な、 つきつめた キモチ に なって いる ジブン をも タホウ に みいださず には いなかった。
「オマエ の こと だ から、 よくよく かんがえぬいて した こと だろう が……」 ケイスケ は ふたたび ツイキュウ した。
 ナオコ は しばらく コタエ に きゅうして、 ホテル の キタムキ らしい マド から、 ちいさな イエ の たてこんだ、 イッタイ の あさい タニ を みおろして いた。 ユキ は その タニマ の マチ を マッシロ に うめつくして いた。 そして その マッシロ な タニ の ムコウ に、 どこ か の キョウカイ の とがった ヤネ らしい もの が ユキ の アイダ から マボロシ か なんぞ の よう に ミエカクレ して いた。
 ナオコ は その とき、 ジブン が もし アイテ の タチバ に あったら ナニ より も まず ジブン の ココロ を しめた に ちがいない ギモン を、 ケイスケ は ともかくも その こと の カイケツ を サキ に つけて おいて から イマ やっと それ を ホンキ に なって かんがえはじめて いる らしい こと を かんじた。 カノジョ は それ を いかにも ケイスケ-らしい と おもいながら、 それでも とうとう ジブン の ココロ に ちかづいて きかかって いる オット を もっと ジブン へ ひきつけよう と した。 カノジョ は メ を つぶって、 オット にも よく わからす こと の できそう な ジブン の コウイ の セツメイ を ふたたび かんがえて みて いた が、 その チンモク が セイキュウ な アイテ には カノジョ の あいかわらず ムゴン の コタエ と しか おもえない らしかった。
「それにしても あんまり だしぬけ じゃ ない か。 そんな こと を しちゃ、 ヒト に なんと おもわれて も シヨウ が ない」
 ケイスケ が もう その ツイキュウ を あきらめた よう に いう と、 カノジョ には キュウ に オット が ジブン の ココロ から はなれて しまいそう に かんぜられた。
「ヒト に なんか なんと おもわれたって、 そんな こと は どうでも いい じゃ ない の」 カノジョ は トッサ に オット の コトバジリ を とらえた。 と ドウジ に、 カノジョ は オット に たいする ヒゴロ の フンマン が おもいがけず よみがえって くる の を おぼえた。 それ は その とき の カノジョ には まったく おもいがけなかった だけ、 ジブン でも それ を おさえる ヒマ が なかった。 カノジョ は なかば ドキ を おびて、 クチ から デマカセ に いいだした。 「ユキ が あんまり おもしろい よう に ふって いる ので、 ワタシ は じっと して いられなく なった のよ。 キキワケ の ない コドモ の よう に なって しまって、 ジブン の したい こと が どうしても したく なった の。 それ だけ だわ。……」 ナオコ は そう いいつづけながら、 ふと コノゴロ なにかと キ に なって ならない コドク そう な ツヅキ アキラ の スガタ を おもいうかべた。 そして なんと いう こと も なし に すこし なみだぐんだ。 「だから、 ワタシ は アシタ かえる わ。 リョウヨウジョ の ヒトタチ にも そう いって オワビ を して おく わ。 それなら いい でしょう」
 ナオコ は なかば なみだぐみながら、 その とき まで ぜんぜん かんがえ も しなかった セツメイ を サイショ は ただ オット を こまらせる ため の よう に いいだして いる うち に、 ふいと イマ まで カノジョ ジシン にも よく わからず に いた ジブン の コウイ の ドウキ も あんがい そんな ところ に あった の では ない か と いう よう な キ も された。
 そう いいおえた とき、 ナオコ は その せい か キュウ に キモチ まで が なんとなく あかるく なった よう に かんぜられだした。

 それから、 しばらく の アイダ、 フタリ は どちら から も なんとも いいださず に、 ムゴン の まま マド の ソト の ユキゲシキ を みおろして いた。
「オレ は コンド の こと は カアサン に だまって いる よ」 やがて ケイスケ が いった。 「オマエ も その つもり で いて くれ」
 そう いいながら、 カレ は ふと コノゴロ めっきり ふけた ハハ の カオ を メ に うかべ、 まあ これ で コンド の こと は アタリサワリ の ない よう に ひとまず おちつきそう な こと に おもわず ほっと して いた ものの、 イッポウ コノママ では ナニ か ジブン で ジブン が ものたらない よう な キ が した。 イッシュン、 ナオコ が キュウ に キノドク に おもえた。 「もし オマエ が それほど オレ の ソバ に かえって きたい なら、 また ハナシ が ベツ だ」 カレ は よっぽど ツマ に むかって そう いって やろう か と チュウチョ して いた。 が、 カレ は ふと こんな グアイ に このまま そんな モンダイ に たちかえって はなしこんで しまって いたり する と、 もう ビョウニン とは おもえない くらい に みえる ナオコ を ふたたび ヤマ の リョウヨウジョ へ かえらせる こと が フシゼン に なりそう な こと に キ が ついた。 アス ナオコ が ムジョウケン で ヤマ へ かえる と いう フタリ の ヤクソク が、 そんな シツモン を はっして アイテ の ココロ に サグリ を いれよう と しかけて いる ほど ジブン の キモチ に ヨユウ を あたえて いる だけ だ と いう こと を みとめる と、 ケイスケ は もう それ イジョウ その モンダイ に たちいる こと を ひかえる よう に ケッシン した。 カレ は しかし ココロ の ソコ では、 どんな に か イマ の こういう ココロ の いきいき した シュンカン、 フタリ の まさに ふれあおう と して いる ココロ の オノノキ の よう な もの の かんぜられる この シュンカン を、 いつまでも ジブン と ツマ との アイダ に ひきとめて おきたかったろう。 ――が、 カレ は イマ、 ココロ の ゼンメン に、 ビョウショウ の ナカ から も カレ の する こと を ヒトツヒトツ みまもって いる よう な カレ の ハハ の ふけた カオ を はっきり と よみがえらせた。 その めっきり ふけた よう な ハハ の カオ も、 それから また、 その ビョウキ さえ も、 ナニ か イマ こんな ところ で こんな こと を して いる ジブン たち の せい の よう な キ も されて、 この キ の ちいさな オトコ は ミョウ に イマ の ジブン が うしろめたい よう に かんぜられた。 カレ は その ハハ が じつは コノゴロ ひそか に ナオコ に テ を さしのべて いよう なぞ とは ゆめにも しらなかった の だ。 そして カレ ジシン は と いえば、 サイキン やっと ヒトコロ の よう に ナオコ の こと で ナニ か はげしく くいる よう な こと も なくなり、 ふたたび また イゼン の オヤコ サシムカイ の メンドウ の ない セイカツ に イッシュ の ブショウ から くる ヤスラカサ を かんじて いる ヤサキ でも あった の だ。 ――そういった ケントウ を ココロ の ナカ で しおえた ケイスケ は もうすこし スベテ が なんとか なる まで、 このまま、 ナオコ にも ガマン して いて もらわねば ならぬ と いう ケツロン に たっした。

 ナオコ は もう なにも かんがえず に、 ユキ の ふる ソウガイ へ メ を やって、 クレガタ の タニマ の ムコウ に サッキ から みえたり きえたり して いる、 なんだか それ と すっかり おなじ もの を コドモ の コロ に みた よう な キ の する、 キョウカイ の とがった ヤネ を ぼんやり ながめつづけて いた。
 ケイスケ は トケイ を だして みた。 ナオコ は カレ の ほう を ちらっと みて、
「どうぞ もう おかえり に なって ちょうだい。 アシタ も、 もう いらっしゃらなく とも いい わ。 ヒトリ で かえれる から」 と いった。
 ケイスケ は トケイ を テ に した まま、 ふと カノジョ が ミョウチョウ こんな ユキ の ナカ を かえって いって、 もっと ユキ の ふかい ヤマ の ナカ で また ヒトリ で もって くらしだす ヨウス を おもいえがいた。 カレ は コノゴロ わすれる とも なく わすれて いた キョウレツ な ショウドクヤク や ビョウキ や シ の フアン の ニオイ を ココロ に よみがえらせた。 ナニ か タマシイ を ゆすぶる もの の よう に。……
 ナオコ は その アイダ、 うつけた よう に なりきった オット の カオ を みまもって いた。 カノジョ は なんとはなし に ムシン な ホホエミ らしい もの を うかべた。 ひょっと したら オット が いまにも その シュンカン の カノジョ の ココロ の ウチ が わかって、 「もう 2~3 ニチ この ホテル に このまま いない か。 そうして ダレ にも わからない よう に フタリ で こっそり くらそう。……」 そんな こと を いいだしそう な キ が した から で あった。
 が、 オット は ナニ か ある カンガエ を はらいのけ でも する よう に アタマ を ふりながら、 なにも いわず に、 それまで テ に して いた トケイ を しずか に カクシ に しまった だけ だった。 もう ジブン は かえらなければ ならない と いう こと を それ で しらせる よう に。……

 ナオコ は、 ケイスケ が ユキ を かきわけながら かえる の を うすぐらい ゲンカン に みおくった ノチ、 そのまま ガラスド に カオ を おしあてる よう に して、 ナニ か バケモノ-じみて みえる スウホン の マッシロ な シュロ-ゴシ に、 ぼんやり と クレガタ の ユキゲシキ を ながめて いた。 ユキ は まだ なかなか やみそう も なかった。 カノジョ は しばらく の アイダ、 イマ の ジブン の ココロ の ウチ と カンケイ が ある の だ か ない の だ か も わからない よう な こと を それ から それ へ と おもいだして は、 また、 それ を ソバ から すぐ わすれて しまって いる よう な、 クウキョ な ココロモチ を まもって いた。 それ は なにもかも が カタガワ だけ に ユキ を ふきつけられて いる ヤマ の エキ の コウケイ だったり、 イマシガタ まで みて いた のに もう どうしても それ を いつ みた の だ か おもいだせない どこ か の キョウカイ の セントウ だったり、 アキラ の ナニ か を じっと たえて いる よう な ヨウス だったり、 わめきながら ユキナゲ を して いる タクサン の コドモ たち だったり した。……
 その とき やっと カノジョ が セ を むけて いた ヒロマ の デントウ が ともった らしかった。 その ため に カノジョ が カオ を おしつけて いた ガラス が ヒカリ を ハンシャ し、 ソト の ケシキ が キュウ に みにくく なった。 カノジョ は それ を キカイ に、 コンヤ この ちいさな ホテル ――サッキ から ガイジン が 2~3 ニン ちらっと スガタ を みせた きり だった―― に ヒトリ きり で すごさなければ ならない の だ と いう こと を はじめて かんがえだした。 しかし この こと は カノジョ に わびしい とか、 くやしい とか、 そういう よう な カンジョウ を しょうじさせる イトマ は ほとんど なかった。 ヒトツ の ソウネン が キュウ に カノジョ の ココロ に ひろがりだして いた から だった。 それ は ジブン が キョウ の よう に ナニモノ か に みせられた よう に ムチュウ に なって ナニ か テアタリバッタリ の こと を しつづけて いる うち に、 ヒトツトコロ に じっと した きり では とうてい かんがえおよばない よう な イクツ か の ジンセイ の ダンメン が ジブン の マエ に とつぜん あらわれたり きえたり しながら、 ナニ か ジブン に あたらしい ジンセイ の ミチ を それとなく さししめして いて くれる よう に おもわれて きた こと だった。
 カノジョ は そんな カンガエ に ふけりながら、 もう ぼおっと しろい もの の ホカ は なにも みえなく なりだした コガイ の ケシキ を、 まだ なんと いう こと も なし に、 ながめつづけて いた。 そう やって つめたい ガラス に ジブン の カオ を おしつける よう に して いる の が、 カノジョ には だんだん キモチ よく かんぜられて きて いた。 ヒロマ の ナカ は カノジョ の カオ が ほてりだす ほど、 あたたか だった の だ。 カノジョ は こういう キモチ ヨサ にも、 ジブン が アス かえって ゆかなければ ならない ヤマ の リョウヨウジョ の すいつく よう な サムサ を おもわず には いられなかった。……
 キュウジ が ショクジ の ヨウイ の できた こと を しらせ に きた。 カノジョ は だまって うなずき、 キュウ に クウフク を かんじだしながら、 そのまま ジブン の ヘヤ へは かえらず に、 サッキ から しずか に サラ の オト の しだして いる オク の ショクドウ の ほう へ むかって あるきだした。

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...