2018/10/31

ハグルマ

 ハグルマ

 アクタガワ リュウノスケ

 1、 レーンコート

 ボク は ある シリビト の ケッコン ヒロウシキ に つらなる ため に カバン を ヒトツ さげた まま、 トウカイドウ の ある テイシャジョウ へ その オク の ヒショチ から ジドウシャ を とばした。 ジドウシャ の はしる ミチ の リョウガワ は たいてい マツ ばかり しげって いた。 ノボリ レッシャ に まにあう か どう か は かなり あやしい の に ちがいなかった。 ジドウシャ には ちょうど ボク の ホカ に ある リハツテン の シュジン も のりあわせて いた。 カレ は ナツメ の よう に まるまる と ふとった、 みじかい アゴヒゲ の モチヌシ だった。 ボク は ジカン を キ に しながら、 ときどき カレ と ハナシ を した。
「ミョウ な こと も あります ね。 ×× さん の ヤシキ には ヒルマ でも ユウレイ が でる って いう ん です が」
「ヒルマ でも ね」
 ボク は フユ の ニシビ の あたった ムコウ の マツヤマ を ながめながら、 イイカゲン に チョウシ を あわせて いた。
「もっとも テンキ の いい ヒ には でない そう です。 いちばん おおい の は アメ の ふる ヒ だ って いう ん です が」
「アメ の ふる ヒ に ぬれ に くる ん じゃ ない か?」
「ゴジョウダン で。 ……しかし レーンコート を きた ユウレイ だ って いう ん です」
 ジドウシャ は ラッパ を ならしながら、 ある テイシャジョウ へ ヨコヅケ に なった。 ボク は ある リハツテン の シュジン に わかれ、 テイシャジョウ の ナカ へ はいって いった。 すると はたして ノボリ レッシャ は 2~3 プン マエ に でた ばかり だった。 マチアイシツ の ベンチ には レーンコート を きた オトコ が ヒトリ ぼんやり ソト を ながめて いた。 ボク は イマ きいた ばかり の ユウレイ の ハナシ を おもいだした。 が、 ちょっと クショウ した ぎり、 とにかく ツギ の レッシャ を まつ ため に テイシャジョウ マエ の カッフェ へ はいる こと に した。
 それ は カッフェ と いう ナ を あたえる の も カンガエモノ に ちかい カッフェ だった。 ボク は スミ の テーブル に すわり、 ココア を 1 パイ チュウモン した。 テーブル に かけた オイルクロース は シロジ に ほそい アオ の セン を あらい コウシ に ひいた もの だった。 しかし もう スミズミ には うすぎたない カンヴァス を あらわして いた。 ボク は ニカワ-くさい ココア を のみながら、 ヒトゲ の ない カッフェ の ナカ を みまわした。 ほこりじみた カッフェ の カベ には 「オヤコ ドンブリ」 だの 「カツレツ」 だの と いう カミフダ が ナンマイ も はって あった。
「ジタマゴ、 オムレツ」
 ボク は こういう カミフダ に トウカイドウ セン に ちかい イナカ を かんじた。 それ は ムギバタケ や キャベツ-バタケ の アイダ に デンキ キカンシャ の とおる イナカ だった。……
 ツギ の ノボリ レッシャ に のった の は もう ヒグレ に ちかい コロ だった。 ボク は いつも ニトウ に のって いた。 が、 ナニ か の ツゴウジョウ、 その とき は サントウ に のる こと に した。
 キシャ の ナカ は かなり こみあって いた。 しかも ボク の ゼンゴ に いる の は オオイソ か どこ か へ エンソク に いった らしい ショウガッコウ の ジョセイト ばかり だった。 ボク は マキタバコ に ヒ を つけながら、 こういう ジョセイト の ムレ を ながめて いた。 カレラ は いずれ も カイカツ だった。 のみならず ほとんど シャベリツヅケ だった。
「シャシンヤ さん、 ラヴ シーン って ナニ?」
 やはり エンソク に ついて きた らしい、 ボク の マエ に いた 「シャシンヤ さん」 は なんとか オチャ を にごして いた。 しかし 14~15 の ジョセイト の ヒトリ は まだ イロイロ の こと を といかけて いた。 ボク は ふと カノジョ の ハナ に チクノウショウ の ある こと を かんじ、 ナニ か ほほえまず には いられなかった。 それから また ボク の トナリ に いた 12~13 の ジョセイト の ヒトリ は わかい ジョキョウシ の ヒザ の ウエ に すわり、 カタテ に カノジョ の クビ を だきながら、 カタテ に カノジョ の ホオ を さすって いた。 しかも ダレ か と はなす アイマ に ときどき こう ジョキョウシ に はなしかけて いた。
「かわいい わね、 センセイ は。 かわいい メ を して いらっしゃる わね」
 カレラ は ボク には ジョセイト より も イチニンマエ の オンナ と いう カンジ を あたえた。 リンゴ を カワゴト かじって いたり、 キャラメル の カミ を むいて いる こと を のぞけば。 ……しかし トシカサ らしい ジョセイト の ヒトリ は ボク の ソバ を とおる とき に ダレ か の アシ を ふんだ と みえ、 「ごめん なさいまし」 と コエ を かけた。 カノジョ だけ は カレラ より も ませて いる だけ に かえって ボク には ジョセイト-らしかった。 ボク は マキタバコ を くわえた まま、 この ムジュン を かんじた ボク ジシン を レイショウ しない わけ には ゆかなかった。
 いつか デントウ を ともした キシャ は やっと ある コウガイ の テイシャジョウ へ ついた。 ボク は カゼ の さむい プラットフォーム へ おり、 イチド ハシ を わたった うえ、 ショウセン デンシャ の くる の を まつ こと に した。 すると ぐうぜん カオ を あわせた の は ある カイシャ に いる T クン だった。 ボクラ は デンシャ を まって いる アイダ に フケイキ の こと など を はなしあった。 T クン は もちろん ボク など より も こういう モンダイ に つうじて いた。 が、 たくましい カレ の ユビ には あまり フケイキ には エン の ない トルコイシ の ユビワ も はまって いた。
「たいした もの を はめて いる ね」
「これ か? これ は ハルビン へ ショウバイ に いって いた トモダチ の ユビワ を かわされた ん だよ。 ソイツ も イマ は オウジョウ して いる。 コーペラティヴ と トリヒキ が できなく なった もの だ から」
 ボクラ の のった ショウセン デンシャ は サイワイ にも キシャ ほど こんで いなかった。 ボクラ は ならんで コシ を おろし、 イロイロ の こと を はなして いた。 T クン は つい この ハル に パリ に ある ツトメサキ から トウキョウ へ かえった ばかり だった。 したがって ボクラ の アイダ には パリ の ハナシ も でがち だった。 カイヨー フジン の ハナシ、 カニ リョウリ の ハナシ、 ゴガイユウチュウ の ある デンカ の ハナシ、……
「フランス は ぞんがい こまって は いない よ。 ただ がんらい フランスジン と いう ヤツ は ゼイ を だしたがらない コクミン だ から、 ナイカク は いつも たおれる がね。……」
「だって フラン は ボウラク する し さ」
「それ は シンブン を よんで いれば ね。 しかし ムコウ に いて みたまえ。 シンブン シジョウ の ニホン なる もの は のべつ に オオジシン や ダイコウズイ が ある から」
 すると レーンコート を きた オトコ が ヒトリ ボクラ の ムコウ へ きて コシ を おろした。 ボク は ちょっと ブキミ に なり、 ナニ か マエ に きいた ユウレイ の ハナシ を T クン に はなしたい ココロモチ を かんじた。 が、 T クン は その マエ に ツエ の エ を くるり と ヒダリ へ むけ、 カオ は マエ を むいた まま、 コゴエ に ボク に はなしかけた。
「あすこ に オンナ が ヒトリ いる だろう? ネズミイロ の ケイト の ショール を した、……」
「あの セイヨウガミ に ゆった オンナ か?」
「うん、 フロシキヅツミ を かかえて いる オンナ さ。 アイツ は この ナツ は カルイザワ に いた よ。 ちょっと しゃれた ヨウソウ など を して ね」
 しかし カノジョ は ダレ の メ にも みすぼらしい ナリ を して いる の に ちがいなかった。 ボク は T クン と はなしながら、 そっと カノジョ を ながめて いた。 カノジョ は どこ か マユ の アイダ に キチガイ-らしい カンジ の する カオ を して いた。 しかも その また フロシキヅツミ の ナカ から ヒョウ に にた カイメン を はみださせて いた。
「カルイザワ に いた とき には わかい アメリカジン と おどったり して いたっけ。 モダーン…… なんと いう やつ かね」
 レーンコート を きた オトコ は ボク の T クン と わかれる とき には いつか そこ に いなく なって いた。 ボク は ショウセン デンシャ の ある テイシャジョウ から やはり カバン を ぶらさげた まま、 ある ホテル へ あるいて いった。 オウライ の リョウガワ に たって いる の は たいてい おおきい ビルディング だった。 ボク は そこ を あるいて いる うち に ふと マツバヤシ を おもいだした。 のみならず ボク の シヤ の ウチ に ミョウ な もの を みつけだした。 ミョウ な もの を? ――と いう の は たえず まわって いる ハントウメイ の ハグルマ だった。 ボク は こういう ケイケン を マエ にも ナンド か もちあわせて いた。 ハグルマ は しだいに カズ を ふやし、 なかば ボク の シヤ を ふさいで しまう、 が、 それ も ながい こと では ない、 しばらく の ノチ には きえうせる カワリ に コンド は ズツウ を かんじはじめる、 ――それ は いつも おなじ こと だった。 ガンカ の イシャ は この サッカク (?) の ため に たびたび ボク に セツエン を めいじた。 しかし こういう ハグルマ は ボク の タバコ に したしまない ハタチ マエ にも みえない こと は なかった。 ボク は また はじまった な と おもい、 ヒダリ の メ の シリョク を ためす ため に カタテ に ミギ の メ を ふさいで みた。 ヒダリ の メ は はたして なんとも なかった。 しかし ミギ の メ の マブタ の ウラ には ハグルマ が イクツ も まわって いた。 ボク は ミギガワ の ビルディング の しだいに きえて しまう の を みながら、 せっせと オウライ を あるいて いった。
 ホテル の ゲンカン へ はいった とき には ハグルマ も もう きえうせて いた。 が、 ズツウ は まだ のこって いた。 ボク は ガイトウ や ボウシ を あずける ツイデ に ヘヤ を ヒトツ とって もらう こと に した。 それから ある ザッシシャ へ デンワ を かけて カネ の こと を ソウダン した。
 ケッコン ヒロウシキ の バンサン は とうに はじまって いた らしかった。 ボク は テーブル の スミ に すわり、 ナイフ や フォーク を うごかしだした。 ショウメン の シンロウ や シンプ を ハジメ、 しろい オウジケイ の テーブル に ついた 50 ニン あまり の ヒトビト は もちろん いずれ も ヨウキ だった。 が、 ボク の ココロモチ は あかるい デントウ の ヒカリ の シタ に だんだん ユウウツ に なる ばかり だった。 ボク は この ココロモチ を のがれる ため に トナリ に いた キャク に はなしかけた。 カレ は ちょうど シシ の よう に しろい ホオヒゲ を のばした ロウジン だった。 のみならず ボク も ナ を しって いた ある なだかい カンガクシャ だった。 したがって また ボクラ の ハナシ は いつか コテン の ウエ へ おちて いった。
「キリン は つまり イッカクジュウ です ね。 それから ホウオウ も フェニックス と いう トリ の、……」
 この なだかい カンガクシャ は こういう ボク の ハナシ にも キョウミ を かんじて いる らしかった。 ボク は キカイテキ に しゃべって いる うち に だんだん ビョウテキ な ハカイヨク を かんじ、 ギョウシュン を カクウ の ジンブツ に した の は もちろん、 「シュンジュウ」 の チョシャ も ずっと ノチ の カンーダイ の ヒト だった こと を はなしだした。 すると この カンガクシャ は ロコツ に フカイ な ヒョウジョウ を しめし、 すこしも ボク の カオ を みず に ほとんど トラ の うなる よう に ボク の ハナシ を きりはなした。
「もし ギョウシュン も いなかった と すれば、 コウシ は ウソ を つかれた こと に なる。 セイジン の ウソ を つかれる はず は ない」
 ボク は もちろん だまって しまった。 それから また サラ の ウエ の ニク へ ナイフ や フォーク を くわえよう と した。 すると ちいさい ウジ が 1 ピキ しずか に ニク の フチ に うごめいて いた。 ウジ は ボク の アタマ の ナカ に Worm と いう エイゴ を よびおこした。 それ は また キリン や ホウオウ の よう に ある デンセツテキ ドウブツ を イミ して いる コトバ にも ちがいなかった。 ボク は ナイフ や フォーク を おき、 いつか ボク の サカズキ に シャンパーニュ の つがれる の を ながめて いた。
 やっと バンサン の すんだ ノチ、 ボク は マエ に とって おいた ボク の ヘヤ へ こもる ため に ヒトゲ の ない ロウカ を あるいて いった。 ロウカ は ボク には ホテル より も カンゴク-らしい カンジ を あたえる もの だった。 しかし サイワイ にも ズツウ だけ は いつのまにか うすらいで いた。
 ボク の ヘヤ には カバン は もちろん、 ボウシ や ガイトウ も もって きて あった。 ボク は カベ に かけた ガイトウ に ボク ジシン の タチスガタ を かんじ、 いそいで それ を ヘヤ の スミ の イショウ トダナ の ナカ へ ほうりこんだ。 それから キョウダイ の マエ へ ゆき、 じっと カガミ に ボク の カオ を うつした。 カガミ に うつった ボク の カオ は ヒフ の シタ の ホネグミ を あらわして いた。 ウジ は こういう ボク の キオク に たちまち はっきり うかびだした。
 ボク は ト を あけて ロウカ へ で、 どこ と いう こと なし に あるいて いった。 すると ロッビー へ でる スミ に ミドリイロ の カサ を かけた、 セ の たかい スタンド の デントウ が ヒトツ ガラスド に あざやか に うつって いた。 それ は ナニ か ボク の ココロ に ヘイワ な カンジ を あたえる もの だった。 ボク は その マエ の イス に すわり、 イロイロ の こと を かんがえて いた。 が、 そこ にも 5 フン とは すわって いる わけ に ゆかなかった。 レーンコート は コンド も また ボク の ヨコ に あった ナガイス の セナカ に いかにも だらり と ぬぎかけて あった。
「しかも イマ は カンチュウ だ と いう のに」
 ボク は こんな こと を かんがえながら、 もう イチド ロウカ を ひきかえして いった。 ロウカ の スミ の キュウジ-ダマリ には ヒトリ も キュウジ は みえなかった。 しかし カレラ の ハナシゴエ は ちょっと ボク の ミミ を かすめて いった。 それ は なんとか いわれた の に こたえた All right と いう エイゴ だった。 「オール ライト」 ? ――ボク は いつか この タイワ の イミ を セイカク に つかもう と あせって いた。 「オール ライト」 ? 「オール ライト」 ? ナニ が いったい オール ライト なの で あろう?
 ボク の ヘヤ は もちろん ひっそり して いた。 が、 ト を あけて はいる こと は ミョウ に ボク には ブキミ だった。 ボク は ちょっと ためらった ノチ、 おもいきって ヘヤ の ナカ へ はいって いった。 それから カガミ を みない よう に し、 ツクエ の マエ の イス に コシ を おろした。 イス は トカゲ の カワ に ちかい、 あおい マロック-ガワ の アンラク イス だった。 ボク は カバン を あけて ゲンコウ ヨウシ を だし、 ある タンペン を つづけよう と した。 けれども インク を つけた ペン は いつまで たって も うごかなかった。 のみならず やっと うごいた と おもう と、 おなじ コトバ ばかり かきつづけて いた。 All right…… All right…… All right, sir…… All right……
 そこ へ とつぜん なりだした の は ベッド の ソバ に ある デンワ だった。 ボク は おどろいて たちあがり、 ジュワキ を ミミ へ やって ヘンジ を した。
「ドナタ?」
「アタシ です。 アタシ……」
 アイテ は ボク の アネ の ムスメ だった。
「ナン だい? どうか した の かい?」
「ええ、 あの タイヘン な こと が おこった ん です。 ですから、 ……タイヘン な こと が おこった もん です から、 イマ オバサン にも デンワ を かけた ん です」
「タイヘン な こと?」
「ええ、 ですから すぐに きて ください。 すぐに です よ」
 デンワ は それぎり きれて しまった。 ボク は モト の よう に ジュワキ を かけ、 ハンシャテキ に ベル の ボタン を おした。 しかし ボク の テ の ふるえて いる こと は ボク ジシン はっきり イシキ して いた。 キュウジ は ヨウイ に やって こなかった。 ボク は イラダタシサ より も クルシサ を かんじ、 ナンド も ベル の ボタン を おした。 やっと ウンメイ の ボク に おしえた 「オール ライト」 と いう コトバ を リョウカイ しながら。
 ボク の アネ の オット は その ヒ の ゴゴ、 トウキョウ から あまり はなれて いない ある イナカ に レキシ して いた。 しかも キセツ に エン の ない レーンコート を ひっかけて いた。 ボク は イマ も その ホテル の ヘヤ に マエ の タンペン を かきつづけて いる。 マヨナカ の ロウカ には ダレ も とおらない。 が、 ときどき ト の ソト に ツバサ の オト の きこえる こと も ある。 どこ か に トリ でも かって ある の かも しれない。

 2、 フクシュウ

 ボク は この ホテル の ヘヤ に ゴゼン 8 ジ-ゴロ に メ を さました。 が、 ベッド を おりよう と する と、 スリッパー は フシギ にも カタッポ しか なかった。 それ は この 1~2 ネン の アイダ、 いつも ボク に キョウフ だの フアン だの を あたえる ゲンショウ だった。 のみならず サンダール を カタッポ だけ はいた ギリシャ シンワ の ナカ の オウジ を おもいださせる ゲンショウ だった。 ボク は ベル を おして キュウジ を よび、 スリッパー の カタッポ を さがして もらう こと に した。 キュウジ は ケゲン な カオ を しながら、 せまい ヘヤ の ナカ を さがしまわった。
「ここ に ありました。 この バス の ヘヤ の ナカ に」
「どうして また そんな ところ へ いって いた の だろう?」
「さあ、 ネズミ かも しれません」
 ボク は キュウジ の しりぞいた ノチ、 ギュウニュウ を いれない コーヒー を のみ、 マエ の ショウセツ を シアゲ に かかった。 ギョウカイガン を シカク に くんだ マド は ユキ の ある ニワ に むかって いた。 ボク は ペン を やすめる たび に ぼんやり と この ユキ を ながめたり した。 ユキ は ツボミ を もった ジンチョウゲ の シタ に トカイ の バイエン に よごれて いた。 それ は ナニ か ボク の ココロ に イタマシサ を あたえる ナガメ だった。 ボク は マキタバコ を ふかしながら、 いつか ペン を うごかさず に イロイロ の こと を かんがえて いた。 ツマ の こと を、 コドモ たち の こと を、 なかんずく アネ の オット の こと を。……
 アネ の オット は ジサツ する マエ に ホウカ の ケンギ を こうむって いた。 それ も また じっさい シカタ は なかった。 カレ は イエ の やける マエ に イエ の カカク に 2 バイ する カサイ ホケン に カニュウ して いた。 しかも ギショウザイ を おかした ため に シッコウ ユウヨ-チュウ の カラダ に なって いた。 けれども ボク を フアン に した の は カレ の ジサツ した こと より も ボク の トウキョウ へ かえる たび に かならず ヒ の もえる の を みた こと だった。 ボク は あるいは キシャ の ナカ から ヤマ を やいて いる ヒ を みたり、 あるいは また ジドウシャ の ナカ から (その とき は サイシ とも イッショ だった。) トキワバシ カイワイ の カジ を みたり して いた。 それ は カレ の イエ の やけない マエ にも おのずから ボク に カジ の ある ヨカン を あたえない わけ には ゆかなかった。
「コトシ は ウチ が カジ に なる かも しれない ぜ」
「そんな エンギ の わるい こと を。 ……それでも カジ に なったら タイヘン です ね。 ホケン は ろくに ついて いない し、……」
 ボクラ は そんな こと を はなしあったり した。 しかし ボク の イエ は やけず に、 ――ボク は つとめて モウソウ を おしのけ、 もう イチド ペン を うごかそう と した。 が、 ペン は どうしても 1 ギョウ とは ラク に うごかなかった。 ボク は とうとう ツクエ の マエ を はなれ、 ベッド の ウエ に ころがった まま、 トルストイ の ポリコーチカ を よみはじめた。 この ショウセツ の シュジンコウ は キョエイシン や ビョウテキ ケイコウ や メイヨシン の いりまじった、 フクザツ な セイカク の モチヌシ だった。 しかも カレ の イッショウ の ヒキゲキ は タショウ の シュウセイ を くわえ さえ すれば、 ボク の イッショウ の カリカテュア だった。 ことに カレ の ヒキゲキ の ウチ に ウンメイ の レイショウ を かんじる の は しだいに ボク を ブキミ に しだした。 ボク は 1 ジカン と たたない うち に ベッド の ウエ から とびおきる が はやい か、 マドカケ の たれた ヘヤ の スミ へ ちからいっぱい ホン を ほうりつけた。
「くたばって しまえ!」
 すると おおきい ネズミ が 1 ピキ マドカケ の シタ から バス の ヘヤ へ ナナメ に ユカ の ウエ を はしって いった。 ボク は イッソクトビ に バス の ヘヤ へ ゆき、 ト を あけて ナカ を さがしまわった。 が、 しろい タッブ の カゲ にも ネズミ らしい もの は みえなかった。 ボク は キュウ に ブキミ に なり、 あわてて スリッパー を クツ に かえる と、 ヒトゲ の ない ロウカ を あるいて いった。
 ロウカ は キョウ も あいかわらず ロウゴク の よう に ユウウツ だった。 ボク は アタマ を たれた まま、 カイダン を あがったり おりたり して いる うち に いつか コック-ベヤ へ はいって いた。 コック-ベヤ は ぞんがい あかるかった。 が、 カタガワ に ならんだ カマド は イクツ も ホノオ を うごかして いた。 ボク は そこ を とおりぬけながら、 しろい ボウ を かぶった コック たち の ひややか に ボク を みて いる の を かんじた。 ドウジ に また ボク の おちた ジゴク を かんじた。 「カミ よ、 ワレ を ばっしたまえ。 いかりたまう こと なかれ。 おそらくは ワレ ほろびん」 ――こういう キトウ も この シュンカン には おのずから ボク の クチビル に のぼらない わけ には ゆかなかった。
 ボク は この ホテル の ソト へ でる と、 アオゾラ の うつった ユキドケ の ミチ を せっせと アネ の イエ へ あるいて いった。 ミチ に そうた コウエン の ジュモク は みな エダ や ハ を くろませて いた。 のみならず どれ も 1 ポン ごと に ちょうど ボクラ ニンゲン の よう に マエ や ウシロ を そなえて いた。 それ も また ボク には フカイ より も キョウフ に ちかい もの を はこんで きた。 ボク は ダンテ の ジゴク の ナカ に ある、 ジュモク に なった タマシイ を おもいだし、 ビルディング ばかり ならんで いる デンシャ センロ の ムコウ を あるく こと に した。 しかし そこ も 1 チョウ とは ブジ に あるく こと は できなかった。
「ちょっと トオリガカリ に シツレイ です が、……」
 それ は キンボタン の セイフク を きた 22~23 の セイネン だった。 ボク は だまって この セイネン を みつめ、 カレ の ハナ の ヒダリ の ワキ に ホクロ の ある こと を ハッケン した。 カレ は ボウ を ぬいだ まま、 おずおず こう ボク に はなしかけた。
「A さん では いらっしゃいません か?」
「そう です」
「どうも そんな キ が した もの です から、……」
「ナニ か ゴヨウ です か?」
「いえ、 ただ オメ に かかりたかった だけ です。 ボク も センセイ の アイドクシャ の……」
 ボク は もう その とき には ちょっと ボウ を とった ぎり、 カレ を ウシロ に あるきだして いた。 センセイ、 A センセイ、 ――それ は ボク には コノゴロ では もっとも フカイ な コトバ だった。 ボク は あらゆる ザイアク を おかして いる こと を しんじて いた。 しかも カレラ は ナニ か の キカイ に ボク を センセイ と よびつづけて いた。 ボク は そこ に ボク を あざける ナニモノ か を かんじず には いられなかった。 ナニモノ か を? ――しかし ボク の ブッシツ シュギ は シンピ シュギ を キョゼツ せず には いられなかった。 ボク は つい 2~3 カゲツ マエ にも ある ちいさい ドウジン ザッシ に こういう コトバ を ハッピョウ して いた。 ―― 「ボク は ゲイジュツテキ リョウシン を ハジメ、 どういう リョウシン も もって いない。 ボク の もって いる の は シンケイ だけ で ある」 ……
 アネ は 3 ニン の コドモ たち と イッショ に ロジ の オク の バラック に ヒナン して いた。 カッショク の カミ を はった バラック の ナカ は ソト より も さむい くらい だった。 ボクラ は ヒバチ に テ を かざしながら、 イロイロ の こと を はなしあった。 カラダ の たくましい アネ の オット は ヒトイチバイ やせほそった ボク を ホンノウテキ に ケイベツ して いた。 のみならず ボク の サクヒン の フドウトク で ある こと を コウゲン して いた。 ボク は いつも ひややか に こういう カレ を みおろした まま、 イチド も うちとけて はなした こと は なかった。 しかし アネ と はなして いる うち に だんだん カレ も ボク の よう に ジゴク に おちて いた こと を さとりだした。 カレ は げんに シンダイシャ の ナカ に ユウレイ を みた とか いう こと だった。 が、 ボク は マキタバコ に ヒ を つけ、 つとめて カネ の こと ばかり はなしつづけた。
「なにしろ こういう サイ だし する から、 なにもかも うって しまおう と おもう の」
「それ は そう だ。 タイプライター など は いくらか に なる だろう」
「ええ、 それから エ など も ある し」
「ついでに N さん (アネ の オット) の ショウゾウガ も うる か? しかし あれ は……」
 ボク は バラック の カベ に かけた、 ガクブチ の ない 1 マイ の コンテ-ガ を みる と、 ウカツ に ジョウダン も いわれない の を かんじた。 レキシ した カレ は キシャ の ため に カオ も すっかり ニクカイ に なり、 わずか に ただ クチヒゲ だけ のこって いた とか いう こと だった。 この ハナシ は もちろん ハナシ ジシン も うすきみわるい の に ちがいなかった。 しかし カレ の ショウゾウガ は どこ も カンゼン に かいて ある ものの、 クチヒゲ だけ は なぜか ぼんやり して いた。 ボク は コウセン の カゲン か と おもい、 この 1 マイ の コンテ-ガ を イロイロ の イチ から ながめる よう に した。
「ナニ を して いる の?」
「なんでも ない よ。 ……ただ あの ショウゾウガ は クチ の マワリ だけ、……」
 アネ は ちょっと ふりかえりながら、 なにも きづかない よう に ヘンジ を した。
「ヒゲ だけ ミョウ に うすい よう でしょう」
 ボク の みた もの は サッカク では なかった。 しかし サッカク では ない と すれば、 ――ボク は ヒルメシ の セワ に ならない うち に アネ の イエ を でる こと に した。
「まあ、 いい でしょう」
「また アシタ でも、 ……キョウ は アオヤマ まで でかける の だ から」
「ああ、 あすこ? まだ カラダ の グアイ は わるい の?」
「やっぱり クスリ ばかり のんで いる。 サイミンヤク だけ でも タイヘン だよ。 ヴェロナール、 ノイロナール、 トリオナール、 ヌマール……」
 30 プン ばかり たった ノチ、 ボク は ある ビルディング へ はいり、 リフト に のって 3 ガイ へ のぼった。 それから ある レストーラン の ガラスド を おして はいろう と した。 が、 ガラスド は うごかなかった。 のみならず そこ には 「テイキュウビ」 と かいた ウルシヌリ の フダ も さがって いた。 ボク は いよいよ フカイ に なり、 ガラスド の ムコウ の テーブル の ウエ に リンゴ や バナナ を もった の を みた まま、 もう イチド オウライ へ でる こと に した。 すると カイシャイン らしい オトコ が フタリ ナニ か カイカツ に しゃべりながら、 この ビルディング へ はいる ため に ボク の カタ を こすって いった。 カレラ の ヒトリ は その ヒョウシ に 「いらいら して ね」 と いった らしかった。
 ボク は オウライ に たたずんだ なり、 タクシー の とおる の を まちあわせて いた。 タクシー は ヨウイ に とおらなかった。 のみならず たまに とおった の は かならず きいろい クルマ だった。 (この きいろい タクシー は なぜか ボク に コウツウ ジコ の メンドウ を かける の を ツネ と して いた。) その うち に ボク は エンギ の いい ミドリイロ の クルマ を みつけ、 とにかく アオヤマ の ボチ に ちかい セイシン ビョウイン へ でかける こと に した。
「いらいら する、 ――Tantalizing ――Tantalus ――Inferno……」
 タンタルス は じっさい ガラスド-ゴシ に クダモノ を ながめた ボク ジシン だった。 ボク は 2 ド も ボク の メ に うかんだ ダンテ の ジゴク を のろいながら、 じっと ウンテンシュ の セナカ を ながめて いた。 その うち に また あらゆる もの の ウソ で ある こと を かんじだした。 セイジ、 ジツギョウ、 ゲイジュツ、 カガク、 ――いずれ も みな こういう ボク には この おそろしい ジンセイ を かくした ザッショク の エナメル に ほかならなかった。 ボク は だんだん イキグルシサ を かんじ、 タクシー の マド を あけはなったり した。 が、 ナニ か シンゾウ を しめられる カンジ は さらなかった。
 ミドリイロ の タクシー は やっと ジングウ マエ へ はしりかかった。 そこ には ある セイシン ビョウイン へ まがる ヨコチョウ が ヒトツ ある はず だった。 しかし それ も キョウ だけ は なぜか ボク には わからなかった。 ボク は デンシャ の センロ に そい、 ナンド も タクシー を オウフク させた ノチ、 とうとう あきらめて おりる こと に した。
 ボク は やっと その ヨコチョウ を みつけ、 ヌカルミ の おおい ミチ を まがって いった。 すると いつか ミチ を まちがえ、 アオヤマ サイジョウ の マエ へ でて しまった。 それ は かれこれ 10 ネン-ゼン に あった ナツメ センセイ の コクベツシキ イライ、 イチド も ボク は モン の マエ さえ とおった こと の ない タテモノ だった。 10 ネン-ゼン の ボク も コウフク では なかった。 しかし すくなくとも ヘイワ だった。 ボク は ジャリ を しいた モン の ナカ を ながめ、 「ソウセキ サンボウ」 の バショウ を おもいだしながら、 ナニ か ボク の イッショウ も イチダンラク の ついた こと を かんじない わけ には ゆかなかった。 のみならず この ボチ の マエ へ 10 ネン-メ に ボク を つれて きた ナニモノ か を かんじない わけ にも ゆかなかった。
 ある セイシン ビョウイン の モン を でた ノチ、 ボク は また ジドウシャ に のり、 マエ の ホテル へ かえる こと に した。 が、 この ホテル の ゲンカン へ おりる と、 レーンコート を きた オトコ が ヒトリ ナニ か キュウジ と ケンカ を して いた。 キュウジ と? ――いや、 それ は キュウジ では ない、 ミドリイロ の フク を きた ジドウシャ-ガカリ だった。 ボク は この ホテル へ はいる こと に ナニ か フキツ な ココロモチ を かんじ、 さっさと モト の ミチ を ひきかえして いった。
 ボク の ギンザ-ドオリ へ でた とき には かれこれ ヒノクレ も ちかづいて いた。 ボク は リョウガワ に ならんだ ミセ や めまぐるしい ヒトドオリ に いっそう ユウウツ に ならず には いられなかった。 ことに オウライ の ヒトビト の ツミ など と いう もの を しらない よう に ケイカイ に あるいて いる の は フカイ だった。 ボク は うすあかるい ガイコウ に デントウ の ヒカリ の まじった ナカ を どこまでも キタ へ あるいて いった。 その うち に ボク の メ を とらえた の は ザッシ など を つみあげた ホンヤ だった。 ボク は この ホンヤ の ミセ へ はいり、 ぼんやり と ナンダン か の ショダナ を みあげた。 それから 「ギリシャ シンワ」 と いう 1 サツ の ホン へ メ を とおす こと に した。 きいろい ヒョウシ を した 「ギリシャ シンワ」 は コドモ の ため に かかれた もの らしかった。 けれども ぐうぜん ボク の よんだ 1 ギョウ は たちまち ボク を うちのめした。
「いちばん えらい ツォイス の カミ でも フクシュウ の カミ には かないません。……」
 ボク は この ホンヤ の ミセ を ウシロ に ヒトゴミ の ナカ を あるいて いった。 いつか まがりだした ボク の セナカ に たえず ボク を つけねらって いる フクシュウ の カミ を かんじながら。……

 3、 ヨル

 ボク は マルゼン の 2 カイ の ショダナ に ストリントベルグ の 「デンセツ」 を みつけ、 2~3 ページ ずつ メ を とおした。 それ は ボク の ケイケン と タイサ の ない こと を かいた もの だった。 のみならず きいろい ヒョウシ を して いた。 ボク は 「デンセツ」 を ショダナ へ もどし、 コンド は ほとんど てあたりしだい に あつい ホン を 1 サツ ひきずりだした。 しかし この ホン も サシエ の 1 マイ に ボクラ ニンゲン と カワリ の ない、 メハナ の ある ハグルマ ばかり ならべて いた。 (それ は ある ドイツジン の あつめた セイシンビョウシャ の ガシュウ だった。) ボク は いつか ユウウツ の ナカ に ハンコウテキ セイシン の おこる の を かんじ、 やぶれかぶれ に なった トバクキョウ の よう に イロイロ の ホン を ひらいて いった。 が、 なぜか どの ホン も かならず ブンショウ か サシエ か の ナカ に タショウ の ハリ を かくして いた。 どの ホン も? ――ボク は ナンド も よみかえした 「マダム ボヴァリー」 を テ に とった とき さえ、 ひっきょう ボク ジシン も チュウサン カイキュウ の ムッシウ ボヴァリー に ほかならない の を かんじた。……
 ヒノクレ に ちかい マルゼン の 2 カイ には ボク の ホカ に キャク も ない らしかった。 ボク は デントウ の ヒカリ の ナカ に ショダナ の アイダ を さまよって いった。 それから 「シュウキョウ」 と いう フダ を かかげた ショダナ の マエ に アシ を やすめ、 ミドリイロ の ヒョウシ を した 1 サツ の ホン へ メ を とおした。 この ホン は モクジ の ダイ ナンショウ か に 「おそろしい ヨッツ の テキ、 ――ギワク、 キョウフ、 キョウマン、 カンノウテキ ヨクボウ」 と いう コトバ を ならべて いた。 ボク は こういう コトバ を みる が はやい か、 いっそう ハンコウテキ セイシン の おこる の を かんじた。 それら の テキ と よばれる もの は すくなくとも ボク には カンジュセイ や リチ の イミョウ に ほかならなかった。 が、 デントウテキ セイシン も やはり キンダイテキ セイシン の よう に やはり ボク を フコウ に する の は いよいよ ボク には たまらなかった。 ボク は この ホン を テ に した まま、 ふと いつか ペン ネーム に もちいた 「ジュリョウ ヨシ」 と いう コトバ を おもいだした。 それ は カンタン の アユミ を まなばない うち に ジュリョウ の アユミ を わすれて しまい、 ダコウ ホフク して キキョウ した と いう 「カンピシ」 -チュウ の セイネン だった。 コンニチ の ボク は ダレ の メ にも 「ジュリョウ ヨシ」 で ある の に ちがいなかった。 しかし まだ ジゴク へ おちなかった ボク も この ペン ネーム を もちいて いた こと は、 ――ボク は おおきい ショダナ を ウシロ に つとめて モウソウ を はらう よう に し、 ちょうど ボク の ムコウ に あった ポスター の テンランシツ へ はいって いった。 が、 そこ にも 1 マイ の ポスター の ナカ には セイ-ジョージ らしい キシ が ヒトリ ツバサ の ある リュウ を さしころして いた。 しかも その キシ は カブト の シタ に ボク の テキ の ヒトリ に ちかい シカメツラ を なかば あらわして いた。 ボク は また 「カンピシ」 の ナカ の トリュウ の ギ の ハナシ を おもいだし、 テンランシツ へ とおりぬけず に ハバ の ひろい カイダン を くだって いった。
 ボク は もう ヨル に なった ニホンバシ-ドオリ を あるきながら、 トリュウ と いう コトバ を かんがえつづけた。 それ は また ボク の もって いる スズリ の メイ にも ちがいなかった。 この スズリ を ボク に おくった の は ある わかい ジギョウカ だった。 カレ は イロイロ の ジギョウ に シッパイ した アゲク、 とうとう キョネン の クレ に ハサン して しまった。 ボク は たかい ソラ を みあげ、 ムスウ の ホシ の ヒカリ の ナカ に どの くらい この チキュウ の ちいさい か と いう こと を、 ――したがって どの くらい ボク ジシン の ちいさい か と いう こと を かんがえよう と した。 しかし ヒルマ は はれて いた ソラ も いつか もう すっかり くもって いた。 ボク は とつぜん ナニモノ か の ボク に テキイ を もって いる の を かんじ、 デンシャ センロ の ムコウ に ある ある カッフェ へ ヒナン する こと に した。
 それ は 「ヒナン」 に ちがいなかった。 ボク は この カッフェ の バライロ の カベ に ナニ か ヘイワ に ちかい もの を かんじ、 いちばん オク の テーブル の マエ に やっと らくらく と コシ を おろした。 そこ には さいわい ボク の ホカ に 2~3 ニン の キャク の ある だけ だった。 ボク は 1 パイ の ココア を すすり、 フダン の よう に マキタバコ を ふかしだした。 マキタバコ の ケムリ は バライロ の カベ へ かすか に あおい ケムリ を たちのぼらせて いった。 この やさしい イロ の チョウワ も やはり ボク には ユカイ だった。 けれども ボク は しばらく の ノチ、 ボク の ヒダリ の カベ に かけた ナポレオン の ショウゾウガ を みつけ、 そろそろ また フアン を かんじだした。 ナポレオン は まだ ガクセイ だった とき、 カレ の チリ の ノートブック の サイゴ に 「セーント ヘレナ、 ちいさい シマ」 と しるして いた。 それ は あるいは ボクラ の いう よう に グウゼン だった かも しれなかった。 しかし ナポレオン ジシン に さえ キョウフ を よびおこした の は たしか だった。……
 ボク は ナポレオン を みつめた まま、 ボク ジシン の サクヒン を かんがえだした。 すると まず キオク に うかんだ の は 「シュジュ の コトバ」 の ナカ の アフォリズム だった。 (ことに 「ジンセイ は ジゴク より も ジゴクテキ で ある」 と いう コトバ だった。) それから 「ジゴクヘン」 の シュジンコウ、 ――ヨシヒデ と いう エシ の ウンメイ だった。 それから…… ボク は マキタバコ を ふかしながら、 こういう キオク から のがれる ため に この カッフェ の ナカ を ながめまわした。 ボク の ここ へ ヒナン した の は 5 フン も たたない マエ の こと だった。 しかし この カッフェ は タンジカン の アイダ に すっかり ヨウス を あらためて いた。 なかんずく ボク を フカイ に した の は マホガニー マガイ の イス や テーブル の すこしも アタリ の バライロ の カベ と チョウワ を たもって いない こと だった。 ボク は もう イチド ヒトメ に みえない クルシミ の ナカ に おちこむ の を おそれ、 ギンカ を 1 マイ なげだす が はやい か、 そうそう この カッフェ を でよう と した。
「もし、 もし、 20 セン いただきます が、……」
 ボク の なげだした の は ドウカ だった。
 ボク は クツジョク を かんじながら、 ヒトリ オウライ を あるいて いる うち に ふと とおい マツバヤシ の ナカ に ある ボク の イエ を おもいだした。 それ は ある コウガイ に ある ボク の ヨウフボ の イエ では ない、 ただ ボク を チュウシン に した カゾク の ため に かりた イエ だった。 ボク は かれこれ 10 ネン-ゼン にも こういう イエ に くらして いた。 しかし ある ジジョウ の ため に ケイソツ にも フボ と ドウキョ しだした。 ドウジ に また ドレイ に、 ボウクン に、 チカラ の ない リコ シュギシャ に かわりだした。……
 マエ の ホテル に かえった の は もう かれこれ 10 ジ だった。 ずっと ながい ミチ を あるいて きた ボク は ボク の ヘヤ へ かえる チカラ を うしない、 ふとい マルタ の ヒ を もやした ロ の マエ の イス に コシ を おろした。 それから ボク の ケイカク して いた チョウヘン の こと を かんがえだした。 それ は スイコ から メイジ に いたる カク-ジダイ の タミ を シュジンコウ に し、 だいたい 30 あまり の タンペン を ジダイジュン に つらねた チョウヘン だった。 ボク は ヒノコ の まいあがる の を みながら、 ふと キュウジョウ の マエ に ある ある ドウゾウ を おもいだした。 この ドウゾウ は カッチュウ を き、 チュウギ の ココロ ソノモノ の よう に たかだか と ウマ の ウエ に またがって いた。 しかし カレ の テキ だった の は、――
「ウソ!」
 ボク は また とおい カコ から まぢかい ゲンダイ へ すべりおちた。 そこ へ サイワイ にも きあわせた の は ある センパイ の チョウコクカ だった。 カレ は あいかわらず ビロウド の フク を き、 みじかい ヤギヒゲ を そらせて いた。 ボク は イス から たちあがり、 カレ の さしだした テ を にぎった。 (それ は ボク の シュウカン では ない、 パリ や ベルリン に ハンセイ を おくった カレ の シュウカン に したがった の だった。) が、 カレ の テ は フシギ にも ハチュウルイ の ヒフ の よう に しめって いた。
「キミ は ここ に とまって いる の です か?」
「ええ、……」
「シゴト を し に?」
「ええ、 シゴト も して いる の です」
 カレ は じっと ボク の カオ を みつめた。 ボク は カレ の メ の ナカ に タンテイ に ちかい ヒョウジョウ を かんじた。
「どう です、 ボク の ヘヤ へ はなし に きて は?」
 ボク は チョウセンテキ に はなしかけた。 (この ユウキ に とぼしい くせ に たちまち チョウセンテキ タイド を とる の は ボク の アクヘキ の ヒトツ だった。) すると カレ は ビショウ しながら、 「どこ、 キミ の ヘヤ は?」 と たずねかえした。
 ボクラ は シンユウ の よう に カタ を ならべ、 しずか に はなして いる ガイコクジン たち の ナカ を ボク の ヘヤ へ かえって いった。 カレ は ボク の ヘヤ へ くる と、 カガミ を ウシロ に して コシ を おろした。 それから イロイロ の こと を はなしだした。 イロイロ の こと を? ――しかし タイテイ は オンナ の ハナシ だった。 ボク は ツミ を おかした ため に ジゴク に おちた ヒトリ に ちがいなかった。 が、 それ だけ に アクトク の ハナシ は いよいよ ボク を ユウウツ に した。 ボク は イチジテキ セイキョウト に なり、 それら の オンナ を あざけりだした。
「S-コ さん の クチビル を みたまえ。 あれ は ナンニン も の セップン の ため に……」
 ボク は ふと クチ を つぐみ、 カガミ の ナカ の カレ の ウシロスガタ を みつめた。 カレ は ちょうど ミミ の シタ に きいろい コウヤク を はりつけて いた。
「ナンニン も の セップン の ため に?」
「そんな ヒト の よう に おもいます がね」
 カレ は ビショウ して うなずいて いた。 ボク は カレ の ナイシン では ボク の ヒミツ を しる ため に たえず ボク を チュウイ して いる の を かんじた。 けれども やはり ボクラ の ハナシ は オンナ の こと を はなれなかった。 ボク は カレ を にくむ より も ボク ジシン の キ の よわい の を はじ、 いよいよ ユウウツ に ならず には いられなかった。
 やっと カレ の かえった ノチ、 ボク は ベッド の ウエ に ころがった まま、 「アンヤ コウロ」 を よみはじめた。 シュジンコウ の セイシンテキ トウソウ は いちいち ボク には ツウセツ だった。 ボク は この シュジンコウ に くらべる と、 どの くらい ボク の アホウ だった か を かんじ、 いつか ナミダ を ながして いた。 ドウジ に また ナミダ は ボク の キモチ に いつか ヘイワ を あたえて いた。 が、 それ も ながい こと では なかった。 ボク の ミギ の メ は もう イチド ハントウメイ の ハグルマ を かんじだした。 ハグルマ は やはり まわりながら、 しだいに カズ を ふやして いった。 ボク は ズツウ の はじまる こと を おそれ、 マクラモト に ホン を おいた まま、 0.8 グラム の ヴェロナール を のみ、 とにかく ぐっすり と ねむる こと に した。
 けれども ボク は ユメ の ナカ に ある プール を ながめて いた。 そこ には また ダンジョ の コドモ たち が ナンニン も およいだり もぐったり して いた。 ボク は この プール を ウシロ に ムコウ の マツバヤシ へ あるいて いった。 すると ダレ か ウシロ から 「オトウサン」 と ボク に コエ を かけた。 ボク は ちょっと ふりかえり、 プール の マエ に たった ツマ を みつけた。 ドウジ に また はげしい コウカイ を かんじた。
「オトウサン、 タオル は?」
「タオル は いらない。 コドモ たち に キ を つける の だよ」
 ボク は また アユミ を つづけだした。 が、 ボク の あるいて いる の は いつか プラットフォーム に かわって いた。 それ は イナカ の テイシャジョウ だった と みえ、 ながい イケガキ の ある プラットフォーム だった。 そこ には また H と いう ダイガクセイ や トシ を とった オンナ も たたずんで いた。 カレラ は ボク の カオ を みる と、 ボク の マエ へ あゆみより、 クチグチ に ボク へ はなしかけた。
「オオカジ でした わね」
「ボク も やっと にげて きた の」
 ボク は この トシ を とった オンナ に ナニ か ミオボエ の ある よう に かんじた。 のみならず カノジョ と はなして いる こと に ある ユカイ な コウフン を かんじた。 そこ へ キシャ は ケムリ を あげながら、 しずか に プラットフォーム へ ヨコヅケ に なった。 ボク は ヒトリ この キシャ に のり、 リョウガワ に しろい ヌノ を たらした シンダイ の アイダ を あるいて いった。 すると ある シンダイ の ウエ に ミイラ に ちかい ラタイ の オンナ が ヒトリ こちら を むいて ヨコ に なって いた。 それ は また ボク の フクシュウ の カミ、 ――ある キョウジン の ムスメ に ちがいなかった。……
 ボク は メ を さます が はやい か、 おもわず ベッド を とびおりて いた。 ボク の ヘヤ は あいかわらず デントウ の ヒカリ に あかるかった。 が、 どこ か に ツバサ の オト や ネズミ の きしる オト も きこえて いた。 ボク は ト を あけて ロウカ へ で、 マエ の ロ の マエ へ いそいで いった。 それから イス に コシ を おろした まま、 おぼつかない ホノオ を ながめだした。 そこ へ しろい フク を きた キュウジ が ヒトリ タキギ を くわえ に あゆみよった。
「ナンジ?」
「3 ジ ハン ぐらい で ございます」
 しかし ムコウ の ロッビー の スミ には アメリカジン らしい オンナ が ヒトリ ナニ か ホン を よみつづけて いた。 カノジョ の きて いる の は トオメ に みて も ミドリイロ の ドレッス に ちがいなかった。 ボク は ナニ か すくわれた の を かんじ、 じっと ヨ の あける の を まつ こと に した。 ナガネン の ビョウク に なやみぬいた アゲク、 しずか に シ を まって いる ロウジン の よう に。……

 4、 まだ?

 ボク は この ホテル の ヘヤ に やっと マエ の タンペン を かきあげ、 ある ザッシ に おくる こと に した。 もっとも ボク の ゲンコウリョウ は 1 シュウカン の タイザイヒ にも たりない もの だった。 が、 ボク は ボク の シゴト を かたづけた こと に マンゾク し、 ナニ か セイシンテキ キョウソウザイ を もとめる ため に ギンザ の ある ホンヤ へ でかける こと に した。
 フユ の ヒ の あたった アスファルト の ウエ には カミクズ が イクツ も ころがって いた。 それら の カミクズ は ヒカリ の カゲン か、 いずれ も バラ の ハナ に そっくり だった。 ボク は ナニモノ か の コウイ を かんじ、 その ホンヤ の ミセ へ はいって いった。 そこ も また フダン より も こぎれい だった。 ただ メガネ を かけた コムスメ が ヒトリ ナニ か テンイン と はなして いた の は ボク には キガカリ に ならない こと も なかった。 けれども ボク は オウライ に おちた カミクズ の バラ の ハナ を おもいだし、 「アナトール フランス の タイワシュウ」 や 「メリメー の ショカンシュウ」 を かう こと に した。
 ボク は 2 サツ の ホン を かかえ、 ある カッフェ へ はいって いった。 それから いちばん オク の テーブル の マエ に コーヒー の くる の を まつ こと に した。 ボク の ムコウ には オヤコ らしい ダンジョ が フタリ すわって いた。 その ムスコ は ボク より も わかかった ものの、 ほとんど ボク に そっくり だった。 のみならず カレラ は コイビト ドウシ の よう に カオ を ちかづけて はなしあって いた。 ボク は カレラ を みて いる うち に すくなくとも ムスコ は セイテキ にも ハハオヤ に ナグサメ を あたえて いる こと を イシキ して いる の に きづきだした。 それ は ボク にも オボエ の ある シンワリョク の イチレイ に ちがいなかった。 ドウジ に また ゲンセ を ジゴク に する ある イシ の イチレイ にも ちがいなかった。 しかし、 ――ボク は また クルシミ に おちいる の を おそれ、 ちょうど コーヒー の きた の を サイワイ、 「メリメー の ショカンシュウ」 を よみはじめた。 カレ は この ショカンシュウ の ナカ にも カレ の ショウセツ の ナカ の よう に するどい アフォリズム を ひらめかせて いた。 それら の アフォリズム は ボク の キモチ を いつか テツ の よう に ガンジョウ に しだした。 (この エイキョウ を うけやすい こと も ボク の ジャクテン の ヒトツ だった。) ボク は 1 パイ の コーヒー を のみおわった ノチ、 「なんでも こい」 と いう キ に なり、 さっさと この カッフェ を ウシロ に して いった。
 ボク は オウライ を あるきながら、 イロイロ の カザリマド を のぞいて いった。 ある ガクブチヤ の カザリマド は ベートーヴェン の ショウゾウガ を かかげて いた。 それ は カミ を さかだてた テンサイ ソノモノ-らしい ショウゾウガ だった。 ボク は この ベートーヴェン を コッケイ に かんぜず には いられなかった。……
 その うち に ふと であった の は コウトウ ガッコウ イライ の キュウユウ だった。 この オウヨウ カガク の ダイガク キョウジュ は おおきい ナカオレ カバン を かかえ、 カタメ だけ マッカ に チ を ながして いた。
「どうした、 キミ の メ は?」
「これ か? これ は タダ の ケツマクエン さ」
 ボク は ふと 14~15 ネン イライ、 いつも シンワリョク を かんじる たび に ボク の メ も カレ の メ の よう に ケツマクエン を おこす の を おもいだした。 が、 なんとも いわなかった。 カレ は ボク の カタ を たたき、 ボクラ の トモダチ の こと を はなしだした。 それから ハナシ を つづけた まま、 ある カッフェ へ ボク を つれて いった。
「ヒサシブリ だなあ。 シュ シュンスイ の ケンピシキ イライ だろう」
 カレ は ハマキ に ヒ を つけた ノチ、 ダイリセキ の テーブル-ゴシ に こう ボク に はなしかけた。
「そう だ。 あの シュ シュン……」
 ボク は なぜか シュ シュンスイ と いう コトバ を セイカク に ハツオン できなかった。 それ は ニホンゴ だった だけ に ちょっと ボク を フアン に した。 しかし カレ は ムトンジャク に イロイロ の こと を はなして いった。 K と いう ショウセツカ の こと を、 カレ の かった ブルドッグ の こと を、 リウイサイト と いう ドク ガス の こと を。……
「キミ は ちっとも かかない よう だね。 『テンキボ』 と いう の は よんだ けれども。 ……あれ は キミ の ジジョデン かい?」
「うん、 ボク の ジジョデン だ」
「あれ は ちょっと ビョウテキ だった ぜ。 コノゴロ は カラダ は いい の かい?」
「あいかわらず クスリ ばかり のんで いる シマツ だ」
「ボク も コノゴロ は フミンショウ だ がね」
「ボク も? ――どうして キミ は 『ボク も』 と いう の だ?」
「だって キミ も フミンショウ だ って いう じゃ ない か? フミンショウ は キケン だぜ。……」
 カレ は ヒダリ だけ ジュウケツ した メ に ビショウ に ちかい もの を うかべて いた。 ボク は ヘンジ を する マエ に 「フミンショウ」 の ショウ の ハツオン を セイカク に できない の を かんじだした。
「キチガイ の ムスコ には アタリマエ だ」
 ボク は 10 プン と たたない うち に ヒトリ また オウライ を あるいて いった。 アスファルト の ウエ に おちた カミクズ は ときどき ボクラ ニンゲン の カオ の よう にも みえない こと は なかった。 すると ムコウ から ダンパツ に した オンナ が ヒトリ とおりかかった。 カノジョ は トオメ には うつくしかった。 けれども メノマエ へ きた の を みる と、 コジワ の ある うえ に みにくい カオ を して いた。 のみならず ニンシン して いる らしかった。 ボク は おもわず カオ を そむけ、 ひろい ヨコチョウ を まがって いった。 が、 しばらく あるいて いる うち に ジ の イタミ を かんじだした。 それ は ボク には ザヨク より ホカ に なおす こと の できない イタミ だった。
「ザヨク、 ――ベートーヴェン も やはり ザヨク を して いた。……」
 ザヨク に つかう イオウ の ニオイ は たちまち ボク の ハナ を おそいだした。 しかし もちろん オウライ には どこ にも イオウ は みえなかった。 ボク は もう イチド カミクズ の バラ の ハナ を おもいだしながら、 つとめて しっかり と あるいて いった。
 1 ジカン ばかり たった ノチ、 ボク は ボク の ヘヤ に とじこもった まま、 マド の マエ の ツクエ に むかい、 あたらしい ショウセツ に とりかかって いた。 ペン は ボク にも フシギ だった くらい、 ずんずん ゲンコウ ヨウシ の ウエ を はしって いった。 しかし それ も 2~3 ジカン の ノチ には ダレ か ボク の メ に みえない モノ に おさえられた よう に とまって しまった。 ボク は やむ を えず ツクエ の マエ を はなれ、 あちこち と ヘヤ の ナカ を あるきまわった。 ボク の コダイ モウソウ は こういう とき に もっとも いちじるしかった。 ボク は ヤバン な ヨロコビ の ナカ に ボク には リョウシン も なければ サイシ も ない、 ただ ボク の ペン から ながれだした イノチ だけ ある と いう キ に なって いた。
 けれども ボク は 4~5 フン の ノチ、 デンワ に むかわなければ ならなかった。 デンワ は ナンド ヘンジ を して も、 ただ ナニ か アイマイ な コトバ を くりかえして つたえる ばかり だった。 が、 それ は ともかくも モール と きこえた の に ちがいなかった。 ボク は とうとう デンワ を はなれ、 もう イチド ヘヤ の ナカ を あるきだした。 しかし モール と いう コトバ だけ は ミョウ に キ に なって ならなかった。
「モール ―― Mole……」
 モール は モグラモチ と いう エイゴ だった。 この レンソウ も ボク には ユカイ では なかった。 が、 ボク は 2~3 ビョウ の ノチ、 Mole を la mort に つづりなおした。 ラ モール は、 ――シ と いう フランス-ゴ は たちまち ボク を フアン に した。 シ は アネ の オット に せまって いた よう に ボク にも せまって いる らしかった。 けれども ボク は フアン の ナカ にも ナニ か オカシサ を かんじて いた。 のみならず いつか ビショウ して いた。 この オカシサ は なんの ため に おこる か? ――それ は ボク ジシン にも わからなかった。 ボク は ヒサシブリ に カガミ の マエ に たち、 マトモ に ボク の カゲ と むかいあった。 ボク の カゲ も もちろん ビショウ して いた。 ボク は この カゲ を みつめて いる うち に ダイニ の ボク の こと を おもいだした。 ダイニ の ボク、 ――ドイツジン の いわゆる ドッペルゲンガー は シアワセ にも ボク ジシン に みえた こと は なかった。 しかし アメリカ の エイガ ハイユウ に なった K クン の フジン は ダイニ の ボク を テイゲキ の ロウカ に みかけて いた。 (ボク は とつぜん K クン の フジン に 「センダッテ は つい ゴアイサツ も しません で」 と いわれ、 トウワク した こと を おぼえて いる。) それから もう コジン に なった ある カタアシ の ホンヤクカ も やはり ギンザ の ある タバコヤ に ダイニ の ボク を みかけて いた。 シ は あるいは ボク より も ダイニ の ボク に くる の かも しれなかった。 もし また ボク に きた と して も、 ――ボク は カガミ に ウシロ を むけ、 マド の マエ の ツクエ へ かえって いった。
 シカク に ギョウカイガン を くんだ マド は カレシバ や イケ を のぞかせて いた。 ボク は この ニワ を ながめながら、 とおい マツバヤシ の ナカ に やいた ナンサツ か の ノートブック や ミカンセイ の ギキョク を おもいだした。 それから ペン を とりあげる と、 もう イチド あたらしい ショウセツ を かきはじめた。

 5、 シャッコウ

 ヒ の ヒカリ は ボク を くるしめだした。 ボク は じっさい モグラモチ の よう に マド の マエ へ カーテン を おろし、 ヒルマ も デントウ を ともした まま、 せっせと マエ の ショウセツ を つづけて いった。 それから シゴト に つかれる と、 テーヌ の イギリス ブンガクシ を ひろげ、 シジン たち の ショウガイ に メ を とおした。 カレラ は いずれ も フコウ だった。 エリザベス-チョウ の キョジン たち さえ、 ――イチダイ の ガクシャ だった ベン ジョンソン さえ カレ の アシ の オヤユビ の ウエ に ローマ と カルセージ との グンゼイ の タタカイ を はじめる の を ながめた ほど シンケイテキ ヒロウ に おちいって いた。 ボク は こういう カレラ の フコウ に ザンコク な アクイ に みちみちた ヨロコビ を かんじず には いられなかった。
 ある ヒガシカゼ の つよい ヨル、 (それ は ボク には いい シルシ だった。) ボク は チカシツ を ぬけて オウライ へ で、 ある ロウジン を たずねる こと に した。 カレ は ある セイショ-ガイシャ の ヤネウラ に たった ヒトリ コヅカイ を しながら、 キトウ や ドクショ に ショウジン して いた。 ボクラ は ヒバチ に テ を かざしながら、 カベ に かけた ジュウジカ の シタ に イロイロ の こと を はなしあった。 なぜ ボク の ハハ は ハッキョウ した か? なぜ ボク の チチ の ジギョウ は シッパイ した か? なぜ また ボク は ばっせられた か? ――それら の ヒミツ を しって いる カレ は ミョウ に おごそか な ビショウ を うかべ、 いつまでも ボク の アイテ を した。 のみならず ときどき みじかい コトバ に ジンセイ の カリカテュア を えがいたり した。 ボク は この ヤネウラ の インジャ を ソンケイ しない わけ には ゆかなかった。 しかし カレ と はなして いる うち に カレ も また シンワリョク の ため に うごかされて いる こと を ハッケン した。――
「その ウエキヤ の ムスメ と いう の は キリョウ も いい し、 キダテ も いい し、 ――それ は ワタシ に やさしく して くれる の です」
「イクツ?」
「コトシ で 18 です」
 それ は カレ には チチ-らしい アイ で ある かも しれなかった。 しかし ボク は カレ の メ の ナカ に ジョウネツ を かんじず には いられなかった。 のみならず カレ の すすめた リンゴ は いつか きばんだ カワ の ウエ へ イッカクジュウ の スガタ を あらわして いた。 (ボク は モクメ や コーヒー-ヂャワン の ヒビ に たびたび シンワテキ ドウブツ を ハッケン して いた。) イッカクジュウ は キリン に ちがいなかった。 ボク は ある テキイ の ある ヒヒョウカ の ボク を 「910 ネンダイ の キリンジ」 と よんだ の を おもいだし、 この ジュウジカ の かかった ヤネウラ も アンゼン チタイ では ない こと を かんじた。
「いかが です か、 コノゴロ は?」
「あいかわらず シンケイ ばかり いらいら して ね」
「それ は クスリ では ダメ です よ。 シンジャ に なる キ は ありません か?」
「もし ボク でも なれる もの なら……」
「なにも むずかしい こと は ない の です。 ただ カミ を しんじ、 カミ の コ の キリスト を しんじ、 キリスト の おこなった キセキ を しんじ さえ すれば……」
「アクマ を しんじる こと は できます がね。……」
「では なぜ カミ を しんじない の です? もし カゲ を しんじる ならば、 ヒカリ も しんじず には いられない でしょう?」
「しかし ヒカリ の ない ヤミ も ある でしょう」
「ヒカリ の ない ヤミ とは?」
 ボク は だまる より ホカ は なかった。 カレ も また ボク の よう に ヤミ の ナカ を あるいて いた。 が、 ヤミ の ある イジョウ は ヒカリ も ある と しんじて いた。 ボクラ の ロンリ の ことなる の は ただ こういう イッテン だけ だった。 しかし それ は すくなくとも ボク には こえられない ミゾ に ちがいなかった。……
「けれども ヒカリ は かならず ある の です。 その ショウコ には キセキ が ある の です から。 ……キセキ など と いう もの は イマ でも たびたび おこって いる の です よ」
「それ は アクマ の おこなう キセキ は。……」
「どうして また アクマ など と いう の です?」
 ボク は この 1~2 ネン の アイダ、 ボク ジシン の ケイケン した こと を カレ に はなしたい ユウワク を かんじた。 が、 カレ から サイシ に つたわり、 ボク も また ハハ の よう に セイシン ビョウイン に はいる こと を おそれない わけ にも ゆかなかった。
「あすこ に ある の は?」
 この たくましい ロウジン は ふるい ショダナ を ふりかえり、 ナニ か ボクヨウジン-らしい ヒョウジョウ を しめした。
「ドストエフスキー ゼンシュウ です。 『ツミ と バツ』 は オヨミ です か?」
 ボク は もちろん 10 ネン-ゼン にも 4~5 サツ の ドストエフスキー に したしんで いた。 が、 ぐうぜん (?) カレ の いった 『ツミ と バツ』 と いう コトバ に カンドウ し、 この ホン を かして もらった うえ、 マエ の ホテル へ かえる こと に した。 デントウ の ヒカリ に かがやいた、 ヒトドオリ の おおい オウライ は やはり ボク には フカイ だった。 ことに シリビト に あう こと は とうてい たえられない の に ちがいなかった。 ボク は つとめて くらい オウライ を えらび、 ヌスビト の よう に あるいて いった。
 しかし ボク は しばらく の ノチ、 いつか イ の イタミ を かんじだした。 この イタミ を とめる もの は 1 パイ の ウィスキー の ある だけ だった。 ボク は ある バー を みつけ、 その ト を おして はいろう と した。 けれども せまい バー の ナカ には タバコ の ケムリ の たちこめた ナカ に ゲイジュツカ らしい セイネン たち が ナンニン も むらがって サケ を のんで いた。 のみならず カレラ の マンナカ には ミミカクシ に ゆった オンナ が ヒトリ ネッシン に マンドリン を ひきつづけて いた。 ボク は たちまち トウワク を かんじ、 ト の ナカ へ はいらず に ひきかえした。 すると いつか ボク の カゲ の サユウ に ゆれて いる の を ハッケン した。 しかも ボク を てらして いる の は ブキミ にも あかい ヒカリ だった。 ボク は オウライ に たちどまった。 けれども ボク の カゲ は マエ の よう に たえず サユウ に うごいて いた。 ボク は おずおず ふりかえり、 やっと この バー の ノキ に つった イロガラス の ランターン を ハッケン した。 ランターン は はげしい カゼ の ため に おもむろに クウチュウ に うごいて いた。……
 ボク の ツギ に はいった の は ある チカシツ の レストーラン だった。 ボク は そこ の バー の マエ に たち、 ウィスキー を 1 パイ チュウモン した。
「ウィスキー を? ブラック アンド ホワイト ばかり で ございます が、……」
 ボク は ソーダ-スイ の ナカ に ウィスキー を いれ、 だまって ヒトクチ ずつ のみはじめた。 ボク の トナリ には シンブン キシャ らしい 30 ゼンゴ の オトコ が フタリ ナニ か コゴエ に はなして いた。 のみならず フランス-ゴ を つかって いた。 ボク は カレラ に セナカ を むけた まま、 ゼンシン に カレラ の シセン を かんじた。 それ は じっさい デンパ の よう に ボク の カラダ に こたえる もの だった。 カレラ は たしか に ボク の ナ を しり、 ボク の ウワサ を して いる らしかった。
「Bien…… très mauvais…… pourquoi?……」
「Pourquoi?…… le diable est mort!……」
「Oui, oui…… d'enfer……」
 ボク は ギンカ を 1 マイ なげだし、 (それ は ボク の もって いる サイゴ の 1 マイ の ギンカ だった。) この チカシツ の ソト へ のがれる こと に した。 ヨカゼ の ふきわたる オウライ は たしょう イ の イタミ の うすらいだ ボク の シンケイ を ジョウブ に した。 ボク は ラスコルニコフ を おもいだし、 ナニゴト も ザンゲ したい ヨクボウ を かんじた。 が、 それ は ボク ジシン の ホカ にも、 ――いや、 ボク の カゾク の ホカ にも ヒゲキ を しょうじる の に ちがいなかった。 のみならず この ヨクボウ さえ シンジツ か どう か は うたがわしかった。 もし ボク の シンケイ さえ ジョウジン の よう に ジョウブ に なれば、 ――けれども ボク は その ため には どこ か へ ゆかなければ ならなかった。 マドリッド へ、 リオ へ、 サマルカンド へ、……
 その うち に ある ミセ の ノキ に つった、 しろい コガタ の カンバン は とつぜん ボク を フアン に した。 それ は ジドウシャ の タイアー に ツバサ の ある ショウヒョウ を えがいた もの だった。 ボク は この ショウヒョウ に ジンコウ の ツバサ を タヨリ に した コダイ の ギリシャジン を おもいだした。 カレ は クウチュウ に まいあがった アゲク、 タイヨウ の ヒカリ に ツバサ を やかれ、 とうとう カイチュウ に デキシ して いた。 マドリッド へ、 リオ へ、 サマルカンド へ、 ――ボク は こういう ボク の ユメ を あざわらわない わけ には ゆかなかった。 ドウジ に また フクシュウ の カミ に おわれた オレステス を かんがえない わけ にも ゆかなかった。
 ボク は ウンガ に そいながら、 くらい オウライ を あるいて いった。 その うち に ある コウガイ に ある ヨウフボ の イエ を おもいだした。 ヨウフボ は もちろん ボク の かえる の を まちくらして いる の に ちがいなかった。 おそらくは ボク の コドモ たち も、 ――しかし ボク は そこ へ かえる と、 おのずから ボク を ソクバク して しまう ある チカラ を おそれず には いられなかった。 ウンガ は なみだった ミズ の ウエ に ダルマブネ を 1 ソウ ヨコヅケ に して いた。 その また ダルマブネ は フネ の ソコ から うすい ヒカリ を もらして いた。 そこ にも ナンニン か の ダンジョ の カゾク は セイカツ して いる の に ちがいなかった。 やはり あいしあう ため に にくみあいながら。 ……が、 ボク は もう イチド セントウテキ セイシン を よびおこし、 ウィスキー の ヨイ を かんじた まま、 マエ の ホテル へ かえる こと に した。
 ボク は また ツクエ に むかい、 「メリメー の ショカンシュウ」 を よみつづけた。 それ は また いつのまにか ボク に セイカツリョク を あたえて いた。 しかし ボク は バンネン の メリメー の シンキョウト に なって いた こと を しる と、 にわか に カメン の カゲ に ある メリメー の カオ を かんじだした。 カレ も また やはり ボクラ の よう に ヤミ の ナカ を あるいて いる ヒトリ だった。 ヤミ の ナカ を? ―― 「アンヤ コウロ」 は こういう ボク には おそろしい ホン に かわりはじめた。 ボク は ユウウツ を わすれる ため に 「アナトール フランス の タイワシュウ」 を よみはじめた。 が、 この キンダイ の ボクヨウジン も やはり ジュウジカ を になって いた。……
 1 ジカン ばかり たった ノチ、 キュウジ は ボク に ヒトタバ の ユウビンブツ を わたし に カオ を だした。 それら の ヒトツ は ライプツィッヒ の ホンヤ から ボク に 「キンダイ の ニホン の オンナ」 と いう ショウロンブン を かけ と いう もの だった。 なぜ カレラ は とくに ボク に こういう ショウロンブン を かかせる の で あろう? のみならず この エイゴ の テガミ は 「ワレワレ は ちょうど ニホンガ の よう に クロ と シロ の ホカ に シキサイ の ない オンナ の ショウゾウガ でも マンゾク で ある」 と いう ニクヒツ の P.S を くわえて いた。 ボク は こういう 1 ギョウ に ブラック アンド ホワイト と いう ウィスキー の ナ を おもいだし、 ずたずた に この テガミ を やぶって しまった。 それから コンド は てあたりしだい に ヒトツ の テガミ の フウ を きり、 きいろい ショカンセン に メ を とおした。 この テガミ を かいた の は ボク の しらない セイネン だった。 しかし 2~3 ギョウ も よまない うち に 「アナタ の 『ジゴクヘン』 は……」 と いう コトバ は ボク を いらだたせず には おかなかった。 3 バンメ に フウ を きった テガミ は ボク の オイ から きた もの だった。 ボク は やっと ヒトイキ つき、 カジジョウ の モンダイ など を よんで いった。 けれども それ さえ サイゴ へ くる と、 いきなり ボク を うちのめした。
「カシュウ 『シャッコウ』 の サイハン を おくります から……」
 シャッコウ! ボク は ナニモノ か の レイショウ を かんじ、 ボク の ヘヤ の ソト へ ヒナン する こと に した。 ロウカ には ダレ も ヒトカゲ は なかった。 ボク は カタテ に カベ を おさえ、 やっと ロッビー へ あるいて いった。 それから イス に コシ を おろし、 とにかく マキタバコ に ヒ を うつす こと に した。 マキタバコ は なぜか エーアシップ だった。 (ボク は この ホテル へ おちついて から、 いつも スター ばかり すう こと に して いた。) ジンコウ の ツバサ は もう イチド ボク の メノマエ へ うかびだした。 ボク は ムコウ に いる キュウジ を よび、 スター を フタハコ もらう こと に した。 しかし キュウジ を シンヨウ すれば、 スター だけ は あいにく シナギレ だった。
「エーアシップ ならば ございます が、……」
 ボク は アタマ を ふった まま、 ひろい ロッビー を ながめまわした。 ボク の ムコウ には ガイコクジン が 4~5 ニン テーブル を かこんで はなして いた。 しかも カレラ の ナカ の ヒトリ、 ――あかい ワンーピース を きた オンナ は コゴエ に カレラ と はなしながら、 ときどき ボク を みて いる らしかった。
「Mrs. Townshead……」
 ナニ か ボク の メ に みえない もの は こう ボク に ささやいて いった。 ミセス タウンズヘッド など と いう ナ は もちろん ボク の しらない もの だった。 たとい ムコウ に いる オンナ の ナ に して も、 ――ボク は また イス から たちあがり、 ハッキョウ する こと を おそれながら、 ボク の ヘヤ へ かえる こと に した。
 ボク は ボク の ヘヤ へ かえる と、 すぐに ある セイシン ビョウイン へ デンワ を かける つもり だった。 が、 そこ へ はいる こと は ボク には しぬ こと に かわらなかった。 ボク は さんざん ためらった ノチ、 この キョウフ を まぎらす ため に 「ツミ と バツ」 を よみはじめた。 しかし ぐうぜん ひらいた ページ は 「カラマゾフ キョウダイ」 の イッセツ だった。 ボク は ホン を まちがえた の か と おもい、 ホン の ヒョウシ へ メ を おとした。 「ツミ と バツ」 ――ホン は 「ツミ と バツ」 に ちがいなかった。 ボク は この セイホンヤ の トジチガエ に、 ――その また とじちがえた ページ を ひらいた こと に ウンメイ の ユビ の うごいて いる の を かんじ、 やむ を えず そこ を よんで いった。 けれども 1 ページ も よまない うち に ゼンシン の ふるえる の を かんじだした。 そこ は アクマ に くるしめられる イヴァン を えがいた イッセツ だった。 イヴァン を、 ストリントベルグ を、 モーパスサン を、 あるいは この ヘヤ に いる ボク ジシン を。……
 こういう ボク を すくう もの は ただ ネムリ の ある だけ だった。 しかし サイミンザイ は いつのまにか ヒトツツミ も のこらず に なくなって いた。 ボク は とうてい ねむらず に くるしみつづける の に たえなかった。 が、 ゼツボウテキ な ユウキ を しょうじ、 コーヒー を もって きて もらった うえ、 シニモノグルイ に ペン を うごかす こと に した。 2 マイ、 5 マイ、 7 マイ、 10 マイ、 ――ゲンコウ は みるみる できあがって いった。 ボク は この ショウセツ の セカイ を チョウシゼン の ドウブツ に みたして いた。 のみならず その ドウブツ の 1 ピキ に ボク ジシン の ショウゾウガ を えがいて いた。 けれども ヒロウ は おもむろに ボク の アタマ を くもらせはじめた。 ボク は とうとう ツクエ の マエ を はなれ、 ペッド の ウエ へ アオムケ に なった。 それから 40~50 プン-カン は ねむった らしかった。 しかし また ダレ か ボク の ミミ に こういう コトバ を ささやいた の を かんじ、 たちまち メ を さまして たちあがった。
「Le diable est mort」
 ギョウカイガン の マド の ソト は いつか ひえびえ と あけかかって いた。 ボク は ちょうど ト の マエ に たたずみ、 ダレ も いない ヘヤ の ナカ を ながめまわした。 すると ムコウ の マドガラス は マダラ に ガイキ に くもった うえ に ちいさい フウケイ を あらわして いた。 それ は きばんだ マツバヤシ の ムコウ に ウミ の ある フウケイ に ちがいなかった。 ボク は おずおず マド の マエ へ ちかづき、 この フウケイ を つくって いる もの は じつは ニワ の カレシバ や イケ だった こと を ハッケン した。 けれども ボク の サッカク は いつか ボク の イエ に たいする キョウシュウ に ちかい もの を よびおこして いた。
 ボク は 9 ジ に でも なり-シダイ、 ある ザッシシャ へ デンワ を かけ、 とにかく カネ の ツゴウ を した うえ、 ボク の イエ へ かえる ケッシン を した。 ツクエ の ウエ に おいた カバン の ナカ へ ホン や ゲンコウ を おしこみながら。

 6、 ヒコウキ

 ボク は トウカイドウ セン の ある テイシャジョウ から その オク の ある ヒショチ へ ジドウシャ を とばした。 ウンテンシュ は なぜか この サムサ に ふるい レーンコート を ひっかけて いた。 ボク は この アンゴウ を ブキミ に おもい、 つとめて カレ を みない よう に マド の ソト へ メ を やる こと に した。 すると ひくい マツ の はえた ムコウ に、 ――おそらくは ふるい カイドウ に ソウシキ が 1 レツ とおる の を みつけた。 シラハリ の チョウチン や リュウトウ は その ナカ に くわわって は いない らしかった。 が、 キンギン の ゾウカ の ハス は しずか に コシ の ゼンゴ に ゆらいで いった。……
 やっと ボク の イエ へ かえった ノチ、 ボク は サイシ や サイミンヤク の チカラ に より、 2~3 ニチ は かなり ヘイワ に くらした。 ボク の 2 カイ は マツバヤシ の ウエ に かすか に ウミ を のぞかせて いた。 ボク は この 2 カイ の ツクエ に むかい、 ハト の コエ を ききながら、 ゴゼン だけ シゴト を する こと に した。 トリ は ハト や カラス の ホカ に スズメ も エンガワ へ まいこんだり した。 それ も また ボク には ユカイ だった。 「キジャク ドウ に いる」 ――ボク は ペン を もった まま、 その たび に こんな コトバ を おもいだした。
 ある なまあたたかい ドンテン の ゴゴ、 ボク は ある ザッカテン へ インク を かい に でかけて いった。 すると その ミセ に ならんで いる の は セピア イロ の インク ばかり だった。 セピア イロ の インク は どの インク より も ボク を フカイ に する の を ツネ と して いた。 ボク は やむ を えず この ミセ を で、 ヒトドオリ の すくない オウライ を ぶらぶら ヒトリ あるいて いった。 そこ へ ムコウ から キンガン らしい 40 ゼンゴ の ガイコクジン が ヒトリ カタ を そびやかせて とおりかかった。 カレ は ここ に すんで いる ヒガイ モウソウキョウ の スウェデンジン だった。 しかも カレ の ナ は ストリントベルグ だった。 ボク は カレ と すれちがう とき、 ニクタイテキ に ナニ か こたえる の を かんじた。
 この オウライ は わずか に 2~3 チョウ だった。 が、 その 2~3 チョウ を とおる うち に ちょうど ハンメン だけ くろい イヌ は ヨタビ も ボク の ソバ を とおって いった。 ボク は ヨコチョウ を まがりながら、 ブラック アンド ホワイト の ウィスキー を おもいだした。 のみならず イマ の ストリントベルグ の タイ も クロ と シロ だった の を おもいだした。 それ は ボク には どうしても グウゼン で ある とは かんがえられなかった。 もし グウゼン で ない と すれば、 ――ボク は アタマ だけ あるいて いる よう に かんじ、 ちょっと オウライ に たちどまった。 ミチバタ には ハリガネ の サク の ナカ に かすか に ニジ の イロ を おびた ガラス の ハチ が ヒトツ すてて あった。 この ハチ は また ソコ の マワリ に ツバサ らしい モヨウ を うきあがらせて いた。 そこ へ マツ の コズエ から スズメ が ナンバ も まいさがって きた。 が、 この ハチ の アタリ へ くる と、 どの スズメ も みな いいあわせた よう に イチド に クチュウ へ にげのぼって いった。……
 ボク は ツマ の ジッカ へ ゆき、 ニワサキ の トウイス に コシ を おろした。 ニワ の スミ の カナアミ の ナカ には しろい レグホーン-シュ の ニワトリ が ナンバ も しずか に あるいて いた。 それから また ボク の アシモト には クロイヌ も 1 ピキ ヨコ に なって いた。 ボク は ダレ にも わからない ギモン を とこう と あせりながら、 とにかく ガイケン だけ は ひややか に ツマ の ハハ や オトウト と セケンバナシ を した。
「しずか です ね、 ここ へ くる と」
「それ は まだ トウキョウ より も ね」
「ここ でも うるさい こと は ある の です か?」
「だって ここ も ヨノナカ です もの」
 ツマ の ハハ は こう いって わらって いた。 じっさい この ヒショチ も また 「ヨノナカ」 で ある の に ちがいなかった。 ボク は わずか に 1 ネン ばかり の アイダ に どの くらい ここ にも ザイアク や ヒゲキ の おこなわれて いる か を しりつくして いた。 おもむろに カンジャ を ドクサツ しよう と した イシャ、 ヨウシ フウフ の イエ に ホウカ した ロウバ、 イモウト の シサン を うばおう と した ベンゴシ、 ――それら の ヒトビト の イエ を みる こと は ボク には いつも ジンセイ の ナカ に ジゴク を みる こと に ことならなかった。
「この マチ には キチガイ が ヒトリ います ね」
「H ちゃん でしょう。 あれ は キチガイ じゃ ない の です よ。 バカ に なって しまった の です よ」
「ソウハツセイ チホウ と いう やつ です ね。 ボク は アイツ を みる たび に キミ が わるくって たまりません。 アイツ は コノアイダ も どういう リョウケン か、 バトウ カンゼオン の マエ に オジギ を して いました」
「キミ が わるく なる なんて、 ……もっと つよく ならなければ ダメ です よ」
「ニイサン は ボク など より も つよい の だ けれども、――」
 ブショウヒゲ を のばした ツマ の オトウト も ネドコ の ウエ に おきなおった まま、 イツモ の とおり エンリョガチ に ボクラ の ハナシ に くわわりだした。
「つよい ナカ に よわい ところ も ある から。……」
「おやおや、 それ は こまりました ね」
 ボク は こう いった ツマ の ハハ を み、 クショウ しない わけ には ゆかなかった。 すると オトウト も ビショウ しながら、 とおい カキ の ソト の マツバヤシ を ながめ、 ナニ か うっとり と はなしつづけた。 (この わかい ビョウゴ の オトウト は ときどき ボク には ニクタイ を だっした セイシン ソノモノ の よう に みえる の だった。)
「ミョウ に ニンゲンバナレ を して いる か と おもえば、 ニンゲンテキ ヨクボウ も ずいぶん はげしい し、……」
「ゼンニン か と おもえば、 アクニン でも ある し さ」
「いや、 ゼンアク と いう より も ナニ か もっと ハンタイ な もの が、……」
「じゃ オトナ の ナカ に コドモ も ある の だろう」
「そう でも ない。 ボク には はっきり と いえない けれど、 ……デンキ の リョウキョク に にて いる の かな。 なにしろ ハンタイ な もの を イッショ に もって いる」
 そこ へ ボクラ を おどろかした の は はげしい ヒコウキ の ヒビキ だった。 ボク は おもわず ソラ を みあげ、 マツ の コズエ に ふれない ばかり に まいあがった ヒコウキ を ハッケン した。 それ は ツバサ を キイロ に ぬった、 めずらしい タンヨウ の ヒコウキ だった。 ニワトリ や イヌ は この ヒビキ に おどろき、 それぞれ ハッポウ へ にげまわった。 ことに イヌ は ほえたてながら、 オ を まいて エン の シタ へ はいって しまった。
「あの ヒコウキ は おち は しない か?」
「だいじょうぶ。 ……ニイサン は ヒコウキビョウ と いう ビョウキ を しって いる?」
 ボク は マキタバコ に ヒ を つけながら、 「いや」 と いう カワリ に アタマ を ふった。
「ああいう ヒコウキ に のって いる ヒト は コウクウ の クウキ ばかり すって いる もの だ から、 だんだん この ジメン の ウエ の クウキ に たえられない よう に なって しまう の だって。……」
 ツマ の ハハ の イエ を ウシロ に した ノチ、 ボク は エダ ヒトツ うごかさない マツバヤシ の ナカ を あるきながら、 じりじり ユウウツ に なって いった。 なぜ あの ヒコウキ は ホカ へ ゆかず に ボク の アタマ の ウエ を とおった の で あろう? なぜ また あの ホテル は マキタバコ の エーアシップ ばかり うって いた の で あろう? ボク は イロイロ の ギモン に くるしみ、 ヒトゲ の ない ミチ を よって あるいて いった。
 ウミ は ひくい スナヤマ の ムコウ に イチメン に ハイイロ に くもって いた。 その また スナヤマ には ブランコ の ない ブランコダイ が ヒトツ つったって いた。 ボク は この ブランコダイ を ながめ、 たちまち コウシュダイ を おもいだした。 じっさい また ブランコダイ の ウエ には カラス が 2~3 バ とまって いた。 カラス は みな ボク を みて も、 とびたつ ケシキ さえ しめさなかった。 のみならず マンナカ に とまって いた カラス は おおきい クチバシ を ソラ へ あげながら、 たしか に ヨタビ コエ を だした。
 ボク は シバ の かれた スナドテ に そい、 ベッソウ の おおい コミチ を まがる こと に した。 この コミチ の ミギガワ には やはり たかい マツ の ナカ に 2 カイ の ある モクゾウ の セイヨウ カオク が 1 ケン しらじら と たって いる はず だった。 (ボク の シンユウ は この イエ の こと を 「ハル の いる イエ」 と しょうして いた。) が、 この イエ の マエ へ とおりかかる と、 そこ には コンクリート の ドダイ の ウエ に バスタッブ が ヒトツ ある だけ だった。 カジ―― ボク は すぐに こう かんがえ、 そちら を みない よう に あるいて いった。 すると ジテンシャ に のった オトコ が ヒトリ マッスグ に ムコウ から ちかづきだした。 カレ は コゲチャイロ の トリウチボウ を かぶり、 ミョウ に じっと メ を すえた まま、 ハンドル の ウエ へ ミ を かがめて いた。 ボク は ふと カレ の カオ に アネ の オット の カオ を かんじ、 カレ の メノマエ へ こない うち に ヨコ の コミチ へ はいる こと に した。 しかし この コミチ の マンナカ にも くさった モグラモチ の シガイ が ヒトツ ハラ を ウエ に して ころがって いた。
 ナニモノ か の ボク を ねらって いる こと は ヒトアシ ごと に ボク を フアン に しだした。 そこ へ ハントウメイ な ハグルマ も ヒトツ ずつ ボク の シヤ を さえぎりだした。 ボク は いよいよ サイゴ の とき の ちかづいた こと を おそれながら、 クビスジ を マッスグ に して あるいて いった。 ハグルマ は カズ の ふえる の に つれ、 だんだん キュウ に まわりはじめた。 ドウジ に また ミギ の マツバヤシ は ひっそり と エダ を かわした まま、 ちょうど こまかい キリコ ガラス を すかして みる よう に なりはじめた。 ボク は ドウキ の たかまる の を かんじ、 ナンド も ミチバタ に たちどまろう と した。 けれども ダレ か に おされる よう に たちどまる こと さえ ヨウイ では なかった。……
 30 プン ばかり たった ノチ、 ボク は ボク の 2 カイ に アオムケ に なり、 じっと メ を つぶった まま、 はげしい ズツウ を こらえて いた。 すると ボク の マブタ の ウラ に ギンイロ の ハネ を ウロコ の よう に たたんだ ツバサ が ヒトツ みえはじめた。 それ は じっさい モウマク の ウエ に はっきり と うつって いる もの だった。 ボク は メ を あいて テンジョウ を みあげ、 もちろん なにも テンジョウ には そんな もの の ない こと を たしかめた うえ、 もう イチド メ を つぶる こと に した。 しかし やはり ギンイロ の ツバサ は ちゃんと くらい ナカ に うつって いた。 ボク は ふと このあいだ のった ジドウシャ の ラディエーター キャップ にも ツバサ の ついて いた こと を おもいだした。……
 そこ へ ダレ か ハシゴダン を あわただしく のぼって きた か と おもう と、 すぐに また ばたばた かけおりて いった。 ボク は その ダレ か の ツマ だった こと を しり、 おどろいて カラダ を おこす が はやい か、 ちょうど ハシゴダン の マエ に ある、 うすぐらい チャノマ へ カオ を だした。 すると ツマ は つっぷした まま、 イキギレ を こらえて いる と みえ、 たえず カタ を ふるわして いた。
「どうした?」
「いえ、 どうも しない の です。……」
 ツマ は やっと カオ を もたげ、 ムリ に ビショウ して はなしつづけた。
「どうも した わけ では ない の です けれども ね、 ただ なんだか オトウサン が しんで しまいそう な キ が した もの です から。……」
 それ は ボク の イッショウ の ナカ でも もっとも おそろしい ケイケン だった。 ――ボク は もう コノサキ を かきつづける チカラ を もって いない。 こういう キモチ の ナカ に いきて いる の は なんとも いわれない クツウ で ある。 ダレ か ボク の ねむって いる うち に そっと しめころして くれる モノ は ない か?

ある オンナ (ゼンペン)

 ある オンナ  (ゼンペン)  アリシマ タケオ  1  シンバシ を わたる とき、 ハッシャ を しらせる 2 バンメ の ベル が、 キリ と まで は いえない 9 ガツ の アサ の、 けむった クウキ に つつまれて きこえて きた。 ヨウコ は ヘイキ で それ ...