トサ ニッキ
キ ノ ツラユキ
ヲトコ も す なる ニキ と いふ
もの を、 ヲムナ も して みむ とて する なり。
それ の トシ の、 シハス の ハツカ あまり ヒトヒ の ヒ の、 イヌ ノ トキ に カドデ す。 そ の ヨシ、 いささか モノ に かきつく。
ある ヒト、 アガタ の ヨトセ イツトセ はてて、 レイ の こと ども みな しをへて、 ゲユ など とりて、 すむ タチ より いでて、 フネ に のる べき トコロ へ わたる。 カレコレ、 しる しらぬ オクリ す。 トシゴロ よく くらべつる ヒトビト なむ、 わかれがたく おもひて、 ヒ しきり に とかく しつつ、 ののしる うち に、 ヨ ふけぬ。
ハツカ あまり フツカ に、 イヅミ ノ クニ まで と、 たひらか に グヮン たつ。 フヂハラ ノ トキザネ、 フナヂ なれど ムマ の ハナムケ す。 カミ ナカ シモ、 ゑひあきて、 いと あやしく、 シホウミ の ホトリ にて あざれあへり。
ハツカ あまり ミカ。 ヤギ ノ ヤスノリ と いふ ヒト あり。 こ の ヒト、 クニ に かならずしも いひつかふ モノ にも あらざ なり。 これ ぞ、 たたはしき やう にて ムマ の ハナムケ したる。 カミガラ にや あらむ、 クニヒト の ココロ の ツネ と して、 イマ は とて みえざ なる を、 こころある モノ は、 はぢず に なむ きける。 これ は、 モノ に よりて ほむる に しも あらず。
ハツカ あまり ヨカ。 カウジ、 ムマ の ハナムケ し に いでませり。 あり と ある カミシモ、 ワラハ まで ゑひしれて、 イチモンジ を だに しらぬ モノ し が、 アシ は ジフモンジ に ふみて ぞ あそぶ。
ハツカ あまり イツカ。 カミ の タチ より、 よび に フミ もて きた なり。 よばれて いたりて、 ヒヒトヒ、 ヨヒトヨ、 とかく あそぶ やう にて あけにけり。
ハツカ あまり ムユカ。 なほ カミ の タチ にて、 アルジ し ののしりて、 ラウドウ まで に モノ かづけたり。 カラウタ、 コヱ あげて いひけり。 ヤマトウタ、 アルジ も マラウド も、 コトヒト も いひあへりけり。 カラウタ は これ に え かかず。 ヤマトウタ、 アルジ の カミ の よめりける、
ミヤコ いでて キミ に あはむ と こし もの を こし カヒ も なく わかれぬる かな
と なむ ありければ、 かへる サキ の カミ の よめりける、
シロタヘ の ナミヂ を とほく ゆきかひて ワレ に に べき は タレ ならなく に
コトヒトビト の も ありけれど、 さかしき も なかる べし。
とかく いひて、 サキ の カミ、 イマ の も、 もろとも に おりて、 イマ の アルジ も、 サキ の も、 テ とりかはして、 ヱヒゴト に こころよげ なる コト して、 いでいりにけり。
ハツカ あまり ナヌカ。 オホツ より ウラド を さして こぎいづ。 かく ある うち に、 キャウ にて うまれたりし ヲムナゴ、 クニ にて にはか に うせにしかば、 コノゴロ の イデタチ イソギ を みれど、 ナニゴト も いはず。 キャウ へ かへる に、 ヲムナゴ の なき のみ ぞ かなしび こふる。 ある ヒトビト も え たへず。 こ の アヒダ に、 ある ヒト の かきて いだせる ウタ、
ミヤコ へ と おもふ を もの の かなしき は かへらぬ ヒト の あれば なりけり
また、 ある トキ には、
ある もの と わすれつつ なほ なき ヒト を いづら と とふ ぞ かなしかりける
と いひける アヒダ に、 カコ ノ サキ と いふ トコロ に、 カミ の ハラカラ、 また、 コトヒト コレカレ、 サケ なにと もて おひきて、 イソ に おりゐて、 わかれがたき コト を いふ。 カミ の タチ の ヒトビト の ナカ に、 こ の きたる ヒトビト ぞ、 こころある やう には、 いはれほのめく。
かく わかれがたく いひて、 か の ヒトビト の、 クチアミ も モロモチ にて、 こ の ウミベ にて になひいだせる ウタ、
をし と おもふ ヒト や とまる と アシガモ の うちむれて こそ ワレ は きにけれ
と いひて ありければ、 いと いたく めでて、 ゆく ヒト の よめりける、
サヲ させど ソコヒ も しらぬ ワタツミ の ふかき ココロ を キミ に みる かな
と いふ アヒダ に、 カジトリ、 モノ の アハレ も しらで、 オノレ し サケ を くらひつれば、 はやく いなむ とて、 「シホ みちぬ。 カゼ も ふきぬ べし」 と さわげば、 フネ に のりなむ と す。
こ の ヲリ に、 ある ヒトビト、 ヲリフシ に つけて、 カラウタ ども、 トキ に につかはしき いふ。 また ある ヒト、 ニシグニ なれど、 カヒウタ など いふ。 かく うたふ に、 「フナヤカタ の チリ も ちり、 ソラ ゆく クモ も ただよひぬ」 とぞ いふ なる。
コヨヒ、 ウラド に とまる。 フヂハラ ノ トキザネ、 タチバナ ノ スヱヒラ、 コトヒトビト、 おひきたり。
ハツカ あまり ヤウカ。 ウラド より こぎいでて、 オホミナト を おふ。 こ の アヒダ に、 はやく の カミ の コ、 ヤマグチ ノ チミネ、 サケ、 よき もの ども もて きて、 フネ に いれたり。 ゆくゆく のみ くふ。
ハツカ あまり ココヌカ。 オホミナト に とまれり。 クスシ、 ふりはへて、 トウソ、 ビャクサン、 サケ くはへて もて きたり。 ココロザシ ある に にたり。
グヮンニチ。 なほ おなじ トマリ なり。 ビャクサン を ある モノ、 ヨ の マ とて、 フナヤカタ に さしはさめりければ、 カゼ に ふきならさせて、 ウミ に いれて、 え のまず なりぬ。 イモジ、 アラメ も ハガタメ も なし。 かうやう の もの なき クニ なり。 もとめ しも おかず。 ただ オシアユ の クチ を のみ ぞ すふ。 こ の すふ ヒトビト の クチ を、 オシアユ、 もし おもふ やう あらむ や。 「ケフ は ミヤコ のみ ぞ おもひやらるる」 「コヘ の カド の シリクベナハ の ナヨシ の カシラ、 ヒヒラギ ら、 いかに ぞ」 とぞ いひあへ なる。
フツカ。 なほ オホミナト に とまれり。 カウジ、 モノ、 サケ、 おこせたり。
ミカ。 おなじ トコロ なり。 もし カゼナミ の しばし と をしむ ココロ や あらむ。 こころもとなし。
ヨカ。 カゼ ふけば、 え いでたたず。 マサツラ、 サケ、 よき もの たてまつれり。 この かうやう に モノ もて くる ヒト に、 なほ しも え あらで、 イササケワザ せさす。 モノ も なし。 にぎははしき やう なれど、 まくる ココチ す。
イツカ。 カゼナミ やまねば、 なほ おなじ トコロ に あり。 ヒトビト、 たえず トブラヒ に く。
ムユカ。 キノフ の ごとし。
ナヌカ に なりぬ。 おなじ ミナト に あり。 ケフ は アヲムマ を おもへど、 かひなし。 ただ ナミ の しろき のみ ぞ みゆる。 かかる アヒダ に、 ヒト の イヘ の、 イケ と ナ ある トコロ より、 コヒ は なくて、 フナ より はじめて、 カハ の も ウミ の も、 コトモノ ども、 ナガビツ に になひつづけて おこせたり。 ワカナ ぞ ケフ をば しらせたる。 ウタ あり。 そ の ウタ、
アサヂフ の ノベ にし あれば ミヅ も なき イケ に つみつる ワカナ なりけり
いと をかし かし。 こ の イケ と いふ は トコロ の ナ なり。 よき ヒト の、 ヲトコ に つきて くだりて、 すみける なり。 こ の ナガビツ の もの は、 ミナヒト、 ワラハ まで に くれたれば、 あきみちて、 フナコ ども は、 ハラツヅミ を うちて、 ウミ を さへ おどろかして、 ナミ たてつ べし。
かくて、 こ の アヒダ に コト おほかり。 ケフ、 ワリゴ もたせて きたる ヒト、 そ の ナ など ぞや、 イマ おもひいでむ。 こ の ヒト、 ウタ よまむ と おもふ ココロ ありて なりけり。 とかく いひいひて、 「ナミ の たつ なる こと」 と うるへ いひて、 よめる ウタ、
ゆく サキ に たつ シラナミ の コヱ より も おくれて なかむ ワレ や まさらむ
とぞ よめる。 いと オホゴヱ なる べし。 もて きたる もの より は、 ウタ は いかが あらむ。 こ の ウタ を、 コレカレ あはれがれど も、 ヒトリ も カヘシ せず。 しつ べき ヒト も まじれれど、 これ を のみ いたがり、 モノ を のみ くひて、 ヨ ふけぬ。 こ の ウタヌシ、 「まだ まからず」 と いひて たちぬ。
ある ヒト の コ の ワラハ なる、 ひそか に いふ。 「マロ、 こ の ウタ の カヘシ せむ」 と いふ。 おどろきて、 「いと をかしき こと かな。 よみてむ やは。 よみつ べく は、 はや いへ かし」 と いふ。 「『まからず』 とて たちぬる ヒト を まちて よまむ」 とて、 もとめける を、 ヨ ふけぬ と にや ありけむ、 やがて いにけり。 「そもそも いかが よんだる」 と、 いぶかしがりて とふ。 この ワラハ、 さすが に はぢて いはず。 しひて とへば、 いへる ウタ、
ゆく ヒト も とまる も ソデ の ナミダガハ ミギハ のみ こそ ぬれまさりけれ
と なむ よめる。 かく は いふ もの か。 うつくしければ にや あらむ、 いと おもはず なり。 「ワラハゴト にて は ナニ かは せむ。 オムナ、 オキナ、 テ おしつ べし。 あしく も あれ、 いかにも あれ、 タヨリ あらば やらむ」 とて、 おかれぬ めり。
ヤウカ。 さはる こと ありて、 なほ おなじ トコロ なり。 コヨヒ、 ツキ は ウミ にぞ いる。 これ を みて、 ナリヒラ の キミ の 「ヤマノハ にげて いれず も あらなむ」 と いふ ウタ なむ おもほゆる。 もし ウミベ にて よまましかば、 「ナミ たちさへて いれず も あらなむ」 とも よみてまし や。 イマ、 こ の ウタ を おもひいでて、 ある ヒト の よめりける、
てる ツキ の ながるる みれば アマノガハ いづる ミナト は ウミ に ざりける
とや。
ココヌカ の ツトメテ、 オホミナト より ナハ ノ トマリ を おはむ とて こぎいでけり。 コレカレ たがひに、 クニ の サカヒ の ウチ は とて、 ミオクリ に くる ヒト あまた が ナカ に、 フヂハラ ノ トキザネ、 タチバナ ノ スヱヒラ、 ハセベ ノ ユキマサ ら なむ、 ミタチ より いでたうびし ヒ より、 ここかしこ に おひくる。 こ の ヒトビト ぞ、 ココロザシ ある ヒト なりける。 こ の ヒトビト の ふかき ココロザシ は、 こ の ウミ にも おとらざる べし。
これ より、 イマ は こぎはなれて ゆく。 これ を みおくらむ とて ぞ、 こ の ヒトドモ は おひきける。 かくて、 こぎゆく まにまに、 ウミ の ホトリ に とまれる ヒト も とほく なりぬ。 フネ の ヒト も みえず なりぬ。 キシ にも いふ こと ある べし。 フネ にも おもふ こと あれど、 かひなし。 かかれど、 こ の ウタ を ヒトリゴト に して、 やみぬ。
おもひやる ココロ は ウミ を わたれど も フミ し なければ しらず や ある らむ
かくて、 ウダ ノ マツバラ を ゆきすぐ。 そ の マツ の カズ いくそばく、 イクチトセ へたり と しらず。 モト ごと に ナミ うちよせ、 エダ ごと に ツル ぞ とびかよふ。 おもしろし と みる に たへず して、 フナビト の よめる ウタ、
みわたせば マツ の ウレ ごと に すむ ツル は チヨ の ドチ とぞ おもふ べらなる
とや。 こ の ウタ は、 トコロ を みる に、 え まさらず。
かく ある を みつつ こぎゆく まにまに、 ヤマ も ウミ も みな くれ、 ヨ ふけて、 ニシヒムガシ も みえず して、 テンケ の こと、 カヂトリ の ココロ に まかせつ。 ヲノコ も、 ならはぬ は、 いとも こころぼそし。 まして ヲムナ は、 フナゾコ に カシラ を つきあてて、 ネ を のみ ぞ なく。 かく おもへば、 フナコ、 カヂトリ は フナウタ うたひて、 なにとも おもへらず。 そ の うたふ ウタ は、
ハル の ノ にて ぞ ネ をば なく。 ワカススキ に、 テ きる きる つんだる ナ を、 オヤ や まぼる らむ、 シウトメ や くふ らむ。 かへら や。
ヨンベ の ウナヰ もがな。 ゼニ こはむ。 ソラゴト を して、 オギノリワザ を して、 ゼニ も もて こず、 オノレ だに こず。
これ ならず おほかれど も、 かかず。 これら を ヒト の わらふ を ききて、 ウミ は あるれど も、 ココロ は すこし なぎぬ。 かく ゆきくらして、 トマリ に いたりて、 オキナビト ヒトリ、 タウメ ヒトリ、 ある が ナカ に ココチ あしみして、 モノ も ものしたばで、 ひそまりぬ。
トヲカ。 ケフ は、 こ の ナハ の トマリ に とまりぬ。
トヲカ あまり ヒトヒ。 アカツキ に フネ を いだして ムロツ を おふ。 ヒトミナ まだ ねたれば、 ウミ の アリヤウ も みえず。 ただ ツキ を みて ぞ、 ニシヒムガシ をば しりける。 かかる アヒダ に、 みな ヨ あけて、 テ あらひ、 レイ の こと ども して、 ヒル に なりぬ。
いまし、 ハネ と いふ トコロ に きぬ。 わかき ワラハ、 こ の トコロ の ナ を ききて、 「ハネ と いふ トコロ は、 トリ の ハネ の やう にや ある」 と いふ。 まだ をさなき ワラハ の コト なれば、 ヒトビト わらふ トキ に、 ありける ヲムナワラハ なむ、 こ の ウタ を よめる。
マコト にて ナ に きく トコロ ハネ ならば とぶ が ごとく に ミヤコ へ もがな
とぞ いへる。 ヲトコ も ヲムナ も、 いかで とく キャウ へ もがな、 と おもふ ココロ あれば、 こ の ウタ よし と には あらねど、 げに と おもひて、 ヒトビト わすれず。
こ の ハネ と いふ トコロ とふ ワラハ の ツイデ にぞ、 また ムカシヘビト を おもひいでて、 いづれ の トキ に か わするる。 ケフ は まして、 ハハ の かなしがらるる こと は。 くだりし トキ の ヒト の カズ たらねば、 フルウタ に、 「カズ は たらで ぞ かへる べらなる」 と いふ コト を おもひいでて、
ヨノナカ に おもひやれど も コ を こふる オモヒ に まさる オモヒ なき かな
と いひつつ なむ。
トヲカ あまり フツカ。 アメ ふらず。 フムトキ、 コレモチ が フネ の おくれたりし、 ナラシヅ より ムロツ に きぬ。
トヲカ あまり ミカ の アカツキ に、 いささか に アメ ふる。 しばし ありて やみぬ。 ヲムナ コレカレ、 ユアミ など せむ とて、 アタリ の よろしき トコロ に おりて ゆく。 ウミ を みやれば、
クモ も みな ナミ とぞ みゆる アマ もがな いづれ か ウミ と とひて しる べく
と なむ ウタ よめる。 さて、 トヲカ あまり なれば、 ツキ おもしろし。 フネ に のりはじめし ヒ より、 フネ には クレナヰ こく よき キヌ きず。 それ は、 「ウミ の カミ に おぢて」 と いひて、 ナニ の アシカゲ に ことづけて、 ホヤ の ツマ の イズシ、 スシアハビ を ぞ、 ココロ にも あらぬ ハギ に あげて みせける。
トヲカ あまり ヨカ。 アカツキ より アメ ふれば、 おなじ トコロ に とまれり。 フナギミ、 セチミ す。 サウジモノ なければ、 ムマドキ より ノチ に、 カヂトリ の キノフ つりたりし タヒ に、 ゼニ なければ、 ヨネ を とりかけて、 おちられぬ。 かかる こと なほ ありぬ。 カヂトリ、 また タヒ もて きたり。 ヨネ、 サケ、 しばしば くる。 カヂトリ、 ケシキ あしからず。
トヲカ あまり イツカ。 ケフ、 アヅキガユ にず。 くちをしく、 なほ ヒ の あしければ、 ゐざる ほど にぞ、 ケフ、 ハツカ あまり へぬる。 いたづら に ヒ を ふれば、 ヒトビト ウミ を ながめつつ ぞ ある。 メノワラハ の いへる、
たてば たつ ゐれば また ゐる ふく カゼ と ナミ とは おもふ ドチ にや ある らむ
いふかひなき モノ の いへる には、 いと につかはし。
トヲカ あまり ムユカ。 カゼナミ やまねば、 なほ おなじ トコロ に とまれり。 ただ、 ウミ に ナミ なく して、 いつしか ミサキ と いふ トコロ わたらむ と のみ なむ おもふ。 カゼナミ、 とにに やむ べく も あらず。 ある ヒト の、 こ の ナミ たつ を みて よめる ウタ、
シモ だに も おかぬ カタ ぞ と いふ なれど ナミ の ナカ には ユキ ぞ ふりける
さて、 フネ に のりし ヒ より ケフ まで に、 ハツカ あまり イツカ に なりにけり。
トヲカ あまり ナヌカ。 くもれる クモ なくなりて、 アカツキヅクヨ、 いとも おもしろければ、 フネ を いだして こぎゆく。 この アヒダ に、 クモ の ウヘ も ウミ の ソコ も、 おなじ ごとく に なむ ありける。 むべも ムカシ の ヲトコ は、 「サヲ は うがつ ナミ の ウヘ の ツキ を。 フネ は おそふ ウミ の ウチ の ソラ を」 とは いひけむ。 キキザレ に きける なり。 また、 ある ヒト の よめる ウタ、
ミナソコ の ツキ の ウヘ より こぐ フネ の サヲ に さはる は カツラ なる らし
これ を ききて、 ある ヒト の また よめる、
カゲ みれば ナミ の ソコ なる ヒサカタ の ソラ こぎわたる ワレ ぞ わびしき
かく いふ アヒダ に、 ヨ やうやく あけゆく に、 カヂトリ ら、 「くろき クモ にはか に いできぬ。 カゼ ふきぬ べし。 ミフネ かへしてむ」 と いひて、 フネ かへる。 この アヒダ に、 アメ ふりぬ。 いと わびし。
トヲカ あまり ヤウカ。 なほ おなじ トコロ に あり。 ウミ あらければ、 フネ いださず。 こ の トマリ、 とほく みれど も、 ちかく みれど も、 いと おもしろし。 かかれども くるしければ、 ナニゴト も おもほえず。 ヲトコ どち は、 ココロヤリ にや あらむ、 カラウタ など いふ べし。 フネ も いださで、 いたづら なれば、 ある ヒト の よめる、
イソフリ の よする イソ には トシツキ を いつ とも わかぬ ユキ のみ ぞ ふる
こ の ウタ は、 ツネ に せぬ ヒト の コト なり。 また、 ヒト の よめる、
カゼ に よる ナミ の イソ には ウグヒス も ハル も え しらぬ ハナ のみ ぞ さく
こ の ウタ ども を すこし よろし と ききて、 フネ の ヲサ しける オキナ、 ツキヒゴロ の くるしき ココロヤリ に よめる、
たつ ナミ を ユキ か ハナ か と ふく カゼ ぞ よせつつ ヒト を はかる べらなる
こ の ウタ ども を、 ヒト の ナニカ と いふ を、 ある ヒト ききふけりて よめり。 そ の ウタ、 よめる モジ、 ミソモジ あまり ナナモジ。 ヒトミナ、 え あらで わらふ やう なり。 ウタヌシ、 いと ケシキ あしくて、 ゑず。 まねべど も、 え まねばず。 かけり とも、 え よみすゑがたかる べし。 ケフ だに いひがたし。 まして ノチ には いかならむ。
トヲカ あまり ココヌカ。 ヒ あしければ、 フネ いださず。
ハツカ。 キノフ の やう なれば、 フネ いださず。 ミナヒトビト うれへなげく。 くるしく こころもとなければ、 ただ ヒ の へぬる カズ を、 ケフ イクカ、 ハツカ、 ミソカ と かぞふれば、 オヨビ も そこなはれぬ べし。 いと わびし。 ヨル は イ も ねず。
ハツカ の ヨ の ツキ いでにけり。 ヤマノハ も なくて、 ウミ の ナカ より ぞ いでくる。 かうやう なる を みて や、 ムカシ、 アベ ノ ナカマロ と いひける ヒト は、 モロコシ に わたりて、 かへりきける トキ に、 フネ に のる べき トコロ にて、 か の クニビト、 ムマ の ハナムケ し、 ワカレ をしみて、 かしこ の カラウタ つくり など しける。 あかず や ありけむ、 ハツカ の ヨ の ツキ、 いづる まで ぞ ありける。 そ の ツキ は ウミ より ぞ いでける。 これ を みて ぞ、 ナカマロ の ヌシ、 「ワガクニ に かかる ウタ を なむ、 カミヨ より カミ も よむたび、 イマ は カミ ナカ シモ の ヒト も、 かうやう に ワカレ をしみ、 ヨロコビ も あり、 カナシビ も ある トキ には よむ」 とて、 よめりける ウタ、
アヲウナバラ ふりさけみれば カスガ なる ミカサ ノ ヤマ に いでし ツキ かも
とぞ よめりける。 か の クニビト、 ききしる まじく おもほえたれど も、 コト の ココロ を、 ヲトコモジ に サマ を かきいだして、 ここ の コトバ、 つたへたる ヒト に いひしらせければ、 ココロ をや ききえたりけむ、 いと おもひのほか に なむ めでける。 モロコシ と こ の クニ とは、 コト こと なる もの なれど、 ツキ の カゲ は おなじ こと なる べければ、 ヒト の ココロ も おなじ こと にや あらむ。
さて イマ、 ソノカミ を おもひやりて、 ある ヒト の よめる ウタ、
ミヤコ にて ヤマノハ に みし ツキ なれど ナミ より いでて ナミ に こそ いれ
ハツカ あまり ヒトヒ。 ウ ノ トキ ばかり に フネ いだす。 ミナヒトビト の フネ いづ。 これ を みれば、 ハル の ウミ に、 アキ の コノハ しも ちれる やう にぞ ありける。 おぼろけ の グヮン に よりて にや あらむ、 カゼ も ふかず、 よき ヒ いできて、 こぎゆく。
こ の アヒダ に、 つかはれむ とて、 つきて くる ワラハ あり、 それ が うたふ フナウタ、
なほ こそ クニ の カタ は みやらるれ、 ワ が チチハハ あり とし おもへば。 かへらや。
と うたふ ぞ、 あはれ なる。 かく うたふ を ききつつ こぎくる に、 クロトリ と いふ トリ、 イハ の ウヘ に あつまりをり。 そ の イハ の モト に、 ナミ しろく うちよす。 カヂドリ の いふ やう、 「クロトリ の モト に、 しろき ナミ を よす」 とぞ いふ。 こ の コトバ、 ナニ と には なけれど も、 モノ いふ やう にぞ きこえたる。 ヒト の ホド に あはねば、 とがむる なり。
かく いひつつ ゆく に、 フナギミ なる ヒト、 ナミ を みて、 「クニ より はじめて、 カイゾク ムクイ せむ と いふ なる コト を おもふ うへ に、 ウミ の また おそろしければ、 カシラ も みな しらけぬ。 ナナソヂ ヤソヂ は、 ウミ に ある もの なりけり。
ワ が カミ の ユキ と イソベ の シラナミ と いづれ まされり オキ つ シマモリ
カヂトリ、 いへ」
ハツカ あまり フツカ。 ヨンベ の トマリ より、 コトトマリ を おひて ゆく。 はるか に ヤマ みゆ。 トシ ココノツ ばかり なる ヲノワラハ、 トシ より は をさなく ぞ ある。 こ の ワラハ、 フネ を こぐ まにまに、 ヤマ も ゆく と みゆる を みて、 あやしき こと、 ウタ を ぞ よめる。 そ の ウタ、
こぎて ゆく フネ にて みれば アシヒキ の ヤマ さへ ゆく を マツ は しらず や
とぞ いへる。 をさなき ワラハ の コト にて は、 につかはし。
ケフ、 ウミ あらげ にて、 イソ に ユキ ふり、 ナミ の ハナ さけり。 ある ヒト の よめる、
ナミ と のみ ヒトツ に きけど イロ みれば ユキ と ハナ と に まがひける かな
ハツカ あまり ミカ。 ヒ てりて くもりぬ。 こ の ワタリ、 カイゾク の オソリ あり と いへば、 カミホトケ を いのる。
ハツカ あまり ヨカ。 キノフ と おなじ トコロ なり。
ハツカ あまり イツカ。 カヂトリ ら の、 「キタカゼ あし」 と いへば、 フネ いださず。 カイゾク おひく と いふ コト、 たえず きこゆ。
ハツカ あまり ムユカ。 マコト にや あらむ、 カイゾク おふ と いへば、 ヨナカ ばかり より フネ を いだして こぎくる ミチ に、 タムケ する トコロ あり。 カヂトリ して ヌサ たいまつらする に、 ヌサ の ヒムガシ へ ちれば、 カヂトリ の まうして たてまつる コト は、 「こ の ヌサ の ちる カタ に、 ミフネ すみやか に こがしめたまへ」 と まうして たてまつる。 これ を ききて、 ある メノワラハ の よめる、
ワタツミ の チフリ の カミ に タムケ する ヌサ の オヒカゼ やまず ふかなむ
とぞ よめる。 こ の アヒダ に、 カゼ の よければ、 カヂトリ いたく ほこりて、 フネ に ホ あげ など、 よろこぶ。 そ の オト を ききて、 ワラハ も オムナ も、 いつしか とし おもへば にや あらむ、 いたく よろこぶ。 こ の ナカ に、 アハヂ の タウメ と いふ ヒト の よめる ウタ、
オヒカゼ の ふきぬる トキ は ゆく フネ の ホテ うちて こそ うれしかりけれ
とぞ。 テイケ の こと に つけて いのる。
ハツカ あまり ナヌカ。 カゼ ふき、 ナミ あらければ、 フネ いださず。 コレカレ、 かしこく なげく。 ヲトコ たち の ココロナグサメ に、 カラウタ に、 「ヒ を のぞめば ミヤコ とほし」 など いふ なる コト の サマ を ききて、 ある ヲムナ の よめる ウタ、
ヒ を だに も アマグモ ちかく みる もの を ミヤコ へ と おもふ ミチ の ハルケサ
また、 ある ヒト の よめる、
ふく カゼ の たえぬ カギリ し たちくれば ナミヂ は いとど はるけかりけり
ヒヒトヒ、 カゼ やまず。 ツマハジキ して ねぬ。
ハツカ あまり ヤウカ。 よもすがら、 アメ やまず。 ケサ も。
ハツカ あまり ココヌカ。 フネ いだして ゆく。 うらうら と てりて、 こぎゆく。 ツメ の いと ながく なりにたる を みて、 ヒ を かぞふれば、 ケフ は ネ の ヒ なりければ、 きらず。 ムツキ なれば、 キャウ の ネ の ヒ の こと いひいでて、 「コマツ もがな」 と いへど、 ウミナカ なれば、 かたし かし。 ある ヲムナ の かきて いだせる ウタ、
おぼつかな ケフ は ネ の ヒ か アマ ならば ウミマツ を だに ひかまし もの を
とぞ いへる。 ウミ にて ネ の ヒ の ウタ にて は、 いかが あらむ。 また、 ある ヒト の よめる ウタ、
ケフ なれど ワカナ も つまず カスガノ の ワ が こぎわたる ウラ に なければ
かく いひつつ こぎゆく。
おもしろき トコロ に フネ を よせて、 「ここ や いづこ」 と とひければ、 「トサ ノ トマリ」 と いひけり。 ムカシ、 トサ と いひける トコロ に すみける ヲムナ、 こ の フネ に まじれりけり。 そ が いひけらく、 「ムカシ、 しばし ありし トコロ の ナクヒ にぞ あ なる。 あはれ」 と いひて、 よめる ウタ、
トシゴロ を すみし トコロ の ナ にし おへば きよる ナミ をも あはれ とぞ みる
とぞ いへる。
ミソカ。 アメカゼ ふかず。 カイゾク は ヨルアルキ せざ なり と ききて、 ヨナカ ばかり に フネ を いだして、 アハ ノ ミト を わたる。 ヨナカ なれば、 ニシヒムガシ も みえず。 ヲトコヲムナ、 からく カミホトケ を いのりて、 こ の ミト を わたりぬ。
トラウ ノ トキ ばかり に、 ヌシマ と いふ トコロ を すぎて、 タナカハ と いふ トコロ を わたる。 からく いそぎて、 イヅミ ノ ナダ と いふ トコロ に いたりぬ。 ケフ、 ウミ に ナミ に にたる もの なし。 カミホトケ の メグミ かうぶれる に にたり。
ケフ、 フネ に のりし ヒ より かぞふれば、 ミソカ あまり ココヌカ に なりにけり。 イマ は イヅミ ノ クニ に きぬれば、 カイゾク ものならず。
キサラギ ツイタチ。 アシタ の マ、 アメ ふる。 ムマドキ ばかり に やみぬれば、 イヅミ ノ ナダ と いふ トコロ より いでて、 こぎゆく。 ウミ の ウヘ、 キノフ の ごとく に、 カゼナミ みえず。 クロサキ ノ マツバラ を へて ゆく。 トコロ の ナ は くろく、 マツ の イロ は あをく、 イソ の ナミ は ユキ の ごとく に、 カヒ の イロ は スハウ に、 ゴシキ に いま ヒトイロ ぞ たらぬ。
こ の アヒダ に、 ケフ は、 ハコノウラ と いふ トコロ より ツナデ ひきて ゆく。 かく ゆく アヒダ に、 ある ヒト の よめる ウタ、
タマクシゲ ハコノウラ ナミ たたぬ ヒ は ウミ を カガミ と タレ か みざらむ
また、 フナギミ の いはく、 「こ の ツキ まで なりぬる こと」 と なげきて、 くるしき に たへず して、 ヒト も いふ こと とて、 ココロヤリ に いへる、
ひく フネ の ツナデ の ながき ハル の ヒ を ヨソカ イカ まで ワレ は へにけり
きく ヒト の おもへる やう、 「なぞ、 タダゴト なる」 と、 ひそか に いふ べし。 「フナギミ の、 からく ひねりいだして、 よし と おもへる コト を。 ゑじ も こそ したべ」 とて、 つつめきて やみぬ。 にはか に カゼナミ たかければ、 とどまりぬ。
フツカ。 アメカゼ やまず。 ヒヒトヒ、 よもすがら、 カミホトケ を いのる。
ミカ。 ウミ の ウヘ、 キノフ の やう なれば、 フネ いださず。 カゼ の ふく こと やまねば、 キシ の ナミ たちかへる。 これ に つけて よめる ウタ、
ヲ を よりて かひなき もの は おちつもる ナミダ の タマ を ぬかぬ なりけり
かくて、 ケフ くれぬ。
ヨカ。 カヂトリ、 「ケフ、 カゼ、 クモ の ケシキ はなはだ あし」 と いひて、 フネ いださず なりぬ。 しかれども、 ひねもす に ナミカゼ たたず。 こ の カヂトリ は、 ヒ も え はからぬ カタヰ なりけり。
こ の トマリ の ハマ には、 クサグサ の うるはしき カヒ、 イシ など おほかり。 かかれば、 ただ ムカシ の ヒト を のみ こひつつ、 フネ なる ヒト の よめる、
よする ナミ うち も よせなむ ワ が こふる ヒト ワスレガヒ おりて ひろはむ
と いへれば、 ある ヒト の たへず して、 フネ の ココロヤリ に よめる、
ワスレガヒ ひろひ しも せじ シラタマ を こふる を だに も カタミ と おもはむ
と なむ いへる。 ヲムナゴ の ため には、 オヤ、 をさなく なりぬ べし。 「タマ ならず も ありけむ を」 と ヒト いはむ や。 されども、 「しし コ、 カホ よかりき」 と いふ ヤウ も あり。
なほ おなじ トコロ に ヒ を ふる こと を なげきて、 ある ヲムナ の よめる ウタ、
テ を ひてて サムサ も しらぬ イヅミ にぞ くむ とは なし に ヒゴロ へにける
イツカ。 ケフ、 からくして、 イヅミ ノ ナダ より ヲヅ ノ トマリ を おふ。 マツバラ、 メ も はるばる なり。 コレカレ、 くるしければ、 よめる ウタ、
ゆけど なほ ゆきやられぬ は イモ が うむ ヲヅノウラ なる キシ の マツバラ
かく いひつつ くる ほど に、 「フネ とく こげ。 ヒ の よき に」 と もよほせば、 カヂトリ、 フナコ ども に いはく、 「ミフネ より、 オホセ たぶ なり。 アサキタ の、 いでこぬ サキ に、 ツナデ はや ひけ」 と いふ。 こ の コトバ の ウタ の やう なる は、 カヂトリ の おのづから の コトバ なり。 カヂトリ は、 うつたへに、 ワレ、 ウタ の やう なる コト、 いふ と にも あらず。 きく ヒト の、 「あやしく、 うためきて も いひつる かな」 とて、 かきいだせれば、 げに ミソモジ あまり なりけり。
「ケフ、 ナミ な たち そ」 と、 ヒトビト ひねもす に いのる シルシ ありて、 カゼナミ たたず。 いまし、 カモメ むれゐて、 あそぶ トコロ あり。 キャウ の ちかづく ヨロコビ の あまり に、 ある ワラハ の よめる ウタ、
いのりくる カザマ と おもふ を あやなく も カモメ さへ だに ナミ と みゆ らむ
と いひて ゆく アヒダ に、 イシヅ と いふ トコロ の マツバラ おもしろくて、 ハマベ とほし。
また、 スミヨシ の ワタリ を こぎゆく。 ある ヒト の よめる ウタ、
イマ みて ぞ ミ をば しりぬる スミノエ の マツ より サキ に ワレ は へにけり
ここ に、 ムカシヘビト の ハハ、 ヒトヒ カタトキ も わすれねば よめる、
スミノエ に フネ さしよせよ ワスレグサ シルシ あり や と つみて ゆく べく
と なむ。 うつたへに わすれなむ と には あらで、 こひしき ココチ しばし やすめて、 またも こふる チカラ に せむ と なる べし。
かく いひて、 ながめつつ くる アヒダ に、 ゆくりなく カゼ ふきて、 こげど も こげど も、 シリ へ しぞき に しぞきて、 ほとほとしく うちはめつ べし。 カヂトリ の いはく、 「こ の スミヨシ の ミャウジン は、 レイ の カミ ぞ かし。 ほしき もの ぞ おはす らむ」 とは、 いまめく もの か。 さて、 「ヌサ を たてまつりたまへ」 と いふ。 いふ に したがひて、 ヌサ たいまつる。 かく たいまつれれど も、 もはら カゼ やまで、 いやふき に、 いやたち に、 カゼナミ の あやふければ、 カヂトリ また いはく、 「ヌサ には ミココロ の いかねば、 ミフネ も ゆかぬ なり。 なほ、 うれし と おもひたぶ べき もの、 たいまつりたべ」 と いふ。 また、 いふ に したがひて、 「いかが は せむ」 とて、 「マナコ も こそ フタツ あれ、 ただ ヒトツ ある カガミ を たいまつる」 とて、 ウミ に うちはめつれば、 くちをし。 されば、 うちつけ に ウミ は カガミ の オモテ の ごと なりぬれば、 ある ヒト の よめる ウタ、
ちはやぶる カミ の ココロ を あるる ウミ に カガミ を いれて かつ みつる かな
いたく、 スミノエ、 ワスレグサ、 キシ ノ ヒメマツ など いふ カミ には あらず かし。 メ も うつらうつら、 カガミ に カミ の ココロ を こそ は みつれ。 カヂトリ の ココロ は、 カミ の ミココロ なりけり。
ムユカ。 ミヲツクシ の モト より いでて、 ナニハ に つきて、 カハジリ に いる。 ミナヒトビト、 オムナ、 オキナ、 ヒタヒ に テ を あてて よろこぶ こと、 ふたつなし。 か の フナヱヒ の アハヂ ノ シマ の オホイゴ、 ミヤコ ちかく なりぬ と いふ を よろこびて、 フナゾコ より カシラ を もたげて、 かく ぞ いへる。
いつしか と いぶせかりつる ナニハガタ アシ こぎそけて ミフネ きにけり
いと おもひのほか なる ヒト の いへれば、 ヒトビト あやしがる。 これ が ナカ に、 ココチ なやむ フナギミ、 いたく めでて、 「フナヱヒ したうべりし ミカホ には、 にず も ある かな」 と いひける。
ナヌカ。 ケフ、 カハジリ に フネ いりたちて、 こぎのぼる に、 カハ の ミヅ ひて、 なやみわづらふ。 フネ の のぼる こと、 いと かたし。
かかる アヒダ に、 フナギミ の バウザ、 もとより こちごちしき ヒト にて、 かうやう の こと、 さらに しらざりけり。 かかれども、 アハヂ タウメ の ウタ に めでて、 ミヤコホコリ にも や あらむ、 からくして、 あやしき ウタ ひねりいだせり。 そ の ウタ は、
き と きて は カハノボリヂ の ミヅ を あさみ フネ も ワガミ も なづむ ケフ かな
これ は、 ヤマヒ を すれば よめる なる べし。 ヒトウタ に コト の あかねば、 いま ヒトツ、
とく と おもふ フネ なやます は ワ が ため に ミヅ の ココロ の あさき なりけり
こ の ウタ は、 ミヤコ ちかく なりぬる ヨロコビ に たへず して、 いへる なる べし。 アハヂ の ゴ の ウタ に おとれり。 「ねたき。 いはざらまし もの を」 と くやしがる うち に、 ヨル に なりて ねにけり。
ヤウカ。 なほ カハノボリ に なづみて、 トリカヒ ノ ミマキ と いふ ホトリ に とまる。 コヨヒ、 フナギミ、 レイ の ヤマヒ おこりて、 いたく なやむ。 ある ヒト、 あざらか なる もの もて きたり。 ヨネ して カヘリゴト す。 ヲトコ ども ひそか に いふ なり。 「イヒボ して、 モツ つる」 とや。 かうやう の こと、 トコロドコロ に あり。 ケフ、 セチミ すれば、 イヲ フヨウ。
ココヌカ。 ココロモトナサ に、 あけぬ から、 フネ を ひきつつ のぼれど も、 カハ の ミヅ なければ、 ゐざり に のみ ぞ ゐざる。
こ の アヒダ に、 ワダ ノ トマリ の アカレ の トコロ と いふ トコロ あり。 ヨネ、 イヲ など こへば、 おこなひつ。
かくて、 フネ ひきのぼる に、 ナギサ ノ ヰン と いふ トコロ を みつつ ゆく。 そ の ヰン、 ムカシ を おもひやりて みれば、 おもしろかりける トコロ なり。 シリヘ なる ヲカ には、 マツ の キ ども あり。 ナカ の ニハ には、 ムメ の ハナ さけり。 ここ に、 ヒトビト の いはく、 「これ、 ムカシ なだかく きこえたる トコロ なり。 コ-コレタカ ノ ミコ の オホムトモ に、 コ-アリハラ ノ ナリヒラ の チウジャウ の、
ヨノナカ に たえて サクラ の さかざらば ハル の ココロ は のどけからまし
と いふ ウタ よめる トコロ なりけり」
イマ、 ケフ ある ヒト、 トコロ に にたる ウタ よめり。
チヨ へたる マツ には あれど イニシヘ の コヱ の サムサ は かはらざりけり
また、 ある ヒト の よめる、
キミ こひて ヨ を ふる ヤド の ムメ の ハナ ムカシ の カ にぞ なほ にほひける
と いひつつ ぞ、 ミヤコ の ちかづく を よろこびつつ のぼる。
かく のぼる ヒトビト の ナカ に、 キャウ より くだりし トキ に、 ミナヒト、 コドモ なかりき。 いたれりし クニ にて ぞ、 コ うめる モノドモ ありあへる。 ヒトミナ、 フネ の とまる トコロ に、 コ を いだきつつ オリノリ す。 これ を みて、 ムカシ の コ の ハハ、 かなしき に たへず して、
なかりし も ありつつ かへる ヒト の コ を ありし も なくて くる が カナシサ
と いひて ぞ なきける。 チチ も これ を ききて、 いかが あらむ。 かうやう の こと も ウタ も、 このむ とて ある にも あらざる べし。 モロコシ も ここ も、 おもふ こと に たへぬ トキ の ワザ とか。
コヨヒ、 ウドノ と いふ トコロ に とまる。
トヲカ。 さはる こと ありて、 のぼらず。
トヲカ あまり ヒトヒ。 アメ いささか に ふりて、 やみぬ。 かくて さしのぼる に、 ヒムガシ の カタ に、 ヤマ の よこほれる を みて、 ヒト に とへば、 「ヤハタ ノ ミヤ」 と いふ。 これ を ききて よろこびて、 ヒトビト をがみたてまつる。 ヤマザキ ノ ハシ みゆ。 うれしき こと かぎりなし。
ここ に、 サウオウジ の ホトリ に、 しばし フネ を とどめて、 とかく さだむる こと あり。 こ の テラ の キシホトリ に、 ヤナギ おほく あり。 ある ヒト、 こ の ヤナギ の カゲ の、 カハ の ソコ に うつれる を みて よめる ウタ、
サザレナミ よする アヤ をば アヲヤギ の カゲ の イト して おる か とぞ みる
トヲカ あまり フツカ。 ヤマザキ に とまれり。
トヲカ あまり ミカ。 なほ ヤマザキ に。
トヲカ あまり ヨカ。 アメ ふる。 ケフ、 クルマ、 キャウ へ とり に やる。
トヲカ あまり イツカ。 ケフ、 クルマ ゐて きたり。 フネ の ムツカシサ に、 フネ より ヒト の イヘ に うつる。 こ の ヒト の イヘ、 よろこべる やう にて、 アルジ したり。 こ の アルジ の、 また アルジ の よき を みる に、 うたて おもほゆ。 イロイロ に カヘリゴト す。 イヘ の ヒト の イデイリ、 にくげ ならず、 ゐややか なり。
トヲカ あまり ムユカ。 ケフ の ヨウサツカタ、 キャウ へ のぼる ツイデ に みれば、 ヤマザキ の コヒツ の ヱ も、 マガリ の オホヂ の カタ も、 かはらざりけり。 「ウリビト の ココロ を ぞ しらぬ」 とぞ いふ なる。
かくて キャウ へ ゆく に、 シマサカ にて、 ヒト、 アルジ したり。 かならずしも ある まじき ワザ なり。 たちて ゆきし トキ より は、 くる トキ ぞ、 ヒト は とかく ありける。 これ にも カヘリゴト す。
ヨル に なして、 キャウ には いらむ と おもへば、 いそぎ しも せぬ ほど に、 ツキ いでぬ。 カツラガハ、 ツキ の あかき にぞ わたる。 ヒトビト の いはく、 「こ の カハ、 アスカガハ に あらねば、 フチセ さらに かはらざりけり」 と いひて、 ある ヒト の よめる ウタ、
ヒサカタ の ツキ に おひたる カツラガハ ソコ なる カゲ も かはらざりけり
また、 ある ヒト の いへる、
アマグモ の はるか なりつる カツラガハ ソデ を ひてて も わたりぬる かな
また、 ある ヒト よめり。
カツラガハ ワ が ココロ にも かよはねど おなじ フカサ に ながる べらなり
キャウ の うれしき あまり に、 ウタ も あまり ぞ おほかる
ヨ ふけて くれば、 トコロドコロ も みえず。 キャウ に いりたちて うれし。
イヘ に いたりて、 カド に いる に、 ツキ あかければ、 いと よく アリサマ みゆ。 ききし より も まして、 いふかひなく ぞ、 こぼれ やぶれたる。 イヘ に あづけたりつる ヒト の ココロ も、 あれたる なりけり。 ナカガキ こそ あれ、 ヒトツイヘ の やう なれば、 のぞみて あづかれる なり。 さるは、 タヨリ ごと に、 モノ も たえず えさせたり。 コヨヒ、 「かかる こと」 と、 こわだか に モノ も いはせず。 いと は つらく みゆれど、 ココロザシ は せむ と す。
さて、 イケ-めいて くぼまり、 みづつける トコロ あり。 ホトリ に マツ も ありき。 イツトセ ムトセ の うち に、 チトセ や すぎにけむ、 カタヘ は なくなりにけり。 イマ おひたる ぞ まじれる。 オホカタ の、 みな あれにたれば、 「あはれ」 とぞ ヒトビト いふ。
おもひいでぬ こと なく、 おもひ こひしき が ウチ に、 こ の イヘ にて うまれし ヲムナゴ の、 もろとも に かへらねば、 いかが は かなしき。 フナビト も ミナ、 コ、 たかりて ののしる。 かかる うち に、 なほ かなしき に たへず して、 ひそか に ココロ しれる ヒト と いへりける ウタ、
うまれし も かへらぬ もの を ワ が ヤド に コマツ の ある を みる が カナシサ
とぞ いへる。 なほ あかず や あらむ、 また かく なむ。
みし ヒト の マツ の チトセ に みましかば とほく かなしき ワカレ せまし や
わすれがたく、 くちをしき こと おほかれど、 え つくさず。 とまれ かうまれ、 とく やりてむ。
それ の トシ の、 シハス の ハツカ あまり ヒトヒ の ヒ の、 イヌ ノ トキ に カドデ す。 そ の ヨシ、 いささか モノ に かきつく。
ある ヒト、 アガタ の ヨトセ イツトセ はてて、 レイ の こと ども みな しをへて、 ゲユ など とりて、 すむ タチ より いでて、 フネ に のる べき トコロ へ わたる。 カレコレ、 しる しらぬ オクリ す。 トシゴロ よく くらべつる ヒトビト なむ、 わかれがたく おもひて、 ヒ しきり に とかく しつつ、 ののしる うち に、 ヨ ふけぬ。
ハツカ あまり フツカ に、 イヅミ ノ クニ まで と、 たひらか に グヮン たつ。 フヂハラ ノ トキザネ、 フナヂ なれど ムマ の ハナムケ す。 カミ ナカ シモ、 ゑひあきて、 いと あやしく、 シホウミ の ホトリ にて あざれあへり。
ハツカ あまり ミカ。 ヤギ ノ ヤスノリ と いふ ヒト あり。 こ の ヒト、 クニ に かならずしも いひつかふ モノ にも あらざ なり。 これ ぞ、 たたはしき やう にて ムマ の ハナムケ したる。 カミガラ にや あらむ、 クニヒト の ココロ の ツネ と して、 イマ は とて みえざ なる を、 こころある モノ は、 はぢず に なむ きける。 これ は、 モノ に よりて ほむる に しも あらず。
ハツカ あまり ヨカ。 カウジ、 ムマ の ハナムケ し に いでませり。 あり と ある カミシモ、 ワラハ まで ゑひしれて、 イチモンジ を だに しらぬ モノ し が、 アシ は ジフモンジ に ふみて ぞ あそぶ。
ハツカ あまり イツカ。 カミ の タチ より、 よび に フミ もて きた なり。 よばれて いたりて、 ヒヒトヒ、 ヨヒトヨ、 とかく あそぶ やう にて あけにけり。
ハツカ あまり ムユカ。 なほ カミ の タチ にて、 アルジ し ののしりて、 ラウドウ まで に モノ かづけたり。 カラウタ、 コヱ あげて いひけり。 ヤマトウタ、 アルジ も マラウド も、 コトヒト も いひあへりけり。 カラウタ は これ に え かかず。 ヤマトウタ、 アルジ の カミ の よめりける、
ミヤコ いでて キミ に あはむ と こし もの を こし カヒ も なく わかれぬる かな
と なむ ありければ、 かへる サキ の カミ の よめりける、
シロタヘ の ナミヂ を とほく ゆきかひて ワレ に に べき は タレ ならなく に
コトヒトビト の も ありけれど、 さかしき も なかる べし。
とかく いひて、 サキ の カミ、 イマ の も、 もろとも に おりて、 イマ の アルジ も、 サキ の も、 テ とりかはして、 ヱヒゴト に こころよげ なる コト して、 いでいりにけり。
ハツカ あまり ナヌカ。 オホツ より ウラド を さして こぎいづ。 かく ある うち に、 キャウ にて うまれたりし ヲムナゴ、 クニ にて にはか に うせにしかば、 コノゴロ の イデタチ イソギ を みれど、 ナニゴト も いはず。 キャウ へ かへる に、 ヲムナゴ の なき のみ ぞ かなしび こふる。 ある ヒトビト も え たへず。 こ の アヒダ に、 ある ヒト の かきて いだせる ウタ、
ミヤコ へ と おもふ を もの の かなしき は かへらぬ ヒト の あれば なりけり
また、 ある トキ には、
ある もの と わすれつつ なほ なき ヒト を いづら と とふ ぞ かなしかりける
と いひける アヒダ に、 カコ ノ サキ と いふ トコロ に、 カミ の ハラカラ、 また、 コトヒト コレカレ、 サケ なにと もて おひきて、 イソ に おりゐて、 わかれがたき コト を いふ。 カミ の タチ の ヒトビト の ナカ に、 こ の きたる ヒトビト ぞ、 こころある やう には、 いはれほのめく。
かく わかれがたく いひて、 か の ヒトビト の、 クチアミ も モロモチ にて、 こ の ウミベ にて になひいだせる ウタ、
をし と おもふ ヒト や とまる と アシガモ の うちむれて こそ ワレ は きにけれ
と いひて ありければ、 いと いたく めでて、 ゆく ヒト の よめりける、
サヲ させど ソコヒ も しらぬ ワタツミ の ふかき ココロ を キミ に みる かな
と いふ アヒダ に、 カジトリ、 モノ の アハレ も しらで、 オノレ し サケ を くらひつれば、 はやく いなむ とて、 「シホ みちぬ。 カゼ も ふきぬ べし」 と さわげば、 フネ に のりなむ と す。
こ の ヲリ に、 ある ヒトビト、 ヲリフシ に つけて、 カラウタ ども、 トキ に につかはしき いふ。 また ある ヒト、 ニシグニ なれど、 カヒウタ など いふ。 かく うたふ に、 「フナヤカタ の チリ も ちり、 ソラ ゆく クモ も ただよひぬ」 とぞ いふ なる。
コヨヒ、 ウラド に とまる。 フヂハラ ノ トキザネ、 タチバナ ノ スヱヒラ、 コトヒトビト、 おひきたり。
ハツカ あまり ヤウカ。 ウラド より こぎいでて、 オホミナト を おふ。 こ の アヒダ に、 はやく の カミ の コ、 ヤマグチ ノ チミネ、 サケ、 よき もの ども もて きて、 フネ に いれたり。 ゆくゆく のみ くふ。
ハツカ あまり ココヌカ。 オホミナト に とまれり。 クスシ、 ふりはへて、 トウソ、 ビャクサン、 サケ くはへて もて きたり。 ココロザシ ある に にたり。
グヮンニチ。 なほ おなじ トマリ なり。 ビャクサン を ある モノ、 ヨ の マ とて、 フナヤカタ に さしはさめりければ、 カゼ に ふきならさせて、 ウミ に いれて、 え のまず なりぬ。 イモジ、 アラメ も ハガタメ も なし。 かうやう の もの なき クニ なり。 もとめ しも おかず。 ただ オシアユ の クチ を のみ ぞ すふ。 こ の すふ ヒトビト の クチ を、 オシアユ、 もし おもふ やう あらむ や。 「ケフ は ミヤコ のみ ぞ おもひやらるる」 「コヘ の カド の シリクベナハ の ナヨシ の カシラ、 ヒヒラギ ら、 いかに ぞ」 とぞ いひあへ なる。
フツカ。 なほ オホミナト に とまれり。 カウジ、 モノ、 サケ、 おこせたり。
ミカ。 おなじ トコロ なり。 もし カゼナミ の しばし と をしむ ココロ や あらむ。 こころもとなし。
ヨカ。 カゼ ふけば、 え いでたたず。 マサツラ、 サケ、 よき もの たてまつれり。 この かうやう に モノ もて くる ヒト に、 なほ しも え あらで、 イササケワザ せさす。 モノ も なし。 にぎははしき やう なれど、 まくる ココチ す。
イツカ。 カゼナミ やまねば、 なほ おなじ トコロ に あり。 ヒトビト、 たえず トブラヒ に く。
ムユカ。 キノフ の ごとし。
ナヌカ に なりぬ。 おなじ ミナト に あり。 ケフ は アヲムマ を おもへど、 かひなし。 ただ ナミ の しろき のみ ぞ みゆる。 かかる アヒダ に、 ヒト の イヘ の、 イケ と ナ ある トコロ より、 コヒ は なくて、 フナ より はじめて、 カハ の も ウミ の も、 コトモノ ども、 ナガビツ に になひつづけて おこせたり。 ワカナ ぞ ケフ をば しらせたる。 ウタ あり。 そ の ウタ、
アサヂフ の ノベ にし あれば ミヅ も なき イケ に つみつる ワカナ なりけり
いと をかし かし。 こ の イケ と いふ は トコロ の ナ なり。 よき ヒト の、 ヲトコ に つきて くだりて、 すみける なり。 こ の ナガビツ の もの は、 ミナヒト、 ワラハ まで に くれたれば、 あきみちて、 フナコ ども は、 ハラツヅミ を うちて、 ウミ を さへ おどろかして、 ナミ たてつ べし。
かくて、 こ の アヒダ に コト おほかり。 ケフ、 ワリゴ もたせて きたる ヒト、 そ の ナ など ぞや、 イマ おもひいでむ。 こ の ヒト、 ウタ よまむ と おもふ ココロ ありて なりけり。 とかく いひいひて、 「ナミ の たつ なる こと」 と うるへ いひて、 よめる ウタ、
ゆく サキ に たつ シラナミ の コヱ より も おくれて なかむ ワレ や まさらむ
とぞ よめる。 いと オホゴヱ なる べし。 もて きたる もの より は、 ウタ は いかが あらむ。 こ の ウタ を、 コレカレ あはれがれど も、 ヒトリ も カヘシ せず。 しつ べき ヒト も まじれれど、 これ を のみ いたがり、 モノ を のみ くひて、 ヨ ふけぬ。 こ の ウタヌシ、 「まだ まからず」 と いひて たちぬ。
ある ヒト の コ の ワラハ なる、 ひそか に いふ。 「マロ、 こ の ウタ の カヘシ せむ」 と いふ。 おどろきて、 「いと をかしき こと かな。 よみてむ やは。 よみつ べく は、 はや いへ かし」 と いふ。 「『まからず』 とて たちぬる ヒト を まちて よまむ」 とて、 もとめける を、 ヨ ふけぬ と にや ありけむ、 やがて いにけり。 「そもそも いかが よんだる」 と、 いぶかしがりて とふ。 この ワラハ、 さすが に はぢて いはず。 しひて とへば、 いへる ウタ、
ゆく ヒト も とまる も ソデ の ナミダガハ ミギハ のみ こそ ぬれまさりけれ
と なむ よめる。 かく は いふ もの か。 うつくしければ にや あらむ、 いと おもはず なり。 「ワラハゴト にて は ナニ かは せむ。 オムナ、 オキナ、 テ おしつ べし。 あしく も あれ、 いかにも あれ、 タヨリ あらば やらむ」 とて、 おかれぬ めり。
ヤウカ。 さはる こと ありて、 なほ おなじ トコロ なり。 コヨヒ、 ツキ は ウミ にぞ いる。 これ を みて、 ナリヒラ の キミ の 「ヤマノハ にげて いれず も あらなむ」 と いふ ウタ なむ おもほゆる。 もし ウミベ にて よまましかば、 「ナミ たちさへて いれず も あらなむ」 とも よみてまし や。 イマ、 こ の ウタ を おもひいでて、 ある ヒト の よめりける、
てる ツキ の ながるる みれば アマノガハ いづる ミナト は ウミ に ざりける
とや。
ココヌカ の ツトメテ、 オホミナト より ナハ ノ トマリ を おはむ とて こぎいでけり。 コレカレ たがひに、 クニ の サカヒ の ウチ は とて、 ミオクリ に くる ヒト あまた が ナカ に、 フヂハラ ノ トキザネ、 タチバナ ノ スヱヒラ、 ハセベ ノ ユキマサ ら なむ、 ミタチ より いでたうびし ヒ より、 ここかしこ に おひくる。 こ の ヒトビト ぞ、 ココロザシ ある ヒト なりける。 こ の ヒトビト の ふかき ココロザシ は、 こ の ウミ にも おとらざる べし。
これ より、 イマ は こぎはなれて ゆく。 これ を みおくらむ とて ぞ、 こ の ヒトドモ は おひきける。 かくて、 こぎゆく まにまに、 ウミ の ホトリ に とまれる ヒト も とほく なりぬ。 フネ の ヒト も みえず なりぬ。 キシ にも いふ こと ある べし。 フネ にも おもふ こと あれど、 かひなし。 かかれど、 こ の ウタ を ヒトリゴト に して、 やみぬ。
おもひやる ココロ は ウミ を わたれど も フミ し なければ しらず や ある らむ
かくて、 ウダ ノ マツバラ を ゆきすぐ。 そ の マツ の カズ いくそばく、 イクチトセ へたり と しらず。 モト ごと に ナミ うちよせ、 エダ ごと に ツル ぞ とびかよふ。 おもしろし と みる に たへず して、 フナビト の よめる ウタ、
みわたせば マツ の ウレ ごと に すむ ツル は チヨ の ドチ とぞ おもふ べらなる
とや。 こ の ウタ は、 トコロ を みる に、 え まさらず。
かく ある を みつつ こぎゆく まにまに、 ヤマ も ウミ も みな くれ、 ヨ ふけて、 ニシヒムガシ も みえず して、 テンケ の こと、 カヂトリ の ココロ に まかせつ。 ヲノコ も、 ならはぬ は、 いとも こころぼそし。 まして ヲムナ は、 フナゾコ に カシラ を つきあてて、 ネ を のみ ぞ なく。 かく おもへば、 フナコ、 カヂトリ は フナウタ うたひて、 なにとも おもへらず。 そ の うたふ ウタ は、
ハル の ノ にて ぞ ネ をば なく。 ワカススキ に、 テ きる きる つんだる ナ を、 オヤ や まぼる らむ、 シウトメ や くふ らむ。 かへら や。
ヨンベ の ウナヰ もがな。 ゼニ こはむ。 ソラゴト を して、 オギノリワザ を して、 ゼニ も もて こず、 オノレ だに こず。
これ ならず おほかれど も、 かかず。 これら を ヒト の わらふ を ききて、 ウミ は あるれど も、 ココロ は すこし なぎぬ。 かく ゆきくらして、 トマリ に いたりて、 オキナビト ヒトリ、 タウメ ヒトリ、 ある が ナカ に ココチ あしみして、 モノ も ものしたばで、 ひそまりぬ。
トヲカ。 ケフ は、 こ の ナハ の トマリ に とまりぬ。
トヲカ あまり ヒトヒ。 アカツキ に フネ を いだして ムロツ を おふ。 ヒトミナ まだ ねたれば、 ウミ の アリヤウ も みえず。 ただ ツキ を みて ぞ、 ニシヒムガシ をば しりける。 かかる アヒダ に、 みな ヨ あけて、 テ あらひ、 レイ の こと ども して、 ヒル に なりぬ。
いまし、 ハネ と いふ トコロ に きぬ。 わかき ワラハ、 こ の トコロ の ナ を ききて、 「ハネ と いふ トコロ は、 トリ の ハネ の やう にや ある」 と いふ。 まだ をさなき ワラハ の コト なれば、 ヒトビト わらふ トキ に、 ありける ヲムナワラハ なむ、 こ の ウタ を よめる。
マコト にて ナ に きく トコロ ハネ ならば とぶ が ごとく に ミヤコ へ もがな
とぞ いへる。 ヲトコ も ヲムナ も、 いかで とく キャウ へ もがな、 と おもふ ココロ あれば、 こ の ウタ よし と には あらねど、 げに と おもひて、 ヒトビト わすれず。
こ の ハネ と いふ トコロ とふ ワラハ の ツイデ にぞ、 また ムカシヘビト を おもひいでて、 いづれ の トキ に か わするる。 ケフ は まして、 ハハ の かなしがらるる こと は。 くだりし トキ の ヒト の カズ たらねば、 フルウタ に、 「カズ は たらで ぞ かへる べらなる」 と いふ コト を おもひいでて、
ヨノナカ に おもひやれど も コ を こふる オモヒ に まさる オモヒ なき かな
と いひつつ なむ。
トヲカ あまり フツカ。 アメ ふらず。 フムトキ、 コレモチ が フネ の おくれたりし、 ナラシヅ より ムロツ に きぬ。
トヲカ あまり ミカ の アカツキ に、 いささか に アメ ふる。 しばし ありて やみぬ。 ヲムナ コレカレ、 ユアミ など せむ とて、 アタリ の よろしき トコロ に おりて ゆく。 ウミ を みやれば、
クモ も みな ナミ とぞ みゆる アマ もがな いづれ か ウミ と とひて しる べく
と なむ ウタ よめる。 さて、 トヲカ あまり なれば、 ツキ おもしろし。 フネ に のりはじめし ヒ より、 フネ には クレナヰ こく よき キヌ きず。 それ は、 「ウミ の カミ に おぢて」 と いひて、 ナニ の アシカゲ に ことづけて、 ホヤ の ツマ の イズシ、 スシアハビ を ぞ、 ココロ にも あらぬ ハギ に あげて みせける。
トヲカ あまり ヨカ。 アカツキ より アメ ふれば、 おなじ トコロ に とまれり。 フナギミ、 セチミ す。 サウジモノ なければ、 ムマドキ より ノチ に、 カヂトリ の キノフ つりたりし タヒ に、 ゼニ なければ、 ヨネ を とりかけて、 おちられぬ。 かかる こと なほ ありぬ。 カヂトリ、 また タヒ もて きたり。 ヨネ、 サケ、 しばしば くる。 カヂトリ、 ケシキ あしからず。
トヲカ あまり イツカ。 ケフ、 アヅキガユ にず。 くちをしく、 なほ ヒ の あしければ、 ゐざる ほど にぞ、 ケフ、 ハツカ あまり へぬる。 いたづら に ヒ を ふれば、 ヒトビト ウミ を ながめつつ ぞ ある。 メノワラハ の いへる、
たてば たつ ゐれば また ゐる ふく カゼ と ナミ とは おもふ ドチ にや ある らむ
いふかひなき モノ の いへる には、 いと につかはし。
トヲカ あまり ムユカ。 カゼナミ やまねば、 なほ おなじ トコロ に とまれり。 ただ、 ウミ に ナミ なく して、 いつしか ミサキ と いふ トコロ わたらむ と のみ なむ おもふ。 カゼナミ、 とにに やむ べく も あらず。 ある ヒト の、 こ の ナミ たつ を みて よめる ウタ、
シモ だに も おかぬ カタ ぞ と いふ なれど ナミ の ナカ には ユキ ぞ ふりける
さて、 フネ に のりし ヒ より ケフ まで に、 ハツカ あまり イツカ に なりにけり。
トヲカ あまり ナヌカ。 くもれる クモ なくなりて、 アカツキヅクヨ、 いとも おもしろければ、 フネ を いだして こぎゆく。 この アヒダ に、 クモ の ウヘ も ウミ の ソコ も、 おなじ ごとく に なむ ありける。 むべも ムカシ の ヲトコ は、 「サヲ は うがつ ナミ の ウヘ の ツキ を。 フネ は おそふ ウミ の ウチ の ソラ を」 とは いひけむ。 キキザレ に きける なり。 また、 ある ヒト の よめる ウタ、
ミナソコ の ツキ の ウヘ より こぐ フネ の サヲ に さはる は カツラ なる らし
これ を ききて、 ある ヒト の また よめる、
カゲ みれば ナミ の ソコ なる ヒサカタ の ソラ こぎわたる ワレ ぞ わびしき
かく いふ アヒダ に、 ヨ やうやく あけゆく に、 カヂトリ ら、 「くろき クモ にはか に いできぬ。 カゼ ふきぬ べし。 ミフネ かへしてむ」 と いひて、 フネ かへる。 この アヒダ に、 アメ ふりぬ。 いと わびし。
トヲカ あまり ヤウカ。 なほ おなじ トコロ に あり。 ウミ あらければ、 フネ いださず。 こ の トマリ、 とほく みれど も、 ちかく みれど も、 いと おもしろし。 かかれども くるしければ、 ナニゴト も おもほえず。 ヲトコ どち は、 ココロヤリ にや あらむ、 カラウタ など いふ べし。 フネ も いださで、 いたづら なれば、 ある ヒト の よめる、
イソフリ の よする イソ には トシツキ を いつ とも わかぬ ユキ のみ ぞ ふる
こ の ウタ は、 ツネ に せぬ ヒト の コト なり。 また、 ヒト の よめる、
カゼ に よる ナミ の イソ には ウグヒス も ハル も え しらぬ ハナ のみ ぞ さく
こ の ウタ ども を すこし よろし と ききて、 フネ の ヲサ しける オキナ、 ツキヒゴロ の くるしき ココロヤリ に よめる、
たつ ナミ を ユキ か ハナ か と ふく カゼ ぞ よせつつ ヒト を はかる べらなる
こ の ウタ ども を、 ヒト の ナニカ と いふ を、 ある ヒト ききふけりて よめり。 そ の ウタ、 よめる モジ、 ミソモジ あまり ナナモジ。 ヒトミナ、 え あらで わらふ やう なり。 ウタヌシ、 いと ケシキ あしくて、 ゑず。 まねべど も、 え まねばず。 かけり とも、 え よみすゑがたかる べし。 ケフ だに いひがたし。 まして ノチ には いかならむ。
トヲカ あまり ココヌカ。 ヒ あしければ、 フネ いださず。
ハツカ。 キノフ の やう なれば、 フネ いださず。 ミナヒトビト うれへなげく。 くるしく こころもとなければ、 ただ ヒ の へぬる カズ を、 ケフ イクカ、 ハツカ、 ミソカ と かぞふれば、 オヨビ も そこなはれぬ べし。 いと わびし。 ヨル は イ も ねず。
ハツカ の ヨ の ツキ いでにけり。 ヤマノハ も なくて、 ウミ の ナカ より ぞ いでくる。 かうやう なる を みて や、 ムカシ、 アベ ノ ナカマロ と いひける ヒト は、 モロコシ に わたりて、 かへりきける トキ に、 フネ に のる べき トコロ にて、 か の クニビト、 ムマ の ハナムケ し、 ワカレ をしみて、 かしこ の カラウタ つくり など しける。 あかず や ありけむ、 ハツカ の ヨ の ツキ、 いづる まで ぞ ありける。 そ の ツキ は ウミ より ぞ いでける。 これ を みて ぞ、 ナカマロ の ヌシ、 「ワガクニ に かかる ウタ を なむ、 カミヨ より カミ も よむたび、 イマ は カミ ナカ シモ の ヒト も、 かうやう に ワカレ をしみ、 ヨロコビ も あり、 カナシビ も ある トキ には よむ」 とて、 よめりける ウタ、
アヲウナバラ ふりさけみれば カスガ なる ミカサ ノ ヤマ に いでし ツキ かも
とぞ よめりける。 か の クニビト、 ききしる まじく おもほえたれど も、 コト の ココロ を、 ヲトコモジ に サマ を かきいだして、 ここ の コトバ、 つたへたる ヒト に いひしらせければ、 ココロ をや ききえたりけむ、 いと おもひのほか に なむ めでける。 モロコシ と こ の クニ とは、 コト こと なる もの なれど、 ツキ の カゲ は おなじ こと なる べければ、 ヒト の ココロ も おなじ こと にや あらむ。
さて イマ、 ソノカミ を おもひやりて、 ある ヒト の よめる ウタ、
ミヤコ にて ヤマノハ に みし ツキ なれど ナミ より いでて ナミ に こそ いれ
ハツカ あまり ヒトヒ。 ウ ノ トキ ばかり に フネ いだす。 ミナヒトビト の フネ いづ。 これ を みれば、 ハル の ウミ に、 アキ の コノハ しも ちれる やう にぞ ありける。 おぼろけ の グヮン に よりて にや あらむ、 カゼ も ふかず、 よき ヒ いできて、 こぎゆく。
こ の アヒダ に、 つかはれむ とて、 つきて くる ワラハ あり、 それ が うたふ フナウタ、
なほ こそ クニ の カタ は みやらるれ、 ワ が チチハハ あり とし おもへば。 かへらや。
と うたふ ぞ、 あはれ なる。 かく うたふ を ききつつ こぎくる に、 クロトリ と いふ トリ、 イハ の ウヘ に あつまりをり。 そ の イハ の モト に、 ナミ しろく うちよす。 カヂドリ の いふ やう、 「クロトリ の モト に、 しろき ナミ を よす」 とぞ いふ。 こ の コトバ、 ナニ と には なけれど も、 モノ いふ やう にぞ きこえたる。 ヒト の ホド に あはねば、 とがむる なり。
かく いひつつ ゆく に、 フナギミ なる ヒト、 ナミ を みて、 「クニ より はじめて、 カイゾク ムクイ せむ と いふ なる コト を おもふ うへ に、 ウミ の また おそろしければ、 カシラ も みな しらけぬ。 ナナソヂ ヤソヂ は、 ウミ に ある もの なりけり。
ワ が カミ の ユキ と イソベ の シラナミ と いづれ まされり オキ つ シマモリ
カヂトリ、 いへ」
ハツカ あまり フツカ。 ヨンベ の トマリ より、 コトトマリ を おひて ゆく。 はるか に ヤマ みゆ。 トシ ココノツ ばかり なる ヲノワラハ、 トシ より は をさなく ぞ ある。 こ の ワラハ、 フネ を こぐ まにまに、 ヤマ も ゆく と みゆる を みて、 あやしき こと、 ウタ を ぞ よめる。 そ の ウタ、
こぎて ゆく フネ にて みれば アシヒキ の ヤマ さへ ゆく を マツ は しらず や
とぞ いへる。 をさなき ワラハ の コト にて は、 につかはし。
ケフ、 ウミ あらげ にて、 イソ に ユキ ふり、 ナミ の ハナ さけり。 ある ヒト の よめる、
ナミ と のみ ヒトツ に きけど イロ みれば ユキ と ハナ と に まがひける かな
ハツカ あまり ミカ。 ヒ てりて くもりぬ。 こ の ワタリ、 カイゾク の オソリ あり と いへば、 カミホトケ を いのる。
ハツカ あまり ヨカ。 キノフ と おなじ トコロ なり。
ハツカ あまり イツカ。 カヂトリ ら の、 「キタカゼ あし」 と いへば、 フネ いださず。 カイゾク おひく と いふ コト、 たえず きこゆ。
ハツカ あまり ムユカ。 マコト にや あらむ、 カイゾク おふ と いへば、 ヨナカ ばかり より フネ を いだして こぎくる ミチ に、 タムケ する トコロ あり。 カヂトリ して ヌサ たいまつらする に、 ヌサ の ヒムガシ へ ちれば、 カヂトリ の まうして たてまつる コト は、 「こ の ヌサ の ちる カタ に、 ミフネ すみやか に こがしめたまへ」 と まうして たてまつる。 これ を ききて、 ある メノワラハ の よめる、
ワタツミ の チフリ の カミ に タムケ する ヌサ の オヒカゼ やまず ふかなむ
とぞ よめる。 こ の アヒダ に、 カゼ の よければ、 カヂトリ いたく ほこりて、 フネ に ホ あげ など、 よろこぶ。 そ の オト を ききて、 ワラハ も オムナ も、 いつしか とし おもへば にや あらむ、 いたく よろこぶ。 こ の ナカ に、 アハヂ の タウメ と いふ ヒト の よめる ウタ、
オヒカゼ の ふきぬる トキ は ゆく フネ の ホテ うちて こそ うれしかりけれ
とぞ。 テイケ の こと に つけて いのる。
ハツカ あまり ナヌカ。 カゼ ふき、 ナミ あらければ、 フネ いださず。 コレカレ、 かしこく なげく。 ヲトコ たち の ココロナグサメ に、 カラウタ に、 「ヒ を のぞめば ミヤコ とほし」 など いふ なる コト の サマ を ききて、 ある ヲムナ の よめる ウタ、
ヒ を だに も アマグモ ちかく みる もの を ミヤコ へ と おもふ ミチ の ハルケサ
また、 ある ヒト の よめる、
ふく カゼ の たえぬ カギリ し たちくれば ナミヂ は いとど はるけかりけり
ヒヒトヒ、 カゼ やまず。 ツマハジキ して ねぬ。
ハツカ あまり ヤウカ。 よもすがら、 アメ やまず。 ケサ も。
ハツカ あまり ココヌカ。 フネ いだして ゆく。 うらうら と てりて、 こぎゆく。 ツメ の いと ながく なりにたる を みて、 ヒ を かぞふれば、 ケフ は ネ の ヒ なりければ、 きらず。 ムツキ なれば、 キャウ の ネ の ヒ の こと いひいでて、 「コマツ もがな」 と いへど、 ウミナカ なれば、 かたし かし。 ある ヲムナ の かきて いだせる ウタ、
おぼつかな ケフ は ネ の ヒ か アマ ならば ウミマツ を だに ひかまし もの を
とぞ いへる。 ウミ にて ネ の ヒ の ウタ にて は、 いかが あらむ。 また、 ある ヒト の よめる ウタ、
ケフ なれど ワカナ も つまず カスガノ の ワ が こぎわたる ウラ に なければ
かく いひつつ こぎゆく。
おもしろき トコロ に フネ を よせて、 「ここ や いづこ」 と とひければ、 「トサ ノ トマリ」 と いひけり。 ムカシ、 トサ と いひける トコロ に すみける ヲムナ、 こ の フネ に まじれりけり。 そ が いひけらく、 「ムカシ、 しばし ありし トコロ の ナクヒ にぞ あ なる。 あはれ」 と いひて、 よめる ウタ、
トシゴロ を すみし トコロ の ナ にし おへば きよる ナミ をも あはれ とぞ みる
とぞ いへる。
ミソカ。 アメカゼ ふかず。 カイゾク は ヨルアルキ せざ なり と ききて、 ヨナカ ばかり に フネ を いだして、 アハ ノ ミト を わたる。 ヨナカ なれば、 ニシヒムガシ も みえず。 ヲトコヲムナ、 からく カミホトケ を いのりて、 こ の ミト を わたりぬ。
トラウ ノ トキ ばかり に、 ヌシマ と いふ トコロ を すぎて、 タナカハ と いふ トコロ を わたる。 からく いそぎて、 イヅミ ノ ナダ と いふ トコロ に いたりぬ。 ケフ、 ウミ に ナミ に にたる もの なし。 カミホトケ の メグミ かうぶれる に にたり。
ケフ、 フネ に のりし ヒ より かぞふれば、 ミソカ あまり ココヌカ に なりにけり。 イマ は イヅミ ノ クニ に きぬれば、 カイゾク ものならず。
キサラギ ツイタチ。 アシタ の マ、 アメ ふる。 ムマドキ ばかり に やみぬれば、 イヅミ ノ ナダ と いふ トコロ より いでて、 こぎゆく。 ウミ の ウヘ、 キノフ の ごとく に、 カゼナミ みえず。 クロサキ ノ マツバラ を へて ゆく。 トコロ の ナ は くろく、 マツ の イロ は あをく、 イソ の ナミ は ユキ の ごとく に、 カヒ の イロ は スハウ に、 ゴシキ に いま ヒトイロ ぞ たらぬ。
こ の アヒダ に、 ケフ は、 ハコノウラ と いふ トコロ より ツナデ ひきて ゆく。 かく ゆく アヒダ に、 ある ヒト の よめる ウタ、
タマクシゲ ハコノウラ ナミ たたぬ ヒ は ウミ を カガミ と タレ か みざらむ
また、 フナギミ の いはく、 「こ の ツキ まで なりぬる こと」 と なげきて、 くるしき に たへず して、 ヒト も いふ こと とて、 ココロヤリ に いへる、
ひく フネ の ツナデ の ながき ハル の ヒ を ヨソカ イカ まで ワレ は へにけり
きく ヒト の おもへる やう、 「なぞ、 タダゴト なる」 と、 ひそか に いふ べし。 「フナギミ の、 からく ひねりいだして、 よし と おもへる コト を。 ゑじ も こそ したべ」 とて、 つつめきて やみぬ。 にはか に カゼナミ たかければ、 とどまりぬ。
フツカ。 アメカゼ やまず。 ヒヒトヒ、 よもすがら、 カミホトケ を いのる。
ミカ。 ウミ の ウヘ、 キノフ の やう なれば、 フネ いださず。 カゼ の ふく こと やまねば、 キシ の ナミ たちかへる。 これ に つけて よめる ウタ、
ヲ を よりて かひなき もの は おちつもる ナミダ の タマ を ぬかぬ なりけり
かくて、 ケフ くれぬ。
ヨカ。 カヂトリ、 「ケフ、 カゼ、 クモ の ケシキ はなはだ あし」 と いひて、 フネ いださず なりぬ。 しかれども、 ひねもす に ナミカゼ たたず。 こ の カヂトリ は、 ヒ も え はからぬ カタヰ なりけり。
こ の トマリ の ハマ には、 クサグサ の うるはしき カヒ、 イシ など おほかり。 かかれば、 ただ ムカシ の ヒト を のみ こひつつ、 フネ なる ヒト の よめる、
よする ナミ うち も よせなむ ワ が こふる ヒト ワスレガヒ おりて ひろはむ
と いへれば、 ある ヒト の たへず して、 フネ の ココロヤリ に よめる、
ワスレガヒ ひろひ しも せじ シラタマ を こふる を だに も カタミ と おもはむ
と なむ いへる。 ヲムナゴ の ため には、 オヤ、 をさなく なりぬ べし。 「タマ ならず も ありけむ を」 と ヒト いはむ や。 されども、 「しし コ、 カホ よかりき」 と いふ ヤウ も あり。
なほ おなじ トコロ に ヒ を ふる こと を なげきて、 ある ヲムナ の よめる ウタ、
テ を ひてて サムサ も しらぬ イヅミ にぞ くむ とは なし に ヒゴロ へにける
イツカ。 ケフ、 からくして、 イヅミ ノ ナダ より ヲヅ ノ トマリ を おふ。 マツバラ、 メ も はるばる なり。 コレカレ、 くるしければ、 よめる ウタ、
ゆけど なほ ゆきやられぬ は イモ が うむ ヲヅノウラ なる キシ の マツバラ
かく いひつつ くる ほど に、 「フネ とく こげ。 ヒ の よき に」 と もよほせば、 カヂトリ、 フナコ ども に いはく、 「ミフネ より、 オホセ たぶ なり。 アサキタ の、 いでこぬ サキ に、 ツナデ はや ひけ」 と いふ。 こ の コトバ の ウタ の やう なる は、 カヂトリ の おのづから の コトバ なり。 カヂトリ は、 うつたへに、 ワレ、 ウタ の やう なる コト、 いふ と にも あらず。 きく ヒト の、 「あやしく、 うためきて も いひつる かな」 とて、 かきいだせれば、 げに ミソモジ あまり なりけり。
「ケフ、 ナミ な たち そ」 と、 ヒトビト ひねもす に いのる シルシ ありて、 カゼナミ たたず。 いまし、 カモメ むれゐて、 あそぶ トコロ あり。 キャウ の ちかづく ヨロコビ の あまり に、 ある ワラハ の よめる ウタ、
いのりくる カザマ と おもふ を あやなく も カモメ さへ だに ナミ と みゆ らむ
と いひて ゆく アヒダ に、 イシヅ と いふ トコロ の マツバラ おもしろくて、 ハマベ とほし。
また、 スミヨシ の ワタリ を こぎゆく。 ある ヒト の よめる ウタ、
イマ みて ぞ ミ をば しりぬる スミノエ の マツ より サキ に ワレ は へにけり
ここ に、 ムカシヘビト の ハハ、 ヒトヒ カタトキ も わすれねば よめる、
スミノエ に フネ さしよせよ ワスレグサ シルシ あり や と つみて ゆく べく
と なむ。 うつたへに わすれなむ と には あらで、 こひしき ココチ しばし やすめて、 またも こふる チカラ に せむ と なる べし。
かく いひて、 ながめつつ くる アヒダ に、 ゆくりなく カゼ ふきて、 こげど も こげど も、 シリ へ しぞき に しぞきて、 ほとほとしく うちはめつ べし。 カヂトリ の いはく、 「こ の スミヨシ の ミャウジン は、 レイ の カミ ぞ かし。 ほしき もの ぞ おはす らむ」 とは、 いまめく もの か。 さて、 「ヌサ を たてまつりたまへ」 と いふ。 いふ に したがひて、 ヌサ たいまつる。 かく たいまつれれど も、 もはら カゼ やまで、 いやふき に、 いやたち に、 カゼナミ の あやふければ、 カヂトリ また いはく、 「ヌサ には ミココロ の いかねば、 ミフネ も ゆかぬ なり。 なほ、 うれし と おもひたぶ べき もの、 たいまつりたべ」 と いふ。 また、 いふ に したがひて、 「いかが は せむ」 とて、 「マナコ も こそ フタツ あれ、 ただ ヒトツ ある カガミ を たいまつる」 とて、 ウミ に うちはめつれば、 くちをし。 されば、 うちつけ に ウミ は カガミ の オモテ の ごと なりぬれば、 ある ヒト の よめる ウタ、
ちはやぶる カミ の ココロ を あるる ウミ に カガミ を いれて かつ みつる かな
いたく、 スミノエ、 ワスレグサ、 キシ ノ ヒメマツ など いふ カミ には あらず かし。 メ も うつらうつら、 カガミ に カミ の ココロ を こそ は みつれ。 カヂトリ の ココロ は、 カミ の ミココロ なりけり。
ムユカ。 ミヲツクシ の モト より いでて、 ナニハ に つきて、 カハジリ に いる。 ミナヒトビト、 オムナ、 オキナ、 ヒタヒ に テ を あてて よろこぶ こと、 ふたつなし。 か の フナヱヒ の アハヂ ノ シマ の オホイゴ、 ミヤコ ちかく なりぬ と いふ を よろこびて、 フナゾコ より カシラ を もたげて、 かく ぞ いへる。
いつしか と いぶせかりつる ナニハガタ アシ こぎそけて ミフネ きにけり
いと おもひのほか なる ヒト の いへれば、 ヒトビト あやしがる。 これ が ナカ に、 ココチ なやむ フナギミ、 いたく めでて、 「フナヱヒ したうべりし ミカホ には、 にず も ある かな」 と いひける。
ナヌカ。 ケフ、 カハジリ に フネ いりたちて、 こぎのぼる に、 カハ の ミヅ ひて、 なやみわづらふ。 フネ の のぼる こと、 いと かたし。
かかる アヒダ に、 フナギミ の バウザ、 もとより こちごちしき ヒト にて、 かうやう の こと、 さらに しらざりけり。 かかれども、 アハヂ タウメ の ウタ に めでて、 ミヤコホコリ にも や あらむ、 からくして、 あやしき ウタ ひねりいだせり。 そ の ウタ は、
き と きて は カハノボリヂ の ミヅ を あさみ フネ も ワガミ も なづむ ケフ かな
これ は、 ヤマヒ を すれば よめる なる べし。 ヒトウタ に コト の あかねば、 いま ヒトツ、
とく と おもふ フネ なやます は ワ が ため に ミヅ の ココロ の あさき なりけり
こ の ウタ は、 ミヤコ ちかく なりぬる ヨロコビ に たへず して、 いへる なる べし。 アハヂ の ゴ の ウタ に おとれり。 「ねたき。 いはざらまし もの を」 と くやしがる うち に、 ヨル に なりて ねにけり。
ヤウカ。 なほ カハノボリ に なづみて、 トリカヒ ノ ミマキ と いふ ホトリ に とまる。 コヨヒ、 フナギミ、 レイ の ヤマヒ おこりて、 いたく なやむ。 ある ヒト、 あざらか なる もの もて きたり。 ヨネ して カヘリゴト す。 ヲトコ ども ひそか に いふ なり。 「イヒボ して、 モツ つる」 とや。 かうやう の こと、 トコロドコロ に あり。 ケフ、 セチミ すれば、 イヲ フヨウ。
ココヌカ。 ココロモトナサ に、 あけぬ から、 フネ を ひきつつ のぼれど も、 カハ の ミヅ なければ、 ゐざり に のみ ぞ ゐざる。
こ の アヒダ に、 ワダ ノ トマリ の アカレ の トコロ と いふ トコロ あり。 ヨネ、 イヲ など こへば、 おこなひつ。
かくて、 フネ ひきのぼる に、 ナギサ ノ ヰン と いふ トコロ を みつつ ゆく。 そ の ヰン、 ムカシ を おもひやりて みれば、 おもしろかりける トコロ なり。 シリヘ なる ヲカ には、 マツ の キ ども あり。 ナカ の ニハ には、 ムメ の ハナ さけり。 ここ に、 ヒトビト の いはく、 「これ、 ムカシ なだかく きこえたる トコロ なり。 コ-コレタカ ノ ミコ の オホムトモ に、 コ-アリハラ ノ ナリヒラ の チウジャウ の、
ヨノナカ に たえて サクラ の さかざらば ハル の ココロ は のどけからまし
と いふ ウタ よめる トコロ なりけり」
イマ、 ケフ ある ヒト、 トコロ に にたる ウタ よめり。
チヨ へたる マツ には あれど イニシヘ の コヱ の サムサ は かはらざりけり
また、 ある ヒト の よめる、
キミ こひて ヨ を ふる ヤド の ムメ の ハナ ムカシ の カ にぞ なほ にほひける
と いひつつ ぞ、 ミヤコ の ちかづく を よろこびつつ のぼる。
かく のぼる ヒトビト の ナカ に、 キャウ より くだりし トキ に、 ミナヒト、 コドモ なかりき。 いたれりし クニ にて ぞ、 コ うめる モノドモ ありあへる。 ヒトミナ、 フネ の とまる トコロ に、 コ を いだきつつ オリノリ す。 これ を みて、 ムカシ の コ の ハハ、 かなしき に たへず して、
なかりし も ありつつ かへる ヒト の コ を ありし も なくて くる が カナシサ
と いひて ぞ なきける。 チチ も これ を ききて、 いかが あらむ。 かうやう の こと も ウタ も、 このむ とて ある にも あらざる べし。 モロコシ も ここ も、 おもふ こと に たへぬ トキ の ワザ とか。
コヨヒ、 ウドノ と いふ トコロ に とまる。
トヲカ。 さはる こと ありて、 のぼらず。
トヲカ あまり ヒトヒ。 アメ いささか に ふりて、 やみぬ。 かくて さしのぼる に、 ヒムガシ の カタ に、 ヤマ の よこほれる を みて、 ヒト に とへば、 「ヤハタ ノ ミヤ」 と いふ。 これ を ききて よろこびて、 ヒトビト をがみたてまつる。 ヤマザキ ノ ハシ みゆ。 うれしき こと かぎりなし。
ここ に、 サウオウジ の ホトリ に、 しばし フネ を とどめて、 とかく さだむる こと あり。 こ の テラ の キシホトリ に、 ヤナギ おほく あり。 ある ヒト、 こ の ヤナギ の カゲ の、 カハ の ソコ に うつれる を みて よめる ウタ、
サザレナミ よする アヤ をば アヲヤギ の カゲ の イト して おる か とぞ みる
トヲカ あまり フツカ。 ヤマザキ に とまれり。
トヲカ あまり ミカ。 なほ ヤマザキ に。
トヲカ あまり ヨカ。 アメ ふる。 ケフ、 クルマ、 キャウ へ とり に やる。
トヲカ あまり イツカ。 ケフ、 クルマ ゐて きたり。 フネ の ムツカシサ に、 フネ より ヒト の イヘ に うつる。 こ の ヒト の イヘ、 よろこべる やう にて、 アルジ したり。 こ の アルジ の、 また アルジ の よき を みる に、 うたて おもほゆ。 イロイロ に カヘリゴト す。 イヘ の ヒト の イデイリ、 にくげ ならず、 ゐややか なり。
トヲカ あまり ムユカ。 ケフ の ヨウサツカタ、 キャウ へ のぼる ツイデ に みれば、 ヤマザキ の コヒツ の ヱ も、 マガリ の オホヂ の カタ も、 かはらざりけり。 「ウリビト の ココロ を ぞ しらぬ」 とぞ いふ なる。
かくて キャウ へ ゆく に、 シマサカ にて、 ヒト、 アルジ したり。 かならずしも ある まじき ワザ なり。 たちて ゆきし トキ より は、 くる トキ ぞ、 ヒト は とかく ありける。 これ にも カヘリゴト す。
ヨル に なして、 キャウ には いらむ と おもへば、 いそぎ しも せぬ ほど に、 ツキ いでぬ。 カツラガハ、 ツキ の あかき にぞ わたる。 ヒトビト の いはく、 「こ の カハ、 アスカガハ に あらねば、 フチセ さらに かはらざりけり」 と いひて、 ある ヒト の よめる ウタ、
ヒサカタ の ツキ に おひたる カツラガハ ソコ なる カゲ も かはらざりけり
また、 ある ヒト の いへる、
アマグモ の はるか なりつる カツラガハ ソデ を ひてて も わたりぬる かな
また、 ある ヒト よめり。
カツラガハ ワ が ココロ にも かよはねど おなじ フカサ に ながる べらなり
キャウ の うれしき あまり に、 ウタ も あまり ぞ おほかる
ヨ ふけて くれば、 トコロドコロ も みえず。 キャウ に いりたちて うれし。
イヘ に いたりて、 カド に いる に、 ツキ あかければ、 いと よく アリサマ みゆ。 ききし より も まして、 いふかひなく ぞ、 こぼれ やぶれたる。 イヘ に あづけたりつる ヒト の ココロ も、 あれたる なりけり。 ナカガキ こそ あれ、 ヒトツイヘ の やう なれば、 のぞみて あづかれる なり。 さるは、 タヨリ ごと に、 モノ も たえず えさせたり。 コヨヒ、 「かかる こと」 と、 こわだか に モノ も いはせず。 いと は つらく みゆれど、 ココロザシ は せむ と す。
さて、 イケ-めいて くぼまり、 みづつける トコロ あり。 ホトリ に マツ も ありき。 イツトセ ムトセ の うち に、 チトセ や すぎにけむ、 カタヘ は なくなりにけり。 イマ おひたる ぞ まじれる。 オホカタ の、 みな あれにたれば、 「あはれ」 とぞ ヒトビト いふ。
おもひいでぬ こと なく、 おもひ こひしき が ウチ に、 こ の イヘ にて うまれし ヲムナゴ の、 もろとも に かへらねば、 いかが は かなしき。 フナビト も ミナ、 コ、 たかりて ののしる。 かかる うち に、 なほ かなしき に たへず して、 ひそか に ココロ しれる ヒト と いへりける ウタ、
うまれし も かへらぬ もの を ワ が ヤド に コマツ の ある を みる が カナシサ
とぞ いへる。 なほ あかず や あらむ、 また かく なむ。
みし ヒト の マツ の チトセ に みましかば とほく かなしき ワカレ せまし や
わすれがたく、 くちをしき こと おほかれど、 え つくさず。 とまれ かうまれ、 とく やりてむ。